約 4,820,407 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1811.html
前ページ次ページゼロ・HiME 異世界に召喚された翌朝、静留は窓から差し込んでくる薄明るい日の出の光と左腕に感じて重みを目覚めた。 重さの原因を探して視線を下げると、ルイズが静留の腕に軽く抱きついて眠っていた。 「……あらあら、意外とあまえたなんやね、ご主人様は」 静留はくすりと微笑み、ルイズを起こさないようにベッドから抜け出ると、背筋を伸ばして部屋の中を見回す。すぐにベッドの脇にルイズの脱ぎ捨てられた服が目に入る。 「そういえば、なつきもよくこうやって服を散らかしてましたな……そや、洗濯でもしときましょか」 ルイズの服を集めながら静留は懐かしそうに呟くと、洗濯するために部屋の外に出た。 「……さて、どないしよ」 寄宿舎のすぐそばで水場を見つけたものの、どうやって洗濯したものかと静留が悩んでいると、寄宿舎からメイド服を着た黒髪の少女が洗濯物の入った篭を抱えて出てくる。 「あの~、すいまへんけど……」 「きゃ!」 静留に急に声をかけられ、驚いたのか少女は篭を抱えたまま尻餅をついてしまう。 「驚かしてすいませんな、怪我とかあらしまへんか?」 「だ、大丈夫です! わた、私こそ、こんな場所に貴族様がいらっしゃるとは思わなかったもので」 少女は立ち上がると、怯えたような表情で静留にぺこぺこと頭を下げる。 「なにをそんなに怯えてるんか知らんけど、うちは貴族とかやあらへんから安心しいや」 「……え?」 静留の苦笑交じりの言葉を聞いて、少女は不思議そうに小首をかしげた。 「それじゃ、あなたがミス・ヴァリエールが呼び出した……」 「あら、うちのこと知ってはるん?」 誤解を解いて少女と一緒に洗濯をしながら静留がたずねる。 「ええ、貴族の方々が召喚の魔法で平民を呼んでしまったと、噂していらしたもので」 「そうどすか。そう言えばまだ名乗ってまへんでしたな。うちの名前は静留いうんよ」 「シズルさんですか、いいお名前ですね。私は貴族の方々をお世話するために、ここでご奉公させていただいているメイドで、シエスタっていいます」 「シエスタさんどすな。これから色々よろしゅうに」 「い、いえ、こちらこそ」 静留が笑顔で手を差し出すと、シエスタは頬を赤く染めながら、はにかむように微笑んでその手を掴んだ。 「朝どすえ~、ご主人様~♪」 洗濯を終えて部屋に戻った静留は、ルイズを起こそうと柔らかな頬をプニプニ突きながら声を掛ける。 「うう~ん、もうちょっと寝かせて」 「ええんどすか? 起きへんならキスしちゃいますえ」 寝ぼけ眼で毛布に潜ろうとするルイズの耳元に静留がささやくと、ルイズはバッと飛び起きて部屋の隅っこへと逃げた。 「おはようさんどす、ルイズ様」 「はあはあ……お、おはようじゃないわよ! シ、シズル、起こすなら普通に起こしなさい!」 「お気に召しまへんか?」 「当たり前でしょ! 着替えるから服出して頂戴――あ、手伝わなくていいから」 「そうどすか、残念やねえ」 全然残念そうじゃなさそうな静留が差し出した服一式をルイズは奪い取ると、壁を背にした警戒態勢で着替える。 「そないに警戒せんでもええのに」 「あのねえ……まあ、いいわ。着替え終わったから、食堂に行くわよ」 のほほんとした静留の態度に毒気を抜かれたルイズは、軽く頭を振って気を取り直すと自室の扉を開く。 ルイズが静留と一緒に部屋を出ると、ちょうど向かいの部屋の扉が開いて真っ赤な髪の少女が現れた。身長は静留より10cmほど高く、褐色の肌と大きな胸が特徴的だ。 (随分と色っぽい子やね。胸とか鴇羽さんより大きいかも知れへんな) 静留がらちもないことを考えていると、少女はにやにやと不適な笑みを浮かべてルイズに声をかける。 「あら、おはよう、ルイズ」 「おはよう、キュルケ」 ルイズは仏頂面で、嫌そうに挨拶を返す。 「ふ~ん、それがあなたの使い魔?」 「ええ、そうよ」 キュルケは一瞬、静留を値踏みするようにジロジロと見回した後、ルイズの方を向いて意地悪そうな表情を浮かべる。 「へえ、本当にただの平民喚んじゃったのね。すごいわ、さすがゼロのルイズ」 「うるさいわね」 「あたしも昨日、使い魔を召喚したのよ。誰かさんと違って一発だったけど」 「あっそ」 「見せてあげる。おいで、フレイム!」 キュルケの呼びかけに答えるように、彼女の部屋からのっそりと炎の尻尾を持った真っ赤な大トカゲが現れた。 「それってサラマンダー?」 「そうよ、ここまで鮮やかで大きい尻尾は、絶対に火竜山脈のサラマンダーね。好事家に見せたら値段なんかつけられないぐらいのブランドものね」 「ほんに立派なトカゲやねえ~。ちょっと触ってもええ?」 静留はそう言ってルイズをさりげなく後ろにかばいながらフレイムの頭を撫でた。その静留の行動を見てキュルケが感心した表情を浮かべる。 「あら、平民なのに驚きもせずにフレイムを撫でるなんて勇気あるのね。うふふ、気に入ったわ。あなた、お名前は?」 「うちの名前は静留」 「シズル……なんか不思議な響きの名前ね。あたしの名はキュルケよ、よろしくね。じゃあ、お先に失礼」 そう言うとキュルケは使い魔を従えて去っていった。 「なんなのよ、あいつは! 自分がサラマンダー召喚したからって偉そうに!!」 「まあまあ、そんなに怒るとご飯がおいしゅうなくなりますえ。それにかいらいしいお顔が台無しや」 「なっ……何、言ってんのよ! ほら、さっさといくわよ」 「はいな」 ルイズは静留の言葉に顔を真っ赤にすると、嬉々として追ってくる静留を連れて食堂に向かった。 前ページ次ページゼロ・HiME
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2637.html
前ページ次ページゼロの花嫁 瀬戸を離れて夕波小波 人魚呼び出すゼロのルイズ 義理を立てりゃ、道理が引っ込む 笑ってやって下せぇ 苦い不幸の始まりでございます ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは追い詰められていた。 使い魔を呼び出すサモンサーヴァントの儀式。 これに成功しなければ彼女は進級出来ないのだ。 仮にもヴァリエール家の人間が落第するなどという事があってはならない。 正に祈るような気持ちで呪文を唱えた。 呪文は完璧、失敗による爆発も起きない。 ゲートは召喚された、ここまでは問題無い。 ぼて。びちびちびちびち。 楕円状のゲートから何かが落っこちてきた。 最初に目に入ったのは見事なその尻尾、鱗に覆われたそれは魚の尻尾と思われる。 しかし、その上半身は美しい少女の姿をしていた。 「これ……もしかして……人魚?」 以前読んだ伝承に、確か人魚の記述があった。だが、あれは作り話ではなかったか? 呆気に取られるルイズ、それは隣で見ていたコルベール先生も同様で、二人はその美しい人魚の姿に見入っていた。 人魚は、最初周囲を探るように見渡す。 すぐにルイズとコルベールに気付き、数秒の間の後、物凄い勢いで騒ぎ出した。 それは、遠くからこちらを囲むようにしてみているほかの生徒を見て、更に激しくなった気がする。 話す内容は支離滅裂で何を言っているのか良くわからなかったが、最後に叫んだ声だけはルイズにも聞き取れた。 「人魚エンシェントリリック! 眠りの詩!」 ラァリホエ~~~~~~♪ そしてみんな意識を失った。 最初に意識を取り戻したのはルイズだった。 「む~、頭痛い……」 「大丈夫?」 そう問いかけてきた声に聞き覚えが無かったので、ルイズはちらりとそちらを見る。 腰まで伸ばした後髪、年は十四、五ぐらいであろうか。 清楚な佇まいを持つ、美しい少女であった。 「あなたは?」 「瀬戸燦言います。よろしゅう」 そう言ってにぱっと笑う彼女は、本当に美しいと思えた。 何故か赤面してしまうルイズだったが、首を横に振って意識をはっきりさせる。 「そ、そう、私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」 「ルイージマリオズッケェロ? 首だけになって拷問とかされてそな名前やね」 「何処のマフィアよそれ!? ルイズよルイズ!」 勢いでそうルイズがつっこむと、燦はまた笑った。 「そか、ルイズちゃんか。私も燦でええで」 再度赤面するルイズ。 これが、二人の出会いであった。 ようやく起きたコルベールを交えてお互いの状況を確認するルイズと燦。 他の生徒は既に教室へと戻っている。 その際、彼らが空を飛ぶのを見て燦はえらく驚いていた。 「サンは魔法を知らないの?」 「そないに当然な顔して言われても……大体ここ何処なん?」 「トリステイン魔法学園」 「……瀬戸内魔法学園に変えん? それなら少しは親しみのある名前になりそーやし」 「いや歴史有る魔法学園の名前をそんな理由で変えられても」 二人のやりとりに、コルベールがわざとらしく咳をしてルイズを促す。 ルイズは助けを求めるようにコルベールに問う。 「あ、あのーコルベール先生。流石に平民の使い魔は……」 「駄目です、ミスヴァリエール。使い魔召喚の儀式はそうほいほいとやりなおせる類の事ではありません」 がっくりと項垂れるルイズ。 燦は不思議そうにルイズに聞いた。 「なあなあ、それ何なん?」 「使い魔よ使い魔。あなたは私の使い魔として召喚されたの」 「ようわからんけど、私そろそろ家に戻らんとお父ちゃんに怒られるねん」 そこでルイズは初めて気付いた。 そう、平民、人間を使い魔にするという事は、その人間を家族から引き離すという事なのだ。 今度はさっきよりも強い口調でコルベールに言う。 「ミスタコルベール、彼女には家族も居ます。それを無理矢理使い魔にするのはいくらなんでも非道がすぎるのでは?」 ルイズは、もちろん燦の事も心配しているが、これでうまい事再挑戦をさせてもらおうという計算があったのも事実である。 コルベールも少し悩んでいるようだ。 「それはそうだが……いや、前例も無い事だしやり直しは認められない。その場合はミスヴァリエールは留年という事になる」 留年、という言葉にルイズは身を硬くする。 が、それ以上に燦がその言葉に大きく反応した。 「ちょっと待ってや! 留年て何なん? ルイズちゃん留年してしまうん?」 返答に困ってコルベールはルイズを見る。 ルイズは俯いて肩を震わせている。 燦はルイズの肩を掴む。 「なあ、ルイズちゃん。留年て本当なん?」 それが引き金であった。 激昂して燦を怒鳴りつけるルイズ。 「そうよ! あんたみたいな平民が召喚されたせいで私は留年するかもしれないのよ!」 燦は青い顔をしてコルベールに確認する。 「そうなん? なんとかならへんの?」 コルベールも心苦しそうだ。 「ああ、ミスヴァリエールが誰よりも努力している事は私も良く知っている。出来る事ならなんとかしてやりたいが、使い魔との契約が出来ないのであれば留年扱いとなる……」 コルベールの言葉に燦はコルベールの腕の裾を掴む。 「そしたら、私はルイズちゃんに召喚とかいうのされたんやろ? なら私がルイズちゃんの使い魔になれば留年しないで済むん?」 「そ、それはそうだが……」 燦は力強く頷く。 「じゃったら私がルイズちゃんの使い魔なる!」 ルイズは燦とコルベールとのやりとりを黙ってみていたが、そう言う燦の言葉に首を横に振る。 「私の使い魔になるって事は、ご両親とも会えなくなるって事よ?」 燦はわかっているのかいないのか、拳を握って答えた。 「お父ちゃんもお母ちゃんもきっとわかってくれる! それに、困ってる人を見捨てたりするんわ瀬戸内人魚の名折れじゃ!」 何故か燦の背後で津波が岸壁へと叩きつけられ、白い波頭が舞い上がる。 「任侠と書いて人魚と読むきん!」 燦のあまりの迫力に気圧されるルイズとコルベール。 ふと、ルイズは気になった事を口にした。 「そういえば、貴女さっき足が魚じゃ……」 突然燦が慌てだす。 「そ、それは夢じゃ! そんな白昼夢私知らん!」 「そう、人魚よ。自分でも今咆えてたし……」 「それはドリームじゃ! そんなデイドリーム私知らん! そそそ、それよりルイズちゃん! はよその契約せんと!」 大慌ての燦はとても怪しかったが、契約を早く済ませた方がいいのは確かである。 「そ、そうね。でも、本当にいいの?」 「もちろんじゃ! 瀬戸内人魚に二言は無いきに!」 「……人魚?」 「ル、ルイズちゃん! はよー契約や契約!」 「わ、わかったわ」 深呼吸一つ、ルイズは意を決して燦の両肩に手を乗せる。 「ちょっと、かがんで……そう、それで、目をつぶって」 「わかった。どんと来てや」 言われるままに目を閉じる燦に、ルイズは呪文と共に口づけを交わす。 ルイズが口を離し、そっと目を開くと燦は驚いたのか目を大きく見開いてこちらを見ている。 何か言いたいようだが、言葉にならないようだ。 その様子に、ルイズの頬も紅潮する。 「こ、これは契約なの。だから回数には含まれないんだからね。わかった……」 みなまで言わせず、燦はその特技である『ハウリングボイス』を放っていた。 ルイズが目を覚ましたのは医務室のベッドの上であった。 目を覚ますなり、隣で寝ていた燦が飛びついてくる。 「ごめんな~ルイズちゃん、本当にごめんな~。ウチ驚いてしもてつい……」 びーびー泣きながらそう言う燦を宥めつつ、自分の身に降りかかった出来事を思い出す。 「あー、何かこー謎の衝撃波によって全身裂傷、耳血を大量に噴出し、血だるまになってた記憶が……」 「堪忍や~、堪忍してつか~さい~」 どうやらアレはやっぱり燦の仕業らしい。 「何はさておき、事情の説明をしなさい。一体アレは何?」 燦は、頭をかきながらこう答えた。 「いや~、私昔から声大きゅうてな~」 「人一人ぼろ雑巾にするぐらいの大声って何よ!?」 至極真っ当なルイズのつっこみに燦は脂汗を流す。 「そ、それは……」 ルイズから顔を逸らす燦。 「それは?」 「ま、魔法じゃ……こう、杖振ったり箒に乗ったりするはりーぽったー的な……」 「魔法!? でも呪文も唱えてなかったわよ!」 「そ、それは……その……そういう特別な魔法なんよ」 そこまで言って、自分の無茶言い訳さかげんに更に脂汗が流れる。 しかし燦の言葉にルイズは飛び上がって喜んだ。 「凄い! 凄いわサン! それってもしかして先住魔法!?」 『うっわ、めちゃめちゃ信じとる!?』 今更引っ込みはつかない、無理矢理話を合わせる燦。 「そ、それ、その長寿魔法言うやつ。長生き出来るんや、きっと」 ルイズはベッドから飛び降りて燦の手を取る。 「やったわ! これでみんなを見返してやれる! 私だってやれば……やれば出来るんだからっ!」 感極まって涙目になるルイズ。最早修正は不可能と思われる。 物凄く心苦しい燦をさておいて、一人テンションを上げるルイズ。 そこにノックの音と共にコルベールが入ってくる。 「おお、起きたかねミスヴァリエール」 コルベールの顔を見るなり、ルイズは嬉々としてこの事を報告する。 「聞いてくださいミスタコルベール! サンは先住魔法の使い手なんです! この間私を吹っ飛ばしたアレも魔法なんですって!」 その言葉に驚くコルベール。 「なんと!? 確かにアレには呪文の詠唱も無かった。だとすればミスヴァリエール、君の努力が遂に実ったという事か! 素晴らしい! 私も心から祝福させてもらうよ!」 「ありがとうございます、ミスタコルベール……これで、もう誰にもゼロだなんて呼ばせない……うぅっ」 「良く頑張った、君は良く頑張ったよ」 医務室で感涙にむせぶルイズとコルベール。 ちなみに燦は、二人が何か言う度に心に鋭い何かが突き刺さるような衝撃を受け続けていた。 この空気に耐えられそうに無い燦は話題をそらしにかかる。 「それはそれとして……なあルイズちゃん、使い魔って何するもんなん?」 まだ半泣きであったルイズだが、燦の問いかけに少し首をかしげる。 「そうね……とりあえず、燦は炊事洗濯掃除とかは出来る?」 「もちろん、得意分野じゃ」 「んじゃ後は、私を守るんだけど、それもサンの先住魔法なら大丈夫よね! ねえ、他にはどんな事出来るの?」 そう問われた燦の動きが止まる。 『他のて、後は歌とか……イカン、眠りの詩教えたら人魚姿誤魔化したのがバレる。詩系はダメとなると……後は……』 ぽんと手を叩く燦。 「そしたらルイズちゃんヤッパ持ってへん? 出来れば長ドスがええんじゃけど」 二人には全然理解出来ない単語である。 「何それ?」 「えっと、刃物や。それも1メートルぐらいの長い奴がええ」 「剣の事? もしかして剣使えるの?」 「うん、私それ得意なんよ」 少し期待外れの答えであったルイズ。燦の体格では武器を使えたとしても、さほどの強さは期待出来ないであろう。 「魔法は他には無いの?」 「ごめんな、私まだ子供やからハウリングボイスだけなんじゃ」 残念ではあるが、それでもあのハウリングボイスの威力は身をもって知っている。あれだけでも十二分である。 「構わないわよ。それじゃあ、そろそろ部屋に行きましょうか」 そう言って燦の手を取るルイズ。 だが、それをコルベールが止めた。 「ミスヴァリエール、実は君に話さなければならない事がある」 ルイズが振り返ってコルベールを見ると、コルベールは眉間に皺を寄せていた。 あまり良い話ではなさそうだと思ったルイズは少し身構える。 「なんでしょう、ミスタコルベール」 コルベールはルイズから目線を逸らし、僅かな躊躇の後、思い出したように陽気に言った。 「そうだ、君の治療の件があった。今回の件は授業中の事故という扱いにしておいたから、治療にかかった水の秘薬は経費で落ちたよ」 すっかり忘れていたが、治療もタダではないのである。 気を失う最後の瞬間、自分が全身血まみれになっていた記憶がある。 今は何処も痛くない事を考えるに、治療するのにはかなりの量の水の秘薬を必要としたであろう。 「助かります。結構かかりましたか?」 あらぬ方を見ながら指折り数えるコルベール。 「そうだね、全身36箇所の裂傷と耳からの大量出血。