約 5,324,029 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8813.html
前ページ次ページ使い魔は妖魔か或いは人間か 『破壊の杖、押収いたしました 土くれのフーケ』 壁の痕跡から、犯人がフーケである事は間違いなかった。 「壁の点検係は誰だ!?」 「昨日の当直はどなたです!?」 「衛兵は何をしていた、所詮平民か!?」 魔法学院の宝物庫から宝が盗まれる。 前代未聞な緊急事態に会議が行われていた。 しかし、お互い責任のなすり付け合いで事態が進展する気配はない。 ルイズ達も目撃者となった為に、会議室へ呼ばれている。 アセルスは今すぐにでも目障りな連中を消してしまいたかった。 実行しなかったのは、隣で拳を強く握り締めるルイズの姿が見えたから。 彼女に取っても目の前の光景は、堪え難い苦痛だった。 自身が理想とする貴族は生徒どころか教師にすらいない。 現実をまさに今、ありありと見せつけられた。 タバサはいつもの無表情だが、キュルケも呆れた表情を隠そうともしない。 彼女の二つ名『微熱』など、些かも感じさせない冷めた眼で会議を見ている。 当直だった教師が判明すると、教師達は一斉に矛先を向けた。 堪忍袋の緒が切れかかったルイズだが、彼女より早く叱責する者が現れる。 「みっともない真似はやめんか、馬鹿者」 扉から現れたのは、学院の最高責任者オールド・オスマン。 学院長の到着と同時に、場は水を打ったように静まり返った。 「議題は責任者探しなどではなく、盗まれた宝物をどう取り返すかではないかの?」 オールド・オスマンの問いに誰一人答えようとしない。 しばらくの沈黙の後に、コルベールが口を開いた。 「王宮へ連絡して、討伐隊を派遣してもらうのは?」 「遅すぎる、王宮への連絡までに逃げられてしまうじゃろ」 「討伐隊を結成しても、逃亡先が不明では追いかけようがありませんが……」 二人のやり取りを聞いていた別の教師が意見を述べる。 「お主達はフーケの姿を目撃したとの事。 その時に見た状況を説明してはくれんか?」 オールド・オスマンはルイズ達に状況の説明を求めた。 「街から戻る際に巨大なゴーレムが学院から立ち去る姿が見えました。 アセルス曰く、筒状の『大きな包み』を持ち去って飛び降りたそうです。 残念ながら、人影がどこに逃げたのかまでは分かりません」 ルイズが代表して答弁する。 「なんだ、それでは手がかりにならんではないか」 説明を受けた教師の一人が愚痴を零した。 「……申し訳ありません」 言葉こそ丁寧だが、その口調は心底冷たかった。 キュルケがルイズから向けられた悪意を思い出すほどに。 「よさんか、わざわざご足労じゃった……」 オールド・オスマンが労いの言葉を終える前に、部屋に飛び込んできた人影。 「すみません、遅くなりました!」 「会議はもう始まっておりますぞ、ミス・ロングビル!何をしていたのですかな?」 大量の書類を抱えたロングビルは叱責にもひるむ事なく、調査報告を読み上げる。 「フーケの逃亡先に関して、今朝から調査しておりました」 「ほう、流石仕事が速いのう。して、何か手がかりは掴めたかね?」 オールド・オスマンが続きを促す。 「はい」 ミス・ロングビルの返答に会議室がざわめく。 「西に4時間ほどの小屋付近で黒ローブ姿の男が目撃されました。 長い包みを持っていたという証言から盗まれた『破壊の杖』の特徴とも一致します」 「なんと!?」 コルベールが驚愕の声を上げる。 「道案内は頼めるかね?ミス・ロングビル」 「勿論です」 即座の肯定に、オールド・オスマンは声を響き渡るように軽く咳払いをする。 「ここに土くれフーケの討伐隊を結成する!志願するものは杖を掲げよ!!」 教師達は誰も杖を掲げない。 皆一同に顔を見合わせるだけだった。 「なんじゃ?土くれのフーケを捕まえようという者はおらんのか!」 先程までのざわめきが嘘のように静まり返っている。 やがて、室内の沈黙を破るように一本の杖が掲げられた。 「ミス・ヴァリエール!貴女は生徒ですよ!?」 「第一、君は謹慎処分の最中ではないのかね?」 教師達が次々に非難の声をあげるも、ルイズは声を荒げて反論する。 「誰も杖を掲げないじゃないですか!」 ルイズの正論の前に教師達は押し黙るしかない。 するとルイズの横からもう一人、杖を掲げる者が現れた。 「ミス・ツェルプストー!君まで……」 「ヴァリエールには負けられませんもの」 キュルケが杖を掲げたのを見て、タバサも杖を掲げる。 「タバサ、無理につきあわなくてもいいのよ?」 「心配」 素っ気ない一言だが、親友の心遣いがキュルケには嬉しかった。 教師達は生徒のみである事に不満を漏らすが、決して自ら動こうとしない。 ルイズ達の身を案じている訳ではなく、もしもの時に責任を負いたくないだけなのだ。 オールド・オスマンは、彼らの浅ましき胸中など見抜いている。 タバサがシュバリエの称号を持つ事、キュルケもトライアングルのメイジである事。 そしてルイズの使い魔が妖魔である事を持ち出し、場を説き伏せる。 「諸君らの活躍に期待する」 「杖にかけて!」 こうしてルイズ達による土くれのフーケ討伐隊は結成された。 「でも、どうやってフーケは宝物庫の壁を破ったのかしら?」 馬車に揺られながら、キュルケが疑問を口にした。 手綱は場所を唯一知っているミス・ロングビルが握っている。 「考えられるのは、固定化の老朽」 タバサが本に眼を向けたまま、答える。 「厳重な固定化をかけていたはずだから、フーケでも簡単に崩せるとは思えないものね」 タバサの推測にルイズも同意した。 本人も知らないが、壁を破壊された真因はルイズにある。 ルイズが深夜、魔法の練習を行っていた頃。 狙いが暴発した際、宝物庫の壁に亀裂が入った。 練習のみに集中していたルイズは、暗さもあって傷を見落としていた。 今朝、宝物庫の下見に来ていたロングビルが壁のひび割れを発見。 厄介者だった使い魔もルイズと街へ共に出かけたと聞いて、フーケの本性を現したのだ。 最も、誤算が生じた所為で学院に戻らざるを得なかった。 誤算が更に重なったのは、教師達が誰一人着いてこなかった事。 盗んだ宝の使い方を知りたかったのだが、彼女達生徒が知っている可能性は低い。 教師達がここまで腰抜け揃いだったのも想定外ではあった。 胸中で軽く舌打ちする。 運が向いてきたと思いきや、何かズレている。 こういう時は、得てして何をやってもうまくいかないものだ。 ロングビルは最大の懸念、アセルスへ視線を向ける。 アセルスは無言のまま、ルイズの傍らで剣を二本抱えていた。 「老朽化起きるまで点検してなかったり、宿直サボってたりしっかりして欲しいわ」 キュルケの愚痴に、ルイズは会議室での様相を思い出す。 個人的な好き嫌いは別として、ルイズは教師達に敬意を払っていた。 今では欠片も残されていないが。 責任のなすり付け合いを行う彼らの姿を、ルイズは貴族と思えなかった。 「ルイズ、どうしたのよ?」 ルイズの変調に気づいたのは、やはりキュルケ。 討伐隊の任務を率先して立候補した姿は、まぎれもなく普段通りのルイズだ。 本来ならば必要以上に気負ってしまう性格でもある。 今のルイズはどこか上の空で、気負うどころか緊張感すら伝わらない。 「なんでもないわよ」 「しっかりしなさいよね、こっちはあんたに巻き込まれたんだから」 キュルケがルイズを煽るように、大仰にため息をついてみせる。 ルイズは何も答えず、外を見つめる。 決闘の時のように悪意を向けている訳でも、いつもの様に言い返すでもない。 「ちょっと、本当に大丈夫なの?」 ルイズの反応がない為、心配そうに尋ねてしまう。 「大丈夫よ、思うところがあっただけ」 ルイズが考えていたのは、貴族に関して。 規律を重んじる。 自らと他者の名誉を守る。 この二つが模範的な貴族像と言えるだろう。 家族は間違いなく当てはまる。 母親に関しては鉄の規律として、国内外に知られる厳格な人柄だ。 父や一番上の姉も同様だし、優しい次女の姉も芯は強い人だと分かっている。 では家族以外ではどうか? ルイズの専属メイドでもあるシエスタから様々な貴族の話を聞いている。 評判のいい貴族と言うものは、彼女の話には存在しない。 以前、シエスタを無理にでも学院から引き抜こうとする貴族がいた。 シエスタを舐め回すような目線、下衆な目的だったのは容易に想像できる。 自分の専属メイドだと告げると、ルイズに媚び諂うように言い訳を述べて去っていった。 家族以外で立派な貴族を見た覚えがない現実。 責任を果たすべき立場の貴族が、責任逃れに終始する姿。 そんな不品行は、世間知らずの少女を落胆させるのに十分すぎた。 「貴族って何なのかしら……」 ルイズは独り言のつもりだったのだが、キュルケには聞こえていた。 彼女が落ち込んでいるのは、先ほどの会議室での教師達が原因だと納得する。 ルイズは貴族としての建前すら厳守する気高い性格だ。 だからこそ、先ほどの教師の醜態に落ち込んでいるのだろう。 「今はフーケの討伐に集中しときなさいよ」 相手はトライアングルのメイジなのだ。 気を抜いたまま、戦闘になればルイズの身が危うい。 「分かってるわよ」 キュルケの言い分も正論だ。 ルイズは請け負った任務、『破壊の杖』奪還に集中した。 ──ロングビルの案内で、森を歩いたしばらく後に小屋が見えた。 「あの小屋ですわ」 廃墟らしき建物に、人が住んでいる気配は感じない。 「私が見てくるから、ここで待っていて」 アセルスを振り返った時、すでに姿が消えている。 代わりに小屋の窓から、アセルスの姿が確認できた。 「え?」 ロングビルが間の抜けた声を上げる。 「アセルスは一定の距離なら自由に移動できるそうなんです。 他の妖魔よりは距離が落ちるらしいんですけど」 ルイズが説明すると、一同は驚いた表情を浮かべた。 「メイジにとって、恐ろしい能力ね……」 キュルケの呟きにロングビルは内心で同意した。 戦闘による魔法の優位は、遠距離からの攻撃だ。 呪文を詠唱する隙がなければ、魔法は発動できない。 平民でも至近距離で戦うのなら、メイジに勝てる可能性は高くなる。 別の機会を窺うか。 命あってのもの種だとフーケが諦めかけた時、突如現れたアセルスに驚愕する。 「小屋の中にあったのは、このケースだけ」 アセルスが取り出した、2メイルほどある木箱。 裏に魔法学院のサインがあるので、盗まれた物に違いないだろう。 「中身は?」 「確認してない、何が盗まれたか知らないからね」 アセルスは『破壊の杖』を見ていない。 中身が本物かどうか、判断しようがなかった。 「罠はない」 箱を受け取って、確認していたタバサからの報告。 中身を確認するべきではないかとロングビルの意見に全員が賛同する。 「開けてみるわよ」 学院の宝に興味があったのか、キュルケが率先して箱を開ける。 「……これが破壊の杖?」 キュルケも実物を見たことがない。 だからこそ、杖と言われても判断し損ねた。 彼女には金属質な奇妙なオブジェにしか見えない。 本体は杖というよりは筒に近い。 少なくとも中心部分を手に持つには太すぎる。 重量も相当だ、普段から携帯できる軽さではない。 ディテクト・マジックを試してみたものの、魔力も感知できない。 「ええ、間違いないわ」 ルイズは破壊の杖を閲覧したことがある。 タバサも同様でルイズの言葉に、頷いて肯定する。 「ハイペリオン……」 アセルスの呟く声に、一同が注目する。 「知っているんですか?」 ロングビルが身を乗り出して、質問する。 「杖なんかじゃないわ、陽子ロケットっていう強力な大砲よ」 「大砲……にしては小型過ぎない?」 アセルスの説明に、キュルケが首を傾げる。 国柄ルイズ達よりは火器に詳しい自負があるも、このような大砲は知識にない。 「私が元いた所にあった武器よ……なぜここに?」 アセルスがこの世界にいるのは、ルイズに召喚されたからだ。 同じ方法だとしても、無機物を召喚するなどありえるのか疑問が浮かぶ。 「どうやって使うんです?」 「蓋を外して、引き金を引くだけよ」 不可思議に思考が囚われていたアセルスは簡単に答えてしまう。 「へえ、そうかい」 ロングビルの口調が変わった。 ルイズ達が驚いてロングビルへ顔を向けると、蓋を外した破壊の杖を構えている。 「ミス・ロングビル、一体何を!?」 唐突なロングビルの行動に、ルイズ達の思考が追いつかない。 「……ロングビルが、土くれのフーケ」 状況を理解したタバサが呟く。 ルイズとキュルケがタバサの方を振り返った。 「おっと、杖を向けるんじゃないよ。 そうさ、お宝を盗んだはいいけど使い道が分からなくてねえ」 破壊の杖は、大規模な爆発を巻き起こす噂を聞いていた。 フーケは巻き込まれないよう、ゴーレムを生み出すべく詠唱を行う。 「動くんじゃないよ、特にそこの妖……魔……!!」 声が途切れたのは、妖魔の姿がすでに消えていたからだ。 体中から血の気が失せる。 本能が警鐘を鳴らしていた──今すぐ離れろと。 攻撃を避ける事が出来たのは全くの偶然。 動こうとして、足元の木の枝に躓いたのだ。 近くの木を薙ぎ倒すものの、アセルスの幻魔は宙を斬る。 その間にゴーレムを作り出して、肩からルイズ達を見下ろす。 運に助けられたフーケは、アセルスの空間移動の特性を掴んだ。 「どうやら一瞬で移動できるって訳じゃなく、少し時間がかかるようだねえ!」 大量の冷や汗を流しながらも、フーケは胸を撫で下ろす。 空間移動が、万能ではないと判明した大きな優位。 破壊の杖の使い方を知った今ならば、勝算があると感じていた。 「まとめてあの世にいきな!」 引き金を引くと同時に、轟音が起きる。 放たれた陽子ロケット砲が、ルイズ達を目掛けて飛来した。 アセルスは宙に飛ぶと同時に、ルイズ達をかばうべく剣で砲弾を受け止める。 その刹那、全てを飲み込む爆発が起きる。 ルイズが唱える失敗魔法とは比べ物にならない規模。 その場にいた全員が爆風によって、身体を木や岩に叩きつけられる。 タバサの使い魔である風竜も空から近寄ろうとしていたのだが、熱風に上空へ吹き飛ばされていた。 「きゅい!お姉さま!?」 禁じられていたのだが、つい叫び声をあげてしまう。 声を聞かれる心配はなかった。 炎が爆ぜる音にかき消されてしまったからだ。 「う……」 最初に起きたのはルイズ。 胴体を打ち付けた為に、痛みはあるものの意識ははっきりしていた。 眼前の光景に唖然とする。 焦土と化した大地、炎と黒煙が吹き荒れる景色はまるで戦場のようだった。 「あ……あ……」 体の震えが止まらない。 爆発の直前、アセルスが取った行動を回想する。 彼女は自分達を庇うように……砲弾に飛び込んだ。 「アセルスーーーーーーーー!!!!」 少女の悲鳴に答える者はなく、森に響き渡る。 声で意識を取り戻したのは、皮肉にも土くれのフーケだった。 「ふ……あははは!これほど凄い武器だったとはねえ!」 フーケが思わず笑う。 自らのゴーレムも妖魔も一瞬でかき消された。 まさに破壊の杖の名に相応しい威力と言えるだろう。 空中で爆発が起きたにも関わらず、大地は地獄絵図のような炎で包まれている。 破壊の杖──ハイペリオンと呼ばれる兵器は、太陽に冠する神話から名付けられた。 アセルスのいた世界においても最高峰の火力を誇り、弾丸は熱以外に衝撃を撒き散らす。 もう一度ゴーレムを作る余力は残っている。 再生させるとなれば厳しいが、最大の障害だった妖魔がいなくなった。 残ったのは生徒達も爆風には巻き込まれていた以上、怪我を負っているはずだ。 ゴーレムを生み出して、再び肩に乗る。 炎による熱気が凄まじいが、上空でないと姿が視認できない。 巨大なゴーレムが、炎を踏み分けて前に進む。 足元にいたルイズには、まるで世界の終末に見えた。 いや、終わってしまったのだ。 アセルスに恥じない貴族となる。 生まれて初めて持った目標も希望も、もうルイズにはない。 「フレイムボール!」 ルイズが唱えたのは魔法。 失敗による、爆発が巻き起こる。 「フレイムボール!フレイムボール!!フレイムボール!!!」 自分が抵抗できる唯一の手段。 狙いも定まらない爆発だけだが、それで構わない。 何度か唱えた呪文の一撃は、ゴーレムの表面を抉り取る。 フーケを討つ。 それ以外、ルイズは考えていなかった。 一方、フーケとしても爆発は厄介なものだった。 普段であればゴーレムを再生させるだけだが、残された魔力は少ない。 破壊の杖を使うかと考えるも、大砲なら弾が必要のはず。 盗んだ目的はあくまで金、売りつける事を考えれば無駄撃ちは避けたい。 「仕方ないねえ」 最後の魔力をつぎ込むと、ゴーレムの表面が鉄で覆われる。 そしてルイズに向けて、拳を振り下ろした。 ──次に意識を取り戻したのはキュルケだった。 彼女は目覚めてすぐ後悔した。 無謀にもゴーレムに立ちはだかるルイズの姿。 助けようと身体を動かすが、足に力が入らない。 次に叫ぼうとしても喉が涸れて、呻くだけが精一杯だった。 友人と思っていた少女が蹂躙されるのを、見つめるしかない己の無力さ。 始めて気付く。 ルイズはこの何も出来ない絶望感を日々抱いていたのだと。 「ルイズ……!」 血が吐き出されるのも構わず、キュルケは精一杯叫んだ。 ルイズの世界は静かだった、これが走馬灯なのだろうか。 ゴーレムの腕が迫ってきているのに、時間がゆっくりと感じられる。 誰かに呼ばれた気がして視線だけを脇に向ける。 そこには、憎んでいたはずの相手が泣き叫ぶ姿だった。 「なんて表情してるのよ、ツェルプストー」 そう思ったが、声が出ない。 彼女が何故泣いてるかはすぐ理解できた。 ──あぁ、そうか。私死んじゃうんだ。 恐怖は一切なく、虚しかった。 煤けた頬に一粒の涙が流れ落ちる。 何者にもなれなかった自分、何も出来なかった人生。 最期ならば、アセルスの姿をもう一度見たいと願った。 「ルイズ、大丈夫かい?」 ルイズの願いは叶う。 ゴーレムは切り崩され、止まっていた少女の刻が元に戻る。 「……アセルス?」 ルイズの前に立っていたのは、確かに彼女だった。 「ゴメン、遅くなった」 ハイペリオンの砲弾と爆発を受けたが、死んでなどいない。 爆風により森の外まで吹き飛ばされた後、アセルスはルイズ達を探していた。 空間移動を使わなかったのは、炎でルイズ達の居場所が掴めなかったから。 少し考えていれば、炎の中心地にいると分かるはずだがアセルスも焦っていた。 爆発魔法を見て、ルイズの無事を確認。 安堵するのと同時に、冷静さを取り戻す。 空間移動を試みて、今ルイズの前に現れたのである。 「化け物……!」 アセルスの存在に驚いたのはルイズだけではない。 フーケも信じられない光景を前にして、腰を抜かす。 戦艦すら落とせるだろう規模の爆発。 最も被害を受けたはずのアセルスが生きていた。 更にゴーレムの一撃を受け止めると、剣で粉々に砕かれた事実。 アセルスはゆっくりと、フーケに歩み寄った。 魔力は先ほどのゴーレムで、使い果たしている。 『エルフ程度じゃ間違いなく太刀打ちできんじゃろ』 オールド・オスマンの言葉が浮かぶ。 ──殺される。 嫌だ、私はまだ死ぬ訳にはいかない。 「うあああああああ!!!」 破壊の杖を再び構えると、迷うことなくトリガーを引いた。 距離が近く、爆発が飛び火する危険性があるのだが考える余裕はない。 だが、砲弾は放たれなかった。 カチッという乾いた音を立てたのみ。 「どうして!?」 何度も引き金を引いても、やはり何も起きない。 「弾切れ……」 誰に向けた訳でもない、ルイズの独り言。 破壊の杖、ハイペリオンの装填数はわずか二発。 フーケが撃ったのは一発、残りは前の持ち主が使っていたのだろう。 アセルスだけが事実を認識していたが、彼女にはどうでもいい話でしかない。 「捕らえた」 アセルスの一言は、フーケからすれば死刑宣告にも等しい。 左手で首を掴むと右手の剣を水平に構え、胸の中心部に突き刺す。 「が……あ……あ!」 幻魔を引き抜こうと、フーケは必死に手を伸ばすも空を切る。 アセルスは突き刺したまま力を込めて、身体を引き裂こうとした。 「アセルス、殺してはダメ!」 ルイズが叫ぶと同時に、アセルスの動きが止まる。 剣を引き抜くと、痛みと失血からフーケが意識を手放す。 「ごめん……テファ…………」 フーケの擦れた声が届いたのはアセルスだけだった── 前ページ次ページ使い魔は妖魔か或いは人間か
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5778.html
前ページ次ページ”舵輪(ヘルム)”の使い魔 《その日 私の人生は終わりを告げた――》 「ねぇ、ルイズ。私が召喚したこのコ、とっても可愛いわよ」 モンモランシーが、ルイズに手の平に乗せた蛙を見せびらかす。 「きゃ、そんなもの、見せないでくれる!『洪水』のモンモランシー」 ルイズは軽く悲鳴を上げて、嫌がりながら言う。 「誰が『洪水』ですって!わたしは『香水』のモンモランシーよ!」 「あんた小さい頃、洪水みたいなおねしょしたって話じゃない。『洪水』の方がお似合いのよ」 ルイズは同じ歳の学友に軽口を叩く。 《直前まで―― そんな気配も なかったのだ》 「ルイズ。まだあなた、召喚が出来ていないの?」 キュルケがこれみよがしに大きな火トカゲの頭を撫でながら、ルイズを冷やかす。 「あんたなんかに負けない位、立派な使い魔を召喚してやるんだから、待ってなさい!」 ルイズは宿敵に負けじと、声を張って言い放ち、鼻をフンッと鳴らす。 《貴族の子弟が集うこのトリステイン魔法学院で―― どうにかやってきたのだ》 「ミス・ヴァリエール、あなたで召喚の儀式は最後です。心して使い魔を呼び出すのですよ」 監督役の教師であるコルベールは、穏やかにそれでいて厳しく、ルイズに召喚を行う様に促す。 《なのに 春の使い魔召喚の儀式―― その日》 ルイズは何度目かの召喚呪文を唱え、杖を振るう。 「宇宙の果ての何処にいる私の下僕よ。神聖で美しく強力な使い魔よ。私は心より求め訴えるわ。我が導きに答えなさい!」 《多くを望んでなどいなかったというのに》 杖を振るった時、空の一点が瞬き、そこから何かが物凄いスピードで落ちて来たのを、その場にいた面々で気付く者は少なかった。 ルイズの目の前に、これまでを超える大きな音と土煙が広がる。 その中心に、子供の様な人影とその後ろに控える大きな影が見えた。 土煙が晴れると、そこにはコップを持った年端のいかない『鎖が繋がった首輪を付けた』少女が立っていた。 《突然に その少女は やってきたのだ》 「お水を…ください…」 「な、に?」 ルイズは、自分が召喚したものと、それの発した言葉に惑乱する。 ・・ 「ぼくは――”力”、あなたが望む全てを手に入れられる”力”。だから、ぼくとひきかえに水を…いっぱい…」 その少女は、真っ赤な大きな布で体を包み、右肩でその布の端を結び、腰や脚に沢山のベルトを巻き付けた、身窄しい格好をしていた。 背や体型からして、12歳位だろう。茶を帯びた金髪のショートヘアで、顔には、手入れされていない太めの眉毛と、明るい緑色の大きな瞳が目立つ。 「なん、ですっ…て?」 《そして私は混沌と とまどいの中で…》 《その日コップ一杯の水と その中に映る”全て”とを交換したのだ》 「うわっ、なんだ?あの娘?」「ルイズが召喚したの?」 周りで見ている生徒達から次々に疑問の声が上がる。 「”主(マスター)”が…傷ついています…。お願いです…水を」 少女が手に持ったコップを差し出しながら、心細い声を発した。 「その娘の後ろ!何かいる」 誰かがそう叫ぶ。 布を覆われた大きなものが呻き声を上げ、躯を引き擦りながら少女に近寄っている。 生徒達は驚懼の声を出して、ルイズが召喚したものから離れていく。 それは布を被った、躯が甲殻で形作られた、首の長いドラゴンだった。 布の下から見える脚や複眼、光沢を持つ青黒色の甲殻が昆虫を思わせる。 「きゃあぁ!怪物っ!」「生きてる?ドラゴンだぁ」 離れた生徒達から悲鳴が上がり、最も近くにいたルイズも後退る。 「待ってください。お願いっ…”主(マスター)”は…、もう命の火が消えかけています!じきに…死んでしまう!最後の願いなんです。ぼくに何かしてあげられる最後の機会なの。」 少女は叫び、瞳に涙を溜めて嘆願する。 (なぜ…その時、そんな気になったのかは…自分でもよくわからないけれど、その娘の瞳と、息苦しそうなそのドラゴンの姿をみていると…) 「……水?ね」 ルイズの言葉に少女は深く首肯する。 そして、ルイズは少女からコップを受け取った。 「ねぇ、モンモランシー。水を作ってくれるかしら?」 ルイズは生徒達の方を向き、知り合いの水メイジに水の初歩的な魔法を使う様に頼む。 「お願い、貴女が頼りなの。『香水』のモンモランシー」 「判ったわ、ルイズ。水メイジの魔法を見てなさい」 モンモランシーは、他人にそうそう頼る事のないルイズの願いに答え、杖を振るう。 宙空に水の塊が生じ、コップの中に注がれていく。 それをルイズは少女に渡そうとした瞬間、横からルイズ達の手を噛み付かん勢いで、息苦しそうにしていたドラゴンがコップを咥える。 ルイズは手を噛み付かれそうになり、恐怖から尻餅を突いてしまう。 