約 5,331,468 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5847.html
前ページ次ページ鷲と虚無 ルイズは昨日早くに床についたせいだろうか、いつもより早く目が覚めた。 寝ぼけ眼をこすりながらむっくりと上半身を起こしたルイズは、一瞬なんで私の部屋に鎧や盾が置いてあるのかしらと疑問に思ったが、すぐに昨日の事を思い出した。 あの三人が召喚されて、紆余曲折の末なんとか使い魔に出来たのだ。そして部屋には誰もいない事に気付く。 三人がいったいどこに行ったのか疑問に思ったルイズは、まさか三人が逃げ出したのでは?と恐れたが、それは無い筈だとすぐに否定した。 ウォレヌスが言っていた通り逃げ出したって行く所なんて奴らには無いのだから。昨日が丸っきり夢でもない限り必ず戻ってくる。ルイズは自分にそう言い聞かせた。 (でもだとしたらどこにいるのかしら……主人の許可を得ずに勝手に出歩くなんてふざけてるわ) そしてルイズは改めて三人をキチンと躾なければ、と考えた。だがそれは簡単にはいかないだろう。 彼らが自分に対して忠誠心などカケラも持ってないのは明らかだ。 それでも使い魔を完全に従順にさせるのはメイジの義務である。それだけは絶対に成し遂げなければならない。 主人の言う事を聞かない使い魔などあってはならないのだ。 そう思った時、ドアが開き、才人、ウォレヌス、プッロがゾロゾロと部屋に入ってきた。 ルイズは心の中でホッとした。彼らは逃げ出したわけでもないし、昨日の騒動が幻だったわけでもない。 彼らは自分が召喚に成功した証拠だ。そして召喚に成功したと言う事はもう自分は魔法が使えるようになったと言う事でもある。 私はもうゼロじゃない、ルイズはそれを強く実感し思わず笑みをこぼしそうになる。これからは級友達にあのふざけたあだ名で呼ばれる事も無いのだ。 幸せを心の中で噛み締めていたルイズに、才人が呆れたような声で話しかけた。 「なんだ、もう起きてるのかよ。なら俺が起こす必要なんて無かったじゃねえか」 ルイズは才人の言葉に、朝一番に主人にかける言葉がそれ?とムカッとなった。 そしてルイズは主人としての威厳を保たねば、と考えた。それにこいつらがどこに行ったのか聞かなければ、とも。 昨日自分が洗濯を頼んだのは完全に忘れている。 「あんたね、それが一日の初めにご主人様に会って言う言葉?おはようございます、ご機嫌はいかがですか、ご主人様って言う位の気は利かせなさいよ。だいたい一体どこに行ってたのよ、あんた達?主人を置いて勝手に出て行くなんて何考えてるの?」 才人は眉をひそめた。こいつ、何言ってるんだ、と言いたげな表情である。 「どこって、洗濯にだよ。お前がそうしろっつったんだろ。忘れたのか?」 「あっ、そう言えばそうだったわね……」 そこにウォレヌスが一つ付け加えた。 「そして私達は顔を洗うのと外の空気を吸うために彼についていった」 完全に忘れていたが、思い出した。確かに自分は昨日こいつに洗濯を命じたのだった。自分の言いつけを守ったのなら、さすがに非難する事は出来ないだろう。 使い魔には厳しく、だがあくまでも公平にと言うのがルイズが受けた教育だ。 だからルイズはならいいわ、でも次からは一人は部屋に残る様にしなさいと言おうとしたのだが、その前にプッロが口を開いた。 「おい、昨日も言ったがな、俺はお前を主人と認めた覚えはない。忘れるなよ、このティトゥス・プッロ腐っても小便臭いガキの奴隷になるつもりなんてない!」 プッロは腕を組み、ムスッとした表情で言い放った。 ルイズは即座に激昂し、彼女の色白な顔が紅に染まった。 自分は今までゼロだなんだと陰口を叩かれても一度も面と向かってガキだなんて呼ばれた事は無い。 ましてや小便臭いとは!そもそも小便などと言う下賎な言葉を自分の目の前で使われた事自体がルイズにとって初めてだ。 「ああああああんた、今なんて言ったの!?しょしょしょしょしょ、小便臭いガキですって!?」 だがルイズの剣幕をプッロは全く意に介さない。彼はルイズの薄いネグリジェに包まれた肢体をジロジロと見ながら、追い討ちをかけた。 「だってそうだろ?その体つきを見る限りじゃ精々十三くらいだろ。なら小便臭いガキだな」 そこに才人が追い討ちをかけた。 「ま、確かにその体つきでは甘めに見積もって14歳ってとこだな。お前、何歳なんだ?」 実際の年より若く見られるのは普通は良い事なのだろうが、だが今のルイズにとっては罵倒でしかなかった。 プッロが自分を取るに足らない小娘としか見ていないのは日を見るより明らかなのだ。 そして一番の問題はプッロの言った事が事実、だと言う事だ。 自分の貧相な体つきはいつも悩みの種であり、平たく言えばコンプレックスだった。 だから、私は豊かな体つきのちい姉様とお母様の血を継いでるのよと自分に言い聞かせていたのだが、よりによってルイズが一番気にしてる所をプッロは的確についてしまった。 「あ、あ、あのね、こう見えても私は16よ!こ、子供なんかじゃないの!」 ルイズは声を張り上げる。これで少しでもプッロが態度を改めればと思って。だが彼女の淡い期待はプッロの突然の哄笑に掻き消された。 「あっひゃっひゃっひゃっひゃ!じゅ、じゅ、十六ぅ?その体で?貴族の割には随分とひもじい生活をしてるんだな!ええ?そこらの奴隷でももうちょっとマシな体つきをしてるぞ!」 「うう、うるさいわね!これから成長するのよ!いいい、遺伝的に見てもこのままで止まる確率は低いの!」 ルイズはどもりながら必死になって言い返す。興奮した時の彼女の癖だ。 だがプッロにルイズを恐れる様子は全く無い。だがそれは当然と言えるだろう。 兜以外は全裸で戦い、死を少しも恐れずに野獣の様に突撃してくるガリア人のガエサタエと呼ばれる狂戦士と、顔を紅潮させてどもりながら怒鳴る娘ではどう考えても前者の方が遥かに恐ろしい。 プッロはその様な連中と何度も戦い、生き残ったのだ。 「へ~、遺伝ねえ……でもその年じゃもう成長する可能性は低いと思うがね」 プッロの言葉に才人はプッと噴きだし、ウォレヌスすら僅かに頬を歪ませた。 (ああもう、なんでこいつらはこうもうっとうしいのよ!) この三人の中でも、このプッロは特に酷い。こいつだけは絶対に自分をご主人様と呼ばせてやる、とルイズは決意した。 そうしなければ気が治まらないし、何よりこのまま平民如きに貴族をバカにさせるなぞ道徳に反する事ですらある。 まずはこいつらに躾を与え、自分が主人である事を頭に叩きこまさなければならない。 それには実力行使が必要だ。こいつらにはいくら口で言っても無駄なのは明らかだった。 実力行使と言っても体格で言えば、自分は才人はともかくプッロやウォレヌスとは比べ物にもならない。 乗馬に使う鞭は棚の中に置いてあるが、その様な物をこの二人が少しでも恐れるわけが無いのはルイズにも理解できた。 だが体格差など魔法の前では何の意味もなさない。 これが昨日までなら話は違っただろうが、もう自分はゼロではないのだから魔法を扱えるのだ。 例え兵士だろうが平民は魔法の前では全くの無力。まずそれを解らせねばなるまい。 (さ~て、一体こいつをどうしてくれようかしら?いったい何時までそうやって余裕でいられるかしら?) ルイズはどんな魔法を使ってやろうかと心の中でほくそえみながら、プッロを見つめた。 「ヴァリエール、一体これからどうするんだ?朝食に行くのか?」 ウォレヌスにルイズは余裕を見せて答えた。 「え?ああ、そうよ。今から食堂に行くの……でもその前に服を着せて」 「何だと?」 「だから服を着させて。早くしなさい」 そう言いながらルイズはニヤリと笑った。もちろん彼らがそんな要求を呑む筈が無いのは承知している。 プッロの顔から笑みが消え、同時に才人が抗議の声を上げた。 「うんなもん自分で着ればいいだろ!なんで俺達がそんな事しなきゃいけないんだ?」 ルイズはチッチッと自信に満ちた表情を見せながら指を振り、もう一度ルイズははっきりと言った。 「貴族はね、下僕がいれば自分で服を着たりしないの。だから着せて」 ウォレヌスは眼を見開き、口を真一文字に結んだ。不快になったのは明らかだ。 「下僕だと?笑わせるな!我々はあくまで雇用されただけの筈だ。服を着せてくれる奴隷が欲しいなら奴隷市にでも行け」 この反論はルイズには予想外だった。確かにこいつらとは使い魔として金を出して雇うという奇妙な契約を結んでいるのは事実だ。 だが、それでもコンタラクト・サーヴァントを通じて使い魔の契約を結んだのもまた事実。ルイズはその点を押し出した。 「例え雇用されたとしても、あんたたちが召喚の儀式を通して私の使い魔になった事に変わりは無いわ。その時点であんた達は私の下僕なの!解る?」 だがウォレヌスも勢いを落とさない。 「だが私たちはお前と給金を条件に使い魔になる事を呑んだ。その様な選択肢を与えられた時点で奴隷とは言えん!」 そしてウォレヌスに続いてプッロが面白そうにルイズに質問を浴びせた。 「それに俺達があくまで拒否したらどうする?どうやって服を着させるんだ?」 「いい質問ね!いいわ、平民が貴族に逆らうとどうなるか教えてあげる。魔法の力をたっぷりと味わいなさい」 ルイズは自信たっぷりにそう言うと、ベッドから降り、机の上の杖を取ろうと腕を伸ばした。 ……だがルイズが杖を手にする前に、プッロがさっと杖を取ってしまった。 ルイズは傍から見たら滑稽な程に狼狽してしまった。プッロが先に杖を奪うなど考えもしなかったのだ。 杖が無ければメイジは全くの無力。力で言えば平民と何の違いもないのだ。 「ちょ、ちょっとあんた!すぐにそれを返しなさい!」 「うん?こいつの事か?」 プッロは杖を手でクルクルと玩びながら答えた。顔には意地悪そうな笑みが浮かんでいる。 返すつもりが全く無いのは誰にでも見て取れた。 「そいつは無理だな。あのジジイを見る限りじゃ、魔法を使うにはこの棒切れが必要なんだろ?なら渡す訳にはいかないな」 ルイズは杖を取り返そうとプッロに掴みかかろうとしたが、プッロはルイズをヒョイヒョイと避け続ける。 プッロに触れる事すら出来ないルイズをおかしく思ったのか、才人はククッと笑い始めた。 ウォレヌスはと言うと、わざわざ自分から魔法を使うと宣言するとはマヌケな奴だ、と呆れた顔で呟いた。 「しゅ、主人に暴言を吐くだけでなく杖まで奪うなんて……いったい何考えてるのよ、あんたは!これが最後の警告よ!すぐに杖を返して!」 ルイズは精一杯の凄みを入れて言ったつもりだったが、プッロは杖を返すどころか、何か面白い事を考え付いたかのように笑みを更に底意地の悪そうな物に変えた。 「う~ん、そうだな……返してやってもいいがその前に、俺達に対して魔法を使わないと誓った後に、お願いします返して下さい、って言ってみな。そうすりゃ返してやるよ」 ルイズは絶句してしまった。この野蛮人に杖を返してくれと頼むなど問題外だ。貴族の威厳も何もあったものじゃない、いやそれ以前に自分の誇りが許さない。 (魔法を使わないと誓う?お願いします?冗談じゃないわ!) だが自分に杖を取り返す術が無いのも事実だ。ルイズは自分の無力さに心中で悪態をついた。 結局、杖が無ければメイジはただの人間なのだ。 ルイズはなんとか杖を取り返せる方法は無いかと考えた……一つあった。魔法とは全く関係無いが非常に効果的な方法を。 これならプッロも杖を返さざるを得ないだろう。 そしてルイズは勝ち誇ったようにプッロに向けて宣言した。 「あんたバカじゃない?使い魔に哀願するメイジが一体どこにいるっていうのよ。あんたら全員今日から飯抜き。主人をコケにした挙句に杖を奪った罰よ。ま、杖を今すぐ返すんなら許してやってもいいけど?」 この宣言にルイズの期待通り、才人は不安な顔になったが、プッロとウォレヌスはそうはならなかった。 ウォレヌスはだからどうしたといわんばかりの表情をし、プッロにいたってはプッと笑い出した。 「おいおい、そんな事に意味があると思ってるのか?」 「ど、どう言う意味よ」 ルイズはうろたえた。予定ではこいつはもうしどろもどろになって許しを請うてる筈なのに。 (なんで?なんでこいつは平気にしてるの?) プッロは哀れむようにルイズに言った。 「お前なんぞに頼らなくてもお前と学院がくれる給金で飯を買えばすむと言う事だ」 この言葉に才人は感心したように声を上げた。 「そ、そうか!それをすっかり忘れてた」 これは完全に考えの外だったが、考えてみれば当たり前の事だ。 学院長が少なくとも普通に生活するには不自由しないだけの金を出すと合意したのだから。 使い魔として雇用されてるんだから当然給金は出さなければならない。それに学院側からも何か仕事を提供すると学院長は言っていたんだからそっちからも収入はあるだろう。 プッロ達からすればその金で食料を購入すれば良いだけの話なのだ。 あんな事に賛成するんじゃなかった、とルイズは後悔した。 だがそれでもルイズは諦めなかった。彼らはまだ金を1ドニエも持っていないのだ。まだ一縷の望みはある、とルイズは考えた。 「で、でも、今日はどうするの?あんた達はまだお金なんて全然ない筈よ!だから最初の給料が手に入るまであんたらは食事抜き!」 だがこれも大してこたえなかったようで、プッロは落ち着いてルイズに返答した。 「別に構わんさ。食い物を手に入れる方法なんざ他にもあるからね」 才人にとってもこれは予期せぬ答えだったようだ。 「あ、あるんですか?そんな方法が?」 「まあな。ま、それをこいつの目の前で教える訳にはいかないがな」 食べ物を手に入れる方法。それが何なのかルイズは考えてみた。 まずサイトはともかくプッロとウォレヌスは相当の場数を踏んだ兵士に見える。ならば近くの森から何かを取って来て食べる位ならやりかねない。 そして特にプッロなら、厨房に忍び込んで何かを失敬する位なら平気でやりそうだ。もしそんな事になって、それが発覚すればそれは自分の責任になる。 使い魔の不始末は主人の不始末になるのだ。厨房からパンを盗んで捕まった使い魔を持つメイジなんて聞いた事もない。 そんな事になれば果たして学院から、いや両親からなんと言われるか…… 「おい、どうした?俺たちに着替えさせるんじゃなかったか?杖はもういいのか?」 何も言わないルイズを見て、プッロが実に楽しそうに声をかけた。 ルイズは必死で何とかしてこいつに自発的に杖を返させる方法は無いかと考えたが、何も思い浮かばない。 そして杖を持たずに授業に出るのはリスクが高すぎる。もし何かを実演しろと言われたら言い訳のしようが無いからだ。 正直に使い魔に奪われましたと答えるのは論外だし、無くしたと嘘をついても叱責されるのは目に見えてる。 もうどうしようも無い、そう判断したルイズは断腸の思いでプッロに杖を返してくれるように頼んだ。 「プッロ、杖を返して……お願い。あんた達に魔法は使わないと約束するから」 「そう、そうやって素直に頼めばいいんだ」 そう言ってプッロはニヤッと笑い、杖をルイズに放り投げた。 だが彼は最後にもう一撃加える事を忘れなかった。 「ところで、着替えの方は手伝わなくていいのか?お嬢ちゃん?」 「うるさいわね!気が変わったのよ!気が!服は自分で着替えるわ!」 (一々傷口に塩を塗るんじゃない!もうゼロじゃなくなったって言うのに、一体どうしてよりによってこんな連中が使い魔なのよ!) ルイズはそう思いながら、恥辱にまみれた気分で制服を身に着けた。 怒りと屈辱に顔をゆがめさせながらルイズはもう一度、こいつらを絶対に、絶対に服従させてやると誓った。 (ヴァリエール家の名にかけて、こいつらに絶対に私が主人だって認めさせてやるわ!絶対に!) 四人は部屋を出た。廊下には似たようなドアが幾つか並んでいる。 プッロは上機嫌だった。何せあの生意気なクソガキをへこませる事が出来たのだから。 そして彼は目の前のドアから出てきた女を見て更に上機嫌になった。 その女は褐色の肌と彫りの深い顔を持っており、燃えるような赤毛と突き出た胸がひと際目を引いた。 (こりゃかなりの上玉だ……!このガキとは大違いだなぁ) 年は恐らく二十歳にも達していないだろう。だから女と言うよりは娘と呼んだ方がいいかもしれない。 だが色気と言う点ではルイズとは比べ物にならない。まさにプッロの好みと言える女だった。 そしてその娘が、ルイズに向けて口を開いた。 「あら、おはようルイズ。結局サモン・サーヴァントはどうなったん――」 そこまで言ってから彼女は呆けたように口を開けた。 「あらら、男を三人も部屋に連れ込むなんて……使い魔召喚に失敗したからって随分とヤケになってるのね、ルイズ。意外な一面だわ」 ルイズのさっきまで紅くなっていた頬が再び真っ赤になった。 「いったいなんでそう言う発想になるのよツェルプストー!こいつらは私達の使い魔!」 「軽い冗談よ、本気にしないで……ってちょっと待って。使い魔?彼らが」 そう言って、彼女はプッロ達をマジマジと見つめた。その顔を見るにどうも半信半疑のようだ。 シエスタ達もこのことに仰天していた事を思い出し、人間が使い魔とやらになるのは本当に珍しい事みたいだな、とプッロは思った。 ツェルプストーと呼ばれた娘は手を腰に当て、三人を覗き込んだ。 「ねえ、あなた達。本当に彼女に召喚されて、契約しちゃったの?使い魔のフリをしろって言われたとかじゃなく?」 「ああ、本当にそうだ」 そう才人は答え、プッロはそれに不本意ながらね、と付け加えた。 「私がそんな情けない事するわけないでしょ。嘘だと思うならミスタ・コルベールや学院長に聞いて見なさい」 「あっはっはっはっは!サモン・サーヴァントで人間、しかも三人召喚しちゃうなんて完全に予想外だわ!さすがゼロのルイズね」 「うるさいわね、召喚も契約も成功したんだからその名前はもう無効よ。しかも召喚した数で言えばあんたを三倍も上回ってるのよ!」 ルイズはムキになって悔しそうな声で言い返す。 (こいつら、仲が悪いみたいだな) プッロは彼女たちのやり取りを見てそう思った。そしてどうやら口げんかでは褐色の娘の方が一枚上手のようだ。 「ま、数では勝ってるかも知れないけどやっぱり使い魔ならもっとちゃんとしたのが良いわよね。フレイム~」 彼女が勝ち誇ったような声でそう言うと、彼女の部屋からのっそりと真っ赤な色をした大きなトカゲの様な生き物が現れた。 驚く事に尻尾には炎が燃え盛っている。 「うわっ!真っ赤な何か!」 このトカゲを見た才人はそう叫んで慌てて後ずさり、プッロとウォレヌスは身構えた。 もっとも、プッロもウォレヌスもこのフレイムが危険だと思考したわけではない。単に戦場での長年の経験のおかげで、未知の物体に反射的に反応してしまったのだ。 「あら、あなた達、サラマンダーを見るのは初めて?私が命令しない限り誰かを襲うなんて事は無いから安心しなさい」 ツェルプストーの言葉に三人は警戒を解き、プッロはこのトカゲをじっと見つめてみた。形はトカゲに似ているが、大きさは桁違いだ。 そして尻尾に炎を灯しているトカゲなど見た事も聞いた事もない。 だがこんな場所ならこれ位の動物ならいてもおかしくないだろうと思い、この事はあまり気にならなかった。 代わりにプッロが気になったのは果たしてこのトカゲが食べられるのかどうか、だ。 基本的に、彼にとって動物と言うのは食べる為に存在しているのだ。 (あまりうまそうには見えねえな) もともとトカゲなんてよほど食料が不足している時位にしか食べた事がないし、特にうまいとも思えなかった。 この火トカゲも例外ではないだろう。だが、こいつの尻尾は既に燃えてるんだから料理する必要がないから楽だなとプッロは思った。 「ほら、この逞しい体つきと尻尾の炎を見なさい。間違いなくこれは火竜山脈のサラマンダーよ。好事家に見せたら値段なんかつかないわよ、きっと」 ツェルプストーが自慢げにその大きな胸を張った。 「あっそ。そりゃ良かったわね」 「ま、そう気を落とさない事ね。ゼロのルイズ。ただの平民三人でもきっと何かの役に立つかもしれないじゃない……もしかしたらね」 彼女は含み笑いをしながらそう言った。ルイズをバカにしているのは明確だ。 それ自体は大いに結構な事だが、「平民三人」と言う言葉がどう考えても肯定的に使われていないのがプッロは少し気に障った。 「そう言えばあなた達、お名前は?」 だがそれでも自分たちにはある程度の興味を持ってるらしい。 恐らくは珍しいものを見た、程度の関心だろうが。 「平賀才人」 「ティトゥス・プッロだ」 「……ルキウス・ウォレヌス」 「あら、そろいもそろって変な名前ねえ」 「そりゃ悪かったな。それにこっちからすりゃそっちも変な名前だらけだし」 才人がブスッっと答える。プッロも彼に同意した。 ヴァリエールだのツェルプストーだの全く耳慣れない名前なう上に、発音しにくいといったらありゃしない。 それにどう見ても自分より十歳以上下の娘にそんな事を言われるのも癪だ。 「おいお嬢ちゃん、他人の名前を聞くなら自分も言うのが礼儀って奴じゃないかね?」 「あら、ごめんなさいね。確かにその通りだわ」 ツェルプストーと呼ばれた娘は特に気分を害した様子は無かった。 だがなぜかルイズの方が難色を示した。 「平民が貴族に対してそんな口を聞くんじゃないの!なに考えてるのよ、全く!」 「キャンキャンとうるさいな、お前は。俺はこっちのお嬢ちゃんに話してるんだよ」 鬱陶しがるように言ったプッロに、ルイズは既に興奮で赤く染まった頬を更に真っ赤にさせて叫んだ。 「あ、あんたはまた主人に対してそんな口を……よりにもよってこいつの前で……!」 「私は別に構わないわ。でもルイズ、使い魔に言う事を聞かせられないのは情けないわね。もうちょっと躾をなんとかした方がいいわよ?」 ツェルプストーはクスクスと笑いながら言った。プッロが見るに、この娘はルイズをからかう事を大きな楽しみにしているらしい。 彼女の言葉にルイズは唇を噛んで睨みつけること以外は何も出来なかった。 「そうそう、ティトゥス。私はキュルケ。キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。二つ名は“微熱”よ。じゃあ授業で会いましょう、ゼロのルイズと使い魔さん達」 ツェルプストー、いやキュルケは最後にそう言うと、ウィンクをし、フレイムを連れて颯爽と去っていった。 去っていくキュルケを見ながら、プッロは何かが引っかかっていた。彼女の名前だ。 (キュルケ、キュルケ……あっ、思い出した!) キュルケと言うのは記憶が正しければ、ウリュッセウスをたぶらかそうとした魔女の名前の筈だ。 むろん、本その物を読んだ事は無いがプッロもウリュッセウスの冒険については知っている。 (でもまさか関係がある訳は無いだろうな……ただの偶然か) 「あ~もう、全くイライラさせるわね、あの女!使い魔にまで色目を使って!」 ルイズが地団太を踏みながら言った。 「一体誰なんだよあいつ。クラスメートかなんかか?」 「残念ながらね!ゲルマニアから留学してきた色情魔よ!」 ルイズの可愛らしい唇から飛び出してきた、思っても見ない言葉にプッロは仰天してしまった。 (ゲルマニアだと!?) ゲルマニア。勇猛さそして野蛮さでは他に並ぶ物の無い、ゲルマニア諸部族が住む地。 プッロはガリア戦争の最中、カエサルがゲルマニアに牽制的な遠征を行った際にこの地に一度だけ足を踏み入れた事がある。 ある程度「文明化」されたガリアとは違い、そこは完全な未開地としか言いようが無く、こんな場所で暮らすんならそりゃ強くはなるだろうな、と思った物だ。 正直に言えば、あそこにはもう二度と戻りたくない。 (それが一体なんでこのガキの口から出た?ここはゲルマニアと何千マイルも離れている筈だぞ) 「おい……お前今ゲルマニアって言ったのか?」 「そうだけど?」 ルイズの言葉を確認したプッロはこの事について彼女を詰問しようとしたが、その前にウォレヌスが彼の肩を掴んだ。 「一体何を……」 ウォレヌスは答える代わりにプッロに耳打ちした。 「今は黙っていろ。この事については後で調べる」 この事はかなり気になるが、隊長がそう言うのなら仕方ない。 「なに?一体なんなのよ?気になるわね」 「こっちの話だ……ところでゼロのルイズとは何の事だ?」 ウォレヌスは話を逸らすためか、ルイズにあだ名の事について聞いた。 プッロもその事については少し疑問に思っていた。ゼロとは一度も聞いた事が無い言葉だからだ。 「ただのあだ名よ。それにもうその名前はもう私には意味が無いからあんたには無関係」 ルイズはきっぱりと言い切った。彼女の反応を見てプッロにはどうも彼女がその事について話したがっていないように見えた。 (どうやらあまり良い意味じゃないみたいだな、ゼロって言葉は) 食堂に向けて歩き出した四人だったが、先ほどの騒動で、ルイズはかなり苛立っているようだ。 その表情は重い。彼女の険悪な雰囲気を見てとったプッロは、少しやりすぎたかなと思った。 いくら生意気で傲慢だろうと、結局はただの娘。 無論、ちらを足蹴にするなら容赦する気は全くないにしても、あまりからかいすぎるのも大人気ない。 そう思った時、ルイズが足を止めた。 「……忘れてたけど、あんた達は食堂に入れないわ」 才人はルイズに即座に抗議した。 「え~っ、なんでだよ!今更食事抜きとか言い出すのか!?」 このガキ、何を考えてんだ?とプッロは思った。食事を抜こうが意味は無いとさっき言ったばかりなのに。 「おいおい、俺はもう背中と腹がくっ付きそうなんだぞ?それに言っただろ?お前が食事抜きにしょうが関係無いって」 はーっ、とため息をついてルイズは答えた。 「違うわよ。貴族と平民が混じって食事するのが駄目だって事。次からは“何とか”するけど、今日の所は無理ね」 (チッ、面倒くせえな) プッロは元々の性格と、ローマでは法で平民と貴族が同じ権利を保障されている事もあってあまり階級の差と言う物に気を払わない。 「偉い人」にはそれなりの敬意を払った方がいいと言う事位は理解しているし、貴族が平民よりも格式では上と言う事もなんとなくは解るが、貴族と言うだけで心の底から恐れたり敬う様な事は無い。 ましてや貴族とは言えど蛮人の子供でしかない。 だがウォレヌスはさほど気にしていないようだ。 「こっちは構わん。食堂にはお前と同じ位の子供で沢山なんだろう?こちらだけで食べる方が楽だ。だが一体どうすればいい?」 (ま、確かにこいつの様なガキどもがウジャウジャしてる場所で食うってのも疲れるな) そう考えてプッロは納得した。 「そうね……仕方ないから厨房にでも行って何か貰ってきなさい。私の名前を出せば余り物くらいにはありつけるだろうから」 「なら最初からそっちに行かせりゃ良かっただろ」 「うるっさいわね、今思い出したんだから仕方ないでしょ。とにかく食べ終わったら二年生の教室に集まって。道が解らなければ誰かに聞きなさい」 だが才人は疑問を洩らした。 「そもそも教室に行って俺たちは何をするんだよ。お前と一緒に勉強するわけじゃないんだろ?」 そりゃそうだ、とプッロは内心で笑った。自分が勉強をするなんて冗談でしかない。 だとすれば一体なぜ教室に行かなければならないのだろう。 「当たり前でしょそんな事。教室で座ってるだけでいいのよ」 ルイズの答えに才人は更に疑問を重ねた。 「そんな事してなんになるんだよ?俺達がいる意味はあんのか?」 もっともな疑問ではある。勉強をするわけでもないのにわざわざ教室に座る理由は無いだろう。 そしてルイズもどうやらその答えを知らないようだ。 「いちいち口答えしない!他の使い魔は全部そうするのよ……それに座ってるだけでいいなんて、そんなに楽な仕事なんて他にないでしょう?」 「ま、そりゃそうだけどさ……」 確かに座るだけならこれほど簡単な仕事はないだろう。そう考えれば使い魔とやらの役目も大した事は無いのかもしれないな、とプッロは思った。 「とにかく朝食の後は二年生の教室に行けばいいんだな?じゃあさっさと行かせて貰うぞ」 そう言ってウォレヌスはルイズに背を向け歩き出した。 三人ともあの場所からの厨房への道を知らなかったのだが、幸いにも途中出合った奉公人の一人に道を聞く事が出来た。 そして彼らは厨房へと歩いていたのだが、才人はある事が気になっていた。 さっきルイズが「ゲルマニア」と言った時プッロとウォレヌスは明らかに奇妙な反応をした事だ。 才人は直接聞いた方が早いだろうと思い、プッロに話しかけた。 ウォレヌスでも良かったのだが、彼には近づきがたい雰囲気がある。少なくともプッロの方が話しかけやすい。 「あの、さっきあいつがゲルマニア、って言った時に何か言いたそうでしけど、どうかしたんですか?」 「ああ、あれか。ローマの北にそんな名前の場所があるんでな。それがあいつの口から出たんで驚いたんだよ」 どう言う意味だよそれ、と才人はいぶかしんだ。 「場所って、町の名前か何かですか?」 「いや、国、と言うか地域の名前だな。完全に未開の地でなあ、たくさんの部族が住んでるんだが、連中は人間と言うよりは動物に近い。酷い場所さ」 そう言えば世界史の授業でそんな事を聞いた事があったかもしれない、と才人は思った。 (確か、ゲルマン民族の大移動がどうのって話だったなかな……でも内容は全然思いだせねえな) 学校での成績は平均でも、才人は歴史と言う物に対して興味が殆ど無い。 彼には歴史を習うと言うのが、単に年号の暗記をするだけの作業にしか思えなかったのだ。その為、テストが終わった後は覚えていた事は全部忘れてしまうのが普通になっていた。 今更考えてもどうにもならない事は承知していても、才人は今になってもっとまじめに勉強しとくんだったと後悔した。そうしていればこの人達についてももっと解ったかもしれない。 それでもなぜウォレヌスがプッロを止めたのかが解らない。 「あの、なんでウォレヌスさんはプッロさんを止めたんですか?」 プッロもこれを不思議に思っていたようで、才人に合わせた。 「ええ、教えてくださいよ。あいつがゲルマニアの事を知ってるはずなんて無いのに、気にならなかったんですか?」 ウォレヌスは事も無げに答えた。 「正直に言えばさっさと朝食を食べたかったんでな、それに明らかに機嫌が悪くなったあの小娘と話したくなかった……そもそもあのキュルケとか言う女がやってきたゲルマニアは我々が知っているゲルマニアとは多分関係がない」 「へぇ、なんでそんな事が解るんです?」 「肌の色からして違うだろう、あの女は。あれじゃゲルマニア人どころかシュリア人だ」 実際にゲルマニア人を見たプッロはこの言葉で納得した様子だったが、才人は疑問を捨て切れなかった。 偶然全く同じ名前の国が存在するなんて事があるのだろうか?しかも地球とは何の関係も無いだろう異世界に。 「でもウォレヌスさん、偶然全く同じ地名になるなんて有り得るんでしょうか?はっきり言って都合が良すぎると思うんですけど……」 ウォレヌスは顎に手を当てた。才人が言った事を考えているのだろう。 「……確かに不自然な感じがするのは否めんな。出来ればこの国の地図を見たい所だ。そうすれば地理も含めて色々と確認出来るんだが」 「そんな事するよりもあの女に直接話しを聞いた方が早いと思うんですがねえ」 そう言ったプッロをウォレヌスがジロリと睨んだ。 「ふん、もっともらしい言い訳だな。だがあの女と寝たいだけなんだろう?」 図星を疲れたのか、プッロはえっへっへっへっへ、と笑って何も言わなかった。 才人にはプッロの言いたい事はよく解った。 あのキュルケと言う女の子はとても魅力的だった。ルイズもとても可愛い(少なくとも顔は)が、色気という点では及ぶべくもない。 だが女性経験など全くない才人は、二人のストレートな発言に少し恥ずかしくなったしまった。 キスですら昨日、ルイズと契約した時にしたのが始めてだったのだから。だから才人は急いで話題を変えた。 「それにしてもかっこよかったですよ、プッロさん」 「あぁ?何の話だ?」 「ほら、あいつを言い負かしたことですよ!」 実際プッロに言い負かされ渋々自分で着替えたルイズを見てスカッとしたのは事実だ。 それを見た才人は二人に感謝したかったが、同時に少しばかり恥を感じている。 飯抜きと言われた時、自分はあっさりとルイズの要求に屈しようとしたのと比べて、この二人はいとも容易くそれを撤回させたのだ。 プッロは肩をすくめた。特に考えているわけではないようだ。 「ああ、あれか。気にするな。こっちもあのガキの吠え面が見られて楽しめたし。ま、少しやりすぎたかもしれんがな」 才人も同感だった。ルイズの自信満々の表情が次第に歪んで行ったのは、悪趣味だが確かに面白いと言わざるをえない。 だがルイズは明らかに狼狽し、困惑していた。生意気な奴だとは言え、あんな事を何回も繰り返すのは嫌だ。 (なんとかあいつにもうちょっと俺たちをマシに扱う様にさせるのは無理なのかな?) だがそれはルイズの性格を見る限り難しそうだ。と言ってもまだここに来てから1日だ。時間はたっぷりある…… (ってちょっと待て。なんでここに長く暮らす事が前提になってるんだよ、おれ) こんな所からは一刻も早く帰りたい筈なのに。この思念を晴らす為にも才人はもう一つ気になった事を聞く事にした。 「食料を手に入れる方法なんていくらでもある」と言うプッロの言葉だ。 この発言でルイズはへこまされたのは確かだが、才人にはその方法が解らない。 「ところで、さっきあいつに食べ物なんていくらでも手に入るって言ってましたよね?いったいどうやって手に入れるんです?」 プッロは肩をすくめた。なんだそんな事か、と言わんばかりに。 「うん?そりゃ考えればすぐに幾つか思いつくだろ。シエスタ辺りに厨房から何か持ってきてくれる様に頼むとか、厨房の連中を少し手伝ってお礼として貰うとか、それが駄目ならそうだな、盗めばいいんだよ」 「ぬ、盗む?」 「ああ。夜中に厨房とかにこっそりと入って残り物を幾つか失敬するだけさ。誰の迷惑にもならないだろ?」 最初の二つはともかく、プッロがあまりにもあっさりと窃盗を口にしたのに才人は驚いてしまった。 ウォレヌスもこれには難色を示したようだ。 「我々はケチな泥棒じゃない。そんな事が出来るか」 「可能性の一つとして挙げただけですよ。それはそれとしてもいよいよとなれば近くの森に入って、何か食えそうな物を探すって手もあるな」 「それじゃ時間がかかりすぎる上に長くは持たん。まあどちらにせよ、食料を手に入れるのにあの小娘だけに頼るなんて事はない」 才人は感嘆してしまった。 ご飯なんて待っていれば自動的に母親が作ってくれるし、ちょっと金があればインスタント食品でもなんでも買える。 そんな認識の自分と比べて、この二人は自分よりずっと生活力がある。これは単に彼らが大人だから、兵隊だからとかじゃない。 かれらは何か自分とは根本から違う部分がある。才人はそう直感した。だがはたしてそれを恥じるべきかどうなのか、才人には判断が出来なかった。 前ページ次ページ鷲と虚無
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7184.html
