約 4,820,688 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4547.html
戻る マジシャン ザ ルイズ 進む マジシャン ザ ルイズ 3章 (34)ガリアの地下牢 ほぼ毎日、眠りにつけば夢を見る。 繰り返し、繰り返し、同じ夢。 子供のような無邪気な顔をした、父の仇。 悪鬼のような形相で自分を人殺しと罵る、従姉妹。 二つの顔が闇の中で浮んでは消える。 そして叫ぶ、貴様は咎人、許されぬ罪人。 苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ、終わりなき苦しみに喘げ大罪人。 死者と生者とがタバサを責め立て続ける。 償え償え償え償え、終わりなき償いに狂え大罪人。 正直、気が、狂いそうになる。 しかし一方では、それを冷静に受け入れる自分がいる。 だからこそ、タバサは思う…… 牽制のエア・ハンマーを前方に叩き付けるも手応えは無し。 けれどタバサは止まらず壁を蹴って、三角飛びに宙へと跳ねる。 そして杖を持たぬ右手を伸ばして、天井からロープで吊られていた照明器具を掴むと、ブランコの要領で一度、二度と反動をつけてから、前方へと飛んだ。 当然、その間に次なる呪文の詠唱に入ることも忘れはしない。 滞空一瞬、右手前方から響く、何かが砕かれる破砕音。 注意をそちらに向けると、タバサの着地点付近にあった椅子が、何かに巻き込まれるようにして、破片を撒き散らしながら粉砕されたところだった。 「ウインド・ブレイク……ッ!」 空気の槌を放ってから唱えておいた呪文を、着地寸前、そのタイミングで発動させる。 荒れ狂い吹き荒れる瀑風、解き放たれたのは、タバサの背後。 同じ年頃の娘よりも大分小柄なタバサの体が、背後から背を押す形で吹き付けた魔法の風に煽られて、小枝のように宙を舞う。 直後である、タバサが降り立つはずだったそこが、三つ傷に裂けたのは。 ここはガリアの国王が住まう居城『グラントロワ』 その奥まったところにある一部屋、何十人ものシェフが一同に集まって腕を振るうことを考えて設計された大きな厨房。 本来ならこの夜更け、静まりかえっているはずのそこで、タバサは例の『幽霊』と死闘を繰り広げていた。 銀色に鈍く光る料理台、何本もの瓶が置かれているその端に、タバサは膝を曲げて、両足揃えに着地する。 そしてそのまま勢いを殺しきれず、ぐるんと前方へ一回転。すぐさま膝のバネでもって立ち上がると、今度は前に向かって全速力で駆け出した。 タバサの走る料理台、その長さ十五メイル、だがその長さが果てしなく遠い、そして長い! 背後からは追跡者の音。 地面だけではなくテーブルの上、付け加えるなら鉄板の上であってもお構いなしである。 また口の中の呪文は結実していない、これでは牽制は間に合わない。 とっさ、先ほど転がった際に右手でくすねておいた小瓶を反射的に足元にたたきつける。 音を立てて瓶が砕け、中身の液体が飛び散った。 もどかしい、何もかもがもどかしい。 勢いを殺さず背後を振り返るのも、叩きつけた右手を懐にやるのも、懐から小ぶりのナイフ一つ取り出すのも、それを天井に向かって投げつけるのも、全部が全部、もどかしい。 しかし、焦れそうになる自分を制して達成した一連の行動は、果たしてぎりぎりの境界で間に合った。 タバサの頭上、高さ二メイルの位置で魔法によって照明用に小さく燃えていた石、ナイフはそれを盛っていた皿に狙い違わず命中した。 こぼれて落ちる青く燃える石、それがテーブルへと落ちた途端、 周囲が青く燃え上がった。 闇に慣れた目を目映いばかりの光に焼かれながら、タバサは間一髪で既にその場から飛び退いた。 そして右手で光を遮りながら、火中に目を凝らす。 そこでは、目に見えない何かが、火に巻かれて悶えていた。 「ウインディ・アイシクル!」 タバサは調理台の上から素早く飛び降りると、背筋が凍るような悪寒に襲われながらも、口中で唱えていた呪文を流れるようにして解き放った。 ウインディ・アイシクル。氷の矢。 それは風の系統を二つと水の系統を組み合わせることで発動する、彼女が得意とするスクウェア・スペル。 空気中の水蒸気を凍らせて、矢にして飛ばすという攻撃的な呪文である。 放たれる矢の数は術者の力量にも左右されるが、タバサの力を持ってすればその数は何十にも及ぶ。 それら氷矢の雨とも言うべき猛威が、燃えさかる炎に向かって猛然と放たれた。 振り下ろされた荒れ狂う巨獣の如き暴虐の力でもって、たちまち調理台は削られ、砕かれ、破壊される。 だがそれでも氷弾は勢いを止めない。 タバサは氷の矢によって『幽霊』が吹き飛ばされたと考えられた方角に向かって、続けざまに氷矢の打ちっ放しにする。 その手には、先ほどまでとは違う、確かな手応え。 確かにこの敵は姿が見えない、だが、攻撃が通じない訳ではないという確信。 自分の直感を信じて、タバサは精神の疲弊も省みず、続けざまに次の呪文の詠唱に入った。 「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ハガラース」 このチャンスを、逃すわけにはいかない。 そして 「アイス・ジャベリン……」 掲げた杖の周囲には、巨大な氷の槍が四本発生していた。 「………ッ!」 一旦力を溜めるようにして杖を引くと、タバサは裂帛の気合いとともに杖を振り下ろし、氷槍を、全力でもってつるべ打ちにした。 カラガラと、調理場の壁の一角が崩れ落ちる。 無理もない。全力のアイス・ジャベリン四本、たとえ頑健なオーガであろうとも一本で十分なところを続けざまに四本。 そんなものを食らわせられたとあっては、いくら重たい煉瓦を積み上げられた壁であっても一溜まりもない。 ――仕留めた。 そう思った途端、緊張に強ばった体が弛緩した。 全力全開、精神力の疲労も考慮せずに放った連続攻撃。これで倒せないはずがない、そう考えてタバサは小さな胸をなで下ろす。 そして気がついた、膝がかすかに笑っていることに。 『幽霊』らしきもの。それと戦うことは、タバサが思っていた以上に、強いストレスを精神と肉体に与えていたようだった。 タバサはふらつく体を調理台のまだ無事の部分に手をついて支え、ついで近くにあった背のない円椅子に腰を下ろそうとした。 だが、油断は時に、大きな口を開けて罠という形で我々を襲う。 緊張を解いた耳に届いた、ジャリジャリという砂を噛んだような音。 忘れるはずもない、自分を狙う、狩猟者の音。 気がついたときにはもう遅い、死の爪はすぐそばまで近づいていた。 加えて体勢も事態の悪さを後押しする。タバサは、座ろうとして体勢を崩した今そのときを狙われていた。これでは重心を移動させようがない。 避け難い一撃が、身に迫る。 しかし、タバサとて死線を越えた数は、両手の指を足しても足らないほど。 そしてこのときも、彼女はギリギリで的確な選択を取っていた。 杖を、捨てる。 彼女は左手で握っていた魔法行使のための媒体である杖を、こともなげに放り投げたのである。 続けてその細い足に力を込めて、持ちうる全力でもって床を蹴った。 その力によって、腰が落ちると同時、バランスを崩して後ろへと倒れ込む椅子/タバサ。 これからしようとしていることに要求されるのは、腕の力、即ち腕力、それに脚力、バランス、タイミング。 タバサは杖を離して自由になった両手を、上体を反らして崩れつつある体勢のまま後ろ手に床に付けた。 そしてそのまま全身のバネを動員し、体を垂直方向、上に持っていく。 気持ちが良いほどに背筋をピンと伸ばした、美しい姿で両足を揃えて天へと伸ばす。 彼女の取った姿勢、つまりそれは倒立、逆立ちである。 学院の制服のまま、逆立ち。 そんなことをすれば、スカートの下に包まれた純白の三角形――つまりパンツだが――が露わになるのは自明の理。 ぺろんと垂れ下がったスカートから穢れを知らない清潔な白が惜しげもなく晒される。 裾のフリルと中央にあしらわれた小さなリボンがかわいらしいデザインの、どちらかというと子供っぽさが残る布面積が広いものである。 そしてそこからしなやかに伸びている両太ももは、細いながらも女性的な丸みを見る者に感じさせなくもない。 あるいは、そういった体の固さと柔らかさ、そのアンバランスさが未成熟な魅力そのものであろう。 無論、彼女とて好きでこんな姿を晒した訳ではない。 それは直後に、倒立した彼女の頭部、十サント弱の距離を爪痕が引き裂いて行ったことからも明白である。 十サント弱、こう表現すると離れた距離のように感じる。 しかし、目前に死が駆け抜けていく距離としては、あまりに近い、あまりに危うい。 またその距離は、これまでの戦いの縮図のようでもある。 タバサはこれまで、何度もこういった極小の差で攻撃をやり過ごしている。 それはもう、タバサの側にちょっとしたミス、ちょっとした想定外が起これば、致命傷を避けきれなくなるということの示唆でもあった。 曲芸的回避を成功させると同時に、タバサはすぐさまその場に体を丸めて足を床につけると、直立の姿勢に戻る。 だが、その頃には爪痕は既に角度を変えてタバサの方へと引き返してきているのが見えた。 その動きは先ほどまでに比べれば多少敏捷性に陰りが見られる。しかしそれでも人間が見てから避けるにはギリギリの早さである。 目線をそらして、先ほど自分が投げ捨てた杖を追う。 凡そ三メイル先の床の上、様々なものや破片が散らばっている中に、それはあった。 思ったよりも力が入ってしまったのか、杖はタバサが考えていた以上に遠くに転がってしまっている。 しかも咄嗟の判断だったとはいえ、投げ捨てる方向が悪かった。 もしも杖を取りに向かったならば、確実にその前に『爪』と接触することになる。そういう位置関係だった。 正直、今の状態でまた先ほどのようなことを繰り返すのは、タバサとしても御免こうむりたいところである。 杖、それは魔法の媒体、貴族の証、魔法使いにとっての生命線。 だが今は諦めるしかない。何よりも自分の命を優先させなければならない。 タバサは、生き残るためには今何をしなければならないかを考える。 まずしなければならないこと、それはこの窮地からの脱出。 広い調理場、それでいて出入り口は一つ。 ここは確かに誘い込んで戦うには悪くない環境である。回避して逃げ回るだけの空間も確保しつつ、見えない敵の逃亡を許さない。 しかし、逆にして考えれば、その利点は敵にしても同じこと。 一つしかない出入り口とタバサの位置関係は、今は『爪』を挟んで向こう側になってしまっている。 これではやはり敵との接触なくして、外へと脱出することはできない。 追い詰めたつもりが追い詰められていた、笑えない話である。 ガラガラ と、何かが崩れる音がした。 タバサは反射的にそちらに一瞥をくれる。 戦闘中、しかも危機的状況、普段ならばそんな時に一瞬とはいえよそ見をするタバサではない。 しかしこの時は連続する危機的状況や不利な環境に動揺していたのかもしれない。 だが、そのことが、今回に限っては彼女に活路を見いださせた。 「……――ッ!」 音、それは先ほどタバサの魔法によって崩れた壁が、更なる崩壊を引き起こした音だった。 けれど、重要なのは音ではない、その背後に見えたものだった。 分厚い壁の向こうにあったもの、それは空洞であった。 空洞、しかも穴の左右にもその空洞は続いているようだった。 ―――隠し通路 その虚ろの正体に思い当たった瞬間、タバサは駆けだしていた。 王宮の隠し通路。 そんなものは所詮、噂好きの口に上る与太話に過ぎないと思っていた。 事実、タバサが以前手に入れた王宮の見取り図には、そんなものは記載されていなかった。 だが―― 「………本当に、あった」 ガリア王国の王宮、グラントロワに限っては本当だったようだ。 しかも、おざなりな作りの非常時の避難経路などというものではない、かなりしっかりした作りの通路である。 高さ二メイル、幅一メイル五十の煉瓦造り、それが時には登り、時には下り、延々と続いている。 流石に明かりまでは灯されていなかったが、タバサが手に持ったタクト型の小さな杖の先には魔法の明かりが灯されており、周囲を確認できる程度の光量を確保していた。 杖が使えなくなったときのための応急処置、予備の杖である。 高度な駆け引きや集中力が必要な戦闘時に使用するのは全く持って自殺行為だが、こうして戦いの外で使う分には支障はない。 幸い、この通路に入ってから『幽霊』はその姿を見せていない。(元々見える訳でもないのだが) 呪文による攻撃で手傷を負わせることに成功していたのか、それとも別の理由があるのか。 どちらにせよ、行き先も分からない、今どこを歩いているかも分からない、そんな状況でも『幽霊』に追い回されるよりはずっと良い、タバサはそう思うことにしていた。 これまでのこと、これからのこと、考えをまとめながら歩いていたタバサが、足を止めた。 前方にあるのは石作りの壁、つまり、この道はそこで行き止まりなのであった。 それまで長々と続いてきた道が、そこで突然に途切れいているのである。 タバサは訝しみ、手に持っていた発光する杖を壁行き止まりに近づけて、その表面を手でなぞりながら観察した。 そしてさわり続けて暫く、ある一カ所で、かすかな窪みを感じ取った。 まるですり減ったかのように、うっすらとくぼんでいる一角。 その付近に光を当てて観察してみると、その周囲に小さな隙間があることを発見した。 いや、これは割れ目ではない、何かの仕掛けを動作させるスイッチである。 タバサが全体重をかけて窪みの部分を押すと、行き止まりだと思っていた石壁が、重たい音を立てながら左へとスライドしていった。 そしてその先には、深淵へと降りていく階段が、誘うようにその口を開いていた。 一見して奈落へと続いていくかのように思えた階段。 しかし実際に降りてみると、階段は螺旋状になっているだけで、ほんの数分下った程度で、その底をタバサに見せていた。 底にはまた石の扉。 しかし、先ほどのものとは様子が違う。石には鉄で引き手が取り付けられていた。 ここまで来た者には隠す必要もないということだろうか。 タバサは先ほど同様、体重をかけてその扉を横に引いた。 そうして苦労して扉を開いたタバサを迎えたのは、魔法による光だった。 最低限の光量、本を読むほどには十分ではない光、人間を生かすために最低限といった程度の光である。 次に異臭がタバサを出迎える。何かを腐らせたような、そして腐ったまま放置して、そこから更に風化するまで放っておいたような、そんな匂い。 流れ出した空気は、湿り気が一回りして水になってまた空気中に溶け込むことを繰り返しているような、濁り淀んだ粘つくもの。 ――カタコンブ。 のぞき込んで、最初にタバサが抱いた感想である。 ただし、そこは厳密には墓地ではない。 弱々しいが、決して先を見通せないほどではない魔法の光、照らし出されて見えるのは、左右にいくつも連なる鉄格子。 地下牢、それがこの場所の正体。 しかも、以前タバサが投獄された、正規の地下牢ではない。 城の見取り図にも記載されていない、一部の者しか存在を知らぬ秘密の地下牢。 公に出来ぬ者や永久に閉じ込めておかねばならぬ者、はたまた両方か、そこはそういった者たちを生かしておく為の場所であった。 十分ではない光を補うために杖を掲げ、小さな足音を立てながらタバサはその中を歩き始めた。 手前から順に左右の格子の中を確認していく。 ほとんどの牢は無人だったが、中には元々死体だったであろうものや遺留品が残されているものもある。 そう言う意味では、そこは正しく地下墓地でもあった。 そして、その音が聞こえたのは、八つほどの牢を確認し終わった頃であった。 「――、 ――、」 最初は聞き取れないほど小さな音だった。 だが、よく耳を澄ませば分かる。 それは人の息づかい。 「また来たか、……愚鈍なる女王よ。お前は無能にして恥知らずであったあの蒙昧なる父親と何ら変わらない」 声が響いたのは、タバサがそのことに気づいたのとほぼ同時であった。 「許さぬ……許さぬぞ。たとえ始祖がお許しになろうとも、この私はお前を絶対に許さぬぞ」 奥から響く、男の声。 その声色には怒り、絶望、失意、恨み、憎しみなどの負の感情がこれでもかと詰め込まれているようである。 「王座とは、貴様のような者が座って良い場所ではない……貴様の父は簒奪者であったが、貴様はそれよりなお劣る」 タバサはどんどんと、牢の奥へと進んでいく。 それに比例して、聞こえる声も、より一層はっきりとしたものになっていく。 どうやら声の主は、一番奥まったところに繋がれているようだった。 「真に王位に就かれるべきは……就かれるべきは、シャルロット様であった。それを、それを貴様が……っ!」 その名が告げられたのは、タバサが男の囚われた牢の前に来たときだった。 突如として飛び出した自分の名前に、タバサは顔色は変えずとも内心で驚いた。 だが、驚いたのは相手にしても同じこと。タバサの姿を見た男は、先ほどまでの剣幕はどこへやら、呆然とした顔つきでタバサを見つめた。 そして、わなわなと口を震わせ、絞り出すようにして声を漏らした。 「ま、まさか……」 投獄されてから、それなりに日が経っているのだろう。男の服は薄汚れ、髭は伸ばし放題になっていた。 けれど、その服や顔立ちには見覚えがある。 男が着ているのは制服、しかもガリア王室を守る騎士であることの証である花壇騎士の制服だった。 加えて、うっすらと記憶にあるその顔、タバサは確かに何度かその男を見ているはずだった。 「シャルロット様!? 貴女様はシャルロット様ではございませんか!? わたくしです、カステルモールです!」 「明けぬ夜など無い」彼女は私にそう言った。 ――――バッソ・カステルモール「氷の姉妹」 戻る マジシャン ザ ルイズ 進む
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6543.html
前ページ次ページ残り滓の使い魔 粗末な食事を終え、悠二はルイズとともに教室に来ていた。 大学の講義室のような教室には、既に何人もの生徒とそれぞれの使い魔がいた。 昨日召喚されたときに大半の使い魔は見ていたが、それでもゲームなどでしか見たことのない架空の生き物たちは、悠二を魅了した。 ルイズが席に着き、その隣に悠二も腰掛けようとしたが、ルイズが非難するような目で自分を見ていたのに気づき、床に座りなおした。 しばらくして、先生と思われる中年のふくよかな女性が教室に入ってきた。女性は教室中を見回しながら言った。 「春の使い魔召喚の儀式は大成功のようですね。このシュブルーズ、毎年さまざまな使い魔を見るのが楽しみなのです」 「おやおや。変わった使い魔を召喚したのですね、ミス・ヴァリエール」 シュブルーズの目が悠二で留まり、隣のルイズを見て言った。 そう言うと教室中が笑いに包まれた。 「ゼロのルイズ! 召喚できないからって、その辺歩いてた平民を連れてくるなよ!」 そう誰かが言い出したのを発端に、しばらくの間、 「かぜっぴき!」 だの、 「ゼロのくせに!」 などといった、小太りのマリコルヌという生徒とルイズの小学生レベルの口げんかが続いた。 その後、シュブルーズがマリコルヌ他数名の生徒の口に赤土を押し付けることで教室に静寂が戻った。 授業が開始され、はじめに魔法について基本的な説明があった後に錬金の実演となった。 (魔法を自在法に応用できるのかな?) 多少の期待を胸に秘めつつ授業を聞いていたが、どう聞いても先生は自分の属性である『土』系統の魔法びいきであった。 しかし、シュブルーズが錬金の魔法を使ったときには“存在の力”の流れに微妙な変化があったので、授業を聞いたこと自体無意味ではなかった。 「ルイズ、スクウェアとかトライアングルって何なの?」 「簡単言うとメイジのレベルね。ドット、ライン、トライアングル、スクウェアがあって後者ほどレベルが高いってこと」 「ふーん。で、ルイズは何なの?」 こう聞くとルイズは下を向き黙ってしまったが、シュブルーズにこのやり取りを見咎められ、ルイズが錬金の実演をすることになった。 「先生、危険です」 なぜかキュルケがシュブルーズにやめさせることを提言していたが、先の錬金を見た悠二には、どこに危険な要素があるのか皆目見当がつかなかった。 教室の前にルイズが立ったとき、生徒たちは机の下に隠れていた。悠二は、なぜみんなが机の下に隠れているのかわからなかったが、とりあえず警戒だけはしておくことに決めた。 そして、ルイズが呪文を唱え、杖を振ると、大きな爆発が起こった。 現在、教室にはルイズと悠二しかいなかった。あの爆発の後、シュブルーズは気絶してしまい自習となった。 しかし、爆発を起こした罰として教室の掃除をすることになったのだ。もちろん魔法は使用せずに掃除することになる。 ルイズは不貞腐れているのか全く手が動いていなかった。それに反して、悠二はしっかりと掃除していた。ルイズがゼロといわれている理由も、爆発の後に生徒の誰かがルイズを馬鹿にしているのを聞いてわかった。しかし、悠二はルイズに何も声をかけず黙々と掃除をしていた。 ふと、ルイズが口を開いた。 「どうせあんたも心の中で私を馬鹿にしてるんでしょ! 魔法も使えないくせに威張ってるとか思って! そうなんでしょ! 何とか言いなさいよ!」 ルイズが怒鳴るように喚きたてると、悠二が静かに口を開いた。 「初めから全てができる人はいないよ。努力し続けて、ようやくできるようになるんだ」 悠二は自分の経験を元にルイズに言っていた。 悠二はここに来る前、身体能力向上のためにシャナと早朝鍛錬をしていた。 『振り回す枝を、目を開けて見続ける』 『前もって声を掛けた一撃を避ける』 『十九回の空振りの後に繰り出す、二十回目の本命の一撃を避ける』 『二十回の中に混ぜた本気の一撃をよけて、隙を見出したときは反撃に転じる』 このように段階を経て鍛錬を続けていた。はじめはシャナの振り回す枝を、目を開けて見ていることもできなかったが、努力し続けることでこの段階まで至っていた。 それに、他人がなんて言っても、自分で考えてどうするか決めないとダメだし」 そして、友人である佐藤啓作が悠二を羨望の眼差しで見ていたことを思う。 悠二が“徒”から“存在の力”を吸収し、フレイムヘイズと対等とまではいかないが、劣らぬ力を発揮して戦う姿を。 それを憧れとも嫉妬とも取れる目で見ていたが、彼は自分に出来ることをする、と外界宿に行くことを決断する。 ここに至るまでは、さまざまな葛藤があったようだが、彼なりの結論を出し、慕っているフレイムヘイズ、マージョリー・ドーを助けるという目的のために、羨望などを捨て前向きに進んでいた。 (それに、) 悠二は最初に会ったころのシャナを思う。 (最初は自在法が苦手だったシャナも、いきなり紅蓮の双翼を出せるようになったし) かつて、敵として『弔詞の詠み手』と戦ったときを思い出す。あの戦いを境に、シャナは突如として自在法を使えるようになっていた。 そう考えると、ルイズが魔法を使えない理由は、悠二には契機がまだだとしか思えなかった。 「ルイズも魔法を使えるようになるよ。僕はそう信じてるし、応援もする。使い魔でいる間は守るっても言ったしね」 「うるさいうるさいうるさい! いいから黙って掃除しなさい! それと、ご主人様に生意気な口を利いたからご飯抜き!」 他人にはバカにされてばかりであったが、悠二の邪気のない「信じている」という言葉にルイズは面食らった。 悠二は不意に怒鳴られ驚いたが、そっぽを向いたルイズの横顔が赤くなっているのに気づき、声は掛けず掃除に戻った。 このあと二人は一言も話すことなく掃除を続けた。 二人は掃除を終え食堂に行ったが、悠二は食事抜きだったことを思い出し、コルベールの所へ行こうとした。 (先生のいる場所の名前は聞いたけど、そこがどこにあるのかはわからないんだった) ルイズに聞こうにも聞きにくい雰囲気だしな、と食堂の前で途方にくれていた。肩を落としている悠二の前に、シエスタが現れた。 「あの、ユージさんどうしたんですか?」 「コルベール先生のところに行きたいんだけど、場所がわからなくて困ってたんだ」 「ミスタ・コルベールなら図書館にいると聞きましたよ。……ところで、図書館の場所はわかりますか?」 「……よければ教えてくれないかな?」 悠二はシエスタに図書館の位置を教えてもらいコルベールに会いに向かった。 図書館近くの廊下で偶然にも悠二とコルベールは鉢合わせた。 「コルベール先生、少しいいですか?」 「君は、昨日ミス・ヴァリエールの使い魔の……」 「坂井悠二です。あの、このルーンについて聞きたいことがあるんですが?」 悠二がそう言い左手に刻まれたルーンを見せると、コルベールはわずかに眉をしかめた。 「聞きたいことは何かね? 私にわかる範囲でなら説明できるが」 「ルイズに、ルーンは付与効果があるって聞いたんですけど、このルーンの効果って何ですか?」 「もう一度ルーンを見せてくれないかね? ふむ、しかし効果まではわかりかねますな」 そうコルベールは言って、無意識のうちに、持っている本を強く抱えなおした。その仕種を見た悠二は、違和感を覚えていた。 (見間違えかもしれないけど、なんで本を僕から隠すようにしたんだ? 本に、僕には知られたくないようなことが書いてあるのか? そうでもないと、隠すような行動をした意味がわからない) 悠二のルーンから手を離し、若干焦りを感じるような声色でコルベールは言った。 「力になれなくてすまないね。他にも何か困ったことがあったら相談してくれたまえ。私はこれから、学院長のところに行かなければならないので失礼するよ」 そういい残し、早足で去っていってしまった。 (コルベール先生の部屋は外にあるはず。それなのに、違う方向に向かった) 悠二は、戦闘時ばりに考えをめぐらせた。 (このまま学院長に会いに行くってことは、あの本も持っていくということだ。急いでいたということを考えると、早く伝えなければならないような重要な内容) 先ほどのコルベールの行動から推測を続ける。 (それに、さっきルーンの話で明らかにあの本を意識した。ということは、このルーンのことで学院長に急いで報告しなきゃいけないような大事な話か) 悠二は音を立てず、コルベールが行ってしまったほうへ走り出した。 悠二がコルベールを追って学院長室に向かっているころ、ルイズは自室のベッドの上でじたばたと暴れていた。 「わかわかわかわか! なんなのあいふは! そえい、ふふへはっへ! ん~~~~~!」 枕に顔を押し付けながら叫んでいたので、何を言っているのか全くわからないが、この場面を見れば、明らかに怒っているとわかる光景だった。 ルイズがこうなった原因は、昼食を食べている時にあった。 「あら、ルイズ。もう掃除は終わったの? 意外と早かったわね」 ルイズが食べようとすると、キュルケが不適に笑いながら話しかけてきた。 「ええ、おかげさまでもう終わったわ」 ルイズは、これでもうこの話はおしまい、とでも言うように言い放ったが、それに構わずキュルケは続けた。 「ところで、あなたの使い魔はどうしたの? ここにはいないみたいだけど」 「あいつなら、ご主人様に生意気なこと言ったから食事なし」 それを聞いたキュルケは、意地悪な笑みを浮かべた。 「あの使い魔が何を言ったか知らないけど、満足に食事もできないんなら、そのうち逃げちゃうんじゃないかしら? もしかして、こうしてる今にも逃げてるかもしれないけど」 「そんなわけないじゃない! まったく、失礼しちゃうわ!」 そう言って顔を赤くしながら食事をするルイズを見て、キュルケは満足げな笑みをたたえた。 「いじわる」 キュルケの隣に座る青髪の少女、タバサが呟いた。 「あの子をからかうのって、おもしろいのよね~」 そう言ってから食事に戻った。 (そうよね、あんまり厳しすぎてもダメよね。そうよ! 飴と鞭の要領よ!) キュルケにからかわれた後、ルイズはそう考え、食堂の前で待っているだろう使い魔のためにパンを持っていくことにした。 (お腹を空かしているだろう使い魔のためにパンを持っていく優しいご主人様、さらに従順になるでしょうね) 自分が食事を抜きにしたことを思考の脇に置き、ずる賢く笑い、食事を終え食堂を出たが、そこに使い魔の姿はなかった。 (どこ行ってんのよ、あいつったら) まあ、どうせ部屋に戻って空腹に悶えているのよね、と思い、またしても黒い笑みを浮かべ自室に戻った。 そして今である。意気揚々とした足取りで自室に戻ったが、空腹に泣いているであろう使い魔がいなかった。 (ごごご、ご主人様がせっかく食事を持ってきてあげたっていうのに、あのバカったらどうしていないのよ!) 声にならない怒声を上げ、ルイズはベッドにダイブしたのだった。 しばらく、うつ伏せで枕を抱きしめ、足をバタバタさせ、今いない悠二、パンを持ってくる原因とも言えるキュルケに対し、怒りをぶちまけていた。 ある程度冷静になると、急に不安に襲われた。 (本当に使い魔逃げちゃったのかしら? せっかく召喚したのに。初めて成功した魔法だったのに) 考え始めると、ネガティブな思考が頭の中を埋め尽くし、再度ルイズは枕を強く抱きしめた。 前ページ次ページ残り滓の使い魔
https://w.atwiki.jp/oia-wiki/pages/13.html
ゼロの使い魔 あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ http //www35.atwiki.jp/anozero/ あの作品のキャラがルイズに召喚 させました http //pururu.net/~chara0/aniversary/anniversary.html ゼロの使い魔保管庫 http //zerokan.xxxwwwxxx.com/wiki/ ゼロ使×型月クロスSSスレまとめwiki http //www13.atwiki.jp/zeromoon/ イチローがルイズによって召喚されたようです@wiki http //www39.atwiki.jp/ichiro-ruiz/ ダイの大冒険のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ http //www33.atwiki.jp/dai_zero/ ゼロの奇妙な使い魔 まとめ (ジョジョの奇妙な冒険) http //www22.atwiki.jp/familiar_spirit/ 新世紀エヴァンゲリオン×ゼロの使い魔 ~想いは時を越えて~@ ウィキ http //www10.atwiki.jp/moshinomatome/ ベイダー卿がゼロのルイズに召喚されたようです @ ウィキ http //www33.atwiki.jp/darthvader/ ハガレンのエドがルイズに召還されたようです@まとめサイト http //www34.atwiki.jp/fgthomas/ ゼロの傭兵(フルメタルパニック) http //www31.atwiki.jp/zeronosousuke/ ガンダムキャラがルイズに召喚されました@ウィキ http //www8.atwiki.jp/gundamzero/pages/1.html 魔法先生ネギま! 性転換ネギま!まとめwiki http //www7.atwiki.jp/negiko/ とある魔術の禁書目録 とある魔術の禁書目録 Index http //www12.atwiki.jp/index-index/ 新世紀エヴァンゲリオン シンジとアスカの夫婦生活 まとめwiki http //www29.atwiki.jp/aaabbb/ 東方 東方創想話@Wiki http //www4.atwiki.jp/sousouwa/
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3822.html
前ページ次ページゼロな提督 トリステイン魔法学院の朝は学生達の起床から始まる、と学院の人は言う。 実際には下男やらメイドやらが日の出前から起床している。 さて、当然のことなのだが、ヤンもルイズの執事として働くと言った以上、日の出前か ら起き出して主たるルイズを起床時間に起こさねばならない。 同盟・帝国を通じてヤンの異名は数多い。が、振り返ってみるに、その中に「寝たきり 青年」というものがあったような気がする、と考えていた。朝食の時間ギリギリになった 頃に、ルイズと二人で寝ぼけた顔をつきあわせながら。 のぼり始めた太陽を見て、慌てて飛び起きる二人。 第3話 執事? ルイズ曰く「貴族は下僕がいるときは自分で服を着たりしない」とのことで、ヤンは下 着姿のルイズの服を着せてあげねばならなかった。帝国の貴族は知らないが、ルイズはト リステインの貴族。その執事をする以上はやむを得ない、というわけでヤンは渋々ルイズ にブラウスを着せる。 自分を奴隷にしようと目論んだ魔法使い、歪んだ選民意識と鬱屈した劣等感を抱かざる をえなかった貴族の少女…と思ってはいたが、見た目はユリアンよりずっと年下の可愛い 小柄な女の子。最初にルイズが16歳と聞かされたとき、思わず本人に真顔で聞き返して 足を踏まれてしまった。 そんな彼女の着替えを手伝っていると、ふと、自分に娘がいたらこんな感じか…と想像 してしまう。ユリアンは親子というには年が近かったが、ルイズの外見は丁度自分の娘く らいの年齢に見える。 素直でしっかり者で家事の天才ユリアンが兄、我侭で意地っ張りで泣き虫な妹ルイズ、 気丈で気が利くけど料理はぜんぜんだった妻フレデリカ、そして粗大ゴミ扱いされるぐう たらな自分。一瞬、そんな妄想にふけってしまう。 でも自分の娘は遺伝学上、絶対にピンクの髪にはならないので、髪を染めるかも知れな いけどそんな色に染めないで欲しいと祈ってるので、とっても無理のある光景だなぁと、 苦笑いしてしまった。 「ちょっと、なにボサッとしてるのよ」 ルイズが、手を止めて遠くを見つめるヤンを見上げていた。 「…ん?あ、ああ、すまない。ちょっと家族のことを思い出してね」 「家族?あんた、家族がいたの?」 「そりゃいるよ。僕にはもったいないほど美人で優しい妻に、養子だったけどとても素直 で真面目で、家のことを任せっきりだった息子がね・・・」 いいながらも、視線はだんだんうつむいていく。 それを見上げているルイズの表情も、だんだんと陰が広がる。 「・・・会いたいの?」 「ああ・・・会いたいな。本当に、父としても夫としても大した事をしてやれなかった。 それでも、多分、僕が急にいなくなって悲しんでいるんじゃないか、と思って」 「…そう」 ルイズはプイとそっぽを向いて、それ以上何も言わなかった。 ヤンも、黙々と彼女に制服を着せた。 ルイズが部屋から出たと同時に目の前の扉が開き、出てきた生徒達が挨拶をする。 「おはよう、ルイズ」 「おはよう、キュルケ」 「そしておはよう、使い魔さん♪」 キュルケはルイズの後に扉から出てきたヤンにウィンクした。 「おはようございます。ミス・ツェルプストー」 ヤンは、キュルケに礼儀正しく礼をする。 「あらあら、相変わらず他人行儀ねぇ。キュルケって呼んでいいわよぉ」 色っぽく大きな胸とお尻を揺らしながら、キュルケはヤンに歩み寄る。 そのしなやかな指は学者肌の頬に伸びていく。 ペチッ ルイズがキュルケの手を払いのけた。 「あんたねぇ、毎度毎度いい加減にしなさいよ!」 「あーら、いいじゃないの。ちょっと親交を深めようと思っただけよぉ」 キュルケのわびれない態度に、更にルイズはムキになって怒り出す。 「深めなくていいわよっ!ウチのご先祖様達みたく、今度はツェルプストーに使い魔盗ら れましたなんて、絶対許さないわっ!! 「やーねぇ、ウチのひい祖父さまがあなたの所のひい祖父さまから奥さんを奪ったり、ひ いひい祖父さまが婚約者を奪ったり、みたいな事はしないわよぉ。 で・も!その人はあなたの恋人でも何でもないもの。だからぁ、恋をするのは自由なの よねぇ~♪」 甘い響きの言葉と共にじわじわ近寄ってくるキュルケに、ヤンはじわじわと後退してし まう。 「行くわよ、ヤン」 ルイズはキュルケを無視してヤンを引っ張っていった。 ヤンがルイズの執事を始めて数日。 朝食に向かうヤンにキュルケが迫り、ルイズが割って入るのが始まったのも数日。 ヤンの新しい生活が今日も始まる。 ヤンはルイズの部屋の掃除を終え、かごを抱えて学院の水くみ場の隅に来た。 「おはようございます」 「あら、おはよー」 「なんだい、相変わらず馬鹿丁寧だネェ。ここにゃクソッタレの貴族どももいないんだ。 もうちと気楽にやりなよ!」 洗濯場には、主に貴族の衣服を持ち寄るメイドたちがいた。 ヤンもルイズと自分の衣服を入れたかごを洗濯場の隅に置く。 ヤンの仕事の一つにルイズの衣服、特に下着の洗濯がある。 養子であるユリアンが彼の家に来たとき、彼はゴミの中に埋もれて生活していた。彼の 部下たちは上官を指して「ユリアンがいなけりゃヤンは生きてけない」「生活無能力者」「冬 になったら春まで冬眠してるさ」等の、とても親愛に満ちた、そして正しい評価を下して いた。その上、ヤンの時代に機械を使わず洗濯する人などいるはずもない。だから最初、 彼には洗濯の仕方も分からなかった。 目の前の洗濯物と、10倍の敵艦隊。どっちが手強いだろうか そんな平和このうえない悩みについて、ヤンは真剣に悩んでしまう。そんなことを考え ながら洗濯板でシルクの下着をごしごし洗い、ぼろぼろにしてしまうのだった。 洗濯を終え、部屋の掃除が済んだら、すぐに学院長室へ向かう。 コンコンとノックすると、カチャッと鍵が外れる音がして、「どうぞ」という女性の声で 中へと促された。 学院長室には秘書のロングビルしかいなかった。 「オールド・オスマンはどちらへ?」 秘書は凛々しく立ち上がり、しなやかな足取りでヤンの前に来る。 「今はトリスタニアへ行かれていますわ。代わって私が講義をして欲しい、と依頼されて おります」 「そうですか。ですが、あなたの仕事はよろしいのですか?」 「ええ、そのための時間は頂いておりますから。とはいえ、私も教師ではないので大した 事はお教えできません。故郷のアルビオンの地理や歴史を簡単に、だけですが、よろしい ですか?」 「いえいえ!教えていただけることなら何でも結構です。何しろ僕はこの世界のことを何 も知りませんから」 「わかりましたわ。それではこちらへ」 ロングビルはヤンと机を挟み、ハルケギニアの地理と歴史と文化、特にアルビオンにつ いての授業を行った。 ルイズが授業を受けている間、ヤンはこうやってハルケギニアについて様々な知識を学 ぶことにした。彼はルイズが受けている授業についても興味はあったのだが、さすがに魔 法のことは専門外。それにこの世界の地理政治文化、何より歴史への興味の方が上回って いた。 そしてオスマンは、彼を召喚して無理矢理使い魔にしてしまった負い目から、教育者と しての立場からも、彼の学問を修めたいという要望を断れなかった。 「…で、どうしてその『白の国』アルビオンは、宙に浮きっぱなしなんですか?」 「え?いえ、さぁ・・・どうしてなんでしょうね?大陸の中に巨大な風石があるのでは? なんて言われてますが、土メイジがいくら探査しても見つからないので、それは違うと思 いますが。 やはり風の精霊の力かと思いますわ」 トリステインと同面積の浮遊大陸アルビオン、と聞かされたヤンが頭を捻ってしまうの と同じように、浮いている理由を尋ねられたロングビルも首を傾げてしまう。 ヤンの知的好奇心は、まるで外の世界を初めて見た子供のようにあちこちへ駆け回って いる。何の疑問もなく暮らしている普通の人々には、回答に困ってしまうものも多い。も う少し自然科学に興味を持ってくれれば、文明も発達するのになぁ、とヤンは残念に感じ てしまう。 もっともハルケギニアの人々からしてみればどうだろうか。ヤンの世界の人々を「精霊 を恐れぬ不心得者どもで、魔法の力を無視する盲目の蛮人」と嘆き軽蔑するのではないだ ろうか。 そんな事を考えるだけでもヤンは想像力が遙か遠くへ向けて羽ばたいてしまう。 お昼前になり、ルイズ達生徒と同じように、ヤンの授業も終わりとなった。 「あ、ミスタ・ヤン。こちらがオールド・オスマンから預かった図書館の使用許可証です。 学生が入れる場所なら入れますので。司書にも話を通してあります」 「ああ!やっとできましたか。助かります!ありがとうございます!」 受け取ったヤンは満面の笑みで頭を下げた。嬉しさのあまりダンスをしそうになった。 だが、相手がロングビルしかいなかったことと、以前嬉しさのあまりユリアンとダンスを したのを部下たちに見られて笑われたのを思い出し、なんとか思いとどまった。 お昼になり、アルヴィーズの食堂横にある厨房で、ヤンは食事をとることにした。 「よ~お。来たか」 「お邪魔します、マルトーさん。いつもすいません」 頭を下げて厨房に入ってきたヤンを迎えたのはコック長のマルトー。でっぷりしたお腹 を揺らしながらヤンの肩を叩く。 「まぁったく、そうかしこまんじゃねぇよ!同じ平民同士、困った時はお互い様さ!あん たの食事の事はヴァリエールのお嬢様からも頼まれてるからな!」 料理を厨房の隅の机に持ってきたのはシエスタ。 「はい、ご飯ですよー。でも、こんな簡単なモノで良いんですか?」 「ええ、ようやく図書館の使用許可が下りたので、急いで行こうと思うんです」 机の上に並べられたのはサンドイッチと水。それを大急ぎで口に放り込み、すぐに立ち 上がる。 「ふぅ、有難うございました。ところで何か手伝える事はありますか?」 手伝う、とヤンに言われたマルトーは、慌てて顔を横に振った! 「あー、いやいや、大丈夫だ!それよりあんたは早く本でも読んで、色々勉強した方がい いぜぇ」 「はぁ、そうですね。この前のような失敗をしないよう、この国の事を学んでくるとしま す」 ヤンは恥ずかしげに頭をかいて、そそくさと厨房を出て行った。マルトーは他のコック 達に肘で突かれ、ちょっと言い方が悪かったかと頬をポリポリ指でかく。 先日、ヤンは食事の礼にと思い、厨房の後片づけを申し出た。洗い物を頼んだ後、マル トーはかまどの火を消しといてくれ、と何気なく言ってみた。 次の瞬間、ヤンはかまどの火に水をかけて消そうとしたのを、シエスタに羽交い締めに されて止められた。 かまどの火は、くべてある薪を火バサミで壷に移し、壷に蓋をして消す。かまどに残っ た小さな火には灰をかける。もし、火がくべられたままのかまどに水をかけたら、爆発的 に吹き上がる水蒸気に灰が巻き上げられ、厨房が灰だらけになる。水浸しになった灰は、 ただの泥。火をつけるのに邪魔なので全部取り除かねばならない。 だが、ヤンが生活無能力者とかどうとか言う以前に、宇宙で商船や戦艦やイゼルローン 要塞の中でずっと生活してきたヤンに、かまどの使い方は分からない。彼にとって火を消 すとは、砲撃等で発生した火災を消火する、ということだ。その消火も大概は緊急消火ボ タンを押すだけ。 そして、一応士官学校でサバイバル技術を学んだはずなのだが、実技が赤点ラインを往 復していたヤンに、そんなモノを期待するのは無茶としか言いようがない。もっとも、た とえサバイバル技術を完全に身につけていたとしても、「薪を小さく割るには斧を振り上げ るより鉈(なた)がいい」なんて事は知らない。鉈なんていう、ナイフとも包丁とも斧と も異なる、軍用ではない日用品としての刃物なんて、彼には使う事も見る事も無いのだか ら。 科学の宇宙で生きてきたヤンにとって、この中世魔法世界ハルケギニアは毎日がサバイ バルだ。意地を張ってルイズの下を飛び出したらどうなっていたやら、想像しただけで寒 気がしてしまう。 彼は、自分はこの世界では赤ん坊並の知識しか持ち合わせていないのだと、思い知らさ れていた。 「これが立体TV辺りなら、こういう日常生活は全部カットされて、『科学知識を駆使して 大成功の連続!』という事になるんだけどなぁ…現実って厳しいんだな、ファンタジーな 魔法世界なのに」 図書館に向かいながら、魔法世界の厳しい現実に打ちひしがれつつも感心してしまうヤ ンだった。 図書館は本塔にある。門外不出の秘伝書、魔法薬のレシピ、教師のみ閲覧を許された区 画『フェニエのライブラリー』もある。始祖ブリミルがハルケギニアに新天地を築いて以 来の歴史が詰め込まれている、と言われている。 当然、平民立ち入り禁止。入り口の若い女性の司書がメガネ越しに出入りする教師や生 徒をチェックしている。司書はヤンを見ると、不審な顔はしつつ、咎める事はなかった。 再び視線を読んでいた本へ戻す。 一週間くらい前にどこからか召喚された平民使い魔、食堂では主を擁護するため居並ぶ メイジ達を前に怖じ気づく事無く頭を下げた人物、そういう話しは彼女も知っている。だ が何故に突然、この正体不明の人物に図書館使用許可が下りたかまでは知らない。内心、 本が盗まれたらどうするのか、という不安を感じてはいたが。 そんな司書の不安は気にせず、ヤンは足取り軽く図書館に入った。 だが、入った瞬間に頭を抱えてしまった。 本塔の大部分を占める図書館は、高さ30メイルの本棚が壁際にずらりと並ぶ光景は壮観 である。壮観なのはいいのだが、ヤンには上の本が取れない。昼休みなので他の生徒も教 師もいるが、彼等は『フライ』で本棚の間を飛び、『レビテーション』で本を取っていく。 もちろんヤンにはどちらも出来ない。 つまり彼が読めるのは下から数メイルの間にある本だけ。彼は遙か上を飛ぶメイジ達へ、 おあずけを喰らった子供のように羨ましげな視線を送った。 「…と言っても、とりあえず下の方の本だけ読めれば、今はいいんだけどね」 なんて負け惜しみじみた独り言をいいつつ、本棚の下の方の本から目的のタイトルを探 した。下の方にある本、即ち魔法を使わず出せる本、ということは使用頻度が多いので取 り出すたびに毎回魔力を消費していられない、基本的かつ重要な本。 「ああ、あったあった、これだな…」 彼が取り出した本のタイトルは、『ハルケギニア全土図』。 つまり、地図。 放課後、ヤンは厩舎前にやって来た。 「遅いわよ!どこほっつき歩いていたの!?」 そんな愛情に満ち足りすぎて涙が出てきそうな言葉を投げかけるのは、乗馬用のムチを 手にしたルイズ。彼女は約束通り、放課後にヤンへ乗馬を指南していた。 「ごめんごめん、図書館で本を読んでいたら遅くなってしまって」 「ふん、まぁいいわ。さ、早くやるわよ!」 と言ってルイズは下男に厩舎から一番大人しい馬を連れてこさせる。 大人しい馬、のはずなのだが、ヤンはこの馬から落ちたり振り落とされた記憶しかない。 そんな乗馬初心者ヤンの不安は、ルイズには信じられないような基本的なものだ。 「あのねぇ、落馬は馬が何かに驚いて暴走した場合が多いんだけどね。乗っている人の不 安を感じて馬も不安になるから、なんでもない音とかで驚いてしまうのよ。 乗馬を習いたいって言ったのはあんたなんだからね!もっとビシッとしなさいよ!!」 「い、いや、そう言われても、なぁ…」 初日、近付くのも怖かった。 鞍を手でつかみ、鐙に左足をかけて登ろうとしたら、鐙がフラフラ安定せず、鞍のつか み所も悪くて、落ちた。 どうにか乗ったら、即座に振り落とされた。 周囲に集まってきたメイドやコックやら平民達や、通りすがりの貴族達がクスクス笑っ たり爆笑したり。その度に、教えてるルイズ自身も恥ずかしくて顔から火が出る思いだ。 「全く・・・また、あたしが先に乗るから、あんた後ろにのんなさいよ」 「う、うん。お願いするよ」 「早く、まずは馬に慣れてよね。でないといつまで経っても教える事自体が出来ないわ」 「…面目ない」 そんな感じで、前に乗るルイズに怒られながらヤンはおっかなびっくり乗馬を習い続け ていた。 夜、ルイズの部屋。 魔法のランプが照らす室内に、ティーカップを前にした浮かない顔の二人。 ルイズは鏡台の前に座り、財布の中身を広げてため息をついた。 背後では床に直接胡坐をかいていたヤンが、ひざの上に広げた本を見ながら、ルイズに 負けないくらいの大きなため息をついた。 じろりとルイズが振り返る。 「…何よ」 「そっちこそ、どうしたんだい?」 「あんたの入れたお茶が不味いのよ」 「…うん、僕もそう思う」 ヤンが入れたお茶。それは、二人揃って一言、不味い!と言い切れるものだった。 「修行しなさいよね」 「心得ました、ミス・ヴァリエール」 しばし視線を交じわせた二人は再び同時に、さらに大きなため息をついてしまった。 またも二人の視線が交わる。 先に口を開いたのはルイズ。 「予想はつくでしょ?」 「まあね…僕の治療費、そんなに高かったのかい?」 「オールド・オスマンが言ってたでしょ?大きな家が一軒買えるって」 ルイズは財布をひっくり返すが、手のひらの上に落ちてきたのは銀色の貨幣数枚のみ。 「これが骨折とか、ただの怪我だったら、もっと残ったでしょうけどね・・・」 「そうか…本当に、苦労をかけるね」 「いまさら、何よ。 それで、そっちは何なの?地図なんか眺めて」 ヤンの膝の上に乗せられていたのは、昼間に図書館で借りてきた本『ハルケギニア全土 図』だ。 「うん、まぁ、簡単に言うと、僕の国とトリステインの距離とかを知ることができないか、 と思ったんだけどね」 その言葉を聴いて、ルイズの顔は一瞬曇りが広がった後、すぐに晴れ渡った。 「ふーん、その様子だと、どうやらあなたの国は相当遠いみたいね」 「遠いなんてもんじゃないよ…自力で帰るのは、ほとんど不可能だ」 「そうなの?ところで、どのへんなのよ」 と言ってルイズは地図を手に取り床に広げてみる。そこにはハルケギニア5国と、その 東の聖地辺りまでが書かれている。 「その地図には載ってないんだ」 「へえ~、それじゃ、聖地の向こう側なのね。ロバ・アル・カリイエなんだ」 押し隠した嬉しさを含むルイズの言葉に、ヤンは残念そうに首を横に振る。 「なによ、それよりまだ遠いの?いったい何処なのよ、それ」 「何処といわれても、ハルケギニアでは知られていない場所だよ」 「ふーん。ちなみに、故郷はなんて名前?」 「故郷?故郷かぁ~・・・」 天井を見上げて、しばし思案してみる。さて、自分の故郷といえる場所はどこだろうか。 ふとルイズを見れば、ちょっと興味ありげなようで、ヤンに近寄ってくる。 彼は、なるべくハルケギニアの人でも分かるような言葉で語った。 「子供のころは、旅商人の父に連れられて船に乗っていたよ。いろんな場所を巡ってきた。 だから故郷と言える場所はないんじゃないかと思う」 ルイズは床にペタッと座って、ヤンの思い出話を聞き始める。 「16歳になる直前、事故で父が死んでね。たまたまハイネセン…ああ、ハイネセンは僕 がいた国の首都だよ。士官学校の戦史科に入学できたので、あとはずっとその士官学校に いたんだ。 でも、実際には最前線のイゼルローン要塞にいた頃が、一番思い出深いなぁ。もしかし たら、その要塞が僕の故郷かも知れないな」 「ふぅ~ん・・・でも、知らない名前ばっかりねぇ」 「そりゃそうさ。僕だってハルケギニアもトリステインも知らないよ。でも、もしかした ら…と思ったんだけどね。過去に僕らの世界と接触した跡でもないものかと」 そういってヤンは切ない視線で地図を見つめる。 「で、方向で言うとこの地図のどっち?」 ヤンの前に地図を置いて尋ねてくるルイズだが、ヤンは首を振った。 「方向は分からないよ。なにせ、このハルケギニアの地図を見て分かったんだ。ここは僕 らの国では、伝説とされる世界だって」 「伝説?」 ルイズはキョトンとして聞き返す。自分の住んでる世界って、伝説になるほど特別だっ たのかしら?という感じだ。 だがヤンは、途方に暮れたように天井を見上げてしまう。 「そう、伝説。存在自体は誰でも知ってるけど、決して行く事の叶わない世界。虚数の海 の彼方にある、別世界・・・パラレル・ワールドさ」 ヤンはジッと地図を見つめた。 同盟の公用語と多くの共通点を持つ言語で記された、地球のEU地域そっくりのハルケ ギニアを。 次の日の朝、やっぱり二人は寝坊して大慌て。 「全くもう!なんて役に立たない執事なの!?ほらブラウス取ってよ!」 ヤンは慌ててタンスからブラウスを引っ張り出す。いや、本人は慌ててるつもりらしい が、どうにもハタ目には慌ててるという雰囲気がない。実際、バタバタとブラウスを引っ 張り出し、ショーツ一枚で教科書を揃えるルイズに手渡しているにもかかわらず。 「いやぁ、人は僕を『ごくつぶしのヤン』『無駄飯食いのヤン』と呼んだものさ」 「自慢になるかー!!」 慌てている風にみえないのは、この減らず口のせいかもしれない。 悪運強く、どうにか朝食の時間には間に合った。二人とも早足で食堂へ向かう。 早足ながらも、ルイズはふと思い出したように口を開いた。 「ねぇ、昨夜言ってた話だけど、伝説っていうくらい遠いんじゃ、もう助けとかもこない わよね?」 「いや、う~ん、それが分からないんだ」 ヤンがウンウン唸りながら寮塔を出る。外には同じように寝坊したらしい学生達が早足 で食堂へ向かっている。 「でも、自分で言ったじゃない。行く事が出来ないって」 「ああ、いや、実際には『帰って来れない』という事だと思う。とは言っても、僕の勝手 な想像なんだけど」 「帰って来れない?」 「うん。実際、『虚数の海』は行くのは簡単なんだ。でも帰ってきた人がいないんだ」 「なんだか、すっごい難所なのねぇ…そのキョスウノ海って」 ルイズは面白い話を聞けて満足したようで、上機嫌で食堂へ入っていった。 ルイズの頭に浮かんでいたのは、難破船がゴロゴロする嵐の岩礁。 だが、ヤンの頭に浮かんでいるのは、アムリッツァ。核融合の超高熱の中、無数の原子 が互いに衝突し、分裂し、再生し、膨大なエネルギーを虚空に発散させる恒星の名だ。 このアムリッツァ星系において、かつてヤン率いる艦隊は敗残兵の一員となった。補給 路を寸断され、敵地に孤立し、全滅の危機にすらあった。実際、あと僅かの所で退路を断 たれそうにすらなっていた。 この時、敵艦隊に襲われた戦艦がパニックを起こし、大質量近くにも関わらずワープし た。進路算定も不可能なまま亞空間に跳躍した後どうなるのか?それは、死後の世界に定 説がないのと同じく、誰も知らなかった。 ちなみに、この時起きた時空震に退路を断とうとしていた敵艦隊が巻き込まれて混乱、 このスキを突き、ヤンの艦隊は撤退に成功した。 もちろんヤンは、大質量付近のワープが即ちパラレル・ワールドへの転移、と考えては いない。もしそうであるなら、帰還者も、別宇宙からヤンのいる世界へワープして来る者 もあるはずだから。帰還者も別宇宙から来る者もいないのは、本来はパラレル・ワールド へは飛べない、ということ。 だが、ヤンは来ている。それは即ち、来る方法はあるということ。要はそれに気付くか どうか、という点。 「期待は薄いなぁ・・・」 ルイズの背中を見送りながら、ヤンはそれでも帰る方法を考えていた。 「ハァ…それにしても、どうしたものかなぁ」 溜息混じりに学院長室に入ると、今日もロングビルしかいなかった。 「まだオールド・オスマンはトリスタニアですか?」 「いえ、今はミスタ・コルベールの所ですわ」 机の上に本を広げながら、ロングビルが事務的に答えた。 「そうですか。それじゃ今日もあなたが?」 「ええ、今日は、あなたの質問にも答えられるよう、ちゃんと予習もしてきましたわ」 見れば机の上の本には、沢山のしおりやタグが付いている。 「あはは、どうもすいません。秘書の方にこんなことをお願いして」 「構いませんわよ。私にとっても勉強になりますから。それでは今日は始祖ブリミルにつ いて・・・」 そんな話をしつつ、ヤンは今日もハルケギニアについて学ぶ。だが、その表情が冴えな い事に、秘書は彼の入室時から気付いていた。 「もしかして、ホームシックですか?」 問われたヤンは、ハッとして顔をあげた。 「あ、うん、まあ、それもあるんです。でも今目の前の問題としては…恥ずかしながら、 お金の事なんです」 「お金…ですか?」 ロングビルは、あまりにも意外な事を言われたかのような顔で、ヤンをみつめた。 「ええ、何しろミス・ヴァリエールは僕を蘇生するために全財産を払ってしまいましたか ら。ヴァリエール公爵からの次の仕送りまで、どうしたものかと・・・あの、どうしまし たか?」 今度はヤンが意外そうな顔でロングビルを見つめた。 彼女は、信じられないものを見るかのように、メガネを何度も直しながらヤンを見てい たから。 「あなたが、お金がないんですか?」 「ええ、ありませんよ。私は財布を持たずに召喚されましたら。もちろん私の財布には1 ドニエたりと入っていませんでしたが」 冗談を言ったつもりだったヤンだが、彼女は笑うどころか怪訝な顔でヤンを見つめ続け ている。 そして、驚きと怒りの顔へと瞬時に変化した。 「あんのエロオヤジどもぉ!!」 気品あるロングビルの下品な叫びに、今度はヤンが驚いた。 ジャン・コルベール。 二つ名は「炎蛇」。火系統の魔法を得意とするトライアングルメイジで、トリステイン魔 法学院の教師。魔法を特に火系統の更なる活用法を発見しようと日夜研究している。 そして彼は今日も火の塔横の掘っ立て小屋、もとい研究室で頑張っている。 まずは研究素材から試料を取ろうと、ヤスリで削った。 ヤスリ『が』削れた。 ならば切ってみようと、一番大きく頑丈なノコギリで切ってみた。 刃がボロボロになった。 では溶かしてみようと、二つ名「炎蛇」に相応しい高温の炎を杖から吹き出した。 研究室ごと熱くなっただけで、全然溶ける様子はない。 「ええい、らちがあかん。コルベール君、どくんじゃ!」 コルベールの背後から、オスマンが杖を振る。 鋼鉄の拳が練成され、学院長の最高の魔力をもって振り下ろされた。 ガッキイイイイインッッ!! 凄まじい金属音と火花が響き渡り、粉々に砕け散った。 鋼鉄の拳『だけ』が。 いや、それを置いていた台座もついでに砕け散った。 粉々になった鉄拳と台座の破片の中に埋もれたそれは、まったく何の変化もない。 「し・・・信じ、られん、わい・・・」 「な、なんなのですか!これは、ありえませんぞっ!!」 オスマンとコルベールは、疲労と驚愕で床に膝をついてしまった。 この研究素材に費やした体力と魔力に比して、得られたものは何か。 それは、研究する事すら出来ない、という事実だった。 「本当に…ありえませんわねぇ…」 二人の背後で、地獄の底から響くような声がした。 ビクッと肩をすくませた二人が振り向くと、鬼のような形相で仁王立ちするロングビル が立っていた。 「し、信じ・・・られない・・・」 ロングビルの後ろには、秘書に迫られる二人以上に驚愕しているヤンがあった。 ヤンの事など忘れたかのように、ツカツカとロングビルは二人に詰め寄っていく。 「一体、どういうことですか、これは!この方の所持品は、全部返却したのではなかった のですかっ!?」 「い、いや、そのですな…あの」「よすんじゃ、コルベール君…もう言い訳は無理じゃ」 二人は、諦めた様に肩を落とし手を地についた。 粉々の破片の中にあるもの。それはトマホーク。 柄の部分が切れヘッド部分しか無いが、炭素クリスタルの刃を持つヤンの世界で作られ たトマホークだ。 そして、これをヤンに返していないという事は… 「どういう事か分かりますか!?これは立派な窃盗です!あなた方は、彼が意識を取り戻 した時の騒ぎを忘れたとでも言うんですかっ!彼にとっては召喚と契約は、拉致監禁なの ですよ!? おまけに彼の所持品を隠匿し、あまつさえ破壊しようなどとっ!!」 「い、いや、別に盗むとか壊すとかじゃなくてじゃな」「そ、そうですぞ!これは研究のた めに」 「だまらっしゃいっ!!貴族の手本たるべき教員が、平民だからと彼の財をゆえ無く奪う など、恥知らずも甚だしい!だから貴族は平民に恨まれ、嫌われ、憎まれるのですっ!」 叱責される二人は、もう言い返す言葉もなく正座で説教され続けていた。 だが、ヤンの耳には彼女の怒号は届かないようだ。 震える足で、一歩また一歩とトマホークへ近寄っていく。 「こ…これは、まさか、そんな…」 彼の目は、これ以上ないくらいに見開かれている。 その姿にロングビルも気がついた。 「ええ、それはあなたと一緒に召喚された物ですわ。その斧の刃は、信じられませんが、 恐るべき巨大さのダイヤモンドですわね。先日、学院長室の机に置きっぱなしになってい たのを見て驚きましたわよ。 それを売れば、あなたの治療費を倍返ししてなお、お釣りが来ますわよ」 炭素クリスタルの刃、それは巨大な人工ダイヤモンド。といっても天然ダイヤモンドそ のものとは少し違う、衝撃にも強い物質だが。 ヤンの世界では、鏡面処理により光学兵器を弾き小火器程度ではダメージを受けない装 甲擲弾兵と近接戦闘を行うための武器。装甲を貫くための武器なのだから、刃がダイヤモ ンドというだけでなく、斧の本体も相応の硬度・重量を持つ。ビーム兵器の高熱にも耐え る。 ヤスリで削れたりノコギリで切れたり火で溶けたりトンカチで割られるようなシロモノ ではない。 売る、という言葉を聞いて、今度はコルベールが眼を見開いた。 「ま、待って下さい!そ、それは、いやダイヤの刃はともかく、その斧本体について、せ めて教えて下さいませんか!?」 「そう、そうなんじゃ!どうにかして調べたいのじゃが、恐るべき硬度と粘性で傷一つつ かんから、試料も取れず」 ギロッとロングビルに睨まれて、再び二人は黙った。 だが、ヤンも黙っていた。黙って斧を、特に柄の切断面を見ている。 「・・・間違いない・・・」 しばしの後、ヤンが呻くように呟いた。 その言葉に、背後の3人は顔を見合わせてしまう。 あの、と声をかけるロングビルの言葉も彼には届かない。 「間違いない、片刃式だ…同盟の、斧だ」 震える手でそれを手に取る。左手のルーンが輝くが、それすら気付かない。 「やった…やったぞ!来てたんだ、ローゼンリッターが!『レダⅡ』号にっ!!助けに来 てくれていたんだっ!!」 ヤンは、今度は本当に踊り出した。ヘッド部分しかない斧を持って、左手のルーンを光 らせながら、ヘタながらも軽やかに。 それを見ている3人は、果たしてヤンという人物は正気なのだろうか、と本気で考えて いた。 「ローゼンリッター?」 放課後になり、ルイズは再びヤンに乗馬を教えるべく厩舎前に来た そこにはヤンがいた。ただし、見た事もないほど上機嫌なヤンが。 「うん、薔薇の騎士(ローゼンリッター)連隊。我が軍最強の白兵戦部隊でね、その戦闘 能力は1個連隊で1個師団に匹敵すると言われる程だったよ」 二人は馬を並べながら、広場をポックリポックリまわっている。どうにかヤンも馬に嫌 われないようになったらしい。慣れない手つき腰つきながらも、ルイズの馬と並走出来て いる。 「その部隊が、あんたを助けに来ていたの?」 「その通りさ!そして恐らく、僕を召喚ゲートから引っ張り出そうとしていたんだ!」 と大声を出したとたんに、いなないて前足を振り上げた馬に振り落とされた。 ヤンの推理はこうだ。 ヤンが銃撃された瞬間、恐らくは失血死した直後に、ローゼンリッターの誰かが彼の傍 に来ていた。その人物はヤンの死体を見て、一時は絶望した事だろう。 だが、次の瞬間には驚愕した。何か光る鏡のようなものがいきなり現れ、ヤンの死体を 鏡面に吸い込もうとしたから。慌ててヤンの身体を押さえようとしたが、急な事で間に合 わなかった。もしくは吸い込む力に負けた。 斧で鏡らしき物をたたき割ろうとしたが、無駄だった。鏡ではなくゲートだったので素 通りしてしまう。 ならゲートの向こう側にいる人物を殺すか装置を破壊しようと銃を抜いた。だが慌てて いたため手が滑って銃もゲートの中へ落としてしう。それがヤンが持つ銃。 しょうがないのでさらに斧を突っ込み、ゲートを破壊するか開いたままで固定しようと した。だが、ゲートは閉じてしまった。同時に斧の柄は亞空間ごと切り裂かれた。 結果、ルイズが度重なる失敗の後に召喚したのは、ローゼンリッターの斧のヘッドと銃 と、瀕死のヤン。 尻の泥をはたき落として馬に乗り直そうとするヤンに、不安そうなルイズの声が届く。 「でも、召喚の瞬間に誰かが居たからって、ここまで助けが来るとは限らないわよ…ね」 「そうだね、その通りだよ」 よっこらせっ!というかけ声と共に馬に乗り直したヤンが、意外なほどあっさりと同意 した。ルイズも拍子抜けしてしまう。 「何しろ、僕が別の空間に行ってしまったのは分かるけど、どこに行ったかは分からない んだから。来るにしても、いつのことやら」 聞いているルイズは、喜びを隠そうともしない。馬の駆け足も早くなってる。 「そりゃそーだわ。ざーんねんだったわねぇ!とりあえず、あんたはお茶の入れ方でも学 んでくる事ね!」 「そうしようか。でも、その前に、君に追いつくとしようかな!」 そう言ってヤンは馬を早足で走らせて、ルイズを追いかけた。 だが、既に彼の頭の中では、さらに推理が進んでいた。 ヤンを救出に来たと言う事は、当然戦艦で来ていた。そして襲撃者の艦を破壊した。 『レダⅡ』号へ強行接舷した後も、襲撃者の援軍や帝国軍が来ないか、警戒していたはず だ。あらゆるレーダー・観測機器を最高度で稼働させていただろう。 ならば、召喚ゲートの開閉とヤンの亞空間転移もセンサーに捉えたのではないか? 召喚ゲート近くにいた隊員の証言。センサーの観測結果。何故か見事に切り裂かれたト マホークの柄。見つからない斧の頭。一つずつなら幻覚だ故障だ事故だと済ませたかも知 れない。 だが、4つが同時に存在すれば、それは信じるに足る重要な情報だ。 「問題は、やっぱりハルケギニアの場所が分からないって事なんだよなぁ。それに、そも そもあの戦乱の最中、私を捜しに来る余裕はイゼルローンのみんなには無いだろうし。第 一、魔法の扉がセンサーにひっかかるかなぁ?」 そんな不安がヤンの頭をかすめる。 とたんに、再び彼は馬に振り落とされた。 ルイズの笑い声が広場に響いた。 第3話 執事? END 前ページ次ページゼロな提督
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6452.html
前ページ次ページ虚無と賢女 使い魔となったエレアノールを連れて部屋に戻ったルイズは、改めて彼女の格好を見直す。 身に着けてるのは青い衣服に鈍く銀色に光る鎧、ただしどちらも何があったのか妙にボロボロになってる。 自分より頭一つ分くらいは高い身長、すらりと伸びる両足、鎧の上からも分かる豊かな両む―――は関係ないことにして、 世間知らずの平民にしては整った理知的な顔立ち。さらに、どことなく気品を感じさせる物腰。 (本当は幻獣が欲しかったけど……、従者としては及第点以上……ね) 心の中で勝手に評価する。評価されてるエレアノールも、ルイズの心の中を知ってか知らずか、 室内の家具を見回している。家具の質と細工に関心を持っているようにも見える。 「ヘタに触って欠けさせたりしないようにしなさいよね。どれも平民が一生働いても弁償できないくらいの価値なんだから」 注意を言いつけつつ、自分の座る椅子を引く。エレアノールにも座るように言い、二人はテーブルを挟んで腰掛けた。 「じゃあ繰り返すけど、ここはトリステイン魔法学院。さっきまで使い魔を召喚する魔法『サモン・サーヴァント』の 儀式をしていたの」 「そして、私が召喚されたのですね?」 そういうことね、とルイズは頷く。 「次は私から質問してもいいでしょうか? まず最初に……カルス・バスティードやアスロイトという言葉に 聞き覚えはないのでしょうか?」 「ああ、さっきも言ってたわね。そんな国、聞いたこともないわ」 「……そうですか……。では魔物のことは?」 魔物と聞いてルイズは眉をひそめる。 「魔物って……オーク鬼とかのこと? 昔っから、そこらにいるじゃない」 今度はエレアノールが眉をひそめる。ルイズの言葉を一つ一つ吟味して考え込む。 ルイズは小さくため息をついた。 (聞いたこともないような田舎から召喚されて、しかもオーク鬼も知らないのね) 先ほどの評価にややマイナス点を加味する。 「ちょっといいかしら? さっき、遺跡がどうとか言ってたみたいだけど、貴女って学者か何かなの? もっとも、その格好はせいぜい学者の護衛の冒険者ってところでしょ?」 「似たようなものですね……。友人に遺跡の事を勉強して―――」 エレアノールの表情が一瞬にして曇る。 「あの……私の他に誰か召喚されてませんでしたか? 私と同じような黒髪の青年と、茶色の髪のショートカットの 少女なのですが?」 「召喚されたのは貴女だけよ。それがどうかしたの?」 「そう……ですか」 目に見えて落ち込むエレアノールに、ルイズの良心に痛みが走る。恐らくは自分の行った『サモン・サーヴァント』で、 今言った二人と離れ離れになったのだろう、と。使い魔に迎合するわけには行かないが、主人として何かしなくてはと 考える。 しかし、エレアノールはルイズの想像とやや異なった見解を導き出しつつあった。 (話が全くかみ合わない……。『新しき世界』の結果? それとも大陸の辺境の果てで 交流もないほど離れてるからアスロイト王国も知られてなくて、魔物たちも出現しなかった? いえ、そもそも全く違う……『物語』の世界?) 混乱してる、と思う。だが、精神世界アスラ・ファエルは人々の思い、恐怖、欲望、信仰が現実化する世界。 ならば誰かが創作した物語の世界もまたアスラ・ファエルの中で現実化して、自身もそれに飲み込まれたのだろうか。 額に手を当てて考えをまとめようとするエレアノール。それを友人と離れ離れになって辛く思ってると 勘違いしたルイズは慌てる。 「わ、私も別に二度と会うななんて言わないわよ! 休暇くらいならたまにあげるし、遠くなら旅費だって出してあげるから、 会いに行ってもいいのだからね!」 突然の言葉にエレアノールはしばし呆気に取られて見つめなおすが、ルイズの心配と善意と罪悪感の入り混じった視線を受けて、 フっと微笑みを返す。 「ええ、ありがとうございます。その時はお世話になりますね」 「その代わり、使い魔としての役目はしっかりと果たしてもらうんだから!」 ホっと胸をなでおろしそうになるのを我慢して―――少なくともルイズは我慢できたと思って、 本題だったメイジと使い魔の関係と役目を説き始める。 曰く、使い魔の見聞きしたものは主人にも見聞きできる。 曰く、使い魔は秘薬など主人の望むものを見つけてくる。 曰く、使い魔は主人を守る存在である。 「でも、貴女の見聞きしたものは私には見えないし聞こえもしないから、人間だとダメみたいね」 「申し訳ありません……。それに秘薬も種類やある場所がハッキリと分からなければ、 見つけるのは難しいかもしれません」 ルイズの評価にマイナス点がさらに追加される。もっとも、見た目の良さと礼節を弁えてるあたりは評価できるし、 そもそも秘薬を本当に見つけてきてもらっても、今のルイズには大して必要でも何でもないのでマイナス点を相殺する。 「それじゃあ、貴女には3番目の護衛の役目を期待するわね。冒険者なんだし、それなりに腕は立つのでしょ?」 「レイピアなら多少は心得がありますが……使っていたのは無くしてしまったみたいです」 マイナス点をやっぱり追加。 「そう。じゃあ次の虚無の曜日に王都で手頃な武器を買ってあげるわ。 その代わり洗濯や部屋の掃除、それに私が命じた雑用をしてもらうわよ」 使い魔には最初の躾が肝心、以前聞いた心得を実践する。そして次の瞬間には少し後悔する。 (考えてみれば反抗的もでないし従順そうだし必要なかったかも。あまり変なことを言ったらダメだったかしら?) 「はい、分かりました……それで、何とお呼びすればよろしいですか?」 あっさりと承諾する。多少、拍子抜けするがルイズは少し考えて答える。 「そうね……ご主人様って呼びなさい、いいわね?」 「心得ました、ご主人様」 立ち上がって礼をするエレアノールに、ルイズは満足そうに頷いた。 話し込んでる間に日が暮れて、ルイズはエレアノールを引き連れて食堂へ入った。 豪華な飾りつけが施されてるテーブルが並び、豪勢な食事の数々とその間に明かりのローソクが立てられている。 「ここがトリステイン魔法学院の食堂、『アルヴィーズの食堂』よ。本当だったら貴女みたいな平民は一生入ることは ないのよ」 「……とても豪華ですね」 「この魔法学院で魔法だけでなく、貴族に相応しい教養も身につけるための場所でもあるの。 だからトリステインの貴族はこの食堂でもそれを学べるようになってるのよ」 「……」 エレアノールの声には感動ではなく、もっと暗い感情が混じっていたが、得意気に説明するルイズは それに気づかずに食堂を進む。 「―――あの壁際の並んでるのが小人のアルヴィーズ。夜中になると踊るのよ」 空いてる席の前に立ち止まると一度説明を区切り、振り返ってエレアノールをジっと見つめる。 「……? あ、失礼しました」 椅子を引くと、すぐにルイズは優雅さを備えた精練された動作で腰掛ける。 エレアノールは周囲を見回し、手近な席が空いてないことを確認する。 「ご主人様、私の食事はどうすればよろしいのでしょうか?」 「そうね……」 一瞬、床に用意させて食べさせようと考えたものの、さすがに見目麗しい年上の女性にそれは酷すぎる。 「ちょっとそこのメイド」 あっさりと考え直し、近くを通りがかった黒髪のメイドを呼び止める。 「はい、何かございましたか?」 「私の使い魔に何か食事を用意してくれないかしら? あと……、身の回りの世話をさせるのに動きやすい服があれば 都合つけてもらいたいわね」 エレアノールは鎧を脱いでおり今は下に着ていた服だけになっていたが、あちこちが解れたり破れ目が入ってたりして ボロボロになっていた。メイドはエレアノールに戸惑いと好奇心の入り混じった視線をに向ける。 「わ、分かりました。ではミス、こちらへ……」 「それではご主人様、行ってまいります」 メイドに連れられて食堂を後にするエレアノールを見送ると、食事の前の祈りを唱和するためにルイズは両手を組み目を閉じた。 「あの……ミス・ヴァリエールが平民を使い魔として召喚したって噂になってましたけど、本当だったのですね」 「ええ、私がその噂の平民の使い魔で間違いないです」 「そうですか……、私はシエスタ。この学院でご奉仕をしています」 「エレアノールと申します、今後何かとお世話になるかもしれませんがよろしくお願いします」 使用人たちが寝泊りする宿舎の衣装部屋で、あれこれ木箱や洋服掛けを探りながら自己紹介を交わす。 エレアノールの名前を聞いて、シエスタの手が一瞬止まる。 「エレア……ノールさんですね? はい、こちらこそよろしくお願いします」 「そんなにかしこまらなくてもよろしいですよ、私も皆さんと同じ立場みたいなものですから」 「そうですか? では、そうしますね。……えーと、このあたりに古着を片付けた箱が……あ、ありました」 ホコリのかぶった木箱をあけて、中からやや古いメイド服を取り出す。シエスタの着てるものと若干デザインが異なっていた。 「他のみんなと見分けがつきやすいように前の服になりますけど、大丈夫です?」 「無理をお願いしてますし、大丈夫ですよ。……しっかりとした生地を使っているのですね?」 手に取り、メイド服の状態を確かめる。古いが縫い目も服の縁もしっかりしていた。 「貴族に奉仕するもの身なりを整えるべし、と私たちにも相応の給金と身の回りの品を頂いていますし。 それでは外で待っているので、着替えが終わったら声をかけてくださいね」 ペコリと礼をしてシエスタは部屋から出て行く。扉が閉まったことを確認すると、エレアノールは深くため息をついた。 「……『貴族』、『平民』、『ご奉仕』。ここも同じような世界なのでしょうか……?」 自分たちの『世界』と同じように腐敗と退廃が蔓延し、享楽と欲望が渦巻く貴族社会。そのしわ寄せを受けて、 困窮と搾取に苦しむ農民と民衆。かつて自分が変えようとして果たせず、父殺しの大罪を犯すこととなった世界……。 先ほどルイズに案内されたアルヴィーズの食堂の光景がそれと重なる。豪勢な食事の数々は言い換えれば、 それだけの搾取によって成り立っているということを。 もう一度、深くため息をつくと、着ている服の裾に手をかけた。 着替えの終わったエレアノールは、そのままアルヴィーズの食堂の隣にある厨房へと通された。 中ではデザートの配膳も終えて、片付けまでのわずかな間を利用して料理人たちが賄い食を食べ始めていたことであった。 「おうシエスタじゃないか。ん? そっちの娘さんはどちらさんで?」 「マルトーさん、こちらはミス・ヴァリエールの……」 一際恰幅のいい四十過ぎの男性は、ああ、とすぐに察して頷いた。 「噂の平民の使い魔の娘さんか。か~、メイジってヤツはこんな綺麗な娘さんを使い魔にしやがって。 俺がこの厨房のコック長してるマルトーだ、何か困ったことがあったらいつでも相談しな」 「エレアノールと申します。厨房の皆さんも、これからもお世話になると思いますのでよろしくお願いします」 厨房のあちこちでコックや、ちょうど空いた食器を下げに来ていたメイドたちから好感を持った反応が返ってくる。 エレアノール本人はあまり意識してないものの、その整った美貌と上級貴族の令嬢として躾けられた気品は人目を引き、 丁寧な物腰は概ね好印象を与えやすい。よって、エレアノールがトリステイン魔法学院の使用人たちから 好感を得るのにさほど時間はかからなかった。 厨房の外でずっと待ちぼうけを喰らっていたルイズは、出てきたエレアノールを見るや否や駆け寄ってくる。 「遅かったじゃない! 主人を待たせるなんて使い魔失格よ!」 「あ……、申し訳ございません」 「ふ、ふん……今回は特別に許してあげるわ! でも、次に同じことしたらご飯抜きだからね!!」 あくまで主人であることを前面に出して威厳を演出している―――つもりのルイズに、エレアノールはもう一度 頭を下げて礼を言う。それに満足したのか、ルイズは部屋に戻るわよと歩きだした。その一歩後に続いて エレアノールも歩きだす。 ―――なお、厨房の中から聞こえてくる歓談に、不安と羨望交じりの表情でこっそりドアの影から覗き込んでいた ルイズの姿はたまたま外に出ていたメイドたちと、厨房の中の一部のコックたち、そしてシエスタに気づかれており、 普段と違う寂しそうで儚げなルイズの姿に、彼らの間での評価に好印象で修正が入ったのであった――― ベッドですやすやと眠るルイズの姿にエレアノールは、クスっと微笑みながらテーブルに並べた持ち物を並べなおす。 召喚されるときに武器を無くしてしまったが、鎧の内側に収まっていた道具袋とトラップカプセルは無事であった。 カーテンの隙間から差し込む月明かり―――二つの月の存在こそ、ここが遺跡の外の世界以外の『世界』の証拠と思う――― に照らされてキラキラと輝く。 道具袋の中身は、モンスターの核である緑色の水晶や古代太陽帝国の通過である金貨がそれぞれ数個ずつ、 そして身に着けた者の精神力を向上させる太陽の首飾り―――価値のあるものは以上。 あとは衝撃で砕けたポーションの瓶などで、大したものはほとんど残っていなかった。 (それでも換金すればそれなりの金額になるでしょうね) 一通り確認を終え結論付けると、続いて手のひらに収まる程度の青い球―――トラップカプセルを手に取る。 遺跡に潜る者にとって、剣や魔法と並ぶ三番目の『武器』。内部に人の背丈ほどの大きさのトラップも内臓できる、 現在技術と太陽帝国の魔法技術の結晶。 「え? ルーンが……?」 トラップカプセルを持つと同時に左手の甲のルーンが淡い光を放ち出した。同時に使い慣れたトラップカプセルの使用方法が、 脳裏に浮かび上がる。設置場所の選択と設置数によるタイムラグ、起動のためのアクション、それらを最も効率よく行う手順が 頭に流れ込んでくる。 「……トラップカプセルは遺跡―――精神世界から離れると効果が落ちるのでしたね」 大切な友人―――ノエルの説明を思い出し、手近な床にトラップを頭に流れ込んできた方法で込めて設置してみる。 それと同時に左手から何かが抜ける感覚を覚え、左手に目を向けるとルーンが一瞬明度を増したように見えた。 小さな閃光と共にトラップ―――起動させると周囲を氷付けにする『アイス』が、部屋の出入り口手前の床に設置された。 一度に設置できる最大数の八個をほぼ同時に。 「……!!」 続いてトラップを一つずつ起動させる。キィンというかん高い音と共に次々と氷塊と化して、周囲にあった家具を巻き込み 凍結させる。 「効果は変化なし、ですが……設置の方は一体?」 自分の足元へならともかく、離れた場所に同時に複数のトラップを設置するのは不可能に近い。せいぜい一個ずつ設置するのが 関の山である。同時に複数設置できるタイプのトラップもあるにはあるが、それも任意の場所に自在に設置することは出来ない。 「このルーンが輝いたことと関係あるのでしょうか?」 ルーンの謎とトラップの同時複数展開の可能性―――瞬時に離れたところに設置できることの戦闘アドバンテージ。 それらをしばらく考え込むが、彼女の推理はすぐに中断させられることとなった。 「……くちんッ!」 小さな可愛らしいクシャミが静かな室内に響き、そのクシャミの主のルイズは肌寒そうに布団に包まっていた。 エレアノールも室内の肌寒さに気づき、同時にその原因も瞬時に察した。 数分と経たずに雲散する文字通り足止め程度の氷塊だが、その際に周囲の熱を奪い去っていた。しかも八個のトラップを 同時に使用したため、室内の温度は凍えそうな寒さに冷え込んでいる。 「これは、軽率でしたね……」 その呟きは思量深い彼女のものとは思えないほどに、途方にくれた声色であった……。 カーテンの端から差し込む陽の光を感じエレアノールは目覚めた。最初に天上を、そして首を横に向けて まだ夢の中で安住してるルイズの姿を確認する。結局、昨夜は寒さをしのぐためと震えるルイズを暖めるため、 添い寝する形でベッドに潜り込むことにした。 (……こんなにグッスリと眠れたのは久しぶりですね) カルス・バスティードの居た頃―――『父殺し』の大罪により多額の賞金をかけられていたエレアノールは、 常に周囲を警戒する癖がついていたため誰かが近づいただけで目覚めてしまうこともあったし、 ベッドで横になって眠ることもほとんど無かった。 もっとも、魔物の徘徊する遺跡の中で仮眠するときには、魔物の接近を察知できるこの癖を 重宝することになったのだが……。 安眠できたもこのベッド―――国を出奔する前に自身が使ってたのと遜色ない高級品だ―――のおかげと考え、 スヤスヤと寝息を立てるルイズを起こさないように静かにベッドから抜け出る。 部屋の温度もすっかり元通りになっていることを確認し、椅子にかけていたメイド服を手に取る。 ついで、昨夜渡された洗濯物を思い出す。 (今のうちに洗っておきましょうか) 洗濯籠を手に取ると音を立てないように廊下へと出る。寮の外では既に使用人たちが働き始めているのか、 何人かの物音を立てぬように動く気配もある。どこで洗濯すればいいのか誰かに聞けばいいわね、と考えを決めて エレアノールも足音を立てぬように廊下を歩き出した。 洗濯は水汲み場、と薪を運んでいた使用人に教えられ、場所はすぐに分かったもののたどり着いてからしばし呆然とする。 「洗濯は……どうすればいいのでしょう」 上級貴族の令嬢として、蝶よ花よと育てられたエレアノールには洗濯の経験は全く無い。逃亡中も着の身着のまま、 カルス・バスティードにたどり着いてみれば、同時に入城した一人の少女が掃除や洗濯を気軽に請け負ってくれるので、 やはり自分で洗濯する機会は無かった。 「あれ? エレアノールさん、おはようございます」 途方にくれて困り果てていたエレアノールに救いの天使―――ならぬ、救いのメイド。 「おはようございます」 後ろから声をかけられて振り返ると、そこには十個近い洗濯籠を重ねて抱えているシエスタの姿があった。 器用にバランスを取りながら洗濯籠を地面に置いたシエスタは、エレアノールの手にある洗濯籠に気付く。 「エレアノールさんも洗濯ですか?」 「ええ、でも勝手が分からなくて少々……」 少々どころではなく完全無欠に分からないのだが、気恥ずかしいので言葉を濁す。 「じゃあ一緒に洗いましょうか? 貴族の着ている服って、慣れた人じゃないとうっかり破ったりしますよ」 洗濯籠の中身―――ルイズのキャミソールとパンティを覗き見て、多少苦笑混じりに微笑む。毎年、それで給金を減らされる 新人が居ますから、と。 「それではお言葉に甘えることにします」 「じゃあ、夕方に受け取りに来てくださいね。それと―――」 シエスタは受け取りながら、朝食の時間を伝える。 「ミス・ヴァリエールは……その、寝過ごされることもあるみたいですから」 あはは、と乾いた笑いに、エレアノールはルイズが朝に弱いと察する。かなりの頻度で朝食に遅れているのだと。 ペコリっと頭を下げて寮へ戻る。恐らく、まだ夢の世界の住人であるルイズを起こすために。 「―――ください、ご主人様」 「んん……」 ゆさゆさと身体を揺らされて、うっすらと目を開ける。ぼやけた視界に人影が飛び込む。 「ふぁ……ぁ~、ん~……」 背伸びをしながら上半身を起こし、目を擦ってぼやけた視界を直す。ベッドの脇には黒髪のメイドが立っていた。 見覚えの無い顔だったが、寝起きでボーとする頭が辛うじて誰であったかを思い出す。 「ああ、……昨日召喚したのよね。おはよう、エレアノール」 「おはようございます」 ベッドから降りると、クローゼットと衣装棚から服と下着を持ってくるように指示を出してネグリジェを脱ぎ始める。 「着せて」 「え? あ、はい」 エレアノールは少し慌てつつも、知識はあるけど経験がないような手付きで着替えを手伝う。 着替えが終わった後、ルイズは服の裾をつついたり点検をして満足そうに頷く。 「ちょっと要領悪かったけど、まぁまぁね」 冒険者にしては―――ルイズはそう思い込んでる―――、上手よねと考える。もし、召喚できたのが犬や猫だったら 着替えを手伝わせたりするのもできないだろう。 「そろそろ朝食の時間ね、食堂に行くわよ」 杖を手に取ると部屋を出て一歩踏み出し、途端に不機嫌そうに立ち止まる。エレアノールが廊下を覗くと、 そこには褐色の肌のスタイルの良い赤い髪の少女が立っていた。向こうもルイズに気付いたのか、 にやっとした笑顔を浮かべる。 「おはよう、ルイズ。珍しく今日は寝坊してないのね?」 「おはよう、キュルケ……って珍しくって何よ、珍しくって!?」 「何って……言葉どおりじゃない」 色気と挑発を混ぜた声の調子に、ルイズはあっという間に顔を怒りに染める。何か言い返そうと口を開くが―――、 「ところで、その後ろの方が噂の貴女の使い魔なのかしら?」 「―――ええ、そうよ」 タイミングを外されて言い返し損ねる。 「へぇ~……」 ジロジロと不躾な視線を向けられ、エレアノールは居心地の悪さを覚える。カルス・バスティードに 同じように気まぐれな色気を振りまく女性が居たが、まるで彼女みたいと感じる。 (キュルケさんでしたね。ルイズとは仲が悪そう……いえ、一方的にルイズが苦手としてるのでしょうね) 「なかなかの美人じゃない。良かったわねルイズ、貴女の魅力が引き立つ使い魔で」 「え? な、何よ?」 突然の褒め言葉に目に見えて混乱するルイズ。 「そうよね、貴女の身長とか貴女の胸とか貴女の感情的なところとか、並んで立ってるだけで効果倍増よ♪」 「ななななな、なんですってぇ~~~!!」 噛み付かんばかりの絶叫。しかし、キュルケは笑いながら軽く受け流す。 「ところで、そろそろお名前をお聞きしたいのだけど?」 「……エレアノールと申します」 「エレ『ア』ノール? ……いい名前ね」 ルイズと同じようにアクセントを『ア』に合わせて聞きなおしてくる。隣では教えなくてもいいじゃない、と呟くルイズ。 「あたしはキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。キュルケって呼んでもいいわよ。 それにしても、本当に人間なのね……。でもね、使い魔ならこういうのがいいわよね? フレイム!」 キュルケの呼びかけに、熱気とともに巨大な真紅のトカゲ―――サラマンダーが廊下に出てくる。エレアノールは 一瞬身構えるが、自然体のままのルイズを見て構えを解く。 「……そのサラマンダーがあんたの使い魔?」 「ええそうよ。特にほら、この尻尾! ここまで鮮やかで大きな炎の尻尾は、間違いなく火竜山脈のサラマンダー。 幻獣好きの好事家に見せたら値段なんかつかないほどのブランドものよ! まさに微熱のキュルケにぴったりよね」 ルイズの声に悔しさを感じたのか、ここぞとばかりに勝ち誇る。 「それに誰かさんと違って、フレイムは一発で召喚に応じてくれたのよ! 誰かさんとは違って、ね……、ねぇゼロのルイズ」 「……!!」 再び顔を怒りで真っ赤にする。言い返そうとするが、上手く言葉にならないのか口をパクパクとさせる。 「じゃあ、お先に失礼。また教室でね」 颯爽と立ち去るキュルケ。その後をサラマンダーがちょこちょこと付いていく。 その姿を見送り、ふとルイズに視線を向けると未だに怒りで震えていた、まるで噴火直前の火山。 「ご、ご主人様……?」 「く……」 「く?」 「くやし~~~! 何なのあの女! 自分がサラマンダーを召喚できたからって! ああもうッ!!」 地団駄を踏んで怒声を張り上げる。今のルイズは燃え上がる炎のようなものだが、エレアノールは意を決して 宥めようと火中に踏み入る。 「確かにすごい使い魔だとは思いますが、あまり気にされても……」 「気にするわよ!! メイジの実力を知りたければ使い魔を見よって言われてるくらいなのよ!! サラマンダーと 平民じゃいくらなんでも格が違いすぎるわよ!!」 一気に言い切り、ようやく怒気が落ち着く。それと同時に……言い過ぎた、失敗したと思う。 (でも……、そんなのエレアノールの責任じゃないわよね、どうしよう……) ルイズがおずおずと顔を見上げてみると、特に気にしてないような表情を向けていた。ホっと胸をなでおろす。 「落ち着かれましたか?」 「……うん」 「では、ご主人様も早く食堂へ参りましょう」 促されて歩き出すルイズ。その後ろについて歩きながら、エレアノールは先ほどのサラマンダーを思い返した。 (遺跡の中では見たことがありませんでしたね……、もっとも知らないだけなのかもしれませんが) 遺跡の中に広がる広大な灼熱の溶岩地帯、煉獄に存在する炎の魔物の話をいくつか思い返すが 先ほどのサラマンダーに該当する魔物は聞いたことがない。 もっとも皆が煉獄を探索してた頃、彼女は生死の境を彷徨っていたため、実際に訪れたこともなく知識も伝聞程度である。 本当は普通に生息しているのかもしれない。 ひょっとすると、他の使い魔というのも未知の魔物―――幻獣がこの『世界』にはたくさん居るのかもしれない。 (そういえば……『微熱』とか『ゼロ』とはどういう意味なのでしょう?) 目の前を歩くルイズに聞いてみようと思うが、先ほどの会話を聞く限り『ゼロ』はいい意味ではないらしいと考え直す。 (いずれ、知ることもあるでしょうね) すぐに知る必要もないし、知らなくても当面は問題はないと結論付ける。 皮肉なことに、エレアノールがゼロの意味を知る機会がすぐそこにまで迫ってたのであった。 前ページ次ページ虚無と賢女
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7089.html
前ページ次ページ使い魔の達人 「それじゃあ、こいつの食事は今言ったとおりでよろしく」 「へぇ、わかりました」 トリステイン学院、『アルヴィーズの食堂』裏の厨房。 そこでルイズは、先刻使い魔にしたばかりの少年を指し、その食事の面倒を料理人に言いつけた。 ちなみにカズキは、物珍しそうに辺りをキョロキョロ見回している。 見慣れぬ、本物のファンタジーの土地で、少年の好奇心が疼き出したようだ。 そんな彼を、言いつけられた料理人は悲哀に満ちた眼差しを向け、可哀想に、と心中で呟いた。 今しがた言い付かったメニューは、とても人を人扱いしたものではない。彼はこれから、畜生レベルの生活を余儀なくされるのだ。 厨房で働く自分たちでももう少し待遇が良いというのに、貴族に召喚されたというだけで、生活のレベルを強制的に落とされる。 それが不憫でならなかった。が、貴族に逆らえばどうなるか良く知っている彼は、心の片隅で、未だ辺りを見回している少年にエールを送るのだった。 使い魔の達人 第二話 イントロダクト・サーヴァント 「しっかし、すごいとこにきちゃったなぁ」 まるで映画の中から飛び出してきたみたいだ、とカズキは思った。 時代を感じさせる石造りの、西洋風の建築物。よく手入れされた植木がそこかしこを彩り、厨房に至るまでの道を、ルイズに腕を引かれながらしかし、カズキの目は絶え間なく動いていた。 「それじゃあ、あんたはこの辺の中庭で適当に時間潰してなさい。絶対に黙ってどっかに行かないこと。良いわね?」 そう告げると、何処かへ行こうとするルイズ。慌ててカズキはルイズに向き直り 「ちょ、ちょ!待ってよ!だからオレ、使い魔なんてやってる場合じゃないんだ!早くここから別の場所へ行かないと」 「さっきも言ってたわね。なに、あんたそんなに元の場所に戻りたいの?」 ここまで着いてきといて何を言ってるのだ、こいつは。そう言いたげである。 「それもちょっとはあるけど、そうじゃない!早くしないと、この世界に大変な迷惑をかけることになる!」 それを聞いたルイズの表情は一瞬呆けたものに、次いで、不機嫌そうなものに変わる。 「はいはい、わかったわよ。そこんとこは後で聞いてあげるから。わたしは次の授業に出てくるから、そこでおとなしくしてなさい。 …ったく、なんでこんな変なの呼んじゃったのよ」 こんな苦し紛れの妄言を吐くような使い魔、恥ずかしくて連れて歩けない。 できれば部屋に押し込めておきたいが、今は授業だ。もう開始して大分経過してしまっている。 カズキを放置して、すたすたと歩き始める。 まともに取り合ってもらえないカズキはしかし、それならそれでと思い、早速出て行こうとするが… 「…ん?」 見れば、中庭と思しき場所には、先ほど見た動物たちがたむろしていた。 おそらく、あれらが自分と同じように召喚された『使い魔』なのだろう。 好奇心に再び火が灯ったか、カズキはそちらへと足を運ぶ。 ほんの数ヶ月前なら、こんなん夢に決まってる、と思ったことだろうか。 まるで御伽噺に出てくるような、奇怪な生き物たち。自分の居た世界で戦ったそれとは違う、この世界では‘自然'な生物。 自分の世界、そしてこの世界…そう、ここは異世界なんだなぁ、と改めてカズキは思った。 自分の世界に、魔法なんてものはない。それに近しいものはあるし、自分もそれに命を救われ、それを用いて闘い、そしてそれにより、人としての生を追われている。 だが、この世界は、魔法はもっととんでもない。月に居る人間を呼び寄せるような力は、さすがに聞いたことがない。 それどころか、先ほどの眼鏡の男性や他の連中も、平然と空を飛んでいたではないか。 ひょっとして自分は、この世界ではそれほど珍しくないのではないか。そんなことを考え出すカズキであった。 そのうちに、使い魔たちの傍へ寄り…見れば、使い魔は使い魔で、好き勝手にあちこちでのんびり気ままに過ごしたり、気の合うものを見つければ早速じゃれ合っているようだ。 全然種族が違うのに、何か通じ合うものもあるのだろうか。しかし、実に多種多様だ。 「うっわ、こいつなんか強そうだなぁ」 赤い鱗を持つ見事な大トカゲ。その身体はトラほどの大きさだろうか。その尾には、見事な炎が灯っていた。その火を見て、カズキはかつて戦った戦士長の火渡を思い出していた。 しかし、よく見れば何処か愛嬌のある顔で、こいつはぜんぜん違うな、と勝手に判断した。 他にも梟やら蛇やら、目玉のお化けみたいなものまでその辺にふよふよ浮いている。 なるほど、自分はこれらと同じような基準で呼ばれたのか、と思うと、何故か納得できるような気もする。 「あの…失礼ですが、学院のお客様でしょうか?」 物珍しそうに見ているのを見咎められたか、後ろから声をかけられる。振り返るとそこには―― 「と、斗貴子さん!?」 そこには、メイド姿の斗貴子がそこに…居ると思ったが、よく見ればぜんぜん違うことがわかる。 「え?え?」 うろたえるメイド。カチューシャを付けた黒髪は、おかっぱと言うよりボブカット。 鼻の上には、綺麗な薄紅色をした一筋の傷ではなく、可愛らしいそばかすが添えられている。 顔の造詣も、先ほどから目に映る外国人らしいそれではなく、どちらかといえば自分たち、日本人のものに近いは近く、整った顔立ちではあるが、やはりよく見れば斗貴子とは違うことが判る。 というか、背丈もどちらかといえば妹のまひろ並…いやそれ以上だろうか。 とりあえず、斗貴子とは似ても似つかぬ赤の他人であり、要するに一瞬見間違えたわけである。 「や、ごめん。知ってる人にちょっと似てたから…」 「ま、まぁ。そうなんですか…えぇと、どちら様でしょうか?」 こんな時間に中庭を一人。珍しそうに召喚されたばかりの使い魔を見ていて、どこか不審に思えたのだろうか。 「オレ、さっき召喚…その、呼ばれちゃったんだ。ルイズって子に」 そう告げるカズキの左手。仄かに輝くルーンを見つけたメイド。 「ルイズって…まぁ、ミス・ヴァリエールの使い魔になられたんですか?メイジの使い魔に人間がなるなんて、そんなことがあるんですね」 上から下まで珍しそうに、カズキを観察する。そうですか、へぇ…と、何事か呟きつつ。 「え、えーと。君も魔法使いなの?」 「あ、失礼しました。いえ、私は学院付きのメイドですから。普通の平民ですよ」 平民?そういえば、ルイズたちもそんなことを言っていた。確か… 「ごめん、貴族とか平民って、なに?」 カズキの頭の中には、受験勉強時に日本史の教科書で見た蹴鞠に興じる貴族たちのイラストが浮かんでいた。 メイドはどこか訝しげな目をカズキに向ける。慌てて 「あ、いや。オレその、ちょっとそういうのがないところにいたから」 「まぁ…。それは、随分遠いところから呼ばれたんですね。貴族も平民もないだなんて。 貴族とは主に、魔法を使われるメイジの方々を指しますわ。私たちは、魔法を使えないので平民と呼ばれる身分に属します。 私は学院へ、貴族の方々にご奉公に来ている平民で、シエスタといいます」 「オレはカズキ。武藤カズキ。…メイジかぁ。ほんとにファンタジーなんだなぁ」 「ムトウカズキ様…変わったお名前ですのね」 ファンタジー?と首を傾げながら。名前に関して、ルイズと似たような感想を持たれてしまった。 「そんなに変わってるのかな…って、様は要らないよ。ところでシエスタさん、実はオレ、いつまでもここに居られないんだ。 んで、もう行くから、ルイズにはごめんって言っておいてくれないかな?」 「え、行くって、何処かへ行かれるんですか?何時頃お戻りに?」 「いや、戻ってくる気もないんだけど…」 そう告げると、まぁ…と一つ呟いて、押し黙るシエスタ。やがて口を開き 「その、流石にそういうことはきちんとご自分で言われた方が良いと思いますよ? いきなり居なくなられたのでは、ミス・ヴァリエールも困ってしまわれますし」 「言ったんだけど、まともにとりあってくんなくてさ」 先ほどまでのルイズの態度を思い出す。確かに、自分の言っていることをいきなり信じろというのも無茶だとは思う。 が、自分が呼び出したのなら、もう少し話を聞いてくれても良いのではないか。 それなのに、聞く耳持つ風でもなく、授業だからと何処かへ行ってしまった。 「そうですか…でも、もう一度申し上げてみてはいかがです? メイジにとっては他ならぬ使い魔のことですし、真摯に頼めばきっとなんとか取り成してもらえるのではないでしょうか」 「そーゆーもんかなぁ」 とっさに出た言葉であるが、しかしカズキには効果十分であった。 それも、そうなのかも知れないな。確かに、もう俺に人としての時間は、あまりないかも知れない。 けれど、今すぐヴィクター化するわけじゃなさそうだし…最後の最後に、嫌な気持ちを引きずったまま終わるのは、もっと嫌だ。 きちんと事情を説明して、送り出してもらおう。 カズキはそう考えると頷いて返した。 「うん、わかったよシエスタさん。オレ、もう一度ルイズに頼んでみる」 「えぇ。上手くいくことを祈ってますわ。…ところでその、お怪我は大丈夫ですか? 見たところ、あちこち小さく傷ができてますけれど」 カズキをまじまじ見たときに気になったのだろうか。 「あ、うん。大丈夫。大したことないから」 「一応、簡単な手当てで良ければできますよ。ミス・ヴァリエールも授業が終わるまでまだかかりますし、いかがです?」 と、厨房の方を指して尋ねてくる。 ほっといても明日明後日には治る傷だが、ここは好意に甘えることにした。 「んじゃ、よろしくお願いします」 カズキは笑顔で応えた。 「と言うわけで、まずオレは、この世界の人間じゃないんだ」 ここは女子寮、ルイズの部屋。陽は沈み、夜の帳が降りてきている。 あれからシエスタに手当てしてもらったあと、小一時間ほど中庭で暇を潰した後 授業を終えて戻ってきたルイズと落ち合って、そのままこの部屋まで連れて来られた。 部屋は十二畳ほどの広さで、窓は南向き。ベッドやテーブル、箪笥などの調度品は見るからに高価そうだ。 ランプが灯るテーブルにて二人、対面してこれまた高そうな椅子に座っている。 「さっぱり信じられないわ」 食堂から持ってきた夜食のパンを握るルイズに、一言で切って捨てられた。 「うーん、なんとか信じてくんないかなぁ」 カズキは、部屋に入って座るなり、呼ばれるまでの経緯を説明した。 自分が地球と言う別の世界で生まれた人間であること。 そこの日本と言う国で普通の学生として暮らしていたが、ある日突然‘錬金術’の闘いの世界に巻き込まれてしまったこと。 そこから長々と説明されそうになったルイズに大まかな部分を端折らされて、今自分は生きているだけで死を撒き散らす化け物になりつつあること。 同様な境遇の男と共に月まで飛び、そこで一騎打ちに臨んだところを召喚されたこと。 そこまで説明して、今しがたのやり取りである。 そもそも第一印象がそれほどよろしくないためか、ルイズにしてもほとんど話半分に聞いている節がある。 「じゃあまずその、別の世界ってどういうこと?」 「えーと、オレの世界じゃ魔法使い…メイジが居ないんだ。貴族って身分の人も昔は居たけど、今はないし」 それを聞いて、ルイズは鼻で一笑した。メイジが居ない?貴族もない?馬鹿も休み休み言え、といった様子。 「それでどうやって国が成り立つの?魔法も使えない王族と平民だけの国だなんて、無理がありすぎるわ」 「どうやって、って…実際それで昔から生活できてるわけだしなぁ」 「そうね…なんか証拠みせてよ。別の世界から来たって言う証拠。そんなのがあれば考えるわ」 「証拠…証拠かぁ」 さて、何かないかと思案する。 いの一番に浮かんだのは、錬金術の闘いの世界。その中へ巻き込まれたときに手に入れた新しい命。そして‘力'。 しかし、今はそれを発動するのは避けたい。今の自分の新たな命は、覚醒したその高出力を維持するために、肉体が周囲の生物から生命力を自動的、間接的に吸収する‘エネルギードレイン’を行ってしまう。 もしも‘力'を発動しようものなら、今は小康状態となっているそれが目覚めかねない。 更にこんな至近距離では、鍛えぬいた‘錬金の戦士'ならばともかく、一般人のルイズや近辺の人間はひとたまりもないだろう。 よって、この‘力'は見せられない。服の上から胸の辺りに手を置きながらそんなことを考えていると、学生服の内ポケットに何か収まってることに気付く。 「あ、携帯入れっぱなしだった」 最後の決戦前、着替えたときに入れてたのか。手にとって見ると電源は…入っていない。 「なにそれ」 胸元から取り出されたそれを見て、ルイズが問う。手に収まる小型の箱。と思ったら横からぱちんと開かれた。 「携帯電話」 「携帯…なに?なんのマジックアイテム?」 短く応えたそれはしかし、ルイズに聞き返される。 そうか、電話もないのか、この世界。 「携帯電話って言って、遠く離れた人と話せたり、メール…手紙のやり取りができるんだ。 あ、まだ生きてる。さっすがメイドインジャパン」 返事をしながら起動させてみる。すると、室内にもう一つ光源ができる。 軽快な起動音と共に、ディスプレイがメーカーのロゴを映し出した。 大気圏を突き抜けるときも一緒だったが、よく無事なもんだと感心するカズキ。 「なにそれ。見せなさいよ」 すかさずルイズの手が伸び、奪われた。仕方ないので立ち上がり、横から覗き込む。 「へぇ…綺麗ね。どの系統魔法で動いてるのかしら。風?水?」 両手で慎重に持ちながら、画面も含め、前から横から見入るルイズ。 発せられる光に照らされたその表情は、どこか興味津々と言った様子だ。 「違う、魔法じゃないよ。科学ってので動いてるんだ。…圏外、か。そりゃそうだよな」 表示されたディスプレイの上側には、バッテリー残量と圏外の文字。そして日本での時刻が表示されていた。 そろそろ向こうじゃ昼ごろか…。みんな、どうしてるかな。 「カガクって何系統?四系統とは違うの?」 ルイズが無邪気な表情で訊いてくる。 「違うっていうか、まず四系統ってなに?」 逆に訊きかえす。流石にこう返されるとは思ってなかったのか、眉を顰めるルイズ。 「ほんとに知らないの?ありえないわ」 「ありえないって言われてもなぁ。そういうの、こっちにはないんだろ?じゃあそれで信じてくれないか?」 携帯を顎で示し、そう促す。物的証拠ではこれで十分だと思われるが… 「こんなのだけじゃ、まだわかんないわよ。そうね、遠くの人と話せるんでしょ?どうやるの?」 まじまじと携帯の画面を見つめる。そのうちに、節電モードになったのか画面が暗くなった。 「あー、ちょっと無理かな。電波届かないし」 「デンパってなに?」 カズキは少し項垂れた。これ以上は自分の頭では説明がしづらい。というか自分も良くわかっていない。 こんな時、六舛がいたらなぁ… 「えーと、話すのはできないんだけど…」 貸して、と手を差し出す。ルイズに仕方なく、という調子で返されると、やおら親指を忙しなく動かし、適当な着メロを一曲流す。 「わ!なにこの音!どこから出てるの!?」 面白いくらい反応する。携帯を差し出せば、その目はスピーカーの部分に注がれた。 「今はこうやって曲を流してるけど、人と話すときもここから声が聞こえてくるんだ」 やがて曲も止まり、部屋に静寂が訪れる。 「へ、へぇ。でも、そういう曲を流すだけなら、オルゴールがあるわ。 それも、もっと品のある曲を奏でるのがね。今のはうるさいだけの騒音にしか聞こえなかったわ」 なにか対抗意識を燃やしたのか、そんな風に評された。もっと落ち着ける選曲をすべきだったか。 「それじゃあ…」 普段から積極的に活用してるわけではない携帯だが、使うときは使っている。 「ルイズー」 「なによ。ご主人様って言いなさいよね」 画面を注視しているカズキが、その携帯電話の背面をルイズに向ける。丸い窪みの横に、赤い光が灯った。 「ま、ま。笑って笑って」 「はぁ?」 「はいチーズ」 「へ?…きゃっ」 電子音。遅れてフラッシュが明滅し、ルイズは眩しかったのか目を瞑ってしまった。 「あー、フラッシュ強すぎたか」 「なによ今の!いきなり光るなんて!」 「あぁ、うん。ごめんごめん。取り消し、と。んで、はいもっかい」 今度は電子音のみ。よし、と一つ肯くと、ルイズに画面を見せる。 そこには、何処か怯えの混じった、不機嫌な顔でこちらを睨んでいるルイズが居た。 これには言葉も出ないか。口をあんぐり開けて画面に見入っている。 「どう?これは流石にないっしょ」 手に持った携帯を軽く左右に振りながら、そう尋ねる。動きに合わせてルイズの視線が動くのが面白い。 「……た」 「た?」 「魂!?今これ、わたしの魂吸ったの!?」 座った椅子ごと後ずさり、青ざめた顔でそう叫ぶ。見れば、小刻みに震えているではないか。 「いやいや、違うよ!これはカメラ。カメラで写真撮ったの」 ある意味ベタな、しかし予想外の反応に思わずうろたえる。落ち着かせようとなるだけ穏やかな口調で諭す。 「ありえないわ!そんな小さな鏡にわたしの姿が!そ、それもそんな小さく!止まって映るなんて!!」 きっと、さっきの光が魂を奪うんだわ、とまくし立てる。 「いや、これはこういうもんなの。ほら」 順番を間違えたか、とぽちぽち携帯を弄る。そして、また画面を見せる。 そこにはカズキと、その友人たちが映っていた。誰かが撮影したものをメールでもらったのだろう。 「これはカメラって言って、その…風景なんかを一枚の絵としてとっておけるんだ。 んで、こうやっていつでも見返すことができるんだよ」 ルイズの傍に立ち、ぽちぽちと操作して見せる。 学校で撮った写真。遊びに行った時の写真。海水浴。夏祭り。 ここ数ヶ月のうちで、ほんの数えるほどしかないが、笑顔溢れる写真の数々は、ルイズの不信感を和らげるための材料には十分だった。 やがて落ち着きを取り戻したところを見計らい 「ほら、使ってみて」 カメラ機能をオンにして、ルイズに手渡す。操作方法を教え、ルイズの前に立ち、ポーズをとる。 「…なにそのカッコ」 「ま。ま。とにかくポチッと押してみて」 電子音。フラッシュがたかれ、画面にポーズをとったカズキの静止画が表示される。 「お、カッコよく撮れた。で、保存押して」 「保存?押す?」 画面下のタスクに保存の文字が表示されている。が、ルイズにはそれがわからない様子。 「あー、もっかいボタン押して…はい、保存完了。これでいつでも見られるってこと」 「へぇ…これ、あんたの国の文字なの?」 先ほどから、めまぐるしく画面に表示される文字。ルイズにはどれも見たことのないものだ。 「ああ。日本語って言うんだ。で、こうして…」 写真のフォルダを見せる。ポーズをとったカズキと、椅子に座ったルイズの二件が新しく保存されていた。 「どう?そろそろ信じてくれる?」 写真と、カズキの顔を交互に見て、やがてしぶしぶ、といった調子で 「…わかったわ。信じるわよ」 大きく息を吐きながら、ルイズは折れた。 「じゃ、次にえーと…‘錬金術’ってなに?『錬金』の魔法とは違うの?」 先刻の説明を振り返る。ルイズの知る『土』系統の基本の魔法に、同じ名前のものがあったのだ。 「えーと、なんだっけ…オレも良く知らないけど、なんか、金を作るための技術だとか。けど、結局それ自体は成功しなくて…」 頭をひねり、いつか斗貴子のしてくれた説明を思い出す。もう少し長い説明だった気がするが、あの時自分は斗貴子の肩が触れていたことの方に気が集中していたため、これだけ説明できただけでも上等だ、と言える。 「へぇ。ますます『錬金』の魔法に似てるわね」 しかし、ふふん、とルイズは鼻で笑った。 こちらの世界では、熟練のメイジならば金を『錬金』で作ることが可能だからだ。微量ではあるが。 「ま、メイジの居ない世界じゃ、そんなもんよね」 手に持った携帯を振りながら、ルイズはそう言った。錬金術から、何故闘いに繋がるのか、には考えが至らなかった様子。 「んで?その、こことは違う、金も満足に作れない世界から来たあんたは、なに。もうすぐ化物とやらになっちゃうっていうの?」 「そう!」 「信じられないわ」 振り出しに戻った。 今度は、カズキは流石に頭を抱えた。 「どうしたら…」 「証拠?」 携帯を手で弄りながら、ルイズ。不慣れな手つきだが、操作方法がわかってきたようだ。飲み込みが早い。 うーん、と唸る。今の携帯電話よろしく、実際に見せるほうが手っ取り早いのは確か。 だが、それはできないと先ほど決めたばかりだ。 そんなカズキを見て、携帯電話を見て。ルイズは考える。 言動も服装もおかしいが、実際に取り出したるは常識外れ、見たこともない、からくり仕掛けの代物。 自分が、自分の住む世界とどこか異質な少年を召喚してしまった、というのは理解できる。 「それに」 かかる声にカズキは顔を上げる。携帯から目を離し、こちらを見据えるルイズ。 「百歩譲って、あんたが化物になりそうってのはいいわ」 「…良くないけどね」 「で、だからあんた、あたしの下には居られない、ってわけ?」 「そう。で、ここを離れたいんだ」 「ダメよ」 カズキは、努めて静かな声で返した。 「…なんで」 「まず、そんなの野放しにできるわけないじゃない。あんたわたしの使い魔なんだから。それにここ出てって、どうするのよ」 「いや、まぁ、うん。…死のうかと」 その返答に、ルイズのカズキを見る目は呆れの混じったものになった。 「ふざけないでよ」 「まさか、ふざけてなんかないよ」 「…本気で言ってるの?」 肯くカズキ。今度はルイズが頭を抱えた… 確かにこの使い魔の少年はおかしい。 はっきり言って自分に相応しい使い魔かどうか…いや、天秤は相応しくない方に大絶賛傾いてはいるが、判断に迷う。 それが自ら出て行って死ぬという。使い魔の死。それは、次なる使い魔を召喚可能にするのだが―― 「でも、やっぱりダメよ。変な平民でもあんた、一応わたしの使い魔だもの。 主人が使い魔を捨てるなんて、貴族のすることじゃないわ」 「捨てるって…これだけ言って、まだわかんないのかなぁ」 こんな分からず屋は初めてだ、とカズキは思った。 「あんたこそ、自分が今何処に居るかわかってないでしょ。ここはトリステイン魔法学院。貴族の学び舎なのよ?」 「だから?」 「そんな危険な化物、見つけ次第魔法でどうとでもできるってこと。あんたみたいな平民、ひとたまりもないんだから」 「…そうなの?」 そうか、ここには魔法があるのか…思えば俺もそれでここに来たんだもんな。 「やっぱ魔法って、杖から火を出したりとか、そういうやつ?」 「もちろん。そして、その貴族がこの学院中に居るのよ。 もし化物になって暴れだしても、何もできずに始末されちゃうわ。あんたの心配、言っちゃなんだけど杞憂よ」 もっとも、そんなことになったらルイズも監督責任に問われる。できればそんな結末も勘弁願いたい。 が、正直、化物になるのかどうかも疑わしい、ともルイズは思い始めていた。 「だいたい、化物ってなによ。あんた、どうなっちゃうわけ?」 「昼間見ただろ?肌が黒くなったあれだよ」 ルイズは昼間のことを思い出した。契約後、いきなり姿が変わり、稲光を放った。その迫力に圧倒はされたが… 「見た目が変わっただけじゃない!はっ、どうせ大したことないわよ。真面目に付き合って時間を無駄にしたわ」 ルイズはそう結論付けた。確かにあの時、エネルギードレインは行われていなかった。この少女には、説得力が欠けるのだろう。 「でも…」 「あーもう!とにかく!本当に危険だと思ったら、あんたの始末は主人のわたしがつけるわよ! なによ、化物の一匹や二匹!使い魔としちゃ上等よ!あんたもそれでいいでしょ!? せいぜいそれまで、人間としての残りの時間を、わたしの使い魔として尽くしなさいよね!」 いい加減しつこく思えてきたか、カズキの言葉を遮ってそうまくし立てた。 「…わかった」 カズキは肯いた。果たして、この世界の‘魔法’にどれだけの威力があるのか、自分の命を絶つに足りるか、わからない。 が、月から自分を呼び寄せるようなとんでもないものだ。距離をとって、無抵抗で受ければ…と考える。 それでも、ひょっとしたら。その前に誰かを犠牲にしてしまうかも。だったら、その時は―― 「もし、少しでも体調が悪くなったら、遠慮なく言ってくれ」 「あら、殊勝な心がけね。少しは使い魔としての自覚はできてきたのかしら」 あと十日も残っていないであろう、人間としての自分。 帰るという選択肢は、今のところない。できることなら帰りたいけれど、自分一人だけ帰るわけにはいかないから。 約束を守れなくてごめんと、地球に残してきた斗貴子に心中で詫びた。 死ぬという選択肢は、今こうして、人としての最後を面倒見てもらうことになった。 できれば自分で始末をつけたかったが、そうもいかないらしい。ならば、せめて人間としての生を、死の世界ではなく、この世界で。 そこだけ、今も月に独り居るであろうヴィクターに詫びて、カズキは納得することにした。 「そうじゃないけれど…ところで、その使い魔ってなにすんの?」 「あんたもう少し歯に衣着せなさいよ。そうね、まず代表的なもので、主人の目となり耳となる。感覚の共有っていうのがあるわ」 「感覚の共有?」 「要するに、あんたの見たもの聞いたもの、わたしも見たり聞いたりできるってこと。 …けど、だめね。何も見えないもの。平民だからなのかしら?」 ルイズは既に幾度も試したのだろう。嘆息交じりにそう告げてきた。 「ついてないね」 「で、次に使い魔は、主人の望むものを見つけてくるの。例えば秘薬とか」 「なにそれ」 「特定の魔法を使うときに使用する触媒よ。硫黄とか、コケとか…」 「ふーん」 「あんた、そんなの見つけて来られないでしょ。秘薬の存在すら知らないのに!」 「難しいかなぁ」 ルイズの語調はどんどん荒くなっていった。化物になりつつある平民。だが、使い魔としてもやはりいまいち使えないようだ。 「そして、これが一番なんだけど……使い魔は、主人を守る存在でもあるのよ! その能力で、主人を敵から守るのが一番の役目…そういやあんた、なんか闘ってたんだって?」 先刻のカズキの話。なんでも戦いに巻き込まれた、とか… 「ああ。‘ホムンクルス’っていう、人間を襲う化物と闘ってたんだ」 脳裏に蘇る、様々な思い出。最初の‘死'。‘力'の発動。斗貴子との出会い。戦いの日々―― 「なにそれ。んで、今度はあんたがその化物になっちゃうっての?間抜けな話ね」 そう言われて、カズキは思わず頭を垂れた。元はといえば、無防備を装った斗貴子を助けようと突っ走ったところから、すべては始まっている。 「それを言われると……」 「ま、いいわ。その言葉、丸々全部鵜呑みにするわけじゃないけど、多少腕に覚えありってことでいいのよね」 あまり期待してる風でない語調で。どれだけやるか知らないが、所詮は人間。詠唱中の壁にはなるだろうとか、そう断じた。 「まああとは、そうね…洗濯や掃除、その他雑用ね」 「ふーん。ま、良いけど」 一応こちらも、学生寮で生活していた身だ。多少の雑務をこなせる自信はある。 「さてと、そろそろ良い時間ね。わたし、ちょっと勉強するから。あんた適当に暇でも潰してなさい。 とりあえず、何処かに勝手に行こうとしないこと。いいわね」 「わかったよ。ところで、そろそろ携帯返してくんない?」 未だに、カズキの携帯はルイズが持ったままである。手を差し出し 「は?なんで?」 「いや、それオレのだし…」 「使い魔の物は主人の物でしょ?」 至極当然、といった調子でそう言いのけるルイズ。差し出した手はむなしく宙を掴んだ。 「…良いけどさ」 おそらくこちらでは、バッテリーの充電も行えないだろう。となれば、いずれルイズには無用の長物になる。その時に返してもらおう。 やがて、携帯とランプを机の上に置き、ノートとテキストに向かうルイズ。 本当にやることがないので、部屋を見回してみる。数々の調度品がそこかしこに並び、実に貴族の部屋、という印象を受ける。 やがてそれにも飽き、ルイズを後ろから覗いてみると、ノートやテキストに、知らない文字が躍っていた。 ルイズが自分たちの文字を知らないのだから、自分だってルイズたちの文字はわからない。そりゃそうか、とカズキは思った。 次いで、自分の手の甲を見る。蚯蚓腫れのようなルーンが、うっすらと光っている。どうも、文字の種類が違うように思えた。 「なぁ、これってなんだろ」 勉強中のルイズに、手の甲のルーンを見せた。 「あぁ。それ、わたしの使い魔だっていう証拠みたいなもの…なんだけど、そういやちょっと光ってるわね。あんた本当になんなの?」 肩越しに見たそれに、そんなことを言われ。普通は光ってないのか、とカズキは思った。 やがてまた黙々と勉強を進めるルイズ。あれだけ集中できるなんて、よくやるもんだと感心する。自分だったら十分以内に寝てしまうだろう。 そのうちに暇をもてあましたカズキは、窓から外を、空を見上げた。 「…へ?」 大きな月が二つあった。色の違う、二つの月が、悠然と大地を見下ろしている。 「さっすがファンタジー。月が二つもあるんだ」 あっさりカズキは納得してしまった。 「二つも、って、普通月は二つでしょ」 肩越しにルイズ。ファンタジー?と首をかしげている。どうやら、勉強はもう終わったらしい。 「オレのいたところじゃ、月は一つだけだったからね」 「へぇ。そうなんだ」 興味なさそうに返すルイズ。机の上のものを整理し、ランプを手に箪笥のほうへ向かう。 「勉強、もう終わったの?早いね」 「別に、さっと復習しただけだもの。さ、今日はいろいろあったし、もう寝るわ」 すると、あくびをするルイズ。 「そういや、オレはどこで寝ればいいんだ?」 ルイズは、床を指差した。 「…いや、別にいいけどさ」 一週間、簡易テントでの野宿をした経験もあるカズキだ。多少は耐性がある。 女の子と一緒の部屋というのが、少し抵抗があるが、同じベッドでないならそれも問題ないだろう。 「しかたないでしょ。ベッド一つしかないんだもの。ほら」 それでもルイズは、毛布を一枚投げてよこしてくれた。 それから、ブラウスのボタンに手をかけ、一つずつ外していく。 下着が顕わになるとカズキは慌てた。 「ちょ、ちょっと待った!何してんの!」 「何って、寝るから着替えるのよ」 キョトンとした表情で答えるルイズ。 「いやいや!せめてオレの居ないとこで着替えようよ!恥ずかしくないの!?」 「はぁ?あんた、使い魔でしょ?使い魔に見られて、なにが恥ずかしいのよ」 カズキは唖然とした。元の世界でも化物扱いされ、様々な刺客を送られて殺されかけたが、まさか、こっちでもこんな風に人間扱いをされないとは思っていなかった。 まひろでも、もう少し恥じらいとか、あるだろ~? 自分とよく似た、天真爛漫な妹を思い出す。そのまひろにも、心の中で何故かごめんと謝って。 カズキは毛布をひっつかんで、頭から被った。流石にこれ以上見るのはまずい。 「じゃあ、これ、明日になったら洗濯しといて」 なんだろうと手にとって見ると、レースのついたキャミソールに、パンティであった。カズキは顔が熱くなるのがわかった。 手に取ったそれから目を逸らし、ルイズのほうを向きながら 「さ、流石に下着は自分で洗えよ!」 と言った途端、また目を逸らした。ルイズはネグリジェを着ようとしている最中だったからだ。 ランプにぼんやりと照らされた肢体が、一瞬視界に入り、網膜に焼きついた。 毛布に包まり、脳内で、斗貴子さんごめんまひろごめん、とカズキは謝り続けた。 「あんたね、誰がこれからあんたを養うと思ってんの?誰があんたのご飯を用意すると思ってんの?ここ、誰の部屋? あたしの使い魔なんだから、掃除洗濯、その他雑用は当然よ。いいわね」 無感情な声が飛び掛ってくる。 なんだこれ、あと数日、こんな風に過ごすのか、オレは。 そう思うと、なんだかやるせなくなった。が、毛布に包まり、横になった途端、それまで忘れていた疲れが、どっと押し寄せてきたのも事実。 使い魔、か…良いさ。もうすぐ終わるこの命、精いっぱいやろう。 そんな風に考えていて、やがて灯りが消えると、カズキは沈むように寝入ってしまっていた。 前ページ次ページ使い魔の達人
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2539.html
――――――――――予告―――――――――――― ―――空に浮かぶは二つの月 ―――世界を統べるは魔法の力 今、ハルケギニアを舞台に新たな物語が始まろうとしていた。 少女の声に呼ばれ、異世界から召喚されし一振りの魔剣を持つ少年。 彼は侵魔から地球を守る為、過去に忘れ去られし古の力―魔法―を駆使して戦う魔法使い"ウィザード" ――その少年の名は柊蓮司。またの名を「下がる男」―― 柊蓮司「そのネタはもういいんだよっ!」 ≪虚無と夜闇の魔法使い≫ ――少年と少女が出会った時、世界は新たな歴史を紡ぎ出す。 異世界の住人である彼は、この世界に何を齎すのか! 柊蓮司「お、俺の魔剣がーっ!?」 ルイズ「魔剣が無ければ只の"使い"ね」 キュルケ「"使い"よね」 タバサ「……"使い"」 柊蓮司「……orz(落ち込んでいるらしい)」 そして、彼がこの世界に召喚された本当の意味はっ!! ギーシュ「た、只の平民が魔法を使うだと――!」 キュルケ「同じ属性を持つ者通し、仲良くしましょ」 デルフ「おでれーた。まさかお前が「使い手」とはな」 タバサ「…もしかしてアレは」 ルイズ「嘘っ!嘘よそんなのっ!!」 ???「…まさかこんな場所で会えるとはね。柊蓮司」 柊蓮司「ま、まさかお前はあの――!」 ――キミはこの衝撃に耐える事が出来るか!?―― 柊蓮司「――俺が、お前の力になってやる」 ルイズ「レンジ…」 ――――なお、本編は予告無くその内容が変更される場合があるので、予めご了承下さい。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8233.html
前ページ次ページBRAVEMAGEルイズ伝 第一章~旅立ち~ その5 チャンバラ・バトル 「諸君……決闘だ!」 ギーシュの極限まで格好つけた宣言に、集まった生徒たちは大いに沸き立った。 女子生徒の黄色い声援、男子生徒の興奮した雄叫びに広場は一時騒然となる。 だが騒乱の中心であるムサシはまるで動じることもなく、仁王立ちしていた。 圧倒的な自信を掲げ、ギーシュはそんな彼を一睨みする。 「『ごめんなさい』と言えば……まだ間に合うよ?」 「御託はいい、さっさとやろうぜ」 ムサシはそんな挑発には乗らず、にべもなく応じる。 立派な眉は釣り上がり、口元を引き締めたまま、腰の真雷光丸を抜き放つ。 そんな態度にギーシュはやれやれ、と肩をすくめた。 「まったく聞き分けの無い子どもだ……平民と貴族の絶対的な差というものがわかっていないらしい」 ギーシュが薔薇を振り、花びらがひらりと舞い落ちる。 その花びらはみるみるうちに鎧兜を纏い、剣を掲げた女性像へと変化した。 「二つ名は『青銅』!土のメイジである僕にとって……このゴーレムが君の剣に相当する。 ああ、僕は戦わないから二対一では無い、卑怯とは言わないでもらうよ。 だがそれでも君のようなちっぽけな子どもが楯突いてどうにかなるわけでも─」 「御託はいいって言ってるだろ、おしゃべりだなあお前」 こういう長ったらしく講釈を垂れる奴にロクな奴はいない。 ムサシは剣豪らしく、バッサリと前口上を切り捨てる。 ギーシュの余裕たっぷりの笑みが、引きつった。 「……行け!ワルキューレ!」 「大変です、オールド・オスマン!」 「なんじゃね騒々しい」 学長室にてオスマンと呼ばれた立派な髭の老人が、厳格な佇まいでコルベール教師を待っていた。 この人物が普段は傍らの秘書にセクハラを咎められ続けているなどと、知らぬ人が見れば誰が信じられようか。 「これはミス・ヴァリエールの召喚した使い魔に刻まれたルーンです。 そして、こちらが『ガンダールヴ』のルーン……見てください、一致しています!」 「ほー……」 普段の冷静な物言いが影を潜め、捲し立てる。 よほどの興奮なのだろう。 「それで……君の結論は?」 「つまりですね、あの少年は『伝説の使い魔』であったのです!一大事でしょう」 興奮してツバが飛ぶコルベールをしっしっと手でおいやって、オスマンはハンカチで顔を拭いた。 そしてため息を一つ。 「のうコルベール君。ワシも話でしか聞き及んでおらんが、10かそこらの子どもらしいのう。 本当に『あらゆる武器を使いこなした』と言われるガンダールヴなのか? それが分かるのは、あの子がせめて生徒たちと同じくらいに大きくなってからじゃろう」 「ハッ……確かに、こんなに小さい子どもでしたね」 コルベールが手を地面と水平にし、自分の腰から少し上ほどで止めた。 使い魔の少年の背丈は、大柄ではないオスマンよりもさらに小さい。 まったく騒ぎおって、と髭を揺らして肩をすくめた。 すると、またしても来訪者が訪れる。 「オールド・オスマン」 「おおなんじゃねミス・ロングビル」 コルベールよりもやや軟化した態度で応じるオスマン。 ロングビルと呼ばれた美女はさほど気にした様子も無く続けた。 「ヴェストリの広場にて決闘騒ぎが起きています。『眠りの鐘』の使用許可を求める声も教師たちから」 「たんなる子供のケンカに秘宝じゃと?よせよせ放っておいてもかまわんよ。で、誰が騒ぎの中心に?」 「ええ、ギーシュ・ド・グラモンが発端とのことで」 「あーあーあの女好きか、よう覚えておるよ、まったく親子揃って」 「もう一人は……その、ミス・ヴァリエールの召喚した少年……のようです」 「なんと」 オスマンの髭を撫でる手が止まった。 コルベール共々顔を見合わせる。 秘書に礼を言い下がらせて、『遠見の鏡』に向き直った。 「ったく、あの馬鹿!チビ!トンガリもみあげ!!」 口からまるでふたご山山頂からの激流のように溢れ出る悪態を垂れ流しながらルイズは走った。 もちろん彼女は必死で止めた、シエスタだって必死で引き止めた。 だけどムサシは止まらなかった、その小さな身体に怒りを込めて。 勝手にしろ、と怒鳴りつけてしまったら本当に勝手にしてしまった。 頭に血が登ってしまったルイズは、しばらくして泣き崩れたシエスタを見てようやく気がついたのだ。 このまま放っておいては、使い魔を失うことになると。 「始まって、ないでしょうね……?」 使い魔の安否を確かめる為、息急き駆けるルイズ。 主人の名誉を守るため、確かにその気持ちは嬉しかった。 しかし平民が貴族と決闘して生き残れるかと言えば、答えは否。 ギーシュも命を奪うまではしないだろうが、タダで済むはずがなかった。 「頼むから、間に合ってよ……!?」 「……」 「おいおいどうした貴族様!?」 広場は静まりかえっていた。 無論、決着がついたからではない。 襲い来るワルキューレに対し、ムサシが飛び出した。 そこまではよかった、誰もが倒れ伏す少年の姿を想像しただろう。 「ば……馬鹿な!?」 「へン!どっちが馬鹿かは……もうすぐ分かるぜ!」 ムサシが放った突きが、倍ほども差があるワルキューレの体をふっ飛ばした。 ギーシュの目が見開かれ、皆が息を飲む。 そのまま青銅の体は広場に叩きつけられ、たんなるくず金属へと成り果てる。 そして、その真ん中にはまあるい穴が空いていた。 「わ、ワルキューレ!!」 現状にいち早く気づいたギーシュが、ワルキューレを限界の6体まで出現させる。 今度は槍、斧、メイスなど様々な武器を携えていた。 「おいおい、ギーシュが本気だ!」 「まぐれで一体倒されたとは言え、子どもだぞ?大人気無いな!」 ちらほらと聞こえる野次に反論する余裕すらなかった。 曲り形にも武人の血を引く彼は察したのだ。 まぐれなどではない、目の前のこの少年は自分など簡単に切り伏せられる実力を隠していると。 「おい、一対一はどうしたんだ!?」 「かかれッ!!」 この子どもは只者では無い。 ギーシュは自分の額がじわりと汗で濡れるのを感じ取った。 もはや自分の手がいかに卑怯かなど、考える余裕を無くすくらいに。 「ああ、あんなに小さい子に6体も?ひどいわねえ……しかしあなたがこういうの見るなんて珍しい」 「……無謀」 観衆の後ろの方、キュルケとタバサもまた観戦していた。 キュルケの方はムサシをいくらか気に入っているらしく、いざとなったら介入する腹積もりでいた。 しかし、ルイズのやっと手に入れたパートナーをみすみす失わせたくないという気持ちもある。 本人は認めないだろうが、彼女もまたタバサと同じく放っておけない存在なのだ。 そのタバサも、どういうつもりかこの決闘を見つめている。 その手の本を閉じてまで。 「まあ無謀、よね。一度に6体なんてそこらのドットどころかラインレベルでも苦戦……」 「ちがう」 「へ?」 「あの子に挑むことが、無謀と言った」 タバサが発した久しぶりの10文字以上発言を理解するのに、若干時間がかかる。 キュルケがぽかんとしたその瞬間、再びどよめきが沸いた。 走るルイズ、途中どこかで転んだかヒザからは血が滲んでいた。 ずいぶん遠く感じた広場が、そして人だかりがやっと見えてきた。 騒がしい、まさか既にムサシは。 「ちょ……どいて!どきなさい!!」 人並みを必死でかき分け、最前列を目指した。 ようやく見えたのは、ピンと跳ねたムサシのちょんまげ。 今まさにその周囲に、ギーシュのワルキューレが見えた。 それも、四方を囲まれて。 「ふ、はっはっは!さっきまでの自信はどうしたんだね!?」 「ちくしょー、汚いぜ!」 四方から一斉に打ち掛かられ、さすがの剣豪も防御に徹せざるを得ない。 腰に巻かれた汚い帯『ゲイシャベルト』の力でこの包囲網を飛び越えることも確かに可能だろう。 だがこれでは、防御を解いた瞬間に武器の一撃を食らってしまう。 先程までの不安を振り払ったようでギーシュはにやついている。 この状況をさてどうするか、と考えるムサシの脳裏には一つの技が浮かんだ。 (二天一流斬!ああ、レイガンドがここにありゃあなあ……) ムサシの持つ最強の必殺剣、二天一流斬。 真・雷光丸での防御から転ずる全てを切り裂く一撃だ。 しかしそれを放つには、もう一本の愛刀が欠けている。 その背に下がる空の鞘が、それを物語っていた。 「ギーシュ、弱いものいじめはそろそろよせよ!」 「やめてあげてよ!」 「ムサシーーーーーーーッ!!!」 様々な声が飛び交う喧騒の中で、ルイズは必死に叫んだ。 ムサシを傷つけて欲しくなかった。 ムサシに傷ついて、欲しくなかったから。 と、ルイズは傍に砕け散ったワルキューレが転がっているのに気がついた。 「……?これ、ギーシュの……」 ここまで砕けているとは、ギーシュはワルキューレ同士をぶつけでもしたのだろうか? だがしかし、重要なのはそこではない。 気づいたときには、群衆から飛び出していた。 ムサシの背には空の鞘。 教室で見せた、両手で振るう箒の凄まじさ。 (もう一本……あれば!!) 周りが止めるのも聞かず、転がるワルキューレの剣へと駆け寄った。 ルイズの腕には少々重たく、精一杯の力でその剣を持ち上げる。 こんな物が自分より小さなムサシに扱えるのか、という考えには思い当たらなかった。 わからない、わからないが、二振り揃ったムサシに適う奴なんかいない。 なぜかそう思えたのだ。 「重、た……い、のよっ!!この!!」 半ば転びそうになりながら、剣を全力でムサシの足元まで滑らせた。 (お願い、届いて!!) ルイズの切なる思いは、声にもならない。 ここまで形振り構わず走ってきた。 どうしてこんなに一生懸命になるのか? 馬鹿で言うこともきかない使い魔なんて放っておけばよかったのでは? 自問自答は、無駄だった。 答えがすぐに、出たからだ。 「私と一緒に……強く、なるんでしょ!!」 誰もいない教室、二人きりの約束。 「だから……」 それは傲慢かもしれない、だけれど主人から使い魔への指令。 いや違う、「たった一人のともだち」への強い願いだった。 「勝って!!」 その願いは、4体のワルキューレが真っ二つになることで叶えられた。 水平に流れた剣筋は、鋼をも容易く切り裂くだろう。 レイガンドでは無いものの、気合一閃の回転斬りだ。 「……っ!?」 ギーシュは眼を今まで以上に白黒させた。 呼吸が喉に引っかかってうまくできない。 何が起こったのか、まだ整理できない。 「ルイズ!待たせたな!」 下半身だけになったワルキューレをぴょんと飛び越え現れたムサシは、あちこち傷だらけだった。 しかしその眼に宿る気迫は、いつものままだ。 「これが……ムサシ様の二刀流だ!!」 右手には刀、左手に西洋剣。 『武蔵伝説』に語られるその姿そのものだった。 「両手に、剣?見たこともありません」 「何を言うとる、ガンダールヴは両手に武器を持ってたんじゃろう」 「はッ!?確かに!」 遠見の鏡で観戦していた二人は、ムサシの秘めたる力にただただ驚いていた。 否定的だったオスマンも目の当たりにしては色濃くなった可能性を認めざるを得ない。 しかし、何かが引っかかっていた。 「しかしのう……ワシはああいう奴の別の呼び名をいくつか知っとるよ」 「なんですと?」 「彼は……『サムライ』と呼ばれる。そのなかでも類稀な強さを持つものを『剣豪』と呼ぶらしい……」 「なんと!?お詳しいではありませんか、オールド・オスマン!」 「なに、昔の命の恩人の受け売りじゃよ。そのなかでも一番小洒落た呼び名は……そうじゃな」 懐かしそうに髭を撫で思案し、笑った。 かつての思い出の中で出会った彼の面影が、確かにその少年にはあったからだ。 「勇敢なる剣士『ブレイブフェンサー』と。そう、言われているそうじゃよ」 前ページ次ページBRAVEMAGEルイズ伝
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2558.html
ゼロと人形遣い 4 阿紫花は窓から差し込む朝日を感じて目を覚ました。 「んんっ?・・ああっ、そういやそうでしたね。」 まだ寝ぼけ気味の頭を回して思い出す。 自分はまた訳の分からない事に巻き込まれ、今度は異世界のような所に召喚されたのだった。 「今度お祓いでもしてもらいましょうかねぇ。」 そう言いながら煙草に火をつける。 一口吸ったところで、 「あっ!やっちまった!」 煙草に限りがあることを思い出した。 しかしいまさら火を消すわけにもいかず、そのままゆっくりと吸い続けることにする。 煙草が半分くらいまで減ったところで、すぐそこに散らばる衣類に気がつく、だが一瞬見ただけですぐに天井に目を向けた。 フィルターのギリギリまで吸ったところで、自分の対面にあるベットの上で毛布がモゾモゾと動き始めた。 「ふぁ~あっ・・・ん、あっあんた誰よ!?」 「さあ、アタシも訊きたいですねぇ?」 寝ぼけたことを言うルイズに、適当に返しながらほとんどフィルターだけになった煙草を揉み消す。 「ああっ、そうか昨日私が召喚した平民か。・・・はぁ、なんでよ。なんで私の使い魔が平民なのよ!そりゃドラゴンやグリフォンなんて言わないけど、せめて犬でも猫でもネズミでもいいから、もっとまともな使い魔が良かったのに!!」 阿紫花は、いきなり怒鳴りだしたルイズを『元気だねぇ』と思いながら眺めていた。 しばらくして落ち着いたのか、 「・・・服。着替えの制服を取って。」 「・・・お嬢ちゃん、そりゃアタシに言ってるんですかい?」 「当然でしょ!あんた以外に誰がいるってゆうのよ。さっさと着替えを取りなさい。そこのクローゼットに入ってるから。」 断ったら五月蝿いであろう事は昨日からのやりとりで分かっていたので、大人しく言うことに従い服を持って行ってやる。 「着せて」 「・・・」 おもわずため息を吐いてしまう。 「そんくらい自分でできるでしょう?」 「当たり前よ。あんた私を馬鹿にしてるの!」 ひたすら偉そうに言いながら睨みつけてくる。 その視線を受け流しながら、 「だったら自分でおやんなせぇ。」 「口答えするんじゃないわよ。貴族は使用人がいるときは自分で着替えはしないのよ。」 「そうは言ってもねぇ。その時には女が手伝うもんじゃないんですか?」 その言葉を鼻で笑って、 「使い魔に男の女も無いわ。ペットの前で着替えたってどうもないでしょう?それと同じよ。」 阿紫花はその言葉に一瞬目を細めたが、すぐに呆れた表情をした。 「生憎とアタシは脱がす専門でしてね。人様に服を着せたことなんてないんですよ。」 「へっ?」 ルイズは間の抜けた表情をしたが、すぐに意味を理解したのか、 「なっ、なな、なに言ってんのよ!」 急に真っ赤になって慌てだした。 その様子を黙ったまま見ていると、 「いいいっ、いいわ!着替えくらい自分でやるからいいわ!」 赤い顔のまま着替えに手を伸ばした。 「そりゃ良かった。そんじゃアタシは外に出てますぜ。」 「わかった。わかったから、さっさと出て行きなさい!」 言われるまでもなく部屋の外に出る。 その時、まるで計っていたかのようなタイミングで向かいの部屋の扉が開いた。 「あら、ルイズかと思ったら使い魔の平民じゃない。」 いい加減平民扱いにも慣れてきたので、特に気にしないことにした。 「はぁ、そうゆうアンタはどちらさんで?」 「私?私はキュルケ、『微熱』のキュルケよ。それで使い魔さんはなんて名前なの?」 「アタシですか、アタシは阿紫花ですよ。」 「アシハナねぇ、変わった名前なのね。ところであなたのご主人様はどこかしら?」 「ああ、嬢ちゃんならそろそろ出てくるんじゃないですか。」 そう言うと同時に、ルイズの部屋の扉が開いた。 「ちょっとアシハナ!あんた洗濯物を・・・ 「あら、おはようルイズ。あなたは朝から元気ね。」 「・・・おはようキュルケ。」 ルイズは不機嫌そうに挨拶を返した。 キュルケはその態度を気にした様子も無く。 「それにしても、さすが『ゼロ』のルイズね。まさか平民を使い魔にするなんて前代未聞じゃない。」 「ふっ、ふん。うるさいわね。私だって好きで召喚した訳じゃないんだから。」 「へぇ、そうなの?あなたにはお似合いだと思うけど。でも、やっぱり使い魔はこうゆう子じゃないとね。フレイム~。」 キュルケに呼ばれ部屋の中から巨大なトカゲのような生き物が這って出てきた。 「サラマンダーよ。すごいでしょう、ここまで鮮やかで大きい炎の尻尾は間違いなく火竜山脈のサラマンダーね。好随家が見たらよだれを垂らすわよ。」 「・・・まあまあね。良かったじゃない。」 「あら?『ゼロ』のルイズに誉めてもらえるなんて光栄ね。さすが平民を召喚する人は見る目があるわね。」 「なっ!」 そのままくだらない口喧嘩を始めてしまう。 そんなやりとりを横目に、阿紫花はフレイムと呼ばれたトカゲを観察する。 「きゅる?」 「見た目割にかわいいもんだねぇ。」 しゃがみこんでからゆっくりと手を伸ばし、頭を軽く撫でてやる。 スベスベとしていい手触りだ。 「きゅるきゅる。」 フレイムも嬉しそうに声を出したので、そのまましばらく撫で続ける。 それに気がついたキュルケが、 「フレイムがすぐに懐くなんて珍しいわね。やっぱり使い魔同士で気が合うものなのかしらね。」 そう言ってから、またルイズを見る。 「よかったわねルイズ。いちおうちゃんとした使い魔みたいよ。」 「うるさいわね!私が召喚したんだから当然でしょ。」 また再開しそうになるが、 「それはそうと嬢ちゃん達、時間は大丈夫なんですか?」 阿紫花が声をかける。 そこでやっと思い出したように、 「確かに、そろそろ食事の時間ね。じゃあねルイズ、それから使い魔さん。行くわよ~フレイム」 「きゅる、きゅるきゅる。」 キュルケはウィンクをして歩いていってしまった。 フレイムは一度だけ阿紫花を見てから、その後に付いて行った。 彼女らの姿が見えなくなると、 「き~~~、悔しい!なんでキュルケの使い魔がサラマンダーで、私の使い魔が平民なのよ!」 「さあねぇ、日頃のおこないじゃないですか?」 「うるさい!私のどこが悪いっていうのよ!そもそも平民の癖に口答えばっかりするんじゃないわよ!」 「はいはい、わかりましたよ。」 「わかってないわよ!」 まだ何か言いたそううだったが、思いとどまったように、 「まあいいわ。確かに時間もないしね、さっさっと食堂に行くわよ。」 不敵に睨みつけてから先に歩き出した。 『こりゃ、なんか変なことでも考えてんな。やっかいなガキに捕まったもんですねぇ。』 そう思ったが、腹が減っているのも確かなので大人しくついて行こうとする。 そこでふっと思いつく。 『そういや、あたしの災難は子供がらみばっかりだなぁ』 おもわず苦い顔をしてしまう。 「この世界にもお祓いしてくれる場所はあんのかねぇ・・・」 そう呟いた阿紫花の顔には小さいが確かな微笑があった。 まるで楽しかった過去を思い出しているかのような・・・。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8685.html
前ページ次ページ魔法少女ゼロ☆ベル ズドーン! もう何度目になるかはわからない[失敗]を繰り返しルイズ・フランソワーズは歯ぎしりしていた。 今日は進級に必要な使い魔招喚の儀式の日である。 前日まで夜通し復習を繰り返しゼロの二つ名を返上しようと意気込んで来たもののやはり[成功]する事が出来ないルイズに対し同学年のクラスメイト達は無情にもヤジを飛ばす 「いい加減にあきらめろ!ゼロのルイズ!」 「私達にはこの後の予定がありのよ!諦めなさい」 本来これらの野次を収めるべき立場の教師コルベールもこの後の進行に支障がきたすと判断し、ルイズに最終通告を出すのであった。 「ミス・ヴァリエール、残念ですが次の招喚で最後とします!」 ルイズは反論しようとしたが自分が成功していないせいなので、分かりましたと杖を構え直した。 (今までの失敗はきっと集中力が足りなかったせいだわ。神さまはこんなにも努力している私を見捨てるはずが無い!) 確かに神は見捨てはしなかった。少しひねくれた形でだが… 「宇宙の果てのどこかにいる私の使い魔よ!私の導きに答えなさい」 勢いよく振った杖の先で今までの爆発を大きく凌駕する爆発が起きた。 「ケホ!ケホ!結果は!?」 爆発後には何かがいた。しかも動いていることから生物である事が確認された。 爆風を免れて遠巻きで見学していた生徒達は召還された者をみて感想を叫ぶ 「見ろ!ルイズがでかい怪物を召還した」 「いや、あの体つきはサイクロプスあたりだろ」 爆風が収まらないが、砂煙に写っている影で推測するにルイズの身長の2倍以上はあろうかというぐらいの身長、さらに体格もガッシリしているのがよく分かる。 ルイズはガッツポーズを心の中で決めた。なにしろ初めての成功なのである。 しかし影の発した言葉で一気にどん底に落ちてしまうのであった 「あのーここはどこですか?」 てっきりオークかサイクロプスあたりであろうと思っていたものが、いきなり喋りだしたものだからあたりはパニックになりかけた 「オークが喋った?!」 「まさか神官クラスか?」 一般にオークと言っても何種類も存在するのがハルケギニアである。兵卒クラスとそれら束ねる神官クラスがあり神官クラスになれば人語を話せるまでに頭はいいのである。 ハルケギニアではオークは人を襲う種族で神官クラスともなれば強い部類に入るので教師コルベールは緊張した。 「ミス・ヴァリエール!下がりなさい!」 すぐに生徒を守れるように杖に手をかける。 しかし砂煙が落ち着き召喚された者をよく見ればそれは(人)であった。 その(人)は確実にオークやサイクロプスと勘違いされそうな見事な筋肉の持ち主であった。 腕の太さだけでも人の頭以上の太さがあり腹筋背筋もどうやったらそこまで肉がつくんだ!といわれるぐらい筋肉の固まりである。 その当人はなぜ自分がここにいるのかわからないといった感じでキョトンとしていた 「あんた誰よ?」 ルイズは嫌な予感がしていた。目の前の人物は明らかに人である。しかし筋肉以外で目に付く者は特に無かった。もしかして私はよりによって平民を喚んでしまったのではないか? 「私は高田厚志という者だけどここはどこなのかな?お嬢さん?」 子供扱いされムッとしたが、とりあえずここはハルケギニアのトリステインであると教えると男はムーと考えこんでしまった 「ちょっと!トリステインを知らないの?どこの田舎者よ!それと私の名前はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールというれっきした名前があるんですからね!」 あろうことか平民を召喚してしまった事に対し彼女はどうしても認めたくなかったためコルベール教師にやり直しを求めた。 「コルベール先生!やり直しを要求します」 あろうことか平民を召喚してしまった事に対しルイズはどうしても認めたくなかったためコルベール教師にやり直しを求めた。 「ミス・ヴァリエール、先ほども言いましたが次で最後だと私はいいました。あなたが契約しないのならばあなたは進級できませんよ?」 ウッとルイズは呻いてため息を吐いた。 このまま契約するしか無い事を悟るとルイズは厚志の所に近づいた。 「本当は貴族が平民に対してする事じゃないんですからね!あんたデカいのよ。しゃがみなさい!」 とりあえず現状がわからない厚志は言うことを聞くことにした。 ルイズが呪文を唱えていきなりキスを行い左手に何か文字らしき物がきざまれていくのであった。 「これは?」 左手に刻まれた文字らしきものに対して尋ねる。 「それは使い魔のルーンですよ。どうやらコントラクト・サーヴァントは一回で成功したようですな」 コルベールは刻まれルーンのスケッチをとり、ついでに魔力の有無を確かめるため、ディティクト・マジックを密かにかけた。 「ン?ああ、全員召喚の儀式は終わりましたね?では一度解散します!」 コルベールが告げると他のクラスメイト達は、ルイズに野次を飛ばしつつ学園に帰っていった 「おい!ルイズ!お前はそこの平民と歩いて帰ってくるんだな!」 「ヤッパリ(ゼロ)だ。平民を召喚するなんてな!」 他の生徒達のフライを見て厚志は驚く。自分が元いた場所でも自力で飛べるものは少なかったのである。 それもほとんどが魔族か天使だったので人間が自力でごく当たり前に飛んで行くのには驚いているのであった。 「ホラ!ボーとしてないで、さっさと行くわよ!」 ルイズに促され後をついて行こうとした際にふと疑問を口にする。 「君は飛ばないのかい?」 ルイズの表情が一瞬暗くなったが「あんたに合わしてあげてるのよ!」と言い捨てていった。 ルイズの案内で到着したのはまさに城であった。ルイズ曰わく、ここが魔法学校であるらしい。 自分のいた世界ではこういった古風な城は珍しかったので厚志は興奮していた。 ルイズの部屋で使い魔の役割の説明を受けていた。 「まず使い魔と主人は感覚を共有できるらしいんだけどそれは全然感じないわね?」 「ああ、全くね。」 「2つ目は主人が欲しがっている物を取ってくるのが使い魔よ!」 「それは具体的には?」 「そうね~。秘薬の材料だから硫黄とかね。」 「まあ硫黄とかなら、ある場所さえ教えてくれれば取ってくるよ!」 「そ、そう?普段は危険な所にあるから取りにいかせるんだけど…」 「3つ目は主人を守らなければいけない、つまり盾だけれどあんた何なの?傭兵?」 「いや、私はボディビルダーだ!」 「ボディビルダー?何それ?」 「筋肉をいかに美しく人に見せつけるかを徹底的に追求した者達の事だ!」 筋肉を見せつけボディビルの説明をする厚志に対して、ルイズは完全に引いているのであった 「とりあえず今日はもう遅いし寝ましょう!私の下着は明日洗濯しておくように!これも使い魔の仕事なんですからね!おやすみ!」 「やっぱり違う所に来てしまったんだな」 2つの月を見ながら厚志は呟くのであった 前ページ次ページ魔法少女ゼロ☆ベル