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前ページ次ページベルセルク・ゼロ ルイズはベッドに腰掛け、パックの話を聞いていた。 パックからガッツの事情をかいつまんで聞かされたルイズは本日何度目かのため息をついた。 「異世界からきた…ね…とても信じられないけど……」 先ほどのガッツの剣幕を思い出す。実際あれほどの激情を目の前で見せられては疑うわけにはいかない。 「とても嘘をついている風じゃなかったものね……その、とても怖かったし……」 「必死だったんだよあいつも。普段はあそこまで取り乱すことそんなにないんだよ…そんなに、だけど」 苦笑いを浮かべるパックの脳裏には出会ったばかりのころのガッツが思い出されていた。 あの当時のガッツをこのルイズが召喚してしまっていたとしたらどうなっていたか―――想像に難くない。 「不幸中の幸いってやつだね~」 「?」 たはは、とパックは笑う。 ルイズはそんなパックをきょとんと見つめていた。 やがて――― 「よし…!」 ぱんっ、と膝を掴んでルイズは立ち上がる。そのまま勉強机に腰掛けた。 さんざん弱音は吐いた。泣くだけ泣いた。 あとは前に進まなきゃ。 とりあえず新しい使い魔をどうするか、自分の立場がどうなるかは後回し。 自分の失敗魔法のせいでガッツに迷惑をかけてしまった。 ならば、その責任をとらなければならない。 ひょっとするとそれは償い切れないほどのものかもしれない。 それでも、逃げ出すことは許されない。 失敗を見ないことにして放り出すことなど到底許容できない。 それがルイズの考える貴族の在り方―――これからも貫く、自分の生き方だった。 どすんっ! 机の上に「コレ頭叩き割れるんじゃね?」というほどの厚みのある本が置かれた。 2000ページは優に超えていると思われる。 それは古今東西、ハルケギニアに存在した、『フライ』を始めとする移動形魔法の種類とその詳細が書かれた、いわゆる『辞典』だった。 パラリ―――とページをめくる。 一枚一枚、一言一句逃さず、ルイズはその本を読み続けた。 二時間後――― 「ぐぅ…むにゅ……すやすや……」 ルイズは開かれたままの本に突っ伏して寝息を立てていた。 「ルイズ~、寝るならちゃんと布団で眠りなよ~~」 パックが苦笑しながらルイズの頭をぽんぽんと叩く。 完全に寝ぼけたまま、それでも何とか目をあけたルイズは椅子から立ち上がると、もそもそと服を脱ぎ始めた。 「わわわぁ~~!! ルイズ、ちょ、ちょっと待った! なななにしてんのッ!?」 「む~? なぁにってぇ~、きがえてるにきまってるでしょ~~? せいふくぅ~しわになったらぁ……むにゃ」 「はわわわわ」 ルイズの手が下着に伸びる。緩慢な動作でそれも脱ぎ捨てると、ルイズはネグリジェを頭からかぶり始めた。 無論、その間ルイズは丸出しである。 エルフが人間に欲情するかは定かでは無いが―――少なくともパックはガン見だった。 ルイズはネグリジェに着替えるとぼさっ!とベッドに飛び込む。 「むぅ~~…ん……すぅ~すぅ~」 そのまますぐに寝息を立て始めた。 パックはルイズの顔を覗き込み、眠りにつくのを見届けてから部屋を出ようとした。 むんず。 「ほえ?」 ルイズの手が飛び去ろうとしたパックを握り締める。 「んむぅ…むにゃむにゃ、ちいねえさまのつくったまろんけーきおいしい」 そのままパックはルイズの口の中にinした。 「のおおおお!! オレの体からは栗の匂いでも出てるとですかーーーー!?」 はぐはぐと頭頂部をルイズに咀嚼されながら、パックは心の叫びを上げた。 ―――夜が明ける。 あまりにも異様だった双月はその姿を潜め、太陽がトリステインを照らし始める。 その輝きだけは自分が見慣れたものとそう変わらないように思えた。 ガッツは剣を抱き、壁に背を預けて座ったまま首筋を指でなぞる。 なぞった指を確認するが―――やはり一滴の血もついてはいない。 いつもの世界では考えられないほど穏やかな夜に、しかしガッツは背筋が凍る思いだった。 いくら悪霊が現れず、穏やかな夜だったとはいえ、ガッツが眠りにつくことはない。 神経が高ぶっていて寝付けるようなものではなかったということもあるが―――根本的に、ガッツはもはや夜に眠ることは出来ない。 安全だとわかっていてもどうしても落ち着かないのだ。 これから先も、夜に穏やかに眠れることはおそらくないだろう。 まあこの世界に召喚された際、随分と長い間気絶していたことが幸いして、わりと頭はシャンとしているようではあった。 太陽が覗くまで長い間自問自答を繰り返していた甲斐があって、沸騰した頭は幾分落ち着いてくれたらしい。 ガッツはこれからの自分の行動を決めることにした。 (ルイズとかいうガキはあてにしちゃいらんねえ…やはり、自分の足で探すか) まだここが本当に異世界だと確定したわけではない。 その辺のこともじっくり調べてみる必要がある。 とすると、やはり町に向かう必要があるだろうか? そんなことを考えていると―――― ぐう。 お腹がなった。 そういえば最後に飯を食べてもうそろそろ丸一日経つ。 「まずは腹ごしらえか……」 さて、どこに行けば飯にありつけるのか。 まあとりあえず適当に建物内を散策してみるか―――とガッツが腰を上げると一人の少女が目に入った。 清楚な黒髪をカチューシャで纏めた女の子が、大量の洗濯物を抱えて歩いていた。 その服装には少し見覚えがある。確か、貴族に仕える侍女が似たようなものを着ていたはずだ。 (この学院に居る者は―――) ルイズの言葉を思い出した。 この学院の生徒とやらは全員が貴族。 つまり、なるほど、あの少女はおそらくここで侍女として雇われているのだ。 であるならば、彼女に聞けば飯の在り処もわかろうというものである。 ガッツは立ち上がり、少女のもとへと歩み寄った。 「おい」 「はい? きゃあ!」 少女はガッツの声に振り向いた拍子にバランスを崩し、抱えていた洗濯物を盛大にぶちまけてしまった。 「…悪い」 「いえ、私の不注意ですから…あら、あなたは学院の生徒じゃないですよね?」 当たり前だ。見たらわかる。 身の丈を超える大剣を担ぎ、黒尽くめの甲冑に身を包み、極めつけに左手は鉄の義手(大砲オプション付)だ。 そんな生徒はどこの学校を探したって存在しない。 「あなた、もしかしてミス・ヴァリエールの使い魔になったっていう……」 ミス・ヴァリエール? ガッツはしばらく考えてから「あぁ、あの桃髪のことか」と思い当たった。 「ずいぶんと広まってるんだな」 「ええ、ミス・ヴァリエールは平民を召喚してしまったってすっかり噂になってます」 まあそれはどうでもいい。噂したけりゃすればいい。それよりも。 ガッツは少し気になったことを聞いてみた。 「あんたも魔法使いなのか?」 「いえ、私はあなたと同じ平民です。貴族の方々をお世話するためにここで奉公させていただいてるんです」 明らかに自分を貴族より下の位置に定めている者の口ぶりだ。 貴族がいる前ならまだしも、周りには同じ平民だと認識しているガッツしかいないのに、ここまでへりくだったしゃべり方をするとは。 どうやらこの娘は心の底から貴族を自分より上位の存在だと考えているらしい。 (こら仕込みがいいわ) そんなことを考えながらガッツは少女が落とした洗濯物をひょいひょいと集め始めた。 「あ、ありがとうございます」 ガッツの行動が意外だったのか、少女は少し驚きながら礼を述べた。 「どこまで運べばいいんだ?」 「そ、そんな! 大丈夫ですよ! ミス・ヴァリエールの使い魔の方にそこまでしていただくわけにはいきません!!」 少女はガッツが集めた分の洗濯物を受け取ろうとするが、そうすると持ちきれない分がまた落ちるのは目に見えている。 「気にすんな。俺もあんたに頼みたいことがあるからな」 「う…それじゃあお願いします。あそこの井戸の方まで運んでもらえますか」 「あいよ」 少女が指差した方向に二人肩を並べて歩き出す。 少女は隣を歩くガッツを少し不思議そうに見上げてから、 「あの、お名前はなんておっしゃるんですか?」 「ガッツだ」 「ガッツさん……私は、シエスタっていいます。どうぞよろしく」 シエスタはそう言ってガッツを見上げたまま微笑み――― こけた。 「ガッツさん黒髪ですよね。私と同じです」 「ん…まあ、そうだな」 ガッツはシエスタの洗濯を手伝っていた。 シエスタが桶で洗い上げた物をガッツが木の枝同士に張られたロープに干していく。 ガッツがシエスタに飯を食うにはどこに行けばいい、と尋ねたところ、シエスタの厚意によりいつも厨房で出ているという賄い食を出してもらえることになった。 洗濯が終わった後に連れて行ってもらえることになったのだが―――ただ突っ立って待っているのも手持ち無沙汰なので、ガッツから手伝いを申し出たのである。 じゃぶじゃぶと洗濯板を使って洗濯を進めるシエスタの言葉に、ガッツは自分の前髪を少し指でいじった。 右側の前髪だけ白い。狂戦士の甲冑を身に纏った反動だ。 ちょびっと白い剣士。 ほぼ黒い剣士。 パックとイシドロに叩かれた軽口を思い出す。 まあしかし、黒髪と言って問題はなかろう。故にガッツは曖昧に頷いた。 「トリステインでは黒髪って珍しいんですよ? 私、家族以外で黒髪の方に会ったのは初めてです。ガッツさん、出身はどちらなんですか?」 「言ったってわかんねえだろうし、本当のところは俺もわからねえさ」 実際ガッツは自分の生まれを知らない。 昔、かつて自分の親代わりをしてくれた男は、自分のことを『死体の股から生まれた呪われた子』と言った。 自分の出自について知っているのはそれだけだ。 あるいはミッドランドと答えてもよかったかも知れないが、シエスタにはわからなかったろう。 ガッツの答えに「なんですか、それ」とシエスタは笑った。 洗濯を終え、シエスタに連れられた厨房で、ガッツは賄いのスープを口にしていた。 ここでもガッツは驚くことになる。 ―――スープが、うまい。 狂戦士の甲冑の反動によって失われていたはずの味覚が戻っていた。 (つくづく魔法ってのは…すげえもんだな) もしかすると死者を甦らせる魔法なんてのもあるのかもしれない。 そんなことを考えているとコック長のマルトーがガッツに話しかけてきた。 「よう、兄ちゃん! くそったれな貴族に召喚されちまったんだって!? 難儀なことだなあ! おめえの気持ちはよ~くわかるよ! 貴族たちに使った食材の余り物だってのが癪にさわるが、今日は好きなだけ食ってくれ!!」 陽気にがははと笑いかけてくる。 マルトー自身もがっしりとした体躯をしているためか、ガッツに対して恐れというものは抱いていないようだった。 「ところでよ~…お前さんのそれ…剣かい?」 マルトーがガッツの傍らで壁に立てかけられたドラゴンころしを指差した。 「ちょっと持たせてくれよ」 言いながらマルトーはドラゴンころしの柄に手をかける。 「ふんッ!! ……んぅううあ!! 無理ッ!! 剣っていうかただの鉄板じゃねえか!! こんなもん振ったら肩がぶっ壊れちまうぜ!! 兄ちゃんコレ本当に振れんのかい?」 「……ああ」 「ホントかよッ!! そりゃあすげえや! な、振って見せてくれよ!!」 ……ここでか? ガッツは若干呆れながら厨房を見回した。 広い厨房だとは思うが―――こんなところでドラゴンころしを振り回したらえらいことになる。 「なんだよ! やっぱりこりゃ虚仮脅しなのかい!? 兄ちゃん、見栄を張るのはいいが武器はちゃんと自分になじむものを使いな! その辺は剣士も料理人も一緒だぜ!!」 否定するのも面倒なので、ガッツは適当に流して黙々とスープを口に運び続けた。 「ガッツさん、どうぞゆっくりしていって下さいね」 貴族に出す分なのだろうデザートをトレイに乗せて、シエスタはガッツの前を通り過ぎ、生徒用の食堂だという部屋に入っていった。 軽く手を上げてそれに応えてから、ガッツはスープを平らげる。 マルトーに礼を言って厨房から出ようとドアに手をかけた時――― 食堂の方が騒がしいことに気がついた。 食堂ではシエスタが金髪の少年に頭を下げていた。平伏し、頭を地面にこすり付けるほどに。 そのシエスタを、薔薇を片手に見下ろす金髪の少年の顔はなぜかワインまみれだった。 「君のおかげで二人のレディーの名誉が傷付いてしまったよ。どうしてくれるんだい?」 「申し訳ございません、申し訳ございません…!」 「申し訳ないですんだら銃士隊はいらないんだよ! 僕はどうするのかと聞いているんだ平民!!」 「ひっ…! ごめんなさい…! ごめんなさい……!!」 金髪の少年は別に償いを求めているわけではない。 こうやってシエスタを追い詰めることでストレスを発散しているだけだ。 「なにあいつ、かんじわる~~。今の悪いの完全にあいつじゃん!」 「ギーシュのやつ…朝っぱらから見苦しい真似してるわね…」 そんな二人の様子をルイズとパックは苦々しげに眺めていた。 事の顛末はこうである。 デザートを配膳していたシエスタは金髪の少年・ギーシュが香水のビンを落としたことに気がついた。 元々奉仕精神の強い彼女である。当然それを見過ごすことは出来ず、ビンを拾い上げるとギーシュに差し出した。 しかしギーシュはそのビンを受け取ろうとはしなかった。その真意を彼女に汲み取れというのは酷な話だ。 結局その香水がきっかけで彼の二股が明るみになり、彼は二股をかけていた少女二人から見事な制裁を受けた。 ギーシュはその責任をこともあろうかシエスタに押し付けたのである。 「まったく、これは教育が必要なようだね……」 「お許しください…お許しください…!」 シエスタは目に涙を浮かべている。 ギーシュはそんなことお構いなしとばかりに彼が魔法の杖として使用している薔薇の花を高々と掲げた。 ひい…!とシエスタは頭を抱えて蹲る。 ギーシュはそれを見て大変ご満悦な様子だった。 「もう許さん! この怪傑スパックが制裁を与えてくれる!!」 「こら! 面倒なことに首突っ込まないの!!」 どこからか毬栗を取り出し突貫しようとするパックをルイズは捕まえる。 ちょうどその時だった。 ギーシュは床に大きな影が差していることに気がついた。 何事かと後ろを振り向き――― 「うわあ!」 いつのまにか現れていた巨躯の男に、驚きの声をあげた。 驚いたのはギーシュだけではない。 「ガッツ!?」 「あいつあんなとこでなにしてんの!?」 「ガッツさん……!?」 ルイズも、パックも、シエスタも思いがけない乱入者に思わず声をあげていた。 ギーシュはその男がルイズの召喚した平民だということに遅まきながら気がついた。 「何のつもりだ…平民。貴族である僕を見下ろすなどと随分と不遜な態度じゃないか」 「何があったか知らねえが……もう勘弁してやっちゃくんねえか?」 ガッツとしては一応、シエスタには恩がある。 シエスタがここまで追い詰められているのを放っておくのは、さすがに夢見が悪かった。 「頭が高いと言っているんだ平民ッ!!」 ギーシュが一喝する。 自分を見下ろすこの男は貴族に対してなんら敬意を払っていない。 それどころか―――この男は自分を見下してすらいる。 ギーシュはそう感じていた。 ガッツは―――ギーシュの傲岸な態度に、抑えていたものが噴出しそうになっていた。 「やれやれ…貴族ってなぁどいつもこいつも……聞くが、お前はそんなに偉いのか?」 「よかろう。名乗ってやる。我が名はギーシュ! ギーシュ・ド・グラモン!! かのグラモン伯爵家の第三子だ…わかったら平民! さっさと頭(こうべ)を垂れるがいい!!」 両手を大きく開き、ギーシュは大仰に名乗りを上げた。 グラモン家は最近お金の面で苦労しているとはいえ、それでもトリステイン有数の大貴族だ。 平民に対するその威光、推して知るべしである。 しかしガッツはそんなことは知らない。否、たとえ相手がミッドランドの大諸侯だったとしても、その態度は変わらない。 ふっ…とガッツの口が皮肉げに笑いの形を作った。 「俺は『お前』が偉いのかと聞いたんだ。啖呵をきるのに親の名前がいるってんならずっとママと手をつないで一緒にいてもらえ、ガキ」 シン…と食堂の空気が凍った。 もはやガッツを敵視しているのはギーシュだけではない。 ガッツの今の発言はギーシュの家名を馬鹿にした―――だけではない。 親から子へと連綿と受け継がれていく貴族の名誉、その在り方そのものをあざ笑ったのだ。 家名に誇りを持つ全ての貴族たちがガッツを睨み付けていた。 シエスタの顔は蒼白だった。 「よかろう……そこまで貴族を馬鹿にするんだ。覚悟は出来ているだろう! 決闘だ!! 平民ッ!!」 ギーシュがそう言い放つと周りの生徒たちから歓声が上がった。 「ヴェストリ広場に来い! ここを君の血で汚すわけにはいかないからな…!」 そう言い捨てるとギーシュは食堂を出て行った。 「ギーシュが生意気な平民に粛清を与えるぞ!!」 「あいつは貴族を馬鹿にした!! 八つ裂きだ!!」 食堂にいた生徒たちは是非決闘を見物しようとギーシュの後について続々と食堂を後にする。 2,3人ほどの生徒は残り、どうやらガッツが逃げないか監視しているようだった。 普段のガッツであればこんな決闘に乗ることは無い。どれだけギーシュ達がわめこうがまったく取り合わないだろう。 しかし今回ばかりは―――事情が違った。 胸のうちから噴出す黒い炎を誰彼構わずぶちまけたい気分だった。 「ガッツさん……だめ、殺されちゃう……」 シエスタはガタガタ震えている。 「あんた何馬鹿なことしてんのよ!!」 ルイズがガッツに駆け寄ってきた。 「早く謝ってきちゃいなさい!! 確かにギーシュにも悪いところあるけど、今のは絶対にアンタが悪いわ!!」 ルイズとて典型的な貴族だ。先ほどのガッツの発言は正直度し難い。 「メイジとやりあっちゃ、無事じゃすまないわ…! ほら、早く―――ッ!?」 ルイズはそれ以上続けることが出来なかった。 ガッツの目を見て、続けられなくなった。 ガッツがルイズに向ける目は、ギーシュに向けていたソレとはレベルが違う。 その目が直接ルイズに語りかけてくるようだった。 ―――てめえはこんなところで何をしてやがる ガッツの目はそう言っている気がした。 ヴェストリ広場で、ガッツとギーシュは向かい合って立っていた。 「ギーシュー!! 遠慮はいらねえぞーー!!」 「身の程知らずの平民め!!」 向かい合う二人に周囲の生徒から歓声と野次が浴びせられる。 ギャラリーの数は学院中の生徒たちが集まったのではないかというほどの人だかりだった。 そのギャラリーの中にルイズはいた。その頭の上にはパックが立っている。 いざとなれば、自分が出て行って決闘を中止させるつもりだった。 こんなことになったのは、大本を正せば自分のせいなのだ。 パックからガッツの事情は聞いている。 大事な旅の途中であったろうガッツに、こんなところで怪我をさせるわけにはいかなかった。 「よくぞ逃げずに来た! 平民!!」 ギーシュは胸のポケットに挿しておいた薔薇の花を抜き取り、振るった。 そこから零れ落ちた花びらが宙を舞うと―――甲冑を纏った女剣士を模したゴーレムへと変化した。 「僕はメイジだ。だから魔法で戦う。よもや文句はあるまいね?」 「……好きにすりゃあいい」 「……いい度胸だ。改めて名乗ろう! 我が名はギーシュ! 『青銅のギーシュ』!! 名乗れッ! 平民ッ!!」 ギャラリーの歓声が絶え間なく聞こえている。 ガッツは一拍の間を置いて――― 「ガッツ。ただのガッツだ……ガキ」 そう、名乗った。 二人の様子をルイズはハラハラしながら見守っていた。 「ああ、もう、またあんな挑発して……しおらしくしてれば、ギーシュも本気出さないかもしれないのに……」 「ルイズさあ……」 ルイズの頭の上でパックが口を開く。 「何? パック」 「相手のほうの心配したほうがいいと思うぞ」 「え?」 なにか、いま、パックが信じがたいことを言ったような―――ルイズがパックの言葉の意味を理解しようとしていると、周りの喧騒がそれを妨害した。 「何だアレ!! ホントに剣なのかよ!!」 「あんなもん振れるわけがないぜ!!」 「わかったぞ! あれは剣じゃなくて盾なんだ!!」 「な~るほど!! 戦いが始まったらすぐさまあれの後ろに隠れるわけだな!!」 「そりゃあい~や!! 身の程知らずの平民にはふさわしい戦い方だぜ!!」 ガッツの背中に担がれたドラゴンころしを指差して生徒たちは口々にガッツを罵った。 実のところ、ルイズもガッツに対する認識は周りの連中とそう変わらないものだった。 大剣を持ち上げているのは見たけれど、とてもアレを普通の剣のように振り回せるとは思えなかった。 せいぜい、振り上げて、落とす。 その程度の使い方しか、ルイズには想像することが出来なかった。 無理もない。アレは、剣の範疇に収まりきるものではないのだから。 ―――決闘が開始される。 「行け! ワルキューレ!!」 ―――ギーシュの号令と共に青銅の女剣士が動き出す 「「「やっちまえギーシュ! ヴァリエールに遠慮はいらねえぞ!!」」」 ―――ワルキューレがガッツに迫る 「「「あいつは全ての貴族を虚仮(こけ)にした!! これは粛清だ!!」」」 ―――ガッツの足が一歩前へ 「「「おいおい平民がなんかやる気だぞ!」」」 ―――ワルキューレがランスを振りかぶる 「「「無駄な努力ごくろーさんだぜ!!」」」 ―――ガッツの手がドラゴンころしの柄を握り ボ ォ ン ! ! ! ! ワルキューレの胴が舞った。 きれいに上下に分かたれたワルキューレの胴が宙を舞う。 一回、二回、三回。 ぐるんぐるんと回ったワルキューレの残骸は、そのままドシャリとヴェストリ広場に転がった。 ヴェストリ広場に静寂が満ちる。 誰も声を出すことが出来なかった。 目の前の光景が、自分たちの知る常識からあまりにかけ離れすぎていて。 ルイズも、目を大きく開き、固まって。 目の前に対峙するギーシュは最も信じがたく。自らのゴーレムが宙を舞う姿を呆然と見送っていた。 「振った………」 誰かが漏らしたその声を皮切りに。 ヴェストリ広場に歓声とも悲鳴ともつかない叫びが木霊した。 前ページ次ページベルセルク・ゼロ
