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太陽と月と星がある 第十六話 ある雨の晩、 バケツをひっくり返したような、という表現がぴったりの豪雨を窓からぼんやりと眺めていると、全身ずぶ濡れになった御主人様(トカゲ男)が帰宅しました。 タオルを持って玄関へ急ぐと、御主人様の肌に張り付いた服の中で蠢くものがひとつ。 思わず御主人様の顔と蠢いている部分を交互に見ていると、鱗フェイスが非常に気まずそうな表情を浮かべているという事がわかりました。 沈黙に耐え切れず、私は御主人様にタオルを渡し、代わりにぐっしょりと濡れた鞄を受け取ります。 …うわ、なんか物凄い勢いで蠢いていますけど……。 「なんか、文句あるか」 低く威嚇するような声の御主人様。 「ありませんが…取り合えず、着替えられた方が宜しいかと」 ……あ、なんか今、御主人様の懐からすごい形容し難い鳴き声がしました。 「ずるーいっ!!がっくん前だめだって言ったのに!」 「雨に濡れて震えていたんだから仕方ないだろうが!」 二人が言い争う声がして、チェルがキッチンに駆け込んできました。 手に抱えているのは…一つ目のトトロもどき……。 色や細部が違いますが、春先にチェルが拾ってきたのとだいたい…同じような形態です。 「キヨカー!みて!がっくんずるいよね!!」 幼女に力いっぱい抱き締められたトトロもどきが奇妙な声を発しています。 喜んでいるのか苦しんでいるのか、微妙な所です。 少し遅れて、御主人様が姿を現しました。 美形なのにヘビっぽい何を考えているのかわからない胡乱な眼差しでチェルと怪生物と私を見つめます。 「雨に濡れて震えていたんですか」 一瞬、御主人様の眉間に皺が寄りました。 見れば、怪生物の毛皮がしっとりと濡れ、抱き締めるチェルの服もじんわりと湿っていくのが判ります。 「とりあえず、ちゃんと拭いてあげて下さいね」 近くにあった手拭を渡すと、御主人様はじっとこちらを見て恐る恐るといった様子で受け取りました。 「怒ってないのか」 何を言われたのか判らず首を傾げると、御主人様は……驚いた事にひどく後ろめたそうな表情です。 ……雨が降るわけです。 今日の晩御飯は、白い御飯にキノコのお味噌汁、いわし(らしきもの)の一夜干し、カボチャの煮つけ、お浸しと大変和食的です。 ぎこちない手付きで箸を握り、微妙な表情でいわしをつつくサフ。 半熟卵を御飯にかけて口の周りを黄色く染めるチェル。 無表情で漬物をつつく御主人様…猫舌だから仕方ありません。 ジャックさんは、献立を聞くと用事を思い出したそうなので今夜は不在です。 「ところで、とりあえずパンの耳を与えてみたんですが何でも食べますね、この子」 試しに菜っ葉のきれっぱしも与えたら、食べたし。 雑食なのか食欲旺盛なのかわかりませんが、飼うのが楽なのは間違いないようです。 つついたら、高級タオルのような手触りでした。 さらさわふわふわです。 正直、嫌いではありません。 触っていたら、御主人様に食事を催促されたのであまり触れませんでしたが……。 「ねぇじゃあ、この魚やっちゃだめ?これ骨多くて食べにくいよ」 サフが脱力しきった声で降参したので、私はお皿ごと受け取り、身をほぐし白身を箸でつまみました。 「はい、あーん」 残りをお皿ごと返し、ついでに魚を手付かずのまま放置している御主人様の方を見ました。 一応、お箸ちゃんと使えるみたいなんですけどね。 「やりましょうか?」 「ん」 魚の骨がいやで食べないなんて、人生を損しているとしか思えません。 チェルのように頭から食べるくらいの気概は見せて欲しいものです。 つらつらとそんなことを思いながら骨を外し、お皿を返すと何故か睨まれました。 「何か」 「差別か」 意味がわからないのでお皿と御主人様を見比べ、ふと思いついて白身を箸で摘み 「あー……!」 ばっくりと テーブルの下でうろついてた筈の怪生物が突然飛び上がり、なんとお魚どころか手まで食べられました。 一瞬驚いたものの、しつけされていないであろう生物の前で御飯を見せびらかすのは問題があります。 こちらのミスです。 私は冷静に口から手を引き剥がし手を洗ってから、食事を続けようとしたのですが、何故か御主人様の機嫌が非常に悪くなっていました。 ……謎です。 お皿を洗っている私の足元をピョコピョコと跳び回る怪生物。 どうやら魚の骨が気に入ったらしく、奇妙な鳴き声を上げています。 そして、驚いた事に一通りお洗い終え手を拭く私に低音を発しながら体を摺り寄せてきました。 異形に腰を引きつつ、なんとなく頭部の辺りを撫でると、目を閉じて一層体を寄せてきました。 もふもふさらさわふわふわです。 もう一度言います。 もふもふのさらさらのふわふわです。 本当に中に皮と肉があるんだろうかと疑うほどに柔らかな感触に驚愕しつつ、とりあえず撫でます。 もしかしてトリートメントでもしているのだろうかと思うほどに柔らかで羨ましくなるくらい艶めいた体毛です。 もふもふです。 サフもモフモフですが、こちらの方が数段柔らかく、ふわふわなジャックさんより数倍トリートメントが効いています。 さらさらでふわふわです……。 もふもふ……… 「おい」 耳元で囁かれ、我に帰る私。 「いつまでやってるんだ」 膝の上で寝そべっていた怪生物が突然声をかけてきた御主人様に驚いたのか、ジタバタと暴れます。 まるで何かに怯えているようです。 逃げないように抱き締めたのですが、一瞬大人しくなったかと思うと突然体を震わせ柔らかな体を捻って飛び出してしまいました。 何故か開いていた窓から……雨のやんだ夜の闇の中へ。 「もふもふが……」 愕然として呟く私に御主人様は咳払いをして、私の背を叩きました。 「別に、アレくらいどうって事はないだろう」 全然どうって事あります。ありまくりです。 「自分で拾ってきたのに……見捨てるなんて……」 私の言葉に眼をそらす御主人様。 膝どうとか販促が難だとか意味不明の言葉を呟き、何故か尻尾を足に絡めてきました。 そして何故か私の首に顔を押し付けてきます。 ……どうして背中を触る必要があるんでしょうか。 「もふもふが……震えてたのに…」 「安心しろ、雨がやんだから、家に帰っただけだ」 ……そういう問題ではありません。 「もふもふ気持ちよかったのに……」 床に爪を立て、開いた窓を見つめて呟く私に御主人様が噛み付きそうな勢いで口を開きました。 「鱗で我慢しろ!」 御主人様、無茶過ぎます。
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太陽と月と星がある 第十六話 ある雨の晩、 バケツをひっくり返したような、という表現がぴったりの豪雨を窓からぼんやりと眺めていると、全身ずぶ濡れになった御主人様(トカゲ男)が帰宅しました。 タオルを持って玄関へ急ぐと、御主人様の肌に張り付いた服の中で蠢くものがひとつ。 思わず御主人様の顔と蠢いている部分を交互に見ていると、鱗フェイスが非常に気まずそうな表情を浮かべているという事がわかりました。 沈黙に耐え切れず、私は御主人様にタオルを渡し、代わりにぐっしょりと濡れた鞄を受け取ります。 …うわ、なんか物凄い勢いで蠢いていますけど……。 「なんか、文句あるか」 低く威嚇するような声の御主人様。 「ありませんが…取り合えず、着替えられた方が宜しいかと」 ……あ、なんか今、御主人様の懐からすごい形容し難い鳴き声がしました。 「ずるーいっ!!がっくん前だめだって言ったのに!」 「雨に濡れて震えていたんだから仕方ないだろうが!」 二人が言い争う声がして、チェルがキッチンに駆け込んできました。 手に抱えているのは…一つ目のトトロもどき……。 色や細部が違いますが、春先にチェルが拾ってきたのとだいたい…同じような形態です。 「キヨカー!みて!がっくんずるいよね!!」 幼女に力いっぱい抱き締められたトトロもどきが奇妙な声を発しています。 喜んでいるのか苦しんでいるのか、微妙な所です。 少し遅れて、御主人様が姿を現しました。 美形なのにヘビっぽい何を考えているのかわからない胡乱な眼差しでチェルと怪生物と私を見つめます。 「雨に濡れて震えていたんですか」 一瞬、御主人様の眉間に皺が寄りました。 見れば、怪生物の毛皮がしっとりと濡れ、抱き締めるチェルの服もじんわりと湿っていくのが判ります。 「とりあえず、ちゃんと拭いてあげて下さいね」 近くにあった手拭を渡すと、御主人様はじっとこちらを見て恐る恐るといった様子で受け取りました。 「怒ってないのか」 何を言われたのか判らず首を傾げると、御主人様は……驚いた事にひどく後ろめたそうな表情です。 ……雨が降るわけです。 今日の晩御飯は、白い御飯にキノコのお味噌汁、いわし(らしきもの)の一夜干し、カボチャの煮つけ、お浸しと大変和食的です。 ぎこちない手付きで箸を握り、微妙な表情でいわしをつつくサフ。 半熟卵を御飯にかけて口の周りを黄色く染めるチェル。 無表情で漬物をつつく御主人様…猫舌だから仕方ありません。 ジャックさんは、献立を聞くと用事を思い出したそうなので今夜は不在です。 「ところで、とりあえずパンの耳を与えてみたんですが何でも食べますね、この子」 試しに菜っ葉のきれっぱしも与えたら、食べたし。 雑食なのか食欲旺盛なのかわかりませんが、飼うのが楽なのは間違いないようです。 つついたら、高級タオルのような手触りでした。 さらさわふわふわです。 正直、嫌いではありません。 触っていたら、御主人様に食事を催促されたのであまり触れませんでしたが……。 「ねぇじゃあ、この魚やっちゃだめ?これ骨多くて食べにくいよ」 サフが脱力しきった声で降参したので、私はお皿ごと受け取り、身をほぐし白身を箸でつまみました。 「はい、あーん」 残りをお皿ごと返し、ついでに魚を手付かずのまま放置している御主人様の方を見ました。 一応、お箸ちゃんと使えるみたいなんですけどね。 「やりましょうか?」 「ん」 魚の骨がいやで食べないなんて、人生を損しているとしか思えません。 チェルのように頭から食べるくらいの気概は見せて欲しいものです。 つらつらとそんなことを思いながら骨を外し、お皿を返すと何故か睨まれました。 「何か」 「差別か」 意味がわからないのでお皿と御主人様を見比べ、ふと思いついて白身を箸で摘み 「あー……!」 ばっくりと テーブルの下でうろついてた筈の怪生物が突然飛び上がり、なんとお魚どころか手まで食べられました。 一瞬驚いたものの、しつけされていないであろう生物の前で御飯を見せびらかすのは問題があります。 こちらのミスです。 私は冷静に口から手を引き剥がし手を洗ってから、食事を続けようとしたのですが、何故か御主人様の機嫌が非常に悪くなっていました。 ……謎です。 お皿を洗っている私の足元をピョコピョコと跳び回る怪生物。 どうやら魚の骨が気に入ったらしく、奇妙な鳴き声を上げています。 そして、驚いた事に一通りお洗い終え手を拭く私に低音を発しながら体を摺り寄せてきました。 異形に腰を引きつつ、なんとなく頭部の辺りを撫でると、目を閉じて一層体を寄せてきました。 もふもふさらさわふわふわです。 もう一度言います。 もふもふのさらさらのふわふわです。 本当に中に皮と肉があるんだろうかと疑うほどに柔らかな感触に驚愕しつつ、とりあえず撫でます。 もしかしてトリートメントでもしているのだろうかと思うほどに柔らかで羨ましくなるくらい艶めいた体毛です。 もふもふです。 サフもモフモフですが、こちらの方が数段柔らかく、ふわふわなジャックさんより数倍トリートメントが効いています。 さらさらでふわふわです……。 もふもふ……… 「おい」 耳元で囁かれ、我に帰る私。 「いつまでやってるんだ」 膝の上で寝そべっていた怪生物が突然声をかけてきた御主人様に驚いたのか、ジタバタと暴れます。 まるで何かに怯えているようです。 逃げないように抱き締めたのですが、一瞬大人しくなったかと思うと突然体を震わせ柔らかな体を捻って飛び出してしまいました。 何故か開いていた窓から……雨のやんだ夜の闇の中へ。 「もふもふが……」 愕然として呟く私に御主人様は咳払いをして、私の背を叩きました。 「別に、アレくらいどうって事はないだろう」 全然どうって事あります。ありまくりです。 「自分で拾ってきたのに……見捨てるなんて……」 私の言葉に眼をそらす御主人様。 膝どうとか販促が難だとか意味不明の言葉を呟き、何故か尻尾を足に絡めてきました。 そして何故か私の首に顔を押し付けてきます。 ……どうして背中を触る必要があるんでしょうか。 「もふもふが……震えてたのに…」 「安心しろ、雨がやんだから、家に帰っただけだ」 ……そういう問題ではありません。 「もふもふ気持ちよかったのに……」 床に爪を立て、開いた窓を見つめて呟く私に御主人様が噛み付きそうな勢いで口を開きました。 「鱗で我慢しろ!」 御主人様、無茶過ぎます。