前ページ次ページぜろめ~わく 召喚。 それは「彼ら」には馴染み深いものだった。 社会の発展のため、アドバイザーたる人間を呼び出す。それも相手の都合など考えず何度も。 召喚のタイミングの悪さ、無知・勘違いを叱咤され、時々は褒められ励まされ、そして時間が過ぎれば「百合子様」はもとの世界に還って行く。 ここ数年繰り返した当たり前の日々。 今日も「彼ら」はそのつもりだったのだ。 博物館に設置された魔方陣。 その前で皆で呪文を唱えていく。 最初は半信半疑だったこの儀式も、回数を重ねた今では成功を疑うものなどいない。 あとは召喚者に気づいてもらうための鳴り物を鳴らすだけとなったとき、「彼ら」の中でもリーダー格に当たる「彼」は、魔方陣の上に鏡のようなものがあるのに気づいた。 (このままでは「百合子様」の召喚の障害になる……) そう思った彼は無謀にも魔方陣に足を踏み入れ、鏡をどけるため手を伸ばした。 共に召喚儀式を行う仲間が鳴り物を鳴らした、その瞬間。 急に「鏡」が周囲を吸い込み始め、「彼」は鏡に飲まれた。 --- トリステイン魔法学院。 まず失敗することなどない使い魔召喚の儀式において、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、クラスメイトの嘲笑が聞こえる中、十数回と「爆発」という失敗を繰り返していた。 (これができないと留年、そんなことになったら家に連れ戻される……そんなわけには行かないのよ! ……次の召喚に私の全てをかける!今度こそ!) 大きく息を吸って杖を構える、そして呪文を口にする。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 五つの力を司るペンタゴン! 我の運命に従いし、"使い魔"を召喚せよ!」 (ーーもう、なんでもいい!どひゃーっというような何かを!お願い!) 異世界の、天下無敵の女子高生がかつて抱いたものと同じ思いを込めて杖を振り下ろす。 一瞬の空白の後、 どんどこどんどこ。 遠くで太鼓の音がした。そして ちゅどーん!! やっぱり爆発の音も。 盛大な爆発の後、そこにうつ伏せに伸びていたそれは明らかに「猫」だった。 後頭部の模様から察するに多分、トラジマの猫。 だが、その猫は服ーーローブのようなものをーーを着ていた。 いや、服どころか、後ろ足に靴のようなもの履いていた。 「あれだけ失敗しておいてただの猫かよ」 「いや、猫は服着てないって」 「好事家なら着せるかもしれないな」 「でも靴なら前後両足履かせるだろ」 それまで続いていた周囲の嘲笑が好奇心丸出しの声に代わっていく。 ルイズは猫に近づき、杖でそっとつついた。 「……アンタ、大丈夫?」 通じるわけないのだが、言葉に出して聞いてしまう。 猫はそれで気がついたのか顔を上げる。そして前足をつっぱって体をおこす。 (よかった、無事だったのね……) と安心したルイズは続いた光景に驚愕した。 猫の胴体はそのまま人間のごとく起き上がったーーつまりは二本足で立ち上がったのだ。 凍りついたルイズの眼前で、猫はローブを脱ぐ。その下から小さいとはいえ、仕立ての良い三つ揃えが出てくる。 軽く埃をはらうような仕草をし、つま先立ちになったあと、猫はルイズの方を向いた。 「お呼び立てしておきながら失礼しました、百合子様……って 人間の方がこんなにたくさん~~~~!ここはどこなんですか~~~~!?」 猫が喋った。それも「契約」前の。 --どひゃーっ! ルイズは貴族らしくもない声を上げてしまった。 というか、そういう使い魔呼びたかったんでしょ?、という声がどこかから聞こえたとか聞こえないとか。 「多分別の世界から来た」という、猫の語る内容はあまりにも荒唐無稽だった。 曰く、猫をシンカ(人間と同じ知恵をつけること……らしい)させたのちに人間が立ち去り、猫しかいない社会にいた。 曰く、シンカさせてもらったため、その世界の猫はみな2本足で立ち、言葉を喋る。服も着るし靴も履く。 曰く、その社会でベンゴシ(裁かれる人を擁護する仕事……って犯罪者庇うの?)をしていて、 その傍ら、人間社会を再現するための活動をしていた。 曰く、ある日一人だけ人間が戻ってきた、それが『マイヤー』様。 曰く、猫嫌いの『マイヤー』様への対応として、別の世界から召喚儀式で人間を呼び出した、それが『ユリコ』様。 ただ、この「召喚儀式」は使い魔としての召喚ではなく、一時的に呼び出すだけで、時間が経つと元の場所へ戻ってしまうらしい。 そのため『ユリコ』様は『マイヤー』様対策と人間社会に近づけるためにアドバイザーとを兼ねて定期的に呼び出していた。 曰く、さらにその後『ヨーリス』様が戻ってきた。男性が二人となったことで、人間の区別がつかないことがあると分かった。 曰く、曰く、曰く…。 当然、人間がいないところからきたのだからハルケギニアという地名も聴いたことはない。 もっともルイズたちも、獣人どころか猫そのものだけの社会なんて聞いたことはなかったが。 元いた世界では希少にして神同然だという人間に仕えるならと、使い魔の契約も承諾してくれ 『コンクラクト・サーヴァント』も無事交わされた。 猫の額のしましまがルーンに変化した。ような気がする。 猫の使い魔は有能だった。少なくとも普通の猫の使い魔以上には。 感覚共有こそできなかったものの、喋れるどころか文字もあっという間に覚え、平民でもできない読み書き計算をこなし、さらには地図・図面のような図形も描き起こし、本の2・3冊は平気で運ぶ。 ということで校内のお使いくらいはこなし、ハルケギニアの地理を学び始めてからは触媒の探索もできるようになった。 また、『ユリコ』様なる人物が来た際のお世話役だったというだけあって、猫なのにマナーは一通り心得ているし、人間サイズのポットでも器用にお茶を入れて見せる。 ただ、お茶はちょっとぬるいし、受け取るときはしゃがむか床に座る必要があるけど。 さらに「ベンゴシ」という職業と、「人間社会の再現」という活動からなのか、学問、民族学、雑学の知識はかなりあった。 魔法をほとんど知らなかったり、争いごとに鈍かったりと何かがずれてはいるけど。 当初心配した「人間の区別がつかない」のも、日を追うごとになんとかなっていったようだ。 そういえば「カガク」って何なんだろう。説明されるたびに「そういうことが起きている」っていうのは分かるのだけど。 そんなある日、猫の使い魔がルイズに尋ねた。 「ところでルイズ様、この世界には『こたつ』はないんですか?」 「何よコタツって?」 「4本足のテーブルの裏に熱源を固定して布団をかぶせたものです。あったかいんですよ。」 「そんなもの聞いたこともないわ」 「そ、そんな。私達は人間の方の使わないものを作ってしまったんでしょうか?? 発掘もしたし百合子様はそういうものだとおっしゃっていたし、ブリタニカにも載っていたのに!!」 「……え、えーと『ユリコ』様の世界にはあったのかも知れないわ。」 …この話は「火は破壊しか司らない」という悩みを抱えていたコルベールに伝わり、後日コルベール協力の下、火石を用いて『コタツ』は再現された。 そしてこの『コタツ』は暖房器具として、トリステインはもちろん北方であるゲルマニアをも席巻した。 猫の使い魔が一時的に野生化(曰く「先祖がえり」)して、ルイズの顔に引っかき傷をつけてしまうといオチもついて。 また別の日、猫の使い魔はこうも尋ねた。 「ルイズ様、この学校には『修学旅行』はないんですか?」 「シュウガク…旅行?」 「学校のみんなと一緒に遠くへ出かけていくんです。それで旅館では枕の投げ合いをして、お土産を買って帰るんです」 「お土産はともかく…枕投げて何が楽しいの?」 「ええっと、百合子様のお話ではそれでお互いの理解と友情を深めるんだそうです」 「よくわかんないけど、決闘の一種かしら?」 この誤解から、後日ギーシュと猫の使い魔の間に発生した決闘にてルイズはこの「枕投げ」を提案、猫の使い魔が勝ってしまい、以降トリステインにおける決闘が枕の投げ合いで決着をつけるという平和的(?)な争いになったとか。 ルイズが寝込んでしまったある日、猫の使い魔は学院のコック長であるマルトーにお願いした。 「マルトー様、ルイズ様のために桃缶をゆずっていただけませんか」 「何でぇ、その『モモカン』ってぇのは」 「桃のシロップ漬けを金属缶に詰めたものです。病気の人が食べると元気が出るんですよ。」 「『モモカン』はわからねぇが、桃のシロップ漬けを作ればいいんだな。」 「いいえ、桃缶じゃなきゃだめなんです!」 この言い争いは、偶然通りかかったミセス・シュヴルーズに缶と缶きりを『錬金』してもらうことで治まり、猫の使い魔はこれを持ち帰って自身の主人に与えた。 このおかげで元気になった…かどうかはさておき、数ヶ月後、食べ切れなかったらしい桃缶の中身が一切腐敗していなかったことを知った教師陣は驚愕し、しばらくの研究の後、トリステインにて『モモカン』が実用化されることとなる。 ……中身が桃でなくても『モモカン』と呼ぶようになってしまったが。 アンリエッタ王女が魔法学院を訪れた日、猫の使い魔は思い出したように聞いた。 「ルイズ様、そういえばこの世界には『レディースデー』はないんでしょうか?」 「……は?」 「レディが一番偉いことを称える日なんですよ、その日レディは映画を見るんです。」 「この国の一番偉い方は大后様だけど……そんなものは……」 「そ、そんな。私達は人間の方の……」 「そこから先は言わなくていいから。それより、『エイガ』って何?」 結局、ハルケギニアの技術では映画の再現は無理があったため、演劇においてレディースデーは制定された。 大后、王女も「レディ代表」として交代で参観することとなり、特にアンリエッタにとってはよい息抜きになったとか。 他にもボンサイ、ブリタニカ、ハナビ、列車、自動車、チーズ転がし、チューリップ市、オリンピックと、猫の使い魔が語った文化は多種にわたり、トリステイン(ラ・ヴァリエール領)を中心に貴族・平民を問わない知識・技術を伝えていった。 不思議なことに伝えられた知識の中に「軍事・武器・兵器」にまつわるものは一切なかった。 『戦争』の説明を受けた猫の使い魔曰く「マイヤー様たちが教えてくれなかったし、人間の方が残した記録にもなかった」そうだ。 学院卒業後、ルイズは争いを知らない猫の使い魔のため、軍人ではなく文官としての道を選んだ。 使い魔の知識を元に優秀な文官として働いた彼女は、トリステインに大きな益をもたらした事で 主従とも王女(のちに女王)に重用され、ヴァリエール家の名をそう貶めることなく幸せに暮らしたという。 さらに後、猫の使い魔の話を伝え聞いた人々が、この二人にあやかろうと「富をもたらす『マネキネコ』」という置物も作られた。 この猫の模様はトラジマであったという。 ただ、某虚無の使い手に異世界より召喚された某人間の使い魔はこうのたまったとか。 「……なんかこの世界の人たち勘違いしてねぇか!?」 --- 「ねこめ~わく」から、シマシマ・ハヤカワを召喚 前ページ次ページぜろめ~わく
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7524.html
前ページ次ページ瀟洒な使い魔 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは困っていた。 それはもう実家で粗相をして一番上の姉や母にどう弁明しようか考えていた時と同じくらい困っていた。 何をそんなに困っているのかと言えば、それは先日自身が召喚した使い魔のことである。 火を出そうが、水を出そうが、錬金をしようが、どんな魔法を使ってもロクに発動せず、 爆発と言う失敗でしか魔法を使えたためしのない『ゼロのルイズ』。 そんな自分でも、あの日は(何度も失敗したが)『サモン・サーヴァント』に成功し、 『コントラクト・サーヴァント』をも成功させる事ができた。 コモンマジックすら失敗するいつもの自分からしてみればあの日は絶好調といえただろう。 確かに高望みをしたかもしれない。 どんな使い魔でもいい、召喚されてくれと投げやりに思ったかもしれない。 しかし、魔法を学ばんとする姿勢では、そのために積み重ねてきた努力では、 同学年の誰にも負けはしないという自負が合った。 ならば、何がいけなかったのだろう? 自分に魔法の素質がなかったから? 普段の行いが悪かったから? 疑問は尽きず、そして解決の糸口は全く見えない。 そんな堂々巡りの思考の中、ルイズは今日何度目とも知れない溜息をついた。 ジャン・コルベールは困っていた。 それはもう上司のオスマンが秘書にセクハラをせんとしているところに出くわしてしまった時と同じくらい困っていた。 何をそんなに困っているのかと言えば、それは先日生徒の1人であるルイズ嬢が召喚した使い魔のことである。 ありとあらゆる魔法を『爆発』という失敗でしか使えたためしがない彼女。 しかし何よりも誰よりも努力を惜しまなかったであろう彼女も、 この間の『春の使い魔召喚の儀式』ではようやく(最後の正直といった具合に)「サモン・サーヴァント」に成功し、 『コントラクト・サーヴァント』をも成功させる事ができた。 コモンマジックすら使えない彼女にしてみれば、正に奇跡と言ってもよかっただろう。 確かに彼女は同学年の生徒たちがサラマンダーやジャイアントモール等を召喚しており、 自分もそれに負けないくらいの使い魔を欲しいと思っていたかもしれない。 いや、もしかしたらどんな使い魔でもいいから来てくれと投げやりに思っていたのかもしれない。 しかし、彼女は級友達の誰よりも努力してきたはずだ。何よりも苦労を重ねてきたはずだ。 ならば、何がいけなかったのだろう? 彼女が一体何をしたと言うのだろう? 一教師として、彼女になんと声をかけてやれるだろう? 疑問は尽きず、そして解決の糸口は全く見えない。 そんな堂々巡りの思考の中、コルベールは今日何度目とも知れない溜息をついた。 そして、件の使い魔もまた困っていた。 主人の妹が外に出たいと我侭をいい、それを自分が止める羽目になったときと同じくらい困っていた。 何をそんなに困っているのかと言えば、それは先日見知らぬ土地へと召喚された我が身の事である。 自分には勤めている場所があり、そうほいほいと持ち場を離れる訳にもいかない。 自分が居なければどうにもならないというのに、問答無用で召喚されてしまった。 今居る場所のことなど心底どうでも良いと思っている彼女にとっては、正に悪夢と言っても良いだろう。 その癖召喚した当人には悪いことをしたと言う自覚そのものがないらしく、 また元のところに戻す手段もないらしい。全くいい迷惑だと思う。 普段の行いが悪かったのだろうか? もう少し門番に優しくしてやればよかっただろうか? それとも、主人の食事に添える野菜をもう少し少なくすればよかっただろうか? 疑問は尽きず、そして解決の糸口は全く見えない。 そんな堂々巡りの思考の中、件の使い魔は今日何度目とも知れない溜息をついた。 ――――その使い魔の名は、十六夜咲夜と言う。 瀟洒な使い魔 第1話「完全で瀟洒な使い魔」 「――――ふぅ」 石造りの塔の窓に肘を突き、スカートの丈が短いメイド服を着込んだ少女が溜息をつく。 彼女こそ件の使い魔、十六夜咲夜である。 咲夜の溜息は空しく空気に溶けて消え、鬱陶しいくらい晴れ晴れとした青空が頭上に広がる。 この世界、ハルケギニアに来て数日が経つ。召喚された際に立ち会っていた教師、コルベールや、 その上司であるオスマン等に様々な話を聞けば聞くほど、自分の住んでいた場所とは違う、 いわば異世界であるのだという事を実感する。 まだ仕事はたっぷりあるのに。自分が居ないということで元居たところがどういう状態になっているか、 それを想像するだに憂鬱になってしまう。 端的に言って、咲夜はこの世界の住人ではない。 『幻想郷』と呼ばれる、大規模な結界によって外界と隔たれた世界に住む人間である。 幻想郷には人間は余り住んでいない。では何が住んでいるのかと言うと、 俗に言う妖怪、魔物といった者達である。咲夜の主人もまたその1人で、紅魔館という洋館に住まう吸血鬼。 咲夜はそこのメイド頭を勤めており、館の一切を取り仕切る立場にある。 ちなみに、咲夜はれっきとした人間である。もっとも、普通の人間ではないが。 そんな立場の人間がこんなところに呼びつけられてしまえば、咲夜の心情ももっともである。 ――――お嬢様は大丈夫だろうか? 自分が居なくとも好き嫌いなどしていないだろうか? こうした思案の時に浮かぶのはそうした主人や館の面々の事。 この世界に来てからと言うもの、特にやるべき仕事もないのでこうして考え事ばかりしている。 そうして思案に暮れていると、ふと後ろに気配を感じる。 振り返ってみるとそこには緑色の髪の女性が立っていた。咲夜が今居るここ、 トリステイン魔法学院の学院長であるオールド・オスマンの秘書、ミス・ロングビルだ。 「ミス・イザヨイ。こんな所にいらしたんですね」 「ええ、特にすることもないものだから。何か用かしら?」 「そのですね……毎度の事で大変申し訳ないのですが、オールド・オスマンからの伝言がありまして」 そういうミス・ロングビルの表情は大変申し訳なさそうであり、それを見て咲夜もこめかみを押さえる。 「もしかして、まだ諦めてないのかしら」 「残念ながら……まあ、ミス・ヴァリエールにとっても一生の問題でもありますし」 彼女が言うには、学院長が呼んでいるのでご一緒願えないか、との事。 またか、と咲夜は溜息をつく。ここ数日、1日1度はこうして呼ばれ、説得されている。 まあ無理もない。話を聞く限り、使い魔の召喚と言うのはそうほいほいと行えるものではないらしい。 召喚された対象が死ぬなり、この世界より居なくなりでもしない限りは新たに呼ぶことも出来ないようだ。 しかも、この使い魔召喚の儀式は学院の生徒が2年生に上がる際に必ず行うもの。 召喚した対象、この場合は咲夜と、必ず契約をしなければならない。 そうしなければ進級する事ができないのだと聞いた。 この世界において魔法使いとは特権階級、貴族とイコールである。例外がないわけではないが。 つまるところ、この学院に通う生徒は全てが貴族の子弟。 留年や退学などと言う無様を晒すわけには行かないのだろう。 気持ちは分かるが、だからといって束縛されてやる義理もない。 自分は紅魔館のメイド長であり、自分の主人は紅魔館の主、レミリア・スカーレットただ一人。 こんな異世界で貴族とはいえ他人の従者をやっている暇など無いのだ。 とはいえ、だからと言って戻る手段があるわけでもない。 紅魔館でも何らかの対策は練っているだろうし、魔法には明るくない自分が不用意に何かをして、 取り返しのつかない問題を起こしてもそれはそれで問題である。 そろそろ観念のし時だろうか、と咲夜は考える。 この世界においての使い魔は、主の為に尽くし、一生を捧げる。そんなものであるらしい。 一生を添い遂げるつもりなどさらさらないが、少なくとも迎えが来るまで、 もしくは帰還方法を見出すまでは使い魔の真似事をするのも良いのかも知れない。 契約するしないはさておいて、少なくともこの学院に留まれるよう交渉してみよう。 咲夜はそう結論付けると、ミス・ロングビルに同行する旨を伝えた。 所変わって、魔法学院の学院長室。 部屋の中にはこの部屋、ひいてはこの学園の主のオールド・オスマンと咲夜・ロングビルの他、 桃色がかったブロンドの少女が居た。この少女こそ誰あろう、 咲夜をこのハルケギニアへと召喚した、ミス・ヴァリエールこと、ルイズである。 さっきから一言も喋らず、腕組みをして咲夜をじとりと睨みつけている。 契約を拒否したことをまだ根に持っているようだ。 「おお、来てくれたかミス・イザヨイ。契約の件じゃが……どうにか承諾してくれんかのう」 「ええ、私もあれから色々考えたのですが、条件付でお受けしようと思います」 「ほう。して、その条件とは?」 ちらりとルイズのほうを見てから、咲夜はいくつかの条件を提示した。 1.自分が元の世界に戻る手段を探す事、また方法が見つかった場合自分が戻るのを止めない事 2.この世界に滞在している間の衣食住を保障する事 3.この世界の文字を教えること 「以上の条件を了承さえしていただけるのなら、ここに留まって彼女の使い魔をする事に異存はないのですけど」 薄く笑みを浮かべて言う咲夜。オスマンはふぅむ、と唸って髭をなで、 傍らに控えるルイズに語りかける。 「とのことじゃが、ミス・ヴァリエール。よろしいかな? 他の使い魔とは違い、ミス・イザヨイは人間じゃ。彼女には彼女の事情もあろう。 こうして条件付きとはいえ応じてくれた事も彼女なりの最大限の譲歩じゃろうし、 ここはひとつこれで手打ちというわけにはいかんかのう?」 「うー…………分かりました」 ルイズは憮然とした顔のまま咲夜の前まで来ると、手で何かを押さえつけるようなジェスチャーを数度繰り返す。 それが『しゃがめ』という事なのだと理解した咲夜は、足を曲げてルイズと視線を合わせる。 「さ、お嬢さま、準備は整っておりますよ?」 悪戯っぽく笑う咲夜を一瞬だけギ、と睨みつけ、ルイズは神妙な顔で「コントラクト・サーヴァント」の呪文を詠唱する。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・プラン・ド・ラ・ヴァリエール。 五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 短い詠唱の後咲夜の額に杖が置かれ、唇が重ねられる。全ての使い魔にそうするものらしいが、 ヌメっとしたカエルとか、ミミズを食べているようなモグラとか、 そういう奴の場合は不潔じゃないのかなぁ。と咲夜が考えているうちに、契約は終わったようだ。 ルイズが顔を離し、オスマンがうむうむと頷く。 「うむ、『コントラクト・サーヴァント』は上手く行ったようじゃな。 ミス・イザヨイ、身体に変わりはないかの?」 「そういえば、少し身体が熱いような……っ!?」 突如として体内に生まれたその熱に、咲夜は思わず己が身を抱く。 そしてその熱が収まると、咲夜の左手には不思議な文字の羅列が記されていた。 これが話に聞いていた使い魔のルーンというものなのだろう。 「なんだか家畜の焼印みたいですよね、これ」 「あながち間違っておらんところがなんともフォローしづらいところじゃのう。 ……しかし、これは見たことのないルーンじゃな。ミス・ロングビル、スケッチを取ってくれ」 左手をロングビルに預けながら、咲夜は新たに自分の主人となった少女を見つめる。 ルイズ・フランソワーズ・ル・プラン・ド・ラ・ヴァリエール。通称、『ゼロ』のルイズ。 魔法学院のあるこの国、トリステイン王国の王家に連なる貴族の娘だが、魔法がほとんど使えない。 自分を召喚した『サモン・サーヴァント』、そして先ほどの『コントラクト・サーヴァント』の呪文が唯一の成功例だという。 魔法を使えることが貴族の存在意義のような世界で魔法が使えないということは、彼女にとってどれだけ辛い事であろうか。 事実、ここ数日を見ているだけでも彼女がこの学園でどういう立場にあるのかは概ね理解できた。 この世界に居る少しの間だけでも、この少女を手助けするのも悪くはないだろう。 咲夜はそう結論付けると、スケッチが終わったのを確認してオスマンに声をかけた。 「そういえば、部屋の件はどうしましょう? いつまでもミス・ロングビルの部屋にお世話になるわけにも行きませんし」 「そうじゃなぁ。部屋を用意するにしても今すぐとはいかん。 ……そうじゃ、今日ぐらいはミス・ヴァリエールの部屋で休んではどうかの? 紆余曲折の末の契約じゃし、積もる話もあろう。よろしいかな? ミス・ヴァリエール」 「……まあ、いいですけど。ほら、いくわよサクヤ。 あんたにはこれから使い魔の役割って物をみっちり叩き込んであげるから」 相変わらず憮然とした表情で学院長室を後にするルイズと、その後を苦笑して追いかける咲夜。 しかし部屋を出る直前、咲夜が後ろを振り返り、ふいにその視線を鋭く尖らせた。 「――――次はありませんよ、オールド・オスマン」 今までとは全く違うドスの効いた声でそう言うと、咲夜は今度こそ部屋を後にする。 ロングビルが首を捻っていると、オスマンは冷や汗を一筋垂らしながら、ぽつりと呟く。 「今の眼つき、ホントに今度やったら殺されかねんのう……ミス・イザヨイにだけはやめておくか」 そう言うオスマンの視線の先、先ほどまで咲夜が立っていた場所にはいつの間にか床に深々と突き立った1本のナイフ。 そして、鼻先1サントに突き刺されたナイフに驚いて気絶しているオスマンの使い魔、ネズミのモートソグニルの姿があった。 トリステイン魔法学院、ルイズの部屋。 契約を済ませて部屋に戻ったルイズと咲夜は、椅子に腰掛け、テーブルを挟んで向かい合っていた。 「なんでこの私があんたみたいなのを使い魔にしないといけなかったのかしら……」 「それは貴方が召喚したからでしょ? こっちにとってもいい迷惑だって言うのに。 いい加減観念しなさい、子供じゃないんだから」 「ああもう、そんな事は分かってるのよ!」 バン、とルイズがテーブルを叩く。 咲夜はそんなルイズを見ながら優雅に紅茶の香りを楽しんでいる。 ルイズはそんな余裕に満ち溢れた様子が気に入らないらしく、ぎりぎりと歯軋りをしながら咲夜を睨みつける。 そんなルイズを尻目に咲夜は紅茶を音もなく啜り、テーブルに置くとルイズのほうを見る。 「な、何よ……」 咲夜の青い瞳に見据えられ、思わず居住まいを正すルイズ。 しかし、自分は貴族なのだ、ここは使い魔に負けてはならないとばかりに視線だけは咲夜を睨み返す。 そのまましばしにらみ合った後、咲夜が口を開いた。 「それで、今日貴方と使い魔の契約を済ませたわけなのだけど。 使い魔というのは具体的に何をするものなの? 主人の友人の方の使い魔は身の周りの世話をしたり本をとってきたり管理したりしていたけれど、 そう言った事をすればいいのかしら?」 「あ、ああ、そういうことね…… そうね、概ね間違ってないわ。もうちょっと細かいけど」 そうしてルイズは咲夜に使い魔の役割を説明する。 使い魔とは、主人を助ける為に『サモン・サーヴァント』によって召喚されるハルケギニアの生物である。 亜人が召喚される事はあるらしいが、咲夜のように人間が召喚された事例はなく、 要するに今のこの状況は異例中の異例であるらしい。 その為なのか本来使い魔に与えられるべき主人と視聴覚を共有する能力は使えず、ルイズを大いに落胆させる事となった。 また、使い魔は魔法の触媒となる物質を見つける役目もある。 咲夜はこの世界のそういったものについては知識がないが、図鑑などで調べて覚えれば可能であるだろう。 「そして最後の一つ、というか一番やらなきゃいけないこと。 それがご主人様、つまり私をその能力を持って守る事よ。……でも、メイドだし女の子だし、 なんか心配ね……無理なら私の身の回りの世話だけでも良いわよ?」 「ああ、要するにボディーガード兼召使、って事なのね。いつもやってる事とあんまり変わらなくて安心したわ。 ルイズ、私こう見えてもそういうのは大得意よ? 結構日常的にそういう事してたし。 私が仕えてるお屋敷の警備も私の仕事だったもの」 にこやかに言う咲夜に、口の端をひくつかせながらルイズが問う。 「……あんた、メイドなのよね?」 「ええ、紅魔館メイド長、十六夜咲夜。それが私の肩書きよ」 「……普通メイドってそう言う事しないと思うんだけど」 「だって周りが頼りにならないし、私が何とかするしかないじゃない? 基本的に問答無用な所だったし……」 そこまで聞いてルイズは一旦話を打ち切り、改めて咲夜に質問する。 「……とりあえず使い魔としてそこそこ使えそうだっていうのは分かったわ。 しかし、あんたって何者なの?」 「メイドだけど」 「いやそれはもういいから。メイドって事は平民でしょ? でもミスタ・コルベールのディテクトマジックでは反応あったみたいだし……親のどっちかが貴族だったりしたの?」 「んー……多分違うと思うわ。だって私、この世界の住人じゃないもの」 その返答にルイズは腕を組み、首を捻って唸る。 「それよ。この世界の人間じゃないって言うけど、それ、ホントなの? オールド・オスマンは信じてるみたいだけど……」 「本当よ。信じる信じないは自由だけど、事実に変わりはないわ。 私の世界は結界で区切られた世界だけど、その外の世界とも違うみたいね、ハルケギニアは」 咲夜はそう言うが、ルイズにはまだいまいち理解できない。 まあ無理もない。ハルケギニアの文明レベルは中世レベルであり、 咲夜の言う事はルイズにとって完全に理解の外であった。 そのうち考えてもどうにもならない、という結論に至り、ルイズは思索を打ち切り、溜息をつく。 「うーん……ま、いいわ。とりあえず使い魔の仕事はそんな感じね。 あと、洗濯とか掃除とか、雑用もして頂戴。本職なんだからできるでしょ?」 「その位だったらやってあげるわ。これからよろしくね、ご主人様?」 そう言い、咲夜はくすりと笑いかける。ルイズはぷいとそっぽを向くと、 「ふ、ふん、当たり前よ。手を抜いたら承知しないんだからね!」と顔を少し赤くしながら言った。 しかし、その顔はすぐに凍りつく事となる。咲夜が何気なく首を巡らせた先に、 咲夜を召喚した日から置きっぱなしにしてあった藁束があったからだ。 咲夜の眉が顰められ、半眼でルイズのほうに向き直る。 『何あれ。まさかアレが私のベッドじゃないわよね?』とでもいいたげな視線に、ルイズの胃がキリキリと痛む。 あれがかねてより使い魔のために用意していたベッドである事は間違いない。 召喚されるのは動物や幻獣だと思っていたし、まさか人間が召喚されるなどとは夢にも思っていなかったからだ。 片付けるのを忘れていたのも仕方ないだろう。人間が召喚された上に契約を拒絶した事に腹が立ち、 平民なんかここで寝ればいいんだわ! とばかりにそのままにし、忘れていたのである。 咲夜の視線が痛い。何も言わないのが余計プレッシャーとなってルイズにのしかかる。 どこかからマットでも借りてきてそこで寝てもらおうと考えていたが、 咲夜の表情を察するにそれも難しそうだ。どうしよう、キリキリと痛む胃を軽く押さえ、ルイズは悩む。 彼女の強さがどれほどのものかは分からないが、なんとなく怒らせるとやばそう。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの16年生きてきた直感が、そう脳裏で警鐘を鳴らしている。 結局、その日はルイズのベッドで2人で寝ることとなった。 前ページ次ページ瀟洒な使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8430.html
前ページ次ページゼロのペルソナ 運命 意味…定められた運命・アクシデントの到来 青々とした草が一面に生えている草原。そこにはマントを身につけた少年少女たちが立ち並んでいた。 彼らがそんな魔法使いのような奇妙な格好をしているのは、彼らが奇矯な趣味をもっている人の集まりだから、ではなく事実彼らが魔法使いだからである。 召喚の儀式。魔法使いが生涯のパートーナーを呼び出す神聖な儀式。今、それが行われている最中である。 立ち並ぶ少年少女たちの視線は一人の少女に向けられている。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 それが視線を一身に受けている少女の名だ。彼女は現在、連続で召喚に失敗している。 ルイズは周りの視線を感じながら焦っていた。召喚の儀式は神聖な儀式であると同時に進級試験もかねている。 もし召喚できなければ留年。そうなればもともと魔法が使えず自分を馬鹿にしていた連中は増長し一つ下の学年の生徒に白い目を向けられながら学校生活を送ることになる。 そんなことはとうていプライドが許せることではない。 もう何回目になるかわからない召喚魔法を使う。他の魔法と同様に魔法は爆発を生み砂埃を上げる。 ルイズの魔法の爆発で地面に生えていた草は根こそぎなくなり、茶色い砂だけが姿を見せている。 「おい、いいかげんにしたらどうだ!」 「そこらじゅう穴だらけになっちまうぜ!」 周囲から飛んでくる罵声を無視してルイズは煙の中に目を凝らした。 使い魔が召喚されていないかと儚い願いをもって。 ルイズの目の錯覚かはたまた願いが通じたのか煙の中に黒いものが見えた。 召喚に成功したかもしれないという喜びに興奮しルイズはもう一度目を凝らし確認する。 確かにいる。錯覚ではなくちゃんと存在する。 ルイズは召喚の成功、ひいては自分の生涯の中で初めての魔法の成功に小躍りしたくなった。 なんだろうか。少なくとも人以上の大きさに見えた、ユニコーンだろうか。 いや黒いから違う。ドラゴンだったらどうしよう。と、ルイズの妄想は止まることを知らない。 さっきまで失敗をしていたのに強力な使い魔を想像するなど苦笑ものだが 確かにルイズが呼び出した使い魔は規格外だった。 ルイズの予想を越え、期待を裏切るほどに。 全身は黒く、大きな体、腹部にはドクロのマークがあり、額に切り傷、眉はなく、白髪の…… 「に、人間……」 ルイズの口が無意識にあんぐりと開いたままになった。 稲羽市にある大型スーパージュネスの稲羽チェーン店の電気店売り場に二人の男とキグルミがいた。 一人は身長が180センチを越える長身で髪は脱色し、眉はなく、学ランは袖を通さず肩にかけ、 学校規定のカッターシャツではなく黒地のドクロのマークがプリントされたTシャツを着ている。 まさに絵に描いたような不良高校生である。名前は巽完二。 もう一人は髪を茶髪に染め首から大きなヘッドホンをぶら下げている。こちらも高校生だ。名前は花村陽介。 そしてその二人に並んでたっているキグルミはデフォルメ化された青いくまが宇宙服を着たようなデザインをしている。 また男二人といったがこのキグルミの中にいるのも紛れもない男である。名前はクマ。本名である。 もっとも戸籍はないので本人が名乗りそう呼ばれているということなのだが。 三人は電気売り場に人がいないかとキョロキョロと周りを見ていた。 「あいかわらずだれもいないクマねー」 「相変わらずはよけいだっつーの」 クマにすかさず陽介は突っ込みをいれる。彼はこのスーパーの店長の息子なのだ。 電気売り場だけだとはいえ店に活気がないといわれるのは気のいいものではない。 「いーじゃねえスか。ダレもいねえおかげで変にコソコソしねえですむんだからよ」 完二もクマに同調した。 「お前もひどいな」 陽介は後輩にしかめっ面をする。 「いや、ひさしぶりにテレビの中に行くと思うとテンションあがっちまって」 昨年のこと彼らはテレビの中に入る力を手に入れた。その力で彼らは、一般的に八十稲羽連続誘拐殺人事件と呼ばれる事件を解決した。また、真実を見つけ出し八十稲羽市を包んだ霧を晴らしたのだ。 「クマはしょっちゅういくクマー」 「俺もときどき行くな」 「あぁッ!?、クマだけじゃなくて花村センパイも行くんスかッ!?」 「そりゃ、毎日ここに来てるからな。テレビの中にも行きたくなるじゃん?」 「せっけー」 完二は不満そうに陽介を見る。 「ま、そう言うなよ。久しぶりにあの世界見たら感慨も深いだろ?」 「まあ、そうかもしんねえっスっけど」 「カンジはこまかいクマー。もうクマ先に行くクマよ」 「待て!お前らいつも行ってんだからおれが先だ」 完二はテレビの中へ入っていった。 テレビのなかにはいる順序がどうであろうと変化はない。 完二が先に行くといったのはクマに先を越されるのがいやというだけで深い意味はなかった。 だが本来なら完二の意味のない子供っぽい行動が、三人にとって重要な選択となっていたことなど このときはだれも、たとえ別世界の魔法使いすらも知らなかった。 「じゃあ、クマお先ー」 陽介も完二に続いてテレビの中に入る。 「あー!ヨースケずるいクマー!」 最後にクマもその身をテレビへと入れる。 この時から三人はこの町、八十稲羽で半年以上ぶりの行方不明者となり、別世界への旅人となった。 巽完二は驚いていた。テレビの中に入ったと思ったら、煙の中にいた。 霧が再び発生したのかとも思ったが煙はすぐには四散した。 煙に包まれていたときはわからなかったが、自分の周りには多くのマントをつけたみょうな格好の集団がいた。 「さすがはゼロのルイズだぜ、平民を召喚しやがった」「ゼロは何してもダメだな」などといっている。 なんだ、なんでここに人間が?また放り込まれたのか?いや、犯人は捕まえたよな? と、完二が尻餅をついた態勢のまま考えて込んでいるとピンク色の髪の少女が近づいてきた。 ふと視線を上げて見てみるとその少女のおかしさに気付く。髪の色も異様だが、その格好も奇妙であった。 フレアスカートに真っ白なカッターを着ているのはいい。だがその背中にかけている布きれは何であろうか。 まるで魔法使いのマントだ。 少女は完二の前で膝をつくとなにやら棒状のものを構えてブツブツといい始めた。 その棒が魔法使いの杖のようで完二は鼻白んでしまう。 ブツブツと唱えるのをやめた少女はその少女は突然完二の顔をその両手で固定し、 完二が反応する間もなく唇を重ね合わせてきた。 少女は軽く唇を合わせるとすぐに唇を放したが、何をされたか理解できずに完二はぼけっとしていた。 だが何をされたか理解すると完二は顔を真っ赤にして大声を出す。 「なっ、テッテメェ何しやがんだ……て、いってえ!!」 だが文句を言い終わる前に完二は体に痛みが走るのを感じ、身を折る。 「うるさいわね。ルーンが焼かれてるだけよ。すぐに終わるわ」 少女の言葉のとおり痛みはすぐにひいた。 「ん、おお、ほんとだ。って、ナニしやがんだテメエ!」 「ほんっとイッチイチうるさいわね。ルーンが焼かれたって言ったでしょ。見てみなさいよ」 言われたとおりに感じは痛みが走ったところを見てみる。服をまくってみるとそこには みたこともないような紋様があった。完二にはミミズがのたくったような文字に見えた。 「んだ、コリャア!」 「だーかーらーさっきから言ってるじゃない!バカなのあんた!?」 「ああッ!ダレがだテメエ!」 完二と少女はぎゃいぎゃいと言い争いを始めた。 「それでは次」 禿頭の教師コルベールはルイズがコントラクトサーヴァントをどうやら成功させたらしいと判断し、 次の生徒を呼んだ。 その声に応じ、青い髪の小さな少女ともう一人燃えるような赤髪の少女がルイズを囲んでいた輪から出てきた。 青い髪の少女は背が小さく年齢の割には起伏がない体型をしているのに対し、 赤い髪の少女は年齢以上に起伏のある体をしている。 赤髪の少女はそれに自信をもっているのかカッターのボタンを多めに外しその肌を惜しげもなく晒している。 「あんたのせいでわたしたちの召喚まで明日まで延びるんじゃないかと思ったわ」 「だからちゃんと召喚したじゃない」 「平民呼び出すなんてわたしも初めて聞いたけどね」 嘲弄の言葉に対し、ルイズの口はパクパクと開くだけであった。 事実平民を呼び出してしまったこととバカにされた悔しさが合わさり言葉を口にできない。 「そうだ、てめぇさっきはよくもいきなりキ、キ、キ……」 座り込んだままだったルイズの召喚した男が立ち上がりルイズに詰め寄る。 「うるさい。黙ってなさい」 「ハァ!?んだとテメエ!!いきなりキスしやがって!」 「う、うるさい!わ、わたしだって好きでしたんじゃないわよ」 「じゃあ、すんじゃねえよ」 「へ、平民のくせに……!平民が貴族にあんなことしてもらえるなんて普通ないのよ!!」 「うっせえっ!!平民とかワケわかんねえこと言いやがって。ダレがんなこと頼んだ!」 「うるさいうるさい。ファ、ファーストキスなのよ」 「ッせぇ!んなのこっちもだっつの!」 二人はうるさく言い争いを始めてしまった。 「あーら。まあいいわ。タバサなら一発よね、こんなの」 赤髪の少女、キュルケはその言い争いを面白半分に見ていたがまず召喚を終わらせてしまうことにした。 タバサと呼ばれた青髪の少女は小さくうなずき召喚魔法を唱えた。 キュルケはタバサは体こそ年齢より幼く見えても、魔法の実力は並の魔法使いなどとは 比較にならないほど優れていることを知っていた。 だから落ちこぼれのルイズと違い一回であっさりと召喚魔法を成功させたことには驚かなかった。 しかし…… 「……え?」 「……人間」 ルイズと同じく平民の少年を召喚したことには驚いた。 結局タバサは平民を召喚した後すぐに契約のキスをした。 「えっ、なにこれドッキリ……いってえええ!!!!」 と、タバサの使い魔はルイズの使い魔と同様にルーンが焼かれる痛みに大声を上げた。 しばらくうずくまっていたが、痛みが引いたのか身を起こして周りをキョロキョロと見回て、 「え、どこだ?ここ?テレビの中じゃねーのか?」 などと言っており非常に混乱しているようだった。 それを尻目にコルベールはキュルケに召喚をするように告げた。キュルケは嫌な予感がしたが、 それを理由に召喚を後日にのばすというわけにもいかないのでしぶしぶ、というわけでもないが召喚を行う。 キュルケの嫌な予感はうれしいことに当たらず、呼びだされたのは人間ではなかった。 大きな頭と太い胴の間にくびれはなく赤と白で作られた模様の胴体から短い手足を生やしている青い毛をもった… 「なにこれ?」 