ドラゴンはその長い首を高々とのけ反らせ、喉を鳴らして水を飲み、空のコップを口で投げ捨てる。 「うまい…水であった」 ドラゴンは躯が軋む音を立てながら、湧き出る泉の様にこつこつと喋り出す。 ルイズ達はそのドラゴンが喋る事に驚いていた。 魔法成功確率0%のルイズが、伝説的な幻獣の韻竜を召喚したからだ。 その場に居たもの全てが、韻竜の弱々しい声を聴き漏らさんと、耳を傾ける。 「かつて、千の星をめぐり、千億の命を殺めた…。その名を轟かせ、銀河そのものをも手にせんとしたわれが、最後に手にせしものが…、たった一杯の水だったとはな…」 しかし、その韻竜の口から漏れ出る言葉は、狂人の譫言より理解しがたい話であった。 ルイズを含め耳を傾けていた多くの生徒達は、『ルイズ(自分)』が何処の芝居小屋から『連れて来(召喚し)』た、物乞い役の少女と張りぼてのドラゴンだと思った。 「だが…それは今われが望みし、全てのもの…。裏切りと謀略の人生にあって…、手に入れた唯一の真実」 『龍』は、少女を突き飛ばし、腰が抜けたルイズにその少女を寄越す。 「受け取れ!全てには全てをもって応えよう。”黄金の下僕”ミュズ…、わが手に残る最高傑作!銀河最強を誇る”黄金の船”ネクシート号の”舵輪(ヘルム)”にして、”黄金の地図”ネクストシートそのもの!」 抱き留めたルイズと受け止められたミュズは、『龍』の言葉と、見知らぬ人と抱き合っている状態に、お互い困惑の表情を浮かべている。 「宇宙の…全ての神秘と真実を手に入れる。そのチャンスと力をおまえは今…、手に入れた。おまえのような奴にやっても無駄だろうがな! ハハハ! くだらない! 意味がない! おもしろい…」 『龍』の躯は、ジュウウジュウウと音を立て、濁った泥の様な煙を吹かし、甲殻の隙間からドロドロとした液体を垂らしている。 「だが…、われを裏切った者どもにだけは…くれてやらぬ…のだ。ハ ハ ハ あとは…好きにしろ…」 『龍』の硬そうな甲殻がボロボロに崩れ、ドロドロとした液体が滝の様に流れ出す。 「きゃあっ、とっ とける」 ルイズは『龍』の様子に驚き、悲鳴を上げる。 「ファ…”一枚目の地図(ファーストシート)”に気をつけろっ」 『龍』は不可解な言葉を残して事切れ、グッシャアァと音を立て、その躯が自重から地面に叩き付けられた。 コルベールや幾人かの生徒がルイズに近寄ってくる。 「ルイズ!」 「あ…とけちゃった、完全に。ううう」 ルイズは緊張の糸が解け、今更になって恐ろしくなりブルブルと震える。 「ミス・ヴァリエール、ケガはありませんか?」 コルベールに名を呼ばれ、ルイズは混乱した頭が現実に引き戻されて、ミュズをぎゅっと抱き締めている事に気付く。 ミュズは眼を潤ませ、ぼんやりと虚空を見つめていた。 「きっと、ヒトはこれを悲しいというのでしょうね…」 ミュズはルイズの視線を感じ、まるで自分が『ヒト』では無い様な口振りで呟き、手の甲で目尻を拭う。 「こんなヒトでも、ぼくの親だったから。でも、ぼくは…生まれたてだから、まだよくわからない…や……」 「生まれたて え?」 ミュズは愛想の良い顔をして、不思議な事を言いながら、ゆっくりと立ち上がる。 ミュズのその不思議な言葉から、既に立っていたルイズの頭に疑問符が浮かぶ。 「ありがとう、願いをきいてくれて。これでぼくはあなたのものになりました。さあ!どこへなりとも」 「ちょちょちょっと待って!まだ話がさっぱりみえないわ」 ルイズは、上目使いで緩く握った右手を胸に当てた異国の礼儀の様な振る舞いをするミュズの、隷従発言に当惑する。 ミュズと呼ばれる少女、ドロドロに溶けた張りぼてのドラゴン、その一人と一頭の不可解な言葉。 何が事実で何が偽りか、ルイズは冷静にこの事態を考えれば考えるほど、納得のいく話が思い浮かばない。 「きゃー。何を言っているの、あの娘」「そーだ!ずるいぞ、ルイズ!」 「ちゃんと説明し「そんなのゆるさないぞ」「ひとりじめはいかん!みんなでわけるのだ」」 「うるさい!外野は黙ってなさいっ!」 周りの生徒達、特に男子の一部が騒ぎ立てるので、ルイズは腹を立て怒鳴り声を上げる。 ミュズに待つように告げると、ルイズは状況を静観しているコルベールの方に詰め寄って行く。 「ミスタ・コルベール!」 「なんだね。ミス・ヴァリエール」 「あの!もう一回召喚させてください!」 「それはダメだ。ミス・ヴァリエール」 「どうしてですか!」 「一度呼び出した『使い魔』は変更することはできない。何故なら、春の使い魔召喚は神聖な儀式だからだ。好むと好まざるにかかわらず、彼女を使い魔にするしかない」 「でも!平民を使い魔にするなんて聞いたことがありません!それに私が呼び出したのは、溶けてしまったあのドラゴンかも知れません!」 ルイズは自分が偽物だと思っている事を棚に上げ、『ドラゴンを召喚した』と主張する。 「何を言っているのかね、ミス・ヴァリエール。彼女は『ぼくはあなたのものになりました。』と言ったではありませんか?これこそ、彼女が使い魔として召喚に応じた証拠ですぞ」 「そんな……」 ルイズは、コルベールの強引な理屈に押し込まれ、がっくりと肩を落とした。 「さて。では、儀式を続けなさい」 「えー、彼女と?」 「そうだ。早く。次の授業が始まってしまうじゃないか。君は儀式にどれだけ時間をかけたと思ってるのだね?いいから早く契約したまえ」 そうだそうだ、と外野から野次が飛ぶ。 ルイズはミュズの顔を困ったように見つめ、諦めた様に目をつむる。 手に持った小さな杖をミュズの目の前で振った。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴンこの者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 朗々と呪文を唱え、すっと、杖をミュズの額に置いた。 そして、ゆっくりと顔を近付けていく。 「何をするんですか?」 「いいからじっとしてなさい」 戸惑うミュズに怒り声で、ルイズは叱り付け様に言った。 ルイズはミュズの頭を左手でがっと掴み、唇を合わせる。 「終わりました」 ルイズが唇を離すと、恥ずかしそうに言い放つ。 「『サモン・サーヴァント』は何回も失敗したが、『コントラクト・サーヴァント』はきちんとできましたね」 コルベールが嬉しそうに言った。 「相手が只の平民だから、『契約』できたんだよ」「そいつが高位の幻獣だったら、『契約』なんてできないって」 何人かの生徒が笑いながら言っている。 ミュズは、ルイズが野次っていた生徒達を睨みつけ怒鳴っている光景を、未知の現象が起きたかの様に珍しそうに見つめていた。 その時、不意にミュズは自らの頭を抱える様にうずくまる。 「あ、ああ…。『データ』が流入する…!『プログラム』が書き加えられる…」 ミュズは途切れ途切れに弱々しい声を漏らすと、ずるりと地面に横たわった。 その様子を見ていたコルベールは慌ててミュズに近寄る。 ルイズもコルベールに続くと、倒れているミュズに心配そうな顔をする。 「ふむ……。『使い魔のルーン』が刻まれた痛みで、気を失ってしまった様ですね」 片膝を付いたコルベールはミュズの口元に手を近付け、呼吸をしている事を確認した。 「ふむ……。珍しいルーンだな」 コルベールは、気を失っているミュズの左手の甲をしげしげと確かめる。 そうすると、素早く立ち上がり踵を返し、生徒達に号令を掛ける。 「さて。じゃあ、皆さんは教室に戻りますよ」 多くの生徒達は宙に浮かび、トリステイン魔法学院に向かって飛んでいく。 「ミス・ヴァリエール。この娘は私が医務室に運んでおきますから、貴女も教室に戻りなさい」 コルベールは杖を振るい、ミュズを宙に浮かべると、ルイズ次の授業に参加する様に促す。 やむを得ず、ルイズはコルベールの言葉に頷くと、とぼとぼとトリステイン魔法学院へ戻って行った。 おまけ リプリム … ルイズ エイブ … 才人 スソクホウ … シエスタ ゲン … ギーシュ リム(一人二役) … ケティ 星見 … モンモランシー リプミラ … キュルケ シアン … タバサ 息子たち … ギーシュの悪友 ゲン「なんだこりゃ?」 エイブ「ああ、新しい寸劇のキャスティングですよ。地球のファンタジーを題材にしてみたんです」 リプミラ「私の衣裳の露出、少ないな」 リム「主役はいいんだけど、ややこしい役ね」 星見「私の役、出番少なくない?」 ゲン「俺はこんな浮気者じゃない!」 (全員の意見を無視して)エイブ「問題がありまして、話が長くなりそうなんですよ」 ゲン「それは『指輪物語』より長いのか?」 エイブ「小説が文庫で15冊、漫画が単行本で5巻、アニメで3期38話」 ゲン「ミョーに具体的だな…」 ちゃんちゃん 前ページ次ページ”舵輪(ヘルム)”の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8929.html
前ページ次ページ使い魔は妖魔か或いは人間か 滅亡を迎えるアルビオンに朝が訪れる。 ルイズが眠りから覚めると、もう日は昇りきっていた。 「もう昼過ぎかしら……」 太陽の位置から何となく時刻を察する。 眠りすぎたのを若干悔いつつ、手早く着替えを済ませた。 「お早う、ルイズ」 ルイズが扉を開けると、そこにはワルドがいた。 「おはよう、ワルド。ずっと待っていたの?」 「いや、まだ起きないようなら昼食を置いておこうと思って運んでもらったんだ」 老紳士然としたメイジが、食器を運んでいた。 「お目覚めですかな。 私、皇太子様の世話役を任されておりましたパリーです。以後お見知り置きを」 老メイジが深々と頭を下げ一礼する。 「昼食後で結構ですが、後に国王陛下が会見を望まれております」 「ええ、是非」 ルイズは作り笑いを浮かべようと努力する。 声がかすれながらも、何とか誤魔化せたようだ。 「ありがとうございます、国王陛下も喜びになられます」 パリーは笑顔でそう答えると、部屋を後にする。 老メイジの笑顔とは対照的に、ルイズの心は晴れないままだった…… 国王への謁見も終わり、夜を迎える。 ルイズはずっと部屋にいたかったが、そうもいかずパーティにだけは出席する。 表向きは華やかな宴、実態は最期の晩餐。 国王が逃亡するよう斡旋するも、部下達は笑って皆その場を立ち去ろうとしない。 誰もが陽気に笑い、破滅に向かう。 会場の光景がルイズには虚しさしか感じず、直視できない。 「アセルス……」 バルコニーで外をぼんやりと眺めていたアセルスにルイズが近寄る。 「どうしたの?」 ルイズに掛ける言葉は優しさに満ちている。 自分の心が砕けそうになった時、アセルスは受け止めてくれた。 一方で他人の命を躊躇いもなく奪う。 アセルスの二面性に、ルイズは戸惑いを覚える。 笑顔で滅びようとしている、アルビオンの貴族達のように。 「どうして彼らは笑っていられるのかしら……死ぬのが悲しくないの?」 「さぁ……私には分からないわ」 ルイズの望む答えはアセルスにも分からず、素直に告げる。 「アセルスは命の奪い合いが怖くないの?躊躇したりとか……」 ルイズの口調にいつもの明るさはない。 人が死に向かう姿を目の当たりにした経験はなかった。 「戸惑っていたら、その間に大切な人を失うから」 崖での尋問や宿での交戦。 殺さなければ、こちらが殺されていたかもしれない。 理屈は分かっていても、心の未成熟な少女の感情は揺らいだままだった。 「私も……アセルスにとって大切な人なの?」 「当然じゃないか」 アセルスはルイズの質問した意図が理解できない。 「私、ワルドに婚約されたの」 アセルスに衝撃を与えるルイズの告白。 「……ルイズは……どうするの?」 曖昧すぎるアセルスの問いかけ。 止めるにせよ決心させるにせよ、何か言わなければならないのに何一つ浮かばない。 「分からないのよ……自分でもどうすればいいのか」 弱々しく首を振って、目を伏せた。 「だから、アセルスに聞きたかったの。私は一体どんな存在なのか」 ルイズの一言一言に、アセルスは胸が締め付けられた。 動悸が激しくなり、何もしていないのに嫌な汗が流れる。 「……ルイズにとって、私は何?」 ルイズの質問に息が詰まりそうになりながら、かろうじて言葉を絞り出す。 「理想よ。貴族の理想、こうなりたいと願う憧れ」 アセルスの問いに、ルイズは即答する。 ルイズがアセルスを追求しだしたのは、ほんの些細な重ね合わせから。 ワルドの求婚。 アセルスの人生を追憶する夢。 人と妖魔の関係に気づいてしまった事。 最大の理由は、自身が理想が揺らいでしまった事。 名誉を守る為、滅びを恐れぬ彼らの姿は紛れもなく貴族の精神だ。 同時に愛する者を捨ててまで、死に行く彼らがルイズには納得できない。 「ねえアセルス……お願い、答えて」 か細い声と共に、アセルスのドレスの裾を掴む。 理想が揺らいだから、ルイズはアセルスを求めた。 求められる事で、自分が間違っていないのだと信じたかった。 無論、求められたからと言って正しさを証明できる訳ではない。 ルイズが行おうとしているのは、単なる現実逃避だ。 誰より孤独を嫌うから、他人に必要とされようと求める。 何もルイズだけに当てはまる事ではない、アセルスも同様だった。 「私は……」 傍にいてくれればそれだけで良かった。 かつてルイズに告げた台詞だが、アセルスは肝心な関係を伝えていない。 主従として、友として……或いは愛する者として。 どのように寄り添って欲しいかまではアセルスは告げていない。 追求された今、何と返せば正しいのか言葉が浮かばない。 いや、この問答に正解など無い。 アセルスは単に嫌われまいとしているだけだ。 だから、アセルスは自分の感情ではなく当たり障りの無い答えを返す。 一番愚かな過ちだとも知らずに。 「私は貴女の使い魔よ」 「そう……」 明らかに落胆したルイズの声。 アセルスには何が間違っていたのかが感づけない。 「私は人間よ……」 ルイズの口から出てきたのはアセルスからすれば拒絶にも等しい言葉。 「それは……」 二の句が継げない。 関係ないとでも言うつもりか? かつて白薔薇に妖魔と人間は相入れないと言っておきながら? 「いつか別れがくるわ……」 死について考えた時、自分も同じ立場だと気付いてしまった。 人間に過ぎない自分はいつかアセルスを置いて、死んでしまうと。 ルイズの宣告は、アセルスが気づきながらも考えようとしなかった問題。 「言ってたわよね、傍にいてくれるだけでいいって」 アセルスは声が出せない。 いくら足掻いても、喉が枯れたような呻き。 「でも、私じゃダメなのよ……」 ルイズの顔も悲壮に満ちていた。 「私はいずれアセルスを孤独にしてしまうわ……」 構わない、わずかな間でも孤独を忘れさせてほしい。 アセルスの頭に引き止める言葉は浮かぶも、口に出来ない。 何故なら、アセルスの本当の願いは自分と永遠を分かち合う存在。 人の身であるルイズには、決して叶えられない願い。 「ねえ……私、どうしたらいいかな?」 離れたくない、しかし種族の違いが二人の前に立ちはだかる。 思わずアセルスはルイズの腕を逃がさないように掴んでしまった。 「痛っ……アセルス…………?」 ルイズがアセルスを呼びかける。 掴んだ腕で華奢なルイズの身体を引き寄せる。 見慣れたはずのアセルスの紅い瞳。 それが今のルイズには、まるで別人に見えた。 「アセルス……怖い……!」 振りほどこうとするが、ルイズの力ではアセルスに適うはずもない。 怯えたルイズに対して、アセルスに過去の光景がフラッシュバックした。 オルロワージュを倒して、妖魔の君となった時。 ジーナを寵姫として迎えた時に残した彼女の言葉。 『アセルス様…………怖い……』 ジーナが怯えていたのは、慣れない針の城に迎えた所為だと思っていた。 ルイズの姿がジーナと重なる。 怯えていたのは自分にではないかと今更気づいた。 「止めないか!」 会話の内容までは知らないが、ただならぬ雰囲気にワルドが間に割って入る。 「とうとう本性を現したな、妖魔め!」 ワルドは杖を突きつけると、ルイズを庇う。 ルイズはワルドの背後でなおも恐怖から震えていた。 自分の何を恐れているのか? 疑問の答えはアセルスには決して紐解けないものだった。 人は常に最善の答えを探し出せるとは限らない。 しかし、限られた選択肢の中から次善策を見つけて生きる。 ジーナが陰鬱な針の城を嫌いながら、ファシナトールから離れられなかったように。 行く宛などなかったし、抜け出すだけの大金がある訳でもない。 結果、彼女は現実を妥協する。 だが、アセルスは城から逃げた。 受け入れねばならないはずの現実から逃げるようにして。 半妖の証明である自分の紫の血。 人間でなくなり、妖魔となった事実。 この時点でもアセルスに残された選択肢はいくつかあった。 例えば半妖として、蔑まれながらも生き続ける。 或いは主であるオルロワージュを討ち滅ぼして、妖魔の血を消し去る。 前者であればジーナがアセルスから離れはしなかった。 後者なら永遠の命を捨て、代わりに平穏な人生を得られたはずだ。 彼女は何の選択も行わず、逃げた。 妖魔として生きる道を選んだのではない。 自分の運命を呪うばかりで、選択を行わずに妖魔に堕ちたのだ。 シエスタの祖父が娘に語ったように、アセルスは運命を言い訳に使ったに過ぎない。 アセルスに残されたのは上級妖魔の血を継いだ事。 ルイズが貴族の自尊心に縋ったように、アセルスはオルロワージュを超えようと確執した。 寵姫の数や他者を支配するという目に見える成果だけを求めて。 決断を先延ばしにした結果、白薔薇を失った。 アセルスは白薔薇を自分勝手な使命感で失った自覚はある。 だが、後悔するだけで省みれなかった。 ジーナも失ってようやく、白薔薇が自分の下から去ったのではと気付かされた。 白薔薇は自分よりあの人を選んだのだろうかと、妬みにも似た感情に支配されるのはアセルスの稚拙さ。 現実を見ようとしなかった代償が押し寄せる。 その時、アセルスが選んだのはいつもと同じ行動だった。 「アセルス!」 ルイズの叫び声は空しく響きわたった。 アセルスはルイズの前から逃げ出したのだ…… ルイズもアセルスも気づいていない。 お互いが相手を求めながら、相手を見ていなかった現実。 ルイズはアセルスの半生を見て、彼女が苦悩を乗り越えた気高き存在だと思っている。 アセルスはルイズが自分で決断した目標、立派な貴族になるまで挫けないのだろうと思いこんでいる。 人の心はそれほど簡単ではないのに。 二人は擦れ違い続ける。 傍にいながらお互いの存在を正しく認識していないのだから。 「どうして……」 残されたルイズがアセルスの消えた闇夜に呟く。 「ルイズ、無事かい?」 ワルドが振り返る。 「どうしたんだい?今にも泣きそうな顔だ」 ワルドがルイズに語りかける。 「分からないのよ、何が正しいのか……」 誇り高いはずの貴族の行動が理解できない。 アセルスも、自分の前から逃げ去ってしまった。 何が間違えていたのか、答えをいくら求めても見いだせない。 「あれが妖魔さ……人を裏切る事など露程も思っていない」 ワルドは吐き捨てるように言い放つ。 「大丈夫、君の傍には僕がずっといるとも」 今にも泣きそうなルイズの肩に手を置いた。 優しい一言にルイズの頬から一滴、涙が溢れ落ちる。 「君は優しすぎる……だから、好きになったんだけどね」 泣いたルイズをそのまま抱きしめる。 張りつめた精神が緩んだ結果、泣き疲れてルイズは眠ってしまった…… 次にルイズが目を覚ましたのはベッドの上だった。 昨日割り当てられた自分の部屋なのだろうと、感づいた。 「やあ、起きたかい?」 ワルドの声がした扉の方を振り向く。 ワルドは給仕に暖かい飲み物を運んでもらっている最中だった。 飲み物が入ったポットを暖めてルイズに手渡す。 「落ち着いたかい?」 「ええ、ごめんなさい。みっともない所見せちゃって」 立派な貴族になるという志がルイズにはある。 だが、それをなし得たと思う出来事は一度もなかった。 魔法は未だに扱えないままだし、人に弱音を見せてしまうのはこれが二度目だ。 一度目の時。 その相手だったアセルスは何も言わずに立ち去ってしまった…… また戻ってくるかもしれないが、ルイズの心に暗鬱とした感情が溜まる。 再び会ったとして何を言えばいいのだろうか。 初めて、アセルスが妖魔である事を怖いと思ってしまった。 バルコニーでのアセルスの瞳。 信じていた相手にすら畏怖を与えるだけの重圧があった。 同時に、心に引っかかるのはアセルスが消える前に見せた表情。 既視感を覚えながら、ルイズには感覚の正体が何思い出せない。 「ルイズ」 ワルドの呼びかけにルイズが顔を上げる。 「もう一度言わせてくれ。ルイズ、僕と婚約して欲しい」 事の発端となったワルドのプロポーズ。 「ワルド、それは……」 「分かっている、君がまだ学生なのは。 不安なんだ、君がまた妖魔に殺されるんじゃないかと」 ルイズが否定しようとするより、ワルドが強くルイズの手を握る。 「アセルスは……」 そんな事はしないと言おうとして、言葉に詰まる。 ルイズの心情に構わず、ワルドは手を握り締めたままに捲し立てた。 「何も今すぐにと言う訳じゃない。 学校を卒業してからでもいいし、君が立派な貴族になったと思ってからでもいい。 ただ式をここで挙げたいんだ、二人っきりで」 「こんな所で?」 思わず、率直な意見を口にしてしまう。 「ウェールズ皇太子は勇敢な貴族だ。僕は皇太子に神父役を御願いしたいんだ」 ルイズが沈黙して考える。 ワルドに対しては少なからず好意を抱いている。 突然のプロポーズに困惑しているが、嬉しいと言う気持ちも無い訳ではない。 むしろ、自分なんかでいいのだろうかとすら思える。 グリフォン隊の隊長という立場にあるワルドと、魔法すら未だ使えぬゼロの自分。 「……本当に、私なんかでいいの?」 「君を愛しているんだ」 ワルドはルイズの質問に即座に答えてみせた。 「……うん」 長い沈黙の末に、ルイズが頷いた。 「本当かい!」 喜びにワルドは大声をあげ、ルイズの手を取る。 「ありがとう!必ず君を幸せにしてみせるよ」 ワルドが何気なく言った言葉。 幸せとは何か?願いが適う事だろうか? アセルスの願いは自分と傍にいる事だった。 ワルドの願いは……婚約? 自分の願いは……何だろうか? 立派な貴族になるという目標は少し違う気がした。 ここまでの疲れが出たのだろうか、カップを戻そうと立ち上がるとふらついてしまう。 そんなルイズの肩をワルドは優しく抱きとめた。 「僕がやるよ、君は明日の式に向けて休んでおくといい」 就寝の挨拶を交わして、ワルドは部屋を立ち去る。 ベッドの上に仰向けになったルイズを月明かりが照らす。 ぼんやりと何も考えられずにいると、ルイズはいつの間にか眠りに落ちていた…… 逃げ出したアセルスは何処とも分からない森にいた。 崖下には奈落のように暗く深い、夜空だけが広がっている。 『相棒……』 デルフが呟くが、何と声をかけていいのか分からなかった。 素人玄人問わずに多くの人間に使われてきた記憶は存在する。 大小問わず悩み、苦しむ使い手もいた。 しかし、アセルスのように半妖の悩みを抱えた者はいない。 彼女の心に混沌とした感情が渦巻いているのだけは伝わる。 300年生きたオールド・オスマンがルイズに何も言えなかったように。 デルフも何も言葉をかけられない自分の無力さに、歯があれば歯軋りしただろう。 「ルイズ……」 朧げに彼女の名前を呟く。 初めは好奇心に近かった。 自分を召喚した少女の境遇はあまりに自分と似ていた。 同時に、彼女ならば自らの苦悩を理解してくれるかもしれないと考える。 事実、ルイズは受け入れてくれた。 他人に見せられない弱さも自分の前では見せた。 それでも成長しようとするルイズを見て、美しいと思った。 問題は幾度も悩んだ、種族の差。 加えて、アセルスにとっては新たな苦悩があった。 白薔薇の頃はまだ無自覚だった。 友達や姉のように思っているだけだと自分に言い聞かせた。 『自由になってほしい』 白薔薇が最後に告げた台詞はオルロワージュからの支配の脱却だと思っていた。 『くだらないことに捕らわれるんだな。 姫も言ってたじゃないか、自由になれってね』 だからこそ、他人に指摘された時に動揺する。 ──本心では、私は白薔薇を愛していたのだと。 ジーナは生まれて初めてはっきりとアセルスが愛情を抱いた相手だった。 だが、ジーナも失った。 未だ理由が分からないまま、彼女は自らの命を絶った。 アセルスは二度の喪失から誰かを求めるのが恐ろしくなる。 自分を受け入れてくれた存在をまた失うのではないかという不安。 アセルスは気付き始めていた。 いつの間にか、他人を妖力で支配していた事実。 嫌悪していたはずの妖魔の力を当然のように扱い、欲望のままに行動していた。 「だって私は妖魔の君……」 違う、妖魔の力なんていらない。 人としてただ、平穏に暮らしたかった。 誰でもいいから必要とされたかった、妖魔ではなく自分自身として。 だから…… 「その為に、ルイズを利用した……」 寂しさや孤独を嫌った。 妖魔として生きると言いながら、人間のように理解者を求めてしまった。 召喚で呼び出された相手、ルイズが鏡写しのように思えたから。 一人の少女を地獄への道連れにしようとする行いだとも気づかず…… 『違う!相棒が嬢ちゃんを思う気持ちは本物だったはずだ!』 デルフの制止にも構わず、左の拳を地面に叩きつける。 地面を容易く抉ると同時に、アセルスの皮膚にも微かに血が滲む。 「紫の血……妖魔でも人間でもない血の色……」 見慣れたはずの血の色が、汚らわしく見えた。 デルフを掴むと自分の手に何度も何度も突き立てる。 叶わないと知っていても、自分の血を全て流してしまいたかった。 『よせ!相棒!!こんな事したって……』 妖魔の血がなくなる訳じゃない。 デルフが言葉を引っ込めたのは、アセルスの悲痛な表情を見たからか。 「ルイズは……結婚するって……」 アセルスの言動は、もはや支離滅裂。 それでも、ルイズから告げられた事実を噛み締める。 婚約。 もし自分が人間のままだったなら、誰かと結ばれた人生もあったのだろうか? そうなればジーナも……そう、ジーナも同じだ。 ──ただの人間として。 ──平凡だが、幸せな人生を満喫する権利が彼女にもあったはずだ。 ──彼女から全てを奪ったのは…… 「私だ……私がジーナを……」 アセルスが思い出すのは、針の城でジーナと二人になった時の事。 怯えるジーナにアセルスはこう告げた。 『大丈夫、二人で永遠の宴を楽しもう』 即ちジーナに自らの血を分け与えようとした。 人から妖魔になる。 どれ程の苦悩かは自分が一番知っていたはずなのに。 ジーナさえ傍にいてくれれば良かった。 だが、ジーナは本当に永遠を共にしたかったのか? 彼女はあくまで『人』として自分の傍にいたかっただけではないのか。 永遠を望んだのはアセルスのみ。 自分がジーナに妖魔として生きる事を強要していたと気づく。 ──寵姫をガラスの棺に閉じ込めていたオルロワージュのように。 『あの人』と自分が同じ過ちを繰り返していた。 一度陥った悲観的感傷に、己の愚かさを否応なく見せつけられた。 どれほど後悔しようと手遅れだった。 ジーナが目を覚ます事はもう二度とないのだから。 失うのを恐れた続けた結果、人から全てを奪ってしまった。 白薔薇の居場所も……ジーナの命も……ルイズからも全てを奪うだろう。 アセルスは立ち上がると、浮浪者のように彷徨い歩く。 『相棒、どこ行くんだ!城は反対の方向……』 「私はもう、ルイズの傍にいられない」 デルフの叫びに力なく頭を振ると、ルイズの元に戻らない事を伝える。 『何を言ってんだ!?』 「きっと彼女を不幸にするもの……」 ジーナや白薔薇のように。 ルイズも自分の運命に巻き込んでしまうのを恐れた。 いや、既に巻き込んでしまっている。 これ以上、自分に付き合わせてはいけない。 運命に負けた敗残者の自分。 掲げた目標に向けて進むルイズ。 彼女の重りにしかなりえないと思い込んで、アセルスは姿を消した…… 前ページ次ページ使い魔は妖魔か或いは人間か
