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「仕切るの?春日部さん」よりモロヤマ1号 仕切るの?ルイズさん1話「召喚したの?ルイズさん」 仕切るの?ルイズさん2話「普段通りの1日なの?ルイズさん」 仕切るの?ルイズさん3話「燃えすの?キュルケさん」 仕切るの?ルイズさん4話「仕事なの?ルイズさん」
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前ページ次ページゼロな提督 「ねぇ~、お願いよ~。ちょっとだけでいいの!見せてよぉ~」 「ダーメッ!あれはヤンのモノなの。つまり!ヴァリエール家のモノでもあるってことな のよ」 魔法学院の夕方。乗馬の練習から戻ったルイズ達の部屋の前で、珍しくキュルケが頭を 下げていた。頭を下げられるルイズはまんざらでも無いようで、誇らしげに胸を張りつつ キュルケのお願いを突っぱねている。 「そこをなんとか、ね!お願いっ!」 キュルケはもう、手を合わせてルイズに頭をヘコヘコ下げている。 「もうっ。いい加減にしてよね!あれの価値がどんなものか知ってれば、簡単に見せれな いモノだってわかるでしょ!?第一あれは、ここにはないわ。危ないから宝物庫の中よ。 分かったら諦めて、さぁ部屋に帰りなさいな!」 扉前でルイズにお願いしていたキュルケは、ネコみたいに追っ払われた。随分と色気過 剰な大ネコだが。 バタンと扉を閉めて、床にあぐらをかいて本を読んでるヤンに不機嫌に怒鳴る。 「あんたも本ばっか読んでないで、アレの削り方くらい考えなさいよ!」 ヤンは一言、ノンビリと答える。 「無理だよ」 飄々としたヤンの、さも当然というような返答に、ルイズはイライラしてくる。 「無理だよ、じゃないわよ!あんなでっかいダイヤ、高すぎてだーれも買えないわ!てい うか、本体からも外せないじゃないの!」 「といっても、ハルケギニアの技術レベルでは、傷一つつけられないよ。『錬金』でもかけ たらどうかな」 「それじゃ、価値が無くなるじゃない!あの斧本体もダイヤも、どっちも凄い値段が付く 事間違いなしなんだから!」 第4話 土くれのフーケ ローゼンリッターのトマホーク、その刃である巨大ダイヤモンド。そしてロングビルに 正座させられ説教された学院長とコルベール。 研究室が崩れんばかりの大音響と共に、当然これらの事実も学院中に響き渡った。そし て学院長はじめ教員が束になっても傷一つつけられないという、斧それ自体が驚異的な硬 度を誇る未知の物質で作られている事も。 ロングビルから「高値で売れる」と言われた事を、ルイズは自分の事のように喜んだ。 実際、ヤンは自分の治療費をちゃんと返すつもりだったので、それは自分の事として喜ん で間違いはない。 だがヤンもルイズも、すぐに気がついた。その斧を売る事が出来ないという事実に。 価値が高すぎるのだ。 神話級の巨大さを誇るダイヤモンドを刃とした、何者をもってしても破壊出来ない斧。 これはつまり、「加工出来ない」という意味でもある。その斧は丸々一つでしか売買できな い。なので、それは途方もない金が動くという事。 有力貴族ではあるが一介の学生でしかないルイズ。異邦人のヤン。もはや彼等が扱える 金額では、なかった。 おまけに斧という形状も問題だ。 ハルケギニアは魔法世界。支配階級の貴族はメイジであり、杖がその象徴。剣や斧は平 民の武器だ。至高の価値を持つ宝石が斧の形をしていては、購入する貴族や王族にしてみ ると、よろしくない。女性の装飾品としては最悪のデザインとしかいいようがない。 でも加工できないほど硬い物質な上に、刃だけを本体から取り外す事も出来ない。形状 も変えられない。 だからといって、本来の使い方である「トマホーク」として、新たに柄を取り付けて使 用するなど、少なくともハルケギニアの人間であるルイズからしてみたら、あり得ない話 だ。杖として使用するには大きくて重すぎる。 かくして、ヤンもルイズも斧の取り扱いに困り果ててしまった。でも、あまりに価値が 高すぎて部屋に置いておくのも危ない。なので、とりあえず学院の宝物庫に保管する事と なった。 保管するのはいいのだが、ルイズは気が気ではない。顎に手をあてながら室内をウロウ ロと歩き回ってしまう。 「大丈夫かしらねぇ、またあのハゲやエロジーサンが勝手に持ち出したりしていないかし ら?」 有力貴族出身のルイズは、もちろん仕送りの量もハンパではない。だからこそ屋敷が買 えるほどのヤンの治療費を支払えた。そのルイズをもってしても、斧の価値は動揺させら れるに十分なものだった。 「うーん、大丈夫じゃないかな?斧をおさめたケースの鍵はロングビルさんが管理してる から」 ヤンの言葉にルイズはキョトンとしてしまう。 「ロングビルって、あの秘書の人?ちょっと、大丈夫なの?あの斧盗られちゃうんじゃ」 「盗むつもりなら、この前学院長の机の上で見つけた時に盗んでるさ。少なくとも、あの 斧の存在を僕に教えても、彼女に利益はないよ。それに、宝物庫に入るには学院長の許可 がいるし」 「ああ、それもそうね…少なくとも、どこかのハゲみたいにぶっ壊そうとはしないでしょ うね」 納得して頷くルイズ。 ヤンは相変わらず焦燥とか不安とかとは無縁かのように、床に置いたお茶を飲む。とた んに不快と縁が出来た。 「うう、やっぱり不味い。明日はシエスタさんにお茶の入れ方を習うとするよ」 「そうしなさい。ともかくこっちは、あの斧について父さまに手紙を書いてみるわ。出入 りの宝石商を紹介してもらうから」 「あ、それなんだけど」 ヤンは何か思いついたようで、慌ててお茶を床に置く。 「宝石として売れないなら、それ以外として売れないかな?」 「宝石以外? …まさか、あれを斧として使えっていうの!?冗談言わないで!あんたの国ではただの 斧なのかも知れないけど、このハルケギニアじゃ、あんなでっかいダイヤ!もったいなく て平民になんか渡せないわ!」 肩を震わせて抗議するルイズにヤンは、まぁまぁ話を聞いて、となだめる。 「つまり、武器以外の実用品として使えば良いんだよ。例えば、カッターとか、研磨用の 研ぎ石としてとか。僕の世界ではダイヤモンドカッターと呼ばれているんだけど、ハルケ ギニアにもそういうのはあるかな?」 ヤンのアイデアを聞いて、ルイズは首を傾げる。そして、ポンッと手を打とうしとした が、すぐまた考え始める。 しばし顎に指をあてウ~ンと考えて、諦めたように溜息とともに肩を落とした。 「しょうがない・・・気はすすまないけど、アカデミーの姉さまにも連絡するわ」 「へぇ~。それじゃあ、アカデミーに売るつもりなんですか?」 次の日の午前、厨房でシエスタがテーブルにティーカップやお茶の葉を持ってくる。 「う~ん、まだ分からないよ。でも、宝石として使えないなら工具としてどうか、と思っ てね」 ヤンはかまどでお湯を沸かしている。 慣れない手つきでかまどに薪をくべ、お湯の沸き具合とにらめっこしていた。 「えっと、ねぇシエスタさん。お湯はこれくらいでいいのかな?」 お湯は沸騰し始め、泡が沸きだしている。 「いえ、もう少し沸かさないと。お茶は湯の温度が命だから、気をつけてね。それじゃ、 こちらのポットに茶葉を入れてみて」 ヤンは茶壺からお茶の葉を無造作に取り出し、ポットに入れようとする。 シエスタの手が彼の手をペチッとはたいた。 「ああ、ダメダメ!二人分だけのお茶なんですから。ちゃんと二人分だけの分量を取らな いと、濃すぎたり薄すぎたりしますよ。 で、次は茶葉を入れたポットに完全に沸騰して泡がごぼごぼ立っている状態の湯を素早 く注ぎます。カップは一般的に、予め暖めておくように、と言われてるわ。でも猫舌な人 も居ますので、それは人それぞれかもしれないわね」 「そうなのかぁ。それじゃミス・ヴァリエールの好みも聞いておかないとな」 そんな感じで、ヤンは慣れない手つきでお茶の入れ方をシエスタから教わっていた。 朝食の片付けも終わり、昼食準備までの休憩時間。厨房に若い女性と二人っきりでお茶 の入れ方など、色々と教えてもらう。ヤンは内心、こんな姿をポプランやシェーンコップ に見られたら、なんてからかわれるだろうかと苦笑いをしてしまう。 いつ来るかも、本当に来るかどうかも分からない自分の捜索隊。そのメンバーにアッテ ンボローなどイゼルローンの高級士官達が混じっていないことを、贅沢と知りつつも祈っ てしまうのだった。 そんな邪な願いを抱きつつ、シエスタ直伝のお茶がティーカップ二つにいれられた。二 人で口にしたそのお茶は、ヤンの贅沢な願いに影響されたかどうかしらないが、少しはま しになったと言う程度。やっぱり不味かった。 「う~ん、僕には才能がないみたいだね」 「そんな事はありませんよ!最初よりはずっとマシになってます。練習すれば、必ず美味 しいお茶が入れれますよ」 不味いお茶を飲まされたはずのシエスタが朗らかに励ましてくれるので、ヤンも嬉しい やら恥ずかしいやら。照れ隠しに頭をかいてしまう。 「そうだね、頑張るとするよ。洗濯とか掃除とかも、色々と勉強しないとね」 「ええ!私で良ければ色々教えますので、一緒に頑張りましょうね」 黒髪とソバカスが魅力的な少女の、小さくても元気なガッツポーズ。 軍で海千山千な敵味方と、騙し合い裏の読み合い殺しあいをしていたヤン。彼にとり、 まるで青春時代に戻ったかのような錯覚に陥らせるに十分なものだ。いや、彼の青春時代 に女っ気は無かったので、30代にして初めての青春時代か。 「助けが来るかどうか分からないけど、しばらくここでやっていくかな」 ハルケギニアの良さに気付きつつあるヤンだった。 その日のお昼休み、学院の宝物庫。 トリステイン魔法学院の宝物庫は本塔学院長室のすぐ下にある。学院秘蔵の秘宝からガ ラクタまで保管された巨大鉄扉の鍵は、オールド・オスマンが管理している。 その扉は今は開けられ、ロングビルと何人もの教師が中で一つのケースを囲んでいた。 長い黒髪に漆黒のローブをまとった、陰鬱な空気を漂わす若い男が、うわごとのように 囁いた。 「これが、例の…斧か」 紫のローブをまとった中年女性、先日ルイズの失敗魔法で吹き飛ばされたミセス・シュ ブルーズが斧の刃に杖を向ける。 「本当に、間違いなく、これはダイヤモンドですわ。…いえ、待って下さい。これは…凄 いですわよ!ダイヤよりもずっと衝撃に強くて、確かにこれなら武器としても使用出来ま すわ!」 周囲から、ダイヤよりも硬いと言うのか!?信じられない、といった嘆息が漏れる。 他の教師達も魅入られたように斧を魔法で調べ、強度を確かめ、ダイヤ部分を外せない か格闘してみる。だが、得られるものは無かった。オスマン達と同じく、恐ろしく硬いと いう以外は何も分からない。 ロングビルがパンパンと手を打って皆の注意を引く。 「さぁさ皆様、お昼休みはもうすぐ終わりますわ。そろそろ宝物庫を閉めますので、皆さ ん出て下さいな」 教員達は渋々といった感じで宝物庫を出て行く。だが斧のケースに鍵をかけたロングビ ルが出てこないのにシュブルーズが気がついた。 「ミス・ロングビルはでませんの?」 「ええ、私は宝物庫の目録を作ろうと思いますの。せっかく宝物庫に来ましたので、つい でにやっておきますわ」 秘書は教師達が皆立ち去るのを見送ると、宝物庫の扉を閉める。 窓もない、暗い宝物庫の中を魔法の光で照らす。誰もいない室内に、なんだかよく分か らない秘宝だかガラクタだかがずらりと並んでいる。 それらを横目に、彼女は一つの大きなケースの前に来た。パカッと開けると、そこには 金属製の筒のような壷のようなものが収められている。高さは1メイルくらい。ケースに は筒の名称が貼られている。 名札を読むロングビルは、明らかに邪気を含む笑みを浮かべた。 「くふふ…これが学院秘蔵の、『破壊の壷』てわけかい」 口の端を釣り上げながら魔法の光を近づけ、表面に描かれた文様を見つめる。 「ふぅ~む、読めないわ。どこの国のモノかしらねぇ?」 ふと視線を横に向けると、ローゼンリッターの斧を収めたケースがある。 彼女の脳裏に、遙か異国から来た冴えない男性の姿が浮かぶ。そして彼の服や持ち物に 記されていた文字らしきものも。 記憶の中の文字と目の前の『破壊の壷』に記された文字を照らし合わせてみる。 「・・・もしかしたら、あいつなら読めるんじゃ・・・」 次は宝物庫を守る壁を調べてまわる。 試しに壁に『錬金』をかけてみるが、何の変化もない。 軽く杖で叩いてみると、硬質な音が返ってくる。そして手で直接壁を触れ、壁の厚みや 材質を読み取っていく。 「こりゃ、ダメだわ。『固定化』以外はかかってないけど、あたしのゴーレムでぶん殴って も破れないほどの強度だわね。どっかに傷とかヒビとかあれば、なんとかなりそうなんだ けど・・・もちろん、ないわね」 ロングビルはぐるりと宝物庫を見渡し、肩を落とした。 そして紙とペンを取り出し、今度は本当に宝物庫の目録を作り始めた。 だがその口からは、書き連ねている宝物の目録とは別の言葉が漏れてくる。 「学院秘蔵の秘宝『破壊の壷』、欲しいねぇ…。でも、あたしのゴーレムで力ずくっていう のは無理か。今すぐってのもありだけど、それじゃ『あたしが犯人です』て言ってるよう なもんだし。まぁ、中に入る口実も手に入れたし、夜には当直の教師も寝ちまうんだし、 焦る事はないわ。じっくり盗み方を考えましょうかね。 それにしても惜しいわ。マジックアイテムじゃないけど、ヤンの斧の方が値打ちがあり そうなんだから。はぁ~もったいない。あいつが貴族だったら、遠慮無く頂いたんだけど ねぇ~・・・」 ふと彼女の頭にヤンの顔が浮かぶ。高級軍人にもかかわらず、何の裏も持ち合わせてい ないかのような、のんきで穏やかな…というか、寝起きのように気が抜けた顔が。 ふと、自分の顔も同じように気が抜けてしまっている事に気がついた。 慌てて頭を左右に振りまくる。 その時、背後から扉が開く音がした。 彼女は更に慌てて、目録作成を真面目にしていた風を繕う。 「ミス・ロングビルかの?」 扉を開けたのはオスマンだった。 「あら、オールド・オスマン。どうされましたか?」 「いや、昼休みが終わったのに戻ってこんから、どうしたのかと思っての」 言いながらオスマンはロングビルに歩み寄る。 「心配させて申し訳ありません。実は宝物庫の目録を作っておりました」 「おお、そうかのそうかの。相変わらず仕事熱心じゃな!」 「そして、学院長は、相変わらずスケベですわね!!」 秘書の尻をなでたオスマンは、ヒールで思いっきり蹴り飛ばされた。 その日の夜、ルイズの部屋に一通の手紙が届けられた。 ヤンが受け取った手紙の差出人を見ると、ルイズは驚いて大声を上げてしまった。 「うわっ!?父さまから、もう返事が来たわよ!今朝出したばっかりなのに早いわね」 「へぇ~。公爵ともなれば仕事が忙しいはずなのになぁ。よほど君から手紙が来たのが嬉 しかったんだろうね」 急いで封を開けて中を読むルイズは、さらに驚いて目を丸くしてしまった。 「えー!どうしてこうなるのぉ?明日の夕方、王宮に例の物を持って来なさいって!」 二人は顔を見合わせた ダエグの曜日、放課後。 学院の正門に立つルイズとヤンの前に、王宮からの迎えの馬車が一台やって来ていた。 そして二人の後ろには、斧を収めたケースを持つロングビルもいる。 「ありがとうございました、ミス・ロングビル。それじゃ持って行きますね」 ヤンがロングビルの持つケースに手を伸ばすが、彼女は彼の手を拒んだ。 「いえいえ、これは成り行きとはいえ、私が鍵を預かり守っている物ですから。ちゃんと 王宮までお守りしますわ」 それを聞いたルイズが怪訝な顔をする。 「あの、ミス・ロングビル。あなたには秘書の仕事もありますし…」 やんわりと断ろうとするルイズを、毅然とした秘書はビシッと右手で制した。 「申し訳ありませんが、この斧の価値は宝石としても研究素材としても極めて高い物なの です。あのエロオ…こほん!もとい、オスマン氏とミスタ・コルベールの例もあります。 最近は『土くれのフーケ』が出没していることですし、ちゃんと王宮までお守りします わ」 ルイズとヤンは何となく納得いかないようではあるが、斧の価値に比べて確かに馬車一 台だけでは不安を感じる。なのでロングビルの同行を認める事にした。 馬車は夕暮れの草原を通り、トリスタニアへと向かう。 初めて街に行くヤンは、見るからにワクワクしているのがわかる。ずっと窓から馬車の 進行方向を見つめ続けている。横に座るルイズは、そんなヤンを「みっともないわよ、落 ち着きなさい」とたしなめるが、あんまり効果がない。 彼等の前に座るロングビルは、ケースを膝に載せて静かに座っている。 「ねぇ、ミス・ヴァリエール。日没までに街に着くのかい?…おっと、こほん」 浮かれすぎて目の前にロングビルが居るのに敬語を使うのを忘れた事に気がついた。慌 てて咳払いして言い直そうとするヤンに、ロングビルは少し微笑んだ。 「お二人の事情は大体知っていますわ。私の前では気を使わずともよろしいですよ」 言われたヤンは少し恐縮してしまう。ルイズは伏し目がちになってしまう。 誤魔化すようにヤンがロングビルに尋ねた。 「ところで、さっき言っていた『土くれのフーケ』とは何なんですか?」 「そうですわね。城まで時間がありますし、お話しましょうか」 ロングビル、そしてルイズは、トリステイン中の貴族を恐怖に陥れる怪盗について説明 した。 『土くれのフーケ』 近年トリステインを騒がす神出鬼没の大怪盗。 土系トライアングルクラスのメイジらしく、『固定化』された壁や金庫を『錬金』で土に 変えてしまう。また、30メイルの土ゴーレムも操り白昼堂々王立銀行を襲う。かと思え ば夜陰に乗じて鮮やかにお宝を盗みさることもある。 性別すら分からず、行動パターンも読めず、魔法衛士隊も振り回されている。 そして犯行現場には必ず『秘蔵の○○、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』と ふざけたサインを残す。 狙うのは貴族が所有する、強力な魔法が付与されたマジックアイテムがメイン。 「マジックアイテムを狙うと言う事は、その斧は狙わないのでは?それに私は貴族ではあ りませんよ」 と疑問を口にしたヤンに、ルイズが呆れた顔を向けた。 「バッカねぇ、魔力は込められて無くても、桁外れの価値が込められてるわ。これだけの 品なら十分狙うでしょ。それにあんたはあたしの使い魔、つまり貴族同然と見なされるか もね」 ルイズの意見にロングビルも頷く。 「念には念を入れるべきですわ。私では少々役者不足ではありますが、必ずやお二人と斧 を王宮に届けますわね」 自身を持って胸を張るロングビルに、ヤンは頼もしさを感じてしまう。 そんな話をしていると、薄暗くなった草原の向こうにトリスタニアの街灯りが見えてき た。 ヤンは、人生の多くを宇宙で過ごした。 少年時代は16歳直前まで父と共に恒星間商船に乗って星々を巡った。 士官学校時代や、軍での地上勤務もあった。だが、同盟と帝国の戦争は大方が宇宙空間 での艦隊戦なので、艦に乗って宇宙を渡る時期が長い。そして「イゼルローン要塞司令官・ 兼・イゼルローン駐留艦隊司令官・同盟軍最高幕僚会議議員」という地位でイゼルロー ン要塞へ赴任、何度か同要塞を奪取もした。 つまり、彼は惑星上で生活した期間が長くない。ましてや、ペット以外の生物が人間と 共に暮らす中世の街なんて、本でくらいしかお目にかからない。彼は宇宙で科学に包まれ て生きてきたのだから。 なので、彼がこんな姿を見せても、やむを得ない事なのだろう。 「うわぁ~!すごいなぁ、松明だよ!本当に火を燃やして灯りにしてるんだね!全部魔法 で照らしてるのかと思ったよぉ。おや、あそこに見えるのは。ロバだ!すごい、こんな街 中にロバがいるなんて!おお、あれは!荷車を、人が引っ張ってる!荷物は…見た事のな い野菜だ、しかも、土がついたままだ!それにしても、なんて細い街路なんだ、ああそう か、城へ敵が直進出来ないよう、細く曲がりくねらせ迷宮化させてるんだねぇ。