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「良いわ契約してあげる!!」 名前:黒崎 一護 「…あぁ?」 「本来ならこんなこと…一生ないんだからね!!!」 髪の色:オレンジ 瞳の色:ブラウン 「なっ!?」 職業:高校生兼死神代行 兼 使 い 魔 「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁ!!?」 Zero s DEATHberry ――ゼロの死神 数分前 彼、『黒崎 一護』はソウル・ソサエティから現世へと帰還する際 彼女、『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール』に召喚されたのである。 「何だよ…ココ…」 「あんた誰よ?」 二人の口から同時に疑問の声が起きる 「!!お前俺のことが視え「ルイズの奴平(ry 「良いから答えなさいよ!!」 この時ルイズはかなり苛立っていた 召喚に成功したと思いきや現れたのは(おそらく)平民の妙な服を着た剣士 これでは失敗にも等しい 「…黒崎 一護!!死神だ!!」 突如その場がどよめき、そしてルイズの目が輝く 「死神!!それ本当!?」 「おう!といっても」 『代行だけどな』といおうとした其の言葉はさえぎられた ルイズの「良いわ契約してあげる!!」の一言で
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 少し離れた所から人々の喧騒が聞こえてくる、旧市街地へと続く入り口周辺。 閉館時間を過ぎた劇場のように静かで陽の当たらぬ場所で、ルイズと魔理沙は行方不明になっていた゛レイム゛と再会していた。 だが、1時間ぶりにその姿を間近で見たルイズは、彼女の身体に何か異変が起こったのだとすぐに察知する。 姿形こそ彼女らが見知っている゛レイム゛そのままの姿であるが、不思議な事に彼女の両目は不気味に光り輝いていた。 それに気づいたルイズは目を丸くし、再会できたのにも関わらず一向にその足を動かせなくなってしまう。 お化け屋敷の飾りでつけるようなカンテラみたいにおぼろげで、血の如き赤色の光。 今いる場所が暗ければ、間違いなくその身を震わせていただろうと思えるくらいに、゛レイム゛の目は不気味だった。 目の光に気づく前は名前を呼ぶ為に二回ほど口を開いたが、気づいた今ではそれをする事すらできない。 今の彼女にどう接すればいいのか分からないルイズが狼狽え始めた時、魔理沙がその口を開いた。 「おいおい霊夢、お前その目はどうしたんだよ。何か良くないモノでも食ったのか?」 そんな事を言ってカラカラと笑いながらも、彼女はいつもの調子でこちらへと近づいていく。 魔理沙の言葉にハッとしたルイズは咄嗟に後ろへと下がったことで、゛レイム゛との距離を取った。 何故かは知らないが、そうしなければいけないと無意識に頭が動いたのだ。 それを不思議に思う間もなく後ろへ下がった彼女と交代するように、今度は魔理沙が近づいていく。 ルイズよりも付き合いが深い彼女が歩いてくるのにも関わらず、゛レイム゛は何も言わない。 首が回らなくなった人形の様に、ジッと此方の方へ顔を向けたまま動きもしない。 ドアの上に尻餅をついた姿勢の彼女は、ただ魔理沙を見つめていた。 「どうしたのよあの子…っていうか、なんで目が光ってるのかしら?」 それなりの距離へ下がった時、ふと自分の横から聞き慣れた声が聞こえてくるのにルイズは気が付く。 自分と魔理沙の後ろをついてきて、先程追い払ったばかり彼女の声が聞こえる事に驚き、急いで視線を動かす。 案の定自分の横にいたのは、赤い髪と豊満の女神と思える程富んだ肉体を持ったキュルケであった。 いつものように澄ました笑顔の彼女は、赤い髪を左手の指で弄りながらも自分に気づいたルイズを見下ろしている。 抗えぬ身長の差と笑顔で見下ろされる事に歯がゆい屈辱を感じたルイズの口は、咄嗟に動いてしまう。 「キュルケ…アンタ、もうどっかに行ったんじゃないの?」 「お生憎様、私はあの紅白ちゃんみたいに便利な瞬間移動は体得していませんのよ」 嫌悪感を隠さぬルイズの言葉を冷やかに返しつつも、キュルケは゛レイム゛がいる方へと視線を向ける。 彼女の目が自分以外の人物に向けられた事に対し、ルイズもそちらへ目を動かす。 先程ルイズ達がいた場所から五メイル先にある建物から出てきた゛レイム゛は、微動だにしていない。 一緒に吹き飛んだ大きなドアの上に腰を下ろしたまま、じっとこちらの方へと顔を向けている。 特に怪我をしているとは思えないし、彼女への方へと寄って行く魔理沙も変な反応を見せてはいなかった。 ただ変わっている事は一つだけ。赤みがかった彼女の黒い瞳が、赤く光り輝いているということだ。 「レイム…一体、何が起こったていうの?」 キュルケと肩を並べたルイズは一人、何も言わない゛レイム゛へ向けて呟く。 もしも目の前にいる彼女がいつもの゛レイム゛であったならば、今頃軽く説教しつつ頭でも叩いていただろう。 自分や魔理沙に何の報告も無しに姿を消して心配させるとは何事か、と。 しかし今目の前にいる゛レイム゛の姿には、何か不気味なモノが見え隠れしている気がした。 あの目だけではなく、無表情の顔や身体から発せられる雰囲気までもいつもの彼女とは違っている。 いつもの゛レイム゛ならば、目の前の自分たちへ向けて何かしら一言放ってもおかしくない。 例えば『何でいるのよ?』とか『あら、呼びもしないのに来てくれたのね』など、少なくともこの場の空気を読めないような言葉は吐いてたはずだ。 実際にそうするかはわからないが召喚してからの二ヶ月間、彼女と共に過ごしたルイズはそう思っていた。 無論今の様にシカトと思えるような態度は見せるかもしれないが、それでも可笑しいのである。 まるで人形の様に一言も発さず、無表情でこちらを見つめているだけなどいつもの彼女ではない。 「やっぱり…何かあったんだ…」 只ならぬ゛レイム゛の様子にまたも呟いたルイズを見ながら、キュルケはその顔に薄い笑みを浮かべる。 彼女は確信していた。自分の鼻に狂いは無く、知らない゛何か゛が現在進行中で起こっているのだと。 最初こそルイズたちの言葉を聞いて何もないかと思っていたが、この状況を見ればあれが単なる誤魔化しだったのだとわかる。 何が原因で事が始まり今に至るかはさておき、今のキュルケは正に好奇心の塊と言ってもいいであろう。 ((あの黒白が現れる前から色々とおかしいとは思ってたけど…こりゃどうにも面白そうじゃないの?) 喜びを何とか隠そうとするキュルケを尻目に、゛レイム゛へと近づいた魔理沙は彼女に話しかけていた。 「どうした霊夢ー?まさか、この期に及んで無視…ってことは無いよな」 一メイルあるがないかの距離で喋る彼女は、いつもと比べ静かすぎる知り合いを前に頭を抱えそうになる。 いつもならば嫌味の一つでもぼやいてくるとは思っていたが、中々口を開こうとしない。 そりゃ何かしら冷たい所はあれど、こうまで話しかけて話しかけてくる相手を無視した事はなかった。 怪我一つしていないし、どこからどう見ても博麗の巫女である゛レイム゛そのものだ。 じゃあ一体何で口を開こうとせず、不気味に光る目でこちらを見つめてくるのかと言えば、それもわからない。 さすがの魔理沙も、今の゛レイム゛にはお手上げと言いたいところであった。 (やっぱり変なモノでも口に入れたのか?目が光る毒キノコとか聞いたことも無いが…) 仕方なく゛レイム゛の赤色に光る目と自分の目を合わせつつ、どうしようかと迷っていた時だった。 「………………ム」 ふと゛レイム゛の口が微かに動き、何かを呟いたのである。 蚊の羽音と同じ程度の声で何を言っているのか分からなかったが、喋ったことに違いは無い。 「ん?何だ、言いたいことでもあるのか?」 一体何を喋っているのか気になった魔理沙は耳を傾け、その言葉を聞き取ろうとした。 髪を掻き分けながら右の耳を゛レイム゛の顔へと近づけた彼女は、スッと目を瞑る。 その直後、見計らっていたかのように二度目の言葉が聞こえてきた。 「…………レイム」 ゛レイム゛が呟いていた言葉。それは彼女自身の名前であった。 一度目はうまくいかなかったが、二度目に耳を傾けたおかげでうまく聞き取ることができた。 しかし、魔理沙にとってそれは、今の状況を好転させるどころか更なる疑問を抱くことになってしまう。 (コイツ…なんで目を光らせながら自分の名前なんかをボソボソ呟いているんだ?) 聞いてしまったことで謎は深まっていく今の状況に、さすがの魔理沙も笑えなくなっていく。 近づけていた耳を離した彼女は怪訝な表情を浮かべながら、自分を見つめる゛レイム゛に話しかけた。 「本当にどうしたんだお前は?自分の名前なんか呟いて楽しいのか…?」 飲み過ぎた友人に話しかけるような魔理沙の声は、後ろにいたルイズたちの耳にも入ってくる。 「自分の名前…?アイツ、何言ってるのかしら」 一体何が起こっているのかはよくわからないが、少なくとも良い事ではないようだ。 おかしくなってしまった゛レイム゛に四苦八苦する魔理沙を見ればすぐにわかる。これは本当にまずい。 森の中で怪物に襲われた時よりも不明瞭すぎる彼女の異常に、ルイズは一つの決断を下す。 (一度安全なところまでアイツを連れていくか、運んだ方がいいわね) 未だに目が光り続ける彼女は不気味だが、このまま放置しておくわけにもいかない。 ここから一生動かない…という事はなさそうだが、後一時間半もすれば日が沈んで夜になるだろう。 今の季節なら日が沈んだばかりの頃はまだ明るいものの、夜になればここの治安は悪くなる。 特にこんな廃墟群なら、浮浪者や犯罪者などの「社会不適合者」が潜んでいてもおかしくはない。 つまり、こんなところで動かない彼女と一緒にいるだけでもマリサや自分の身が危ないのだ。 隣にいるキュルケの安全を敢えて考慮しない事にしたルイズは、次にどう動こうか悩みはじめる。 (とりあえず…どうやって霊夢を動かそうかしら) 既にここから逃げる算段を付けている彼女は、ふと゛レイム゛の方へ視線を移す。 こちらが言ってすぐに立って歩いてくれれば問題は無いが、最悪それすらしない可能性の方が高いかもしれない。 そうなれば、誰かが彼女を担いで移動するしかないのだがそれをするのは魔理沙の役目だ。 自分は彼女の箒を持てば良い。そこまで思いついた彼女であったが、厄介なイレギュラーが一人いる。 (ここまで見られたら…絶対ついてくるわよねコイツ) 魔理沙たちの動きを見つめているキュルケを一瞥したルイズは、心中で毒づく。 遥々ゲルマニアからやってきた留学生の彼女は、不幸な事に変わった事が大好きだ。 変な噂があればそれを徹底的に調べるのだ。骨の髄までしゃぶりつくす…という言葉が似合うほどに。 サスペンス系の劇ならば間違いなく頭脳明晰な探偵役か、事件の真相を知りすぎて殺される被害者の役をやらされるに違いない。 そんな彼女が、今の自分たちを見て先程みたいに手を振って立ち去るだろうか?答えは否だ。 気になるモノは徹底的に調べつくす彼女の事だ。あと一歩で真実を知れるならば、地の果てまで追いかけてくるだろう。 そしてそれを知り次第、機会があれば色んな所で話しそうなのがキュルケという少女―――ルイズはそう思っていた。 あぁ、どうして今日という日はこんなにも面倒くさくなったのだろうか? 頭を抱えたい気持ちになったルイズの脳内に、ふと冗談めいた提案が浮かび上がる。 (……いっそのこと、ここでご先祖様の仇をとってもいいかな?) ヴァリエール家を繁栄、維持してきた先祖たちの中には無念にも当時のツェルプストー家の者たちにやられた者が多い。 ある時は戦場で首を取られたり、またある時は想い人を寝取られたり奪われたりと…色々「やられて」きた。 ならば今ここで、油断しきっている彼女を色んな意味で゛黙らせた゛方がヴァリエール家の将来が良くなるのではないか? そんな事を考えていた彼女の邪な気配に気づいたのだろうか。 今まで魔理沙たちを見ていたキュルケはハッとした表情を浮かべ、ふとルイズの方へ視線を向けた。 彼女が目にしたのは、どす黒い何かを考えているルイズの姿であった。 まるで今から殺人事件を起こそうかという様子に、さすがのキュルケも目を丸くしてしまう。 一体、自分が見ぬ間に何を企んでいたのだろうか?そんな疑問を感じてしまった彼女は、試しに話しかける事にした。 「…何やら顔が恐いですわよ、ヴァリエール」 「いっ……!?」 言った本人としては単なる忠告のつもりであったが、それでもルイズは驚いたらしい。 自分以上に目を丸くした彼女を見たキュルケは肩を竦め、先祖からのライバルに話し続ける。 「何を考えていたかは知らないけど。そんな顔してたら、まともなお婿さんが来ませんわよ」 「なっ…!あ、アンタ何言ってるのよこんな時に!」 突拍子もなくそんな事を言われ、ルイズは顔を赤くしつつ怒鳴った。 だが獅子の咆哮とも例えられる彼女の叫びに怯むことなく、キュルケはニマニマと笑う。 場の空気を読めぬキュルケの笑みを見たルイズが、更に怒鳴ろうと深呼吸しようとした―――その時であった。 「うっ…ぁっ…!」 突如、魔理沙のいる方から苦しげな呻き声が聞こえてきたのである。 首を絞められて息ができず、それでも本能に従って何とか呼吸をしようとする者の小さな悲鳴。 そして、青春を謳歌している自分たちと同じ年代の子が出すとは思えぬ断末魔。 人の生死にかかわる声を聞いたキュルケはハッとした表情を浮かべ、魔理沙たちがいる方へ顔を動かした。 深呼吸していたルイズも咄嗟に同じ方向へ顔を向け、何があったのかを確かめる。 直後、二人の脳内にたった一つだけ、小さな疑問が浮かび上がる。 『どうして、こうなっている』―――――『何が、起こったのだ』――――――と。 それ程までに二人が見た光景はあまりにも不可解であり、まことに信じ難いものだったのだ。 唐突な呻き声を耳にし、振り向いた二人が目にしたもの。それは… 「あっ…!あぁあ………」 いつの間にか立ち上がっていた゛レイム゛に、首を締めつけられる魔理沙の姿であった。 手にしていた箒を足元に落としていた彼女は、空いた両手で゛レイム゛の右腕を掴んでいる。 再会した時から無表情な巫女は、何と右手の力だけでもって魔法使いの首を絞めていた。 首を絞められている方ももこんな事になるとは思いもしなかったのか、その顔が驚愕に染まりきっている。 「…ぐっ…あっがっ…」 言葉にならぬ声をかろうじて口から出しつつ、力の入らぬ左手で゛レイム゛の右腕を必死に叩く。 それでも゛レイム゛は、右手の力を緩める事は無く、それどころか益々力を入れて締め付ける。 せめてもの抵抗が更なる苦痛をもたらし、とうとう声すら上げられなくなってしまう。 「――……っっ!?……!!」 締め付けが強くなった事で魔理沙はその目を見開き、自然と顔が上を向く。 身体が酸素を取り入れられず意識が遠のいていくたびに、目の端から涙が零れ落ちていく。 もはや体に力も入らず、緩やかだが苦しい「死」が、彼女の体を包み込もうとしている。 それでも゛レイム゛は、酷いくらいに無表情であった。 まるで目の前にいる知り合いが、ただの人形として見えているかのように。 そんな光景を前にしていたからこそ、ルイズとキュルケの二人は動けずにいた。 ルイズはただただ鳶色の瞳を丸くさせ、怖い者知らずであるキュルケの体は無意識に後退っている。 恐怖していたのだ。学院でもそれなりに仲の良かった二人の内一人の、思いもよらぬ凶行に。 同じ席で二人食事を取り、暇さえあればお喋りもしていたルイズの使い魔である自称巫女と自称魔法使いの少女たち。 その二人を知っている者ならば、目の前で繰り広げられる絞殺を見て驚かない者はいないであろう。 「ねぇ…あれってさぁ…ケンカ…じゃないわよね?」 「っ!そ、そんなワケないじゃないの!?」 体も心も引き始めたキュルケがそう呟いた直後、目を見開いたままのルイズが叫んだ。 その叫びが功を成したか、驚きのあまり硬直していたルイズの体に自由が戻ってくる。 緊張という名の拘束具に縛られていた小さな筋肉が開放されるのを直に感じつつ、彼女は腰に差した杖を手に取った。 幼少の頃、ブルドンネ街で母と一緒に購入したそれは貴族の証であり、自分に勇気を与えてくれる小さな誇り。 手に馴染んだそれを指揮棒の様に軽く振った後、その足に力を入れて゛レイム゛たちの方へ走り出した。 「ちょっ…ルイズッ!」 いきなり走り出した同級生を制止しようとしたキュルケであったが、時すでに遅し。 褐色の手で掴もうとした黒いマントが風に揺らす今のルイズは、弓から放たれた一本の矢だ。 罅だらけの地面を一級品のローファーで蹴りつけながらも、彼女は口を動かし呪文の詠唱を始めている。 杖を持つ右手に力を入れて手放さぬよう用心しつつ、五メイルという距離の先にいる゛レイム゛へとその先端を向ける。 風を切る音と共に杖を上げた今の彼女は正に、自身が思い描く貴族らしい貴族だ。 おとぎ話に出てくる公爵や伯爵の様に、いかなる困難にも決して背を向けず勇猛果敢に立ち向かう魔法の戦士。 現実では怯える事しかできなかった過去の彼女が夢見る、いつか自分もこうなりたいという願望。 そして、異世界の問題に改めて身を投じる事を決意した彼女の―――今のルイズの姿であった。 キュルケの制止を振り切ったルイズは呪文を詠唱しつつ、知り合いの首を絞める゛レイム゛を睨みつける。 あと少しで天国への階段を上ってしまうであろう魔理沙を助ける為には、゛レイム゛に自分の魔法を放つしかあるまい。 まだ色々と借りがある゛レイム゛を攻撃することに躊躇いはある。けれど、そんな彼女に殺されかけている魔理沙を見殺す事もできない。 魔理沙にもまた大きな借りがあるのだ。それを返さぬまま見殺しにしてしまえば、自分は一生分の後悔を背負う事になる。 故にルイズは、今の自分が何をするべきなのかを決めていた。 常軌を逸した゛レイム゛が魔理沙を絞め殺す前に、何としてでも自分が止める事。 それが今の彼女が自らに課した、この状況で最善だと思える行動であった。 (何でこうなったのかは知らない。けど、何もしなきゃマリサが…!) 