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太陽と月と星がある 第26話 夏。 灼熱の夏。 一度外へ出れば汗が迸り、塩気で目が染みて涙と汗でずぶ濡れになる夏。 うだるような暑さにバテた私は、日が暮れるまでお買い物に行くのを延長する事にした。 とはいっても、診療時間終了から、日が暮れるまでの僅かな余暇。 外では商売熱心なアイス売りとそれを呼び止める声が聞こえる。 ナース服を脱ぎ、ジャックさんちで付け耳を外して空調の効いた部屋でだらけているのは、最高だと、思う。 ジャックさんも熱射病の患者さんが大勢来た影響で疲れ果て、ほぼ全裸で昼寝……といっても黒い毛皮で覆われているので、まぁセーフ。 ほぼ、であってまるっきり、というわけでもない……けど、目障りだし、少し短くしてみようかな。剃刀で。 「キヨちゃぁーん、おにーちゃん麦茶のみたい~」 しょうがないので、キンキンに冷えた作り置きの麦茶を素焼きのカップに注いでカップではなく足に伸ばされた手と叩き落してから近くのテーブルに置く。 私の分も注いで、ちびちび飲みながら、大手旅行会社勤務という患者さんから貰った旅行のパンフレットに目を落とした。 限定一名添乗員付きというのを格安で手配してくれると提案してくれたけど、さすがに無理な話だと思う。 添乗員さんと二人で行ってどうするんだろうか? でも海、……いいなぁ。 砂漠の青海ツアー……一面の浜辺にどこまでも広がる青い海…地平線の向こうには白い入道雲。 ちょっと伸びたラーメン、三角に切られた真っ赤なスイカ。 砂漠なら里帰りにもなるし、チェルも喜ぶんじゃないかなぁ……。 サフは暑くて大変だろうけど……。 ぼんやりと夢想しながらウサ耳を触っていると、手元からピリッっと不穏な音がした。 私は眉を潜め、慎重に顔を近づけ……………。 「お、おにいちゃん……」 ジャックさんは白目を剥いていびきをかいていたので、拳を作って優しく叩き起こした。 「――で、どうする気だ?」 ターバン巻いた美形が、気だるそうな表情で付け耳を摘んでいる。 ラフな部屋着姿も非常に絵になるという事は一生言わない。 その他にも胸元あけ気味で鎖骨が見え、呼吸のたびに上下する胸板とか、触り心地のいい鱗つき長い尻尾とか。 なんだか悔しいので唇を軽く噛んで目を逸らす。 慌ててジャックさんを叩き起こして麦藁帽子で事なきを得たものの……。 目の前にあるのはふわふわの毛の隙間から縫い目が弾け、詰め物が見えてしまっている付け耳……。 洗ったから汚いわけじゃないけど、一年以上使っていればそりゃボロくなる。 迂闊にも手触りがよくてさわりまくった結果、部分的に毛が磨耗してしまったりしてるし……。 縫い合わすにしても……脳裏に縫い目だらけのウサ耳の私と顔傷のジャックさんが並んだら笑えそうだ。 「新しいのを注文しても、一週間はかかるそうです。だから……帽子とか?外出はちょっと控える事になるかと」 暑そうだなぁ…… 当然ナース稼業もお休み。 ……たまには、いいか。 やけに髪を触ってくると思ったら、耳朶を綺麗な指でぷにぷにしてくる。 面倒な人だ。 無視して家計簿をチェックしていると、不満だったのか顔を寄せて……私の集中力を削いでどうしようというのだろうか。 ムキになって無視していると、喉を鳴らしこちらの注意を無理やり向けさせる。 「……なんです?」 「実は、付け耳を使わなくても良い方法がある」 「猫耳も犬耳も無しですよ」 あえて素っ気無く返し、どうにか身を離す。 ペンを指の間で回すと、ちょっと怯んだ。 む、今月ちょっと食費多すぎかも。 去年と比べて……うーん……あ、そうか、私の分も一緒に計算するようにしたからだ。 解決。 私が清清しい気持ちで家計簿を閉じると、待ってましたとばかりに巻きつかれた。 「もっといい方法だ」 しかしこの人、私にひっついて暑くないんだろうか? 私的には冷たい指もひんやり尻尾も凄くいいからいいけど。 窓際の風鈴が夜風に揺れている。 「……暑そう」 素直な感想を漏らすと、チェルもキラキラした瞳で頷いた。 ご近所からお古で頂いたキュロットにTシャツ姿が可愛らしい。 チェルはご近所で可愛がられ、ちょっと年上のネコの女の子達からも良く服を貰う。 可愛いついでにツインテールにした髪を撫でると、ふにゃふにゃ笑って膝の上に乗っかってくる。 重くて、暑いけど可愛いからいい。 「そうでもない。それにお前は肌が弱いからちょうどいいはずだ」 拳握って熱弁しなくていいです。 私の目の前にあるのは、ヘビの邦ではメジャーなセト教の女性が着る…ベールで出来た布…というか服。 イメージと違い、意外と縁取りとかが凝ってて洒落ている。 これ自体は日焼けが命にかかわる事もあるので、セト教以外の人も身につけたりしているとか。 確かに日焼けっていうのは火傷の一種で、冗談半分に毛を剃ったネコが日焼けのし過ぎで医院に来たこともあるのでわかる。 日焼けを舐めると危険だ。 まして砂漠ならきっと日陰も少なくて大変だろう。 ただまぁ……この人がどんな顔して買ったのかは、考えない事にしよう。 まぁ、ヘビだし……この人に合わせて私がヘビ女性みたいな格好をするのは、そんなに変な事でもないはずだ。 日本人と結婚した外国人が着物をきるようなものだ。うん。 それにコレは目元以外ほとんど隠すから、耳も尻尾も気にしないで済むし。 ただ、死ぬほど怪しくて暑そうだってことを除けば……。 通報されないだろうか……。 めちゃくちゃ期待に満ちた表情を浮かべる二人を見て、思わず引き攣った笑みになってしまった。 なんつーか……。 黒い布に覆われ、目元だけ出した自分の顔はどーも……変な感じ。 いや、確か中東の人もこういう格好してたから、服がおかしいわけじゃない。 なんというか……えーっと…・・・そうだ。 買い揃えたままほとんど出番の無かったモノを取り出し鏡を見つめ、しばらく思案する。 「お待たせしました」 外へ出かけるのでゴジラな姿に変身中の顔が、怒ったように無表情だった。 待たせすぎただろうか。 時間掛かるから先行っていいって言ったのに。 「キヨカ?」 「はい?」 チェルも目を開いてこちらを見上げている。 「砂漠のお姫さまみたい」 ……チェルに化粧姿を見せるのは、初めてだったかも。 それに確かにこの黒いベールは、アラビアンナイトに出てきそうだ。 「ありがと」 チェルも口が回るようになって、さすがの私もコレは御世辞だとわかるけど、悪い気はしない。 この格好いいかも。ニヤニヤしててもばれないし。 お姫様、ね。 裾をツンツンと引っ張るチェルと遊んでいると、白馬には乗ってない人の硬直がやっと解けた。 「どうです?」 顔を寄せて尋ねても、暗褐色の瞳をぎょろつかせちらちらと赤い舌が覗いたきり返事もしない。 ……。 「じゃ、チェル行こう」 「はーいっ」 チェルの手を握り、わざと無視して家を出る。 背中に痛いほど視線を感じるけど振り返らない。 私の見慣れぬ風体に驚く近所の人達の顔が面白い。 チェルも私と驚いた人達の顔と、背後で影のようにいる双方を見ては楽しそうだ。 私も……面白い。 チェルと遊びながら買い物を済ませ(珍しい衣装がウケたらしく色々おまけして貰った)帰宅。 着替えて手早く調理し、バイトから帰ってきたサフと一人で仕事をした筈のジャックさんを待ち、みんなで食事。 無言の視線は全部無視する。 一段落し、寝るまでの落ち着いた時間を一人で本を読むことに費やしていると、ドアを遠慮がちに叩かれた。 そわそわする気持ちを抑えて本を閉じ、極めて冷静に少しだけドアを開く。 「なにか」 少しばかり高い位置にある目を見上げる。 薄い唇に触りたい。 「何を怒っている?」 「怒ってませんけど」 「嘘をつくな、その声は怒ってる声だ」 ドアを閉めようとしたら尻尾が邪魔で閉めきれない。 挟んで、痛くないのだろうか。 可哀そうなので力を緩める。 「……怒ってません」 「俺が悪かった」 抱きしめられた肩越しに尻尾の先っぽが少し左右に振られてるのが見え思わず笑みを零す。 「所でお前、何故その格好なんだ」 ……自分が勧めたくせに……。 二度と着ない。 ええ、どうせヘビの女性にかなうわけないし。 どーせコスプレですよ。 むっとしたまま体を離すと、ごちゃごちゃと重いアクセサリーを外す。 さっさと着替えて寝よう。 部屋を出ようとしたら慌てた声とともに引き止められた。 困惑しきった表情に、少し驚く。 暗褐色の瞳が橙味を増しギラついています。 ホントにこの人美形。超美形。 ぎこちなく顔半分以上を覆うベールが外され、少し湿った唇が重なる。 何度見ても見飽きない優美な指先が背中に回され、背骨に電流が走ったようにぞくぞくしてしまった。 しかしなんで旦那さんに似合うといわせるのに苦労しなきゃいけないんだろうか。まったく。
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太陽と月と星がある 第21.5話 小雪のちらつく日、寒さの余りコタツに入ったまま動かなくなっても美形な人を眺めながらミカンを食べていると騒がしい物音と共にジャックさんがやって来ました。 雪で頭が白くなっているのでタオルを渡そうとしたら、耳をプルプルされ水飛沫が飛びました。 不快です。 「教育に悪いのでそういう行為は慎んでください」 「あーうんうん、ごめんごめん」 全然悪く思ってなさそうです。 仕方なく、垂れた耳をタオルで擦ると耳の毛が毛羽立ちました。 ……全部毛羽立てたらどうなるのか興味が有ります。 ゴシゴシしておきます。 「てゆーか、ジャック何しにきたのさ」 サフがコタツから頭だけを出してそう言うと、チェルも真似して同じように頭だけ出しました。 ちなみに2人とも尻尾がはみだしていますが、可愛いので黙っておくことにします。 「実はね!今日凄い事を知ったんだよ!なんでキヨちゃん教えてくれなかったんだいっセップンの日だよ!」 実に晴れやかな顔をする顔傷黒ウサギ28歳。 「セップン?」 興味が湧いたのか、のそのそとコタツから這い出してくるお子様2人。 ……御主人様は、瞼を閉じたまま身動きひとつしません。 「セップンの日は凄いよー!何せセップンだからね!黒くて太くて長いものを××したり、おマメを歳の数だけ××たりするというスペシャルイベントなんだよ!」 「××って何」 サフはモコモコの将来が楽しみなイヌ少年ですが、最近視力が落ちているのか目つきが悪いです。 眼鏡の心配をした方がいいかもしれません。 「それ楽しいの?」 濡れたコートを這い登り、首に手を回し背中に垂れ下がるチェル。 「そりゃー楽しいよ!ね!キヨちゃん!」 「……それ以上曲解したら、ひいらぎで叩きますよ?もしくはいわしの頭でこう……くィっと」 何故かサフの尻尾が内側に丸め込まれました。 「節分とは、無病息災を祈って豆を食べたり恵方巻きを食べる行事です」 「お前のやる行事は食べるばかりだな」 御主人様がぼそりと呟くのは聞こえなかった事にします。 一方、言いだしっぺのジャックさんはプール開き前のプールの水のような濁りきった眼で目の前のどんぶりを見つめています。 緑色なのでピッタリの表現です。 恵方巻きがいいかと思いましたが、お酢苦手みたいなので豆にしたわけですが。 「あの…歳の数だけ徹夜でおマメを食べちゃうぞ☆って……」 「歳の数だけ食べてください。品薄だったので、色々混ざってますけど」 どんぶり山盛りのマメを見て、御主人様は眼を逸らしました。 そら豆そっくりだけど倍以上の大きさのものや、縞模様の豆なんかが混ざってますが、なんら問題ありません。 いや別に投げてもよかったんだけど。 大変関係ないことですが、……御主人様のターバンの下には角があります。 御主人様は別に豆料理が嫌いじゃないのでまったく無関係なんですが! 「女の子がビキニ姿でダーリンって呼んでくれる行事だよね?」 「無関係です」 「今から流行を作ろうよ。春に向けて予約受付中らしいよ?」 何の。 「ねぇがっくんもしたいよね?マメプレイ」 ぽりぽりと豆を食べながら御主人様を見つめると、御主人様も何も言わずに豆を食べ始めました。 中々、結構な勢いで食べています。 一体いくつ食べる気なんでしょうか。 ていうか、御主人様いくつなんだろう……精々、三十四十ぐらいだと思うんですけど……。 「サフわん、マメプレイやりたいよね?」 「ちー食べ過ぎて鼻血出すよ。この前もピーナッツ食べて」 「うるさいバカフサー!」 チューチューワンワンと大変賑やかです。 可愛いなぁ。 「キヨカ」 「なんででしょうか」 なんでしょう。御主人様が真面目な顔です。……美形です。 「ちゃんと間違いなく歳の数食べるんだぞ」 「はぁ」 ……御主人様は、じっと私の顔を睨んだあと、再び豆を食べ始めました。 なんなんでしょうか。 「ねぇキヨちゃん」 「なんですか?」 今度はジャックさんです。 「今夜オレとマメプレッ」 最後まで言う前に、座った眼のサフが落花生(殻つき)をジャックさんに投げつけ始め、それに眼を輝かせたチェルが加わりました。 飛び交う落花生。 こぼれる色とりどりのマメ。 ぶつからない様に身を屈めてマメを食べる私と御主人様。 ふと目が合い、どちらともなく笑いがこみ上げてきました。 こんな日がずっと続けばいいのに。