あらら、 道ばたに落ちてるのは、馬のフンかい?ははは、そうだね、動物がいれば当然だよね。そ れにしても臭いがきついな。衛生状態はお世辞にも良いとはいえないようだね」 白い石造りの城下町トリスタニアに入ったとたん、ヤンは子供のように馬車の窓にかじ りついて興奮しっぱなしだ。なにしろ彼にとっては多くの歴史書に記された古代地球の風 景が、テーマパークとは違う本物の中世の町並みが目の前に広がっているのだから。歴史 家志望だったヤンにとっては、もう天国のような世界なことだろう。 翻って見るに同乗者の女性2名は、どちらかというと地獄だろう。いい年をした大の男 が子供のようにはしゃいでいる。しかも、自分たちには見慣れた、というか、どこが面白 いのか全く分からない物を見て大喜びしているのだから。 馬車の前からも押し殺したような笑い声が耳に届く。御者が必死に笑いをこらえている らしい。 ルイズが肘でヤンをつつく。 「ちょっと、あんた…恥ずかしいのよ!落ち着きなさいっ!」 突かれたヤンは、ようやく我に返った。 「あ、ああ、ゴメン。興奮しすぎたね、気をつけ・・・うわっ!信じられない!あれは毛 皮屋さんかい!?初めて見たよ、動物の皮を、えと、なめすっていうのかな?へぇ~!あ んな風にやるんだねぇ」 我に返ったとたんに、すぐに道沿いの商店に目が移る。今しがたルイズに言われた事も 忘れて馬車の窓から身を乗り出そうとする。 ごすっ ルイズの足が、ヤンの足を力一杯踏んづけた。 声もなく踏まれた足を押さえて悶えるヤンに、ロングビルもクスクスと笑ってしまう。 大通りのブルドンネ街を通り、橋を渡り、大邸宅の間を抜け、大きな城門をくぐって馬 車はトリステイン城に到着。 ルイズとヤンとケースを手にしたロングビルは城内の一室へ案内された。 王宮の名に恥じない豪華な部屋の中には二人の人物、初老の男性と20代の女性が椅子 に座っていた。 「おお、ルイズや。久しぶりだね」 「父さま!お元気そうで安心しましたわ!」 そういってルイズは父に駆け寄り頬にキスをした。 「それにしても、どうして王宮ですの?別邸がありますのに」 「実は王宮で用があってね。そのついでなのだよ」 ルイズにキスをされているのはヴァリエール公爵。50過ぎで白髪交じりのブロンドと 口ひげ、左目にはグラスをはめた、眼光鋭い初老の男性だ。王族もかくやとうならせる豪 華な衣装を身につけている、ルイズの父。 「それと…その、お久しぶりです、姉さま」 そしてもう一人は、美しいブロンドの長い髪をもった長身の女性。ルイズの気の強い部 分を煮詰めて濃縮させて熟成したら、こんな風だろうかという感じだ。メガネの向こうか ら睨み付ける視線が、ルイズを萎縮させている。 「お久しぶりね、おちび。それでは、例の物を見せてくれるかしら?」 いきなり本題に入られたルイズは、既に怯えて縮こまっている。 「あ、あの姉さま…再会のキスくらい…」 「不要よ。私はアカデミーの主席研究員として忙しいの。その私をわざわざ呼びつけてま で売りつけたい物ですって?どんな物か楽しみだわ、さっそく見せなさい」 「こらこら、エレオノール。そう慌てなくても・・・」 諫める公爵をエレオノールはキッと睨みつける。 ギスギスとした雰囲気にルイズもタジタジ。扉で控えるヤンとロングビルは視線を合わ せて肩をすくめてしまう。 「そこの平民!」 いきなり平民と呼ばれ、一瞬ヤンは自分の事だとは分からなかった。 「随分と変わった格好をしているようですけど、あなたがルイズが召喚したとか言う異国 の平民かしらね?」 ちなみにヤンの格好は、同盟の軍服。白い五稜星マークが入った黒のベレー帽。襟元に アイボリー・ホワイトのスカーフを押し込んだ黒のジャンパー。そしてスカーフと同色の スラックスに黒い短靴。 同盟では当たり前の軍服だが、もちろんハルケギニアでは全く見ない服装だ。 「はい、ヤン・ウェンリーと申します。ヴァリエール家長女、エレオノール様ですね。お 初にお目にかかります」 恭しく頭を下げるヤンだったがエレオノールはフンッと、下らぬ物を見るかのようにヤ ンを見下ろしただけだ。 いくら平民相手とはいえ礼を失する態度に、横で見ていたロングビルも眉をひそめる。 だがヤンの視線に促され、特に何も言わず淡々とケースをデスクの上に置き、斧を取り 出した。 とたんに、公爵もエレオノールも溜め息がもれる。視線は刃のダイヤモンドに注がれた まま動かない。 「それでは、確かに斧はお渡ししました。これで失礼します」 と言ってロングビルは背を向けた。 扉に手をかける秘書にヤンが声をかける。 「ミス・ロングビル、もう帰るんですか?こんな夜中に駅馬車はありませんよ」 「ご心配なく。街の馴染みの宿で一泊して、朝一番の馬車で学院に戻りますわ」 そう言って彼女は部屋をあとにした。 部屋にはルイズとヤンと、手に取った斧を凝視する二人が残された。 二人は学院で教員達が行ったように、斧の材質を確かめ、強度を調べ、ダイヤの刃を外 せないかと考えつく方法と魔法をあれこれ試す。 もちろん「どうしようもないほど頑丈」という結論に至った。 エレオノールは公爵が手に持つ斧の刃に魅入られている 「素晴らしいわ…アカデミーに持ち帰り、必ずや刃を本体から外してみせますわ!」 斧を光にかざしながら公爵も満足げに頷いた。 「うむ!頼んだぞ、エレオノール。これほどのダイヤがあれば、姫殿下の婚儀には目もく らむばかりの宝飾品がウェディングドレスを飾り、ヴァリエールの名を世へ知らしめられ よう!」 姫殿下の婚儀と聞いてルイズは驚いて、えっ!?と声を上げてしまう。 仰天して目を丸くするルイズを見た公爵が、咳払いをして話し出す。 「そうか、まだルイズは知らなかったか。実は姫殿下はゲルマニアのアルブレヒト三世の 下へ嫁がれる事になったのだよ」 「ゲルマニアですって!?」 さらに驚き口も目も丸くしてしまう。 「何故ですか!?何故にあのような成り上がり共の国にっ!」 「ゲルマニアとの同盟を結ぶためですよ」 いきなり扉から声がした。 そこには豪奢なドレスをまとい宝冠を頭にのせた、ふくよかな女性が立っていた。 「失礼。何度もノックをしたのですが、返事が無かったので、勝手ながら入らせてもらい ましたわ」 「これはこれはマリアンヌ様。陛下の来室に気付かず、失礼致しました」 そういって公爵はマリアンヌの前に跪いた。エレオノールもルイズも恭しく跪く。なの でヤンも彼等の後ろに下がり跪いた。 マリアンヌは頷き、皆を起立させる。 共を連れたマリアンヌは室内に入ると、やはり斧へ目が向いた。 「ほほぅ…これが噂の…なるほど。これなら、未だかつて類を見ないほどのティアラや首 飾りやらが作れましょう」 公爵も自慢げに斧をマリアンヌへ手渡す。 「はは、さすがは陛下。お耳が早うございますな。いやはや、婚儀の日まで秘密にし、陛 下と姫殿下を驚嘆させかったのですが」 「ほほほ、それは嬉しい謀でしたこと。ですが、これ程の巨大なダイヤを持つ平民が、使 い魔として召喚されたとなれば、噂が疾風の如く駆けめぐるのも仕方ない事。いやでも話 は聞き及びますわ」 女王も満足げにダイヤの刃を光にかざし見る。 そして公爵の後ろ、ヤンの方へ目が向く。 「そして、件の異国から召喚された平民使い魔か。これ、名をなんという?いずこから参 られた?」 慌ててエレオノールが間に入ろうとした。 「へ、陛下!卑しき平民に自ら声をかけるなど」 だがマリアンヌはエレオノールの言葉を手で制した。 「かのアルビオンにおける内戦、反乱軍レコン・キスタの勝利が揺るがぬものとなりまし た。今、ゲルマニアとの軍事同盟はトリステイン防衛のために避けられぬのです。そのた め娘も、アンリエッタもゲルマニアへ嫁ぐのですよ。成り上がりの国でも、力はあるので す。かの国では平民でも貴族になれます。そのため今、姫はマザリーニと共にゲルマニア へ赴いています。 ならば私も、魔法の使えぬ平民だからと人を蔑むわけにはいきません」 その言葉にエレオノールも公爵も、苦虫を噛み潰したような顔をしつつも異議を唱える 事は出来なかった。ルイズも、多少は眉をひそめていたが、同時にヤンを認められて嬉し そうにもしている。 ヤンも女王の言葉に満足して名乗った。 「お初にお目にかかります。私はヤン・ウェンリーと申します。自由惑星同盟(フリー・ プラネッツ)という国から召喚されました」 「フリー・プラネッツ?聞かぬ名ですね」 王女は首を傾げてしまう。 「ハルケギニアとは交流の全くない、遠い遠い国です。恐らく過去に両世界の人が出会っ た事すら無いかと思われます」 「そうですか、それは遠い国から参られたものです。ヤン・ウェンリーとやら、そなたの もたらした斧、トリステインが買い取りましょう。代金は十分な額を公爵へ届けさせるが、 良いですか?」 「はい、よろしくお願い致します」 ヤンは、少年時代の父を思い出しながら、商人らしい礼を深々とした。 女王も頷き、公爵へ一礼して部屋を後にした。 「私は早速アカデミーに戻って、この斧から刃を外しにかかりますわ!」 そう言ってエレオノールも部屋を飛び出していった。 後に残った公爵はソファーに深く腰をおろし、まだルイズとヤンが残っているのも構わ ず大きな溜め息をついた。 「ふぅ~、どうにかエレオノールの機嫌が直ってよかった。わざわざ王宮に呼び出して気 分を変えさせた甲斐があったよ」 その言葉にルイズがキョトンとする。ヤンは最初のカリカリした姉の姿が思い浮かぶ。 公爵は、苦しげに溜め息をつきながら口を開いた。 「実はなぁ、エレオノールとバーガンディ伯爵との婚約が破棄されてなぁ…」 聞かされたルイズは、本日一番驚いた。目が文字通り白黒している。 「こっ!婚約!?婚約したんですか!?しかも、破棄って…」 「なんでもバーガンディ伯爵が言うには『もう限界』だそうだ…。いや、聞かんでくれ。 ルイズ、もうこれ以上は聞かんでくれ・・・」 呻くように呟いた伯爵は、ヤンには一気に10歳老け込んだように見えた。 ひとしきり大きな溜め息をついた後、ようやく伯爵はヤンに目を向けた。 「ともかく、ヤン・ウェンリーとやら、大義であった。 聞いての通りトリステインから代金が支払われる。だが、額が額なので安易には動かせ ぬであろう。もし金貨で支払われでもすれば、もはや馬車一台では運べぬ重さになるだろ うからな。 支払いは小分けにして、月々渡そうかと思うが、よいか?」 「お言葉ながら、今、まとまった額が必要なのです」 ヤンが深々と公爵へ礼をしながら、現金払いを要求する。 「私が瀕死の状態で召喚されたため、ルイズ様は私の治療費を支払って下さいました。礼 を込めて、その倍額を、急ぎルイズ様へ支払いたく思うのです」 その言葉に公爵は納得して大きく頷いた。 「良い心がけだ、ウェンリーとやら。城下の別邸に二人とも来るがよい。十分な金をおい てあるので、3倍の額をすぐにお主へ渡すとしよう」 ルイズもヤンも嬉しさを隠しきれない顔を見合わせた。 二人の嬉しい顔は、すぐに驚愕と不安に変わった。 公爵は、さらに老け込んでしまったかのようだ。 3人は城門を馬車で出てほどなく、闇の中にエレオノールの馬車を見つけたのだ。 数台の馬車が粉々に砕かれ、跡形もなく破壊されていた。 周囲には散乱した破片の中に、御者と使用人のメイドと、エレオノールが倒れていた。 そして遙か遠くには、月明かりに照らされた巨大な人型が地響きと共に去っていくのが見える。巨大なゴーレムだ。 無論、馬車の破片の中に斧が収められたケースは無かった。 第4話 土くれのフーケ END 前ページ次ページゼロな提督
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 一週間後―― 虚無の曜日の朝。 ほんの少し開けられた窓の外から小鳥の声が聞こえてくる。 朝日が窓の側に設置されているベッドを照らし、そこで寝ている少女の自慢であるピンクブロンドを輝かせる。 そして後一人、色々とワケがありこの部屋で一緒に暮らしている黒髪の少女は椅子に座り頭に付けた大きな赤いリボンを両手で弄くっていた。 「うぅーん…これで良いか。」 黒髪の少女――霊夢はリボンの上部を掴んでいた両手を離してそう言った。 綺麗に整えられたソレを見て満足そうに頷くと『この世界』に自分を呼んだピンクブロンドの少女、ルイズの方を見る。 相変わらずルイズは気持ちよさそうに寝ている、多分昨日飲み過ぎたワインが原因だろう。 自分が起きるのはもう少し遅くても良かったかしら? と霊夢がそんな事を考えているとふとルイズが眠りながら何かブツブツと言っている。 「う~ん、私のクックベリーパイがぁ…。」 ルイズの頭の中で何が起こってる全然わからないがどうやら夢の中でパイを食べてるらしい。 「見た目に反して案外大食いなのかしら。」 とりあえずそろそろ起こしてあげようと思い霊夢はルイズの隣に立つと彼女の体を揺すった。 「朝よ、起きなさい。」 軽く揺するが起きない。こんどはさっきより大きく揺らす。まだ起きない。 「さっさと起きなさいよ…。」 今度は激しく揺すると、ルイズがもそもそと起きた。 「うぅぅん、このかぜっぴきめぇ…。」 ルイズは何かぶつぶつと寝言を言い、棚の上に置いている杖を手に取った。 杖の先は窓の前に立っている霊夢である 「ちょっと、あんた寝ぼけ…」 「よくもこのあたしの服にクリームを…『ファイアー・ボー……」 ルイズが呪文を唱えているのだと知った霊夢は僅か三秒でそれを阻止した。 一秒目、霊夢は針を一本取り出すと杖目掛けて投げた。 二秒目、針が刺さった杖はルイズの手を離れ、物凄い早さで壁に刺さった。 三秒目、刺さった部分から亀裂が生まれ、ポキッと杖の先が二つに分かれた。 その間、わずか三秒。 「んぅ?……ああ、おはよう…。」 杖を壊されたルイズはまるで何事もなかったかのように目を覚ますと霊夢に朝の挨拶をした。 一方の霊夢はそんなルイズにただ呆れることしかできなかった。 コルベールは学院の本塔と火の塔の間に建てられている掘っ立て小屋である箱をいじくっていた。 「うむ、ふいごを踏んで点火すれば…。」 そう言ってコルベールはしゅごっ しゅごっ とふいごを足で踏み。次に箱についている円筒の横に開いた小さな穴に、杖の先端を差し込んだ。 そして呪文を唱えると、断続的な発火音が聞こえた。しかし、ただ発火音が聞こえるだけで何も起こらない。 「………ふぅむ、まだだな。まだなにか足りないぞこれは。」 そういってコルベールは小さな穴に差し込んでいた杖を抜くと窓の外を見た。 既に日が顔を出しており、コルベールの視界を遮る。 コルベールは研究家である。そして彼が行っているのは「魔法をもっと人の役に立たせる」研究である。 水や土などは補助呪文が多く人の役に立っているが火や風はどちらかというと攻撃的な呪文が多い。 そこでコルベールはそんな魔法をさらに人の役に立てようと頑張っているのだ。 たとえば今彼が夢中になっている装置は火の呪文を使ったある種のカラクリである。 小さい穴に杖を差し込み、発火させるとカラクリが作動し箱に付いた扉から小さいヘビが出てくるのである。(さっきは出てこなかったが…) さらにこれが発展すればいずれ風石が無くとも船は飛べ、馬がいなくとも馬車が走るだろうとコルベールは推測している。 しかし、現実は非情である。 今コルベールには研究費が不足している、研究費がなければ満足な研究が出来ないのだ。 オールド・オスマンにも掛け合っているのだが金のことになるといつもドロンと何処かへ行ってしまう。 「外の空気でも吸いに行くとするか…。」 コルベールは一人呟くとドアを開けて外に出て行った。 外に出たコルベールは大きく息を吸い込むとゆっくりと息を吐いた。 「あぁ、朝日と空気が気持ちいい…。」 研究に没頭していて、コルベールは昨日の夕食後から一度も寝ていないし、外にも出ていない。 しかしこれも一度だけではない。もう彼には慣れっこであった。 ふとコルベールは研究材料の残りが少なくなってきたことを思い出した。 「さてと、そろそろ研究材料もなくなってきたし…朝食の後にあの森へ取りに行くとするか。」 本来なら既に加工済みの物が欲しいが材料費を出してくれるオールド・オスマンは渋ってるいるし自費では少々きつい。 (あれが完成したら次に作るのは金貨製造機かな…ハハハ。) コルベールは心の中で冗談をぼやくと外出の準備をしに自分の部屋へと向かった。 ルイズは先が二つに分かれた杖をじっと見ながら霊夢と一緒に廊下を歩いていた。 「まぁ仕方ないじゃない…。正当防衛というものよ。」 「…これの何処が正当防衛よ!過剰防衛だわ!貴族にとって命と誇りの次に大事な杖を壊すなんて!」 大声で霊夢に叫ぶと周りを歩いていた数人かの生徒達が視線を向けた。 「いいじゃないのルイズ。どうせあなた魔法は全部失敗するんだし、杖が無くても同じじゃない?」 ふと後ろから『微熱』のキュルケがそんな事を言いながらルイズの右肩に手を置いた。 「同じじゃないわよ!!杖がなければ貴族じゃないわ!」 ルイズは物凄い剣幕で怒鳴るとキュルケの手を振り払った。 「うふふ、怒ると美容に悪いわよルイズ。じゃあね♪」 その様子に薄い笑みを浮かべたキュルケはそう言うと手を振って使い魔のフレイムと共に食堂へと進んでいった。 ルイズはその場で地団駄を踏むと後ろにいる霊夢に愚痴の一つでもこぼしてやろうと振り返ったがそこにあの紅白娘はいない。 「なにしてんのよ?置いていくわよ。」 前から声がしたので見てみると霊夢がいつの間にか自分の前方にいたのだ。 ルイズはムッとしながらも先に進む霊夢に食堂に着いたら愚痴を思いっきりこぼしてやろうと思った。 朝食の時ルイズが積もった愚痴を床で紅茶を飲んでいる相方にこぼしながらクックベリーパイを食べていた。 愚痴を言うときはちゃんと口に入れている物を胃に流し込んでから言うのは流石貴族と言ったところだ。 霊夢はそんな愚痴を素っ気なく答えながら左手の甲をボーッと見つめていた。 あの時ギーシュとか言う奴に内心腹を立てたら、微かに左手が暖かくなった。 そして次にあいつを挑発した。今になって思い返せば不思議である。 今霊夢の左手の甲には何も刻まれていない。至って普通である。 今日は虚無の曜日で授業が無く、生徒達の休日である。 学院の近くにある森に探検と洒落込む男子生徒達がいれば、街へアクセサリーや秘薬の材料を買いに行く女子生徒達がいる。 そんな中自室で本を静かに読んでいる青い髪の女子生徒がいた。 彼女にとっての休日は読書に利用するのに限る。 本は良い。様々なことを文字で教えてくれる。 タバサはずれた眼鏡を指で元の位置に戻すと読み終わったページを捲りあたらしいページを読む。これの繰り返しである。 やがて読み始めた本が終盤になりかけた頃、誰かがノックもせずに入ってきた。 チラッとだけ見て、相手がキュルケだと分かるとすぐに手元に置いていた杖を取り、『サイレント』の呪文を唱える。 「――――――…、――――!?」 部屋に入ってきたキュルケが魔法に気づいたのかタバサの肩を掴んで捲し立てている。 このままだと安心して読書が出来ないため、仕方なしにもう一度杖を振り、呪文を解除した。 「―――ゃんと私の話を聞いてよタバサ!」 キュルケが耳元で叫んだため、驚いたタバサの目が少しだけ丸くなった。 「今解除した。」 素っ気なくタバサはそう言うとキュルケは安心したような顔になり肩を離す。 今日の彼女はいつにも増してウキウキとしている。多分これが青春というものだろう。 「どうしたの?」 タバサは顔を向けずキュルケに用件を尋ねた。 大抵こういう時は無理矢理何処かへ連れて行かされることが多い。 以前はこういう事は一度もなかったが、最近多くなってきた。 「あのねタバサ……あなた今新しい本とかいる?」 キュルケが少し嬉しそうになりながら彼女に聞いてきた。 彼女がそんな事を言ってくる時は、絶対に何か面倒ごとに巻き込まれるのだ。 しかし、陰では「本の虫」とか呼ばれている程の本好きなタバサ。 「……いる。」 思わずそう言ってしまい、それを聞いたキュルケは自分の両手を叩いた。 