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8506.html
前ページ次ページGOTHIC DELUSION ZERO 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン!我の運命に従いし、"使い魔"を召喚せよ!」 その日、トリステイン魔法学院では使い魔召喚の儀式の真っ最中であった。 使い魔召喚の儀式とは、この魔法学院に通う生徒達が2年へ進級するにあたって行われるものである。 同時に彼らのパートナーである使い魔を決める大事な場でもあるのだ。 使い魔は生涯をかけて主を守り、導き、そして共に歩む。 故に、使い魔召喚は神聖な儀式として、代々執り行われてきたのである。 そして、今その使い魔召喚を行っているのは桃色がかった髪の少女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールであった。 ルイズが召喚の魔法『サモン・サーヴァント』の呪文を唱え、杖を振ると目の前に小さな爆発が起きる。 だが、もくもくと上がる煙が消え去っても、そこには何も無かった。 「また失敗かよ!!」 「何回目だっけ?」 「さあ?もう10回は軽く超えるんじゃないの?」 周りの級友たちの声がルイズの耳へと入る度に、彼女は腹を立て、ムキになって呪文を唱える。 そしてまた爆発を起こし、その回数だけを重ねていく。 そんなことの繰り返しに、周りの級友たちも流石に煽りだけではなく、本気の抗議の声を浴びせかける。 「いい加減にしろ!!」 「一体、何時までやってんだ!!」 「もう止めちまえ!!」 他の級友たちは既に使い魔を召喚し終え、契約まで済んでいた。 未だに召喚すら出来ていないのはルイズただ一人だけであった。 学院の教師の一人でこの場を監督しているコルベールはそんなルイズを見て、思わずため息を吐く。 コルベールはこの学院内ではルイズの努力を認めている数少ない人物であったが、流石に今の状態のまま続けていても埒が明かないと思い始めていた。 「……ミス・ヴァリエール。このまま続けていても同じことの繰り返しだ。今日のところは次の召喚を最後にしようじゃないか」 「……え?」 ルイズはこのコルベールの言葉に少なからずショックを受ける。 とうとう自分は見限られてしまったのだと。 彼女も彼女でコルベールのことを多少は信頼していたのである。 そんな信頼している教師から遂に最後通告を出されてしまった。 自分の不甲斐無さに思わず下唇を噛む。 (……させなきゃ。絶対に次で成功させなきゃ!!) ルイズは強迫観念とさえ言えるほどの自己暗示をかけると、スッと目を閉じた。 そして意識を最大限に集中させ、呪文を唱え始める。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン!宇宙のどこかにいる私の僕よ!神聖で美しく、そして強力な使い魔よ!私は心より求め、訴えるわ!我が導きに応えよ!」 杖を振った瞬間、今までにない程の大爆発が目の前で起きた。 物凄い爆風が巻き起こり、思わずルイズは二、三歩後ずさってしまう。 しかし、その鳶色の目を閉じることは無く、大量の煙で覆われた場所をしかと見つめる。 (私の……私の使い魔!!) ドラゴンやグリフォンとまではいかなくてもいい。 猫や犬……果てはネズミやカエルだって構わない。 ただ、そこに自分が召喚に成功したという証があって欲しいと願いを込めて凝視していた。 やがて、煙の膜が徐々に薄くなるにつれて、中に何かの影が見え始めた。 そのシルエットから察するに、そこそこ大型の生物のようである。 (やった……やったわ!!) それまでの過程はともかく、召喚が成功した。 そして、使い魔もそこそこ大物である可能性が高い。 ルイズは湧き上がる喜びの感情を隠すことが出来ずにニヤけていた。 だが、その喜びも束の間であった。 煙が晴れて、その中の正体がハッキリすると、ルイズの顔が凍りつく。 級友たちの中の一人がするどくその正体を見とめると、大きな声を上げた。 「……ゼロのルイズが、平民を召喚したぞーーーーー!!」 その言葉が切っ掛けとなり、周囲に笑い声が巻き起こる。 中には、直接的にルイズを馬鹿にしたようなことを言ってのける者もいた。 だが、それらの言葉はルイズには届くことは無かった。 彼女は彼女で目の前の現実を受け入れきれずにいたのであった。 (何よ、これ?嘘、でしょ?え?) 何度目を擦って確認しても、そこにいるのは仰向けに倒れた平民と思われる傷を負った男。 身の丈はコルベールくらいあり、何やら上下にボロボロの黒い服を着ている。 髪型も特に癖っ毛ということは無く、セットしている様子も無く、ただストレートに伸ばしているだけ。 長過ぎず、短過ぎず、といったところか。 多少茶色掛かっているが、基本的には黒い髪である。 ここハルケギニアでは黒い髪というのは珍しく、ここトリステイン魔法学院でも使用人の中に一人該当する人物がいるくらいである。 だが、珍しいだけで存在はしているのだ。 顔は目を閉じてはいるものの、至って平凡。 特に美男子というわけでもない。 これがルイズの呼び出した使い魔の姿であった。 全身に傷を負ってはいたものの、致命傷という風には見えず、また普通に息をしている為、治療は後回しにすることとなった。 「……さあ、ミス・ヴァリエール。『コントラクト・サーヴァント』を」 コルベールは無慈悲にルイズへとそう告げる。 少しの間、その男を見つめていたルイズではあったが、すぐにコルベールへと向き直り、必死の形相で言った。 「ミスタ・コルベール!お願いです!!『サモン・サーヴァント』をやり直させてください!!」 しかし、コルベールは無言で首を振る。 更にルイズが食い下がると、コルベールは困ったような顔で言った。 「ミス・ヴァリエール……残念ながら『サモン・サーヴァント』のやり直しは許可出来ない。『サモン・サーヴァント』は神聖な儀式なんだ。やり直すということは始祖ブリミルへの冒涜にもなる」 「そんな……!?でも、平民を使い魔にするなんて聞いたこともありません!!」 「それでもだ。……分かって欲しい。それにもう一度『サモン・サーヴァント』を行って成功させる自信があるとでも言うのかい?」 最もな疑問であった。 此度の成功の前には、数多の失敗があった。 ルイズ本人でさえ、再び『サモン・サーヴァント』が成功するとは思っていなかった。 だが、それでも変えたかった。 彼女が望んでいたのは普通。 例え、ネズミやカエルだったとしても、それで良かったのだ。 ルイズは生まれてこの方、系統魔法をまともに成功させたことが無く、その為に周りから浮いてしまっていた。 せめて他で補いたいと、筆記などの実技以外の部分で好成績を修めても、その現状は変わらなかった。 それならば、使い魔だけは他の者と同じようなものでありたい。 そう願い、成功させたと思ったら、その使い魔が人間……それも平民である。 耐え難い事実。 それを受け入れるくらいなら、始祖ブリミルに背いてでももう一度召喚をしたかった。 だが、それが出来る筈もないのだということも頭のいい彼女には分かっていた。 暫くの間、コルベールと問答をしていたが、それも切り上げて、ルイズは渋々倒れている平民の男の元へと足を向ける。 そして、男の顔の側まで来ると、観念したかのように『コントラクト・サーヴァント』の呪文を唱え始めた。 (もう背に腹は変えられない。それは分かっている。でも……) 迷いを抱えたまま、半ば棒読みで『コントラクト・サーヴァント』の呪文を紡ぐ。 「……我が名はルイズ・ フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 そうして、男の唇に自らの唇を重ねようとした。 その時であった。 「やめろ!!!!」 突如、舌足らずな子供のような、だが何処か威厳を感じる声が辺りに響いた。 その声に思わずルイズは男の唇に触れる寸前に止めてしまう。 コルベールや級友たちは声の正体を探して辺りを見回していた。 すると、再びその声が今度はルイズに向けて放たれた。 「たかみちはわたしの遂<ミニオン>だ!おまえのつかいまなどにはけっしてならない!!」 ルイズはその声の方へ目を素早く向けた。 他の者たちが声の正体を見失っているのとは対照的に、ルイズにはその声の主のいる場所がすぐに分かっていた。 視線を向けたそこには一人の小さな少女が立っていた。 美しい髪と満月のように丸く大きい瞳。 そして、まるで何処かのお嬢様だとしか思えないゴシックロリータの服装。 今、目の前で倒れている男の知り合いにしては、あまりに不釣合いな存在に見えた。 ルイズは少しムッとした表情で少女へ問い質した。 「……アンタ誰よ?一体何なの?」 少女はそんなルイズの視線をしっかり受け止め、寧ろルイズが怯みそうになるぐらいに強く睨み付けたまま言った。 「私の名はロー。ファルシュ・ドロレス・ヴァレンタインだ。ゴシックハートは<決して錆びぬ思い>。最上なる高貴、揺るぎなき誇りを掲ぐ<星の揺籃>の血と名を継ぎし者なり!!」 前ページ次ページGOTHIC DELUSION ZERO
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2102.html
前ページゼロの答え 深夜の中庭。二つの月が照らす中、デュフォーとそれを見つめるルイズとキュルケ、そして自らの使い魔に乗って上からそれを見るタバサの姿がそこにあった。 あの後、中庭に出たところキュルケとタバサも来て何をしているのかルイズに追求してきた。 そしてとうとう根負けしたルイズが事情を話し、キュルケとタバサは半ば押しかけ気味に見届け人として参加すると言ってきたのだ。 デュフォーは我関せずと他人事のようにそれを静観していた。 最初はまったく興味なさそうだったタバサだったが、"ガンダールヴ"という言葉を聞くと積極的に参加の意を示してきた。 「あそこの壁を傷つければいいんだな」 そういうとデュフォーは本塔の壁を指差した。 「ええ、そうよ。あんたが本当に"ガンダールヴ"ならそのくらい楽勝でしょ?」 腕組みをしてルイズが答える。 本塔の壁にどれだけの傷を付けられるか?それがルイズたちの出したデュフォーが本当に"ガンダールヴ"なのかどうかを知るためのテストであった。 本塔の壁は非常に頑丈にできている。その上、指定した場所は地面からかなりの高さである。 普通の人間ならとてもではないが手出しできないような位置を指定していた。 仮に本当に"ガンダールヴ"だとしても地面からそれだけ高さのある場所なら、多少の傷しかつけられないとはタバサの弁であった。 タバサがウィンドドラゴンに乗っているのは、指定した場所が場所であるので、宙に浮いて見ないと正しく判別できないだろうとのことからである。 デュフォーはルイズたちの指定した場所の後ろが宝物庫だと知っていたが何も言わなかった。 どうでもいいことだからである。 ルイズが合図をすると同時に、デュフォーの左手のルーンが光り輝いた。 そしてデルフを持って振りかぶり、投げる。 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 「「「「「えっ!?」」」」」 デルフから伸びる悲鳴と、五つの驚きの声が夜の中庭に響いた。 ルイズたち三人以外の声の内、一つは植え込みの中、もう一つはタバサの方から聞こえたのだが、叫んだ当人たちは誰もそのことに気が付かなかった。 そしてデュフォーはそのことに気づいてはいたものの、最初からそこに人がいたり、タバサの使い魔は風韻竜で喋れるということを知っていたので特に反応はしない。 (タバサは自分の使い魔が喋ったことには気が付いていたので、杖で軽く頭を叩いた) 悲鳴をなびかせながら、デルフは見事に根元まで、本塔の壁に突き刺さった。 ルイズたちが指定した場所に寸分の狂いも無く埋まっている。 「これでいいんだろ?」 ごくり、とその場にいた全員が息を呑んだ。 一瞬間を空けて、フーケは我に返るとすぐさま詠唱を始めた。目の前で起きた光景は信じられないが、チャンスであることには違いは無い。 長い詠唱であったが、その場にいたデュフォー除く全員が壁に突き刺さった剣に目を奪われていたので完成まで誰にも邪魔をされることは無かった。 デュフォーは別にどうでもいいといった感じでフーケを邪魔することも無く、ルイズたちが剣を見るのを眺めていた。 巨大なゴーレムが現れるとデュフォーはとりあえず近くにいるキュルケとルイズの肩を叩いた。 「「きゃっ!?」」 突然の刺激に驚いたのか二人が身を竦める。 「な、何するのよ!」 「ダーリンったら。触りたいなら前もって言ってくれれば」 まるで別々のことを言ってくる二人だったが、二人とも同じようにデュフォーに無視された。 あれを見ろ、デュフォーはそう言ってルイズたちの後ろを指差すと小石を拾ってタバサに軽く投げる。 こつんと頭に当たり、惚けたような表情で剣を見ていたタバサが我に返る。 そして石が飛んできた方向を見て、固まった。ルイズとキュルケも同様にデュフォーが指差した方向を見て固まっていた。 土でできた巨大なゴーレムがそこに居た。 いち早く硬直が解けたキュルケが悲鳴を上げて逃げ出す。 タバサがウィンドドラゴンでキュルケを拾った。 ゴーレムはデュフォーたちのいる場所。本塔の方へと向かっているため、キュルケのようにその場を離れなければウィンドドラゴンで拾うことは難しい。 だがルイズは逃げようとしない。それどころかゴーレムに向けて呪文を唱える。 巨大な土ゴーレムの表面で爆発が起こる。"ファイヤーボール"を唱えようとして失敗していつもの爆発が起こったのだろう。 当然ゴーレムには通じない。表面がいくらか爆発でこぼれただけだ。 それから何度もルイズは呪文を唱えた。そのたびに爆発が起こる。だがゴーレムはびくともしない、爆発のたびに僅かに土がこぼれるが、それだけだ。 「逃げないのか?」 冷静な声で隣に居るデュフォーがルイズに訊ねた。 ゴーレムはもうすぐ近くまで来ている。 「いやよ!学院にあんなゴーレムで乗り込んでくる奴なのよ。そんな奴を捕まえれば、誰ももう、わたしをゼロのルイズだなんて……」 真剣な目でルイズが言いかけた言葉をデュフォーは遮った。 「お前、頭が悪いな。あいつを捕まえようがお前がゼロのルイズと呼ばれることに関係はないだろう」 息が詰まる。怒りで目の前が真っ赤になった。許せない。ただその言葉だけがルイズの頭の中に浮かんだ。 「ふふふふ、ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 その叫びに、ゴーレムも驚いたのか動きが止まる。 「ななな、なんでわたしがゴーレムを捕まえても関係ないってあんたにわかるのよ!」 怒りのあまり呂律の回らなくなった口調で叫び、ルイズがデュフォーに掴みかかる。 「お前がゼロと呼ばれているのは魔法が使えないからだろう?例えこいつを捕まえようがお前が魔法を使えないことに変わりはない」 まったく熱を感じさせない声でデュフォーがルイズに告げる。 「だから逃げろって?こいつを倒しても扱いは変わらないから。……はっ、冗談じゃないわ!」 ルイズは短く吐き捨てるとこう叫んだ。 「敵に後ろを見せない者を、貴族と呼ぶのよ!たとえゼロのルイズと呼ばれるのが変わらなくてもわたしは決して逃げないわ!」 再び動き始めたゴーレムがルイズを踏み潰そうと足を振り下ろした。 その足に対してルイズが杖を振る。爆発が起こり、土がこぼれた。まったく変わらないゴーレムの足がルイズへと迫る。 ルイズの視界がゴーレムの足で埋め尽くされる。そこで横から引っ張られた。 地面に投げ出され、尻餅をつく。横を見上げるとそこにデュフォーが立っていた。ギリギリのところでデュフォーが踏み潰される前にルイズを助けたのだ。 ゴーレムの方はルイズを踏み潰したと思ったのか、それとも興味をなくしたのかその場で止まった。 そして腕を引くと、本塔の壁。それも壁に突き立っているデルフを殴り飛ばした。当たる瞬間にフーケの魔法により、ゴーレムの拳が鉄に変わる。 デルフを楔として、本塔の壁に亀裂が走る。一瞬の沈黙の後、壁が崩れた。 ゴーレムの肩からフーケが降りると壁の中へと入っていく。壁の後ろにあるのは宝物庫。フーケの狙いはその中にある破壊の杖だった。 助けられたことで張り詰めていた糸が切れたのか、ゴーレムが壁を破壊していくのを見上げながら、ルイズの目から涙がこぼれた。 自分の力が通じない悔しさにルイズは泣きながら拳を握りしめる。 そんなルイズに対してデュフォーが声をかけた。 「お前、頭が悪いな。逃げないのは構わないが無駄なことをして何がやりたいんだ?」 思いやりのまったくない言葉に更に涙が溢れる。 「だって、悔しくて……わたし……いっつも馬鹿にされて……だから見返したくて……」 嗚咽で途切れ途切れに言葉を紡ぐルイズ。 そんなルイズをデュフォーは一刀両断で切り捨てる。 「お前は本当に頭が悪いな。見返したいのなら、何故無駄なことをする?」 ナイフのようにデュフォーの言葉はルイズを切りつける。 泣きながらルイズはそれに反論した。 「わかってる……わかってるわよ、わたしじゃどうしようもないことくらい……でも、じゃあどうしろってのよ!」 その言葉に対する返事はすぐにデュフォーから返ってきた。 「オレが指示を出す」 ルイズは顔を上げた。 今聞いた言葉が信じられなかったからだ。 「どうやったらあいつを倒せるのか?その『答え』が欲しいんだろ?」 普段と変わらない冷静な表情でデュフォーはルイズにそう告げた。 「―――え?」 目に涙を浮かべたまま、告げられた言葉の真偽を確かめるかのようにルイズはデュフォーを見つめる。 いつもと変わらない表情。嘘でも慰めでもなく、ただ単純に事実のみを伝えたという様子でデュフォーはルイズを見ていた。 「……本当に、あいつを倒せるの?」 おずおずとルイズがデュフォーにそう訊ねた。 まるで目の前の希望に縋り付いて裏切られるのが怖いという様子でデュフォーの提案に乗ることを躊躇している。 だがそれもデュフォーが口を開くまでだった。 「お前、頭が悪いな。『答え』が出せるから、『指示する』と言ったんだ」 ビキッという音があたかも実際にしたかのような勢いでルイズの顔に青筋が浮かぶ。 同時にデュフォーの提案に対して躊躇させていた気持ちは跡形も無く吹き飛んだ。 「やるわよっ!やってやるわ!」 それを聞くとデュフォーはルイズに向けてこんなことを言った。 「そうか。だったら今から奴を追う。そして術者に対して直接"ファイヤーボール"を唱えろ」 あまりといえばあまりに突飛な提案にルイズの目が丸くなる。 「ちょっ、ちょっとデュフォー!何で"ファイヤーボール"であのゴーレムが倒せるのよ?防がれて終わりでしょ!」 「何を言っている?お前が魔法を使えば爆発が起きるだろう。それでゴーレムを操っている術者を直接倒せばいいだけだ」 「んなっ!ははははは、初めからわたしが魔法を失敗することが決まってるみたいに言わないでよ!ひょっとしたら成功するかもしれないじゃない!」 しかしデュフォーはルイズの怒声を無視すると、ウィンドドラゴンに乗って上空を飛んでいるタバサへと声をかけた。 「何?」 タバサはデュフォーの近くまで来ると、自らの使い魔の上から降りて何の用なのか訊ねた。 ルイズが対して何やら騒いでいるのは互いに完全に無視している。 「今からあのゴーレムを倒しに行く、だからその風韻竜で後を追ってくれ」 告げられたゴーレムを倒すという言葉よりも、風韻竜という言葉に驚いてタバサは息を呑んだ。 そしてデュフォーに対して警戒の目を向ける。だがデュフォーはこちらもあっさり無視してまだ騒いでいるルイズに向き直った。 その様子にタバサはこの場でそのことについて言及することを諦めた。 幸いなことに今デュフォーが言った風韻竜という言葉を聞いていたのは恐らく自分しかいない。 キュルケは風韻竜の上にいるから、今の会話が聞こえていた可能性は低い。ルイズは騒いでいるからこれもまた今の言葉が聞こえていた可能性は低い。 だがこの場で下手に追求したら、近くにいるルイズと自らの使い魔の風韻竜―――シルフィードの上に乗っているキュルケにも聞かれるかもしれない。 そう判断するとタバサはシルフィードに戻った。 そして"レビテーション"でデュフォーたちをシルフィードの背に乗せる。 デュフォーたちが乗ったことを確認すると、指示通りゴーレムを追いかけ始めた。 「ねえタバサ、あなたさっきダーリンから何を言われたの?」 シルフィードでゴーレムを追い始めて間もなくして、キュルケはタバサにそんなことを訊ねた。 デュフォーとルイズはピリピリとした空気を発していて、とても声をかけられる雰囲気ではない。 正確にはルイズだけがそんな空気を発しているのだが、デュフォーは平然とした顔でその近くにいるため同様に声をかけられる雰囲気ではなくなっている。 そのため親友であり、今のところ何もしていないタバサに聞くことにしたのだ。 「今からゴーレムを倒すって」 タバサはそれに対して短く答える。 「あ、それで私たちにも手伝うようにってことかしら?でもあんなゴーレム相手にどうやって?」 その返答に対しキュルケが訝しげな表情を顔に浮かべた。 当然だろう、あんなゴーレムをどうやったら倒せるというのだ。 「違う。今からあのゴーレムを操っている術者を吹き飛ばすから、そうしたら捕まえろって言われた」 その言葉に対してキュルケは息を呑む。 「ちょっ、ちょっと本気!?どうやったらそんなことができるのよ。ここから魔法を撃ってもあのゴーレムが防いで終わりに決まっているじゃない!」 タバサは叫ぶキュルケに眉根を寄せた。 「わからない。でも……」 そう言うとタバサは首を後ろに向けてデュフォーたちを見る。 「彼はできないなんて微塵も思っていない」 ゴーレムと風韻竜では速度において圧倒的に差がある。 そのためフーケのゴーレムに追いつくまでにはさほど時間はかからない。 丁度城壁を越えたところで追いつき、その上空を旋回する。 それを確認するとデュフォーは隣にいるルイズに声をかけた。 「ルイズ。あそこだ」 その指の先にはフーケの姿があった。 