よくわからない生き物だった。 「い、いったいいいいいいいい」 クマは土の上で丸い体をゴロゴロと転がす。クマの体感時間では相当な時間が経ってからやっと痛みは引いた。 痛みは引いても仰向けになって安泰にしていようとするクマに陽介と完二が駆け寄ってきた。 彼らは現状に気付いたのだ。 「おい、クマッ!」 「ヨースケクマ……。クマはもうだめだあ……。死ぬ前にかわいい子とデートしたかった……ガク」 「そーいうのいいから!そんなことより、クマ!ここがどこかわかるか」 「へっ?ここは……どこ?」 クマはやっと現状に気付いたのか目をパチクリとさせてキョロキョロと見回す。 「それを聞いてんじゃねーかっ!」 「カンジ、おちつくクマ。むむ、クマたちテレビのなかに飛び込んだクマよね」 「ああ、それは確かだな」 「ここ、テレビのなかじゃないよ」 「ああッ!?なんでだよッ!?」 「そんなのクマもわからんクマー。ただ、テレビのなかじゃないことは絶対クマ」 「ちょっとあなたたち、なんの話してるのよ」 三人が驚愕の真実に気付いたときに褐色の肌をした少女が話に割って入った。クマにキスをした少女だ。 また同様に陽介と完二に突然接吻をした少女たちもやってきたようだ。 何気に倒れたままだったクマは陽介に起こしてもらう。クマは一人では立ち上がれないのだ。 そうして話に割って入ったきた少女を見てクマの顔は目ははっと開かれた。 「はっ、そーいえばクマこの人にいきなりキスをしてもらって…… なんちゅーことか、痛みでキスの感触を忘れるなんて…… チッス!ワンモアプリーズ!」 陽介たちが見たことがないほど色香を放つ褐色の少女はクマの様子に引いたように見えた。 引いた彼女に代わりピンク色の少女がやってきて捲し上げるように喋り始める。 「ちょっとあんた!キュルケの使い魔が出てくるなりご主人様置いて何しに行ってんのよ!?」 「だーれがご主人だっつのッ!」 「わたしが!あんたの!ご主人さま!」 完二と桃色の髪の少女は顔を突き合わせるなり口げんかが始めた。その二人の間に青い髪の少女が割って入る。 「話が進まない」 「タバサのいうとおりよ。ルイズ少し落ち着きなさい。それであなたたち知り合いなの?」 「えーと、いや、そーなんだけどさ……。とりあえず聞きますけど、ここどこですか?」 陽介は恐る恐ると言った様子で尋ねた 「トリステイン魔法学院よ」 「「「ま、魔法学院(クマ)?」」」 「まさかあなたたち魔法を知らないっていうんじゃないでしょうね?」 「いいや、知ってます。知ってっけど……」 陽介は言いよどんだ。 魔法は知っているが、魔法学院とはどういうことであろうか。果たして自分の思っている魔法と同じものなのかと。 完二とクマも陽介と似たようなものであった。つまり顔に当惑を貼り付けている。 赤い髪の少女がまた何か言おうとした時、青い髪の少女がすっと腕を上げて指でどこかを指しながら言った。 「帰ってる」 指の指す方向に広がっていたのは陽介たちの常識を打ち壊すものだった。 何人もの少年少女たちが空を飛んでいるのだ。 「って、なんじゃこりゃッ!?ワイヤーアクションですかッ!?」 「どーなってんだ……?」 「飛んでるクマー」 陽介たちは呆然として空に人が浮かぶという信じがたい光景を見ていた。 こんなものテレビの中でも見た記憶はない。 だが隣に立つ少女たちは人体浮遊を見て驚いた様子はなく、 むしろ完二たちを見て呆れたという表情を浮かていた。 「あんたたち何そんなに驚いているのよ……」 「驚くだろ、そりゃ……てゆーか聞きたいことが山のように出てきたんだけど……」 陽介はさらに言葉を続けようとする。しかし青い髪の少女がゴツゴツとした棒を突き出してきたので出てきかけだった言葉を飲む。 「あとで」 そういうと彼女は短く小さく何かを唱えた。次の瞬間、少女と陽介は宙に浮いていた。 「うおぉぉ、飛んでる、飛んでるよぉ」 「わたしも戻るわ」 クマも赤い髪の少女も同じように飛んだ。 「おっおおーー!今のクマはまさに浮いた存在クマー」 フワフワと彼らは飛んでいった。草原に残るは完二とピンク色の髪の少女だけになってしまった。 「お、お前は飛ばねえのか?」 完二が少しばかり期待をこめて言った。 正直飛んでみたい。完二はそう考えていた。 「うるさい」 そう突き放すように言って、少女は完二をおいて歩き出した。 「な、おい!ちょっと待てよ。飛ぶんじゃねえのか?」 「だからうるさいって言ってるでしょ!」 あーだこーだと口論しながら二人は学園へと歩いていった。 タバサの部屋には今、三人の魔法使いと二人と一匹(?)の使い魔がいた。 タバサとキュルケとルイズの呼び出した使い魔たちがなにやら訳ありのようで、 その話を聞くために一部屋に会したのである。 ところで人付き合いが薄く、キュルケ以外に友達といえるもののいないタバサの部屋に これほどの人を招いたのは初めてであった。 タバサとしても無闇に部屋に人を招きたくはなかったが、ルイズがキュルケを部屋に招くことも、 キュルケの部屋に招かれることも拒んだので彼女の部屋になってしまったのであった。 「で、あなたたちは魔法がない別世界から来たっていうの。とても信じられないわね」 茶色の髪をしたタバサの使い魔――花村陽介というらしい――が説明を終えるとキュルケはそう言った。 「ウォークマンやケータイ見せただろ」 「見たことがないものだった」 確かに彼女の使い魔が持っていたものは見たこともないものばかりだった。 小さく精巧に作られた金属やそれなりの強度を持ち軽量な素材でできているもの。 全く見たことのない物質のようであった。 スクエアクラスの土のメイジででも作れるとは思えない。 また、タバサは今まで様々な任務をこなしてきたので嘘をついているかどうかについてある程度嗅覚が利くのだが 別の世界から来たなどという、嘘としてはあからさま過ぎる話をしながらも 陽介は決して嘘をついているようなそぶりを見せなかった。ただ、何かを隠しているようには感じたが。 「それよりもこっちが信じられねーよ。なんだこの世界……」 「それよりも問題なのは帰れねえっつーことだろ……」 「クマったクマね……」 使い魔三人ははあと溜息をついた。 タバサのベッドをイス代わりにしていたキュルケは腰を上げた。 「もう顔をつき合わせてたってしょうがないわ。もう部屋に戻りましょ。クマ、おいで」 「な、クマはキュルチャンの部屋で寝るクマか。むほほー」 キュルケの使い魔クマから落胆の表情が消え、キュルケに続いてクマは踊るように出て行った。 ルイズも部屋に戻ることにしたようだった。そしてその使い魔、巽完二も連れていく。 「カンジ、なにしてんの、来なさい」 「お、おう」 出来たばかりの二組の主従が去り、部屋には本来の部屋の主とその使い魔だけが残った。 「なあ、えーっと、タバサちゃん」 タバサの使い魔である少年はおずおずと言った様子で尋ねてくる。 「タバサでいい」 「じゃあタバサ。俺どこで寝りゃあいいんだ」 「ここ」 タバサは簡潔に答えた。 「あーいや、この部屋で寝るのは話の流れでわかったんだけどさ。何を使って寝ればいいんだ?」 タバサは言われて初めてその問題に気付いた。部屋には寝床はベッドが一つしかない。 とは言っても小柄なタバサのベッドにしては大きなベッドである。 無理をせずとも二人くらいは寝れなくもないだろう。 ベッドをじっと見ながら言った。 「いっしょ……?」 「床で寝させていただきます」 彼女の新しい使い魔は素早く言った。 毛布はいくらか分けてあげよう。そうタバサは思った。 部屋に戻ったキュルケ。そしてクマ。 「ここがキュルケチャンのお部屋クマかー。うーん、女の子のにおいがするクマー」 「オジサンじみたことを言わないでちょうだい」 先ほどから率直に感情のままにものを言うこの珍獣にキュルケは辟易していた。 あの二人の人間の使い魔と同じ世界から呼び出したが、タバサやルイズよりは体裁がいいはずだ。 二人は呼びだしたのは平民のたいしてこちらは珍獣。 人間を呼び出すことに比べれば珍獣の召喚など常識の範囲内だが 「疲れる……」 ただこのハイテンションのクマに疲れた。 現在も制服からネグリジェに着替えているが背後で 「キュルケチャン、ダイタン!クマはまだチェリーボーイークマー。むしろさくらんボーイ?」 とわけのわからないことを言っている。 着替えが済み、キュルケはベッドに倒れこんだ。 「キュルケチャン」 「なに」 「クマもいっしょにベッドで寝ていいクマか」 「いや、あなた大きすぎるでしょ」 キュルケのベッドは貴族の使う大きめのサイズであったが縦はともかく厚みがありすぎる。 クマが寝ては自分のいるスペースがない。 「あなた毛皮があるんだから、床で……」 「じゃあ、脱げばオーケークマね」 そういうとクマは自分の頭を抱え込み、頭を引き抜いた。 自殺!?使い魔がベッドを使えないことを苦に力技で自殺!? だがクマのクビからは血が流れ出てきたりはせずに、金髪碧眼の小柄な美少年が現れた。 キュルケは呆然とした。 「やあ、キュルケ、おとなり失礼させてもらうよ」 クマがベッドに入り込んで来て、やっとキュルケは我を取り戻した。 「あなた、クマの中に入ってたの……?」 「あれはボクの一部だよ」 突然の展開についていけずキュルケは呆然とクマの中から出てきた少年を見つめる。 そしてその視線をどう勘違いしたのか。 「初めてだから、や・さ・し・ク・マ」 と言った。間違いなくクマだとげんなりした気分に近くキュルケは思った。 キュルケはクマを無視して寝ようとして明かりを消そうとして、気付いた。 「スピースピー」 「寝てる……」 キュルケの使い魔は自由なようであった。 ルイズは完二を連れて自分の部屋に戻った。 今日の出来事で色々と疲れたルイズはさっさと寝ようと決めた。そして服を脱いで着替えようとする。 その時、完二が悲鳴のような大きな声を上げた。 「テメッ、なに男の前で服ぬいでんだ!」 完二は両手で目を隠しながら怒鳴っている。 「男がどこにいるっていうの?貴族は従者の目なんか気にしたりしないものよ」 「ジューシャ……?」 従者という言葉がわからなかったのか、少し考えふけったようだったが、 考えることをやめたのか再び抗議し始めた。 「とにかくバカにしてんだろが!ナメんじゃねえぞ!」 両手で目を隠したまま、すごまれても全く迫力がなかった。 ルイズは構わないことにした。 「なんでもいいけど、そこのタンスからネグリジェとって」 「なんでオレが」 「使い魔として役に立たないんだから、せめて身の回りの世話はやってもらうわ」 そうさきほどキュルケたちと話し合ったときにわかったのだが彼らとは 本来使い魔たちと出来るはずの視界などの感覚共有が全くできなかったのだ。 その上、完二たちは平民なのである。完二の体格はかなりいいように見える。 しかしいくら図体が大きくても魔法使いを襲うようなものから平民が守れるとは思えない。 また信じがたいが異世界とやらから来たというので、調合のために必要な薬草なども集めることも出来やしない。 ならばとルイズはせいぜい普通の下僕が出来る程度のことはすべてやってもらおうと決めたのであった。 「ふざけんな!」 「あら、あんたを部屋に置いてやってるのも食事も与えるのもわたしなのよ。あんた受けた恩も返せないの」 「んだとぉ?」 ルイズの小バカにした言葉にドスをきかせた返事を返す。 「世話してもらってなにもせずに義理も通せないの?」 「誰が世話してもらってんだよ!」 「あんた以外にいないでしょ。言うこと聞けないならご飯あげないわよ」 「な!?きったねえぞテメエ!クソ……」 完二の言葉は尻下がりに弱くなった。 完全に服従したわけではないが完二の言葉から敗北の色を受け取ったルイズはとりあえず満足し、 完二に命令する。 「じゃあ、タンスからネグリジェとって」 「どこだ」 「一番下」 「ほらよ」 完二は後を見ないようにそれを投げてきた。 「着せて」 「ああ……いや、待てッ!」 「なによ」 「オマエ俺に下着姿を見ろっつうのか」 「わたしは気にしないわ」 「オレが気にすんだよ!」 「なんだ、あんた結局恩も返せないようなやつなのね。 もういいわ、あんたみたいな情けないやつにやってもらわなくても」 「んだと、なめんじゃねえ!」 完二はタンスと向き合った状態から首を回しルイズを見、顔を真っ赤にして、首を回してもとに戻した。 「もういいわよ」 ルイズはこれは無理そうだと判断した。 「くっそぉ」 完二はルイズに背を向けていたが耳まで赤くしているのがルイズにはよく見えた。 運命に導かれ突然現れた少年たち。 この時から少女たちの先の見えない旅は始まった。 前ページ次ページゼロのペルソナ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3493.html
……早いもので、レッドがルイズの使い魔として召喚されてから一週間が経過した。 あの、ギーシュと決闘を交わした日からすると既に二日がたっている。 使い魔としてのレッドの名は、その二日のうちに学院内の貴族、平民の間に瞬く間に広がっていた。 五話 噂を聞いた貴族達の中で、レッドの評価は様々なものだった。 ギーシュを倒した使い魔。平民の癖に強く、不気味な存在と見てまったく近寄らないもの。 彼らが特に不気味と感じたのは、単純に誇張の強まった噂のせいだけではない。 何を話しかけようともまるで反応を示さない人形のような意思表示。はたから見ているだけで、 ルイズとの関係性を主従かと疑いたくなるほど勝手な、レッドの捻くれたように見える人間性が原因だった。 レッドの話のさい、生徒達の間ではよく本の虫こと『雪風』の女の子が比較対照の話題に上がるのだが、 思えばあの子にはキュルケというまんま爆弾のような友人がいることをふと思い出す。 とにかく、今まで不気味というか、比較的浮きまくっていた『雪風』すら可愛く見えてしまうほど、 レッドの存在は浮いていた。 また一方で、【ゼロ】の召喚した彼を相変わらず軽んじる者達もいた。 主に上級生達であり、その中でも特に貴族としての我が強い者達である。 決闘を目の当たりにしている者たちも、所詮アイツが倒したのはドットのギーシュだ。と 廊下を歩くたびに言い放ち、わざわざ大人数でレッドをよく見かけるという場所の近くにきては 本人とすれ違ったときになどにわざとらしく肩をぶつけ、罵倒する。 もちろんレッドは謝った上で相手にもしていないのだが、それを「ビビっている」だとか「怖気づいた」 だとか演技満々で笑い飛ばし、さんざん皮肉をぶちまけながら帰って行く。 悪口のさなかにルイズが出っ張り、ケンカすることもある。 大抵の場合上級生の「この使い魔は躾が~」からルイズが叫び返すことで始まり、 ルイズの負けず嫌い気質をフル活用したわめき合いに続く。 しかし、いくらルイズの負けん気が強かろうが家系が凄かろうが、多勢に無勢で しかも肝心の使い魔はまったくの無関心というどうしようもない現実が叩き付けられ、いつも敗北する。 ちなみに、ルイズはこの後使い魔を部屋に引っ張ってお仕置きしようとするのだが、 毎回の如くレッドの前に不可視の壁が現われて、ムチがはじかれるだけで終わる。 触れるどころか近寄ることも出来ない、コレもポケモンとやらのせいなのだろうと思うと、ただムカついた。 レッドはそのうちその場に座り込み、何食わぬ顔で『図鑑』とよんだ赤い箱をガチャガチャ いじくり始める。 その態度を、ルイズは挑発されていると、ナメられていると受け取って、 無駄だとわかっても必死でムチをふるい続けてやがて疲れ果てるのだった。 その隙をみて、また悠々と外出。行き先はほとんど厨房、もといシエスタ。 息を荒げるルイズのこめかみに反射的に青筋がたつが、「進歩。これは進歩しているのよ」 と自分に言い聞かせ、ルイズは下腹あたりにくっと力を込めて後姿を見送る。 行き先を告げるようになっただけまだマシである。 なにせあの日の夜以前は、何も言うことなく何も答えることなくどこぞなりとふらふら消えていたのだから。 ――――そう、このイラだち、コレは進歩だまだマシだ。 何の進歩か本人をしてよくわかってないが。 加えて、進歩――「変化」――はまだあった。 レッドは朝には必ず部屋にいるようになったし、ルイズに顔を洗わせることと服を着させることもした。 朝食となると食堂に入る前にどこかに消えるのだが、まぁ厨房……シエスタのところに朝食をとりにだろう。 ここは変わらない。 大きく変わったのは、レッドが共に授業を受けはじめた事だった。 隣の椅子に座り、先生の話す内容を眼をぎらつかせて聞き入る。そりゃあもう、怖いくらいに真面目に。 そして、そのときだけやけに素直になる。 黒板に書き込まれる字は読めないと言い、素直にルイズに聞いてくる。小声でしぶしぶ説明してやると 頷くなり小声で「むー」とうなったりする。 わからない問題があると言うと、それこそルイズが授業にならないくらいしつこく聞いてくる。 授業が終わった後も聞いてくる。言葉態度は冷静に、しかしひたすら眼を輝かせて。 隠し切れないほど好奇心の強い性格だ。とルイズは感心した。 幼い子供のように、未知や神秘に頑なに惹かれるのだろう。そしてそのときだけ、 必死で覆い隠している冷静な皮が剥がれ落ちてしまう。 思わず、こっちこそがレッドという少年の、本来の姿ではないかと疑った。 意外とかわいいやつじゃない、と心の中で微笑んだ。 なによりこれはルイズにしかわからない変化だったのだ。ざまぁみなさい、メイドめ。 授業が終わると、レッドはさっさと立ち去った。 それは、今日も同じこと。 レッドは興味を持ち始めていた。他の何でもなく、魔法という神秘に。 自分はトレーナーとして様々な場所を冒険し、修行を積んできた身だ。 途中、正義感から最強とささやかれるマフィアと戦い、ボスを倒し壊滅にまで追いやったこともある。 『伝説』とされる存在と合間見えたし、かつての『最強のポケモン』とも戦い抜いたことだってある。 それでも、三年以上を費やした冒険と修行の中で、これほど特異な現象と出会ったことはなかった。 この世界は「ポケモン」と「魔法」の世界的な価値観が逆になっているだけだと頭の中の冷静な部分 は判断を下すが、そうじゃない。と頭のどこかが否定する。 ギーシュとバトルしたとき、あのワルキューレというものを見て心が躍った。 思えば、トレーナー戦は何時ぶりだったろうか? あれは間違いなくポケモンではなかったが、 体は勝手にデシャヴを起こして腰のボールに手が行った。 『青銅』=『はがねタイプ』という計算が体で無意識になされた。手は自然と四番目を取った。 勝負は一瞬。今までならつまらないとはき捨てる結果は、その過程に意味があった。 ――楽しい、ということを思い出したのだ。 ルイズを【さいみんじゅつ】で眠らせた後。シエスタをさがした。ある頼みごとをするために 朝、仕事終わりに会う約束をしていたのだった。 向かった場所は学院で働く者が寝泊りする宿舎。しかし、中に踏み込んだりはしない。 少々回りくどいが、事前にマルトーのおじさんに話を通して呼び出してもらっていた。 仕事が終わって疲れているだろう彼女に会うのはやや心が痛むが、それはシエスタはいい人だからである。 だが、レッドの心は他者へのいたわりのそれよりも、久しく感じる好奇心の方がはるかに勝っていた。 学院の外で待っていると、シエスタはおずおずと出てきた。給仕服は脱いでいる、当然か。 彼女は顔をうつむかせている、目線を横に流して意図的に眼を合わせないようにしているのは明らかだ。 やはり仕事上がりのやっと訪れた自由な時間に呼び出されて、嫌なのだろう。 謝りを入れて引き返すことも考えた。でもやっぱり、好奇心がその場に体を縛り付けた。 「あの……レッドさん……」 弱弱しくそう切り出したのは、シエスタからだった。 掛けてやる言葉を詮索したが、今にも泣き出しそうな人を前に体が動かなかった。 まったく情けないことだ。と冷静な部分の自分がごちた。 しかし、シエスタの次の言葉は、予想を斜め上に超えていた。 「ごめんなさい!」 それは、一途な想いの篭った、確かな謝りの言葉だった。 「…………へ?」 気が抜けた。憑き物でも落ちたんじゃないかってくらいにずるんと、壮大に。 シエスタはこちらの様子などお構いなしに、再び頭を下げた。 「あの……本当にごめんなさい。私のせいでレッドさんが決闘なんかすることに なっちゃって……その、私は」 「……あー、そうだったな……」 呆け面で頭をかきながら思い出す。ギーシュとバトルする原因の一端は彼女にあったなーと、……完全に忘れていたが。 ――しかし、それだけのことでここまで謝ってくれるとは、シエスタはよほど人がいいのか。 それともこの世界ではそれだけ身分に差があるのか? 「……別にいいさ、勝ったし」 「え、あの……じゃあ、許して……くれるんですか?」 シエスタは恐る恐る聞いた。 「だから、いいって言ってますって」 言葉の後、シエスタは感極まるとでも言える笑顔になり、レッドの片手を包むように握った。 レッドは一瞬びくッと肩を震わせ、ぼうっとした眼でシエスタを見る。 頬をうっすらと赤く染めたその顔は、やわらかい笑みを浮かべていた。 「ありがとうございます………えへ、レッドさんてもっと怖い人かと思ってましたけど、 意外とやさしい人なんですね……」 野に咲く花のような笑顔を言葉と共に送られると、レッドは返す言葉もなくシエスタから乱暴に手を解いた。 それからくるっと背を向けると、たいして乱れてもない帽子を、深くかぶり直した。 ようやく頼みごとをするのは、それからしばらく経ってからのことだった。 それからというもの、マルトーのおじさんをはじめとする厨房の面子。 シエスタをはじめとする召使いの面子にやたらと好意的に接せられるようになった。 出される飯は貴族に出すものと間違えたのと聞いてしまうくらい豪華なものに昇格し、 ふと一人で廊下を通りすがれば、ほうきを持った召使いの子から気軽に話しかけられた。 中でも、シエスタは一段と好意を寄せてくれていた。 それは悪くない……どころか気分がよかった。懐かしい想いに浸っている気がして、心が温かくなる。 隔てのない人たちと接したのも、レッドには久しぶりだった。 そして、レッドが興味を持ち、積極的に授業に参加したのは単に魔法だけではなかった。 むしろレッドにとって魔法よりも興味深かったのは、教室の周りにいる他の使い魔たちのことである。 彼らは皆レッドと同じように召喚されたワケだが、そのことを聞いたレッドは妙に真剣な表情を浮かべた。 彼らはレッド以外動物であり、そのうちのほとんどは、レッドのいた世界にも種類がいた。 初めて授業に参加したレッドは、彼ら全てを見渡そうと目線を配らせた。 だが、コレといって驚くような奴は教室内にはいない。あきらめたように息をつき、 ふと窓の外を見て……驚きに、眼を見開いた。 窓の外に待機していたのは、一匹の竜だった。青白い肌の、かなり大きな竜。 しかも偶然なのか、竜の大きくてくりくりした眼は、レッドの方をじっと見つめている。 「……おい」 「……なによ? おとなしくしてなさい」 「外のあれ……なんだ?」 レッドが小さく指差すと、ルイズは指を追って外を見た。 しばらくして、ふぅ、と疲れたようにため息をつく。 「あれはウインドドラゴンの幼生よ……」 「……! ドラゴン……」 レッドの頭に浮かんだのは、かつての四天王の『将』。 圧倒的な破壊力と耐久力を生まれ持った伝説の生き物、ドラゴンタイプを駆使する おそらくは短い生涯の中で、二番目の強敵。 こっそりと図鑑を開く、その対象をウインドドラゴンとやらに向けるが…… 『ザー……ザザー……ザ、ザー……』 やはり、まともに機能してくれなかった。 そしてこの日、錬金という時間にクラスメイトに冷やかされたルイズがムキになって、 前に出て実験をすると名乗り出た。 途端にクラスメイトの何人かが悲鳴を上げ、何人かはもくもくと机の下なりに隠れる逃げる。 たかが学校の実験で逃げ隠れる意味がわからなかったが、キュルケという女子生徒が呆然と 椅子に座っていたレッドに、隠れた方がいいと教えた。 ワケわからぬまま机の下に伏せた直後、それこそマルマインが【じばく】でも起こしたような爆発が巻き起こり、 教室は本当に【じばく】……それどころか【だいばくはつ】でも起こしたような惨状になった。 「…………ちょっと失敗しちゃったわね」 そして、【じばく】の中心にいたはずのルイズはひんし状態になることもなく、 すすだらけの顔に苦笑いを浮かべて、そう言った。 ああ、意外とあいつのがポケモンっぽいな、とレッドは思った。 同時刻――――…… 太く、また見るからに頑強で巨大な鉄の扉。その扉は中心から二つわけで、一応人が触れれるところに ぶっとい閂がかけてあり、またその閂にも巨大で重そうな錠前がコレでもかと掛けられていた。 念の入れようがありすぎるが、当たり前であった。何せここは宝物庫の扉なのだから。 その前に、一人の女性が立っていた。 すらりとした長身に、出る場所はしっかり出ている体つき。 薄緑のキメのある髪を胸の位置まで伸ばし、知的な眼鏡が似合う大人な女性は 愛しそうにそのぶっとい錠前をなで、眼前に壁として立ち上る扉を見上げていた。 女性の名は『ミス・ロングビル』。 学院の長、オールド・オスマンの秘書を務める優秀なメイジである。 普段からまじめで清楚。そしてオスマンや教師であるコルベールを見惚れさせるような美人 である彼女の眼は、しかし今目の前の『壁』を見上げる眼には、悔しさと憎憎しい感情が混ざり合い、 その表情は心の中で舌打ちをもらすほど苦いものに染まっていた。 「……予想はしていたけど、まぁ、強固な扉だね」 まったく、と息をつき、手に持った杖をポケットにおさめる。 扉を開けるために『アン・ロック』、『錬金』と試してみたものの、まったく効果がなかった。 わかりきっていたことだが、ただでさえクソ分厚いこの鉄の塊にはすさまじい『固定化』が仕掛けられている。 そして、自分にそれを破る技量はない。 どうしようと考える。この扉を開ける方法はないものか、頭を捻る。 誰か強力なメイジを連れてくる……自分以上に強力な『土』のメイジはそうどこにもいない、却下。 自らの技量を上げ、この扉を開ける……短期間でこれ以上のスキルアップは難しすぎる、大体自分は ここにずっと居座るつもりはない、却下。 「お手上げか。はぁ、あたしとしたことが目の前にあるお宝に手が出せないなんてね」 ため息でずれた眼鏡をくいっと持ち上げる。と、そのとき。 「おや、ミス・ロングビル。ここでなにをしているので?」 何の気配も前触れもなく、見知った声が聞こえてきた。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2186.html
前ページ次ページ使い魔定光 私にとって人生最悪の二日間といってもいい、あの流刑体騒ぎから数日が経った。 経っちゃったと言うべきなのかも… あれから新たな流刑体が現れることもなく、比較的平和な日々が続いている。 私は退学にも停学にもならずに、普段どおりの生活に戻った。 角鍔との闘いで壊れた建物の修繕費や、怪我した人の治療費、その他もろもろの莫大な請求が来たことは来たけど、私本人をどうこうするといった事にはならなかった。 ポンコツの話じゃ、ここ数日で1000体もの流刑体がハルケギニアに降ってきたらしい。 1000体よ?1000体!信じられる? 私はとてもじゃないけど信じられない。 そのぐらい平和ってことなのかな。 ボンっと、爆発音が響いたかと思うと、あたり一面煤だらけ。 もはや何度目だろう。眼前には見慣れた光景が広がっている。 魔法失敗だ。 「またですか、ミス・ヴァリエール…」 「…すみません」 「もういいわ、席に戻りなさい。では代わりにやってくださる方?」 さすがにこう何度も失敗すれば、いくら温厚な人物でもうんざりしてしまう。 失敗したルイズの代わりに教師の目に留まった一人が、教壇に向かう。 言われたとおり席に戻るルイズとのすれ違いざまに、にやりと侮蔑のような笑みを浮かべるのが が見える。 まわりからはヒソヒソ声どころか、ごく自然な声で「ゼロのルイズ」等と嘯く声が聞こえてくる。 これもまた、彼女にとって見慣れた光景だった。 彼らは、ルイズが角鍔と闘ったことを知らない。 一部の者以外には、流刑体の存在そのものが伏せられていた。 撃針についてもポンコツについてもルイズが呼び出した使い魔、としか説明していない。 角鍔の一件は、ある生徒が魔法に失敗したために起こった事故だと説明されている。 その偽の情報がルイズの立場を悪くしているとは、説明した教員達も知らないだろう。 ゆっくりと。だが確実に、あの騒ぎの中心にいたのはルイズだという確信が、学院全体に広がっていた。 『見事な爆発だったな、ルイズ』 「…あんたも嫌味言うのね?」 『いや、なにもない空間からあれだけのエネルギーを発生させるのは並大抵のことではない。 あれは水蒸気爆発か?回答の入力を』 「ただ失敗しただけよ。なーにはしゃいでんだか…」 席に戻ったルイズは、彼女のうしろに陣取っているポンコツを見やった。 知識欲旺盛なポンコツは積極的に授業を見学したがり、こうやってほぼ毎時間ルイズについて授業を拝聴している。 もっとも、最初に連れてきたときは、キュルケやタバサに生首を抱えてきたのかとずいぶん驚かれたものだが。 他の使い魔たちに混じって、ちょこんと床に置かれたポンコツはいささか場から浮いていた。 しかし、慣れとは恐ろしいもので、今では床に置かれた頭だけの甲冑も、まるで最初からそこにあった教室のオブジェかというほど馴染んでいる。 「改めて見ると奇妙な光景よね…」 『まったくだ。まるで流刑体の群れにでも囲まれている気分だよ』 「…違うわ。あんたのことよ。首だけの使い魔なんて聞いたことないもの」 『心外だな。…ところでルイズ』 「なによ?」 『なにか悩みがあるんじゃないか?私でよければ相談にのるぞ』 ポンコツから出た意外な言葉に、ルイズは一瞬ドキリとした。 よくもまぁ、気の回る使い魔だ。兜の分際で。 「急になによ?」 『君が最近うなされている様子だったのでね』 「…余計なお世話よ。変な気を回さないで」 『しかし…』 「余計なお世話って言ってるでしょ!」 根掘り葉掘りと尋問のようなポンコツの口調に、ルイズはつい語尾を荒げてしまった。 彼女がなにかを抱えていることはさすがのポンコツでも理解できた。 「ミス・ヴァリエール!授業中に使い魔との私語は禁止です!」 見かねた教師がルイズに大声で注意する。それはそうだ授業中の私語にしては声量が大きすぎる。 結局、その一喝によってポンコツの質問はうやむやになってしまった。 「で、教室に置いてかれちゃったってわけ?」 『ああ。今の私は文字通り、手も足も出ない状態だからね。感謝するよ』 ポンコツはキュルケの豊満なバストに抱えられていた あの後、すっかり機嫌が悪くなったルイズは、授業が終わるとポンコツを放置したまま教室を出て行ってしまった。 今のポンコツには胴体、「ユマノイドデバイス」と呼ばれるものがない。 角鍔にやられ、大きく損傷したそれは、今現在はコルベールの研究室に安置されている。 当のコルベールは、一日眺めているだけでも飽きないと豪語し、他の教員や生徒達から不気味がられているのはまた別の話。 そういうわけで、今や頭だけの状態のポンコツは、自分の意志で動くこともままならなかった。 「まぁ、私もサラマンダーがいなかったら気付かなかったと思うけど」 『あれには私も肝を冷やしたよ』 「危機一髪」 キュルケの右横を歩いていたタバサも口を開いた。 サラマンダーとはキュルケの使い魔なのだが、ポンコツが甚く気に入った様子で これまでは角を何度も甘噛みされる程度だったのが、今回はポンコツの内部が空洞だと知ったサラマンダーが頭を突っ込んだのだ。 精密機械がぎっしり詰まった内部で火炎を吐かれれば、さしものポンコツでもアウトであっただろう。 幸い、直前でキュルケとタバサがそれに気付き、ポンコツは窮地を脱したわけだが。 「でも、自分の使い魔を置いてっちゃうなんてひどいメイジよねぇ」 『いや、それは私にも否がある。私は完全に彼女の信頼を得ていないようだ』 「信頼ねぇ?」 キュルケは何気なくサラマンダーを見やる。 自分はこの使い魔を信頼しきっているだろうか? そしてサラマンダーは私を信頼しているのだろうか? サラマンダーは答えない。 「私は…」 「私はシルフィードを信頼している」 普段から口数が多いとはいえないタバサが進んで会話に参加するとは珍しい。 迷いなく言い切るタバサはいつになく覇気があり、キュルケは少し圧倒された。 「なんか羨ましいわね、そういうの」 『何事もそれ相応の時間と努力が必要、か』 その頃、ルイズは既に自室にいた。 「ルイズ、明日少し付き合ってくれないか」 「逢瀬のお誘いかしら?誘う相手を間違ってるんじゃない?」 「真面目な話なんだ」 「…それとできれば君の使い魔も連れてきたほうがいい」 先ほどあった会話を反芻する。 教室を出てすぐギーシュにつかまり、一方的に要件を告げられたのだ。 その時の彼の表情は、いつになく真剣でなにか思いつめている様でもあった。 あれが学院一の女たらしであるギーシュ本人とは信じられない程だ。 「明日は虚無の曜日よね…」 ただでさえ流刑体やポンコツで頭を悩ましている今、人間関係でゴタゴタするのは勘弁してもらいたい。 しばらく悶々とした時間をすごし、あまり考え込んでも仕方ないと不貞寝を決めこんでベッドに入ろうとしたところで、ポンコツが帰ってきた。 自分がよく知る人物に抱えられて。 「返しにきた」 「え、ええ…ありがとう、タバサ」 「メイジが使い魔を蔑ろにするのはよくない」 「へ!?あ、そうね。ごめんなさい…」 無言の気迫に押されたルイズは素直に謝る。 しかし、相変わらずセリフが原稿用紙一行分をこえない子だ。 ちょこんと胸元に抱えていたポンコツをずいっとルイズにむけて差出すと、タバサはそのまま回れ右で帰っていった。 「なんであんたがタバサといっしょに居るのよ?」 『私がこの星の文字を教えて欲しいと言ったら彼女が時間をとってくれたのだ』 嘘は言っていない。 もっとも、それはあくまでおまけのようなものであり、実際のところは ルイズ自身の事や、最近のルイズの様子について友人代表としてキュルケ、タバサに聞いていたのだ。 素直に言えばルイズが気を悪くするのは明らかである。 そこまで空気の読めないポンコツではなかった。 「ふーん…じゃ私寝るから」 『ああ。おやすみルイズ』 なんとなく納得したような、そうでないような声でルイズは布団へともぐりこみ ポンコツは胴体を失ってからの定位置であるタンスの上に無造作に置かれた。 翌日。 「ねぇ!タバサ聞いてよ!ちょっと!」 慌ただしく自分の部屋に転がり込んでくるキュルケに、タバサは付き合いが長い人間にしか判別できない程度に顔をしかめた。 こういうところがなければ彼女はいい友人なのだが。 「虚無の曜日」 「それがね!さっきルイズとギーシュが二人して出かけていったのよ!おかしいと思わない?あのギーシュがよりによってルイズとよ!?」 タバサの言葉など華麗にスルーし、かなり失礼なことをずけずけと言うキュルケ なんというマシンガントークであろうか。 ちなみにこれは彼女が実際に門を出る二人を見たわけではなく、目撃者からの又聞きである。 目撃者の「でも、そういう雰囲気には見えなかったけどなぁ」という証言が削除されているのがなんとも。 「ポンコツ君はこのことを心配してたのかしらねー」などと言っているキュルケをよそに タバサはその後の展開を予想し、深いため息をつきながら読んでいた本をパタンと閉じた。 「ちょっと、一体どこまで行くわけ?」 噂の二人はラ・ロシェール森にまで来ていた。 ギーシュが女性との逢瀬によく利用している場所だ。 「…ここまで来ればもういいな」 先行していたギーシュがそう呟き、立ち止まる。 いきなり立ち止まるものだから、ルイズは彼の背中に顔をぶつけそうになってしまった。 『君の目的はなんなんだ?』 「目的?そうだね…」 ギーシュのただならぬ様子と、森の冷たい静けさに、身の危険を感じはじめていたルイズの代わりにポンコツが口火を切った。 途端にギーシュは昨日見せた真剣な表情になる。 「ルイズ、そしてルイズの使い魔くん… 君達は例の食堂の騒ぎのときどこにいた? 騒ぎの中心にいたんじゃないかい?」 「そ、それは…」 『それが事実だとしたらどうするつもりだ?』 ポンコツの無機質な眼光がギーシュを射抜くように見つめる。 ギーシュは自分を落ち着かせるように深く空気を吸い込み、ルイズをまっすぐと見る。 「あの騒ぎでモンモランシーが傷を負ったんだ。鋭利な刃物で切られたようでね。 幸い治癒魔法で助かったが、切り口があと少しずれていたら…命を落としていたそうだ」 「!?」 怪我人が出たこと自体は知っていた。だが全員無事だと聞かされていたし なによりモンモランシーの姿もあれから何度か見かけていた。 「僕は許せない!その場に居なかった自分を!そしてそんな騒ぎを起した張本人をね!」 「違う…私は!私はただ!」 『ルイズを責めるのは筋違いだろう』 「っ!! 君じゃないのか―――――!」 「なんでぇ!なんでぇ!おめぇさんはよぅ!?」 「きゅぃぃーい!!」 いきなり森全体に響き渡ったあまりに場違いなそれによって、ギーシュの激昂はかき消されてしまった。 二人、それまでの事を忘れて声がした方を見ると、木々の隙間からそれなりに見慣れた白い肌が 露出していた。 タバサの使い魔、シルフィードのものだ。 「キュルケ!タバサ!あんた達こんなところで――――」 今度はルイズの声を遮るように木々を蹴破り、馬のような生物が飛び出す。 ただ、普通の馬ではないことは明白であった。 「俺っちの走り場を荒らしてんじゃねぇやい!このスカポンタンが!」 「ちょっと!なんなのよこいつは!?タバサ、わかる?!」 「わからない」 かなり緊迫した状態にもかかわらず、キュルケの問いに、いつも通りの抑揚のない声で答えるタバサ。 結局彼女は、キュルケに乗せられ二人のあとをついていったようだ。 