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太陽と月と星がある 第十話 外もだいぶ暖かくなり、早咲きのたんぽぽが綿毛になる頃。 「おかえりなさい…御主人様?」 「ん~…」 ある雨の日、出掛けた筈の御主人様が早々の帰宅しました。 半ドンです。お昼用意してませんよ。 「どこか、具合が悪いんですか?御飯は召し上がれますか?」 「…食う」 どうも目の焦点が合っていない雰囲気です。 ヘビって、雨の日も雪の日みたいになっちゃうものなんでしょうか…。 気だるそうな御主人様というのも、それなりにそれなりな感じで…まぁ…役得ですが…。 因みに私は「雨の日はネコ来ないからお休み」との事でエセナース休業です。 チェルもサフも遊びに行っちゃったみたいだし…。 きっと二人とも全身泥塗れで帰ってくるんだろうなぁ…、 ヒトなら雨の日に遊ぶなんで考えないのですが、こちらの子供は元気が有り余っている分、天候に左右されていません。 左右されるのは、洗濯物だけです。 洗濯物を綺麗に乾かす魔法…って無いのかなぁ…。 あっても使えないから一緒ですけど。 先日やっと手に入れたお米…期待よりもだいぶパサパサで長めのヤツ…の冷凍御飯を解凍しつつ、フライパンに油を敷き、溶き卵を流し込み、火を通してから解凍した御飯を入れて薄めに塩胡椒、あり合せの野菜のミンチを追加、最後にニャバラ黄金のタレという胡散臭さ満載のソースを入れて、手抜きチャーハンの完成です。 御主人様も居るので、野菜のミンチを流用した中華風スープもつけてみたりして。 チャーハンだからそんなに熱くないし、スープも温くしたからバッチリなわけですよ。ヘビなのに猫舌な御主人様にも! 妙にぺったりしている御主人様を椅子につかせ、作り置きの惣菜とスープとチャーハンを並べ、私もその向かいに座ったりして。 よく考えたら、御主人様と二人で食事って、初めてじゃないだろうか? いつもはサフやチェル、もしくはジャックさんが居るわけだし…折角だからじっくり観察しておこうと思い食べながら様子を見ていると、御主人様と目が合いました。 「お味、どうです?」 「コレが美味いな」 「それは良かったです」 御主人様がフォークで刺した紫色の物体…。 それは先日とうとう巡り合えた狐の雑貨屋さんで買った柴漬けです。 ちなみに雑貨屋さんでは注文すれば、本国から仕入れてくれるそうなので色々入荷待ち状態です。 和食にあうお米とか、大豆とか、醤油とか味噌とか小豆とか…納豆とか。 楽しみ過ぎて最近不眠気味です。どうしよう。 「御主人様?」 「ん~…」 コレは発見です。 雨の日は気温が低いので、御主人様も動きが鈍いようです。 寒いのか、やけに距離が近いです。湯たんぽ代わりですか?全然構いません。 ご飯も食べ終わり、夕食の下ごしらえも終わると後はできる事も無く…暇です。 御主人様も暇なのかだらりとしています。訊ねても生返事です。 というわけで、私は字の勉強と称した読書です。 英語が苦手だった私が、こんなに早く文章を読めるようになるとは思いませんでしたが…ジャックさんて教え方上手なんですね。 本は、ジャックさんお勧めのペーパーバックです。 「これ、なんだ?」 「闘(トウ)・愛(ラブ)ル という本です」 猫少年が犬の国で格闘修行をしつつ女の子にモテまくりという…ご都合主義小説です。 犬国の風俗が書き込まれつつ、様々な種族の女の子が出てくるのが人気の秘訣らしいです。 マッド科学者な幼馴染猫少女とか。 ライバルの犬マダラ少年とか。 剛毅でスレンダーな虎少女とか。 ツンデレヘビ少女とか。 剣の師匠のカモシカ姉妹とか。 巨乳でストイックな狼娘とか。 兎の美熟女とか。 ミステリアスな狐巫女とか。 …ダンディーな犬主人とラブラブなヒト女性とかが出てきます。 べ、ラブラブなんか羨ましくないもん。 本当に、全然。私だって、優しくされてるし、御飯食べられるし無理強いされないし。 これで幸せじゃなかったら、相当な我侭だ。だからラブラブなんか全然羨ましくないもん。 …字だって教えてもらえるもん。 「ここ読み方が判らないので、読んで頂けますか?」 御主人様今凄い嫌な顔しました。 肩に顎載せられているので確認できませんが、間違いありません。 指したのは、ダンディーだけど脳味噌ピンクな犬主人がヒト女性を口説いている箇所です。 指したのは、読めない単語があるからで、別に深い意図はありません。 「人差し指を頬に…」 「いえ、その隣の」 あ、溜息つきました。 首筋が気になります。 髪留めを取られ、髪の毛が解けている所為です。 取りあえず、スカートの裾直しておこう…。 「君は薔薇のように香しく、百合の様に清らかだ」 棒読みです。 エライ勢いで棒読みです。 おまけに尻尾で首筋ざりざりされました。冷たいです。 「かぐわしい、ですね。わかりました。ありがとうございます」 たかが台詞なのに凄い反応です。 そんなに言うの嫌ですか。 本当はもっと長いのにはしょりましたよね。 ジャックさんと違って、御主人様は好みの女性にしかそういう事を言わないんだろうなぁ…あ、それが普通か。 落胆しつつ、ページを捲ると情事シーンでした。 若年層向けライトなノベルだと思ったのに。 ジャックさんお勧めだからか、そうなのか。 凄い汁ダクです。ヌルヌルエロエロです。 凄いなぁ…フィクション…男は穴があればいいわけだからあるかもしれないけど、女側はほぼ演技ですよね。あんなの痛いだけだし。 あー…でも隣の部屋の子は…まぁ、どうでもいいです。 「ページ飛ばすな」 読んでたんですか。 耳元でそんなどうでもいい事を囁かないで下さい。困ります。 ページを戻して、ちらりと文章に目を落すと相変わらず凄いラブラブでした。 しかも子供がどうのとか嫁がどうのといってます。 どうやら結婚するらしいです。 本の中だからヒトと人の間でも子供が出来る薬とかあるみたいです。 …正直、作者の顔を見てみたい。夢見すぎ。いいのか、創作だから。 その後は、主人公と幼馴染ネコ少女と延々いちゃついてます。 いつまで続くのピンクページ。 正直、ちょっと苦痛。 御主人様は普通に読んでるみたいだし…。 …御主人様、こういうの好きなんだ。 …ヘェ…もっと堅い人だと思ってましたけど……ふぅん… 「官能的ですよね、発情します?もし宜しければ抜きますけど」 視線を落したまま訊ねると(肩に顎載せられているので振り返れないのです)重さが引き、振り向くと至近距離の美貌が固まってました。 目が大きく開かれ、瞳ははいつもと違う鬱金色…キケンなサインです。 攻撃色です。絡んでいる指が痛いです。 尻尾がうねり肌に鱗の感触が伝います。 色々な意味で鳥肌が立ち…堪りかねて、私はその場をフォローするために口を開きました。 「…なんちゃってーうっそぴょーん」 ジャックさんの嘘つき…こう言えば御主人様怒らないって言ったのに…。 いや、御主人様の許容範囲外の分際で下世話な事を聞いた私が悪いワケですが…。 前職がアレだし、ジャックさんがアレだからつい同じノリで…すみません言い訳です。 痛むこめかみを撫でつつ、御機嫌をとる為に御主人様好みの超濃い目のコーヒーを用意し、私はそれに大量のミルクと砂糖を入れたものを用意しました。 おやつはどうしよう。 生クリーム塗って「デザートはワタシ(はぁと)」ってバカ。 久しぶりに読んだ娯楽小説のせいで気持ちが高揚しているようです。 だって、エロシーン多いけど、他は普通に面白いし。 けどさっきの今でこんな事言ったら張り倒されるの請け合いです。痛いのは避けたいです。 ちょっと落ち着こう、自分。 アレです。御主人様がいつもと違ってぺったりしてるからです。 素直に湯たんぽとしての役得だと思っとけばいいものを、なんとなく期待してしまうから不興を買うわけで。 御主人様の様子を伺うと、御主人様はソファーを占領し本を読み耽っています。私が読んでたのに…。 そういえば、何で今日に限って早かったのか聞いて無いや。 見るだけで胃が痛くなりそうなコーヒーを手渡すと御主人様がこちらを向きました。 目が普通になってます。 もう怒っていないようです。 「今日、どうかなさったんですか?」 「今日?」 御主人様って、なんでこう美形なんでしょうね。 美形じゃないマダラの人が居るかどうかは知りませんが。 「普段よりもお帰りが早いようなので」 私が休みだったからいいものの…下手するとまたカエル料理の可能性がありました。 自分が早いときにまた作ると宣告をされた恐怖はまだ生々しいです。 危険です。全力で避けたい所です。 その辺はジャックさんの同意を得ています。サフも全面協力してくれるそうです。 持つべきものは同じ感性の持ち主です。 御主人様はコーヒーを一口飲んでから目を細め、ネコは雨が嫌いだからな、と言いました。 「清清しいほど学生が居なくてな、留学生と講師だけじゃ授業にならんので臨時休講になった」 …休講、留学生… 「御主人様って、学生だったんですね」 「逆だ」 「え、先生?」 うわー!知らなかった。 御主人様が教壇に?授業にならないでしょう、容姿的な意味で。 見蕩れてノートとか書けませんよ! あー…だからトカゲ男で外うろついてるのかな? そのままじゃ動く誘蛾灯ですもんね。大変です。 「どうしてまたネコの国に…」 ヘビならヘビの国やもっと南の方が過しやすいと思うのですが。 …あ、どうやら聞いてはいけない事柄だったらしく、御主人様が無言です。 ヘビの国って、紛争が絶えないんだっけ…色々あるんだろうな。 「やっぱりなんでもないです。お菓子持ってきますね」 先生かぁ…、道理でサフやチェルに色々教えてると思った。 いいなぁ学校。 せっかく先輩と同じ高校受けたのになぁ…。 先輩、元気かなぁ…恋人とか、出来たんだろうなぁ… 今日のお菓子は近所でも有名なお店のリンゴパイです。 美味しいです。 嬉しいので大事に食べていると、御主人様がぼそりと。 「俺の分も食え」 「いいんですか!?」 二倍です。美味しいです。太るなーコレは。でも仕方ありません、別腹ですから。 御主人様は、相変わらずぼーっとした様子で本を捲っています。 ときどきこちらを見るのはなんなんでしょうか。やっぱり食べたいのかな。 でも残念ながらコレが最後の一口です。 名残惜しく指についたジャムを舐めると何故か頭を撫でられました。 「そういえば、御主人様は学校で生徒さんになんて呼ばれているんですか?がっくん?やっぱりガエスタル先生?」 ヘビよりもネコの方が数倍寿命が長いわけですから、生徒の方が年上というのはありそうです。 口調とか、大変そうですよね。 返事が無いので顔色を確認したら、また無言で固まっていました。 「御主人様?」 あ、動いた。 「もう一回言ってくれ」 「生徒さんからの呼ばれ方って、ガエスタル先生なんですか?」 目線が横を向いています。 「そっちじゃない方だな」 「がっくん?」 愛称呼びの先生かぁ…学校ではフレンドリーなんでしょうか。 御主人様は妙な雰囲気になっています。 余計な事を聞いてしまったかな?もしかして、…私が便宜上でもがっくん呼びしたから怒ったのかな。 いや、そんな体育会系じゃないはずだけど、一体何が。 「キヨカ」 「はい?」 御主人様、無表情に眉間に皺が刻まれています。尻尾が床を叩いているのが不穏です。 相当な沈黙の後、やっと御主人様が口を開きました。 重い空気にじっとりとイヤな汗が背中を伝います。 なんとなくソファーの背に凭れようとしたら尻尾に当たりました。 正直、長過ぎじゃないでしょうか。 持て余してますよね。 進化の法則的に淘汰される側ですよ。これは。 「俺の事、どう思ってる?」 「御主人様」 眉間の皺が深くなりました。求めていた回答じゃないようです。 「マダラのヘビ…カエル好き…おもったより鮫肌…変温…兎の友を持つ懐の深い人…」 尻尾が元気なく垂れてます。肩ががくりと下がりました。 な、何が違うのでしょうか! 「面倒見いいですよね!あと器用だし!子供の扱い上手だし!」 無言です。項垂れてます。 褒めてますよね?これ以上言うの?手が綺麗とか?優しいとか?尻尾が素敵とか?私の性癖バレるから言いたくないですよ。ドン引きですよ。 あと客観的な言い方は… 「美少年。オリエンタルエキゾチック美形」 あ、反応した。 「しょうねん?」 訝しげな表情です。反応するのそっちですか。 美形呼びは当然過ぎてて効果無しですか。そうですか。 「オマエよりかなり長く生きてるが」 「ヒトの倍の寿命だそうですね」 サフなんか三倍ですから、私よりも年上だけど三で割れば小学生程度です。 そういうと、御主人様は凄く微妙な表情になりました。 何故頭を撫でるのですか。全然構いませんが。 「俺の事呼んでくれ」 「御主人様?」 「そうじゃなくて」 「ガエスタル様」 あ、また皺が。 「両方禁止にしたらどうなる?」 …オティスさん、はマズイから… 「が…ガエス様?ガエスタル…さん?君?スタル様?」 うわ、言いにく。 御主人様は溜息をつきコーヒー飲みだしました。 さっきまでの妙な空気は霧散しています。 何故、背中を尻尾で叩くんでしょう?痛くないけど。 「あの…本の続き、読んでも宜しいでしょうか?」 差し出された本にはしおりが二つ。 勝手に読みつつもちゃんと私が読んだ部分をキープしていたようです。 やっぱり優しい…。 しかし読んでいる最中に尻尾巻きつけてきたり髪の毛触るのはどうにかならないものでしょうか。 サフやチェルが居るときはこんな事しないのに。
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太陽と月と星がある 第十話 外もだいぶ暖かくなり、早咲きのたんぽぽが綿毛になる頃。 「おかえりなさい…御主人様?」 「ん~…」 ある雨の日、出掛けた筈の御主人様が早々の帰宅しました。 半ドンです。お昼用意してませんよ。 「どこか、具合が悪いんですか?御飯は召し上がれますか?」 「…食う」 どうも目の焦点が合っていない雰囲気です。 ヘビって、雨の日も雪の日みたいになっちゃうものなんでしょうか…。 気だるそうな御主人様というのも、それなりにそれなりな感じで…まぁ…役得ですが…。 因みに私は「雨の日はネコ来ないからお休み」との事でエセナース休業です。 チェルもサフも遊びに行っちゃったみたいだし…。 きっと二人とも全身泥塗れで帰ってくるんだろうなぁ…、 ヒトなら雨の日に遊ぶなんで考えないのですが、こちらの子供は元気が有り余っている分、天候に左右されていません。 左右されるのは、洗濯物だけです。 洗濯物を綺麗に乾かす魔法…って無いのかなぁ…。 あっても使えないから一緒ですけど。 先日やっと手に入れたお米…期待よりもだいぶパサパサで長めのヤツ…の冷凍御飯を解凍しつつ、フライパンに油を敷き、溶き卵を流し込み、火を通してから解凍した御飯を入れて薄めに塩胡椒、あり合せの野菜のミンチを追加、最後にニャバラ黄金のタレという胡散臭さ満載のソースを入れて、手抜きチャーハンの完成です。 御主人様も居るので、野菜のミンチを流用した中華風スープもつけてみたりして。 チャーハンだからそんなに熱くないし、スープも温くしたからバッチリなわけですよ。ヘビなのに猫舌な御主人様にも! 妙にぺったりしている御主人様を椅子につかせ、作り置きの惣菜とスープとチャーハンを並べ、私もその向かいに座ったりして。 よく考えたら、御主人様と二人で食事って、初めてじゃないだろうか? いつもはサフやチェル、もしくはジャックさんが居るわけだし…折角だからじっくり観察しておこうと思い食べながら様子を見ていると、御主人様と目が合いました。 「お味、どうです?」 「コレが美味いな」 「それは良かったです」 御主人様がフォークで刺した紫色の物体…。 それは先日とうとう巡り合えた狐の雑貨屋さんで買った柴漬けです。 ちなみに雑貨屋さんでは注文すれば、本国から仕入れてくれるそうなので色々入荷待ち状態です。 和食にあうお米とか、大豆とか、醤油とか味噌とか小豆とか…納豆とか。 楽しみ過ぎて最近不眠気味です。どうしよう。 *** 「御主人様?」 「ん~…」 コレは発見です。 雨の日は気温が低いので、御主人様も動きが鈍いようです。 寒いのか、やけに距離が近いです。湯たんぽ代わりですか?全然構いません。 ご飯も食べ終わり、夕食の下ごしらえも終わると後はできる事も無く…暇です。 御主人様も暇なのかだらりとしています。訊ねても生返事です。 というわけで、私は字の勉強と称した読書です。 英語が苦手だった私が、こんなに早く文章を読めるようになるとは思いませんでしたが…ジャックさんて教え方上手なんですね。 本は、ジャックさんお勧めのペーパーバックです。 「これ、なんだ?」 「闘(トウ)・愛(ラブ)ル という本です」 猫少年が犬の国で格闘修行をしつつ女の子にモテまくりという…ご都合主義小説です。 犬国の風俗が書き込まれつつ、様々な種族の女の子が出てくるのが人気の秘訣らしいです。 マッド科学者な幼馴染猫少女とか。 ライバルの犬マダラ少年とか。 剛毅でスレンダーな虎少女とか。 ツンデレヘビ少女とか。 剣の師匠のカモシカ姉妹とか。 巨乳でストイックな狼娘とか。 兎の美熟女とか。 ミステリアスな狐巫女とか。 …ダンディーな犬主人とラブラブなヒト女性とかが出てきます。 べ、ラブラブなんか羨ましくないもん。 本当に、全然。私だって、優しくされてるし、御飯食べられるし無理強いされないし。 これで幸せじゃなかったら、相当な我侭だ。だからラブラブなんか全然羨ましくないもん。 …字だって教えてもらえるもん。 「ここ読み方が判らないので、読んで頂けますか?」 御主人様今凄い嫌な顔しました。 肩に顎載せられているので確認できませんが、間違いありません。 指したのは、ダンディーだけど脳味噌ピンクな犬主人がヒト女性を口説いている箇所です。 指したのは、読めない単語があるからで、別に深い意図はありません。 「人差し指を頬に…」 「いえ、その隣の」 あ、溜息つきました。 首筋が気になります。 髪留めを取られ、髪の毛が解けている所為です。 取りあえず、スカートの裾直しておこう…。 「君は薔薇のように香しく、百合の様に清らかだ」 棒読みです。 エライ勢いで棒読みです。 おまけに尻尾で首筋ざりざりされました。冷たいです。 「かぐわしい、ですね。わかりました。ありがとうございます」 たかが台詞なのに凄い反応です。 そんなに言うの嫌ですか。 本当はもっと長いのにはしょりましたよね。 ジャックさんと違って、御主人様は好みの女性にしかそういう事を言わないんだろうなぁ…あ、それが普通か。 落胆しつつ、ページを捲ると情事シーンでした。 若年層向けライトなノベルだと思ったのに。 ジャックさんお勧めだからか、そうなのか。 凄い汁ダクです。ヌルヌルエロエロです。 凄いなぁ…フィクション…男は穴があればいいわけだからあるかもしれないけど、女側はほぼ演技ですよね。あんなの薬とか使わなきゃ……痛いだけだし。 あー…でも隣の部屋の子は…まぁ、どうでもいいです。 「ページ飛ばすな」 読んでたんですか。 耳元でそんなどうでもいい事を囁かないで下さい。困ります。 ページを戻して、ちらりと文章に目を落すと相変わらず凄いラブラブでした。 しかも子供がどうのとか嫁がどうのといってます。 どうやら結婚するらしいです。 本の中だからヒトと人の間でも子供が出来る薬とかあるみたいです。 …正直、作者の顔を見てみたい。夢見すぎ。いいのか、創作だから。 その後は、主人公と幼馴染ネコ少女と延々いちゃついてます。 いつまで続くのピンクページ。 正直、ちょっと苦痛。 御主人様は普通に読んでるみたいだし…。 …御主人様、こういうの好きなんだ。 …ヘェ…もっと堅い人だと思ってましたけど……ふぅん… 「官能的ですよね、発情します?もし宜しければ抜きますけど」 視線を落したまま訊ねると(肩に顎載せられているので振り返れないのです)重さが引き、振り向くと至近距離の美貌が固まってました。 目が大きく開かれ、瞳ははいつもと違う鬱金色…キケンなサインです。 攻撃色です。絡んでいる指が痛いです。 尻尾がうねり肌に鱗の感触が伝います。 色々な意味で鳥肌が立ち…堪りかねて、私はその場をフォローするために口を開きました。 「…なんちゃってーうっそぴょーん」 ジャックさんの嘘つき…こう言えば御主人様怒らないって言ったのに……。 いや、御主人様の許容範囲外の分際で下世話な事を聞いた私が悪いワケですが……。 前職がアレだし、ジャックさんがアレだからつい同じノリで…すみません言い訳です。 痛むこめかみを撫でつつ、御機嫌をとる為に御主人様好みの超濃い目のコーヒーを用意し、私はそれに大量のミルクと砂糖を入れたものを用意しました。 おやつはどうしよう。 生クリーム塗って「デザートはワタシ(はぁと)」ってバカ。 久しぶりに読んだ娯楽小説のせいで気持ちが高揚しているようです。 だって、エロシーン多いけど、他は普通に面白いし。 けどさっきの今でこんな事言ったら張り倒されるの請け合いです。痛いのは避けたいです。 ちょっと落ち着こう、自分。 アレです。御主人様がいつもと違ってぺったりしてるからです。 素直に湯たんぽとしての役得だと思っとけばいいものを、なんとなく期待してしまうから不興を買うわけで。 御主人様の様子を伺うと、御主人様はソファーを占領し本を読み耽っています。 私が読んでたのに……。 そういえば、何で今日に限って早かったのか聞いて無いや。 見るだけで胃が痛くなりそうなコーヒーを手渡すと御主人様がこちらを向きました。 目が普通になってます。 もう怒っていないようです。 「今日、どうかなさったんですか?」 「今日?」 御主人様って、なんでこう美形なんでしょうね。 美形じゃないマダラの人が居るかどうかは知りませんが。 「普段よりもお帰りが早いようなので」 私が休みだったからいいものの…下手するとまたカエル料理の可能性がありました。 自分が早いときにまた作ると宣告をされた恐怖はまだ生々しいです。 危険です。全力で避けたい所です。 その辺はジャックさんの同意を得ています。サフも全面協力してくれるそうです。 持つべきものは同じ感性の持ち主です。 御主人様はコーヒーを一口飲んでから目を細め、ネコは雨が嫌いだからな、と言いました。 