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男「ふぅ……楽な仕事だったぜ……人目につくってのがネックだったが、同じ能力の『風紀委員』が来る前に終えられたからな」 『空間移動』の男は人気のないビルの屋上で公園を見下げて哂った。 外界ではいきなり男が児童を誘拐したことで軽い騒ぎになっている。 その児童は彼の両腕の中でぐったりとしていた。 男「……ま、いいか。とっとと指定の場所に運ぶとするか……これで助かるってんなら楽なもんだ」 ブン、と再び彼は虚空に消えた。 滝壺「道路渡って左、二つ向こうの交差点を右に曲がって一つめのビルの屋上」 上条と並走しながら淡々とそれを告げる。 ああ、と上条は信号が点滅し始めたのを確認して一気に横断歩道を駆け抜けた。 すぐさま左に曲がるが、 上条「っ……と、これはこっち行ったほうが早いか……?」 上条はここらの地理には詳しくない。 だから隣の滝壺を見ると、彼女は走りながらも器用に手に零した粉を舐めとって数秒おく。 滝壺「……うん。また移動した。ここから右に曲がって、四つ目の角を左」 上条にはどういう理論かはわからないが、彼女はこの粉を接種することで能力を使うらしい。 まぁ実際的には彼女の能力は観測という今年か聞いていないため、他の使用用途は全くわからない。 『能力追跡』。その名の通り、相手のAIM拡散力場を記憶し、その相手が生きている限り例え銀河の果てにいようと追跡が出来る能力。 しかし、それは正しく一番ポピュラーな使用法であって、他の使い方がある。 例えば。 相手のAIM拡散場――つまり、『自分だけの現実』を乱して能力の暴発や乗っ取りを狙ったり。 広がりから見極めて、攻撃を予測してみたり。 AIM拡散力場に対することならばエキスパート。彼女以上にそれについて知る者は少ないだろう。 だからこそ、観測できない上条に興味を持った。 本来ならそれが普通なのだが、特別の中にいればその普通が特別になるのだ。 実際には上条当麻はその特別の中でも一際『特別』な存在なのだが。 滝壺「はぁっ……はぁっ……」 十数分走ったところで、滝壺の動きが鈍り始めた。 普通に考えれば確かに鈍り始める距離を走ったのだが、それでも様子がおかしい。 上条は眉を顰め、彼女に心配するような口調で話しかける。 上条「……大丈夫か?すごい汗だけど……」 滝壺「……へいき」 いつもと変わらず、しかし僅かに力なく告げ、続ける。 滝壺「それより、動きが止まった。二、三回検索してみたけど、動かない」 上条「……どこだ?」 滝壺「……そこ。屋上」 滝壺が指さしたビルに上条は無言でうなずき、駆ける。 彼もそれなりの距離を走って疲れているはずなのに、そんなものを微塵も見せない。 滝壺(……危ない) 彼女は思う。 彼は無能力者だ。 今の状態から見て、体力はそこそこあるだろうし、腕っ節も人並みではあるのだろう。 しかし。 相手は『空間移動』だ。 まず、勝てない。レベル5でも不意打ちなら負けるかもしれない相手。 そんな能力者に無能力で挑むなど、愚の骨頂でしかない。 滝壺(止めないと) 止められるのは、あらゆる能力者に対してジョーカーな自分だけ。 体晶の使いすぎで結構疲労しているが、そんなこと関係ない。 滝壺は付近にあったエレベーターのボタンを押し、上条がやられていないことを願った。 上条は階段を二段飛ばしで駆け上がる。 許せない。 無力な子供を狙うのは勿論なことだが、それを簡単にやってのけるその精神が。 上条当麻は善人だ。 善人ぶっているのではなく、彼が感じ思い起こしたことが善人だと周りから認められているだけなのだが、善人だ。 だから彼は誘拐犯のしたことを、そして誘拐犯自信を許せない。 それが彼が彼である所以だから。 扉が迫る。 上条は登ってきた勢いのまま、ズバン!とドアを蹴り開いた。 男「っ、誰だ!?」 男がいた。 上条達が公園で見た男。 彼の足元には二人の子供が意識を失って倒れている。 外傷は見えないため、恐らくは気絶させただけなのだろう。 それでも上条はその事実に歯を噛み締める。 彼は一体、その子供たちを使って何をしようとしていたのだろうか。 男「……なんだよ、脅かすなよ……『風紀委員』がもう嗅ぎつけてきたのかと思っただろ……」 上条「…………」 男「……何のようだ?隠れ家的なものできたなら、帰ったほうがいい。じゃなかったら俺が」 上条「お前」 男「……あん?」 上条「お前……その子たちに何をするつもりなんだ……?」 男は一瞬怪訝な顔をするが、すぐに合点がいったのか上条を鼻で嘲笑う。 男「はっ、なんだお前。まさかこのガキどもを助けるためにわざわざ追ってきたってのか?」 男「どうやって追ってきたのかは知らねぇが、まぁ無駄だな」 上条「……どういうことだ?」 男は無知な上条を嗤い、両手を広げて宣伝するように告げる。 男「学園都市だよ」 男「底からの依頼だ。この子供は学園都市の礎になる。どういうふうに使われるかはしらないがな」 男「俺も多分カメラとか、お前みたいな人に姿を見られてるが……場所も指定してきたからな。隠蔽はしてくれるだろ」 男「……で?お前はどうするんだ?」 男「ここで俺に襲いかかったとしても返り討ち、『風紀委員』や『警備員』に今から頼っても意味が無い」 男「さぁ、どう「ごちゃごちゃうるせぇんだよ」 上条は男を一刀両断する。 彼の言葉には刃があった。剣呑と暮らしているただの高校生には宿り得ない言の刃が。 上条「お前がどれだけ強かろうと、それが誰の依頼だろうと、そんなの関係ねぇ」 上条「そこに、危険なやつがいるんだ。助けすら求めれないやつがいるんだ。なら、お前を倒す理由はそれだけで十分」 拳を握り締める。 あらゆる絶望を、悲愴を、妄言を、悲劇を、絶対を―――― そして、『幻想』を打ち砕くその右手を。 上条「どんなことでも、お前が何かその子達に危害を加えようとしてるっていうんなら――」 上条当麻は叩きつける。 どんな無情な運命でも奇跡でもひっくり返す、初めの一言を。 上条「まずはその幻想をぶち殺す!」 静寂。 地上より遥か高いビルの上で二人の男が向きあう。 一触即発の状態。 先に動くのは、否、消えるのは。 上条「がっ……!?」 ガン、と一撃。 子供たちを置いて一瞬にして消えた彼は上条の頭に強烈な踵落としをくわえる。 そのまま地面に降り立った彼は怯んでいる敵を追撃にかかった。 男「本来なら俺がテメェの座標にテレポートすりゃいいだけだが、それじゃああまりにつまらないからなぁ!」 仰け反った上条の胸ぐらを掴み、引き寄せ、同時に自分の額をぶつける。 衝撃の連打に上条は一瞬だけ意識を手放すが、不幸中の幸いか痛みが彼の精神を引き戻す。 今何が起こっているかも理解しないまま、上条は右手を振るった。 まさしく時を同じくして、男も同じように拳をとばす。 奇しくもクロスカウンターの形。 互いに等しくダメージを受けた少年たちは数歩距離をとった。 上条「っつ……『空間移動』、か……遠距離からいたぶるような事をしないとこからみると、飛ばせるのは自分と、その触れているものってとこか……?」 男「……中々洞察力あんじゃねぇか」 上条に殴られた部分を男は手で拭った。 男「そうだよ、俺の『空間移動』は俺自身とその時触れているモノしか飛ばせない。だから格闘にしか頼らなくちゃいけないんだが……」 再び、彼は飛ぶ。 今度は上条の上ではなく、背後へと。 上条「――――っ!」 息が詰まる。 そのまま前に投げ出され、上条は無様にも転んだ。 男「まぁ基本的に能力とケンカの仕方さえわかってれば相手がアイツらみたいなイレギュラーじゃない限り負けないけどな」 あいつら?と上条は思考を巡らすが、この場に置いては全く関係がないために隅に追いやる。 何度か大きく咳をし、足腰や手に力を入れて立ち上がった。 上条(『空間移動』なら……触れさえすればいい) 白井黒子のように触れたものをどこかに移動するわけではない。 自分も伴ってなければ移動できない。そこに穴がある。 もしも白井のように触れただけで移動させるなら、早速上条に触れて移動させようと試みるだろう。しかし移動させることは出来ない。ここで上条は能力を消す能力を持っていると聡い人なら理解する。 しかし、自分も移動しなければならないとなれば相手をつかんで移動だなんて滅多にしようとは思わないだろう。 だから上条の右手に触れてはいけないと、気付けない。 上条(触れさえすれば――――!) 男「ぼやっとすんなよ。もうちょっと踊ろうぜ」 ブンッ、と目の前に飛翔した男はキックを繰り出す。 反射的に胸部に腕を構え、それを防ぐことに成功はするもののビリビリと腕が振動する。 それを無視して一歩踏み出し、右手を振るうがそれが届くより早く男は掻き消える。 手が空を切った直後、背中にドロップキックが直撃した。 上条「く、――――っ!」 転んで数秒ロスするのは痛い。 前向きに態勢を崩しながらも、上条は前と後ろを入れ替えてギリギリで踏ん張る。 男「あー……なんていうか、努力は認める。普通なら戦意喪失してもおかしくねぇからな」 男は呆れたように頭を掻きつつ、言う。 男「でもさ……手応えないわ、お前」 ヒュン、と消えて。 次の瞬間には上条の腹部に拳が食い込んでいた。 上条「ぐっ……」 上条は距離を取るように飛び退き、しかし殴られた部分を押さえたまま膝をつく。 彼の顔色は真っ青に染まっている。 人体には、幾つかの急所がある。 顎の先、人中、半規管、後頭部、男性ならば股間。 上条が食らったのは、鳩尾。へその少し上ぐらいにある狙われやすい部分。 脳震盪や半規管に衝撃を食らった時とは違って気力で頑張ろうと思えば動けるだろうが、それでも激痛だ。 男「とっとと去れ。じゃなかったら……殺すぞ?」 それは、脅しではない。 上条は苦痛に顔を歪ませながらも男を見上げた。 その瞳には冷酷なまでの意志が伴っている。 上条「……くそ…………」 守れない。 そうだ、と実感した。 子供たちは未だに気絶していて、動く気配はない。 しかし、動いていたからどうだというのか。 そんな希望に頼っている時点で、上条は既に負けている。 上条「くそ…………!」 激痛と、そして救えない自分の不甲斐なさに苛まれ、上条は顔を酷く顰め、 そこに。 滝壺「かみじょうっ!」 ――最後の希望が辿り着いた。 上条「滝……壺」 上条は声で振り返り、唇を噛みしめる。 滝壺理后は女の子だ。『超電磁砲』などの例外ならまだしも、普通の少女は非力に他ならない。 だから上条は彼女が辿り着く前に決着をつけたかったわけだ。 今となっては叶わなかった幻想で、負けそうになっている状態での最後の希望というわけだが。 それでも上条はその希望に頼りたくはなかった。 男「ちっ……次から次へと増えやがって」 男は面倒くせぇという言葉を飲み込んだ。 上条相手に速攻決着をつけなかったのは自分の落ち度で、二人になった事態は自分が招いたものだからだ。 それに、滅多な自分が負けそうな能力者は頭に叩き込んである。自分の記憶では彼女はそれに該当しない。 この少年少女相手に負ける気はしない。子供たちを取りに来る前に終わらせればいいのだ、何ら問題はない。 しかし、滝壺はそんな考えなど関係ないとでも言うように上条に駆け寄って心配そうに顔をのぞき込んだ。 滝壺「かみじょう、大丈夫?」 上条「滝壺……下がれ、あぶねぇから……」 肩に優しくかかった手を掴みながら上条はゆっくりと立ち上がり、庇うようにして男と向きあう。 滝壺の能力は知っている。 『能力追跡』、相手のAIM拡散力場から場所を特定して追いかける能力。 そもそも彼女がいなければここまで辿りつくことなど到底不可能だっただろう。 だからここからは自分の仕事だ。 全部が全部、相手に頼ってしまうわけにはいかないのだから。 上条「すぐに終わらせる……滝壺はあの子供たちを連れて逃げてくれ……」 幾撃もくらい、フラフラになっている上条は背に向けて放つ。 滝壺は見えないと分かっていても、首を横に降った。 滝壺「……駄目だよ、かみじょう」 滝壺「かみじょうはもうボロボロになってまで、私が来るまでの時間を稼いでくれた」 滝壺「これ以上動いたら、もっとボロボロになっちゃう。……だから、今度は私の番」 滝壺に、上条は前から警戒心を失わずにちらりと後ろを見て言う。 上条「待てよ……お前の能力は相手を追跡する能力で、直接的な攻撃力はないだろ……?」 上条「だったら、基本的に滝壺より丈夫な俺がやるべきだ。まだ、いける」 そういう上条の足は僅かに揺れている。 背に二発、腹、しかも鳩尾に一撃。初撃においては頭にだ。ダメージが蓄積していない方がおかしい。 それでもたち、闘士を見せるのは今までくぐり抜けてきた修羅場の賜物か。 男「……で、どうなの?」 そんな二人の対話をつまらなさそうに眺める男は言う。 男「どっちが先に、沈むの?」 それは、あまりに冷静で。 上条は息を飲んでその一歩を踏み出そうとし。 滝壺はその時に揺れた手を掴みとり、引っ張って自分が立ち上がると同時に上条を自分の後ろへと追いやった。 上条「んなっ」 バランスを崩し、後ろに転びそうになる上条は滝壺がこちらをみていることに気付く。 滝壺「大丈夫」 少女は淡く笑う。 その言葉を彼に浸透させるように。 滝壺「私は大能力者だから。かみじょうを、あの子達をきっと救ってみせる」 それを聞くと同時。 滝壺の後ろに男が出現する。 上条に背を向けた状態で。 ドッ、とローキックで滝壺を吹き飛ばした。 上条はそれに怒りを覚える。 傷つけられたから。 子供たちを攫うという業だけでなく、無関係のものに手をあげたという行為に。 上条は前へと飛ぶ。 態勢が崩れることなど気にしない。ただ、前へ、前へ! 背を向けている男へと右腕を振るう。 丁度振り向いた胸に当たる。そうわかったときには既に上条の腹部にカウンターのように膝が食い込んでいた。 上条「がっ……!」 男「全く、うぜぇんだよ」 男はその上条に止めを刺そうと、再び、飛ぶ。 否。 飛ぼうと、した。 男「は……?」 飛べない。 能力自体が発動しない。 さっきまではそんなことはなかった。だから、先程の女が何かをしたのか!?と驚きに塗れつつ少女の方を見る。 しかし、その彼女自身も地に手をつきながら目を見開いてこちらを見ている。 上条「つかまえたぜ」 その少年の声は、とても近く、しかし酷く遠くに聞こえた。 右手は膝蹴りを腹部に食らったとしても、その胸ぐらをつかんで離していなかった。 つかまえた。 男はその言葉の意味を、数秒遅れて知る。 それ以上に言葉など必要なかった。 次の瞬間。 上条の頭突きが無防備な相手の額に激突する。 一撃だけでは終わらない。 それまでの仕返し、とでもいうように掴んでいた右手を引いては撃ち、引いては撃つ。 まともな思考回路が与えられないまま一方的に男は何度も何度も上条に攻撃を加えられた。 やがて、血が出始める頃。 勝負は決する。 上条「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 上条は右手からゆっくりと力を抜いた。 すると男は糸の切れた人形のように、受身も取らずにドサッ、と地面に伏す。 少年の額からも血が滴っているが、それは彼自身のものではなく攻撃を与えた相手のものだ。 しかしながら彼自身も何度も頭をぶつけているため、目が虚ろになっていた。 上条「滝、壺……大丈夫か?」 そんな中、彼はゆっくりと目を動かし、少女を確認して話しかける。 滝壺「え……う、うん。大丈夫」 上条「そっか」 上条は笑った。 心底安心したというように。 そのまま、前触れもなく彼もふらりと横に倒れる。 滝壺「かみじょう!」 気を失う前に少女の声を聞いた。 が、上条の意識を押しとどめるまでには至らない。 そのまま太陽の元で意識が反転する。 気がつくと、目の前がピンク色だった。 ……厳密にはピンク色のそれが視界の半分を埋めていて、残りは心配そうに見る二つの目が覗いていたのだが。 滝壺「……気がついた?」 彼女は上条が目を開けたのを確認して問いかける。 目が開いているのだから覚醒はしているのだと思うのだが、一応念のため。 そこで上条は自分がようやくどんな状況に置かれているのかを理解した。 慌てて起き上がろうとするが、途中で無理に頭を押さえつけられて元の場所へと戻る。 上条「……あのー、滝壺さん?」 滝壺「なに?」 上条「どうしてわたくし上条めはあなた様の膝の上に頭をおいているのでせうか?」 滝壺「それは、かみじょうが気絶していたから」 上条「さいで……気がついたからもう起き上がってもいいかと思うのですが、いかがでしょう」 滝壺「だめ」 即答で言われ、上条は仕方無しにそのまま空を見上げる。 背中の感触からすると、移動はしていないらしい。広がる空も只管に広い。 上条「……さっきのヤツら、どうしたんだ?」 滝壺「知り合いに連絡してそれ経由で『警備員』に届けてもらった。私たちが直接やると聴取とかで時間くいそうだったから」 その知り合いというのは『アイテム』の下部組織なわけだが、それを知らない上条はなるほど、と感心した。 ということは子供たちも無事、というわけだ。 上条「……まぁ、多少痛い思いしただけの価値はあったってことだな」 滝壺「うん。……かっこよかったよ」 そう言うと滝壺は上条の頬を伝い、頭を撫でる。 子供扱いかよ、と彼は思ったが、不思議と悪い気はしなかった。 滝壺「ところで」 上条「ん?」 滝壺「一瞬、あの男のAIM拡散力場が消えたんだけど……何かしたの?」 滝壺の驚いていた原因はそれだった。 上条に能力は見当たらなく、その上で特に特別なことをしないで相手の能力を封じたのだから。 上条は頭をポリポリとかきつつ、申し訳なさそうにいう。 上条「あー……そういえばさ、公園でも言おうとしてたんだけど」 滝壺「?」 上条「俺の右手は『幻想殺し』って言いまして……異能の力なら超電磁砲だろうがオカルトだろうがなんでも打ち消す能力が宿っていまして」 上条「拡散力場がないっていうのは、きっとこの能力が打ち消す性質を持ってるからじゃないのでしょうか?」 沈黙。 上条的には何も悪いことはいっていないのだが、こんな空気になるとなんとなくそんな気分になる。 対応に困り、そろそろ起き上がろうとしたところで滝壺は不意に上条の手を握った。 びくっ、と一瞬震えた上条を気にせず、そのままふにふにと確かめるように手を探る。 上条「た、滝壺?」 滝壺「……本当」 彼女の表情は揺るがず、しかし確かに驚いたように言った。 滝壺「かみじょうの手を掴んでると、私も能力が使えない」 上条「だろ?つまり、これが俺の能力の正体。……開発じゃなくて天然で、その上身体測定でも測定できてないからレベル0扱いなんだけどな」 滝壺「………………」 それを聞いても、相も変わらず彼女は上条の手を揉むように小さな女の子というような手を動かす。 しかし、それをしている彼女の心は此処にあらず、別のことを考えていた。 即ち、上条の能力について。 滝壺(でも……AIM拡散力場はどんな能力においても等しく発されるもの) 滝壺(かみじょうの能力が例え『能力を消す能力』なら、かみじょうからは『AIM拡散力場を消すAIM拡散力場』が出ているはず) 滝壺(それなのにない…………?) 先程も言ったとおり、彼女はAIM拡散力場についてはエキスパートだ。 それについてはそれの集合体である風斬氷華と同等と考えてもいいだろう。 だからこそ、彼女は困惑している。 能力があるのにそれの余波がないというその状況。 彼は自分が開発じゃなくて天然――つまり生まれつき、原石だと言った。 例えば、同じく原石『吸血殺し』の姫神秋沙がいる。彼女には『吸血鬼を呼び寄せてしまう匂い』がしているらしい。 それは本人の意志は介入せず、意図せずして。まさしく、AIM――無自覚の拡散力場。 つまり、原石だからという理由はないことについて当てはまらないのだ。 滝壺(それなら) AIM拡散力場がないというなら、なんだというのか。 それは能力が本当にない無能力者である。 しかしそうでないことはあの『空間移動』との戦い、そして自分が触れて確認している。 能力があるのに、AIM拡散力場がない。 相反する二つの特徴。 滝壺(それなら) 滝壺理后は考える。 滝壺(『幻想殺し』は能力ではない――――?) 考え、打ち消す。 超能力でないというなら、なんなのか。 彼女が学園都市――科学サイドだけでなく、もう一つのサイドについても精通していたならばこう考えただろう。 魔術、と。 魔術サイドに聖人という存在がある。 世界に二十人といない、神の子に性質が似た人のことだ。 それは超人的な力をもつが、絶対的に能力ではない。そう断言できる。 そして。 今世界に二十人と言ったが、世界に一つしかない『幻想殺し』は果たして、どれほどの意味があるのだろうか。 神様の奇跡すら殺す『右手』。 『右』という言葉自体にも特別な意味があるのだが、彼女はそれを知らない。 だから追求したい。知りたい。これの正体がなんなのか。 滝壺「……やっぱり、気になる」 上条「へ?」 ぽつり、と滝壺は漏らし、上条はそれに目ざとく反応する。 それに対して滝壺は何も慌てず、ようやく上条の手を解放した。 滝壺「かみじょうの能力がどこから来たのか」 上条「……っても、俺のこれはさっき言ったとおり生まれつきだしなぁ」 滝壺「うん。だから、調べる」 滝壺は一拍おき、蒼い空を見上げた。 滝壺「かみじょうのそれは右手に宿っているのか、かみじょうに宿っているのか」 滝壺「前者ならそれはどうして右手だけなのか」 滝壺「後者ならそれはかみじょうの『自分だけの現実』と直結しているのか、そうでないのか」 滝壺「疑問は疑問を呼ぶ。好奇心は謎を生み出す」 滝壺「私はかみじょうを知りたい。ううん、能力だけじゃなくて、かみじょう自身も。それは、さっきと何も変わってない」 滝壺「……だから、もう一度聴く」 彼女は、再び膝の上の上条を見る。 首をほんの小さく傾げて、まるで親に許しを乞う幼児のように。 滝壺「私と、付き合って欲しい」 淡々というものだから、上条はついその言葉に頷きそうになった。 いや、実際頷いても構わない。 上条自身もこの右手がどんなものなのか多少は気になっていた。今まで何もしなかったのはそうする必要性がなかったからだ。 例え『幻想殺し』があってもなくても上条当麻は上条当麻。それは記憶を失う前後で何ら変わらない彼が証明している。 だからこの申し出も必要ないといえば必要ない。 上条(――だけど) 滝壺理后。 見ていてなんだか危なっかしい少女。 上条当麻には、この申し出を断ると二度と彼女に会えなくなり、そして致命的な何かを見逃してしまうような気がした。 だから上条当麻は。 自分になんら利益にならないと知っていても。 上条「ああ、いいぞ」 それに、応えるのだった。 滝壺は僅かに顔を綻ばせる。 確実に言える。それは彼女なりの笑顔だ。 滝壺「ありがとう、かみじょう。これからよろしく」 上条「ああ、よろしくな滝壺」 ふわり、と彼らの間を風が吹き抜ける。 滝壺はくすぐったそうに、また照れたように目を瞑った。 ……彼女は、まだ知らない。 今まで興味のあることなどそれほどになかったから、知らない。 この心に小さく生えた芽が、どんな意味を持つかということに、まだ気づかない。 アレイスター「……ふむ、ようやく第一段階が終了か」 『人間』、アレイスターはほくそ笑む。 多少の遅れはあるものの、無事にその計画――いや、プランといったほうがいいだろう、プランが進み始めたからだ。 ……しかし、こうして他の人間に対して自分から命をくださねばならないということは甚だしい。 アレイスター「……『禁書目録』、か」 彼のプランにその存在というのはあまり左右されない。 だがイレギュラー分子として利用し、プランの進行を早めることはできる。 彼女は『禁書目録』、新しく創りだされた魔術でもない限りどんな魔術でも正体を看破する魔術のエキスパートだ。 アレイスター「彼女だけなら、『幻想殺し』もその正体に気がつかなかっただろうが」 それも道理。 なぜならそもそも上条は自分の能力を『超能力』であり『魔術』でないと始めから思っているから。 そこで、超能力の正体について詳しい存在が必要だったのだ。 アレイスター「『能力追跡』……彼女が証明すれば、『幻想殺し』は嫌でも正体に近づかざるを得ない」 滝壺理后と出会ったのは、ただの偶然。 だがアレイスター・クロウリーはその偶然で長い時間を掛けて完成するはずのプランを短くしてきた。 アレイスター「……『幻想殺し』の少年が記憶を失っていなければこんな苦労をせずともよかったのだろうか」 『人間』が開くのはとある夏休みの一日。とあるカエル顔の名医が務めている病室のワンシーン。 『滞空回線』……彼がこの街で物事を見逃すのはめったに無い。 だから上条当麻が記憶を失っていることも、見逃してはいない。 ……記憶を失う前の上条当麻が『幻想殺し』の正体に気づいていたのかは、今となっては不明だ。だから『人間』も憶測を投げることしか出来ない。 アレイスター「まぁ……過ぎ去ったことなどどうでもいいな」 『人間』はあっさりとそれを投げ捨て、そして考えを移行させる。 今は『禁書目録』と『能力追跡』が『幻想殺し』にどんな結果を齎すか、ということだ。 アレイスター「……さて、『幻想殺し』は一体何を証明するのか……それを見せてもらおうではないか」 アレイスター・クロウリーは微かに、笑った。
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008 人吉善吉という人間を説明するとする。 人吉瞳の一人息子で、 箱庭学園1年1組所属で、 箱庭学園第98・99代生徒会執行部庶務で、 格闘技・サバットの使い手で、 欲視力(パラサイトシーイング)の持ち主で、 並外れた服装センスの持ち主で、 「デビル」「カッ!」が口癖で、 普通(ノーマル)の人間で、 口調はぶっきらぼうで、 でも実は真面目で、 かなりの努力家で、 友情に厚くて、 実際は臆病で、 母想いの男。 たった一人の人間にも、これだけの情報がある。 だいぶ主観が入っているが、そのことを抜きにしても、一人の人間を説明するには事足りる情報量だ。 だがやはり、人吉善吉という人間を語るには、黒神めだかの存在は欠かせない。 二歳の頃から、めだかと常に一緒に過ごしてきた。 めだかに生きる意味を与え、また、めだかから傍に居る価値を与えられ。 少々歪とはいえ、二人は支え合いながら生きてきた。 そんな使い古した上に青臭い表現にも、なんら違和感がない関係。 善吉は、めだかの一番の理解者としてめだかの傍にいる。 目安箱の案件を解決するときも。 フラスコ計画を破壊するときも。 生徒会戦挙戦で決闘するときも。 そして、今このときも。 意図してか否かは関係なく。 善吉はめだかの傍に居続けるために、無謀ともいえる闘いに挑む。 009 絶対に倒す。 ただそれだけの思いを胸に、俺は眼帯野郎と対峙していた。 「うおおおおおっ!」 試合開始のゴングも待たずに、俺は眼帯野郎に向かって駆けだした。 先手必勝、攻撃は最大の防御だ。 一気に距離を詰めて、間合いを測ることもせずに踏み込む。 「おらぁっ!」 先制の一撃は、首を狙った蹴り。 だが、それは眼帯野郎が少し体を逸らしただけで、いとも容易く避けられた。 俺の右脚が風を切る音だけが、空しく聞こえた。 歯をむき出して笑った顔が見える。 脚を戻し、体勢を整えてから舌打ち。 こうも当然のように回避されるとは予想外だ。 実力差ってやつを見せつけられたようで気分が悪い。 鍛練は人並みに積んでいるつもりだが、どうやらまだ足らないらしい。 「おらあっ!」 勿論、先制攻撃を外したからといって諦めはしない。 眼帯野郎は、まだ蹴りが届く間合いにいる。 脚を素早く切り替えて、左脚でハイキック。 そこから続けざまに五本。 左右交互に、全て人に当たれば脳震盪を起こせるくらいの威力で蹴りを見舞う。 だが、しかし。 「へっ」 俺の蹴りは、一撃たりとも、掠りもしなかった。 如何に強力な攻撃だったとしても、当たらなければどうということはない。 そう言いたげな、眼帯野郎の余裕な表情が視界に入る。 「く……」 焦燥感が俺を支配する。 少女の前であれだけカッコつけておいて、傷一つ付けられないのか。 そんな囁きが、どこかから聞こえた気がした。 「くそっ!」 俺は次の手を考えるよりも速く、眼帯野郎へと足を繰り出した。 馬鹿正直に連撃したところで、全て避けられる。 ならどうする。 俺が考えたのは、月並みで申し訳ないがフェイントだ。 眼帯野郎の立っている位置と体勢から、攻撃が可能な箇所を探す。 そして先程と変わらない強力な蹴り――と見せかけて、身体を横にずらす。 見定めておいた、刀の防御が追いつかないであろう背中の一点に、蹴りを叩き込んだ――。 「がっ……は!」 ――刹那の後。 肺が圧迫される感覚と同時に、俺は数メートルほど地面を転がっていた。 二転三転どころか七転八倒だ。 なんて、詰まらないボケをかましている余裕もない。 土が擦れる音で、眼帯野郎が近付いてきたと分かった。 「猛襲が通じねえなら奇襲。状況に応じて戦い方を変えるのは初歩の初歩だ。 上手くできてるとは思うが――それだけじゃあ俺は倒せねえ」 そうして、俺を見下ろしながら指南めいたものを垂れた。 ご丁寧にどうも、と言いたいところだったが、胸の痛みがそれを拒否した。 ただ、黙って殺されるわけにはいかない。 俺はまだ満足に呼吸のできない身体を無理やり立ち上がらせると、落ち着くために呼吸を整えた。 ふと気づくと、手の平に汗が滲んでいた。動揺の表れだ。 「……読まれたってのかよ……」 口に出して確認するまでもなく、俺の攻撃は相手に予測されていたらしい。 蹴りが眼帯野郎に当たるか当たらないか、その一瞬の間に、俺は眼帯野郎に刀の柄で一撃を貰ったというわけだ。 初めて闘った相手に、フェイントを見破られた。 とても信じられないし、信じたくもなかったが、胸の痛みが証拠となっている。 「へっへっ……」 笑う眼帯野郎を見ると、手にした刀を未だに構えていない。 あからさまに舐められている。 「どうした?まだ終わりじゃあねえだろう?」 その眼帯野郎が、ふてぶてしい声で話しかけてきた。 闘いを催促するかのように、持ち前の鋭い眼光で俺を射竦めた。 そのとき俺は、自分の脚が、身体が、震えていることに気付いた。 それは肉体の痛みから来る震えではない――認めたくはないが、眼帯野郎の強さに怯えているということだろう。 まるで伝説上の鬼か、悪魔か、死神か、と思うくらいに。 鬼にも悪魔にも、もちろん死神にも出遭ったことはないけどな。 