「そろそろ詠唱を始めろ。このままの位置を保ち、奴を吹き飛ばす」 その言葉にルイズが息を呑んだ。 そして意識を集中し、呪文を唱え始める―――が数秒もしないうちに詠唱は尻すぼみになり、途中で消えた。 「……やっぱり、無理よ」 消えてなくなりそうな声がルイズの口からこぼれた。 「何故だ?」 何を言ってるんだこいつは?という顔で聞き返すデュフォー。 「動いてる的に直接当てるなんて今までやったこと無いのよ!無理に決まってるわ!」 ヒステリックに叫ぶルイズ。 それに対してデュフォーは呆れたような顔をしてルイズに向けて言った。 「オレが言ったことはお前ができる範囲のことでしかない。不可能だというのなら、それはお前自身に問題がある」 ルイズは歯を食い締めた。自分に問題がある?そんなことは最初からわかっている。 「今更なに言ってるのよ!わたしに問題があるなんて最初からわかってるでしょ!」 その言葉にデュフォーはますます呆れたような表情になった。 「お前、頭が悪いな。オレが言っていることを理解できていない」 ルイズは顔を上げるとデュフォーを睨みつけ、そして叫んだ。 「なにが理解できてないっていうのよ!あんたなんかにわたしのことはわからないわ!」 その叫びを受けてもデュフォーは微動だにしなかった。何の感情も浮かび上がっていない瞳で睨みつけるルイズを見返す。先に目を逸らしたのはルイズだった。 デュフォーはそんなルイズに対して追い討ちのように言葉を投げつける。 「オレはお前の能力を理解した上で、できると言っている。できないと思い込むのはお前の自由だ。だがそれはお前自身ができないと思い込むことで、自分の能力を下げているからだ」 それはまったく温かみを感じさせない冷徹な言葉。 だがその言葉は不思議とルイズの中に染み渡る。 その言葉の重みは今ままでルイズが感じたことのある誰のものとも違った。 失望でも、期待でもない。ありのままの事実。ルイズに対してそれができて当たり前だからやれと要求するだけの言葉。 ルイズの胸の中で何かが溶けて消えた。代わりに熱いものが溢れる。 「もう一度聞く。あいつを倒すための『答え』が欲しいか?」 そして再び、デュフォーがルイズに訊ねた。 デュフォーの問いかけに対し、恐らくそれが最後の確認だとルイズは理解した。 ここで断ればきっとデュフォーはルイズにさせることを諦めるだろう。 だからルイズは答えた。今まで生きてきた中で培っていた勇気を全て振り絞り、ルイズはデュフォーに答える。 「……欲しい。わたしはあいつを倒すための『答え』が欲しい!」 気圧されることも無く、それを受けてデュフォーは一度頷いた。 聞き返しはしない。デュフォーからしてみれば最初からできるとわかっていたことに何故悩んでいたのかと不思議に思うだけだ。 だから後は互いにやるべきことをやるだけでしかない。 短くデュフォーが合図をする。 「今だ。詠唱を始めろ」 軽く頷き、ルイズはゴーレムの肩にいるフーケを見つめると深呼吸をした。 息を吸い、吐く。 呼吸を落ち着かせ、標的を見つめる。 さっきまで荒れ狂っていた心臓が、今は静かに鼓動を奏でているのがわかる。 自分と標的。世界に存在するのはその二つだけ。 集中する。一度限りの大博打。外せば次のチャンスはないと警告はされた。 詠唱を始める。かつてないほど集中しているのが自分でもわかる。外す気なんて欠片もしない。さっきまであれほど不安だったことが嘘みたいに感じる。 悔しいがあの使い魔の言っていることは全て正しいのだろう。 思いやりとかそういうものはまるでないが、それだけに事実が痛いほど突き刺さる。 だけどそのおかげでわかったことがある。 ただ悔しく思うだけじゃ何も変わらない。悔しいからって無謀なことをしても何も意味が無い。 そして劣等感から自分の能力を低く評価したら、ますます駄目になるだけだ。 まず自分にできることをしっかりと見つめる。その上で、できることをやる。 そうでなければ前には進まない。 たぶん今までの自分は無いものねだりをしていただけの子供だったのだろう。 そんな自分に対してできると断言したデュフォー。 信頼とか暖かい気持ちなんて微塵も感じない。ただ事実を告げただけという感じの言葉。 だけどそれだけに―――信じられる。 純粋に自分の能力を評価してくれているとわかるから。 思いやりや盲信からの過大評価も、蔑みからの過小評価もしない、ありのままの自分の能力を見てくれてると信じられるから。 だからわたしはあいつの言うことを信じる。 ありのままのわたしを見てくれる人間として、あいつを信じる。 ―――だからこれは絶対に成功する。失敗なんてするはずがない。 "ファイヤーボール"の詠唱が終わる。 瞬間、フーケの真横で爆発が起きた。 人形のように吹き飛ぶフーケ。 タバサが杖を振り、"レビテーション"をかけて落下するフーケをシルフィードの上に運ぶ。 術者が気を失ったためかゴーレムが崩れ土の塊へと戻る。 ルイズは安堵すると大きく息を吐いた。 やりとげたことを実感すると、途端に全身から力が抜けてその場に崩れ落ちる。 シルフィードから落ちないようデュフォーが襟を掴んだ。 「ぐえっ!」 襟が引っ張られ首が絞まる。 「何すん――」 文句を言おうとルイズは鬼のような形相でデュフォーを睨んだ。 が、いつもと変わらないその顔を見ると怒りは急速に萎んで何だか笑いがこみ上げてきた。 「ふ、ふふふ、あははは!」 キュルケが『凄いじゃない、ルイズ!』と褒めてきたが、それよりもデュフォーのよくやったなと褒めるでもないその態度が今は無性に嬉しかった。 そのまま学院に戻るまでルイズは笑い続けた。 前ページゼロの答え
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4221.html
前ページ次ページ虚無の魔術師と黒蟻の使い魔 夜。 天には二つの月が輝いている。 ルイズは夕食を済ませると、ワインを飲みながら歓談するクラスメイトたちを尻目に、早々に部屋に戻り閉じこもってしまった。 基本的にルイズには友達が少ない。いや、いないといってしまっても差し支えない。 なので、夕食後の歓談の輪に入らないのは特に珍しいことではない。 ただ、夕食後もしばらくは席を立たず仏頂面のままワインを飲んでから部屋に戻る、というのが普段のルイズのパターンである。 話し相手がいないからといってすぐに部屋に戻ってしまうと、まるでそこから逃げてるような気がして、プライドの高いルイズには許せないのだ。 しかし、今夜は夕食を食べ終わるとそそくさと部屋に戻ってしまった。 そんな、普段とは違うルイズの行動に気づいたのは、寮で隣室であるキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーだけであったが、そんな彼女も数多いる恋人のうちの一人に声をかけられると、そんな些細なことはすぐに忘れてしまった。 ルイズはベッドに腰掛け、ぼうっとしていた。 ルイズが早々に部屋に戻ったのは、自分の契約した使い魔、モッカニアの『本』を読み進めるためであった。 モッカニアの『本』を一通り読み、さらに気になった部分を読み返したりしているうちに、すっかり夜も更けてしまった。 今は、分厚い本を読破した後のような達成感と虚脱感がルイズの心を占めている。 このまま布団をかぶって目を閉じてしまいたい気もする。読書後の興奮でなかなか眠れない気もするが、案外すぐに眠りに落ちるかもしれない。 しかしルイズはその誘惑を打ち消し、読了したばかりの『本』によって得られた情報の整理を試みる。 この『本』の舞台となる世界は、ルイズの住むハルケギニアとはまるで違う。 まず、月が一つしかない。 世界の成り立ちも違う。この世界の歴史にブリミルの名前などまるで出てこない。世界を創った『始まりと終わりの管理者』。『始まりと終わりの管理者』から世界の管理を任された三柱の神。『楽園時代』。 どれもルイズが慣れ親しんできた神話や、始祖ブリミルの物語とは相容れない。 その世界では、ハルケギニアよりはるかに技術が発達していた。飛行機、ラジオ、シネマ。どれもルイズには夢想すらしたこともないようなものが、魔法でもなんでもなく道具の延長として存在している。 魔法もハルケギニアで使われている系統魔法とは異なる魔法が存在する。エルフが使う先住の魔法ともおそらく違うだろう。 しかし何より、人が死ぬと魂が『本』になるということが一番の違いだろう。その『本』を読むことでその人生をすべて知ることができる。 そして全ての『本』が収められる神立バントーラ図書館。その『本』を管理する武装司書。 ……実に荒唐無稽だ。 ルイズが今まで読んできたどんな物語も、ここまで突飛なものはなかった。 これが普通の本に書かれていたなら、作者の想像力に拍手喝采を送っていただろう。 だが、そんな世界が記されているのは普通の本ではなく、『本』。記された『本』自体が荒唐無稽な内容を裏付ける証拠だ。 信じざるを得ない。認めざるを得ない。確かに、ルイズが住む世界とはまるで違う世界がどこかに存在するのだろう。 そして、そんな世界で生きたモッカニア。 モッカニアは武装司書だった。 武装司書はあちら側の世界で最もなるのが難しいと言われる職業だ。桁外れの戦闘能力と歴史学者も顔負けの頭脳が求められる。 武装司書の頂点であるバンドーラ図書館館長代行は、すなわち世界最強の称号でもある。モッカニアはその館長代行に匹敵する戦闘能力を持つ、最強の一翼を担う存在であった。 「って言ってももう死んでるのよね……」 ポツリ、呟くルイズ。 どんな最強の能力を持っていても『本』になってまで使えるわけではない。『本』はあくまで『本』だ。 どれほど優れた体術を身につけていようがそれを振るう肉体がない。どんな強力な魔法を習得していようとそれを行使することは出来ない。 結局『本』は、ルイズにモッカニアの生涯分の知識を与えてはくれたが、使い魔として役に立つということはありえない。 「全く、もう! 生きたモッカニアが来てくれたら間違いなく最強の使い魔だったのに!」 モッカニアの魔法。恐ろしいと言うよりもおぞましいと言ったほうがよいだろう。 少なくとも、建物や洞窟など閉じられた空間でモッカニアに敵うような存在はハルケギニアにはいないのではないか? モッカニアが今この場にいたとして、全力でその魔力を開放したら…。学院に住む全ての生き物が夜が明けるのを待たずに骨だけになってるだろう。いや、骨も残らない。 「生きてるモッカニアが来てくれたら! そしたら……」 そしたら? そしたらどうなっていただろう? そしたら自分はどうしただろうか? ルイズは部屋の片隅に目を向ける。そこには場違いな藁の山がある。 もしも部屋に置いておけるようなサイズの使い魔を召喚したら、その寝床にしようと思い用意しておいたものだ。 ただの平民にしか見えない男が召喚されて、その平民のためにきちんとした寝床を用意してやるだろうか? モッカニアに藁の上で寝ろと命じ、モッカニアを怒らせ、モッカニアの魔法の餌食に……。 「そ、そんなこと、あ、ありえないわ! 私がそんな酷いことするわけないじゃない!」 脳裏に浮かんだ自分の姿を振り払うように、首を振るルイズ。 流石にそんなことはしない……と思う。学院に奉職する平民たちと同じぐらいの待遇は与える……んじゃないかな。 しかし相手は異世界から来たのだ。まずまともな会話は成立しないだろう。頭のいかれた平民としか思えないモッカニアに対し、まともな扱いをするだろうか? それどころか、モッカニアの人生の最後の4年間は、ある出来事を契機に実際に心を病んでしまっているのだ。 そんな状態のモッカニアを自分はどう扱うのだろうか? 「見た目が平民なのよね……。それが問題よね。一目見てすぐ有能だって判ればちゃんとした待遇を用意するのに……」 そう言うとルイズは、ふと何かに気がついたかのように硬直した。 しばしの硬直の後、ベッドに倒れるように寝転がる。 そして布団に顔を押し付け、 「あは、あははあは…あは…」 乾ききった笑いがルイズの口から漏れる。 「な、何を言ってるのかしら、私。自分が、ゼ、ゼロ、ゼロのくせに、の、能力があれば、まともに扱ってやるだなんて、どれだけ、は、恥知らずなのよ……」 ルイズは暫く布団に顔を沈めた体勢のまま動かずにいた。 時々しゃくりあげるような声が聞こえてきたが、暫くするとその音も消えた。 「…………」 布団から顔を上げると、うつろな目で部屋の一点を見るとはなく見つめていたが、 「今日はいろいろありすぎて疲れてるから、変なことばかり考えてしまうのね。早く寝ましょう」 そう自分に言い聞かせるように呟くと、着替えもせずに布団にもぐりこんだ。 指を鳴らし、部屋の明かりを消す。 早く眠りに落ちてしまおうと目を閉じるが、やはりいろいろなことが胸に去来し、なかなか眠れそうにない。 暗闇の中ぼんやりと天井を見つめる。 (もし、もっと早く召喚の儀式をしてれば、モッカニアは死ななくて済んだのかしら……) ふと、そんなことが頭をよぎったが、 (それこそ考えるだけ無駄ね。昨日死んだのか、千年前に死んだのか。知りようがないもの。そんなことより早く眠らなきゃ……) 思い直すと、きつく目を閉じ、今度こそ眠りに落ちていった。 その夜、ルイズはモッカニアの夢を見た。 前ページ次ページ虚無の魔術師と黒蟻の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/9487.html
前ページ次ページルイズと無重力巫女さん それは時を遡って、丁度二日前の夕方に起こった出来事である。 場所は丁度ブルドンネ街の中央から、やや西へ行ったところにある大通りを兄のトーマスと一緒に歩いてた時らしい。 陽が暮れるにつれて次々と閉まっていく通りの店を横切りながら彼女――妹のリィリアは兄から今日の゛成果゛を聞いていたのだという。 「今日は中々の大漁だったぜ。まっさか丁度上手い具合に道が封鎖してたもんだよなぁ~?理由は知らないけど」 「それでその袋いっぱいの金貨が手に入ったの?凄いじゃない!」 リィリアはそう言って兄を褒めつつ、彼が右手に持っている音なの握り拳程の大きさのある麻袋へと目を向ける。 袋は丸く膨らんでおり、中に入っている金貨のせいで表面はゴツゴツとした歪な形になっていた。 何でも急な封鎖で立ち往生していた下級貴族から盗んだらしく、銀貨や新金貨がそこそこ入っているらしい。 兄が盗んだ時、リィリアは危険だからという理由で゛隠れ家゛にいた為彼がどこにいたのかまでは知らない。 とはいえ妹として……唯一残っている家族の身を案じてかどこで盗んだのか聞いてみることにした。 「でもお兄ちゃん、道が封鎖してたって言ってたけど……一体どこまで行ってきたの?」 「チクントネの劇場前さ。あそこは夕方になったら金持った平民がわんさか夜間公演の劇を見に集まってくるしな」 「え?チクトンネって、この前変な女の人たちに追われてた場所なのに……お兄ちゃんまたそこへ行ったの!?」 トーマスの口から出た場所の名前を聞いたリィリアは、数日前に見知らぬ女の人から財布を盗んだ時のことを思い出してしまう。 あの時は手馴れていた兄とは違い初めて人の財布を盗んだせいか、危うく捕まりそうになってしまった苦い経験がある。 最後は偶然にも兄と合流し、自分を追いかけていた女の人と兄を追いかけていた空飛ぶ女の子が空中で激突し、何とか撒く事ができた。 しかし゛隠れ家゛に戻った後に待っていたのは大好きな兄トーマスからの称賛……ではなく、説教であった。 以前から「お前は俺のような汚れ事に手を突っ込むなよ?」と釘を刺されていた分、その説教は中々に苛烈であった事は今でも思い出せる。 その日の夜はゴミ捨て場で拾った枕を濡らした事を思い出しつつ、リィリアは兄に詰め寄った。 「お兄ちゃん、昨日ブルドンネ街で大金持ってた女の子の仲間に追われたって言ってたのに、どうしてまたそんな危ない場所に行くのよ!」 「だ……だってしょうがないだろ!王都は他の所よりも盗みやすいんだ、稼げる時に稼いでおかないと……」 年下にも関わらず自分に対してはやけに気丈になれるリィリアに対し、トーマスは少し戸惑いながらもそう言葉を返す。 それに対してリ彼女は「呆れた」と呟くと、兄に詰め寄ったまま更に言葉を続けていく。 「その女の子たちが持ってた三千エキューもあれば、十分なんじゃないの!?」 「お前はまだ子供だから分かんないかも知れないけどさ、お金ってあればある程生きていくうえで便利なんだぜ?」 開き直っているとも取れる兄の言葉に、リィリアはムスッとした表情を兄へと向けるほかなくなる。 卑しい笑みを浮かべて笑う兄の顔は、かつて領地持ちの貴族の家に生まれた子どもとは思えない。 しかしそれを咎めることも、ましてや魔法学院にも行ってない自分にはそれを改めよと説教できる資格はないのだ。 自分が丁度物心ついた時に両親が領地の経営難と多額の借金で首を吊って以来、兄トーマスは自分を守ってきてくれた。 両親の親族によって領地から追い出され、当てもない旅へ出た時に兄は自分の我儘を嫌な顔一つせず聞いてくれたのである。 お腹が減ったといえば農家の百姓に頭を下げてパンを貰い、山中で喉が渇いたと喚けば自分の手を引いて川を探してくれた。 そして今は自分たちが大人になった時の生活費を゛稼ぐ゛為に、わざわざ盗みを働いてまで頑張ってくれているのだ。 自分は――リィリアはまだ子供であったが、兄のしていることがどんなにダメな事なのか……それは自分が財布を盗んだ女の人が教えてくれた。 しかし、だからといって兄の行いを妹である自分が正す事などできるはずもない。 いくらそれが悪い事だからといっても、これで自分たちは糧を得てきたのである。今更それをやめて生きていく事など難しすぎる。 ここに来る道中行く先々で色んな人たちから冷遇を受けてきたのだ。やはり兄の言う通り、大人は信用できないのかもしれない。 自分たちの事など何も知らない大人たちはみな一様に笑顔を浮かべ、上っ面だけ笑顔を浮かべて可哀そうだ可哀そうだと言ってくる。 兄はそんな大人たちから自分を守りつつ、遥々王都まで来た兄は言った。――ここで俺たちが平和に暮らしていけるだけの金を稼ぐんだ。 得意げな表情でそんな事を言っていた兄の後姿は、それまで読んだ事のある絵本の中の騎士よりも格好良かったのは覚えている。 結局、することはいつもの盗みであったがそれでも他の都市と比べれば倍のお金を手に入れる事ができた。 懐が暖かくなった兄は余裕ができたのか、屋台で売られているようなチープな料理を持って帰ってきてくれるようになった。 持ち帰り用の薄い木の箱に入っている料理は様々で、サンドウィッチの時もあればスペアリブに、魚料理だったりスモークチキンだったりと種類様々。 王都の屋台は色んな料理が売られているらしく、また味が濃いおかげで少量でもお腹はとても満足した。 偶に安売りされてたらしい菓子パンやジュースも持って帰ってきてくれたので、王都での生活はすごく充実していた。 本当ならここに住めばいいのだが、兄としてはもっともっとお金を稼いだ後でここから遠く離れた場所へ家を建てて暮らすつもりなのだという。 「ドーヴィルの郊外かド・オルニエールのどこかに土地でも買って、そこで小さな家を建てて……小さな畑も作ってお前と一緒に暮らすんだ。 貴族としてはもう生きていけないと思うけど、何……魔法が使えれば地元の人たちが便利屋代わりに仕事を持ってきてくれるだろうさ」 そう言って自分の夢を語る兄の姿は、いつも陰気だった事は幼い自分でも何となく理解する事はできた。 今思えば、きっと兄自身も自分のしている事が後々――それが遠いか近いかは別にして――返ってくるであろうと理解していたに違いない。 それでもリィリアは応援するしかないのだ。自分の為に手を汚してまで幸せをつかみ取ろうとしている、最愛の兄の事を。 ……しかし、そんな時なのであった。そんな兄妹の身にこれまでしてきた事への――当然の報いが襲い掛かってきたのは。 「全くもう!ここで捕まったらお兄ちゃんの幸せは無くなっちゃうんだから気を付けないと!」 「分かってるって――…って、お?あれは……――」 通りから横へ逸れる道を通り、そのまま隠れ家のある場所へと行こうとした矢先、トーマスの足がピタリと止まったのに気が付いた。 何事かと思ったリィリアが後ろを振り返ると、そこにはうまいこと上半身だけを路地から出した兄の姿が見える。 一体どうしたのかと訝しんだ彼女は踵を返し、彼の傍へ近寄ると同じように身を乗り出してみた。 「どうしたのよお兄ちゃん?」 「リィリア……あれ、見てみろよ。ここから見て丁度斜め上の向かい側にある総菜屋の入り口だ」 兄の指さす先に視線を合わせると、確かに彼の言う通り少し大きめの総菜屋があった。 幾つもある出来合いの料理を量り売りするこの店は今が稼ぎ時なのか、仕事帰りの平民や下級貴族でごった返している。 その入り口、トーマスの人差し指が向けられているその店の入り口に、何やら大きめの旅行カバンが置かれていた。 「旅行カバン……?どうしてあんな所に?」 「さぁな。多分何処かの旅行客が平和ボケして地面に直置きしてるんだろうが……チャンスかも?」 「え?チャンスって……ちょ、ちょっとお兄ちゃん!?」 トーマスの口から出た゛チャンス゛という単語にリィリアが首を傾げそうになった所で、彼女は兄のしようとしている事を理解した。 妹がいかにもな感じで置かれている旅行カバンを訝しむのを他所に、懐から杖を取り出したのである。 「お兄ちゃん、ダメだよあのカバンは!あんなの変だよ、こんな街中でカバンだけ放置されてるなんて絶対変だって……!」 「大丈夫だって、安心しろよ。この距離と通りの混み具合なら、上手くやれる筈さ」 妹の静止を他所に兄は呪文を唱えようとした所でふと何かを思い出したかのように、妹の方へと顔を向けて言った。 「リィリア、もうちょっと奥まで行って隠れてろ。もしも俺が何か叫んだ時は、形振り構わずその場から逃げるんだぞ」 「お兄ちゃん!」 「大丈夫、もしもの時だよ。……今夜はこれでお終いにするさ、何せお前と俺の将来が掛かってるんだからな」 この期に及んでまだ稼ぎ足りないと言いたげな兄の欲深さに、リィリアは呆れる他なかった。 それでも彼が自分の為を思ってしてくれていると理解していた為、言うことをきくほかない。 「もう……」とため息交じりに言う妹がそのまま暗い路地の奥へと隠れたのを確認した後、トーマスは詠唱した後に杖を振る。 するとどうだ、トーマスの掛けた魔法『レビテーション』の効果を受けた旅行カバンが、一人でに動き出した。 最初こそ少しずつ、少しずつ動いていたカバンはやがてその速度を上げ始め、一気に彼のいる横道へと向かっていく。 ずるずる、ずるずる……!と音を立てて地面を移動するカバンに通りを行く人の内何人かが目を向けたが、すぐに人込みに紛れてしまう。 通行人の足にぶつからないよう上手くコントロールしつつ、尚且つ気づかれないようなるべく速度を上げて引き寄せる。 そうして幾人もの目から逃れて、旅行カバンは無事トーマスの手元へとやってきたのである。 「よし、やったぜ」 軽いガッツポーズをしたトーマスは、そのままカバンの取っ手を掴むと妹が入っていた暗い路地の奥へと入っていく。 流石に今いる場所で盗んだカバンを開けられないため、少し離れた場所で開ける事にしたのだ。 そして歩いて五分と経たぬ先にある少し道幅のある裏路地にて、二人は思わぬ戦果の確認をする事となった。 「お兄ちゃん、そろそろ開きそう?」 「待ってろ。後はここのカギを……良し、開いた」 防犯の為か二つも付いていたカバンの鍵を、トーマスは手早く『アンロック』の魔法で解錠してみせる。 小気味の良い音と共に鍵の開いたそれをスッと開けると、まず目に入ってきたのは数々の衣服であった。 どうやら本当に旅行者のカバンだったようだ、王都の人間ならばわざわざ自分の街でこれだけの服は持ち歩かないだろう。 トーマスとリィリアは互いに目配せをした後、急いで幾つもの服をカバンから出し始める。 この服を売りさばく……という手もあるが物によって値段の高低差があり過ぎるうえ、選別する時間ももどかしい。 だから二人がこの手の大きな荷物を盗んでから最初にする事は、金目のものが入っているかどうかの確認であった。 「おいリィリア、見ろ。見つけたぞ!」 カバンを物色し始めてから数分後、先に声を上げたのはトーマスの方であった。 彼はカバンの中に緯線を向けていた妹に声を掛けると、服の下に隠れていた小さめの革袋を自慢気に持ち上げて見せる。 そして二度、三度揺すってみるとその中から聞こえてくるジャラジャラ……という音を、リィリアもはっきりと聞き取ることができた。 何度も聞き慣れてはいるが耳にする度に元気が湧いてくる音に、妹は自身の顔に喜びの色を浮かべて見せる。 「凄い、まさか本当にあっただなんて……」 喜ぶと同時に驚いている彼女に「そうだろう」と胸を張りつつ、トーマスは袋の口を縛る紐を解く。 二人の想像通り、袋の中から出てきたのはここハルケギニアで最も普及しているであろうエキュー金貨であった。 少なくとも五十エキューぐらいはあるだろうか、旅行者が何かあった時の為に用意しているお金としては十分な額だろう。 