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クリフトのアリーナへの想いはPart5 長編3/12 1へ2006.03.09 115 :1/8(前スレ506):2006/05/01(月) 01 28 11 ID sqYiRxji0 少し埃っぽい空気の中に漂うインクの匂い。 クリフトはこの匂いが好きだ。幼いころから親しんできた様々な書物はみんな、この匂いでクリフトの鼻をくすぐっていた。成長した今でもこの匂いの中にいると落ち着きを感じるし、ひとりで本と対面して過ごす時間を楽しむことができる。 ここはサントハイム城の書庫。書庫と言っても雰囲気は図書館といった感じで、城の南側の一角に設けられており、天窓もありとても明るい。所狭しと備えられたいくつもの本棚のせいで風通しが悪いのが難点なのだが、クリフトはこの書庫がとても気に入っている。 ここ最近は忙しい日々が続いていたが、今日は午後からは何も仕事がない。クリフトは久しぶりに書庫へと脚を向けた。 「懐かしいな」 以前に読んだことのある本を手にしてクリフトは微笑む。昔は本当によくここに出入りしていたものだ。この書庫の中のどれだけの本を今まで読んだだろう。子供向けの絵本から世界各地の地図まで揃うこの書庫の中にいれば退屈しない。それほどクリフトは本の好きな少年だった。 手に取った本を携え広い書庫の中をゆっくりと歩く。書庫の中にはいくつかのテーブル席があり、ちょっとした読書スペースになっている。腰を落ち着けて読もうと考えたのだ。 「姫さま…!」 書庫の一番南側。天窓を真上にし、出窓のそばにあるテーブルに見えたのはサントハイムの姫君、アリーナの姿だった。あまりの日当たりのよさについうとうととしてしまったのか、テーブルの上に伏せるようにしてよく眠っているようだ。長いオレンジ色の髪の毛 がふんわりとその華奢な肩を覆いテーブルの上に流れている。 クリフトは少々ためらったが、静かに向かい合う席に腰を下ろした。テーブルに上には先日アリーナがメイドから進められたという恋愛小説があった。本を読んでいる途中に眠くなってしまったのだろう。クリフトの渡した栞が本の間に挟まっている。アリーナはかなり終盤まで読み進めたようだ。 「……姫さま?」 そっとそう呼びかける。アリーナは目を覚まさない。本当によく寝入っているらしい。頬のラインに沿うようにして落ちる髪の隙間から愛らしい寝顔が見てとれて、クリフトは微笑まずにはいられない。気持ちよさそうに眠るアリーナの様子は、ただそれだけでクリフトの心を和ませる。 向かい合い、こんなにも近い距離にいれば、自然と漂ってくるよい香り。香水でもつけているのだろうか。最近の忙しさの中、アリーナと顔を合わす機会も減ってきている中で彼女の姿を久しぶりに目にすると、不思議なほど大人びて見えるときがありクリフトは少し戸惑いさえする。見張りの兵士の目を盗んでは城の外に出てドレスを泥だらけにしたり、悪ふざけをしているうちに城の噴水の中に落ちてしまったり、挙句の果てには樹に登り落ちかけてドレスの裾を破いてしまったり。そんな風だったアリーナが懐かしい。おてんばな行動やいたずらを繰り返すが、怒られるときはいつもクリフトと一緒だった。この書庫で勉強をしているクリフトに泣きついては、一緒に怒られてくれと頼むのだ。国王や大臣、ブライのお説教を一緒に聞いていたあのころが急に懐かしまれる。いつしかアリーナは自分を必要としなくなってしまったのではないかという不安に襲われさえして、クリフトはついいたたまれない気持ちになってしまう。 栞を手渡したあの時、アリーナは「置いていかないでね」と言ったが、置いていかれそうなのはこっちのほうだと。 「はぁ……」 クリフトはため息のような吐息を漏らした。 先日のお見合いは結局なし崩しのような形となり、また機会を改めてと言うなんとも後味の悪い、すっきりしない形で幕を閉じたのだが、クリフトにとっては思い知らされた感があった。アリーナのそばに長年仕えてきたと言えども、それはやはりひとりの家臣と言う身分の上での話。エンドールからのお相手を目の前に、恭しく接待する自分はやはりアリーナからは遠いのだ。身分、家柄、血筋… …何をとってもそれは自分に備わっているものではなく、そしてそれを望むことはこの命を与えた神を否定していることであり、神官としてのクリフトを苦しめた。 それでも……。 「お風邪を召されますよ」 少しだけ開いている窓から吹く風が少し冷たく感じられ、クリフトは立ち上がり上着を脱ぐとアリーナの肩に羽織らせた。 こうしてあの旅のときのように安心しきった寝顔を見せてくれいる。無防備なアリーナの様子が微笑ましい。大切なのは、今この時間。こうしてこの安らかな寝顔を見ているだけでも幸せではないか。 そういう風にクリフトは思い直す。 『好きです』と繰り返すのはいつも心の中。ふと心のたがを緩めてしまえば口をついて出てしまいそうだ。今でさえ、そっと手を伸ばしその滑らかな頬や髪に触れたいと思ってやまないのだから。 ふわっと浮き上がるような不思議な感覚と共にアリーナは目を覚ました。どれくらい眠ってしまっていたのだろう。外はまだ明るい。 そんなに遅い時間ではないことは察せれるのだが……。 「クリフト!?」 壁にかけてあるはずの時計を探そうと視線をあたりにめぐらせれば、真正面にクリフトの姿を捉えた。アリーナが来たときにはこの書庫には誰もいなかったはずなのにいつの間に来たのだろう。 「クリフト、寝てるの?」 肩にはクリフトの神官服がかけられている。ずれ落ちないように両手で引っ張りながらアリーナは問いかけた。 帽子を脱ぎ出窓に少々体重を預けるようにしてクリフトは眠っていた。アリーナが問いかけても返ってくるのは規則正しい寝息のみだ。わずかに開いた窓から吹いてくる風がクリフトの髪の毛を揺らしている。 「クリフト……」 アリーナがクリフトの寝顔を見るのは初めてのことだ。あの旅の間でも一度も見たことはなかった。お互い何の差もない、旅の仲間だ。アリーナも当然野宿の際に寝ずの番をすることがあった。もちろんアリーナはそれを不服に思うことはなかったし、自分の務めと責任を果たすつもりでいた。それでもクリフトだけは、アリーナが見張り番のときは交代を申し出た。仲間であるとはいえ、姫を差し置いて寝てはいられない。だからアリーナは旅の間も一度もクリフトが眠っているところを見たことがなかった。 それが今はなんとも穏やかに、心地よさそうに眠っているではないか。アリーナはついついその寝顔をじっと見つめてしまう。城にいる間はもちろんのこと、旅の最中でもクリフトはいつもピシッとしていて服装にしろ姿勢にしろ乱れたところを見たことがない。そんな彼がこちらの視線にも呼びかけにも気づかないまま、ぐっすりと眠っている様子はとても新鮮だ。 アリーナはそんな様子のクリフトを見つめ、色味のよい唇の端をキュッとあげて笑う。あどけない寝顔を見ながら、アリーナは少し安心した気持ちになる。いつもきっちりとしているクリフトの少しだらしのない一面を見れたこともそうだが、この距離感がなんとも心地良い。忙しい中で顔を合わす機会も少なくなり、遠く感じていたクリフトの存在が物理的にだけではなく精神的にも近づいたように感じる。 「ねぇ、クリフト。起きないの?」 起こそうと言うわけではないが、少し退屈に感じてしまったアリーナはそんな風に優しく声をかける。クリフトからの返答はやっぱりなくて、落ち着いた寝息が聞こえてくるのがおかしい。 傍らに置いた恋愛小説のように激しく盛り上がるものが恋愛ではなく、ただ静かに穏やかに、日々の平穏の中で育まれる恋もあるのだと言うことにアリーナは気づいていない。そして自分の心の中に小さな恋の芽が芽吹いていることにも気づいてはいないのだ。アリーナの心はまだほころび始めた蕾でしかない。 それでも、なんとも不思議な安心感と居心地の良さ。お互いのする呼吸のリズムがぴったりと合うかのような、計らずとも揃う波長のようなものなのだろうか。クリフトといるときの空気がアリーナは好きだ。なんだかとても、落ち着いた気持ちになる。つい比較してしまうのは先日、とりあえず形だけお見合いをしたエンドールからの訪問者の男性だ。より一層、この空気のよさを感じられる。 「ねぇ、何かおしゃべりしてよ」 小さく笑いながらアリーナは催促する。やっぱりクリフトは眠っている。アリーナは再びテーブルの上に両腕を置き、伏せるように身体をかがめてクリフトを見上げる。 *** 「やれやれ、どこに行ったのかと思えば……」 すっかり日が傾いた夕暮れ時。城内ではアリーナ姫の姿が見えないとちょっとした騒ぎになっていた。メイドや兵士たちが城内のあちこちを探し回り、数名の兵士たちが城の外まで探しに出ようかという事態にまでなりかけていた。 半隠居生活を送るブライもそんな騒ぎとなってしまっては引っ張り出されざるを得ない。メイドから話を聞いたブライは、城の中の思い当たる場所を順に探し始め、程なくしてこの書庫にたどり着いた。 ひとつのテーブルに向かい合い昼寝を続ける男女。男は幼いころから面倒を見てきたまだまだ未熟な神官で、女は自分の仕えている主君の姫君であった。 「まったく…、世話の焼ける姫様じゃ」 吹き込む風が冷たくなってきたのを感じ、ブライは出窓を静かに閉めた。 クリフトの秘めたる想いにブライは気づいている。そしてアリーナがクリフトにだけは心を許すと言う部分があると言うことも察している。いいのか悪いのか、許されるのか許されないのか、ブライのような老獪にも判断しかねることでありただ静観しているのみだ。 ふたりとも愛おしい。願わくばこの行く先に、あふれるほどの幸せが待っていて欲しいと思う。 願わくば、願わくば……。 「これ、起きぬか。このバカ者めが」 ブライは杖の柄でクリフトのこめかみを小突いた。 END. 前2006.04.26 続き2006.07.05_2
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クリフトとアリーナへの想いはPart9 561 名前 「そんな姫様だからこそ」  Mail sage 投稿日 2008/10/18(土) 04 01 26 ID UZ06QTQF0 クリフトが慌てたのも無理はない。 探索を終えて宿へと戻り、自室で日課の祈りを捧げていた時に、突然バタンと部 屋の扉が開け放たれたからだ。 「ちょっと、クリフト!」 「うわっ!」 扉に背を向けていたクリフトは、思わず跪いたまま飛び上がるという高等テクニ ックを披露していた。 「あ、ゴメン。驚かせちゃった?」 闖入者はクリフトに謝ると、今さらながらに開いている扉をコツン、コツンとノ ックした。 「入っていい?」 「ど、どうぞ、姫様」 ドキドキする心臓を落ち着かせながら振り向きかけて、クリフトは石化した。 声を聞き間違えるはずもない、後ろにいたのは敬愛するアリーナ姫。その意味に おいて、彼の見たものは正しかった。 しかし、いつもと違うのは彼女の姿。四肢の動きを阻害しないいつもの武道着で はなかった。身軽という点では共通すると言えるのかもしれなかったが……。 彼女が身にまとっているのは、胸元から足の付け根までをようやく隠すだけの薄 布一枚だったのである。 「ありがと。今、お祈り? 忙しかった?」 アリーナは扉を閉めながらたずねた。 「い、いえ。今終わった所です」 両手を組んだ祈りの姿勢から全く体を動かせないまま、クリフトは答えた。頬の 体温が急激に上がってゆくのが感じられる。 「あの、姫様……その格好は?」 「ん? ああ、今お風呂あがりなのよ。大丈夫、心配しないで。もう髪は乾いてい るから」 アリーナは髪を軽く手で束ねると、クリフトのベッドに腰を下ろして、えーいと 背中から後方へと倒れ込んだ。その拍子に下腹部の布の重なり合った部分がヒラリ ときわどくひるがえり、クリフトは慌てて顔を背けた。 