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――息が苦しい。 と、リキエルは思った。 またぞろパニックに陥ったのかといえばそうではない。顔色がいいとはいえず、冷や汗も少し出ているが、今のリキエルはどちらかといえば平静だった。 リキエルは瓦礫を拾う手を止め、今開いている右目を、息苦しさの理由へと向けた。 「……」 教卓のあった場所から離れた、比較的きれいなままの机で、ルイズが悄然と俯いている。 リキエルのいる場所からではその表情までは窺えなかったが、消沈した面持ちであろうことは、まあ予想がつく。 ――さっきからずっとあのままだからな。 教卓を爆破し、教室をひっちゃかめっちゃかにしたルイズはその罰として、魔法の使用を禁止された上での掃除を命じられた。窓拭きや箒がけのほか、窓ガラスを運ぶなどといったことだ。 「主の不始末は使い魔の不始末」 オレがやることになるんだろうな、とリキエルが思っていたとおり、ルイズは不機嫌にそれだけ言うと、足裏を床に叩きつけるようにして教室を出て行ってしまった。 リキエルはひねたような顔になりながらも、掃除用具を用意し、適当に瓦礫拾いから始めたのだが、意外なことに、それから程なくしてルイズは戻ってきた。身奇麗になっているところを見ると、着替えをしてきただけらしい。 しかし、かといって別段リキエルを手伝うでもなく、ルイズは目視できんばかりの濃い陰鬱をかもし出しながら、手近な椅子を引いて座り込み、もうそれきり動かないのだった。 髪の長きは七難隠す。などといい、実際に美人と呼ばれる女性は七難どころか、例え、腹の中に一物や二物の猛毒を溜め込んでいても、人前でさらすことはないものである。が、同じ美人でもルイズのように年端もいかぬ少女では、いささかその長さが足りないようだった。とりたてて人の心情に敏くもないリキエルにも、ルイズの気持ちが落ち込んでいることがよくわかった。 時たま不機嫌な空気を織り交ぜながら、陰鬱な雰囲気を撒き散らすルイズから視線を外し、リキエルはまた、飛び散った瓦礫を拾い集める作業に戻った。 こういった場合、慰めるなりなんなりするべきなのかもしれないが、何を言えばよいかリキエルにはわからない。半端な慰めは、却って神経を逆さに撫でるだけだろう。なにぶんルイズは、そうでなくともデリケェトな年頃である。迂闊に声をかけて逆鱗に触れることを考えると、リキエルにはそれがためらわれた。 かといって、捨て置くにはやはりこの空気は重い。沈黙が痛い。リキエルの胃袋の内壁の強さは、そこいらの人となんら変わらないのだ。 リキエルは気を紛らわすためと、状況打開を図るため、ルイズがこうなった理由から考えてみる。授業での『ちょっと失敗』発言の時ように、馬鹿にされて怒りを露にしても、終始不遜な態度は崩さなかったルイズが、ここまで沈み込む理由は何か。 ――あれか? 片づけを命じられたときの、魔法禁止で――の件である。魔法の使えないルイズへのこれは、リキエルにはたいそーな皮肉に聞こえた。ルイズもそう受け取ったのかもしれない。 しかし、それは違うような気もする。教室中から散々に馬鹿にされながらも言い返していたルイズの胆力を考えると、それが皮肉程度で動じるものかは、リキエルには甚だ疑問だった。 ただ、案外そうやって散々馬鹿にされたことが効いていたのかもしれず、皮肉は止めの一刺しだったのかもしれない。そして、それもまた違うのかもしれなかった。 詰まるところ、リキエルにはサッパリこんと見当がつかないのである。 リキエルは早々にさじを投げた。こんなことをするのは、心理学をお修めになったカウンセラー様に万事任せるに限る、というわけだ。それでなければ教師の仕事だ。友達の少なそうなルイズだが、相談事のできる気の置けない教師の一人くらいならいるだろう。 とかとか等等etc、適当なことを考えながら、あらかた瓦礫を片付けたリキエルは箒を手に取り、掃き掃除を始めた。息苦しさは、少し解消されていた。 「それ、貸しなさい。手伝ってあげるから」 「おおあっ!」 考え事をしていたのがまずかったか、背後から唐突に声をかけられたリキエルは驚きで頓狂な声を出した。ルイズは、ブスっとした顔でリキエルを睨み付ける。 「何よ。この私が、ご主人さまがラドグリアン湖のように広い心でもってわざわざ手伝いをしようっていうのに、その反応は。文句でもあるの」 「いや、そういうわけじゃあないんだが、なんというか、意外だったんでな。全部オレに押し付けるかと思ってたんだが」 「押し付けるって何よ! あんたが掃除するのは当然なの。むしろ自ら進んでやるべきだわ、あんたはわたしの使い魔なんだから!」 ルイズの言い様にリキエルは眉を顰めたが、気に留めないことにしようと思った。なんにせよ、手伝うというなら、そうしてもらって損はない。 ただ、気になることはもう一つあった。 「しかし……なら、どうして手伝いなんかする気に?」 「あんたに任せてたらいつ終わるかわからないもの。なんか鈍くさそうだし。牛みたいな服だから余計にね」 言いながら、ルイズはリキエルから箒を奪い取るなり背を向けて、細かいゴミを掃いていく。一貫性の無い掃き方で、掃き残しの塵が目立った。 ――く、く……くぉのッ! リキエルは苦虫エキスを三日分飲まされたかのような、苦りきった表情で固まっていた。 手際が良いとは自分でも思わないが、それほど悪くもないはずだ。朝の洗濯にしても、場所さえ分かっていれば朝食までには終わっていたのだ。多分恐らくそう思う。 そもそもが、リッチマン所有の別荘の使用人だったわけでもなんでもない人間に、日常生活に必要な技能以上の働きを求める時点で無理があるというものだ。 ――だってのに、顔洗えだの着替えさせろだの、そんなことまでオレの仕事だって? 自分でやれ自分でェ! ほったらかしで出て行くな? 朝起こせって? なんなら日の出を拝ませてやってもよかったんだぞッ! ええッ!? 挙句に鈍くさいと言うのか! 小一時間も重苦しい雰囲気ばら撒くだけ撒いて、口を開けばいきなりこの憎まれ口ッ! こんなガキを慰めようだとか無駄なことッ! 少しでも考えてたオレは馬鹿もいいところだったなアァァ――ァ! リキエルは思わず、こういったことをブチまけそうになったが、 「それにちょっとしたミスでも、失敗したのはわたしだわ」 キッパリと、しかし肩を落としながら言うルイズを見て、そんな気も不思議と失せた。 そう、ガキなのだ。異様にプライドが高くとも多少傲岸の気があっても、ルイズはまだまだ少女なのだ。むしろ喜怒哀楽が目に見える分、年不相応に子供っぽく思える。そんなルイズを怒鳴りつけるのも大人気ないと、リキエルは思ったのである。 勿論、そんなことを言えばどうなるかわかったものではない、という理性も働いている。 怒鳴ろうという気はもう霧散していた。それよりも、本人の口から出た失敗という言葉で、リキエルには先ほどの生徒達の叫び声が思い出された。 『魔法成功率ゼロ』『魔法を使えば爆発』『魔法が使えないゼロ』『学院辞めちまえ』 あの様子では毎日のように、いや、毎日言われ続けだろうか。だとすればなかなか酷い話で、もし自分であれば耐え切れるものかどうか自信がない。 ――いや……。 自分をその立場に置いて考えると、また思考が悪い方向へとどんどん流れそうになったので、リキエルは机を拭く雑巾を絞りながら、別のことを考えようと努めることにした。 ――魔法といえば。 昨晩の話し合いによれば、自分を呼び出した『サモン・サーヴァント』と、契約を行ったという『コントラクト・サーヴァント』も、やはり魔法であるらしい。先ほどの授業を聞くところによると、系統によらないものだそうで、コモン・マジックとか言っていただろうか。 なんにせよその二つの魔法、前者はともかくとして、直接自分に作用した『コントラクト・サーヴァント』である。こちらがもし失敗していたらと思うと、ゾッとしない話だった。魔法成功率が本当にゼロならば、コモン・マジックとやらを使っても、ルイズは爆発を起こすのだろう。 自分が先ほどの小石のように吹き飛ぶ光景を思い描いてみて、リキエルは身震いした。 これはこれで後ろ向きな考えである。 「失敗。そう、失敗なのよね」 リキエルが、自分の骨の破片がマリコルヌに突き刺さるところを――これまた卑屈な考えである――イメージしたあたりで、ルイズが手を止め、独り言のように言った。 その、小さいながらも重々しい声に、リキエルは一瞬強烈な薄ら寒さを感じて顔を上げた。先ほどまでの陰鬱とは一線を画す、思わずぞっとするほどに暗然とした面持ちになった少女がいる。 リキエルは目を瞬かせて、詰めた息を吐いた。 ――なんだ? 今の、夢遊病罹患者みたいに虚ろな声色に、遺書でもしたため始めそうなキツイ顔はァ。尋常じゃあなかったぞ。 見間違いとも思えなかった。既にもとの勝気な表情に戻っているが、一瞬だけ垣間見えた、暗さを突き詰めて、さらに濃縮したものを貼り付けたようなルイズの顔は、何かに憑かれているようでさえあった。 「……失敗が、どう――」 「失敗だって証明されたのよ。今までのは全部失敗。だけど、それがいいのよ。わたしは魔法が使えないわけじゃなかったッ。わたしの努力は無駄になってなかった!」 「あ? なんだ?」 「平民のあんたを召喚したのは失敗だけど、魔法の失敗じゃないってことよ!」 「……は~、なるほど」 なにをか自己解決したらしく、暗い雰囲気から一転、唐突にハイになったルイズを訝しく思いながら、リキエルは雑巾を絞ってぞんざいに相槌をうった。筋道がいまいち掴めないが、秋の空は変わりやすいのだと思い直した。 ただ、一抹の不安は、存外に強くリキエルの胸にこびりついた。 どうにも釈然としないリキエルを文字通り尻目にして、ルイズは箒をばさばさと振り回しながら、今度は何やら怒りの感情をむき出しにしている。 「今まで散々馬鹿にされたわッ! もうッ! 思い出すだに腹立たしいッ!」 顔が見えないのは先ほどと同じだが、表情が安易に予想できるのも変わらなかった。喜怒哀楽の間をせわしなく行き来するルイズは、客観的に言えば面白かったが、今はその怒りの矛先が自分に突きつけられぬよう、リキエルは内心恐々としながら、今度は相槌も省いて聞き流した。 ルイズは完全な躁状態に入ったようで、今何か言えば、リキエルは確実に何がしかの被害を被ることになるだろう。雇い主には逆らわないのが堅実な生き方、というのが今のリキエルの考えである。君子危うきに、とはよく言ったものだ。 「生まれてこの方、いっつもいっつもいっつもいっつもいっつもいっつもいっつもいっつもいっつもいっつもさっきも馬鹿にされてェッ! キィ――ッ!」 「……ッ」 と、緩慢な動きで机を拭いていたリキエルの耳に、またも唐突に、聞き流せない言葉が入った。怒りのあまり本気で「キィ――ッ!」と叫ぶ人間を、リキエルは初めて目の当たりにしたが、そのことについての感慨は何もない。 今、リキエルの意識は全く別の場所に、それこそルイズの怒りなどまるで意に介せない程度には離れている。 ――生まれてこの方って言ったのか? 今まで努力はむくわれず、ずっと馬鹿にされ続けてきたとそう言ったのか!? トリステイン魔法学院だったか、ここに入ってからじゃあなかったのか! そいつはッ! リキエルは、自分の顔が強張るのを感じた。いやに、変に、奇妙なほどに熱を持った汗が一粒、頬を伝って首に流れ落ちていくのがわかる。 ルイズは当然のごとくそんなリキエルの様子には気づいていない。昂ぶった気持ちを抑えるためなのか、幾度も幾度も同じ床を掃いているだけである。 「……」 リキエルは無意識に手を止めて、埃を落とした机のひとつを意味もなく凝視していた。 瞬きほどの間か、あるいは三分ほどかもしれない。ルイズが落ち着いた様子で掃き掃除をしているところを見れば、もっとだろうか。リキエルはそうして固まっていたのだが、気づけばルイズに問いかけていた。 「思ったことはないのか? ……諦めるとかよォ~」 言って後悔する。この話題こそ流すべきだろうに、自分は全体、今何を言ったのか。それこそ本当に爆破されかねないではないか。 少なくとも、ルイズが気を悪くすることは必至だった。それが何より、大分に気が咎める。爆発がどうのこうの以前に、いたずらに他人の泣き所を中傷することは、それが例え意図的なものでなくとも、一般論としてリキエルの望むところではなかった。 「ないわ」 返答は存外に早く、そしてどこか鋭さを秘めていた。怒りといった類の気配はないが、耳朶を打つその声は、何故かリキエルを少し不安定にした。眩暈にも似た感触をこめかみのあたりに覚えながら、リキエルはノロノロと顔を上げる。 ルイズは手を止めていて、リキエルに視線を向けていた。粗方怒りは発散し終えていたらしく、仏頂面ながら、理性的な声音で後を紡いだ。 「悔しいことならいっぱい、いくらでもあるわよ。でも、そんなときは家のことを考えるの。私の『誇り』でもある、ヴァリエールの『血統』のことをね。平民のあんたに言ってもわからないでしょうけど」 「血統……」 「ヴァリエールの名に恥じない立派なメイジになる。例え苦しくても、その目標、今の私の生きる目的がある限り、諦めようなんて考え、起きっこないわ」 当たり前のことを言うようにルイズは言った。事実当たり前なのだろう。その顔に、一切の躊躇や負い目はない。自分の言葉に陶酔するような、薄っぺらな気色もない。当然を当然として実践してきた厚みのある、思い切っている人間の瞳をしていた。 リキエルは何度か、その瞳に出会ったことがある。 テレビの向こう側で、街頭のインタビューに答える同年代の若者。あまり話さなかったが、一週間ほど一緒に働いたバイト仲間。比較的長続きしたバイト先の喫茶店で、毎日来るのに金欠でコーヒーしか頼まない中年の女性。