二人はルイズ達から少し離れた場所で、ルイズ達の様子を伺っていたのだ。 そこにこのハプニングである 「ぽ、ポンコツ!あれってまさか…!」 『流刑体だ!名は「馬躁(バソウ)」!』 「な、なんだ!何が起こっているんだ!?」 あまりの急展開に状況がまだ飲み込めていないギーシュ。無理もない。これが当然の反応であろう。 だが、すばやく胸元の薔薇に手をやっているあたり、度胸がある。 『ルイズ!私を装着するんだ!』 「…っでも!」 『迷っている暇はない!』 ギーシュの言葉がきいているのか、ルイズはポンコツを被ることに戸惑ってしまった。 その一瞬の迷いが命取りになることを彼女はまだ知らない。 『早く!』 「っ!わかったわよ!」 シルフィードに気をとられていた馬躁がこちらの存在に気付いた。 もはや一刻の猶予もない。 「おめぇさん…随行体かい?」 変身は一瞬だ。ルイズがポンコツを被ると同時にそれは完了していた。 服の下には、全身を守る超軽量の外骨格とも言うべき紺と白のナノスキンが広がっている この感覚はいささか不快であり、おそらくこれからも慣れることはないのであろう。 「う、嘘…」 「……!」 「へ、変身した…?」 すぐ傍でそれを目撃した3人は、文字通り三者三様に驚いていた。 あのタバサでさえも、目を大きく見開き驚きを隠せない様子である。 それもそうだ。自らの身体を一瞬に変化させるなど、先住魔法でもなければ… 次の瞬間にはルイズの身体は宙に舞っていた。 一瞬の迷いが大きな隙を生む。変身完了とほぼ同時にルイズに飛び掛かってきた馬躁の 強烈な後ろ足による打撃が、ポンコツが物理保護を展開する前にルイズの腹部に直撃していたのだ。 壊れた人形のように宙を舞ったルイズは、そのまま自由落下の要領で背中から地面に叩きつけられた。 「随行体とやり合うほど俺っちもバカじゃねえ」 馬躁が、全身を地面にめり込んだまま動かないルイズに向かってはき捨てるように呟く。 「さぁて、もうひとっ走りするか…ん?なんでぇ、小僧」 「お、お前に聞きたいことがある!」 再び走り出そうと、体勢を立て直した馬躁の前にギーシュが立ちふさがる。 馬躁の首筋から、左右一対に一見手綱のように見える触手が生えていた。 馬躁の生まれもって持つ生体武器、振動触腕である。 先端からは鋭い刃が突き出ていた。ギーシュの心に疑念が沸き起こる。 「学院で暴れまわったのは…お前なのか?」 「なにを言ってるんでぇ?おめぇさんはよ。人違いじゃねぇのかい」 話にならないという様子で答え、馬躁は持ち前の脚力でギーシュの頭上を飛び越えようとした。 が、それは叶わない。 「質問に答えるんだ…!」 「おめえさん、俺っちとやろうってのかい?」 馬躁の行く手を阻んだものは、ギーシュの操るゴーレム、ワルキューレだった。 鋼鉄の女神。青銅のギーシュの二つ名にふさわしい。 「ちょっとちょっと!一触即発よ!タバサ!」 「手を出さないほうがいい」 キュルケとタバサは、吹き飛ばされたルイズの近くにかたまり、その様子を見ていた。 その方が安全だと言うタバサの提案である。 ルイズは落下のショックで気を失ってしまったのか、ピクリとも動かないが 一応呼吸はしているようだった。 「でもね…」 「いいから。手を出してはいけない」 有無を言わさぬタバサの物言いに、キュルケは黙って頷く。 こんなに強くものを言う子だったかしら、と少しばかりの疑問を抱いて。 『ルイズ……ルイズ……』 (ポン…コツ…?) 『そうだ私だ』 『私は今、君の脳に残留する極小端末を通じて君と話している』 (あいかわらず意味わかんないわね…) 『簡潔に言えば、君の意識に直接話しかけているということだ』 (私、どうなっちゃってるの…今?) 『馬躁に攻撃を受け失神している状態だ』 (そう……罰が当たったのかな…馬に蹴られてなんとやらってね) 『罰?』 (そうよ…モンモランシーに怪我…ギーシュの…) 『それは君の責任ではない』 (でも、私がもっとうまくやってればあんなことにはならなかったわ、きっと。 それに今だって…ね?わかったでしょ?ポンコツ。私は所詮ゼロの…) 『ゼロのルイズ、か?』 (な、なんであんたがそれを…!) 『すまないとは思ったが、君の友人に君の事を色々と聞いたんだ。 才能ゼロでゼロのルイズか…ひどく言われたものだな』 (事実だしね。私には才能がないのよ。向いてないのね、貴族だからって駄目なものは駄目なんだわ… ねぇ、ポンコツ。他の人じゃだめなの?) 『!』 (私には無理だったのよ、最初から…角鍔のはまぐれだったのよ。 でも、他の人なら、少なくとも私よりは上手くやれると思う…) 『……ルイズ。君はそれでいいのか?』 (え?) 『君は日頃から自分に魔法の才能がないことを嘆いていた。 そしてあの日、使い魔を決める召喚の儀式で君の魔法は初めて成功した』 (……) 『残念ながら呼び出されたのは、君が望む強く美しい使い魔などではなく、随行体の私と、流刑体の撃針だったがね』 『ルイズ。私が君に召喚されたことになにか意味があると思わないか?』 『君は角鍔によって傷付けられている人々のために立ち上がった。そして戦えたじゃないか』 『ルイズ…たしかに君の言う通り「協力者」は他にも居るだろう』 『だがルイズ…君はどうする?』 『「ゼロのルイズ」のままでいいのか?』 「!?」 『ルイズ…回答の入力を!』 「……っ!」 「きゃ!」 「…!」 がばりと勢いよく起き上がったルイズに驚き、傍に居たキュルケは小さく悲鳴を上げた。 彼女の桃色の髪が勢いにつられ、ばっと広がる。 「卑怯よポンコツ!人の痛いところついて!!」 「上等よ…! 1000体だろうが2千万体だろうが!一体残らず回収してやろうじゃない! 誰も私をゼロなんて言えなくなるまで、回収回収回収っ!回収しまくってやるわよ!!」 『ルイズ…』 「来るなら来なさい!流刑体!このルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが相手になるわ!」 『ルイズ…』 「決めた!私今日この日から回収専門のメイジになる!」 『ルイズ!』 「なによ!?」 『ギーシュが馬躁相手に戦っている。が、危険な状態だ』 馬躁の振動触腕の威力はすさまじいらしく、彼のワルキューレは見るも無残な姿を晒していた。 ギーシュは劣勢だ。 ルイズはすぅ、と空気を吸い込む 「馬躁!あんたの相手は私よ!かかってきなさい!しかる後に回収してやるわ!」 『ほどほどにしておいてくれよ…』 馬躁は、派手に啖呵をきったルイズをじろりと見やる。 鼻息は荒く、興奮状態のようだ。 「突撃よ!ポンコツ!」 『了解』 重力制御によってふわりとルイズの身体が浮いたかと思うと、猛スピードで馬躁に突っ込んでいった。 「な、なんなのよ…あれ?」 「完全復活」 問答無用のルイズの勢いにキュルケは呆気にとられながら、馬躁に突っ込んでいく彼女の後姿を見つめた。 同じくルイズの背を見つめるタバサは、長年付き合っている人間にしかわからない程度の笑みを浮かべていた。 「ギーシュ!下がって!」 自分を庇うようにして立つこの少女の背中はなんと頼もしいのだろうか。 絶対に負けない。そんな決意が形となって目に見えるようだ。 ならば迷う必要はない。ギーシュの選択はもとよりそれしかなかった。 「…レディだけに戦わせては男が廃るな。援護する!」 「いやぁ、俺っちは惚れましたぜ姐さん!」 ルイズは既に変身を解き、馬躁の背中にまたがって揺られていた。 「手綱引っ張ったらおとなしくなるとか…最悪なオチよね…」 『そうは言うがな、ルイズ。君が馬躁の弱点を言い当てたときは私も驚いたんだぞ』 ルイズに抱きかかえられているポンコツが声を上げた。 馬躁の持つ強力な振動触腕は、最大の武器であると同時に弱点でもあった。 左右一対に生えるそれを後ろ向きに引っ張れば、馬躁の動きを止めることができるのだ。 まさに乗馬テクニックのそれである。 それなりに乗馬の心得のあるルイズにとっては容易なことであった。 もっとも、それはギーシュの援護もあってのことなのだが。 で、それに加えて厄介な問題がひとつ… 「俺ら一族はこれを最初に引っ張った相手に忠誠を尽くすっていう掟があるんっスよ 俺っちはそんな古臭ぇしきたりがイヤで母星(クニ)を出たんスけど。 ルイズの姐さんみてぇなお人に出会えるとは!やっぱ血には逆らえないもんスねぇ」 この有様である。 すっかり上機嫌な馬躁はどこか憎めない。 悪い奴じゃなさそうだと、結局ルイズは馬躁を回収しなかった。 『しかし、本当に馬躁を回収しなくてよかったのか?』 「人を傷付けたわけじゃないし、今から歩いて帰るのも気が引けるし…いーんじゃないの?」 「ホント、姐さんの優しさは五大陸を駆け抜けるぜぇ!」 『これでいいんだろうか…』 ちなみに馬躁は最初、ルイズを乗せたまま全力疾走しようとしたのだが、ルイズの「首がもげる」との一言で、ごく普通の馬並みのスピードで走っている。 上空を飛ぶシルフィードにはとうてい敵わない程度の速さである。 気付けば空を飛んでいた白い竜はもう見えなくなっていた。 余談だが、馬躁がギーシュを背に乗せるのを異常に拒んだので、彼はタバサ、キュルケと一緒にシルフィードに乗っている。 「そういえば変身するとこ見られちゃったな…」 『隠すこともないだろう。彼らは流刑体の存在も知っているんだ』 「そうそう!細かいことは気にしちゃいけませんぜ!ドーンと構えてもらわなきゃ!」 考えすぎないのもどうかと思うが…とポンコツは思う だが、今回に限ってはこれでいいのかもしれない。 彼女の使い魔として、ある意味初めて一緒に戦った今回だけは。 「ところで姐さん、マホウガクインてな一体どこっスか?」 ルイズ一行が学院に帰れたのはそれから5時間後だったという。 前ページ次ページ使い魔定光
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/9377.html
前ページ次ページルイズと無重力巫女さん ゴンドアはトリステイン王国の領地内にある町でも、特に目立たない中規模な町だ。 最も近いラ・ロシェールからは徒歩で二時間、トリスタニアから行けば馬で行っても一日半近くは掛かる。 比較的平らな土地の上にはトリスタニアの三分の一程度の市街地と国軍の小さな砦があるだけだ。 強いて言えばそこから徒歩二時間もしない場所に『風石』を採掘できる鉱山があり、町に住む男たちの大半はそこで働いている。 若い者も力仕事ができる者は皆鉱山へ行くので、王都や地方都市へ出稼ぎに行く若者は比較的少ないと言っていいだろう。 採掘された『風石』はそのまま輸出されたり、町の加工場で削ってちょっとした民芸品として売られていたりもする。 『風石』は加工しだいによっては神秘的な緑色の光りを放つ事もあり、お土産としての人気はあった。 また知ってのとおり、『風石』は船や一部のマジック・アイテムを動かす素材としても使われているので、町の経済は富んでいると言っていいだろう。 その為『風石』の買い付けに来る商人は後を絶たず、国内外の貴族たちもラ・ロシェールか王都へ行くついでに足を運ぶことも多い。 王都や外国で流行っている類の品物も、港町と王都の間に位置しているおかげでそれなりに流通はしている。 王都トリスタニアと港町ラ・ロシェールの板挟みである事、『風石』の鉱脈に恵まれた事。 この二つがあるおかげで、ゴンドアという町は若者が少ない寂しい町にならずに済んでいるのだ。 だがしかし、その町は未だかつて経験した事のない危機に晒されていた。 疫病が蔓延したワケでもなく、ましてやドラゴンやオーク鬼などといった『生きた災害』と言われる幻獣や亜人達が襲撃したワケでもない。 それは遥か上空、白い雲とどこまでも続く青い空の中に浮かぶ゙白の国゙からやっきてた艦隊。 今や神聖アルビオン共和国からの使いと名乗る暴虐なる軍勢が、この平和な町に攻め込もうとしていたのである。 その日、時間は既に深夜だというのに町は日中以上の喧騒に包まれていた。 普段ならば賭場の店主ですら店じまいして寝ているというのに、街の至る所で大勢の人々が走り回っている。 無論その中にはこの町に住んでいる人間はおらず、奇妙な事に彼らよりも軍人達の方が多かった。 町の砦で働いている地元出身国軍兵士から遠い地方から来た者もいれば、王軍所属の若い貴族達もいる。 彼らは皆必死な表情を浮かべており、肌から滲み出る汗などものともせずに走り回っていた。 事が起こったのはその日の昼過ぎであっただろうか。 町の人々が未明に聞こえてきた大砲の音で何だ何だと目を覚ましてから、数時間がたった頃。 夜明けの砲撃は、きっと親善訪問に来てるアルビオン艦隊への礼砲だろうと朝食をつつきながら話している最中であった。 そのアルビオン艦隊を迎えに行っていたトリステイン艦隊が、急に町の方へ飛んできたのである。 町の者たちは皆驚いてか、食べていた朝食を後に家を飛び出したり窓から身を乗り出すなどして上空を通り過ぎていく艦隊に目をやった。 やがて艦隊は町のはずれにある草原で一旦停止した後に、その内一隻の小型艦が町の上空を飛び続けながら人々に説明をし出した。 曰く、親善訪問の為にやってきたアルビオン艦隊が我々を不意打ちしようとしてきた事。 幸いにも、偶然現地で訓練中であった国軍が新しく配備された対艦砲でもって援護してくれたといゔ幸運゙があった事。 その国軍の訓練を監査中であった王軍が、アルビオンに不可侵条約の意思なしと判断してアルビオンとの戦闘を開始した事。 敵となったアルビオン艦隊は予期せぬ地上からの砲撃により浮き足立っており、戦況は我が方に傾きつつあるという朗報。 そして我が艦隊は態勢を整え直すために暫しここで浮遊しているが、この町にまで戦闘が広がる可能性ば限りなく低い゙という報せ。 拡声用のマジックアイテムで伝えられる事実に、町の人々はどう反応していいのか当初は困惑していた。 無理もないだろう。何せアルビオンとはつい最近に不可侵条約を結んだばかりだと知っていたからだ。 アルビオンから来る商人達も皆「戦争にはならんさ!」と屈託ない笑みを浮かべながら言ってくれたというのに…。 とはいえ、一度始まった戦というものは止めようが無いという事は多くの人が知っていた。 過ぎたことを悔いるよりも、今できる事を思う。それが鉱山での採掘と『風石』の加工で鍛えられた人々の考えであった。 ならば善は急げと言わんばかりに町中の倉庫で眠っている『風石』を掻き集めて、この町へ来るであろう゛客゙を待つ事にした。 街のはずれに停泊する艦隊、そしてその艦を動かす為には大量の『風石』が必要なのである。 当然停泊したトリステイン艦隊を指揮する空海軍の使いがやってきて、『風石』の交渉にやってきた。 そこから先はとんとん拍子に進み、現金払いと小切手の半々で軍が購入した『風石』の輸送で町は朝から忙しくなった。 『風石』を満載した馬車が町の通りを占有し、ついでと言わんばかりにパンや干し肉にチーズといった食料まで売り始める商魂逞しい者までいた。 輸送や交渉の為に町へやってくる水兵や貴族の下士官たちは気前よく金を払い、焼きたてのパンやチーズを買っていった。 そんな風にして平時は静かであるこの町の朝は、トリステイン艦隊という思わぬ客のおかげでお祭り騒ぎとなっていた。 だがしかし、そんな嬉しくも美味しい祭りの気分はラ・ロシェールから撤退してきた国軍と王軍がやってきた事で一変した。 もうすぐ昼に差しかかろうとしている時間帯――――突如として二群の部隊が慌ただしい様子で町へと入ってきたのである。 朝の艦隊に続くようにして入ってきた彼らに町の人々はおろか、町にいた空海軍の者たちまで何だ何だと驚いた。 何せ殆ど無傷の王軍や国軍の兵士たちが、恐怖に染まった顔を冷や汗で濡らしながら町へと入ってきたのだから。 彼らが乗っている馬や幻獣達は何と対峙したのか、今にも町人や水兵たちに襲い掛からんばかりに興奮しきっている。 空海軍の兵士たちはもしやアルビオンに艦隊に押し負けられたのかと訝しんだが、それは違った。 否、正確に言えば半分は正解しており――――もう半分は外れだったのである。 それを彼らに教えてくれたのは、撤退してきた騎馬隊の中に混じっていた王軍のオリヴィエ・ド・ポワチエ大佐であった。 「おい、君!すまぬが、トリステイン艦隊はどこで一時停泊しているか?」 「え…?じ、自分でありますか?」 「当たり前だ、私の目の前でサンドイッチを大事そうに持ったまま呆然としておるのは君だけだぞ」 大軍を率いてきた彼は、町の入口で軽食を摂っていた水兵の一人に声を掛けたのである。 水兵はいきなりやってきて声を掛けてきた王軍の将校に「し、失礼しました!」と急ぎ敬礼すると、何用でありましょうかと聞いた。 ポワチエは当初それを言うのに躊躇したものの、周りにいた将校たちに目配せをしてから水兵にこう伝えた。 「至急艦隊指揮官のラ・ラメー侯爵に伝えてくれ!…アルビオン艦隊は未知の怪物を投入! 国軍と我が王軍は防戦に失敗、ラ・ロシェールとタルブ村の避難民を連れてこの町にまで後退してきたと伝えろ!」 ―――そして時間は今に戻る。 陸上部隊が避難民を連れて町へ来てから今に至るまでも、騒ぎは続いている。 しかしそれはお祭り騒ぎの様な嬉々とした雰囲気は無く、明日にも世界が滅びそうな切羽詰まった緊張感が漂っていた。 この町を抜ければ、後は王都トリスタニアへと直行する一本道。遮る山や森すらも無い整備された街道しかない。 だからこそ、ここで迫りくるアルビオン艦隊と奴らがけしかけたであろう゛怪物゛を食い止めなければならなかった。 「町の人間は残らず鉱山に避難させろ!歩けない者は誰かがおぶってやるんだ!」 「通りという通りにはバリケードを設置するんだ、早くしろ急げ!」 「……って、おいバカ!ゲルマニアがくれた対艦砲は敵艦隊から見えない場所に置けと言っただろうが!?」 「よし、掻き集めた『風石』と黒色火薬はトリステイン艦隊が駐留している場所へ運べ、鉱山の向こう側だ!」 深夜にも関わらず大勢の士官たちが大声で指示を出し、部下たちはそれに従って迅速に動いていた。 ある王軍の貴族下士官は魔法でもって町の通りに木材と石を混ぜた土のバリケードを作り出し、封鎖作業に取り掛かっている。 また別のところでは、これまた王軍に所属する若い貴族士官が民家に残っていた老夫婦を優しく諭しては、避難するように指示していた。 国軍の平民兵士たちも通りに並ぶ建物の中に一旦分解した中型のバリスタを運び入れて、慣れた手つきで組み立てている。 この中型バリスタは数本の矢を一度に発射する事ができるので、これ数台を屋内に設置すればそれだけでも簡単な要塞ができあがる。 町の住人の避難に合わせて、町そのものを一個の防衛施設として改造するのは容易ではない。 更に前進してくるかもしれない敵を迎え撃つために、戦力の何割かを町の入口に配置しているのだ。 元々はラ・ロシェールで足止めしつつ増援を待つという予定であった為に国軍、王軍、そして空海軍共に連れてきた戦力は少ない。 その結果、昼頃から始めて日付を跨いだ今になっても町の要塞化はようやく三部の二が終わったところである。 今敵が進攻してきた場合、この町で防衛線を行うのは極めて難しいという状況に変わりは無かった。 しかし、始祖ブリミルは彼らに祝福をもたらしてくれたのであろうか。 この様な危機的な状況の中、今日の昼過ぎに出動した王都からの増援部隊が遂に到着したのである。 新しい隊長の元に復活したグリフォン隊を含めた魔法衛士隊と、霧が薄まった事で到着の早まった竜騎士隊を含めた第一軍。 接近戦に特化した槍型の杖で武装した騎馬隊と、金で雇った傭兵たちと共に前進する前衛貴族部隊からなる第二軍。 貴族の比率がガリアに次いで多いトリステイン王軍ならではの増援に、町で籠城に備えていた者たちは歓喜の声を上げた。 だが、彼らが何よりも喜んだ原因はその軍勢を率いて出陣してきだ彼女゙がいたからであろう。 百合の国たるトリステイン王国に相応しき人物、先王が残した花も恥じらう麗しき王女。 そして本来ならば、二日後に迫った隣国ゲルマニアの皇帝と結婚する筈であった花嫁。 その゛彼女゛、アンリエッタ王女殿下が自ら部隊を率いてこの町を守りにやってきたのだ。 トリステイン王国を守る軍人ならば、彼女の姿を見て喜ばぬ者が奇異な目で見られる程であった。 ゴンドアからほんの少し離れた場所にある名も無き小高い丘。 そこで王都から出て、この町に集結しようとしている王軍を見つめるアンリエッタの姿があった。 彼女は今、民衆の前で見せるドレス姿ではなく慣れぬ軍服を身にまとい、気高き乙女しか乗せぬと言われるユニコーンに跨っている。 夜風ではためく紫のマントには金糸で縫われたユニコーンと水晶の紋章。それは間違いなく王女である事の証であった。 「殿下、遅れていた後続が順次到着中との事。このままいけば、夜明けの直前に全部隊の合流は無事終わるでしょう」 そんな時、黒毛の馬の乗ったマザリーニ枢機卿が、護衛の騎士達を伴って定期報告の為にやってくる。 人を使えばいいのに、彼直々にやってきたから無下にはできまいとアンリエッタは枢機卿の方へとその顔を向けた。 「…そうですか。到着してきた者たちはどうしていますか?」 軍服を身に付けた今の彼女に相応しいとも言える、何処か物憂げさと緊張感が混ざり合った表情を端正な顔に浮かべている。 まるで充分に悩みぬいた挙句に決めた自分の選択を、後になって本当に良かったのかと悩んでいるかのように。 マザリーニ自身はその表情の原因が何なのか大体わかってはいたが、あえてそれには触れることは避けようと思っていた。 「はっ!到着した部隊は町の中央に着き次第補給部隊から水を貰い、十分な休息をとるようにとの命令を出しております」 「わかりました。…それで、ラ・ロシェールとタルブ村を襲ったといゔ怪物゙の事は何か…」 アンリエッタからの了承とそれに続くようにして、先に展開していた地上勢力を追い出しだ怪物゛の事について聞いてみた。 彼女からの質問に待っていたと言わんばかりに彼はコクリと頷いて、スラスラとセリフを暗記したかのように喋り出す。 「現在は部隊と共に限界まで前線に留まり続けたポワチエ大佐を含む何人かの将校から情報を得ており、 それを元にイメージ図と対策法を考えていますが、何分全く遭遇したことのない未知なる相手との事で…む?」 町の中央で作戦会議の準備をしているであろう将校たちに代わって、申し訳なさそうに説明する枢機卿。 「いえ、無理もないでしょう…。むしろ、避難民をよくここまで連れて来れたと賞賛するべきでしょうね」 そんな彼の言葉を遮るように右手を顔のところまで上げたアンリエッタはそう言うと、また町の方へと視線を戻した。 町から王都へと続く街道には、出発が遅れた後続の部隊が次々と息せき切って入ってくる。 要塞化の作業に勤しんでいた兵士たちはアンリエッタに率いられてきた彼らを見て、口々に「王女殿下万歳!」と叫んでいく。 そんな兵士たちの歓声を聞いていると、マザリーニは自分の目を嬉しそうに細めていく。 本当ならばもしもの事を考えて、アンリエッタだけでもゲルマニアへ送り届けるつもりだったのだ。 ルイズ達がタルブへ向けて出発してから一時間後、タルブを放棄してゴンドアに最終防衛線を張ったという報告が届けられのである。 ラ・ロシェールどころかタルブ村まで破れては、王都までの道を遮るのはそのゴンドアという町一つしかない。 大した防衛設備が無いこの町ではアルビオンを足止めする事は難しいと、宮廷の貴族たちはそう結論づけたのである 勿論国中の国軍に出動命令を出したのは良いものの、全軍が揃うまでには最低でも四日はかかるという始末。 同盟を結ぶであろうゲルマニアも、援軍は一週間待ってほしいという回答を送ってきたのである。 故にアルビオンの魔の手が王都に戦火の嵐を巻き起こす前に、アンリエッタをゲルマニアへ移送しようと考えていたのだ。 だがしかし…彼女はそれを、あともう少しで移送の準備が済もうとしているところで反対した。 ウェールズの形見である『風のルビー』を嵌めた彼女は、自らの勇気を振り絞って叫んだのである。 ―――――私は…やはり私は王都に、いえこの国に残された人々を置いてゲルマニアへは行けませぬ! ―――――せめて我が国を侵略しようとするアルビオン艦隊と、奴らが放っだ怪物゛を駆逐してから皇帝の許へ嫁ぎます! アンリエッタは迫りくる敵に怯えていた宮廷の貴族達に向けて宣言し、自ら軍を率いて前線へ赴く事を決意したのである。 無論宮廷の貴族達は反対したものの、アンリエッタはその意見を自分の怒りの感情で封殺させた。 ――――――私はトリステイン王国の王女!貴方達宮廷貴族にとってお飾りであっても、この国の要たる者! ―――――――もしも私の意思で決めた出陣を食い止めようものならば、それ相応の覚悟はできているでしょうね? いつもの彼女からは考えられない静かに燃える炎の様な言葉に、枢機卿含めその場にいた宮廷貴族たちは何も言えなくなってしまった。 一方で将軍や魔法衛士隊の隊長達は、やる気を見せてくれたアンリエッタに士気を昂ぶらせて付いてきてくれたのである。 そんな彼女の怒りに火をつけたのは、ルイズと共にタルブへと向かったあの紅白の少女の言葉であった。 ―――――ルイズは自分なりに悩んで決めたっていうのに、アンタはただ状況に流されてるだけじゃないの。 悪いのは自分だって思い込んでるだけで、他の事は全部他人任せにしてジーッとしてただけじゃない。 ウェールズの事が悲しいんなら、ちょっとはレコンなんちゃらとかいう連中に怒りの鉄槌でも鉄拳でもぶつけてみなさい ―――最後はアンタの好きに決めなさい 今思い出せば随分腹の立つ言葉を好き放題に言って、会議室から立ち去って行ったあの少女に惹かれたワケではない。 ウェールズ皇子を殺し、あまつさえ今度はラ・ロシェールとタルブ村にも牙を向けたアルビオンと彼女の言葉を思い出して、アンリエッタは遂に゙キレ゙たのである。 アルビオンにここまで攻め込まれる口実を作ったのは自分であり、そしてそれを止める義務を持っているのも自分なのだ。 この国を旅立つ前に自分が種を蒔き、それから芽吹いた肉食植物を絶対に根絶やしにしなければならない。 トリステイン王国という大事な百合畑を命に代えてでも守り、侵略者の打倒をこの国で行う最後の罪滅ぼしとする為に。 そして今。前線にいる者たちの喜び振りを見れば、彼女の選択は正しかったのだとマザリーニはそう思えて仕方が無かった。 「殿下。貴女がこうして出陣したおかげでほら、兵士たちは皆戦意を取り戻しております」 「上手いお世辞を申しますね?私がいなくともあれ程の大増援を見れば、誰だって喜ぶものですよ」 つい本心から出てしまったマザリーニの言葉を無意識に世辞と受け取ってしまったのか、アンリエッタはその口を滑らせてしまう。 言い終えた直後で、ハッと気まずい表情を浮かべたものの一方のマザリーニはただただ苦笑いしているだけであった。 「……すいません、つい」 「なに、この老骨の身には慣れた事です。ただ、そう御自身の事を貶すのは良くありませぬぞ」 将兵達が見ておりますゆえ。最後にそう付け加えて、彼は後ろで控えている騎士達を横目で一瞥してみせる。 彼らは王女殿下と枢機卿のやりとりをじっと見つめながらも、不届き者が現れぬよう周囲にも気を配っていた。 勤勉かつ忠実な彼らの姿を同じく見つめながら、ふとアンリエッタはその口を開く。 「それにしても、人はほんの一押しの怒りだけでここまで来れるものなのですね…。 アルビオン王家の仇であるアルビオン共和国からの刺客を討ち果たすためとはいえ、私がこれ程の軍勢を率いたなんて…」 彼女は眼下に街道を行進していく将兵たちの列を見ながら、不安な雰囲気を見せる言葉を漏らす。 出陣する直前の苛烈さは大分大人しくなっており、いつもの優しいアンリエッタに戻りつつあった。 「お言葉ですが殿下、ここにいる将校たちは皆殿下同様アルビオンを討つが為に集結した勇敢な者達ばかりです。 例え殿下の命令で傷つき斃れたとしても…、彼らは貴女と共に戦えたことを誇りに思いながら死んでいくのだと思います」 そんな彼女を勇気づけるかのようにマザリーニが言うと、彼の後ろにいる二人の護衛がウンウンと頷いた。 枢機卿の慰めるかのような言葉にアンリエッタは口をつぐんでしまうと何かを言いたそうなもどかしい表情を浮かべている。 彼女の顔を見て何か自分にだけ言いたい事があると察したのであろうマザリーニは、自分の馬を彼女の傍へと近づけさせた。 幻獣の中でも一際目立つユニコーンと、一目で上等だと分かる黒毛の軍馬が横一列に並ぶ光景というものは中々珍しいモノだ。 そう思っていそうな護衛たちの視線を背後から感じつつも、隣へ来てくれたマザリーニの近くで彼女はポツリポツリと喋り出す。 「確かに私はウェールズ様を…アルビオン王家を滅ぼしたクロムウェル一派に報復したいという気持ちはあります。 けれども…やはり私の一時の恋から生まれたと言える争いに、大勢の人々がこれから死ぬと思うとどうも不安になってしまうのです…」 今の自分の複雑な心境を、隣にいる自分にだけ聞こえるように告白し終えた彼女をマザリーニは真剣な眼差しで見つめている。 王女の言葉にマザリーニは少し困った様な表情を浮かべながらも、ふと少しだけ考えてみた。 確かに彼女のいう事にも一理あるであろう。 レコン・キスタがウェールズとアンリエッタの関係を知っていたからこそ、あのタイミングで彼らは王政府打倒を掲げたのかもしれない。 アンリエッタの嫁入りを条件に、軍事同盟を結ぼうとしたゲルマニアの皇帝を激怒させる恋文を手に入れる為に…。 貴族派の自分たちにとって目の上のタンコブと化した王政府を倒せるうえに、小国のトリステインを孤立化させれるという一石二鳥の計画。 結果的には奴らの作戦はミス・ヴァリエールとその使い魔である少女の活躍によって、見事に頓挫する事となった。 それでも彼女は思っているのだろう。王族である自分が最初から叶わぬ恋を抱かなければ、この様な一連の事件は起きなかったのではと。 成程、確かに一理はあるだろう。 …あるのだろうが、やはりこの人はまだまだお若いからこそ、そういう風に考えてしまうのかもしれない。 「ふむ、成程。つまりは、自分が過去に抱いた恋心が全ての原因と…そう思っていらっしゃるのですな?」 「えぇ、私が実らぬ恋人に手紙など認めなければ、今頃アルビオン王家の方々も死なずに済んだのではと、そう思ってしまって…」 三十年近くも政治にその体と時間を費やしてきた彼の目には、今の自分がどう映っているのだろうか? 不思議とそんな事が気になってしまったアンリエッタに向けて、語りかける様にしてマザリーニが喋り出した。 「殿下…―――――殿下は、今日の天気がこれからどういう風になるか知っておりますか?」 「――――――…はぁ?」 彼が呟いた直後、その言葉に反応するのにほんの二秒程度の時間が必要であった。 全く脈絡も無く、急に明日の天気が気になった彼にアンリエッタは目を丸くして首も傾げてしまう。 後ろにいる騎士達も姫が首を傾げた事に気が付いたのか、何だ何だと言いたげに互いの目を見合っている。 「天気…ですか?」 「えぇ、そうです。日を跨いでしまいましたし、明日はちゃんと朝日が出るのかどうか気になってしまいましてな」 本気で天気の事を気にしているかのようなマザリーニに、アンリエッタはどう答えていいのか分からなかった。 何せこの様な事態を生んだのが自分なのではないかと話している最中に、狂ったのかと思えてしまう程別の話題を持ち出してきたのだ。 ここはふざけないで下さい!と怒るべきなのか、それとも困惑しつつも適当に明日の天気を言えばいいのだろうか? 目を丸くし、困惑を隠しきれぬ表情でアンリエッタが悩んでいる最中に、それはやってきた。 「―――…殿下!アンリエッタ王女殿下はこちらにおりまするか!!」 突如彼女たちの背後からそんな事を叫びつつ、グリフォンに跨った魔法衛士グリフォン隊の隊員が来たのは。 その叫び声に思わず考え込んでいたアンリエッタが後ろを振り返ると、グリフォン隊の者はすぐ近くにまで来ていた。 鷲の頭と翼に前足、獅子の体と後ろ脚という厳つい幻獣が足音を立ててこちらへ走ってくる姿は、中々怖ろしいモノである。 「そこのグリフォン隊の者、殿下に対し何用か?」 一体何事かと背後の護衛達が乗っている馬で道を塞ぐと、若い隊員とグリフォンの前に立ちふさがった。 自分よりもわずかに体格が大きい立派な軍馬二頭を前にして、乗り手と同じく青さが残るグリフォンは思わずその足を止めてしまう。 騎士たちと比べればまだまだ子供であるグリフォン隊の隊員は、突然止まった相棒からずり落ちそうになるのを何とか堪えていた。 「いかに伝える事があるとはいえ、幻獣に跨ったまま突っ込んでいれば大惨事になっていたぞ!」 「…、ッ申し訳ない。実は至急殿下に伝えたい事があるのだが…よろしいか!」 入隊して間もないであろう彼は護衛の騎士からの注意に対し素直に謝ると、次いで早口に捲し立てる。 隊員の要求に二人の騎士はコクリと頷いて、前方を塞いでいた自分の馬を後ろへと下がらせた。 素直に道を開けてくれた事にホッとしつつも、ずり落ちるようにして相棒のグリフォンから降りた隊員は早足でアンリエッタの傍へと向かう。 彼の焦った表情からは、何となくではあるが良い報せではないという気がしてならなかった。 「一体どうしたのですか?そんなに慌てて…」 「は、はい…!実は先ほど、タルブ村の方からやってきたという少女一名と数名の将兵が…救援を求めて…」 「…!詳しく話して貰えますか?」 ゙タルブ村゙―――。その単語を聞いて眉が無意識に動いたアンリエッタは、隊員に話を続けるよう要求する。 彼が言うには、今から十五分ほど前に撤退して無防備状態であるタルブ村の方角から数名の男女がやってきたのだという。 タルブ村の者は少女一人だけで、後は国軍の女兵士一名と同じく国軍の平民下士官二名、そして王軍の貴族下士官一名の計五名。 当初は敵の間諜かと疑っていたが、直後にタルブ村で防衛線を張っていた兵士と貴族士官たちの証言で彼らが本物だと判明した。 村人である少女が言うには件の『怪物』を避ける為に遠回りになる山道を通るために、案内役として兵士たちを先導したのだという。 余談ではあるが…少女の名はシエスタと言い、これは先に避難させられていた両親が彼女と再会した時に判明した。 そして彼女についてきた兵士たちの証言によると、タルブ村領主の屋敷の地下には未だ多くの人が取り残されているのだという。 隣町まで歩けない女子供に領主であるアストン伯を含めた年寄りが、当時見張りとして残っていた国軍、王軍の混成部隊と共に籠城している。 食料や水はあるものの何時『怪物』たちに気付かれるともしれぬ為に、すぐにでも救助部隊の編成をして欲しいと乞うているとのこと。 そこまで報告した後、若い隊員は一呼吸を置いて最後に報告すべき事を口に出した。 「そして…現在彼らと共にあのヴァリエール家の次女、カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌ様もいるとの事! 偶然にもタルブ村へ旅行で訪れている最中に、不幸にも今回の戦闘に巻き込まれてしまったようです! 幼少から続く持病のせいで容態は悪く、彼女の健康も考慮して一刻も速い救助部隊の編成と派遣を願う!との事です!」 ようやく報告を終えた隊員が顔を上げると同時に、アンリエッタはふとタルブ村の方角へと顔を向ける。 その顔にはアルビオンに対する敵意をより一層滲ませると同時に、方角の先にいるであろう幼馴染の事を思い出していた。 「ルイズ…もう少しだけ待っていて頂戴!」 誰にも聞こえない程度の声量で一人呟くと枢機卿の方へと顔を向け、すぐに命令を下した。 「マザリーニ枢機卿、すぐに救助部隊の編成を!」 ――――――気のせいだろうか、頭が痛い。 突如乱入してきた謎の女に対する自分の叫びから始まった戦いの最中、霊夢はそんな事を考えていた。 銀色の軽快な体で槍を振り回してくるリザードマンモドキのキメラを相手するのに集中しながらも、頭の中で疼くような痛みに悩まされている。 しかし戦いに支障がある程と言われればそうでもなく、かといって無視しながら戦えると言われればそれは嘘になってしまう。 後頭部の内側、自分の心臓と同じく弱点である頭から伝わってくる痛みは、彼女の神経を静かに逆撫でていく。 (別段痛くも無く、けれど無視するにはどうにも鬱陶しい…。ホント、イヤになるわね…) 心の中で呟きながらも前方のキメラを片付けようとしたとき、ふと頭上から漂ってくる殺気に思わずその場から後ろへと下がった。 瞬間、体内の『風石』で浮遊していた別の一匹が投げつけてきた槍が、先ほどまで霊夢の立っていた場所へと突き刺さる。 コイツらをけしかけたシェフィールドという女が言うように、兵器として造られているおかげで随分小賢しい連携をしてくる。 軽く舌打ちしながらも、右手に握ったお札を一枚上空へ投げつけるが、それはあっさりとかわされてしまう。 まるで釣り糸で引っ張られるかのように後ろへと下がったキメラの動きは、さながら操り人形の様な不気味さを醸し出している。 「テキトーに造られた化け物のクセに、ちょこまかと動くんじゃないわ…よッ!」 語尾を荒げつつも、間髪入れずに取り出した数枚のお札を一気に投げつけ、今度こそは上空のキメラに命中する。 防御力が低そうな白銀の鎧に貼り付いたお札が一瞬の間を置いて、キメラごと巻き込む程の凶悪な霊力を放出した。 哀れ上空のキメラは断末魔を上げる間もなく体の三分の二を失い、細かい肉片となって地面へと落ちていく。 「これで六匹目――――んでアンタで、七匹目ッ!!」 仲間の肉片で視界を遮られたキメラが足を止めた所を狙って、すかさずお札を取り出して投げつける。 先ほど投げたのと違い、霊夢の手から離れたソレは紙の媒体からお札の形をした青い霊力の固まりへと変異する。 そしてキメラの肉片を避けるようにして緩やかなカーブを描き、青いお札――ホーミングアミュレットがキメラの横っ腹を貫いた。 やられたキメラは咄嗟に金切り声を上げたものの、自分が攻撃を受けたという認識をした直後に体の内側から青い光が迸る。 体内に入り込んだアミュレットが霊夢の意思に従って暴走し、キメラの肉体は破片一つ残らず青い霊力に飲み込まれていった。 