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前ページ次ページルイズと夜闇の魔法使い タバサとマチルダを背に乗せたシルフィードは、闇の中をゆっくりと飛翔していた。 闇と言っても夜の闇どころの話ではなく、まさに一寸先すら見通せないほどの暗闇だ。 夜明けと共にウェストウッド村を出立した一行は一時間ほどでニューカッスル近郊まで辿り着いた。 そこから雲海に潜り込む形で大陸の下部へと移動し、ニューカッスル城の直下へと向かう。 マチルダの話によればそこに城へと通じる穴があるらしいのだが、誰もその手の観測技術や知識を持ち合わせていないので『直下』がどこにあるかがわからない。 なので一行はこうしてしらみつぶしに飛び回り穴を捜索しているのだ。 とはいえ、大陸と雲海によって光が阻まれたこの場では人の目はまったくと言っていいほど役に立たない。 背に乗る二人が魔法の灯をつけていても、1メイル先がようやくおぼろげに見えるかどうかというレベルなのだ。 タバサは真っ黒い雲を見つめながら、マチルダが風竜が必要と言っていた理由を理解する。 ここで頼りになるのはシルフィードの――風竜の名の通り、風の流れを読み取って周囲を探る能力だけだった。 そんな折、背後からゴン、と何かがぶつかる鈍い音と「いでっ」とくぐもった悲鳴が漏れた。 次いで背後の闇の中から怒号が轟いた。 「こらぁ、シルフィード! てめえわざとやってんだろ! なんでこんなギリギリのトコ飛んでんだよ!!」 柊だった。 出発する際シルフィードが柊を背に乗せるのを頑として受け入れなかったため、仕方なく彼だけは箒に乗ってロープで曳航する形になっているのだ。 「……確かに優秀な風竜だね」 ロープの端を握っていたマチルダが半ば感嘆交じりに言うと、シルフィードが「きゅいっ」と自慢気に声を上げる。 大陸の岩壁スレスレを飛行しながら、かつシルフィードよりも小さい柊がぶつかるような進路を選んでいる辺りかなり風を感じ取る能力が高いことが窺えた。 風竜の面目躍如といったところだろうか。 そんなこんなでシルフィードは(柊を岩壁にぶつけつつ)捜索を行い、ややあって大きな穴を発見した。 艦艇が進入することを想定してか穴はやや人為的に広げられた感があり、大きさも数百メイルはあるだろうことがわかる。 穴に進入してあとは上昇する段になりようやく箒に乗った柊がシルフィードの隣に並び、怒りを込めた視線をシルフィードに向けた。 「……お前、アルビオンに来る時のこと根に持ってんだろ」 「ぐるる……」 するとシルフィードは威嚇するように牙を剥いてきた。 一緒にマチルダがいるので喋りはしないものの、その視線からは明らかに敵意が篭っているのが見て取れた。 柊は忌々しげに舌打ちすると、眼を切って上方を見つめた。 暗闇が次第に晴れていき、やがて大きく開ける。 そこは天然の鍾乳洞を利用した港だった。 どこかに出航しているのかそれとももはや存在していないのか、艦艇の姿は見受けられなかったが、岸壁の上には幾人かの作業員らしき人間がいるのが見えた。 彼等はシルフィード達に気付くと悲鳴を上げ、それが波及するかのように全体に行き渡り我先にと逃げ出し始めてしまう。 この展開は既に予想済みであるので柊は特に彼等を引きとめようとはせず、シルフィードとそれに乗る二人に手で合図した後一人で岸壁の上へと着陸した。 それに合わせるように入口から武器を手にした兵士達が殺到した。 流石にここまで戦い生き抜いてきただけに兵士達は錬度も高く、彼等は一糸乱れぬ動きであっという間に柊を取り囲む。 ずらりと向けられた槍の穂先を前に、柊は両の手を上げて戦意がない事を示した。 「何者か!」 少なくとも現状では荒事に及ぶつもりがないことを察したのか、兵士の一人が誰何の声を上げる。 人数が多すぎて誰があげた声かはわからず、柊は軽く兵士達を見回してから答えた。 「トリステインの人間だ。あるお方から密命を帯びてここまで来た」 そう言うと兵士の中の幾人かが僅かに困惑した表情を見せた。おそらく彼等は新兵なのだろう。 実際、それ以外の大多数の兵士は微塵も緩んだ気配を見せず逆に柊に一歩詰め寄る具合だ。 まあ現在のアルビオンの情勢から行けばこの反応はやはり当然ではある。 問題はここからだ。 柊が上げた手の片方をゆっくりと下げ、懐へと伸ばす。 途端に兵士達の気配が剣呑さを増し、槍を持つ手に力が篭った。 彼等(特に新兵達)が先走らないように注意しつつ、柊は努めて緩慢な動作で懐からアンリエッタに書いてもらった親書を取り出す。 そして記された花押を見せ付けるようにそれを兵士達の前に押し出した。 「これが俺達がトリステインの密使である証だ」 そこでようやく兵士達全体に僅かながらの動揺が浮かんだが、それでも柊に突きつけられた槍が引かれることはない。 幾人かが顔を見合わせ「本物か?」などと呟いていると、包囲の一角が割れて一人の男が歩み寄ってきた。 周囲の兵士達よりも年輪と気配を帯びた壮年のメイジ。マントや衣服の意匠からみると兵士長や衛士に属する人間のようだ。 彼は腰に差した剣――いや、それを模した軍杖だろう――に手をかけたまま、柊に向かって口を開いた。 「花押はトリステインのものだが、それだけで信用する訳にはいかぬ。中身を改めさせて頂きたい」 台詞だけは穏便なものであったが、語りかけるそのメイジの空気には有無を言わせぬものがあった。 しかし柊は物怖じする事もなく首を振る。 「この親書はウェールズ皇太子に直接渡すよう言い遣ってる。アンタに渡すわけにはいかない」 言うとメイジの眉が僅かに持ち上がり、軍杖にかけた手に力が篭る。 それを制するように柊は再び懐に手を伸ばし、今度はアンリエッタから預かった水のルビーを取り出した。 柊はルビーを相手に示した後、それを床に置いてから岸壁ぎりぎりまで下がって距離を取る。 壮年のメイジは柊の動きを見計らってからゆっくりと歩み寄り水のルビーを拾い上げた。 「……これは?」 「身の証に、と預かってきたものだ。何でも王家に伝わるモノらしい。あんたがわからないなら、わかる奴に見せてくれ」 手の中のルビーを検分していたメイジに柊がそう言うと、彼はしばしの沈黙の後ようやく手を軍杖から離して兵士達に指示を送った。 槍が一斉に引かれ包囲の輪が大きく開かれる。 半分ほどが城内へと戻っていくのを見届けた後、壮年のメイジは柊に向かって声をかけた。 「生憎私では判別がつかぬゆえ、しかるべき方に確認を願おう。それまではこの場で待機して頂きたい」 「それは構わないが……あの二人を下ろしても? 風竜を飛ばせっぱなしってのもちょっと……」 「申し訳ないがそれはできない。その程度で風竜は疲弊などせぬし、疑惑が晴れぬままメイジを二人も上げる訳にはいかん」 「……わかった」 状況が状況だけに致し方ない所だろう。 嘆息交じりに柊が答えると壮年のメイジは軽く頷いてから踵を返し場内へと戻っていった。 ルビーは正真正銘本物なので山は越えたと言ってもいい。 強いて問題があるとすればそれをあの男が実は貴族派のスパイで、そのまま握り潰され賊として捕らえられる可能性だ。 しかしここまできたらもう腹を括るしかないだろう。 柊はシルフィードに乗る二人に声をかけた後、遠巻きにこちらを警戒する兵士達を一瞥して息を吐いた。 それから30分ほどをまんじりと待ち続けていると、先程のメイジが一人の老人を連れて港へと戻ってきた。 服装から言って兵士ではなく侍従あたりだろうか、その老人は柊の元まで歩み寄ると恭しく膝を折り懐から水のルビーを取り出す。 「紛う事なくトリステインに伝わる水のルビー、確認いたしましてございます。 彼の国より遠路はるばる……しかもこのような危地に赴いて下さった大使殿に対する非礼をお詫びいたします」 「い、いや。こんな情勢なんだから当然の対応です。だからそんなかしこまる必要は……」 見れば脇に控えるメイジまで膝を折っており、年上の二人にかしずかれた格好になる柊は慌てて手を振った。 恭しく差し出された水のルビーを受け取ってから二人に立ち上がるよう促す。 立ち上がった脇のメイジの指示で空中で待機していたシルフィードがゆっくりと岸壁に着地し、タバサとマチルダが下りてきたのを確認した後柊は改めて老人に向き直った。 「それで、えぇと……」 「パリーと申します」 「パリーさん。それで、俺達はウェールズ皇太子に親書を渡すように言われて来たんですけど、案内してくれますか」 するとパリーは頭を下げ、申し訳なさそうに言葉を返した。 「殿下は今朝方この港より出航され、城にはおりませぬ。夕刻には戻られる予定なのですが……」 「マジか……」 ここに来てすれ違いになる事は予想できず、柊は思わず渋面を作って唸ってしまった。 だが夕方に戻ってくるのはわかっているのだから、後は彼の帰りを待っていればいいだけのことだ。 しかし次いで放ったパリーの言葉は、柊の想定を更に越えた。 「つきましては、我等が主君たるアルビオン王――ジェームズ陛下より謁見を許されましたゆえ、ご案内いたします」 「……は?」 さらりと言ってのけたパリーの言葉に、柊は片頬を引きつらせて固まってしまった。 数十秒の凝固の後、かすれるような声でおずおずと尋ねる。 「いや、わざわざ王様、じゃねえ、国王陛下に謁見を賜るほどの事じゃないんですけど……」 「トリステインからの……そして恐らくはこの国最後となる大使の来訪でございますれば、最大の礼を以って応えるのが相応しかろうと陛下は仰っております」 「……」 自分達が来たことが何故国王にまで伝わっているのか――と口に出かけたが、声に出す直前でその理由を悟った。 先程身の証に渡した水のルビー。あれの真贋を確かめられる人物が他にいなかったのだろう。 ウェールズ王子がこの城にいない事がここにまで響いていたのだ。 ともあれ、そのような事を一国の王から提示されては断る事などできるはずもない。 柊は縋るようにして控えていたタバサとマチルダに眼を向けた。 すると変装のためか学院にいた頃のように眼鏡をかけているマチルダがにっこりととてもいい笑顔を浮かべる。 「わたくしはただの付き添いですから、玉体を拝するなど畏れ多い栄誉を賜るわけにはいきませんわ。風竜の面倒でも見て待っています」 続いてタバサが口を開きかけたが、それを封殺するように柊は彼女に詰め寄って両肩を掴んで叫んだ。 「頼むタバサ、一緒に来てくれ! 俺にはお前が必要だ!」 「……」 タバサは今にも土下座しそうな勢いで頭を下げる柊を半眼で見やると、諦めたかのように小さく溜息を吐き出した。 それを見計らったかのようにパリーは一礼すると、恭しく二人を促す。 「それでは大使殿、こちらへ」 ※ ※ ※ ……どうしてこうなった。 柊はくたびれた絨毯が敷かれた床を凝視しながら心の中で呻いた。 パリーに案内されて二人が訪れたのは城の天守にある広間だった。 城の規模からいって国王が居城とする事は想定されていなかったらしく、即席で誂えられた謁見の間であるようだ。 上座に添えられた玉座も質はいいものなのだろうが、仮にも一国の王が座するには些か見栄えがよくないはずだ。 はず、というのは柊が実際に見たのは入室した折に少し観察した空の玉座だけだったからだ。 「叛徒共の陣営を潜り抜けての来訪、大儀であった」 「……は」 上座から届くパリーの声に柊は少しだけ上擦った声で返すと、頭を深く垂れる。 王の御前にあって許しもなく顔を上げる事などできようはずもなく、柊はタバサと共に膝を折り床を凝視したままだ。 もっともそれはそれで柊には幸運だったのかもしれない。 何故なら頭を垂れて床を見る柊の顔は、これ以上ないほどの渋面だったからだ。 (……これからどうすりゃいいんだ?) 形式的に言えば口上か何かを述べるべきなのであろう。 しかし柊はこのような状況の当事者となった事がない。 状況だけで言うなら例えば『世界の守護者』として実質ウィザード達を纏める指導者たるアンゼロットと何度も会っているし、 ラース=フェリアでとある事件を解決した際にはその地――フレイス地方を治める炎導王と見えた事もある。 しかし両者共に質実と言った感じで、こういった形式や格式というものが先立ったものではなかったのだ。 柊は救いを求めるようにタバサをちらりと横目で見やった。 しかしタバサは跪いた姿勢のまま微動だにせず、柊の視線にも一切反応しない。 どうしていいのかわからず柊が固まっていると、上座からくく、とくぐもった笑い声が聞こえた。 「よい。そちらの娘はともかくそなたは貴族でないようだ……無理にとってつけた口上なぞする必要はない」 聞いたことのない老人の声。おそらくはアルビオン王たるジェームズ一世のものだろう。 陛下、というパリーの呟きが聞こえたが、ジェームズ王は更に続けた。 「貴族でなくとも太后……いや、今はアンリエッタか? あれに水のルビーを託されるに足る人物というだけで十分じゃ。……面を上げよ」 言われて柊は内心で大いに安堵の息を吐きつつ、ゆっくりと顔を上げた。 そして王の姿を見やり……少しだけ驚いた。 入室時には少し物足りない玉座だと思っていたのだが、その玉座とそれに座する王の姿はそれなりに似合っていたのだ。 端的に言ってしまって先程述べたアンゼロットや炎導王と比べると、覇気やカリスマと言ったような『王』と感じさせるようなものがほとんど感じられなかった。 ジェームズ王は柊とタバサの顔を見やった後、呟くように語った。 「して、何やら親書を預かっているとか」 きた、と柊は思った。 この謁見に至った経緯からしてここを避けて通る事ができないのは最初からわかっていた。 なので柊は再び頭を垂れると、努めて恭しく返した。 「無礼を承知で申し上げます。私が預かった親書は、王女殿下よりウェールズ皇太子に直接手渡すように厳命されています。 これに悖ることは殿下への忠誠に悖るに等しいこと。……ですので、例え陛下と言えどお渡しするわけにはいきません」 ところどころ言葉が怪しかったが即興なので仕方がない。 それより懸念すべきは、その言葉と同時に張り詰めたこの場の空気だ。 即座に手打ちにされても文句は言えない――実際に脇に並んでいる近衛達の反応ははっきりと敵対だった。 が、当のジェームズ王は憚る事なく大きな笑い声を上げた。 「いや、平民でありながら見事な忠誠である! 我が国にもそなたような若者がもっとおれば、このような醜態をさらす事もなかったかもしれぬな!」 王はしばしの間笑い続けると、疲れたように大きな息を吐いた後柊を見つめた。 「そなたの忠誠は認めよう。しかしながら、朕はウェールズの父であり、主である。 その朕に見せられぬ書状となれば、遺憾ながら息子と王女殿下に朕に対する含むところを疑わねばならぬ」 「な……い、いや、そんな含むところなんて!」 予想外の反応に柊は思わず顔を上げてジェームズ王を見やった。 しかし王は柊の視線を意にも介さず、言葉を続ける。 「肉親の陰謀や争いなど平民でも珍しくはあるまい。貴族ならばなおさらじゃ。ガリアしかり……我がアルビオンもしかり」 「陛下……」 どこか自虐的に言った王の言葉にパリーがいたたまれないと言った様子で呟いた。 そして彼は王に一礼すると、柊の下に歩み寄って跪き顔を突き合わせるように囁く。 「大使殿。含むところがないというならば、親書をお渡し下され。貴方の忠誠に疑いない事はこのパリーめがウェールズ王子にもお伝え申し上げますゆえ」 「くっ……」 こうなってしまっては渡さないわけにはいかない。 選択をあやまったかと歯噛みしながら、柊は懐から親書を取り出しパリーに預けた。 かたじけない、と囁きつつパリーは親書を手に再びジェームズ王の下に戻り、恭しくそれを差し出す。 王は軽く頷くと花押を切り親書を読み始めた。 痛いほどの沈黙の中ジェームズ王は黙々とアンリエッタの手紙を読み続ける。 そして最後まで眼を通した後、老王は皺を深めて軽く笑った。 「……若いな」 言ってジェームズ王は親書を閉じるとパリーに手渡し、玉座に腰を深く埋めて大きく溜息を吐いた。 パリーが親書を柊へと返却するまでの間彼は何事かを思案するかのように瞑目し、再び溜息をついてからようやくといった様子で跪く柊達に向かって口を開く。 「あいわかった。仔細はウェールズに任せるゆえ、あれが戻るまでこの城で留まるがよかろう。もはや陥落寸前の城ゆえ寛げぬやもしれぬが」 「……。ありがとうございます」 叩頭する柊にジェームズ王は一つ頷くと、軽く手を振って謁見終了の意を示した。 ※ ※ ※ 謁見を終えて御前を辞した柊とタバサは用意された部屋へと案内された。 部屋に入るや否や柊は酷く疲れた様子でベッドへふらふらと歩を進め倒れこむ。 「あ゛ーー、きっつ……」 あの手の畏まった場は柊のもっとも苦手とする所である。 はっきりいってこれならクリーチャーの群れに放り込まれた方がいくらかマシというものだ。 「フォローくらい入れてくれたっていいじゃねえかよ……」 言いながら柊は恨みがましげに椅子に座ったタバサをねめつける。 最初パリー達は柊達に個室を用意しようとしていたのが、柊はそれを固辞してマチルダを含めた三人を相部屋にしてもらったのだ。 状況的に言ってそんな贅沢を享受したくはないし、柊もタバサも相部屋というところを気兼ねする性格でもない。 マチルダには何の相談もしていないが、彼女もおそらく気にはしないだろう。 ともあれ、柊の非難の視線を浴びたタバサはしかし全く悪びれもしなかった。 彼女は窓から見える城内中庭を眺めながらボソリと呟いた。 「……私はただの付き添い。王の御前で許しもなく口を挟むなんてできるはずがない」 「……」 ぐうの音もでない正論を返されて柊はベッドに突っ伏した。 お互いに会話もなく、動きもないしばらくの静寂が続く。 やがて柊は何かを思い出したかのようにベッドから身を起こし、頭をかいた。 「一応連絡しとくか」 懐から0-Phoneを取り出してエリスに電話をかける。 ……が、反応がなかった。 呼び出し音が続いているので電源を切っている訳ではなさそうだが、彼女は電話に出なかった。 コールを続けながら一応ディスプレイで時間を確認してみる。 正確な時刻による区分はないものの、この時間帯なら大体学院は昼休みだったはずだ。 まあエリスにはメイド達の仕事の手伝いがあるので、それが忙しいのかもしれない。 柊はふうと溜息をつくと呼出を止め、タバサに顔を向ける。 「とりあえずロングビル先生呼んでくるわ」 柊がその名を呼んだのはニューカッスル城に赴く前、当のマチルダから自分の名は出さないように言い含められていたためである。 この部屋には柊とタバサしかいないのだがどこに耳があるかわからないし、そもそも学院で物別れになるまではその名で呼んでいたので柊としてはそちらの方が呼びやすかった。 「私もいく。シルフィードが心配」 「ここは一応味方の陣内だぜ?」 「あの子が何かしでかさないか心配」 「ああ、そう」 嘆息交じりに言って柊が立ち上がりかけたその時、手持ち無沙汰に握っていた0-Phoneが振動し始めた。 こちらから電話をかけたことに気付いたのだろう。 柊はすぐにボタンを押して語りかける。 「おう、エリ――」 『死ね!!!!!』 柊の耳を貫き、少し離れていたタバサにまで聞こえるほどの大絶叫が轟いた。 言うまでもなく、ルイズの怒号である。 そしてその一言だけで通信が切れた。 二人はしばしの間時間が止まったかのように固まり、やがて柊が改めて電話をかける。 エリスの0-Phoneの電源が切られていた。 「異世界人のくせしてケータイを使いこなしてんじゃねえよ……!?」 ベッドに自分の0-Phoneを叩きつけながら柊は呻き、そしてがっくりと肩を落とした。 怒っている事は予想できていたが、想像以上のキレっぷりだった。 何故エリスの0-Phoneをルイズが持っているのかはわからないが、とにかくもうこちらから連絡を取ることはできないようだ。 「仕方ねえ。とりあえずやることだけはやっとこう……」 嘆息交じりに柊は呟くのだった。 ※ ※ ※ ルイズ達を乗せたフネ――マリー・ガラント号は夜明けと同時にラ・ローシェルの港から出航し、陽が中天を頃合になってアルビオン大陸を臨む空域へと辿り着いていた。 しかしそこで神と始祖がそろってうたた寝でもしてしまったのだろうか、運悪く空賊に出くわしてしまったのだ。 所詮しがない商船でしかないマリー・ガラント号がそれなりの武装を携えた空賊船に抗えることができようもなく、それに乗ったルイズ達もあえなく捕まってしまった。 「……どうにかできなかったの?」 空賊船の船室に押し込められたルイズが、同じく捕らえられたワルドに呟いた。 現在でこそ杖を取り上げられて無力化されてしまっているが、空賊が襲ってきた時点で完調だったはずの彼が遅れを取るとは思えなかった。 しかし当のワルドは壁に背を預けたまま軽く肩を竦めた。 「こちらの戦力は事実上僕だけで、向こうにはメイジが複数いたからね。できなかった、とは言わないが、やれば少なからず犠牲が出ていただろう。 度合いによっては、賊を退けてもフネが飛ばない恐れもあった」 そう言われては反論することができず、ルイズは溜息をつく事しかできなかった。 「あ、あの。これからどうなるんでしょう」 エリスが不安げに尋ねると再びワルドが答える。 「おそらく荷を根こそぎ奪われた後、港か接岸できる岸で放逐といった所か……かの『凶鳥』とやらに出くわさなかっただけまだマシ、と言うべきかもしれないな」 「そんな……」 尋ねたエリスは勿論、それを共に聞いていたルイズの顔にも不安の影が滲む。 そんな時、船室の扉が音を立てて開いた。 エリスの表情に警戒が浮かび、ルイズは不安を押し殺すように歯を噛んで目線を険しくした。 そしてワルドもまた眼を細めて僅かに壁から身を離す。 入ってきたのは痩せぎすの空賊だった。 彼は三者を順繰りに眺めやった後、廊下にいるのだろう仲間に何事かを呟く仕草をした後ワルドに向かって言った。 「そこの伊達男はもう少し下がってもらおうか」 「あいにく、婦女子を置いて引くような浅ましい生き方はした事がないのでね」 眼光を鋭くして言い放つワルドに、空賊は軽く笑う。 「安心しな、今のところは話をするだけさ。俺もこれ以上近づかねえ」 「……ワルド」 それでも動こうとしないワルドを見やって、ルイズは彼に声をかけた。 すると彼はいささか不満そうに嘆息すると、ルイズ達を挟んで空賊の男と反対の位置にまで引き下がる。 それを見届けると男は少しだけ緊張を解いてからさて、と切り出した。 「お前さんがた、アルビオンに何の用だ?」 「旅行よ」 「トリステインの貴族様がこのご時勢のアルビオンに旅行? 何を観光するつもりだ?」 「あんたに言う必要はないわ」 不快を隠そうともせずに吐き捨てたルイズを見て、男は軽く肩を竦めた。 そして男は僅かに眉根を寄せて、再び切り出す。 「あんたらの乗ってたフネは貴族派相手の商船だったようだが、あんたらも貴族派なのかい?」 「……だったらどうだっていうのよ」 「俺たちにとっちゃどっちも『お客さん』だが、どっちかによって扱いが変わる。貴族派ならその辺の港で下ろしてそれで終わりだが、王党派だってんならもう少し同行してもらう事になるな」 「貴族派に売るつもり? 下賎な空賊の考えそうな事ね」 「商人がモノを売るのと同じさ。この場合情報屋の方が近いかもしれんがね。正しく"生きた情報"って奴だ」 言って男がくぐもった笑い声を上げると、ルイズは険しかった表情を更に歪め、拳を握る。 一方で憤懣やる方ないルイズを傍で見ていたエリスは、内心ではほんの僅かな希望を感じていた。 ここで形だけでも貴族派と偽っておけば、追及もそれなりにはあるだろうがどうにかごまかし解放されることもできる。 ……のだが、それはやはり『僅かな希望』でしかなかった。 何故なら、 「――冗談じゃないわ! 誰が貴族派なものですか!」 (……やっぱり) ルイズがまず間違いなくこう反応することは一ヶ月ほどの付き合いでも十分すぎるほど予測できた。 助けを求めるようにワルドに眼を向けたが、彼はどこか満足そうに笑みを浮かべて軽く頷くのみ。 思わず嘆息を漏らしてしまったエリスに気付く事もなく、ルイズは今にも掴みかからん勢いで空賊の男に向かって一歩を踏み出した。 そして彼女はいかにも尊大な態度で腕を組み、男に宣言する。 「わたしはさるお方からアルビオン王政府に対して任を賜ったいわば大使なのよ。大使としての扱いを要ぅっきゅうん!?」 「!?」 台詞の途中でいきなりひっくり返った声を上げたルイズに、その場にいた全員がぎょっと眼を剥く。 ルイズは僅かに身体を震わせ、まるで何かに耐えるようにスカートをぎゅっと握り締めて身をよじった。 「ル、ルイズ?」 「ルイズさん……?」 「お、おい。どうした? 大丈夫か?」 「なァ――んくっ、なんでも……ッ、ないわよ……!」 三人が怪訝な表情で見つめる中、ルイズは僅かに頬を紅潮させ歯を食いしばりながら呻いた。 「とにかく、そういう事なんだから……んッ、態度を改めなさいよね……っつぅ……」 「そ、そうか。よくわからんがまあいい。とにかくお前等、ただじゃすまないぜ」 どことなく気を殺がれた様子で空賊の男はそう漏らし、首を傾げながら部屋を出て行った。 男が部屋から姿を消し扉が閉まるのと同時、ルイズはその場に崩れ落ちて突っ伏した。 「ルイズ、どうしたんだ?」 ワルドが彼女の傍まで近づいて尋ねるが、ルイズはそれには答えず顔を伏せたままわなわなと震えている。 心配そうにエリスが屈みこみ様子を見ようとしたが、唐突にルイズはばっと跳ね起きた。 持ち上がった彼女の表情を見てエリスは背中に冷たいものが走った。 彼女の顔に浮かんでいたのは紛う事なく憤怒の顔だったからだ。 ルイズは素早く懐から0-Phoneを取り出し、エリスも驚くほどに流暢な仕草で操作し始める。 呆気に取られる二人をよそにルイズはこの0-Phoneに唯一繋がる相手――柊を呼び出した。 『おう、エリ――』 「死ね!!!!!」 フネが揺れたと錯覚するほどの大絶叫でそう吐き捨てた後、ルイズは速攻で電源を切り0-Phoneを壁に向かって思い切り投げつける。 派手な音を立てて0-Phoneが壁にぶつかり床に転がった。 「あぁーっ!? な、なんてことするんですかぁ!?」 エリスは顔を青くして駆け出した。 しかしルイズはそれを無視して再び床に突っ伏すと、頭をかきむしったりガンガンと床を殴り始める。 「こっ、ここ、殺す! あの男、殺してやるわ! よくも、よくもわたしに、わたしにあんな恥を!! し、しかも平民!! 空賊なんかの前でえぇぇえ!!!」 彼女は叫びながら服が汚れるのも構わず床をごろごろと転がってのたうち回る。 一方エリスは拾い上げた0-Phoneを大事そうに抱え動作を確認した。 月衣に入れておく場合が多いとはいえ、仮にも侵魔と闘うウィザード達が常備する機器だけに特に壊れた様子はない。 と、そこでエリスはルイズのこれまでの一連の行動の原因に気付いた。 0-Phoneを見てみるとルイズが柊にかけるより前に、柊の方から着信があったのだ。 バイブ設定にしてあったので着信音はならなかったが、ルイズの懐に入れていたそれがいきなり震えだしたのでびっくりしてしまったのだろう。 まあともかく、紆余曲折があったとはいえようやく0-Phoneを取り戻すことができた。 早速エリスは柊に連絡を取ろうとしたが、 「やめておいた方がいいと思うよ」 ルイズの事情を知りえないワルドがどこか困った顔をしながらも、エリスにそう言った。 「今ヒイラギとやらと話そうとしたら、ルイズがどうなってしまうかわからないからな」 「うっ……」 確かにここで当の柊と接触したらそれこそ今度は0-Phoneを窓から投げ捨てそうだ(はめ殺しだが破壊しかねない)。 そんな事をやってしまいそうなことも、やはりエリスにはわかってしまった。 少しだけ逡巡した後、エリスは深く溜息を吐いて0-Phoneをポケットに仕舞い込むのだった。 前ページ次ページルイズと夜闇の魔法使い
