約 24,298 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3917.html
https://w.atwiki.jp/haruhi-2ch/pages/144.html
長門有希の消失・第1話先行上映会レポート 長門有希ちゃんの消失(アニメ)へ戻る 角川シネマ新宿(2015年03月22日) 登壇者:茅原実里・杉田智和・桑谷夏子・後藤邑子・松岡由貴・白石稔(司会)・松元恵(司会)・小野大輔・平野綾 速記:本スレPart2 581 581 名前:ななし製作委員会[] 投稿日:2015/03/23(月) 00 53 59.39 ID RHYkXXms [2/27] 572,573 かしこまり! 書き溜めてないからゆっくりになりますがよろしければ 画像・駄文共に転載おkで 「長門有希ちゃんの消失」先行上映会@新宿角川シネマレポ http //i.imgur.com/LNXA2vB.jpg http //i.imgur.com/A6kNLhF.jpg 582 名前:ななし製作委員会[sage] 投稿日:2015/03/23(月) 01 05 05.04 ID RHYkXXms [3/27] 上映は20 30からなのですが、その2時間前から物販がありました 混雑を見込んでマージンを取ったのでしょうが如何せん宣伝がダメダメだったのか、結局20人弱くらいしか並んでいませんでした。 行列の先頭の人もお昼くらいに並び始めたようです。(劇場版消失は券売・物販・上映会すべて前日の夕方から並びました) http //i.imgur.com/4KRwU9F.jpg 一応会場限定のものもあり、ディスクの予約特典の即半ポスターはここだけのようです おしながき http //i.imgur.com/NTJ9Xzw.jpg 一方大盛況なのが缶バッヂのガチャで、開演前に完売してしまったようです 横でスタッフが両替&リロードしながら皆何度も何度も回していました http //i.imgur.com/ahoLEBe.jpg 583 名前:ななし製作委員会[sage] 投稿日:2015/03/23(月) 01 17 52.84 ID RHYkXXms [4/27] 20 30になるとともに第一話の上映開始 内容のネタバレは避けますが、雰囲気だけでも 映像は良く出来ています 教室・部室は何千回と見たいつもの風景でした ディティールもかなり研究しており、京アニ版と大きく遜色ありません 西宮北高が取材協力していることもあり(クレジットにあった)、玄関のアングルなど今までなかったカットもいくつかあります 西宮の町並みもよくロケハンしてあり、一期当時ではなく最近の様子が再現されています キャラデザは大きく異なりますが、声・演技そのものは完全に今までのハルヒであり、第一声を聞いた瞬間の興奮は筆舌に尽くし難いものでした 動きも良く、クレジットの膨大な原画・サブ原画も納得です ただ、上でも挙がっている通りテンポはやや悪かったかな、といったところ BGMはラヴェルの亡き王女のためのパヴァーヌが全体を通して使われています。 劇場版への対抗の別に意図があってのことなのでしょうか?私、気になります。 EDは「ありがとう、だいすき」のFullが使われた先行上映の限定ver. 劇場版EDを意識して?いるのでしょうか。基本黒背景にクレジット+α(長門のノート) おそらくオンエア時は別の絵と尺になるのでしょう。 個人的には期待以上でした。 585 名前:ななし製作委員会[sage] 投稿日:2015/03/23(月) 01 29 24.24 ID RHYkXXms [5/27] 拍手喝采と同時に白石・松元が登壇。白石が思い切り段差に躓くなどつかみは十分(?)でした 自己紹介の後突然物販の宣伝を始める松元。 白石「お、松元さん、そのタオルは……!」 松元「こちらですね、素晴らしい素材で出来ておりまして!」(←劇場版の予約特典タオルと同じ材質でした) 松元「こちらなんとお値段、二千円!」 白石「やすいっ、やすいですねー。今日のイベントの思い出に是非、購入していただきたいと思います」 よっぽど物販に人が来なかったんだろうなぁ。 586 名前:ななし製作委員会[sage] 投稿日:2015/03/23(月) 01 43 12.77 ID RHYkXXms [6/27] そしてキャストが一人ずつ登壇 茅原→杉田→桑谷→後藤→松岡 茅原・杉田の割れんばかりの拍手はもちろん、なによりもゴトゥーザ様登場時の大喝采、「おかえり」コールは凄かった。 登壇とともに其々から一言ずつ。 茅原「長門有希役の茅原実里です。皆さん、来て頂いてありがとうございますっ」 杉田「皆泣いてる?いいんだよ、優しい涙なんだから(笑)。涙と汁が大好きなキョン役の杉田です」 桑谷「みなさんこんばんは、朝倉役の桑谷夏子です、よろしくお願いします」 後藤「こんなに歓迎してもらえるなんて嬉しい、なんか、こう、リングに帰ってきました!みなさんありがとうございまーす!」 白石「この作品はプロレスだったってことですかね……」 松岡「みんなー、一話楽しんでくれたっかなー?めがっさおつかれー、今日も楽しんでいくにょろよー!松岡由貴ですよろしくー!」 ひとりおかしい。 587 名前:ななし製作委員会[sage] 投稿日:2015/03/23(月) 01 55 06.53 ID RHYkXXms [7/27] 白石「見てお分かりの通り、残念ながら2名ほど大事な方が……。平野さんと小野さんが。」 一話に出演した全キャストが登壇するも、ハルヒ・古泉両名は映像だけ。 白石「残念ながら……」 スピーカー「古泉くん!」 スピーカー2「もう時間ですか?」 スピーカー「もたもたしない!」 スピーカー2「すみません、いま来たばかりで……まだ心の準備が「行くわよ!」…やれやれ、ですね」 聞き覚えの声とともにざわめく会場、半笑いでバレバレの白石。 そしてまさかのサプライズの登場に会場はひっくり返ります、平野綾・小野Dが登場。 会場は狂ったように沸き上がります。 杉田「小野さんはエジプトから駆けつけてくれたの?」 589 名前:ななし製作委員会[sage] 投稿日:2015/03/23(月) 01 57 56.83 ID RHYkXXms [8/27] 小野「やれやれです。今日はよろしくお願いします」 主要メンバーのほとんどが登壇という嬉しい誤算、ハルヒのイベントとしては史上3番目に豪華なキャスト陣となりました。 594 名前:ななし製作委員会[sage] 投稿日:2015/03/23(月) 02 13 13.76 ID RHYkXXms [10/27] 茅原「さっき控室で初めて完成した一話を見させていただいたんですけど、汗びっちょりになっちゃって(笑)もうビッチョビチョですよ~」 やたら汗のことを強調するみのりんの横で杉田が挙動不審にキョロキョロ。汁が好きなんだもんね。 茅原「初めて見たときびっくりしたんですよ。ラブコメですし、ギャグ要素満載ですし、有希とキョンがイチャコラしてますし。もうこりゃエライコッチャと。」 ものすごいテンションで語っていました。アテレコ後暫く震えていたそうですw 演技に悩んでいたらスタッフに「今までの涼宮ハルヒのお芝居にとらわれないで、新しい気持ちで、内気でか弱い長門有希という女の子を演じてください」とアドバイスされたそうです。 ことにつけて汗びっちょりを強調するみのりん。「ドライヤーで乾かしてくればよかった(笑)」「湿ってます」etc. 話題はアニメジャパンにも。 杉田「昨日司会してわかりました。白石さんってすげえなって」←会場、謎の大喝采w 茅原「歌を初披露したのですが、もうバクバクでした(笑)」 杉田「全然そんなふうに見えなかったけどね。」 杉田曰く、曲がかかった前後での切り替えが凄い、とのこと。「ゴーバスターズの黄色もびっくりだよ」 596 名前:ななし製作委員会[sage] 投稿日:2015/03/23(月) 02 21 17.75 ID RHYkXXms [12/27] ラジオでもそうでしたが、このメンバーが集まるとどんどんカオスな方向に。 白石「他の方も突っ込みたいところがあったらどんどん突っ込んでいただいて構いませんからね」 マイクが人数分ない為マイクスタンドと化す小野D ゴトゥーザ様に無茶振り。 後藤「えっと、、、みくるビーム!」 桑谷「死人が出るからやめて!」 白石「突っ込んで欲しいって言ったけどそういうことじゃねえから!」 自然終了しているみのりんのトークw 597 名前:ななし製作委員会[sage] 投稿日:2015/03/23(月) 02 43 10.43 ID RHYkXXms [13/27] 杉田のトークでは彼なりの解釈が語られました。 Anime Japanの時でも色々語っていましたが、この作品には一入思うところがあるようです 杉田「映像を見ていると懐かしいようなつい最近のような。劇場用(今回の上映会用のこと)EDの尺がちょうど良くって色々考えちゃって。なんか一瞬走馬灯に見えてきて、あ死ぬんかなって(笑)」 ネタを交えつつもこの作品をべた褒めする杉田。彼にとって「優しさ」がひとつのテーマとなっているようです。 再び話題はAnime Japanに。 AJでは杉田と茅原の二人だけでしたが、この組み合わせは確かにイベントでは初めてです。 杉田「二人だけで何ができるのかなって。そしたら志村けんの寝室コントみたいな。石野陽子さんとやったまったりした空気みたいな。」←会場の一部が爆笑、他出演者引き笑い 杉田「今日のお客さん世代が近いから優しいな(笑)」 杉田はお客さんの反応をよく見ているようで、Anime Japanのミニライブで「ミクルはちゃんとゴトゥーザ様だぜ」と言った時、泣いているお客さんを見かけたそうです。(確かに号泣している女性はいた。) 「待ち望んでいた」という表現を使う辺り、彼なりにも思い入れが大きいのでしょうか。 杉田「逆にどこまで、昨日のことのように、当たり前に演じられるのかなってのが大切になって」 劇場版が6年前、決して短い時ではありません。彼なりに「いつものキョン」を普通にやる、というのは矜持だったようです。 ただ、キョンのモノローグが今までのように「視聴者に説明する」ものではなくなったという点で、新しいものでもある、とも捉えていました。 598 名前:ななし製作委員会[sage] 投稿日:2015/03/23(月) 02 57 08.07 ID RHYkXXms [14/27] マイクは朝倉役の桑谷へ。 白石「どうですか?久々に演じてみて」 桑谷「今杉田くんのお話に昨日のことのように、ってありましたけども、あたしの場合は真逆で(笑)180度変えてくれ、位の事を言われていたので」 以前の朝倉の役が視聴者にも、自分自身にも記憶が残っているのでそこをどう変えていくか、について悩んでいたとのことでした。 収録で「それ、前の朝倉だから」と言われることもあったそうですw 桑谷「(作中で)包丁とか出てくると、どうしても不穏な雰囲気を出したくなるんですよね(笑)昔を思い出したみたいな」 そしたら「そこは思い出さなくていい」とたしなめられているそうです。 第一話では朝倉・長門ともに全くの別人のように思えましたが、あえてそうなるように苦労しているようです。 何若収録してようやく慣れてきたとのことでした。 また、作中での鶴屋さんとの絡みについても言及していました。 本編では一度も会話がなかったため新鮮だとのことです。 603 名前:ななし製作委員会[sage] 投稿日:2015/03/23(月) 03 19 53.56 ID RHYkXXms [15/27] トークはサプライズゲストの両名へ。 平野「一話にはアフレコで参加していなかったのですが、こうして姿形だけでも映ったのがうれしかったw」 小野「ホントに。出ててよかった。いられてよかった(笑)」 白石曰く、今日は偶々仕事の都合がついて来られたとのこと。小野Dは「綾ちゃんが出るなら」と 小野「今回の長門有希ちゃんの消失では、古泉の生きる目的が、ハルヒ、ハルヒのために存在しているから」 小野D的にはそれが大ヒットだったようです。やりやすくてたまらないとw 小野「ちょっと引くのやめてくれるかな……」←ドン引きする平野に対して 桑谷「きwもwちwわwるw」 フルボッコにされる小野D。 杉田「個人的な好みはあるとは思いますが。古泉ってハルヒの本編では正体がわからないんですよね。ホント何考えてるかわからないから。それが誰かのためにってなったから。それが小野さん的にやりやすいのかなって」 小野「良かった全部言ってくれたw」 小野Dはさておき、今回は杉田が随分と語ります。MXの冊子のインタビューもそうでしたが、やはり思うところはあるのでしょう。 平野「でも、本当に皆さんと久しぶりにお会いできたのでとても嬉しかったです。」 アフレコ前まで映像を見ると「これ、ハルヒによく似た人だ……」となっていて不安だったそうです。 アフレコ現場で声を入れた瞬間に、「このメンバーじゃなきゃダメなんだな」と思ったとのことでした。 平野「いままで朝倉さんとあまり絡んだことがなかったけど、涼子なんて呼んじゃったり」 桑谷「お友達みたいだよねー(笑)」 平野「キョンとも本編より仲の良いシーンが多くて」 杉田「長門が優しい心で構築した世界だから、ハルヒも優しくなったのかもね。アプローチひとつとっても皆優しいんですよ。(ハルヒとキョンの)二人が仲良くするって長門有希ちゃんにとっては逆効果なんですよね。なのにいい雰囲気になっちゃってるし」 長門が作った世界を強調する杉田。AJの時に語っていましたが、劇場版消失を見たのは比較的最近なのだそうです。 ちなみにアニメの中でキョンはエイミー・トムスンのヴァーチャル・ガールを読んでいました。誰のこと? 606 名前:ななし製作委員会[sage] 投稿日:2015/03/23(月) 03 40 40.07 ID RHYkXXms [17/27] 杉田「ところで綾ちゃん、古泉との関係性についてはどう思う?」 平野「なwにwがw」 会場爆笑の中、マイクはゴトゥーザ様へ。 「おかえり」とともに割れんばかりの大声援。世界はあなたを待っていた! 泣きそうになりながら語りだす。 後藤「私にとっては、内容よりも、こうしてみんなと一緒にアフレコできるってのがすごく、一番うれしいことだったなぁ。最初お話が来た時は、まだマイク前でそんなにうまくできないし、自信はないし、 本当は皆にあまり格好悪いところは見せたくないなーって思って、最後まで悩んだところはあったの。」 企画・オファーの時期を考えれば彼女は病床で、仕事を受けるかどうかは随分悩んだそうです。たしかに一昨年の12/18にアニメ化の発表があった時、キャストは全く公表されていませんでした。 後藤「伊を決してアフレコ現場に行ってみたら、皆いつ通りに迎えてくれて。いつも通りの雑な扱いで(笑)」 ちゃんとみくるになっているかどうかずっと心配だったそうです。さっき第一話を見て、自分で自分を褒めてあげたい、とのことでした。 会場からは割れんばかりの拍手。 ファンから誰よりも大きな祝福を受けていました 607 名前:ななし製作委員会[sage] 投稿日:2015/03/23(月) 03 46 47.47 ID RHYkXXms [18/27] 余談ですがアフレコに先立って、病み上がりの中ランティス祭りのステージに立ったそうです その曲目が「恋のミクル伝説」w しかも前座で白石が恋のみのる伝説を披露するというカオスぶり その時白石は貧ぼっちゃまスーツ(コレhttp //ecx.images-amazon.com/images/I/41Ro7OP9NYL.jpg)でステージに立っていたそうで、 後ろで控えていた後藤は目前の半裸の男により緊張がほぐれたのだそうです。 後藤「本当に感謝していますw」 608 名前:ななし製作委員会[sage] 投稿日:2015/03/23(月) 04 02 32.10 ID RHYkXXms [19/27] そして最後の松岡の番に。 