口に出さずともその表情でもって必死だという事を示すルイズは、二人まであと二メイルという所で足を止めた。 トリステイン魔法学院に在学する生徒のみが履けるローファーの底が地面をこすり、彼女の体をその場に押しとどめる。 少量の砂埃を足元にまき散らしもそれに構わず、呪文の詠唱を終えたルイズは右手に持った杖を振り上げ、唱える。 「レビテレーション!」 彼女が唱えた魔法は、本来人や物体を浮かす初歩中の初歩であり、攻撃用の魔法ではない。 それで゛レイム゛だけを浮かせても今の彼女なら動揺しそうにもないし、逆に縛り首の要領で魔理沙を殺しかねないのだ。 無論そのスペルを詠唱していたルイズ自身も理解しており、何も無意識に唱えていたワケでは無い。 彼女が魔法を唱えた直後、苦しむ魔理沙を見つめていた゛レイム゛の顔が、ルイズの方へと向く。 未だに赤く光り続ける瞳でもって睨みつけようとした時、その足元から一筋の閃光が迸る。 直射日光を思わせる程の眩しい光を直視した゛レイム゛が思わずその目を瞑ろうとした瞬間、光が爆発へと変化した。 チクトンネ街で八雲紫に放ったものとは段違いに低いそれは、爆竹十本程度の威力しかない。 ゛レイム゛の足を吹き飛ばす事は無かったが、突然の閃光から爆発というアクシデントに怯まざるを得なかった。 そしてルイズとしては、その゛レイム゛が僅かながらに隙を見せてくれたことに多少なりとも感謝していた。 何せ彼女が足元を一瞥してくれただけで、自分が一気に近づけるのだから。 「レイム!!」 目の前で殺人を犯そうとする巫女の名を叫ぶよりも前に、ルイズは走り出していた。 まるで興奮した闘牛の如く一直線に、自分の部屋に住みついた少女たちの方へ突撃する。 その足でもって地面を蹴飛ばして近づいてくるルイズに゛レイム゛は気がつくも、既に手遅れであった。 回避しようにも魔理沙の首を掴んでいるためにできず、目の前には物凄い勢いで掴みかかろうとするルイズの姿。 再会してから全く動く事が無かった彼女の目は見開かれ、無表情を保っていた顔に驚愕の色が入り込む。 一体、いつの間に―――― ゛レイム゛がそう思った瞬間。両腕を横に広げたルイズが、彼女の腰を力強く抱きしめた。 まるでお祭りで手に入れた巨大な熊のぬいぐるみに抱き着くかのように、彼女は遠慮も無く゛レイム゛に抱き着いたのだ。 それだけならまだ良かったかも知れないが、ルイズの攻撃はまだまだ終わりを見せていない。 勢いよく゛レイム゛に抱き着いたルイズはそのまま足を止めることなく、何と自らの両足を地面から離す。 まるでその場で跳び上がるかのように左足の靴先で地面を蹴り、ほんの数サント程宙に浮く。゛レイム゛を抱きしめたままの状態で。 その結果、ルイズは自らの全体重を゛レイム゛の方へ寄らせる事に成功した。 「なっ…!」 これには流石の゛レイム゛も動揺せずにはいられず、その体から一時的に力が抜けてしまう。 無意識のうちに両足が下手に動いてもつれ、ルイズの体重により身体が後ろへと傾き、不用意に手の力が緩む。 そして右手の力も抜けたおかげか、首を絞められていた魔理沙の体は死の束縛から解放される事となった。 呼吸を止められ、あと少しであの世へ入りかけたであろう黒白の魔法使いの体が、どうと地面に倒れる。 それと同時にルイズと゛レイム゛の体が勢いよく地面に倒れこみ、辺り一帯に砂塵をまき散らした。 「ルイズ…!………アンタ、無茶すぎるわよ」 ライバルの取った無茶な行動に対して毒づきつつ、キュルケは゛レイム゛の手から解放された魔理沙の姿を目に入れる。 自由を取り戻した彼女は早速口を大きく開けて、物凄い勢いでもって深呼吸をし始めている。 「―――――はぁ、はぁ、はぁ……うぇっ…ウグ…ゲホッ!!」 何回か咳き込みつつも、旧市街地の空気を取り込もうとする魔理沙は、間違いなく生きていた。 目の端に涙を溜め、落ちた衝撃で被っていた帽子が頭から取れても、彼女はただ咳き込んでいる。 だが五分もすれば先程会話した時の様に、飄々とした彼女の姿を見れるであろう。 逆にあの時、ルイズが突撃していなければ、その会話が最初で最後となっていたかもしれない。 そう考えると多少無茶だと思っていたルイズの行動も、今となっては多少の賛成くらいできる。 (あまり良い印象は持ってないけど…初めて会話した人が目の前で死ぬなんて見たくもないわ) まだまだ聞きたい事もあるし。付け加えるように心中で呟いた直後、、ルイズの怒鳴り声が聞こえてきた。 「どういう事なのよレイム!?」 地面に倒れた゛レイム゛の上に跨ったルイズは、杖を突きつけ問い詰める。 ピンクのブロンドを揺らし、怒りに震える表情でもって怒る彼女ではあったが、その手は震えていた。 まるで麻痺毒の植物を食べた時のように小刻みに震えており、それに合わせて杖も揺れている。 ルイズは恐れていた。豹変した゛レイム゛に襲われる可能性と、不本意だが恩人である彼女に杖を向けているこの状況に。 本当なら、こんな事にならなかった筈だ。 いつもの彼女ならば、面倒くさがりつつもある程度の事は教えてくれただろう。 なのに今の状況はどうだろうか?ワケもわからずに恐ろしい事をしでかし、自分が手荒なマネをしてまで止めに入る。 本当なら一回ぐらい言葉で止めるべきだったと思うが、その時のルイズにはそこまで冷静に思考はできなかった。 あの時の彼女はキュルケと一緒に、魔理沙の命をその手に掛けようとする゛レイム゛の目を見ていた。 虚ろに光り輝く赤い瞳からは、何の感情も窺えない。 自分の手で死んでゆく知り合いの顔を見ても、そこから喜怒哀楽の感情は見えなかったのである。 まるでゴミ捨て場で拾った古い人形を乱暴に弄る子供の様に、ただただ無意識に締め付けていた。 その目に、ルイズは恐怖した。あれは自分たちが良く知るいつもの゛レイム゛ではない。 このまま彼女を放置すれば、何の遠慮も無く魔理沙を殺すだろうと。 ―――――――ねぇ…あれってさぁ…ケンカ…じゃないわよね? ――――ーっ!そ、そんなワケないじゃないの!? だからこそ、キュルケの叫び対しルイズはそう返し、動いたのである。 今の彼女は言葉ではなく、その体でもって止めるべきだと。 「何でマリサの首なんか締めて…本当にどうしちゃったのよ?」 怒りの表情を保ったままのルイズは何も喋らぬ゛レイム゛に震える杖を突き付けながら、ただ語り掛ける。 魔理沙の死を何とか食い止め、人殺しの罪を背負いかけた彼女を押し倒したルイズは知りたかった。 どうしてああいう事をしたのか、自分たちの前から姿を消した間に何があったのかを。 一方で、色んな方向に動く杖の先を仰向けの態勢で見つめている゛レイム゛は、これといった動揺を見せていない。 鈍く光る赤い目でもって何も言わず、眼前に突きつけられた棒状をただジッと見つめている。 ゛レイム゛の顔に浮かぶ表情は魔理沙の首を絞めていた時と同じく無色であり、何を考えているのかもわからないのだ。 「何でもいいから、一言くらい喋ってみな……あっ」 そう言って空いた左手で彼女の袖を掴もうとした瞬間、ルイズは気づく。 手の甲を見せるようにして地面に置かれた゛レイム゛の左手。 本来ならそこにある、ルイズとの契約で刻まれたガンダールヴのルーン。 だが、今ルイズが目にしているその手には、ガンダールヴどころか何も刻まれてはいなかった。 土と煙で汚れてはいるが、黄色みがかった白い手には傷一つついていない。 まるで最初からそうだったかのように、゛レイム゛の左手はあまりにも綺麗過ぎた。 ルーンが無い事に今更気づいたルイズはその目を見開き、驚く。 ついさっきまで付いていたばかりか、魔理沙と自分の目の前で光る所をみせてくれた使い魔の証。 古今東西、主人や使い魔以外が死ぬこと意外にルーンが消えるという話など聞いたことも無い。 それなのに、自分の下にいる゛レイム゛のルーンは、嘘みたいに消えてしまっている。 ルイズは悟った。もうワケがわからない、これは自分の予想範囲を超えた事態になってしまったのだと。 「一体…何が…どうなってるのよ?」 今日何度目になるかも知れないその言葉を、口から漏らした瞬間であった。 「ちょっと、アンタ達。そんなところで何してんの?」 呆然せざるを得ないルイズの頭上から懐かしいとさえ思えてしまう、゛彼女゛の声が聞こえてきたのは。 その声を聞いた直後、その顔にハッとした表情を浮かばせたルイズは、その顔を上げる。 未だに咳き込む魔理沙の方へ近づこうとしたキュルケもそちらの方へ視線を向け、気づく。 ここから二メイル先にある元洋裁店の青い屋根の上に、一人の゛少女゛が佇んでいた。 建物自体は一階建てなので屋根も低く、夕日に照らされたその姿をハッキリと見ることができる。 紅い服に別離した白い袖、赤いリボンをはためかせたその姿をしている者は―――二人が知る限りたった一人だけだ。 「レイム…アンタもレイムなの…!?」 最初に゛少女゛を見つけたルイズは口を大きく開け、その名を叫ぶ。 春の訪れとともに出会い、自分を未知の世界へと招き入れた彼女の名を。 「一々大声で怒鳴らなくっても…ちゃんと聞こえてるわよ」 ルイズの呼びかけに対し゛少女゛―――…否、もうひとりの゛レイム゛は左手を上げ、気だるげに言葉を返した。 そして、何気なく上げたであろうその手の甲に刻まれたルーンを見て、ルイズは一つの確信を抱く。 もしこの場で二人の゛レイム゛の内、どちらが本物の゛霊夢゛かと問われれば…まちがいなくルーンのついた方を選ぶ―――と。 使い魔のルーンはそう簡単に消えるモノではないし、何より光っているところを魔理沙と一緒に見たのだ。 何がどうなっているのか何もわからないままだが、少なくとも状況が変化していくのは分かった。 (もしも私の知識が正しいのならば…ルーンのついてる方が本物のレイム…って事で良いわよね?) そんな事を思っていたルイズはしかし、ふとこんな疑問を抱く。 ―――――ルーンのついている方が本物だとするのならば、今自分の下にいるのは誰だろうか? 「―アァッ!」 脳内に浮かび上がった謎の答えを探ろと顔を下げたルイズは、突如何者かに首を絞められた。 一体何が起こったのか。急いでその目を動かしたところで、彼女は油断していたと後悔する。 襲い掛かってきた者の正体。それはルイズに飛び掛かられ、地面に倒れていた筈の゛レイム゛であった。 ルイズの首に手を掛けた時に腰を上げた巫女は、赤く光るその目で睨みつけながら、ルーンの付いていない左手で彼女の首を力強く絞めていく。 既にルイズの足は地面から離れ、まるで乗り捨てられたブランコの様に揺れ動いている。 「かは……っ!あぁっ!」 本物と同じ体格とは思えた力で息を止められたルイズはその目を見開き、体は無意識にビクンと跳ね上がる。 魔理沙もこんな風に絞められていたのだろうか。そんな疑問が脳裏をよぎる間にも、どんどん締め付けが強くなっていく。 「ルイズッ!」 本物の霊夢の登場に驚いていたキュルケがそれに気づき、腰に差した杖を手に持つ。 あのまま放っておけば、先程同じことをされていた魔理沙よりもっとヒドイ事をされるのは間違いない。 先祖代々からのライバルであり多少煩いところはあったが、それでも目の前で死なれては目覚めが悪くなってしまう。 それに、いつもの生活では味わえないような体験をしているのだ。どっちにしろ逃げるという選択肢は今のキュルケに無かった。 (何か色々と分からない事が多すぎるけど、アイツが死んだら真相は闇の中…ってところかしら?) 言い訳の様な苦言を心の中で発しつつも、彼女は杖の先端を゛レイム゛の方へ向け、詠唱を開始する。 一方、屋根の上から見下ろしていた霊夢もこれはヤバいと悟ったのか、すぐさま動き出した。 別にルイズの事が心配だとか一応は主人だから助けようという事を、彼女は考えていない。 ただ、今も幻想郷で起こっている異変を解決するにあたり一応の協力関係にあるだけのこと。 故に彼女はルイズを主人としてみる事は無く、ノコノコとついてきた魔理沙と同じように接していた。 それでも、異変のキッカケとなった召喚の儀式で出会ってからは、色々と世話になったのは事実である。 現に今日は服も買ってもらったのだ。そこまでしてくれた人間を、みすみす殺させる理由などない。 「そいつを殺されたら、色々と不味いのよねっ…と!」 霊夢は軽い感じでそう呟き、青い屋根の上からヒョイっと勢いよく飛び降りた。 一階建てなので高さもそれほどでもなく、難なく着地し終えた彼女はルーンが刻まれた左手を懐へ伸ばす。 しかしその直前、使い魔の証であるソレを目にして何か思いついたのか、ハッとした表情を浮かべて周囲を見回す。 彼女の周りにはルイズ達や、先程゛レイム゛が飛び出してきた雑貨屋などを含む幾つかの廃屋しかない。 それでも霊夢は辺りを見回し、今自分が゛思いついた事゛を実行できる゛物゛がないか探している。 「参ったわね…ちょっと試したい事があるのに限っていつもこんなんだから―――――…あ」 軽く愚痴をこぼしながら足元を見つめていた時、ふと近くにある廃屋の入り口の方へと目が向いた。 そこは先程、彼女の偽物が扉と一緒に出てきた元雑貨店であり、霊夢の目から見ても相当荒れているとわかる。 その出入り口の近くには、霊夢が両手で抱えられる大きさの箱が放置されている。 恐らく中に置かれていたであろうソレは半壊しており、中に入っていたフォークやスプーン等の食器が周囲に散乱していた。 長い事放置されていた食器は大半が錆びており、無事なモノでも迂闊に触りたくない雰囲気を漂わしている。 しかし彼女が目を向けた物は、人の手に触られる事無く朽ちた食器たちの中でも一際目立つ存在であった。 (まぁ、どうかは知らないけど…あれなら一応は使えるわよね?) 自身の左手の甲に刻まれたルーンを再度一瞥した彼女は、心の中で質問に近い言葉を浮かべる。 この廃墟で偽者と再会して以降光り続けるソレは、ある程度弱々しくなったものの未だにその輝きを失っていない。 そして今も尚、彼女の耳には聞こえていた。誰のモノかも知れない謎の声が―――― ――――武器を取れ、ヤツを倒せ (まぁ不本意と言えば不本意だけど…状況が状況だし、モノは試しということでやってみようかしら?) 鬱陶しいルーンの光と謎の声へ向けて嫌味に近い感じの言葉を送り、彼女は決意する。 それは自分にしか聞こえない迷惑すぎる声に従う事であり、何処か腹立たしい気持ちを覚えてしまう。 しかし今の様にルイズが殺されそうになっている状況で、声に従わないという事など彼女は考えてもいない。 針も無しお札も無し、頼りになるのは弱いスペルカードだけという今なら、謎の声の方が正しいと理解せざるを得ないのだ。 (使えるモノは思い切って使う。とにかく…これから長い付き合いになりそうだしね) 一度決まれば行動するのは早く、霊夢はスッとその足を動かして走り出す。 雑貨屋に置いてある食器にしては不釣り合いすぎる、鈍く光る身を持つ゛武器たち゛を求めて。 一方、そんな事をしている間にも、息を止められたルイズの心臓は刻一刻とその鼓動を弱くさせていた。 ルーンの付いてない゛レイム゛に殺されようとしている彼女は身じろぎ一つできない。 (息――できな……このままじゃコイツに…) 死ぬのは勿論嫌なのでどうにかしたい所だか、今の彼女に碌な抵抗はできない。 首を絞める゛レイム゛の左腕の力が思った以上に強く、自分の両手で彼女の腕を掴むことだけで精一杯であった。 それ以外にできる事は無く八方塞がりな状況に陥った時、ルイズはその目を動かす。 幸いか否か視界は良好であり、目を光らせながら自身の首を締め付ける゛レイム゛の顔をハッキリと見る事が出来た。 廃屋の中から出てきた彼女はこちらへ顔を向けた時と同じく、無表情を保ち続けている。 ただ変わった事と言えば、その時からずっと輝き続けている赤い目の光が強くなっていることだ。 まるで切創から溢れ出る血の様な色をしたソレは、不気味さを通り越した何かを孕んでいる。 それと目と自分の目を合わせながら死へと近づくルイズは、明確な恐怖を感じてしまう。 (誰…か、助けて…だれでも…イイカラ…) 心の中で彼女がそう願った時、暗くなっていく視界の左端に細長い銀色の光が入り込んできた。 夜空を一瞬で過る流れ星のような速度でもって現れ、゛レイム゛の左手の甲へ吸い込まれるようにして…突き刺さった。 「なっ…―――!?」 直後、突然の事にまたも驚いた゛レイム゛の左手から力が抜け、絞首の魔の手から解放されたルイズが地面へと倒れる。 「…!―――ルイズッ!」 突然の事に軽く驚き詠唱を中断してしまったキュルケが、死から逃れた好敵手の名を叫ぶ。 それに応えてか否か、体の自由を取り戻せたルイズは早速呼吸をしようとして苦しそうに咳き込み始める。 「コホッ、ゲホ……!な――何があったのよ…?」 汚れた地面へとその身を横たえたルイズもキュルケ同様に驚くが、口から出た疑問はすぐに解決した。 鈍い音を立てて彼女の手に甲に刺さった細長い銀色の光。その正体は、一本の古びたナイフだった。 長い間放置されて薄汚れてしまった柄に多少の錆が目立つ刀身は、どう見ても街で売れるような代物ではない。 仮に低価格で売ろうとしても、銀貨一、二枚で売らなければ買い手など見つからないだろう。 それでも武器としてはまだまだ使える方なのか、刺された゛レイム゛は充分に痛がっている。 「くっ…うっ…」 苦痛に耐えるかのようなうめき声を上げながらも、彼女はそれを抜こうと残った右手でナイフの柄を握る。 左手を貫くかのような形で突き刺さるナイフの刃先から少量の血が流れ、滴となって地面に落ちていく。 ポタポタと耳に心地よいリズムに、刀身に絡みつく血が、ルイズの心に不安定な気持ちを植え付ける。 そんな彼女の事などお構いなしにと言いたいのか、゛レイム゛は一呼吸置いてから、勢いよくナイフを引き抜いた。 直後、吐き気を催す音と共にルイズの方に幾つもの血が飛び散り、彼女の顔を遠慮なく汚す。 少し遠くから見ればニキビと勘違いしてしまう液体は、近くに寄れば錆びた鉄と良く似た匂いをイヤと言うほど嗅げるだろう。 そんな液体を顔に浴びたルイズは、最初それが何なのかわからなずキョトンとした表情を浮かべるも、それは一瞬であった。 「あっ……うぐっ…」 自分の顔に何が掛かったのか。それを知った瞬間、喉元から良くないモノが込み上がってきた。 咄嗟に両手で口を押さえ、名家の令嬢にふさわしくないそれを口から出すまいと我慢する。 今まで顔に血を浴びるという経験が無かった故、吐き気を覚えてしまうのは致し方ないだろう。 だからといって、今ここで出してしまうというのは彼女のプライドが許しはしなかった。 この場で吐き気を堪えられないという事は即ち、その程度の事で腰を抜かすのが自分だという事を認めてしまう。 それでは、ここへ来る前に八雲紫の前で誓った自分の決意など、見せかけの言葉にしかならない。 (駄目よルイズ…!まだ戦ってもいないのに弱気になるなんて事…絶対に駄目) 何とかして吐き気を抑え込んだルイズは自らを戒めつつ、ナイフを抜いた゛レイム゛の方へと顔を向ける。 鳶色の瞳が向いた先、そこにいた巫女の目はこちらを見つめてはいなかった。 光り続けるその目を細め、先程自分が出てきた元雑貨屋をキッと睨みつけている。 左手の中心部と甲から血を流しているにも関わらず、その傷を作ったナイフを右手に握り締める姿は正に狂戦士だ。 先程痛がっていた姿が嘘の様に見えてしまい、ルイズは無意識のうちに身震いをしてしまう。 痛みを無視してまで、誰を睨みつけているのか。 吐き気が失せた彼女はそんな事を思いながら振り向き、目を丸くする。 「聞こえなかったかしら、ソイツを殺されると色々不味いって?」 ゛レイム゛が睨み、ルイズがアッと思ったその視線の先にある一軒の廃屋。 先程まで誰もいなかった元雑貨店の出入り口のすぐ傍に、゛レイム゛と対峙している霊夢がいた。 これからどうしようかと考えているのか、面倒くさそうな表情を浮かべる彼女の右手には、二本のナイフが握られている。 本来は果物を切るために使われるであろうそれらは、軽く見ただけでも錆びているのがわかる。 それを目にしたルイズは察した。いつの間にかナイフを手にした霊夢が、自分を助けてくれたのだと。 