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>>next 今朝もルイズは憂鬱だった。 目の前に並ぶ『豪奢』な食事に対して何の食欲を覚えない。 しかしそれにも拘らず空腹は訪れる、そんな状況にいい加減嫌気が差してきたのだ。 いくら嫌だからといって、食べなければ栄養失調で倒れてしまう。 公爵家の三女としてそんな無様を晒すわけにはいかない。 わざわざ部屋まで届けさせたという事もある。 そう自分に言い聞かせ、まずは『腐肉のスープ』にスプーンを入れ、極力臭いを嗅がぬ様に、啜る。 今、ルイズは地獄に居た。 ── 事の起こりは一年生最後の授業の後。 学年末試験も終わり、二年への進級を待つばかりだったルイズだが、 二年になったら、必ず魔法を成功させたい! そう意気込み、普段より練習に気合を入れていたのだ。 それがいけなかったのか、はたまた何か別の要因が働いたのだろうか。 いつもの様に爆発した魔法は、「たまたま」上の建物に直撃し 「偶然」落下してきた破片がルイズの頭部を痛打した。 結果ルイズは意識不明の重症を負い、医務室へと運ばれる事となった。 頭に残る鈍痛に喘ぎながら、ルイズが目を覚ますとやけに周りが暗い。 どうやら目に包帯が巻かれているようだった。 ルイズ起きた事に気が付いた医務室勤務のメイジは、こう説明してくれた。 倒れた時に目を傷つけて、運ばれてきた時に頭部と一緒に治癒魔法を掛けたものの 治りが悪かったのでまだ包帯をつけたままなのだ、と。 包帯はあとニ、三日もあれば取れるという旨も伝えられ、ほっとしたルイズであったが 同時に不甲斐ない自分に対する怒りが湧いてきた。 ─今度こそこんな失敗はしないんだから! それから三日。 ようやく包帯が取れる日になって、ルイズは久しぶりに世界が光を取り戻す事に安堵していた。 頭部を何度も往復するメイジの手、思えばこの三日間、彼にも世話になった。 ちゃんとお礼をしなくてはいけない。そうだ魔法の練習も再開しなくては。 そんな事を考えている内に全ての包帯は解かれ、ゆっくりと目を開けるルイズ。 彼女の目に映る世界は、変わり果てていた。 ─この周囲を覆いつくす『肉』は何だ? ─何故自分はこんな膿汁にまみれたシーツを被っている? ─そしてなにより、目の前にいる人の声で話す異形の生物は、何だ? ルイズは悲鳴を上げて、気絶した。 ── キュルケはルイズが心配だった。 一年生の終わり頃、大怪我をしてからルイズは人が変わった様だった。 キュルケはルイズが自分が起こした失敗にへこんでいるのだろうと思い、 ここは挑発でもして発破をかけてやろうと、治療が終わったルイズに会いにいった。 しかし、頬はこけ、目は虚ろ。何かに怯えるように歩くその姿に、とても以前の面影は見られない。 彼女が医務室の前で見たのは、そんな友人の変わり果てた姿だった。 話しかけるとルイズは大声を上げて逃げ出し、それから一ヶ月。 二年生最初の課題、春の使い魔召喚までルイズが部屋から出てくる事はなかった。 「あ~ら、久しぶりねルイズ。バカンスは楽しかったかしら?」 「……? あぁ、キュルケね。別になんでもないわ」 医務室前での出来事の後、漸く会えたルイズを心配しながらも口から出るのは皮肉だった。 しかしそんな口ぶりのキュルケに対し、ルイズは何の表情も出さずに振り返り、 その虚ろな目でキュルケを見やって言い放ったのだ。 「悪いけど、気分が優れないの……話しかけないでもらえるかしら」 「ちょ、ちょっとルイズ」 全く取り付く島の無い様子に、食い下がろうとするキュルケだったが、彼女は無視を決め込んだ。 ─せっかく心配してやっってるのに! キュルケはそんなルイズに憤慨し自身も彼女から離れていった。 そして、ルイズ以外の全員が無事使い魔の召喚を終わった。 ── ルイズには既に、魔法に対する興味も、世界に対する希望も、何一つ残ってはいなかった。 きっとこれは魔法を使えない自分に対するご先祖様の罰なのだ。 家族の期待に答えられず、家名に泥を塗った報いなのだ。 そう思って、目に見える悪夢、耳障りな騒音、鼻を襲う悪臭を無視した。 既にルイズの異常は視覚のみならず、聴覚、嗅覚、触覚、味覚と、五感の全てを侵していた。 自身に起こった異常に、抵抗する気も解決する気も起こらなかったルイズ。 彼女はただ何も考えず、何にも関心を向けない事で、この恐ろしい世界から身を守ろうとしていた。 先程話しかけられた時は余りの恐怖に足が竦んだが 我ながら良く返答できたものだ。 その態度と口調から『恐らく』キュルケだと思い、 話し方も以前と変わらないように気を付け、此方に関心を失うように返答できた。 これからも上手くやれるように頑張ろう。そしてこの世界で何とか生き抜こう。 そうルイズは心に決めていた。 「ミ簾・ヴぁ利ぇ3-ル、キミ@バん堕」 教師と思われる『物体』から目を背けサモン・サーヴァントを開始する。 呪文は何と一発で成功した。 いつもなら喜ぶところだが、この様な状態にあってはそんな気にもなれない。 ルイズは皮肉げに嗤った。 そんなルイズの表情が、召喚されたものを見て凍りついた。 それは少女だった。肩を出した服に、腰まで届く長い髪。病的なまでに白い肌と、吸い込まれそうな色の瞳。 だがそんな事はルイズにとってどうでも良かった。 『人間』なのだ。世界が狂ってしまってから、初めて見た『人間』だったのだ。 その事に、箍が外れたのか、今まで我慢していた涙が、後から後から溢れ出してくる。 少女はそんなルイズに目を向け不思議そうな顔で聞いた。 「何故泣いているの?」 「うれしいの」 「何が嬉しいの?」 「貴女がヒトだから」 「……そう、『あなたも』ひとりぼっちなのね」 少女の余りにも『人間らしい』その様子に、とうとうルイズは声を上げて泣き出し、蹲った。 もう周りの音も、臭いも、恐ろしい生物達も気にはならなくなった。 ただ目の前にいる少女しかルイズには見えなかった。 「お願い! 私と一緒に居て、私のそばを離れないで! 私の手を、ずっと握っていて……!」 「いいよ」 ルイズの懇願に軽く答えた少女は面白そうに破顔し、白く細い手を差し伸べた。 ルイズは決して離さないように、しかし壊れ物を扱うように丁寧にその手を握った。 温かかった。すべすべしていた。彼女は、確かに存在していた。 掌の先に、実在していたのだ。 「変な人。そんな事言うのはあなたが二人目だよ。名前を教えてくれる?」 「……ぐすっ、る、ルイズ。……貴女は?」 「私は、沙耶だよ。 ……あなたは『あの人』と同じなのね。私が愛した『あの人』と」 「?」 「いいの、気にしなくても。──そばに居て欲しい? 私に」 少女──沙耶の言葉にルイズは涙ながらに首肯する。 その日、ルイズは運命から救済された。 ────虚無の唄 song of zero──── >>next
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 蚊や蠅のような虫の羽音の如きか細い声で唱えるルーンは五秒ほどで終わり、詠唱を終えた老人は自らの顔に向けて杖を軽く振った。 するとどうだろう。突如老人の顔が青白く光り出して、薄暗い部屋を幻想的でありながら不気味な雰囲気が漂う場所へと変える。 しかしその終わりは早く僅か十秒程度であったが…光が消えた時、老人――否、老人゛だった゛者の姿を見てアニエスたちはアッと驚いた。 そこにいたのは先程まで物乞いをしていた老人ではなく、四十代半ばの男であった。 顔を隠すほどに生えていた白髭は消え失せ、代わりにほろ苦い渋味を漂わせる壮年男性の顔を、驚いている三人の客に見せつけている。 服は老人の時に来ていた物と同じであるのだが、逆にそのみすぼらしい身なりが「学会を追放された賢者」というイメージを作っていた。 「いやぁ、驚くのも無理はないかな?こうでもしないとあの場に溶け込めないものでね」 ゛元゛老人であった男性は驚きの渦中にいる三人に向けてそう言うと、自分の顔に向けていた杖を右側の棚へと向ける。 そして『レビテーション』の呪文を唱えて杖を振ると、棚の中から数枚の書類がサッと飛び出してきた。 書類は数秒ほど空中で静止した後、゛元゛老人の操る杖によってフワフワと浮遊しながらも゛先生゛の手元へと舞い落ちていく。 ゛先生゛はそれらを一枚も地面に落とすことなく丁寧にキャッチすると、書類に書かれている内容を流し読む。 恐らく探していた物かどうか確認しているのだろう。一通り読んだ後に軽く咳払いをしてから、目の前にいる三人を相手に喋り始めた。 「今から丁度数年前かそれよりも少し前までかのガリア王国でキメラの開発が行われていたらしい。 開発のテーマは、キメラを戦場に投入してどれだけ味方の被害を減らせるかどうか―――というものだったとか」 書類を見ながら喋り始めた゛先生゛の前にいるアニエスたちは何も言わず、ただ黙って聞いている。 ゛先生゛はそれに対してウンウンと頷きながらも、話を続ける。 「軍用キメラの開発…というより研究自体は今から五十年前に始まったが、当初は単なる生物実験としての趣が強かったそうだ。 しかし当時のゲルマニアやそれに味方する小国との戦争が激化したことによって人的被害が増え、これに対し人の手で兵器にもなれるキメラにスポットライトが当たった…」 ゛先生゛はそこまで言って一旦言葉を区切ると三人と゛元゛老人の目の前で一息ついた後、話を再開した。 「戦争が終わっても開発は細々と続いたんだが、数年前に開発していたキメラどもが暴走して研究所は崩壊。 そこにいた学者も殺されちまって別のところにいたキメラ研究の学者たちも、責任を追及されて路頭に迷った。 しかし…噂だとガリアがまたその学者たちを国に呼び戻して、以前よりもずっと安全な場所で研究を行わせてるんだとか」 そう言いながら、彼は手に持った書類の中から一枚を取出し、それを隊長たちの前に突き出した。 三人は何かと思い薄暗い部屋の中でその書類に目を通してみると、驚くべきものがそのレポートの右上に描かれているのに気が付いた。 恐らく゛先生゛の手書き思われる文字が並ぶレポートの右上に、生まれてこの方見たこともないような奇怪な姿をした生物たちが描かれている。 それは人間を素体にして、イナゴの頭部をはじめとした様々な昆虫の部位を体中に取り付けた怪物と呼ぶにふさわしい存在であった。 その横には『クワガタ人間』という名前でそのまま通じそうな怪物の絵も並んでいる。 レポートを持っていた隊長はゴクリと喉を鳴らし、ミシェルは驚きのあまり右手で口を軽く押さえていた。 アニエスもキメラの絵に目を丸くしながらも、目の前にいる゛先生゛がその顔に薄い笑みを浮かべたのを見逃しはしなかった。 彼女がその笑顔をチラリと見ていたのに気が付いてか、すぐさま表情を元に戻すと話を再開した。 「そこに描かれているのは、追い出された連中が開発していたキメラだそうだ。 対メイジ戦を想定して作られたそいつ等には見ただけではわからんが、多様な攻撃方法を持っとるという。 そいで詳しくは知らんのだが、そのキメラを特定の場所に呼び出す為の道具というものも―――あるらしい」 ゛先生゛は話を続けながらも先程のようにレポートを一枚取出し、それを隊長たちに見せる。 そして、さっきは驚いたものの声を上げなかった三人は用紙の真ん中に描かれていた゛呼び出す為の道具゛を見て、「アッ!」と驚愕の声を上げた。 花の様に綺麗ながらも鋼の様に鍛え抜かれた二人の女性と、今まで数多くの悪党と渡り合ってきた歴戦の勇士の声が、薄暗い部屋の中に響き渡る。 「隊長…こ、これは」 動揺を隠しきれていないミシェルの言葉に、隊長は確信を得たかのように頷いた。 「ウン、間違いない…色が同じだ!」 そう言って隊長は左手に持っていた破片と、レポートに描かれている゛キメラを呼び出す為の道具゛の絵を見比べた。 ご丁寧に色までつけられたそれは、手に持った破片と似たような色をした―――青色の水晶玉であった。 まるで生きた人間を誑かして地獄へ引きずり込もうとしている死者たちが集う湖の様に、何処か恐怖を感じさせる澄んだ青色の水晶玉。 今隊長が手に持っているモノは、その湖に住まう死者たちの怨念を取り入れたかのように濁った青色のガラス片。 そして水晶玉の絵の横には、殴り書きの文字でこう書かれていた。 『この゛水晶玉゛は呼び出されたキメラが破壊し、証拠隠滅の為に一部が溶解して消滅する』 たった一行だけであったが、そこに書かれていた事はアニエス達ににある確信を持たせるのに充分であった。 まるで頭上に雷が落ちてきたかのようなショックを受けた三人は、目を見開かせ口をポカンと開けたままその文章に目が釘づけとなる。 『溶解して消滅』…。それは正に、隊長が最初に見つけたあの破片の末路とあまりにもソックリであったからだ。 「はははは…どうやら、気になっていた物の正体が何なのかようやく分かったようだね」 ゛先生゛は驚愕の表情を浮かべたまま固まった三人を見て、乾いた笑い声を上げる。 明りの少ない部屋の中に響き渡るその声は、予想もしていなかった意外な真実に直面した三人の体を包み込んでいた。 回想を終えたアニエスは、開いた窓から見える人ごみと街の様子を見つめて呟く。 「ガリアの、キメラか…」 あの後、早々に退室を促された彼女らは゛元゛老人に『ここでの事は他言無用でお願いします』と釘を刺されてあの場を去った。 時間にすればほんの十分程度の話し合いであったが、とてもそんな短い時間では知る事の出来ない゛何か゛を三人は知ってしまった。 神聖アルビオン共和国の内通者を殺害した存在が人間ではなく、『何者かが用意したガリアのキメラであった』という可能性があるという事実を。 しかしそれと同時に、『何故ガリアのキメラがトリステインにいたのか』、『そもそも何故キメラを使ってまで殺したのか』という疑問も浮上してきた。 退室する前に部屋にいた゛先生゛にその事を聞いても、流石にそこまでは分からないと首を横に振るだけであったが、付け加えるかのようにこんな事を言っていた。 『案外、地上で起きた妙な事件ってのは…君たちの想像よりもずっと大きな事件なのかもね』 まるで何もかもお見通しと言わんばかりの言葉であったが、確かに彼の言う通りであった。 最初こそアニエス達は、捜査の中止を要求した連中だけがこの事件に関わっていたと思っていた。 しかしそれは単なる予想に過ぎず、実際にはもっと複雑な構造をしているのかもしれない。 「確かに隊長の言う通りだ。もう私たちではどうしようもない…」 アニエスはそう言って、自分の上司がこれ以上の詮索をしてはならないと警告してくれた時の事を思い出した。 あの部屋を訪れてから翌日、アニエスとミシェルを部屋に呼び寄せた隊長は言った。 『昨日の事は忘れろ。俺たち三人だけでは手に負えない』 常に市民を守るのは自分たち衛士隊だと豪語して自身に満ち足りた表情を浮かべていた彼の顔には、諦めの色が浮かんでいた。 その事に納得がいかなかったミシェルとアニエスはその判断に対して食い下がりたかったが結局は隊長の心情を察し、大人しくその言葉に従った。 動けるのであれば彼は動いていたであろう。内通者といえど、殺人を行った者たちが誰なのか探るために。 勿論それが雲を掴む様な行為だとしても彼は躊躇うような事は無く、例えこれまで積み重ねてきたモノが崩れようとも真実を確かめたであろう。 いくら殺した相手が国を売ろうとした者で、殺せば国益になったとしても…殺人は立派な犯罪、それに変わりは無い。 それを知っていて尚自分たちの゛正義゛を信じてやまない者たちは俗にいう゛正義の味方゛ではなく、単なる犯罪者だ。 彼ならば決して許しはしないであろう、゛正義゛という名の無秩序な暴力をトリスタニアの中で振るう様な輩を。 しかし、もしも――――もしもの話だ。 この事件の黒幕が『王宮の一部』ではなく、『王宮そのもの』だとすればどうだろうか。 そしてそこに、大国であるガリアの手も加わっているというのならば――――もはや自分たちが抗っても何の意味もない。 だから隊長は二人に教えたのだ。この世には、どうしようもない事が沢山あるという事を。 「キツイものだな…ただ黙って見過ごすというのは…」 まるで不治の病に侵された患者が呟くような言葉とは裏腹に、彼女の顔には憎しみが浮かんでいた。 彼女は許せないのだ。人の命を奪っておきながらも、それで利益を得るような奴らを。 例え相手が大貴族や国家そのものだとしても――――その様な行為を平気でする輩は滅ぶべきなのだと。 東の砂漠に住まうエルフですら思わず怯んでしまいそうな目つきで、アニエスは窓越しに空を見上げた。 彼女の今の心境など関係ないと言わんばかりに、天気は快晴であった。 時刻が午後十二時を過ぎて丁度午後の一時半になったところ。 昼の書き入れ時が終わり、働いている人々は夕方や夜まで続く午後からの仕事に戻るため急ぎ足で街中を歩く。 その為かブルドンネ街やチクトンネ街の通りは朝や昼飯時以上に混み合い、酷いときには暴力事件という名の喧嘩が起きる。 暴力事件の元となるトラブルは多種多様で。コイツが俺の足を踏んだといった愚痴から財布を盗もうとして殴られたといった自業自得なものまである。 王都トリスタニアで夜中に次いで暴力事件が多発するこの時間帯は衛士隊の市中警邏が強化され、夜中よりも若干人数が増えるのだという。 善良な人々はそんな彼らに無言の賞賛を送りつつ、自分たちが暴力事件の容疑者や加害者にならないよう注意して通りを歩く。 トリスタニアで暮らしている人たちにとって何てことは無い、休日の午後の風景であった。 そんな時間帯の中、比較的人の少ない通りにあるレストランにルイズ達が訪れていた。 新しいティーポット探しや霊夢の服選びに購入したソレを学院に届ける為の手配で想定以上の時間が掛かってしまい、今から遅めの昼食を食べるところであった。 大通りにあるような所とは違い中はそれなりに空いてはいるが、それがかえって店全体に物静かな雰囲気を醸し出している。 店内の出入り口から見て右側にある台の上にはショーケースが置かれており、中に入っている演奏者を模した小魔法人形のアルヴィー達が手に持ったミニチュアサイズの楽器で演奏をし、店内に音という名の彩りを加えている。 演奏している曲は今から二、三年前に流行った古いモノだが、静かで優しい曲調が店の雰囲気とマッチしており、ガラス一枚隔てた先から聞こえてくる街の喧騒とは対照的であった。 いらっしゃいませぇ!という女性店員の声と共に最初に入店した魔理沙は、入ってすぐ横にあるショーケースの中身に見覚えがあることに気付く。 「おっ、アルヴィーじゃないか。こんな所にも置いてあるんだな」 大の男が握り締めるだけで壊れてしまいそうな小さな体とそれよりも少し小さな楽器で演奏をこなす人形たちの姿に彼女は興味津々と言いたげな眼差しを向けている。 そんな魔理沙に続いて入ってきたルイズは、見たことの無い玩具に夢中な子供の様にアルヴィーを見つめている黒白に呆れつつもそちらの方へと足を運ぶ。 この店にあるアルヴィー達は見た目からして大分古くなってはいるが、それでもまだまだ現役だと意思表明しているかのようにキビキビと動いている。 きっと彼らの手入れをしているのだろう。店長である五十代半ばの男性がカウンター越しに、ショーケースの前で立ち止まっているルイズと魔理沙を見て微笑んでいた。 彼らの姿をショーケース越しに五秒ほど見ていると、ルイズはふとアルヴィーと同じ類の人形が学院にもある事を思い出した。 「そういえば、ウチの学院にも幾つかあるわね。アルヴィーとかガーゴイルが…」 「知ってるぜ。確か食堂の中にある人形だろ?あれって、真夜中に踊ってるよな」 「あら、知ってたのねアンタ」 意外な答えに少しだけ驚いた振りをして見せたルイズに、魔理沙は当然だぜと言わんばかりに肩をすくめる。 「この前シエスタが教えてくれてな。それでまぁ真夜中の暇な時に見に行ったんだ」 魔理沙がそう言った時、ふとルイズは聞きなれぬ言葉を耳にして首をかしげた。 「真夜中の暇な時って…そんな時間に何もすることないでしょうに?っていうか一体なにをするっていうのよ」 「何言ってるんだ、真夜中にする事っていえば寝るだけだろ?」 黒白の口から出た予想の遥か斜め下を行く答えにルイズは、何だそんな事かと小さなため息をつく。 「つまり寝付けない時に見に行ってたって事よね?」 「まぁいつもは本とか読んでるんだがな。珍しいものが見られるならそれを見に行くだけの事さ」 興味のある物の為なら夜更かしも平気だと言わんばかりの彼女に対し、ルイズは勉強熱心な奴だと感心した。 しかし、それと同時にいつかアルヴィー手を出すのではないかと内心心配もしている。 霊夢から魔理沙の普段やっている事をある程度聞かされていたルイズは、どうにも不安になってしまう。 「…念のため言っておくけど、もしも食堂のアルヴィーに何かしたら怒るわよ?アレは学院の物なんだし」 「それなら大丈夫だよな?何かをする代わりに持って帰るつもりでいるから」 警告とも取れるルイズの言葉に、魔理沙はイタズラを企てた子供が浮かべるような笑顔を見せてルイズにそう返した。 「あ、あのお客様…は、三人でよろしいですよね?」 「そうねぇ…。あぁ、でもあの二人は喋るのに夢中だから放っておいてもいいわよ」 そして最後に入ってきた巫女服姿の霊夢が、隣にいる二人を見つめつつ目の前の女性店員に三人で来たことを教えていた。 ルイズたちに声をかけて良いか迷っていた彼女は「で、ではこちらの席へどうぞ…」と言って窓際のテーブル席へと霊夢を案内する。 「やっぱり盗む気満々じゃないの!」 「盗む?相変わらず人聞きの悪いヤツだぜ。手土産として一つ二つ持って帰るだけさ」 「絶対に駄目!駄目だからね!」 二人の後ろでは、ルイズと魔理沙が物言わぬアルヴィー達の目の前で言い争いをしていた。 霊夢が一足先に席に着いてちょっとメニューを見ていたところで、ようやくルイズと魔理沙がやってきた。 それに気づいた彼女はため息をつきながら、読めない文字だらけのソレから目を離すとルイズの方へ顔を向けた。 「全く、楽しそうな話し合いも程々にしなさいよね。ここはアンタの部屋じゃないんだから」 「何処が楽しそうに見えたのよ、何処が」 「ルイズの言う通りだ。やっぱりお前は冷たい奴だぜ…っと」 嫌味が漂う紅白巫女の言葉にルイズは軽く毒づきながらも反対側の席に座り、魔理沙も続いて言いながら彼女の隣に座った。 二人の返事に霊夢はただただ肩をすくめると、全く読めなかったメニューをルイズの手元に置く。 しかし目の前に置かれたソレを取ることは無く、狭く混雑した通りを歩いてきてようやく腰を落ち着かせる事の出来たルイズは、まず最初に軽い深呼吸を行った。 店内に舞う微かな埃と厨房から漂う食欲をそそる匂いを鼻腔に通らせて、それをゆっくりと吐き出す。 そうすることで気休め程度ではあるものの何となく落ち着く事が出来たルイズは、霊夢が置いてくれたメニューを手に取る。 比較的分厚い紙で作られたそれは二、三ページしかないが、そこに書かれている品目はバランスがとれていた。 前菜代わりのスープやサラダをはじめ肉料理や魚介料理も数多く。ロマリア生まれのパスタ料理もある。 他にもバケットやサンドイッチなどのパン類も申し分なく、デザートやドリンクも豊富であった。 (クックベリーパイが無いのは贔屓目に見ても駄目だけど…まぁ初めて入った店にしてはアタリといったところね) デザートの品目を見て目を細めていたルイズは心の中で呟きながらも、何を食べようか迷ってしまう。 ルイズ自身こういう店に入るのは初めてではないが、自分でメニューを選ぶのは実のところ苦手であった。 いつも行くような所は上流貴族たちが集うような高級レストランで、今日のお勧めメニューをオーダー・テイカ―がとても優しく教えてくれるのだ。 