松岡「この感動の中、何を喋ればいいのか(笑)」 今回の作品はほとんどすべてのキャラが新しい一面があるのに対し、鶴屋さんは鶴屋さんのままで何も指示は変わらなかったのだそうです みんな「ハルヒになってるかな?」などと心配する中、微動だにせず演じることができたとのこと 杉田「でも、鶴屋さんのお陰で場がまとまることって結構あるんだよ。金銭的なこととか」 松岡「お金すっごい持ってんだよ(笑)」 杉田「スパロボもダイターン3がいるかどうかでストーリー変わるしね」 松岡「宇宙人とか未来人とかそういう括りじゃなくて、鶴屋さんはスーパーマンです、って言われて、何のことだろうと思ったら、お金があるってことなんだよね(笑)現金でカタつくことが有ったら何でも言ってください(笑)」 台本には「鶴屋語」なるものがあるらしく、鶴屋さんの台詞は一語一句変えてはならないのだそうです 台本は「原作の先生(谷川かぷよかは不明)」が全部チェックしているらしく、鶴屋さんの台詞が最もチェックが多いそうです 「長門っち」→「長にゃん」のように人の呼び方がコロコロ変わるのは原作者の監修によるものなんだとか。 610 名前:ななし製作委員会[sage] 投稿日:2015/03/23(月) 04 29 46.92 ID RHYkXXms [20/27] ところで、会場の最前列は関係者席で、監督・脚本などの主だったスタッフが並んでいます。 白石「もし本日の出演者の中で要望があれば、せっかくなので……」 すかさず手を挙げる小野Dw 白石「お客さんの前ですから、逃げ様がない戦いができると思うので(笑)」 小野「……ハルヒと古泉のラブロマンスをお願いします。」 俯いて目を合わせない監督。 白石「無いってことですか?」 席の隙間から垣間見るとしっかり頷いていました(笑) 監督はかなり若い方なのですが、この業界に入ったばかりの時にハルヒに出会ったのだそうです そこで感動して「こういうのやりたい!」との一心で長門有希ちゃんの消失を作り上げたのだとか。 杉田「作品の雰囲気は穏やかなのですが、現場はすごく熱いんです。そこでこの監督を信じようと、思いました。 最初の顔合わせで話し合いをしている時に、伊藤Pが『監督はハルヒ大好きですからねー』と言ったときの監督の凄い照れた顔が忘れられなくて」 平野「それ言わないでって言ったのにー、ってね(笑)」 杉田「でも、それ最高だよね。監督がハルヒのファンだってことが凄いフィルムに現れて。」 ちなみに監督は長門押しなのだそうです。 杉田の言葉通り、作品へのこだわりは随所に見られます。一話に限っていえばまるで劇場用アニメのような、細部まで「好き」な人が作りこんだアニメであることは疑いようがありません。 京アニ版の美術設定を忠実に守った絵作りは胡蝶ではなく、映像に実家のような安心感を与えます。キャラクターが映らなければ「京アニの作品」と言われても信じてしまうかもしれません。 京アニでは田村せいき、鵜之口穣二、細川直生らによる異常なまでの物理カメラへのこだわりや映画と見紛うようなレイアウトづくりがありました。そこに劣らぬといえば過大評価かもしれませんが、それでも、 昨今のインスタントラーメンのように量産されるアニメとは一線を画すクオリティです。 このまま京アニ色を貫くのか、監督の色を付けるのかは大変興味深いところです。 杉田曰く、「やさしい心を持っている人が作ってて、僕は嬉しいです。」 611 名前:ななし製作委員会[sage] 投稿日:2015/03/23(月) 04 39 54.37 ID RHYkXXms [21/27] 杉田「一番不安に茅原さんが感じてて。音響の鶴岡さんがね、『茅原が喋れば長門になるからね』って」 茅原「にてるー」 白石「似てるw」 杉田「この一言が本当に集約してて、みんな喋ればキャラになるんですよ。」 白石「気がつけば、一番最初に始めた頃から8年、9年経つんですよね」 杉田「結構聞きますよ、現場で新人の子が『涼宮ハルヒ、小学校の頃に踊ってました』とか。小学校!?」 そして杉田がみのりんを歌わせようとしたりするなど盛り上がってきますがここで時間切れ。 亡き王女のためのパヴァーヌが流れ始めます。 杉田「これは!早く帰れの曲だ。。。」 612 名前:ななし製作委員会[sage] 投稿日:2015/03/23(月) 04 56 46.17 ID RHYkXXms [22/27] そして最後に一言ずつ。 茅原「皆さん今日はありがとうございましたー。この作品は涼宮ハルヒの消失でキョンがリターンキーを押さなかったらこうなっていたかもしれないというお話で、 有希が望んでいた本当にごくごく普通の日常が広がっていて、とても暖かいお話で、有希の初恋を私も応援しながら一生懸命演じていきたいと思っています。 本当に現場では素敵な仲間に囲まれて、有希は優しい仲間に支えられて一生懸命頑張っているので、私も、すごい有希にかぶるなぁと思うこともたくさんありまして、 有希と一緒に歩んでゆきたいと思いますので、ぜひぜひ、4月からの放送を楽しみに待っていてもらえたらと思います。応援よろしくお願いします。今日はどうもありがとうございました」 杉田「『やさしい世界』って昨日からずっと言ってますけれども、やさしいって何かなぁとと思って。 受け止めることなのか、許すことなのか、それとも忘れることかなぁ、っていろいろ考えたのですけども、どれも合っているような気がするんで、最終的に自分の中で素直に受け入れる、認めるってことがやさしいことなのかなと。 はっきりとは言えないんですけども、そういう余裕みたいなものがみんなの中に必ずあると思うので。生まれた時から、それこそ狂気を抱えた人っていないんですよね。最初は絶対素直なんです。 みんなその、一番最初の素直だった頃を思い出して、クオリティの高いものを見て、楽しかった、それでいいじゃんって。よろしくお願いします」 614 名前:ななし製作委員会[sage] 投稿日:2015/03/23(月) 05 25 22.62 ID RHYkXXms [23/27] 桑谷「今回この会場で流れたエンディングは今回だけらしいので、オンエアでは短くなって、またちょっと変わっているらしいので、もう一回見て、今日との違いとかも楽しんでいただけたらなって思います。 これからもよろしくお願いします、ありがとうございました」 平野「最初に涼宮ハルヒの憂鬱やらせていただいた時は私19とかで、8年くらい経って、久しぶりにイベントで皆さんを見て、こうやってお会いする機会を頂いた時に、 なんか何年も前からこの方イベントに来てくださってるみたいな方たちがちらほらお見かけするので、作品が好きで支えて頂いてるんだなって、そういう人たちがいるから私達も頑張れるんだなって、 今日だけでもすごく感動しました。ひきつづき涼宮ハルヒとして頑張らせていただきますので、長門有希ちゃんの消失を応援してください。どうもありがとうございました」 小野「名乗ってなかったけど、古泉一樹役の小野大輔です。また一樹を演じられるということで、このメンバーと一緒にこうやって舞台に上がれるということを本当に感謝しています。 みんなに会った時に、ホント同窓会のように、またこうやって会えたね、って喜びをかみしめていたんですけども、それだけじゃなくってね、新作です。 ここからまたハルヒの歴史が始まっていくというふうに思っているので、涼宮ハルヒの憂鬱から紡いできた、重ねてきた僕らの絆だったり、経験であったり、活かして、新しいまた熱を生み出していきたいなと。 そして、また涼宮ハルヒシリーズのファンがこの作品をきっかけにまた増えていけば素敵な連鎖が起こっていくんじゃないかなと思っています。みなさんも熱く、熱く応援してください。今日は本当にありがとうございました。」 615 名前:ななし製作委員会[sage] 投稿日:2015/03/23(月) 06 10 29.29 ID RHYkXXms [24/27] 後藤「私は、なんていうのかな、この同窓会みたいな雰囲気ってのはまんまそうだなって思うし、でも、何年かぶりにこのシリーズをやった時に、あの時みたいな熱量で、 懐かしいなーじゃなくって、またこの新しいシリーズ見てみたいって気持ちで迎えてくれるこの熱さ、そういう気持ちも凄い嬉しいなって思うし、ここにこうしてこのメンバーと並べて、 立てただけで私はすごい感動していますし、みんなでおかえりって言って、ただいまって生で言えたことがすごく、嬉しい。これからも、今日の、皆からのエールを忘れずに、 このシリーズ最後までずっとみくるをやって、みくるらしく行きたいなと思うので、どうか4月から始まる長門有希ちゃんの消失、見てください。よろしくおぇがぃぁ~」←最後気が抜けちゃったそうですw 松岡「いや~(この後は)やりづらい(笑)皆で懐かしいメンバーで、ほんと誰かのお家に集っているようなアットホーム感があるスタジオの空気を皆さんに感じていただけたらな、と思いながら毎回収録しております。 この後チョコレート、バレンタインのお話とか出てくるんですけど、私達が学校に行ってた時はバレンタインってあんなだった、こんなだったって皆で思い出話とかを、隙間でちょこちょことお話をしながら、本当にアットホームに作っています。 前作との違いってところとかも、新たな気持で、新しい長門有希ちゃんというかたちで、応援していただけたらなと思います。4月からオンエア、皆さんの熱い思いを色んな所で耳にできたら嬉しいなと思います。 そして、この後イベントで皆に会えるタイミングも皆の応援次第で絶対に増えていくと思うので、皆にまた会えるのを楽しみにしています。今日は本当にありがとうございました。」 616 名前:ななし製作委員会[sage] 投稿日:2015/03/23(月) 06 39 55.67 ID RHYkXXms [25/27] そしてメインメンバーは熱烈な拍手の中退場 白石と松元が放送日時を確認してイベントは大盛況の中、幕を閉じました イベントそのものは変わり映えのない、よくある舞台挨拶の体でしたがやはりゴトゥーザ様のこともあり、往年のファンの思いは一入だったでしょう。 声優たちの言葉の通り、まるで5年前、いや9年前のあのときに戻ったのかのような錯覚に陥りました。上映後には自然と柏手を打っていました。 かつて劇場版の消失の舞台挨拶が会った時、国木田役の松元は 「『ハルヒ』のアフレコで久しぶりにスタジオに入ったとき、自分がただのファンになってしまっていたらどうしようと心配でしたが、 スタジオに入った途端に皆さんが温かく受け入れてくださって愛があふれていて、スタジオで泣きそうになってしまいました。」 と述べています。この作品では全出演者が同じ気持だったようです。そして、我々も。 5年という月日は人の情熱を冷ますにはあまりに十分すぎる時間です。 アニメ冒頭の北高前の坂から見下ろす神戸の町並みを見た時、キョンが第一声を鶴した一閃、その衝撃はまた、5年の歳月をかき消すには十分でした。 第一話は間違いなく、往年のファンの眼鏡にかなうものと思います。 EDクレジットにあった珈琲屋ドリーム、亡くなられたマスターもきっと喜んでいるのではないのでしょうか。 来場者全員に配布された小冊子 http //i.imgur.com/MAAIeg9.jpg ネタバレなので、4/3以降に改めて紹介したほうが良さそうですね。 おそまつさまでした
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2930.html
一 章 Illustration どこここ そろそろ梅でも咲こうかというのに、いっこうに気温が上がらない。上がらないどころか意表をついたように雪を降らせる気まぐれの低気圧も、シャミセン並みに寒がりの俺をいじめたくてしょうがないようだ。朝目覚ましが鳴ると、いっそのこと学校を休んでしまおうかと考えるのが日課になっている。俺は窒息しそうなくらいにマフラーをぐるぐる巻きにして家を出た。 結果はともあれ本命も滑り止めも無事に受験が終わって、学校では三年生をほとんど見かけなくなった。生徒の三分の一がいなくなり、校舎の一部がガランとして静まり返っている。一年生も二年生も残すところ、憂鬱な期末試験だけだ。三年生でも朝比奈さんだけは、SOS団のためにまじめに通ってきているようだが。 その日の朝、教室に入ると俺の席の後ろで机につっぷしているやつがいた。ハルヒが珍しくふさぎこんでいる。 「よっ、どうしたんだ?」 「どうもしないけど、今朝からずっと耳鳴りがするのよね」 お前もか。俺も今朝起きたときからずっと妙な感覚を感じていた。どこがどう妙なのか分からなくて説明のしようがないんだが、視界がぼんやりしているというか、嗅覚が妙に生っぽいというか。まあ原因も分からないし、気にはしない風を装っていた。 二限目の英語の授業中、突然教室の前のドアがガラリと開いた。誰が入ってきたのかと全員がそっちを見た。俺もつられて教科書から目を上げると、隣のクラスにいるはずの長門が飛び込んできた。 「ちょ、有希どうしたのよいきなり」 長門はハルヒの首筋にちょっと触れ、ハルヒはそのままがっくりと意識を失った。 「おい、何があったんだ」 「……急いで、時間がない。涼宮ハルヒを背負って外に出て」 俺は言われるままに気絶したハルヒを肩にかついだ。教師とクラスメイト全員が唖然としている中を、ちょっとお騒がせしますね、と言いつつ廊下に出た。 「やあ、どうも」 廊下には古泉も待っていた。長門はドアをピシャリと閉めた。 「……時空震の初期微動を感知した。フィールドを張る」 長門は右手を上げて詠唱をはじめた。四人を包む、直径三メートルくらいの青く光る球体が生まれた。 「朝比奈さんは無事なのか」 「……間に合わない。無事を祈る」 そう言うが早いか、球の外の映像がブレはじめた。この感覚、前にもあった。一昨年の十二月十八日、俺が校門前で朝倉に刺されたときだ。改変された世界が元に戻るとき、これに似たような大規模な時空震が発生した。 「原因は何だ?誰かが歴史を書き換えようとしてるのか」 「……分からない」 数分してまわりの景色は元に戻り、俺たちを包んでいた青い球体は消えた。 「もう、大丈夫」 「そうか。教室に戻っていいか?」 「……いい」 「ありがとよ」 「……お礼ならいい。わたしはしばらく調査する」 長門はそういい残して廊下を走り去った。 「今日の長門さんは颯爽としていますね」古泉が言った。 あいつが危機感を持つのはよっぽどのことなのだろう。 「じゃ、後ほど部室で」 手を振って去っていった。脳天気だなこいつ。 さて、気絶したハルヒをかついで教室に戻るのに、どう説明したものかな。しかしハルヒ、重いぞ。 その日の放課後、午前中にあった時空震のことが気にはなっていたのだが、長門がその後なにも言ってこないのでとりあえずは安心していた。 部室棟の階段を登ると、文芸部部室がやたら騒がしい。またハルヒが新人勧誘でもおっぱじめたのか。ドアを開けるなり「キョン君!」と聞きなれた声がエコーして聞こえた。なんだこの五・一チャンネルサラウンド並みの音響効果は。 俺はそこにあるものを見て我が目を疑った。あ……朝比奈さんが、「朝比奈さんが十一人いる!」 「長門、ちょっと状況を説明してくれ」 「……次元断層によって複数の分岐が同時に生まれた。複数の未来軸が発生」 「つまりですね、調査に訪れた朝比奈さんが十一人いる結果に」 古泉が肩をすくめた。なんてこった。時空震動で人が増えるとあっちゃ、お役所の戸籍係が混乱しかねん。この先の少子化にも歯止めがかかるだろう。 「キョン君」「困った」「ことに」「なっちゃい」「ましたぁ」 十一人の朝比奈さんのうるうる瞳に囲まれて、俺はパニックなようなパラダイスなような複雑な気分に襲われた。 「お願いです、誰かひとり代表してしゃべってもらえませんか」 「誰か」「って」「誰が」「代表に」「なれば」「いいんで」「しょしょしょしょ」 最後のは完全にこだましていたな。 ちょっと朝比奈さんには失礼して、俺と長門、古泉だけで円陣を組んで対応を協議した。 「長門、この中のどれが本物だろうか?」 「……正直言って分からない」 「ホクロを調べてみてはいかがでしょうか」古泉が笑いをこらえている。 「お前、堂々と朝比奈さんに胸を見せてくれと言えるのか」 「僕の口からは言えませんね。あなたなら角が立たずに確認できるんじゃないでしょうか」 「お前この状況を楽しんでるだろ」 「分かりましたか」 「……ひとりずつ、コスプレさせるのがいい」長門が口のはしで笑っている。 「しかし十一人分の衣装が……って長門、お前まで悪ノリするんじゃない」 俺は部屋の中を右往左往する朝比奈さん達に向かって言った。 「えーと、朝比奈さん、じゃなくて朝比奈さん達。とりあえず自分の時空に戻っていただけませんか。こんなところをハルヒに目撃されたら、説明のしようがありません」 「それもそうですね」 ゴスペルのコーラスでもやれそうな十一人の声が同時に応えた。 「でも、誰かが残らないといけませんよね」 そりゃそうだ。ひとりは残らないとこの時間平面から朝比奈さんがいなくなってしまう。 「じゃ、じゃあ失礼ではありますが、誰が残るかくじ引きで決めたいと思います」 俺、もしかしてこの状況を楽しんでないか。 どこから用意したのか、長門が爪楊枝を握っていた。市内不思議パトロールの班分けと同じく、十一本中、一本にだけ赤い印が入っている。 「赤いのを引いた朝比奈さんが残ってください」 朝比奈さん達は、まるでワルキューレの杯を煽るかのように真剣な面持ちで一本ずつ引いた。 やがて外れた朝比奈さんはひとりずつ消えていった。俺に手をふりふり、涙さえ浮かべて。なんかすごく悪者になった気分だ。赤い爪楊枝を引いた朝比奈さんだけが満面の笑みを浮かべていた。 「やれやれだな」 「失礼ながら、時間旅行をする者の悲しいサガ、とでも表現しましょうか」 古泉が愉快そうに笑っている。 「ひどいわ古泉君」 朝比奈さんは苦笑していた。俺にも似たような経験はあるんだ。時間を超えて行った先に俺がいたんだからな。 可憐なる文芸部室の天使をまとめて十一人も拝むことができ、俺は十一日分の癒しを得たような心持だった。晴れやかなるニコニコ気分で朝比奈印のお茶をすすった。だがそれで終わりではなかった。 帰宅後、朝比奈さん達がコスプレでサッカーをしているところを妄想していると、めずらしく長門から電話がかかってきた。 「……全員集まってほしい」 「なにがあったんだ?」 「……詳しくは、後で」 長門が召集をかけるからにはよっぽどのことなのだろう。 「分かった。古泉と朝比奈さんには俺から連絡を入れる」 「……待っている」 古泉に電話をかけると、タクシーで朝比奈さんを拾ってから直接行くと言った。午後八時、俺は自転車を飛ばした。マンションの入り口で長門が教えてくれていた四桁の番号を押す。七階まで上がり、部屋の前でインターホンを鳴らそうとしたらドアが開いた。長門はドアの前で待っていたようだ。 「……入って」 「古泉と朝比奈さんはまだ来てないのか」 「……まだ」 あの事件からこっち、長門の部屋に入るのは久しぶりだった。部屋の様子が少しだけ変わった。カーテンが暖色系の花柄に変わっている。それから花瓶に花がさしてある。長門が花を活けるなんて珍しい。だいぶ人間っぽい雰囲気がするようになった。元々が殺風景すぎたんだが。 「部屋、明るくなったな」 「……そう」 長門がお茶を運んできた。少しだけ微笑っぽいものが浮かんだ。 「……飲んで」 「ああ、サンキュ」 この部屋に最初に訪れたときには、正直寒くてとても人が住んでるとは思えない空間だったが。そんでもって情報生命体やら宇宙論やらを聞かされた日にゃ、痺れの来た足ともどもさっさと帰りたい一心だった。なんとなくだが、今俺はこの長門空間を気に入っている。こうして、湯飲みからゆったりと立ち上る湯気と、どこを見てるでもなく静かに座っている長門。 インターホンが鳴った。古泉が到着したようだ。長門は立ち上がってインターホンの映像に向かって「入って」と言った。 「どうも、遅くなりまして」 「あの、長門さん、お邪魔します」 古泉の隣で朝比奈さんが小さくなっていた。長門が二人分のお茶と羊羹を運んできた。四人がなにを喋るでもなく、ただただお茶をすする。部屋を暖めるエアコンの音だけが静かに流れていた。 「長門、そろそろ本題に入ってもらっていいか」 「……もう少し待って。もうひとり来る」 もうひとり?誰だろう。そのとき、インターホンが鳴った。喜緑さんが入ってきた。清楚な感じのレディ、この人のやさしい笑顔を見るのは久しぶりだ。 「皆様、こんばんわ」 「どうも喜緑さん。いつぞやはいろいろお世話に」 「いえいえこちらこそ。お元気そうでなによりですわ」 キッチンからお茶と羊羹をもう一組運んできて、長門は口を開いた。 「……本題に入る」 長門は和室のふすまを開けて、奥から熱帯魚の水槽のような感じの、立方体のガラスケースを持ち出してきた。中に本らしきものが浮いている。これは……思い出すもおぞましい、あの文庫本じゃないか。長門はそっとこたつの上に置いた。 「……これは、涼宮ハルヒとその周辺について書かれた本」 「なんですかこれ、涼宮さんって作家になったんですかぁ?」 「はて、そのような事実はなかったような気がしますが」 二人とも、前と同じ反応をしているな。 「涼宮ハルヒの著作物ではない。情報統合思念体では、以前にも同じ現象を観測した。これに関する情報は禁則事項となっていた。全員の記憶は、消去されているはず」 実は俺だけは覚えてるんだが。 「これより説明する。禁則が一時的に解かれる」 長門は喜緑さんに視線をやった。喜緑さんはうなずいた。長門の禁則解除のキーって喜緑さんだったのか。 長門は去年の十二月に起こった出来事から、谷川流氏のいた世界にスリップし、戻ってくるまでを話しはじめた。俺とアパートで出会ったシーンからは省いたが。 「そんなことがあったなんて……」 「つまり、この本に書いてあることが僕たちの世界の動向を左右するわけですか」 「俺の手にあった本は向こうに置いてきたよな」 「……それとは、別の一冊」 「長門に直接送られてきたわけか」 「……そう。前回直接手で触れたが、それはきわめて危険。クロノ放射を検出した。重力子フィールドで覆ってある」 クロノ放射が何なのか知らないが、ケースに入ってるのはそのためか。 「本来ならこれは見えていないはず」 長門曰く、フィールドの壁越しになんらかのエネルギーが漏れている。そのために肉眼で見える、のらしい。よく見ると、ゆっくりと回転する本の向こう側が透けている。 これはいったい、誰が何のために用意したのか。 「今朝の時空震も関係あるのか」 「……情報量が限定されているが、その可能性は高い」 「それで、本の出所は分かったのか」 「……今のところ不明。もしこの本が氾濫したら、次元のパラドクスが生じる」 「またもや世界は消滅の危機ですか」 「……消滅はしない。歴史を上書きするか、無限ループが生じるだけ」 「で、俺たちを呼んだ理由は」 「……防衛線を張るために、全員で同行してもらいたい」 「ということは、わたしたちが向こうの世界に行っちゃうんですか?」 「……そう。著者とのコンタクト、本の出所、送付者の敵性判断を含めた調査」 「行くなら厚着していったほうがいいな。あと生活用品とかも」 こないだはほとんど何も持たずに行ったからな。あの状態なら何を持っていっても役に立たなかっただろうが。 「向こうの世界は特殊な環境なんですか」 赤道の反対側で季節が逆だからとかじゃなくて、十二月に飛ぶからなんだが。 「……こちらとほとんど変わりない」 「では、必要な物資は僕のほうで揃えましょう。なにがご入用ですか」 「……全員分の身分証明書、レーション、救急医薬品」 「世間は未成年には冷たいからな。身分証明がなくてなにかと苦労した」 「じゃあ免許証を手配します」 「それから金も多少あったほうがいい」 まだこないだの金、返してなかったな。戻ってきたらバイトしないと。 「かしこまりました。武器はいりますか?」 「武器の携帯は厳禁です……あぶないですぅ」 「冗談ですよ」 古泉はふっと含み笑いをした。 「バナナはおやつに入りますか?」 この非常時になにを言っているのかと、全員の冷たい視線を浴びた。古泉は自らを恥じるように詫びた。 「す、すいません。ちょっと言ってみたかったもので」 なんだかこいつだけは不必要に楽しそうだな。緊張を楽しむタイプか。 「……決行は明日、部室にて」 長門はメンバーを見回して、異議がないことを確かめたのか、ひとこと呟いた。 「……解散」 俺たちはそれぞれ帰宅した。 やっぱり出発は部室なのか。古泉が前にも言ったことがあるが、あの文芸部部室はいくつかのエネルギーが飽和状態にあり、いつでも流出しやすい状態にあるという。長門によれば、遠く銀河を離れても、時間平面を超えても観測できるらしい。そんなところで部活動を展開している俺たちもどうかしているが。 週末のSOS団部室、もとい、文芸部部室だ。 俺は六限の終わりを待たず、珍しく授業をさぼってさっさと部室に行った。遠足の前日のようなワクワク感を抑えられなかった。授業もどうせ必修科目じゃないし、三学期のこの時期だけにやる気もないし。 部室のドアを開けると長門しかいなかった。さすがに今日は本を開いていないようだ。 「よっ。今日は早めに来たぜ」 もし俺だけに知らせておくことがあれば、あるいは前もって検討しておくことがあればと思って余裕を持って来たのだが。長門はそんな様子は見せなかった。 なにをしてるのかは分からないのだが、長門はハエか蚊を捕まえるような仕草をしていた。 「なにを捕まえてるんだ、虫か?」 「……素粒子」 「素粒子って、あの黒い球のやつか」 「……緊急用の素粒子球を全員に配る」 あんな重たいもん持たせても荷物になるだけな気もするが。長門は俺の顔の前で、サッと見えないなにかを捕まえた。俺は長門の手を凝視した。まさかチェレンコフ光が見えたりはしないだろうけど。 「やあ、遅くなりました」 古泉が清々しいスマイルとともに現れた。まだ授業は終わってないだろ。なんだその膨らんだリュックは、登山じゃないんだぞ。 「出発するのに必要な物資です。用意するのに手間取りまして」 こいつがキャンプに行くときは必ず食料隊長を買って出るんだろうな。 古泉は長テーブルの上にゴトゴトと物資とやらを並べ始めた。コンパス、GPS、その妙な天体観測器具みたいなのは六分儀か、いつの時代の旅行だよ。食料は水とカロリーメイトと、レーションはNASAで開発のアレか。 「それから身分証明書です」 免許証を受け取った。写真の写りはいまいちだが、よく出来ている。普通自動車だけか。 「大型特殊とか牽引二種とかがご入用でしたか」 そんなもんあっても運転できねーだろ。普通自動車でもあやしいのに。 「あら、皆さん早いんですね。遅れちゃってごめんなさい」 通学カバン以外に旅行用のバックも下げている朝比奈さんが現れた。いいんですよ、俺はあなたが来ることが分かっているなら日が暮れても待ちつづけますから。 「あの、制服のままでもいいんでしょうか。いちおう旅行用の服も用意してきたんですけど」 「いいんじゃないでしょうか。必要なら向こうで着替えられると思います」 旅行用ってまさか、エジプトでミイラの発掘をするようなコスプレではあるまい。それはそれで見てみたい気もするが。俺は通学カバンに必要最小限の衣類だけを詰め込んで、教科書の類は机にしまったままだ。 しかし、全員が一度に現れたら谷川氏はいったいどんな顔をするだろう。今から楽しみだ。 「長門、喜緑さんは一緒に行くのか」 「……彼女は連絡要員として残る」 「じゃあ、これで全員だな」 長門はうなずいて、カバンから小さな包みを取り出した。丁寧に包まれた銀色のシートのようなものを開くと、あの文庫本が出てきた。 「もしかしてそれを読むのか」 「……この本の位相情報を使って転移するだけ」 そうか、よかった。あのループする感覚は頭がおかしくなりそうだからな。 長門は朝比奈さんに向かって言った。 「……次元転移の後、時間移動が必要」 「わたしの出番ですかぁ?ええっと、待ってください。上司に聞いてみないと……」 朝比奈さんは少し視線をさまよわせたが、今度は困ったような顔をした。 「あの……前例がないので判断しかねる、らしいです。どうしましょう」 まるでどっかの頭の固いお役所だな。窓口が三時に閉まらなくてまだマシだ。 「よその世界での時間移動なんて、こちらにはさして影響ないでしょう」 古泉がフォローしたが、投げやりだな。まあそうとも言えないんだが。 「それもそうですね。なにがあってもわたしの責任じゃないですよね」 朝比奈さん、無責任なことをそんなに嬉しそうに言わないでくださいよ。 「……そう。では、はじめる」 長門は文庫本を開き、空中に放り投げた。それは床には落下せず、宙に浮いたままゆっくりと自転した。これ、重力に逆らってるのか。長門が右手を上げて詠唱をしようとしたとき、突然ドアが開いた。 「……あ」 「あ……」 「あんたたち、あたしに内緒でなにしてんのよ。そんなリュックなんか背負って、夜逃げでもする気?」 まずいときにまずいところを見られた。今日は掃除当番じゃなかったのか。 「す、涼宮さん」 「ええっと、僕たちはですね、春休み中の合宿を検討していたんです」 「そうなんです。わたしたち、遠足の予行演習をしていたんです」 朝比奈さん、あなたは来月に卒業する身分ですよ。 「団長のあたしを差し置いてそんなミーティングを開くなんて、免職処分だわ。よくて減俸ものよ」 俺たち給料もらった覚えはないんだが。ボーナス払ってもらえるなら今すぐやめてやってもいいぞ。 ハルヒの眉毛がピクピクと動いた。腕組みをして一同を睨みつける姿は、部下の陰謀に気が付いた戦国の武将のようだ。 「僕達で計画して涼宮さんを驚かせようと思ってですね」 「そんなたわ言は聞きたくないわ。本当のことを話しなさい」 今回ばかりは古泉の必殺爽やかスマイルも役に立たないようだ。全員が、いったいどうしようと互いを見た。 「なによその、示し合わせるような視線は」 俺はハルヒの腕を取った。 「ハルヒ、お前も一緒に来い」 「来いってどこによ」 「でも、そんなことをしたら」古泉が俺を制しようとした。 「置いていったらアレが出るぞ」 古泉は黙った。アレといったらアレ以外ない。 「ハルヒ、今は説明してる暇がないんだ。向こうで説明するから来い」 俺はいつも、厄介事はあとに回すのが習慣なのだ。 「あとは俺が責任を持つから、長門、やってくれ」 「……分かった」 ずっと右手を上げたままだった長門が、ハルヒの呪縛から開放されたかのように呪文を唱えた。 あのときのような白い光には包まれなかった。まわりが暗闇になり、うっすらと見える青い光に包まれた。ドアがあったと思われる方向から、ひとつの青い光の輪がやってきて俺たちを包み、そこにいる五人の姿を照らして、やがて窓があったと思われる方へと消えた。続いて同じ輪が次々と現れは消え、現れては消えた。青い光の輪が並ぶトンネルをくぐるかのように、そして動く歩道の上で移動しているような感覚に襲われた。 ゆっくりと浮かび上がった長門の影が、ドアのほう、光のやってくる方向を指差した。まず長門が、それから俺が続いてそっちへ歩き始めた。まるで暗いトンネルをくぐるかのように。数歩歩いてから、ふと気が付くと正門前にいた。西宮北高だった。 「……到着した」 時間移動にも時空震動にも、似ても似つかない現象だった。今しがた潜り抜けてきた一風変わった風景に、全員が呆然として黙りこんでいた。 朝比奈さんが思い出したように口を開いた。 「ええと、じゃあわたしの番ですね」 行き先の日付は俺がここを離れた十二月二十四日、だいたい夜九時半から十時ごろだろう。朝比奈さんは全員が手を繋いだことを確かめてうなずいた。風景がぐるぐると回りだした。俺も朝比奈さんもハルヒに目を閉じていろというのを忘れていた。三半規管がツイスト状のドーナツみたいになったような不快感に襲われ、足元が天井に張り付いたような重力逆転の幻覚を見てから、ようやく落ち着いた。 「着きました。午後九時四十五分です」 ハルヒを見ると手で口を抑えている。無理もない。奇妙な模様が走るトンネルを歩かされ、テーマパークの絶叫マシンでも体験できないような気分を堪能したのだからな。 「おい、こんなとこで吐くな」 俺は全員を促し、人目を避けてともかくグラウンドに入ることにした。俺はハルヒを水飲み場へ連れて行った。ハルヒは顔をジャブジャブと何度も洗い、俺が渡したハンカチで鼻をかんでようやく落ち着いたようだった。 二日酔いで青ざめたような顔をしたハルヒが口を開いた。 「それで、いったいここはどこなのよ」 さて、ハルヒにどう説明したもんだろう。今までこいつにはいろいろとその場しのぎの嘘をついてきたが、今回ばかりはどう説明すればいいのか見当もつかない。いっそのことタイムトラベルと言ってしまえば、まだ救いようはあるんだが。じゃあどうやってやったのと深く追求されたら、朝比奈さんの秘密を明かすしかなくなる。 「それに、なんで夜なの?まさかタイムトラベルしたの?」 「まあタイムトラベルではあるんだが、ここは俺たちの住んでる世界とは違う、簡単に言ってしまうと異世界だな」 「は?そうなんだ」 ハルヒはぽかんと口を開けた。俺はてっきり、何バカなこと言ってるの、ちゃんと説明しなさいよね、と首を絞められるかと思っていたのだが。 「ということはよ、ここに住んでる人たち全員、異世界人なわけね」 お前、なに目んたまキラキラさせてんだ。 「異世界人は俺たちのほうだろう」 「まあ、外国に行けば自分が外人になるようなもんだけど」 分かりやすいな。 「それで、ここはどういう世界なの」 「どう説明すればいいか分からんのだが、俺たち以外の人間はふつうに存在してふつうの日常を暮らしてる」 「つまり、あたしたちがいないわけ?」 「まあ、そういうことだ」 「分かったわ。こういうことね、異世界人を捕まえてあたしたちの世界に連れて行って人体実験しようってのね」 「そんな地球外生物みたいな真似するかよ。お前が異世界人に会いたがってたからツアーを組んだんだ」 いい兆候なのか悪い兆候なのか、やっと俺らしい出任せが口をつくようになった。 「あたしに黙って行こうとしてたじゃない」 「これは調査旅行のはずだったんだよ。いきなり団長を連れていってトラブルになったら申し訳ないだろ」 「まあ、それもそうね。ロケハンは下っ端のやることだしね」 やっと納得したか。ほかの三人もほっとしたようだった。長門が唱えていたアレはなんだと聞かれなかっただけでもありがたい。俺、段々とハルヒをごまかすのがうまくなってきてるような気がする。勉強はそっちのけでそんなどうでもいいような技術を会得してるなんて、かなり鬱だ。 二章へ
https://w.atwiki.jp/hiroki2008/pages/67.html
買収劇と長門の部分 ハルヒがTOBをかけるという流れもありこの後の展開もずっと続いていたのだが どうも経営っぽい路線に傾倒してきて 長門メインの話に戻すために削った 「なあハルヒ、思ったんだが」 「まだいたのあんた、さっさと、」 「お前が打ち合わせに行くたびに中河テクノロジーの株価が動いてるの知ってるか」 「そうなの?」 ハルヒが古泉に向かって首をかしげると黙ってうなずいた。 「買収の目的が一緒に仕事をしたいってのは表向きで、情報やら技術やらの資産を持っていかれた挙句骨抜きにされるなんてことはよくある話なんだが」 「そ、それくらい知ってるわよ」 「正直、今回の買収の話は気に食わん。あいつらが欲しいのは長門の技術だけじゃないのか。ほんとに丸ごと俺たちが買われる必要があんのか?」 世の中そんなにうまい話ばかりじゃないぜ、なんてかっこつけて鼻を鳴らしてみた俺だったが、ハルヒはぜんぜん別のことを考えているようで、やおら目んたまがキラキラと輝きだした。 「そういうことはもっと早く言いなさいよね!」 ハルヒは突然電話の受話器を引っつかんだ。 「もしもし、鶴ちゃん!?作戦変更よ、中河テクノロジーにTOBをかけるわ!」 なんだかまたあらぬ方向に話が進んでいきそうな悪い予感がするのだが、杞憂だと言ってくれ。 買収劇と長門の部分 投下後に再校で書き直した元のテキスト 古泉のミステリースタイルを入れた 「長門さんがあのように感情を露にされるのを見るのははじめてのことで、僕も唖然としてしまいました」 俺はといえば、長門、よくやったという気持ちだった。最初この話があったとき、長門の評価がもっと上がればいいという正直な気持ちも確かにあった。ところが上がったのは中河テクノロジーの株価で、新技術の買収に動いてるというネタのリークがあったようだ。古泉によると親会社の役員筋からの情報漏れらしいのだが、インサイダー無法地帯にも等しい日本の株式市場ではよくある話だという。そして今日、SOS団の経営陣が交渉を渋っているという噂が流れた途端、株の買い気配が止まった。ざまあ見ろだな。 いやいや、株価なんかはどうでもいいんだがなにか腑に落ちない。ここに来てなにが不満なのかよく考えてみたが、俺たちの作ったSOS団を誰か外部の人間に操られるのが嫌だという、非論理的でマネージメントともビジネスともまったく関係ないところから来る率直な気持ちだった。SOS団を金を生むためのネタにされるのが嫌なのだ。金にあかせて会社を食っちまうアメーバみたいな大手グループなんぞにSOS団を渡してなるものか。中河なんぞに長門を渡してなるものか。これは俺の会社だ。俺の長門だ。 消失長門の部分 エピローグに持ってくるか迷ったが使われなかった 「わたしは小説を書いている」 「ぜひ読ませてくれ」 「まだ草稿しかできていない」 「それでいいよ」 お前が小説を書くなんて、実はあのときそうじゃないかと疑ってはいたんだが。 「完成したら見せる」 タイトルは、長門有希の憂鬱。 消失長門の部分 朝倉を登場させるかどうかかなり迷ったが この章は中河と長門の関係が重要なので使われなかった 変わりにエピローグで雰囲気だけ出演している 喜緑江美里によればこの世界は十二月十八日に分離された時間線ということになっている 原作の件によると二度目の十二月十八日に出てきた朝倉はどう見てもヒューマノイドなのだがどっちにするか迷っていた ここでの朝倉はただの人として扱った 話しこんでいるとインターホンからピンポンという音が響いた。長門はスクと立ち上がって、振り返り、 「晩御飯、食べていって」 邪険に断ってさっさと帰ってしまう気にもなれず、ちょうど小腹も空いていたので食って帰ることにした。なんだかこれが、この長門との最後の晩餐なような気がしたのだ。 玄関に通じる廊下から現れたのは朝倉だった。髪型も姿かたちも変わらない、怖いほど秀麗なスマイルを浮かべたあいつだった。その姿を見て俺は鳥肌が立つのを感じた。朝倉とはその後何度も会ったし、さして悪いやつじゃないってことが自分なりに分かったのだが、刺された傷がうずくようにトラウマになっちまってるらしい。 「あら、誰かと思えばキョンくん?いったい何年ぶりかしら」 「お、おう。今カナダから帰ったところだ」 あからさまに取ってつけたような嘘を見抜いたのか、朝倉は鼻先でふっと笑った。 「ちょうどいいわ、いつもより多めに作っておいたから」 あのときと同じ土鍋を抱えて、たぶんメニューも同じおでんで、俺はちょっとしたデジャヴを感じていた。これは偶然なのか。 長門がキッチンに小皿とねりからしを取りに行った。 「八年間もいなかったのに、どうして今になって帰ってきたの?」 「実はうちの親は外交官でな、八年の任期がやっと終わったところなんだ」 「へー、エリートだったんだ。じゃあ向こうの学校を出たの?」 「あ、ああ。いちおう地元のスクールに通った」 あまり突っ込まれると返答に困るような無理なでまかせを言ってしまったが、泥沼にはまらないうちに話題を変えたほうがよさそうだ。 消失長門 ハルヒがTOBをかけているパターン 途中で方向転換したので使われなかった 「では、帰りましょうか」 「また来れますよね」 喜緑さんはただ微笑むだけで肯定も否定もしなかった。 喜緑さんが右手を上げて詠唱し、二人の周囲にぼんやりとオレンジ色の球体が生まれた。俺たちを包む球は最初ゆっくりと浮上し、地面を離れてからぐんぐんと急上昇した。町の明かりが次第に小さくなってゆき暗い宇宙が目の前に迫ってきた。だんだんと気が遠くなる。今までのことがすべて意識の彼方に飛んでいく。 気がつくと俺はベンチで眠っていた。公園だった。見上げると星が出ていた。 「喜緑さん?」 見回してみるが気配はない。先に帰っちまったのかそれとも最初からいなかったのか、俺はもしかしたらあれがすべて夢だったんじゃないかという感覚にかられた。確かに眠ってはいたが夢にしちゃリアルすぎるよな。 俺はかくも長き長編映画を見た後のような余韻に包まれ、しばらく頭がぼーっとしていた。気温はかなり下がっているはずだがなぜか顔だけは火照っている。メガネをかけた長門を思う後ろ髪を惹かれるような気持ちと自分の現実に帰ってきた安堵とがないまぜになって、浮かんだ花びらのように俺の心の水面をくるくると踊っていた。やがて俺の長門のことを思い出し、エレベータの中での心臓が締め付けられるようなモヤモヤが少しずつ消えていった。 俺はポケットを探って携帯を取り出した。ベンチの背もたれに体を預けたまま夜空を見上げ、呼び出し音を数えた。向こうの中河がどうあれ、こっちの中河には話をつけておかなければならん。俺のモチベーションが下がらないうちにな。 『なんだ、キョンか。どうした』 「おい中河、お前に言っておくことがあるっ」 必要以上にハァハァと鼻息が荒い気がするんだが、まあ普段からこういうことに慣れていないからだな。 『尋常じゃないな、なにがあったんだ』 「愛してるんだ。誰にも渡さん」 『は?大丈夫か、酔ってんのかキョン』 「俺は八年をかけてやっと本当の愛に目覚めたんだ。横槍を入れるやつは許さんぞ」 『気持ちは嬉しいんだがキョン、すまんが俺にはそういう趣味は、』 気のせいか、前にも同じシーンがあったな。 「俺の女に手を出すなつってんだよ。お前がアメフト出身でも喧嘩の相手くらいいつでもなってやるぞ」 体力勝負からいってタックルは無理だがコイントスなら勝てる自信はあるぞ。 『な……』 中河はしばし唖然としたまま、どう答えていいのか分からないようだった。 『もしかして長門さんのことか』 「あったりまえだろうが」 『その……なんだ。キョン、すまん。俺が思い違いしてたようだ。お前はてっきり涼宮さんと付き合ってるのかと思ってたんだ』 ま、またそれか。ったくどいつもこいつも俺とハルヒをくっつけないと気がすまんのか。 「ハルヒは古泉と付き合ってるんだよ」 『知らなかった、あのハンサムなニヤけたヤサ男とか』 ニヤケ男は合っているが、お前に言われるとなぜか腹が立つな。 「いくら長門が好きでも先に誰かに打診するもんだろうが。たとえば俺にだな」 『そうだな。いや、八年前に道化師を演じた大失態があるから分かってくれてるだろうって思ってたんだが』 まあ、気持ちは分からんでもない。 『どうだ、これから飲みにいかないか。お詫びに俺のおごりだ、長門さんも呼べばいい』 俺は腕時計を見たがすでに十時を回っていた。あ、ええっと、どうだろう。 「今ちょっと長門とトラブっててな、今日は無理だな」 『なにかあったのか』 「お前のせいで長門を怒らせちまったんだよ。俺と中河の好きなほうを選んでいいなんてことを言っちまったのさ」 『俺もかっこ悪いが、お前も相変わらずだな』 携帯のスピーカーから中河の笑い声が漏れてきた。つられて俺も他人事のように笑った。 『まあ、俺が言うのもなんだが、長門さんを大事にしろ。ああいう女性は滅多にいない』 「当たり前だ」 中河は悪いやつじゃない。女のことになるとちょっと空回りするってだけだ。空回りしすぎてひとりクラッシックバレエを踊ってしまうことも多々ありだが、世の中に男と女がこれだけいりゃ、こういうこともあるさ。 「ああ、それからな中河」 『なんだ』 「今回の買収の件なんだが、どういう結果に終わっても恨みっこはなしだ」 『分かってるさ。もし合併の話が流れてもビジネスパートナーとして付き合っていきたいと考えてる』 「俺は交渉の場には出ないことにする。あとはハルヒ次第だ」 『分かった。まあそのうちにまた顔を出す』 ハルヒが逆買収を企んでいるなんてことは言わなかったが、あいつの突発的思い付きパワーをとくと味わってもらおうじゃないか。
https://w.atwiki.jp/haruhioyaji/pages/259.html
「だいたい、なんで、おっぱいなんてものがあんのよ?」 「知らん。哺乳類だからだろ、きっと」 「まったくあてになんないわね。イヌとかブタとかはどうなるの? 乳房なんかなくて、乳首がおなかにならんでるだけじゃないの?」 おっぱいの起源なんてものについて、あてにされても困るぞ。と思いながら、「ほんとのとこ、どうなんだ?」とでも言う風に、おれは長門の方を見た。 「発達した乳房は、ホモ・サピエンスが直立歩行することと言語コミュニケーションをとることになった両方に原因を求めることができる」 「そうなの、有希?」 「(こくり)」 長門は頷いて、俺の方を見た。説明を続けていいのか、と問うような目で。構わん、やっちまえ。 「四足歩行する哺乳類のメスの生殖器は、後ろに回ることで容易に観察できるが、直立歩行によってこれが不可能になった。かわりに類人猿のメスは、頭を下げ腰を高く上げたり、臀部を膨らましたり赤く充血させることで、性交が可能であることを示す。動物行動学では、これをプレゼンテーションという」 「プ、プレゼン?」 「一方、類人猿の日常的コミュニケーションは、交替で相手に背を向けて毛づくろいをすることだが、ホモ・サピエンスの日常的コミュニケーションは、対面で音声言語を用いるものになった。これはより意識的コントロールの難しい《顔の表情》を参照することで、音声言語コミュニケーションの信頼性を高めるためと考えられている」 「コトバだとなんともいえる、ウソだって言えるが、顔見りゃそれがわかるってことか?」 「正確ではないが、そう理解して間違いではない。しかし対面的コミュニケーションは、自らの遺伝情報を次世代へ再生産するための行為の様式に変化をもたらすことになった。有機生命体が「正常位」と言うところの対面的性行為においては、類人猿が用いる臀部によるプレゼンテーションが不可能。前半身によるプレゼンテーション・メディアとして、乳房の発達が進化したと考えられる。傍証として、臀部と乳房の脂肪の増減が、他の脂肪とは別の内分泌系によってコントロールされていること、オーガズムに近づくにしたがって類人猿の臀部にある性皮が膨張することと、ホモ・サピエンスの乳房が大きくなることの類似性が指摘されている」 俺とハルヒは、惚けたように黙り込んでいた。情報の伝達に齟齬が発生した可能性を鑑みて、長門は結論部分だけを手短に要約してくれた。 「つまり、ヒトのおっぱいは、サルのおしりの代替物」 その後? 長門はどうかわからないが、残りの俺とハルヒは、胸の中に何か片付かないものを抱えながら帰途についた、とだけ言っておこう。 「だいたいあたしとあいつは、普段から前後に座ってて、ほとんどあたしがあいつの背中をつつくとか、てんで対面的じゃないわ。期待に胸膨らます、って、そういうことじゃないのよ! そうよ、あいつがあたしに背中を向けてるのがすべての元凶よ! 猿並みなんだから、あいつが自分のおしりをふくらませばいいのよ!」 なんだか、よくわからないことをぶつぶつ良いながら歩いていった奴が居たことは、ここだけの内緒だ。ばれたら、どんな目に遭うか、わからないからな。って、長門、急に立ち止まってどうした? 「プレゼンテーション・メディアの拡張を情報統合思念体に申請した」 ぶっ!! か、拡張? ……で、結果は? 「申請を繰り返したが、いまだ回答がない」 「い、いや、長門。おまえはおまえのままがおまえらしくていいと思うぞ」 「そう?」 「そ、そう」 だって急進派と穏健派の新たな対立と抗争の火種にならないともかぎらない、だろ?
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2613.html
Report.21 長門有希の憂鬱 その10 ~涼宮ハルヒの恋人~ わたしは大切なものを二つ失った。 一つは、涼宮ハルヒの感情。もう一つは、朝倉涼子の存在。 ハルヒはわたしを『団員』として扱い、涼子はもはやこの地上に存在しない。 本当はこの状態こそが正常で、今までが異常。すべてが元通りになったと言える。 それなのにわたしは、そうとは割り切れないでいる。失ったと感じている。 そのような事を考えてしまうわたしは……端末失格なのだろうか。 この件は、ハルヒ以外の彼らには伝えてある。 わたしはこの、文芸部室であって、同時にSOS団の活動拠点ともなっている旧校舎の一室で本を読む。やがて朝比奈みくるが入室してメイド服に着替え、お茶を振舞う。古泉一樹がやってきて各種ゲームを準備する。『彼』が入室して定位置に座り、ハルヒが勢いよく扉を開いて入室し、団長席に座る。 ハルヒはパソコンで何かの情報を検索し、みくるはお茶の淹れ方の研究に余念がなく、一樹と『彼』は各種ゲームで遊び、『彼』の一方的な勝利が繰り返される。わたしが本を閉じる音を合図に、部活は終了する。皆が帰り支度を始める。 以前と変わらない日常が続いてゆく。世は並べて事もなし。 でも、わたしにとっては…… 夜、一人きりの部屋。思い出す、『彼女』と過ごした日々。わたしは自分を『持て余す』ようになった。 わたしにとって、夜はとても寂しく辛いものとなった。会いたい……会いたい……『彼女』に、会いたい。 今日もまた、長い夜を迎えた。『寂しさ』という名のエラーが蓄積してゆく。 今のわたしにとって、たった一つの『救い』は朝比奈みくるの存在。今のわたしは、彼女に支えられて、やっと立っている状態。 『涼宮ハルヒを支えたい』と願ったわたしが、朝比奈みくるに支えられてようやく立っている。そのような不安定な存在で、どうして他者を支えることができるというのか。笑止。所詮わたしは、どこまで行っても対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイス。情報統合思念体の一端末でしかない。いくら自律行動の範囲が広がっても、最終的には情報統合思念体の意向に従うしかない。逆らえば、死あるのみ。 ……『死』? 死ってなに? 死とは、有機生命体における、生命活動の停止。わたしの存在はなに? 有機生命体? ……分からない。 以前とは異なる部分もある。これはごく一部にしか知られていないこと。 部活も終わり、着替えをするみくるを残して、皆は帰途につく。 「…………」 しかし、わたしは残って、みくるを見つめる。 「長門さん……『アレ』、ですか?」 こくん、とわたしは頷く。 「ちなみに、どの服が良いですか?」 「……理学療法士。」 「またマニアックな服を選びますね……」 苦笑しながらも、彼女は着替えてくれる。彼女が着替え終わると、わたしは彼女に近付く。 「……あなたには迷惑を掛ける。申し訳ないと思っている。でも、自分ではどうしようもなくなってしまった。」 彼女が優しくわたしの頭を抱きかかえてくれる。柔らかい。そして、温かい。 「辛さを一人で溜め込まないで? ね、有希ちゃん。」 わたしは彼女の胸で声を上げて泣き出す。もう何度も、彼女にはこうしてもらっている。情けなく思うものの、どうにもできない。わたしは彼女にしがみ付きながら号泣する。 涼宮ハルヒは、わたしを愛している。愛してしまった。 わたしは、涼宮ハルヒを愛している。愛してしまった。 しかしわたしは、その想いを表すことはできない。表してはならない。だから彼女に情報操作を行った。彼女のわたしに対する想いから、性愛の要素を取り除いた。除去しきれたかどうかは、自信がない。 操作を行ったのは、情報統合思念体に許可を得たわたし。発案はわたしがした。彼女に愛していると言われた時、わたしはとても嬉しかった。幸せだった。だからこそ、こうしなければならないと思った。それは許されないことだったから。 それでも、わたしは彼女を愛している。そして彼女は、そんなわたしの気持ちを知らない。だから普通にわたしに接してくる。その度にわたしは、彼女と過ごした日々を思い出し、辛くなる。それは夜一人になるとますます激しくなる。正に……致命的なエラー。 こんなことなら、わたしのこの想いも消去すればよかった。しかし、その許可は下りなかった。 苦しい。これがわたしへの『処分』なのだろうか。 わたしの『罪』は、観測対象である涼宮ハルヒを愛してしまったこと。わたしへの『刑』の執行は、永遠に続くように思われた。 とある放課後の部室。わたしはいつものように本を読んでいた。人が近付く気配がすると、扉が開き、涼宮ハルヒが入ってきた。 おかしい。 元に戻った彼女は、再び扉を爆音を立てながら勢いよく開くようになっていた。しかし、今彼女は、静かに扉を開き、静かに入室し、静かに扉を閉め、静かに施錠した。 「有希だけやね……」 【有希だけね……】 彼女はそう呟くと、鞄を置き、静かにわたしの所へ歩いてきた。 「有希。」 彼女が後ろから抱きついてきた。耳元で囁かれる。 「大好き。」 ゾクゾクっと背筋に何かが走る。 「こんな大事なこと、何で忘れてたんやろ。」 【こんな大事なこと、何で忘れてたんだろ。】 彼女の吐息がわたしの耳に掛かる。悩ましい。 「その感情は精神病の一種。治し方はわたしが知っている。」 「病気でも構(かま)へんわ。」 【病気でも構わないわ。】 彼女はわたしの前に回り込むと、真剣な顔で言った。 「聞いてくれる? あたしの話。」 そして彼女は語り始めた。 「最近、毎日のように、変な夢見るようになったんよ。笑(わろ)てしまうくらい、めっちゃ変な夢。」 【最近、毎日のように、変な夢を見るようになったのよ。笑ってしまうくらい、すっごく変な夢。】 奇妙で不思議な……わたしにとっては極めて写実的な夢の話を。 「最初は、変な空間やったかな。床や壁っぽいのは灰色で、天井っぽいのが極彩色でうねうね動いてて気持ち悪かった。それで突然朝倉が現れて、『ようこそ、涼宮さん。ここはわたしの情報制御下にある。』とかって、意味不明なことを言(ゆ)うて。」 【最初は、変な空間だったかな。床や壁っぽいのは灰色で、天井っぽいのが極彩色でうねうね動いてて気持ち悪かった。それで突然朝倉が現れて、『ようこそ、涼宮さん。ここはわたしの情報制御下にある。』とかって、意味不明なことを言って。】 明らかに情報封鎖空間の光景。 「そう思(おも)たら、おもむろにごっついナイフを取り出すねん。で、あたしに向けてナイフを構えるんよ。朝倉はあたしの呼びかけを完全に無視すると、一直線にあたしを刺してきたわ。あたしは紙一重で、何とか朝倉の攻撃をかわした。あたしは叫びながら、あたしを掠めていった朝倉に向き直った。そしたら、どないなってたと思う? 朝倉のナイフが、何もない空間に突き刺さってたんやで? それでナイフが突き刺さってる辺りを中心に、黒い人型の靄のようなものが現れた。朝倉は、ナイフをその黒い人型の靄に突き刺したまま、靄を払うように振り抜いた。一刀両断された靄が空気に溶けていった。そこで終わり。」 【そう思ったら、おもむろにごっついナイフを取り出すの。で、あたしに向けてナイフを構えるのよ。朝倉はあたしの呼びかけを完全に無視すると、一直線にあたしを刺してきたわ。あたしは紙一重で、何とか朝倉の攻撃をかわした。あたしは叫びながら、あたしを掠めていった朝倉に向き直った。そうしたら、どうなってたと思う? 朝倉のナイフが、何もない空間に突き刺さってたのよ? それでナイフが突き刺さってる辺りを中心に、黒い人型の靄のようなものが現れた。朝倉は、ナイフをその黒い人型の靄に突き刺したまま、靄を払うように振り抜いた。一刀両断された靄が空気に溶けていった。そこで終わり。】 不可解。夢とは得てしてそのようなもの。しかし、部分的にあまりにも写実的。 「その次もやっぱり朝倉が出てくるんやけど、これがまた、前にも増して変な夢で。」 【その次もやっぱり朝倉が出てくるんだけど、これがまた、前にも増して変な夢で。】 彼女は続けた。 「あまりにも荒唐無稽すぎて、ありえへん光景やったわ。鉄筋を持った朝倉と、ストッキングを被った変態超能力者が対決してるっていう夢やった。もうな、アホかと。バカかと。あまりのアホさ加減に、いい加減付き合いきれへんようになって、あたしはずっと、朝倉の、その……パンチラで目の保養しとったんやけど。」 【あまりにも荒唐無稽すぎて、ありえない光景だったわ。鉄筋を持った朝倉と、ストッキングを被った変態超能力者が対決してるっていう夢だった。もうね、アホかと。バカかと。あまりのアホさ加減に、いい加減付き合いきれなくなって、あたしはずっと、朝倉の、その……パンチラで目の保養してたんだけど。】 これは紛れもなく、先日の戦闘。 「ちなみに縞パンやった。」 【ちなみに縞パンだった。】 こんなところまで同じ。 「で、その後がすごいんやけど。有希、あんたまで出てきてんで。」 【で、その後がすごいんだけど。有希、あんたまで出てきたのよ。】 その部分のログは、わたしの中にはない。……怒りで我を忘れていたから。 「もう、ものすごいとしか言いようがなかった。有希がヌンチャク、朝倉が薙刀を振るって大立ち回り。その変態超能力者を無表情でしばき倒してるあんた、かなり怖かったけど……めちゃめちゃかっこ良かった。有り体に言えば……惚れたわ。」 【もう、ものすごいとしか言いようがなかった。有希がヌンチャク、朝倉が薙刀を振るって大立ち回り。その変態超能力者を無表情でしばき倒してるあんた、かなり怖かったけど……めちゃかっこ良かった。有り体に言えば……惚れたわ。】 そこまで派手に暴れていたのか、わたしは。信じられない。 「最後のは、もう、呆れて物も言えへんっていうか。朝倉や、えっと喜緑さん? あの生徒会役員の。それから団員達。みんなが見てる前で、あたしは、あんたと……」 【最後のは、もう、呆れて物も言えないっていうか。朝倉や、えっと喜緑さん? あの生徒会役員の。それから団員達。みんなが見てる前で、あたしは、あんたと……】 彼女はここで顔を真っ赤にした。 「……あんたに、その……告白、して、それで……うう……キ、キスを……」 彼女は両手で顔を覆ってしまった。相当恥ずかしいらしい。 「う~、言(ゆ)うてもうたぁ~! は、恥ずかしい~」 【う~、言っちゃったぁ~! は、恥ずかしい~】 と言いながら、首を左右に振っている。耳まで真っ赤になっている。 一頻り悶えた後、彼女はようやく落ち着きを取り戻した。 「最初は単に、変な夢やなと思(おも)てたんやけど、毎日繰り返し見るようになって、さすがに『これは何かあるかも?』って感じるようになったわ。」 【最初は単に、変な夢だなと思ってたんだけど、毎日繰り返し見るようになって、さすがに『これは何かあるかも?』って感じるようになったわ。】 彼女の話によれば、その奇妙な夢は、前記の三パターンが繰り返されていたとのこと。しかも、回を重ねるごとに、だんだん夢の情景の細部が明瞭になってきたという。やがて彼女は、これは夢の情景ではなく、何か実際に自分が体験した場面なのではないかと思うようになっていた。 そしてついに、彼女はすべてを思い出した。 「昨日、何の気なしに部屋を片付けてて、ふと、『何(なん)かない』って気ぃ付いてん。具体的に何が無くなったんかは分からへんかったけど、それでも、何か『大事なもの』を無くしたことだけは分かった。上手く言葉では説明できひんけど、とにかく『何(なん)かない』っていう思いだけが引っ掛かって。それで部屋中あちこち探したんやけど、そもそも何を無くしたんかが分からへんのやから、探し様がないやん? 当たり前の話やけど。見付かる当てどころか、何を探したらええのかも分からへんまま、何の手掛かりもないまま、ひたすら部屋中を隈なく探し回って、一時間くらいやったかな? 机の引き出しの奥から、鍵付きの日記帳を見付けてん。自分では書いた覚えないのに、一目見てそれはあたしのやって分かったわ。見付けた時に、鍵の場所も分かったし。で、開いてみたら、間違いなくあたしの字やった。なぜか初めて読む気がせえへんかったな。それで、読み進めていって、思い出したわ。あたしがどんな気持ちやったんか。有希のことどう思(おも)てたか。」 【昨日、何の気なしに部屋を片付けてて、ふと、『何かがない』って気が付いたの。具体的に何が無くなったのかは分からなかったけど、それでも、何か『大事なもの』を無くしたことだけは分かった。上手く言葉では説明できないけど、とにかく『何かがない』っていう思いだけが引っ掛かって。それで部屋中あちこち探したんだけど、そもそも何を無くしたのかが分からないんだから、探し様がないじゃない? 当たり前の話だけど。見付かる当てどころか、何を探したら良いのかも分からないまま、何の手掛かりもないまま、ひたすら部屋中を隈なく探し回って、一時間くらいだったかな? 机の引き出しの奥から、鍵付きの日記帳を見付けたの。自分では書いた覚えがないのに、一目見てそれはあたしのだって分かったわ。見付けた時に、鍵の場所も分かったし。で、開いてみたら、間違いなくあたしの字だった。なぜか初めて読む気がしなかったな。それで、読み進めていって、思い出したわ。あたしがどんな気持ちだったのか。有希のことどう思ってたか。】 彼女は、置いた鞄から冊子を取り出し、わたしに手渡して言った。 「これな。すごく恥ずかしいんやけど、有希に読んでほしいねん。」 【これね。すごく恥ずかしいんだけど、有希に読んでほしいの。】 鍵が掛かる日記帳だった。最初のページには、こう書かれていた。 『涼宮ハルヒの手記』 読み進めると、彼女が日常感じた雑感等が、あの達筆だが読みやすい楷書体で綴られていた。 わたしはこの文書の存在を知らない。消失していた時も観測は継続していたというのに。やはり肉体を失ったことで、情報の伝達に齟齬が発生していたのだろうか。 「現段階の最終ページは、昨日書いたばっかりやねん。」 【現段階の最終ページは、昨日書いたばっかりよ。】 彼女の様々な想いが綴られた手記。最終ページまで読む。一番最後は……わたし宛の手紙になっていた。わたしは、最終ページを何度も何度も読み返した。 上手くやったつもりだった。実際、彼女はわたしへの想いを忘れていた。しかし、彼女は思い出した。わたしが完全に消去したと思っていたものをすべて。 彼女には敵わないと思った。わたしの行為は、無駄な努力だったのだろうか。それとも、これも既定事項なのだろうか。 それでもわたしは、どこか嬉しかった。彼女に思い出してもらえたこと。再び『大好き』と言われたこと。 結局、いくら情報を、記憶を書き換えても、人間の『心』は操作できないということなのだろうか? わたしが行う情報への介入は、彼女の能力と似ている面がある。すなわち、自らの都合の良いように、周囲を改変する能力。しかし彼女は、周囲の人間の『心』までは改変していない。いかに万能と思われる彼女でも、人間の『心』までは操ることができないのか。あるいは、彼女の『常識的な』部分が、人間の『心』を操ることを拒絶しているからなのか。 前者の可能性については、更なる観測が必要となる。現段階では情報が不足している。そして、後者の可能性。これはもしかすると、今回のわたしが行った操作に該当するかもしれない。 今わたしは、感情を操作した彼女が、わたしが操作する前の感情を取り戻したことを『喜んで』いる。このことから考えると、わたしは、人間でいうところの『心』に該当する領域のどこかで、彼女への操作を拒絶していたのかもしれない。そして、いずれは彼女が、元の感情を取り戻すこと、以前のようにわたしを『愛して』くれることを望んでいたのかもしれない。 いくらその行為を選択することが最も合理的だと分かっていても、その選択を拒絶すること。これは人間の行動にしばしば見られる現象。 彼女はわたしの膝の上に腰掛けている。わたしが彼女を膝に抱いている状態。 「有希……もう、あたしを置いてどっか行ったりせんとってや。」 【有希……もう、あたしを置いてどっか行ったりしないで。】 彼女は目を潤ませながら、訴えた。 「『彼女』とかは無理でも、ずっと、あたしの友達……『親友』でおって。な?」 【『彼女』とかは無理でも、ずっと、あたしの友達……『親友』でいて。ね?】 『親友』。 それが、それこそが、彼女が長年求めていたものなのかもしれない。 お互いに理解し合い、信頼し合い、性別が違っていれば生涯の伴侶とすることも辞さない、深い絆で結ばれた存在。そのような存在として、彼女はわたしを定義したいと望んでいる。わたしは…… 「あなたがここにいる。だからわたしもここにいる。」 わたしは彼女を抱き締め、口付けをした。これがわたしの答え。 その時、突然わたしの中に何かが閃いた。 彼女は、涼宮ハルヒは、わたしを『親友』と定義した。わたしは、自分をあえてこう定義しようと思う。 「わたしは、あなたの『ともだち』。」 「友達?」 「違う。」 わたしは首を振った。これは音声だけでは伝わらない概念。 「わたしは、涼宮ハルヒの『トモダチ』。……『恋人』と書いて『ともだち』と読む。」 彼女はキョトンとした顔をした。瞬時には意味が理解できなかったのだろう。ややあって、彼女の顔に理解の色が広がった。 ある『意味』を持つ言葉に、別の意味の『音』を当てる。『日本語』という言語の、興味深い使用方法。 同様に定義するとするならば、『彼』は『親友』、古泉一樹は『戦友』、朝比奈みくるは『盟友』だろうか。そして朝倉涼子は……『朋友』。これらはすべて『ともだち』と読む。 「嬉しいこと言(ゆ)うてくれるやないの。有希らしいっていうか。」 【嬉しいこと言ってくれるじゃないの。有希らしいっていうか。】 彼女は満足そうな表情をしていた。 「そうやね。あたしとあんたが、ただの『親友』で終わるはずないもんね。迂闊やったわ。」 【そうよね。あたしとあんたが、ただの『親友』で終わるはずないもんね。迂闊だったわ。】 そう言うと彼女は、『手記』を手に取ると、その場で何か書き込んだ。 「有希が自分のことをそう言(ゆ)うんやったら、あたしは有希をこう呼ぶわ。」 【有希が自分のことをそう言うんだったら、あたしは有希をこう呼ぶわ。】 手記には、ある一文が書き加えられていた。 「今日から有希は、あたしの『ともだち』。」 そう言うと彼女は片目を閉じた。 その日の部活は休みになり、わたしは彼女にカフェへ連れて行かれた。 「ここの丹波栗のモンブランと、黒豆のプリンは最高に美味しいんやから! あたしのおすすめ!」 【ここの丹波栗のモンブランと、黒豆のプリンは最高に美味しいんだから! あたしのおすすめ!】 カフェにて注文後しばらく経つと、彼女が薦める品が運ばれてきた。一緒に飲むのは香り高い紅茶。 「はい、有希、あーん。」 「……あーん。」 彼女が掬って差し出したモンブランをわたしが食べる。 「……じゃあ、ハルヒ……あーん。」 「あーん♪」 わたしが掬って差し出したプリンを彼女が食べる。わたし達は周囲の客や店員から、生暖かい目で見守られていた。彼女と一緒に食べるおやつは、とても甘く、とても楽しく、とても美味しかった。 「有希……大好き。」 また言われた。とても幸せそうな顔。わたしはとても嬉しい。でも。 「人前ではだめ。」 彼女はアヒルのように口を尖らせた。 「それは、女同士やから?」 【それは、女同士だから?】 わたしは首を横に振った。 「異性同性を問わず、公衆の面前でいちゃつくことは、推奨されないと認識している。」 彼女はまだ納得がいかないような顔をしていたが、わたしの次の言葉で承服した。 「それに、隠れて行う行為は、背徳感が増す。」 一瞬驚いた顔をした彼女は、にんまりと聞いてきた。 「有希……それは、『隠れてあんなことやこんなことがしたい』っていうことかな? かな?」 「言葉通り。あなたの好きにしていい。」 「うは……もー、大胆やな、この娘はー!」 【うは……もー、大胆ねえ、この娘はー!】 彼女は顔を真っ赤にしながら、ばしばしとわたしの肩を叩いた。 「何(なん)かもう、有希の言葉が甘すぎて、モンブランの味が分からへんようになったわ!」 【何(なん)かもう、有希の言葉が甘すぎて、モンブランの味が分かんなくなっちゃったわ!】 そこでの飲食の代金は、彼女が支払った。 「これがあたしの気持ち。」 彼女はわたしの手を取った。この後は一緒に買い物に出掛けるらしい。 「ほな、行こか!」 【じゃあ、行こっか!】 わたしは彼女に手を引かれ、走り出した。 繋いだその手は、とても温かかった。 ←Report.20|目次|Report.22→
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/36.html
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/43.html
「あーあ、なんか退屈ね。どこかにおもしろいことでも転がってないかしら」 さっきからパソコンで2ちゃんねるを覗いていたハルヒが実に退屈そうにしている!いつもならば聞き流してしまうところなのだが、最近のハルヒのいらいらは相当ひどいらしく、閉鎖空間の発生が件数、規模共にこれまでの記録を1桁上まわっているだとか、次の閉鎖空間の発生が世界の最後になってもおかしくないとかいう話を古泉から聞いた直後だった俺は、焦って古泉と朝比奈さんに目配せした。 朝比奈さんの方を向くと、自分のメイド服とハンガーに掛けてあるナース服を見比べて、頭を振る。さすがにもうコスプレではハルヒも満足しないだろう。古泉もちょっと思案顔をしていたがお手上げのポーズをしてため息をつく。いくら機関でも準備なしにイベントは用意できないのだろう。二人ともネタなしか、ここは一つ、俺が何とかしなければ…そうだ! 「長門、お前友達いるのか?」 「…いる」 「SOS団以外には?」 「…」 「俺たちはお前のことを友達だと思ったことはないぜ。お前友達いないんじゃないのか?」 唐突に長門につらく当たり出した俺を、ハルヒは何も言わずじっと見ている。古泉が何かを察したのか会話に加わってくる。 「たしかに長門さんはいつも本ばかり読んで僕らと遊んでもいませんしね。海に行ったときもそうでした。本当は僕らが邪魔なんじゃないですか?無論、僕らもあなたのことをそう思っているわけですが」 よし、みんなその調子で長門を責めろ。 「私も長門さんのことがよく分からなくて…何を考えているんですか?ちょっと不気味で、怖いです」 朝比奈さんもちょっと震えながら、かなり恐ろしいことを言ってくれる。長門はそれでも本から眼を離さない。 「おい、聞いてるのか!」 俺はつかつかと長門に近づくと、読んでいた本を奪って投げ捨てた。長門は顔を上げたが、その表情からは何も読み取れない。 「目の前の受け入れたくない現実から逃避するために本の世界にのめり込む…まったく引きこもりの典型的な自己防衛行動ですね」 「そんな人が同じ部屋にいると、こちらまで気分が滅入っちゃいます」 古泉と朝比奈さんが追い打ちを掛ける。 「いつも本を読んでるくせに、反論できるくらいの知恵もないんだな。お前本当は本を読んでる振りして、俺たちのこと観察してるんじゃないのか?気持ち悪い」 長門は少しずつうつむき、完全に頭を垂れると小刻みに震えだした。 「何だ泣いてるのか。辛気くせえ、出てけよ!」 手近にあったトランプの箱を投げつける。長門の頭にヒットして札が散乱する。長門は手で顔を覆い、小さく声を上げて泣き始めた。調子に乗って椅子を蹴る。 「オラ、早く消えろ、この陰気な文芸部員がよぉ」 「お茶あげますから早く消えてくださ~い」 朝比奈さんがポットから出したばかりのお湯をぶっかける。 「あつっ、ああっ、熱い…」 耐えきれなくなったのか、長門はやおら立ち上がると鞄をつかんで部室を出て行った。 「二度と来ないでくださいね~、次は僕のセカンドレイドをお見舞いしますよ」 ドアを開けて古泉が叫ぶ。俺は長門が座っていた椅子にどかっと腰を掛けた。 「はぁ~、せいせいした」 「あんな無表情な長門さんでも泣くんですね。正直ちょっと気持ち悪かったですけど」 「明日もしまた顔を出したらどうするか、対策を練っておきましょうか…涼宮さん?」 それまでずっと黙っていたハルヒがこちらを見る。 「…ちょっと…私…」 おもむろに近づいてきたハルヒは、次の瞬間、満面の笑みを浮かべて言った。 「おもしろそうな拷問のたくさん載ってるウェブサイトを見つけたのよ、明日から一つずつ試してみましょう!」 やった、俺の読みは見事に当たったのだ。いじめは古今東西、人類最高の娯楽として君臨してきたのだからな。 「仰せの通りに」 古泉が笑顔で礼をする。パソコンのディスプレイを覗いてみると、テキストだけで精神的にも肉体的にも参ってしまいそうな拷問の数々が、写真入りで紹介されている。これは朝比奈さんには見せられないな。 「あまり派手にやっちゃうと教師にばれてまずいことになるわ。精神的なものからやってみましょ」 「これなんかどうですか~、ずっと水を頭に流し続けるっていうのがありますよ~」 朝比奈さんは俺の心配をよそに喜々としてサイトを見ている。 「じゃあキョン、帰りにホームセンターに行くわよ!ホース買わなきゃ」 ハルヒも楽しそうに言う。 「もし明日長門さんが来なかったらどうします?」 古泉の心配ももっともだ。 「大丈夫ですよ~、私が迎えに行きますから。学校に来ていなければおうちに乗り込んで引っ張ってきてあげます」 確かに朝比奈さんなら長門を無理矢理連行しても通報されることはあるまい。 「あー、なんかわくわくしてきたわ。明日が待ちきれないわね」 ハルヒは最高の笑顔で俺の腕にすがりついてくる。そんなハルヒをどうしようもなくかわいいと思ってしまったことは俺だけの秘密だ。 ホースを買ってから家に帰ると、門の前に長門が立っていた。 「よ、元気か」 小さくうなづく。 「ハルヒはいじめに期待してるぞ。明日もいい反応しろよ」 「…わかった」 「お前にはちょっとくらい手荒なことをしてもすぐ回復するよな?血が出たりすれば盛り上がるだろうから、そっちもよろしく頼む」 「肉体的なダメージは平気…でも」 珍しく言いよどむ長門。しかし俺は無視して続ける。 「あとな、こんなところハルヒに万が一見られたら、すべての計画がパーだ。今後俺には一切話しかけるなよ。もちろん古泉や朝比奈さんにもだ」 長門は目を大きく見開いて俺を見つめる。その目に涙が光っているように見えたと思った瞬間、ぽつぽつと雨が降ってきた。 「んじゃ、また明日学校でな。逃げるんじゃねえぞ」 次第に強くなる雨の中で立ちつくす長門に追い打ちをかける。 「早く消えろよ、もううちには来んな」 長門は降りしきる雨の中を走って帰っていった。その後ろ姿を見送りながら、明日以降どうやっていじめてやろうかと考えるとじんわりと笑いがこみ上げてきて止まらなかった。 あんなに素直でかわいいハルヒと、長門を思う存分いじめられる。これでもう、ハルヒは退屈なんかすることはないだろう。そしてもちろん俺も。 以上
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3039.html
一 章 Illustration どこここ そろそろ梅でも咲こうかというのに、いっこうに気温が上がらない。上がらないどころか意表をついたように雪を降らせる気まぐれの低気圧も、シャミセン並みに寒がりの俺をいじめたくてしょうがないようだ。朝目覚ましが鳴ると、いっそのこと学校を休んでしまおうかと考えるのが日課になっている。俺は窒息しそうなくらいにマフラーをぐるぐる巻きにして家を出た。 結果はともあれ本命も滑り止めも無事に受験が終わって、学校では三年生をほとんど見かけなくなった。生徒の三分の一がいなくなり、校舎の一部がガランとして静まり返っている。一年生も二年生も残すところ、憂鬱な期末試験だけだ。三年生でも朝比奈さんだけは、SOS団のためにまじめに通ってきているようだが。 その日の朝、教室に入ると俺の席の後ろで机につっぷしているやつがいた。ハルヒが珍しくふさぎこんでいる。 「よっ、どうしたんだ?」 「どうもしないけど、今朝からずっと耳鳴りがするのよね」 お前もか。俺も今朝起きたときからずっと妙な感覚を感じていた。どこがどう妙なのか分からなくて説明のしようがないんだが、視界がぼんやりしているというか、嗅覚が妙に生っぽいというか。まあ原因も分からないし、気にはしない風を装っていた。 二限目の英語の授業中、突然教室の前のドアがガラリと開いた。誰が入ってきたのかと全員がそっちを見た。俺もつられて教科書から目を上げると、隣のクラスにいるはずの長門が飛び込んできた。 「ちょ、有希どうしたのよいきなり」 長門はハルヒの首筋にちょっと触れ、ハルヒはそのままがっくりと意識を失った。 「おい、何があったんだ」 「……急いで、時間がない。涼宮ハルヒを背負って外に出て」 俺は言われるままに気絶したハルヒを肩にかついだ。教師とクラスメイト全員が唖然としている中を、ちょっとお騒がせしますね、と言いつつ廊下に出た。 「やあ、どうも」 廊下には古泉も待っていた。長門はドアをピシャリと閉めた。 「……時空震の初期微動を感知した。フィールドを張る」 長門は右手を上げて詠唱をはじめた。四人を包む、直径三メートルくらいの青く光る球体が生まれた。 「朝比奈さんは無事なのか」 「……間に合わない。無事を祈る」 そう言うが早いか、球の外の映像がブレはじめた。この感覚、前にもあった。一昨年の十二月十八日、俺が校門前で朝倉に刺されたときだ。改変された世界が元に戻るとき、これに似たような大規模な時空震が発生した。 「原因は何だ?誰かが歴史を書き換えようとしてるのか」 「……分からない」 数分してまわりの景色は元に戻り、俺たちを包んでいた青い球体は消えた。 「もう、大丈夫」 「そうか。教室に戻っていいか?」 「……いい」 「ありがとよ」 「……お礼ならいい。わたしはしばらく調査する」 長門はそういい残して廊下を走り去った。 「今日の長門さんは颯爽としていますね」古泉が言った。 あいつが危機感を持つのはよっぽどのことなのだろう。 「じゃ、後ほど部室で」 手を振って去っていった。脳天気だなこいつ。 さて、気絶したハルヒをかついで教室に戻るのに、どう説明したものかな。しかしハルヒ、重いぞ。 その日の放課後、午前中にあった時空震のことが気にはなっていたのだが、長門がその後なにも言ってこないのでとりあえずは安心していた。 部室棟の階段を登ると、文芸部部室がやたら騒がしい。またハルヒが新人勧誘でもおっぱじめたのか。ドアを開けるなり「キョン君!」と聞きなれた声がエコーして聞こえた。なんだこの五・一チャンネルサラウンド並みの音響効果は。 俺はそこにあるものを見て我が目を疑った。あ……朝比奈さんが、「朝比奈さんが十一人いる!」 「長門、ちょっと状況を説明してくれ」 「……次元断層によって複数の分岐が同時に生まれた。複数の未来軸が発生」 「つまりですね、調査に訪れた朝比奈さんが十一人いる結果に」 古泉が肩をすくめた。なんてこった。時空震動で人が増えるとあっちゃ、お役所の戸籍係が混乱しかねん。この先の少子化にも歯止めがかかるだろう。 「キョン君」「困った」「ことに」「なっちゃい」「ましたぁ」 十一人の朝比奈さんのうるうる瞳に囲まれて、俺はパニックなようなパラダイスなような複雑な気分に襲われた。 「お願いです、誰かひとり代表してしゃべってもらえませんか」 「誰か」「って」「誰が」「代表に」「なれば」「いいんで」「しょしょしょしょ」 最後のは完全にこだましていたな。 ちょっと朝比奈さんには失礼して、俺と長門、古泉だけで円陣を組んで対応を協議した。 「長門、この中のどれが本物だろうか?」 「……正直言って分からない」 「ホクロを調べてみてはいかがでしょうか」古泉が笑いをこらえている。 「お前、堂々と朝比奈さんに胸を見せてくれと言えるのか」 「僕の口からは言えませんね。あなたなら角が立たずに確認できるんじゃないでしょうか」 「お前この状況を楽しんでるだろ」 「分かりましたか」 「……ひとりずつ、コスプレさせるのがいい」長門が口のはしで笑っている。 「しかし十一人分の衣装が……って長門、お前まで悪ノリするんじゃない」 俺は部屋の中を右往左往する朝比奈さん達に向かって言った。 「えーと、朝比奈さん、じゃなくて朝比奈さん達。とりあえず自分の時空に戻っていただけませんか。こんなところをハルヒに目撃されたら、説明のしようがありません」 「それもそうですね」 ゴスペルのコーラスでもやれそうな十一人の声が同時に応えた。 「でも、誰かが残らないといけませんよね」 そりゃそうだ。ひとりは残らないとこの時間平面から朝比奈さんがいなくなってしまう。 「じゃ、じゃあ失礼ではありますが、誰が残るかくじ引きで決めたいと思います」 俺、もしかしてこの状況を楽しんでないか。 どこから用意したのか、長門が爪楊枝を握っていた。市内不思議パトロールの班分けと同じく、十一本中、一本にだけ赤い印が入っている。 「赤いのを引いた朝比奈さんが残ってください」 朝比奈さん達は、まるでワルキューレの杯を煽るかのように真剣な面持ちで一本ずつ引いた。 やがて外れた朝比奈さんはひとりずつ消えていった。俺に手をふりふり、涙さえ浮かべて。なんかすごく悪者になった気分だ。赤い爪楊枝を引いた朝比奈さんだけが満面の笑みを浮かべていた。 「やれやれだな」 「失礼ながら、時間旅行をする者の悲しいサガ、とでも表現しましょうか」 古泉が愉快そうに笑っている。 「ひどいわ古泉君」 朝比奈さんは苦笑していた。俺にも似たような経験はあるんだ。時間を超えて行った先に俺がいたんだからな。 可憐なる文芸部室の天使をまとめて十一人も拝むことができ、俺は十一日分の癒しを得たような心持だった。晴れやかなるニコニコ気分で朝比奈印のお茶をすすった。だがそれで終わりではなかった。 帰宅後、朝比奈さん達がコスプレでサッカーをしているところを妄想していると、めずらしく長門から電話がかかってきた。 「……全員集まってほしい」 「なにがあったんだ?」 「……詳しくは、後で」 長門が召集をかけるからにはよっぽどのことなのだろう。 「分かった。古泉と朝比奈さんには俺から連絡を入れる」 「……待っている」 古泉に電話をかけると、タクシーで朝比奈さんを拾ってから直接行くと言った。午後八時、俺は自転車を飛ばした。マンションの入り口で長門が教えてくれていた四桁の番号を押す。七階まで上がり、部屋の前でインターホンを鳴らそうとしたらドアが開いた。長門はドアの前で待っていたようだ。 「……入って」 「古泉と朝比奈さんはまだ来てないのか」 「……まだ」 あの事件からこっち、長門の部屋に入るのは久しぶりだった。部屋の様子が少しだけ変わった。カーテンが暖色系の花柄に変わっている。それから花瓶に花がさしてある。長門が花を活けるなんて珍しい。だいぶ人間っぽい雰囲気がするようになった。元々が殺風景すぎたんだが。 「部屋、明るくなったな」 「……そう」 長門がお茶を運んできた。少しだけ微笑っぽいものが浮かんだ。 「……飲んで」 「ああ、サンキュ」 この部屋に最初に訪れたときには、正直寒くてとても人が住んでるとは思えない空間だったが。そんでもって情報生命体やら宇宙論やらを聞かされた日にゃ、痺れの来た足ともどもさっさと帰りたい一心だった。なんとなくだが、今俺はこの長門空間を気に入っている。こうして、湯飲みからゆったりと立ち上る湯気と、どこを見てるでもなく静かに座っている長門。 