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太陽と月と星がある 第二一話 世間がクリスマス一色に見える時期、バレンタインで失敗して御主人様に怒られたので今回は前もってリサーチしてみることにしました。 御主人様は無愛想で無口で真顔が無表情の低血圧のカエル好きで、趣味が読書で日向ぼっこが好きで、 外ではゴジラもどき、家の中では爬虫類系冷血超絶美形だけど、基本はいい人なので、私が変な事を聞いても大抵は怒らない。 怒らないといいな。 ……怒られたら、どうしよう。 御主人様は寒いのか、気にかかることがあるのか表情が優れない気がする。大丈夫でしょうか。 私の質問なんかで時間をとっては申し訳ないと思いつつ、恐る恐る口を開く。 「クリスマスって、ネコの国でもヒトに赤い蝋燭垂らして緑と白い蝋燭でコーティングする行事……ですか?」 御主人様の表情は変らず。 一回瞬きして、無反応のままだったので恐らく違うということ……でしょうか。 赤はセーフですが、白は火傷するのでよろしくありません。掃除も大変です。蝋燭代もバカにはならないし。 「じゃ、じゃあ、簀巻きにして蝋燭立てにして、その前でご馳走を食べる方?」 今回も無表情だった……ということは、つまり。 「動けなくなるまで叩いた後に物置で「お前それ以上喋るな」 見上げた冷血美形の顔は、眉間に皺を寄せて苦悩の表情を作っています。 あ、こめかみ押さえました。 ……どうやら、違うらしい。 *** フリフリと丸い尻尾を振りながら、ケーキ作りに勤しむフリフリエプロンのジャックさん。 キッチンの中には、甘いクリームの香りに、お酒の香りがふわふわと漂っています。 さすが、ホテル厨房勤務経験はダテではありません。 凄いです。 ……美味しそうです。 じんわりと唾液が溜まるのを感じて慌てて飲み下しグラスに水を注いで一気に飲み干し一息つくと、ジャックさんはこちらに背を向けたままぶふっと噴き出しました。 カシャカシャ賑やかな銀色のボウルには滑らかなクリームが踊っています。 驚きの手際のよさです。 ……指突っ込みたいです。舐めたいです。美味しそうです。 「何で、ジャックさん恋人居ないんでしょうね。そんなにマメなのに」 何故か音が消えました。 長い耳が斜めに垂れています。 しばらくの間、深緑の瞳がじっとこちらを見つめた後、スッと逸らされケーキ作りが再開されました。 お酒の入ったビンが傾けられ、どぶどぶと追加され、更に混ぜ合わすカシャカシャという音だけがキチンに響き渡ります。 ……何か、悪い事でも言ったかな。 オーブンが開らかれると、飛びつきたくなるような香りと共に程よく焦げたスポンジが現れました。 それを手際よく切り分け、クリームやナッツなどが載せられ完成したチョコレートケーキは見るからに美味しそうです。 市販でも2セパタはしそうです。具体的に言うとワンホール4千円。 「本当にコレ頂いてもいいんですか?」 そう尋ねると、ジャックさんはピンクエプロンの胸元をぐっと反らし、レースをひらひらと震わせました。 「素人技じゃありませんよね、凄いプロみたいです」 私は製菓スキルが無いので、ただ褒め言葉しか出てきません。 ジャックさんは口元をモフモフと震わせ、手早く調理器具を片付け、ケーキを冷蔵庫にしまいました。 コレを今夜頂けるんですから、感動です。 「こういうのを作るのがこのシーズンの決まりみたいなもんだったからね。作らないと逆に落ち着かなくてね」 「凄いですねぇ」 心底感心して呟くと、ジャックさんは顔を逸らし耳を掻きました。 「活動資金になるからねぇ。高く売れるし」 アレですよね、多分ボランディアの一種。 クリスマス精神……て、いうんでしょうか。 「で、今日は一緒に御飯食べないんですか?」 「今日はサークルがあってね」 何かのスポーツなのか、素振りのような、パンチのような不思議な動きをするジャックさん。 「お友達がいっぱいでいいですね」 「ともだち…つーか、同類…っていうか……同士っていうか……」 何故か、声のトーンが下がっています。 ……なんで、半眼。 「けど、本当に完璧ダメですか?今日は御馳走なのに……サフも居ないしジャックさんも居ないんじゃ」 サフはデートです。羨ましいことに。 しかも御主人様も遅くなる……と言っていましたが、詳細は不明です。 残業かもしれませんが、もしかしたら職場でクリスマスパーティーかもしれませんし、……デートなのかもしれません。 実際、もうちょっと詳しく教えてもらえたらいいのにと、思わなくもありません。 まぁ……ヒトなんかに教える義理は無いんでしょうけど、……なんか。 「寂しいなぁ……」 うっかり洩れた言葉が聞こえてしまったのか、深緑の瞳が揺れ優しく肩に手を載せられました。 「キヨちゃんがそういうなら」 ひどく穏やかな言い方に戸惑いを覚え、俯く私の背に手が回され、ジャックさんは優しく手をまわ……そうとして、玄関から飛び込んできた覆面に飛び蹴りを喰らい、よろめきました。 たたらを踏むジャックさんに覆面が更に迫り、強烈な右フック。 そしてマウントポジションでフルボッコです。 覆面…というか、紙袋は目の部分だけ抜いてある仕様で、しかも全身赤のタイツですから、種族がさっぱりです。 裏切りとか、抜け駆けとか、言いながらパンチの嵐です。 取り合えずどうにかしようと近くの椅子を持ち上げると、背後からチェルの叫びが響き、覆面が舌打ちするのが聞こえました。 その一瞬の隙を突き、即座にキッチンから居間に抜け、玄関から飛び出すジャックさんと数秒遅れて追いかける覆面。 「ケーキ、オレの分 取っといてねぇぇえええぇぇぇぇ」 ベランダの柵をよじ登ってチェルが部屋に入る頃には、二人の姿はとうに消えていました。 ……まぁ、ジャックさんだから、大丈夫かな。 わりと、余裕ありそうだし。 むしろ、泥まみれで帰ってきたチェルの方が問題なわけで。 とりあえず、抱き上げてお風呂へ強制輸送。 「ジャック、今年もにげちゃった」 泥まみれの顔でこちらを見上げ、やっぱり泥だらけの尻尾を宙でばたつかせてチェルが呟いたので、問い返すと大きな瞳を瞬きさせ、小さな口を尖らせました。 「前もヘンな人におっかけられて、そんで明日の朝げんかんに落ちてるの。……ちゃんとちーといっしょにいればいいのに」 六歳の女の子ですから、それなりに重いです。 ですが私も日々抱き上げて、それなりに慣れています。 筋肉がつきました。 抱き上げた小さな体はすっかり冷え切り、どこでどうやったらつくのかわからないような泥をぽたぽたと垂らしています。 なんだか堪らない気持ちになって、私は小さなネズミの女の子を抱きしめました。 *** 温暖なネコの国とは言えど――真冬の運河の上ともなれば、寒い。 寒気と眠気に苦戦しつつ彼は眼を見開き、微かに見える船影を凝視した。 思えば、そもそもあの会合に参加した事自体が間違いだったのだ。 「君がこの会に参加する事を大きな喜びと共に感謝しよう」 会議室に爽やかな声が響く。 なぜかいつも白スーツに胸元に花を飾ったネコがヒゲを張り、朗々と演説している。 「彼らの手は長く深い、しかし、我々はけして負けることは許されない」 握られた拳が天に向かい突き上げられた。 「クリスマスを我が手に!」 「プレゼントもって帰らなきゃ、嫁にどんな眼で見られると思ってんだ!」 「去年なんか、あやうく娘が口聞いてくれなくなるところだったんだぞ!」 「アタシなんか、プレゼント壊されるわ残業に付き合わされるわ彼氏に浮気だと思われるわ散々だったんだからっ!」 様々な言葉と共に興奮した賛同者達が拳を突き上げる。 「「「「打倒! 嫉妬団!!」」」」 「ハイっというわけで、今回も直前の転向者のお陰で襲撃情報を入手する事ができました。今回は運搬船の阻害です」 無駄にノリのいい縞ネコの横で、黒ネコがさらさらと黒板に書き込む情報の数々。 「本日最後の便にクリスマス用プレゼントが満載されているのを一日足止めするのが彼らの目的ですから、荷卸を行えるよう僕ら第三支部は運河の警護をする事になります」 更に加わる運河の略図。 「今回は、オティス君が正式に参加してくれます。娘さん達へのプレゼントがこの便に載っているので、ここんところは確実です」 何故か拍手をもらう。 その微笑ましい表情はやめろ。 「彼の実力は皆さん知ってるだろうから改めて説明はしないけど――コレできわめて勝機が大きくなったのは間違いないね」 不敵な笑みを浮かべるネコに隣の秘書がうっとりとした表情で見とれている。 転向者…つまりは、直前にこいつらはくっついたという事だな、とどこか冷めた一角でそんな事をふと考えた。 彼は溜息をつき、橋の上から運河を眺めた。 運河を流れる水は、いまや所々凍りつき、ネコの魔法で作り出された氷の塊が船の運航を阻害している。 精霊を呼び出す。 彼の意図通り、手の平ほどの大きさの水蛇は水面に潜り、氷を溶かし始め、ほどなく即座に運河は元の流れを取り戻した。 「だーくそ!やられた!!何やってんの!アレ止めなきゃ駄目だろ!」 堤防の上で赤い服の覆面達が魔法を使い、再び運河を凍らせ始める。 この状態を、イタチゴッコというらしい。 暗闇の中を嫉妬団妨害部隊が赤服の背後に忍び寄るのが見える。 そして各所で乱闘がはじまった。 ……早く帰りたい。 彼は心底そう思い、目の前に飛び出してきた赤服を運河に蹴り落とす。 魔法の気配を感じ振り返れば覆面越しに目だけをギラつかせた赤服が炎を体に巻きつかせ、詠唱している。 運河の水が巻き上がった水竜巻は、温度を下げ白く染まった。 炎と吹雪がぶつかり合い、橋上が濃霧に包まれる。 霧が晴れた頃には、橋の上は彼といくつかの雪だるまが点在するだけになった。 堤防の上も赤服の姿は見当たらない。 時折聞こえる、救助を求める声。 ゆっくりと進んでくる運搬船は上陸の準備で忙しい。 仕方なく彼は運河に降り、波を起こしはじめた。 *** 帰宅すると、細い娘と小さい子供が姉妹のように仲睦まじく眠っていた。 テレビから益体も無い番組が流れ室内を煌々と照らしているものの、部屋の温度からして先ほど寝た。という様子でもない。 つついても起きる様子はなく、微かに開いた口元からは甘い菓子とアルコールが強く匂い、食卓には切り分けられた惣菜とケーキがそのまま残っている。 室内に漂うアルコールの元はコレらしい。 一口で泥酔するくせに、混ざっていて気がつかなかったのか。少し彼女は味覚に問題がある。 数々の嫉妬団の妨害を受けつつ持ち帰ったプレゼントと、鉢植えに二等辺三角形にカットされた常緑木をセットし、それからしがみ付いたまま離れようとしない二人をまとめて抱き上げる。 不意に瞳が開かれ、焦点が宙を彷徨ってから自分を捉えた。 「ただいま」 「おかえりなさーい」 笑うと美人の彼女は、酔っ払って寝惚けていても微笑むと美人だった。 ジタバタと暴れるので慎重に降ろすと、酔っているせいか自分から甘えてくる。 愛娘を落とさないように抱きかかえたまま、片腕を回し髪に指を通すと一層体を寄せ微かに笑い声を上げ、今度は顔を寄せてきた。 柔らかな唇に、チョコレートの甘味と酒の苦味が混ざる。 抱えた腰は、柳のようにしなやかで、捏ねたての小麦粉のように柔らかい。 続きをしたいのを堪えて、寝室まで連れて行き術を解く。 パチパチと拍手された。 歳の離れた彼女は、時々ひどく子供じみた真似をする。 娘が可愛らしい寝顔で眠っているのを確認し、彼女の腰に手を回す。 目下の問題はただひとつ―――このベッドでするのはまずいだろう。 本人にいわせると、娘の情操教育に良くないらしい。 何を今更といった感がなくもなかったが、そもそも自分は一般家庭というものを知らないので、口出しできる立場ではない。 顔を擦りつけ、背中に手を回してもう一度撫でてやる。 「しっぽ」 「うん?」 細い指が執拗に鱗を弄り下半身に熱が集中してくるのを感じた。 その撫で方は、やはり誘ってるのか。 期待に胸を膨らませながら表情を窺うと、……口が半開きで心底幸せそうな顔で目を閉じ……寝ていた。 愕然としつつ、彼も二人に尻尾を巻きつけ布団を被る。 むこうの世界の常識は、こちらの世界の人間には計り知れない。 「めりーくりすます。キヨカ」