だが、そういう所は貴族だけではなく従者にもそれなりの品位を求めてくるものである。 (どう見たって…二人を連れて行くとなれば、十年くらい掛けて再教育でもしないと無理ね) ルイズはメニューと睨めっこしつつ、厄介な異世界の住人二人をチラリと横目で見ながら物騒な事を考えていた。 何の因果か知らないが、召喚して使い魔契約までしてしまった空を飛ぶ博麗の巫女。 そして彼女の知り合いであり、おとぎ話に出てくるメイジの様に箒を使って空を飛ぶ普通の魔法使い。 先程訪れた高級雑貨店ではなんとか従者扱いしてもらったが、きっと誰の目から見てもそういう感じには見えなかっただろう。 (友人…って呼ぶにしてはどうなのかしら?二人の事は大体わかってきたけど友人としては…何というか、作法を知らないというか) メニューを選ぶはずがそんな事を考え初めたルイズが考察という名の渦に飲み込まれようとしていた時、彼女の耳に霊夢の声が入ってきた。 「とりあえず適当に冷たい飲み物を三人分持ってきてちょうだい。あぁ、料金はコイツ持ちで頼むわ」 何かと思い顔を上げると、いつの間にかウエイトレスを呼んで勝手にドリンクを頼もうとしている博麗の巫女がそこいた。 貴族であるルイズを気軽に指差して「コイツ」呼ばわりする霊夢の態度にある種の恐怖を感じているのか、ウエイトレスの体が若干震えている。 ―――ナニヲシテイルノダロウカ?コノミコハ。 流石に許しかねない無礼な巫女に対し決心したルイズは、右手に持っていたメニューを素早く振り上げ…霊夢の頭頂部目がけて勢いよく下ろした。 下手すれば相手が気絶しかねない攻撃をルイズは何も言わず、そして無表情で繰り出したのである。 「え?…うわっ!!」 トリステイン王国ヴァリエール公爵家三女の放った恐怖の一撃はしかし、直前に気づいた霊夢の手によって防がれた。 流石の博麗の巫女もテーブルを一枚挟んだ相手が突然攻撃してくる事など予想していなかったのか、その表情は驚愕に染まっている。 渾身の一撃を防がれたルイズの隣にいた魔理沙は今まで外を見ていたせいか「な、何だ…!?」と声を上げて驚き、その勢いでまだ手に持っていた箒を床に落としてしまう。 霊夢の隣にいたウエイトレスが悲鳴を上げ、それに気づいて店にいた店員や他の客達はルイズたちのいる席へとその顔を向ける。 時間にして僅か五秒程度の出来事であったが、その五秒はあまりにも衝撃的であった。 「ちょっ…ちょっと!何すんのよイキナリ!?」 突然攻撃されたことに未だ驚きを隠せない霊夢は、自分の頭を叩こうとするルイズの魔の手を何とか防いでいた。 彼女の言葉を聞いてルイズの表情が一変、怒りの感情が色濃く見えるモノへと変貌する。 「人が食べるモノ選んでる最中に、何で私の許可なく勝手に注文してるのよアンタは!?」 「アンタがモタモタしてるから先に飲み物を…―イタッ!」 爽快感と痛快感を同時に楽しめる景気の良い音が、店内に響き渡る。 ルイズの文句に対し霊夢も反論をしようとしたのだが、いつの間にか左手に持ったもう一つのメニューで見事頭を叩かれてしまったのである。 「今更言うのもなんだし言っても無駄だと思うけど…ちょっとは遠慮ってものを考えなさいよね!」 痛む頭頂部を両手で押さえている紅白巫女を指差し、ルイズは声高らかに叫んだ。 一体いつの間に持ち出したのよ…と霊夢はルイズの早業に驚きつつも、頭を押さえながら机に突っ伏した。 その様子をウエイターと並んで見ていた魔理沙は軽く咳払いした後、一連の出来事を纏めるかのように呟いた。 「…流石霊夢だぜ。何があってもその厚かましさは変わらないもんだなぁ~」 「そんな事言える暇あるなら、コイツを止めなさいよね…」 「だ・れ・が…コイツよ!誰が!!」 強力な一撃を食らってダウンしても一向に口の減らぬ紅白に向けて、ルイズはとうとう怒鳴り声を上げた。 もはや店中の人間に注目されてしまった二人を遠い目で見つつ、魔理沙は他人事のようにまたも呟く。 「まぁ、こればっかりはルイズに分があるよな」 やれやれと首を横に振りながら、黒白の魔法使いは目を逸らすかのように窓の外へと視線を移す。 窓越しに見える空模様は、店内のバカ騒ぎにピッタリ似合うくらいに晴れていた。 ◆ 『あなたの記憶は、誰のモノ?』 また声が、聞こえてくる。自分の頭の奥にまで響く程の声が。 それは決して大きくはなく、どちらかと言えば小さな声だ。 きっと自分が声の主を一度見たからだろう。あの小さな体には相応しいと思える程小さいが、ハッキリと聞こえる。 しかし、その声が聞こえてくると無性に頭が痛くなるのは、何故だろうか。 まるで自分の頭の中をキツツキが突いているかのようにコンコンと痛みが自らの存在をアピールしている。 追い払いたくても追い払えないその声を意識するたびに痛みは酷いものになり、無意識の内に頭を掻き毟ってしまう。 クシャクシャと音を立てて掻き毟る度に黒い髪が一、二本抜け落ちて地面へ向かって舞い落ちる。 『あなたのキオクは、ダレのモノ?』 それでも声は頭の中で響く。誰にも理解されない痛みに一人苦しむ自分をあざ笑うかのように。 どうして苦しまなければいけないの?どうしてこの言葉をすぐに忘れられないの? 痛みに悶えながらも、頭の中でそんな疑問がフワフワと浮かんでくる。 そしてその疑問を解決するために考えようとすると痛みが酷くなり、口から苦しみの嗚咽が漏れてしまう。 この声が一日に数回聞こえるようになってからもう一週間近くも経つが、未だに解決の方法は見つからない。 それどころか、日増しにこの痛みが強くなっているような気もした。 『アタナノ記憶ハ、誰ノモノ?』 まただ、また聞こえてきた。 どうしてそうしつこく食い下がる?私に何か恨みでもあるのか? 私はこの声に対し、次第に途方も無い゛怒り゛が込み上げてくるのを感じた。 まるで二、三メートル程の高さがある柱の上に置かれた角砂糖を狙うアリの様に、脇目も振らずに私の頭へと゛怒り゛が登ってくる。 そして最初からそれを待っていたかのように痛む頭がその゛怒り゛をすんなりと認め、頭を中心にして自分の体へ溶け込んでゆく。 森の中を走り、逃げ回ってきた私の体はボロボロであったが、その゛怒り゛を受け入れられないほど疲弊してはいなかった。 不思議なことに゛怒り゛が頭の中を駆け巡ると、ゆっくりとではあるがこの一週間自分を苦しめていた頭の痛みがどんどん和らいでいくのを感じる。 どんなことをしても治りそうになかったソレがあっさりと治ってしまったことに、私は拍子抜けしてしまう。 なんだ、こんなにも簡単に治るとは―――――と。 しかし、痛みが和らいでいくと同時にその゛怒り゛が私に教えてきた。 『お前は今から、ある場所へ行け』と。 アナタノキオクハ、ダレノモノ?―――― また声が聞こえてきたが、もう頭は痛まない。痛みはもう消えた。 どうしてあの時の言葉がずっと頭の中で響き続けていたのかは知らないが、実害が無いのなら無視すれば良い。 それよりも今は、゛怒り゛が示す場所を目指すことが先決だ。幸いにもここから見える所なのですぐにたどり着けるだろう。 何故そこへ行かなければ行けないのか、という新しい疑問が一つできてしまったが…それはすぐに解決できるかもしれない。 きっと゛怒り゛の示す場所に、その答えはある筈だから。 あなたの記憶は、誰のモノ?――――― 「それはこっちのセリフよ」 先程と比べ殆ど聞こえなくなった声に対し、私はひとり呟いて歩き出した。 午後の喧騒で大きく賑わう街へ向かって。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 閉じられていた記憶の奥深くから゛何か゛が這い出てこようとしている。 それはまるで、巨大な人食いミミズが獲物を求めて出てくるように、おぞましい゛恐怖゛を伴ってやってくる。 何故こんな時にそんな事が起こるのかは知らないが、予想だにしていなかった事に彼女はその体を止めてしまう。 自分が誰なのか知らない今でさえ大変だというのに、自分の体に起った異変に彼女が最初に感じたものは二つ。 前述した゛恐怖゛と―――――手の届きようがない゛不快感゛であった。 まるで無数のテントウムシが体の中を這い回っているかのような、吐き気を催すむず痒さ。 その虫たちが、何時か自分の体を滅茶苦茶に食いつぶすのではないかという終わりのない恐怖。 脳の奥深くからせり上がってくる゛何か゛に対し、最悪とも言える二重の気持ちを抱いている。 彼女は焦った。此処が戦いの場でないなら受け入れるしかないが、今の状況だと非常に不味い。 ただでさえ自分の身が危ないというのに、一時的に戦えない体になればやられるのは絶対だ。 やめろ、思い出したくない。突然すぎる記憶の氾濫を拒絶するかのように、彼女は赤の混じる黒目を見開く。 戦いの最中である為下手に体勢を崩すどころか、自分の頭を抱える事すらできない。 自分の名前すらも知らないはずなのに、何でこんな事が起こるのか?それが全く分からない。 腰を低くし、風に拭い去られた煙の先にいた霊夢と――その傍にいたルイズという少女を見ただけだというのに… 「なぁおい…あいつ、何かおかしくないか?」 少し離れた所から聞こえる誰かの声が、必要も無いのに耳へ入ってくる。 しかし言葉自体は的中している。今の彼女は確実におかしい―――否、おかしくなり始めていた。 何も知らないはずの自分の記憶という名の海底から、得体の知れぬ゛何か゛が物凄い速度で水面から顔を出そうとしている。 それに対し何の手だても打てず、ナイフを手にしたままその場を動くことすらできない。 歯痒さと不快感だけが頭の中を掻きまわし、彼女に゛何か゛を思い出させようとしている。 もはや体勢を維持することもできず、その場に崩れ落ちてしまうのではないかという不安が脳裏を過った瞬間――― ――…貴女―…過ぎ…――…ハクレイ… 頭の中に、何処かで見知ったであろう女性の声が響き渡った。 所々で途切れているが、初めて耳にする声とは到底思えないと彼女は感じた。 ずっと昔に、ここではない場所で知り合い離れ離れになってしまった親友とも言える存在。 あるいは互いに対立し合い、決着がつかぬまま勝手に行方をくらました好敵手なのか。 二つの内どちらかが正解なのだろうが、今の彼女にとってそれはエキュー銅貨一枚や一円玉よりも価値のない事である。 しかし…謎の声が最後に呟いた単語らしき言葉は何なのだろうかと、小さな疑問を感じた。 ハクレイ…ハクレイ…何故だろう、どこかで聞いたことのある言葉だ。 今まで聞いたことは無かったが決して初耳とは思えぬ単語に対し、彼女は心の中で首を傾げてしまう。 ――――……い…抗…うとも…貴…は…人間。霊…を…る…価…い… そんな事をしている間、またも女の声が聞こえてくる。 劣化したカセットテープに収録されたかのように、何を言っているのかすら分からない。 自分の身に降りかかる異常事態に彼女は冷静になれと自分自身を叱咤する。 何か伝えたいことがあるのだろうが分からなければ意味が無いし、何より声の主は誰なのかも良く知らない。 ひょっとするとこれは単なる幻聴で、自分は疲れているだけなんだ。未だに揉めている霊夢達を見つめながら、彼女は呟く。 一体何が起こっているのか分からないが、今するべき事はとっくの昔に知っている。 それを実行に移す為、グチャグチャに混ざった頭の中を整理するために深呼吸しようとした直前… 「アッ―――――――」 今までその姿を伏せていた恐怖と不快な゛何か゛が、スルリと彼女の中に゛戻ってきた゛のだ。 何時の頃からか脳の奥底に幽閉されていたソレは、自由を取り戻した言わんばかりに彼女の脳内を駆け巡る。 恐らく深呼吸しようとして力を少し抜かしたのが原因だったのだろうか。今となっては知る由も無い。 ただ、今の時点で断定できることはたったの一つ。 彼女は喪失していた自身の゛記憶の一部゛を…恐怖と不快で構成された゛何か゛としか形容できないソレを思い出したのである。 マヌケそうな声を小さく上げた彼女には、蘇った記憶に対抗する術を持っていない。 きっと彼女以外の者たちにも言える事だろうが、一度思い出した記憶は滅多に消える事はない。 そして、ここへ来てから最も嫌悪感を感じたそれ等が力を持ったのか、彼女の瞳に映る光景を塗り替えていく。 丁寧に描いた風景画を塗りつぶすようにして幾筋もの赤い光線が周囲を駆け巡り、古ぼけた旧市街地を染め上げていく。 彼女の目に映るソレはワインのような上品さなど見えず、ただ鉄の様な重々しさが乱暴に混ぜ込まれている。 この赤には情熱や闘志といった前向きな要素は無い。あるのは暴力的で生々しい陰惨な雰囲気だけが入っていた。 病気に苦しむ老人たちの集会場であった廃墟群が、そんな色であっという間に覆い隠されてしまう。 突如目の前の景色が変わってゆく事に対し、彼女は尚も動けずにいた。 いや、動こうとは思っていたが体がいう事を聞かず、あまつさえ先程まで何ともなかった眼球すら微動だにしない。 まるで拷問用の特殊な椅子に座らされたかのように、不可視の何かに体を縛られ見たくも無いモノを見せられている。 (な…何が始まろうとしているの…?) ナイフを手にしながらもそれをただ握りしめる事しかできない彼女は、唯一自由である心の中でそう思う。 そんな事をしている間にも目に映る世界は息つく暇もなく変化していく。 地平線の彼方へと沈もうとした太陽の姿がいつの間にか消えており、空が明かりを失っていた。 太古から夜空の明かりを務めてきた双月は未だその姿を出しておらず、代わりに見えるのはどこまでも広がる黒い闇。 地上の赤と決別するかのようにハッキリとしたその闇からは、ただただ不気味さだけが伝わってくる。 一体どれだけの黒いペンキを垂れ流せば、今の彼女が見ているほどの闇を表現できるのだろうか。 まぁ、深淵のように最果てすら見えぬ闇をペンキなどで再現する事は限りなく不可能であろう。 何故なら、この闇を見ている唯一の存在は目も体も動かぬ彼女だけなのだから。 そして彼女自身誰かに命令されようとも、この光景を再現する気はこれぽっちも無かった。 (一体何が起こっているの…?) 儚い黄昏時から怖ろしい程に単調な赤と黒へと変わりゆく世界の中で、彼女は一人戸惑う。 最も、普通のヒトならとっくの昔に錯乱していてもおかしくはないが。 とにかく今になって遅すぎる戸惑いを抱き始めた彼女には、この事態に対し打てる手など皆無に等しかった。 ―――……聞くけど…どう…して貴……と一緒に普通の……生を……ると…ったのか…ら? そんな彼女に追い討ちを掛けるかの如く、再び頭の中に女性の声が響く。 別にこれといった痛みも感じず、囁きかけるようにして自分に何かを離したがろうとする謎の――――…いや。 (違う…私は知っている、この声の持ち主は゛誰゛なのかを) そんな時であった。石の様に体が固まった彼女がそう思ったのは。 先程頭の中に入り込んだ記憶が何かを思い出させたのか、それとは別の原因があるのかは知らない。 ただ彼女にとって、声の゛主゛が自分にとって軽んじる程度の存在ではないと瞬時に理解していた。 ――――所…詮貴女は…の巫女。…この娘を立派な…に育て上げる事こそ…が今の貴女の… 再び聞こえてくる声は、最初の時と比べある程度聞き取りやすくなっていた。 しかし、ノイズ混じりのソレが鮮明になってゆくにつれて、彼女の脳内で再び゛何か゛が浮かび上がる。 まるで海底を泳いでいた人間が呼吸をする為に水面目指して泳ぐように、それはあまりにも急であった。 ただ、最初に感じた゛何か゛とは違い、それからは恐怖とかそういうモノは感じられない。 むしろその゛何か゛は、今の彼女のとってある種の救いを提供しに来たのである。 ―――――その娘は…逸材だというのに……普通の人と同じ…人生を歩ませ…なんて、宝……持…腐れ…… 赤と黒の世界に佇む彼女は、尚も頭の中で響く声にある感情を見せ始める。 それはおおよそ―――例え声だけだとしても、他人に向ける代物とは思えないどす黒い色をした感情。 ゲルマニアにある工業廃水と同じような色をしたソレを声だけの相手に浮かべる理由を、彼女は持っていた。 そう。最初に自分の頭の中を混乱に陥れようとしたソレとは違う、二度目の゛何か゛が教えてくれたのだ。 ゛全ての原因は、オマエの頭の中に響き渡る声の主にあるのだ―――゛…と。 自分の身に何が起こっているのかという事に関して、彼女が最初から知っている事は何一つ無い。 彼女はただ自身が誰なのかも知らず、自分自身に戸惑いながらここまで生き延びた。 気づけば森の中を何に追われ、小さな少女に介抱されたと思いきや、その子を抱えてまた逃げて… そうこうしている内に人気の多い場所へと足を踏み入れたと彼女は、自分とよく似た姿をした少女と遭遇した。 自分よりも感情的で、猫の様に一度掴めば狂ったように手足を振り回す彼女の名前は――――霊夢。 何故自分が;霊夢の名前を知っていて、瓜二つの姿をしているという事は勿論知らない。 最初に出会った時は明確な怒りをもって霊夢を殺そうとしていたが、今はもうその気にならない たが今になって自分がとんでもない勘違いをしていた事に、彼女は気づいていた。 自分の中に渦巻く怒りが「殺せ」と叫んでいたのは、霊夢の事ではなかったという事に。 名前も知らず、何処で生まれ、今まで何をしてきたのかも知れない彼女はその足を動かす。 先程まで地面と空気に縛られていた足がすんなりと動き、未だ口論を続ける霊夢とルイズへ突撃する。 そのついでに使う必要のないナイフを捨て、空いた右手で拳を作った彼女は、自分が倒すべき゛紫の色の影゛を見据える。 今まで見える事のなかったソレは、記憶の一部を取り戻した事により今ではハッキリと見える。 実体すら定かではないその゛存在゛は寄り添うようにして霊夢に纏わりつき、べったりと寄り添っている。 まるでその体に貼りついて生気を吸い取らんとしているかのように、ゆっくりと蠢いたりもしていた。 不思議とそれを目にすると何故か無性に腹立たしくなり、誰かを殴り倒したくなる程度の怒りも込み上げてくる。 自身の怒りが殺せと連呼していたのは、霊夢の事ではない。 彼女は今にして思い出した――――殺すべきなのは、霊夢の後ろに纏わりつくあの゛影゛だという事に。 さっきまで体に纏わせていた゛曖昧な殺意゛が゛明確な殺意゛に変異し、それを合図に彼女は霊夢に殴り掛かった。 否…正確には彼女―――――偽レイムだけにしか見える事のない゛紫色の影゛へと。 ◆ その攻撃は、場違いな口論をしていた二人にとって不意打ち過ぎた代物であった。 最も、ケンカすることを控えて警戒していれば回避できたという事は、言うまでもないが。 「っ…!?―――――――ワッ…!!」 やや泥沼化の様相を見えさせていたルイズとの会話の最中、偽レイムの方から濃厚な殺気が漂ってきた。 咄嗟にその方へと顔を向けた霊夢は、驚愕しつつも寸での所で相手の攻撃を回避する事ができたのである。 瞬間的に体を際メイル程後ろへずらした直後…相手の右拳が視界の右端から入り、左端へと消えていく。 「ちょっ――キャアッ!」 霊夢の隣にいたルイズは回避こそできなかったものの、偽レイムの攻撃を喰らう事は無かった。 その代わり、突撃してきた偽レイムにひるんでしまったのかその場で盛大な尻餅をついてしまう。 一方の偽レイムはそんなルイズに目もくれず、自分の一撃を回避した霊夢を睨んでいる。 霊夢と同じ赤みがかった黒い瞳は光り続け、それどころか先程と比べその輝きを一層増している。 まるでその目に映る相手が親の仇と言わんばかりに、彼女の両目を光り続けていた。 「人が話し合ってる最中に攻撃なんてね…私はそんな常識知らずじゃないんだけど?」 三メイル程度後ろへ下がった霊夢は、振りかぶった姿勢のままで停止した偽レイムの右手を一瞥する。 殺人的と言える速度を出したその拳に、既に汗で濡れている彼女の背筋に冷たい何かが走る。 それと同時に、偽レイムの体に纏わりついている気配が先程までのモノとは違う事に気づく。 最初に出会った時は、激昂していた霊夢とは違いやけに冷静な怒りに包まれていた彼女の偽者。 ところが、ルイズと口論した後のヤツは冷静さこそ失われてはいないものの、その怒りにハッキリとした゛殺意゛が含まれている。 まるで興奮していた切り裂き魔が、時間経過と共に落ち着きを取り戻し体勢を整えたかのように。 先程までの戦いやルイズに手を出そうとした時とは違い、今度はしっかりと自分の命だけを狙って殴り掛かってきた。 (何よコイツ…本気出すなら最初から出してきなさいっての) 今までとは打って変わって攻撃してくる偽者に毒づきつつ、本物は先程の攻撃を手短に分析する。 突然の奇襲となった相手の拳は結界を纏っていなかったものの、その威力事態は凄まじいのだとわかる。 もしも回避が一秒でも遅れていたら…と事すら考える暇もなく、霊夢はすぐに戦闘態勢を整える。 相手が襲ってきたのなら対応するしかないし、もとよりこの場で退治するつもりであったのだ。 (まぁ…色々とイレギュラーな存在が紛れ込んじゃったけど、今は目の前の敵に集中しないと駄目よね) 気持ちを瞬時に一新させた彼女は左手にもったナイフを握り締め、目の前にいる偽レイムと対峙する。 しかしその直後、襲ってくる直前まで隣にいたルイズか゛今どこにいるのか゛を知り、咄嗟の舌打ちが出てしまう。 (こういう時に限って、あぁいう邪魔なのがいるのはどうしてなのかしら…!) 今日は本当にツイてない。自分の身やその周りで起こる色々な出来事全てが悪い方向へ向いてしまう。 下手に動けばルイズが死ぬかもしれないという状況の中で、霊夢は動き出せずにいた。 一方尻餅をついてその場を動けないルイズは、目の前にいる偽レイムを見上げていた。 鳶色の瞳を見開かせた両の目には確かな恐怖が滲み出ており、僅かだが体も震え始めている。 魔理沙の首を絞め、霊夢が介入しなければ自分を絞殺していた存在がすぐ傍にいるのだ。恐怖しない方がおかしい。 先程までは強気になって魔法を放てたものの、今の状況では呪文を唱えるより相手が自分の頭を殴り飛ばす方が圧倒的に速い。 魔法に詳しい故に長所と短所も知っているルイズだからこそ、その手に持ったままの杖を振り上げる勇気が無かった。 「あ…あ…あぁ…」 ジワジワと心を侵していく緊張と恐怖のあまりに大きな声を出せず、ガラスで黒板を引っ掻いたような掠れ声だけが喉から出る。 本当なら今すぐにでも叫び声を上げて逃げ出したい――そう思いつつも彼女の体は動こうとしない。 彼女にとって突然過ぎた敵の攻撃と、今すぐ殺されるのではないかという恐怖という名の縄に締め付けられている。 しかしそれ以上に、胸中に刻み込まれた一つの言葉が今の彼女をこの場に押し留めていた。 脳内に響くそれを発言した者は、ここへ至る道中にルイズと魔理沙を止めようとした八雲紫である。 ―――――――――もし今後も怯えるだけなら、霊夢の傍につくような事はやめなさいな 相手を諭すように見せかけ、挑発とも言える人外の声は先程までのルイズに投げかけた一種の挑戦状。 霊夢を召喚した結果に起った異変を解決するにあたり、紫は今までの彼女では足手纏いと判断したのだ。 学院から離れた森の中でキメラに襲われた際、ルイズは戦うどころか杖を構えることなく臆している。 偉そうな事を言いつつも、いざとなれば年相応の子供となり、怯える事しかできない彼女の姿は大妖怪の目にはどんな風に見えたのだろう。 ともかくそれを「ドコで」見ていたのかは知らないが、霊夢にも感知できない「ドコか」で見て、その結論に至ったのかもしれない。 その言葉には、幻想郷で起きた異変を解決する為にも、今のところ必要なルイズの身にもしもの事が起きない為に、という配慮も見え隠れしている。 しかしルイズは、自分がこれ以上に霊夢達に守られるという事はなるべく避けたかったかったのである。 キッカケだけとはいえ、霊夢を召喚してしまった自分も原因の一端である事に間違いない異世界の危機。 ハルケギニアより小さいとはいえ、下手すれば返しきれない借りがある彼女達の居場所を奪ってしまうかもしれないのだ。 もはや戦いを傍観する側ではない。あの妖怪の前で宣言したルイズはなんとか勇気を振り絞って立ち上がろうとする。 (私だって…戦えるのよ!私を助けてくれたレイムやマリサみたいに) 紫の声が幻聴となって聞こえるなか、自らの恐怖と戦い始めたルイズは知らない。 時と場合によっては、その勇気が取り返しのつかない危機を生み出す原因なってしまう事を。 そして…戦いの場において恐怖に対し素直になるという選択肢も――――決して悪くないという事も。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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前ページ次ページ伝説を呼ぶ使い魔 「前が見えねぇ。」 先ほどルイズのそれはもうすさまじい打撃を受けて目覚め、ブラウスやスカートを運んでいるのは 赤いシャツに黄色いズボン、この間とうとう買ってもらったアクション仮面シューズに身を包むのは 904回の召喚の末ルイズに召喚された少年『野原しんのすけ』5歳。 しんのすけはルイズに頼まれていた洗濯をしに外に出かけていた。 「まったくルイズちゃんったら人使いが荒いゾ。」 ルイズの洗濯物はまだ5歳のしんのすけにはまだ重くよろよろ歩きになっている。 ましてや家事などあまり手伝わない基本グータラライフを送ってきたしんのすけ には洗濯のしかたなどわかるわけもない。 そしてしんのすけはまだ一つの事実に気付いてなかった。 「せんたくきどこだー?せんたくきー。」 ハルケギニアに洗濯機などないという事実に。 「せんたくきー。せんたくきー。一昨日の晩御飯はケンタッキー♪」 ノリノリで歩きながら何気無い気分で右に曲がろうとしたときだった。 