「は~、気持ちい~」 「……」 どうして、こんな夜遅くに、姫様が私の部屋に!? しかもこんなあられもない格好で? 石になってしまった体とは裏腹に、頭の中では疑問符が嵐を起こしていた。これ ほどパニックという言葉が似合う事態もない。ひょっとして本当は今は戦闘中で、 メダパニやマヌーサを掛けられて惑っているのではとクリフトが訝ったほどだ。 「ねえ?」 「……」 「ねえってば?」 「は、はい……?」 顔を背けたままクリフトは答える。 「ちょっと、何してるのよ。用事あるんだから、こっち来て。それともやっぱり邪 魔だった?」 「い、いえ。そんな事は……」 「じゃあ、早く」 アリーナは寝ころんだままパンパンとシーツを叩いて、自分の隣をクリフトに促 した。 「は、はい」 クリフトはギクシャクしながらも立ち上がると、アリーナのそばへと腰をおろし た。 アリーナは腕を振る反動で、よっと身を起こすと、下から窺うようにクリフトの 顔を覗きこみながらニッと笑った。その拍子にクリフトの視界に隅に彼女の胸の谷 間が飛び込んでくる。 ドクンと心臓が跳ねた。 いつもの彼女の服装から想像するよりもはるかに量感のある柔らかそうなその谷 間は、禁欲を是とする規範に生きてきたクリフトにとって強烈にすぎた。 クリフトの手のひらと背中に得体の知れない汗が滲む。 「あのね、クリフトにお願いがあるんだけど?」 「……な、なんでしょうか?」 谷間に吸い寄せられそうになる視線を、意志の力でなんとか逸らす。 「私に……シテ」 「は?」 一瞬、何を言われたのかわからなかったクリフトは、目を逸らしていたのも忘れ てアリーナに顔を突きあわせてしまった。 「だから、私にもしてほしいって言ってるの」 アリーナはにっこりと微笑んでいる。 その頬にわずかに朱が差しているように感じるのは、彼女が風呂上がりだからだ ろうか? クリフトの頭は恐ろしい速度で回り始め、なぜか旅の仲間、父、母、友人、サン トハイムの人々、いろんな人の顔や言葉が脳裏を駆けめぐった。 「ねえ、いいでしょ?」 アリーナが肩に手をかける。鼻腔をくすぐる石鹸の香り。微かに二の腕に感じる ふくよかな感触。 吹き出した汗が、こめかみから頬へと流れる。 初めに思ったのは、これは夢ではないかという事だ。クリフトは、アリーナから 見えないところで太股をつねってみた。 痛い。 夢ではない。 では、アリーナの言葉「して」が何を示しているのか。 何をシテ欲しいのか。 今までそんな事を考えるだけでも彼女を汚すと、自らに禁じてきた妄想の数々が 頭をよぎる。憧れ、そして忌避してきた男女の行為への興味、想像。抱きしめたい という欲求。 いや、いや。駄目だ。駄目だ。駄目だッ! 頭を振って妄想を追い出す。 姫様がそんな淫らな事を口に出す筈がない。 そう信じていながらも、以前マーニャに「あんたは積極的にアプローチされても 、女の子押し倒す度胸なさそうよね~」とケラケラ笑われたのを、少し苦々しく思 い出していた。 しかし、やはり間違いがあってはいけない。ここはキッチリ確認するのが私のあ り方だろうと、クリフトは自らを得心させた。 「あ、あの……何をでしょう?」 「え? この格好で分からないの?」 アリーナは両手を広げ自らの姿をアピールしつつ、不満げに口を尖らせた。 「は、はぁ……」 答えながらも胸の拍動は期待と欲望で早まってゆく。 くうっ、神様、やはり私は度胸なしなのでしょうか! ああ…… 「ま」 しっとりと濡れた花びらのようなアリーナの唇が、言葉を紡ぐ。 「……ま?」 ゴクリと生唾を飲み込む。 ま、何だろう? ま、まん……いやいや、ま、ま、ま、まーまん、ま、ま……。 やっぱり×××か? いやいや! そんな決して! ああ、願わくば姫様の口から下品な言葉が発せられませんように。 いやいや、本心を偽るな。 言われれば死ぬほど嬉しい癖に、認めろこの○○○。 くっ、い、いや。しかし、私は本心から姫様の事を……。 でも、常識的に考えて、この状況は××しか……? そうなのだろうか? あああっ、しかし、もし××だったら……神よ、私はどう すれば、どうすれば良いんでしょうかあああああああああああ……。 「ッサージ」 「は?」 「だから、マッサージよ。マッサージ」 盛大にベッドから滑り落ちた。 「きゃ、だ、大丈夫!?」 「いっ、いやー、あ、あはははははははははははっ、自分は、クリフトは、まった くもって大丈夫であります! あっ、あたたた……」 滑って打ったお尻をさすりながら、クリフトはベッドに座り直した。 失望はあったものの、やはり姫様は姫様であらせられる、と少し安堵もしていた 。 「マーニャから聞いたのよ。『クリフト君にマッサージしてもらったら、凄く気持 ちいいわよ』って、マッサージ上手なんでしょ?」 アリーナの無防備な笑顔。 この笑みにクリフトは昔から弱かった。 「は、はい。と、特に上手というほどの腕ではないのですが、神官戦士としての修 練の内にあったので、それなりに心得てはおります」 もっとも口には出さないが、修練で習う以上にその技術に興味を見いだし、研鑽 を積んだため、そこいらの者にマッサージに関して引け目をとることはない。そう 自負していた。 なにしろ宿でライアンに施術した時に「なかなかの腕前」と、何事につけても厳 しい彼に褒められたほどである。そのとき一緒に居たマーニャが、アリーナにその ことを話したのだろう。 「はー、なるほど。そんな修練があるのね。ま、とにかくヨロシクね!」 「え?」 アリーナはベッドの上にごろんと転がり、うつぶせになった姿勢のまま長い髪の 毛を束ねて脇へとよけた。 お湯で磨き上げられたアリーナのうなじから肩への白く柔らかなラインが露わに なり、布一枚ごしに浮かび上ががるキュッと引き締まった背中から腰、そして、ぷ っくりと膨らんだお尻から伸びる引き締まったふとももの稜線が、クリフトの両目 へと突き刺さった。 キワドイ、キワドすぎる。 先ほどの肩すかしで抜けていった緊張が、舞い戻ってきた。 いくら経験があるとは言っても若い女性に、しかもこんな肌を露わにした状態で 施術したことなどない。 「あのう、姫様……」 顔を部屋の隅にある洋服棚の方へと背けて、クリフトは言った。 「ん~、なーに?」 「この任は、その、私の手に余るというか……恐れおおいと言いますか」 「……」 「ミネアさんも心得があると思いますので……できれば、その……」 「……」 ……アレ? そこまで言いかけてクリフトは、微妙に場の空気が凍りついていることに気づい た。 うつぶせのままのアリーナの背中が、ピリピリと刺々しい。 「……ふーん。じゃあ、私にはマッサージしたくないっていうの?」 冷や汗がしたたる。アリーナは声を荒げたりはしていないが、その言葉は確実に 剣呑な空気を孕んでいた。 「いえ、決して! そういう訳では……ないの、です……が……」 「じゃあ、どういう訳?」 キチンと説明しなさいと言わんばかりに身を起こしたアリーナ姫を前に、怒った 顔もかわいくあられるなと思いつつ、クリフトは困り果てた。 王室育ちの彼女は、儀礼で臣下に湯浴みの世話をされることもあり、人前で肌を 晒すことにそれなりに慣れている。そんな彼女に男の生理や、羞恥心がどうのとい う話が通じるのかどうか、はなはだ疑問だったからだ。 「姫様……」 口を開きかけたクリフトを、アリーナは制した。 「私たちサントハイムでは王族と臣下よね?」 「は、はい」 「でも、こうして旅をしているときはそうじゃないわ。旅の仲間で大切な友達だと 思ってる。だからこうして二人だけの時は、昔みたいに様を付けずに呼んでくれて も構わない。ううん、むしろ、そうしてくれる方が嬉しいかな」 とても彼女の顔を見ることはできなかったが、その言葉に胸が熱くなる。 「それでも私に手を触れるのは恐れおおい? それとも嫌? 嫌なのだったらもう 頼まないわ」 論点が違う事は分かっていたが、いくらクリフトが自他ともに認める朴念仁でも アリーナにここまで言わせておいて、我を通すのは情けないと思えた。むしろ、ア リーナに触れるのは、望んでも叶わない事だと考えていたほどなのだから。 要は自分がしっかり理性を保てばいいだけの話だ。 クリフトは決意した。 「分かりました。では、失礼します」 「ん、よろしくね」 平常心、平常心、平常心。 心の中で三度唱えてから、クリフトは施術を始めた。 「んっ……」 指先に香油を絡めて、足先から心臓の方へと滞った血を押し出すようにゆっくり と丁寧に掌を滑らせる。今までマッサージしてきた人たちとは、根本的に柔らかさ も肌のキメもハリも段違いだった。 アリーナの弾性に富んだ筋肉の疲れ具合を指先で意識しながら、柔肌に香油を擦 り込んでゆく。もやもやとした欲望は次第になりをひそめ、クリフトは純粋に技術 的なアプローチのみに集中していく…… 「あっ……痛っ、クリフト……くっ……ちょ、そこ、あっ……気持ちいい……」 わけがなかった。 いや、そんな自分になりたい、なろう、とは思っているのだが、クリフトはまだ まだ若く、しっとりと吸い付くようなアリーナの肌は魅力的に過ぎた。 くっ、情けない、情けないぞ、クリフト。 自分自身を叱咤するが、肉体には逆らえない。 まるで嬌声のようなアリーナの吐息も殺人的な破壊力だった。 見られては困る場所が、見られては困る状態になっていたが、アリーナがうつぶ せでこちらを見ることができないのが、クリフトにとって幸いしていた。 ああ、私は……私は……。 申し訳ありません。姫様、私はまだまだ修行が足りません。 クリフトは涙を流しながらマッサージを続けた。嬉しいのか、辛いのか、あるい はその他の感情なのか、そのいずれもなのかすでによく分からなくなっていた。 ほどなくして、クリフトは戦いを終えた。 悶々とし続けたために果てしない疲労感がどんよりと身を包んでいた。 長いように思えたものだが、実際は短い時間だったようだ。 「はい、一応、一通り終わりました」 「んーッ。ありがと。すごくすっきりしたわ。体もなんだかポカポカしてるし、い いものね」 アリーナは起きあがって伸びをした。クリフトは香油を片づけるフリをして彼女 に背を向けていた。 「お役にたててなによりです」 「うん。ありがと」 その時、扉がコンコンとノックされた。 「マーニャだけど? いい?」 どうぞ、という返答とほぼ同時に、少し開けられた扉の隙間からマーミャのニヤ ニヤと値踏みするような笑みが覗きこんだ。 「どう? 気持ちよかった?」 訊きながらマーニャがちらりとクリフトの方を見る。それはアリーナに訊くフリ をしながら、クリフトに何かを訊ねる視線だった。 ……まさか。 クリフトは嫌な予想にゴクリと唾をのみこんだ。 「うん。最っ高に気持ちよかったわ」 「ふふーん。それはよかった。私も勧めた甲斐があったわね」 マーニャは部屋へと滑り込んできた。 「そうね。でも、こんなにイイだなんて思わなかった。ずるいじゃない。マーニャ はいつからマッサージしてもらっていたの?」 「あら、私は彼にマッサージしてもらった事なんてないわよ」 「えっ、だってマーニャ、気持ちよかったって言ってたじゃない? この格好で」 アリーナが両手を広げた。 「あの時は、単にお風呂に入っただけよ。マッサージなんてしてもらってないわ」 「そうなの?」 振り返ったアリーナにクリフトが答えた。 「え? あ、はい。このパーティで施術したことあるのはライアンさんとトルネコ さんだけですが……」 「なあんだ。私てっきり……」 「あら、てっきりなあに?」 マーニャが妙に楽しそうに訊ねる。 「ん? あれ? なんだろう。うーん。とにかく私もやってもらわなくちゃって思 ったのよ」 「あらそう~。よかったわね~。クリフト君」 「な、なにがですか!」 急に振られてクリフトは慌てた。 変な汗が、頬を流れ落ちた。 「なにが、ってトボケちゃってぇ。