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前ページ次ページゼロの使い魔ももえサイズ ついに登場! 大人気ピチピチ猟奇SS 「ゼロの使い魔ももえサイズ」 「宇宙の果てのどこかにいる、私の下僕よ! 強く、美しく、そして生命力に溢れた使い魔よ! 私は心より求め、訴えるわ。我が導きに応えなさい!」 トリステイン魔法学院の女生徒であるルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは威厳たっぷりに言ってみせたのだがこれが何十回目の事なのかは覚えていなかった。 しかし、始祖ブリミルは彼女を見捨てることはなかった。 「あーーーーーーーーーーっ!!!!!!!」 上空で何かが光ったかと思うとルイズの元めがけて人が落ちてきたのだ。 「危ないっ!」 どしーんという大きな音がして周りには砂煙が舞っていた。 危険を感じたミスタ・コルベールはとっさのタックルでルイズはなんとか回避することができた。 「ふぅ………ここが私の通っている学校か。いつのまにか急に古風になっちゃって。」 彼女は肩にツメらしきものをつけて、紫色の装束に身を包み、 膝元には大きな鎖がつけられていて、足元には狂犬の首があった。 とにかく彼女がこの世界のものではないということだけは一目見てわかった。 「………あんた、誰?」 「私? 私の名前はももえ、死神ももえだよ。 あんたは?」 「変な名前ね……私はルイズ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ。ところであなた何者なの?」 「いやー どうやらここに悪魔がいっぱいいるって聞いて来たのはいいんだけどさー」 そう言ってももえは大きなカマを取り出した。 「一体そいつはどこにいるのかなーって」 そしてそのままカマを振り回し始めた。 「あわわわわ!!!! あああああ、危ないでしょ! そんなもの振り回しちゃ。」 ももえがカマを振り回すごとに風がびゅんびゅん鳴って周りの生徒たちはそれに慄くばかりであった。 「まあこうやってあぶり出しでもすれば悪魔も出てくるんじゃないかなーってね。」 ???ものしり館??? ※あぶり出し 乾燥すると無色となる液体で文字や絵を紙などに書き、それに熱を加えてあぶることで成分に酸化などの化学変化をさせて見えなかった文字、絵を表示させるもの。 転じて、あるものの裏に隠れていた対象を、隠していたものから浮き上がらせるという比喩表現にも使われている。 ももえは一心不乱にカマを振り回し続ける。 「きゃああああーーーーー!!!!!!」 「うわーーーーーーー!!!!!!」 「皆静まりなさい! それとミス・ヴァリエール、いい加減に彼女を取り押さえなさい!」 その状況をぼーっと眺めていたルイズだったがコルベールの一言によって現実に帰ると、とりあえずももえを取り押さえることにした。 「モモエ! とにかくその危険なものを振り回すのはやめなさい!」 ルイズは彼女の腰をつかんだ。彼女の露出させた腰はとてもつかみ心地がよくてそのままトリップしてしまいそうな――― 「いたーーーー!!!!」 あぶり出された悪魔が姿を現した。ももえにしか見えないのかと思っていたがルイズの目にもはっきりと確認することができた。 「あれが……悪魔。」 それは真っ黒な色をした一つ目で少し毛のようなものが数本生えていて、とても気色悪いシロモノであった。 「たぁッ」 それを見たももえは躊躇することなく悪魔めがけてカマを横に振った。 最もその一瞬の間に悪魔は姿を消し、代わりに取り付かれていたサラマンダーが顔を出した瞬間――― ドシュッ サラマンダーの首が宙を舞った。そしてその首は地面に落ちることなくどこかへ行ってしまった。 「あ、あんたなんて事を…………」 ルイズはももえを指差しながら、体を震わせてサラマンダーの持ち主に必死にアピールしていた。 目線で「私はやってない。悪いのはこの女よ。」とアピールしていたのだが、 「大丈夫だった、フレイム?」 サラマンダーの使い魔の持ち主はももえに近づいて頭をなで始めたのだ。 『ももえのカマで斬られた者の存在はこの世から存在が抹消されてしまう。 そして存在保存の法則により、その存在はももえが肩代わりすることになるのだ!』 とりあえずももえはサラマンダーらしく持ち主である彼女めがけて火を噴いてみた。 「ごーっ」 その威力はすさまじく、彼女を黒焦げにさせた。 「あの………大丈夫かしら、キュルケ?」 ルイズがおそるおそる聞いてみるとキュルケは笑顔で 「ぜんぜん平気よ、むしろ涼しいぐらいだわ。」 と答えたのであった。 「ミス・ヴァリエール、早くこの彼女とコントラクト・サーヴァントの儀式の契約をしなさい。」 「ええっ!?」 きまりとはいえ、ルイズはかなり嫌な顔をした。武器を持っているとはいえこんな娘と契約を結ぶのはごめんだ。危険すぎる。 「ミスタ・コルベールやり直しを 「ごーっ」 フレイムの能力を使ったももえの火が彼女を襲った。ついでにももえは周りめがけて意味もなく火を噴き始めた。 後ろのほうで「何やってんだよ、キュルケ。自分の使い魔なんだからちゃんとしとけよ。」とか、 「ごめんごめん。この子、ちょっとやんちゃだから。」 とか言ってキャッキャウフフな世界が繰り広げられていたのだがルイズは無視することにした。 ルイズは自慢の髪が黒焦げにされて腹が立ったが、これ以上何かすると持っているカマで切られるかもしれないから何も言うことができなかった。 「やり直しは認められない。 もしこの召喚の儀式が不成功ならば君は留年だ。」 「ダブり!?」 その言葉にももえはいち早く反応した。明らかにルイズに留年を期待している視線を注いでいたがルイズはそれに屈することなく彼女を使い魔にすることで妥協することにした。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ……」 ルイズはももえに唇を合わせてとっとと契約の儀式を終わらせた。 しばらくするとももえの体が光りだし、体に使い魔のルーンが刻まれた。 「ふむ………これは珍しいルーンだね。」 そう言ってコルベールはももえに刻まれたルーンを熱心にスケッチしていたが、ももえの頭の中ではせっかく自分に留年仲間が出来ると思っていた期待が外れたのとファーストキスを黒焦げでアフロになったままの女の子に奪われたショックでかなり落ち込んでいた。 「はぁ………」 ルイズの部屋に戻っても、ももえは体育坐りの姿勢で落ち込んだままだった。ルイズはそんな彼女をあの手この手で慰めなければならなかった。 「はぁ………」 「ったく、いい加減にしなさいよ! いつまでそうやって落ち込んでるのよ!」 数時間後、ルイズはとうとうキレてしまった。 そしてどうでもよくなってきて適当にその辺で寝かせてやろうと思っていたのだが――― 「サイズラッガー!」 突如立ち上がったももえはいきなり持っていたカマをブーメランのように投げつけた。 ???ものしり館??? ※サイズラッガー 死神ももえの必殺技。カマを回転させながら相手に投げつける事が出来る。 この世界でガンダールヴの能力を手に入れた彼女だが元々カマを120パーセント以上も活用しているのであまり意味は無い。 ルイズは思わずそれをよけた。そしてカマは窓を破ってそのまま地面へと向かい――― 「ギャッ」 生徒の誰かが真っ二つに切られたのだがルイズはそれが誰なのかわからなかった。 「あ、私ダブりじゃなくなってる。」 どうやら斬られた生徒は上級生だったようだ。その事実に気づいたももえは嬉しくなって思わず部屋の中で小躍りした。 ルイズは見知らぬ上級生に対して冥福を祈ったのであった。 「ところでなんで急に元気になったの?」 「いや、ちょっとむしゃくしゃしてたから。まーでも元の学年に戻ったからどうでもいいや。」 ルイズは始祖ブリミルが自らを見捨てたのではなく試練を課したのだということに気づいた。 こうしてルイズと使い魔だという事実をよくわかっていないももえの生活が始まったのである。 『ももえのカマで斬られた者の存在はももえが肩代わり 上級生を斬ったのでダブりであったももえは本来の学年に戻ります。』 ※おわり これまでのご愛読、ご支援ありがとうございました。 ※次回から始まる「ゼロの使い魔死神フレイム二年生ももえサイズ」に乞うご期待!!! 前ページ次ページゼロの使い魔ももえサイズ
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 霊夢が正体不明のキメラと戦ってから早三日目―― トリステイン魔法学院にある食堂の朝は早い。 日が昇る二時間前に食堂の厨房で働いているコック達が起床し、朝食の支度を始める。 魔法学院に在学している生徒や教鞭を取っている教師たちは勿論、学院の警備を担当している衛士隊の分もあるのだ。 給士達もそれに見習うかのように起きてテーブルクロスを敷いたり、パンやフルーツを入れる為のバスケットを用意する。 ハルケギニアでも一、二を争う名門校と言われているだけあってかその動きは洗練され、そして無駄がない。 一部の給士達は仕事の合間に軽い会話を交えてはいるものの、手の動きが一切乱れていない程である。 料理を作るコック達もまた一流揃いであり、料理長に至っては自分で店を開いても充分やっていける程の腕を持っている。 他の者達もまた料理の腕には大いに自身があり、また料理長の性格もあってかお互いを信頼しあって働いていた。 そうしてゆっくりと、しかし確実に朝が訪れていようとしているなか、食堂の近くに作られた水汲み場に、一人の少女がいた。 彼女が着ている長袖のブラウスに白いフリルが付いた黒のロングスカートは、魔法学院の生徒達に支給されている制服ではない。 かといって教師と呼ぶには余りにも幼く、だけど子供と呼べる程小さくもない。 しかしウェーブのかかった金髪はまだ寝癖がついており、それが何処か子供っぽさを演出している。 人形とも思える程綺麗な瞳が入った眼はとろんとしており、まだベッドに潜っていたいという願望が浮かんでいた。 そうしたければ、紐を使って背中に担いでいる箒を使ってすぐにでも自分が゛居候゛しているもう一人の少女の部屋へと行くことが出来る。 ただそれをすると部屋の主に怒られるだろうし、何より寝起きに説教というのはキツイものがある。 それに、今こうしてわざわざ日が昇る前に外へと出た一番の原因は自分の不甲斐なさであった。 両手で持っていた籠の中に入っている゛大量の洗濯物゛を見て、少女は溜め息をつく。 「まったく、霊夢を相手にジャンケンなんてどうかしてたぜ…」 少女、魔理沙は後悔の念が混じった独り言を呟きながら、3人分の洗濯物を洗い始めた。 それから軽く一時間ぐらい経ったであろうか、女子寮塔にあるルイズの部屋では霊夢が目を覚ました。 ベッド代わりに使っている大きなソファに寝そべったまま目を開けると、数回瞬きをする。 右の耳からは暖炉の中に入れていた薪がパチパチという乾いた音を立てて部屋の中を暖めていた。 (あぁそういえば、魔理沙のヤツは洗濯に行ってるのよね…) 次に眼を動かして、魔理沙がいないのとルイズが未だ寝ているのを確認した後、ゆっくりと上半身をおこした。 体の上にかかっていた柔らかいシーツをどけると大きな欠伸をし、枕元に置いていた靴下を手に取る。 今水汲み場で洗濯をしているはずの魔理沙と同じ眠たそうな顔でもたもたと靴下を履き、その足をソファの上から床に下ろした。 途端無機質らしい冷たさが足から入ってジワジワと体中に浸透していき、頭の中もスッキリしてくる。 段々と意識がハッキリとしていくのを感じながらも、霊夢はゴシゴシと目を擦るとテーブルの上に置いていた自分の着替えへと手を伸ばした。 その向かい側には魔理沙が来ていたであろう白地に黒い星の刺繍があるパジャマが脱ぎ捨てられている。 「相変わらず、片づけとかそういうのが出来てないのね」 霊夢はポツリと呟き、ゆっくりと自分が来ている寝間着を脱ぎ始めた。 ◆ 以前ルイズと共に幻想郷に帰り魔理沙を連れて再びこの世界へと戻ってくる前に、神社にあった私物を幾つか持ってきていた。 といっても大した物はなく精々愛用している湯飲みや急須、戸棚に入れていた茶葉などである。 本当なら茶菓子も持っていきたかったのだが、ごっそりと消えていたので結局持ってこずじまいになってしまった。 その中には当然替えの服や下着もあるのだが、それを見ていたルイズは有り得ないと言いたげな表情を浮かべて言った。 「信じられない…なんで着替えの服が少ないうえに似たような服ばっかりなのよ!」 そう、下着はともかく箪笥に入っている服という服が全てが紅白の巫女服なのである。 一応細部に違いがあるものの、全体的なシルエットは殆どおなじであった。 更に数も少なく、精々六、七着程度しかない。 よそ行きや私服、パーティー用に会食用、礼服といった着替えを数十着くらい持つのが基本である貴族のルイズには信じられないことであった。 しかし霊夢には当然そんなことなど関係なく、その時はふ~んとだけ言って軽く流していた。 ◆ (そういえば…私ってあまり服なんかに興味が沸いたことなんかなかったわね) 服の着替えが終わり、姿見の前に立って頭に付けたリボンの調整をしつつ、霊夢はふと思った。 人里からかなり離れている神社に住んでいるということもあるが、霊夢は服に関してはあまり興味が無い。 無論一切無いということはないが、それでも彼女ほどの年齢の少女ならば、普通自分の服やアクセサリーにかなりの興味を示すものだ。 実際霊夢の周りにいる魔理沙やアリス辺りなんかは興味があるのか、時折人里で買ったり自宅でアクセサリーや服などを自作している。 そしてこの部屋の主であるルイズも例に漏れず、クローゼットには様々なドレスがありタンスの中には装飾用の宝石や指輪も幾つかあった。 このように女の子というの生物は、自然と身の回りを綺麗な物で囲みたいお年頃なのである。 だがしかし、そんな少女の中に霊夢という例外は存在していた。 (まぁ…あまりそういうのには興味がないし…何よりも考えるのが面倒だわ) 霊夢は首を横に振りつつリボンの両端を引っ張っていると、ふと窓の開く音が聞こえた。 誰かと思いそちらの方へ目を向けると、案の定そこにいたのは洗濯籠を左腕に抱え、空飛ぶ箒に腰掛けている魔理沙がいた。 右足だけが不自然に上がっているところをみると、半開きになっていた窓を軽く蹴って開けたのであろう。 「随分早いわね。アンタのことだからもう少し時間は掛かると思ったけど」 「なーに、魔法の森よりかは大分空気が乾燥してるしな。それほど時間はかからなかったさ」 霊夢は軽い冗談でそう言いつつ、リボンの調整を終えると自分の来ていた寝間着と魔理沙のパジャマを拾い始める。 それに対し魔理沙も軽い感じの言葉で返しつつも腰掛けている箒をうまく操り、左腕で抱えている洗濯物入りの籠を部屋の中に入れた。 ついで魔理沙もすばやく部屋の中に入ると空中に浮かんでいる箒を右手で取り、空いた左手で窓を閉めた。 霊夢の方はというと拾い終えた寝間着やパジャマを洗濯物を入れているのとは別の籠に入れていた。 「まだルイズのヤツは寝てるのか。幸せなヤツだぜ」 手に持っていた箒を壁に立てかけ、勢いよく椅子に座った魔理沙は呟いた。 ルイズは幸せそうな寝顔を浮かべており、あと一時間は夢の世界でしか味わえない事を体験しているのであろう。 魔理沙の言葉にルイズの方へと顔を向けた霊夢は、白黒の魔法使いへと向けて一言言った。 「アンタみたいに朝っぱらから空を飛んでいるよう魔法使いとはワケが違うのよ」 「酷い言い草だな。そういうお前も空を飛ぶじゃないか」 魔理沙は両手でヤレヤレという仕草をしつつ、霊夢に言う。 しかし霊夢はそれに怯まず、むしろカウンターと言わんばかりの返事を返す。 「少なくとも、私は朝食を食べてから飛ぶようにしてるわ」 「よく言うぜ。そう言ってお前が飛んでるところを見たことがない」 「まぁね。その後に神社の掃除とか賽銭箱の確認もあるし」 「…実際にしてる事と言えば、神社の掃除だけじゃないのか?おまえんところの賽銭箱なんて何も入ってないだろう」 遠慮のない魔理沙の言葉に、霊夢の眼がキッと鋭くなった。 魔理沙の言葉通り、博麗神社の賽銭箱には多少の埃や塵は入っているものの、肝心のお賽銭などは入っていない。 偶には言っているのは葉っぱや虫だったりと霊夢の望んでいない物が入っていることもある。 そんな神社の巫女である霊夢にとって魔理沙の言葉は少しだけ聞き逃せず、文句交じりの言葉を返した。 「そんなに言うんなら足を運んだ時にお賽銭入れていきなさいよ。この泥棒黒白魔法使い」 「冗談言うなよ貧乏紅白巫女。ご利益が何なのかわからない神社に賽銭なんて御免だぜ」 霊夢の刺々しさが混じった言葉に魔理沙は苦笑いしつつ、霊夢と同程度の刺々しさを持った言葉を返した。 そんな風にして、お互いの話が元の話題から逸れていくうえに段々と喧嘩腰になろうとした時… 『おいおい、こんな狭い部屋で喧嘩なんかしたらご主人様にボコられるぞ』 ふとベッドの方から聞こえてきた男の声に二人は会話を止め、そちらの方へと視線をやる。 声の聞こえてきた先には鞘に収まった一振りの太刀がベッドに寄り添うかのように立てかけられており、声の主と思える者はいない。 しかし二人は知っていた。先程の声が、あの太刀から発せられたものだと。 「それは霊夢の事を言ってるんだろデルフ?言っておくが私はただの居候だぜ」 先程の゛賽銭箱゛と同じくらい聞き捨てならない言葉を聞いた霊夢は魔理沙の方へと視線を向けて言った。 「私だってアイツの使い魔になった覚えはないわ。むしろ無理矢理使い魔にされたのよ」 『ま、どっちにしろ静かにしないと。オメーラ本当に追い出されるぜ?』 デルフは笑っているのか、鞘越しに刀身をプルプルと震わせた。 ◇ 霧雨魔理沙とデルフリンガー。 この二人が顔を合わせたのは二日前の朝、つまりはデルフが帰ってきた日の翌日である。 その日は少し早めに起きた魔理沙はベッドの上で上半身だけ起こし、何気無く部屋の中を見渡した。 ルイズと霊夢が未だ眠っているということを知って驚いた後、ふと見慣れない物が目に入ったのである。 (なんだあの剣は…みた感じ大分古そうな代物だな。というか何時の間に?) この部屋の住人たちにはあまり似合わない一振りのソレを見て、魔理沙は首を傾げた そんな時であった。その太刀――デルフリンガーが話し掛けてきたのは。 『よう。見ねぇ顔だがオメェはどっから来たんだ?』 突如その刀身を動かしながら喋ってきた事に対し、魔理沙は驚きつつも返事を返した。 「…私は霧雨魔理沙、そこら辺にでも普通の魔法使いだが…お前はそこら辺の武器屋じゃ売って無さそうだな」 突然の事で一瞬驚きはしたが、魔理沙の瞳は起きたばかりだとは思えぬほど輝いている。 今まで多くのマジックアイテムを蒐集してきた彼女であったがこのような喋る剣を見たことがなかったのである。 デルフの方も魔理沙の様子を見て(目のような部分は見あたらないが)嬉しそうな感じで言った。 『あったりめーよ!何たってオレ様は、インテリジェンスソードのデルフリンガーだからよ!』 デルフは部屋に響き渡る程の大声を出した。 しかしその結果、直ぐ傍のソファーで横になっていた霊夢の足に蹴飛ばされる事となった。 それから今日に至るまで、魔理沙はデルフという面白い話し相手兼ねマジックアイテムと親しくなった。 暇さえあれば話し掛けたり錆だらけの刀身を見て苦笑したりといった事をしていた。 デルフの方もそういうのは満更でもないのかそんな魔理沙に対しては本気で怒鳴るような事も無かった。(刀身が錆びていると言われた時は流石に怒ったが) 「全く、こうも騒がしいとお茶も飲めないじゃないの」 ただ余りにも騒ぎすぎたためかルイズと霊夢に怒られたりもしたのだが。 特にルイズからは「次、騒ぎすぎたらベッドに入れてあげないからね。ダメ剣は学院の倉庫に入れてやるんだから!」と言われた。 ◇ 魔法学院の食堂で働く者達は朝早くから起きて仕事をするが、その後にも当然仕事はある。 料理の仕上げや貴族の子弟達が食事を出来るよう準備した後、小休止を入れて再び動く。 それが意味する事は、この食堂に朝食を頂きに学院の生徒や教師達が来るという事であった。 朝食を頂く前の祈りも終え、生徒達は目の前に広げられた食事に手を伸ばしていた。 フルーツソースのかかったパイ皮に包まれた焼き鱒や豊富な野菜が入ったスープ。 焼きたてのクックベリーパイに、大きな籠に幾つも入った真っ赤な林檎。 しっかりと中まで火が通った鳥の丸焼き、そして極めつけに朝からワインを瓶で丸ごと一本 彼らが手を付けるメニューの中には、これが朝食のメニューなのかと思ってしまう料理もある。 教師たちならともかく、まだまだ育ち盛りの多い生徒達にとって質素――彼らの目から見て―な食事では満足しないのである。 料理長であるマルトーはそんな生徒たちに対してこりゃあ将来が大変そうだな、と思っていた。 しかし作らなければ仕事にならないので、同情するようなことはしなかった。 ◆ 「…ねぇねぇ。三日前の事件…あれってまだ解決してないのでしょう」 「えぇそうよ。確か警備の衛士たちが全員眠らされていたって事件…一体何だったのかしら?」 