「おお!おっとっと。」 「キャッ!?」 つまずいてバランスを崩しそうになったしんのすけはそばにいたメイドにぶつか りそうになる。 しかしそこは自慢の身体能力を使いこなしてヒラリと体勢を直すしんのすけ。 おバカパワーなしでも問題なく体勢は直せた。 「ほっほ~い。」 「あの、大丈夫ですか…?」 メイドが話しかけてくる。ここでしんのすけの目は鷹のようにギラリと光る。 (対象女子高生以上の)女好きなしんのすけならこれくらいは日常茶飯事。 なかなかの器量良し。背丈、顔つきから対象年齢クリア。 そしてしんのすけの身体能力なら問題なく飛び込める距離まで近づいて気付いた。 彼は見逃さなかった。彼女の胸はけっこう大きいと言う事を! 「おおお~~ッ!!!!」 しんのすけがついいつもの癖で興奮、そしてナンパと言ういつものパターン。 「お姉さ~ん。オラといっしょにお洗濯しませんか~?ついでにオラの苦労も その手で洗い流してくれますか~?キャッ!言っちゃった~。あは~。」 しんのすけはいつもの癖で顔をニヤけさせる。 無論メイドは困ったような顔ではにかんでいる。 「あ、あの、もしかしてあなたがミス・ヴァリエールの使い魔になったと言う子ですか?」 メイドがしんのすけの左手にあったルーンを指差して言った。 しんのすけがそれに気付いたように言う。 「お?オラはルイズちゃんの使い魔なんだって。」 「き、貴族様をちゃん付けで呼んで大丈夫なんですか?」 「え?ルイズちゃんはルイズちゃんだゾ。そんなことよりオラ今おせんたくの最中なんだけど お姉さんどこにせんたくきあるか知らない?ルイズちゃんに頼まれちゃって。」 そう聞いたメイドが首を傾げる。とりあえず最中じゃなくてこれから始めるのでは?という疑問は追いといた。 「えっと、洗濯ですね。それでしたら私も洗濯に向うところですから、一緒に行きましょう。」 「おお~。優しいお姉さんだぞ!これがじいちゃんの言ってたメイドさんか~。 帰ったらじいちゃんに自慢しよーっと!」 二人の間に流れるなごやかな空気。二人が笑いながら自分が名乗ってなかったことを思い出す。 「すいません。名乗るのを忘れていましたね。私はこちらでご奉公させていただいている メイドのシエスタと申します。」 「シエスタ…シエちゃんでいいかな?オラは野原しんのすけ!最近気に入ってるおつやは 『ロイヤルチョコビ』ブラックビター味!どうぞよろしくだゾ。」 「ノハラシンノスケさんですね。変わった…お名前なんですね。」 そう言うとしんのすけがよし今がチャンスと言わんばかりの目つきをする。 人差し指を立ててチッチッと音を立てると、少しだけ気取って言う。 「シエちゃん。オラのことはしんちゃんと呼んでいいゾ!まぎわらしいかな?」 「えっと、『まぎらわしい』ですよ?…シンちゃん。これでいいですか?」 「あっはぁ~ん、シエちゃん飲み込みが速いぞ~。よろしくりきんとんは甘ったるい~。」 と、内心(よし!つかみはOK!)と思いつつ決め台詞を言ったしんのすけだった。 たどり着いたのは水場。 洗濯のための水はここで確保するわけだが、しんのすけはなぜかまだキョロキョロしている。 「シエちゃん、せんたくきは?」 「…?センタクキってなんですか?」 「ええ!?せんたくきを知らないの!?じゃあいままでどうやって服洗ってたの!?」 「え…。水をくんで洗剤を使って洗濯板でゴシゴシと…。シンちゃんも道具持ってるじゃないですか。」 しんのすけが荷物を見てみると、なるほど。確かにルイズの服の他に洗剤や洗濯板が用意されていた。 しんのすけは愕然とする。つまりルイズはしんのすけに手洗いをしろと言うのだ。 手洗いはおろか、そもそも洗濯機の使い方も間違えるしんのすけに。 「オ、オラせんたくやったことないゾ…。」 しんのすけの脳裏に鬼ルイズの怒りの咆哮を上げる姿が浮かび上がる。 その脅威にすくみ上がったときだ。 「あの…。洗濯の仕方がわからないなら私が教えますよ?」 基本プラス思考のしんのすけ。一瞬でしんのすけの瞳に光が再びともる。 「おお!!手取り足取り!?」 「は、はい。私でよければ…。どうですか?」 「ほい!精いっぱい敬意をこめてやらせていただきますです!!」 面倒くさい事が嫌いなしんのすけだが、それ以上に綺麗なお姉さんとおつきあいするのは たとえそれがただの洗濯の指南でもものすごく大好きなのだ。 元凶のはずであるルイズに感謝するくらいに。 その後極楽のような気分でシエスタに洗濯を教わり部屋に戻る。 そこには制服に着替えたルイズが朝食に行く支度をしていた。 着替えは平賀某くんやその他SSの方々の場合それをやらせていたが、 流石にしんのすけのガタイじゃ着替えさせるのは無理と判断したようだ。 朝食は『アルヴィーズの食堂』にて取られる。 食堂には生徒、先生問わず学院のメイジ達が集まっており、百人は優に座れるであろう、 テーブルが三つ並んでいる。 内装は豪華絢爛であり、テーブルにはロウソクや花が飾られている。 「ホントならあんたみたいな平民『アルヴィーズの食堂』には一生入れないのよ。感謝してよね。」 「おお!でっかいぞ!…みさえのケツがッ!!」 「…誰?」 ズゥゥゥン…。と言う効果音が響き渡る。お約束のネタが通用せずしんのすけがこれまでにないくらい落ち込んだ。 「…やっぱダメだゾ。いつもなら母ちゃんの後ろに立って言うからいいんだけど ルイズちゃんは胸だけじゃなくおしりも小さいからこの台詞使えないんだゾ…。」 「アンタ喧嘩売ってんの?」 「スリムは褒め言葉だゾ。」 しんのすけがテーブルの上を見たらものすごいご馳走がある。 当然しんのすけの感激っぷりは半端じゃあない。 「おお!オラのはオラのは!?」 「アンタのはそっち。」 そう言って指した皿には固いパンと質素なスープがあった。 しんのすけがあからさまな不満の表情を浮かべる。 ルイズがニヤニヤしながら続ける。 「どうしたの?使い魔は外で食事をするところを 私が特別に中で食べさせてあげるんだから、もう少し感謝しなさ「おかわりッ!!」速いわねッ!?」 普段から手抜きな朝食に慣れているしんのすけに取ってこんな朝食は3時のおつやより足りない。 そしてコレを完食すれば自分ももらえると考えたらしい。 「な、ないわよおかわりなんて!使い魔のくせに贅沢いってんじゃないわよッ!」 ルイズが椅子に座り祈りをささげる。 そんな様子をしんのすけはふくれっ面で見ている。 ―偉大なる始祖ブリミルの女王陸下よ。― だが祈りの最中にしんのすけが気付く。 皿の真ん中に複数人が分けて食べるように盛りあわされたフルーツの盛り合わせに。 キラン としんのすけの瞳が輝く。その口には少しばかりよだれが。 ―今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを感謝いたします― 祈りを終えたルイズがふと、しんのすけのほうを見るがしんのすけにしてはやけに従順に食堂から去ろうとしていた。 だが、あのしんのすけが何もせずに去るわけがないのだ。 「お、おい、フルーツこんなに少なかったか?」 「おかしいな、もっとあったハズだけど。」 ルイズがそれを聞いて皿を見ると確かにいつもと比べて量が見てわかるくらいに少ない。 おかしいと思った瞬間即座にしんのすけの後姿に目を向ける。 「アイツ…まさかッ!!」 ルイズがしんのすけを追いかける。 「ちょっと待ちなさいアンタ。一旦こっちを向いてみなさい。」 ビクッ!としんのすけがその場で立ち止まる。 「何か…。」 しんのすけが振り返る。すると…。 「ごようですかぁぁぁぁぁ?」 眉には切り分けたリンゴ!目の端でイチゴを挟み、鼻からさくらんぼをぶら下げ、 ほおをすでに食しているであろう果物で膨らませつつ口からバナナをはみ出させたしんのすけの姿が!! ブッ!!っとルイズが口をおさえたとはいえ思わずふきだす。 「この…大バカ犬ーーーーーッ!!!!」 拳骨の音が響き渡った。 続いて授業の時間。 ルイズに喰らった拳骨のなごりがまだしんのすけの頭にコブとして残っている。 「全く信じられない!神聖な食堂でなんてマネしてんのよ!」 「ちょっとしたおちゃめなつもりだったのに…。あとルイズちゃん。 そこは『食べ物で遊んではいけません』でしょ!やれやれ、ルイズちゃんもまだまだツメが甘いゾ。」 「わかってんならやるなぁーーーー!!」 教室に入るとすでに来ていた生徒達はルイズとしんのすけに目を向けた。 「おっ、『ゼロのルイズ』が平民を連れてご登場だ。」 「流石『ゼロのルイズ』!ゼロには非力な平民の子供がいいってか?」 「ハハハハハハ!!!」 しんのすけを連れたルイズを周りの生徒があざ笑う。 「いやー照れるなー。まいっちゃうゾー。」 「ほめてないってッ!!」 しかししんのすけがこの程度の罵倒を受け付けるハズもなかった。 マイペースなしんのすけを説き伏せるなど簡単にできることではない。 そうこうしているうちに先生らしき女性が教壇に立ち講義を始めた。 「皆さん、春の使い魔召還は大成功のようですね。このシュヴルーズ、 みなさんの使い魔を見るのを毎年、楽しみにしているのですよ」 そして教室を見渡すとしんのすけに眼をとめた。 「おやおや、また変わった使い魔を召喚したようですね、ミス・ヴァリエール」 彼女、シュヴルーズがしんのすけを見ながらとぼけた声でいうと、教室に笑い声がおきる。 笑い声とともに小太りの少年、マリコルヌがはやし立てる。 「『ゼロのルイズ』!召喚できないからってその辺に歩いていた平民連れてくるなよ!」 「違うわよ、きちんと召喚したもの!こいつが来ちゃっただけよ!」 「嘘だ~。『サモン・サーヴァント』ができなかっただけじゃないの?」 ルイズが顔をしかめているとしんのすけが問う。 「ねえねえ、『ゼロのルイズ』って何?」 すると途端にルイズはバツが悪そうになり、視線を外してしまった。 「知らなくていいことよ。」 「ほうほう、コンプレックスだから気にしていると。」 「(ドキッ!)ち、違うわよ!違うんだからねッ!!」 しんのすけが少し考え込む。 「うーん、コンプレックス?例えば『太り気味だからモテない』とか『実はマゾヒストなのを いつバレるかヒヤヒヤしているが案外それも楽しみ』だとか?」 マリコルヌが噴出すのはほぼ同時だった。 「お、お、お前なんでそれを知ってるんだ…?」 「え?適当に言っただけなんだけど。他にも『モテてるのをいいことに浮気中』とか、 『使い魔のモグラを気に入りすぎて女性を悲しませないだろうか』とか 『最近博打にはまって負け続けてる』とかは?」 ガッタァーンッ!!と言う音をたてて後ろに倒れたのは全然見当違いの所に座っていた ギーシュ・ド・グラモンだった。 「アンタ、もしかして今のも偶然?」 「うん。ぐーぜんだゾ。」 トリックなどない。この日のしんのすけは妙な奇跡を起こした。それだけの話だ。 そして無関係だったギーシュに思わぬ流れ弾が当たった。それだけの話である。 そうこうしてるうちにシュヴルーズが見かねて皆を叱った。 「みなさんお静かに。授業を始めますよ。」 授業が始める。ルイズも真剣な顔になり席に戻る。 しんのすけもなんとなく魔法に興味があったので聞いてみた。 「私の二つ名は『赤土』赤土のシュヴルーズです。土系統の魔法をこれから一年皆さんに講義します」 講義の内容は魔法の基本のおさらいだった。 魔法の基礎となる四大系統。火・土・水・風。それに失われし虚無を合わせた五つの魔法系統があること。 そしてそれらの系統を足すことによりさらなる力を発揮すると言うこと、 4大系統のほかに、最も優しい「コモン・マジック」があることがわかった。 「ほい!」 ここでしんのすけが手を上げる。 「コ、コラ!あんた勝手に何やってんの!!」 「けいとーは100個くらい重ねたらおかねもちになったりお姉さんにモテモテになりますか!?」 「ハイ?」 周りからクスクス笑いがあがる。ルイズが小声でしんのすけが 「ちょっと!アンタ何聞いてんのよ!?」 「オラも魔法のおべんきょうをしようかと思って。」 「平民じゃ一生かかっても魔法なんか使えないわよ!杖もないのに!」 「じゃあ杖っていくらかかるの?」 「売り物じゃないわよ杖は!」 苦笑してシュヴルーズが続ける。 「えっと、ちなみに重ねられるのは4系統。一つが『ドット』、二つ重なって『ライン』、 三つが『トライアングル』、四つが最大クラスの『スクウェア』です。 私は土系統のトライアングルですから『錬金』できるのは真鍮が限界。ゴールドは『スクウェア』でないと 錬金できませんし、そのスクウェア・スペルも精神力の回復に多くの時間がかかりますからお金持ちになるのは 少し難しいですね。…スクウェアくらいになれば相当の地位が約束されますし、女性の人気も保てるのでは?」 「おお~!!」 (り、律儀に答えちゃった!いい人ですねシュヴルーズ先生!!) ルイズが心の中で突っ込んだ。 「ほい!」 さらにしんのすけが質問を続ける。 「じゃあルイズちゃんは何けいとーですか!?」 ルイズがぎくりとしてしんのすけの頭を掴む。 「ア、アンタ…!バカ、やめなさい!」 「えっと、私は今年からこのクラスを受け持っているので何とも…。 そうですね、ではミス・ヴァリエール。貴方にやってもらいましょう。 この石を自分の望む金属に錬金してみてください。」 一瞬で周りの空気が変わった。 「そ、それだけは!それだけはご勘弁を!」 「それをやったら私…!まだ生きて叶えたい夢があるんです!!」 「危険すぎます!『ゼロのルイズ』にやらせたら命の保障すら…!」 そう聞いたルイズがカチンときてシュヴルーズに宣言した。 「やります!やらせてください!!」 周りの面々が顔を青くして騒ぎ出す。 「『ゼロのルイズ』が動き出すぞ!!」 「今すぐやめさせてください!」 「早まるな『ゼロのルイズ』!生き急いで何が得られる!?」 しんのすけがまわりのオーバーなリアクションに疑問を持った。 「…ルイズちゃんやけに大人気だゾ…。何?とんでもない大魔法でも使うの?」 ゼロのルイズと言うあだな、周りの尋常じゃない反応。この状況からしんのすけ の割り出した説!それは! (しんのすけの深層心理) ルイズがキャピったテンションで呪文を唱える。 「もえもえぴぴぴーもえぴぴぴー!怪獣シリマルダシ出てこーい!!」 呪文と供ウン十メートルもある怪獣シリマルダシが出現! 一瞬で学院が火の海! キャー!と叫び声を上げて逃げ出す女子生徒たち! その時現れたヒーロー!! 「アクションハイパーゴーシャストルネードビッグサンダーロイヤルレモンティーカンチョー!!」 ものすごいおならジャンプとともにシリマルダシのケツに大打撃!シリマルダシ撃破! 「キャー!あんな怪獣をいともかんたんに倒しちゃったわ!」 「強いわ!カッコいいわ!私の恋人になってー!」 しんのすけは一瞬にしてヒーロー!モテモテになった! 「どうか私のおヒザで耳そーじさせてくださいなんてカーッ!!たまんないねチクショーッ!!」 なんというプラス思考。ある意味見習うべきかもしれない。 それがしんのすけという人間なのだ。 「まっ・ほ・う!まっ・ほ・う!シーリ・マール・ダシ!シーリ・マール・ダシ!」 しんのすけがハイテンションになってルイズにシリマルダシコールを送る。 ルイズも一瞬呆れたががぜんやる気が沸いてきた。 「『錬金』ッ!!」 瞬間、全てが吹き飛んだ。 原因はいわずもがな。ルイズが石ころに杖を振り下ろした瞬間、その石ころは机ごと大爆発を起こした! 巻き込まれた生徒の大半は失神。無事なのは後ろのほうにいた生徒と見事にマリコルヌで『変わり身の術』を決めた しんのすけだけだ。 至近距離の爆破で失神したシュヴルーズを尻目にルイズが口を開く。 「ちょっと失敗したみたい」 「ちょっとじゃないだろう!ゼロのルイズ!」 「いつだって成功の確率、ほとんどゼロじゃないかよ!」 これは流石にしんのすけもゼロの真意を悟った。 「うーん、ルイズちゃんはやっぱ母ちゃんクラスの危険生物だゾ…。」 後ろでなぜか無傷の状態でのんきにリンゴを食べながらそう言ってるが悟ったはずだ。多分。 その頃ミスタ・コルベールは図書館であることを調べていた。 ルイズが召喚した少年に刻まれたルーンについて調べていたのだ。 だが彼の調べ物は今現在行き詰っていた。 「おかしいな…。確かこの辺だったはずだが…。」 ハズレだったらしく本棚に本をしまう。その時。 ガラガラガラッ!! 本棚の中の本が突然なだれとなって落ちてきた! それはまさにしんのすけの家の押入れのように! 「うわあああああッ!!」 コルベールがギリギリで避けたもののバランスを崩して転倒する。 「おーイタタタ。ん?コレは?」 目の前にあった本は少しばかり傷んで、ページも少しばかり破けていた。 だが開いてあったページにはさし絵が描いてあった。 後ろにそびえるメイジ。その前に立つ小人。そしてその前には剣を持った小さな剣士、 大柄な鎧の騎士、そして二本の角を持った細身の戦士。 そして小人の左手、それの拡大図にかかれていたのはしんのすけと同じルーン。 もう半分のページは破れててわからなかったがコルベールはそのルーンに気を取られてそれどころではなかった。 「こ、これは!あった!見つけたぞ!早くオールド・オスマンに知らせなくては!」 急ぎ足でその本を抱え、図書室から姿を消した。 前ページ次ページ伝説を呼ぶ使い魔
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん その日はせっかくの休日でありながら、トリスタニアは暑かった。 まるで街に漂う全ての空気が熱を持ったかのように、初夏の熱気が街中に充満している。 更に、貴族や平民など大勢の人々が各所にある狭い通りを行き交う所為で、時間が経つごとに街全体の気温はどんどん上がってゆく。 今日の最高気温もそこに関係してくるのだがそれは三割の内ほんの一割程度で、残り二割に人が関係している。 更に熱気は地上だけにとどまらず、白い雲が浮かぶ青空へと上昇して屋上で涼もうと考えていた者たちにもその牙を容赦なく突き立てる。 結果、トリスタニアという街そのものが巨大な共用サウナへと変貌していた。 大勢の人が集まる場所というものは、良い事も悪い事も同時に生まれてくるのだ。 人々は熱気漂う街の中で、もうすぐ厳しい夏がやってくるのだと改めて実感した。 だからだろうか、まだお昼にもなってない時間帯の中、街の各所に設けられた噴水広場や井戸に大勢の人々が足を運んでいた。 ある者は自宅の桶や空き瓶を持ってきて井戸の水を汲み、またある者は豪快に頭から水を被って涼しんでいる。 広大な土地と未開の森を開拓し、偉大なる文明を広げていった人々の象徴たる人口のオアシスは、今まさにその役割を全うしていた。 しかし、彼らは知らないだろう。 自分たちのすぐ傍に、『貴族とその従者』だけが快適に涼める『店』があるという事を… そして、その場所には異世界から来た二人の少女と彼女たちを呼び寄せてしまったメイジがいるという事も。 ◆ 「外は暑いわね」 目にもとまらぬ速さで脳裏を過った言葉を、霊夢はポツリと呟いた。 「あぁ。暑いな。確実に」 それに答えろ。とは言わなかったが律儀にも魔理沙は答える。 まるで心の底から゛暑い゛という存在にうんざりしているかのような口調で二人は゛暑い゛をという言葉を口から出したが、その割には涼しそうな表情を浮かべている。 それどころか、平民や年金暮らしの下級貴族達が座った事の無いような高級ソファーに腰を下ろしていた。 もしもここが熱気あふれる大通りなら、このソファーは座った者の尻を蒸し焼きにする拷問゛器具゛ならぬ拷問゛家具゛に変わっていただろう。 しかし、そんなソファーにゆったりと腰を下ろしている二人とその顔を見れば、ここが外よりも気温がずっと低いという事を文字通り゛肌゛で実感できる。 この部屋には今゛風゛と゛水゛の魔法で作られたマジック・アイテムによって、寒くならない程度の冷気が天井を中心にして部屋中に漂っている。 そのマジック・アイテムは一度起動させると周りの空気を冷たくするのだが範囲こそ小さく扱いも難しいうえ、オマケに一個当たりの値段もそこそこ高い。 使えれば便利なのだがその反面、使いこなせなければ正に『宝の持ち腐れ』と言える代物だ。 しかし、ある程度腕の立つメイジがいればコントロールは意外と容易で、王宮や魔法学院などの一部施設では夏に欠かせぬマジック・アイテムとして使用されている。 今ルイズたちが訪れた店もそんな場所の一つであり、二人は天井からの冷気にありがたさを感じていた。 「…それにしても、涼しい部屋ってのは良いものだな」 「まぁ、外が結構暑くなってるから尚更よね」 魔理沙とそんな会話をしながらも、霊夢は人々が行き交う通りを窓越しに見つめている。 そこから見える人々は四方から襲う熱気に汗を流しつつ、忙しそうに通りを歩く。 時折他人同士が肩をぶつけてもどちらかが謝る事は無く何事もなかったかのように歩き去っていく。 暑いのにも関わらず外で露天商が声を張り上げているのか、窓を伝わって通りの喧騒がボソボソと聞こえてくる。 ゛幻想的゛な幻想郷の人里では見れそうにない゛近代的゛なブルドンネ街の通りは、゛幻想的゛住人である二人にとっては目新しいものだった。 「しかしアレだな、こんな涼しい所にいるとホント外が暑そうに見えるんだな」 魔理沙の言葉に霊夢はただ頷きながら、ルイズがこの『店』を選んだことには感心していた。 ※ 二人が今いる場所、それはブルドンネ街の通りに店を構える所謂『貴族専用家具専門店』と呼ばれる店の中にある休憩室であった。 以前タバサが持ってきたハシバミ茶が原因でティーポットを捨てることになったルイズは新しいのを買うために、霊夢と魔理沙を伴ってここを訪れたのである。 「今日は折角の休日だし、街へ行ってこの前捨てたティーポットを買い替えに行くわよ」 朝食が終わった後、ルイズはそう言って部屋で寛いでいた霊夢達を指差した。 突然の事に二人は目を丸くしたが、デルフは思い出したかのように刀身をカタカタと音を立てて震わせた始めた。 『へへ、そういえばこの前レイムの奴が実験して使い物にならなくなっ…―――』 ガチャッ! カタカタと刀身を震わせながらこの前の「ハプニング」を語ろうとしたデルフは、霊夢の手によって無理やり鞘に納められて黙らされた。 「あんた、私のこと馬鹿にしてるんなら次は砕いてやるからね?」 霊夢の言葉に対し何か言いたげそうに刀身を震わせるが、以前ルイズがしたようにその場にあった縄でデルフをぐるぐるに縛り上げる。 そうするとただただ震える事しかできなくなったインテリジェンスソードを、クローゼットを開けて勢いよく中に放り込んだ。 そしてガタガタと大きく震えるデルフを中に入れたままクローゼットをパタンと閉めたところで、霊夢はフゥーと一息ついた。 あのハシバミ茶の騒動からちょうど一週間…。 デルフが思い出したかのようにあの時の事を蒸し返そうとするたびに霊夢に縛られ、クローゼットに閉じ込められていた。 大体一日に平均二回くらいは二時間ほど閉じ込められ、デルフもそれ自体を楽しんでいる様な感じがあった。 こちらに背を向けて一息ついている霊夢を見つめていた魔理沙は、ふとルイズに声を掛けられた。 「マリサ、アンタは今日どうなのよ?」 「う~ん、そうだな~…特にこれといってしたいって事はないしなぁ…まあ、今日はお前に付き合う事にするぜ」 そう言って魔理沙はルイズのとの外出をすんなりと了承したのだが霊夢は… 「今日は一段と増して暑いから遠慮しておくわ」と言ってそっけなく断った。 いつもならここで「じゃあデルフと一緒に留守番よろしくね」と言ってルイズは魔理沙と一緒に部屋を出るのだが…その日は違った。 何故かルイズがしつこく食い下がり「お日様に当たらないと頭からモヤシが生えてくるわよ」とか変な脅しを霊夢に掛けたのである。 いつもとは違うパターンに目を丸くしつつも「それなら全部引っこ抜いてモヤシ炒めにして食べるわ」と霊夢はクールに返した。 しかし、それでも餌に食いついた魚のようにしつこく「一緒に来なさい」と言い寄ってくるルイズに、霊夢は怪訝な表情を浮かべながらもついに降参した。 「あ~…もぉ、うっさいわね~!じゃあ行けばいいんでしょう行けば?」 元からルイズと言い争うつもりは無いし、その日は何をするかまだ決めてもいなかった。 「全く!行くって言うのなら最初からそう言いなさいよね!余計な時間をくっちゃったじゃないの」 ルイズは不機嫌そうに言って出かける準備を始めたので、他の二人も準備を始める。 といってもルイズとは違い霊夢は単に身なりを整え、魔理沙は箒を持つだけなので大した事はしていない。 (一体今日はどうしたっていうのよ。こんなにも暑いから頭がどうかしちゃったのかしら) 霊夢はいつもと何処か違うルイズに対して心の中でそんな事を思いつつ身なりを整え終わると鞄を開けた。 そして着替えであるいつもの巫女服と寝間着と一緒に入れられているお札と針が入った小さな包みを一つ手に取ると、それを懐に入れた。 最後にパンパンと懐をたたいた後、同じく鞄の中にしまっていたスペルカードを三枚ほど手に取った。 ここへ来てから殆ど使っていないスペルカードを見て、霊夢は何処か懐かしさを感じた。 どうせ街に行くだけなんだけどね…。心の中で呟きつつももしもの事を考えて、お札や針と同じように懐へとしまった。 ※ その後、魔理沙の提案でシエスタも連れて行こうという事になったが(彼女曰く「この前、クローゼットから助けてくれたお礼」)生憎彼女の方も街へ行っていて不在だった。 まぁシエスタの件はまた今度という事で三人もそれぞれ別の方法(ルイズは馬で魔理沙は箒、そして霊夢は空を飛んだ)で街をへ向かい、そしてこの店へと足を運んだのである。 店に入ったルイズはそのまま奥へと通され、魔理沙と霊夢は従者として扱われこの休憩室で待っていた。 