姫様にご奉仕できるのは臣下の喜び、でしょう ? うるわしの姫様に望まれるなんて光栄じゃない。奮いタっちゃったんじゃない の?」 マーニャは口元に手をあててウププと笑った。 見てなくても知ってるわよ、という口調だった。 「……」 ああ、やっぱり……。 クリフトはガクリと頭を垂れた。 やはり、この状況はすべてマーニャの企てだったらしい。 「あら、こうして旅をしている間はクリフトは姫と臣下じゃなくて、対等な旅の仲 間なのよ。ねえ、クリフト」 「え……あ、は、はい」 それを聞いて、マーニャはおもちゃを見つけた猫のように目をキラキラと輝かせ た。 「ふーん、そうなんだ。だったら、対等に今度はアリーナがクリフトくんをマッサ ージしてあげなきゃね~」 「い!?」 「ああ、それはいい考えね!」 アリーナがパンッと両手を打ち合わせた。 「あ、でも、私はマッサージのやり方知らないから、クリフト教えてくれる?」 「う!?」 「ふふ。良かったわね~クリフトくん。いっぱいレッスンして、いっぱい気持ちよ くしてもらいなさいな。気持ちいいついでに、そのままアリーナを押し倒しちゃっ たりなんかして~? うふ」 ちょ、ちょっと、マーニャさん! 姫様になんて下品な事を! そりゃあ、私も男ですし、そういう事がしたくないとは言いませんし、いやむし ろそうした、い、いや、いや、いやっ! それはいくらなんでもまずいでしょう!! クリフトの顔から、サーッと血の気が引いてゆく。 「え? え? 押し倒すって……マーニャ、そ、それは……」 きょとんとしたアリーナが交互にマーニャとクリフトを見回した。やがて、その 頬にゆっくりと朱がさしてゆく。 クリフトは頭を抱えた。 ああああああああっ、申し訳ありません、姫様ああああ~!! 「寝技の組み手ねっ! 燃えるわ」 またも盛大にコケた。 見ると、マーニャもコケていた。 「フフフ、いいわ、いつでもいらっしゃい。負けないわよ、クリフト!」 頬を興奮に紅潮させて、胸元に拳を握りしめたアリーナがコケたままのクリフト を見下ろしながら言った。 「あの、それは本気で言ってるの……?」 マーニャが訊ねる。 「もちろんよ」 「あ……、そ、そう……」 「さて、気持ちもよくなったし、明日からやることも出来たし、今日のところは部 屋に帰るわね。ありがとう、クリフト。じゃあ、おやすみ」 そう言って、アリーナが上機嫌で部屋を出てゆくのを見送ると、クリフトとマー ニャは、顔を見合わせた。 「よ、よかったわね。お許しが出たみたいよ」 「全く、勝てる日は来ない気がしますが……」 「……アンタも大変ね」 アリーナのアハハハという笑い声が廊下の向こうへと遠ざかっていくのを聞きな がら、クリフトはハァとため息をついた。 でもまあ、とクリフトは思った。 そんな姫様だからこそ、一生ついて行きたいと思うのだ、と。 (了)
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【クリアリ】クリフトとアリーナの想いは Part13【アリクリ】 346 3 名前 名前が無い@ただの名無しのようだ Mail sage 投稿日 2013/08/26(月) 23 18 00.34 ID fWDDlR6W0 『小さな契約(ゲッシュ)』 気球から見下ろす眼下に、懐かしいサントハイム城が微かに見え始めた。城のあちこちで人が動く様子がうかがい知れた。 「クリフト、ブライ。お城の人達が戻って来てる」 私は努めて明るい声で二人に話しかけた。 「そうでございますね、姫様」 「儂ら苦労も報われたという事ですな」 ぎこちない二人の返答。 私も二人も分かっている。 平和が戻り、人々が、日常が戻ったという事は、自由の翼を折り、再びさまざまな柵に括られる日々が戻らなければならないと。 「ねぇ、クリフト。ここから飛び降りたら、旅が続けられるのかな」 私はそう言って、気球から身を乗り上げた。 「姫様」 震える声で、私を呼んだクリフトは、乗り上げていた私の体を優しく抱きかかえた。 「クリフト…… 」 「姫様、クリフト。気にせんでもいいぞ。後の事は儂にまかせておけ」 私達の後ろから、ブライの優しい言い聞かせる声が響いた。 「姫様……」 「ええ、そうね。私達が戻る場所はただ一つ」 複雑な想いが交錯したような青い瞳を、私は赤い瞳で見つめ返した。 分かっている。進みたい道と選ばなければいけない道は違う事を。 「サントハイム城に戻るわ」 クリフトの腕をほどいて、私は二人の前に立ち笑いかけた。 「姫様。私は生涯、貴女に全てを捧げます。何があっても貴女の影となりお傍に」 膝をついて、宣言をするクリフトの手を私は取った。 「クリフト。私に生涯ついて来て、貴方が生涯私の影でいられるように、私はサントハイムの輝きとなる」 私はこの時のクリフトの手の温もりと優しい笑みは一生忘れられないと思った。 「姫様、クリフト。このブライ見届け人として、確かに見届けましたぞ」 三人のだけの小さな契約はそうして交わされた。
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クリフトのアリーナの想いはPart11 385 名前 従者の心主知らず2(1/2) Mail sage 投稿日 2010/11/09(火) 22 23 42 ID cYlB+bE60 最近クリフトが独り言を教えてくれなくなっちゃって、ちゃんと聞こうと決めたのはついこないだのこと。 やっと聞けたと思ったらやっぱり難しいことだったの。だったら今までどおりすぐ教えてくれればいいのに。 テンペで怪物をやっつけたときそう思ったわ。 「カゴに入れって言われたときは正直ちょっとだけこわかったわ」 「な、そうだったのですか!」 「ちょ、ちょっとだけよ!私にこわいものなんてないんだからっ」 「申し訳ありません、姫さまのお気持ちにも気づかず、私は……」 「だ、だからちょっとだけっ」 もう、クリフトったらすぐ謝るんだから。何だか恥ずかしくなっちゃったじゃない。 「ほほう、姫さまにもこわいものがあったのですなあ」 「もう、じいまで!こわくなんかないわよっ」 私は二人の前を早足で歩いた。 「怪物なんてほーんと大したことなかったわね。やっぱり私が強すぎるんだわっ」 ちょっと大げさに言ってみせる。 「……やれやれ。しかしわしゃ怪物よりも神父どののだじゃれを思い出すと寒気がしてきますな」 「ブライさまっあれはだじゃれで言ったのではありませんよったまたまそうなってしまっただけであの方はっ……」 あ、なんか別の話題になってる。よかったー。 でもクリフトは少し歩くとうつむいちゃった。何か喋ってる。 いつもの独り言だ。 「……あの時は戦いの前で気がつきませんでしたが、せまいカゴの中に姫さまと……」 ところどころ聞こえてきたのはやっぱりカゴの話。 ああもう、まだ私のこわかった発言を気にしてるのかなあ。 「…………。…………っ」 「……えっと……」 なんかクリフトがすっごい険しい顔してるような気がするんだけど。 って、胸押さえてる!なんか、震えてない? 「クリフト、どうしたの?」 「えっあ、いえ、なんでもありませんっ」 「なんでもなくないでしょ、大丈夫?」 「いえ、その、あの……っ」 「クリフト、どうかしたのか?」 「…………」 クリフト黙っちゃった。目も合わせてくれない。 なんか、本当に教えてくれなくなっちゃったなー……。 でも今日は引き下がらないわ。もう一言! 「クリフトもこわかったの?」 「え?」 なんとなく気になったから聞いてみた。 別に同意してほしいわけじゃないけど、クリフトもこわかったのなら一緒だなーって。 そしたらクリフトはまた黙っちゃって、でも今度はちゃんと私を見た。 「……姫さま、非常事態とはいえあのようなせまいカゴにお連れするなど、本当に申し訳ありませんでした」 「だからそれはもういいんだって」 「もっと私に力があれば、姫さまのお手もお心もわずらわせることはなかったでしょう、心苦しい限りです…っ」 クリフトはもう一度ぎゅっと胸を押さえた。ああ、やっぱりさっき私が言ったこと気にしてたのね。 もう、ばかクリフト。難しく考えすぎ。自分を責めすぎ。 「ですが怪物めの気配もすっかり消えております。これでひと安心ですな」 そこにブライの助け舟。じいもたまにはいいこと言うじゃない。 「そうよそうよ。ここで怪物に私が必殺のキックをおみまいしたのよね」 じいにつられて私も大げさにキックを入れる振りをした。 クリフトはまた黙っちゃったけど、でも祭壇のほうを向いて言ったの。 「……そうですね」 ――祭壇の前に散った娘さんたちの魂もようやく安らかに眠れましょう―― やっとクリフトが笑った。 やっぱりクリフトは難しいこと考えてるより笑ってるほうがいいわ。
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クリフトのアリーナへの想いはPart5 657 :光と影 1/9:2006/07/25(火) 18 50 58 ID z7kQsKZN0 エンドール市街地の中央に程近い白亜の大聖堂で、今日も婚礼の儀が執り行われていた。 神に結婚の許しを請う二人は、サントハイム王家の令嬢とエンドールの有力貴族の一人息子。 サランの聖堂の10倍はあろうかという礼拝場の一番後ろの末席にクリフトは座っていた。 彼は、サントハイムの姫アリーナと懇意であった為、平民でありながら特別にここに座る事を許されたのである。 間もなく扉が開き、サントハイムの王様とその娘であるアリーナが互いに腕を組み、ゆっくりとした歩調で礼拝場へと入ってきた。 アリーナは、人々の中に緑の聖服に身を包んだクリフトを見ると、クスリと笑った。 その鮮やかな緑の聖服が彼のトレードマークだった。 彼は、このようなところに着ていく事のできる服を他に持たなかった。 クリフトはまじめな修道士だったから、その理由は金銭的な余裕がないというよりはむしろ清貧の戒めを守るためであった。 クリフトには、白いヴェールに包まれた彼女の表情を読み取る事はできなかった。 彼が思ったのは、この日の彼女は今まで自分が見てきたどの彼女よりもキレイだという事だけだった。 純白のドレス、そしてそこから伸びる乳白色の滑らかな肌の腕、手に持つのは色とりどりの花束。 そして普段の彼女を知る彼は、そのかしこまった格好が彼女にはあまり似つかわしくない事も知っていた。 故郷サントハイムで彼女はおてんば姫と呼ばれていた。 王族が着るに相応しい豪奢な召し物より、素朴な衣服を好み、 貴族たちが開くパーティーよりも、城下の人々の生活に基づいた祭りの方が好きだった。 彼女がお忍びで城外に下るときなどには、クリフトを伴う事が多かった。 サランの下町で育ったクリフトは、城下の地理に明るかった。 子供の頃に遊び回っていた裏道までもよく覚えていて、アリーナが行きたい所へ最短の道筋で連れて行くことができた。 誠実だが気弱で何処かぬけたところのあるクリフトを、アリーナはよくからかっていたが、 このときばかりは彼に尊敬のまなざしを送るのだった。 サランの市場では店々に並ぶ海産物や交易品に目を輝かせ、異国の珍品をせがんではクリフトを困らせた。 海岸に行くと決まって彼女は海水と砂とで衣服を汚し、その度に王や姫の教育係のブライに大目玉を食らうのはクリフトだった。 春や夏には、城の北に広がる草原に行くこともあった。 原っぱは彼女のお気に入り。どこまでも続く草原と空は自由の象徴だった。 クリフトは、瑞々しい感性を押し殺し、城の中で生きなければならないこの少女を不憫に思っていた。 もちろん彼は城の外にあるものが自由だけではない事もよく知っていた。 けれでもクリフトは、アリーナの城の中では見せることのない屈託のない笑顔が好きだった。 それがたとえ王族として相応しくないものだったとしても。 王と姫は新郎の待つ祭壇の所までたどりついた。 