「小遣い程度にしかならないけど……今夜はお前と一緒に美味しいものが食えそうだな」 「もう、お兄ちゃんったら」 思いもよらないボーナスタイムで気を良くする兄に、リィリアは呆れつつもその顔には笑顔が浮かんでしまう。 リィリアは兄の言葉に今から舌鼓を打ち、トーマスは妹の為に今日は安い食堂にでも足を運ぼうかと考えた時――その声は後ろから聞こえてきた。 「あー君たち、ちょっと良いかな?」 「……ッ!」 背後――それも一メイル程の真後ろから聞こえてきたのは、若い男性の声。 二人が目を見開くと同時にトーマスはバッと振り返り、妹をその背に隠して声の主と向き合う形となった。 そこにいたのは二十代後半であろうか、いかにも優男といった風貌の青年が立っていたのである。 青年は前髪を左手の指で弄りつつも、野良猫のように警戒している二人を見て気まずそうに話しかけてきた。 「……あ~、そう警戒しないでくれるかな?ちょっと聞きたいことがあるだけだから」 青年の言葉に対して二人は警戒を解かず、いつでも逃げ出せるように身構えている。 特にトーマスは、気配を出さずにここまで近づいてきた青年が『ただの平民ではない』という認識を抱いていた。 「何だよおっさん?俺らに聞きたい事って……」 「おっさんて……僕はまだ二十四歳なんだが、あぁまぁいいや。……いやなに、本当に聞きたい事が一つあるだけだからね」 警戒し続けるトーマスのおっさん呼ばわりに困惑しつつも、彼はその゛聞きたい事゛を二人に向けて話し始めた。 「実はさっき、僕が足元に置いていた筈の荷物が消えてしまってね。探していた所なんだよ……あ、失くした場所はここから近くにある総菜屋の入り口ね? それでね、適当な人何人かに聞いてみたら路地の中に一人でに入っていった聞いて慌てて後を追ってきたんだが……君たち、知らないかい?」 男は優しく、警戒し続ける二人を安心させようという努力が垣間見える口調で、今の二人が聞かれたくなかった事を遠慮なく聞いてきた。 リィリアはその手で掴んでいる兄の服をギュッと握りしめつつもその顔を真っ青にし、トーマスの額には幾つもの冷や汗を浮かんでいる。 彼の言う通り自分たちはその荷物とやらの行方を知っている。いや、知りすぎていると言っても過言ではない。 何せ彼が探しているであろう荷物は、先ほどトーマス自身が魔法で手繰り寄せて盗み取ったのであるから。 つい先ほどまで有頂天だったのが一変し、窮地に追い込まれた兄妹はこの場をどう切り抜けようか思案しようとする。 だがそれを察してか、はたまた彼らがクロだと踏んだのか男は彼らの後ろにあったカバンを見て声を上げた。 「ん、あれは君たちの荷物かい?」 「へ?あ、あぁ……そうだよ」 てっきりバレたのかと思っていたトーマスはしかし、男の口から出た言葉に目を丸くしてしまう。 どうやら男はこんな場所に置かれていたカバンと自分たちを見て、それが自分の荷物だと思わなかったらしい。 よく言えば重度のお人好しで、悪く言えば単なるバカとしか言いようがない。 きっと自分たちがまだ子供だから、盗みなんてするはずが無い…思っているのかもしれない。 もしすればこのまま上手く誤魔化せるのではないかと思ったトーマスであったが……――世の中、そう甘くはなかった。 「そうか、そのカバンは君たちの物なのか~……ふ~ん、そうかぁ~」 トーマスの言葉を聞いた男はそんな事を一人呟きつつ、懐を漁りながら二人のそばへと近寄りだした。 更に距離を詰めようとしてくる男に二人は一歩、二歩と後退るのだが、男の足の方が速い。 兄妹のすぐ傍で足を止めた男はその場で中腰になると、懐を漁っていた手でバッと何かを取り出して見せる。 それは一見すれば極薄の手帳のようだが、よく見るとそれが身分証明書の類である事が分かった。 表紙には大きくクルデンホルフ大公国の国旗が描かれており、その下にはガリア語で゛身分証明゛と書かれている。 男はそれを開くとスッと兄妹の前に開いたページを見せつけながら、笑顔を浮かべつつ唐突な自己紹介を始めた。 「自己紹介がまだだったね。僕の名前はダグラス、ダグラス・ウィンターって言うんだ。まぁ詰まるところ、旅行者ってヤツさ」 「……そ、それがどうしたってんだよ?俺たちと何の関係が……」 「――君。その鞄の右上、そこに小さく彫られてる名前を確認してみると良いよ」 自分の反論を遮る彼の言葉に、トーマスの体はピクリと震えた。 リィリアもビクンッと反応し、相も変わらずニヤニヤと笑う男の様子をうかがっている。 対する男――ダグラスはニコニコしつつも兄妹の後ろにあるカバンを指さして、「ほら、確認して」と言ってくる。 仕方なくトーマスはゆっくりと、自分の服にしがみついている妹ごと後ろを振り返り、カバンを確認した。 丁度都合よく閉まっていたカバンの外側右上に、確かに小さく誰かの名前が彫られている事に気が付いた。 最初はだれの名前がわからなかったかトーマスであったが、目を凝らさずともその名前が誰の名前なのかすぐに分かった。 ――ダグラス・ウィンター 血の気が引くとはこういう事を言うのか、二人してその顔は一気に真っ青に染まっていく。 「ね?その名前、実は俺が彫ったんだよ。いやぁ、中々の手作業だったんだ」 心ここにあらずという二人の背中に、聞いてもいないというのにダグラスは一人暢気にしゃべっている。 しかしその目は笑っていない。口の動きや喋り方、表情に身振り手振りで笑っている風に装っているが、目だけは笑ってないのだ。 限界まで細めた目で無防備に背中を見せるとトーマスと、警戒しているリィリアが次にどう動くのかを窺っている。 無論トーマスとリィリアの兄妹もダグラスの冷たい視線に気が付いており、動くに動けない状態となっていた。 トーマスは咄嗟に考える。どうする?今すぐ妹の手を取ってここからダッシュで逃げるべきか? 既に自分たちが盗人だとバレてしまっている以上、どうあっても誤魔化しが効かないのは事実だ。 ならば未だ狼狽えている妹の手を無理やりにでも取って、脱兎の如く逃げ出すのが一番だろう。 幸いこの路地は程よく道が幾つにも分かれており、上手くいけば彼――ダグラスを撒ける可能性はある。 これまで足の速さと運動神経の良さのおかげで、バレたときにはうまく逃げ切れていたし、何より魔法も使える。 今回も大きなミスをしなければ、背後にいる得体の知れない観光客から逃れることなど造作もないだろう。 (唯一の不安材料は妹だけど……けれど、今更置いて逃げる事なんかできるかよ) 盗みがバレたせいで未だ目を白黒させているリィリアを一瞥しつつ、トーマスは自身の右手をベルトに差している杖へと伸ばす。 同時に左手をそっと妹の方へと動かして、胸元で握り締めている両手を取ろうとした――その時であった。 ふと目の前、暗くなった路地の曲がり角から突如、自分たちよりも二回りほど大きい褐色肌の男が姿を現したのである。 突然の事にトーマスは慌てて両手の動きを止めて、リィリアは突如現れた大男を見て「……ひっ」と小さな悲鳴を上げてしまう。 男はダグラスよりもずっと屈強な体つきをしており、いかにも日頃から鍛えていますと言わんばかりのガタイをしている。 筋肉男――マッチョマンと呼ぶに相応しいほど鍛えられた肉体を、彼は持っているのだ そんな突然現れたマッチョマンを前に二人が驚いて動けない中、その男はスッと視線を横へ向け、ダグラスと顔を合わせてしまう。 そしてダグラスに気が付いた瞬間、男はパッと顔を輝かせると面白いものを見たと言いたげな声で彼に話しかけたのである。 「ん……おぉ、いたいた!おぉいダグラス!盗人はもう見つけたのか?」 「やぁマイク。ようやっと見つけたよ。まさか僕のカバンを盗むなんてね、大した泥棒さんたちだよ」 「ん?あぁ、このガキどもが犯人ってワケか!はっはっは!まさかお前さんともあろう男が、こんなチビ共に盗まれるとはな!」 「よせよ、まさか本当に盗まれるだなんて思ってなかったんだからさぁ」 まるで一、二ヵ月ぶりに顔を合わせた親友の様に話しかけてくる褐色肌の男――マイクに対して、タグラスも同じような言葉を返す。 そのやり取りを見てトーマスは更なる絶望に叩き落される。何ということだろう、自分は何と愚かな事をしてしまったのだと。 冷静に考えれば確かにあのカバンは怪しかった。景気よく稼いだせいですっかり調子に乗っていた自分は、その怪しさに気づけなかった。 その結果がこれである。自分だけではなく妹のリィリアをも危険に晒してしまっているのだ。 妹を危険に晒してしまった。……その事実がトーマスに突発的な行動を起こさせきっかけになったかどうかは分からない。 ただ愛する妹を、唯一残った肉親をせめてここから逃がそうとして、小さな頭で素早く考えを巡らせ結果かもしれない。 「……ッ!うわぁあぁあぁッ!」 「お兄ちゃん!?」 「うぉッ!?何だ、この……離せッ!」 トーマスは自分たちの目の前で景気よく笑うマイクに向かって、精一杯の突進をかましたのである。 無論自分よりも倍の身長を持つマイクにとっては、突然見ず知らずの子供が叫び声をあげて両脚を掴んできた風にしか見えない。 しかし、大の男二人に至近距離まで近づかれた状態では、これが最善の方法なのかもしれない。 ここまで近づかれては杖を取り出してもすぐに取り上げられ、最悪二人揃って捕まる可能性の方が高い。 ならば小さな頭で今考えられる最善の方法を、一秒でも早く実行に移す他なかった。 「走れリィリア!ここから急いで逃げるんだッ!」 「え……え?でも、」 「俺に構うな!さっさと逃げろォッ!」 「……ッ!」 兄の突然の行動に体が硬直していたリィリアは、彼の叫びを聞いて飛び跳ねるかのように走り出す。 大男とその足を必死に掴む兄の横を通り過ぎ、暗闇広がる路地をただただ黙って疾走する。 「あっ!お、おいきみ――って、うぉ!?」 後ろからダグラスの制止する声が聞こえたが、それは途中で小さな叫び声へと変わる。 五メイルほど走ったところで足を止めて振り返ると、トーマスは器用にも足を出して彼を転ばせたのだ。 哀れその足に引っかかってしまったダグラスは道の端に置いてあったゴミ箱に後頭部ぶつけたのか、頭を押さえてうずくまっている。 ここまでした以上、何をされるか分からぬ兄の身を案じてか、リィリアは「お兄ちゃん!」と声を上げてしまう。 それに気づいてか、顔だけを彼女の方へ向けたトーマスは必至そうな表情で叫ぶ。 「バカッ!止まるんじゃない!早く、早く遠くへ――……っあ!」 「この、野郎ッ!」 トーマスが目を離したのをチャンスと見たのか、マイクはものすごい勢いで拳を振り上げる。 振り上げた直後の罵声に気づき、彼が視線を戻したと同時にそれが振り下ろされ、リィリアは再び走り出した。 直後、鈍く重い音と子供の悲鳴が路地裏に響き渡ったのを聞きながら、リィリアは振り返る事をせずに走り続ける。 いや、振り返る事ができなかった。というべきであろうか、背後で起きている事態を直視する勇気は、彼女に無かったのだ。 涙をこぼしながらただひたすらに路地裏を走る彼女の耳に聞こえてくるは、何かを殴りつける鈍い音と、マイクの怒声。 「このガキめ、大人を舐めるな!」 まるでこれまでの自分たちの行動が絶対的な悪なのだと思わせるかのような、威圧的な言葉。 それが深く、脳内に突き刺さったままの状態でリィリアは路地裏を駆け抜け、夜の王都へとその姿を消したのである。 「最初に言ったけど、もう一度言うわ。自業自得よ」 リィリアから長い話を聞き終えた後、霊夢は情け容赦ない一言を彼女へと叩きつけた。 それを面と向かって言われたリィリアは何か言い返そうとしたものの、霊夢の表情を見て黙ってしまう。 ムッと怒りの表情とそのジト目を見てしまえば、彼女ほどの小さな子供ならば口にすべき言葉を失ってしまうだろう。 威圧感――とでも言うべきなのであろうか、気弱な人間ならば間違いなく沈黙を保ち続けるに違いない。 そんな霊夢を恐ろし気に見つめていたリィリアの耳に、今度は背後にいる別の少女が声を上げた。 「まぁ霊夢の言う通りよね。少なくともアンタとアンタのお兄さんは被害者だけど、被害者ヅラして良い身分じゃないもの」 彼女の言葉にリィリアは背後を振り返り、ベンチに腰を下ろして自分を見下ろしている桃色髪の少女――ルイズを見やる。 最初、リィリアはその言葉の意味がイマイチ分からなかったのか、ついルイズにその事を聞いてしまった。 「それって、どういう……」 「そのままの意味よ。散々人の金盗んでおいて、一回シバかれただけで白旗を上げるなんて、都合が良すぎなの」 「でも……あぅ」 ふつふつと湧いてくる怒りを抑えつつ、冷静な表情のまま相手に言い放つルイズの表情は冷たい。 眩い木漏れ日が綺麗な夏の公園の中にいるにも関わらず、彼女の周囲だけまるで凍てつく冬のようである。 もしもここに彼女の身内や知り合いがいたのならば、きっと彼女の母親と瓜二つだと言っていたに違いない。 その表情を見てしまったリィリアはまたもや何も言い返せず、黙ってしまう。 ほんの十秒ほどの沈黙の後、リィリアはふとこの場にいる三人目の女性――ハクレイへと目を向ける。 彼女もまた財布を盗まれた被害者であり、さらに言えばそれを盗んだのが自分だったという事か。 普通に考えれば助けてくれる可能性など万一つ無いのだが、それでも少女は救いの目でルイズの横に立つ彼女へと視線を送った。 ハクレイはというと、カトレアから貰ったお金を盗んだ少女が見せる救いの眼差しに、どう対応すれば良いのかわからないでいる。 睨み返すことはおろか、視線を逸らす事さえできず、どんな言葉を返したら良いのか知らないままただ困惑した表情を浮かべるのみ。 そんな彼女に釘を刺すかのように、ルイズと霊夢の二人も目を細めてハクレイを睨みつけてくる。 ――同情や安請負いするなよ?そう言いたげな視線にハクレイは何も言えずにいた。 (やっぱり、カトレアを連れてくるべきだったかしら?) 自分一人ではどう動けばいいか分からぬ中、彼女は自分の選択が間違っていたのではないかと思わざる得なかった。 それは時を遡る事三十分前。丁度霊夢とハクレイの二人が互いの目的の為に街中で別れようとしていた時であった。 色々一悶着があったものの、ひとまず丁度良い感じで別れようとした直前に、あの少女が彼女たちの前に姿を現したのである。 ――今まで盗んだお金を返すから、兄を助けてほしい。そう言ってきた少女は、あっという間に霊夢に捕まえられてしまった。 ハクレイとデルフが制止する間もなく捕まえられた彼女は悲鳴を上げるが、霊夢はそれを気にする事無く勝ったと言わんばかりの笑みを浮かべていた。 「は、離して!」 「わざわざ姿を現してくれるなんて嬉しい事してくれるわね?……もしかして今日の私の運勢って良かったのかしら?」 いつの間にか後ろへ回り込み、猫を掴むようにしてリィリアの服の襟を力強く掴んだ彼女は、得意げにそんな事を言っていた。 そして間髪いれずに路地裏へと連れ込むと、襟を掴んだままの状態で彼女への「取り調べ」を始めたのである。 「早速聞きたいんだけど、アンタのお兄さんが何処にお金を隠したのか教えてくれないかしら?」 「だ、だからお金は返すから……先にお兄ちゃんを!」 「あれ、聞いてなかった?私はお金の隠し場所を教えてもらいたい゛だけ゛なんだけど?」 最早取り調べというより尋問に近い行為であったが、それを気にする程霊夢は優しくない。 ハクレイとデルフが止めに入っていなければ、近隣の住民に通報されていたのは間違いないであろう。 ひとまずハクレイが二人の間に入ったおかげでなんとか場は落ち着き、リィリアの話を聞ける環境が整った。 最初こそ「何を言ってるのか」と思っていた霊夢であったが、その口ぶりと表情から本当にあった事だと察したのだろう、 ひとまず拳骨を一発お見舞いしてやりたい気持ちを抑えつつ、ため息交じりに「分かったわ」と彼女の話を信じてあげる事にした。 その後、姉の所に出向いているであろうルイズにもこの事を報告しておくかと思い。ハクレイに道案内を頼んだのである。 彼女の案内で『風竜の巣穴』へとすんなり入ることのできた霊夢は、ハクレイにルイズを外へ連れてくるように指示を出そうとした。 しかしタイミングが良かったのか、丁度カトレアとの話が済んで帰路につこうとしたルイズ本人とバッタリ出くわしたのである。 「丁度良かったわルイズ。見なさい、ようやっと盗人の片割れを見つけたわ」 「えぇっと、とりあえずアンタを通報すれば良いのかしら?」 「……?何で私を指さしながら言ってるのよ」 そんなやり取りの後、ひとまず近場の公園へと場所を移して――今に至る。 「それにしても、イマイチ私たちに縋る理由ってのが分からないわね」 リィリアから話を聞き終えたルイズは彼女が逃げ出さないよう睨みつつ、その意図を図りかねないでいる。 当然だろう。何せ自分たちが金を盗んだ相手に、兄が暴漢たちに捕まったというだけで助けてほしいと懇願してきたのだから。 本来ならばふざけるなと一蹴された挙句に、衛士の詰所に連れていかれるのがお約束である。 いや、それ以前に衛士の元へ駈け込んで助けて欲しいと頼み込めばいいのではなかろうか? まだ幼いものの、それが分からないといった雰囲気が感じられなかったルイズは、それを疑問に思ったのである。 そして疑問に思ったのならば聞けばいい。ルイズは地面に正座するリィリアへとそのことを問いただしてみることにした。 「ねぇ、一つ聞くけど。どうしてアンタは被害者である私たちに助けを求めたのよ?」 「え?そ……それは…………だから」 突然の質問にリィリアは口を窄めて喋ったせいか、上手く聞き取れない。 霊夢とハクレイも何だ何だと傍へ近寄って来るのを気配で察知しつつ、ルイズはもう一度聞いてみた。 「何?ハッキリ言いなさいな」 「えっと……その、お姉さんたちがあんなに大金を持ってたから……」 「大金……?――――ッァア!」 一瞬何のことかと目を細めてルイズは、すぐにその意味に気づいたのかカッと見開いた瞳をリィリアへと向ける。 限界近くまで見開かれた鳶色のそれを見て少女が「ヒッ」と悲鳴を漏らす事も気にせず、ルイズはズィっとその顔を近づけた。 「も、も、もしかしてアンタ!私たちの三千近いエキュー金貨の場所を、知ってるっていうの!?」 「はいはいその通りだから、落ち着きなさい」 興奮するルイズの肩を掴んでリィリアと離しつつ、霊夢は鼻息荒くする主に自分が先にリィリア聞いた事を伝えていく。 「まぁ要は取り引きってヤツよ。ウソか本当かどうか知らないけど、どうやら兄貴が何処に金を隠しているのか知ってるらしいのよ。 それで私たちから盗んだ分はすべて返すから、代わりに兄貴を助けて……次いで自分たちの事は見逃して欲しいって事らしいわ」 霊夢から話をする間に大分落ち着く事のできたルイズは「成程ね」と言って、すぐに怪訝な表情を浮かべて見せた。 「ちょい待ちなさい。兄を助ける代わりにお金を返すのはまぁ分かるとして、見逃すってのはどういう事よ?」 「アンタが疑問に思ってくれて良かったわ。私もそれを聞いて何都合の良いこと言ってるのかと思ったし」 「少なくともアンタよりかはまともな道徳教育受けてる私に、その言葉は喧嘩売ってない?」 顔は笑っているが半ば喧嘩腰のようなやり取りをしていると、二人の会話に不穏な空気を感じ取ったリィリアが口を挟んでくる。 「お願いします!盗んだお金はそのまま返すから、お兄ちゃんを……」 「まぁ待ちなさい。……少なくともお金を返してくれるっていうのなら、あなたのお兄さんは助けてあげるわ」 逸る少女を手で制止しつつ、ルイズは彼女が持ち掛けてきた取引に対しての答えを返す。 それを聞いてリィリアの表情が明るくなったものの、そこへ不意打ちを掛けるかのようにルイズは「ただし」と言葉を続けていく。 「アンタとアンタのお兄さんを見逃すっていう事はできないわ。事が済んだら一緒に詰所へ行きましょうか」 「え?なんで、どうして……?」 「どうしても何もないわよ。だってアンタたちは盗人なんですから」 二つ目の条件が認められなかった事に対して疑問を感じているリィリアへ、ルイズは容赦ない現実を突きつけた。 今まで見て見ぬ振りを決め込み、目をそらしていた現実を突き決られた少女はその顔に絶望の色が滲み出る。 その顔を見て霊夢はため息をつきつつ、自分たちが都合よく助けてくれると思っていた少女へと更なる追い打ちをかける。 「第一ねぇ、盗んだモノをそっくりそのまま返して許されるなら、この世に窃盗罪何て存在するワケないじゃない」 「で、でも……それは……私とお兄ちゃんが生きていく為で、」 「生きていく為ですって?ここは文明社会よ。子供だからって理由で窃盗が許されるワケが無いじゃない。 アンタ達は私たちと同じ人間で、社会の中で生きていくならば最低限のルールを守る義務ってのがあるのよ。 それが嫌で窃盗を生業とするんなら山の中で山賊にでもなれば良いのよ。ま、たかが子供にそんな事できるワケはないけどね。 第一、散々人々からお金を盗んどいて、いざ身内が仕事しくじって捕まったら泣いて被害者に縋るような半端者なんだし」 的確に、そして容赦なく現実を突きつけてくる博麗の巫女を前にリィリアは目の端に涙を浮かべて、顔を俯かせてしまう。 流石に言いすぎなのではないかと思ったルイズが霊夢に一言申そうかと思った所で、それまで黙っていたデルフが口を開いた。 『おぅおう、鬱憤晴らしと言わんばかりに攻撃してるねぇ』 「何よデルフ、アンタはこの生意気な子供の味方をするっていうの?」 『まぁ落ち着けや、別にそういうワケじゃないよ。……ただ、その子にも色々事情があるだろうって事さ』 「事情ですって?」 突然横やりを入れてきた背中の剣を睨みつつも、霊夢は彼の言うことに首をかしげてしまう。 デルフの言葉にルイズとハクレイ、そしてリィリアも顔を上げたところで、「続けて」と霊夢は彼に続きを言うよう促す。 それに対しデルフも「お安い御用で」と返したのち、彼女の背中に担がれたまま話し始めた。 『まぁオレっち自身、その子と兄さんの素性なんぞ知らないし、知ったとしてもこれまでやってきた所業を正当化できるとは思えんさ。 どんな理由があっても犯罪は犯罪だ。生きていく為明日の為と言いつつも、結局やってる事は他人から金を盗むだけ。 それじゃ弱肉強食の野生動物と何の変りもない、人並みに生きたいのであればもう少しまともな道を探すべきだったと思うね』 てっきり擁護してくれるのかと思いきや、一振りの剣にまで当り前の事を言われてしまい、リィリアは落ち込んでしまう。 何を今更……とルイズと霊夢の二人はため息をつきそうになったが、デルフはそこで『ただし、』と付け加えつつ話を続けていく。 『今のような状況に至るまでにきっと、いや……多分かもしれんがそれならの理由はあっただろうさ。 断定はできんが、オレっち自身の見立てが正しければ、きっとこの子一人だけだったのならば盗みをしようなんざ思わなかった筈だ。 親がいなくなり、帰る家も失くしてしまった時点で近場の教会なり孤児院を頼っていたに違いないさ』 デルフの言葉で彼の言いたい事に気が付いたのか、ハクレイを除く三人がハッとした表情を浮かべる。 霊夢とルイズの二人は思い出す。あの路地裏でアンリエッタからの資金を奪っていった生意気な少年の顔を。 リィリアもまた兄の事を思い浮かべていたのか、冷や汗を流す彼女へとルイズが質問を投げかけた。 「成程、ここまで窃盗で生きてきたのはアンタのお兄さんが原因だったってことね?」 「……!お、お兄ちゃんは私の為を思って……」 「それでやり始めた事が窃盗なら、アンタのお兄さんは底なしのバカって事になるわね」 あれだけの魔法が使えるっていうのに、そんなことを付け加えながらもルイズはため息をつく。 いくら幼いといえども、自分たちに見せたレベルの魔法が使えるのならば子供でも王都で雇ってくれる店はいくらでもあるだろう。 昨今の王都ではそうした位の低い下級貴族たちが少しでも生活費を増やそうと、平民や他の貴族の店で働くケースが増えている。 店側も魔法を使える彼らを重宝しており、今では平民の従業員よりも数が増えつつあるという噂まで耳にしている。 もしも彼女のお兄さんが心を入れ替えて働いていたのならば、きっとこんな事態には陥っていなかったであろう。 「才能の無駄遣いって、きっとアンタのお兄さんにピッタリ合う言葉だと思うわ」 『まぁ非行に走る前に色々とあったってのは予想できるがね。……まぁあまり明るい話じゃないのは明らかだが』 ルイズの言葉にデルフが相槌を入れつつも、リィリアにその話を聞こうと誘導していく。 少女も少女でデルフの言いたいことを理解しているのか、顔を俯かせつつも話そうかどうかと悩んでいる。 どうして自分たちが盗人稼業で生きていく羽目になったのか、その理由の全てを。 少し悩んだ後に決意したのか。スッと顔を上げた彼女は、おずおずとした様子で語り始めた。 両親の死をきっかけに領地を追い出され、兄妹揃って行く当てもない旅を始めた事。 最初こそ行く先にある民家や村で食べ物を恵んでいた兄が、次第に物を盗むようになっていった事。 最初こそ食べ物や毛布だけであったが次第に歯止めが効かなくなり、とうとう人のお金にまで手を出した事。 常日頃口を酸っぱくして「大人は危険」と言っていた為に自分も感化され、次第に兄の行為を喜び始めた事。 