「清清しいほど学生が居なくてな、留学生と講師だけじゃ授業にならんので臨時休講になった」 …休講、留学生… 「御主人様って、学生だったんですね」 「逆だ」 「え、先生?」 うわー!知らなかった。 御主人様が教壇に?授業にならないでしょう、容姿的な意味で。 見蕩れてノートとか書けませんよ! あー…だからトカゲ男で外うろついてるのかな? そのままじゃ動く誘蛾灯ですもんね。大変です。 「どうしてまたネコの国に…」 ヘビならヘビの国やもっと南の方が過しやすいと思うのですが。 …あ、どうやら聞いてはいけない事柄だったらしく、御主人様が無言です。 ヘビの国って、紛争が絶えないんだっけ…色々あるんだろうな。 「やっぱりなんでもないです。お菓子持ってきますね」 先生かぁ…、道理でサフやチェルに色々教えてると思った。 いいなぁ学校。 せっかく先輩と同じ高校受けたのになぁ…。 先輩、元気かなぁ…恋人とか、出来たんだろうなぁ… 今日のお菓子は近所でも有名なお店のリンゴパイです。 美味しいです。 嬉しいので大事に食べていると、御主人様がぼそりと。 「俺の分も食え」 「いいんですか!?」 二倍です。美味しいです。太るなーコレは。でも仕方ありません、別腹ですから。 御主人様は、相変わらずぼーっとした様子で本を捲っています。 ときどきこちらを見るのはなんなんでしょうか。やっぱり食べたいのかな。 でも残念ながらコレが最後の一口です。 名残惜しく指についたジャムを舐めると、何故か頭を撫でられました。 「そういえば、御主人様は学校で生徒さんになんて呼ばれているんですか?がっくん?やっぱりガエスタル先生?」 ヘビよりもネコの方が数倍寿命が長いわけですから、生徒の方が年上というのはありそうです。 口調とか、大変そうですよね。 返事が無いので顔色を確認したら、また無言で固まっていました。 「御主人様?」 あ、動いた。 「もう一回言ってくれ」 「生徒さんからの呼ばれ方って、ガエスタル先生なんですか?」 目線が横を向いています。 「そっちじゃない方だな」 「がっくん?」 愛称呼びの先生かぁ…学校ではフレンドリーなんでしょうか。 御主人様は妙な雰囲気になっています。 余計な事を聞いてしまったかな?もしかして、…私が便宜上でもがっくん呼びしたから怒ったのかな。 いや、そんな体育会系じゃないはずだけど、一体何が。 「キヨカ」 「はい?」 御主人様、無表情に眉間に皺が刻まれています。尻尾が床を叩いているのが不穏です。 相当な沈黙の後、やっと御主人様が口を開きました。 重い空気にじっとりとイヤな汗が背中を伝います。 なんとなくソファーの背に凭れようとしたら尻尾に当たりました。 正直、長過ぎじゃないでしょうか。 持て余してますよね。 進化の法則的に淘汰される側ですよ。これは。 「俺の事、どう思ってる?」 「御主人様」 眉間の皺が深くなりました。求めていた回答じゃないようです。 「マダラのヘビ…カエル好き…おもったより鮫肌…変温…兎の友を持つ懐の深い人…」 尻尾が元気なく垂れてます。肩ががくりと下がりました。 な、何が違うのでしょうか! 「面倒見いいですよね!あと器用だし!子供の扱い上手だし!」 無言です。項垂れてます。 褒めてますよね?これ以上言うの?手が綺麗とか?優しいとか?尻尾が素敵とか?私の性癖バレるから言いたくないですよ。ドン引きですよ。 あと客観的な言い方は… 「美少年。オリエンタルエキゾチック美形」 あ、反応した。 「しょうねん?」 訝しげな表情です。反応するのそっちですか。 美形呼びは当然過ぎてて効果無しですか。そうですか。 「オマエよりかなり長く生きてるが」 「ヒトの倍の寿命だそうですね」 サフなんか三倍ですから、私よりも年上だけど三で割れば小学生程度です。 そういうと、御主人様は凄く微妙な表情になりました。 何故頭を撫でるのですか。全然構いませんが。 「俺の事呼んでくれ」 「御主人様?」 「そうじゃなくて」 「ガエスタル様」 あ、また皺が。 「両方禁止にしたらどうなる?」 …オティスさん、はマズイから… 「が…ガエス様?ガエスタル…さん?君?スタル様?」 うわ、言いにく。 御主人様は溜息をつきコーヒー飲みだしました。 さっきまでの妙な空気は霧散しています。 何故、背中を尻尾で叩くんでしょう?痛くないけど。 「あの…本の続き、読んでも宜しいでしょうか?」 差し出された本にはしおりが二つ。 勝手に読みつつもちゃんと私が読んだ部分をキープしていたようです。 やっぱり優しい……。 しかし読んでいる最中に尻尾巻きつけてきたり髪の毛触るのはどうにかならないものでしょうか。 サフやチェルが居るときは、こんな事しないのに。
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太陽と月と星がある 第十九話 季節は移り、だんだんと寒さが身に染みるようになって来ました。 ジャックさんは一体いつまで夏休みなのか、ちょっと不安です。 そんな事を考えつつ台所を片付けていると、音もなく御主人様が忍び寄っていました。 御主人様は下半身がヘビ尻尾なので、ネコでもないのに音を立てずに近寄れるという嫌な特技があります。 しかもお皿を拭いているのに耳を噛むのはやめて欲しいです。 湯上りとはいえ、私より低い体温の手を腰に回すのもやめて欲しいです。冷たいです。 「まだ終わらんのか」 御主人様は長い尻尾の先でぺちぺちと床を叩きながらぼそりとそういいました。 エプロン外すの、やめましょう。 「じゃあがっくんも手つだってよ」 テーブルの下から顔を出したのは、スナネズミの女の子。 御主人様より少し早くお風呂を出たのですが、まだ頬は真っ赤です。 あ、御主人様の手が離れた。 「寝たんじゃ…ないのか」 御主人様、棒読みです。 「キヨカのお手伝いですぅー!はいフタあった」 「ありがとう」 ビンのふたを落としてしまったのを探してくれていたのですが、どうやら御主人様は気がついていなかったらしく動揺しているようです。 「がっくんキヨカに文句ばっかり!シュートメイビリ!」 チェルは学校に行くようになり、色々厳しい言動をするようになりました。 周囲に染まったというべきか、成長したと見るべきなのか。 御主人様はチェルの言葉に固まった後、私の顔を覗き込んできました。顔近いです。 端正な顔がちょっと焦っているように見えるのは、気のせいでしょうか。 「キヨカ、ガツンといっちゃっていいよ!ふーちゃんのおばさんが、二人ならいつでも来ていいって言ってたから今から行こうよ!」 チェルの瞳がキラキラしています。 それは、自分がお泊りしたいだけではないかという疑問が一瞬湧きましたが、とりあえず置いておいて。 「チェルあのね、どう考えてもご迷惑だし、苛められてるわけでもないから。大丈夫」 半月型の耳を撫でると、チェルは不満そうに口を尖らせ、ぎろりと御主人様を睨みました。 「そうすぐやってあまやかすー!」 地団太を踏むチェルの髪の毛をぐしゃぐしゃし、更にお餅のように柔らかい頬をむにむにしました。 文句を言われるのは、私が至らないせいだから仕方ありません。 というか、基本的に口だけで食事抜きとか折檻とかしない御主人様は最高にいい人です。 しかもいう言葉だって、その……下品な事とか、言わないし。 「ほーら、だんだんねむくなるー」 「こどもあつかいしないでー!ねるならいっしょにねよぅよー」 すっかり眠そうな表情になったチェルがひしりと足にしがみ付いてきました。 心揺れるお誘いですが、チェルは寝相が悪いので一緒に寝ると床で目が覚める羽目になります。 「昨日も一緒だっただろうが」 ずっとそわそわした様子だった御主人様が、やっと口を開きました。 「いいじゃん。寒いもん。ねぇキヨカいいよね?」 チェルの上目遣いにはかなりの威力があります。 コレに耐え切れず、今までどれだけおやつを購入してしまった事でしょうか。 「だめだ」 「なんでがっくんが言うの!おーぼー!たんき!そうろう!どうてい!うろちゅー!」 チェルのほっぺたが御主人様によってぐんにゃりと伸ばされました。 ちょっと痛そうです。 「あの、あんまり……子供のいう事ですし。私があとでちゃんと注意しますから」 ひっぱる手を無理やり引き剥がすと、涙ぐんだ目でチェルが私を見て、後ろに隠れました。 御主人様に……逆らってしまいました。 心臓が妙に響き、じっとりと嫌な汗が垂れてきます。 唾が、嫌な味。 御主人様の上半身が動き、肩が動いて、腕が回され 「詰めが甘いな」 反射的に竦めた体に掛けられた言葉を理解できずに首を捻って、床を見て御主人様の尻尾からじっと眼をあげる。 御主人様はすっと戸棚のガラス戸を指しました。 うん、チェルも私の後ろからあかんべーをしているのが戸棚のガラス戸に写っています……。 思わず顔を見合わせると、御主人様は凄く変な顔をしました。 「なんだ。寒いのか」 「……いえ」 長い尻尾でチェルを引き倒し床でごろごろと転がしてます。 子供特有の甲高い笑い声を上げながら、眼を輝かせ尻尾に噛み付くチェル。 かなり深く噛んでいるように見えるのですが、御主人様は頓着せず尻尾ごとチェルを振り回し、遊んであげているようです。 じゃれ合う二人を見てどっと力が抜け、思わず椅子にへたり込む私。 ……疲れました。 「ねぇキヨカいっしょにねようよ」 「しつこいぞ」 「だって、大体のことは押せば何とかなるって、ジャックもいってたよ」 「アレを見習うな。バカになるぞ」 「えぇーー!で、でもなんでがっくんがキヨカといっしょにねるの!」 「ジャックのバカが忍び込んで来たらキヨカが困るからだ」 「ならちーがいっしょだからだいじょうぶっ」 「子供はちゃんと寝ろ」 お友達のはずの御主人様にボロクソ言われるジャックさんは、一体今どこを旅しているんでしょうか。 水着ギャルを追いかけて、海の藻屑になっていなければいいのですが。 「ならばジャンケンだ!」 「いいよ、負けないから!」 ちなみにチェルはいつも最初にチョキを出します。 御主人様は、今回は負けてあげませんでした。 *** 真っ暗な部屋の中、薄着ですが室温が高いので十分暖かく、冷えた手でまさぐられていても震えるほどではないというのが、ちょっと嬉しいです。 もちろん、御主人様が寒いと動けなるからだって事は重々承知ですが。 百歩譲ったとしても、私が風邪引くと家事ができなくて、家が汚れるし食事の準備とかが面倒だからとか、そういう理由です。 この前も、結局一日寝込んでしまいましたし。 悪化してうっかり死んだら一円にもなりませんからね。 飽きて売る前に死んだら損ですからね。わかってます。 ……大丈夫。 「なぁ」 長々と口を貪っていた御主人様がやっと言葉を発しました。 「なにか言え」 「ナニカ?」 藪から棒に意味不明な事を言われても困ります。 しかも御主人様はそれ以上いう気が無いようで、鎖骨の辺りをかぷかぷと咬みはじめました。 投げっぱなしです。 しかしここでめげてはいけません。 なにせ落ちてこの方御主人様に拾われるまでこんな事しかしていないわけですから、その経験を生かし推理すれば簡単な事です。 ヒト娼婦に相手方が希望する言動といえば…… 「御主人様のおちんぽ汁いっぱいくださいっ」 「黙れ」 ……理不尽。 まぁ黙ってようと真っ暗で何も見えなかろうと、する事はするわけで。 御主人様の荒い息が胸元にかかりちょっとくすぐったいのを我慢しつつ上下運動に励みます。 御主人様が尻尾と腕を腰に回してきました。 動くのを阻害したいようです。 仕方なくペースを落として、わざと焦らすように動くと、回された腕に込められた力が一層強い。 そうか、この人はこういう風にするのが好きなんだ。…多分。 内心メモりつつ、回された腕と柔らかい所に食い込む指の感触を堪能する事にします。 御主人様は毛じゃなくて鱗なのでさらさらしていて、汗ばんでいても毛が張り付かなくていい。 ん、でももしかして御主人様は不快だったりするかもしれないと気になってきました。 ほら、……髪の毛とか。 数は少なくとも時々目にするヘビの女の人はみんなやっぱり鱗みたいだし……。 というか体毛とか、なかったり……して……えーいやー……えー……うー…えー……えぇー。 色々考えていると御主人様が唇を重ねてきた。 一層体が密着する。 御主人様、あったかい。 つまり、普通なら熱っぽいと表現できる感じ。 イヌだと暑苦しいだけですが、御主人様は平熱が低いですからね。 こんなふうに私とくっついていれば体温も上がるってもんですか。 自家発電式湯たんぽ、手元にあると便利ですよ。御主人様。 よければ60年ちょっとぐらい使えるんじゃないかななんて、 ……あ、いや、うん。ムリだって分かってる。大丈夫。 体重がかかりベッドに埋まる。 心なしか、呼吸が速くなってきました。 この体位は非常にその……殴ったり締めたりとか、しやすいじゃないですか。 思わずシーツを握ってしまった手の上に、そっと手が重ねられ指が絡みます。 じっくりと奥へ押し込まれ、なんか、ごりごりする。 ゆっくりと息を吐くと御主人様が微かに笑う気配がして、顔に吐息がかかりました。 もう一本の方もお腹の上でちょっと膨張し内側と外側で同じあたりを圧迫してきて、少し苦しい。 重さに喘ぐ私とは対照的に、御主人様は耳やら首やら肩やらを甘咬みしたりちらちらと舐めたり、尻尾で接合部のあたりを触ったりと色々忙しない。 鱗が擦るので、相変わらず変な感じ。 しかし、こんなに動いて疲れないのだろうか。御主人様。 やはりヒトとするのは珍しい体験だからだろうけど、あまりいっぺんにすると飽きるのも早そうなので歓迎できない。 飽きが見えてきたら…やっぱり、アレとか勧めた方がいいんだろうなぁ……どれも痛いから嫌なんだけど……仕方ないです。 そこらへんは努力と根性でカバーするとして……。 でも御主人様に恋人とかできたら意味ないかな……なら御主人様に恋人ができない努力……なんか間違ってる。 そこまで人間性捨てた覚えは無いし、親に顔向けできないような事したくないし……。 いや、そんな事、今更遅いか…… 伸びた足先を御主人様に絡ませて、何とか動く。 胸を触っていた手が背中に回されて、尻尾が胴に巻きつき雁字搦めになる。 ここまでぎっちり巻かれると、身動きがほとんど取れない。 逆に言うと御主人様もほとんど動けないはずなわけで、正直、悪い気はしない。 それでもって、私の名前を呼んでくれたりすると、なんか、まるで 「何か、欲しいものとかないのか」 一通りすんで休憩していると御主人様が意外な事を言い出しました。 何か、買わなきゃいけないものとかあったっけ。 えーっと……。 「明日のセールなので買出しに来て頂けると凄く助かります」 セールだから多めに買っておくと食費が浮く。 食べ盛りが二人も居ると大変なのです。 あと葉物とか、小麦粉も買っておかないと。 と、御主人様の返事がない。 機嫌を損ねるような事を言っただろうか。 「すみません。やっぱり結構です」 尻尾を踏まないように探りながら足を動かし、抜けないように注意しながら体勢を変える。 まぁ、何割かのイヌと同じように御主人様も出すと太くなるからそう簡単には抜けないわけですけど、一応。 捻ったり擦り上げるように上下すると、結合部からだらりと生暖かいものが零れるのがわかった。 入り口から、一番奥のほうまでゆっくり動かしていると、二本目のほうも復活したらしく自己主張されており、ちょっと動きにくい。 御主人様が尻尾を回してきたので、動きを合わせ満足させられるように膣を締めるように努力する……頬をつねられた。 「搾るな」 「しぼる?」 何の事だろうか。首を捻っても答えが出ないので、考えるのを放棄。 御主人様も積極的に腰というか…尻尾を使い、また出た……。 ゆっくりと体を締め上げてくる御主人様。 次はどうするべきか考えていると瞼がだんだん重くなってきた。 暗いから、目を閉じててもばれない。だいじょうぶ。 「おい、寝るな」 ばれた。 *** 「サフ、ヒゲにチーズくっついてる」 お皿にがっつくように食べていたふわふわワンコの鼻面からのびるハンパな長さのひげにくっついた食べかすを手で取ると、鼻をくすぐってしまったのか小さくくしゃみしました。 かわいい。 見るたびに背がのび、毛が固くなって大人っぽくなっているような気がしますが、サフはまだまだかわいい。 「そうだ晩御飯何がいい?」 「肉」 「あまいのー」 という事は骨付き肉たっぷりのシチューでいいかな。 ぺたぺたとパンにジャムを塗りつけ差し出すと、小さな手が何倍もあるそれを受け取り、あっという間に消え去るのはまるで魔法のようです。 ……パンも買ってこないと。 満面の笑みを浮かべてトマトを丸齧りし、ジャムと卵の黄身で口の周りをべたべたにしているチェルに濃くて苦そうなコーヒーを飲みながら、虚ろな眼をしている御主人様。 いつもの朝の光景。 しかし御主人様は、変温動物なヘビなので季節の移り変わりと共に朝のテンションは下がる一方です。 今日は休日なので問題ないわけですが…仕事のある日もこの調子だと少し困ります。 しょうがないので目玉焼きを挟んだ丸パンを差し出すと口をひらきました。 仕方ないので口に押し込めば、無言のまま咀嚼……それをサフがただれた眼差しで見つめています。 子供にこういうだらしない姿を見せるのはどうかと思うわけですが。 私もサラダを頂きつつ今日の予定を頭の中で検討。 そろそろ寒い事ですし、冬物を出しておこうかな。 「所で大通りの角の喫茶店でアルバイト募集してるのご存知ですか?」 パイが美味しいお店で、近いうちに二号店を出すとかで人手が必要という話なのですが。 三人とも知っているらしく三者三様な反応でした。 「ジャックさんも帰って来ないので、もしよければアルバイトしたいのですが、どうでしょうか」 サフは天井を見上げ、ヒゲにジャムがくっついている事に気がついたのかごしごしと拭いました。 「なら僕ん所でも事務募集中だよ?」 サフは宅配のアルバイトをしています。 彼女であるネコのニキさんもそこで知り合い、二人が仲良く歩いている姿を見たことがあります。 ちょっと、羨ましい。 手繋いで歩くとか。 「キヨカがパイ買ってくるところ?」 チェルは口の中のものを飲み込んでから口を開きました。 前はこぼしながらでしたから、ちゃんと成長しているなと思わず感心。 「そう、あの制服が可愛い所」 シンプルながら制服がかなり可愛らしいのです。 拘束時間が少なく、給料がわりと良いというのも魅力的です。 客層は女性と、甘いものを出すお店にしては驚きの男性比率。つまり誰でも美味しいと感じるパイのお店ということです。 もちろんまだどうなるかわかりませんが、パイを買いに行った時にいつでも歓迎だとお店の人に言われたので望みはあります。 「アンミャラーズだっけ」 「そうそう」 肝心の御主人様の反応はといえば……眼が怖いです。 「ダメだ」 「なんでー?パイいっぱい食べれるじゃん!」 「僕も反対。あの制服着たいならジャックが持ってるし。絶対駄目」 ぶんぶんと首を振るサフ。 御主人様も眉間に皺を寄せています。 ……いや、でもパイ売ったり、ウエイトレスするぐらいだから大丈夫だと思うのですけど。 「えーっと、じゃあ……」 他にいくつか目星をつけていたアルバイト先はことごとく却下されました。 制服可愛いのに……。 基本的には飲食系の接客業です。資格とか魔法とかムリですから。 先日TVでヒトの男の子が揚げ物屋さんでアルバイトしているのが特集されていたので、王都の方ではそれなりにヒトの職業もあるみたいなんですが……。 あ、いや私は一応ウサギのフリをしているのですけど……。 「一応、理由をお伺いしても?」 「だって全部、髪の毛結ばないといけないじゃん。耳見えたら大変だもんね?がっくん」 一瞬の間のあと頷く御主人様。 今の間はなんだったんだろう……他の理由だったんでしょうか。 「ねぇねぇ!ちーもいっしょにバイトしたい~」 「ダメだ」 御主人様はチェルに駄目な理由を色々と説明しているので、私は俯いてパンを齧りました。 ヒトだってバレたら……泥棒とか、来ても困るし。 御主人様は首輪を下さらないで、所有権を主張しない以上、盗難されても文句も言えないのです。 以前、首輪をもらえないか尋ねた時、速攻却下されてしまいましたし。 かといって、今のところは……盗難されたら困るみたいだし。 御主人様の考えている事は理解不能です。 「サフの所も、荒い連中が多いから却下だ」 「だよねぇ」 サフは長い溜息を吐き、グラスのミルクを一気飲みしました。 「キヨカ気をつけなきゃ駄目だよ。自覚持たないと」 更に深い溜息。 自覚……十分持ってるつもりなんですけど。 いや、確かにそうかもしれませんが……チェルを見れば、御主人様のように眉間に皺を寄せながらデザートの葡萄を食べています。 すっぱかったようです。 「ジャックって、実は役に立ってたんだね」 「いると邪魔だが居ないと問題があるな」 ひどい会話です。 まぁ、私なんかがまともに働いたり出来るかもなんて、期待するのが間違っていたんでしょう。 それに、よそで働いて、何かあったら御主人様に迷惑がかかりますしね。 ……本当に役に立たないなぁ、私。 「ヒモテのひがみ」 ぽつりと漏れたチェルの言葉に二人が固まりました。 「ジャックなら、ダメダメいわないのに」 葡萄で紫に染まった唇を突き出すチェル。 「だっからジャックと違ってもてないんだよ」 「ジャックさんて、もてるの?」 私にはセクハラしてはリーィエさんに蹴倒されたり、患者さんに抓られたり店員さんにぼったくられたりしている印象しかありませんでしたが。 「だってヘンタイだけどジャックやさしいから好きってみんないうよー」 多分、その好きは何か違うと思いますけど。 「バレンタイン、結構貰ってたっけ」 主にネタ的なものを。 芥子入りとか、肉入りとか。 ホワイトデーには三倍返ししたそうですが、怖いので追求はしていません。 「そーそー!がっくんみたいに怒んないし、バカ毛皮みたいにいじわるいわないもん!」 学校で嫌な事があったのか、ちょっと私怨が混ざっているような……。 でも私もクラスの男の子達、苦手だったからなんとなくわかります。 私はチェルの寝癖の残る頭を少し撫でました。 もしも本気で喧嘩する事になったら、子供とはいえネズミとネコでは勝負にならないだろうし。 うっかり魔法でも使われたら大変です。 「そのうち慣れるから、諦めたら?」 「そんなのヤだ。ぜったいにあやまらせるもん。向こうがわるんだもん」 チェルは膨れっ面をしていても、可愛い。これは欲目なんでしょうか。 いや、そんなことはありません。チェルは可愛い。凄く可愛い。 うーん頬ずりしたいです。 でもジャムと卵と葡萄の汁でスゴイ事になってるのでやめておこう。 「チェルが結婚する事になったら私、号泣しそう」 「ちーはキヨカと結婚するからだいじょぶっ!」 うっかり口走った妄言にニコニコと答えるチェル。 私より大人なんじゃないでしょうか……。 御主人様がコーヒーカップを振ったので、席を立ち、ポットからお替りを注ぎます。 注ぎ終わってもなお見つめてくる御主人様。 「そんなに冷めてないと思いますが、淹れなおしますか?」 首を振られました。 「慣れれば、諦めがつくのか?」 ああ、何だ。そんな事。 サフはすっぱさに顔を顰めつつ葡萄に手を伸ばしています。 わかってるなら、食べなければいいのに。 「俺には理解できない」 世界種族事典によると、ヘビの美徳は執念だそうです。 執念といえばちょっと聞えがよくありませんが、挫けぬ心とか目標を達成するための根性とか、言い換えば…ちょっとカッコイイ気がします。 けど、まぁ 「それはそうですよ。私はヒトなんですから」 諦めるの、慣れたし。 だから、だいじょうぶ。