話の通じぬ妖怪や人外には一切容赦せず、通じても容赦する気のない霊夢らしい攻撃である。 七匹目まで始末し終えた彼女は一息ついてから再び身構えると、背中に担いだデルフが急に口笛を吹いた。 『ヒュゥー!やるねぇ、伊達にガンダールヴとして召喚されてないだけの事はあるよ!』 「そりゃ…どうも、うれしくて溜め息が出ちゃいそうだわ」 半ば無理矢理に使い魔となった身としてはあまり嬉しくない褒められ方ではあったが、とりあえず返事だけはしておくことにした。 先ほど数えたとおり今ので七匹始末したものの、残念な事に倒した直後から同じような奴が何処からともなくやってくるのだ。 それを証明するかのように、霊夢が倒したばかりの二匹の穴を埋めるようにして上空から新しい二匹が着地してきている。 彼女を含めて、今この場で戦っている四人のトータルを合わせれば最初のを含めて十五匹倒してはいるが、一向に減る気配はない。 今回の元凶であろうシェフィールドの言っていた事が正しければ、そう遠くない何処かに奴らの補充分の源が何処かにある筈なのだ。 本当ならコイツらを相手にするよりも先にそちらを潰す方がいいのだが、残念な事に今の霊夢にはそれが難しかった。 その理由らしいモノを上げれば、四つほどあると言えばある。 一つ目は、今彼女たちと戦っているキメラ―――ラピッドが思いの外手強いという事であろうか。 霊夢の経験から言えば、単体では大したことは無いものの数が揃えば脅威となる部類の相手であった。 体を覆っている鎧は薄く、デルフ曰く『体内の『風石』で飛ぶために鎧も体も軽くしてやがる』との事らしいがそれは間違ってないと思う。 現に今に至るまでの霊夢は何回かコイツラを蹴飛ばしてはいるが、体が紙細工なのかと思ったくらいに吹っ飛んだのである。 最もそれで与えられるダメージなど殆ど無傷に等しいものであり、時には体の中の『風石』を使ってそのまま飛び上がる奴もいた。 また『風石』で浮遊しているおかげか、浮いている間の直角的で非生物じみた動きに彼女は不気味さを覚えていた。 少なくと彼女がこれまで戦って相手や、この世界で戦ったキメラ達も含めてこの様な奇怪な動きをする相手はいなかった。 手に持っている槍もどこで槍術を学んできたのか、少なくとも無視できない程度のレベルだった。 振り回したり突いてきたりするのはもちろんの事、時にはジャベリンとして思いっきり投げてくる事さえあるのだ。 しかも宙に浮いている奴もここぞばかりに投げてくるということもあって、頭上と地上で二匹のラピッドを相手にせざるを得なかった。 背中にある羽根状の薄い六枚羽根みたいなモノは武器なのかどうなのか、それは未だに分からない。 デルフが言うにはあれも『風石』で浮かんでおり、本体に埋め込まれているモノと連動しているのだという。 だからアレも武器の一つだと霊夢は思ってはいた。少なくともコイツらを彩る飾りとしてはあまりにも無骨である。 更に言えば、知性の無さそうな怪物のクセにやたらとチームワークが良い。 最初、霊夢はこいつらの囲いから出ようとしたものの上空で待機しているのと地上のヤツらが、一斉に襲い掛かってきたのだ。 結果的に奴らの包囲からは逃れられなかったうえ、一度に四体ものラピッドを相手をする羽目になってしまった。 その後次々と来る敵の増援に痺れを切らした彼女は、瞬間移動で包囲から出ようと考えたがすぐにそれはダメだと悟った。 学院での戦いで使った瞬間移動は範囲が狭いうえに連発もできないので、逆に窮地に陥る可能性が高かったのである。 幸い、動きが気持ち悪い事と無尽蔵に飛んでくる事以外を除けば博麗の巫女である霊夢の敵ではなかった。 ――――――彼女の体調が万全であったのであらば。 「……ウ、クッ!」 一息ついてまた戦いを再開しようとしたとき、頭の中で疼いている痛みが彼女の痛覚を刺激する。 まるで俺を忘れるなと囁いているかのように、先程から彼女を悩ます軽い頭痛が一瞬だけ鋭利な刃物の様に痛みを増す。 その痛みのせいで体の力がフワリと抜け落ち、不甲斐ないと思いつつもその場で片膝をついてしまう。 『おいおい大丈夫か?さっきオレっちに訴えてきた頭痛はまだ痛むのかよ?』 「――――…ッあぁもう、さっきから何なのよこの頭痛は…?」 心配してくれるデルフの言葉に、霊夢は痛む頭を手で押さえながらもそれを紛らわすかのように呻く。 二つ目にこの頭痛であった。戦いに集中できないレベルでも無視するにしても少し難しい中途半端な頭の痛み。 まるで頭の中に文鎮でも仕込まれたかのようにズーンと頭が少しだけ重たく感じられてしまい、そのせいで霊夢自身上手く戦えないでいるのだ。 急に現れたこの痛みに最初は顔を顰めつつも無視していたのだが、時折今みたいにその痛みが激しい自己主張をしてくるのである。 そのせいで命に関わるような事にはまだあっていないものの、本調子で戦えない事自体が彼女にとって大きなストレスとなっていた。 本当ならどこか一息つける場所で休みたいのではあるが、生憎そんな暇すら許されないという状況である。 「…こんな奴ら。私の頭痛でもなけりゃ、一掃してやれるっていうのに…」 「そんな事を言える余裕があるんなら、まだまだ大丈夫だと私は思うぜ?」 悔しそうに呟いた霊夢の背後から、茶化すようにして魔理沙が言葉を返してきた。 ある意味ルイズ達と比べてこの場を走り回っているであろう彼女は右手にミニ八卦炉を持ち、左手には箒を握っている。 魔理沙が長年連れているであろう無機質な相棒たちは、複数のラピッドを相手に彼女を大立ち回りの舞台で踊らせていた。 ミニ八卦炉から発射されるレーザーが相手の体を鎧ごと貫き、見た目以上に硬くて痛い箒は体の軽い奴らを吹き飛ばしていく。 そして彼女が服の至る所に隠しているであろゔ瓶に詰めた魔法゙という三つの武器で、既に三匹のキメラ達を葬っている。 霊夢が倒した数の約半分にしか達していないものの、彼女やルイズと比べて激しく動き回っているのにも関わらずその顔には快活な笑みが浮かんでいた。 まるでアスリートが自分の好きなスポーツに打ち込んだ後の様な笑顔に、霊夢は思わず顔を顰めてしまう。 「アンタ…人が頭痛で苦しんでいるっていうのに、随分と楽しそうじゃないのさ?」 「そりゃまぁ、萃香が起こした異変の時みたいに地上で暴れまわるのは久しぶりだしな!」 楽しさ二倍ってヤツだよ!最後にそう付け加えながら、上空から突撃してきた一体のラピッドに向けてミニ八卦炉を向けた。 既に黒い八角形の炉の中でチャージされていた彼女の魔力が、直線形の太いレーザーとして勢いよく発射される。 ご丁寧に真っ直ぐ突っ込んできた相手は霊夢のお札と比べてあまりにも速い攻撃に対処しきれず、そのまま上半身をレーザ―で消し飛ばされてしまう。 残った下半身は突撃時の勢いを残したまま地面に激突し、血をまき散らしながらあらぬ方向へ激しくバウンドしていった。 「良し!これで五体目…っていうか、コイツらどんだけ用意されてるんだよ」 ひとまず目の前の危機を追い払ったところで顔の汗を拭いながら、背後の霊夢に向けて言う。 どうやら自分と同じく、どこからともなく湧いてくるキメラ達にキリが無いと判断したのだろうか。 そう思った霊夢はしかし、「そんなの知るワケないでしょ?」とぷっきらぼうに返しながらようやっとその腰を上げた。 「ただ、あのシェフィールドっていう奴の言った事が正しかったら、どこかにコイツらを送り出してる所か何かがあるはずよ」 「…?確か、゙鳥かご゛だっけか、そんな名前だったような…。けれど、それをどうやって探す気なんだって話だ」 『少なくとも、コイツらの包囲を脱しなきゃならんが、生憎それは無理そうだねえ』 霊夢の言葉に魔理沙が頭上キメラ達にレーザーで牽制しつつそう返し、ついでデルフも呟いてくる。 黒白と一本の言葉に霊夢は苛立ちを覚えつつも、左手に持つ御幣へと自らの霊力を注いでいく。 「そんなに無理無理言うんなら…ちょっとは手を動かせ…てのッ!!」 そして上空から投げつけてきたラピッドの槍に向けて、霊夢は勢いよく御幣の先端を突き出した。 彼女の霊力を注がれた御幣の先についた紙垂代わりの薄い銀板が、シャララと音を立てながら青白く発光していく。 直後。その銀板を中心に小さな結界が展開し、迫ってきた槍を投げ返すようにして弾き飛ばしたのである。 刺されば確実に致命傷となっていたであろう槍は大きく回転しながら、暗い森の中へとその姿を消した。 「お見事!本調子が出ないとか何だ言って、本当は手でも抜いてるんじゃないのか?」 真後ろで嬉しそうに叫んだ魔理沙の黄色い声が痛む頭の中で響き渡り、霊夢の顔をますます険しくさせる。 思わず魔理沙の形をした悪魔たちが、自分の頭の中で暴れまわってるのを想像してしまい、ついつい彼女自身も声を張り上げてしまう。 「えぇいもう…、一々真後ろで叫ばないでよ!こっちはたたでさえ頭が痛いんだから!」 そんな事を言いながら、ほんの一瞬だけ背後の魔法使いを睨んでやろうと振り返ろうとしたとき…デルフが怒鳴り声を上げた。 『おい、気をつけろッ!!゙羽根゙を飛ばしてきやがったぞ!』 よそ見しようとした自分への注意とも取れるその怒鳴りに、思わず視線を戻した彼女は思わず面喰ってしまった。 背中と背中を向け合っていた魔理沙もそちらへと視線を移し、同時に絶句する.。 その゙羽根゙を飛ばしてきたのは、先ほど霊夢に槍を弾かれた上空のラピッドであった。 唯一の武器だったであろう槍を失い、少しだけなら大丈夫だろうと霊夢が視線を外した隙にソレを飛ばしてきたのである。 いつの間にか地上に降り立ち、背中に内蔵された大きな『風石』と連動して自分の背後で浮遊する、六枚の羽根状の゙武器゙。 『風石』の力で緑色に輝く羽根の形をしたソレが風を切りながら回転し、目を見張って驚く霊夢と魔理沙に迫りつつあった。 「げッ、マジかよ!」 「クッ!」 凶悪な緑の光を放ちながら迫りくる刃に、思わずたじろいぐ二人の姿は珍しい光景であろう。 避ける暇が無いと判断したのか、魔理沙より先にその凶器の直撃を喰らうであろう霊夢が咄嗟の即席結界を張る。 録に霊力など込めておらず、完全に防ぎきるとは思えない御粗末な代物ではあったが、それなりに効果はあったようだ。 次々と飛んでくるブーメランは結界に当たるとその軌道を変えて、二人と一本の周りを音を立てて通り過ぎていく。 しかし丁度五本目を防ぎきった所で粉々に砕け散り、不幸にも最後の六本目が彼女と魔理沙へその牙を剥いた。 「うぁッ…!」 「れ…痛ッ!?」 『風石』の持つ力で回転する刃は結界を張っていた霊夢の左肩を勢いよく掠り、彼女の血をまき散らしながら回転を続けていく。 直撃とはいかないものの傷口から伝わる激しそのい痛みに慣れていないせいか、その口から呻き声を漏らしてしまう。 そんな霊夢に思わず声を掛けようとした魔理沙も、彼女の血を飛ばしながら回転凶器に右手の甲を思いっきり切り裂かれた。 「イテテ、ってうわ…、マジかこれ?スゲー痛いうえに見た目もエグイな…」 持っていたミニ八卦炉を思わず落としてしまうが、それにも構わず一瞬で血まみれの切創が出来た右手に彼女はその顔を真っ青にする。 それでもまだまだ余裕は捨てきれないのか、青い顔に苦笑いを浮かべつつも出血する傷口を見ながら呟いた。 「コイツぅ…よくもやってくれるじゃないの?」 『全く、手ひどくやってくれたもんだぜ!』 一方の霊夢は運よく掠り傷ですんだのではあるが、先ほどの頭痛と重なってしまいまたもや片膝をついてしまっている。 心なしか呼吸も荒くなっており、素人目に見ても限界が近くなっている事が察せられる程疲弊していた。 唯一無傷であったデルフはそんな二人を心配しつつも、相手のまさかな攻撃方法にある種の感心を感じていた。 一方で見事攻撃に成功したラピッドはというと、その背中に収まっている『風石』を力強く発光させている。 次は何をしてくるのか…?左肩の傷口を押さえつつ様子を見守っていると、ふとその背後からさっき聞いたばかりの音が聞こえてきた。 鋭い刃物を勢いよく振った時に聞こえてくるあの独特の風を切り裂く音、おもわず霊夢が後ろを振り返つた時―――魔理沙が叫び声を上げる。 「わっ、畜生!また戻ってきやがったぞ!?」 黒白の言うとおり、背後を振り返った霊夢の目にはあの六枚の羽根がUターンして戻って来るのが見えた。 今や凶悪に見える緑色の光を纏って、再び彼女たちを切り裂かんと悪魔の刃が迫ろうとしている。 「人が怪我してるってのに…!ちょっとは休ませろよな!?」 魔理沙が話の通じぬキメラ相手にそんな無茶ことを言いながらも、切創の付いた右手で地面のミニ八卦炉を拾おうとする。 対する霊夢も、今度は撃ち落としてやらんと左肩の傷を今は無視して懐からお札を取り出そうとした。 そしてラピッドのブーメランも、今度こそ二人の息の根を止めてみせると言わんばかりにその回転を強めて近づいてくる。 本物の殺し合いに慣れぬ幻想郷の少女二人と、人を殺すためだけに造られた怪物の飛び道具六枚。 決して相容れぬであろう対決、その雌雄は決したのは―――――― 「『ファイアー・ボール』ッ!」 ――――突如双方の間に割り込むかのように入ってきたルイズの魔法であった。 凄まじい閃光が二人と六本の間で走り、直後にそれが強力な爆風と黒煙と貸して霊夢達ごと周囲を包み込む。 本来なら゙火゙系統の攻撃魔法なのであるが、ルイズが唱えてしまえば広範囲かつ中々凶悪な爆発魔法へと変わってしまうのである。 「!?、ちょ、うわっ…ぷ!」 「る、ルイズおま…うわッ!ゲホッ!!」 激しい爆音を耳にしながら黒煙に包まれた二人は悲鳴を上げる間もなく煙に包まれ、咄嗟に目を瞑りつつも激しく咳き込んでしまう。 彼女たちを切り裂こうとしたラピッドのブーメランは爆風の煽りで槍と同様、六本それぞれがあらぬ方向へと飛んで消え去っていく。 最後の攻撃手段を吹き飛ばされたキメラは驚いたと言いたげに身を怯ませた直後、再びルイズが呪文を詠唱した。 「『エア・ハンマー』!」 勢いよく叫んだ彼女は右手握った杖を怯んだキメラの方へと振り下ろした瞬間、ソイツの足元が大きな音と共に爆ぜる。 ゛風゛系統の呪文であり、本当ならば魔法で固めた空気を不可視の槌として使う呪文だ。 しかし、それもルイズが唱えてしまえば槌にしてしまう空気ごと吹き飛ばしかねない爆発魔法となるのだ。 哀れルイズの爆発を足元で喰らったキメラは、口から黒煙を吐きだしながら力なくその場で倒れ伏してしまう。 背中で光っていた『風石』は完全に砕け散っており、武器も無い今の状態では起き上がっても脅威にはならないだろう。 最も、それは全身煤だらけでボロボロとなったソイツにまだ立ち上がって戦える気力があるかどうかの話だが。 「うわぁ~…霊夢も霊夢だが、ルイズもルイズで色々と酷いなぁ?」 魔理沙は自分と霊夢に不意打ちを喰わせてきたキメラが、ルイズの魔法であっという間にボロ雑巾と化した事に同情心すら抱きかけてしまう。 「それ、数分程前のアンタに掛けてやりたい言葉だよ」 『まぁアレだな?ここは三人とも色々アレって事で済ませとこうぜ?』 「アンタ達!何こんな状況で暢気なやり取りできるのよ!?」 そんな彼女に霊夢とデルフがささやかな突っ込みを入れていると、自分たちを援護してくれたルイズが傍へと駆け寄ってきた。 ルイズもまた他の二人と同じく無傷というワケでもなく、魔法学院の制服やマントには幾つもの切れ込みが入ってボロボロになっている。 その切れ込みから覗く肌にも赤い筋が残っており、場所によっては少しだけ出血が続いているような箇所すら見受けられた。 しかしそんな彼女の顔は緊張した表情を浮かべてはいたが、決して自分たちを囲うキメラに恐怖しているというワケではなかった。 近づいてきた彼女は魔理沙の右手にできた切創を見て、その目を見開いた。 「ちょっとマリサ!その右手の傷って大丈夫なの…!?」 「よぉルイズ。大丈夫だぜ、問題ない!―――――…って言いたいところなんだが、生憎物凄く痛いぜ…」 本当ならここで格好よく大丈夫とか言いたかったものの、体は痛みに対しては正直過ぎた。 右手の切創は最初見た時と比べより出血の量が増えており、ポタリポタリと指と指の合間や先っぽから血が遠慮なく垂れ落ちていく。 痛みも切られたばかりの時と比べジンジンと頭の奥にまで響くほど激しくなっており、心なしか魔理沙自身の顔色も若干悪くなっている。 ルイズはそんな魔法使いの右手の状態を見て一瞬顔を真っ青にしてしまうが、気を取り直すように首を横に振ると右手の杖を腰に差し、 空いたその手で王宮を出る際に持ってきていた肩掛け鞄を開き、その中身を必死に漁り始めた。 「もう!秘薬はそんなに持ってきてないんだから、気をつけなさいよね?」 そんな事をぶつくさ言いながら持ってきていた水の秘薬と包帯を取り出した彼女は、素早く魔理沙の応急処置を始めていく。 「そりゃまぁ、避けれるなら避けてたが…。ていうかコレくらい、包帯巻いてくれるだけで大丈夫だと思うんだが」 『当たり前だろ。娘っ子の秘薬が無けりゃあ、今頃出血多量で一大事だったぜ?』 一方の魔理沙はこういう生傷には慣れていないのか、止血しておけば大丈夫とでも言いたげな言葉に流石のデルフも呆れている。 幻想郷の弾幕ごっこでは体が傷つく事はあっても、今の様に大きくて後々命に係わるような傷ができるという事はそうそう無い。 言葉が通じぬ妖怪を退治する事もある霊夢はまだしも、基本戦いは弾幕ごっこである魔理沙にとって命のやり取りというものは少しだけ漠然とした存在であった。 だからこそ真剣な表情でキメラと戦っていた他の二人と違って、彼女だけは快活な笑みを浮かべていたのである。 暢気な黒白の態度にため息をつきたくなりつつも、ルイズはタオルを使って傷口周りの血を拭いていく。 その間にも霊夢は近づいて来ようとしているキメラ達に、お札と針を交互に使って牽制したり撃ち落としたりしていた。 針で目を潰し、その隙に投げたお札で一匹始末して更に近づいてくる別の個体には最初からお札の集中攻撃で距離を取らせる。 本来ならばこういう時を狙って一斉攻撃してきそうなもりであるが、生憎キメラ達はもゔ一人゙いる相手にも攻撃しなくてはならない。 その為霊夢が相手するのは二、三匹程度であり、その程度ならば魔理沙の応急処置が済むまで守る事など朝飯前であった。 (確かアイツは素手だったけど…大丈夫かしらね?) 接触してきたシェフィールドと自分たちの間に割って入ってきたあの巫女モドキは、今は自分たちの見えない場所で戦っていた。 ここからではあまり見えない森の中から、キメラ達が持っている槍で風を切る音と霊力で青く光る彼女の拳の光が見えている。 補充されて来るキメラ達の何匹かが彼女のいるであろう場所へ飛んで行っているので、まだ生きているのだろう。 「ちょっと、ちゃっちゃと済ませないよ。ソイツの応急処置に時間なんて掛からないでしょうに」 「分かってるって!…ホラ歯ァ食いしばりなさいよ?染みるから」 そんな事を思いつつ、魔理沙の手の甲に付いた血の汚れを拭っているルイズに声を掛けつつ、上空から降りてくるキメラ一体に牽制の針を投げつけた。 一方のルイズも荒い言葉で返しつつ、患者の手に付いた血を粗方噴き終えたところでようやく水の秘薬を塗れるようになった。 手のひらサイズの壺に入った軟膏にも見えるソレを一掬いすると、痛々しい傷口へと遠慮なく塗り始めた。 「おぉ頼む…ぜッ!?うわっ、ちょ…ヒャア!?痛いイタイ痛いッて!」 わざわざ薬まで塗ってくれるルイズに感謝の意を込めた言葉を言いきろうとしたところで、彼女は悲鳴を上げる。 右手の甲にできた一直線上の傷口を包み隠すように塗られた秘薬は、魔理沙自身が想定していた以上に染みる代物であった。 塗られた直後はヒンヤリとした冷気を感じ、それが一瞬で頭の奥に響くほどの熱いとも例えられる痛みに変わったのである。 水の秘薬は軟膏の中に入っている『水精霊の涙』と呼ばれる貴重なマジックアイテムが、塗られた個所の傷口を僅かな時間で直していく。 それ故に傷口に染みた際の痛みも半端なく、それを予想できなかった魔理沙は情けない悲鳴を上げてしまったのだ。 「我慢しなさいって!最初は痛いけどすぐに傷口が塞がって痛みも消えるから」 「イヤイヤイヤ…ッ!これはちょっと…何かに傷口を深く焼かれてるような…イデデデッ!」 秘薬を塗り終え、傷が開かないよう包帯を巻き始めたルイズの叱咤に、魔理沙は目の端に涙を浮かべながら呻いている。 滅多に見れないであろうその霧雨魔理沙の珍しい顔を見た霊夢、こんな状況なのにも関わらずニヤリとしてしまう。 「ほ~、ほ~…。いつもは粋がってる魔理沙さんも、中々可愛い表情を見せてくれるじゃないの」 明らかな嫌味とも取れる霊夢の言葉に、恨めしそうな顔をした魔理沙が「そ、そりゃどうも…!」と咄嗟に返事をする。 そんな二人のやり取りを目にして呆れつつも、黒白の右手に包帯を巻き終えたルイズは今まで援護してくれた霊夢に「終わったわよ!」と告げた。 自分の右手に包帯が巻かれた事の安堵感と、傷口が軟膏で痛むという二つの思いを感じつつも魔理沙はルイズに礼を述べた。 「おぉイテェ~…!応急処置ありがとなルイズ、でも今度からはもうちょっと優し目で頼むぜ」 「そんな事言える余裕があるんなら、軽く避けて反撃するくらいの事はしてほしいものね」 「まぁまぁそう言うなよ。それに、お前さんの爆発魔法の威力の程も見れたし、私として怪我の功名ってヤツだよ」 右手を摩りながら立ち上がった魔理沙が口にした゛爆発魔法゛という言葉に、ルイズがキッと目を鋭くする。 正直言って、この様な状況下においてルイズの『失敗魔法』は本人の予想以上にその効力を発揮していた。 彼女自身は掛けに近い感覚でキメラに杖をふるい呪文を唱えるものの、それ等は威力に差があるものの全て爆発する魔法に変わってしまう。 しかしその爆発はこれまでの失敗魔法同様何もない空間が突然爆ぜるのでキメラ達も急には動けず、犠牲になっている。 ルイズとしては、この二人に守られてばかりではなくこうして共に戦えるという事に不満は無かった。しかし… 「爆発魔法…ね、確かにそりゃアンタの言うとおりだし…ぶっちゃけ今は役に立ってくれてるけど…けれど」 「けれど?」 「やっぱりどんなスペル唱えても爆発しちゃうより、普通の魔法を使ってみたいのよねぇ…」 ルイズの悲痛な言葉を魔理沙はいまいち理解してないのか「まぁまぁ、そう卑屈になるなって…」とやる気のないフォローをしている。 そんな二人のやりとりを見て何をやっているのかと溜め息をつきそうになった霊夢であったが、敵はそれすら許してはくれなかった。 『三人とも、敵は待ってちゃくれないぜ!――――…今度は上から一体、あのブーメランを出してくるぞ!』 デルフの叫びに霊夢達が頭上を仰ぐと、彼の言うとおり上にいるラピッドが背中の『風石』を強く輝かせて背中の羽根を飛ばそうとしていた。 「…舐められたモンね。まさか私相手にさっきの攻撃がまた通じるとでも思ってるワケ?」 一度目ならまだしも、二度目の攻撃を喰らってやる程お人好しではない霊夢は、左手の御幣をキメラへと向けて霊力を溜め始める。 今度は相手の攻撃を防ぐ結界ではなく、その攻撃ごと相手を葬る為の霊力を放とうとした、その直前であった。 「そ…りゃあッ!」 どこからか聞こえてきた威勢の良い女の掛け声と共に、闇夜でよく見えぬ木立の中から物凄い勢いで一体のラピッドが吹っ飛んできた。 その影は霊夢達の頭上で攻撃を行おうとしたキメラを丁度良く巻き込み、軽い金属同士が勢いを付けてぶつかりあった時の様な甲高く激しい音が周囲に響き渡る。 あと少しで羽を飛ばせたラピッドはぶつかってきた仲間のせいで大きくバランスを崩し、同時に発射した六枚の凶器はあらぬ方向へ飛んでいく。 周囲の木々や同じラピッドたちにその羽根が次々と刺さっていくが、幸いにも丁度真下にいたルイズたちはその無差別攻撃からは免れていた。 「わ…っ!?」 秘薬と包帯を手早く鞄にしまい込んだルイズはキメラ同士が頭上で激しくぶつかり合う音と、すぐ近くの地面に刺さった羽根に身を竦ませる。 何時やられてもおかしくなかった応急処置が終わって安堵した瞬間の出来事であったが故に、ついつい気が抜けてしまっていたのだろう。 彼女に右手の怪我を処置してもらった魔理沙も目を見開いて驚きつつ、「おぉ…!?激しいぜ!」と苦笑いを見せている。 一方の霊夢は二匹仲良く揉みくちゃになりながら、木立の中へ消えていくキメラ達を一瞥してから、キッとある場所を睨み付ける。 それは吹っ飛ばされたキメラがいたであろう場所。あのキメラを威勢よく投げ飛ばしたであろう声の主がいる木立の中を。 「全く、どこの誰かは知らないけれど…援護する気があるなら、もっとマシな方法を選びなさいよ?」 下手すればルイズの努力が水の泡と化していたであろう事を考えながら、霊夢はその木立の方へと話しかける。 彼女の言葉にようやくミニ八卦炉を拾えた魔理沙と、右手に杖を握り直したルイズもそちらの方へと視線を向けた。 周囲に浮かぶキメラ達に警戒しつつもすぐ近くの木立を三人が見つめていると、キメラを投げ飛ばしたであろゔ彼女゛の声が聞こえてきた。 「…そりゃ悪かったわね?何せ、急に向かってきたもんだから投げるしかなかったのよ…!」 そう言って三人の前に現れたのは、突然ルイズ達とシェフィールドの前に現れた謎の巫女モドキ―――ハクレイであった。 長い黒髪と紅い巫女装束、そして霊夢のソレと酷似している服と別離した白い袖という衣出立ちは、確かにそう言われてもおかしくない。 そんな彼女は今、先ほどまでいたであろう木立から抜け出すようにして三人の前に走ってくると、そこでバッと身を翻した。 「たくっ…!コイツら以外としつこいわねぇ!」 そう呟きながら三人に背中を見せたハクレイは、次に彼女たちを庇うような形で拳を構えて見せた。 左手を前に突き出し、右手は腰に触れるか触れないかの位置で止めて先ほどまで自分がいた場所を警戒している。 一体何事かとルイズ達が思った直後、その彼女を追いかける様にして二体のラピッド達が飛びかかってきた。 四人に突き刺すようにして槍を向けてくる相手に対し、ルイズたちが行動を起こす前に先に構えていたハクレイが動く。 「せいッ、…ハァッ!」 腰の横で止めていた右手の拳に霊力を溜めると、彼女を槍で突こうとしたラピッドの胴へと勢いよく右アッパーを叩き込んだのだ。 丁度相手の頭上から攻撃しようとしたソイツはものの見事に彼女の青い拳を喰らい、その体がイヤな音を立てて鎧ごとへの字に曲がっていく。 見事なアッパーカットを喰らったキメラはその口から黒色の血反吐をぶちまけると、そのままぐったりとして動かなくなる。 攻撃を当てたハクレイはそのまま左足で地面を蹴ると、右の拳で貫いたキメラごとジャンプして一気に二匹目のラピッドへと近づいた。 一方の二匹目は、やられた仲間を持ったままこちらへ飛んでくる相手を両断しようとしているのか、両手に持った槍を思いっきり振り上げようとする。 だがそれを読んでいたのか、ハクレイはキメラを持ち上げている右手を少し引いて、一気にそれを前へと突き出す。 すると胴に刺さっていた彼女の右手がスッポリと抜けて、突き上げられたラピッドの体は勢いを付けて槍を振り上げた仲間と激突したのである。 折角攻撃をしようとした所でやられた仲間と衝突したキメラは大きくバランスを崩し、槍を振り上げたままその場で固まってしまう。 その隙を狙って作り上げたハクレイは左手に霊力を注ぎ、青色に光るする左の拳でもって二匹目の頬を殴りつけた。 頭部を覆う鎧が大きく凹み、その内側にある顔の骨が折れていく不吉で乾いた音が、彼女の耳に入ってくる。 それを気にすることなく左手に更なる力を込めていき、そして一気に殴りぬけた! 「吹ッ飛べ!!」 そんな叫びと共に左フックで殴り飛ばされたキメラは先にやられた仲間と共に、錐揉みしながら木立の方へと飛んでいく。 皮肉にも先程自分たちが出てきた所へと戻っていくとは、彼らの少ない理性では到底考えられなかった事であろう。 仲間がやられた事で補充として前へ出ようとしたもう一匹を弾き飛ばしながら、二匹のキメラは仲良く闇の中へと消えていった。 無事に二匹、余計に一匹殴り飛ばしたハクレイは地面に着地するとふぅと一息ついて右の袖で顔の汗を拭った。 魔理沙はそれを見ておぉ…っ!と声を上げたが、霊夢だけは彼女の手を包む霊力を見て顔を顰めている。 あの荒く、まるで鋸のような相手の体をズタズタに切り裂くかのような霊力で包まれた拳の一撃は、さぞや痛いであろう。 (あんなので殴られるくらいなら、本物の鋸で切られた方が…いや、どっちもどっちか。…でも、あの攻撃の仕方) そんな事を考えつつも、彼女はあの巫女もどきの攻撃にどこか見覚えがあった事を思い出す。 忘れもしない丁度二週間前近くの事。アンリエッタの結婚式だからと言って、ルイズが服を買ってくれたあの日。 ガンダールヴのルーンに導かれるようにして出会った。自分と瓜二つの恰好をした少女との戦い…。 そしてあの姿、紅い巫女装束に黒髪。―――――霊夢は二度も見ていたのだ、同じ姿をした女性を。 ガンダールヴのルーンに導かれるようにしてレストランを出る直前に、そして自分の偽物と相打った直後の夢の中で―――― 「………ッ」 チクリ、と後頭部の内側から微かな痛みを感じてしまう。 どうしてか知らないが、この女がやってきて一緒に戦い始めてから頭痛が起き始めた様な気がする。 気のせいと言われればそうなのかも知れないが、直前まで何とも無かった事を考えればそれはあり得ない様な気がした。 少なくとも今自分の体を襲う頭痛の原因に、後ろにいる巫女モドキの存在が関与しているのかもれしない。 そんな不確かな事を思いつつも、自分の気持ちなど微塵も知らない彼女に対して霊夢は身勝手な不満を抱いていた。 「全く、アンタは本当に何なのよ?」 「―――…?」 顔を顰めた霊夢の呟きが聞こえたのか、顔を拭っていたハクレイはキョトンとした表情を彼女の方へと向けた。 彼女がここを離れられない三つ目の理由、それは謎の巫女もどきことハクレイの存在である。 自分とよく似た巫女装束の姿をした彼女の存在が引っ掛って、仕方がないのである。 ド派手な登場でシェフィールドを逃がしてしまって霊夢に怒鳴られた後、彼女も流されるようにして三人と戦うことになった。 最初は突如現れた彼女に対してルイズが何者かと聞いてみたのが、あっさりと自分の素性を話してくれた。 曰く、自分は記憶喪失で何処で生まれたのかも分からず、名前すら知らないという事。 そしてこの村から少し離れた川でボーっとしているところを、カトレアと名乗る女性と出会い、色々あって彼女に保護してもらった事。 今は目の前の屋敷の地下で、村の人たちと一緒に避難している彼女を助ける為に外で戦っているという事を、ハクレイは手短に話してくれた。 それを聞いたルイズは、ここへ来る動機となった女性の名前を耳にしてキメラに魔法を放つのを忘れて彼女の掴みかかった。 「カトレア…?それじゃあやっぱり、ちぃ姉さまはあそこにいるのね!?」 「うわっ…ちょ!ま、まぁそうだけど…ちょっと危ない、危ない!」 戦いの最中にも関わらず詰め寄ってきたルイズに慌てつつも、ハクレイは話を続けていった。 隠れている最中に容態が悪化したカトレアの薬を取りに行く際に、屋敷から出て助けを呼びに行く者たちと一緒に地下を出た事。 彼らを見送った後、薬を手にしたところまでは良かったが屋敷内部にいたキメラ達に見つかって止むを得ず戦う羽目になったのだという。 その時はすぐに蹴散らしたが、待っていましたと言わんばかりに他の連中もやってきて戻ろうにも戻れなくなってしまい、 同行してくれていたカトレア御付の貴族たちに薬を渡して、彼女自身が囮役として屋敷の外に出てキメラ達と戦いつつも逃げていたらしい。 数時間掛けて奴らを撒いたのは良かったが屋敷周辺には奴らがいて戻れず、仕方なく隠れていたという。 それから今に至るまでハクレイは彼女自身の戦い方もあって三人とは距離をとっていたものの、キメラを相手に共闘する事となった。 ルイズ達は近づいてくる敵を魔法やお札といった飛び道具で撃ち落とし、ハクレイが少し離れた場所で拳を振るう。 そんな風に戦って約十五分、二十体近くを倒してはいるが未だに終わりは見えてこないという状況であった。 「それにしても、殴れど蹴れども幾らでも湧いてくるわねコイツラは…」 「やっぱりあのシェフィールドっていう女を黙らせるか、何処かでコイツラを保管してる場所か何かを潰さなきゃダメみたいね」 「アイツラの動きからしてそう遠くはないだろうけど、離れたら離れたであの屋敷に手を出すだろうし…」 息を整えつつも三人の傍へと寄ってきたハクレイと霊夢が、周囲にいる敵を睨みつつも何とか打開策を見つけようとしている。 自分たちの周りを囲うキメラ共は最初こそ無秩序に突撃して来たものの、倒した数が増えるごとに一体ごとの動きが慎重になっている。 恐らくは何処か自あの分たちの見えない所から、あのシェフィールドが操っているのかもしれないが断定することはできない。 「全く、今回の化け物といいあの女といい…良く分からない連中と戦ってばかりな気がするわね」 「それには概ね同意しますけど。個人的に一番得体が知れないのはアンタだと断言しておくわ」 ハクレイの愚痴に対し霊夢が言葉を返しながらも懐から新しいお札を取り出し、いつでも戦えるようにと態勢を整える。 霊夢としてはその見た目からして怪しいとは思っていたものの、ひとまずは信じられる味方として共に戦っているという状況だった。 一方のハクレイは霊夢の姿を見ても特に何も感じてはいないようだが、少なくとも無関心というワケではないらしい。 自分たちを囲っているキメラ達を睨みつつも、時折彼女の強い視線がチラチラと横目で見ている程度ではあったが。 とにもかくにも、今この状況を打開しない以上詳しいことは聞けないと理解しているからこそ、二人は肩を並べて戦っているのである。 そんな二人のやり取りを耳にしていたルイズは、身長と胸囲に差があり過ぎるもののどこか霊夢と似通っていると思った。 服装にも微妙な違いがあるものの、霊夢の来ている巫女装束と意匠が似ていて…言ってはなんだが、まるでそう―――゙親子゙の様な…。 「…って私、何を考えてるのよこんな時に」 「ん、どうしたルイズ?頭に毛虫でも乗っかったのか?」 首を横に振って頭の中の思考を払おうとした所で、それに気づいた魔理沙が声を掛けてくる。 包帯を巻いた右手は少し痛々しいものの秘薬が効いているのか、苦も無く動かしている所を見れば痛みが治まったのであろう。 自分が持ってきた道具が無駄じゃなかったことを確信しつつも、ルイズは彼女の言葉に「何でもないわよ」と言ってから耳打ちで言葉を続ける。 「ただちょっと…あの女の人の姿が、ちょっとだけアイツに似てるって思っただけよ」 「あぁ~、確かにそうだな。まぁ巫女さんの姿だから似ててもしょうがないと思うぜ、そこは」 自分の疑問に対して、やや適当な感じで魔理沙がそう答えた事にルイズは「そこが疑問なのよ!」とやや怒りつつ喋り続ける。 「そのアンタんとこの巫女装束を着た彼女が、ハルケギニアにいるって事事態おかしいと思わないの?」 「え?…あ、確かにそうか!ここって私とアイツにとっちゃあ異世界だもんな、バリバリ西洋の」 一瞬だけ怪訝になりつつ、すぐに明るい表情になった魔理沙の言葉に霊夢も「あっ」と言葉が出て思い出す。 確かにルイズ魔理沙の言うとおりだ。ここはハルケギニア、東洋の文化など全く見えてこない西洋感溢れる異世界。 本来なら目の前の巫女モドキが来ているような和風の巫女装束など、お目に掛かる事など無い筈なのである。 それを今更ながら理解した霊夢と魔理沙の二人は、場違いな服を着たハクレイの方を見遣る。 一方のハクレイもルイズの言葉を聞いて「そうなの?」と自分の事にも関わらず、首を軽く傾げながら言う。 周囲を囲うキメラにも警戒しなければいけないため彼女の顔は見れないが、その口調からは本当に不思議がっているのが分かった。 「え?…ま、まぁそうだけど…ていうか、アンタ自身の事なのにそのアンタが不思議そうに聞いてどうするのよ?」 「さっきも言ったけど私は何も覚えてないから、こんな姿をしてる理由も思い出せないのよ」 あぁそうか、さっきそんな事言ってたわね。戦いながら聞いていた彼女のいきさつを思い出して、ルイズ達は納得する。 けれどもそれはそれで謎がさらに深まってしまい、彼女自身の存在がより不鮮明になってしまう事となった。 しかし、だからといって今共に戦っている彼女に杖を向けるという事にはならない。 ひとまずはそう納得したルイズは杖を握る右手に更に力を込めて言った。 「だけど、今はそんな事を知る前にちぃ姉様やタルブ村の人たちがいる屋敷を守らないと…それが先決よ!」 「だな。確かに怪しいっちゃ怪しいが、だからといって敵を増やしても良いことは何もないぜ」 ルイズの言葉に魔理沙も同意し、霊夢も「そりゃそうね」と呟きながら御幣を遠くから睨むキメラ達の方へと向ける。 そして黒白に怪しいと言われたハクレイも、その三人と背中を合わすようにして静かに拳を構えて見せる。 遠くから様子を見守っていたラピッド達も再び動き出そうとしているのか、彼女たちの周りにいる数体が姿勢を低くしている。 恐らくあの姿勢から飛び上がるつもりだろうか?軽い想像を頭の中でしつつも霊夢は突き出した御幣に霊力を注ごうとした―――その時だった。 「………ん?――――何だ、急に肌寒くなってきたような…」 彼女の後ろでミニ八卦炉を構えていた魔理沙が、唐突にそんな言葉を口から出してきたのは。 突然何を言い出すのか?そう言いたかったルイズもまた、彼女と同様にブラウス越しの肌が冷たい空気に触れるのを感じた。 二人の言葉にハクレイも周囲の空気が冷たくなり始めたのに気づき、もしやキメラ達の仕業かと辺りを見回してみる。 だが不思議な事にキメラ達もその動きを止めており、姿勢を低くしていた奴らも腰を上げてキョロキョロと頭を動かしていた。 「アイツらも止まってる?ってことは、あのシェフィールドっていうヤツが何かを仕掛けたってワケじゃあなさそうだけど…ねぇれ…あれ?」 彼女に続いてキメラの異常に気が付いたルイズがそう言いながら霊夢にも話を振ろうとした時に、ようやく気が付く。 