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太陽と月と星がある 第一話 現在の私の御主人様は非常に良い人です。 なにせ三食食事させてくれるし、噛まないし掻かないし、サンドバック兼枕にもしない、非常に良い人です。 その旨を先日お酒を飲んだ拍子にうっかり本人に告げた所、それ以上喋るなと言われました。 何か逆鱗に触れたようです。 実はやろう思っていたのを釘を刺す形になっていたのだったら、複雑です。 そういうわけでここ三日程、必要事項以外、御主人様とは口を利いていません。 今朝も非常に緊迫した空気を醸し出し、大変居心地が悪い感じになってしまいました。 真冬の砂漠へ散策しに来た御主人様が私を拾って一ヶ月程になります。 まぁ、拾ったちょっと珍しいペットに飽きるのには十分な期間です。 私にとっては中々有意義かつ、目の保養でしたが…。 なんと御主人様は下半身がヘビ尻尾という、ゲームのイベントボス的逸材ですが、上半身は美少年です。 直接聞いてはいませんが、おそらくマダラというやつなんでしょう。 これだけは絶対に秘密ですが、思わず見蕩れるくらい整った顔立ちの冷血美少年です。 五年後が非常に楽しみです。 見られないと思いますけど。 しかも中々良い手をしています。 男性の手に、あんなに鱗が映えるとは想像もしていませんでした。 もちろん鱗に覆われた尻尾も長くて力強くイイ尻尾です。触りたくなります。 チラ見した腹筋も中々でした。 この世界、ヒトかマダラか女性でなくては、もじゃっていない腹筋を見る機会はありませんから、すごい目の保養です。 と、いうわけで、現場は見ていませんがおそらくモテまくり。無論男女問わず。 きっと色々な面で不自由が無いと思われます。 つまり、ヒトを飼うメリットが存在しないのです。 ヒトはヒトなりになんか違う良さがあるとかなんとかという話は聞きましたが…触感とか、味とか。 それに私だって一応ハタチ前ですから、今後の期待を込めて、外見だってなんとかすれば見られないこともナイと思いたい。 いえ、ウサ耳ロリ巨乳やらネコ耳熟れ美女やら、イヌ耳美少女がごろごろしている世界では下層だと思いますけど。 顔には傷無いし。灯り消せば、そんなに気にならないと、思いたい。 マグロじゃありませんよ。それなりにメスヒト的夜の技能持ちですから、出来るはずです。 ゲロ吐いて血も吐くぐらいは、調教されたし。 ただ、命の恩人でもあるしと思って、予めがっかりしないように細々と不備な点を自己申告をしたのがマズかったのか。 言わなければ良かったのかもしれませんが、偽装はよくありません。 それに仮にも命の恩人へそういう嘘をつくのも憚られます。 しかしながら、ただ単に治した人曰く「ぐっちゃんぐちゃんのばきばきで十一分の十ぐらい死んでる」状態だったそうなので、 子供が家畜の屠殺を見て肉を食べられ無くなるのと同じ状態なのかもしれません。 というわけで、まだシてないし。 だとしたら、若いだけで使い道の無い傷物中古のメスヒトなんか転売ぐらいしか用途がありません。 今更ペットはないでしょうから、魔法実験用とか。 ヒト専娼館はノルマがきついので勘弁して欲しいです。 牧場というのもありますが、それは考えないことにします。 だとしたら噂で聞く食用か。 拾われてから骸骨にヒトカワスーツ着用状態から筋皮骨衛門へ進化した程度なので、この線は微妙です。 出汁しか取れません。…笑える。 あれ、という事は、下層じゃなくて最下層かな。でもほらガリ専とか、ね? 落ちる前はダイエットに励んでたくらいぷにぷにだったなのになぁ…。 まぁ、今更どうでもいい事ですけど…。 「お帰りなさいませ、御主人様」 御主人様が非常に険悪な表情を浮かべています。 この御主人様はペットに御主人様と呼ばれるのを嫌がるという、特殊な人です。 確かに一般生活を営んでいる時に呼ばれたら、恥ずかしいものがあります。多分。 というわけで、こちらとしても色々妥協して他の人が居ない時だけ、御主人様と呼ぶようにしています。 しかし今日は同伴でした。 ウサギです。黒くて耳が垂れていて顔に傷があります。 ぐっちょんぐっちょんばっきばきだった私を治した医者のジャックさんです。腕がいいらしいです。 友達かライバルに白っぽくて目つきが悪いのがいるかどうかは聞いていません。 「いらっしゃいませ、ジャックさん。ちょうど良かった。もうすぐ晩御飯できますよ」 毛だらけの顔が笑みの形になりました。 「やっぱ、ヒトメイドもえるー」 最近、ヒトオタとかいうのが流行しているらしいです。 習慣風俗や、えーとタイヤキとかカラオケじゃなくて、ヒト単体に萌えを感じるらしいです。 眼鏡っことか、ツンデレとかショタとか。いわゆる…属性萌え? 正直二足歩行ケモノがモエーとか叫ぶのはキモいと思いますが、それで痛い事をされないヒトが増えるならいい事です。 「さーて、キミちゃんの傷の経過はどうかなー?」 ヒト如きが「そこは怪我していません」などと言えるはずもなく。 つーか、キヨカです。 様々な部分をもふられたり引っ張られたり触られている間、床の木目を数えていると強い視線を感じたので首を捻ると御主人様がめっちゃ睨んでいました。 上は美少年ですが、基本ヘビなので大変迫力があります。 目から怪光線が出たら多分死ぬレベル。 待たされている事に苛立っているのかもしれません。 先に行ってしまってもいいのに律儀に居る所が、真面目というか、なんと言うか。 何か言おうと思いましたが、喋るなと言われたことを思いだして口を閉じると、ふさふさした感触に頬擦りされました、 兎のヒゲって、結構硬くて頬がちくちくします。 目の近くに歯が当たると脈拍が速くなります。 顔って噛まれると凄い腫れるんですよね、目が見えなくなるのは、怖い。 まだ怖いものが残っていたらしい自分に驚きつつ、体を引き剥がす努力をしてみましたが無駄でした。 ジャックさん、がっちりキープし過ぎです。 「じゃ、オレ帰るから!いいお土産をありがとう~」 片腕で持ち上げられ小脇に抱えられ、そのまま引きずられました。 ジャックさん、夜だというのにテンション高いです。 しかも話が見えません。 ジャックさんは晩御飯まだ食べてないのに帰るようです。 アレ? お土産って、私? 慌てて御主人様を見ましたが御主人様は無表情、何も言いません。 私も何も言えません。 売らずに譲るのは予想外でした。 せめて先に一言教えて欲しかったと思わなくもないですが、ただのヒトに親切に教える義理もないし…。 まぁ売っても価格つくか微妙だから仕方ないし、市場は寒いのでそれはそれで…まぁ今更どうでもいい事です。 あーサフとチェルには何も言ってないな。 二人ともテレビに夢中だから仕方ないか。…あ 「すみません、鍋に火をかけたままなので、ちょっと待って下さい」 ジャックさんの動きが止まり手を放されたので台所へ向かおうとしたら御主人様に無言でチョップ喰らいました。 ジャックさんは壁に縋りつきながらヒーヒー言ってます。 私はおでこを抱えてしゃがみこみました。 痛い。 「なんかもっと他に言うことないのか!なんか言え!馬鹿かっ」 尻尾の先でぺしぺし頭を叩かれつつ怒鳴られました。 尻尾の先だとあまり痛くは無いのですが、重いので長い事されると頭がくらくらします。 クッションで叩きあいをした状態、というのが近い表現です。 頭の上でひよこが回っています。 私の脳味噌も回っています。 何言ってんでしょうか、この御主人様。 意味不明です。 不意に胸元を掴まれ、引き寄せられました。 ずいぶん、顔が近いように感じます。 やっぱり犬歯というか、牙には毒があるのかなぁ…。 「オイ、鍋の火を気にする前に俺になんか言うことがあるだろう!言え!」 ぺしぺしが止まったのでやっと話せるようになったものの、頭に血が上らず視界がぼやけて見えます。 「しかし、オマエはもう喋るな、と」 霞む視界で御主人様の眉間に皺が寄るのを把握。 相当怒っているようです。 私のせい、…なんだろうなぁ。 御主人様が手を放して一言何か呟きましたが、良く聞こえませんでした。 「やべーキラちゃん超ウケる」 「キヨカです」 ジャックさんは笑いすぎて耳ひっくり返ってるし。内側ピンク。 あ、鍋忘れてた。鍋! 慌てて立ち上がったらそのままよろけて、更に爆笑されました。 床冷たいです。 ジャックさんは床をバンバン叩いて悶えています。 からかわれてた…という事なんでしょうか? ウサギのセンスはよくわかりません。 でも視界の隅で御主人様もちょっと笑っていたので良しとします。 せっかく作ったトマト風味のごった煮スープがちょっと焦げてしまってブルーな気持ちです。 ジャックさんは肉や魚は固体じゃなければいいとの事なので、肉だけ除いて食べてもらっています。 色々リクエストしては批評してくれるので、楽です。 女体盛りといわれた時は、衛生上の理由で却下したのもいい思い出です。 御主人様曰く「居候」の雑種イヌのサフとスナネズミのチェルは成長期なので色々食べさせなくてはいけないのですが、何を作っても食欲優先で文句は出ないので楽です。 相応しい分量を作る以外は。 鍋を通常より持つ時間が多いので、腕力がついた気がします。 一方、御主人様は何を作っても何も言わずに食べます。 口に合わないのかもしれません。 私の調理レベルは中学校までなので、確かに低レベルです。 一応、魔洸調理器具の使い方は一通り知っているものの、不安が拭えません。 しかもレシピもないし、しょうゆも味噌もないし。 ラーメン食べたいなぁ…うどんも食べたい。わかめと豆腐の味噌汁も。カレーライスとか、お雑煮とか。 前は取り合えず食べられればいいだったのが、最近は欲が出ているようです。 ……自戒しなくては。 「あの、何かリクエストありますか?作れるかわかりませんが」 御主人様はスープに沈んだ芋を潰したまま答えず。 味、気に食わなかったんでしょうか。 早く食べないと冷めますよ。 冷めたらもっと味が落ちると思いますが。 「はーいがっくんあーんっ」 すごく楽しそうに湯気を立てた肉をフォークで刺し、御主人様に勧めるジャックさん。 がっくんと言うのは、御主人様の愛称らしいです。 ガエスタルだからがっくん。 安直。 正直、呼びにくい名前なので無理もありませんが。 「自分で食え」 「じゃあサフわん、あーん」 「あーんっ」 ジャックさんは男性です。 サフも私より実年齢は高くとも子供ですが男性です。 まぁ、ウサギだから気にする方がおかしいのか…。 「あーちーもっちょーだいっ!」 チェルは小麦色の髪に砂色の耳と尻尾の小さな女の子です。 ネズミはヒトと同じくらいの寿命だそうなので、大体幼稚園児くらい。 そのわりに身体能力ハンパありませんが、思考や行動は大差ありません。見ていてちょっと面白い。 「キヨカったまねぎあげるっあーんっ」 さりげなく自分が嫌いなものを渡してくるあたり、本当に面白いです。 「チェル、それ残したら今度倍食べさすぞ」 御主人様が家主というより保護者というか、お父さんぽいのも面白いです。 言動だけ見ると兄弟のようなのに、御主人様が明らかに数段上なのが面白いというか。 しみじみそう思っていると、今度は私が睨まれました。 「お口に合いませんでしたか?」 恐る恐る訊ねると御主人様は首を振り、すっかり冷めたスープを一口。 「お前はもっと食え」 「あーキオちゃんはもっと食うべき。もっと脂肪つけて。肉食べて肉」 脂肪…。 今日の調理に使った肉の正体を私は知りません。 ただの赤身肉。 四足なのか、二本なのか、それとも羽があるのか…。 以前よく言われた脅し文句は、『牧場かそれとも…』 ヒトって希少らしいですが、それってどれくらいなんでしょうね。 最高級黒毛和牛とか、そういうレベルでしょうか。 音楽と美食に囲まれたメタボ生活なら諦めつくのかなぁ…。 「ところで獅子の国ではネコを食べるという噂ですが、他種はカニバリズム適用外なんでしょうか?」 「オレ、肉食わないからわかんなーい。別の意味では全種族食うけど。はいキヨちゃん、あーん」 ふと思った事を口に出したら御主人様に睨まれました。 ご飯中にする言葉ではありませんでしたね。反省。 トマト美味しいです。 「かにぼり?カニが食べるの?」 「ちーうになら食べたよ。砂漠で、おかあさんとおとうさんがいたとき」 「うに?」 「とげが生えてて、おいしい」 良く判らない会話を交わすお子様二人。 ジャックさんが砂漠でうに?とか呟くと御主人様が平然と頷いていたあたり、この世界はすごいなーとおもいました。 砂漠産うに 地底湖とかで海に繋がってるとか、そういうのなんでしょうね、きっと。 美味しいのかなぁ、砂漠産うに。 お寿司、食べたいなぁ…。