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太陽と月と星がある 第六話 寒さも和らいできた今日この頃。 気温とともに脳味噌がヌルくなった人が増えてきました。 顕著な例としては、ノートと向き合う私の背後で謎の歌を歌いながら魔法陣の修繕をしている巨大垂耳黒ウサギです。 本体もさることながら、今日は特に曲自体にダメな感じが漂っています。 ナースがどうとか、愛がなんとか、とか。 しかも妙に頭に残って、オブラートに包んで申し上げると不快です。 さすがに本人には言いませんが…。 最近私はジャックさんの医院へお邪魔し、手の空いた時に字を教えていただいています。 ちょっとアレですが、お仕事中に私服でうろつくのもなんなのでウサ耳にナース服着用で…、故に患者さんからはナースさんと呼ばれます。 当然実態は雑用係ですけど…というか免許もないのに看護婦したら犯罪です。 …毛を切ったり(男性のほぼ大半は毛ですので注射や怪我の手当ては絶対に毛刈りが必要になるのです)容器を煮沸ぐらいは、セーフ…なのか、ちょっと微妙ですが。 とりあえず…字のお礼と、言われませんがウサ耳代のつもりで取り合えず出来そうな事をしています。掃除とか、受付とか。 ナース服で。 …チェルとサフは褒めてくれたし、医療現場で働いてるには違いないし、…だからコスプレじゃないもん。 けどウサ耳までつけた姿を鏡を見るたびにめげそうな気がするのは、絶対気のせい。 エロ用コスじゃないもん、制服だもん。 「ジャックさん」 意を決して話しかけたものの、あっさりと無視されました。 「ジャック先生」 相変わらず奇妙な歌を熱唱する柄の悪い白衣黒ウサギ 私が患者なら診察して欲しい医者ワーストワンです。 お陰で予約はほとんど無く、いつも飛び込みか急患です。 だからこうして診療時間内にもかかわらず勉強していられるわけですが…。 「…お゙に゙い゙ちゃん」 「なーに?」 超笑顔です。顔キズエセピーター全面笑顔。怖いです。 「ここどう読むんでしょうか」 私はノートの一文を指し訊ねました。 やはり少し複雑な部分は辞書もない以上、翻訳に困ります。 「えーっとね、いやっそんなところはずかしいっはなこはよだれをたらすにくのかいを…すみませんでした。かぐわしいです」 私はペンを握り直し続きにかかりました。 どうでもいいのですが、顔擦り付けるのをやめてもらえないかなぁ…。 ウサギ臭いと後でサフに怒られるの確定です。 彼は最近すぐに怒ったり、妙に甘えてきたりで扱いが大変です。反抗期でしょうか。 いえ、洗濯とか掃除とか手伝ってくれるのでとても助かっているのですが…。 部屋に入る前はノックしろとか言うし…。 足音でわかるからいいって前は言っていたのに…。 ちょっと前まで甘噛みしてくる程お子様だったのに、少し寂しいです。 ノートを読み返しながらつらつらとそんなことを考えていると軽い音が響きました。 患者さんのようです。 私は付け耳と服装をチェックし、営業スマイルを作って受付へと向かいました。 「注射をイッパツしてーこのカプセルを一日二回、三日ぐらいかにゃー」 ジャックさんに指示された部分にそっと剃刀を滑らせ血管が見えるようにする。 太い血管が透けて見える肌は白くて柔らかそう。 大きな耳は半分たれ、大きな目も不安そうなパピヨンぽい患者さんがこちらを見ていたので「ジャックさんの腕は確かです」という意味の表情を向けると腕の力がちょっと抜けました。 でも残念ながら人…兎格は保証の限りではありません…。 この患者さんは神経性の脱毛症。 イヌなのに異国であるネコの国に住んでいるというストレスに加え、職場も色々大変らしく、綺麗な毛並みに所々大きなハゲが目立ちます。 ハゲ治すのに更に毛を剃ったら余計ストレス増えるんじゃないだろうか…。 ジャックさんは私の目線を気にした様子も無く、消毒すると注射器を手に取りました。 「はいじゃーブスっといこうか。ハイ、彼女の手を持ってー」 私はいつものよう患者さんの手をそっと包むと、患者さんがおちつかなそうに尻尾を振ってこちらも見つめてきました。 不安と緊張を感じているのか、毛のない部分の肌がほんのり赤くなっています。 「じゃあ、今度は軽く握ってあげてねー」 あちらがこちらの様子を伺いつつ手に力を込めると血管が肌から僅かに浮き上がり、そこへジャックさんが注射の針をそっと差し込みました。 正直、手を握らなくても、何か掴んで貰えば十分だと思うのですがジャックさん的に譲れないそうです。 理解不能です。 「はいおわりー一週間経っても毛が生えなかったらまた来てにゃーん♪」 もし治らなかったら、他の病院にかかる様な気がします。 だって、明らかに胡散臭いし…ヤブじゃないけど、ヤブっぽいし…。 患者さんは空中に視線を彷徨わすと、ぺこりと頭を下げ、ありがとうございました。と小さく言ってくれました。 「お大事になさってくださいね」 パピヨンぽいとはいえ、成人男性だと私よりも少し背が高い。 目線の先のネクタイが曲がっていたので断ってから直すと手を握られました。 目がウルウルしています。 この人が女性なら男性は一発で落せそうです。 「ルフイアさん、どうかなさいましたか?」 私が訊ねると、患者さんは手に力を込め 「あの!よかったら今度の休みに」 「ハイお大事にー本日のお支払いは後日請求書回しまーす。持ち合わせがないなら体で返してねー」 なにか言いかけた患者さんの襟首を掴み診療室から出て行くジャックさん。 ちなみに体で返すとは、ウサギ的な意味ではなく物理的に身を素材として売り払うという意味です。 毛とか、角とか爪とか…衣類とか…それ以外とか…ターゲット次第で価格が変動するそうです。 深い事は…世界に名を馳せる商売上手なネコの国でエンジョイしているウサギという時点でお察し下さい。 ヒントはこの診療所、賃貸じゃないという事です。 上の階は全部賃貸だそうです。 そして上の住民はジャックさんに全員基本敬語です。 そして対面すると直立不動で尻尾が膨らんでいます。背中の毛も逆立っています。特に月末とか。 医者って…本当に儲かるんですね…。 「ただい・・・?」 時は夕刻。 診療時間が終わる前にジャックさんの所を失礼し、買い物をしてから帰宅すると奥に人の気配がしました。 サフやチェルだったら騒がしいのですぐわかるのですが、そういう感じではなく…泥棒でしょうか。 そっと買い物袋を下ろし、傘立てから傘を抜き握り締め靴を脱いで足音をさせないように近づくと…あー…いかつい蛇男性いわゆるリザードマン的な人がこちらに背を向けて台所で何かしています。 通称オティスさんです。 先日私がジャックさんの所で拉致監…もとい保護されている最中、謎の質問をしたりしたアレです。 念の為にじっくりと観察してみます。 ごつごつした鱗、触りたくなる尻尾。 妙な言動、興奮すると鬱金色になる瞳…天文学的な確率で他人という可能性もありますが恐らく…。 指の形まではさすがに変らないし…手フェチですから、手の形にはうるさいです。私。 バレたくないならば接触を避ければいいのにわざわざ買い物中に話掛けてきたり、ジャックさんの所へお昼御飯に来たり…隠す気あるのかと… ま、まぁ…天は二物を与えずともいいます。 許容範囲内です。 御主人様に対して許容もクソもありませんけど…強いて言うならあば…なんでもないです。忘れて下さい。 ただ問題がありまして、気がついていないフリを通すなら、オティスさんと話しているのはジャックさんの妹設定中の私… えーと、御主人様がトカゲ男なオティスさんを振舞う時は、私もジャックさんの妹的な黒垂耳ウサギとして対応をしなくてはいけな…いのかな、どうなんだろう… 自分でもどうすればいいのかわからないし、ほかの人に聞く訳にもいかないと思うので…基本的には御主人様じゃないっぽく対応するだけですが…。 御主人様の方もなんか…ヒトじゃなくて、人の女性に対するみたいに振舞うし…何が面白いのかわかりませんけど… なんかそういうプレイの一環なのかな…凄い特殊ですけど…本気で何がしたいのかわからないのですが… 焦る私を裏で笑う程、御主人様は性格悪くないはずだし… もしかしたら何かの呪いで、正体がバレると鉄装備で三年旅とか、あざみで服を作る的な難問が発生すると困るので気がついてない事にしてるけど…。 よく考えれば、あの尻尾で長距離移動は無理だし、御主人様のボス的美少年な容姿では異種族でもナンパされて大変なことになるのでオティスさん的じゃないと生活に支障があるのでしょうが…。 正直、考え過ぎかもしれませんけど… 普通に便利なだけなら隠す必要ないですからね。 そんなわけで演技力強化月間鋭意実施中です。道化でも頑張れ私。 ちょっと疲労感を感じつつそのまま後ずさりし、心の中で祈りながら音がしないように玄関の扉を開き、強く音を出しながら閉め 「ただいまかえりましたーあれー誰もいないのかなーあーもー荷物おもーいっサフーチェルー誰かいませんかー?」 白々しいと思いつつ、玄関先でごそごそやって時間を稼ぎます。 奥の方では何か慌てているらしい物音…早くして下さい。 アドリブ苦手なんですから。 「もしかして泥棒ですかー?ここの家主さんは温和だからおとなしく出て行けば許してもらえますよー両手を頭の後ろに回してゆっくりと出てきて下さいー」 「誰が泥棒だ」 「あ、御主人様お帰りなさいませ。遅くなってしまい、申し訳ありません」 姿を現した御主人様の服装が若干乱れています。 眉間に皺を寄せているのはいつもの事ですが、僅かに垣間見えるうろたえた様子とか…いつもの傲然とした様子とは違う姿を見ると… 全力で救心が目の前に落ちて来る事を祈りつつ、いつものように平静を装います。 「今日はお魚なんですが、フライにしてもよろしいでしょうか?」 本当は白い御飯に焼き魚にしたい所ですが…。 買い物袋を持ち上げて魚を指すと、御主人様が妙な雰囲気になりました。 「ああ…その件だが…」 なにやら言い難そうな御主人様。 フライが嫌いと言ってなかったと思うんだけど… …あ、わかりました。ピンときました。 暖かくなれば、今までは寒さのため控えていた夜行動が増えるのも当然です。 「余所で召し上がるんですね。ではお気をつけて!」 もしジャックさんと呑みに行くとかならジャックさんも言ってただろうから…デートか、夜のお店か…御主人様も成人男性です。 そんな事とっくに想定済みです。 想定済みだから別に動揺なんかしてません。 相手の人は蛇だろうかとか、もしも夜のお店で相手がうっかりヒトだったらどうしようとか、…別に気にしてません。 娼館だったら…正直ここに手軽なのが居ますよーとか…思わなくも…でも買った方がマシなのかな… や、でも私がいればお子様二人だけで留守番させずにすむんですから…私、役に立ってます。大丈夫。大丈夫。 所で何故おでこが痛いのでしょうか。 「オマエの思考が本当にわからん」 何故怒るんでしょう? 襟首を掴まれ、引き摺られた先で私が見たものは…未完成の晩御飯。 下準備されたお肉とか、サラダらしき材料とか。 「彼女様手料理中ですか!?」 うう、右ほっぺた痛い…。 よく考えればオティスさんな状態で居たわけですから、御主人様がやったに決まっているのですが…。 見慣れない風景にうっかり動揺しました。 いや、彼女様と御対面の危機が避けられちょっと安心なんか、いや、それは置いといて、 まず御主人様が今まで包丁持っている所見たことないわけですし…飲み込み悪くても許していただけないかな、と。 御主人様は私の頬から手を離すとスープ鍋を顎で示しました。 「今日は俺が早かったからな…なんだその目は、文句あるのか」 「いえ…」 これからはジャックさんの所、行くのやめた方がいいみたいですね。 字を教えて貰いに行って、遅くなって御主人様に御迷惑をお掛けする訳には行きません。 あ、でももっと早く失礼できないか聞いて…でもそれはジャックさんの予定もあるし御迷惑かな? どうしよう… 「お手を煩わしてしまい、申し訳ありませんでした。明日からはこのような事が無いように致します」 最低限は教えて貰えたから、後は独学で何とかしてみよう。 私の我侭で御主人様に迷惑掛けるわけにはいきません。 ジャックさんには申し訳ないけど…そもそもあんまり役に立ってないから大丈夫…だと思う。 けどウサ耳のお礼は、どうやって返そう。 所で左のほっぺたまで痛いのは何故でしょうか。 「よく伸びるな」 ほっぺたを引っ張るだけでは飽き足らず、ヘッドロックでこめかみまでぐりぐりしてきました。 新技です。 痛いです。 別に密着感が気になったりはしてません。 正直この体勢はじゃお仕置きじゃなくてごほ…なんでもありません。 「少しは反省したか」 「してます」 御主人様は私を見て眉間に皺を寄せ、腕を放しました。 「なら言うことがあるだろう」 「御迷惑をおかけして…っ」 怒ってます。尻尾が床を叩いています。 どうすれば許してもらえるんだろう…土下座は…禁止だし…。 俯くと床に陶器の破片が目に入ります。 サフとチェルが家事を手伝ってくれるようになってから食器の破損率が急上昇しました。 お陰でいまや半分以上食器が木製になりましたが、…御主人様は何も言いません。 でもそもそも、私が全部すれば壊さなくて済むわけで…。 不意に、御主人様が深く溜息をつきました。 思わず緊張が表に出てしまったのは、許して欲しい。 「俺には家事をする権利も無いのか?」 不思議な言い方です。 御主人様は溜息をもう一度つき、包丁を握りました。 恐ろしい事に刃物を持つ姿が様になっています。 …まぁ、御主人様は美少年ですから、何でも似合います。 剣とか、もしかして使えるのかな、超絶似合いそうなんですけど…立ち回りは苦手かもしれないけど…。 台所を動き回るのに、尻尾が邪魔そう…ああ、だから…。 私が動けずに立ち竦んでいると、御主人様が本日最大の溜息を吐きました。 ちらりとこちらを見る表情は、なんというか…固い物を丸呑みしてしまったような…進退に窮したような… 「たまには辛いものと熱くないのが食いたいから自分で作るんだ。文句あるか」 「やっぱりいつも我慢されてたんですね…」 ぺちっと尻尾で叩かれました。 「た ま に は 辛いの と 熱くないのが 食べたいんだ。いいか、たまにはだぞ。いつもはアレで十分なんだ」 確かに、お子様二人が居るという事もあり、少ないレパートリーから暖かくて刺激の少ない料理を作ってはいました。 「大体、なんであんな熱いのを食えるんだ。火傷するじゃないか」 猫舌…なんだ…。 御主人様は苛立ったように尻尾の先だけを小さく揺らしています。 「もっと早くいって下されば良かったのに」 思わず呟いた一言を咎めもせず、御主人様は眉間に皺を寄せ、私の頬を一瞬撫でました。 驚いて目を見張ると、…ひどく気まずそうな表情です。 「作ってもらう立場で言うことじゃないだろう」 御主人様の体温はひんやりしてるので多分平温です。脈も乱れていません。あとは… 「大丈夫ですか?どこか具合悪いところありませんか?気分は?」 「はったおすぞ」 肩を掴まれて目の前でシャァっと小さく威嚇されました。 ち、近いです! 「だッ わ私なんかお気遣い頂く必要は無いのにっ」 し、しまった腰が引けます。平常心、平常心。 肩を掴んでいた手が離されました。 「なんか は、禁止だろうが。ペナルティだ。大人しく晩飯待ってろ。こっちを絶対に覗くなよ」 御主人様が憮然とした表情で命令されたので、私は一礼して後ろへ下がりました。 鶴の恩返しじゃないんですから…見ないフリは大得意です。 「キヨカ」 振り返ると御主人様の尻尾の先がゆらゆらと揺れていました。 「ジャックの所、行くのやめるなよ」 こちらを向いた御主人様は、なんというか…困った事にいつもどおり非常に美形です。 急に名前を呼ばれると心臓がおかしくなります。困ります。 「当たったな。バカめ。ガキ」 「子供じゃないです」 一応訂正すると鼻で笑われました。しかも異様に満足げです。 何なんでしょう、急に。 「そうやって要らない気を回してるから子供なんだ」 「で、でも今日みたいに遅くなりますから…もうお邪魔するのやめようかと」 何故叩くんですか…。痛くないけど。 「オマエ評判いいぞ。丁寧で親切だそうだ。ど素人のくせにえらいじゃないか」 一瞬、意味がわからず首を捻って、気がつきました。 …普通に褒められた。 うわ…。 「そういう事だから、やめたら俺が恨まれるからな」 包丁振りながら言うのはどうでしょうか、御主人様。 「あの、けど晩御飯が…」 「今まで通りだ。でなきゃ買うとか…俺も作るし…、色々あるだろガキめ」 それ以上言う気がないようなので、私は御主人様の背中に一礼して台所を出ました。 最近、御主人様が多弁です。 しかも何だか…なんか…変すぎて、うっかり我侭を言いそうになる自分が怖い。 洗濯物を畳んでいると泥だらけで帰ってきたチェルに妙な顔で見られました。 「今日、キヨカのごはんじゃないの?」 痛い所をつきます。 「今日は、遅くなったので…私じゃなくて…」 尻尾も泥だらけです。これは洗わないと凄いことになりそう…。 …すでになってました。後で掃除確定です。 「チェル、お風呂入りましょうか」 「ジャックねーがっくんのごはんきらいなんだよ。からいから」 子供の髪は細くて絹のようです。 丁寧に泡を立てて耳の後ろの汚れやすい所も洗ってついでに体も。 尻尾は嫌がるので軽く洗うだけっと。 「お湯流すから、目つぶって…チェルは辛いの好き?」 「スキー!でもキヨカのあまいのもすき…めにはいったぁ…」 泡とともに泥が流れ落ち、濡れた半月型の耳がパタパタと動きました。 ちょっと髪の毛を上げて、顔を洗うと目が赤くなってます。 他人の体を洗うというのは難しいものがあります。 大人なら楽なんですけどね。毛が無ければ。 「サフもねーかえるきらいだからやなんだって。おいしいのに」 一瞬、嫌な単語を聞いた気が…リンスを髪に馴染ませながらチェルの様子を確認。 子供らしくぷにぷにした肌がほんのり赤く染まってます。 今日は外でたっぷり遊んだみたいだし、早く寝かせてあげよう。 「カエルって?」 「かえる。キヨカかえるしらないの?」 知ってます。多分。髪の毛をごしごししながら記憶のおさらい。 えーっと、こちらでカエルって… ぺたぺた早漏はカエルじゃありません。 アレは違う何か。 知らない。あんなの知らない。 「赤くて、大きいよ。これくらい」 示された大きさはどう考えてもチキンサイズ。 やった!どう考えても名前違いの別生物です!! 心の中で歓声を上げつつ、仕上げにお湯を掛けタオルでざっと拭く。 お湯に浸かるのは嫌いらしいので、本日はこれで終了。 「はい、おわり」 晩御飯がちょっと楽しみになってきました。 「凄い、美味しそうですね。器用なんですね、凄いー」 「最初からそう言えばいいんだ」 出来上がった料理の感想を述べると、御主人様が意味不明な一言。 気のせいか顔が嬉しそうです。 テーブルの上には大きな味付け肉に香辛料たっぷりのサラダ、マカロニみたいなのが浮いた半透明のスープ。 「見た目はねーすごいよねーでも見た目だけだよねー今日楽しみにしてたのになー…」 「また辛そう…」 否定的なのはジャックさんとサフです。 二人とも目が死んでます。 サフの尻尾は垂れ下がり、全体からガッカリ感が漂っています。 「キヨカのがよかった…」 「キヨちゃんのも時々意表つくけど、少なくとも辛くないもんね…」 あ、そういう風に思われてたんだ。 ジャックさんとサフは辛くなさそうな部分を選んでサラダとスープを大盛りにしています。 「ならジャックさんが作って下さいよ。この前のスープとか」 「オレのは女限定だもん」 うわ、最低。 御主人様は誹謗をそ知らぬ顔で流し、食事を始めました。 私も習って手を伸ばします。 まずは疑惑のカエル肉です。白身で見た感じは鶏肉にしか見えません。 ちょっと一口。思ったより固めです。 「あの、この…カエルってどんな動物ですか?鳥?」 味は淡白で歯ごたえのいい筋肉質、香辛料が効いています。 確かに子供には辛口です。 うっかり胡椒の塊を齧ってしまい、ちょっと涙目。 「水辺に住む両生類、長い舌で虫を捕らえる。これは食用…どうした」 「ちょっと胡椒が…」 サフが遠い目をしています。 ジャックさんはトマトをかじっています。 チェルは肉を美味しそうに齧っています。 御主人様は……期待に満ちた目でこちらを見ています。 「緑色じゃなくて、ゲコゲコ鳴かないんですよね?」 「緑のもいるが、これは赤と黄色のヤツだな。皮が有毒だが、その分、身が旨いだろう。鳴き声は…牛に似てるな」 凄く詳しいです。 お陰でリアルな生前の姿が脳裏にはっきりと想像できます。 「これ、美味しいのですが私には胡椒がキツイようなので…少し減らしても?」 「じゃあこっちをやろう」 御主人様が凄く上機嫌で自分のお皿から分けてくれました。 さっきよりも確実に増えています…この長いのはもしや…舌? 「やぁ…こちらも胡椒が効いてますね…うふふ」 私の御主人様はヘビです。 ヘビな体温に反比例な暖かい心の持ち主です。 「オマエもカエルが好きで良かった」 ヘビだから当然、カエルも好きなようです。 「今度はフライにしような」 時々、御主人様の言動に枯れたはずの涙が出そうになります。 うわぁ…水掻きもちゃんと残ってるぅ…。