新婦は父親の許から離れ、新郎の元へと歩み寄っていった。 そして誓いを立て、指輪を交換し、互いの唇に口づけをした。 クリフトは、その様子を末席からじっと目を凝らして見ていた。 数日前、エンドールに到着した日、クリフトはアリーナの夫となる男を始めて目にした。 二つ三つ言葉も交わした。 エンドールは商人の国。 貴族たちの生活の基盤も領地ではなく、何かしらの商売である場合が多かった。 この男も多分に漏れず、貿易を生業としていた。 船であちこちの国を渡り歩く彼の顔は、浅黒く日に焼けていた。 気取ったところは少しも無く、少々無口だが理知的な若者だった。 王様やブライ殿はよいお相手を見つけなさった、クリフトは素直にそう思った。 姫様もこのような方となら幸せになれる・・・。 新郎新婦が連れ立って聖堂の外に出るとそこには、何十人ものエンドールの民衆があった。 騒ぐのが大好きなエンドールの都会っ子がこんなイベントを放っておくはずが無かった。 人々は次々に祝福の言葉を彼らに投げかけた。 「おめでとう!」 「お姫様、本当におキレイ!」 「ちきしょー!うらやましいぞ、この果報者め!」 「ブラボー!」 「サントハイムの姫は、武道大会に続いて二度もエンドールの話題を独り占めにしおった!」 新しい夫婦は目を丸くして驚き、愉快に笑った。 そしてアリーナはブーケを放り、女たちはそれに群がった。 王、ブライ、両家のすべての人々がそれを微笑ましく見つめていた。 平民たちのようにストレートに言葉に出す事はしなくとも、皆、二人を祝福していた。 その幸せに満ちあふれた光景はあまりにまぶしすぎて、クリフトはそれを直視する事ができなかった。 クリフトはアリーナのことが好きだったのだ。 惨めな気持ちが彼の心を支配し、体中から活力を奪った。 春の事だった。 アリーナはクリフトをお供に原っぱへと出かけた。 彼女は草原を駆け、花を摘み、野うさぎと戯れた。 クリフトも彼女と共に、春の陽気を楽しんだ。 楽しい時間は過ぎ去るのも早く、気付くと日は西に傾き、あたりには夕闇が迫っていた。 クリフトは彼女に、城に帰らなくては、と告げた。 彼女はそれをしぶった。少しでも長くそこに居たがった。 「姫様。もう暗くなります。今度また来ればよろしいではないですか。 お父上が外出を許可してくださるよう私からもお願いしますから。」 アリーナは、すねた子供のように顔を背けた。 いつもと様子の違う彼女にクリフトも困惑した。 冷たい風が吹いた。それはついこないだまで大地を支配していた冬の空気だった。 彼女が口を開いた。 「私、この夏に結婚する事になったわ。」 クリフトの呼吸が止まった。 「相手はエンドール貴族の御曹司だって。 私はその人の顔も見たことはないけれどお父様が選んでくださった人だもの。 きっと悪いようにはならないと思うわ。」 アリーナはクリフトの方に向き直って、言った。 クリフトは彼女の瞳が潤んでいる事に気づいた。 そして次の瞬間には、そこから大粒の涙がこぼれた。 アリーナは、クリフトの胸に飛び込んだ。 「クリフト!私、サントハイムを離れたくない!」 彼女からは、花の香りがした。 背中にまわされた彼女の腕は、つよくクリフトを求め、その指の一本一本から彼女の体温が伝わってきた。 彼女を抱きしめてやりたかった。 だが、それは禁じられていた。 クリフトは彼女を救う事ができる言葉を持ちあわせていた。 だが、それを口にすることは禁じられていた。 だからクリフトは、彼女を泣くにまかせ、立ち尽くすことしか出来なかった。 やがて空の色は、茜色から青へ、青から藍へ、そして漆黒の闇へと変わっていった。 最後までクリフトは彼女を受け入れる事が出来なかった。 そして、彼女は運命を受け入れた。 披露宴が終わる頃には既に夜になっていた。 出席者はそれぞれの家路につき、サントハイムの人々も宿泊している旅館へと帰った。 行きと違うのは、アリーナ姫がいないことだけだった。 今日から彼女は、サントハイム王家の人間ではないのだ。 皆疲れ果てていて(あるいは酔っ払って)、旅館に着くと風呂にも入らず寝床につく者も少なくなかった。 クリフトのような身分の低い者たちは、4人部屋に6人で泊まらされていた。 彼以外の5人は、同じ城内で働いている修道騎士たち。道中の護衛が彼らの任務だった。 クリフトが風呂から戻ってきたときには、既に5人とも眠っていて、けたたましいいびきの大合唱を繰り広げていた。 ベッドは彼らに占拠されていたので、しかたなくクリフトは床の上に毛布を敷いて眠る事にした。 クリフトは眠れなかった。 彼らのいびきもひとつの原因かもしれないが、それは昨日も一昨日も同じ事だ。 今日眠れない理由はそれとは別にある。そしてそれは明白だった。 彼とて子供ではない。アリーナたちの新居で今頃、何が行われているか知らぬはずも無かった。 それを思うと、クリフトの心の中で嫉妬の炎が燃え盛り、手足の指先まで怒気がみなぎった。 そしてそれを理性で抑えると、今度は逆に体中が脱力し、昼間味わった惨めさが再び彼を襲った。 この二つの状態を彼は夜通し繰り返していた。これでは眠れるはずもない。 やがて彼は眠る事をあきらめた。 夜風で頭と火照った体を冷やそうと、クリフトは一階のウッドデッキに向かった。 もう明け方だった。 そこには見慣れた一人の老人がいた。ブライだ。 「ブライ殿。あなたも眠れないのですか?」 クリフトは問いかけた。 「クリフトか。わしはもう眠ったよ。年寄りは朝が早いでな。」 木製のリクライニング・チェアーに身を横たえたままブライは答えた。 「そうでしたか。」 クリフトはそう言って、置かれていた椅子に腰掛けた。 「おぬしは眠れなかったのか?」 「ええ。」 クリフトの返事に、ブライはフム、とだけ言った。 しばしの間、二人の間に静寂が流れた。 先に言葉を口にしたのはブライだった。 「いい結婚式だったな。」 「・・・ええ。」 「お主も姫様もついこの間までほんの子供だと思っておったが。 時が経つのは早いな。特にわしのような老いぼれにとっては。」 「・・・・・・。」 クリフトは何も答えなかった。話したくもない話題だったから。 そんな訳で二人の間にはまた静寂が流れた。 それを破ったのはやはりブライだった。 ブライは上体を椅子から起こしてクリフトの方へ身を乗り出し、言った。 「お主、惚れておったろ?姫様に。」 このクソジジイ!と、クリフトは思ったが口にはしなかった。代わりに沈黙をもって彼に報いた。 「警戒するな。もし認めたとて咎めたりはせぬよ。姫様はもうお嫁に行かれたのだから。 それに、わしはもう公務からは引退するのだからな。」 これにはクリフトも驚いた。王家に仕えていないブライなど想像もできない。 「それはまた一体どうして?」 「姫様を教育する事だけが、わしにできる唯一の仕事だったからじゃよ。 それが終わった今、わしはもう単なる足手まといじゃ。 誰かに迷惑をかける前にいなくなったほうがいいんだよ。ただな。」 ブライは目を細めた。 「お主の事が気になってな。」 「私の?」 「お主の事まで済ませて、初めてわしは自分の仕事を終える事ができる気がするんじゃ。 もしわしに出来ることがあったら言ってほしいのだ。」 このような言われ方をしてはクリフトも弱った。 彼は自分を苦しめるもの全てを洗いざらいブライに話した。 その間中、ブライは何も口を挟まず静かに話を聴いていた。 最初はしぶしぶ話し始めたクリフトだったが、話すうちに感情が昂ぶっていき、 やがて目は真っ赤に、最後のほうはほとんど涙声になっていった。 そしてついには、むせび泣く事しかできなくなった。 ブライは背もたれに身を沈めたまま語りだした。 「お前の気持ちはよくわかった。 これからわしがお前に話す言葉は、所詮、下世話なじじいのたわごとに過ぎない。 そんなものがお前を救う事ができるなどとはわしも思っていない。 しかし、言わせてほしい。聞いてくれるか?」 クリフトは嗚咽で声が途切れ、まともに返事もできなかった。自分の弱さが恥ずかしかった。 ブライは話を続けた。 「仮にお主と姫様が結ばれたとしよう。そしたらどうなっていただろう? 式はエンドールの大聖堂などではなく、どこか小さな村の店舗教会で挙げる事になるだろう。 祝福する客は一人もいない。そしてお主たちは、人目を忍んで人里はなれた場所で一生を過ごさなくてはならない。 そんな生活を、何よりも自由を求めていた彼女が望むと思うのか? やがて彼女は愚痴ばかりをこぼすようになり、お主にとって重荷となる。 最初に求めていた理想の生活はどこへやら。あるのは厳しい現実ばかりだ。 違う結果を求めたとしても、そこにあるのは違う苦しみだけだ。 だがな、どちらの道を選んだとしても変わらないものがある。 それはな、サントハイムでお主と姫様が共にすごした時間、お主が感じた幸せ、その素晴らしさだ! だがお主は結果ばかりに目を向け、その素晴らしかった時間さえ苦しみの種としている。 こんな愚かな事があるだろうか?なぁ、クリフト。 人生に結果を求めてはならない。たとえ何かの結果が出たとしてもお前の人生はそこで終わったりはしない。 その先も続いていくんじゃ。だとしたらその結果も所詮過程に過ぎなかったということじゃないか。 突き詰めていけば、人生の結果は死でしかない。それ以外の結果はありえないんじゃ。 だから生きるという事は過程なんじゃ。お主は一人の女性に恋をし、そして破れた。 だがその結果にたいした意味はない。また明日から歩み出せばいいんじゃ。その繰り返しなんじゃ!生きるという事は!」 ブライは、肩を揺らしながらほとんど叫ぶようにして言い放った。 「わしに言える事はそれだけじゃ。」 ブライは椅子から立ち上がり、宿の中へと歩いていった。 「ブライ殿!」 クリフトは、ブライを引き止めた。 「私が彼女に恋をしたことは本当に正しいといえる事だったろうか? 神官としても、王家の家臣としても、それは正しい事とはとても言えない。 そして彼女に自分の想い1つ伝えられなかった私は、男としても中途半端だった。 私は何に関しても中途半端だった!そんな自分に私は・・・・・・絶望する!」 ブライは答えた。 「絶望する事は、何も悪い事ばかりではない。わしを見てみろ。 希望も絶望もとうに摩耗し尽くし、もはや死を待つだけの老いぼれの姿だ。 人は何かを求めるからこそ絶望する。お前は、いつか自分の喜びを見つけだせる。わしはそう信じている。 お前は、姫様たちがまぶしいと言っておったな。 だが、わしには理想を求め思い悩むお主こそがまぶしい。 そして、美しい!」 そう言い残しブライはその場から去っていった。 ウッドデッキにはクリフト一人だけが残された。 不思議と彼の心は穏やかになっていた。 それが一瞬の静けさである事を彼は十分承知していた。 自分はこれからも迷い、苦しみ続けるだろう。 しかし、それも悪くないかもしれない。 クリフトは天を仰いだ。 白みかけた初夏の空に、まだいくつかの星が瞬いていた。
