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ハルヒに頼まれて、この糞寒い中しぶしぶストーブを取りに行ったわけだが、途中で激しい雨に会い、俺はびしょ濡れで部室に帰ってきたのである。 自分で言うのもおかしな話だが、相当疲れていたのだろう…ストーブをつけて、そのまま机に伏して熟睡してしまった。 どれくらい時間が経ったのだろうか…目を覚ますとそこには、驚いた顔をしているハルヒがいた。どうやら俺が起きるのを待っていたらしい。 とりあえず俺も目が覚めたので、立ち上がって身支度をしようとした…その時だった。 頭がクラクラして目の前がだんだん暗くなっていくのがわかった。強烈な立ちくらみだと思ったのだが、 そうではなかったらしく、俺はそのまま床にバタっと倒れてしまった。 ハルヒ「ちょっと…キョン?」 俺は何か言おう言葉を探したのだが、それよりも意識を失うことのほうが速かった。 ハルヒ「キョン…キョン!?どうしたの!?目を覚まして!!」 冬のさむ~い日のことだった それからのことはな~んにもわからないのだが、古泉の話によるとハルヒはかなり取り乱していたらしい。 しきりに俺の名を呼んだり救急隊員の襟首をつかんで、「キョンは大丈夫なんでしょうね!?」や「何とかしなさいよ!あんたたちプロでしょ!?」と、 喚き散らしていたようである。 救急隊員の方々には少々気の毒な気もしたが、それよりもハルヒがそんなに動揺するとは夢にも思わなかった。 古泉「大変だったんですよ?病院に着いたと思ったら、いきなりお医者様に涼宮さんが掴みかかって、 それを引き離すのに随分時間がかかりました。看護師の方と僕達でやっとでしたから。必死だったんでしょうね、涼宮さんも。」 俺が病室に運ばれてからはハルヒも大人しくなり、静かにしていたそうなのだが… 古泉「ずっとあなたに謝っていましたよ。『わたしのせいね…ごめんね』と。いやぁ~あんな涼宮さんは初めて見ましたね」 あのハルヒが謝るとは…そんなレアな場面を見逃すとは…!? そして古泉に言われるがまま、俺は病室で休んでいた。横になっているとだんだん眠くなってきたので、寝ようと思って目を瞑った矢先のことだった。 ガチャ 扉が開いた。言い忘れたが、俺の病室は古泉の計らいで個室になっていた…おそらくこの病院も『機関』が関係しているんだろうな、 救急車を呼んだのは古泉らしいし。 目を閉じていたので誰が来たのかわからなかったが、声ですぐに誰であるかわかった。 ハルヒ「キョン…」 ハルヒである。「なんだ?」って返事をしようと思ったのだが、いつもと様子が違うので黙っていることにした。 ハルヒ「あたしがストーブ取りに行けって命令したからよね。寒い中、雨に打たれてびしょ濡れで…」 たしかにその通りだが、そういう言われ方をするとこっちが罪悪感を感じてしまうな。 ハルヒ「ごめんね…ごめんね、キョン…ごめんね。」 声が震えていた。もしかして泣いているのだろうか?ますます起きにくい状況になってしまった…。 ハルヒ「ねぇ、キョン?みんな心配してるのよ。みくるちゃんや古泉くんはもちろん、きっと有希だって…。それに私だって、心配してるんだから」 朝比奈さんが心配してる姿は容易に想像できる。古泉はどうだろうな…あいつはどちらかというと、お前の意外な反応を少し楽しんでるんじゃないか? 長門はわからんな。おそらく無表情なんだろうが、心配してくれてると結構嬉しい。 ハルヒ「だから起きなさいよ…団長命令よ…グスッ…団長が名前を呼んだら、団員はすぐに返事しなきゃいけないのよ…。 何度呼んでも返事しないあんたなんて…死刑…グスッ…なんだから…」 完全に泣いている。俺は葛藤していた。もう起きるべきか、まだこのままでいるべきか…。 というか、古泉は俺が目を覚ましていることを、ハルヒに黙っていたのか? さっきまでここであいつと話してて、あいつが出て間もなくしてハルヒが入ってきた。 だとしたら古泉はハルヒとすれ違って、当然ハルヒは古泉に俺の容態を尋ねたはずだ。 ハルヒの様子から察するに、古泉は「いいえ、まだ目覚めておりません」とか何とか言ったに違いない。 全く、悪趣味なやつめ…。 とまぁ~頭の中でウダウダ考えていると、何かが俺の手に触れた。 ハルヒの手だ…ハルヒが俺の手を握っている…。しかも両手で。 ハルヒ「あったかいでしょ?さっきまでカイロで温めてたのよ。また冷えたらいけないもんね。」 そりゃあ、ありがたい。どうせならその優しさを、俺が行くときにくれて欲しかったもんだが…まぁ今更言っても仕方ない。 ハルヒ「あんたが目覚めて元気になるまで、SOS団は活動休止よ。だって、あんたがいないと……つまんないもの…」 それからしばし沈黙が続き、再びハルヒは口を開いた。 ハルヒ「ずっと前に言ったでしょ?悪夢を見たって…あれね、実は悪夢ってほどでもなかったのよ…」 悪夢?あぁ、二人きりの閉鎖空間のことか。あんまり思い出したくないがな…。 ハルヒ「あのときね、その夢にあんたが出てきたのよ。灰色の世界でね、そこにはあんたと私しかいなかったわ。」 だから思い出させるなっつの… ハルヒ「そしたら急に変な巨人が出てきてね、周りをめちゃめちゃに壊しまくってるのよ。 私はその巨人に恐怖心はなかったんだけど、あんたは違ってたみたいね。私の手を引っ張って外へ連れ出したのよ。 あっ、ちなみに私達は学校にいたんだけどね」 ハルヒ「それからあんたは、私を校庭まで連れて来たのよ。私はその灰色の世界にいたいって思ってたんだけど、 あんたは言ったわ。『元の世界に戻りたい』ってね。」 そりゃそうさ。あんな世界に好き好んでいようって考える奴は、おまえ以外にいやしない。 ハルヒ「それからあんた何言ったと思う?ものすごい真面目な顔して、『ハルヒ…実は俺、ポニーテール萌えなんだ』 とか言い出したのよ。今思い出すと笑えるけど、あのときは呆れて笑うどころじゃなかったわ」 ああ、できることなら記憶から抹消したいよ。跡形もなくな。 ハルヒ「でもね、そのあとあんたは言ったわ。『反則的に似合ってる』って。結構嬉しかったのよ?照れ臭くて 『バカじゃないの!?』とか言っちゃったけど」 ハルヒ「私が呆気にとられてると…あんたは…私の唇に…キス…したのよ…。あんたは絶対に信じないでしょうけどね。 それで気が付いたら朝だったわ。起きた瞬間は、『どうしてファーストキスの相手がキョンなのよ!』って気分だったけど……今は……違うわ」 おい…何を言い出すんだ…ハルヒ…。 ハルヒ「あんたも知ってるように、私は負けず嫌いなのよ。だから…やられっ放しはイヤ…特にあんたにはね…。というわけで…次は私の番…」 ハルヒ…おまえ…まさか……! もうおわかりだろう…ハルヒは俺に、キスをした。俺がしたときと同じように…俺の唇に。長門のように正確ではないが、おそらく10秒くらいだろう。 ハルヒ「これで…おあいこね。1勝…1敗…。」 何の勝負だ…。ハルヒは俺の唇から離れると、耳元でささやいた。 ハルヒ「あたしがこれで目を覚ましたんだから、あんたも目を覚ましなさいよ。白雪姫みたいなことさせちゃって、 私はあんたの王子様じゃないわよ」 ああ、俺もお前のお姫様ではない。断じてない。 ハルヒ「じゃあね、キョン…次に来たときはいつものマヌケ面見せなさいよ」 今見せようと思えば見せられるんだがな、そのマヌケ面を…。 ハルヒ「じゃあ、またね…」 そう言ってハルヒは部屋を出た。おそらくは扉付近で言った言葉だろう。 それからしばらくして、俺は目を覚ました。といっても最初から覚めてたんだが…。 そのときはSOS団のメンバーが全員揃っていて、「おやおや、やっとお目覚めですか」と白々しい言葉もあれば、 「キョンく~ん」と可愛いらし~いお言葉もあった。いつもと変わらない無表情で、「そう」という一言もあったが。 我が団長はというと、あのときのあれは夢だったのかと思うほどのものだった。 なんせ目覚めた瞬間の第一声が「いつまで寝てんのよバカキョン!」、それに加えて強烈なビンタと来たもんだ…。 さっきのは別の人格か?ハルヒ… そして退院した俺は、すぐに学校へ復帰した。まぁ病み上がりってことで休んでもよかったのだが、何故かそんな気にはなれなかった。 教室へ入ると、ハルヒはいつものように頬杖をついて、不機嫌そ~に外を見ていた。 キョン「よっ、元気か?」 ハルヒ「あんたに言われたくないわよ。もういいの?無理しないで休んだほうがよかったんじゃない?」 キョン「ほほぅ、お前でも心配してくれることがあるんだな。」 ハルヒ「はぁ!?勘違いしないでよ!あたしが心配してるのはSOS団のほうよ!病み上がりだからって足引っ張んないでよね!」 キョン「へいへい、じゃあ今日は授業が終わったら真っ直ぐ家に帰りますよ」 ハルヒ「ダメ。最初っから休むんならまだしも、授業を受けて部活に出ないなんてあたしが許さないわ」 キョン「おいおい、お前言ってることが矛盾…」 ハルヒ「いーから出なさい!これは団長命令よ!逆らったら死刑よ!」 こうしていつも通りの会話を楽しんだわけだが、一つだけ普段と違う部分があった。 それは、ハルヒの今日の髪型が、ポニーテールだったということだ。 終わり
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涼宮ハルヒの明日の続編です。 「……と言う小説を執筆する予定。許可を」 って、おぉい!!!ちょっと待ってくれ、長門!! なんで俺が死ななきゃならんのか、きちんと詳しく事細かに説明してくれ!! 「…物語の展開上の必然。 あなたが死んでくれた方が読者の共感を呼び易く、好都合」 俺が死んでくれた方が好都合ってドサクサに紛れて 結構、酷い事を言っちゃってますよ、長門さん…。 「…そう」 『…そう』じゃねぇ!!しかも、なんで皆の名前は若干、変わってるのに 俺だけ『キョン』のまんまなんだよ…ハルヒはハルヒで… 「ちょっとこれ、何なのよ!?有希!! 別にキョンがどうなろうとそこは構わないとして…」 いやいやいや、ハルヒ!どうでもよくはないだろ?そこは!! 「なんで私とキョンなんかがこんなちょ、ちょっと… 微妙な、変な感じの関係になっちゃってんのよ!?」 「…大丈夫。問題は無い。皆、認知しているから」 何を!? 長門は不思議そうに首を傾げている。 「…駄目?」 「駄目っ!!」 俺とハルヒ、2人同時に駄目出しを受けて却下された為だろうか、 長門が少しいじけているように見えるのは気のせいか。 長門が椅子に座る瞬間に 「…有機生命体の死の概念が理解出来ない」 と、ぽつりと呟いた台詞が耳を離れない… 怖いよ…長門、お前が言うと冗談に聞こえないから…。 そう、俺達は次の文芸部の会誌に載せる作品作りの為、 文芸部員として、冬休みを返上して『編集長・涼宮ハルヒ』のもと、 それぞれの作品の企画作りを遂行している。 例のごとく、それぞれの課題をくじ引きで決めたのだが、 今回の長門は多くは甘酸っぱさとほろ苦さをふんだんてんこ盛りに兼ね備えた 青春群像劇ものを引き当てたのだが…長門にとっては苦手なジャンルなのだろう、 何故、あんなストーリーになっちまったのかは俺には理解しかねる。 「長門さんの作品、そんなに悪いようには思えませんが…」 古泉はニヤニヤしながら俺の顔を見ている。何だよ? 「そういうお前はどうなんだ?古泉。ちったぁマシな作品は出来そうなのか?」 「えぇ、去年のあなたの恋愛小説には負けられませんからね」 そりゃ嫌みか? 「推理小説ですからね、トリックの発想次第なのですが…」 そりゃ理系のお前さんらしい実に論理的な作品になりそうだ。 朝比奈さんは受験の為、今回の企画作りには参加していないのだが、 1年前からハマっていたのか、もうすでに童話の作品を書き溜めているらしく、 「自信作を置いておきますので皆さんで読んでみて下さ~い♪」 と、机の上にアルプス山脈の如く、積み上げていった。 しかも、イラスト付きらしい。 「さすが我がSOS団のマスコットキャラ。萌えツボを心得た仕上がりだわ」 と、編集長は妙な唸り声を上げている。 その唸り声を上げている当の編集長、ハルヒは 当初の割り振りでは社会悪に迫るノンフィクション作品だったのだが、 電波なSFものになったり、悪の秘密結社と闘うヒーローものになったり、 いつも書く度に脱線していってる。ハルヒ曰く、 「これくらい飛んでる設定の方が面白いじゃない!!」 と言う意見らしい。 俺はと言うと、今年もどうやら恋愛小説を書かなければいけないみたいだ… しかし、何も思い浮かばん!!そして、眠い!! これはピンチだ…恋愛ものなんて去年でほとんど出尽くした感がある…。 それこそ、健全健康たる男子高校生が日夜、頭に浮かんでは消える 妄想をそのまま書くという手もあるが、そんな事をした日にゃ 二度とこの学校には顔を出せなくなる。 そして、恐らく学校中の女性と口を聞くどころか 相手にもしてもらえなくなるだろう。 そうなっちまったら俺の高校生活はまさに閉鎖空間だ。 その時、携帯が震えた。メールみたいだ。 From:佐々木 タイトル:無題 本文:やぁ、キョン。今夜、時間はあるかい? まぁ、キョンは頼み事を断れない性格だから きっとOKしてくれるんだろうけどさ。 場所はいつもの公園に8時だ。 もし、涼宮さんと何か用事があるのなら 僕に遠慮はしないでくれたまえ。 断ってもらっても構わないよ。 ハルヒ?別に今日はこの後、用事も無いし、まぁ佐々木だから別に良いだろ… 俺は軽くOKの返事を出した。 「ちょっとキョン!!あんた、企画もろくに出さないで 何、携帯いじってサボってんのよ!?」 編集長の怒鳴り声が耳をつんざく。 「いや、サボってる訳じゃなくてな、 今年も恋愛もので正直、何のアイデアも思い浮かばないんだよ… そんなに経験豊富という訳でもないしな」 ハルヒが俺の顔をジッと睨みつけてきている。 何をそんなにジッと見ているんだ?俺の顔に何か付いてるのか? 「本当にそうだとしたらあんた、寂しい青春送ってんのね」 放っといてくれ。 「そういうハルヒは何かアイデア浮かんだのか?」 「私はノーベル文学賞も狙えるくらいの現代社会の暗部にメスを入れた 一大スペクタクルな社会派傑作になる予定よ!!」 「予定って事はハルヒもまだ何も思い浮かんでないんだな?」 グッと唇を尖らせたハルヒの顔を見て、つい悪戯心が芽生えて、 皮肉たっぷりに溜息をついてやった。 「まぁ、編集長には期待してるよ」 「フンッ!!」 ハルヒはそっぽを向いた。 「ところでキョン、今夜、暇?」 ハルヒは腕を組んで見下ろしている。 「どうした?」 「どうしたもこうしたもないでしょ!?あんたが何も思い浮かばないって言うから 本屋にでも回って団長としてネタ探しに付き合ってあげんのよ!! 何か資料かヒントでもあったら参考になるでしょ!?」 古泉はニヤニヤと笑っている。何がおかしいんだ? 「い、いや、今夜はちょっと…」 そう断ると、その瞬間ハルヒの顔に暗い影が差した。 古泉にも強い視線を投げ掛けられた気がする。 でもな、ちょっと待ってくれ。今回はちゃんと先約があるんだ。 確かにハルヒのご機嫌を損ねると世界がとんでもない事態に巻き込まれる という事はこれまでの色々な騒動のお陰で十二分に承知しているつもりだ。 だが、それでハルヒの全てを優先する訳にはいくまい。 佐々木にも一度OKを出してやっぱダメと言うのはあまりにも身勝手な行為だ。 ハルヒを守る為に他の誰かを傷つけるというのはそれは人として違うだろう? 要は順番、順序の問題だ。 「まぁ、明日なら大丈夫だけどハルヒはどうだ?」 「あんた、自分の都合に合わせて私に命令する気!?」 ハルヒはいつも俺にそうしてるじゃないか… 「じゃあ、明日でも良いわよ!!その代わり、ろくなアイデア出ないようなら 正月返上で合宿するからね!!」 何でだよ… 結局、その日は何も思い浮かぶ事なく、長門の本日終了の合図で解散となった。 冬は陽が落ちるのが早い。 暗い坂道を4人でトボトボと歩いていた。 そういや、佐々木の用事って何なんだろうな? しばらく音沙汰なかったと思ったら突然、メール寄越したり、 また何か厄介な問題を引っ張って来るんじゃなかろうな… 古泉は俺に何か言いたげな顔をしているが…何だよ? 「では、僕らはこのへんで」 古泉と長門は去って行った。 ハルヒと2人でボーッと道を歩いている。 今日のハルヒは大人しい。 と言うか、さっきから一言も口を聞いていない。 「どうした?」 ハルヒの顔を見ようとしても日が沈んで暗いのと 髪の毛で顔が隠れていてよく見えない。 「…何が?」 「今日は随分と大人しいじゃないか?」 「うっさいわね…別に良いでしょ」 「…そうか」 気まずい沈黙が流れる。 「…私、帰る」 ハルヒはそう言うといつもと違う道を曲がっていった。 理由は分からんが多分、閉鎖空間発生なんだろうな。お疲れ、古泉…。 