ゆく先々で他人の財産を奪い続けていき、とうとう王都にまでたどり着いた事。 そこで兄は大金を稼ぎ、二人で暮らせるだけのお金を手に入れると宣言した事。 そして失敗し、今に至るまでの出来事を話し終えたのは始めてからちょうど三分が経った時であった。 「……なんというか、アンタのお兄さんって色々疑いすぎたのかしらねぇ?」 三人と一本の中で最初に口を開いたルイズの言葉に、リィリアは「どういうことなの?」と返した。 ルイズはその質問に軽いため息をつきつつも座っていたベンチから腰を上げて、懇切丁寧な説明をし始める。 「だって、アンタのお兄さんは大人は危険とか言ってたけど。普通子供だけで盗んだ金で家建てて生きていくなんて無茶も良いところだわ。 それに、普通の大人ならともかく孤児院や教会の戸を叩けたのならきっと中にいたシスターや神父様たちが助けてくれた筈よ?」 ルイズの言葉にリィリアは再び顔を俯かせつつ、小声で「そいつらも危険って言ってたから……と話し始める。 「お兄ちゃんが言ってたもん、大人たちは大丈夫大丈夫って言いながら私たちを引き離してくるに違いないって」 以前兄から教わった事をそのまま口にして出すと、ルイズの横で聞いていた霊夢がため息をつきつつ会話に参加してくる。 「孤児院や教会の人間が?そんなワケないじゃないの、アンタの兄貴は疑心暗鬼に駆られすぎなのよ」 「ぎしん……あんき?」 『つまりは周りの他人を疑い過ぎて、その人達の好意を受け止められないって事だよ』 デルフがさりげなく四文字熟語を教えてくるのを見届けつつ、霊夢はそのまま話を続けていく。 「まぁ何があったのか大体理解できたけど、それで非行に走るんならとことん救いようがないわねぇ きっとここに至るまで色んな人の好意を踏みにじってきて、そのお返しと言わんばかりに金を盗って勝ったつもりになって……、 それで挙句の果てに屁でもないと思っていた被害者にボコられて捕まったんじゃ、誰がどう考えても当然の報いって考えるわよ普通」 肩を竦めてため息をつく彼女の正論に、リィリアはションボりと肩を落として落胆する。 流石の彼女であっても、ここにきてようやく自分たちのしてきた事の重大さを理解したのであろう。 デルフも『まぁ、そうなるな』と霊夢の言葉に同意し、ルイズは何も言わなかったものの表情からして彼女に肯定的であると分かる。 しかしその中で唯一、困惑気味の表情を浮かべてリィリアを見つめる女性がいた。 それは霊夢たちと同じく兄妹……というかリィリアに直接お金を奪われた事のあるハクレイであった。 少女に対し批判的な視線と表情を向けている霊夢とルイズの二人とは対照的に、どんな言葉を出そうか悩んでいるらしい。 確かに彼女とそのお兄さんがした事が許されないという事は、まず変わりはしない。 けれどもルイズたちの様に一方的になじる気にはなれず、結果喋れずにいるのだ。 下手に喋れずけれども止める事もできずにいた彼女であったが、何も考えていなかったワケではない。 幼少期に兄と共に苛酷な環境に身を置かざるを得なくなり、非行に走るしかなかった少女に何を言えばいいのか? そして兄と共に二度とこんな事をしないで欲しいと言わせるにはどうすれば良いのか?それをずっと考えていたのである。 彼女はここに来てようやく口を開こうとしていた。一歩前へと踏み出し、それに気づいた二人と一本からの熱い視線をその身に受けながら。 「?どうしたのよアンタ」 「……あーごめん、今まで黙ってて何だけど喋っていいかしら?」 軽い深呼吸と共に一歩進み出た自分に疑問を感じたルイズへ一言申した後、リィリアの前へと立つハクレイ。 それまで黙っていたハクレイの言葉と、かなりの距離まで近づいてきたその巨躯を見上げる少女は自然と口中の唾を飲み込んでしまう。 何せここにいる四人の中では、最も背の高いのがハクレイなのだ。子供の目線ではあまりにも彼女の背丈は大きく見えるのだ。 唾を飲み込むついで、そのまま一歩二歩と後ずさろうとした所で、ハクレイはその場でスッと膝立ちになって見せる。 するとどうだろう、あれ程まで多が高過ぎて良く見えなかったハクレイの顔が、良く見えるようになったのだ。 「……え?あの」 「人とお話をする時は他の人の顔をよく見ましょう。って言葉、よく聞くでしょう?」 困惑するリィリアに苦笑いしつつもそう言葉を返すと、ハクレイは若干少女の顔を見下ろしつつも話を続けていく。 「私の事、覚えてるでしょう?ホラ、どこかの広場でボーっとしてて貴女に財布を盗まれた事のある……」 霊夢やルイズと比べ、年頃らしい落ち着きのある声で話しかけてくる彼女にはある程度安心感というモノを感じたのだろうか。 それまで緊張の色が見えていた顔が微かに緩くなり、自分と同じくらいの視点で話しかけてくるハクレイにコクコクと頷いて見せた。 「うん、覚えてるよ。だからまず最初にお姉さんに声を掛けたの。だってもう片方は怖かったから……」 「おいコラ。今聞き捨てならない事をサラッと言ってくれたわね?」 自分の方を見つめつつもそんな事を言ってきた少女に、霊夢はすかさず反応する。 それを「やめなさいよ」とルイズが窘めてくれたのを確認しつつ、ハクレイは話を続けていく。 「さっき、貴女のお兄さんを助けてくれたらお金はそっくりそのまま返すって言ってたわよね?」 「……!う、うん。私、お兄ちゃんがどこの盗んだお金を何処に隠しているのを知って……――え?」 食いついた。そう思ったリィリアはパっと顔を輝かせつつ、ハクレイに取り引きを持ち掛けようとする。 しかしそれを察したのか、逸る彼女の眼前に右手の平を出して制止したのだ。 一体どうしたのかと、リィリアだけではなくルイズたちも怪訝な表情を浮かべたのを他所にハクレイはそのまま話を続けていく。 「別にお金の事はもう良いのよ。私がカトレアに貰った分だけなら……あなた達が良いなら渡してあげても良い」 「え?それ……って」 「はぁ?アンタ、この期に及んで何甘っちょろい事言ってるのよ!?」 三人と一本の予想を見事に裏切る言葉に、思わず霊夢がその場で驚いてしまう。 ルイズは何も言わなかったものの目を見開いて驚愕しており、デルフはハクレイの言葉を聞いて興味深そうに刀身を揺らしている。 まぁ無理もないだろう。何せ彼女たちから散々許されないと言われた後での言葉なのだ。 むしろあまりにも優しすぎて、ハクレイにそんな事を言われたリィリア本人が自身の耳を疑ってしまう程であった。 流石に一言か二言文句を言ってやろうかと思った矢先、それを止める者がいた。 『まぁ待てって、そう急かす事は無いさ』 「デルフ?どういう事よ」 突然制止してきたデルフに霊夢は軽く驚きつつも自分の背中にいる剣へと声を掛ける。 『どうやら奴さんも無計画に言ってるワケじゃなそうだし、ここは見守ってやろうや』 何やら面白いものが見れると言いたげなデルフの言葉に、ひとまず霊夢は様子を見てみる事にした。 彼女の後ろにいるルイズも同じ選択を選んだようで、二人してハクレイとリィリアのやり取りを見守り始める。 「え……?お金、くれるの?それで、お兄ちゃんも助けてくれるっていうの……?」 相手の口から出た言葉を未だに信じきれないのか、訝しむ少女に対しハクレイは無言で頷いて見せる。 それが肯定的な頷きだと理解した少女は、信じられないと首を横に振ってしまう。 確かに彼女の思う通りであろう。普通ならば、金を盗まれた相手に対して見せる優しさではない。 盗まれた分のお金は渡し、更には兄まで助けてくれる。……とてもじゃないが、何か裏があるのではないかと疑うべきだろう。 リィリア自身盗んだお金を返すから兄を助けてほしいと常識外れなお願いをしたものの、ハクレイの優しさには流石に異常を感じたらしい。 少し焦りつつも、少女は変に優しすぎるハクレイへとその疑問をぶつけてみる事にした。 「で、でも……そんなのおかしいよ?どうして、そこまで優しくしてくれるなんて……」 「まぁ普通はそう思うわよね。私だって自分で何を言っているのかと思ってるし」 彼女の口からあっさりとそんに言葉が出て、思わずリィリアは「え?」と目を丸くしてしまう。 そして疑問に答えたハクレイはフッと笑いつつ、どういう事なのかと訝しむ少女へ向けて喋りだす。 「私が盗まれた分のお金はそのまま渡して、ついでにお兄さんも助けてあげる。それを異常と感じるのは普通の事よ。 だって世の中そんなに甘くないのは私でも理解できるし、そこの二人が貴女のお願いに呆れ果ててるのも当り前の事なんだし」 優しく微笑みかけながらも、そんな言葉を口にするハクレイへ「なら……」とリィリアは問いかける。 ――ならどうして?最後まで聞かなくとも分かるその言葉に対し、彼女は「簡単な事よ」と言いながら言葉を続けていく。 「あなた達の事を助けたいのよ。……まぁ二人にはそんなのは優しすぎるとか文句言われそうだけどね」 暖かい微笑みと共に口から出た暖かい言葉に、それでもリィリアは怪訝な表情を浮かばせずにはいられない。 何せ自分は彼女に対して財布を盗んだ挙句に魔法を当ててしまったのだ、それなのに彼女は助けたいと言っているのだ。 普通ならば何かウラがあるのではないかと疑うだろう。リィリアはまだ幼かったが、そんな疑心を抱ける程には成長している。 「でも、そんなのおかしいわ?だって、私はお姉ちゃんに対してあんなに酷いことをしたのに……」 疑いの眼差しを向けるリィリアの言葉に対して、ハクレイは「まぁそれは忘れてないけどね?」と言いつつも話を続けていく。 「だから私は今回――この一度だけ、あなた達の手助けをするわ。一人の大人としてね。 あなた達兄妹が泥棒稼業から手を洗って、まともに暮らしていくっていうのなら……今後の為を思ってあなた達に私の――カトレアがくれたお金を託す。 何なら孤児院や、身寄り代わりの教会を探すのだって手伝おうとも考えてるわ。少なくともそこにいる人たちならば、あなた達を助けてくれると思うから」 ハクレイはそう言った後に口を閉ざし、ポカンとしているリィリアへとただ真剣な眼差しを向けて返事を待っている。 少女は彼女の言ったことをまだ完全に信じ切れていないのか、何と言えばいいのか分からずに言葉を詰まらせている。 それを眺めている霊夢は彼女の甘さにため息をつきたくなるのを堪えつつも、最初に言っていた言葉を思い出す。 ――この一度だけ。つまりは、あの兄妹に対して彼女はたった一度のチャンスをあげるつもりなのだろう。 彼女が口にしたようにバカ野郎な兄と共にまともな道を歩み直せる、文字通りの最後のチャンスを。 ルイズもそれを理解したようだったが、何か言いたそうな表情をしているに霊夢と同じことを考えているらしい。 確かに子供といえど犯罪者に対して甘すぎる言葉であったが、犯罪者であるが以前に子供である。 自分と霊夢は少女を犯罪者として、彼女は犯罪者である以前に子供として接しているのだ。 だから二人して甘々なハクレイに何か一言突っついてやりたいという気持ちを抑えつつ、リィリアの答えを待っていた。 そして件の少女は、ハクレイから提示された条件を前に、何と答えれば良いか迷っている最中であった。 今まで兄と共に生きてきて、大事な事を全て決めてきたのは兄であったが、その兄はこの場にいない。 だから自分たち兄妹の事を自分が決めなければいけないのだ。 リィリアは閉まりっぱなしであった重い口をゆっくりと開けて、自分を見守るハクレイへと話しかける。 「本当に……本当に私たちの、味方になってくれるの?」 「アナタがお兄さんと一緒になってこれから真っ当に生きていくというのになら、私はアナタ達の味方になるわ」 少女の口から出た質問に、ハクレイは優しい微笑みと真剣な眼差しを向けてそう返す。 そこには兄の言っている「汚い大人」ではなく、本当に自分たちの事を案じてくれる「一人の大人」がいた。 そして彼女はここにきてようやく思い出す、これまでの短い人生の中で、今の彼女と同じような表情と眼差しを向けてくれた人たちが大勢いたことを。 ある時は通りすがりの旅人に果物やパンを分けてくれた農民、そしてタダ配られるスープ目当てに近づいた教会の人たち。 ここに至るまで通ってきた道中で出会った人々の多くが、自分たちの事を本当に心配してくれていたのだと。 しかし兄は事あるごとに彼らを見て「信用するな」と耳打ちし、その都度必要なものだけを奪って彼らの親切心を踏みにじってきた。 兄は自分よりも成長していた、だからこそ自分たちを領地から追い出した親戚たちの事が忘れられなかったのだろう。 結果的にそれが兄の心に疑心暗鬼を生み出し、他人の善意を踏みにじる原因にもなってしまった。 その事を兄よりも先に理解したリィリアは、目の端から流れ落ちそうになった涙を堪えつつ――ゆっくりと頷いた。 ハクレイはその頷きを見て優しい微笑みを浮かべたまま、そっと左手で少女の頭を撫でようとして――。 「…って、何心温まる物語にしようとしてるのよッ!?」 「え?ちょ……――グェッ!」 二人だけの世界になろうとした所で颯爽と割り込んできた霊夢に、見事な裸絞めを決められてしまった。 あまりに急な攻撃だった為に何の対策もできずに絞められてしまったハクレイは、成すすべもない状態に陥ってしまう。 突然過ぎた為か流れそうになった涙が完全に引っ込んでしまったリィリアは、目を丸くして見つめている。 それに対してルイズは彼女の傍に近寄りつつ、「気にしなくていいわよ」と彼女に話しかけた。 「まぁあんまりにもムシが良すぎるから、ただ単にアイツに八つ当たりしてるだけなのよ」 「え?八つ当たりって……あれどう見ても絞め殺そうとしてるよね?」 「大丈夫なんじゃない?ねぇデルフ、アンタもそう思うでしょう?」 『イヤイヤ、普通は止めろよ!?ってか、そろそろヤバくねぇかアレ?』 霊夢から無理やり手渡されたのであろう、ルイズの言葉に対し彼女の右手に掴まれたデルフが流石に突っ込みを入れる。 確かに彼の言う通りかもしれない。自分より小柄な霊夢に絞められているハクレイはどうしようもできず、今にも落ちてしまいそうだ。 デルフの言う通りそろそろ止めた方がいいのだろうが、正直ルイズも彼女の横っ腹にラリアットをかましたい気分であった。 確かにあの兄妹は犯罪者であるが以前に子供だ、牢屋にぶち込むよりも前に救済をしたいという気持ちは分かる。 しかしだからといってあの時金を盗まれた時の屈辱は忘れていないし、自分たちの他にも大勢の被害者がいるに違いない。 それを考えれば懲役不可避なのだろうが、やはり本心では「まだ子供だから」という気持ちも微かにある。霊夢はあるかどうか知らないが。 ともかくハクレイはその「まだ子供だから」という元で兄妹にチャンスを作り、兄妹の一人であるリィリアはそれを受け入れた。 まだ納得いかない所は多々あるがそれをハクレイにぶつける事で、ルイズと霊夢の二人もそれに了承したのである。 ひとまずは満足したのか、虫の息になった所でようやく解放されたハクレイを放って、霊夢はリィリアと対面していた。 ハクレイと似たような顔をしていながらも、彼女よりも怖い表情を見せる霊夢に狼狽えつつも、少女は彼女からの話を聞いていく。 「じゃあ先にお金は返してもらうとして、アンタのバカお兄さんを助けたらルイズの紹介する教会か孤児院に入る事、いいわね?」 「う、うん……それで、他にも盗まれたお金とか一応……あなた達に渡す、それでいいの?」 「そうよ。アンタたちが他の人たちから盗んだお金は私たちが……まぁ、その。責任もって返すことにするわ」 多少言葉を濁しつつもひとまず条件を確認し終えた所で、今度はルイズが話しかける番となった。 彼女は言葉を濁していた霊夢をジト目で一瞥しつつもリィリアと向き合いは、咳払いした後真剣な表情で喋り始める。 「まぁ私たちはそこで伸びてるハクレイと違ってあなた達に甘くするつもりはないけど、貴女は反省の意思を見せてる。 その貴女がお兄さんを説得できたのならば、私もアナタたちがやり直すための準備くらいはしてあげるわ。 でも忘れないで頂戴。貴族である私の前で約束したのならば、どんな事があっても最後までやり遂げる覚悟が必要だってことを」 わざとらしく腰に差した杖を見せつけつつそう言ったルイズに、リィリアは慎重に頷いた。 その杖が意味することは、たとえ幼少期に親を失い貴族で無くなった彼女にも理解できた。 リィリアの頷きを見てルイズもまた頷き返したところで、彼女は「ところで」と話を続けていく。 「一つ聞きたいんだけど、どうして私たちを頼る前に衛士の所に行かなかったのよ? いくらアンタ達がここで盗みをやってるって情報が出てても、流石に子供が誘拐されたとなると話しくらいは聞いてくれそうなものだけど……」 先ほどから気になっていた事を抱えていたルイズからの質問に、リィリアは少し考える素振りを見せた後に答えた。 「えっとね……実はあの二人を探す前にね、今日の朝に詰め所に行ったの」 「え?もしかして、子供の戯言だとか言われて追い返されたの……?」 人での少なくかつ教育の行き届いていない地方ならともかく、王都の衛士がそんな雑な対応をするのだろうか? そんな疑問を抱いたルイズの言葉に対して、リィリアは首を横に振ってからこう言った。 「うぅん、何か詰め所にいた衛士さんたちが皆凄い忙しそうにしててね。私が声を掛けても「ごめんね、今それどころじゃないんだ」って言われたの」 「忙しい……今それどころじゃない?」 「あぁ、そういえば今日は朝からヤケにばたばたしてたわねアイツら」 何か自分の知らぬ所で大事件が起きたのであろうか?首を傾げた所で霊夢が話に入ってきた。 彼女の言葉にルイズはどういう事かと聞いてみると、朝っぱらから街中で大勢の衛士が動き回っていたのだという。 「何でか知らないけどもう街の至る所に衛士たちがいたり、走り回ってたりしてたのよ。 しかもご丁寧に下水道への道もしっかり見張りがいたから、おかけでやるつもりだった捜索が台無しよ。全く……」 最後は悪態になった霊夢の言葉を半ば聞き流しつつも、ルイズはそうなのと返した後ふと脳裏に不安が過る。 この前の劇場で起こった事件もそうだが、ここ最近の王都では何か良くないことが頻発しているような気がしてならない。 そういう事を体験した身である為、ルイズは尚現在進行中で何か不穏な事が起きている気がしてならなかった。 街中の避暑地に作られた真夏の公園の中で、ルイズは背筋に冷たい何かが走ったのを感じ取る。 その冷たい何かの原因が得体のしれない不穏からきている事に、彼女は言いようのない不安を感じていた。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8922.html
前ページ次ページデュープリズムゼロ 第三十三話『ミントとルイズの家族』 「はぁ~…」 「あの…溜息なんて吐かれてどうかなされたんですかミス・ヴァリエール?」 多くの生徒及び関係者がそれぞれ故郷や実家に帰る魔法学院の夏期休暇も半分が過ぎた。もう二週間もすれば再び学生として勉学と友人関係に奔走する日々が溜息を漏らしたルイズにとっても始まる事になる。 そんなルイズを心配そうな目で見るのは学園に残って仕事に勤しむシエスタだった。夏期休暇が始まると同時にミントと共に何処かに行っていたと思えばつい先日、何やら酷く疲れた様子で戻ってきたルイズ。 中庭で何やら重要そうな羊皮紙の束を手にしたままシエスタが煎れた紅茶を口に運んだと思えばルイズはしばらくその味と香りを吟味した後で眉をしかめたままティーカップを空にした。 「シエスタ。」 「は、はい。」 唐突に呼ばれ、シエスタはドキリとした…傍目から見てルイズのご機嫌は悪いと言える。具体的に言えばそれは何かに悩んでいながらその解決策も分かっているのに現状どうしようも無い状況に置かれて居る様な… 「紅茶、おいしかったわごちそうさま。」 「いえ、そんな…お粗末様です。」 ルイズから掛けられた意外な言葉にシエスタは目を丸くする。学院に勤めて居る以上貴族の子息の世話を長い事しているが紅茶一杯にこんなはっきりとした感想を与えられた事など初めてかも知れない。 そんな事を考えるシエスタを他所にルイズは再び難しそうな表情で書類をめくる…いけない事だと思いながらもついつい視線を向けたシエスタの視界の隅、その書類には王家の刻印が映されていた。 それを見て動揺しているシエスタに気づきながらもそれを気にした様子も無く、ルイズは書類をめくりながら独白気味に呟く… 「つい最近ね、色々あって初めて自分でも紅茶を煎れてみたわ。知識としては正しい紅茶の煎れ方は知ってたけどいざ自分でやってみると全然駄目ね。香りは飛ぶわ味はしないわ…改めて思うけど私達はいつもあんた達に助けられてるのね。感謝してる…」 「そんな…ミス・ヴァリエール…勿体無いお言葉です!」 果たしてこの言葉を聞いたのがマルトーだったらどうなっていた事か…ルイズのそこらの傲慢な貴族ならば絶対にしないであろう発言にシエスタは感激の余り、両手で口元を押さえて両の目を涙で潤ませた。 「シエスタ、ここだけの話、近くトリステインはゲルマニアとの連合軍でアルビオンに攻め入ることになるわ…戦争が始まるの。私が今読んでるこれはね、私とミント…だけじゃ無いでしょうけど私達が調べ上げて姫様が捕らえた裏切り者の売国奴のリストなの。」 と、まるで何でも無い様に言うルイズの言葉にさっきまで感動でむせび泣いていたシエスタが硬直する。とてもじゃないが一平民のメイド風情が耳にしていい話では無い。 「いくらメイジとしての才に恵まれようと、いくら名門の家柄に生まれようと貴族にもどうしようも無い屑がいるものね。そうそう、今言った話はまだ秘密だから誰にも言っちゃあ駄目よ。」 「解りました。あ、あの…ミス・ヴァリエール…この数日にあなたに一体何があったのですか?」 ルイズの発言に戸惑いながらもシエスタは問い掛ける。明らかにここ数日でルイズの身に何か価値観すらひっくり返る様な出来事があったはずなのだ… そのシエスタの問いにルイズはまさかこんな質問をされるとはと、一瞬驚きはしたが余裕を持った微笑を浮かべて答えるのだった… 「別に、何も無いわ。ただミントと一緒にね、平民のおっさんにセクハラされながらお酌して、お皿を洗って、失敗して、怒って、笑って、寝て、食べて、そんな誰でもやってる当たり前の事をちょっとだけ経験してきただけよ…」 ルイズはそう言って思い出し笑いなのか屈託無く笑う…シエスタは困惑気味に首を傾げたがルイズが皮肉気味に「これ以上は平民が知ろうとする様な事じゃないわ。」と言うとハッとした様に慌てて姿勢を正したのだった。 ____ 魅惑の妖精亭を中心とした諜報活動の結果、大勢の貴族の不正の実体やアンリエッタへの評判、戦争への平民視点での意見等々非常に多くの有益な情報をルイズはアンリエッタへと届ける事が出来た。 徴税官の一件でミントには不正を行う貴族を懲らしめてくれる貴族というイメージが定着しているのかその手の情報が勝手に向こうから寄ってくる上、スカロンの情報網は平民関連に関してはこのまま国の機関としてもやっていけるのではと思える程の物だった。 結果として、あくまで知識としてしか知らなかった平民の暮らしを実体験した事はルイズにとっては貴重な経験となっていた。 また、ルイズとミントがそんな事をしている間にアンリエッタは銃士隊を効果的に指揮を執り、また自身を囮にする事で高等法院長リッシュモンという大物の逆賊を捕らえる事に成功していた。 結果として二人の諜報活動とアンリエッタのネズミ狩り作戦の成功から得られた様々な情報を吟味したアンリエッタはアルビオンへの侵攻作戦を行う事を決定した。 ____ 魔法学園 ルイズが丁度午後のティータイムを楽しんでいる時間、魔法学園の正門前に2台の馬車が到着していた。 平民とは思えぬ程、何処に出しても恥ずかしくない立派な身なりをした御者が引く馬車に刻まれているのはヴァリエールの家紋。必然、その馬車に乗っている人物の素性は極限られた物となる。 「…全く…おチビったら夏期休暇になっても帰って来ないどころか連絡も寄越さないだなんて良い度胸してるわ…これはきつ~いお仕置きが必要ね。」 馬車から降り立った女はそう愚痴りながらも長くウェーブの掛かった金髪を掻き上げると久しぶりに訪れた懐かしき学舎を見上げながら不機嫌に厳しく吊り上がった目を細める。 「御者、ルイズを連れて戻りしだい直ぐに真っ直ぐヴァリエール領に向かうわ。出発準備をしておきなさい。」 「は!畏まりました、エレオノール様。」 毅然とした口調での命令を受けて御者は女、ルイズの実の姉であるエレオノールに姿勢を正して答えたのだった。 人が極端に少ない魔法学園の中、しばらくルイズを探してエレオノールがツカツカと石畳の上を歩いているとふとエレオノールは視線の先に一人の少女の姿を発見した。 服装はメイドでは無く中々仕立ての良さそうな、かといってマントを羽織っている訳では無く杖も持っていない。その姿にエレオノールは学園関係の私服の平民なのだろうと当たりを付けて声をかける事にした。 「ちょっと、そこの平民。ルイズ・フランソワーズを探しているんだけど、どこに居るか知らないかしら?」 エレオノールとしてはいつも通り、他人からすれば高圧的な物言いに声を掛けられた少女はキョロキョロと周囲を見回して誰も居ない事を確認するとようやくエレオノールの言う『平民』が自分を指しているのだと認識して少女ミントはエレオノールに向き直る。 