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クリフトとアリーナの想いはPart7 2007.04.28の詩よりインスパイア 321 :【詩】1/9 ◆cbox66Yxk6 :2007/05/04(金) 03 16 02 ID dfejicMU0 「まだ……残っていたのですね」 古ぼけた机の引き出しの底板をはずすと、微かにかび臭さの漂う紙の束が姿を現した。 『日記』と題字されたそれは、クリフトが旅に出る前まで日課としてつけていたものだ。 いや、正確にいえば、裏日記といったところか。 人知れず保管されていたその日記帳には、誰にも吐露できない、まだ青い春の中を彷徨っていた頃のクリフトの思い出が詰まっている。 「懐かしいですね」 ぱらぱらと頁をめくれば、苦悩と情熱でかき乱れる己の姿が垣間見え、自然、苦笑混じりの微笑を浮かべる事になる。 「しかし、よく残っていたものですね」 しみじみと呟き、つい一月ほど前までのサントハイム城の姿を脳裏に描き出す。 数年にわたる魔物の占拠、そして無人の荒城……。 決して短いとは言い難い月日の間、誰の手入れもされずに放置されていた城は、至る所が傷み、破壊されていた。 その中にあって、城内の教会とそれに隣接していたクリフトの部屋は、まさに神の奇蹟か、殆どあらされた形跡も無く、以前の姿を保ち続けていた。 「神聖な空気を嫌ったのでしょうね」 サントハイム城の復興を手伝いにやってきてくれたトルネコが、教会の祭壇に飾られたご神体に目を光らせながら、そう呟いていたのを思い出す。 「このご神体の指にはめ込まれていた指輪に、魔を退ける力があったのでしょう」 もっと早く気づいていれば、旅の間も楽ができたかも、とため息混じりにそう言った希代の大商人。その言葉に聖職者であるクリフトが難色を示すと、彼はいつもの優しい微笑を浮かべたままこう続けた。 「でも、この指輪がここに存在していたから、お城の人たちも無事に戻って来られたの かもしれませんね」 指輪の存在に気がつかなかったからこそ魔に打ち勝つだけの実力を手に入れることができ、また、この指輪の存在がサントハイム城の人々を魔の手から守り抜いていたのではないか。 「この指輪がここに存在したこと、それこそが神の奇蹟ですよね」 ―――信仰に厚いサントハイムの人々に示された神の恩恵ですよね。 そう彼は締めくくった。 その恩恵に与ったもののひとつが、いまクリフトの手元にある。 面映いような嬉しいような不思議な感覚に、頁をめくる手を早めれば、遂に最後の日付となる記述に行き当たった。 「……そういえばこんなものも書きましたね」 そこに書かれているもの。 それは、一篇の詩―――自由を求めていまにも飛び出していかんとする敬愛する姫君を、サントハイムの王女アリーナを想って詠んだ詩だった。 「……見つからなくてよかったかも」 その一字一字を目で追いながら、クリフトは思わずくすりと笑う。 比喩が施されているとはいえ、それは明らかに恋心を彷彿とさせる。 「……仕舞っておこう」 少し照れくさくなって冊子を閉じようとすれば、それを横合いから素早く奪う手があった。 「え?」 驚いて振り返ると、そこには華やかな正装に身を包んだ美しい姫君がつい先頃までクリフトの持っていた冊子を手に立っていた。 「もうクリフトったら、ずるいわよ。自分だけ宴を抜け出して」 「ひ、姫様?」 突然の来訪者に驚きと戸惑いを隠せない。 「どうしてこちらに?」 よりにもよって一番まずい相手が目の前に現れ、クリフトは内心かなり強い動揺と焦りを感じていた。 が、クリフトの心など知る由もないアリーナはぷうっと頬を膨らませる。 「それはこちらの台詞ね。サントハイム城復興記念の祝宴を抜け出して、どうしてここにいるのよ。ソロたちだってまだ広間にいるのよ」 「それは……華やかな席が苦手だからです」 常だったらうまいかわし方も思いつくであろうに、アリーナの手にする冊子が気になり受け答えに集中できず、つい馬鹿正直に答えてしまう。 「クリフト、あなたね、私が宴を抜け出すたびいつも言っていたじゃない。 『主役が席をはずしてどうするのですか』って。今日はあなたも主役の一人でしょ」 案の定、揚げ足をとられ、クリフトは言葉に窮した。 「そ、それはそうなのですが……」 ちらちらと冊子に視線を送りながら口ごもれば、アリーナは漸くその存在に気づく。 そして『日記』という文字を目にするや、にんまりと笑い頁を繰った。 「おもしろそうね。じゃ、これと交換に、ひとりで抜け出したことを不問に付してあげるわ」 「えっ」 思いもかけない事態にクリフトが硬直すれば、アリーナは嬉しそうに読み進める。 「えーっと、なになに……『今日、サランの町で写真が売られていた。被写体を見れば姫様のお姿……なんとけしからぬ事だ。仕方がないので私はそこにあった全ての写真を買い占めた。これで、姫様のお写真で妙な気を起こすものもいないことであろう。 おぉ神よ。お導きをありがとうございました。 ……とはいえ、かなりの出費を要してしまった。今月こそは『新・信仰と祈り』が買える と思っていたのに……来月に持ち越しのようだ』って何これ?写真?そんなの見たことないわ。 クリフト、後で出しなさいよ……次は」 次々と読みあげていくアリーナに、我に返ったクリフトは必死の思いで冊子を取り返そう と試みる。 「姫様、お返しください」 「いいじゃない」 ひらりひらりとクリフトをかわしながら、アリーナは器用に目を通していく。 「姫様っ」 経験が物を言うのか。 正装に妨げられ、思うように動けないクリフトに対し、こちらは盛装とも言える華やかな衣装を身に纏っているにもかかわらず、アリーナの動きは留まるところを知らない。 次々と頁をめくっては、焦るクリフトをからかうようにひらりと身をかわす。 とはいえ、やはり動きながら冊子をめくるのは難しいようで、読む頁は飛び飛びになっている。そのせいであろうか、クリフトが見られては困ると思っているようなものは意外と避けられているようだ。 不幸中の幸いといって良いのかは判らないが、それがクリフトにとって救いであるのは今のところ確かだった。 だが、その幸運にクリフトが感謝する暇があらばこそ。彼が長年信仰してきた神は、彼に試練を突きつける。 ふいに、動きを止め、アリーナがしげしげと冊子に見入った。 そして小首を傾げたと思うと彼女はその華の顔を引きつらせ、次の瞬間、お腹を抱えて笑い出した。 「姫様、返してくださいっ」 漸く動きの止まったアリーナの手から冊子をもぎ取ったクリフトだったが、肩を震わせ、目に涙をためて笑い続けるアリーナの姿に、不審なものを感じた。 「そんなに大笑いされるようなものがございましたか?」 恥ずかしいというよりはあっけに取られ、そう問えば、アリーナは涙の滲む目をこすりながら開きっぱなしになっていた日記を指差した。 「その頁……」 アリーナが見ていた頁に視線を落とせば、そこには彼が記した『詩』が載っていた。 「ご、ごめん。笑うつもりじゃなかったんだけど……なんだかその」 笑いの滲む声に、クリフトはそこはかとない寂寥感を覚える。 見つかると困る、そう思っていた『詩』。 それは、如何に比喩が用いられているとはいえども、見る人が見れば誰が誰を思って書いたものかは一目瞭然の代物だった。 だからこそ危惧していた。 秘めたる想いを、彼女に知られてしまうのではないかと。 それなのに、彼女はこの詩を読んでただ笑うに留まっている。 即ち、彼女はこの詩の真意に気づいていないということなのだろう。 クリフトの、彼女への恋心に気づいていないということなのだろう。 ―――これほど赤裸々な想いにすら気がついてもくれないのか。 肩透かしを食らったように思えて項垂れれば、笑いをおさめたアリーナが、クリフトの顔をのぞきこむようにして微笑んだ。 「ごめんね。本当に笑うつもりじゃなかったのよ。だってとても素敵な詩なんですもの」 だけどね、と彼女は赤らんだ頬を押さえながら続ける。 「何だか少し照れくさいかも」 「照れくさい?」 不思議に思って問い返したものの、自作の詩を見遣れば、若すぎる感性が妙な羞恥心をあおる事に納得する。 「まぁ、確かに、照れくさいかもしれないですね」 冷静に分析し頷くと、アリーナが怪訝そうにこちらを見上げてくる。 いったい、何だというのだろう。 目線で訊ねると、彼女は困ったように眉根を寄せ、口を開いた。 「ねぇ、クリフト。私の言葉の意味、わかってる?」 「え?それはどういう……」 唐突な言葉に、首を捻る。 先程の言葉に、どんな意味があったというのか。 もう一度考えてみるもののさっぱり見当がつかず、お手上げとばかりにアリーナを見れば、彼女はやれやれといった様子でため息を漏らした。 「わかってないのね」 そのあきれた様子に、クリフトはますます当惑を深める。 一体全体、なんだというのだろう。 謎かけのようなアリーナの態度に混迷を繰り返す。 ―――自作の詩、姫様の笑い、照れくさい。 焦れば焦るほど、訳がわからなくなりクリフトは心底困惑する。 「姫様……」 答えを求めて声を発せば、それまでじっとクリフトを見つめていたアリーナがその言葉を遮った。 「ねぇ、クリフトは自分のことを書かれた詩を読んでも照れくさくないの?」 ―――彼女は一体、何と言ったのだろう。 混乱する頭を小馬鹿にするかのごとく、いち早く反応したのは彼の胸だった。 「あ……」 信じられないほど鼓動が早まり、息苦しささえ感じる。 何故?と思う間もなく、全身が熱くなる。 「姫様、それは……」 思考より先に言葉が漏れる。 どくどくと脈打つ音が耳に響き、頬が火を噴くのではないかと心配になるほど熱くなる。 自分の体はどうなってしまったのかと疑いたくなる。 冷静になるんだ、と己に言い聞かせてみるものの、思うようにならない。 自分の意志とは関係なく、胸が高鳴り、頬が熱をおびる。 潤む瞳でアリーナを見遣れば、こちらを見上げていた彼女と正面から視線が絡んだ。 「姫様……もしかして私の詩の意味を?」 掠れた声でそう呟くと、彼女は先程よりもはるかに赤くなった頬を押さえながら恨めしげに睨んだ。 「やぁね、もう。どうしてさらっと流せないのよ。……そんな反応されたら、こっちまで恥ずかしくなっちゃうじゃない」 そう文句を言いながらも、アリーナは律儀に頷く。 「わからないわけないじゃない」 アリーナは笑う。 「だってね、私もクリフトと同じ気持ちだから」 自身も白磁の肌を薔薇色に色づかせながら、彼女はクリフトの赤くなった頬へ手を伸ばす。 「クリフトに比べたら、まだ短い想いかも知れないけど」 それでもね、と迷いのない瞳でクリフトの目を覗き込む。 「想いの深さなら、負けないわよ」 生来の勝気さすら覗かせて、アリーナはますます艶やかに微笑む。 「クリフト。私、あなたが好きよ」 ―――素敵な告白を、ありがとう。 ―――誰かが呼ぶ声がする。 そう知覚すると同時に背後で扉が勢いよく開け放たれ、酒瓶をかざしたソロとマーニャが なだれ込んできた。 「おい、クリフト。おまえ、ずりーぞ。すこしはおまえものめよな~」 「宴はさ、もう終わりらしいんだけど、ブライが秘蔵の酒を出すから、部屋で飲みなおさないかって~」 「おまえ、こんどはさんかしろよなー。さっきろうかですれちがったアリーナにもさんかするようにいっといてやったんだからさ~」 「そうそう、酔った勢いで……なーんてこともあるかもよ~」 相当酒を過ごしたのか。呂律が怪しい。 それでも妙な使命感に駆られたふたりは、クリフトを誘うべく歩みを進める。 「ちょっとぉ~」 「クリフトってばよ~」 ふらふらと覚束ない足取りでクリフトに近づいてきたふたりだったが、次の瞬間、酔いなど忘れてしまったかのような俊敏な動きを見せた。 「ちょっと、クリフト。あんた、大丈夫なの?」 「まじ、ふつーじゃねーぞ、その顔色。飲みすぎたんか?」 「そんなことどうでもいいから、ソロ、水よ」 「お、おう」 「クリフトも遠慮なんかしなくてもいいから横になんなさいよ」 急にどたばたと立ち回り始めたふたりを前に、クリフトは不思議そうに小首を傾げた。 「御酒は……ほとんど召しておりませんが?」 どこかぼんやりとしてはいるものの、酔いの見られないしっかりとした口調で告げられ、慌てていたふたりは怪訝そうに振り返った。 「お酒を?」 「飲んでない?」 「えぇ。ほとんど口にしておりませんが?」 クリフトが頷くと、ふたりは顔を見合わせ、いままで以上に慌てた様子でクリフトに駆け寄ってきた。 「ちょっと、なんかの病気じゃない?」 「パデキアいるか?」 真剣そのもののふたりに迫られ、クリフトは思わず仰け反る。 「いえ、別に病気って訳では……姫様に日記を見られただけ……」 思わず正直に答えかけ、慌てて口を噤む。 が、ふたりがそれを聞き逃してくれるはずも無く――。 「ちょ、なに?