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太陽と月と星がある 第24話 私の元御主人様は超美形です。 顔はモチロン、声も素敵、顎のラインも首筋も鎖骨も胸板も腕も指も鱗も尻尾もみんなステキ。 できたら触ってくっついていたい。 朝から晩まで一日眺めていたい。 しかし見られる方はそういうわけにもいきません。 困ったときには古人の知恵すなわち・・・。 「チェキか携帯欲しいなぁ……」 もちろん待受け、写真は部屋に飾りたい。 ん、ちょっとキモい?でも美形だから仕方ないです。 「落ちモノ、欲しいのか?」 「高いんでしょうね~」 みれば美形な顔が微妙に怯んでいる。 この顔も…素敵。 思わず溜息をつくと、ひびの入った肋骨がまだ少し痛む。 この家で住むようになって、もうすぐ二回目の春。 手の怪我が治っていないので、貰った指輪は細いチェーンに通し首に下げている。 こっそり見入ってニヤニヤするのが、最近の趣味というのは、内緒。 部屋には、昨日もらった花の香りが漂っていいと思う。 一応怪我人だからか、よく花を買ってきてくれるのがかなり嬉しい。 どんな顔して花屋で注文しているのか、気になるけど。 「チェルもう寝たら?」 「ん~。 ヤダ」 私に寄りかかって本を読んでいたチェルは、うつらうつらしてきたので声を掛けたらコレだ。 鱗な尻尾がツンツンとチェルの頭をつつくと、彼女を唇を尖らせて尻尾を払い落とそうと手を振りまわす。 「子供はもう寝ろ」 更に声を掛けられ、チェルの触り心地のいい頬が膨らむ。 お餅が焼けたみたいだ。 つついたら、更にむくれた。かわいい。 「パパのバカ!」 そういって、飛び起き憤然として自分の部屋へ向かってしまった。 ちらりと表情を伺うと、口が半開きで嬉しいのと色々な感情で固まっている。 ・・・ヘビという種族は、変化を受け入れるのに時間が掛かるそうで、まだ慣れてないらしい。 私も繕い物をテーブルに置いて立ち上がり、後を追う。 あいにくまだ外出禁止なので、家の中で動き回る機会を見つけないと体力があまって仕方ない。 ラジオ体操でも始めようかな。 「明日の朝は、オムレツ作るからね」 「子どもあつかいしないで!」 かわいい。 「じゃあ、他のにする?」 「・・・オムレツ」 お休みといって頭を撫で、どこからともなく現れたペットのトロロがチェルの隣に飛び込むのを確認して扉を閉めた。 いつの間にかジャックさんの家からこちらに引越しし、すっかりチェルに懐いているのがちょっと羨ましい。 気が逸れていたので、目の前の影にビックリして壁に後頭部をぶつけた。痛い。 「大丈夫か」 向こうも驚いたらしく、気遣わしげな声でこちらに手を差し伸べてくる。 「え、ええ問題ありません」 何度も言うけど美形なので見れば見惚れる。 ああ、無表情もすて・・・ちょっと怒ってる? 「痛くはなかったのか?」 「別に問題は……」 腕組をして、こちらの返答をちょっと怒りながら待つ姿に、前言われた注意を思い出した。 「ちょっと痛いけど、大丈夫だと思います」 うんと頷く姿が意外と可愛くて、またときめく。 おじさんになっても、おじいさんになっても同じように思うんだろうな。 「痛かったら、痛いと言えよ」 なでられされるがままされていると、服越しに包帯の巻いた部分に手が添えられた。 もっと触ればいいのに。 「まだ痛むか?」 ほとんど治っているけど少し引き攣るのは、痛いの分類に入れるべきだろうか? とはいえ、肺炎やら寄生虫やらで寝込んでいた頃に比べれば、ほぼ全快しているんだけど。 問われるまま、抜糸した部分や湿布を貼った部分に関しても告げると、いちいち頷き頭を撫でる。 ・・・抱きしめてくれると、もっといいんだけどな。 ・・・・・・いや、うん、・・・いや、でも・・・うん。 良いかといわれて頷くと、乾いた唇が少しだけ重なって、すぐ離れた。 終わりらしい。 終わりなのかー・・・・・・。 「お前も早く寝ろ。無理して動くなよ?」 真摯な声には、頷くしかない。 その上、頭をぽんぽんされるなんて・・・いいけど、あ、いや、うん、・・・いいけど・・・。 自室まで押されて、仕方なくベッドに入る。 ひんやりしたシーツをぐしゃぐしゃにし、枕の位置を変えながらちょっと考えた。 ベッドが別どころか寝室が別って、どういうこと? しばらく天井を睨んでから体を起こし、狭い部屋を見回す。 ドライフラワーがひとつとコートと帽子が掛かっている。 洋服箪笥の上には、植木鉢がひとつ。 明り取りに小さな窓、それから鏡台。 もともと物置に使っていた部屋なので、あまり広くはない。 というか、だんだん物が増えてきて、ちょっと狭い。 机と兼用にしている鏡台の上には、大切なアクセサリーと、替えの包帯と湿布に絆創膏、それから書きかけの手紙。 手紙はこちらの言葉と、日本語の二回書いているので中々進まない。 手紙を書く相手が出来たのは幸せなことなんだけど・・・あいにく、相談しにくい相手だし。 向こうは向こうで順応しようと奮闘中みたいだし、余計なことを書いても仕方ないし。 助けに来てくれて、大事だといってくれた。それが、一番大事なことなんだし。 ずっと考えても仕方ないと諦めてたので、幸せで嬉しくて仕方ないんだけど・・・・・・。 冬だから、仕方ないのだろうか? うん、冬だから、変温だし眠くてそっちに気が乗らないんだろう。きっとそうだ。 いや、別に私はしたいわけじゃないし、むしろそういうのは無い方が・・・・・・。 ないほうが・・・・・・ 私、また傷増えて見苦しいことになってるし。 お風呂入ってるけど、湿布くさいし。 中古に輪をかけて中古だし。 考えているうちに、だんだん落ち込んでくる。 しばらくベッドの中でのたうち回り続け、枕に顔を埋めバタ足してから覚悟を決めた。 このままじゃ、前と同じだ。 つまり、行動あるのみ。 薄く光の漏れる寝室の扉をノックする。 ややあって返答が聞えないので、躊躇った末、中に入った。 何度でも言うけど、美形です。 上半身は超美形の男性で、下半身は掛け布団の中に隠れてしまっているので、まるで本当に人間のようだけど、瞳が鬱金に光っていて、どきどきする。 深呼吸し、私は真っ直ぐ彼を見据えた。 胸元の枕をぐっと抱きしめる。 「お話があります」 「い、今か?」 何故か焦った様子だ。明日何かあっただろうか。 覚えていないけど、お仕事が忙しいのかも。 「・・・明日でいいです。ごめんなさい」 そそくさと戻ろうとしたら、服の裾に尻尾が引っかかった。 「待て、行くな」 引き止めたにも関わらず、あたふたした様子で尻尾を引き寄せ体に寄せる姿に思わず眉を顰める。 動きが非常にぎこちない。 見覚えのあるぎこちなさ、具体的にいうと、サフが似たようなことやってました。 「えっちな本でもみてたんですか」 一瞬の間のあと、可愛いくらい首が振られた。 よいしょとベッドの上に正座し詰め寄る。ちょっと引かれたので更ににじり寄る。 む、本はないようだけど。 そのことに関しては、一時棚において、近くで見ても、やっぱりステキ。 お尻の下でもぞもぞしているのを軽く叩き、さらに詰め寄る。吐息が触れそうだ。 抱えたままの枕を端に置いた。 「私、落ちてからずっとオモチャにされて、汚いし傷物だってちゃんと言いましたよね。私」 深呼吸して、鎖骨の鱗を睨む。 少し出っ張って、筋が浮いて見える喉元がごくりと動く。 「私を何だと思っているんですか」 「愛してる」 明日、シーツ替えよう。部屋もピカピカにしよう。ご飯も美味しいのがんばって作ろう。 「そんな事、全然言ってくれないじゃないですか」 なんとなく、肩が竦み、視線が下がる。 語尾が弱くなっているので唾を飲み込んで息を吸い込む。 「お前もそうだろう」 「ああぁ……わ、わ、たしだってあなたのこと好きですよ!大好きですよ!でもぜ、全然 そういう…事しないから」 頭の上に水を入れたやかんを置いたら、沸騰するんじゃないだろうか。 ここは、腕とか回しちゃっていいものだろうか。 だって、普通の恋愛とか、わからないし。 「そういう事」 棒読みで返されたので、とりあえず胸板に頭突きかまして押し倒した。 羨ましいほどすべすべのお腹は、腹筋が割れててちょっと硬い。 ジタバタともがく掛け布団を無理やりはだけると、準備万端なのが顔にぶつかって驚いた。 何しろ二本だし。 明るい所で見るのは初めてだったので、じっくり見ていたら顔を抑えられ、そのまま引き離される。 負けるものかと、片手を付いて更に詰め寄る。 痛い方の指に力をこめてしまった。痛い。 「だ、大丈夫です。優しくしますから」 何か言いかけた口がパクパクしている。可愛い。 しばらくその姿を観察していたいところだけど、諦めて鎖骨にキスする。 ここの鱗だけちょっと小さくて、可愛い。 そのままじっくり下まで降り、さっきより元気になってるのをひと嘗めするのと、ベッドから転げ落ちるの、どっちが先立っただろうか。 床と私の間に尻尾があったので、軽く足をぶつけただけですんだけど。 「……びっくりした」 「大丈夫か!」 力強い腕で抱き寄せられ、尻尾でぐるぐる巻きにされてしまった。 これでは押し倒せない。 顔が近いので、目のやり場に困る。美形だから。 「あのな、キヨカ」 「ちょっと尻尾緩めてもらって宜しいですか」 「ああ、すまん」 十分動けるようになったので姿勢を整え、息を吐いて腰を下す。 「ちょ・・!」 久しぶりだから、やっぱちょっとキツ。 角度を直したら、何とか収まった。 自己主張しているのを両手で愛撫しながら斜め上を見上げた。 「それで、なんでしょう?」 苦しいのか重いのか……、表情が困っているのを見ているのは、楽しい。 百面相なら百枚写真を撮っておきたいな。 ぐるぐる回された尻尾も悪くない。 苦しげな息遣いを耳元で聞くのもいいし、両腕が背中に回され隙間がないほどくっつきあうのもすごくいい。 耳を澄ますと自分の中で粘膜が擦れあう音がして、不覚にも興奮する。 「ねぇ、気持ちいいですか」 返事は手の中にでた。 「……早」 「仕方ないだろう、久しぶりだぞっ」 悲鳴に似た響きに思わず頬が綻ぶ。 「ひとりでしてたのに」 「比べられるか!」 サービスすると、やめろと耳元で騒がれた。 耐性が低い。 「こんなに溜めて、どうして言ってくれないんですか」 「怪我人に言えるか!」 耳がピリピリした。 「大声出さないで下さい。チェルが起きちゃ……」 相変わらず…下手だなぁ……好きだからいいけど。 「あのな、」 言いかけた口元をつまんで引っ張り引き寄せ、ちょっと噛みついて、離れる。 「もういっかい」 今度は、もうちょっとだけ巧かった。 「つまり、お前は勘違いをしていたわけか」 はーっと溜息をつく姿もステキだ。 「1つ、夫婦だからといって寝室がおなじとは限らん。しかもお前は怪我人だから、その方がいいと俺は考えた」 目の前で突き出される人差し指をじっと見つめていると、何故か顔を赤らめる。 ちゅーしてやろうかと思ったけど、届かないので断念。 「2つ、お前の国のやり方を俺は知らない。異議がないなら、問題ないのだろうと推測した。問題あるか」 今度はこちらが居心地悪くてもぞもぞすると、尻尾を締めなおされた。 締めるの好きだなぁ……。仕方ないので、踵で尻尾をつつく。 けどこの体勢、蛙の解剖を思い出すので微妙……。 「3つ目だが」 言葉が途切れる。 「あの・・・」 「なんだ」 吐息がくすぐったい。 顔の上で踊る割れた舌の先端に噛みついたら駄目だろうか。 「私、こんなに一杯傷ありますけど。気持ち悪くないですか」 少し体温の低い手が、かさぶたや、抜糸した跡やもっと古い傷跡をなぞった。 包帯が全部取れたら、また傷が増える。 左手にそっと指が絡む。引っ付きすぎだろうか。 「もう増やさないように、俺が守るから大丈夫だ」 返事になってないですよ。 「それよりも、だ」 こほんと咳払いして、不安げな面持ちになった。 「お前は、俺でいいのか」 躊躇う口元、眉間に皺が寄り瞳が不安そうに揺れる。 この憂い気な表情も捨てがたいなぁ。 頬をそっと撫でる手が優しい。 「同族の男の方がいいなら」 「今更何いってんですか」 最後まで言わすか。 「それ、ベッドに押し付けて全身巻きついてヤってる人のセリフじゃないですよね」 しかもアブノーマルなこともしてるし。いや、その・・・まぁ、 しおしおと体を離そうとしたので、自由になった両腕を思いっきり広げて抱きしめた。 「アナタじゃなきゃ嫌」 後で、ヤマトナデシコなのだから、花言葉ぐらい覚えておけといわれた。 素直に頷いておいたけど、そもそも花の種類を覚える事からはじめなくてはいけないというのは、もう少し内緒にしておく。