「カッ……俺は確かに普段からデビルとか好んで言ってはいるが、本物に会いたいとかそういう願望はないぜ」 俺は、目の前の眼帯野郎への絶望感と、自嘲を含めて呟いた。 実際問題、この眼帯野郎の戦闘力は、めだかちゃんにも引けを取らないかもしれない。 めだかちゃんレベルの相手を、俺がどうこうできるとは思えない。 それが今の俺の、正直な気持ちだった。 「おいおい、まだ始まったばかりだろうが」 そんな俺の弱気な心を読んだかのように、眼帯野郎が乱暴に言い放った。 低くドスの利いた、かつ僅かに落胆を含んだ声。 笑顔は消えて、鋭い眼光が残る。 俺には眼帯野郎が、失望させるなよ、と暗に言っている気がした。 「言われなくても、っ!」 身体の痛みを振り切るように、俺は叫んだ。 血と泥で汚れた制服の上着を脱いで、後ろに放り投げる。 シャツ一枚の姿になった俺は、ズボンのポケットをまさぐった。 「……ああ?」 眼帯野郎が怪訝な顔つきをするが、構ってはいられない。 ポケットから取り出した小瓶を開けて、錠剤を取り出す。 『死ぬ気丸』。 俺のランダム支給品として入っていたそれは、文字通り、死ぬ気になれる薬らしい。 仕組みはよく分からないが、使うべきなのは今だと確信していた。 「なにしてる、人吉!敵が目の前にいるんだぞ!?」 後ろから坂上先輩の声がした。 だが、目の前にいる眼帯野郎は、先程から微塵も動いていない。 油断しているのか、余裕で構えているのか。 なんにせよ、薬を使うチャンスは――死ぬ気で闘うべきなのは――今だ。 そう考えた俺は、錠剤を一粒、口に含んだ。 010 調子が良い。 最初に抱いた感想はそれだった。 次に抱いたのは、頭が熱い、という小学生並みの感想だ。 額に掌を近付けると、炎らしきものの揺らめきが感じられた。 それは直接触っても熱くはなかった。 本当に熱いのは――そう、心の中に熱く燃え盛る炎。 死ぬ気の炎という未知の領域に踏み込んだ俺は、けれど困惑することなく、再び眼帯野郎に向かって行った。 さっきよりも速さと威力の増した蹴りを、眼帯野郎の胴に叩き込む。 その瞬間、眼帯野郎は「ぐうっ」と呻いた。 綺麗に蹴りが入った。この戦闘が始まって初めて。 そう思うと、高揚せずにはいられなかった。 この機を逃すわけはない。 頭へ、腰へ、再び胴へ。 俺は立て続けに蹴りを入れた。 全てがジャストミートした感触を得たとき、俺は思った。 倒せるのではないかと。 勝てるのではないかと。 眼帯野郎を打ち破る、一筋の光明が見えた気がした。 ――しかし。 ――現実は甘くない。 ――死ぬ気の炎も、圧倒的な実力差の前には、大した意味を為さない。 「が、はっ……」 数分後、片膝を着いていたのは俺だった。 眼帯野郎への蹴りは、入ることは入る。 だが、そこからのカウンターの一撃の重さが、俺の蹴りの比ではない。 一撃を決めたところで、更に強い一撃で返されるのでは、どちらが先に力尽きるかは明白だ。 それに、眼帯野郎は、何故か刀で斬るという動作をしてこない。 攻撃方法は柄で撲る、刀の峰で打つなどに限定している。 何故かと考えれば、それは実力差があるからに他ならない。 俺は未だに、眼帯野郎に舐められているのだ。 (――足りないっていうのか) 死ぬ気で挑んでも、勝ちが見えない。 俺は再び、絶望感に押し潰されていた。 精神的な面か、肉体的な面か。どちらかは分からないが、もう、立つことも難しい。 いつの間にか熱さを失った身体は、すっかり重くなっていた。 (もう、駄目、なのか……?) 「……終わりか」 顔を上げることができない俺に、眼帯野郎はそう言った。 その声に含まれた明らかな失望も、今の俺にはなんの効果もなかった。 反駁する気力もない。 ――死ぬ気の炎は、目的を果たしていない場合、五分で消失する。 ――そして、このとき、死ぬ気丸の効果は切れていた。 ――そうとも知らずに意気消沈する善吉に、悪鬼はゆっくりと近づき、刀を大上段に振り上げる。 ――死神の鎌よろしく、命を奪わんとする鋭い刃。 ――しかし、その手は振り下ろされずに止まった。 011 「待てっ!タイムだ、タイム!」 「……ああん?」 割り込んできた声。それは相沢のものだった。 俺が顔を上げると、相沢は俺と眼帯野郎の間に身体を割り込ませていた。 その身体は僅かだが震えており、相沢が必死であることが分かった。 「これからこの人吉善吉が、もっと強くなって、お前を倒す。だけどそれには準備が要る。だから時間をくれ」 「……五分だ」 「せめて五分くらい――って、は?」 「さっさとしろ。俺の興が醒める前にな」 相沢の説得に対して、横柄な態度でそう言ってから、眼帯野郎は俺と相沢に背を向けた。 それを確認した相沢は、悪鬼があまりに簡単に刀を収めたことに拍子抜けしたような顔をしていた。 だが、すぐさま我に返ったように真顔になると、即座に俺の胸倉を掴んだ。 そして一瞬の後、力任せに殴った。 ひどく痛かった。 どうやら口の中が切れたらしく、血の味がした。 「お前、あれだけ大見得切っておいて諦めちまうのか?」 「……だけど、そう言ったってよ……奴には敵う気がしない」 掛けられた言葉は、予想していたものだった。 俺は予定調和のように、弱気な心を曝け出す。 先程の闘いは、圧倒的な実力差は、死ぬ気になろうと埋められない、と教えられたようなものだ。 ――お前じゃ俺には勝てない――そう言われただけだった。 今さらどう励まされたところで、この実力差は埋められないのだ。 だが、次の相沢の言葉に、俺は顔を上げた。 「確かに俺は、お前のことをよくは知らない。 でもな、お前がここで挫けるような奴には見えないんだ」 沈み切っていた俺は、相沢のまっすぐな瞳に、言葉を失った。 まったく予想外の方面からの発破だった。 「俺自身、満足に戦えないから、こんなことを言うのは筋違いというか、完全に第三者としての言葉になっちまう」 そういえば、相沢自身、肉体的にも精神的にも、余裕があるわけではないはずだ。 だというのに、身の危険を冒して、俺を立ち直らせようとしてくれている。 真摯な眼差しを向けてくれている。 何故だろうか。 「けど、お前は女の子を守るために立ち上がれるようなやつだ! 一度立ち上がったんだ、そう簡単に諦めるのは……なんかこう、違うだろ!」 答えは単純だった。 相沢も、俺と同じ思いなのだ。 もしかしたら、それ以上に、俺と相沢は似ているのかもしれない。 眼帯野郎が女の子を襲おうとしたときも、俺が庇わなければ、相沢が庇っていたに違いない。 きっと相沢も、俺と同じで困っている人は条件反射で助けてしまう、そんな人間なんだ。 少しの親近感を覚えて、同時にあることに気付くことができた。 「そうだな、大事なのは彼我の実力差うんぬんじゃない」 それ以前の問題だった。 「思い出したよ、俺のすべきことを」 如何な内容でも。 如何な条件でも。 如何な困難でも。 如何な理不尽でも。 「全てを享受する、それが、箱庭学園生徒会執行部だ」 そしてそれが、俺の大事な居場所だ。 今の今まで忘れていたことを、相沢のお陰で思い出せた。 自分の中にある原点に、立ち返ったようなものだ。 そうだ、俺は負けるわけにはいかない。 どんなに強大な敵でも、必ず打ち破るのだ。 思いを再確認することで、心に立ち込めていた絶望感は晴れてきた。 「……大丈夫みたいだな」 「ん、何がだ?」 「人吉、お前の瞳はまだ死んでない」 正直この言い回しはいささかクサいように思えた。 喜界島あたりが聞いたら、ドン引きだろうな。 でも、俺は口角が吊り上がることを抑えられなかった。 そして、ニヤリとした表情のまま言った。 「……その台詞、デビルかっけえな」 相沢は少し不思議そうな顔をして、無視して話を続けた。 抱えていたデイパックから、装飾のされた靴と、その説明書を取り出して俺に手渡す。 「モーセの奇跡」と銘打たれたこの武器は、どうやら攻撃力やクリティカル率が上がるらしい。なんのこっちゃ。 わけが分からないと思いつつ、俺の履いていた靴よりは強そうだとも思った。 「これを履け。俺の支給品だが、足が武器のお前が使った方がいい」 「小さくないか?これ」 少し笑って「俺に文句を言うのは筋違いだ」と言う相沢。 俺もつられて、口もとが緩んだ。 そろそろ、五分が経つだろう。 靴を履きかえた俺は、膝に手を着いて、ゆっくりと立ち上がった。 そして、再び死ぬ気丸を口に含む。 「……じゃあ、行ってくる」 身体が熱くなるのを、冷えた頭で認識しながら、俺は相沢にそう言った。 ついでに、邪魔になると思ったから、死ぬ気丸の入った瓶を渡しておく。 受け取った相沢は、俺にゲンコツを向けた。 俺もゲンコツを作り、それに応じる。 すると少し笑って、相沢は言った。 「行って来い」 そのまま、坂上先輩の方へと戻っていく相沢。 俺が意識を入れ替えて前を向くと、悪鬼がゆっくりと振り向いた。 そのいかつい顔には、待っていたぞと言わんばかりに、満面の笑みを湛えている。 俺は、ふっと息を吐いて、覚悟を決めた。 覚悟を言葉に、強く刻み込むように宣言する。 「俺はっ!お前に勝つ!!」 012 「うっ……」 宣言した直後に、死ぬ気丸の効果が現れる。 身体が芯から熱くなるような感覚。 心の底から湧き上がる、ある強い気持ち。 それは、ついさっき薬を飲んだときよりも、なお強くなっていた。 戦いに挑む覚悟が、今度こそ完了したからだろう。 「見える」 目を閉じる。感覚が最大まで研ぎ澄まされているのを感じる。 鮮明に見えるのは、たくさんの顔。 阿久根先輩の不敵な笑みが。 喜界島の心配そうにする顔が。 不知火の無邪気で残酷な笑顔が。 「俺は……」 見えてくる。 宗像の無表情に応援してくる顔が。 名瀬師匠の心底呆れたような顔が。 江迎の人を殺してしまいそうな顔が。 真黒さんの落ち着き払った優しい顔が。 「俺は、いろんな人に支えられていた……」 更に目を凝らす。 日向の顔が、鍋島先輩の顔が、雲仙先輩の顔が、母さんの顔が。 都城王土の顔が、日之影先輩の顔が、安心院さんの顔が。 俺が箱庭学園で関わって来た、およそ考えうる限り全員の姿が。 みんなが俺を見ている姿が、見える。 ここで死ねば、俺は必ず後悔する。 「失いたくない……!」 そして、めだかちゃんの凛とした立ち姿が、はっきりと見えた。 めだかちゃんは、俺を見てはいない。 ただ、何も心配をすることはないとでも言うように、どっしりと構えている。 その姿に、何故だか俺は安心した。 ゆっくりと、目を開ける。 目の前にあるのは、死神の姿。 俺は、圧倒的な強さを持つそいつに言い放つ。 「俺は、死ぬ気でお前を倒す!! 倒さなきゃ……死んでも死にきれねえっ!!!」 後悔を力に変える。 それが、死ぬ気の力――これが、死ぬ気の炎。 「生徒会を執行するぜ!」 これが、俺の居場所――そして、俺の誇り。 013 唐突ですが、再び撫子視点で進みます。 「な……?」 「……へっ」 ポタポタと、地面を緋色に染める鮮血。 それは、悪鬼のものであり、人吉さんのものでした。 二人が血を流している一番の原因は、言うまでもなく撫子です。 撫子がしたことは単純明快です。 持っていた武器、すごい長さに伸びる神鎗という刀を、伸ばしただけのことなのです。 撫子が最初に悪鬼を見たときにしたのと、同じことをしただけです。 違うのは、故意にやったか否か。 意図してやったか否か。 意識してやったか否か。 もっと言えば、殺意があったか否かです。 「な……」 人吉さんが、ゆっくりと後ろを振り向きます。 苦悶の表情を浮かべており、口の端からは血がたらたらと流れ出ています。 撫子が刺したことに気付いた人吉さんは、目を見開いて、すぐに力が抜けたような顔になりました。 それは少し寂しそうにも見えました。 人吉さんの寂しそうな顔を見るのは些か心が痛みます。 しかし、撫子が人吉さんを刺すことになった原因は、人吉さんの言葉です。 “――俺がアイツを倒すから、心配するな――” こんな優しい言葉をかけてくれる人は、暦お兄ちゃんの他にはいませんでした。 自分の体を、命を張って、年下の少女を守ってくれる存在など、暦お兄ちゃんの他にはいませんでした。 完全無欠でパーフェクト、文句の付けようのない完璧人間であるところの暦お兄ちゃんの他にはいませんでした。 いえ、いてはいけないのです。 人吉さんのことを暦お兄ちゃんに似ていると、わずかでも感じてしまった撫子を消し去りたいです。 でもそれは自殺なので、そんなことをしたら暦お兄ちゃんは悲しむでしょうし、怒りもするでしょう。 それよりなにより、撫子が暦お兄ちゃんに会うことができなくなってしまいます。 だから、認めるわけにはいかないのです。 人吉さんは少しも暦お兄ちゃんに似ていません。 決して、絶対に、似ていません。 それを確定事項にするために、人吉さんには死んでもらうしかありませんでした。 人吉さんを殺し、人吉さんのことを暦お兄ちゃんに似ていると感じた、という事実を消してしまえばいいのです。 我ながら完璧なアイデアだと思います。 「はは、っ……デビル、かっこ、わりー……」 人吉さんは、両膝を地面につけると、そう独白しました。 そしてそのまま、力なく前のめりに倒れていきます。 死ぬときは前のめり。立派な男ですね。 もちろん、暦お兄ちゃんには遠く及びませんよ。 【人吉善吉@めだかボックス 死亡】 これでオッケー。 もう撫子が人吉さんのことを暦お兄ちゃんに似ているなどと考えることはなくなりました。 一件落着、いえ、まだでしたね。 「人吉いぃぃぃぃぃぃ!!!!!」 男の人の叫び声が聞こえましたが、無視します。 もっと面倒な悪鬼が、人吉さんの後ろに控えているのですから。 「ははははは!これだから殺し合いはおもしれえんだ……!」 悪鬼は、ふらつきながらも倒れることなく笑っています。 やっぱり怖いです。狂気の沙汰としか思えません。殺しておきましょう。 暦お兄ちゃんが殺されでもしたら困りますからね。 心臓を狙って伸ばした刀は、狙いは外れました。 ですが、撫子が最初に悪鬼に刀を刺したときとは比べ物にならない量の血が出ています。 独特な模様の羽織は、赤くない箇所の方が少なくなっています。 心臓ではなくとも、うまく内臓を突き刺せたのかもしれません。 現に、悪鬼の動きはかなり鈍くなっています。 鈍重です。それはもう、牧場の牛さんかと思うくらいに。 それでもなお、刀を振りかざそうとする悪鬼に、撫子は再び刀を刺しました。 一回では不安だったので、もう一度。 出血量は凄いけど、でもやっぱり不安なのでもう一度。 手ごたえが今までと違って、かなり重たかったけど、念のためもう一度。 もう一度。 もう一度。もう一度。 もう一度。もう一度。もう一度。 もう一度。もう一度。もう一度。もう一度。 もう一度。もう一度。もう一度。もう一度。もう一度。 もういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちどもういちど。 【更木剣八@BLEACH 死亡】 「ふう……」 今度こそ、悪鬼は動かなくなりました。立ち往生です。 確実に死んだでしょう。 なんといっても、余すところなく、全身くまなく刺されたのですから。 まだ原型を留めているのが、不思議なくらいです。 まあ死んだからいいんですけど。 結果オーライというやつです。 さてと。 はた、と後ろを振り向くと、ぽかんと口を開ける男女がいました。 まるで自分たちの目にしたことが、夢であるかのような表情です。 撫子は、そんな二人を尻目に、血の付いた刀を持って、走り出しました。 たたたた、と。小走りで。 返り血を浴びない武器でよかった、なんて、他愛ないことを考えながら。 014 凶暴な悪鬼と勇敢な青年は、横槍によって死にました。 そんなことに関係なく、撫子の物語はまだまだ続きます。 ただ進むのではなく、加速していきます。 そんな中で、撫子はどう行動したらいいのでしょうか。 混乱した状況。 どこともわからぬ森の中に一人。 まずはこの状況において撫子がどう動くか、それを決めないといけません。 可能性は無限大――クチナワさんの言ったとおりです。 物語はあらゆる可能性を秘めています。 ヒーロー参上勧善懲悪の熱血王道展開にも。 主催者登場謎が謎呼ぶミステリー展開にも。 血みどろドロドロ残酷描写のグロ展開にも。 行動ひとつで、どんな展開にも成り得ます。 でも、やっぱり。 純真無垢な少女が望むのは、ベタなラブストーリーです。 結局のところ撫子は、すぐにでも暦お兄ちゃんと会いたいのです。 撫子を心配して、かけつけてきた暦お兄ちゃんに、これでもかと抱き着く。 そんな展開に、物語を傾けていくためにも。 『ごめんなさいね参加者の皆さん。改めて進行役の郷田真弓です。』 なにやら臨時の放送があるようです。 良い契機になるかもしれませんね。 ゆっくりと息を吐いて、体内の血液を循環させて、呼吸を整えます。 さあ、それではいきましょう。 しんどいけれど、やるしかないのですから。 運命を決める、と言っては大袈裟ですかね? なにはともあれ、シンキングタイム、スタート。 【E-4 森/午前(番外放送直後)】 【千石撫子@物語シリーズ】 【装備:神鎗@BLEACH】 【所持品:支給品一式、ランダム支給品×2】 【状態:疲労(小)、精神的疲労(大)】 【思考・行動】 0:しんどいけど、どうしようか考える。 1:クチナワさんの体を探す。 2:暦お兄ちゃんは死んでほしくない。 【備考】 ※囮物語の暦の家で寝泊まりした直後からの参戦です。 ※彼女は右腕にある白いシュシュをクチナワという神になっているという妄想に取り憑かれています。 しかし、人前ではこの妄想は発生しません。 ※クチナワの体は蛇のお札で、撫子がお札を食べてしまうと神様になり同時に怪異になります。 【坂上智代@CLANNAD】 【装備:薙刀@現実】 【所持品:支給品一式、巨大な十字架@物語シリーズ、タマ@ハヤテのごとく!、ランダム支給品×1】 【状態:健康、呆然自失】 【思考・行動】 0:……。 1:朋也たちと合流 2:ゲームをぶっ壊す 【備考】 ※智代ルート、卒業式直前からの参戦です 【相沢祐一@Kanon】 【装備:木刀正宗@ハヤテのごとく!、死ぬ気丸×8@家庭教師ヒットマンREBORN!】 【所持品:支給品一式×2、レインボーパン@CLANNAD、ランダム支給品×2】 【状態:疲労(大)、傷(大)、呆然自失】 【思考・行動】 0:……。 1:智代さんと協力する 2:殺し合うつもりはなく主催者に怒りを感じている。 3:音無と仲間を探す。 4:佐々木小次郎を屈伏させたい。 【備考】 ※舞ルート確定直前からの参戦。 【備考】 ※モーセの奇跡@ペルソナ4は、人吉善吉の遺体に装備されています。 ※人吉善吉の所持品は、相沢祐一が回収しました。 ※更木剣八のデイパック、10年後山本武の刀@家庭教師ヒットマンREBORN!は付近に落ちています。 ※ちょうど番外放送が始まりました。 【死ぬ気丸×10@家庭教師ヒットマンREBORN!】 服用することで死ぬ気モードになれる錠剤。 超(ハイパー)死ぬ気モードになるには二錠服用する必要がある。 作中ではバジルが最初に使用し、その後沢田綱吉も使用している。 人吉善吉に支給。 【モーセの奇跡@ペルソナ4】 里中千枝専用の最強の装備武器。ゲーム中ではクリティカル率が大幅に上がる。 女子の装備なのでサイズは男子には小さめ。相沢祐一に支給。 099 ある日 森の中 球磨川さんに出会った 時系列 101 零れたカケラ達 109 acceleration 投下順 111 [[]] 087 撫子の唄 坂上智代 [[]] 人吉善吉 DEAD END 更木剣八 DEAD END 相沢祐一 [[]] 千石撫子 [[]]
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「――報告は、以上です」 直立不動の姿勢で、メイリン=ザラは上官ゲルハルト=ライヒに報告する。 報告した内容はドーベルマンの造反について、だ。 ……しかし、メイリンの予想に反してライヒは眉一つ動かさず、淡々とメイリンに言う。 「予想の範囲内だ。――放っておけ」 これにはメイリンの方が眉を潜めた。 「しかし、それでは規律が保たれません。脱走、軍の私有財産を個人用途で使うなど、言語道断な事です。それを……」 ライヒは先程からずっと、窓の外を眺めている。 庭の風景は情緒溢れていて、見る者の心を和ませるものであったが――ライヒの目にはその様なものは映っていない。 ライヒに見えているものは遠い昔の事でもあり、又は世界の果てで今正に戦いを挑もうとしている者達の顔だった。 しかし、ライヒは目を閉じると――その思惟を振り払う。 「罰する必要も無い。……これは、そういう事だ」 「……仰る意味が解りかねます。一体……」 メイリンの言葉は、正しい。普通の事態であれば。 「『奴等は利用出来る様な存在では無い――』。以前、私が“彼”に言い聞かせた事だ。……その通りだ。アレは――奴等は、人の思惑でどうにかなる存在では無い。その様なもので無ければ、私がこれ程恐れず、また現世はこの様な状況にもなっては居まい。それ故に、彼等への懲罰は必要無い。……君も、知っておくと良いだろう。今回の結末が、どの様になるのかを、な」 ライヒはただ、窓の外を見続ける。 その様にメイリンは何も言う事は出来ず、ただ敬礼して部屋を後にした。 雲一つ無い青空――そして世界は白銀に輝く雪景色。 その中で、雪が多くは降らない場所――高台や水源地帯の近くは多く降る――を選び、ダストは地上最速のローラーダッシュモードでひたすらに疾駆する。 レーダーの監視をAIレイに半ば任せ、ダストを操るシンはモニタに映る世界をじっと見渡していた。 別に興味があるからでは無い、何処から襲われるか解らないこの状況下での生き残る術だ。 《――敵と思われる襲撃者の手口は、徹底している様で徹底していない。生き残りがリヴァイヴまで駆け込めたのもその為だろう。……様々な角度から事態を検証すれば、相手の目的が何かは判断出来る。『我々リヴァイヴの誘き出し』だろう。》 淡々とレイ。 その言い様に、シンはついカッとする思いをぶつけてしまいそうになる。 「俺達をおびき出す為だけに、毎日細々と生きてる村人達を襲ったって言うのか!?」 《手口としては、アリーの街と同じだ。テロリストを潰すには、その支援先を潰せば良い。我々“テロリストグループ”を退治する為だけならば、有用な策と言えるだろう》 「……汚いやり口だ……」 吐き捨てるシンとは対照的に、レイは淡々と言う。 《それが戦争、という事だろう。『最も優秀な軍人とは、敵を多く殺した者』――他に道理は無い。結果的に相手を倒し、平和を呼び込めれば良い。それは、ピースガーディアンにも代表される奴等の変わらないやり口だ》 「…………」 シンとて、様々な戦場を渡り歩き、様々な経験を積んだ人間だ。 だからこそ、レイの言う事も良く解る。 解るのだが――納得出来ない事もある。 人が人を非道だと感じる時。 それは、己の財産を、世界を破壊された時だ。 そういう点で考えれば、どちらにも非が有るのが戦争だ。 相互の違いは、たった一つだけだ――隣人を知る者と、知らぬ者。 それはそのまま“敵か味方か”という事である。 シンが彼等を批判するのは筋が通っては居る。 だが、シン達とても批判されるだけの事はしている。 ……だからこそ、連鎖が起こる――憎しみの連鎖が。 (俺はそれを止めたい――なのに!) そう思うのは、偽善だとは思う。 だが、紛れも無く己の意志であろうと思える。 ……それが、我が儘の様な思いであったとしても。 そんなシンの様子を敏感に察したのか。 《シン、今は余計な事を考えるな。――眼前の事に集中しろ》 レイの言葉に、シンは「ああ、その通りだ」と頷く。 既にナスル村へはかなり近づいている――それはレイの懸念通りなら“そろそろ罠が始まる”頃合いだ。 シンは、武者震いに震える体を、奥歯をしっかりと噛み締める事で鎮めていた。 そんなダストの姿は、既にマーズに発見されていた。 「命知らずも良い所だぜ。たった一機でやって来るとは……」 マーズが我知らず呟く。 ダストのローラーダッシュで生み出される雪の軌跡は、遠くからでも良く視認出来た。 最大望遠をかけると、ダストというMSはしっかりと確認出来る。 そうして見ると、とてもドーベルマンをあそこまで狂気に奔らせたMSとは思えない程、ごく普通のMSでしかない。 確かにあちこち改造されていて、かなりの特性を持ったMSなのだろうが、最新鋭機のドム=クルセイダーに及ぶとはとても思えない。 データを照合し、比較するが性能差は歴然だった。 (楽な仕事だな) だが、マーズは直ぐにその考えを振り払う。 (……いや、油断は禁物だ。アイツを倒すのが俺達の仕事――ならば、完全に遂行するのが軍人ってモンだ……) それはヒルダの教え。 マーズにとって絶対の指標であり、理想の軍人である人の。幾つか年下であるはずのヒルダは、マーズにとっては得難い先達そのものであった。 マーズはヒルダに連絡を取る。 ――“ドム=クルセイダーズ”を集結させる為に。 「――大尉達がまだ街に到着してないってどういう事よ!!」 リヴァイヴ基地の食堂。 室内に響くコニールの怒声が、彼女よりも大きな大人達を震え上がらせる。 伊達に子供の頃からゲリラに身を投じていた訳では無い――下手な大人達より余程頭の回転も速く弁も達者な彼女は、紛れも無くゲリラ集団のリーダーシップを発揮出来る人材の一人であった。 「いや、その……連絡が取れませんで……」 コニールに怒鳴りつけられた髭面の男は、しどろもどろになりながら言う。 怒鳴られているのは彼のせいでは無い――しかし、眼前の耳まで真っ赤にして憤激しているコニールを見れば、何とか矛を収めて欲しいのは人情である。 とはいえ、次の台詞は彼のミスであろう。 ……火薬庫に爆弾を仕掛けて爆発させた様なものだ。 「おそらくは、街の途中にある歓楽街で疲れを癒してるんだろうと……。男のサガですし……」 その台詞の意味する所は、要するにこういう事だ――“皆は色町に繰り出しました”と。 それは全くこの時期の定例行事に他ならず、責められる事では無いだろうが、時と場合が悪すぎた。 しかも最後の一言がコニールの理性に止めを刺さした。 何処かからぶちっと云う音がして――そういう風にその部屋に居た男達には感じられた。 そして、誰かが何か言うよりも早く―― 「こぉの……大ボケ共ぉぉぉ!!」 ごすっ! コニールが手に持っていたマグカップが、必殺の破壊力を伴って男の額に吸い込まれる。 「ごふぁ!」 一瞬の硬直の後、垂直に崩落する髭面の男。 ……哀れではある。 「すげえ、マグカップで脳震盪かよ……」 「余計な一言を……。アイツも馬鹿だな……」 口々に、その様に戦慄するゲリラ達。 しかし、コニールの怒りが収まらずに彼等をきっと見据えると、慌てて敬礼すると「とにかく連絡を続行します!」とか言って退出しようとする。 ……要するに適当な理由で逃げようとしているのである。 しかし、コニールとてそんな事は百も承知である。 「アンタ達、今すぐ大尉達を連れて来な!……連絡が取れないならとっととその足で行って来れば良いでしょうが!!」 火を噴くかの様なコニールの怒声が、部屋中にびりびりと響き渡る。 「りょ、了解であります!」 慌てて男達は先を争う様にそそくさと部屋を出て行く。 ――『二の舞は御免だ』という事だろう。 とはいうものの、仮に大尉達に連絡が取れたとしても、MSが分解整備でもしていたらまず出動は無理だろう。 仮に出られたとしても一体どれぐらい時間がかかるのか。 それぐらいコニールにも分かる。 苛立たしげに爪を噛むが、どうしようもない。 だが、そのの苛立たしい時間もそうは経たなかった。 出て行った男達とすれ違いにあわただしく仮面のリーダー、ロマ=ギリアムが食堂に入ってくる。 彼は急ぎコニールに告げた。 「コニール。今から僕のいう所に行ってくれないか。連絡を取って支援を求める」 「リーダー!戦力のアテがあるんですか!?」 「ああ、ちょっと想定外だったけどね。でも予定通りなら"彼ら"が近くにいるはずだ。僕はこれからすぐに緊急の暗号電文を打つ。だからコニールは今からすぐ"彼ら"のところに飛んで欲しい」 「"彼ら"って……あっ!」 その言葉にコニールはすっかり忘れていたものを思い出した。 これから果たすはずだった自分の任務とも関係している"彼ら"のことを。 「ねー隊長。さっきから通信が入り乱れてて、上手く通話出来ないよ?」 コーカサス州の南部山岳地帯に近い森林地帯に、地上戦観スレイプニールはいた。 しかしブリッジは慌しい様相を見せていた。 CICに設えた通信設備でユーコ、リュシー、シホの三名や他の通信士も、リヴァイヴと連絡を取るべく先程から懸命に作業を行っている。 地上戦艦スレイプニールは既にリヴァイヴのテリトリーまで到着しており、ここから先はリヴァイヴのメンバーしか知らない地下洞穴を通って、基地まで行く事になる。 彼らは裏のツテを使って事前にリヴァイブと打ち合わせをし、ようやくここまで来た。 あとは案内人が来るのを待つばかりで、全て予定通り――と思ったが、どうも様子がおかしい。 確認を取ろうにも向こうはひどく混乱していて、シホ達にはどうにも現状がつかめない。 「……どうにも“通話している”というより“騒いでいるだけ”に聞こえるんですが……どうなさったのでしょうね?」 「あっちはそれ程混乱してるの? おかしいわね、事前の情報では冬の間は特に動かない筈なのに……」 リュシーとシホが愚痴の様な感想を漏らす。 「困ったわね、ここで何時までも立ち往生している訳にはいかないし……」 シホが視界を巡らす。 CICのモニタ――艦内カメラによって映し出される映像に、例によって騒ぎを起こしているジェスとラドルの姿が映っていた。 『だから俺は、色々見せてくれって言ってるだけだろ?』 『……君は軍艦に乗り込んでいる、という意味と理屈が解っているのかね!? 確かに有る程度の艦内での行動は許したがそこら辺のクルーに情報収集しまくるのはどういう事か!?』 『いや、フツーに話をしているだけじゃないか。インタビューだよ、インタビュー』 『それがいかんのだ、それが!!』 CICには丸聞こえの怒鳴り声――もはや聞き慣れてしまったBGM。 「あれ、絶対ラドル司令楽しんでるよね?」 「怒る事が生き甲斐、という方もいらっしゃいますわ。ジェス様は叱りがいの有る方なのでしょうね」 「…………」 何処も彼処も騒ぎばかり。 シホは何処から手を付けたら良いか解らず、頭を抱えた……。 その時、通信士が重大な状況の転換を告げる。 「たった今、リヴァイヴから緊急の暗号電文が入ってきました」 ――ダスト発見。 その報は直ちにドーベルマンにも届けられた。 