「良かったわ!実は今日街に行きたいんだけど買いたい物をリストに書いたら予想外の数になって…。」 キュルケはそう良いながら懐に入れていたメモ帳を取り出しタバサに差し出す。 タバサはソレを手に取り、ペラペラと捲っていく。そこには約5ページ分に渡るほどの書物や日用品の名前が書かれていた。 一体これだけ買って何に使うのだろうか?唯一の友人の考えはあまり理解できない。 と、タバサがそんな事を考えていると。キュルケが再び口を開いた。 「だからね、あなたを誘う事にしたのよ!ホラ、あなたが呼び出した風龍の名前、だっけ?し…シェフィールド…だったかしら?」 「シルフィード。それにこれなら馬車で事足りるはず。」 タバサは自身の使い魔の名前を教えるのと同時にその提案を出した。 「イヤよ!だって私馬を扱うのは結構上手いけど、馬車は苦手なのよ!御願いタバサ!」 キュルケはそう叫び、タバサに抱きついてきた。 息苦しい感じと、何やら胸の柔らかい感触が同時にタバサに襲いかかってきた。 多分自分が頷くまで彼女はずっとこうしているだろう。 「…わかった。」 それは流石に困るので、少し嫌々ながらも了承した。 一方のルイズも霊夢に壊された杖を直しに行くため、街に行こうと考えていた。 ルイズは読んでいた本にしおりを入れテーブルに置くとベッドに腰掛けていた霊夢に話しかける。 「レイム、今から街に行くわよ。」 突然のことに霊夢がキョトンとした顔で口を開いた。 「…別にいいけど、どうしたのよいきなり?」 まるで朝の出来事は自分が悪くないかのような言い方である。 「どうしたもこうしたも…今からアンタに壊された杖の修理に行くからよ。」 ルイズはそう言いながら小さな鞄を取り出し、財布やら壊れた杖を鞄の中に入れていく。 「はぁ、だからアレは正当防衛だって言ってるでしょ?まだそれを根に持ってるわけ?」 霊夢はため息を吐くと呆れた目でルイズを見ながらそう言った。 ルイズはそんな彼女の悪気が一切ない態度にイラッと来てしまい、声を荒げて叫ぶ。 「大体なんで杖を壊すのよ!他のやり方があったでしょう!?」 「他のやり方を見つけるほどの時間なんてなかったのよ。」 やがて準備をし終えたルイズは霊夢と共に街へと続く街道を移動していた。 ルイズは馬に乗っており、霊夢はいつものようにスイスイと空を飛んでルイズの前を先行している。 それどころか段々と距離が開き始めているのにルイズは気が付いた。 「ちょ、ちょっと…もう少しスピードをあわせてよ!」 「むしろ馬の方が遅いんじゃないの?」 前を飛んでいる霊夢に向けて、ルイズはそう言ったが霊夢にそう言い返されてしまった。 だったらとルイズは鞭を叩き馬の速度上げて追いつこうとするがただただ霊夢の後ろを付いていくだけである。 おかげで街には割と早く着くことが出来たのだが。 乗ってきた馬を街の門の側に設けられた駅に預けると、ある事に気が付いた。 「あれ…?レイムの奴は何処へ行ったのかしら?」 先程まで自分の先頭を飛んでいて、一足先に街の入り口で待っていた筈の霊夢の姿が見えなかったのだ。 自分が馬を駅に預けている間に何処かへ行ってしまったのだろうか? ふとそんな事ほ考えていると鼻に嗅いだことのない匂いが入り込んできた。 「これって…。」 それは何処かお茶の匂いに似てはいるが似て非なるモノだった。 ルイズはその匂いに頭を傾げながらながら街の中にはいると、すぐ目の前に広がる露天市場の中でかなりの人だかりが出来ているのに気が付いた。 同時に、漂ってくる匂いもそこから出てくるのと言うのに気づいた。 (これは何かしら…紅茶とはまた違って独特ね…。) そのときルイズは、見覚えがある人物一が番後ろに立っていた事に気が付いた。 それは列の一番後ろに立っており、黒い髪に付けられた紅い大きなリボンがよく目立つ少女であった。 服もまた特徴的で袖がない紅白の服であり、通りゆく人々からは珍しそうな目で見られている。 つぶらな瞳からは『喜』の感情が出ており、顔は年齢に似合った笑顔である。 (れ、霊夢じゃないの…一体どうしたのかしら?……笑顔も結構似合ってるじゃない。) ルイズはそんなこと考えながら霊夢に声を掛けようとしたが彼女の横にある看板にふと目をとめた。 『東方の地。ロバ・アル・カリイエから持ってきた『緑茶』。『紅茶』とはまた違った味と香りは斬新!』 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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前ページ次ページゼロと雪姫 ゼロの雪姫 「宇宙の果てのどこかにいる私の下僕よ!強く、美しく、そして生命力に溢れた使い魔よ! 私は心より求め、訴えるわ!我が導きに答えなさい!」 少女が詠唱を終えて杖を振ると爆発が起きて煙が舞い上がる。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは何十回やったかも覚えてない『サモン・サーヴァント』はまたも失敗かと誰もが思った。 が、そうでは無かった。 煙からルイズの元に何かが走って来た。 身体の大きさはリンゴ2つ分、白と黒が混じった体毛に長い尻尾を持ったリスの様なイタチの様な生き物だった。 ルイズは足下に寄ってきたその生き物を両手で優しく掴み、ひょいっと自分の顔の近くまで持ってきた 「やっ、やったわ!初めて魔法を成功させた!」 ルイズは涙と声を出して喜んだ。 自分がイメージしていた物とはかなり違うが魔法を成功させたという事実さえが真ならそれで良かった。 「あなたのお名前はどんなのしようかな~」 「おい!あれを見ろ!」 生徒の一人が大声を上げる ルイズは前に顔を向けると、爆発があった場所に小さな人影が見えた。 「う~ん。何なのですか今の爆発は?」 そこには自分が今抱えているのと良く似た生き物を両肩にそれぞれ一匹ずつ乗せた少女が立っていた 背の高さは自分のお腹の所までか。 冬を連想させるフワフワした服を着ていた。 「どっ、どこから来た子なの?」 「っというか何故ゼロのルイズが召喚した動物がもう二匹いるんだ?」 周りの生徒達がどよめき始める。 「あー!リンク!駄目じゃない鏡に飛び込んじゃ!」 「へっ?リンク・・・・?」 少女はルイズが抱えている動物に指を差して声をあげるとルイズに近づいていった 「すみません、この子がご迷惑をおかけてして」 少女はルイズにペコリと頭を下げた 「あ、え?だ、大丈夫よ」 ルイズは呆気に取られた顔をして答えるとリンクと呼ばれた動物はルイズを離れて少女の腕の中に飛び込んでいった。 「リンク。めーっ!でしょ。それにしてもここは何処ですか?」 「あの~お嬢さん?あなたは何処からこの学院に入って来たのですか?」 横で見ていたコルベールが怪訝な顔をして少女に尋ねた。 「学院?それって学校の事ですか?おかしいですね。私は確かバッハ・クロンに繋がる通路を通っていたのに」 「バッフ・クラン?」 「バッハ・クロン!今から私はゲイナー達に会いに行くのです」 「ゲイナーとはこの学院の生徒ですか?」 「はい」 「君たち。ゲイナーと言う生徒をご存知ですか?」 コルベールは生徒達に尋ねるが、生徒達はそれぞれ相談した後首を振った 「皆知らないそうですよ?」 「そんな!ゲイナーはキングゲイナーのパイロットなんですよ! この学校の生徒のガウリ隊が一人位知っている人が居いなんておかしいですよ!」 キングゲイナー?ガウリ隊?少女の口からまた知らない単語が出てきた。 コルベールは腕を組んでうーんと唸る。 「あの~、ミスタ・コルベール?私そろそろ『コントラクト・サーヴァント』を済ませたいのですが・・・・・・・」 ルイズは戸惑いながらコルベールに近づく。 「ミス・ヴァリエール。これは推測ですが、この子は貴女のサモン・サーヴァントでやって来たのかも知れません」 「えっ!?」 ルイズが驚きの声をあげた。 「この子は先程、バッハ・クロンと呼ばれる場所へ行く通路に居たと言っています。当然そんな場所はこの学院にはありません それにさっきここに居る皆さんに聞いた通り、ゲイナーという生徒はこの学院には居ないです」 「じゃ、じゃあ本当にこの子はサモン・サーヴァント来たのですか?」 「そうかもしれません」 「そうなったらこの子が私の『使い魔』?」 「そうなりますねぇ」 「ちょっ、ちょっと待ってくださいミスタ・コルベール!人が使い魔だなんて聞いた事がありません! その子の周りに居る動物が使い魔かもしれませんよ!?」 ルイズは手を振りながら言うと少女が微笑みながら答えた。 「この子達ですか?この子達は私のお友達です。この子がリンク、この子がリンス、この子がリンナ。可愛いでしょ!」 「う~んどうやらオマケみたいなものですね。大体三匹一緒に召喚されるとは今まで前例が無いですし」 「そ、そんなぁ!やり直しは出来ないのですか!?」 「ミス・ヴァリエール。これは神聖な儀式です。やり直すことが出来ません」 「そんな・・・・・」 ルイズはがっくり肩を落とした。 「あの~お話し中の所申し訳有りませんが、私はどうすればいいのですか?」 少女が二人の間に立つ、するとルイズはガシッと少女の両肩を掴んだ。 「使い魔の契約をするわよ!女の子同士だったら多分ノーカンだし!」 ルイズが吹っ切れた顔で言った。 「契約ですか?」 「そう、契約よ!貴女、お名前は?」 「アナ=メダイユです」 「アナね、わかった。」 ルイズはアナから手を離すと小さな杖を構えた 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我が使い魔となせ」 呪文を唱えるとアナの唇と自らの唇を交わした 「んんーーー!!」 突然のルイズの口付けにアナは驚き声をだした。 そしてルイズが唇を離す 「いきなりキスをするなんて、ビックリするじゃない!」 「貴女の反応、イエスね!これで貴女は私の使い魔よ!」 少女とキスをした。ルイズは官能的と言うか背徳的というかよくわからない気持ちになっていた。 「きゃあ!あ、熱い!」 アナが突然の体の異常に気付き、大きな声を上げ、失神した 「た、大変!ミスタ・コルベール!この子・・・・」 「安心したまえ。これは一時的なものだ。おっ、ルーンが刻まれた」 アナの右手にルーンが浮かび上がる。 こうしてアナはルイズの使い魔となった 前ページ次ページゼロと雪姫
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前ページ次ページ虚無の魔術師と黒蟻の使い魔 「ミスタ・コルベール! 召喚のやり直しをさせてください!」 「駄目です。ミス・ヴァリエール。使い魔召喚の儀式は神聖なものです。それがどんな『もの』であろうと、呼び出してしまった以上は契約しなくてはなりません」 春の使い魔召喚の儀式。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン。ド・ラ・ヴァリエールは自身の召喚の結果を不服として、担当教諭のコルベールにやり直しを要求するが、コルベールはというと「伝統・神聖」の一点張りで取り付く島もない。 必死に食い下がるルイズとそれを諭すコルベールのやり取りに、呼び出したばかりの使い魔に夢中だったほかの生徒たちもにわかに注目しだした。 ルイズとコルベールを囲むように人だかりができ始めていた。 「なぁ、マリコルヌ。何の騒ぎだい? またゼロのルイズが何かやらかしたのか?」 ルイズたちを囲む輪の中にいたマリコルヌ・ド・グランプレに、級友のギーシュ・ド・グラモンが声をかける。 「あぁ、ギーシュ。傑作だ。さすがはゼロのルイズだぜ。実にふさわしい使い魔を召喚したもんだよ」 そういって笑い出すマリコルヌに、ギーシュは怪訝な顔であたりを見渡す。 「なぁ、マリコルヌ。そのゼロのルイズが呼び出した使い魔てのはどこにいるんだ?」 もう一度あたりを見渡してみるが、どこにもそれらしきものはいない。 「ひょっとして、何も呼び出せなかったから使い魔も『ゼロ』ってオチかい? それはちょっと引っ掛け問題としてもフェアじゃないと思うな。『召喚した』て言ったじゃないか」 「いやいや、ちゃんと呼び出してるんだよ。ギーシュ。あそこをよく見てみろよ」 笑いをこらえながらマリコルヌが指差す。 しかし、指し示された場所を見ても、草原の中にぽっかりと直径1メートルほどの円状に草の禿げた、むき出しになった地面があるだけだ。 草が禿げているのはルイズの爆発による影響だろう。 コルベールが禿げているのは何による影響だろう? 「なぁ、マリコルヌ。僕の目が悪くなったのかな? やっぱり何もいないように見えるんだが…」 「よく見てみろって、草の禿げた真ん中だよ。なんと言っても相手はあのゼロだからね。常識的な使い魔を探しても見つけられないさ」 「真ん中ねぇ…」 もう一度目を凝らして見る。 「真ん中には…石ころがあるな」「そうだね、ギーシュ」 もう一度見る。 「手のひらサイズってところだな」「そんなとこだな、ギーシュ」 さらに見る。 「板状だな」「板状さ、ギーシュ」 さらにもう一度見る。 「ほんのり半透明だな」「半透明さ、ギーシュ」 しつこく見る。 「ひょっとして、アレかい?」「アレさ! ギーシュ!」 二人は顔を見合わせると、 「ギャハハハハハハ!」 と馬鹿笑いした。 ギーシュとマリコルヌのやり取りを、ルイズは憮然とした表情で見ていた。 「ミスタ・コルベール。あの二人が私を侮辱しました。ちょっとレビテーションかけてもいいですか?」 完全に据わった目で言うルイズ。 「だ、駄目です! ミス・ヴァリエール。クラスメイトとは仲良くしなくてはいけません!」 「なら、先生があの二人をもやし祭りにして下さい」 「学院の教育方針として、体罰は禁じられてますので…」 「なら注意するなりなんなりして下さい!」 ルイズの剣幕に、コルベールは「ひっ」と小さく悲鳴を上げてギーシュたちに注意に向かう。 「二人とも、貴族たるもの『ぎゃはは』などとはしたなく笑うものではありません!」 「そこかよ…」 注意を終えて帰ってくるコルベール。 ジト目で向かえるルイズ。 「先生。私、将来子供ができたら留学させようと思います…」 「それはいいですね。若いうちから見聞を広げるのはいいことです。私もいつか他の国で教鞭を振るって見たいものです」 「そうしてくださると留学させないで済むので助かります」 「さぁ! もう、いい加減覚悟を決めてブチュッとやっちゃいなさい! ミス・ヴァリエール!」 コルベールが会話は終わりだといわんばかりに高らかに言う。 ルイズもあきらめて、ぶつくさ言いながらも、召喚された石のそばに歩いていく。 「なによ! いつも新しい技術がどうとか、『火は破壊だけのものだなんて古い考えにとらわれてはいけない!』だとか言ってるくせに、 こういうときは伝統伝統って、きっと自分の中でそういった矛盾を抱えてるから、知らないうちにストレスになって禿げるのよ!」 「何か言いましたか…ミス・ヴァリエール…」 「何も言ってませんっ!!」 ルイズは大きくため息をつくと、自分の足元にある『それ』を見る。 手のひらサイズで板状の、少し透明な石ころ。 悔しいがギーシュやマリコルヌの言う通りではある。 せめて土にまみれていたりすれば、爆発のせいで地中の石がむき出しになっただけだとか主張して、もう一度召喚させてもらうという策もあるのだが…。 綺麗な円形に禿げた草原。爆発で抉れた地面の中心にポツリと置かれた石ころ。 さすがにこれを地面から出てきたものだと主張するのは無理があるか…。 「はぁ~~~~…」 もう一度、露骨に大きくため息をつく。 そして、しゃがみ込んで石を見る。 どこからどう見ても石だ。 「ミスタ・コルベール! 石です!」 「見ればわかります」 「石と契約するなんて聞いたことがありません! それに石には意思がないからこの石にはそもそも私と契約する意思があるとは言えない訳で、契約する意思のないものに無理やり契約をさせるのは非道と思います!」 「確かに石と契約するなんて聞いたこともありませんが、そもそも石を召喚するなんてことも聞いたことありません。とにかく使い魔は、サモンサーヴァントによって召喚されたものと契約すると決まっています。石を召喚してしまった以上、石と契約するしかないでしょう。 それに、石に意志がないなんてどうして言えるのです? 意志を表現する手段がないだけで意思はあるかもしれませんよ?そして、サモン・サーヴァントに応じた時点で使い魔になる意志はある、と私は考えます。 そうでないと、ドラゴンのような本来凶暴な生物が、いきなり呼び出されてコントラクト・サーヴァントに素直に応じるはずがありませんからね」 ルイズのよくわからない理屈は、コルベールのわかるようなわからないような屁理屈によって潰されてしまった。 (考えろ…考えるのよ…ルイズ! 姫様と遊んでいたときに、厨房にあったイチゴを二人で全部食べて従者を怒らせてしまったときも、逆切れと誤魔化しで何とかしたじゃない!) ルイズは最後の足掻きをしようと知恵をめぐらすが、 「まぁ、あなたにも言いたい事はいろいろあるでしょうが、一つだけ理解していただきたい。私があなたにその石との契約を勧めるのはあなたのためを思ってのことということです。 召喚が失敗してしまったのなら召喚のやり直しはできますが、召喚してしまった以上再度召喚することは認められません。それを踏まえたうえで契約しないと言うのであれば、今回の召喚の儀は失敗とせざるを得ません。 召喚の儀が失敗となれば進級を認めるわけにもいきません。石ころを召喚してしまった時点で失敗・留年としてしまうこともできますが、それはしません。つまり、あなたに契約か留年かの選択の余地を差し上げようと私は言っているのですよ」 それはコルベールの言葉によって結実することなく霧散してしまった。 (留年…そんなことになったら…) ルイズはもし自分が留年ということになった場合、家族たちがどう反応するかを考えてみる。 まず浮かんだのは、長姉であるエレオノールの神経質そうな顔だった。 ルイズの留年を知らされたエレオノールは、 「使い魔と契約できないし、魔法もろくに使えるようにならないで留年。そういうことでいいわね、チビルイズ」 と言って、ルイズの頬を抓るだろう。 「ご、ごめんなひゃい。お姉ひゃま」 いつものようにルイズが謝ると、エレオノールは言うだろう。 「何を謝っているのかしら? このおチビ」 「え、あの…魔法が…学院を…その…」 「何度言えばわかるのかしら? 貴族は魔法をもってその精神とするのよ。それで、チビルイズは謝れば立派な貴族になれるのかしら?」 「えと、あの…その」 ルイズはそう言われて情けなく口ごもるだけしかできない自分がありありと想像できていやになってくる。 「過ぎたことはもういいわ。ねぇ、あなたはどうすれば立派な貴族になれるのかを聞きたいの。来年の春には使い魔と契約できるのかしら? もう一年学院に通えば進歩するのかしら? そもそもチビルイズは一年間学院にいてどれだけ成長できたのかしら?」 この後もネチネチとエレオノールの説教は続くだろう。途中「学院に一年長くとどまると言うことは、結婚が一年遅れると言うことでもあるのよ」などと自分で言っておいて、 「誰が嫁き遅れよ!」なんて言ってルイズにあたるのだろう。 いやだ、いや過ぎる…。 そもそも留年と言うことになって一番落ち込んでるのはルイズなのだ。 そんなときはやさしく慰めてもらいたい。 「やさしく」と言うことで次に思いついたのが、次姉のカトレアの顔だった。 (ちい姉さまならやさしく慰めてくれるに違いないわ) でも駄目だと、ルイズは頭の中で打ち消す。やさしさと言うのは時に厳しさよりも残酷なことがあるのだ。 きっとカトレアはルイズの頭を胸に抱き寄せて優しく慰めてくれるだろう。そしてこう言うに違いない。 「ねぇルイズ。貴族にとって魔法がすべてと言うわけじゃないわ。私だって家の中に閉じこもってばかりで魔法なんてほとんど使う機会がないわ。 でも動物たちもいるし、毎日とても楽しいの。