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太陽と月と星がある 第四話 今日も今日とて雪が降るネコの国のとある地方都市。 窓の外はこんもりと雪が積もり、イヌもネコもネズミも子供は外を駆け回り、 大人は無言で帰宅を急ぐ。 そんな姿を窓から眺め、ああ、部屋の中っていいなぁとしみじみ思う今日この頃です。 ヘビな御主人様は、冬眠したいと言いながら日々を過ごしています。 あまりに朝辛そうなので、湯たんぽになりましょうか?と訊ねたら返事をしてくれませんでした。 失敗。 御主人様曰く、「居候一号」のサフは雑種らしいのですが、毛色は黒銀と灰白の毛皮をした狼顔のわんこです。 今は冬毛で覆われ、まるでぬいぐるみのようです。 小さな体に不釣合いな太い手足。 しかも肉球ピンク。 尖った耳の内側もほんのりピンク。 鼻先もまだらピンク。 眼だけが薄い蒼で、将来の姿をいやおうなく期待させます。 そんなナリで私の服の裾を掴み、きらきらした目で 「キヨカ、耳かきしてくれる?」 「ぜひ」 世の中に神様っているんだなー、と思う瞬間です。 現金だなぁ、私。 「サフずるい。ちーも」 「喜んで」 ふにふに幼女とふわふわワンコの両手に花状態です。楽しいです。 背後から凄い目線を感じるのですが、きっと気のせいだと思う事にします。 ジャックさん、そろそろ帰らないと夜道は危険ですよ。 ですから帰りましょうよ。明日に響きますよ。 居候とペットではどちらが格上か微妙なラインだからなのか、 外見上は私の方が年上だからなのか、二人ともまだ子供だからなのか、 サフもチェルも私がヒトだということをあまり気にせず接してきます。 というか、まだ二人は親元にいるべき年代だと思うのですが…ペット風情が何か言える立場でもありませんけど…。 サフの頭を膝に乗せていると、隣に座っていたジャックさんがテレビを見ながら口を開きました。 「キヨちゃん、なんか欲しいものある?」 不意にそんな事を言われ、一瞬ピンク色の扉を連想してしまいました。もちろん大竹のぶ代ボイス。 今は綿棒で耳をいじっているんだから、…動揺、させないで欲しい。 「そうですね、明日食べたいものありますか?」 「んーとね、ちーはねー、シチューがいいな」 ジャックさんの膝の上に座ったチェルからテレビから目を離さずに返事が来ました。 「なら、肉とパンとキノコが欲しいです」 「じゃーオレは豆も入れて欲しいなー」 「善処します」 闇鍋シチューか、そういえばカレーがあると知った時、御主人様に「マジで!?」とか言っちゃったんですよね…。 ジャックさん曰く『王都の方には専門店もある』そうなんですが、 なにせここはネコの国でも地方の方なので山の幸に恵まれていても、手に入らないものが多いのが…。 御主人様は流通がどうとか、大手企業の市場寡占がなんとか言っていましたが、結局カレーのルゥは手に入らず。 私は香辛料から作る技能は持っていませんので。 ああ、あつあつのねぎたっぷりカレーうどん。 福神漬けたっぷりの大盛りカレーライス…。 思わず遠い目になってしまった自分に叱咤し耳かきを再開しようとした所、 膝がぬるりとしたので見下ろすと、サフがよだれを垂らして寝ていました。 子供だから仕方ないとはいえ…。 ぬるぬる…。 悪戯心で耳に息を吹き込んだら、ひゃうんとか言われました。かわいい。 「起きました?」 「どきどきした」 口元を拭ってあげお風呂に入るというのを見送り、次のチェルを探すと何故かジャックさんがスタンバってました。 いや、ぐって、親指立てられても…。 チェルは食卓にノートを広げ、鉛筆を握り眉間に皺を寄せています。 ああ、お勉強タイム突入でしたか。 御主人様が隣に座り、何事か教えているのが微笑ましいというか、なんというか、なんというか…。 いいなぁ…勉強…。 「さあさあ、キユちゃん!初えっちみたいに優しくしてね!」 成人ウサギの頭、重いです。 いきなり足が痺れて来ました。 ああ、触られると余計に痺れがっ 「めいどさんのひざまくらーひざーふっともー …また甘いもの買って来るから、もうちょっと柔らかくなろうね」 この人、ホントなんでネコの国にいるんでしょうか。 足の痺れが治まったので耳をひっくり返し観察。 あ、汚れてる。 さすがに自分でするのは限界があるのか、非常にやりがいのある事になっています。 いやいや、別にわくわくだなんてしてませんけど! していませんよ?ホント、気のせいです。 深呼吸して、意識を集中し 「あっ いたいっ もっとっ 優しくっ あぁっんっ やぁっ」 騒音が気になるものの、気に留めずに集中。 凄いです。大きな耳だけに凄いことになっています。 手持ちの綿棒が使い物にならなくなったので選手交代を考えていたところ、 ふと手元が暗くなり、照明の方を振り返ると御主人様が無言で佇んでいました。 逆光で表情は分かりませんが、手には雑巾を持っています。 「これから拭き掃除されるんですか?」 手を止め訊ねると、御主人様は尻尾をうねらせ、重々しく頷きました。 「 ぎゃあっ ちょっ きよちゃっ!?つつめた!つめた!!! だっ がっくん!!! ああああああああああっ え? あ そこはやめっ 耳はっ耳はっ アーッ 」 いつも口数が少なくて表情の分からない御主人様ですが、ジャックさんとはよくじゃれています。 じゃれるときはいつもある眉間の皺がとれ、ほんの少し口元が吊上がり笑顔らしきものが浮いているように見えます。 美少年は笑顔もいいなぁ、と心の中で感嘆したり。 ジャックさんが私で遊んでいると、御主人様が乱入というのがパターンなようです。 仲いいなぁ。 あ、ちなみに私は遠くからお二人を見守っています。 ノートを広げ、悪戯を増やしているチェルを見ると、不満げに唇を尖らせていました。 「いいなーたのしそうーちーもあそびたいなー」 「もうちょっと頑張ってから加わってください」 ところで、いつの間にかお風呂から出たサフが物凄い勢いで落ち込んでいるのですが、何があったんだろう。 声をかけたら物凄く気まずそうな表情を浮かべられました。 なんでだろう…嫌われるようなこと、したかな…。 「おい、」 チェルのノートを見せてもらっていると、御主人様からお呼びが掛かりました。 妙に満足げな雰囲気を漂わせています。 その後ろではジャックさんが女の子座りで耳を撫でながらなにかブツブツ言っているのがホラー過ぎます。 なんか、…事後っぽくて凄くイヤ。 いえ、御主人様の行動に口を出す気はありませんが、…なんとなく。 「なんか、欲しいものないのか」 流行ってんでしょうか、その質問。 「明後日の晩御飯のおかず ですね。あと小麦粉が切れそうです」 御主人様の眉間がぴくっとなりました。 何が失言だったのか…。 「あ、入浴剤もそろそろ空になりそうです」 「そんなもの、自分で買いに行け」 さっきと打って変わって固い口調です。 もしやお怒りですか。 確かに御主人様かサフしか買い物にはいけないとはいえ、御主人様をパシらせるのは問題です。 まぁ私もここで飼われる様になってずいぶんと体力戻ったし、買い物ぐらいは行けるかもしれません。 その前に問題がありますが。 「それなら、必要なものがあるんですが」 子供の前で言うのはちょっと触りがある気がします。 いえ、私がヒトだって言うのは二人だって分かりきっていることなんですが、そういう配慮って子供には必要な気がするので。 多分、まだ。 席を立って御主人様の横に立ち、お耳を拝借。 ターバンの裾が頬をくすぐるのがちょっとこそばゆい感じです。 「外に出るなら、首輪が必要なんですが」 御主人様の目が見開かれ、ウサギだけにやっぱり聞こえたのか、いつの間にか復活したジャックさんが眼を瞬かせました。 「ほら、無いとノラだと思われますし」 御主人様はヒトを飼うことに関して疎い部分が多いようです。 というか、普通はこういう知識が必要ないんでしょうから仕方ないことなんでしょうが。 そういえば、首輪っていくらぐらいするんだろう? あまり高くなければいいのですが…。 初めて着けられた時はあんなに必死で抵抗したのに……皮肉な話です。 「キラちゃん、ちょっとここ座って」 ジャックさんが床を指したので取り合えず正座。 また名前違うけど、もう訂正するのも面倒です。 足に御主人様の長い尻尾がちょっと当たるのは多分役得。 ひんやりざらすべ。 出来ればいつか触らせてもらいたいなぁ…。 そして、ジャックさんは無言で懐をまさぐり、出てきたのは太い皮製の首輪、鎖つき。 準備万端ですね。 買う手間が省けたというか、常備しているジャックさんはいったい何者なんだろう… …ホントに医者なんだろうか。 ジャックさんはソレを私の前に差し出し、真面目な顔になり 「これ付けてちょっと上目遣いでオレの事、御主人様っ(はぁと)て呼んでみ゛っ!!」 御主人様の尻尾がジャックさんの頭に見事ヒット。 凄く痛そうな音が響きました。 「ジャックさん、大丈夫ですか?」 「大丈夫じゃないのは、お前の頭だ―――ッ!!」 御主人様、ご乱心。 肩を捕まれ、かくかく揺すぶられました。 目が回る目が。 御主人様、指に圧力掛かりすぎです。 「キヨカーもう寝るから、お話して」 動きが止まりました。意図的かどうか分かりませんが、チェルに感謝です。 しかし手は放されたものの、頭の中がくるくる…。 ううチェル更に肩揺すぶるのやめて下さい…。 「お話、今日どんなのがいいですか?」 御主人様、また怒っているみたいで、無表情です。あー…。 「あのね、この前のゾウの話がいいな」 チェルのリクエストに応え、更に町のネズミと田舎のネズミまで語って疲労困憊です。 途中からもぐりこんで来たサフもついでに寝かしつけ、気分はお母さんです。 いえ、自分がヒトだとは自覚していますが、やっている事は大体そんな感じなので…。 あんなパワフルなお子さんを育てるんだから、この世界のお母さんて最強なんじゃないでしょうか。 起こさないようにそっと部屋を出ると、キッチンに御主人様がいらっしゃいました。 ジャックさんはもう帰ってしまったのか、気配がありません。 まだ怒ってるのかなー…と様子を伺ってみれば。 一人晩酌。 御主人様、侘しいです。 尻尾も心なしか元気がありません。 せっかくの美形台無しです。これはいけません。 試しに作ってみた味付け卵と自作漬物…もといピクルスを小皿に盛って空いている椅子へ。 先日からお酒禁止を言い渡されてるので私は飲みませんが。 言われなくても言われなければ飲みませんけど。未成年だし。 「御主人様」 睨まれました。その上、溜息です。ここは機嫌をとりたい所です。 取り合えず、おつまみを差し出してみました。 御主人様が卵好きと言うのは把握済みです。 「宜しかったら」 無言でつまむ御主人様。指先が綺麗です。 ええ、手フェチですが、なにか? ちなみに御主人様の口元がちょっとだけ緩んだのも見逃していませんよ。 役得です。 「いかがでしょうか?塩足りていますか?」 あっという間に無くなってしまったのが返事だと思うことにします。 「あのですね、御主人様」 あれ、微妙に眉間に皺が寄ってしまった。 無言でグラスを傾けています。 「先程の首輪の件なのですが」 こちらを見る御主人様。 御主人様の瞳はヒトと違う虹彩で思わず見入ってしまいます。 ああ、もしやこれがヘビに睨まれたカエル状態…ちょっと違うかな。 「良く考えたら、首輪はマズいので撤回させて頂こうかと思いまして」 グラスが空のようなのでお代わりを注いで、 「ヒトが居るって思われたら、強盗とか来ますから」 多いみたいですよ。ヒト=落ちモノ=高価=お金持ちですからね、普通。 「みなさんに何かあったら大変ですし」 …なんで眉間の皺が深くなってしまうのでしょうか。 何か言いたげでしたが、結局何も言わず…この無言に凄く緊張するんですけど…。 不意に手を伸ばされシャツの襟を捲られました。 まさか、ここでするんですか、あ、まだお風呂入ってないんですけどーいいのかなー第一回目ここで… 「おまえなぁ」 御主人様、いきなり脱力しています。何か萎えるようなことしましたか、私。 もしや内心を発言しましたか。それは相当恥ずかしい。 「痛いならいえ、痣になってるじゃないか」 顔近いです。 「どこですか?」 「ここだここ、さっき掴んだときだな、早く言えバカモノ」 ああ、かっくんかっくんされた時ですか。角度的に見えないのですが、…後で見ておこう。 「気がつきませんでした」 アレくらい、痛いの内に入りませんし。 「いや、俺が悪いんだが、お前も… なんでもない」 そう言って、鎖骨の辺りをまじまじと見つめ、 私の顔を見て―――手を放し、早く服を戻せとぶっきらぼうに言われました。 言われたとおりボタンを嵌め、見上げると何故か苛立った表情で指先で顎骨を触られました。 「お前、もうちょっと食え痩せ過ぎだ」 「御主人様、デブ専でしたか。これは意外」 あ。 でこぴん一回で済みました。 痛かったです。