彼は、ゼクゥドゥヴァーのコクピットルームのハッチを開けたまま、外の風景に見入る。 しかし、彼の見ているのは風景などでは無い――何処か焦点の合わないその眼差しは、何を見ているのか。 ドーベルマンは残り少なくなった葉巻をシガーケースから取り出すと、普段通り咬みちぎり、火を灯す。カチンというジッポーの音が辺りに響き渡ると、深呼吸するかの様に葉巻を吸う。 吐息と共に白煙が吐き出されると、ドーベルマンはその白煙の軌跡に見入っている様であった。 「…………」 何も思わない――何も思えない――ただ、任務の為に。 それはドーベルマンという人間のスタイルであり、理想だ。 そうであるからこそドーベルマンはどれ程非道の任務であろうと淡々と遂行出来る。 ……とはいえ、そこに葛藤が無いのかと問われれば、『無い』とは言えないのも人の性だろう。 葉巻を吸い、吐く――それは言い表せない心の内。 しかし、そうやってドーベルマンはここまで生きてきた。 ……そして、これからも。 何度目かの呼吸の後、ドーベルマンはニヤリと笑っていた。 卑下するでも無い、嘲笑うでも無い、ただ――口の端を歪めて。 「“猟犬”は獲物を巣穴から追い出すのが仕事――狩るのは“猟師”の仕事だ。俺は、高見の見物と洒落込ませて貰うか……」 コクピットのハッチが閉じられる。 そして、一個の“猟犬”と化したゼクゥドゥヴァーは動き出す――ダストと、そして彼の呼び出した三匹の獣達の死闘に呼び寄せられる様に。 雪に光の槍が突き刺さり、爆音が上がる。 ――それは唐突な、しかしその場に居る者達にとっては今か今かと待ちわびた“戦闘開始”の号砲であった。 ダストがその初撃を避けられたのは僥倖と言って良いだろう。 ……如何にシンが全周囲警戒を行っていたとしても、ただ一人での哨戒である。 漏れは出るし、何より疲労が蓄積されていく。 その中できっちりと敵の姿を見極め、初撃を回避して見せたダストは、相手側にシンというパイロットの恐ろしさを見せつける事となった。 ――しかし。 「行くよ、アンタ達!」 ヒルダの声に、恐れは無い。 怯みかけたマーズ、ヘルベルトを叱咤する様にヒルダは鬨の声を上げながら――ダストに突っ込んで行く! (元より、奇襲で片が付くとは思っちゃ居ない!) それは紛れも無い、ヒルダの本心である。 ドーベルマンが恐れ、そしてヒルダ達をも呼び出した“理由”――それが脆弱で有る訳が無い。 「オオオオオッ!」 咆哮――それがヒルダの口から迸る! それは、魔法の言葉。マーズとヘルベルトを牽引しうる――。 「よぉっし! 続くぞ、ヘル!」 「抜かるなよ、マーズ!」 その二人の声を聞き、ヒルダは「フン……」とほくそ笑むと、こう宣言した――。 「まずは様子見だ……。“ジェットストリームアタック”、行くよ!」 ドム=クルセイダーから立て続けに砲火が閃く。 それをシンは、ダストを右に左に忙しなく動かすことで回避する。 視認した敵は三機――それ以外に敵影が無い事を確認しつつ、シンは改めて敵を確認する。 《ドム=クルセイダーか。……余程俺達は世間様の恨みを買っていると見える。仮にもアレは核動力搭載の最新鋭機種だ。ダストでは機動性以外勝負にもならん》 ……シンが確認するまでも無く、レイがさっさとライブラリから敵の情報をチョイスする。 少しシンはかちんと来るが、そんな事言ってる場合でも無いので素直に感謝する。 「了解!」 毎度の事ながら、勝手なAIだ――そんな言葉を飲み込み、シンは回避行動を懸命に行う。 ドゥッ! 至近距離で爆風が上がる。 それに冷や汗を感じながらも、シンは眼前のドム=クルセイダーから目を剃らさない。 ドム=クルセイダーの持つギガランチャーに直撃すれば、ダストなど増加装甲ごと容易く蒸発してしまうだろう。 あれはそれほどの威力を持つ。 核動力機体だからこそ搭載できる連射型大口径ビームバズーカなのである。 ゴオッ! 巨大なビームがその砲口から放たれた。 ダストはするりとそれを避ける。 しかし第二弾、第三弾と続けざまにビームが襲い掛かる。 「ちっ!」 ダストの攻撃の届かない距離から、一方的に撃ちまくってくるドム。 有効射にはそうそうならないが、シンは意識を集中しそれを避け続ける。 「やられっぱなしってのは……!」 更なる砲火を回避し、シンは一瞬の隙を付いてバズーカで応戦した。 だがドムはそれを回避せず、一直線に突っ込んで行く。 シンは訝しむ――が、次の瞬間。 バチィッ! ダストの放った弾体は、ドムの発生させた赤いバリアに遮られて爆発するが――ドム=クルセイダーは無傷なままだ。 「何っ!?」 《スクリーミングニンバス。……要するにバリアだ。触れると痛いぞ》 「……ったく、次から次へと!」 冷静に告げる、レイ。 愚痴を言いながらもきっちりと攻撃を避けるシン。 だんだんとダストとドム三機の距離は近づいていく。 ――その最中、不意にシンはドム達の動きの有り様に気が付いていた。 「……ジェットストリームアタックか!」 シンは、この動きを知っていた。 ――というか、大尉達の“ライトニングフォーメーション”は、そもそも“ジェットストリームアタック”を元にして作られたものだ。 前衛の動きを囮、或いは盾として中堅が支援射を行いつつ、後衛が攻撃の本命となる――それがジェットストリームアタックというものだ。 勿論前衛、中堅が相手を倒しても全く問題は無い――この戦陣の目的は『確実に相手に攻撃を行う』という目的の元に作り上げられた布陣だからである。 ジェットストリームアタックに比べるとライトニングフォーメーションは防御的意味合いが強いが、方法論としては同じものだ。それ故に、シンにはこの布陣を破る方法も理解出来る。 「……ワンパターンで、勝てる程甘くはない!」 シンは唐突にダストを急停止――そして全速で後退させる! 所謂バック走行という奴だ。 ダストとドムの距離は着実に近づく――が、相互の距離の縮まるまでの時間は確実に延長される。 《どうする気だ? どの道追いつかれるぞ》 「良いから黙って見てろ!」 シンは自信満々だ。 レイは《なら、好きにしろ》と投げやりに言う。 とはいえシンを信用していない、という訳では無いのだろうが。 砲火と爆音が轟く中、シンは待っていた――ダストとドムの距離がシンの望む距離になる時を。 「……後退するだと?」 ヒルダは訝しむ。 正面をこちらに向けたまま逆走するダストは、如何にも不自然な動きだ。 距離を取るにしても取りづらく、一時撤退するにもやりずらい。 そもそも、あれだけの機動性があるのなら逃げに徹すれば如何にドム=クルセイダーであろうとなかなか追いつけないだろう。 そうしないのは……。 「やる気、だと言う事だな」 ヒルダはニヤリと笑う。 奴は、おそらくジェットストリームアタックを破る方策を知っている。 ――ならば、こちらも打つ手は有る。 「マーズ、ヘルベルト。おそらく奴はお前等を狙ってくる。射撃はするな――何としても防げ。良いな」 『アイ、サー!』 マーズとヘルベルトの唱和。 ヒルダとて、相手の狙いは殆どカンである。 しかし、自信はあった――そもそも己が狙われても避ける自信。 もう一つは、『自分がもし敵だったら』という思考の行方が理解出来るのだ――あの日、カナード=パルスに辛酸を舐めされられたその日から。 (破れるのなら、破ってみな。……そこからが、お前を地獄に叩き落とす為のスタートラインになるのさ……) 相互の距離は近づく――ヒルダ達も、シンも望んだ通り。 ……そして、シンが動く! シンが待っていたもの――それは“一足の距離”というものだ。 剣道等で良く使われる言葉だが、要は“一瞬の間で攻撃範囲まで詰められる距離”である。 遠距離攻撃を持つ両陣営にとって、接触距離まで近づくのは基本的には得策では無い――が、相互が高速移動可能機体なので被弾率は驚く程低くなる。 ラッキーヒットを祈るしかないのだ。 その為、高速移動可能機体はその持ち前の速度を生かして“攻撃が絶対に命中する距離”まで一気に肉薄し、攻勢を掛ける事が有効となる。 そうした行為の総称は“一撃離脱”――古今の戦場で使われてきた王道の戦術だ。 シンは敢えて後退する事で相手との距離を測り、そして相手のスピードを一定以上にさせ、更にダストのピーキーな性能から生み出される瞬間速度を直感的に理解し、“一足の距離”を割り出していた。 先頭のヒルダの駆るドム=クルセイダーに即座に攻撃出来る距離を。 シンはシールドを装備した左腕部を目立たぬ様に動かし、その手にビームライフルを握らせる。 右手にバズーカ、左手にビームライフル――それがシンのジェットストリームアタック破り。 連べ打ちにされる――しかし、如何に連射の聞くギガランチャーとて、斉射の後には若干の間がある。 そしてその時――シンは動いた! 後退していたダストをいきなり前進にギアチェンジ、更に瞬間最速を出せる様にローラーに滅茶苦茶な負荷をを掛けながら最高速度にシフト! ほんの一瞬――それだけでシンとドム=クルセイダーの距離は肉薄した。 ヒルダ機が反応してギガランチャーを放つが、ダストは加速したまま射線を見切り、それを避ける。 そして、シンは初めからの予定通り――先頭のヒルダ機にバズーカを至近距離から叩き込む! 「……至近射撃かっ!」 ゴアッ! しかし――それはヒルダ機も予想していた。 手首のソリドゥス・フルゴールを展開させ、それを防ぐ。共に爆圧を受け、怯む――だが、ダストは止まらない! ヒルダ機の機影。 そしてバズーカから生み出される爆音と爆煙。 それは後ろから付いてきているマーズ、ヘルベルトの――視界を奪う事はないが――注意を引くには十分なものだ。 その狭間を縫うかの如く、ダストはヒルダ機の側を駆け抜ける様に動き、最も後列に居たヘルベルトの機体にビームライフルを撃ち込む! 「チィッ!」 ヘルベルトは事前にヒルダから知らされていたからこそ、それの防御には間に合った。 しかし、完全では無かった――発振されたソリドゥス・フルゴールの合間を縫う様にビームが撃ち込まれる。ビームライフルの一撃はヘルベルト機の肩に被弾し、爆発。 装備した近接機関砲が破壊された。 そのままダストはドム達の真横を駆け抜け、一気に後方まで出た。 一方向からの強襲に対しては、カウンターによる強襲返し。 ……これが、シン独自の“ジェットストリームアタック破り”だったのだ。 「……チッ。一機位は屠りたかったんだがな」 シンはしかし、余裕の表情で言う。 こういうチームプレイを得意とする相手と戦う時の鉄則は、“相手にチームプレイをさせない事”だ。 そしてその方策は、相手のチームプレイの自信を崩壊させる事である。 それ故、シンは深追いはしなかった――相手の実力を正確に計り、そして余裕を見せる為に。 相手がチームプレイに絶対の自信を持っていれば居る程、心理効果は計り知れないものとなる。 それ故に、シンは余裕を持てるのだ。 《シンにしては意外な程、洗練された戦闘だ。……大尉に習ったな?》 淡々とレイ。 何処か悔しそうではある――つくづく変わったAIだ。 「そうズバリ真実を言うなよ。……少しは煽てるって事はしないのか?」 《努力してみよう――見事でございます、シン様。さすがですね》 「……悪かった、止めてくれ。俺が悪かった……」 棒読みまで使いこなせるAIに、大尉とて有効な戦術は立てられないだろう――そんな風にシンは納得(?)する。 背後では、ドム三機が動きを見せていた。 ――こちらを追う構えだ。それに対し、シンもダストを反転させる。 「来いよ、きりきり舞いさせてやるぜ……!」 シンはちろりと舌なめずりをする。その様は正に獲物を目前に捉えた獣の様相であった。 「……まあ、予想通りって所だね」 シンの予想に反して、ヒルダは冷然としていた。 確かに、その根底にはジェットストリームアタックを破られた悔しさもある――が、既に一度破られた布陣だ。もう一度有り得る事は、既に覚悟していたが。 ――しかもその破り方も同じカウンターでの強襲とは。 クックックッと内心苦笑で溢れる。が、同時に闘志も湧き上がってくる。 相手にとって不足はない――と。 「相当な腕前のパイロットだ、シン=アスカ――伊達に前の対戦でのトップエースの一人って訳じゃないって事か……。しかし――」 『対策があるのかい? 姉御』 『ヘル、何言ってるんだ。“まずは様子見”って言ってたろ? ……ここからさ、勝負は』 口々にマーズとヘルベルト。 それは不安の裏返しだと、ヒルダは推察する。 だからこそ、ヒルダは決して慌てない――慌てる訳にはいかない。 それは、この部隊の崩壊を意味するからだ。 「相応の実力――申し分無いね。……あれをやるよ。“トライ・シフト”<試しの戦陣>行くよ!」 『アイ、サー!』 ヒルダの鋭い一喝が、再び部隊を動かす。眼前の敵、ダストを屠る為に。 ドム=クルセイダーが再び動きだす――しかしそれは先程と全く変わった様子にはシンには見えなかった。 「愚直に続けるつもりか? 単純なのか、馬鹿なのか……」 (――それとも誘いか?) シンは、様々な可能性を考える。 危険予知、それはパイロットに最も求められるスキルだ。 それを総動員するが、今一つ相手の意図が読めない。 ――しかし、 《迷うのは兵家の常。そして時として思い切りの良い者が勝利者となる。……迷いとは、“何もしない”と同義だ》 「……解ってる」 こんな時に頼るのは――誰でも無い、己自身だ。様々な戦場を駆け抜け、幾度もの死線を越えてきた己自身だ。それに突き動かされる様に、シンはダストを前進させる。 「――進まなきゃ、進めない!」 それしか出来ない――そんな自分であると思えるから。それ故に、シンは突き進む! ――それは、先程までと全く同じ展開だった。 ダストが距離を取り、後を追うドム隊がギガランチャーで牽制しつつ徐々に肉薄。 対するダストも適度にバズーカで牽制しつつ、“一足の距離”を見定める。 そして、ダストが動く瞬間――展開は全く別のものとなる! 「なにぃっ!?」 スクリーミングニンバス――その出力を最大に維持しつつ、それをまるでぶつけ合わせるかの様にドム=クルセイダーが三機で壁を創る! 慌てて方向転換をし、離脱を図るダスト。 しかし、ドム達の狙いは体当たりでは無かった――ダストを怯ませ、動きを止める――その為の体当たりだったのだ。 一瞬の後、シンは理解する。 ……これは、新たなる戦陣、チームプレイに寄るものだと。 「こいつは……!」 三機のドム=クルセイダーはそのまま散開、ダストを取り囲んだ。 ダストを中央に位置する、正三角形の布陣に――。 それは、ダストがどちらの方向に動こうとも二機を相手にしなければならない布陣だ。 《包囲陣形――下手に動くと、状況は悪化するぞ。相手の動きに併せて突破しろ》 レイはそう言うが――シンには理解出来る。 この相手が、生半可な腕前でこの布陣を構築していない、という事が。 三角形の外周までの距離は、かなりある。 丁度ダストの“一足の距離”位。 ……その距離を取っているという事は、きちんとこちらの戦力を把握している、という事だ。 一瞬、ダストを停滞させ、その空白を縫っての完全包囲――。 「……こいつは骨が折れそうだ」 “トライ・シフト”――その威力が、シンに牙を剥く!
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トキニヘイサクウカンデーノボクハー♪ 「む……」 耳元で鳴り響く奇怪な音楽が、僕を夢の世界から現実へと引き戻した。 音の発生源である携帯電話を手探りで取り、アラームを解除する。 土曜日の朝7時。今日は定例、SOS団不思議探索の日。 カーテンの間から陽光が射し込んでいて、布団越しの僕の体に、光の線を描いていた。 「ふあーあ」 あくびをしながら半開きになっていた襖戸を開け、廊下に出る。森さんの部屋から、ブーンと言う扇風機の音がする。 初夏の熱気が篭った廊下を横切り、洗面所へ行き、歯を磨く。 森さんはまだ寝てるのだろうか。それならば、朝食を僕が用意する必要がある。 でもまあ、休日なんだし、森さんも外食する可能性もある。 何にしろ話を聞こうと、手早く歯磨きを終えた僕は、森さんの部屋へ向かった。 「あれ、森さん?」 洋室のドアを開けた僕は、そこに探し求めていた人物の姿が見えないことに少しびっくりする。 布団は敷かれてすらいない。珍しい、自分でたたんだのかな。 早くから出かけてしまったのだろうかと思い、玄関を確認する。しかし、森さんの二種類の靴は、ちゃんとそこに揃っていた。 再び森さんの部屋に戻った直後。僕は不審な点に気づいた。 先ほどから聞こえ続けている、このブーンというくぐもった音。 僕はこれが扇風機の音であると考えていた。しかし、室内の扇風機のスイッチは切られている。 音は、別の場所からしていた。 「……まさか」 嫌な予感がして、僕はその音がどこから聞こえてくるのかを探し、室内を歩いた。 探すまでも無く、音の発生源は見つかった。 ……備え付けのクローゼットの中。 よーく耳を澄ますと、むー、むーという、うなるような声が聞こえる。 ……恐る恐る、クローゼットの扉に手を掛ける。 「……何やってんですか、森さん」 扉を開くと同時に、内側から立ち込めたのは、人間の体温によって温められた空気。 そして、クローゼットのカビ臭い匂いの中に、汗のにおいと、それとは別の分泌液との匂いとが混ざり合あった、形容し難い濃厚なにおいだった。 「むー、むー……」 森さんはそこにいた。 クローゼットの床板の上に、細い体を丸めるようにして、半裸で横たわっていた。 「……何言ってんだかわかんないですよ」 何から手をつけたものか。とりあえず、森さんの口を覆い、頭の後ろで縛られている手ぬぐいを取り去る。 「けほ、ひー、ひー……め、目、とって……」 どれぐらいこうしていたのだろう、森さんの口の周りには、タオルの生地の跡がくっきりと残っていた。 いわれるがままに、僕は続いて、目隠しになっているアイマスクを外してやる。 森さんは空ろな目いっぱいに涙をためて、しばらく眩しそうに瞬きをした後で、僕を見た。 「お、はよう、こいずみ……これ、とって……」 これ、じゃあわかりません。 僕はとりあえず、森さんの下半身……性器と、その後ろとに押し込められたまま、ブンブンと唸り続けている二つの獲物を引き抜いた。 「あうっ」 「この後ろで手縛るのとか、どうやって一人でやったんですか?」 「ぜー、ぜー……いや、こう、前でやって……縄跳びみたいに……」 体が柔らかいですね。 僕は続いて、乳首の部分にガムテープで止められているピンクローターを外し、体中のいくつかの部分をつねり上げていた洗濯バサミを取り除いた。 これでようやく、すこしはまともな姿になった。 「や、昨日の夜、ふと思いついて……でもこれ、酸素うすくなってきて……やば……よかったあ……」 後ろ手を拘束していたテープからも開放されたあとも、森さんは余韻に浸っているのか 単に疲弊した体を休めているのか、クローゼットの中に横たわったままでいた。 「僕が見つけなかったら、夕方までこのままでしたよ。……シャワーでも行きますか?」 「ああ、うん、あとでいく……」 「これは洗って洗面所に置いときますから」 そう言って、先ほどまで森さんの体中に張り付いていたエモノたちを拾い上げ、洗面所へと運ぶ。 「僕今日、不思議探索ですからね。朝ごはんとかどうしましょうか」 「あー……どっかいく……てきとーにするー」 どうやら朝食の準備に時間をとられる心配は要らないようだ。 僕は森さんの愛用品たちを手早く水洗いした後、洗濯物の中から半そでのシャツを取り出し、袖を通した。 いつもの服装に着替えを終え、バッグを肩に下げる。 家を出る間際に森さんの部屋を覗くと、森さんは体を起し、裸のままクローゼットの床の上で、ぼんやりと虚空を見つめていた。 「……気をつけてくださいね。じゃ、急ぐんで」 そう言い残し、僕は機関の寮を後にし、いつもの駅前を目指して歩き出した。 ◆ 「最近、閉鎖空間のほうはどうだ」 午前中のゲームセンター。コーヒーを飲みながら、ガンゲームでゾンビ無双をしている長門さんを見ていると、不意に彼にそう尋ねられた。 「ええ、最近はそれほど。安定状態にありますよ」 「そうか。それならいいんだがな」 「あなたと涼宮さんが大きな諍いを起したりもしていませんしね。感謝してますよ」 「ま、あいつの機嫌がいいんだろうさ。俺はいつもどおりやってるだけだぜ」 彼はそう言って、微糖の缶コーヒーに口をつける。 彼に答えたのは事実だ。ここひと月ほどは、閉鎖空間の発生率はとても低く、週に1度、小さなものが有るか、無いかくらいのものだ。 「前から思ってたんだが、訊いてもいいか」 「はい、何でしょう?」 「お前らの機関の、神人狩りをする連中ってのは、どういう基準で選ばれてるんだ? やっぱ、超能力の有無か?」 「そうですね。それや、閉鎖空間への適正……色々とありますが、これらは訓練で多少、伸ばすことが出来ます」 「超能力もか?」 「ええ、能力の素養のある人というのは、意外といるものです。もっとも、貴方はその貴重な、素養ゼロの人間でしたが」 「別にうらやましくも無い」 「ですから、それらの能力は、素養が皆無でない限り、選定の枠に入りますよ。その中から、色々な点でふるいに掛けるのです」 そう。機関が神人の狩り手を定めるにあたって、最も重要的な先天性の要素がある。 「……先天的マゾヒズムの有無?」 「はい。それが最も重要です。付け焼刃じゃなくて、生まれながらの、ドマゾってやつです」 「……冗談で言ってるんだよな?」 「いいえ、真実ですよ? 神人狩りを行う超能力者はみんな、被虐嗜好者なんです。……僕も例外ではありませんよ」 「聞きたくも無いカミングアウトだな……」 それは失礼。 長門さんを見ると、今度は音楽にあわせてタップを踏むゲームで、汗一つ流さずに華麗な舞いを披露している。 「……先天的マゾヒズムの有無?」 「はい。それが最も重要です。付け焼刃じゃなくて、生まれながらの、ドマゾってやつです」 「……冗談で言ってるんだよな?」 「いいえ、真実ですよ? 神人狩りを行う超能力者はみんな、被虐嗜好者なんです。……僕も例外ではありませんよ」 「聞きたくも無いカミングアウトだな……」 それは失礼。 長門さんを見ると、今度は音楽にあわせてタップを踏むゲームで、汗一つ流さずに華麗な舞いを披露している。 「……マゾと超能力者との間に、どんな関係があるんだ」 「そうですね。率直に言うと、マゾのほうが強いんですよ。単純に」 「どうして」 「僕らは能力を使って身体能力を上昇させて戦いますので、まず、生来の肉体的な要素はあまり重要視されません チートを施した上で斗うにあたって、大事なのは、恐怖を感じるか否か、と言うことなのです」 「恐怖」 「はい。つまり……一般人は、危険。痛みを感じること。それに直面したとき、どうしてもそれを回避しようとしてしまう」 「それはそうだろうな」 「ですが……能力を持つマゾヒストならば。彼らは、自分の身体能力が上昇しており 通常の人間よりも多くのダメージを受けても耐えられることを知っています。 その上で……神人の攻撃に対して、恐怖を感じずに……むしろ、その攻撃が自分にもたらすダメージ、その痛みに、一抹の期待を持つんです。 それによって、我々は神人という、常識を逸脱したモンスターを相手に、捨て身の攻撃を行える……お分かりいただけましたか?」 「……ようは、痛いのが怖くない奴がいい、って事か」 「ええ。ただ、単純に痛みへの恐怖が無いだけでなく、そこに快楽を求める精神がある。 閉鎖空間、神人との戦いに対する期待。それが戦士たちを奮起させる原動力にもなっているんです」 「……俺にはどうにもこうにも無縁の世界だってことだけは分かった」 「ええ、貴方はマゾヒストじゃありません。それに超能力の素養も無い。閉鎖空間にはまったくもって向いていない人間ですよ」 「安心したぜ」 正午まではまだ大分時間がある。 僕と彼は、長門さんに連れられて、太鼓のゲームがあるという一階へと場所を移された。 お目当ての太鼓を前した長門さんは、バチを手に、ぱかぱかと軽快な打撃音を鳴らしている。 「しかし、お前らが閉鎖空間を楽しんでるとは思いもしなかったな」 「不思議でしょう? でも、ある意味、あの状況を楽しめるくらいでなければいけない……そういう方針なんでしょう」 「でも、それじゃあ……閉鎖空間の出現率が減ってるってのは お前らにとって必ずしもいい事だとは言えないじゃないか」 「はは、そこはさすがに。 それほど強烈にあの空間に病みつきになってしまうものは……めったにはいませんよ」 「……お前がそのめったにのヤツじゃなくて良かったよ」 「ええ、僕もそう思います」 温くなったコーヒーに口をつける。 そう。閉鎖空間がもたらす快楽に取り付かれてしまう人間は、めったにはいない。 そのめったにの内の一人を……僕は良く知っている。 「おー、お帰り」 不思議探索を終えて寮に戻ると、森さんはタンクトップにホットパンツといういでたちで、缶ビールを手にひらひらと僕を出迎えた。 朝の疲れはもう取れたらしい。シャワーを浴びたばかりなのか、僅かな石鹸の香りがした。 「飯」 「あれから大丈夫でした? 何か食べたんですか?」 「いや、結局昼過ぎまでボーっとしてたし、部屋の片付けと風呂とでまだ何も食べてない」 「よく体力保ちますね。今作るから、ちょっと待っててくださいね」 「なんか先におつまみね」 「はいはい」 シャツの上からエプロンを着け、今しがた持ち帰ってきた買い物袋から食材を取り出す。 鍋に少量のお湯を沸かして、そこにヘタを取り除いて塩をまぶしたオクラを放り込み、数十秒加熱する。 それをざるにとって、小鉢に並べ、脇に塩を盛り、鰹節をかける。 「さんきゅー」 既に食卓についている森さんは、僕が運んだ小鉢の内容に満足したらしく、塗り箸を手に食事を始めた。 僕は続いて、メインディッシュに取り掛かる。先ほどから沸かしている、スパゲッティ用の大鍋の湯が、そろそろころあいだ。 「……ねえ森さん、今朝みたいの、出来るだけ控えてくださいよ」 「え? ああ、あれか。いいじゃんか、別に怪我もしないしさ」 「今回は良いほうでしたけどね。前みたいにヘンなガス出して救急車のお世話になったり、窒息寸前まで首絞めたりとか」 「わかってるわかってる、あれはやりすぎたって。ごめんごめん」 僕は本気で心配していても、森さんはあっけらかんとした様子で、笑いながらビールを飲んでいる。 その感覚の違いに、僕は少しあきれた気分になりながら、スパゲッティを茹でる。 「……最近、閉鎖空間が少ないからですか?」 「何が?」 「今朝みたいのするのは」 「……まあ、そりゃそうだけどな。でも、古泉」 缶をテーブルの上に置き、森さんは少し、声のトーンを落として言う。 「勘違いしちゃダメだ。涼宮ハルヒの精神が安定して、世界の崩壊が免れる。閉鎖空間も縮小する。 それが私たちの機関が目指す世界の安定なんだ。 その本文を忘れるほど、私もバカじゃない」 ……口ではそう言ってくれますけどね。僕は声に出さず、ため息を漏らす。 そう言いながら、閉鎖空間がご無沙汰になると、下手すりゃ死ぬかもしれないようなオナニーに走り始めるのは、森さん自身じゃないですか。 「……こないだの夜なんか、覚えてます? あれ」 「あ? 酔っ払ってるとき? だとちょっと覚えてないかも」 「……そうですか、ならいいです」 僕はため息をつきつつ、数日前の夜、泥酔した森さんに寝込みを襲われ、言われた一言を思い出す。 なあ古泉、これであたしのこと刺してくれないか? ……森さん。アイスピックはバイブとは違うんですよ。 そう言って僕は、森さんを自室へと運んだ後、森さんの部屋中から、怪我をする危険性のあるものを片っ端から排除し、その晩はドアの前で一晩中見張り続けた。 放っておけば、彼女が自分で、アイスピックやナイフで体を慰めはじめてしまうと思ったからだ。 「……ほんと、ああいうの心臓に悪いんだから」 ぼやきながら、茹で上がったスパゲッティをソースパンの上に移し、オイルを絡める。 二人分のそれを大皿に盛り付け、専用のトングを添えた後、二人分の小皿と共に食卓へ運ぶ。 小鉢をすっかり平らげた森さんは、三本目の缶ビールを手に取り、僕の運んだ料理を楽しそうに自分の皿へと取る。 「うまいうまい、やっぱ古泉帰ってくるまで待っててよかったわ」 「お粗末さまです」 冷蔵庫から作りおきされていたポテトサラダを取り出し、タッパーのまま机に置く。 イタリアかぶれのドイツ人のような食卓になったな。と、どうでもいいことを考える。 ◆ 「それよりお前さ、ここんとこ……してないじゃないか?」 「は?」 食事を終えた後。ちゃぶ台の上で課題を広げていた僕に、森さんがそう言ってきた。 見ると、もう4、5本はビールを飲んだらしく、肌は上気し、目が潤んでいる。 「だからあ、あれよあれ。朝から目に毒なもの見せちゃったしさー」 嫌な予感。それを感じると同時に、僕の右肩が、森さんの足の裏に蹴られ、体がぐるりと回転する。 一瞬の抵抗の余地もなく、僕は仰向けに寝かされ、森さんにのしかかられてしまう。 「閉鎖空間なくて溜まってるんじゃないかなーと思って」 「そんな、別に……」 「はいはい、抵抗しない、同居人のよしみで手伝ってあげようか」 こうなった森さんは、誰に求められない。僕のシャツのボタンは彼女によって手早く外され、ベルトとショーツを一度に取り去られてしまう。 森さんが僕の胸に口をつける。最初は、唇のやわらかな感触。その後に、すぐに硬い歯の感触がして、僕の背中に、快楽の波が押し寄せてくる。 森さんは乳首を含む胸のあちこちに歯を立てながら、両手で僕の下半身をまさぐり、徐々に隆起しはじめた男性器の根元を掴み もう一方の手の指を、僕のアヌスへと宛がう。 「森さん、ちょっと……あ、やめ……」 「いまどきそんな声、女の子でも出さないぞ」 そんなことはないだろ。なんてことを考えているうちに、森さんの指が、僕の直腸の中へと押し込まれる。 冷たい感触。伸びた爪が腸壁に触れると、痛い。無造作にうごめくそれが、徐々に痛みから快感に変わって行く。 腸を弄られながら、彼女は僕の胸につけた歯形を、一つづつ、今度は暖かい舌の先で愛撫する。 森さんの指と舌が、一挙一動蠢く度に、背中を快感が走る。久々に受ける愛撫に、これ以上は保ちそうにない。 彼女の舌が、僕の右耳の後ろに触れる。その直後、これまでよりもよほど強い痛みが走る。 「あいっ……ちょっと、森さん!」 「悪い、強すぎた。ここは閉鎖空間じゃなかったっけな」 「こんな閉鎖空間、ないですよ……」 森さんは最後まで楽しそうに、僕のからだ中を蹂躙していた。 泥の中でもまれるような感覚の中で、僕は彼女の手の中に射精した。 腰から何か大事な筋が引き抜かれてしまったような気がした。 ◆ 「……森さんにとって」 行為の後で。手を洗い終えて、居間へと戻ってきた彼女に話しかける。 「閉鎖空間は……今してくれたよりも、気持ちのいいものなんですか?」 彼女はきょとんとした顔で、僕を見る。 僕の記憶の中にある、いくつかの森さんの顔……神人の攻撃を受け、地面に伏したときに浮かべていた、快楽の表情たちが重なり、フラッシュバックする。 「さあ、そんなのお前にも私にも分からんだろ。自分で確かめるしかない」 「……そんな勇気は、僕には無いです」 神人の腕に体をへし折られながら、神人の足に体を踏み砕かれながら、オーガズムに喘ぐ。 僕にそんなことが可能だとは思えなかった。 ◆ 僕は思い出す。 彼女と同じように、閉鎖空間に快楽を求め、閉鎖空間を天国とまで呼んだ人のことを。 そして、やがて本当の天国へと旅立ってしまった、その人のことを。 ◆ 「今日は不思議探索いかないの?」 ベランダで洗濯物を干していると、ミネラルウォーターの容器を片手に、森さんが話しかけてきた。 タンクトップにホットパンツのいつもの姿。僕はそれとなく、窓の外から森さんの姿が見えないように、立ち位置を調節する。 「ええ、先週は特例だったんですよ。今日はお休みです。彼と涼宮さんはなにやら出かけられるそうですが」 「デートってやつかあ。いいなあデート。調査対象のご機嫌も良好でなによりだな」 森さんは笑う。 確かに、彼と涼宮さんはこのごろ特に仲が良い。 それ故に、安心だとは思う。けれど……彼と涼宮さんが外出するということは、一歩間違えれば、涼宮さんの心象を大きく変える可能性もある。 何事も無ければ良いんだけどな―――僕は声に出さずにそう呟く。 しかし、その直後。 pipipi... 通常の着信音とは異なる、専用の機械音が、僕と森さんの二つの携帯から、同時に鳴り響いた。 ◆ 新川さんの車を降りた直後から、空は灰色に染め替えられていた。 遠くに三体。繁華街を這うようにうごめく、大型の神人の姿がある。 「こりゃ、でかいな。キョンめ、やってくれたな」 「彼が原因と、決まったわけではないですよ」 森さんの言葉に、友人としての一抹のフォローをしながら、全身に波動を纏う。 僕が飛び上がると同時に、森さんもまた、赤い球体となり、空中に舞い上がった。 「B班、E班が後に合流します!」 「はいよっ」 空中で別の超能力者にそう告げられ、僕は戦線を確認する。到着した僕ら二人を含めて、戦闘中の狩り手は5人。 人数的には問題なかったが、何しろ神人がトップクラスの大きさのやつだった。 キョン君。本当にやってくれましたね。と、心の片隅で、僅かに彼のことを呪う。 「いっきまーす!!」 確認もそこそこに、僕の隣の空間を貫き、森さんが戦線へと突撃して行く。僕もそれに続いた。 程なくして、残りの超能力者も到着し、数は3vs9。一体に3人で取り掛かれば、そう難しい戦いでもなかった。 僕はやがて、3体のうちの一体を細切れにすることに成功し、残る2体と戦う組へと合流しようとした。 森さんとB班が対峙しているのは、さきほど形状を変え、東京タワーに触手を生やしたような、巨大な神人だった。 僕はその触手に触れないように軽快しながら、波動球を撃つ。 四度放ったうちの三発が胴体に命中し、神人の体は、その部分を境目に折れ、上半身が傾き始めた。 そこに更に弾を撃ち込もうと、接近した瞬間だった。 「古泉!」 「!」 背後で仲間の声がする。が、遅い。 神人の体の折れた口から、新たな触手が生まれ、それが一直線に、僕に向けて放たれたのだ。 攻撃は速く、確実に僕を標的としている。しかし、回避できない。間に合わない。 やられる……のか? 僕が覚悟を決め、両手を前に突き出し、攻撃を受けようとした瞬間。 「てえ!」 「えっ」 左耳元、よく聴き慣れた声がした。それと同時に―――僕の体が急降下を始めたのだ。 頭に鈍い痛みを感じる。体が落下してゆく。しかし、触手の攻撃を受けたならば、僕は後方へ吹き飛ばされるはずだ。 抗いようのない衝撃の中で、無理に体をひねり、先ほどまで僕がいたはずの場所を確認する。 そこには、伸びきった神人の触手と……その遥か遠くに、錐揉みになりながら飛ばされて行く、細い体が視認できた。 「森さん!!」 その名前を叫ぶと同時に、僕の体は地面へとたどり着き、周囲が土ぼこりを上げた。 ずん。という重い衝撃が、全身を襲った。 それを最後に、僕の意識は遠のいていった。 ◆ 天井から壁、床、あらゆる面が白い室内。 窓際のベッドに、森さんの姿があった。 「よう」 森さんは僕を見ると、いつものように微笑み、包帯まみれの手でふりふりを挨拶をした。 僕はどんな顔をしたら良いか分からず、小さくお辞儀をした後、固まってしまう。 「そこ座ればいいだろ」 「……すいませんでした、僕の所為で」 「いいって、お前は大丈夫だったんだろう?」 僕の怪我は軽いものだった。ただ、森さんに突き飛ばされた衝撃で地面に墜落しただけだ。 脳震盪と、全身の軽い打撲。一応、節々には湿布を張ってある程度だった。 しかし、森さんは違う。神人の攻撃をまともに正面から受けた上に、波動を失ったまま空中を舞い、地面にたたきつけられた彼女は、重傷だった。 「機関の医療なら、これぐらい、2、3週間あれば治るだろうさ。しばらく閉鎖空間にはいけないらしいけどな」 「そりゃ、そうです」 包帯まみれの森さんを見つめながら、僕はその一言を尋ねようかどうか迷っている。 ……攻撃を受けたあと、波動を解いたのは、わざとだったのではないのか。 ……しかし、その一言を繰り出す勇気が、僕にはない。 「……お前が機関に入ってすぐのときも、似たようなことがあったな。あのときのあれはすごかった」 「……あり、ましたね」 それはたしか、新潟に閉鎖空間が発生したときのことだった。 当時、まだ未熟だった僕は、今回と同じように……僕は神人の攻撃を食らわざるを得ない状況に陥った。 そこを、森さんが僕を庇ってくれたのだ。 二人まとめて飛ばされ、僕は軽症。森さんは重傷。 あの時、僕と森さんが墜落した場所で。助けが来るまでの間、朦朧とする意識の中で、確かに見たのを覚えている。 耳元で……今にも消えてしまいそうな声で、それでも確かに嬌声を上げる、彼女を。 「……森さん」 「どうした?」 僕は彼女を見つめたまま、黙る。 ……今回も。彼女は、あの顔をしていたのだろうか。 肋骨と両手をへし折られ、地面にたたきつけられたその場所で。 あの声をあげ、オーガズムに浸っていたのだろうか? 「……なんだよ、つめたいぞ」 気が付くと、僕は森さんの頬に触れ、包帯のない部分に指先を這わせていた。 温かい。生きている。 「気持ち悪いな。触るんじゃなく、つねってくれたまえ」 森さんは笑う。あの快楽におぼれた笑顔ではない。五月の太陽のような笑顔。 「古泉、お前……私が好きなのか?」 そう訊ねられて、僕はしばらく考える。 森さんが好きなのか。 ……そうなんだろうか。 「…………好きになんてなれませんよ」 「なんだよ、随分な事いってくれるな。私はそんなにお前好みじゃないか?」 僕は首を横に振る。 「……僕は、心の痛みには耐えられません。森さんを好きになったら――」 いつか、こころをへし折られる日が来てしまうような気がして。 ◆ 僕は知っている。 神人の狩り手が、マゾヒズムで無ければいけない理由。 上層部にとって、僕らは捨て駒なのだ。 能力の素養を持ったマゾヒズムは、この世に五万と溢れかえっている。 世界の安定を守るために、閉鎖空間のとりことされた狩り手が、時々、死んで行く。 しかし、その変わりとなる人間は、いくらだっているのだ。 「すまんかった」 月曜日の昼休み。彼は僕にコーヒーを差し出しながら、彼らしからぬ低姿勢で僕のもとへとやってきた。 「大丈夫ですよ。しかし、なかなか大きなケンカをされたようですね?」 「ああ、まあ……でも、出来るだけのフォローはしたつもりだ」 「そのお言葉で、随分と安心できますよ」 僕はコーヒーを受け取り、プルタブを引く。 「……鳥と河馬のことを考えていました」 「トリとカバ?」 「はい。どこかの奥地で暮らすカバは、時折体を水上へと上げ、鳥に体の掃除をさせるそうです。 それによって、鳥は食料を得る。カバは清潔を保てる。……そういう、生命の仕組みなんだそうです」 「ふむ」 彼は僕の言葉にこれといった感想を持たなかったのか、コーヒーを片手に、曖昧な言葉を漏らした。 僕はなんて矮小な存在なんだろうか。晴れた空を眺めていると、そんなことを思った。 ◆ 「なあ、古泉」 「なんですか?」 「それでさ、私のほっぺを、ちょっと切ってくれないか。ちょっとだけ」 彼女の手は、僕がりんごを剥いている手元を示している。 「……絶対ダメです」 「なんだよ。それじゃあ、私がお前をぶっ刺すぞ」 「両手骨折してる人が、どうやってですか」 「あはは、冗談だよ」 彼女は笑う。 その笑顔に、僕は愛しさと、僅かな狂気を感じる。 冷えた指先で、土曜日に森さんに付けられた、耳の後ろの傷に触れる。 指が触れると、そこはズキリと痛み、やがて、じわりとした快感が背中に走った。 もし、閉鎖空間がこの世から無くなる日が来たら。 彼女は一体どこへ行くのだろうか。 僕は彼女と共に行けるのだろうか。 彼女と共に、この深い森の中から抜け出すことは、出来るのだろうか? END
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前ページ次ページ上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/とある少年の帰還記念祭 最終話『すべての真相』前編 上条「御坂を……渡せだって…?」 薄暗い舞台裏に上条の声が少し響く。 それに対し、答えるのは海原。 海原「そうです、時間はありません。早くしないとここが皆さんにバレてしまいますよ?」 上条「それより何を企んでる?御坂をどうしようってんだよ。」 上条は一気に警戒を強めた。 もしかして結標を使って美琴に酒を飲ませたのも、海原の企みだったのではないかと考えた。 さらに海原は言う。 海原「企んでるも何もボクは御坂さんと少しばかりお話がしたいだけですよ?それ以上何もありません。」 上条「……本当か?魔術が関係してるんじゃないだろうな。お前には前科もあるし……それにその紙袋はなんだ?中に何が入ってる。」 海原「これですか?これならすぐに見せますよ。だから早く御坂さんを「やだ!!」……え?」 真剣な表情で話す海原の台詞が大声で遮られた。 美琴だ、美琴が赤い顔のまま海原を睨んでいる……のだが酔っているせいもあって全く怖くない。 むしろ可愛いので海原は見惚れているようだった。 美琴「私は絶対当麻の側にいるの!!絶対離れないんだから!!」 そう言って美琴は上条の腕に抱きつき、その瞬間海原が固まった。 急に抱きつかれた上条は 上条「こ、コラ離れなさい!!今上条さんは真面目な話をしてるの!!」 美琴「や~だ~!!離れない~!!」 なんとか離れさそうとするも美琴は全く離れようとせずに駄々をこねる。 真剣な雰囲気は一気に消し飛んだ。 すると海原が 海原「……これはどういうことですか…?」 上条「え?どういうことって?」 海原「だからなんで御坂さんが貴方に抱きついたりしているんですか!?それも下の名前で呼んだり……ま、まさか付き合ってるのですか!?」 海原は震えておりかなり焦った様子だ。まあこの状況を見れば勘違いするのは当然だろう。 そんな海原に上条はとりあえず聞いてみる。 上条「……もしかして御坂が酔ってること知らねーのか?」 海原「え?酔ってるんですか?なんだよかった……ってよくありませんよ!?せっかく人1人気絶させてまで御坂さんに会いに来たのに これじゃちゃんと話せないし意味ないじゃないですか!!」 上条「知らねーよそんなこと!!ていうか気絶させたってなんだよ!」 海原「あ、あれはしょうがなかったんですよ!ボクが準備しているところを天草式の牛深?に見られてしまったので……」 上条「見られたくらいで気絶させんな!!で、御坂に何しようとしてんだ?」 海原「な、何って……これを渡そうかと思って…」 そう言って海原は持っていた紙袋から大きなゲコ太のぬいぐるみを取り出した。 このぬいぐるみはビンゴ大会で海原がゲットした物だ。 上条「え?何?ほんとにそれだけのために御坂に会いにきたわけ?」 海原「だからそうやってずっと言ってるじゃないですか!!全く……なんで信じないんですかね…」 いやまさかホントに何もないとは考えないじゃん、と上条は思ったがとりあえず今は黙っておく。 そして海原は上条にくっついている美琴に近づき、ぬいぐるみを差し出す。 海原「えー……コホンッ!ど、どうぞ御坂さん。」 ただ渡すだけなのにかなり緊張しているようだ。額には若干だが汗がにじみ出ている。 だが美琴は 美琴「………いらない。」 上 海「「え」」 なんと美琴が受け取りを拒否、海原から身を隠すように上条の後ろに隠れる。 海原はその場で固まってしまったし上条はものすごい気まずさを感じた。 上条「え、えーと……なんで?お前カエル好きだろ?」 美琴「だって当麻以外の人から何かもらったら浮気ってことになっちゃうから……」 上条「ああなるほど………ってならねーよ!!まず浮気とか言ってるけど俺たち付き合ってねーだろああごめんウソ上条さんが悪かったから泣かないでお願い。」 美琴「ぅー……」 涙目でギューと腕に抱きついてくる美琴の頭を撫でて必死になだめる。 端から見ればまさにバカップル(付き合ってないけど…)、2人の間に入り込む隙などないように思えるが今回ばかりは海原も引かない。 海原「……そうですか…じゃあこれならどうです?」 上条「これなら……!!?」 次の瞬間、上条の目に映ったのは自分だった。 上条の顔になった海原はニヤリと笑う。 上条「お、お前……どうやって…」 海原「ビンゴのときに運良くアナタの手の甲の皮を手に入れられましたからね。ボクはなぜか御坂さんに避けられてるから アナタの顔を使って2人きりになって、これを渡そうと思ったんですよ。」 上条「なんて無駄に手の込んだことを…」 海原「ああそういえば牛深を気絶させたのもこの姿を見られたからなんです。彼に説明するのもめんどくさくて。さて、これなら御坂さんも受けと」 ドゴォォォォンと上条たちの後ろで轟音が鳴った。後ろで、といってもその轟音の原因は海原が入って来た入り口から飛んで来ていた。 魔術バリアのおかげで火災などは起きていないが明らかものすごい威力。 そして上条にはその飛んで来たものに心当たりがものすごいくらいあった。 上条「ま、まさかこれは……」 麦野「みぃぃぃぃぃいい~つけたぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ~♪」 美琴「あーむぎのんだー。」 やっぱり麦野だった。 麦野はふらふらしながらゆっくりと3人に近づいてくる。まさにホラー。 上条「ん?ふらふら……ふらふら!?まさか酔ってんのか!?ていうか酔ってるのにどうやって演算を?」 麦野「こ~の電撃娘が……私より先に彼氏を作ろうなんて良い度胸してんじゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!!!!!!」 美琴「ふえ?」 酔っぱらって凶暴さを増す麦野は、酔っぱらって乙女チックになっている美琴目がけて『原子崩し』をぶっ放す。 美琴目がけて、ということは美琴に抱きつかれている上条にも標準は定まっているわけで…… 上条「ちょ、ま、まーっ!!!!!!!!!」 上条はわけのわからない言葉を叫びながら腕にくっついていた美琴を即座に抱きしめ、横っ飛びで床に倒れ込み麦野の攻撃を回避する。 それくらいヤバい状況だというのに美琴は 美琴「えへー当麻ー……もっとギューってして!」 上条「おいぃぃぃぃいいいい!!!!!この状況で抱きつく力強めるの止めてもらません!?死ぬから冗談抜きで!!」 海原「さすが第4位…恐ろしいですね…」 麦野「……ん?なんで上条が2人いるのかしら…?まあいいや。両方吹っ飛ばせば♪とりあえずこっちの上条から消し飛ばそ。」 上条「……あれ?標的って御坂じゃなくて俺なの?さっき御坂のこと狙ったんじゃ?ていうかやっぱり俺のほうを先に狙いにくるのね!!」 話している最中に麦野に狙い撃たれ美琴を抱えたまま必死で『原子崩し』をかわす。 なぜか標的が美琴から上条に移ったようで麦野は何発か上条を狙うが中々当たらない。ていうか当たったら死ぬ。 麦野「おい避けんな!!当たらねーだろ!!」 上条「無茶言わないで!?避けなかったら上条さん死んじゃうから!!そ、そうだ海原!御坂を頼む!」 海原「え?」 美琴を抱えたままこれ以上麦野の攻撃を避けるのは無理。 上条の姿のままの海原に美琴をパスして麦野の攻撃を避けまくる。 パスされた美琴はというと 美琴「あー……当麻が行っちゃった…ってこっちも当麻?……………えへ、とうまー♪」 海原「わわっ……こ、これは夢でしょうか……」 美琴は少し疑問に思ったようだが結局海原を上条と思い、思い切り抱きついた。 抱きつかれた海原は予想外だったのと嬉しさのあまり固まってしまった。 が、 美琴「……?あれ…当麻?……当麻じゃない…抱きしめ心地も匂いも違うし王冠かぶってない。」 上条でないことに即座に気づき、不満そうな顔で海原から離れた。 海原はものすごく名残惜しそうだった。 で、本物の上条はというと 上条「あ、逃げ場が……」 麦野「や~と追いつめた……」 麦野の攻撃をうまく避けていたのはよかったが、調子に乗ったせいか不幸のせいか角に追いつめられてしまった。 追いつめたことにご機嫌な様子の麦野はニヤニヤと笑みを浮かべながら攻撃態勢に入る――― ??「麦野ストーップッッッ!!!」 麦野「あぁ?!!」 上条に向けて『原子崩し』を発射しようとする麦野に誰かが勢いよく飛びついた。 上条「絹旗!!」 飛びついたのは麦野と同じ『アイテム』に所属する絹旗。 飛びつかれた麦野はバランスを大きく崩し、『原子崩し』は全く別のところに着弾した。 そして麦野を必死で抑えている絹旗が上条に向かって叫ぶ。 絹旗「とりあえず超逃げてください!!数秒なら抑えられますから!!」 上条「お、おう!てかなんで麦野さんは酔っぱらったんだよ…」 滝壺「それはシャケ弁ゲットできたことに浮かれてお酒大量に飲んだんだよ。」 上条「あ、滝壺いたんだ。よし、ありがとな2人とも!!御坂!早く来」 美琴「と~ま♪」 上条が呼ぶ前に美琴は後ろから元気よく飛びついて来た。 『とーま♪とーま♪』と言いながら後ろから首に腕を回しギュッと上条に抱きつく。 美琴の小さいながらにしっかりと柔らかい感触がわかる胸が背中に当たり上条は顔を赤くする。 上条(胸が……それに素直な御坂……か、可愛いかも………ってそんなこと考えてる場合じゃなーい!!!) 本当にそんなこと考えてる場合じゃない。 美琴が後ろから抱きついてきたのでお姫様だっこではなく、おんぶで最初に入って来た入り口から飛び出した。 海原「あ!ちょっと待ってください!!ボクも行きますよ!!」 さらに海原も続く、もちろん上条の姿のままだ。 上条「なんでついて来るんだよ!!」 海原「アナタが御坂さんを連れて行くからですよ!!!」 美琴「とーま早~い!!」 美琴をおんぶしたまま、追ってくる海原を振り切ろうと必死に走るが海原も必死。 まあ麦野が迫ってくるという理由でもあるのだが。 上条「くそっ!しつこいな……」 海原はぴったり後ろにくっついて追いかけて来ている。 海原が手を伸ばせば上条に届くが距離だが、止めないのはここで止めてしまうと麦野や会場内の連中が追いかけて来た場合美琴が怪我をする可能性があるからだ。 で、さっき小萌先生とステイルと会ったロビーまでたどり着いたのだが、そこで待っていたのは衝撃の出来事だった。 上条「ていうかこっちに誰かいたらヤバいよな……え…なんで『魔女狩りの王(イノケンティウス)』が!?」 ステイル「あ、もう戻ってきたのかい?言われた通り止めておいたよ。」 なんとなんとステイルの『魔女狩りの王』が出入り口を塞いでおり、小萌先生は呆然とそれを見ていた。 確かに止めておいて、とは言ったものの止め方がえげつない。 上条「だからみんな会場内にとどまってたってわけね……ん?じゃあ麦野さん達はどうやって舞台裏に…?」 ステイル「あ、さっきそこのロビーのトイレから3人くらい舞台裏に走っていったけど?」 つまり酔っぱらった麦野が気分を悪くしたので、介抱するために混んでいる会場内のトイレではなくロビーのトイレに来ていた。 そして会場内に戻ろうとした時、丁度上条と美琴を目撃し追いかけた、というわけだ。 上条「あ、そういうことか。ていうかいつのまにルーンを貼ったんだ?」 ステイル「そりゃ前持って貼っておいたのさ。何か緊急事態が起こった際にいつでも『魔女狩りの王』を使えるようにね。」 美琴「わー……すごいけど暑い……汗が…」 上条「ん?大丈夫か御坂?」 確かに熱かった。 『魔女狩りの王』のせいで汗が吹き出る。 それくらい暑い状況だがステイルは涼しい顔で ステイル「そりゃ摂氏3000度だからねがふぉう!!」 海原「御坂さんが暑がってるじゃないですかぁぁぁぁぁぁぁ!!」 タバコをくわえたままステイルは横へ吹っ飛んだ。 もうお分かりかと思うが、美琴の抱きつかれたことでテンションが上がりすぎた海原がステイルの脇腹に飛び蹴りを食らわせたのだ。 上条「おい何やって……あ。」 上条がふと会場の入り口に目をやると『魔女狩りの王』がゆっくりと消滅していた。 どうやら蹴られた+打ち所が相当悪かったせいでステイルは脳震盪を起こしてしまったらしい。 上条「海原!お前どんだけ強く蹴ったんだ!!」 海原「知りませんよ!?ていうかこの状況まずいんじゃ……」 自分がやったのにもかかわらず焦りを見せる海原。 だが『魔女狩りの王』はまだわずかだが燃え残っている。 ステイルの意識がまだかすかにあるおかげだが、後数秒もしたら完全に消え失せ会場内いる人々は上条に襲いかかってくるだろう。 上条「や、やば!逃げるぞ御坂!!しっかりつかまっとけ!!」 美琴「うん!!えへへ……」 美琴はギュッと上条に抱きつく力を強め、上条はまたまた走り出そうとする。 海原も2人の続く。 海原「あ、ちょっと!ボクも行きますよ!!で、どこに?」 上条「えーと……この階はもう無理だし…外!外だ!!えーと、エレベーターはあっちか。」 で、エレベーターの前までやってきたのはよかったのだが 上条「エレベーター……4つもあるのになんで全部1階と最上階で止まってるんだよ……なら階段!!」 やはり上条の不幸は健在だった。エレベーターがこの階に来るのを待っていれば確実に後ろの連中に追いつかれる。 仕方がないので上条はエレベーターの隣にある階段を大急ぎで駆け下り始める。 海原「この後どうするんですか!?」 走りながら上条にそう尋ねたのはもちろん海原。 上条「下に行ってから考える!てかお前いつまで俺の顔でいるんだよ!!なんかやなんだけど!?」 海原「…悔しいですけどこの顔でいればまた御坂さんが抱きついてくれる可能性があるのでずっとこのままでいます。」 上条「マジで海原の顔に戻してくれ…」 話しながらもどんどん階段を駆け下り、現在5階と4階の間。 だが7階では『魔女狩りの王』が消滅してしまったらしく、上からは大勢の足音と小萌先生の『みんな止まるのですよー!!』という声が聞こえる。 ついでに『こ、小萌先生の命令ならボクは止まる!!みんなも止まるんやー!!』とかいうエセ関西弁まで聞こえてきた。 上条「青ピか……たまには、いい働き、するんだ、な。」 青ピに感謝し、息をきらしつつ上条はそう言った。 こうして青髪ピアスは犠牲になった。 そんなこんなで1階に到着。 美琴をおんぶすることに疲れた上条は、彼女をソファに座らせ自分も息を切らしながら隣に座り込んだ。 美琴は当然すぐさま上条にくっつく。 海原「ちょ、休んでる暇なんてないんじゃ!?」 上条「だ、大丈夫だ、この、後、この、階、のどっか、に、隠れ、れ、ば……」 息をなんとか整えようとするもなかなか回復せず、ゼェゼェと息を切らし続ける。 そんな上条の代わりにどこに隠れようかとロビーを見渡したとき上の方から『建物内もくまなくさがせー!!』とか聞こえてきた。 それを聞いた上条は 上条「ま、マジか……どうしよ…」 当てが外れどうしようか悩むも 海原「じゃあこうしましょう。ボクが御坂さんと2人で逃げるのでアナタはおとりとして犠牲になってください。」 そう言って海原は上条の頭の上の王冠を手に取った。 上条「あ、おい海原!」 海原「これがあれば御坂さんにボクが本物だとわかってもらえますからね。さて御坂さん、行きましょうか―――――」 海原が王冠を頭にのせ美琴に手を伸ばした時だった。 海原「え?」 その手(正確には腕)が何者かに掴まれた。 その人物とは 神裂「追いつき、ましたよ。」 上 海「「え」」 美琴「とうみゃ~♪」 神裂だった。どうやら上からマッハスピードで駆け下りてきたらしい。 さらに王冠をつけているため変装した海原を上条と思っているようだ。 神裂は海原の腕を握る力を強め、海原は青ざめ、上条は逃げるため立ち上がり、美琴は上条の名を呼びくっつき続けた。 上条(王冠を海原が盗ったせいか…なんかついてるぞ!ていうか神裂も酔ってるんじゃ……?) などと考えていたが階段からはさらに足音が聞こえてきたので上条は先を急ぐ。 ちなみに神裂はやけ酒のせいでマジで酔ってます。 上条「よし!じゃあな海ば…上条!!行くぞ御坂!!」 美琴「えへー」 上条は海原のことをわざと『上条』と呼び、美琴を再びお姫様だっこして建物を飛び出した。 その際後ろで海原が何か言っていたが気のせいということにしておいた。 が、上条の不幸はまだ終わらない。 上条「おおっ!?んじゃこりゃ!すっげー雪じゃねーか。」 上条と美琴が建物から出るとそこは白銀の世界が広がっていた。 どうやらパーティが始まってから今までの6時間の間に降り積もったらしい。 降っている雪はまだまだ止む気配はなく、数十メートル先が見えない大雪だ。 美琴「ロマンチックだね♪」 上条「そんなこと言ってる場合か!!ていうかこれだけ降ってたらロマンチックもへったくれもねーよ!!」 まるでコント。 相変わらず酔いのさめない美琴を抱えながら上条は考え尽くす。ここからどうするべきかを。 上条(どうせ海原が変装解いたら俺が逃げたことはすぐわかるよな。じゃあ…駅まで走る……ダメだ。 この大雪の中御坂抱えて走っても終電に間に合わねぇ。タクシーも見当たらない、車で誰かに送ってもらうのも無理!) 正直な話ここに美琴を置いて上条だけ逃げれば万事解決する。 追ってくる連中の狙いは上条なわけで美琴を置いて逃げても彼女に危害が加えられるということはまずない。 自分一人ならなんとか逃げ切る自信はあった。 だが…… 上条「よし…御坂お前建物に戻れ。俺だけ逃げる。」 美琴「え……行っちゃうの?じゃあ私も!私もついてく!!」 上条「ダメだ。2人じゃ逃げれないしお前も危ないってあ、あれ?なんで泣いてるんでせう?」 美琴「ヤダもん…私も当麻と行きたいもん……」 上条「いやいやだから危ないから俺1人で行くごめんほんと泣くの止めて。建物の中から受付の人見てる……」 美琴「グスッ……泣くの止めたら、一緒に行っていい?」 上条「いやダメ……」 美琴「ふぇぇぇ…」 上条「………一緒に行こう。」 美琴「うん!ずっと、ずーっと一緒だよ?離れちゃヤダからね?」 パァァァっと美琴の顔は明るくなった。 泣き止んだ美琴はギューッと抱きついてきた。 上条は顔を赤くしながらもまた考える。 上条「つーか御坂が一緒だと………て、手詰まりだ。長い距離は走れないし行く場所がない……」 美琴を抱えながらこの大雪の中を走るのは絶対キツい。スピードも落ちるし追いつかれる可能性が高くなる。 やっぱりなんとか説得して一人で逃げようかと考えていると 美琴「ねぇ行くところがなくて困ってるの?私近くに良い場所知ってるわよ?」 上条「え!?ほんとか!?」 上条は目を輝かせた。 まさに救いの手、酔っているということで若干不安はあるものの他に策も思い浮かばないし時間もないのでここはおとなしく美琴に従うことにした。 美琴「じゃーまず左!左へレッツゴー♪」 上条「よしきた……ん?」 上条が大雪の中を走り出そうとしたところ暗闇の中に人影が見えた。 その人は明らかにこちらへむかってきている。 瞬時に上条は警戒心を強めて 上条「誰だ……!!…って、お前は……」 上条は知っていた。その近づいてくる人の名を。 上条「バードウェイ!?」 バードウェイ「上条……ってことはやっと着いたのか…?」 なんと『新たなる結社』のボス、バードウェイだった。 彼女は自分に積もった雪を払いのけ上条の前までやってきた。 上条「な、なんで今更……?」 バードウェイが来たことがあまりに予想外だったため上条は思わず尋ねた。 するとバードウェイは上条を睨みながら バードウェイ「今更ってお前が『お願いしますきてください。』って言わないで勝手に電話切るから遅くなったんだろうが!! あの後むかついてすぐ出発したのはよかったけど、この建物建ってる場所が複雑なんだよ!!迷っただろうが!!」 上条「怒る理由が理不尽だなおい!!……そういえばオルソラやシェリー達も迷ったって言ってたっけ(半分はオルソラのせいらしいけど……) で、なんで徒歩で来たんだ?それにマークやパトリシアは?」 バードウェイ「あー……実は迷ってるうちにこの大雪で車が動かなくなってな……降りて歩いてたら吹雪のせいでマーク達とはぐれたんだ。」 簡単に言うと迷子ということだ。歩いた距離は結構長かったようでバードウェイは少し疲れているように見える。 しかしこの極寒の中、長距離を歩いてきたのにもかかわらず完全防寒服のおかげで全く凍えていない。 バードウェイト「そういうわけで一人歩いてきたんだが……その女の子はなんなんだ?」 上条「え……まあいろいろあって……って今ちょっとヤバいんだ!そこの建物にみんないるから休んでてくれ!それじゃ!!」 バードウェイ「な!?お、おい待て!!せっかく来てやったんだぞ!?」 バードウェイが別に凍えたりしてないことがわかったので無視して先を急ぐことにした。 そして上条は美琴を抱えたまま大雪の中を走り出す。 と、走り出して10秒も経っていないのに後ろから大きな音が聞こえた。 上条が必死で走りながら後ろを振り返ってみるとなんとそこにはどでかいゴーレムが。 上条「おぉ……マジデスカ…」 シェリー「エリス!!上条当麻を捕まえな!!」 なんとなんとシェリーがエリスを形成していた。 エリスの上にはシェリーの他にオルソラも乗っており、どうやら協力を依頼されたようだ。 しかし――――― 上条「へ?」 エリスに乗ったシェリーとオルソラは上条とは全く反対の方向へ進んで行った。 さらにそのエリスの後ろには 建宮「追えー!!追うのよなー!!絶対に逃がしちゃならんのよ!!既成事実を作られたらもう勝ち目は無くなってしまうのよ!!!」 五和「か、上条さーん!待ってくださーい!!」 対馬「ていうか牛深は?」 香焼「さっきからずっといないっすよ、それより追わないと!!」 天草式十字淒教の面々が続いて走って行くのも見えた。かなり必死の形相だ。 上条「……どういうこと…あ、海原か。よく逃げられたな。」 走って行く人々の先頭には上条の姿のままの海原が必死で走っているのが見えた。 上条「つーかなんでアイツ変装解かないんだ?まさかまだ御坂に抱きついてもらいたいからなのか?」 まさにその通りだった。 反対方向に走っていったのはどっちに走って行ったのかわからない上条を追いかけようとしてただ単に勘がはずれただけだ。 そんなわけでとりあえずは助かった、今のところ他の追っ手は見あたらない。 しかしまだ追っ手が他にいることは間違いないので上条は美琴の道案内に従い雪の中足を進めていく。 上条「御坂っ!こっちであってるのか?」 美琴「うん!ほらここよ♪」 上条「え?もう?」 走り出してわずか3分。 上条は美琴の言葉を聞き急ブレーキをかけ停止し、そのせいで雪ですべってこけかけた。 美琴が上条に教えた建物、それはホテル。外見からものすんごい高級感が漂っている。 上条「………さて、他の隠れがを探すか。って、おい!こら御坂!」 美琴「よーし!!早速入ろ!!」 上条が諦めて立ち去ろうとしているのにもかかわらず、美琴は上条の腕から地面にうまいこと降りてホテルへと入ろうとする。 当然のごとく上条は美琴を引き止める。 上条「待て待て待て!!俺にこんなとこ入る金なんてねーよ!!」 美琴「そんなの気にしない気にしない~、ぜ~んぶ私が払ってあげるから♪」 上条「そんなのダメに決まってるだろ!?だから別の―――」 そこまで言って上条の視界は真っ暗になった。 何も見えない、そしてものすごく冷たい。 上条「なんでこう不幸なんだろうか……」 上条は持ち前の不幸を発揮して思いっきりすべってこけていた、しかも顔面から。 雪が積もっているためけがはないが、寒い。 美琴はそんな上条を見てけらけら笑い、ふらふらとホテルへ入って行ってしまった。 上条「御坂!待て―――――」 上半身を起こしていたはずなのにまた視界が真っ暗になる。顔は冷たいし背中が痛い。 インデックス「とうまー!どこ行ったんだよー!!」 レッサー「ちょっと本当にこっちで合ってるんですか!?」 バードウェイ「合ってるに決まってるだろ!私はアイツが御坂美琴とかいう女を抱えて走って行くのを見たんだからな!!」 姫神「絶対。追いつく。」 フロリス「上条当麻ぁー!!私を置いて行くなんて良い度胸じゃない!!」 吹寄「あのバカ!!女の子と2人きりで何をしようと考えてるわけ!?見つけたらただじゃおかないわ!!」 風斬「み、みなさん怖いです……」 上条はインデックスや自分のクラスメイト達(書いてないけどクラスの女子全員)、さらにその他数名に踏まれていた。 彼女達はシェリーやオルソラ天草式の面々よりもスタートが遅れたため建物入り口でバードウェイと鉢合わせた。 そのため正確に上条を追いかけてくることができたのだ。 だが転けて倒れている上条には全く気づかず、全員がそのまま通過していった。 当然踏まれた上条へのダメージはでかい。 上条「……もうやだ…上条さん死んじゃう……」 上条は倒れたまま泣いた。 前ページ次ページ上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/とある少年の帰還記念祭