一度家に帰って夕飯を食べてから行こうかどうか迷う微妙な時間だった。 今日は雪で路面が凍っていたので自転車には乗ってきていない。 まぁ、飯は後で良いか。 そんな事を考えながら1人で歩くと白い息が身も心も冷やしていく。 そう言えば、1人で歩いたのって久し振りな気がする。 いつもハルヒやSOS団の誰かと一緒にいた。 SOS団の仲間と過ごした時間の濃密さを感じる。 少し早いかと思いつつ、佐々木と俺の家のちょうど中間に位置する 公園へと辿り着いた。 中学生の頃はよくここで色々な取り留めの無い話をしながら時間を潰していた。 「キョン!」 30分前だと言うのに佐々木はもう公園のベンチに座っていた。 「早いな、お前、いつからここにいたんだ?風邪引くぞ」 「くっくっ、大した時間ではないさ。僕に無用な気遣いはしないでくれたまえ」 「今日は1人か?」 あのやたらムカつく未来人や敵意むき出しの超能力者、 会話不能な幽霊みたいな宇宙人がいたらうんざりする所だ。 「おや?僕一人ではご不満かい?」 「いや、むしろお前だけの方が良い」 佐々木はニッコリと笑った。 「まるでプロポーズでも受けるみたいではないか?」 「馬鹿、からかうな」 それから佐々木と他愛の無い話をした。 別になんて事はない、お互いに期末テストはどうだっただの クリスマスはどうしただの、今日はこんな事をやってあんな事があった、 中学時代の想い出、大した話はない、 久し振りにあった旧友と昔に戻ったようなリラックスした笑い話をしていた。 ふと会話が途切れた瞬間に切り出してみた。 「今日はどうした?」 いつも強く俺を見据えて来る佐々木が珍しく俺から目を逸らした。 「さて、どうしたんだろうね、僕は」 俺達はこんな真冬の公園で禅問答をしにきたのか? 「これを気紛れとでも言うのだろうか?久し振りにキョンと話をしたくなったのさ」 「まぁ、そりゃ別に構わんが…悩みやストレスがあるなら 抱えずにどっかに出した方が精神衛生上よろしいと昔、言ってたのはお前だぞ」 「キョンは鈍感な割には時々、一周遅れで核心を突いてくるから面白い」 佐々木はサバサバしているようで意外と一人で悩みを抱えるタイプだからな… 「ところでキョンには悩みなんてものはないのかい?」 俺?俺にはそうだな…まぁ、色々とあるっちゃあるが… とりあえず目先のものとしては、 「恋愛小説のアイデアが思い浮かばない」 なんて佐々木に相談しても仕方が無いな…こいつもハルヒ同様、 『恋愛感情なんてものは精神病の一種』主義者だからな。 「くっくっ…なんだい?それは。君は時々、突拍子も無い事を言い出すから 本当にいつも予想の範疇を超えているよ」 やっぱり言うんじゃなかった…俺は日記にポエム書いてる夢見る乙女かよ。 「まぁ、聞いてくれたまえ。橘京子って覚えているかい?」 あぁ、あの佐々木の傍にいる面倒臭そうな超能力者だな。 「彼女がね、ここ最近、以前にも増して煩くってね。 涼宮さんの持つ世界を改変させる力は本来、僕が持つべきものだ、 世界をあるべき姿にしなければならないと、こう僕の耳元で急き立てるのさ」 「あぁ」 「僕としては正直、そんなものはどうでも良い瑣末な事柄と認識しているのだが、 彼女は僕のそういう姿勢や態度も含めて色々とご不満があるらしい」 ハルヒみたいな力を手に入れたらそれはそれで 周りの人間も色々と大変なんだがな…。 「そして、キョン、君にもね」 「俺?」 「橘さんにとってキョンは涼宮さん側についてる人間としての敵、そして女の敵らしい」 女の敵って…俺は女性にそんな酷い事をした覚えはないのだが… 「くっくっ、呆れているのかい?僕も驚いたがね。 キョンにはそんな女の敵だなんて言われるような記憶も自覚もないという表情だね」 当たり前だ、まともに会話もした事のないような女に あんたは女の敵だと言われてもこちらとしてはリアクションの取りようもない。 「まぁ、キョンが女性をそんな手篭めに出来るような技術と精神構造を 持ち合わせているような人間ではないと言う事は僕もよく理解しているつもりだがね」 褒められてんのか、けなされてんのか、よく分からん… 「橘さんは僕に世界を自分の思い通りに変えたくはないのかと散々、講釈してくる。 それは僕だって世界に不満が無い訳ではない。人並みの欲望はあるつもりだ。 しかし、だからと言ってそれとこれとは別の話だ。 キョンの意思に反してまで君を巻き込むのは僕の意図する所ではないからね」 俺の意思? 「その力を得る為にはキョン、君の協力も必要なんだとさ」 協力っつってもなぁ… 「だから、橘さんは僕にキョンの意思を確かめてきてくれと、こう頼んできた訳さ」 「俺の意思を確かめるってどういう意味だ?大体、佐々木。 よくそんな面倒な話に付き合ってるな、以前のお前なら考えられん」 佐々木は少し含みのある微笑を向けてきた。 「僕にも少々、興味深い事柄だったものでね」 「で、その俺の意思を確かめたら大人しくなってくれるのか?」 「どうかな?それは未確認だった」 やれやれ… 「で、その橘さんとやらはこの地球の半分を埋め尽くす全人類の 半分を占める女の敵であるこの俺に一体全体、何をして欲しいんだ?」 佐々木は微笑を崩さずにジッとこちらを見据えている。 「僕とキョンに恋仲になって欲しいんだとさ」 は??? 「まぁ、所謂、恋愛関係というやつだね。驚いたかい?」 いやいやいや…何を言い出すんだ、こいつは。 あの面倒なとんちき超能力者、佐々木に何か吹き込むにせよ、勘違いも甚だしいぞ。 「くっくっ、鳩がバズーカ砲喰らったみたいな顔をしているね」 バズーカどころか大陸間弾頭ミサイルが顔面に直撃したような威力だ… 要は俺と佐々木に、その、なんだ…付き合えって言ってる訳だろ? そんな事、これまで考えもしなかった…。 大体、そんな事になってハルヒが何と言うか……いや、ハルヒは関係ないだろ! いや、関係あるのか?やばい…混乱してきた…頭の中がパニックで暴発しそうだ… 「お前は以前、『恋愛なんて精神病だ』なんて言ってなかったか?」 「くっくっ、ねぇキョン」 「…何だ?」 「今日、涼宮さんは非常に不機嫌ではなかったかい?」 な、なんで知ってるんだ!? 「やはり正解だね」 佐々木はパズルを解いた子供のような笑顔で笑っている。 「キョンは鈍感ではあるけど、その反面、素直で誠実だからね」 佐々木は自分の鼻を人差し指で差している。 「鼻の膨らみを見ればキョンが何を考えてるのかおおよその見当は付くのさ、 しばらく付き合えばね。 キョンは嘘はつけない、ついてもすぐにバレてしまうタイプなのだよ」 そ、そうだったのか…これからは気を付けよう…。 「くっくっ、涼宮さんも苦労している事だろう。なんせ相手は鈍いを通り越して、 ただ何も考えちゃいないだけなんだからさ」 どういう意味だ?ともかく、また一つデッカい悩みが増えちまった… 「それとね…『恋愛なんて精神病』って言葉には様々な意味合いが込められているのさ」 そんな雁字搦めの糸のパズルみたいな謎解きを一気に俺に与えないでくれ… 問題は一つずつしか解決出来ない性分なんだ…。 「今日の僕からの話はまぁ、そんな所さ。あぁ、あと返事はいつでも構わないよ。 取り急ぐ問題でもないしね、じっくり考えてくれたまえ」 佐々木は立ち上がりながら俺に笑いかけている。 「あとさっきキョンが言ってた恋愛小説、僕の事でも書けば良いのではないのかい?」 そう言いながら佐々木はくるりと背を向けて灯りも暗い夜の公園を歩き出した。 佐々木を家まで送っていくまでの道すがら、結局、大した会話もなかった。 帰宅しても夕飯を食べる気力すら起きない…どうせ飯も喉を通らないだろう。 ベッドに突っ伏して佐々木の言葉を思い出していた。 あいつはいつから俺にそんな感情を抱いていたんだ? つい最近になってか?いや、中学の頃からずっとだったんだろうか? 「キョンく~ん♪」 なんだ?我が妹よ、はさみでも借りに来たのか? あと、お兄ちゃんの部屋に入る前にはちゃんとノックをしなさい! 部屋の中で何やってるか分かんないでしょうが!? トラウマになって兄妹仲が壊れちゃうかもしれないぞ!! 「キョンくん、恋煩い?」 なんでそんな一発で核心を突いてくるんだよ… 「キョンくんがご飯食べないのなんて珍しいもんね、何だったら私が相談に乗るよ♪」 小学生に恋愛相談、持ちかけてもな… 「大丈夫、ちょっと風邪気味なだけだ」 妹は首を傾げている。 「ふ~ん…やっぱり恋煩いなんだね♪」 あ、しまった…鼻か… 「パパとママには風邪って事にしといたげるよ♪高校生!」 やれやれ… そうだ。ここはとりあえず明日、誰かに相談しよう、そうしよう。 「おや?珍しいですね?それで僕に相談事とは何でしょうか?」 真っ先にこの古泉の顔しか思い浮かばなかった俺の人間関係はどうなんだろうか? 谷口は論外、国木田という手もあるが、問題は恋愛の話だけじゃないからな。 それに不本意だが、古泉は無駄にモテる、女の扱いには慣れていそうだ。 良い答えを出してくれそうな気がする。 冬休みの学校は静かで昼時と言えども誰もいない。 「昨日は大変だったのか?」 昨日のハルヒはえらい不機嫌だったからな。 「いえ、それほどではありませんでしたよ」 そうか、そりゃ良かった。 「ところで古泉…」 「色恋沙汰ですか…」 まだ何も言ってないぞ!! 「まぁ、付き合いも長くなってきましたからね、大体分かりますよ」 これも鼻か?俺の鼻は一体、どうなってるんだ? 俺は事の顛末を古泉に語った。古泉は意味ありげに頷いている。 「それは……実に複雑且つ、重大な問題ですね」 そうなんだよ…俺にとっちゃ世界中の知恵の輪を全て絡み合わせたような問題だ。 「…あなたはどうしたいんですか?」 え?俺? 「機関の人間としての僕は涼宮さんを選んでもらいたいとは思います。 勿論、同じSOS団の仲間としてもね。 しかし、あなたの友人としての僕はそこまで強制したくはありません。 あなたの想いまで無理矢理、ねじ曲げたりはしたくありませんから。 あなたがどちらを選ぶか、そう、どちらに女性としての魅力を感じるか、 問題はそこですね。 自分の想いに素直になるしかありませんし、逃げる事も出来ません。 あなた自身が答えを出すしかないでしょう」 古泉に相談料として自販機でコーヒーを奢っていると テンションの高い声が降り掛かってきた。 「おんや~!お二人さん、何やってんだい!?冬休みにまでラブラブっさね!」 変な誤解をされるような事を大声で言わないで下さい、鶴屋さん…。 「SOS団の合宿ですね♪お二人でお昼ですか~?」 あなたのそのプリティーなオーラは霜の降りた中庭も 全て溶かしてたんぽぽ咲かせちゃいますよ、朝比奈さん♪ 「それでは僕はこのへんで」 古泉は軽く会釈をして一人、部室棟へと向かっていった。 「朝比奈さんと鶴屋さんは今日はどうなさったんですか?」 「今日はクラスメイトの皆で集まって受験のお勉強してたんです♪」 鶴屋さんが俺の肩に手を掛けてきた。 「ハッハ~ン…キョン君、恋の悩みだね!」 またか!?鼻!! 「とうとう付き合う事になったのかい!?それともこれから告白!? どっちからにょろ!?告白するの!?したの!?されたの!?」 滅茶苦茶、興味本位ですね…鶴屋さん。 「やっぱりそこは男の子からですよね~♪」 いいえ、女性からでした。 そうだ、女性ならではの視点から、というのもあるな…相談してみるか。 二人に相談すると、さっきまでハイテンションとは打って変わり、 予想以上に複雑な物凄く重~い空気になった…。 何なんだ、これは一体? 「キョン君、それは酷いっさ…重過ぎるにょろ… 受験勉強に悪影響っさ…大学受験に失敗したらキョンくんのせいにょろよ?」 こんなに沈んだ鶴屋さんは初めてだ…。 「涼宮さんも佐々木さんも可哀想…キョンくんがこれまでずっと はっきりしない態度のままでいたからどちらかが傷つく事態になったんです。 2人とも純粋な想いなのに…キョンくん、最低です…」 俺も悩んでるんだが…女性の視点からすると俺の自業自得なのか? まさか朝比奈さんに最低とまで言われるとは…またちょっと泣きそうだ…。 「ともかく…もうこれは覚悟決めるしかないっさ」 「そうですね、曖昧なままだとまた同じような事が起こるでしょうし、 キョンくんの為にもならないですからね」 朝比奈さんと鶴屋さん、2人の眼光が野獣のように鋭く光っている。 「さぁ、キョンくんはどちらを選ぶにょろ…?」 「お二人のうちのどちらをキョンくんは選ぶんですか?」 あ…いや…その… 「どっち!!」 2人の叫び声が最後の審判を求めてきた。 ちゃんと答えははっきりさせますと、何とか2人の追及の逃れて、 部室に戻ると朝までは特に変わりのなかったハルヒは 昼休みを挟んで全く別人のように思いっきり俺を睨み据えて 噛み付いてきそうな勢いで座っていた。 「どうしたんだ?ハルヒ」 ハルヒは無言のまま、ダークでヘヴィーな邪悪の化身のようなオーラをまき散らしている。 何だ?俺、何かしたか?とりあえずここはあまり話し掛けない方が良さそうだが…。 「すみません…ちょっと急なバイトが入ってしまったようで」 古泉は俺をチラッと見るとそのまま部室をあとにした。 長門は淡々と小説を書いている。 ほとんど、このダークハルヒと二人っきりの空間に取り残されているようなもんだ…。 気まずい…こんな空気の中で小説を書くなんざ、とてもじゃないが無理だ… クリエイティヴなアイデアが思い浮かぶ空間とは思えない…。 その時、ハルヒがおもむろに立ち上がった。部室を出て行くようだ。 「おい、ハルヒ。どこ行くんだ?」 無神経に声を掛けた俺の失敗だった。 ハルヒは足を止め、恐ろしくドスの利いた低い声で 「…どこに行こうが私の勝手でしょうが」 と、睨みつけてきた。 メデューサに睨まれた俺はその場で石になった。 部室の扉が吹っ飛んで壊れそうな勢いで閉まった。 長門がこちらを見つめている。 「…行って」 追い掛けろって事か? 長門は無言で首を縦に振った。 追い掛けろってな…核弾頭の嵐の中に素っ裸で飛び込むようなもんだぞ…。 「…早く」 やれやれ…分かったよ…。 「おい!ハルヒ!」 ハルヒは走るのも速ければ歩くのも速い。 ハルヒの肩を掴むとようやく立ち止まってくれた。 「おい、ハルヒ。お前さっきから急にどうしたんだよ?」 「…離して」 ハルヒは振り返りもせずに答えた。 「いや、離せって、ハルヒ。いきなり理由もなく、どうしたんだ?体調でも…」 「…さっき、お昼ご飯買いに外に出た時に校門で橘さんって人と会った」 げ!? 「あの佐々木さんの知り合いでしょ?全部聞いた…」 「いや、だから、あれはだな……」 えぇ~っと…何をどこからどこまで話せば良いんだ? その時、ハルヒは肩に置いてある俺の手を取った。 殴られるか!?と、身構えると意外にもハルヒは俺の手をそっと下ろした。 「…ううん、大丈夫。キョンは何も言わなくても良いの…」 そういうハルヒの細い肩は震えていた。 「どうしちゃったんだろう?さっきから変だよね、私…。 …佐々木さんとキョンは昔からの付き合いでお互いに凄く分かり合ってるから …ひょっとして私、それが悔しいのかな?でもちょっと寂しかったり、悲しかったり… 自分でも怒りたいのか、泣きたいのか、よく分かんないの……」 ハルヒは俯いたまま、聞いた事もないような、か細い声を出している。 「…ごめんね、キョン。訳の分からない事ばかり言っちゃって」 そう言いながらハルヒは振り向き、俺にいつもの太陽のような笑顔を向けてきた。 「佐々木さんとキョンならお似合いだと思うわ! だから、あんたの勝手で好きなようにどこへなりとも行きなさい!! いつもみたいにボーッとしてたら捨てられちゃうわよ!」 ハルヒはそう言い残すとどこかへ走り去って行った… SOS団の皆で楽しい事をしている時に見せるような いつものハルヒの満面の笑みが余計に俺の心に突き刺さった――― もう答えは決まっていたのかもしれない… 自分の中ではもう分かっていた事なのに友達以上恋人未満の楽な関係に満足していた。 ハルヒに対しても…佐々木に対しても… 「やぁ、キョン」 佐々木は冬休みだからだろう、連絡するとすぐに出てきた。 駅前は師走の忙しさに賑わっている。 「ひょっとして昨日の答えかい?キョンにしては珍しく問題を解くのが早いね」 あぁ、難解極まり無い大問題だったけどな。 「まぁ、僕もあれから色々考えたのさ。他人の意見を鵜呑みにして 自らの考察を怠るのは進歩を止めると言う事に繋がるからね」 考察の結果はどんなもんが出たんだ? 「きっと僕はね、嫉妬していたのさ、涼宮さんにね」 嫉妬? 「僕の中学時代はね、キョン、君との時代だと言っても過言ではない。 それほど君とは長く濃密な時間を過ごしてきたからね」 まぁ、それは俺もそうだからな。 「しかし、その時間はあくまで過去のものにしか過ぎないのさ。 人は想い出に浸るだけでは進歩はない。