今もそうだが、面倒だと言いたげな表情を浮かべているにも関わらず、事ある度に色々と助けてくれた。 そうして助けてくれる分、ルイズは彼女へ幾つもの借りを作ってきた。増えすぎたがために、大きくなった借りを。 しかし。ルイズとしてはこれ以上霊夢への借りは極力作りたくないと思っていた。 無論命を助けてくれた借りは返すつもりではあるし、下賤な輩みたいに遠慮も無く踏み倒す気は無い。 彼女は決意したのだ。自分は守られる側ではなく、幻想郷から来た者たちと共に戦う側になると。 未だ正体すらわからぬ黒幕と戦いを交え、霊夢の召喚から今も続く彼女の世界での異変を止める為に。 だからこそわかっていた。今この状況で、自分が何をすべきすという事を。 (そうよ…怯えたら駄目なのよルイズ・フランソワーズ!) 赤い斑点を顔につけたまま自らを鼓舞するルイズが、杖を持つ手に力を入れる。 その姿は正に、世界を混沌に陥れるであろう魔王と対峙する騎士の様であった。 そして、誰の耳にも入らぬ心中の叫びが合図となったのだろうか。 左手を自らの血で染めた゛レイム゛が右手のナイフを構え、目の前にいる霊夢へと跳びかかった。 飛蝗のように地を蹴り上げ、ナイフを振り上げたその手は蟷螂の前脚を彷彿とさせる。 霊夢と似すぎるその顔と、未だ輝き続ける目からは、怒りの感情が沸々と込み上げてきていた。 突然の事にルイズと遠くにいたキュルケが驚く一方で、霊夢は苦虫を踏んだかのような表情を浮かべた。 「三度目の正直ってところかしら?もうちょっと休ませてほしいんだけど…ねぇっ!」 心底嫌そうな感じで喋った彼女は、ルーンが刻まれた左手を突き出して結界を展開する。 そして振り下ろされたナイフと結界が接触した瞬間、本日三度目となる戦いが始まった。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 昼の喧騒で賑わうトリステイン王国の首都トリスタニア。 商売も仕事もこれからという時間の中、ブルドンネ街のとある通りに建てられた一件のレストラン。 平民から下級貴族までが主な客層であるこの店も、書き入れ時をとっくに過ぎて閑散とした雰囲気を漂わせている。 しかし個々の諸事情で昼食の時間に食べそこなった人達が席につき、店が振る舞う料理やデザートの味をゆっくりと楽しんでいた。 木製の小さなボールに入ったサラダを、ゆっくりと口に入れて咀嚼している若い貴族の女性。 ハチミツを塗ってからオーブンでじっくり焼いた骨付き肉にかぶりつく、平民の中年男性。 常連なのか、カウンターの向こうにいる店長と談笑しながらフルーツサンドイッチを味わっている魔法衛士隊の隊員。 窓から見える野良猫同士の喧嘩を眺めるのに夢中になって、思わずレモンティーをこぼしてしまう平民の少女。 食べている物や行動などはバラバラであるのだが、彼らには皆一つだけの共通点がある。 それは、一日という忙しくも長い時間の合間に『自分だけの時間』を作って、ゆったりと過ごしているという事だ。 大勢の人々が忙しそうに行き交う場所から閑散とした場所へ、その身を移して一息つく。 そうすることで゛自分゛という存在を改めて自覚し、色んな事を考える時間ができるのだ。 仕事の事や気になるあの人との関係から、これから何をしようかな。といった事まで人によって考えている事も全部違う。 短くもなるし長くもなる『自分だけの時間』の間にその答えに辿り着く者もいれば、答えが出ずに悩み続けていく者もいる。 中には最初から考える事をせず、ただ単に体を休ませている者もいるがそれは決して間違った事ではない。 仕事や人間関係といった気難しい事を一時的に投げ捨ててわがままになる事も、また大切なのだ。 そんな風にして各々の時間が緩やかな川の流れの様に進んでいく店の中で、ルイズたちは昼食を取っていた。 「それにしてもホント、今日はどういう風の吹き回しかしらねぇ」 「……?どういう意味よ、それは?」 ふと耳に入ってきた霊夢の言葉に、ルイズはキョトンとした表情を浮かべて食事の手を止める。 口の中に入る予定であったフライドミートボールと、それを刺しているフォークを皿に置いた彼女は一体何なのかと聞いてみる。 「事の張本人がそれを知らないワケないでしょうに」 質問を質問で返したルイズの言葉に霊夢は肩を竦めると手に持っていたカップを口元に寄せ、中に入っている紅茶を一口だけ飲む。 そこでようやく思い出したのか、何かを思い出したような表情を浮かべたルイズがその口を開く。 「あぁわかった。アンタの服の事でしょう?」 ルイズの口から出たその言葉に、霊夢は正解だと言いたげに頷きながらもカップを口元から離す。 安物のティーカップに入っていたそれはルイズの部屋にある物と比べて味は劣るものの、それでも美味い方だと彼女の舌が判断した。 上品さと素朴さを併せ持つ一口分の紅茶を口の中でゆっくりと堪能した後に、喉を動かしてそれを飲み込む。 口に入れた時よりも少しだけぬるくなった赤色の液体が喉を通っていく感触を感じた後、霊夢はホッと一息ついた。 「今更過ぎるけどお前ってさぁ、本当に緑茶でも紅茶でも美味しそうに飲むよな」 その様子をルイズの隣で見つめていた魔理沙は、コップ入ったオレンジジュースをストローで軽くかき混ぜながらそんな事を呟く。 まるで目玉焼きの目玉部分の如き真っ黄色な液体は、一口サイズの氷と一緒にコップの中でグルグルと回っている。 しかし幾らかき混ぜても液体そのものが糖分の塊なので、氷が溶けない限り味が変わることは無いだろう。 黒白の言う通り、本当に今更過ぎるその質問に霊夢は若干呆れながらも返事をした。 「アンタの頼んだジュースと違って、お茶なら熱しても冷やしても美味しいし、色んなものに合うから飲めるのよ」 「でも一日中お茶ばっかり飲んでるってのもどうかと思うわね。私は」 霊夢がそんな事を言っている間にお冷を口の中に入れていたルイズはそれを飲み込みんでから、思わず横槍を入れてしまう。 軽い突っ込み程度のそれは投げた本人が想定していた威力よりも強くなり、容赦なく紅白巫女の横っ腹に直撃した。 「私が何を飲んだって別に良いじゃないの。アンタには関係ないんだしさぁ」 ルイズの突っ込みに顔を顰めてそう返しつつ、霊夢はもう一口紅茶を飲んだ。 そして何を勘違いしたのか、魔理沙は意地悪そうな笑みを浮かべてルイズの肩を軽く叩く。 「やったなルイズ、今回の勝負は私たちの完全勝利で終わったぜ」 「アンタは何と戦ってたのよ?」 自分には見えない不可視の敵と知らぬ間に戦っていたらしい魔理沙の言葉に、ルイズは怪訝な表情を浮かべた。 その直後、話が逸れてしまった事を思い出した彼女はアッと小さな声を上げて再度霊夢に話しかける。 「それで、まぁ話は戻るけど……アンタの服の事だったわよね?」 「そうそうその事よ。まったく、魔理沙のせいで話が逸れる所だったわ」 さっきのお返しか霊夢はそんな事を言いながら、ルイズの隣に座っている普通の魔法使いを睨みつける。 しかし博麗の巫女に睨まれた魔法使いは微動だにせず、やれやれと言わんばかりに首を横に振ってこう言った。 「元を辿れば、お前が紅茶を飲んだ所で話が逸れ始めたと私は思ってるんだがなぁ~」 「まぁこの件はどっちも悪い、という事にしておきましょう。これ以上話が逸れたら面倒だわ」 これ以上進むとまた騒いでしまいそうな気がしたルイズはその言葉で無理やり締めくくり、コップに残っていたお冷をグイッと飲み干した。 自分たちの論争が第三者の手によって終止符を打たれてしまった事に、二人は目を丸くしてルイズの方へと顔を向ける。 突然自分に向けられた二人分の視線をまともに受けた彼女は少しだけ気まずそうに咳き込むと、今度こそ本題に移った。 「で、服の事についてなんだけど…」 ルイズはその言葉を皮切りに何で霊夢の為に新しい服を購入してあげたのか、その理由を話し始めた。 ハルケギニア大陸において小国ながらも古い歴史と伝統を誇るトリステイン王国の首都、トリスタニア。 国の中心である王宮がすぐ目の前にあるという事もあって、その規模はかなりのものだ。 平日でも大通りを利用する市民や貴族の数が変わることは無く、常に大勢の人々が行き交っている。 ブルドンネ街やチクトンネ街などの繁華街には大規模な市場があり、今日の様な休日ともなれば火が付いたかのように街が活気に満ち溢れる。 その他にもホテルやレストランなどの店も充実しており、特にこの時期は他国からやってきた観光客が狭い通りを物珍しそうに歩く姿を見れるものだ。 ガリアのリュティスやロマリアの各主要都市に次いで人気のあるトリスタニアには、他にも色々な場所がある。 かつての栄華をそのまま残して時代に取り残された郊外の旧市街地に、各国から賞賛されているトリステインの家具工場。 芸の歴史にその名を残す数多の劇団を招き入れたタニア・リージュ・ロワイヤル座は、今も毎日が満員御礼だ。 そんな首都から徒歩一時間ほど離れた所に、ハルケギニアの基準では中規模クラスに入る地下採石場がある。 周りを十メイルほどもある木の柵に囲まれた敷地の真ん中には大きな穴があり、そこを入った先にある人工の洞窟が採石の場所となっていた。 土地の大きさはトリステイン魔法学院の三分の一程度の広さで、主な仕事は地下から切り取ってきた岩を地上に上げる事である。 地下から運び出された岩は馬車に乗せられ、首都の近郊に建てられた加工場で石像や墓石などにその姿を変える。 ここで働いているのは街や地方からやってきた平民の出稼ぎ労働者や石工、警備の衛士に現場監督である貴族達も含めておよそ九十人程度。 ガリアやゲルマニアとは国土の差がありすぎるトリステインでは、これだけの人数でも充分に多い方だ。 一つの鉱山や採石場に二十人から四十人程度はまだマシな方で、地方では十人から数人程度で運営している様な場所もあるのだから。 そこから場所は変わり、加工場と採石場を繋ぐ唯一の一本道。 鬱蒼とした木々に左右を挟まれたようにできた横幅七メイル程度の道も、かつては広大な森林地帯の一部に過ぎなかった。 今からもう四十年前の事だが当時は誰も見向きすることはなく、動植物たちが安寧に暮らせる場所であった。 しかし…今は採石場となっている場所で良い鉱石が見つかった途端、人々は気が狂ったかのように木を倒し草を毟って森を壊していった。 そして森に古くから住んでいた者たちを無理やり排除して、人は文明の一端であるこの道を作ったのである。 そんな歴史を持っている道を、馬に乗った二人の男が軽く喋り合いながら歩いている。 薄茶色の安い鎧をその身に着こんだ彼らは、採石場を運営している王宮が雇った衛士達だ。 市中警邏の者たちや魔法学院に派遣されている者達とは違い、彼らは皆傭兵で構成されている。 その為かあまりいい教育は受けておらず、常日頃の身なりや素行はそれなりの教育を受けた平民なら顔を顰めるだろう。 しかし雇われる前に傭兵業を営んでいた彼らの腕利きは良く、文句を言いつつも仕事はしっかりとこなすので王宮側は仕方なく雇っているのが現状であった。 「全く、こんな休日だってのに採石場警備の増援だなんて最悪だよな?」 二人の内先頭を行く細身のアルベルトは左手で手綱を握りつつ、後ろにいる同僚のフランツにボヤいている。 アルベルトとは違い体の大きい彼はその言葉にため息をつく。アルベルトが日々の仕事に対し文句を言うのはいつものことであった。 「仕方ないだろ。他の連中は皆非番で、事務所にいたのは俺たちだけだったんだ」 「だからってわざわざ採石場まで行かせるかよ。あそこの警備担当はヨップが率いてる分隊だろうが」 空いている右手を激しく振り回しながらそう喋る彼の言葉を、フランツは至極冷静な気持ちで返した。 「そのヨップの分隊にいたコンスタンとダニエルが今日でクビになったから、俺たちが臨時で行くんだ」 同僚の口から出た予想していなかった言葉に、思わず彼は目を丸くした。 「どういう事だよ?あいつ等なんか下手な事でもしたのか?」 「正にその通り。…コンスタンはこの前、高等法院から視察に来たお偉いさんの足を踏んじまったろ?あれのツケが今になってきたのさ」 「うへぇ…マジかよ」 コンスタンの酒飲みは悪いヤツではなかったし、何よりこの前負けたポーカーの借りをまだ返していなかった事を彼は思い出す。 後ろにいるフランツの言葉を聞き、惜しい顔見知りを失ったとアルベルトは心の中で呟いた。 「あんなに面白い奴をクビにするなんて、酷い世の中だ。…で、ダニエルの方は?」 アルベルトは職場から消えてしまった顔見知りの事を惜しみつつも二人目の事を聞くと、同僚は顔を顰めて言った。 「アイツの事なんだが…何でも教会のシスターに手ぇ出しちまったんだとよ」 「シスター!?それはまた…随分派手だなぁオイ」 女遊びが激しかったアイツらしい最後だと彼が思った、その時である。 「全く、女に手を出すのは良いが幾らなんでも――ん?」 ダニエルの事を良く知っていたフランツが彼に対しての文句を言おうとした直後、四メイル前方の茂みから何かが飛び出してきた。 それはボロ布のようなフード付きのローブを、頭から羽織った身長160サント程度の人間?であった。 「な、何だ!…人?森の中から出てきたぞ…?」 先頭にいたアルベルトは驚いたあまり手綱を引いて馬を止めると、目の前に現れた者へ警戒心を向けた。 この一帯は道を外れると、急な斜面や深さ三メイル程もある自然の溝が至る所にある樹海へと入ってしまう。 それに加えて九十年近くの樹齢がある木々が空を覆い隠しているので、並大抵の人間ならあっという間に迷い込む。 更に視界を奪うほどに生い茂った雑草や少し歩いた先にある野犬の縄張りの事も考慮すれば、無用心に森へ入って生きて帰れる確率はそれほど高くはない。 その事を知っていれば、どんな人間でもわざと道を外れて森に立ち入ろうとは思わないだろう。 しかし、今二人の目の前に現れた者は間違いなく茂みの…その奥にある森から姿を現したのだ。 雇い主である王宮側から森の事を教えられた者たちの一人であるアルベルトが警戒するのも、無理はないと言える。 それはフランツも同じであったが、少なくとも彼ほどの警戒心は見せていなかった。 「まぁ落ち着けアルベルト。とりあえず話しかけてみようじゃないか」 彼よりもこの仕事を大事にしているフランツはそう言うと馬を歩かせ、アルベルトの前へと出る。 フードのせいで性別はわからないが、人間であるならば話は通じるだろうと彼は思っていた。 無論もしもの時を考えて、左の腰に携えた剣の柄を右手て掴んみながらも目の前にいる相手へと声をかける。 「すまんがお前さんは誰だい?見た感じ旅人って風には見えるんだが…」 まずは軽く優しく、なるべく相手が怖がらない様に話しかけてみる。 このような場合下手に脅すように話しかけると、相手が逃げてしまう事をフランツは経験上知っていた。 彼の声にローブを羽織った者はピクリと体を動かした後、ゆっくりとだがその足を動かして二人の方へ近づいてきた。 てっきり喋り出すのかと思っていたフランツは予想外の行動に少しだけ目を丸くしつつも、すぐに左手のひらを前に突き出しその場で止まるよう指示を出す。 彼の突き出した手が何を意味するのか知っていたのか、ローブを羽織った者は一メイル程歩いた所でその足をピタッと止めた。 うまくいった。彼は動きを止めた相手を見て内心安堵しつつ、ここがどういう場所なのかを説明し始めようとする。 「悪いがここは王宮の直轄でね?関係者以外の立ち入りは――――」 禁止されているんだ。彼はそう言おうとしたが、最後まで言い切ることができなかった。 喉に何か詰まったわけでもなく、ましてや目の前にいる相手が投げつけたナイフで喉を切り裂かれた――という突飛な話でもない。 彼の言葉を中断させたその゛原因゛は、先程ローブを羽織った者が出てきた茂みから現れた。 ゛原因゛の正体は野犬でも狼でもなく、本来なら王都との距離が近いこのような場所には滅多に現れない存在であった。 全長二メイルもある゛原因゛は太った体には似つかわぬ俊敏な動きで道の真ん中に飛び出してくると、目の前にいる一人の人間をその視界に入れる。 そしてローブを羽織った者が後ろを振り返ると同時に゛原因゛は体を揺らしながら、聞きたくもない不快な咆哮を辺りに響かせた。 「ふぎぃっ!ぴぎっ!あぎぃ!んぐいぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!」 もう逃げられないぞ! 人間にはわからない言葉で゛原因゛はそう叫んでから威嚇のつもりか、右手に持った棍棒を振り回しはじめる。 それと同時にローブを羽織った者の後ろにいるアルベルトが、今まで生きてきて何十回も見てきた゛原因゛の名前を口にした。 「お、オーク鬼だ!!」 彼がそう叫んだと同時にフランツが右手に掴んだ剣の柄を握り締め、それを勢いよく引き抜く。 刃と鯉口が擦れる音ともに引き抜かれたソレの先端は一寸のブレもなく、獲物を振り回す亜人の方へと向けられた。 彼の表情は厳ついものへと変貌しており、目の前に現れた亜人に対して容赦ない敵意を向けている。 「そこのお前、早くこっちへ来るんだ!」 先程の優しい口調とは打って変わって、ローブを羽織った者へ向けてフランツは叫ぶ。 しかしその声が聞こえていなかったのか、ローブを羽織った者は微動だにしない。 それどころか、目の前にいるオーク鬼と対峙するかのように何も言わずに佇んでいるのだ。 だが、身長二メイルもある亜人と身長160サント程度しかない人間のツーショットというのは、あまりにも絶望的であった。 どう贔屓目に見たとしても、勝利するのは亜人の方だと十人中十人が思うであろう。 「アイツ、何を突っ立ってる…死にたいのか?」 まるで街角のブティックに置いてあるマネキンの様に佇む姿を見たアルベルトが、思わずそう呟いた瞬間―― 「ぎいぃぃぃぃッ!」 もう我慢できないと言わんばかりに吠えたオーク鬼はその口をアングリ開けて、ローブを羽織った者に向かって一直線に走り出した。 二本足で立つブタという姿を持つ彼らの口に生えている歯は見た目以上に強く、ある程度硬いモノでも容易に噛み砕くこともできる。 その話はあまりにも有名で、とある本に火竜の分厚い鱗諸共その皮膚を食いちぎったという逸話まで書かれている程だ。 それほどまでに凶悪な歯を光らせながら走り、目の前にいる獲物の喉へと突き立てんとしていた。 二人の衛士たちはそれを見てアッと驚き目を見開くがその体だけは動かない。 あと少しでオーク鬼に喉笛を噛み千切られるであろう者が目の前にいても、すぐに動くことができなかった。 そんな彼らをあざ笑うかのように、オーク鬼は走りながらも鳴き声を上げる。 「ぷぎゃあっ!いぎぃ!」 オーク鬼は知っていた。大抵の生き物は。喉を食いちぎればカンタンに殺せると。 そこへたどり着くまでの過程は難しいものの、そこまでいけば相手はすぐに死ぬ事を知っている。 だから森で見つけたこの人間も、喉を噛み千切ればすぐにでも食べられる。 縄張り争いで群れから追い出され、腹を空かせたまま森の中を徘徊していた彼は自らの食欲を満たそうと躍起になっていた。 三日間もの耐え難い空腹で理性を失い、すぐ近くに武器を持った人間が二人もいるというのにも関わらず襲いかかった。 たったの一匹で人間の戦士五人分に匹敵するオーク鬼にとって、たかが二人の戦士など問題外である。 それどころか、オーク鬼は二人の戦士と彼らの乗ってる馬ですら自分が食べる食糧として計算していた。 目の前にいる人間を殺したら、次はあいつらを襲ってやる。 食欲によって理性のタガが外れたオーク鬼はそう心に決めながら、最初の獲物として選んだ人間に飛びかかろうとした瞬間… 目が合った。 頭に被ったフードの合間から見える、赤色に光り輝くソイツの『目』と。 まるで火が消えかけたカンテラの様に薄く光るその『目』の色は、どことなく血の色に似ている。 物言わぬ骸の傷口から流れ出る赤い体液のような色の瞳から、何故か禍々しい雰囲気から感じられるのだ。 そして、そんな『目』が襲いかかってくる自分の姿をジッと見つめている事に気が付いたオーク鬼は、直感する。 ―――――こいつ、人間じゃない! 心の中でそう叫んだ瞬間、オーク鬼の視界の右下で青白い『何か』が光った。 