ルイズもお家にいてくれたらもっと楽しくなると思うわ。 お家でも魔法の練習はできるし、ふとした拍子に突然使えるようになるかもしれないわよ」 あぁ、想像出来てしまう。 きっとカトレアは純粋なやさしさから、何の嫌味もなく、本心でルイズを慰めてくれるのだろう。 魔法の使えないルイズを受け入れてくれるだろう。 だがそのやさしさを受け入れることは、魔法を使えない自分を受け入れてしまうことと同義なのだ。 それは駄目だ。エレオノールの説教よりもある意味でダメージは大きい。 (それならお父様は?) 父親も厳格な人物できっとルイズをきっときつく叱るだろう。 だが妻には頭が上がらなかったりと、少し甘い部分もあるのだ。きっと一通り叱った後こう言うだろう。 「まぁ、留年は残念だが、頑張った結果だろう。駄目だったならまた一年頑張ってみればいいさ」 と、最後にはニコニコ笑ってルイズの頭の上に大きな手を乗せ慰めてくれる、ような気がする。 そして笑いながらこう言うだろう。 「しかし、卒業がいつになるかわからないからな。今のうちから縁談を進めておかないとエレオノールのように…ゲフンゲフン。どうもワルド子爵も軍務で忙しいようだし、 スーシェ男爵もなかなか悪くない男だと思うが、会ってみるだけどうだ?」 そこからはなし崩し的に次々と縁談を持ち込んできて、いつの間にやら結婚している自分が想像できる。 二十七になっていまだに結婚していないエレオノールのこともあり、その手の話には過敏なのだ。 駄目だ。ダメージは少ないだろうがとても納得できるものではない。 ルイズの妄想はついに最悪の結末にたどり着く。 母親が、烈風のカリンがじきじきに説教するのだ。 その時母は、なぜか甲冑に身を包み、マンティコアにまたがっている。 そして巨大な竜巻を作りながら言い放つのだ。 「ルイズ。構えなさい」 駄目だ! 駄目だ! もう説教ですらない。 「ミス・ヴァリエール? いい加減現実に戻ってください」 コルベールの声にルイズはハッと我に返る。 「先生! 私契約します! させて下さい!」 ルイズには、家族に留年を報告するということよりも最悪の事態というものが存在しないように思えていた。 (もうこの際、石でいいじゃない! 石ってことは土系統よ! 系統もわかってこれで晴れてゼロ脱出に違いないわ!) ネガティブも行き着くところまで行けば、逆にどんな些細なことでもポジティブになれるらしい。 「よい返事です。では、早いとこ契約してください」 コルベールに促され、ルイズは再びしゃがみ込み、石を拾い上げようとする。 「えっ…」 ルイズの指が石に触れた瞬間――ルイズの目の前に突然一人の少年が現れた。少年はしゃがみ込み地面に目を向けている。 (何を見てるのかしら? じゃなくて! なに? どこから出てきたの?) 突然現れた少年に驚き、思わずあたりを見渡すルイズだが、そこで異変がこの少年だけでないことに気付く。 ルイズの目に映るのは魔法学院の演習場ではなかった。見たことのない町並みがルイズの目の前にひろがっていたのだ。 ここはどこなのか。そしてなぜ自分はここにいるのかという驚きが沸いてくるが、その驚きを感じる前に更なる驚きがルイズを襲う。 ルイズはそこにいなかった。 どことも知れぬ町並みを見ているし、音も聞こえる。どこかから空腹を誘うようなにおいも感じる。 だが、ルイズの体はそこにはなく、まるで感覚だけがその場の空気に溶け込んでいるかのようだった。 「なっ? えっ!?」 ルイズは驚いて、思わず石から手を離してしまう。 すると、目の前に広がる景色は魔法学院の演習場に戻っていた。 先程まで見ていた景色はかけらもない。 「ミスタ・コルベール! この石、なんか変です!」 「そうですか。ただの石じゃなくてよかったですね。では、授業時間も無限ではありませんので早くコントラクト・サーヴァントをして下さい」 ルイズが、今体験したことをコルベールに説明しようとするが、コルベールはまたルイズがなんとかサモン・サーヴァントのやり直しをしようとあがいているのだと判断し、まるで取り合わない。 仕方なくルイズはもう一度石に触れてみる。 すると、やはりルイズの五感はどこか知らない場所に飛ばされる。 それは予想されていたことなので、先程のような驚きはない。思わず石から手を離してしまうこともない。 ルイズは、今度は注意深く辺りを見回してみる。 やはりまるで見たことのない景色。なぜか馬がついてない馬車が走っていたりと、ルイズの理解の及ばないような物もある。 そしてルイズが空を見上げると、今まで見たどんなものよりもルイズの常識と相容れないものがそこにあった。 そこには一つの月が燦然と輝いていた。 (な、な、なんで月が一つしかないのよ~っ!?) ルイズの、ハルケギニアの常識では月は二つあるのが当たり前であり、二つの月が重なるスヴェルの月夜でも小さい月の方が前に出るので、完全に一つしか月が見えないなんてことはありえない。 (一体、ここはどこなの? そもそもあの石は何なのよ!?) ルイズがそう思った瞬間だった。 突然、目の前の景色が変わる。石を離したときのように、魔法学院に戻ったわけではない。ルイズの知らない、また別の景色が展開される。 次から次へと景色が、場面が変わっていく。 場面が移り変わるごとに、少しずつ情報が蓄積されていく。 先程ルイズが抱いた疑問。その答えを探すかのように、その答えにかかわる場面を次々と体験していく。 「…エール!? ミス・ヴァリエール!? どうしたのです!?」 ルイズが石から手を離すと、目の前には心配そうにルイズの顔を覗き込むコルベールがいた。 「………大丈夫です。契約します」 ルイズは心ここにあらずといった様子でつぶやくとハンカチを取り出し、ハンカチ越しに石を持った。 ルイズは、目の前の石が一体何なのかすでに理解していた。これと契約することがどういう結果をもたらすのかはまるでわからないが、普通の平凡な使い魔と契約するよりは良いかもしれないと思い始めていた。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン、この者に祝福を与え、我の使い魔となせ…」 呟く様に呪文を唱えると、ルイズはそっと石に口づけをする。 コルベールとルイズ以外の生徒たちが、フライの魔法を使い校舎へと戻っていく。 フライの魔法だけでなく、すべての魔法が使えないルイズには、ゆっくりと己の足で歩いていくしかない。 ルイズは立ち止まると、ハンカチに包まれた石を改めて見る。 それはルイズたちが住む世界とは別の世界で『本』と呼ばれる物。人が死に、その魂が地中で化石化したものである。 『本』に触れると、その魂の持ち主の人生のすべてを読み取り、追体験することができる。 ルイズが『本』に触れることで見た景色は、人が死ねば『本』になるのが当たり前の世界に生きた、ある男の人生だった。 ルイズの指が『本』に軽く触れる。そしてすぐ離す。 この『本』の魂の持ち主。その姿を確認しただけだ。 「…よろしくね。モッカニア」 その『本』に記された魂の持ち主。その名をモッカニア=フルールという。 前ページ次ページ虚無の魔術師と黒蟻の使い魔
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前ページ次ページ虚無と賢女 使い魔となったエレアノールを連れて部屋に戻ったルイズは、改めて彼女の格好を見直す。 身に着けてるのは青い衣服に鈍く銀色に光る鎧、ただしどちらも何があったのか妙にボロボロになってる。 自分より頭一つ分くらいは高い身長、すらりと伸びる両足、鎧の上からも分かる豊かな両む―――は関係ないことにして、 世間知らずの平民にしては整った理知的な顔立ち。さらに、どことなく気品を感じさせる物腰。 (本当は幻獣が欲しかったけど……、従者としては及第点以上……ね) 心の中で勝手に評価する。評価されてるエレアノールも、ルイズの心の中を知ってか知らずか、 室内の家具を見回している。家具の質と細工に関心を持っているようにも見える。 「ヘタに触って欠けさせたりしないようにしなさいよね。どれも平民が一生働いても弁償できないくらいの価値なんだから」 注意を言いつけつつ、自分の座る椅子を引く。エレアノールにも座るように言い、二人はテーブルを挟んで腰掛けた。 「じゃあ繰り返すけど、ここはトリステイン魔法学院。さっきまで使い魔を召喚する魔法『サモン・サーヴァント』の 儀式をしていたの」 「そして、私が召喚されたのですね?」 そういうことね、とルイズは頷く。 「次は私から質問してもいいでしょうか? まず最初に……カルス・バスティードやアスロイトという言葉に 聞き覚えはないのでしょうか?」 「ああ、さっきも言ってたわね。そんな国、聞いたこともないわ」 「……そうですか……。では魔物のことは?」 魔物と聞いてルイズは眉をひそめる。 「魔物って……オーク鬼とかのこと? 昔っから、そこらにいるじゃない」 今度はエレアノールが眉をひそめる。ルイズの言葉を一つ一つ吟味して考え込む。 ルイズは小さくため息をついた。 (聞いたこともないような田舎から召喚されて、しかもオーク鬼も知らないのね) 先ほどの評価にややマイナス点を加味する。 「ちょっといいかしら? さっき、遺跡がどうとか言ってたみたいだけど、貴女って学者か何かなの? もっとも、その格好はせいぜい学者の護衛の冒険者ってところでしょ?」 「似たようなものですね……。友人に遺跡の事を勉強して―――」 エレアノールの表情が一瞬にして曇る。 「あの……私の他に誰か召喚されてませんでしたか? 私と同じような黒髪の青年と、茶色の髪のショートカットの 少女なのですが?」 「召喚されたのは貴女だけよ。それがどうかしたの?」 「そう……ですか」 目に見えて落ち込むエレアノールに、ルイズの良心に痛みが走る。恐らくは自分の行った『サモン・サーヴァント』で、 今言った二人と離れ離れになったのだろう、と。使い魔に迎合するわけには行かないが、主人として何かしなくてはと 考える。 しかし、エレアノールはルイズの想像とやや異なった見解を導き出しつつあった。 (話が全くかみ合わない……。『新しき世界』の結果? それとも大陸の辺境の果てで 交流もないほど離れてるからアスロイト王国も知られてなくて、魔物たちも出現しなかった? いえ、そもそも全く違う……『物語』の世界?) 混乱してる、と思う。だが、精神世界アスラ・ファエルは人々の思い、恐怖、欲望、信仰が現実化する世界。 ならば誰かが創作した物語の世界もまたアスラ・ファエルの中で現実化して、自身もそれに飲み込まれたのだろうか。 額に手を当てて考えをまとめようとするエレアノール。それを友人と離れ離れになって辛く思ってると 勘違いしたルイズは慌てる。 「わ、私も別に二度と会うななんて言わないわよ! 休暇くらいならたまにあげるし、遠くなら旅費だって出してあげるから、 会いに行ってもいいのだからね!」 突然の言葉にエレアノールはしばし呆気に取られて見つめなおすが、ルイズの心配と善意と罪悪感の入り混じった視線を受けて、 フっと微笑みを返す。 「ええ、ありがとうございます。その時はお世話になりますね」 「その代わり、使い魔としての役目はしっかりと果たしてもらうんだから!」 ホっと胸をなでおろしそうになるのを我慢して―――少なくともルイズは我慢できたと思って、 本題だったメイジと使い魔の関係と役目を説き始める。 曰く、使い魔の見聞きしたものは主人にも見聞きできる。 曰く、使い魔は秘薬など主人の望むものを見つけてくる。 曰く、使い魔は主人を守る存在である。 「でも、貴女の見聞きしたものは私には見えないし聞こえもしないから、人間だとダメみたいね」 「申し訳ありません……。それに秘薬も種類やある場所がハッキリと分からなければ、 見つけるのは難しいかもしれません」 ルイズの評価にマイナス点がさらに追加される。もっとも、見た目の良さと礼節を弁えてるあたりは評価できるし、 そもそも秘薬を本当に見つけてきてもらっても、今のルイズには大して必要でも何でもないのでマイナス点を相殺する。 「それじゃあ、貴女には3番目の護衛の役目を期待するわね。冒険者なんだし、それなりに腕は立つのでしょ?」 「レイピアなら多少は心得がありますが……使っていたのは無くしてしまったみたいです」 マイナス点をやっぱり追加。 「そう。じゃあ次の虚無の曜日に王都で手頃な武器を買ってあげるわ。 その代わり洗濯や部屋の掃除、それに私が命じた雑用をしてもらうわよ」 使い魔には最初の躾が肝心、以前聞いた心得を実践する。そして次の瞬間には少し後悔する。 (考えてみれば反抗的もでないし従順そうだし必要なかったかも。あまり変なことを言ったらダメだったかしら?) 「はい、分かりました……それで、何とお呼びすればよろしいですか?」 あっさりと承諾する。多少、拍子抜けするがルイズは少し考えて答える。 「そうね……ご主人様って呼びなさい、いいわね?」 「心得ました、ご主人様」 立ち上がって礼をするエレアノールに、ルイズは満足そうに頷いた。 話し込んでる間に日が暮れて、ルイズはエレアノールを引き連れて食堂へ入った。 豪華な飾りつけが施されてるテーブルが並び、豪勢な食事の数々とその間に明かりのローソクが立てられている。 「ここがトリステイン魔法学院の食堂、『アルヴィーズの食堂』よ。本当だったら貴女みたいな平民は一生入ることは ないのよ」 「……とても豪華ですね」 「この魔法学院で魔法だけでなく、貴族に相応しい教養も身につけるための場所でもあるの。 だからトリステインの貴族はこの食堂でもそれを学べるようになってるのよ」 「……」 エレアノールの声には感動ではなく、もっと暗い感情が混じっていたが、得意気に説明するルイズは それに気づかずに食堂を進む。 「―――あの壁際の並んでるのが小人のアルヴィーズ。夜中になると踊るのよ」 空いてる席の前に立ち止まると一度説明を区切り、振り返ってエレアノールをジっと見つめる。 「……? あ、失礼しました」 椅子を引くと、すぐにルイズは優雅さを備えた精練された動作で腰掛ける。 エレアノールは周囲を見回し、手近な席が空いてないことを確認する。 「ご主人様、私の食事はどうすればよろしいのでしょうか?」 「そうね……」 一瞬、床に用意させて食べさせようと考えたものの、さすがに見目麗しい年上の女性にそれは酷すぎる。 「ちょっとそこのメイド」 あっさりと考え直し、近くを通りがかった黒髪のメイドを呼び止める。 「はい、何かございましたか?」 「私の使い魔に何か食事を用意してくれないかしら? あと……、身の回りの世話をさせるのに動きやすい服があれば 都合つけてもらいたいわね」 エレアノールは鎧を脱いでおり今は下に着ていた服だけになっていたが、あちこちが解れたり破れ目が入ってたりして ボロボロになっていた。メイドはエレアノールに戸惑いと好奇心の入り混じった視線をに向ける。 「わ、分かりました。ではミス、こちらへ……」 「それではご主人様、行ってまいります」 メイドに連れられて食堂を後にするエレアノールを見送ると、食事の前の祈りを唱和するためにルイズは両手を組み目を閉じた。 「あの……ミス・ヴァリエールが平民を使い魔として召喚したって噂になってましたけど、本当だったのですね」 「ええ、私がその噂の平民の使い魔で間違いないです」 「そうですか……、私はシエスタ。この学院でご奉仕をしています」 「エレアノールと申します、今後何かとお世話になるかもしれませんがよろしくお願いします」 使用人たちが寝泊りする宿舎の衣装部屋で、あれこれ木箱や洋服掛けを探りながら自己紹介を交わす。 エレアノールの名前を聞いて、シエスタの手が一瞬止まる。 「エレア……ノールさんですね? はい、こちらこそよろしくお願いします」 「そんなにかしこまらなくてもよろしいですよ、私も皆さんと同じ立場みたいなものですから」 「そうですか? では、そうしますね。……えーと、このあたりに古着を片付けた箱が……あ、ありました」 ホコリのかぶった木箱をあけて、中からやや古いメイド服を取り出す。シエスタの着てるものと若干デザインが異なっていた。 「他のみんなと見分けがつきやすいように前の服になりますけど、大丈夫です?」 「無理をお願いしてますし、大丈夫ですよ。……しっかりとした生地を使っているのですね?」 手に取り、メイド服の状態を確かめる。古いが縫い目も服の縁もしっかりしていた。 「貴族に奉仕するもの身なりを整えるべし、と私たちにも相応の給金と身の回りの品を頂いていますし。 それでは外で待っているので、着替えが終わったら声をかけてくださいね」 ペコリと礼をしてシエスタは部屋から出て行く。扉が閉まったことを確認すると、エレアノールは深くため息をついた。 「……『貴族』、『平民』、『ご奉仕』。ここも同じような世界なのでしょうか……?」 自分たちの『世界』と同じように腐敗と退廃が蔓延し、享楽と欲望が渦巻く貴族社会。そのしわ寄せを受けて、 困窮と搾取に苦しむ農民と民衆。かつて自分が変えようとして果たせず、父殺しの大罪を犯すこととなった世界……。 先ほどルイズに案内されたアルヴィーズの食堂の光景がそれと重なる。豪勢な食事の数々は言い換えれば、 それだけの搾取によって成り立っているということを。 もう一度、深くため息をつくと、着ている服の裾に手をかけた。 着替えの終わったエレアノールは、そのままアルヴィーズの食堂の隣にある厨房へと通された。 中ではデザートの配膳も終えて、片付けまでのわずかな間を利用して料理人たちが賄い食を食べ始めていたことであった。 「おうシエスタじゃないか。ん? そっちの娘さんはどちらさんで?」 「マルトーさん、こちらはミス・ヴァリエールの……」 一際恰幅のいい四十過ぎの男性は、ああ、とすぐに察して頷いた。 「噂の平民の使い魔の娘さんか。か~、メイジってヤツはこんな綺麗な娘さんを使い魔にしやがって。 俺がこの厨房のコック長してるマルトーだ、何か困ったことがあったらいつでも相談しな」 「エレアノールと申します。厨房の皆さんも、これからもお世話になると思いますのでよろしくお願いします」 厨房のあちこちでコックや、ちょうど空いた食器を下げに来ていたメイドたちから好感を持った反応が返ってくる。 エレアノール本人はあまり意識してないものの、その整った美貌と上級貴族の令嬢として躾けられた気品は人目を引き、 丁寧な物腰は概ね好印象を与えやすい。よって、エレアノールがトリステイン魔法学院の使用人たちから 好感を得るのにさほど時間はかからなかった。 厨房の外でずっと待ちぼうけを喰らっていたルイズは、出てきたエレアノールを見るや否や駆け寄ってくる。 「遅かったじゃない! 主人を待たせるなんて使い魔失格よ!」 「あ……、申し訳ございません」 「ふ、ふん……今回は特別に許してあげるわ! でも、次に同じことしたらご飯抜きだからね!!」 あくまで主人であることを前面に出して威厳を演出している―――つもりのルイズに、エレアノールはもう一度 頭を下げて礼を言う。それに満足したのか、ルイズは部屋に戻るわよと歩きだした。その一歩後に続いて エレアノールも歩きだす。 ―――なお、厨房の中から聞こえてくる歓談に、不安と羨望交じりの表情でこっそりドアの影から覗き込んでいた ルイズの姿はたまたま外に出ていたメイドたちと、厨房の中の一部のコックたち、そしてシエスタに気づかれており、 普段と違う寂しそうで儚げなルイズの姿に、彼らの間での評価に好印象で修正が入ったのであった――― ベッドですやすやと眠るルイズの姿にエレアノールは、クスっと微笑みながらテーブルに並べた持ち物を並べなおす。 召喚されるときに武器を無くしてしまったが、鎧の内側に収まっていた道具袋とトラップカプセルは無事であった。 カーテンの隙間から差し込む月明かり―――二つの月の存在こそ、ここが遺跡の外の世界以外の『世界』の証拠と思う――― に照らされてキラキラと輝く。 