約 1,243 件
https://w.atwiki.jp/nwvk_toranomaki/pages/18.html
出発前 1週間くらい前から体調を整えておく 前日までに準備をしておいて、しっかり睡眠をとろう 個人装備、共同装備とも忘れ物のないように 集合の10分前には集合場所に到着する ポリタンに水を入れておくのを忘れることが多い 行動中は部長の指示にしたがって、きびきび行動する 電車やバスでは騒ぎすぎないように できれば山にはいる前に大便をしておこう 登山口で 準備体操をして、靴ひもを確かめてから歩き出そう 地面の状態によっては、スパッツを履いておこう(2010年3月30日 五百倉 追記) 下山するまでは気をゆるめずに気合いを入れてあるこう さあ歩こう 登山口からのアプローチは傾斜の緩やかな道が続く やがて樹林帯になるが、視界もきかず蒸し暑い 木の根や倒木、泥などで歩きづらく、起伏も激しくなってくる 森林限界に達すると突然視界が開ける 見晴らしもよく、灌木やお花畑が広がる 風の吹き抜ける稜線の道は、晴れていればすばらしい展望が望める 立ちはだかる岩場を超えるには、慎重な行動が要求される 鎖やはしごが設置されているところもある 森林限界を超えると、岩場などで登山道がわかりづらくなる 標識や岩の印などにしたがい、ルートから外れないようにする 特に岩場ではルートを外れると非常に危険 歩き終えて 山で泊まる所は、山小屋かテントである 山小屋は装備が少なくてすむので便利だが、混雑する 山小屋には売店・食堂が併設されている 必要なものは自分で持ってゆくので、山中でジュース等を買ってはならない ただし部長が許可した場合は例外 テントは重装備が必要だが、安上がりだし自分たちの空間を確保できる 山の夜は、晴れていれば満天の星空を見れる。(2010年3月30日 五百倉 追記) 山の朝は早く、御来光を見るのも面白い しっかりと食べて、よく寝て、また元気に歩こう
https://w.atwiki.jp/teikokuss/pages/568.html
森の中の鬼ごっこ 森の中に、気配を感じる。 ルキアニスは、機体に慎重に大斧を構えさせた。魔道の双眸で、木々の間を見通す。明るい日差しが森の天蓋を透かして降り注ぎ、筋引く光の流れと、影のまだら模様を描いていた。 姿は見えない。でも、いるのは間違いない。 だが、どこにいるのかまでは、わからない。 ルキアニスの機体からすこし離れて、マルクスの機体もあった。その白の三は、片膝をつき、片方の掌を地に押しつけてうつむいている。まるで掌から伝わる何かを聞き取るように、見える。 実際、マルクスはそうしている。彼の土の魔道の一つだ。そうしている間、彼が襲われぬように守ることが、ルキアニスの任だ。 『離れている』 風水晶の呪陣がきらめいて、彼の言葉をもたらす。マルクスの白の三は立ち上がり、森の中を再び歩き始める。ルキアニスも、少し離れて、並ぶように歩いた。二機のあとから、横に開いた騎兵分隊の横列がついてくる。 まるで鬼ごっこのようだ。 最初に、鬼に気づいたのは、騎兵だった。 連隊陣地構築後に、周囲を巡察していた騎兵は、機装甲の足跡に気づいた。それは、連隊の陣地を、全部でないにしろ見通すところにあった。 何者かが、連隊を見張っているのだ。 それから騎兵との鬼ごっこが始まった。騎兵は、その場所を逆に見張った。何者が連隊を見張っているのかを確かめ、そのものを逆に追いかけてどこからやってきた何者かを明らかにするためにだ。 だが、鬼は二度と現れなかった。だが、去ったわけではなかった。。しばらくして目が緩んだころに、別のところに足跡が見つかった。 この鬼は、逃がしてはいけない鬼なのだ。鬼が諦めるまで追い続けねばならない。それまで何をするかは、鬼が決める。だから追いかけるにしても、騎兵のみでは危うい。 ゆえに、マルクスとルキアニスが、連隊本部に呼ばれた。二人は、連隊でいちばん、騎兵との共同行動に慣れている。 連隊本部でおおよそそこまで説いて聞かせた情報参謀は、さらに続ける。鬼の見当は、おおよそ、ついている、と。このあたりで、帝國ではない機装甲の使い手といえば土豪諸侯のカイジの何者かだ。そしておそらく、その一子、ヨウルスであろうことまでの想像もつく、と。もっとも、それは少ない情報を当てはめたに過ぎない。予断を持ってあたることは危険であるから、実際に確かめねばならない、と。 「それ以上に重要なのが、その何者かが、どの意図で、どんな背景で、連隊を監視しようとしたのかということだ」 情報参謀は続ける。 「土豪カイジが、王国東部の諸侯の先触れとなって、連隊の動向を探っているのか、それとも自領近くでの帝國軍の動きに神経を尖らせているだけなのか、その判断の種も見つけてほしい」と。 彼は笑みを見せ、むしろそちらが本務である、と続ける。重要な任務だ。心してかかってほしい、と。 さすがのマルクスも、げっそりした顔をしていた。連隊どころか、旅団までかかわるような重大事を任されてしまった。すこし可愛そうに思う。マルクスが追跡分隊の指揮官だ。ルキアニスより卒業席次も、上級騎士過程席次も、マルクスのほうが上だからだ。 随伴する騎兵分隊は、いつもどおりの騎兵第一中隊からの分隊だった。彼らとは一緒に演習をしてきたし、先の村落攻撃も一緒に行った。彼らも彼らの馬も、ルキアニス達と機装甲に慣れている。 彼らに導かれ、森を通り、いちばん最初に見つけられた跡へと向かった。そこへ行って驚いた。そこからなら、遠い連隊本部の丘がうかがえた。 今の連隊陣地は、ひと時とどまるためのところで、そこに拠って守るためのところではない。いずれ下されるだろう前進命令に備えて、休み、そして研ぎなおすところだ。だから、作られた陣地も、守り一辺倒ではない。またそうするための、時のゆとりも無かった。もし攻められたら、態勢が整うまで守り、その後に退く、そのための時間稼ぎの陣地だった。 ここまで敵に知られ、そして見られているのは由々しきことだ。 そして鬼ごっこが始まった。騎兵が地を探り、鬼の跡を探した。騎兵は手馴れていて、森の中で地に残る足跡を、ひゅんと鞭で示して見せる。そのまま馬首を、その続いてくる方へと向けてゆく。 鬼は巧みな足取りで、稜線を越え、あるいは地のうねりの底を歩んで、行方を気取られぬようにしていた。これほど歩めるのはかなりの手練だ。あるいは、機が軽いのかもしれない。 もっとも、ルキアニスはこの跡追いはそれほど苦ではなかった。白の三は機が軽い。足も速い。何よりルキアニス達も森に慣れていた。行うことによって、判ることは多くある。鬼が森に慣れていることもそうだし、鬼は、一機だけで動いていて、供連れを伴っていないこともそうだ。地勢の使い方も巧い。 時折、明らかにわざと、高めの稜線を越えている。すぐに気づいた。それは見張りのためだ。跡を付回すものがいるかどうか、確かめるためにしている。鬼も時々、機を休めている。けれど決まった間ではない。半時を切る短い間に二度休むこともあれば、一時半の行程で一度も休まないこともあった。延べれば半時に一度、休んでいる。帝國のやり方と同じだ。 けれど鬼は、実際には無駄に歩き回ってはいなかった。鬼の跡をたどりたどり行き着いたのは、鬼のとどまっていたところだった。 すぐにわかった。鬼は、そこから街道を行くものを見張っていたのだ。 そこは木々の切れ目があって、「街道」をうかがうことができる丘だった。鬼は、その稜線の後ろにとどまっていたらしい。騎兵によれば、ここの跡は数日前のものだという。 つまり、連隊が集結し始めたころに、引き払ったということだ。集結しつつある連隊の行く先を追いかけたのだろう。 ルキアニスとマルクスも、機体を降りて跡を探った。機甲兵の目で、気づくことを探すためだ。 そこには、天幕を張った跡もあった。掘りかまどの跡もあった。丘の傾きを使って、上からと、横から、交差するように孔を掘ってつくる、かまどだ。 「手馴れた奴だな」 マルクスは唸る。 かまどの跡には、薪柴の残りが詰め込まれ、落ち葉で覆って隠してある。 丘を下ると、水場もあった。