その光の源が、目の前にいる゛人間ではない何か゛の『右手』だとわかった直後。 オーク鬼の意識は、プッツリと途絶えた。 ――――…と、いうワケなのよ。判った?」 無駄に長くなってしまった説明を終えたルイズは、一息ついてから話の合間に頼んでおいたデザートのアイスクリームを食べ始める。 カップに入った白色の氷菓は丁度良い具合に柔らかくなっており、スプーンでも簡単にその表面を削ることができた。 ルイズはその顔に微かな笑みを浮かべつつ、一匙分のアイスが乗ったスプーンをすぐさま口の中にパクリと入れる。 「まぁ大体話はわかったわね…アンタが何であんな事をしてくれたのか」 一方、三十分以上もの長話を聞かされた霊夢はそう言って傍にあるティーカップを手に持つと中に入っている紅茶を一口飲む。 話の合間に新しく注いでもらった熱い紅茶は喉を通って胃に到達し、そこを中心にしてゆっくりと彼女の体を温めていく。 緑茶とは一味違う紅茶の上品な味と香り、そして体の芯から温まっていく感覚を体中で体感している霊夢は安堵の表情を浮かべている。 そんな風にして一口分の幸せを堪能した彼女は再びカップをテーブルに置くと、ルイズの隣にいる黒白の魔法使いに話しかけた。 「ねぇ魔理沙、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」 「…ん、何だ?」 霊夢に名前を呼ばれた彼女は、サンドイッチを口に運びかけたころでその手を止める。 魔理沙がこちらに顔を向けた事を確認してから、霊夢はこんな質問を投げかけた。 「アタシが着てる巫女服って…ルイズが言うほど変わってるかしらね?」 「…う~ん、どうだろうなぁ?私はそんなに変わってるとは思わなくなったが」 その質問に、魔理沙は肩を竦めながら言った後に「だけど…」と言葉を続けていく。 「ハルケギニア人のルイズがそう思うのなら、この世界の基準では変わってるのかもしれないな」 自分の質問にあっさりと即答した魔法使いの返答を聞き、霊夢は思わず目を細めてしまう。 そんな二人のやりとりを自信満々な笑みを浮かべて見ていたルイズが、追い打ちをかけるかのように口を開く。 「まぁ私としてもアンタには色々と借りがあったしね。それを一緒に返したまでの事よ」 彼女の口から出てきたそんな言葉を聞き、霊夢はふと彼女が話してくれた゛二つの理由゛を思い出し始める。 ルイズが霊夢に新しい服を買ってあげた゛二つの理由゛の一つめ。 それは近々行われるアンリエッタとゲルマニア皇帝の結婚式にある。 かの神聖アルビオン共和国の前身であるレコン・キスタの出現とアルビオン王家の危機に伴い、帝政ゲルマニアとトリステイン王国は同盟を組む事となった。 アルビオン王家が滅ぼされれば、有能な貴族だけで国を支配してやると豪語する神聖アルビオン共和国が隣の小国であるトリステインへ攻め込んでくるのは明らかである。 巨大な浮遊大陸からハルケギニアでは無敵と評される大規模な空軍と竜騎士隊が攻め込んで来れば、トリステインなどあっという間に焦土と化すだろう。 そうならない為にもトリステインは隣国に同盟の話を持ち込み、ガリアに次ぐ大国の誕生を望まないゲルマニアはその話に乗った。 幾つかの協議を行った末にゲルマニア側は、もしトリステイン国内で大規模な戦争が起こった際に自国から援軍を出すことを約束した。 それに対しトリステインの一部貴族はあまり良い反応をしなかったが、異論を唱えることは無かったのだという。 精鋭揃いではあるが小国故に軍の規模が他国と比べて小さいのが悩みのタネであったトリステインにとって、倍の規模を持つゲルマニアの存在は心強い。 一方のトリステインは、王宮の華であるアンリエッタをゲルマニア皇帝アルブレヒト三世のもとに嫁がせる事を約束した。 その結婚式に関しては一つのアクシデントが起こり、ルイズと霊夢はそのアクシデントの所為でトリステインの国内事情に巻き込まれたのである。 最もルイズは自ら望んで巻き込まれたのに対して、霊夢は偶然にも巻き込まれただけに過ぎないが。 まぁ結果的にそのアクシデントは二人の力で無事解決し、晴れてトリステインとゲルマニアの同盟は締結される事となった。 そして、丁度来月の今頃にゲルマニアで行われる手筈となった結婚式に、ルイズは詔を上げる巫女として招待される事となった。 幼いころからアンリエッタの遊び相手として付き合ってきた彼女は、幼馴染でもある姫殿下から国宝である『始祖の祈祷書』を託されている。 トリステイン王室の伝統で、結婚式の際には祈祷書を持つ者が巫女となって式の詔を詠みあげるという習わしがある。 そんな国宝をアンリエッタの手で直々に渡された彼女はこれを受け取り、巫女としての仕事を承った。 ルイズが行くのなら、形式上彼女の使い魔であり現役の巫女である霊夢もついて行くことになるのだが…そこで問題が発生する。 霊夢がいつも着ている巫女服、つまりは袖と服が別々になっているソレに問題があった。 ハルケギニアでは比較的珍しい髪の色や、他人とは付き合いにくい性格は多少問題はあるがそれでも大事にはならないだろうルイズは思っている。 むしろ性格に関しては、付き合えば付き合うほど良いところを見つけることができると彼女は感じていた。 表裏が無く、喜怒哀楽がハッキリと出て誰に対してもその態度を変えない霊夢とは確かに付き合いにくい。 事実、召喚したばかりの頃はある意味刺々しい性格に四苦八苦していたのはルイズにとって苦々しい思い出の一つだ。 しかし霊夢を召喚してから早二ヶ月、様々な事を彼女と共に体験したルイズはそれも悪くないと思い始めていた。 部屋の掃除は今もしっかりとしているし部屋にいるときはいつもお茶を出すようにまでなっている。 相変わらず刺々しいのは変わりないが、慣れてくるとそれがいつもの彼女だと知ったルイズは怒ったり嘆いたりする事は少なくなった。 だが、それを引き合いに出しても彼女の服だけにはどうしても問題があるのだ。 王家の結婚式において、礼装であってもなるべく派手な物は避けるという暗黙のルールが貴族たちの間にある。 着ていく服やマントの色も黒や灰色に茶といった地味なもので装飾品の類は一切付けず、杖に何らかの飾りを付けているのならばそれも外す。 ドレスであってもなるべく飾り気の少ない物を選び、決して花嫁より目立ってはいけないよう注意する。 式を挙げる側もそれを知ってか花嫁花婿ともに華やかな衣装に身を包み、周りに自分たちの存在をこれでもかとアピールするのだ。 もしも間違って派手な衣装で式に参加してしまえば、王家どころか周りにいる貴族達から大顰蹙を買うことになる。 事実過去にタブーを犯した怖いもの知らず達が何人かおり、後に全員が悲惨な目に遭っていると歴史書には記されていた。 そして不幸か否か、霊夢の服はそのような場において確実に目立つ出で立ちだ。 服と別々になった袖や頭に着けたリボンは勿論の事、何よりも目立つのが服の色である。 紅白のソレはある程度距離を取ろうが否が応にも目に入り、着ている人間がここにいると激しく主張している。 街の中ならともかく、そんな服を着て結婚式に参加しようものならば顰蹙どころかその場で無礼だ無礼だと騒がれてドンパチ賑やかになってもおかしくはない。 しかも持ってきた着替えも全て似たようなデザインの巫女服であった為、ルイズは今になって決めたのである。 この際だから、霊夢に服でも買ってあげようと。 「幻想郷だとそれほど変わってるって言われる事は無かったのに…」 ルイズの話した゛二つの理由゛の一つ目を思い出し終えた霊夢がポツリと呟いた愚痴に、ルイズはすかさず突っ込みを入れた。 「言っておくけどここはハルケギニア大陸よ。アンタのところの常識で物事測れるワケないでしょうに?」 辛辣な雰囲気漂う彼女の突っ込みにムッときたのか、霊夢は苦虫を踏んでしまったかのように表情を浮かべる。 そんな表情のまま紅茶を一口飲むと、薄い笑みを顔に浮かべてこんな事を言ってきた。 「だったら何も知らせずに服屋に連れていって、イキナリ別の服を着させるのがハルケギニア大陸の常識ってワケね」 「…何よその言い方は?」 薄い嫌悪感漂う笑顔を浮かべる霊夢の口から出たその言葉に、ルイズは目を思わず細める。 両者ともに嫌な気配が体から出ており、下手すれば静かな雰囲気漂うこの店で弾幕ごっこでも起きかねない状態だ。 しかしそんな気配が見えていないというか場の空気を読めていない黒白の魔法使いが、霊夢の方へ顔を向けて口を開く。 「まぁ別に良いじゃないか。これを機にお前も袖が別途になってない服を着ればいいんだよ」 魔理沙がそう言った直後。睨み合っていた二人の目が丸くなると、その顔を彼女の方へ向けた。 二人同時にして同じ事を行ったために魔理沙は軽く驚いた様子で「え?何…私何か悪い事でも言ったか?」と呟き狼狽えてしまう。 それに対し霊夢は軽いため息を口から吐くと、出来の悪い生徒に諭すかのような感じで魔理沙に話しかける。 「全く服に興味が無いわけでもないし、貰えるのなら貰うわよ。タダ程嬉しい物はないしね」 彼女はそう言って一息ついた後、「でもまぁ…その理由がねぇ…」と話を続けていく。 「元の服じゃ自分が変だと思われるから別のを買ってやる…って理由で服を貰ってさぁ。喜ぶワケないじゃないの」 隠す気が全くない嫌悪感をその目に滲ませた霊夢は、ルイズの顔を睨みつけた。 以前王宮へ参内した際に同じような目つきで睨まれた事があったルイズは思わず怯みそうになるが、それを何とか堪える。 霊夢を召喚してかれこれ二ヶ月近く一緒にいる彼女は、ゆっくりとではあるが彼女の性格に慣れ始めていた。 一方ルイズの隣にいる魔理沙は滅多に見ないであろう知り合いの表情に軽く驚きつつも、それを諌める事は無い。 霊夢と出会い知り合ってから数年ほどにもなる彼女は、別に怒ってるワケではないとすぐに感じていた。 何せ喜怒哀楽がすぐに態度で出るような彼女だが、本気で怒るような事は滅多にないのだ。 一見怒っているように見える今の状況も、魔理沙の目からして見れば今の霊夢は゛怒っている゛というより゛呆れている゛のだ。 相変わらず素直ではなく、下手な言い回ししかできないルイズに対して。 (まぁ本気で怒ってるなら怒ってるで、もっとヒドイ事言うからなコイツは) 魔理沙は心の中でそんな事を思いながら、尚もルイズの顔を睨みつけている霊夢の方へと顔を向けた。 相変わらず嫌悪感漂う目つきではあるものの、ただ睨みつけているだけで何も言おうとはしない。 やがてそれからちょうど一分くらい経とうとしたとき、黙っていた三人の中で先に口を開いたのは霊夢であった。 「…でもさぁ。その後に教えてくれた゛二つの理由゛の二つ目を聞いたら、怒るに怒れないじゃない?」 彼女はそんな事を言って軽いため息をついてから、もう一度その口を開く。 「アンタが二つ目の理由だけ話してくれたら、私だって発散できないこの嫌悪感を抱かなかったんだけどねぇ」 霊夢は未だ素直になれないルイズへ向けてそんな言葉を送りつつ、゛二つの理由゛の二つ目を思い出し始めた。 ルイズが霊夢に新しい服をプレゼントした二つ目の理由。それは俗にいう『お礼』と呼ばれるモノである。 まだ付き合って二ヶ月ちょっとではあるが、ルイズは春の使い魔召喚の儀式で呼び出した彼女には色々と助けられた。 盗賊フーケのゴーレムに踏まれそうになった時や、アルビオンで裏切り者のワルドに殺されそうになった時。 自分の力ではどうしようもなくなった瞬間、彼女はルイズの傍にやってきてその身を守ってきた。 それが偶然に偶然を重ねた結果であっても、彼女は自分を助けてくれた霊夢にある程度感謝の気持ちがあったのである。 いつも何処か素っ気なく部屋で一人のんびりと過ごしているそんな彼女に、ルイズはこれまでのお礼がしたかったのだ。 (ホント、素直じゃないんだから…) 二つ目の理由を思い出し終えた霊夢はもう一度ため息をつくと、困ったような表情を浮かべた。 先程彼女が呟いた言葉の通り、一つ目の理由だけで服を貰っても嬉しくは無くただただ嫌なだけだ。 単に他人の見栄だけで貰った服を着てしまえば自分は着せ替え人形と同じだと、彼女は思っていた。 しかし二つ目の理由を聞いてしまった以上、ルイズから貰ったあの服を無下にする事はできなくなってしまう。 彼女、博麗霊夢は幻想郷を守る博麗の巫女であり何事にも縛られない存在ではあるが、元を辿れば人間の少女である。 誰かにお礼を言われれば嬉しくもなるし、服にも全く興味が無いというわけでもない。 正直ルイズから服を貰えた事に喜んではいたが、それと同時に素直でない彼女に呆れてもいた。 その呆れているワケは今朝、朝食の後に街へ行こうと誘ってきた時の口論にあった。 今思えばいつもと違って妙に食い下がっていたし、自分を街に連れて行こうとした際の言い訳もおかしかった。 きっとこの事をサプライズプレゼントか何かにしたかったのだろう。そう思ったところで霊夢はまたもため息をつく。 (最初から下手な言い訳なんかしなくたっていいのに) 彼女は心の中で呟きつつ、こちらの様子を伺うかのようにジッと見つめているルイズの方へ顔を向けた。 先程の言葉の所為か均整のとれた顔は心なしか強張っており、鳶色の瞳にも緊張の色が伺える。 恐らく何も言わない自分が怒っているのだと思っているのだろうか。 (別に怒ってなんかないわよ。失礼なやつね…) 霊夢はまたも心の中でそんなことをぼやきつつ、ようやくその口を開けて自分の意思を伝えようとする。 別に言い訳なんかしなくても良い。今までのお礼として服を貰える事は自分にとっても嬉しい事だから、と。 「大体。下手な言い訳なんかしなくたって最初から…―――…って…――――あれ?」 その直後であった。゛異常゛が起きたのは――――――――― 喋り始めてからすぐに彼女は気が付いた。そう、突如自分の身に起きた゛異常゛に。 彼女は喋るのを途中で止めて、目の前にいた二人がどうしたと聞いてくる前に席を立つ。 最初は気のせいかと思ったがすぐにその考えが自分の甘えだと気づき、頭を動かして周りの様子を見回す。 今自分たちがいる店内で食事を取っている客たちの声。魔法人形たちの奏でる音楽。 カウンター越しに平民の店主と仲良く話し合っている貴族の男と、窓越しに見える通りを行き交う大勢の人々。 そして、不思議そうな表情を浮かべて霊夢に何かを話しかけているルイズと魔理沙の姿。 「…………?…………………」 「………!…………?」 二人とも口を動かしているもののその声は一切聞こえてこず、まるでカラーの無声映画を見ている様な気分に霊夢は陥りそうになる。 それを何とか堪えつつ、腰を上げたその場で見える光景を一通り見る事の出来た彼女は瞬時に理解した。 つい゛先程まで゛自分の耳に入ってきた音という音が、今や゛聞こえなくなってしまった゛という事に。 まるでこのハルケギニアから音だけを綺麗に抜き取ったかのように、何も聞こえなくなってしまったのである。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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前ページ次ページ最『恐』の使い魔 あらすじ なんかこう、色々あってアンリエッタがトリステイン王国の女王に即位した。そしてル イズは、その女王に謁見するために、王都トリスタニアへ使い魔の北野誠一郎と共に 赴くことになったのであるが…。 登場人物 ルイズ:貧乳、ツンデレの設定だが、なんか世話好きお姉さんっぽくなった。 北野誠一郎:ルイズの使い魔(サーヴァント)。天使のような心の優しさと悪魔のような 顔を持つ男。それゆえに、数々の誤解を受ける。 キュルケ:いつの間にかルイズの相談相手に。 エレオノール:ルイズの姉。性格は…。 プロローグ ある晴れた日、トリステイン魔法学院の中庭。外に用意されたテーブルと椅子があり、 その椅子に座っていたルイズは悩んでいた。 「どうしたのルイズ。あんた、トリスタニアに行くんでしょう?ちゃんと準備しなくていいの?」 彼女に声をかけてきたのは同じ学年のキュルケである。 「あ、荷物の準備とかはできたんだけど…、彼が」 「ああ、北野くんのことね。それがどうしたの?」 「誠一郎をあのまま都に連れて行ったら、間違いなく大騒ぎになるわ」 「そうねえ…」 北野誠一郎。天使のように澄んだ心の持主である一方、その外見は悪魔の化身と思える ほど怖かった。未だに彼のことを悪魔だと誤解している者は多い(ルイズの父親も含む)。 「あれ?どうしたのルイズちゃん」 噂をすれば影。件の北野誠一郎が現れた。 キュルケはじっと誠一郎の顔を見つめた後、急に立ち上がった。 「どうしたの?」とルイズ。 「ちょっと待ってて」そう言うとキュルケはどこかに走って行った。 しばらくすると、彼女は変な布のようなものを持ってくる。 「何それ」ルイズは聞く。 「ローブよローブ。修道士とかが着てるでしょう?あれでこうやって顔まで隠せば、目立たなく て済むわ」 「なるほど!キュルケ頭いい」 「じゃあ早速来てみて、北野くん」 「え、はあ…」 誠一郎は、言われるままローブを身にまとい、フードをかぶった。 「…!」 こげ茶色のローブを着た北野誠一郎の姿は、まるで地獄からの使者のようでもあった。 筆者注:SIREN(サイレン)2の「闇人」を想像していただきたい。 ※イメージ画像(グロ注意) ttp //www.famitsu.com/game/coming/__icsFiles/artimage/2005/09/14/pc_fc_n_gs/104_43329_20050916siren2.jpg 最「恐」の使い魔2 ~戦慄のトリスタニア~ トリステイン王国王都、トリスタニア。ルイズと誠一郎は、ある建物の前に立っていた。 「ルイズちゃん、ここはどこ?」 「こ…、ここは王立魔法研究所よ誠一郎」 「どうしたの?」 「ここに私の一番上の姉、エレオノール姉さまが働いているわ」 「へえ、ルイズちゃんのお姉さんってここにいるんだ」 「今日は、カトレア姉さまから手紙を預かっているから、それを届けに来たの」 「へえ、そうなんだ。でもなんでルイズちゃん元気ないの?お姉さんに会えるのに」 「それは…」 「きゃあああああああああ!!!!」 「きえええええええええええ!!!!」 研究所の建物中にエレオノールの甲高い声(と誠一郎の怪鳥のような声)が鳴り響いた。 「落ち着いてエレオノール姉さま!」 「安心なさいルイズ!こんな悪魔、私の魔法で木端微塵よ」 「やめてお姉さま!」 「大丈夫よルイズ!お姉ちゃんは半魚人と戦って勝ったこともあるんだから!」 「いや、だから違うから」 「離しなさいルイズ!危ないわよ」 ルイズは、姉エレオノールの体に抱きついて離さない。もしここで離したら、間違いなく 誠一郎に対して攻撃魔法を放つからだ。 「彼は私の使い魔なの!」 「なんですって!?アンタ悪魔を召喚してしまったの!?」 「違うから、彼はこんな見た目だけど、ちゃんとした人間なの」 「ウソおっしゃい!人間の使い魔なんて聞いたことないわ」 「確かにそうなんだけど落ち着いてお姉さま!」 周りの研究員や職員に取り押さえられたエレオノールは、ようやく落ち着きを取り戻した。 「なんでアタシが取り押さえられなきゃならないのよ!捕まるのはそっちでしょう」エレオノー ルが誠一郎を指さす。ちなみに彼女の杖は没シュート。 とりあえず、研究所の応接室でエレオノールと向かい合う形でルイズと誠一郎は座った。 「まったく、ちびルイズは昔からとんでもないことばかりやらかして」 「お父様とけんかして庭に大穴をあけたお姉さまに言われたくありません」 「まあ、姉に向かってなんて口のきき方をするの」 「まあまあ、二人とも」 「あなたは黙ってて」 「はい…」 エレオノールの一喝に誠一郎も黙りこむ。 「何度もいいますけど、誠一郎は普通の人間なんです」 「だからなんで普通の人間が使い魔になるわけ?」 「そういう例はないかもしれませんが、使い魔召喚(サモン・ザ・サーヴァント)で召喚してし まったのだから仕方ないでしょう?