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太陽と月と星がある 第六話 寒さも和らいできた今日この頃。 気温とともに脳味噌がヌルくなった人が増えてきました。 顕著な例としては、ノートと向き合う私の背後で謎の歌を歌いながら魔法陣の修繕をしている巨大垂耳黒ウサギです。 本体もさることながら、今日は特に曲自体にダメな感じが漂っています。 ナースがどうとか、愛がなんとか、とか。 しかも妙に頭に残って、オブラートに包んで申し上げると不快です。 さすがに本人には言いませんが…。 最近私はジャックさんの医院へお邪魔し、手の空いた時に字を教えていただいています。 ちょっとアレですが、お仕事中に私服でうろつくのもなんなのでウサ耳にナース服着用で…、故に患者さんからはナースさんと呼ばれます。 当然実態は雑用係ですけど…というか免許もないのに看護婦したら犯罪です。 …毛を切ったり(男性のほぼ大半は毛ですので注射や怪我の手当ては絶対に毛刈りが必要になるのです)容器を煮沸ぐらいは、セーフ…なのか、ちょっと微妙ですが。 とりあえず…字のお礼と、言われませんがウサ耳代のつもりで取り合えず出来そうな事をしています。掃除とか、受付とか。 ナース服で。 …チェルとサフは褒めてくれたし、医療現場で働いてるには違いないし、…だからコスプレじゃないもん。 けどウサ耳までつけた姿を鏡を見るたびにめげそうな気がするのは、絶対気のせい。 エロ用コスじゃないもん、制服だもん。 「ジャックさん」 意を決して話しかけたものの、あっさりと無視されました。 「ジャック先生」 相変わらず奇妙な歌を熱唱する柄の悪い白衣黒ウサギ 私が患者なら診察して欲しい医者ワーストワンです。 お陰で予約はほとんど無く、いつも飛び込みか急患です。 だからこうして診療時間内にもかかわらず勉強していられるわけですが…。 「…お゙に゙い゙ちゃん」 「なーに?」 超笑顔です。顔キズエセピーター全面笑顔。怖いです。 「ここどう読むんでしょうか」 私はノートの一文を指し訊ねました。 やはり少し複雑な部分は辞書もない以上、翻訳に困ります。 「えーっとね、いやっそんなところはずかしいっはなこはよだれをたらすにくのかいを…すみませんでした。かぐわしいです」 私はペンを握り直し続きにかかりました。 どうでもいいのですが、顔擦り付けるのをやめてもらえないかなぁ…。 ウサギ臭いと後でサフに怒られるの確定です。 彼は最近すぐに怒ったり、妙に甘えてきたりで扱いが大変です。反抗期でしょうか。 いえ、洗濯とか掃除とか手伝ってくれるのでとても助かっているのですが…。 部屋に入る前はノックしろとか言うし…。 足音でわかるからいいって前は言っていたのに…。 ちょっと前まで甘噛みしてくる程お子様だったのに、少し寂しいです。 ノートを読み返しながらつらつらとそんなことを考えていると軽い音が響きました。 患者さんのようです。 私は付け耳と服装をチェックし、営業スマイルを作って受付へと向かいました。 「注射をイッパツしてーこのカプセルを一日二回、三日ぐらいかにゃー」 ジャックさんに指示された部分にそっと剃刀を滑らせ血管が見えるようにする。 太い血管が透けて見える肌は白くて柔らかそう。 大きな耳は半分たれ、大きな目も不安そうなパピヨンぽい患者さんがこちらを見ていたので「ジャックさんの腕は確かです」という意味の表情を向けると腕の力がちょっと抜けました。 でも残念ながら人…兎格は保証の限りではありません…。 この患者さんは神経性の脱毛症。 イヌなのに異国であるネコの国に住んでいるというストレスに加え、職場も色々大変らしく、綺麗な毛並みに所々大きなハゲが目立ちます。 ハゲ治すのに更に毛を剃ったら余計ストレス増えるんじゃないだろうか…。 ジャックさんは私の目線を気にした様子も無く、消毒すると注射器を手に取りました。 「はいじゃーブスっといこうか。ハイ、彼女の手を持ってー」 私はいつものよう患者さんの手をそっと包むと、患者さんがおちつかなそうに尻尾を振ってこちらも見つめてきました。 不安と緊張を感じているのか、毛のない部分の肌がほんのり赤くなっています。 「じゃあ、今度は軽く握ってあげてねー」 あちらがこちらの様子を伺いつつ手に力を込めると血管が肌から僅かに浮き上がり、そこへジャックさんが注射の針をそっと差し込みました。 正直、手を握らなくても、何か掴んで貰えば十分だと思うのですがジャックさん的に譲れないそうです。 理解不能です。 「はいおわりー一週間経っても毛が生えなかったらまた来てにゃーん♪」 もし治らなかったら、他の病院にかかる様な気がします。 だって、明らかに胡散臭いし…ヤブじゃないけど、ヤブっぽいし…。 患者さんは空中に視線を彷徨わすと、ぺこりと頭を下げ、ありがとうございました。と小さく言ってくれました。 「お大事になさってくださいね」 パピヨンぽいとはいえ、成人男性だと私よりも少し背が高い。 目線の先のネクタイが曲がっていたので断ってから直すと手を握られました。 目がウルウルしています。 この人が女性なら男性は一発で落せそうです。 「ルフイアさん、どうかなさいましたか?」 私が訊ねると、患者さんは手に力を込め 「あの!よかったら今度の休みに」 「ハイお大事にー本日のお支払いは後日請求書回しまーす。持ち合わせがないなら体で返してねー」 なにか言いかけた患者さんの襟首を掴み診療室から出て行くジャックさん。 ちなみに体で返すとは、ウサギ的な意味ではなく物理的に身を素材として売り払うという意味です。 毛とか、角とか爪とか…衣類とか…それ以外とか…ターゲット次第で価格が変動するそうです。 深い事は…世界に名を馳せる商売上手なネコの国でエンジョイしているウサギという時点でお察し下さい。 ヒントはこの診療所、賃貸じゃないという事です。 上の階は全部賃貸だそうです。 そして上の住民はジャックさんに全員基本敬語です。 そして対面すると直立不動で尻尾が膨らんでいます。背中の毛も逆立っています。特に月末とか。 医者って…本当に儲かるんですね…。 「ただい・・・?」 時は夕刻。 診療時間が終わる前にジャックさんの所を失礼し、買い物をしてから帰宅すると奥に人の気配がしました。 サフやチェルだったら騒がしいのですぐわかるのですが、そういう感じではなく…泥棒でしょうか。 そっと買い物袋を下ろし、傘立てから傘を抜き握り締め靴を脱いで足音をさせないように近づくと…あー…いかつい蛇男性いわゆるリザードマン的な人がこちらに背を向けて台所で何かしています。 通称オティスさんです。 先日私がジャックさんの所で拉致監…もとい保護されている最中、謎の質問をしたりしたアレです。 念の為にじっくりと観察してみます。 ごつごつした鱗、触りたくなる尻尾。 妙な言動、興奮すると鬱金色になる瞳…天文学的な確率で他人という可能性もありますが恐らく…。 指の形まではさすがに変らないし…手フェチですから、手の形にはうるさいです。私。 バレたくないならば接触を避ければいいのにわざわざ買い物中に話掛けてきたり、ジャックさんの所へお昼御飯に来たり…隠す気あるのかと… ま、まぁ…天は二物を与えずともいいます。 許容範囲内です。 御主人様に対して許容もクソもありませんけど…強いて言うならあば…なんでもないです。忘れて下さい。 ただ問題がありまして、気がついていないフリを通すなら、オティスさんと話しているのはジャックさんの妹設定中の私… えーと、御主人様がトカゲ男なオティスさんを振舞う時は、私もジャックさんの妹的な黒垂耳ウサギとして対応をしなくてはいけな…いのかな、どうなんだろう… 自分でもどうすればいいのかわからないし、ほかの人に聞く訳にもいかないと思うので…基本的には御主人様じゃないっぽく対応するだけですが…。 御主人様の方もなんか…ヒトじゃなくて、人の女性に対するみたいに振舞うし…何が面白いのかわかりませんけど… なんかそういうプレイの一環なのかな…凄い特殊ですけど…本気で何がしたいのかわからないのですが… 焦る私を裏で笑う程、御主人様は性格悪くないはずだし… もしかしたら何かの呪いで、正体がバレると鉄装備で三年旅とか、あざみで服を作る的な難問が発生すると困るので気がついてない事にしてるけど…。 よく考えれば、あの尻尾で長距離移動は無理だし、御主人様のボス的美少年な容姿では異種族でもナンパされて大変なことになるのでオティスさん的じゃないと生活に支障があるのでしょうが…。 正直、考え過ぎかもしれませんけど… 普通に便利なだけなら隠す必要ないですからね。 そんなわけで演技力強化月間鋭意実施中です。道化でも頑張れ私。 ちょっと疲労感を感じつつそのまま後ずさりし、心の中で祈りながら音がしないように玄関の扉を開き、強く音を出しながら閉め 「ただいまかえりましたーあれー誰もいないのかなーあーもー荷物おもーいっサフーチェルー誰かいませんかー?」 白々しいと思いつつ、玄関先でごそごそやって時間を稼ぎます。 奥の方では何か慌てているらしい物音…早くして下さい。 アドリブ苦手なんですから。 「もしかして泥棒ですかー?ここの家主さんは温和だからおとなしく出て行けば許してもらえますよー両手を頭の後ろに回してゆっくりと出てきて下さいー」 「誰が泥棒だ」 「あ、御主人様お帰りなさいませ。遅くなってしまい、申し訳ありません」 姿を現した御主人様の服装が若干乱れています。 眉間に皺を寄せているのはいつもの事ですが、僅かに垣間見えるうろたえた様子とか…いつもの傲然とした様子とは違う姿を見ると… 全力で救心が目の前に落ちて来る事を祈りつつ、いつものように平静を装います。 「今日はお魚なんですが、フライにしてもよろしいでしょうか?」 本当は白い御飯に焼き魚にしたい所ですが…。 買い物袋を持ち上げて魚を指すと、御主人様が妙な雰囲気になりました。 「ああ…その件だが…」 なにやら言い難そうな御主人様。 フライが嫌いと言ってなかったと思うんだけど… …あ、わかりました。ピンときました。 暖かくなれば、今までは寒さのため控えていた夜行動が増えるのも当然です。 「余所で召し上がるんですね。ではお気をつけて!」 もしジャックさんと呑みに行くとかならジャックさんも言ってただろうから…デートか、夜のお店か…御主人様も成人男性です。 そんな事とっくに想定済みです。 想定済みだから別に動揺なんかしてません。 相手の人は蛇だろうかとか、もしも夜のお店で相手がうっかりヒトだったらどうしようとか、…別に気にしてません。 娼館だったら…正直ここに手軽なのが居ますよーとか…思わなくも…でも買った方がマシなのかな… や、でも私がいればお子様二人だけで留守番させずにすむんですから…私、役に立ってます。大丈夫。大丈夫。 所で何故おでこが痛いのでしょうか。 「オマエの思考が本当にわからん」 何故怒るんでしょう? 襟首を掴まれ、引き摺られた先で私が見たものは…未完成の晩御飯。 下準備されたお肉とか、サラダらしき材料とか。 「彼女様手料理中ですか!?」 うう、右ほっぺた痛い…。 よく考えればオティスさんな状態で居たわけですから、御主人様がやったに決まっているのですが…。 見慣れない風景にうっかり動揺しました。 いや、彼女様と御対面の危機が避けられちょっと安心なんか、いや、それは置いといて、 まず御主人様が今まで包丁持っている所見たことないわけですし…飲み込み悪くても許していただけないかな、と。 御主人様は私の頬から手を離すとスープ鍋を顎で示しました。 「今日は俺が早かったからな…なんだその目は、文句あるのか」 「いえ…」 これからはジャックさんの所、行くのやめた方がいいみたいですね。 字を教えて貰いに行って、遅くなって御主人様に御迷惑をお掛けする訳には行きません。 あ、でももっと早く失礼できないか聞いて…でもそれはジャックさんの予定もあるし御迷惑かな? どうしよう… 「お手を煩わしてしまい、申し訳ありませんでした。明日からはこのような事が無いように致します」 最低限は教えて貰えたから、後は独学で何とかしてみよう。 私の我侭で御主人様に迷惑掛けるわけにはいきません。 ジャックさんには申し訳ないけど…そもそもあんまり役に立ってないから大丈夫…だと思う。 けどウサ耳のお礼は、どうやって返そう。 所で左のほっぺたまで痛いのは何故でしょうか。 「よく伸びるな」 ほっぺたを引っ張るだけでは飽き足らず、ヘッドロックでこめかみまでぐりぐりしてきました。 新技です。 痛いです。 別に密着感が気になったりはしてません。 正直この体勢はじゃお仕置きじゃなくてごほ…なんでもありません。 「少しは反省したか」 「してます」 御主人様は私を見て眉間に皺を寄せ、腕を放しました。 「なら言うことがあるだろう」 「御迷惑をおかけして…っ」 怒ってます。尻尾が床を叩いています。 どうすれば許してもらえるんだろう…土下座は…禁止だし…。 俯くと床に陶器の破片が目に入ります。 サフとチェルが家事を手伝ってくれるようになってから食器の破損率が急上昇しました。 お陰でいまや半分以上食器が木製になりましたが、…御主人様は何も言いません。 でもそもそも、私が全部すれば壊さなくて済むわけで…。 不意に、御主人様が深く溜息をつきました。 思わず緊張が表に出てしまったのは、許して欲しい。 「俺には家事をする権利も無いのか?」 不思議な言い方です。 御主人様は溜息をもう一度つき、包丁を握りました。 恐ろしい事に刃物を持つ姿が様になっています。 …まぁ、御主人様は美少年ですから、何でも似合います。 剣とか、もしかして使えるのかな、超絶似合いそうなんですけど…立ち回りは苦手かもしれないけど…。 台所を動き回るのに、尻尾が邪魔そう…ああ、だから…。 私が動けずに立ち竦んでいると、御主人様が本日最大の溜息を吐きました。 ちらりとこちらを見る表情は、なんというか…固い物を丸呑みしてしまったような…進退に窮したような… 「たまには辛いものと熱くないのが食いたいから自分で作るんだ。文句あるか」 「やっぱりいつも我慢されてたんですね…」 ぺちっと尻尾で叩かれました。 「た ま に は 辛いの と 熱くないのが 食べたいんだ。いいか、たまにはだぞ。いつもはアレで十分なんだ」 確かに、お子様二人が居るという事もあり、少ないレパートリーから暖かくて刺激の少ない料理を作ってはいました。 「大体、なんであんな熱いのを食えるんだ。火傷するじゃないか」 猫舌…なんだ…。 御主人様は苛立ったように尻尾の先だけを小さく揺らしています。 「もっと早くいって下されば良かったのに」 思わず呟いた一言を咎めもせず、御主人様は眉間に皺を寄せ、私の頬を一瞬撫でました。 驚いて目を見張ると、…ひどく気まずそうな表情です。 「作ってもらう立場で言うことじゃないだろう」 御主人様の体温はひんやりしてるので多分平温です。脈も乱れていません。あとは… 「大丈夫ですか?どこか具合悪いところありませんか?気分は?」 「はったおすぞ」 肩を掴まれて目の前でシャァっと小さく威嚇されました。 ち、近いです! 「だッ わ私なんかお気遣い頂く必要は無いのにっ」 し、しまった腰が引けます。平常心、平常心。 肩を掴んでいた手が離されました。 「なんか は、禁止だろうが。ペナルティだ。大人しく晩飯待ってろ。こっちを絶対に覗くなよ」 御主人様が憮然とした表情で命令されたので、私は一礼して後ろへ下がりました。 鶴の恩返しじゃないんですから…見ないフリは大得意です。 「キヨカ」 振り返ると御主人様の尻尾の先がゆらゆらと揺れていました。 「ジャックの所、行くのやめるなよ」 こちらを向いた御主人様は、なんというか…困った事にいつもどおり非常に美形です。 急に名前を呼ばれると心臓がおかしくなります。困ります。 「当たったな。バカめ。ガキ」 「子供じゃないです」 一応訂正すると鼻で笑われました。しかも異様に満足げです。 何なんでしょう、急に。 「そうやって要らない気を回してるから子供なんだ」 「で、でも今日みたいに遅くなりますから…もうお邪魔するのやめようかと」 何故叩くんですか…。痛くないけど。 「オマエ評判いいぞ。丁寧で親切だそうだ。ど素人のくせにえらいじゃないか」 一瞬、意味がわからず首を捻って、気がつきました。 …普通に褒められた。 うわ…。 「そういう事だから、やめたら俺が恨まれるからな」 包丁振りながら言うのはどうでしょうか、御主人様。 「あの、けど晩御飯が…」 「今まで通りだ。でなきゃ買うとか…俺も作るし…、色々あるだろガキめ」 それ以上言う気がないようなので、私は御主人様の背中に一礼して台所を出ました。 最近、御主人様が多弁です。 しかも何だか…なんか…変すぎて、うっかり我侭を言いそうになる自分が怖い。 洗濯物を畳んでいると泥だらけで帰ってきたチェルに妙な顔で見られました。 「今日、キヨカのごはんじゃないの?」 痛い所をつきます。 「今日は、遅くなったので…私じゃなくて…」 尻尾も泥だらけです。これは洗わないと凄いことになりそう…。 …すでになってました。後で掃除確定です。 「チェル、お風呂入りましょうか」 「ジャックねーがっくんのごはんきらいなんだよ。からいから」 子供の髪は細くて絹のようです。 丁寧に泡を立てて耳の後ろの汚れやすい所も洗ってついでに体も。 尻尾は嫌がるので軽く洗うだけっと。 「お湯流すから、目つぶって…チェルは辛いの好き?」 「スキー!でもキヨカのあまいのもすき…めにはいったぁ…」 泡とともに泥が流れ落ち、濡れた半月型の耳がパタパタと動きました。 ちょっと髪の毛を上げて、顔を洗うと目が赤くなってます。 他人の体を洗うというのは難しいものがあります。 大人なら楽なんですけどね。毛が無ければ。 「サフもねーかえるきらいだからやなんだって。おいしいのに」 一瞬、嫌な単語を聞いた気が…リンスを髪に馴染ませながらチェルの様子を確認。 子供らしくぷにぷにした肌がほんのり赤く染まってます。 今日は外でたっぷり遊んだみたいだし、早く寝かせてあげよう。 「カエルって?」 「かえる。キヨカかえるしらないの?」 知ってます。多分。髪の毛をごしごししながら記憶のおさらい。 えーっと、こちらでカエルって… ぺたぺた早漏はカエルじゃありません。 アレは違う何か。 知らない。あんなの知らない。 「赤くて、大きいよ。これくらい」 示された大きさはどう考えてもチキンサイズ。 やった!どう考えても名前違いの別生物です!! 心の中で歓声を上げつつ、仕上げにお湯を掛けタオルでざっと拭く。 お湯に浸かるのは嫌いらしいので、本日はこれで終了。 「はい、おわり」 晩御飯がちょっと楽しみになってきました。 「凄い、美味しそうですね。器用なんですね、凄いー」 「最初からそう言えばいいんだ」 出来上がった料理の感想を述べると、御主人様が意味不明な一言。 気のせいか顔が嬉しそうです。 テーブルの上には大きな味付け肉に香辛料たっぷりのサラダ、マカロニみたいなのが浮いた半透明のスープ。 「見た目はねーすごいよねーでも見た目だけだよねー今日楽しみにしてたのになー…」 「また辛そう…」 否定的なのはジャックさんとサフです。 二人とも目が死んでます。 サフの尻尾は垂れ下がり、全体からガッカリ感が漂っています。 「キヨカのがよかった…」 「キヨちゃんのも時々意表つくけど、少なくとも辛くないもんね…」 あ、そういう風に思われてたんだ。 ジャックさんとサフは辛くなさそうな部分を選んでサラダとスープを大盛りにしています。 「ならジャックさんが作って下さいよ。この前のスープとか」 「オレのは女限定だもん」 うわ、最低。 御主人様は誹謗をそ知らぬ顔で流し、食事を始めました。 私も習って手を伸ばします。 まずは疑惑のカエル肉です。白身で見た感じは鶏肉にしか見えません。 ちょっと一口。思ったより固めです。 「あの、この…カエルってどんな動物ですか?鳥?」 味は淡白で歯ごたえのいい筋肉質、香辛料が効いています。 確かに子供には辛口です。 うっかり胡椒の塊を齧ってしまい、ちょっと涙目。 「水辺に住む両生類、長い舌で虫を捕らえる。これは食用…どうした」 「ちょっと胡椒が…」 サフが遠い目をしています。 ジャックさんはトマトをかじっています。 チェルは肉を美味しそうに齧っています。 御主人様は……期待に満ちた目でこちらを見ています。 「緑色じゃなくて、ゲコゲコ鳴かないんですよね?」 「緑のもいるが、これは赤と黄色のヤツだな。皮が有毒だが、その分、身が旨いだろう。鳴き声は…牛に似てるな」 凄く詳しいです。 お陰でリアルな生前の姿が脳裏にはっきりと想像できます。 「これ、美味しいのですが私には胡椒がキツイようなので…少し減らしても?」 「じゃあこっちをやろう」 御主人様が凄く上機嫌で自分のお皿から分けてくれました。 さっきよりも確実に増えています…この長いのはもしや…舌? 「やぁ…こちらも胡椒が効いてますね…うふふ」 私の御主人様はヘビです。 ヘビな体温に反比例な暖かい心の持ち主です。 「オマエもカエルが好きで良かった」 ヘビだから当然、カエルも好きなようです。 「今度はフライにしような」 時々、御主人様の言動に枯れたはずの涙が出そうになります。 うわぁ…水掻きもちゃんと残ってるぅ…。