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「ディオの部下―――という事か」 ストレイツォは腕を組んだままそう返す。 「確証はねぇが、そうだろうな。 何れにせよ、あのGDS刑務所の奥にDIOのヤローが潜んでいるのは間違いねぇ」 カウボーイハットの伊達男が吐き捨てるようにそう言った。 ストレイツォと吉良が、轟音と上空での光に気づいたのは十数分は前。 直後に教会を出て現場へと向かっていたが、途中で例の『放送』があり、足を止めその内容を聞く。 死者の数。浮かれ騒ぎの様なアナウンスの声。地図を持ってきた鳩。 そして何より、同門であり朋輩である、ダイアーの死を告げる声。 それら全てを、ストレイツォは飲み込んで、足を進めた。 上空の光は、一箇所にとどまっていない。正確な位置を目視で確認するのは至難の業だ。 自覚している以上に、ストレイツォの内心に焦りがある。そのことがさらに迷いを生んでいた。 「…ツォ…ストレイツォ…!」 背後から、吉良の鋭い呼びかけ。 意識を引き戻し、視線を巡らせると、既にGDS刑務所らしき建物のすぐ前に居る。 ストレイツォの目には、一種魔法めいた異国の建物。吉良からすれば、今までいたイタリア風の街並みとは異なる、近代的建築物。 その前にいるのは、時代がかったカウボーイと、その男に抱きかかえられた、怪我人と思しき少女。 「徐倫。なんにせよアイツは、ディオの手下に違いねぇ」 男が少女にそう告げる。 「やつに気づかれているのか、たまたまなのかは分からねぇが、どっちにせよ今は戦える状況じゃねぇからな」 見れば、そのさらに奥には、たった今戦闘したであろう相手が倒れているのが微かに見える。 ふわり、とでも言うかの足取りで、ストレイツォは音もなく歩を詰める。 「その話、詳しく聞かせてもらおう」 そして四人は、再びサン・ジョルジョ・マジョーレ教会にいる。 厳密にはさらに一人。未だ目を覚ましていない牛柄服の青年(リキエル)もだが、今ここでの会話には関わっていない。 状況は複雑だ。 ストレイツォが理解できたのは、このカウボーイハットの男と、連れの少女は、「ディオから隠れ逃れてきた」こと。 そして逃げる直前、「ディオの部下らしき男に襲われ、危うくもそれを撃退した」こと。 付け加えて、「上空で戦っているであろう轟音と光の反射は、ディオの部下である隼、『ホルス神のペットショップ』によるものだろう」こと。 自分が、「吸血鬼ディオ」と戦うために出向いてきた波紋戦士である、ということを納得してもらうのには少し手間取った。 男は明らかに不信感を持っていたし、同行の少女を守ろうと警戒もした。 ストレイツォの言を背後から吉良が補足してくれたことと、その少女がとりなしたことが功を奏したのかもしれない。 結局男はストレイツォと同行し、そして「まずはここを離れるべき」と主張。ストレイツォの先導で、先程までいた教会に戻ってきている。 少女は激しく疲労していたが、ストレイツォが渡したボトルの水を飲むことで回復しつつあるようだった。 その少女を気遣いながら、カウボーイハットの男、ホル・ホースは言葉を続ける。 「さっきアンタは、『吸血鬼ディオを倒すため、師匠や仲間と、ジョースターたちの手助けに向かっていた』って言ったよなぁ?」 情報、状況を整理しきれずにいるストレイツォに確認を取る。 「―――そうだ。トンペティ師は居ないようだが、さっき響き渡った声や名簿とやらによれば、ウィル・A・ツェッペリとダイアーはこの会場に集められているようだ。そして…奴の言が真実なら、ダイアーは既に死んだ」 冷静に、感情を表さぬよう端的に告げる。 「そりゃご愁傷様。だがアンタ、何て言われてやってきたか知らねぇが、ディオをただの吸血鬼だと思って戦おうってンなら、負けるぜ」 「何?」 僅かに怒気を孕んでしまう。 誇り高き波紋戦士。何より、朋輩ダイアーの死を含めて、「負ける」の一言で済ませられるのは心外だ。 「おっと、波紋がどーの、って事じゃねぇ。ジョースターの爺も波紋使いだってのは知ってる。けど、それだけで勝てる相手じゃねぇから、奴は手助けを必要としてんだろ?」 ジョースターの爺、というのが引っかかったが(ツェペリが新たに弟子にしたジョナサン・ジョースターという人物は20歳そこそこの青年と聞いている)、名簿にはジョースター姓の人間が何人かいた。 どこかで混同しているのかもしれないが、ひとまずはホル・ホースに続きを促す。 「『世界』…。奴は文字通り、『世界を支配するスタンド』をもっている。 スタンド、ってのは、精神のエネルギー。人によって能力は様々だが、ディオのそれは近距離パワー型。単純に、その吸血鬼のパワーを二人分持ってると言って言いだろう。 そして、能力は『不明』…。 超スピードだとかトリックだとか、そんなチャチなもんじゃあねぇ。 少なくとも、その謎を解かない限り、『俺たちに勝ち目は無ェ』」 ストレイツォの知らない、特殊な能力を持っている。しかもそれが何なのかは不明だが、『世界を支配する』とまで言えるものだという。 付け加えれば、二人を襲撃した針の革を着た怪物に、氷の塊を放つ隼。 既に、ディオの部下たちが集結しつつあると考えられる状況……。 しばし、ストレイツォが押し黙る。 話から察するに、このホル・ホースも、ディオと戦ってきた正義の戦士のようだ。 確かに態度には軽薄さが伺えるが、敵の事情にも詳しく、状況判断能力も低くない。それに何より、少女を助けるために自らの命を賭けられる男。ひとまず信頼しても良いだろう。 「…何にせよ、ディオの居場所ははっきりした。 そして、ディオもまた部下を集結させつつあるというなら、我々も仲間を募って立ち向かうしかあるまい。 特に、ツェッペリとジョースター…。それと君の言う、『ジョースター一行』の仲間達か…」 眉根を寄せつつ、ストレイツォがそう宣言する。 不退転。波紋戦士の誇りに賭けて、吸血鬼ディオに対して、「逃げる」「諦める」という選択肢は無い。 その顔に、ホル・ホースがついと顔を寄せ、 「…その件についてなんだが」 小声で話しかけてきた。 「ジョースター一行については全部教える。ほかのディオの部下についても、だ。ただ、もし奴らと出会っても、おれのことはひとまず伏せておいて欲しい」 「何? 何故だ?」 「あいつらとは、ちょっとばかし誤解があってな。 おれは敵だと思われているんだよ。 いいか、こいつは結構複雑な問題だ。よく聞いて、納得してくれ。 おれは一時期、DIOの内情を探るため、奴らの手下に接近していた事がある。 例えば、鏡のスタンドを使うJ・ガイルとかだ。 こいつは殺人鬼のクソ野郎だったが、奴から他のディオの手下やら、奴らの動向やら、いろいろ仕入れられた。 ただ、そのJ・ガイルって奴は、ジョースター一行にいたポルナレフってやつの妹を殺した真犯人だったんだよ。 そこで、J・ガイルと一緒にいたおれは、『ディオの仲間だ』と思われちまった…。 ああ、ポルナレフのやつが悪いわけじゃあねぇ。確かにちとばかし直情的で困ったもんだが、あいつは正義に燃えて、ディオを追っている。アンタなら信頼してもらえるだろう。 けど、その誤解から、おれはジョースター一行とは共同戦線を組めないんだよ。 完全に、仇の仲間だと『誤解』されちまっているからな…」 ホル・ホースの話は、なるほど確かに複雑な状況のようだ。 「ならば、私が間に立って事情を説明すれば…」 「いやいや、無理だ。状況が落ち着けば可能かもしれないが、そこはまず待ってくれ。 もしアンタがおれの名を出せば、その時点で警戒される。 ただでさえこんな状況なんだ。誤解の種をわざわざ振りまく必要も無いだろう?」 確かに、そうかもしれない。 しかし何も話さずに同行して、後で知られた場合も厄介なことにはなりそうだが…いずれにせよ、込み入った話ではある。 「とりあえず、了承した。実際にどうなるかは保証できないが…」 結局ストレイツォとしてはそう答えるしかない。 簡単な情報交換と休息。 しかしその間にも状況は変化している。 外の様子を伺っていた吉良が戻ってきて、「やはり見失った」と告げる。 これは、最初にストレイツォたちが目標としていた、上空での轟音と光の反射の主、ホル・ホース曰く『ホルス神のペット・ショップ』の事だ。 吉良も、狭い入口から外を探っていただけだった以上、上空すべてを監視できていたわけではない。 もとより、双方移動しながらの事だった上、間に放送などがあった以上、見失ったとしても致し方ない。 いったい誰が、ディオの部下と戦っていたのか。 気になるといえば気になるが、もはやどうもできない。 「それで、ストレイツォ」 ぐ、っと、今度は吉良が顔を寄せ話しかけてくる。 「あいつらとはどういう話になった?」 「とりあえず同行はしない。あの少女の休息時間をもっと取りたいようだし、ホル・ホースは戦士だ。自分たちの身は自分たちで面倒見れる、と。 名簿にメモをしたが、彼の知っているディオの手下と、ジョースターの仲間たちの名は聞き出せた。 できれば、彼らを探し出し、戦力を増やしてディオに挑みたいのだが…」 視線が絡み合う。 吉良はしばし思案した様子で、しかし続けてこう言った。 「徐倫…」 不意に出たその単語に、ストレイツォは少し戸惑う。 「ストレイツォ。放送を聞いたとき、それをメモしたのは私だ。そして自慢じゃあないが、私は結構記憶力は良い方だ。 最初、あの男は、同行している少女を、『徐倫』と呼んだ。 名簿にある名前でそれと似た名前は、『空条徐倫』ただ一つだ。 少し似た響きでアイリンという名もあるが、まあそっちでは無いだろう」 ゆっくりと、確認するように、言葉をつなぐ。 「そして、『空条徐倫』…あと、『アイリン・ラポーナ』は、ともに死亡したと告げられていた…」 「!?」 ストレイツォの顔がこわばる。 「彼らは…放送を確認していない、と言っていた……。 ディオから逃げるのに必死で、その時間が取れなかった………とも」 そのため、吉良がメモしていた名簿と地図の印を、ホル・ホースに渡して写させている最中だ。 76人という膨大な人数の死者数だけに、写しを取るだけでも一苦労である。 ストレイツォが呼吸を整え、両足から床に微弱な波紋を流す。 波紋は、生命のエネルギー。屍生人や吸血鬼にとっては破壊をもたらすもの。 しかし、床を伝って届いた微かな波紋が、壁際に座り込んでいる少女に、ダメージを与えた気配はない。 もとより、彼女は刑務所の前からここまで、朝日を全身に浴びてやってきているのだ。屍生人であるハズは…無いのだ。 「名前を騙っているのか…、そもそも名簿や放送が誤り、嘘なのか…、或いは………」 吉良の言葉がストレイツォの中に浸透していく。 「死から蘇る…又は、死んでいないのにかかわらず、主催者側に死んだと思わせる何らかの手段があるのか………」 「何者だ…」 ストレイツォは吉良以上に混乱する。 「彼女の中は『生命のエネルギー』に満ちている…。 しかし、その肉体は『死んでいる』………」 波紋の伝わり方、その流れからストレイツォが感じ取った結論は、彼女が屍生人であるというものよりも、奇っ怪で悩ましい、理解を超えたものであった。 ☆ ☆ ☆ ポルナレフ、アレッシー、エンヤ婆……。 ジョースター一行も、ディオの手下も、この膨大な76人もの死者の中に名が上がっている。 アレッシーはたしか再起不能になったはず、とか、エンヤ婆はあの後ジョースター達に捕らえられたため、別の刺客に粛清されたと聞いているが…等など、気がかりになる事はいくつもある。 いくつもあるが、問題はそれじゃあない。 空条承太郎が最初に殺され、そしてポルナレフまで死んだとなれば、花京院、アヴドゥル、そして老いぼれのジョセフ…と、残りのジョースター一行は、DIOに対抗できるとはとても思えない面子だ。 もとより、ホル・ホースは、ストレイツォと『仲間』になって、『ともにDIOに立ち向かおう』などとは、さらさら考えていない。 むしろ、DIOの対処を奴らに押し付けて、できるだけ離れていようと、そう考えている。 (もちろん、彼らが『運良く』DIOを倒してくれれば、『儲けもの』ではある、が) そのためにも、情報が必要だ。 DIOの手下がどれだけいて、DIOに立ち向かおうという人間がどれだけいるのか。 それを把握するためにも、聞き逃した放送の情報をストレイツォから引き出したのだが…。 「放送で読み上げられた死者」としてチェックの入っている名。 『空条徐倫』。 どういう事だ…? ホル・ホースは、傍らで座り、壁にもたれ掛かって、何事かを思案しているのか、或いはただ休んでいるのか分からぬ少女を見る。 先ほどの感情の爆発から一転、それまで以上に空虚な表情である。 空条徐倫。曰く、空条承太郎の娘。曰く、GDS刑務所の収監者。 『糸』のスタンドを使い、先ほど殺された野球帽の少年の友人。 どろどろに意識と肉体を『溶かす』スタンドによって死に瀕している父、承太郎を助けること。 エルメェス・コステロ。ナルシソ・アナスイ。ウェザー・リポート。F・F…。 F・F…? 再び、名簿を開いて名前を探す。 ある。『F・F』の名は、名簿にある。 エルメェス、アナスイ、ウェザー、エンポリオ等もある。 話半分、ハナから与太話と思っていたのは確か。 彼女は空条承太郎の縁者か何かかもしれないが、娘などということは有り得ない。 彼女の語っていた承太郎は、明らかに自分より年上だ。 人となり風貌などは似ているが、実在したとしても別人だといえる。 別人? 再び名簿に目を向ける。 参加者の中に、やはり『空条承太郎』の名がある。 しかし、そこには「放送で読み上げられた死者」として、チェックが入れられていない。 ストレイツォが記入し漏らしたのか? いや、最初の段階の死者はそもそも放送では読み上げていなかったのか? しかし、読み上げなかったのであれば、なぜ名簿に名前があるのか? ホル・ホースの頭がフル回転で状況を整理する。 ホル・ホースの知っている18歳の空条承太郎は、最初の会場で殺されている。 しかし名簿によれば、空条承太郎はまだ生きてこの奇妙な街のどこかにいる。 それがもし正しいとすれば―――この会場にいる空条承太郎こそ、ホル・ホースの知っている18歳の空条承太郎とは別人で同姓同名の、空条徐倫の父親なのではないか―――? 待て。待った。違う、そこじゃない。そこが問題なんじゃあ無い。 再びホル・ホースがかぶりを振る。 問題は、放送で『空条徐倫』が『死んだ』とされたのは本当なのか。 本当だとしたらなぜ、今生きているはずの徐倫が死者として名を告げられたのか。 そして―――。 『F・F・F(フリーダム・フー・ファイターズ)…』 あの針の化物が襲いかかってきた時に徐倫が呟いた、この言葉―――。 (徐倫―――…、一体お前は…?) 視界の中、『糸』が、ホル・ホースに向かって放たれた。 「うおぉああぁあっ!!??」 背後を見やる。 そこには、『糸』でがんじがらめにされた青年の姿。 そう、この会場で最初にホル・ホースが出会い、完膚無きまでに叩きのめされた「牛柄の服を着た青年」が居たのだ! 「とりあえず…ハナっから『撃つ』のも何だし、『糸』で縛り上げたけどさ……」 徐倫の気のないセリフに、ストレイツォ達の声がかぶさる。 「しまった、目覚めていたかッ!?」 「待て、攻撃するなっ…! そいつにはまだ…」 瞬時に駆け寄る二人に、ホル・ホースは『皇帝(エンペラー)』を出して牽制。 「おい、仲間か!? 見知らぬ仲ッて訳じゃなさそうだがよぉ~!?」 二人が足を止める。 「いや、我々はその男に襲われたが、撃退して縛り上げていたんだ」 なるほど、確かによく見ると、糸の前に両腕と胴体がロープで縛られているのがわかる。 ただ、縛りが甘かったのかどうなのか、ところどころ緩んで、這うように移動することはできる状態のようだ。 「や…やめてくれ、息が……息ができない……ッ! まぶたが下がるッ……!」 「ニャにィ~~!? てめー、おれを忘れたとは言わせねぇぞ!? さっきはよくもやってくれたなぁ!!!???」 「ヒィイィィィ~~~!! 覚えて無いッ!!! アンタ誰だッ!!?? おれは何で縛られてんだッ!!?? やめろっ……息がッ……!!」 あまりの狼狽ぶりに、逆にホル・ホースが面食らう。 徐倫は糸を戻し、ストレイツォ達もゆっくりと歩み寄る。 「…何だか、随分と態度が違うな……」 「無理もないだろう、ストレイツォ。あれだけ君に容赦なくしてやられたんだからな」 会話の内容に、青年の腫れた顔から、どうやら自分が手も足も出なかったこの青年を、ストレイツォは余程の目に合わせたと思え、複雑な気分になる。 その悔しさからか、ホル・ホースはいささか乱暴な動作で青年に『皇帝』を突きつけ、 「てめー、一体何者だ? なぜおれ…この二人を襲った?」 相手がしらばっくれていることもあり、自分がストレイツォ達より前に青年に完膚無きまでに負けたことをごまかしつつ、そう問いただす。 「わ、分からねェ……。自分でも分からねェんだよ~~~!! 神父に……神父に言われたんだ……。 そしたら、急に変なところに連れて行かれて……殺し合いしろとか……。 そんで、息が苦しくなって、また、まぶたが落ちてきて、水を……水を飲んだら……」 縛られたまま、這うようにのたうつように体を揺らすが、ぐいと『皇帝』を突きつけられどうにもできない。 「まぶた、だの、水、だの、どーでも良いンだよッ!! てめーは何者で、なぜ襲ってきた!!??」 ひいっ、と再びの悲鳴。 「リキエルっ! おれの名前はリキエルっ…! DIOの息子だっ!!」 「「「「!!!???」」」」 叫びを聞く4人それぞれに衝撃が走る。 「神父が、おれたちのことを『DIOの息子』だって、そう言って……それで、『空条徐倫』の足止めをしてこいって言われて………! そしたらいつの間にか変なところに………」 ―――神父。DIOの息子。空条徐倫。死んだ肉体に生命をみなぎらせる少女。波紋戦士。殺し屋。殺人鬼。死んだものとして名を告げられた少女。空条承太郎の娘―――。 ☆ ☆ ☆ 体中が痛む。 糸で縛られた。 弾丸も受けた。 何より、自分のスタンド能力、〈マニック・デプレッション〉で筋肉を過剰に膨張させたことが、疲労と痛みを齎している。 スタンドの弾丸も、糸の攻撃も、すべて致命傷には至っていない。 最後に受けた側頭部の攻撃は、その衝撃は激しく、脳震盪を起こしてしばし意識を失わせるものだったが、その直前に能力を使って「側頭部の筋肉をさらに過剰に膨張させる」ことで、やはり脳への損傷は防いでいた。 そのあとの数発、追い打ちに関しても同様だ。意識を失いつつも残っていた効果が、多くを防いでくれた。 結論から言えば、今マッシモ・ヴォルペが負っているダメージは、ほぼそのすべてが、自らの能力によってもたらされた一時期な副作用なのだ。 普段以上に筋肉を過剰に膨張させた結果の、疲労であり痛みなのだ。 八つ当たりだった、と言って良い。 自分の寄る辺なき人生を導いてくれた老人、コカキ。 依存であると言われても、それでも自分を必要としてくれていた少女、アンジェリカ。 二人の死は、既に「知っている」事だった。 新たなパッショーネのボス、ジョルノ・ジョバァーナ。彼の放った刺客、パンナコッタ・フーゴ。 彼らの手により、二人はすでに死んでいる。 その名が、なぜ改めて告げられたのか。 その理由、真実は、今のマッシモには分からない。 わからないが、それでも―――。 あたしは ――― DIOを ――― 許しては ――― ダメなんだっ………!!! そうだ。 逆恨みだと言われようと、親しき者を殺されたのなら、決してその相手を許してはならない。 八つ当たりだったといっても良い。 悲痛な叫びを放った少女を攻撃したのは、単なる八つ当たりだ。 もちろん、彼女がDIOを許さないというのであれば、「DIOの友」である自分は、彼女の敵である、というのもある。 だが。 やはりそれは、ただの八つ当たりだ。 彼女が憎いわけでもない。傍らにいた男のことなど気にもしていない。 ジョルノ・ジョバァーナ。バンナコッタ・フーゴ。カンノーロ・ムーロロ。シーラ・E……。 自分が殺すべき相手は、彼らだ。 しかし―――。 最初に殺されたジョルノ。 彼は本物だったのか? 死んだはずの仲間が、再び殺されたと告げられる。 死の様を目の当たりにした怨敵が、未だこの会場のどこかで生きていると教えられる。 名簿も、放送も、確証のない戯言かもしれない。 そうだ。マッシモは考える。 彼はその誰のことも、ここで見てはいないのだ。 敵も、友も、誰ひとりとして、ここで会ってなどいない。 そして、放送や名簿が真実ではないと言い切れぬのと同様に、自分の記憶も真実だと言い切れないとすら思えてくる。 何が真実、誰が本物で、何がそうでないのか。 結局―――『何も分からない』ではないか。 ゆっくりと、彼は上体を起こす。 感覚が、気配を告げている。 逃走の気配。 戦っている気配。 歩み寄り探っている気配。 いくつかの気配が、このGDS刑務所の周りで蠢いている。 友のことを思う。 それは、新たな友であろうか。それとも、名簿に書かれている旧き友のことであろうか。 この気配について、或いは逃げ去った二人について、新しき友に告げるべきだろうか。 名簿に書かれた怨敵を探し、まだ生きているとされている旧き友を訪ねるべきだろうか。 マッシモ・ヴォルペは友のことを思い、それから何故か不意に、兄のことを思い出した。 痛みは、風の中に去ってゆく。 訪れるものは何か。赴くべきは何処か。 マッシモ・ヴォルペには―――『何も分からない』。 【D-2 サン・ジョルジョ・マジョーレ教会内部 / 1日目 朝】 【H&F】 【ホル・ホース】 [スタンド] 『皇帝-エンペラー-』 [時間軸] 二度目のジョースター一行暗殺失敗後 [状態] 困惑 [装備] なし [道具] なし [思考・状況] 基本行動方針 死なないよう上手く立ち回る 1.とにかく、DIOにもDIOの手下にも関わりたくない。 2.徐倫に興味。ただ、話の真偽は不可解すぎるぜ。 3.DIOの息子? 空条承太郎は二人? なぜ徐倫の名が死者として呼ばれた? [備考] ※第一回放送をきちんと聞いていません。 内容はストレイツォ、吉良のメモから書き写しました。 【F・F】 [スタンド] 『フー・ファイターズ』 [時間軸] 農場で徐倫たちと対峙する以前 [状態] 軽い疲労、髪の毛を下ろしている [装備] 空条徐倫の身体、体内にF・Fの首輪 [道具] 基本支給品×2(水ボトル2本消費)、ランダム支給品1~4 [思考・状況] 基本行動方針 存在していたい(?) 1.『あたし』は、DIOを許してはならない…? 2.ホル・ホースに興味。人間に興味。 3.もっと『空条徐倫』を知りたい。 4.敵対する者は殺す。それ以外は保留。 [備考] ※第一回放送をきちんと聞いてません。 【ストレイツォ】 [能力] 『波紋法』 [時間軸] JC4巻、ダイアー、トンペティ師等と共に、ディオの館へと向かいジョナサン達と合流する前 [状態] 健康 [装備] なし [道具] 基本支給品×3(水ボトル1本消費)、ランダム支給品×1(ホル・ホースの物)、サバイバー入りペットボトル(中身残り1/3)ワンチェンの首輪 [思考・状況] 基本行動方針:仲間を集い、吸血鬼ディオを打破する 1.ホル・ホースは信頼できると思うが、この徐倫という娘は一体何者なのか? 2.青年(リキエル)から話を聞き出すべきか? 3.吉良などの無力な一般人を守りつつ、ツェペリ、ジョナサン・ジョースターの仲間等と合流した後、DIOと対決するためGDS刑務所へ向かう。 [備考] ※ホル・ホースから、第三部に登場する『DIOの手下』、『ジョースター一行』について、ある程度情報を得ました。 【吉良吉影】 [スタンド] 『キラークイーン』 [時間軸] JC37巻、『吉良吉影は静かに暮らしたい』 その①、サンジェルマンでサンドイッチを買った直後 [状態] 健康 [装備] 波紋入りの薔薇 [道具] 基本支給品 [思考・状況] 基本行動方針:静かに暮らしたい 1.平穏に過ごしたいが、仕方なく無力な一般人としてストレイツォと同行している。 2.死んだと放送された『空条徐倫』に、「スタンド使い」のホル・ホース…ディオ? ディオの息子…ねぇ…。 3.サンジェルマンの袋に入れたままの『彼女の手首』の行方を確認し、或いは存在を知る者ごと始末する。 4.機会があれば吉良邸へ赴き、弓矢を回収したい。 [備考] 【リキエル】 [スタンド] 『スカイ・ハイ』 [時間軸] 徐倫達との直接戦闘直前 [状態] 両肩脱臼、顔面打撲、痛みとストレスによるパニック、縄で縛られてる [装備] マウンテン・ティムの投げ縄(縛られている) [道具] 基本支給品×2、 [思考・状況] 基本行動方針 ??? 1.ヒィイィィィィ~~~!! 何が何だか分からねェ~~~!! 息が、息が出来ねぇっ…!! ※第一回放送をきちんと聞いてません。 【E-2 GDS刑務所・正門の内側 / 一日目 朝】 【マッシモ・ヴォルペ】 [時間軸] 殺人ウイルスに蝕まれている最中。 [スタンド] 『マニック・デプレッション』 [状態] 痛みと疲労、数箇所の弾痕(表面のみ、致命傷にいたらず。能力を使えばすぐにでも治せる程度)、『何も分からない』 [装備] 携帯電話 [道具] 基本支給品、大量の塩、注射器、紙コップ [思考・状況] 基本行動方針:特になかったが、DIOに興味。 1.友を思い、怨敵を思う。 2.天国を見るというDIOの情熱を理解。しかし天国そのものについては理解不能。 投下順で読む 前へ 戻る 次へ 時系列順で読む 前へ 戻る 次へ キャラを追って読む 前話 登場キャラクター 次話 097 君は引力を信じるか ストレイツォ 129 AWAKEN ― 乱 094 羊たちの沈黙 (下) ホル・ホース 129 AWAKEN ― 乱 097 君は引力を信じるか 吉良吉影 129 AWAKEN ― 乱 094 羊たちの沈黙 (下) F・F 129 AWAKEN ― 乱 097 君は引力を信じるか リキエル 129 AWAKEN ― 乱 097 君は引力を信じるか マッシモ・ヴォルペ 122:神を愛する男たち
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作詞:ずどどんP 作曲:ずどどんP 編曲:ずどどんP 歌:初音ミク 翻譯:26 願求之事 僅成渾濁吧 欲求之物 僅於夢中吧 聽聞之聲 為遙遠過往吧 歌唱之聲 將化為砂塵吧 手所抓取 不過為虛名之霧 衝破無意義標誌的樂音 在蒼白闇處鏽蝕腐臭 震盪 RuRaRaRa 尚為混紡 何時將透徹通瞭一切呢? 聽聞之聲 為遙遠過往吧 歌唱之聲 將化為砂塵吧 手所抓取 不過為虛名之霧 衝破無意義標誌的樂音 在蒼白闇處鏽蝕腐臭 震盪 RuRaRaRa 尚為混紡 何時將透徹通瞭一切呢?