召喚にやり直しがきかないことくらいお姉さまだってわかっ ているはずよ」 「随分とえらくなったようね、ルイズ。まともに魔法を成功させたこともないくせに」 「こ、これから練習していきます!」 「どうかしら…」 「まあまあ二人とも」 「あなた(誠一郎)は黙ってて!!」 今度は二人一斉に言われて、再び誠一郎は黙り込んだ。 「おやおや、また喧嘩ですの?」 不意にルイズにとって聞き覚えのある声が。 「お母様?」 「元気そうで何よりね、ルイズ。それにエレン(エレオノールのこと。家族や親しい友人 などはそう呼ぶ)」 「は…、はい」 先ほどまでの強気な態度が一転して緊張した面持ちとなったエレオノールの表情を見て、 ルイズは少し可笑しくなった。普段なら実の父親相手でも堂々と喧嘩をふっかけるエレ オノールも、母親にだけは勝てなかった。 それもそのはず、母カリーヌ・デジレは落ち着いた外見とは裏腹に風系統のスクウェア メイジであり、かつて「烈風のカリン」と呼ばれ恐れられていた。武闘派が多いラ・ヴァリ エール家の中でもおそらく最強と思われる。 「エレン、あなたが今回で二十九回目の婚約に失敗したと聞いた時は心配しましたの」 「二十八回目ですわお母様」 そんなのどうでもいいじゃない、どうせ二十九回目も三十回目も同じ結果よ、とルイズは 思ったが間違っても声には出せない。 「この人がルイズちゃんのお母さん?」 「あらやだ、あなたがルイズの使い魔ね」 ルイズ母が珍しそうに誠一郎の顔を覗き込んだ。 「まあ、噂に違わぬ悪魔ね」 「お母様、彼はこんな顔をしておりますが悪魔では」 「冗談ですよルイズ。あなたは私の娘ですもの」 「お母様」 「並みの悪魔なんか召喚しないわよね。彼は大悪魔になる素質を持っているわ」 「全然わかってない…」 いや、むしろすべてわかった上でそんな事を言っているのかもしれない。母は父と違い色々 と裏がある人だ。エレオノールの性格が父親似でカトレアが母親似と言えば分ってもらえるだ ろうか(筆者注:原作のカトレアやヴァリエール公爵ではない)。 「ところでお母様、お父様とカトレアはどうされました?」動揺から幾分立ち直ったエレオノール が母に聞いた。 「ああ、主人は確か、年甲斐もなく庭で魔法を乱発したり剣を振り回したり崖から落ちそうになっ たりしたせいで、持病の腰痛が悪化したために都に来ることができませんでしたの」 「…ルイズちゃん」 「大丈夫、誠一郎のせいじゃないわ」 ちょっと涙目になる誠一郎をルイズは慰めた。うん、確かに彼のせいではない。 「カトレアはどうなの」とエネオノール。 「あの子も持病の仮病が悪化してこられないようよ」 「仮病が、持病?」 「気にしないで誠一郎、いつものことよ」 頭の上に?マークを浮かべている誠一郎に、ルイズはそう声をかけた。 「それにしてもルイズ、しばらく見ないうちに大人っぽくなったわね」 「そんな、お母様」 「胸の方は全然だけど」 「大きなお世話ですわお母様」 「でも胸が大きい方が殿方は好きなんじゃなくて?」 「べ、別にそんなことはありません」 しかしその時、 「ルイズちゃんは今のままでも十分可愛いと思うよ」 「え…!」 唐突な誠一郎の言葉にルイズは赤面する。 「な、何よ誠一郎。こんなところで」 「ご、ごめん」 「別にいいのよ。ちょっと、嬉しかったし…」 「そう…、それはよかった」 「はいはい、昼間からラブコメは禁止ですのよ」 二人の雰囲気をぶち壊すようにカリーヌは手を叩いた。 「エレンは変わらないわね」 「悪かったですわね、お母様」 「あら、また身長伸びましたの?」 「伸びてませんから、もう」 ちなみにエレオノールの身長は北野誠一郎よりも高い。 「エレンはね、ちょうど十二、三歳の頃私に聞いてきたのよ。どうやったら私みたいに胸 が大きくなれるかって」 「ちょっと、お母様!」突然出てきた恥ずかしい過去話にエレオノールは身を乗り出した。 「だから私言ったの。牛乳を飲めばいいんじゃないかって。この子、根は素直だから私 の言うことに従って牛乳をたくさん飲んだのね。そしたら身長だけが伸びちゃって」 「お母様!」 顔を真赤にして起こるエレオノールを見て、母のカリーヌはケタケタと子供のように笑っ た。 「そういえばルイズちゃんのお母さんって、お若いですね」不意に誠一郎はそんなことを 言った。 「え…?」 一瞬の沈黙。 「あらやだ!この使い魔くんったら、そんな本当のこと言って!やーだあ!」 「痛い痛い」 カリーヌは、先ほどよりも更に声を高めて、嬉しそうに誠一郎の肩を平手でバンバン叩く。 「いいこと、ルイズ。女はいつまでも女としての努力を怠らないことよ。そのためには気持 ちが大事なの」調子に乗ったカリーヌは、さらに語り始める。 「は、はい…」 「だからといって『永遠の十七歳』とか言うのは、ただの現実逃避よエレン」 「なんで私に言うんですかそれを!」 「エレンももう、三十二歳ですし…」 「二十七歳です!」 そんなこんなで、何をしに来たのかよくわからない母カリーヌは、どこかへ行ってしまい、 応接間には再びエレオノールとルイズ、そして誠一郎の三人が残った。 「使い魔のあなた。ちょっとお母様に気に入られたくらいで調子に乗らないで。わたくしは あなたをまだ認めたわけではありませんからね」 「そんな、お姉さま」ルイズは反論するも、エレオノールは頑な態度を崩さなかった。 「我がヴァリエール家にふさわしい使い魔というものがあるはずです。このような悪魔みた いな使い魔が召喚されたとあっては、一族の名誉にかかわります」 「見た目だけでなく、ちゃんと中身も見てあげてください」 「見るまでもないわ」 「お姉さま!」 「なによ」 「そうやって外見ばかり気にしているから、今までも殿方に嫌われてきたのではないですか」 「ルイズ、あなた…!」 ルイズの言葉にカッとなったエレオノールは、右手を振り上げた。 平手の乾いた音が部屋に鳴り響く。しかし、ルイズの頬には痛みはなかった。 「あ…」 「誠一郎!」 誠一郎がルイズの前に立って、彼女の代わりにエレオノールに平手打ちをされたのだ。 誠一郎は、キッとエレオノールを睨むと、懐から何かを取り出した。 「待って誠一郎」ルイズはとっさに誠一郎の服をつかんだ。 「ひっ!」思わず目を閉じるエネオノール。 しかし誠一郎の出した物は、ひとつのハンカチであった。 「な、なに…?」 「涙、拭いてください」 「え…」 ルイズがよく見ると、エレオノールの目に大粒の涙がこぼれているのがはっきりと見えた。 あの気丈な姉が泣いている。それはルイズにとってはじめての光景でもあった。 エレオノールのは誠一郎からハンカチを受け取り、それで涙をぬぐった。 「あなた、名前は」涙をふき終わると、彼女は誠一郎をまっすぐ見つめてそう聞いてきた。 「北野、誠一郎です…」 「そう、わかったわ。誠一郎、このハンカチーフは洗って返しますから」 「いや、いいですよそんなの」 「いいえ、そうはいきません。あなた達はこれから用があるのでしょう?それが終わったら、 また私のところへ来なさい。その時にお返しします。そして…」 「へ…?」 「その時は食事くらいは…、御馳走しますわ…」 「お姉さま?」ルイズは、不思議そうな顔をしてエレオノールの表情を覗き込む。 「か、勘違いしないでくれます?わたくしはただ、叩いてしまったお詫びをしたいだけですの。 まだ認めたわけではありませんからね!」 「わかりました」 そんなエレオノールを見て、誠一郎は笑顔で答えた。 エピローグ その日の午後、都ではアンリエッタの女王即位を記念したパレードが行われていた。 「見て、誠一郎。もうすぐ女王陛下がまいられるわ」 「楽しみだね、ルイズちゃん」 たくさんの人混みの中でパレードの様子を見つめる二人。しかし誠一郎は、迷子になった子供 を発見したようだ。 「あ、ダメよ誠一郎!」ルイズがそう言って止めようとしたが、親切な彼の動きは止められなかった。 「うえええええん」 「大丈夫かい?どうしたの」 「パパとママが…」 誠一郎の顔を間近で見た子供は一瞬息をのんだ。 「どうしたの?」 「うわああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」 子供の叫び声に、近くで警備にあたっていた兵士たちが集まってきた。 「怪しいやつだ!怪しいやつがいるぞ!」 「え?え?」 「こっちへ来い!悪魔か」 「いや、魔物じゃないか!」 「ちょっと待ってください!彼は違います!普通の人間なんですううう!!」 誠一郎が捕まり、誤解が解けるまでには夜までかかってしまい、その日のうちに女王に謁見する ことはできなかったようである。 おまけ 深夜、エレオノールは自宅の鏡の前にいた。 「…」 無言で鏡を見つめる彼女。そして次の瞬間、表情を変えて言い放った。 「私エレオノール、十七歳です(はぁと)」 …沈黙。 「ふっ、私もまだまだいけるわね」そう言うと、部屋の中には怪しい笑い声が静かに響く のであった。 おしまい 前ページ次ページ最『恐』の使い魔
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少女ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは唖然として目の前の存在を見ていた。 目の前の存在は……途轍もなく巨大で……神秘的で荒々しい竜だったからだ。 事の発端は、春の使い魔召喚の儀式。 学年進級がかかったこの行事は、非常に大切な行事だった。 学年進級もそうなのだが、召喚した使い魔により己の基本属性の固定に加え自分の進む道の道標となるからである。 そして儀式当日……次々と召喚され使い魔として契約される光景を見てルイズは、 自分も素晴らしい使い魔を召喚できるに違いないとその小さく綺麗な手で握り拳をつくる。 とうとうルイズが使い魔を召喚する番になる。 ルイズは、呼吸を整え心を落ち着かせ使い魔を召喚する呪『サモン・サーヴァント』をゆっくりと唱える。 そしてサモン・サーヴァントの呪が完成し発動させた。 それは、盛大で強烈で激しすぎる爆発。 それと伴って盛大に巻き上がる砂埃。 失敗したのか? 成功したのか? 余りにも砂埃が酷く視界を塞ぎそれすらもわからない。 ルイズは、祈った。どうか成功しているようにと。 (蛙でも鼠でも犬でも猫でも、それが例え植物だろうとなんでもいい成功して欲しい!) 結果的にその願いは、叶う事となる。 ただ前例が無いと言う形で。 砂埃が風に流され晴れた時其処に存在したのは白に近い灰色のローブを着込んだ 男性とも女性とも分からない人間が悠然と立っている。 右手には、一番先に漆黒の石が埋め込まれた1.5メイルほどあるロッドを持っていた。 パッとみて、ルイズは自分はもしかして高名なメイジを呼んでしまったんじゃないか? 何て事をしてしまっただろう……と、ルイズは泣きたくなってくるのだが…… 今し方ルイズが召喚した存在が、口を開き言葉を紡いだ。 しかし、それは口からと言うよりも丸で空間全体が言葉を紡いでいる様。 『我を呼びし者よ……我に何用か……』 淡々として威厳ある声が、ルイズの目頭に涙を薄らと浮かべさせる。 怒られるだけならまだいい……もしかしたら、消されるかもしれない。 と、目の前のメイジ(?)を見てそう思うルイズ。 何も声を出せず、口から小さな嗚咽が漏れるルイズに変わり引率として着いてきた教師 コルベールが、ルイズの召喚してしまったメイジ(?)に対し謝罪の言葉を述べるのだが…… 『使い魔……其処の小さき者がか?』 その言葉に、コクンと小さく頷くルイズ。 その様子を見てさらに目の前のメイジ(?)に謝罪の言葉を述べようとコルベールが口を開く前に…… 『ならば、我を見事使い魔にしてみせよ!』 その言葉と同時に、メイジ(?)の体はメキメキメキと鈍い音を立てて変化する。 そして冒頭で紹介した巨大な竜がルイズの目の前に存在するという訳である。 『さぁ我に、己が力を示せ! 己が信念を貫け! 己が魂の輝きを見せ、我を屈服させよ!!!』 竜は、言葉を紡ぎ咆哮を上げる。 その咆哮は空気を震わせ大地を揺るがす! 大半のクラスメイトがソレにより吹き飛び使い魔達も混乱に陥る。 逃げ惑うクラスメイト達、引率のコルベールは、失神していたりする。 しかし、その中で二名のクラスメイトがルイズの横に立つ。 「やっかいなの召喚しちゃったわねぇ? ルイズ?」 そう告げるのは、紅の髪を持ち褐色肌の女性キュルケ。 「……手伝う」 目の前の竜を見て、淡々とした表情を浮かべてそう告げるのは、蒼の髪に翡翠の瞳を持つ少女タバサ。 そんな二人を見てルイズは、何故と言う表情を浮かべるとそれをみたキュルケは笑いながらにこう告げる。 「友人と書いてライバルと読む。それが私と貴女の関係よ。ならば……共闘してもいいじゃない?」 キュルケは、愉快そうにそう告げ 「……友人の手伝いをする事に理由などない」 そう告げ杖を構えるタバサ。 二人の言葉を聞いた後でルイズは、目の前に存在する巨大な竜を見る。 どう考えても勝てる要因はない。 キュルケが召喚した使い魔サラマンダーの炎だってあの巨大な竜に効くだろうか? タバサが召喚した使い魔ウィンドドラゴンの攻撃だってあの巨大な竜に効くだろうか? そして、最大の要因は私が魔法を使えないと言う事だ。 「なぁに湿気た表情してるのよ。まったく私のライバルなら覚悟決めなさいよ」 「……物事には逃げて良い時と逃げてはいけない時がある。私は逃げない」 二人は、杖を構え凛として前を見てそう言い放つ。 ……そうだ、私は貴族だ。いや……貴族とかそんなの今は関係ない。 私は、そう……敵に背中を見せない! それが! 私の信条! 例え勝てなくとも! 例え負けようとも! 絶対に敵に背中は見せない! それが私だ! ルイズは、杖を構え凛とした表情を浮かべ竜を見た。 『さぁ……来い! 人の子よ!』 三人と二匹は、その巨大な竜と戦いを始め、その戦いは日が沈み二つの月が昇り沈みまた日が昇る頃に終わりを迎えた。 結果的に、三人と二匹はその巨大な竜を倒す事は出来なかった。 魔力が尽きても体がボロボロになり凄まじい疲労があっても三人は、しっかりと己の足で大地にたち竜を見据えていた。 其処には、覚悟があった。 其処には、信念があった。 其処には、絆があった。 其処には、砕けない魂があった。 酷く大きな音を立てて依然立ち続けるルイズたちに歩み寄る竜。 三人にはもう魔法を撃つ為の魔力は無い。キュルケとタバサの使い魔も当の昔に地に伏して気絶している。 また一歩、竜は近づいてくる。 そんな竜を三人は、まけちゃぁいない! とばかりに睨む。 すると竜は、淡い光を放ちその巨体をまるでガラスが砕ける様にして消えて行き…… その光が終えれば、其処にはあの白に近いは灰色のローブを着た存在が居た。 『その力みせてもらった。その信念みせてもらった。その魂の輝きをみせてもらった…… だが、我を屈服させるには至らん……しかし、人の子よ。お前が何処まで成長するか見届けたくなった。 お前が死に果てるまでの時間など、我にとっては短き時間。 さぁ、契約しようではないか我を呼びし者』 足音無くルイズに近づく者。 わけのわからない展開に、安堵しつつルイズは言葉に従う事にした。 魔力が空っぽなのはわかってる。でも、大丈夫。出来る。 何故か、確信めいた思いが脳裏を駆け巡った。 そして、ルイズは契約の呪を紡ぎ…… 『今此処に、お前と我の契約は成った……我が名はバハムート。 幻獣にして無が竜の王なり! お前の生き様見届けようぞ!』 「もうルイズと共闘したくないわぁ~」 「……時と場合による」 かくして、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、竜の王と契約した。 竜の王は、ルイズの成長を見守り時には助言し、時には力を貸しルイズの生き様を見守った。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが、天寿を真っ当するまで…… ルイズは、数多くの伝説を生み出し……人々から尊敬の意を込めてこう呼ばれ後世に語られる。 『無(ゼロ)と竜の魔法使い』 と……… そして、何処か別の世界にて 「おっゼロと竜の使い魔の新刊か買って置こうっと」 ノートパソコンを抱えた少年が、一冊の小説を手にとりそんな事を呟いたとか呟いて無いとか……
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前ページ次ページゼロの使い魔はメイド その日最後の授業が終わると、ルイズは軽く伸びをしてからすぐさま席を立った。 夕食までは、まだまだ時間がある。 その間生徒たちのすることは、各人バラバラであった。 異性に粉をかけたり、カードゲームに興じたり、くだらないおしゃべりをしたり。 中には真っ先に自室に戻り、予習復習をびっちりと行う勤勉な者もいる。 ルイズもそんなうちの一人だった。 これで魔法が使えないという点がなければ、絵に描いたような優等生の出来上がりだ。 それは入学当初から、使い魔を召喚し、二年へと進級した今も変わらない。 ゼロと呼ばれて馬鹿にされ、友人がいないこともそれに拍車をかけていたかもしれなかった。 部屋に戻ると、 「お帰りなさいませ」 控えめな笑みと共に、若いというより幼いメイドがルイズを出迎えた。 ルイズが召喚した使い魔・シャーリー。 「お茶、いれてくれる」 ルイズはマントを脱ぐのを手伝ってもらいながら、シャーリーに言った。 「はい。ただ今」 パタパタと響くメイドの足音を聞きながら、ルイズは椅子の上で息をついていた。 やはり、自分の部屋は落ちつく。 当人にはわからないが、その顔は非常にリラックスしていたものだった。 いつもの高飛車とも、あるいは驕慢とも言える険が消えたその顔は、ルイズという少女が生来持っている美貌をぐんと引きたてている。 魔法が使えぬコンプレックスをひた隠しにするように、貴族たらんと虚勢をはる普段からはまず想像もできない顔だった。 何故、こんな風になれるのかと言えば、その理由はシャーリーである。 今までルイズが接してきた平民というのは、多くがヴァリエール家の使用人だ。 名家であり、優秀なメイジを輩出するエリートであるヴァリエール家は、その一族のみならず、その使用人たちにも一種の自負があった。 そのため、ヴァリエールの人間でありながら、魔法の使えないルイズには少なからぬ蔑視が向けられていた。 無論、表だってそれを出すわけではないが、繊細な少女の心は敏感にそれらを感じ取っていた。 だから、ルイズは貴族であることにこだわり、高圧的な態度に出ることが多かった。 自身の心を防御するために。 それはこの学院においても同じことだった。 けれど、シャーリーに対してはそんなことはない。 する必要がなかった。 彼女は頭からルイズに従順であったし、十三という年齢ながら家事全般が器用にこなすし、気もきく。 それに、勤勉だった。 何よりも、シャーリーは他の平民たちのような、服従の中に蔑みをこめた、あの嫌な眼をしていなかった。 それはひとえに、異邦人であるシャーリーには貴族=魔法使いという認識がないせいであろう。 魔法が絶対という感覚を持たない少女にとっては、ハンデを持ちながら決して卑屈にならないルイズの姿は決して蔑むようなものではなかった。 むしろ尊敬の念さえ感じられるものであったのだ。 年齢が近いということもプラスに作用したのかもしれない。 熱い紅茶が用意され、豊潤な香りがルイズの口や鼻を潤した。 紅茶を堪能し、ほっと息をついてから、 「明日はでかけるから、今日は早めに休みなさいよ」 「おでかけですか」 間を置いて、シャーリーがたずねる。 「城下町へ買い物に行くのよ」 「街……ですか」 この世界にきてからそこそこ日数がたっているが、シャーリーはまだ学院内のことしか知らなかった。 一体、この魔法の国の街というのはどんなものか。 不安がなくはないが、少女の好奇心はくすぐられた。 「そう、馬で……」 ルイズは言いかけたが、すぐに黙ってしまった。 「――?」 主人の態度を、シャーリーは奇異に感じた。 「あなた、馬に乗れる?」 ルイズは少しばかり困った顔で言った。 「いえ、乗馬の経験は……」 シャーリーは申し訳なさそうに首を振った。 「そうかあ。困ったわね……」 ルイズは、人指し指をこめかみに当てながら言った。 「馬でいってもけっこう距離があるし……。まさか、歩いていくわけにもいかないし……。かといって、馬車だと時間がかかりすぎるし……」 と、思案に暮れだした。 「あの、なんでしたら、お留守番を――」 シャーリーが言いかけた。 「ダメよ、そんなの」 ルイズはすぐNOを突きつけてしてしまう。 かなり強い口調だった。 「そ、その…。あなたに社会見学をさせるためでもあるんだから、いなかったら意味ないでしょ?」 ルイズはそう言ったものの、どこか言い訳じみていた。 シャーリー自身はあまりそのあたりはわかっていなかったが。 ただ、どきまぎしつつあれやこれやと考えるルイズを見つめるばかりだった。 「もっと早く行ければ……たとえば、こう空を飛んで……。空、空を飛ぶ……か」 空と何度も言った後、ルイズははたと気づいたような顔になったが、すぐにまた考え込んでしまった。 「といっても、主人はあいつだし……そもそもアレは……」 (何を考えてるんだろ……?) シャーリーがルイズを見ていると、ふっと部屋に影がさした。 窓の外を、何か大きなものが横切ったのだ。 「あ……」 「あ!」 シャーリーとルイズ、二人の少女は同時に、その大きなものを見た。 それは、いかにも狂暴そうな、大型のワイバーンである。 肉食性で知られるその狂暴な生き物は、すいっと学院内の敷地に降り立った。 ワイバーンの背中には、青く長い髪をした少女が乗っていた。 ひらりと飛び降りた少女は、さげていた革袋から骨付き肉を取り出し、無造作に後ろへ放った。 ワイバーンはそれを口でキャッチして、ばりばりと骨ごと肉を食ってしまった。 「考えてたら……か。相変わらず品のない連中ね」 ルイズはげんなりとした顔で、青い髪の少女とワイバーンを見た。 シャーリーもそっと様子をうかがう。 少女のほうはせいぜい顔を知っている程度だが、ワイバーンのほうはわりと顔なじみだ。 というか、ほぼ毎日顔を合わせている仲だった。 ワイバーンの名は、モード。 学院の生徒によって召喚され、使い魔となった、いわばシャーリーの『同業者』だ。 性別もシャーリーと同じ。 すなわち、雌だった。 使用人たちの話によると、この春に召喚された使い魔の中では最大の大物らしい。 さすがに風竜や火竜などと比べれば見劣りはするものの、ワイバーン属の中でも最大の大きさを誇る種で、下手なメイジよりもずっと危険で恐ろしい。 と、シャーリーは聞いていた。 マルトーによると、学院長のオールド・オスマンは若い時ワイバーンに襲われ、あやうく食われかけたことがあるとか。 噂に違わず、その性格は狂暴で、ルーンの効果か人間を襲うことはないけれど、主人以外にはまったく懐かない。 元々が、人間が容易く飼いならせるような生き物ではないのだから、仕方ないが。 他の使い魔たちは、下手をすればおやつにされかねないのでみんなモードを避けていた。 まったくもって賢明な選択だろう。 しかし、シャーリーにはその恐ろしさというのは、今ひとつわからなかった。 確かに巨体で恐ろしい外見だが、シャーリーからすればどちらかというとおとなしく思えた。 ワイバーンのモードは愛想いいわけでないけれど、シャーリーには牙をむいて威嚇することはなかった。 そんなわけで、いつの間にかモードの餌はシャーリーがやるようになっていたのだ。 ワイバーンに続き、主のほうに視線を送る。 長い青髪に、広い額をした美少女だった。 ただし、その雰囲気は深窓の令嬢というにはほど遠く、全体に粗野で、獣性すら感じさせるものだった。 名前は、確か。 (エザリア? いや、エリザベート? いえ、イザベラ……だったかな?) 「言うだけ無駄よね、あのガリアの、意地悪おでこ魔女なんかには……」 ルイズが、諦めたようにため息をついた。 窓から下を見ると、イザベラは赤い髪をした少女と何か話しているようだった。 様子からして、友人同士なのだろう。 こちらはシャーリーもよく知っている。 キュルケという、ルイズとは仲の良くない少女だ。 ルイズが一方的に嫌っているようにも見えるが、それは深く言及すべきではないだろう。 (空を飛ぶ……か) シャーリーは先ほどルイズのつぶやいていた言葉を思い返しながら、モードを見た。 巨大な翼。 大の大人でも、四、五人は楽々と乗せられるであろう広くたくましい背中。 こんな生物が襲ってきたらさぞかし恐ろしいだろうが、従順な使い魔であるならさぞ頼もしいだろう。 (空を飛ぶって、どんな気持ちだろう?) 憧れをこめた目で、シャーリーはワイバーンの翼を見つめた。 それから。 「あの、シャーリー? またお願いできない?」 空になったティーポットを載せたトレイを厨房まで運ぶ途中、シャーリーはメイド仲間の一人にそう声をかけられた。 こう言われると頼みごとの内容はすぐにわかった。 イザベラのワイバーンに餌をやってくれというのだ。 「いつもいつも悪いんだけど……あのワイバーンに近づいて平気なの、あなただけなのよね」 「わかりました」 シャーリーはすぐに承知し、少し早足で歩き出した。 ティーポットを厨房に運んだ後、すぐに餌をワイバーンのもとへ持っていく。 餌は、日によって異なるが、大抵は羊か、豚。あるいは牛肉だった。 その総量、シャーリーのような少女に抱えられるようなものではないが、ワイバーンの巨体を考えると、少量とすら言えた。 シャーリーが専用の手押し車に乗せて肉を運んでいくと、ワイバーンのそばで主人のメイジが何事かしていた。 何か長いものを磨いてるようだが。 (魔法の杖、かな?) 一口に魔法の杖といっても、わりと個人差があることをシャーリーが知ったのは最近のことだ。 ルイズの持つタクトのようなタイプが多いが、長い木を削りだしたようものから、青銅製の造花などけっこうバラエティーに富んでいる。 ワイバーンはシャーリーが近づくと、かすかに首を持ち上げて低く鳴いた。 「なんだ、メイドかい?」 使い魔の反応で、気づいたのだろう。 主人のイザベラも顔を上げた。 「あの、使い魔の食事を持ってまいりました」 シャーリーが頭を下げると、 「ん、ご苦労」 イザベラはそれだけ言って、また杖?を磨き始めた。 シャーリーはワイバーンに餌を与えると、帰る前の挨拶をとイザベラのほうを向いたが、 (……っ) イザベラの手の中にあるものをはっきりと見て、驚いた。 杖ではなかった。 それは、どう見ても銃である。 多分ライフル銃の類ではないだろうか。 銃器などとは無縁の生活をしてきたシャーリーだが、まず見間違えではない。 それとも、彼女の杖はこういう形のもの、なのか。 しばしシャーリーは銃に釘付けになったままだった。 イザベラはシャーリーの視線に気づくと、わずかに表情を歪める。 「あんだよ、メイジが銃を持ってちゃいけないのかい?」 「し、失礼いたしました!」 シャーリーは頭を下げながら、 (やっぱりアレ、銃なんだ……) なんとも不思議な気分になっていた。 この魔法の世界で、まさか銃にお目にかかろうとは。 (やっぱり、魔法の銃なのかなあ……) 密かに考えながら、シャーリーは手押し車を押しながら早々に退散する。 しかし、 「ちょっと、待ちな」 イザベラが急に呼び止めた。 「は、はい」 咎められるのでは、とびくびくしながら、シャーリーは振り返る。 イザベラはじろりとシャーリーを、特にブルネットの髪に注視していた。 「お前、身内にバンクスとかいうやつはいるかい?」 しかし、イザベラが聞いてきたのは実に意外なことだった。 バンクス。 どうも誰かの名字らしいが、特にシャーリーの記憶に残るものはない。 「――いいえ。ございません」 「ふん、そうかい。もう用はないよ、いきな」 イザベラはひらひらと手を振った。 シャーリーは訝しく感じながらも、ほっと安心して戻っていった。 「……なーんか、あの女に雰囲気似てたんだがね。気のせいかな?」 イザベラはかすかに空を見上げて、つぶやく。 ぐるる、とワイバーンが鳴いた。 翌日になって。 ルイズとシャーリーは、馬を駆って一路城下町を目指していた。 颯爽と馬を走らせるルイズの後ろを、馬にしがみつくようにしてシャーリーが追う。 いや、というよりも。 どう見たってシャーリーは馬に乗っているだけで精一杯だった。 乗馬などしたことがないので当然なのだが。 にも関わらず、ぴったりとルイズの馬についてくる。 (……不思議な子よねえ?) ルイズはちらりとそれを振り返りながら思った。 学院の馬はきちんと訓練されたものばかりだが、それでもまったく経験のない人間が自由に乗りこなせるわけではない。 なのに、シャーリーはそれができている。 できているというか、馬が自ら積極的に動いているようだった。 まるで姫に忠誠を誓う騎士のように。 もしかすると、この異国の少女には動物を魅了し、従えさせる力があるのかもしれない。 (……そういえば、どっかでそんな不思議な力のある人間の話を聞いたことがあるような……) ヴィ……なんとかだったろうか? 確か古い本でそんな名前の存在をちらりと目のした記憶がある。 あらゆる獣を自在に使役する力を持った人間について―― (でも、まさかねえ?) シャーリーは、とてもそんなことをしているようには見えない。 確かに動物になつかれやすいタイプなのかもしれないが、それはあくまで好意を持たれるということで、自由に操るなどほど遠い。 「シャーリー、大丈夫? 無理しないで」 ルイズが声をかけると、 「は、はいっ」 必死な表情ながら、シャーリーは返答をした。 その必死さがどうにも可愛くて、悪いとは思いながら、ルイズはついつい笑ってしまった。 虚無の曜日。 魔法学院の生徒はその日をヴァカンス、あるいは勉学や鍛錬に用いる。 しかし、中には何もせずに部屋の中でじっとしている者もいる。 イザベラもその一人だった。 もっとも彼女の場合、平日の授業を勝手に休んで遊びに行く、要するにサボることは日常茶飯事だったが。 イザベラは机の上で、黒光りする短銃を手入れしていた。 メイジが銃を熱心に扱うことは珍しい。 その威力や精度において、銃はメイジの攻撃魔法と比較すれば取るに足らないものだから。 少なくとも、一般に流通しているものは―― ゆえに剣と同じく、メイジからすれば蔑視の対象でしかなかった。 「イザベラ、いる?」 いきなりノックもなく、ドアが開かれた。 入ってきたのは、キュルケだった。 「留守だよ」 イザベラは手入れを中断することなく、さめた声で言った。 「ちょっとあなたの使い魔の手を借りたいのよ、お願い」 キュルケはイザベラの発言をスルーして、手を合わせた。 「今からじゃ、ちょっと追いつけないの」 「また新しい男かい? そのうち人に言えない病気もらうぞ?」 イザベラはうんざりした顔で、銃に弾をこめる。 その銃は、他の短銃と異なり、レンコンのような弾倉があった。 弾丸も鉄の玉ではなく、リップスティックを思わせる形状をしていた。 「違う、違う」 毒舌を受けてもキュルケは平然としたままで、手を振った。 慣れているのだろう。 「ヴァリエールの後を追いかけたいのよ」 「あ? お前がそっちの趣味に目覚めたって噂はマジなのかい? やだねえー……」 「興味があるのは、ヴァリエールじゃなくって、その使い魔のほうよ」 「使い魔ぁ? あいつに使い魔なんかいたか?」 手入れの終わった銃を懐にしまい、イザベラはようやくキュルケに顔を向けた。 「そりゃいるに決まってるじゃない。でなけりゃ進級できないわよ」 「……そうだったね。で、珍しい猫か何かか、その使い魔は?」 「人間よ。人間の女の子」 それを聞くなり、イザベラの表情は変わった。 「人間だと? そいつはマジかい?」 「もちろんよ。使い魔っていっても、ほとんどメイドみたいなものだけど」 「……」 イザベラは無言になった。 しかし、すぐに立ち上がり、長い髪を後ろで束ね始めた。 「人間の使い魔か。面白そうだ。いっちょ見学としゃれこもうかね」 「ありがとう! 手を貸してくれるのね!」 キュルケはにっこりとしてイザベラに抱きついた。 「暑苦しい。その無駄にでかい乳、押しつけんじゃないよ」 イザベラは苦い顔をして、キュルケを押しのけた。 キュルケは、 「あらん、冷たくしないでよ」 と、笑っている。 それからすぐに、学院から二人の少女を乗せたワイバーンが飛び立った。 前ページ次ページゼロの使い魔はメイド
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前ページ次ページゼロの誓約者 突然、目の前が暗くなった。 (たすけて) 聞こえる、いつかと同じセリフ。そして、吸い込まれる様な懐かしい感覚。 誰かに喚ばれたのだと、気がついたのは目の前に少女を認識した時だった。 少女は整った顔を歪め、不満そうに言葉を紡ぐ。 「感謝しなさいよ!貴族にこんな事されるなんて一生ないことなんだから!」 「え……ちょっと」 少年の目の前で、少女は不可解な言葉を発する。少年が、それを少女の名前だと認識することは出来ない。 少年の疑問は、不自然に遮られた。少女の唇が少年のそれを塞いだのだ。 「え、ええええええええええええええええええええええ!?!?」 初めて召喚された時は、周りに多数の死体があった。それはもう驚いた。そして、二回目の召喚も別のベクトルで少年を驚愕させた。 少年の名は、新堂勇人。 前回喚ばれた場所では、誓約者(リンカー)として世界を救った英雄である。が、その後はただのニートと化していた。これは、働けとエルゴが課した試練なのかもしれない。 いつのまにか、右手には妙な模様がきざまれていた。 「で、あんた誰」 ルイズは機嫌が悪かった。初めて魔法が成功した。進級できる。それは嬉しい。だが、それを差し引いてもルイズの気分が良くなるはずはなかった。 喚びだしたのは見たところただの平民。しかもルイズとそう年も変わらない少年。何の取り柄もなさそうだ。少年がぼんやりしている間に、殆どの人々は自室へと戻っていった。ルイズに、嘲笑の言葉を残して。 今回こそ、見返してやろうと思ったのに。寝る間も削って練習した。しかし、結果はこれだ。 投げかけられる言葉に、ルイズは反論のひとつも出来なかった。 「俺は、新堂勇人…ここは?」 「ここはトリスタイン魔法学院。で、あんたは私に、」 「俺は召喚されたのか…?」 え、とルイズはハヤトの言葉に声を上げた。 「君が俺を喚んだ召喚師?」 「そ、そうよ!平民のくせに物わかりが良いじゃない。さあ、行くわよ!」 ルイズは、何故か気まずさを感じて自室へと足を進める。 なんなの、あの使い魔。ルイズが説明しなくても、あの状況を理解していた。平民のくせに、何か引っかかる。……考えすぎよね。 ルイズは思考を振り払う。そういえば、まだ使い魔に名乗っていなかった。振り返ると、ハヤトはさっきの場所から動いていなかった。ルイズはハヤトを呼ぶために、口を大きく開いた。 ハヤトは離れていく少女を眺めつつ、自分の力を試してみることにした。 他の世界に呼びかける。しかし、反応はない。いや、まったくないとは言えないが微かなものだ。他の世界に干渉するには、なにかしら媒介が必要かも知れない。 誓約者は、自由に他の世界から召喚獣を呼び出せるはずなのにここではそれが出来ない。少なくとも、ハヤトの力だけでは。何か、ラッキーアイテムがあれば……。 ふと、ハヤトの目に、怪しい輝きを持った石ころが目に入った。 (これは、) ハヤトは、不思議な力を感じて石ころを手にとった。 「ハヤト!なにしてんのよ、早く来なさい!」 向こうで少女が読んでいる。まだ名前はしらない。召喚獣は召喚師に逆らえない。普段はルイズの立場にいるハヤトはよく知っている。 (でも、必ず前の世界に戻ってみせる) 元の、ではない。ハヤトは、初めて召喚された地で生きていく事を決めたのだから。 ハヤトは、確かな決意を抱いて少女の元へ向かった。 前ページ次ページゼロの誓約者
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戻る マジシャン ザ ルイズ 進む マジシャン ザ ルイズ (10)滅び それは一であった。 それは十でもあった。 それは百でもあり千でもあった。 それは人であった。 それは既に人ですらなかった。 それは人を超えた人であった。 それは待っていた。 それは傷ついていた。 それは癒しを求めていた。 すべての悪徳をぶちまけて、絶望を濃縮した存在。 決して触れてはならぬもの。 この世の全ての悪。 待っている、時が満ちるのをじっと待っている。 道が開かれるのを待っている。 忌まわしき虫けらどもに浴びせかけれた痛撃の傷跡が、幻痛をもたらす。 今一歩、全ての計画が成就し、帰還を果たそうかという土壇場の喜劇。 屑どもの切り札が、長年の悲願の達成を阻んだ。 しかし、収穫が無かったわけではない。 忌々しい宿敵は闘技場で無きものにした。 それは4000年にも及ぶ因縁の決着に、千の身で喜びを表した。 だが、それが間違いであることをすぐに悟った。 あれは生きている、そして己と同じように傷を癒し戦う力を貯めている。 そのことに気付いてからというもの、それはその世界への道を探った。 閉じられた世界、門の無い世界、完全なる世界。 膨大なマナが宿る世界、甘美なる果実が目の前にある。 だが、門無くしては人の身で踏み入ることなど出来ようはずが無い。 それは歯噛みしながら見ることしか出来なかった。 けれど、あるとき変化がおこった。 火花の爆発、その世界からはじき出された、生まれたての赤子。 幸運な彼は、不運にもそれに触れてしまった。 彼は力を渇望していた、全てをねじ伏せる力を。 だからそれは、彼に知識を与えた、力を与えた、邪悪と狂気と悪徳の全てをくれてやった。 そして最後に、ささやかなる代価を求めた。 門の開放。 外へと繋がる、道を開くことを求めた。 待っている、時が満ちるのをじっと待っている。 道が開かれるのを待っている。 戻る マジシャン ザ ルイズ 進む