道具袋の中身は、モンスターの核である緑色の水晶や古代太陽帝国の通過である金貨がそれぞれ数個ずつ、 そして身に着けた者の精神力を向上させる太陽の首飾り―――価値のあるものは以上。 あとは衝撃で砕けたポーションの瓶などで、大したものはほとんど残っていなかった。 (それでも換金すればそれなりの金額になるでしょうね) 一通り確認を終え結論付けると、続いて手のひらに収まる程度の青い球―――トラップカプセルを手に取る。 遺跡に潜る者にとって、剣や魔法と並ぶ三番目の『武器』。内部に人の背丈ほどの大きさのトラップも内臓できる、 現在技術と太陽帝国の魔法技術の結晶。 「え? ルーンが……?」 トラップカプセルを持つと同時に左手の甲のルーンが淡い光を放ち出した。同時に使い慣れたトラップカプセルの使用方法が、 脳裏に浮かび上がる。設置場所の選択と設置数によるタイムラグ、起動のためのアクション、それらを最も効率よく行う手順が 頭に流れ込んでくる。 「……トラップカプセルは遺跡―――精神世界から離れると効果が落ちるのでしたね」 大切な友人―――ノエルの説明を思い出し、手近な床にトラップを頭に流れ込んできた方法で込めて設置してみる。 それと同時に左手から何かが抜ける感覚を覚え、左手に目を向けるとルーンが一瞬明度を増したように見えた。 小さな閃光と共にトラップ―――起動させると周囲を氷付けにする『アイス』が、部屋の出入り口手前の床に設置された。 一度に設置できる最大数の八個をほぼ同時に。 「……!!」 続いてトラップを一つずつ起動させる。キィンというかん高い音と共に次々と氷塊と化して、周囲にあった家具を巻き込み 凍結させる。 「効果は変化なし、ですが……設置の方は一体?」 自分の足元へならともかく、離れた場所に同時に複数のトラップを設置するのは不可能に近い。せいぜい一個ずつ設置するのが 関の山である。同時に複数設置できるタイプのトラップもあるにはあるが、それも任意の場所に自在に設置することは出来ない。 「このルーンが輝いたことと関係あるのでしょうか?」 ルーンの謎とトラップの同時複数展開の可能性―――瞬時に離れたところに設置できることの戦闘アドバンテージ。 それらをしばらく考え込むが、彼女の推理はすぐに中断させられることとなった。 「……くちんッ!」 小さな可愛らしいクシャミが静かな室内に響き、そのクシャミの主のルイズは肌寒そうに布団に包まっていた。 エレアノールも室内の肌寒さに気づき、同時にその原因も瞬時に察した。 数分と経たずに雲散する文字通り足止め程度の氷塊だが、その際に周囲の熱を奪い去っていた。しかも八個のトラップを 同時に使用したため、室内の温度は凍えそうな寒さに冷え込んでいる。 「これは、軽率でしたね……」 その呟きは思量深い彼女のものとは思えないほどに、途方にくれた声色であった……。 カーテンの端から差し込む陽の光を感じエレアノールは目覚めた。最初に天上を、そして首を横に向けて まだ夢の中で安住してるルイズの姿を確認する。結局、昨夜は寒さをしのぐためと震えるルイズを暖めるため、 添い寝する形でベッドに潜り込むことにした。 (……こんなにグッスリと眠れたのは久しぶりですね) カルス・バスティードの居た頃―――『父殺し』の大罪により多額の賞金をかけられていたエレアノールは、 常に周囲を警戒する癖がついていたため誰かが近づいただけで目覚めてしまうこともあったし、 ベッドで横になって眠ることもほとんど無かった。 もっとも、魔物の徘徊する遺跡の中で仮眠するときには、魔物の接近を察知できるこの癖を 重宝することになったのだが……。 安眠できたもこのベッド―――国を出奔する前に自身が使ってたのと遜色ない高級品だ―――のおかげと考え、 スヤスヤと寝息を立てるルイズを起こさないように静かにベッドから抜け出る。 部屋の温度もすっかり元通りになっていることを確認し、椅子にかけていたメイド服を手に取る。 ついで、昨夜渡された洗濯物を思い出す。 (今のうちに洗っておきましょうか) 洗濯籠を手に取ると音を立てないように廊下へと出る。寮の外では既に使用人たちが働き始めているのか、 何人かの物音を立てぬように動く気配もある。どこで洗濯すればいいのか誰かに聞けばいいわね、と考えを決めて エレアノールも足音を立てぬように廊下を歩き出した。 洗濯は水汲み場、と薪を運んでいた使用人に教えられ、場所はすぐに分かったもののたどり着いてからしばし呆然とする。 「洗濯は……どうすればいいのでしょう」 上級貴族の令嬢として、蝶よ花よと育てられたエレアノールには洗濯の経験は全く無い。逃亡中も着の身着のまま、 カルス・バスティードにたどり着いてみれば、同時に入城した一人の少女が掃除や洗濯を気軽に請け負ってくれるので、 やはり自分で洗濯する機会は無かった。 「あれ? エレアノールさん、おはようございます」 途方にくれて困り果てていたエレアノールに救いの天使―――ならぬ、救いのメイド。 「おはようございます」 後ろから声をかけられて振り返ると、そこには十個近い洗濯籠を重ねて抱えているシエスタの姿があった。 器用にバランスを取りながら洗濯籠を地面に置いたシエスタは、エレアノールの手にある洗濯籠に気付く。 「エレアノールさんも洗濯ですか?」 「ええ、でも勝手が分からなくて少々……」 少々どころではなく完全無欠に分からないのだが、気恥ずかしいので言葉を濁す。 「じゃあ一緒に洗いましょうか? 貴族の着ている服って、慣れた人じゃないとうっかり破ったりしますよ」 洗濯籠の中身―――ルイズのキャミソールとパンティを覗き見て、多少苦笑混じりに微笑む。毎年、それで給金を減らされる 新人が居ますから、と。 「それではお言葉に甘えることにします」 「じゃあ、夕方に受け取りに来てくださいね。それと―――」 シエスタは受け取りながら、朝食の時間を伝える。 「ミス・ヴァリエールは……その、寝過ごされることもあるみたいですから」 あはは、と乾いた笑いに、エレアノールはルイズが朝に弱いと察する。かなりの頻度で朝食に遅れているのだと。 ペコリっと頭を下げて寮へ戻る。恐らく、まだ夢の世界の住人であるルイズを起こすために。 「―――ください、ご主人様」 「んん……」 ゆさゆさと身体を揺らされて、うっすらと目を開ける。ぼやけた視界に人影が飛び込む。 「ふぁ……ぁ~、ん~……」 背伸びをしながら上半身を起こし、目を擦ってぼやけた視界を直す。ベッドの脇には黒髪のメイドが立っていた。 見覚えの無い顔だったが、寝起きでボーとする頭が辛うじて誰であったかを思い出す。 「ああ、……昨日召喚したのよね。おはよう、エレアノール」 「おはようございます」 ベッドから降りると、クローゼットと衣装棚から服と下着を持ってくるように指示を出してネグリジェを脱ぎ始める。 「着せて」 「え? あ、はい」 エレアノールは少し慌てつつも、知識はあるけど経験がないような手付きで着替えを手伝う。 着替えが終わった後、ルイズは服の裾をつついたり点検をして満足そうに頷く。 「ちょっと要領悪かったけど、まぁまぁね」 冒険者にしては―――ルイズはそう思い込んでる―――、上手よねと考える。もし、召喚できたのが犬や猫だったら 着替えを手伝わせたりするのもできないだろう。 「そろそろ朝食の時間ね、食堂に行くわよ」 杖を手に取ると部屋を出て一歩踏み出し、途端に不機嫌そうに立ち止まる。エレアノールが廊下を覗くと、 そこには褐色の肌のスタイルの良い赤い髪の少女が立っていた。向こうもルイズに気付いたのか、 にやっとした笑顔を浮かべる。 「おはよう、ルイズ。珍しく今日は寝坊してないのね?」 「おはよう、キュルケ……って珍しくって何よ、珍しくって!?」 「何って……言葉どおりじゃない」 色気と挑発を混ぜた声の調子に、ルイズはあっという間に顔を怒りに染める。何か言い返そうと口を開くが―――、 「ところで、その後ろの方が噂の貴女の使い魔なのかしら?」 「―――ええ、そうよ」 タイミングを外されて言い返し損ねる。 「へぇ~……」 ジロジロと不躾な視線を向けられ、エレアノールは居心地の悪さを覚える。カルス・バスティードに 同じように気まぐれな色気を振りまく女性が居たが、まるで彼女みたいと感じる。 (キュルケさんでしたね。ルイズとは仲が悪そう……いえ、一方的にルイズが苦手としてるのでしょうね) 「なかなかの美人じゃない。良かったわねルイズ、貴女の魅力が引き立つ使い魔で」 「え? な、何よ?」 突然の褒め言葉に目に見えて混乱するルイズ。 「そうよね、貴女の身長とか貴女の胸とか貴女の感情的なところとか、並んで立ってるだけで効果倍増よ♪」 「ななななな、なんですってぇ~~~!!」 噛み付かんばかりの絶叫。しかし、キュルケは笑いながら軽く受け流す。 「ところで、そろそろお名前をお聞きしたいのだけど?」 「……エレアノールと申します」 「エレ『ア』ノール? ……いい名前ね」 ルイズと同じようにアクセントを『ア』に合わせて聞きなおしてくる。隣では教えなくてもいいじゃない、と呟くルイズ。 「あたしはキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。キュルケって呼んでもいいわよ。 それにしても、本当に人間なのね……。でもね、使い魔ならこういうのがいいわよね? フレイム!」 キュルケの呼びかけに、熱気とともに巨大な真紅のトカゲ―――サラマンダーが廊下に出てくる。エレアノールは 一瞬身構えるが、自然体のままのルイズを見て構えを解く。 「……そのサラマンダーがあんたの使い魔?」 「ええそうよ。特にほら、この尻尾! ここまで鮮やかで大きな炎の尻尾は、間違いなく火竜山脈のサラマンダー。 幻獣好きの好事家に見せたら値段なんかつかないほどのブランドものよ! まさに微熱のキュルケにぴったりよね」 ルイズの声に悔しさを感じたのか、ここぞとばかりに勝ち誇る。 「それに誰かさんと違って、フレイムは一発で召喚に応じてくれたのよ! 誰かさんとは違って、ね……、ねぇゼロのルイズ」 「……!!」 再び顔を怒りで真っ赤にする。言い返そうとするが、上手く言葉にならないのか口をパクパクとさせる。 「じゃあ、お先に失礼。また教室でね」 颯爽と立ち去るキュルケ。その後をサラマンダーがちょこちょこと付いていく。 その姿を見送り、ふとルイズに視線を向けると未だに怒りで震えていた、まるで噴火直前の火山。 「ご、ご主人様……?」 「く……」 「く?」 「くやし~~~! 何なのあの女! 自分がサラマンダーを召喚できたからって! ああもうッ!!」 地団駄を踏んで怒声を張り上げる。今のルイズは燃え上がる炎のようなものだが、エレアノールは意を決して 宥めようと火中に踏み入る。 「確かにすごい使い魔だとは思いますが、あまり気にされても……」 「気にするわよ!! メイジの実力を知りたければ使い魔を見よって言われてるくらいなのよ!! サラマンダーと 平民じゃいくらなんでも格が違いすぎるわよ!!」 一気に言い切り、ようやく怒気が落ち着く。それと同時に……言い過ぎた、失敗したと思う。 (でも……、そんなのエレアノールの責任じゃないわよね、どうしよう……) ルイズがおずおずと顔を見上げてみると、特に気にしてないような表情を向けていた。ホっと胸をなでおろす。 「落ち着かれましたか?」 「……うん」 「では、ご主人様も早く食堂へ参りましょう」 促されて歩き出すルイズ。その後ろについて歩きながら、エレアノールは先ほどのサラマンダーを思い返した。 (遺跡の中では見たことがありませんでしたね……、もっとも知らないだけなのかもしれませんが) 遺跡の中に広がる広大な灼熱の溶岩地帯、煉獄に存在する炎の魔物の話をいくつか思い返すが 先ほどのサラマンダーに該当する魔物は聞いたことがない。 もっとも皆が煉獄を探索してた頃、彼女は生死の境を彷徨っていたため、実際に訪れたこともなく知識も伝聞程度である。 本当は普通に生息しているのかもしれない。 ひょっとすると、他の使い魔というのも未知の魔物―――幻獣がこの『世界』にはたくさん居るのかもしれない。 (そういえば……『微熱』とか『ゼロ』とはどういう意味なのでしょう?) 目の前を歩くルイズに聞いてみようと思うが、先ほどの会話を聞く限り『ゼロ』はいい意味ではないらしいと考え直す。 (いずれ、知ることもあるでしょうね) すぐに知る必要もないし、知らなくても当面は問題はないと結論付ける。 皮肉なことに、エレアノールがゼロの意味を知る機会がすぐそこにまで迫ってたのであった。 前ページ次ページ虚無と賢女
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始祖ブリミル降臨暦6242年、春。トリステイン魔法学院の使い魔召喚の儀式にて。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、今日も今日とて呪文を唱える。 それが、この世の終わりを告げる言葉となるとも知らず。 「宇宙の果てのどこかにいる、私のしもべよ!」 「神聖で、美しく、そして強力な使い魔よ!」 「私は心より求め、訴えるわ! わが導きに応えなさい!!」 その瞬間、爆発は起きなかった。……が、すうっと空が暗くなった。皆は思わず空を見上げる。 「……え? 何? 何なの?」 「夕立じゃないよな」「日蝕?」「でも、そんな予報はまだ……」「いや、あれは……」 その日それは、ハルケギニア大陸のあらゆる場所から、あらゆる人々の目で確認された。 空を何か、月ではない、大きなものが飛んでいる。……馬鹿馬鹿しいほど巨大な、隕石だった。 直径はおよそ、400リーグ。アルビオン大陸の横幅の、倍以上はある。 ハルケギニア大陸に大きな日陰ができ、またすうっと明るくなる。 眩しいほどの、よく晴れた空だった。 「…………え? まさか、その、偶然? 冗談よね?」 宇宙の果てのどこかから、それはやって来た。 落下場所は、トリステインの北1,500リーグの、大洋上となろう。 隕石の速度は、時速72,000リーグ。 しかし、隕石があまりに巨大なため、不気味なほどゆっくりに見えた。 ああ、誰がそれを、想像し得たであろう。 世界の滅亡は、ある穏やかな春の昼間、突如としてやって来たのだ。 「え、あの、嘘、ちょっと、何なのよアレはルイズ」 「コルベール先生、あの、私ちょっと、もう一度召喚を」 「アレですか、ここはその、叫ぶ場面なのですかな?」 ついにそれは、この世界に落ちた。その時、全ては震えた。 「………じ、地震よ、これはただの地震よ!! みんな落ち着いて!!」 「「「ああああああああああああ、世界の終わりだあああああああ!!!!」」」 衝突による途轍もない衝撃波で、厚さ10リーグの地殻が、丸ごと捲り上げられていく。『地殻津波』だ。 『地殻津波』に張り付いた、水深4,000メイルの海も、まるで薄皮のように見える。 一辺が1リーグもある巨大な破片が巻き上がる。 内戦中のアルビオン大陸も、ハルケギニア大陸も、あっさりと粉砕されてしまう。 砕かれた破片は、高さ数千リーグ。大気圏を突き抜けて、星空まで達した後に、再び隕石となって地表に降りそそぐ。 煮えたぎるクレーターの縁は、高さ7,000メイル。巨大な山脈のようだ。 クレーターの直径は、4,000リーグ。アルビオンのあった場所から、サハラの一部までを飲み込む。 ……しかし、これは、この災難のほんの入り口にしか過ぎなかった。 隕石の衝突直後。クレーターの輪の中心に、異変の主役が現れる。 灼熱色に輝く巨大な塊。気体になった岩石、『岩石蒸気』だ。その量は、ざっと1,000億メガトン。 ドーム状に膨れ上がった後、押し出されるようにして、一気にあらゆる方角へと広がってゆく。 トリステインの北の海上に落下してから、3時間あまりで、『岩石蒸気』は聖地に達した。 温度4,000度の熱風が、風速300メイルで駆け抜ける。 『岩石蒸気』に覆い尽くされた中、オアシスは瞬時に吹き飛ばされ、蒸発する。 恐るべき『岩石蒸気』は、遥かな『東方』にも到達する。高熱のために、木が次々と自然発火していく。 ジャングルは瞬く間に、火の海と化す。 衝突から一日で、ついに世界は、灼熱の『岩石蒸気』に覆い尽くされた。 『岩石蒸気』は、地表全体を一年近くにわたって覆い続ける。間近に、無数の太陽が出現したのと同じだ。 生命のふるさと、海も、変動に巻き込まれてゆく。 『岩石蒸気』に覆われて間もなく、海面が激しく泡立つ。海が、沸騰を始めたのだ。 激しい蒸発によって、海は、1分間に5サントという猛烈なスピードで下がっていく。 海水が干上がると、真っ白な海底が現れた。塩だ。その塩もたちまち蒸発していく。 むき出しになった海底は、容赦なく熱に晒され、熔岩のように熔け出す。 衝突から、およそ一ヵ月後。海に水はない。平均水深4,000メイルの大洋も、干上がっている。 人類の、またエルフの文明どころか、あらゆる地表に存在した生物は、痕跡も残らず消え去った。 宮殿も、都市も、全て燃え尽き、熔けて流れ落ちた。 直径400リーグの巨大隕石の衝突。 それは、あらゆる生物を根絶やしにしてしまうような、恐ろしい出来事なのだ……。 「……トバ・イチロおおおおおごおおおッッ!!?」 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、自分の部屋のベッドから跳ね起きた。 夢だ。夢、だ。……ただの、夢、だ。おお、世界は今朝も美しい。 今の絶叫は、ただの意味のない寝言だ。ちょっと寝る前に変な本を読んでいたせいだろう。 「そ、そーよ! なんで私の召喚で、爆発が起きるならまだしも世界が滅亡すんのよ!! そんなの起きるはずないじゃない! 世界は永久に不滅よ!!」 ルイズは意識してあははははは、と笑い、不吉な夢を忘れようと努める。 そうだ、今日は神聖な『使い魔召喚の儀式』の日。精神力を無駄にしてはいけない。 今日こそ『ゼロ』の汚名を晴らすような、素晴らしい使い魔を召喚してやろう。 やっぱりドラゴンかな、グリフォンも捨てがたいし、マンティコアなら母様も乗っておられた幻獣だ。 おかしな奴が出てきたら、即刻ご退場願おう。大体こないだから、変なのを召喚する夢ばっかり見ている。 「さ、立派な使い魔を召喚しなきゃ! そのためにはまず、朝食をしっかりとって……」 さて、いよいよ本番。ルイズは精神を集中させ、自己流にアレンジした『サモン・サーヴァント』の呪文を唱える。 「宇宙の果てのどこかにいる、私のしもべよ……」 その頃、地球という惑星のアメリカという国の野球場で、素晴らしい野球選手によって打球がキャッチされた。 彼は強肩だ。その送球はまるで光線のように、まっしぐらに三塁へ向かっていく。 ……あ、その直線上に、銀色の鏡が!! (完)