きっと今頃、ルイズは店の奥でカタログと展示品相手に睨めっこをしつつ、自分の部屋に迎え入れるティーセットを探しているところだろう。 しかし何故霊夢と魔理沙はルイズと別行動なのかと言うと、それにはワケがあった。 ■ それは今から三十分も前の事…。 店に入った時、従者は休憩室で待つのが当店の規則です。と店の人間に言われたからである。 確かに一部の゛貴族専用の店゛ではそのような原則があり、基本平民である従者は別室で待機するのが定めであった。 ルイズと違いトリステインの暑さに慣れていない二人は体が少し疲れていたこともあり、その言葉に従っておとなしく待つことにした。 来店する貴族の従者が待機するこの部屋には来客用のソファーが二つ、部屋の真ん中に置かれている長方形のテーブルを挟むようにして設置されている。 そして部屋の出入り口から見て右のソファーには魔理沙が、左のソファーには霊夢が座っていた。 この部屋にはそれ以外の家具は無く、閉まっている窓の近くに置かれている観葉植物がその存在を主張している。 その観葉植物というのが実に不気味であり、土の入った大きな植木鉢から斑点がついた大きくて長い葉っぱが五、六本飛び出しているという代物だ。 植物というよりかは、まるで突然変異で巨大化してしまった雑草のような観葉植物であった。 紅魔館で観葉植物などを見せてもらった事がある二人であったが、少なくともこんな不気味なモノは置いていなかった。 「何かしらこれ?気味悪いわね」 「これは…アレだな?多分秘薬を作るための薬草だろ」 初めてこんな観葉植物を見た二人は、一体何なのかと不思議に思った。 そんな時丁度良く気を利かせて飲み物を持ってきてくれた店の人間に、魔理沙があれは何かと聞いてみたところ… 「あれは、サンセベリアです」 「サンセベリア?」 「え、何?山菜?」 「サンセベリア。ハルケギニア南方の乾燥地帯に生えている植物で、夏の訪れと共にこの部屋に飾るんです」 難聴かと疑ってしまうかのような霊夢の聞き間違いを訂正しつつ、眼鏡を掛けた店の人間はそう教えてくれた。 そして説明を終えた彼が部屋を後にしてから三十分が経ち、今に至る―――― ■ (何がサンセベリアよ、あんな葉っぱだけの気味悪い植物よりヒマワリとか植えなさいよね) 霊夢は心の中で観葉植物に毒づきながら、先程給士が持ってきたアイスレモンティーを一口飲む。 紅茶の香りよりも少し強いレモンの味がツ~ンと口内に広がり、それに慣れていないのか霊夢は僅かに顔をしかめる。 (何よコレ?レモンの味が強すぎてお茶になってないような気がするんだけど) まるでジュースみたいね。霊夢が心の中でそう呟いている時、魔理沙は同じく給士が持ってきたアイスミルクティーをグビグビと飲んでいる。 それこそ文字通り。まるで仕事帰りの一杯みたいに薄茶色の液体を飲み干す姿からは、とても゛高貴な貴族の従者゛とは思えない。 まぁ実際には二人ともルイズの従者ではないので、別にそういう風に振る舞わなくてもいいのだろう。 「ふぅ~…まぁなんだ、こんな所で飲むのも中々良いじゃないか」 アイスミルクティーを飲み干した魔理沙は開口一番そう言って、グデ~ンとソファーにもたれかかる。 今この部屋には二人以外誰もおらず、いたとしてもこの国で名高いヴァリエール家の従者には何も言いはしない。 それに、魔理沙自身がそういった作法の世界とは無縁な生き方をしているので誰かがどうこう言ってきても気にしないだろう。 相変わらず何処にいてもくつろぐ奴だ。霊夢はソファーの感触を存分に楽しんでいる黒白を見て改めてそう感じた。 一方の霊夢はというと、しっかりと姿勢を正してソファーに座っており、育ちの良さが伺える。 しかし外見が不幸にも、このハルケギニアではあまりにも奇抜過ぎた。 もしも彼女が淑女的な人物であっても、何も知らない者たちが見れば道化師か何かだと勘違いされるだろう。 顔を顰めたままの霊夢が半分ほど減ったアイスレモンティーの入ったコップをテーブルに置いたとき、唐突に魔理沙が話しかけてきた。 「そういえばさぁ、さっきからずっと気になってたんだが…」 「何よ?」 「この部屋が涼しいのって、絶対あの水晶玉のおかげだよな」 魔理沙の口から出た゛水晶玉゛という言葉に霊夢は「あぁ、そういえば」と頷いて、天井を仰ぎ見る。 少し白が強い肌色の天井に取り付けられた頑丈そうなロープに吊り下げられた大きな籠があり、その中には青い水晶玉が入っていた。 平均的な成人男性の頭部と同じ大きさを持つその水晶玉こそ、前述したマジックアイテムであった。 最も、魔理沙がいま気づいたのに対して、霊夢は部屋に入ってすぐにそれが何なのかある程度わかってはいたが。 強すぎずまた弱すぎもしない冷気は微かな魔力と共にそこから放出され、下にいる二人の体を寒くない程度に冷やしている。 ついさっきまで暑い外にいた事と、店の者が持ってきてくれたドリンクのおかげで少女たちは極楽気分を味わっていた。 このまま何もしていなければルイズが戻ってくるまで、この小さな空間にできた楽園で涼むことができるであろう。 ただ。霊夢とは違い、魔法使いである魔理沙はどうしてもあのマジック・アイテムが気になってしょうがなかった。 「…あの水晶玉、なんか気になるな。っていうかあれは私に調べてくださいって言ってるようなもんだな」 ソファーで寛いでいた魔理沙はまるで当然のことだと言わんばかりの言葉を呟くと立ち上がり、軽く背伸びの運動をした。 今行っている背伸びの運動を終えた黒白が何をするのかする前に気づいた霊夢は、目を細める。 「言うだけ無駄なんでしょうけど。まぁ程々にしときなさいよね」 嫌悪感が含まれた霊夢の忠告に魔理沙は白い歯を見せて笑うと体操を終え、自身が履いている靴へと手を伸ばす。 霊夢の履いている茶色のローファーと比べ泥土の汚れが目立つ黒のブーツを、魔理沙はいそいそと紐をほどいて脱ぎ捨てる。 持ち主の足から離れたそれは脱いだ持ち主の手によってソファーの傍に置かれる。 「好奇心に勝るモノ無しってヤツだぜ」 魔理沙は自信満々にそう言って、今度は白い靴下をはいた足でテーブルの上に乗った。 マジックアイテムに不調が起こった際の為かテーブルの上に乗って爪先立ちをすると、天井から吊り下げられている籠を手に取れるのだ。 そして不幸(無論店にとって)にも魔理沙はそれに気づき、今まさにそれを実行しようとしていた。 厳選された素材で作られたトリステイン製のテーブルに飛び乗ったという少女は、きっと魔理沙が初めてであろう。 今の光景を店内でティーポットを探しているルイズと店の人間が見れば、目をひん剥いて気絶すること間違い無しだ。 その後…怒り狂ったルイズが怒りの表情を浮かべて杖と乗馬用の鞭を武器にして、魔理沙を追い駆けまわす姿も容易に想像できる。 今この場にルイズがいない事を、魔理沙は有難く思うべきだろう。 「さてと、まずは…」 何処から調べようかと、いざ手を伸ばした…その時であった。 突如、二人の耳に「カチャリ」という金属めいた音が飛び込んでくる。 その音に気づいてふと手を止めた魔理沙は、その音の正体が何なのかわからぬまま――軽く後ろへ跳んだ。 まるで足元に迫ってきた長縄を避けるかのように跳ぶと同時に後ろに重心をかけ、背後のソファーへとその身を沈める。 時間にして僅か二秒という早業をしてのけたものの、それを成した魔理沙本人はどうしてこんな事をしたのかと疑問を感じた。 しかしその疑問は、「カチャリ」というドアノブを捻る音と共に部屋へと入ってきた少女の姿を見て、自己解決した。 「待たせたわね。買う物は買ったし、ここを出るわよ」 ドアを開けた者――ルイズは部屋に入ってきた開口一番にそう言った。 それに対し二人はすぐに頷いた。何事もなかったかのように。 「?…何で靴なんか脱いでるのよ?」 「足の中が汗で蒸れてたから冷やしてたんだ」 そんな二人のやり取りを横目に、霊夢は呆れたと言わんばかりにため息をついた。 ◆ 時刻は間もなく、午前十一時に迫ろうとしていた頃。 トリスタニアの気温は朝と比べて少しだけ上がっていた。 肌で感じれば少し暑くなったと思う程度であったが、街の大通りなど人気の多いところはかなり暑くなっている。 しかし、それと同時に気休め程度に吹いていた風の勢いが強まり、自然からの涼しい祝福を肌で実感できるようになった。 外の暑さに慣れたのか、露天商で働く者たちは自前の樽に入れた水を飲みながらも、精一杯声を張り上げて客を呼び寄せようとしている。 屋内にいる者たちは窓や扉を開放して風を入れ、室内に溜まった熱気を追い出そうとしていた。 街の外れにある工房や石切り場などで働いている者たちは街よりも風の恩恵を受けて、皆口々に感謝の言葉を呟いていた。 そして街が活気に包まれる中、それとは全く無縁の場所が街の郊外にある旧市街地であった。 一部では゛幽霊の住処゛と呼ばれる程になったそこからは、人の気配が殆ど感じられない。 職や財産を失った浮浪者たちは、汚れてはいるが地上よりかは幾らか涼しい地下水道へと退避していた。 例え地上で野垂れ死にしたとしても、寄ってくるのは人の味を知った犬猫やカラスだけであろう。 そんな場所に…゛かつて゛は教会として使われた廃墟が、他の廃墟と肩を並べるかのように建てられていた。 かつては始祖ブリミルを崇める聖なる場所として、この街に住む人々に祝福を与えていた。 しかし今は、罅割れた外壁から這い出てくるかのように生えてきた蔦によって見るも無残な廃墟へと姿を変えている。 この教会にいた聖職者たちは、もう十年近くも前に建てられた新しい教会に移り住み、誰一人この教会だった建物を訪れることは無い。 その外観の気味悪さから浮浪者たちは他の建物を選び、教会は荒れるに荒れていた。 しかし今日は始祖の思し召しか、一人の青年がこの廃墟を訪れていた。 彼の白い肌とブロンドヘアーは燦々と輝く太陽に照らされて、まるで芸術品のように美しく見える。 ここが祈りの場として使われていた頃は大きな鐘が吊るされていた鐘塔に上った彼は、望遠鏡を使ってブルドンネ街の様子をのぞいていた。 その姿には、まるで御伽話に出てくる王子様が結婚相手を街の中から探しているかのような、魅力的な雰囲気が漂っている。 確かにその例えは間違っていない。青年は今その手に持つ望遠鏡で三人の少女達を見つめているのだから。 一人は御伽話に出てきそうな魔法使いのような姿をしており、頭に被っている黒いトンガリ帽子は若干だが周囲の人々から浮いている。 黒と白のドレスとエプロンは迫り来る夏季を考えてか、その外見とは反対で涼しそうだと青年は思った。 その右手には箒を握っており、もう少し老ければ無数のカラスと蟲たちを手足の様に操れる魔女になるかもしれない。 もう一人はトリステイン魔法学院の制服と黒マントを身に着け、一目で貴族のタマゴとわかる。 気高きプライドが見え隠れする鳶色の瞳には、周囲から襲い来る熱気にうんざりしたと言いたげな色が浮かんでいる。 彼女の髪の色は誰よりも目立つピンクのブロンドヘアーで、見る者が見れば彼女の体内にある血統の正体を知って頭を下げるであろう。 最後の一人はハルケギニアには珍しい黒髪であったが…それよりも彼女が身に着けている紅白の服は、あまりにも奇抜であった。 白い袖は服と別離しており、望遠鏡越しにもスベスベだとわかる腕と綺麗な腋をこれでもかと言わんばかりに周囲に晒している。 普通の女子なら赤面になるだろうが、黒髪の少女はもう慣れっこなのか平然とした表情を浮かべた顔と赤みがかった黒い瞳で空を見つめていた。 頭に着けている大きな赤色のリボンと共に、もはや゛周囲とは違う゛という次元を跳躍し他の誰よりも目立っていた。 もはや奇跡としか言えない変わった容姿の三人を望遠鏡越しに覗きながら、青年はその内の一人に狙いを定める。 それは、最初に望遠鏡にその姿を捉えた黒白の少女――ルイズたちと一緒に店から出てきた魔理沙であった。 「へぇ~…あれが彼女の言ってた゛トンガリ帽子゛の子か」 青年―ジュリオはひとり呟いて、望遠鏡をうっかりして落とさないようにその手に力を込める。 折角この眼で見る事の出来た゛イレギュラー゛を『望遠鏡を手落とした』という有り得ないミスで見逃すという事は、今の彼にとっては一番つらい事であった。 しかもようやく見つける事の出来た゛盾゛と数年前から目をつけていた゛トリステインの担い手゛と一緒にいるのだ。これほど貴重な瞬間は滅多に無いであろう。 「彼女を監視ついでに学院で働かせたのは成功だったね。でなきゃこんなの拝めることは無かったよホント」 ジュリオは望遠鏡越しにルイズたちを見ながら、自分の部下兼フレンドである女性の事を思い浮かべた。 彼女には学院にいる゛トリステインの担い手゛であるルイズと゛盾゛の霊夢を監視するために、学院で給士として働かせている。 トリスタニアから片道三時間もかかる場所に建てられた学院である為、誰かをその学院へ送るのが最も最適な方法であった。 給士程度なら役所で渡された書類一枚を見せれば即時採用されるので潜り込ませるのは非常に容易だった。 そして今朝…。 彼女から届いた手紙のおかげでで゛トリステインの担い手゛と゛盾゛に…新しく部屋の住人となった゛トンガリ帽子゛の三人が街へ来るという事を彼は知った。 その時宿泊しているホテルのテラスでアイスティーを嗜んでいた彼は、口に含んだアイスティーを吹きかけた程驚いたのは記憶に新しい。 一歩手前でなんとか飲み込んだ後、彼は冷静さをすぐに取り戻して手紙に書かれた文字を一字一句丁寧に読み始めた。 手紙には新しいティーポットを買いに行くという事とそれを買う店の場所…そして監視に最適な場所まで丁寧に書いてくれていた。 ジュリオは彼女の徹底した仕事ぶりに、心底感心した。 その後、部屋に置いていた監視用の望遠鏡を片手にホテルを出て旧市街地へ急いで向かい、今に至る。 「なるほど…見れば見るほど、御伽話とかで出てきそうなメイジだな」 望遠鏡越しにルイズと何やら話をしている魔理沙を覗きながら、ジュリオは幾つのか疑問を覚えた。 服はまだ良いのだが、頭にかぶっている黒のトンガリ帽子はいささか流行の波に乗り遅れているなと感じた。 丁度今から二十年前くらいにあれと同じようなタイプの帽子が流行ったと聞くが、今となってはあんな帽子を被るのは゛当時゛20代や10代だった者たちが主である。 無論今でもトンガリ帽子を愛する貴族はいるが、最新の流行ファッションがすぐにカタログに載せられるこの時代では少数である。 今望遠鏡で覗いている黒白の彼女ぐらいの年齢の子なら、流行ファッションには非常に敏感だ。 そんな子供が時代遅れとも言えるようで言えない曖昧な帽子を被るものだろうか。 何かしら理由があるのかもしれないが、自分が彼女ならあんなに大きい帽子じゃなくて、もっと小さいものを選ぶだろう。 ジュリオは心の中で思いながら、乾き始めた上唇をペロリと舐める。 それが一つ目の疑問である「トンガリ帽子」。そして二つ目の疑問は「右手に持つ箒」であった。 トリステイン魔法学院にいる彼女からの情報では、有り得ないことにあの箒を使って空を飛んだのだという。 『箒を使って空を飛ぶ』 その発想は、元は軍が幻獣をまともに扱えない下級メイジ達に飛行能力を与えるという思想から生まれた。 それはハルケギニア大陸の各国に広まり、記録を辿れば今から五十年も前の事にもなる。 しかしいざ実際に乗ってみると、箒に掛ける魔力の調整や箒であるが故の耐久性の低さがまず最初に目立った。 ガリアなどでは専用の箒を開発したとも聞くが、同時期に行われた軍用キメラの開発に予算を取られてお蔵入りになったのだという。 結局、各国ともに「程度の低いメイジは馬で十分」という昔ながらの考えに落ち着き、計画は失敗のまま終了した。 そして現在、今ではそんな事があったという事実を知る者も極めて少ない。 もしも彼女が゛この世界゛の人間であるならば、それに乗るどころかそんな事実すら知らないであろう。 今では『箒に乗って空を飛ぶメイジ』という存在は、絵本や小説といった空想の存在になってしまっているのだから。 (――しかし、彼女が゛盾゛とおなじ゛場所゛から来たというのなら…話は変わるけどね) ジュリオが心の中でそう呟いた瞬間、予想だにしていなかったアクシデントが彼の゛背後゛で発生した。 「あらあら、朝からやけにご執心ですこと」 そのアクシデントは、まずは声となって彼に囁いてきた。 声からして女性であるが、その声はジュリオが初めて耳にしたほど綺麗なものであった。 まるで風の女神の歌声の様に、澄んだ声である。 彼がそう思うほどその声は美しく、そして怖ろしいとも感じた。 望遠鏡を覗いていたジュリオは、最初はその声を単なる゛気のせい゛で片付けようとした。 きっと風の女神が明るいうちから覗き見をしている僕をからかっているのだ―――と。 しかし――本当にその声が゛気のせい゛ではなく自分の背後に誰かががいるのなら――――…そいつは、人間゛じゃない゛。 それは比喩ではなく文字通りの意味で、人間の常識では決してその存在を証明できない゛何か゛だ。 彼はその道の人間ではないが、望遠鏡を覗いている間は自分が無防備になるという事は自覚していた。 トリスタニアはそれなりに治安は整っているがここは旧市街地である。浮浪者のほかにも犯罪者やそれと同等の者たちの居場所でもある。 こんな真昼間に襲ってくるという事は無いであろうが、可能性は決してゼロではない。 肝試し気分で夜中にここへ足を運んだ若者たちが何十人も行方不明にもなっているという噂もあるほどだ。 それを知っているうえで、ジュリオはこの教会を選んだ。 ここら辺は日中の間、人気が無いので誰かに見られる心配もない。 それに、彼が今いる場所はある意味もっとも安全な所なのだ。 鐘を打ち鳴らす為に作られたこの鐘塔の出入り口はただ一つ、床に設置された扉だけだ。 扉を開けると下の教会へと続く古めかしい鉄梯子があり、それ以外の出入り口は全くもって見当たらない。 それに蝶番が丁度良く錆びており、扉を開け閉めする際には物凄い音を鳴らす。 つまりは、誰かが来ればドアの開く音でわかるしそれを聞き逃すほど彼の耳は悪くない。 しかし、先程の声が聞こえる直前――ドアを開くような音は一切しなかった。 まるで最初から、ずっとこの場所にいたかのように。 つまりこの声の主は―――人間ではないのだ、文字通りの意味で。 「………」 突然の声にジュリオは何も言わずに望遠鏡を下ろし、慎重に身構えてから後ろを振り返った。 その顔には、先程夢中になっていた楽しみを奪われた子供が浮かべるような、幼い嫌悪の色を浮かべて。 しかし、彼の背後には女の声を発したであろう存在と思しきモノは、どこにもいない。 ただ自分の視界に映るのは、夏色に染まりつつあるこの国を綺麗に見せる青い空と白い雲だけ。 ジュリオは無意識に目をキョロキョロと忙しなく動かして辺りを伺うが、声の主らしきモノは何処にもいない。 念のため手すりから少し身を乗り出して外の様子も見るが、そこから見えるのはかつて最大の栄華を持っていた廃墟群だけで何もいない。 やはり、ただの気のせいだったのか?――と、ジュリオがそう思った時…。 「でも…遠くから覗き見をするくらいなら、あの娘たちにもっと近づいてみなさいな」 今度は、背後ではなく耳元であの声が囁いてきた。 瞬間、ジュリオは目を細ると勢いよく振り返り、それと同時に持っていた望遠鏡も勢いよく振りかぶる。 まるで角材の様に扱われた望遠鏡はしかし、背後にいたでろあろう存在を叩くことはできなかった。 手ごたえは無く、ただブォン!と空気を勢いよく薙ぎ払う音だけがジュリオの耳に入ってくるだけであった。 咄嗟に繰り出したカウンターが、単なる空振りで終わったことに、彼は悔しさを感じる事は無かった。 「幻聴…じゃないだろうね。絶対に」 ジュリオの呟きに応えるかのように一瞬だけ風の勢いが強まり、彼の髪を撫でつける。 先程の声や望遠鏡を振るった時のそれとは違う、くぐもった風の音が耳に入ってくる。 「風が強くなってきたな…」ジュリオはそう言ってその場でしゃがみ込み、床の扉をゆっくりと開けた。 錆びついた蝶番の音は、まるで死にかけた老婆の悲鳴のようで、先程聞いた声と比べれば余りにも醜悪であった。 扉を開けた先には梯子があり、それを下りていけば廃墟と化した教会の中へと続いている。 教会の中は薄暗く、昼間だというのに不気味な雰囲気を醸し出している。 扉を開けたジュリオは眼下に見える教会の床を凝視しながらも、梯子に手を掛けようとはしない。 それから三十秒が経った後…ふと彼は後ろを振り返り、口を開いた。 「アンタが誰だったのかわからないけど…。まぁ、良い話のタネとアドバイスをくれたことに感謝しておくよ。何処かの誰かさん」 これは置いといてあげるよ。彼は最後にそう言って、右手に持っていた望遠鏡をその場に置いてから梯子を降りて行った。 今の彼にはもう望遠鏡は必要なかった。高いものではあるが必要になればその都度買いなおせば良い。 彼はもう、遠くから彼女たちを監視しようとは考えていなかった。 気づかれない程度に傍へ寄り、近いうちに彼らと接触してみよう―――と。 だが゛上の連中゛はその提案に対して慎重論を掲げてくるであろう。『今はまだ監視に徹する時だ』という少し芝居が入った言葉と共に。 無論、ジュリオもその事は不服ではあるが重々承知していた。 相手がもし゛普通の人間゛なら、監視を十分に行い接触するべきに値する存在かどうか見極める必要がある。 しかし…今回の相手はそれが通用しない――彼は無意識のうちにそう思った。 根拠らしい根拠は見当たらないが、彼の脳裏に不思議とそんな考えが浮かんできたのである。 ただ遠い安全圏から覗くだけでは彼女達の事を詳しく知ることなどできない。 むしろ、距離を置けば置くほど彼らの姿は遠くなりいつの日か見えなくなるのではないか? ならばいっそのこと、近づけるところまで近づいてみた方が、ずっと有益なのではないだろうか? それが正しい事なのかどうかはわからないが、ジュリオはこれが一番の最善策だと心の中で信じた。 梯子を降り、浮浪者たちに荒らされた薄暗い教会の中を歩く彼はその顔に、好奇心が含まれた笑顔が浮かべていた。 それは人が持つ感情の中では最も罪なモノであり、そして人を更なる存在へと昇華させる偉大なモノである。 「好奇心は人を滅ぼすっていう言葉があるけど…好奇心が無い人間なんて只々つまらないだけですわ」 先程までジュリオがいた鐘塔の屋根の上に佇む、人ならざるモノ――八雲紫は呟く。 その手に彼が置いて行った望遠鏡を持って昼時の喧騒で賑わうブルドンネ街を、ひとり静かに見つめながら。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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前ページ次ページ使い魔は神様? ルイズは驚いていた。 自室に戻って、使い魔の名前をあれこれ考えている最中だったのだ。 『それ』は突然声を荒げて使い魔に文句をたれ始め、頭上で真っ赤になって跳ねていた。 (何? 何? 何なのこいつ???) 今の今まで使い魔のそばで転がっていただけだったので気にも留めていなかったが、『それ』はどうやら生物であるようだ。 かなり小さい。真っ赤な体を…いや、淡い緑色に変色している。感情によって発光色が変わるらしかった。 よぉ~く見てみると、それは極小サイズの小人のように見て取れる。 しかも人語を解している。忙しく飛び跳ねながら饒舌に喋っていた。 このような妖精(?)を、ルイズは見たことも聞いたこともなかった。 ぴょんぴょん飛び跳ねていた『それ』は、 「…ところであんたは一体誰なんでィ?」 ルイズにそう問いただしてきた。 ……… …… … 「おいアマ公! お前本当に昔あの化け物を退治したのかァ? 相棒のイザナギがよほど強かったとか、酔わせた酒がやたら強烈だったってオチじゃあねェだろうなァ?」 ――場所は神州平原。 風神宮の赤カブトを討ち取ったアマテラスらは、一路神木村へと向かっていた。 アマテラスはイッスンの問いにも耳を傾けずに駆け抜けてゆく。 神木村の守護神木、コノハナさまを祀る神木祭りはもうじきのことであった。 …現状のアマテラスとヤマタノオロチとでは力の差がありすぎた。 現に先ほどオロチの影が現れた際に、アマテラスは何もできずにいたのだ。 百年あまり昔― オロチをイザナギと共に退治した白野威が世を去った後、物の怪が蔓延り、世は乱れ、神々への信仰は薄れゆき、 復活したアマテラスは全盛期にはとても及ばないほどに力を落としていのだった。 かつて失った筆しらべの力を取り戻しつつあったが、まだ全ての筆神を集められたわけではない。 その力も、かつてのそれとは比べ物にならないほど弱体化していた。 今のアマテラスがオロチとまともにぶつかって、果たして勝ち目はあるのか… そこで、かつてイザナギがヤマタノオロチを退治した際に使ったとされるお神酒、 八塩折之酒を分けてもらいにいく途上であったのだ。 コノハナさまへ奉げられる八塩折之酒は、いかなる妖怪をも酔わせることができるという霊験あらかたなお神酒。 今一度その八塩折之酒でもって、ヤマタノオロチに立ち向かわんとアマテラスはひた走る。 「しかしよォ… ウシワカの野郎に水晶のヘビイチゴは持って行かれちまうし、 スサノオのおっさんも何やら様子がおかしかったし… 全く、赤カブトを退治できたってのに幸先悪いねェ。 まァ。今はンなこたァ置いといて、神木村のお祭りを堪能するとしようかァ」 この分ならば夕刻には村へたどり着けるだろう。 イッスンはクシナダの造った酒の味を想像してゴクリと唾を飲み込む。 神木村のコノハナさまに奉げられるお神酒を、彼はちゃっかり味わう腹づもりらしかった。 サクヤの姉ちゃんを酔わせて云々かんぬんと、何やら善からぬ想像を働かせている模様。 …それはアガタの森が見えた頃に起こった。 