常に今を生き、未来へと歩を進めなければね」 佐々木の髪が風で舞い上がる。 「キョンにとって、僕との時間が過去とするならば、現在は涼宮さんとの時間。 そして現在は必然的に未来へと繋がっている。僕との時間は未来に繋がる事はない。 だからこそ僕は涼宮さんに嫉妬したのさ。そして不本意ながらも橘さんに促され、 涼宮さんの力も含めて、キョン、君を取り戻したい、君の傍にいたいと考えた。 君と僕との時間を過去のものではなく、未来へと繋がる現在の時間として 2人で動かしたいと考えた。 それを恋愛感情と呼ぶべきかどうかは、すまない、まだ考察不足だ。 差し当たってはキョン、君の意見も伺いたい所ではあるがまずは僕の結論から。 やはり僕は君と……」 私は一人、屋上で泣いた。 もうキョンはSOS団には戻って来ないだろう…… こういう時に限って楽しかった想い出ばかりが頭をよぎる…… もうちょっとだけで良いからキョンと一緒にいたかった…… そう思うとまた涙が勝手に溢れ出てきた。 冷たい冬の風に煽られて髪は乱れた。 屋上で泣いていたのはどれくらいの時間なのだろう? キョンを忘れる時間はどれくらいの時間なのだろう? いや、きっと無理だ…どんな形であれ、彼はもう私にとって一番大切な人になっている。 決して彼を忘れる事なんて出来ない… だから、私は何があってもずっとあなたを好きで居続ける… ありがとう、キョン――― 屋上で心を落ち着かせてから部室に戻るとみくるちゃんと古泉君がいた。 うん、よしよし、有希も筆が進んでいるようね。 さっ!どんどん書きましょう!キョン一人分くらい私がどうにかするわ! 今なら物凄い閃きがガンガン湧いてきそうな気がするのよね! 天才的な文学的才能が目覚めたのかしら! 時間たっぷりまで書き上げ、いつものように有希の本を閉じる音を 終了の合図に本日解散!! さっ!今日はもう暗いから皆で帰りましょう! 「あんた、ここで何やってんのよ!?なんでこんな所にいんのよ!?」 入り口の前で立ち尽くしている俺を見たハルヒは埴輪のような顔をして 呆気に取られ驚いていたかと思うと今度は俺に向かって叫んでいる…鼓膜破けるわ… 「何って?会誌に載せる小説の企画を考えなきゃならんだろ?」 ハルヒは顔を歪めて怒鳴り散らしてきた。 「そういう事聞いてんじゃないわよ!? なんであんたがここにいんのかって聞いてんの!?」 あぁ~…もうだからそんな大声出さんでも聞こえてるって…。 「ハルヒがさっき言ったんだろ?勝手にどこへなりとも俺の好きな所へ行けって。 だからここにいるんだよ」 ハルヒは笑ってるのか怒ってるのか顔を歪めているが、 奥の長門といつの間にか部室にいる朝比奈さんと古泉はしたり顔でこちらを見ている。 「佐々木さんは!?」 「あぁ~…佐々木とはどんな形であれ他人に無理強いさせられるような 関係じゃないからな、断ってきた。 と言うか正確には断ろうとして呼び出したんだがな、向こうから 『やはり僕は君とだけはこんな無理強いするような形での関係はごめんだ』と断られた。 告白されて答えも伝えないうちにフラれるなんて、きっとこれはトラウマになるぞ…」 ハルヒはジーッと俺の顔を睨んでいたかと思うと納得したように頷いている。 「どうやら嘘はついていないようね…」 また鼻か…ハルヒまで分かってるとは…一度、俺の鼻がどうなってるのか誰かに聞こう… 「さっ!ハルヒ、行くぞ。」 俺はハルヒの手を取った。ハルヒはびっくりしながらも嬉しそうに笑っている。 「い、行くってどこへ!?」 おいおい、もう忘れたのかよ…。 「昨日、約束しただろ?放課後、一緒に恋愛小説のネタを探しに行こうって!!」 お前とならもっと面白い小説の続きが書けそうだよ―――― The End
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俺たちは森さんたちのいる場所へ無事に戻り、帰還の準備を始めていた。 しかし、ここに来てやっかいな事実が露呈する。ハルヒの足が動かないということだ。 何でも朝比奈さん(長門モード)に確認したところによると、2年近く部室に拘束状態にされ、身動き一つ取れなかったらしい。 そのためか、身体の一部――特に全く使えなかった足に支障を着たし、自立歩行が困難な状態に陥っていた。 そんなハルヒの足の状態を、新川さんに調べてもらったわけだが、 「大丈夫でしょう。外傷もありませんし、リハビリをすればすぐに元通りになるレベルかと」 という診断結果を聞いてほっと胸をなで下ろす。ちなみに、拘束状態にだったはずのハルヒが 何で神人に捕まっていたのかというと、朝比奈さん(通常)が説明してくれたんだが、 「ええとですね。突然、部室にキョンくんが現れたんです。そして、涼宮さんの拘束をほどいてくれて――」 「こらみくるちゃん! それは絶対内緒っていったでしょ! それ以上しゃべったら、巫女さんモードで 一週間登下校の刑にするからね!」 「ひえええええ! これ以上はしゃべれませんんん」 で、強制終了だ。まあ大した話じゃなさそうだし、朝比奈さんのためにもこれ以上の追求は止めておくか。 空を見上げると、この辺り一帯はまだ灰色の空に覆われているが、地平線はほどほどに明るくなりつつあった。 古泉に言わせれば、閉鎖空間があまりに巨大化していたので、正常になるのにも少々時間がかかるのだろうとのこと。 ってことは、外に脱出するまでしばらく時間がかかるって事か。面倒だな。その間、奴らも黙って見てはいないだろう。 「とりあえず、この場所にとどまっているのは危険です。できるだけ早く閉鎖空間から脱出できるように、 こちらも徒歩で移動します」 森さんの決定。ハルヒは新川さんが背負っていってくれることになった。ハルヒも自分の身体の状態をよく理解しているらしく、 快く了承している。 と、新川さんに背負われたハルヒが俺の元に寄ってきて、 「ちょっと聞きたいんだけどさ。その――外はどうなっているの? ずっとこんなところに閉じこめられていたから……」 ハルヒの問いかけに、俺はどう答えるか躊躇してしまった。素朴な疑問なのか、全世界の憎しみを背負わされていることに 感づいているのか、どちらかはハルヒの表情からは読み取れなかった。 しばらく考えていたが、俺は無理やり笑顔を取り繕って、 「色々あったが、何とか平常を取り戻しつつあるよ。それから、お前の事は世界中が知っている。 この灰色の世界の拡大を止める鍵であるってな。救世の女神様扱いさ」 「そう……よかったっ!」 ハルヒの100Wの笑み。これを見たのもずいぶん久しぶりだな。 あっさりと納得してくれたのか、ハルヒは元気よく腕を振って、さあ行きましょう!と声を張り上げている。 その様子を見ていたのか、古泉が俺の耳元で、 「いいんですか? いざ外に出たらすぐに嘘だとわかってしまいますが」 「……嘘は言ってねえよ。ハルヒが個人的な理由でこんな大混乱を引き起こしたどころか、死力を尽くして、 被害の拡大を抑えていたんだからな。閉鎖空間だって、奴らを閉じこめる一方で無関係の人を巻き込まないようにするのが 目的だったんだ。自覚があったのかは知らないが。間違っているのは世界中の人々の認識の方さ。 だったらそっちの方を正してやるべきだと思うぞ」 はっきりとした俺の返答に、古泉は驚きを込めた笑みを浮かべ、 「あなたの言うとおりです。修正されるべきは、機関を含めた外野の方ですね。その誤解の解消には及ばずながら僕も全力を 尽くしたいと思います。ええ、機関の決定なんて気にするつもりもありません」 「頼むぜ、副団長殿」 俺がそう肩を叩いてやると、古泉は親指を上げて答えた。何だかんだで、こいつもすっかり副団長の方が似合っているよな。 俺も団員その1の立場になじんでしまっているが。 「では出発しましょう。そろそろ、敵も動いてくるでしょうからね」 古泉の言葉に一同頷き、徒歩での移動を開始した。 ◇◇◇◇ 俺たちは山を下り、市街地へと足を踏み入れる。今のところ、奴らが仕掛けてくる様子はない。 だからといって、和気藹々とピクニック気分で歩くわけにも行かず、張りつめた雰囲気で足を進める。 ……自分の彼女を自慢しまくる谷口と、それに疑惑と悪態で応対し続けるハルヒをのぞいてだが。 ちょうど、俺の隣には朝比奈さん(長門モード)が歩いていたので、この際状況確認を兼ねていろいろと話を聞いている。 「で、結局連中の正体はわかったが、奴らはこれからどうするつもりなんだ?」 「わからない。ただ、彼らの涼宮ハルヒへの執着心は無くなることはないと考えている」 まるでストーカーじゃないか。しかも、面倒な能力を持っている奴らも多いとなると、たちが悪いな。 と、ふと思い出し、 「そういや、連中はハルヒの頭の中を一部だけ乗っ取っていたんだろ? あれはまだ継続しているのか?」 「その状態は、わたしたちという鍵がそろった時点で解消された。意識領域の一部に発生した欠損をあなたの存在が埋めたから。 今ではわたしの介入もなく、彼女は自力で自我を保っている」 なら少なくても何でもできるような力はなくしているって事だな。だが、待てよ? ハルヒの能力を得る前の状態でも お前の親玉にアクセスできるような連中がいたなら、そいつらはまだ得体の知れない力が使えるって事か? 「情報統合思念体への不正アクセスは、彼らからのアクセス要求経路が判明した時点で使用できなくしている。 現状では彼らは情報統合思念体を利用できないと考えてもいい」 なるほどな。もう奴らもすっかり普通の人間の仲間入りってことか。 だが、そんな状態なのに、まだハルヒをどうこうできると思っているのか? 「【彼ら】はもう涼宮ハルヒなしには存在できない。少なくとも彼らはそう考えているはず。 だから能力があろうが無かろうが、彼らは涼宮ハルヒを手に入れることしか考えられない」 「……奴らに無駄だとわからせる方法はないのか?」 「きわめて難しい――不可能と断言できると思う。彼らの自我もまた統一された情報に塗り替えられ、涼宮ハルヒと接触する前の 記憶が残っているかどうかすらわからない。例え脳組織の情報から涼宮ハルヒという存在を抹消しても、人格すら残らないだろう。 それほどまでに彼らは狂ってしまっている」 長門は淡々と説明してくれたが、全身からにじみ出している感情は明らかに負のものだった。 ハルヒに責任はないが、彼らもまた得体の知れない情報爆発とやらの犠牲者なのかも知れない。 ただ、それでもハルヒを「手段」として扱い、あまつさえ俺たちの事なんてどうなってもいいと思っていたんだ。 その点を見るだけでも、同情の余地は少ないと思う。 「ん、そういやハルヒは自分の力について自覚しているのか? これだけの大事になってもまだ気が付かないほど 鈍感でポジティブな思考回路をしているとは思えないが」 「はっきりとは明言していない。涼宮ハルヒ本人も自分が普通ではないと言うことは理解しているが、 完全に把握できていないと推測できる。ただし、自分がやるべき事は理解しているはず。だからこそ、混乱状態にもならず 自分がすべき事を実行している」 なるほどな……理解することよりも、まずこの状況をどうにかすることが先決だと考えているって事か。ハルヒらしいよ。 そんな話をしばらく続けていたが、ふと先頭を歩く森さんが歩みを止めたことに気が付く。俺たちの左側には民家が並び、 右隣には小さな林が広がっていた。民家の方はそれなりに見通しが効いたが、林の方は薄暗い閉鎖空間のため、 夜のようにその中はまっ暗に染まり、林の中がどうなっているのか全く見えない。 ――パキッ。 俺の耳にははっきりと何かが折れる音が聞こえた。閉鎖空間内にいるのは、俺たちをのぞけばあいつらだけだ。 「……全員、身を伏せて物陰に隠れて」 森さんの冷静ながらとぎすまされた声が響く。俺たちは一斉に民家の物陰に身を隠す。新川さんも一旦ハルヒをおろし、 俺のそばに置いた。ハルヒは持ち前の鋭い眼光で林の方を睨み続け、朝比奈さんは長門モードになっているらしく、 平静さを保っている。 俺も銃を構えて、林の方を伺い続ける。野郎……どこにいやがる。とっとと出てこい…… 唐突だった。俺の背後にあった民家の屋根が爆発し、そこら中に残骸が降り注いだ。同時に林の中から、 あの化け物と化した連中の大群が津波の如く押し寄せ始める。 「撃ち返して!」 森さんの合図を起点に、俺たちは化け物の群れにめがけて乱射を始める。耐久力はないようで、一発命中するだけで どんどん倒れ込んでいった。しかし、数が多い! 撃っても撃ってもきりがない。 さらに、少数ながらこっちにも銃弾が飛んでくるようになってきた。向かってくる全員ではないが、 ちょくちょく銃らしきものを撃ちながら、こっちに走ってくる奴もいる。国連軍から奪ったものを使用しているのかもしれない。 押し寄せ続ける敵に対して、特に森さんたち機関組が前に出て、敵を次々と倒していく。ん? 新川さんの姿が見えないが、 どこに行ったんだ? しばらく撃ち合いの応酬が続いたが、突然林の方から新川さんが現れたかと思うと、こっちに向けてダッシュしてくる。 そして、見事な運動神経で敵の手をかいくぐりつつ、俺たちの元に戻ってきた。 「首尾は!?」 「全く問題ありませんな。タイミングの指示をお願いします」 「わかりました。合図はわたしが出します!」 そんな森さんと新川さんのやりとり。何だかわからないが、とりあえず任せておくことにしよう。 こっちの攻撃に対して有効だと悟ってきたのか、飛んでくる敵の銃弾の数が増えてきた。俺の周りにも次々と命中し、 壁の破片が全身に降りかかってきた。当たらないだけラッキーだが。 そんな状況が続いたが、突然黒い化け物の群れの数が激増した。津波どころか、黒い壁がこっちに向かってきているように 見えてしまうほどだ。 そこで森さんの指示が飛ぶ。 「全員、身を隠して! 新川、お願い!」 全員が一気に身を伏せるなりすると、同時に林の方で数発の爆発が発生した。 どうやら新川さんが地雷か何かを仕掛けていたらしい。全くとんでもない人たちだよ、本当に。 「本部に連絡が取れるかどうか確認! 可能なら航空支援の要請を!」 さらなる森さんの支持に、谷口が国木田から引き継いでいた無線機で連絡を試み始める。 爆発のショックか、一時的に奴らの動きは止まったが、程なくしてまたこちらへの突撃を再開した。俺はできるだけ弾を無駄に しないように的確に奴らを仕留めていく。 発射!という森さんの次の指示に多丸兄弟が肩に抱えたロケットランチャーを発射した。そういや、プラスチックでできた 重さ数百グラムの携行式のもの持っていたが、ようやく出番になったか。弾頭が林の入り口付近にいた化け物に直撃し、 周りを巻き込んで吹っ飛ぶ。 一方の谷口は無線機で呼びかけを続けていたが、どうやらつながってくれないらしい。ダメだという苦渋の表情に加えて、 首を振っているのですぐわかった。 森さんはそれを確認すると、手榴弾を投げ始めた。釣られて俺たちもそれに続く。ロケットランチャーに続いて、 手榴弾も次々と炸裂していく状況に、奴らの突撃の速度がやや鈍ったのがはっきりとわかった。 すぐにそれを好機と見た森さんは、 「後退します! あなたたちは涼宮さんを連れて先に行って、残りの者はラインを保ちつつ、ゆっくりと後退します!」 そう言って俺と谷口、古泉にハルヒたちを連れて行くように指示を飛ばした。森さんたちを置き去りにするようで気分は悪いが、 ここでまたハルヒをあいつらの手に渡すわけにはいかない。 俺はハルヒを背負って――とすぐに思い直して、ハルヒの身体を肩に抱えるように持ち上げた。 「ちょっと、どうしてこんな不安定な持ち方するのよ! これじゃあんたも動きづらいでしょ!」 「背負ったら、俺に向かって飛んでくる弾がお前にあたっちまうだろうが!」 そう怒鳴りながら住宅街の中めがけて走り出す。隣には朝比奈さん(長門モード)がちょこちょこと付いてきて、 俺の背後を谷口と古泉が守ってくれていた。 100メートルほど進んで、一旦立ち止まり森さんたちの援護を始める。まだ林の前で奴らを食い止めていた機関組だったが、 やがて俺たちの援護に呼応するようにゆっくりと後退を始めた。 だが、奴らもそれを黙ってみているわけがない。こっちが引き始めたとわかるや、また怒濤の突撃を再開してきた。 さらに、どこから持ち出してきたのか知らないが、ロケット弾のようなものまで飛んでくるようになる。 命中率が酷く悪いところを見ると、ろくに使い方もわからずに撃ちまくっているみたいだ。 この後、しばらく同じ動きが続いた。まず俺たちが数百メートル後方まで移動し、その後、俺たちの援護の下森さんたちが 後退する。だが、どんどん連中の数が増えるのに、こっちの残弾は減る一方だ。すでに前方でがんばっている多丸兄弟は 自動小銃の弾を撃ちつくし、今ではオートマチックの短銃で奴らを食い止めている。ただ、幸いなことに外側と ようやく連絡が取れて、すぐにこっちに援護機を出してくれることになった。 だが、下手な鉄砲でも数撃てば当たると言ったものだ。ついに多丸圭一さんに被弾し、地面に倒れ込む。 隣にいた新川さんが手当をしようと試みるが、どんどん激しさを増す銃弾の嵐にそれもままならない。 「助けないと!」 ハルヒの叫びに反応した俺は、すぐさま飛び出そうとするが、古泉に制止された。同時に森さんからの指示が 無線機を通して入ってくる。 『こっちはいいから先に逃げなさい! あとで追いかけます!』 いくら森さんたちでもけが人一人抱えながら後退なんて無理に決まっている。こんな指示には従えねえぞ! 俺はそれを無視して、古泉を振り切ろうとするが、 「ダメです! 指示に従ってください!」 「ふざけるな! 森さんたちを見捨てろって言うのかよ!?」 そうつばを飛ばして抗議するが、古泉は見たことのない怒りの表情を浮かべ、 「バカ言わないでください! 森さんたちがこんな事で死ぬわけがありません! 死んでたまるか!」 あまりの迫力に俺は何も言い返せなくなってしまう。古泉はすっと苦みをかみつぶした顔つきで、森さんたちの方を見ると、 「根拠がないって訳じゃないんです。敵にとっての目的は涼宮さんただ一人。そして、閉鎖空間が崩壊するまで あまり時間がありません。相手にしても価値のない森さんたちは無視してこちらに向かってくるはずです。きっとそうです!」 俺は古泉の言い分に納得するしかなかった。確かに、超人じみた森さんたちの能力を見くびってはならない。 大体、あの人たちがピンチになったからと言って、凡人である俺に救えるのか? 傲慢もほどほどにしろ。 なら俺にできることをやったほうがいい。 二、三度頭を振るうと、俺は古泉に頷いた。ハルヒを連れて行く。今俺ができることはそれで精一杯だ。 「おいキョン! 見てみろ!」 谷口が指している方角をみると、小高い丘の上がゆっくりと明るくなって来ている。閉鎖空間の外側はもうすぐだ。 あの丘の向こう側にそれがある。 俺はまたハルヒを抱えると、丘めがけて走り出した。いい加減、足もふらふら息も限界に近づいているが、 そんなことは気にしている余裕すらない。 丘の前を走っている川を渡ると、背丈ぐらいまである草を払いながら丘を登り始めた。古泉たちも俺に続く。 ふと、背後を振り返ると、森さんが川の前まで走ってきて、自動小銃の弾が尽きたのか短銃を敵めがけて撃っていた。 新川さんと多丸裕さんも姿もなくなっている。くそ、何にもできない自分が腹立たしい。 「森さん! 受け取ってください!」 古泉がそんな森さんに向けて、自分の自動小銃を放り投げた。すぐさま、余っていたマガジンも全て投げる。 ――その時、自動小銃をキャッチした森さんの顔は、距離が離れているためはっきりとは見えなかったが、 優しげに微笑んでいるように見えた。だが、すぐに俺たちに背を向けると、敵めがけて撃ちまくり始める。 その時だった。 「うぐおわっ!」 足に受けた強い衝撃で俺の口から自然と飛び出た情けない悲鳴とともに、ハルヒごと地面に倒れた。 見れば、左足のふくらはぎに銃弾が命中したらしく、ズボンの中からダクダクと血が噴き出している。 「キョン大丈夫!? ちょっと待っててすぐに手当てするから!」 ハルヒは自分のセーラー服の袖を破ると、俺の太ももの部分をそれで締め上げ始めた。傷口を押さえるよりも、 根本で血の流れを止めた方がいいと判断したんだろう。さすがにこういうことには完璧な働きをしてくれる。 そして、出血が少なくなったことを確認すると、再度ハルヒを肩にかけ、朝比奈さん(長門モード)の肩を借りつつ、 丘の上目指して歩き始めた。背後では古泉と谷口が何とか敵の動きを食い止めている。 「もうちょっと……だ!」 「キョン! もう少しで丘の上よ! がんばりなさい!」 ハルヒの励ましに、俺は酸素と血液不足で意識がもうろうとしながらも、丘を登り続ける。 ふと、背後を振り返ってみると、すでに奴らは小川を渡り始めていた。まだ距離はあるが、俺の足がこんな状態だと すぐに追いつかれるぞ。 「行け行けキョン! とっとと行け!」 絶叫に近い谷口の声。あいつ、あれだけへたれだったのに、ずいぶん男らしくなったもんだな。 昔だったら、危なくなったら真っ先に逃げ出していたタイプだったのによ。 そんなことを考えている内に、俺はようやく丘の上に出ることができた。そこからしばらく緩い下り坂が続いていたが、 その途中からまるで雲の切れ目のように光が差し込んできている。あそこが閉鎖空間との境界だ。あそこにたどり着けば…… 朝比奈さん(長門モード)に支えられながら、俺たちはゆっくりと丘を下り始める。 と、ここで谷口が丘の頂上にたどり着き、俺たちへ背を向けつつ撃ちまくり始める。だが、見通しの効く場所だったせいか、 一斉に銃撃が集中され、谷口の身体に数発が命中した。悲鳴を上げることすらできず、谷口は地面に倒れ込んだ。 俺はしばらくそれを見ていたが、迷いを打ち消すように頭を激しく振って、 「朝比奈さん、長門! ハルヒを頼みます!」 そう言ってハルヒの身体を朝比奈さん(長門モード)に預けると、谷口に向かって足を引きずりつつ向かう。 背後からハルヒが何かを叫んでいたが、耳に入れて理解している余裕はなかった。 森さんたちとは違い、谷口も俺ともあまり大差ない一般人だ。このまま見捨てておけば、死んでしまうかも知れない。 それに、谷口の話を聞かされている以上、どうしても置いていける訳がねえ! しつこく銃弾がこちらに飛んでくるので、俺は地面に伏せて匍匐前進で谷口の元に向かう。すぐ近くからも発砲音が 聞こえてくるところを見ると、古泉がまだ応戦しているようだ。 ほどなくして、谷口のところにたどり着く。見れば、腹に数発の銃弾を受けて、出血が酷かった。 首筋に手を当ててみると、脈もかなり弱まっている。 「おい谷口! しっかりしろ! 死ぬな! 死ぬんじゃねえぞ!」 「ははっ……最期の最期で……ドジっちまったな……」 すでに声も力なくなっていた。まずい、このままだと消耗する一方だ! すっと谷口は俺の腕をつかむと、 「すまねえ……伝えておいて欲しいことがある……あの子に……あ!」 「聞こえねえぞ! 絶対に聞くつもりはねえ! いいか! 絶対に死なせねえぞ――お前が死ぬ気になっても俺が許さない!」 奴らの謀略で谷口の死を一度目撃した。あんな気持ちは2度とごめんだ! 遺言なんて糞食らえだ! 絶対に、どんな手を使っても死なせねえ! しかし、俺の言葉は谷口の命を奮い立たせるほどのものでもなく、次第に力がなくなっていくことがはっきりとわかった。 くそ――どうすりゃいい―― 俺ははっと思い出し、谷口のポケットから恋人の写真を撮りだした。そして、それを目の前に差し出し、 「いいか、谷口! おまえ、こんな可愛い子を置いていく気か!? お前みたいなスチャラカ野郎に惚れてくれるなんて 世界中探しても二人もいねえぞ! 当然、天国だか地獄でもだ! こんなことは奇跡と言っていい! ここであっさりと死んじまったら、お前は一生独り身だ! この子がお前のところに行くときには別の男がそばにいるかもな! そんなんでいいのか、谷口!」 とんでもなく酷い言いようだったが、さすがにこれには堪えたらしい。谷口は上半身を上げて俺につかみかかると、 「――嫌だ! 死にたくねー! 助けてくれキョン! 俺は――俺はまだ何も――!」 「ああ、いいぞ。そうやってずっと抗っておけ! 古泉、来てくれ!」 何とか谷口を奮い立たせることに成功したが、このままだと本当に死んでしまうことは確実。何とか、手当てをしてやらないと。 「今行きます!」 古泉はしばらく短銃を撃ちまくっていたが、ほどなくして俺のところへやってきた。 「どんな具合ですか? 手当は?」 「出血が酷くて、脈も弱いんだ。とてもじゃないが、血を止められそうにねえ」 「早く医者に診せないとまずいですね……!」 古泉もお手上げの状態だ。谷口は半べそかきながら、俺に死にたくないと懇願を続けている。 と、ここで谷口が持っていた無線機から、声が漏れていることに気が付いた。同時に、上空を数機の攻撃機が飛び交い始める。 ようやく来てくれたか! まだ閉鎖空間内だったのによくやってくれるよ。 古泉は無線機を取り、連絡を取り始める。数回この辺り上空を旋回後、自分たちのいる位置から北側に向けて 爆撃して欲しい。そんな内容だった。恐らく森さんたちに攻撃開始を悟ってもらうために、すぐには攻撃を仕掛けないのだろう。 古泉らしい冷静な配慮だと思った。 俺は古泉の指示通りに、発煙弾を自分たちのいる場所に置いて、位置を知らせる。 と、あの黒い化け物たちがかなり近くまで来ていることに気が付き、あわてて銃を撃って奴らを食い止めた。 無線機から、こちらの場所を確認したと連絡が入る。俺たち3人はそれぞれ頷き、攻撃を要請した。 その間も次々と奴らが迫ってきていたので、俺と古泉で必死にそれを食い止める。 ふと、脳裏に奴らのことが過ぎった。ハルヒの情報爆発によって何らかの影響をもたらされた人々。 それ自体は別に悪いことでもないし、むしろ巻き込まれたという点から見れば、かわいそうな部類に入るだろう。 だが、ハルヒに手を出そうとしたのは間違いだ。実際にハルヒのことを調査していたなら、あいつが自分の持っている力について 自覚していないことなんてわかっているはずだからな。理由は知らないが、ハルヒの意思を無視してそれを奪おうとした。 しかも、人間として扱わなく、自分の願望を叶えるための道具として扱おうとした。とても許せる話ではない。 何よりも、俺たちSOS団をバラバラにしようとした。そんなに叶えたい願い事があるなら、 こっちに穏便に接触してくればよかったんだ。最初から暴力的手段に訴えた時点で、お前たちは俺の敵だ! 容赦しねえぞ! ……やがて、低空で飛ぶ4機の攻撃機が俺たちの前を過ぎるように飛んできた。 死ぬなよ、森さんたち……! 神でも仏でも何でも良いから祈り続ける俺の目の前を爆弾が投下され、辺り一面大地震のような地鳴りと熱風が吹き荒れる。 丘や民家一帯にいたあの化け物たちは、次々と爆風と炎に呑まれ、倒れていった。 「キョンっ!」 爆撃が一段落した辺りで、ハルヒの声が聞こえた。振り返ってみれば、朝比奈さんに抱えられたハルヒの姿がある。 そして、上空からバタバタと大きな音が響き渡ってきた。ヘリが数機、俺たちの上空をかすめて飛んでいる。 ここでようやく気が付いた。空の色が、あの閉鎖空間の灰色ではなく、雲一つ無い青空であることに。 ――俺たちは閉鎖空間を抜けていた。 ~~エピローグへ~~
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今日は週に1度の不思議探索の日。俺は普段通り集合時間の30分前には到着する予定で歩いている。 そのとき突然ハルヒからの電話があった ハ「今日は中止にして。あたし熱出しちゃったから。みんなにはあんたから言っておいて・・・」 集合場所に着くと、やはりみんなもう着いていた。 キ「今日はハルヒが熱出したから中止だ。さっき電話があった。」 長「・・・そう。」 朝「涼宮さんは平気なんでしょうか・・・」 キ「どうでしょう。元気の無い声してましたけど、電話できるくらいなら平気だと思いますよ。」 古「・・・わかりました。それではこのまま解散でよろしいですか?」 古泉はこういうときだけ副団長の役割をしていると思う。 キ「いいんじゃないか。長門も朝比奈さんもいいですよね?」 朝「あ、はい。」長「・・・いい。」 古「それでは解散ということで。」 朝「あ、キョン君。涼宮さんのお見舞いに行ってあげてくださいね。」 キ「はあ・・・でもそれならみんなで行った方が・・・」 朝「みんなで行ったら迷惑になりますから。」 長「・・・貴方一人の方がいい。」 おいおい長門まで・・・ 古「僕もそのほうがいいとおもいますよ。」 古泉、お前もか。 キ「ふぅ・・・行くだけ行ってみるか。」 俺一人が行こうがみんなで行こうが迷惑なのは変わらないようなきがするんだが。 そう思いつつもハルヒに電話をした。 キ「よう。元気か」 ハ「元気じゃないわね、熱が出たって言ったの聞いてなかったの?」 キ「聞いていたとも。今から見舞いにいくからおとなしくしてろよ。」 ハ「ちょっ、キョン!!こ、こなくて(ry」 俺はハルヒが何か言う前に電話を切っていた。ピンポーン。 キ「よう。ハルヒ。・・・何でそんな格好してるんだ?」 ハルヒはこれから出かけるのではないかというような格好をしていた。 それも額に冷却シートをはったまま。 ハ「だ、だって、急にキョンがくるなんていうから・・・///」 キ「それは・・・悪かった。そんなことより起きていていいのか?」 ハ「あんたがチャイムならしたからわざわざむかえにk・・・」 クラッとハルヒは倒れかかった。 俺はハルヒを両手で支え、 キ「おっと、そんな格好してるからだぞ。熱が出てるときぐらいパジャマで布団に寝てろ。」 ハ「わかったわよ・・・でも、起き上がれそうに無いの。」・・・ってことはこのまま運べと? キ「本当か?うそなんてこと無いか?」 ハ「本当に体が重いの。」俺は仕方なくお姫様抱っこのままハルヒの部屋まであがった。 そのときのハルヒの顔は終始真っ赤だった。 ハルヒに聞いてみると「熱だから仕方ないのよ。」 まぁ俺の顔も赤くなっていたことは秘密だ。 ハルヒの部屋は初めてではないが、女の子の部屋っていうのは入るたびに緊張するものだな。 ハルヒをベットに寝かせた後俺はその辺に腰掛けた。 キ「ハルヒ、大丈夫か。」 ハ「大丈夫じゃないわ。こんな格好してるし、さっき無駄に声出したから。」 キ「じゃあそのまま寝てろ、やって欲しいことがあるなら聞いてやるから。」 ハ「・・・ありがと。」 ハルヒは俺に聞こえるか聞こえないくらいの声でそういった。 だが俺にはちゃんと聞こえていた。こういうときのハルヒはものすごく可愛い しかし、可愛いと思えたのもつかの間。とんでもないことを言ってきた。 ハ「ねぇ、キョン。///」 キ「なんだ?」 ハ「この服着替えさせてくれない・・・//////」 キ「ぶふぅ!! やって欲しいことがあるならやってやるといったが、それはないだろ・・・///」 ハ「だ、だって・・・この格好じゃ寝にくいじゃない・・・/////」 キ「でもな、ハルヒ。俺がやるってことは ハ「じゃあいいわよ。」 そういってハルヒはそのまま俺に背中を向けて寝てしまった。 キ「・・・ハルヒ。悪かった。でも流石に俺にはそれはできない。他のことなら聞いてやれるから・・・機嫌直してくれ。」 そういうとハルヒはこっちを向き、 ハ「じゃぁ、しばらく手握ってていい・・・////」 キ「そ、それなら・・//////」 俺はそのままハルヒが寝付くまでずっと手を握っていた。 一生その手を離したくないと思いながら・・・ おわり
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その日のハルヒは、どこかおかしい素振りを見せていた。 そう言うと誤解を与えそうだから、ひとつだけフォローを入れておこう。いつものハル ヒは傍若無人で1人勝手に突っ走り、厄介事をSOS団に持ち込んでオレを含める団員全 員が苦労する──そういうことを、オレは普通だと思っている。この認識に異論があるヤ ツは前に出ろ。オレの代わりにハルヒの面倒を見る役割を与えてやる。 それはともかくとして。 その日のハルヒは……世間一般の女子高生らしい素振りを見せていた。 例えば、休み時間にクラスの女子たちと普通に話をしていたり、あるいはまじめに授業 を受けていたり、さらには放課後にこんなことを言ってきた。 「ねぇ、キョン。今日の放課後、時間空いてる?」 事もあろうに、あの涼宮ハルヒがオレに都合を聞いてきたのだ。 おいおい、なんだよそれは? まさに青天の霹靂ってやつじゃないか。おまえにそんな 態度を取られると、オレはどうすればいいか分からんぞ。 「ねぇ、どうなのよ?」 「あ、ああ、そうだな……それは部活が終わった後ってことか?」 「あ、そっか。うーん……そうね、大切な活動を中止するわけにもいかないか。終わって からにしましょ。忘れたら罰金よ!」 おいおい、オレはただ「いつの放課後だ」と聞いただけなのに、いつの間におまえに付 き合って時間を潰すことになっちまってるんだ? けどまぁ、そういうのがハルヒらしいってことだろう。そんな長時間でなけりゃ付き合 ってやっても罰は当たらないさ。 それにしても……あのハルヒがしっかりアポイントを取ってまで、いったい何を企んで いるのかね。オレは何かやらかしたかな? 思いつくことは何もないが……いやいや、も しかすると相談事とか? それこそありえないだろ。 それなら……と、あれやこれを考えつつ古泉とゲームに興じていると、長門がパタリと 本を閉じた。運命の時間になってしまった、というわけだ。 「それじゃキョン、下駄箱で待ってなさい」 団長さま直々のお達しにより、オレは下駄箱で待つこととなった。古泉に「おや、デー トですか?」などと聞かれたが、軽やかにスルーしておいたのは言うまでもない。 しばらく下駄箱前でボーッとしていると、ハルヒがやってきた。 ここで「待った~♪」などと言ってくれば「おまえは誰だ?」と言い放てるのだが、そ んなこともなく、代わりに口を開いて出てきた言葉は「ぼさっとしてないで、さっさと行 きましょ」とのこと。やはりコイツはオレの知っているハルヒで間違いない。 「んで? オレの貴重な青春時代の1ページを割いてまで、いったい何の用だ?」 北高名物のハイキングコースを並んで歩きながら、オレの方から話を振ってみた。 「……あんたさ、中1の夏、何してたか覚えてる?」 ややためらいがちに、ハルヒが口を開いた。 「なんの話だ?」 「いいから! 覚えてるのかって聞いてるの」 わざわざオレを呼び出して、意味不明なことを聞いてくる。そんな昔の話なんぞ、覚え ているわけがない。 おれが正直にそういうと、ハルヒは眉根にしわを寄せた。 「そうじゃなくて……ああ、もう! 中1の七夕の日、あんた何やってたの?」 この瞬間湯沸かし器みたいにキレる性格はどうにかならんもんか? それはそうと、中1の七夕だって? 我が家では七夕に笹を出して織姫と彦星の再開を 祝う習慣はないから、いつもと変わらない一日だった……というか、待て待て。なんでそ んな話題を振ってくるんだ? オレはともかく、ハルヒにとっての中1の七夕と言えば……校庭ラクガキ事件の日じゃ ないか。そのことは新聞にも取りざたされた話だから、知っているヤツは多い。けれど、 ハルヒ自身の口からそのことを言い出すのは皆無だ。 「中1の七夕なんて、いつもと変わらない1日に決まってるだろ。そういうおまえは、校 庭にはた迷惑なラクガキしてたんだっけ?」 その詳細を知ってはいるが言うわけにもいかない。誰でも知ってるような話で切り返し たが、ハルヒは不意に立ち止まり、じーっとオレの顔を睨んでいる。 「なんだよ?」 「あんたさ、好きな子とかいる?」 …………おまえは何を言ってるんだ? 「いいから、いるのかいないのかハッキリしなさいよ!」 なんでそんな怒り口調で問いつめられなければいけないんだよ? とも思ったが、ここ でこっちもテンションを上げるのは、ハルヒの術中にハマりそうでダメだ。オレが冷静に ならなきゃ、会話が成り立たなくなる。 「なんで中1の七夕の話から、そんな話になるんだ? そもそも、どうしてそんなことを おまえに言わなくちゃならないんだ」 「それは……」 なんなんだこれは? なんでそこで口ごもるんだ。タチの悪いイタズラかと思えるよう な展開じゃないか。今のハルヒは、そうだな……まるで告白前に戸惑う女の子みたいに見 える。いや、オレにそんな状況と遭遇した経験なんぞないが、ドラマでよくある展開だ。これ でハルヒがオレに告白でもしようものなら、明日には世界が滅亡するぜ。 「…………」 「…………」 ハルヒが黙り、オレも黙る。なんともいたたまれない沈黙に包まれて、かと言ってオレ から話しかける言葉も見つからずにいると。 「もういい」 ふいっと背を向けて、1人早足で坂道を降りていく。その背中には妙な殺気が籠もって いて、とても並んで歩く気にはなれず、ただ後ろ姿を見えなくなるまで見送った。 そんなことがあった前日、どうせ今日には元に戻ってるだろうと登校してみれば、ハル ヒは学校に現れなかった。 あいつが休むとは珍しい。これは別の王道パターン──ハルヒが海外に引っ越す──か と思ったが、朝のホームルームで担任の岡部からそういう話はなかった。むしろ、「涼宮 は休みか?」などと言っていたから、病欠ってわけでもないようだ。純然たるサボリって ことなんだが……そうだな、おかしな事態だ。 あいつは授業中こそつまらなさそうにしているが、無断でサボるようなヤツじゃない。 異常事態だってことさ。 1限目が終わり、オレはすぐに9組の古泉のところへ向かった。ハルヒの精神分析専門 家を自称するアイツなら、何かわかるかもしれん。 「え、登校していないのですか?」 と思ったが、古泉も寝耳に水の話らしい。 「昨日から様子がおかしくてな。それで今日は不登校だろ? 何かあったのかと思ったん だが……おまえの様子を見るに、閉鎖空間もできちゃいないようだな」 「そうですね。ここ最近、僕のアルバイトも別方向の役目が多くて……おっと、これはあ なたには関係ない話ですが。ともかく、今の涼宮さんは安定しているようです」 おまえのアルバイトでの役目なんぞどーでもいいが、その話でハルヒがストレス貯めて たり、妙なことを企んでる訳じゃないことは把握した。 しかし、まったく何もないわけじゃないだろう。 これまでの出来事を思い返し……あんな物憂げなハルヒを見たことは、2回ほどある。 七夕とバレンタイン。 あのときの様子とよく似ている。かといって、今はバレンタインって時期じゃない。も ちろん七夕って日でもないが……しかし、あいつの方から七夕の話題を出したってことは、 思い出さざるを得ないことがあった、ってことだろう。 ジョン・スミスの名前を。 時間的には昼休みか。そろそろ電話をしてもいい頃合いだろうと考え、ハルヒの携帯に 電話をかけてみた。 2~3回ほど留守電サービスに繋がったが、その後にようやく繋がった。携帯からじゃ なくて公衆電話からだからか、警戒したようだ。そりゃオレも見知らぬ番号や携帯からか かってきた電話には出ないがね。 『あんた誰?』 電話応対の定型文を使うようなヤツじゃないが、そういう態度はどうかと思うぞ。 「オレだ」 『あたしに「オレ」って名前の知り合いいないんだけど? つーか、さっきからしつこい し。その声、もしかしてキョン? だったらふざけた真似はやめなさいよ』 「いや……ジョン・スミスだ」 『…………え?』 この名前を口にするのも久しぶりだ。できることなら名乗りたくもなかったが、事情が 事情だしな、仕方がない。対するハルヒも、オレが何を言ってるのか理解できていないよ うだった。それも仕方がない。 「なんつーか……久しぶりだな」 我ながらマヌケな言葉とつくづく思う。毎日その顔を見ておいて「久しぶり」もなにも あったもんじゃない。 『あんた……ホントに、ジョン・スミス? じゃあ、やっぱりあの手紙もあんただったの?』 それがハルヒの物憂げな気分の正体か。 その手紙になんて書かれていたか聞き出すのは難しそうだが、わざわざ「ジョン・スミ ス」の名前を語っているということは、タチの悪いイタズラで済まされる話じゃない。 「その手紙になんて書いてあったかは知らないが、オレが出したものじゃないことは確か だな。今日、学校を休んでいるのもその手紙のせいか?」 『そうだけど……ちょっと待って。ジョン、なんであたしが学校休んでるの知ってるの?』 しまった、余計なことを口走っちまった……。 『あんた、今学校にいるのね? そうなんでしょ! 今から行くからそこにいなさいよ、 逃げたら死刑だからね!』 言うだけ言って切っちまいやがった。やれやれ、これもまた規定事項ってヤツか? だ としたら……そうだな、ここで頼るべきは長門か。はぁ……まいったね。 5限目の終了を告げる鐘の音とともに、教室のドアがぶっ壊れるほどの勢いで開かれた。 そこに、鬼のような形相でハルヒが立っている。 ハルヒは呆気に取られているクラスメイトと教師を一瞥し、ずかずかと教室の中に入り 込んできたかと思えば、オレのネクタイをひねり上げてきた。 「着いてきなさい」 声が低く落ち着いているだけに、逆に怖い。 ずるずる引きずられて教室から出て行くオレを、哀れな生け贄を見るような目で見つめ るクラスメイトの視線が痛かったのは言うまでもなく、教師すら見て見ぬふりをするとは どういう了見だ? 教育委員会に訴えてやろうか。 「協力しなさい」 屋上へ出る扉の前。常時施錠されていてほとんど誰も来ないこの場所で、既視感を覚え るような事を言われた。前と違うのは、今回はカツアゲどころか命を取られそうな殺気が 籠もっているというところだろうか。 「いきなり学校にやってきたと思えば、何に協力しろって?」 「校内に、あたしらより3~6歳年上の見慣れない男が一人、うろついてるはずよ。そい つを見つけて確保した上で、あたしの前に連行してきなさい」 なんつーことを言い出すんだ、おまえは? そもそも校内に見慣れない男がうろちょろ してたら、誰かがすでに気づいてるだろうが。 「あんた、校内にいる教師の顔、全員覚えてる? 一人くらい見慣れないヤツがいたって、 それらしい格好してれば紛れ込めるわ」 まぁ……言われて見ればそうかもしれないな。部室にあった、過去の卒業アルバムに載 っていた教員一覧は4ページに渡っていたわけだし。 「いい? 時間はないの。怪しいヤツを見かけたら、拉致って即座に連絡すること。次の 授業なんかほっときなさい。それと、このことはSOS団全員に通達することも忘れない ように! ところで……あんた、携帯忘れてないわよね?」 「それは持ってるが……」 「ちょっと貸しなさい」 言うが早いか、ハルヒはいきなりオレの上着の内ポケットに手を突っ込むと、携帯電話 を強奪しやがった。どうしてオレはキーロックをかかけてないんだ、と最初に思った時点 で何か間違ってる気がするのは、この際ほっとこう。 「……あんた、昼にあたしに電話した?」 我が物のようにオレの携帯をいじるハルヒは、どうやら着信履歴を真っ先にチェックし たらしい。こいつの旦那になるヤツはあれだ、履歴チェックは欠かさないようにすること を忠告しよう。 オレはどうだって? オレの場合、見られて困る相手に電話をしてるわけじゃないから、 別に気にしないさ。 「かけたよ。おまえが学校に来ないのが気になったんだ。通じなかったが」 「ふーん、そっか」 正直に話すと、それで興味を無くしたのかハルヒは携帯を投げ返し、そのまま猛烈な勢 いで階段を駆け下りて行った。オレはいつぞやのように一人、取り残されたってわけだ。 どうやらあの様子から察するに、あいつの頭の中では校内にジョン・スミスがいるっ てことになってるんだろう。 それはあながち間違いではないが……捜す対象がオレらより3~6歳ほど年上の男とな ると、まず見つかるわけがない。それは言うまでもなく、オレがジョン・スミスだからだ。 そりゃまぁ、あいつが中1の七夕のとき、オレは北高の制服を着ていたし、事実高1だ った。学年まで気づかなかったとして、制服を着ていることから3~6歳ほど年上と思う のも仕方がないことだろう。 しかしなぁ、かくいう張本人を目の前にして、そいつを捜せと言われても困るんだがな ぁ……。捜す振りをして、ひとまず残りのメンツに話だけを通しておけばいいだろう。 そんなことを考えていたら、突然オレの携帯が鳴り出した。 ディスプレイを見れば、 番号非通知。 嫌な予感がくっきり色濃く脳裏を過ぎった。どんな色かと問われれば、黒というか闇色 というか、そんな感じだ。 「……もしもし?」 『午後3時、旧館屋上に』 「は?」 通話できたのは、たった一言。無味乾燥な物言いは、どこかで聞いたことのある声だっ た。けれど、記憶にあるその声とは何かが違う。 どうやら、オレが思っている以上に厄介なことが起きてる。そんな予感を感じさせるに は十分な通話内容だ。 「なにがどうなってるのかサッパリだが……」 宇宙的、あるいは未来的、もしくは超能力的な厄介事に巻き込まれているのは間違いな い。これがせめて、異世界的な異変でないことだけを心から願いたいが……何であれ、そ れでもオレを巻き込むのは勘弁してもらいたいね。 困った事態というのは、ひとつ起こればドミノ倒しの要領で立て続けに起こるもんだ。 オレはそのことを、涼宮ハルヒという人間災害から骨の髄まで染み込むほどに学んだ。 それが今、まさに、この瞬間、立て続けに起こっているわけだ。 ひとまず古泉には事情を説明して『機関』の人員の手配を頼んでおいた。長門にも協力 要請を出しておいた。朝比奈さんは、申し訳ないが最初から巻き込んでいる。 SOS団的に言えば、盤石のフォーメーションで挑んでいると言っても過言ではない。 にもかかわらず、オレが危惧しているのは、オレ自身が上手く立ち回れるかどうかについてだ。 まいったね。「やるかやらないかより、出来るか出来ないかが問題だ」なんて格言があ るのかどうかは知らないが、ここで本音を語ろう。声を大にしてだ。 出来ません。無理です。勘弁してください。 「フォローはする」 心強いコメントだが、どこか投げやりなのは気のせいか? 「そもそも、本来の場所はここじゃなかったよな。公園だっけ?」 「些細なこと。重要なのは事実が現実になるかどうか。情報操作は得意」 そういうもんなのかね。やっちまった……と思って、けっこうへこんでるんだが……。 「それならそれで長門よ、前にも言ったが……もうちょっとマシな形にはできなかったの か? かなり抵抗があるんだが……」 オレは手の中に収まっている黒光りする鉄の塊を、腫れ物にでも触るような手つきで持 て余していた。 「その形状がもっとも効率的。あなたが無理ならわたしがする」 「……すまん、さすがにオレには無理だ」 「そう」 オレは手の中のもの──拳銃を長門に手渡した。自分がやるべきなのだろうが、いくら なんでもこんなものをハルヒに向けて、狙い通りに撃ち抜くなんて、そこまでオレは淡々 と物事を冷静に運ぶことはできない。 「そろそろ時間」 ふいっと視線をはずし、長門は目の前の扉に目を向ける。オレは時計を見る。朝比奈さ んを見習って、電波時計にしているから狂いはない。 時間は午後3時になる5分前。各教室では本日最後の授業が行われている真っ最中だ。 普通なら、歩き回っている生徒なんているはずもない時間だが……目の前の扉が、もの凄 い勢いで開いた。 「見つけたわ!」 ドカン! と音を立てて、旧館屋上の扉が開かれた。 そこに立っているのは、言うまでもなくハルヒ。その形相は、親の敵を見つけた仇敵と 相対する西部劇のガンマンみたいな顔つきだ。 「あなたがジョン・スミスね! ふざけた名前で捜すのに苦労したわ。よくもまぁ、あた しが中1のころから今の今まで、逃げおおせたものね!」 「落ち着けよ。積もる話もあるだろうが、そういう場合じゃないんだ」 「どんな場合だっていうのよ! あたしはずっとあんたを捜してたわ。そのために北高に も来たし、SOS団まで作ったのに……あんたはずっと雲隠れしてて! どれもこれも全 部あんたを捜すために、」 「おいおい、そうじゃないだろ」 ハルヒの言葉を遮って、オレは言うべきことを口にする。 SOS団、つまり『世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団』っ名称は、そりゃ 確かに七夕のときのオレの一声をもじって付けたものかもしれない。そこにどんな思いが 込められていたのかなんて、オレにはとっくに分かっている。 だが、それはあくまでも切っ掛けにすぎない。今ここにいるハルヒがやってることは、 何もジョン・スミスに会うためだけにやっていることではないはずだ。 「今、おまえはけっこう楽しんでるだろ? オレと会うことでほかのすべてを捨ててもい いとは思ってないはずだ。目的と手段が入れ替わってることに、そろそろ気づいてもいい んじゃないのか?」 「何よそれ!? あたしは……」 「言いたいことは分かってるさ。ああ、悪いな」 オレはちらりと時計を見る。そろそろ午後3時。時間だ。 「話は、ここまでだ」 オレの言葉に合わせるように、長門は迷いなく銃口をハルヒに向けて、その引き金を引 いた。 パシュン、と軽い音が響く。その音に胸騒ぎを覚えたオレは、階段を出来る限りの速さ で駆け上った。 そこで目にしたのは、倒れているハルヒと、スーツに身を包んだ一組の男女。その二人 が何者かと考えるよりも先に、オレはハルヒに駆け寄っていた。 正直、血の気が引いた。直後によく動けたものだと、あとになって自分自身に感心したほどだ。 「ハルヒ! おい、しっかりしろ!」 見た限り、ハルヒに外傷はない。ただ、いくら呼びかけても返事はなく、その姿はまる で眠っているように見えた。 「眠らせただけ。それより、動かないで」 まるでどこぞの社長秘書のような出で立ちで、ご丁寧に怪しさ倍増のサングラスまでか けたその女性が、膝を折ってオレを見る。……あれ、この顔はどこかで見たことが……と、 考えるよりも先に、それは起こった。 大袈裟な変化があったわけではない。ただ、オレが駆け込んできた屋上へ通じる出入り 口がなくなっている。場所こそ旧館の屋上ということに変わりはないが、目の前にはどこ にでもいそうな大学生、あるいは社会人的な年代の男女数名が現れていた。 いったい何時の間に、どこからやってきたのかさえオレにはわからない。というか、そ もそも今がどういう状況なのかもわからない。 「悪いが見ての通りだ。ここでドンパチやるのは構わないが……」 ダークスーツに、こちらもサングラスをかけている男が、目の前の相手を前に口を開き、 彼方の方向を指さした。 「鷹の目がここを狙っている」 その瞬間、男と数名の男女のグループの間の地面が、パキン、と爆ぜる。まさか……と は思うが、もしかして今、どこぞから狙撃でもされてるんじゃないだろうな? 仮にそう だとしても、ここから狙い撃てる場所なんて、裏山の傾斜くらいだ。1キロくらい離れて るんじゃないのか? 「さらにここには、なが……こいつもいる。ジョン・スミスの名前を使ってハルヒを引っ 張り出すのは悪い考えじゃないが、できれば二度と使わないでもらいたいね」 男とその敵対グループらしい連中とのにらみ合いがしばし続き──誰と言うわけでもな く舌打ちを漏らすと、連中は次々に屋上の柵を乗り越えて飛び降りていった。 「時空間転移を確認。この時空間からの消失を確認した」 「はぁ……やれやれ。もう二度とこんなことをさせないでくれよ……」 深いため息をついて、男は腰が抜けたようにしゃがみ込む。この二人は……まさかとは 思うが……けれど、そんなバカな話があってたまるか。 「みなさん、大丈夫ですかぁ~?」 がちゃりと音を立てて、いつの間にか下に戻っていた屋上のドアが開かれる。そこに現 れた人影を見て、オレの疑念は確信に変わった。 現れたその人は、オレが何度も会ってる朝比奈さん(大)だった。ここでこんな登場を するということは、規定事項ってことなんだ。それはつまり、目の前の2人はオレが思っ ている通りでいいってことですね? 「ああ……いや、深くは聞かないでくれ。オレのこともだいたい分かってると思うが…… そうだな、古泉が所属する『機関』の上の人間と思ってくれ」 「ちょっ、ちょっと待ってくれ。なんだって!?」 「時間を自由に行き来できるなら、未来が過去において自由に動けるその時間帯での組織 を作っていてもおかしくないだろ。そうでもしなきゃ、ハルヒは守れないんだ」 「ハルヒを……守る?」 「ちょっとキョンくん、喋りす……あ」 朝比奈さん(大)は黒スーツの男に向かってそう言った。「あ」って、迂闊すぎます… …が、今は有り難いね。それで確信が持てた。 やっぱり、この二人は……未来のオレと長門なのか!? 「そいつは禁則事項ってヤツだ。ただ、今回のことでわかったと思うが……まだまだハル ヒ絡みの厄介事は続くってわけさ。同情するぜ」 いやもう、頭が混乱してきたぞ。何がどうなってるのかしっかり説明してくれ。 「それは追々分かるだろ。ハルヒはもうちょっと寝てるだろうから、しっかり介抱してく れ。目が覚めたら今回の出来事は忘れてるはず……だよな?」 未来のオレが隣の……たぶん、未来の長門に確認を取ると、微かに頷いた。 「ああ、あと古泉経由で新川さんにも礼を言っといてくれ。さっきの狙撃はなかなかのも んだったしな。んじゃま、10年後に会おう」 その後のことを少しだけ語ろう。 屋上からの出入り口から出て行った3人の後を追うように、すぐに後を追ったが姿はなく ……長門(大)に眠らされていたハルヒを保健室に運んだオレは、未来からやってきて いたオレたちについて憶測を巡らせた。 今回の出来事は、直接的には今のオレやハルヒに関係のない事件かもしれない。むしろ 未来のオレらに関わる事件が、たまたまこの時間軸に関わりがあったにすぎず、その騒動 に巻き込まれただけのような気もする。 この時間軸で事の詳細を正確に理解しているのは長門だけだろうが、親切に話してくれ なさそうだ。何しろ、オレの未来に直接的に関わってくる話だしな。 未来のオレは「古泉が所属する『機関』の上の人間」だと言った。つまり、オレは将来 的には古泉と同じ『機関』の、それもトップクラスの立場になるかもしれない。下手をす ると、『機関』の現時点でのトップは未来のオレ……なんてことも、あの口ぶりでは十分 にあり得そうだ。もしそうだとしたら、悪いが全力でそんな未来を変えようと足掻くだろう。 しかし未来のオレは、その現実を受け入れていた。そう決断しなければならない出来事 が、今後起こり得るかもしれないが……そんなことは考えたくもない。 「……うん」 「よう、お目覚めか」 「あれ……キョン? あれ……あっ!」 寝起きとは思えない勢いでハルヒは保健室のベッドから飛び起きた。こいつは低血圧と は無縁なんだろうな。 「ちょっとキョン、あの男はどこ行ったのよ!」 オレの首を締め上げて、もの凄い勢いでまくし立てている。おいおい長門(大)よ、今 回の騒動のことをハルヒは忘れてるんじゃないのか? どう見てもしっかりばっちり完 璧に覚えているじゃないか。 「あ、あの男って誰のことだ!?」 「誰って、そりゃ……あれ? えーっと……」 続く言葉が出てこないのか、ハルヒは肝心なところは覚えていないらしい……というか、 ジョン・スミスについて何も覚えてないんじゃないのか? 「なぁ、ハルヒ。真面目に聞くから正直に答えて欲しいんだが」 いまだにオレの首を握りしめている──といっても力はまったく込められていなかった が──ハルヒの手を取り、オレは肝心なことを尋ねようと思った。 それがたとえ、オレの思ってる通りでも違ったとしても、オレとハルヒの今の関係が崩 れる類のものではない。ただ、オレの決心が鈍るかもしれない質問だ。 「おまえ、SOS団を何のために作った?」 「はぁ? あんた何言ってるの。最初に言ったでしょ。もう一回聞きたいの?」 「宇宙人や未来人や超能力者を探し出して一緒に遊ぶことか? 本当にそれだけか?」 当初ならそのセリフで納得も……できやしないが、まぁ、ハルヒならありえそうだなと 思って追求しなかったさ。 しかし、今日この日に至るまで経験したさまざまなことを鑑みて、ハルヒがただその理 由のためだけにSOS団なんて作り出したとは、オレには到底思えない。SOS団の名称に したってそうさ。 ハルヒはただ、ジョン・スミスとの再会を願ってこの名前を付けたんじゃないのか? だからもし、ハルヒがジョン・スミスがオレと知ってしまえば……SOS団はその役目 を終える。それが怖かった。もしそうなら、オレはこいつに「自分がジョン・スミスだ」 などとはとても言えやしない。 「……あんたが何を考えてるか、だいたい分かってるわ」 キュッとオレの手を握り替えし、ハルヒがオレの予想とは違うことを言った。 「最近、みんなと一緒に遊ぶことが楽しくて、本来の結成目的がおざなりになって不安に なってるんでしょ? でも安心しなさい。あたしはまだ、当初の目的を忘れていなんかい ないわ! いつか、必ず、絶対に宇宙人や未来人や超能力者を見つけてやるんだから!」 「本当に……そうなのか?」 「はぁ? 当たり前でしょ!」 語気を強めるハルヒだが、オレはまだ納得できない。 「しかしだな、SOS団の名称が……なんつーか……センスないなと思って」 「うっさいわね! 昔、変なヤツが言った言葉を借りて命名したのよ。あたしのセンスじ ゃないわ」 「そいつを捜すために、名前を借りたのか? つまり、SOS団ってのは……」 「うーん、そりゃ捜したい気持ちはあるし、ちょっとは気になってるけど……ほら、昨日 あんたに中1の七夕のときのこと聞いたでしょ? そのときに会ったヤツが言ってたセリ フでさ。そいつ、なんかあんたに……そうね、ちょっと似てたかも。だからもしかして、 あんたじゃないかって考えたこともあったわ。なんでそんなこと考えたのかしらね? あ り得ないのに」 あり得ないと思ってくれるのは有り難いが、事実その通りで、こいつの勘の鋭さにはと にかく呆れるね。 「でも、それはあくまでも切っ掛け! そもそも、その男は自分は自分で楽しいことして るに決まってるわ。あたしも負けてられないから、名前を借りたのよ! いつかあたしの 前にふらっと現れたときに言『あんたより、あたしのほうが楽しいことしてる』って言っ てやるためにね!」 ああ……どうやらオレは、未来の自分と会って少し混乱していたらしい。よく考えれば、 疑う余地なんでまるでないじゃないか。 ハルヒはSOS団結成の理由を「宇宙人や未来人や超能力者を探し出して一緒に遊ぶこ と」としているが、実際はそうじゃない。 かといって、オレが邪推したように、ジョン・スミスを捜し出すためでもない。 そりゃ、その両方もまったくのウソというわけではなく、心の片隅にちょっとはあった のだろう。だが、ハルヒの心を占めているのは、普通の高校生らしい、ただ純粋に「今の この瞬間を思いっきり楽しみたい」って気持ちだけなんだ。 ハルヒにちょっと桁外れのトンデモパワーがあって周りは騒いでいるが、本人は青春を 謳歌したいだけなんだ。それならオレは、ハルヒ的青春の謳歌に付き合ってやるさ。今ま で散々、周囲に迷惑をかけて面倒を巻き起こしてきた過去に比べれば、どれほどまともで 健全なことか。 それを未来的な策謀や、宇宙人的な思惑や、秘密結社らしい陰謀で潰すのはあまりにも 身勝手な話だ。だからオレは……そうか、だからなのか。未来のオレは、10年経ったそ のときでも、SOS団のメンバーと一緒にハルヒを守ってるわけか。そのために、面倒な ことに進んで首を突っ込んでいるのか。それこそ、願ったり叶ったりだ。 もしかすると、今回の事件はオレにそう思わせるために必要な出来事だったのかもな。 「何よあんた、ニヤニヤと締まらない顔しちゃって」 予想以上の結論に至って満足していたのか、その喜びが顔に出ていたらしい。ニヤニヤ とは、そこまでイヤらしい感じじゃないだろ。 「なぁ、ハルヒ」 「な、なによ」 「これからも、一緒にいてやるぞ」 「ふぇ?」 ……なんでそこで赤くなるんだ? どうして急に力を込めて手を握りしめてくるんだ? 「キョン……それってつまり……ええっと、世間一般で言う告白……のつもり?」 「は?」 待て待て。なんでそういう……そういうことになるのか? もしかしてオレ、素で勘違 いされるようなこと言ってたか? ここは一応、フォローしておくべきか……? 「……つまり、SOS団の一員として、なんだが……いだだだっ!」 物の試しで言ってみたが、瞬く間にハルヒの顔が別の意味で赤くなった。つまり、照れ 方向から怒り方向にシフトして顔が赤くなった……ようにオレには見える。 「……いっぺん真面目に死刑にしてあげようかしらね?」 ハルヒさん、リンゴを握りつぶすような握力で手を握らないでください。その鉄球みた いな頭突きを繰り返さないでください。いや、マジで痛いって! 「あんたには言葉の重みってのを教えてあげる必要がありそうねぇ……覚悟しときなさ いよ!」 妙なスイッチが入ったハルヒを、オレが止めることなんて出来るわけがない。そもそも こいつを守る必要が本当にあるのかどうかも悩むところだ。 これから少なくとも10年は、こんなことが続くのか……やれやれ、まいったね。 だがそれでも、オレはもう二度と冒頭に思ったセリフは口にしないつもりだ。 そりゃそうさ。こんなハルヒの面倒を、今後10年は見守っていられるるヤツなんて、 オレ以外の適任者がいるとは思えない。 なぁ、そうだろ? 〆
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涼宮ハルヒの遡及Ⅶ 「でっかぁぁぁ!」 「す、涼宮さんなんたってこんなぁ……!」 俺の驚嘆の声と朝比奈さんの怯えきって震えた声を聞いて、 「うんうん。やっぱ、ボスたるもの、これだけの迫力がなくっちゃ!」 などと、ハルヒは腕を組み、勝ち誇った笑顔でうんうん頷いている。 そう、俺たちの目の前に現れたのは、マジで山かと錯覚してしまうくらいの大きさなんだが、実質的にはさっきの怪獣より倍は大きい程度で、漆黒の鱗に紅蓮に輝く瞳、その口からぬめり輝く牙はゆうに俺たちの身長以上は楽にある。んでもって、やっぱり漆黒の翼を纏い、しかしその体重が飛ぶのをどこか邪魔しているのか、がっつり大地に足を下しているんだ。これを長門、古泉、朝比奈さんが協力して倒すストーリーなのか? いったいどうやって倒すつもりだったんだろう? んで、奴が歩みを進める度に震度3以上で大地を震わすのである。 ……ボス、ねぇ…… 「で、あれがラスボス?」 問いかけてきたのは振り向くことはできないようだがアクリルさんだ。 「アレがラスボスなら、アレをやっつけちゃえばこの世界から脱出よ。だって、ラスボスを倒せば『ストーリー』が終わるから。その先がない以上、世界は崩壊し、あたしたちは元の世界に戻ることができる」 なるほど。それは確かに納得できる理由だ。 まあもっとも、ハルヒのことだから、 「あ、違います。さっきの大群のボスだけど、こいつがこの世界のラスボスって訳じゃないんです」 だろうな。こんなあっさりラスボスが登場するとは思えん。 「あっそ。んじゃまあ、とりあえずあたしたちの身の安全のためにこいつを葬るとしましょうか!」 ハルヒの答えを聞いて、アクリルさんが宙を駆けるように舞い上がる! それを追って長門と古泉も飛び上がった! 「ブレイズトルネード!」 先手はアクリルさん! 舞い上がると同時に、猛スピードで漆黒の怪獣の目線に到達した瞬間、灼熱の炎の竜巻を奴にぶつける! 当然、奴は恐れ慄き、むやみにそのぶっとい腕を振り回すが当然、そこにアクリルさんの姿はない! どうやらあれは目くらましだったようだ。さらに上昇して行くもんな! だが、いったい何のために? そんなアクリルさんの上昇を尻目に、古泉と長門も攻撃を開始した! 古泉は勿論、例の赤いエネルギー球をぶつけ、長門はスターリングインフェルノを振るい、主に爆裂魔法をしかけているようだ。 ただ如何せん、あの巨体だ。そんなにダメージはなさそうである。 派手な爆撃音が響く割には怪物の動きはまったく鈍っていない。 目くらましから目が慣れてきたのか、だんだんと攻撃が正確になっていく。 奴の繰り出すかぎ爪攻撃が古泉や長門をかすってやがるからな。 しかし、古泉と長門の動きもそんなにのんびりしちゃいない。 かする以上のダメージを受けることなく、散発的な攻撃を継続している。 ――!! と言うことは牽制攻撃ってことか!? なら本命は――! 俺の予想を裏付けるが如く、はるか上空から、しかし、それでもここまで声が届いたんだ! 「グラビデジョンプレッシャー!」 と、同時に怪物の動きが、そうだな、同じくらいの大きさの錘を背負わせたんじゃないかというくらい、俺にもはっきり分かる! 奴の表情が苦痛に歪み、腰が前折れになって、足が大地にめり込みやがったからな! これは……重力を増大させる魔法か!? つまり奴の動きを封じるために……! 「セカンドレイド!」「……」 奴の動きが止まった瞬間、古泉と長門がさっきの攻撃以上の力を込めていることが一目瞭然で理解できるエネルギー球を、奴めがけて、それぞれ右腕と左腕に投げつけて、当然、その両腕は破壊された! 奴の空気を震わせる絶叫が響く! 「これでもうかぎ爪の攻撃はできなくなりましたね」 などと言う古泉の勝ち誇った声が聞こえてきて、 「えっ!?」 しかし、その声を捉えた怪物は紅蓮の瞳で古泉を睨みつけたと思った瞬間! 「くっ!?」 古泉には両手でブロックする時間しか残されていなかった。 しかし、奴の巨体からすればブロックの上からでも楽に古泉を吹き飛ばせることができる! 猛スピードで地面に墜落する古泉! 「古泉くん!」 ハルヒの悲痛の叫びが届く! そう……確かに吹き飛ばしたはずの右腕が瞬時に復活しやがったんだ…… どういうことだ……? 「超回復」 って、長門!? いつの間に!? 「あの怪物は肉体の一部が破損されたとき、瞬時にその部位を回復させる特殊能力がある模様」 なんだって!? 俺は愕然とするしかできなかった。 が、 「さて、それはどうかしら?」 長門の意見を否定する人物が現れた。いや否定と言うより疑問視だな。 もちろんそれは俺と長門の前に降り立ったアクリルさんだ。 「で、もう大丈夫よね?」 「はい、ありがとうございます」 その隣にはさっき、かなりの勢いで地面に激突した古泉が、ブレザーの袖と背中が派手に破れさせながら、全身は誇りまみれになっているんだけど、ほとんど無傷の状態で佇んでいるのである。 って、いつの間に!? 「僕が地面に叩きつけられたとほぼ同時に、さくらさんが来てくれて回復させてくれたんですよ。おかげで助かりました。テレポテーションという能力は便利なものですね」 「よかった……」 にこやかな苦笑を浮かべる古泉に俺とハルヒは安堵の表情を浮かべるが、 「あなたに問う。わたしの見解に対する疑問は?」 なんとなく憮然と問いかけてきたような気がするぞ長門。注文が付いたことがそんなに気に入らなかったのか? で、どうやらアクリルさんも長門の心境に気づいたのだろうか、 「あ、誤解しないで。もしかしたらあたしの思う『超回復』とあなたの考える『超回復』で意味が違うかもしれないってだけだから」 と、なんとも気を使って語りかけてくるのである。 「あ……!」 おや? 長門は悟ったようではあるのだが? 「んじゃまあ、とりあえず試してみましょうか!」 そんな長門の声は耳に入らなかったのか、アクリルさんは巨人竜へと向きなおる。 少し足を開き気味に立ち、両手を腰のあたりに添え、と同時にマントと頭髪をなびかせながら、俺には理解不能の呟きが聞こえてくる。 言うまでもないと思うが呪文を唱えているってことだぞ。 んで、アクリルさんを中心に気流が渦巻き始めているんだ。しかもどんどん勢いを増してゆく! 「ウィングソードストーム!」 アクリルさんが術を開放すると同時に周囲を渦巻いていた気流が――そうだ、あたかも気流が刃の嵐となって巨人竜へと放たれたんだ! どこかで聞いたような変化を示した魔法ではあるが気にしないでくれ! どうやらアクリルさんが使う魔法にはとある星座をモチーフにしたバトルマンガのフィルタがかかっているようなんでな! そしてその刃が再び巨人竜の右手を砕く! 再び響く巨人竜の絶叫! しかし! 「あ、復活した」 なんてどこか呑気な声を発したのはハルヒだ。 「……ここは一度、戦略的撤退よ!」 「はい」 「了解」 は? 巨人竜の右腕が復活したのを見て取れて、アクリルさんがいきなり撤退宣言。それに古泉と長門があっさり了承。 って、ちょっと待て! アレをほったらかしにするのはいいのか? 「そんな悠長なことは言っていられない、ということですよ」 俺の問いには答えず、しかし古泉が俺の手を取り、赤球をスパークさせる。 ふと隣を見てみれば、アクリルさんがハルヒを抱えて、長門が朝比奈さんを背負って同じように猛スピードで飛行していた。 「で、どういうことなんだ?」 「見ての通りです。あの巨竜は長門さんのおっしゃられた通りで破損された部位を即座に修復させる治癒能力を持っています。つまり、どれだけダメージを与えようが、並みの攻撃では太刀打ちできません。ですから作戦を練るために一度、奴と距離を取るのです。もっとも幸いなことに回復された個所が強化されることは無いようです。長門さんが言った『超回復』は回復スピードを指し、さくらさんの言った『超回復』は通常僕たちでも負傷した時に、その箇所がより強固となって回復する『超回復』を指すようです。これが『超回復』に対する二人の見解の違いと言うことですね」 「……どっちにしろ、俺には回復スピード以上の破壊エネルギーをぶつける以外の対抗策がない、という風にしか聞こえんのだが?」 「そうとも言えるかもしれませんね」 って、笑ってる場合か! あんなデカブツ相手にどうやったら回復する前に倒せるような力が存在するんだよ!? 「ですから、それを考えるということです。幸い、あの巨竜の動きは僕、長門さん、さくらさんと比較するなら相当鈍いようですし、撤退して距離を取ればある程度の時間を稼ぐのは可能ですから」 ああ、そうかい。 などと嘆息する俺なのだが、一つ、失念していた感は否めない。 なぜなら、奴の手下である五十匹ほどの空飛ぶ怪獣たちは爪と牙と体重以外に口から発射される武器を持っていたから。 なら、当然、その親玉であるあの巨人竜も持っている訳で、 「って、ハルヒ! さくらさん!?」 そう、二人の背後から猛スピードで迫る漆黒の渦巻きが二人を追っているんだ! 古泉や長門と比較するならやはり、アクリルさんの飛行速度の方がはるかに速いので、今では俺たちの先頭を飛行しているしているのである。 だから俺はその漆黒の渦巻きを横目に捉えてしまったんだ! どうやらあの巨人竜は誰が一番脅威なのかを本能的に分かっているらしい! ただ、それが強大無比な戦闘力を誇るアクリルさんなのか、それとも、この世界の創造主であるハルヒなのかまでは分からんのだが、とにかく二人が固まっているわけだから、奴にとっても攻撃しやすいのだろう。 さすがのアクリルさんの飛行速度も背後から迫りくる漆黒の渦巻きには勝てないらしい。 どんどん差が縮まっていくもんな! 「くっ!」 「さくらさん!」 肩越しに振り返るアクリルさんの表情には焦燥感が色濃く表れている! しかももう避けられるほどの範囲にない! 「ハルヒぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」 俺の絶叫が響いたのは、その漆黒のうねりが二人を飲み込んだところを目撃してしまった後のことだった。 「ハルヒぃ! ハルヒっ! ハルヒぃぃぃ!」 俺は錯乱したように叫ぶしかできない。 なぜなら漆黒の火柱が過ぎ去ったあと、そこには何もなかったから。 今は俺と古泉のはるか背後になってしまっているのだが、飛行中、横目に確実に誰もいない現実を捉えてしまったんだ。 そう――呑みこまれるまでには確実にいたハルヒの姿がそこに無かったから―― 「ちょっと! 落ち着くてください!」 「馬鹿野郎! これが落ち着いていられるか! ハルヒが! ハルヒが! と言うか戻れ! もしかしたら墜ちただけかもしれないじゃないか!」 「冷静に状況分析をしてください! 今、先ほどの場所に戻ることはできません! 僕たちがやられてしまいます!」 「古泉てめえ! ハルヒがやられたってのに何、落ち着き払ってやがる! お前はハルヒが心配じゃないのか!」 「ですから……!」 「一応、あたしも巻き込まれたと思うんだけど、あたしの心配はなし?」 え? 俺の動きを止めたのは、俺たちの背後から聞こえてきた妙にからかっている感のある声だった。 恐る恐る振り返る。 そこには、 「あの……涼宮さんを心配されるお気持ちは判りますけど、僕が落ち着いていた意味をもう少し考えてほしかったのですが……」 と、呟く苦笑を浮かべて呟く古泉のさらにその背後に、 「ば、馬鹿キョン……あんた、何、取り乱してるのよ……こっちが恥ずかしくなるじゃない……」 「それだけハルヒさんが大切ってことじゃない?」 顔を真っ赤にしているハルヒと、ハルヒを抱えてなんとも宥める笑顔を浮かべるアクリルさんが居るのである。 「いったい何が……」 「説明は後よ。とにかくいったんあいつから離れる」 「了解しました」 俺の茫然とした呟きを今は聞き流して、アクリルさんと古泉が飛行速度を加速させる! 「あのエネルギー波はちょっと厄介ね。あたしの結界以上のパワーがあったわ。だから避けるしかなかったんだけど。でもまあ、これだけ離せば射程距離外にはあるみたい」 「そのようです。追撃の一撃が来ません」 アクリルさんと古泉が肩越しに振り返る。 さっきはとてつもなく大きく見えた巨人竜が、今は遠い所為もあり、せいぜい近くにある山と同化しているようにしか見えん。 つっても色が漆黒で形がいびつだから区別はつくがな。 「では降下して森の中に身を隠し、対策を練ることを推奨する」 って、長門いつの間に!? などと俺が口に出す前に、三人は眼下の森へと降下を始め、どうやら俺の頭も冷えたようだ。 しかしだな。同時に暗澹たる気持ちが支配する。 ――あの怪物をどうやって退治する?―― 誰も口にはしないがおそらくは、みんな同じことを考えただろうぜ。 涼宮ハルヒの遡及Ⅷ
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ハルヒのおかげかそうでないのか、俺は無事進級できたわけだ いや、ハルヒがやけにうれしそうに俺に勉強を教えてくれたおかげなのかもな 三月のホワイトデーという難関も無事に突破し、春休みの半分以上はSOS団活動で 終わった。 新学期、幸か不幸か俺はまたハルヒと同じクラスになり、席も相変わらずだ まあ他の面子にはあまり変わりが無く、俺も少しほっとしたわけだ 俺たちは今二年生なわけで当然、新入生も入ってきた 俺は新入生を見て、俺もあんな初々しかったのかな、などと感慨にふけり でも実際は一年しか経っていないわけで、新入生とあまり変わっていないのだと思う ハルヒは新入生の調査で忙しいらしく、新学期が始まって一週間はまともに部室には来なかった またとんでも属性の人を連れてこないのか若干ひやひやしてたが そんなことはなく結局ハルヒは誰も連れてくることはなかった もし仮にハルヒがまた変なやつを連れてきても、俺は甘んじてそれを受け入れるがな そしてSOS団のメンバーに変わりはなく、この五人で活動している 活動と言っても、特に何もしてないのだが 今は五月、一年生が学校に慣れてきて少々うるさい時期である 俺はそんなことは気にせず、いつもどおりの生活を送っていた ちょっと刺激が足りない気がするが、ナイフを持った女子に追い掛け回されたり でかい虫に追いかけられたり、そんなことはもう勘弁してもらいたいからな 今に、ハルヒがまたドアを破るように開け厄介ごとを持って来るさ 今の俺にはそれくらいがちょうどいいのさ しかしここ最近ハルヒの様子がおかしい おかしいと言っても何がおかしいのかよくわからない 授業中は俺を突いてくるし、休み時間になると教室からいなくなる 行動自体はなんら普段と変わりないのだが、おかしい そのことに気づいてから一週間が経ち、俺は少し心配していた 他の団員は気づいてないのだろうかと思い、あまり気が進まんが古泉あたりに聞いてみよう 「なあ古泉」 「なんですか」 「ここ最近ハルヒの様子がおかしくないか?」 「おかしいとは、どのようにおかしいんですか?」 「いやうまく説明できないんだが、なんとなくな」 「また何か良からぬ企画を練ってるんじゃないですか?」 「まあそういうことならいいんだが、なんか違う気がするんだよ」 「しかし僕から見た限りいつもの涼宮さんに見受けられましたけど」 「俺の勘違いならそれでいいんだ」 「あなたにしては珍しく涼宮さんの心配ですか?ですが機関からも何も報告は来てませんし 特に何もないと思いますよ」 「そうか」 俺の勘違いなのか?だがまだ疑念は拭えない 手っ取り早く長門に聞くとするか、あいつならずばり答えてくれるだろうし 「長門」 「なに」 「ここ最近ハルヒの様子がおかしくないか?」 「……質問の意図が理解しかねる」 「だからなんていうか、最近どことなくいつもと違くないか?」 「涼宮ハルヒからは異常は感知していない」 「そうか」 長門がこう言うんだからそうだとは思うんだが 多分同じ答えが返ってくるだろうけど、朝比奈さんにも聞いてみるか 「朝比奈さん」 「なんでしょう」 「最近ハルヒを見てて、なにか様子がおかしいと感じませんでしたか?」 「え?特に何もおかしいところはなかったと思いますよ。涼宮さんと何かあったんですか?」 「あ、いえ何もないですよ。俺の勘違いでしょう」 「ふふっ変なキョン君」 期待はしてなかったが同じ答えが返ってきたか 三人とも何も感じないのか?俺にはなんか無理に明るく振舞ってるように見えるんだが 直接聞いてみるか 次の日 掃除を終わらせた俺はいつものように部室に行った 珍しいこともあるもんだ、部室にはハルヒしかいなかった 「あれ?ハルヒだけか」 「あたしだけじゃ不都合があるって言うの?」 「いやむしろ好都合だ」 「へ?」 「いや、それより他の連中はどうしたんだ」 「え?ああ有希はコンピ研に行って、みくるちゃんは進路相談、古泉君はなんか急にバイトとか言って帰ってわ。みんな怠けすぎよ、SOS団を第一に考えるべきだわ」 今更、SOS団が最優先事項になったのは初耳だがあえてつっこまないでおこう 「そうか」 「そうよ。そこんところ今度みんなに教えないとだめね」 「ああ、そうしてくれ」 「……あんた、今日はやけに素直じゃない頭でも打ったの?」 「どこも打ってないし、どこもおかしくなってない」 「そう。変な日もあるわね」 と言いパソコンをいじり始めた 「じゃあ帰ろうぜ。みんな時間かかるみたいだしさ」 「あんたまでサボろうとしてるわけ、そんなの認めるわけないじゃない」 「頼むよ。今日だけ、な?」 両手を合わせ頼んでみる 「…仕方ないわね。今日だけよ、そのかわり帰りに何かおごりなさいよ」 「はいはい」 ハルヒは部室のドアに張り紙をして、俺たちは帰ることになったのだが どう切り出せばいいんだ?『悩みでもあるのか?』こんな直接聞くのもおかしいよな でも聞かないでイライラするより聞いたほうがいいだろう 帰り道 坂を下りながら 「なあハルヒ」 「なによ」 「最近悩み事でもあるのか?」 いきなり立ち止まりやがった、またゆっくりと歩き出し 「何でそんなふうに思ったの?」 「なんとなくだが、ここ最近ハルヒと接してて違和感を覚えてな、いつも通りと言われればそうなんだが、なんか引っかかってな」 「……」 この三点リーダはハルヒのだ。俺はさらに続ける 「なんか、無理に元気出して振舞ってるように見えたんだ。いや俺の勘違いならそれでいいんだ」 「……」 否定も肯定もないハルヒを見るのは初めてだが、やっぱりなにかあるんじゃねーか 「悩みがあるなら話してみろよ。話ならいくらでも聞いてやるぞ」 「……」 「無理に聞こうなんて思ってない、ハルヒが話したくないならそれでいい。男の俺に話しづらい事なら朝比奈さんや長門にでも話してみろよ」 「……」 「俺はいつでも話し聞いてやるから、俺に話して解決するかわかんねーけど、誰かに話したら少しでも気が楽になる事だってあるんだ」 「……」 「あんまり一人で抱え込むんじゃねーぞ。らしくないハルヒを見てるのはつらいんだ」 「……」 その後、俺たちは一言もしゃべらないまま坂を下りた 坂がおわった所でハルヒがようやく話してきた 「いつ気づいたの?」 「一週間か十日ぐらい前かな」 「そう」 「あたしこっちだから」 「あれ?奢らなくていいのか」 「今日は帰るわ」 「そうか」 「じゃあね」 そう言って歩いて帰っていった そのときのハルヒの後姿はとても小さく見えた そのまますっきりしないまま家に着き夕飯を食べ、俺にまとわりついてくる妹をスルーし、部屋に着いた なんだか落ち着かん。何なんだこの感じは? しかしこれ以上考えてもどうにもならん。話したくなったら話してくれるさ そう思い、いつもより早くベッドに入った 明日は土曜日、不思議探索があるしな 深夜、俺もようやく眠りに入った頃に、電話があった 誰なんだこんな夜中に 着信 涼宮ハルヒ いつもならあまり驚かない電話なんだが、昨日あんなこと言っちまったし 眠い目をこすりながらなるべく平静を装いながら電話に出た 「もしもし」 「起きてた?」 寝てたに決まってんじゃねーか何時だと思ってんだ、なんて言えるはずもなく 「ああ、なんとなく寝付けなくてな。どうしたんだ?こんな時間に」 「うん。その今日の帰りのことなんだけど」 「なんだそのことか、やっぱりなんか悩んでるのか?」 「そのことなんだけど、明日キョンの家に行っていい?」 おかしすぎる、こんなふうに言われるなんて数えるほどしかないぞ。いや、なかったか 「俺はかまわんが明日は不思議探索じゃなかったか?」 「そうだったんだけど明日は中止にするわ。ほかのみんなにはあたしから連絡しとくから」 「そっか」 「じゃあおやすみ」 「ああ」 話が終わり、携帯で時間を見てみた。2時15分 ハルヒはこんな時間まで起きてて、電話してきたのか そういや何時に来るか聞いてなかったな、こんな時間まで起きてたんだ朝来ることはないだろう 話の内容が気になるがさすがに眠い、もう一眠りするか 翌朝 朝起きる気はこれっぽちもなかったが、いつも通り妹に起こされてしまった 「キョン君おきて、ハルにゃんが来てるよ」 「なに?今何時だ」 「8時だよ」 いくらなんでも早すぎんだろ 「ハルヒは今どこにいるんだ?」 「居間で待ってもらってるよ。早く起きてきてね」 なんだって?これはマズイ。色々とヤバイ。何がマズイかよくわからんが 俺は急いで服を着替えて、寝癖を直さないまま居間に向かった 幸運なことにそこには親の姿はなく、とてもほっとした 動揺を悟られぬように 「よう、ハルヒ」 「おはよう」 食卓テーブルに座りながら、お茶を飲んでるハルヒがいた 妹はニコニコしながら俺とハルヒを交互に見ている、何が面白いんだおまえは 「来るの早かったな」 「ごめんね。早く起きちゃったから」 初めて聞いたぞそんなセリフ、まさかここはもうすでに違う世界とか ちょっと前の俺ならそんなことも疑うが、昨日のハルヒの様子からしてそうではないだろう 「いや、いいんだ」 こう言うのが精一杯である 「それより他のみんなにはもう連絡したのか?」 「もうしたわ。7時くらいに」 よく起きてたな、まあみんなは不思議探索あると思ってんだし起きてるか それよりここにハルヒをおいとくわけにもいかんな 「ハルヒ、俺の部屋に行っててくれないか」 「わかったわ。じゃあ先に行ってるね」 「ああ」 ハルヒについていこうとする妹を捕まえ、今日は俺の部屋に入るなと何度も言い聞かせていた 「むぅ~わかったよ。