「何?ルイズに何か用?あいつならさっきから中庭でお茶してたわよ。あたしも今からルイズの所に行くつもりだったから何なら案内してあげるけど?」 ミントはいつもと変わらぬ態度でエレオノールに数歩歩み寄る。ハルケギニアに来てから平民に間違われた事等もはや数えてすらいないいつものなので今更気になどしない。 エレオノールはミントの気安い態度に露骨に眉を寄せて厳しい視線を無言でぶつける。 まぁ常識的に考えてこの態度、やはり目の前の少女は私服に着替えた学園の生徒だったのだろうとそうエレオノールは結論づけた。平民呼ばわりされた事で怒っているのだろうか、でなければ目上の貴族に対するこの不遜な態度は説明がつかない。 「あなた…ルイズの友達?…まぁ良いわ、折角だから案内して頂戴。」 「オッケ~、じゃあ付いて来て。」 「あ、こらっ待ちなさい!!」 貴族として余りに態度の悪いミントの様子に魔法学園の品位の失墜を感じたエレオノールが額に手を当てていると、そんな事は構う物かとミントが踵を返して走り出した。 エレオノールはしょうが無いので慌ててミントを見失わない様に追いかけるのだった… ____ 魔法学園 中庭 「お~いルイズ~、あんたにお客さんよ~。シエスタ、あたしにも紅茶煎れて頂戴。」 程なくして学園の中庭に辿り着き、ルイズ達を発見してミントはその傍に駆け寄ってシエスタに紅茶を要求する。シエスタもそれを了承し、慣れた手つきで紅茶を煎れるとついでにミントの言うお客さん用にもう一杯を直ぐに注げる様に支度する。 「客?いったい誰なの…げげっ!!!」 ミントの言葉に手にした書簡から視線を起こしたルイズはミントから遅れてこちらに向かってくる人物、エレオノールの姿をみとめて思わず上擦った声を上げる。 エレオノールも同時にルイズの姿を発見したらしく、歩くスピードを一気に上げるとドシドシという効果音が付く様な力強い歩調でルイズ達の元に歩み寄った。 「お久しぶりね、ちびルイズ。実家にも帰って来ずに随分と夏期休暇を堪能しているようね~。」 「エ、エレオノールお姉様……い、痛い痛いれふぅ!!ごめんなしゃいっ!」 久方ぶりの姉妹の再会はエレオノールがルイズの頬を抓り上げ、ルイズがそれに涙目で許しを請うという形で果たされた。 ミントはその二人のやり取りをみてエレオノールが以前ルイズから聞いていた自分の苦手な姉なのだと察し、シエスタは自体が飲み込めずオロオロとしていた。 頬を赤く染め、涙を両目に浮かべるルイズの姿に威厳は既に無く、ついさっきまで名家の有能な貴族然としたカリスマを放っていた筈のルイズの姿が途端に幼い少女の物となる。 そうしてエレオノールはようやくルイズを解放すると相変わらず涙目のルイズに二言三言小言を言うと直ぐに自分がここを訪れた訳を説明したのだった。 エレオノールの話を要約すればルイズはミントを召喚してから一度も実家に顔を見せて居らず、アカデミー勤めのエレオノールが実家に戻るついでにルイズを回収に来たのである。 「さて、それじゃあ正門に馬車を待たせているから早速行くわよ。それとそこのメイド、あなた道中のルイズの身の回りの世話係りとして一緒に来なさい。」 「えぇ!?わたくしがですか?」 突然のエレオノールの命令にシエスタは目を丸くする… 「何かしら?何か文句がおあり?」 「い…いえ、とても光栄です。」 「そう、良い心がけだわ。」 エレオノールの有無を言わせぬ迫力にシエスタは唯納得するしか無い。まぁルイズの身の回りの世話は自身としても願い出たい所ではあったが。 「さて、後は…ルイズ、貴女が春に召喚した使い魔を連れてきなさい。話位には聞いているわ、何でも随分変わった使い魔だそうね。」 終始エレオノールのペースで進められるやり取りの中、遂に使い魔に関する話題が飛び出した事でルイズの身体が緊張でビクリと跳ね上がりそうになる。ルイズが実家に送った手紙では使い魔についてはまさか異国の王女とも言えずあくまで異国のメイジだとしか伝えていない… 家を離れているエレオノールの耳に届いている情報がどんな物かはルイズには分からないが先程の言いぐさからは本当に珍しい使い魔だと言うぐらいしか聞いてはいないのだろう。 「あ、それあたしの事よエレオノール。」 と、ここで黙って一連のやり取りを見つめていたミントは話題がルイズの使い魔の事に移行したので早速エレオノールに名乗り出たのであった。 「なっ!!??」 ____ 街道 「それにしても…突然でしたね。」 「全くよね…それにしてもあのルイズのお姉さん、ルイズに輪を掛けてきつい性格してるわね~、あれは絶対行き遅れるタイプよ。」 ヴァリエール領への街道を行く揺れる馬車の中、肩を竦ませて言ったエレオノールを表するミントの一言にシエスタは吹き出しそうになるがそれを何とか堪えて肩を震わせ顔を赤くする。 結局あの後、自分を呼び捨てにしたミントに対して烈火の如く怒り、怒鳴り散らしたエレオノールは結局そのままの勢いでメイジが召喚される訳は無いという根拠の無い確信からミントを平民だと思い込んだまま学園を発っていた。 エレオノールとルイズ、ミントとシエスタという組み合わせで乗り込む事になった馬車の中でルイズは非常に気まずい心持ちのまま苦手な姉エレオノールの対面で小さくなっていた。 「全く、使い魔への礼儀作法すら仕込めていないだなんてあんたはそれでもヴァリエールの家名を背負う者なの?」 「申し訳ありません。」 最早本能的にエレオノールに逆らえないルイズは項垂れる様にエレオノールに頭を下げる。 (あぁ…今更言える訳が無いわ…ミントが異国の王女で凄腕のメイジだなんて…それにあのお母様は何と仰るか…) 「聞いているのおチビっ!!!」 「ひゃいっ!!申し訳ありません!!」 目の前に迫る切実な大問題にエレオノールの説教を聞き流していたルイズの耳にエレオノールの怒鳴り声が響き、結局ルイズの中で渦巻く問題は一切解決の目処を見せぬまま、馬車はヴァリエール領へと辿り着いたのであった。 ルイズの実家であるヴァリエール領は隣国ゲルマニアとの国境沿いにあり、またヴァリエール家は王家と祖を同じくするトリステインの中でも最高位の名家である。 その本邸ともなればそれは最早立派な屋敷と言うよりは城と言った方が正しい程であった。 「「お帰りなさいませ。エレオノール様、ルイズ様。」」 一行が玄関をくぐりホールへと足を踏み入れるとそこには無数の従者が一切の乱れなく整列し、一斉に頭を垂れてエレオノールとルイズを出迎える。無論、その直ぐ後ろにいたミントとシエスタもそれぞれ客人として長旅の労をねぎらう様に声をかけられたのであるが。 と、そんな使用人の花道の先にある階段から一人の女性がゆっくりとルイズ達の元に近寄ってきているのにミントは気づき自然と視線はその女性へと向く。 「久しぶりですねエレオノール、ルイズ。」 鋭い眼光、厳しく威厳に満ちた中に見え隠れする優しげな声色。この女性こそルイズ達の母親であるカリーヌであった。 「お久しぶりでございます母様。戻るのが遅くなって申し訳ありません。」 言ってルイズは完璧な所作で傅いて母親へと挨拶を返す。ミントからすれば何とも堅苦しい母親との挨拶に久しぶりにここが流石に異世界であると言う事を強く感じる。 「えぇ。長旅で疲れたでしょう?晩餐の時間までゆっくりと休みなさい。…所で後ろのお二方はどなたなのかしら?一人はメイドのようですが?」 カリーヌの視線を受けてルイズが一瞬たじろぎ、シエスタはあまりの緊張に完全に固まってしまっている… かたや、はっきりと視線を交差させたミントはルイズの母カリーヌから凄まじい力の様な物を感じながらも怯むのは癪なので戸惑う事はせずむしろ堂々とした態度をとり続ける。 「紹介致します。このメイドは学園のメイドで普段私の身の回りの世話をよくしてくれているシエスタです。道中の連れ添いの為に連れてきました。」 ルイズはまずシエスタを簡単に紹介した。それに合わせてシエスタも多少ぎこちないながらもスカートの裾をつまみ淑女として恥ずかしくない態度で頭を下げる。 「そして、彼女が私が春の使い魔召喚の儀式で呼び出しました…遙か異国のメイジのミントです。」 緊張でカラカラになった喉から絞り出す様にルイズは母に事実を伝える… 母は昔からルイズへのお仕置きにはその強大な魔力から放たれる圧倒的な風の魔法を使用してきたのだがそれは最早ルイズにとってのトラウマでしかなかった… 一方母カリーヌはそのルイズの言葉に対して驚愕で目を僅かに見開くともう一度堂々とした態度で自分を見上げているミントを見つめ返す。 (成る程…彼女があの噂の…) 「はぁっ!?あなたメイジだったの?杖も持っていない上にマントも纏っていないじゃない!!」 詰め寄るエレオノールの驚愕の声と共に当然ヴァリエールの使用人達の間にも響めきがあがり驚いた様子が覗えた… 「お止めなさいエレオノール、それがヴァリエールの家の人間の振る舞いですか。ミス・ミント、あなたの複雑な事情はわたくしも陛下から公爵を通じ聞き賜っております。」 カリーヌの言葉にルイズとミントは驚いた表情を浮かべた。カリーヌの言い方であればどうやらミントの素性は既に伝え聞いている上でここでは無闇な拡散を防ぐ意図があるようだとミントは判断する。 「えぇ、事情を察してくれているのなら助かるわカリーヌさん。」 ミントは軽くおどけるように言って肩を窄めると微笑んだ。 「ちょっ!?」 同時にルイズはミントの母カリーヌに対しての「さん」付け呼称に肝を冷やす… 「あの、母様ミントは遠い国から来たもので少々礼節がなってないと言うか…何というか…」 「………うっさいわね…」 「ルイズ、それは文化の違い故でしょう?問題ありません…」 カリーヌはミントの砕けた態度に一瞬驚いた様子を見せたが意外にも寛容な反応を示す…が、それは気のせいだった。 「…折角ですからミス・ミントにはこれから数日、わたくしの指導の下、トリステインの貴族としてのマナーを学んで頂きますから。」 微笑んだカリーヌの言葉にミントは純粋な面倒を感じ、ルイズは幼き日々のスパルタ教育のトラウマを想起してしまうのであった… 前ページ次ページデュープリズムゼロ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6528.html
前ページ次ページゼロと損種実験体 ルイズの就寝は遅い。夜遅くまで勉学に励む彼女は、ゆえに一度寝入るとまず目を覚ますことはない。 そんなわけで、朝になって、アプトムに起こされないかぎり目覚めるはずのない彼女は、しかし今回に限って自分の洩らした寝言で目を覚ます。 「いけない人ですわ。子爵さまは……。え? そんな、恥ずかしいですわ。って、あれ? なんでアプトムが出てくるの? って今度は誰? アンタ誰よ?」 何の夢を見てるんだか? とアプトムが見ていると、パチリと眼を開いたルイズと眼が合う。 「あれっ? あれっ? えーと、わたし何か寝言を言ってた?」 「いや、聞いてない」 さらっと嘘をつくアプトムに、ルイズはうーんと頭を捻る。寝言など人に聞かれないにこしたことはないが、さっきまで良い夢を見ていた気がする。それがどんなものだったのか、目覚めと共に忘れてしまったので思い出したいと質問をしてしまっていた。 が、睡眠時間の足りていない彼女は、すぐにまた眠りの世界に旅立つ事になるのだが、その前に、いつも黙って自分に従ってくれているアプトムの姿に、不意にある考えが頭をよぎった。 アプトムは、最初に召喚した時から、故郷に帰ることを望んでおり、ルイズに従っているのも、いつか彼女が彼を帰す魔法を作り出すという約束によるものである。 しかし、よくよく考えてみると、サモン・サーヴァントとは対象の前に召喚のゲートを開く魔法であり、そこを潜るかどうかは、相手の意思に委ねられている。 ならば、彼が召喚されたのは、彼自身の意志によるものではないだろうか? そんな疑問を思い浮かべた彼女は、特に深い考えもなく口に出し、「事故だ」という答えを聞いて納得し、次に起きた時にはそんな質問をしたことも、夢のことも完全に忘却してしまうのであった。 そして、ルイズが寝入ったのを確認して、アプトムは一人考える。 思い出すのは、彼が召喚されたときに融合捕食をしかけた斥候獣化兵。今思えば、ルイズが召喚しようとしていたのは、あの獣化兵であり、彼のゾアノイドはそれに応えてゲートを潜ろうとしていたのではなかったか。つまり自分は、そこに割り込んだ乱入者であり、そのクセ自分を帰せと無理難題を言っているのではないか。 だが、だからといって地球に帰る事をあきらめることは出来ない。彼には自分の生き方を変えることなど出来ないのだから。 まったく、何故今頃になってそんな事を聞いてくるのだとアプトムはルイズを睨みつける。 初めて会ったときに言われたのなら、知ったことかと無視もできたろうに、短くとも共にいた時間のせいで多少なりとも情の移ってしまった今では、気にせずにはいられないではないか。 そんな主従の、どうという事のない出来事があったある夜、一人の女性の元に不審者が現れていた。 女性の名はミス・ロングビル。学院長秘書の立場を持つ女性である。 夜遅くまで起きていた彼女が何をやっていたのかというと、手紙を書いていた。 ミス・ロングビルには、もう一つの名がある。土くれのフーケという盗賊としての名である。彼女がこの学院に勤めるようになったのは、学院の宝物庫にあるマジックアイテムを盗み出すためであり、盗賊としての仕事が終わればすぐにでも出て行くつもりであった。 そして、今回の仕事が終わったら、一度妹の元に帰るつもりであったのだが、その仕事が変な失敗をして帰る機会を逸してしまった。 仕事が失敗した今も彼女が、いつまでもこの学院に留まっていることに特別な理由はない。ただ単に、出て行くきっかけがないからであり、学院長秘書という身分に支給される給料が、仕事の失敗の埋め合わせに充分なものであるという理由からである。 そんなわけで、自分が盗賊などというヤクザな仕事をしていることを知らない、遠く離れた地に暮らす妹に、帰るのが遅くなるという言い訳を並べた手紙を書いていた時、その男はやってきた。 その男は風と共に現れた。 開いた窓から吹き込んだ微風にカーテンが揺れた時、白い仮面で顔を隠したその男は月明かりに照らされ立っていた。 「『土くれ』だな?」 問いではなく確認ですらない断定に、しかし彼女は何を言われたのは分からないと、とぼけて見せる。 学院長秘書のミス・ロングビルと盗賊の土くれのフーケを繋げる事実を知るものは、彼女の知る限り一人しかいない。そして、その一人は決してその事実を人に話さないだろう確信があったから。だが、男の次の言葉に彼女の演技は引き剥がされる。 「再びアルビオンに仕える気はないかね? マチルダ・オブ・サウスゴータ」 自身以外は妹ぐらいしか知らないはずの名を突きつけられ、彼女は蒼白になる。 「あんた、何者だい?」 「質問しているのは、こちらなんだがな」 くつくつと喉を鳴らして笑う男に、彼女は否と答える。アルビオン王家は彼女の仇である。父を、家を、全てを奪った敵だ。そんなものに仕える気などないと怒鳴りつける。 そんな彼女に男は笑いを収めることなく、勘違いするなと返す。 「王家に仕えろなどと誰が言った? アルビオン王家は、じきに倒れる。お前が仕えるのは、王家が倒れた後の我々有能な貴族が政を行うアルビオンだ」 有能な貴族ね。と彼女は呟く。そういえば聞いたことがある。今、アルビオンでは王家と貴族が争い、王家が劣勢にあると。 もっとも、それは彼女には関係のない話である。 かつて、アルビオン王家に仕えた貴族の家に生まれた彼女は、しかし今はもうその王家に恨みはあっても忠誠心などない。かといって、王家に復讐をしようという考えもない。かつては、そんな想いもあったが、自身と妹を食べさせていくのが精一杯の最初の生活と、その後の多くの孤児を抱えた現実の前に、磨耗した。 「へえ? で? 王家を倒して何をしようってんだい? アルビオンの新しい王様にでもなりたいのかい?」 バカにしたように笑う彼女に、男は冷淡に答える。 「我々はハルケギニアの将来を憂う高潔な貴族の連盟だ。ハルケギニアは我々の手で一つになり、始祖ブリミルの光臨せし『聖地』を取り戻すのだ。アルビオンなど、手始めにすぎんよ」 高潔ときたか。と彼女は内心で笑う。 ご立派な理想を語る者は、自分自身それを信じてなどいないと彼女は知っている。信じるのは、駒として使い捨てられる者たちだけだ。 彼女は捨て駒になどなる気はない。大体、アルビオン一国を支配できたところで、ハルケギニアを統一するなど夢物語だし、仮にそれが出来たところで聖地にはエルフがいる。 この世界で最強の魔法使いたるエルフたちに勝てるものなど、この世界に一人も……、いや、二人くらいならいるような気がするが、それは置いといて、ハルケギニア中の貴族を集めても勝ち目などない。 ついでに言えば、彼女はとある事情からエルフという種族に特に悪感情を持っていないし始祖ブリミルに対する信仰も薄い。ので、聖地なんかエルフにくれてやれよという想いがある。 とはいえ。 「『土くれ』よ。お前には選択することができる」 「あんたらの手下になるか、ここで死ぬかを?」 皮肉で答えてみるが、男は悪びれもせずに「そうだ」と頷いてくる。 最初から男には、彼女に選択の余地を与えるつもりなどない。べらべら自分たちの目的を喋ったのも、そういう理由があるからだ。 戦って勝てるとは思わない。土メイジの自分は、正面からの戦いに向いていないと彼女は自覚している。 だから彼女は、「まあ、いいさ。アルビオン王家には恨みがあるし、エルフを倒して聖地を取り戻すってのも面白そうだ」と嘘をつく。 罪悪感はない。誇りなどない。生きるためならなんでもする。それが、彼女の生き方だから。 「それで、これから旗を振る組織の名前は、なんていうんだい?」 「レコン・キスタだ」 こうして、ミス・ロングビルという名の学院長秘書は、学院から姿を消すことになる。休暇届を提出してであるが。 それが、本当に単なる休暇で終わるのかどうか、それは彼女自身にも今は分からない。 その日、学院は喧騒に包まれていた。 いつも通りの朝を迎えて、いつも通りの授業が始まると思われた日常に、この国トリステインの王女アンリエッタが訪問するとの連絡が入ったからである。 当日になって急に連絡を入れてきたり、それを歓迎したりと、この国の貴族というやつは、刹那的な情動で生きているのか? などとアプトムは思ったが、口には出さない。これも、いつも通り彼には関係のないどうでもいい事だからである。 そんなわけで、魔法学院の正門をくぐる王女一行を整列して出迎えるルイズたち学院の生徒を、アプトムは塔の屋根に登り、そこから興味なさげに見ていた。 貴族ではなく、学院で働く使用人でもない使い魔という立場のアプトムには、王女が来たからと言って何かをしなければならない義務はなく、自分から何かをしてやろうという意志もない。ついでに王女というものに興味もない。 しかしまあ、部外者が多く学院にやってきているのにルイズから眼を離して何事か起これば困ったことになるなと、遠くから観察していたアプトムは多くの生徒たちが王女に注目している中、ルイズが別の人間に視線を向けたことに気づいた。 それは羽帽子をかぶり、鷲の頭と獅子の体を持つ幻獣に乗った口ひげも凛々しい男であった。 知り合いか? と思ってみるが、本人に問いただしでもしない限り分からないことであるし、ルイズの知人であったとしても自分とは関わりのないことだと、彼はその男の事を考えるのをやめる。翌日には、その男と顔を合わせることになるなどと、この時点では考えもしていない。 ついでに、ルイズの隣に立っているキュルケが、その男を切ない眼差しで見ていたりしたのだが、その事にはアプトムは気づかなかった。 キュルケはアプトムを嫌い敵視していたが、アプトムにとってキュルケはよくルイズと話をしている少女だという程度の認識しかなかったのである。 なんにしても、明日からはまた、代わり映えのない毎日が続くのだろうというアプトムの予想は、その日の夜に覆されることとなる。 いつもなら机に向かっているはず時間に、惚けた顔でベッドに腰かけたルイズに、さてどうしたものかとアプトムは考える。 ルイズに何があったのかなどアプトムには分からない。昼間見た男が関係しているのだろうという事は分かるが、それで何故ルイズがこういう状態になるのかなど彼の知るところではない。 分からないなら聞けばすむことだろうが、彼がルイズとの間に望んでいるのは契約という感情を差し挟まない関係である。相手の内面に踏み込むような行動は避けたいところだ。 それならば、相手の心情など気にせず、魔法を使えるように勉強をするか寝ろ。とでも言えばよさそうなものだが、昨夜の寝惚けたルイズの言葉に多少の罪悪感を覚えてしまった今のアプトムには、それも難しい。 本当に、どうしたものだろうかと悩んでいたところに、人の気配を感じたアプトムは扉の方を振り向き、そして扉をノックする音を聞いた。 珍しいな。そう思ったのは、彼が知る限り、この部屋に誰かが尋ねてきた前例がなかったから。この学院でもっとも多くルイズと言葉を交わすキュルケですら、この部屋に尋ねてきたことはない。 だから、彼が扉の外にいる者に対する警戒を解かなかったのは当然の事であろう。だが、その警戒がルイズに向けられているはずもなく、ノックを聞いたルイズが、はっと顔を上げ扉に走るなどとは想像もしていなかったアプトムが止める間もなく、彼女は無警戒に扉の向こうにいた黒い頭巾をすっぽりかぶって顔を隠した少女と対面していた。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは夢見がちな少女である。そうでなければ、どれだけ努力してもかなわなかった魔法を使うという夢をいつまでも持ち続けることなど出来なかっただろう。 そんな彼女は、自分にとって都合の悪い想像というものをあまりやらないが、逆に都合のいい妄想ならばよくする。 昼間、王女一行の一員として学院にやってきた一人の男、いわゆるヒゲダンディーは彼女の知り合いである。しかも、ただの顔見知りなどではなく特別な関係と言っても良い相手である。彼と前に会ったのは、十年程前のことだが、それでも彼女の中の彼に対する想いは色あせずに残っている。 そして、それは彼も同じだろうか。同じであって欲しいと感じる彼女は妄想の翼を羽ばたかせる。 王女に随伴してきた彼に、ルイズは一目で気づいた。ならば、きっと彼も自分に気づいたはずだ。そうなれば彼は自分に会いに来てくれるだろう。そうでなくてはならない。何故なら、彼は自分の……。 そんな事を考えていた時に、来客があったのだから、彼女がヒゲダンディーが尋ねてきたのだと思い込むのは当然の事で、開いた扉の向こうにいたのが期待していた相手ではなかったと気づいてフリーズしてしまったのも致し方ない。 そんな彼女に構わず、黒頭巾の少女は部屋に入り、後ろ手に扉を閉めると、ルーンを唱え探知の魔法を使って、この部屋が監視されていないか確認し、そうして初めて頭巾を取った。 そこにあった顔は……、 「姫殿下!」 そうルイズが呼んだとおり、この国の王女アンリエッタであった。 アンリエッタ・ド・トリステインは、とても恵まれた人間である。 彼女は現在この国で唯一といっていい王位継承権の持ち主であり、優秀な水のメイジであり、美しい容姿であり、多くの人に好かれるまっすぐな気性の持ち主である。 そんな彼女であるから、多くの人間に好かれるし、甘やかされもする。 彼女には、望んだことが叶えられなかった経験が非常に少ない。 それは、王女と言う身分のせいでもあるし、基本的に我侭を言わない控えめな性格のせいでもある。 だが、そんな人生経験は当然のごとく彼女の人格形成に多大な影響を及ぼす。 よほどのことでない限り、自分の望んだことは必ず叶う。そんな歪んだ思考を持つようになってしまったのも、そのよほどの基準が多くの人間の考えるそれと大きく乖離してしまっているのも、彼女一人の責任とは言えまい。 そんな彼女が今回望んだのは、恋する男性に送った恋文の回収である。 アルビオンという国がある。その国では、現在貴族たちが王族に対し反乱を起こし内乱が起こっているのだが、その戦で王家が倒れる事は、もはや避けられない事態となっており、勝利した後の反乱軍は、次にトリステインを攻めるであろうというのが、この国の政治を取り仕切る者の考えであった。 アルビオンに比べて、トリステインの国力は低い。 単体でアルビオンに勝つことができるわけもなく、ゆえに他国と同盟を組む事に決めたトリステインはゲルマニアの皇帝の下に、王女を嫁がせることにした。 この国の唯一の王位継承者を他国に嫁がせることに反対するものがいなかったわけではないが、反対する者たちに代案があったわけではない。結局この決定は覆らなかった。 さて、この決定に対して、アンリエッタに不満がなかったわけではない。彼女には恋する男性がいて、その相手と結ばれる未来を夢見ていたりもした。 