自分たちと同じく空気の異変に気付いたであろう彼女は、それまでキメラを睨んでいた目を頭上の空へと向けている事に。 一体どうしたのかとルイズが訝しんでいる一方で、霊夢は周囲に漂い始めたこの冷気に覚えがあった事を思い出していた。 かつて地上より遠く離れた雲の中、まるで御伽噺に出てくるような空に浮かぶ巨大大陸で体験した様々な出来事。 まだ幻想郷から紫が迎えに来る前に、帰る手がかりがないかとあのアンリエッタが持ってきた幻想郷録起を頼りに訪れた『白の国』 途中入った森の中の村に泊まり、色々あって行先が同じだったルイズと合流し裏口から入ったニューカッスル城。 アルビオン王党派最後の砦の中で、彼女は感じていたのである、肌を容赦なく刺してくるかのような冷気を。 そして知っていた。ルイズの護衛として同行し、まんまと王党派の中に紛れ込むことのできたあの男が放つ、この冷気の゙正体゙を。 (この冷気は間違いない、この空気が漂いだしてすぐに…あの後…ッ!) 目を見開き、あの時の出来事が脳裏を駆け巡っていく中で霊夢は思い出す。あの男の一言を。 ―――――何、君には永遠の眠りをあげようと思ってね そんな気取った言葉を放つ男には撃てそうにもない苛烈な雷撃に、間違いなく自分は追いつめられていたのだ。 自身の゛遍在゙を用いて一度は襲い掛かってきた、『閃光』の二つ名を持つ男に。 『…………ッ!!?クソ、やべェ!お前ら、その場に伏せろ!!』 そこまで思い出したところで、目を見開いた霊夢が他の三人へと顔を向けようとした直後。 不思議とそれまで黙り込んでいたデルフが、まるで堰を切ったかのような怒声で叫んだのである。 今まで黙っていたかと思えば急に怒鳴ったインテリジェンスソードにルイズ達三人が目を丸くした直後、霊夢が動いた。 突然叫んだデルフの言葉を一瞬理解できず驚いていたルイズの体を、腰に抱きつくような感じで地面に押し倒したのである。 「え、わ…っちょ!何すんのよイキナリ!?」 「えぇ…?おいおいお前ら、急に盛るのはナシ…ィグエェッ!!」 突然の霊夢の行動にルイズは赤面しながらも怒り、魔理沙はそれを茶化そうとしたものの上手くいかなかった。 ちょうど彼女の傍にいたハクレイに、後ろから勢いよく袖首を引っ張られて地面に倒されたからである。 ハクレイもハクレイで最初こそ唐突に叫んだ剣に驚いたものの、自分と似た姿をした少女の行動に何かイヤなモノを感じたのだ。 だからこそそれに倣うような形で近くにいた黒白の少女を地面を伏せさせたものの、少々強引過ぎたと伏せさせた後で思った。 しかし、結果的にデルフの叫びと二人の巫女がとった行動はこの場に居た四人を救う結果となる。 ルイズと魔理沙が無理やり地面に伏せさせられた直後、周囲に漂っていた冷気が更にその冷たさを増した。――――瞬間! 先ほどまで霊夢が凝視していた上空から眩い閃光と共に、空気が弾け飛ぶ激しい音と共に無数の雷撃が周囲に炸裂したのである。 「!?キャア…!」 霊夢に押し倒されて赤面していた顔を一変、真っ青にさせたルイズが悲鳴を上げる。 一方でその彼女を押し倒した霊夢は霊力を溜めていた御幣を頭上に掲げると、その先端部から再び結界を展開させた。 今度は即席ではなく、あらかじめ攻撃用に練っていた霊力であった為に守りは強固であり、こちらへと落ちてくる雷撃を弾いていく。 結界に弾かれる度に上空からの雷は激しい閃光と音と共に別方向に飛んでいき、その先にあった一本の木に命中する。 弾かれた雷撃が直撃した木は、轟音と共にあっさりと折れ曲がるとそのまま勢いよく燃え始めた。 アストン伯の屋敷にも雷が直撃し、まだ割れていない窓ガラスが割れて甲高い音と共に屋敷の外へ飛んでいく。 しっかりと整備された屋敷の芝生や周囲に散乱していたキメラの破片や放棄されたトリステイン軍の装備品も上空からの閃光で吹き飛ばされていく。 その中にはここへ来た時にルイズたちが見つけた王軍騎士達のマントもあり、それらは全て激しい雷撃で呆気なく消し炭と化していった。 そして当然、彼女たちを数の力で包囲していたキメラ達にも雷撃は容赦しなかった。 上空から走ってくる閃光は容赦なく奴らの体を鎧ごと貫き、目にもとまらぬ速さで黒焦げになったトカゲの丸焼きへと変えていく。 体をほぼ金属で覆っている事もあり、どんなに動き回っても時間稼ぎにすらならない。 中には無謀にも『風石』の力で飛び上がろうとした奴もいたが、所詮は無駄なあがきであった。 結果。自分たちの頭上で激しい音と共に閃光が奔った直後、トカゲの丸焦げ焼きが落ちてきた事に魔理沙は素っ頓狂な声を上げた。 「うぉわっ!…な、何だぜコレ!?一体全体、何が起こってるんだぜ…!?」 動揺のせいか変な語尾がついた彼女の言葉に答える者は誰もおらず、四人中三人は顔を地面へ向けている。 ただ一人、結界を張っている霊夢だけは霊力を結界へ補充しつつも、その目で闇夜の空を睨み付けていた。 『『ライトニング・クラウド』…!こいつはおでれーたぜ…まさかこのご時世に、ここまで使いこなせるヤツがいたとはな!』 デルフの言葉に、この雷撃が魔法だと察していたルイズはハッとした表情を浮かべた。 ライトニング・クラウド――――人口の雲を造り出し、それに冷気を流し込む事で強力な雷撃を発生させる魔法。 強力な魔法が多い゛風゛系統の中でも特に殺傷能力に秀で、詠唱者に要求される技術も高い上級スペル。 それをここまで凶悪で無差別な殺戮を行える程の魔法に変えられるメイジは、ルイズの中では少なくとも二人だけ知っていた。 一人目は我がヴァリエール家の母親。泣く子も黙るどころか踵を返して逃げ始める゙烈風゙の二つ名を持つ武人。 そして二人目はそのヴァリエール家と領地が近く付き合いもあり、かつては自分の婿と呼ばれ、裏切り者となった男――――ー そこまで思い出した時、それまで周囲を攻撃し続けていた雷撃がピタリと止んだのである。 最後の一撃がついでと言わんばかりに一匹だけ残っていたキメラを黒焦げにした後、その空から何も降ってこなくなった。 まるで最初から雷撃など無かったと言わんばかりの様に静まり返った空と、それとは反対に惨憺たる傷跡をつけられた大地。 ルイズ達四人以外を除き、周囲にいたラピッド達は文字通り全ての個体が黒く焦がされ、沈黙させられている。 治まったか…?誰ともなくそう思った時、雷撃が牙を剥かなかった木立の中から、あのシェフィールドが怒鳴り声を上げた。 『私゙たぢを裏切るつもりかい!?―――――ワルド子爵…ッ!』 恐らく安全圏から今までの戦いを眺めていたであろう彼女の言葉は、怒り一色に染まっている。 「ワルド子爵ですって…!?」 彼女が口にした聞き覚えのある名前に、ルイズが目を丸くして立ち上がってしまう。 同じく地面に伏せていた霊夢が貼っていた結界の外へと上半身が出てしまった直後、今度は彼女の周囲を風が包み込んだのである。 ウェーブの掛かったピンクブロンドが揺れ、ボロボロになったマントが風でバタバタと音を立てた時、彼女を見上げていた霊夢は気づいた。 ルイズの頭上。先程『ライニング・クラウド』が飛んできた上空から一つの大きな影が近づいて来ようとこている事に。 「…!ルイズッ…」 「え、あ、わ…ちょ―――キャアッ!!」 その叫びが届いた直前、意図的な風に体を包み込まれたルイズの身体が宙へと持ち上がる。 まるで目に見えぬ巨人の手に捕まれたかのように、彼女がどんなにもがいてもその拘束から逃れられない。 急いで御幣の柄を地面に勢いよく刺し、空いた左手でルイズを掴もうとした霊夢であったが、それは無駄な努力に終わってしまう。 空中でもがくルイズが、こちらへと左手を差し伸べてきた霊夢に右手を差し出そうとした瞬間。 腰を上げた霊夢が出し抜かれてたまるかと言わんばかりの顔で持って、ルイズの右手を掴もうとした直前。 雷撃が収まり、周囲の状況を確認していた魔理沙が宙に浮かぶルイズの頭上から迫る巨大な影に気付いた時。 頭を上げて状況を把握し、これは良くないと認識したハクレイが動き出そうとする前に。 そして想定していたシナリオへ土足で踏み込み、大事な゙主役゙を攫おうとする不届き者にシェフィールドが手を打つ寸前に―――。 「――――…ッアァ!!」 「ルイズッ!」 霊夢が手を掴もうとしたルイズは、物凄い突風と共に降下してきた黒い風竜の手に掴まれてしまう。 咄嗟に右手のお札を放とうとするものの、それを察知した竜は地面に降り立つことなく森の中へと飛び去っていく。 あっという間に遠くなっていくピンクブロンドの髪と同時に、彼女の目に゙その男゙が後ろを振り向く姿が映り込む。 かつてニューカッスル城で自分を追いつめてくれた、魔法衛士隊の一つグリフォン隊の元隊長だった男。 ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵が浮かべた大胆不敵な笑みを、霊夢の赤みがかった黒い瞳は見逃さなかった。 油断した…!苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべた霊夢は、地面に刺していた御幣を引き抜いて立ち上がる。 あの竜に乗っていた男…見間違いでなければかつて自分を二度も襲ってきたワルド子爵だと思い出していた。 ニューカッスル城で痛めつけてやった筈なのだが、どうやらアイツ自身はまだまだ諦めてはいないようだった。 ルイズを攫ったのも返して欲しくば追いかけて来い!という意味なのだろうが、それにしてもどうしてここにいるのだろうか…? 一瞬だけそんな疑問を感じた彼女は、すぐにワルドがレコン・キスタのスパイだったという事を思い出す。 そしてあの男は、その気になれば自分やルイズのような少女の命に手を掛ける事すら躊躇しないという事も。 スカートに付いた土埃を払いつつ、頭の中をフルで動かしている霊夢に腰を上げた魔理沙が捲し立ててくる。 「お、おいおいッ霊夢!ルイズの奴が竜に攫われちまったぞ…!?ていうか、背中に誰か乗ってたような…」 「そんくらい、分かってるわよ。とりあえず乗ってた男を止めて痛めつけないと、ルイズの身に何が起こるか分かったもんじゃないわ」 魔理沙の言葉にそう返しながらも、霊夢はワルドが操る竜が飛んで行った林道を一瞥しつつも周囲の様子を探ってみる。 周囲を囲っていたキメラ達は既に全滅しており、幸いにも行く手を阻む障害は存在していない。 辺りに敵がいない事と、どこへ行けばいいかの確認を終えた彼女はソッと魔理沙に耳打ちする。 「魔理沙、アンタが先行してあの竜を止めてきて頂戴。私もすぐに追いつくから」 「分かった、分かったが…でもどうするよ?あのシェフィールドとかいうおばさんが私達を見逃してくれると思うか?」 『失礼な事言うもんじゃないよ!このガキ!』 「うぉっ…!失敬、聞こえてたか。じゃあ次言う時は、大声にしておくよ」 霊夢の提案に魔理沙は顔を顰めつつもそう言うと声が聞こえていたのか、闇の中からシェフィールドの怒鳴り声が聞こえてくる。 まさか聞こえていたとは思わなかった魔理沙が身を竦ませながらも尚も口を止めない所を見た霊夢は、そう簡単に逃がしてくれそうにないという確信を抱く。 それと同時に、先ほどのセリフとキメラを倒したのがワルドだと思い出した彼女は、闇の中にいるシェフィールドへと質問を飛ばした。 「さっきの攻撃…まさかとは思うけど最初からルイズを攫う為に計画してたワケじゃないわよね?」 『当たり前に決まっているじゃないの?全くあの子爵め、どういうつもりなんだいッ!!折角竜騎士の地位を授けてやったというのに!』 竜騎士…?アルビオン?ということは、ワルドは今回侵攻してきたアルビオン艦隊と共にやってきたのだろうか? 怒り散らすシェフィールドの返事を聞いた霊夢は、あのワルドがどうしてこんな所にいるのかを理解した。 まずワルドとシェフィールドは、今艦隊を率いてやってきているレコン・キスタという組織の仲間として繋がっでいだという事。 そしてどういう事か、本当なら介入してくる事の無かったワルドの乱入によりルイズが攫われてしまった。 今やるべきことは、あの邪魔をされて激怒しているシェフィールドの目を掻い潜ってワルドの手からルイズを助けに行かねばならない。 幸いにもキメラはルイズを攫う直前に『ライトニング・クラウド』のおかげで全滅している為逃げる事は苦ではない。 だがしかし、ルイズを助けにここを離れた場合…彼女の姉を含めてまだ多くの人がいる屋敷を見捨てる事にも繋がる。 残念な事だが。キメラを操る闇の中の女がわざわざ屋敷に手を出さずに待ってくれるとは思えなかった。 少しだけ俯いて考えた後、霊夢はスッと顔を上げて闇の中にいるシェフィールドへ声を掛けた。 「ねぇ、少し聞きたいんだけど。もし私と魔理沙がここから消えたら、あの屋敷はどうするのかしら?」 霊夢はすぐ傍にあるアストン伯の屋敷を指さしながら訊いてみると、彼女は『簡単なコトさ!』と叫んでから喋り出した。 『アンタ達が尻尾撒いて逃げるようなら、あそこに隠れている連中は私の憂さ晴らしで皆殺しにしてやるだけさ。もう釣り餌としての価値はないからねぇ』 「別に逃げるつもりはないんだどさ―、やる事と言う事が過激なんじゃないの?」 あぁ、やっぱり思った通りだ。予想できていた霊夢は溜め息をつき、魔理沙は゛釣り餌゛や゛憂さ晴らし゛という言葉を聞いて目を丸くしている。 キメラをけしかけてくる時点で、おかしな人間だとは思っていたのだがまさかそこまで多くの人をぞんざいに扱えるとは思っていなかったのだ。 そして、あの屋敷を守る為に自分たちより前に戦っていたであろうハクレイは信じられないと言いたげな目でシェフィールドの話を聞いていた。 三人中二人が似たような反応を見せたのを確認してから、霊夢はまたも口を開いた。 「…ちょっとルイズを助けて戻ってくるまで待ってて―――って言っても、通じないわよね?」 『―――アンタ、それは正気で言っているのかしら?だとしたら…随分巫山戯た言い訳だねぇ!』 思いっきりバカにしてるかのような嘲笑と共にそう言った直後、再び上空から銀色の影が三つ落ちてくる。 さっきここにいた奴らを全滅させたばかりだというのに、もう新しいラピッドが霊夢達の前に立ちはだかってきた。 キメラ達は地面に倒れた黒焦げの仲間たちを踏み潰しつつ、手に持った槍の刃先を向けてこちらに近づいてくる。 「クソっ、次から次へと…厄介事が文字通り空から舞い降りてきやがるぜ!」 悪態をついた魔理沙がミニ八卦炉を構え、それに霊夢も続こうとした直前…二人の前にハクレイの背中が立ちはだかった。 突然の事に二人が軽く驚いていると、仁王立ちになったハクレイが「早く行って」と霊夢達に言った。 「コイツラとシェフィールドとかいうヤツは私が相手をするから、アンタ達はあのルイズって子を助けに行きなさい」 「……良いの?アンタとアイツラの相性、どうみても悪いような気がするんだけど」 殿と屋敷の守りを引き受けてくれるハクレイに対して、霊夢は彼女とキメラを見比べながら真顔で言う。 彼女の言うとおり。相手は『風石』の力で自由に地上と空中を行き来する上に、飛び道具まで持っている。 それに対してハクレイ自身の武器は自分の手足だけという純粋な格闘家的戦法しか取れず、どう考えても相性が悪いとしか言いようがない。 先ほどの様に相手から近づけば話は別だが、あのキメラ達相手に同じ戦法が何度も通用するとは思えなかった。 だが当の本人もそれを理解したうえでここに残ると宣言したのであろう、心配を装ってくれる霊夢に「心配ないわよ」と素っ気なく返す。 「何もかも忘れて、得体の知れない私に手を差し伸べてくれたカトレアや、 何の罪もなくただ避難している人々にも、奴らが容赦なく手を出そうというのなら…、 それをしでかそうとした事を悔いるまで私は絶対に負けるつもりはないし、死ぬつもりもないわ」 黒みがかった赤い瞳でキメラ達を睨み付け、ゆっくりと拳を構え始めたハクレイは言った。 その後姿から漂う雰囲気と言葉に二人が何も言えずにいると、黙って聞いていたシェフィールドが甲高い笑い声を上げ始める。 まるで彼女の語った言葉を駄洒落か何かと勘違いしているかのような、腹を抱えている程の潔い笑いであった。 「ッハハハハ!こいつは傑作だねぇ。わざわざその程度の事で、死地に飛び込んできたっていうの? だったら教えてあげるよ。この私を怒らせ事に対する、死や屈する事よりも辛い…後悔ってヤツをさぁ…ッ!!」 最後まで笑いと憤怒が詰まったその言葉と共に、槍を構えていた三体のラピッドが一斉に飛びかかってきた。 銀色に光る槍と真っ赤な口の中を見せて向かってくるキメラ達に、霊夢と魔理沙はそれぞれり獲物を反射的に構える。 しかし、奴らが三人の方へと落ちてくる前に既に準備ができていたハクレイが急に右足で地面を踏んだのである。 唐突な行為に霊夢が一瞬怪訝な表情を浮かべたものの、その行動に理由があった事を即座に知る事となった。 分厚く、蹴られたら痛いと分かるブーツに自分の霊力を纏わせた彼女のストンプは、地面を爆ぜさせたのである。 緑の芝生が土と共に宙を舞い、ほんのわずかではあるが突撃しようとしたキメラ達の前に土の障壁を作り上げた。 結果、突撃しようとした敵はあと一歩という所で動きをとめてしまい、結果的にそれが霊夢達を動かすキッカケとなった。 「ッ!魔理沙、行くわよ!」 わざわざキメラを止めてくれたハクレイに行けとも言われていないし、目配せもされていない。 けれども彼女が取ってくれた行動で察した霊夢は、隣で目を丸くする魔理沙に声を掛けつつその体を浮かばせた。 地面から一メイル程度浮いているだけではあったものの、速く移動するのにはうってつけの飛び方である。 彼女は林道の方へと体を向けると重心をそちらの方へと向けて、超低空高速飛行で進みだす。 「……!!わ、分かったぜ!」 声を掛けられた魔理沙もハッとした表情で頷くと、左手で持っていた箒に急いで腰かける。 一瞬自分の力で浮きつつも箒に腰かけたところで、ふと言い残したことがあったのかハクレイの方へと顔を向けて一言述べた。 「悪いな、名無しの巫女さん。これで死んじまったらアンタのお墓に花の一本でも添えといてやるよ」 何やら縁起でもない事を彼女に伝え終えた魔理沙は、すでに林道へと入っている霊夢の後を追い始める。 霊夢と比べ速さには自信があった魔理沙らしく、箒に腰かける後姿はあっというまに闇夜の中へ消えていった。 ハクレイがキメラを足止めしてほんの十秒後、彼女たちは無事にここから抜け出せることができた。 突如やってきてルイズを攫っていったワルドに追いついて、とっちめる為に。 魔理沙の言葉を聞いた後、今更になって後ろを振り返った彼女は顔を顰めながら先ほどの言葉を思い出していた。 「…花一本て―――――…ガッ!?」 それは無事に二人を林道を向かわせる事ができた彼女の、唯一の油断と言っても良かった。 一瞬だけ振り返った直後、彼女の腰部分に一匹のラピッドが抱きつくような形でタックルをしてきたのである。 回避も間に合わず、諸に直撃を喰らった彼女は肺の中の空気が全て出て行ってしまったかのよう苦しさを味わいつつも、地面に倒されてしまう。 仰向けになった彼女が空っぽになった肺へ急いで酸素を取り入れつつも、何とかして腰に抱きついたキメラを引き剥がそうとした。 しかしそれを実行へ移す前に、芝生に付いていた白い袖目がけて左右のラピッド二体が何の躊躇いもなく槍で串刺しにする。 「えっ、ちょ…うわっ!」 鋭く鈍い音と共に文字通り地面へ釘づけけとなった袖に拘束されるような形で、ハクレイは身動きを封じられてしまう。 唯一足だけは動かせたものの奴らもそれを理解しているのか、タックルしてきたのも含めて三匹はその場からすっと後ろへ下がった。 蹴飛ばすこともできず、一瞬の隙を突かれて地面へ釘付けにされたハクレイはバツの悪そうな表情を浮かべて呟く。 「…あちゃー、言った傍からしくじったわねぇ」 「ふふ…何だい?大見得切った割には、随分な御姿じゃないの」 彼女が呟いた直後、すぐ近くからシェフィールドが面白おかしいモノを見るかのような口調でなじってきた。 今まで闇の中から耳にしていたその声は、今度はやけにハッキリと聞こえている。 今は近くにいるのか?ハクレイがそう思った直後、すぐ目の前の闇から滲み出るようにして黒いローブ姿のシェフィールドがとうとう姿を現した。 水に濡れた鴉の羽根の様な長い黒髪に死人の様な白い顔に微笑みを浮かべて、地面に倒れたハクレイを見下ろしている。 嘲笑っているとも取れるその笑みからは、少なくとも友好的とはとても思えぬ念が込められていた。 「うーん、実にいいモノねぇ。私の計画を散々無茶苦茶にしてくれた奴を、地面に釘付けにするってのは…」 周囲にキメラを侍らせている彼女は一人楽しそうにつぶやきながら、相手をまじまじと睨み付けている。 対してハクレイの方もこれからどうしようかと考えつつも、時間稼ぎのつもりで何か言おうとその口を開く。 「そうかしら?わざわざ槍で地面に張り付けにされてる身としては、あまりいい気分はしないんだけどね」 「アンタの意見なんか別に聞いてもいないよ。それに、平静を装っていられるのも今の内さ」 ハクレイの言葉に対してキッパリと言い放ったシェフィールドは彼女の傍へ近づくと、ジッと彼女の顔を見つめてきた。 近づけば近づくほど白く見える顔からは人間らしさが見えて来ず、彼女という一個人を不気味な存在に仕立てている。 そしてその目は、まるでこれから面白いショーが始まる事を心待ちにしているかのような子供が見せる目つきをしていた。 この様な状況では場違いとも思える目つきをしているシェフィールドを見て、ハクレイの体は言い様のない不安で強張っていく。 何だか分からないが…とにかく、何かイヤな事が起こる予感がする…! 心の中でそんな気持ちを抱いた彼女の心を読んだかのように、突如シェフィールドが小さく笑った。 「ふふ…アンタ、さっき言ってたわよね?あそこの屋敷に隠れてる連中には、絶対に手を出させないって」 「…!それがどうかしたのかしら?」 自分の顔を覗き込む彼女の口から起こり得るであろう出た言葉から、ハクレイは怪訝な表情を浮かべつつも察していた。 丁寧に作り上げた計画を無茶苦茶にされたという彼女の、それをぶち壊した自分に対する憎しみは並々ならぬモノに違いない。 だとすればそれに対しての゙報復措置゙は既に思いついており、今はそれを実行に移そうとしている直前なのだ。 そしてシェフィールドは、ハクレイがその゛報復措置゙の内容を察している事に気づいていた。 何が可笑しいのか、強張っているハクレイの顔を覗き込みながらも、シェフィールドは冷たく嗤う。 自分の――ひいては我が主が指すゲーム盤を乱した者は、例え誰であろうともそれ相応の代償を払う必要があるのだ。 そんな思いを氷の様に冷たい笑みから漂わせながら、シェフィールドは口を開いた。 「アンタは理解しているんだろ?―――無駄になっだ釣り餌゙は、水槽の魚にあげてやるべきだって。 丁度今、私の周りには飼っている魚たちがお腹を空かしているだろうから…きっと喜んで食べてくれるだろうねぇ」 「――――アンタ…ッソレ本気で言ってるワケ!?」 とうとう、彼女の口から出てしまった恐ろしい話を耳にして、ハクレイはその目をカッと見開いて叫ぶ。 彼女の赤い瞳からはこれから怒るであろう惨劇を何とか止めようとする必死さと、自分への憎しみがこもっている。 「ハァ…―――本気も本気よ?じゃなければ、私の怒りは収まりがつかないのよ」 それに気づいたシェフィールドは、堪らないと言いたげに肩を震わせながら恍惚に染まった溜め息をつきながらそう言う。 そこまで言った所で、ハクレイは袖に刺さった槍を何とか引き抜こうともがき始める。 しかし思っていた以上に深く刺さっている槍はビクともせず、逆に彼女の体力をジリジリと奪っていく。 ヤケクソ気味に自由な両足を動かすものの何の解決にもならず、ブーツが空しく空気を切っているだけであった。 ―――――これだ、これこそ今の私が望む最高の展開だ。 目の前でジタバタと暴れているハクレイを見ながら、シェフィールドは内心で歪んだ笑みを浮かべていた。 こうやって最後まで抗う彼女の目の前で、守ろうとした者達に無残な結末を迎えさせる。 屋敷の地下に隠れている連中は、さぞや耳に心地よい悲鳴を上げながらキメラ達に殺される事だろう。 そうして思う存分に絶望した所で抗うコイツも八つ裂きにし、そして私を裏切ったあの子爵も始末する。 そこまですれば我が主のゲーム盤は元に戻る。異端で不要な駒どもは粉々に砕いて燃やして捨てるのが相応しい。 「我が主のゲーム盤に横槍を入れた者は、皆等しく死すべき存在よ。女子供が相手だろうとね?」 キメラ達を動かす前に一言つぶやいたシェフィールドが、自分を睨み付けるハクレイの顔に触れる。 それ自体は単に彼女へ送る最期のスキンシップのつもりであり、他意は無かった。 だが、それが彼女と――――そしてハクレイが今置かれている状況を一変させうる引き金となった。 「…?――――――な…ッ!?」 シェフィールドの白い指がハクレイの顔に触れた直後、驚きを隠せぬような声と共にその指がピクリと揺れ動いた。 まるで今触ったモノが触れる事すら危険な毒物だと気づいた時の様な、明らかな動揺が見て取れる動き。 それに気づいたハクレイがシェフィールドの方へと顔を向けた時、彼女の表情がいつの間にか一変している事に気が付いた。 それまで笑みを浮かべていた顔は驚愕に染まり、不思議な事に彼女の額が青く発光している。 額の光を目を凝らして見てみると、どことなく何かの文字にも見えるのだが前髪で隠れていて良く分からない。 一体どうしたのかと訝しもうとしたとき、カッと目を見開いたシェフィールドが「あり得ない!」と叫びながら後ずさり始める。 額を光らせ、動揺を隠しきれぬ顔で後ろへと下がる彼女は張り付けにされているハクレイを見ながら、ぶつぶつ喋り出した。 「そんなバカな事…あり得ないわ。……――――には、そんな能力なんて無い筈なのに――――」 ついさっきまで自分を嘲笑っていた女が、今度は一転して狼狽えている光景にはある種の異様さが漂っている。 そんな思いを浮かべながらただ黙って見ているしかなかったハクレイに向けて、シェフィールドは一言だけ呟いた。 「一体、お前の身体に何があったというんだい?――――゛見本゛」 ――――――…見本? 彼女の口から出た一つの何気ない単語にしかし、ハクレイの心は酷く揺れ動いた。 まるで今の今まで忘れていたかった事を思い出してしまった時の様な、思わず呻きたくなってしまう程の動揺。 それを今まさに感じているハクレイは、自分の心臓の鼓動が早鐘の様に鳴りはじめた事に気が付く。 「゙見本゛―――――…って、アンタ一体…何を言ってるのよ?」 頭の中で直接響く鼓動の音に消えてしまう程の小さく掠れた声で、彼女は呟いた。 ハクレイに殿を任せて、霊夢と魔理沙の二人が林道に沿って飛び始めてから早五分。 未だルイズを攫って行ったワルドと彼が操る風竜の姿は見えず、ひとまず二人は道なりに飛ぶしかなかった。 アストン伯の屋敷からタルブ村へと続く林道もまた、その前にいた山道と同じく整備されている。 馬車が走っても車輪が岩で壊れないよう大きめの石は殆ど除去され、緩やかなカーブを描く平らな道がどこまでも続いている。 道の幅は十二メイル程で、両端には飛んでいる二人を生け捕りにしようとするかのように鬱蒼とした木立しか見えない。 二人は闇に慣れた目で木立に突っ込まないよう気を付けながら、ルイズの姿を探していた。 こういう時の灯りではあるのだが、先ほどの戦いで失ったカンテラが自分たちが持ってきていた唯一の灯だった。 一応闇に慣れたとはいえ、あった方が良いか?と問われれば当然あった方が良いと答えていたであろう。 しかし無いモノは無く。止むを得ず二人は暗い闇に包まれた道をただひたすらに飛んでいた。 霧が薄まったとはいえ月は顔を出しておらず、頭上の空には星の光とは思えぬ人口の光が幾つも見える。 林道に入って少ししてから見えたそれ等の光は、よくよく見てみれば巨大な船に取り付けられているものだと分かった。 恐らく、あれが今トリステインを侵略しようとしているアルビオンの艦隊なのだろう。時折敵の竜騎士らしきシルエットも見ていた。 だとすれば敵の集団かキメラの群れが自分たちのすぐ近くにいてもおかしくはないし、それと戦う暇など勿論ない。 故に二人はこうして、森の外から飛び上がろうとせず渋々といった表情でルイズを探していた。 「なぁ、ホントにあの巫女モドキさん一人にしておいても良かったのかよ?」 先頭を進む魔理沙が、腰かけている箒にゆっくりとカーブを掛けさせながら後ろを飛ぶ霊夢に話しかけた。 「……?何よ、アンタらしくないわねぇ。もしかして、去り際に行った自分の言葉に罪悪感でも持ったの?」 「まさか。ただ、いつもはああいうのに疑いを掛けるようなお前さんがアイツの肩を持つのはおかしいと思ってな」 霊夢の言葉にそう返してから、黒白は箒に微調整を掛けつつ自分がよく知る巫女さんがどんな返事をするのか期待していた。 てっきり適当な事を言うと思っていた彼女はしかし、五秒ほど経っても霊夢が言葉をよこさない事に気付くと怪訝な表情を浮かべる。 「………?霊夢?」 思わず待ちきれなくなった魔理沙が彼女の名を呼ぶと、少し悩んだ様な表情をした霊夢がポツリと口を開く。 「んぅ~…―――何でなの、かしらねぇ?イマイチ良く分からないわ」 「おいおい、らしくないな。何時ものお前さんならその場で物事をスッパリ考えて、キッパリ決めてるっていうのにさ」 「…こう見えても色々と悩んでるんのよ?まぁ、弾幕はパワーとか決めつけているアンタよりかは悩んでる回数は多いわ」 「お、言ってくれるなぁ~。月が見えない夜には気を付けておけよ?」 「アンタの場合存在そのものが賑やかなんだから、月が無くても平気だわ」 まるで博麗神社の縁側でしているようないつもの会話を、二人にとっての異世界であるハルケギニアの暗い林道でする。 今自分たちが置かれている状況を理解しているとは思えない光景であったが、ふと先行していた魔理沙が何かを発見した。 林道に沿って飛び始めてから更に十分が経過したところだろうが。 ようやく出口が見えてきて、タルブ村が見えてくるだろうという所で魔理沙が声を上げた。 「ん?……あっ、おい霊夢!いたぞッ、アッチだ!」 双方ともに自分のペースで進んでいた為に林道を先に魔理沙の呼びかけで、霊夢は少しスピードを上げる。 最後のゆるいカーブを曲がり切ったところで、周囲の闇とは違う魔法使いの黒い背中が見えたのでその場で急ブレーキを掛けて止まる。 靴先が少しだけ地面を蹴る同時に着地し、箒をその場で浮遊させて止まっている魔理沙の傍に寄っていく。 彼女の視線の先、林道出てすぐ近くにできている広場のような草地のど真ん中に、ルイズが倒れていた。 うつ伏せの状態で倒れている彼女は気でも失っているのか、体が微かに上下している意外動きを見せない。 周囲には上空の艦隊以外目立つモノは無く、不思議な事に彼女を攫って行ったワルドや風竜の姿はどこにも見当たらなかった。 何処かで自分たちが来るのを待ち伏せているのだろうが、それにしても罠としてはあまりにも分かりやすい。 「…ご丁寧に気まで失わせて放置してるぜ?どう思うよ」 「ん~確かに、トラップにしちゃ分かりやすいけど。あれじゃああからさま過ぎて近づきにくいわね~」 「とりあえずサッと近づいて助けるか?まぁ何が起こるのか察せるけどな」 「丁度良いところに人柱役の魔法使いが一人いるから、何が起こるか試せるわね」 「それは残念。私は『魔法使い』ではなく『普通の魔法使い』だから、人柱役にはなれませぬで候」 二人の少女が林道とタルブ村の境界線に立って、うつ伏せになって倒れている貴族の少女をどうするか話し合う。 周囲の状況から浮きすぎている会話を聞いていてもたってもいられなくなったのか、それに待ったをかける゛物゛がいた。 『おいおいお前ら、そんな半ば喧嘩腰な会話してる暇があんなら少し周りでも警戒でもしろよ』 「うわっ!」 霊夢が背中に担いでいたデルフが、今まで黙っていた分も合わせるかのようにしていきなり喋ってきた。 相も変わらず錆びついた刀身を少しだけ覗かせてダミ声喋る姿は、やはりというかどうも゛歳をとり過ぎた剣゛という表現がしっくりくる。 当然その声を間近で聞いた一応の持ち主はそれに身を竦めて驚き、次に恨めしそうに背中のインテリジェンスソードを睨み付けた。 「ちょっとデルフ、喋る時くらい何か合図でもしてから話してよね。一々驚いてたら寿命が縮むじゃないの」 「おぉ、そりゃいいな。デルフ、人間五十年と言う言葉があるから後五十回は驚かせ」 『んな事できるワケねーだろうが。…それはさておき、これからあそこで伸びてる娘っ子はどうするつもりなんだ?』 霧を掴もうとするかの如く途方もない二人の会話にピリオドを打ちつつ、デルフはいま差し掛かっている問題に話題をシフトさせた。 まぁコイツの言う事も確かか。そう思った霊夢も気を取り直して、ここから十メイル先で倒れているルイズを凝視する。 まずもって相手の罠だという認識の上で考えれば、阿呆みたいに近づけば確実に良くない事が起こるだろう。 「う~ん、アイツに声を掛けて起きてくれればいいんだけど…おーい!ルイズー!」 試しに自分の声で彼女を起こしてみようと聞こえる範囲で呼びかけてみるが、ルイズは微動だにせず倒れたまま。 ルイズの事だから眠っている可能性は低いかもしれないが、ひよっとすると魔法で眠らされているかもしれない。 そんな彼女の思考を読み取ったのか、霊夢が呼びかけて少ししてからデルフがカチャカチャとハバキの部分を動かしながら喋り出す。 『ありゃ恐らく魔法で眠らされてるなぁ。でなけりゃ呼びかけても目を覚まさないってのにも道理が付く』 「そういや、確か風系統の魔法か何かにそういうのがあったよな?確か『スリープ・クラウド』っていうのが」 『それだな。魔法から生み出せる特殊な雲で、上位のクラスが唱えたらドラゴンも一発で眠っちまうんだ。後は朝までスーヤスヤよ』 デルフの言う魔法に心あたりのあった魔理沙が、見事その呪文の名前を言い当ててみせる。 二人のやり取りを何となく見ていた霊夢はふと、黒白の頭上に何かがある事に気が付く。 闇夜のせいでその輪郭は曖昧ではあるが、まるで人の頭一つ分は覆い隠せそうな青白い雲が浮かんでいる。 不思議な雲は時折僅かに縮んだり大きくなったとまるで生き物用に動きながら浮遊していた。 「――――ねぇ魔理沙、その頭上の雲って…」 「ん?何だ霊夢。頭上の…って――――うぉわっ!?」 突然の指摘に魔理沙が頭上を見ようとした直前、その青白い雲がストンと彼女の頭に覆い被さってきた。 いきなり頭上から降ってきて自分の視界を隠してきた雲に魔理沙は思わず驚き、その場で大声を出してしまう。 まるで雲彼女の頭がそのまま青白い雲になってしまったような錯覚を霊夢が覚えていた時、デルフが声を上げた。 『―――ッ!不味いぞレイム、そいつがさっき言ってた眠りの雲だ!』 「何ですって?ということは…ちょっと、魔理沙ッ」 デルフの言葉に霊夢が声を掛けたときには遅く、雲が消えたと同時に魔理沙の体が崩れ落ちる。 まるで長時間張りつめていた緊張という名の糸が切れて崩れ落ちるかのように、彼女は仰向けになって地面へと倒れた。 事態が悪化したことに気付いた霊夢が急いで駆け寄ってみると、黒白の魔法使いは目をつぶって安らかに眠り始めている。 「ちょ…魔理沙、ナニ寝てるのよ?起きなさいって、この!」 急いで叩き起こそうと頬を叩いてみるが、まるで睡眠薬でも盛られたかのように起きる素振りを見せない。 「無駄だ。『スリープ・クラウド』で眠らされたら、その程度では起きはしないさ」 「―――…!」 そんな時であった。ルイズが倒れている方向から、あの男の声が聞こえてきたのは。 アルビオンでウェールズを殺し、ルイズを裏切り…そして自分に手痛い仕打ちをしてくれたあの男の声が。 地面に倒れ伏した魔理沙の方を見ていた霊夢がハッとした表情を浮かべて、すぐさま顔を上げる。 先程まで眠りに伏したルイズしか倒れていなかった場所、朝日や月が出ていればタルブ村と広大なブドウ畑が一望できていたであろう広場。 そこに黒い羽帽子に、金糸で縫われたグリフォンの刺繍が輝く黒マントに身を包んだ貴族の男が立っていた。 帽子のつばで顔を隠している男は、自身の存在が霊夢に気付いたことを知るのを待っていたかのように、自らの顔を上げた。 年の頃は二十代半ばといってもいいが、それを感じさせない口ひげのせいで三十代にも見えてしまう。 だが顔そのものはハルケギニアの基準では十分に美しく、かっこよさも兼ねている美形であった。 黙っていても平民の町娘や貴族の御令嬢まで声を掛けてくれるようなそんな男が、ジッと霊夢を睨み付けている。 まるで猛禽類の様に鋭く凶暴さが垣間見えるその瞳で、異世界からやってきた巫女さんを見つめていた。 マントの内側に自らの両手を隠し、これからの一手を読まれぬようにとその体を微動だにさせずに立ち続ける姿は獲物の出方を窺う鷹そのもの。 そんな相手に睨まれながらも霊夢は決してたじろぐことなく、男もまた自分よりも年下の少女を互いに゙敵゙として見つめ合っていた。 かつて二人はアルビオンにて戦い、結果として両者は勝ち星と負け星を一つずつ所有し合う事となったのだから。 「まさかとは思ってたけど、やっぱりアンタだったようね…ワルド」 「貴様とルイズたちに出会えた事は偶然だったが、これも始祖の定めというモノかな?―――ハクレイレイム」 眠りに落ちた魔理沙を足元に放置したままの霊夢の言葉に、ワルドはそう言ってマントから勢いよく右手を出した。 そしてその手で黒く光るレイピア型の杖を腰から抜き放つと、目にもとまらぬ速さで霊夢に突きつける。 流石魔法衛士隊の隊長にまで上り詰めた男。その一挙一動には、まるで隙というモノが見えない。 霊夢もワルドの動きに倣って身構えようとした直前、突拍子も無く彼女の体を風の壁とも言える程の突風が襲い掛かった。 「うわっ!?…っとと!」 突然の突風に彼女は驚いたものの、何とか両足を地に着けて堪えて見せる。 思わず両腕で顔を隠し、赤いリボンが風に煽られ揺れる音が耳に響く中でデルフが声を上げた。 『今のは風系統の初歩『ウインド』だな。けどあの野郎が放ったレベルのは、久しぶりに見たぜ…ッ!』 「つまり私は舐められてるって事?