特に裂傷はどれも放っておいたら傷が残るようなものばかりだったから、通常の治療の倍の秘薬が必要だった」 改めて聞かされて冷や汗をかくルイズ。 「……結構、危険だったんですね」 「ああ。でも傷を残すなというのは学院長の指示でもあるし、君は気にしなくていいよ。確かにあれは事故だったんだから」 「本当にありがとうございます。サン、今後は気をつけてよね」 「大丈夫! もー二度とせん!」 「よろしい」 ルイズは深く頷いた後、コルベールに向き直る。 「では先生、失礼します」 そう言って二人は医務室を出ていった。 残されたコルベールは笑顔でそれを見送った後、その場にひざまずく。 「先住魔法……アカデミーにバレたらまずいですよね……しかし、ああも嬉しそうにされると……言い出しずらいです、はい」 この事は明日一番に伝えよう、それまでにサンの手に浮き出た紋章も調べておこうと心に決めたコルベールであった。 二人はルイズの部屋に入る。 ぼろぼろに引きちぎれた制服の代わりに医務室備え付けの寝巻きを着ていたルイズはさっそく服を変えようと燦に命ずる。 「サン、着替えるから下着と寝巻き取ってちょうだい」 「ん、わかった」 燦ががさごそと服を漁っている間にルイズはさっさと服を脱ぐ。 すぐに寝巻きと下着を見つけ、それを手に振り返る燦。 「ルイズちゃん、これでええん……っっ!!!!」 ルイズの姿を見た燦はその場に硬直する。 ルイズは下着も脱ぎ、一糸纏わぬ姿であった。 「そうそう、それよそれ。早く着させてちょうだい」 燦はそんなルイズの姿を指差し震えている。 「る、ルイズちゃん……やっぱり女好き好きアマゾネス……」 明らかにおかしい燦の様子に、ルイズは数歩歩み寄る。 「どうしたのよ?」 「イヤーーーーーーー!!」 悲鳴と共に放たれたハウリングボイスは、ルイズを紙くずのように吹き飛ばし、壁面へと叩きつける。 再び刻まれる全身への裂傷、そして壁面に叩きつけられた事による打撲、ほとばしる耳血。 「……二度と、何だって?」 辛うじて残った意識のままそんな事を呟くルイズ。 燦は大慌てでルイズへと駆け寄ってくる。 「ご、ごめんルイズちゃん! 大丈夫か!?」 「……無茶言わないでよ……」 「しっかり! しっかりしてルイズちゃん! 一緒に瀬戸の海を見ようって約束したじゃろ!」 「……してないし……」 「嘘じゃ……こんなん嘘じゃルイズちゃん……嘘じゃーーーーー!!」 「……そりゃ、嘘にしたいでしょうけどね、アンタは……」 「誰か! 誰かおらんの! 衛生兵! 早く来てくれんとルイズちゃんが……ルイズちゃんが死んでしまうっ!!」 「……誰かじゃなくて、アンタが助け呼んで来なさいよ。いや、ワリと本気で……」 「誰か助けて! ルイズちゃんを! ルイズちゃんを助けてーーーー!!」 「……お願い、悲鳴はいいから、早く医務室に……」 結局、たまたまルイズの部屋に来ようとしていたキュルケがこの悲鳴を聞きつけ、医務室へと連絡する。 すぐさま駆けつけた医療スタッフにより、タイヤの付いたベッドに乗せられたルイズ。 「患者は!?」 「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、上から76、53、75、系統ロリツンデレ、裂傷多数、大量の耳血に全裸です」 「出血がひどい、水の秘薬をありったけ持って来い!」 何やら騒がしい医療スタッフと、それに突き従うように後を追う燦とキュルケ。 「ルイズちゃん! しっかり! 今お医者さんが助けてくれるき!」 「……全裸で血だるまって、一体何したのルイズは?」 ベッドに横になった事で安心したのか、ルイズは静かに目を閉じる。 同時にルイズの全身がびくんびくんと跳ね出した。 「くそっ! 痙攣だ! 手術室へ急げ!」 「ルイズちゃん! ルイズちゃん!」 いきなりのルイズの変貌に真っ青になってルイズにすがりつこうとする燦。 それを医療スタッフが遮る。 「邪魔をするな! テンブレードと……」 突き飛ばされ、その場に座り込む燦。 移動ベッドと医療スタッフはそのまま正面の扉を開き、手術室へと消えていく。 扉が閉まると同時に輝く手術中のランプ。 燦はその扉にすがるように張り付く。 「お願いじゃ! ルイズちゃんを助けてあげて! ルイズちゃんを……ルイズちゃんを……」 そのまま泣き崩れる燦。 キュルケはそんなルイズの肩に手を置く。 「後は医療スタッフに任せましょう。ほら、そこのイスにかけて」 しばらくの間、泣いている燦を宥めるキュルケ。 そして落ち着いた頃を見計らって事情を尋ねた。 「一体何があったの?」 「ひっく……ルイズちゃんが女好き好きアマゾネスなんにびっくりして、つい……ぐすっ……」 「わかったわ、もう少し落ち着いてからにしましょう」 早々に事情を聞くのは諦めるキュルケ。 そこに話を聞いたコルベールが駆けてきた。 「ミスツェルプストー! ミスヴァリエールが大怪我を負ったと聞きましたが!」 「はい、今手術中です」 「何故そんな事に、怪我はどんな感じです?」 「全身に裂傷、後耳血ですわ」 それだけで状況を察するコルベール。 「……サンさん、どういう事ですか?」 燦はまだしゃくりあげながらだが、すぐに答える。 「やきに、ルイズちゃんが女好き好きアマゾネスやったんよ。私、それに驚いてしもて、つい勢いでハウリングボイスを……」 ため息をつきながらコルベールはキュルケの方を向いて問う。 「ミスツェルプストー、貴女はそんな話を聞いた事がありますか?」 「……今のでわかったんだコルベール先生は。申し訳ありませんけど、この子が何を言ってるのか私にはさっぱりです」 「ですから、ミスヴァリエールに女性を愛好する性癖があったのかと」 「あるわけありませんわ。ルイズの部屋に誰か女の子が出入りしているというのは聞いた事がありませんもの。そもそも、プライドの塊みたいなヴァリエールがそんな真似するとは思えませんわ」 「なるほど、確かにそうかもしれないな。なら詳しい事はミスヴァリエールが意識を取り戻してからだな」 不意に手術室から怒鳴り声が聞こえてくる。 どうやら手術室では何らかの展開があった模様。 「ドクター! あなた一体何処触ろうとしてるんですか!?」 「ええい離せ! 漢には人間失格とわかっていてもやらなければならん事があるのだ!」 「うおっ!? ブレード挿した状態からそんなに動いたら……ぎゃー! 傷口がー! 止血を! 止血剤を!」 「かくなる上は止む終えまい。三年生にも協力を要請する。水魔法が得意な生徒へ伝えてくれ。ロマンが君達を待っている、魂に賭けて誓おう! お触り自由であると!」 ドガン! 「水系統の三年女子に限定します。よろしいですね」 「イエスマム!」 手術室の扉が開き助手の一人が出てくると、中の様子が見える。 一人の男性医師が頭部から間欠泉の様に血を噴出して倒れ、その他の医師達は黙々と治療に専念している。 医療スタッフの配慮か、どうやら女性スタッフのみでの手術になっている模様。 「峠は越したみたいですわね。ルイズ、貴女の純潔と誇りは守られそうよ」 「それは何より」 冷静にそう呟くキュルケと、あの医師はオスマン菌にでも冒されたかなどと考えながらそっぽを向いている律儀なコルベールであった。 前ページ次ページゼロの花嫁
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8506.html
前ページ次ページGOTHIC DELUSION ZERO 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン!我の運命に従いし、"使い魔"を召喚せよ!」 その日、トリステイン魔法学院では使い魔召喚の儀式の真っ最中であった。 使い魔召喚の儀式とは、この魔法学院に通う生徒達が2年へ進級するにあたって行われるものである。 同時に彼らのパートナーである使い魔を決める大事な場でもあるのだ。 使い魔は生涯をかけて主を守り、導き、そして共に歩む。 故に、使い魔召喚は神聖な儀式として、代々執り行われてきたのである。 そして、今その使い魔召喚を行っているのは桃色がかった髪の少女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールであった。 ルイズが召喚の魔法『サモン・サーヴァント』の呪文を唱え、杖を振ると目の前に小さな爆発が起きる。 だが、もくもくと上がる煙が消え去っても、そこには何も無かった。 「また失敗かよ!!」 「何回目だっけ?」 「さあ?もう10回は軽く超えるんじゃないの?」 周りの級友たちの声がルイズの耳へと入る度に、彼女は腹を立て、ムキになって呪文を唱える。 そしてまた爆発を起こし、その回数だけを重ねていく。 そんなことの繰り返しに、周りの級友たちも流石に煽りだけではなく、本気の抗議の声を浴びせかける。 「いい加減にしろ!!」 「一体、何時までやってんだ!!」 「もう止めちまえ!!」 他の級友たちは既に使い魔を召喚し終え、契約まで済んでいた。 未だに召喚すら出来ていないのはルイズただ一人だけであった。 学院の教師の一人でこの場を監督しているコルベールはそんなルイズを見て、思わずため息を吐く。 コルベールはこの学院内ではルイズの努力を認めている数少ない人物であったが、流石に今の状態のまま続けていても埒が明かないと思い始めていた。 「……ミス・ヴァリエール。このまま続けていても同じことの繰り返しだ。今日のところは次の召喚を最後にしようじゃないか」 「……え?」 ルイズはこのコルベールの言葉に少なからずショックを受ける。 とうとう自分は見限られてしまったのだと。 彼女も彼女でコルベールのことを多少は信頼していたのである。 そんな信頼している教師から遂に最後通告を出されてしまった。 自分の不甲斐無さに思わず下唇を噛む。 (……させなきゃ。絶対に次で成功させなきゃ!!) ルイズは強迫観念とさえ言えるほどの自己暗示をかけると、スッと目を閉じた。 そして意識を最大限に集中させ、呪文を唱え始める。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン!宇宙のどこかにいる私の僕よ!神聖で美しく、そして強力な使い魔よ!私は心より求め、訴えるわ!我が導きに応えよ!」 杖を振った瞬間、今までにない程の大爆発が目の前で起きた。 物凄い爆風が巻き起こり、思わずルイズは二、三歩後ずさってしまう。 しかし、その鳶色の目を閉じることは無く、大量の煙で覆われた場所をしかと見つめる。 (私の……私の使い魔!!) ドラゴンやグリフォンとまではいかなくてもいい。 猫や犬……果てはネズミやカエルだって構わない。 ただ、そこに自分が召喚に成功したという証があって欲しいと願いを込めて凝視していた。 やがて、煙の膜が徐々に薄くなるにつれて、中に何かの影が見え始めた。 そのシルエットから察するに、そこそこ大型の生物のようである。 (やった……やったわ!!) それまでの過程はともかく、召喚が成功した。 そして、使い魔もそこそこ大物である可能性が高い。 ルイズは湧き上がる喜びの感情を隠すことが出来ずにニヤけていた。 だが、その喜びも束の間であった。 煙が晴れて、その中の正体がハッキリすると、ルイズの顔が凍りつく。 級友たちの中の一人がするどくその正体を見とめると、大きな声を上げた。 「……ゼロのルイズが、平民を召喚したぞーーーーー!!」 その言葉が切っ掛けとなり、周囲に笑い声が巻き起こる。 中には、直接的にルイズを馬鹿にしたようなことを言ってのける者もいた。 だが、それらの言葉はルイズには届くことは無かった。 彼女は彼女で目の前の現実を受け入れきれずにいたのであった。 (何よ、これ?嘘、でしょ?え?) 何度目を擦って確認しても、そこにいるのは仰向けに倒れた平民と思われる傷を負った男。 身の丈はコルベールくらいあり、何やら上下にボロボロの黒い服を着ている。 髪型も特に癖っ毛ということは無く、セットしている様子も無く、ただストレートに伸ばしているだけ。 長過ぎず、短過ぎず、といったところか。 多少茶色掛かっているが、基本的には黒い髪である。 ここハルケギニアでは黒い髪というのは珍しく、ここトリステイン魔法学院でも使用人の中に一人該当する人物がいるくらいである。 だが、珍しいだけで存在はしているのだ。 顔は目を閉じてはいるものの、至って平凡。 特に美男子というわけでもない。 これがルイズの呼び出した使い魔の姿であった。 全身に傷を負ってはいたものの、致命傷という風には見えず、また普通に息をしている為、治療は後回しにすることとなった。 「……さあ、ミス・ヴァリエール。『コントラクト・サーヴァント』を」 コルベールは無慈悲にルイズへとそう告げる。 少しの間、その男を見つめていたルイズではあったが、すぐにコルベールへと向き直り、必死の形相で言った。 「ミスタ・コルベール!お願いです!!『サモン・サーヴァント』をやり直させてください!!」 しかし、コルベールは無言で首を振る。 更にルイズが食い下がると、コルベールは困ったような顔で言った。 「ミス・ヴァリエール……残念ながら『サモン・サーヴァント』のやり直しは許可出来ない。『サモン・サーヴァント』は神聖な儀式なんだ。やり直すということは始祖ブリミルへの冒涜にもなる」 「そんな……!?でも、平民を使い魔にするなんて聞いたこともありません!!」 「それでもだ。……分かって欲しい。それにもう一度『サモン・サーヴァント』を行って成功させる自信があるとでも言うのかい?」 最もな疑問であった。 此度の成功の前には、数多の失敗があった。 ルイズ本人でさえ、再び『サモン・サーヴァント』が成功するとは思っていなかった。 だが、それでも変えたかった。 彼女が望んでいたのは普通。 例え、ネズミやカエルだったとしても、それで良かったのだ。 ルイズは生まれてこの方、系統魔法をまともに成功させたことが無く、その為に周りから浮いてしまっていた。 せめて他で補いたいと、筆記などの実技以外の部分で好成績を修めても、その現状は変わらなかった。 それならば、使い魔だけは他の者と同じようなものでありたい。 そう願い、成功させたと思ったら、その使い魔が人間……それも平民である。 耐え難い事実。 それを受け入れるくらいなら、始祖ブリミルに背いてでももう一度召喚をしたかった。 だが、それが出来る筈もないのだということも頭のいい彼女には分かっていた。 暫くの間、コルベールと問答をしていたが、それも切り上げて、ルイズは渋々倒れている平民の男の元へと足を向ける。 そして、男の顔の側まで来ると、観念したかのように『コントラクト・サーヴァント』の呪文を唱え始めた。 (もう背に腹は変えられない。それは分かっている。でも……) 迷いを抱えたまま、半ば棒読みで『コントラクト・サーヴァント』の呪文を紡ぐ。 「……我が名はルイズ・ フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 そうして、男の唇に自らの唇を重ねようとした。 その時であった。 「やめろ!!!!」 突如、舌足らずな子供のような、だが何処か威厳を感じる声が辺りに響いた。 その声に思わずルイズは男の唇に触れる寸前に止めてしまう。 コルベールや級友たちは声の正体を探して辺りを見回していた。 すると、再びその声が今度はルイズに向けて放たれた。 「たかみちはわたしの遂<ミニオン>だ!おまえのつかいまなどにはけっしてならない!!」 ルイズはその声の方へ目を素早く向けた。 他の者たちが声の正体を見失っているのとは対照的に、ルイズにはその声の主のいる場所がすぐに分かっていた。 視線を向けたそこには一人の小さな少女が立っていた。 美しい髪と満月のように丸く大きい瞳。 そして、まるで何処かのお嬢様だとしか思えないゴシックロリータの服装。 今、目の前で倒れている男の知り合いにしては、あまりに不釣合いな存在に見えた。 ルイズは少しムッとした表情で少女へ問い質した。 「……アンタ誰よ?一体何なの?」 少女はそんなルイズの視線をしっかり受け止め、寧ろルイズが怯みそうになるぐらいに強く睨み付けたまま言った。 「私の名はロー。ファルシュ・ドロレス・ヴァレンタインだ。ゴシックハートは<決して錆びぬ思い>。最上なる高貴、揺るぎなき誇りを掲ぐ<星の揺籃>の血と名を継ぎし者なり!!」 前ページ次ページGOTHIC DELUSION ZERO
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8922.html