なんかあったの?そこんとこ、詳しく話しなさいよ」 「え、まじ?っておまえ、手に何もってんのさ」 「あら?日記帳?ちょっと貸してごらんなさいよ」 「あ、ちょっと、それは……」 「ほら、マーニャ。いまだ」 「あ、そ、そんな……あぁぁぁ」 妙に連携の取れたふたりの攻めにあえなく撃沈したクリフトを残し、ソロとマーニャは日記を手に廊下を走り去る。 そして―――クリフトの裏日記は、見たくもない陽の目を見ることとなる。 「ふぉふぉふぉ、若いっていいのう」 真っ白な髭をしごきながら、ブライが柱の影から姿を現す。 それを聞こえない振りでやり過ごせば、目の前に桃色の鎧を纏った戦士が立ちふさがる。 「なんと情熱的な……いやいや、拙者、クリフト殿を見直しましたぞ」 褒めているのか、からかっているのかわからない口調。クリフトは即座に踵を返し、人影の少なそうな中庭に足を踏み入れる。 「あら、クリフトさん。ごきげんよう」 いつもと変わらぬ笑顔でミネアが近寄ってくる。 一瞬身構えたものの、あまりに普段どおりの彼女にほっと力を抜く。が、直後クリフトは顔を赤らめて全力疾走する羽目になる。 「クリフトさん。この水晶玉ならアリーナさんの○○も××も覗き放題ですよ? おいくらで買われます?」 一行の良心と思っていたミネアにまで、ソロとマーニャの手は伸びていた。 その衝撃に打ちひしがれながら中庭を突っ切れば、前方に丸っこい影が現れた。 「やぁ、クリフト君。大変そうですね」 一行の中で唯一の妻帯者、トルネコ。 彼は穏やかな微笑を浮かべて、クリフトを労う。 「でも、よかったじゃないですか。アリーナさんと両想いになれて。クリフト君、頑張っていましたからね。神様がきっと恩恵を与えてくださったのですよ」 からかいも冷やかしの色もない、優しい言葉。 クリフトが思わず頭をさげると、彼はクリフトの肩をぽんぽんと叩きつつ、囁いた。 「―――で、私にも神の恩恵のおすそわけを。アリーナさんとの婚儀がまとまったら、ぜひあの日記を出版しましょう。絶対売れますよ」 ―――世界を救った勇者たちに、神は恩恵を与え給う。 神の恩返し―――クリフト編・完
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クリフトとアリーナの想いは Part4.2 833 :【桜の木の下で】1/8 ◆cbox66Yxk6 :2006/04/07(金) 14 42 21 ID tNxAZEZ70 サントハイム城から少し離れたところに、少し遅咲きの桜の木がある。 早朝、ひょっこりと現れたアリーナは満開まであと少しといったその桜の木に、ぎゅっと抱きついた。 「ただいま・・・お母様」 この桜の木は、アリーナの母が生まれた日に植えられたものだと、父王から聞いていた。 そしてここで母と知り合い、ここでプロポーズをしたとも。 アリーナが母をなくしたのは3歳の時のこと。おぼろげながらに覚えている母の記憶は、なんとなく淡い桜の花を連想させた。だからアリーナはこの木を母と思い、毎年この時期になるとやってくる。そして根元に腰を下ろしてその1年にあったことを母に語るのだ。 そして語りつくした頃、父王が迎えに来て、すっかり疲れ果てたアリーナを背負って城へ帰る。 温かい父の背中、そしてそれを見送る母桜。幼いアリーナは何度となく、その瞬間が続けばいいと思ったものだ。それがアリーナと家族の桜の思い出。 アリーナは桜の木を見上げ眩しげに目を細めた。 「4年も、来られなくてごめんなさい。・・・話したいこと、いっぱいありすぎて、何から話したらいいか、わからないわ」 ざぁっと風が吹き、薄紅色の花びらを舞い上げる。それがまるで母の返事のように思え、アリーナはとても嬉しそうに微笑んだ。 「そうだ。ねぇ、お母様。私にも好きな人、できたのよ」 桜の根元に腰を下ろし、母に背を預けるかのように幹にもたれた。 そして幼子のように頬を少し赤らめながら、今までにあったことをぽつりぽつりと話し始めた。 春の穏やかな日差し、さわやかな風。 アリーナの髪に何枚もの花びらが降りそそぐ。 木にもたれたまま、いつの間にか寝入ってしまったアリーナに近づくと、彼は自分の外套を 脱ぎ、そっとかけた。 そして優しげな微笑を残すと、静かにその場から立ち去っていった。 ガサッ・・・。 草を掻き分ける音で、アリーナは目を覚ました。 日は既に西に傾き、あたりはひんやりとした空気に包み込まれようとしている。 「寝ちゃったのね」 木の幹にもたれたまま、どうやらかなり長い時間を寝て過ごしたらしい。 少しこわばった体をほぐすために立ち上がると、足元に何かが落ちた。 「あれ、この外套・・・」 薄暗くてよく見えないが、どうやら2枚あるらしい。 (誰がかけてくれたのかしら?) 首を捻ると、そっと取り上げた。 その時、間近で草を踏む音が響き、アリーナは反射的に振り返った。 そしてそこに佇む人物の姿を見て目を見開いた。 「え、クリフト?」 てっきり、父王が迎えにきたものと思っていたアリーナは、意外な人物の姿を見つけ、不思議そうに呟いた。 「どうしてここへ?」 クリフトはこの問いに逡巡しつつ、答えた。 「陛下に・・・陛下に申し付けられました。姫様が目を覚ましたら、一緒に帰ってくるように、と」 「お父様が?」 手にした外套をよくみると一枚は父が愛用しているものであった。 そしてもう一枚のそれは・・・。 「これクリフトのよね? あれ、でも、この外套の方が下にかかっていたようなんだけど」 お父様に言いつけられたのだったら、お父様の外套の方が先のはずよね? 首を傾げるアリーナに、クリフトは少し頬を赤らめ俯いた。 「申し訳ございません、姫様。いくら魔物の数が少なくなったとはいえ、おひとりでの長時間の 外出は危険かと思いまして」 差し出がましいとは思ったのですが、ずっとその草陰におりました。 クリフトの言葉に今度はアリーナが詰まった。 「え、じゃ、あとを追ってきたの?」 クリフトのさす草陰に視線を送る。 「いえ、私は姫様がお城を出られたのを確認してから少し遅れて来ました。焦って追いかける必要性は なったのです。行き先はわかっていましたし」 そこまで言うと言葉を切り、クリフトは桜を見上げた。 「毎年、この時期になるとここへいらっしゃいますから」 アリーナは、はっとした。 「もしかして、毎年、ついていてくれたの?」 クリフトが肯くのをみて、アリーナは息を呑んだ。 (ぜんぜん気がつかなかった) この桜をお母様と思っていたから、笑ったり、怒ったり、それからよく泣いた気がする。 ちらりとクリフトを見やると、目と目が合った。 恥ずかしさで、顔が赤くなるのがわかる。 クリフトはちょっと戸惑ったように微笑んだ。 「姫様、私をお許しいただけますか?」 「え?」 突然の言葉にアリーナは思わず聞き返した。 クリフトは困ったような表情をしながら、視線を桜に向けた。 「私はずっと姫様を影から見守ることしかできませんでした。姫様が怒っていらっしゃる時も、 涙を流していらっしゃる時も・・・」 訥々と語りだしたクリフトの声に、アリーナは耳を傾ける。 「本当は何かして差し上げなくてはと思っていたのですが、勇気がなくて・・・」 ずっと、できなかったのです。 クリフトはアリーナの髪についた淡い桜の花びらをそっと指で取り上げた。 「そして、今日も・・・私はただ、そこにいただけで・・・」 手にした桜の花びらを手のひらに包み込みながら、クリフトはため息をついた。 「陛下に、『そなたはアリーナの騎士になりたいのか』などと、言われてしまいました」 見守るだけなら、そなたでなくてもできよう、とも。 うなだれたクリフトにアリーナは微笑みかけた。 「馬鹿ね」 ずっと見守っているだけだって、相当大変なのに。 まじめなクリフトのことだ。職務を放棄してここにいるだけでも、どれほど大切に思ってくれているかがわかろうというもの。 アリーナの言葉に、ぴくりとからだを震わせたクリフトだったが、地面に片膝をつき、意を決したように口を開いた。 「姫様。私は、あなた様をずっとお慕い申し上げておりました。願わくば、その傍らに立つことをお許しください」 突然のプロポーズの言葉に、アリーナが目を丸くする。 冷たい夜風に吹かれた桜の木が、アリーナの胸のうちのようにざわめいた。 「愛しております。アリーナ様」 私に、あなたの人生を背負わせてください。 そういって顔を上げたクリフトは、とても大人びた顔をしていた。 アリーナはドキドキと高鳴る胸を押さえながら、クリフトの手を取った。 そして桜の木に向かって微笑んだ。 「お母様。私・・・」 アリーナはクリフトに向き直ると艶やかに笑った。 「私も、あなたのことが好きよ。今日ね、私、桜に・・・お母様に好きな人ができたって報告したの。でも、まさか、その日のうちに相手を紹介できるとは思ってもみなかったわ」 クリフトは頬を紅潮させた。 「姫様・・・」 感極まったクリフトがアリーナをその腕に抱きしめた。 「愛しております。愛して・・・」 アリーナはうんうんと頷きながら繰り返される言葉を聞いていた。 桜の花びらがライスシャワーのように、ふたりに降り注いでいた。 どれくらいそうしていたのだろう。 すっかり暗くなってしまったことに気づいた二人は、どちらともなく体を離すと桜の木を見上げた。 「また来年、来るね」 今度はお父様も、クリフトも一緒よ。 その言葉にクリフトが驚いたようにアリーナを見た。 「いいのですか」 家族の語らいの場なのでしょう? そう呟いたクリフトの髪を一房つかみ、アリーナは引っ張った。 「家族・・・だからでしょ!」 一瞬にしてクリフトの顔が赤く染まった。 「ちがうの?」 まごまごするクリフトに口を尖らせたアリーナが詰め寄る。 「あ、いえ、光栄です・・・」 クリフトの言葉に、よしと頷くとアリーナはにっこり笑った。 「ね、クリフト。おんぶして」 ここからの帰り道はね、いつもおんぶだったから。 クリフトはそうでしたねと微笑むと、アリーナに背を向けしゃがんだ。 「いいですか。行きますよ」 そう言ってクリフトが立ち上がると、アリーナの視界が一転した。 「わぁ、高い」 これがクリフトの見ている世界なのね。 父の背中はがっしりしていて、温かかった。そしてクリフトの背中も・・・。 おてんば姫といわれてきた自分。でも、それはこんな背中を持つ優しい人々に支えられてのことだった。 「ふふ、気持ちいい」 クリフトの肩口に頭をもたれさせる。そして、ふと思ったことを口にした。 「ねぇ、お父様はいつからあなたのことを知っていたの?」 「最初から、だと思います」 クリフトの答えに、アリーナはため息を漏らす。 「私、ぜんぜん気がつかなかった」 お父様ってすごいわね。 アリーナの声にクリフトはうっすらと笑う。 「えぇ。でも、姫様は敵の気配には鋭いですけど、ご自分が気を許した相手には無頓着ですよね」 それだけ、私に気を許してくださっているかと思うと嬉しいですよ。 背中越しに伝わる声。穏やかで優しくてアリーナの大好きな声。 「ねぇ、クリフト」 「なんでしょう?」 「お母様に、お父様とあなたと一緒って言ったけど、もしかしたらもうひとり増えるかもね」 クリフトの動悸が早まり、体が熱を帯びた。 アリーナはクリフトにわからないように含み笑いをした。 「だって、ブライを仲間はずれにしちゃ悪いでしょ?」 「あ、そ、そうですね」 ちょっと残念そうな様子に今度は声を立てて笑った。 「姫様、私をからかったのですね」 恨みがましい声が聞こえる。アリーナは目に浮かんだ涙を拭いながら謝った。 「ごめんね。でも、そういう増え方ならお母様も許してくれるわよね」 アリーナの桜の思い出。それは毎年違ったものになっていくのだろう。 「いつか・・・みんなでお花見したいね」 大切な人たちと一緒に。 「陛下!」 ひとりで戻ってきたサントハイム王にブライが驚いて駆け寄ってきた。 「姫様はどうなされたのですか」 ブライの言葉に王は肩を落とすと、深々とため息をついた。 「のう、ブライや。父親というものは辛いものだな」 あの時、アリーナに自分の外套を掛けるため近寄った。そして、自分が耳にした言葉は。 『クリフト・・・』 そろそろ潮時なのかもしれん。父から夫へ。 いつまでも手放したくないと思っていた。だが、あんな寝言を聞いてしまっては、自分の役目が終わったのだと否が応でも痛感させられる。 サントハイム王は、疲れたように玉座に腰掛けた。 「おまえも、それでいいというのだろうな」 ブライは黙っていた。それは彼にかけられた言葉ではないとわかっていたから。 アリーナの母、亡き王妃がこの場にいたらきっと微笑みながら諭したであろう。 「あの子が結婚しても、私たちが親であることにはかわりがないのですよ」 開かれていた窓から桜の花びらが舞いこんできた。 「のう、ブライや。ちと付き合ってくれんか?」 桜を肴に飲み明かそうじゃないか。 王の言葉にブライは相好を崩した。 「では久しぶりに花見酒をすることにしましょうか、陛下」 (終)