騎兵達は馬を引いて、そちらへと向かってゆく。馬には水が必要だ。 「水を使う前に確かめたほうがいい」 マルクスが騎兵たちへと言った。 「奴は水の魔道士の可能性がある。奴が使ったから使える水場というわけではなくて、汲んだ水を使えるようにしていただけかもしれない」 ルキアニスは、機装甲の跡を歩き回った。それは片膝をつかせて、稜線に隠すようにしていたらしい。歩き回るうちに、油跡にも気づいた。魔道で動くとはいえ、鉄の部材で作られた、鉄の体なのだ。何くれとなく世話をし続けなければならない。短くなった針金も落ちていた。機体の部材を留めたり、封をしたりするためのものだ。 鬼の乗り手は、機体にきちんとした手当てを、きちんとした道具でしている。きちんとした乗り手で、たぶん帝國軍のどこの部隊にいても通じるだろう。 でも何かが足りない。ルキアニスは足をとめ、腕組みをしてあたりを見回す。何か、とても大事なことだ。口元を押さえうつむき、鼻をすこし掻き、己の腕に頬杖して考えた。 それから、ふいに気づいた。機体の跡から駆けて離れる。 「どうしたんだよ?」 マルクスの声にも構わず、もう四歩駆けてから振り返った。やっぱり、無い。 「どうした?」 追いかけてマルクスが歩いてくる。ルキアニスは彼を見ながら応えた。 「足場の跡が無い」 せいぜい梯子か何かを立てかけたあとしか、見えない。白の三でも、本当に手入れをしようとしたら、足場の囲いの中に入れる。機体を守る甲を開いたり、はずしたりするためだ。 「でも、無整備ではないみたいだ。この乗り手の人、すごく几帳面に手入れをしてる。ほら、周りの木にも、滑車をかけたあとも無い。どうやったんだと思う?足場を使わずに」 「ならば適度に、甲をはずしてあるんだろう」 彼はすぐに応える。 ルキアニスは彼を見上げた。マルクスは歩み寄りながら不思議そうに見返す。 「なんだよ?」 「君はすごいな、と思って」 「実は、想像をつなぎ合せただけだ。本当かどうかはわからない」 肩をすくめながらマルクスは言う。 「白の三並みに駆け回れるなんて、軽機装甲じゃないと無理だ。足跡も浅い。しかも一人で手当てし、一人で動かしている。よほど機体が軽んだろうと思ったのさ」 「……」 先から考えていたことが、言葉の間の刹那の時に答えになって帰ってくる。思わず、黙ってマルクスの顔を見上げてしまった。 「だから、なんだよ……」 「君はすごいなあ、と思って」 「無駄におだてるな」 「おだててないよ」 「お前も気づかなかったわけじゃないだろ」 おもわず、ルキアニスは口ごもった。 「……」 彼は、がっくりと首を落とし、その額を手で支える。 「聞いた俺が馬鹿だった」 「でも、すごく上手な人だとは思っていたよ?青の三であれを追うのは大変だよ。それに、歩幅はそれほど大きく取らないで、細かく歩く人だな、とも思ってた。あと、やっぱり、軽いな、って……」 マルクスはふむん、と応じ、それはとどのつまり、白の三より足は短くて、白の三より軽いってことだろ?と返す。 「……そうか」 「歩幅が白の三より小さいってのは、俺も感じた。と、いうより、白の三が脚長なだけだけれどな」 マルクスは、鬼の居たあとをぐるりと見回す。 「こいつは、度胸あるぜ?機体と、己だけを頼りに、ここまでやってきた。いや、度胸じゃないかもな……」 なぜか彼は、ふいに何かを思い出したような顔をして、黒髪を掻き撫でる。 「どうしたの?」 「いや、そんなことをする奴って、いるか?と思った。思ったら、意外と思い当たる人がいたんだ」 「だれ?」 「こいつは貴族さ」 マルクスは別の応えをした。 「領地の近くに騒ぎがあれば、それを確かめに行く。出来れば、己の目で確かめる。無理なら、信頼できるものを差し向ける」 「うん」 「情報参謀が言ってたろ。カイジ庄のヨウルスじゃないかって。俺もそんな気がする。思いつきと思い込みだから何のゆえも無いけどな」 「これから、どうする?」 「鬼ごっこの続きさ」 マルクスはルキアニスを見て笑みを見せる。 「こいつは目的を遂げるまで、去らない。目的は、まだわからないが、まだ連隊近くにいたのだとしたら……」 「うん」 「奴らは、俺達に気づいている。そして、俺達を追いかけてきてるはずさ」 マルクスは楽しげに笑い、やってきた道へ振り向いてみせる。まるでそこからのどこかから、誰かが見ているかのように、両腕を軽く広げてさえ見せて。
https://w.atwiki.jp/hana11re/pages/19.html
1 初めての剣岳・立山三山縦走 1986年7月 2 長次郎谷から平蔵谷へ 1993年9月 3 大日三山縦走 カミサンにお供して 1990年8月 1 初めての剣岳・立山三山縦走 1986年7月 7/22 室堂~雷鳥平キャンプ場(幕営) 7/23 ~剱御前~剱沢キャンプ場(幕営・・・ベースキャンプ) 7/24 剱岳往復 7/25 立山三山縦走 7/26 剱沢キャンプ場~ハシゴ谷乗越~蔵之助平~黒部ダム 7/22(火)下界は曇り、室堂では雨 信濃大町からバスに乗って驚いた。大きなザックを背負っているのは私の他に誰もいないではないか!一般観光客でいっぱいだった。扇沢の駅に着くと、はるばる遠国へ来た感じ。つづいてトロリーバスに乗り黒部ダムに到着。ダムサイトに下りて大きな黒四ダムを見学した。ダムの頭の上を向こう岸へ歩き、ロープウエイ、トンネルバスに乗り継いでようやく室堂に着いた。観光客で大混雑。 室堂は雨。ガスで視界のきかない中を案内板にしたがって歩く。遊歩道をゆき、ミドリガ池、ミクリガ池、そして雷鳥荘を通り過ぎる。雷鳥沢の雪渓ではスキーヤーの色とりどりの姿がガスの晴れ間に見えてくる。中学生や高校生くらいの男女が、急な斜面をいとも簡単に楽しそうに滑っているのには驚かされた。 雷鳥平キャンプ場までは結構歩きでがあって、到着は午後3時。雨の合間に急いでテントを張る。テント場は殆どスキーヤーのものだ。雨は夜間もかなり強い風をともなって降り続けた。最近は軽量化のためフライシートを持ち歩かないが、今回は以下のことをつい忘れてしまった。 フライシートを持ち歩かないときはシュラーフカバー必携 テントの出入り口は傾斜の下部にくるようにセットすること 雷鳥平キャンプ場の水場は雪渓からホースを引っ張ってきた簡単なもので、水量は少ない。順番を待たねばならない。ガスで視界がきかないので、管理所がどこなのかわからなかった。結局、管理料100円を払わず仕舞い。トイレもどこにあるのか分からなかった。 7/23(水) 雨 停滞を考えたが、面白くないので出発することにした。 10時 テント撤収、出発 11時50分 別山乗越 12時30分 剱沢キャンプ場着 テント設営のころは雨も小降りになった。昼食後のお花畑の散歩が楽しかった。 二俣~池の平へは途中ガケ崩れで通行不能、蔵之助平へはOK 7/24(木) 快晴 朝まだき起きあがって外を覗くと、雨は上がって写真で見慣れた剱岳が目の前に迫っているではないか!きょうはどうせ雨だろうから、立山三山縦走でもしてこようと思っていたのが嬉しい誤算である。今年は既に五月の鹿島槍を敗退している。きのうまでは天気予報を聞きながら、どうも立山方面は運がないと嘆いていたが、ウソのように良い天気となった。 4時、5時と少しずつ、パーティを組んだ人たちが出発してゆく。私の出発は5時45分。旧剱沢小屋前の雪渓をトラバースして剱山荘へと向かう。滑落しないように一歩一歩慎重に進む。 一服剱に着いたとき、青年がひとり追いついてきた。このあと、前剱で一緒になった2人連れのうちのひとりを加えて、なんとなく三人のパーティが出来上がった。一人で登るには恐怖感が先に立って仕方なかったのが、これでなんとかいけそうな気になった。山頂に達したときには真夏の強い日差しに照りつけられた。眺望は遮るものなく素晴らしい。下りは上りとは違って楽々と余裕があった。 思うに岩歩きはセンスから云って、自分ながらまあまあと思われるが、切り立った絶壁となると、足がすくんでどうもうまくない。結局はクサリにしがみついてしまう。精神面が弱いために実力が発揮できないのだ。なにやら私の人生そのものにも思えてくる。それが、落ちても大したケガにならないような悪場には、自分でも感心するほどうまく対処できるのだ。 さて、明日は立山三山をやる。時間があったら、ミクリガ池温泉で風呂に浸かろう。 7/25(金)快晴 深夜2時少し過ぎ、まわりの人声にせかされて、シュラーフをたたみ準備なって出発は4時15分。 楽しい稜線漫歩 真砂岳 富士の折立 ここで山座同定に30分過ごす 大汝山 ラーメン600円也 雄山 300円の登拝料 カニ族は高校生が主で、時折、大学生のワンゲルと会う。彼らは薬師か後立山へ縦走する。従って、かなり長期間の山旅である。いずれも後になり先になりして、浄土山の分岐点で別れる。室堂に降りると、いちだんと増えた観光客でターミナルはごったがえしていた。日本そばの立ち食い600円也、うまい。ミクリガ池温泉に入浴800円也。山行中に風呂、しかも温泉に入れるのは最高の仕合せ。 雷鳥沢から再び別山乗越を経て剱沢キャンプ場に戻る。途中、剱御前の山腹を巻いて雪道をトラバースし、剱山荘の手前あたりで山腹を下ってみた。かなりの急斜面で一歩踏み出した途端に滑ってしまった。雪は締まっていてスピードが出て少し焦った。ステッキでからくも制動できたので事なきを得た。この分だと、明日の剱沢雪渓の下降が心配だ。 7/26(土)晴れ 別山を往復してから剣沢雪渓を降りる。 剣沢雪渓は案じていたほどではなかった。誰でも殆ど問題なく通過できる。ただ、アイゼンなしでのスプーンカットの歩行にはバランスに気をつけなければいけない。直ぐ慣れたが。こういう場所でアイゼンなし歩行に慣れておくことは大事である。 長次郎雪渓をアタックするパーティが多かった。 蔵之助平経由で黒部ダムへ。 2 長次郎谷から平蔵谷へ 1993年9月 時刻はまだ六時半だというのに、扇沢のバスターミナルは観光客で賑やかだった。私と同じように夜行でここまで来たのだろうか?駐車場も一杯だった。二階に上がってレストランで朝食。1,000円也の幕の内弁当とは贅沢だ。団体客の為の配膳がズラーっとテーブルに並んでいた。窓から下を見ると観光バスが次々に到着してくる。 黒部ダムのたもとで湧き水をポリタンに詰めてから出発する。階段を上り返しトンネルを抜けて旧日電の山道をたどる。こちらは全く静かだ。ダムの下に降りて黒部川左岸を行くと、ハイカーと行き交うようになった。日差しは暑い。 黒部川ドドと猛りて谷深し 劒の岳はなお遥かなり 内蔵の助谷出合からは苦しい登りが始まる。登山道脇にテントが二つ三つ。しかし、ここにテントを張って何をするのだろうか?特に岩場があるわけでなし、沢登りのルートがこの辺にあるとは思えない。時間的にも中途半端で昨日遅くなってテントを張ったにしても、この時刻では既に撤収を終り退去していておかしくない。 黒部川本流では『下の廊下』を行くパーティが何組みかいた。おばさん連れのパーティも多いのでちょっと心配である。そんなに易しいルートではないはずだ。ガイドブックや写真集で上級者コースとして私もいつかはと、あこがれていたルートである。安易には取付けない、いわば難しいがとっておきの大切なルートというべきものであった。あのおばさん連中は確かに素人離れした雰囲気をもっていた。しかし私以上に技術的にすぐれているとも思えない。どうか何ごともなく仙人池まで元気で行ってほしい。 内蔵の助平への道は苦しかったが、登るにつれて数年前の記憶が甦ってきた。あの時は今回とは逆に下山にこのルートをとったのだった。ハシゴ谷乗っ越までの登りはもちろん、内蔵ノ助谷出合迄の下りでさえ、真夏の太陽に容赦なく照りつけられてかなりバテてしまった。涸沢に付けられた道にようやく水が流れ出し、飛び石づたいに進むようになってはじめて、僅かな涼気に生きた心地がしたものである。大きな岩の上で何度も日焼け止めのクリームをぬり直したけれど、強い日差しにどれだけの効果があったかは疑問だった。 女子大生らしい美人を含むパーティが、こちらは二俣経由で仙人池まで行くと言って頑張っている。さすがに健脚で道中は抜きつぬかれつだった。ちょうど夜行の疲れが出てきたころで苦しい登りだった。ハシゴ谷乗っ越に着いて展望台に上がれば、眺望が得られる筈だったが、この頃には西の方はガスがかかって立山を隠していた。一つのリボン票が北の黒部別山への道を暗示している。ただ、ヤブがひどいので積雪期でないと通行は無理だろう。十分後に登ってきた美人パーティはここで大休止を取るようだ。仙人池まで行くには残りの時間を考えると、ここでゆっくりなどしてはいられないはずだが、それも良かろう。道中、憩いの一時が有ってこそ充実した山行になるのだ。 ハシゴ谷乗っ越しからは石コロの下りが延々と続く。樹林の中で展望もないだけにこれもまたいやらしい。剱沢に着いたのは十四時十分で、ダムからちょうど六時間が経っていた。沢に下りて真砂沢キャンプ場にテントを張る。キャンプの申し込みの際、長次郎谷から剱岳に登る予定と書き入れると、小屋の若い管理人に長次郎谷はピッケル、アイゼンが必要だと注意された。今回は十分考慮した上で両方とも用意はしてこなかった。かろうじて軽アイゼンの片方だけ持参したに過ぎなかった。それとステッキで充分いけるとふんでいたからである。決して強がりは言わずに、行ける所まで行って無理はしないで引き返すつもりだと素直に答えておいた。山岳警備隊も昨日引き上げてしまったので、事故があっても直ぐに対応はできないから、くれぐれも気をつけるようにと彼は心配していた。客は他に誰も見えず、小屋は全体にひっそりとしていた。テント場はじっとしていると、さすがに沢風を受けて寒い。テントに潜り込んで缶ビールを飲っていると、クライマー二人が剱沢を下りてきてツェルトを張り始めた。他にキャンパーはなし。岩の殿堂のキャンプベースもシーズンオフを迎えたようだ。 翌朝は快晴で始まった。出発は六時十分。長次郎谷の出合に七時着。意外と時間を食ってしまった。雪渓のスプーンカットの上をバランスをとってあるくことは出来るが、なかなか捗らない。ついに我慢できなくなって持参した軽アイゼン一つを左足に付けた。するとやはり楽だ。ドンドン進んで行ける。しかし、すぐに左側の源治郎尾根側の岩に取りついて岩伝いに高度を上げていった。谷を中程まで遡ったところから再び雪渓に出て、これを右へトラバース。今度は八ツ峰側のガラ場についたかすかな踏み跡を拾って行く。斜度が増して緊張感が高まってくる。単独行で、しかも周りに誰もいないと精神の安定が大切になってくる。ややもすると大自然の迫力に圧倒されてしまう。人間が気力で負けていては何も出来ない。集中力を維持しながら勇気をもって進んでいかなければならない。 熊の岩の右側の雪渓をトラバースする直前に、岩影に大きなキスリング二つとサブザック一つを見付けた。一瞬ドキリとする。中の荷物が一部あらわになって、遭難現場みたいに生々しい。冬期遭難した人の持ち物だろうか?この人たちは生還できたのだろうか? 荷物の引取りが今尚ないと言うのはどういう事だろう? しかし、ここはクライマーが何人も通過していくルート上で、みな気が付いたに違いない。従って関係者に通報ないし報告はなされているはずである。ならば何故???疑問はなかなか解けない。急に寒気と悪寒に襲われた。 熊の岩 熊の岩は広くてテントも張れる。雪渓の突き出しも近くにあり、絶好のキャンプサイトだ。ここで昼食をとり周りの景観を堪能しながら、これからのルートどりを考える。左俣の雪渓がここから見上げると、ずいぶん急俊だ。長次郎のコルに出るにはこれを詰めて行かなければならない。滑ったらアウトだ。やはりピッケルとアイゼンを持ってくるべきだったか。進むべきか退くべきか?生きるべきか、死すべきか! To be or not to be!・・・ 左手の源治郎尾根がストンと切れ落ちて行き着いた鞍部が直ぐ目の上にある。P2の懸垂下降点に違いない。確かにこちらの谷側は切り立ったガケだ。果たしてP2に立って、長い下降の精神的重圧に耐えられるか?しかし、それは来年源治郎尾根をやる時の問題で、今は熊の岩からの進退を決めなければならない。良く目をこらすと、左股を横切って、この源治尾根に達することが出来そうな部分がある。何度も何度も目でルートを引いてみる。さて、どちらを選ぶか?結局、冒険の少ない左股雪渓を詰めて、とりあえず可能なかぎり進んでみようと腰を上げた。ダメだったら引き返して次に源治尾根の壁を登ってみよう。足場の悪いガラ場に歩を進めながら鋭角の手頃な小石を拾った。熊の岩ではピトンを一つ拾っている。恐らく雪渓の上部は凍っているだろうからステッキは役立たない。そのかわりこれらを両手に握って、若しも滑落したら雪渓に突き刺して止めようと言うわけである。 最初の内はなるべく雪渓を行かないで、熊岩に続く右側の小尾根ぞいにガラ場を注意して登って行く。ここまで来ると傾斜はさらに強まって、振り返ると息をのむ程だ。かすかな踏み跡らしきは、しかし、ザレ石の落下した跡かも知れない。さて、いよいよ雪渓に足を踏み込む時がきた。ふと右手の壁を振り仰ぐと、急斜面の岩にホールドがたくさん目に付いた。これは何とかなりそうだと、右へ回り込んで岩に取りついてみた。少し上部で一旦、雪渓に下りて再び手掛かりを得て直立する岩を必死でよじる。慌てるな!おじけるな! ホールドはしっかりしている。スロー・アンド・シュアだ。不安定な雪渓で手掛かりもなく苦闘するよりはずっと確実なのだ。やがて草つきを一気に駆け上がって小尾根の頭部に踊り出た。急に視界が広がり、三の窓への稜線が直ぐ目の上にあった。稜線までわずかに登れば長次郎のコルはすぐそこだ。ヤッター!ハー、ハー、肩で大きく息をしたものである。 目の上、前方に展開するスカイラインに感激していると、その稜線手前を右から長次郎コルへと向かっている三人組みの姿が目に入った。連中は私の姿を先刻とらえていたに相違ない。しかし、等間隔を保ち、淡々と進んで行く。こちらはようやく緊張から解放されると同時に疲労を感じ出していた。両足がつってしまうこともあって、休憩を取ったり、ストレッチングをしたり縦走路になかなか出られそうにない。その代わり彼等が進んでいくルートを注視して、しっかりと瞼に焼き付けておいた。縦走路は稜線のこちら側に在り、二人は左端で回り込んで姿を消した。 足の痛みが消えると元気がでてきた。広いガレキの斜面をゆっくりと登っていく。振り返れば長次郎谷が急な角度で落ち込んでいる。左側は八ツ峰が尖鋒を幾つも跳ね上げていて魅了するが、この峰は単独では無理だろうなと思う。しかし、反対側の源治郎尾根ならば一人でもなんとかなるのではないか?ここまで来ると余裕の足運びから素晴らしい山行を味わいつつあった。 勇気を有り難う 剱の岩と雪の狭間で 何度あなたの名を呼んだことでしよう 長次郎谷ひとりで登りました 青一色だった空に、何時の間にかガスが少しかかり始めた。時刻は十一時。ここまでで時間は結構たってしまった。アイゼンなしの下部の雪溪歩きで時間を費やしたのが原因だろう。それにしても残りの時間は十分ある。疲労さえ大したことでなければ決して焦る必要はない。時々、この先ルートはどうなっているのか、ひょっとしたらロープが必要な断崖に出ることはないだろうか?などと心配しながらも無事長次郎のコルに到着した。ガスがかかって残念ながら西側の視界はない。長次郎の雪溪を見下ろすと傾斜が急で、クライマーはここから楽に下山するというから彼等の技術や経験は計り知れないものに思える。 先ほど縦走路に登り着いた時に、チラッと剱岳本峰を見たら険しい岩場が恐ろしく思え、果たして私の力量で登り切れるものなのかどうか、不安を消すことができなかったが、今はガスが岩山を覆ってその恐ろしさを包んでくれている。さすがにここまで来ると、ルートははっきりしている。まず道を失うことは無い。実際取り付いてみると、案じたこともなく難しい所は無かった。左側から回り込んで登っていく途中、源治郎尾根がガスを払って姿を現したので、じっくりと観察した。例の懸垂下降点はこうして上部から見下ろすと、それほど難しい下降には思えない。途中にテラスがあるようで、そこで一息つけそうに見える。そしてここさえクリアすれば、あとは剱岳山頂までは問題ないだろう。来年再びここに来るまでに、懸垂下降の練習を一所懸命やっておこう。 八峰 源次郎尾根 剱岳の山頂には数人が憩いの時を持っていた。一般ルートの反対側からひょっこりと顔を出すなんて私の気分は最高である。先ほどの三人連れは二人が若い女性だった。クライミングギアは既に二人とも取り外して仰々しさがないのは好感を持てる。単独で馬場島から4時間半で早月尾根を登ってきたというお兄さんは広島の出身で、北アルプスは初めて。こんな鎖場のある山に登ったことは今までに無かったという。北アルプス初めてで、いきなり剱岳とは恐れいった。馬場島に車を置いてきたので同じルートを戻るそうだが、さすがに気が重そうだった。それでも食欲は大せいで、コンロで湯を沸かし暖いものをたっぷりと胃に流し込んでいた。 剣岳山頂 山頂の一時間はあっというまに過ぎた。時刻は十二時四〇分。下山開始。一般ルートだと言っても侮ってはいけない。カニの横バイではちょっと冷っとさせられた。敢えてクサリには手を触れないで大きな岩を回り込む際、足がどうしてもホールドを捜し当てられない。膝裏のフリクションでテラスにずり落ちて何とかなったが、人工のサポートを利用しない場合、一般ルートでも結構難しいものである。 平蔵のコルに来て気が変わった。この先、前剱、一服剱と続く尾根は既に踏み跡を残している。平蔵谷を見下ろしていたら、この谷を下りて見たくなった。雪渓は細く右サイドからガレをうまく縫っていけば何とかなりそうだ。傾斜も上からみても大したことはない。 浮き石に注意しながら序々に高度を下げていく。下部の雪渓に入り込むとさすがに緊張した。最初のうちは一つの軽アイゼンが十分効果を見せていたが、下るにつれて雪渓の表面が多少融解しているせいで、小型の軽アイゼンでは爪が雪をしっかりとつかみきれなくなり滑りやすくなっている。三度滑ってその度に夢中でステッキにしがみついて止めた。滑落したらシュルントに陥落か、岩壁に激突か! 源次郎沢 ベースキャンプには十五時十五分帰着。小屋のお兄さんに報告、感謝。翌日、剱沢を登り返し室堂に下りてトロリーバス、ロープウェイ、そして又トロリーバスと乗り継いで扇沢に戻った。 剣沢乗越から剣岳 剣御前小屋 トップへ 3 大日三山縦走 1990年8月 8/29(水) 信濃大町~立山・黒部アルペンルート~室堂~雷鳥荘(泊り) 8/30(木) 雷鳥荘~別山乗越~室堂乗越~奥大日岳~大日小屋(泊り) 8/31(金) 大日小屋~大日岳~称名坂~称名の滝~立山駅、称名荘(泊り) 9/01(土) 称名荘、立山駅~富山~東京 室堂から これがほんとうの山なのです 空の青すんだ空気 岩の間から冷たい水がわき出ています これがほんとうの水なのです 室堂から立山を見上げますと 神々しい気持ちになりませんか 雄山の頂上まで登って 神に近づきたいと思いませんか 室堂平は短い花の季節を過ぎて チングルマだけが風に巻かれています 雷鳥平の残雪はとうになく コケモモのみが鐘をならします ミドリガ池に神秘を探しましょう ミクリガ池に竜神を訪ねましょう 雄山には今神風が吹き始めて 立山の夏の終りは神妙です 雷鳥沢から 沢の浮き石に躓かないでください 雷鳥の子が三羽かけてゆきます 声が悪いなどと笑わないでください 親鳥がわざと躓いています ジグザグの道はゆっくり登りましょう たとえ道程が長くても 悠久の大自然の中では 一瞬のことでしかありません 剱沢が霧の中に消えてゆきます 剱御前が従容として控え 一服剱の奥に剱岳を隠しています 霧が晴れるまで根気よく待ちましょう アルプス三〇〇〇メートルの稜線です 雲は形を変え色を変えて神々を包みます 神々の領域に入ってはいけません 神々の庭を汚してはなりません 大日岳から 室堂乗越から剱岳の偉容を仰ぎました カガミ谷乗越から弥陀ケ原を眺めました タカネマツムシソウが一輪 ミヤマキンポーゲが一輪 ねじりハチ巻きがベソをかいています 急斜面の苦しい登りはなかったけれど 長々と続く稜線の縦走は あなたには厳しかったかも知れません 大日小屋のみなさんの優しさに 赤く燃えるストーブを囲んで 初めてのあなたは歌を歌い 夜のふけるまで語らいました 大日岳の霧が晴れて剱岳のお出ましです たなびく雲間より太陽がわずかにのぞいて きょう一日の始まりです あなたの微笑みに朝の光がいっぱいです トップへ 今日は、ここまで読みました。 -- 岬石 (2017-02-11 19 56 03) 稚拙な詩を残しました。 -- inada (2022-04-14 14 40 59) 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/greatpeaks/pages/49.html
K-0 バンナラム氷河BC 北西稜ルート攻略 バンナラム氷河BCのルートの中で最も風の強いルートである。キャンプ設営地点に問題があり、あまり一般的なルートではないのかもしれない。このルートもやはり、壁の連続登攀は避けられない。 岩壁は落石危険度が高い上に強風が吹きつけるため常に危険を孕む。一日中風が弱い日はほとんど無いので、ルート工作やキャンプ間移動、そしてアタックを行う事が極端に制限されてしまう。ルート工作は、隊員に凍傷、落石、滑落の危険性が高いので風の状況を見ながら行う。ある程度までルート工作をしたら省略してもよいかもしれない。 冒頭に書いたとおり問題点としてはキャンプを安全な場所に設営出来ない点である。6032m地点からルートを左に採って北西稜線上のリッジに安全に設営出来るが、スラブを2地点超えていかなければならなくなるためC2への移動が困難になってしまう。 尚、C2から頂上までの移動時間は約7時間半。C1からC2までの所要時間は最速で約8時間である。 登攀難易度 ★★★★★★★ キャンプ設営数 2 登攀セット 38個 登頂困難度 ★★★★★★ C1設営高度 6167m 登壁セット 30個 災害遭遇度 ★★★★★★☆ C2設営高度 7720m 整地セット 3個 戻る 作戦開始推奨月 参加隊員選抜基準 必要物資 ルート選択 キャンプ設営推奨地点 作戦開始推奨月 9月 参加隊員選抜基準 IMASランクS以上の隊員 必要物資 登攀セット:38個 登壁セット:30個 整地セット:3個 (12人の場合) 酸素ボンベ:使用 ルート選択 5532m地点:左 6032m地点:右 6499m地点:右 7188m地点:左 (右は行き止まり) 7384m地点:右 8155m地点:右 (左は行き止まり) 8360m地点:左 頂上へ キャンプ設営推奨地点 C1 6167m地点の雪原 (1張り設営可能) C2 7720m地点の岩壁 (設営不可。要整地工作) 戻る
https://w.atwiki.jp/is_sevenspiral/pages/230.html
猫神(防御) 作戦 作戦 攻撃の的にならないよう、稜線や丘の上などの高所をさけ、低地を移動する。 地形地理や自然条件、建築物などを盾や目くらましとして使い、防御・回避を行う 予め攻撃が来る方向を予測しておき、遮蔽になるであろう物を見つけておく。 凹凸のない場所はなるべく避ける。 レーザーを防ぐために煙幕や土煙を利用する。 相手が攻撃してきた際は体全体を攻撃線からはずすようにして防御する。 回避するときは常に建物の壁を背にする。 遮蔽物や塹壕、地面のへこみなどを利用して直接敵の攻撃をくらわないようにする 防御に使える物は全部使い、伏せの可能不可能に関わらず身を限りなく低くする。 敵の射戦に対して、90度に移動するようにする。 防御するため、しっかりとした足場を立ち回れるようにする 敵に接近して走り回ることで相手の視界から見えなくなり反撃を防ぐ 力みすぎないよう心がける(動きに柔軟性がなくなるから) 相手の勢いや距離、間合いを意識する 自分にとってベストの間合いで戦うことを意識する 気を抜かず、最後までしっかり防御に集中する 即座に行動できるよう自身の姿勢を意識し、常に維持する 敵の攻撃を回避する時はただ後ろに下がるのではなく斜め前方か後方に移動して回り込みすぐに反撃できるように体勢を整える。 敵の目の動き(赤い光の動き)から回避動作を選択する 敵の挙動をつぶさに観察し、少しでも不審な動きをすればすぐに回避行動を行う 不正規機動(重心を揺らしてふらふらと移動する)で、予測射撃を防ぐ。 RP ウル@ゴロネコ藩国「避けて避けてーっ」 ウル@ゴロネコ藩国「後ろに来てます!」 ウル@ゴロネコ藩国「右舷より攻撃きます!」 ウル@ゴロネコ藩国「ブータ、捌いてっ」 ウル@ゴロネコ藩国「耐えきって下さい!」 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/hmiku/pages/56950.html
【検索用 wll 登録タグ VOCALOID W いちいいず 初音ミク 曲 曲英】 + 目次 目次 曲紹介 歌詞 コメント 作詞:いちいいず 作曲:いちいいず 編曲:いちいいず 唄:初音ミク 曲紹介 曲名:『w❇︎ll』 真島ゆろ氏主催の『曲名統一企画2019』参加楽曲。 歌詞 (動画より書き起こし) 凪いだ街を縫う ぬるい風に靡かれ 淡く照る稜線の向こうに 思考、思慮は置いていこう 航海の延長線上 気体状に広がる 浅い夢に絆され どこまでも行けそうな Water Call 今はこのまま 街の匂いに包まれて Water Call 東雲色の空を流れていよう 視界は未だぼやけて 湿る空気を吸いこんだ 靉靆と棚引く煙を 眺めながらまた歩く 曖昧な輪郭が あなたとよく似ていて 鷹揚と生きる日々が 少しだけど変わっていく Summer Flow 気怠げな音楽が ノイズ混じりに聴こえる Summer Flow レコードはいつまでも回りつづけて Water Call 今はこのまんま 潮の匂いに包まれて Water Vall ずっとここで朝を待っていよう コメント 名前 コメント コメントを書き込む際の注意 コメント欄は匿名で使用できる性質上、荒れやすいので、 以下の条件に該当するようなコメントは削除されることがあります。 コメントする際は、絶対に目を通してください。 暴力的、または卑猥な表現・差別用語(Wiki利用者に著しく不快感を与えるような表現) 特定の個人・団体の宣伝または批判 (曲紹介ページにおいて)歌詞の独自解釈を展開するコメント、いわゆる“解釈コメ” 長すぎるコメント 『歌ってみた』系動画や、歌い手に関する話題 「カラオケで歌えた」「学校で流れた」などの曲に直接関係しない、本来日記に書くようなコメント カラオケ化、カラオケ配信等の話題 同一人物によると判断される連続・大量コメント Wikiの保守管理は有志によって行われています。 Wikiを気持ちよく利用するためにも、上記の注意事項は守って頂くようにお願いします。
https://w.atwiki.jp/hmiku/pages/61260.html
【検索用 あるなつのはしまり 登録タグ 2022年 CeVIO あ 可不 曲 曲あ 白風珈琲】 + 目次 目次 曲紹介 歌詞 コメント 作詞:白風珈琲 作曲:白風珈琲 編曲:白風珈琲 唄:可不 曲紹介 入道雲を追いかけて、旅人は明日を目指す。 そんな、或る夏の始まり。 曲名:『或る夏の始まり』(あるなつのはじまり) 白風珈琲氏の15作目。 歌詞 (piaproより転載) アルペジオから始まる、虚実世界 言葉だけつらと重ねた情景に 溶け出した、感情を一つ忘れてみた 棄てられたノートの切り端に書いた 忘れられない僕のワンダーランド 言葉に詰まって、泣いていたんだ 曖昧から逃げ出して、日々浚え 僕の手帖を開けば、空回りした過去 海底から空へ、僕ら雨の中 揺れて、答え探し 何時かの夢からはるばるやってきた あの頃描いた姿ではないけど 間違いなく、妄想した姿はしていたんだ 透明かつ純真な世界に 淡く青色を重ねた夏でした 道草して、回り道駆けて往く 稜線に掛かった月と、凪 描いた夜の景色 然して、近付いた気はしないな コメント 名前 コメント コメントを書き込む際の注意 コメント欄は匿名で使用できる性質上、荒れやすいので、 以下の条件に該当するようなコメントは削除されることがあります。 コメントする際は、絶対に目を通してください。 暴力的、または卑猥な表現・差別用語(Wiki利用者に著しく不快感を与えるような表現) 特定の個人・団体の宣伝または批判 (曲紹介ページにおいて)歌詞の独自解釈を展開するコメント、いわゆる“解釈コメ” 長すぎるコメント 『歌ってみた』系動画や、歌い手に関する話題 「カラオケで歌えた」「学校で流れた」などの曲に直接関係しない、本来日記に書くようなコメント カラオケ化、カラオケ配信等の話題 同一人物によると判断される連続・大量コメント Wikiの保守管理は有志によって行われています。 Wikiを気持ちよく利用するためにも、上記の注意事項は守って頂くようにお願いします。