前ページ次ページデュープリズムゼロ 第三十三話『ミントとルイズの家族』 「はぁ~…」 「あの…溜息なんて吐かれてどうかなされたんですかミス・ヴァリエール?」 多くの生徒及び関係者がそれぞれ故郷や実家に帰る魔法学院の夏期休暇も半分が過ぎた。もう二週間もすれば再び学生として勉学と友人関係に奔走する日々が溜息を漏らしたルイズにとっても始まる事になる。 そんなルイズを心配そうな目で見るのは学園に残って仕事に勤しむシエスタだった。夏期休暇が始まると同時にミントと共に何処かに行っていたと思えばつい先日、何やら酷く疲れた様子で戻ってきたルイズ。 中庭で何やら重要そうな羊皮紙の束を手にしたままシエスタが煎れた紅茶を口に運んだと思えばルイズはしばらくその味と香りを吟味した後で眉をしかめたままティーカップを空にした。 「シエスタ。」 「は、はい。」 唐突に呼ばれ、シエスタはドキリとした…傍目から見てルイズのご機嫌は悪いと言える。具体的に言えばそれは何かに悩んでいながらその解決策も分かっているのに現状どうしようも無い状況に置かれて居る様な… 「紅茶、おいしかったわごちそうさま。」 「いえ、そんな…お粗末様です。」 ルイズから掛けられた意外な言葉にシエスタは目を丸くする。学院に勤めて居る以上貴族の子息の世話を長い事しているが紅茶一杯にこんなはっきりとした感想を与えられた事など初めてかも知れない。 そんな事を考えるシエスタを他所にルイズは再び難しそうな表情で書類をめくる…いけない事だと思いながらもついつい視線を向けたシエスタの視界の隅、その書類には王家の刻印が映されていた。 それを見て動揺しているシエスタに気づきながらもそれを気にした様子も無く、ルイズは書類をめくりながら独白気味に呟く… 「つい最近ね、色々あって初めて自分でも紅茶を煎れてみたわ。知識としては正しい紅茶の煎れ方は知ってたけどいざ自分でやってみると全然駄目ね。香りは飛ぶわ味はしないわ…改めて思うけど私達はいつもあんた達に助けられてるのね。感謝してる…」 「そんな…ミス・ヴァリエール…勿体無いお言葉です!」 果たしてこの言葉を聞いたのがマルトーだったらどうなっていた事か…ルイズのそこらの傲慢な貴族ならば絶対にしないであろう発言にシエスタは感激の余り、両手で口元を押さえて両の目を涙で潤ませた。 「シエスタ、ここだけの話、近くトリステインはゲルマニアとの連合軍でアルビオンに攻め入ることになるわ…戦争が始まるの。私が今読んでるこれはね、私とミント…だけじゃ無いでしょうけど私達が調べ上げて姫様が捕らえた裏切り者の売国奴のリストなの。」 と、まるで何でも無い様に言うルイズの言葉にさっきまで感動でむせび泣いていたシエスタが硬直する。とてもじゃないが一平民のメイド風情が耳にしていい話では無い。 「いくらメイジとしての才に恵まれようと、いくら名門の家柄に生まれようと貴族にもどうしようも無い屑がいるものね。そうそう、今言った話はまだ秘密だから誰にも言っちゃあ駄目よ。」 「解りました。あ、あの…ミス・ヴァリエール…この数日にあなたに一体何があったのですか?」 ルイズの発言に戸惑いながらもシエスタは問い掛ける。明らかにここ数日でルイズの身に何か価値観すらひっくり返る様な出来事があったはずなのだ… そのシエスタの問いにルイズはまさかこんな質問をされるとはと、一瞬驚きはしたが余裕を持った微笑を浮かべて答えるのだった… 「別に、何も無いわ。ただミントと一緒にね、平民のおっさんにセクハラされながらお酌して、お皿を洗って、失敗して、怒って、笑って、寝て、食べて、そんな誰でもやってる当たり前の事をちょっとだけ経験してきただけよ…」 ルイズはそう言って思い出し笑いなのか屈託無く笑う…シエスタは困惑気味に首を傾げたがルイズが皮肉気味に「これ以上は平民が知ろうとする様な事じゃないわ。」と言うとハッとした様に慌てて姿勢を正したのだった。 ____ 魅惑の妖精亭を中心とした諜報活動の結果、大勢の貴族の不正の実体やアンリエッタへの評判、戦争への平民視点での意見等々非常に多くの有益な情報をルイズはアンリエッタへと届ける事が出来た。 徴税官の一件でミントには不正を行う貴族を懲らしめてくれる貴族というイメージが定着しているのかその手の情報が勝手に向こうから寄ってくる上、スカロンの情報網は平民関連に関してはこのまま国の機関としてもやっていけるのではと思える程の物だった。 結果として、あくまで知識としてしか知らなかった平民の暮らしを実体験した事はルイズにとっては貴重な経験となっていた。 また、ルイズとミントがそんな事をしている間にアンリエッタは銃士隊を効果的に指揮を執り、また自身を囮にする事で高等法院長リッシュモンという大物の逆賊を捕らえる事に成功していた。 結果として二人の諜報活動とアンリエッタのネズミ狩り作戦の成功から得られた様々な情報を吟味したアンリエッタはアルビオンへの侵攻作戦を行う事を決定した。 ____ 魔法学園 ルイズが丁度午後のティータイムを楽しんでいる時間、魔法学園の正門前に2台の馬車が到着していた。 平民とは思えぬ程、何処に出しても恥ずかしくない立派な身なりをした御者が引く馬車に刻まれているのはヴァリエールの家紋。必然、その馬車に乗っている人物の素性は極限られた物となる。 「…全く…おチビったら夏期休暇になっても帰って来ないどころか連絡も寄越さないだなんて良い度胸してるわ…これはきつ~いお仕置きが必要ね。」 馬車から降り立った女はそう愚痴りながらも長くウェーブの掛かった金髪を掻き上げると久しぶりに訪れた懐かしき学舎を見上げながら不機嫌に厳しく吊り上がった目を細める。 「御者、ルイズを連れて戻りしだい直ぐに真っ直ぐヴァリエール領に向かうわ。出発準備をしておきなさい。」 「は!畏まりました、エレオノール様。」 毅然とした口調での命令を受けて御者は女、ルイズの実の姉であるエレオノールに姿勢を正して答えたのだった。 人が極端に少ない魔法学園の中、しばらくルイズを探してエレオノールがツカツカと石畳の上を歩いているとふとエレオノールは視線の先に一人の少女の姿を発見した。 服装はメイドでは無く中々仕立ての良さそうな、かといってマントを羽織っている訳では無く杖も持っていない。その姿にエレオノールは学園関係の私服の平民なのだろうと当たりを付けて声をかける事にした。 「ちょっと、そこの平民。ルイズ・フランソワーズを探しているんだけど、どこに居るか知らないかしら?」 エレオノールとしてはいつも通り、他人からすれば高圧的な物言いに声を掛けられた少女はキョロキョロと周囲を見回して誰も居ない事を確認するとようやくエレオノールの言う『平民』が自分を指しているのだと認識して少女ミントはエレオノールに向き直る。 「何?ルイズに何か用?あいつならさっきから中庭でお茶してたわよ。あたしも今からルイズの所に行くつもりだったから何なら案内してあげるけど?」 ミントはいつもと変わらぬ態度でエレオノールに数歩歩み寄る。ハルケギニアに来てから平民に間違われた事等もはや数えてすらいないいつものなので今更気になどしない。 エレオノールはミントの気安い態度に露骨に眉を寄せて厳しい視線を無言でぶつける。 まぁ常識的に考えてこの態度、やはり目の前の少女は私服に着替えた学園の生徒だったのだろうとそうエレオノールは結論づけた。平民呼ばわりされた事で怒っているのだろうか、でなければ目上の貴族に対するこの不遜な態度は説明がつかない。 「あなた…ルイズの友達?…まぁ良いわ、折角だから案内して頂戴。」 「オッケ~、じゃあ付いて来て。」 「あ、こらっ待ちなさい!!」 貴族として余りに態度の悪いミントの様子に魔法学園の品位の失墜を感じたエレオノールが額に手を当てていると、そんな事は構う物かとミントが踵を返して走り出した。 エレオノールはしょうが無いので慌ててミントを見失わない様に追いかけるのだった… ____ 魔法学園 中庭 「お~いルイズ~、あんたにお客さんよ~。シエスタ、あたしにも紅茶煎れて頂戴。」 程なくして学園の中庭に辿り着き、ルイズ達を発見してミントはその傍に駆け寄ってシエスタに紅茶を要求する。シエスタもそれを了承し、慣れた手つきで紅茶を煎れるとついでにミントの言うお客さん用にもう一杯を直ぐに注げる様に支度する。 「客?いったい誰なの…げげっ!!!」 ミントの言葉に手にした書簡から視線を起こしたルイズはミントから遅れてこちらに向かってくる人物、エレオノールの姿をみとめて思わず上擦った声を上げる。 エレオノールも同時にルイズの姿を発見したらしく、歩くスピードを一気に上げるとドシドシという効果音が付く様な力強い歩調でルイズ達の元に歩み寄った。 「お久しぶりね、ちびルイズ。実家にも帰って来ずに随分と夏期休暇を堪能しているようね~。」 「エ、エレオノールお姉様……い、痛い痛いれふぅ!!ごめんなしゃいっ!」 久方ぶりの姉妹の再会はエレオノールがルイズの頬を抓り上げ、ルイズがそれに涙目で許しを請うという形で果たされた。 ミントはその二人のやり取りをみてエレオノールが以前ルイズから聞いていた自分の苦手な姉なのだと察し、シエスタは自体が飲み込めずオロオロとしていた。 頬を赤く染め、涙を両目に浮かべるルイズの姿に威厳は既に無く、ついさっきまで名家の有能な貴族然としたカリスマを放っていた筈のルイズの姿が途端に幼い少女の物となる。 そうしてエレオノールはようやくルイズを解放すると相変わらず涙目のルイズに二言三言小言を言うと直ぐに自分がここを訪れた訳を説明したのだった。 エレオノールの話を要約すればルイズはミントを召喚してから一度も実家に顔を見せて居らず、アカデミー勤めのエレオノールが実家に戻るついでにルイズを回収に来たのである。 「さて、それじゃあ正門に馬車を待たせているから早速行くわよ。それとそこのメイド、あなた道中のルイズの身の回りの世話係りとして一緒に来なさい。」 「えぇ!?わたくしがですか?」 突然のエレオノールの命令にシエスタは目を丸くする… 「何かしら?何か文句がおあり?」 「い…いえ、とても光栄です。」 「そう、良い心がけだわ。」 エレオノールの有無を言わせぬ迫力にシエスタは唯納得するしか無い。まぁルイズの身の回りの世話は自身としても願い出たい所ではあったが。 「さて、後は…ルイズ、貴女が春に召喚した使い魔を連れてきなさい。話位には聞いているわ、何でも随分変わった使い魔だそうね。」 終始エレオノールのペースで進められるやり取りの中、遂に使い魔に関する話題が飛び出した事でルイズの身体が緊張でビクリと跳ね上がりそうになる。ルイズが実家に送った手紙では使い魔についてはまさか異国の王女とも言えずあくまで異国のメイジだとしか伝えていない… 家を離れているエレオノールの耳に届いている情報がどんな物かはルイズには分からないが先程の言いぐさからは本当に珍しい使い魔だと言うぐらいしか聞いてはいないのだろう。 「あ、それあたしの事よエレオノール。」 と、ここで黙って一連のやり取りを見つめていたミントは話題がルイズの使い魔の事に移行したので早速エレオノールに名乗り出たのであった。 「なっ!!??」 ____ 街道 「それにしても…突然でしたね。」 「全くよね…それにしてもあのルイズのお姉さん、ルイズに輪を掛けてきつい性格してるわね~、あれは絶対行き遅れるタイプよ。」 ヴァリエール領への街道を行く揺れる馬車の中、肩を竦ませて言ったエレオノールを表するミントの一言にシエスタは吹き出しそうになるがそれを何とか堪えて肩を震わせ顔を赤くする。 結局あの後、自分を呼び捨てにしたミントに対して烈火の如く怒り、怒鳴り散らしたエレオノールは結局そのままの勢いでメイジが召喚される訳は無いという根拠の無い確信からミントを平民だと思い込んだまま学園を発っていた。 エレオノールとルイズ、ミントとシエスタという組み合わせで乗り込む事になった馬車の中でルイズは非常に気まずい心持ちのまま苦手な姉エレオノールの対面で小さくなっていた。 「全く、使い魔への礼儀作法すら仕込めていないだなんてあんたはそれでもヴァリエールの家名を背負う者なの?」 「申し訳ありません。」 最早本能的にエレオノールに逆らえないルイズは項垂れる様にエレオノールに頭を下げる。 (あぁ…今更言える訳が無いわ…ミントが異国の王女で凄腕のメイジだなんて…それにあのお母様は何と仰るか…) 「聞いているのおチビっ!!!」 「ひゃいっ!!申し訳ありません!!」 目の前に迫る切実な大問題にエレオノールの説教を聞き流していたルイズの耳にエレオノールの怒鳴り声が響き、結局ルイズの中で渦巻く問題は一切解決の目処を見せぬまま、馬車はヴァリエール領へと辿り着いたのであった。 ルイズの実家であるヴァリエール領は隣国ゲルマニアとの国境沿いにあり、またヴァリエール家は王家と祖を同じくするトリステインの中でも最高位の名家である。 その本邸ともなればそれは最早立派な屋敷と言うよりは城と言った方が正しい程であった。 「「お帰りなさいませ。エレオノール様、ルイズ様。」」 一行が玄関をくぐりホールへと足を踏み入れるとそこには無数の従者が一切の乱れなく整列し、一斉に頭を垂れてエレオノールとルイズを出迎える。無論、その直ぐ後ろにいたミントとシエスタもそれぞれ客人として長旅の労をねぎらう様に声をかけられたのであるが。 と、そんな使用人の花道の先にある階段から一人の女性がゆっくりとルイズ達の元に近寄ってきているのにミントは気づき自然と視線はその女性へと向く。 「久しぶりですねエレオノール、ルイズ。」 鋭い眼光、厳しく威厳に満ちた中に見え隠れする優しげな声色。この女性こそルイズ達の母親であるカリーヌであった。 「お久しぶりでございます母様。戻るのが遅くなって申し訳ありません。」 言ってルイズは完璧な所作で傅いて母親へと挨拶を返す。ミントからすれば何とも堅苦しい母親との挨拶に久しぶりにここが流石に異世界であると言う事を強く感じる。 「えぇ。長旅で疲れたでしょう?晩餐の時間までゆっくりと休みなさい。…所で後ろのお二方はどなたなのかしら?一人はメイドのようですが?」 カリーヌの視線を受けてルイズが一瞬たじろぎ、シエスタはあまりの緊張に完全に固まってしまっている… かたや、はっきりと視線を交差させたミントはルイズの母カリーヌから凄まじい力の様な物を感じながらも怯むのは癪なので戸惑う事はせずむしろ堂々とした態度をとり続ける。 「紹介致します。このメイドは学園のメイドで普段私の身の回りの世話をよくしてくれているシエスタです。道中の連れ添いの為に連れてきました。」 ルイズはまずシエスタを簡単に紹介した。それに合わせてシエスタも多少ぎこちないながらもスカートの裾をつまみ淑女として恥ずかしくない態度で頭を下げる。 「そして、彼女が私が春の使い魔召喚の儀式で呼び出しました…遙か異国のメイジのミントです。」 緊張でカラカラになった喉から絞り出す様にルイズは母に事実を伝える… 母は昔からルイズへのお仕置きにはその強大な魔力から放たれる圧倒的な風の魔法を使用してきたのだがそれは最早ルイズにとってのトラウマでしかなかった… 一方母カリーヌはそのルイズの言葉に対して驚愕で目を僅かに見開くともう一度堂々とした態度で自分を見上げているミントを見つめ返す。 (成る程…彼女があの噂の…) 「はぁっ!?あなたメイジだったの?杖も持っていない上にマントも纏っていないじゃない!!」 詰め寄るエレオノールの驚愕の声と共に当然ヴァリエールの使用人達の間にも響めきがあがり驚いた様子が覗えた… 「お止めなさいエレオノール、それがヴァリエールの家の人間の振る舞いですか。ミス・ミント、あなたの複雑な事情はわたくしも陛下から公爵を通じ聞き賜っております。」 カリーヌの言葉にルイズとミントは驚いた表情を浮かべた。カリーヌの言い方であればどうやらミントの素性は既に伝え聞いている上でここでは無闇な拡散を防ぐ意図があるようだとミントは判断する。 「えぇ、事情を察してくれているのなら助かるわカリーヌさん。」 ミントは軽くおどけるように言って肩を窄めると微笑んだ。 「ちょっ!?」 同時にルイズはミントの母カリーヌに対しての「さん」付け呼称に肝を冷やす… 「あの、母様ミントは遠い国から来たもので少々礼節がなってないと言うか…何というか…」 「………うっさいわね…」 「ルイズ、それは文化の違い故でしょう?問題ありません…」 カリーヌはミントの砕けた態度に一瞬驚いた様子を見せたが意外にも寛容な反応を示す…が、それは気のせいだった。 「…折角ですからミス・ミントにはこれから数日、わたくしの指導の下、トリステインの貴族としてのマナーを学んで頂きますから。」 微笑んだカリーヌの言葉にミントは純粋な面倒を感じ、ルイズは幼き日々のスパルタ教育のトラウマを想起してしまうのであった… 前ページ次ページデュープリズムゼロ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/984.html