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太陽と月と星がある 第十七話 最近、帰宅した時の御主人様の機嫌がいい。 とてもいい。 ひょっとして仕事でいいことがあるんだろうか。 それとも……。 試読用と赤く印字された新聞を開くと三面を飾るのは、『けん☆どる ナリタ 引退!!!』という文字と剣を咥えた血まみれの青年の写真。 ボロ布同然の服と、半分ほど千切れた左腕と、嫌な方向を向いたままの右手。 髪の上に獣の耳はなく、尻尾も無い。 ヒト、だ。 ヒト同士を闘技場で戦わせる…K-1とか、ああいう感じのものの有名な選手だった らしい。 過去形。 ヒトの値段は高く、それなのに命の価値はとことん低い。 ……まぁ、どうせそんなもんですけど。 記事を流し読みした所、彼は今後後進指導にあたる予定。 オーナーの元には、優秀な子種を求めて大量の 縁談 が申し込まれて―――― 「キヨちゃぁぁああああんっ!」 タックルを喰らって、ついでに新聞を取られる。 「もう、なんなんですか!お茶にはまだ早いですよ」 勢いよく椅子から落とされたせいでお尻が少し痛い。 スカートと髪を直して、意図的に肩をすくめる。 深緑色の瞳に、自分の顔が映っているのが見えたので唇を曲げてみる。 短く刈られた髪の下から覗く、血の気の失せた顔暗い眼。 ――― 大量の 縁談 が ――― こちら生まれなら免疫があるし、容姿が整っていて才能があって最初から立場を弁えている…… 「だってぇーそなんあ新聞よりもっと俺に熱い眼を注いで。もっと過激に!もっと激しく!」 しっかりと新聞を抱きしめて、くねくねしながら気持ち悪いことを言うジャックさん。 先程のは、毎朝NEWニャン新聞……カツスポのライバル紙…みたいなものです。 ジャックさんが取っているのはカツスポの方。 勧誘の人が置いていったのを読んでいたらこのザマです。 細かいことを追求していくと疲れるので、考えるのを止めてリクエスト通り白衣のジャックさんを上から下までじっくりと眺めました。 相変わらず毛がふわふわしていて、無駄に暑そう……。 「あ、その眼は止めっダメ!そんな眼で見られたらオレ!あっ!」 気持ち悪いので床でのた打ち回る白衣からそっと目を逸らし、窓の外に眼をやりました。 相変わらず、外は暑そうです。 今日も医院は閑古鳥。 暑いのでみんな昼間は外に出たくないらしく、最近は熱射病で運ばれてくるイヌがせいぜいです。 あと換気忘れて室内で熱射病とか。 日が落ちれば多少は常連さんが来るのですが……。 暇過ぎてやることも無いしなぁ……ジャックさんをほっといてもろくな事にならないし……。 そうだ。 「ジャックさん、暇なら私の髪の毛切ってくれませんか?」 *** 襟首がちくちくします。 まだ湿り気の残った髪が気恥ずかしい。 なんとなくショーウィンドを確認しては手櫛で梳いていると、反対側から見たことのある女の子がこちらを見ているのに気がつきました。 確か、サフの彼女の。 「ニキさん」 相変わらず可愛らしい。……いいなぁ。 白い髪には前髪がジャマなのか花柄のピンで留められ、夏らしいフリルっぽいノースリーブにハーフパンツ、長めの尻尾がちょっと膨らんでいます。 かわいい。 「…どうも」 「こんにちは、おひさしぶりです」 何故、一歩下がるんだろう……。 彼女は周囲を見渡すと、ちょっと嫌そうな感じで口を開きました。 「あの、サフって今日…」 「確か、魔法を習いに行くって行ってましたよ」 遊ぶ約束でもあったのか、耳がぺったりして、露骨にがっかりした姿。 ラブラブですか。いいですね。 「そろそろ終わる時間だと思うから……」 「…どうも」 警戒されているんでしょうか。上から下までじっくり眺められ、非常に居心地が悪いです。 なんか、悪いことしたかな……。 「髪留め、可愛いですね」 場を和まそうと取りあえず口にした言葉に、ニキさんの顔が一瞬緩みました。 「よく似合ってます」 「サフに貰ったんだ」 「へぇー意外とセンスいいんですねー。知りませんでした。凄く可愛いですよ。服にも似合ってるし」 ニキさんは髪留めに手をやり、尻尾をくねらして恥ずかしそうな表情になりました。 「マジでそう思う?」 「思います」 この表情は、見覚えがあります。 好きな人が出来たと報告してきた友達と同じ表情です。 「で、でもアンタもサフになんか貰ったことあるんだろ?」 くわっと眼を見開き、表情が一変しました。感情が豊かなことは確かです。 というか、話題いきなり飛んでいませんか?なんでそうなるんだろう……。 「ないですよ?」 ニキさんの返事を聞く前に不意に影が差し、頭の上に重さを感じて見上げるとほっぺたをむにむにされました。 「キヨカ、見つけた」 「リーィエさん?」 み、みえない……。 いや、そこぐりぐりしないでください。だめそこいたきもちいい。 「ジャックに聞いて追いかけた」 ぐにぐにむにむに 「ちょ、オレが話してんだけど、今大事な話してるとこなんだけど!ねぇ今のマジ?ホント?嘘じゃないよな?だってサフってみんなに優しいじゃん?」 ニキさんに腕を引っ張られました。 大事な話だったのか……。 「こちらも大事な話がある」 首に手を回され、そのまま引きずられそうです。 女性二人とはいえ、密着されるとそれなりに暑苦しいものがあります。 私を挟んで、よくわからない会話を続けるお二人。 あーリィエさん、つなぎなのによくわかる柔らかい感触が凄く羨ましいです……。 ニキさんはー…今後に期待ですけど、可愛いし…いいなぁ2人とも可愛く綺麗で。 御主人様もこういう子がいいんだろうなぁ……。 こういう風だったら、よかったんだろうなぁ……。 話しながら、腕を引くニキさんと首に回した手を離さないリーィエさん。 どうなるかといえうと、私がうまいこと首を締められたかたちになります。 なんでこっちの人って、首を狙うのでしょうか……。 暑さと酸欠で薄れ行く意識の中、2人が言い争う声がぼんやりと聞こえました。 *** 「つか、キヨカがウサギのクセに地味だから逆に疑わしいっていうかさーだから、そのー…にゃー…ぁ」 「見苦しい嫉妬」 「普通思うだろ!ウサギだし。そっそういうのを好きなのを引っ掛ける罠だって思うじゃん!」 「そこまでは思わない」 「オレはそう思ったの!ねーちゃんだって言ってたし」 「シスコン」 「うっさいヤマネコ女!」 「ご注文のカキ氷三点お持ちしましたー」 「自分は女ではないと自覚しているのだな」 「ありがとうございますーそれはこっち、これはあっちです」 「どこがだ!そっちこそおっさんみたいな格好のクセに!」 「ごゆっくりどうぞー」 「これは仕事着。君が着るとマダラと誤解されるので勧めない」 「にゃー!!むかつくー!キヨカも!笑ってないでなんか言えよ!!」 初対面なはずなのに、非常に楽しそうな2人。 私は無言で小倉をかき混ぜました。 ニキさんはレモン、リーィエさんはイチゴ練乳。 2人はお互いの様子を伺いつつカキ氷に手を伸ばします。 一口食べて頬を緩め、もう一口食べてから同時に頭を抱え悶えました。 わりと面白いです。 「つ、つかさ。だって、キヨカだって超地味じゃん。メイドみてぇだからさ、そういうの好きなのかと思うじゃん。ワナだと思うじゃん。もっと普通なの着ればいいのに」 何をいわれたのか理解できずに一瞬そのままになり、それから首を傾げてみた。 「地味?」 リーィエさんにまで頷かれました。 正直、ヒラヒラでスケスケなのばかり着てたからこれぐらいで十分……まぁ、興味が無いわけではないんですが……。 第一、私はメイドというか家政婦というか……ペットみたいなものなわけで。 ジャックさんからお給料をもらうようになったといっても、御主人様に養っていただいてる身の上で贅沢とか……。 それに……その……。 「私には……似合いませんから」 ちょっと気まずいので笑顔を作って茶化した瞬間、椅子が引っ繰り返る音とどたばたとした騒がしい気配が喫茶店内に響きました。 「衛生兵ーっ衛生兵ー!誰か!恋に効くクスリかバカにつける薬を!」 「もう駄目だ、ヘンリー頼む、オレの代わりに…あ、あの娘の…」 「判った!デートに誘っとく!」 「しっねぇええ!」 ……路上パフォーマンスというのでしょうか。 ネコの青年達が小芝居をしています。 あまり他の人をじろじろと見るのも失礼だという事を思い出し、続きが気になりつつむりやり首を戻すとリーィエさんは夢をみているような表情を浮かべていました。 「リーィエさん?」 「ああ、うん」 瞬きし、やけに慌てた仕草をするリーィエさん。頬がちょっと赤い。 ニキさんは小芝居している青年達とリーィエさんを呆れた目で見てから、深く溜息をつきました。 「そういえば、お二人とも何か話があるって言ってませんでしたっけ?」 「あ、そうだ忘れてた。あのさぁ、なんでキヨカってサフと暮らしてんだよ。キョーダイならウサギ男と住めばいいじゃん」 先に口を開いたのは、ニキさん。 テーブルに手を着き、覗き込むようにしてこちらを詰問してきました。 「サフと暮らしているんじゃなくて、あの人に住まわせてもらってるんですよ」 ニキさんが口を開けたまま動かなくなったので、小倉を掬って、口の中に入れてあげました。 白い尻尾がぶわっと逆立ち、涙目で睨んでいます。 「あんこ苦手?」 こくこくと頷く姿が、可愛らしい。 一生懸命飲み込もうとする姿を見て、何故か胸がきゅんとしました。 「キヨカ、私にも」 「あーん」 クールな人がお茶目な事をするのも相当可愛らしいものがあります。 「はい、キヨカあーん」 ちらりとこちらを見たウェイターさんの鼻先や耳の内側がピンクになるのがみえました。 気持ちはわかります。 あ、練乳も美味しいしレモンもいいなー。 「それで、リーィエさんの御用は?」 私より背が高いのに上目遣いされました。 やけに胸がどきどきします。 「試合、何故来ない」 「え、あー ……」 リーィエさんとは以前、拳闘の試合を見に行くという約束をした覚えがあります。 確かに、行くつもりでした。 でも、……。 私は言葉に詰まり、濡れたガラスの容器を見つめました。 「ごめんなさい」 本当は、私はここにだって居るべきじゃないんです。 御主人様の許可も得ず何かしたら、御主人様が不快に思うかもしれません。 不快に思って、私を売ろうと思うかもしれません。 できるだけ長く飼ってもらうには、失点を少しでも減らさなくてはいけません。 もっと働いて、できればお金も稼いで、御主人様に今みたいに飼ってる方が得だと思ってもらわなくてはいけません。 でないと…… 「すみません、用事思い出したので先に失礼しますね」 思ったより、椅子が派手に鳴った。 喫茶店のある通りは、衣料品店が立ち並びおしゃれな格好をした人々で溢れています。 ショーウィンドで着飾って並ぶマネキンには、大きな耳や尻尾や羽が当然のようについています。 だって、ここは日本じゃないから。 ヒトで中古の私には、こっちの服装は似合わない。 綺麗な服を着たって、褒めてもらえるわけじゃないし、そもそも服だって買えばお金が掛かるし。 今だって、ジャックさんにお給料を戴けるのだって奇跡みたいなものなんだし。 私なんか、他のお金を稼ぐ方法も……無いわけじゃないけど、きっとムリだし。 ご飯を食べさせてもらえて、寝るところがあって、少しは役に立ってる。 十分私は幸せ。 あとどれくらいこうしていられるのかわからないけど、私は幸せ。 ヒトだっていう事を隠しておけば、みんな普通の人みたいに接してくれる。 ヒトだからって蔑まれたりしない。 だから大丈夫。私は幸せ。 石畳の隙間の雑草を眺めながら、何度も自分に言い聞かせる。 私は、しあわせ。だから…… 「あのさ、この前、川行った時の」 耳元で急に声を掛けられて、とっさに掴まれた腕を振り解こうとしたらニキさんでした。 「ごめんなさい。ちょっと…驚いて」 驚いた顔をしているニキさんに謝る。 「あ、ああ」 こくこくと頷き隣りを歩きだす彼女に内心首を捻り、捉まれた指先をちょっとだけ握り返す。 「オレ、米苦手だったんだけど意見変わったかも」 何の話かわからずに首を傾げると、ニキさんは白い耳の内側をほんのりピンクに染め、ちょっと恥ずかしそうにした。 「おにぎり」 最近わかったのですが、御主人様もサフもジャックさんも和食より洋食派です。 チェルは何を食べても美味しいというので、あまり参考になりません。作り甲斐はありますが……。 「アレ、美味かったよ。オレああいうの結構好きかも」 そういって指を握り、ちらりと笑いました。 友達の笑い方に、よく似ていました。 辛いときに隣に居てくれた友達に似ていました。 「…ありがとう」 ニキさんはこちらから目を逸らし、ショーウィンドのマネキンを指差しはしゃいだ声でその服装のよさを力説しはじめました。 「そういう顔はしない方が良い」 不意に頬を引っ張られ、焦る。 引っ張ったのはいつの間にか後ろに居たリーィエさん。 さすがネコ科、足音が全然聞こえませんでした。 「色々釣れてしまうから、ダメ」 やけに真面目な顔をしています。 「ちゅれるって」 引っ張られた箇所を撫でてつつ尋ねると、ニキさんとリーィエさんは顔を見合わせ深刻な表情を浮かべました。 「念の為に聞くけど、キヨカって付き合ったことあるよな?」 「つきあう?」 「男でも女でもいいけどーそのアレ、恋人とか」 男性経験ならありますよ。死ぬほど。 とは言えないので曖昧に笑うと、再び2人は顔を見合わせました。 「あのヘビ男との関係は?」 「家主さん」 御主人様とは言えませんので。 「掃除、苦手みたいなので、居させてもらってるし…掃除くらいじゃ全然足りないんで他の事もしてますけど」 何故かニキさんの表情が引き攣りました。 「オレ…よくわかんないけど、そういうのってよくないんじゃないかな…ねーちゃんも身体は大事にするべきだって言ってたし……」 俯いて私の肩に手を置きぼそぼそと喋っています。 「ジャックん所住めばいいのに?」 「血の繋がり、有りませんので……」 形容し難い表情を浮かべたリーィエさんはニキさんを物陰に引っ張り込み、何やら二人で言い争いを始めました。 夕暮れ時、帰宅を急ぐ人々から不審そうな視線が集まるのがよくわかります。 今夜は何にしよう。コロッケでいいかな。キャベツっぽいの買わなきゃ。 「なー、キヨカぁ」 口元に泡が付いてるニキさんとリーィエさんが耳をピンと立ててこちらを見ました。 二人とも目が笑っていません。 「あのヘビと実際どうなんだよ…してたり、するの?アレと。ウロコだし、毒あるよなアレ」 物凄く真剣な眼差しで詰め寄るニキさん。鼻がくっつきそう。 私は口元に軽く人差し指を押し当て 「 ひ・み・つ 」 そう囁くと、リーィエさんが妙な声を上げて鼻を押さえました。 「いつでもウチに来ていい。むしろ一緒に住もう。そんな横暴な男は捨てるべき!掃除しなくても人は死なない!」 そういって私の頭に手を伸ばすリーィエさん。 そして……むぎゅっと……。 ……ちょっと巨乳好きの気持ちがわかってしまいました。 「リー、キモい」 ニキさんの呆れた声。 「友達だから問題はない」 「いや鼻血ぐらい拭けよ…」 あのー……私、いつまでこうしてればいいんだろう……。 どうしても帰るのかと執拗に引き止めるリーィエさんを振り切り、夕食の買い物を済ます頃には二つの月が空に輝きだしていました。 *** 普段よりもかなり遅く帰宅した御主人様の機嫌は、ここ一ヶ月内で一番最悪でした。 何か嫌な事でもあったのか、いわゆる殺気…みたいなものが漂っているような気がします。 早めに晩御飯にして良かった。 2人とももう寝ちゃってるから、もし御主人様が怒る事があっても2人には見られなくて済むし……。 「お疲れ様でした。残業ですか?」 御主人様は返事をせず自室へ向かいました。 どうやら、そうとう嫌な事があったようです。 キッチンに入り、晩酌の準備。 凶悪犯罪者フェイスなトカゲ男から、美貌のボスモンスターに戻った御主人様は疲れた様子で椅子に腰掛け小皿満載のテーブルを一瞥してから目付きを悪くしてこちらを見ました。 「なんだこれ」 「嫌いでしたか?これ」 御主人様に内緒で購入しておいたおつまみとかなんですが。 「買った覚えはないぞ」 そういって指されたのは地味な容器に入った赤いお酒。 砂漠でしかとれない実をお酒にしたとかで、ワインよりも透明度が高い赤色は、なんとなくアセロラを思い出します。 「というか、売ってないだろう」 「酒屋さんでお願いしたら売ってくれました」 御主人様は私とお酒を交互に見て、眉間に皺を寄せました。 「嫌いでしたか」 しょうがないので片そうとしたら、手首を掴まれました。 「お願いって、なにか変な事とか、されてないだろうな」 変な事って。 ナニ。 私の困惑に気がついたのか、御主人様は尻尾の先を床にぴしぴしと叩きつけ、こちらから顔をそむけるとつまみに手を出し始めました。 てゆうか、これだけ色々用意したのに、一番最初に手を出すのがカエル……。 そりゃ、好き好きですけど……。 卵料理とか鳥とか漬物とか色々あるのに……。 「カロティポは、久し振りに見たな」 あ。御主人様笑いました。 何千回でも言いますが、御主人様は美形なので、何をしてても美形ですので笑っても当然美形です。 ……あ、壁ちょっと汚れてるから、掃除しなきゃ。 「これは、客に出すものだ」 ……ぬ? 御主人様が隣の椅子を叩いたので取り合えず、腰掛けます。 お酒、喜んでもらえたみたいです。 「あとは…祝いのときか」 「砂漠の名物辞典にはそんな事書いてありませんでしたが」 うっかり漏らした呟きが聞こえてしまったらしく、御主人様はお酒と私を交互にみて顔を逸らしました。 「今日呑むのには勿体無いな。いつものを頼む」 私は頷いて買ってきた分を片し、いつもの方を準備します。 「今日は、映画を観てきた」 なにやら話し出す御主人様に耳を傾けつつ、お酌する私。 「映画……ですか」 そりゃ、御主人様だって息抜きが必要だって事ぐらいわかります。 ペットごときが御主人様の交友関係を気にする必要だってありません。 ……少なくとも、ジャックさんと見に行ったわけではないのくらい、想像がつくだけです。 「非常に胸糞悪い内容だった」 で、機嫌が悪かったと。 なら、一緒に行った人ともあんまり盛り上がっていないって、思ってもいいんでしょうか。 ちゃんと帰ってきたし……。 いいなぁ……御主人様と映画。 「どんなジャンルですか?恋愛?アクション?まさか特撮?」 あ、御主人様がすごい無表情です。 無言でぱりぱりと干し海老みたいなのを食べ、ちらりとこちらを見てから目を逸らしました。 「女優が……」 固唾を呑んで御主人様の口元を見つめる私。 「お前に似てた」 思わず俯いて、膝の上に載せた指先を睨みました。 マニキュアも何もしていない短い爪に、指先も少しざらざらしています。 ちょっと……不機嫌だった理由が、私だと暗に言われたような気がしただけです。 居ると不快だとか、見た目が悪いとか まだ 言われたわけじゃないし……。 ……貞子みたいな人が出る映画だったらどうしよ。オバケ似とか、へこむ。 明日の仕度でもしておこうと椅子をずらし、席を立とうとしたら物凄い目で睨まれました。 一体何を考えているのか……。 無言の圧力のようなモノを感じ、仕方なく夜食用のパンとナイフを手に取り席に戻ります。 御主人様が好きなのは、柔らかくて軽い食パンではなく、円形の固くて分厚くて重いパンです。 ナイフで切ろうとすると、やたらとパン屑がこぼれ薄切りではない何かになるタイプ。初めて切ろうとした時、台形になったのもいい思い出です。 それにつまみとして出したサラミやチーズや野菜類を挟んだものを作ったはしから食べていく御主人様。 「ヒトオタクが作った映画とかでな。酷かった」 御主人様はソーセージを食べながらそう言って、なんだかどこか痛いような表情を浮かべていました。 「ノンフィクションですか?」 トマトの輪切りをぱくりと飲み込み、首を横に振る御主人様。 「なら、今度から観なければいいじゃありませんか」 御主人様の健啖ぶりを半ば呆れながら眺めていると、目の前にフォークで刺した香草入りハムを突き出されました。 「食え」 「もう晩御飯は戴きましたので、これ以上食べたら太ります」 「太れ」 理不尽発言来ました。 「太っても巨乳にはなりません」 私がそう返そうと口を開くと、無理やり押し込まれました。 フォアグラですか、と言いたくなったのを堪えてもぐもぐしながら見れば、御主人様はどことなく満足げな雰囲気を漂わせています。 最近、機嫌の緩急が激しすぎるんじゃないでしょうか。 それとも、私が御主人様のことをわかってきただけなんだろうか……。 「美味かった」 「お粗末さまです」 大半が空っぽになったお皿を見て、まだ皿洗いという自分の仕事が残っていることがわかってほっとする。 まだ、私は役に立つから大丈夫。 片そうと席を立ち、御主人様に背を向けると急に引き寄せられました。 「 」 耳元で囁くのも止めてください。よく聞こえないから。 私、体重増えたので重いのになんでそうあっさりと持ち上げますか。 内腿を尻尾で触るの止めてください。背中をそんな風に触らないで下さい。 服の中に指を差し入れられて、冷たい指先に心臓が鷲掴みにされる。 間近な顔から目を逸らし、恐る恐る肩に腕を回してみた。 少し冷たい温度を頬で感じながらイヌに比べれば相当薄い御主人様のニオイを嗅ぐ。 これ、アレですよね? 夜だし?その、なんか……溜まったもの的な? デートに失敗して、お預け食わされちゃったし……とか? 違ったらどうしよう。 そしたらこっちが飢えてるみたいで凄くイヤなんですけど…だって最初の頃に聞いても普通に迷惑がられてただけだったのに。 あれから、少しは私の身体はマシになってるんだろうか。 それこそ安物のマネキンみたいな固くて棒みたいな状況から、ちょっとはその……女らしく? 一応、女優さんに似てるって言われたし……。 外見じゃなくて、役柄の事だったらどうしようとか色々考えつつ、唾を飲み込んで何とか声を絞り出す。 「あの……」 首に顔を埋めていた御主人様がこちらを見た。 御主人様の眼は、暗い所だと瞳孔が広がってヒトの眼に良く似たふうになる。 「触るだけで、いいんですか」 返事の代わりに噛むのは止めましょう。 舐めるのもダメです。 吸うのも絡ませるのもよくありません。 言って下さい。ちゃんと。 どうすればいいのか、わからないから。 不意に顔が離され、見上げれば御主人様の目線は私の後方を見つめていました。 つられて振り返ると、じっとこちらを見つめるチェルの姿が眼に入ります。 飛び跳ねる心臓をなだめて深呼吸。 「2人とも、なにしてるの?」 鋭い質問に返す言葉も無く、私は胸元のボタンをそっと直し御主人様は際どい所に潜り込んでいた尻尾をさり気無く解き始めました。 そっと降りてから、念の真似に御主人様の服装を確認し、チェルを手招きします。 早くも飛び跳ねている柔らかな髪を手で撫でつけ、パジャマの襟を直し、泣いた跡が付いた目元を触りました。 「怖い夢みたの?」 唇をかみ締めて頷く小さな身体を抱き上げた。 思ったより、重くて少しふらつく。 ―――あとどれくらい、こうしてあげられるんだろう。 背中に回された小さな手の温度が下がらない内に早くベッドに戻してあげようと思い、御主人様の方を振り返る。 「では、先に休まさせていただきますので」 御主人様、口が半開きです。 「普通」 私に抱かれたままのチェルが解かれた私の髪の毛をちょっと握りました。耳元で聞こえる小さなあくび。 「また後で、じゃないのか」 時刻は深夜を回っています。 御主人様は明日もお仕事です。 早く寝ないと、明日に差し障ります。 「お皿はそのままで結構ですので」 ずりおちそうなチェルを頑張って抱き直す。 「それでは」 小さな温かい指と、歯磨き粉の甘い匂い。 「おやすみなさい」