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クリフトのアリーナへの想いはPart6 917 :828ペギー ◆XJ3Ut0uuQQ :2007/02/10(土) 12 01 21 ID x91RMrEZ0 ここは、モンバーバラの劇場。 パノンをスタンシアラ王のところに連れて行きたいと頼む一行に、座長は、ある条件を出した。 その条件とは。 勇者一行のうち、地元であるマーニャ・ミネア以外の誰かが、劇場で拍手喝采を浴びたら、パノンを連れて行っても良い、というのだ。 「しかし、あのおやっさんの考えてることは分かんないよなぁ。 素人の俺らに芸をさせて、どうしようってんだ?」 楽屋で首をかしげる勇者に、マーニャはひらひらと手を振った。 「いつものことよ。新しい才能の発掘が座長の道楽なのよ。」 そして、にんまりと楽しそうに皆を見回した。 「…で?誰が芸をやるわけ?」 「はいはいはーーい!」 アリーナが元気良く手を上げた。 「私が、大岩を空手で割ってみせると良いと思う~!!」 「お、それいいな!」 身を乗り出す勇者に、クリフトが慌てて叫ぶ。 「だめです!姫様にこのようなみだらなところで芸をさせるなど!」 「ちょっと!今の言葉は聞き捨てならないわね。」 目を三角にしたマーニャに、トルネコがおずおずと声をかけた。 「マーニャさん、私に駄洒落ショーをさせていただけませんか?」 「…は?」 「私の駄洒落、スタンシアラ王には通じませんでしたが、ここならばっ!」 「…。」 無言のマーニャに代わってクリフトが答えた。 「いいですね。トルネコさんの駄洒落は面白いですから、きっと受けますよ。」 「…面白がってたのはお前だけだ、クリフト。」 勇者が小さい声でつぶやいた。 案の条、トルネコの駄洒落は全く受けなかった。 「皆さん、私のお腹のことばっかり言って、聞いてくれやしない…。 ねえ、私って、みんなが言うほど太って見えますかね。」 うなだれて戻ってきたトルネコの肩を、ブライがぽんぽんと叩いた。 「気にされるなトルネコ殿。かくなる上は、わしが高等魔法で客をあっと言わせてみせようぞ!」 「…どうしてこう、オヤジ連中ばかりが出たがるのかしら…。」 胸を張ったブライに、マーニャはひそかにため息をついた。 ブライは運が悪かった。 最前列に酔っ払いの集団がいて、舞台に出たブライにブーイングの嵐をかませたのだ。 「かえれ!かえれ!」「ブーブー!」 「…っこの、無礼者!」 ブライの杖の先から氷の柱がほとばしった。 「何考えてるのよ、じーさん!ヒャドでお客さんなぎ倒すなんて、この劇場が閉鎖になっちゃったらどうすんのよ!」 怒り心頭、といった感じのマーニャだったが、ブライは全く聞いていなかった。 「このブライ、こんなはずかしめを受けたのは、初めてですぞ!」 「ちょっと、人の話しを聞きなさいよー!!」 「姉さん落ち着いて!ここでドラゴラムはだめよ!!」 うなだれるトルネコ、怒りに体を震わすブライを遠くから見守る若者3人組。 「ねえ、クリフト、やっぱり私が大岩割を・・・。」 「だよなあ、アリーナ。」 「だめですったら、だめです!」 そこへ、先ほどから部屋の隅で静かに座っていたライアンが声をかけた。 「どうだろう、クリフト殿。我々2人で剣舞を踊るというのは。」 「けんまい…?何それ?」 はてなマークを顔に貼り付けた勇者に、クリフトが説明した。 「剣を使って行なう舞のことですよ。『けんぶ』とも言います。 …そうですね…私の剣舞は、本来、神に捧げるものですが…。」 クリフトは、顎に手をあてて考えんでいたが、ややするとライアンに向き直った。 「…神学的な解釈の部分を除けば、こちらで踊っても許されるかと思います。」 よし、とライアンが、腰を上げながら言った。 「拙者の方は、宮廷の典礼用のものだが、何、基本は変わらん。 拙者とクリフト殿なら、ぶっつけ本番でも大丈夫だろう。」 ライアンとクリフトは、多少の打ち合わせを行なったのみで、舞台に上がった。 筋骨隆々の堂々たる戦士と、すらりと端正な神官の取り合わせに観客は沸いた。 「おお!新顔だー!」「なんかやれー!」「とりあえず脱いどけ!」 盛り上がる観客の声援とやじに、ライアンは顔をしかめた。 「男に向かって脱げとは、今日の客は趣味が悪すぎる。」 「仕方ありません、はじめましょう、ライアンさん。」 2人は剣を抜くと、切っ先を合わせた。 演技が始まると、観客は、2人の息のあった舞に釘付けになった。 ライアンは猛々しく直線的な動きで、迫力のある太刀筋を残し、クリフトの優美で繊細な剣の動きが、柔らかくそれに絡む。 「わー、クリフト達、かっこいいね!ソロ!」 舞台裾でこれを見ていたアリーナは、隣の勇者に囁いた。 勇者は目を輝かせて2人の演技に見入っていたが、次第にそわそわし始め、とうとう、「俺もやりたーーい!」と、剣をひっつかむと舞台に飛び出した。 クリフトは、いきなり飛び出てきた勇者に、ぎょっと目を見張った。 一瞬注意が逸れたところに、ライアンの剣が斜め上から舞い降りてきた。 クリフトは、はっと体をそらせたが、間に合わない。 ライアンの剣の切っ先が、神官服を斜めに切り裂いた。 ざすっ。 アリーナの悲鳴が上がった。 ライアンは、剣を振り下ろした格好のまま、固まっていた。 クリフトも、体をのけぞらせた姿勢のまま、動かない。 勇者は、蒼白な顔で凍りついたように棒立ちになっていた。 観客席は静まり返り、咳一つ聞こえてこない。 そのとき。 ばさ。 クリフトの肩から神官服が滑り落ちた。 クリフトは、ぎりぎりのところでライアンの刀をかわしていた。 並みの人間であれば、完全に袈裟切りになっていたところだ。 しかし、体さえ傷つかなかったものの、ライアンの鋭い剣先は、クリフトの服を右肩から左裾にかけて、アンダーシャツに届くまで、ざっくりと切り破っていた。 神官服は重い。 切られた神官服は、その重みに耐えかね、アンダーシャツもろともクリフトの体を滑り落ち、クリフトは、片肌脱ぎの状態になった。 「!!!!」 観客席はどよめいた。 「なななっ!」 クリフトはパニックになって服をかき集めようとしたが、そのとき、アリーナの心配そうな声が耳に入った。 「クリフト、大丈夫!?」 振り向くと、アリーナが今にも舞台裾から飛び出しそうにしている。 それを見て、クリフトの頭は一瞬にして冷えた。 このまま、クリフト達が演技途中で引っ込めば、一行の目ぼしい演し物は、あとはアリーナの大岩割くらいしか残っていない。 クリフトは、ぐっと歯を食いしばると、ライアンに言った。 「ライアンさん、このまま続けましょう!」 …勇者はこっそり舞台裏に消えていた。 「…なーんか、客が前よりエキサイトしてない?」 再開した演技を、客席の後方で見ていたマーニャがミネアに尋ねた。 「そりゃあやっぱり、ストイックな神官服からのチラ見せっていうのは万人共通のそそるコンセプトですもの♪」 クリフトさんお肌も綺麗だし、と嬉しそうに言うミネアに 「…ミネア、あんたって一体…。」 マーニャは呆れた視線を向けたのだった。 2人の演技が終わった後は、拍手喝采、アンコールの嵐が鳴り止まなかった。 座長は2人を絶賛し、クリフトとライアンに対し、旅が終わったら是非戻ってきて劇団に参加して欲しいと言ったが、 毛布を体に巻きつけたクリフトは、涙目で答えた。 「二度とゴメンですっ。私は人前で踊ったり脱いだりするのはイヤですよ。」 この後しばらくは、勇者はクリフトに口を聞いてもらえなかったらしい。
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クリフトとアリーナの想いはPart8 722 :awakening ◆e.sLpeggy2 :2008/02/19(火) 21 08 06 ID ee43DIXs0 「…ねえ、ソロ。」 「ん?どした、アリーナ?」 旅の途中の昼下がり、1人でパトリシアの世話をしていた勇者は、 近寄ってきたアリーナに、手を止めて振り返った。 アリーナは、いつになくおずおずとした様子で勇者を見た。 「あのね……私、クリフトのこと嫌いになっちゃったのかな…?」 勇者は、思わず手にしていたブラシを取り落としそうになった。 「え、えーと?…ごめん、俺、今の質問、聞き間違ってる? お前、お前自身が、クリフトのことを、嫌いになったかどうかを、 俺に、聞いてるの??」 「うん。」 アリーナがこっくりと頷く。 勇者はアリーナに向き直ると、腕を組んで尋ねた。 「…なんで、お前自身の気持ちを、俺に聞くわけ?」 勇者の問いに、アリーナはうつむいた。 「…よく分からないんだもの。」 アリーナは、力ない声で、ぼそぼそと続ける。 「前は、クリフトのそばにいるのが楽しかったの。 でも、今は…クリフトといると、何か変な気持ちになるの。」 勇者は、アリーナの言葉を聞いて、何とも言えない表情になった。 アリーナはうつむいているため、勇者の様子に気付かないままに続ける。 「それだけじゃないの。前は、クリフトとおしゃべりするの大好きだったのに、 今は、クリフトの声を聞くだけで、やっぱり、何か変な気持ちになるの。」 「………変な気持ちって?」 勇者は、食いしばった歯の間から搾り出すような声で、尋ねた。 「なんか、胸の中がぎゅーっとなって苦しくて、あと、何かボーっとするっていうか、 風邪引いたときみたいな感じで、不安で、だから…って、あれ?」 アリーナが、勇者の様子に気づいて、きょとんとした顔をした。 「…なんで、ソロ、頭抱えてるの?」 「いや…天然だとは思ってたけど、ここまで天然だとは思わなかった…。」 先日のガーデンブルグでの一件で、一行の中には、これでやっと、 この鈍感主従の関係も発展するのでは、との希望的観測を抱く向きもあった。 しかし、と勇者は眉間の皺を揉みながら考えた。 ―――やっぱり、アリーナのやつ、全っ然自覚してねーじゃねーか! そんな勇者を、アリーナは不思議そうな顔で見つめている。 これは、はっきりと言うしかないと、勇者は腹を決め、アリーナを覗き込んだ。 「…あのな。」 「うん。」 「お前、それは、いわゆる、その、こ、こ、こ…」 「こ?」 真っ赤な顔をして『恋心』という言葉を口に出そうとする勇者に、アリーナが首をかしげる。 ―――だーーっ!こんな気恥ずかしいこと、真面目な顔で言えるかーー!! 再び頭を抱えた勇者の前に、そのとき救いの神が現れた。 「ちょっとー、あんた何アリーナ前にして赤くなってんのよ。怪しいわね~。」 「マーニャ!ミネア!」 モンバーバラ姉妹の姿に、勇者がほっとしたような声を上げた。 「ソロさん、どうされたんですの?」 ただならぬ勇者の様子に、ミネアが心配そうに尋ねた。 「いや、実は…。」 勇者は、2人に、先ほどのアリーナの話をそのまま繰り返して聞かせた。 