全く大したヤツじゃないの……って、わっ!」 デルフの助言にそう返しながらチラリと前を窺った瞬間、霊夢は思わず素っ頓狂な叫び声を上げてしまう。 彼女が突風で顔を隠していた間を使って、ワルドが一気に距離を詰めようと飛びかかってきたのである。 「随分とヒマそうじゃないかッ!」 まるで地上の獲物襲い掛かる猛禽のように、頭上から杖を振り上げて迫りくるワルド。 デルフと話していた自分を馬鹿にするかの彼の言葉に霊夢は舌打ちしつつも、懐から取り出したお札を右手で投げつけた。 ありがたいお言葉と霊力が込められた三枚の札はしかし、無情にも頭上のワルドに命中することは無かった。 もうすぐで当たろうとした直前に、本物のレイピアに当たる刀身の部分が光り輝く刃―――『ブレイド』と化した杖でもってお札を切り裂いたのだ。 哀れ六枚の紙くずとなったソレを見た彼女は目を見開きつつも、左手だけで持っていた御幣を両手持ちへと変えて後ろへと下がる。 その直後に先程まで彼女が立っていた場所のすぐ近くにワルドが降り立ち、次に息つく暇もなく霊夢へ切りかかっていく。 霊夢もまた攻めに来るワルドの動きを止める為に、敢えて横一文字の形に突き出した御幣でもって相手を迎え撃った。 瞬間、二人の少女が眠り落ちた空間に激しく甲高い音が響き渡った。 凶暴な目つきをした男が放つ魔法の刃と、異世界からの少女が張った結界に包まれた一振りの棒が激突している。 レイピア型の杖を包む緑色に光るワルドの『ブレイド』は、霊夢が御幣に張った青い結界と鍔迫り合いを起こしたのだ。 両者互いに地面に食い込まんばかりに足を踏ん張り、今にも押し返さんとしていた。 魔力と霊力。常人ならざる者たちの力のぶつけ合いは、周囲にこれでもかと凄まじい威圧感を放出させている。 「ッ!いきなりご挨拶な事ね?攻撃してくるんならちゃんと声掛けの、一つでもしろっての…ッ!」 「それは失礼。何せニューカッスル城にいた時の借りがあったものでね。それを返したまでの事さ」 「言って、くれるじゃないのぉッ」 霊夢は奇襲を仕掛けてきたワルドを睨み付けながらも、ローファーを履いた両足に力を込めてワルドの攻撃を防いでいた。 一方のワルドは必死に鍔迫り合っている霊夢を見下ろしながらも、杖を持つ手により一層の力を込めて御幣ごと叩ききろうとしている。 結界を張った御幣自体はしっかりと盾の役目を果たしており、ワルドの魔力で形作られた『ブレイド』を押しとどめている。 しかし魔法衛士隊の者として心身共に戦士として鍛え上げられた男に、自分は押されているのだと霊夢は自覚せざるを得なかった。 幻想郷では話の通じぬ妖怪相手には本気で挑むものの、これまで人や話の分かる人外とは弾幕ごっこで勝敗をつけてきた霊夢と、 片や魔法衛士隊の隊長としてこれまで数々の訓練と実戦経験を積み、必要とあらば殺人すらも躊躇しないワルド。 決められたルールの範囲内か自分より格下の相手と戦ってきた少女と、目まぐるしく状況が変化する戦場や何でもありな組手で場数を踏んできた男。 ワルドは知っていた。この様な状況下で、次はどういう一手を打てばいいのか。 相手の少女よりも長い人生の中で戦ってきた彼はそれを多くの先輩や敵達から受け、そして学んできた。 「――――ふん、やはり俺の考えは間違ってなかったな」 瞬きする事すら許されぬ状況の中で、霊夢と睨み合っていたワルドがポツリ呟いた。 その自信満々な言い方に相手をしていた彼女はそれが気に食わず「何がッ?」とすかさず言葉を返す。 『ブレイド』の扱いに長けたワルドの腕力に押されつつも、下手に動けばバッサリやられてしまうという状態に置かれている。 元々魔理沙やルイズと比べて体力の少ない霊夢にとって、今の様な鍔迫り合いを長引かせる気は無かった。 それでも宙に浮いたり他の武器やスペルカードを取り出す…などの隙を見せる事ができず両者互いに硬直状態となっている。 だからこそ自分と比べて余裕満々な男の言葉に苛立った彼女は、ついついそれに反応してしまう。 ワルドの狙いはそこにあったのだ。 飛び道具での戦いを得意とする少女を、自分の得意分野である白兵戦に持ち込めたのだから。 「ある意味ではルイズよりも苛烈なお前ならば、こうして喰らいついてきてくれるッ…とな!」 怒りに満ちた霊夢の瞳を見つめながらそう言いきった直後、ワルドは彼女の方へ掛けていた力を全て『抜いた』。 まるで憑き物がとれたかのように霊夢の御幣と対峙していた杖から魔力が抜け、緑の刃がフッと消え去る。 それと同時に、しっかりと杖を構えていた彼は背中から地面へ倒れるようにして素早く後ろへ下がったのだ。 一歩、二歩、三歩と早歩きのように足を後方へ動かして下がり出した彼の行動は、対峙していた霊夢にも影響を及ぼす。 「なっ――――うわ…っ!?」 直前までワルドと鍔迫り合いをしていた彼女は彼の突然の後退に、体が自然と前のめりになってしまう。 御幣を両手で持って『ブレイド』を防いでいたがゆえに、対峙していた側が急にいなくなった事で体のバランスを大きく欠いてしまったのである。 結果、御幣を前に向けた姿勢のまま前方に倒れかけた霊夢は、後ろへ下がって態勢を整えたワルドに大きな隙を見せる事となってしまった。 「白兵戦には、こういう駆け引きもあるッ!」 無防備に自分の方へ寄ってくる霊夢に教えるような口調でそう言うともう一歩下がり、そこから流れるようにして回し蹴りを叩き込む。 鍛え抜かれた足から放たれる技が彼女の脇腹に直撃し、その体が僅かに横へと曲がった。 「――――…」 直撃を喰らった霊夢は目を見開き、声にならない悲鳴を上げると同時に突然の息苦しさが彼女を襲う。 肺の中から空気が…!そう思った時には体が宙を舞い、そしてうつ伏せの状態で草地へと叩きつけられた。 左手から離れた御幣がクルクルと回転しながら夜空へと飛び上がってから、持ち主から五メイルも離れた地面に突き刺さる。 地面から生える背の低すぎる植物たちが露わになっている肌に触れて、僅かな痛みとむず痒さを伝えてくる。 しかしそれ以上に苦しかったのは、蹴られた衝撃で口から飛び出ていった空気を求めて、体が警報を鳴らしていた事であった。 「―――…ッハァ!ンッ…!クハッ…ッア!」 空いてしまった左手で胸を掻き毟るように押さえながら、何とか体の中に酸素を取り入れようとする。 無意識に目の端から涙が零れ落ちていくが、それを拭う暇がない程に体が酸素を欲していた。 体を丸くさせて必死に肩で呼吸する今の彼女の姿を見れば、幻想郷の住人ならば誰もが驚いていた事であろう。 『おいレイム、しっかりしろ!』 流石のデルフも普段の彼女からは想像もつかない姿に、思わず叫び声を上げる。 その声の出所が剣だと気付いたワルドは、ほぅ…と感慨深そうに息を漏らすと気さくな言葉を掛けた。 「成程。先ほどから聞こえていたダミ声はそれだったか。確か、インテリジェンスソード…とでも言えば良かったかな?」 口調そのものは、街角で友人と気軽な世間話しをしているかのような雰囲気が滲み出ている。 しかしそれを口にしているワルド本人は杖の先を蹲る霊夢へ向けて、彼女が次にどう動くのかを見極めている。 顔もまた真剣そのものであり、弱りつつある獲物に近づく猛獣のように慎重にかつ確実に勝てるよう注意を払っていた。 「しかし悲しきかな、そんな大きな剣は君の背中には不釣り合いに見える。何故君はそんなものを背負っているんだ」 「ゲホ…!ケホッ…悪い、けど…―――乙女の横っ腹に蹴りを、喰らわす奴…には…ゴホ、教えられないわね…」 大の大人が持つには丁度良いデルフのサイズとその持ち主を見比べながら、彼は疑問を口にする。 その合間に咳き込みつつも、必死に呼吸したかいもあってようやく落ち着きつつあった霊夢は、怒りを滲ませながら言った。 蹴られた横腹はまだ痛むものの、肺の中に空気が戻ってきた事である程度喋れるほどの余裕は取り戻せていた。 こちらの様子を窺うワルドを睨み付けつつ、手放してしまった御幣が丁度右斜めの所に突き刺さっているのを確認する。 紙垂代わりの薄い銀板がチラチラと鈍く輝いているのは、まるで持ち主にここだここだと告げているかのようだ。 しかし今の彼女にはそれを取に行ける程の余裕は無く、かといって今対峙している相手は生半可な奴ではないとも理解していた。 (コイツ相手には普通のお札や針じゃ対処できそうにないし、かといってスペルカードは…諸刃の剣ね) この男は強い。単にメイジとしての実力もそうだが、それを凌駕する程に人間としての強さも兼ね備えている。 既に二回も戦っているが、相手は確実にこちらの動きをしっかりと学んで、今の戦いに臨んできていた。 だとすれば、これまでの戦い方では今の相手に勝てるかどうか分からない。無論、勝つ気で戦うのが彼女であった。 しかしその可能性は良くて五分五分。目の前にいる男は、自分と同じ種族とどう戦えば良いのか知っている。 妖怪退治を主として来た霊夢は、その人間と戦い゙仕留める゛という事に関しては良くも悪くも素人であった。 魔理沙や咲夜の様な人間とは常にスペルカードで勝ち星を取ってきたが、それ以上の事まではしていない。 人間を守り、妖怪を退治して幻想郷の均衡を守る博麗の巫女としては、当然の事であろう。 しかし逆に言えば、妖怪ば仕留め゙られるものの彼女は自らの手で人の命を゛仕留め゙た事はないのだ。 それはつまり、スペルカードを一切用いない人間同士による真剣な殺し合い。 互いに自らの命を賭けて勝負し、激しい攻撃の末にどちらかが勝利し、どちらかが命を落とす。 スペルカードという安全なルールの中で戦ってきた霊夢にとって、目の前にいる男との相性は悪すぎたのである。 色んな意味で一期一会な雑魚妖怪達には有効である攻撃は、人間が相手となると事情が違ってくる。 知り合いでもある人型の妖怪や人間たち―――この男も含めて、一度見られてしまうとその゛パターン゙を読まれてしまう。 無論読まれたとしても避けれる程の実力が無ければ意味は無いのだが、運悪くワルドにはそれを避ける程の実力があった。 だから霊夢は今の相手にはお札や針は効き目が薄いと判断し、スペルカードによる弾幕は危険と安全の隣りあわせと判断したのだ。 (スペールカードなら多少は安全と思うけど…こういう殺し合いの場だと近づかれたら―――死ぬわね) 今まで編み出してきた結界やお札を併用した弾幕ならば、ごり押しで倒せる可能性はある。 しかし最悪そのパターンを読まれて回避され、近づかれでもしたらそれで御終い。文字通りのあの世行きなのだ。 御幣が手元にあればそれと手持ちの武器で何とかイケる気もするが、生憎それは五メイルも離れた所にある。 今立ち上がって瞬間移動なり飛んで取りに行けば、それを察しているであろうワルドの思う壺だろう。 ならば今の彼女は、ワルドと言う名のグリフォンによって隅に追いやられた猫なのだろうか? 抵抗力もできず、ただただ威嚇しつつも自分より大きい幻獣に身を縮ませるか弱い哺乳類なのだろうか? ――――――否、それは違う。彼女は持っていた、今の自分に残されている最後の『切り札』とも言えるモノが。 幻想郷から遥々このハルケギニアに召喚され、ルイズによって左手の甲に刻まれた『神の左手』と人々に語り継がれる使い魔のルーン。 六千年前に降臨した始祖ブリミルの使い魔の一人であり、ありとあらゆる武器、兵器を使いこなしたと言われる『ガンダールヴ』。 そのルーンこそが。今の霊夢が考えうる最後の切り札にして、今の状況を打開できる能力。 「使う事はまずないだろうと思ってたけど…、使わないと流石に不味いわよね…うん」 「……?一体何をするつもりだ?」 軽くため息をつきながら一人呟いた彼女に、ワルドは首を傾げた。 そんな彼を余所に霊夢は痛む蹴られた左の横腹を右手で押さえつつも、ゆっくりと立ち上がる。 痛みが引いたとは言え完全に消えたワケでもなく、ズキズキと滲む痛みに霊夢は顔を顰めながら苦言を呟く。 「イテテ…アンタねぇ、蹴るなら蹴るでもうちょっと手加減の一つでもしなさいよ」 「それは失礼。魔法衛士隊の組手は常に本気を出すのが鉄則だったのねでね」 少女の言葉にワルドは肩を軽く竦めつつも、動き出した相手に向ける杖を決して下げはしない。 まぁ当然かと霊夢は思いつつ、ようやく立ち上がれた彼女はふぅと一息ついてから再び身構えて見せた。 左横腹を押さえていた右手を離し、左手を右肩の方へスッと上げると丁度肩の後ろにあったデルフの柄を握りしめた。 錆び錆びの刀身に相応しい年季の入ったそれを霊夢の柔らかい手が触れたところで、デルフが話しかけてくる。 『……やるか?』 「手持ちじゃあ倒せるにしても危険だし、何より長物も使ってみたいしね」 今の自分には二つの行動を意味するような彼の言い方に、霊夢はそう答える。 相手が背負っている剣の柄を握ったのを見計らうかのように、ワルドは改めて杖を握りつめると呪文を唱え出した。 本当ならばいつでも仕留められたというのに、自分が再び態勢を整えるのを待っていてくれたのだろうか? 「だとしたら、随分律儀な事ね。……なら、そのお返しは倍にして返してやるわ」 決して隙を見せず、けれども自分を舐めているかのような態度を見せるワルドに贈るかのように霊夢は一人呟く。 そして柄を握る左手に力を入れると、錆びた刀身と鞘が擦れ合う音と共にインテリジェンスソードを勢いよく引き抜いた。 「ほう…随分と年季の入った骨董品じゃないか。売れそうにないがね?」 呪文を唱えていたワルドは、霊夢が抜き放った剣を見て、珍しいモノを見るかのような目で感想を述べた。 耳に障る音と共に鞘から出たデルフの刀身は、鍔から刃先にまでびっしりと黒い錆びに覆われている。 全体の形は霊夢の良く知る太刀に似ている片刃で、贔屓目に見ても彼女の様な少女が振るえる代物とは思えない。 しかし、そんな思い代物を今は左手一つで握りしめ、鞘から抜き放ったのは間違いなく目の前にいる少女であった。 「奇遇じゃない。私もコイツの全体を見たのは久しぶりだけど…やっぱりタダでも引き取ってくれそうにないわねぇ」 『うっせぇ!オレっちにだって色々あるんだよ、馬鹿にするんじゃねぇ!』 ワルドの感想に追随するかのように霊夢がそう言うと、流石のデルフも突っ込まざるを得なかった。 錆びついた身本隊に相応しいダミ声で怒鳴るインテリジェンスソードに、ワルドは嘲笑を浮かべながら口を開く。 「まぁどっちにしろ、私はこの前の借りを返す事も含めて―――全力で戦わせて貰うぞ!」 その言葉と共にワルドが杖を振り上げると、彼の目の前に風で出来た刃―――『エア・カッター』が出現した。 緑色に光るソレは出てきた一瞬だけその場で制止した後、かなりのスピードでもって霊夢とデルフに襲い掛かってくる。 まるで先ほど戦っていたシェフィールドのキメラを彷彿とさせるような攻撃である。ただし一度に出せる枚数はあちらの方が上だったが。 しかしあれから感じられる魔力と殺気は本物である。直撃しようものならサラシに張っている結界符など一発で消し飛んでしまうだろう。 幸い避ける事は造作もない程真っ直ぐに飛んできてくれる為、さっそく横へ飛ぼうとした矢先にデルフが叫び声を上げた。 『避けるなレイム!オレっちでエア・カッターを受け止めるんだ!!』 「はぁっ!?冗談じゃないわよ、あんなの受け止めたらアンタの方が負けて…」 『どっちにしろここで避けたら奴は撃ち続けてくるッ!いいからオレっちを信じろ!』 受け続けてくるのなら避けに避けて錆び錆びの刀身で斬りつけてやるのだが、妙に熱いデルフの言葉に霊夢はデルフの刀身を前へ向ける。 確証そのものは無かった。だが今まで聞いた事の無いようなデルフの言い方に彼女の勘が働いた。 (まぁどっちにしろ結界符はあるし、何かあった時は大丈夫よね…?) 先程の御幣とは違いデルフの柄を両手で持ち、迫り来る三枚の風の刃を待ち受ける。 それを見たワルドは、普通ならば気が狂っているとしか思えない霊夢の行動を見てバカな…と目を見開いていた。 「何をするつもりだハクレイレイム!そんなボロボロの剣で私の『エア・カッター』を防ぐつもりなのか…!?」 ふざけた真似を!―――最後に言おうとした一言を口に出す前に、その『エア・カッター』を受け止めるデルフが怒鳴り声をあげる。 『うるせぇっ!オレっちの事散々骨董品だのボロボロだの言いやがってぇ!こうなりゃ、トコトンやってやるぜ!』 「いやぁでもアンタ、ワルドの言う事も一理ある…って、―――――うわっ!?」 剣にしては怒りぼっく饒舌なデルフの吐露に霊夢が突っ込もうとした直前、ワルドの『エア・カッター』が彼の刀身と激突した。 純粋で鋭利な魔力の塊と錆びた刀がぶつかりあい、金切り声の様な音を立てて風の刃がデルフに食い込んでいく。 一見すればデルフの錆びた刀身を、『エア・カッター』の魔力が削り取っているかのように見えていた。 「デルフ…!って、ちょ…本当に―――」 ―――本当に大丈夫なの!?霊夢がそう叫ぼうとした矢先、驚くべき光景を二人は目にした。 一度に三枚もの『エア・カッター』を受け止めていたデルフの刀身が、急に光り輝き始めたのである。 まるで水平線の彼方から顔を出す太陽の様に眩しい光に、霊夢とワルドは思わず目をそむけそうになってしまう。 しかし、そんな二人の目を逸らさせまいと思っているのか、デルフは間髪入れず更なる驚愕の主観を彼女たちに見せつける。 光り出した自分の刀身と真っ向からぶつかり合っていた風の刃を、まるで吸い込むようにして吸収してしまったのだ。 「な、何だと…!?私の『エア・カッター』が!」 『へっへぇ、お生憎様だな?悪いがお前さんの魔法は美味しく頂いておくぜ』 目を見開いて驚くワルドに向けてデルフは得意気にそう言った瞬間、その刀身は光り輝くのをやめた。 光が収まった後、デルフを見続けていた霊夢とワルドは彼の変化に気が付く。 ついさっきまで見るに堪えない黒錆に覆われていた刀身は、闇夜の中で光り輝くほどに研ぎ澄まされていた。 まるでワルドの魔力を文字どおり゙喰らい゙、自らの糧としたかのように活き活きとした雰囲気を放っている。 「デルフ…アンタ、これ」 磨き抜かれた刀身に映り込む自分の顔を見つめながら、霊夢は驚きを隠せないでいた。 刀身はもちろんの事、鍔や自身が握りしめている柄も先程とは一変して新品と言わんばかりの状態になっている。 動揺を隠せぬ彼女の言葉に、デルフは綺麗になったハバキを動かしながら小恥ずかしそうに喋り出した。 『いやぁ~…なに、お前さんがオレっちで戦ってくれるというからついつい錆を取っちまったよ。 何せお前さんはあの『ガンダールヴ』なんだ。お前さんがオレっちで戦ってくれるというのなら、そりゃ本気にもなるさ。 まぁさっきの『エア・カッター』みたいな魔法はオレっちなら吸収できる。それだけは覚えといてくれよな?』 ―――『エア・カッター』が刀身に飲み込まれたのはそれだったのか。霊夢は先ほどの光景を思い浮かべて納得した。 成程、そんな能力とあの鋭利な魔力を取り込めるというのなら受け止めろと強く自分に言ってきたのも理由が付く。 けれどそういう事はあらかじめ言っておいて欲しいものだ。 「あんたねぇ…そういう事ができるなら最初に言っておいてくれない?全く…受け止めろとか言われた時は気でも狂ったのかと…」 『悪い悪い、何せオレっちを使ってくれるとは思ってなかったんでね』 何処か開き直ったように謝るデルフに顔を顰めつつも、霊夢はふと自分の左手のルーンを見遣る。 手の甲に刻まれた『ガンダールヴ』のルーンは、まるで錆を取り払ったデルフと歩調を合わせるかのように輝き始めていた。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/992.html
====================================== ハルケギニアはトリステイン魔法学院。 抜けるような青空、絶好の召喚日和に恵まれていた広場はしかし…… 辺りに響き渡る爆音と爆発によって惨々たる有様と化していたのだった! その原因たる少女は広場の中心で煤にまみれたまま咳き込んでいた。 その周囲にはその爆発に巻き込まれてパニックに陥っている彼女の同級生たち。 頭部が禿上がった男性が必死になって納めようとしているが大した効果を得られてはいない。 「ゼロのルイズ、もう止めてくれっ!」 「あぁっ、今の爆発で僕の使い魔がっ!?」 「サモン・サーヴァントを極める事により、爆発の範囲は120%、威力は60%アップする! サモン・サーヴァントを極めたルイズは無敵となる!!」 そんな混乱した声と悲鳴が響く中、彼女はもう一度詠唱を開始し……そして再び爆発と悲鳴と怒号が沸き起こる。 「これで四十……二回目?」 私は爆発の届かない所に召喚した使い魔、それに結構な付き合いになる友人と一緒に避難してそれを見ていた。 「四十三回目」 と律儀に突っ込んでくれる友人は最初は読書に集中していたのだが、そろそろ気になりだしたらしい。 「ありがと、タバサ」 そう言って再び広場の中心にいる彼女に目を向ける……あ、涙目だ。 まぁここまで失敗して涙目にならない方がおかしい。むしろ普通は泣いてる。 正直に言えば、私……キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー……はルイズを気に入っている。 からかうと素直に反応する気性も含めて、あの子は良い娘だと思う。 あの子がどれだけ勉強しているかも知っているし、どれだけ努力しているのかも知っている。 陰口を叩かれ続けても、決して折れずに頑張っている。 なので、ちょっと……ほんのちょっとだけ……あの子がどうか成功するよう、始祖ブリミルに祈った。 一際大きな爆発と共に何かが折れる音が聞こえた。 祈った事を後悔した。 爆煙が晴れた時見えたのは膝をついたルイズと、その手にある折れた杖。 ……杖が折れては魔法が使えない、すなわちもうサモン・サーヴァントは出来ないという事。 それに気付いたのか周囲の連中が何時もの調子……要するにルイズを嘲る……に戻る。 正直聞くに堪えないが、それさえも茫然自失と言った感じのルイズには聞こえないようだ。 無理もない。杖が直ってもそれはまた失敗の連続かもしれないのだから。 今回ばかりは流石に折れてもしょうがない……などと思っていたら、ぐいっと横から引っ張られた。 見れば、タバサが真剣な顔で空を睨んでいる。 「成功」 「成功……? って、あ!」 空に光る銀色の鏡が浮かんでいた。使い魔を呼び出す為の門だ。それはルイズの真上に……真上!? 「ルイズッ、逃げなさい!」 そう叫んでルイズに向かって走り出す。 何が出て来るのかわからないが、あのままではルイズの上に落ちかねない。 だがルイズはうなだれたまま動かず、召喚を監督していたコルベール師も気付いたばかり。 何とかしてルイズを動かそうにも、爆発の影響を受けない所に居たせいか遠すぎる。 「ルイズーッ!!」 私の叫びも虚しく……甲高い音と共に眩い光の柱がルイズへと降り注ぎ、吸い込まれていった。 広場がさっきまでとは真逆の静寂に包まれる中、私はルイズに近づいていく。 ぱっと見は(煤だらけで服もボロボロだが)無事だ。 だがさっきの光が何なのかわからない以上、油断は出来ない。 「……ルイズ?」 その時、彼女が顔を上げた。目には何時もの彼女が浮かべる不屈の色。 そのまま立ち上がるとルイズはしゃきんとか言った音が聞こえてきそうなポーズを決め 「やるぞ!」 そう、広場に響き渡るような声で叫んだのだった。 ===================================== 彼女に関してこれ以上語るべき事はない。 数多の術と技を伝承する光を受けたルイズは幾多の戦功を上げ、“虚無(ゼロ)の”ルイズとして、歴史に名を刻むであろう。 ロマンシング・ゼロ……始まんない。 トップページへ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1748.html
魔法の使えないメイジ ゼロのルイズが召喚した 『静嵐刀』 とはいかなる宝貝であるか? ここではない異世界、そこには『仙人』という存在がいる。 卓越した知能や技術によって、この世の成り立ち、天地の理の全てを知りえた者だけがなれる存在。それこそが仙人である。 仙人になれるほどの才覚を持ってしまった者は、その高すぎる能力ゆえに普通の人間たちとはまともに暮らしていくことはできない。 だから仙人たちは『仙界』と呼ばれる異世界を己の力で築きあげることにより自らを隔離し、 そしてそこで今もなお己の知恵と技術を磨かんとして修行を積んでいるのである。 そんな仙人たちが自ら作り上げた道具、それこそが『宝貝』である。 なにせもともとの仙人たちが人知を超えた存在である。その道具たる宝貝もまた尋常ならざる力を持っている。 世界全ての出来事を瞬時に知ることができる宝玉。 時の流れを自由に駆け戻ることができる砂時計。 この世のいかなる存在であっても斬る事のできる矛。 それら数多の宝貝の一つ、それこそが何を隠そう静嵐刀その人である。 そしてその恐るべき道具、宝貝の所持者にして使い魔の契約者になったルイズは、 「なんというか、ピンと来ない話ね」 「はぁ、ピンと来ませんか」 いまいち納得できていないようであった。 静嵐は辺りを見回す。質素だが質のよい調度品。布団のついた寝心地の良さそうな寝台。 どれもこれも静嵐の知っている文化圏のものとはかけ離れた意匠をしている。 これを見ればさすがの静嵐でも、ここが全くの異世界であるということが実感できた。 そう、ここはルイズの部屋。契約の儀式のあと、自室に戻ったルイズは静嵐に説明を求めたのだ。 内容はズバリ「宝貝って何?」である。 「百歩譲って異世界というのがあるとして、センニンっていう存在がいるとして、パオペイなんていう道具があるとして、 アンタがそのパオペイだっていう証拠はどこにあるのよ。アンタはどう見たってただの――平民じゃない」 ルイズは静嵐を観察する。たしかに静嵐は変わった男だと思う。 見たことも無いようなデザインの服、耳慣れない響きの名前、トリステインではあまり目にすることの無い黒髪。 それらを見る限り、その辺にいるような平民とは違うような気がする。 なるほど、たしかに珍しい人間であるかもしれない。だが、それだけだ。 それが静嵐の言うパオペイの存在、そして静嵐自身がそのパオペイであるということの証拠にはなり得ない。 「そうですね。なら百聞は一見にしかず、僕が『宝貝』である証拠を見せましょう。――ゴホン、ではとくとご覧あれ」 わざとらしい咳払いをして、勿体つけたように静嵐は言う。 何をするのかと思ったが、次の瞬間――静嵐が爆発する。 「!」 驚くのはルイズだ。目の前を覆う爆煙に、また自分の失敗魔法が炸裂してしまったのかと思ってしまうが、 自分は杖を握ってもいなければ呪文を唱えてもいない。 それにこの爆発は何か変だ。煙の量と勢いは凄いが、爆発につきものの熱や光はほとんど無い。いつもの自分の失敗魔法ではない。 そして徐々に煙が薄れていくと、そこに静嵐の姿は無く。 ――あるのはただ一振りの剣だった。 静嵐の外套と同じ深い藍色をした鞘、表面にはやはり外套と同じく精緻な雄牛の彫りこみがしてある。 長さはそれほどではない。少なくとも、ルイズの知っている『剣』とは少し違う。 ルイズの知っている剣はもっと大きく肉厚で、いかにも鈍重そうであるが、 この剣はもっと薄く鋭いであろうことは、鞘の形からも見て取れる。 とにかく、鞘から引き抜いてみればわかることだ。静嵐の行方も含めて、この剣を手にとって見ればわかることである。 そう思いルイズは剣の柄に手を伸ばし、握ってみる。 『どうです? これで僕が宝貝だということはわかったでしょう』 「キャッ!?」 ガシャン、と金属音を立てて剣が床に落ちる。いきなり頭に響いた声に、ルイズは驚いてしまったのだ。 「な、なに今の?」 今の声は静嵐のものであるように聞こえた。 だがその声は、どこかから耳に聞こえたというのではなく、頭の中に直接聞こえたというのが気味が悪い。 ……いずれにせよもう一度剣を握ってみればわかる、とルイズはおそるおそる再び剣を握る。 するとまた、先ほどの声が頭に響く。 『ひどいなぁ。いきなり落さないでくださいよ』 聞こえるのはぼやくような声。この声はやはり静嵐だ。 「ひょ、ひょっとしてセイランなの?」 『そうですよ。――とまあこの通り。先ほどの姿はあくまで仮の姿であり、僕の本当の姿はこの刀のほうなんですよ』 「すごいわ!」 素直に感心するルイズ。 インテリジェンスソードなど、知能を持った武器などはこの世界では珍しいものではない。 だが静嵐のように人間の姿を取れる武器などルイズは聞いたことも無い。 どんなメイジがどんな魔法を用いても、このようなものを作ることは難しいだろう。 これならば静嵐の言う「異世界に住む仙人の造った宝貝」という話も真実味を帯びてくる。 「他には何かできないの?」 『そうですね。この状態でならば、使用者の体を自由に操ることができます。 ああ、もちろん、使用者が体の操作に抵抗すればできないんですが』 少し興味が沸く。体を操作されるというのに不安が無いではないが、やってみて欲しいという気持ちが強い。 「そう……。ちょっとやってみてちょうだい」 『はいはい。お任せだよ』 途端、ルイズの体がルイズの意思とは無関係に動き出す。 ルイズの強気な顔つきが緩み、静嵐刀のそれと同じ緩んだ笑みに変わる。 ルイズの体を操った静嵐は鞘から己を引き抜き、素振りをするように空を切る。部屋の中にヒュンヒュンと心地よい風切り音が響く。 その素振りの動きは、当のルイズ本人から見ても淀みのない洗練された動きであり、まるで剣の達人のようである。 『僕の体には各種様々な武術の達人の動きが刻み込まれていて、こうして使用者を操っている時もその動きができるんだ』 「じゃあ今の私は剣の達人になってるってこと?」 『そういうことさ。ついでにいえば体の内面、筋肉や血管の動きも制御してるから、 普段よりも速く走ることや強い力を出すこともできるよ。もっとも、僕には使用者の身体能力を引き上げる機能はないから、 あくまでもルイズの本来持っている力以上のことはできないんだけどね』 そして静嵐はピタリと刀の動きを止め、自らを鞘に収め、宙に放り投げる。 空中で再び先ほどと同じように爆煙が広がり、その中から静嵐が姿を現す。 「とまぁこんな感じだよ。理解してくれたかな?」 「ええ……よくわかったわ」 ルイズは考える。 これはひょっとして拾い物ではないだろうか? 最初は役に立ちそうもない平民を召喚してしまったとがっかりしたが、このような能力があるとわかった以上そうではない。 たしかに一般的な使い魔とは違ったものになってしまったが、 珍しいという意味ではキュルケのサラマンダーやタバサの風龍に勝るとも劣らないものであることは間違いない。 そしてその上この人知を超えた能力である。 今のところその使い道は思いつかないが、何かしらの役に立つことがあるかもしれない。 「すごいわ……! すごいわよセイラン!」 ルイズは興奮して叫ぶ。 思いもよらぬ誉め言葉に静嵐は戸惑う。 「え? そ、そうですかね。自分で言うのもなんですが宝貝にしてはたいした力は無いほうですよ、僕は」 「謙遜することはないわ。ただの平民かと思っていたけど、こんなにすごい剣だなんて……!」 「剣じゃなくて刀なんですけどね、僕は。――でもそう言ってもらえると嬉しいなぁ。こんな僕みたいな欠陥宝貝を」 「そんなことないわ、貴方みたいな欠陥宝貝でも――欠陥?」 不意の言葉にルイズの表情が変わる。歓喜から嫌疑へと。 「あれ? 言ってませんでしたっけ?」 「――待ちなさい。欠陥って何よ」 「ええとですね。僕は、正確には僕らなんですが……、普通の宝貝とは違う欠陥宝貝なんですよ」 「……何ですって?」 「だから欠陥宝貝。――僕の製作者である龍華仙人というのはですね、こう言っちゃなんですが破天荒な人でして。 宝貝作りの腕前はたしかにすごいんですが、日用道具の宝貝に必要も無いほど危険で強力な戦闘能力を追加したり、 そうかと思えば威力がすごすぎてまともに使えないような武器の宝貝を造ってしまったりとしてしまう人なんですよ」 「…………」 ルイズは言葉も無い。嫌疑の表情は険悪に変わりつつある。 「そんなお人なものですから、失敗作である欠陥宝貝もその数たるや半端な数ではないもので。 その数なんと七百二十七個ですよ? すごいもんですよねえ」 はっはっは、と静嵐は笑う。ルイズはもう一片たりとも笑みを浮かべていない。 「それで僕もその中の一つでして、本来は龍華仙人の工房に封印されていたんですが、 とある事故によってその封印が解けてしまい、僕ら欠陥宝貝たちは自由を求めて逃亡したわけです。 そのまま仙界から人間界に逃げる途中、僕はルイズに召喚されてしまい今現在に至る、と。 いやぁ、それでもこうしてお役に立てるんですから人生何が幸いするかわかりませんね。 ――あれ? どうかしました」 険悪は激怒に変わり、さらにそれを無理やり抑えようとしてひきつった笑みへと変化する。 「じゃじゃじゃあああ、聞くけど、ホントのホントにあんたは、け、『欠陥』パオペイなわけ?」 「ええそれはもう。龍華仙人のお墨付きでして」 一縷の望みを託し、最後の希望を口に出す。 「あ、ひょっとしてあれ? あれよね? あまりにも強力すぎて封印されることになったとか? そうよ、そうよね? ね?」 「いえ、そんなことは無いですよ。さっきも言いましたとおり、 僕は宝貝にしちゃあ平凡な機能しかないもので、そんな封印される強力じゃあないですよ」 「つ、つまりアンタは本当に、ただの欠陥道具なの?」 「そうなりますねえ。残念ながら」 あっけらかんと言う静嵐。あまりにもあっさりと言うその様子に、ルイズの方は小刻みに震えだし、 「だ……」 「だ?」 「駄目じゃないのよそれじゃあああああああああ!」 溜め込んだ力を爆発させるように叫ぶ。 黙っていればいいのに、うっかり自分が欠陥宝貝だとバラしてしまった。 その失言にようやく気づき、慌てて静嵐は弁明する。 「いえ! 欠陥といっても設計当初の仕様とちょっと異なってしまっているだけであって、 使用にはなんら問題は無い――はずですよ?」 「……はず?」 「い、今のところは特に異常も無いですから――たぶん」 「……たぶん?」 「え、ええと……」 「――もういいわ、一瞬でもアンタに期待した私が馬鹿だったのね……」 言葉に詰まる静嵐に、がっくりと肩を落し地に手をついて落ち込むルイズ。 しかし、ならばせめてこの欠陥宝貝の欠陥部分を把握し、どう使えばいいのか考えねばなるまい。 それがご主人様としての自分にできる、精一杯の抵抗である。 「…………それで、アンタの欠陥は何なのよ?」 「僕の欠陥ですか。ええと、それがその……わからないんですよ」 「わからない?」 「はい。さっき言った、使用に問題は無いと言うのは本当で、 さっきみたいに刀の状態で武器として使う分には普通の武器の宝貝と同じように扱えるはずなんです。人型のときも同じく。 だから、自分では特に問題も見当たらないというのが現状なんですよ」 「本当にわからないわけ?」 「はい。そもそもですね、宝貝の欠陥にはいくつか種類がありまして。 一つはさっきも言った機能上の問題。動くはずの部分が動かなかったり、不必要な機能がありすぎたるする場合です。 ほとんどの欠陥宝貝がこれですね。ですが僕は、さっきも言いました通り今のところその手の欠陥が見当たらないわけで」 そう言いながら静嵐は指折り数えていく。 「で、次に、使用には全く問題が無いが、その宝貝としての機能をすでに全うしたもの、早い話が不用品の類です。 もちろん、汎用的な武器の宝貝である僕はそれには含まれません。 そして最後が――性格の問題です」 「性格?」 「宝貝の中には僕のように人格を持つようなものも多くありまして。 その中にはとてもまともとは言いがたい、性格破綻しているものもいるんです。 自分の道具としての業を満たさんがために使用者以外のものを切り刻もうとする剣や、 己の機能に不満を持ち、創造主である龍華仙人に戦いを挑むようなもの。 そういった彼らは機能上にこそ問題は無いんですが、それを制御する人格に問題があって封印されてしまったんです」 たしかに静嵐はそういう類の宝貝には見えない。毒にも薬にもなりそうに無いのは確かである。 無論、この間抜けな性格が演技である可能性は無いわけではないが、 それならそれでもっとマシな演じ方というものもあるだろう。 何を好き好んでこんな、間の抜けて愚鈍な――ああ、なるほど。そうか、そういうことか。やっとわかった。 ルイズは低い声で呟く。 「……アンタの欠陥とやらがわかったわ」 「え? ホントですか!」 「ええ。それはもう、今も身に沁みて実感しているわ……」 「そ、そんな。大丈夫ですか? うわぁ、何かマズイところでもあるかな?」 そう言って静嵐は自分のどこかにおかしなところが無いか探し始める。 「……聞きたいかしら? アンタの欠陥」 ぐるぐると己の尻尾を追いかける犬のように、自分の背中を見ようとして四苦八苦している静嵐に、 ルイズはこれ以上ないというほど、にこやかに問いかける。 「うう。聞きたくないけど、聞かないわけにはいかないよなぁ……」 「じゃあ一度しか言わないから、よく聞きなさい。いい、アンタの欠陥は――」 大きく息を吸い込み、あらん限りの声で告げる。 「その! 間抜けな所よ!」 『静嵐刀』 刀の宝貝。男性の形態もとる。 欠陥はその間抜けな性格。あらゆる計算を不意の一言で一瞬にして突き崩す様はまさに混沌の権化と言える。 機能上の問題もあると言われているが現在は未確認である。 前頁 目次 次頁
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8972.html