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月と星の光「ルナチャイルド」&「スターサファイア」 読み:つきとほしのひかり「ルナチャイルド」&「スターサファイア」 カテゴリー:Extra/女性 作品:東方混沌符 属性:光 ATK:4(+1) DEF:2(+1) 【エクストラ】〔「ルナチャイルド」&「スターサファイア」〕 [自動]このキャラが登場かレベルアップした場合、相手のキャラすべてに3ダメージを与える。 R:妖精は力が弱いんだから勝負は数が決め手よ! SR:ごめんなさいね。私達には仲間が居るの illust:ミヤスリサ TP-266 R SR 収録:ブースターパック「OS:東方混沌符 2.00 追加パック2」 参考 ネームが「ルナチャイルド」であるキャラ・エクストラ一覧 音を消す程度の能力「ルナチャイルド」 静かなる月の光「ルナチャイルド」 東方三月精「サニーミルク」 「ルナチャイルド」 「スターサファイア」 月と星の光「ルナチャイルド」 「スターサファイア」 日と月の光「サニーミルク」 「ルナチャイルド」 ネームが「スターサファイア」であるキャラ・エクストラ一覧 降り注ぐ星の光「スターサファイア」 東方三月精「サニーミルク」 「ルナチャイルド」 「スターサファイア」 月と星の光「ルナチャイルド」 「スターサファイア」 星と日の光「スターサファイア」 「サニーミルク」 動くものの気配を探る程度の能力「スターサファイア」
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太陽と月と星がある 第1.5話 「に……ゅう……」 その冬、新しい家族となった長い黒髪に華奢を通り越して棒のように細い四肢を持つキヨカは、謎の言語を発しぺたりと床に突っ伏していた。 彼女が毎日ピカピカに磨き上げている床に黒絹のような髪が広がる。 艶やかな髪を触りたいのを堪えどうしたものかと思案に暮れていると、しばらくしてもぞもぞと重たげな動きで立ち上がり、髪留めを懐から取り出して手早く髪を巻き上げてしまった。 白い項と、それよりももっと白い無数の傷跡が露わになる。 髪を下しておいた方が色々な意味でいいと思ったが、口には出さないでおく。 「……きゅーぴんくのー むにむにのぷにぷに…… ぅ……」 ぶつぶつと呟きつつのそのそと洗い終わった皿を片付け、肩を回し深く息を吐き出して猫背気味の背を真っ直ぐにしこちらを向いた。 生気の薄い、ついでに色素も薄い瞳が大きく見開かれる。 長い睫が細かく震える様は、羽化したばかりの蝶の如く繊細で。 触れたら甘そうな砂糖菓子のような薄桃色の唇が開かれ 「ご…ッがぐっ!」 思いっきり噛んだ。 何を言おうとしたのか見当がついたが、あえて指摘せず興味のなさそうな表情を取り繕う。 人の失敗を笑うのは、あまり趣味が良いとはいい難い。 それに、最初の頃の言い方に比べれば格段の進歩でもある。 「い、……あ…… ……おかえりなさいませ」 恥ずかしがっているらしく、棒読みだ。 せっかくこうして共に暮らしているのだから、お互いをよく知り合う為に色々と語り、 会話のキャッチボールなどできないものだろうかと思ったものの、奥床しいとか、内気という単語とは縁が無かった自分には到底思いつかず。 「ああ」 いつも通りの、会話しかできなかった。 これは、まだ寒い春の頃の話。 「それでねーみーちゃんがねー」 スプーンをぶんぶんと振り回し熱弁するネズミの子供に、皿を拭きつつそれを窘めるイヌの少年。 隣ではエプロン姿で鍋を洗う黒髪の娘。 後ろで蝶々結びのエプロンの紐を解きたい衝動に駆られつつ、食後のお茶が冷めるのをじっと待つ。 「ねぇねぇキヨちゃん、その格好でオレんちも掃除してよー。ついでにベッドでご奉仕してよーベッド以外の場所でもいいけどむしろここでげぶっ」 ミチミチと頚動脈が締まる快感に浸りそうになり、慌てて離すと黒いウサギがべったりと床に伏せた。 そのままもぞもぞと動き、スカートの下へ向かおうとする。 まさにそれは毛虫の如き軟体的な動き。 「がっくん……」 少年の物言いたげな目線に軽く尻尾で答え、イングさせウサギを殴り倒す前に華奢な足に穿かれたスリッパがウサギ特有の長い耳を踏みつけた。 ぐりっと踵が捻られ、黒い体が小刻みに震える。 「キヨカーこれどこにかたすの?」 「そこの赤い棚の二段目っと……ジャックさん、そんなトコ居たら踏んじゃいますよ」 目線すら落とさない冷静そのものの声だが、……もう踏んでる事にも気がつかないうっかりさんめ、と心の中で呟く。 真剣に気がついていないらしく、無造作に足が移動する。 自由の身になった黒い変態が手を差し上げ、華奢な体を両腕で抱きしめた。 「わははっはああああはあはあハァハァハァハァハァおんなのこおんなのこのにおいハァハァハァ」 笑い声から途中で変な息遣いになり、もぞもぞと毛深い顔を押し付け始める。 耳を踏まれた事で妙なスイッチが入ってしまったらしい。 キヨカは子供向けの優しげな顔から、乾いた表情を浮かべ、片手に持ったままのスポンジを迷わず長い耳の中に突っ込んだ。 思わぬ反撃にジャックが大喜びで反応する。 最初の頃は、なにをされても死体のようにされるがままだったのに比べれば格段の進歩だ。 まさしく、ジャックが言う所の「治療」の成果だった。 どたばたと暴れるジャックにわくわくした表情のチェルが背中に飛びつく。 細い尻尾がぷらぷらと宙に揺れ、それをサフが敏感に反応し尻尾を左右に大きく振りはじめた。 勢いよく飛びつかれ、黒ウサギが大きくよろめく。 耳に嵌っていたスポンジが宙を舞い、どういう加減か足元に滑り込み踏みつけられる。 バランスを崩す。 ウサギとネズミとイヌに押しつぶされても、キヨカは悲鳴1つ上げなかった。 「ところで質問なんですが」 顔には擦り傷、割れた爪先には絆創膏が痛々しいキヨカが、チェルがソファーで眠りについていることを確認しつつ声を潜めた。 「お誕生日って、こちらではお祝いしないんですか?子供のうちだけでも」 「するよ?」 「するにきまってんじゃん」 ジャックとサフがそう答えると、キヨカは小首を傾げた。 煙色の瞳がこちらを向く。 「俺はしないが、するのが一般的だろうな」 そういう事を祝うほどの歳でもなしと付け加えると、奇妙な表情を浮かべる。 乱れ気味の長い髪を指先に巻きつけ捻ってから放し、慎重に唇が開かれた。 「そうですね、孵化したときか、産卵された時か迷いますもんね」 思わず半眼になって見つめると、すっと目が逸らされた。 壮絶な勘違いをどう解けばいいのかわからず思わず考え込む俺を余所に三人は顔を寄せ、真剣に語り続けている。 「キヨちゃんこっち来て四年でしょ?しなかったの?」 当然の疑問に対し、帰ってきたのは平坦な眼差し。 不思議そうな顔をしたサフを見て口元を無理やり笑みの形にした。 「ええ、知らなかったんですけど、チェルのお誕生日会とかするなら前もってみなさんに伺った方がいいかとおもいまして」 意図的な聞き違いには触れず、三人はそのまま誕生日会について計画を練り始めた。 18,9というとヘビであればまだ成人とは認められない。 だが、成長速度が速く、寿命も半分程である事を考えれば、つまり二十代中盤であろうことは察しがつく。 成人を超えているというのに祝う事もないだろうが、とは思う。 ただ 「いまさらたんじょうびぷれぜんと」 平坦な声に妙に心苦しい物を感じる。 「その、女なんだから、色々あるだろう。ついでだ買ってやる」 縁遠い事だが、一応水を向けると開きかけた唇が貝の様に閉じる。 疲れ果てた鳥の翼のように落ちる睫。 「結構です」 素っ気無い答えに、自分でも驚く事に愕然となった。 「いや、なにかあるだろう。服とかなんだ、鞄とか!」 「別に」 「いやあるだろう、何だ言えッ!」 口を挟む余裕すらない否定に思わず襟首を掴み顔を覗きこむと、絞め過ぎたのか、頬が赤くなっているので慌てて手を緩める。 しまった。 目もちょっと潤んでいる。痛かったのか。 気の効いた言葉も浮かばず言い澱む自分を気にしてか、胸元を押さえたキヨカが上目遣いでこちらを見上げる。 意図して落ち着こうとする息遣いがやけに悩ましい。 清潔感が有りながら、ひどく扇情的だ。 「……それなら」 「あ…あの……」 サフの手を握り締め、無心に手を揉み続けるキヨカ。 顔にはうっすら笑みが浮かび、頬には朱が差し瞳は微かに潤み、晴れ間が覗く空のように輝いている。 何故か心臓の辺りに手をやりかけ、慌てておろす。 「がっくん、僕いつまでこうやってればいいの?」 「飽きるまでだ」 がくりと頭が垂れる。 何が不満なのか。 キヨカに手を握られているというのに。 いや、それ以上の事が出来ないのか不満だとでも言うのか、そんな事は許さん。 無意識のうちに打ちつけた尾の先が痛む。 嫉妬する男はみっともない。 嫉妬する男は嫌われるらしい。 ヘビの情感をヘビ以外に持ちこむのは間違っている。 むしろ年上としての器量の広さを見せるべきだろう。ここは。 「その、なんだ。だがなキヨカ」 空回りする思考に渦巻く感情。 水のように流れる心。 「あまりそういう行為はしない方がいい、な。サフもあまり楽しそうではないし」 まぁ自分が苛立っているのを感じたせいもあるだろうが。 手を差し伸べようとして勢いよく振り過ぎ、瞳が一瞬強張る。 しまったと思った。 何事も無かったように手を戻す。 「つまし、その、尻尾なら触ってもいい」 何を言っているのだ。 「……しっぽ」 不思議そうな声色。 自分の尻尾をキヨカがさっきのような表情で触るのを想像しそうになって泡立つ心を必死で宥める。 こちらが触られてるなら、こちらからも触ってもいいのではないだろうか。 たとえば、隣に座ってとか。 「尻尾だ」 ごくりと息を飲み返事を待つ。 しばらく思案し、キヨカはこくりと頷いた。 「そうですね。尻尾もいいですもんね」 「だろう!」 「ありがとうございます」 心臓を槍で貫く笑顔に完全に動けなくなる。 ぎくしゃくと動き出す頃には、今更訂正できないような笑顔でサフの尻尾を撫で回すキヨカの姿。 その晩は久しぶりに痛飲した。
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太陽と月と星がある 第十一話 気温も高くなり、抜け毛の舞う季節…… 今日も私はエセナースとしてジャックさんのところにお邪魔しています。 「ここ、なんて読むんですか?」 「ネコ風邪の罹患率…つか、なんでこんなの読んでるの?」 「…少しは役に立つかな、と思いまして……余計でしたか」 背後から抱きしめられ、ナース服にべったりと黒い毛が…サフに比べればマシですが…。 家庭の医学を閉じ、毛を摘んでいると軽い音。 患者さんかと思って見ていると、入ってきたのは御主人様トカゲバージョン…もといオティスさんでした。 やけに緊迫した空気を纏っていましたが、私の方を見ると僅かに肩を緩め…眉間に皺を寄せ、懐からスリッパを取り出しました。 ……スリッパ? 「オマエは営業時間中に何してるんだ!」 スリッパでも結構威力があり、おかげであやうく付け耳が取れる所でした…。 患者さんが居なくて良かった…。 ジャックさんのこめかみをぐりぐりしつつ、目線がこちらにむきます。 「そっちもおとなしく膝に乗ってるんじゃない」 何故怒るんでしょうか……。 「ジャック…兄さんが、ウサギなら膝が空いてたら上に座るのが礼儀だと……」 「信じるなー!」 ジャックさんがポイ捨てされ、私は襟首を掴まれ、がくがくと揺すられました。 最近知ったのですが、普通こちらの姿の方が表情が乏しく見えると思うのですが、御主人様はこっちの方がユカ…リアクションが大きいのです。 ゆえに何を考えているのか、わかりやすくて楽です。 普段はあんなに怖そうな雰囲気なのに…御主人様がさっぱり理解できません。 「いいか、コイツの言う事は八割嘘だから、信じるな」 吐息が掛かる距離まで顔を寄せ真剣な声色で囁かれ、ちょっと心臓が高鳴りました。 なにせ顔は鱗なヘビですが、中身も口調も手も鱗も模様も瞳も御主人様ですから。 なんとなく視線を落とすと、足元で大きなこぶを作ったジャックさんが頭を抱えてぐにゃぐにゃと蠢いていました。 床で悶えられると白衣が汚れます…洗うの私なのに……。 「オニーサマ、私の無知に付け込んでそういう事するなら…今度からお金取りますよ」 「え?お金出せばヤらせてくれるってこと?」 頭を抑えていた手を離し、キラキラした眼を向けてきたジャックさんに横手から蹴りが襲いました。 ガッツンガッツンいっています。 …相場、幾らぐらいなんだろう、イヌの国よりこちらの方が物価が高いみたいだし…あ、そもそも一晩幾らだったのか知らないや。 「私、一晩幾らぐらいだと思いますか?」 取りあえず私の持ち主にそう尋ねると、悶える黒芋虫状態のジャックさんに更に連打を加えようとしていた動きを止め、無言でチョップされました。 い、痛い…。 その隙にジャックさんは床を転がり私の足元へ逃げてきました。 そして、首を僅かに曲げ、おもむろに口を開き… 「ブルーの水玉~」 私は椅子で黒芋虫を潰そうとしたのですが、十数回程振り下ろしたあたりで止められました。 残念です。 *** 「それで、狐の雑貨屋さんは自分の所でお惣菜も作って売っているんですよー」 周囲を気にしながら頷く…御主人様…今の呼び方はオティスさん。 片手には脱け毛と血で汚れた白衣とナース服の入った袋とカバンを提げています。 反対側の手は何故か私の手首を掴んでいます。 毎度の事ながら…迷子になるとでも思っているのでしょうか。 しかも二人のときは人通りのない裏道を通ることが多いです。謎です。 付け耳付け尻尾とはいえ、首輪無しのヒトが街中を歩くわけにはいかないから…かなぁ…。 …買い物の為に毎日のようにひとりで外出はしているのですが…もっと危機感持つべきかも、もしヒトだとバレて強盗とか来たらチェルとか心配だし……。 ……何故ほっぺたが引っ張られているんでしょうか。 「タイヤキ食べるか」 顔、近いです。 ちらちら覗く細い舌が気になります。 「いえ、結構です」 御主人様猫舌なのに…何で急にタイヤキ……。 「あら、デート?」 振り返ると陽気そうなチャトラなネコ中年女性がいました。八百屋の奥さんです。 「こんにちはフューリーさん、いつもチェルがお世話になっています」 フューリーさんは全体的にふっくらとし、貫禄を感じます。 お子さんが数人いるという事で、当然なんでしょうが。 …そして眼を輝かせています。好奇心、旺盛ですよね、ネコだし。 御主人様を見上げてみれば…虚ろな眼をして舌をひらひらさせています。 今までこういう風に二人で居る所を問われたこと、ありませんでしたもんね。 「いえ、これは偶然……荷物を持ってくれるただの親切さんです」 フューリーさんは目だけで笑いました。 笑うと年齢を感じさせない魅力的な表情になります。チェルが懐くのも無理はありません。 「いつもおせわになっています」 御主人無難な返答ですが棒読みです! 「あの、すみませんちょっと急ぐもので」 失礼だとは思いつつ頭を下げて道を急ぎ角を曲がったところで、御主…オティスさんのが脱力するのがわかりました。 見上げると表情が暗いです。 いえ鱗顔だから全然変わらない気がするのですが、どうも…雰囲気が重いです。 「知人の方が良かったですか?」 一応…ジャックさんの知人という事になってるんですよね。 私だけがオティスさん=御主人様だと気がついていないフリをする必要があるようなんですが……。 大体……最初に御主人様が自分だって言ってくれれば…そりゃ、ちょっと判りませんでしたけど…ジャックさんは間違った名前しか言っていないのに、私の名前を知っている時点でピンポイントなのに。一人だけハブです。 からかってるつもりなのかもしれません。 どう対応すればいいのかわからないし、相談も出来ないし。 だからこう行き当たりばったりな発言になるんですけど。 隣を見上げると、…何故か隣の凶悪そうなヘビ男性からブルーな雰囲気が醸し出されています。 冷血美青…美少年な時には絶対に見られないであろう雰囲気です。 そんな風にされたら、無駄と判っていても何とかしたくなる自分が居ます……馬鹿みたい。 「アメ食べますか?」 ポケットからジャックさんに貰ったアメを取り出し、憂鬱そうな口元へ差し出すと指ごと食べられました。 指を引っ張り出しハンカチで拭ったものの…御主人様、相当重症なようです。 どうしたものか……。 「そういえば、お箸使えますか?」 「獅子料理とか、スシで使うな」 これは有望です。たしか獅子料理は中華なカンジだったと思います。 「何で笑うんだ」 「今日は稲荷寿司と冷奴にしようかと」 冷奴に稲荷寿司なら猫舌な御主人様もベジタリアンなジャックさんでもおいしく食べられます。 チェルとサフが嫌がらないといいんだけど…そんなにクセがあるわけじゃないから多分、大丈夫。 「ウチの人が喜んで貰えるかなーと思いまして」 複雑そうな表情な御主人…じゃなかったオティスさん。 危ない危な…… 「キヨカーっ」 …最近、タックルされるのに慣れてきました。 でも口の中まで舐めるのはヤメテ。生臭い…毛が、毛で息ができない。 「あー!がっくんアメずるーい!」 「こら裏道は危ないから使うなって言っただろうが!」 「だって、ふーちゃんちのオバさんがキヨカがいたってゆーからー」 しかし……どうしようかな、御主人様次第…なんだけど。 しらばっくれるのも、ここまでです。御主人様。 あ、意識が遠くなってきました。 *** 「ぴっすたちおーくりーねぇキヨカはどっちがいい?」 「カボチャ」 大きなこぶを作ったサフと手をつなぎチェルの選んだ商品を受け取り、サフのもつ籠の中へ。 二人の好きな飲み物などが入っているので相当重いと思うのですが、あまり苦にした様子はありません。 荷物持ちが居てくれると、買い物って本当に楽です。 「ねぇキヨカ、がっくんといつもああやって帰り一緒に居るの?よくニオイついてたけど、そういうことだよね」 ……目が厳しいです。 原因である御主人様は隣の酒屋さんでお酒を物色しているはず…。 「ねぇ、キヨカ。何で黙るの?」 「サフもチェルも好き嫌いが多いから、手伝って貰ってたんですよ。あ、アメもらったんで後でね」 「あじなに?ちーね、イチゴがいいな」 「アフア果汁入り……」 「アレ臭いよ。嫌い」 アフアというのは一言で表すとドリアン系ココナッツです。 味はバナナとリンゴを混ぜた風で栄養価も高く、こちらでは割と好まれていますが…ヒト限定で嫌な効果があります。 そしてニオイが異様に生臭いのです。もどしそうになります。 ジャックさんいわく、ウサギの国では高値で取引されているとか。 北国なだけに南に対する憧れ的なものもあるのかもしれません。 「キヨカは?」 「アレルギーだから」 嘘です。でも似たようなものです。 何故か不満げなサフの鼻の頭を掻いてあげると抜け毛が浮いてきました。 「チェル、そこの櫛とガムテープも」 何でもそろう雑貨屋さん。便利です。 チェルはアメで頬を膨らませ非常にご機嫌です。 御主人様に肩車され、似てはいないけど親子そのものにみえます。 絹糸の様な髪の毛が夕日に反射してきらきらとひかり、明るい瞳に目が吸い寄せられます。 「チェルって、将来絶対美人になりますよね、どうします?お嬢さんを僕に下さいっていう人が来たら」 「くだらない」 「無い、絶対無い。昨日もおねしょしたし」 御主人様、チェルにがしがしと蹴られていますが全く意にした様子はありません。 「サフがこわいはなしするからじゃん!」 「聞きたいって言ったのそっちじゃん」 睨みあうネズミ幼女とショタわんこ。 非常に微笑ましい光景です。 しかし私を間に挟んでやるのはやめて欲しい……。 御主人様の掴む手首は痛いし、サフに腕ごと引き抜かれそうでドキドキです。 気持ちはまさに連行される宇宙人。 あんまり間違ってないですね。 しかもサフがくっついている側はべったりと抜け毛が張り付き大変な事になっています…。 うん…あの…御主人様…手首マジ痛いんですけど。 「キヨカいい匂いするー」 ぐりぐりと頭をこすりつけながら甘えるサフの姿勢を正し、丈夫な櫛で頭の後ろから首元、背中にかけ櫛を通すとそれだけで櫛から溢れるほどの毛が抜けました。 「集めたらセーターが出来そうですね」 後ろのソファーでいつものように座っている御主人様の方を振り返ると、無表情を返されました。 膝の上でチェルがTVに見入っているのはいつも通りです。 ジャックさんが私の隣に座り、スカートに手を伸ばそうとするたびにサフに威嚇されるのもいつも通りです。 御主人様がいまだにトカゲ男のままだということを除いて。 ……実は御主人様の真の姿はトカゲ男だったのでしょうか。 意外といえば意外です。普通逆です。いやしかし、そうするとわざわざ家の中で変身というのも謎です。 ……修行? 以前考えた呪い説は消えました。他には… 私が御主人様=トカゲ男だと、知らないでいる方がいい理由ってなんだろう? 考えながらブラッシングするも、なにせサフはもこもこワンコです。手が足りません。 「ジャックさん、どうせなら手伝って下さい」 「えー!男の毛なんか楽しくないよー!」 「明日、肉抜きの肉じゃが作りますから」 男性用の長くて大きいブラシを渡すとしぶしぶブラッシングをはじめてくれました。 助かります。 「なんか、こういう共同作業していると夫婦みたいだね!」 