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戻る マジシャン ザ ルイズ 進む マジシャン ザ ルイズ 3章 (59)炎蛇の教示者 ウルザが常に肌身離さず携帯し続けた大剣。それには意味があった。 何もウルザは伊達や酔狂でそれを放さなかったのではない。軽々しく放せなかったというのが正しいのだ。 ハルケギニアに来てからこれまでの短い期間では、プレインズウォーカーといえども、ルーンのエンチャントを完全に解明しきることは適わなかった。 だがその効果の中に、対象者に対する精神汚染に類する効果が存在する『可能性』があることは、早い段階で判明していた。 仮にそのような効果があったとしても、パワーストーンを眼窩に納めたそのときからグレイシャンの呻きに四千年晒されてきた彼である。影響を受け付けない可能性も十分にある。 だが、どのような小さなリスクでも、それが使命を阻害する可能性があるのなら慎重を期すべきだと、ウルザはそう考えた。 その結果、彼はルーンと自分自身とを切り離すことを思いついたのだ。 しかし、使い魔の感応でもって、繋がっているルイズの状態を常に把握しておくことは、ウルザの行動計画において非常に重要度の高い事項であるのもまた事実。 その意味において『ガンダールヴ』のルーンは、手放しがたい実益ある代物であるのも確かであった。 そこでウルザは『ガンダールヴ』を活用しつつも、精神汚染の可能性を完全に排除する方法はないかと考えたのである。 そしてその末に思いついたのが、ルーンの転写であった。 常に帯剣するアーティファクトにルーンを移植しておいて、必要に応じて活用することにしたのだ。 だがここに至り、その力がギーシュに力を与えることとなった。 ウルザにとって共感能力の活用と、精神汚染の可能性の排除という思惑しかなかったルーンの移植が、一人の少年によって盗み出されたいまとなって、『ガンダールヴ』本来の力によって、彼を助けているというのは、なんとも皮肉な結果であった。 昔からギーシュは、体を動かすこと自体は嫌いではなかった。走ることも、跳ぶことも、無論自分を鍛えることも別段苦手ではなかった。 だが、かつてこれほどまでに肉体が思い通りになったことがあっただろうか。いや、ない。 素早く体を動かしながら、そんなことを思った。 手にした長大な剣が、羽毛のように軽い。ペーパーナイフのような気安さでそれを二度振るい、×の字を描く。 すると一呼吸遅れて、正面から襲いかかろうとした三体のゴブリンが崩れ落ちる。これまでどれだけ倒したか、良く覚えていない。 ギーシュはゴブリンが崩れ落ちる様を見届けず、すぐさまそこから横っ飛びにワンステップ。 彼がいた場所を石槍が素通りするのと、跳んだ先で更にゴブリン二体を撫で斬りにしたのがほぼ同時。 しかし、それでも終わりは見えない。 打ち倒すべき敵は山といるのだ。 まだまだ縦横無尽に駆け回らねばならない。この戦場で生き残るためには。 だからギーシュは駆ける。 その手に、『剣』を携えて。 両軍共にまだ何とか連携を保って戦っている空戦とは違い、このとき既に地上戦は、敵味方入り乱れた混迷の坩堝へと突入していた。 悲鳴、怒号、金属同士がぶつかり合う音。それらの喧噪が戦場を支配している。 様々な魔獣や亜人、不死人、そして鎧を着た人間たちがそこかしこで命を叩き付け合っている。 隊列もなく、戦術もなく。ただ必死に、敵も味方も、傷つき、傷つけ、倒れ、倒し、泥沼の闘争を続けている。 圧倒的な物量を投入して敵を殲滅・圧倒せんとするアルビオン軍に、それを突き崩して虎の子である対空砲を無力化させようとする連合軍。 互いに退けない、決死の戦い。血で血を洗う争い。 そこではとうに、騎士の理想や戦いの矜恃といったものは失われてしまっている。地に墜ち尽くしている。 まさに混沌。 だがそのような泥沼の戦いの中、人々は燦然と輝くものを目にすることになる。 ある平民の歩兵は目撃した。多数の敵を相手に、単身果敢に立ち回る勇者の姿を。 ある貴族の騎兵は目撃した。閃光の如き一撃をもって、巨躯を下した豪傑の姿を。 彼らは周囲の目を引きつけてやまない英雄の姿を、しっかと目に焼き付けた。 その戦いぶりを見た連合軍は嫌がおうにも鼓舞されることとなった。 そうして戦術と連携が再び機能し始める。 小さな変化。だがこの戦場においては、初めての好転であった。 無論、そのようなことを当のギーシュには知るよしもないのだが。 「す、凄いぞ僕。やればできるじゃあないか!」 最初に比べてかなり数を減じた敵を前に、ギーシュはやや興奮してそう言った。 服こそ所々血に汚れているが、それら一切すべては返り血によるもの。 ギーシュ自体はまだ怪我一つ負っていない。それどころか、あれだけ動きを見せたあとだというのに、息の乱れ一つない健在ぶりである。 「くそっ、剣を使うのがこんなに簡単だと知っていたら、もっとモンモランシーにいいところを見せつけたのにっ!」 叫んで一閃。バタバタとゴブリンが地に伏せた。 あるときは苛烈に、あるときは優雅に、手にした武器を振るう。緩急を付けながら、翻弄して敵を仕留める。 その強さたるや、まるで戦場に降臨した闘神。 だが、そんな動きを魅せる彼をして、つい先ほど初めて剣を振るった正真正銘の素人だなどと、誰が信じるであろうか。 けれども、それがまごうことなき真実なのである。 いま、彼の体は軽快という言葉一つで表せないほどの、俊敏さを発揮していた。 一歩踏み出せば軽く三歩分は踏み出している。跳躍すれば二メイルは楽勝。走って駆ければ鳥より速い。 また、肉体だけではなく、感覚もかつてないほどに研ぎ澄まされていた。 周囲数メイルの内にいるものが、いまどのような動きをしているのか、それが音と気配で手に取るようにわかるのだ。 だが、そんなことすら色あせてしまうような驚きは、己の有している技能によってもたらされた。 ブレイドの使い方もろくに知らない素人同然の自分が、剣を持った途端に、歴戦の勇士のような技術を発揮したのだ。 これには驚いた、流石に驚いた。 先ほどから驚きの連続だが、だがそれでも驚かずにはいられなかった。 驚天動地とはこのことである。 けれどこのときばかりは、ここまでお膳立てされた状態がありがたかった。 (やってやる!) 彼は決意のまま、自分の意志で一歩を踏み出した。 それから四半刻、ギーシュは戦った、戦い続けた。 戦場というキャンバスにアートを描くように、思い描いた戦いを繰り広げた。 それらすべては、愛する彼女のもとに帰るために。 「これはあれかな。僕の中でこれまで眠っていた隠れた才能が、なんやかんやの危機によって、突如として呼び覚まされたとか、そういうことかな!?」 余裕が出てきたギーシュは、左手を顎に添えて、現状をそのように分析していた。 口を動かしつつも右手は大剣の柄を掴んでおり、いまはそれを刺突剣のようにして鋭い突きを繰り出している。 正面には醜悪なゴブリンの戦士が数体。戦闘は未だ継続中である。 だがその口ぶりに、もう焦りや驚きはない。 驚きが一回転して、実感を伴った静かな興奮がその身を包んでいる状態だった。 「うーん、やっぱりそうとしか考えられない。うん、そういうことにしておこう!」 脳内麻薬からくる一種のハイ状態でそうやって納得するギーシュは、己の左手が光り輝いていることなど、露とも気にしていなかった。 「とっ、と」 しかし流石に油断が過ぎていたのも事実。ギーシュは敵の打撃が背後から迫るのを感じ、一端剣を両手で握り直した。 目を細める、呼吸を整え、タイミングを計って――体を翻す。 ターン、背後の敵に向き直る。 そしていまぞ振り下ろされる打撃の衝突点に、ギリギリで剣を割り込ませることに成功させる。直後にガキンという音。両手から肩へと衝撃が伝わった。 結果、棍棒は大剣で受け止められていた。 だが危機は去っていない。今度はいま背を向けた側にいる敵たちがギーシュの無防備な背を狙うのがわかった。 対処するべきは二方向からの攻撃。これに対してギーシュの頭脳は、本能的に最善の動きを導き出した。 大剣の刀身に右手を延ばして、その一部分、突起のある一画に施された細工を操作する。 突起を掴んでスライドさせ、刀身を接続しているアタッチメントを外し、中から極細の繊維を取り出し指で絡め取る。そしてギーシュは滑らかな動作で、それを動かし操作した。 すると手元でカシャリという音。同時に、大剣の一部が突如外れて分解されていた。いや、より正しくは分離されていた。 準備は整えたギーシュは体を半歩ずらし、前後の敵を左右に捉えた。 右手は流れるような手つきでその外されたパーツを掴み、それを勢いよく突き出した。 左手は大剣を盾にして、ゴブリンの攻撃を受け止めた。 時間にして半秒。一連すべて、目にも止まらぬ早業であった。 ウルザが『剣』に施した処置は、ルーンの移植のみに留まらなかった。 むしろそちらの方が後付けで付与されたもので、本来は別の意味を持つアーティファクトであったのだ。 それはウルザがかつて目にしたアーティファクト『梅澤の十手』に対して、彼がアーティフィクサーとしての導き出した回答であった。 組み替えることで、様々な形状、様々な機能を持ち、適宜最適な形での運用を可能とする変幻自在の万能兵装。 彼が手を加え、原形も残さぬほどに改造し尽くされたシュペー卿の剣の、現在の姿であった。 『剣』に付与された特性・発想自体は目新しいものではない。 現に、ウルザ初期の作品である『ウルザの復讐者』も、同様の基本理念に基づいて作られている。 その時々、局面に合わせて姿形を変える多相の戦士。それが戦いというものに対する一つの終着点であるというのは研究者にとっては周知の事実である。 ウルザはそれを武具に応用したに過ぎない。 あるときは大剣、あるときは小剣。槍、斧、鞭、その他様々な形状に組み替えることで、戦局に応じた戦い方を可能とするアーティファクト。言うなれば『多相の武具』。それこそが、ギーシュが手にしているアーティファクトの正体だった。 「む……ん、むむ?」 左右の大小を用いて敵を屠り、一方で攻撃を受け止めることに成功した、ギーシュは怪訝な顔をした。 刃の中から現れた刃。右の小剣で貫いた敵の姿、それが予想と大きく異なっていたためだ。 心臓を一突きにされて崩れ落ちたのは、曲刀を手にした黒い鱗のヘビ人間であった。 見たこともない亜人種。だがそれに、おやと思う暇も与えられない。 危険を察知して跳躍。即座にその場から飛び退いた。 直後、上から下へ叩き付けられる戦斧の、強烈な一撃が見舞われる。それはその場に残ったゴブリンもろとも巻き込んで、大地を深く抉りつけた。 そして退いた先で、ギーシュは見た。そこにいたのは赤銅の巨体。凶悪凶暴の代名詞とも言える怪物、ミノタウロスであった。 「くそっ、なんなんだいきなり……っ!」 吐き捨てたギーシュは、またゾクリとした悪寒が背中を走ったのを感じた。 ――何かおかしい。 予感じみたものを感じて、ギーシュは顔を左右に巡らして周囲を見た。 するとどうだろう、周囲の状況が先ほどまでと一変してしまっていた。 先ほどまで取り囲んでいたゴブリンの軍勢の姿ない、その代わりいまはそこに様々なものがいた。 青い肌をした一つ目の巨人がいた。山羊と蛇の特徴を有した獅子がいた。猿の顔を持った人間大の蝙蝠がいた。翼を持ったピンクのヒポポタマスがいた。怒り狂う猿人がいた。炎でできたヒトガタがいた。異様に長い針金のような手足を有した真っ黒な蜘蛛がいた。 他にも何匹もの怪物どもがギーシュの周りを取り囲んでいた。 「くっ!?」 そこはまるでモンスターの博覧会だった。 ギーシュは状況を把握したときに、さしあたりいま最優先でなにをしなくてはならないのかを考えた。 それは、『戦う』か『逃げる』かの二択。 心も体も充実している、本能はまだまだ戦えると吠えている。だが、理性はこの場は全力で逃げるべきだと言っていた。 先ほどまでゴブリンの軍勢を相手に有利に戦えていたのは、徒党を組んでいただけで連携をしていなかったということもあったが、個々の能力が貧弱であったことが大きかった。 ギーシュはその点を突いて、数の有利さを利用されないように攪乱しながら、素早く、確実に各個撃破をしていったのだ。 だが、いま周囲を取り囲んでいる敵にはそれは通じそうもない。 ただのモンスターの集団に連携などあろうはずもないが、個々の強さは先ほどまでの小兵とは比べものにならないほどに強靱そうな個体が集まってきていた。 では、逃げられるかと言えばそうでもなかった。 周囲を取り囲まれているのはもちろんだが、見えている中にも足が速そうなモンスターが何体もいるのが見える。 例えうまく囲みを抜けたとしても、それで終わりではない。 タイムアップ。 『―――ッ!!』 耳をつんざくような吠え声、ミノタウロスが戦斧を振り上げる。直撃を受ければ、どんな人間であろうと真っ二つにするだろう恐るべき一撃が再び振り下ろされようとしている。 ギーシュはそれを見た。恐れずにしっかりとそれを見て、それから行動した。 決められた動作で手にした大小を組み合わせて、一度元の大剣の形状に戻す。 そうしてから再び分解、分離、組立、一瞬。 今度手に握られているのは杖。 そして少年は叫ぶ。 「ワルキューレ!」 ◇◇◇ 「……私を、彼女のもとに連れて行って下さい」 男はそう、もう一人の男に言った。 「連れて行く? それは構わない。けれど君はそれでなにをするつもりなんだい?」 黒い肌をした男は応えた。 「約束を果たします」 「なるほど……。それでなにが変わると?」 「………」 「ただの罪滅ぼし?」 「……いいえ」 「本当に? 誰かを言い訳にした贖罪ではないと?」 「はい……。私は行って、私の過去を変えてみせます」 現在に惑うものは、そう言った。 ◇◇◇ 「シィッ――!」 膝立ちからクラウチング。巨躯に似合わぬ敏捷さを発揮して一足飛び。メンヌヴィルがインファイトの距離に肉薄する。 対するのはローブを纏った禿頭の中年。 一見して冴えないその男こそは、〝伝説の傭兵〟の異名を持つメンヌヴィルが二十年間探し求めていた、討ち果たすべき目標であった。 「フッ!」 近づきざまのワンツー。続けて見せ拳の左でフェイントを入れつつ、右脇腹を狙ったボディブロウに繋げる。 鮮やかな攻撃。 だがそれらは、コルベールの構えた両腕の上下ですべて阻まれてしまう。 鉄壁の防御。ならばそれを越えてやると、メンヌヴィルの闘志が勢いを増す。 軽くローキックを入れると見せかけて、一歩後退。 寸間を計って膝を曲げる、腰を捻る、上体を傾かせ――それでいてどっしりとした安定感。 肩を入れ込み、重心移動によって生み出された破壊力を拳に込める。 次の瞬間、破城槌のような打撃が風を纏って突き出された。 牛でも殺せそうな一撃。人が受けて無事でいられるような代物ではない。 けれどコルベールは、メンヌヴィルの犯した決定的なミスを見逃さなかった。 それは距離。 決定的に踏み込みが甘い。真の必殺には半歩足りない。 コルベールは人体を破壊するに十分な攻撃力が乗せられた拳撃に対して、守るより避けることをした。 予備動作無しに、膝のバネだけで後ろに跳ぶ。往年のキレを失わない、見事な回避運動であった。 だがしかし、この化かし合い自体は、戦場経験の長いメンヌヴィルに軍配が上がった。 「ウル・カーノ!」 腕が伸びきる寸前、傭兵がルーンを叫んだ。 続くゴウっという音。 力ある言葉に従い、拳が空中を擦過して白い炎が発生。一瞬遅れて、突き出した腕を追随する炎が、コルベール目指して一直線に走ったのである。 射程は伸びた。メンヌヴィルは目算を誤ったのではなく、最初から距離を水増しするつもりで拳を放ったのだ。 男の口元が凶暴につり上がる。〝防げるはずがない〟 確信の笑み。 けれども彼は、メンヌヴィルが長年追い求めてきたこの男は、期待通りにその確信すらも上回ってみせた。 「カーノ!」 炎が到達して焼き尽くすと思われたすんでのところ、コルベールは右手に握っていた杖を左手にパスして持ち替える。そしてその手でポール型の杖を振り降ろし、軽く叩くようにして、先端で白炎を打った。 続く呪文の発動。 瞬間、白と赤の炎がシャボン玉のように膨らみ、破裂した。 それはまるで、これまで幾度となくくり返してきた動作をなぞるかのような、淀みのない動きだった。 完璧に不意を打ったはずだった。杖無しでの徒手による魔法行使、予測できる訳がない。 だが実際、現実として不意打ちは失敗に終わった。 思えば二十年前にも、この男は自分が放った背後からの不意打ちを、難なく防いでいたではないか。 そのことを思いだして、メンヌヴィルは―― 「素晴らしい!」 と、『驚嘆』と『歓喜』と『賞賛』で相手を讃えた。 極至近距離で発生した莫大な熱量に、視力を失ったはずの目が『くらむ』感覚を覚えるが、メンヌヴィルはそれを堪えて思い切り体を捻った。 そして跳躍する。追撃を諦め、躊躇せず後退を選択した。 蛮勇を持って立ち向かおうとするほどには、メンヌヴィルは目の前の男を侮ってはいなかった。 再び睨み合う。仕切り直して男たちは対峙する。 果たして、変化はあった。 「は、はは……」 知らず、メンヌヴィルの口から笑い声が漏れていた。 メンヌヴィルの心中は、先ほどよりもずっと昂ぶっている。 追い求めてきたものに、ついに追いついたという高揚感が、全身を包み込んでいた。 体中に力が漲る、気力が充実している。 宿敵を前にして、いまが自分の人生で肉体・精神共にピークであると、メンヌヴィルをとりまくすべてが告げていた。 神など最初から信奉していない彼であったが、いまこのときに巡り合わせてくれた神の采配に、心から感謝を捧げた。 「はっ、はは! 楽しいなぁ! 嬉しいなぁ! 隊長殿! それでこそ俺たちの隊長殿、俺たちの炎蛇だ! 良かった、本当に良かった!! この二十年間信じていたかいがあったっ! お前は、お前だけは、絶対に衰えていないと信じていたかいがあった! さあ始めよう! あの夜の続きを! 二十年前の続きを! 俺たちの始まりの夜を、もう一度! ここで!!」 ずっと待っていた饗宴の始まりに、男の全身が震えている。 その顔は、熱に浮かされたように狂笑が張り付いていた。 腰に括られていた魔法の発動体たるメイスを手に取り、前傾に構える。 そしてすり足でジリジリとメンヌヴィルは前進する。その様子は獲物を前にした猛獣のようにも見える。 そんないつ本気の殺し合いが始まってもおかしくない緊張感の中だった。 コルベールが、ぽつりと言葉をこぼした。 「君は二十年前と、何も変わっていないのだね……」 その言葉に、メンヌヴィルは動きを止めぬまま応じる。 「そうだ。俺はあの夜以来、ずっとお前を追い求めて生きてきたのだ。お前のために生きてきたのだ!」 「……そうか」 「俺は二十年前から、今日のこのときのことばかりを考えて生きてきた。朝も昼も夜も寝ているときも起きているときも! いつも考えてきた! お前という炎を、俺の炎で焼き尽くす日のことを考えてきた!」 「それは……悲しいな」 その一言で、メンヌヴィルの足が止まった。 「……なんだと?」 「君はこの二十年に、何も得るものがなかったというのか? 何も変われなかったというのか? 何も手にできなかったと? ただそうして……止まったままで過ごしてきたというのか?」 「違う。俺はこの二十年、己を焦がし続けてきた。戦いを糧に腕を磨き、力を手に入れ、失われた視力に代わるものも手に入れた。だがそれもこれも、すべてはお前の背に追いつくためだった!」 「やはり君は何も変わっていない。何もかも、あの頃のままだ。……でも、私は君とは違う」 「やめろ、それ以上言うな!!」 続く言葉に戦くようにして、メンヌヴィルが声を張り上げる。 その先は聞きたくないと、大音声で叫ぶ。 だが、コルベールは残酷に言葉を紡いだ。 「いいや、言うよ。私は言う。君は二十年前の私と戦いたいようだが、私はもうあの頃とは違うのだ。私がここに来たのは、二十年前の続きをするためでも、過去を精算するためでもない。私は、現在の私として、自分の生徒を守るためにここに来たんだ。 例えその結果、君と戦うことになったとしても、それは決して過去を言い訳にした戦いなどでは決してない」 凛とした声が、大空洞に響く。 それはコルベールからメンヌヴィルへの、決別の言葉だった。 「馬鹿な! ではなぜ俺の前に立っている! 俺を倒すためだろう!? そうなのだろう!?」 「……私は、私の二十年を捨てる気なんてない。二十年前に戻るつもりもない。私は、一教師コルベールとして、生徒を守るためにここに来たんだ! そしてそれこそが現在の私の戦う理由でもある!」 その言葉を聞いて、メンヌヴィルの笑顔が崩れた。その顔が嘆きの様相に変わった。 「おお……おおっ! 隊長殿、隊長殿は俺のためではなく……そんな小娘一人のために戦うというのか!?」 「そうだ!」 「なぜ、なぜだ……っ! 闘争とは常に己のために行われるべきもの! 隊長殿はやはり腑抜けになってしまわれたのかっ!?」 「いいや、私と君の戦う理由、そここそが私と君とを隔てる二十年そのものなんだ!」 その宣言、己の理想を否定する言葉を耳にして、メンヌヴィルは杖を落としていた。 尋常ならざるショックを受けて、両手で顔を覆っていた。 そして、嘆きの面で叫ぶ。 「なんという……なんということだ! こんなことは認めん、到底認められん! 俺が望んだ戦いは、炎は、そんなものではなかった! 俺の理想はもっと崇高なものであったはずだ!」 「……そう思うならば、君は君の正しさを証明したまえ。私は私の正しさを全力で証明する!」 「良いだろう隊長殿! 結局は戦うことになるのだ。互いの二十年、どちらが正しかったのか、はっきりさせようではないか! そうして私はお前を下し、お前を堕落させたすべてを焼き尽くす!」 床に落ちたメイス型の杖を拾うメンヌヴィル。 その姿はどこか緩慢で、悲しみに暮れているようでもあった。 その前で、コルベールは毅然として立ち、相手に向かって手招きをする。 「来たまえメンヌヴィル『君』。講義の時間だ」 「炎の色は、温度によって変わる。わかるかね?」 ――〝炎蛇〟のコルベール 戻る マジシャン ザ ルイズ 進む