前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 少し離れた所から人々の喧騒が聞こえてくる、旧市街地へと続く入り口周辺。 閉館時間を過ぎた劇場のように静かで陽の当たらぬ場所で、ルイズと魔理沙は行方不明になっていた゛レイム゛と再会していた。 だが、1時間ぶりにその姿を間近で見たルイズは、彼女の身体に何か異変が起こったのだとすぐに察知する。 姿形こそ彼女らが見知っている゛レイム゛そのままの姿であるが、不思議な事に彼女の両目は不気味に光り輝いていた。 それに気づいたルイズは目を丸くし、再会できたのにも関わらず一向にその足を動かせなくなってしまう。 お化け屋敷の飾りでつけるようなカンテラみたいにおぼろげで、血の如き赤色の光。 今いる場所が暗ければ、間違いなくその身を震わせていただろうと思えるくらいに、゛レイム゛の目は不気味だった。 目の光に気づく前は名前を呼ぶ為に二回ほど口を開いたが、気づいた今ではそれをする事すらできない。 今の彼女にどう接すればいいのか分からないルイズが狼狽え始めた時、魔理沙がその口を開いた。 「おいおい霊夢、お前その目はどうしたんだよ。何か良くないモノでも食ったのか?」 そんな事を言ってカラカラと笑いながらも、彼女はいつもの調子でこちらへと近づいていく。 魔理沙の言葉にハッとしたルイズは咄嗟に後ろへと下がったことで、゛レイム゛との距離を取った。 何故かは知らないが、そうしなければいけないと無意識に頭が動いたのだ。 それを不思議に思う間もなく後ろへ下がった彼女と交代するように、今度は魔理沙が近づいていく。 ルイズよりも付き合いが深い彼女が歩いてくるのにも関わらず、゛レイム゛は何も言わない。 首が回らなくなった人形の様に、ジッと此方の方へ顔を向けたまま動きもしない。 ドアの上に尻餅をついた姿勢の彼女は、ただ魔理沙を見つめていた。 「どうしたのよあの子…っていうか、なんで目が光ってるのかしら?」 それなりの距離へ下がった時、ふと自分の横から聞き慣れた声が聞こえてくるのにルイズは気が付く。 自分と魔理沙の後ろをついてきて、先程追い払ったばかり彼女の声が聞こえる事に驚き、急いで視線を動かす。 案の定自分の横にいたのは、赤い髪と豊満の女神と思える程富んだ肉体を持ったキュルケであった。 いつものように澄ました笑顔の彼女は、赤い髪を左手の指で弄りながらも自分に気づいたルイズを見下ろしている。 抗えぬ身長の差と笑顔で見下ろされる事に歯がゆい屈辱を感じたルイズの口は、咄嗟に動いてしまう。 「キュルケ…アンタ、もうどっかに行ったんじゃないの?」 「お生憎様、私はあの紅白ちゃんみたいに便利な瞬間移動は体得していませんのよ」 嫌悪感を隠さぬルイズの言葉を冷やかに返しつつも、キュルケは゛レイム゛がいる方へと視線を向ける。 彼女の目が自分以外の人物に向けられた事に対し、ルイズもそちらへ目を動かす。 先程ルイズ達がいた場所から五メイル先にある建物から出てきた゛レイム゛は、微動だにしていない。 一緒に吹き飛んだ大きなドアの上に腰を下ろしたまま、じっとこちらの方へと顔を向けている。 特に怪我をしているとは思えないし、彼女への方へと寄って行く魔理沙も変な反応を見せてはいなかった。 ただ変わっている事は一つだけ。赤みがかった彼女の黒い瞳が、赤く光り輝いているということだ。 「レイム…一体、何が起こったていうの?」 キュルケと肩を並べたルイズは一人、何も言わない゛レイム゛へ向けて呟く。 もしも目の前にいる彼女がいつもの゛レイム゛であったならば、今頃軽く説教しつつ頭でも叩いていただろう。 自分や魔理沙に何の報告も無しに姿を消して心配させるとは何事か、と。 しかし今目の前にいる゛レイム゛の姿には、何か不気味なモノが見え隠れしている気がした。 あの目だけではなく、無表情の顔や身体から発せられる雰囲気までもいつもの彼女とは違っている。 いつもの゛レイム゛ならば、目の前の自分たちへ向けて何かしら一言放ってもおかしくない。 例えば『何でいるのよ?』とか『あら、呼びもしないのに来てくれたのね』など、少なくともこの場の空気を読めないような言葉は吐いてたはずだ。 実際にそうするかはわからないが召喚してからの二ヶ月間、彼女と共に過ごしたルイズはそう思っていた。 無論今の様にシカトと思えるような態度は見せるかもしれないが、それでも可笑しいのである。 まるで人形の様に一言も発さず、無表情でこちらを見つめているだけなどいつもの彼女ではない。 「やっぱり…何かあったんだ…」 只ならぬ゛レイム゛の様子にまたも呟いたルイズを見ながら、キュルケはその顔に薄い笑みを浮かべる。 彼女は確信していた。自分の鼻に狂いは無く、知らない゛何か゛が現在進行中で起こっているのだと。 最初こそルイズたちの言葉を聞いて何もないかと思っていたが、この状況を見ればあれが単なる誤魔化しだったのだとわかる。 何が原因で事が始まり今に至るかはさておき、今のキュルケは正に好奇心の塊と言ってもいいであろう。 ((あの黒白が現れる前から色々とおかしいとは思ってたけど…こりゃどうにも面白そうじゃないの?) 喜びを何とか隠そうとするキュルケを尻目に、゛レイム゛へと近づいた魔理沙は彼女に話しかけていた。 「どうした霊夢ー?まさか、この期に及んで無視…ってことは無いよな」 一メイルあるがないかの距離で喋る彼女は、いつもと比べ静かすぎる知り合いを前に頭を抱えそうになる。 いつもならば嫌味の一つでもぼやいてくるとは思っていたが、中々口を開こうとしない。 そりゃ何かしら冷たい所はあれど、こうまで話しかけて話しかけてくる相手を無視した事はなかった。 怪我一つしていないし、どこからどう見ても博麗の巫女である゛レイム゛そのものだ。 じゃあ一体何で口を開こうとせず、不気味に光る目でこちらを見つめてくるのかと言えば、それもわからない。 さすがの魔理沙も、今の゛レイム゛にはお手上げと言いたいところであった。 (やっぱり変なモノでも口に入れたのか?目が光る毒キノコとか聞いたことも無いが…) 仕方なく゛レイム゛の赤色に光る目と自分の目を合わせつつ、どうしようかと迷っていた時だった。 「………………ム」 ふと゛レイム゛の口が微かに動き、何かを呟いたのである。 蚊の羽音と同じ程度の声で何を言っているのか分からなかったが、喋ったことに違いは無い。 「ん?何だ、言いたいことでもあるのか?」 一体何を喋っているのか気になった魔理沙は耳を傾け、その言葉を聞き取ろうとした。 髪を掻き分けながら右の耳を゛レイム゛の顔へと近づけた彼女は、スッと目を瞑る。 その直後、見計らっていたかのように二度目の言葉が聞こえてきた。 「…………レイム」 ゛レイム゛が呟いていた言葉。それは彼女自身の名前であった。 一度目はうまくいかなかったが、二度目に耳を傾けたおかげでうまく聞き取ることができた。 しかし、魔理沙にとってそれは、今の状況を好転させるどころか更なる疑問を抱くことになってしまう。 (コイツ…なんで目を光らせながら自分の名前なんかをボソボソ呟いているんだ?) 聞いてしまったことで謎は深まっていく今の状況に、さすがの魔理沙も笑えなくなっていく。 近づけていた耳を離した彼女は怪訝な表情を浮かべながら、自分を見つめる゛レイム゛に話しかけた。 「本当にどうしたんだお前は?自分の名前なんか呟いて楽しいのか…?」 飲み過ぎた友人に話しかけるような魔理沙の声は、後ろにいたルイズたちの耳にも入ってくる。 「自分の名前…?アイツ、何言ってるのかしら」 一体何が起こっているのかはよくわからないが、少なくとも良い事ではないようだ。 おかしくなってしまった゛レイム゛に四苦八苦する魔理沙を見ればすぐにわかる。これは本当にまずい。 森の中で怪物に襲われた時よりも不明瞭すぎる彼女の異常に、ルイズは一つの決断を下す。 (一度安全なところまでアイツを連れていくか、運んだ方がいいわね) 未だに目が光り続ける彼女は不気味だが、このまま放置しておくわけにもいかない。 ここから一生動かない…という事はなさそうだが、後一時間半もすれば日が沈んで夜になるだろう。 今の季節なら日が沈んだばかりの頃はまだ明るいものの、夜になればここの治安は悪くなる。 特にこんな廃墟群なら、浮浪者や犯罪者などの「社会不適合者」が潜んでいてもおかしくはない。 つまり、こんなところで動かない彼女と一緒にいるだけでもマリサや自分の身が危ないのだ。 隣にいるキュルケの安全を敢えて考慮しない事にしたルイズは、次にどう動こうか悩みはじめる。 (とりあえず…どうやって霊夢を動かそうかしら) 既にここから逃げる算段を付けている彼女は、ふと゛レイム゛の方へ視線を移す。 こちらが言ってすぐに立って歩いてくれれば問題は無いが、最悪それすらしない可能性の方が高いかもしれない。 そうなれば、誰かが彼女を担いで移動するしかないのだがそれをするのは魔理沙の役目だ。 自分は彼女の箒を持てば良い。そこまで思いついた彼女であったが、厄介なイレギュラーが一人いる。 (ここまで見られたら…絶対ついてくるわよねコイツ) 魔理沙たちの動きを見つめているキュルケを一瞥したルイズは、心中で毒づく。 遥々ゲルマニアからやってきた留学生の彼女は、不幸な事に変わった事が大好きだ。 変な噂があればそれを徹底的に調べるのだ。骨の髄までしゃぶりつくす…という言葉が似合うほどに。 サスペンス系の劇ならば間違いなく頭脳明晰な探偵役か、事件の真相を知りすぎて殺される被害者の役をやらされるに違いない。 そんな彼女が、今の自分たちを見て先程みたいに手を振って立ち去るだろうか?答えは否だ。 気になるモノは徹底的に調べつくす彼女の事だ。あと一歩で真実を知れるならば、地の果てまで追いかけてくるだろう。 そしてそれを知り次第、機会があれば色んな所で話しそうなのがキュルケという少女―――ルイズはそう思っていた。 あぁ、どうして今日という日はこんなにも面倒くさくなったのだろうか? 頭を抱えたい気持ちになったルイズの脳内に、ふと冗談めいた提案が浮かび上がる。 (……いっそのこと、ここでご先祖様の仇をとってもいいかな?) ヴァリエール家を繁栄、維持してきた先祖たちの中には無念にも当時のツェルプストー家の者たちにやられた者が多い。 ある時は戦場で首を取られたり、またある時は想い人を寝取られたり奪われたりと…色々「やられて」きた。 ならば今ここで、油断しきっている彼女を色んな意味で゛黙らせた゛方がヴァリエール家の将来が良くなるのではないか? そんな事を考えていた彼女の邪な気配に気づいたのだろうか。 今まで魔理沙たちを見ていたキュルケはハッとした表情を浮かべ、ふとルイズの方へ視線を向けた。 彼女が目にしたのは、どす黒い何かを考えているルイズの姿であった。 まるで今から殺人事件を起こそうかという様子に、さすがのキュルケも目を丸くしてしまう。 一体、自分が見ぬ間に何を企んでいたのだろうか?そんな疑問を感じてしまった彼女は、試しに話しかける事にした。 「…何やら顔が恐いですわよ、ヴァリエール」 「いっ……!?」 言った本人としては単なる忠告のつもりであったが、それでもルイズは驚いたらしい。 自分以上に目を丸くした彼女を見たキュルケは肩を竦め、先祖からのライバルに話し続ける。 「何を考えていたかは知らないけど。そんな顔してたら、まともなお婿さんが来ませんわよ」 「なっ…!あ、アンタ何言ってるのよこんな時に!」 突拍子もなくそんな事を言われ、ルイズは顔を赤くしつつ怒鳴った。 だが獅子の咆哮とも例えられる彼女の叫びに怯むことなく、キュルケはニマニマと笑う。 場の空気を読めぬキュルケの笑みを見たルイズが、更に怒鳴ろうと深呼吸しようとした―――その時であった。 「うっ…ぁっ…!」 突如、魔理沙のいる方から苦しげな呻き声が聞こえてきたのである。 首を絞められて息ができず、それでも本能に従って何とか呼吸をしようとする者の小さな悲鳴。 そして、青春を謳歌している自分たちと同じ年代の子が出すとは思えぬ断末魔。 人の生死にかかわる声を聞いたキュルケはハッとした表情を浮かべ、魔理沙たちがいる方へ顔を動かした。 深呼吸していたルイズも咄嗟に同じ方向へ顔を向け、何があったのかを確かめる。 直後、二人の脳内にたった一つだけ、小さな疑問が浮かび上がる。 『どうして、こうなっている』―――――『何が、起こったのだ』――――――と。 それ程までに二人が見た光景はあまりにも不可解であり、まことに信じ難いものだったのだ。 唐突な呻き声を耳にし、振り向いた二人が目にしたもの。それは… 「あっ…!あぁあ………」 いつの間にか立ち上がっていた゛レイム゛に、首を締めつけられる魔理沙の姿であった。 手にしていた箒を足元に落としていた彼女は、空いた両手で゛レイム゛の右腕を掴んでいる。 再会した時から無表情な巫女は、何と右手の力だけでもって魔法使いの首を絞めていた。 首を絞められている方ももこんな事になるとは思いもしなかったのか、その顔が驚愕に染まりきっている。 「…ぐっ…あっがっ…」 言葉にならぬ声をかろうじて口から出しつつ、力の入らぬ左手で゛レイム゛の右腕を必死に叩く。 それでも゛レイム゛は、右手の力を緩める事は無く、それどころか益々力を入れて締め付ける。 せめてもの抵抗が更なる苦痛をもたらし、とうとう声すら上げられなくなってしまう。 「――……っっ!?……!!」 締め付けが強くなった事で魔理沙はその目を見開き、自然と顔が上を向く。 身体が酸素を取り入れられず意識が遠のいていくたびに、目の端から涙が零れ落ちていく。 もはや体に力も入らず、緩やかだが苦しい「死」が、彼女の体を包み込もうとしている。 それでも゛レイム゛は、酷いくらいに無表情であった。 まるで目の前にいる知り合いが、ただの人形として見えているかのように。 そんな光景を前にしていたからこそ、ルイズとキュルケの二人は動けずにいた。 ルイズはただただ鳶色の瞳を丸くさせ、怖い者知らずであるキュルケの体は無意識に後退っている。 恐怖していたのだ。学院でもそれなりに仲の良かった二人の内一人の、思いもよらぬ凶行に。 同じ席で二人食事を取り、暇さえあればお喋りもしていたルイズの使い魔である自称巫女と自称魔法使いの少女たち。 その二人を知っている者ならば、目の前で繰り広げられる絞殺を見て驚かない者はいないであろう。 「ねぇ…あれってさぁ…ケンカ…じゃないわよね?」 「っ!そ、そんなワケないじゃないの!?」 体も心も引き始めたキュルケがそう呟いた直後、目を見開いたままのルイズが叫んだ。 その叫びが功を成したか、驚きのあまり硬直していたルイズの体に自由が戻ってくる。 緊張という名の拘束具に縛られていた小さな筋肉が開放されるのを直に感じつつ、彼女は腰に差した杖を手に取った。 幼少の頃、ブルドンネ街で母と一緒に購入したそれは貴族の証であり、自分に勇気を与えてくれる小さな誇り。 手に馴染んだそれを指揮棒の様に軽く振った後、その足に力を入れて゛レイム゛たちの方へ走り出した。 「ちょっ…ルイズッ!」 いきなり走り出した同級生を制止しようとしたキュルケであったが、時すでに遅し。 褐色の手で掴もうとした黒いマントが風に揺らす今のルイズは、弓から放たれた一本の矢だ。 罅だらけの地面を一級品のローファーで蹴りつけながらも、彼女は口を動かし呪文の詠唱を始めている。 杖を持つ右手に力を入れて手放さぬよう用心しつつ、五メイルという距離の先にいる゛レイム゛へとその先端を向ける。 風を切る音と共に杖を上げた今の彼女は正に、自身が思い描く貴族らしい貴族だ。 おとぎ話に出てくる公爵や伯爵の様に、いかなる困難にも決して背を向けず勇猛果敢に立ち向かう魔法の戦士。 現実では怯える事しかできなかった過去の彼女が夢見る、いつか自分もこうなりたいという願望。 そして、異世界の問題に改めて身を投じる事を決意した彼女の―――今のルイズの姿であった。 キュルケの制止を振り切ったルイズは呪文を詠唱しつつ、知り合いの首を絞める゛レイム゛を睨みつける。 あと少しで天国への階段を上ってしまうであろう魔理沙を助ける為には、゛レイム゛に自分の魔法を放つしかあるまい。 まだ色々と借りがある゛レイム゛を攻撃することに躊躇いはある。けれど、そんな彼女に殺されかけている魔理沙を見殺す事もできない。 魔理沙にもまた大きな借りがあるのだ。それを返さぬまま見殺しにしてしまえば、自分は一生分の後悔を背負う事になる。 故にルイズは、今の自分が何をするべきなのかを決めていた。 常軌を逸した゛レイム゛が魔理沙を絞め殺す前に、何としてでも自分が止める事。 それが今の彼女が自らに課した、この状況で最善だと思える行動であった。 (何でこうなったのかは知らない。けど、何もしなきゃマリサが…!) 口に出さずともその表情でもって必死だという事を示すルイズは、二人まであと二メイルという所で足を止めた。 トリステイン魔法学院に在学する生徒のみが履けるローファーの底が地面をこすり、彼女の体をその場に押しとどめる。 少量の砂埃を足元にまき散らしもそれに構わず、呪文の詠唱を終えたルイズは右手に持った杖を振り上げ、唱える。 「レビテレーション!」 彼女が唱えた魔法は、本来人や物体を浮かす初歩中の初歩であり、攻撃用の魔法ではない。 それで゛レイム゛だけを浮かせても今の彼女なら動揺しそうにもないし、逆に縛り首の要領で魔理沙を殺しかねないのだ。 無論そのスペルを詠唱していたルイズ自身も理解しており、何も無意識に唱えていたワケでは無い。 彼女が魔法を唱えた直後、苦しむ魔理沙を見つめていた゛レイム゛の顔が、ルイズの方へと向く。 未だに赤く光り続ける瞳でもって睨みつけようとした時、その足元から一筋の閃光が迸る。 直射日光を思わせる程の眩しい光を直視した゛レイム゛が思わずその目を瞑ろうとした瞬間、光が爆発へと変化した。 チクトンネ街で八雲紫に放ったものとは段違いに低いそれは、爆竹十本程度の威力しかない。 ゛レイム゛の足を吹き飛ばす事は無かったが、突然の閃光から爆発というアクシデントに怯まざるを得なかった。 そしてルイズとしては、その゛レイム゛が僅かながらに隙を見せてくれたことに多少なりとも感謝していた。 何せ彼女が足元を一瞥してくれただけで、自分が一気に近づけるのだから。 「レイム!!」 目の前で殺人を犯そうとする巫女の名を叫ぶよりも前に、ルイズは走り出していた。 まるで興奮した闘牛の如く一直線に、自分の部屋に住みついた少女たちの方へ突撃する。 その足でもって地面を蹴飛ばして近づいてくるルイズに゛レイム゛は気がつくも、既に手遅れであった。 回避しようにも魔理沙の首を掴んでいるためにできず、目の前には物凄い勢いで掴みかかろうとするルイズの姿。 再会してから全く動く事が無かった彼女の目は見開かれ、無表情を保っていた顔に驚愕の色が入り込む。 一体、いつの間に―――― ゛レイム゛がそう思った瞬間。両腕を横に広げたルイズが、彼女の腰を力強く抱きしめた。 まるでお祭りで手に入れた巨大な熊のぬいぐるみに抱き着くかのように、彼女は遠慮も無く゛レイム゛に抱き着いたのだ。 それだけならまだ良かったかも知れないが、ルイズの攻撃はまだまだ終わりを見せていない。 勢いよく゛レイム゛に抱き着いたルイズはそのまま足を止めることなく、何と自らの両足を地面から離す。 まるでその場で跳び上がるかのように左足の靴先で地面を蹴り、ほんの数サント程宙に浮く。゛レイム゛を抱きしめたままの状態で。 その結果、ルイズは自らの全体重を゛レイム゛の方へ寄らせる事に成功した。 「なっ…!」 これには流石の゛レイム゛も動揺せずにはいられず、その体から一時的に力が抜けてしまう。 無意識のうちに両足が下手に動いてもつれ、ルイズの体重により身体が後ろへと傾き、不用意に手の力が緩む。 そして右手の力も抜けたおかげか、首を絞められていた魔理沙の体は死の束縛から解放される事となった。 呼吸を止められ、あと少しであの世へ入りかけたであろう黒白の魔法使いの体が、どうと地面に倒れる。 それと同時にルイズと゛レイム゛の体が勢いよく地面に倒れこみ、辺り一帯に砂塵をまき散らした。 「ルイズ…!………アンタ、無茶すぎるわよ」 ライバルの取った無茶な行動に対して毒づきつつ、キュルケは゛レイム゛の手から解放された魔理沙の姿を目に入れる。 自由を取り戻した彼女は早速口を大きく開けて、物凄い勢いでもって深呼吸をし始めている。 「―――――はぁ、はぁ、はぁ……うぇっ…ウグ…ゲホッ!!」 何回か咳き込みつつも、旧市街地の空気を取り込もうとする魔理沙は、間違いなく生きていた。 目の端に涙を溜め、落ちた衝撃で被っていた帽子が頭から取れても、彼女はただ咳き込んでいる。 だが五分もすれば先程会話した時の様に、飄々とした彼女の姿を見れるであろう。 逆にあの時、ルイズが突撃していなければ、その会話が最初で最後となっていたかもしれない。 そう考えると多少無茶だと思っていたルイズの行動も、今となっては多少の賛成くらいできる。 (あまり良い印象は持ってないけど…初めて会話した人が目の前で死ぬなんて見たくもないわ) まだまだ聞きたい事もあるし。付け加えるように心中で呟いた直後、、ルイズの怒鳴り声が聞こえてきた。 「どういう事なのよレイム!?」 地面に倒れた゛レイム゛の上に跨ったルイズは、杖を突きつけ問い詰める。 ピンクのブロンドを揺らし、怒りに震える表情でもって怒る彼女ではあったが、その手は震えていた。 まるで麻痺毒の植物を食べた時のように小刻みに震えており、それに合わせて杖も揺れている。 ルイズは恐れていた。豹変した゛レイム゛に襲われる可能性と、不本意だが恩人である彼女に杖を向けているこの状況に。 本当なら、こんな事にならなかった筈だ。 いつもの彼女ならば、面倒くさがりつつもある程度の事は教えてくれただろう。 なのに今の状況はどうだろうか?ワケもわからずに恐ろしい事をしでかし、自分が手荒なマネをしてまで止めに入る。 本当なら一回ぐらい言葉で止めるべきだったと思うが、その時のルイズにはそこまで冷静に思考はできなかった。 あの時の彼女はキュルケと一緒に、魔理沙の命をその手に掛けようとする゛レイム゛の目を見ていた。 虚ろに光り輝く赤い瞳からは、何の感情も窺えない。 自分の手で死んでゆく知り合いの顔を見ても、そこから喜怒哀楽の感情は見えなかったのである。 まるでゴミ捨て場で拾った古い人形を乱暴に弄る子供の様に、ただただ無意識に締め付けていた。 その目に、ルイズは恐怖した。あれは自分たちが良く知るいつもの゛レイム゛ではない。 このまま彼女を放置すれば、何の遠慮も無く魔理沙を殺すだろうと。 ―――――――ねぇ…あれってさぁ…ケンカ…じゃないわよね? ――――ーっ!そ、そんなワケないじゃないの!? だからこそ、キュルケの叫び対しルイズはそう返し、動いたのである。 今の彼女は言葉ではなく、その体でもって止めるべきだと。 「何でマリサの首なんか締めて…本当にどうしちゃったのよ?」 怒りの表情を保ったままのルイズは何も喋らぬ゛レイム゛に震える杖を突き付けながら、ただ語り掛ける。 魔理沙の死を何とか食い止め、人殺しの罪を背負いかけた彼女を押し倒したルイズは知りたかった。 どうしてああいう事をしたのか、自分たちの前から姿を消した間に何があったのかを。 一方で、色んな方向に動く杖の先を仰向けの態勢で見つめている゛レイム゛は、これといった動揺を見せていない。 鈍く光る赤い目でもって何も言わず、眼前に突きつけられた棒状をただジッと見つめている。 ゛レイム゛の顔に浮かぶ表情は魔理沙の首を絞めていた時と同じく無色であり、何を考えているのかもわからないのだ。 「何でもいいから、一言くらい喋ってみな……あっ」 そう言って空いた左手で彼女の袖を掴もうとした瞬間、ルイズは気づく。 手の甲を見せるようにして地面に置かれた゛レイム゛の左手。 本来ならそこにある、ルイズとの契約で刻まれたガンダールヴのルーン。 だが、今ルイズが目にしているその手には、ガンダールヴどころか何も刻まれてはいなかった。 土と煙で汚れてはいるが、黄色みがかった白い手には傷一つついていない。 まるで最初からそうだったかのように、゛レイム゛の左手はあまりにも綺麗過ぎた。 ルーンが無い事に今更気づいたルイズはその目を見開き、驚く。 ついさっきまで付いていたばかりか、魔理沙と自分の目の前で光る所をみせてくれた使い魔の証。 古今東西、主人や使い魔以外が死ぬこと意外にルーンが消えるという話など聞いたことも無い。 それなのに、自分の下にいる゛レイム゛のルーンは、嘘みたいに消えてしまっている。 ルイズは悟った。もうワケがわからない、これは自分の予想範囲を超えた事態になってしまったのだと。 「一体…何が…どうなってるのよ?」 今日何度目になるかも知れないその言葉を、口から漏らした瞬間であった。 「ちょっと、アンタ達。そんなところで何してんの?」 呆然せざるを得ないルイズの頭上から懐かしいとさえ思えてしまう、゛彼女゛の声が聞こえてきたのは。 その声を聞いた直後、その顔にハッとした表情を浮かばせたルイズは、その顔を上げる。 未だに咳き込む魔理沙の方へ近づこうとしたキュルケもそちらの方へ視線を向け、気づく。 ここから二メイル先にある元洋裁店の青い屋根の上に、一人の゛少女゛が佇んでいた。 建物自体は一階建てなので屋根も低く、夕日に照らされたその姿をハッキリと見ることができる。 紅い服に別離した白い袖、赤いリボンをはためかせたその姿をしている者は―――二人が知る限りたった一人だけだ。 「レイム…アンタもレイムなの…!?」 最初に゛少女゛を見つけたルイズは口を大きく開け、その名を叫ぶ。 春の訪れとともに出会い、自分を未知の世界へと招き入れた彼女の名を。 「一々大声で怒鳴らなくっても…ちゃんと聞こえてるわよ」 ルイズの呼びかけに対し゛少女゛―――…否、もうひとりの゛レイム゛は左手を上げ、気だるげに言葉を返した。 そして、何気なく上げたであろうその手の甲に刻まれたルーンを見て、ルイズは一つの確信を抱く。 もしこの場で二人の゛レイム゛の内、どちらが本物の゛霊夢゛かと問われれば…まちがいなくルーンのついた方を選ぶ―――と。 使い魔のルーンはそう簡単に消えるモノではないし、何より光っているところを魔理沙と一緒に見たのだ。 何がどうなっているのか何もわからないままだが、少なくとも状況が変化していくのは分かった。 (もしも私の知識が正しいのならば…ルーンのついてる方が本物のレイム…って事で良いわよね?) そんな事を思っていたルイズはしかし、ふとこんな疑問を抱く。 ―――――ルーンのついている方が本物だとするのならば、今自分の下にいるのは誰だろうか? 「―アァッ!」 脳内に浮かび上がった謎の答えを探ろと顔を下げたルイズは、突如何者かに首を絞められた。 一体何が起こったのか。急いでその目を動かしたところで、彼女は油断していたと後悔する。 襲い掛かってきた者の正体。それはルイズに飛び掛かられ、地面に倒れていた筈の゛レイム゛であった。 ルイズの首に手を掛けた時に腰を上げた巫女は、赤く光るその目で睨みつけながら、ルーンの付いていない左手で彼女の首を力強く絞めていく。 既にルイズの足は地面から離れ、まるで乗り捨てられたブランコの様に揺れ動いている。 「かは……っ!あぁっ!」 本物と同じ体格とは思えた力で息を止められたルイズはその目を見開き、体は無意識にビクンと跳ね上がる。 魔理沙もこんな風に絞められていたのだろうか。そんな疑問が脳裏をよぎる間にも、どんどん締め付けが強くなっていく。 「ルイズッ!」 本物の霊夢の登場に驚いていたキュルケがそれに気づき、腰に差した杖を手に持つ。 あのまま放っておけば、先程同じことをされていた魔理沙よりもっとヒドイ事をされるのは間違いない。 先祖代々からのライバルであり多少煩いところはあったが、それでも目の前で死なれては目覚めが悪くなってしまう。 それに、いつもの生活では味わえないような体験をしているのだ。どっちにしろ逃げるという選択肢は今のキュルケに無かった。 (何か色々と分からない事が多すぎるけど、アイツが死んだら真相は闇の中…ってところかしら?) 言い訳の様な苦言を心の中で発しつつも、彼女は杖の先端を゛レイム゛の方へ向け、詠唱を開始する。 一方、屋根の上から見下ろしていた霊夢もこれはヤバいと悟ったのか、すぐさま動き出した。 別にルイズの事が心配だとか一応は主人だから助けようという事を、彼女は考えていない。 ただ、今も幻想郷で起こっている異変を解決するにあたり一応の協力関係にあるだけのこと。 故に彼女はルイズを主人としてみる事は無く、ノコノコとついてきた魔理沙と同じように接していた。 それでも、異変のキッカケとなった召喚の儀式で出会ってからは、色々と世話になったのは事実である。 現に今日は服も買ってもらったのだ。そこまでしてくれた人間を、みすみす殺させる理由などない。 「そいつを殺されたら、色々と不味いのよねっ…と!」 霊夢は軽い感じでそう呟き、青い屋根の上からヒョイっと勢いよく飛び降りた。 一階建てなので高さもそれほどでもなく、難なく着地し終えた彼女はルーンが刻まれた左手を懐へ伸ばす。 しかしその直前、使い魔の証であるソレを目にして何か思いついたのか、ハッとした表情を浮かべて周囲を見回す。 彼女の周りにはルイズ達や、先程゛レイム゛が飛び出してきた雑貨屋などを含む幾つかの廃屋しかない。 それでも霊夢は辺りを見回し、今自分が゛思いついた事゛を実行できる゛物゛がないか探している。 「参ったわね…ちょっと試したい事があるのに限っていつもこんなんだから―――――…あ」 軽く愚痴をこぼしながら足元を見つめていた時、ふと近くにある廃屋の入り口の方へと目が向いた。 そこは先程、彼女の偽物が扉と一緒に出てきた元雑貨店であり、霊夢の目から見ても相当荒れているとわかる。 その出入り口の近くには、霊夢が両手で抱えられる大きさの箱が放置されている。 恐らく中に置かれていたであろうソレは半壊しており、中に入っていたフォークやスプーン等の食器が周囲に散乱していた。 長い事放置されていた食器は大半が錆びており、無事なモノでも迂闊に触りたくない雰囲気を漂わしている。 しかし彼女が目を向けた物は、人の手に触られる事無く朽ちた食器たちの中でも一際目立つ存在であった。 (まぁ、どうかは知らないけど…あれなら一応は使えるわよね?) 自身の左手の甲に刻まれたルーンを再度一瞥した彼女は、心の中で質問に近い言葉を浮かべる。 この廃墟で偽者と再会して以降光り続けるソレは、ある程度弱々しくなったものの未だにその輝きを失っていない。 そして今も尚、彼女の耳には聞こえていた。誰のモノかも知れない謎の声が―――― ――――武器を取れ、ヤツを倒せ (まぁ不本意と言えば不本意だけど…状況が状況だし、モノは試しということでやってみようかしら?) 鬱陶しいルーンの光と謎の声へ向けて嫌味に近い感じの言葉を送り、彼女は決意する。 それは自分にしか聞こえない迷惑すぎる声に従う事であり、何処か腹立たしい気持ちを覚えてしまう。 しかし今の様にルイズが殺されそうになっている状況で、声に従わないという事など彼女は考えてもいない。 針も無しお札も無し、頼りになるのは弱いスペルカードだけという今なら、謎の声の方が正しいと理解せざるを得ないのだ。 (使えるモノは思い切って使う。とにかく…これから長い付き合いになりそうだしね) 一度決まれば行動するのは早く、霊夢はスッとその足を動かして走り出す。 雑貨屋に置いてある食器にしては不釣り合いすぎる、鈍く光る身を持つ゛武器たち゛を求めて。 一方、そんな事をしている間にも、息を止められたルイズの心臓は刻一刻とその鼓動を弱くさせていた。 ルーンの付いてない゛レイム゛に殺されようとしている彼女は身じろぎ一つできない。 (息――できな……このままじゃコイツに…) 死ぬのは勿論嫌なのでどうにかしたい所だか、今の彼女に碌な抵抗はできない。 首を絞める゛レイム゛の左腕の力が思った以上に強く、自分の両手で彼女の腕を掴むことだけで精一杯であった。 それ以外にできる事は無く八方塞がりな状況に陥った時、ルイズはその目を動かす。 幸いか否か視界は良好であり、目を光らせながら自身の首を締め付ける゛レイム゛の顔をハッキリと見る事が出来た。 廃屋の中から出てきた彼女はこちらへ顔を向けた時と同じく、無表情を保ち続けている。 ただ変わった事と言えば、その時からずっと輝き続けている赤い目の光が強くなっていることだ。 まるで切創から溢れ出る血の様な色をしたソレは、不気味さを通り越した何かを孕んでいる。 それと目と自分の目を合わせながら死へと近づくルイズは、明確な恐怖を感じてしまう。 (誰…か、助けて…だれでも…イイカラ…) 心の中で彼女がそう願った時、暗くなっていく視界の左端に細長い銀色の光が入り込んできた。 夜空を一瞬で過る流れ星のような速度でもって現れ、゛レイム゛の左手の甲へ吸い込まれるようにして…突き刺さった。 「なっ…―――!?」 直後、突然の事にまたも驚いた゛レイム゛の左手から力が抜け、絞首の魔の手から解放されたルイズが地面へと倒れる。 「…!―――ルイズッ!」 突然の事に軽く驚き詠唱を中断してしまったキュルケが、死から逃れた好敵手の名を叫ぶ。 それに応えてか否か、体の自由を取り戻せたルイズは早速呼吸をしようとして苦しそうに咳き込み始める。 「コホッ、ゲホ……!な――何があったのよ…?」 汚れた地面へとその身を横たえたルイズもキュルケ同様に驚くが、口から出た疑問はすぐに解決した。 鈍い音を立てて彼女の手に甲に刺さった細長い銀色の光。その正体は、一本の古びたナイフだった。 長い間放置されて薄汚れてしまった柄に多少の錆が目立つ刀身は、どう見ても街で売れるような代物ではない。 仮に低価格で売ろうとしても、銀貨一、二枚で売らなければ買い手など見つからないだろう。 それでも武器としてはまだまだ使える方なのか、刺された゛レイム゛は充分に痛がっている。 「くっ…うっ…」 苦痛に耐えるかのようなうめき声を上げながらも、彼女はそれを抜こうと残った右手でナイフの柄を握る。 左手を貫くかのような形で突き刺さるナイフの刃先から少量の血が流れ、滴となって地面に落ちていく。 ポタポタと耳に心地よいリズムに、刀身に絡みつく血が、ルイズの心に不安定な気持ちを植え付ける。 そんな彼女の事などお構いなしにと言いたいのか、゛レイム゛は一呼吸置いてから、勢いよくナイフを引き抜いた。 直後、吐き気を催す音と共にルイズの方に幾つもの血が飛び散り、彼女の顔を遠慮なく汚す。 少し遠くから見ればニキビと勘違いしてしまう液体は、近くに寄れば錆びた鉄と良く似た匂いをイヤと言うほど嗅げるだろう。 そんな液体を顔に浴びたルイズは、最初それが何なのかわからなずキョトンとした表情を浮かべるも、それは一瞬であった。 「あっ……うぐっ…」 自分の顔に何が掛かったのか。それを知った瞬間、喉元から良くないモノが込み上がってきた。 咄嗟に両手で口を押さえ、名家の令嬢にふさわしくないそれを口から出すまいと我慢する。 今まで顔に血を浴びるという経験が無かった故、吐き気を覚えてしまうのは致し方ないだろう。 だからといって、今ここで出してしまうというのは彼女のプライドが許しはしなかった。 この場で吐き気を堪えられないという事は即ち、その程度の事で腰を抜かすのが自分だという事を認めてしまう。 それでは、ここへ来る前に八雲紫の前で誓った自分の決意など、見せかけの言葉にしかならない。 (駄目よルイズ…!まだ戦ってもいないのに弱気になるなんて事…絶対に駄目) 何とかして吐き気を抑え込んだルイズは自らを戒めつつ、ナイフを抜いた゛レイム゛の方へと顔を向ける。 鳶色の瞳が向いた先、そこにいた巫女の目はこちらを見つめてはいなかった。 光り続けるその目を細め、先程自分が出てきた元雑貨屋をキッと睨みつけている。 左手の中心部と甲から血を流しているにも関わらず、その傷を作ったナイフを右手に握り締める姿は正に狂戦士だ。 先程痛がっていた姿が嘘の様に見えてしまい、ルイズは無意識のうちに身震いをしてしまう。 痛みを無視してまで、誰を睨みつけているのか。 吐き気が失せた彼女はそんな事を思いながら振り向き、目を丸くする。 「聞こえなかったかしら、ソイツを殺されると色々不味いって?」 ゛レイム゛が睨み、ルイズがアッと思ったその視線の先にある一軒の廃屋。 先程まで誰もいなかった元雑貨店の出入り口のすぐ傍に、゛レイム゛と対峙している霊夢がいた。 これからどうしようかと考えているのか、面倒くさそうな表情を浮かべる彼女の右手には、二本のナイフが握られている。 本来は果物を切るために使われるであろうそれらは、軽く見ただけでも錆びているのがわかる。 それを目にしたルイズは察した。いつの間にかナイフを手にした霊夢が、自分を助けてくれたのだと。 今もそうだが、面倒だと言いたげな表情を浮かべているにも関わらず、事ある度に色々と助けてくれた。 そうして助けてくれる分、ルイズは彼女へ幾つもの借りを作ってきた。増えすぎたがために、大きくなった借りを。 しかし。ルイズとしてはこれ以上霊夢への借りは極力作りたくないと思っていた。 無論命を助けてくれた借りは返すつもりではあるし、下賤な輩みたいに遠慮も無く踏み倒す気は無い。 彼女は決意したのだ。自分は守られる側ではなく、幻想郷から来た者たちと共に戦う側になると。 未だ正体すらわからぬ黒幕と戦いを交え、霊夢の召喚から今も続く彼女の世界での異変を止める為に。 だからこそわかっていた。今この状況で、自分が何をすべきすという事を。 (そうよ…怯えたら駄目なのよルイズ・フランソワーズ!) 赤い斑点を顔につけたまま自らを鼓舞するルイズが、杖を持つ手に力を入れる。 その姿は正に、世界を混沌に陥れるであろう魔王と対峙する騎士の様であった。 そして、誰の耳にも入らぬ心中の叫びが合図となったのだろうか。 左手を自らの血で染めた゛レイム゛が右手のナイフを構え、目の前にいる霊夢へと跳びかかった。 飛蝗のように地を蹴り上げ、ナイフを振り上げたその手は蟷螂の前脚を彷彿とさせる。 霊夢と似すぎるその顔と、未だ輝き続ける目からは、怒りの感情が沸々と込み上げてきていた。 突然の事にルイズと遠くにいたキュルケが驚く一方で、霊夢は苦虫を踏んだかのような表情を浮かべた。 「三度目の正直ってところかしら?もうちょっと休ませてほしいんだけど…ねぇっ!」 心底嫌そうな感じで喋った彼女は、ルーンが刻まれた左手を突き出して結界を展開する。 そして振り下ろされたナイフと結界が接触した瞬間、本日三度目となる戦いが始まった。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん