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王女一行が校門前に到着し馬車からアンエリッタ姫が降りてくると、門の前に並んでいた生徒から歓声があがった。凄い人気である。 最も、ここにいる生徒はメイジであるにしてもあくまで子供である。親が良からぬ事を考えているにしてもここの生徒の世代ならいくらか洗脳が効くだろう。学校とは学びの場でありつつも、そういう場であることもある。 だが、それでも興味無さそうにしているのも何人かいた。キュルケやタバサといった留学生達、そして生徒ではないポルナレフである。 「あれが王女か。凄い人気みたいだが、実際はどうなんだろうな。」 「どういう意味?」 「あの笑顔が嘘臭いという事だ。何と言うか、人の顔を見て作られた表情という感じがする。」 「なんでそう思うの?」 「30年も生きてきたらそれぐらい分かるさ。」 ふーん、とキュルケが頷く。だが、ポルナレフは自分の思ったことが単なる杞憂であることを祈った。もし本当にそうなら、たとえ尊敬していないにしても、あまりにも不憫に思えたからだ。 そういう環境で育てられた人間はよっぽどの転機が無い限り堕落していく。そうやって堕落しきった人間は望んでもいないのに将来的に非難されるのだ。 (もっとも、異邦人の自分にはどうしようもないことだが、な。) そう思うと列の方に目をやった。ギーシュや一部の男子が熱狂的にアピールしていたり、女子は女子で王女の美貌を羨ましがっていたりした。 だが、自分の主人であるルイズはその中でポケッと頬を赤く染めながら皆とは違う方を見ていた。その視線を追うと隊長らしき一人の貴族を見ているのが分かった。 見事な羽帽子、そして髭。正にダンディにしてどことなく繊細な感じを持つ、絵に書いたような美丈夫である。 (…一目惚れか?歳は離れているみたいだが、青春しているな。) ポルナレフはルイズの様子を見てそう思った。 夜になって部屋に戻ってもルイズはまだポケーッとしていた。さすがに不安になってきた。 「ルイズ、一目惚れした気持ちは分かるがいい加減しっかりしたらどうだ?貴族ならまた出会う事もあるだろう?」 それでもまだポケーとしていた。今は駄目だが、いくらなんでも明日になったら戻っているだろう、と考えるとさっさと寝ようとしたその時、部屋のドアがノックされた。 不器用に初めに長く二回、次に短く三回… ルイズが動く気配がしないので仕方なくドアを開けた。 ドアの前にいたのは黒い頭巾を被り、黒いマントを身に纏った一人の女 バタン。 危ない危ない今の女は多分人違いだろう。きっと隣のキュルケに用があるに違いない。こんな時間にルイズに会いに来るほど酔狂な奴なんかいるまい。だいたい俺の周りに来る女は災厄を持ってくる。 「え、ちょっと今の誰!?」 小声でそう言うと先程と同じ調子でドアを叩いてきた。居留守を決め込んで無視した。 「ルイズ!?いるんでしょ?ルイズ・フランソワーズ!」 無視すること約15分。ルイズがその小さな声にようやきはっとしてドアに近付き開けると、外からさっき見た女が入って来た。いくらか怒っているらしく、ルーンを唱えると些か荒っぽい動作で杖を振った。 「……ディティクトマジック?」 ルイズが尋ねるとコクリと頷き、 「どこに目や耳があるかわかりませんもの。」 と言って頭巾を外した。頭巾の中から現れた顔は端正に整っていたが、その両眼はまるで猛禽類のように吊り上がりこっちを睨み付けていた。 目を除けば昼間見た気もするが、誰だったかな。 「ひ、姫殿下!」 あのルイズが床にひざまずいた。ああ、あの王女様か。あんな顔してたのにえらい変わりようだな。 「お久しぶりね。ルイズ・フランソワーズ。」 王女様は感極まった表情をするとルイズを抱きしめた。 「ああ、ルイズ、ルイズ、懐かしいルイズ…」 …やばいな…王女様、ルイズを抱きしめてるけど目が明らかに笑ってない。まだにこっちを睨んでる… ジョースターさん…また、あれをお借りします。 「二人は何故かは知らんが親しいようだな。二人だけで話し合いたいこともあるだろうし、邪魔者はしばらく外に出ていよう。」 と言って紳士らしさを装い部屋の中から逃げた。後ろから来る視線が痛いが気にしない。 部屋から出るとすぐにギーシュと遭遇した。 「夜中の女子寮で何やっているんだ?貴様は。」 「い、いやモンモランシーに会いに行こうと思ってさ…」 「ここはルイズの部屋だが…貴様、さては二股に飽き足らず…!」 「ち、違う!」 ギーシュが慌てて否定する。 「本当のことを言うとだね、彼女の部屋に黒いマントと頭巾の人が入ってきたろう?横顔をちらっと見たんだけど、姫殿下らしかったから気になって…」 ギーシュの言い訳が終わるのを待ってからギーシュと別れた。 15分も待ち続けるとはこいつ、無意識ではあるがストーカーだな。このことを種にしたらこいつもギトーのような金づるに出来そうだ。 懐かしいヴェストリの広場に来た。ベンチに腰掛けるが夜中なだけあって誰もいなかった。 「友達…か。」 ルイズと姫を見て十年以上前、エジプトへ旅した時に得た仲間達…真に心の内を伝え合うことの出来た、掛け替えの無い親友達を思い出した。 帰ってこないのが二人と一匹、そして連絡を絶たれたのが二人。 いまや自分も帰れない仲間に入った。 若き希望の為に命を賭し…そして戦いに費やした人生は戦いの中で終わった。だが、もう戦わなくてすむとなるとホッとした所があった。心の安らぐことがほとんどなかったからだろう。 (もう闘いはいらない…心落ち着くような平和な生活がしたい…) 肉体が戻った今、心からそう願っている。長年会えなかった友人達にも会いたい。だがその願いは… 空を見るとそこには輝く月が二つ。別世界にいるという何よりの証明。それを見て涙を流した。 ここは別世界なのだ。自分の故郷も無い、知り合いもいない、孤独な世界…もう帰れないかもしれないと思うとますます淋しくなった。 「ミスタ・ポルナレフ…。」 不意に声をかけられた。顔を上げると素晴らしいハゲ頭をしたコルベールがいた。 「隣に座らせていただいてもよろしいですかな?」 「…」 ポルナレフは無言で頷いた。よいしょ、とコルベールが隣に座った。親父二人、あまりにも不愉快な光景である。 「みっともない所を見られたな…」 ポルナレフが切り出した。 「いやいや、誰でも泣きたいときはありますし、泣きたい時は泣くべきですぞ。」 「…そうか?」「そうですぞ」 ポルナレフとコルベールは笑いあった。親父同士伝わるものがあるのだろう。 「しかしこんな夜更けにどうなされた?」 「月が綺麗だったから散歩したくなってな…」 ポルナレフは嘘をついた。ルイズの部屋に王女がお忍びで来ているからとは言えないからである。 「私もですな。」 コルベールが空を見上げた。先程のポルナレフと同様、物憂げな表情をしている。ポルナレフはそれを見てきっと思い出したく無い過去があるのだろう、と思った。だから、それには触れないように返事をすることにした。 「へえ、意外だな。貴方がそんなにロマンチストだなんて…」 「はは…私のような者でもたまには月を見て散歩したくなる日もあります。」 「そういうものかな?」「そういうものです。」 ははは、と二人はまた笑いあった。笑い終わった後、しばらく二人は何も喋らずに月を眺めていた。だが、二人の間には友情という絆が確かに芽生えていた。 「ただいま。」 ポルナレフはコルベールと別れてルイズの部屋に帰って来た。 「遅かったわね。」 ルイズが多少嬉々とした様子で迎える。 「姫様は帰ったのか?」 「ええ。」「…ルイズ、何があった?」 ルイズの機嫌がやけにいいのが気にかかり、ポルナレフが尋ねた。 「姫様からアルビオンの皇太子様の持つ手紙を返して貰ってこいと言われたの。姫様から直々だし、すごい名誉よ。だから明日、早朝からラ・ロシェールへ行くわよ。分かった?」 そう言うとルイズは明日が待ち切れなさそうに布団を被った。それと対称的にポルナレフがまた女難か、と嘆いたのは言うまでもない…。 To Be Continued...
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契約! クールでタフな使い魔! その② 承太郎が左手を押さえてうめいていると、コルベールがやって来て刻まれたルーンを見た。 「ふむ……珍しい使い魔のルーンだな。さてと、じゃあみんな教室に戻るぞ」 そう言って彼は宙に浮く。その光景に承太郎は息を呑んだ。 いつぞやのポルナレフのようにスタンドで身体を持ち上げている訳ではない。 本当に宙に浮いているのだ、恐らく魔法か何かで。 そして他の面々も宙に浮いて城のような建物に飛んでいった。 「ルイズ、お前は歩いてこいよ!」 「あいつ『フライ』はおろか、『レビテーション』さえまともにできないんだぜ」 フライ。どうやらそれが空を飛ぶ魔法のようだった。 そしてその魔法が使えないらしいルイズと二人きりで承太郎は残される。 「……あんた、何なのよ!」 「てめーこそ何だ? ここはどこだ? お前達は何者だ? 質問に答えな」 「ったく。どこの田舎から来たのか知らないけど、説明して上げる。 ここはかの有名なトリステイン魔法学院よ!」 「…………」 魔法学院。本当にこいつ等は魔法使いらしい。ファンタジーの世界らしい。 それでも念のため、ここが地球であるという願いを込めて承太郎は問う。 「アメリカか日本って国は知らないか?」 「聞いた事ないわねそんな国」 仮にも人を平民呼ばわりする文化圏の連中が、世界一有名なアメリカを知らぬはずがない。 つまりここは地球ではない可能性が極めて高い。 「じゃあここは?」 「トリステインよ」 魔法学院と同じ名前……すなわち……。 承太郎の推理が正しければ! ここ! トリステイン魔法学院はッ! ほぼ間違いなくッ! 国立だッ!! ド―――――z______ン もっともこの学院が私立だろうと国立だろうと知ったこっちゃない話だ。 重要なのは。 「つまりこういう訳か? お前達は魔法使いだ……と」 「メイジよ」 「…………」 どうやら呼び方にこだわりがあるらしい。 とりあえず当面はこのルイズからこの世界の基礎知識を学ぶ必要がありそうだ。 他に今のうちに訊いておく事はあるだろうか? 承太郎はしばし考え――。 「てめー、何で俺にキスしやがった」 ルイズが真っ赤になる。そりゃもう赤い。マジシャンズレッドより赤い。 「あああ、あれは使い魔と契約するためのもので……」 「この左手の文字。使い魔のルーンとか言ってたな」 「そうよ。それこそあんたがこの私、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔になった証よ。 つまり今日から私はあんたのご主人様よ、覚えておきなさい!」 「…………やれやれだぜ」 こうして校舎まで戻ったルイズは、承太郎を入口に残して教室へと入っていった。 そして授業が終わってルイズが出てくるまで、承太郎は考え事をしていた。 空条承太郎。十七歳。 母ホリィの命を救うため、百年の時を経て復活した邪悪の化身DIOを倒し、 仲間を喪いながらも日本へ帰ってきて数ヶ月……。 DIOとの戦いで受けた傷もすっかり癒え、 祖父母のジョセフとスージーQはアメリカに帰り、 少し真面目に高校生活を送るようになっていた。 そんなある日、彼の前に突然光る鏡のようなものが現れた。 スタンド攻撃かと思った。 戦闘経験の豊富な承太郎がその光に警戒しない訳がない。 だが……その時の承太郎は電車に乗っていたのだ。 座席は埋まり、車両内には何人かの乗客が吊革を手に立っていた。 承太郎もその中の一人だ。 そして、突然目の前に光が現れて、避けようと思ったが、みっつの要因により失敗した。 ひとつ、車両内に逃げ場がほとんど無かった。横には乗客が座っているし、上は天井だ。 ふたつ、承太郎は物思いにふけっていたため反応が遅れた。 みっつ、光の鏡は電車ごと移動するような事はなく、承太郎は電車の速度で鏡に突っ込んだ。 そして気がついたら、ここ、トリステイン魔法学院にいた。 「……やれやれだぜ」 日が暮れる。腕時計を見る。 本来なら今頃、適当な花屋で花を買って、花京院の墓に添え、帰りの電車に乗っている時間だ。 結局墓参りどころか、花さえ買えずこんな所に来てしまうとは。 (こういう訳の解らないトラブルはポルナレフの役目だぜ) 何気に酷い事を考える承太郎だったが正しい見解でもあった。 そして授業を終えたルイズに連れられ、承太郎は学生寮のルイズの部屋に通される。 十二畳ほどの広さの部屋には、高級そうなアンティークが並んでいた。 そこで承太郎はルイズが夜食にと持ってきたパンを食べながら、 開けた窓に腰かけて静かに夜空を眺めている。 「ねえジョー……えっと、名前なんだっけ?」 「承太郎だ」 「ジョータロー。あんたの話、本当なの?」 「…………」 無言。肯定なのか否定なのかも解らない。ルイズはちょっと苛立った。 「だって、信じられない。別の世界って何よ? そんなもの本当にあるの?」 「さあな……。少なくともここは、俺の知る世界じゃねぇ。あの月が証拠だ」 「月がひとつしかない世界なんて、聞いた事がないわ。 ねえ、やっぱり嘘ついてるんでしょう? 平民が意地張ってどうすんのよ」 「俺を平民呼ばわりするんじゃねえ!」 一喝すると、ルイズはすぐ驚いて黙る。それだけ承太郎の迫力がすごい。 だがプライドが非常に高いルイズは負けっぱなしではいない。 すぐに何か言い返そうとして――承太郎が懐から何かを取り出すのを見た。 「何よ、さっきパン上げたでしょ? 食べ物を持ってるなら最初からそれ食べなさいよ」 承太郎が取り出したそれを口に運ぶのを見てルイズは意地の悪い口調で言った。 承太郎は細長い棒状の食べ物を咥えたまま、ルイズを睨む。 実は普通にルイズに視線を向けただけだが、睨まれたとルイズは思った。 「てめー……タバコを知らねーのか?」 「は? タバコ? あんたの世界の食べ物?」 「……やれやれだぜ」 そう呟くと、承太郎はタバコを箱に戻し、懐にしまった。 「食べないの?」 「食べ物じゃねえ」 この世界にタバコが無いとすると、今持ってる一箱を吸い終わったら補充不能。 それは喫煙家の承太郎にとってかなりの苦痛だった。 「ルイズ、てめーの説明でこの世界の事はだいたい解った。 ハルケギニアという世界だという事も、貴族……メイジと平民の違いも。 だが一番重要な事をまだ説明してもらってねーぜ……それは……」 「何よ?」 「俺が元の世界に帰る方法はあるのか?」 「無理よ」 曰く、異なる世界をつなぐ魔法などない。 サモン・サーヴァントは元々この世界の生き物を使い魔として召喚する魔法。 何で別の世界の平民を召喚してしまったのかなんて全然ちっとも完璧に解らない。 だいたい別の世界なんて本当にあるのかルイズは信じきっていないようだ。 何か証拠を見せろ、と言われたが承太郎の持ち物は財布とタバコ程度。 後は電車の切符くらいだ。 ルイズ相手にいくら話をしても無駄に思えてきた承太郎は、口を閉ざしてしまう。 ルイズはというと、そんな承太郎の態度に怒りをつのらせる。 だって、平民ですよ? 使い魔が平民ですよ? 使い魔は主人の目となり耳となったりするが、そういった様子は無い。 一番の役目である『主人を守る』というのも無理。 平民がメイジやモンスターと戦える訳がない。 嫌味たっぷりにそう言ってやった時、承太郎はなぜか視線をそらした。 ルイズはそれを『図星を突かれた』と判断した。 という訳で承太郎ができる事など何もないと思い込んだルイズは命令する。 「仕方ないからあんたができそうな事をやらせて上げるわ。 洗濯。掃除。その他雑用」 「…………」 無言。肯定とも否定とも取れない。 でも文句なんて言えないだろうしルイズは勝手に肯定の意として受け取った。 「さてと、喋ってたら眠くなってきちゃったわ。おやすみ平民」 「待ちな」 ようやく、承太郎が口を開く。窓を閉めてルイズを睨みつける。 「な、何よ……もう眠いんだから、話はまた明日って事にして」 「俺の寝床が見当たらねえぜ」 ルイズは床を指差した。 「……何が言いたいのか解らねえ。ふざけているのか? この状況で」 「はい、毛布」 一枚の毛布を投げ渡され、承太郎はそれを受け取る。 直後、ルイズはブラウスのボタンを外し始めた。 「……何やってんだてめー」 「? 寝るから着替えてるのよ」 「…………」 承太郎は無言で背中を向けた。その背中に、何かが投げつけられる。 「…………」 承太郎は投げつけられた物を手に取り、無言で立ち尽くしている。 「それ、明日になったら洗濯しといて」 それはレースのついたキャミソールに白いパンティであった。 ┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨ 承太郎は無言で振り向き、 ネグリジェに着替えたルイズにキャミソールとパンティを投げ返した。 「……これは何の真似?」 「やかましい! それくらいてめーでやりやがれ!」 「な、何よ! あんた平民でしょ! 私の使い魔でしょ!?」 「俺はてめーの使い魔になるつもりはねえ」 「フーン? でも私の言う事聞かないと、衣食住誰が面倒見るの?」 「……やれやれだぜ」 承太郎はそう言うと、毛布に包まって床に寝転がった。 それを見たルイズは満足気に微笑み、やわらかなベッドで眠った。 承太郎が「うっとおしいから今日はもう寝よう、洗濯はしねえ」と考えていて、 使い魔になる気ゼロな事に微塵も気づかずに。 戻る 目次 続く
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前ページ次ページゼロの使い魔人 …天を貫くかの様に高く掲げられた杖が、鋭く振り下ろされた。 果たして、この挙動を何十回繰り返しただろうか? ただ一心に呪を紡ぎ、 己が裡に在るだろう《力》を注ぎ、解き放つ。 だが……。それに応えるのは、只の土煙と爆音。そしてそれにも増して不快で自身を辱める、 男女入り交じった嘲弄の雨だった。 この日を迎えるにあたって、彼女は心身共に入念な準備を施し、不退転の決意を胸に臨んだ。 ――が、度重なる失敗と外野からの呵責無い悪罵、野次がもたらす、焦りと無力感は体力に集中力をも蝕み、 それらが相俟って、『もう後が無い』という事実を彼女に自覚させる。 揺らぐ身体と心に鞭打ち、天地全てに届けといわんばかりの声で、彼女は呪を構築し詠み上げた。 そして……。遂に「それ」が彼女の眼前に顕れた。 それ迄の爆発では無い。七色に煌く、姿見の様な物体が朧に浮かび、表面が波打つや、大きく渦を巻いた。 (や、やった…! 私にも出来…、いけない!) 反射的に浮かぶ歓喜を抑え、彼女は意識を前方の《門》へと傾注する。 もし、この機を逃してしまえば、今の自分が再度この《門》を開ける保証なぞ、一分も無いのだ。 手にした杖を握り直し、残された体力と気力の全てを託す。 「――さあ、来なさい! 我と命運を分かち合いし、半身よ…!!」 凛とした声が響き渡った瞬間。 叫びに応えるかの様に、《門》が一際強い輝きを発した瞬間。 砲弾の如き速度と勢いで、黒い塊が光の中から飛び出した。 「きゃ……!」 突然の事に、正面に立っていた少女は避けきれず弾かれ、その場に尻餅を付く。 彼女を撥ねても影の勢いは衰えず、更に数メイルを転がって近くの草むらに突っ込み、 それを薙ぎ倒した所で、やっと止まった。 ……したたかに打った腰の痛みも今は気にならない。 少女は立ち上がるや、自身の『成果』を確かめようと、蹲る影へと駆け寄る。 ――黒髪と黄色がかった肌。顔の半分は眼鏡に似ているが、ごつごつとした仮面じみた物体に覆れている。 見慣れぬ色形の衣服。その上にやたらポケットが付いた短衣を着込み、足下は頑丈そうなブーツ。 両手には細緻な彫物が施された、騎士が着用するような黄金色をした小手を填めていて、 又、すぐ近くには彼の荷物とおぼしき、濃緑色の袋と銃に似た細長い金属の塊が転がっていた。 ――角も無ければ羽も無く、腕が四本だったり、尻尾も見当たらない。 そして何よりも――杖を携えて無ければ、外套(マント)を纏ってもいない。 ――つまりは、平民。他の者達が得た様な、幻獣はおろか小動物ですらない、どうでもいい存在。 「…ミス・ヴァリエール。使い魔召喚の儀で、平民など呼んでどうするおつもり?」 「なんだい、成功したようでやっぱり失敗してらぁ!」 「さすがは“ゼロ”のルイズ! どこまでも俺たちの予想を裏切らないぜ!」 「しかも、出てきたのは平民だぜ平民! ま、あいつらしいちゃあ、あいつらしいけどね」 周囲を取り囲む人垣が、どっと笑い声を上げた。その中に気遣いや遠慮といった物は、一つとして無い。 否応無く恥辱と怒りを呼び起こされた少女の白皙の肌は、赫っと紅く染まる。 「ミスタ・コルベール!」 背後に控える中年の男性…この儀式を監督する、担当教師へと少女は向き直る。 「なんだね。ミス・ヴァリエール?」 「あの! もう一度、召喚をさせて下さい!」 「それは駄目だ。ミス・ヴァリエール」 訴え掛ける声は、すげなく拒絶される。 「これは決まりだからだよ。二年生に進級する際、君達は『使い魔』を召喚する。今、やっているとおりだ。 この儀により現れた『使い魔』で、今後の属性を固定し、それにより専門課程へと進むんだ。 一度呼び出した『使い魔』は変更する事は出来ない。何故なら、春の使い魔召喚は神聖な儀式だからだ。 好むと好まざるに関わらず、彼を使い魔とするしかない」 ――生存本能に衝き動かされたか、混濁しきった彼の意識は急速に形を整えていく。 それに伴い、神経、筋、腱、骨格、血流、氣脈…。バラけて、停滞していた機能が、 『緋勇龍麻』という人間を動かすべく、有機的に纏まり連携を取り始めた。 (か、は……) 僅かに息をつく。何処からか聞こえて来るのは、あの凄まじい断末魔じみた破壊音に変わって、 ヒトの声…しかも複数のだ…である。 若い女性らしいのと年配の男性…、それ以外にも、少なくない数の人間がいるのがわかる。 その時点で、今居るのはあの崩壊しつつあった遺跡では無く、何処か地上に出ている事は明らかだ。 (く…。地下で、あの鏡みたいなモノへと飛び込んでから、此処で寝転がっている迄に一体、何が、あったと…?) 一方で、全身の自己診断は既に終わっていた。 ――僥倖というべきか。全く未知の異変に巻き込まれたというのに、拙い怪我や異常等は感じられ無い。 逃げる時から稼働っ放しだったN.V.Gの電源を落として頭の上にずらすと、二日酔い にも似た頭痛に眉をしかめつつ、投げだされたままの四肢に力を送り、上体を起こす。 「――いは認められない。彼は…、ただの平民かも知れないが、呼び出された以上、君の『使い魔』 にならなければならない。古今東西、人を使い魔とした例は無いが、春の使い魔召喚の儀式 のルールはあらゆるルールに優先する。彼には君の使い魔となって貰わなくてはな」 「そんな……」 半分方禿げ上がった中年男性の前で、桃色がかった金髪の少女がうなだれるのが見えた。 「…そこの二人組。聞きたい事が有る。一体、此処は何処だ? お前達は、何者なんだ…?」 彼の当然ともいえる問い掛けは無視されたのか、手前にいた少女がこちらへと歩み寄って来る。 「…聞こえていないのか? お前達は誰だ? 何故こんな場所に、俺が居るというんだ?」 敵意や武器は無いようだが、警戒すべき何かを感じ、自然、彼の手は腰に下げた物へと伸びる。 「あーっ、もう! うるさいだけじゃなく、失礼な平民ね! いい? 言うのは一度だけよ。 ここは、ハルケギニア大陸のトリステイン王国。そして、伝統あるトリステイン魔法学院よ。 …後、これが一番大事な事だけど。私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ヴァリエール。 あんたの主人となるべきメイジよ。覚えておきなさい!」 「な、に……?」 (トリステイン王国? 地名だけなら、ヨーロッパか何処かにありそうだが、仮にそうだとしても、 日本から此処迄の瞬間転移を行った上、着いた先はハルケギニア大陸!? しかも『魔法』学院だと!? 馬鹿な…!!) 経験上、大抵の異変、トンデモには耐性を備えていた龍麻だが、全く予想だにしない事態と地名や語句に 思考を掻き乱される、が…。それに気を取られたのが、彼の人生で二番目の不幸であった。 「……ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔と成せ」 気付けば、息がかかる程の距離にルイズと名乗った少女の顔がある。 「!?」 そのまま彼の唇に押し当てられる、柔らかく温かな触感。 「っ…!? いきなり何をするかっ!」 触れたのは一瞬。反射的に身を放した龍麻は、袖で口元を拭う。 「何って、『契約』に決まってるじゃない。…感謝しなさいよね。貴族にこんな事されるなんて、 普通は一生ないんだから」 「契約だと!? 何を勝手なこ…っっ!?」 言い終える前に、左手に感じた違和感に唇を噛む。 火傷…むしろ高圧電流に触れた様な熱と痺れが、左手を起点に全身を這い回る。 「ヴァリエールとか言ったな! 何が原因で、こうなった…っ!!」 「すぐ終わるわよ。あんたの身体に『使い魔のルーン』が刻まれているだけだもの」 言い返すよりも先に、『黄龍甲』の止め具を外すと、左手の状態を確かめる。 ――鈍色に光る、文字とも記号ともつかぬ代物。勿論、龍麻が持つトレジャーハンターとしての 知識の中にも、類似する物は全く存在しない。 (これは……!?) ふと、横から向けられた視線に気付く龍麻。 見れば、あの中年の男がまじまじと左手に刻まれたソレを注視している。 「ふむ…。珍しいルーンだな。少し調べてみるとしよう」 一人ごちると、龍麻達から背を向け、向こうに居並ぶ教え子達に声を掛ける。 「――これにて、儀式を終了する。さあ皆、教室に戻るぞ。遅れないように」 その身体が音も無く浮かび上がり、滑る様に宙を舞った所で驚愕の余り目を見開く。 「何っ!?」 これ迄、異能を宿す奇人、魔人、変人、化人、人外らを相手取り、無数の命の削り合いを演じて来た龍麻だが、こればかりは無い。 しかも後ろにいる、ルイズと名乗った少女の同窓と思しき、男女含めた集団も又、 当然の様に飛び上がり、一団となって動きだしたのだ。 その光景を片や呆然と、もう一方は憮然とした表情で見やる。 そして…。教師であるコルベールと、同級生一同が立ち去った後の草原に、龍麻とルイズだけが取り残された。 「――人が空を飛ぶのはいい。だが、それが『魔法』なんて代物によって成り立つ等と、 デタラメも此処に極まれりだな…!」 「なによ。メイジが飛ばなくてどうすんのよ」 「その発想自体がおかしいんだ。少なくとも、俺にとってはな…!」 目一杯主張する龍麻だが、ルイズは鼻にも掛けずに答える。 「あんたの考えなんてどうでもいいし、関係ないわ。ここは、魔法とそれを扱うメイジが全てに先立つ世界よ。 …そうだ。まだ、あんたの名前を聞いていなかったわね」 「…緋勇龍麻。ロゼッタ協会に籍を置く、トレジャーハンターだ」 仮の身分ではあるがな、と胸中で付け加えつつ、名乗る龍麻。 「そ。名前がわかった所はいいとして、取りあえず付いてきなさい。 今からあんたに申し渡しておくべき事が有るからね」 「…奇遇だな。俺からもアンタに対し、言いたい事と確かめたい事が山積しているからな」 近くに転がっていた、自分のバックパックと愛用のドイツ製突撃銃を拾い上げた龍麻は、負けじと言い返す。 互いに対する、敵意じみた警戒心と観察の視線を交わしつつ、黒髪の青年と桃色がかった 金髪の少女は取りあえずの目的地である、草原の先に有る白壁に囲まれた城塞を思わせる建物へと歩いて行った。 ――頭上をかすめ飛ぶ異郷人(メイジ)… 紅く輝く黄昏の陽… 異界を成り立たせる常識と法則… その日、召喚主は“従え!”と言った……。 前ページ次ページゼロの使い魔人
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前ページ次ページゼロの使い魔BW 身体を揺さぶられて、目が覚めた。 目を開いたら、見慣れぬ格好の少年がこちらを見下ろしていて、思わず叫んだ。 「だ、誰よあんた!」 「……ツカイマだよ、ゴシュジンサマ」 「ああ、使い魔ね。そうね、昨日召喚したんだっけ」 窓から朝の日差しがさんさんと降り注いでいる。ルイズは寝台の上でうーんと伸びをすると、椅子にかけてあった服を指して命じた。 「取ってくれる?」 使い魔の少年は無言で頷くと、服を取ってルイズに手渡した。 寝起きのけだるさのままネグリジェに手をかける。途端にくるりと背を向ける辺り、この使い魔にも一応年頃の少年らしい部分もあるらしい。 「後、下着も――そこのクローゼットの一番下に入ってるから、取って」 彼はクローゼットを開けると、ぎくしゃくとした動きで下着を取り出す。と、そこで完全に停止した。 なにを考えて止まったのかが分かって、ルイズは呆れた。別に、使い魔に見られたところでどうということもないのだが、彼は動きそうにもない。 「……投げてくれていいわよ」 飛んできた下着は、過たずルイズの手元に納まった。見えてるんじゃないかと思うようなコントロールである。むしろ見てるんじゃないかと思って使い魔に目をやるが、完璧に背を向けていた。 服を着させるところまでやらせようと思っていたが、やめた。無駄に時間がかかるのは分かりきっている。下手をすれば、朝食を食べそこなうことにすらなりかねない。 壁を向いて硬直している使い魔を横目に、ルイズはこれまでのように着替え始めた。 身支度を済ませたルイズたちが廊下へ出ると、ちょうど近くの扉が開くところだった。 中から出てきたのは、燃え上る炎のような赤い髪の女の子だ。 ルイズよりも背が高く、スタイルも良い。彫りの深い美貌に、突き出た胸元、健康的な褐色の肌、と街を歩けば十人が十人振り返るような容姿だった。 だが、その顔を見た途端、ルイズは不機嫌そうな顔になる。赤い髪の少女がにやりと笑った。 「おはよう、ルイズ」 「おはよう、キュルケ」 むっつりとした表情のまま、ルイズは挨拶を返す。 「あなたの使い魔って、それ?」 「そうよ」 寡黙に控えている少年を指さしての問いに、ルイズは短く答えた。 「あっはっは! 本当に人間なのね! さっすが、ゼロのルイズ」 「うっさいわね」 無愛想に返答するルイズを横目に、キュルケは少年を観察する。 「中々可愛らしい顔してるじゃない。あなた、お名前は?」 「なに色惚けたこと言ってんのよ。あと、名前を聞いても無駄よ。そいつ、記憶喪失だから」 「それは残念。……だけど、記憶喪失、ねぇ。それは元から? それとも、ルイズのせいかしら?」 その指摘に、目の前の勝気な少女が言葉に詰まったのを見て、キュルケは頷いた。 「なるほどねえ。――それじゃ、あたしも使い魔を紹介しようかしら。フレイムー」 キュルケが呼ぶと、背後の扉の中から赤い巨大なトカゲが現れた。大型の獣並みの体躯に、真紅の鱗。尻尾の先は燃え盛る炎となっていて、口からもチロチロと赤い火が洩れている。 「……リザード?」 熱気を物ともせずにそれに見入っていたルイズの使い魔が、ここで初めて声を上げた。 「りざーど? これは火トカゲよ」 「ヒトカゲ?」 首を傾げて言ったルイズの使い魔に、キュルケは微笑みかける。 「なんか発音がおかしい気がするけど、そうよー。火トカゲよー? しかも見て、この大きくて鮮やかな炎の尻尾。間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ? 好事家に見せたら値段なんてつかないわ」 「そりゃよかったわね」 ルイズが無愛想に答えた。 「素敵でしょ? もう、あたしにぴったりよね」 「あんた、『火』属性だしね」 「そう。あたしは微熱のキュルケですもの。ささやかに燃える情熱は微熱。でも、男の子はそれでイチコロなのですわ。あなたと違ってね?」 キュルケは得意げに、その男であれば視線を釘付けにされそうな胸を張った。 ルイズも負けじと胸を張るが、残念ながらボリュームの違いは明白だった。それでもキュルケを睨みつける辺り、かなりの負けず嫌いらしい。 「あんたみたいにむやみやたらと色気を振りまくほど、暇じゃないだけよ」 キュルケは余裕の笑みを浮かべて、その言葉を受け流す。そして颯爽とこの場を後にしようとして、使い魔のサラマンダーが居ないことに気づいた。 「あら? フレイムー?」 「わたしの使い魔も居ないわ。……まさか、あんたのサラマンダーに食べられちゃったんじゃ」 「失礼ね。あたしが命令しなきゃ、そんなことしないわ。……あ、居た」 ルイズとキュルケが言い争っていた場所から少し離れたところに、二人の使い魔は揃っていた。二人が喧嘩している間に、使い魔は使い魔で親睦を深めていたらしい。 少年は、慣れた手つきでサラマンダーを撫でてやっている。撫でられているほうも、妙に落ち着いた様子で彼の手のひらを受け入れていた。 キュルケが目を丸くする。 「あらま。確かに、誰彼構わず襲うような子じゃないけど、誰彼構わず懐く子でもないのに」 「あんたのことを見習ったんじゃないの?」 「どういう意味よそれ。……まあ良いわ。それじゃ、お先に失礼。行くわよフレイムー」 呼ばれて、サラマンダーが動き出す。図体に似合わないちょこちょことした足取りでキュルケの後を追うが、少し行った先で少年のほうを向くと、ぴこぴこと尻尾を振った。 少年も微笑んで、手を振って返す。 一連の流れを見ていたルイズが、少年の頬をつねりあげた。 「……いふぁい」 「いーい? あの女はフォン・ツェルプストー。わたしたちヴァリエール家にとっての、不倶戴天の敵なの。だから、ツェルプストーの使い魔なんかと仲良くしちゃダ、メ、よ?」 「ふぁい」 一音ごとに頬をねじり上げるようにして確認され、少年は涙目で答えた。 トリステイン魔法学院の食堂は、学園の敷地内で一番背の高い、真ん中の本塔の中にあった。食堂の中にはやたらと長いテーブルが三つ並んでいて、それぞれに少年少女が座っている。 ルイズは、黒いマントをつけた生徒が並ぶ真ん中のテーブルへと向かった。 ここに使い魔を連れてくるのには非常に苦労した。なんせ他の使い魔を見るたびに、吸い寄せられるようにそっちに行こうとするのである。首輪と縄が必要かしら、とルイズは思った。 その使い魔は、豪華な食事が並べられたテーブルや、絢爛な食堂をきょろきょろと見回している。その顔に少なからぬ驚きを見て取って、ルイズは得意げに指を立てて言った。 「トリステイン魔法学院で教えるのは、魔法だけじゃないのよ。昨日も説明した通り、メイジのほとんどは貴族。だから、『貴族は魔法をもってしてその精神となす』のモットーのもと、貴族たるべき教育を受けるの。この食堂も、その一環ね」 「すごいね」 素直に驚きを示す使い魔に、椅子を引くように促す。本来なら「気が利かないわね」ぐらいは言ってやりたいところだが、記憶喪失では致し方ない。 椅子についてから、ルイズは考えた。この使い魔がもう少し反抗的であれば、床ででも食べさせるつもりであったが、今のところは特にそういった気配はない。 現在も自分が座るべき席ではないと理解しているためか、脇にじっと佇んだままである。 しばらく逡巡した後、ルイズは近くに居た使用人の一人を呼びとめた。 「ちょっと、そこのあなた」 「はい、なんでしょうか。ミス・ヴァリエール」 呼びとめられた黒髪のメイドに、脇の使い魔を指して見せる。 「こいつに、なにか食べさせてやって頂戴」 「分かりました。では、こちらにいらしてください」 「食べ終わったら戻ってくるように」 ルイズの言葉にやはり頷くと、使い魔は促されるままにメイドについて行った。 「もしかしてあなた、ミス・ヴァリエールの使い魔になったっていう……」 行きがてらにそう問われて、少年は頷いた。目下のところは、彼の唯一の身分である。 「知ってるの?」 「ええ。なんでも、召喚の魔法で平民を呼んでしまったって噂になっていますわ」 にっこりと笑って、黒髪のメイドは答えた。屈託のない、野の花のような笑顔だ。 「君もメイジ?」 「いいえ。私はあなたと同じ平民ですわ。貴族の方々をお世話するために、ここで御奉公させていただいているんです」 どうやら自分と同じような立場らしい。納得すると、彼は黙り込んでしまった。 記憶がないというのは、話題がないというのに等しい。訊きたいことは山ほどあったが、彼女は仕事中だったようだし、あまり時間を取らせるわけにもいかないだろう。 そんな考えからなる沈黙だったが、どうやらそれは少年を気難しく見せていたらしい。しばらくは静かだった黒髪のメイドが、いかにも恐る恐るといった様子で口を開いた。 「……えっと、私はシエスタです。あなたのお名前を訊いても良いですか?」 少年はそれに黙ったまま首を振る。しかし、不味いことでも訊いてしまったのだろうかと狼狽するシエスタを見て、言葉を続けた。 「名前は分からないんだ。記憶喪失だから」 「キオクソウシツ……って、あの、記憶がなくなっちゃうあれですか?」 頷くと、シエスタの視線が途端に同情的になった。少年を上から下まで眺めまわして、はう、とせつなげな溜息を洩らす。 「大変だったんですね……」 そうだったんだろうか。そうだった気もするが、今のところは大したことがない気もする。だが少年がなにか答える前に、彼女はいきなり彼の手をギュッと掴むと、引っ張り始めた。 「なるほど、そいつは大変だ」 コック長のマルトー親父は、シエスタの話(学園内で出回っている噂を少し盛った上で、記憶喪失であるという事実を付け加えたもの)を聞くとうんうんと頷いた。 「やっぱりそうですよね、マルトーさん!」 「記憶を失くした上に、あの高慢ちきな貴族どもの下働きだろ? しかも、こういう仕事を選んでやってる俺たちと違って、強制的にだって話じゃねえか。いやあ、災難だな、お前さん」 二人で完全に盛り上がってしまっている。展開について行けず途方に暮れそうになったところで、少年のお腹がぐう、と鳴った。 「おっと、悪かったな。シエスタ、賄いのシチューを持ってきてやれ。俺は戻らにゃならん」 「はい、わかりました!」 少年を厨房の片隅に置かれた椅子に座らせると、シエスタは小走りで厨房の奥へと消えた。 マルトーもまた、背を向けて調理場へと向かう。が、ふと振り向くとニッと笑った。 「同じ平民のよしみだ、なにか困ったことがあったらいつでも相談してくれ」 「ありがとう。いざって時には頼りにさせてもらいます」 少年が礼を言うと、マルトーは「良いってことよ」と大笑いして去って行く。 入れ違うように、シエスタがシチューの入った皿を持って戻ってきた。目の前に置かれたそれをスプーンで掬って、口に運ぶ。思わず顔がほころんだ。 「おいしい」 「よかった。おかわりもありますから、ごゆっくり」 思った以上に空腹だったことに気づく。丸一日ばかり食べていないような、そんな感じだ。 夢中になって食べる少年を、シエスタはニコニコしながら見ている。 仕事中だったのに大丈夫なんだろうか、なんて思うが、食堂には彼女のようなメイドが沢山いたし、一人ぐらい抜けても問題ないのかもしれない。 「ごちそうさま。おいしかったよ」 「ふふ。ぜひ、マルトーさんにも言ってあげてください。喜びますから」 食べ終わって皿を返すと、シエスタは微笑んでそう言った。そして皿を片づけるために立ち上がりざま、そういえば、と彼の顔を見る。 「えっと、なにか分からなくて困ってることとかあります?」 「……それなら、洗濯物のことなんだけど」 なるほど、とシエスタが頷く。 「ああ、そうですよね。水汲み場とか分かりませんよね」 「それもあるんだけど、ここでのやり方もイマイチ分からないから、教えてもらえると助かる」 彼の常識は、洗濯物には洗濯機を使え、と言っている。使い方も分かる。しかし同時に、それがここにはないだろうということもなんとなく分かっている。 昨晩のルイズとの会話と、今日見て回った学内の様子から、自分の常識の欠落は記憶喪失から来るものではないことに、少年はうすうす感づいていた。 「洗濯のやり方なんて何処でも同じ気がしますけど、わかりました。今からご案内しても良いんですが、ミス・ヴァリエールに『戻ってくるように』って言われてましたよね」 確かに、「食べ終わったら戻ってくるように」と言っていた。 「それじゃ、お昼もまたこちらで取られるでしょうし、その際にでも」 「よろしくお願いします」 心からの感謝をこめてお辞儀をすると、シエスタはウインクして答える。 「マルトーさんも言ってましたけど、同じ平民のよしみ、です。いつでも頼ってくださいね」 魔法学院の教室は、石造りのやはり巨大な部屋だった。生徒が座る席は階段状に配置されており、その中央最下段に教師が立つ教壇がある。 二人が入ると、先に教室に来ていた生徒たちが一斉に振り向いた。そしてくすくすと笑い始める。 だが、ルイズにそれを気にしている余裕はなかった。今日は学年最初の授業ということで、大抵の生徒が使い魔を連れている。そんな場所に少年を放りこんだらどうなるか。 早くもふらふらと引き寄せられそうになった彼の襟元を、がっしと掴んで引きずりつつ、ルイズは席の一つへ向かった。本格的に、首輪と縄が必要かもしれない。 席の近くの床に少年を座らせる。机があって窮屈なのは気にならないらしいが、周囲の使い魔を見てそわそわしている。 ふと、少年が使い魔のうちの一体――浮かんだ巨大な目の玉を指さして言った。 「アンノーン?」 「違うわ。バグベアーよ」 「チョロネコ?」 「あれは単なる猫じゃない。チョロってなによ」 「アーボ?」 「あれは大ヘビ……一体、その名前は何処から出てきてるのよ」 ルイズが呆れたように言ったところで、教室の扉が開いて一人の魔法使いが入ってきた。 ふくよかな頬が優しげな雰囲気を漂わせている、中年の女性だ。紫色のローブに、帽子を被っている。 彼女は教室を見回すと、満足そうに微笑んで言った。 「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」 ルイズは俯いた。 「おや? ミス・ヴァリエール、使い魔はどうしました?」 床に座った少年は、教壇からはちょうど死角になっていて、彼女からは見えないらしい。 シュヴルーズが問いかけると、ルイズの近くに座っていた少年が声を上げた。 「ゼロのルイズ! 召喚出来ずにその辺の平民連れてきたからって、恥ずかしがって隠すなよ!」 その言葉に、教室中がどっと笑いに包まれた。 ルイズは椅子を蹴って立ち上がった。長い髪を揺らし、可愛らしく澄んだ声で怒鳴る。 「違うわ。ちゃんと召喚したもの! こいつが来ちゃっただけよ!」 「嘘つくな! 『サモン・サーヴァント』に失敗したんだろう?」 ゲラゲラと教室中が笑う。 「ミセス・シュヴルーズ! 侮辱されました! 『かぜっぴき』のマリコルヌが私を侮辱したわ!」 「かぜっぴきだと? 俺は『風上』のマリコルヌだ! 風邪なんか引いてないぞ!」 同じく椅子を蹴って立ち上がったマリコルヌに向けて、ルイズが追撃を放つ。 「あんたのガラガラ声は、まるで風邪でも引いてるみたいなのよ!」 次の瞬間、立ち上がった二人は揃って糸の切れた人形のようにすとんと席へ落ちた。 「ミス・ヴァリエール。ミスタ・マリコルヌ。みっともない口論はおやめなさい」 席に座ったルイズは、先ほどの剣幕が嘘のようにしゅんとしてうなだれている。 「お友達をゼロだのかぜっぴきだのと呼んではいけません。わかりましたか?」 「ミセス・シュヴルーズ。僕の『かぜっぴき』は中傷ですが、ルイズの『ゼロ』は事実です」 教室にくすくす笑いが広がった。 シュヴルーズは厳しい顔をすると、ぐるりと教室を見回し一つ杖を振った。するとどこから現れたものか、笑っていた生徒の口元に赤土の粘度が貼り付いた。 「あなたたちは、その格好で授業を受けなさい」 くすくす笑いがおさまった。 「それでは、授業を始めますよ」 少年は授業にはあまり興味がなかった。彼の注意はもっぱら他の使い魔に向けられていたが、属性の話が出た時は少しだけ耳をすませた。 現在は失われた『虚無』の魔法を含めて、魔法の属性は五種類あるらしい。彼の感覚からすると、五つの属性――タイプというのは、酷く少なく思えた。 もっとこう『はがね』だとか『エスパー』だとか『あく』だとかがあって良い気がする。もっとも、単に彼の感覚の方が細分化されている、というだけのことかもしれないが。 そんなことを考えたり、周囲の使い魔を観察していたりすると――。 「それでは、この『錬金』を誰かにやってもらいましょう。そうですね……ミス・ヴァリエール」 不意に指名されたルイズは、びくっと肩を跳ねさせると、シュヴルーズに問い返した。 「えっと、私……ですか?」 「そうです。ここにある石ころを、望む金属に変えてごらんなさい」 そうやって教壇を指し示されても、ルイズは動かない。痺れを切らしたシュヴルーズが更に促そうとしたところで、キュルケが困った声で言った。 「先生」 「なんです?」 「やめといた方が良いと思いますけど……」 「どうしてですか?」 「危険です」 キュルケが言い切った。ほとんどの生徒もそれに頷く。 「危険? 一体、なにがですか」 「先生は、ルイズを教えるのは初めてですよね?」 「ええ。ですが、彼女が努力家であるという事は聞いています。さぁ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。失敗を恐れていては、なにもできませんよ?」 「ルイズ。やめて」 キュルケが蒼白な顔で言う。しかし、ルイズは立ち上がった。 「やります」 言って、若干硬い動きで教壇へと向かう。通路に乗り出すようにして、少年はその背中を見送った。 教壇に上ったルイズに、シュヴルーズが隣に立って微笑みかけた。 「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を強く心に思い浮かべるのです」 ルイズはこくりと可愛らしく頷く。そして緊張した面持ちで小石を睨みつけると、神経を集中した。 同時に、少年は周囲の生徒たちが、彼と同じように机の影に隠れるのに気付いた。なんでだろうと思う間もなく、短いルーンと共に、ルイズが杖を振り下ろす。 瞬間、小石は机もろとも爆発した。 爆風をもろに受けて、ルイズとシュヴルーズは黒板に叩きつけられた。悲鳴が上がる。 驚いた使い魔たちが暴れ始めた。 眠りを妨げられたキュルケのサラマンダーが火を吹き、尻尾をあぶられたマンティコアが窓を突き破って外へ逃げ、その穴から巨大な蛇が顔を出して誰かのカラスを飲みこんだ。 教室が阿鼻叫喚の大騒ぎになる。髪を乱したキュルケが、ルイズを指して叫んだ。 「だから言ったのよ! あいつにやらせるなって!」 「もう! ヴァリエールは退学にしてくれよ!」 「ラッキーが! 俺のラッキーがヘビに食われた!」 黒板の前にシュヴルーズが倒れている。時々痙攣しているので、死んではいないようだ。 煤で真っ黒になったルイズが起き上がった。服装は悲惨極まりない。上も下もところどころ破れていて、隙間から下着が覗いている。 だが、ルイズは自身の惨状も教室の阿鼻叫喚も気にしない様子で、淡々とした声で言った。 「ちょっと失敗したみたいね」 当然、他の生徒から猛然と反撃を喰らう。 「ちょっとじゃないだろ! ゼロのルイズ!」 「いつだって成功の確率、ほとんどゼロじゃないか!」 爆風で吹き飛ばされた帽子を拾いつつ、少年は一人、すごい『だいばくはつ』だったなと頷いていた。 「おふっ……ミス・ロ……ング、ビル……やめて、やめ……お、おち、る……」 ルイズが教壇を吹き飛ばし、それの罰として掃除を命じられている頃。 この魔法学院の学園長であるオールド・オスマンは、秘書にいつもよりも酷いセクハラ行為――尻を両手でじっくり三十秒ほど捏ねまわすように揉んだ――に及び、いつもよりも苛烈な報復を受けていた。 首を絞められ、今にも気を失いそうなオールド・オスマンに対し、ミス・ロングビルは無表情でチョークスリーパーをかけ続けている。 そんなちょっとした命の危険は、突然の闖入者によって破られた。 「オールド・オスマン!」 荒っぽいノックに続いて、髪の薄い中年教師――コルベールが部屋に入ってくる。 その時には既に、オールド・オスマンもロングビルも自分の席へと戻っていた。早業である。もっとも、オスマン氏は酸欠気味で、頭をふらふらと揺らしていたが。 「なん、じゃね?」 「たた、大変です! ここ、これを見てください!」 ようやく脳に酸素が戻ってきたらしきオスマン氏は、コルベールの焦りに鼻を鳴らした。 「大変なことなどあるものか。全ては些事じゃ。……ふむ、これは『始祖ブリミルの使い魔たち』ではないか。こんな古臭い文献など漁りおって。そんなものを持ちだしている暇があったら、たるんだ貴族たちから学費を上手く徴収する術でも考えたまえ。ミスタ……なんじゃっけ?」 「コルベールです! お忘れですか!」 「おうおう、そんな名前じゃったな。君はどうも早口でいかん。……で、この書物がどうしたのかね?」 「これも見てください!」 コルベールが取りだしたのは、少年の右手にあったルーンのスケッチであった。 それを見た瞬間、オールド・オスマンの表情が一気に引き締まり、目が鋭い光を放つ。 「ミス・ロングビル。席を外しなさい」 ロングビルが席を立ち、部屋を出ていく。それを見届けると、オスマン氏は口を開いた。 「詳しく説明するんじゃ。ミスタ・コルベール」 ルイズが滅茶苦茶にした教室の掃除が終わったのは、昼休みの前だった。 罰として魔法を使うことが禁じられていたため、時間がかかったのである。といってもルイズはほとんど魔法が使えないから、余り変わらなかったが。 ミセス・シュヴルーズは二時間後に目を覚ましたが、その日一日錬金の授業を行わなかった。どうやらトラウマになってしまったらしい。 片づけを終えたルイズと少年は、食堂に向かった。昼食を取るためである。 道すがら、少年は先ほどの光景を思い返していた。何故か、『わるあがき』という言葉が浮かんで消える。 次にちょっと間抜けな顔をした大きな魚が出てきて、最後に巨大な龍が脳裏をよぎった。 その余りの脈絡のなさに、自然と苦笑が漏れる。それを見とがめたルイズが、少年を睨みつけた。 「……あんたも」 「?」 「あんたもわたしを馬鹿にしてるんでしょ!? 貴族だなんだと散々言っておいて、その実はなにも出来ない、『ゼロ』であるわたしを!」 そんな叫びは、少年のきょとんとした表情によって迎えられた。作ったものではない。心の底から、なにを言われているか分からない、と思っている顔だ。 それを見た瞬間、毒気も怒りも、全て雲散霧消してしまった。 沈黙したルイズを見て、少年はしばらく考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。 「……使い手と『わざ』には相性がある」 「ふえ?」 「どれだけ強い力を持っていても、相性の悪い『わざ』は使えない。今のゴシュジンサマは、相性の良い『わざ』がない状態なんじゃないかと思う。だから、『わるあがき』しかできない。……けど、それでもあれだけの力があるんだから、適正のある『わざ』ならすごい威力になるんじゃないかな」 突然饒舌になった使い魔に、ルイズはしばらくぽかんとしていたが、それが彼の不器用な慰めだと気づくと、くすりと笑った。 それに、こいつの考え方は面白い。これまで失敗してきた『わざ』――魔法を使えるように努力するのではなく、相性の良い魔法を探す。 今までも色々な魔法を試してはきたが、もっと色々と、それこそ普通は思いもしないようなものまでやってみるのも悪くないかもしれない。 ただ、今は――。 「……『わるあがき』ってなによ」 「えっ? ええと、うんと……なんなんだろう」 「ご主人様にそういうこと言う使い魔は、お昼ご飯抜きにしちゃうわよ?」 慌てる少年にルイズはくすくすと笑うと、先ほどより明らかに軽い足取りで、食堂へと向かった。 前ページ次ページゼロの使い魔BW
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// /)/ )// {/  ̄ {__/ ̄ ̄⌒\} /⌒ (_{/ r──‐ .。<三 , -──┬─‐-.、 /⌒\__ } ∠二ノ<三三三  ̄ ̄`\ニOニニ\ {ニニニニ\. } { /三三三三三三 <三/二二二ニニ\ニニニニ\ /ニノニ三三三三三 人/ニニニニニニ\二二ニ=イ /三三三三三三 人ニニニニニニニニ ̄ ̄ニ/三三三三三三三 \ニニ,x<´ニニニニ=イ三三三三三三三三 __ ∨ニニニニニニニ二三三三三≧x,\\ __ {ハ Vニニニニ| | \\\\\\\\\\\ { \ {ー∧ ∨ニニニニ| | \\\\\\\\\⌒\ ∨ニ\ ∨ ∧ ∨ニニニ八八_ノ\\\\\\\\\ \/∧ V-∧ \ニニニニニ\ \\\\\\\\\ r‐、 ∨/\ Vー∧ \ニニニニニ\ \\\\\\\\ 人 \_ V/ ∧ { .} \二二ニニ人\\\\\\\\ \⌒\ ∨/∧ {\ \ {⌒}/\ニニニ\ \\\\\\\ Raven Familiar / ワタリガラスの使い魔 (2)(青) クリーチャー — 鳥(Bird) 飛行 エコー(2)(青)(あなたのアップキープの開始時に、これが直前のあなたのアップキープの開始時よりも後にあなたのコントロール下になっていた場合、そのエコー・コストを支払わないかぎりそれを生け贄に捧げる。) ワタリガラスの使い魔が戦場に出たとき、あなたのライブラリーのカードを上から3枚見る。それらのうちの1枚をあなたの手札に加え、残りをあなたのライブラリーの一番下に望む順番で置く。 1/2 名前 コメント
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前ページ次ページ残り滓の使い魔 目の前に真っ黒な自分がいる。薄っぺらいような、水面に映る影のような、真っ黒な自分が。 (これは、夢だ) すぐに理解し、思い出した。 一度だけ見た、真っ黒な自分が目前にいる夢。 今度は、何も声を発しない。確認のような、詰問のような、どちらともとれない問いはなかった。 ──ふいに、影が揺れる。 自身に接するほど近くに在ったはずの影は、手を伸ばしても届かない距離までに離れていた。 引き止めることは、しない。影も、縋るようなことは、決してしてこない。 影が自分から離れていっているのか、それとも小さくなっているだけなのか、判断は出来ない。 そして、ついに見えなくなってしまった。 悠二がただ一つ直感的にわかることは、ここにいる間はもう現れることはないということだった。 「…………ユージ……」 「シャナッ!?」 シャナに呼ばれたと思い、飛び起きた悠二だったが、そこは悠二にとって見慣れた場所ではなかった。 (そういえば、昨日召喚されたんだったな) 異世界に召喚されていたことを思い出し、暗鬱な気持ちになった。 (さっきのは、ルイズの寝言か) ベッドを見ると、自分をこちらに呼び出した元凶であるルイズが気持ちよさそうに寝ていた。 (やっぱり、シャナの声と瓜二つだよな) 目の前で寝ている少女と、フレイムヘイズの少女を思い、考える。 (なんか性格も似てるっぽいし。素直じゃなさそうなところとか) 苦笑をもらし、立ち上がると大きく伸びをした。 床に寝ていたにもかかわらず体は全く痛くなかった。それでも伸びをしたのは、気分の問題だった。 そして、悠二はもう一度ルイズを見てから、既に習慣になっている早朝の鍛錬をするために部屋の外に出た。 悠二は、考え事をしながら廊下を歩いていた。 (そういえば、なんで何事もなく使い魔のルーンが刻まれたんだろう) 悠二は、身の内に宝具『零時迷子』を宿している“ミステス”である。 過去、“紅世の徒”との戦いでは『零時迷子』にかけられている自在法『戒禁』によって、『零時迷子』に触れた“徒”はその“存在の力”を悠二に吸収されていた。 (魔法が例外なのか、『零時迷子』自体に関係がなかったから『戒禁』が発動しなかったのかな) そこまで考察し、[仮装舞踏会]の巫女“頂の座”ヘカテーに『戒禁』の奥に刻まれた刻印を見た。 この刻印によって[仮装舞踏会]は常に『零時迷子』の位置をわかるはずであった。 (今日見た夢のせいか、確信を持てる。[仮装舞踏会]ですら僕の居場所はわからない) 根拠のない自信であったが、悠二はそれを信じて疑わなかった。 (居場所がわからないから、皆心配してるんだろうな。特に母さんは身重だから心配だな) 自分がいなくなって混乱の極地であろう御崎市を思い、知らないうちにため息をついていた。 そうこうしていると、朝もやに包まれた外が見えてきた。 (気分転換ってわけじゃないけど、今日は『吸血鬼』を使って鍛錬しようかな) 寮塔の外の広場に立つと、悠二はそう思い至って、封絶を展開した。 銀色の炎が悠二を中心にドーム状に広がる。 悠二がポケットから一枚栞を取り出すと、それは瞬時に大剣『吸血鬼』に変化した。 剣を握ると、悠二は驚きに眼を見開く。左手のルーンが輝き、自身の“存在の力”が増したように感じた。 一瞬“存在の力”の増加にあっけに取られたが、すぐに冷静になると再び驚愕することになる。 “存在の力”が増加したと思ったが、それは勘違いだった。 (これは“存在の力”の増加というよりは、『洗練』って感じかな?) その『洗練』は身体能力の向上として現れ、いつもより体が軽くなったように感じる。 しかし、それは長くは続かなかった。なぜなら、悠二が『吸血鬼』を再び栞に戻したからだった。 (ルイズから使い魔のルーンには付与効果があるとは聞いてたけど) 悠二はルーンの効果について検証したかったが、もしそれに対する代償、デメリットが有った場合のことを考え、とりあえず見送ることにした。 (そういえば、昨日コルベールっていう先生がルーンをスケッチしてたから、何か知ってるかもしれないな) 今日中にコルベールのもとを訪ねることを決め、封絶を解いた。 近くの森に行き、落ちていた適度な長さの木の枝を拾った。 このときはルーンが反応しなかったので、いつもと同じように木の枝を使った鍛錬をすることにした。 シャナの剣を振る姿をイメージしながら、悠二は枝を振り続けた。 学院のほうでメイドさん達が働き始めるのが見えると、枝を振るのを止め、悠二は部屋に戻るために歩き出した。 悠二が部屋に戻ると真っ先にルイズの下着が目に入り、思わず赤面した。 (とりあえずルイズを起こして、それから洗濯をしにいこう) 悠二はベッドに近づき、いまだに寝ているルイズの肩を揺すった。 「んにゅ」 「ルイズ、そろそろ起きたほうがいいと思うよ」 「はぁ~~~。今起きる」 ルイズが寝ぼけ眼で上半身を起こし、大きくあくびをした。 「服」 …………何も反応がなかった。 ルイズが目をこすり部屋の中を見回すが、既に使い魔の姿はなかった。 そこでやっと、寝ぼけていたルイズは一瞬にして覚醒した。 「え? 使い魔は?」 今起こしてくれた使い魔がいなくなっていることに呆然としたが、すぐに怒りに取って代わった。 「あああ、あんの使い魔。ご主人様の世話をしないなんてどういうことかしら……」 静かに怒りのオーラを発散しているルイズをよそに、悠二はのんきに洗濯をしに行っていた。 悠二が洗濯を終え部屋に戻ってくると、制服姿のルイズが仁王立ちで睨みつけてきた。 「ああ、あんた。ごごごご主人様の身の回りの世話をしないでどこに行ってたのかしら?」 「え? 洗濯をしに行ってただけなんだけど……」 なんか怒られるようなことした? という言葉を呑み込み悠二はルイズの様子を探る。 こと戦闘になると、歴戦のフレイムヘイズでさえ目を見張る鋭い冴えを見せるが、それはあくまで戦闘時であって、普段の生活、特に女心(この場合女心かは疑問であるが)には殊更鈍感だった。 「私言ったわよね。使い魔の仕事は身の回りの世話をすることだって」 「それで、洗濯に行ってきたんだけど」 「ご主人様を起こしてすぐにいなくなる奴がどこにいんのよ!」 「えーと、それはごめんなさい?」 ルイズは荒い息をついていたが、数回深呼吸をした。 「まあいいわ。次からは気をつけなさい」 とりあえずルイズの怒りは収まったようで、悠二はルイズに見えないようにため息をついた。 食堂に向かうためにルイズと悠二が部屋を出ると、同時に赤い髪の女生徒が廊下に出てきた。 「おはようルイズ」 「おはようキュルケ」 ルイズが嫌そうに返事をすると、キュルケと呼ばれた生徒は悠二を指差し言った。 「あなたの使い魔って、それ?」 「そうよ」 キュルケと呼ばれた生徒はあからさまにルイズと悠二を馬鹿にしていたが、悠二はほとんど聞いてなかった。 自分を『それ』と言われた事に懐かしさを感じていたからだった。 (シャナも最初のころは僕のことを物扱いしてたんだよな) と回想していたが、急に現実に引き戻された。 「熱っ! って真っ赤な何か!」 いきなり現れた真っ赤な生物に熱気に悠二は驚いた。 「あはは! 大丈夫よ。これが私の使い魔のフレイム。火竜山脈のサラマンダーよ、好事家に見せたら値段なんかつかないわよ?」 「あんた『火』属性だからお似合いね」 得意げに使い魔自慢をするキュルケに、ルイズが実に憎憎しげにつぶやく。 「ええ。この『微熱』のキュルケにぴったりよ。そこの平民も『ゼロ』のあなたにはぴったりよ、ルイズ」 「ふん! 早く食堂に行くわよ!」 ルイズは憤怒の形相で悠二を引っ張るが、後ろから声をかけられる。 「ところで、使い魔さんのお名前は?」 「坂井悠二です」 「そ、よろしくね」 ルイズに力の限り引かれながら悠二は答え、そのまま食堂に向かった。 ルイズは食堂に向かいながら、いまだに怒っていた。 「キィー! なによ、あいつ! 自分がサラマンダー召喚したからって!」 独り言を言って話しかけにくかったが、悠二は先ほどの会話で気になったことを聞いてみた。 「あのさ、『微熱』とか『ゼロ』とかってあだ名のようなものでしょ? 『微熱』っていうのはわかったけど『ゼロ』って何?」 「あんたには関係ないでしょ!」 ルイズはそう言って誤魔化そうとしたが、悠二は気づいた。 (ひょっとしてひょっとすると、身体的な特徴のことなのかも) 横目でルイズの『ゼロ』と思わしきところを見ていると、ルイズから右ストレートが飛んできた。 「痛っ! なにするんだよ!」 ルイズがジト目で悠二を見据える。 「あ、あああんた、今ご主人様のことを失礼な目で見たでしょ」 「え? な、なんのことかわからないなあ。あははは……」 図星をつかれた悠二は、冷や汗をかきつつも笑って誤魔化した。 (少なくとも、シャナよりはあるんじゃないかな?) そんな失礼なことを考えて。 そうこうしているうちに二人は食堂に着いた。 ルイズは悠二に色々と説明した。 メイジの大半が貴族であること、貴族としての作法なども学ぶこと、平民は本来入れないことなど。 実際、食堂の装飾や料理の豪華さに悠二は圧倒されていた。 (トーチはいないみたいだな。ここだけなのか、この世界全体なのかはまだわからないけど) 「あんたの食事はそれだから」 そうやって差し出されたのは、床に置かれたスープと硬そうなパン二切れだった。 「……これだけ?」 「普通だと使い魔は外、あんたは私の特別な計らいでここにいるの。まだなんか文句あるわけ?」 (文句はあるけど、言ったら怒るんだろうな) これ以上の面倒ごとを避けたい悠二は文句を心の中にしまった。 「あのさ、ちょっと質問があるんだけど」 「あによ、文句あるって言うの?」 ルイズがサラダを食べながら悠二を一瞥する。 「文句じゃないんだけど、コルベール先生っているよね。で、先生は普段どこにいるのかなと思ってさ」 「ミスタ・コルベールなら、本塔と火の塔の間にある研究室じゃなかったかしら。で、なんであんたがミスタ・コルベールのいる場所を聞くわけ?」 「別に、ちょっと気になっただけだよ」 本当は、ルーンのことについて聞きに行こうと思っていたのだが、ルイズに言うのはまずい気がして、顔を背けながら下手なごまかし方をした。 しかし、ルイズは自分の使い魔が何を考えているのかなど、別段気にならないようで、また食事を始めた。 前ページ次ページ残り滓の使い魔
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autolink ZM/W03-T01 ZM/W03-012 カード名:“ゼロの使い魔”サイト カテゴリ:キャラクター 色:黄 レベル:0 コスト:0 トリガー:0 パワー:2500 ソウル:1 特徴:《使い魔》?・《武器》? 【自】あなたが「集中」を使った時、その効果でクライマックスが控え室に置かれたなら、そのターン中、このカードのパワーを+3000。 TD:こちとら、ゼロのルイズの使い魔だっての! C:くそっ、無駄にヒラヒラしてて洗いにくいったら… レアリティ:TD C illust.ヤマグチノボル・メディアファクトリー/ゼロの使い魔製作委員会 一度の集中で5500+集中補正までパワーが上昇するので、レベル1以上と相打ちが狙えるようなら使うのも手。 ティファニア・ウエストウッドやゼロのルイズなどのパワーを上げるものと組めば、レベル3を打ち取ることも不可能ではない。 とはいえ、無理に集中を使用して終盤にストックが足りなくなる事態は避けたいところ。 D.Cのカードに多いデッキトップ確認・デッキトップコントロールと併せて集中を使用するデッキや、 ディスガイア以降増えてきたレスト不要の集中持ちと併せて使用すれば、バニラよりも活躍できる機会は多くなるだろう。 ・関連ページ 「サイト」?
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前ページ次ページ鮮血の使い魔 「では式を始める」 教会にて、ウェールズは始祖ブリミル像の前で宣言した。 彼の前に立つワルドはあごを引いて口を真一文字に結ぶ。 その隣でルイズはうつむいていた。 「新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。 汝は始祖ブリミルの名において、この者を敬い、愛し、そして妻とする事を誓いますか」 「誓います」 「新婦、ラ・ヴァリエール公爵三女。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン……」 どこか遠い所で声がしていると、ルイズは思った。 ワルドとの結婚。夢見た光景ではある、しかし、心だけ置いてきぼりされているような気分。 後ろの席に座っている言葉は、どんな表情をしているだろうか。 隣に立つワルドは、どんな表情をしているだろうか。 ワルドは本当に自分を愛しているのだろうか? いや、そうではなく、自分は本当にワルドを愛しているのだろうか? 憧れていて、頼もしく思い、信頼もしているけれど、これは、恋や愛と呼べるものだろうか? (コトノハ。私の使い魔。恋人の、マコトの死を受け入れられず、首を抱きしめる女の子) もし、ここでワルドが殺されたとしたら、自分はどうするだろうか? 言葉のように、ワルドの遺体を抱いて嘆き、死という現実を否定し、逃避するのだろうか。 しないだろう。常識的な問題で、しないだろう。 しないだろう。そうするには足りないから、しないだろう。 足りない? 何が足りない? 「新婦?」 ウェールズのいぶかしげな声に、ハッと顔を上げるルイズ。式は、まだ途中だ。 「緊張しているのかい?」 ワルドが気遣うように微笑み、優しい声で言う。 「君はまだ若いし、初めての事だ、仕方ないさ。でも安心して。 僕がついている。今日この日からは、ずっと、永遠に」 首を振るルイズ。なぜ、首を振ったのかルイズ自身にも解らなかった。 だからもちろん、首を振るという拒絶の意を示した理由を、ワルドやウェールズが解るはずもない。 「ルイズ、どうしたんだい?」 再び首を振るルイズ。 昨晩、一人で考え事をしたいと部屋にこもっていたのを思い出したワルドは、心配げな表情になる。 「もしまだ具合が悪いのなら、殿下には申し訳ないが、日を改めて……」 「違うんですワルド様。そうじゃなくて、ごめんなさい、私、解らなくて……」 「何が解らないんだい? ルイズ」 「だから」 顔を上げた。瞳は濡れている。 「ワルド様とは、結婚できません」 予想外の事態にワルドとウェールズは困惑した。 どう対処すればいいのか、ワルドが考えつくより先にウェールズの口が開いた。 「新婦は、この結婚を望まぬのか?」 「いいえ、そうではありません。ですが、いえ、そうです。私は、この結婚を望んでいません。 ウェールズ殿下には、なんとお詫びしていいか……大変な失礼を致してしまい……」 やはり、ルイズにとってこの結婚は性急すぎた。 気持ちが現在に追いつかず、幼き日の憧れのまま、ワルドとの結婚式を迎えてしまった。 だからこんな半端な気持ちのままでは、結婚などできようはずがない。 しかしそんなルイズの気持ちに気づかないらしいワルドは、 恥をかかされたと頬を赤くし唇を歪めた。 よくない雰囲気だと、ウェールズは穏便に事を収めようとする。 「花嫁が望まぬ式を、これ以上続ける訳んもいかぬ。子爵、この場は……」 ウェールズの気遣いを無視して、ワルドはルイズの両手を引っ掴んだ。 「緊張しているんだ、そうだろう? 僕との、結婚を拒むなど、ありえないはずだ」 「ごめんなさい、ワルド様。憧れていました、幼いながら恋をしていました。でも」 でも、言葉を見ていて思うから。 真なる愛情は、心を壊すほどに深い。 しかし狂気に呑み込まれても尚、決して消えぬもの。 (私は、それほどまでにワルド様を想ってはいない。少なくとも、今は、まだ) だからいつか、もっと時が経って、自分を、ワルドを見つめ直して、納得できた日には。 憧れではなく、本当に心から愛せた時には。 結婚したい。そう思った、しかし。 「世界だ……世界だぞ、ルイズ!」 ワルドの声が熱を帯びた。怒りや苛立ちの類の、熱を。 「世界だ……世界だぞ、ルイズ!」 言葉の淀んだ瞳が揺らいだ。 ワルドが何事かを叫んでいる。 セ……何? セカ……セ……。 「そのために君が必要なんだ! 世界を手に入れるために!」 「な、何を仰っているのか、解りません。世界……だなんて、いきなり、ワルド様?」 「君には力が! 才能があるんだ! 始祖ブリミルに劣らぬ才能! 僕達の輝かしい未来は、ここから始まるはずだ! ルイズ!!」 何を言っているのだろうと、言葉は思いながら鞄を、開けた。 力と才能。そんなもの持ってはいないけれど、ワルドはそれを欲している。 じゃあ……私は? ルイズは理解した。ワルドは自分を愛していない。 じゃあ……結婚は? 拒絶したのは自分からだ。でもそれは『今』の事であって『未来』まで拒絶してはいない。 しかしこのワルド、求めているのは『今』だった。 『今』が無ければ『未来』も無い。その『未来』とは、ルイズではなく、世界だ。 「ミス・コトノハ! 君も! 君からも何か言ってやってくれ!」 言われて、言葉は鞄の中の獲物を掴んだ。 「……ワルドさんは、ルイズさんを愛していらっしゃる……そうでしたよね?」 「そうだ! ルイズを手に入れるためにここまできたのだ、今更引き下がれるものか! ルイズと! ガンダールヴがいれば! 私は……私達は世界を手に入れられる!」 「セ、カ、イ……?」 瞬間、弾ける記憶――思い出――絶望――。 優しくしてくれた。 相談に乗ってくれた。 アドバイスをしてくれた。 嬉しかった、幸せだったのに。 全部、全部、嘘だった。 裏切った。 裏切られた。 信じてたのに。 いい人だって、友達だって思っていたのに! 世界……世界……西園寺世界!! 「ワルドさん」 久し振りの感覚だった。あの日、あの時を思い出す。 クリスマスの夜の出来事を。 言葉は鞄を椅子に置いて、中からチェーンソーを引っ張り出す。 「こ、コトノハ?」 それが強力な武器であると知っているルイズが困惑の声を上げる。 言葉はそれを起動させ、静かに歩み寄る。 「ミス・コトノハ? 何をするつもりだ、それは何だ」 結託しているはずの言葉が、奇怪な剣を取り出したのを見てワルドは顔をしかめる。 「答えてくださいワルドさん。貴方はルイズさんを利用するつもりだったんですか?」 「何を言っている、ミス・コトノハ。君は私の味方だろう」 「ルイズさんを裏切っていた……そうなんですね」 殺気。 刃のような鋭さは無い、しかし全身を毛虫が這うようなおぞましさがあった。 夜の海のように深く、暗く、冷たい。しかし同時にマグマのように熱い。 憎悪と憤怒が激流となってほとばしる。 この女は私を殺す気だと、ワルドは直感的に悟った。 「いいのか? 私を裏切れば、君の願いもかなわぬのだぞ!」 「死んでください」 轟音。言葉は左手のルーンを輝かせ、チェーンソーを起動させた。 疾駆。一瞬にして隼の如き速度で肉薄する言葉。 閃光。二つ名にたがわぬ速度を持って反応するワルド。 一瞬の出来事だった。 困惑するルイズはシャツを切り裂かれ、懐にしまっていたアンリエッタの手紙を落とす。 咄嗟に杖を抜いたウェールズは、跳ね上がった足を腹部にめり込まされ苦悶によろめく。 回転する凶刃を振り下ろした言葉は、ワルドの速度に届かず唇を噛んだ。 ルイズから手紙を回収し、ウェールズを蹴り飛ばして距離を取り、言葉の斬撃を回避し、 ワルドはマントをひるがえして跳躍し体勢を立て直した。 「予定変更、この場にいる全員を始末するとしよう」 「ワルド様!? それは、いったいどういう意味ですか!」 「ルイズさん、彼はレコン・キスタ……貴族派のスパイ、裏切り者です」 言葉の発言に、ルイズとウェールズは驚愕に震える。 しかし。 「それはお互い様だろう、ミス・コトノハ。 君は主人であるルイズに隠れて盗賊土くれのフーケを脱獄させ結託し、 さらに我がレコン・キスタに入るべく君達を売ろうとしていたのだから」 「コトノハが!?」 続け様に明かされる事実に、ルイズの頭は真っ白になってしまった。 「僕を裏切り者と呼んだな、ミス・コトノハ。だが君も裏切り者だ。 ルイズを裏切り、僕を裏切り、今度は誰を裏切る!?」 言葉は冷笑した。 それは、彼女の狂気を一番長く見てきたルイズでさえ、恐怖に凍りつくほどの。 裏切り者の笑み。 優しくしてくれた、正直でいてくれた、本当の気持ちを話してくれた、ルイズを裏切った。 この世界でただ一人、心を許せた人を裏切ってしまった。 ならばもう、他のすべてもろともに、等しく価値は無いだろう。 故に、裏切るというのなら、この世界の者でない誠を除くすべて。 すなわち。 「世界を」 このハルケギニアという世界すべてを裏切ってでも、彼女は征く。 すべては、最愛の恋人のために。 誠のために。 チェーンソーを軽々と持ち上げて、言葉は再びワルドに迫る。 が、ワルドは素早く詠唱をすると、その姿を五つに増やした。 幻? 否、これは。 「風の遍在!? 逃げてコトノハ!」 ルイズの悲鳴にも似た叫びに、言葉は危機を感じ立ち止まった。 風の遍在。 この魔法によって、ワルドはルイズと共にいながら、言葉とフーケの密会を目撃したのだ。 だがこの魔法の恐ろしさは、術者と力を等しくする遍在が複数現れる事にある。 スクウェアクラスが五人、同一であるがゆえの完全な連携で襲ってくる。 まともに戦っても勝機は無い。 「エア・カッター!」 不可視の刃が、言葉の後方から飛び、その横を通り抜けワルドに迫った。 ウェールズが唱えた魔法だったが、ワルド達は四方に散って回避し詠唱を始める。 「エア・ハンマー!」 「ウインド・ブレイク!」 言葉は風の塊に殴り飛ばされ、教会の長椅子に突っ込んだ。 ウェールズはルイズを抱き支えながら、ウインド・ブレイクに飛ばされぬよう耐える。 「くっ、このままでは……」 ウェールズは、自分達の敗北を悟った。 平民であるはずの言葉が驚異的な戦闘能力を持っている事は解ったが、 武器が剣である以上、接近戦しかできない。 同じ風のメイジの自分はトライアングル。希望があるとすればルイズだが――。 「ミス・ヴァリエール。君の系統とクラスは?」 「わ、私は……使い魔召喚と契約以外、一度も魔法が成功した事がなくて……。 初歩のコモン・マジックすら使えません」 これで、敗北は確たるものになった。 だがそれでウェールズはあきらめるつもりはない、かなわぬまでも一矢報いるのみだ。 それに、全力で盾となれば、アンリエッタの友人を、ルイズを逃がすくらいはできるかもしれない。 だがワルドとてそれは承知している。計算外の事が起きても、すべて対処する自信があった。 計算外の存在。 それは言葉。 彼女がガンダールヴという、伝説の使い魔である事を、調査の結果ワルドは知っていた。 だが所詮、武器を振るうだけの存在のようだ。ならば問題は無い。 しかし知らない、ガンダールヴの強さは心の震えに呼応して高まる。 心の震えならば何でもいい。 喜び、怒り、悲しみ……憎しみ。 心を壊すほどの悲しみと、怒りと、憎しみが、今、燃え立っている。 言葉の眉は釣り上がり、瞳はさらにさらに暗く深く暗く深く暗く深く沈み沈み沈み……。 「貴方は、私達は、ルイズさんを裏切った……だから!」 赦せない。赦さない。憎い、憎くて、たまらない。 裏切ったワルドが、裏切った自分自身が、殺したいほどに憎い。 いや殺す。少なくともワルドは殺す。今殺す。 左手のルーンが輝きを増した。 疾風怒濤となって、遍在の一人に迫る言葉の瞬斬。 それは近くにあった木製の椅子ごと、遍在を木っ端微塵に粉砕する。 接近戦は分が悪いと、ワルド達は詠唱する。 「エア・カッター!」 「エア・カッター!」 「ウインド・ブレイク!」 三人が風の魔法で攻撃する間に、残る一人がやや長い詠唱を終えようとする。 「ライトニング・クラ――」 「エア・カッター!」 あまりにも驚異的な瞬発力と破壊力を目の当たりにしたワルドの注意は言葉に向き、 隙が生まれたと判断したウェールズは詠唱しながら、 己の魔法では一人しか狙えないため、どの遍在を撃つか見定めていた。 決めたのは、一番危険な魔法を使おうとしたワルドだ。 ライトニング・クラウドを放とうとしていた遍在は杖を持つ腕を切断され、後ずさりする。 「くっ、だがその程度の魔法で――」 次の瞬間、その遍在が爆発し、煙と共に消えた。 ルイズの魔法だ。本当は風のドット・スペルを唱えたのだが、 やはり失敗し爆発が起きたのだ。しかしそれで遍在を一人倒せたのだから僥倖だろう。 言葉の予想外の活躍で一人倒し、そこで生まれた隙を突いてさらにもう一人。 絶望の中、勝機の光わずかながら見えてきた。 だがさすがはワルド、すかさずエア・カッターでウェールズ達をけん制する。 慌ててウェールズはルイズの肩を掴み、力いっぱい引っ張って魔法を回避する。 その間に、二人のワルドが狡猾に言葉を仕留めに向かっていた。 「エア・ニードル!」 杖の先端に風の槍を作り、あえて接近戦を挑んでくる遍在。 返り討ちにするつもりでチェーンソーで切り込む。が。 「いかに速かろうと、動きが直線的ではな!」 かろやかに舞い、攻撃を回避する遍在。 構わず言葉はチェーンソーを振るった、回転する刃が遍在の杖を切り落とす。 エア・ニードルごと消えてなくなる杖。しかし遍在はまだ消えていない。 冷笑を浮かべて、言葉は遍在の肩から胴体へと切り刻み、バラバラにする。 遍在が消えた直後。 「ライトニング」 言葉はもう一人の遍在に身体を向け、ライトニングという単語から電気を連想した。 電気の速度を回避するなどいかにガンダールヴといえど不可能。 そして、先ほどウェールズが唯一妨害したこの魔法、恐ろしい威力だろうと推察される。 それらの事をはっきりと思考した訳ではないが、狂気ゆえに研ぎ澄まされた感覚により、 言葉は咄嗟にチェーンソーを前に出して指を開いた。 「クラウド」 青白い閃光が一瞬ほとばしる。 バチンと大きな音を立てて、言葉のチェーンソーから煙が上がる。 同時に言葉の両手が弾けるようにチェーンソーから離れた。 本来ならチェーンソーを通って言葉の身体も電気に焼かれていたはずだが、 言葉の一瞬の判断により武器を壊されるだけにすんだ。 しかし武器を失ったガンダールヴなど、ただの平民にすぎない。 これでもう計算外の事態は起きない、ワルドは会心の笑みを浮かべる。 遍在はもうひとつしかないが、本人を含めて二人なら、 ここにいる三人を十分始末できる。 トライアングルのウェールズなど敵ではない。 武器を失ったガンダールヴなど話にもならない。 後はルイズの、秘められた才能、あの爆発にさえ注意すればいい。 「ふふふっ。ウェールズ、貴様の命もらい受けるぞ。 ルイズ、私の崇高な想いを理解できぬならここで死ぬがいい。 我が覇道はレコン・キスタと共に!」 これからルイズ達は成すすべなく殺されていくだろう。 その様子を、わずかに開いた教会の戸から覗き込んでいる者がいた。 誠以外のすべてを裏切ると決めた言葉だが、しかし、まだ――。 第14話 世界を裏切って 前ページ次ページ鮮血の使い魔
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前ページ次ページサイヤの使い魔 「タ、タバサ! 落ちついて! この人は怖くない!」 「オバケなんて無いさオバケなんて嘘さ寝惚けた人が見間違えたのさ」 「どきなさいルイズ! どうせあんたの話なんか聞いちゃいないわよ! ここはあたしが――」 「パーソナルネーム『キュルケ・ツェルプストー』を敵性と判定。当該対象の有機情報連結を解除する」 「あーんやっぱり駄目だー! お願いだから正気に戻って! 戻りなさい! 戻れー!」 格闘すること、約10分。 悟空と一緒に瞬間移動で図書館にやって来たルイズとキュルケの必死の説得により、ようやくタバサは(悟空に対し警戒しているものの)話を聞く気になった。 それにしても司書の視線が痛い。 「…説明して欲しい。主に、貴方の素性を」 「あたしもタバサに賛成。さっきの魔法も興味あるし」 キュルケの言葉でルイズは自分の中にあった違和感に気付いた。 この男、当たり前のように物理的弊害を無視して何処にでも現れるが、そんな事ができる魔法は自分の知る限り、無い。 先住魔法だろうか。とするとこの男、生前は何だったのだろうか。 …もしや、自分はとんでもない人物を喚び出してしまったのではないか? 「あれはよ、魔法じゃなくって瞬間移動ってんだ」 「瞬間…移動?」 悟空が説明する。 「ああ、昔ヤードラットって星の連中に教えてもらった技でよ、相手を思い浮かべてそいつの気を感じ取るんだ。 そうやって、そいつがいる場所に移動する。だから知ってる奴がいねえ場所とかは行けねえんだ」 「に…にわかには信じられない話ね……」 「えーと、全然言ってる意味がわかんない。キって何? 何系統?」 改めて聞く使い魔の能力。 キュルケは半信半疑ではあるものの一応額面どおりに解釈したが、ルイズは理解できていない。 実際、彼と一緒にその能力を体験しているものの、あまりにも自分の常識とかけ離れた現実にまだ頭がついてこない。 「説明はつく。二度も私の目の前に現れたのだから、私は彼を信用する」 口ではそういうものの、タバサは未だに悟空と目を合わせられないでいる。 こうして見ると生きている人間と同じ、いや、普通の人間以上に生き生きとしているが、やはり瞳孔が開ききった目を見るのは怖い。 いや、よく見ると虹彩が暗くて瞳孔の色と区別がつかないだけか。 それに気付き、タバサは若干警戒の色を弱めた。 タバサの言葉に、ルイズもようやく悟空の説明を(納得はできないものの)聞き入れることにしたが、すぐさま別の疑問が沸き起こった。 「あんた、今「星」って言ったけど、そういえば何処から来たの?」 メイジでも無いのにメイジ以上の能力をぽんぽん使いこなすこの男は今、「星」と言った。 ルイズは「宇宙の何処かにいる私の使い魔よ!」とサモン・サーヴァントの時に言ったが、まさか本当に宇宙の何処かに自分に似た生命体がいるなどとは、本気で考えていなかった。 「オラ地球って星から来たんだ」 「じゃあ「チキュウ人」って事? そこがあんたの生まれた星なのね」 「いや、生まれは惑星ベジータってとこなんだけどよ」 「どういう事?」 悟空は説明した。 自分が惑星ベジータで生まれたサイヤ人である事。 産まれてすぐ、侵略のため地球に送り込まれたが、幼少時の事故により穏やかな性格になったらしい事。 ドラゴンボールとそれにまつわる様々な冒険。(これにはタバサが多大なる関心を示した) 自分の出生の秘密を、敵である実の兄から聞かされた事。 一度目の死。 サイヤ人の地球侵略。 ナメック星での激闘。 人造人間との戦い。 そして、二度目の死。 満月と大猿の関係については、既に尻尾の無い悟空には関係ない話だったので省略した。 悟空が全てを語り終えると、場に重い沈黙が立ち込めた。ルイズに至っては、頭から煙が出ている。 途中から頭を抱えてうなだれていたキュルケがのろのろと口を開いた。 「…なんか、にわかには信じられない話ね。頭痛くなってきたわ」 顔を上げ、悟空を見る。 「それで、貴方はこれからどうするの?」 「どうするも何も、オラはルイズの使い魔になっちまったんだろ? だったらそれでいいさ」 「…ずいぶん楽天的なのね」 昼休みを告げるチャイムが鳴った。 「続きは食後」 タバサの一言で、ルイズを除く全員が席を立った。 未だヒューズが飛んだままのルイズに、キュルケが声をかける。 「ルイズ~、私たちお昼食べてくるから、復活したら食堂に来なさいね~。さ、ゴクウさん行きましょ」 「はれってほれってひれんら~……って、え!? ちょ、ちょっと待ちなさい!」 悟空に椅子を引いてもらって席に着いたルイズは、爪先に何か硬いものが当たったのを感じてテーブルの下を覗き見た。 今朝、使い魔に朝食を与えるつもりで用意した皿がまだ置かれている。 (そういえばこれでご飯食べさせようと思ったんだっけ) ルイズは今朝の怒りを思い出したが、さっきの説明を聞いて幾分混乱している今となっては、それも些細な事のように感じられた。 (あの話が本当だったとしたら、わたしはこれからこいつをどう扱えばいいんだろう…?) 正直、さっきの説明はルイズの頭では理解が追いつかなかった。 宇宙人だの人造人間だの何でも願いを叶える球だの、この使い魔の頭は一体どこに繋がってるんだ。 支離滅裂な事を言ったならまだしも、話の内容に筋が通っているから厄介この上ない。 こうなったらこいつの素性を信用するしかなさそうだ。 となると、こいつはメイジでもなければ天使でもない、自分からすれば単なる平民(宇宙人だが)の幽霊だ。 その代わり、こうして自分の隣に立っている今もなお、周囲の生徒から注目を浴びているこの異世界から来たらしい使い魔が、 果たしてこの世界の食べ物を口にしても大丈夫だろうか、と心配になった。 考えてみれば、朝食の時は居なかった。食事が終わってから、何処で道草食ってたのか、手ぶらで戻って来たのだ。 「そういえば、あんた朝食の時居なかったけど、ちゃんとご飯食べたの?」 「ああ、シエスタがメシ分けてくれたんだ」 確か、ゴクウが洗濯を頼んだ平民の名だ。 ルイズは再び足元の皿を見た。 厨房に昼の分の指示は出してなかったので、皿は空っぽのまま置かれている。 「じゃあ、お昼もその平民に貰ってきなさい」 「わかった。んじゃ行ってくる」 厨房へと消えていく使い魔を見送りながら、ルイズは、だから朝食の後すぐ見つけられたのか、と合点し、 自分の使い魔が惨めったらしく地べたに座り込んで粗食を食べる様子を他の生徒に見られずに済んでよかった、と密かに思った。 高貴な存在だと思われているのだ、下手にイメージを崩す事も無いだろう。 「確か本当の天使って霞食ってるんだっけ?」 つい疑問が口をついて出る。 隣席のマリコルヌがそれを耳ざとく聞きつけた。 「なんだって?」 「何でもないわよ、ただの独り言」 「ゴクウさん、お待ちしてました!」 シエスタが笑顔で悟空を出迎える。 厨房に足を踏み入れた悟空は、朝食の時とは比べ物にならないくらい大量の料理を目にした。 「すっげー! 美味そうなもんが一杯あっぞー!!」 「おうよ! お前さんが来てくれたおかげで食材が無駄にならずに済みそうだからな! これはその前祝いだ!!」 悟空の見事過ぎる食いっぷりに触発されたマルトーは、本当に余りものの食材を余すところ無く使い、 尋常ではない量と種類の料理を用意していた。 ざっと見ただけでも10~15人分、テーブルに乗りきらなかった分や鍋に残っている分を加味しても60~70人分はある。 とても賄いと呼べる分量と種類ではない。 中にはこのまま貴族に出してもいいんじゃないかと思えるくらい豪勢な盛り付けのものもある。 マルトーの密かな宣戦布告であった。 「これ全部オラが食っていいのか?」 「おう、食えるだけ食え! 無理なら残してもいいぜ。どうせ元は捨てなきゃならんものばかりだからな、がっはっはっは!!」 10数分後、全ての料理が悟空の胃袋に収まった。 コルベールは、トリステイン魔法学院の長を務めているオールド・オスマンに、自分の教え子の一人がガンダールヴの幽霊を使い魔にしたのではないか、という自説を披露していた。 ミス・ロングビルにぱふぱふをせがんで左の頬に真っ赤な紅葉をこさえたこの学院の長は、彼の説明を聞き終わると、それまで閉じていた口を開いた。 「ルーンが一致したというだけで、そいつがあの使い魔の幽霊であるというのは、いささか結論を急ぎ過ぎじゃないかのう」 「で、ですが…」 「第一、その者がそう言ったというだけで、そ奴が幽霊だという明白な証拠はあるのか?」 コルベールは返答に窮した。 確かにオールド・オスマンの言うとおりである。 ミス・ヴァリエールが幽霊だと紹介したからといって、本当に彼がそうなのか確認をしていなかった。 そもそも、幽霊とはあのように頭の上に輪がついているものなのだろうか。 自分が死んでしまったら余計に頭頂部の眩さがアップしてしまいそうで、できることなら御免こうむりたい。 「まあ、暫くは様子見じゃの。その使い魔から色々聞いてみるとよい」 「わかりました。では失礼します」 一礼して退室したコルベールは、ふと空腹を思い出し、食堂へと向かった。 今なら生徒たちが昼食を採っている。ひょっとしたら、使い魔に会えるかもしれない。 ルイズが満腹感に浸っていると、食堂がどよめきに包まれた。 何事だろうと周囲を仰ぎ見たルイズは、騒ぎの原因を発見して胃が痛くなった。 自分の使い魔が、メイドに付き従ってデザートの配膳を手伝っている。 「本当にありがとうございます、ゴクウさん。わざわざ手伝って頂いちゃって」 「構わねえって。オラのせいで忙しくなっちまったみたいなもんだしよ」 マルトーが腕によりをかけて悟空に大量の料理を振舞った結果、その料理を載せるために、食堂に残っていた食器の殆ど全てを使ってしまい、 大量に発生した洗い物のために貴族へデザートを運ぶ人手が足りなくなってしまった。 そこで食器洗いを手伝うかデザート運びを手伝うかの二者択一の結果、悟空が選んだのがデザート運びであった。 悟空もチチを手伝って食器を洗った経験はあるが、陶器製の食器しか取り扱った事がない悟空には、繊細なガラス細工が施されたものもある学院の食器は、何となく触らない方がいいような気がしたのも一因だ。 「あ、あんた、何やってんのよ」 配膳がルイズの席まで到達した時に、小声でルイズが訊いた。 「メシ食わせてもらった礼に仕事手伝ってんだ」 「あ、ああそう…。あまり目立つような真似はしないでよね」 「何で?」 「あんた、一応他の生徒には天使って事で通ってるんだから」 「ケーキ運ぶくらいどってことねえだろ」 ルイズは改めて周囲を見回した。 居心地の悪そうな顔で配られたデザートを見つめている者もいるが、恐る恐るケーキに口をつけて、普段通りの味だと判った者は、安心したのかいつも通りの調子を取り戻し、級友と歓談したり、既に食べ終えた者は席を立ったりしている。 「…それもそうね。いいわ。終わったら私のところに戻ってきなさい」 「ああ」 やがて、全てのケーキを配り終えた悟空がルイズの元に戻ってくる頃、ケーキを食べ終えたらしき生徒が立ち上がった拍子に、懐から小瓶を落とした。 コロコロと悟空の方へ転がってくる。 悟空はそれを拾い上げ、落とし主である金髪の生徒に声をかけた。 「おーい、おめぇ、これ落っことしたぞ」 「なあギーシュ、お前今誰とつき合ってるんだ?」 「つき合う? 僕にはそのような特定の女性はいない。 薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」 聞こえていないのか、あるいは聞こえていて無視しているのか、青年は応えず、他の生徒と話しながら食堂を出ようとしている。 悟空は後ろで紅茶のカップを手に取ったルイズに訊いた。 「なあ、あいつの名前、何つうんだっけ」 「ギーシュ・ド・グラモン」 「サンキュー。おーい、ティッシュのバケモン」 すました顔で食後の一杯を飲んでいたルイズが、鼻から紅茶を吹いた。 『ギーシュ・ド・グラモン(だ/よ)!!』 前門のギーシュと後門のルイズから、同時にユニゾンで悟空にツッコミが入る。 決して悟空に悪気があったわけでは無いのだが、言う相手が悪かった。 貴族の名を家名つき、その上名前を間違えて呼んだ。 意図的であれ偶然であれ、それは、その貴族だけでなく、家柄に対する重大な侮辱行為である。 血相を変えてルイズが駆けつけた。 「あんた謝りなさい。今すぐ」 「わ、わりぃ。オラ長ったらしい名前覚えんの苦手なんだ」 「君は確か「ゼロのルイズ」の…。駄目だな、許すわけにはいかない」 手袋を取り出し、悟空に投げつける。 「決闘だ!」 「ギーシュ!」 「これは僕だけの問題じゃない。そいつは我がグラモン家を、グラモンの家名を汚した。この罪は償ってもらわなければならない」 ギーシュの目が敵意をはらんだものに変わっていく。 「貴族同士の決闘はご法度よ!」 「オラ貴族じゃねえぞ」 「その通りだ。だから問題は無い。ではヴェストリの広場で待つ。10分後に開始だ。遅れるなよ」 そう言い放ち、ギーシュは身を翻して食堂を後にした。 成り行きを見守っていたシエスタが悟空に駆け寄る。 「あ…あなた殺されちゃう。貴族を本気で怒らせたら…」 「ああ、こいつなら大丈夫よ、たぶん」 青ざめた顔でブルブルと震えるシエスタに、ルイズがフォローを入れる。 一応使い魔が世話になっているのだ、多少は仲良くしてもいいだろう。 幽霊だから死なない、と付け加えようと思ったが、話がややこしくなりそうなので伏せた。 「なあルイズ」 「何?」 「あいつ、強えのか?」 「そうね…どっちかといえば強いほうかしらね。仮にもグラモン家の貴族だし」 「そりゃあ楽しみだ」 「嬉しそうね…まったく。いい? あんたはあいつの名前を間違えた事によって、あいつの家名も同時に汚したの。それはとっても不名誉な事。 だから…まあ仮にあんたが勝ったとしても、その点はきっちり謝っときなさいよ」 「ああ、わかった」 「よろしい」 平民がメイジに勝つことなどありえないが、ルイズは不思議と、この使い魔ならもしかしたらギーシュに勝つかもしれない、と思い始めていた。 「フン、まあ逃げずに来たことは褒めてやろう」 「オラ逃げたりなんてしねえぞ」 普段人気のあまり無いヴェストリの広場は、ギャラリーで埋め尽くされていた。 ゼロのルイズの使い魔 対 青銅のギーシュ。 オッズ比は16。 意外にも、悟空の勝ちを予想する生徒は皆無ではなかった。 その中には、タバサとキュルケも混じっている。 「本当にあの使い魔が勝つと思うの?」 「負けはしないと思う。彼の話が本当なら」 街一つ吹っ飛ばすだのこの星ごと消えて無くなれだの、よくもまあそんなホラが吹けるもんだとキュルケが内心呆れていた話を、タバサは話半分だが信じているようだ。 「僕はメイジだ。だから魔法で戦う。よもや文句はあるまいね?」 「へへっ、ワクワクすっぞ」 超能力を使う敵と戦った事はあったが、魔法を主体に戦う相手は悟空にとって初めての経験であった。 「僕の二つ名は『青銅』。青銅のギーシュだ。 従って、青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手をするよ」 ギーシュが手に持った薔薇の造花を振るうと、零れ落ちた花弁から甲冑を纏った優美な女性型のゴーレムが生成された。 「へぇー、面白ぇなあ」 「お褒めに預かり光栄、とでも言っておこう。では、始めるか!」 「ああ、どっからでも来い!」 ワルキューレが悟空に向かって突進する。 が、それよりも遥かに速く、悟空はワルキューレとの間合いを詰めた。 「ずえぁりゃあっ!」 正拳一発。 凄まじい衝突音の後、腹から背中まで達する凹みを作ったワルキューレがギーシュの傍を猛スピードで掠め、背後の壁に激突して砕け散った。 場が、静まり返った。 振り返り、かつてワルキューレだった残骸を確認した後、目をまん丸に見開き、口を顎が胸に付きそうなくらい開け、鼻水まで垂らしたギーシュは、恐る恐る悟空に向き直った。 壁が「固定化」で補強されていなかったら、飛距離は更に伸びていただろう。 ワルキューレ殴り飛ばし世界新記録を作った男は、全く本気を出した様子が無い。 それどころか「とりあえず挨拶代わりに一発ぶん殴ってみました」といった感じだ。 「あれ? 何だ、てんで弱っちいぞ」 「な、何だと!?」 焦ったギーシュは一気に6体のゴーレムを生成した。 それぞれが手に武器を備えている。 「取り囲んで叩きのめせ!」 ギーシュの命令に従い、わらわらと悟空の周囲に散開したワルキューレは、一斉に悟空めがけて手にした武器を振り下ろした。 衝撃で悟空が地面に膝を付く。 静止命令を受けていないワルキューレは、這いつくばる悟空めがけて何度も何度も、武器がひしゃげて変形するまで攻撃を繰り返した。 「も、もういい! 下がれ!!」 数分後、ギーシュがワルキューレを下がらせると、地面に倒れ付した悟空が姿を見せた。 ピクリとも動かない。死んでしまったのか。いや、既に死んでいる。 そろりそろりと、ギーシュが悟空に近づく。 先ほどからギャラリーは静まり返っている。ギーシュが地面を踏みしめる音だけが聞こえる。 「よっこいしょっと」 「はうあ――――!?」 何の前触れも無く悟空が起き上がり、ギーシュは腰を抜かしてへたり込んだ。 ギャラリーのそこかしこから悲鳴が上がる。 固唾を飲んで見入っていたタバサも、あまりに予想外な出来事に少々チビッた。 怪我一つ負っていない悟空の問いかけに、ギーシュの顔が真っ青になった。 「なあ、もうちっと本気でやってくんねえか? これじゃちっとも面白くねえぞ」 前ページ次ページサイヤの使い魔
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結論から言うと私は外で食事をさせられた。周りには他の生徒の使い魔がいる。 外に出された理由は私が食事中に吐いたからだ。初めての食事を胃が受け付けなかったらしい。 ルイズはすぐさま私を外に追い出した。その後。何とか我慢して食事を食べる。パンも流動食だと言えるほど噛んで食べれば吐くほどではない。が、やはり体の中に違和感があるのは禁じえない。これからは人間が何をしなければいけないか考えなくてはいけないな。 いつまでも幽霊の常識じゃいけないってことだ。 食事が終わる頃生徒たちが食堂から出てくる。私の方をみて笑う生徒もいる。さっきのことだろう。 そう思っているとルイズが出てきた。 「あんた何してんのよ!恥かいちゃったじゃない!」 会った瞬間怒鳴ってくる。 「調子が悪かったんだ」 当たり障りのないことを言う。食事をしたことがないと言ったら二度と食事させてもらえなくなるだろうな。 「あんたの体調なんて聞いてないわ!罰として昼食抜きね!」 まぁ昼食だけならさして問題はないだろう。 そして教室へ向かう。ルイズと私が教室へ入ると既にいた生徒が一斉にこちらを見る。 そしてクスクス笑い始めるた。特に気にするようなことではない。 教室を見回す。石で出来た大学の講義室みたいだな。 生徒を見るとやはり使い魔を連れている。 フクロウ、ヘビ、カラス、猫、目玉、六本足のトカゲ、蛸人魚etc、、、 ルイズが席に座る。私も席に座り帽子を取る。ルイズが睨んでくるが無視する。どうせ私は床に座れとか言うのだろう。 ルイズが何か言おうとする前に扉が開き中年の女性が入ってきた。ローブは紫色で帽子を被っている。きっと彼女が先生なのだろう。 彼女が春の使い魔召還の祝辞を述べる。先生はシュヴルーズというらしい。 「おやおや。変わった使い魔を召還したものですね。ミス・ヴァリエール」 シュヴルーズは私を見てとぼけた声で言う。教室が笑いに包まれる。 ルイズは俯いている。シュヴルーズは笑いを取るために言った冗談なのだろうがルイズが傷つくのは考慮に入れてないようだ。 「ゼロのルイズ!召還できないからって、その辺歩いてた平民を連れてくるなよ!」 誰かがそう言う。するとルイズが立ち上がり怒鳴り返す。 そこから言い争いが始まる。また『ゼロのルイズ』だ。どうやら誹謗中傷の類らしいな。 シュヴルーズが杖を振ると、言い争っていた二人は席に座り静かになった。魔法は便利だな。 シュヴルーズが二人を叱る。 「ミセス・シュヴルーズ。僕のかぜっぴきはただの中傷ですが、ルイズのゼロは事実です」 マリコルヌと呼ばれていた彼ががそう言うと笑いが漏れる。 シュヴルーズがまた杖を振ると笑っていた生徒の口に赤土の粘土が張り付いた。 「あなたたちは、その格好で授業を受けなさい」 シュヴルーズは厳しい顔でそういった。 しかし発端を作ったのはお前だろう。 「では授業を始めます」 話しを聴く限りだとこの世界では魔法が科学技術らしい。ゆえにそれを使える貴族が権力を持つということか。 いや、魔法が使えるから貴族か…… こいつらが魔法が使えなくなったらどうするんだろうかね? シュヴルーズが杖を振ると石が光る。光が治まると石は金属に変わっていた。 つくづく魔法は何でもありらしい。 6へ