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太陽と月と星がある 第四話 今日も今日とて雪が降るネコの国のとある地方都市。 窓の外はこんもりと雪が積もり、イヌもネコもネズミも子供は外を駆け回り、 大人は無言で帰宅を急ぐ。 そんな姿を窓から眺め、ああ、部屋の中っていいなぁとしみじみ思う今日この頃です。 ヘビな御主人様は、冬眠したいと言いながら日々を過ごしています。 あまりに朝辛そうなので、湯たんぽになりましょうか?と訊ねたら返事をしてくれませんでした。 失敗。 御主人様曰く、「居候一号」のサフは雑種らしいのですが、毛色は黒銀と灰白の毛皮をした狼顔のわんこです。 今は冬毛で覆われ、まるでぬいぐるみのようです。 小さな体に不釣合いな太い手足。 しかも肉球ピンク。 尖った耳の内側もほんのりピンク。 鼻先もまだらピンク。 眼だけが薄い蒼で、将来の姿をいやおうなく期待させます。 そんなナリで私の服の裾を掴み、きらきらした目で 「キヨカ、耳かきしてくれる?」 「ぜひ」 世の中に神様っているんだなー、と思う瞬間です。 現金だなぁ、私。 「サフずるい。ちーも」 「喜んで」 ふにふに幼女とふわふわワンコの両手に花状態です。楽しいです。 背後から凄い目線を感じるのですが、きっと気のせいだと思う事にします。 ジャックさん、そろそろ帰らないと夜道は危険ですよ。 ですから帰りましょうよ。明日に響きますよ。 居候とペットではどちらが格上か微妙なラインだからなのか、 外見上は私の方が年上だからなのか、二人ともまだ子供だからなのか、 サフもチェルも私がヒトだということをあまり気にせず接してきます。 というか、まだ二人は親元にいるべき年代だと思うのですが…ペット風情が何か言える立場でもありませんけど…。 サフの頭を膝に乗せていると、隣に座っていたジャックさんがテレビを見ながら口を開きました。 「キヨちゃん、なんか欲しいものある?」 不意にそんな事を言われ、一瞬ピンク色の扉を連想してしまいました。もちろん大竹のぶ代ボイス。 今は綿棒で耳をいじっているんだから、…動揺、させないで欲しい。 「そうですね、明日食べたいものありますか?」 「んーとね、ちーはねー、シチューがいいな」 ジャックさんの膝の上に座ったチェルからテレビから目を離さずに返事が来ました。 「なら、肉とパンとキノコが欲しいです」 「じゃーオレは豆も入れて欲しいなー」 「善処します」 闇鍋シチューか、そういえばカレーがあると知った時、御主人様に「マジで!?」とか言っちゃったんですよね…。 ジャックさん曰く『王都の方には専門店もある』そうなんですが、 なにせここはネコの国でも地方の方なので山の幸に恵まれていても、手に入らないものが多いのが…。 御主人様は流通がどうとか、大手企業の市場寡占がなんとか言っていましたが、結局カレーのルゥは手に入らず。 私は香辛料から作る技能は持っていませんので。 ああ、あつあつのねぎたっぷりカレーうどん。 福神漬けたっぷりの大盛りカレーライス…。 思わず遠い目になってしまった自分に叱咤し耳かきを再開しようとした所、 膝がぬるりとしたので見下ろすと、サフがよだれを垂らして寝ていました。 子供だから仕方ないとはいえ…。 ぬるぬる…。 悪戯心で耳に息を吹き込んだら、ひゃうんとか言われました。かわいい。 「起きました?」 「どきどきした」 口元を拭ってあげお風呂に入るというのを見送り、次のチェルを探すと何故かジャックさんがスタンバってました。 いや、ぐって、親指立てられても…。 チェルは食卓にノートを広げ、鉛筆を握り眉間に皺を寄せています。 ああ、お勉強タイム突入でしたか。 御主人様が隣に座り、何事か教えているのが微笑ましいというか、なんというか、なんというか…。 いいなぁ…勉強…。 「さあさあ、キユちゃん!初えっちみたいに優しくしてね!」 成人ウサギの頭、重いです。 いきなり足が痺れて来ました。 ああ、触られると余計に痺れがっ 「めいどさんのひざまくらーひざーふっともー …また甘いもの買って来るから、もうちょっと柔らかくなろうね」 この人、ホントなんでネコの国にいるんでしょうか。 足の痺れが治まったので耳をひっくり返し観察。 あ、汚れてる。 さすがに自分でするのは限界があるのか、非常にやりがいのある事になっています。 いやいや、別にわくわくだなんてしてませんけど! していませんよ?ホント、気のせいです。 深呼吸して、意識を集中し ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「あっ いたいっ もっとっ 優しくっ あぁっんっ やぁっ」 騒音が気になるものの、気に留めずに集中。 凄いです。大きな耳だけに凄いことになっています。 手持ちの綿棒が使い物にならなくなったので選手交代を考えていたところ、 ふと手元が暗くなり、照明の方を振り返ると御主人様が無言で佇んでいました。 逆光で表情は分かりませんが、手には雑巾を持っています。 「これから拭き掃除されるんですか?」 手を止め訊ねると、御主人様は尻尾をうねらせ、重々しく頷きました。 「 ぎゃあっ ちょっ きよちゃっ!?つつめた!つめた!!! だっ がっくん!!! ああああああああああっ え? あ そこはやめっ 耳はっ耳はっ アーッ 」 いつも口数が少なくて表情の分からない御主人様ですが、ジャックさんとはよくじゃれています。 じゃれるときはいつもある眉間の皺がとれ、ほんの少し口元が吊上がり笑顔らしきものが浮いているように見えます。 美少年は笑顔もいいなぁ、と心の中で感嘆したり。 ジャックさんが私で遊んでいると、御主人様が乱入というのがパターンなようです。 仲いいなぁ。 あ、ちなみに私は遠くからお二人を見守っています。 ノートを広げ、悪戯を増やしているチェルを見ると、不満げに唇を尖らせていました。 「いいなーたのしそうーちーもあそびたいなー」 「もうちょっと頑張ってから加わってください」 ところで、いつの間にかお風呂から出たサフが物凄い勢いで落ち込んでいるのですが、何があったんだろう。 声をかけたら物凄く気まずそうな表情を浮かべられました。 なんでだろう…嫌われるようなこと、したかな…。 *** 「おい、」 チェルのノートを見せてもらっていると、御主人様からお呼びが掛かりました。 妙に満足げな雰囲気を漂わせています。 その後ろではジャックさんが女の子座りで耳を撫でながらなにかブツブツ言っているのがホラー過ぎます。 なんか、……事後っぽくて凄くイヤ。 いえ、御主人様の行動に口を出す気はありませんが、……なんとなく。 「なんか、欲しいものないのか」 流行ってんでしょうか、その質問。 「明後日の晩御飯のおかず ですね。あと小麦粉が切れそうです」 御主人様の眉間がぴくっとなりました。 何が失言だったのか……。 「あ、入浴剤もそろそろ空になりそうです」 「そんなもの、自分で買いに行け」 さっきと打って変わって固い口調です。 もしやお怒りですか。 確かに御主人様かサフしか買い物にはいけないとはいえ、御主人様をパシらせるのは問題です。 まぁ私もここで飼われる様になってずいぶんと体力戻ったし、買い物ぐらいは行けるかもしれません。 その前に問題がありますが。 「それなら、必要なものがあるんですが」 子供の前で言うのはちょっと触りがある気がします。 いえ、私がヒトだって言うのは二人だって分かりきっていることなんですが、そういう配慮って子供には必要な気がするので。 多分、……まだ。 席を立って御主人様の横に立ち、お耳を拝借。 ターバンの裾が頬をくすぐるのがちょっとこそばゆい感じです。 「外に出るなら、首輪が必要なんですが」 御主人様の目が見開かれ、ウサギだけにやっぱり聞こえたのか、いつの間にか復活したジャックさんが眼を瞬かせました。 「ほら、無いとノラだと思われますし」 御主人様はヒトを飼うことに関して疎い部分が多いようです。 というか、普通はこういう知識が必要ないんでしょうから仕方ないことなんでしょうが。 そういえば、首輪っていくらぐらいするんだろう? あまり高くなければいいのですが…。 初めて着けられた時はあんなに必死で抵抗したのに……皮肉な話です。 「キラちゃん、ちょっとここ座って」 ジャックさんが床を指したので取り合えず正座。 また名前違うけど、もう訂正するのも面倒です。 足に御主人様の長い尻尾がちょっと当たるのは多分役得。 ひんやりざらすべ。 出来ればいつか触らせてもらいたいなぁ……。 そして、ジャックさんは無言で懐をまさぐり、出てきたのは太い皮製の首輪、鎖つき。 準備万端ですね。 買う手間が省けたというか、常備しているジャックさんはいったい何者なんだろう…… ……ホントに、医者なんだろうか。 ジャックさんはソレを私の前に差し出し、真面目な顔になり 「これ付けてちょっと上目遣いでオレの事、御主人様っ(はぁと)て呼んでみ゛っ!!」 御主人様の尻尾がジャックさんの頭に見事ヒット。 凄く痛そうな音が響きました。 「ジャックさん、大丈夫ですか?」 「大丈夫じゃないのは、お前の頭だ―――ッ!!」 御主人様、ご乱心。 肩を捕まれ、かくかく揺すぶられました。 目が回る目が。 御主人様、指に圧力掛かりすぎです。 「キヨカーもうねるから、お話して」 動きが止まりました。意図的かどうか分かりませんが、チェルに感謝です。 しかし手は放されたものの、頭の中がくるくる……。 ううチェル更に肩揺すぶるのやめて下さい……。 「お話、今日どんなのがいいですか?」 御主人様、また怒っているみたいで、無表情です。あー……。 「あのね、この前のゾウの話がいいな」 *** チェルのリクエストに応え、更に町のネズミと田舎のネズミまで語って疲労困憊です。 途中からもぐりこんで来たサフもついでに寝かしつけ、気分はお母さんです。 いえ、自分がヒトだとは自覚していますが、やっている事は大体そんな感じなので……。 あんなパワフルなお子さんを育てるんだから、この世界のお母さんて最強なんじゃないでしょうか。 起こさないようにそっと部屋を出ると、キッチンに御主人様がいらっしゃいました。 ジャックさんはもう帰ってしまったのか、気配がありません。 まだ怒ってるのかなー…と様子を伺ってみれば。 一人晩酌。 御主人様、侘しいです。 尻尾も心なしか元気がありません。 せっかくの美形台無しです。これはいけません。 試しに作ってみた味付け卵と自作漬物…もといピクルスを小皿に盛って空いている椅子へ。 先日からお酒禁止を言い渡されてるので私は飲みませんが。 言われなくても言われなければ飲みませんけど。未成年だし。 「御主人様」 睨まれました。その上、溜息です。ここは機嫌をとりたい所です。 取り合えず、おつまみを差し出してみました。 御主人様が卵好きと言うのは把握済みです。 「宜しかったら」 無言でつまむ御主人様。指先が綺麗です。 ええ、手フェチですが、なにか? ちなみに御主人様の口元がちょっとだけ緩んだのも見逃していませんよ。 役得です。 「いかがでしょうか?塩足りていますか?」 あっという間に無くなってしまったのが返事だと思うことにします。 「あのですね、御主人様」 あれ、微妙に眉間に皺が寄ってしまった。 無言でグラスを傾けています。 「先程の首輪の件なのですが」 こちらを見る御主人様。 御主人様の瞳はヒトと違う虹彩で思わず見入ってしまいます。 ああ、もしやこれがヘビに睨まれたカエル状態…ちょっと違うかな。 「良く考えたら、首輪はマズいので撤回させて頂こうかと思いまして」 グラスが空のようなのでお代わりを注いで、 「ヒトが居るって思われたら、強盗とか来ますから」 多いみたいですよ。ヒト=落ちモノ=高価=お金持ちですからね、普通。 「みなさんに何かあったら大変ですし」 …なんで眉間の皺が深くなってしまうのでしょうか。 何か言いたげでしたが、結局何も言わず…この無言に凄く緊張するんですけど…。 不意に手を伸ばされシャツの襟を捲られました。 まさか、ここでするんですか、あ、まだお風呂入ってないんですけどーいいのかなー第一回目ここで… 「おまえなぁ」 御主人様、いきなり脱力しています。何か萎えるようなことしましたか、私。 もしや内心を発言しましたか。それは相当恥ずかしい。 「痛いならいえ、痣になってるじゃないか」 顔近いです。 「どこですか?」 「ここだここ、さっき掴んだときだな、早く言えバカモノ」 ああ、かっくんかっくんされた時ですか。角度的に見えないのですが、…後で見ておこう。 「気がつきませんでした」 アレくらい、痛いの内に入りませんし。 「いや、俺が悪いんだが、お前も… なんでもない」 そう言って、鎖骨の辺りをまじまじと見つめ、 私の顔を見て―――手を放し、早く服を戻せとぶっきらぼうに言われました。 言われたとおりボタンを嵌め、見上げると何故か苛立った表情で指先で顎骨を触られました。 「お前、もうちょっと食え痩せ過ぎだ」 「御主人様、デブ専でしたか。これは意外」 あ。 でこぴん一回で済みました。 痛かったです。