アマテラスは小山の頂上から勢いよく跳躍し、空高く舞い上がる。 全身を風が打ち、アマテラスは気持ちよさ気に身を躍らせていた。 が、 突如目の前に現れた鏡のような物体にぎょっと目をむいた。 疑問に思う暇さえなかった。 アマテラスとイッスンはなすすべなく鏡に吸い込まれ、そして― ……… …… … 「信じられる訳ないでしょう!!」 「だから本当だっつってんだろォこのチンチクリン!」 「あ、あんたねぇ…貴族に向かってなんて口の聞き方なのよ!」 目覚めたイッスンは見た目美少女の異国人と意見交換を交わした結果… 案の定口論となっていた。 イッスンはまず現状の把握に努めた。 まずこの目の前に居るやたら高圧的な異国人の女の名はルイズ。 そしてここはハルケギニアの、トリステイン王国の、トリステイン魔法学院であるという事。 アマテラスと自分は、ルイズのサモン・サーヴァントによって召喚され、 しかもアマテラスはすでにルイズと契約を交わしてしまったという事。 訳の分からない事ばかりのたまうルイズをイッスンは一笑し、 「寝惚けた事を言うなィ、いいからここはナカツクニのどの―」 そう言いかけて、イッスンは停止した。 窓の空向こうに浮かぶお月様を見てしまったのである。 ルイズはルイズでイッスンの説明を受けて爆笑していた。 まず判明したこと。 この犬の名はアマテラス、ちっこい小人はイッスンという名の旅絵師であるという事。 そして二人はナカツクニという緑溢るる美しい国にいた、というのである。 『ヤマタノオロチ』だの『カミキムラ』だの、ルイズには何一つ聞き覚えのない単語ばかりが飛んだ。 しかし極めつけはこれだ。 なんとこの犬が神様だというのだ。 ルイズは笑った笑った。 「こっ、こんなの神様だっていうの? あんたの世界は随分おかしなか、神様がいるのね…」 まだ肩をひくつかせている、相当ツボにハマったらしい 「…信じてやがらねェなおめェ」 「というかね」 ひとしきり笑ってようやく収まったらしいルイズはアマテラスを指差し、 「こんな呆けた顔の神様がいるわけないじゃない」 ちなみに当のアマテラスはそ知らぬ顔で眠りこけていた。 異世界に飛ばされた事は、本人にとってはとるにたらぬ些事らしい。 ナカツクニはどうでもいいのか? おい? 「とにかく! オイラたちゃやらなきゃならねェことが山ほどあるんだよォ! 今すぐナカツクニに返しやがれェ!」 「…ムリよ、サモン・サーヴァントは使い魔を呼び出すだけの儀式だもの。 送り返すなんて真似はできないわ、 そもそもそんな異世界のことなんて聞いた事もないし、 大体あんたたち自分の意思であのゲートくぐって来たんでしょう?」 「ふざけんなァ! あんな身動きもとれねェような状態で突っ込ませといて意思もクソもあるかァ!!」 真っ赤になってイッスンが叫ぶ。 あれを『自分の意思』とされてはたまったものではない。回避の選択肢すらなかったのだ。 「元の世界に帰る方法は?」 「知らない」 「どういう理由でオイラたちが召喚されたんだよォ?」 「知らないわよ、そもそもサモン・サーヴァントはハルケギニアの生き物を呼び出す魔法なのよ?」 「元の世界に返せ」 「だからムリだと(ry」 五月蝿げにアマテラスが顔をそらす。 二人の言い争いは続く。 「あのねぇ、そいつは私の使い魔になったんだから、今更何を言おうが手遅れよ。 勝手なことしないで」 「ケッ、誰がおめェさんの使い魔なんざになったりするかよォ! アマ公、いくぞ!」 いつもの定位置に収まり、アマテラスを促すイッスン。 が…アマテラスは微動だにしない。 「…どうも『私の使い魔』はここを出てく気はないみたいだけど?」 ことさら『私の使い魔』を強調するルイズ。 「おい! …アマ公、お前まさかこのチビ助の下僕に成り下がるつもりじゃねェだろうなァ?」 「誰がチビ助よっ!」 「お前はだァってろィッ!!!!」 イッスンの剣幕に一歩後じさるルイズ。 「アマ公、耳かっぽじってよォ~く聞きやがれェ! 今ナカツクニはなァ、復活したオロチの脅威に晒されてンだぞォ!? 事の重大性を理解してるのかよォおめェは! こんなとこで足止め食ってる時間はねェンだよォ! ほれ、行くぞッ!!」 …茶化せない真剣な空気だった。 アマテラスがゆっくりとイッスンに向き直る。 その顔は「何も案ずる事はない」とでも言いたげであった。 「………………」 こいつと一緒に旅をして分かった事がある。 こいつはポァっとしているように見えて自分のやるべき事、成すべき事をしっかり理解している。 そしてその行動に間違いなど一つとしてなかった。 賽の芽を蘇らせ、幾多の妖怪を打ち払い、散り散りになった筆神をその身にとり戻しつつここまでやってきたのだ。 ならば今回の件も…そういうことなのかも知れない。 落ち着きはらっている点を見るに、こいつには帰る当てがあるのだろう。 たぶん。 おそらく。 「………………………………ケッ、ったく! わァったよ! 付き合えばいいンだろォ付き合えばァ? もう好きにしやがれェ!」 こうしてイッスンは折れた。 アマ公に本当に大丈夫なんだろうなァ?と念を押して。 全くの無反応だったが。 ……… …… … 「…でよォ? その使い魔ってのは具体的に何をするもんなんだァ?」 「…へ? あ、ああうん。使い魔は…まず主人の目となり耳となる能力を与えられるの」 「どういうことだァ?」 「使い魔が見た事、聞いた事を、主人も共有できるのよ」 「ほォ~、そいつァ便利だねェ」 「でも私、なにも見えてこないんですけど」 「他には?」 「雑用とかまぁ色々あるけど一番重要なのはこれ、 外敵から主人を守護すること! 使い魔は自身の能力でもって主人を命を賭して守るのよ」 「…要するによくできた従者みてェなもんなんじゃねェか」 「ま、やる事はあまり変わらないわね。 従者との違いは、『使い魔は終生主に付き従う』って点かしら?」 「おいおいおいおいおい! オイラたちゃ帰るべき世界があるって言ってンだろォ? いつまでここに居る事になるんだかわかンねェが、死ぬまでおめェさんと一緒になんざいられねェっての!」 「別にあんたに言ってる訳じゃないわよ、私の使い魔はアマテラスだもの。そうよね?」 と、ルイズは己が使い魔に目配せする。 が、アマテラスは露骨に目を反らしやがった! 「ちょ、ちょっとあんた! 私を主として認めたんじゃなかったの!?」 今の反応でイッスンは確信する。 アマ公はナカツクニに帰る方法を知っているのだ。 「プフフフフ! 残念だったなァ嬢ちゃん? アマ公のやつァおめェさんと一生を共にはできねェそうだぜ?」 「何でよ! なにが不満なのよ!?」 「大体なァ、考えてもみねェ嬢ちゃん。 いきなり有無を言わさず異世界に召喚されて しかも訳の分からん奴に自分に仕えろとか言われておめェさん承諾できるのかィ? 誰だって元居た世界に帰りたいって思うだろォ?」 「………………」 少し冷静になるルイズ。 イッスンの言うことは、当然と言えば当然のことだった。 仮に、 仮にだがもし自分が召喚されたとして、異世界に飛ばされてしまったら…? …論外だ。 そんな世界など行きたくもなかった。 …魔法も使えず、ゼロと蔑まされて、学院での生活は正直楽しいものとは言えないけれど、 この世界には家族がいて、大切な人がいるのだ。 それは、アマテラスとイッスンも同じなのだろう。 「…………はぁ…分かったわよ。 ただし! あんたたちが元の世界に戻るまではみっちり働いてもらうからね!」 「みっちりって…嬢ちゃんあんたそんなに敵に狙われてンのかァ?」 「そんなわけないでしょ! 基本的には私の使い魔として、恥じない立ち振るまいをしていればいいわ。 私に恥をかかせるような真似をしたら承知しないんだから!」 「…………」 イッスンは少しだけルイズに同情した。 そんなのこいつに期待できるわけねェだろ… 「そういえばさ」 アマテラスの頭をポフポフ撫でるルイズ。 「あン?」 「…アマテラスはえっと、その、強いの?」 ルイズはかねてからの疑問を問うてみた。 呼び出してからこっち、そのことばかり気にしていたのだ。 ぶっちゃけ、あまり強そうには見えないが… 「ヘヘッ、アマ公の実力を舐めんなよォ? そんちょそこらの妖怪ごときじゃあ傷一つ付けられやしねェぜ!」 実際そんなこともないのだが虚勢をはるイッスン。 しかし全盛期とは比べるべくもないが、それでもアマテラスは強力な使い魔と言えよう。 「ふ~ん…」 やや疑わしいがそれなりに力を持った犬っころではあるらしい。 神様云々は微塵も信じていないルイズではあったが、唯の犬ではないのだろう。 少なくとも使い魔云々で級友連中にバカにされることはないかな…とルイズは思った。 翌日即撤回することになるが。 「…まぁいいわ。今日はもう寝ましょう。 いい加減眠くなってきたわ」 もう夜も深い時間帯だ、そろそろ寝なければ明日に響く。 「オイラたちゃどこで寝ればいいんだァ?」 「あんたたちは隅っこの方で寝なさい。 明日になったら藁の寝床、用意してあげるから」 どうも思いのほか手触りがよろしかったようで、アマテラスの頭をまだ撫で続けている。 ルイズはアマテラスの両の目をしっかりと見据えて、言った。 「いい? あんたが元の世界に帰るまで、私が面倒見てあげる。 だからその時が来るまでは、あんたは私の使い魔よ?」 前ページ次ページ使い魔は神様?
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前ページ次ページベルセルク・ゼロ ルイズはベッドに腰掛け、パックの話を聞いていた。 パックからガッツの事情をかいつまんで聞かされたルイズは本日何度目かのため息をついた。 「異世界からきた…ね…とても信じられないけど……」 先ほどのガッツの剣幕を思い出す。実際あれほどの激情を目の前で見せられては疑うわけにはいかない。 「とても嘘をついている風じゃなかったものね……その、とても怖かったし……」 「必死だったんだよあいつも。普段はあそこまで取り乱すことそんなにないんだよ…そんなに、だけど」 苦笑いを浮かべるパックの脳裏には出会ったばかりのころのガッツが思い出されていた。 あの当時のガッツをこのルイズが召喚してしまっていたとしたらどうなっていたか―――想像に難くない。 「不幸中の幸いってやつだね~」 「?」 たはは、とパックは笑う。 ルイズはそんなパックをきょとんと見つめていた。 やがて――― 「よし…!」 ぱんっ、と膝を掴んでルイズは立ち上がる。そのまま勉強机に腰掛けた。 さんざん弱音は吐いた。泣くだけ泣いた。 あとは前に進まなきゃ。 とりあえず新しい使い魔をどうするか、自分の立場がどうなるかは後回し。 自分の失敗魔法のせいでガッツに迷惑をかけてしまった。 ならば、その責任をとらなければならない。 ひょっとするとそれは償い切れないほどのものかもしれない。 それでも、逃げ出すことは許されない。 失敗を見ないことにして放り出すことなど到底許容できない。 それがルイズの考える貴族の在り方―――これからも貫く、自分の生き方だった。 どすんっ! 机の上に「コレ頭叩き割れるんじゃね?」というほどの厚みのある本が置かれた。 2000ページは優に超えていると思われる。 それは古今東西、ハルケギニアに存在した、『フライ』を始めとする移動形魔法の種類とその詳細が書かれた、いわゆる『辞典』だった。 パラリ―――とページをめくる。 一枚一枚、一言一句逃さず、ルイズはその本を読み続けた。 二時間後――― 「ぐぅ…むにゅ……すやすや……」 ルイズは開かれたままの本に突っ伏して寝息を立てていた。 「ルイズ~、寝るならちゃんと布団で眠りなよ~~」 パックが苦笑しながらルイズの頭をぽんぽんと叩く。 完全に寝ぼけたまま、それでも何とか目をあけたルイズは椅子から立ち上がると、もそもそと服を脱ぎ始めた。 「わわわぁ~~!! ルイズ、ちょ、ちょっと待った! なななにしてんのッ!?」 「む~? なぁにってぇ~、きがえてるにきまってるでしょ~~? せいふくぅ~しわになったらぁ……むにゃ」 「はわわわわ」 ルイズの手が下着に伸びる。緩慢な動作でそれも脱ぎ捨てると、ルイズはネグリジェを頭からかぶり始めた。 無論、その間ルイズは丸出しである。 エルフが人間に欲情するかは定かでは無いが―――少なくともパックはガン見だった。 ルイズはネグリジェに着替えるとぼさっ!とベッドに飛び込む。 「むぅ~~…ん……すぅ~すぅ~」 そのまますぐに寝息を立て始めた。 パックはルイズの顔を覗き込み、眠りにつくのを見届けてから部屋を出ようとした。 むんず。 「ほえ?」 ルイズの手が飛び去ろうとしたパックを握り締める。 「んむぅ…むにゃむにゃ、ちいねえさまのつくったまろんけーきおいしい」 そのままパックはルイズの口の中にinした。 「のおおおお!! オレの体からは栗の匂いでも出てるとですかーーーー!?」 はぐはぐと頭頂部をルイズに咀嚼されながら、パックは心の叫びを上げた。 ―――夜が明ける。 あまりにも異様だった双月はその姿を潜め、太陽がトリステインを照らし始める。 その輝きだけは自分が見慣れたものとそう変わらないように思えた。 ガッツは剣を抱き、壁に背を預けて座ったまま首筋を指でなぞる。 なぞった指を確認するが―――やはり一滴の血もついてはいない。 いつもの世界では考えられないほど穏やかな夜に、しかしガッツは背筋が凍る思いだった。 いくら悪霊が現れず、穏やかな夜だったとはいえ、ガッツが眠りにつくことはない。 神経が高ぶっていて寝付けるようなものではなかったということもあるが―――根本的に、ガッツはもはや夜に眠ることは出来ない。 安全だとわかっていてもどうしても落ち着かないのだ。 これから先も、夜に穏やかに眠れることはおそらくないだろう。 まあこの世界に召喚された際、随分と長い間気絶していたことが幸いして、わりと頭はシャンとしているようではあった。 太陽が覗くまで長い間自問自答を繰り返していた甲斐があって、沸騰した頭は幾分落ち着いてくれたらしい。 ガッツはこれからの自分の行動を決めることにした。 (ルイズとかいうガキはあてにしちゃいらんねえ…やはり、自分の足で探すか) まだここが本当に異世界だと確定したわけではない。 その辺のこともじっくり調べてみる必要がある。 とすると、やはり町に向かう必要があるだろうか? そんなことを考えていると―――― ぐう。 お腹がなった。 そういえば最後に飯を食べてもうそろそろ丸一日経つ。 「まずは腹ごしらえか……」 さて、どこに行けば飯にありつけるのか。 まあとりあえず適当に建物内を散策してみるか―――とガッツが腰を上げると一人の少女が目に入った。 清楚な黒髪をカチューシャで纏めた女の子が、大量の洗濯物を抱えて歩いていた。 その服装には少し見覚えがある。確か、貴族に仕える侍女が似たようなものを着ていたはずだ。 (この学院に居る者は―――) ルイズの言葉を思い出した。 この学院の生徒とやらは全員が貴族。 つまり、なるほど、あの少女はおそらくここで侍女として雇われているのだ。 であるならば、彼女に聞けば飯の在り処もわかろうというものである。 ガッツは立ち上がり、少女のもとへと歩み寄った。 「おい」 「はい? きゃあ!」 少女はガッツの声に振り向いた拍子にバランスを崩し、抱えていた洗濯物を盛大にぶちまけてしまった。 「…悪い」 「いえ、私の不注意ですから…あら、あなたは学院の生徒じゃないですよね?」 当たり前だ。見たらわかる。 身の丈を超える大剣を担ぎ、黒尽くめの甲冑に身を包み、極めつけに左手は鉄の義手(大砲オプション付)だ。 そんな生徒はどこの学校を探したって存在しない。 「あなた、もしかしてミス・ヴァリエールの使い魔になったっていう……」 ミス・ヴァリエール? ガッツはしばらく考えてから「あぁ、あの桃髪のことか」と思い当たった。 「ずいぶんと広まってるんだな」 「ええ、ミス・ヴァリエールは平民を召喚してしまったってすっかり噂になってます」 まあそれはどうでもいい。噂したけりゃすればいい。それよりも。 ガッツは少し気になったことを聞いてみた。 「あんたも魔法使いなのか?」 「いえ、私はあなたと同じ平民です。貴族の方々をお世話するためにここで奉公させていただいてるんです」 明らかに自分を貴族より下の位置に定めている者の口ぶりだ。 貴族がいる前ならまだしも、周りには同じ平民だと認識しているガッツしかいないのに、ここまでへりくだったしゃべり方をするとは。 どうやらこの娘は心の底から貴族を自分より上位の存在だと考えているらしい。 (こら仕込みがいいわ) そんなことを考えながらガッツは少女が落とした洗濯物をひょいひょいと集め始めた。 「あ、ありがとうございます」 ガッツの行動が意外だったのか、少女は少し驚きながら礼を述べた。 「どこまで運べばいいんだ?」 「そ、そんな! 大丈夫ですよ! ミス・ヴァリエールの使い魔の方にそこまでしていただくわけにはいきません!!」 少女はガッツが集めた分の洗濯物を受け取ろうとするが、そうすると持ちきれない分がまた落ちるのは目に見えている。 「気にすんな。俺もあんたに頼みたいことがあるからな」 「う…それじゃあお願いします。あそこの井戸の方まで運んでもらえますか」 「あいよ」 少女が指差した方向に二人肩を並べて歩き出す。 少女は隣を歩くガッツを少し不思議そうに見上げてから、 「あの、お名前はなんておっしゃるんですか?」 「ガッツだ」 「ガッツさん……私は、シエスタっていいます。どうぞよろしく」 シエスタはそう言ってガッツを見上げたまま微笑み――― こけた。 「ガッツさん黒髪ですよね。私と同じです」 「ん…まあ、そうだな」 ガッツはシエスタの洗濯を手伝っていた。 シエスタが桶で洗い上げた物をガッツが木の枝同士に張られたロープに干していく。 ガッツがシエスタに飯を食うにはどこに行けばいい、と尋ねたところ、シエスタの厚意によりいつも厨房で出ているという賄い食を出してもらえることになった。 洗濯が終わった後に連れて行ってもらえることになったのだが―――ただ突っ立って待っているのも手持ち無沙汰なので、ガッツから手伝いを申し出たのである。 じゃぶじゃぶと洗濯板を使って洗濯を進めるシエスタの言葉に、ガッツは自分の前髪を少し指でいじった。 右側の前髪だけ白い。狂戦士の甲冑を身に纏った反動だ。 ちょびっと白い剣士。 ほぼ黒い剣士。 パックとイシドロに叩かれた軽口を思い出す。 まあしかし、黒髪と言って問題はなかろう。故にガッツは曖昧に頷いた。 「トリステインでは黒髪って珍しいんですよ? 私、家族以外で黒髪の方に会ったのは初めてです。ガッツさん、出身はどちらなんですか?」 「言ったってわかんねえだろうし、本当のところは俺もわからねえさ」 実際ガッツは自分の生まれを知らない。 昔、かつて自分の親代わりをしてくれた男は、自分のことを『死体の股から生まれた呪われた子』と言った。 自分の出自について知っているのはそれだけだ。 あるいはミッドランドと答えてもよかったかも知れないが、シエスタにはわからなかったろう。 ガッツの答えに「なんですか、それ」とシエスタは笑った。 洗濯を終え、シエスタに連れられた厨房で、ガッツは賄いのスープを口にしていた。 ここでもガッツは驚くことになる。 ―――スープが、うまい。 狂戦士の甲冑の反動によって失われていたはずの味覚が戻っていた。 (つくづく魔法ってのは…すげえもんだな) もしかすると死者を甦らせる魔法なんてのもあるのかもしれない。 そんなことを考えているとコック長のマルトーがガッツに話しかけてきた。 「よう、兄ちゃん! くそったれな貴族に召喚されちまったんだって!? 難儀なことだなあ! おめえの気持ちはよ~くわかるよ! 貴族たちに使った食材の余り物だってのが癪にさわるが、今日は好きなだけ食ってくれ!!」 陽気にがははと笑いかけてくる。 マルトー自身もがっしりとした体躯をしているためか、ガッツに対して恐れというものは抱いていないようだった。 「ところでよ~…お前さんのそれ…剣かい?」 マルトーがガッツの傍らで壁に立てかけられたドラゴンころしを指差した。 「ちょっと持たせてくれよ」 言いながらマルトーはドラゴンころしの柄に手をかける。 「ふんッ!! ……んぅううあ!! 無理ッ!! 剣っていうかただの鉄板じゃねえか!! こんなもん振ったら肩がぶっ壊れちまうぜ!! 兄ちゃんコレ本当に振れんのかい?」 「……ああ」 「ホントかよッ!! そりゃあすげえや! な、振って見せてくれよ!!」 ……ここでか? ガッツは若干呆れながら厨房を見回した。 広い厨房だとは思うが―――こんなところでドラゴンころしを振り回したらえらいことになる。 「なんだよ! やっぱりこりゃ虚仮脅しなのかい!? 兄ちゃん、見栄を張るのはいいが武器はちゃんと自分になじむものを使いな! その辺は剣士も料理人も一緒だぜ!!」 否定するのも面倒なので、ガッツは適当に流して黙々とスープを口に運び続けた。 「ガッツさん、どうぞゆっくりしていって下さいね」 貴族に出す分なのだろうデザートをトレイに乗せて、シエスタはガッツの前を通り過ぎ、生徒用の食堂だという部屋に入っていった。 軽く手を上げてそれに応えてから、ガッツはスープを平らげる。 マルトーに礼を言って厨房から出ようとドアに手をかけた時――― 食堂の方が騒がしいことに気がついた。 食堂ではシエスタが金髪の少年に頭を下げていた。平伏し、頭を地面にこすり付けるほどに。 そのシエスタを、薔薇を片手に見下ろす金髪の少年の顔はなぜかワインまみれだった。 「君のおかげで二人のレディーの名誉が傷付いてしまったよ。どうしてくれるんだい?」 「申し訳ございません、申し訳ございません…!」 「申し訳ないですんだら銃士隊はいらないんだよ! 僕はどうするのかと聞いているんだ平民!!」 「ひっ…! ごめんなさい…! ごめんなさい……!!」 金髪の少年は別に償いを求めているわけではない。 こうやってシエスタを追い詰めることでストレスを発散しているだけだ。 「なにあいつ、かんじわる~~。今の悪いの完全にあいつじゃん!」 「ギーシュのやつ…朝っぱらから見苦しい真似してるわね…」 そんな二人の様子をルイズとパックは苦々しげに眺めていた。 事の顛末はこうである。 デザートを配膳していたシエスタは金髪の少年・ギーシュが香水のビンを落としたことに気がついた。 元々奉仕精神の強い彼女である。当然それを見過ごすことは出来ず、ビンを拾い上げるとギーシュに差し出した。 しかしギーシュはそのビンを受け取ろうとはしなかった。その真意を彼女に汲み取れというのは酷な話だ。 結局その香水がきっかけで彼の二股が明るみになり、彼は二股をかけていた少女二人から見事な制裁を受けた。 ギーシュはその責任をこともあろうかシエスタに押し付けたのである。 「まったく、これは教育が必要なようだね……」 「お許しください…お許しください…!」 シエスタは目に涙を浮かべている。 ギーシュはそんなことお構いなしとばかりに彼が魔法の杖として使用している薔薇の花を高々と掲げた。 ひい…!とシエスタは頭を抱えて蹲る。 ギーシュはそれを見て大変ご満悦な様子だった。 「もう許さん! この怪傑スパックが制裁を与えてくれる!!」 「こら! 面倒なことに首突っ込まないの!!」 どこからか毬栗を取り出し突貫しようとするパックをルイズは捕まえる。 ちょうどその時だった。 ギーシュは床に大きな影が差していることに気がついた。 何事かと後ろを振り向き――― 「うわあ!」 いつのまにか現れていた巨躯の男に、驚きの声をあげた。 驚いたのはギーシュだけではない。 「ガッツ!?」 「あいつあんなとこでなにしてんの!?」 「ガッツさん……!?」 ルイズも、パックも、シエスタも思いがけない乱入者に思わず声をあげていた。 ギーシュはその男がルイズの召喚した平民だということに遅まきながら気がついた。 「何のつもりだ…平民。貴族である僕を見下ろすなどと随分と不遜な態度じゃないか」 「何があったか知らねえが……もう勘弁してやっちゃくんねえか?」 ガッツとしては一応、シエスタには恩がある。 シエスタがここまで追い詰められているのを放っておくのは、さすがに夢見が悪かった。 「頭が高いと言っているんだ平民ッ!!」 ギーシュが一喝する。 自分を見下ろすこの男は貴族に対してなんら敬意を払っていない。 それどころか―――この男は自分を見下してすらいる。 ギーシュはそう感じていた。 ガッツは―――ギーシュの傲岸な態度に、抑えていたものが噴出しそうになっていた。 「やれやれ…貴族ってなぁどいつもこいつも……聞くが、お前はそんなに偉いのか?」 「よかろう。名乗ってやる。我が名はギーシュ! ギーシュ・ド・グラモン!! かのグラモン伯爵家の第三子だ…わかったら平民! さっさと頭(こうべ)を垂れるがいい!!」 両手を大きく開き、ギーシュは大仰に名乗りを上げた。 グラモン家は最近お金の面で苦労しているとはいえ、それでもトリステイン有数の大貴族だ。 平民に対するその威光、推して知るべしである。 しかしガッツはそんなことは知らない。否、たとえ相手がミッドランドの大諸侯だったとしても、その態度は変わらない。 ふっ…とガッツの口が皮肉げに笑いの形を作った。 「俺は『お前』が偉いのかと聞いたんだ。啖呵をきるのに親の名前がいるってんならずっとママと手をつないで一緒にいてもらえ、ガキ」 シン…と食堂の空気が凍った。 もはやガッツを敵視しているのはギーシュだけではない。 ガッツの今の発言はギーシュの家名を馬鹿にした―――だけではない。 親から子へと連綿と受け継がれていく貴族の名誉、その在り方そのものをあざ笑ったのだ。 家名に誇りを持つ全ての貴族たちがガッツを睨み付けていた。 シエスタの顔は蒼白だった。 「よかろう……そこまで貴族を馬鹿にするんだ。