インターホンが鳴った。古泉が到着したようだ。長門は立ち上がってインターホンの映像に向かって「入って」と言った。 「どうも、遅くなりまして」 「あの、長門さん、お邪魔します」 古泉の隣で朝比奈さんが小さくなっていた。長門が二人分のお茶と羊羹を運んできた。四人がなにを喋るでもなく、ただただお茶をすする。部屋を暖めるエアコンの音だけが静かに流れていた。 「長門、そろそろ本題に入ってもらっていいか」 「……もう少し待って。もうひとり来る」 もうひとり?誰だろう。そのとき、インターホンが鳴った。喜緑さんが入ってきた。清楚な感じのレディ、この人のやさしい笑顔を見るのは久しぶりだ。 「皆様、こんばんわ」 「どうも喜緑さん。いつぞやはいろいろお世話に」 「いえいえこちらこそ。お元気そうでなによりですわ」 キッチンからお茶と羊羹をもう一組運んできて、長門は口を開いた。 「……本題に入る」 長門は和室のふすまを開けて、奥から熱帯魚の水槽のような感じの、立方体のガラスケースを持ち出してきた。中に本らしきものが浮いている。これは……思い出すもおぞましい、あの文庫本じゃないか。長門はそっとこたつの上に置いた。 「……これは、涼宮ハルヒとその周辺について書かれた本」 「なんですかこれ、涼宮さんって作家になったんですかぁ?」 「はて、そのような事実はなかったような気がしますが」 二人とも、前と同じ反応をしているな。 「涼宮ハルヒの著作物ではない。情報統合思念体では、以前にも同じ現象を観測した。これに関する情報は禁則事項となっていた。全員の記憶は、消去されているはず」 実は俺だけは覚えてるんだが。 「これより説明する。禁則が一時的に解かれる」 長門は喜緑さんに視線をやった。喜緑さんはうなずいた。長門の禁則解除のキーって喜緑さんだったのか。 長門は去年の十二月に起こった出来事から、谷川流氏のいた世界にスリップし、戻ってくるまでを話しはじめた。俺とアパートで出会ったシーンからは省いたが。 「そんなことがあったなんて……」 「つまり、この本に書いてあることが僕たちの世界の動向を左右するわけですか」 「俺の手にあった本は向こうに置いてきたよな」 「……それとは、別の一冊」 「長門に直接送られてきたわけか」 「……そう。前回直接手で触れたが、それはきわめて危険。クロノ放射を検出した。重力子フィールドで覆ってある」 クロノ放射が何なのか知らないが、ケースに入ってるのはそのためか。 「本来ならこれは見えていないはず」 長門曰く、フィールドの壁越しになんらかのエネルギーが漏れている。そのために肉眼で見える、のらしい。よく見ると、ゆっくりと回転する本の向こう側が透けている。 これはいったい、誰が何のために用意したのか。 「今朝の時空震も関係あるのか」 「……情報量が限定されているが、その可能性は高い」 「それで、本の出所は分かったのか」 「……今のところ不明。もしこの本が氾濫したら、次元のパラドクスが生じる」 「またもや世界は消滅の危機ですか」 「……消滅はしない。歴史を上書きするか、無限ループが生じるだけ」 「で、俺たちを呼んだ理由は」 「……防衛線を張るために、全員で同行してもらいたい」 「ということは、わたしたちが向こうの世界に行っちゃうんですか?」 「……そう。著者とのコンタクト、本の出所、送付者の敵性判断を含めた調査」 「行くなら厚着していったほうがいいな。あと生活用品とかも」 こないだはほとんど何も持たずに行ったからな。あの状態なら何を持っていっても役に立たなかっただろうが。 「向こうの世界は特殊な環境なんですか」 赤道の反対側で季節が逆だからとかじゃなくて、十二月に飛ぶからなんだが。 「……こちらとほとんど変わりない」 「では、必要な物資は僕のほうで揃えましょう。なにがご入用ですか」 「……全員分の身分証明書、レーション、救急医薬品」 「世間は未成年には冷たいからな。身分証明がなくてなにかと苦労した」 「じゃあ免許証を手配します」 「それから金も多少あったほうがいい」 まだこないだの金、返してなかったな。戻ってきたらバイトしないと。 「かしこまりました。武器はいりますか?」 「武器の携帯は厳禁です……あぶないですぅ」 「冗談ですよ」 古泉はふっと含み笑いをした。 「バナナはおやつに入りますか?」 この非常時になにを言っているのかと、全員の冷たい視線を浴びた。古泉は自らを恥じるように詫びた。 「す、すいません。ちょっと言ってみたかったもので」 なんだかこいつだけは不必要に楽しそうだな。緊張を楽しむタイプか。 「……決行は明日、部室にて」 長門はメンバーを見回して、異議がないことを確かめたのか、ひとこと呟いた。 「……解散」 俺たちはそれぞれ帰宅した。 やっぱり出発は部室なのか。古泉が前にも言ったことがあるが、あの文芸部部室はいくつかのエネルギーが飽和状態にあり、いつでも流出しやすい状態にあるという。長門によれば、遠く銀河を離れても、時間平面を超えても観測できるらしい。そんなところで部活動を展開している俺たちもどうかしているが。 週末のSOS団部室、もとい、文芸部部室だ。 俺は六限の終わりを待たず、珍しく授業をさぼってさっさと部室に行った。遠足の前日のようなワクワク感を抑えられなかった。授業もどうせ必修科目じゃないし、三学期のこの時期だけにやる気もないし。 部室のドアを開けると長門しかいなかった。さすがに今日は本を開いていないようだ。 「よっ。今日は早めに来たぜ」 もし俺だけに知らせておくことがあれば、あるいは前もって検討しておくことがあればと思って余裕を持って来たのだが。長門はそんな様子は見せなかった。 なにをしてるのかは分からないのだが、長門はハエか蚊を捕まえるような仕草をしていた。 「なにを捕まえてるんだ、虫か?」 「……素粒子」 「素粒子って、あの黒い球のやつか」 「……緊急用の素粒子球を全員に配る」 あんな重たいもん持たせても荷物になるだけな気もするが。長門は俺の顔の前で、サッと見えないなにかを捕まえた。俺は長門の手を凝視した。まさかチェレンコフ光が見えたりはしないだろうけど。 「やあ、遅くなりました」 古泉が清々しいスマイルとともに現れた。まだ授業は終わってないだろ。なんだその膨らんだリュックは、登山じゃないんだぞ。 「出発するのに必要な物資です。用意するのに手間取りまして」 こいつがキャンプに行くときは必ず食料隊長を買って出るんだろうな。 古泉は長テーブルの上にゴトゴトと物資とやらを並べ始めた。コンパス、GPS、その妙な天体観測器具みたいなのは六分儀か、いつの時代の旅行だよ。食料は水とカロリーメイトと、レーションはNASAで開発のアレか。 「それから身分証明書です」 免許証を受け取った。写真の写りはいまいちだが、よく出来ている。普通自動車だけか。 「大型特殊とか牽引二種とかがご入用でしたか」 そんなもんあっても運転できねーだろ。普通自動車でもあやしいのに。 「あら、皆さん早いんですね。遅れちゃってごめんなさい」 通学カバン以外に旅行用のバックも下げている朝比奈さんが現れた。いいんですよ、俺はあなたが来ることが分かっているなら日が暮れても待ちつづけますから。 「あの、制服のままでもいいんでしょうか。いちおう旅行用の服も用意してきたんですけど」 「いいんじゃないでしょうか。必要なら向こうで着替えられると思います」 旅行用ってまさか、エジプトでミイラの発掘をするようなコスプレではあるまい。それはそれで見てみたい気もするが。俺は通学カバンに必要最小限の衣類だけを詰め込んで、教科書の類は机にしまったままだ。 しかし、全員が一度に現れたら谷川氏はいったいどんな顔をするだろう。今から楽しみだ。 「長門、喜緑さんは一緒に行くのか」 「……彼女は連絡要員として残る」 「じゃあ、これで全員だな」 長門はうなずいて、カバンから小さな包みを取り出した。丁寧に包まれた銀色のシートのようなものを開くと、あの文庫本が出てきた。 「もしかしてそれを読むのか」 「……この本の位相情報を使って転移するだけ」 そうか、よかった。あのループする感覚は頭がおかしくなりそうだからな。 長門は朝比奈さんに向かって言った。 「……次元転移の後、時間移動が必要」 「わたしの出番ですかぁ?ええっと、待ってください。上司に聞いてみないと……」 朝比奈さんは少し視線をさまよわせたが、今度は困ったような顔をした。 「あの……前例がないので判断しかねる、らしいです。どうしましょう」 まるでどっかの頭の固いお役所だな。窓口が三時に閉まらなくてまだマシだ。 「よその世界での時間移動なんて、こちらにはさして影響ないでしょう」 古泉がフォローしたが、投げやりだな。まあそうとも言えないんだが。 「それもそうですね。なにがあってもわたしの責任じゃないですよね」 朝比奈さん、無責任なことをそんなに嬉しそうに言わないでくださいよ。 「……そう。では、はじめる」 長門は文庫本を開き、空中に放り投げた。それは床には落下せず、宙に浮いたままゆっくりと自転した。これ、重力に逆らってるのか。長門が右手を上げて詠唱をしようとしたとき、突然ドアが開いた。 「……あ」 「あ……」 「あんたたち、あたしに内緒でなにしてんのよ。そんなリュックなんか背負って、夜逃げでもする気?」 まずいときにまずいところを見られた。今日は掃除当番じゃなかったのか。 「す、涼宮さん」 「ええっと、僕たちはですね、春休み中の合宿を検討していたんです」 「そうなんです。わたしたち、遠足の予行演習をしていたんです」 朝比奈さん、あなたは来月に卒業する身分ですよ。 「団長のあたしを差し置いてそんなミーティングを開くなんて、免職処分だわ。よくて減俸ものよ」 俺たち給料もらった覚えはないんだが。ボーナス払ってもらえるなら今すぐやめてやってもいいぞ。 ハルヒの眉毛がピクピクと動いた。腕組みをして一同を睨みつける姿は、部下の陰謀に気が付いた戦国の武将のようだ。 「僕達で計画して涼宮さんを驚かせようと思ってですね」 「そんなたわ言は聞きたくないわ。本当のことを話しなさい」 今回ばかりは古泉の必殺爽やかスマイルも役に立たないようだ。全員が、いったいどうしようと互いを見た。 「なによその、示し合わせるような視線は」 俺はハルヒの腕を取った。 「ハルヒ、お前も一緒に来い」 「来いってどこによ」 「でも、そんなことをしたら」古泉が俺を制しようとした。 「置いていったらアレが出るぞ」 古泉は黙った。アレといったらアレ以外ない。 「ハルヒ、今は説明してる暇がないんだ。向こうで説明するから来い」 俺はいつも、厄介事はあとに回すのが習慣なのだ。 「あとは俺が責任を持つから、長門、やってくれ」 「……分かった」 ずっと右手を上げたままだった長門が、ハルヒの呪縛から開放されたかのように呪文を唱えた。 あのときのような白い光には包まれなかった。まわりが暗闇になり、うっすらと見える青い光に包まれた。ドアがあったと思われる方向から、ひとつの青い光の輪がやってきて俺たちを包み、そこにいる五人の姿を照らして、やがて窓があったと思われる方へと消えた。続いて同じ輪が次々と現れは消え、現れては消えた。青い光の輪が並ぶトンネルをくぐるかのように、そして動く歩道の上で移動しているような感覚に襲われた。 ゆっくりと浮かび上がった長門の影が、ドアのほう、光のやってくる方向を指差した。まず長門が、それから俺が続いてそっちへ歩き始めた。まるで暗いトンネルをくぐるかのように。数歩歩いてから、ふと気が付くと正門前にいた。西宮北高だった。 「……到着した」 時間移動にも時空震動にも、似ても似つかない現象だった。今しがた潜り抜けてきた一風変わった風景に、全員が呆然として黙りこんでいた。 朝比奈さんが思い出したように口を開いた。 「ええと、じゃあわたしの番ですね」 行き先の日付は俺がここを離れた十二月二十四日、だいたい夜九時半から十時ごろだろう。朝比奈さんは全員が手を繋いだことを確かめてうなずいた。風景がぐるぐると回りだした。俺も朝比奈さんもハルヒに目を閉じていろというのを忘れていた。三半規管がツイスト状のドーナツみたいになったような不快感に襲われ、足元が天井に張り付いたような重力逆転の幻覚を見てから、ようやく落ち着いた。 「着きました。午後九時四十五分です」 ハルヒを見ると手で口を抑えている。無理もない。奇妙な模様が走るトンネルを歩かされ、テーマパークの絶叫マシンでも体験できないような気分を堪能したのだからな。 「おい、こんなとこで吐くな」 俺は全員を促し、人目を避けてともかくグラウンドに入ることにした。俺はハルヒを水飲み場へ連れて行った。ハルヒは顔をジャブジャブと何度も洗い、俺が渡したハンカチで鼻をかんでようやく落ち着いたようだった。 二日酔いで青ざめたような顔をしたハルヒが口を開いた。 「それで、いったいここはどこなのよ」 さて、ハルヒにどう説明したもんだろう。今までこいつにはいろいろとその場しのぎの嘘をついてきたが、今回ばかりはどう説明すればいいのか見当もつかない。いっそのことタイムトラベルと言ってしまえば、まだ救いようはあるんだが。じゃあどうやってやったのと深く追求されたら、朝比奈さんの秘密を明かすしかなくなる。 「それに、なんで夜なの?まさかタイムトラベルしたの?」 「まあタイムトラベルではあるんだが、ここは俺たちの住んでる世界とは違う、簡単に言ってしまうと異世界だな」 「は?そうなんだ」 ハルヒはぽかんと口を開けた。俺はてっきり、何バカなこと言ってるの、ちゃんと説明しなさいよね、と首を絞められるかと思っていたのだが。 「ということはよ、ここに住んでる人たち全員、異世界人なわけね」 お前、なに目んたまキラキラさせてんだ。 「異世界人は俺たちのほうだろう」 「まあ、外国に行けば自分が外人になるようなもんだけど」 分かりやすいな。 「それで、ここはどういう世界なの」 「どう説明すればいいか分からんのだが、俺たち以外の人間はふつうに存在してふつうの日常を暮らしてる」 「つまり、あたしたちがいないわけ?」 「まあ、そういうことだ」 「分かったわ。こういうことね、異世界人を捕まえてあたしたちの世界に連れて行って人体実験しようってのね」 「そんな地球外生物みたいな真似するかよ。お前が異世界人に会いたがってたからツアーを組んだんだ」 いい兆候なのか悪い兆候なのか、やっと俺らしい出任せが口をつくようになった。 「あたしに黙って行こうとしてたじゃない」 「これは調査旅行のはずだったんだよ。いきなり団長を連れていってトラブルになったら申し訳ないだろ」 「まあ、それもそうね。ロケハンは下っ端のやることだしね」 やっと納得したか。ほかの三人もほっとしたようだった。長門が唱えていたアレはなんだと聞かれなかっただけでもありがたい。俺、段々とハルヒをごまかすのがうまくなってきてるような気がする。勉強はそっちのけでそんなどうでもいいような技術を会得してるなんて、かなり鬱だ。 二章へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/2705.html
Report.21 長門有希の憂鬱 その10 ~涼宮ハルヒの恋人~ わたしは大切なものを二つ失った。 一つは、涼宮ハルヒの感情。もう一つは、朝倉涼子の存在。 ハルヒはわたしを『団員』として扱い、涼子はもはやこの地上に存在しない。 本当はこの状態こそが正常で、今までが異常。すべてが元通りになったと言える。 それなのにわたしは、そうとは割り切れないでいる。失ったと感じている。 そのような事を考えてしまうわたしは……端末失格なのだろうか。 この件は、ハルヒ以外の彼らには伝えてある。 わたしはこの、文芸部室であって、同時にSOS団の活動拠点ともなっている旧校舎の一室で本を読む。やがて朝比奈みくるが入室してメイド服に着替え、お茶を振舞う。古泉一樹がやってきて各種ゲームを準備する。『彼』が入室して定位置に座り、ハルヒが勢いよく扉を開いて入室し、団長席に座る。 ハルヒはパソコンで何かの情報を検索し、みくるはお茶の淹れ方の研究に余念がなく、一樹と『彼』は各種ゲームで遊び、『彼』の一方的な勝利が繰り返される。わたしが本を閉じる音を合図に、部活は終了する。皆が帰り支度を始める。 以前と変わらない日常が続いてゆく。世は並べて事もなし。 でも、わたしにとっては…… 夜、一人きりの部屋。思い出す、『彼女』と過ごした日々。わたしは自分を『持て余す』ようになった。 わたしにとって、夜はとても寂しく辛いものとなった。会いたい……会いたい……『彼女』に、会いたい。 今日もまた、長い夜を迎えた。『寂しさ』という名のエラーが蓄積してゆく。 今のわたしにとって、たった一つの『救い』は朝比奈みくるの存在。今のわたしは、彼女に支えられて、やっと立っている状態。 『涼宮ハルヒを支えたい』と願ったわたしが、朝比奈みくるに支えられてようやく立っている。そのような不安定な存在で、どうして他者を支えることができるというのか。笑止。所詮わたしは、どこまで行っても対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイス。情報統合思念体の一端末でしかない。いくら自律行動の範囲が広がっても、最終的には情報統合思念体の意向に従うしかない。逆らえば、死あるのみ。 ……『死』? 死ってなに? 死とは、有機生命体における、生命活動の停止。わたしの存在はなに? 有機生命体? ……分からない。 以前とは異なる部分もある。これはごく一部にしか知られていないこと。 部活も終わり、着替えをするみくるを残して、皆は帰途につく。 「…………」 しかし、わたしは残って、みくるを見つめる。 「長門さん……『アレ』、ですか?」 こくん、とわたしは頷く。 「ちなみに、どの服が良いですか?」 「……理学療法士。」 