「なっルイズが飛んできた!?」 「俺、夢見てるのかなぁ?」 ルイズ達が学園に着くと先に戻っていた生徒達の多くは驚きの声を上げていたが、 赤い髪の生徒が、何故かいまだ浮かんだままのルイズに近づく、 「あら、ヴァリエール何時の間にフライを覚えたの?」 「こ・こんな、簡単なコモンルーンなんて最初から使えたわよツェルプストー」 「あら? それは初耳ねそれならなんで、今まで使わなかったの?」 「そ、それは、そう! 魔法に頼りっぱなしだと、体が鈍っちゃうからわざと使わなかったのよ!」 「じゃあ、なんで今は飛んでいるの?」 「それは、さっき呼び出した使い魔になめられないために、わたしの実力を示すためよ!」 「ふ~ん」 「な、なによ! 本当なんだから!」 「まっ、いいわ。そういうことにしてあげるわ、そろそろ次の授業が始まるわよヴァリエール」 「解ってるわよ!」 ルイズ達がそのような会話をしながら教室へ向かおうとしたが、ルイズはふと思いついたように、追いついてきたバッツに声をかける。 「あ、バッツ次の授業は使い魔と一緒に受けることは出来ないから、使い魔達の待機部屋に行っといて」 「あぁ、いいけど俺場所知らないぞ?」 「それならそこらへんにいる人間以外の、生き物追えば着くから適当に行きなさい」 「そんなアバウトで良いのか?」 「いいの! ああ、わたし時間無いんだから!」 ルイズは言いたいことを言うと、他の生徒達の後を追い教室に入って行く。 取り残されたバッツは周りを見渡し、恐らく他人の使い魔であろう生き物達が集まっていく部屋へと向かった。 バッツが部屋に入るとそこには、使い魔であろう多くの幻獣、動物、魔物がひしめきあっていた。 比較的大きな部屋のはずなのだが、部屋にいるの使い魔達の中には大きい者も多く、全体的に窮屈そうになっていた。 バッツはできるだけ他の使い魔を刺激しないように、部屋の隅で休もうとするが部屋の隅にあった【あるもの】を見つけ、 子供のように目を輝かせ、その【あるもの】の元へと向かった。 一方ルイズ(地面ギリギリに浮かんでいるため、先生はルイズが飛んでいることに気づいていない)は、召喚した使い魔との付き合い方の授業を受けていた。 元々召喚前からこの手の授業はあったのだが、実際に召喚が終わらないと、使い魔の世話のやり方を習っても 習った種類と違う使い魔が召喚されれば意味が無い事、また実際に召喚しないとわからない使い魔と視覚や聴覚の共有なども今回の授業で習うのだが、 ルイズが召喚したのは【人間】である、特に習わなくても使用人と同じ扱いで十分だと判断し、前半の授業はいつも真剣に学んでいる彼女にしては珍しく、 聞き流しながら受けていたが、授業の内容が使い魔との感覚の共有のやり方に移ったとき、周りの様子に変化が起きた。 「なんか音楽が聴こえるぞ?」 「え? お前もか? 俺も聴こえるんだけど?」 「でも、このピアノのパートいいわね」 「私は竜の鳴き声の所が良いと思うわ」 と、聴覚の共有に成功した生徒達は、なぜか自分の使い魔から音楽が聴こえ、そのままうっとりと聴き続ける。 しかし、ルイズや先生、元々音を聞けない種族や感覚の共有をしてはいけない種族を使い魔に召喚した生徒は、何が起こってるのか理解できない。 「えー、一部聞いていない生徒もいますが、今日の授業これで終了します。この後は使い魔に彼らの住む場所をきちんと教えてあげてください」 担当の先生は面倒になったのか言うだけ言うとさっさと教室から出て行ってしまった。 音楽を聴いている生徒達は、聴こえなかった生徒達に授業が終わったことを教えられ、生徒達は自分の使い魔迎えに行くのであった。 そして生徒達が使い魔達がいる教室の近くに行くと、使い魔達が待っている教室の中から使い魔達の鳴き声とピアノの音が合唱のようになって聴こえてくる。 「一体あの教室の中はどうなってるんだろうね?」 「ああ、視界を共有しても他の使い魔の姿しか見えないから、あのピアノの音源はわからかったしな」 思い思いのことを言いながら教室に入るとそこには合唱をしている使い魔達とその先頭で杖を指揮棒のように振るっている先生の姿があった。 しかもその先生が学園の中でも不気味な雰囲気と冷たい態度で生徒達から嫌われている疾風のギトーであった。 その光景に生徒達は一瞬フリーズたが、あわててギトーに声をかける。 「ミ、ミスタ・ギトー一体何を?」 「ああ、いや、使い魔たちが暴れないように監視しに教室に入ったら、 何故か使い魔達が合唱をしていたのでつい、楽師隊の指揮者のまねをしていたのだよ、ははは。 今年の使い魔たちはどうやら素晴らしい者達のようだな」 ギトーは、ごまかすように生徒達を褒めると教室から出て行った。 また、使い魔達の合唱も自分達の主人を見つけたためすでに終わっていたが、ピアノの音は鳴り止まない。 そして生徒達は滅多に褒める事をしないギトーに褒められたことに喜び、そのきっかけとなった自分達の使い魔たちを褒めた。 ルイズはそんな中自分の使い魔であるバッツを探す。 そして、バッツを見つけたルイズは唖然とする。 ルイズの視線の先には、何故か椅子に座らずにピアノを弾くバッツの姿があった。 「バッツ! あなた何やってるのよ!?」 「ん? ルイズか? いやピアノがあったからつい引いていたんだけど・・・もしかして勝手に弾いたらまずいんか?」 「ま、まぁ本来はダメだと思うけど、この周りの反応なら今回は特別に許されると思うけど・・・ ってそうじゃなくて、あなた何でピアノを弾けるのよ!?」 「いや、旅をしている時に酒場でなんとなく興味があって、弾いていたら自然と美味くなったとしかいえないが・・・」 「なっ、ピアノが酒場にあるってどんな大きな都市よ!?」 「へ? ピアノが無い酒場なんて探す方が大変だろ?」 「一体どんなところ旅すればそんな常識になるのよ!?」 「いや、どんなところと言われても、今まで旅していたところ、としか言いいようがないんだが・・・」 「じゃあ! 今まで旅していたところを教えなさいよ! 旅していたんだから地図くらい持ってるでしょ!?」 「あ、ああ、いいけど・・・」 「けど、何よ?」 「いや、みんなこっち見てるぞ?」 「な!?」 ルイズが周りを見渡すと、生徒達が自分達に注目していた。 元々ピアノ音源に対して興味があった事とルイズの声の大きさが合わさったためこの場にいる生徒達は全員ルイズ達を見る形になっていた。 「そ、それを先に言いなさい! は、話の続きはわたしの部屋でするわよ!」 ルイズは顔を真っ赤にしながら、バッツを引っ張り走り去っていった。 ルイズの部屋に移動したルイズは床にバッツを座らせ、地図を出させる。 バッツが取り出した地図は国境線などは書かれていないが森や山などはとても正確に描かれており、 未開の土地であるはずの東の土地や【聖地】の正確な地形が描かれ、さらにアルビオンの大陸はリアルタイムで動いていた。 「な・な・な・・・」 「な?」 「なんなのよ! この地図はー!? 何で東の正確な地図が出来てるのよ!? それにアルビオンもちゃんと動くなんて、どんな魔法よ!?」 「いや、俺もこの地図は拾いもんだから、詳細は知らないんだが・・・」 「ま、まぁ知らないならいいわ。それよりもあなたが旅をしてたのはどこら辺なの?」 「ん~たぶん、ルイズの言う未開の土地当たりだと思うぞ」 「たぶんって何で断言できないの?」 「ああ、今まで自分でも気がつかなかったけど、俺少し記憶が無くなってるみたいで、この地図のどこら辺を旅してたか覚えてないみたいだ」 無論このバッツの発言は嘘である。なぜ彼がこのような嘘をついたかはきちんと理由がある。 まず自分がこの世界の人間でないと自分で納得いく理由があっても、それがルイズが信じさせれるだけの証拠ならないことがあげられる。 彼がこの世界が自分の居た世界でないと確信を持っている証拠は、今ルイズに見せている、彼が元いた世界の船の墓場で拾ったこの地図である。 この地図は何故かガラフの世界に行った時、2つの世界が合体した(正確には戻った)時も、何故かその世界の世界地図に変化しており、 今回も自分が今まで旅をしていた世界とは似ても似つかない地図に変化していることこそ、この世界が彼が居た世界と別世界である証拠なのだが、 この事実を知っているのは彼だけで、たとえこの世界の人にこのことを説明してもこの事実を信じてもらえるどころか正気を疑われるだろう。 そして、記憶喪失と言ったのは、この世界の常識と自分の常識が食い違っていても、これを記憶喪失ということでごまかせると思ったからである。 「え、じゃあ薬とかの知識とか大丈夫なの!?」 「ああ、何故かそういった技術面の記憶は残ってるんだが、それをどうやって身に付けたか、どの村や町を旅してたか、とかが、ちとあやふやだな」 「ちょと!? それって大変なことじゃないの!?」 「いや、あやふやな記憶だけど、一緒に旅していた仲間の一人は名前だけしか憶えていない状態だったけど、そいつは旅に支障はでてなかったぞ?」 「旅に支障が無くてもわたしの使い魔として支障が出るじゃない!?」 「ん~、確かにそうかもしれないな、なぁルイズ」 「な、なによ。いきなり真剣な顔して」 「ああ、取りあえずここら辺の地域の常識を教えてくれないか? 俺が旅していた地域と違うかもしれないしな」 「え、ええそれくらいいいわよ。わたしだって使い魔が変な行動取られるよりも先に釘させれるから丁度いいわね」 そしてルイズはバッツに(ルイズの独断と偏見の多分に混じった)常識を教える。 バッツに教えた常識を大まかにまとめると、 1.世間の評価は魔法 越えられない壁 魔法以外の技術 である。 2.そして魔法が使えるのは貴族だけである。 3.その為、平民では貴族に決して勝てない。 4.またここは魔法学院ので貴族が多いが、身の回りを世話するための平民もいる。 5.キュルケという女性には近づいてはいけない。 と言った感じである。 ルイズは説明を終えると、眠そうにしながらバッツに声をかける。 「ふぁ~あ~、そろそろ寝るから、脱がして」 「はぁ? ルイズ、何言ってるんだ!?」 「だから、寝巻きに着替えるんだから手伝え、って言ってるのよ? 身の回りの事を使用人がいるなら、頼むのは当然でしょ?」 「いやいや、おかしいだろ!? 普通そういうことを任せるにしても、女性の使用人だろ?」 「? 何言ってるの貴方は、わたしの使い魔でしょ? 使い魔なら犬とか猫とかと大差なんだから、犬や猫に裸を見られても恥ずかしくないでしょ?」 「いやいや、その理屈はおかしいだろ!? なら逆に聞くけど、変な触手とか一杯付いた使い魔に着替えとか手伝ってもらいたいか?」 「そりゃ、嫌に決まってるじゃない!でも貴方はただの人間でしょ? もしかしてわたしに変な感情とか抱いてるの?」 「いや、それは無いけど・・・」 「なら問題ないじゃない?」 「・・・はぁ、了解しました」 バッツはがっくりとうなだれながらルイズの着替えを手伝う。流石に下着を脱がすよう言われたときは断固拒否したが・・・ そして着替えが終わると、 「じゃあ、わたしはもう寝るからその服と下着は明日バッツ洗っといてね」 「ああって、おい!服はともかく下着は無いだろ!?」 「じゃあわたしの下着は汚いままで、いいというの?」 「いや、そうじゃなくて、それって使い魔の仕事でもないし、ましてや男の俺に頼むものじゃないだろ!? それこそ女性の使用人に頼めよ!」 「じゃあ、貴方が頼めばいいじゃない、洗濯の場所くらいなら明日教えてあげるから」 「っ解ったよ。で、俺は何処で寝ればいいんだ?」 「そこの床」 「はぁ?」 「だからそこの床で寝なさい」 「ルイズ、いくらなんでもそれは無いだろ?」 「じゃあ外で野宿する?」 これらの行為はルイズが自分とバッツに上下関係をはっきりさせるための作戦であったのだが、 「ん、その方が床よりも休まりそうだな。 洗濯物は明日の朝とりに行くから俺は外で寝るな」 バッツはそう言うとそのまま外に出て行ってしまう。 「へ?何で・・・ あ! ・・・そういえばバッツって冒険者だったのよね、そりゃ野宿を選ぶじゃない! わたしのバカー」 一人部屋に残されたルイズはベットの枕をポカポカ殴りそのまま疲れて眠るのであった。 一方バッツは学園の外に出ると適当な広場で道具袋からテントを出し組み立ててその中で横になる。 バッツはルイズから説明を受けたことを思い出すと、へたに自分が魔法使えることがばれると色々厄介なことになりそうだな、 と思い出来るだけ人前での魔法の使用は控えることを決心するのであった。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4221.html
前ページ次ページ虚無の魔術師と黒蟻の使い魔 夜。 天には二つの月が輝いている。 ルイズは夕食を済ませると、ワインを飲みながら歓談するクラスメイトたちを尻目に、早々に部屋に戻り閉じこもってしまった。 基本的にルイズには友達が少ない。いや、いないといってしまっても差し支えない。 なので、夕食後の歓談の輪に入らないのは特に珍しいことではない。 ただ、夕食後もしばらくは席を立たず仏頂面のままワインを飲んでから部屋に戻る、というのが普段のルイズのパターンである。 話し相手がいないからといってすぐに部屋に戻ってしまうと、まるでそこから逃げてるような気がして、プライドの高いルイズには許せないのだ。 しかし、今夜は夕食を食べ終わるとそそくさと部屋に戻ってしまった。 そんな、普段とは違うルイズの行動に気づいたのは、寮で隣室であるキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーだけであったが、そんな彼女も数多いる恋人のうちの一人に声をかけられると、そんな些細なことはすぐに忘れてしまった。 ルイズはベッドに腰掛け、ぼうっとしていた。 ルイズが早々に部屋に戻ったのは、自分の契約した使い魔、モッカニアの『本』を読み進めるためであった。 モッカニアの『本』を一通り読み、さらに気になった部分を読み返したりしているうちに、すっかり夜も更けてしまった。 今は、分厚い本を読破した後のような達成感と虚脱感がルイズの心を占めている。 このまま布団をかぶって目を閉じてしまいたい気もする。読書後の興奮でなかなか眠れない気もするが、案外すぐに眠りに落ちるかもしれない。 しかしルイズはその誘惑を打ち消し、読了したばかりの『本』によって得られた情報の整理を試みる。 この『本』の舞台となる世界は、ルイズの住むハルケギニアとはまるで違う。 まず、月が一つしかない。 世界の成り立ちも違う。この世界の歴史にブリミルの名前などまるで出てこない。世界を創った『始まりと終わりの管理者』。『始まりと終わりの管理者』から世界の管理を任された三柱の神。『楽園時代』。 どれもルイズが慣れ親しんできた神話や、始祖ブリミルの物語とは相容れない。 その世界では、ハルケギニアよりはるかに技術が発達していた。飛行機、ラジオ、シネマ。どれもルイズには夢想すらしたこともないようなものが、魔法でもなんでもなく道具の延長として存在している。 魔法もハルケギニアで使われている系統魔法とは異なる魔法が存在する。エルフが使う先住の魔法ともおそらく違うだろう。 しかし何より、人が死ぬと魂が『本』になるということが一番の違いだろう。その『本』を読むことでその人生をすべて知ることができる。 そして全ての『本』が収められる神立バントーラ図書館。その『本』を管理する武装司書。 ……実に荒唐無稽だ。 ルイズが今まで読んできたどんな物語も、ここまで突飛なものはなかった。 これが普通の本に書かれていたなら、作者の想像力に拍手喝采を送っていただろう。 だが、そんな世界が記されているのは普通の本ではなく、『本』。記された『本』自体が荒唐無稽な内容を裏付ける証拠だ。 信じざるを得ない。認めざるを得ない。確かに、ルイズが住む世界とはまるで違う世界がどこかに存在するのだろう。 そして、そんな世界で生きたモッカニア。 モッカニアは武装司書だった。 武装司書はあちら側の世界で最もなるのが難しいと言われる職業だ。桁外れの戦闘能力と歴史学者も顔負けの頭脳が求められる。 武装司書の頂点であるバンドーラ図書館館長代行は、すなわち世界最強の称号でもある。モッカニアはその館長代行に匹敵する戦闘能力を持つ、最強の一翼を担う存在であった。 「って言ってももう死んでるのよね……」 ポツリ、呟くルイズ。 どんな最強の能力を持っていても『本』になってまで使えるわけではない。『本』はあくまで『本』だ。 どれほど優れた体術を身につけていようがそれを振るう肉体がない。どんな強力な魔法を習得していようとそれを行使することは出来ない。 結局『本』は、ルイズにモッカニアの生涯分の知識を与えてはくれたが、使い魔として役に立つということはありえない。 「全く、もう! 生きたモッカニアが来てくれたら間違いなく最強の使い魔だったのに!」 モッカニアの魔法。恐ろしいと言うよりもおぞましいと言ったほうがよいだろう。 少なくとも、建物や洞窟など閉じられた空間でモッカニアに敵うような存在はハルケギニアにはいないのではないか? モッカニアが今この場にいたとして、全力でその魔力を開放したら…。学院に住む全ての生き物が夜が明けるのを待たずに骨だけになってるだろう。いや、骨も残らない。 「生きてるモッカニアが来てくれたら! そしたら……」 そしたら? そしたらどうなっていただろう? そしたら自分はどうしただろうか? ルイズは部屋の片隅に目を向ける。そこには場違いな藁の山がある。 もしも部屋に置いておけるようなサイズの使い魔を召喚したら、その寝床にしようと思い用意しておいたものだ。 ただの平民にしか見えない男が召喚されて、その平民のためにきちんとした寝床を用意してやるだろうか? モッカニアに藁の上で寝ろと命じ、モッカニアを怒らせ、モッカニアの魔法の餌食に……。 「そ、そんなこと、あ、ありえないわ! 私がそんな酷いことするわけないじゃない!」 脳裏に浮かんだ自分の姿を振り払うように、首を振るルイズ。 流石にそんなことはしない……と思う。学院に奉職する平民たちと同じぐらいの待遇は与える……んじゃないかな。 しかし相手は異世界から来たのだ。まずまともな会話は成立しないだろう。頭のいかれた平民としか思えないモッカニアに対し、まともな扱いをするだろうか? それどころか、モッカニアの人生の最後の4年間は、ある出来事を契機に実際に心を病んでしまっているのだ。 そんな状態のモッカニアを自分はどう扱うのだろうか? 「見た目が平民なのよね……。それが問題よね。一目見てすぐ有能だって判ればちゃんとした待遇を用意するのに……」 そう言うとルイズは、ふと何かに気がついたかのように硬直した。 しばしの硬直の後、ベッドに倒れるように寝転がる。 そして布団に顔を押し付け、 「あは、あははあは…あは…」 乾ききった笑いがルイズの口から漏れる。 「な、何を言ってるのかしら、私。自分が、ゼ、ゼロ、ゼロのくせに、の、能力があれば、まともに扱ってやるだなんて、どれだけ、は、恥知らずなのよ……」 ルイズは暫く布団に顔を沈めた体勢のまま動かずにいた。 時々しゃくりあげるような声が聞こえてきたが、暫くするとその音も消えた。 「…………」 布団から顔を上げると、うつろな目で部屋の一点を見るとはなく見つめていたが、 「今日はいろいろありすぎて疲れてるから、変なことばかり考えてしまうのね。早く寝ましょう」 そう自分に言い聞かせるように呟くと、着替えもせずに布団にもぐりこんだ。 指を鳴らし、部屋の明かりを消す。 早く眠りに落ちてしまおうと目を閉じるが、やはりいろいろなことが胸に去来し、なかなか眠れそうにない。 暗闇の中ぼんやりと天井を見つめる。 (もし、もっと早く召喚の儀式をしてれば、モッカニアは死ななくて済んだのかしら……) ふと、そんなことが頭をよぎったが、 (それこそ考えるだけ無駄ね。昨日死んだのか、千年前に死んだのか。知りようがないもの。そんなことより早く眠らなきゃ……) 思い直すと、きつく目を閉じ、今度こそ眠りに落ちていった。 その夜、ルイズはモッカニアの夢を見た。 前ページ次ページ虚無の魔術師と黒蟻の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4194.html
前ページ次ページアクマがこんにちわ 人修羅がルイズの使い魔となり、魔法学院で暮らし始めてから三日目。 初日は召喚されたり下着を洗ったりで大変だった。 二日目は授業で爆発しそうになったり大変だった。 今日はどうなるかなぁと思いながら欠伸をすると、よっこいせと呟いて立ち上がり、両腕をぐるぐると回して身体をほぐす。 窓から外を見ると、日が昇って間もない時間らしく、朝の清浄な空気が自分を招いている気がした。 「…まだ起こすには早いな」 小声で確認するように呟くと、人修羅は寮塔の外へと出て行った。 魔法学院の敷地は広い、正五角形の壁に囲まれた範囲だけでなく、その周辺も魔法学院の管理下にあるらしい。 人修羅はいくつか確認したいことがあったので、裸足のままつま先を立てて、地面をトントンと蹴った。 大地の感触を確かめると、「フッ」と短く息を吐いて身体に力を入れ、魔法学院から少し離れた林に向かって走り出した。 ビュゥビュゥと風を切る音が聞こえる、まさしく今、風を切って走っている。 人間とは比べものにならないパワーを持っているが、足の長さという如何ともしがたい問題により、思ったより早くは走れない。 その代わり異常なまでの体力が備わっているので、時速50kmで何日も走り続けられると考えれば適切だろうか。 林に近づくと向きを変える、地形を確認するために、林に平行して走り、魔法学院の方角から見られない位置を探した。 林に沿ってしばらく走ると、魔法学院の高い塔も見えなくなる、そこで人修羅は走るのをやめた。 「ふーーーーーーーー…」 深呼吸して、身体を適当に動かす、最初は緩慢とした動作で両手を振ったり、屈伸運動ナリをしていたが、途中からその動作に攻撃的なものが混じった。 「確かめておかないとなー」 そう呟きながら指先に力を込める、爪が10メートルも伸びるようなイメージを描き、指先に力を流す。 右手をだらんと下げた状態から、勢いよく空に向かって突き上げると、同時に地面に五本の亀裂が走り、土がえぐり取られ空中へと高く舞い上がった。 「こうして見ると、畑仕事に便利かな?……でも巻き添えを作りそうだな」 『アイアンクロウ』と名付けているこの技は、ボルテクス界では破壊力のみを求めて、好んで使っていた。 しかし今試しに使ってみると、今まで恩恵にあずかってきた破壊力が、予想以上の威力を発揮しているのが解ってしまった。 10メートル、こちらでは10メイルの距離を抉るつもりだったが、実際には30メイル先まで地面がえぐれていた。 精密な動作には向かない、これでは乱戦、混戦になった時に、仲間を傷つけてしまうかもしれない。 「…まずいな、これじゃ、ジャベリンレインでも使った日には仲間ごと吹き飛ばすかもしれないな……うーん。困った」 人修羅はあぐらをかいて地面に座る、顎に手を当てて、いかにも『悩んでます』という雰囲気を作ろうとしているその姿は、どこか滑稽だった。 「ルイズさんに魔法の話はしたけど、どうするかなあ」 今の人修羅は、仲魔達から一応の手ほどきを受け、炎を出すアギ、氷を作るブフ、電撃を放つジオなど、ある程度のことはできる。 しかし口から吐く炎や吹雪と比べて効率がとても悪くとても実戦では使えなかった、そもそも魔法を習得しようとした理由が『ご飯炊く時、口から火を吐いたら悪役みたいで格好悪いじゃんか!』なのだから、戦いに使えないのも仕方がなかった。 「怪我の治癒に良さそうな魔法でも教えてみようかな…あ、待てよ、そもそもこの世界の人間に…って言うか普通の人間に『ディア』を使っていいのか?副作用とか無いのかな」 ディア、とは怪我の治癒に使うものであり、簡単な怪我なら多少深くてもすぐに治癒してしまう、しかし今までは仲魔に使っていた、人間に使った訳ではない。 「まいったなー、どうしよ」 まさか人体実験をするわけにも行かない、人修羅は今の自分が役立たずな気がして、地面にのの字を書いて落ち込んだ。 ■■■ 「ルイズさーん、朝だよー、早く起きないと蜜柑聖人が起こしに来るよ」 「ううん…」 硬い床に体育座りで寝ている人修羅とは違い、ルイズはとても柔らかそうなベッドで眠っている、それを揺り動かすのは躊躇われるので、とりあえず声をかけるところから目覚ましは始まる。 目を覚ましたルイズは、寝ぼけ眼で部屋を見回す癖がある、この時眠そうな目つきをしているが睨んでいるのと大差はない、しかしルイズは可愛い、というわけで人修羅にとっては妹か、それに近い存在のように思えてしまう。 妹だとしたら下着着せるのってやばくね?禁断の関係!ヒャホー! などと考えることもあるが、決して口には出さず、ルイズに言われるがまま服を渡していく。 人修羅も恥ずかしいので、下着は自分で着て貰うことにしているが、やっぱり時々胸の小さい桜色の小さな可愛らしい女の子スイッチ二つが見えてしまう。 気まずくなって目をそらすが、人修羅の顔は赤かった。 昨日言われたとおり、顔と口を洗う水を準備しておいたので、ルイズは無言で顔を洗い歯を磨いていた。 実は今朝、桶に汲んだ水をファイヤブレスで温めようと考えていたが、早朝の身体能力実験で火力が強すぎると解ったので、水は冷たいままであった。 ルイズが顔を洗うのをちらちらと見ながら、ファイヤブレスでうまくお風呂を沸かす方法は無いかと考えていた。 ■■■ 食堂に入ったルイズは、入り口から人修羅が見ていないかと思って、後ろを振り向く。 しかしそこに人修羅の姿はない、人修羅は生徒ではないので、アルヴィーズの食堂で食べるのは遠慮している。 魔法学院で働く平民にはいくつかの区別があって、そのうち宝物庫周辺や門の外を警備する衛兵と同じものを食べさせて貰うよう、ルイズを通して頼んだのだ。 そんなわけで食事時になると、人修羅は厨房の空きスペースで食事を頂き、ルイズは一人で食事の席に着く。 「椅子ぐらい引いてくれたっていいじゃない」 ルイズの呟きは、誰にも気付かれることなく消えていった。 ■■■ 「おう、そっちに置いてあるぜ」 そう言って厨房の奥を指さしたのは、コック長のマルトー親父。 年は四十を過ぎており、恰幅の良い体型をしている、厳しそうな目つきとたくわえられた顎髭が彼の頑固さを見た目に表していると言える。 マルトーは貴族ではなく平民だが、収入の低い貴族よりも遙かに羽振りはいい、魔法学院のコックとしてオールド・オスマン直々に雇ったと言われるだけあり、料理の腕は確かだった。 マルトーの腕をちらりと見ると、筋肉の動きがハッキリ見えている、ただの肥満ではなく力仕事から何から何まで、いろんな経験をしてこの職に落ち着いたのだろうと想像できた。 人修羅がシチューの置かれたテーブルに座ると、シエスタがそっと近寄ってふかふかの白パンを出してくれた。 「どうぞ、一つ余りそうなんです。遠慮無く食べてください」 「いいの? うわ、こんなふかふかのパン初めてさわったよ、しかもまだ暖かい」 「焼きたてですから」 人修羅がパンをちぎると、弾力性のある生地がプチプチとちぎれていく、まるで上質の綿のようであった。 「いただきます」 零れそうになる涎を我慢しながら、人修羅はパンをほおばった。 ■■■ 「ごちそうさまでした」 人修羅が食事を堪能すると、包丁を持ったマルトーがやってきた。 不思議そうに人修羅を見ている、正確には人修羅が眼前で合わせた手に視線が向いている。 「あ、マルトーさん、ごちそうさまでした」 「よう、気に入ってくれたかい」 「こんな美味しいスープも、パンも、初めて食べましたよ」 「そうかそうか、パンは貴族に出してるものと同じものさ。それにしてもお前、貴族と同じ料理を断ってまかないを食いたいだなんて、変わった奴だなあ」 「…僕の住んでた所じゃ、朝からお肉は食べなかったんですよ。すいません無理を言って」 そう言って人修羅が笑うと、マルトーはがっはっはと盛大な笑い声を上げた。 「気にすんな、オールド・オスマンから貴族と同じ食事を出してくれたと頼まれてたんだ、それを断った理由を聞きたかっただけさ」 人修羅は驚き、マルトーを見上げた。 「ホントですか、そこまでしてくれなくてもいいのにな…」 申し訳なさそうに頭を掻くと、マルトーがまたハハハと笑い出した。 「ははは、だから気にするなって。それはそうとちょっと聞きたい事があるんだが、お前、東方から来たんだって? そっちにはどんな食い物があるのか教えてくれないか」 「あー…」 人修羅はちょっと困ったような笑みを浮かべた、東方から来たというのは間違いではないが、この世界の東方『ロバ・アル・カリイエ』とは違う。 どうしたものかと説明に困っていると、マルトーが人修羅をせかすようにしゃべり出した。 「東方で作られた『茶』ってのを飲んだことがあってなあ、紅茶を若葉で飲むと茶に近い味が出るのは分かったんだが、あの苦みと甘さの中間のような味が出ねえんだ、話に聞いたところじゃ、酒の作り方も違うんだって?それが気になってなあ」 「茶?茶って、緑色で、ちょっと時間をおくと黄色っぽくなる、あの茶ですか」 「おお!やっぱり知ってたか、いい茶は薬として飲まれてるって聞いたが、なんか手がかりは無いかなあ」 人修羅は首を捻って考え込む。 お茶といわれてもどんなお茶があるのか、この世界とのお茶の相違点がよく分からない、上手く誤魔化すにしてもどう言えばいいか困ってしまった。 「すんません、お茶は作ったこと無いんですよ。でもいいお茶は60度から70度で煎れるとか」 「ロクジュウドからナナジュウド?なんだいそりゃ」 「えーーーと……。お湯を沸かすと、鍋の底に気泡ができますよね、沸騰はしていないけど、気泡は出来ているぐらい。まあ素手じゃ触れない温度です。それぐらいの温度で一分間蒸らすと、苦みより甘みが抽出されるとか」 「ほう!紅茶とは違うんだな、そうか温度の違いか、確かにそりゃあ大事だ」 「そろそろルイズさんが出てくると思うんで、行ってもいいですか?」 「ん? ああ、そうだな。次は食い物の話も聞かせてくれ」 「はい。それじゃ」 席を立って厨房から外に出ようとすると、こちらを見ているシエスタと目があった、シエスタが微笑むと自分も嬉しくなる、彼女の髪の毛が日本人の黒髪に似ているからだろうか。 「ボルテクス界でもホームシックにはならなかったのになあ」 人修羅はそう呟くと掃除と洗濯をすべく、寮塔へと足を運んだ。 ■■■ 朝食をとり、ルイズの部屋を掃除し、洗濯をした後は、ルイズと共に授業を受ける。 ルイズは空いている席に座るよう求めたが、人修羅は貴族の学校なので席に座るのは遠慮したいと言って断った。 人修羅は最後列の壁を背にして、立ったまま授業を受けるつもりだったが、教師から「立ったまま授業を受けるのは使い魔とはいえ行儀が悪い」と言われ、仕方なくルイズの隣に座ることになった。 もっともその教師は、立ったまま授業を受ける人修羅が不気味だったので座らせたのだが…… 「なんか俺、転校生って感じだ」 「バカ言わないの、あんたは使い魔だし、亜人じゃないの」 「まー、そうなんだけどね」 冗談めかして呟いた言葉だったが、半分は本気だった。 殺気混じりではないが、周囲から見られている気がしてならない、それが何とも言えない居心地の悪さを感じさせていた。 魔法学院の授業は、人修羅が知っている魔法や技と違い、生活に結びついたものばかりでとても興味深かった。 水からワインを作り出したり、秘薬を調合して特殊なポーションを作るなど、普段何気なく使っていた『宝玉』の作り方を見ているようであった。 三年生になると、石に魔法を封じ込めて簡単なマジックアイテムを作る授業もあるらしい、俺も作ってみたいなあ、と思う人修羅だった。 他にも、箱やボールなどを空中に浮かべて窓から外に放りだし、使い魔に取りに行かせ『感覚の共有』を実演させる授業などがあった。 自分もルイズに「ほら犬、取りに行きなさい」なんて言われたらどうしようかと真剣に悩んだが、人修羅が指名されることは無かったのでほっと胸をなで下ろした。 他にも夜洗濯物の取り込みで下着の扱いに困ったり、東方の料理について聞かれ、文化性の違いから閉口することもあったが、大きなトラブルもなく数日が過ぎていった。 ■■■ ある日の夕方。 ばさっ、ばさっという羽音が聞こえ、ふと窓を見ると一羽のペリカンがルイズの部屋の窓を見つめていた。 人修羅もそれに気付いたのか、先ほどまで見ていた『やさしい標準文字』と書かれた本からペリカンに視線を移している。 夕食後、人修羅に文字を教えていたルイズは、ペリカンを見て何だろう?と首をかしげたが、足にくくり付けられた包みを見て、あっ、と声を上げた。 「意外と早かったわね」 そう言って窓を開け、ペリカンを窓枠に止まらせると、包みをほどいてベッドの上に置いた。 包みの中身をちらりと見て確認すると、ルイズはくちばしの中に金貨を入れ、ごくろうさまと呟いた。 するとペリカンはくわぁと鳴いてそのまま外へと飛び出し、星の見え始めた空へと飛んでいってしまった。 「ペリカン?本物? それ何?」 「貴方の服よ、ほら、上が裸のままじゃ困るって言ってたじゃない」 「まさか、買ってくれたのか」 「言っておくけど、お金を払わそうなんて思ってないわよ。使い魔の世話は主として当然のことなんだからね」 ふん、と鼻を鳴らして胸を張るルイズを見て、人修羅は年の離れた妹が居たらこんな感じかなあと考えた。 ルイズから渡されたものは黒い長ズボンに、黒い靴、そしてダークグレーのシャツだった。 「なんで黒ばかり?」 「身体が光るから何とかしたいって言っていたでしょ、だから光を通しにくい生地で作って貰うよう頼んだのよ」 「何から何まですまないねえ」 「当然よ」 おとっつぁんそれは言わない約束でしょ、と言い返されるのを期待していたが、現実はそんなに甘くなかった。 服を着てみると、確かに身体から光が漏れない、これなら夜でも目立たないだろう。 首の後ろに生えた角も被着に影響はなかった、魔法学院の生徒のように硬い襟ではなく、伸び縮みのする繊維で織られていたからだ。 「首の後ろに角の生えた亜人だから、って説明したのよ。でも亜人に服を着せるなんて、酔狂だと思われたかもしれないわ」 「へえー、亜人は服を着ないの?」 「吸血鬼は人間に偽装しているから服を着るわ、翼人やエルフは独特の服を着ているし、オーク鬼やトロル鬼は毛皮の腰巻きをまいてるそうよ」 「そいつら、首の後ろに角が生えてるわけじゃないだろ?どんな亜人だと思われたのかなあ。これでも一応人間だったんだけど」 「そんなことまでいちいち気にしないでしょ。……ところで人修羅。」 「なに?」 きょとんとした表情で人修羅が答える、ルイズはそんな人修羅をじろじろと検分するかのように見つめたが、しばらくするとハァとため息をついた。 「……オールド・オスマンは貴方のこと、すっごく強いって言ってたけど、本当に強いの?」 「うーん、返事に困るな。それは。実際に見て貰えれば解ると思うけど、第三者に見られたくないんだよなあ。……魔法学院の外で見せたい」 「それはいいけど、何でそんなに人目を気にするのよ」 じとっとした目でルイズが睨む、視線にはどこか人修羅を疑うような意志が見える気がした。 「そりゃねえ、危ないしねえ」 ■■■ 魔法学院の外に出たルイズと人修羅は、人修羅が召喚された草原に来ていた。 最初は人修羅がルイズを背負って走ろうとしたが、恥ずかしいという理由で断られてしまった、あたりはもう暗く、星々が空に輝いている。 隣を歩くルイズを見ると、不意に東京の生活を思い出した。 「…女の子を夜中に連れ出すなんて、ちょっと危ない人だと思われるよなあ」 「何?」 「いや、誰かと一緒に歩くなんて、久しぶりだと思ってさ。それとルイズさんって、随分心配されてるんだね」 「心配?」 「ほら、あれ」 首をかしげたルイズの疑問に答えるべく、人修羅が夜空を指さした。 見ると、星が光ったり消えたりしている、何だろうと思って目をこらすと、星を明滅させているのは竜だった。 竜もルイズ達に気付かれたと思ったのか、だんだんと高度を落としてルイズ達に接近してきた。 「はぁい、ヴァリエールも隅には置けないわね。夜のデートなんて」 竜の背に乗っているのは、キュルケと、青髪の少女だった、キュルケは外套を羽織り、青髪の少女は 「なっ なななななに言ってるのよ!って言うかツェルプストー、何してるのよあんたこそ」 「あら、級友が逢い引きしようとしてるんですもの、応援してあげようと思ったのよ」 「……この……あ、逢い引きなんて…」 顔を赤くして恥ずかしがるルイズ、どう見てもキュルケの方が一枚上手だった、人修羅は頭をポリポリと掻いて呟く。 「あまりからかわないでくれよ。それはそうと…何しに来たんだ?魔法学院じゃ危ないから外に出たんだけど」 人修羅の言葉を聞いて、キュルケは人差し指を自分の唇に当てて、笑みを浮かべた。 「ヴァリエールを見てたら解るわよ、使い魔の能力を知らないのは自分だけ…って顔してるもの」 「見破られてるなあ…ルイズさん、どうする?」 「……いいわ、人修羅。ちゃんと私の使い魔が、強いって事を証明しなさいよ」 ルイズが不機嫌さを隠そうともせず呟く、それに苦笑した人修羅が、竜の背に乗ったパジャマ姿の少女に声をかけた。 「そっちの人は?」 「この子はタバサよ、この風竜はこの子の使い魔のシルフィード。貴方達をこっそり追いかけようとして協力して貰ったの」 キュルケがタバサを紹介し、人修羅が会釈する。 「よろしくタバサさん。シルフィードもよろしく。俺は人修羅」 「……」 タバサはこくりと、無言で頷いた。 キュルケだけは、タバサが本を持たずに出てきたことを驚いていた。 また、人修羅から視線を外さないのも何か引っかかる者があったが、それは自分と同じメイジとしての本能だろうと解釈しておくことにした。 ■■■ 「アギ」 ぽっ、と音がして炎が現れる。 右手を前に差し出し、掌を上に向けて呪文を唱える、それだけで杖も使わず握り拳大の炎が出てきた。 その事実に驚いたのか、ルイズは口を開けて固まっている。 キュルケとタバサも驚いてはいるが、ルイズほどあからさまではないが、驚いていることに違いはなかった。 「…先住魔法」 ぽつりと呟かれたタバサの言葉は、キュルケとルイズの心中を代弁したものでもあった。 「ルイズさんには一度話したけど、俺が居た世界じゃ魔法は存在してなかった…いや、存在してない事になっていたんだ。 