https://w.atwiki.jp/mgwvhp/pages/235.html
2010夏北アルプス北部縦走 白馬大雪渓~海抜0メートル親不知まで 日にち 2010 7・20~7・25 メンバー 鈴木公子(55)川井宏作(61)渡部卓夫(61) 仁科茂子(61)高野 甫(64)中津川量子(65) 日程 7/20 新宿(10時00分あずさ11号)=猿倉山荘 7/21 猿倉-白馬尻-葱平-白馬山荘 7/22 白馬山荘-白馬岳-三国境-雪倉岳-小桜が原-朝日小屋 7/23 朝日小屋-朝日岳-吹上のコル-黒岩山-サワガニ山-犬ヶ岳-栂海山荘 7/24 栂海山荘-菊石山-白鳥山-坂田峠-親不知 親不知交流センター 「まるたん坊」 7/25 親不知=糸魚川=越後湯沢(上越新幹線)大宮=東京 「初体験 7月の北アルプス」 鈴木公子(55) 白馬の大雪渓を登る行列、槍の穂に溢れんばかりの人の群れ、小屋の混雑を考えるだけで 夏のアルプスには近寄る気がしなかった。 73歳にして初めて7月の北アルプスに登る機会に恵まれた。 なんともはや厳しい行程ではあったが落ちこぼれずに歩けて幸せをかみしめている。 7月20日 梅雨は明けたばかり。新宿から猿倉へ 2日目いよいよ縦走が始まる。白馬の大雪渓も私たちの前には数名の人が登っているだけだった。 左にそそり立つ杓子岳の沢筋から絶えず落石の危険がある。やっと雪渓を登りつめて振り返ると 20名あまりのグループがはるか下に登ってくるのが見えた。 しばらくしてピーっと鋭い笛の音。落石があったようだ。昼食をとっているところに登ってきた人に聞くと、 人の上半身程もある岩が、集団で登っていた列に落ちてきたらしい。 先頭の人たちは逃げたが、後ろのほうは間にあわず、あたってしまった人が横たわっているところを 登ってきたとのこと。大騒ぎになっているようだ。あの大雪渓を集団で登るのは危険なのではないだろうか。 上からの落石を列の後尾にいる人には見えない。よける間もなくあたってしまうだろう。 “落石危険速く通過せよ”と標識はあった。 速くといわれてもあの急斜面、アイゼンを効かせて直登するのが精一杯だ。 稜線に出て白馬山荘を目のあたりにしてからがきつかった「後300歩!」と言ったのは誰だ・・・? あえぎながら数えたら1200歩以上あったよ! 白馬の山頂からなだらかに広がる緑の南面は牧歌的。西に旭岳がでんとすわっている。 大雪渓から見上げた杓子岳は鋭い岩の剣がそそり立つようだった。西側からはそんなに尖がってはみえない。 あの後ろ側で絶えず落石がおきていると思うと恐ろしい。 白馬山荘と白馬岳山頂 3日目は朝日小屋をめざして6時前に出る。白馬山頂の北側は牧歌的というわけにはいかない。 こちら側から登ってきた人には三国境から最後の苦しいアルバイトを強いられるだろう。 晴天に恵まれ鉢ヶ岳、雪倉岳と快適な稜線歩き。チングルマやタカネリンドウ、コマクサ、にも会えた。 けれども11キロのザックは重い。もう寝袋持参の山は遠慮しよう。朝日小屋は遠かった。 あとで本を見たら水平道という言葉に釣られて巻き道に入らない方がよいと書いてある。 アップダウンは激しいし雪渓の状態で通行不能になることもある・・・と。 我々も“なんでこれが水平道なの?こんなに降りたくないよー!”“雪渓が崩れていて道に降りられない” などといいながら歩いたのだった。 本には朝日に登っていくのと時間的に変わりないとある。そちらの方がずっと歩きやすそうだ。 けれどもあの可愛らしい水芭蕉やリョウキンカ、ワタスゲの群落、見事なキヌガサソウ、サンカヨウは あそこでしか見られない。白山コザクラのお花畑も独占して楽しめたのはひとえにあのとんでもない 水平道のおかげなのだ。水平道は永久にあのままであれ。とはいっても二度と歩きたくない道でもある。 4日目。無人の栂海山荘に向けて出発。長栂山、黒岩山、サワガニ山、犬が岳・・・・。 登ったり、下ったり。アイゼンを付けるまでもないけれど滑りやすい雪渓、地塘、木道。 タカネバラ、シラネアオイ、ゴゼンタチバナ、キンポウゲ、などの花たち、 鳥博士の卓夫さんがおしえてくれた、鶯、ホトトギス、オオルリ、コルリ、クロツグミの 声を励みに苦しいアップダウンを繰り返しやっとついた栂海山荘。 犬ヶ岳を越える手前の最後の水場で汲んできた貴重な水でご飯と味噌汁を作って食べ、 日暮れと同時に寝る。夜は長い。 栂海山荘からみる日の出 5日目。今日は下るだけ。夜にはお風呂とビールが待っている! 早朝4時50分小屋を後にする。黄蓮山、菊石山、下駒山、白鳥山、坂田峠・・・・. 200m下って100m登り、50m下ってまた100m登る。 こんなところ絶対登りたくないと話しながらはるか遠い親不知の海をめざして 2本の足をひたすら前に出すしかないのだった。 金時坂なる急な下り、登るよりましかもしれないが、下るのも並大抵のきつさではない。 ようやくのことで車道の坂田峠に到着。時間も時間だし、携帯が繋がれば車を呼んで足の痛い人が 重いザックをひとまず宿へ運ぶという案、衆議一決。 わーい身軽に歩けると喜んだのもつかのま、携帯が繋がらない。しかたなくまたザックを背負い山道に入る。 糠よろこびのあとのザックはよけいに重い。ここで親不知から登ってきた人に会った。 我々が今苦戦を強いられたその道を登ろうとしている。思わず大変ですねと言ってしまった。 とても小屋まで行かれる時間ではなかった。水場まで行かれただろうか。テントは持っているようだったが、 テントが張れるようなところもなかったような気がする。しかも一人で・・・。無事を祈って見送った。 さらに登ったり、下ったりを繰り返し3時間半。 熊出没注意の標識を見て、カランコロンとアルミのカップを叩きながら歩いた。 最後に一気に400m余り急坂を下ってやっと栂海新道の入口についた。 日はもうすぐ日本海に沈もうとしている。午後6時過ぎ。暑い!アツい! 親不知まるたん坊の車に乗せた貰った時のクーラーの心地よさ! 新しい車のシートを泥んこのズボンで汚してしまってごめんなさい。 まるたん坊の玄関にザックを下し水道の水で登山靴の泥を洗い落とす。 チェックインは階段を上がったところと聞いてがっくり。部屋はさらにその上と聞いてウへッ! 5日ぶりのお風呂・・・。汗を流しシャンプーをし、念入りに体を洗ってからお湯につかる。 最後まで全員歩けた喜び・・・。 冷たいビールで乾杯!このビールのために歩いたのだ!こんなハードな山。 体重が2キロ減るはずなのになんと体重計は2.6キロもオーバー。 ばあさんがハードな山歩きで太るとは知らなかった。 初めての夏の北アルプス。人ごみとは無縁なお花畑を満喫することができた。 これからは歳相応に荷物を軽くしていかれる山を楽しむことにしよう。 写真 高野 甫(64) コースタイム *記録 渡部卓夫(61) 7月20日(火) 新宿∸白馬=猿倉16:00 7月21日(水) 起床4:30 朝食5:30 猿倉荘6:05-白馬尻小屋7:05~7:23アイゼン装着7:42~7:50-雪渓にて休憩 8:40~8:50避難小屋にて昼食11:20~11:50稜線上(村営小屋)13:20~14:00 白馬山荘 7月22日(木)早朝曇りのち晴れ 白馬山荘起床4:30 白馬山荘5:57‐6:12白馬岳頂上6:23‐鉢が岳手前7:35‐7:49雪渓にて飲料水補 給8:25-8:35雪倉岳手前9:30‐9:45雪倉岳山頂―沢にて昼食11:05~11:40 -小桜ヶ原着12:35‐朝日小屋15:08 7月23日(金)早朝曇りのち晴れ 朝日小屋起床4:00 朝日小屋4:40‐朝日岳5:46-アヤメ平8:25‐黒岩平10:50黒岩山11:10-文子 の池にて昼食11:50~12:35-13:30サワガニ山-北俣の水場14:35~15:10-犬ヶ 岳16:05-栂海山荘16:15 7月24日(土)快晴 栂海山荘 起床4:30 栂海山荘4:50‐黄蓮山5:55‐黄蓮の水場(ブナ林)6:55~7:20-下駒岳8:35-水場- 11 20~11 35白鳥山山頂11 40-シキ割の水場にて昼食12 20~13 00- 坂田峠14 15~14 35-尻高山15 15-親不知登山口18 30 =車にて親不知交流センター”まるたん坊“ コメントや感想など自由にどうぞ。 諸老人。お疲れさんでした。うらやましいとは言いません。 それでも女は強い。あやかりたい。吊りかねたい。 -- 63年度小澤 (2010-08-14 13 51 09) 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/kuac/pages/28.html
8/26 横浜キャンパス-新宿駅-ムーンライト信州号(車中伯) 部室に昼過ぎに集合。パッキングを終わらせてのんびりしていると、落合監督が見送りに。ドライフルーツと、明日の朝食用にシュウマイと柿の葉寿司を頂く。ラーメン屋で夕飯を食べ、20時半ごろに新宿駅に。出発まで3時間以上あるので、待合室で仮眠などを取りつつ過ごす。23時53分にムーンライト信州83号で出発。183系と旧国の古い車体だけあって揺れる揺れる。おまけに減光もないのでまったく眠れない。結局大月ぐらいまで起きていたのじゃないだろうか。 8/27 信濃大町駅-扇沢出合-爺ヶ岳-冷池山荘 5時8分、定刻どおりに信濃大町駅に到着。一番バスまで時間があるので、ロータリーで朝飯でも食べようかと思っていたら、扇沢までバス代と同価格でタクシーが運んでくれるというのでそれに飛び乗る。3~40分ほどで扇沢出合に到着。朝飯を食べ準備運動をし、6時半に行動開始。天気はよくもなく悪くもなく。種池山荘に出た頃には青空も見えたが、すぐにガスが上がってくる。少し腹がもたれてペースが遅くなる。13時過ぎに冷池山荘到着。山荘についても幕営場所はまだ上とのことでさらに10分ほど歩いて到着。ラジオの感度が悪く、翌日の天気がわからない。 8/28 冷池山荘-鹿島槍ヶ岳-五竜岳-唐松頂上山荘 4時過ぎに冷池山荘出発。相変わらずガスが濃いが、雨は降りださなかった。一時間ほどで布引山に。ここから鹿島槍の吊尾根が見えるかと思ったが、やはりガスに隠れて見えず。仕方がないのでそのまま鹿島槍に向かって再び歩き出す。さらに一時間弱で鹿島槍ヶ岳南峰に。北峰へは行かず、そのまま五竜を目指すことに。写真を撮影し、行動食を口の中に掻きこみ、今日の核心部である八峰キレットに向けて出発。視界は少しずつだが良くなってきている。悪くならないうちにこの難所を越えたい。小屋がはるか下に小さく見える。ここからあんな所まで一気に下るというのか。慎重に下降を開始。梯子、鎖と苦手の岩場のくだりに少し時間がかかる。徐々にキレット小屋の屋根が近くなり、安心感が芽生え始める。せまい鞍部に設けられたキレット小屋に到着し、休憩。後も前も、圧倒的威圧感を持った岩壁に囲まれている。よくここまで下りたなと自分をねぎらう一方で、またこんなのを登るのかとも思っていた。小屋の裏から岩峰を回り込むように登り始める。さっきのくだりに比べればまだ楽な登りだ。無事にキレットの登りを終え、息を整える。日本三大キレットの一つを無事に越えた喜びに浸っていると、横から宮守先輩が「いやぁ、大キレットに比べたら大した事なかったわ」。喜び半額、消費税還元大セールといったところだ。五竜までまだ長いがチャキチャキ進もう。口ノ沢のコル、北尾根の頭と快調に通過して行き、分岐に荷物をデポして空荷で五竜頂上を往復。さあ、あとは唐松だ。宿泊予定地は五竜山荘だったが、不帰を疲れのたまっていない朝一にしようということで、今日の行動は唐松頂上山荘までになった。進路を北東に変え白岳へ、そして五竜山荘を通過し一気に下る、大いに下る、いやになるほど下る。どれだけ下るかといえば、森林限界に再突入してこれからの登り返しが想像するだけでいやになるくらいに。まあそうはいっても登らないと寝床につけない。さっさと登ってしまおう。しかし大黒岳の手前あたりから、山口君のペースが一気に下がる。これまでも登りがつらそうだったが、登りに入ると急に足を止めてしまったり、×印が付いているほうに無理やり進もうとしたりとだいぶまいっているようだ。その度に正しいルートを指示し励ましながら歩く。周囲は少しずつ暗くなってきている。ヘッドライトを点灯させ黙々と歩く。先に行っている宮守先輩はとうに小屋についているだろう。テントは自分が持っているから設営も出来ず待たせるのは悪い。とはいっても山口君をここには置いていけないし、これは困った。そう思ったときに不意にコールがかかった。慌ててコールを返すと宮守先輩が空荷で様子を見に来てくれていた。ここまでの状況を報告し、山口君を宮守先輩に任せ先に小屋に向かう。もうほとんどの登りを終了しており、あとは緩やかな道を10分ほど歩いて小屋にはすぐに到着した。テント場の位置がわからないので受付にて聞いた後テント場に向かい設営、10分ほど送れて二人も到着し一安心となった。 8/29 唐松頂上山荘-唐松岳-不帰-天狗ノ頭-村営白馬頂上山荘 今日はある程度明るくなり、ガスが取れてから行動ということで、6時半に出発。小屋には中学生ぐらいの子供達が大勢いた。学校登山だろうか。小屋から15分ぐらいで唐松頂上に。山口君は昨日の疲労が抜けてないのかやや遅れ気味。結局今日も3番手について彼のサポートとなった。いよいよここから今回の合宿の核心、不帰に突入だ。今日は出発時からハーネスにデイジーをつけている。ロープを出すほどではないだろうが、ヴィアフェラータで通過すると出発前から取り決めてあった。そうこうしてⅢ峰ピークに到達。その後も7時40分にⅡ峰南峰を無事通過しⅡ峰北峰のピークまで辿り着いた。さあ、いよいよここからだ。最初の緩くも滑りやすいくだりで最初のヴィアフェラータ。岩を巻いてトラヴァースをし、テラスが切れたあたりから再度ヴィアフェラータ。スタンスの狭い部分のトラヴァースに少しおっかなくなる。そして鎖を手がかりに垂直の下りを終え9時に鞍部に降りて一安心。岩陰に身を置いて一本取る。Ⅰ峰を登りきり一気に下ると大きな斜面が待ち構えていた。「これ、天狗の大下りですよね?」「多分な…」「キレットって今の下りっすか?」「多分な…」「あっさり終わりましたね」「そうだな…」「…三大キレット踏破おめでとうございます」「…ありがとう」。今回の合宿の核心であった不帰はあっさり終了。天狗の大下りも、こちら側からだと登りになるが、いいペースであっさり終了してしまった。鑓温泉からの道と合流し、白馬三山に入る。白馬鑓、杓子は巻き道を使用ということも決めてあったので、あとは頂上山荘に向かうのみ。宮守先輩はすたこら行ってしまったので、鑓の頂上へ向かう道を横目にまた山口君と二人で歩く。鑓と杓子の鞍部はもう過ぎたと思ったのだが、なかなか杓子の頂上へ向かう分岐が表れない。徐々に不安が強くなってきたとき、追討ちをかけるように雨が降ってきた。思えば7年前、初めてのアルプス、白馬に登ったときも、杓子のあたりで雨に降られたんじゃなかったっけか。よくよく白馬とは相性が悪い。雨具を着込み先を急ぐと、鞍部に宮守先輩が待っていた。