サフが急に立ち上がろうとしたので首を押さえそのままブラッシング続行。 「ジャックさんて、これぐらいの息子さんがいる歳なんですか?」 あ、黙った。 どちらかと言うとサフはやんちゃな弟って気持ちなんですよね。 前言ったら落ち込んでたから言わないけど。 「ジャックが父親だったら自殺する」 床に爪を立てて呻くサフに思わず噴出してしまいました。 「キヨちゃん、ソレ酷くない?ちょっとちーちゃんなんか言って!」 「ジャマ。TVみえない」 「あんまりだー」 幼女の痛烈な一言にジャックさんは大袈裟な素振りで私に泣きついてきました。 抜け毛がべったりと服に付きます。 思わず溜息が出そうになりました。 サフも凄い抜けるし……腕が疲れてきました。 なんとなく振り返ると御主人様は相変わらず無表情です。 いつもだとここで冷血美青…いや、今の御主人様もそれなりにありです。 頭に角らしき突起がありますが、ちょっと珍しい感じで格好いいですよ。 ハイ。感情もわかり易いし。 でもこう…なんか物足りないというか…いえ、眼の保養的な意味じゃなくて、 御主人様の膝の上でチェルはTVにかぶりつきですがなんとなく手持ち無沙汰な様子です。 「あのー… 」 御主人様が物凄い眼でこちらを見ました。 怖いです、久々に怖いです。 アレです。ボスモンスターです目から怪光線出るアレです。 こっちバージョンでも怖さ健在でした。 「なんでもないです……」 ジャックさんにぼふぼふと肩をたたかれ、またも毛が舞い散りましたがなんかすべてどうでもいい感じです。 「そういえば、キヨちゃんアメ食べた?アフア果汁 ヒト専門店で購入したんだけど」 笑顔で尋ねられました。 ヒト専門店とは多分、首輪とか大人のオモチャやヒト用服が売っているヒト奴隷用品専門店の事です。 高級店なので前はともかく今は幸い縁がありません。 今の服?適当に裁縫してます。当然です。 尻尾穴ひとつのために無駄に高い物を買って欲しいなんて言えません。 置いてもらえるだけでありがたいのに。 …話がそれました。 アフア飴、普通に人用で売ってるのを買ったなら仕方ありませんが、ヒト用と銘打っているというからには当然…… 「効用:滋養強壮精力増進欲情発情 って説明付きでした?」 「説明つきでした」 笑顔です。期待に満ちた眼差しです。 ガムテープをめ一杯伸ばしジャックさんの耳と腕に貼り付け、落ちてた毛をかき集め手早く片し、 「じゃ、今日はここら辺で気をつけてお帰り下さい」 小首を傾げるジャックさんの手からブラシを受け取り、 「私、お風呂入りますので」 背後からガムテープを剥がす音と凄い悲鳴が聞こえました。 知らないならともかく……ね。 私を発情させて、どうするんでしょうか。 多分、何も考えてないんだろうな…ジャックさんだし…。 *** 「やったーこれでオレも大金持ちだ…なんだよメスかよ。まぁいいやヘンリーもって帰って味見しようぜ……へっ」 落ちたてと落ちたてでも中古じゃ随分の価格差があって、あのイヌは地団太踏んで悔しがっていた。 ざまあみろ、だ。 湯船から体を上げ、軽く拭いて戸を開くと凶悪そうなヘビ男性が居ました。 平たく言えば、御主人様トカゲ男版。 つまりは、変身中か変身前の御主人様。 御主人様の目が大きく見開かれ、鱗だらけの顔だというのにすごく分かり易く表情が歪みました。 おそらく、……嫌悪で。 やあ、でも暗くすれば全然大丈夫だし… 客はわりとついたから、この世界の人のヒトに対する興味は無限大というか穴さえあればあとは一緒というかなんというか。 ……気持ち悪いものをみせてごめんなさいというか……。 「申し訳ありません、すぐに出ますので」 手早く着替えて、それでも御主人様が立ったままなので少し考える。 お風呂入りに来たんじゃないんだろうか? てかこれはアレ、一応少年漫画とかのお風呂でドッキリ的な? 「宜しければ、背中とか流しますが…」 ギクシャクとした動きで拒否されたので棒立ちのままの御主人様の横をすり抜け脱衣所を出ようとしたら、ひどくわかりやすい、ぐぁっとかいうやられ役のような悲鳴と妙な物音と長くて重そうなものが床にぶつかる音。 振り返ると御主人様美少年バージョンが突っ伏してはいないけど、ソレに近い状態になっていました。 いわゆる攻撃状態な眼の色で下から睨まれまています。 何でまた急に…いいけど。 「文句あるのか」 「いえ。大丈夫ですか?」 御主人様は甥の油断がどうのとぼやきながらぶつけた尻尾を撫でてます。 しかしあれです。 普段ターバンで隠れている頭部にはやっぱり硬そうな鱗と角が二本、驚きです。 上から見下ろすのもなんなので、しゃがんで目の前でうねうねしている尻尾に視線を移し、せっかくなので質問など。 「今のって、魔法が解けたんですか?魔法?魔法なんですか?」 顎掴まれました。 「話すときはこっちを見ろ」 いや、それは無理な相談です。この距離で美形を見るには近すぎます。 あー、壁掃除しないと。 「……で、魔法?それとも脱皮の一種なんですか?」 「そこまで避けるか普通」 ムキになったらしく、腕に尻尾が絡みつき引き寄せられました。 …そこは、痛い…。 そのままズルズルと引きずられ…ええ、脱衣所ですから当然その先には先程出たばかりのお風呂です。 「尻尾洗ってくれたら教えてやる」 「言いたくないなら別に構いませんが……」 私の言葉は当然のように無視され、ズルズルと段差を超えて石鹸と湯気のニオイの残るお風呂場へ。 私、…着替えたんですけど……。 御主人様は残っていた上衣を脱ぎ捨て、鎖骨とか、ふ、腹筋とか…あ、途中から鱗なんだ…へぇ…いかん、鼻血が出そうです。 御主人様は湯船に体を沈め、長くて太い尻尾だけが洗い場に残っています。 パっと見ホラーです。風呂場にのたくる巨大ヘビ。怖い。 これを…洗うわけです。 「……コレで宜しいですか?」 「拷問してくれとは頼んでないが」 タワシは駄目だったらしいです……。 濡れた尻尾を膝に載せて、恐る恐るスポンジで擦ってみる。 服が濡れますが、諦めました。 御主人様は頭にタオルを載せ、興味深そうにこちらを観察しています。 「なぁ、落ちモノは鱗が苦手という話を聞いたんだが、お前はいいのか」 …この状況で鱗全否定したらある意味勇者です。 「私はどちらかというと足が多い方がちょっと…」 クモとか、ハチとかハチとか…噛むし縛るし痛いし…毒あるし痺れるし…。 御主人様は私の返答が気に食わないのか、小さく呻ったきり何も言わないので、私はそのまま尻尾磨きを続行…。 堅い背中側に比べ腹側の方はヒト肌に似た色で鱗もなんだか柔らかい。 しばらくやっているとひんやりしていたはずの御主人様がほのかに温まってきました…まさに変温動物…。 膝の上の尻尾がバタバタするので抗議の意味を込めてそちらを見ると、何故か睨まれていました。 「今まで我慢していたが、お前は俺に対する態度だけ非常に差別的だと思う」 「はぁ…」 出っ張っている所とかに汚れが溜まりやすい気がしたので丁寧に少しずつ洗う。軽く丁寧に。 「女子供と違うのはいいだろう。だがジャックとの態度の差はなんだ」 ジャックさんに対しては気を使う必要は無いとか言ったの、御主人様だったんですけど…。 「設定上兄なのでつい引きずっている部分があると思いますので、今後改めます」 「何故そうなる」 御主人様、頭を抱え尻尾でお湯を羽散らかしています。…濡れる…。 「取り合えず、少し話し方を変えて俺に対して…その…親しげにしてみるとか、そういう意味だ」 親しげ…?ざっくばらんに話せってことでしょうか。 「昼間と今だと随分と態度に差があるだろう。どうにかならないのか」 御主人様が妙な動きをしているのでお湯がばしゃばしゃと零れました。 「それは…今すぐですか?」 「少しづつでいいから、そうしてくれ」 しかし下手な話し方をして、お仕置きされるのも困ります。 御主人様はそういう意味で理不尽な扱いをしませんが、油断は出来ません。 私は軽く頷くと尻尾の手入れに戻りました。 しかし長い尻尾…これを毎日手入れするのは大変かもしれません、毛があるよりはマシですが…。 この面倒な事をやらないと皮膚病や寄生虫の心配が出てしまうわけで…まめに手入れをするには、毛や鱗の少ない女性が最適と。 なるほど、この世界は男性の方が力がハンパなく強い分、こういうところでバランスが取れているわけですね。 ひとつ勉強になりました。 「ここまで終わりましたが、あとどうしましょう?」 ずるりと、残った部分が出てきました。まだあるんですね、そうですよね。 「今、面倒だと思ったろう」 「移動が大変だろうとは思います」 「面倒だ。しかもここらは石畳だから摩擦があるしな」 うんうんと頷く御主人様、鱗が擦れるわけですから確かに痛そうです。 「だからあの…普通のヘビの人みたいな姿に変身されてたんですか?」 「……まぁ、な」 微妙な表情ですね。 「どうせなら美少女とかになれませんか?その方が見た目が楽しいですよ?」 御主人様の目が冷たいです。 しょうがないので鱗を磨きます。 「遊び半分で性別転換なんて高度なのを出来る筈がないだろうが。猫や兎じゃなくて蛇だぞヘビ」 「ガ……筋肉質…じゃなくて普通の姿にはなれるのに…」 「アレはジンの組成を転化させて…言っても判らんか」 御主人様が湯船から手を出すと、手の周りに水で出来たミミズ…じゃなくて小さな……白いギャラドスもどきが纏わりつきました。 「コレが俺の精霊だ」 差し出された掌の上でキングコブラの如く威嚇してきます。 ちょっと可愛い。水の精霊です。ファンタジーの王道です。 「喋ったりしないんですか?」 「無理だな」 そっけなく返されちょっと残念…なかなか上手くはいかないようです。 恐る恐る手を出すと指の周りに絡みついたり噛みつく真似をしたりと愛嬌があります。 「可愛いですね」 水そのものなのですが、なんだか面白い感触です。 ふと視線を感じて御主人様を見れば、御主人様もちょっと頬が緩んでいます。 やっぱり水の精霊との契約!とかやったりしたのかなぁ…夢が広がります。 「ありがとうございました。またね」 御主人様に精霊を返すと精霊はお風呂のお湯に戻ってしまいました。 「私、精霊さんを見たのは初めてです」 「そうか」 やっぱり山奥とか行けば風の精霊とか居るんでしょねぇ…うわー見たいなー。 やっぱり少女の姿かな、ふんどしだったら壮絶に嫌だなー 色々想像していると御主人様が何故か微妙な表情を浮かべていました。 「何か」 「いや、別に」 鱗磨きを再開しろって事でしょうか…。 石鹸の泡を立てわしゃわしゃと擦ります。 「つまりだ、アレのようなモノを作る際の魔力を転化させてる程度で、俺には連中のような理不尽な事はできん…精々半日しか続かないしな」 もしかしたら、ほんの少し悔しそうな御主人様。 柔らかい腹側や鱗と鱗のつなぎ目に着目し先程よりも細かく擦ってみたりとか。 浴室に私が鱗を磨く音だけが響きます。 「キヨカ、怒ってないか?」 「何をでしょうか」 適当に返してごしごしと洗います。 「別に騙す気はなかったんだ。ただ言い出すタイミングとか、その…お前の態度が新鮮でな」 語尾が弱めです。ちらちらとこちらの様子を伺っています。 「ああ、オティスさん…いえ、お気なさらず」 御主人様、なんだか気まずそう…罪悪感あったんですね。別に気にしなくていいのに。 「というか、だいぶ前から知ってましたから大丈… あ」 全力で逃げようとしたものの、膝の上の尻尾がぎゅうぎゅうと体を締め付けます。 キツイきつい折れる折れる折れる。 ずるずると浴槽に引きずり込まれお湯がざぶざぶと溢れました。 お風呂のお湯がぬるいです。 そりゃ冷血な御主人様が入ればお湯の温度は下がります。 代わりに御主人様がいつもと違い、ぬくくて不気味です。 体を拘束され身動きできません。腕も尻尾同様凄い圧力です。 頭に顎載せられました。このまま沈められるんでしょうか。 水責めは苦手です…毛が喉に張り付くし…あ、御主人様は鱗だからそれはないか。 髪の毛がぺったりと肌に張り付き不快です。使わないなら長くする意味もないし…切りたい…。 「ちなみに、どの時点からだ?」 耳元で囁かないで下さい。 「結構初期…だって私の名前知ってるし、ジャックさんの知り合いって時点でほぼバレます普通」 御主人様は溜息らしき吐息を吐くと体をもぞもぞと動かしました。 剥きだしになった肩や足に鱗が滑り、慣れない感触に困惑が隠せません。 尻尾磨き途中なのにいいんでしょうか。 アレ、よく考えるとお風呂で背中を流す→御奉仕 の流れなんでしょうかコレ。 不意に首を噛まれました。 御主人様の指が私の服の中に滑り込んでいます。 思わず体を強張らせてしまい、何か言われるかと思いましたが何も言われず…。 濡れた服がまとわりつく不快感と、お湯の冷たさでどうも体が震えます。 御主人様は何も言わずに首を噛む作業に専念しています…舌は二股に分かれているし、イヌよりも細いから妙な感じです。 尻尾がお風呂の中で動き回るのを凝視していると、やけに心臓の動悸が激しくなり、息が苦しくなってきました。 どうやら原因は胴に巻かれた尻尾…言うべきか我慢すべきか迷っていると、酸欠に陥っている事に気がついたのか、拘束が緩みました。 咽喉が嫌な音を立てています。俯いて咳き込んでいると足や手からも尻尾が離れました。 恐る恐る縁を掴んだ手が震えています。 体、冷えたせいです。そうだ、たぶん、そのはず。 お風呂上りだったのにぬるま湯に浸かれば、そりゃ震えの一つや二つ、来ます。 「大変申し訳ありませんが、この後は乾いた所でお願いできないでしょうか」 背後からほっぺたが引っ張られています痛いです。 「これで寒いのか。お前は」 溜息です。寒いですよ。風呂の温度は41度が適温ですよ。歯が鳴るのを食い縛って堪えます。 御主人様の腕や尻尾が再び絡みついてきました。 …これって、本気…ですよね。マジで?私なんか要らないとおもってましたが。 あーそういえば魔法を使うとお腹が減ったり眠くなったり…性欲が増す…とかジャックさんが言ってたような…。 今日は帰宅してからもあっちのトカゲ男だから余計疲れてる…とか? 背は腹に変えられないとか、そういう…正しい使い方ですね。 御主人様の鎖骨をガン見するのは役得だけどセクハラだろうかと考えつつと見上げると御主人様は落ち着いた目の色をしています。 尻尾は臀部を彷徨ってますけど。 無言で…抱き締められてるって言っていいんでしょうか。 「なんか白いぞ。大丈夫なのか」 「これで風邪引いたらジャックさんに100%自業自得だとお仕置きされると思うのですが、いかがでしょうか御主人様」 御主人様が憮然とした表情を浮かべ、再び溜息をつきました。 「その…ゴシュジンサマって呼び方、やめろって言っただろう」 そう言って、御主人様は低く唸ると私の顎に指をかけました。 …がっつり、がっぷり。 でもあえて言おう、舐めればいいってもんじゃねぇぞ、このへたくそ。 しかも私なんか、不特定多数のイチモツ咥えたり舐めたりしてきたのに、気持ち悪いとか思わないんでしょうか。 御主人様の思考は私には理解不能です。意味不明です。 放してくれそうも無いのでこちらも下唇を舌の先で舐めて、開いた口の中に進入し細い舌を軽く吸う。 頬の内側を舐めると、かすかに痺れみたいなものが走りました。 びくりと体を離されそうになりましたが、そのまま続行。 それにしても御主人様の背中、鱗でびっしりと覆われ、まるでヤクザの刺青です。 色がわりと黒系で地味なので目に優しくていい感じ、撫でるとしっとりした中にごつごつとした感触が残ります。 回された手が案外優しくこちらの背中を撫でてきます。 ……キス下手超下手ど下手糞、カエル好き、冷血、冬眠、あと…なんだ、もっと冷める事考えないと…ああ、えーと…私美青年好きだから!美少年は範囲外…おかしい、説得力がない…。 …まぁ、御主人様ですから、ね。今更、どうでもいい事を考えてしまった…。 落ち着きましょう、私。 尻尾がバシャバシャしだしたので体を離し口を拭うと随分べったりとつきました。 あれ…赤いものが。 「ひゃ…」 舌が回りません。つーか口痛い凄く痛い。血が出てます。ありえん。 「キヨカ?」 なんで? 焦ってお風呂場から飛び出し、洗面所で口を漱ぐとたらたらと血がたれました。 舌も腫れている感じです。 水を滴らせながらどうしようか迷っていると何故かジャックさんが背後でポーズをとっていました。 いつもたれている耳が半分がほど立ち上がってます。 あ、ちょっとガムテ残ってる…。 「アイツ毒あるもんね…ププッ今薬あげ…ぷっ…いやぁ、背中痒いね!青春青春!」 血を垂らしているというのにジャックさんに口をまさぐられ「味見」とかされ… その現場を御主人様に見られ、夜だというのに蛇VS兎です。五月蝿いです。近所迷惑です。 …ああ、ウサギだから比べても仕方ないけど、御主人様ももうちょっと上手になってくれるといいんだけどなぁ…。 恐らく近いうちに現れるであろう恋人なりお嫁さんなりも、きっとそう思う事でしょう。 口が痛くて、涙がでそうな気分です。
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太陽と月と星がある 第十一話 気温も高くなり、抜け毛の舞う季節…… 今日も私はエセナースとしてジャックさんのところにお邪魔しています。 「ここ、なんて読むんですか?」 「ネコ風邪の罹患率…つか、なんでこんなの読んでるの?」 「…少しは役に立つかな、と思いまして……余計でしたか」 背後から抱きしめられ、ナース服にべったりと黒い毛が…サフに比べればマシですが…。 家庭の医学を閉じ、毛を摘んでいると軽い音。 患者さんかと思って見ていると、入ってきたのは御主人様トカゲバージョン…もといオティスさんでした。 やけに緊迫した空気を纏っていましたが、私の方を見ると僅かに肩を緩め…眉間に皺を寄せ、懐からスリッパを取り出しました。 ……スリッパ? 「オマエは営業時間中に何してるんだ!」 スリッパでも結構威力があり、おかげであやうく付け耳が取れる所でした…。 患者さんが居なくて良かった…。 ジャックさんのこめかみをぐりぐりしつつ、目線がこちらにむきました。 「そっちもおとなしく膝に乗ってるんじゃない」 何故怒るんでしょうか…。 「ジャック…兄さんが、ウサギなら膝が空いてたら上に座るのが礼儀だと……」 「信じるなー!」 ジャックさんがポイ捨てされ、私は襟首を掴まれ、がくがくと揺すられました。 最近知ったのですが、普通こちらの姿の方が表情が乏しく見えると思うのですが、御主人様はこっちの方がユカ…リアクションが大きいのです。 ゆえに何を考えているのか、わかりやすくて楽です。 普段はあんなに怖そうな雰囲気なのに…御主人様がさっぱり理解できません。 「いいか、コイツの言う事は八割嘘だから、信じるな」 吐息が掛かる距離まで顔を寄せ真剣な声色で囁かれ、ちょっと心臓が高鳴りました。 なにせ顔は鱗なヘビですが、中身も口調も手も鱗も模様も瞳も御主人様ですから。 なんとなく視線を落とすと、足元で大きなこぶを作ったジャックさんが頭を抱えてぐにゃぐにゃと蠢いていました。 床で悶えられると白衣が汚れます…洗うの私なのに…。 「オニーサマ、私の無知に付け込んでそういう事するなら…今度からお金取りますよ」 「え?お金出せばヤらせてくれるってこと?」 頭を抑えていた手を離し、キラキラした眼を向けてきたジャックさんに横手から蹴りが襲いました。 ガッツンガッツンいっています。 …相場、幾らぐらいなんだろう、イヌの国よりこちらの方が物価が高いみたいだし…あ、そもそも一晩幾らだったのか知らないや。 「私、一晩幾らぐらいだと思いますか?」 取りあえず私の持ち主にそう尋ねると、悶える黒芋虫状態のジャックさんに更に連打を加えようとしていた動きを止め、無言でチョップされました。 い、痛い…。 その隙にジャックさんは床を転がり私の足元へ逃げてきました。 そして、首を僅かに曲げ、おもむろに口を開き… 「ブルーの水玉~」 私は椅子で黒芋虫を潰そうとしたのですが、十数回程振り下ろしたあたりで止められました。 残念です。 「でね、狐の雑貨屋さんは自分の所でお惣菜も作って売っているんですよー」 周囲を気にしながら頷く…オティスさん。 片手には脱け毛と血で汚れた白衣とナース服の入った袋とカバンを提げています。 反対側の手は何故か私の手首を掴んでいます。 毎度の事ながら…迷子になるとでも思っているのでしょうか。 しかも二人のときは人通りのない裏道を通ることが多いです。謎です。 付け耳付け尻尾とはいえ、首輪無しのヒトが街中を歩くわけにはいかないから…かなぁ…。 …買い物の為に毎日のようにひとりで外出はしているのですが…もっと危機感持つべきかも、もしヒトだとバレて強盗とか来たらチェルとか心配だし…。 …何故ほっぺたが引っ張られているんでしょうか。 「タイヤキ食べるか」 顔、近いです。 ちらちら覗く細い舌が気になります。 「いえ、結構です」 御主人様猫舌なのに…何で急にタイヤキ…。 「あら、デート?」 振り返ると陽気そうなチャトラなネコ中年女性がいました。八百屋の奥さんです。 「こんにちはフューリーさん、いつもチェルがお世話になっています」 フューリーさんは全体的にふっくらとし、貫禄を感じます。 …そして眼を輝かせています。好奇心、旺盛ですよね、ネコだし。 ご、オティスさんを見上げてみれば…虚ろな眼をして舌をひらひらさせています。 今までこういう風に二人で居る所を問われたこと、ありませんでしたもんね。 「いえ、これは偶然……荷物を持ってくれるただの親切さんです」 フューリーさんは目だけで笑いました。 笑うと年齢を感じさせない魅力的な表情になります。チェルが懐くのも無理はありません。 「いつもおせわになっています」 御主人無難な返答ですが棒読みです! 「あの、すみませんちょっと急ぐもので」 失礼だとは思いつつ頭を下げて道を急ぎ角を曲がったところで、御主…オティスさんのが脱力するのがわかりました。 見上げると表情が暗いです。 いえ鱗顔だから全然変わらない気がするのですが、どうも…雰囲気が重いです。 「知人の方が良かったですか?」 一応…ジャックさんの知人という事になってるんですよね。 私だけがオティスさん=御主人様だと気がついていないフリをする必要があるようなんですが…。 