彼らが、確かにそんな目をしていた。皆が皆、前を向いて生きていた。 「……あとはオレがやる。多分だが、もうすぐ昼食なんだろう?」 先ほどのように、気づけば口をつついてそんな言葉が出ていた。言いながら、箒を受け取るために手を差し出す。こちらは意識的な動きだった。 「へ? 何よいきなり。まだそんな時間じゃないわよ」 言われるまま箒を手渡しながら、しかしルイズは訝しげにリキエルをじろじろ見た。脈絡もなしに、しかも面倒な仕事を一手に引き受けるなどと言われれば、奇妙に思い勘繰ってしまうのも、当然といえば当然である。 暫し沈黙したあと、リキエルは微妙に眉をしかめながら言った。 「窓ガラス運んだりするような力仕事がお前にできるか? それか、男のオレでも苦労しそうな机をその細腕でか? そうは見えないんだがな。それに、せっかく着替えたってのにまた汚れたいのか? どうせ長くはかからないんだ、オレ一人で事足りる」 「…………じゃあ、やっときなさいよ? さぼったりしたら承知しないからね」 ルイズはまだ浮かない顔をしているが、早口気味にリキエルが言ったことにも頷けたので、念を押しながらも教室を出て行く素振りを見せる。 階段を上るルイズに、今度はリキエルが背を向け、無言で手を動かす。バサバサと振り回すようにルイズが掃いた床は、むしろ塵が飛び散っていて余計に掃き難くなっていたが、リキエルはそのことにも何も言わない。 「……」 教室の扉に手をかけたあたりで、ルイズはなんの気なしに振り向いた。そこから見えるリキエルの背は心なしか、単なる遠近の問題以上に小さくなったように見えたが、気にするほどのことでもないと、ルイズは少し早足で教室を出て行った。 乾いた大きな音を教室に響かせる扉の音にも反応せず、リキエルはひたすらに手を動かし続けた。 ◆ ◆ ◆ 「いあ~、あ~……あ痛たッ!」 トリステイン魔法学院、本塔最上階にある学院長室。 そこから望める雄大な自然を眺望しながら、オスマン氏は鼻毛を抜いていた。時折うめき声を発して、その度に涙目で鼻を揉んだりしている。 「オールド・オスマン。そのように暇がおありなら、この書類にサインをお願いします」 オスマン氏の秘書、ミス・ロングビルが溜息混じりに言いながら羽ペンを振り、数枚の羊皮紙をオスマン氏に向けて飛ばす。 オスマン氏は鼻を鳴らし、肩越しに飛んできた紙をヒラヒラさせながら言った。 「どうせ、王室からきたものじゃ。中身もない紙切れじゃよ。破り捨てたところで同じようなもの、堅っ苦しいことは言いっこなしじゃよ、ミス。それと私の秘書を務めるからには、もう少しユーモアを持ちなさい……む!」 「どうかなさいましたか?」 先ほどまでとは少し違う、くぐもった感のあるうめき声に、こめかみを押さえて瞑目していたロングビルも少し眉根を寄せる。 何事かと思っていると、オスマン氏が少し興奮したように振り向いた。 「ミス! 珍しいことじゃよ、黒い鼻毛じゃ! もうすっかり白一色になったと思うとったんだが!」 「……」 ロングビルは、今度は深く溜息をついて眼鏡を外し、レンズを拭いてかけ直した。そして、こめかみを押さえなおす。いっときばかりそうしてから、また小さく溜息をつき、顔を上げた。 「オールド・オスマン。そのように暇がおありなら、この書類にサインをお願いします。書類の束で、溺れたくはないでしょう?」 今までの不毛な流れをなかったものとするためか、ロングビルは同じことを繰り返す。申し訳程度ながら冗談も織り交ぜ、ついでに、上級の部類の笑顔もくれてやった。 オスマン氏は怪訝そうな顔をした。 「ミス、何を言っとるのかね? 人は紙では溺れん。しかもそれは王室からのものではないか。茶化さず、もっと真面目に仕事をしていただきたい」 「…………」 「ま、まあまあ落ち着きなさいミス。そんなに青筋を立てず、な? 悪かった悪かった」 能面のような顔になったロングビルにクルリと背を向けて、オスマン氏は椅子に座って小さくなった。その肩に、いつの間にやらロングビルの机の下に潜んでいたらしい、白いハツカネズミが這い上がっていく。 「おおモートソグニル。気を許せる友達はお前だけじゃ。ナッツでも食うか? ん? 誰かさんは行き遅れとるせいか気が荒くてな。老体の話し相手もしてくれん」 ロングビルの眉が左右同時にピクリと跳ね、能面がボロボロと崩れ始める。 オスマン氏は呑気にハツカネズミとのヒソヒソ話に鼻、もとい華を咲かせ続ける。聞こえよがしなのは勿論、ロングビルをからかってやろうという意図あってのことだ。 オスマン氏の辞書は『反省』『自重』の項目が擦れて読めなくなっているらしかった。ので、何事も度が過ぎれば碌なことにはならないことを、オスマン氏はウッカリ忘れた。 「さて、報告じゃ……なるほど今日は純白か。しかしミス・ロングビルは黒に限る……そうは思わんかねモートソグ――ハッ!」 やりすぎた、とオスマン氏が思い、振り返ったときには大分遅かった。音もなく背後に立ったロングビルからは、あちらの世界の空気が立ち上っている。 オスマン氏を見下ろすロングビルの眼鏡がキラリと輝き、その奥の瞳はギュロォリと濁る。一睨みで、カブトムシくらいなら殺せそうだった。 「言わなくてもいいことを言った者は! 見なくてもいいものを見た者は!! この世に存在してはならないのですよッ!」 「いや、それは言いすぎでばふぁっ! 痛い痛い! つむじを的確に狙って拳骨ってきみ! 響く! 頭蓋に響くぞィってちょっと……蹴りはまずいよほんと、ほんとにィ!あだだだだ! ちょっ踵が! ピンがめり込む! わしって年寄りよ? じじいなんだけど!? それをぐォぼばばばっ! 連打に乱打は洒落にならんよミス! ごめん! 後生だから許して! イイィィイ痛たたたた!」 回し蹴りから続く見事な二枚蹴りをロングビルは繰り出し、椅子からオスマン氏を叩き落す。間発の後に脳天突きを三発ほど食らわせ、そこから流れるような動きで、鋭い連続蹴りへと移行した。 「女の敵! あんたは敵よ! 敵だ、敵だっ! この! このっ! セクハラ上司に物申すッ! 今日という今日はッ!」 ロングビルの剣幕は、収まる鞘をとうの昔に放っぽってしまったようで勢い衰えず、激しくなっていくきらいさえある。オスマン氏は切実に、自分の後任について考え始めた。 ロングビルの蹴りが、さらに鋭さを増しはじめたそのとき、オスマン氏にとって幸運なことに、鞘が向こうからやってきた。 「オールド・オスマン! 大変で――大丈夫ですか? な、何があったのですか? 捨てられる半歩手前の雑巾のようになって」 ノックもせずに学院長室の扉を開けたのは、最近研究がとみにはかどり、抜け毛の本数が六日ぶりに減少するなどでいささか上機嫌な、ミスタ・コルベールである。どういうわけか血相を変えて飛び込んできたコルベールだが、ボロクソになってうち捨てられたオスマン氏を目の当たりにし、ポカンとした表情で立ち尽くした。 「身体を若返らせるという画期的な魔法を、秘薬も使用せずに開発せんとした結果ですわ、ミスタ・コルベール。失敗にもめげず、オールド・オスマンは魔法の新たな境地を拓かんがため、幾度となく自らに魔法をかけ、奮闘なさったのです。メイジの鑑といえますわね」 そんなコルベールにロングビルが、眼鏡のつるにかかった卸したての絹のように肌理細やかな薄緑色の頭髪を、小指でちょいと払いながらニコリともせずに答えた。いったいどんな方法を使ったものか、何事もなかったかのように、大量の書類をやっつける仕事に戻っている。 コルベールは、そんな馬鹿な、と思ったが、ロングビルの言葉の端々に見え隠れする、察せ察せ察せ……、という声ならぬ声を肌で聞き取り、おおよその自体を飲み込んだ。 コルベールはやれやれといった風に首を振り、視線をボロクズ――オールド・オスマンに戻す。 「オールド・オスマン、お話があります。あ~、耳と口が残っているのなら問題ありませんね? 大変なことがわかったのです」 「問題なして……なかなかに外道じゃの、君。えーとなんじゃったか、ミスタ……コンスタンティン?」 首だけをもぞもぞと動かして、オスマン氏は恨みがましい目でコルベールを見上げる。 「コルベールです! なんだか響きのいい名前で間違えないで下さい! 実質が伴わなくて微妙に理不尽にミジメですぞ。まったく、そんなよことりもこれを見てください」 「んん? 『始祖ブリミルの使い魔たち』……か」 コルベールの差し出した古びた書物の背表紙を、オスマン氏は読み上げた。鼻の奥を、かびの臭いがツン、とついた。 ややあってからオスマン氏は目を細め、「ふむ」と頷くと背伸びをするように立ち上がった。マントについた埃を適当に払ってから、ロングビルに顔を向ける。 「ミス・ロングビル、ちょっといいかね?」 「なんでしょう」 「今朝の二年生の授業で、教室がひとつ吹っ飛んだそうじゃ。ちょろっと様子を見てきてくれんか? 酷いようなら人を呼ばねばならんしの。そうじゃ、できるようであれば、あなたの『錬金』で修繕してくれるとありがたいのう。安上がりじゃし? ほっほ」 「わかりましたわ。……その後は、お先に昼食をとっても?」 「昼休みには時間があるが、いいじゃろう。そうしなさい」 鷹揚に言ってオスマン氏は微笑み、髭を撫ぜる。 ロングビルも自然な微笑を返し、軽く頭を下げ、細やかな足配りで学院長室を後にした。 さきの狂態がまるで嘘だった。髪の長き云々の手本も手本である。 オトナの女性ロングビルを、口の上をデレンと伸ばした顔で見送ったオスマン氏は、ふうっ、と息をつき、コルベールに向き直った。 「うまく空気を読んでくれるのう、惚れそうじゃ。なんつってな……で、コルベール君、そのように古さとカビと胡散さで臭くなった書物などひっぱり出して、どうしたというのかね?」 飄然とした態度を崩さず、しかし今はどこか超然としているようにも見えるオスマン氏は、ゆるゆるとした口調でコルベールを促した。その声でしばしの間忘れていた興奮をコルベールは思い出し、それを隠しもせずに声を張り上げる。 「はい、そのことです! このページとそれから、これ……をご覧下さい!」 コルベールは『始祖ブリミルの使い魔たち』の中ほどを開き、そこに挟まっていた一枚の紙片を取り出して、古書と合わせてオスマン氏に手渡した。 「ほほゥ……これはこれは」 手渡された紙片をカサカサと広げたオスマン氏は、どこか面白がるような、感嘆ともとれる吐息をこぼした。 「昨日の使い魔召喚の儀式で、一人の生徒が平民の青年を召喚しました。その手の甲に刻まれたルーンをスケッチしたものがこれです。このページの、伝説の使い魔『ガンダールヴ』のものと酷似している! いや、寸分と違わないッ!」 「そのようじゃな。……コルベール君」 口角泡を飛ばすコルベールに顔をしかめながらオスマン氏は頷き、若干の厳しさをはらんだ眼差しを、改めて紙片へと注ぐ。 「昼食は、大変遺憾ながら後回しになりそうじゃな?」 そう言って、オスマン氏はゆるりと自らの椅子に腰掛け、さきほどのように鼻毛を抜き始めた。どれだけ引き抜いても、もう黒い毛は見つからなかった。
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前ページ次ページ死人の使い魔 第一話 ルイズにとって今日は待ちに待ったサモン・サーヴァントの日だった。 不名誉な二つ名であるゼロを返上できるかもしれないのだ。 素晴らしい使い魔さえ召喚できれば。しかし彼女の希望はあっけなく潰えた。 何度かの『サモン・サーヴァント』のあとついに彼女が召喚したのは、 大きな、非常に大きな箱だった。箱というには少しおかしな形だったが。 箱というよりは変わった小屋といったほうがいいかもしれない。 特徴としては直方体のような形で、材質は金属だろう。 一部ガラス張りになっている前部分と全面金属で覆われている 非常に長い後ろ部分とで構成されている。 そしてタイヤがいくつかついている。 トレーラーと呼ばれるものだったがルイズには知るよしもなかった。 「ミスタ・コルベール」 彼も驚いているようだった。声に反応がない。 もう一度強く呼びかけるとやっとルイズの方を向いた。 「もう一回召喚させてください」 『サモン・サーヴァント』は生物を呼び出す魔法だ。 決してこんなものを呼び出すものではない。 願いはあえなく却下されたが、希望になることも言ってくれた。 これは檻ではないかと。 言われてみればそうかもしれない。 それならば中には高位の幻獣がいるかもしれない、 いやいるに違いない。 その横でコルベールが魔力の反応は無いようだと呟いていた。 まずは前部分をのぞく。ガラス張りになっているため、のぞきやすい。 中には何もいない。 今度は後ろ部分の開け口を探す。 どうやら真後ろが開け口のようだ。取っ手がみつかった。 乱暴に取っ手を引くがなかなか開かない。 突然コルベールに止められる。 考えもしなかったが中には凶暴な獣がいるかもしれない。 金属製の檻で閉じ込める程の。 コルベールが先頭に立ってくれ、杖を構える。 扉が開く。 中から何かが飛び出してくる、というようなことはなかった。 冷たい空気が開いた扉から流れてくる。 おそるおそる中をのぞきこむルイズとコルベール。 中は結構広く生物の気配はない。 奥に視線を向けると上の方から太いパイプが伸びているのが見えた。 ふとそれを目でたどっていく。 イスの背もたれにつながっているようだった。 そしてあることに気づき、息を飲む。 イスに人が座っているのだ。 その人物は黒い服を着ておりまったく動かない。 まるで眠っている、いや死んでいるかのようにみえた。 コルベールはこれのつくりに驚いていた。 外側も異質だが中はさらに異質だった。 そして何よりこれらを作るのに魔法を使っている 痕跡が一切感じられない。 