ふと耳に入ってきた話に、ルイズはクックベリーパイを食べるのを止めてしまう。 そして口元にまで近づいていたパイが刺さったままのフォークを受け皿の上に下ろし、安堵の溜め息をついた。 彼女にとって、この話を原因を作ったのが誰なのかは既に知っており。事情も聞いた。 といっても半ば無理矢理にでも聞いた。そうでなければあの少女は話してもくれないだろうから。 話を聞く限り、どうやら事件の原因や何があったのかは、全然わかっていないようだ。 少女の方も「まぁ跡形もなく消したし、今頃風に乗って何処かへ行ってるはずよ」と言っていたから大丈夫であろう。 ルイズが再度安堵の溜め息をついたとき、ふと横の方から声が掛かった。 「どうしたのよルイズ?具合でも悪いのかしら」 「…え?」 ふと自分の名前が呼ばれた事に少し驚き、そちらの方へ視線を向ける。 そこにはもう食事を終えたのか、綺麗にロールした金髪が目映い『香水』のモンモランシーがいた。 普段ならば自分の名前を呼ばないような彼女に名前を呼ばれ、思わず唖然としてしまう。 まさか今日は空から雨じゃなくて香水がふってくるのではと思い、鳶色の瞳に不安の色がよぎる。 それを見て何を考えているのかわかってしまったのか。すぐさまモンモランシーの顔に怪訝な色が浮かぶ。 「私が貴方の名前を呼ぶことってそんなに珍しいのかしら…?」 「そうなんじゃない?むしろ私が声を掛けた場合より驚いてるかもね」 「へ~、そうなんだ。…って、なんでアンタが私の後ろにいるのよ」 モンモランシーの言葉を返したのは唖然とした表情を浮かべていたルイズではなく、キュルケであった。 いつの間にか自分の背後に立っていたキュルケに軽く驚きつつ、モンモランシーは言った。 「貴方と同じよ。朝にあまり食べ過ぎるのもどうかと思ってもう出ようかと思ってたところよ」 燃えさかっている炎と同じような色をした赤色の髪を片手でサッとかき揚げつつも、キュルケはあっさりと言う。 それを聞いたモンモランシーは納得したかのような表情を浮かべた後、何度か頷いた。 「昔はそれ程気にしてなかったけど、何故か今年に入って妙に気になるしね…」 少し憂鬱そうな彼女の言葉に、キュルケも同意するかのようにウンウンと頷く。 「そうよね~。…まぁ私が知ってる限り、二人だけはもっと食べないとダメかも知れないけど」 そう言って未だ唖然としているルイズの顔へと視線を向けた。 自分の髪と同じ色の瞳には、何故か哀れみ色が惜しげもなく浮かんでいる。 まるで路地裏に捨てられた子猫を遠くの窓から見つめているかのような悲哀の色が。 「え…?何よ、何で私をそんな目で見つめてるのよ」 入学どころか生まれる前から好敵手であったツェルプストーの娘にそんな目で見られ、思わず驚いてしまう。 困惑の表情を浮かべているルイズに、モンモランシーが声を掛ける。 「大丈夫よルイズ…私だって数年前くらいは貴方と同じだったし…その、ちゃんと食べればもっと伸びるはずよ。…多分」 その声にはキュルケの言葉とよく似た悲哀の色が漂っていた。 「何よそれ!教えるのならハッキリ教えなさいよ!?」 この二人が言っていることの意味が良くわからないでいるルイズは、思わず言葉を荒げてしまう。 一方、食堂出入り口の傍にある休憩所でも、話をしている二人と一本の姿があった。 「…そういやアンタ。意志を持ってるって他にも特徴は無いの」 霊夢は朝食とした出た白パンの一欠片をスープに浸しながら、テーブルの上に置いてあるデルフに話し掛けた。 『唐突だなオイ…いんや、オレにはそんな力はないさね』 「つまらないわねぇ。アンタ本当に暇なときの話し相手じゃない」 『あのな、オレは意志を持っているタダの武器だぞ?武器なら敵に向けて振るのが一番良い使い方さ』 「そもそもアンタ、刀身が錆びてるんだから戦うのは無理なんじゃない?……ハグ」 霊夢はカチャカチャと音を立てながら喋るデルフにそう言い放ち、スープに浸ったパンを口の中に入れる。 無造作に置かれたインテリジェンスソードはそれを聞いて悲しかったのか、鞘が小刻みに震え始めた。 ◇ 霊夢とデルフが再会したのは今から三日前の夜。霊夢がキメラを倒して部屋に帰ってきた後である。 部屋に帰ってきた彼女がまず目にしたのは、ベッドで寝ている魔理沙の横でちょこんと座っていたルイズであった。 彼女は霊夢の姿を見るなりバッとベッドから飛び降り、どことなく疲れている巫女に詰め寄った。 「あっレイム!あんた今まで何処行ってたのよ!というか何してたのよ!」 「何処でも良いじゃないの。ちょっと虫退治に行ってただけだから。あとは眠いからまた明日ね…」 帰ってきて早々、ルイズの罵声を耳に入れた霊夢はうんざりとした様子で返すとソファに腰を下ろす。 霊夢としてはルイズに詰め寄られるよりも早く寝間着に着替えて横になりたかった。 そんな霊夢の態度にルイズは顔を赤くし、さっきよりも大きいボリュームで怒鳴ろうとしたとき――何者かが割って入ってきた。 『おいおい、使い魔とそのご主人さまはもっとこう…和気藹々としてるもんだろ。お前ら殺伐し過ぎだよ』 少しエコーが掛かっているような男の声に、ルイズと霊夢は一斉にそちらの方へと視線を向ける。 声の先にあるのは、ベッドの上に置かれた傍に一本の太刀であった。 何処かで見覚えがあるものの、一体何処で見たのかと一瞬だけ悩み、すぐにその答えが出た。 「デルフじゃないの。…そういや部屋に持ってきてたのをすっかり忘れてたわね」 『OK、お前らには共通点が一つだけある。お前らはまず自分たちの持ち物の存在を忘れないように心がけろ』 今思い出したかのような霊夢の言い方に、デルフは何処か諦めにも似た雰囲気を刀身から漂わせつつも言った。 ◇ 「まぁなんだ。武器として使われる以外にも良い使い方はきっとあると思うぜ」 霊夢とデルフの会話を横から聞いていた魔理沙は、手に持っていたフォークでデルフの入った鞘を軽く小突いた。 『おいおい…慰めてくれるのは嬉しいがそんな物で鞘を小突くなっての』 しかしそれがイヤだったのか声を荒げ、激しくその刀身を動かした。 それに驚いたのか否か魔理沙はすっとフォークを下げると受け皿に置き、肩をすくめて言った。 「何だよデルフ。フォークに付いてるソースなら洗えば落ちるだろ?」 多少の悪気が入った魔理沙の言葉にデルフはその刀身を一層激しく揺らす。 『そういう問題じゃねーっての!鞘っつーのはオレっちを剣にとって、家であり服でもあるんだぞ!』 デルフの言葉に、魔理沙は満面の笑みで言った。 「なら問題ないぜ。何せ服も家も、ついた汚れを水で洗い落とせるからな」 (ホント、見ていて飽きないわねぇ…) 霊夢は魔理沙とデルフのやりとりを見ながら、紅茶を啜っていた。 デルフと魔理沙、一見喧嘩しているようにも見えるが魔理沙の多少意地悪な性格がその一線を越えないでいる。 あっけらかんとした顔の彼女から出てくる言葉には毒が入っているものの、それを言う本人には何の悪気もない。 しかし、霊夢が知ってる限り゛毒が混じった言葉を出す゛ような性格の持ち主なら魔理沙の他にも何人かいる。 紅魔館のパチュリーはハッキリと言うし、妖怪の山からやってくる文は会話の途中途中に紛れ込ませ、紫に至っては意味が良く分からない毒を吐いてくる。 だが魔理沙にはその他にももう一つ゛笑顔゛という効くヤツには良く効く有効な武器を持っていた。 女の子の優しい笑顔とは違う、自分だけの秘密基地を作り終えたばかりの男の子のような元気で活発的な笑顔。 特に同じ魔法の森に住む人形遣いには効果抜群らしく、何度激しい喧嘩になっても結局最後には元の状態に戻ってる。 とまぁそんな魔理沙の笑顔にこのインテリジェンスソードは仕方ないと悟ったのか、 「イヤだから…はぁ~」諦めの雰囲気がイヤでも漂う深い溜め息をついている。 霊夢は紅茶を啜りながらも、そんな二人のやり取りを静かに見守っていた。 「平和ね…本当に平和ね」 幻想郷の巫女は誰に言うとでもなく呟いた。 その姿はとても、多くの人妖と戦ってきた少女には見えなかった。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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前ページ次ページ虚無の魔術師と黒蟻の使い魔 「ミスタ・コルベール! 召喚のやり直しをさせてください!」 「駄目です。ミス・ヴァリエール。使い魔召喚の儀式は神聖なものです。それがどんな『もの』であろうと、呼び出してしまった以上は契約しなくてはなりません」 春の使い魔召喚の儀式。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン。ド・ラ・ヴァリエールは自身の召喚の結果を不服として、担当教諭のコルベールにやり直しを要求するが、コルベールはというと「伝統・神聖」の一点張りで取り付く島もない。 必死に食い下がるルイズとそれを諭すコルベールのやり取りに、呼び出したばかりの使い魔に夢中だったほかの生徒たちもにわかに注目しだした。 ルイズとコルベールを囲むように人だかりができ始めていた。 「なぁ、マリコルヌ。何の騒ぎだい? またゼロのルイズが何かやらかしたのか?」 ルイズたちを囲む輪の中にいたマリコルヌ・ド・グランプレに、級友のギーシュ・ド・グラモンが声をかける。 「あぁ、ギーシュ。傑作だ。さすがはゼロのルイズだぜ。実にふさわしい使い魔を召喚したもんだよ」 そういって笑い出すマリコルヌに、ギーシュは怪訝な顔であたりを見渡す。 「なぁ、マリコルヌ。そのゼロのルイズが呼び出した使い魔てのはどこにいるんだ?」 もう一度あたりを見渡してみるが、どこにもそれらしきものはいない。 「ひょっとして、何も呼び出せなかったから使い魔も『ゼロ』ってオチかい? それはちょっと引っ掛け問題としてもフェアじゃないと思うな。『召喚した』て言ったじゃないか」 「いやいや、ちゃんと呼び出してるんだよ。ギーシュ。あそこをよく見てみろよ」 笑いをこらえながらマリコルヌが指差す。 しかし、指し示された場所を見ても、草原の中にぽっかりと直径1メートルほどの円状に草の禿げた、むき出しになった地面があるだけだ。 草が禿げているのはルイズの爆発による影響だろう。 コルベールが禿げているのは何による影響だろう? 「なぁ、マリコルヌ。僕の目が悪くなったのかな? やっぱり何もいないように見えるんだが…」 「よく見てみろって、草の禿げた真ん中だよ。なんと言っても相手はあのゼロだからね。常識的な使い魔を探しても見つけられないさ」 「真ん中ねぇ…」 もう一度目を凝らして見る。 「真ん中には…石ころがあるな」「そうだね、ギーシュ」 もう一度見る。 「手のひらサイズってところだな」「そんなとこだな、ギーシュ」 さらに見る。 「板状だな」「板状さ、ギーシュ」 さらにもう一度見る。 「ほんのり半透明だな」「半透明さ、ギーシュ」 しつこく見る。 「ひょっとして、アレかい?」「アレさ! ギーシュ!」 二人は顔を見合わせると、 「ギャハハハハハハ!」 と馬鹿笑いした。 ギーシュとマリコルヌのやり取りを、ルイズは憮然とした表情で見ていた。 「ミスタ・コルベール。あの二人が私を侮辱しました。ちょっとレビテーションかけてもいいですか?」 完全に据わった目で言うルイズ。 「だ、駄目です! ミス・ヴァリエール。クラスメイトとは仲良くしなくてはいけません!」 「なら、先生があの二人をもやし祭りにして下さい」 「学院の教育方針として、体罰は禁じられてますので…」 「なら注意するなりなんなりして下さい!」 ルイズの剣幕に、コルベールは「ひっ」と小さく悲鳴を上げてギーシュたちに注意に向かう。 「二人とも、貴族たるもの『ぎゃはは』などとはしたなく笑うものではありません!」 「そこかよ…」 注意を終えて帰ってくるコルベール。 ジト目で向かえるルイズ。 「先生。私、将来子供ができたら留学させようと思います…」 「それはいいですね。若いうちから見聞を広げるのはいいことです。私もいつか他の国で教鞭を振るって見たいものです」 「そうしてくださると留学させないで済むので助かります」 「さぁ! もう、いい加減覚悟を決めてブチュッとやっちゃいなさい! ミス・ヴァリエール!」 コルベールが会話は終わりだといわんばかりに高らかに言う。 ルイズもあきらめて、ぶつくさ言いながらも、召喚された石のそばに歩いていく。 「なによ! いつも新しい技術がどうとか、『火は破壊だけのものだなんて古い考えにとらわれてはいけない!』だとか言ってるくせに、 こういうときは伝統伝統って、きっと自分の中でそういった矛盾を抱えてるから、知らないうちにストレスになって禿げるのよ!」 「何か言いましたか…ミス・ヴァリエール…」 「何も言ってませんっ!!」 ルイズは大きくため息をつくと、自分の足元にある『それ』を見る。 手のひらサイズで板状の、少し透明な石ころ。 悔しいがギーシュやマリコルヌの言う通りではある。 せめて土にまみれていたりすれば、爆発のせいで地中の石がむき出しになっただけだとか主張して、もう一度召喚させてもらうという策もあるのだが…。 綺麗な円形に禿げた草原。爆発で抉れた地面の中心にポツリと置かれた石ころ。 さすがにこれを地面から出てきたものだと主張するのは無理があるか…。 「はぁ~~~~…」 もう一度、露骨に大きくため息をつく。 そして、しゃがみ込んで石を見る。 どこからどう見ても石だ。 「ミスタ・コルベール! 石です!」 「見ればわかります」 「石と契約するなんて聞いたことがありません! それに石には意思がないからこの石にはそもそも私と契約する意思があるとは言えない訳で、契約する意思のないものに無理やり契約をさせるのは非道と思います!」 「確かに石と契約するなんて聞いたこともありませんが、そもそも石を召喚するなんてことも聞いたことありません。とにかく使い魔は、サモンサーヴァントによって召喚されたものと契約すると決まっています。石を召喚してしまった以上、石と契約するしかないでしょう。 それに、石に意志がないなんてどうして言えるのです? 意志を表現する手段がないだけで意思はあるかもしれませんよ?そして、サモン・サーヴァントに応じた時点で使い魔になる意志はある、と私は考えます。 そうでないと、ドラゴンのような本来凶暴な生物が、いきなり呼び出されてコントラクト・サーヴァントに素直に応じるはずがありませんからね」 ルイズのよくわからない理屈は、コルベールのわかるようなわからないような屁理屈によって潰されてしまった。 (考えろ…考えるのよ…ルイズ! 姫様と遊んでいたときに、厨房にあったイチゴを二人で全部食べて従者を怒らせてしまったときも、逆切れと誤魔化しで何とかしたじゃない!) ルイズは最後の足掻きをしようと知恵をめぐらすが、 「まぁ、あなたにも言いたい事はいろいろあるでしょうが、一つだけ理解していただきたい。私があなたにその石との契約を勧めるのはあなたのためを思ってのことということです。 召喚が失敗してしまったのなら召喚のやり直しはできますが、召喚してしまった以上再度召喚することは認められません。それを踏まえたうえで契約しないと言うのであれば、今回の召喚の儀は失敗とせざるを得ません。 召喚の儀が失敗となれば進級を認めるわけにもいきません。石ころを召喚してしまった時点で失敗・留年としてしまうこともできますが、それはしません。つまり、あなたに契約か留年かの選択の余地を差し上げようと私は言っているのですよ」 それはコルベールの言葉によって結実することなく霧散してしまった。 (留年…そんなことになったら…) ルイズはもし自分が留年ということになった場合、家族たちがどう反応するかを考えてみる。 まず浮かんだのは、長姉であるエレオノールの神経質そうな顔だった。 ルイズの留年を知らされたエレオノールは、 「使い魔と契約できないし、魔法もろくに使えるようにならないで留年。そういうことでいいわね、チビルイズ」 と言って、ルイズの頬を抓るだろう。 「ご、ごめんなひゃい。お姉ひゃま」 いつものようにルイズが謝ると、エレオノールは言うだろう。 「何を謝っているのかしら? このおチビ」 「え、あの…魔法が…学院を…その…」 「何度言えばわかるのかしら? 貴族は魔法をもってその精神とするのよ。それで、チビルイズは謝れば立派な貴族になれるのかしら?」 「えと、あの…その」 ルイズはそう言われて情けなく口ごもるだけしかできない自分がありありと想像できていやになってくる。 「過ぎたことはもういいわ。ねぇ、あなたはどうすれば立派な貴族になれるのかを聞きたいの。来年の春には使い魔と契約できるのかしら? もう一年学院に通えば進歩するのかしら? そもそもチビルイズは一年間学院にいてどれだけ成長できたのかしら?」 この後もネチネチとエレオノールの説教は続くだろう。途中「学院に一年長くとどまると言うことは、結婚が一年遅れると言うことでもあるのよ」などと自分で言っておいて、 「誰が嫁き遅れよ!」なんて言ってルイズにあたるのだろう。 いやだ、いや過ぎる…。 そもそも留年と言うことになって一番落ち込んでるのはルイズなのだ。 そんなときはやさしく慰めてもらいたい。 「やさしく」と言うことで次に思いついたのが、次姉のカトレアの顔だった。 (ちい姉さまならやさしく慰めてくれるに違いないわ) でも駄目だと、ルイズは頭の中で打ち消す。やさしさと言うのは時に厳しさよりも残酷なことがあるのだ。 きっとカトレアはルイズの頭を胸に抱き寄せて優しく慰めてくれるだろう。そしてこう言うに違いない。 「ねぇルイズ。貴族にとって魔法がすべてと言うわけじゃないわ。私だって家の中に閉じこもってばかりで魔法なんてほとんど使う機会がないわ。 でも動物たちもいるし、毎日とても楽しいの。ルイズもお家にいてくれたらもっと楽しくなると思うわ。 お家でも魔法の練習はできるし、ふとした拍子に突然使えるようになるかもしれないわよ」 あぁ、想像出来てしまう。 きっとカトレアは純粋なやさしさから、何の嫌味もなく、本心でルイズを慰めてくれるのだろう。 魔法の使えないルイズを受け入れてくれるだろう。 だがそのやさしさを受け入れることは、魔法を使えない自分を受け入れてしまうことと同義なのだ。 それは駄目だ。エレオノールの説教よりもある意味でダメージは大きい。 (それならお父様は?) 父親も厳格な人物できっとルイズをきっときつく叱るだろう。 だが妻には頭が上がらなかったりと、少し甘い部分もあるのだ。きっと一通り叱った後こう言うだろう。 「まぁ、留年は残念だが、頑張った結果だろう。駄目だったならまた一年頑張ってみればいいさ」 と、最後にはニコニコ笑ってルイズの頭の上に大きな手を乗せ慰めてくれる、ような気がする。 そして笑いながらこう言うだろう。 「しかし、卒業がいつになるかわからないからな。今のうちから縁談を進めておかないとエレオノールのように…ゲフンゲフン。どうもワルド子爵も軍務で忙しいようだし、 スーシェ男爵もなかなか悪くない男だと思うが、会ってみるだけどうだ?」 そこからはなし崩し的に次々と縁談を持ち込んできて、いつの間にやら結婚している自分が想像できる。 二十七になっていまだに結婚していないエレオノールのこともあり、その手の話には過敏なのだ。 駄目だ。ダメージは少ないだろうがとても納得できるものではない。 ルイズの妄想はついに最悪の結末にたどり着く。 母親が、烈風のカリンがじきじきに説教するのだ。 その時母は、なぜか甲冑に身を包み、マンティコアにまたがっている。 そして巨大な竜巻を作りながら言い放つのだ。 「ルイズ。構えなさい」 駄目だ! 駄目だ! もう説教ですらない。 「ミス・ヴァリエール? いい加減現実に戻ってください」 コルベールの声にルイズはハッと我に返る。 「先生! 私契約します! させて下さい!」 ルイズには、家族に留年を報告するということよりも最悪の事態というものが存在しないように思えていた。 (もうこの際、石でいいじゃない! 石ってことは土系統よ! 系統もわかってこれで晴れてゼロ脱出に違いないわ!) ネガティブも行き着くところまで行けば、逆にどんな些細なことでもポジティブになれるらしい。 「よい返事です。では、早いとこ契約してください」 コルベールに促され、ルイズは再びしゃがみ込み、石を拾い上げようとする。 「えっ…」 ルイズの指が石に触れた瞬間――ルイズの目の前に突然一人の少年が現れた。少年はしゃがみ込み地面に目を向けている。 (何を見てるのかしら? じゃなくて! なに? どこから出てきたの?) 突然現れた少年に驚き、思わずあたりを見渡すルイズだが、そこで異変がこの少年だけでないことに気付く。 ルイズの目に映るのは魔法学院の演習場ではなかった。見たことのない町並みがルイズの目の前にひろがっていたのだ。 ここはどこなのか。そしてなぜ自分はここにいるのかという驚きが沸いてくるが、その驚きを感じる前に更なる驚きがルイズを襲う。 ルイズはそこにいなかった。 どことも知れぬ町並みを見ているし、音も聞こえる。どこかから空腹を誘うようなにおいも感じる。 だが、ルイズの体はそこにはなく、まるで感覚だけがその場の空気に溶け込んでいるかのようだった。 「なっ? えっ!?」 ルイズは驚いて、思わず石から手を離してしまう。 