大体……最初に御主人様が自分だって言ってくれれば…そりゃ、ちょっと判りませんでしたけど…ジャックさんは間違った名前しか言っていないのに、私の名前を知っている時点でピンポイントなのに。一人だけハブです。 どう対応すればいいのかわからないし、相談も出来ないし。 だからこう行き当たりばったりな発言になるんですけど。 隣を見上げると、…何故か隣の凶悪そうなヘビ男性からブルーな雰囲気が醸し出されています。 冷血美青…美少年な時には絶対に見られないであろう雰囲気です。 そんな風にされたら、無駄と判っていても何とかしたくなる自分が居ます……馬鹿みたい。 「アメ食べますか?」 ポケットからジャックさんに貰ったアメを取り出し、憂鬱そうな口元へ差し出すと指ごと食べられました。 指を引っ張り出しハンカチで拭ったものの…御主人様、相当重症なようです。 どうしたものか…。 「そういえば、お箸使えますか?」 「獅子料理とか、スシで使うな」 これは有望です。たしか獅子料理は中華なカンジだったと思います。 「何で笑うんだ」 「今日は稲荷寿司と冷奴にしようかと」 冷奴に稲荷寿司なら猫舌な御主人様もベジタリアンなジャックさんでもおいしく食べられます。 チェルとサフが嫌がらないといいんだけど…そんなにクセがあるわけじゃないから多分、大丈夫。 「ウチの人が喜んで貰えるかなーと思いまして」 複雑そうな表情な御主人…じゃなかったオティスさん。 危ない危な…… 「キヨカーっ」 …最近、タックルされるのに慣れてきました。 でも口の中まで舐めるのはヤメテ。生臭い…毛が、毛で息ができない。 「あーがっくんアメずるーい!」 「こら裏道は危ないから使うなって言っただろうが!」 「だって、ふーちゃんちのオバさんがキヨカがいたってゆーからー」 しかし……どうしようかな、御主人様次第…なんだけど。 あ、意識が遠くなってきました。 「ぴっすたちおーくりーねぇキヨカはどっちがいい?」 「カボチャ」 大きなこぶを作ったサフと手をつなぎチェルの選んだ商品を受け取り、サフのもつ籠の中へ。 二人の好きな飲み物などが入っているので相当重いと思うのですが、あまり苦にした様子はありません。 荷物持ちが居てくれると買い物って本当に楽です。 「ねぇキヨカ、がっくんといつもああやって帰り一緒に居るの?よくニオイついてたけど、そういうことだよね」 ……目が厳しいです。 原因である御主人様は隣の酒屋さんでお酒を物色しているはず…。 「ねぇ、キヨカ。何で黙るの?」 「サフもチェルも好き嫌いが多いから、手伝って貰ってたんですよ。あ、アメもらったんで後でね」 「あじなに?ちーね、イチゴがいいな」 「アフア果汁入り……」 「アレ臭いよ。嫌い」 アフアというのは一言で表すとドリアン系ココナッツです。 味はバナナとリンゴを混ぜた風で栄養価も高く、こちらでは割と好まれていますが…ヒト限定で嫌な効果があります。 そしてニオイが異様に生臭いのです。戻しそうになります。 ジャックさんいわく、ウサギの国では高値で取引されているとか。 北国なだけに南に対する憧れ的なものもあるのかもしれません。 「キヨカは?」 「アレルギーだから」 嘘です。でも似たようなものです。 何故か不満げなサフの鼻の頭を掻いてあげると抜け毛が浮いてきました。 「チェル、そこの櫛とガムテープも」 何でもそろう雑貨屋さん。便利です。 チェルはアメで頬を膨らませ非常にご機嫌です。 御主人様に肩車され、似てはいないけど親子そのものにみえます。 絹糸の様な髪の毛が夕日に反射してきらきらとひかり、明るい瞳に目が吸い寄せられます。 「チェルって、将来絶対美人になりますよね、どうします?お嬢さんを僕に下さいっていう人が来たら」 「くだらない」 「無い、絶対無い。昨日もおねしょしたし」 御主人様、チェルにがしがしと蹴られていますが全く意にした様子はありません。 「サフがこわいはなしするからじゃん!」 「聞きたいって言ったのそっちじゃん」 睨みあうネズミ幼女とショタわんこ。 非常に微笑ましい光景です。 しかし私を間に挟んでやるのはやめて欲しい…。 御主人様の掴む手首は痛いし、サフに腕ごと引き抜かれそうでドキドキです。 気持ちはまさに連行される宇宙人。 あんまり間違ってないですね。 しかもサフがくっついている側はべったりと抜け毛が張り付き大変な事になっています…。 うん…あの…御主人様…手首マジ痛いんですけど。 「キヨカいい匂いするー」 ぐりぐりと頭をこすりつけながら甘えるサフの姿勢を正し、丈夫な櫛で頭の後ろから首元、背中にかけ櫛を通すとそれだけで櫛から溢れるほどの毛が抜けました。 「集めたらセーターが出来そうですね」 後ろのソファーでいつものように座っている御主人様の方を振り返ると、無表情を返されました。 膝の上でチェルがTVに見入っているのはいつも通りです。 ジャックさんが私の隣に座り、スカートに手を伸ばそうとするたびにサフに威嚇されるのもいつも通りです。 御主人様がいまだにトカゲ男のままだということを除いて。 ……実は御主人様の真の姿はトカゲ男だったのでしょうか。 意外といえば意外です。普通逆です。いやしかし、そうするとわざわざ家の中で変身というのも謎です。 ……修行? 以前考えた呪い説は消えました。他には… 考えながらブラッシングするも、なにせサフはもこもこワンコです。手が足りません。 「ジャックさん、どうせなら手伝って下さい」 「えー!男の毛なんか楽しくないよー!」 「明日、肉抜きの肉じゃが作りますから」 男性用の長くて大きいブラシを渡すとしぶしぶブラッシングをはじめてくれました。 助かります。 「なんか、こういう共同作業していると夫婦みたいだね!」 サフが急に立ち上がろうとしたので首を押さえそのままブラッシング続行。 「ジャックさんて、これぐらいの息子さんがいる歳なんですか?」 あ、黙った。 どちらかと言うとサフはやんちゃな弟って気持ちなんですよね。 前言ったら落ち込んでたから言わないけど。 「ジャックが父親だったら自殺する」 床に爪を立てて呻くサフに思わず噴出してしまいました。 「キヨちゃん、ソレ酷くない?ちょっとちーちゃんなんか言って!」 「ジャマ。TVみえない」 「あんまりだー」 幼女の痛烈な一言にジャックさんは大袈裟な素振りで私に泣きついてきました。 抜け毛がべったりと服に付きます。 思わず溜息が出そうになりました。 サフも凄い抜けるし……腕が疲れてきました。 なんとなく振り返ると御主人様は相変わらず無表情です。 いつもだとここで冷血美青…いや、今の御主人様もそれなりにありです。 頭に角らしき突起がありますが、ちょっと珍しい感じで格好いいですよ。ハイ。感情もわかり易いし。 でもこう…なんか物足りないというか…いえ、眼の保養的な意味じゃなくて、 御主人様の膝の上でチェルはTVにかぶりつきですがなんとなく手持ち無沙汰な様子です。 「あのー… ガエスさん」 御主人様が物凄い眼でこちらを見ました。 怖いです、久々に怖いです。 アレです。ボスモンスターです目から怪光線出るアレです。 こっちバージョンでも怖さ健在でした。 「なんでもないです…」 ジャックさんにぼふぼふと肩をたたかれ、またも毛が舞い散りましたがなんかすべてどうでもいい感じです。 「そういえば、キヨちゃんアメ食べた?アフア果汁 ヒト専門店で購入したんだけど」 笑顔で尋ねられました。 ヒト専門店とは多分、首輪とか大人のオモチャやヒト用服が売っているヒト奴隷用品専門店の事です。 高級店なので前はともかく今は幸い縁がありません。 今の服?適当に裁縫してます。当然です。 尻尾穴ひとつのために無駄に高い物を買って欲しいなんて言えません。 …話がそれました。 アフア飴、普通に人用で売ってるのを買ったなら仕方ありませんが、ヒト用と銘打っているというからには当然…… 「効用:滋養強壮精力増進欲情発情 って説明付きでした?」 「説明つきでした」 笑顔です。期待に満ちた眼差しです。 ガムテープをめ一杯伸ばしジャックさんの耳と腕に貼り付け、落ちてた毛をかき集め手早く片し、 「じゃ、今日はここら辺で気をつけてお帰り下さい」 小首を傾げるジャックさんの手からブラシを受け取り、 「私、お風呂入りますので」 背後からガムテープを剥がす音と凄い悲鳴が聞こえました。 知らないならともかく……ね。 私を発情させて、どうするんでしょうか。 多分、何も考えてないんだろうな…ジャックさんだし…。 「やったーこれでオレも大金持ちだ…なんだよメスかよ。まぁいいやヘンリーもって帰って味見しようぜ……へっ」 落ちたてと落ちたてでも中古じゃ随分の価格差があって、あのイヌは地団太踏んで悔しがっていた。 ざまあみろ、だ。 湯船から体を上げ、軽く拭いて戸を開くと凶悪そうなヘビ男性が居ました。 平たく言えば、御主人様トカゲ男版。 御主人様の目が大きく見開かれ、鱗だらけの顔だというのにすごく分かり易く表情が歪みました。 おそらく、嫌悪で。 やあ、でも暗くすれば全然大丈夫だし… 客はわりとついたから、この世界の人のヒトに対する興味は無限大というか穴さえあればあとは一緒というかなんというか。 ……気持ち悪いものをみせてごめんなさいというか……。 「申し訳ありません、すぐに出ますので」 手早く着替えて、それでも御主人様が立ったままなので少し考える。 お風呂入りに来たんじゃないんだろうか? てかこれはアレ、一応少年漫画とかのお風呂でドッキリ的な? 「宜しければ、背中とか流しますが…」 ギクシャクとした動きで拒否されたので棒立ちのままの御主人様の横をすり抜け脱衣所を出ようとしたら、 ひどくわかりやすい、ぐぁっとかいうやられ役のような悲鳴と妙な物音と長くて重そうなものが床にぶつかる音。 振り返ると御主人様美少年バージョンが突っ伏してはいないけど、ソレに近い状態になっていました。 いわゆる攻撃状態な眼の色で下から睨まれまています。 何でまた急に…いいけど。 「文句あるのか」 「いえ。大丈夫ですか?」 御主人様は甥の油断がどうのとぼやきながらぶつけた尻尾を撫でてます。 しかしあれです。 普段ターバンで隠れている頭部にはやっぱり硬そうな鱗と角が二本、驚きです。 上から見下ろすのもなんなので、しゃがんで目の前でうねうねしている尻尾に視線を移し、せっかくなので質問など。 「今のって、魔法が解けたんですか?魔法?魔法なんですか?」 顎掴まれました。 「話すときはこっちを見ろ」 いや、それは無理な相談です。この距離で美形を見るには近すぎます。 あー、壁掃除しないと。 「……で、魔法?それとも脱皮の一種なんですか?」 「そこまで避けるか普通」 ムキになったらしく、腕に尻尾が絡みつき引き寄せられました。 …そこは、痛い…。 そのままズルズルと引きずられ…ええ、脱衣所ですから当然その先には先程出たばかりのお風呂です。 「尻尾洗ってくれたら教えてやる」 「言いたくないなら別に構いませんが……」 私の言葉は当然のように無視され、ズルズルと段差を超えて石鹸と湯気のニオイの残るお風呂場へ。 私、…着替えたんですけど…。 御主人様は残っていた上衣を脱ぎ捨て、鎖骨とか、ふ、腹筋とか…あ、途中から鱗なんだ…へぇ…いかん、鼻血が出そうです。 御主人様は湯船に体を沈め、長くて太い尻尾だけが洗い場に残っています。 パっと見ホラーです。風呂場にのたくる巨大ヘビ。怖い。 これを…洗うわけです。 「……コレで宜しいですか?」 「拷問してくれとは頼んでないが」 タワシは駄目だったらしいです…。 濡れた尻尾を膝に載せて、恐る恐るスポンジで擦ってみる。 服が濡れますが、諦めました。 御主人様は頭にタオルを載せ、興味深そうにこちらを観察しています。 「なぁ、落ちモノは鱗が苦手という話を聞いたんだが、お前はいいのか」 …この状況で鱗全否定したらある意味勇者です。 「私はどちらかというと足が多い方がちょっと…」 クモとか、ハチとかハチとか…噛むし縛るし痛いし…毒あるし痺れるし…。 御主人様は私の返答が気に食わないのか、小さく呻ったきり何も言わないので、私はそのまま尻尾磨きを続行…。 堅い背中側に比べ腹側の方はヒト肌に似た色で鱗もなんだか柔らかい。 しばらくやっているとひんやりしていたはずの御主人様がほのかに温まってきました…まさに変温動物…。 膝の上の尻尾がバタバタするので抗議の意味を込めてそちらを見ると、何故か睨まれていました。 「今まで我慢していたが、お前は俺に対する態度だけ非常に差別的だと思う」 「はぁ…」 出っ張っている所とかに汚れが溜まりやすい気がしたので丁寧に少しずつ洗う。軽く丁寧に。 「女子供と違うのはいいだろう。だがジャックとの態度の差はなんだ」 ジャックさんに対しては気を使う必要は無いとか言ったの、御主人様だったんですけど…。 「設定上兄なのでつい引きずっている部分があると思いますので、今後改めます」 「何故そうなる」 御主人様、頭を抱え尻尾でお湯を羽散らかしています。…濡れる…。 「取り合えず、少し話し方を変えて俺に対して…その親しげにしてみるとか、そういう意味だ」 親しげ…?ざっくばらんに話せってことでしょうか。 御主人様が妙な動きをしているのでお湯がばしゃばしゃと零れました。 「それは…今すぐですか?」 「少しづつでいいから、そうしてくれ」 しかし下手な話し方をして、お仕置きされるのも困ります。 御主人様はそういう意味で理不尽な扱いをしませんが、油断は出来ません。 私は軽く頷くと尻尾の手入れに戻りました。 しかし長い尻尾…これを毎日手入れするのは大変かもしれません、毛があるよりはマシですが…。 この面倒な事をやらないと皮膚病や寄生虫の心配が出てしまうわけで…まめに手入れをするには、毛や鱗の少ない女性が最適と。 なるほど、この世界は男性の方が力がハンパなく強い分、こういうところでバランスが取れているわけですね。 ひとつ勉強になりました。 「ここまで終わりましたが、あとどうしましょう?」 ずるりと、残った部分が出てきました。まだあるんですね、そうですよね。 「今、面倒だと思ったろう」 「移動が大変だろうとは思います」 「面倒だ。しかもここらは石畳だから摩擦があるしな」 うんうんと頷く御主人様、鱗が擦れるわけですから確かに痛そうです。 「どうせなら美少女とかになれませんか?その方が見た目が楽しいです」 御主人様の目が冷たいです。 しょうがないので鱗を磨きます。 「遊び半分で性別転換なんて高度なのを出来る筈がないだろうが。猫や兎じゃなくて蛇だぞヘビ」 「ガ……筋肉質にはなれるのに…」 「アレはジンの組成を転化させて…言っても判らんか」 御主人様が湯船から手を出すと、手の周りに水で出来たミミズ…じゃなくて小さな……ギャラドスもどきが纏わりつきました。 「コレが俺の精霊だ」 差し出された掌の上でキングコブラの如く威嚇してきます。 ちょっと可愛い。水の精霊です。ファンタジーの王道です。 「喋ったりしないんですか?」 「無理だな」 そっけなく返されちょっと残念…なかなか上手くはいかないようです。 恐る恐る手を出すと指の周りに絡みついたり噛みつく真似をしたりと愛嬌があります。 「可愛いですね」 水そのものなのですが、なんだか面白い感触です。 ふと視線を感じて御主人様を見れば、御主人様もちょっと頬が緩んでいます。 やっぱり水の精霊との契約!とかやったりしたのかなぁ…夢が広がります。 「ありがとうございました。またね」 御主人様に精霊を返すと精霊はお風呂のお湯に戻ってしまいました。 「私、精霊さんを見たのは初めてです」 「そうか」 やっぱり山奥とか行けば風の精霊とか居るんでしょねぇ…うわー見たいなー。 やっぱり少女の姿かな、ふんどしだったら壮絶に嫌だなー 色々想像していると御主人様が何故か微妙な表情を浮かべていました。 「何か」 「いや、別に」 鱗磨きを再開しろって事でしょうか…。 石鹸の泡を立てわしゃわしゃと擦ります。 「つまりだ、アレのようなモノを作る際の魔力を転化させてる程度で、俺には連中のような理不尽な事はできん…精々半日しか続かないしな」 もしかしたら、ほんの少し悔しそうな御主人様。 柔らかい腹側や鱗と鱗のつなぎ目に着目し先程よりも細かく擦ってみたりとか。 浴室に私が鱗を磨く音だけが響きます。 「キヨカ、怒ってないか?」 「何をでしょうか」 適当に返してごしごしと洗います。 「別に騙す気はなかったんだ。ただ言い出すタイミングとか、その、お前の話し方も普段と違うしな」 語尾が弱めです。ちらちらとこちらの様子を伺っています。 「ああ、オティスさん…いえ、お気なさらず」 御主人様、なんだか気まずそう…罪悪感あったんですね。別に気にしなくていいのに。 「というか、だいぶ前から知ってましたから大丈… あ」 全力で逃げようとしたものの、膝の上の尻尾がぎゅうぎゅうと体を締め付けます。 キツイきつい折れる折れる折れる。 ずるずると浴槽に引きずり込まれお湯がざぶざぶと溢れました。 お風呂のお湯がぬるいです。 そりゃ冷血な御主人様が入ればお湯の温度は下がります。 代わりに御主人様がいつもと違い、ぬくくて不気味です。 体を拘束され身動きできません。腕も尻尾同様凄い圧力です。 頭に顎載せられました。このまま沈められるんでしょうか。 水責めは苦手です…毛が喉に張り付くし…あ、御主人様は鱗だからそれはないか。 髪の毛がぺったりと肌に張り付き不快です。使わないなら長くする意味もないし…切りたい…。 「ちなみにどの時点からだ?」 耳元で囁かないで下さい。 「結構初期…だって私の名前知ってるし、ジャックさんの知り合いって時点でほぼバレます普通」 御主人様は溜息らしき吐息を吐くと体をもぞもぞと動かしました。 剥きだしになった肩や足に鱗が滑り、慣れない感触に困惑が隠せません。 尻尾磨き途中なのにいいんでしょうか。 アレ、よく考えるとお風呂で背中を流す→御奉仕 の流れなんでしょうかコレ。 不意に首を噛まれました。 御主人様の指が私の服の中に滑り込んでいます。 思わず体を強張らせてしまい、何か言われるかと思いましたが何も言われず…。 濡れた服がまとわりつく不快感と、お湯の冷たさでどうも体が震えます。 御主人様は何も言わずに首を噛む作業に専念しています…舌は二股に分かれているし、イヌよりも細いから妙な感じです。 尻尾がお風呂の中で動き回るのを凝視していると、やけに心臓の動悸が激しくなり、息が苦しくなってきました。 どうやら原因は胴に巻かれた尻尾…言うべきか我慢すべきか迷っていると、酸欠に陥っている事に気がついたのか、拘束が緩みました。 咽喉が嫌な音を立てています。俯いて咳き込んでいると足や手からも尻尾が離れました。 恐る恐る縁を掴んだ手が震えています。 体、冷えたせいです。そうだ、たぶん、そのはず。 お風呂上りだったのにぬるま湯に浸かれば、そりゃ震えの一つや二つ、来ます。 「大変申し訳ありませんが、この後は乾いた所でお願いできないでしょうか」 背後からほっぺたが引っ張られています痛いです。 「これで寒いのか。お前は」 溜息です。寒いですよ。風呂の温度は41度が適温ですよ。歯が鳴るのを食い縛って堪えます。 御主人様の腕や尻尾が再び絡みついてきました。 …これって、本気…ですよね。マジで?私なんか要らないとおもってましたが。 あーそういえば魔法を使うとお腹が減ったり眠くなったり…性欲が増す…とかジャックさんが言ってたような…。 今日は帰宅してからもあっちのトカゲ男だから余計疲れてる…とか? 背は腹に変えられないとか、そういう…正しい使い方ですね。 御主人様の鎖骨をガン見するのは役得だけどセクハラだろうかと考えつつと見上げると御主人様は落ち着いた目の色をしています。 尻尾は臀部を彷徨ってますけど。 無言で…抱き締められてるって言っていいんでしょうか。 「なんか白いぞ。大丈夫なのか」 「これで風邪引いたらジャックさんに100%自業自得だとお仕置きされると思うのですが、いかがでしょうか御主人様」 御主人様が憮然とした表情を浮かべ、再び溜息をつきました。 「その…ゴシュジンサマって呼び方、やめろって言っただろう」 そう言って、御主人様は低く唸ると私の顎に指をかけました。 …がっつり、がっぷり。 でもあえて言おう、舐めればいいってもんじゃねぇぞ、このへたくそ。 しかも私なんか、不特定多数のイチモツ咥えたり舐めたりしてきたのに、気持ち悪いとか思わないんでしょうか。 御主人様の思考は私には理解不能です。意味不明です。 放してくれそうも無いのでこちらも下唇を舌の先で舐めて、開いた口の中に進入し細い舌を軽く吸う。 頬の内側を舐めると、かすかに痺れみたいなものが走りました。 びくりと体を離されそうになりましたが、そのまま続行。 それにしても御主人様の背中、鱗でびっしりと覆われ、まるでヤクザの刺青です。 色がわりと地味なので目に優しくていい感じ、撫でるとしっとりした中にごつごつとした感触が残ります。 回された手が案外優しくこちらの背中を撫でてきます。 ……キス下手超下手ど下手糞、カエル好き、冷血、冬眠、あと…なんだ、もっと冷める事考えないと…ああ、えーと…私美青年好きだから!美少年は範囲外…おかしい、説得力がない…。 …まぁ、御主人様ですから、ね。今更、どうでもいい事を考えてしまった…。落ち着きましょう、私。 尻尾がバシャバシャしだしたので体を離し口を拭うと随分べったりとつきました。 あれ…赤いものが。 「ひゃ…」 舌が回りません。つーか口痛い凄く痛い。血が出てます。ありえん。 「キヨカ?」 なんで? 焦ってお風呂場から飛び出し、洗面所で口を漱ぐとたらたらと血がたれました。 舌も腫れている感じです。 水を滴らせながらどうしようか迷っていると何故かジャックさんが背後でポーズをとっていました。 いつもたれている耳が半分がほど立ち上がってます。 あ、ちょっとガムテ残ってる…。 「アイツ毒あるもんね…ププッ今薬あげ…ぷっ…いやぁ、背中痒いね!青春青春!」 血を垂らしているというのにジャックさんに口をまさぐられ「味見」とかされ… その現場を御主人様に見られ、夜だというのに蛇VS兎です。五月蝿いです。近所迷惑です。 …ああ、ウサギだから比べても仕方ないけど、御主人様ももうちょっと上手になってくれるといいんだけどなぁ…。 恐らく近いうちに現れるであろう恋人なりお嫁さんなりも、きっとそう思う事でしょう。 口が痛くて、涙がでそうな気分です。