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レンタルルイズ訂正版「レンタルみかん」 プロローグ「団欒、後の騒然」 sideいつき 「書きかけの業務日誌より」 青天の下、僕らはアストラルで焼肉パーティーを開いています。 というのも、先日のロンドンにおける騒動の後、あのユーダイクスさんとラピスちゃんが一時的にですが本社の方で休養を取ってくれることになったからです。 あの二人の文字がこの日誌に加えられることが今から楽しみです。 この日誌を読むであろうお二人に、…おかえりなさい。 これからも旅を続けられるということですが、いつでもここを訪ねてください。 アストラルは、いつでもお二人を歓迎いたします。 パタリと、本を閉じる音がする。 普段のスーツ姿ではなく、学校帰りの制服姿のままの彼の右目には、大きな眼帯がある。 しかし、その黒髪やなんとも言えない柔和な笑みを合わせるとその眼帯ですらどこかユーモラスな感じに見えてしまうのだ。 襟首に届く程度の後ろ髪も清潔感があり非常に受けが良い。 数奇な運命により、社長としての地位と、なにものにもかえがたい人脈を手に入れた彼、伊庭いつきはこの幸せを噛みしめていた。 何度も死にかけた、これからも死にかけるだろう。 魔法使いという異形、なによりも自身の右目にある「妖精眼(グラムサイト)」という異形が彼を歪な運命の輪に閉じ込め続けるはずだ。 にもかかわらず、彼は今のこの一時の幸せを全身全霊をもって感じることができる。 もし、一人でも欠けるようなことがあれば、彼はその要因に全力を持ってして立ち向かうだろう。 いつきが感慨深げに窓の外を眺めていると、庭から声が上がる。 声の主は葛城みかん。 魔法使い派遣会社の神道課契約社員、つまりアルバイトである。 未だ小学生であるが、その身を包む巫女服はじつにうまく着こなされており、ツインテールにまとめられた桃色の髪は陽光を反射し彼女の笑顔を一層引き立てる。 「お兄ちゃん社長!!早く焼肉のたれ持って来てよ!!お肉焦げちゃうよぉ!!」 「ごめんごめん!すぐ行くから待ってて!!」 大きな声でそう返すとすぐに踵を返し階下へといそぐ、途中、ユーダイクスとすれ違いとっさに軽い会釈をする。 ユーダイクスもそれに手をあげて返す。 ユーダイクスは自動人形だ。 整備などを行いやすいようにあえて巨体であるその体、武骨ともいわれそうな顔、消して長くない赤い髪とその眼には、心が宿るはずがない。 しかし、その自然すぎる動作には生身の人間しか連想できない。 いつきからは見えなかったが、手を挙げた際の微笑は我が子をいつくしむようですらあった。 「遅いよお兄ちゃん社長!!焦げそうだからオルトロスにあげちゃったよ!!」 「ごめんってば、ほら、タレ持って来たよ」 みかんの横で焼肉を頬張るのはケルベロスの亜種のオルトロスだ。 体調が三メートルもある割には臆病な性格で人懐こい。 過去縁のあった存在であり、今回は仕事の一つとして預かり世話をしている。 みかんが皿にタレを注いだのを口切りに、各々焼肉を食べ始める。 いつきは、自身もその輪に混ざろうとしたその瞬間にみかんを突き飛ばした。 右目が、異端である右目がそれ以上の異端を捉えたのだ。 刹那、少し前までみかんがいた位置に鏡が出現していた。 穂波はヤドリギの矢を構え、猫屋敷は札を構え、使い魔に命じ屋敷のまわりに結界を張る。 とっさの行動が取れていない黒羽を尻目にオルトヴィーンが鏡に対し攻撃を仕掛けようとした矢先、オルトロスの叫びがこだました。 みかんに寄り添うようにしていたので逃げ遅れたのだ。 鏡に捉えられ引きずり込まれるオルトロスにとっさにみかんが飛び付き禊を行うが、その鏡は消えるどころか輝きを増し、ついにはみかんをも捉えてしまう。 鏡の中に取り込まれていくみかんが最後に目にしたのは血の涙を流す赤い瞳。 穂波やアディリシアに取り押さえられた社長が叫んでいた。 「必ず、迎えに行くから!!」 第一夜「唐突の召喚、横暴な契約」 春の使い魔召喚の儀式、それは進級のためのテストであると同時に、始祖ブリミルの名の下生涯を共にするパートナーを呼び出す大事なものだ。 抜けるような青空をバックに喜びを隠せないでいる少女の姿があった。 ゼロのルイズ。 彼女は初歩の魔法ですら原因不明の爆発しか引き起こせないというおちこぼれのメイジであり、今回のことに関しても留年確実と言われていた。 それが体長3mもあるみたこともない犬を召還したとあれば周りが驚くのも仕方がない。 その犬はおびえているのか、体をまるめている。 何かを守ろうとしているようにみえなくもない。 「ミスタ・コルベール!!やりました!!百回目の挑戦にしてついにやりました!!」 「…………」 「ミスタ?」 喜びを全身で表現するルイズであったが、コルベールの表情を見て怪訝な顔になる。 なぜ黙っているのか?もしかして自分は何か間違いを?いや、自分は確かに召喚できている!!じゃぁ…なんであんな顔を……? 他の生徒もその様子に気づいたのか、また一人、また一人と押し黙って行く。 誰一人として口を開かなくなり、少し経った後、コルベールは口を開いた。 「女の子だ…」 「は?」 その言葉に生徒一同は改めて召喚された犬を見る。 その巨体からわずかにはみ出しているのは衣服だろうか? なるほど、近くで見ればそこには女の子が見えるのかもしれないなどと考えていると、その犬がのそりと動きだしたために杖を握りこみぐったりとしている少女が目に入る。 コルベールは落ち付きを取り戻したのか毅然とした態度を、ルイズは状況についていけず、まず口を開いたのは遠巻きに見ていた他の生徒だった。 「ルイズ!!メイジを召喚しちまってどうすんだよ!!」 「ゼロのルイズが普通の使い魔を召喚できるとは思ってなかったけど…まさか人の使い魔を召喚するなんてな!!恥を知れ!!」 的を得た嘲笑から、単なる罵詈雑言までがルイズを攻め立てる。 ルイズは、助けを求めるようにコルベールを見て、現実を突きつけられる。 「ミス・ヴァリエール。これは神聖な儀式だ。使い魔召喚の儀式にやり直しはない。犬の方がすでに使い魔であるなら、そちらのメイジの方を使い魔にしなさい」 「そんな!!人を使い魔にするなんて聞いたことがありません!!」 「これは伝統なんだよ。そちらのメイジの方には悪いが、神聖な儀式を汚すわけにはいかない」 「そんな!!」 青ざめていたかが次第にいらいらしたものへと変わってくる。 なんであんたがゲートをくぐったのよ?! これがどれだけ神聖な儀式か分かってるんでしょ?! …そうよ、よく考えたら自分の意志でこっちに、私の使い魔になりにきてるんだからせいぜいびしびし顎で使ってやるわ!! 大股でずかずかと近づいて行くと、驚いたのか犬は逃げ腰になる。 なによ!!ご主人様すら守れないなんて、本当に駄犬ね!!これなら私の使い魔になるこのメイジの方が立派に決まってるわ!! メイジを見るなら使い魔を、その考えに反する発想すら出てくる、完全に開き直っていた。 呪文を唱え、寝起きのようなそのメイジの顔を自分の方に向けると、ためらいなく口づけを交わす。 その痛みは常ならば幼い人間の意識など軽く刈り取るもののはずだが、絶食をはじめとする苦行を乗り越えたみかんはその痛みで完全に覚醒する。 「いった~~~い!!」 「「「え?!」」」 「おい、今の声…」 「ああ、そっくりだったな…」 「使い魔を見れば主人が分かるってやつだな」 よく見れば声だけでなく髪の色も似ている。姉妹と言われれば信じただろう。 軽い嘲笑を含んだ感想が飛び交う中、ルイズはみかんの前で仁王立ちを続け言い放つ。 「私があなたのご主人様よ!!名前を名乗りなさい!!」 「へ?」 状況を飲み込めていないみかんは、オルトロスに寄り添いながらあたりを見回す。 (穂波お姉ちゃんみたいな人たちばっかり…ここどこ?お兄ちゃん社長が迎えに行くって言ってくれてたから、遠くに呼び出されたのかな?) そう考えながら、自身の左手にある文字を調べる。 (うう~、呪力の解析は苦手だけど…身体能力を強化してる…のかな?あと、多分服従と…) すこしづつ嫌な現実を理解しかけてきたみかんは、先ほどから震えっぱなしのオルトロスを気遣いその顔を見上げ、さらに嫌な現実である二つ並ぶ月を見た。 (違う……星?ううん、違う世界?!) いくら魔法でもそんなに長距離を一瞬で飛べるはずがない、それなら、近くて遠い場所であると言われてる異世界の方がまだわかる。 もう、認めるしかない。 自分は、異世界の魔法使いに使い魔として強制的に召喚されたのだ。 (神隠しの正体…かな?) 思い返すのはかつてアストラルが関わった神隠しの事件。 あれ自体は偽りのものであったが、家柄神隠しの話はよく聞いている。 いつまでも考え込んでいるみかんに業を煮やしたルイズが大声で詰め寄った。 「ちょっと!!いつまでもご主人様のことを無視してじゃないわよ!!いい加減名乗りなさい!!」 「むっ、名乗らせるなら先に名乗りなさいよ!!」 「なっ!!!」 辺りから失笑が飛び交う。 それはそうだ、いくら使い魔とはいえ相手は絶対にゼロのルイズよりも格上のメイジだ。 「…!!わ、私はルイズ・ド・ラ・ヴァリエール。あんたは?」 「私は葛城みかん。魔法使い派遣会社アストラル神道課契約社員」 「いいこと?あなたは私の召喚に応えたんだから、今日から私の命令を絶っ対に聞くこと!!いいわね!!!」 みかんは、あんなものに応えるだの応えないだのあったものかとも思ったが、元来魔法使いとはそんなものだ。 そういった人間には慣れているため、特に感情も動きはしない。 ただ、今の命令のさいの左手の文字の呪力の動きを考えて、逆らったところで特に害になるものではないと冷静に分析をしていく。 再度詰め寄ろうとするルイズを制し、コルベールがルーンを覗き込んだ。 「ふむ、珍しいルーンだね…。皆!!もう教室に帰りなさい!!ミス・ヴァリエール。よくやったね、進級おめでとう。ミス・ミカン。見たところずいぶん遠くから来たんじゃないかね?分らないことがあればいつでも聞いてくれたまえ」 「え?」 「どうしたんだい?」 「…ここの人たちは使い魔をどこから召喚するんですか?」 「どこって…このハルケギニアのどこかに決まってるじゃないか」 なら、自分はイレギュラーということだろうか?この文字、ルーンも珍しいというし…。 「ところで、そちらの使い魔のルーンも見せてくれないかな?」 「使い魔?」 指されているほうを見るとオルトロスがいくらか平常心を取り戻した様子で座り込んでいる。 「おるとろすは使い魔じゃないのでルーンはないです」 「はぁ?!」 それに驚いたはルイズだ。 それなら、自分がこのおるとろすとかいうのと契約するはずだったのに。 考えるよりも先に杖を構えを呪文を紡ぐ。目標はみかん。 それを見てあわてたコルベールはとっさにみかんの前に立とうとするが、それ以上の速さでみかんは懐の社員手帳を取り出しページを一枚破る。 ルーンが自身に付与した能力に驚きつつ、切り取ったページを構え呪力を込める。 猫屋敷の作った水の力を借りた呪符であるそれは、薄い水の膜を作りだし、あらゆる穢れを祓う神道の魔術特性を持ってして即席の壁となる。 壁の完成とともに一部が爆破される。 その破壊力にぞっとする。 小口径の銃であれば弾丸すら防ぐ結界を破壊するのであれば相当なものだ。 形を保てなくなり拡散しようとするするそれに無理やり呪力を注ぎ込み凝縮させ打ち出す。 ルイズの手前で破裂したそれは杖をはじき全身に打撃を与え数メートルも吹き飛ばした。 みかんは、主人であるルイズに対する攻撃を行ったにもかかわらずルーンからなんの制約を受けないことをみて、服従の効果はなかったのかと安息する。 気絶したルイズを無視してあたりをみまわすと、コルベールも気絶していた。 どうやらルイズの魔法にやられたらしい。 ここにいてもしょうがないので二人をオルトロスにのせて学院に向けて歩き出した。 しばらく歩いていると巨大なモグラと戯れながら進んでいる生徒がいた。 …不気味だ。 邪魔しないようにこっそり後ろをついて行く。 目的地は同じはず。 そう思っていたが途中でメイドにとめられる。 コルベールを他のメイドに預け、女子寮の部屋に案内される。 暇つぶしにこの世界のことをそれとなく確認しているとルイズが目を覚ました。 正直、もう少し確認したいこともあったが、だいたいは分かったのでメイドには帰ってもらい、ルイズと向き合う。 「目は覚めた?」 「ん…。あ、あんた誰よ!!」 「呼び出しといてそれ?!」 「あ…そっか、私サモンサーヴァントで…。って、さっきはよくもやってくれたわね!!」 「そっちが先にやったんじゃない!!」 「あんたは私の使い魔なのよ!!」 「その使い魔を攻撃するってどんな了見よ!!」 そう言われてルイズは一瞬言葉に詰まる。 というのも傍らにあった杖に手を伸ばしそうになったからだ。 ここで戦ってもまた負ける、悔しいけど。 食事や寝る場所を提供する側だというアドバンテージこそあるが、その気になればメイジにはいくらでも働き口があるだろうし、実力では押さえつけられない。 正直ここを出ていかれると非常に困る。 「ねぇ…あんた自分が使い魔ってことは分かってるのよね?」 「うん」 「(なんだ、案外素直じゃないの)じゃぁ、使い魔の仕事って分かる?」 「知らない」 即答するみかんにルイズは疑問を抱いた。 一緒にいる幻獣が使い魔じゃなかったり使い魔の仕事を分かってなかったり。 そういえばさっきの魔法も見たことがない。 「あんた本当にメイジ?」 「うん。ただルイズお姉ちゃんの知らない魔法を使ってるだけ」 「なにそれ?先住魔法?」 「違うよ?ずっと遠くの魔法」 これは結構あたりではないだろううか? 落ち着いて話せば言うことは聞いてくれるしこの地の誰も知らない魔法を使う。 自分の失敗魔法は威力だけならむちゃくちゃに高いことを実感している分、それを防いだということは実力も申し分ない。 そう考えると前向きになってきた気がする。 「いい?使い魔はまず間隔を共有できる存在で…って、なんかできないわね。あんたがメイジだからかしら?」 「さぁ?」 「…後は秘薬を見つけたりご主人様を守ったりすることね。これは問題ないでしょう?」 「うん。じゃぁ、これにサインして?」 「なにこれ?」 ルイズはみかんが取り出した紙切れを覗き込む。 ミミズがのたくったような文字のそれはルイズの知るどの文字にも当てはまらない。ずっと遠くの文字とやらだろう。 「これは、契約書です」 「な!!」 使い魔の分際で契約書?!…まてまて、落ち付け、私。ここで暴れたら二の舞だわ。 「それで、なんて書いてあるの?」 「私は使い魔に自分の考える人並みの扱いを約束しますって書いてるよ」 「ふぅん…(ふざけんじゃないわよ!!こんなの無効よ無効!!あとで主従関係をはっきりさせてやるんだから!!)」 ルイズは軽い気持ちでそこに名前を記したが、それはゲッシュ(契約)と呼ばれる魔術であり、もしその誓いを破った場合は不幸になるというものだ。 今回のこれは簡易版であるためせいぜいが激痛を伴う程度だが、みかんはこの土地の魔法を聞く限りそれで十分だろうと考えていたし、実際それで十分だった。 純粋な破壊力を除けばみかんは現在ハルケギニアでもっとも有能なメイジだ。 こと呪術にかんしては対抗しうる存在はエルフのみのはずである。 適当な呪いをまけばここは死の大陸に変わるだろう。 ルイズがどうやって主従をはっきりさせようかと考え込んでいると、いい加減眠くなってきたみかんがその思考を遮った。 「ねぇルイズお姉ちゃん。もう寝ない?どこで寝ればいいの?」 「!!(ふふ、早速来たわ!!)もちろんあんたは床で、きゃあああああ!!!!」 ルイズが悲鳴をあげ、オルトロスがそれに驚き逃げる。 「な、なんなのよ!!」 「契約を破ろうとするからだよ!!契約を破ろうとしたら効果が発動して何度でもそうなっちゃうからね!!」 契約…?!ハッ!!あの時!! ルイズは自身のうかつさを呪いながら、とりあえず二人で寝ることを提案する。 みかんはそれを了承し、オルトロスはベッドの隣で寝そべる。 ルイズは使い魔と同じ場所で寝なければならない屈辱に涙が止まらないでいた。 「(くそぉ!!明日から!!明日からは違うわよ!!何度でも蘇ってやる!!そしてこいつをゴミのように扱ってやるのよ!!)」 目的のために何が必要かを考えながら、ルイズは明け方ようやく眠りについた。
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前ページゼロの銃 『ゼロの銃 第二話』 目 目 目 目 目玉 無数の目玉が、ギースを見つめていた。 闇魔法『ブオーゾ』 怪物に喰われ咀嚼された人間の、目玉が蛙の卵のように連なり敵を見つめる。 それは罪悪や恐怖心といった人の心の影を縫い付ける魔法。 『ぎゃああああああああああああああああああああ』 『ひぃいいぃぃいいっ!!』 傍らに立っていた味方が、胸から上を抉られ喰われた。 地獄の剣谷のような鬣を持ち、己が肉を喰らう大蛇を纏う六つ目の獅子。 降り立つ大地にねばついたタールを撒き散らす。 喰われた兵の足元は影の代わりに黒い蛇がまとわり付き、肉を食まれて骨が見えている。 『神獣ギャンベロクウガ』悪意の塊とも言えるその怪物の王は、齢17の少年だった。 ギャンベロクウガは敵を喰らい肥え続け、少年は呪いのように次の怪物を呼び出している。 向けられた5万もの兵を、あの少年は『何割』削いだのだろう。 戦闘開始から大して時間が経っていないのに、そこここで積みあがった『肉片の塔』を見、ギースの背筋を恐怖が走った。 「殺せ!!死ね!!しね―――」 少し前まで交渉をしていた相手を……否、自分の傲慢さ故に生きて欲しいと願った相手に曇りの無い殺意を投げる。ナイフほどの力も無いそれが、ギースの心を燃え上がらせる。 最初に会ったときは普通の子供だった。青い理想論を振りかざし、無謀とも言える戦いを挑んできたのだ。 今も彼は、曇りの無い理想を抱いて、あの闇を吐き出し続けているのだろう。 ぎろりと、ブオーゾの睨みに据えられる。罪を暴く審判者のようにギースを大地に縫い付ける。 おまえの罪はなんだ。オレの罪は、この目をどこで見た!? 『どうしたのギース?』 母の優しい目がぼくに向けられた。 甘ったれの弟から視線を奪うことが出来たのに、ギースの心は満たされた。 途端に弟が喚きだす。鳶色の瞳が悔しそうに潤う。 『おかあさん! ぼくのレースを見てよ! 今日は一番うまくできたんだ!』 幼い嫉妬に歪んだ目、それが鬱陶しくて意地悪な気持ちになる。 「それでうまくだって? 目はばらばらだし、椿がまるまった紙くずみたいだ!」 『ばか! おにいちゃんのばか! 』 『おまえら止めろ! 母さんが困ってるだろ! 』 兄の怒った眼がこちらを向く。兄さんは怒るととっても怖い。 お母さんは笑っている。兄さんは怒っている。プルートは 頭 か ら 血 を 流 し て、瓶 に 入 れ ら れ る 声を上げそうになったところを、背後にいた兄に口を塞がれる。 『仕方が無いんだ。こうしないとオレたちまでガリアン人にされてしまう』 外ではスラファト兵が騒いでいた。スラファトがガリアン人を連行している噂を、大人たちがしていたのを思い出した。それでも混血が多いこの村が、振り分けにかけられるとは思いもしなかった。 弟は一人だけ、髪の色が亜麻色だった。他の家族は血を薄めたような赤毛なのに。 スラファト人の特徴は燃えるような赤毛だ。対してガリアン人の髪は麦の穂の亜麻色―― それでも肉親であることは変わらない。幼い頃取り上げられたばかりの弟を抱いたことを今でも覚えている。 今、弟は血を流しながら、母に抱えられ瓶に入れられていく。 目が、合った。 家族によって殺されようとしている弟が、薄目を開けてこちらを―――――― 「――――っ! 」 ざわり、と無数の目で睨まれたような寒気に、ギースの意識は覚醒する。 目なんてどこにも無い。窓から覗くのは朝焼けの光だけだ。 「…………」 嫌な夢を見た。冷や汗で毛布が湿っている。……服も しかし現実とどちらがマシだろう。比べても虚しいだけだが。 まだ起きるには早い時間のようで、ベッドの上の少女は健やかな寝息を立てている。 床で寝るのは結構体に負担がかかることのようだ。節々が軋んで仕方ない。ふと傍らに放られている下着を見つけ、自分の置かれてる状況に思いっきり眉をしかめた。 「くそっ! 」 毛布を払いのけ、千切るように下着を掴み取る。 ……折角だから毛布も干しておくか。あと汗も拭いたい。 ドアの鍵を外し、出て行こうとしてふと思いつきベッドへと戻る。 天蓋の豪華なベッドで惰眠を貪る新たな主、ルイズを見る。 淡い光を弾く白いかんばせ、シーツに広がるローズ・ブロンド。伏せられた瞼の奥には鳶色の瞳―― (この世界に来て初めて見たものが、こいつの目だった) なぜか弟と間違えて、思わず名前を呼んでしまったのだ。 縋るようなその目を、弟は死の際まで見せなかった――見せてくれなかったのに。 この少女も、あんな不安そうな目をしたということは、何かを耐えられない重圧を背負っているのだろうか? (だとしても、オレには関係ない) 只でさえ奇妙な自体に混乱しているのだ。これ以上厄介事は被りたくない。 ドアに向かいノブに手をかけ、一瞬止まり……静かに部屋を出て行く。 出てきたはいいが、洗い場の場所なんか知るわけが無い。 人気の無い女子寮の廊下を、コツコツと革靴の歩く音が響く。 すると、通りかかった部屋のドアがガチャリと開いて一人の少女が出てきた。 「……」 ルイズよりも小柄で特徴的な水色の髪をした少女は、いるはずの無い男の存在に驚愕することもなく、一瞥して去ろうとした。 「待ってくれ、一つ聞かせて欲しい。……洗濯をしたいんだが、洗い場はどこにあるか教えてもらえないか? 」 「………」 不躾な物言いかと思ったが、それを不快に思ったかを表情から悟ることは出来ない。 青髪の少女は無言で持っていた杖を窓に向ける。 その先を見ると、メイド姿の女性が洗濯をしているのが見えた。 「ありがとう。助かった ――そうだ。これを」 「…… ?」 シャツのポケットからレースのリボンを取り出し、小さな手に握らせる。 「他にやれるものが今は無いんだが……女の子はこういうのが好きだろう」 「………」 無言で手の上を見つめているが、嫌悪感のようなものは見られない。 「……外に出るのはどっちに向かえばいい?」 思い出してもう一つ質問する。リボンに伏せられた瞳をあげ、あっちというように杖を廊下の先へ向ける。 再び礼を言うと、もう用は受け付けないとばかりに別方向へと行ってしまった。 寡黙な少女だが、不躾というわけではない様だ。誰よりも早く起きて、あんな巨大な杖を持って何をしにいくのだろうか。 思案にふけるのもいいが、今は己の仕事をしよう。 示された方へ向かって歩き出した。 外に出ると、朝霧の引いた後の空気に爽やかな気持ちになった。 (満月より滴る王女のヴェール、淵に沈む聖女の息吹……) 水魔法《目覚め》の詠い始めを、そらでなぞる。 水分を含んだ空気を水底に沈められた水の精霊王、メルメットの王女の息吹に見立てた魔法式だ。発動すれば感覚が研ぎ澄まされ、また軽度の怪我なら回復する。 水の素質があまり無いギースでも、状況が揃えば封呪できる。 川の傍や湖のほとり、雨や朝霧の引いた後など漂っている水のロクマリア(魔法元素)が多いときのみ、威力は弱いがカートリッジに封呪出来るのだ。 (……カートリッジも、代わりになる銀も宝石も無いがな) くさる気持ちが抑えられない。出来ることといえば、小娘の下着の洗濯だけとは…… 一時でも惜しい――そんな体で洗濯をしているメイドの少女に声をかけた。 「すまないが……」 「っ! きゃっ!」 突然声をかけられて驚愕したらしい少女が、手に持っていた洗物物を落としてしまう。 ぼちゃん、と水しぶきをあげて金盥の泡の中に沈んでいく。 「あ、あ、申し訳ございません! 貴族の方と話すのにこんな格好で!」 泡に濡れた裾をはらいもせず戸惑いながら頭を下げる。 「いや、急に声をかけたのが悪かった。頭をあげてくれ。それに私は貴族でもなんでもない 」 「えっ!でも、この学院に平民なんか……護衛の傭兵ですか? 」 「……それも違うんだが」 10代そこらの小娘に召喚された使い魔です。と申告する勇気は無いし、平民だとか貴族だとか、重要な問題とは思えなかった。 「洗濯をさせて貰いたい。邪魔でなければ盥の端を貸してくれ」 「せっ! 洗濯なら私がさせていただきます! 今は使用人の分を洗ってるんですけど、とても貴族の方にそんな真似は」 させられません!と悲鳴のように宣言する彼女の気迫に、危うくルイズの下着を渡しそうになる。 『早朝仕事をしていたら、女子寮から出てきた不審な男が女物の下着を渡してきたんです!』 どう見ても下着ドロです。本当にありがとうございました。 (……冗談じゃない) 自分が新聞の記事になってるのを想像し眩暈がした。新聞がこの世界にあるのかは疑問だが。 「本当に貴族じゃない。そもそも、この世界の人間ではないんだ」 「世界……? 不思議なことを仰るんですね」 言外に失笑されたのを気取り、ギースの眉がつりあがる。咄嗟にズボンのポケットからハンカチを取り出して、メイドの眼前に掲げた。 「わぁ……すてきなレースのハンカチですね」 「スカロップエッジング」 「え?」 ぽつりと呟いた言葉は、呪文か何かだろうか? 「クロッシェ・タッチングは古く、歴史を辿って歴史書が一冊書きあがるほど変容してきた技術だが、その歴史の中で研磨された最新の技術がこの一枚に透けるようだろう。 見ろ!この華やかでありながら決して押し付けがましくない淑やかな可憐さの薔薇を!!」 得体の知れない『なにか』に押されて、火を噴くサラマンダーのようにレースへの美辞麗句が飛び出す。 本格的にレースの商売を始めてから、似合わないことをする羞恥心は消え失せたようだった。 「この技術は、歴史はこの世界に無いはずだ!」 くわっ!と凄むギース。異様な熱気に加え生来の目つきの悪さで、恐ろしさ5割増しである。 「よくわからないけど……すてきですね」 そんな熱気を物ともせずにうっとりとハンカチを眺める少女にガクッとギースの肩が落ちる。(そもそもレースに証拠を求めるのがお門違いなのだが) が、尚も羨望のまなざしで見つめる少女に幾分溜飲が下がった。 「……欲しいならやってもいい。それは一昨日私用に作ったばかりだが、一度も使ってない」 「えっ!そんな、いいんですか!?でも、高価なものなんじゃ」 少女の顔が喜びに湧き、次いで不安げな色がそれをかき消す。……価値がどれくらいのものか尋ねられたが、金を求める気にはなれない。 「言っただろう、私用に作ったものだと。」 素っ気無い言葉だったかもしれない。気を悪くしたか?と思って少女を見ると 「うれしい……大切にします!」 嬉しくて堪らないといった体の顔を向けられた。真っ向から向けられる好意が気恥ずかしくて顔を逸らす。 「盥と、井戸の場所を教えて欲しい。……石鹸もあれば」 「はい、どうぞ。――お名前、聞いてもよろしいですか?」 「……ギース=バシリスだ 」 「ギースさん……私、シエスタって言います!」 そう言ってシエスタは派手ではないけど愛嬌のある顔を、可憐に綻ばせた。 ギースが洗濯を終えて部屋に戻ると、ルイズは起きていたがあまり朝が強くないらしく、寝ぼけたような顔でぽつりと呟いた。 「……あんた誰だっけ?」 「……まだ頭が眠っているようだな。貴様に無理矢理呼び出された哀れな一般人だ」 「ああ、仕立屋だったわ。仕立屋、服着せて」 「ッ! 仕立屋では無いと言ってるだろうが!!」 噛み付くような恫喝も軽くあしらわれる。 怒りを堪えて辺りを見遣ると、椅子に大雑把な具合に掛けられてる制服があった。 それを取ると、ベッドの上のルイズに渡してやる。 「先に下着取って。そこのクローゼットの一番下に入ってるから」 「……羞恥心の消失はいつかお前を破滅させるぞ」 下着を洗わされたギースに戸惑いはもう無い。不本意であることは変わらないが。 クローゼットを探ると適当に取って乱暴に放り投げる。 「……ちょっと! なにすんのよ!……ハッ」 運悪く顔にぶつかってしまい、粗雑な扱いに抗議するが (5段レースの下着!?) 投げられた下着を見て驚愕した。適当に取ったように見えてきっちり選んでいたのでは?と思うと、言葉が出なかった。 「着せてと言った割には、随分素直に着替えてたな」 「……うるさい。わたしの許可無く喋ったらご飯抜くわよ」 「傲慢というより暴君か貴様!?」 憤慨を通り越してただ驚愕する使い魔に、言ったばかりのことも覚えられないのかと鼻で笑う。いや、あんまりな言い草に驚くしかなかったんだろうけど。 最初に呼び出してから随分と感情を出すようになったなと思った。分が悪い立場にいてもずけずけと物を言うし、声を荒げることも多い。こんな他人は……初めてだ。 ルイズの周りにいる『他人』は、能力について馬鹿にしてくる奴か、家名に媚びへつらう狐ばかりだ。そのどちらも疎ましいと思ってたし、突っぱねることが出来ない自分を歯痒く感じていた。 この男は、わたしのことを殆ど知らない。わたしが『ゼロ』と呼ばれていることも。 『ゼロ』のわたしに仕えることを、嘆くだろうか? 魔法が使えたという、この世界の貴族と同じく実力を示さないと評価されない世界で生きてきたこの男…… 疑問――不安は止め処なく溢れる。焦燥や悲哀と共に黒々とした釜から出てくるのだ。。 隠さないと、こんな思いは。貴族の誇りが傷ついてはいけない。 「……朝食を楽しみにしてなさい」 にやりと口元に笑みを張り付かせて言う。男…ギースは言葉も出せず凶悪な眼光をむけてくる。 何か言いたそうな瞳を無視し、ドアを開けて廊下に出ると、ちょうど今起きてきたらしい隣人の、キュルケ・ツェルプストーと鉢合わせた。 「げ」 下品なうめきが出て後悔するが、音が戻って来る訳がなくキュルケに届いてしまった。 「げっ…て、蛙でも潰したのかしら?」 胸元にかかる赤毛をかきあげて気だるげな目線を向けてくる。そのいちいちの仕草が胸焼けするほどの色気を放っていてうんざりする。褐色の肌とメロンのような巨大さのバスト、その谷間を惜しげもなく覗かせて数多の男を毒牙にかけるのだ。 (まさに食虫植物のような女だわ) 南国の奥地に咲くという巨大なラフレシアを脳裏に浮かべる。褐色のラフレシアは値踏みするような視線をルイズ……否、ルイズの後方に注いでいた。 嫌な予感がしてキュルケの顔を見上げると、ふふんとバカにしたような笑みが浮かべていた。 「ルイズも意外とやるわねぇ。部屋に男連れ込むなんて。ルイズの成長が嬉しくてたまらないわ!」 祈りを捧げるように胸の前で手を組むキュルケ。……とうとう脳にいくはずの養分まで胸に吸い取られたのかしら? 「でも知らなかったわ。ルイズって年上が好きなのね。だから勉強ばかりしてたのかしら?同級生なんか相手にならない?」 はた、と止まりすべての意味を理解した。こここ、ここ、この女――!! 「な、何言ってんのよ!ああああんたって奴は何でも色恋沙汰にしないと理解できないの!?脳内万年発情期も大概にしなさいよね!!」 「照れなくていいのよ? 人生には愛が必要なの。時には熱に浮かされることも」 「……盛り上がってるところ悪いが、私はただの使い魔だ。」 騒々しい喚き合いに剣を刺すように、不機嫌な声が割り込む。 「初めまして元気なお嬢さん。想像力に溢れててとても愉快な方のようだ。あなたのような人がいてルイズもさぞ楽しい生活を送れていることだろう」 胡散臭すぎて布で擦れば簡単に禿げそうな爽やかな笑顔と、一見絶賛してるような最低の皮肉の羅列に、案外こいつ子供っぽいなと頭が冷える。 「ふふ、面白い使い魔さんね。……そういえばあなたは何を召喚したの?」 ギースの言ったことを冗談と受け取ったらしい。ギースにまだ濡れた視線を注いでいる。 「……だから、これよ。名前はギース。職業、仕立屋」 「 仕 立 屋 じ ゃ な い !!」 「…………」 いちいち訂正するギースと、聞いたきり固まるキュルケ。彼女の中にも色々と葛藤があったらしい。なにか言う前にギースの左手を掴んで眼前に晒す。何をするんだ!と言いたげなギースを目で黙らせる。 「ほら、使い魔のルーンよ。」 「……ルイズ、あんたがここまで思いつめてると思わなかったわ。そんな、恋人を使い魔なんて言って連れてくるなんて…っと、フレイム、ごめんね。お腹すいた?」 まだ誤解が解ききれてないキュルケのマントが、背後に引っ張られる。のそりと出てきた巨体は――鮮やかな赤色のサラマンダーだった。 「あたしの使い魔はこのコよ。『微熱』に相応しい使い魔だと思わない?」 誇らしげにサラマンダーの背を愛撫するキュルケ。熱くないのかしら?顔と同じく手の皮まで厚いの? 「これは……サラマンダーか !?」 驚愕の声をあげたのはギースだ。双月を見上げたときのような驚きを瞳にたたえている。 「あんたの『世界』にもサラマンダーがいたの?」 「……本物を見るのは稀だが、火の初歩魔法だからよく――なっ!? 熱!」 急に叫んだギースを見ると、サラマンダーにズボンの裾を噛まれ……というか、舐められていた。 「やっ!やめろ!!舐めるな!!ズボンが溶けてる!?」 右足の脛の辺りだけ特徴的な透かしが入れられたズボンは、かっちりした印象だったギースにあいまって、その、なんというか自己愛者のようなザマになっていた。 「あっはははははははははははははは! 片足だけ透かし入り! あははははははははははははは!! ださい!!」 「サラマンダーの舌は焼け石の熱さなのよ。駄目よフレイム!舐めちゃ駄目!」 「あっははははははははははははははは!」 「いつまでも笑ってるなァ!!」 「フレイムは人懐っこいコだけど、こんなに好かれるなんてあなた、火の血が流れてるのかしらね?」 くすくすと笑いながら愉快気にギースを見る。 「……火属性の濃い血なんだ。」 「あら、貴族なの?どちらの方かしら?」 あまりこの話題は――したくない。 「……行くわよ、ギース」 「お、おい」 会話を強引に途切れさせて、不満な様子のギースの手を強引に引いて歩き出す。 背後で、「またお話しましょう」とキュルケが告げた。 ルイズより早く朝食を平らげたギースは、優雅に食事を続けるルイズを適当に言いくるめ食堂から抜け、朝洗濯をした洗い場へと向かった。 綺麗に整列して干されたシーツを突風がはためかせている。 誰もいないことを確認し、一人嘆息した。…ひどい朝食だった。 豪奢な食堂に迎えられ、磨かれた銀食器が並ぶ席に着こうとした途端、椅子をひかれ尻餅をついた。椅子を引いたのはルイズで 「使い魔の癖にメイジと同じ食事とる気でいるんじゃないわよ」 と見下ろした時の冷たい目を忘れない。 続いて床に並べられたほぼ具無しのスープと、硬い二切れのパン。あまりの硬さにレストランのディスプレイかと思ったほどだ。 (味以前に、量が足り無すぎだ……オレは犬か!?) 空腹のせいで気が立って仕方ない。イラつきを散らそうとズボンの腰ポケットに忍ばせたあるものを取り出す。 「《網のようよりは切っ先のように、からまるのではなく研ぎ澄まされよ。かの風神ゼノクレートの息吹はかくも凄まじ……》」 吹きすさぶ風の中、てのひらに魔力を寄り合わせる。シーツをはためかせる風は、故に乱流になって他方向から撫で荒れる。 詠唱が終わると、手の中に《鎌鼬》を封呪した銀のスプーンが出来上がった。 続いて井戸の傍にいって水魔法を封呪しようと踵をかえすと 「ギースさん?何をやってるんですか?」 「!?」 はためくシーツの向こうから、黒髪のメイド――シエスタが顔を覗かせる。 「なんでスプーンなんて……あっ!まさか朝食の後足りなかったの!?」 「こ、これには深い訳が」 朝食時にテーブルに置いてあった銀食器一組をこっそり盗んでいたのがばれて、あたふたする。 といってもスプーン・フォーク・ナイフを、沢山あるうちからデザート用やら肉用に分けられたのをバラバラに忍ばせたのだが、やはり分かってしまったらしい。 「…まぁ、気持ちは分かります。私たち平民が手も出ないような高級な銀食器が、あんなに並んでるんですもの」 ため息をつきながら、ギースの手の上のスプーンを取りあげる。 「か、返してくれ!」 「駄目ですよ。このスプーン、まだ黒ずんでいないじゃないですか」 「何?」 「銀食器は使っていると黒ずみが出るんです。それを悪魔がとりついたって言って嫌う貴族の方が多いので、黒ずんだ奴は捨ててるんですよ」 なんとも贅沢な話だと思った。銀は変色しやすい金属であり、それは空気中の硫黄と反応したために起こる為なのだが、表面だけなので正しい研磨をすれば元の輝きを取り戻す。 「だから黒ずんだ銀が溜まると商人を呼んで買い取って貰うんですけど、売る前にちょっとねこばばしちゃってます」 いたずらっぽく笑ったシエスタの、手を握る。 「な、なんですか?」 「……その銀を譲ってくれ」 シエスタの黒い瞳を見つめる。真剣な眼差しに当てられてドギマギしてしまう。 「た、沢山はあげられませんよ?」 「代償は払う。君に――」 シャツのポケットに手を差し込むと、レースのリボンを取り出した。 朝もらったハンカチとは意匠の違う可憐なレースにシエスタは心惹かれた。 「君の髪は刺さるような長髪なんだな。黒に白いレースはとても映えるよ」 「ひゃ、あ、あの」 気障な台詞を吐きながらシエスタの髪をひとふさ掴み、編みながら結わえていく。顔の右側だけみつ編みにした髪の束に、レースのリボンを絡ませる。 「とても似合っている。……銀食器、譲ってくれるか?」 「はう、は、はい…」 シエスタに廃棄予定の銀食器を貰い、食堂に戻ると誰もいなかった。 ……どうするべきか。 窓際に寄り校舎を眺める。歴史を感じられる古城のつくりに、ジノクライアの城の方が堅実で美しい――などとしょうも無い比較をする。 生徒の集まるところにルイズがいるだろう。と思い外を見たのだが、赤いものを見つけて閃いた。 食堂を抜け出し門を潜ると、使い魔フレイムを連れた少女―キュルケと言ったか?―と出会った。 「あらルイズの使い魔さん。おひとり?」 「ルイズとは…はぐれた。君は?」 「これから授業があるからフレイムを連れに行ってたのよ。新学期だから使い魔を披露しないと」 「よろしければ、ご一緒してもいいかな?」 「供を申し出てくれるなんて悪い気はしないけど…まだ帰らないの?」 眉根を寄せてギースを見る。どうやら本気で誤解してるらしい。 「…私も帰りたいさ。でも、方法が無いから仕方ない」 「どういうこと?」 「ルイズに異世界から召喚された。…本当に使い魔だ」 ポケットから銀のナイフを取り出し、フレイムの尻尾の炎を借りて加熱させる。銀全体が熱されると、ナイフが弾けて声が聞こえてくる。 《澄む流れは純真、濁る溜りは肥沃 めいめいに汝をすくい、飲み、吸い上げ、汝は血となり大地を廻る》 「え!?何?」 放たれたゲルマリックとロクマリアは『水』を示したものだ。きらきらとキュルケの周りを踊り……詠唱が終わる。 「……なんか、凄く気分スッキリしたような…」 「水魔法《源流》だ。井戸で封呪したから出来はそんなものだな」 放った魔法の出来を不満げに評するギースを、不審そうに見やるキュルケ。 「私の世界ではこうやって魔法を銀に封呪するんだ。…言っとくが貴族じゃないぞ」 いちいちこの世界は貴族というものを気にするから先に釘をさしておく。するとキュルケが感嘆したように呟いた。 「魔法が使える平民がゼロのルイズの使い魔ねぇ…いい拾い物なんだか、可哀想っていうか…」 「ゼロ?ルイズの姓はヴァリエールだったと思うが」 歯切れ悪く言うキュルケの態度が気になって、独り言に割り込む。 「それも知らないのね…いいの、気にしないで!」 手を振って話を終わらせようとする…まぁ、いいか。と頭を切り替える。 歩き始めるキュルケに合わせ、足を進めながら考えていたことを話す。 「私の世界のサラマンダーは殆ど絶滅してて……魔法研究に乱獲されたらしくて、実際に本物を見るのは初めてだ。サラマンダーの鱗は火打石のように、すり合わせると発火するというのを文献で読んだんだが本当か?」 「……どうかしら?確かにサラマンダーは色んな部位がマジックアイテムの加工に使われるけど……」 ギースは心中ほくそえむが、慎重に話さなければと思い言葉を続ける。 「見せたように私は魔法が使える。本来なら銃を媒介に銀の弾丸で使うんだが、丸腰で召喚されてしまった――今の私にあるのは知識だけ」 「………」 いかに不憫そうに見せるかが肝だ。それは魔法式を綴るように相応しい言葉を、感情こめて詠う。 「なにも出来ない私は、君の言うようにただの平民なんだろう。ルイズはことあるごとに平民だ貴族だと喚き私を辛い気持ちにさせる。…お願いだ。フレイムの鱗を少しだけ分けて欲しい」 「…それは、可哀想だけどフレイムが痛がるようなことは……」 「痛くないようにする。サラマンダーは火の生き物だから水じゃないな、風魔法の治癒魔法を発動させながら採取すれば良い。頼む、役立たずのままこの世界で生きたくない――」 最後は特に語感強く必死そうに言った。役立たず、の辺りでキュルケの肩が震えた。 「……いいわ。鱗をあげる。でもひとつお願いがあるわ……あなたの名前を教えて?」 「ギースだ。ギース=バシリス」 「ギースね。ゼロのルイズの使い魔。…不都合な魔法の使い手。あなたがルイズの使い魔だということを、覚えておくわ」 そう言って皮肉に微笑んだキュルケに、言葉の意味もわからぬままギースは感謝の表情を浮かべた。 「ちょっと!今までどこに行ってたのよギース!使い魔のくせにご主人サマを放っておくなんて何様のつもり!?」 「お前の下着を洗っていたんだ」 「!? ななななんてことを人前で言うのよっ!少しは周りの目を考えなさいよね!」 顔を赤くしたり青くしたり器用な奴だ。当然遅れた理由は違うが、人の目以前に洗わせた事実の方が恥ずべきことだと思うが。 ちらりと教室内を見渡す。どうやらキュルケも同じクラスらしい。 ルイズと同年代の少年や少女が皆同じように使い魔を従えていて、古代幻獣図鑑でしか見たことが無い生き物を使い魔にしている者もいた。 ふと、早朝出会った水色の髪をした少女を見つけた。彼女は使い魔を連れておらず黙々と分厚い本を読んでいる。 「……ちょっと、変なとこで突っ立ってないでよ。目立つでしょ」 声を抑えてルイズが言う。確かに少なからず注目されていた。 (……視線の種類が気にくわんな) 好奇と猜疑と、多くの嘲笑。 この学園の全員が魔法使い、そして貴族だという。故にただいるだけで侮られると―― 冗談じゃない。 無害無関係を装う視線すべてに敵意を向ける。眼光の鋭さは軍でも折り紙つきだった。あんまりキツイ目をするので上官にサングラスでもかけろと言われたほど…… めきょっ 「!!!!!!!~~~~」 「突っ立ってんなって言ったでしょ」 視線の半分が同情に変わった気がした。 「皆さん。春の使い魔召喚は大成功のようですわね。このシュブルーズ、この春の新学期に、さまざまな使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」 授業が始まったようだ。ふくよかで優しそうなご婦人が壇上にあがった。 ギースはルイズの隣の席に座っていた。最初は「使い魔は座るな!」とか抜かしたので起立していたら後ろの席の生徒から抗議が出たのだ。 「おやおや。変わった使い魔を召喚したようですね。ミス・ヴァリエール」 「はい。ミス・シュブルーズ。服を新調したいときは是非この仕立屋に言ってください」 「お前はオレを何にしたいんだ!?」 半ば捨て鉢のルイズの発言に思わず反論する。シュブルーズと呼ばれた女性はあっけに取られたように固まっているが。 「ゼロのルイズ!召喚できないからってその辺歩いてた平民を連れてくるなよ!」 小太りのガラ声の少年がヤジを飛ばし、波打つような笑いが起きる。また嘲笑を当てられたと思い拳を握り立ち上がろうとするが 「座ってなさい」 隣のルイズがシャツの袖を掴み止めた。抑制する言葉のあまりの冷たさ……凍えて強張ってしまった手のような頑なな響きに、思考の全てを止められる。 「………」 思った反応が返ってこなかった失望にその場の空気が白けたようだ。静寂が訪れたのを感じ、シュブルーズが話し始める。 「私の二つ名は『赤土』。これから一年、皆さんに『土』系統の魔法を抗議します。ミスタ・マルコリヌ、魔法の四大元素を言ってください」 先ほどルイズをからかった小太りの少年が立ち上がる。 「は、はい。ミセス・シュブルーズ。『火』『水』『土』『風』の四つです!」 「そうですね。…今は失われた系統である『虚無』を合わせて全部で五つ系統があるのは皆さんもご存知の通りです」 (ん?) 気になる言葉があった。虚無? ギースの世界には前述の四つの属性に加えて『闇』と『光』がある。光はそのまま、焼け付く光線や雷、流星の召喚などを可能にする属性だが、闇は特に異質だ。影や暗闇という意味のそれは、物質に留まらず心に生じる闇そのものをも表す。 「虚無ってどういう属性なんだ?」 小声で隣のルイズに話しかける。怪訝に眉をしかめられたが――素直に説明してくれた。 「どんな属性って言っても……殆ど伝説の力みたいなものなのよ。始祖ブリミルが振るっていたって話だけど…何でも、ごくごく小さい粒みたいなものに直接干渉する力というのをどこかで読んだわ」 小さい粒というのは、ロクマリアのようなものなのだろうか? 大陸聖教のメンカナリンの研究によると、人の体を含む万物は、細かく複雑なゲルマリックのようなものが緻密に複雑に絡まって出来ていると言う発表があった。 我々が遺跡から掘り出し使っているゲルマリックの全ては、万物を創り上げた神々の言葉で、最も偉大な魔導師ベリゼルは神代に漂っていた魔法式を、『全て』掬い取り、感情ある怪物をいくつも従えたと言う。 (この世界の魔法はどうやって発動しているんだ?) あるいはこの世界の魔法をギースでも使えるのかもしれない。銃なしで撃てる魔法を。 「今日は皆さんに『錬金』の魔法について授業したいと思います。」 だいぶシュブルーズの話を聞き流してしまった。しかしこれから実践で魔法が見られるらしい。 「『錬金』の魔法については、一年生のときに出来るようになった人もいることでしょう。二年生では『土』系統の基本魔法なので、第一に覚えてもらう魔法です。」 シュブルーズは教壇に載せられた石に向かって、手に持った小ぶりな杖を振りかざした。そして一言二言何かを呟くと―石が突如光りだした。 「―― !」 光が収まると、輝く黄金が教壇に鎮座していた。 「ゴ、ゴールドですか? ミス・シュブルーズ」 驚きを代弁してくれたのはキュルケだった。興奮に身を乗り出している。 「違います。表面を真鍮に変えただけです。ゴールドを『錬金』できるのは『スクウェア』だけですから」 出来上がった真鍮を手に取り、冷たいトーンで言った。真鍮を再び石に変え、教室内を見渡す。 「では、次は皆さんにやってもらいましょうね……ミス・ヴァリエール」 名指しされ隣のルイズの肩がビクッと震えた。 (ん……?) いつも傲慢なルイズらしくない様子が気になり顔を見るが、見上げた顔はいつもの通り気丈な表情に変わっていた。 つり上がり気味の瞳には真摯さが宿っていて、纏う空気は張り詰めた糸というより――磨かれた刃のようだと思った。 「はい」 立ち上がるルイズに静止の声が掛かる。キュルケだ。 「先生、ルイズを教えるのは初めてですよね?それなら彼女にやらせるのは危険です!」 「ミス・ツェルプストー。確かに私はミス・ヴァリエールを指導するのは初めてですが、彼女がとても努力家だということは聞いてます。さぁ、ミス・ヴァリエール。失敗を恐れずにやって御覧なさい。」 「ルイズ、やめて」 キュルケは蒼白な顔をして止めさせようとするが、ルイズはつかつかと教室の前へ行ってしまった。 隣に立ったルイズににっこりと微笑み、シュブルーズは優しく話しかけた。 「錬金したい金属を心に思い浮かべるのですよ」 「はい」 真剣に教壇の上の石を見つめるルイズ。 「……?」 ふと、周りの生徒が机の下に入ったり、本を盾にしているのに気がついた。無言で教室を出て行ったのは水色髪の少女だ。 疑問に首を捻ったとき、教室の前の方から爆風が吹いてきた。パラパラと前髪が垂れてきて、爆心地を見やると――教壇に並び立っていたルイズとシュブルーズが黒板に叩きつけられ、石の乗っていた机は粉々になっていた。 爆発を受け生徒達の使い魔が暴れ周り、机の破片が壁に突き刺さっていたり、燦々たる様子だった。 「うわあああ!オレのラッキーが蛇に食われたああ」 「ゼロのルイズに錬金なんか無理なのよ!」 「ヴァリエールなんか退学にしてくれよ!命がいくつあっても足りない!」 生徒達の阿鼻叫喚の中に、ルイズへの誹謗が滲んでいる。どうやらこれが初めてでは無いらしい。 「ドット以下の『ゼロ』のルイズ!!」 埃と砕けた木片にまみれたルイズを見た。 その目は、がらんどうの穴のように――虚ろだった。 また――成功しなかった。 箒の柄を握りながらため息をつこうとするが、駄目だ。どうしてもため息じゃなく涙が滲んでしまう。 泣いてはいけない。自分の弱さを認めちゃいけない。 めちゃくちゃにしてしまった教室を、使い魔のギースと一緒に片付けているのだ。失敗した上に泣いたりなんかしたら、主としての矜持も失ってしまう。 ギースは何を言うでもなく、黙々と教室の掃除をしている。あの不名誉な二つ名やその理由を聞いてるはずだった。それでも何も言わない。嘲ることをしないというなら、今あるそれは『同情』だ。 我慢ならなかった。平民が貴族に同情など、この上ない屈辱だと思った。 「……聞いてたんでしょう。わたしが『ゼロ』だってこと」 突然語りだしたことに、怪訝と視線を上げるギース。喋り出しの声が弱く震えていて、格好がつかなかった。 「あんたが召喚されたのは貴族なのに魔法を一つも使えない、貴族の面汚しだって言われてるの」 捨て鉢になったような台詞が飛び出す。 「なんだ。お前、慰めが欲しいのか」 「――――!」 咄嗟に、手近にあった本をギースに投げつける。……が、顔に当たる寸前で防ぎ取られた。 「……この世界のことはよくわからんが、貴族に生まれたら軍属に付くのが決まってるのか?」 「…必ず、という訳ではないけど、国の有事には駆り出されるわね」 それでもトリステインにおいての貴族の立ち居地は自領の統治が重要なので、王城には正式な魔法師団が設立されている。 「全員というわけでは無いのだろう?……権力という椅子に座ってふんぞり返っているような奴もいるだろう。……それで良いんじゃないか」 「ばッ馬鹿にしてるの!?」 「馬鹿に?そう見えるならお前自身がそういうのを嫌悪しているんだ」 見つめてくる目がきつく眇められる。 「持てる権力を行使することに問題は一つもない。それを嫌悪する理由はなんだ?」 権力の上の傲慢を嫌悪する理由――それは 「それは『誇り』だろう。家名が背負ってきた誇り、貴族として平民を統べ導くための誇り。それは、お前が無力だからといって、簡単に捨てられるものなのか?」 「……そんなわけないじゃない」 わたしのお母様はとても優秀な魔法騎士だった。エレオノールお姉さまも、ちぃ姉さまも……その人たちの誇りを、わたしが汚しちゃ―― 「なら、生まれながらに魔法が使えない平民が、誇れるところの無い下卑た人間ばかりだと思っているのか?」 投げられた本を手に取り、開く。 「この本を刷っているのも平民、お前の服を作るのも平民。毎日口に入れるパンを作るのも平民だ。……彼らが下卑な存在なら、今持っているものを全て捨てるが良い」 「―――!!」 「出来ないなら、気がつけ。彼らを走らせるもの、お前を走らせるものの正体を。誰もが持っていて、振りかざすことが出来る剣の存在に気づけ」 気づけですって?平民のくせに、わたしが欲しくてたまらないものの正体を既に知っているというの? 再び黙々と片付けをするギースとは対照的に、ルイズは縛り付けられたようにその場で立ち尽くしていた。 それでもギースは咎めようとしなかった。見守るのではなく、彼女に撃ち込んだ弾丸を彼女が見つけるまで、彼女は動けないだろうと思ったからだ。 前ページゼロの銃
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前ページ次ページニニンがゼロ伝・音速の使い魔 ニニンがゼロ伝・音速の使い魔 第一話 使い魔、現るの巻 「宇宙の果てのどこかにいる、私の下僕よ!強く、美しく、そして生命力に溢れた使い魔よ! 私は心より求め、訴えるわ。我が導きに応えなさい!」 虚空が眩く輝きそこから虹が架かる。 『いやっほぅ!!天界からイタズラ天使が舞い降りたイメージで虹をすべってカワユク登場!! そう!!、ワシが!!、ワシが!!ワシが統領じゃーい!!』 黄色く丸っこい得体の知れない翼の生えた生き物が虹からすべり降りてきた。 「や、やった、成功したんだわ!」 「おい、ゼロのルイズが幻獣を呼んだぞ!」 「あの幻獣喋ってるぞ!」 「何なのあの幻獣、見たこと無いわ!」 「アルゥエ?ココはだぁれ?ワタシはどぉこ?」 手にペロペロキャンディを持ってキョロキョロする黄色い生物。 「アアア、アンタ、喋れるのね・・・名前はなんていうの?」 (やった、スゴいわ!喋られる幻獣なんて大当たりじゃない!?) 心の中で歓喜するルイズ。 「オッス、オラ甘くて苦いママレードボーイ音速丸ヨロシク!」 「・・・は?」 きょとんとするルイズ。 「おい、ソコの釘宮ボイ○!ココは一体ドコなんでぃ!アンタ、だぁれ?ももももしかして誘拐!? いやーヤメテパンツぬがさないでーっ!」 「ちょっ、何言ってんのよ!中の人なんて居ないわ!伏せ字の位置間違えてんじゃないわよ!誘拐なんて冗談じゃないわ! 使い魔として私が召喚したのよ!って何時の間にパンツ履いたのよ!?」 歓喜から一転不安になるルイズ。 非常にまずい流れの予感がする。 「コントの途中ですまないがミス・ヴァリエール」 担当の教師コルベール(ハゲ)が寸劇を中断させる。 「コ、コントじゃありません!」 ルイズの抗議を無視して話を進めるコルベール 「時間が押してるんだ。その幻獣と早く契約を済ませてしまいなさい。」 「ミスタ・コルベール、この使い魔ヘンです!なんか物凄くイヤな予感がします!やり直させて下さい!」 「ダメだ、何故なら春の使い魔召喚は神聖な儀式だ。好むと好まざるにかかわらずこの幻獣を使い魔にするしかない」 コルベールがルイズの要望を突っぱねる。 「おい、コッパゲ、ココは一体ドコなんでぃ!おまえら一体何でぃ!さてはオレ様に仕向けられた刺客だな!?」 「私はコルベールだ!ツルッパゲではない!・・・まあいい、ココはトリスティン、そしてここはトリステイン魔法学院だよ キミはミス・ヴァリエールに使い魔として召喚されたんだ。彼女が呪文を唱え口付けを交す事で儀式は完成する。」 (あ、今このハゲ余計な事言わなかった!?) 「ムフフ成る程、つまり吾が輩は世界の平和の為にやって来た総理大臣というわけだな!よぅし解った! おい、釘宮○イス!使い魔になってやるから早く契約をすませろ!」(むちゅー) 突如8頭身サイズになってチューのポーズをする音速丸。 「だから伏せ字の位地間違えんじゃないって言ってんでしょ! あ、あの・・・ミスタ・コルベール、ホントにコレとしなきゃいけないんですか・・・?」 「うむ、例外は認められない」 「うぅぅ・・・『我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・プラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。 この者に祝福を与え、我の使い魔となせ』・・・」 「おらーっ、どうした、早くしねぇかー!」 8頭身のまま『むちゅー』のポーズで待ち受ける音速丸。 「ちょ、キモイ!ミスタ・コルベール、やっぱりこんなのイヤです!」 「あれ?何この鏡、音速丸ー、ドコいったのー・・・きゃっ!?」 ピンクの服を着た女の子が音速丸が出て来た虹から滑り墜ちてきて案の定ルイズと衝突する。 ごっ、ぶちゅっ。 「○※△◇ッ!?」 音速丸の顔面にルイズの顔が押し付けられる。 「ごふっ!?アヂィィィィィッ!?カラダが熱いぃぃぃっ、もしかしてコレがLOVE!?」 「落ちつきなさい、使い魔のルーンが刻まれてるだけだよ。じきに治まる。」 案外冷静なコルベール。 「ところで・・・こちらのお嬢さんは知りあいかね?」 と虹から墜ちてきた少女を指して言う。 「あの、初めまして!私、『忍』(しのぶ)って言います!!ニンジャ学校に通ってる見ならいニンジャなんです!!ヨロシク御願いします!!」 ペコリと頭をさげる忍。 「ニンジャが何かは知らないが、シノブさんか。元氣なお嬢さんだね」 「えーん忍ー、聞いてよーっ、唇うばわれたーっ、もうオヨメにいけないのーっ」 「なんだか知らないけど泣かないで音速丸。よしよし」 胸に抱き付く音速丸を慰める忍。 「な、泣きたいのはコッチよ!私、初めて・・・っ、いいこと?アンタは人間じゃないんだから今のはノーカンよ!ノーカン!」 顔面の痛みと情け無さで涙目のルイズ。 「あらまあ、こちらの方は雅(みやび)ちゃんと声も喋り方もそっくりですね~」(なでなで) 「ちょ、ミヤビって誰よっ頭撫でないで・・・ふにゃぁ」 『ああ、ちょっとイイかも~』といった表情で忍に撫でられてふにゃりとするルイズ 「おおすげぇ、ツンデレだ、流石魔法世界。」 「おい見ろよ人が飛んでるぞ」 「おまえら、驚く順番違うくねーか?」 突如ゾロゾロと顕れる黒装束の団体。 「な、何なのよアンタら!」 「あ、紹介しますね、ニンジャ学校でクラスメートのみなさんですよ~」 「「「ヨロシクーっす」」」 と息の合った挨拶をする黒装束のみなさん。 「しかし、スゴい忍法ですね音速丸さん、我々が通って来た鏡みたいなのは何だったんですか?」 と黒装束の1人。 「フフフ、聞いて驚くなよサスケ、・・・あれはな・・・」 「アレは?」 「二次元の壁を越える忍法だったんだよ!」 「「「な、なんだってー!?」」」 「す、スゴいじゃないですか音速丸さん!」 「エルフだ!エルフに逢える時がやっと来たんだ!」 「ネコミミメイド、ネコミミメイドはドコに居るんだ!?」 「ようし、こうなったらみんなで音速丸さんを胴上げだ!」 「「「ワーッショイ!、ワーッショイ!」」」 「素晴らしいです。忍は感動で涙が止まりません」忍が感動で涙をハラハラと流す。 「アハハハ、ウフフフ」 胴上げされてご満悦の音速丸。 「な、何なのよコイツらー!!!!」 ルイズが叫んでいると、コルベールが音速丸に近づいて手を取る。 「いやん、ちょっとレディのお手々になにすんのぉ~」 クネクネする音速丸。 「キミ、気持ち悪い声を出さんでくれたまえ・・・ほう、キミ、珍しいルーンだね・・・ちょっとスケッチを取るから待っててくれたまえ」 「き、キレイに描いてね・・・」(ぽっ)と顔を赤らめつつセクシーポーズを取る音速丸。 「描きづらい、キミ、普通にしててくれんかね。さっきも言ったように時間が押してるんだよ・・・よし描けた。もう良いよ」 「さてと、コレで全員召喚の儀式は無事終わったようだね。じゃあ皆教室にもどるぞ」 するとルイズ以外の教師と生徒全員が空に浮かび学園の方へ飛んでいく。 「ルイズ、お前は歩いてこいよ!」 「あいつ『フライ』はおろか、『レビテーション』さえまともにできないんだぜ」 他の生徒達がルイズを嘲りながら飛び去っていく。 悔しがるルイズ。 「普段ツンツンしてる娘が悔しそうに涙を浮かべてる表情もなかなか良いですな」 「やっべぇ、ちょっとオレ『きゅん』と来ちゃったよ」 「おまえら結構マニアックだなー」 と例によって忍者達が本人の感情を逆撫でしかねないような感想を平気で述べる。 「う、ウルサイ!ウルサイ!ウルサイ!バカ!人の気も知らないで!私だって、私だって!・・・・」 涙が溢れそうになる。 「あ、音速丸さんが泣かした。」 「ヒドイや音速丸さんこんな可愛い子を泣かして!」 「見損ないましたよ音速丸さん!」 「オレのせいかよ!今のはテメェらがワルいだろうが!」 「ああ大変、雅・・・じゃなくてルイズちゃんが泣いて・・・はっそうだわ」 忍が風呂敷を取り出す。 「泣かないでルイズちゃん!私がルイズちゃんでも空が飛べるようにしてあげます!」 「えっホント?って何で私を紐で縛ってるのかしら?」 「えへへ、ホントはですね、この忍法は高いところから降りるための術なんですけど今回はコレを使いまーす」 「忍ちゃん、いつでも準備は出来てるよー」 と何処からともなく巨大な送風機を設置している忍者たち。 「ちょっと何その怪しげな物体はちょっと待って何するつもりなのよ!」 「サスケさーんお願いしまーす!」 「OK、それでは、『レディー、GO!!!』」 かけ声と共に突如送風機から突風が出る。 「『忍法ムササビの術』!!やーっ!」 「いぃぃぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」 勢いよく空へ舞う忍と紐で吊されるルイズ 「よぅし!忍法ムササビの術大成功!」 ハイタッチをする忍者達。 「死ぬぅぅぅぅぅぅぅぅ!死んじゃうぅぅぅぅぅぅ!?」 忍とルイズは突風で、浮遊する他の生徒を巻き込みつつ学園の方へとすっ飛んで行くのだった。 つづく? 前ページ次ページニニンがゼロ伝・音速の使い魔