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0383:インフェルノ ◆Oz/IrSKs9w 【インフェルノ//~ギア・2(セカンド)~】 砂塵から姿を現す、強い生きる意志を胸に宿したルフィ。 その体から溢れ出す、まるでそれは、ルフィの“覚悟”が具現化されたかのように。 ルフィの全身からは――強い水蒸気の様な煙が、大量に立ち昇っていた。 「よっ…と。………なんなんだそりゃ?ルフィ」 「…………ん?何がだ?」 ルフィの体に起きている異変。悟空は折れた電柱を隣に投げ捨てると、ルフィの前方10メートル程の地面に降り立つ。 「おいおい…勘弁してくれよ。まさか派手に自爆して、道連れにしようとか考えてるんじゃねぇか?」 「………は?」 体全体から溢れ出る白い煙。 ルフィの肌は40℃以上の高熱が出ているかのように赤みがさし、悟空の言葉の通り…今にも『大爆発』を起こしそうにも見える、異常な風貌である。 「なに言ってんだよ悟空………って?ウワッ!?何だ何だ!?どーしちまったんだよ、オレの体…!!」 自身の異変に気が付かないほどの興奮状態だったのか、悟空の問掛けが理解出来ないといったような侮然とした面持ちで自分の両腕を顔前に掲げて見、そこで初めて『それ』に気付き慌てふためく。 両腕からも次々に煙が立ち上り、それは自分の意思で止める事も抑える事も出来ない。 「………わざとじゃねえのか?………フハハハハッ!やっぱお前、おもしれーカラダしてんだなぁ!」 「わざとなワケねぇじゃねーかッ!なんか体がアチーし!?おい!止まれ!止まれったら!!」 ルフィは必死に体のあちこちを掌で押さえて煙を止めようと試みるが、その現象にはまるで効果は無く。 「ハッハッハッ!!いーじゃねーか!何か強そうに見えるぜ?『燃える男』って感じで」 「………燃える男?…強そう…?」 「ああ」 楽しげに笑いを上げながらの悟空のその指摘に、ルフィの目の奥で一瞬…怪しい光がキュピーンと光る。 「よし!!ならいい!!さ、続き始めようぜ悟空!」 鼻息を荒くし、満面の笑みを浮かべて腕をグルグル回すルフィ。 「おーし!仕切り直しだな。今度こそ、オレを楽しませてくれよ?」 「ざけんじゃねぇ!へへ…!」 ルフィは回す腕を止めて両拳を顔の前でガキ!と合わせ、再び戦闘体勢に入る。 悟空も、そしてルフィも、笑顔。 どちらも、悲壮さの微塵も感じさせない…期待に満ちた笑顔を向け合う。 もしこの場に第三者がいたとするなら、この二人を見て『狂ってる』とでも吐き捨てるかもしれない。しかし、それでもこの二人は気にも止めないだろう。 強き敵と戦う。それは、悟空にとっては至高の喜び。ルフィにとっても、小細工無しの力比べは楽しくて仕方のない物。 二人を止める事の出来る者はこの世に存在しない。 激しさをさらに増していく豪雨さえも、二人の障害にはなりもしない…! 「今度は……オレから行くぞッ!!」 「来い!悟空ッッ!!」 初めて悟空が先に仕掛ける。地を強く蹴りつけて一直線にルフィ目がけて突進。 対するは、真上に両腕をグングン伸ばしていくルフィ。 「自分の技…食らってみろッ!!」 ズンッ!!! 悟空は光のごときスピードで突進し、一瞬でルフィの鼻先まで迫る。そしてルフィの頭に直撃する、悟空の岩をも砕くヘッドバッド。 …いや、砕けたのは…ルフィの背後の壁。コンクリートの壁に悟空のその石頭をほとんどめり込ませ、そこを中心に花が咲くように巨大な亀裂が走る。 「ゴムゴムのッ!」 「ふん!上かッ!?」 豆腐の壁から出るかのように容易く頭を出し、その頭上を見上げる。 ルフィはビルの屋上のフチに指を掛け、腕を一気に縮めて急上昇していた。 すぐに屋上から指を離し、自由落下しながら右足を振り上げる。 「伸びる踏みつけだな!?あめぇッ!!」 「…“スタンプ”ッッ!!」 ルフィの位置から攻撃の軌道を瞬時に判断し、それに当たらない角度を付けて斜めに舞空術で急上昇! ドガンッッ!!! 「…………な……?」 悟空の予定通り、真下に伸びた足は悟空には当たらなかった。 しかし…… 「………あれ?」 ルフィは、悟空が斜めに飛び上がる様を見てこちらも軌道を予測。飛ぶ悟空と伸びる足の軌道が交わるように、攻撃を繰り出した。 「………何だ、今のスピードは…!?」 伸びた足は、悟空の頭上をかすめ、コンクリートの地面に突き刺さった。 今までのルフィの数々の技とは比べ物にならない…ルフィ自身が思いもよらない次元の違う“超速度”で足が伸び、悟空に当たる事無く地面に突き刺さったのだ。 「今の“スタンプ”……なんなんだ…!?」 「たまげたぜ……ルフィ!」 「よし!もういっちょ!ゴムゴムのォ…!」 地面から離れた左足が縮みきるのを待つ間も無く反対の右足を振り上げて頭上に伸ばし、狙いを再び定める。 「…!!させねえっ!!」 そのルフィの動作を中断させるべく、悟空は一気に間合いを詰めんと舞い上がる。 「…“斧”(おの)オオッ!!」 「……く!!?」 ズドン!!! 「………か……は…!?」 悟空の右肩に、ルフィのカカトが食い込む。 もはやその“斧”は“光の斧”。 伸ばした足を一気に縮めて放つその強力なカカト落としは、悟空に全く回避の余裕を与えずに人知を越えたスピードで突き刺さった。 「ぐ……!また…はえぇ…ッ!?」 「うおおおおッッ!!」 「クッ!?」 悟空が顔を上げた先、ビルの壁を足蹴にしてロケットのように突進するルフィの姿。 「“銃”(ピストル)ッ!!」 「ガッ!!?」 ルフィの肩口に構えられた拳が姿を消し、一瞬で悟空の腹部へと衝撃が走る。 「カハ…ッ!ちッ!“太陽拳”ッ!!」 さらなる追撃を防ぐべく両手を額にかざし、掛け声と共に放たれる鋭い閃光。 「うわっ!?目がッ!!?」 その閃光は見開かれていたルフィの両の目に焼き付き、一時的に視力を奪う。 「セヤァーーッッ!!」 「グ、は…ッ!?」 悟空は目をかばいうつ向いたルフィの腹部に蹴り上げを放ち、思いきりつま先をねじ込んだ体を勢いのままビル壁へと叩き付ける。 「か、め、は、め……」 「クゥ…!ゴムゴムのぉ……」 そのまま流れるような動作で必殺の構えに入り、掛け声を始める悟空―――壁に叩き付けられ空中に跳ね返った勢いを殺さぬまま全身をクルクル回転させ始め、徐々にその回転速度を上げていくルフィ…!! 「波ああああああああッッッ!!!」 「“花火”いいいいいいッッッ!!!」 目が見えずとも関係の無い、360度全方向が射程の両手両足による無差別ラッシュが悟空の顔に、腹に、肩に、ぶち込まれる。 しかしその凶悪な“花火”の中心であるルフィ本体に巨大な気の大砲が直撃し、ルフィはビルの窓を突き破り、さらには奥の壁をも容易く貫通して遠くに吹き飛ばされていく…! 悟空の体はかめはめ波を中断させられ真下の大地へと力無く落ちてゆき…… ルフィの体はビルを抜けた向こうの林の中へと消えてゆく……。 ――――あー、楽しいなあ…。 ルフィのヤツなら…あんなんじゃまだくたばっちまうはずもねぇ。 オラやっぱ、つええヤツと戦ってる時が…… ………“オラ”?何言ってんだ、オレは。 きりきりきりきりきりきり。 どこかで聞いた覚えのある、耳障りな音が聞こえてくる。 ――いてえ。なんかまた頭がいてえ。 きりきりきりきりきりきり。 ――なんだよ、分かってるって。地球人さえ全部殺しちまえば…このモヤモヤも、スッキリするんだ。 地面に大の字に寝そべったまま、その全身に雨を受け続ける。 孫悟空の身に宿りし地獄の業火の化身は、狂おしいまでの熱量の猛りをいまだ陰らせもせず―― 「―――ルフィ」 「ん?…あ、悟空」 強い雨風に揺られる木々に囲まれた土の地面に倒れるルフィの、その横に降り立つ悟空の姿。 ルフィは「よっ」と勢いを付け立ち上がり、麦わら帽子を地面から拾い上げる。 「ルフィ、最後にもう一度だけ聞く。……オレと一緒に来ないか?」 強い風にかき消される事も無い、透き通るような声で語りかける。 「いやだ」 「………頑固なヤツだなあ、おめぇは。……なんでそんなに地球人なんかの肩を持つんだよ?おめぇと違って、何にも出来ねえ脆弱なやつらじゃねえか。 あんなヤツらは仲間にする価値もねぇ」 帽子を大切そうに手に持ち、軽く砂を払い頭に乗せる。 ルフィは少し空を見上げ、降り続く雨をぼんやりと見つめる。 「オレは、なんにもできねえんだ」 「………」 「料理も作れねえし、病気や怪我も医者みてえに治せねえ。航海術も知らねえし、嘘もつけねえし、頭もわりぃ」 悟空には視線を向けぬまま、空に向けて淡々と話し続ける。 「オレは仲間に助けてもらわねえと、生きていけねぇ自信がある」 「……言いてえ事が、よく分かんねえよ」 構える事もなく、ルフィのその顔をじっと見つめ続ける悟空。 ――悟空、そんなのも直せねえのかよ?情けねえなぁ…ハハハ!ちょっと貸してみろって! ――悟空さ~!晩飯が出来ただよーっ!? ――孫君、ほら、ここを押したら……ね?簡単でしょ?この光ってるのが四星球よ。 (………なんだ、今のは) 脳裏をよぎる、どこかで聞いた声たち。いつの日かの、遠い過去の景色。 「………るせえ……!」 「……ん?」 「……うるせえって言ってんだ!!」 前ぶれもなくいきなり怒号を上げ、ルフィの頬に大振りの拳を叩き付ける。 「ギッ…!?このやろッ!!」 「ガッ!?」 拳をモロに打ち込まれながらも、ルフィもお返しとばかりに悟空の横っ面に拳のカウンターを決める。 吹き飛ぶ両者は互いに尻餅を突き、服を泥まみれにする。 「く……、もういい!ルフィ!決着を着けてやる!おめぇも!地球人も!みんなみんな皆殺しだッッ!!」 暗雲に小さく轟く雷鳴は、その獣の咆吼を飲み込んで唸り続けていた。 【インフェルノ//~フィールドの王~】 頭に。腹に。脇に。腕に。足に。 その弾丸は絶え間無く浴びせられる。 「ッッ!!がッ!!グアッ!!」 「食らえエエッッ!!」 「やめ…グハアッ!?」 それはまるで、サッカーの壁蹴り練習のように。 木製サッカーボールは寸分たがわず的確に友情マンの体に激突し続け、そのボールは必ず持ち主の場所にリバウンドする。 最初に後頭部への強烈な一撃を受け、友情マンの平衡感覚は失われていた。 最初のダメージ自体はそれほどでもない。本来ならばその脳へのダメージも、時間が経てばすぐに収まる程度の軽い脳震盪(のうしんとう)である。 しかし、時間が空く事無く続け様に第二撃。第三撃。 回避も抵抗もままならず、翼の蹴るボールはサンドバッグのように一方的に友情マンの体を痛め付けている。 (やばい!何だこれは!?あの無力そうだった彼が…まさか、こんな…!?か、回避を…!!) 肺の辺りにも直撃し、呼吸もままならない友情マン。 その顔は腫れ上がり、唇が切れて血の味がしていた。 「ヤアッッ!!」 「グアッ!?う、腕が…ッ!?」 迫り来るボールに向けて手を差し出して直撃を防ごうとするが、焦点の合わない目ではボールが分裂しているかのように見えてしまい距離感も掴めない。 キャッチに失敗したボールが友情マンの左腕に当たり、腕が有り得ない方向に曲がる。 (死ぬ、死んでしまう!!有り得ない!何なんだ彼は!?こんな硬いボールが有ってたまるか!なんで彼の脚は平気なんだ!?) 「ブチャラティ君の……カタキだあああっっ!!!」 翼の顔は怒りに染まり、その怒りは黄金の右足に伝導する。 弧を描き帰ってきたボールめがけて飛び上がり、バク転。空中からのオーバーヘッド! (何とか、何とかしないと!!) 焦燥に駆られ、足が勝手にじりじりと後退していく。 このままだと、確実に死ぬ。友情マンはこの怒れる青年に“恐怖”すら覚え始めていた。 体の隅々まで行き渡る焼けつくような痛みはまるで地獄の業火のようであり、それは友情マンを今にも焼きつくさんと蝕んでいく。 それ以上足を動かす事も事も叶わず… ズドン!!! 「……………」 「……え…?」 友情マンの足元に埋まる球状の凶器。 そのボールは地面の泥をえぐり、目の前で止まっていた。 「………ボールは…人殺しの道具なんかじゃない……ボールは『友達』なんだ…!」 ――大空翼は、泣いていた。 雨の中を立ち尽くし、やり場の無い怒りと悲しみを噛み締め、ただ…涙していた。 (わざと…外したのか?いや、どちらにしろこれはチャンスだ!) 攻撃がようやく止まり、安堵と殺意が顔を出す。 おぼつかない足取りで前に出てしゃがみ、ボールを持ち上げる友情マン。 「優しいんだね、君は……」 「ウ……ウゥ……ッ!」 次々と流れ出す悲しみ。 目の前でブチャラティが死んだという現実により、翼はようやく“死”というものを受け入れ始めていた。 ――石崎君も、日向君も、若島津君も、ブチャラティ君も…… みんな、もう二度と一緒にサッカーが出来ないんだ。死んでしまったんだ…。 翼は、現実から逃げていたのかもしれない。 殺人ゲームなどという非日常。 こんな場所に突然放り込まれ、殺し合いなどとは無縁の人生だった翼が『まとも』でいられるという方が無理な話だったのだ。 「……もう、誰も…死んでほしくないんだ……ウウ……!」 「………」 止まらない涙は頬を伝い、雨に流され地に落ちる。 友情マンは憂いに満ちた表情で、翼の方へと足を進めて… 「…来ないでくれ!」 その友情マンを睨みつけて叫ぶ。 「君は……ブチャラティ君を、殺した。命は…奪わないけど、許す事は出来ないよ……」 悲しみ深いその瞳は、友情マンの足を止める。 「……そうか、分かった。これ以上近寄らないよ」 「………」 「でも…このボールは君の物なんだろ?」 無言の翼に木のボールを見せる。 しばらくの沈黙。 「………チームメイトが、作ってくれたんだ」 「手作りなのかい?なら、これは君に返すよ」 友情マンは地面にボールを落とし、軽く足を後ろに引く。 「……サッカーで……」 「…え?」 ―――違う。 引いた足は、頭より高く上がる。 「……殺してあげるよ!!」 「…!?なっ!!?」 その蹴りは、努力マンと同等と評された事もあった友情マン。 その全力の蹴りから放たれるシュートならば、相手が一般人であれば間違い無く確実に命を奪う程の代物。 「僕のために!死ねぇーーーッッ!!!」 翼のシュートより遥かに強力。 ただのスポーツ選手のそれとは全く次元の違う、悪魔のごとき殺人シュートが放たれる! 「見えッ…!?」 絶望的なまでの速さで襲いかかるそのシュートは、翼の脳が判断する間も全く無く一瞬で眼前に迫る。 翼が確実な『死』を感じた瞬間には、それはもうすでに回避もガードも不可能な距離。 死ぬ。 その言葉を、ようやく頭が理解した。 ガ ッ !!! 鈍い音が、辺りに響く。 ボールは翼の頭で跳ね、真横の木の幹に突き刺さる。 「………そんな………馬鹿なッッ!?」 ボールが跳ねたその場所に、立ったままである翼の体。その片腕が、真横に伸ばされている。 腕の先には握りこぶし。こぶしの先には、幹に埋まるボール…! 「空手パンチで……僕のシュートを…防いだ!?そんな馬鹿なっっ!!」 ―――まったく……世話が焼けるな、翼。 翼の体にダブる、ある男の影。 友情マンには見えない。翼の目にも映りはしない。 「………若島津君は…毎日毎日、こんなシュートを受けてきたんだ…!」 「君は……君は、一体…!?」 友情マンの目に映るは、王の姿。 四角いフィールドに君臨する……“世界”の、大空翼の姿。 「僕らは、一緒の……一緒の世界で……繋がってるんだ!」 幹から転げ落ちたボールは、翼の足元に。 ―――へへっ!行こうぜ!翼! ―――オレたちのサッカーは、あんなヤツには絶対に負けはしない…! 翼を挟む、二人の仲間。 「行こう……石崎君……日向君……!」 それは、目には見えない『絆』。 翼の信じる、サッカーを通じた絆。 「あ………あ………?」 「食らえええッ!トリプル――シュートオオーーーッッ!!!」 「うわ……うわああああーーーッッ!!?」 三人の心が、一つのボールを通して繋がる。 ボールは稲妻となり、金色の光を放つ。 …翼の足は、砕けた。木製のボールが翼のスポーツ生命を絶ってしまった。 ド ツ ッ 「……………え?」 ――翼の額に、ナイフが生える。 「…………な…ん…」 ゆっくりと、前のめる。 思考が定まらず、目の前が白く染まる―― 「………君の、負けだよ」 ホワイトアウトしていく視界の端に映ったのは、何事も無かったかのように無事な姿である友情マンの姿と―― 「魔法カードを、発動したよ。君のボールは“封札”された。やれやれ……死ぬかと思った。ま、僕に最後の切札を使わせたんだ……立派な物だよ……」 “光の封札剣”で地面に串刺しにされた、彼らの“絆”の姿だった…。 【インフェルノ//~神薙~】 もはや、どんな者にも止められない。 拳は血を噴き、体は泥にまみれ。 殴って、蹴って、頭突いて、投げて。もはや体裁も何も無い。 二人の戦いは、もはや見るに耐えない泥試合。 「ウリャアアアッッ!!」 「だりゃあああッッ!!」 透き通る。 何の雑念も、思惑も無い。 汗が煌めき、舞い上がる。 「隙だらけだぞ!ダリャアッ!!」 「グヘッ!?くっ、そっちこそ!!」 「ガハッ!?このお…ッ!!」 もう駆け引きも何も無い。あるのはただの意地と意地。 殴って、殴って、殴る。 終りの見えない拮抗。 「ハァ…ハァ…ハァ…」 「ハァ…ハァ…ハァ…」 拳が互いの腹を撃ち抜き後ろによろめいて間合いが離れると、二人とも肩で息をして睨み合う。 「ハァ…ハァ…そろそろ…ハァ…限界なんじゃ…ねえのか、ルフィ?」 「ハァ…んな…わきゃ…ハァ…ねえだろ…」 虚勢を張るのも、意地の張り合い。 「ハァ…おい…ルフィ、…ハァ…そろそろ…一番…つえぇ技で…ハァ…ケリを、着けようぜ…!」 「ハァ…ハァ…そうだな…悟空…!」 お互い口には出さずとも、すでにどちらも体が限界に近い。 二人は背を向け数歩分距離を離すと、再び向き合い顔を合わせる。 「……次で、ほんとの最後だ。覚悟はいいな?」 「……ああ…悟空を倒す覚悟なら、とっくに出来てる」 薄く笑みを向け合い、両者とも腰を落として深く構え直す。 「界王拳ッッ!!」 残り少なかった悟空の気が膨れ上がる。体を纏うオーラが目に見えて増加。 「確か、こんな感じだっけ……?」 ルフィは自らの意思で足首を潰すように縮め、そしてそこを一気に解放。 すると大量の血液が無理矢理下半身から心臓付近に送り込まれ、半ば消えかけていた体からの煙が再び勢いを増し始める。 「……おめぇなら…いい『仲間』になれたと思うんだけど……残念だよ、ルフィ」 「………」 悟空は両手を腰の後ろに構え、ルフィに静かに語りかける。 ルフィは無言のまま両手をグルグル回した後、一気に遥か後方へと両腕を伸ばしていく。 「かぁ……めぇ……」 「ゴムゴム……」 「はぁ……めぇ……!」 「ゴムゴムの……!」 息が止まるほどの静寂。 視線は相手の姿だけを映し合い、そして……! 「はあああああーーーーーッッッッ!!!」 「バズーカアアアアアーーーーーッッッッ!!!」 悟空の放った極大かめはめ波を貫くルフィの両腕。しかし貫いたとはいえ、その接触部は激しい熱を受けて焼けただれていく。 「おおおおおおおおおッッ!!!」 「アアアアアアアアアッッ!!!」 どちらの奥義も、止まらないどころかどんどん威力と勢いを増してゆく。 叫ぶ咆咬は天を揺るがし、神をも引き裂く。 「ごぉぉくぅぅうウウウウウウーーーーッッッッ!!!」 「ルゥゥフィィイイイイイーーーーーッッッッ!!!」 二つの“信念”は交錯し、二人の戦士に喰らいつく。 ―――きりきり…きりきりと、何かが削れる音がする。 最初のそれは“地球人”を削る忌まわしい金属音だった。 再びそんな音がする。 ―――悟空…? オレさ、馬鹿な事、しちゃったんだ。 取り返しのつかない…馬鹿な事さ。 死んじまったから、償う事も出来ないんだ。 苦しいよ……悟空。 ……けどさ、悟空。 お前は、まだ生きてるんだ。 お前は、まだ償えるんだ。 だからさ、頑張ってみてくれよ。オレの分まで。 いいじゃねえか、オレとお前の仲だろ? これくらい、頼まれてくれよ。 これだけが、お前に対する…最後のワガママさ。 いつもはお前がワガママ言う側なんだから、最後くらいはオレが言わせてくれって。 ……じゃあな、悟空。もうお前には二度と会えないんだ。 楽しかったよ。お前と一緒にやってきた人生。 もし叶うなら、生まれ変わっても……また、会おうな。 だってお前は、オレの、一番の……… きりきり、きりきりと、それは何かを巻き戻す音。 止まった指針が、巻き戻る。 狂った時計が、巻き戻る。 壊れていたなら、直せばいい。 直ったならば、ネジを離そう。 時間が再び、動き出せるように――― 【インフェルノ//~奴隷は眠らない~】 友情マンは、気配を殺して隠れていた。 物陰から見つめるその先、背負う男と背負われる男。 (……なんてこった……全部…無駄になってしまった…!クソッ!!) ルフィが歩く。その背には、気絶した悟空の姿。 (まさか…カカロット君が負けるだなんて…!あの麦わら君、そこまで強かったのか…) 軽く舌打ちし、自分の計画破綻を嘆く。 ルフィたちはどんどん遠ざかっていき、ついには姿が見えなくなる。 (完全に……僕の計算ミスだな。今麦わら君とはち合う訳にはいかないし……何か新しい手を考えないと…) 折れた左腕がズキリと痛み、口元を歪ませる。 (まあ、とりあえず……何か食べよう) 空腹と戦いの疲れで足がもう動かない。 友情マンは壁にもたれてズルズルと腰を降ろし、ブチャラティたちから奪った食料を広げ始める。 (……食べ物があるって、素晴らしい事だなぁ……) ミジメに耐えるだけだった胃袋に久々の補給を与えつつ、友情マンは次の一手を模索し始めた――― ―――ブチャラティは、まだ生きていた。 何本も刺さるナイフからはとめどなく血が溢れ、上半身の火傷は息をしただけでも酷く痛み出す。 しかしまだ、辛うじて生を取り留めてはいた。 (……戦いは……どうなったんだ……?) 意識を取り戻した時、すでに戦いは終わっていた。 辺りからは雨粒が地上に落ちて奏でる不規則なリズムしか聞こえてこない。 (モンキー・D・ルフィ……ツバサ……な…ツバサッッ!?) 自分の隣に眠る、大空翼。 安らかな寝顔は赤い血で覆われ、彼が絶命している事はブチャラティにも一目瞭然だった。 (………すまない、ツバサ……) 守れなかった。その事実が胸を痛みで押し潰す。 (……オレももうじき……死ぬ。ツバサ、オレも君と共に行こう。だが、せめて、君だけでも……!) 動かない体に最後の力を振り絞りスタンドを発現させ、翼の首筋へとスタンドの手を添わせる。 (………ベネ[良し]。やはり生命活動を停止した体からなら……首輪は外せた。ツバサ、君はこれで“奴隷の呪縛”から解放されたんだ) 翼の首からいとも容易く首輪を外せ、その成功に薄く微笑みを浮かべる。 (人は皆…眠れる奴隷だ。だが、それは“誰か”に決められた事では無い。あの主催者たちだろうと…だ。 …オレたちの運命を勝手に決める事など…誰にも出来はしない!) 口を固く結び、天を見上げる。 (ハルコ……ツバサ……カズマ……オレたちは“家族[ファミリー]”だ。 あんな“ソダリッツィオ・ブジャルド[偽りの友情]”とは違う、本物の“絆”で結ばれている……) ブチャラティの瞳が閉じられる。スタンドは薄く透けてゆき、握る拳が緩んでゆく。 (……魂は……受け継が…れる…。なるべくしてなった……これで……いい……) シトシトと、雨が降る。 洗い流すは男の生。 ブチャラティの手に握られた忌まわしき束縛の首輪は、横で真っ二つに割られていた。 運命の束縛から解放された二つの魂は今…ようやく自由を得る――― 【東京~埼玉の県境付近/昼】 【モンキー・D・ルフィ@ONE PIECE】 [状態]:両腕を初め、全身数箇所に火傷。疲労・ダメージ大。空腹。 :ギア・2(セカンド)を習得 [装備]気絶した悟空 [道具]荷物一式(食料半日分・スヴェンに譲ってもらった) [思考]1:ブチャラティたちと合流 2:ルキア、ボンチューと合流する為に北へ 3:"仲間"を守る為に強くなる 4:"仲間"とともに生き残る。 5:仲間を探す 【孫悟空@ドラゴンボール】 [状態]:顎骨を負傷。出血多量。各部位裂傷 :疲労・ダメージ大 [装備]フリーザ軍の戦闘スーツ@ドラゴンボール [道具]:荷物一式(食料無し、水残り半分) :ボールペン数本 :禁鞭@封神演義 [思考]1:気絶中 2:不明 ※カカロットの思考は消滅しました。 【東京都/昼】 【友情マン@とっても!ラッキーマン】 [状態]:腕を骨折 :全身に強い打撲ダメージ [装備]遊戯王カード@遊戯王(千本ナイフ、光の封札剣、ブラックマジシャン、ブラックマジシャンガール、落とし穴は全て24時間後まで使用不能) [道具]:荷物一式(水・食料残り七日分) :千年ロッドの仕込み刃@遊戯王 :スーパー・エイジャ@ジョジョの奇妙な冒険 :ミクロバンド@ドラゴンボール :ボールペン数本 :青酸カリ [思考]1:休息を取る 2:次の作戦を考える 3:参加者を全滅させる 4:最後の一人になる ※ブチャラティの手には翼の首輪(ドーナツ状に真っ二つになっている)が握られています。 ※千本ナイフにより具現化したナイフはすでに消滅しています。 【ブローノ・ブチャラティ@ジョジョの奇妙な冒険、大空翼@キャプテン翼、死亡確認】 【残り38人】 投下順に読む Back 0383 インフェルノ Next 0383 インフェルノ(後編) 時系列順に読む Back 0383 インフェルノ Next 0383 インフェルノ(後編) 0383 インフェルノ 大空翼 死亡 0383 インフェルノ ブローノ・ブチャラティ 死亡 0383 インフェルノ 孫悟空 0398 駅にて 0383 インフェルノ 友情マン 0399 『偽りの友情』に反逆せよ 0383 インフェルノ モンキー・D・ルフィ 0398 駅にて