覚悟は出来ているだろう! 決闘だ!! 平民ッ!!」 ギーシュがそう言い放つと周りの生徒たちから歓声が上がった。 「ヴェストリ広場に来い! ここを君の血で汚すわけにはいかないからな…!」 そう言い捨てるとギーシュは食堂を出て行った。 「ギーシュが生意気な平民に粛清を与えるぞ!!」 「あいつは貴族を馬鹿にした!! 八つ裂きだ!!」 食堂にいた生徒たちは是非決闘を見物しようとギーシュの後について続々と食堂を後にする。 2,3人ほどの生徒は残り、どうやらガッツが逃げないか監視しているようだった。 普段のガッツであればこんな決闘に乗ることは無い。どれだけギーシュ達がわめこうがまったく取り合わないだろう。 しかし今回ばかりは―――事情が違った。 胸のうちから噴出す黒い炎を誰彼構わずぶちまけたい気分だった。 「ガッツさん……だめ、殺されちゃう……」 シエスタはガタガタ震えている。 「あんた何馬鹿なことしてんのよ!!」 ルイズがガッツに駆け寄ってきた。 「早く謝ってきちゃいなさい!! 確かにギーシュにも悪いところあるけど、今のは絶対にアンタが悪いわ!!」 ルイズとて典型的な貴族だ。先ほどのガッツの発言は正直度し難い。 「メイジとやりあっちゃ、無事じゃすまないわ…! ほら、早く―――ッ!?」 ルイズはそれ以上続けることが出来なかった。 ガッツの目を見て、続けられなくなった。 ガッツがルイズに向ける目は、ギーシュに向けていたソレとはレベルが違う。 その目が直接ルイズに語りかけてくるようだった。 ―――てめえはこんなところで何をしてやがる ガッツの目はそう言っている気がした。 ヴェストリ広場で、ガッツとギーシュは向かい合って立っていた。 「ギーシュー!! 遠慮はいらねえぞーー!!」 「身の程知らずの平民め!!」 向かい合う二人に周囲の生徒から歓声と野次が浴びせられる。 ギャラリーの数は学院中の生徒たちが集まったのではないかというほどの人だかりだった。 そのギャラリーの中にルイズはいた。その頭の上にはパックが立っている。 いざとなれば、自分が出て行って決闘を中止させるつもりだった。 こんなことになったのは、大本を正せば自分のせいなのだ。 パックからガッツの事情は聞いている。 大事な旅の途中であったろうガッツに、こんなところで怪我をさせるわけにはいかなかった。 「よくぞ逃げずに来た! 平民!!」 ギーシュは胸のポケットに挿しておいた薔薇の花を抜き取り、振るった。 そこから零れ落ちた花びらが宙を舞うと―――甲冑を纏った女剣士を模したゴーレムへと変化した。 「僕はメイジだ。だから魔法で戦う。よもや文句はあるまいね?」 「……好きにすりゃあいい」 「……いい度胸だ。改めて名乗ろう! 我が名はギーシュ! 『青銅のギーシュ』!! 名乗れッ! 平民ッ!!」 ギャラリーの歓声が絶え間なく聞こえている。 ガッツは一拍の間を置いて――― 「ガッツ。ただのガッツだ……ガキ」 そう、名乗った。 二人の様子をルイズはハラハラしながら見守っていた。 「ああ、もう、またあんな挑発して……しおらしくしてれば、ギーシュも本気出さないかもしれないのに……」 「ルイズさあ……」 ルイズの頭の上でパックが口を開く。 「何? パック」 「相手のほうの心配したほうがいいと思うぞ」 「え?」 なにか、いま、パックが信じがたいことを言ったような―――ルイズがパックの言葉の意味を理解しようとしていると、周りの喧騒がそれを妨害した。 「何だアレ!! ホントに剣なのかよ!!」 「あんなもん振れるわけがないぜ!!」 「わかったぞ! あれは剣じゃなくて盾なんだ!!」 「な~るほど!! 戦いが始まったらすぐさまあれの後ろに隠れるわけだな!!」 「そりゃあい~や!! 身の程知らずの平民にはふさわしい戦い方だぜ!!」 ガッツの背中に担がれたドラゴンころしを指差して生徒たちは口々にガッツを罵った。 実のところ、ルイズもガッツに対する認識は周りの連中とそう変わらないものだった。 大剣を持ち上げているのは見たけれど、とてもアレを普通の剣のように振り回せるとは思えなかった。 せいぜい、振り上げて、落とす。 その程度の使い方しか、ルイズには想像することが出来なかった。 無理もない。アレは、剣の範疇に収まりきるものではないのだから。 ―――決闘が開始される。 「行け! ワルキューレ!!」 ―――ギーシュの号令と共に青銅の女剣士が動き出す 「「「やっちまえギーシュ! ヴァリエールに遠慮はいらねえぞ!!」」」 ―――ワルキューレがガッツに迫る 「「「あいつは全ての貴族を虚仮(こけ)にした!! これは粛清だ!!」」」 ―――ガッツの足が一歩前へ 「「「おいおい平民がなんかやる気だぞ!」」」 ―――ワルキューレがランスを振りかぶる 「「「無駄な努力ごくろーさんだぜ!!」」」 ―――ガッツの手がドラゴンころしの柄を握り ボ ォ ン ! ! ! ! ワルキューレの胴が舞った。 きれいに上下に分かたれたワルキューレの胴が宙を舞う。 一回、二回、三回。 ぐるんぐるんと回ったワルキューレの残骸は、そのままドシャリとヴェストリ広場に転がった。 ヴェストリ広場に静寂が満ちる。 誰も声を出すことが出来なかった。 目の前の光景が、自分たちの知る常識からあまりにかけ離れすぎていて。 ルイズも、目を大きく開き、固まって。 目の前に対峙するギーシュは最も信じがたく。自らのゴーレムが宙を舞う姿を呆然と見送っていた。 「振った………」 誰かが漏らしたその声を皮切りに。 ヴェストリ広場に歓声とも悲鳴ともつかない叫びが木霊した。 前ページ次ページベルセルク・ゼロ
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前ページ次ページ鷲と虚無 ルイズは昨日早くに床についたせいだろうか、いつもより早く目が覚めた。 寝ぼけ眼をこすりながらむっくりと上半身を起こしたルイズは、一瞬なんで私の部屋に鎧や盾が置いてあるのかしらと疑問に思ったが、すぐに昨日の事を思い出した。 あの三人が召喚されて、紆余曲折の末なんとか使い魔に出来たのだ。そして部屋には誰もいない事に気付く。 三人がいったいどこに行ったのか疑問に思ったルイズは、まさか三人が逃げ出したのでは?と恐れたが、それは無い筈だとすぐに否定した。 ウォレヌスが言っていた通り逃げ出したって行く所なんて奴らには無いのだから。昨日が丸っきり夢でもない限り必ず戻ってくる。ルイズは自分にそう言い聞かせた。 (でもだとしたらどこにいるのかしら……主人の許可を得ずに勝手に出歩くなんてふざけてるわ) そしてルイズは改めて三人をキチンと躾なければ、と考えた。だがそれは簡単にはいかないだろう。 彼らが自分に対して忠誠心などカケラも持ってないのは明らかだ。 それでも使い魔を完全に従順にさせるのはメイジの義務である。それだけは絶対に成し遂げなければならない。 主人の言う事を聞かない使い魔などあってはならないのだ。 そう思った時、ドアが開き、才人、ウォレヌス、プッロがゾロゾロと部屋に入ってきた。 ルイズは心の中でホッとした。彼らは逃げ出したわけでもないし、昨日の騒動が幻だったわけでもない。 彼らは自分が召喚に成功した証拠だ。そして召喚に成功したと言う事はもう自分は魔法が使えるようになったと言う事でもある。 私はもうゼロじゃない、ルイズはそれを強く実感し思わず笑みをこぼしそうになる。これからは級友達にあのふざけたあだ名で呼ばれる事も無いのだ。 幸せを心の中で噛み締めていたルイズに、才人が呆れたような声で話しかけた。 「なんだ、もう起きてるのかよ。なら俺が起こす必要なんて無かったじゃねえか」 ルイズは才人の言葉に、朝一番に主人にかける言葉がそれ?とムカッとなった。 そしてルイズは主人としての威厳を保たねば、と考えた。それにこいつらがどこに行ったのか聞かなければ、とも。 昨日自分が洗濯を頼んだのは完全に忘れている。 「あんたね、それが一日の初めにご主人様に会って言う言葉?おはようございます、ご機嫌はいかがですか、ご主人様って言う位の気は利かせなさいよ。だいたい一体どこに行ってたのよ、あんた達?主人を置いて勝手に出て行くなんて何考えてるの?」 才人は眉をひそめた。こいつ、何言ってるんだ、と言いたげな表情である。 「どこって、洗濯にだよ。お前がそうしろっつったんだろ。忘れたのか?」 「あっ、そう言えばそうだったわね……」 そこにウォレヌスが一つ付け加えた。 「そして私達は顔を洗うのと外の空気を吸うために彼についていった」 完全に忘れていたが、思い出した。確かに自分は昨日こいつに洗濯を命じたのだった。自分の言いつけを守ったのなら、さすがに非難する事は出来ないだろう。 使い魔には厳しく、だがあくまでも公平にと言うのがルイズが受けた教育だ。 だからルイズはならいいわ、でも次からは一人は部屋に残る様にしなさいと言おうとしたのだが、その前にプッロが口を開いた。 「おい、昨日も言ったがな、俺はお前を主人と認めた覚えはない。忘れるなよ、このティトゥス・プッロ腐っても小便臭いガキの奴隷になるつもりなんてない!」 プッロは腕を組み、ムスッとした表情で言い放った。 ルイズは即座に激昂し、彼女の色白な顔が紅に染まった。 自分は今までゼロだなんだと陰口を叩かれても一度も面と向かってガキだなんて呼ばれた事は無い。 ましてや小便臭いとは!そもそも小便などと言う下賎な言葉を自分の目の前で使われた事自体がルイズにとって初めてだ。 「ああああああんた、今なんて言ったの!?しょしょしょしょしょ、小便臭いガキですって!?」 だがルイズの剣幕をプッロは全く意に介さない。彼はルイズの薄いネグリジェに包まれた肢体をジロジロと見ながら、追い討ちをかけた。 「だってそうだろ?その体つきを見る限りじゃ精々十三くらいだろ。なら小便臭いガキだな」 そこに才人が追い討ちをかけた。 「ま、確かにその体つきでは甘めに見積もって14歳ってとこだな。お前、何歳なんだ?」 実際の年より若く見られるのは普通は良い事なのだろうが、だが今のルイズにとっては罵倒でしかなかった。 プッロが自分を取るに足らない小娘としか見ていないのは日を見るより明らかなのだ。 そして一番の問題はプッロの言った事が事実、だと言う事だ。 自分の貧相な体つきはいつも悩みの種であり、平たく言えばコンプレックスだった。 だから、私は豊かな体つきのちい姉様とお母様の血を継いでるのよと自分に言い聞かせていたのだが、よりによってルイズが一番気にしてる所をプッロは的確についてしまった。 「あ、あ、あのね、こう見えても私は16よ!こ、子供なんかじゃないの!」 ルイズは声を張り上げる。これで少しでもプッロが態度を改めればと思って。だが彼女の淡い期待はプッロの突然の哄笑に掻き消された。 「あっひゃっひゃっひゃっひゃ!じゅ、じゅ、十六ぅ?その体で?貴族の割には随分とひもじい生活をしてるんだな!ええ?そこらの奴隷でももうちょっとマシな体つきをしてるぞ!」 「うう、うるさいわね!これから成長するのよ!いいい、遺伝的に見てもこのままで止まる確率は低いの!」 ルイズはどもりながら必死になって言い返す。興奮した時の彼女の癖だ。 だがプッロにルイズを恐れる様子は全く無い。だがそれは当然と言えるだろう。 兜以外は全裸で戦い、死を少しも恐れずに野獣の様に突撃してくるガリア人のガエサタエと呼ばれる狂戦士と、顔を紅潮させてどもりながら怒鳴る娘ではどう考えても前者の方が遥かに恐ろしい。 プッロはその様な連中と何度も戦い、生き残ったのだ。 「へ~、遺伝ねえ……でもその年じゃもう成長する可能性は低いと思うがね」 プッロの言葉に才人はプッと噴きだし、ウォレヌスすら僅かに頬を歪ませた。 (ああもう、なんでこいつらはこうもうっとうしいのよ!) この三人の中でも、このプッロは特に酷い。こいつだけは絶対に自分をご主人様と呼ばせてやる、とルイズは決意した。 そうしなければ気が治まらないし、何よりこのまま平民如きに貴族をバカにさせるなぞ道徳に反する事ですらある。 まずはこいつらに躾を与え、自分が主人である事を頭に叩きこまさなければならない。 それには実力行使が必要だ。こいつらにはいくら口で言っても無駄なのは明らかだった。 実力行使と言っても体格で言えば、自分は才人はともかくプッロやウォレヌスとは比べ物にもならない。 乗馬に使う鞭は棚の中に置いてあるが、その様な物をこの二人が少しでも恐れるわけが無いのはルイズにも理解できた。 だが体格差など魔法の前では何の意味もなさない。 これが昨日までなら話は違っただろうが、もう自分はゼロではないのだから魔法を扱えるのだ。 例え兵士だろうが平民は魔法の前では全くの無力。まずそれを解らせねばなるまい。 (さ~て、一体こいつをどうしてくれようかしら?いったい何時までそうやって余裕でいられるかしら?) ルイズはどんな魔法を使ってやろうかと心の中でほくそえみながら、プッロを見つめた。 「ヴァリエール、一体これからどうするんだ?朝食に行くのか?」 ウォレヌスにルイズは余裕を見せて答えた。 「え?ああ、そうよ。今から食堂に行くの……でもその前に服を着せて」 「何だと?」 「だから服を着させて。早くしなさい」 そう言いながらルイズはニヤリと笑った。もちろん彼らがそんな要求を呑む筈が無いのは承知している。 プッロの顔から笑みが消え、同時に才人が抗議の声を上げた。 「うんなもん自分で着ればいいだろ!なんで俺達がそんな事しなきゃいけないんだ?」 ルイズはチッチッと自信に満ちた表情を見せながら指を振り、もう一度ルイズははっきりと言った。 「貴族はね、下僕がいれば自分で服を着たりしないの。だから着せて」 ウォレヌスは眼を見開き、口を真一文字に結んだ。不快になったのは明らかだ。 「下僕だと?笑わせるな!我々はあくまで雇用されただけの筈だ。服を着せてくれる奴隷が欲しいなら奴隷市にでも行け」 この反論はルイズには予想外だった。確かにこいつらとは使い魔として金を出して雇うという奇妙な契約を結んでいるのは事実だ。 だが、それでもコンタラクト・サーヴァントを通じて使い魔の契約を結んだのもまた事実。ルイズはその点を押し出した。 「例え雇用されたとしても、あんたたちが召喚の儀式を通して私の使い魔になった事に変わりは無いわ。その時点であんた達は私の下僕なの!解る?」 だがウォレヌスも勢いを落とさない。 「だが私たちはお前と給金を条件に使い魔になる事を呑んだ。その様な選択肢を与えられた時点で奴隷とは言えん!」 そしてウォレヌスに続いてプッロが面白そうにルイズに質問を浴びせた。 「それに俺達があくまで拒否したらどうする?どうやって服を着させるんだ?」 「いい質問ね!いいわ、平民が貴族に逆らうとどうなるか教えてあげる。魔法の力をたっぷりと味わいなさい」 ルイズは自信たっぷりにそう言うと、ベッドから降り、机の上の杖を取ろうと腕を伸ばした。 ……だがルイズが杖を手にする前に、プッロがさっと杖を取ってしまった。 ルイズは傍から見たら滑稽な程に狼狽してしまった。プッロが先に杖を奪うなど考えもしなかったのだ。 杖が無ければメイジは全くの無力。力で言えば平民と何の違いもないのだ。 「ちょ、ちょっとあんた!すぐにそれを返しなさい!」 「うん?こいつの事か?」 プッロは杖を手でクルクルと玩びながら答えた。顔には意地悪そうな笑みが浮かんでいる。 返すつもりが全く無いのは誰にでも見て取れた。 「そいつは無理だな。あのジジイを見る限りじゃ、魔法を使うにはこの棒切れが必要なんだろ?なら渡す訳にはいかないな」 ルイズは杖を取り返そうとプッロに掴みかかろうとしたが、プッロはルイズをヒョイヒョイと避け続ける。 プッロに触れる事すら出来ないルイズをおかしく思ったのか、才人はククッと笑い始めた。 ウォレヌスはと言うと、わざわざ自分から魔法を使うと宣言するとはマヌケな奴だ、と呆れた顔で呟いた。 「しゅ、主人に暴言を吐くだけでなく杖まで奪うなんて……いったい何考えてるのよ、あんたは!これが最後の警告よ!すぐに杖を返して!」 ルイズは精一杯の凄みを入れて言ったつもりだったが、プッロは杖を返すどころか、何か面白い事を考え付いたかのように笑みを更に底意地の悪そうな物に変えた。 「う~ん、そうだな……返してやってもいいがその前に、俺達に対して魔法を使わないと誓った後に、お願いします返して下さい、って言ってみな。そうすりゃ返してやるよ」 ルイズは絶句してしまった。この野蛮人に杖を返してくれと頼むなど問題外だ。貴族の威厳も何もあったものじゃない、いやそれ以前に自分の誇りが許さない。 (魔法を使わないと誓う?お願いします?冗談じゃないわ!) だが自分に杖を取り返す術が無いのも事実だ。ルイズは自分の無力さに心中で悪態をついた。 結局、杖が無ければメイジはただの人間なのだ。 ルイズはなんとか杖を取り返せる方法は無いかと考えた……一つあった。魔法とは全く関係無いが非常に効果的な方法を。 これならプッロも杖を返さざるを得ないだろう。 そしてルイズは勝ち誇ったようにプッロに向けて宣言した。 「あんたバカじゃない?使い魔に哀願するメイジが一体どこにいるっていうのよ。あんたら全員今日から飯抜き。主人をコケにした挙句に杖を奪った罰よ。ま、杖を今すぐ返すんなら許してやってもいいけど?」 この宣言にルイズの期待通り、才人は不安な顔になったが、プッロとウォレヌスはそうはならなかった。 ウォレヌスはだからどうしたといわんばかりの表情をし、プッロにいたってはプッと笑い出した。 「おいおい、そんな事に意味があると思ってるのか?」 「ど、どう言う意味よ」 ルイズはうろたえた。予定ではこいつはもうしどろもどろになって許しを請うてる筈なのに。 (なんで?なんでこいつは平気にしてるの?) プッロは哀れむようにルイズに言った。 「お前なんぞに頼らなくてもお前と学院がくれる給金で飯を買えばすむと言う事だ」 この言葉に才人は感心したように声を上げた。 「そ、そうか!それをすっかり忘れてた」 これは完全に考えの外だったが、考えてみれば当たり前の事だ。 学院長が少なくとも普通に生活するには不自由しないだけの金を出すと合意したのだから。 使い魔として雇用されてるんだから当然給金は出さなければならない。それに学院側からも何か仕事を提供すると学院長は言っていたんだからそっちからも収入はあるだろう。 プッロ達からすればその金で食料を購入すれば良いだけの話なのだ。 あんな事に賛成するんじゃなかった、とルイズは後悔した。 だがそれでもルイズは諦めなかった。彼らはまだ金を1ドニエも持っていないのだ。まだ一縷の望みはある、とルイズは考えた。 「で、でも、今日はどうするの?あんた達はまだお金なんて全然ない筈よ!だから最初の給料が手に入るまであんたらは食事抜き!」 だがこれも大してこたえなかったようで、プッロは落ち着いてルイズに返答した。 「別に構わんさ。食い物を手に入れる方法なんざ他にもあるからね」 才人にとってもこれは予期せぬ答えだったようだ。 「あ、あるんですか?そんな方法が?」 「まあな。ま、それをこいつの目の前で教える訳にはいかないがな」 食べ物を手に入れる方法。それが何なのかルイズは考えてみた。 まずサイトはともかくプッロとウォレヌスは相当の場数を踏んだ兵士に見える。ならば近くの森から何かを取って来て食べる位ならやりかねない。 そして特にプッロなら、厨房に忍び込んで何かを失敬する位なら平気でやりそうだ。もしそんな事になって、それが発覚すればそれは自分の責任になる。 使い魔の不始末は主人の不始末になるのだ。厨房からパンを盗んで捕まった使い魔を持つメイジなんて聞いた事もない。 そんな事になれば果たして学院から、いや両親からなんと言われるか…… 「おい、どうした?俺たちに着替えさせるんじゃなかったか?杖はもういいのか?」 何も言わないルイズを見て、プッロが実に楽しそうに声をかけた。 ルイズは必死で何とかしてこいつに自発的に杖を返させる方法は無いかと考えたが、何も思い浮かばない。 そして杖を持たずに授業に出るのはリスクが高すぎる。もし何かを実演しろと言われたら言い訳のしようが無いからだ。 正直に使い魔に奪われましたと答えるのは論外だし、無くしたと嘘をついても叱責されるのは目に見えてる。 もうどうしようも無い、そう判断したルイズは断腸の思いでプッロに杖を返してくれるように頼んだ。 「プッロ、杖を返して……お願い。あんた達に魔法は使わないと約束するから」 「そう、そうやって素直に頼めばいいんだ」 そう言ってプッロはニヤッと笑い、杖をルイズに放り投げた。 だが彼は最後にもう一撃加える事を忘れなかった。 「ところで、着替えの方は手伝わなくていいのか?お嬢ちゃん?」 「うるさいわね!気が変わったのよ!気が!服は自分で着替えるわ!」 (一々傷口に塩を塗るんじゃない!もうゼロじゃなくなったって言うのに、一体どうしてよりによってこんな連中が使い魔なのよ!) ルイズはそう思いながら、恥辱にまみれた気分で制服を身に着けた。 怒りと屈辱に顔をゆがめさせながらルイズはもう一度、こいつらを絶対に、絶対に服従させてやると誓った。 (ヴァリエール家の名にかけて、こいつらに絶対に私が主人だって認めさせてやるわ!絶対に!) 四人は部屋を出た。廊下には似たようなドアが幾つか並んでいる。 プッロは上機嫌だった。何せあの生意気なクソガキをへこませる事が出来たのだから。 そして彼は目の前のドアから出てきた女を見て更に上機嫌になった。 その女は褐色の肌と彫りの深い顔を持っており、燃えるような赤毛と突き出た胸がひと際目を引いた。 (こりゃかなりの上玉だ……!このガキとは大違いだなぁ) 年は恐らく二十歳にも達していないだろう。だから女と言うよりは娘と呼んだ方がいいかもしれない。 だが色気と言う点ではルイズとは比べ物にならない。まさにプッロの好みと言える女だった。 そしてその娘が、ルイズに向けて口を開いた。 「あら、おはようルイズ。結局サモン・サーヴァントはどうなったん――」 そこまで言ってから彼女は呆けたように口を開けた。 「あらら、男を三人も部屋に連れ込むなんて……使い魔召喚に失敗したからって随分とヤケになってるのね、ルイズ。意外な一面だわ」 ルイズのさっきまで紅くなっていた頬が再び真っ赤になった。 「いったいなんでそう言う発想になるのよツェルプストー!こいつらは私達の使い魔!」 「軽い冗談よ、本気にしないで……ってちょっと待って。使い魔?彼らが」 そう言って、彼女はプッロ達をマジマジと見つめた。その顔を見るにどうも半信半疑のようだ。 シエスタ達もこのことに仰天していた事を思い出し、人間が使い魔とやらになるのは本当に珍しい事みたいだな、とプッロは思った。 ツェルプストーと呼ばれた娘は手を腰に当て、三人を覗き込んだ。 「ねえ、あなた達。本当に彼女に召喚されて、契約しちゃったの?使い魔のフリをしろって言われたとかじゃなく?」 「ああ、本当にそうだ」 そう才人は答え、プッロはそれに不本意ながらね、と付け加えた。 「私がそんな情けない事するわけないでしょ。嘘だと思うならミスタ・コルベールや学院長に聞いて見なさい」 「あっはっはっはっは!サモン・サーヴァントで人間、しかも三人召喚しちゃうなんて完全に予想外だわ!さすがゼロのルイズね」 「うるさいわね、召喚も契約も成功したんだからその名前はもう無効よ。しかも召喚した数で言えばあんたを三倍も上回ってるのよ!」 ルイズはムキになって悔しそうな声で言い返す。 (こいつら、仲が悪いみたいだな) プッロは彼女たちのやり取りを見てそう思った。そしてどうやら口げんかでは褐色の娘の方が一枚上手のようだ。 「ま、数では勝ってるかも知れないけどやっぱり使い魔ならもっとちゃんとしたのが良いわよね。フレイム~」 彼女が勝ち誇ったような声でそう言うと、彼女の部屋からのっそりと真っ赤な色をした大きなトカゲの様な生き物が現れた。 驚く事に尻尾には炎が燃え盛っている。 「うわっ!真っ赤な何か!」 このトカゲを見た才人はそう叫んで慌てて後ずさり、プッロとウォレヌスは身構えた。 もっとも、プッロもウォレヌスもこのフレイムが危険だと思考したわけではない。単に戦場での長年の経験のおかげで、未知の物体に反射的に反応してしまったのだ。 「あら、あなた達、サラマンダーを見るのは初めて?私が命令しない限り誰かを襲うなんて事は無いから安心しなさい」 ツェルプストーの言葉に三人は警戒を解き、プッロはこのトカゲをじっと見つめてみた。形はトカゲに似ているが、大きさは桁違いだ。 そして尻尾に炎を灯しているトカゲなど見た事も聞いた事もない。 だがこんな場所ならこれ位の動物ならいてもおかしくないだろうと思い、この事はあまり気にならなかった。 代わりにプッロが気になったのは果たしてこのトカゲが食べられるのかどうか、だ。 基本的に、彼にとって動物と言うのは食べる為に存在しているのだ。 (あまりうまそうには見えねえな) もともとトカゲなんてよほど食料が不足している時位にしか食べた事がないし、特にうまいとも思えなかった。 この火トカゲも例外ではないだろう。だが、こいつの尻尾は既に燃えてるんだから料理する必要がないから楽だなとプッロは思った。 「ほら、この逞しい体つきと尻尾の炎を見なさい。間違いなくこれは火竜山脈のサラマンダーよ。好事家に見せたら値段なんかつかないわよ、きっと」 ツェルプストーが自慢げにその大きな胸を張った。 「あっそ。そりゃ良かったわね」 「ま、そう気を落とさない事ね。ゼロのルイズ。ただの平民三人でもきっと何かの役に立つかもしれないじゃない……もしかしたらね」 彼女は含み笑いをしながらそう言った。ルイズをバカにしているのは明確だ。 それ自体は大いに結構な事だが、「平民三人」と言う言葉がどう考えても肯定的に使われていないのがプッロは少し気に障った。 「そう言えばあなた達、お名前は?」 