いったいどのようにして作られたのか。 ルイズは奥に座っている人に声をかけてみたが反応はない。 少しイライラし中に入っていく。 ゆっくりと奥のほうへ歩き出す。 イスの前に立ち再び呼びかける。 突然明かりがついた。 恐くなりそこから飛び出す。 コルベールも警戒している。 しかし何かが起きるわけでなく、機械の音が響く。 しばらくたち機械の完了音とともにイスのパイプがはずれる。 イスに座っている男が目を開ける。 同時にトレーラーの中に備えつけられていたモニターから 声が流れはじめた。 それは浅葱ミカからビヨンド・ザ・グレイヴへの別れの言葉。 天寿を全うしグレイヴを残していく彼女からの最後の挨拶だった。 グレイヴ以外にはその言葉は理解できなかったが、 ルイズもコルベールも黙って聞いていた。 驚きのあまり声も出ないのかもしれなかった。 モニターからの声の終わりとともにルイズが口を開いた。 あんたは誰? これは何なの? さっきの声は? 疑問はつきない。しかし男は無言だった。 「もう一回召喚させてください」 再びこの台詞を言う。いろいろ気になることはあるが 彼はきっと平民だろう。平民の使い魔など考えられない。 しかし先ほどと同じ言葉で却下される。 「でも平民を使い魔にするなんて」 伝統とルールそして彼はただの平民ではないかもという言葉、 そして進級がかかっているという現実にルイズは折れた。 へんてこな箱の中にいたし、もしかしたらすごい力があるかも という淡い希望も抱いていた。 「感謝しなさいよ、貴族にこんなことされるなんて」 そう言い『コントラクト・サーヴァント』の呪文を唱え イスに座ったままの彼と唇を重ねる。 そして彼の左手に『使い魔のルーン』が刻まれる。 相変わらず彼に変化はないように見えた。 コルベールはまず生徒を帰らせた。 授業は全員使い魔を呼んだので終了である。 ただ個人的興味としてさきほど召喚された平民の彼に話しかけた。 『ディテクトマジック』をし彼が平民ということはわかった。 しかし彼の入っていた箱は興味をひいた。 何か話しかけているルイズとともにコルベールも 質問をしてみるが彼は何も答えない。 喋れないのか? 疑問が浮かぶがそれにしてはおかしい。 「体を調べても?」 とグレイヴに尋ねる。 少ししゅんじゅんしたように見えたが、首が縦にふられる。 調べてみて驚いた。平民とかそういうレベルではなく 彼は人間ではないのかもしれない。 それを伝えられたルイズは驚いた。 「では彼はなんなんですか?」 「わからないですがガーゴイルのような存在かも。それにしては 魔力を感じないですが。 東方か、もしくはエルフの技術でつくられたのかも。この箱もね」 驚きグレイヴをみながら答える。 「エルフのガーゴイル……。でも彼は人間にしか見えません」 「おぞましいことだが、人間を材料に作ったのかもしれません」 聞こえているだろう言葉にグレイヴは反応しなかった。 「まあいいわあんたがガーゴイルなら平民よりは使えるかも」 内心の怯えを隠しながらルイズは言う。 「あんた歩けるの? とりあえずついてきなさい」 グレイヴは黙って立ち上がり彼女についていく。 トレーラーから降りる際グレイヴは “ケルベロス”――二丁の巨銃――の入ったアタッシュケースと “デス・ホーラー”――重火器を多数搭載した棺桶――を持ち出す。 「何それ、持っていくの?」 鞄のようなものはともかく髑髏の刻まれた 金属の棺桶は不気味だった。 うなずくグレイヴをみてまあややこしいことは 後回しだわ、と学院に歩き出す。 コルベールも後からついてきている。 オスマンにコルベールがルイズの召喚したトレーラーと グレイヴについて報告している。 オスマンから質問されるもやはり無言のグレイヴ。 「あの箱を調べれば何か分かるかもしれません、 是非とも私に調べさせてください」 コルベールがオスマンに頼んでいた。 ルイズとしても異論はなかった。少しでも彼のことが分かればと。 「ところでそれは何かね? 鞄と棺桶にみえるが」 「わかりません。彼があの箱から持ってきたんです」 「中を見せてくれんかね?」 グレイヴはアタッシュケースを開き中を見せる。 「何かねこれは?」 コルベールが好奇心からケルベロスの片割れを 手に取ろうとするが、グレイヴに止められた。 「そっちにも何か入っているの?」 棺桶を指差しルイズが尋ねる。 首を横にふるグレイヴ。 「マジックアイテムではないようだし大丈夫じゃろ。 ミス・ヴァリエールにも従っておるようじゃし。 それから彼は喋れない平民ということにしておいてくれると ありがたいんじゃが、少なくとも詳細が分かるまでは」 ルイズは心の葛藤はあったものの同意した。 人間を材料にしたガーゴイルというのが真実だとしたら、 とてもじゃないが言いふらせることではない。 「今日はいろいろあって疲れたわ。細かいことは明日にしましょう」 グレイヴと部屋に戻ったルイズは寝る準備をしながら言った。 使い魔の役割はさっき伝えた。内容を理解しているのか していないのか反応はあまりなかった。 ただ最後に伝えた一番重要な役割 「使い魔は主人を守る存在であるのよ!」 その言葉にはうなずいていた。 寝る準備が終了する。 「あんたの寝場所はイスでいい?」 ルイズの部屋には使っていないイスが一つあった。 入学祝いとして家族が買ってくれたものの一つだが、 ルイズには大きかったため自分の使うイスは別に用意したのだ。 今までイスで眠っていたのだ構わないだろうと、ルイズは言った。 グレイヴは何も言わず、指定されたイスに座った。 言うことには素直に従うのよね。 そこで重要なことに気づく。 彼の名前はなんなのかしら? そもそも名前はあるの? どういうわけか箱の中に流れていた声を思い出した。 なんて言っていたかは理解できなかったが最初に聞こえてきた 単語はこいつの名前だったのでは? 確かこう言っていたはずだ。 「ビヨンド・ザ・グレイヴ」 彼がこちらを向いた、今までとは少し違う反応に思えた。 「あんたの名前?」 首を縦にふった。やはり彼の名前なのだ。 「これからはあんたのことグレイヴと呼ぶわ、いい?」 再び首を縦にふる。 「じゃあグレイヴ、おやすみなさい」 前ページ次ページ死人の使い魔
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ギーシュ・ド・グラモンは武門の生まれである 父も、長兄も次兄も三兄も、常に戦の先頭に立って活躍している 「生命を惜しむな、名を惜しめ」とは 幼い頃から父に聞かされてきた家訓であった そして、今ここで彼は 「…ぐ、ううっ」 腰が引けていた ために一歩出遅れたのが彼の幸運であったのだろう 召喚したての使い魔、大モグラ(ジャイアント・モール)のヴェルダンテを あのおかしな平民にけしかけずにすんだのだから 向かっていった使い魔のことごとくがブッ飛ばされたのを見て 彼のファイティングスピリットはさらにくじけていた (冗談じゃあないぞ… なんなんだあれはぁぁぁ~~ 戦列艦が服着て歩いているのかぁぁ~~ッ 無理、絶対無理ッ あんなの勝てない、近寄りたくもないッ) 心の叫びが顔に出る 必死に隠したところでバレバレ 彼はそういう男だった だが そっと後ろを見る おびえ、ふるえる愛しい女子生徒達が告げていた 今こそグラモンの武勇を見せよと 「く、く、くぅッ…」 (くそぉぉ~~ッ 行くしかないのかぁ~~ッ ぼくが一体何をしたっていうんだぁ~~ッ) 彼はナンパ男だった しかも無類のミエッ張りだった ドバァッ しかし、流れる冷汗はやっぱりウソをつかなかった 足下の震えは武者震いだと自分で自分に言い張っていた 「およしなさいな」 後ろから呼ばれて振り向くと、額の汗がボダタァッと芝生に滴った そこにいたのは褐色肌のボンッキュッバンッ キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー グンバツのボディーを持つ女ッ!! 「ととと止めないでくれたまえよ、ミス・ツェルプストー ご婦人には、きッききき危険すぎるッ」 「逃げなかったのはホメてあげるけど、あなたのそれは『無謀』よ、タダの…」 「ぶっ侮辱はやめてもらおうッ!! このボクとて武門のはしくれッ 惜しむ生命などッ」 「はいはい、ゴタイソーな前口上はいいから下がってなさい …勝ちたいんでしょ?」 「あるのか勝算がッ!?」 「落ち着いて観察なさい」(つーかナンもカンガえてなかったのねアンタやっぱり) キュルケは鳥の巣頭を指し示す 生徒用の、教鞭状の魔法の杖の先端で ドッ ガズッ ドバ ちょっとだけタフな使い魔達が最後の戦いを挑んでいたが 全員コロリと昼寝するのは時間の問題だった 「見てわからない? あいつを中心に半径2メイルか3メイル」 キュルケの眼には見えていた 鳥の巣頭を中心とした、キレイな球形のシルエットが 最初にたくさん襲いかかっていったとき すでに観察を終えていたのだ 「アッ!!」 ギーシュにも、今見えた 鳥の巣頭がわざわざ相手に「走り寄った」のをッ 「1(アン)」 人差し指を立て、数字の1を示すキュルケ 「あいつは遠くの敵を殴れない」 次に別方向を示す まずは衛兵の方向を、続いてルイズの胸元を 衛兵の兜は頬と醜く混ざり合い、ルイズのマント留めもまたオカシな形に変わっていた キュルケは人差し指に加え中指を立てる 「2(ドゥー)、あいつに殴られたものは変形する」(リクツはゼンゼンサッパリだけど) 「ちょっと待て、ミス・ツェルプストー」 ブワァッ ギーシュの冷汗はスゴイ勢いで復活していた 改めて鳥の巣頭が恐ろしかった 「それは、つ、つまり……こういうことじゃあ、ないのかい 『殴られたら終わり』」 「ええ、その通り でも、『殴られなければいい』とも言えるわよね」 キュルケも決して恐ろしくないわけではなかった だが彼女の中で勝算は限りなく100%に近づいていた 「『殴られなければいい』だって? キミの目は…フシ穴なのかい?」 「あら、どうして?」 ビシイッ ギーシュは鳥の巣頭を指さしたッ 「あいつを見ろよ 怒ってるぞ――ッ 女王陛下のドレスの裾を踏んづけても気づかないくらい怒ってるぞ――ッ」 ムッ!? 鳥の巣頭は直感的に気がついた 誰か自分を指さした 笑われたような気がする ムカつく ぶっ飛ばす!! ズザザッ 駆け足ッ ギーシュの目の中で鳥の巣が次第に巨大化してくるッ 「ま…待て、こっちに、こっちに来るぞッ あんなのをキミはどうするつもりなんだぁぁ―――ッ」 「いいから落ち着きなさいな、みっともない…」(どうみてもアンタのせいでしょアンタの) 「これが落ち着いていられるかッ 父上、母上、兄上、ああっ先立つ不孝をお許し下さいッ」 ギュッ 胸元に指を組むギーシュは始祖プリミルの元に予約席を取りに走っていた ドドドドドドドドド 迫り来る死神 その名は鳥の巣ッ キュルケは他人事のように赤い髪を掻き上げ、 魔法の杖の先端を右手人差し指でピンピン弾いていた 「あなた、そんなにアレが恐ろしいの」 「恐ろしいさッ 怖いに決まってるだろ――ッ」 「でも安心なさい、もう恐れることはないわ」 「えッ なんでッ!?」 ビククゥッ 思わず縮めた身を伸ばし、キュルケの顔を見るギーシュ 自信満々の表情に今すぐ答えを求めていた 「なぜなら」 「な、なぜなら?」 グワッ キュルケの杖がピンと跳ねた瞬間に炎の塊が飛んでいく 鳥の巣頭に寸分違わず飛んでいく 「鳥の巣頭」に飛んでいく そして ボソァッ ボロッ ドザァッ 「…3(トロワ)!!」 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「私がもっと怒らせるからよ、ギーシュ・ド・グラモン」 炎の塊は頭上をそれて飛んでいった 「鳥の巣頭」の前半分が、かすれた炎にえぐり取られて消えていた 今やそれは鳥の巣ではなく、前に飛び出たボンバーヘッドであった 「…う、うう、ウソ、ちょ、マ、マジ、そ、そんな ば…ば、ば…バカなぁぁ―――――ッ!?」 呆然とする鳥の巣男を前に、ギーシュの絶叫だけが響いた 「さぁて―――手合わせ願おうかしら? この、微熱のキュルケがッ」 ドンッ 決闘の手袋を叩きつけるがよろしく、 キュルケが前に、進み出たッ 3へ
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『ザ・グレイトフル・デッド』 あれ?さっきと一寸ちがうような? まっ・・・いいか 「お待たせ」 お待たせって・・・キュルケ? 「何しにきたのよ!」 「助けにきてあげたんじゃないの。朝方、窓からみてたらあんたたちが 馬に乗って出かけようとしてるもんだから、急いでタバサを起こして後をつけたのよ」 キュルケは風竜の上のタバサを指差した パジャマ姿なのを見ると寝込みの所を叩き起こされたのだろう タバサ・・・あなた、キュルケの使い魔なの? 「ツェルプトー。あのねえ、これはお忍びなのよ?」 「お忍び?だったら、そう言いなさいよ。言ってくれなきゃわからないじゃない。 とにかく感謝しなさいよね。あななたちを襲った連中を捕まえたんだから」 キュルケは岩陰を指差した 「少し待ってろ、ヤツ等に聞きたいことがあるんでな」 プロシュートが岩陰に入るのを見届けると、キュルケをにらみつける 「勘違いしないで。あなたを助けにきたわけじゃないの。ねえ?」 キュルケはしなをつくると、ワルドさまに、にじり寄った 「おひげが素敵よ。あなた、情熱はご存知?」 キュルケ。今度はワルドさまなワケ? 文句を言おうとした時、頭の中に声が聞こえてきた 『ブッ殺す』と心の中でおもったならッ! その時スデに行動は終わっているんだッ! ちょっと!なにやってんの?
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どっと疲れた。もう何が何やら。 わたしがため息をつくとキーシュもため息をついた。 わたしが顔を上げるとキーシュも顔を上げた。 わたしが右手を上げるとキーシュも右手を上げた。 こ、の、お、と、こ、は、あああああああああ……。 ……いや違う。冷静だ冷静だ冷静にならなきゃダメ。こうやって怒らせるのがこいつのやり口。 深呼吸を数度、真似するキーシュを無視して続けると、頭の血も降りてきた。 落ち着こう。毛布の上に寝転がると、キーシュも隣に寝転がった。 あんたねぇ、見る人が見たら絶対に誤解されるわよ。でも指摘したら負けだ。スルー、スルー。 「ねえキーシュ」 「キーシュだなんて。せっかくヒミツを分かち合ったんですから本名で呼んでください」 グググ……耐えろ。苛立たせるのが狙いなんだ。 「そうね、やたら長い上に語呂が悪いからミキタカでいい?」 「とてもいいですね」 名前馬鹿にされてんだから怒りなさいよっ、間抜けっ。 「ねえミキタカ。わたしが失敗した理由はわたし自身が一番よく知ってる」 マリコルヌにさえ馬鹿にされるゼロのルイズだからね。情けない話だけど、事実だからどうしようもない。 「だけどなぜあんたがサモン・サーヴァントを誤魔化そうとしたの。ペットの二十日鼠でどうこうしようって、いくらあんたでもそりゃ無理よ」 「ルイズさん、私はサモン・サーヴァントができないんです」 は? 「私はできる魔法とできない魔法がしっかりと別れているんです。私にサモン・サーヴァントは使えないんです。これは超数学で求めた真理です。間違いありません」 超数学云々はともかくとして、前半部分は理解できた。 そうだ、キーシュ――もうミキタカでいいよ馬鹿――ミキタカは、初歩の初歩が使えなかったり、応用中の応用が使えたりと、とてもちぐはぐなメイジだった。こいつならサモン・サーヴァントが使えないということも……あるかな? 「ですが、あなたは違います。爆発を起こしたことがそれを証明しています。絶対成功不可能な私と違って、ほんの少しの後押しさえあれば問題なく使い魔を呼び出すでしょう」 え……そ、そう? そうかな? やだなぁもう褒めたって何も出ないからね。 「私がその後押しをします」 「後押しってどうするのよ。二人で召喚するわけにもいかないでしょう」 「いいえ、断固として二人で召喚します」 「あのね、妄想もほどほどにしておかないといつか脳みそ爆発するわよ。コルベール先生が許すわけないでしょう」 「まずはルーンの詠唱に合わせて煙幕を焚き、先生の視界を塞ぎます。もちろん魔法は使いません。ルイズさんも私も特殊なメイジとして覚えられているでしょうから、特有の現象ということで納得してもらいましょう」 人の話聞かないのはもう慣れたもんね。だから悔しくなんかないもんね。 「そしてその後、ルイズさんは私を使ってサモン・サーヴァントを唱えます」 ぼうっとしていたせいじゃない。 モットーに従い、疲れきっていながらも頭の中ははっきりとしていた。 はっきりとしていてなお、目の前で何が起きたのか理解することができなかった。 隣で寝転がっていたミキタカの身体が解けた。 「召喚ができないとはいえ、私にも魔力はある。二人の力を合わせれば魔力も、成功率も二倍です」 私はどんな間抜け面でその光景を見ていたんだろう。 徐々にではなく、一斉にばらけていく。ミキタカの身体が、長い金髪が、鼻ピアスが、服が、全てが解け、一つの物体を形作っていく。 わたしは半開きで口を開けてそれを見る。口の中が乾き始めたことにも気づかない。 「二倍の魔力で二倍の使い魔を召喚し、煙の中で私とルイズさんが一体ずつ契約する。二人で呪文を行使する形になりますから、どちらも使い魔と契約できるわけです」 杖だ、これは。メイジの杖だ。 口も消え、耳も目も鼻も消え、ミキタカの痕跡が一切無くなっているのに声は聞こえる。 魔法じゃない。絶対に魔法じゃない。ベッドの上に寝た時点で、すでに杖は手放していたはず。それに一語の詠唱も無かった。それなのに、それなのに発動するなんて、そんな。ありえない。 「これが私のたてた作戦です」 「これ、幻覚?」 やっとの思いで声を出した。発言も発声もどちらも間抜けに聞こえたのは気のせいじゃないと思う。 「幻覚ではありません。現実です」 くっ、こいつに現実とか言われると無性に腹が立つな。 待てよ……そうだ、そういえば。 突然の怪現象に見舞われて混乱していたわたしの頭脳に一筋の光明が差し込んだ。 そうだそうだ、ミキタカの出自だ。母親がエルフという噂があった。 つまりこれは先住の魔法? だから杖が必要なかった? 詠唱も? そうか、ミキタカは先住の魔法を使えるんだ。だから使える魔法に偏りがあった。 特定の魔法のみ天才的に使いこなしたのもそういうことか。 うわ、すっごい腑に落ちた。納得。正体が分かると急に親しみを感じてくる不思議。 いいなぁ先住の魔法かぁ。ちょっとだけ格好いいよね。すっごい強いんだっけ。わたしも使ってみたいな。 「だけど……見れば見るほど本当に杖ね」 「もちろん杖ですよ。ただし振り回したり殴りつけたりはやめてくださいね。感覚はそのまま残っていますから」 何という事はない気持ちで杖に触れた。軽く握り、構えてみる。途端、 「おっおっおっおおおおおお!」 すごいすごいすごいっ。これはすごいよ。わたしの中にとめどなく魔力が流れ込んでくる。 この部屋の風景が、小物の一つ一つから毛布、ベッド、箪笥の裏の埃にいたるまで、全てが輝いて見える。 熱い。身体が熱い。熱風が吹き、吹き返し、わたしの中で轟々と吹き荒れている。 今ならできるような気がする。使うことができなかった、使えないせいで散々馬鹿にされてきた、どうしようもなく手の届かない存在だった、魔法を使えるような気がする。 「私の部屋で魔法はやめてくださいね」 分かってるわよ。何よ、人の心でも読んでるのかしら。 「読んでませんよ」 だったらいいけど。 「お願いします、ルイズさん。私と一緒に使い魔召喚の儀式をやりましょう。助けてほしいんです」 「……助けてほしい?」 「はい。助けてほしいんです」 その言葉には真実味があった。そう、ミキタカにしたってここで退学するわけにもいかないんだよね。 それに。ふうむ。これ、案外いけるかもしれない。それだけの説得力がある。先住の魔法ってやつは。 「どうしてもっ、助けてほしいっ……ていうなら手伝ってあげてもいいけど」 「そうですか。ありがとうございます」 同情ではなく、わたしからの手助けという形なら、ごく自然に協力することができるって寸法ね。 ミキタカめ、ルイズ使いがなかなか上手くなってきたじゃないの。どうせ偶然だろうけど。
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朝起きて、まず一番にすべきことがある。 顔を洗う? 伸びをする? あくびをかみ殺す? 水差しの水を飲む? 用足し? 違う違う。 髪を梳く? 頬をはたく? ランニング? 意地汚くまどろむ? そうじゃないんだよね。 着替える? それはちょっと近いかも。でも正確には違うかな。 正解はまっさらなパンツを穿くこと。 睡眠という束の間の快楽を髄の髄までむさぼるために、わたしは就寝時パンツ穿かない派を通している。標榜はしていない。こっそりと続けている。 本来ならば、パンツを穿かないという行為は、メイジが杖を持たず戦場へ出るに等しい。 手荷物が一つ減るわずかなメリットに対し、自分の命を実質捨てているという高すぎるリスクを伴うんだけど、寝る時ばっかりは別。 どんな格好で寝てたって文句言われる筋合いは無いし、同衾するような相手がいたとしても、パンツが無くて恥ずかしいなんてことにはならない。 すでに臥所を共にしている時点で見るべきものは全部見られてるだろうしねえへへへへへ。 パンツという最強の防具かつ人間が持つ業の結晶ともいえる拘束具から解放されることにより、わたしはどこまでも深く深く潜っていく。 現実では本来の自分を見せることができないわたしに唯一許された箱庭――夢――の中、わたしは楽しむ。 時に○○○○○を×××××し、ほほほ、また時には□□□□□が△△△△で、むふっ、わたしとしては☆★☆★☆★☆★☆★……うっひっひっひ。 そう、夢は楽しい。寝る前につらつらと妄想に浸ることはもっと楽しい。だからといって現実を疎かにしていい理由にはならないけどね。 朝、目が覚めればパンツを穿く。その行為こそが現実への帰還、戻ってくる意思をあらわす。 パンツ一枚隔てた先にはファンタジーがある。それでもわたしは現実へ帰る。強く雄雄しく生きるために。 夢の世界を後にし、わたしは現実で戦う。走っても、風が吹いても、脚を上げても、見苦しいものが見える心配は無い。 あ、パンツ自体が見苦しいとかそういうことはないからね。わたしに似合う可愛らしさと金糸一本一本に丁寧な仕上げがなされた装飾性、家常茶飯邪魔にならない機能性、これらパンツに要求される全てを備えたクィーンオブパンツ。 キュルケ辺りに言わせればお子様パンツと言われるかもしれないけど、わたしに似合うという点で考えればやはりこれに落ち着くと思う。ちょっと悔しいけど、パンツの名誉のためにもわたしはそう思うんだったら。 しっかりと洗濯され染みの一つもないそのパンツを……別に洗濯しなくたって染みはないけど、穿く。 見事にジャストフィット。わたしのためだけに作られた芸術品ともいえるオーダー品を見て、パンツなんてただの布と言える人間がいるかしら。いるわけがないわよね。美しい物は美しい者にこそ相応しいってこと。 自分の容姿を鏡で確認し、自信をつける。明晰な頭脳を抜きにすれば、数少ないわたしの自慢できるものだもんね。これなら現実とだって戦える。 ちょっとポーズをつける。親指を噛んでみたり。四つんばいになって後ろを振り向く。両の腕で挟むようにして無い胸を強調。 「……何やってんのルイチュ」 鏡の向こうにわたしを見つめる一組二つの眼があった。振り向けばそこには一人の女。 「……誰?」 「誰ってねェ。昨日の今日でもう忘れたっての。あんたの使い魔だってば」 「あ、グェスか。……あんた今の見てたの?」 「大丈夫大丈夫、ご主人様の恥になるようなことは誰にも言わないって」 恥になるってことは理解してるのね。へえ。ふーん。ほお。くそっ。 昨日寝た時はサイズが合わないにもほどがある寝巻きを着ていたはずだ。そりゃグェスは細身だし、ネグリジェはゆったりした作りになってるけど、いくらなんでもわたしのは無理がある。 それでも本人は満足だったようで、サイズはギッチギチで膝小僧が隠れなくてもぐっすり寝ていた。 でも今は昨日もらった古着を着ている。ってことは……わたしはいつから見られてたんだろう。 問題ないよね? わたしの頭の中まで読まれたわけじゃないもんね? ね? 「ねえ、なんかアクセサリー的なモンない? できたらヘアバンド。この服じゃちょっとアレでさー」 昨日と同様に、グェスは許可も無く引き出しやクローゼットを漁っている。 この女は本当にもう余計なことばっかりで。こいつのせいで寝る前のおっぱい体操もできなかったし。背中と同じ胸になったらどう責任とってくれるのよ。 「あのねグェス。他人の部屋を勝手に探し回るってどういうことかしら?」 「気にしないでいいよ。昨日言ってたじゃん、使い魔とご主人様は一心同体って」 ああ言えばこう言う。たしかに言ったけど。何か釈然としない。ま、別に見つかって困るようなものはないからいいけどね。 男子達が楽しそうに語る失敗談でもっとも多く見られるものが「隠していた破廉恥な本を親ないしそれに近い誰かに見つかってしまった」というもの。 だけどそれは自業自得。何のために、首の上にご大層な頭が乗っかっていると思っているんだか。 わたしは違う。性的なものに興味を持ちながら、人に倍する、三倍、四倍、十倍もの煩悩を持ちながら、そのようなものを隠したりはしない。 絵を見れば、脳裏に焼き付けた後で燃やす。本を読めば、一語残らず暗記してから燃やす。一流の犯罪者は証拠を残す愚を犯さない。頭脳という書庫があれば、いつでも引き出すことができるもの。 バタフライ伯爵夫人の優雅な一日八十五頁では何が行われていたかと問われれば、主人公が夫の股間に顔を埋めながら昼間見た騎士のことを思っている場面だと即答できる。 メイドの午後二百二十七頁では何が行われていたかと問われれば、主人のお仕置きと称する陵辱が最高潮に達し、ついにメイドの……。 「ねえルイチュ、これ何?」 チェストの奥から取り出されたそれは、 「首輪よ。見て分からない?」 朝の支度をしながらわたしは答えた。グェスは親指と人差し指でつまみ上げ、胡乱なものを見る目で首輪を眺めている。失礼な。 「何で首輪なんてあるのさ。ひょっとして」 「勘違いしないでよね。使い魔を召喚したらつけてみようかなって思ってただけ」 これは本当。何か惹かれるものがあったのよね、使い魔に首輪って。 「ねえグェス。あんたアクセサリー探してたんでしょ。それ、どう?」 「それ……って首輪ァ?」 「ペット扱いするとかそういうのじゃないの。単なる装飾品としてどうかってこと」 けっこう値段のはる品物だったのよね。革は綺麗になめされてるし、艶を殺した金属部分も格好いい。箪笥の肥しじゃもったいない。 「首輪ねえ」 鏡の前で色々と試しているみたい。付属のチェーンをじゃらつかせたり、首輪をゆるゆるにしてつけてみたり。 けっこう似合うように思えるけど、グェスはご不満なようだ。 全身から立ち昇る、隠しきれないアウトローっぽさが強調されていいと思うんだけどな。 「これってさ。あたしよりもルイチュに似合うんじゃないかな」 「はあ?」 何を言ってるのこいつは。 「わたしに似合うわけがないでしょ。そんなものをつけてる貴族なんて一人もいないわ」 「違う違う、そのギャップがいいんじゃない。清楚で可憐な貴族の美少女にゴツイ首輪って組み合わせがさ」 うっ。そ、それは……イイ……かも。 「でもでも、お品が無いわよ」 「首輪なんてかわいいもんじゃない。あたしの頃は顔面にタトゥ入れたりインプラント埋めたりなんてのが当たり前。学生なんだからそれくらいやらなきゃ」 「そんな話聞いたことない」 グェスはわたしの肩に手を回し、耳元で囁いた。 「ちょっとでいいからさ。試しにつけてみようよ。似合わなかったらやめればいいじゃん。ね」 「でも」 「ルイチュが首輪してるとこ見たいなー。かわいいだろうなー。キレイだろうなー」 「……ちょっとね。ちょっとだけだからね」 強引に押し切られたふうを装いながら、わたしはちょっとだけ期待していた。 期待と言い表せるほどはっきりしたものではなくて、露天で買った安っぽい宝石を指につける時みたいな、そんな感じ。 えっと、ここをこうして、こう、かな。 きっちり締めると鉄の感触が気持ち悪いし、圧迫感がある。かといって、緩く留めたらだらしなく見えそう。 でも首輪にだらしないも何も無いか。鎖骨にかかるかかからないかくらいに垂らしてみた。ふむ。 鏡の前でくるっと一周。ちょっと不敵な表情で決め。ふむふむ。 「か……カッワイイイイイイイイイ! とってもとっても! 予想以上にいいじゃないルイチュ!」 「そ、そう?」 「すごいわこの倒錯感! 小宇宙的な背徳性! 食べちゃいたいくらい! まさに一枚絵って感じ! ドジスン先生が涙流すわ! ネズミの着ぐるみ必要なし! アニメ化決定! お人形にして遊びたいィィィッ!」 鳴り止まない拍手とよく分からない褒め言葉で讃えられて、正直ちょっといい気分。 わたしの目から見ても似合っているように見えた。 ブラウスの襟やマントで隠れるんじゃないかと思ってたけど、そんなものじゃ隠せない暴力的な存在感がある。 でもそれがきちんと全体に溶け込んでいるのよね。わたしという素材のおかげってとこかしら。ふふん。 「さて、それじゃ朝ごはんね。お腹ぺこちゃん。行きましょルイチュ」 「えっ、こ、このまま行くの」 「ごはんの前に何かすることでもあるの?」 「そりゃ……その……あの」 左見右見、戸惑うわたしに脱ぎ散らかされた衣類が目に入る。 「そうだ、洗濯はあんたがやってね」 「……ねえルイチュ」 グェスの声が優しさを帯びた。この声、昨晩も聞いたような……。 「今まではあなたが洗濯物をしていたのよね」 「ええ」 「他の連中は使い魔にやらせているの?」 「してないけど……でも、でも、わたしは人間召喚したんだからそれくらいいいじゃない。下僕がいればそれくらいさせたっていいの。着替えの手伝いさせなかっただけ感謝してほしいくらいよ」 グェスは微笑んだ。この微笑、昨晩も見たような……。 「あなたは貴族だけどまだ学生。洗濯一つにだって先生が込めた意味があるの」 「いや、でも」 「たしかに貴族はそんなことしないでしょう。平民がするべきことで、召使にやらせること。でも、だからこそ今やっておく意味があると思わない?」 グェスはわたしを抱きしめた。この胸の感触、昨晩も味わったような……。 「この世の全てに敬意を持つこと。平民や貴族だけじゃない。豚肉の一切れ、小麦の一粒にも感謝を捧げること。自分のために失われた命があったことを忘れないこと。豚や小麦を育てた人を思うこと。これって大切だけどとても難しいことなのね」 「……」 「貴族だって平民がいなくては生きていけない。平民の苦労を知れば、自然と感謝の気持ちも湧いてくるわ。それでこそ筋を通すことができる。先生達もそれを学んでほしいの」 ……そうよね。わたし達が面倒くさいと思ってやってることにも意味はあるのよね。 筋を通す、か。なんか懐かしいな。昔誰かが言ってたような……まさか使い魔に教えられるとは思わなかったわ。 「ふん。何よ偉そうに。わたしだってそのくらい分かってるわよ。ちょっと言ってみただけじゃない」 「ありがとう、ルイチュ」 「御礼言われる筋合いなんかないって言ってんの! ほら、いつまでも抱き締めてないでさっさと行くわよ。あんた暑苦しいのよ」 グェスを従えて部屋を出る。廊下に続く窓の一つ一つから、同じ形に朝日がこぼれていて、光の中では小さな埃がふわふわと踊っていた。 いつもと同じく安っぽいだけの風景なんだけど、なんとなく神々しく見えるのはなんでだろ。これが感謝の心ってやつ? わたしは静謐な気持ちで廊下を歩いていたんだけれども、おかまいなしに首の飾りは揺れていて、その重量がわたしの心を現実に呼び戻した。 「そうだ。これ、外さなきゃ」 「大丈夫だって、似合ってるもん。おどおどしてるとかえっておかしく見えるよ。堂々としてれば大丈夫」 そういうもんかな。いいのかな、これで。 「ほら、あの子こっち見てるよ。かわいいから驚いてるのね、きっと」 そう言われるとそんな気もしてくるなあ。洗濯の負い目も無いわけじゃないし、グェスの顔を立ててやりますかね。 背中で鎖をじゃらつかせ、わたしは歩く。 「ねえルイチュ。この鎖の端、持っててもいい?」 「は? なんで?」 「もしはぐれたりしたら困るじゃない。昨日来たばかりのとこで一人なんて考えたくもない」 「仕方の無い使い魔ね。本当頼りにならないんだから」 後ろの鎖をグェスに持たせ、わたし達は食堂へと入る。 みんな注目してるみたいね。平民の使い魔が珍しいってわけでもないみたい。わたし見てるし。 アクセサリー一つでここまでわたしを見る目が変わるとはねぇ。しょせんは見た目なのかしら。 マリコルヌうつむいてる。こっち見なさいよこっち。 キュルケもびっくりしてる。眼鏡の顔は変わってないけど、内心ではきっと驚いてるに違いない。 くふふふふふ、皆わたしにあてられちゃったみたいね。今年のルイズちゃんは一味違うのよ。 「なあ」 「なんだよ」 「ゼロのルイズがあの女を召喚したんだよな? あの女がゼロのルイズ召喚したわけじゃないんだよな?」 「たぶん」 「じゃあ、あれ何だ。あの犬の散歩みたいなのは」 「さあ。そういう趣味なんじゃないの」
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前ページ次ページ紙袋の使い魔 ミスタ・コルベール。二つ名は炎蛇のコルベール。 その名の通り火系統の魔法を得意とするメイジである。 トリステイン魔法学院にて、かれこれ20年間は教師をしている 先日行われた使い魔召喚の儀式の際、彼の生徒の一人であるルイズは前例が無い 人間を召喚し、使い魔とした。 その際、使い魔契約の証として刻まれたルーンは彼の見た事が無いものであった。 魔法学院で教師をやってはいるが、本来は人に物を教えるよりも自分の知識欲を満たす 事を望む研究員肌の人間である。 そんな彼の好奇心を刺激する何かが、その使い魔とルーンに感じれた。 彼はその好奇心を満たす為にあの日以来、図書館にてルーンについて過去の文献を 調べる毎日を送っていた。 図書館内にある、教師クラスのみが閲覧できる区間にてその日も本を漁り続けた。 彼の日々の努力か・・・はたまた、研究員としての本能が悟ったのか。 彼はついに自分の目当ての物を見つけたのである。 自分の好奇心が満たされていく事を感じると共に、その書物に書かれている内容に 冷や汗を流し、彼は文献を読み続けた。 思いもしなかった内容に、彼はその書物を手に取り学園の長。偉大なるオールド・オスマン の下へと向かった。 その日も、トリステイン魔法学院の長。オールド・オスマンは自室にて退屈を持て余していた。 白い口ひげに長く伸びた白髪。魔法のローブを着たその姿はまさに魔法使いである。 齢300歳は越えるとも言われる、彼からは有無を言わせない迫力がある・・・・筈なのであるが・・・。 彼は沈黙を破ると、近くに居る秘書風の女性へと話しかけた。 「ミス・ロングビル。今日は何色かね・・・?」 「オールド・オスマン。申し訳ありませんが意味が分かりかねます」 「ワシは何色と聞いておるのじゃよ・・・。ミス・ロングビル。ワシくらいの男児が色を聞いたら一つしかあるまいて?」 ミス・ロングビルと呼ばれた女性は軽くプルプルと震えた後、呟いた。 「・・・・・黒ですわ」 「ヒャッホウ!!ワシの勝ちじゃよ!モートソニグル!」 イヤラシイ目で笑った後、自らの足元の鼠へと話しかけた。 彼の使い魔と思われるその鼠は、主と同じ様な目つきでニヤニヤと笑っている。 「オールド・オスマン。朝からそのような下卑た事ばかり仰るのでしたら・・・私にも考えがありますよ?」 彼女の周りからドス黒いオーラの様な物を感じる。 窓や机が振動しているような気もする・・・。 「・・・・ごめんちゃい・・・。寂しいジジイの言う戯言じゃよ・・・ボーナス1割増しするからアレだけは止めて欲しいのじゃ・・・」 「そうですか。反省されているのなら私も今日の所は水に流しましょうボーナス2割増しして下さる事ですし」 「え・・・?1わ・・・・・」 「何かおっしゃいましたか?」 人のものとは思えない殺気が部屋を支配した。モートソニグルにいたっては泡を吹いて意識を失っている。 セクハラに対する女子の怒りはギアをも打ち滅ぼすのだ。 「ナンデモナインジャ・・・ナンデモ・・・」 コルベールが学院長室の前へと到達すると、扉一枚隔てた向こうから言い知れない殺気を感じた。 炎蛇のコルベールと呼ばれた彼にさえ感じた事の無い種類の殺気である。 呼吸を整え、いざ扉を開く。 「失礼します。オールド・オスマン・・・」 部屋のドアを開けると、軽く意識を手放しているオールド・オスマンと自らの席に鎮座している ミス・ロングビルが彼を出迎えた。 「ど、どうかしたのですか?オールド・オスマン・・・。何かあったのでしょうか?」 「大丈夫・・。大丈夫じゃよ。ワシはオスマン。オールド・オスマンじゃ・・・」 大丈夫と言う彼の目はあからさまにコルベールを見ていない。そんな様子を見た後、ミス・ロングビルの方へ目を向けると、彼女は我、関せずといった様子で自分の仕事をしていた。 少し考えたコルベールであったが、先ほどの自分の調べた内容の重大さを思い出すとオスマンへと 話しかけた。 「オールド・オスマン。報告があります」 その言葉と彼の雰囲気にオスマンは曖昧な状態から我へと帰る。 「ミスタ・バストール。何かあったのかね?」 「はい。先の召喚の儀式に関してなのですが・・・。ちなみに私はコルベールです。オールド・オスマン」 「ふぉっふぉっふぉ。すまんのう。そうじゃったな。それは昨日夢で見た妖精の名前じゃったわい」 「夢と現実を一緒にしないで頂きたいものです・・・」 「して、何があったのじゃね?」 コルベールは、図書館で見つけた自分の探していた内容の本を彼へと手渡す。 「その本と、この絵を見てください。これは召喚の儀式の際、私の生徒が召喚した人間に刻まれていたルーンと同じものです」 オールド・オスマンは眼光を鋭くし、その姿に相応しい威圧感を発するとミス・ロングビルへと声を出した。 「ミス・ロングビル。席を外しなさい」 先ほどまで、自分の怒りのオーラに震えていた人物とは同一人物とは思わせぬ迫力を感じ取ると 2人へと一礼し、彼女は無言で部屋から出て行った。 「詳しく説明をするのじゃ。ミスタ・コルベール」 先日、魔法の失敗の原因が分かるかも知れないと言ったファウストとルイズは部屋で語り合っていた。 「・・・・そうですね。法力の主な理論としてはこんな所ですかネ」 「それにしてもすごいわねぇ・・・。理論化した法力を学べば、平民でさえ扱う事が出来るだなんて・・・」 「まぁ、それでもきちんと扱うにはそれ相応の努力が必要なんですけどね・・・。ルイズさんの頑張りならすぐにでも修める事が出来るでしょう」 「私の魔法の為ならいくらだって努力してやるわ!それで、私が法力について知識を深めた方がいい事は分かったけどあんたの方はどう?この世界の魔法については?」 ルイズの自室に広がっている書物を見渡し元にあった場所へと返却していく。 「大体は理解しましたヨ。この世界の魔法は実に奥が深い。ここにある書物に書き記していない事がまだまだあるでしょうね」 「もう全部覚えたの・・・!?私が必死に覚えた内容をここ数日で・・・文字も最初は読めなかったのに・・・」 「これでも医者ですので・・・ネ?」 「関係ないと思うけど・・・・。それなら後は私があんたから法力を覚えればいいのね・・・・」 ぐぅぅぅぅぅぅぅ・・・・とファウストの方から音が鳴り響く。 どうやらもう正午のようだ。魔法の事になるとついつい周りが見えなくなってしまう癖が 自分にはあるようだ。 ファウストの方へと向きなおす。 「今日はここまでにしましょうか。もうお昼だもの。お腹すいたわよね?」 「ハイ、ルイズさん!ごはんー!ごはんー!」 「分かったわよ。それじゃぁ食堂へ行きましょうか?」 学院のメイドであるシエスタは、その日も忙しい昼の時間帯をきりきり舞いになりながら仕事をしていた。 最後のメニューであるデザートを貴族へと運んでいた。 食堂の一角で、貴族の少年たちが声を上げていた。 どうやら金髪のキザな少年に対し、周りが冷やかしの言葉をかけているようだ。 「なあギーシュ! お前、今は誰と付きあっているんだよ!」 「誰が恋人なんだ? ギーシュ!」 ギーシュと呼ばれた少年は口に咥えていた薔薇を右手へと持ち直した。 「何をいっているのだね君たちは?僕は薔薇だ・・・そう・・・薔薇は皆を楽しませる為に自分を美しく咲かせる・・・。そんな僕が特定の女性と付き合うなどと・・・」 優雅に舞う様に踊りながら語る彼のポケットから、ガラスの小瓶が落ちた。紫色をした液体が中に詰まっている。 彼らはそのことに気付かず、話に夢中になっていた。 「貴族様、こちらをお落とされましたよ」 ギーシュへとそれを差し出したが、彼は一瞥しただけですぐに話へと戻っていった。 「こちらへ置いておきます。失礼致します」 シエスタは、彼らの近くの席へとそれを置いて仕事へと戻ろうとした。 「ん?その香水はモンモランシーの香水じゃないのか?」 「そうだ!その鮮やかな紫色は、モンモランシーが自分の為だけに調合している香水だぞ!」 「それが、ギーシュ。君のポケットから落ちたという事は・・・君のお相手はモンモランシー と言う事になるな?」 彼が反論を言おうと席を立った時、後ろのテーブルに座っていた少女も立ち上がった。 栗色の髪の、可愛らしい少女である。彼女はギーシュの前へ出ると。 涙を流した。 「ギーシュ様。やはり、ミス・モンモランシーと・・・」 「ケティ、待ちたまえ。それは誤解だよ。話を聞いてくれたま・・・・」 キッとギーシュを睨み付けると、思い切り彼の頬へ平手打ちを放った。 「言い訳なんて聞きたくありません!さようなら!!」 走って食堂を出て行った彼女と入れ替わりに見事な巻き髪の女の子が ギーシュの元へとやってきた。 「モンモランシー!誤解だ!待ってくれ!!話を・・・」 「聞くまでもないわ。貴方があのケティって子に手を出していた事実は変わらないもの・・・」 近くにあったワインボトルをギーシュの頭上へと持っていくと、ドボドボと中身を頭にかけた。 「浮気者!!」 と、怒鳴り散らすと彼女もその場から立ち去っていった。 暫く、呆然としていたギーシュであったが、ハンカチで顔を拭くと芝居がかった言い回しで喋った。 「フフフ。どうやら彼女たちは薔薇という花の真の美しさを知らぬようだね」 一部始終を見ていたシエスタは、残りの仕事を思い出しその場を離れようとした。 「そこのメイド。待ちたまえ。黒髪の・・・君だよ」 「貴族様。何か御用でしたでしょうか?」 「君が軽率に香水の壜なんか拾い上げたおかげで、二人のレディの名誉が傷ついた。どうしてくれるんだね?」 「私は、この学院に雇われているメイドとして、貴族様がお困りになられないように落し物を拾って差し上げただけで御座います」 ギーシュはこの言葉に面食らってしまった。自分の考えていた事と全く違う反応である。 沈黙しているギーシュを見て 彼の周りの少年達はどっと笑った。 「そうだぞ!ギーシュ!そもそも君が二股なんかかけるからこういう目にあうんだぜ?」 「そうだそうだ!俺たちモテナイ男のしっと心に対して失礼だぞ!!」 なんやかんや少年たちが言った台詞をギーシュは全く聞いていなかった。 シエスタへ向き直ると低い声で言った。 「君は、貴族に対しての態度がなっていないようだね。君達平民・・・」 「なっていないと言われようと、自分の正義を曲げる事は出来ません。これは祖父から日々教えられた事ですから。それが貴族様のいう事であろうと、私は自分を曲げる事は出来ません」 この言葉に、食堂は静まり返った。特にギーシュと親しく、彼が貴族としてのプライドは人一倍強い事を知っている生徒達は息を呑んだ。 当然、この様子をみていたのは貴族達だけではない。他の給仕をしているメイド達やコックもこの喧騒を見つめていた。 ただでさえ冷や冷やと見ていた者達もシエスタの台詞は予想外すぎた。 貴族が白と言えば、黒い物でも白いといわなければいけない。それが貴族と平民の関係だ。 シエスタはそのルールを破ったのだ。 誰もが、声も発することなく成り行きを見つめ続けていたその時。 彼女達は現れたのある。 「おや?どうかしたのですかねぇ?人だかりが出来ていますよ」 「何かあったのかしらね?そこのメイド。何か見せ物でもやっているのかしら?」 シエスタの同僚であるメイドは、ルイズへと事の成り行きを説明した。 「あのギーシュの女ったらし・・・。完全に自分が悪いじゃないの。それを平民になすりつけるなんて貴族の風上にもおけないわ。それにあの黒髪のメイド・・・以前ファウストに食事を頼んだ子じゃない」 「そうです。アレはシエスタさんに間違いありません。ルイズさん・・・」 「えぇ。言われなくても分かっているわ。止めに行くわよ」 ギーシュがシエスタの方へ杖を突きつけ、声を発しようとした時 目の前にルイズと背の高い異様な男が現れた。 「・・・何か用かね?ルイズ。僕は今から礼儀がなっていないメイドに躾をしなきゃいけない所なんだ。退き給え」 「何言ってるのかしらギーシュ?事情は聞いたわよ。完全にあんたが悪いじゃないの。確かにそこのメイドは礼儀はなってなかったかも知れないわ。でも間違ってもいない。アンタは自分の腹いせに彼女に絡んだだけじゃない」 「ルイズ。君まで僕を馬鹿にするのかい?いいだろう・・・。そのメイドを庇うというなら・・・・決闘だ!!」 「上等よ!!」 ギーシュの発言に、食堂は騒然となった。貴族同士の決闘はご法度だ。それを彼は宣言したのである。 ギーシュの周りの少年も彼を諌めようと話しかけた。 「ギ、ギーシュ。気持ちは分かるけども決闘は行きすぎじゃないか・・・?それに貴族同士の決闘はご法度だぜ?先生に見つかりでもしたら・・・」 頭に紙袋をつけた背の高い男が、彼らの前へと歩いてきた。 「まぁまぁ。みなさん。落ち着いて下さい。それに貴族同士の決闘は禁じられているのでしょう?」 突如、話に参入してきた謎の男にギーシュを始め少年たちは彼の顔を見上げた。 「誰かと思ったらルイズの使い魔じゃないか。紙袋を被っているなんてふざけている。貴族の前で失礼だとは思わないのかい?」 ギーシュはファウストを一瞥すると鼻で笑うようにそう言った。 「それとも何かね?君がご主人様の代わりに僕と決闘でもする気かい?それなら貴族同士の決闘ではなくなるがね」 「いいでしょう。聞き分けの無い子にはオ・シ・オ・キが必要のようですからね。戦う気はありませんでしたがそれも大人の務め。私がお相手いたしましょう」 「ちょっとファウスト、何を勝手に・・・!!」 「ハハハハハっ!!貴族でもない使い魔の・・・しかもルイズの使い魔の君が僕にオシオキすると!?いいだろう!その思い上がり・・・僕がたっぷりと後悔させてあげよう!!決闘だ!!!」 彼は目を怒りの色へと変えて叫ぶと食堂から出て行く。 「ヴェストリの広場へ来たまえ!!そこが決闘場だ!!」 出て行った彼を追うように周りの少年たちもその場を後にした。 前ページ次ページ紙袋の使い魔
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前ページ次ページ紙袋の使い魔 決闘の日から一週間程の時間が流れた。 ファウストの自室はルイズしか入らなかったが、人の出入りが多くなった。 あの日以来、ギーシュは平民だからといって高慢な態度を取る事は無くなり、モンモランシーとの中も好調であるらしい。ときおりファウストの下へ話をしにきたりしているようだ。 シエスタ、マルトー、コックやメイド達は、自らの体を張ってシエスタを守ってくれたファウストを「我等が槍」、「紙袋の名医師」、「お茶目なお医者様」と呼び慕っている。 キュルケは今まで以上にルイズをからかい、タバサはちびファウストくんと共に遊びに来ては彼に病の事について話をしにきている。 ルイズはと言うと・・・・。 決闘以来、今まで自分に対して馬鹿にした態度を取っていた生徒たちが、畏敬の視線を浴びせてくるようになった事を疑問に感じていた。 ファウストのおかげかしら?と自分に優位な考えで解釈していたが。 今まで通り、ファウストと自身の魔法について意見を交わし、裏庭なんかで実験を繰り返す。 そんな日々である。 あっという間に一週間が立ち、虚無の曜日がやってくるのであった。 「ファウスト。今日は虚無の日よ。街へ買い物に行きましょう」 「虚無の日?お休みの日ですか?」 「ええそうよ。前に言ってたでしょ?武器が無いって。この前の決闘の時の槍ってニセモノだったんでしょ?街でちゃんとした物を買ってあげるわ」 「別に武器が欲しい訳じゃないんですがねぇ・・・。まぁ、折角のご好意。断る訳には行けませんねー」 その日も、普段どおり部屋にて勉強、そして練習を行うと思っていたファウストであったが、今日は違うようだ。 この世界の町というものを見たことが無かったので、準備をし、ルイズへと着いていった。 「ルイズさん、街は遠いのですか?」 「そうね。馬に乗って三時間くらいね」 「案外かかりますねぇー。ルイズさん、詳しい場所は分かるのですか?」 「大丈夫よ。何故かしら?」 「それならコレを使って行きましょう」 鞄をガサゴソと漁ると、とても大きな扉が出てくる。 「何処○もどあ~」 少ししゃがれた声で高らかに言った。 あの鞄の中身はどうなっているのであろうか?気になってしょうがない。 「・・・・それは何なのかしら?」 「コレを使えば知っている場所へすぐ着きますヨ。さぁルイズさん、場所を思い浮かべて下さい」 「気にしない気にしない。一休み一休み・・。気にしたら負けね。行きましょうか」 考えるのを止めたルイズはファウストと共に、扉へと入っていった。 その日もタバサは、朝早く起きて読書をしていた。庭の木の下でだ。 隣にはちびファウストくんと彼女の使い魔である、シルフィードが遊んでいる。 「きゅいきゅい!ちびファウストくん!そこはダメなのね!」 タバサは無言で杖の頭でシルフィードを叩いた。 「喋ってはダメ。だれが見ているか分からない」 「お姉さまのイジワル。だってちびファウストくんがシルフィの変なとこ舐めるのね」 「喉元を舐められただけ。そういうサービス発言はいらない」 彼女の言っている意味が分からないシルフィードはそのままちびファウストくんとじゃれあっていた。 「そろそろ時間。ちびファウスト。あなたのご主人様の所へ行きましょう」 彼女はお昼過ぎのこの時間、いつもファウストの元へと向かうのであった。 自分が知らない未知の魔法について、そして医者だという彼に病についての質問をしている。 頷いたちびファウストくんを引き連れ、彼女はファウストの元へと向かった。 「いってらっしゃいなのねー。お姉さ・・・痛っ・・・・」 シルフィードに軽いエアハンマーでオシオキした後、ファウストの部屋の前に着いた。 しかし、ノックをしたが反応が無い。彼女は一応断りの台詞を入れて部屋を開けた。 「・・・・誰もいない。ルイズも。虚無の曜日だから出掛けた・・・?」 部屋の前で考えているとキュルケが自室から出て来たらしく話しかけてきた。 「どうしたのタバサ?何、今日もミスタ・ファウストへ質問タイム?熱心ねぇ。それで、部屋の前で何してるのかしら?」 「居ない。どこかに出掛けたらしい」 彼女の台詞を聞いたちびファウストくんが服を引っ張っていた。 「・・・場所が分かるの?着いて来い?」 こくこくと呟くちびファウスト君。 「すごいじゃないのタバサ!話が分かるの?」 「何となく」 「それで、行くのかしら?私も着いてっていいかしら?」 こくりと頷くと、部屋の窓を開け、口笛を吹いた。 窓枠によじ登り、そのまま外へと飛び降りた。 何も知らない者が見たら頭を疑うであろうその行動にキュルケは全く動じず、自身もその身を空へと躍らせた。 ばっさばっさと力強く翼を羽ばたかせ、シルフィードは彼女等を受け止める。 「いつ見ても貴女のシルフィードは惚れ惚れするわねぇ」 そう、タバサの使い魔、シルフィードは竜の幼生なのであった。 「どっち?」 ちびファウストくんはその問いに、東の方へと指をさす。 「あっちは街のほうね。虚無の曜日だから街に買い物にでも出かけたのじゃないかしら?」 キュルケの恐ろしいまでの推理にタバサは頷き、シルフィードを街の方へと急がせるのであった。 扉から出ると、そこには街が広がっていた。 「ほんとーに何でもありねあんた・・・。驚かないって決めてたのに驚いちゃったわ。その内奇跡の一つでも平然とおこしそうね・・・」 「ルイズさん・・・奇跡とは、待つものではないのです。日々の努力が奇跡へと繋げるのです。そして奇跡を起こさなきゃいけないのが医者なんですよ。例え1%を切っている確率でも、我々医者は成功しなきゃいけない。いえ、させるのです」 「これはお医者様とは何の関係無いでしょう!?ごまかそうとしたってそうはいかないんだから!」 「あひゃ!バレましたか!細かい事気にしてたらハゲちゃいますよぉ~ルイズさん!」 もう付き合ってられないとばかりに、ファウストへと背を向けると、街の奥へと歩いていった。 途中、ファウストは何度も人とぶつかっていたが、その度に相手から何とも言えない声がしていた。 「ルイズさん。ここはスリが多いですねぇ~」 「え!?あんたもしかしてスラレたの!?」 「そんな訳無いじゃないですかー。スロウとしてたのでぶつかって来た時に体を少し弄ってあげただけですよぉー」 その日、町でスリをしていた連中は、変な被り物をしている貴族の連れから財布をスロウとしたが ことごとく失敗に終わった。その際、体に軽い違和感を感じ意識を失ったのだが、目が覚めるとニキビが治っていたり、水虫が治っていたり、体のありとあらゆる異常が治っていた。 紙袋を被ったあの男は始祖の使いに違いない、そう信じ、あの男に救って貰ったこの体。悪さをすることは出来ぬと改心し、まっとうな職を探すのであった。 その日以来、街での犯罪件数が激減したのであった。 ルイズは目的の店の看板を見つけると嬉しそうに呟いた。 「あったわ。中に入りましょう」 店の中は薄暗く、ランプの灯りが灯っていた。周りを見渡すと、甲冑や剣、大きな出刃包丁のような剣など様々な武器が置いてある。いかにも武器屋といった様子だ。 店の奥でパイプを咥えていた50がらみの店主らしき男は、店に入って来た人物が貴族であると気付くと低い声で喋った。 「旦那。貴族の旦那。うちはまっとうな商売をしてますぜ。貴族様に目をつけられる様な事は一切合財しておりませんや」 「違うわ。客よ」 「これはこれは!貴族様が剣を!こりゃおったまげた!」 「違うわ。私のを買いに来たのではないわ。ファウスト。入ってらっしゃいな」 店主は黙ってその様子を見ていたが、入ってきた男に驚き声を出すことが出来なかった。 