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「――報告は、以上です」 直立不動の姿勢で、メイリン=ザラは上官ゲルハルト=ライヒに報告する。 報告した内容はドーベルマンの造反について、だ。 ……しかし、メイリンの予想に反してライヒは眉一つ動かさず、淡々とメイリンに言う。 「予想の範囲内だ。――放っておけ」 これにはメイリンの方が眉を潜めた。 「しかし、それでは規律が保たれません。脱走、軍の私有財産を個人用途で使うなど、言語道断な事です。それを……」 ライヒは先程からずっと、窓の外を眺めている。 庭の風景は情緒溢れていて、見る者の心を和ませるものであったが――ライヒの目にはその様なものは映っていない。 ライヒに見えているものは遠い昔の事でもあり、又は世界の果てで今正に戦いを挑もうとしている者達の顔だった。 しかし、ライヒは目を閉じると――その思惟を振り払う。 「罰する必要も無い。……これは、そういう事だ」 「……仰る意味が解りかねます。一体……」 メイリンの言葉は、正しい。普通の事態であれば。 「『奴等は利用出来る様な存在では無い――』。以前、私が“彼”に言い聞かせた事だ。……その通りだ。アレは――奴等は、人の思惑でどうにかなる存在では無い。その様なもので無ければ、私がこれ程恐れず、また現世はこの様な状況にもなっては居まい。それ故に、彼等への懲罰は必要無い。……君も、知っておくと良いだろう。今回の結末が、どの様になるのかを、な」 ライヒはただ、窓の外を見続ける。 その様にメイリンは何も言う事は出来ず、ただ敬礼して部屋を後にした。 雲一つ無い青空――そして世界は白銀に輝く雪景色。 その中で、雪が多くは降らない場所――高台や水源地帯の近くは多く降る――を選び、ダストは地上最速のローラーダッシュモードでひたすらに疾駆する。 レーダーの監視をAIレイに半ば任せ、ダストを操るシンはモニタに映る世界をじっと見渡していた。 別に興味があるからでは無い、何処から襲われるか解らないこの状況下での生き残る術だ。 《――敵と思われる襲撃者の手口は、徹底している様で徹底していない。生き残りがリヴァイヴまで駆け込めたのもその為だろう。……様々な角度から事態を検証すれば、相手の目的が何かは判断出来る。『我々リヴァイヴの誘き出し』だろう。》 淡々とレイ。 その言い様に、シンはついカッとする思いをぶつけてしまいそうになる。 「俺達をおびき出す為だけに、毎日細々と生きてる村人達を襲ったって言うのか!?」 《手口としては、アリーの街と同じだ。テロリストを潰すには、その支援先を潰せば良い。我々“テロリストグループ”を退治する為だけならば、有用な策と言えるだろう》 「……汚いやり口だ……」 吐き捨てるシンとは対照的に、レイは淡々と言う。 《それが戦争、という事だろう。『最も優秀な軍人とは、敵を多く殺した者』――他に道理は無い。結果的に相手を倒し、平和を呼び込めれば良い。それは、ピースガーディアンにも代表される奴等の変わらないやり口だ》 「…………」 シンとて、様々な戦場を渡り歩き、様々な経験を積んだ人間だ。 だからこそ、レイの言う事も良く解る。 解るのだが――納得出来ない事もある。 人が人を非道だと感じる時。 それは、己の財産を、世界を破壊された時だ。 そういう点で考えれば、どちらにも非が有るのが戦争だ。 相互の違いは、たった一つだけだ――隣人を知る者と、知らぬ者。 それはそのまま“敵か味方か”という事である。 シンが彼等を批判するのは筋が通っては居る。 だが、シン達とても批判されるだけの事はしている。 ……だからこそ、連鎖が起こる――憎しみの連鎖が。 (俺はそれを止めたい――なのに!) そう思うのは、偽善だとは思う。 だが、紛れも無く己の意志であろうと思える。 ……それが、我が儘の様な思いであったとしても。 そんなシンの様子を敏感に察したのか。 《シン、今は余計な事を考えるな。――眼前の事に集中しろ》 レイの言葉に、シンは「ああ、その通りだ」と頷く。 既にナスル村へはかなり近づいている――それはレイの懸念通りなら“そろそろ罠が始まる”頃合いだ。 シンは、武者震いに震える体を、奥歯をしっかりと噛み締める事で鎮めていた。 そんなダストの姿は、既にマーズに発見されていた。 「命知らずも良い所だぜ。たった一機でやって来るとは……」 マーズが我知らず呟く。 ダストのローラーダッシュで生み出される雪の軌跡は、遠くからでも良く視認出来た。 最大望遠をかけると、ダストというMSはしっかりと確認出来る。 そうして見ると、とてもドーベルマンをあそこまで狂気に奔らせたMSとは思えない程、ごく普通のMSでしかない。 確かにあちこち改造されていて、かなりの特性を持ったMSなのだろうが、最新鋭機のドム=クルセイダーに及ぶとはとても思えない。 データを照合し、比較するが性能差は歴然だった。 (楽な仕事だな) だが、マーズは直ぐにその考えを振り払う。 (……いや、油断は禁物だ。アイツを倒すのが俺達の仕事――ならば、完全に遂行するのが軍人ってモンだ……) それはヒルダの教え。 マーズにとって絶対の指標であり、理想の軍人である人の。幾つか年下であるはずのヒルダは、マーズにとっては得難い先達そのものであった。 マーズはヒルダに連絡を取る。 ――“ドム=クルセイダーズ”を集結させる為に。 「――大尉達がまだ街に到着してないってどういう事よ!!」 リヴァイヴ基地の食堂。 室内に響くコニールの怒声が、彼女よりも大きな大人達を震え上がらせる。 伊達に子供の頃からゲリラに身を投じていた訳では無い――下手な大人達より余程頭の回転も速く弁も達者な彼女は、紛れも無くゲリラ集団のリーダーシップを発揮出来る人材の一人であった。 「いや、その……連絡が取れませんで……」 コニールに怒鳴りつけられた髭面の男は、しどろもどろになりながら言う。 怒鳴られているのは彼のせいでは無い――しかし、眼前の耳まで真っ赤にして憤激しているコニールを見れば、何とか矛を収めて欲しいのは人情である。 とはいえ、次の台詞は彼のミスであろう。 ……火薬庫に爆弾を仕掛けて爆発させた様なものだ。 「おそらくは、街の途中にある歓楽街で疲れを癒してるんだろうと……。男のサガですし……」 その台詞の意味する所は、要するにこういう事だ――“皆は色町に繰り出しました”と。 それは全くこの時期の定例行事に他ならず、責められる事では無いだろうが、時と場合が悪すぎた。 しかも最後の一言がコニールの理性に止めを刺さした。 何処かからぶちっと云う音がして――そういう風にその部屋に居た男達には感じられた。 そして、誰かが何か言うよりも早く―― 「こぉの……大ボケ共ぉぉぉ!!」 ごすっ! コニールが手に持っていたマグカップが、必殺の破壊力を伴って男の額に吸い込まれる。 「ごふぁ!」 一瞬の硬直の後、垂直に崩落する髭面の男。 ……哀れではある。 「すげえ、マグカップで脳震盪かよ……」 「余計な一言を……。アイツも馬鹿だな……」 口々に、その様に戦慄するゲリラ達。 しかし、コニールの怒りが収まらずに彼等をきっと見据えると、慌てて敬礼すると「とにかく連絡を続行します!」とか言って退出しようとする。 ……要するに適当な理由で逃げようとしているのである。 しかし、コニールとてそんな事は百も承知である。 「アンタ達、今すぐ大尉達を連れて来な!……連絡が取れないならとっととその足で行って来れば良いでしょうが!!」 火を噴くかの様なコニールの怒声が、部屋中にびりびりと響き渡る。 「りょ、了解であります!」 慌てて男達は先を争う様にそそくさと部屋を出て行く。 ――『二の舞は御免だ』という事だろう。 とはいうものの、仮に大尉達に連絡が取れたとしても、MSが分解整備でもしていたらまず出動は無理だろう。 仮に出られたとしても一体どれぐらい時間がかかるのか。 それぐらいコニールにも分かる。 苛立たしげに爪を噛むが、どうしようもない。 だが、そのの苛立たしい時間もそうは経たなかった。 出て行った男達とすれ違いにあわただしく仮面のリーダー、ロマ=ギリアムが食堂に入ってくる。 彼は急ぎコニールに告げた。 「コニール。今から僕のいう所に行ってくれないか。連絡を取って支援を求める」 「リーダー!戦力のアテがあるんですか!?」 「ああ、ちょっと想定外だったけどね。でも予定通りなら"彼ら"が近くにいるはずだ。僕はこれからすぐに緊急の暗号電文を打つ。だからコニールは今からすぐ"彼ら"のところに飛んで欲しい」 「"彼ら"って……あっ!」 その言葉にコニールはすっかり忘れていたものを思い出した。 これから果たすはずだった自分の任務とも関係している"彼ら"のことを。 「ねー隊長。さっきから通信が入り乱れてて、上手く通話出来ないよ?」 コーカサス州の南部山岳地帯に近い森林地帯に、地上戦観スレイプニールはいた。 しかしブリッジは慌しい様相を見せていた。 CICに設えた通信設備でユーコ、リュシー、シホの三名や他の通信士も、リヴァイヴと連絡を取るべく先程から懸命に作業を行っている。 地上戦艦スレイプニールは既にリヴァイヴのテリトリーまで到着しており、ここから先はリヴァイヴのメンバーしか知らない地下洞穴を通って、基地まで行く事になる。 彼らは裏のツテを使って事前にリヴァイブと打ち合わせをし、ようやくここまで来た。 あとは案内人が来るのを待つばかりで、全て予定通り――と思ったが、どうも様子がおかしい。 確認を取ろうにも向こうはひどく混乱していて、シホ達にはどうにも現状がつかめない。 「……どうにも“通話している”というより“騒いでいるだけ”に聞こえるんですが……どうなさったのでしょうね?」 「あっちはそれ程混乱してるの? おかしいわね、事前の情報では冬の間は特に動かない筈なのに……」 リュシーとシホが愚痴の様な感想を漏らす。 「困ったわね、ここで何時までも立ち往生している訳にはいかないし……」 シホが視界を巡らす。 CICのモニタ――艦内カメラによって映し出される映像に、例によって騒ぎを起こしているジェスとラドルの姿が映っていた。 『だから俺は、色々見せてくれって言ってるだけだろ?』 『……君は軍艦に乗り込んでいる、という意味と理屈が解っているのかね!? 確かに有る程度の艦内での行動は許したがそこら辺のクルーに情報収集しまくるのはどういう事か!?』 『いや、フツーに話をしているだけじゃないか。インタビューだよ、インタビュー』 『それがいかんのだ、それが!!』 CICには丸聞こえの怒鳴り声――もはや聞き慣れてしまったBGM。 「あれ、絶対ラドル司令楽しんでるよね?」 「怒る事が生き甲斐、という方もいらっしゃいますわ。ジェス様は叱りがいの有る方なのでしょうね」 「…………」 何処も彼処も騒ぎばかり。 シホは何処から手を付けたら良いか解らず、頭を抱えた……。 その時、通信士が重大な状況の転換を告げる。 「たった今、リヴァイヴから緊急の暗号電文が入ってきました」 ――ダスト発見。 その報は直ちにドーベルマンにも届けられた。 彼は、ゼクゥドゥヴァーのコクピットルームのハッチを開けたまま、外の風景に見入る。 しかし、彼の見ているのは風景などでは無い――何処か焦点の合わないその眼差しは、何を見ているのか。 ドーベルマンは残り少なくなった葉巻をシガーケースから取り出すと、普段通り咬みちぎり、火を灯す。カチンというジッポーの音が辺りに響き渡ると、深呼吸するかの様に葉巻を吸う。 吐息と共に白煙が吐き出されると、ドーベルマンはその白煙の軌跡に見入っている様であった。 「…………」 何も思わない――何も思えない――ただ、任務の為に。 それはドーベルマンという人間のスタイルであり、理想だ。 そうであるからこそドーベルマンはどれ程非道の任務であろうと淡々と遂行出来る。 ……とはいえ、そこに葛藤が無いのかと問われれば、『無い』とは言えないのも人の性だろう。 葉巻を吸い、吐く――それは言い表せない心の内。 しかし、そうやってドーベルマンはここまで生きてきた。 ……そして、これからも。 何度目かの呼吸の後、ドーベルマンはニヤリと笑っていた。 卑下するでも無い、嘲笑うでも無い、ただ――口の端を歪めて。 「“猟犬”は獲物を巣穴から追い出すのが仕事――狩るのは“猟師”の仕事だ。俺は、高見の見物と洒落込ませて貰うか……」 コクピットのハッチが閉じられる。 そして、一個の“猟犬”と化したゼクゥドゥヴァーは動き出す――ダストと、そして彼の呼び出した三匹の獣達の死闘に呼び寄せられる様に。 雪に光の槍が突き刺さり、爆音が上がる。 ――それは唐突な、しかしその場に居る者達にとっては今か今かと待ちわびた“戦闘開始”の号砲であった。 ダストがその初撃を避けられたのは僥倖と言って良いだろう。 ……如何にシンが全周囲警戒を行っていたとしても、ただ一人での哨戒である。 漏れは出るし、何より疲労が蓄積されていく。 その中できっちりと敵の姿を見極め、初撃を回避して見せたダストは、相手側にシンというパイロットの恐ろしさを見せつける事となった。 ――しかし。 「行くよ、アンタ達!」 ヒルダの声に、恐れは無い。 怯みかけたマーズ、ヘルベルトを叱咤する様にヒルダは鬨の声を上げながら――ダストに突っ込んで行く! (元より、奇襲で片が付くとは思っちゃ居ない!) それは紛れも無い、ヒルダの本心である。 ドーベルマンが恐れ、そしてヒルダ達をも呼び出した“理由”――それが脆弱で有る訳が無い。 「オオオオオッ!」 咆哮――それがヒルダの口から迸る! それは、魔法の言葉。マーズとヘルベルトを牽引しうる――。 「よぉっし! 続くぞ、ヘル!」 「抜かるなよ、マーズ!」 その二人の声を聞き、ヒルダは「フン……」とほくそ笑むと、こう宣言した――。 「まずは様子見だ……。“ジェットストリームアタック”、行くよ!」 ドム=クルセイダーから立て続けに砲火が閃く。 それをシンは、ダストを右に左に忙しなく動かすことで回避する。 視認した敵は三機――それ以外に敵影が無い事を確認しつつ、シンは改めて敵を確認する。 《ドム=クルセイダーか。……余程俺達は世間様の恨みを買っていると見える。仮にもアレは核動力搭載の最新鋭機種だ。ダストでは機動性以外勝負にもならん》 ……シンが確認するまでも無く、レイがさっさとライブラリから敵の情報をチョイスする。 少しシンはかちんと来るが、そんな事言ってる場合でも無いので素直に感謝する。 「了解!」 毎度の事ながら、勝手なAIだ――そんな言葉を飲み込み、シンは回避行動を懸命に行う。 ドゥッ! 至近距離で爆風が上がる。 それに冷や汗を感じながらも、シンは眼前のドム=クルセイダーから目を剃らさない。 ドム=クルセイダーの持つギガランチャーに直撃すれば、ダストなど増加装甲ごと容易く蒸発してしまうだろう。 あれはそれほどの威力を持つ。 核動力機体だからこそ搭載できる連射型大口径ビームバズーカなのである。 ゴオッ! 巨大なビームがその砲口から放たれた。 ダストはするりとそれを避ける。 しかし第二弾、第三弾と続けざまにビームが襲い掛かる。 「ちっ!」 ダストの攻撃の届かない距離から、一方的に撃ちまくってくるドム。 有効射にはそうそうならないが、シンは意識を集中しそれを避け続ける。 「やられっぱなしってのは……!」 更なる砲火を回避し、シンは一瞬の隙を付いてバズーカで応戦した。 だがドムはそれを回避せず、一直線に突っ込んで行く。 シンは訝しむ――が、次の瞬間。 バチィッ! ダストの放った弾体は、ドムの発生させた赤いバリアに遮られて爆発するが――ドム=クルセイダーは無傷なままだ。 「何っ!?」 《スクリーミングニンバス。……要するにバリアだ。触れると痛いぞ》 「……ったく、次から次へと!」 冷静に告げる、レイ。 愚痴を言いながらもきっちりと攻撃を避けるシン。 だんだんとダストとドム三機の距離は近づいていく。 ――その最中、不意にシンはドム達の動きの有り様に気が付いていた。 「……ジェットストリームアタックか!」 シンは、この動きを知っていた。 ――というか、大尉達の“ライトニングフォーメーション”は、そもそも“ジェットストリームアタック”を元にして作られたものだ。 前衛の動きを囮、或いは盾として中堅が支援射を行いつつ、後衛が攻撃の本命となる――それがジェットストリームアタックというものだ。 勿論前衛、中堅が相手を倒しても全く問題は無い――この戦陣の目的は『確実に相手に攻撃を行う』という目的の元に作り上げられた布陣だからである。 ジェットストリームアタックに比べるとライトニングフォーメーションは防御的意味合いが強いが、方法論としては同じものだ。それ故に、シンにはこの布陣を破る方法も理解出来る。 「……ワンパターンで、勝てる程甘くはない!」 シンは唐突にダストを急停止――そして全速で後退させる! 所謂バック走行という奴だ。 ダストとドムの距離は着実に近づく――が、相互の距離の縮まるまでの時間は確実に延長される。 《どうする気だ? どの道追いつかれるぞ》 「良いから黙って見てろ!」 シンは自信満々だ。 レイは《なら、好きにしろ》と投げやりに言う。 とはいえシンを信用していない、という訳では無いのだろうが。 砲火と爆音が轟く中、シンは待っていた――ダストとドムの距離がシンの望む距離になる時を。 「……後退するだと?」 ヒルダは訝しむ。 正面をこちらに向けたまま逆走するダストは、如何にも不自然な動きだ。 距離を取るにしても取りづらく、一時撤退するにもやりずらい。 そもそも、あれだけの機動性があるのなら逃げに徹すれば如何にドム=クルセイダーであろうとなかなか追いつけないだろう。 そうしないのは……。 「やる気、だと言う事だな」 ヒルダはニヤリと笑う。 奴は、おそらくジェットストリームアタックを破る方策を知っている。 ――ならば、こちらも打つ手は有る。 「マーズ、ヘルベルト。おそらく奴はお前等を狙ってくる。射撃はするな――何としても防げ。良いな」 『アイ、サー!』 マーズとヘルベルトの唱和。 ヒルダとて、相手の狙いは殆どカンである。 しかし、自信はあった――そもそも己が狙われても避ける自信。 もう一つは、『自分がもし敵だったら』という思考の行方が理解出来るのだ――あの日、カナード=パルスに辛酸を舐めされられたその日から。 (破れるのなら、破ってみな。……そこからが、お前を地獄に叩き落とす為のスタートラインになるのさ……) 相互の距離は近づく――ヒルダ達も、シンも望んだ通り。 ……そして、シンが動く! シンが待っていたもの――それは“一足の距離”というものだ。 剣道等で良く使われる言葉だが、要は“一瞬の間で攻撃範囲まで詰められる距離”である。 遠距離攻撃を持つ両陣営にとって、接触距離まで近づくのは基本的には得策では無い――が、相互が高速移動可能機体なので被弾率は驚く程低くなる。 ラッキーヒットを祈るしかないのだ。 その為、高速移動可能機体はその持ち前の速度を生かして“攻撃が絶対に命中する距離”まで一気に肉薄し、攻勢を掛ける事が有効となる。 そうした行為の総称は“一撃離脱”――古今の戦場で使われてきた王道の戦術だ。 シンは敢えて後退する事で相手との距離を測り、そして相手のスピードを一定以上にさせ、更にダストのピーキーな性能から生み出される瞬間速度を直感的に理解し、“一足の距離”を割り出していた。 先頭のヒルダの駆るドム=クルセイダーに即座に攻撃出来る距離を。 シンはシールドを装備した左腕部を目立たぬ様に動かし、その手にビームライフルを握らせる。 右手にバズーカ、左手にビームライフル――それがシンのジェットストリームアタック破り。 連べ打ちにされる――しかし、如何に連射の聞くギガランチャーとて、斉射の後には若干の間がある。 そしてその時――シンは動いた! 後退していたダストをいきなり前進にギアチェンジ、更に瞬間最速を出せる様にローラーに滅茶苦茶な負荷をを掛けながら最高速度にシフト! ほんの一瞬――それだけでシンとドム=クルセイダーの距離は肉薄した。 ヒルダ機が反応してギガランチャーを放つが、ダストは加速したまま射線を見切り、それを避ける。 そして、シンは初めからの予定通り――先頭のヒルダ機にバズーカを至近距離から叩き込む! 「……至近射撃かっ!」 ゴアッ! しかし――それはヒルダ機も予想していた。 手首のソリドゥス・フルゴールを展開させ、それを防ぐ。共に爆圧を受け、怯む――だが、ダストは止まらない! ヒルダ機の機影。 そしてバズーカから生み出される爆音と爆煙。 それは後ろから付いてきているマーズ、ヘルベルトの――視界を奪う事はないが――注意を引くには十分なものだ。 その狭間を縫うかの如く、ダストはヒルダ機の側を駆け抜ける様に動き、最も後列に居たヘルベルトの機体にビームライフルを撃ち込む! 「チィッ!」 ヘルベルトは事前にヒルダから知らされていたからこそ、それの防御には間に合った。 しかし、完全では無かった――発振されたソリドゥス・フルゴールの合間を縫う様にビームが撃ち込まれる。ビームライフルの一撃はヘルベルト機の肩に被弾し、爆発。 装備した近接機関砲が破壊された。 そのままダストはドム達の真横を駆け抜け、一気に後方まで出た。 一方向からの強襲に対しては、カウンターによる強襲返し。 ……これが、シン独自の“ジェットストリームアタック破り”だったのだ。 「……チッ。一機位は屠りたかったんだがな」 シンはしかし、余裕の表情で言う。 こういうチームプレイを得意とする相手と戦う時の鉄則は、“相手にチームプレイをさせない事”だ。 そしてその方策は、相手のチームプレイの自信を崩壊させる事である。 それ故、シンは深追いはしなかった――相手の実力を正確に計り、そして余裕を見せる為に。 相手がチームプレイに絶対の自信を持っていれば居る程、心理効果は計り知れないものとなる。 それ故に、シンは余裕を持てるのだ。 《シンにしては意外な程、洗練された戦闘だ。……大尉に習ったな?》 淡々とレイ。 何処か悔しそうではある――つくづく変わったAIだ。 「そうズバリ真実を言うなよ。……少しは煽てるって事はしないのか?」 《努力してみよう――見事でございます、シン様。さすがですね》 「……悪かった、止めてくれ。俺が悪かった……」 棒読みまで使いこなせるAIに、大尉とて有効な戦術は立てられないだろう――そんな風にシンは納得(?)する。 背後では、ドム三機が動きを見せていた。 ――こちらを追う構えだ。それに対し、シンもダストを反転させる。 「来いよ、きりきり舞いさせてやるぜ……!」 シンはちろりと舌なめずりをする。その様は正に獲物を目前に捉えた獣の様相であった。 「……まあ、予想通りって所だね」 シンの予想に反して、ヒルダは冷然としていた。 確かに、その根底にはジェットストリームアタックを破られた悔しさもある――が、既に一度破られた布陣だ。もう一度有り得る事は、既に覚悟していたが。 ――しかもその破り方も同じカウンターでの強襲とは。 クックックッと内心苦笑で溢れる。が、同時に闘志も湧き上がってくる。 相手にとって不足はない――と。 「相当な腕前のパイロットだ、シン=アスカ――伊達に前の対戦でのトップエースの一人って訳じゃないって事か……。しかし――」 『対策があるのかい? 姉御』 『ヘル、何言ってるんだ。“まずは様子見”って言ってたろ? ……ここからさ、勝負は』 口々にマーズとヘルベルト。 それは不安の裏返しだと、ヒルダは推察する。 だからこそ、ヒルダは決して慌てない――慌てる訳にはいかない。 それは、この部隊の崩壊を意味するからだ。 「相応の実力――申し分無いね。……あれをやるよ。“トライ・シフト”<試しの戦陣>行くよ!」 『アイ、サー!』 ヒルダの鋭い一喝が、再び部隊を動かす。眼前の敵、ダストを屠る為に。 ドム=クルセイダーが再び動きだす――しかしそれは先程と全く変わった様子にはシンには見えなかった。 「愚直に続けるつもりか? 単純なのか、馬鹿なのか……」 (――それとも誘いか?) シンは、様々な可能性を考える。 危険予知、それはパイロットに最も求められるスキルだ。 それを総動員するが、今一つ相手の意図が読めない。 ――しかし、 《迷うのは兵家の常。そして時として思い切りの良い者が勝利者となる。……迷いとは、“何もしない”と同義だ》 「……解ってる」 こんな時に頼るのは――誰でも無い、己自身だ。様々な戦場を駆け抜け、幾度もの死線を越えてきた己自身だ。それに突き動かされる様に、シンはダストを前進させる。 「――進まなきゃ、進めない!」 それしか出来ない――そんな自分であると思えるから。それ故に、シンは突き進む! ――それは、先程までと全く同じ展開だった。 ダストが距離を取り、後を追うドム隊がギガランチャーで牽制しつつ徐々に肉薄。 対するダストも適度にバズーカで牽制しつつ、“一足の距離”を見定める。 そして、ダストが動く瞬間――展開は全く別のものとなる! 「なにぃっ!?」 スクリーミングニンバス――その出力を最大に維持しつつ、それをまるでぶつけ合わせるかの様にドム=クルセイダーが三機で壁を創る! 慌てて方向転換をし、離脱を図るダスト。 しかし、ドム達の狙いは体当たりでは無かった――ダストを怯ませ、動きを止める――その為の体当たりだったのだ。 一瞬の後、シンは理解する。 ……これは、新たなる戦陣、チームプレイに寄るものだと。 「こいつは……!」 三機のドム=クルセイダーはそのまま散開、ダストを取り囲んだ。 ダストを中央に位置する、正三角形の布陣に――。 それは、ダストがどちらの方向に動こうとも二機を相手にしなければならない布陣だ。 《包囲陣形――下手に動くと、状況は悪化するぞ。相手の動きに併せて突破しろ》 レイはそう言うが――シンには理解出来る。 この相手が、生半可な腕前でこの布陣を構築していない、という事が。 三角形の外周までの距離は、かなりある。 丁度ダストの“一足の距離”位。 ……その距離を取っているという事は、きちんとこちらの戦力を把握している、という事だ。 一瞬、ダストを停滞させ、その空白を縫っての完全包囲――。 「……こいつは骨が折れそうだ」 “トライ・シフト”――その威力が、シンに牙を剥く!
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トキニヘイサクウカンデーノボクハー♪ 「む……」 耳元で鳴り響く奇怪な音楽が、僕を夢の世界から現実へと引き戻した。 音の発生源である携帯電話を手探りで取り、アラームを解除する。 土曜日の朝7時。今日は定例、SOS団不思議探索の日。 カーテンの間から陽光が射し込んでいて、布団越しの僕の体に、光の線を描いていた。 「ふあーあ」 あくびをしながら半開きになっていた襖戸を開け、廊下に出る。森さんの部屋から、ブーンと言う扇風機の音がする。 初夏の熱気が篭った廊下を横切り、洗面所へ行き、歯を磨く。 森さんはまだ寝てるのだろうか。それならば、朝食を僕が用意する必要がある。 でもまあ、休日なんだし、森さんも外食する可能性もある。 何にしろ話を聞こうと、手早く歯磨きを終えた僕は、森さんの部屋へ向かった。 「あれ、森さん?」 洋室のドアを開けた僕は、そこに探し求めていた人物の姿が見えないことに少しびっくりする。 布団は敷かれてすらいない。珍しい、自分でたたんだのかな。 早くから出かけてしまったのだろうかと思い、玄関を確認する。しかし、森さんの二種類の靴は、ちゃんとそこに揃っていた。 再び森さんの部屋に戻った直後。僕は不審な点に気づいた。 先ほどから聞こえ続けている、このブーンというくぐもった音。 僕はこれが扇風機の音であると考えていた。しかし、室内の扇風機のスイッチは切られている。 音は、別の場所からしていた。 「……まさか」 嫌な予感がして、僕はその音がどこから聞こえてくるのかを探し、室内を歩いた。 探すまでも無く、音の発生源は見つかった。 ……備え付けのクローゼットの中。 よーく耳を澄ますと、むー、むーという、うなるような声が聞こえる。 ……恐る恐る、クローゼットの扉に手を掛ける。 「……何やってんですか、森さん」 扉を開くと同時に、内側から立ち込めたのは、人間の体温によって温められた空気。 そして、クローゼットのカビ臭い匂いの中に、汗のにおいと、それとは別の分泌液との匂いとが混ざり合あった、形容し難い濃厚なにおいだった。 「むー、むー……」 森さんはそこにいた。 クローゼットの床板の上に、細い体を丸めるようにして、半裸で横たわっていた。 「……何言ってんだかわかんないですよ」 何から手をつけたものか。とりあえず、森さんの口を覆い、頭の後ろで縛られている手ぬぐいを取り去る。 「けほ、ひー、ひー……め、目、とって……」 どれぐらいこうしていたのだろう、森さんの口の周りには、タオルの生地の跡がくっきりと残っていた。 いわれるがままに、僕は続いて、目隠しになっているアイマスクを外してやる。 森さんは空ろな目いっぱいに涙をためて、しばらく眩しそうに瞬きをした後で、僕を見た。 「お、はよう、こいずみ……これ、とって……」 これ、じゃあわかりません。 僕はとりあえず、森さんの下半身……性器と、その後ろとに押し込められたまま、ブンブンと唸り続けている二つの獲物を引き抜いた。 「あうっ」 「この後ろで手縛るのとか、どうやって一人でやったんですか?」 「ぜー、ぜー……いや、こう、前でやって……縄跳びみたいに……」 体が柔らかいですね。 僕は続いて、乳首の部分にガムテープで止められているピンクローターを外し、体中のいくつかの部分をつねり上げていた洗濯バサミを取り除いた。 これでようやく、すこしはまともな姿になった。 「や、昨日の夜、ふと思いついて……でもこれ、酸素うすくなってきて……やば……よかったあ……」 後ろ手を拘束していたテープからも開放されたあとも、森さんは余韻に浸っているのか 単に疲弊した体を休めているのか、クローゼットの中に横たわったままでいた。 「僕が見つけなかったら、夕方までこのままでしたよ。……シャワーでも行きますか?」 「ああ、うん、あとでいく……」 「これは洗って洗面所に置いときますから」 そう言って、先ほどまで森さんの体中に張り付いていたエモノたちを拾い上げ、洗面所へと運ぶ。 「僕今日、不思議探索ですからね。朝ごはんとかどうしましょうか」 「あー……どっかいく……てきとーにするー」 どうやら朝食の準備に時間をとられる心配は要らないようだ。 僕は森さんの愛用品たちを手早く水洗いした後、洗濯物の中から半そでのシャツを取り出し、袖を通した。 いつもの服装に着替えを終え、バッグを肩に下げる。 家を出る間際に森さんの部屋を覗くと、森さんは体を起し、裸のままクローゼットの床の上で、ぼんやりと虚空を見つめていた。 「……気をつけてくださいね。じゃ、急ぐんで」 そう言い残し、僕は機関の寮を後にし、いつもの駅前を目指して歩き出した。 ◆ 「最近、閉鎖空間のほうはどうだ」 午前中のゲームセンター。コーヒーを飲みながら、ガンゲームでゾンビ無双をしている長門さんを見ていると、不意に彼にそう尋ねられた。 「ええ、最近はそれほど。安定状態にありますよ」 「そうか。それならいいんだがな」 「あなたと涼宮さんが大きな諍いを起したりもしていませんしね。感謝してますよ」 「ま、あいつの機嫌がいいんだろうさ。俺はいつもどおりやってるだけだぜ」 彼はそう言って、微糖の缶コーヒーに口をつける。 彼に答えたのは事実だ。ここひと月ほどは、閉鎖空間の発生率はとても低く、週に1度、小さなものが有るか、無いかくらいのものだ。 「前から思ってたんだが、訊いてもいいか」 「はい、何でしょう?」 「お前らの機関の、神人狩りをする連中ってのは、どういう基準で選ばれてるんだ? やっぱ、超能力の有無か?」 「そうですね。それや、閉鎖空間への適正……色々とありますが、これらは訓練で多少、伸ばすことが出来ます」 「超能力もか?」 「ええ、能力の素養のある人というのは、意外といるものです。もっとも、貴方はその貴重な、素養ゼロの人間でしたが」 「別にうらやましくも無い」 「ですから、それらの能力は、素養が皆無でない限り、選定の枠に入りますよ。その中から、色々な点でふるいに掛けるのです」 そう。機関が神人の狩り手を定めるにあたって、最も重要的な先天性の要素がある。 「……先天的マゾヒズムの有無?」 「はい。それが最も重要です。付け焼刃じゃなくて、生まれながらの、ドマゾってやつです」 「……冗談で言ってるんだよな?」 「いいえ、真実ですよ? 神人狩りを行う超能力者はみんな、被虐嗜好者なんです。……僕も例外ではありませんよ」 「聞きたくも無いカミングアウトだな……」 それは失礼。 長門さんを見ると、今度は音楽にあわせてタップを踏むゲームで、汗一つ流さずに華麗な舞いを披露している。 「……先天的マゾヒズムの有無?」 「はい。それが最も重要です。付け焼刃じゃなくて、生まれながらの、ドマゾってやつです」 「……冗談で言ってるんだよな?」 「いいえ、真実ですよ? 神人狩りを行う超能力者はみんな、被虐嗜好者なんです。……僕も例外ではありませんよ」 「聞きたくも無いカミングアウトだな……」 それは失礼。 長門さんを見ると、今度は音楽にあわせてタップを踏むゲームで、汗一つ流さずに華麗な舞いを披露している。 「……マゾと超能力者との間に、どんな関係があるんだ」 「そうですね。率直に言うと、マゾのほうが強いんですよ。単純に」 「どうして」 「僕らは能力を使って身体能力を上昇させて戦いますので、まず、生来の肉体的な要素はあまり重要視されません チートを施した上で斗うにあたって、大事なのは、恐怖を感じるか否か、と言うことなのです」 「恐怖」 「はい。つまり……一般人は、危険。痛みを感じること。それに直面したとき、どうしてもそれを回避しようとしてしまう」 「それはそうだろうな」 「ですが……能力を持つマゾヒストならば。彼らは、自分の身体能力が上昇しており 通常の人間よりも多くのダメージを受けても耐えられることを知っています。 その上で……神人の攻撃に対して、恐怖を感じずに……むしろ、その攻撃が自分にもたらすダメージ、その痛みに、一抹の期待を持つんです。 それによって、我々は神人という、常識を逸脱したモンスターを相手に、捨て身の攻撃を行える……お分かりいただけましたか?」 「……ようは、痛いのが怖くない奴がいい、って事か」 「ええ。ただ、単純に痛みへの恐怖が無いだけでなく、そこに快楽を求める精神がある。 閉鎖空間、神人との戦いに対する期待。それが戦士たちを奮起させる原動力にもなっているんです」 「……俺にはどうにもこうにも無縁の世界だってことだけは分かった」 「ええ、貴方はマゾヒストじゃありません。それに超能力の素養も無い。閉鎖空間にはまったくもって向いていない人間ですよ」 「安心したぜ」 正午まではまだ大分時間がある。 僕と彼は、長門さんに連れられて、太鼓のゲームがあるという一階へと場所を移された。 お目当ての太鼓を前した長門さんは、バチを手に、ぱかぱかと軽快な打撃音を鳴らしている。 「しかし、お前らが閉鎖空間を楽しんでるとは思いもしなかったな」 「不思議でしょう? でも、ある意味、あの状況を楽しめるくらいでなければいけない……そういう方針なんでしょう」 「でも、それじゃあ……閉鎖空間の出現率が減ってるってのは お前らにとって必ずしもいい事だとは言えないじゃないか」 「はは、そこはさすがに。 それほど強烈にあの空間に病みつきになってしまうものは……めったにはいませんよ」 「……お前がそのめったにのヤツじゃなくて良かったよ」 「ええ、僕もそう思います」 温くなったコーヒーに口をつける。 そう。閉鎖空間がもたらす快楽に取り付かれてしまう人間は、めったにはいない。 そのめったにの内の一人を……僕は良く知っている。 「おー、お帰り」 不思議探索を終えて寮に戻ると、森さんはタンクトップにホットパンツといういでたちで、缶ビールを手にひらひらと僕を出迎えた。 朝の疲れはもう取れたらしい。シャワーを浴びたばかりなのか、僅かな石鹸の香りがした。 「飯」 「あれから大丈夫でした? 何か食べたんですか?」 「いや、結局昼過ぎまでボーっとしてたし、部屋の片付けと風呂とでまだ何も食べてない」 「よく体力保ちますね。今作るから、ちょっと待っててくださいね」 「なんか先におつまみね」 「はいはい」 シャツの上からエプロンを着け、今しがた持ち帰ってきた買い物袋から食材を取り出す。 鍋に少量のお湯を沸かして、そこにヘタを取り除いて塩をまぶしたオクラを放り込み、数十秒加熱する。 それをざるにとって、小鉢に並べ、脇に塩を盛り、鰹節をかける。 「さんきゅー」 既に食卓についている森さんは、僕が運んだ小鉢の内容に満足したらしく、塗り箸を手に食事を始めた。 僕は続いて、メインディッシュに取り掛かる。先ほどから沸かしている、スパゲッティ用の大鍋の湯が、そろそろころあいだ。 「……ねえ森さん、今朝みたいの、出来るだけ控えてくださいよ」 「え? ああ、あれか。いいじゃんか、別に怪我もしないしさ」 「今回は良いほうでしたけどね。前みたいにヘンなガス出して救急車のお世話になったり、窒息寸前まで首絞めたりとか」 「わかってるわかってる、あれはやりすぎたって。ごめんごめん」 僕は本気で心配していても、森さんはあっけらかんとした様子で、笑いながらビールを飲んでいる。 その感覚の違いに、僕は少しあきれた気分になりながら、スパゲッティを茹でる。 「……最近、閉鎖空間が少ないからですか?」 「何が?」 「今朝みたいのするのは」 「……まあ、そりゃそうだけどな。でも、古泉」 缶をテーブルの上に置き、森さんは少し、声のトーンを落として言う。 「勘違いしちゃダメだ。涼宮ハルヒの精神が安定して、世界の崩壊が免れる。閉鎖空間も縮小する。 それが私たちの機関が目指す世界の安定なんだ。 その本文を忘れるほど、私もバカじゃない」 ……口ではそう言ってくれますけどね。僕は声に出さず、ため息を漏らす。 そう言いながら、閉鎖空間がご無沙汰になると、下手すりゃ死ぬかもしれないようなオナニーに走り始めるのは、森さん自身じゃないですか。 「……こないだの夜なんか、覚えてます? あれ」 「あ? 酔っ払ってるとき? だとちょっと覚えてないかも」 「……そうですか、ならいいです」 僕はため息をつきつつ、数日前の夜、泥酔した森さんに寝込みを襲われ、言われた一言を思い出す。 なあ古泉、これであたしのこと刺してくれないか? ……森さん。アイスピックはバイブとは違うんですよ。 そう言って僕は、森さんを自室へと運んだ後、森さんの部屋中から、怪我をする危険性のあるものを片っ端から排除し、その晩はドアの前で一晩中見張り続けた。 放っておけば、彼女が自分で、アイスピックやナイフで体を慰めはじめてしまうと思ったからだ。 「……ほんと、ああいうの心臓に悪いんだから」 ぼやきながら、茹で上がったスパゲッティをソースパンの上に移し、オイルを絡める。 二人分のそれを大皿に盛り付け、専用のトングを添えた後、二人分の小皿と共に食卓へ運ぶ。 小鉢をすっかり平らげた森さんは、三本目の缶ビールを手に取り、僕の運んだ料理を楽しそうに自分の皿へと取る。 「うまいうまい、やっぱ古泉帰ってくるまで待っててよかったわ」 「お粗末さまです」 冷蔵庫から作りおきされていたポテトサラダを取り出し、タッパーのまま机に置く。 イタリアかぶれのドイツ人のような食卓になったな。と、どうでもいいことを考える。 ◆ 「それよりお前さ、ここんとこ……してないじゃないか?」 「は?」 食事を終えた後。ちゃぶ台の上で課題を広げていた僕に、森さんがそう言ってきた。 見ると、もう4、5本はビールを飲んだらしく、肌は上気し、目が潤んでいる。 「だからあ、あれよあれ。朝から目に毒なもの見せちゃったしさー」 嫌な予感。それを感じると同時に、僕の右肩が、森さんの足の裏に蹴られ、体がぐるりと回転する。 一瞬の抵抗の余地もなく、僕は仰向けに寝かされ、森さんにのしかかられてしまう。 「閉鎖空間なくて溜まってるんじゃないかなーと思って」 「そんな、別に……」 「はいはい、抵抗しない、同居人のよしみで手伝ってあげようか」 こうなった森さんは、誰に求められない。僕のシャツのボタンは彼女によって手早く外され、ベルトとショーツを一度に取り去られてしまう。 森さんが僕の胸に口をつける。最初は、唇のやわらかな感触。その後に、すぐに硬い歯の感触がして、僕の背中に、快楽の波が押し寄せてくる。 森さんは乳首を含む胸のあちこちに歯を立てながら、両手で僕の下半身をまさぐり、徐々に隆起しはじめた男性器の根元を掴み もう一方の手の指を、僕のアヌスへと宛がう。 「森さん、ちょっと……あ、やめ……」 「いまどきそんな声、女の子でも出さないぞ」 そんなことはないだろ。なんてことを考えているうちに、森さんの指が、僕の直腸の中へと押し込まれる。 冷たい感触。伸びた爪が腸壁に触れると、痛い。無造作にうごめくそれが、徐々に痛みから快感に変わって行く。 腸を弄られながら、彼女は僕の胸につけた歯形を、一つづつ、今度は暖かい舌の先で愛撫する。 森さんの指と舌が、一挙一動蠢く度に、背中を快感が走る。久々に受ける愛撫に、これ以上は保ちそうにない。 彼女の舌が、僕の右耳の後ろに触れる。その直後、これまでよりもよほど強い痛みが走る。 「あいっ……ちょっと、森さん!」 「悪い、強すぎた。ここは閉鎖空間じゃなかったっけな」 「こんな閉鎖空間、ないですよ……」 森さんは最後まで楽しそうに、僕のからだ中を蹂躙していた。 泥の中でもまれるような感覚の中で、僕は彼女の手の中に射精した。 腰から何か大事な筋が引き抜かれてしまったような気がした。 ◆ 「……森さんにとって」 行為の後で。手を洗い終えて、居間へと戻ってきた彼女に話しかける。 「閉鎖空間は……今してくれたよりも、気持ちのいいものなんですか?」 彼女はきょとんとした顔で、僕を見る。 僕の記憶の中にある、いくつかの森さんの顔……神人の攻撃を受け、地面に伏したときに浮かべていた、快楽の表情たちが重なり、フラッシュバックする。 「さあ、そんなのお前にも私にも分からんだろ。自分で確かめるしかない」 「……そんな勇気は、僕には無いです」 神人の腕に体をへし折られながら、神人の足に体を踏み砕かれながら、オーガズムに喘ぐ。 僕にそんなことが可能だとは思えなかった。 ◆ 僕は思い出す。 彼女と同じように、閉鎖空間に快楽を求め、閉鎖空間を天国とまで呼んだ人のことを。 そして、やがて本当の天国へと旅立ってしまった、その人のことを。 ◆ 「今日は不思議探索いかないの?」 ベランダで洗濯物を干していると、ミネラルウォーターの容器を片手に、森さんが話しかけてきた。 タンクトップにホットパンツのいつもの姿。僕はそれとなく、窓の外から森さんの姿が見えないように、立ち位置を調節する。 「ええ、先週は特例だったんですよ。今日はお休みです。彼と涼宮さんはなにやら出かけられるそうですが」 「デートってやつかあ。いいなあデート。調査対象のご機嫌も良好でなによりだな」 森さんは笑う。 確かに、彼と涼宮さんはこのごろ特に仲が良い。 それ故に、安心だとは思う。けれど……彼と涼宮さんが外出するということは、一歩間違えれば、涼宮さんの心象を大きく変える可能性もある。 何事も無ければ良いんだけどな―――僕は声に出さずにそう呟く。 しかし、その直後。 pipipi... 通常の着信音とは異なる、専用の機械音が、僕と森さんの二つの携帯から、同時に鳴り響いた。 ◆ 新川さんの車を降りた直後から、空は灰色に染め替えられていた。 遠くに三体。繁華街を這うようにうごめく、大型の神人の姿がある。 「こりゃ、でかいな。キョンめ、やってくれたな」 「彼が原因と、決まったわけではないですよ」 森さんの言葉に、友人としての一抹のフォローをしながら、全身に波動を纏う。 僕が飛び上がると同時に、森さんもまた、赤い球体となり、空中に舞い上がった。 「B班、E班が後に合流します!」 「はいよっ」 空中で別の超能力者にそう告げられ、僕は戦線を確認する。到着した僕ら二人を含めて、戦闘中の狩り手は5人。 人数的には問題なかったが、何しろ神人がトップクラスの大きさのやつだった。 キョン君。本当にやってくれましたね。と、心の片隅で、僅かに彼のことを呪う。 「いっきまーす!!」 確認もそこそこに、僕の隣の空間を貫き、森さんが戦線へと突撃して行く。僕もそれに続いた。 程なくして、残りの超能力者も到着し、数は3vs9。一体に3人で取り掛かれば、そう難しい戦いでもなかった。 僕はやがて、3体のうちの一体を細切れにすることに成功し、残る2体と戦う組へと合流しようとした。 森さんとB班が対峙しているのは、さきほど形状を変え、東京タワーに触手を生やしたような、巨大な神人だった。 僕はその触手に触れないように軽快しながら、波動球を撃つ。 四度放ったうちの三発が胴体に命中し、神人の体は、その部分を境目に折れ、上半身が傾き始めた。 そこに更に弾を撃ち込もうと、接近した瞬間だった。 「古泉!」 「!」 背後で仲間の声がする。が、遅い。 神人の体の折れた口から、新たな触手が生まれ、それが一直線に、僕に向けて放たれたのだ。 攻撃は速く、確実に僕を標的としている。しかし、回避できない。間に合わない。 やられる……のか? 僕が覚悟を決め、両手を前に突き出し、攻撃を受けようとした瞬間。 「てえ!」 「えっ」 左耳元、よく聴き慣れた声がした。それと同時に―――僕の体が急降下を始めたのだ。 頭に鈍い痛みを感じる。体が落下してゆく。しかし、触手の攻撃を受けたならば、僕は後方へ吹き飛ばされるはずだ。 抗いようのない衝撃の中で、無理に体をひねり、先ほどまで僕がいたはずの場所を確認する。 そこには、伸びきった神人の触手と……その遥か遠くに、錐揉みになりながら飛ばされて行く、細い体が視認できた。 「森さん!!」 その名前を叫ぶと同時に、僕の体は地面へとたどり着き、周囲が土ぼこりを上げた。 ずん。という重い衝撃が、全身を襲った。 それを最後に、僕の意識は遠のいていった。 ◆ 天井から壁、床、あらゆる面が白い室内。 窓際のベッドに、森さんの姿があった。 「よう」 森さんは僕を見ると、いつものように微笑み、包帯まみれの手でふりふりを挨拶をした。 僕はどんな顔をしたら良いか分からず、小さくお辞儀をした後、固まってしまう。 「そこ座ればいいだろ」 「……すいませんでした、僕の所為で」 「いいって、お前は大丈夫だったんだろう?」 僕の怪我は軽いものだった。ただ、森さんに突き飛ばされた衝撃で地面に墜落しただけだ。 脳震盪と、全身の軽い打撲。一応、節々には湿布を張ってある程度だった。 しかし、森さんは違う。神人の攻撃をまともに正面から受けた上に、波動を失ったまま空中を舞い、地面にたたきつけられた彼女は、重傷だった。 「機関の医療なら、これぐらい、2、3週間あれば治るだろうさ。しばらく閉鎖空間にはいけないらしいけどな」 「そりゃ、そうです」 包帯まみれの森さんを見つめながら、僕はその一言を尋ねようかどうか迷っている。 ……攻撃を受けたあと、波動を解いたのは、わざとだったのではないのか。 ……しかし、その一言を繰り出す勇気が、僕にはない。 「……お前が機関に入ってすぐのときも、似たようなことがあったな。あのときのあれはすごかった」 「……あり、ましたね」 それはたしか、新潟に閉鎖空間が発生したときのことだった。 当時、まだ未熟だった僕は、今回と同じように……僕は神人の攻撃を食らわざるを得ない状況に陥った。 そこを、森さんが僕を庇ってくれたのだ。 二人まとめて飛ばされ、僕は軽症。森さんは重傷。 あの時、僕と森さんが墜落した場所で。助けが来るまでの間、朦朧とする意識の中で、確かに見たのを覚えている。 耳元で……今にも消えてしまいそうな声で、それでも確かに嬌声を上げる、彼女を。 「……森さん」 「どうした?」 僕は彼女を見つめたまま、黙る。 ……今回も。彼女は、あの顔をしていたのだろうか。 肋骨と両手をへし折られ、地面にたたきつけられたその場所で。 あの声をあげ、オーガズムに浸っていたのだろうか? 「……なんだよ、つめたいぞ」 気が付くと、僕は森さんの頬に触れ、包帯のない部分に指先を這わせていた。 温かい。生きている。 「気持ち悪いな。触るんじゃなく、つねってくれたまえ」 森さんは笑う。あの快楽におぼれた笑顔ではない。五月の太陽のような笑顔。 「古泉、お前……私が好きなのか?」 そう訊ねられて、僕はしばらく考える。 森さんが好きなのか。 ……そうなんだろうか。 「…………好きになんてなれませんよ」 「なんだよ、随分な事いってくれるな。私はそんなにお前好みじゃないか?」 僕は首を横に振る。 「……僕は、心の痛みには耐えられません。森さんを好きになったら――」 いつか、こころをへし折られる日が来てしまうような気がして。 ◆ 僕は知っている。 神人の狩り手が、マゾヒズムで無ければいけない理由。 上層部にとって、僕らは捨て駒なのだ。 能力の素養を持ったマゾヒズムは、この世に五万と溢れかえっている。 世界の安定を守るために、閉鎖空間のとりことされた狩り手が、時々、死んで行く。 しかし、その変わりとなる人間は、いくらだっているのだ。 「すまんかった」 月曜日の昼休み。彼は僕にコーヒーを差し出しながら、彼らしからぬ低姿勢で僕のもとへとやってきた。 「大丈夫ですよ。しかし、なかなか大きなケンカをされたようですね?」 「ああ、まあ……でも、出来るだけのフォローはしたつもりだ」 「そのお言葉で、随分と安心できますよ」 僕はコーヒーを受け取り、プルタブを引く。 「……鳥と河馬のことを考えていました」 「トリとカバ?」 「はい。どこかの奥地で暮らすカバは、時折体を水上へと上げ、鳥に体の掃除をさせるそうです。 それによって、鳥は食料を得る。カバは清潔を保てる。……そういう、生命の仕組みなんだそうです」 「ふむ」 彼は僕の言葉にこれといった感想を持たなかったのか、コーヒーを片手に、曖昧な言葉を漏らした。 僕はなんて矮小な存在なんだろうか。晴れた空を眺めていると、そんなことを思った。 ◆ 「なあ、古泉」 「なんですか?」 「それでさ、私のほっぺを、ちょっと切ってくれないか。ちょっとだけ」 彼女の手は、僕がりんごを剥いている手元を示している。 「……絶対ダメです」 「なんだよ。それじゃあ、私がお前をぶっ刺すぞ」 「両手骨折してる人が、どうやってですか」 「あはは、冗談だよ」 彼女は笑う。 その笑顔に、僕は愛しさと、僅かな狂気を感じる。 冷えた指先で、土曜日に森さんに付けられた、耳の後ろの傷に触れる。 指が触れると、そこはズキリと痛み、やがて、じわりとした快感が背中に走った。 もし、閉鎖空間がこの世から無くなる日が来たら。 彼女は一体どこへ行くのだろうか。 僕は彼女と共に行けるのだろうか。 彼女と共に、この深い森の中から抜け出すことは、出来るのだろうか? END