だがそれでも自分たちにはある程度の興味を持ってるらしい。 恐らくは珍しいものを見た、程度の関心だろうが。 「平賀才人」 「ティトゥス・プッロだ」 「……ルキウス・ウォレヌス」 「あら、そろいもそろって変な名前ねえ」 「そりゃ悪かったな。それにこっちからすりゃそっちも変な名前だらけだし」 才人がブスッっと答える。プッロも彼に同意した。 ヴァリエールだのツェルプストーだの全く耳慣れない名前なう上に、発音しにくいといったらありゃしない。 それにどう見ても自分より十歳以上下の娘にそんな事を言われるのも癪だ。 「おいお嬢ちゃん、他人の名前を聞くなら自分も言うのが礼儀って奴じゃないかね?」 「あら、ごめんなさいね。確かにその通りだわ」 ツェルプストーと呼ばれた娘は特に気分を害した様子は無かった。 だがなぜかルイズの方が難色を示した。 「平民が貴族に対してそんな口を聞くんじゃないの!なに考えてるのよ、全く!」 「キャンキャンとうるさいな、お前は。俺はこっちのお嬢ちゃんに話してるんだよ」 鬱陶しがるように言ったプッロに、ルイズは既に興奮で赤く染まった頬を更に真っ赤にさせて叫んだ。 「あ、あんたはまた主人に対してそんな口を……よりにもよってこいつの前で……!」 「私は別に構わないわ。でもルイズ、使い魔に言う事を聞かせられないのは情けないわね。もうちょっと躾をなんとかした方がいいわよ?」 ツェルプストーはクスクスと笑いながら言った。プッロが見るに、この娘はルイズをからかう事を大きな楽しみにしているらしい。 彼女の言葉にルイズは唇を噛んで睨みつけること以外は何も出来なかった。 「そうそう、ティトゥス。私はキュルケ。キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。二つ名は“微熱”よ。じゃあ授業で会いましょう、ゼロのルイズと使い魔さん達」 ツェルプストー、いやキュルケは最後にそう言うと、ウィンクをし、フレイムを連れて颯爽と去っていった。 去っていくキュルケを見ながら、プッロは何かが引っかかっていた。彼女の名前だ。 (キュルケ、キュルケ……あっ、思い出した!) キュルケと言うのは記憶が正しければ、ウリュッセウスをたぶらかそうとした魔女の名前の筈だ。 むろん、本その物を読んだ事は無いがプッロもウリュッセウスの冒険については知っている。 (でもまさか関係がある訳は無いだろうな……ただの偶然か) 「あ~もう、全くイライラさせるわね、あの女!使い魔にまで色目を使って!」 ルイズが地団太を踏みながら言った。 「一体誰なんだよあいつ。クラスメートかなんかか?」 「残念ながらね!ゲルマニアから留学してきた色情魔よ!」 ルイズの可愛らしい唇から飛び出してきた、思っても見ない言葉にプッロは仰天してしまった。 (ゲルマニアだと!?) ゲルマニア。勇猛さそして野蛮さでは他に並ぶ物の無い、ゲルマニア諸部族が住む地。 プッロはガリア戦争の最中、カエサルがゲルマニアに牽制的な遠征を行った際にこの地に一度だけ足を踏み入れた事がある。 ある程度「文明化」されたガリアとは違い、そこは完全な未開地としか言いようが無く、こんな場所で暮らすんならそりゃ強くはなるだろうな、と思った物だ。 正直に言えば、あそこにはもう二度と戻りたくない。 (それが一体なんでこのガキの口から出た?ここはゲルマニアと何千マイルも離れている筈だぞ) 「おい……お前今ゲルマニアって言ったのか?」 「そうだけど?」 ルイズの言葉を確認したプッロはこの事について彼女を詰問しようとしたが、その前にウォレヌスが彼の肩を掴んだ。 「一体何を……」 ウォレヌスは答える代わりにプッロに耳打ちした。 「今は黙っていろ。この事については後で調べる」 この事はかなり気になるが、隊長がそう言うのなら仕方ない。 「なに?一体なんなのよ?気になるわね」 「こっちの話だ……ところでゼロのルイズとは何の事だ?」 ウォレヌスは話を逸らすためか、ルイズにあだ名の事について聞いた。 プッロもその事については少し疑問に思っていた。ゼロとは一度も聞いた事が無い言葉だからだ。 「ただのあだ名よ。それにもうその名前はもう私には意味が無いからあんたには無関係」 ルイズはきっぱりと言い切った。彼女の反応を見てプッロにはどうも彼女がその事について話したがっていないように見えた。 (どうやらあまり良い意味じゃないみたいだな、ゼロって言葉は) 食堂に向けて歩き出した四人だったが、先ほどの騒動で、ルイズはかなり苛立っているようだ。 その表情は重い。彼女の険悪な雰囲気を見てとったプッロは、少しやりすぎたかなと思った。 いくら生意気で傲慢だろうと、結局はただの娘。 無論、ちらを足蹴にするなら容赦する気は全くないにしても、あまりからかいすぎるのも大人気ない。 そう思った時、ルイズが足を止めた。 「……忘れてたけど、あんた達は食堂に入れないわ」 才人はルイズに即座に抗議した。 「え~っ、なんでだよ!今更食事抜きとか言い出すのか!?」 このガキ、何を考えてんだ?とプッロは思った。食事を抜こうが意味は無いとさっき言ったばかりなのに。 「おいおい、俺はもう背中と腹がくっ付きそうなんだぞ?それに言っただろ?お前が食事抜きにしょうが関係無いって」 はーっ、とため息をついてルイズは答えた。 「違うわよ。貴族と平民が混じって食事するのが駄目だって事。次からは“何とか”するけど、今日の所は無理ね」 (チッ、面倒くせえな) プッロは元々の性格と、ローマでは法で平民と貴族が同じ権利を保障されている事もあってあまり階級の差と言う物に気を払わない。 「偉い人」にはそれなりの敬意を払った方がいいと言う事位は理解しているし、貴族が平民よりも格式では上と言う事もなんとなくは解るが、貴族と言うだけで心の底から恐れたり敬う様な事は無い。 ましてや貴族とは言えど蛮人の子供でしかない。 だがウォレヌスはさほど気にしていないようだ。 「こっちは構わん。食堂にはお前と同じ位の子供で沢山なんだろう?こちらだけで食べる方が楽だ。だが一体どうすればいい?」 (ま、確かにこいつの様なガキどもがウジャウジャしてる場所で食うってのも疲れるな) そう考えてプッロは納得した。 「そうね……仕方ないから厨房にでも行って何か貰ってきなさい。私の名前を出せば余り物くらいにはありつけるだろうから」 「なら最初からそっちに行かせりゃ良かっただろ」 「うるっさいわね、今思い出したんだから仕方ないでしょ。とにかく食べ終わったら二年生の教室に集まって。道が解らなければ誰かに聞きなさい」 だが才人は疑問を洩らした。 「そもそも教室に行って俺たちは何をするんだよ。お前と一緒に勉強するわけじゃないんだろ?」 そりゃそうだ、とプッロは内心で笑った。自分が勉強をするなんて冗談でしかない。 だとすれば一体なぜ教室に行かなければならないのだろう。 「当たり前でしょそんな事。教室で座ってるだけでいいのよ」 ルイズの答えに才人は更に疑問を重ねた。 「そんな事してなんになるんだよ?俺達がいる意味はあんのか?」 もっともな疑問ではある。勉強をするわけでもないのにわざわざ教室に座る理由は無いだろう。 そしてルイズもどうやらその答えを知らないようだ。 「いちいち口答えしない!他の使い魔は全部そうするのよ……それに座ってるだけでいいなんて、そんなに楽な仕事なんて他にないでしょう?」 「ま、そりゃそうだけどさ……」 確かに座るだけならこれほど簡単な仕事はないだろう。そう考えれば使い魔とやらの役目も大した事は無いのかもしれないな、とプッロは思った。 「とにかく朝食の後は二年生の教室に行けばいいんだな?じゃあさっさと行かせて貰うぞ」 そう言ってウォレヌスはルイズに背を向け歩き出した。 三人ともあの場所からの厨房への道を知らなかったのだが、幸いにも途中出合った奉公人の一人に道を聞く事が出来た。 そして彼らは厨房へと歩いていたのだが、才人はある事が気になっていた。 さっきルイズが「ゲルマニア」と言った時プッロとウォレヌスは明らかに奇妙な反応をした事だ。 才人は直接聞いた方が早いだろうと思い、プッロに話しかけた。 ウォレヌスでも良かったのだが、彼には近づきがたい雰囲気がある。少なくともプッロの方が話しかけやすい。 「あの、さっきあいつがゲルマニア、って言った時に何か言いたそうでしけど、どうかしたんですか?」 「ああ、あれか。ローマの北にそんな名前の場所があるんでな。それがあいつの口から出たんで驚いたんだよ」 どう言う意味だよそれ、と才人はいぶかしんだ。 「場所って、町の名前か何かですか?」 「いや、国、と言うか地域の名前だな。完全に未開の地でなあ、たくさんの部族が住んでるんだが、連中は人間と言うよりは動物に近い。酷い場所さ」 そう言えば世界史の授業でそんな事を聞いた事があったかもしれない、と才人は思った。 (確か、ゲルマン民族の大移動がどうのって話だったなかな……でも内容は全然思いだせねえな) 学校での成績は平均でも、才人は歴史と言う物に対して興味が殆ど無い。 彼には歴史を習うと言うのが、単に年号の暗記をするだけの作業にしか思えなかったのだ。その為、テストが終わった後は覚えていた事は全部忘れてしまうのが普通になっていた。 今更考えてもどうにもならない事は承知していても、才人は今になってもっとまじめに勉強しとくんだったと後悔した。そうしていればこの人達についてももっと解ったかもしれない。 それでもなぜウォレヌスがプッロを止めたのかが解らない。 「あの、なんでウォレヌスさんはプッロさんを止めたんですか?」 プッロもこれを不思議に思っていたようで、才人に合わせた。 「ええ、教えてくださいよ。あいつがゲルマニアの事を知ってるはずなんて無いのに、気にならなかったんですか?」 ウォレヌスは事も無げに答えた。 「正直に言えばさっさと朝食を食べたかったんでな、それに明らかに機嫌が悪くなったあの小娘と話したくなかった……そもそもあのキュルケとか言う女がやってきたゲルマニアは我々が知っているゲルマニアとは多分関係がない」 「へぇ、なんでそんな事が解るんです?」 「肌の色からして違うだろう、あの女は。あれじゃゲルマニア人どころかシュリア人だ」 実際にゲルマニア人を見たプッロはこの言葉で納得した様子だったが、才人は疑問を捨て切れなかった。 偶然全く同じ名前の国が存在するなんて事があるのだろうか?しかも地球とは何の関係も無いだろう異世界に。 「でもウォレヌスさん、偶然全く同じ地名になるなんて有り得るんでしょうか?はっきり言って都合が良すぎると思うんですけど……」 ウォレヌスは顎に手を当てた。才人が言った事を考えているのだろう。 「……確かに不自然な感じがするのは否めんな。出来ればこの国の地図を見たい所だ。そうすれば地理も含めて色々と確認出来るんだが」 「そんな事するよりもあの女に直接話しを聞いた方が早いと思うんですがねえ」 そう言ったプッロをウォレヌスがジロリと睨んだ。 「ふん、もっともらしい言い訳だな。だがあの女と寝たいだけなんだろう?」 図星を疲れたのか、プッロはえっへっへっへっへ、と笑って何も言わなかった。 才人にはプッロの言いたい事はよく解った。 あのキュルケと言う女の子はとても魅力的だった。ルイズもとても可愛い(少なくとも顔は)が、色気という点では及ぶべくもない。 だが女性経験など全くない才人は、二人のストレートな発言に少し恥ずかしくなったしまった。 キスですら昨日、ルイズと契約した時にしたのが始めてだったのだから。だから才人は急いで話題を変えた。 「それにしてもかっこよかったですよ、プッロさん」 「あぁ?何の話だ?」 「ほら、あいつを言い負かしたことですよ!」 実際プッロに言い負かされ渋々自分で着替えたルイズを見てスカッとしたのは事実だ。 それを見た才人は二人に感謝したかったが、同時に少しばかり恥を感じている。 飯抜きと言われた時、自分はあっさりとルイズの要求に屈しようとしたのと比べて、この二人はいとも容易くそれを撤回させたのだ。 プッロは肩をすくめた。特に考えているわけではないようだ。 「ああ、あれか。気にするな。こっちもあのガキの吠え面が見られて楽しめたし。ま、少しやりすぎたかもしれんがな」 才人も同感だった。ルイズの自信満々の表情が次第に歪んで行ったのは、悪趣味だが確かに面白いと言わざるをえない。 だがルイズは明らかに狼狽し、困惑していた。生意気な奴だとは言え、あんな事を何回も繰り返すのは嫌だ。 (なんとかあいつにもうちょっと俺たちをマシに扱う様にさせるのは無理なのかな?) だがそれはルイズの性格を見る限り難しそうだ。と言ってもまだここに来てから1日だ。時間はたっぷりある…… (ってちょっと待て。なんでここに長く暮らす事が前提になってるんだよ、おれ) こんな所からは一刻も早く帰りたい筈なのに。この思念を晴らす為にも才人はもう一つ気になった事を聞く事にした。 「食料を手に入れる方法なんていくらでもある」と言うプッロの言葉だ。 この発言でルイズはへこまされたのは確かだが、才人にはその方法が解らない。 「ところで、さっきあいつに食べ物なんていくらでも手に入るって言ってましたよね?いったいどうやって手に入れるんです?」 プッロは肩をすくめた。なんだそんな事か、と言わんばかりに。 「うん?そりゃ考えればすぐに幾つか思いつくだろ。シエスタ辺りに厨房から何か持ってきてくれる様に頼むとか、厨房の連中を少し手伝ってお礼として貰うとか、それが駄目ならそうだな、盗めばいいんだよ」 「ぬ、盗む?」 「ああ。夜中に厨房とかにこっそりと入って残り物を幾つか失敬するだけさ。誰の迷惑にもならないだろ?」 最初の二つはともかく、プッロがあまりにもあっさりと窃盗を口にしたのに才人は驚いてしまった。 ウォレヌスもこれには難色を示したようだ。 「我々はケチな泥棒じゃない。そんな事が出来るか」 「可能性の一つとして挙げただけですよ。それはそれとしてもいよいよとなれば近くの森に入って、何か食えそうな物を探すって手もあるな」 「それじゃ時間がかかりすぎる上に長くは持たん。まあどちらにせよ、食料を手に入れるのにあの小娘だけに頼るなんて事はない」 才人は感嘆してしまった。 ご飯なんて待っていれば自動的に母親が作ってくれるし、ちょっと金があればインスタント食品でもなんでも買える。 そんな認識の自分と比べて、この二人は自分よりずっと生活力がある。これは単に彼らが大人だから、兵隊だからとかじゃない。 かれらは何か自分とは根本から違う部分がある。才人はそう直感した。だがはたしてそれを恥じるべきかどうなのか、才人には判断が出来なかった。 前ページ次ページ鷲と虚無
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前ページ次ページぜろめ~わく 召喚。 それは「彼ら」には馴染み深いものだった。 社会の発展のため、アドバイザーたる人間を呼び出す。それも相手の都合など考えず何度も。 召喚のタイミングの悪さ、無知・勘違いを叱咤され、時々は褒められ励まされ、そして時間が過ぎれば「百合子様」はもとの世界に還って行く。 ここ数年繰り返した当たり前の日々。 今日も「彼ら」はそのつもりだったのだ。 博物館に設置された魔方陣。 その前で皆で呪文を唱えていく。 最初は半信半疑だったこの儀式も、回数を重ねた今では成功を疑うものなどいない。 あとは召喚者に気づいてもらうための鳴り物を鳴らすだけとなったとき、「彼ら」の中でもリーダー格に当たる「彼」は、魔方陣の上に鏡のようなものがあるのに気づいた。 (このままでは「百合子様」の召喚の障害になる……) そう思った彼は無謀にも魔方陣に足を踏み入れ、鏡をどけるため手を伸ばした。 共に召喚儀式を行う仲間が鳴り物を鳴らした、その瞬間。 急に「鏡」が周囲を吸い込み始め、「彼」は鏡に飲まれた。 --- トリステイン魔法学院。 まず失敗することなどない使い魔召喚の儀式において、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、クラスメイトの嘲笑が聞こえる中、十数回と「爆発」という失敗を繰り返していた。 (これができないと留年、そんなことになったら家に連れ戻される……そんなわけには行かないのよ! ……次の召喚に私の全てをかける!今度こそ!) 大きく息を吸って杖を構える、そして呪文を口にする。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 五つの力を司るペンタゴン! 我の運命に従いし、"使い魔"を召喚せよ!」 (ーーもう、なんでもいい!どひゃーっというような何かを!お願い!) 異世界の、天下無敵の女子高生がかつて抱いたものと同じ思いを込めて杖を振り下ろす。 一瞬の空白の後、 どんどこどんどこ。 遠くで太鼓の音がした。そして ちゅどーん!! やっぱり爆発の音も。 盛大な爆発の後、そこにうつ伏せに伸びていたそれは明らかに「猫」だった。 後頭部の模様から察するに多分、トラジマの猫。 だが、その猫は服ーーローブのようなものをーーを着ていた。 いや、服どころか、後ろ足に靴のようなもの履いていた。 「あれだけ失敗しておいてただの猫かよ」 「いや、猫は服着てないって」 「好事家なら着せるかもしれないな」 「でも靴なら前後両足履かせるだろ」 それまで続いていた周囲の嘲笑が好奇心丸出しの声に代わっていく。 ルイズは猫に近づき、杖でそっとつついた。 「……アンタ、大丈夫?」 通じるわけないのだが、言葉に出して聞いてしまう。 猫はそれで気がついたのか顔を上げる。そして前足をつっぱって体をおこす。 (よかった、無事だったのね……) と安心したルイズは続いた光景に驚愕した。 猫の胴体はそのまま人間のごとく起き上がったーーつまりは二本足で立ち上がったのだ。 凍りついたルイズの眼前で、猫はローブを脱ぐ。その下から小さいとはいえ、仕立ての良い三つ揃えが出てくる。 軽く埃をはらうような仕草をし、つま先立ちになったあと、猫はルイズの方を向いた。 「お呼び立てしておきながら失礼しました、百合子様……って 人間の方がこんなにたくさん~~~~!ここはどこなんですか~~~~!?」 猫が喋った。それも「契約」前の。 --どひゃーっ! ルイズは貴族らしくもない声を上げてしまった。 というか、そういう使い魔呼びたかったんでしょ?、という声がどこかから聞こえたとか聞こえないとか。 「多分別の世界から来た」という、猫の語る内容はあまりにも荒唐無稽だった。 曰く、猫をシンカ(人間と同じ知恵をつけること……らしい)させたのちに人間が立ち去り、猫しかいない社会にいた。 曰く、シンカさせてもらったため、その世界の猫はみな2本足で立ち、言葉を喋る。服も着るし靴も履く。 曰く、その社会でベンゴシ(裁かれる人を擁護する仕事……って犯罪者庇うの?)をしていて、 その傍ら、人間社会を再現するための活動をしていた。 曰く、ある日一人だけ人間が戻ってきた、それが『マイヤー』様。 曰く、猫嫌いの『マイヤー』様への対応として、別の世界から召喚儀式で人間を呼び出した、それが『ユリコ』様。 ただ、この「召喚儀式」は使い魔としての召喚ではなく、一時的に呼び出すだけで、時間が経つと元の場所へ戻ってしまうらしい。 そのため『ユリコ』様は『マイヤー』様対策と人間社会に近づけるためにアドバイザーとを兼ねて定期的に呼び出していた。 曰く、さらにその後『ヨーリス』様が戻ってきた。男性が二人となったことで、人間の区別がつかないことがあると分かった。 曰く、曰く、曰く…。 当然、人間がいないところからきたのだからハルケギニアという地名も聴いたことはない。 もっともルイズたちも、獣人どころか猫そのものだけの社会なんて聞いたことはなかったが。 元いた世界では希少にして神同然だという人間に仕えるならと、使い魔の契約も承諾してくれ 『コンクラクト・サーヴァント』も無事交わされた。 猫の額のしましまがルーンに変化した。ような気がする。 猫の使い魔は有能だった。少なくとも普通の猫の使い魔以上には。 感覚共有こそできなかったものの、喋れるどころか文字もあっという間に覚え、平民でもできない読み書き計算をこなし、さらには地図・図面のような図形も描き起こし、本の2・3冊は平気で運ぶ。 ということで校内のお使いくらいはこなし、ハルケギニアの地理を学び始めてからは触媒の探索もできるようになった。 また、『ユリコ』様なる人物が来た際のお世話役だったというだけあって、猫なのにマナーは一通り心得ているし、人間サイズのポットでも器用にお茶を入れて見せる。 ただ、お茶はちょっとぬるいし、受け取るときはしゃがむか床に座る必要があるけど。 さらに「ベンゴシ」という職業と、「人間社会の再現」という活動からなのか、学問、民族学、雑学の知識はかなりあった。 魔法をほとんど知らなかったり、争いごとに鈍かったりと何かがずれてはいるけど。 当初心配した「人間の区別がつかない」のも、日を追うごとになんとかなっていったようだ。 そういえば「カガク」って何なんだろう。説明されるたびに「そういうことが起きている」っていうのは分かるのだけど。 そんなある日、猫の使い魔がルイズに尋ねた。 「ところでルイズ様、この世界には『こたつ』はないんですか?」 「何よコタツって?」 「4本足のテーブルの裏に熱源を固定して布団をかぶせたものです。あったかいんですよ。」 「そんなもの聞いたこともないわ」 「そ、そんな。私達は人間の方の使わないものを作ってしまったんでしょうか?? 発掘もしたし百合子様はそういうものだとおっしゃっていたし、ブリタニカにも載っていたのに!!」 「……え、えーと『ユリコ』様の世界にはあったのかも知れないわ。」 …この話は「火は破壊しか司らない」という悩みを抱えていたコルベールに伝わり、後日コルベール協力の下、火石を用いて『コタツ』は再現された。 そしてこの『コタツ』は暖房器具として、トリステインはもちろん北方であるゲルマニアをも席巻した。 猫の使い魔が一時的に野生化(曰く「先祖がえり」)して、ルイズの顔に引っかき傷をつけてしまうといオチもついて。 また別の日、猫の使い魔はこうも尋ねた。 「ルイズ様、この学校には『修学旅行』はないんですか?」 「シュウガク…旅行?」 「学校のみんなと一緒に遠くへ出かけていくんです。それで旅館では枕の投げ合いをして、お土産を買って帰るんです」 「お土産はともかく…枕投げて何が楽しいの?」 「ええっと、百合子様のお話ではそれでお互いの理解と友情を深めるんだそうです」 「よくわかんないけど、決闘の一種かしら?」 この誤解から、後日ギーシュと猫の使い魔の間に発生した決闘にてルイズはこの「枕投げ」を提案、猫の使い魔が勝ってしまい、以降トリステインにおける決闘が枕の投げ合いで決着をつけるという平和的(?)な争いになったとか。 ルイズが寝込んでしまったある日、猫の使い魔は学院のコック長であるマルトーにお願いした。 「マルトー様、ルイズ様のために桃缶をゆずっていただけませんか」 「何でぇ、その『モモカン』ってぇのは」 「桃のシロップ漬けを金属缶に詰めたものです。病気の人が食べると元気が出るんですよ。」 「『モモカン』はわからねぇが、桃のシロップ漬けを作ればいいんだな。」 「いいえ、桃缶じゃなきゃだめなんです!」 この言い争いは、偶然通りかかったミセス・シュヴルーズに缶と缶きりを『錬金』してもらうことで治まり、猫の使い魔はこれを持ち帰って自身の主人に与えた。 このおかげで元気になった…かどうかはさておき、数ヶ月後、食べ切れなかったらしい桃缶の中身が一切腐敗していなかったことを知った教師陣は驚愕し、しばらくの研究の後、トリステインにて『モモカン』が実用化されることとなる。 ……中身が桃でなくても『モモカン』と呼ぶようになってしまったが。 アンリエッタ王女が魔法学院を訪れた日、猫の使い魔は思い出したように聞いた。 「ルイズ様、そういえばこの世界には『レディースデー』はないんでしょうか?」 「……は?」 「レディが一番偉いことを称える日なんですよ、その日レディは映画を見るんです。」 「この国の一番偉い方は大后様だけど……そんなものは……」 「そ、そんな。私達は人間の方の……」 「そこから先は言わなくていいから。それより、『エイガ』って何?」 結局、ハルケギニアの技術では映画の再現は無理があったため、演劇においてレディースデーは制定された。 大后、王女も「レディ代表」として交代で参観することとなり、特にアンリエッタにとってはよい息抜きになったとか。 他にもボンサイ、ブリタニカ、ハナビ、列車、自動車、チーズ転がし、チューリップ市、オリンピックと、猫の使い魔が語った文化は多種にわたり、トリステイン(ラ・ヴァリエール領)を中心に貴族・平民を問わない知識・技術を伝えていった。 不思議なことに伝えられた知識の中に「軍事・武器・兵器」にまつわるものは一切なかった。 『戦争』の説明を受けた猫の使い魔曰く「マイヤー様たちが教えてくれなかったし、人間の方が残した記録にもなかった」そうだ。 学院卒業後、ルイズは争いを知らない猫の使い魔のため、軍人ではなく文官としての道を選んだ。 使い魔の知識を元に優秀な文官として働いた彼女は、トリステインに大きな益をもたらした事で 主従とも王女(のちに女王)に重用され、ヴァリエール家の名をそう貶めることなく幸せに暮らしたという。 さらに後、猫の使い魔の話を伝え聞いた人々が、この二人にあやかろうと「富をもたらす『マネキネコ』」という置物も作られた。 この猫の模様はトラジマであったという。 ただ、某虚無の使い手に異世界より召喚された某人間の使い魔はこうのたまったとか。 「……なんかこの世界の人たち勘違いしてねぇか!?」 --- 「ねこめ~わく」から、シマシマ・ハヤカワを召喚 前ページ次ページぜろめ~わく