すると、目の前に広がる景色は魔法学院の演習場に戻っていた。 先程まで見ていた景色はかけらもない。 「ミスタ・コルベール! この石、なんか変です!」 「そうですか。ただの石じゃなくてよかったですね。では、授業時間も無限ではありませんので早くコントラクト・サーヴァントをして下さい」 ルイズが、今体験したことをコルベールに説明しようとするが、コルベールはまたルイズがなんとかサモン・サーヴァントのやり直しをしようとあがいているのだと判断し、まるで取り合わない。 仕方なくルイズはもう一度石に触れてみる。 すると、やはりルイズの五感はどこか知らない場所に飛ばされる。 それは予想されていたことなので、先程のような驚きはない。思わず石から手を離してしまうこともない。 ルイズは、今度は注意深く辺りを見回してみる。 やはりまるで見たことのない景色。なぜか馬がついてない馬車が走っていたりと、ルイズの理解の及ばないような物もある。 そしてルイズが空を見上げると、今まで見たどんなものよりもルイズの常識と相容れないものがそこにあった。 そこには一つの月が燦然と輝いていた。 (な、な、なんで月が一つしかないのよ~っ!?) ルイズの、ハルケギニアの常識では月は二つあるのが当たり前であり、二つの月が重なるスヴェルの月夜でも小さい月の方が前に出るので、完全に一つしか月が見えないなんてことはありえない。 (一体、ここはどこなの? そもそもあの石は何なのよ!?) ルイズがそう思った瞬間だった。 突然、目の前の景色が変わる。石を離したときのように、魔法学院に戻ったわけではない。ルイズの知らない、また別の景色が展開される。 次から次へと景色が、場面が変わっていく。 場面が移り変わるごとに、少しずつ情報が蓄積されていく。 先程ルイズが抱いた疑問。その答えを探すかのように、その答えにかかわる場面を次々と体験していく。 「…エール!? ミス・ヴァリエール!? どうしたのです!?」 ルイズが石から手を離すと、目の前には心配そうにルイズの顔を覗き込むコルベールがいた。 「………大丈夫です。契約します」 ルイズは心ここにあらずといった様子でつぶやくとハンカチを取り出し、ハンカチ越しに石を持った。 ルイズは、目の前の石が一体何なのかすでに理解していた。これと契約することがどういう結果をもたらすのかはまるでわからないが、普通の平凡な使い魔と契約するよりは良いかもしれないと思い始めていた。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン、この者に祝福を与え、我の使い魔となせ…」 呟く様に呪文を唱えると、ルイズはそっと石に口づけをする。 コルベールとルイズ以外の生徒たちが、フライの魔法を使い校舎へと戻っていく。 フライの魔法だけでなく、すべての魔法が使えないルイズには、ゆっくりと己の足で歩いていくしかない。 ルイズは立ち止まると、ハンカチに包まれた石を改めて見る。 それはルイズたちが住む世界とは別の世界で『本』と呼ばれる物。人が死に、その魂が地中で化石化したものである。 『本』に触れると、その魂の持ち主の人生のすべてを読み取り、追体験することができる。 ルイズが『本』に触れることで見た景色は、人が死ねば『本』になるのが当たり前の世界に生きた、ある男の人生だった。 ルイズの指が『本』に軽く触れる。そしてすぐ離す。 この『本』の魂の持ち主。その姿を確認しただけだ。 「…よろしくね。モッカニア」 その『本』に記された魂の持ち主。その名をモッカニア=フルールという。 前ページ次ページ虚無の魔術師と黒蟻の使い魔
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前ページ次ページBRAVEMAGEルイズ伝 第一章~旅立ち~ その5 チャンバラ・バトル 「諸君……決闘だ!」 ギーシュの極限まで格好つけた宣言に、集まった生徒たちは大いに沸き立った。 女子生徒の黄色い声援、男子生徒の興奮した雄叫びに広場は一時騒然となる。 だが騒乱の中心であるムサシはまるで動じることもなく、仁王立ちしていた。 圧倒的な自信を掲げ、ギーシュはそんな彼を一睨みする。 「『ごめんなさい』と言えば……まだ間に合うよ?」 「御託はいい、さっさとやろうぜ」 ムサシはそんな挑発には乗らず、にべもなく応じる。 立派な眉は釣り上がり、口元を引き締めたまま、腰の真雷光丸を抜き放つ。 そんな態度にギーシュはやれやれ、と肩をすくめた。 「まったく聞き分けの無い子どもだ……平民と貴族の絶対的な差というものがわかっていないらしい」 ギーシュが薔薇を振り、花びらがひらりと舞い落ちる。 その花びらはみるみるうちに鎧兜を纏い、剣を掲げた女性像へと変化した。 「二つ名は『青銅』!土のメイジである僕にとって……このゴーレムが君の剣に相当する。 ああ、僕は戦わないから二対一では無い、卑怯とは言わないでもらうよ。 だがそれでも君のようなちっぽけな子どもが楯突いてどうにかなるわけでも─」 「御託はいいって言ってるだろ、おしゃべりだなあお前」 こういう長ったらしく講釈を垂れる奴にロクな奴はいない。 ムサシは剣豪らしく、バッサリと前口上を切り捨てる。 ギーシュの余裕たっぷりの笑みが、引きつった。 「……行け!ワルキューレ!」 「大変です、オールド・オスマン!」 「なんじゃね騒々しい」 学長室にてオスマンと呼ばれた立派な髭の老人が、厳格な佇まいでコルベール教師を待っていた。 この人物が普段は傍らの秘書にセクハラを咎められ続けているなどと、知らぬ人が見れば誰が信じられようか。 「これはミス・ヴァリエールの召喚した使い魔に刻まれたルーンです。 そして、こちらが『ガンダールヴ』のルーン……見てください、一致しています!」 「ほー……」 普段の冷静な物言いが影を潜め、捲し立てる。 よほどの興奮なのだろう。 「それで……君の結論は?」 「つまりですね、あの少年は『伝説の使い魔』であったのです!一大事でしょう」 興奮してツバが飛ぶコルベールをしっしっと手でおいやって、オスマンはハンカチで顔を拭いた。 そしてため息を一つ。 「のうコルベール君。ワシも話でしか聞き及んでおらんが、10かそこらの子どもらしいのう。 本当に『あらゆる武器を使いこなした』と言われるガンダールヴなのか? それが分かるのは、あの子がせめて生徒たちと同じくらいに大きくなってからじゃろう」 「ハッ……確かに、こんなに小さい子どもでしたね」 コルベールが手を地面と水平にし、自分の腰から少し上ほどで止めた。 使い魔の少年の背丈は、大柄ではないオスマンよりもさらに小さい。 まったく騒ぎおって、と髭を揺らして肩をすくめた。 すると、またしても来訪者が訪れる。 「オールド・オスマン」 「おおなんじゃねミス・ロングビル」 コルベールよりもやや軟化した態度で応じるオスマン。 ロングビルと呼ばれた美女はさほど気にした様子も無く続けた。 「ヴェストリの広場にて決闘騒ぎが起きています。『眠りの鐘』の使用許可を求める声も教師たちから」 「たんなる子供のケンカに秘宝じゃと?よせよせ放っておいてもかまわんよ。で、誰が騒ぎの中心に?」 「ええ、ギーシュ・ド・グラモンが発端とのことで」 「あーあーあの女好きか、よう覚えておるよ、まったく親子揃って」 「もう一人は……その、ミス・ヴァリエールの召喚した少年……のようです」 「なんと」 オスマンの髭を撫でる手が止まった。 コルベール共々顔を見合わせる。 秘書に礼を言い下がらせて、『遠見の鏡』に向き直った。 「ったく、あの馬鹿!チビ!トンガリもみあげ!!」 口からまるでふたご山山頂からの激流のように溢れ出る悪態を垂れ流しながらルイズは走った。 もちろん彼女は必死で止めた、シエスタだって必死で引き止めた。 だけどムサシは止まらなかった、その小さな身体に怒りを込めて。 勝手にしろ、と怒鳴りつけてしまったら本当に勝手にしてしまった。 頭に血が登ってしまったルイズは、しばらくして泣き崩れたシエスタを見てようやく気がついたのだ。 このまま放っておいては、使い魔を失うことになると。 「始まって、ないでしょうね……?」 使い魔の安否を確かめる為、息急き駆けるルイズ。 主人の名誉を守るため、確かにその気持ちは嬉しかった。 しかし平民が貴族と決闘して生き残れるかと言えば、答えは否。 ギーシュも命を奪うまではしないだろうが、タダで済むはずがなかった。 「頼むから、間に合ってよ……!?」 「……」 「おいおいどうした貴族様!?」 広場は静まりかえっていた。 無論、決着がついたからではない。 襲い来るワルキューレに対し、ムサシが飛び出した。 そこまではよかった、誰もが倒れ伏す少年の姿を想像しただろう。 「ば……馬鹿な!?」 「へン!どっちが馬鹿かは……もうすぐ分かるぜ!」 ムサシが放った突きが、倍ほども差があるワルキューレの体をふっ飛ばした。 ギーシュの目が見開かれ、皆が息を飲む。 そのまま青銅の体は広場に叩きつけられ、たんなるくず金属へと成り果てる。 そして、その真ん中にはまあるい穴が空いていた。 「わ、ワルキューレ!!」 現状にいち早く気づいたギーシュが、ワルキューレを限界の6体まで出現させる。 今度は槍、斧、メイスなど様々な武器を携えていた。 「おいおい、ギーシュが本気だ!」 「まぐれで一体倒されたとは言え、子どもだぞ?大人気無いな!」 ちらほらと聞こえる野次に反論する余裕すらなかった。 曲り形にも武人の血を引く彼は察したのだ。 まぐれなどではない、目の前のこの少年は自分など簡単に切り伏せられる実力を隠していると。 「おい、一対一はどうしたんだ!?」 「かかれッ!!」 この子どもは只者では無い。 ギーシュは自分の額がじわりと汗で濡れるのを感じ取った。 もはや自分の手がいかに卑怯かなど、考える余裕を無くすくらいに。 「ああ、あんなに小さい子に6体も?ひどいわねえ……しかしあなたがこういうの見るなんて珍しい」 「……無謀」 観衆の後ろの方、キュルケとタバサもまた観戦していた。 キュルケの方はムサシをいくらか気に入っているらしく、いざとなったら介入する腹積もりでいた。 しかし、ルイズのやっと手に入れたパートナーをみすみす失わせたくないという気持ちもある。 本人は認めないだろうが、彼女もまたタバサと同じく放っておけない存在なのだ。 そのタバサも、どういうつもりかこの決闘を見つめている。 その手の本を閉じてまで。 「まあ無謀、よね。一度に6体なんてそこらのドットどころかラインレベルでも苦戦……」 「ちがう」 「へ?」 「あの子に挑むことが、無謀と言った」 タバサが発した久しぶりの10文字以上発言を理解するのに、若干時間がかかる。 キュルケがぽかんとしたその瞬間、再びどよめきが沸いた。 走るルイズ、途中どこかで転んだかヒザからは血が滲んでいた。 ずいぶん遠く感じた広場が、そして人だかりがやっと見えてきた。 騒がしい、まさか既にムサシは。 「ちょ……どいて!どきなさい!!」 人並みを必死でかき分け、最前列を目指した。 ようやく見えたのは、ピンと跳ねたムサシのちょんまげ。 今まさにその周囲に、ギーシュのワルキューレが見えた。 それも、四方を囲まれて。 「ふ、はっはっは!さっきまでの自信はどうしたんだね!?」 「ちくしょー、汚いぜ!」 四方から一斉に打ち掛かられ、さすがの剣豪も防御に徹せざるを得ない。 腰に巻かれた汚い帯『ゲイシャベルト』の力でこの包囲網を飛び越えることも確かに可能だろう。 だがこれでは、防御を解いた瞬間に武器の一撃を食らってしまう。 先程までの不安を振り払ったようでギーシュはにやついている。 この状況をさてどうするか、と考えるムサシの脳裏には一つの技が浮かんだ。 (二天一流斬!ああ、レイガンドがここにありゃあなあ……) ムサシの持つ最強の必殺剣、二天一流斬。 真・雷光丸での防御から転ずる全てを切り裂く一撃だ。 しかしそれを放つには、もう一本の愛刀が欠けている。 その背に下がる空の鞘が、それを物語っていた。 「ギーシュ、弱いものいじめはそろそろよせよ!」 「やめてあげてよ!」 「ムサシーーーーーーーッ!!!」 様々な声が飛び交う喧騒の中で、ルイズは必死に叫んだ。 ムサシを傷つけて欲しくなかった。 ムサシに傷ついて、欲しくなかったから。 と、ルイズは傍に砕け散ったワルキューレが転がっているのに気がついた。 「……?これ、ギーシュの……」 ここまで砕けているとは、ギーシュはワルキューレ同士をぶつけでもしたのだろうか? だがしかし、重要なのはそこではない。 気づいたときには、群衆から飛び出していた。 ムサシの背には空の鞘。 教室で見せた、両手で振るう箒の凄まじさ。 (もう一本……あれば!!) 周りが止めるのも聞かず、転がるワルキューレの剣へと駆け寄った。 ルイズの腕には少々重たく、精一杯の力でその剣を持ち上げる。 こんな物が自分より小さなムサシに扱えるのか、という考えには思い当たらなかった。 わからない、わからないが、二振り揃ったムサシに適う奴なんかいない。 なぜかそう思えたのだ。 「重、た……い、のよっ!!この!!」 半ば転びそうになりながら、剣を全力でムサシの足元まで滑らせた。 (お願い、届いて!!) ルイズの切なる思いは、声にもならない。 ここまで形振り構わず走ってきた。 どうしてこんなに一生懸命になるのか? 馬鹿で言うこともきかない使い魔なんて放っておけばよかったのでは? 自問自答は、無駄だった。 答えがすぐに、出たからだ。 「私と一緒に……強く、なるんでしょ!!」 誰もいない教室、二人きりの約束。 「だから……」 それは傲慢かもしれない、だけれど主人から使い魔への指令。 いや違う、「たった一人のともだち」への強い願いだった。 「勝って!!」 その願いは、4体のワルキューレが真っ二つになることで叶えられた。 水平に流れた剣筋は、鋼をも容易く切り裂くだろう。 レイガンドでは無いものの、気合一閃の回転斬りだ。 「……っ!?」 ギーシュは眼を今まで以上に白黒させた。 呼吸が喉に引っかかってうまくできない。 何が起こったのか、まだ整理できない。 「ルイズ!待たせたな!」 下半身だけになったワルキューレをぴょんと飛び越え現れたムサシは、あちこち傷だらけだった。 しかしその眼に宿る気迫は、いつものままだ。 「これが……ムサシ様の二刀流だ!!」 右手には刀、左手に西洋剣。 『武蔵伝説』に語られるその姿そのものだった。 「両手に、剣?見たこともありません」 「何を言うとる、ガンダールヴは両手に武器を持ってたんじゃろう」 「はッ!?確かに!」 遠見の鏡で観戦していた二人は、ムサシの秘めたる力にただただ驚いていた。 否定的だったオスマンも目の当たりにしては色濃くなった可能性を認めざるを得ない。 しかし、何かが引っかかっていた。 「しかしのう……ワシはああいう奴の別の呼び名をいくつか知っとるよ」 「なんですと?」 「彼は……『サムライ』と呼ばれる。そのなかでも類稀な強さを持つものを『剣豪』と呼ぶらしい……」 「なんと!?お詳しいではありませんか、オールド・オスマン!」 「なに、昔の命の恩人の受け売りじゃよ。そのなかでも一番小洒落た呼び名は……そうじゃな」 懐かしそうに髭を撫で思案し、笑った。 かつての思い出の中で出会った彼の面影が、確かにその少年にはあったからだ。 「勇敢なる剣士『ブレイブフェンサー』と。そう、言われているそうじゃよ」 前ページ次ページBRAVEMAGEルイズ伝
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前ページ手札0の使い魔 トリステイン魔法学院。 そこの中庭からはしばらく前から爆音が絶えなかった。 「宇宙の(ry」 呪文を唱え終わると再び起こる爆発。 原因は叫ぶように呪文を唱えて続けていたためか肩で息をしている少女だった。 「おいまたかよ、これで何度目だ」 「十回目からは誰も数えてないよ」 「いい加減にしろよゼロのルイズ!」 ルイズと呼ばれた少女は何も言わず息を整えると、杖を掲げもう一度呪文を唱え ようとした。 「ミス・ヴァリエール」 しかし横から頭の可哀想な(頭皮的な意味で)中年の男がそれを止めた。 「授業時間がおしてきましたので、また次の機会にでも…」 「そ、そんな!…ミスタ・コルベール、あ、あと一度だけ、一度だけお願いしま す!」 コルベールと呼ばれた男は少し考えるような顔をしてそれから「一度だけですよ 」と念をおして数歩下がった。 ルイズは深呼吸すると、厳しい目付きで呪文を唱えた。 今までよりも格段に大きい爆発が起こった。 ルイズは失敗したと思い膝をつきかける。 が、しかし、土煙の中に何かの影が見えた。 爆心地にいたのはボロボロのコートを纏って倒れている男だった。 「おい、あれ…」 「平民、だよな」 「…ハハハ!ゼロのルイズが平民を召喚したぞ!」 ルイズはしばらく呆然としていたが、ハッと我に帰ったようにコルベールに詰め 寄った。 「ミスタ・コルベール!やり直しをさせてください!」 「なりません」 「そんな!どうしてですか!」 「このサモン・サーウ゛ァントは生涯のパートナーを決める神聖な儀式です。一 度呼び出したものには責任を持たねばなりません。さあ、早くコントラクト・サ ーウ゛ァントを」 「うぅ…」 未だに腑に落ちない表情のルイズだが、意を決したのかコントラクト・サーウ゛ ァントのルーンを唱え始めた。 そしてゆっくりと唇を重ねる。 男が小さく呻き声を上げると、その左手に微かに光るルーンが刻まれた。 「ふむ…どうやら成功の様ですね。では皆さん、教室に戻りますよ」 コルベールがそう言うと生徒達は各々杖を振り空へと飛び上がった。 「ルイズ、お前は歩いてこいよ!」 「空も飛べないゼロのルイズ!」 と、ルイズを貶しながら離れていった。 「~~~!」 ルイズはその場で地団駄踏みそうになるのを堪える。「さて、目も覚まさぬ様で すし学院の医務室に運びましょう」 コルベールにそう言われて忌々しげに自分の召喚した男を見やる。 その顔には余計な手間を、と書いてあるような表情だった。 実際に運ぶのはコルベールの役目だったが。 * * * * コルベールは今日の授業は使い魔との交流にあてると言い教室から去った。 生徒達が広場へ向かっていくなかルイズは医務室へ足を進めた。 「別段外傷は見られないので恐らくは召喚のショックで気絶しているのでしょう 。何分人間が召喚されるなど他に類を見ない状況どすからな」 コルベールはこう言うと男の左手に刻まれたルーンをスケッチして医務室を出て いった。 ルイズは召喚された男の顔を見る。 顔の作りは悪くない。黄色い刺青の様なものがあるが、それを除いても整ってい る顔である。 (でも平民じゃ役に立たないじゃない) しばらくして男が目を覚ました。 ベッドから上半身を起こすとキョロキョロと辺りを見回す。 「ここは…」 男は見覚えのない場所に困惑しているようだ。 「やっと起きたのね」 側に座っていたルイズは起き上がった男に対して、立ち上がり腰に手を当てて尊 大に言った。 「…誰だ?」 「人に名前を聞くときはまず自分から名乗るものじゃないかしら」 「あ、ああ…俺は鬼柳京介」 「キリューキョースケ?変な名前ね。まあいいわ」 ルイズは仁王立ちから腕を組み、自らの名前を名乗った。 「で、ルイズ。俺は何でこんなところにいるんだ?」「…平民がメイジを呼び捨 てなんていい度胸ね」 「メイジ?何だそれは」 「はぁ?メイジも知らないの?とんだ田舎者ね」 ルイズは盛大に溜め息を吐くと長々と説明しだした。 曰くメイジが何であるか、貴族が何であるか、そして使い魔が何であるか。 話が終わる頃には既に日は沈んでいた。 「分かった?つまり私はあんたの御主人様。あんたは私の僕よ」 鬼柳はしばらく黙っていたが話が終わるとゆっくりと口を開いた。 「…つまり、俺はもう一生元の場所に帰ることが出来ずに、あんたの下で働かな くちゃならないわけか?」 淡々と言う鬼柳に少し怯むルイズ。これで鬼柳が文句の一つでも言えば食ってか かったかもしれないが、冷静に聞き返され、さらには一生帰れないなどという言 葉を聞かされて、ルイズも幾分かばつがわるくなってしまった。 「な、なにも一生なんてことはないわよ?里帰りくらいさせてあげるわ」 「…いや、どうやらそれは無理の様だ」 鬼柳は窓の外を見ながら言った。 * * * * 鬼柳は既に気付いていた。 ここが自分の知らない世界であると。 突然目の前に現れた鏡、聞き覚えのない言葉、極めつけに窓の外には赤と青に輝 く双月。 不思議と混乱はしていなかった。 シグナーとダークシグナーとの戦いという、知らない人が聞けば荒唐無稽な事に 当事者として関わっていたからかもしれない。 次に考えるのはクラッシュタウン…改めサティスファクションタウンのことであ る。 街の再建も順調に進み、復興作業の途中で突然目の前に現れた鏡に吸い込まれて 気が付いたらベッドの上にいた。 鬼柳の頭にニコとウェストの顔が思い浮かぶ。 今やあの街は昔の様な死の街ではない。しかし、心配なものは心配だ。自分を慕 ってくれる二人に何も告げずに消えるなどあり得ない。 鬼柳の心は決まっていた。もとの世界に帰ると。 しかし、鬼柳はまた、ルイズがそう簡単に帰還を許してくれそうにない性格であ ることも、先程の説明で分かってしまった。 そもそも異世界から来たなんて言っても信じてくれるかどうかすら怪しい。この ことはひた隠しにすることにした。 「ちょっと聞いてるの!?何か言いなさいよ!」 はっと我に帰り慌てて取り繕う。 「いや、知らない地名ばかりだったんでな。恐らく俺の住んでいたところとは相 当離れているんだろう」 嘘は言っていない。その離れているというのが距離とかいう次元ではないが。 「そ、そう…」 どうやってルイズに認めさせようか鬼柳は考えたが、ふと、そもそも帰る方法を 知らないことに気付いた。さっきの説明から、自分がサモン・サーヴァントとい う魔法で呼び出されたことは聞いた。 そして、「平民なんて使い魔にしても役に立ちそうもないけど」という言葉も一 応耳に入っていた。 つまり、鬼柳に不満を持っていたにも関わらずやり直さなかったと言うことだ。 鬼柳はそこまで思考を展開させる。しかし、これくらい直ぐに頭が回らないとプ レイミスをしてしまうので決闘者として当然と鬼柳は思っているが、仮に苦労が 召喚されてもここまで考えが及ばないだろう。 閑話休題。 鬼柳としては一生ルイズに仕える気は勿論ない。 しかし、自分はここでは何の特権も持たない平民である。帰るための情報を得る にも何も出来ない。 鬼柳は取り敢えずルイズの使い魔となることにした。 「と、当然じゃない!使い魔にならないなんて選択肢はないわよ!もう動けるな ら行くわよ!」 そう言ってルイズはマントを翻し、鬼柳はコートを来て医務室を出た。 前ページ手札0の使い魔
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翌朝 トリステイン魔法学院は蜂の巣をつついたような騒ぎだった。 宝物庫から『破壊の杖』を盗んだのは『土くれ』のフーケと呼ばれる最近世間を 騒がす盗賊である。 教師達は集まって対策会議を開いているが責任の所在の押し付け合いで、一向に有効策が 出てこない。 オスマンの一喝でそれまで好き勝手言っていた教師たちは静まるが。 「で、犯行の現場を見ていたのは誰かね・・」 「この3人です」 そこには目撃者として召喚されたルイズ、キュルケ、タバサの3人がいた。 隣では銀時が鼻をほじりながらつまらなそうな顔をしている。 「ふむ、君達か・・」 オスマンは銀時のほうを興味深げに見る。 ―何見てるんだ、このジジイ、気持ち悪ッ、源外のジジイと声が似ていてイラッとくんな。 ルイズは昨日の夜あったことを詳しく説明する。 『土くれ』のフーケの話を聞いてて、銀時は江戸にいた2人の怪盗を思い出した。 2人とも義賊と呼ばれていた、ただ1人は変態の下着泥棒だったが。 そんなことを考えていると突然ドアからいかにも美人秘書というような女が現われた。 「ミス・ロングビル!どこ行ってたんですか!大変ですぞ!事件ですぞ!」 「申し訳ありません、朝から急いで調査しておりましたの」 ロングビルが言うには近くの森の廃屋がフーケの隠れ家ではないかということだ。 すぐに捜索隊を結成することになったが誰も自ら行こうとしない。 銀時ももし行けといわれても自分も絶対嫌だと思った。 しかしここで杖を掲げたのはルイズであった。 「わたしが行きます!」 銀時はやれやれと思った、どうせ自分も行くことになるのだろうと。 教師たちは慌てて止めようとするがルイズは引かない。 それに呼応するかのようにキュルケも杖を上げ、タバサもそれに続く。 キュルケは行く事は無いと言ったが。 「心配・・それに」 タバサは銀時のほうをチラッと見た。 「?」 目が合った銀時はいかぶしげな顔をした。 なんでもタバサはシュヴァリエという騎士らしい。 周りは驚いているがなんとなくだが銀時は納得した。 出会った時からタバサからは他の生徒とは違う臭いのようなものを感じていたからだ。 コルベールが自分の事をガンダ何とかといってたが気にしないことにした。 こうして捜索隊が結成された。 「杖にかけて!!」 3人が同時に唱和した直後に銀時が手を上げる。 「ちょっと待った、大事なことを聞き忘れてたぜ」 その言葉に回りは銀時に注目する。 オスマンやコルベールはガンダールヴがこの事件で自分達の気づいていないことに 気づいたのかと、さすがガンダールヴだと思っていたがその期待は次の言葉で粉々に 打ち砕かれる。 「おやつはいくらまでOKなんすか」 ピキィィ!! 空間にひびが入る音が聞こえたような気がした。 この瞬間、銀時以外の時がとまった。 ちょっとしたザ・ワー○ドである。 「遠足気分かぁぁぁ!!」 いち早く復活したルイズが銀時を鞭でしばく。 その後バナナはおやつに入るんですかというベタなボケをかました 銀時はさらにルイズに凶悪な突込みを入れられる。 「のう、コルベール君、あれほんとにガンダールヴ?」 「私も少し自信が・・」 4人はミス・ロングビルの案内で馬車に乗っている。 ちなみに銀時は厨房からもらったおやつの入った袋からチョコレートを取り出し バリバリ食べている。 「それにしても何かめんどくせえことになったな、最近朝早く起きすぎて逆に体に悪いわ、 俺の血圧いくらだか知ってんの、あ~こんなことなら使い魔なんかなるんじゃなかった」 「さっきからうるさいわね、だったら来なければいいでしょう」 「そういうわけにもいかねえだろ、お前が最初にあったとき『初心者でもできる簡単な仕事です』 『皆仲の良い楽しい職場です』って言ってなければ俺はもう少しは考えてたぞ、あ~詐欺だねこりゃ」 「言ってないわよぉぉ!!そんなこと、あんたバイト感覚で使い魔やってんのぉぉぉ!!」 そんな銀時とルイズの漫才みたいなやりとりをキュルケは呆れたように見ている。 「仲いいわねえ、貴方達、ちょっと妬けちゃうわ」 「誰がこんな奴と!!」 ルイズはむきになって否定する。 タバサはさっきから銀時の食べているチョコレートをじっと見ている。 「喰うか・・」 銀時は持っていたチョコレートをタバサに差し出した。 なんとなくだが本能的に、この手のタイプには優しくしといたほうが良いと思った。 「ありがとう」 タバサはチョコレートを受け取り礼を言った。 「まあ、めずらしい、タバサが人から物を素直に受け取るなんて」 「へ~、手が早いのね、いつの間にかこの子まで口説いてるなんて」 ルイズはこめかみの方がピクピクしていた。 「ミス・ロングビル・・手綱なんて付き人にやらせれば良いじゃないですか」 キュルケは黙々と手綱を握るロングビルに話しかけた。 「いいのです、私は貴族の名をなくしたものですから」 「だって、貴女はオールド・オスマンの秘書でしょう」 キュルケは驚いた様に問う。 「ええ、でもオスマン氏は貴族や平民だということに、あまり拘らないお方ですから」 「差し支えなかったら、事情をお聞かせ願いたいわ」 キュルケの問いに、ロングビルはただ微笑むだけだった。 「いいじゃないの、教えてくださいな」 ルイズはそんなキュルケを止めようとしたが、意外なところから声がした。 「やめとけよ」 それはおやつ袋のお菓子を食い終わった銀時だった。 「人間なんざすねに傷を持ってる奴ばかりだ、その傷を見ようなんて悪趣味だぜ」 「まあ、ダーリンがそういうなら・・」 キュルケは少し恥ずかしそうにうつむいた。 「ああ、寝みぃ、ついたら起こせよ」 銀時はそのまま両手を後頭部にあて少し横になるような体勢をとり、 そのままガーガー眠り始めた。 「ギントキ、起きろ」 「ん、着いたのか」 銀時は寝だれを拭きながら起きる。 「ここから先は、徒歩です」 馬車が入れない森についた銀時達は歩くことになった。 森は鬱蒼として薄暗かった。 「や~ん、こわい」 そう言ってキュルケは銀時に擦り寄ってくるが銀時は頭をがしっと押さえ。 「暑苦しいからあんま近よんな」 「だってー、すごくー、怖いだものー」 「嘘くせーんだよ、お前のその言い方、うっとしいからやめてくれる、マジで」 「ぶ~、ダーリンは私のこと好きじゃないの」 「ああ好きだぜ、軍手の次ぐらいに」 つまりものすごくどうでもいいということである。 これならまだ嫌われたほうがマシともいえる。 森には木こり小屋だったと思しき廃屋があった。 「私が聞いた情報によると、あの中にいるという話です」 作戦会議が開かれ、その結果偵察兼囮が中からフーケをおびき寄せ 出てきたところを攻撃することになった。 その偵察兼囮を誰にするかと言った時、皆銀時を見る。 銀時は最後まで「じゃんけんにしねえか」と無駄な足掻きを見せてはいたが まさしく無駄に終わった。 「結局俺がいつも貧乏くじか」 そうため息をつきながらもその役を引き受ける。 「じゃあダーリン、これ」 渡されたのはキュルケの買ってきた剣だった。 銀時はぶっちゃけいらないのだがパフェをおごってもらったので義理程度には持っておくことにした。 「何かうむやむになっちゃったけど勝負に勝ったのはあたし。文句ないわね、ゼロのルイズ」 ルイズは何も言わなかった。 小屋に近寄る銀時。 妙なことに小屋には人の気配がしない。 めんどくさくなったので窓を蹴破って中に入った。 やはり誰もいないし人の気配もない。 そのことを外に隠れているルイズ達にもサインで伝えた。 小屋の中にいる銀時は何か手がかりになる物はないかとあたりを物色する。 暖炉の横に箱が置かれていて銀時はあけた。 「何でこいつがここに・・」 銀時は目を見開いた。 「破壊の杖」 後から小屋に入ってきた銀時の取り出したそれをみて言う。 「おい、これが本当に破壊の杖か」 「そうよ、あたし見たことあるもん、宝物庫見学したとき」 一緒に入ってきたキュルケも言った。 そんな時急に見張りをしていたルイズの悲鳴が聞こえた。 「きゃあああああ」
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 「無礼な!私の足を踏んだのは貴君であろう!」 「なにを…!?罪を着せるのはやめていただきたい!」 大量の人が行き来する狭い道の真ん中で二人の貴族が喧嘩をしている。 そのせいでまわりにいる平民達や他のメイジ達が足止めを喰らっていた。 貴族は平民とは違いプライドも高く、止めさせようにも二人より格下のメイジや平民ではどうしようもない。 とばっちりをくらうだけだ。 二人が言い争い始めてから数分が経過した時、杖を持ったピンクヘアーの少女と小瓶をたくさん持っている黒髪の少女が前から歩いてきた。 右側にいる大量の小瓶を両手で大事そうに持っている少女が無垢な笑顔を当たりに振りまきながら。 「そもそも貴君がそうやって堂々と道の真ん中を歩いているから……ん?……ぉぁ!?」 「なにをいうか!貴君が私の横を通ったから……はん?……ぬぉっ!?」 それに気づいた二人が少女達を見るとサッと右端に引いた。少女達はそのまま人混みの中へと消えていった。 そのあと周りで喧嘩を見ていた者達も道を行き来し始め喧嘩が起こる前の状態に戻った。 「……………。」 「………。」 右端に移動した二人の貴族は互いを見合うと握手をした。歓喜の表情を浮かべて。 数分前――― 「緑茶」という東方から来た品を売っていた屋台の前で嬉しそうな表情を浮かべて立っていた霊夢を見つけ、問いただしたところ。 この緑茶は霊夢が元いた世界にあった大好きな物らしい。 それを聞いたルイズは… 「へぇー…、ちょっと私も飲んでみたいわねぇ?…少し約束してくれる。」 「いいけど、服を着せろとか四六時中私の側にいなさい。とかは抜きよ?」 霊夢にそう言われ、ルイズは「あぁ、それでも良かったかなぁー?」と薄々思っていた。 「違うわよ、帰りの際もしも荷物が多くなったら少しだけ持ってよ。そしたらこの『緑茶』を買うわ。」 と言った 。 杖を修理した後、おやつや紅茶の茶葉とか書物等を買おうと思っていたのだ。 霊夢はそれを聞き、あっさり承諾してくれたのだが…茶葉が入った小瓶を十個くらい買うのは予想外だった。 しかも値段が普通の紅茶より少し高かったので財布のダメージも大きい。 まぁ実際ルイズも少し飲んでみたいという気持ちはあったので 損にはならないだろう。と思うしかなかった。 ルイズは横でにやついている霊夢と共に、まず最初の店に到達した。 ここは杖を売ったり買い取り、修理などをしている店で他とは違い看板にデカデカと綺麗な文字が書かれている。 さらにここはその中でも最高良質の杖を売っていたり杖を修理する者達は超一流などと。いわゆるセレブ専用の店なのだ。 「これがその店?なんか周りの店と比べてかなり派手ね。」 「まぁ貴族とかメイジしか来ないしね。とりあえずあんたは入れないから近くにいて。」 それを聞き、霊夢が怪訝な顔をして首を傾げる。 「なんで?」 「ここは従者とか使い魔の出入りは禁止なの。それにその服装じゃ芸人か貧民に間違われるわよ?」 「何よそれ、まぁ興味ないから別に良いけど。じゃあここら辺の近くを適当にぶらついてるわ。」 霊夢はそう言うと踵を返し人混みの中へ行くのを見たルイズは店の中へと入っていった。 ここブルドンネ街は時間が経つごとに人が増えていく。 王宮やあちこちの店で働く人たちが通りに並ぶ色んな飲食店へと足を運ぶ。 子供達はおもちゃの剣や鉄砲を手に持ち嬉しそうに噴水の周りを走っている。 若いカップルがショーケースに並べられた服を欲物しそうに見ていた。 そんな様子を、霊夢は落書きがある塀の上に腰掛け眺めていた。 ふと空を見上げてみると太陽が丁度十二時の方角にまで上っていた。 「もうお昼か…。」 霊夢はポツリとぼやくと勢いよく塀から飛び降り、着地した後何事もなかったかのように歩き始める。 ルイズが店に入ってからもう一時間を超えている。一体あの棒きれ一本にどれくらいの時間を掛けるのだろうか? そんな事を思いながら霊夢は次は何処をほっつき歩こうかと考えていた時である。 「おぉ、ひょっとして君は…ミス・レイムではないか?」 誰かが自分の名前を呼んできた。 振り返るとそこにいたのは金銭的な問題と頭髪の少なさで苦しんでいるミスタ・コルベールであった。 「確か…コルベールでしたっけ?」 霊夢も最初この世界へ来たときに言っていた彼の名前を思い出して言った。 「いやぁ、奇遇だね、こんな所で会うなんて。」 コルベールはそう言うと背負っていた革袋を地面に置くと霊夢の方へと近づいた。 「実は森の方で研究材料を探していて、丁度今から昼食を食べに行こうとした矢先だったのさ。」 そういってコルベールは先程足下に置いた革袋を嬉しそうに指さした。 袋の形状からして恐らく石の様な物が入っているのだろう。 「ふーん、研究材料ねぇ…。」 霊夢は興味なさそうな目で革袋を見た。 「待たせてゴメン、ちょっと直すのに時間が掛かったわ…!料金も必要以上に取られちゃったし!」 そんな時、後ろから誰かが霊夢に声を掛けながら走ってきた。 振り返ると新品同然になった杖を腰に差したルイズがピンクのブロンドを揺らしながらこちらへやってきた。 「随分と時間が掛かったわね。お陰で随分と暇をもてあましたわ。」 霊夢はやっと来たルイズに少々うんざりしながらも声を掛けた。 「うぅ、だって店の人が新しい杖に買い換えろって言って来るのがしつこくって……あら?」 ふとルイズは霊夢の横に見知った顔の人物が居ることに気が付いた。 「やぁミス・ヴァリエール。君は杖の修理に来ていたのかい?」 「ミスタ・コルベールじゃないですか!こんな所で逢えるとは奇遇ですね。」 ルイズはそれが教師だと知るや頭を下げ挨拶をした。 「ホラホラ、挨拶はそれくらいでいいからそろそろ何処かで昼食でも食いに行きましょう。」 後ろにいた霊夢はそう言うと頭を下げていたルイズの肩を掴みズルズルと引きずり始めた。 「ちょっ…!あんた何してるのよ!?」 それに気づいたルイズは霊夢の手を振り解くと少し怒った顔で怒鳴った。 「アンタ今何時だと思ってるの?もうお昼の時間よ。」 まるでどちらが主人なのかわからない強気な口調で霊夢はそう言った。 そんな風に二人がいがみ合っているのを見てすかさずコルベールが臨時の仲介となった。 「まぁまぁ二人とも、お昼がまだなのなら私と共に食べに行きませんか?まだ私は食べていないので。」 コルベールはそう言って軽く一呼吸すると――だけど、と言い足した。 「食費は自費で頼むよ?なんせ私の財布のそこは結構浅くてね。」 それなりに美味しい店で昼食を食べた後。 そこに連れてってくれたコルベールと別れ、ルイズは次に霊夢を連れ、街ではかなりの大きさを誇っている書店へと足を運んだ。 中に入ってみると端から端まで本棚だらけでその本棚には様々な書物が入っている。 「へぇー…結構たくさんあるのね。」 「でしょ、ここは魔法学院の教科書の原本もあるのよ。」 そういってルイズが天井からつり下げられた沢山の看板から「初心者魔法講座」―勿論霊夢には読めなかったが―の真下にあるエリアへと歩を進めた。 霊夢もルイズの後に続いた。 辿りついたそこは本棚と天井の隙間が数十センチ程しか無く、棚にはビッシリと様々な色の書物が置かれている。 紅魔館の魔法図書館程ではないが、本屋というより図書館を思わせた。 「そこで少し待ってて…。さてと、まずは右端の一番下から…。」 そういってルイズは屈み、本棚の一番下の列に置かれている本のタイトルを見始めた。 興味がない霊夢は完璧に置いていかれ、ただルイズの行動を見ているだけしかできなかった。 「あら、ルイズと紅白少女じゃない?」 そんなとき、後ろから声が掛けられたので振り返るとそこには赤い髪と大きな胸が特徴の『微熱』のキュルケと、 青い髪と透き通るほどの白い肌が特徴の『雪風』のタバサがそこにいた。 「誰が紅白少女だ、というかなんであんた達がこんな所にいんのよ?」 霊夢はキュルケを嫌な目で見るとキュルケを指さして言った。 「あら、いたら悪いのかしら?タバサと一に本を買いに来ただけよ。」 そう言ってキュルケは顔をタバサの方に向けた。 「いっつも男の子としか考えていないあんたが本を買いに来るなんて珍しいわね?」 続いてルイズが嫌みたっぷりに言った。 「ふふ、もてる女は辛いわ…。こんな小さい娘に嫉妬されるなんてね。」 それにカチンと来たルイズが思わず杖をキュルケに向けた。 「よしなさいルイズ。今あなたの財布の中身少ないんでしょ?今ここで爆発を起こせば弁償代が凄いわよ?」 キュルケはそれを鼻で笑う、タバサはそんなこと気にせずずれたメガネを手でクイッと直した。 霊夢は大きくため息を吐くと安全そうなタバサの側に寄った。 「あ、あらーらららららぁ?こここ香すすす水の買いすすすぎぎで財布が底につつきそうなあなたも人のこと言えないんじゃないかししら?」 ルイズは杖をしまうと顔をピクピクさせながら所々噛みながらそう言った。 「ルイズ…そんなに噛んでたら何を言ってるかわからないわ。」 キュルケは微笑み混じりのあきれ顔で言った。 そんなルイズに思わず霊夢は額に手を当て盛大にため息を吐いたとき、外から声が聞こえてきた。 タバサ以外の3人が外の方を見てみると一人の給士が貴族に手を掴まれていた。 「あれ?あの子、何処かで見た気が…。」 霊夢にはその給士にほんわりと見覚えがあった。 それは以前、ギーシュとの決闘があった日に紅茶を入れてくれた女性であった。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん それは時を遡って、丁度二日前の夕方に起こった出来事である。 場所は丁度ブルドンネ街の中央から、やや西へ行ったところにある大通りを兄のトーマスと一緒に歩いてた時らしい。 陽が暮れるにつれて次々と閉まっていく通りの店を横切りながら彼女――妹のリィリアは兄から今日の゛成果゛を聞いていたのだという。 「今日は中々の大漁だったぜ。まっさか丁度上手い具合に道が封鎖してたもんだよなぁ~?理由は知らないけど」 「それでその袋いっぱいの金貨が手に入ったの?凄いじゃない!」 リィリアはそう言って兄を褒めつつ、彼が右手に持っている音なの握り拳程の大きさのある麻袋へと目を向ける。 袋は丸く膨らんでおり、中に入っている金貨のせいで表面はゴツゴツとした歪な形になっていた。 何でも急な封鎖で立ち往生していた下級貴族から盗んだらしく、銀貨や新金貨がそこそこ入っているらしい。 兄が盗んだ時、リィリアは危険だからという理由で゛隠れ家゛にいた為彼がどこにいたのかまでは知らない。 とはいえ妹として……唯一残っている家族の身を案じてかどこで盗んだのか聞いてみることにした。 「でもお兄ちゃん、道が封鎖してたって言ってたけど……一体どこまで行ってきたの?」 「チクントネの劇場前さ。あそこは夕方になったら金持った平民がわんさか夜間公演の劇を見に集まってくるしな」 「え?チクトンネって、この前変な女の人たちに追われてた場所なのに……お兄ちゃんまたそこへ行ったの!?」 トーマスの口から出た場所の名前を聞いたリィリアは、数日前に見知らぬ女の人から財布を盗んだ時のことを思い出してしまう。 あの時は手馴れていた兄とは違い初めて人の財布を盗んだせいか、危うく捕まりそうになってしまった苦い経験がある。 最後は偶然にも兄と合流し、自分を追いかけていた女の人と兄を追いかけていた空飛ぶ女の子が空中で激突し、何とか撒く事ができた。 しかし゛隠れ家゛に戻った後に待っていたのは大好きな兄トーマスからの称賛……ではなく、説教であった。 以前から「お前は俺のような汚れ事に手を突っ込むなよ?」と釘を刺されていた分、その説教は中々に苛烈であった事は今でも思い出せる。 その日の夜はゴミ捨て場で拾った枕を濡らした事を思い出しつつ、リィリアは兄に詰め寄った。 「お兄ちゃん、昨日ブルドンネ街で大金持ってた女の子の仲間に追われたって言ってたのに、どうしてまたそんな危ない場所に行くのよ!」 「だ……だってしょうがないだろ!王都は他の所よりも盗みやすいんだ、稼げる時に稼いでおかないと……」 年下にも関わらず自分に対してはやけに気丈になれるリィリアに対し、トーマスは少し戸惑いながらもそう言葉を返す。 それに対してリ彼女は「呆れた」と呟くと、兄に詰め寄ったまま更に言葉を続けていく。 「その女の子たちが持ってた三千エキューもあれば、十分なんじゃないの!?」 「お前はまだ子供だから分かんないかも知れないけどさ、お金ってあればある程生きていくうえで便利なんだぜ?」 開き直っているとも取れる兄の言葉に、リィリアはムスッとした表情を兄へと向けるほかなくなる。 卑しい笑みを浮かべて笑う兄の顔は、かつて領地持ちの貴族の家に生まれた子どもとは思えない。 しかしそれを咎めることも、ましてや魔法学院にも行ってない自分にはそれを改めよと説教できる資格はないのだ。 自分が丁度物心ついた時に両親が領地の経営難と多額の借金で首を吊って以来、兄トーマスは自分を守ってきてくれた。 両親の親族によって領地から追い出され、当てもない旅へ出た時に兄は自分の我儘を嫌な顔一つせず聞いてくれたのである。 お腹が減ったといえば農家の百姓に頭を下げてパンを貰い、山中で喉が渇いたと喚けば自分の手を引いて川を探してくれた。 そして今は自分たちが大人になった時の生活費を゛稼ぐ゛為に、わざわざ盗みを働いてまで頑張ってくれているのだ。 自分は――リィリアはまだ子供であったが、兄のしていることがどんなにダメな事なのか……それは自分が財布を盗んだ女の人が教えてくれた。 しかし、だからといって兄の行いを妹である自分が正す事などできるはずもない。 いくらそれが悪い事だからといっても、これで自分たちは糧を得てきたのである。今更それをやめて生きていく事など難しすぎる。 ここに来る道中行く先々で色んな人たちから冷遇を受けてきたのだ。やはり兄の言う通り、大人は信用できないのかもしれない。 自分たちの事など何も知らない大人たちはみな一様に笑顔を浮かべ、上っ面だけ笑顔を浮かべて可哀そうだ可哀そうだと言ってくる。 兄はそんな大人たちから自分を守りつつ、遥々王都まで来た兄は言った。――ここで俺たちが平和に暮らしていけるだけの金を稼ぐんだ。 得意げな表情でそんな事を言っていた兄の後姿は、それまで読んだ事のある絵本の中の騎士よりも格好良かったのは覚えている。 結局、することはいつもの盗みであったがそれでも他の都市と比べれば倍のお金を手に入れる事ができた。 懐が暖かくなった兄は余裕ができたのか、屋台で売られているようなチープな料理を持って帰ってきてくれるようになった。 持ち帰り用の薄い木の箱に入っている料理は様々で、サンドウィッチの時もあればスペアリブに、魚料理だったりスモークチキンだったりと種類様々。 王都の屋台は色んな料理が売られているらしく、また味が濃いおかげで少量でもお腹はとても満足した。 偶に安売りされてたらしい菓子パンやジュースも持って帰ってきてくれたので、王都での生活はすごく充実していた。 本当ならここに住めばいいのだが、兄としてはもっともっとお金を稼いだ後でここから遠く離れた場所へ家を建てて暮らすつもりなのだという。 「ドーヴィルの郊外かド・オルニエールのどこかに土地でも買って、そこで小さな家を建てて……小さな畑も作ってお前と一緒に暮らすんだ。 貴族としてはもう生きていけないと思うけど、何……魔法が使えれば地元の人たちが便利屋代わりに仕事を持ってきてくれるだろうさ」 そう言って自分の夢を語る兄の姿は、いつも陰気だった事は幼い自分でも何となく理解する事はできた。 今思えば、きっと兄自身も自分のしている事が後々――それが遠いか近いかは別にして――返ってくるであろうと理解していたに違いない。 それでもリィリアは応援するしかないのだ。自分の為に手を汚してまで幸せをつかみ取ろうとしている、最愛の兄の事を。 ……しかし、そんな時なのであった。そんな兄妹の身にこれまでしてきた事への――当然の報いが襲い掛かってきたのは。 「全くもう!ここで捕まったらお兄ちゃんの幸せは無くなっちゃうんだから気を付けないと!」 「分かってるって――…って、お?あれは……――」 通りから横へ逸れる道を通り、そのまま隠れ家のある場所へと行こうとした矢先、トーマスの足がピタリと止まったのに気が付いた。 何事かと思ったリィリアが後ろを振り返ると、そこにはうまいこと上半身だけを路地から出した兄の姿が見える。 一体どうしたのかと訝しんだ彼女は踵を返し、彼の傍へ近寄ると同じように身を乗り出してみた。 「どうしたのよお兄ちゃん?」 「リィリア……あれ、見てみろよ。ここから見て丁度斜め上の向かい側にある総菜屋の入り口だ」 兄の指さす先に視線を合わせると、確かに彼の言う通り少し大きめの総菜屋があった。 幾つもある出来合いの料理を量り売りするこの店は今が稼ぎ時なのか、仕事帰りの平民や下級貴族でごった返している。 その入り口、トーマスの人差し指が向けられているその店の入り口に、何やら大きめの旅行カバンが置かれていた。 「旅行カバン……?どうしてあんな所に?」 「さぁな。多分何処かの旅行客が平和ボケして地面に直置きしてるんだろうが……チャンスかも?」 「え?チャンスって……ちょ、ちょっとお兄ちゃん!?」 トーマスの口から出た゛チャンス゛という単語にリィリアが首を傾げそうになった所で、彼女は兄のしようとしている事を理解した。 妹がいかにもな感じで置かれている旅行カバンを訝しむのを他所に、懐から杖を取り出したのである。 「お兄ちゃん、ダメだよあのカバンは!あんなの変だよ、こんな街中でカバンだけ放置されてるなんて絶対変だって……!」 「大丈夫だって、安心しろよ。この距離と通りの混み具合なら、上手くやれる筈さ」 妹の静止を他所に兄は呪文を唱えようとした所でふと何かを思い出したかのように、妹の方へと顔を向けて言った。 「リィリア、もうちょっと奥まで行って隠れてろ。もしも俺が何か叫んだ時は、形振り構わずその場から逃げるんだぞ」 「お兄ちゃん!」 「大丈夫、もしもの時だよ。……今夜はこれでお終いにするさ、何せお前と俺の将来が掛かってるんだからな」 この期に及んでまだ稼ぎ足りないと言いたげな兄の欲深さに、リィリアは呆れる他なかった。 それでも彼が自分の為を思ってしてくれていると理解していた為、言うことをきくほかない。 「もう……」とため息交じりに言う妹がそのまま暗い路地の奥へと隠れたのを確認した後、トーマスは詠唱した後に杖を振る。 するとどうだ、トーマスの掛けた魔法『レビテーション』の効果を受けた旅行カバンが、一人でに動き出した。 最初こそ少しずつ、少しずつ動いていたカバンはやがてその速度を上げ始め、一気に彼のいる横道へと向かっていく。 ずるずる、ずるずる……!と音を立てて地面を移動するカバンに通りを行く人の内何人かが目を向けたが、すぐに人込みに紛れてしまう。 通行人の足にぶつからないよう上手くコントロールしつつ、尚且つ気づかれないようなるべく速度を上げて引き寄せる。 そうして幾人もの目から逃れて、旅行カバンは無事トーマスの手元へとやってきたのである。 「よし、やったぜ」 軽いガッツポーズをしたトーマスは、そのままカバンの取っ手を掴むと妹が入っていた暗い路地の奥へと入っていく。 流石に今いる場所で盗んだカバンを開けられないため、少し離れた場所で開ける事にしたのだ。 そして歩いて五分と経たぬ先にある少し道幅のある裏路地にて、二人は思わぬ戦果の確認をする事となった。 「お兄ちゃん、そろそろ開きそう?」 「待ってろ。後はここのカギを……良し、開いた」 防犯の為か二つも付いていたカバンの鍵を、トーマスは手早く『アンロック』の魔法で解錠してみせる。 小気味の良い音と共に鍵の開いたそれをスッと開けると、まず目に入ってきたのは数々の衣服であった。 どうやら本当に旅行者のカバンだったようだ、王都の人間ならばわざわざ自分の街でこれだけの服は持ち歩かないだろう。 トーマスとリィリアは互いに目配せをした後、急いで幾つもの服をカバンから出し始める。 この服を売りさばく……という手もあるが物によって値段の高低差があり過ぎるうえ、選別する時間ももどかしい。 だから二人がこの手の大きな荷物を盗んでから最初にする事は、金目のものが入っているかどうかの確認であった。 「おいリィリア、見ろ。見つけたぞ!」 カバンを物色し始めてから数分後、先に声を上げたのはトーマスの方であった。 彼はカバンの中に緯線を向けていた妹に声を掛けると、服の下に隠れていた小さめの革袋を自慢気に持ち上げて見せる。 そして二度、三度揺すってみるとその中から聞こえてくるジャラジャラ……という音を、リィリアもはっきりと聞き取ることができた。 何度も聞き慣れてはいるが耳にする度に元気が湧いてくる音に、妹は自身の顔に喜びの色を浮かべて見せる。 「凄い、まさか本当にあっただなんて……」 喜ぶと同時に驚いている彼女に「そうだろう」と胸を張りつつ、トーマスは袋の口を縛る紐を解く。 二人の想像通り、袋の中から出てきたのはここハルケギニアで最も普及しているであろうエキュー金貨であった。 少なくとも五十エキューぐらいはあるだろうか、旅行者が何かあった時の為に用意しているお金としては十分な額だろう。 「小遣い程度にしかならないけど……今夜はお前と一緒に美味しいものが食えそうだな」 「もう、お兄ちゃんったら」 思いもよらないボーナスタイムで気を良くする兄に、リィリアは呆れつつもその顔には笑顔が浮かんでしまう。 リィリアは兄の言葉に今から舌鼓を打ち、トーマスは妹の為に今日は安い食堂にでも足を運ぼうかと考えた時――その声は後ろから聞こえてきた。 「あー君たち、ちょっと良いかな?」 「……ッ!」 背後――それも一メイル程の真後ろから聞こえてきたのは、若い男性の声。 二人が目を見開くと同時にトーマスはバッと振り返り、妹をその背に隠して声の主と向き合う形となった。 そこにいたのは二十代後半であろうか、いかにも優男といった風貌の青年が立っていたのである。 青年は前髪を左手の指で弄りつつも、野良猫のように警戒している二人を見て気まずそうに話しかけてきた。 「……あ~、そう警戒しないでくれるかな?ちょっと聞きたいことがあるだけだから」 青年の言葉に対して二人は警戒を解かず、いつでも逃げ出せるように身構えている。 特にトーマスは、気配を出さずにここまで近づいてきた青年が『ただの平民ではない』という認識を抱いていた。 「何だよおっさん?俺らに聞きたい事って……」 「おっさんて……僕はまだ二十四歳なんだが、あぁまぁいいや。……いやなに、本当に聞きたい事が一つあるだけだからね」 警戒し続けるトーマスのおっさん呼ばわりに困惑しつつも、彼はその゛聞きたい事゛を二人に向けて話し始めた。 「実はさっき、僕が足元に置いていた筈の荷物が消えてしまってね。探していた所なんだよ……あ、失くした場所はここから近くにある総菜屋の入り口ね? それでね、適当な人何人かに聞いてみたら路地の中に一人でに入っていった聞いて慌てて後を追ってきたんだが……君たち、知らないかい?」 男は優しく、警戒し続ける二人を安心させようという努力が垣間見える口調で、今の二人が聞かれたくなかった事を遠慮なく聞いてきた。 リィリアはその手で掴んでいる兄の服をギュッと握りしめつつもその顔を真っ青にし、トーマスの額には幾つもの冷や汗を浮かんでいる。 彼の言う通り自分たちはその荷物とやらの行方を知っている。いや、知りすぎていると言っても過言ではない。 何せ彼が探しているであろう荷物は、先ほどトーマス自身が魔法で手繰り寄せて盗み取ったのであるから。 つい先ほどまで有頂天だったのが一変し、窮地に追い込まれた兄妹はこの場をどう切り抜けようか思案しようとする。 だがそれを察してか、はたまた彼らがクロだと踏んだのか男は彼らの後ろにあったカバンを見て声を上げた。 「ん、あれは君たちの荷物かい?」 「へ?あ、あぁ……そうだよ」 てっきりバレたのかと思っていたトーマスはしかし、男の口から出た言葉に目を丸くしてしまう。 どうやら男はこんな場所に置かれていたカバンと自分たちを見て、それが自分の荷物だと思わなかったらしい。 よく言えば重度のお人好しで、悪く言えば単なるバカとしか言いようがない。 きっと自分たちがまだ子供だから、盗みなんてするはずが無い…思っているのかもしれない。 もしすればこのまま上手く誤魔化せるのではないかと思ったトーマスであったが……――世の中、そう甘くはなかった。 「そうか、そのカバンは君たちの物なのか~……ふ~ん、そうかぁ~」 トーマスの言葉を聞いた男はそんな事を一人呟きつつ、懐を漁りながら二人のそばへと近寄りだした。 更に距離を詰めようとしてくる男に二人は一歩、二歩と後退るのだが、男の足の方が速い。 兄妹のすぐ傍で足を止めた男はその場で中腰になると、懐を漁っていた手でバッと何かを取り出して見せる。 それは一見すれば極薄の手帳のようだが、よく見るとそれが身分証明書の類である事が分かった。 表紙には大きくクルデンホルフ大公国の国旗が描かれており、その下にはガリア語で゛身分証明゛と書かれている。 男はそれを開くとスッと兄妹の前に開いたページを見せつけながら、笑顔を浮かべつつ唐突な自己紹介を始めた。 「自己紹介がまだだったね。僕の名前はダグラス、ダグラス・ウィンターって言うんだ。まぁ詰まるところ、旅行者ってヤツさ」 「……そ、それがどうしたってんだよ?俺たちと何の関係が……」 「――君。その鞄の右上、そこに小さく彫られてる名前を確認してみると良いよ」 自分の反論を遮る彼の言葉に、トーマスの体はピクリと震えた。 リィリアもビクンッと反応し、相も変わらずニヤニヤと笑う男の様子をうかがっている。 対する男――ダグラスはニコニコしつつも兄妹の後ろにあるカバンを指さして、「ほら、確認して」と言ってくる。 仕方なくトーマスはゆっくりと、自分の服にしがみついている妹ごと後ろを振り返り、カバンを確認した。 丁度都合よく閉まっていたカバンの外側右上に、確かに小さく誰かの名前が彫られている事に気が付いた。 最初はだれの名前がわからなかったかトーマスであったが、目を凝らさずともその名前が誰の名前なのかすぐに分かった。 ――ダグラス・ウィンター 血の気が引くとはこういう事を言うのか、二人してその顔は一気に真っ青に染まっていく。 「ね?その名前、実は俺が彫ったんだよ。いやぁ、中々の手作業だったんだ」 心ここにあらずという二人の背中に、聞いてもいないというのにダグラスは一人暢気にしゃべっている。 しかしその目は笑っていない。口の動きや喋り方、表情に身振り手振りで笑っている風に装っているが、目だけは笑ってないのだ。 限界まで細めた目で無防備に背中を見せるとトーマスと、警戒しているリィリアが次にどう動くのかを窺っている。 無論トーマスとリィリアの兄妹もダグラスの冷たい視線に気が付いており、動くに動けない状態となっていた。 トーマスは咄嗟に考える。どうする?今すぐ妹の手を取ってここからダッシュで逃げるべきか? 既に自分たちが盗人だとバレてしまっている以上、どうあっても誤魔化しが効かないのは事実だ。 ならば未だ狼狽えている妹の手を無理やりにでも取って、脱兎の如く逃げ出すのが一番だろう。 幸いこの路地は程よく道が幾つにも分かれており、上手くいけば彼――ダグラスを撒ける可能性はある。 これまで足の速さと運動神経の良さのおかげで、バレたときにはうまく逃げ切れていたし、何より魔法も使える。 今回も大きなミスをしなければ、背後にいる得体の知れない観光客から逃れることなど造作もないだろう。 (唯一の不安材料は妹だけど……けれど、今更置いて逃げる事なんかできるかよ) 盗みがバレたせいで未だ目を白黒させているリィリアを一瞥しつつ、トーマスは自身の右手をベルトに差している杖へと伸ばす。 同時に左手をそっと妹の方へと動かして、胸元で握り締めている両手を取ろうとした――その時であった。 ふと目の前、暗くなった路地の曲がり角から突如、自分たちよりも二回りほど大きい褐色肌の男が姿を現したのである。 突然の事にトーマスは慌てて両手の動きを止めて、リィリアは突如現れた大男を見て「……ひっ」と小さな悲鳴を上げてしまう。 男はダグラスよりもずっと屈強な体つきをしており、いかにも日頃から鍛えていますと言わんばかりのガタイをしている。 筋肉男――マッチョマンと呼ぶに相応しいほど鍛えられた肉体を、彼は持っているのだ そんな突然現れたマッチョマンを前に二人が驚いて動けない中、その男はスッと視線を横へ向け、ダグラスと顔を合わせてしまう。 そしてダグラスに気が付いた瞬間、男はパッと顔を輝かせると面白いものを見たと言いたげな声で彼に話しかけたのである。 「ん……おぉ、いたいた!おぉいダグラス!盗人はもう見つけたのか?」 「やぁマイク。ようやっと見つけたよ。まさか僕のカバンを盗むなんてね、大した泥棒さんたちだよ」 「ん?あぁ、このガキどもが犯人ってワケか!はっはっは!まさかお前さんともあろう男が、こんなチビ共に盗まれるとはな!」 「よせよ、まさか本当に盗まれるだなんて思ってなかったんだからさぁ」 まるで一、二ヵ月ぶりに顔を合わせた親友の様に話しかけてくる褐色肌の男――マイクに対して、タグラスも同じような言葉を返す。 そのやり取りを見てトーマスは更なる絶望に叩き落される。何ということだろう、自分は何と愚かな事をしてしまったのだと。 冷静に考えれば確かにあのカバンは怪しかった。景気よく稼いだせいですっかり調子に乗っていた自分は、その怪しさに気づけなかった。 その結果がこれである。自分だけではなく妹のリィリアをも危険に晒してしまっているのだ。 妹を危険に晒してしまった。……その事実がトーマスに突発的な行動を起こさせきっかけになったかどうかは分からない。 ただ愛する妹を、唯一残った肉親をせめてここから逃がそうとして、小さな頭で素早く考えを巡らせ結果かもしれない。 「……ッ!うわぁあぁあぁッ!」 「お兄ちゃん!?」 「うぉッ!?何だ、この……離せッ!」 トーマスは自分たちの目の前で景気よく笑うマイクに向かって、精一杯の突進をかましたのである。 無論自分よりも倍の身長を持つマイクにとっては、突然見ず知らずの子供が叫び声をあげて両脚を掴んできた風にしか見えない。 しかし、大の男二人に至近距離まで近づかれた状態では、これが最善の方法なのかもしれない。 ここまで近づかれては杖を取り出してもすぐに取り上げられ、最悪二人揃って捕まる可能性の方が高い。 ならば小さな頭で今考えられる最善の方法を、一秒でも早く実行に移す他なかった。 「走れリィリア!ここから急いで逃げるんだッ!」 「え……え?でも、」 「俺に構うな!さっさと逃げろォッ!」 「……ッ!」 兄の突然の行動に体が硬直していたリィリアは、彼の叫びを聞いて飛び跳ねるかのように走り出す。 大男とその足を必死に掴む兄の横を通り過ぎ、暗闇広がる路地をただただ黙って疾走する。 「あっ!お、おいきみ――って、うぉ!?」 後ろからダグラスの制止する声が聞こえたが、それは途中で小さな叫び声へと変わる。 五メイルほど走ったところで足を止めて振り返ると、トーマスは器用にも足を出して彼を転ばせたのだ。 哀れその足に引っかかってしまったダグラスは道の端に置いてあったゴミ箱に後頭部ぶつけたのか、頭を押さえてうずくまっている。 ここまでした以上、何をされるか分からぬ兄の身を案じてか、リィリアは「お兄ちゃん!」と声を上げてしまう。 それに気づいてか、顔だけを彼女の方へ向けたトーマスは必至そうな表情で叫ぶ。 「バカッ!止まるんじゃない!早く、早く遠くへ――……っあ!」 「この、野郎ッ!」 トーマスが目を離したのをチャンスと見たのか、マイクはものすごい勢いで拳を振り上げる。 振り上げた直後の罵声に気づき、彼が視線を戻したと同時にそれが振り下ろされ、リィリアは再び走り出した。 直後、鈍く重い音と子供の悲鳴が路地裏に響き渡ったのを聞きながら、リィリアは振り返る事をせずに走り続ける。 いや、振り返る事ができなかった。というべきであろうか、背後で起きている事態を直視する勇気は、彼女に無かったのだ。 涙をこぼしながらただひたすらに路地裏を走る彼女の耳に聞こえてくるは、何かを殴りつける鈍い音と、マイクの怒声。 「このガキめ、大人を舐めるな!」 まるでこれまでの自分たちの行動が絶対的な悪なのだと思わせるかのような、威圧的な言葉。 それが深く、脳内に突き刺さったままの状態でリィリアは路地裏を駆け抜け、夜の王都へとその姿を消したのである。 「最初に言ったけど、もう一度言うわ。自業自得よ」 リィリアから長い話を聞き終えた後、霊夢は情け容赦ない一言を彼女へと叩きつけた。 それを面と向かって言われたリィリアは何か言い返そうとしたものの、霊夢の表情を見て黙ってしまう。 ムッと怒りの表情とそのジト目を見てしまえば、彼女ほどの小さな子供ならば口にすべき言葉を失ってしまうだろう。 威圧感――とでも言うべきなのであろうか、気弱な人間ならば間違いなく沈黙を保ち続けるに違いない。 そんな霊夢を恐ろし気に見つめていたリィリアの耳に、今度は背後にいる別の少女が声を上げた。 「まぁ霊夢の言う通りよね。少なくともアンタとアンタのお兄さんは被害者だけど、被害者ヅラして良い身分じゃないもの」 彼女の言葉にリィリアは背後を振り返り、ベンチに腰を下ろして自分を見下ろしている桃色髪の少女――ルイズを見やる。 最初、リィリアはその言葉の意味がイマイチ分からなかったのか、ついルイズにその事を聞いてしまった。 「それって、どういう……」 「そのままの意味よ。散々人の金盗んでおいて、一回シバかれただけで白旗を上げるなんて、都合が良すぎなの」 「でも……あぅ」 ふつふつと湧いてくる怒りを抑えつつ、冷静な表情のまま相手に言い放つルイズの表情は冷たい。 眩い木漏れ日が綺麗な夏の公園の中にいるにも関わらず、彼女の周囲だけまるで凍てつく冬のようである。 もしもここに彼女の身内や知り合いがいたのならば、きっと彼女の母親と瓜二つだと言っていたに違いない。 その表情を見てしまったリィリアはまたもや何も言い返せず、黙ってしまう。 ほんの十秒ほどの沈黙の後、リィリアはふとこの場にいる三人目の女性――ハクレイへと目を向ける。 彼女もまた財布を盗まれた被害者であり、さらに言えばそれを盗んだのが自分だったという事か。 普通に考えれば助けてくれる可能性など万一つ無いのだが、それでも少女は救いの目でルイズの横に立つ彼女へと視線を送った。 ハクレイはというと、カトレアから貰ったお金を盗んだ少女が見せる救いの眼差しに、どう対応すれば良いのかわからないでいる。 睨み返すことはおろか、視線を逸らす事さえできず、どんな言葉を返したら良いのか知らないままただ困惑した表情を浮かべるのみ。 そんな彼女に釘を刺すかのように、ルイズと霊夢の二人も目を細めてハクレイを睨みつけてくる。 ――同情や安請負いするなよ?そう言いたげな視線にハクレイは何も言えずにいた。 (やっぱり、カトレアを連れてくるべきだったかしら?) 自分一人ではどう動けばいいか分からぬ中、彼女は自分の選択が間違っていたのではないかと思わざる得なかった。 それは時を遡る事三十分前。丁度霊夢とハクレイの二人が互いの目的の為に街中で別れようとしていた時であった。 色々一悶着があったものの、ひとまず丁度良い感じで別れようとした直前に、あの少女が彼女たちの前に姿を現したのである。 ――今まで盗んだお金を返すから、兄を助けてほしい。そう言ってきた少女は、あっという間に霊夢に捕まえられてしまった。 ハクレイとデルフが制止する間もなく捕まえられた彼女は悲鳴を上げるが、霊夢はそれを気にする事無く勝ったと言わんばかりの笑みを浮かべていた。 「は、離して!」 「わざわざ姿を現してくれるなんて嬉しい事してくれるわね?……もしかして今日の私の運勢って良かったのかしら?」 いつの間にか後ろへ回り込み、猫を掴むようにしてリィリアの服の襟を力強く掴んだ彼女は、得意げにそんな事を言っていた。 そして間髪いれずに路地裏へと連れ込むと、襟を掴んだままの状態で彼女への「取り調べ」を始めたのである。 「早速聞きたいんだけど、アンタのお兄さんが何処にお金を隠したのか教えてくれないかしら?」 「だ、だからお金は返すから……先にお兄ちゃんを!」 「あれ、聞いてなかった?私はお金の隠し場所を教えてもらいたい゛だけ゛なんだけど?」 最早取り調べというより尋問に近い行為であったが、それを気にする程霊夢は優しくない。 ハクレイとデルフが止めに入っていなければ、近隣の住民に通報されていたのは間違いないであろう。 ひとまずハクレイが二人の間に入ったおかげでなんとか場は落ち着き、リィリアの話を聞ける環境が整った。 最初こそ「何を言ってるのか」と思っていた霊夢であったが、その口ぶりと表情から本当にあった事だと察したのだろう、 ひとまず拳骨を一発お見舞いしてやりたい気持ちを抑えつつ、ため息交じりに「分かったわ」と彼女の話を信じてあげる事にした。 その後、姉の所に出向いているであろうルイズにもこの事を報告しておくかと思い。ハクレイに道案内を頼んだのである。 彼女の案内で『風竜の巣穴』へとすんなり入ることのできた霊夢は、ハクレイにルイズを外へ連れてくるように指示を出そうとした。 しかしタイミングが良かったのか、丁度カトレアとの話が済んで帰路につこうとしたルイズ本人とバッタリ出くわしたのである。 「丁度良かったわルイズ。見なさい、ようやっと盗人の片割れを見つけたわ」 「えぇっと、とりあえずアンタを通報すれば良いのかしら?」 「……?何で私を指さしながら言ってるのよ」 そんなやり取りの後、ひとまず近場の公園へと場所を移して――今に至る。 「それにしても、イマイチ私たちに縋る理由ってのが分からないわね」 リィリアから話を聞き終えたルイズは彼女が逃げ出さないよう睨みつつ、その意図を図りかねないでいる。 当然だろう。何せ自分たちが金を盗んだ相手に、兄が暴漢たちに捕まったというだけで助けてほしいと懇願してきたのだから。 本来ならばふざけるなと一蹴された挙句に、衛士の詰所に連れていかれるのがお約束である。 いや、それ以前に衛士の元へ駈け込んで助けて欲しいと頼み込めばいいのではなかろうか? まだ幼いものの、それが分からないといった雰囲気が感じられなかったルイズは、それを疑問に思ったのである。 そして疑問に思ったのならば聞けばいい。ルイズは地面に正座するリィリアへとそのことを問いただしてみることにした。 「ねぇ、一つ聞くけど。どうしてアンタは被害者である私たちに助けを求めたのよ?」 「え?そ……それは…………だから」 突然の質問にリィリアは口を窄めて喋ったせいか、上手く聞き取れない。 霊夢とハクレイも何だ何だと傍へ近寄って来るのを気配で察知しつつ、ルイズはもう一度聞いてみた。 「何?ハッキリ言いなさいな」 「えっと……その、お姉さんたちがあんなに大金を持ってたから……」 「大金……?――――ッァア!」 一瞬何のことかと目を細めてルイズは、すぐにその意味に気づいたのかカッと見開いた瞳をリィリアへと向ける。 限界近くまで見開かれた鳶色のそれを見て少女が「ヒッ」と悲鳴を漏らす事も気にせず、ルイズはズィっとその顔を近づけた。 「も、も、もしかしてアンタ!私たちの三千近いエキュー金貨の場所を、知ってるっていうの!?」 「はいはいその通りだから、落ち着きなさい」 興奮するルイズの肩を掴んでリィリアと離しつつ、霊夢は鼻息荒くする主に自分が先にリィリア聞いた事を伝えていく。 「まぁ要は取り引きってヤツよ。ウソか本当かどうか知らないけど、どうやら兄貴が何処に金を隠しているのか知ってるらしいのよ。 それで私たちから盗んだ分はすべて返すから、代わりに兄貴を助けて……次いで自分たちの事は見逃して欲しいって事らしいわ」 霊夢から話をする間に大分落ち着く事のできたルイズは「成程ね」と言って、すぐに怪訝な表情を浮かべて見せた。 「ちょい待ちなさい。兄を助ける代わりにお金を返すのはまぁ分かるとして、見逃すってのはどういう事よ?」 「アンタが疑問に思ってくれて良かったわ。私もそれを聞いて何都合の良いこと言ってるのかと思ったし」 「少なくともアンタよりかはまともな道徳教育受けてる私に、その言葉は喧嘩売ってない?」 顔は笑っているが半ば喧嘩腰のようなやり取りをしていると、二人の会話に不穏な空気を感じ取ったリィリアが口を挟んでくる。 「お願いします!盗んだお金はそのまま返すから、お兄ちゃんを……」 「まぁ待ちなさい。……少なくともお金を返してくれるっていうのなら、あなたのお兄さんは助けてあげるわ」 逸る少女を手で制止しつつ、ルイズは彼女が持ち掛けてきた取引に対しての答えを返す。 それを聞いてリィリアの表情が明るくなったものの、そこへ不意打ちを掛けるかのようにルイズは「ただし」と言葉を続けていく。 「アンタとアンタのお兄さんを見逃すっていう事はできないわ。事が済んだら一緒に詰所へ行きましょうか」 「え?なんで、どうして……?」 「どうしても何もないわよ。だってアンタたちは盗人なんですから」 二つ目の条件が認められなかった事に対して疑問を感じているリィリアへ、ルイズは容赦ない現実を突きつけた。 今まで見て見ぬ振りを決め込み、目をそらしていた現実を突き決られた少女はその顔に絶望の色が滲み出る。 その顔を見て霊夢はため息をつきつつ、自分たちが都合よく助けてくれると思っていた少女へと更なる追い打ちをかける。 「第一ねぇ、盗んだモノをそっくりそのまま返して許されるなら、この世に窃盗罪何て存在するワケないじゃない」 「で、でも……それは……私とお兄ちゃんが生きていく為で、」 「生きていく為ですって?ここは文明社会よ。子供だからって理由で窃盗が許されるワケが無いじゃない。 アンタ達は私たちと同じ人間で、社会の中で生きていくならば最低限のルールを守る義務ってのがあるのよ。 それが嫌で窃盗を生業とするんなら山の中で山賊にでもなれば良いのよ。ま、たかが子供にそんな事できるワケはないけどね。 第一、散々人々からお金を盗んどいて、いざ身内が仕事しくじって捕まったら泣いて被害者に縋るような半端者なんだし」 的確に、そして容赦なく現実を突きつけてくる博麗の巫女を前にリィリアは目の端に涙を浮かべて、顔を俯かせてしまう。 流石に言いすぎなのではないかと思ったルイズが霊夢に一言申そうかと思った所で、それまで黙っていたデルフが口を開いた。 『おぅおう、鬱憤晴らしと言わんばかりに攻撃してるねぇ』 「何よデルフ、アンタはこの生意気な子供の味方をするっていうの?」 『まぁ落ち着けや、別にそういうワケじゃないよ。……ただ、その子にも色々事情があるだろうって事さ』 「事情ですって?」 突然横やりを入れてきた背中の剣を睨みつつも、霊夢は彼の言うことに首をかしげてしまう。 デルフの言葉にルイズとハクレイ、そしてリィリアも顔を上げたところで、「続けて」と霊夢は彼に続きを言うよう促す。 それに対しデルフも「お安い御用で」と返したのち、彼女の背中に担がれたまま話し始めた。 『まぁオレっち自身、その子と兄さんの素性なんぞ知らないし、知ったとしてもこれまでやってきた所業を正当化できるとは思えんさ。 どんな理由があっても犯罪は犯罪だ。生きていく為明日の為と言いつつも、結局やってる事は他人から金を盗むだけ。 それじゃ弱肉強食の野生動物と何の変りもない、人並みに生きたいのであればもう少しまともな道を探すべきだったと思うね』 てっきり擁護してくれるのかと思いきや、一振りの剣にまで当り前の事を言われてしまい、リィリアは落ち込んでしまう。 何を今更……とルイズと霊夢の二人はため息をつきそうになったが、デルフはそこで『ただし、』と付け加えつつ話を続けていく。 『今のような状況に至るまでにきっと、いや……多分かもしれんがそれならの理由はあっただろうさ。 断定はできんが、オレっち自身の見立てが正しければ、きっとこの子一人だけだったのならば盗みをしようなんざ思わなかった筈だ。 親がいなくなり、帰る家も失くしてしまった時点で近場の教会なり孤児院を頼っていたに違いないさ』 デルフの言葉で彼の言いたい事に気が付いたのか、ハクレイを除く三人がハッとした表情を浮かべる。 霊夢とルイズの二人は思い出す。あの路地裏でアンリエッタからの資金を奪っていった生意気な少年の顔を。 リィリアもまた兄の事を思い浮かべていたのか、冷や汗を流す彼女へとルイズが質問を投げかけた。 「成程、ここまで窃盗で生きてきたのはアンタのお兄さんが原因だったってことね?」 「……!お、お兄ちゃんは私の為を思って……」 「それでやり始めた事が窃盗なら、アンタのお兄さんは底なしのバカって事になるわね」 あれだけの魔法が使えるっていうのに、そんなことを付け加えながらもルイズはため息をつく。 いくら幼いといえども、自分たちに見せたレベルの魔法が使えるのならば子供でも王都で雇ってくれる店はいくらでもあるだろう。 昨今の王都ではそうした位の低い下級貴族たちが少しでも生活費を増やそうと、平民や他の貴族の店で働くケースが増えている。 店側も魔法を使える彼らを重宝しており、今では平民の従業員よりも数が増えつつあるという噂まで耳にしている。 もしも彼女のお兄さんが心を入れ替えて働いていたのならば、きっとこんな事態には陥っていなかったであろう。 「才能の無駄遣いって、きっとアンタのお兄さんにピッタリ合う言葉だと思うわ」 『まぁ非行に走る前に色々とあったってのは予想できるがね。……まぁあまり明るい話じゃないのは明らかだが』 ルイズの言葉にデルフが相槌を入れつつも、リィリアにその話を聞こうと誘導していく。 少女も少女でデルフの言いたいことを理解しているのか、顔を俯かせつつも話そうかどうかと悩んでいる。 どうして自分たちが盗人稼業で生きていく羽目になったのか、その理由の全てを。 少し悩んだ後に決意したのか。スッと顔を上げた彼女は、おずおずとした様子で語り始めた。 両親の死をきっかけに領地を追い出され、兄妹揃って行く当てもない旅を始めた事。 最初こそ行く先にある民家や村で食べ物を恵んでいた兄が、次第に物を盗むようになっていった事。 最初こそ食べ物や毛布だけであったが次第に歯止めが効かなくなり、とうとう人のお金にまで手を出した事。 常日頃口を酸っぱくして「大人は危険」と言っていた為に自分も感化され、次第に兄の行為を喜び始めた事。 ゆく先々で他人の財産を奪い続けていき、とうとう王都にまでたどり着いた事。 そこで兄は大金を稼ぎ、二人で暮らせるだけのお金を手に入れると宣言した事。 そして失敗し、今に至るまでの出来事を話し終えたのは始めてからちょうど三分が経った時であった。 「……なんというか、アンタのお兄さんって色々疑いすぎたのかしらねぇ?」 三人と一本の中で最初に口を開いたルイズの言葉に、リィリアは「どういうことなの?」と返した。 ルイズはその質問に軽いため息をつきつつも座っていたベンチから腰を上げて、懇切丁寧な説明をし始める。 「だって、アンタのお兄さんは大人は危険とか言ってたけど。普通子供だけで盗んだ金で家建てて生きていくなんて無茶も良いところだわ。 それに、普通の大人ならともかく孤児院や教会の戸を叩けたのならきっと中にいたシスターや神父様たちが助けてくれた筈よ?」 ルイズの言葉にリィリアは再び顔を俯かせつつ、小声で「そいつらも危険って言ってたから……と話し始める。 「お兄ちゃんが言ってたもん、大人たちは大丈夫大丈夫って言いながら私たちを引き離してくるに違いないって」 以前兄から教わった事をそのまま口にして出すと、ルイズの横で聞いていた霊夢がため息をつきつつ会話に参加してくる。 「孤児院や教会の人間が?そんなワケないじゃないの、アンタの兄貴は疑心暗鬼に駆られすぎなのよ」 「ぎしん……あんき?」 『つまりは周りの他人を疑い過ぎて、その人達の好意を受け止められないって事だよ』 デルフがさりげなく四文字熟語を教えてくるのを見届けつつ、霊夢はそのまま話を続けていく。 「まぁ何があったのか大体理解できたけど、それで非行に走るんならとことん救いようがないわねぇ きっとここに至るまで色んな人の好意を踏みにじってきて、そのお返しと言わんばかりに金を盗って勝ったつもりになって……、 それで挙句の果てに屁でもないと思っていた被害者にボコられて捕まったんじゃ、誰がどう考えても当然の報いって考えるわよ普通」 肩を竦めてため息をつく彼女の正論に、リィリアはションボりと肩を落として落胆する。 流石の彼女であっても、ここにきてようやく自分たちのしてきた事の重大さを理解したのであろう。 デルフも『まぁ、そうなるな』と霊夢の言葉に同意し、ルイズは何も言わなかったものの表情からして彼女に肯定的であると分かる。 しかしその中で唯一、困惑気味の表情を浮かべてリィリアを見つめる女性がいた。 それは霊夢たちと同じく兄妹……というかリィリアに直接お金を奪われた事のあるハクレイであった。 少女に対し批判的な視線と表情を向けている霊夢とルイズの二人とは対照的に、どんな言葉を出そうか悩んでいるらしい。 確かに彼女とそのお兄さんがした事が許されないという事は、まず変わりはしない。 けれどもルイズたちの様に一方的になじる気にはなれず、結果喋れずにいるのだ。 下手に喋れずけれども止める事もできずにいた彼女であったが、何も考えていなかったワケではない。 幼少期に兄と共に苛酷な環境に身を置かざるを得なくなり、非行に走るしかなかった少女に何を言えばいいのか? そして兄と共に二度とこんな事をしないで欲しいと言わせるにはどうすれば良いのか?それをずっと考えていたのである。 彼女はここに来てようやく口を開こうとしていた。一歩前へと踏み出し、それに気づいた二人と一本からの熱い視線をその身に受けながら。 「?どうしたのよアンタ」 「……あーごめん、今まで黙ってて何だけど喋っていいかしら?」 軽い深呼吸と共に一歩進み出た自分に疑問を感じたルイズへ一言申した後、リィリアの前へと立つハクレイ。 それまで黙っていたハクレイの言葉と、かなりの距離まで近づいてきたその巨躯を見上げる少女は自然と口中の唾を飲み込んでしまう。 何せここにいる四人の中では、最も背の高いのがハクレイなのだ。子供の目線ではあまりにも彼女の背丈は大きく見えるのだ。 唾を飲み込むついで、そのまま一歩二歩と後ずさろうとした所で、ハクレイはその場でスッと膝立ちになって見せる。 するとどうだろう、あれ程まで多が高過ぎて良く見えなかったハクレイの顔が、良く見えるようになったのだ。 「……え?あの」 「人とお話をする時は他の人の顔をよく見ましょう。って言葉、よく聞くでしょう?」 困惑するリィリアに苦笑いしつつもそう言葉を返すと、ハクレイは若干少女の顔を見下ろしつつも話を続けていく。 「私の事、覚えてるでしょう?ホラ、どこかの広場でボーっとしてて貴女に財布を盗まれた事のある……」 霊夢やルイズと比べ、年頃らしい落ち着きのある声で話しかけてくる彼女にはある程度安心感というモノを感じたのだろうか。 それまで緊張の色が見えていた顔が微かに緩くなり、自分と同じくらいの視点で話しかけてくるハクレイにコクコクと頷いて見せた。 「うん、覚えてるよ。だからまず最初にお姉さんに声を掛けたの。だってもう片方は怖かったから……」 「おいコラ。今聞き捨てならない事をサラッと言ってくれたわね?」 自分の方を見つめつつもそんな事を言ってきた少女に、霊夢はすかさず反応する。 それを「やめなさいよ」とルイズが窘めてくれたのを確認しつつ、ハクレイは話を続けていく。 「さっき、貴女のお兄さんを助けてくれたらお金はそっくりそのまま返すって言ってたわよね?」 「……!う、うん。私、お兄ちゃんがどこの盗んだお金を何処に隠しているのを知って……――え?」 食いついた。そう思ったリィリアはパっと顔を輝かせつつ、ハクレイに取り引きを持ち掛けようとする。 しかしそれを察したのか、逸る彼女の眼前に右手の平を出して制止したのだ。 一体どうしたのかと、リィリアだけではなくルイズたちも怪訝な表情を浮かべたのを他所にハクレイはそのまま話を続けていく。 「別にお金の事はもう良いのよ。私がカトレアに貰った分だけなら……あなた達が良いなら渡してあげても良い」 「え?それ……って」 「はぁ?アンタ、この期に及んで何甘っちょろい事言ってるのよ!?」 三人と一本の予想を見事に裏切る言葉に、思わず霊夢がその場で驚いてしまう。 ルイズは何も言わなかったものの目を見開いて驚愕しており、デルフはハクレイの言葉を聞いて興味深そうに刀身を揺らしている。 まぁ無理もないだろう。何せ彼女たちから散々許されないと言われた後での言葉なのだ。 むしろあまりにも優しすぎて、ハクレイにそんな事を言われたリィリア本人が自身の耳を疑ってしまう程であった。 流石に一言か二言文句を言ってやろうかと思った矢先、それを止める者がいた。 『まぁ待てって、そう急かす事は無いさ』 「デルフ?どういう事よ」 突然制止してきたデルフに霊夢は軽く驚きつつも自分の背中にいる剣へと声を掛ける。 『どうやら奴さんも無計画に言ってるワケじゃなそうだし、ここは見守ってやろうや』 何やら面白いものが見れると言いたげなデルフの言葉に、ひとまず霊夢は様子を見てみる事にした。 彼女の後ろにいるルイズも同じ選択を選んだようで、二人してハクレイとリィリアのやり取りを見守り始める。 「え……?お金、くれるの?それで、お兄ちゃんも助けてくれるっていうの……?」 相手の口から出た言葉を未だに信じきれないのか、訝しむ少女に対しハクレイは無言で頷いて見せる。 それが肯定的な頷きだと理解した少女は、信じられないと首を横に振ってしまう。 確かに彼女の思う通りであろう。普通ならば、金を盗まれた相手に対して見せる優しさではない。 盗まれた分のお金は渡し、更には兄まで助けてくれる。……とてもじゃないが、何か裏があるのではないかと疑うべきだろう。 リィリア自身盗んだお金を返すから兄を助けてほしいと常識外れなお願いをしたものの、ハクレイの優しさには流石に異常を感じたらしい。 少し焦りつつも、少女は変に優しすぎるハクレイへとその疑問をぶつけてみる事にした。 「で、でも……そんなのおかしいよ?どうして、そこまで優しくしてくれるなんて……」 「まぁ普通はそう思うわよね。私だって自分で何を言っているのかと思ってるし」 彼女の口からあっさりとそんに言葉が出て、思わずリィリアは「え?」と目を丸くしてしまう。 そして疑問に答えたハクレイはフッと笑いつつ、どういう事なのかと訝しむ少女へ向けて喋りだす。 「私が盗まれた分のお金はそのまま渡して、ついでにお兄さんも助けてあげる。それを異常と感じるのは普通の事よ。 だって世の中そんなに甘くないのは私でも理解できるし、そこの二人が貴女のお願いに呆れ果ててるのも当り前の事なんだし」 優しく微笑みかけながらも、そんな言葉を口にするハクレイへ「なら……」とリィリアは問いかける。 ――ならどうして?最後まで聞かなくとも分かるその言葉に対し、彼女は「簡単な事よ」と言いながら言葉を続けていく。 「あなた達の事を助けたいのよ。……まぁ二人にはそんなのは優しすぎるとか文句言われそうだけどね」 暖かい微笑みと共に口から出た暖かい言葉に、それでもリィリアは怪訝な表情を浮かばせずにはいられない。 何せ自分は彼女に対して財布を盗んだ挙句に魔法を当ててしまったのだ、それなのに彼女は助けたいと言っているのだ。 普通ならば何かウラがあるのではないかと疑うだろう。リィリアはまだ幼かったが、そんな疑心を抱ける程には成長している。 「でも、そんなのおかしいわ?だって、私はお姉ちゃんに対してあんなに酷いことをしたのに……」 疑いの眼差しを向けるリィリアの言葉に対して、ハクレイは「まぁそれは忘れてないけどね?」と言いつつも話を続けていく。 「だから私は今回――この一度だけ、あなた達の手助けをするわ。一人の大人としてね。 あなた達兄妹が泥棒稼業から手を洗って、まともに暮らしていくっていうのなら……今後の為を思ってあなた達に私の――カトレアがくれたお金を託す。 何なら孤児院や、身寄り代わりの教会を探すのだって手伝おうとも考えてるわ。少なくともそこにいる人たちならば、あなた達を助けてくれると思うから」 ハクレイはそう言った後に口を閉ざし、ポカンとしているリィリアへとただ真剣な眼差しを向けて返事を待っている。 少女は彼女の言ったことをまだ完全に信じ切れていないのか、何と言えばいいのか分からずに言葉を詰まらせている。 それを眺めている霊夢は彼女の甘さにため息をつきたくなるのを堪えつつも、最初に言っていた言葉を思い出す。 ――この一度だけ。つまりは、あの兄妹に対して彼女はたった一度のチャンスをあげるつもりなのだろう。 彼女が口にしたようにバカ野郎な兄と共にまともな道を歩み直せる、文字通りの最後のチャンスを。 ルイズもそれを理解したようだったが、何か言いたそうな表情をしているに霊夢と同じことを考えているらしい。 確かに子供といえど犯罪者に対して甘すぎる言葉であったが、犯罪者であるが以前に子供である。 自分と霊夢は少女を犯罪者として、彼女は犯罪者である以前に子供として接しているのだ。 だから二人して甘々なハクレイに何か一言突っついてやりたいという気持ちを抑えつつ、リィリアの答えを待っていた。 そして件の少女は、ハクレイから提示された条件を前に、何と答えれば良いか迷っている最中であった。 今まで兄と共に生きてきて、大事な事を全て決めてきたのは兄であったが、その兄はこの場にいない。 だから自分たち兄妹の事を自分が決めなければいけないのだ。 リィリアは閉まりっぱなしであった重い口をゆっくりと開けて、自分を見守るハクレイへと話しかける。 「本当に……本当に私たちの、味方になってくれるの?」 「アナタがお兄さんと一緒になってこれから真っ当に生きていくというのになら、私はアナタ達の味方になるわ」 少女の口から出た質問に、ハクレイは優しい微笑みと真剣な眼差しを向けてそう返す。 そこには兄の言っている「汚い大人」ではなく、本当に自分たちの事を案じてくれる「一人の大人」がいた。 そして彼女はここにきてようやく思い出す、これまでの短い人生の中で、今の彼女と同じような表情と眼差しを向けてくれた人たちが大勢いたことを。 ある時は通りすがりの旅人に果物やパンを分けてくれた農民、そしてタダ配られるスープ目当てに近づいた教会の人たち。 ここに至るまで通ってきた道中で出会った人々の多くが、自分たちの事を本当に心配してくれていたのだと。 しかし兄は事あるごとに彼らを見て「信用するな」と耳打ちし、その都度必要なものだけを奪って彼らの親切心を踏みにじってきた。 兄は自分よりも成長していた、だからこそ自分たちを領地から追い出した親戚たちの事が忘れられなかったのだろう。 結果的にそれが兄の心に疑心暗鬼を生み出し、他人の善意を踏みにじる原因にもなってしまった。 その事を兄よりも先に理解したリィリアは、目の端から流れ落ちそうになった涙を堪えつつ――ゆっくりと頷いた。 ハクレイはその頷きを見て優しい微笑みを浮かべたまま、そっと左手で少女の頭を撫でようとして――。 「…って、何心温まる物語にしようとしてるのよッ!?」 「え?ちょ……――グェッ!」 二人だけの世界になろうとした所で颯爽と割り込んできた霊夢に、見事な裸絞めを決められてしまった。 あまりに急な攻撃だった為に何の対策もできずに絞められてしまったハクレイは、成すすべもない状態に陥ってしまう。 突然過ぎた為か流れそうになった涙が完全に引っ込んでしまったリィリアは、目を丸くして見つめている。 それに対してルイズは彼女の傍に近寄りつつ、「気にしなくていいわよ」と彼女に話しかけた。 「まぁあんまりにもムシが良すぎるから、ただ単にアイツに八つ当たりしてるだけなのよ」 「え?八つ当たりって……あれどう見ても絞め殺そうとしてるよね?」 「大丈夫なんじゃない?ねぇデルフ、アンタもそう思うでしょう?」 『イヤイヤ、普通は止めろよ!?ってか、そろそろヤバくねぇかアレ?』 霊夢から無理やり手渡されたのであろう、ルイズの言葉に対し彼女の右手に掴まれたデルフが流石に突っ込みを入れる。 確かに彼の言う通りかもしれない。自分より小柄な霊夢に絞められているハクレイはどうしようもできず、今にも落ちてしまいそうだ。 デルフの言う通りそろそろ止めた方がいいのだろうが、正直ルイズも彼女の横っ腹にラリアットをかましたい気分であった。 確かにあの兄妹は犯罪者であるが以前に子供だ、牢屋にぶち込むよりも前に救済をしたいという気持ちは分かる。 しかしだからといってあの時金を盗まれた時の屈辱は忘れていないし、自分たちの他にも大勢の被害者がいるに違いない。 それを考えれば懲役不可避なのだろうが、やはり本心では「まだ子供だから」という気持ちも微かにある。霊夢はあるかどうか知らないが。 ともかくハクレイはその「まだ子供だから」という元で兄妹にチャンスを作り、兄妹の一人であるリィリアはそれを受け入れた。 まだ納得いかない所は多々あるがそれをハクレイにぶつける事で、ルイズと霊夢の二人もそれに了承したのである。 ひとまずは満足したのか、虫の息になった所でようやく解放されたハクレイを放って、霊夢はリィリアと対面していた。 ハクレイと似たような顔をしていながらも、彼女よりも怖い表情を見せる霊夢に狼狽えつつも、少女は彼女からの話を聞いていく。 「じゃあ先にお金は返してもらうとして、アンタのバカお兄さんを助けたらルイズの紹介する教会か孤児院に入る事、いいわね?」 「う、うん……それで、他にも盗まれたお金とか一応……あなた達に渡す、それでいいの?」 「そうよ。アンタたちが他の人たちから盗んだお金は私たちが……まぁ、その。責任もって返すことにするわ」 多少言葉を濁しつつもひとまず条件を確認し終えた所で、今度はルイズが話しかける番となった。 彼女は言葉を濁していた霊夢をジト目で一瞥しつつもリィリアと向き合いは、咳払いした後真剣な表情で喋り始める。 「まぁ私たちはそこで伸びてるハクレイと違ってあなた達に甘くするつもりはないけど、貴女は反省の意思を見せてる。 その貴女がお兄さんを説得できたのならば、私もアナタたちがやり直すための準備くらいはしてあげるわ。 でも忘れないで頂戴。貴族である私の前で約束したのならば、どんな事があっても最後までやり遂げる覚悟が必要だってことを」 わざとらしく腰に差した杖を見せつけつつそう言ったルイズに、リィリアは慎重に頷いた。 その杖が意味することは、たとえ幼少期に親を失い貴族で無くなった彼女にも理解できた。 リィリアの頷きを見てルイズもまた頷き返したところで、彼女は「ところで」と話を続けていく。 「一つ聞きたいんだけど、どうして私たちを頼る前に衛士の所に行かなかったのよ? いくらアンタ達がここで盗みをやってるって情報が出てても、流石に子供が誘拐されたとなると話しくらいは聞いてくれそうなものだけど……」 先ほどから気になっていた事を抱えていたルイズからの質問に、リィリアは少し考える素振りを見せた後に答えた。 「えっとね……実はあの二人を探す前にね、今日の朝に詰め所に行ったの」 「え?もしかして、子供の戯言だとか言われて追い返されたの……?」 人での少なくかつ教育の行き届いていない地方ならともかく、王都の衛士がそんな雑な対応をするのだろうか? そんな疑問を抱いたルイズの言葉に対して、リィリアは首を横に振ってからこう言った。 「うぅん、何か詰め所にいた衛士さんたちが皆凄い忙しそうにしててね。私が声を掛けても「ごめんね、今それどころじゃないんだ」って言われたの」 「忙しい……今それどころじゃない?」 「あぁ、そういえば今日は朝からヤケにばたばたしてたわねアイツら」 何か自分の知らぬ所で大事件が起きたのであろうか?首を傾げた所で霊夢が話に入ってきた。 彼女の言葉にルイズはどういう事かと聞いてみると、朝っぱらから街中で大勢の衛士が動き回っていたのだという。 「何でか知らないけどもう街の至る所に衛士たちがいたり、走り回ってたりしてたのよ。 しかもご丁寧に下水道への道もしっかり見張りがいたから、おかけでやるつもりだった捜索が台無しよ。全く……」 最後は悪態になった霊夢の言葉を半ば聞き流しつつも、ルイズはそうなのと返した後ふと脳裏に不安が過る。 この前の劇場で起こった事件もそうだが、ここ最近の王都では何か良くないことが頻発しているような気がしてならない。 そういう事を体験した身である為、ルイズは尚現在進行中で何か不穏な事が起きている気がしてならなかった。 街中の避暑地に作られた真夏の公園の中で、ルイズは背筋に冷たい何かが走ったのを感じ取る。 その冷たい何かの原因が得体のしれない不穏からきている事に、彼女は言いようのない不安を感じていた。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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前ページ次ページニニンがゼロ伝・音速の使い魔 ニニンがゼロ伝・音速の使い魔 第一話 使い魔、現るの巻 「宇宙の果てのどこかにいる、私の下僕よ!強く、美しく、そして生命力に溢れた使い魔よ! 私は心より求め、訴えるわ。我が導きに応えなさい!」 虚空が眩く輝きそこから虹が架かる。 『いやっほぅ!!天界からイタズラ天使が舞い降りたイメージで虹をすべってカワユク登場!! そう!!、ワシが!!、ワシが!!ワシが統領じゃーい!!』 黄色く丸っこい得体の知れない翼の生えた生き物が虹からすべり降りてきた。 「や、やった、成功したんだわ!」 「おい、ゼロのルイズが幻獣を呼んだぞ!」 「あの幻獣喋ってるぞ!」 「何なのあの幻獣、見たこと無いわ!」 「アルゥエ?ココはだぁれ?ワタシはどぉこ?」 手にペロペロキャンディを持ってキョロキョロする黄色い生物。 「アアア、アンタ、喋れるのね・・・名前はなんていうの?」 (やった、スゴいわ!喋られる幻獣なんて大当たりじゃない!?) 心の中で歓喜するルイズ。 「オッス、オラ甘くて苦いママレードボーイ音速丸ヨロシク!」 「・・・は?」 きょとんとするルイズ。 「おい、ソコの釘宮ボイ○!ココは一体ドコなんでぃ!アンタ、だぁれ?ももももしかして誘拐!? いやーヤメテパンツぬがさないでーっ!」 「ちょっ、何言ってんのよ!中の人なんて居ないわ!伏せ字の位置間違えてんじゃないわよ!誘拐なんて冗談じゃないわ! 使い魔として私が召喚したのよ!って何時の間にパンツ履いたのよ!?」 歓喜から一転不安になるルイズ。 非常にまずい流れの予感がする。 「コントの途中ですまないがミス・ヴァリエール」 担当の教師コルベール(ハゲ)が寸劇を中断させる。 「コ、コントじゃありません!」 ルイズの抗議を無視して話を進めるコルベール 「時間が押してるんだ。その幻獣と早く契約を済ませてしまいなさい。」 「ミスタ・コルベール、この使い魔ヘンです!なんか物凄くイヤな予感がします!やり直させて下さい!」 「ダメだ、何故なら春の使い魔召喚は神聖な儀式だ。好むと好まざるにかかわらずこの幻獣を使い魔にするしかない」 コルベールがルイズの要望を突っぱねる。 「おい、コッパゲ、ココは一体ドコなんでぃ!おまえら一体何でぃ!さてはオレ様に仕向けられた刺客だな!?」 「私はコルベールだ!ツルッパゲではない!・・・まあいい、ココはトリスティン、そしてここはトリステイン魔法学院だよ キミはミス・ヴァリエールに使い魔として召喚されたんだ。彼女が呪文を唱え口付けを交す事で儀式は完成する。」 (あ、今このハゲ余計な事言わなかった!?) 「ムフフ成る程、つまり吾が輩は世界の平和の為にやって来た総理大臣というわけだな!よぅし解った! おい、釘宮○イス!使い魔になってやるから早く契約をすませろ!」(むちゅー) 突如8頭身サイズになってチューのポーズをする音速丸。 「だから伏せ字の位地間違えんじゃないって言ってんでしょ! あ、あの・・・ミスタ・コルベール、ホントにコレとしなきゃいけないんですか・・・?」 「うむ、例外は認められない」 「うぅぅ・・・『我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・プラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。 この者に祝福を与え、我の使い魔となせ』・・・」 「おらーっ、どうした、早くしねぇかー!」 8頭身のまま『むちゅー』のポーズで待ち受ける音速丸。 「ちょ、キモイ!ミスタ・コルベール、やっぱりこんなのイヤです!」 「あれ?何この鏡、音速丸ー、ドコいったのー・・・きゃっ!?」 ピンクの服を着た女の子が音速丸が出て来た虹から滑り墜ちてきて案の定ルイズと衝突する。 ごっ、ぶちゅっ。 「○※△◇ッ!?」 音速丸の顔面にルイズの顔が押し付けられる。 「ごふっ!?アヂィィィィィッ!?カラダが熱いぃぃぃっ、もしかしてコレがLOVE!?」 「落ちつきなさい、使い魔のルーンが刻まれてるだけだよ。じきに治まる。」 案外冷静なコルベール。 「ところで・・・こちらのお嬢さんは知りあいかね?」 と虹から墜ちてきた少女を指して言う。 「あの、初めまして!私、『忍』(しのぶ)って言います!!ニンジャ学校に通ってる見ならいニンジャなんです!!ヨロシク御願いします!!」 ペコリと頭をさげる忍。 「ニンジャが何かは知らないが、シノブさんか。元氣なお嬢さんだね」 「えーん忍ー、聞いてよーっ、唇うばわれたーっ、もうオヨメにいけないのーっ」 「なんだか知らないけど泣かないで音速丸。よしよし」 胸に抱き付く音速丸を慰める忍。 「な、泣きたいのはコッチよ!私、初めて・・・っ、いいこと?アンタは人間じゃないんだから今のはノーカンよ!ノーカン!」 顔面の痛みと情け無さで涙目のルイズ。 「あらまあ、こちらの方は雅(みやび)ちゃんと声も喋り方もそっくりですね~」(なでなで) 「ちょ、ミヤビって誰よっ頭撫でないで・・・ふにゃぁ」 『ああ、ちょっとイイかも~』といった表情で忍に撫でられてふにゃりとするルイズ 「おおすげぇ、ツンデレだ、流石魔法世界。」 「おい見ろよ人が飛んでるぞ」 「おまえら、驚く順番違うくねーか?」 突如ゾロゾロと顕れる黒装束の団体。 「な、何なのよアンタら!」 「あ、紹介しますね、ニンジャ学校でクラスメートのみなさんですよ~」 「「「ヨロシクーっす」」」 と息の合った挨拶をする黒装束のみなさん。 「しかし、スゴい忍法ですね音速丸さん、我々が通って来た鏡みたいなのは何だったんですか?」 と黒装束の1人。 「フフフ、聞いて驚くなよサスケ、・・・あれはな・・・」 「アレは?」 「二次元の壁を越える忍法だったんだよ!」 「「「な、なんだってー!?」」」 「す、スゴいじゃないですか音速丸さん!」 「エルフだ!エルフに逢える時がやっと来たんだ!」 「ネコミミメイド、ネコミミメイドはドコに居るんだ!?」 「ようし、こうなったらみんなで音速丸さんを胴上げだ!」 「「「ワーッショイ!、ワーッショイ!」」」 「素晴らしいです。忍は感動で涙が止まりません」忍が感動で涙をハラハラと流す。 「アハハハ、ウフフフ」 胴上げされてご満悦の音速丸。 「な、何なのよコイツらー!!!!」 ルイズが叫んでいると、コルベールが音速丸に近づいて手を取る。 「いやん、ちょっとレディのお手々になにすんのぉ~」 クネクネする音速丸。 「キミ、気持ち悪い声を出さんでくれたまえ・・・ほう、キミ、珍しいルーンだね・・・ちょっとスケッチを取るから待っててくれたまえ」 「き、キレイに描いてね・・・」(ぽっ)と顔を赤らめつつセクシーポーズを取る音速丸。 「描きづらい、キミ、普通にしててくれんかね。さっきも言ったように時間が押してるんだよ・・・よし描けた。もう良いよ」 「さてと、コレで全員召喚の儀式は無事終わったようだね。じゃあ皆教室にもどるぞ」 するとルイズ以外の教師と生徒全員が空に浮かび学園の方へ飛んでいく。 「ルイズ、お前は歩いてこいよ!」 「あいつ『フライ』はおろか、『レビテーション』さえまともにできないんだぜ」 他の生徒達がルイズを嘲りながら飛び去っていく。 悔しがるルイズ。 「普段ツンツンしてる娘が悔しそうに涙を浮かべてる表情もなかなか良いですな」 「やっべぇ、ちょっとオレ『きゅん』と来ちゃったよ」 「おまえら結構マニアックだなー」 と例によって忍者達が本人の感情を逆撫でしかねないような感想を平気で述べる。 「う、ウルサイ!ウルサイ!ウルサイ!バカ!人の気も知らないで!私だって、私だって!・・・・」 涙が溢れそうになる。 「あ、音速丸さんが泣かした。」 「ヒドイや音速丸さんこんな可愛い子を泣かして!」 「見損ないましたよ音速丸さん!」 「オレのせいかよ!今のはテメェらがワルいだろうが!」 「ああ大変、雅・・・じゃなくてルイズちゃんが泣いて・・・はっそうだわ」 忍が風呂敷を取り出す。 「泣かないでルイズちゃん!私がルイズちゃんでも空が飛べるようにしてあげます!」 「えっホント?って何で私を紐で縛ってるのかしら?」 「えへへ、ホントはですね、この忍法は高いところから降りるための術なんですけど今回はコレを使いまーす」 「忍ちゃん、いつでも準備は出来てるよー」 と何処からともなく巨大な送風機を設置している忍者たち。 「ちょっと何その怪しげな物体はちょっと待って何するつもりなのよ!」 「サスケさーんお願いしまーす!」 「OK、それでは、『レディー、GO!!!』」 かけ声と共に突如送風機から突風が出る。 「『忍法ムササビの術』!!やーっ!」 「いぃぃぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」 勢いよく空へ舞う忍と紐で吊されるルイズ 「よぅし!忍法ムササビの術大成功!」 ハイタッチをする忍者達。 「死ぬぅぅぅぅぅぅぅぅ!死んじゃうぅぅぅぅぅぅ!?」 忍とルイズは突風で、浮遊する他の生徒を巻き込みつつ学園の方へとすっ飛んで行くのだった。 つづく? 前ページ次ページニニンがゼロ伝・音速の使い魔
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戻る マジシャン ザ ルイズ 進む マジシャン ザ ルイズ 3章 (56)運命の交差 落ちる、落ちる。 重力に誘われ、頭を下にして真っ逆さまの落下行。 それが彼、ギーシュ・ド・グラモンののっぴきならない現実であった。 「ひ、いいいいいぃぃぃぃぃ!」 躊躇いが無かったと言えば嘘になる。 だが、それでもよく決心したとギーシュは自分自身を誉めてやりたいくらいだった。 何せ女性二人の命を救う為に、男ギーシュ、こうして命を張ったのである。 後悔はない。 だが、そんな心意気とは関係無しに、やはり怖いものは怖い。 びゅうびゅうと耳に押し寄せる風の音、目まぐるしく変わる光景、体全体を包み込む圧力は馬に乗っているときのそれなど比較にもならない。 〝ああ、やっぱり止めておけば良かったかなァ〟 一瞬そんな考えがよぎる。 よぎる、が、 今はそんなことを考えている時ではない。 「なぜなら! そんなことをしていると僕が死んでしまうからっ、サァァァァァァァ!」 叫んでパニックに陥りそうになっている頭を必死に鎮める。 重要なのはタイミングだ。 早すぎても死ぬ、遅すぎても死ぬ。 これから彼が唱えようとしている『フライ』はそういうものなのだ。 恐怖のあまりに今すぐ唱えてしまいそうになるフライを、ギーシュは理性を総動員して必死に堪える。 こんな高さで唱えて、ゆっくりふよふよ降りていくなど無謀に過ぎる。弓や魔法の的にしてくれと言っているようなものだ。 かといって遅すぎれば地面に激突、どうなるかなど考えたくもない。 繰り返すが、重要なのはタイミングなのである。 「そうは言ってもねぇ! アーハハハハハハッ!! アッッハッァァァァァ!?」 正直、もう何が何だか分からない。 あとどのくらいの時間で地面に激突してしまうのかも分からない、今どのくらいの高さにいるのかも分からない。 それに、さっきからだんだんと頭が真っ白になってきている気がする。 総じて『もしや僕は今、新たな領域に突入しようとしているっ!?』などと本気で思ってしまうくらいには、彼は錯乱していた。 真実は気圧の急激な変化で意識がホワイトアウト仕掛けているのと、脳内でどばどば出ているお薬の関係で、ちょっと頭が愉快なことになっているだけであるのだが。 「見えるっ! 僕にも何かいろいろ見えるよモンモランシー!」 『頑張って、ギーシュ、愛してる、抱いて!』 「嗚呼! 僕を導いてオクレ、モンモランシー!」 真っ白になって消えていく意識の最中、ギーシュは幻覚のモンモランシーに最高の笑顔を返しながら、彼はこの先の生涯で幾度となく経験することとなる、墜落からフライを唱えたのだった。 喧噪が聞こえる。 次にギーシュが己を取り戻したとき、最初に目に入ったのは真っ青な空だった。 広すぎる空に、自分が仰向けに倒れているのだとすぐに気付かされた。 ついで、当然のことのように背の下に堅い感触があるのに意識が行って、恐る恐るそれを触ってみる。 そして安堵。まぎれもなくそれは大地の感触だ。 彼は帰ってきたのだ、大地に。 「……た、助かった、のか……」 なんとかそう口にしてみてから、ギーシュは体を起こした。 何がどうなって自分が地面に倒れていたのかはいまいち判然としなかったが、とりあえず体をいろいろ動かしてみて、目立って痛むところがないことにギーシュはほっとため息をついた。 そして余裕が出てきたところで、自分がしっかり掴んでいる堅いものに気がついて、ギーシュはそちらに目を向けた。 彼が落下の最中も抱き続けていたそれは、鞘に収められた一本の大剣である。 と、それに気付いたギーシュは、あるものを探して慌てて周囲を見回した。 幸い目当てのものはすぐに見つかった。ギーシュは自分のすぐ近くに落ちていたそれを見つけると、大慌てで引き寄せた。 背嚢、である。 「だ、大丈夫かな。何か壊れているものは……そ、それよりも今役に立ちそうなものは何か……」 そう言って、ギーシュはごそごそと背嚢の中身を物色し始めた。 先ほどから嫌というほど耳に届いている喧噪。それは目を覚ましたギーシュが、戦場のど真ん中にいたという事実に直結している騒がしさなのである。 彼はこんなこともあろうかと持ってきた、『役に立つ何か』を、その中から探し始めた。 では、そもそも彼が背負っていた背嚢とは何だったのか。 明かしてしまえば、そこにはギーシュがアカデミーのウルザの部屋から持ち出した、様々なマジックアイテムが入っているのである。 今から戦場に行くという段で、ウルザの部屋に忍び込むことを思いついたギーシュが、そこを適当に物色して放り込んできたものがそこには入っているのだ。 だが―― 「ああっ、参ったっ!」 中を確認したギーシュが声を上げる。 背嚢から出てきたのは、ミニチュアサイズの不細工な人形(後ろのゼンマイをまいてやるとチクタク動く)、道化師が被るような帽子、用途不明の奇抜な形をした分度器、蓋が開かないランプ、にやにや笑っててむかつく像、象牙の杯、etcetc……。 中から出てきたのは、到底何に使うのか分からないようなガラクタの数々だった。 「くそっ、こんなことになるのが分かっていたら、面白そうなんていう基準で選ばずに、あの机の横にあった、いかにもって雰囲気の宝珠を持ってきたのに!」 嘆くも後の祭りである。 と、そのときギーシュの前に影が差した。 多くの英雄譚において、英雄の行く先には次から次へと危難があらわれる。 この場合もそうだ。 「アニキィ! ニンゲンだ、こんなところにニンゲンのガキがいるぜェ!」 「ほ、ホントなんだな。アニキ、アニキー!」 「おお、本当じゃねぇか。オスなのは残念だが、それでも他のニンゲンより柔らかそうだ」 現れたのは子供くらいの体躯をした、赤茶けた肌の亜人達であった。 手にはあまり切れ味の良さそうにない刃物を握っている。 「な、なんだ君たちは……!?」 とっさに『戦利品』を抱え込むと、ギーシュはそう亜人達に問うた。 「き、聞いたんだな。アニキ、こいつオデ達のことを聞いたんだな」 「死ぬぜェ! 俺たちの名前を聞いたら死ぬぜェ! 超死ぬぜェ!」 「へっへっへ、おめぇらそんなにビビらせてやるなよ。俺たちはなぁ、ゴブリンロード第一の配下『モンスのゴブリン略奪隊』よっ!」 そう言って名乗りを上げたのは、さっきから「アニキ」と呼ばれている、他の亜人よりも一回り大きい一匹である。 どうやら彼がリーダーらしい。 「流石だアニキィ! 俺たちのヘッドはいつだってバックレガイだァ!」 「ば、バックレガイってなんなんだな?」 「バッカおめェ、バッドクレイジーガイの略に決まってんだろぉよォ!」 「頭良いなおまえ。ところで1+1はなんぼだ?」 「4に決まってまさァアニキィ!」 「馬鹿野郎ォ! 4は縁起が悪いって言ってるじゃねぇかよォォォォォ!」 ……知能はあまり高そうではない。 ゴブリンが喧嘩を始めたチャンスと見て、ギーシュが抜き打ちで振るった。 「行け! ワルキューレ達よ!」 そして唱えていた呪文を発動させる。 薔薇を模した杖の花びらが舞い散り、すぐにそれは六体の戦乙女へと変化して、敵に突進をしかけた。 ギーシュの一八番、青銅のゴーレムの錬造である。 「な、なんなんだな、だな!?」 「あ、アニキィ、どっから沸いて来たんだこいつらァ!」 「おちつけおまえら! こういうときはとりあえずドラム叩くぞドラム!」 「で、でたァ! アニキ必殺のゴブリンウォードラムだァ! ぎゃああああ!」 ワルキューレ達が俊敏な動きで襲いかかり、ゴブリン達は大混乱に陥っている。 「良し!」 思った以上に奇襲が上手くいったことに、ギーシュが拳を握る。 「ワルキューレ! そのままそいつらを叩きのめせ!」 気をよくしたギーシュはそのまま次の指示を飛ばした。 だが、悲しいかな素人は所詮素人だった。 彼は致命的なミスを犯した。 彼はその場に止まるべきではなかったのだ。 敵に見つかったのなら、即座に逃げ出すべきだったのだ。 また、ワルキューレによる奇襲が成功したなら、その隙にさっさと逃げるべきだったのだ。 そして、味方のいる場所まで逃げて、誰かに保護を願うべきだったのだ。 だが、そうするには彼は若かった。あるいは幼かった。 生き残りたいなら、分不相応な英雄願望などかなぐり捨てて、逃げるべきだったのだ。 「なんだ何だぁ? こっちからウォードラムが聞こえたぞ?」 「ヒッヒッヒ、敵じゃあ、敵がおるどぉ!」 「ヒャッハー! 敵だ敵だぁ!」 「ゲェ!? 爆弾兵だ、爆弾兵がいるぞー!」 「打たせてくれよぉ、いいだろぉ、その剣打たせてくれよぉ」 「パイルパイルパイル! 追うぜ追うぜ追うぜぇっ!」 「……俺の後ろに立つなゴブ」 気が付いたときには、既に無数のゴブリン達に囲まれた後だった。 「……どうしよう」 ギーシュが呟く。 ――本当に、どうしよう。 ところ変わって今度は空。 そこでもまた、一つの激突が起こっていた。 『ウィンディ・アイシクル』 ルーンに従い、タバサの杖から氷の矢が四本同時に放たれる。 だがそれは、炎のブレスによって、敵に到達する前に溶け消えてしまう。 「次、右仰角太陽の方向二十五度六秒上昇、後機首を上に垂直落下荷三秒、騎首を上に反転して上昇全速四秒、減速しながら破片群に紛れ込んで水平飛行」 「ちょちょっ! お姉さまそんなに早口で一辺に言われてもシルフィ覚え……」 「いいから、早く」 時間が惜しい。 言葉を交わす間も敵の攻撃は続いている。 先ほど炎を吐いた口から、今度は氷のブレスが放たれた。それをシルフィードは紙一重で回避してみせ、主人の指示に従って空を飛ぶ。 それを見たドラゴンは、必死に逃げ回る仔竜をはっとあざ笑い、魔法を唱えて追い立てる。 竜の爪先から赤と青が織り混ざったような紫電がほとばしり、それが一直線にシルフィードの進む先に向かった。 稲妻は速い。それは避けようのない一撃である。 だがシルフィードが雷にうたれる寸前、突如行く手に現れた白い雲によって、稲妻がかき消されてしまった。 タバサが風と水を使って作った雲が、稲妻を放電させてそれを凌いだのである。 「ほう……」 竜が示した一時の感心。しかしシルフィードはその好機を逃さず一気に距離を離していった。 竜が感嘆したのはシルフィードの逃げ足にではない、先ほど雷撃を防いだタバサの手際にである。 雷撃の速度を考えれば、防御のための雲の盾を事前に用意していなければ、あのタイミングで迎撃はできない。 つまり彼女はこちらの攻撃を読んで先手を打ったのである。 それは長い長い時を生きてきた竜にして、タバサを賞賛せしめるほどの戦闘センスだった。 「楽しませてくれる」 竜はどう猛そうな口でそう言って、カカッと笑った。 「タバサ! 凄いじゃない! どうして雷撃が来るって分かったの!?」 背後から興奮した様子のモンモランシーの声が聞こえてくる。 疑問の回答は『炎のブレス、氷のブレスと来たから次は雷』そう単純に考えてのことだった。防御の方法として雲を選んだのは、あるいは炎のブレスを吐かれたとしても、防御効果が望めそうな呪文だったから用意したに過ぎない。 しかし今のタバサには、そんなことを説明している余裕はなかった。 やらねばならないことは山ほどあるのだ。 彼女は腕を伸ばして杖を水平に構え、次々にルーンを唱えて立て続けに魔法を完成させた。 すると一つ呪文が完成する度、杖の先から氷の槍が作られ、それが飛行するシルフィードに置いて行かれるようにして、作られた先から背後へと流れていく。 いや、事実タバサはそれを空間に『置いて』いるのだ。 槍をたっぷり十数本は射出したころ、咆吼を上げてタバサ達を追いかけてきていた竜が、最初に氷槍を仕掛けたあたりに差し掛かった。 その途端、空間に設置された槍達が次々時間差で次々放たれ始めた。 時間差を利用したトラップである。 あの竜にとっては多少五月蠅い程度の仕掛けかもしれないが、足止め程度にはなるだろう。 今は少しでも、作戦を考える為の時間を稼がなければならないのだ。 「ええと、次は……な、なんだったかしらね? お姉さま! 忘れちゃったのね!」 「後機首を上に垂直落下荷三秒、それから騎首を上に反転して全速上昇四秒よ!」 「思い出した! そうだったのね! ありがとうモンモン」 「どういたしまして……って、あたしはモンモンじゃなーいっ!」 モンモランシーとシルフィードのそのようなやりとりがある中も、タバサは呪文を唱えながら必死に考えを巡らし続ける。 今は逃げおおせているが、こんなものは一時凌ぎでしかない。 言うなれば、長距離走のつもりで走っている相手に、全力疾走を仕掛けているのと同じだ。 そうしてやっと、ひいき目に評価して対等という程度の状況。 こんな調子で魔法を連発していれば、やがてそう遠くない将来にタバサの精神力は尽き果てる。 そうなったら勝ち目はない。 何か決定的な打開策、それが今彼女達に必要とされているものだった。 タバサの呪文とシルフィードの早さで、何とかドラゴンの追撃をやり過ごしたタバサ達は、一端フネの残骸が無数に残る空域を経由して上昇を果たし、今は戦闘空域を外れて雲の中に突入していた。 当初は高度を上げることで謎の吸引力に引っ張り込まれることを警戒して速度を緩めていたシルフィードだったが、幸運なことに上昇中、突然吸引力が弱まったことで、見つかる前に全力で雲に逃げ込むことが出来たのである。 とりあえず使えるものは何でも使う。 そう決めて、一息ついたタバサは、直ぐに後ろにいるモンモランシーに声をかけた。 「……モンモランシー。指示の、補佐をお願い」 普段滅多に話さないタバサに突然声をかけられて、モンモランシーが目をぱちくりとさせた。 「指示って……この子の? さっきみたいな感じで」 「そう」 実際、先ほどのやりとりはかなり有り難かった。 先ほどシルフィードに言った長い指示は、杖を構えることで疎かになる飛行操作を補うための事前指示であったのだが、シルフィードが実際にそれをこなせるかは賭けであった。 だがその賭けも、後ろでモンモランシーが指示を復唱してくれたおかげで何とか乗り切ることができた。 熟練の竜騎士と竜ならば、そのあたりは経験と阿吽の呼吸で合わせてしまうのだが、それをこの幼竜に求めるというのは酷というものである。 「………」 「……出来る?」 「ええ、出来る、けど……それよりもタバサ、聞いてほしいことがあるの。もしかしたら、私の魔法であのドラゴンを倒せるかも知れないのよ」 モンモランシーはそう前置いて、自分がウルザから授かった秘本から二つの魔法を習得してきたこと。そのうちの一つが、実際にウェザーライトを襲ってきたドラゴンを撃退して見せたことを説明した。 「だから、もしもあのドラゴンも他のと同じように『召喚』されたものなら、きっと私の魔法で倒せると思うの」 大ざっぱに外から『召喚』されたとしかモンモランシーは説明しなかったのだが、タバサはその説明だけであのドラゴンにも少なからず効果があると見積もった。 聞いた限り、要は召喚されたものを元いた場所に戻す呪文なのだろう。 赤と青の鱗を持った韻竜、そんな噂は聞いたことがない。となれば、元いた場所は秘境か僻地、それだけ遠くに飛ばしてしまえば脅威ではなくなる。そう考えてのことである。 「……もう一つの呪文は」 「ああ、そっちのことは気にしないで。防御に使えそうだから覚えてきたけど、今はあんまり意味が無さそうだから」 「……わかった。距離は」 「十メイル……いえ、五メイルでお願い。そのくらいの距離なら絶対に外さない……と思う」 「五メイル!?」 そこで、それまで黙って聴いていたシルフィードが思わず口を挟んだ。 「何言ってるのモンモン!? そんなの絶対無理なのね!」 五メイル。それは余りに絶望的な間合いだ。 地上なら兎も角、空中軌道戦闘において五メイルまで距離を詰めるとなると、それこそ神業に等しい。 殆ど不可能と言っても良い。 だが、そんな無茶に対してタバサは首を縦に振った。 「分かった」 「お姉さま!?」 「どのみち、他に手段がない」 そう答えたタバサが、突然シルフィードの手綱を捌いた。 「きゅい!?」 突然軌道を変えられて、錐揉みに近いロールを強いられるシルフィード。そのすぐ側を三つの火の玉が流れ過ぎていった。 「見つかった。このまままっすぐ」 タバサはそれだけ言うとすぐに呪文の詠唱に入ってしまう。 「もうお姉さまったら! モンモン、しっかり捕まってなさいなのよ!」 「えっ、何!? ぎゃあっ!」 慌ててモンモランシーがタバサにしがみついたのと、シルフィードが全力で羽ばたいたのは殆ど同時。 竜は華麗に雲を舞う。 デッドチェイスは始まったばかりだ。 「ほう。その熱には覚えがある……ツェルプストーの娘か」 「ええそうよ。そしてそれ以上は覚えてくれなくて結構。今から私が焼き尽くしてあげるから」 「はっ、面白い。これだから戦いは止められぬ。燃やし尽くしたと思っても、向こうから新しい熱がやってきてくれるのだからな」 「……言ってなさい。すぐにその口を閉じることになるから」 「よかろう」 言ってメンヌヴィルは燃えさかる火猫からひらりと飛び降りた。 「おまえの相手はこの俺一人だ。存分にかかってくるが良い」 肩に重そうなメイスを担いで、メンヌヴィルが傲岸不遜に言い放つ。 対してキュルケはタクト型杖を懐から取り出すと、体を低くする。 その様は飛びかからんとする豹のようだ。 一方で騎手の手を離れた炎獣は、ぐるぐると喉を鳴らしながら、キュルケ達から一定の距離をとって大回りに動いている。 その距離は二十メイルほどもあるが、俊敏な獣からすれば一足飛びの距離なのは先ほどの件からも明白である。 それを見てもはや逃げることは不可能と悟ったカステルモールは軍杖を構えると、非戦闘員ということになっているマチルダを庇う為の位置取りをした。 そして最後の一人、ヘンドリックはというと、彼は火猫に対して攻めに出るつもりなのか、じりじりと距離を詰めるべく動いていた。 「お嬢、あの火猫は私が」 「……ええ、頼んだわ」 「副長を、いや、あの男を止めてやって下さい」 「………」 なんと答えるべきか、怒りの感情に支配されたキュルケには、返すべき言葉が見つけられない。 結果として、彼女は地を蹴り前に飛び出すことで、最後になるかもしれない部下との会話に終止符を打った。 「ふんっ!」 既に口の中で詠唱を終えていたのだろう。キュルケが前に飛ぶや否や、メンヌヴィルは淀みない動作でメイスを振るい、そこから直球一メイルはある巨大な白い火の玉を生み出した。 骨まで瞬時に焼き尽くす白い炎。常人ならば本能的に身を竦めるところである。 だが、 「ほうっ」 と、感嘆の声を漏らしたのはメンヌヴィルだった。 キュルケは正面から迫る炎を見据えながら、それでも全く避ける動作を見せず、一直線にメンヌヴィルへ向かって走ってくる。 彼女がしたことと言えば、精々体勢を更に低くして、左手を前に突き出したことくらいである。 いくら長身のメンヌヴィルによって放たれたといっても、人を焼くことに特化された炎である。体勢を低くした程度でやり過ごせるものではない。 そんなことも分からぬほどに愚鈍であったのか? あるいは気でも狂ったのか? 一端は疑念に目をすがめるメンヌヴィルであったが、キュルケが次にとった行動によって、今度はその眉を跳ね上げることになった。 キュルケは火の玉が自分にぶつかる直前、突き出した左手を、火球の下部に突っ込んだのである。 防御のつもりであるならば、そのようなことに何の意味がないことをメンヌヴィルは知っていた。 左手を犠牲にするか? しかし魔法の火勢は小娘一人の左腕を燃やし尽くした程度で衰えたりはしない。全くもって無駄である。 しかし、そんなメンヌヴィルの予測に反して、白炎はキュルケの左手を焼いくことが出来なかった。 それどころかキュルケは無傷の手を炎球の表面で滑らせると、更に下へと潜り込ませたのである。 そこまでの動作を見て、メンヌヴィルはその意味するところを知った。 彼女は左手に、防御の為の魔法を一点集中させているのだ。 火球の下にまで腕を滑り込ませたキュルケは、そのまま左手を跳ね上げて火球の軌道を大きくずらした。 そうやって出来た隙間。彼女はそこに、地を擦るようにして素早く躍り込む。 すれ違う一瞬、短く切り揃えた髪がちりちりと音を立てた。もしも以前のような長い髪だったなら、それこそ無事では済まなかったろう。 己の顔のすぐ傍を火球が通り過ぎていったというのに顔色一つ変えず、自分を見据え続けている娘の姿を見て、メンヌヴィルはにぃっと顔を歪めた。 心の奥底からわき上がる感情を隠しきれないのだ。 それは一言であらわして、『歓喜』である。 「素晴らしいっ、素晴らしい温度だっ! 貴様の父と母もなかなかの温度の持ち主だったが、おまえはそれ以上だっ!」 メンヌヴィルは口の両端をつり上げて、狂喜に酔いしれる顔でキュルケにメイスを突きつけた。 途端、キュルケの目と鼻の距離から吹き出す白い炎。 今度こそ白い濁流がキュルケに襲いかかった。 焼き焦がした肉の匂いを思い描き、メンヌヴィルの顔は一層喜びに染まる。 だが、 「むぅ!?」 次の瞬間、メンヌヴィルの顔が驚愕に染まった。 白い輝きの中を、鮮烈な赤が散っていた。 人を瞬時に焼き尽くすだけの熱量を持った炎が、キュルケが突き出した左手、それに阻まれているのである。 真っ白なメンヌヴィルの炎、それがキュルケの左手に触れた先から赤い火の粉になって宙を舞う。 いっそ幻想的とも言える光景の中、キュルケは口を開く。 「いつもいつも白い炎ってのは芸がなさ過ぎたわね。そんな熱いの、何度も見せられたら嫌でも覚えちゃうじゃない。そう、微熱くらいが丁度良いのよ」 「温度操作か!?」 キュルケの左手にかけられた魔法、メンヌヴィルが防御魔法だと思っていたものは、その実防御のための魔法ではなく、白炎を自分の扱える温度に変化させる魔法だったのである。 カラクリに気付いたメンヌヴィルが咄嗟に炎の温度を調節しようとするが、その時にはもう既に、キュルケが目と鼻の先に飛び込んできていた。 「終わりよ。地獄で詫びなさい」 キュルケは冷徹な声でそう言い放ち、タクト型の杖をメンヌヴィルの鍛えられた腹筋に両手で押しつけた。 そして唱える、炎を意味するルーンの調べを。 「ウル・カーノ・ゲーボ!」 必殺の呪文が発動すると同時、紅蓮の炎が大空洞内を赤く照らし出した。 キュルケの魔法により、炎がメンヌヴィルの体内を貫いて、奔流となってその背中から迸ったのである。 「多くの場合不幸の運命というのは、複数の不運が重なって起こるものだ。 また、多くの場合、本当に不幸な人間は自分のことを不幸だとは思っていない」 ――テフェリー 戻る マジシャン ザ ルイズ 進む