この世界と違って魔法使いは『悪魔の手先』みたいな扱いだから、存在していたとしても、隠されていたんじゃないかな」 「人修羅が魔法を使えるようになったのは、儀式に巻き込まれたからだ、って言ってたわね」 ルイズが確認のつもりで呟くと、人修羅はこくりと頷いた。 「もしかしたら俺も生け贄になったかもしれない、でも運が良かったのか悪かったのか……俺は人間の意識を持ったまま、アクマの身体になった。そこで魔法を知り、覚えたんだけど…」 そう言って、今度は左手の上に小さな氷の粒を作り出す。 「これ以上大きな火も、氷も作れないんだ。とても戦いには使えないって仲魔に言われたよ」 ふぅん、とキュルケが頷く、それを見て人修羅が言葉を続ける。 「この世界で言う、火、土、水、風の系統は凄く苦手なんだけど、得意なのが別に一つある。『万能属性』って奴だ」 「ばんのうぞくせい?」 聞き返すルイズに、人修羅は頷くことで答えた。 「たとえば…キュルケさんのサラマンダーって、火に強いよね。その代わり氷や土を相手にするのは苦手じゃないかな」 「ええ、火の精霊の加護があるから、未熟なメイジのファイヤボールなら食べちゃうわ。でも吹雪はあまり好きじゃ無さそうね」 キュルケは自慢げに答える。 「万能属性ってのは、そういった火・土・水・風などの影響を受けない、どの属性が相手でも、同じだけの効果を発揮できるんだ。 …ちょっと離れててくれよ」 人修羅がルイズ達を背にして、草原に腕を向ける、そして小さい声で、できるだけ力を加減するつもりで「メギド」と呟いた。 それはほんの一瞬だった、しゅんしゅんと音にならない音が鳴ったかと思うと、草原の上に光が集まり、白色と紫色の光球があらわれた。 そしてバッ!と光が弾けたかと思うと、後には直径15メイルほどのクレーターが形作られていた。 「…こんなもんかな」 「何よ、これ」 ルイズが恐る恐るクレーターに近寄る、そこはまるで果物の実をスプーンでくり抜いたような、綺麗な半球を描いていた。 地面を溶かすような炎を使うメイジが居る、そう聞いたことはある、しかし地面を消滅させるような魔法など聞いたことが…… 「あ!」 そこでルイズは、自分の魔法に思い当たった、失敗だと思っていた爆発、しかしあの爆発はコルベール先生が『失敗ではない』と指摘してくれた。 だとすれば、人修羅の『メギド』の光はその成功例ではないだろうか。 「ヴァリエールの爆発と違って、コントロールができてるのね」 キュルケの呟きも、ルイズの考えを肯定している。 「これ、ルイズさんの魔法の参考になるかな」 「人修羅の実力は解ったわよ。でも、その魔法は先住魔法でしょ?私には使えないわよ」 「…魔法は魔法だから似たようなモノだと思うけど……。 まあ、本音を言うと使って欲しくないな」 「どういう意味よ」 いつもより低い声でルイズが呟く、多少怒りが混じっているのか、人修羅を見る視線も厳しい。 「この魔法は手加減ができないんだ、相手を殺すこと破壊すること、それだけが目的の魔法なんだ。俺が知ってる魔法や技のほとんどが手加減の難しいものだから、一人で戦うには最適だけど…」 ルイズの視線に、人修羅の赤い瞳が映る。 「…守りたい人まで、巻き添えにするよ」 ■■■ ドン!と音が鳴る。 しばらく間をおいて、またドン!と音が鳴る。 ルイズは人修羅にアドバイスを受けながら、魔法を実演している。 地面に寝そべったシルフィードを椅子代わりにして、キュルケとタバサがルイズ達をじっと見ていた。 「ねえ、タバサ。どう思う?」 「興味はある」 「そうじゃなくてぇ、もっと具体的によ」 タバサは少し考え込むと、顔を上げてキュルケを見つめ返した。 「……今度、治癒について聞いてみたい」 トリステイン魔法学院で出会い、まだ一年のつきあいではあったが、これ程まで真剣なタバサの表情は初めて見た気がした。 「そう、その時はあたしも見てていい?」 小さく頷くタバサの肩に、キュルケがそっと手を回して抱き寄せる、タバサは無表情のままキュルケに身を預けた。 「やっと、貴方が真剣な理由を話してくれたわね」 「…」 「事情は分からないけど、私も協力するわよ」 タバサは何も答えなかった、だがキュルケにはそれが肯定の意志だと解っていた。 キュルケが実力で唯一認めるメイジ、それがタバサ。 年齢に見合わない過酷な環境を生き抜いてきたのか、頼りなさそうな目つきの内に、誰よりも深い激情を抱えていることを、キュルケは知っている。 優れたメイジは魔法をぶつけあうだけで、お互いの心中を察してしまうという。 キュルケとタバサは、ある誤解から決闘をして、互いの魔法をぶつけ合ったことがあるのだ。 あの人修羅という存在が何者なのか解らないが、タバサに益があるのなら、それを手伝ってやりたい、そう思ってタバサの肩を強く抱きしめた。 「危ない」 「え?」 タバサの呟きに、キュルケははっとして顔を見上げた。 ルイズの方を見ると、ルイズの目の前に、先ほどの『メギド』とは違う光の玉が浮かんでいる。 それはいかにも不安定で、今すぐにでも爆発してしまうような危うさを含んでいた。 ■■■ 「杖の先端だけじゃなくて、視線と、意識と、杖の向きを合わせた方がいいと思う。三つの線が交差する点を意識すれば、爆発位置を特定できると思うな」 「…わかったわ」 何度目かの爆発で、地面にいくつものの穴が空いてしまった。 飛び跳ねた土が服を汚し、ルイズの服は所々が泥で汚れている。 「…………………………」 ルイズは今度こそ狙った場所に爆発を起こそうと、深呼吸をしてから杖をまっすぐに向けた。 狙うは空中、10メイル前方、威力はツェルプストーのフレイム・ボールぐらい… 人修羅のアドバイス通り、視線と意識と杖の先端を同じ場所に向け、そこに『メギド』のような光をイメージした。 「………ウル・カーノ」 着火。空中に火を灯すために呟かれたその呪文は、本来なら杖の先端から小さい炎を出す魔法であった。 それが原因だったのか、ルイズの眼前、杖の先端に、直径30サントほどの光球が膨大なエネルギーを伴って出現した。 「え」 近すぎる。 ルイズがそう思った時、ルイズから10歩ほど離れた場所でアドバイスを送っていた人修羅が駆け出した。 地面を抉るように蹴り、一瞬でルイズに接近する。 ルイズの身体を両腕で抱きかかえて、首だけを横に向ける、そして魔力を含んだ息を光球に吹きかけた。 ■■■ それは、ゴババババッという、氷塊と氷塊のぶつかるような音だったろうか。 ルイズの眼前に浮かんでいた光球は、人修羅が口から吹き出した吹雪によってかき消された。 穴だらけになった地面は凍り付き、空気中の水分を巻き込んでダイヤモンドダストが浮かんでいる。 「いやールイズさん、今のは危なかったよ。練りが甘かったから消し飛ばせたけど」 「………」 「今日はこれまでにして学院に戻ろうか。シルフィードに乗せて貰いなよ、俺は歩いて帰……」 いつもの笑顔で喋っていた人修羅だが、口を半開きにしているキュルケとタバサを見て、流石にまずいと感じたらしい。 抱き上げていたルイズを地面に降ろすと、コホンと咳をする。 尚も人修羅に何とも言えない視線が集まっていたので、気まずさを吹き飛ばすつもりで、必要以上の笑顔でこう言った。 「頑張ればルイズさんも火を吹けるよ!」 ルイズの裏拳が人修羅の鼻頭に命中した。 前ページ次ページアクマがこんにちわ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8929.html
前ページ次ページ使い魔は妖魔か或いは人間か 滅亡を迎えるアルビオンに朝が訪れる。 ルイズが眠りから覚めると、もう日は昇りきっていた。 「もう昼過ぎかしら……」 太陽の位置から何となく時刻を察する。 眠りすぎたのを若干悔いつつ、手早く着替えを済ませた。 「お早う、ルイズ」 ルイズが扉を開けると、そこにはワルドがいた。 「おはよう、ワルド。ずっと待っていたの?」 「いや、まだ起きないようなら昼食を置いておこうと思って運んでもらったんだ」 老紳士然としたメイジが、食器を運んでいた。 「お目覚めですかな。 私、皇太子様の世話役を任されておりましたパリーです。以後お見知り置きを」 老メイジが深々と頭を下げ一礼する。 「昼食後で結構ですが、後に国王陛下が会見を望まれております」 「ええ、是非」 ルイズは作り笑いを浮かべようと努力する。 声がかすれながらも、何とか誤魔化せたようだ。 「ありがとうございます、国王陛下も喜びになられます」 パリーは笑顔でそう答えると、部屋を後にする。 老メイジの笑顔とは対照的に、ルイズの心は晴れないままだった…… 国王への謁見も終わり、夜を迎える。 ルイズはずっと部屋にいたかったが、そうもいかずパーティにだけは出席する。 表向きは華やかな宴、実態は最期の晩餐。 国王が逃亡するよう斡旋するも、部下達は笑って皆その場を立ち去ろうとしない。 誰もが陽気に笑い、破滅に向かう。 会場の光景がルイズには虚しさしか感じず、直視できない。 「アセルス……」 バルコニーで外をぼんやりと眺めていたアセルスにルイズが近寄る。 「どうしたの?」 ルイズに掛ける言葉は優しさに満ちている。 自分の心が砕けそうになった時、アセルスは受け止めてくれた。 一方で他人の命を躊躇いもなく奪う。 アセルスの二面性に、ルイズは戸惑いを覚える。 笑顔で滅びようとしている、アルビオンの貴族達のように。 「どうして彼らは笑っていられるのかしら……死ぬのが悲しくないの?」 「さぁ……私には分からないわ」 ルイズの望む答えはアセルスにも分からず、素直に告げる。 「アセルスは命の奪い合いが怖くないの?躊躇したりとか……」 ルイズの口調にいつもの明るさはない。 人が死に向かう姿を目の当たりにした経験はなかった。 「戸惑っていたら、その間に大切な人を失うから」 崖での尋問や宿での交戦。 殺さなければ、こちらが殺されていたかもしれない。 理屈は分かっていても、心の未成熟な少女の感情は揺らいだままだった。 「私も……アセルスにとって大切な人なの?」 「当然じゃないか」 アセルスはルイズの質問した意図が理解できない。 「私、ワルドに婚約されたの」 アセルスに衝撃を与えるルイズの告白。 「……ルイズは……どうするの?」 曖昧すぎるアセルスの問いかけ。 止めるにせよ決心させるにせよ、何か言わなければならないのに何一つ浮かばない。 「分からないのよ……自分でもどうすればいいのか」 弱々しく首を振って、目を伏せた。 「だから、アセルスに聞きたかったの。私は一体どんな存在なのか」 ルイズの一言一言に、アセルスは胸が締め付けられた。 動悸が激しくなり、何もしていないのに嫌な汗が流れる。 「……ルイズにとって、私は何?」 ルイズの質問に息が詰まりそうになりながら、かろうじて言葉を絞り出す。 「理想よ。貴族の理想、こうなりたいと願う憧れ」 アセルスの問いに、ルイズは即答する。 ルイズがアセルスを追求しだしたのは、ほんの些細な重ね合わせから。 ワルドの求婚。 アセルスの人生を追憶する夢。 人と妖魔の関係に気づいてしまった事。 最大の理由は、自身が理想が揺らいでしまった事。 名誉を守る為、滅びを恐れぬ彼らの姿は紛れもなく貴族の精神だ。 同時に愛する者を捨ててまで、死に行く彼らがルイズには納得できない。 「ねえアセルス……お願い、答えて」 か細い声と共に、アセルスのドレスの裾を掴む。 理想が揺らいだから、ルイズはアセルスを求めた。 求められる事で、自分が間違っていないのだと信じたかった。 無論、求められたからと言って正しさを証明できる訳ではない。 ルイズが行おうとしているのは、単なる現実逃避だ。 誰より孤独を嫌うから、他人に必要とされようと求める。 何もルイズだけに当てはまる事ではない、アセルスも同様だった。 「私は……」 傍にいてくれればそれだけで良かった。 かつてルイズに告げた台詞だが、アセルスは肝心な関係を伝えていない。 主従として、友として……或いは愛する者として。 どのように寄り添って欲しいかまではアセルスは告げていない。 追求された今、何と返せば正しいのか言葉が浮かばない。 いや、この問答に正解など無い。 アセルスは単に嫌われまいとしているだけだ。 だから、アセルスは自分の感情ではなく当たり障りの無い答えを返す。 一番愚かな過ちだとも知らずに。 「私は貴女の使い魔よ」 「そう……」 明らかに落胆したルイズの声。 アセルスには何が間違っていたのかが感づけない。 「私は人間よ……」 ルイズの口から出てきたのはアセルスからすれば拒絶にも等しい言葉。 「それは……」 二の句が継げない。 関係ないとでも言うつもりか? かつて白薔薇に妖魔と人間は相入れないと言っておきながら? 「いつか別れがくるわ……」 死について考えた時、自分も同じ立場だと気付いてしまった。 人間に過ぎない自分はいつかアセルスを置いて、死んでしまうと。 ルイズの宣告は、アセルスが気づきながらも考えようとしなかった問題。 「言ってたわよね、傍にいてくれるだけでいいって」 アセルスは声が出せない。 いくら足掻いても、喉が枯れたような呻き。 「でも、私じゃダメなのよ……」 ルイズの顔も悲壮に満ちていた。 「私はいずれアセルスを孤独にしてしまうわ……」 構わない、わずかな間でも孤独を忘れさせてほしい。 アセルスの頭に引き止める言葉は浮かぶも、口に出来ない。 何故なら、アセルスの本当の願いは自分と永遠を分かち合う存在。 人の身であるルイズには、決して叶えられない願い。 「ねえ……私、どうしたらいいかな?」 離れたくない、しかし種族の違いが二人の前に立ちはだかる。 思わずアセルスはルイズの腕を逃がさないように掴んでしまった。 「痛っ……アセルス…………?」 ルイズがアセルスを呼びかける。 掴んだ腕で華奢なルイズの身体を引き寄せる。 見慣れたはずのアセルスの紅い瞳。 それが今のルイズには、まるで別人に見えた。 「アセルス……怖い……!」 振りほどこうとするが、ルイズの力ではアセルスに適うはずもない。 怯えたルイズに対して、アセルスに過去の光景がフラッシュバックした。 オルロワージュを倒して、妖魔の君となった時。 ジーナを寵姫として迎えた時に残した彼女の言葉。 『アセルス様…………怖い……』 ジーナが怯えていたのは、慣れない針の城に迎えた所為だと思っていた。 ルイズの姿がジーナと重なる。 怯えていたのは自分にではないかと今更気づいた。 「止めないか!」 会話の内容までは知らないが、ただならぬ雰囲気にワルドが間に割って入る。 「とうとう本性を現したな、妖魔め!」 ワルドは杖を突きつけると、ルイズを庇う。 ルイズはワルドの背後でなおも恐怖から震えていた。 自分の何を恐れているのか? 疑問の答えはアセルスには決して紐解けないものだった。 人は常に最善の答えを探し出せるとは限らない。 しかし、限られた選択肢の中から次善策を見つけて生きる。 ジーナが陰鬱な針の城を嫌いながら、ファシナトールから離れられなかったように。 行く宛などなかったし、抜け出すだけの大金がある訳でもない。 結果、彼女は現実を妥協する。 だが、アセルスは城から逃げた。 受け入れねばならないはずの現実から逃げるようにして。 半妖の証明である自分の紫の血。 人間でなくなり、妖魔となった事実。 この時点でもアセルスに残された選択肢はいくつかあった。 例えば半妖として、蔑まれながらも生き続ける。 或いは主であるオルロワージュを討ち滅ぼして、妖魔の血を消し去る。 前者であればジーナがアセルスから離れはしなかった。 後者なら永遠の命を捨て、代わりに平穏な人生を得られたはずだ。 彼女は何の選択も行わず、逃げた。 妖魔として生きる道を選んだのではない。 自分の運命を呪うばかりで、選択を行わずに妖魔に堕ちたのだ。 シエスタの祖父が娘に語ったように、アセルスは運命を言い訳に使ったに過ぎない。 アセルスに残されたのは上級妖魔の血を継いだ事。 ルイズが貴族の自尊心に縋ったように、アセルスはオルロワージュを超えようと確執した。 寵姫の数や他者を支配するという目に見える成果だけを求めて。 決断を先延ばしにした結果、白薔薇を失った。 アセルスは白薔薇を自分勝手な使命感で失った自覚はある。 だが、後悔するだけで省みれなかった。 ジーナも失ってようやく、白薔薇が自分の下から去ったのではと気付かされた。 白薔薇は自分よりあの人を選んだのだろうかと、妬みにも似た感情に支配されるのはアセルスの稚拙さ。 現実を見ようとしなかった代償が押し寄せる。 その時、アセルスが選んだのはいつもと同じ行動だった。 「アセルス!」 ルイズの叫び声は空しく響きわたった。 アセルスはルイズの前から逃げ出したのだ…… ルイズもアセルスも気づいていない。 お互いが相手を求めながら、相手を見ていなかった現実。 ルイズはアセルスの半生を見て、彼女が苦悩を乗り越えた気高き存在だと思っている。 アセルスはルイズが自分で決断した目標、立派な貴族になるまで挫けないのだろうと思いこんでいる。 人の心はそれほど簡単ではないのに。 二人は擦れ違い続ける。 傍にいながらお互いの存在を正しく認識していないのだから。 「どうして……」 残されたルイズがアセルスの消えた闇夜に呟く。 「ルイズ、無事かい?」 ワルドが振り返る。 「どうしたんだい?今にも泣きそうな顔だ」 ワルドがルイズに語りかける。 「分からないのよ、何が正しいのか……」 誇り高いはずの貴族の行動が理解できない。 アセルスも、自分の前から逃げ去ってしまった。 何が間違えていたのか、答えをいくら求めても見いだせない。 「あれが妖魔さ……人を裏切る事など露程も思っていない」 ワルドは吐き捨てるように言い放つ。 「大丈夫、君の傍には僕がずっといるとも」 今にも泣きそうなルイズの肩に手を置いた。 優しい一言にルイズの頬から一滴、涙が溢れ落ちる。 「君は優しすぎる……だから、好きになったんだけどね」 泣いたルイズをそのまま抱きしめる。 張りつめた精神が緩んだ結果、泣き疲れてルイズは眠ってしまった…… 次にルイズが目を覚ましたのはベッドの上だった。 昨日割り当てられた自分の部屋なのだろうと、感づいた。 「やあ、起きたかい?」 ワルドの声がした扉の方を振り向く。 