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太陽と月と星がある 第一話 現在の私の御主人様は非常に良い人です。 なにせ三食食事させてくれるし、噛まないし掻かないし、サンドバック兼枕にもしない、非常に良い人です。 その旨を先日お酒を飲んだ拍子にうっかり本人に告げた所、それ以上喋るなと言われました。 何か逆鱗に触れたようです。 実はやろう思っていたのを釘を刺す形になっていたのだったら、複雑です。 そういうわけでここ三日程、必要事項以外、御主人様とは口を利いていません。 今朝も非常に緊迫した空気を醸し出し、大変居心地が悪い感じになってしまいました。 真冬の砂漠へ散策しに来た御主人様が私を拾って一ヶ月程になります。 まぁ、拾ったちょっと珍しいペットに飽きるのには十分な期間です。 私にとっては中々有意義かつ、目の保養でしたが…。 なんと御主人様は下半身がヘビ尻尾という、ゲームのイベントボス的逸材ですが、上半身は美少年です。 直接聞いてはいませんが、おそらくマダラというやつなんでしょう。 これだけは絶対に秘密ですが、思わず見蕩れるくらい整った顔立ちの冷血美少年です。 五年後が非常に楽しみです。 見られないと思いますけど。 しかも中々良い手をしています。 男性の手に、あんなに鱗が映えるとは想像もしていませんでした。 もちろん鱗に覆われた尻尾も長くて力強くイイ尻尾です。触りたくなります。 チラ見した腹筋も中々でした。 この世界、ヒトかマダラか女性でなくては、もじゃっていない腹筋を見る機会はありませんから、すごい目の保養です。 と、いうわけで、現場は見ていませんがおそらくモテまくり。無論男女問わず。 きっと色々な面で不自由が無いと思われます。 つまり、ヒトを飼うメリットが存在しないのです。 ヒトはヒトなりになんか違う良さがあるとかなんとかという話は聞きましたが…触感とか、味とか。 それに私だって一応ハタチ前ですから、今後の期待を込めて、外見だってなんとかすれば見られないこともナイと思いたい。 いえ、ウサ耳ロリ巨乳やらネコ耳熟れ美女やら、イヌ耳美少女がごろごろしている世界では下層だと思いますけど。 顔には傷無いし。灯り消せば、そんなに気にならないと、思いたい。 マグロじゃありませんよ。それなりにメスヒト的夜の技能持ちですから、出来るはずです。 ゲロ吐いて血も吐くぐらいは、……調教、されたし。 ただ、命の恩人でもあるしと思って、予めがっかりしないように細々と不備な点を自己申告をしたのがマズかったのか。 言わなければ良かったのかもしれませんが、偽装はよくありません。 それに仮にも命の恩人へそういう嘘をつくのも憚られます。 しかしながら、ただ単に治した人曰く「ぐっちゃんぐちゃんのばきばきで十一分の十ぐらい死んでる」状態だったそうなので、子供が家畜の屠殺を見て肉を食べられ無くなるのと同じ状態なのかもしれません。 というわけで、まだシてないし。 だとしたら、若いだけで使い道の無い傷物中古のメスヒトなんか転売ぐらいしか用途がありません。 今更ペットはないでしょうから、魔法実験用とか。 ヒト専娼館はノルマがきついので勘弁して欲しいです。 牧場というのもありますが、それは考えないことにします。 だとしたら、噂で聞く食用か。 拾われてから骸骨にヒトカワスーツ着用状態から筋皮骨衛門へ進化した程度なので、この線は微妙です。 出汁しか取れません。……笑える。 あれ、という事は、下層じゃなくて最下層かな。でもほらガリ専とか、ね? 落ちる前はダイエットに励んでたくらいぷにぷにだったなのになぁ…。 まぁ、今更……どうでもいい事ですけど…… 「お帰りなさいませ、御主人様」 御主人様が非常に険悪な表情を浮かべています。 この御主人様はペットに御主人様と呼ばれるのを嫌がるという、特殊な人です。 確かに一般生活を営んでいる時に呼ばれたら、恥ずかしいものがあります。多分。 というわけで、こちらとしても色々妥協して他の人が居ない時だけ、御主人様と呼ぶようにしています。 しかし今日は同伴でした。 ウサギです。黒くて耳が垂れていて顔に傷があります。 ぐっちょんぐっちょんばっきばきだった私を治した医者のジャックさんです。腕がいいらしいです。 友達かライバルに白っぽくて目つきが悪いのがいるかどうかは聞いていません。 「いらっしゃいませ、ジャックさん。ちょうど良かった。もうすぐ晩御飯できますよ」 毛だらけの顔が笑みの形になりました。 「やっぱ、ヒトメイドもえるー」 最近、ヒトオタとかいうのが流行しているらしいです。 習慣風俗や、えーとタイヤキとかカラオケじゃなくて、ヒト単体に萌えを感じるらしいです。 眼鏡っことか、ツンデレとかショタとか。いわゆる…属性萌え? 正直二足歩行ケモノがモエーとか叫ぶのはキモいと思いますが、それで痛い事をされないヒトが増えるならいい事です。 「さーて、キミちゃんの傷の経過はどうかなー?」 ヒト如きが「そこは怪我していません」などと言えるはずもなく。 つーか、キヨカです。 様々な部分をもふられたり引っ張られたり触られている間、床の木目を数えていると強い視線を感じたので首を捻ると御主人様がめっちゃ睨んでいました。 上は美少年ですが、基本ヘビなので大変迫力があります。 目から怪光線が出たら多分死ぬレベル。 待たされている事に苛立っているのかもしれません。 先に行ってしまってもいいのに律儀に居る所が、真面目というか、なんと言うか。 何か言おうと思いましたが、喋るなと言われたことを思いだして口を閉じると、ふさふさした感触に頬擦りされました、 兎のヒゲって、結構硬くて頬がちくちくします。 目の近くに歯が当たると脈拍が速くなります。 顔って噛まれると凄い腫れるんですよね、目が見えなくなるのは、怖い。 まだ怖いものが残っていたらしい自分に驚きつつ、体を引き剥がす努力をしてみましたが無駄でした。 ジャックさん、がっちりキープし過ぎです。 「じゃ、オレ帰るから!いいお土産をありがとう~」 片腕で持ち上げられ小脇に抱えられ、そのまま引きずられました。 ジャックさん、夜だというのにテンション高いです。 しかも話が見えません。 ジャックさんは晩御飯まだ食べてないのに帰るようです。 ……アレ? お土産って、……私のこと? 慌てて御主人様を見ましたが御主人様は無表情のまま、何も言いません。 私も何も言えません。 売らずに譲るのは予想外でした。 せめて先に一言教えて欲しかったと思わなくもないですが、ただのヒトに親切に教える義理もないし……。 まぁ売っても価格つくか微妙だから仕方ないし、市場は寒いのでそれはそれで…まぁ……今更、どうでもいい事です。 あー……サフとチェルには何も言ってないな。 二人ともテレビに夢中だから仕方ないか。…あ 「すみません、鍋に火をかけたままなので、ちょっと待って下さい」 ジャックさんの動きが止まり手を放されたので台所へ向かおうとしたら御主人様に無言でチョップ喰らいました。 ジャックさんは壁に縋りつきながらヒーヒー言ってます。 私はおでこを抱えてしゃがみこみました。 痛い。 「なんかもっと他に言うことないのか!なんか言え!馬鹿かっ」 尻尾の先でぺしぺし頭を叩かれつつ怒鳴られました。 尻尾の先だとあまり痛くは無いのですが、重いので長い事されると頭がくらくらします。 クッションで叩きあいをした状態、というのが近い表現です。 頭の上でひよこが回っています。 私の脳味噌も回っています。 何言ってんでしょうか、この御主人様。 意味不明です。 不意に胸元を掴まれ、引き寄せられました。 ずいぶん、顔が近いように感じます。 やっぱり犬歯というか、牙には毒があるのかなぁ……。 「オイ、鍋の火を気にする前に俺になんか言うことがあるだろう!言え!」 ぺしぺしが止まったのでやっと話せるようになったものの、頭に血が上らず視界がぼやけて見えます。 「しかし、オマエはもう喋るな、と」 霞む視界で御主人様の眉間に皺が寄るのを把握。 相当怒っているようです。 何故かわからないけど私のせい、……なんだろうなぁ。 御主人様が手を放して一言何か呟きましたが、良く聞こえませんでした。 「やべーキラちゃん超ウケる」 「キヨカです」 ジャックさんは笑いすぎて耳ひっくり返ってるし。内側ピンク。 あ、鍋忘れてた。鍋! 慌てて立ち上がったらそのままよろけて、更に爆笑されました。 床、冷たいです。 ジャックさんは床をバンバン叩いて悶えています。 2人にからかわれてた……という事なんでしょうか? ウサギのセンスはよくわかりません。 でも視界の隅で御主人様もちょっと笑っていたので良しとします。 *** せっかく作ったトマト風味のごった煮スープがちょっと焦げてしまってブルーな気持ちです。 ジャックさんは肉や魚は固体じゃなければいいとの事なので、肉だけ除いて食べてもらっています。 色々リクエストしては批評してくれるので、楽です。 女体盛りといわれた時は、衛生上の理由で却下したのもいい思い出です。 御主人様曰く「居候」の雑種イヌのサフとスナネズミのチェルは成長期なので色々食べさせなくてはいけないのですが、何を作っても食欲優先で文句は出ないので楽です。 相応しい分量を作る以外は。 鍋を通常より持つ時間が多いので、腕力がついた気がします。 一方、御主人様は何を作っても何も言わずに食べます。 口に合わないのかもしれません。 私の調理レベルは中学校までなので、確かに低レベルです。 一応、魔洸調理器具の使い方は一通り知っているものの、不安が拭えません。 しかもレシピもないし、しょうゆも味噌もないし。 ラーメン食べたいなぁ…うどんも食べたい。わかめと豆腐の味噌汁も。カレーライスとか、お雑煮とか。 前は取り合えず食べられればいいだったのが、最近は欲が出ているようです。 ……自戒しなくては。 「あの、何かリクエストありますか?作れるかわかりませんが」 御主人様はスープに沈んだ芋を潰したまま答えず。 味、気に食わなかったんでしょうか。 早く食べないと冷めますよ。 冷めたらもっと味が落ちると思いますが。 「はーいがっくんあーんっ」 すごく楽しそうに湯気を立てた肉をフォークで刺し、御主人様に勧めるジャックさん。 がっくんと言うのは、御主人様の愛称らしいです。 ガエスタルだからがっくん。 安直。 正直、呼びにくい名前なので無理もありませんが。 「自分で食え」 「じゃあサフわん、あーん」 「あーんっ」 ジャックさんは男性です。 サフも私より実年齢は高くとも子供ですが男性です。 まぁ、ウサギだから気にする方がおかしいのか…。 「あーちーもっちょーだいっ!」 チェルは小麦色の髪に砂色の耳と尻尾の小さな女の子です。 ネズミはヒトと同じくらいの寿命だそうなので、大体幼稚園児くらい。 そのわりに身体能力ハンパありませんが、思考や行動は大差ありません。見ていてちょっと面白い。 「キヨカったまねぎあげるっあーんっ」 さりげなく自分が嫌いなものを渡してくるあたり、本当に面白いです。 「チェル、それ残したら今度倍食べさすぞ」 御主人様が家主というより保護者というか、お父さんぽいのも面白いです。 言動だけ見ると兄弟のようなのに、御主人様が明らかに数段上なのが面白いというか。 しみじみそう思っていると、今度は私が睨まれました。 「お口に合いませんでしたか?」 恐る恐る訊ねると御主人様は首を振り、すっかり冷めたスープを一口。 「お前はもっと食え」 「あーキオちゃんはもっと食うべき。もっと脂肪つけて。肉食べて肉」 脂肪……。 今日の調理に使った肉の正体を私は知りません。 ただの赤身肉。 四足なのか、二本なのか、それとも羽があるのか……。 以前よく言われた脅し文句は、『牧場かそれとも…』 ヒトって希少らしいですが、それってどれくらいなんでしょうね。 最高級黒毛和牛とか、そういうレベルでしょうか。 音楽と美食に囲まれたメタボ生活なら諦めつくのかなぁ……。 「ところで獅子の国ではネコを食べるという噂ですが、他種はカニバリズム適用外なんでしょうか?」 「オレ、肉食わないからわかんなーい。別の意味では全種族食うけど。はいキヨちゃん、あーん」 ふと思った事を口に出したら御主人様に睨まれました。 ご飯中にする言葉ではありませんでしたね。反省。 トマト美味しいです。 「かにぼり?カニが食べるの?」 「ちーうになら食べたよ。砂漠で、おかあさんとおとうさんがいたとき」 「うに?」 「とげが生えてて、おいしい」 良く判らない会話を交わすお子様二人。 ジャックさんが砂漠でうに?とか呟くと御主人様が平然と頷いていたあたり、この世界はすごいなーとおもいました。 砂漠産うに 地底湖とかで海に繋がってるとか、そういうのなんでしょうね、きっと。 美味しいのかなぁ、砂漠産うに。 お寿司、食べたいなぁ……。