勇者の話を聞き終わったマーニャは、ミネアの肩に頭を乗せてため息をついた。 「…ガーデンブルグで自覚したと思った私が甘かったわ。」 ミネアも苦笑していた。 アリーナがむっとした顔で皆を見渡す。 「何よー、みんなして、さっきから何なのよー。」 「何って、あんたねぇ…。」 マーニャは、ふくれ面のアリーナを見ながらしばらく考えていたが、突然、にやりと笑った。 「ねえ、アリーナ。」 「むー。何よ。」 「あのね、あんたのその病気。私、治す方法知ってるわよ。」 「え!ホント!?」 マーニャの言葉に、アリーナがぱっと顔を輝かせた。 勇者とミネアは、驚いてマーニャを見た。 「この病気を治すのは、ショック療法しかないのよ。」 「…ショック療法…?」 首を傾げたアリーナに、マーニャは真面目な顔で頷いてみせた。 「だからね、クリフトにキスしてきなさい。 おでこやほっぺじゃ駄目よ。きちんと、お・く・ち・に、ね!」 「えええええええ!!??」 アリーナは真っ赤になった。 「姉さん、何言ってるのよ!」 「そんなことしたら、クリフトの奴、心臓麻痺でおっ死ぬぞ!」 勇者とミネアは慌てたが、マーニャは「いいから黙ってなさい!」と一喝した。 「そんなこと…できない…。」 両手で頬を押さえて呆然と呟くアリーナに、マーニャはにこやかに笑いかけた。 「別に無理することないのよ、アリーナ。この病気、日常生活に害はないんだから。 単に、この先、クリフトと普通に話すことができないってだけ。」 その言葉に、アリーナは両手を頬から離した。 そして、マーニャを見ると、きっぱりした口調で言った。 「そんなの、嫌だわ。」 「だーったら、治療するしかないわね~。」 マーニャはニヤニヤ笑いながら、遠くの木陰で本を読んでいるクリフトを指差した。 「…。」 アリーナは、しばらく悩んでいたが、やがて、ぐっと両手を握りしめると、 クリフトの方に向かって駆け出した。 「ちょっと、姉さん、何考えてるのよ…!」 「これ以上、引っ掻き回してどーすんだ、おい!」 勇者とミネアはマーニャに詰め寄ったが、マーニャは笑って手を振った。 「これくらいやらなきゃ駄目よ、あの子は。 それよりも、ほら、行くわよ!面白いもの見逃しちゃうじゃない。」 マーニャは、見つからないよう大回りしながら、クリフト達に向かって走り始めた。 勇者とミネアも、ぶつぶつ言いながら、マーニャの後を追っていった。 「クリフト!」 クリフトは、突然頭の上から降ってきた大声に、驚いて本から顔を上げた。 「…姫様?そんなに息せき切って…どうかされたのですか?」 慌てて本を閉じて立ち上がろうとするクリフトをアリーナは両手で押し止めた。 「クリフト…目をつぶって!」 「…は?」 戸惑った顔で、クリフトがアリーナを見上げた。 「いいから!言うことを聞いて!」 「…はあ。」 不可解な表情をしながらも、クリフトはアリーナの命に素直に従った。 そのときちょうど、マーニャ達は、クリフト達の近くの茂みに到着した。 「…うわー、展開早っ。風情も何もありゃしない。」 「姉さん、しっ!」 「クリフトは気配に敏感なんだから、気付かれるぞ!」 「…何よ、結局、あんた達も見たいんじゃない…。」 3人は、息を飲んで成り行きを見守った。 アリーナは、目を閉じたクリフトの前で固まっていた。 クリフトは、背筋を伸ばして、その端正な顔を真っ直ぐ前に向けている。 正面からクリフトの顔を見つめたアリーナは、見る見るうちに耳まで真っ赤になった。 おずおずとクリフトの頬に手を伸ばしかけて、その手を握り込む。 アリーナの表情は今にも泣き出しそうだった。 (うわ、うわわ、アリーナ、めちゃくちゃかーわいーい…!) (あの顔を、クリフトさんにも見せてあげたいですわね。) (ちょっと、あんた達の方が、うるさいわよ!) 「姫様?…まだ、目を開けてはいけませんか?」 クリフトが、目を閉じたまま尋ねた。 アリーナは、びくっと肩をすくめると、上ずった声で答えた。 「だめ!まだ、だめよ!」 そして、思い切ったようにクリフトに向けて体をかがめた。 アリーナの赤く色づいた唇が、ゆっくりとクリフトのそれに近づいていく。 (きゃー、きゃー、きゃー!) (世紀の瞬間だな!) (感無量ですわ…。) しかし。 2人の唇が触れ合うまであと僅か、というところで、気配を感じたのか、 クリフトは、ピクリとまぶたを動かすと、驚いたように目を見開いた。 「「―――!!!」」 クリフトの目の前にあったのは、アリーナの顔。 アリーナも、突然目を開けたクリフトに、目を見開いたまま固まっていた。 木々の間を、午後の柔らかな風が吹き抜けていく。 互いの吐息が感じられる程の距離で、2人は無言で見つめ合っていた。 茂みの陰の3人も、息を詰めて事態を見守っている。 先に、言葉を発したのは、クリフトの方だった。 「…あ、の…、ひめ、さま…?」 「~~~!!」 アリーナは、戦闘中にも見せないほどの素早さでクリフトから飛び退いた。 その顔は、これ以上ないほどに真っ赤に染まっている。 クリフトも頬に血を上らせていたが、それ以上に混乱の表情が色濃かった。 「…私…。」 アリーナは、ゆっくりと両手を上げ、口元を覆うと、 次の瞬間、何も言わずにクリフトに背を向けて、その場を走り去った。 「姫様!!」 クリフトは手を伸ばして立ち上がりかけたが、アリーナの姿は既に彼方だった。 「今のは、いったい…。」 クリフトは、伸ばした手を下ろすと、そのまま呆然と座り込んだ。 一方、覗き見3人組は急いでアリーナの後を追っていた。 「クリフトに見つからないで良かったな。」 「あの状態じゃ、ドラゴンが隣を通っても気が付かないわよ。」 「それよりも、アリーナさん、大丈夫かしら…。」 「ほんっとに、クリフトの奴、タイミングが悪いったらねーよな!」 「あ、いたわよ、あそこ!」 森近くの小川のほとりで、アリーナが膝を付いて水面を覗き込んでいた。 「アリーナ!」 マーニャの呼びかけに、アリーナが肩を揺らした。 「アリーナさん、大丈夫?」 ミネアが気遣わしげにアリーナの隣にしゃがみこむ。 と、顔を上げたアリーナの表情を見て、3人は、おお、と声を上げた。 アリーナの上気した頬は艶やかに輝き、うるうると潤んだ目の縁は、 ほんのりと赤く染まっていた。 勇者とマーニャは、小さい声で囁きあった。 「…うわぁ…。何か、俺、やばい気分になりそう…。」 「この顔は、反則よね…。」 そんな2人を目線で黙らせると、ミネアはアリーナに、優しい声で語りかけた。 「アリーナさん。…もう、分かったみたいね?病気なんかじゃ、ないってこと。」 アリーナは、泣きそうな顔でミネアを見上げた。 「自分の中の、クリフトさんへの想い……自覚したかしら?」 アリーナは、真っ赤になって、こくんと頷いた。 「…ミネア…。私…。どうしよう~。」 アリーナは、ミネアにしがみつくと、その胸に顔を埋めた。 ミネアは、アリーナの頭を優しくなでると、大丈夫、大丈夫と諭すように囁いた。 マーニャは、ミネアに片目を瞑って見せると、勇者を引っ張ってその場を離れた。 「ふーーー。これでやっと、一件落着ってところかしらね。」 ミネアとアリーナから充分に離れると、マーニャがしみじみとため息をついた。 勇者が頷きかけて、歩みを止めた。 「…いや。まだだな。…クリフトの方が残ってる。」 マーニャが、それを聞いて顔をしかめた。 「あー…。 あのアホ神官、自分のことに関しては恐ろしく鈍いから、ねぇ…。」 勇者が、憂鬱そうな顔でマーニャを見た。 「…アリーナが自覚したことで、この先、丸くおさまると思うか?」 「………うーん……。」 マーニャは、腕を組んだ。 「クリフトも、この件に関しちゃ、かなり屈折した行動するからね……。」 「てことは、これからも…。」 「前途多難、ってことかしら。」 勇者とマーニャは顔を合わせると、同時にはあっとため息をついた。 2008.10.16へ続く
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クリフトとアリーナの想いは Part4.2 703 :名前が無い@ただの名無しのようだ:2006/03/26(日) 00 53 13 ID 3iglfyP60 それは昔のお話。まだ二人が今よりも小さな頃でした。 「うわぁ~キレイだねーーー!!」 今日もブライ様の授業を抜け出したアリーナ姫様がやって来ていたのは、お城の裏庭。 そう、今は春。 そこは視界がピンク色。桜に染められた場所でした。 間近で見る桜にはしゃいで走り回っているアリーナ姫様の傍らにいるのは、大人しそうな少年。 無理やりひっぱって連れてこられたのか、神官学校の教科書を持ったままです。 桜の花を眩しそうに見上げながらも、周囲に絶えず気を配っています。 きっと、アリーナ姫様を連れ戻しに来る大人が来ないか見張っているのでしょう。 「クリフト、わたしね、お花がこんなにそばで見られてすっごくうれしい!!」 アリーナ姫様に呼びかけられて、少年ははにかみながら頷きました。 花びらがちらちら、ちらちら舞う中に二人はどのくらい立ち尽くしていたでしょうか。 「どうして桜さんはあっという間に散っちゃうんだろうねぇ」 ご機嫌だったアリーナ姫様ですが、ちょっとだけ不満顔です。 「そうですね、しかし花が散って緑が茂るのもそれはそれで美しいものですよ」 花びらをそっと一枚手に取ったクリフトが言いました。 「そうね、夏が来るのも好きよ!だって私の誕生日も夏だし!」 そこでアリーナ姫様は気がつきました。 「…ねぇ、クリフトの誕生日っていつ?」 少しだけ苦しそうな顔をしたクリフト。 「…わからないんです。ただ、春頃らしいということですが」 幼い頃からずっと教会にいるクリフト。それには何やら大きな事情を抱えていそうです。 「そっかぁ…」 アリーナ姫様はとっても悲しくなりました。 自分はこんなに誕生日が大好きなのに、クリフトはもしかして祝ってもらったことが…! 「神父様が日付を決めてしまってのもいいのですが、 本当と違う日を祝うのかと思うと少し悲しいですからね。このままにしてあります」 クリフトは散っている花びらのような微笑を浮かべました。 「あ、そうだ!!」 突然大声をあげたアリーナ姫様に驚いたクリフト。 一際美しい桜の元にアリーナ姫様は駆け寄っていきました。そして振り向いて、 「春なんでしょ?じゃあこの桜が咲いた日をクリフトの誕生日にすればいいのよ! それなら毎年ちょっとずつ違っちゃうけど、絶対本当の誕生日もその中にあるわ! ね、そうしましょ?」 満面の笑顔でそう言いました。 あっけにとられていたクリフトですが、やがて笑い出しました。 そのまま笑いが止まらなくなりました。そんなクリフトを見て、 「な、何よう、いいアイデアだと思ったのに・・・」 アリーナ姫様はふくれっつらです。 「……いいえ、本当にいいアイデアです。ありがとうございます」 笑いをこらえこらえ、クリフトが言いました。 アリーナにしかできない突拍子もないアイデア。 「あまりにも姫様らしすぎて。思わず。すみません」 「ふうん、まぁいいわ。じゃ、来年はこの桜が咲いたらお祝いしましょうね。 毎年ずーっと、この桜を見に来ようね!!」 毎年ずっと、あなたと桜を見に来れる。 「はい。ありがとうございます」 桜を前にした、二人の約束。 アリーナ姫様とクリフトは微笑みあいました。 「姫様~~~!?どこにおられるのじゃ~~?」 遠くから、ブライ様の声がします。 「あ、そろそろ帰らなきゃだね。」 ハッとしたアリーナ姫様。 「じゃあね、クリフト。授業中なのにつれてきちゃってごめんねー!!」 走っていくアリーナ姫様の背中を見送りながら、 いつもよりもしばしの別れが寂しくないことに気づいていたクリフトでした。 クリフトはもう一度桜を見上げてみました。 「また来年も、よろしくお願いします」 深々と頭を下げて、教会へと踵を返したクリフトでした。 (終)