ワルドは給仕に暖かい飲み物を運んでもらっている最中だった。 飲み物が入ったポットを暖めてルイズに手渡す。 「落ち着いたかい?」 「ええ、ごめんなさい。みっともない所見せちゃって」 立派な貴族になるという志がルイズにはある。 だが、それをなし得たと思う出来事は一度もなかった。 魔法は未だに扱えないままだし、人に弱音を見せてしまうのはこれが二度目だ。 一度目の時。 その相手だったアセルスは何も言わずに立ち去ってしまった…… また戻ってくるかもしれないが、ルイズの心に暗鬱とした感情が溜まる。 再び会ったとして何を言えばいいのだろうか。 初めて、アセルスが妖魔である事を怖いと思ってしまった。 バルコニーでのアセルスの瞳。 信じていた相手にすら畏怖を与えるだけの重圧があった。 同時に、心に引っかかるのはアセルスが消える前に見せた表情。 既視感を覚えながら、ルイズには感覚の正体が何思い出せない。 「ルイズ」 ワルドの呼びかけにルイズが顔を上げる。 「もう一度言わせてくれ。ルイズ、僕と婚約して欲しい」 事の発端となったワルドのプロポーズ。 「ワルド、それは……」 「分かっている、君がまだ学生なのは。 不安なんだ、君がまた妖魔に殺されるんじゃないかと」 ルイズが否定しようとするより、ワルドが強くルイズの手を握る。 「アセルスは……」 そんな事はしないと言おうとして、言葉に詰まる。 ルイズの心情に構わず、ワルドは手を握り締めたままに捲し立てた。 「何も今すぐにと言う訳じゃない。 学校を卒業してからでもいいし、君が立派な貴族になったと思ってからでもいい。 ただ式をここで挙げたいんだ、二人っきりで」 「こんな所で?」 思わず、率直な意見を口にしてしまう。 「ウェールズ皇太子は勇敢な貴族だ。僕は皇太子に神父役を御願いしたいんだ」 ルイズが沈黙して考える。 ワルドに対しては少なからず好意を抱いている。 突然のプロポーズに困惑しているが、嬉しいと言う気持ちも無い訳ではない。 むしろ、自分なんかでいいのだろうかとすら思える。 グリフォン隊の隊長という立場にあるワルドと、魔法すら未だ使えぬゼロの自分。 「……本当に、私なんかでいいの?」 「君を愛しているんだ」 ワルドはルイズの質問に即座に答えてみせた。 「……うん」 長い沈黙の末に、ルイズが頷いた。 「本当かい!」 喜びにワルドは大声をあげ、ルイズの手を取る。 「ありがとう!必ず君を幸せにしてみせるよ」 ワルドが何気なく言った言葉。 幸せとは何か?願いが適う事だろうか? アセルスの願いは自分と傍にいる事だった。 ワルドの願いは……婚約? 自分の願いは……何だろうか? 立派な貴族になるという目標は少し違う気がした。 ここまでの疲れが出たのだろうか、カップを戻そうと立ち上がるとふらついてしまう。 そんなルイズの肩をワルドは優しく抱きとめた。 「僕がやるよ、君は明日の式に向けて休んでおくといい」 就寝の挨拶を交わして、ワルドは部屋を立ち去る。 ベッドの上に仰向けになったルイズを月明かりが照らす。 ぼんやりと何も考えられずにいると、ルイズはいつの間にか眠りに落ちていた…… 逃げ出したアセルスは何処とも分からない森にいた。 崖下には奈落のように暗く深い、夜空だけが広がっている。 『相棒……』 デルフが呟くが、何と声をかけていいのか分からなかった。 素人玄人問わずに多くの人間に使われてきた記憶は存在する。 大小問わず悩み、苦しむ使い手もいた。 しかし、アセルスのように半妖の悩みを抱えた者はいない。 彼女の心に混沌とした感情が渦巻いているのだけは伝わる。 300年生きたオールド・オスマンがルイズに何も言えなかったように。 デルフも何も言葉をかけられない自分の無力さに、歯があれば歯軋りしただろう。 「ルイズ……」 朧げに彼女の名前を呟く。 初めは好奇心に近かった。 自分を召喚した少女の境遇はあまりに自分と似ていた。 同時に、彼女ならば自らの苦悩を理解してくれるかもしれないと考える。 事実、ルイズは受け入れてくれた。 他人に見せられない弱さも自分の前では見せた。 それでも成長しようとするルイズを見て、美しいと思った。 問題は幾度も悩んだ、種族の差。 加えて、アセルスにとっては新たな苦悩があった。 白薔薇の頃はまだ無自覚だった。 友達や姉のように思っているだけだと自分に言い聞かせた。 『自由になってほしい』 白薔薇が最後に告げた台詞はオルロワージュからの支配の脱却だと思っていた。 『くだらないことに捕らわれるんだな。 姫も言ってたじゃないか、自由になれってね』 だからこそ、他人に指摘された時に動揺する。 ──本心では、私は白薔薇を愛していたのだと。 ジーナは生まれて初めてはっきりとアセルスが愛情を抱いた相手だった。 だが、ジーナも失った。 未だ理由が分からないまま、彼女は自らの命を絶った。 アセルスは二度の喪失から誰かを求めるのが恐ろしくなる。 自分を受け入れてくれた存在をまた失うのではないかという不安。 アセルスは気付き始めていた。 いつの間にか、他人を妖力で支配していた事実。 嫌悪していたはずの妖魔の力を当然のように扱い、欲望のままに行動していた。 「だって私は妖魔の君……」 違う、妖魔の力なんていらない。 人としてただ、平穏に暮らしたかった。 誰でもいいから必要とされたかった、妖魔ではなく自分自身として。 だから…… 「その為に、ルイズを利用した……」 寂しさや孤独を嫌った。 妖魔として生きると言いながら、人間のように理解者を求めてしまった。 召喚で呼び出された相手、ルイズが鏡写しのように思えたから。 一人の少女を地獄への道連れにしようとする行いだとも気づかず…… 『違う!相棒が嬢ちゃんを思う気持ちは本物だったはずだ!』 デルフの制止にも構わず、左の拳を地面に叩きつける。 地面を容易く抉ると同時に、アセルスの皮膚にも微かに血が滲む。 「紫の血……妖魔でも人間でもない血の色……」 見慣れたはずの血の色が、汚らわしく見えた。 デルフを掴むと自分の手に何度も何度も突き立てる。 叶わないと知っていても、自分の血を全て流してしまいたかった。 『よせ!相棒!!こんな事したって……』 妖魔の血がなくなる訳じゃない。 デルフが言葉を引っ込めたのは、アセルスの悲痛な表情を見たからか。 「ルイズは……結婚するって……」 アセルスの言動は、もはや支離滅裂。 それでも、ルイズから告げられた事実を噛み締める。 婚約。 もし自分が人間のままだったなら、誰かと結ばれた人生もあったのだろうか? そうなればジーナも……そう、ジーナも同じだ。 ──ただの人間として。 ──平凡だが、幸せな人生を満喫する権利が彼女にもあったはずだ。 ──彼女から全てを奪ったのは…… 「私だ……私がジーナを……」 アセルスが思い出すのは、針の城でジーナと二人になった時の事。 怯えるジーナにアセルスはこう告げた。 『大丈夫、二人で永遠の宴を楽しもう』 即ちジーナに自らの血を分け与えようとした。 人から妖魔になる。 どれ程の苦悩かは自分が一番知っていたはずなのに。 ジーナさえ傍にいてくれれば良かった。 だが、ジーナは本当に永遠を共にしたかったのか? 彼女はあくまで『人』として自分の傍にいたかっただけではないのか。 永遠を望んだのはアセルスのみ。 自分がジーナに妖魔として生きる事を強要していたと気づく。 ──寵姫をガラスの棺に閉じ込めていたオルロワージュのように。 『あの人』と自分が同じ過ちを繰り返していた。 一度陥った悲観的感傷に、己の愚かさを否応なく見せつけられた。 どれほど後悔しようと手遅れだった。 ジーナが目を覚ます事はもう二度とないのだから。 失うのを恐れた続けた結果、人から全てを奪ってしまった。 白薔薇の居場所も……ジーナの命も……ルイズからも全てを奪うだろう。 アセルスは立ち上がると、浮浪者のように彷徨い歩く。 『相棒、どこ行くんだ!城は反対の方向……』 「私はもう、ルイズの傍にいられない」 デルフの叫びに力なく頭を振ると、ルイズの元に戻らない事を伝える。 『何を言ってんだ!?』 「きっと彼女を不幸にするもの……」 ジーナや白薔薇のように。 ルイズも自分の運命に巻き込んでしまうのを恐れた。 いや、既に巻き込んでしまっている。 これ以上、自分に付き合わせてはいけない。 運命に負けた敗残者の自分。 掲げた目標に向けて進むルイズ。 彼女の重りにしかなりえないと思い込んで、アセルスは姿を消した…… 前ページ次ページ使い魔は妖魔か或いは人間か
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8469.html
前ページ次ページルイズと無重力巫女さん ドアを開けて部屋に入ってきたのは、この部屋の主であるルイズであった。 彼女は手に先程の授業で使用した教科書を出入り口の側に置いてある小さな台に置き、二人の方へ近づいていく。 「あらマリサ、あんたレイムと一緒にお茶を飲んで……た…」 ルイズの口から出た言葉、魔理沙と霊夢の間にあるテーブルの上に置かれたクッキーを見て、言葉が止まる。 既に何枚かが開かれた箱の中から取り出され、うち一枚の片割れが魔理沙の手の中にあったのも、見逃さなかった。 勘が鋭い霊夢はルイズの様子が豹変したことに怪訝な表情を浮かべたが、魔理沙はそれに気づかないでいる。 「おぉルイズ!もう次の授業か?次は耳を引っ張ったり殴ったりしないでくれよな」 ペチャクチャと喋りながら体が止まったルイズの側へと近づき、新たに箱から取り出したクッキーを一枚差し出す。 ルイズはというと、差し出されたクッキーに視線を向きながら抑揚のない声で、魔理沙に質問してみた。 「ねぇ魔理沙…このクッキー入りの箱は…何処で―――誰が―――見つけて――勝手に開けたのかしら?」 ルイズの質問に、魔理沙はすぐに応えた 「ん?あぁさっきそこの戸棚を開けた霊夢が見つけたんだよ。それで丁度いいお茶菓子だって…」 「私、ちょっと外でも飛んでくるわ」 良くも悪くも口の軽すぎる魔理沙の喋っている最中、霊夢は席を立った。 ここにいては危険だ―――長年の戦闘経験から、ここにいては面倒くさいことになると感じ取ったのである。 席を立った彼女はそのまま早足で歩いて窓から飛び立とうとしたが、ルイズの方が速かった。 霊夢が逃げようとしたのを感知したルイズは、すぐさま近くにあった箪笥の中から、乗馬用の『特殊な』縄を取りだした。 小さく、可憐なルイズには全く似合わないその縄を、彼女は勢いよく振り回し始めた。 数秒も経たずに縄はフュンフュンと空気を切り裂くような音を部屋中に響かせる。 一方の霊夢は窓の方にたどり着いたが鍵が掛かっており。その時点でもう霊夢の敗北は確定していた。 一秒― 「とりゃ!」 勢いのあるルイズの声と共に、振り回していた投げ縄を霊夢の方に向けて飛ばした。 二秒―― 窓の鍵を開けて逃げようとした霊夢の背中に―に、縄の先端が当たった。 三秒――― 瞬間、縄がボゥッ…黄色く光り輝くと、まるで大蛇の如く縄が霊夢の体に巻き付いた。 四秒―――― 「クッ…!」 魔力の篭もった縄に体を拘束された霊夢は、自分の霊力を使って縄を解こうとしたが、時既に遅かった。 五秒――――― 霊夢の体が縄に巻かれたのを瞬時に確認したルイズは懐に手を忍ばせ、ある物を取り出した。 「あぁ…っ!?それ私の…!」 ルイズが何を取り出しのか見ていた魔理沙が目を見開いた瞬間、ルイズはそれを投げた。 六秒―――――― 「でッ…!!?」 投げられた゛物゛は、一寸も狂うことなく、隙を見せていた、霊夢の――額に命中した。 七秒――――――― ゴ チ ン ! ! 金属から造られたそれは、霊夢の気を失わせるのには丁度良かった。 コン!カラカラ…と投げた物が床に落ちてコロコロと何処かへ転がっていく中、ドサッと倒れる音も聞こえてきた。 流石の博麗の巫女もあれにはたまらなかったのか、情けない表情を浮かべて気絶していた。 ここまで、七秒。僅か七秒である。 「うぉっ…あの霊夢がいともカンタンに…っていうかルイズ、いつ私の八卦炉を盗んだんだよ?」 倒すべき存在を倒し、一息つこうとしたルイズの耳に魔理沙の質問が飛び込んできた。 そちらの方へ顔を向けると、いつも笑顔を浮かべているような彼女が驚きの表情を浮かべている。 だが無理もない、何せあの博麗霊夢がたった一瞬の隙だけで、この様な目にあってしまったのだから。 「盗んだですって…?人聞きの悪い。私はアンタが殴られた時に手から落としたコレを、拾っただけよ」 いつの間にか自分の足下に転がってきたミニ八卦炉を手に取りながら、ルイズはそう言った。 ルイズの言葉に、魔理沙はその時の事を思い出した。 (そういや確か…気を失う直前に八卦炉が手からポロリと滑り落ちたような気が…) 心の中で魔理沙が思い出した時、ルイズは一息ついてこう言った。 「それに…゛盗んだ゛のは貴女と霊夢の方じゃないかしら、マリサ?」 「は?どういう事だよルイズ。私は盗みなんかしないぜ」 ただ借りてるだけさ。と最後に一言付け加えるが、ルイズはそれを気にせず話を続ける。 「私ね、部屋のあちこちに特別な日に食べたいお菓子を幾つも部屋に置いてるのよ」 ニコニコと爽やかではあるが、何処か不気味な雰囲気漂う笑顔を浮かべつつ、ルイズは喋る。 「しかもそのクッキーはね…私が一番特別だと思う日に食べたいと…と、取っておいたやつなの」 段々とルイズの笑顔が邪悪な雰囲気を帯びていくのを感じた魔理沙は思わず後退ってしまう。 その邪悪さは、以前紅魔館で見たレミリアの笑顔と比べれば可愛いモノだが、それでも十分に怖いものであった。 「あ、あ~…な、なんだ?私はその…食べただけだぜ」 魔理沙は言い訳でも言おうとしたのだろうが、それが火に油を注ぐ事となった。 「へ、へ、へ~…あ、あ、アンタは食べたたただけなのねね…わ、私のたたた大切なおおか菓子を、を…!」 先程よりも邪悪さが増していくルイズの雰囲気に、魔理沙は悟った。 (あ~、駄目だコリャ。背中を見せたら確実に酷い目に遭うな…) 丁度自分の背後に愛用の箒があるのに気が付いている魔理沙ではあったが、逃げる気は失せていた。 いま箒を手にとっても跨る前に捕まってしまう。そして今窓の傍で気絶している霊夢の二の舞になる。 ましてやミニ八卦炉も奪われている手前、退路は完全に断たれたも同然である。もう自分に逃げ場は無い。 たった一つの道は、目の前にいるこの少女を倒してドアから逃げるしかない。 (そうと決まれば…善は急げだぜ!) 覚悟を決めた魔理沙は、キッと鋭い笑みを浮かべ―――ルイズに突撃した。 勝率などわからない、わからないから魔理沙は突撃の道を選んだ。 霊夢もそうしていたであろうし、魔理沙の知っている幻想郷の好戦的な奴等も同じ答えを出していたに違いない。 自分が勝つと信じてやまない者達は、どんな危機的状況に陥っても僅かな希望があればそれに縋り、必勝の策を編み出す。 勝つか負けるかわからない――だからこそ戦うのだ、自分の勝利を信じて。 ピ チ ュ ー ン ! ――しかし、だからといってやる気満々の敵に突っ込んで勝てるとは限らない。 『自分のパンチより、ルイズのアッパーの方が速かった』という事が読めなかった魔理沙は、呆気なく撃沈した。 ◆ その頃、トリスタニアのチクトンネ街は―――― いつもは夜型の人々で賑わうここは、朝方と昼は大分落ち着いている。 それでも人の入りはあり、ブルドンネ街と同じく露天商達が道ばたで商売を始めていた。 仕事帰りの人々を誘惑する夜中のお店は朝方にはその看板を下げ、グッスリと眠っている。 彼ら、彼女らは朝に寝て午後から仕込みと掃除を始めて夕方頃の開店に備えての準備に入るのだ。 そんな店はここチクトンネ街に星の数ほどあるが、その中でもかなり異色な店が存在していた。 ウエイターは女の子達ばかりなうえ、とても魅力的な服を着ており、貴族からも賞賛の声を度々聞く。 「女の子達がステキだった」とか「チップを出すのに夢中で財布の中身が無くなった」等々…色々と評価してくれている。 『魅惑の妖精亭』。それがこの店の名前であった。 ※ シャコシャコシャコ… 「あしゃ~はやっぴゃり~ねみゅい~もよ~…♪」 店長スカロンの娘であるジェシカは、店の裏口で歯を磨きながら何処か現実味のある歌を口ずさんでいた。 裏口のある通りは閑散としており、目立つモノといえばご近所の店が裏口に出しているゴミを漁る野犬と野良猫、それにカラスだけだ。 主に人間の食べ残しを狙う彼らはこの時に限って争うことなどせず、お互いのルールを守っている。 この場面だけを見れば、人間と比べて大分秩序を保てているのは間違いない。 ハルケギニアの各所にある第三諸国などでは、畑の作物や家畜の奪い合いが原因で戦争になっているところもある。 それを考えれば、動物の方が第三諸国を治める王達よりかは大分利口だ。 だが、ジェシカはそんな光景に目もくれず、歯ブラシを口に入れたままボーッと空を見上げていた。 隣接する建物と建物の間から見える空はかなり太い一本の線として見えている。 陽が当たらない薄暗い通りとは対照的に白い雲が右から左へと流れ、サラサラと緩やかな初夏の風が肌を撫でる。 この時間帯、朝食を食べ終えた人々が仕事の為に各々の勤務場所へと足を運ぶ。 飲食店や雑貨屋、ブティックに本屋、石切場に魚の養殖場(食用、観賞用の淡水魚だけだが)等、様々である。 しかしジェシカやスカロン、そして店の女の子達を含めた夜中のお店で働く人々は、ゆっくりとベッドで疲れを癒す。 ジェシカ自身も、今は寝る前の歯磨きをしており、決して仕事へ行く前の慌ただしい歯磨きではない。 故にこうして途中で手を止め、雲の流れる爽やかな朝の青空を眺めているのであった。 しかし、その時間は表の通りからやってきた女性の声で台無しとなった。 「やぁジェシカ。寝る前の歯磨きをしてるのか?」 「…うっ!…ムグ…ムグ……ぷはっ!」 いきなり声を掛けられたジェシカ聞き覚えのある声を耳にし、思わず口にくわえた歯ブラシを吐き出しそうになった。 しかしそれをなんとか堪えて数秒間無呼吸に悶えた後、口から歯ブラシを取り出すという選択を選ぶ。 