なんせその男扉を狭そうにくぐったかと思うと部屋の中で立ち上がった。 自分が見上げる程の大男。店主は自身の体格で見上げる程の男に出会うのは武器屋生活25年間の中で初めてである。 「貴族様・・・こちらの方用の武器で御座いますか?」 「ええ。そうよ。私の使い魔のファウストよ。槍を探しに来たのだけども・・・」 主人はいそいそと店の奥へと消えると、次々と槍を並べていった。 「貴族様、そちらの方にあうような武器になりますと当店にはこのくらいしか御座いません」 そういうと店主は槍の説明をしていった。 「右から、かつて伝説の白い魔人が使ったと言われる「テックランサー」、何度倒されても決して諦めずに姫を救った騎士アーサーの使ったと言われる槍、ナイトと呼ばれた騎士が使ったとされる全てを貫く「ミストルテイン」で御座います」 「どれも強そうな槍ねぇ・・・どれがオススメなのかしら?」 「どれもオススメで御座いますよお客様。これらの武器なら世間を騒が盗賊を見事撃退できますぜ」 「盗賊・・?」 「ええ。何でも土くれとか呼ばれているメイジの盗賊が、貴族のお宝を盗みまくってるらしいですぜ」 ルイズは盗賊へはあまり興味は無かったが、見れば見るほど素晴らしい武器たちに目移りしてばかりである。 「どう?ファウスト。この中にあんたに使えそうな槍はあるかしら・・・?」 「う~ん。私は別に凄い武器が欲しいって訳じゃないんですがねぇー。どれもこれも強い何かを感じるのですが」 その時、乱雑に積み上げられた剣の中から、声がした。渋く、若本御大のような声が。 「何言ってるんだ?オメェ。武器屋に来て武器をいらないとはどういう要件でぇ」 ルイズとファウストは、声のする方へ近づくがそこには人の影はない。 「何~処見てんだいお前さんたち?俺ぁ、目の前に居るゼェ~?」 どうやら声は目の前の剣から発せられているらしい。 「面白いデスね。剣が喋るとわ!実に興味深い!あ・・・そういえば鍵も喋ってましたね・・・」 ファウストがそういうと、店主は剣へと怒鳴りかけた。 「デル公!大事なお客様に変な事言うんじゃない!」 「お客様だぁ?そいつ武器を求めていないじゃないのさぁ~!」 剣と店主の間で険悪なムードが広がる。 少し考えるとファウストは、間へと割って入った。 「まぁまぁ。抑えて下さいお二人さん。デル公さんあなた面白いですよぉー実にね」 「武器がいらねぇ奴に褒められても嬉しく無いッつーの!それに俺の名はデルフリンガーって名があらあなぁ!」 「それはすみません。私の名はファウスト。以後お見知りおきを・・・」 剣は黙ると、じっとファウストを観察するように声一つ発しなかった。 しばらくし、剣は小さな声で喋り始めた。 「こ~いつはおでれぇたぁ!おめぇ使い手じゃないのさぁ~」 「使い手・・・と申しますと?」 「自分の事も把握してないのかいぃ?まぁいい。俺を買いな。武器屋に来たって事は一応なりにもそれ相応の物を探しに来たんだろう?損はさせないゼェ?」 剣を手にし、沈黙していたファウストはルイズへと話しかけた。 「ルイズさん。私、このデルフリンガーくんでいいです」 「ちょっとファウスト。あんた槍がいいんじゃないの?」 「まぁそこの所は何とでもなりますヨ。それに面白いじゃありませんか。喋る武器・・・。デルフリンガーくん?」 「何だぁ?使い手」 「君を買いましょう。ただし、条件が一つあります」 「何でも聞いてやるぜぇ。こんな場所で朽ち果てていくくらいならどんな条件でも受け入れてやらあなぁ!」 「それは重畳。ではルイズさん。お願いします」 ルイズは多少不満げな顔をしていたが、自分の使い魔のいう事を素直に信じる事にした。 本人がこれでいいと言っているのだ。無理に止める事もないだろう。 「あれ、おいくら?」 「あれなら百で結構でさぁ」 「あら安いわね。今日は家が買えるくらいのお金は持って来てたのに」 「あっても邪魔ばっかするんで、こちらとしてもいい厄介払いでさ。ちなみに先ほどの槍なら一本でお客様の手持ち分程で御座いまさぁ」 ルイズは財布から、金貨百枚を店主へと手渡すとファウストと共に店を出て行った。 店を出ると、ファウストは喋る剣へと話しかける。 「それではデルフリンガーくん。先ほどの話、聞いていただきますよ?」 「おう!ど~んと来いやぁ!男に二言は無いゼェ!」 「では、あなたを私の使いやすい様にイジらせて貰いますネ!」 「・・・・は?何の話をして・・・」 「それでは!オペ開始デス!」 ルイズの目の前で嬉しそうなファウストと泣き叫ぶ剣の狂宴が始まった・・・。 ルイズは何が行われているかをあまり見たくないので、耳を塞ぎながら 後ろを向いてしゃがみこんだ。 「ちょ・・・何をぉ・・・あっ!そこはダメ!」 「大丈夫デス。すぐ済みます。ほら段々と・・・」 「そんな所までぇ・・・ダメだぁ・・・バカになるぅ!」 剣が喘ぎだした・・・ルイズは今朝あまり御飯を食べてこなくて良かったと 本気で思った。 「らめぇぇぇぇぇ!俺は・・・俺は・・・アッー!!」 どうやらそのおぞましい何かが終わったようだ。 ルイズはゆっくりと振り返る・・・。 「オペ完了デス。お疲れ様でしたデルフリンガーくん」 めそめそと小さい声で呟く。 「ううっ・・・ブリミル・・・オレァ・・・汚されちまった・・・。6000年間生きてきたがこんな使い手初めてだ・・・。ところでブリミルって誰っけか?」 「フフフ・・・あなたは生まれ変わったのですよデルフリンガーくん!そう!私の使う万能文化メス・・・デルフちゃんとして!」 デルフリンガーは既に剣では無かった・・・。この世界には存在しない武器(?)ファウストのメスとして生まれ変わったのだ。初めてみる形にルイズは興味を持つ。 「へぇ・・・これがアンタが言ってたメスってやつなんだ?」 「そうですよ。あるときは手術時の最愛のパートナー・・・またあるときは私を守る武器・・・そしてオシオキ兵器」 デルフリンガーを掲げながらうっとりとする。 「どうです?ルイズさん・・・いい輝きでしょう?フフフ・・・フフ・・」 ファウストがいつにもなく怪しい。 「そ、それは良かったわね。目的の物も手に入った事だし帰るとしましょうか」 「・・・そうですね。何処で○どあ~」 それから程なくして街へと着いたタバサとキュルケであったが、目的の人物たちが既に帰った事を武器屋の店主から聞くと・・・。 「タバサ・・・私たちって・・・完全に・・・」 「それは言わない方がいい。自分たちが傷つくだけだから」 「そうね・・・・」 彼女等は素直に学院へと帰っていった・・・。 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前ページ次ページ創世の使い魔 創世の使い魔 第0章 ―とある酒場にて― ――『彼』の話を聞きたいって? 珍しい事もあったものだ。『彼』の話を聞きに来たのは君が初めてだ。 おっと、気を悪くしたかな。いつもは船に関係することばかり話してるものでね。 ああ、『彼』の事はよく知ってるよ。『彼』の事を調べるのはとても興味深いからね、まぁ私の数少ない趣味さ。 『彼の伝説』の伝説は至る所に存在する。 例えばフランスの昔からあるおとぎ話で、杖を携えた少年が暴君を倒すというお話は、とても有名だ。絵本にもなっているね。 実のところ、かの王を殺したのは『彼』ではないのだけれど、少なくとも関係者であるという資料は残されている。 そも『彼』の伝承を遡ると、実は文明発祥の時代まで遡ることができる。 いや正確には、それ以上遡るための資料がないと言ったほうがいいかもしれない。 アフリカにその頃に描かれた壁画が残されているんだけど、『彼』の特徴と一致する人物の絵が複数箇所で発見されている。 他にもチベット仏教の経典には、『輪廻の外に在る者』『未来の導手』『昼と夜の間に立つ人』という称号とともに『彼』の名が残されていて、 その扱いは最高指導者であるダライ・ラマと同等であるともされているんだ。ただ、ラマたちと異なっているのは『彼』は 輪廻する事無く――つまり死ぬこと無く、今もどこかで生きているとされている点だね。 他にも『飛行機』を発明できたのは『彼』のおかげだという話もあるし……そうそう、ファーストフードの代名詞であるハンバーガーの考案に 協力した、なんていうのもあるね。 冗談みたいだろう?同一と思われる人物が世界各地の異なった時代に――しかも20世紀まで、その痕跡を残してるなんて。 一度だけ、考古学の分野で彼の事が取り上げられた事があるんだけど、そのときは一笑に伏されてしまったらしい。 まったく、悲しいことだね。 旧約聖書の創世神話はあれだけ人々に信じられているのに、たった一人の英雄が人類文明を『復活』させた、というのは 彼らにとってみれば陳腐な妄想にすぎないようだ。 あぁそうそう。時に君は、『オーパーツ』という言葉を知っているかい? 場違いな工芸品――Out Of Place Artifacts、略してOOPARTS。 考古学上、当時の文明では加工する事や製造することが困難な出土品の事を指す言葉だ。 さて、いま私が首から下げているネックレスだがここにはまっている宝石がなにか、君は知っているかい? ラピスラズリ? アイオライト? ターコイズ? 残念、どれも違う。 この石はね、『プライムブルー(原初の蒼)』というんだよ。 素敵な名前だろう。 うん? 何の関係があるって? いやいや、それが大有りなんだよキミ。 この『プライムブルー』こそが、そのオーパーツと呼ばれるべき宝石なんだよ。 それは何故か。それはね、この宝石の元素と分子構造は特殊でね。地球上にはまず存在しない物質なんだそうだ。 これは、学者先生のお墨付きだよ。 落下した隕石に含まれたんじゃないかって? それはまた夢のない話だ。人を納得させる説得力としては、まぁ十分だけどね。 で、これがなぜオーパーツと呼べる物なのか。 ちょっと、見てくれ。きれいな形をしてるだろう?まるでカットしたかのようだ。 この宝石は『このままの状態』で発掘されたんだ。おおよそ、六千年前の遺跡からね。 どうだい、夢のある話じゃないか。 他にも………。 ………。 ………。 ――いや、そうか。失礼した。 ここにいる時点で気づくべきだったね。 君はわざわざ、この『私』に『彼』の話を聞きに来たのだから。 その理由なんて、たった一つしかありはしない。 いいだろう。『私』までたどり着いた事に敬意を評して、話そうじゃないか。 この私――クリストファー・コロンブスが見聞きし、調べ上げた本当の物語を。 光と闇の使者、『アーク』によって創りだされた『天地創造』の神話を……。 前ページ次ページ創世の使い魔
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前ページ次ページ無情の使い魔 「待ちなさい!」 そこへやってきたのは、今まで教室で泣き崩れ、今になって食堂へとやってきたルイズだった。 騒ぎの原因は他の生徒の話によると、ギーシュが落とした香水の瓶をシエスタが拾い、それによって彼が一年の女子と同級生のモンモランシーとで二股をかけていたのがバレてしまった。 そして、その責任を瓶を拾ったシエスタに擦り付けようとしたら桐山が介入し、あろう事かギーシュを殴り倒してしまった事でここまで騒ぎが発展してしまったという。 「ギーシュ! 馬鹿な真似はやめて! 学院での決闘は禁止されているはずでしょ!?」 「それは貴族同士の話だよ。使い魔とではない」 鼻で笑うギーシュはさらに続け、 「君の使い魔の躾がなっていないから、この僕が代わりに躾けてやろうというんだ。少しは感謝してもらいたいね」 そう言って食堂から去っていった。 唇をかみ締めるルイズは未だに平然と立ち尽くしている桐山の方を振り返り、彼に詰め寄る。 「あんた、何を勝手な事やってるの! 貴族であるギーシュを殴り倒すなんて!」 「あ、ああ……キリヤマさん。申し訳ありません……わたしのせいで、こんな事に……」 ルイズが喚き散らし、シエスタが泣き崩れて詫びているがやはり桐山は全くの無表情である。 すると、桐山は持っていた本をシエスタに手渡す。 「ヴェストリの広場はどこだ?」 彼が発した言葉にシエスタは蒼白になり、首を横に振る。 「いけません、キリヤマさん! 貴族と決闘なんかしたら、殺されてしまいます!」 「主人の許可もなく、そんな事をするのは許さないわ!」 しかし、桐山はすぅと目を閉じ、二人を無視して食堂を後にしていく。 慌ててその後をルイズは追った。 「ちょっと、どこへ行くの!」 「ヴェストリの広場を探す」 即座に返され、ルイズは唖然とした。桐山はやる気だ。 彼は怒りや屈辱などといった感情を抱いている訳でもない。なのに、何故決闘を受けようとするのか。 「貴族に平民が勝てる訳ないじゃない! そんな事は許さないわよ!」 桐山の正面に立ち塞がり、必死に叫ぶルイズ。 メイジである貴族には魔法があるのだ。対して、桐山は明らかに平民。勝算は無きに等しい。 「ちょっと……!」 桐山はルイズの脇を通り、さっさと立ち去ってしまう。 桐山は他の生徒達が自分を見つつ血相を抱えて移動するのを見て、 その方向からヴェストリの広場の場所を勘で推測し、そこへと辿り着いていた。 「諸君、決闘だ!」 ヴェストリの広場にギーシュは薔薇の造花を模した自らの杖を掲げ高らかに宣言をする。 集まってきた群集から歓声が湧き上がる。 「逃げずに来たとは、その勇気は褒めてやろう!」 目の前に佇み、こちらを見つめてくる桐山に杖を突きつけるが、やはり無表情のままだ。 「何とか言ったらどうだね? ……いや、平民に貴族の礼儀を期待する方が間違っているか」 鼻で笑うギーシュ。 恐怖で声が出ないのか、とも思いたいが残念だがそうではなさそうだ。では、何も考えていないのか。 だが、どうであろうと決闘は続ける。そして、貴族の力を平民に思い知らせてやるのだ。 「あんたの使い魔、大丈夫なの?」 やってきたルイズの隣に立つのは、寮生活において隣部屋同士であるキュルケだった。 「大丈夫な訳ないでしょ。……もう、何であんな決闘なんか受けるのよぉ」 額を押さえ、ルイズは顔を歪めていた。 「でも彼、とても落ち着いてるわね」 ルイズから見れば落ち着いている、というよりは何も考えていないようにも見えた。 「だからって、平民が貴族に勝てる訳がないでしょ!」 ルイズの願いとしては、桐山がわざと負ける事によりそれでギーシュが満足してくれる事だけだった。 今、ここで使い魔を失う訳にはいかない。 使い魔が負けたと、恥をかくことになってもそれだけは避けなくては。 「あなたはどう思う?」 キュルケは自分の脇で無関心そうに本を読むタバサに語りかける。。 「結果をは見ないと分からない」 (彼……ただの平民じゃない) タバサはちらりと桐山へ視線を向けていた。 先日、ルイズが彼を召喚した時から彼から異様な威圧感を感じ取っていた。 恐らく他の生徒達はそれで恐怖などしか感じられていないだろうがタバサは違った。 (……血の臭いがする) それは祖国からの過酷な任務をこなし、時には血を流し、実戦経験が豊富なタバサだからこそ嗅ぎ取れるものだった。 あの少年は、その手を血で濡らしている。人を、殺めた事がある。 彼がここに召喚される前、一体何をやっていたのかは知る由もない。 だが、確実に彼は自らの手で、しかも事故などではなく実戦で人を殺めている。 それも一切の躊躇いも、容赦もまるで無く。 (わたしと……同じ?) 「雪風」の二つ名を持つ自分よりも遥かに冷たい、一切の感情が宿っていない凍りついた瞳……。 まるで人形のようなその瞳が、自分とそっくりに思えた。 学院長室へとやってきていたコルベールは学院長であるオスマンと会話をしていた。 春の使い魔召喚の際に、ルイズが平民の少年を呼び出し、そして彼に刻まれたルーンが見た事がないものであったことを話していた。 オスマンは、コルベールが描いたルーンのスケッチを見つめた。 「あの少年の左手に刻まれているルーンは……伝説の使い魔『ガンダールヴ』に刻まれていたモノとまったく同じであります……」 「つまり、君は彼が伝説の使い魔、『ガンダールヴ』であると、そう言いたいのかね?」 「……まだ憶測の域を出ませんが、その可能性は大いにあります……」 普段なら何かを新しいものを発見すれば子供のようにはしゃぎだすはずのコルベールであったが、今度ばかりは様子がおかしい。 何やら、酷く思い詰めた様子だった。 「どうしたのだね? そんな顔をして。お主らしくないではないか」 「……いえ、何でもありません」 苦々しい表情のままコルベールは首を横に振る。 何か訳ありのようだ。オスマンは問いただすのを中断する。 「ふむ……。――誰かね? 入りたまえ」 その時、コンコンッっとドアがノックされた。 扉の向こうから現れたのは、オスマンの秘書ミス・ロングビルだった。 「ヴェストリの広場で、決闘をしている生徒がいるようです。 教師達は、決闘を止めるために『眠りの鐘』の使用許可を求めております」 「たかが子供の喧嘩を止めるのに、秘宝を使ってどうするんじゃ。放っておきなさい。 ……で、誰が暴れておるのかね?」 「一人は、ギーシュ・ド・グラモン」 「あのグラモンとこのバカ息子か。血は争えんのう。……それで? 相手は誰じゃ?」 「それが……、ミス・ヴァリエールの使い魔のようです」 その返答とともにコルベールの顔が蒼白になった。 「いけない……! すぐに止めなくては!」 「どうしたと言うのかねミスタ・コルベール、そんなにあわてて…さすがにグラモンの馬鹿息子も平民を殺したりはせぬよ」 そうまくしたてるコルベールをなだめながらオスマンは言う 「……使い魔のことを言っておるのです。……あの少年は、普通ではない」 人を殺める事に何の躊躇もしなさそうな無情の瞳。 彼が誰かと争わなければ良いと願っていたのが早々に打ち砕かれる。 それで誰かを傷つけでもしたら……。 「私が止めてきます」 意を決したコルベールは踵を返し、学院長室を後にした。 「それで……本当によろしいのですか?」 「うむ。まあ、放っておきなさい。子供同士の喧嘩じゃ」 と、言いつつ彼女の尻に手を伸ばそうとするオスマン。 手が触れる寸前で、ロングビルの肘鉄が彼の頭に叩き込まれていた。 「僕はメイジだ、だから魔法で戦う。よもや文句はあるまいね」 しかし、やはり桐山は無言である。 構わずにギーシュは杖を振り、造花の花びらを一枚地面に落とす。 零れ落ちた花びらは光と共に、甲冑を纏った女性を模したゴーレムへと変化する。 「僕の二つ名は「青銅」のギーシュ。よって、青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手をするよ」 桐山はワルキューレを見て、くくっと小首を傾げていた。 ギーシュが杖を振ると、ワルキューレは桐山に向かって前進し始める。 桐山はガチャガチャと音を立てて走りこんでくるワルキューレを、そしてギーシュを交互に見比べていた。 (ふっ……一瞬で片付くな) ボーっとしていて隙だらけに見える桐山にギーシュが勝利を確信して笑みを零す。 だが、それだけではこちらの気が済まない。わざと急所を外して少し甚振ってやらねば。 自分の顔をあれだけ思い切り殴った代償を払ってもらう。正直、まだズキズキと痛む。 ワルキューレが拳を突き出し、それは桐山の顔面を強打するはずだった。 (何……!?) 確かに、その一撃は彼の顔面に入った。 しかし、桐山は顔を殴られた方向に向かって動かす事で衝撃を受け流し、全くの無傷だった。 「どうしたギーシュ!」 「さっさとやっちまえー!」 その光景を目にした多くの生徒達は桐山が無傷である事に一瞬、唖然としたが一部からそのような野次が飛ぶ。 ワルキューレはギーシュの命令により、次々と連打を繰り出す。 パンチが、蹴りが、目の前にいる平民を地に伏させるべく容赦なく繰り出されていく。 (……何故だ?) ギーシュはその光景を見て、顔を顰める。苛立ちが湧き上る。 (何故、奴は無傷なんだ?) 桐山はワルキューレの猛攻を常人とは逸脱した絶妙な、そして優雅な動きで次々と回避している。 その際、彼はかすり傷一つも負ってはいない。 そして、その間にも彼は相変わらずの無表情だった。 「……な!」 ギーシュは目を疑った。 何が、起きたのだ。 桐山がワルキューレの攻撃を体を横へ捻って回避した途端、ズガッという音と共に突然ワルキューレが大きく吹き飛ばされていたのだ。 10メイルは吹き飛ばされたワルキューレは群集達に向かって飛んでいき、彼らは慌ててそれをかわした。 そして、学院の壁に激突し、バラバラに崩れ去る。 今まで桐山の神がかりな回避に静かだった群集が、今度は完全に沈黙する。 「な、何が起きたんだ」 「いや……平民が攻撃をかわした途端に……」 「な、あいつ……何をしたの」 今、目の前で起きているのは現実だ。 先程からルイズは唖然とし、口を開けていた。 平民であるはずの桐山が常人離れした動きで攻撃をかわし、挙句の果てにゴーレムを吹き飛ばしてしまったのだ。 何をしたのか、全く見えなかった。 (あいつ……あんなに強かったの?) 驚きと共に、何故か嬉しさが生じてくる。 極めて寡黙で雑用くらいしかできない平民だと思っていたのが、まさかあれ程にまで強いなんて。 決して、役立たずな使い魔ではなかったのだ。 「……ほう、平民にしては中々やるな」 一瞬、口端を痙攣させて笑ったギーシュは杖を振り、今度は七体のゴーレムを召喚する。 「……僕も調子に乗りすぎていたようだ。本気でいかせてもらう!」 剣や槍、メイスなどで武装したワルキューレ達が佇む桐山を取り囲み、一斉に攻撃を仕掛ける。 だが、桐山の姿は忽然とその場から消えていた。 「……ど、どこに?」 ギーシュが狼狽する中、ワルキューレの一体が吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。 桐山はいつのまにかワルキューレが手にしていた剣を握り、囲みの外へと出ていた。 ワルキューレ達が次々と桐山に突進していく。 桐山は手にしていた剣を投げつけ、二体をまとめて串刺しにした。 倒れようとするワルキューレの一体へ瞬時に駆け寄り、その手から今度はメイスを奪い取る。 体の遠心力を活かして振り回し、一体を殴打。さらにもう一体へと衝突させた。 その背後、左右からワルキューレが武器を振りかぶって襲い掛かる。 しかし、振り下ろされた武器は桐山ではなく、彼が手にしていたメイスを捉えていた。 軽やかに蜻蛉を切り、瞬時にしてワルキューレの背後へと着地していた桐山は一体の背中に掌低を繰り出し、吹き飛ばす。 そして体を思い切り捻り、落ちていたメイスを再び拾って最後の一体の頭へと叩き付けた。 この時、光るはずであった彼の左手のルーンは、一切の光を発さず力を発揮してはいなかった。 (……すごい) あまりにも常人を逸脱した桐山の戦闘に、タバサは感嘆とした。 どんなに鍛えられた手練のメイジでもあそこまでの動きをとる事はできない。 多くの修羅場を巡ってきた自分でさえ、彼の動きは初めの一瞬だけを見るので精一杯だった。 そして、その間に垣間見ていた彼の表情は、全くの無だ。 焦りも、恐怖も、余裕も、何一つ伝わってこない。 まるで今、行っている戦闘ですら彼にとってはただ機械的にこなしているだけのようにも見え、戦慄する。 そして、タバサは感じ取った。 (……やっぱり、わたしと同じ) 「そんな……馬鹿な……」 自分の精神力の全てを注ぎ込んで作り出したゴーレムを全滅させられ、ギーシュは力なくへたり込んだ。 彼は、ただの平民。そのはずだ。 なのに、こんな事があって良いのだろうか。 あり得ない光景にギーシュは恐怖する。 「ひっ……」 ちらりと、桐山はギーシュへ視線を向けてきた。 戦闘中も全く変化のなかった表情、瞳――それを目にしたギーシュは蒼白する。 そして、即座に感じ取る。 (こ、殺される……!) 桐山はギーシュを見つめていたが、しばらくするとつかつかと歩き出し、向かってくる。 ガクガクと震えるギーシュは尻餅をついたまま、後ろへ下がる。 「ま、まいった! 降参だ!」 しかし、桐山の足は止まらない。 何故、止まらない。 ギーシュは自分がまだ杖を持っている事に気付き、それも放り捨てる。 だが、桐山は杖に目もくれる事も無く止まる様子は全くない。 何故だ。何故、止まらない。 自分はもうワルキューレを作り出す事もできない。悔しくはあるが降参もした。杖も捨てた。 それで勝敗は決まったはずだ。なのに―― そして、はたと気付く。 自分は彼に、その事を言ったか? 貴族同士の決闘の勝敗は、本来ならどちらかが降参するか杖を落とされた時。……しかし、今回はその事を一度も口にしていない。 この決闘、自分が一方的に勝つものだと思い込んでいた。だから、ルールの説明なんてしていなかった。 平民に貴族のルールを説明しても、意味などないと思っていた。 だがそれでも、自分はもう戦えない。 いくら平民の彼でもそれに気付けない程、愚かではないはず。 なのに、何故止まらない。 (逃げないと……逃げないと……) しかし、恐怖に全身を支配され、もはや立つ事はおろか動く事さえできないギーシュ。 突然、腹部に突き刺さるような激痛が走った。 「う、ぶ――」 ギーシュはその場で嘔吐し、胃にまだ残されていたものを吐き出す。 それを見ていた生徒達が悲鳴を上げる。 (痛い! ……何で、こんなに痛い! この決闘で、彼からは何も受けていないのに!) 腹を押さえて蹲り、悶え苦しむギーシュ。 「……ある男が、健康診断を受けた」 突然、立ち止まった桐山が口を開き始める。 「その男が帰りに、車で子供を轢いた。男は数分と経たない内に腹部に激痛を覚え、病院で再検査を受けた」 (何を、言っている) 「検査の結果、男は重度の胃潰瘍と診断された。もちろん、先の検査では健康そのものだった。 男は短時間で胃に穴が開いていた。……つまり。 ――極度の恐怖や緊張で、人間の体はすぐに壊れる」 何を言っているのか、恐怖に支配されるギーシュに理解する事はできない。 ただ、このままでは自分が殺されてしまう。それだけしか考えられなかった。 そして、桐山が目の前まで来た所で意識を手放した。 「もうやめてっ!!」 白目を剥いて気絶するギーシュの前に立つ桐山の背中に、悲鳴を上げて飛び掛るルイズ。 「決闘は終わったの! あんたの勝ちよ! もう戦わなくてもいいの!」 「どうすれば終わる」 (え……?) 「決闘は、どうすれば終わる」 「何を……言ってるの?」 「俺は決闘が終了する条件を聞いていないんだ」 「だって、ギーシュが散々降参していたじゃない!」 意味不明な言葉にルイズは喚く。 「それが終了の条件であると、彼は言っていない」 確かに、ギーシュは一度もそんな事は説明していなかった。 しかし、もう戦う事すらできないのだ。いくら平民でもそれは判断できるはず。 それが、桐山は分からないのか? 「……いいから! もう決闘は終わりよ! 主人の命令よ!」 そう叫ぶと、桐山はすっと目を閉じて大人しく従い、その場を後にしていった。 既に気絶しているギーシュに対する興味も失っていた。 (まさか……!) ヴェストリの広場へと向かう道中、桐山とそれを追いかけるルイズとすれ違ったコルベール。 そして、そのすぐ後気絶したギーシュが他の生徒達にレビテーションの魔法をかけられて医務室へと運ばれていくのも見届けた。 生徒が無事である事を知って、ホッと息をつく。 ただ、あの様子からしてギーシュは彼に殺されかけたのだと察する。 危害そのものは加えていないようだが、決闘が続いていたら確実に彼はギーシュを殺していたのだろう。 一切の躊躇も、罪悪感も、後悔も、何一つ感じる事はなく。 何故、あんな少年があそこまで冷酷になれるのか。 コルベールには分からなかった。 前ページ次ページ無情の使い魔