しかし、このおめでたい頭の持ち主である王女にも、それが自分には叶わぬことと理解できていた。 とても不本意ではあるが、ゲルマニアに嫁ぐ決心をした彼女は、その障害になるかもしれない、ある品物のことを思い出した。 それが、アルビオンの皇太子ウェールズに送った恋文である。 それのことを思い出したアンリエッタは、激しくうろたえた。 アルビオン王家が倒れ、ウェールズ王子が持っているはずの、その恋文が貴族派の者たちの手に渡ってしまえば、自分の決死の覚悟は無駄になり、この国の民の平和も脅かされる。 ここまでは、ごく普通の思考であるのだが、ここからがアンリエッタという少女の歪んだ思考である。 恋文を回収しなければならないと考えた彼女は、まずどうやってと言うもっともな疑問を頭に浮かべた。 この国の政治を取り仕切る人物であるマザリーニ枢機卿に相談するという案は真っ先に捨てた。 あるいは、誰よりもこの国のことを考えているのだろうが、『鳥の骨』などとも言われる男を彼女は嫌っている。 そもそも、アンリエッタのゲルマニアへの輿入れの話を持ち出したのも彼なのである。それが、最善の選択だと理解しても彼女が好意を持てなくなるには充分である。 では、他の誰にと王宮の貴族たちの顔を思い浮かべて、それを切り捨てた。嫁ぎ先が決まった娘が、他の男に送った恋文を回収しようとしているなどという醜聞を迂闊にもらすわけにはいかない。大体、王宮の貴族たちは、最終的に自分のゲルマニアへの輿入れに同意した者たちである。そんな連中に自分のプライバシーを明かす気にはならない。 では、誰に頼むかと考えて、彼女は自分の親友とも言える幼馴染のことを思い出した。 貴族の誇りを重視しながらも、自分の心を大事に思いやってくれて、王女にあるまじきいろんな我侭も二つ返事で聞いてくれる大切な『おともだち』ルイズ・フランソワーズのことを。 他人が聞けば、それは本当に友達なのかと疑問を感じてしまう認識だが、あいにくと彼女には、他に本音を語れる親しい相手というものが当のルイズ以外にいないので、この認識に疑問を感じたことがない。 かくして、アンリエッタはルイズに会い、その事を話し頼み込み、快く快諾し更には望まぬ婚姻をしなくてはならない彼女を慰めてくれさえした友人に、ああ、これで全ては上手くいくと安心した。さすがに、その回収すべき手紙が恋文であるとは言わなかったが。 それが、戦地にろくな魔法も使えない世間知らずの小娘を送り出すという、危険どころではない所業であるという自覚はない。 ルイズが、失敗するかもしれない。それどころか死ぬかもしれないという可能性には思い当たらない。彼女の望むことは、よほども事でない限り叶うのだから。 これは、アンリエッタの頼みごとに、いつも疑問を差し挟まず素直に聞くルイズにも問題があるのだが、ルイズにも言い分がある。 姫さまのやることが間違いだったことがない。それが、彼女の認識なのだから。 実際、ウェールズに送った恋文を回収しようという考えに間違いはない。頼む相手を間違えているだけで。 なんにせよ、王女の頼みを受けたルイズは、かたわらにいるアプトムに顔を向けた。その顔には「もちろん手伝ってくれるわよね」と書 いてあり、彼は任せろと言わんばかりにルイズの頭に手を置き。 「わかった。その手紙は返してもらってくるから、大人しく待っていろ」 と言った。 アプトムが快く承知してくれたことに気をよくしたルイズはニッコリ笑い。そして、アレ? と疑問を覚えた。 今この男は、なんと言っただろうか? 大人しく待ってろ? 待ってろ? 「今、待ってろって言った?」 「言ったぞ」 うん。やっぱり聞き間違いじゃなかった。つまり、アプトムは一人で行くから自分にはついてくるなって言ってるわけだ。 「って、なんでよ!?」 叫んでみるが、アプトムは動じない。 「何がだ?」 「頼まれたのは、わたしなのよ。わたしが行かなくて、どうするのよ!」 「どうもしなくていい。使い魔の仕事は、メイジができないことを代わりにやることだろう?」 「わたしは貴族なのよ!」 貴族が、自分に与えられた任務を人に押し付けられるわけがないと言うルイズに、アプトムは、それがどうしたと答える。お前に、この依頼が果たせると思っているのかと。自分が何者かを見つめなおしてみろと。 そして、ルイズは黙り込む。彼女は貴族である。貴族の誇りにかけて、姫さまの頼みに答えなければならない。そして、彼女はゼロのルイズである。魔法の成功の確率ゼロのルイズ。 そんなお前に、姫さまの与える任務をこなせるのか。アプトムはそう言っているのかとルイズは、歯噛みする。だが、それは思い違い。 「おまえは、貴族である前に学生だろう。貴族がどうのこうのに、縛られるのは学院を卒業してからでも遅くない。大体、王党派と貴族派が争っている中、皇太子に会いに行くという任務は、世間知らずの学生に果たせるほど簡単なものなのか?」 ルイズが魔法を使えるかどうかなど関係がない。魔法が使えようが貴族だろうが、学生という未熟な存在であるルイズは、この任務を受けるべきではないのだとアプトムは言っているのだ。尚、彼がまだクロノスに対し忠実であった頃に、盟友のソムルムとダイムを斃したガイバーI・深町晶もまた当時はルイズと同様に一介の学生であり、自我に目覚めクロノスを離反した後、前述の盟友達の死から深町を己が手で打倒すべき敵と認識しつつも、彼もまたクロノスの所為で生きる為に闘わざるを得なかった事自体はきちんと認識しており、その事と今回のルイズの立場と被ったが故の考えと、取れなくもないといえよう。 それは正論であり、召喚されて以来、ルイズに忠実であったアプトムの言葉であるから、彼女は頭ごなしに否定ができない。しかし発言の真意が理解できたルイズは感情を整理し冷静になれたのも事実である。 「でも、アプトム一人じゃ、王党派の人たちに信用してもらえないかもしれないし……」 それでは手紙を返してもらえないかもという苦し紛れの言葉は、ルイズがいても信用される保証はないし、平民のほうが貴族派に怪しまれる心配がなくていいだろうというアプトムの返答に切り払われる。 それでも納得することなどできないルイズは、「あの、ルイズ。その方は?」というアンリエッタの言葉に、そういえばと、説明してなかった事を思い出す。ずっと、この部屋にいるアプトムのことを今頃になって尋ねてくるアンリエッタもどうかしているが。 「こいつは、アプトム。わたしの使い魔です」 「使い魔?」 確かに本人もそんなことを言っていたけど、とアンリエッタは首を傾げる。 「人にしか見えませんが……」 「人です。姫さま」 人間じゃなくて亜人ですが。とは言わない。敬愛する姫さまといえど教えるわけにはいかない事もある。 「そうよね。ルイズ・フランソワーズ、あなたって昔からどこか変わっていたけれど、相変わらずね」 「…ほっといてください」 ルイズにとってアプトムは自慢の使い魔であるが、表向きただの平民であると通している以上、周りの眼が冷たくなるのは仕方がないと、最近になって彼女は理解していた。 それはともかく、ふとルイズは浮かんだ疑問を口にする。 「じゃあ、アプトム一人で行くって言うの?」 「そのほうが身動きがとりやすいからな」 「でも、アプトムってトリステインの生まれじゃないわよね。というか魔法に頼らないと帰れないくらい遠くの生まれでしょ。案内なしで道が分かるの?」 そう、アプトムはハルケギニアの人間ではない。地球という他の天体から召喚されてきた者だ。そんな彼にアルビオンへに道が分かるわけがなく、交通手段についての知識もない。 だが、その辺りについても考えがある。 アンリエッタは、この部屋に一人で入ってきたが、この女子寮まで一人できたとはアプトムは思っていない。彼の見たところ、この王女はルイズにも負けない浅はかな思考の持ち主だが、それでも一人で出歩くほど能天気ではないだろうし、本人がそのつもりだったとしても周りの者は、この国の王位継承者が護衛もつけないで出歩くのを許したりはしないだろう。 現に、この部屋の外。扉の向こうからは、この部屋の様子を伺っている何者かの気配があり、それが王女の護衛なのだろうとアプトムは予想する。 その護衛が、アンリエッタが連れてきた者なのか、勝手に着いてきた者なのかは、流石のアプトムでも知るところではない。 しかしどちらにしろ、自分がアルビオンに向かう道案内にはちょうどよかろう。 だからと、「こいつを連れて行く」と扉を開けて中に招きいれようとして、アプトムは、そこで扉に耳を当てて盗み聞きしていたらしい金髪巻き毛の少年と顔を合わせた。 それは、王女の護衛などではなく、ルイズと同じく、この任務に連れて行くには不適切なただの学生であったのだけど、今更勘違いでしたと言うわけにもいかない状況である。 この計算外の事態にも、表面上は平静を装ったアプトムではあったが、内心ではそうではなかったため、同じ学生の身分であるギーシュは良くて自分は駄目だというのには納得できないと言うルイズに反論しきることができず、結局ルイズはアプトムと何故かギーシュの三人でアルビオンに向かう事となり、ルイズはアンリエッタからウェールズへ充てた手紙を受け取り、ついでに路銀の足しにと王女が母親から頂いたという指輪も預かった。 ギーシュ・ド・グラモンは、軟派な外見や性格とは裏腹に、貴族としての誇りを強く持つ少年である。 彼の尊敬する父は、元帥の地位を持つ勇敢かつ優秀な軍人であり、彼も将来はかくありたいと思っている。 その父親が好色な性質であったことが、彼の女性に対するだらしなさの原因の一つであるが、それは置こう。 彼には、許せない相手がいる。ゼロのルイズと呼ばれている少女が召喚したアプトムという名の男である。 あの男のせいで二股をかけていた少女二人に振られたから。その後に起こった決闘で勝負にもならずに負けたから。というわけではない。 それがないとは言わないが、彼にはそれ以上に許せないことがあった。 それが、あの男の自分を見る眼。 彼は、貴族である。貴族は平民になど負けてはいけない立場にいる。その自分に、あの男は勝利した。それだけなら良かった。それだけならお互いの健闘を称えあうこともできただろう。 だが、あの男は自分を見ていない-もっとも、逆に言えば敵と見做されていないだけでも、ギーシュにとっては僥倖の極みなわけなのだが-と気づいてしまった。あの男にとって自分は、炉辺の石ころにも等しい。彼我の実力差を考えれば、あの男がそういう眼で見てくるのは当然なのかもしれないのだけど、それを彼は許せない。 そんな眼で見てくる相手が明らかに自分より優秀だと分かるメイジで、例えば女王を守る魔法衛士隊隊長なんかなら、彼もそんな風には思わずに負けを認めていたのだろうが、ギーシュのアプトムという男への認識は魔法の一つも使えないただの平民である。そんな相手に見下すどころではない眼で見られることを許容出来るほど彼の矜持は安くなく、ゆえに必ずや、あの男の心に自分の名を刻んでやると心に誓っていた。 そんな彼であるから、何度もアプトムに対して、決闘を申し込んでいた。 錬金で作り出したゴーレム『ワルキューレ』に、武器を持たせて挑ませたこともある。落とし穴を掘ってワルキューレに誘導させて動きを封じる策を練ったこともある。パワーで勝てないのならと軽量化を図ったワルキューレで100メイル走をしかけて勝負したこともあるし、走り幅跳びだってやった。パワーもスピードも敵わないのなら頭脳だと、ワルキューレにチェスの勝負を仕掛けさせたこともある。 しかし、一度たりとも勝利をつかむ事はできなかった。自分を敵だと認めさせることすらできなかった。 代わりと言っては何だが、クラスメイトの眼が生ぬるい物になってきたが、ギーシュは気にしない。深く考えたら、泣いちゃいそうだし。 そんな現在の彼にとって、何よりも優先されるのはアプトムに自分を認めさせることであり、ゆえに長らく可愛い女の子を見ても興味を抱く事すらない毎日を送っていた。 そんな彼だが、アンリエッタという、この国の王女に対してまで、無関心でいることはできなかった。 平民が貴族に対して従属する義務があるのならば、貴族には王家に従属する義務があり、それは名誉ですらあると彼は認識している。そんな彼にとって王女とは憧れの対象であり、その相手が若くて美しい女性となれば、お近づきになりたいと考えるのは当然のことであろう。 とはいえ、だから何をしようと考えたわけではない。父親ならともかく、彼自身はただの学生の身分である。そんな彼に、王女と直接顔を合わせるという栄誉が得られるはずもない。 だが、いずれは自分もあの美しい王女に謁見が許されるような立場になってやるとギーシュは夢を描く。 それが、多くの若い貴族が胸に描き、しかし成し遂げられずにあきらめていくであろう妄想の一つであろうことだなどと、彼は思わない。 彼は若く、夢は若者の特権なのだから。 それはさておき、ギーシュは学院の中庭で月を見ていた。 大地を優しく照らし出す二つ月の一つに、若く美しい王女の面影を見出すことなど、彼には容易い。 今夜の、寝る前の自分大活躍妄想劇場に王女に登場してもらうため、彼は王女の姿を心に刻み込む。ちなみに、もう一つの月には、最近疎遠なモンモラシーの姿を見出していたりもする。 そんなとき、彼は視界の隅を横切った人影に気づいた。 その人影は、真っ黒な頭巾をかぶり、正体が知れなかったのだけれど、ギーシュは一瞥でそれを王女と見抜いた。 単に、何とか王女とお近づきになれないかなと思っていたときに、たまたま通りかかった女性がいたので、特別な理由もなく関連付けてしまったというのが、正しいのだが、事実として、その人影は王女アンリエッタその人であった。 王女を見たギーシュは、特に深い考えもなく、後をつけていく事にした。後をつけて何をしようと考えていたわけではないし、王女がお供もつけずに一人で歩いていることにも、特に不信感を抱くこともなかった。彼に限ったことではなく、トリステイン貴族は、深く考えるよりも、その時のノリで動くことが多いゆえの行動である。 そんなわけで、王女を追って女子寮に入っていったギーシュは、ある一室に入っていったのを見送り、即座に扉に耳を当て聞き耳を立てた。 そうして、図らずも王女に直接頼みごとをされる機会を得た彼は、貴族としての矜持と、美しく王女への思慕とアプトムへの対抗心ゆえに、この国の存亡にも関わりかねない任務に参加することになるのである。 前ページ次ページゼロと損種実験体
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7231.html
前ページ次ページ萌え萌えゼロ大戦(略) トリステイン魔法学院で執り行われた春の使い魔召喚の儀式から明けた朝――ふがくは 自分を取り巻く景色が変わっていないことにちょっとした絶望感を味わっていた。 「……あーあ。目が覚めたら『元の世界』に戻ってた、なんて期待した私がバカだったわ……」 ふがくは学院女子寮の屋根の上で、目に映る景色に大きくため息を漏らす。夜空を 彩っていた天空に浮かぶ蒼紅の双月は今は見えないが、昨日激しい痛みで叩き起こされて からのことがすべて現実だとそろそろ認めなくてはならないとも思い始める…… ――『ダイニッポンテイコク』?聞いたことないわね。どこの田舎よ?―― ――元に戻すなんてできないわ!『サモン・サーヴァント』は呼び出すだけだもの―― 昨夜、ルイズと名乗った桃色髪の生意気な少女が言った言葉がこれだ。 「火」「水」「土」「風」そして失われた「虚無」と呼ばれる系統に分けられた「魔法」のこと、 そして「メイジ」と呼ばれる貴族階級の存在。貴族については大日本帝国にも存在しているので ことさら驚きはしなかったが、「魔法」についてはちょっとだけ驚いた。「鋼の乙女」と呼ばれる 兵器である自分が生み出されたのはあくまで「科学」という技術。魔法なんてものは子供向けの 空想漫画くらいにしか出番はないはずなのに、ここではそれが全くの逆になっている。 しかし、ふがくが愕然としたのはそれらのことではなかった。 ――あんたはわたしの『使い魔』なのよ?ご主人様の命令ならどんなことでも喜んでする……『犬』なのよ!―― ……冗談じゃない。ふがくは思い出すだけで腹の立つ思いを無理矢理抑え込む。結局 お互い平行線のままふがくが窓から飛び出して――今この有様だった。 一方、鬱屈としたまま眠りについたルイズは……本来ならば心地よいはずの朝に目覚めた後 でも変わらない部屋の光景に、悲しさを覚えずにはいられなかった。 「……やっぱり戻ってない……いったい、わたしが何をしたって言うのよ……」 自覚がない、ということは素晴らしいことでもある。昨夜自分が呼び出した使い魔が飛び 出したままで半開きになった窓もそのままに、ルイズはもそもそと着替え始めた。 「……まったく、なにやってるのよ。使い魔のくせに……」 思わず口に出る。けれど、それで何が変わるわけでもなく、ルイズは重い足取りのまま 朝食に向かうことになった。 「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことに感謝 いたします――」 いつものように祈りから始まる朝食。卓上には大好物の焼きたてのクックベリーパイと 肉がたっぷり入った子羊のスープ。けれど、ルイズの心は晴れなかった。 理由は単純。使い魔がまだ戻らないからだ。結局アルヴィーズの食堂までの廊下でも 見つかることもなかった。 「……どこに行ったのよ、まったく」 「おはよう!ルイズ。……あら?あの使い魔はいないの?」 落ち込むルイズにかけられる声。声の方向に顔を向けると、そこにはルイズと正反対に 豊満なスタイルを隠すこともない赤い髪と褐色肌の長身の女生徒と、まだ眠いのか開いた 本を手にしたままあくびを隠さない青い髪に雪色肌の小柄な女生徒がいた。 「むっ。キュルケ……」 声の主に対してルイズは露骨にいやな顔を向ける。その様子に何か思い当たる節が あるのか、赤い髪の女生徒、キュルケはにんまりと微笑んだまま言葉を続ける。 「昨日の様子からして、もう逃げられたの?せっかく呼び出した使い魔さえ御せないなんて、 さすがルイズね」 「ち、違うわよ!フガクは……」 そう。ヴァリエール家にとって不倶戴天の敵ともいえる、隣国ゲルマニアの有力貴族 ツェルプストー家のキュルケはどんな運命のいたずらなのかルイズの隣室なのだ。昨夜の どたばたの一部始終を聞かれていたとしても不思議ではない。もっとも、聞きたくなくても 聞かれてしまうくらいの大声だったことにも問題はあるのだが…… 「ふうん。昨日はよく聞き取れなかったけれど、『フガク』っていうの、あの使い魔。タバサの ウィンドドラゴンもすごいけれど、フガクもかなりのものだったわね。一度競争させて みたいけれど」 キュルケに話を振られた小柄な女生徒、タバサはそんな話には興味がないとばかりに 小さな声で言葉を紡いだ。 「朝食……早く……ちこく……」 「そうね。ルイズと遊んでいる暇なんてなかったわね。 ちょっと!お茶ちょうだい」 タバサの言葉にキュルケはルイズが座っていた席に腰を下ろして近くにいた黒髪のメイドに 声をかける。その際ルイズが何か言っていたがキュルケは華麗にスルーした。 かくしてルイズが決して綽然とした、とはいえない朝食を摂っていた頃、ふがくは、といえば―― 「……うぅ。おなかすいた……」 ――召喚されてからこのかた何も食べていなかったため、女子寮の屋根から落ちそうに なっていた。 ふがくのような『鋼の乙女』は、元兵器に準じた燃料――たとえば超重爆撃機型のふがくの 場合はガソリン、中戦車型のチハの場合は軽油、戦艦型のやまとの場合は重油などの 定期的な摂取を必要とするが、それ以外にも変換効率は落ちるが普通の食事を摂ることもできる。 もっともそれ以外にもオイルや弾薬など機能維持のために必要なものがあるが、 その入手方法などについて気が回せるほど、今のふがくには余裕がなかった。 「アイツ、大日本帝国のことを『田舎』なんて言ってくれたけど、トリステイン王国、だっけ、 こっちの方がど田舎じゃない。飛行機どころか自動車もないなんて、信じらんない」 ふがくは昨夜のルイズとの会話を思い出して憤るが、それがまた空きっ腹に響く。いくら 長大な航続距離を誇ってもガス欠ではどうしようもない。 そんなふがくに、下から声がかかる。見ると、昨日の頭の寂しい眼鏡の中年教師――確か ミスタ・コルベールと呼ばれていたような――がそこにいた。 「……私に何か用?」 「おお、気づいてくれましたか……えー」 「ふがくよ。それで、何か用?」 「フガク君か。すまないが、君の左手のルーンをもう一度見せてもらおうと思ってね。 ミス・ヴァリエールとは一緒ではなかったから探していたんだ」 「私は『ふがく』よ。『フガク』なんて呼んだら承知しないわよ」 ふがくは言いつつ屋根からコルベールのいる場所に降りる。わずかな発音の違いだが、 ふがくには何故かそれを許容できなかった。またふがくの背中の翼から響く6発のエンジン音の コーラスにコルベールは興味を引かれ最初の話もどこへやら、となりかけたが、これは ふがくが本道へ戻す。 「そ・れ・で?私の左手が見たいんじゃなかったの?ミスタ・コルベール?」 「……いや、失礼。と、いつ私の名前を言いましたか?」 「昨日私の前でアイツが呼んだでしょう?ぼんやりとだけど覚えてたから……間違った?」 「いえ。合ってますよ。しかし、ミス・ヴァリエールを『アイツ』とは、感心できませんね」 そう言って、咎めると言うよりは諭す視線でふがくを見る。身長差からどうしても コルベールがふがくを見下ろすことになるが、ふがくは気にも留めなかった。 「そう言われたくなければそれなりの態度を示してほしいわね」 「はは、私からも注意しておきましょう。それでは……」 そう言ってコルベールはふがくの手を取りルーンをスケッチする。そのとき、ふがくの おなかがかわいらしい音で鳴いた。 「うぅー……」 「ミス・ヴァリエールは君に食事の用意もしていなかったのか……その様子だと私たちと 同じ食事でよさそうだね。 ……アルヴィーズの食堂はもう昼の準備に入っているかな。案内するから何か作って もらうといい」 「え?それはうれしいけど……何か裏はない?昨日とはずいぶん扱いが違うんだけど」 ふがくが言う。昨日のように人の意見を聞かない扱いであれば、そもそも地面からふがくを 呼ばないで直接屋根まで飛んできて左手をつかんでいたことだろう。それをせず、しかも 昨日と違ってふがくのことを名前で呼ぼうとしている。これだけあからさまでは何か裏が あると思うのが普通だろう。 「あはは……いやぁ、確かに、ふがく君、という発音でよかったかな?君の持っていた杖を 始め君自身についても興味は尽きないけれど……」 「けれど?何?」 「……まず、ふがく君、君が話の通じる相手だと思っていること。そして、何よりミス・ヴァリエールが、 先ほど授業に遅れそうになるのもかまわず君を捜している姿を見ましてね。さすがに 女子寮の屋根にいるとは思っていなかったようですが、ふがく君のことをずいぶんと気に しているようでした。その証拠に……ほら、ミス・ヴァリエールの部屋を見てご覧なさい」 コルベールはそう言って女子寮を指さす。すると、授業中で誰もいない女子寮の一室、 そこの窓だけが開いているのが見えた。 「ルイズの部屋の窓が……開いてる?」 「君がいつ戻ってきてもいいように、ですよ。ミス・ヴァリエールは意固地なところもありますが、 決して悪い人間ではありません。ですから……」 コルベールがそこまで言ったとき、どこかから大きな爆発音が響いた。 「……今のは?爆撃?」 「向こうの塔です!おそらく、ミス・ヴァリエールが魔法をしっぱ……」 コルベールが言葉を言い切る前に、ふがくは空腹も忘れてエンジン音も高らかに空に 舞い上がっていた。上空から学院を見ると、確かに中央のひときわ高い塔を囲む5つの 塔の一つから煙が上がっている。爆風が抜け破れた窓からふがくが飛び込むと、そこは 煤と埃にまみれぼろぼろになった教室。その爆心地と思われる場所に煤まみれになった ルイズが放心状態で座り込んでいた。 「……ルイズ!」 ふがくがルイズに駆け寄る。煤まみれで服もぼろぼろだったが、体はかすり傷すら負って いない。近くにおとぎ話の魔女のような格好をした中年女性が目を回して倒れているが、 こちらも命には別状ないようだった。 「あ?フガク?えっ……と。ちょっ……と。失敗……しちゃったみたい……ね?」 「昨日も言ったでしょ?私は『ふがく』だっ……て……?」 ルイズがポケットからハンカチを取り出しながら言う。その言葉に爆風で倒れた机から 這い出した生徒たちがふがくの言葉をかき消さんばかりに次々と口なじる。 「どこが『ちょっと』失敗だ!」 「いい加減にしろー!」 「いつだって成功の確率『ゼロ』じゃないか!」 「魔法の才能ゼロのルイズ!」 次々と投げつけられるそれらの言葉にふがくも面食らう。いったいどういうことなのか? ルイズを見ると、顔の煤と埃を拭きながら頬を赤らめごまかすような表情をしていた。 「なんなのよ、これ……?」 ふがくの疑問に答えてくれる人間は、今この場にはいなかった。 前ページ次ページ萌え萌えゼロ大戦(略)