歯ブラシを持っていた右手で持ち手を掴み、そのまま一気に口から出したところで、止まり掛けた呼吸を再開する事が出来た。 「はぁ…はぁ…アンタねぇ、前もそうやってアタシを驚かそうとしたわよね?」 もう少しであの世の花畑と河岸が見えるところだったジェシカは、目の前で穏やかな笑みを浮かべる女性に苦々しく呟く。 「そうかな?あの時は私に気づいているものだと思って声を掛けたんだがな…ちゃんと料理の載ったトレイも受け止めただろ?」 しかし女性はそんな苦言など何処吹く風で、まるで旧友と若い頃の思い出を語っているかのような感じで言った。 女性の服装は足首まで隠した長い黒のズボンに白いブラウスと変わっており、その上に若草色のローブを羽織っている。 一昔前の女性ならわかるものの、この時代では女性のような服装は時代遅れもいいところだ。 しかし女性の肌は珠のように白く顔もジェシカや店の女の子達に負けず劣らず…いや勝っていると言って良い。 陽の光に当たって輝いている麦の如き金髪をボブカットにしており、遠くから見ればただの好青年として見えてしまう。 だが一歩近づいてそれが女だとわかれば、何処か不思議な魅力を感じてしまう。 それは男性だけではなく、女性もまたその魅力に惹かれるのである。 「はぁ…それで、今回は五日もあの子だけ置いて何処に行ってたっての?」 あまり悪いようには見えない笑みを見せられたジェシカは、呆れた様子でそう言った。 「まぁそう言うなよ。あの子だってちゃんと客室の掃除をしてくれてるだろ。…それに土産も買ってきたし」 それに対し女性は冷静に返しつつ、背負ったバッグを地面に下ろし、中を漁り始める。 ジェシカはその言葉にムッとなってしまうが、まぁいつもの彼女だと思って軽い溜め息をついた。 二人の言う『あの子』とは金髪の女性と共にいた、まだ十代にもなっていない栗色の髪が眩しい女の子のことである。 ※ 数週間前、ここの店長でありジェシカの父であるスカロンが二人を連れてきた。 聞くところによると女性はかの東方の生まれで、今はハルケギニアの各地を旅しているらしい。 様々な大国や小国、山々や平原を歩き渡り、しばらくはこのトリステインに身を置くことにしたのだという。 まぁ治安が比較的良く、戦争や領地をめぐっての小競り合いも滅多に無いこの国は、体を休めるのには丁度良いところだ。 しかし、いざ宿を探してみると間が悪かったのか、何処も空き部屋が無いという時にスカロンと知り合ったそうだ。 ちょっとばかしその場で話し合い、店の仕事を手伝って貰う代わりにお店の上の階にある部屋に泊まらせる事となった。 「初めまして、―――と申します。以後迷惑にならないようこのお店の仕事を手伝って行きたいと思います」 東方の国の生まれ故かハルケギニアでは聞かない奇妙な名前と律儀な物腰に、ジェシカを含めた店の者達は彼女に拍手を送った。 その拍手に女性は嬉しそうな笑みを浮かべると、後ろにいた少女を自身の前に出し、自己紹介を促した。 「は、はじめまして…――と申します。よろしくおねがいします…」 女性と同じく、東方の生まれと思われる奇妙な名前とその暗い雰囲気が漂う自己紹介の後、ジェシカがその子に質問した。 「よろしくね――ちゃん。ところで、ここは店の中だけど…帽子は外さないの?」 何処か空気の読めてないジェシカの発言に、素早く金髪の女性がフォローを入れた。 「すいません。この子はちょっと皮膚が弱くて室内でも帽子を被っているよう、祖国の医者から言われているもので…」 どこか胡散臭いものが漂ってはいるが、ジェシカやスカロン達は彼女の言葉をとりあえずは信じることにした。 この様な場所で店を開けば、自分の過去を酷く忌み嫌う者達がふらりと寄ってくるものだ。 ある者は過去を一時の間忘れるために飲んだくれ、またある者は新しい人生を探しに足を運ぶ…。 きっと彼女らは後者なのだろうと思い、とりあえずは『魅惑の妖精亭』に新しく入ってきた二人を手厚く歓迎した。 ※ 「それじゃあ、私は部屋に戻るとするよ」 「はいはーい!今日も早いんだからさっさと寝なさいよね~…ふぁ~」 一階の酒場でジェシカと別れた後、金髪の女性は二階へと昇り、一番奥にある客室へと足を運んだ。 ここ『魅惑の妖精亭』は一階部分がお店で、二階の方は家のない従業員達の部屋と幾つかの客室がある。 客室の方は、酔いすぎて家に帰れなくなった客を入れるところで、店の人気もあって使用頻度は高い。 そして当然の如く賃貸料があるので、店的には儲かっているらしい。 想像して欲しい。気持ちよく飲んでベロンベロンになって意識を失い、気づいたら見知らぬ部屋のベッドで寝ていた。 慌てて外に出てみるとその顔に笑顔を貼り付けた店の女の子が、一枚の紙をもって口を開く。 「おはようございます。お部屋の賃貸料をいただきに来ました」 自業自得であろうが、冷たい夜の路上に放り出されるより大分マシだろう。 そんな事を思っていると、気づけばもう二階の一番奥にまでたどり着いていた。 すぐ横には客室に繋がるドアがあり、それを開ける前に女性はポツリと呟く。 「五日か…まぁちゃんとお金も置いておいたし払ってくれてるだろう」 あの娘はネコだが、ネコババするような娘ではない。と心の中で付け加え、ドアを開けた。 すんなりと開いたドアの先にいたのは、彼女を主と慕う可愛い少女が待ってくれていた。 「お帰りなさい!藍さま!」 年相応の元気な声に、彼女は柔らかい微笑みを浮かべた。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/723.html
ここ『女神の杵』では、かつて貴族たちが集まり、陛下の閲兵を受けたという練兵場がある そこではある貴族達は己の誇りと名誉をかけて決闘を行っていたという話もある 今では物置場となり樽や空き箱が積まれかつての栄光を懐かしむように石でできた旗台が佇んでいる そこに二人の男がやって来た、ワルドとロムだ 二人は練兵場の真ん中に立つとそれぞれ20歩ほど離れて向かい合った 第8話 闘え!戦士の誇りと命の為に 「古き良き時代、王がまだ力を持ち貴族たちがそれに従った時代、貴族が貴族らしかった時代だ・・・・」 ワルドが旗立て台を眺めながら語り始めた 「名誉と誇りをかけて僕たち貴族は魔法を唱えあった」 ワルドは皮肉を含めた笑みを前を向いた 「でも実際はくだらない理由だったらしい。例えば、女を取り合ったりしてね」 ロムは腕を組んで話を聞いていた 「・・・少し長くなったね、では決闘を始めようか」 「ああ」 ロムは腕を解くと腰にあるデルフリンガーの柄を握ると、ワルドは左手で制した 「どうした?」 「立ち会いにはそれなりの作法というものがある。介添人がいなくては」 「介添人?」 「もう呼んである」 ワルドがそう言うと物陰からルイズが現れた ルイズは二人の顔をみてハッとした顔になった 「ワルド、来いと言うから来てみれば、何をする気?」 「彼の実力を、ちょっと試したくなってね」 「馬鹿な事は止めて、今は、そんなことする時じゃないでしょ?」 「それが貴族という奴はやっかいでね、どっち強いか弱いか、気になるんだ」 ルイズはロムの方を見る 「すまないマスター、決闘を申し込まれた以上、答えなければいけない」 ギーシュとの決闘の時と一緒の答えが出てきてルイズは止めるのを諦めた 「なんなのよ、もう!」 ルイズが癇癪を起こすのと同時にロムはデルフリンガーを引き抜いた 左手のルーンが輝く、それを見たルイズは昨晩ワルドが言っていた事を思い出した 「伝説の使い魔の印?」 「そうさ、彼の左手に刻まれたルーン。始祖ブリミルに仕えたと言われる伝説の 『ガンダールヴ』の印だ」 ワルドは話を続けた 「誰もが持てる使い魔じゃない。君はそれだけの力を持ったメイジなんだ」 「信じられないわ・・・」 ・・・・ルイズはロムの顔を見た 確かにロムは頼もしい使い魔だ でも『ガンダールヴ』とは行き過ぎた話だ そう思っているとワルドは口を開いた 「では、介添人も来たことだ、本当に始めるか」 ワルドが腰から杖を抜き、フェンシングのように前方に突き出す 「行くぞ」 ロムもデルフリンガーを両手で構えて言った 「ああ、全力で来い」 ロムとワルドは同時に地を蹴り先程まで自分達が居た場所でぶつかった 剣と杖の間に火花が散る。細身の杖であったが長剣を受け止める 競り合いが続くが先に身を引いたのはワルドだった そのまま後ろに引くと思うとシュシュ、と風切音と共に高速で突いてきた (速い!これは目で見るんじゃない!心眼で見切る!) ロムは突きを下から抉るように杖を勢いよく切り上げる 杖先は空を向き、ワルドは懐に隙ができる 「なんと!!」 思わず声を上げたワルドは黒いマントを靡かせ身を引いたすぐにロムの蹴りが身体があった場所で空を切った ワルドは優雅に宙を跳び退さり構えを整えた 「なんでぇ、あいつ魔法を使わねえのか?」 デルフリンガーがとぼけた声で言った 「俺の実力と手の内を調べているんだ。どうやら昨日見せた分だけでは足りないようだな」 (流石は魔法衛士隊。魔法だけかと思っていたが近接戦闘も強いな) ロムは冷静な声で答えた、同時にワルドは『通常』の自分とも退けを取らない騎士であることも悟った 「魔法衛士隊のメイジはただ魔法を唱えるだけでは無い」 ワルドが杖を振りながら言う 「杖を剣のように扱いつつ、詠唱を完成させる。軍人の基本中の基本だ」 振るのを止めるとワルドは杖を突き出すと鋭い目付きを見せた 再び両者はぶつかり合う、カキン、カキンと斬りあう音が鳴りあう 「君は素早く力強いな!流石は伝説の使い魔だ!」 ワルドはロムの剣を細かい動作で受け流しながら言う 「それに剣の振りも素人ではない!うちの一番若い奴等と同じ、いやそれより強いな!」 ワルドの声はいやに楽しそうだった、同時に動きが段々速くなっていった 「だが君には我等とは足りないものがある」 「足りないもの?」 「そうだそれは・・・」 ワルドの突きは更に速くなる・・・、ロムは見切ろうとするが 「デル・イン・ソル・ラ・ウィンテ・・・・・・」 ワルドが低く呟いていることに気付く 「相棒!いけねぇ!魔法がくるぜ!」 「天空真剣!!」 デルフリンガーとロムが叫んだ 「隼ぎ・・・」 ボン!と大きな音が鳴りロムが横にブッ飛ぶ (うおおお!空気がハねただと!?) ロムは地を踏みつけをブレーキをかける ズザザザザザと音を立てて後ろへ下がるが膝を地に付けつつなんとか踏ん張れた ロムが正面を向くとワルドが杖を自分に向けていることがわかる 「君に足りないもの・・・それは・・・・・・・」 ワルドは少しためた 「『魔法』だ。」 「君は魔法が無い世界から来たからわからないかもしれないが、この世界は魔法が絶対だ 強い魔法なら尚更・・・・」 ロムは立ち上がろうとするが殴られた方の腕が痺れてデルフリンガーを落としてしまう 拾おうとするがワルドが強風を起こす デルフリンガーはカランカランっと鳴りながらワルドの方へと転がっていき思いっきり踏まれた 「貴族の決闘は杖を奪われた方が敗けだ。・・・勝負ありだな」 ワルドが冷淡に言った 足下でデルフリンガーが喚いている 「・・・・・・いや、まだ俺は戦える・・・・!」 ロムはそう言うと右手から剣狼を出す 「(・・・あれは、剣狼!)止めて、ロム!」 ルイズが大声を出す ロムははっとなった顔でルイズの方を向いた ロムの顔を見たルイズはビクッと震えた、今まで、あんなに・・・・、ロムの恐い顔は見たことがなかった 「わかった・・・・マスター」 ロムは小さな声でそう頷くとルイズはホッとして小さな胸を押さえた 「今のでわかったよ。ルイズ、彼では君を守れない」 近づいてきたワルドがしんみりした声で言った 「・・・・だってあなた魔法衛士隊隊長じゃない!強くて当たり前じゃないの!」 「そうだよ。でもルイズ、強力な敵に囲まれた時に君はこう言うつもりかい?私達は弱いです。杖を収めてくださいと」 ルイズは黙ってしまった そしてロムを見つめるがワルドに促された 「今は一人にしておこう」 ルイズは躊躇ったがワルドに引っ張られる (・・・・まだ手が痺れている、流石は『ガンダールヴ』) そして、練兵所では二本の剣を握ったロムだけが残った 沈黙が続く ロムは深呼吸した後、埃まみれの剣を見つめた 「すまんなデルフ、このような結果になってしまって」 「気にすんなよ、あいつは相当の使い手だぜ?競り合った相手がすげー。だから相棒、お前はすげーよ」 「・・・そういって貰うと助かるな」 ロムが少し笑みを浮かべるとデルフリンガーは大笑いした 「はっはっはっは!相棒は笑った方がカッコいいぜ! ところで相棒、さっき握られた事で思い出した事があるんだけどよ」 「なんだ?」 「うーん何だっけな・・・、よく思い出せねぇ。何せ大昔の事だからよ・・・」 「なんだそれは」 「まあ少したてば思い出すかもしれねぇなぁ、じゃあ戻ろうぜ」 「ああ」 ロムは剣狼をしまうと出口に向かって歩き出した (魔法・・・、メイジ・・・・、俺の拳と剣で乗り越えることができるか?) その夜・・・、ロムは部屋にこもって剣狼を持って座禅を組む 一階でギーシュ達が飲んで騒ぎまくっている声が聞こえる。キュルケに誘われたが丁寧に断った 2つの月が重なる晩の翌日、アルビオンに向かって船は出港するという ロムはベランダに出て夜空を見上げた 瞬く星の中で流星が一際輝き、赤い月の光が白い月の後ろで見えた 月を見るとこの世界に来て初めての夜を思い出す 今頃、妹は無事なのか、クロノスの皆はどうなっているのか そんな風に考えていると後ろから声を掛けられた 「何しているのよ、ロム」 ルイズがそこに立っていた 「負けたぐらいでそんなに落ち込んじゃって。私を守る使い魔じゃなかったの?」 「落ち込んでなんかいないさ」 「じゃあどうしていたの?」 「・・・・考えていたんだ。君をちゃんと守って任務を終えることができるか」 ルイズははぁ~とため息をついた 「ちゃんと守ってもらわなければ困るわよ。しっかりしなさい。 それにしてもあんたなんでその剣を持っているのよ、大体それは・・・・」 ルイズが喋り続ける ルイズの口の動きを見ながらロムは思った、いつもの高慢なルイズの顔ではなく、年相応のルイズの顔はとても可愛らしい その顔を見ると妹と重なり可愛いく見える どこか可愛く感じられた さらに思い出せばルイズはフーケとの戦いでゴーレムに立ち向かう勇気を見せてくれた ゼロと呼ばれて悔し涙も流した 思い出せば思い出すほど女の子らしい一面が可愛らしく感じた・・・・ 「・・・な、何よ。何ジロジロ見ているのよ」 ルイズの頬に赤みが差していた 「今、私に叱られてそんなに悔しいの?情けないわね。そんな事じゃあんたなんかほっといて私はワルドと結・・・・」 そのときだった 月の光が突然消えた ルイズは驚いた顔になり、ロムが後ろを振り向くとそこには巨大な何かがいた 輪郭からほのかに漏れ出す光を頼りに目を凝らす それは岩でできたゴーレムだった 巨大ゴーレムの肩に誰かが座っている 髪をたなびかせ悠然としていた 「「フーケ!」」 二人同時に怒鳴った 「ふふふ・・・感激だわ。覚えていたのね」 「牢屋にはいっていたのでは・・・・」 「親切な人がいてね。私みたいな美人は世の中に出て役に立たなければいけないと言って、出してくれたのよ」 フーケの横に黒マントを着て白いマスクをつけた貴族が立っている アイツが出したのか? 「どういう経緯かは知らんが・・・、・欲望に染まり、悪に走った者には栄光は無いぞ!貴様等!!」 ロムは銀色に輝く剣狼を出して切っ先をフーケに向ける 「残念だわそんな言われよう・・・・、折角お礼を言いに来たのによぉ!?」 フーケは目を吊り上げ狂的な目を浮かべた 振り上げられたゴーレムの拳が唸りベランダを粉々に砕く 「ルイズ!避難するぞ!!」 ロムはルイズとデルフリンガーを抱えて一瞬で部屋を抜け出し、階段を駆け降りた 玄関から現れた傭兵の一団が一階の酒場で飲んでいたワルド達を襲った ワルドとタバサが魔法で応戦するがあまりの多さに苦戦しているらしい 「こいつら!メイジとの闘いに慣れているよ!!」 「見ればわかるわよ!魔法が届かない場所から攻撃してきてる!」 テーブルを立ててそれを盾にしている ギーシュとキュルケが叫ぶ奥にいる客達が悲鳴をあげているにも関わらず衛兵たちは矢を放つ 二階から降りてきたルイズとロムが駆け寄ってきた 「巨大なゴーレムがいるわ!」 「わかっているわ!ほら、あそこ」 キュルケが顔を横に振る、吹きさらしから巨大な足が見えた 「まずいな。このままではこっちがやられてしまう。もしこのまま魔法を使い続ければ」 「終わり」 ワルドの言葉をタバサが簡潔に結論付けた 「ではどうする?」 「僕のワルキューレで引き止めてやる!」 「一個小隊が関の山ね。相手は手練れの傭兵たちよ?」 キュルケとギーシュが言い争いをしている ワルドがそれを制すると低い声で語りは始めた 「いいか諸君、この任務は半数が目的地にたどり着けば成功とされる」 それを聞いたタバサはキュルケとギーシュを杖で指して「囮」と呟いた そしてワルドとルイズとロムを指して「桟橋へ」と呟いた 「時間は?」 「今すぐ」 「聞いたとおりだ。裏口に回るぞ」 「え、え?、ええ!」 ルイズが戸惑いの声を上げる 「ま、しかたがないわね。私はあなた達がアルビオンに行く理由なんてわからないもんね」 キュルケが髪をかきあげてつまらなさそうに言った 「ううむ、また、姫殿下とモンモランシーには会えるのか・・・・」 ギーシュは薔薇をちぎりながら言った 「タバサ、君たちは・・・・」 ロムはタバサの方を向いて戸惑いながら言うとキュルケが促した 「いいから行きなさいってば。生きて帰ったらお礼をいっぱい貰うからね?」 ルイズとロムが立ち上がり低い姿勢で走った 矢が唸りをあげて彼らに降りかかろうとするがタバサが杖を振り風の壁を作って防いだ 厨房を出て通常口にたどり着くとルイズは出る前にペコリとおじぎをした そして桟橋に向かって走る途中、酒場から大きな爆音が響いた 「・・・・始まったようだな。僕達も急ごう」 「え、ええ!ロム!・・・・ってロム!?どこへいったのよ!?ロム!?」 月夜に人影が浮かんだ