まさかこの鞍部は鑓と杓子の鞍部?この先に聳えるのが杓子なのか?恐る恐る質問してみると、この先はもう白馬だといわれた。最初は半信半疑だったが、右手に見える大雪渓を目にして、ようやく理解できた。白馬への最後ののぼりを登りきり、右手に山荘を見ながら大きく弧を描き進む。そしてテント場への下り道を駆け下り頂上山荘に到着した。 8/30 白馬頂上山荘-白馬岳-雪倉岳-朝日岳-朝日小屋 4時20分に小屋を出る。がんばれば白馬の頂上でご来光を拝めるかもよと言っていたが、残念ながらガスで見えず。5時過ぎに白馬の頂上をあとにする。今日は栂海小屋までのロングルート。早いところ行こう。昨日までの難所の連続がウソのような快適な稜線歩き。天気もよくなり多少展望が利くようになる。はるかに雪倉岳、朝日岳とこれから進む稜線が見える。サクサクっと距離を稼ぐ。途中一箇所厄介な雪渓のトラヴァース。がちがちに雪が固まっており蹴りこむのはまず不可能。そーっと足を置いて、慎重に通過する。鉢が岳の裾を巻いて雪倉岳へ。途中高山植物のお花畑があり目を楽しませてくれる。残念ながら頂上では展望が利かなくなってしまった。広い稜線を駆け下り、次の朝日岳を目指す。11時45分に朝日岳到着。この後、栂海新道を経て栂海山荘へ向かう予定だったが、強い雨が降ってきたこと、疲労度合いなどをから今日の行動を切り上げ朝日小屋へ向かうことに。朝日小屋には12時着。開放的で広々としたテント場。音楽を聴きながらのんびりと休む。撤退を決めたとたんに天気が回復するのは嫌がらせか? 8/31 朝日小屋-黒岩山-犬が岳-白鳥山荘 目覚ましの故障で1時間の寝坊、4時に起き5時半に出発。朝日岳への登りの途中、左手に富山の町の灯が見える。1時間ほどで朝日岳に到着。前日に既に登頂しているので、すぐに出発。朝日岳を下り、蓮華温泉との分岐地点で「至日本海」の看板を目にする。いよいよ海への下山、気分が高揚するのがわかる。長栂山はガスで展望が利かず。晴れていれば日本海まで良く見えただろう。右手にこれから進む稜線を見ながら歩く。あの小屋の手前が犬が岳だろうか。ならば今日はそれより更に進まなければならない。まだまだ先は長い。途中コース整備中のさわがに山岳会の方と何度もすれ違う。「もっともっといいコースにしてやっからなー」頼もしい言葉である。独力でコースを切り開き、整備をし、小屋を建てるその行動と理念に感謝と尊敬する。しかし樹林帯は雨でぬかるみ、滑りやすい木の根、胸突きの急登の連続と予想以上にタフなコースだった。犬が岳直下の水場で休んだとき、思わずうたた寝をしてしまう。14時に犬が岳山頂。ここでは休まず5分ほど下った栂海山荘にて休憩。ここのトイレは屋外にあるが、崖に二本鉄の足場を組み、その足場の間から用を足すというかなり原始的かつスリリングなトイレであった。今までの山で一番怖いトイレであった。10分ほど休憩し出発。我々の宿はここではない。まだ先へ進まねばならない。相変わらず山口君は登りでつらそうになり、ペースもあがりそうにない。菊石山直下で休憩していると、後からものすごい勢いで単独行の人が我々を追い越していった。すごいペースだ。この時間にここに居るということは白鳥山荘へ行くのか、いやそれを通り越して一気に下山してもおかしくない速さだ。18時過ぎに白鳥山荘に到着。ここからも富山の町が良く見える。いよいよ明日はあそこに下りるのだ。 9/1 白鳥山荘-坂田峠-親不知海岸-親不知駅-帰浜 5時に起床。行動食が昨日尽きてしまったため、お茶漬けに餅を入れる。6時に山荘出発。いよいよ日本海への下りだ。1時間ほどで坂田峠に出る。そしてここから下りる道は金時坂というらしい。金太郎の伝説でもあるのだろうか。さらに1時間歩き、1週間ぶりのアスファルトを踏む。とは言ってもここは横切るだけ。再度階段を登り山道に入る。送電線にゴルフ場とかなり下界の俗物が増えてきた。雲上の生活ももう終わりに近づいている。アップダウンを繰り返し入道山の山頂に立つと、北陸本線の電車の音、北陸道、国道8号線を走る車の音がうるさくなってくる。右手にはさっきからずっと日本海。下りるに従いセミの声もうるさくなってきた。音の主役はいつのまにかツクツクボーシになっている。わずか1週間下界を離れただけでも、季節の移ろいを感じる。屋根が見える。ホテルの屋根だ。あそこで終わりだ。無我夢中で歩く、歩く、歩く。そして、不意に金網越しに視界に国道が飛び込んできた。そのまま国道沿いを20mほど歩き、9時半、長栂新道登山口に下山した。ストックを振り上げ雄たけび。工事の警備員が何事かとこちらを見たが、そんなことかまわず。道路を渡りホテルの駐車場で荷物を降ろし軽く一息。そして100m一気に駆け下りて日本海へ。潮の香りが気持ちいい。歩ききった。3000m級の山から、一気に海抜0mまで下りてきた。自分の憧れのルートを、自分の計画でやり遂げた。今までの合宿で感じたことのない満足感が体を包んでいた。なにをするでなく、海に素足を晒し、ただただ海に突っ立っていた。20分ほどそうしていただろうか。海への名残も惜しいが、ひとまずホテルに戻ることに。この海岸からの100mの登りが、もしかしたら今回の合宿で一番つらかったかもしれない。ホテルの温泉で山の疲れを癒し、親不知駅へ送ってもらい鈍行を乗り継ぎ帰浜。今年の夏合宿は無事に終了した。
https://w.atwiki.jp/breakarts2/pages/55.html
クラス6 クラス概要 AIの攻撃も熾烈になってきており、プリセットままでは勝利をつかむことは難しい。 機体の推力を見直したり、武器の連射力の強化をするなりして対抗したいところ。 Surrealism 3rd Phase 難易度 ★6 コース Memoried Ocean 周回数 2 登場機体 AmaryllisOrageHuracanMagoniaSCOTTIE 報酬 1st $99002nd $82503rd $6600 リバースシフト 使用可 攻略メモ AIがプレイヤーより開幕に確実に前に出てくるレベルにまで強化されているので、頭からつぶしていけば割と問題はない。 ただし、キャノンだけはコースの稜線を超えて撃ってくるのでそこだけには事故だけがないように祈りたい。 Bar SOLDIER 難易度 ★6 コース for racerV27 周回数 2 登場機体 BegleitenSG1 SentinelSG3 EnfocerSG3S MarauderSG5 Krieger 報酬 1st $99002nd $82503rd $6600 リバースシフト 使用可 攻略メモ 攻撃的な機体ばかりがいるレース。 また、SG1 SENTINELという機体が他の機体と比べて素早いため、突出を許すと一位の奪還は非常に困難であるため、多少のダメージは覚悟して序盤に追いかけてブレイクないし致命傷は与えておきたい。 CRITERIA No.1 難易度 ★6 コース A2-AMBIVALENT ATTITUDE 周回数 2 登場機体 CRITERIA-01CRITERIA-02CRITERIA-03CRITERIA-TypeBDCRITERIA-Type01X 報酬 1st $99002nd $82503rd $6600 リバースシフト 使用可 攻略メモ クライテリアばかりのレース。 一見弱そうに見えるが、AIレベル+クライテリア自体の完成度が高いため普通に強い。 幸い耐久値は常識的範囲に収まっているので逃がさず潰していくことを心がけたい。 SUPER RIGHT CARNIVAL 難易度 ★7 コース Fairy Clouds 周回数 2 登場機体 Humming BirdgreyhazeHawk mothStella/orbisSirius 報酬 1st $123002nd $102503rd $8200 リバースシフト 使用可 攻略メモ 軽量機体揃いのレース。 が、すさまじく早く下手をすると射程から逃げられることが往々にしてあるため、フレーバーテキストを完全無視して重量機体で蹂躙し、最後は軽量機で駆け抜けるのがベター。