「またマニアックな服を選びますね……」 苦笑しながらも、彼女は着替えてくれる。彼女が着替え終わると、わたしは彼女に近付く。 「……あなたには迷惑を掛ける。申し訳ないと思っている。でも、自分ではどうしようもなくなってしまった。」 彼女が優しくわたしの頭を抱きかかえてくれる。柔らかい。そして、温かい。 「辛さを一人で溜め込まないで? ね、有希ちゃん。」 わたしは彼女の胸で声を上げて泣き出す。もう何度も、彼女にはこうしてもらっている。情けなく思うものの、どうにもできない。わたしは彼女にしがみ付きながら号泣する。 涼宮ハルヒは、わたしを愛している。愛してしまった。 わたしは、涼宮ハルヒを愛している。愛してしまった。 しかしわたしは、その想いを表すことはできない。表してはならない。だから彼女に情報操作を行った。彼女のわたしに対する想いから、性愛の要素を取り除いた。除去しきれたかどうかは、自信がない。 操作を行ったのは、情報統合思念体に許可を得たわたし。発案はわたしがした。彼女に愛していると言われた時、わたしはとても嬉しかった。幸せだった。だからこそ、こうしなければならないと思った。それは許されないことだったから。 それでも、わたしは彼女を愛している。そして彼女は、そんなわたしの気持ちを知らない。だから普通にわたしに接してくる。その度にわたしは、彼女と過ごした日々を思い出し、辛くなる。それは夜一人になるとますます激しくなる。正に……致命的なエラー。 こんなことなら、わたしのこの想いも消去すればよかった。しかし、その許可は下りなかった。 苦しい。これがわたしへの『処分』なのだろうか。 わたしの『罪』は、観測対象である涼宮ハルヒを愛してしまったこと。わたしへの『刑』の執行は、永遠に続くように思われた。 とある放課後の部室。わたしはいつものように本を読んでいた。人が近付く気配がすると、扉が開き、涼宮ハルヒが入ってきた。 おかしい。 元に戻った彼女は、再び扉を爆音を立てながら勢いよく開くようになっていた。しかし、今彼女は、静かに扉を開き、静かに入室し、静かに扉を閉め、静かに施錠した。 「有希だけやね……」 【有希だけね……】 彼女はそう呟くと、鞄を置き、静かにわたしの所へ歩いてきた。 「有希。」 彼女が後ろから抱きついてきた。耳元で囁かれる。 「大好き。」 ゾクゾクっと背筋に何かが走る。 「こんな大事なこと、何で忘れてたんやろ。」 【こんな大事なこと、何で忘れてたんだろ。】 彼女の吐息がわたしの耳に掛かる。悩ましい。 「その感情は精神病の一種。治し方はわたしが知っている。」 「病気でも構(かま)へんわ。」 【病気でも構わないわ。】 彼女はわたしの前に回り込むと、真剣な顔で言った。 「聞いてくれる? あたしの話。」 そして彼女は語り始めた。 「最近、毎日のように、変な夢見るようになったんよ。笑(わろ)てしまうくらい、めっちゃ変な夢。」 【最近、毎日のように、変な夢を見るようになったのよ。笑ってしまうくらい、すっごく変な夢。】 奇妙で不思議な……わたしにとっては極めて写実的な夢の話を。 「最初は、変な空間やったかな。床や壁っぽいのは灰色で、天井っぽいのが極彩色でうねうね動いてて気持ち悪かった。それで突然朝倉が現れて、『ようこそ、涼宮さん。ここはわたしの情報制御下にある。』とかって、意味不明なことを言(ゆ)うて。」 【最初は、変な空間だったかな。床や壁っぽいのは灰色で、天井っぽいのが極彩色でうねうね動いてて気持ち悪かった。それで突然朝倉が現れて、『ようこそ、涼宮さん。ここはわたしの情報制御下にある。』とかって、意味不明なことを言って。】 明らかに情報封鎖空間の光景。 「そう思(おも)たら、おもむろにごっついナイフを取り出すねん。で、あたしに向けてナイフを構えるんよ。朝倉はあたしの呼びかけを完全に無視すると、一直線にあたしを刺してきたわ。あたしは紙一重で、何とか朝倉の攻撃をかわした。あたしは叫びながら、あたしを掠めていった朝倉に向き直った。そしたら、どないなってたと思う? 朝倉のナイフが、何もない空間に突き刺さってたんやで? それでナイフが突き刺さってる辺りを中心に、黒い人型の靄のようなものが現れた。朝倉は、ナイフをその黒い人型の靄に突き刺したまま、靄を払うように振り抜いた。一刀両断された靄が空気に溶けていった。そこで終わり。」 【そう思ったら、おもむろにごっついナイフを取り出すの。で、あたしに向けてナイフを構えるのよ。朝倉はあたしの呼びかけを完全に無視すると、一直線にあたしを刺してきたわ。あたしは紙一重で、何とか朝倉の攻撃をかわした。あたしは叫びながら、あたしを掠めていった朝倉に向き直った。そうしたら、どうなってたと思う? 朝倉のナイフが、何もない空間に突き刺さってたのよ? それでナイフが突き刺さってる辺りを中心に、黒い人型の靄のようなものが現れた。朝倉は、ナイフをその黒い人型の靄に突き刺したまま、靄を払うように振り抜いた。一刀両断された靄が空気に溶けていった。そこで終わり。】 不可解。夢とは得てしてそのようなもの。しかし、部分的にあまりにも写実的。 「その次もやっぱり朝倉が出てくるんやけど、これがまた、前にも増して変な夢で。」 【その次もやっぱり朝倉が出てくるんだけど、これがまた、前にも増して変な夢で。】 彼女は続けた。 「あまりにも荒唐無稽すぎて、ありえへん光景やったわ。鉄筋を持った朝倉と、ストッキングを被った変態超能力者が対決してるっていう夢やった。もうな、アホかと。バカかと。あまりのアホさ加減に、いい加減付き合いきれへんようになって、あたしはずっと、朝倉の、その……パンチラで目の保養しとったんやけど。」 【あまりにも荒唐無稽すぎて、ありえない光景だったわ。鉄筋を持った朝倉と、ストッキングを被った変態超能力者が対決してるっていう夢だった。もうね、アホかと。バカかと。あまりのアホさ加減に、いい加減付き合いきれなくなって、あたしはずっと、朝倉の、その……パンチラで目の保養してたんだけど。】 これは紛れもなく、先日の戦闘。 「ちなみに縞パンやった。」 【ちなみに縞パンだった。】 こんなところまで同じ。 「で、その後がすごいんやけど。有希、あんたまで出てきてんで。」 【で、その後がすごいんだけど。有希、あんたまで出てきたのよ。】 その部分のログは、わたしの中にはない。……怒りで我を忘れていたから。 「もう、ものすごいとしか言いようがなかった。有希がヌンチャク、朝倉が薙刀を振るって大立ち回り。その変態超能力者を無表情でしばき倒してるあんた、かなり怖かったけど……めちゃめちゃかっこ良かった。有り体に言えば……惚れたわ。」 【もう、ものすごいとしか言いようがなかった。有希がヌンチャク、朝倉が薙刀を振るって大立ち回り。その変態超能力者を無表情でしばき倒してるあんた、かなり怖かったけど……めちゃかっこ良かった。有り体に言えば……惚れたわ。】 そこまで派手に暴れていたのか、わたしは。信じられない。 「最後のは、もう、呆れて物も言えへんっていうか。朝倉や、えっと喜緑さん? あの生徒会役員の。それから団員達。みんなが見てる前で、あたしは、あんたと……」 【最後のは、もう、呆れて物も言えないっていうか。朝倉や、えっと喜緑さん? あの生徒会役員の。それから団員達。みんなが見てる前で、あたしは、あんたと……】 彼女はここで顔を真っ赤にした。 「……あんたに、その……告白、して、それで……うう……キ、キスを……」 彼女は両手で顔を覆ってしまった。相当恥ずかしいらしい。 「う~、言(ゆ)うてもうたぁ~! は、恥ずかしい~」 【う~、言っちゃったぁ~! は、恥ずかしい~】 と言いながら、首を左右に振っている。耳まで真っ赤になっている。 一頻り悶えた後、彼女はようやく落ち着きを取り戻した。 「最初は単に、変な夢やなと思(おも)てたんやけど、毎日繰り返し見るようになって、さすがに『これは何かあるかも?』って感じるようになったわ。」 【最初は単に、変な夢だなと思ってたんだけど、毎日繰り返し見るようになって、さすがに『これは何かあるかも?』って感じるようになったわ。】 彼女の話によれば、その奇妙な夢は、前記の三パターンが繰り返されていたとのこと。しかも、回を重ねるごとに、だんだん夢の情景の細部が明瞭になってきたという。やがて彼女は、これは夢の情景ではなく、何か実際に自分が体験した場面なのではないかと思うようになっていた。 そしてついに、彼女はすべてを思い出した。 「昨日、何の気なしに部屋を片付けてて、ふと、『何(なん)かない』って気ぃ付いてん。具体的に何が無くなったんかは分からへんかったけど、それでも、何か『大事なもの』を無くしたことだけは分かった。上手く言葉では説明できひんけど、とにかく『何(なん)かない』っていう思いだけが引っ掛かって。それで部屋中あちこち探したんやけど、そもそも何を無くしたんかが分からへんのやから、探し様がないやん? 当たり前の話やけど。見付かる当てどころか、何を探したらええのかも分からへんまま、何の手掛かりもないまま、ひたすら部屋中を隈なく探し回って、一時間くらいやったかな? 机の引き出しの奥から、鍵付きの日記帳を見付けてん。自分では書いた覚えないのに、一目見てそれはあたしのやって分かったわ。見付けた時に、鍵の場所も分かったし。で、開いてみたら、間違いなくあたしの字やった。なぜか初めて読む気がせえへんかったな。それで、読み進めていって、思い出したわ。あたしがどんな気持ちやったんか。有希のことどう思(おも)てたか。」 【昨日、何の気なしに部屋を片付けてて、ふと、『何かがない』って気が付いたの。具体的に何が無くなったのかは分からなかったけど、それでも、何か『大事なもの』を無くしたことだけは分かった。上手く言葉では説明できないけど、とにかく『何かがない』っていう思いだけが引っ掛かって。それで部屋中あちこち探したんだけど、そもそも何を無くしたのかが分からないんだから、探し様がないじゃない? 当たり前の話だけど。見付かる当てどころか、何を探したら良いのかも分からないまま、何の手掛かりもないまま、ひたすら部屋中を隈なく探し回って、一時間くらいだったかな? 机の引き出しの奥から、鍵付きの日記帳を見付けたの。自分では書いた覚えがないのに、一目見てそれはあたしのだって分かったわ。見付けた時に、鍵の場所も分かったし。で、開いてみたら、間違いなくあたしの字だった。なぜか初めて読む気がしなかったな。それで、読み進めていって、思い出したわ。あたしがどんな気持ちだったのか。有希のことどう思ってたか。】 彼女は、置いた鞄から冊子を取り出し、わたしに手渡して言った。 「これな。すごく恥ずかしいんやけど、有希に読んでほしいねん。」 【これね。すごく恥ずかしいんだけど、有希に読んでほしいの。】 鍵が掛かる日記帳だった。最初のページには、こう書かれていた。 『涼宮ハルヒの手記』 読み進めると、彼女が日常感じた雑感等が、あの達筆だが読みやすい楷書体で綴られていた。 わたしはこの文書の存在を知らない。消失していた時も観測は継続していたというのに。やはり肉体を失ったことで、情報の伝達に齟齬が発生していたのだろうか。 「現段階の最終ページは、昨日書いたばっかりやねん。」 【現段階の最終ページは、昨日書いたばっかりよ。】 彼女の様々な想いが綴られた手記。最終ページまで読む。一番最後は……わたし宛の手紙になっていた。わたしは、最終ページを何度も何度も読み返した。 上手くやったつもりだった。実際、彼女はわたしへの想いを忘れていた。しかし、彼女は思い出した。わたしが完全に消去したと思っていたものをすべて。 彼女には敵わないと思った。わたしの行為は、無駄な努力だったのだろうか。それとも、これも既定事項なのだろうか。 それでもわたしは、どこか嬉しかった。彼女に思い出してもらえたこと。再び『大好き』と言われたこと。 結局、いくら情報を、記憶を書き換えても、人間の『心』は操作できないということなのだろうか? わたしが行う情報への介入は、彼女の能力と似ている面がある。すなわち、自らの都合の良いように、周囲を改変する能力。しかし彼女は、周囲の人間の『心』までは改変していない。いかに万能と思われる彼女でも、人間の『心』までは操ることができないのか。あるいは、彼女の『常識的な』部分が、人間の『心』を操ることを拒絶しているからなのか。 前者の可能性については、更なる観測が必要となる。現段階では情報が不足している。そして、後者の可能性。これはもしかすると、今回のわたしが行った操作に該当するかもしれない。 今わたしは、感情を操作した彼女が、わたしが操作する前の感情を取り戻したことを『喜んで』いる。このことから考えると、わたしは、人間でいうところの『心』に該当する領域のどこかで、彼女への操作を拒絶していたのかもしれない。そして、いずれは彼女が、元の感情を取り戻すこと、以前のようにわたしを『愛して』くれることを望んでいたのかもしれない。 いくらその行為を選択することが最も合理的だと分かっていても、その選択を拒絶すること。これは人間の行動にしばしば見られる現象。 彼女はわたしの膝の上に腰掛けている。わたしが彼女を膝に抱いている状態。 「有希……もう、あたしを置いてどっか行ったりせんとってや。」 【有希……もう、あたしを置いてどっか行ったりしないで。】 彼女は目を潤ませながら、訴えた。 「『彼女』とかは無理でも、ずっと、あたしの友達……『親友』でおって。な?」 【『彼女』とかは無理でも、ずっと、あたしの友達……『親友』でいて。ね?】 『親友』。 それが、それこそが、彼女が長年求めていたものなのかもしれない。 お互いに理解し合い、信頼し合い、性別が違っていれば生涯の伴侶とすることも辞さない、深い絆で結ばれた存在。そのような存在として、彼女はわたしを定義したいと望んでいる。わたしは…… 「あなたがここにいる。だからわたしもここにいる。」 わたしは彼女を抱き締め、口付けをした。これがわたしの答え。 その時、突然わたしの中に何かが閃いた。 彼女は、涼宮ハルヒは、わたしを『親友』と定義した。わたしは、自分をあえてこう定義しようと思う。 「わたしは、あなたの『ともだち』。」 「友達?」 「違う。」 わたしは首を振った。これは音声だけでは伝わらない概念。 「わたしは、涼宮ハルヒの『トモダチ』。……『恋人』と書いて『ともだち』と読む。」 彼女はキョトンとした顔をした。瞬時には意味が理解できなかったのだろう。ややあって、彼女の顔に理解の色が広がった。 ある『意味』を持つ言葉に、別の意味の『音』を当てる。『日本語』という言語の、興味深い使用方法。 同様に定義するとするならば、『彼』は『親友』、古泉一樹は『戦友』、朝比奈みくるは『盟友』だろうか。そして朝倉涼子は……『朋友』。これらはすべて『ともだち』と読む。 「嬉しいこと言(ゆ)うてくれるやないの。有希らしいっていうか。」 【嬉しいこと言ってくれるじゃないの。有希らしいっていうか。】 彼女は満足そうな表情をしていた。 「そうやね。あたしとあんたが、ただの『親友』で終わるはずないもんね。迂闊やったわ。」 【そうよね。あたしとあんたが、ただの『親友』で終わるはずないもんね。迂闊だったわ。】 そう言うと彼女は、『手記』を手に取ると、その場で何か書き込んだ。 「有希が自分のことをそう言(ゆ)うんやったら、あたしは有希をこう呼ぶわ。」 【有希が自分のことをそう言うんだったら、あたしは有希をこう呼ぶわ。】 手記には、ある一文が書き加えられていた。 「今日から有希は、あたしの『ともだち』。」 そう言うと彼女は片目を閉じた。 その日の部活は休みになり、わたしは彼女にカフェへ連れて行かれた。 「ここの丹波栗のモンブランと、黒豆のプリンは最高に美味しいんやから! あたしのおすすめ!」 【ここの丹波栗のモンブランと、黒豆のプリンは最高に美味しいんだから! あたしのおすすめ!】 カフェにて注文後しばらく経つと、彼女が薦める品が運ばれてきた。一緒に飲むのは香り高い紅茶。 「はい、有希、あーん。」 「……あーん。」 彼女が掬って差し出したモンブランをわたしが食べる。 「……じゃあ、ハルヒ……あーん。」 「あーん♪」 わたしが掬って差し出したプリンを彼女が食べる。わたし達は周囲の客や店員から、生暖かい目で見守られていた。彼女と一緒に食べるおやつは、とても甘く、とても楽しく、とても美味しかった。 「有希……大好き。」 また言われた。とても幸せそうな顔。わたしはとても嬉しい。でも。 「人前ではだめ。」 彼女はアヒルのように口を尖らせた。 「それは、女同士やから?」 【それは、女同士だから?】 わたしは首を横に振った。 「異性同性を問わず、公衆の面前でいちゃつくことは、推奨されないと認識している。」 彼女はまだ納得がいかないような顔をしていたが、わたしの次の言葉で承服した。 「それに、隠れて行う行為は、背徳感が増す。」 一瞬驚いた顔をした彼女は、にんまりと聞いてきた。 「有希……それは、『隠れてあんなことやこんなことがしたい』っていうことかな? かな?」 「言葉通り。あなたの好きにしていい。」 「うは……もー、大胆やな、この娘はー!」 【うは……もー、大胆ねえ、この娘はー!】 彼女は顔を真っ赤にしながら、ばしばしとわたしの肩を叩いた。 「何(なん)かもう、有希の言葉が甘すぎて、モンブランの味が分からへんようになったわ!」 【何(なん)かもう、有希の言葉が甘すぎて、モンブランの味が分かんなくなっちゃったわ!】 そこでの飲食の代金は、彼女が支払った。 「これがあたしの気持ち。」 彼女はわたしの手を取った。この後は一緒に買い物に出掛けるらしい。 「ほな、行こか!」 【じゃあ、行こっか!】 わたしは彼女に手を引かれ、走り出した。 繋いだその手は、とても温かかった。 ←Report.20|目次|Report.22→