キョン君のイジワル」 何とでも言ってくれ 俺は手早く寝癖を直し、パンを食べ、部屋に戻った ノックしたほうがいいよな 「どうぞ」 床に正座で座り、窓の外を見ているハルヒがいた。何を見てるんだ? 「おそかったわね」 「そうか?」 「そうよ」 ハルヒの向かいに座り、テーブルの上に手を置き 「で、どうしたんだ?」 「昨日あんた言ってくれたでしょ?悩みがあるなら聞いてくれるって。本当は話す気なんかなかった。あんたに話してもどうしようもないことだから。でも、もうちょっと疲れたみたい、あんたに頼るなんて。」 「……」 「昨日の帰りに何も言わなかったのは、ビックリしたからなの。何で気づいたの?どこでばれたの?そう思って何も言えなかった。でも嬉しかったの。こういう時だからこそいつも通り明るく振舞おうとしてた。実際いつも通りにしてたと思うわ。でもキョンは気付いてくれた。それが嬉しかったの」 「……」 「だから話そうと思って来たの、あんたは今から言うことを黙って聞いてほしい。聞くだけでいい解決してほしいなんて思わないから」 「わかった。遠慮なく言ってくれ」 「うちの親、離婚しそうなの」 ……それは悩むよな。そうか。 「二週間ぐらい前からなんかギクシャクしてたの。夫婦喧嘩なら今まで何回も見てきたけど今回はなんか違ったわ。その何日か後に家に帰ったら怒鳴り声が聞こえたの」 「お母さんがよく怒鳴ってるのは聞くけど、今回は二人そろってデカイ声出して喧嘩してた『おまえは何もわかってない』『あんたこそ何考えてるのかしら』そんなことを言ってたわいつもなら親父がすぐ謝るんだけど、今回それはなかったわ」 「夜になったらまた喧嘩しだすし、あたしも止めるんだけど、うまくいかなくて」 「喧嘩の原因を二人に聞いても、『母さんに聞いてくれ』『お父さんに聞いたら』なんて事しか言わないの。訳わかんないわよ」 「それで一昨日、お母さんが独り言みたいに『離婚しようかしら』なんて言うのよ。今までそんな事聞いた事ないからひどく悩んだの。ここ最近まともに寝てないし。昨日も」 「……そうか」 なんて言ってやればいいかわからない。今に仲直りするさ、こんな無責任な事言えんし また俺はこんな事しか言えないのか。情けない 「そうよ」 おもむろにハルヒは立ち上がり、俺の横に座って俺の肩をつかみながら 「どうすればいいの?」 そう言って俺の肩を前後にゆすり始めた 涙を流しながら 「ねえ、教えてよ。どうすればいいのよ。教えなさいよ」 俺は下を向いて俯くことしか出来なかった 「どうっうぅすればっいいっの?」 ハルヒは俺の肩から手を離し、俺の胸で泣き始めた。ハルヒの手は俺の背中に回され俺の背中に爪を立ててしがみついている 「うっうっうっ」 声をあまり上げずに苦しみながら泣いているハルヒを見て、俺もとても苦しかった ハルヒにロックされてない右手でハルヒの頭をそっと撫ぜてやる これくらいしか出来なくてごめんな 何十分そうしていただろうか、背中にまわされた手の力が弱くなってる事に気がついた 泣き声も出していない。ハルヒの手をそっと離し顔を見てみる 寝てる 涙のあとがくっきりついた顔で寝てる。とても安心した顔で 寝てないって言ってたもんな。出来るだけ衝撃を与えないようにしてハルヒを抱き上げて俺のベットに寝させた ハルヒを抱き上げてみてとても軽い事に気付いた。やっぱ女の子なんだよな ハルヒは体を丸め、こちらを向きながら寝ている これ以上ハルヒの寝顔を盗み見する趣味はないので、俺は自分の部屋を出て居間に向かった 連絡しときたい相手もいたしな。トイレに入り携帯を見てみる 着信あり 12件 やはりな。その内1件は朝比奈さん、残りは古泉 気持ちはわかるんだがちょっとかけすぎじゃないか 俺は着信履歴の三分の一以上を占めてる古泉の名を見て、気分が悪くなった でも、かけてやるか 便器に座ったまま、古泉に電話した 「お待ちしてました」 おい、ワンコールで出るなよ。 「おまえに待たれてもうれしくないな」 「まあそう言わないでくださいよ。今朝、涼宮さんから電話がありまして、いきなり今日は中止だから、と言われまして。いつもならただの気まぐれだろうと思うんですけど、どこか様子がおかしかったものですから。あなたに連絡してみたんですけど」 「出なかった、か」 「そこで機関に連絡して、涼宮さんの事について色々調べさせてもらいました」 「あまりいい趣味とは言えんな」 「申し訳ございません。何分、あまりいい事態が起こってるとは思えなかったものですから。今涼宮さんはそちらにいらっしゃるんですよね?」 「俺の部屋で寝てる」 「そうですか」 「おまえはどこまで知ってるんだ?」 「ええ、涼宮さんのご両親の仲が最近あまりよくないことしかわかりませんでした」 「そうか。それで今大変なのか?閉鎖空間だかは」 「いえ、閉鎖空間は発生してませんよ」 「なんだと?」 あんなに不安げにしてたのにどうしてだ? 「あなたがこちらの心配をしてくれるのはうれしいですが、やはり何かあったんですか?」 「いや大丈夫だ。ハルヒが起きたら家まで送っていくよ」 「わかりました。少々心配したんですけどあなたがご一緒してるなら大丈夫そうですね。何かありましたら連絡ください」 「ああ」 「それとあんなに電話して申し訳ありませんでした。それではまた」 とは言ったものの、どうするべきか 古泉はあまり状況把握が出来てないみたいだし、あいつらしくない 朝比奈さんには今日あった事を伏せて電話しておいた。俺に話してくれたんだ、あまりベラベラしゃべるのはよくないよな 時計を見ると、もう4時を過ぎていた そろそろ起きてるかな、そう思い部屋に戻った まだ寝てるか、俺はベットによしかかり何か言ってやれることはないのか、必死に考えていた でも他人が夫婦仲に入って、何か言うのもなあ 「はぁ」 何も思い浮かばん。これ以上考えても駄目だな 俺はいつも通り振舞うしかないな。ハルヒに余計な心配かけたくないし それしかないな 色々と考えていたが『ガバッ』と音が聞こえるような勢いでハルヒが起きた 「ようやくお目覚めか」 ハルヒは俺を一瞥し周りをきょろきょろ見て 「あれ?あたし寝ちゃったの?」 「ああ、起こすのもかわいそうなくらいぐっすりな」 「そっか」 急に顔を真っ赤にして、俺から視線をはずした 「今何時?」 「8時ちょい過ぎだ」 「なんですって?……あたし何時間寝てたの?」 「8、9時間ぐらいじゃなのか?」 「そ、そんなに寝てたの?」 「ああ」 それから俺の方に向き直り、何かを決意したのか話し始めた 「今日は話を聞いてくれてありがとう」 なんと?聞いたことないぞそんな言葉 「あんたの言った通りね、全部話したらスッキリしたわ。もう涙が出ない位泣いたし」 「さっきはあんたに話しを聞いてくれるだけでいい、なんて言っといてあんなことしてごめ「そういえば他のみんなも心配してたぞ、いきなり不思議探索が中止になったから」 ハルヒが何を言おうとしてるかわかったから、わざと割り込ませた これが今俺に出来ることさ、これ以上ハルヒの口からそんなこと言わせたくないからな 「……そっか」 「他のみんなには何も言ってないから心配すんな」 「うん」 それからしばらくの沈黙が続いた 「あーなんか久々に寝た気がするわ。スッキリしたらお腹へってきちゃった、今日何も食べてない もの。そろそろ家に帰るわ」 「そうか。じゃあ送ってくよ」 「いいわよ、そんなことしなくて。一人で帰れるわ」 「駄目だ」 「何が駄目なのよ、でもどうしてもって言うなら許可するわ」 「じゃあどうしてもだ」 「仕方ないわね、じゃあお願いするわ」 少し元気が出たみたいだな それから家を出て、自転車で二人乗りしてハルヒの家へ向かった 最初の方、後ろに乗っているハルヒはどこも掴まないで黙って後ろに乗っていた 途中から俺の腰に手を回し、頭を背中に預けて、黙って乗っていた 俺はひたすらペダルを漕ぎ続けた 俺とハルヒは自転車に乗ってから、一言も話さなかった 30分ほど走っただろうか、ようやくハルヒが口を開いた 「この辺でいいわ。止めて」 「ああ」 「じゃあね」 そう言って走って帰っていった 帰り道、ハルヒは後ろに乗っていないのに足が重く、家まで1時間かかった 少し疲れたかな 家についてベットに倒れこむようにして横になり、テレビをつけた もう12時か、そろそろ寝るか そう思い寝ようとしたら、また電話があった ハルヒからだった 「キョン、ちょっと聞いてよ」 随分うれしそうな声だな、いい事でもあったのか 「なんだ?何があったんだ」 「さっき家に着いたら、二人して抱き合ってるのよ。意味わかんないわよ」 「それでね、仲直りしたの?って聞いたのよ。そしたら二人して『喧嘩なんかしてたっけ』なんて言うのよ」 「こんなに悩んだあたしがバカみたいじゃない。でね、どうしても喧嘩の理由が知りたいからしつこく聞いてみたの。そしたら、あたしの進路のことで揉めてたみたいなの」 「進路?」 「そうよ。大学に行かせるだの、なんだのって揉めてたみたいなんだけど、あたしの好きにさせる事で決着がついたみたい。あたしそれを聞いてイライラを通り越して、あきれたわ」 「でも今後こんなことはごめんだから、二人に正座させて今まで説教してたわけ」 俺はハルヒが親に説教してる姿を想像して笑ってしまった。いや親は見たことないけど 「何笑ってんのよ。笑い事じゃないのよ」 「ああ、すまん。それよりおまえは親にまで説教するのか?」 「当たり前じゃない。そんなことに親も子供も関係ないわ」 「おまえらしいな。でもよかったじゃないか、仲直りしてくれて」 「そうね、安心したわ。それより明日、あんた暇?」 「おまえが俺の予定をきくなんて珍しいこともあったもんだな」 「そんなことはどうでもいいじゃない、どっちなのよ。暇なの?」 「暇だが」 「それならもっと素直にはじめから言いなさいよ」 「おまえにだけは、言われたくないね。それで明日なんかあるのか?」 「明日の昼12時にいつもの待ち合わせ場所に来て。じゃあおやすみ」 切りやがった、俺はまだハイもイイエも言っていない気がするのだが しかし今日は何も文句はないね、良かったじゃないか いつも通りのハルヒに戻って 俺は心底安心していた 「はぁよかった」 次の日 いつもより遅く起き、適当に身支度を済ませ家を出た 15分前には着くだろう、俺にとってはいつもより早めだ なんとなく早く出たんだ、そこに深い意味などない 到着 そこにはハルヒしかいなかった、まあ予想はしていたが 「遅い、でも今日は罰金は無し」 「というか遅刻はしてないんだがな」 「いいからここに座んなさい」 そう言ってハルヒが座ってるベンチに座った 「今日は何なんだ?」 「昨日の話しに決まってんじゃない」 「もうあの話は終わったんじゃないのか?」 「詳しいことは全然話してないわ」 それからハルヒは昨日の出来事を話し始めた ハルヒは怒りながら笑い、笑いながら怒り、などととても器用なことをしながら話していた 俺は適当に相槌を打っているだけで話は頭に入ってこなかった とても安心していた、良かった元に戻って、今日はいつもよりさらに元気じゃないか だが、ここで一生の不覚をしでかしてしまった ハルヒは話を急にやめ、俺の顔を覗き込むようにして 「何で泣いてんの?」 「へ?」 驚いたことに俺の目からは涙が出ていたのである 「どうしたの?だいじょうぶ?」 「あ、ああ大丈夫だ」 目を軽くこすりながら、何で泣いてんだ俺、と思っていた 「どっか痛いの?」 「いやそういうんじゃない」 「でも、もう大丈夫なんだよね?」 「ああ」 少し話が途切れ、俺は恥ずかしいことを口にしていた 「たぶんな、たぶん安心したんだ。今日のハルヒを見て安心したんだ」 「え?」 「いつもの元気なハルヒが見れて、安心したんだ」 「そう、なの?」 「ああ、たぶんな」 「俺は昨日おまえに何も言ってやれなかった。おまえが苦しんでるのに気の利いたこと何も言えなかった。本当情けねーよ。昨日はごめんな」 「あんたバカじゃないの?」 「は?」 「あたしがあんたに話してどれだけ元気が出たと思ってんのよ。もしあんたに話してないで一人で抱え込んでたら、なんて考えるだけでぞっとするわ。あんたは黙って話しを聞いてくれた、真剣に、いつもなら変につっこむけど、そんなことなかったでしょ?」 「ああ」 「だからあたしに謝らないで。わかった?」 「わかった」 「よろしい」 「キョンにこの事、相談しなくてもこの問題は解決したと思うの。でもね今はあんたに話してよかったと思ってるの」 「どうしてだ?」 「わかんないの?」 「わからんからきくんだろうが」 「はぁ本当にあんたってあれよね」 「あれってなんだ?」 「教えるわけ無いでしょ」 そう言って勢いよく立ち上がり 「でも、あたし、とても大切なことに気付いたから、今回は辛かったけど、良かったわ」 「何に気付いたって?」 「だーかーら、教えるわけ無いでしょ」 俺の手を取り走り始めた。俺の好きな笑顔で やれやれ ハルヒが気付いた事は結局わからなかったが 今回、俺が気付いた事とハルヒが気付いたことが、同じであると 俺はそう願いたい
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俺が北高に入って早2年と5ヶ月、もう高校3年の秋だ。 この坂道もあと半年ほど登ればサヨナラ、何だか秋風のせいか寂しい気分になる。 教室に入ると、すでに受験色。皆、色んな情報を交換し合っている。 勿論俺も母親の期待に応えるべく大学進学を考えている。 まぁ、そうは言っても谷口と競い合った低空飛行のお陰で推薦入試なぞ、今の俺には無縁の話だ。 ハルヒはああ見えて、勉強は出来るゆえに既に六甲大学への推薦を受けている。 一般入試の受験先を考えていると、ハルヒがやってきた。 3年になってからもこいつとは同じクラス、まさかこいつが俺と同じクラスを願ったなんて事は無かろう。 国木田は3年から理系コースへ、谷口も何を思ったか理系に行った。 「キョン、あんた大学はどうすんの?まさか行けないって事はないでしょうね?」 なんだ、藪から棒に。その「行けない」って言い方は癪に障る。 人に進学の事を聞くときは「行くの?行かないの?」でしょうが、やれやれ本当に毎度疲れさせやがる。 「ねぇ、キョン、聞いてる?」 ああ、聞いているとも。勿論俺も進学は考えている。将来はだな、ほら公務員にでもなるか、 あわよくばどこかの上場会社にでも入れればと考えている。 「はぁ?あんたね、そんな人生でいいの?ちっとも楽しくないじゃない。もっと面白い事考えた方がいいわよ。」 俺の人生が面白くなろうがならまいが、お前さんに何の関係があるというのだ。 「SOS団から就職組や浪人は出さないから。団長命令として六甲大学に合格しなさい、わかった?」 おいおい、そんな無理を言うなよ。先日の模擬試験の結果で偏差値が50しかないんだぜ。 どう頑張ったところで、65以上の六甲大学なんか受かるわけが無かろう。 天変地異でも起こらなければありえない話だ。 今のレベルで合格出来そうな大学といえば、船で目下に広がる海を越えた阿波大学か背後に迫る山を5つほど越えた日本海大学ぐらいだな。 しかし、下宿となると親にも負担が掛かる、あと少し頑張って甲陽園大学ぐらいには行きたいものだ。 そんな事を考えているうちに、担任がHRにやってきた。 大学進学の基準にもう一つ気になることがある。 SOS団の団員はそれぞれどこに行くかだ。 古泉は近畿外大を目指すと言っていた。 長門はやはり観察対象が行く大学、六甲大に入るらしい。 まぁ、長門の場合、どこでも希望すれば入れるんだろう。 一学年上の鶴屋さんも六甲大、やはり地元ではセオリー通りの進学コースなんだろうな。 それはそうと今、同じクラスに朝比奈さんがいる。 この朝比奈さんは朝比奈さん(大)でもなければ、朝比奈さん(小)でもない。 朝比奈さん(妹)である。 まぁ、同級なので敬称略でいいのだが、長年呼んだ「朝比奈さん」が抜けない。 朝比奈さんが卒業と同時に、海外の大学へ行き、代わりに朝比奈(妹)が転校してきた。 まぁ、俺は驚かなかったが、ハルヒは鳩が豆鉄砲食らったかのように驚いていた。 もちろん、SOS団に連れ込まれたのは言うまでも無い。 ただこの朝比奈さんはどの時間から来たのか、俺たちと過ごした2年間の記憶は無い。 中身は変わらないのだが。 そして今、俺が一番注目しているのが朝比奈(妹)、ああ、もう面倒だ朝比奈さんで統一。 朝比奈さんが、どこの大学に行くのかそれが一番気になっている。 授業も終わり、いつものように部室へ向かう。 下級生の団員がちらほら、まぁこいつたちの話はまた今度にしよう。 朝比奈さんは先に来て、部室の掃除をしている。 長門は2年以上居座った同じ場所で本を読んでいる。 俺は朝比奈さんがお茶を淹れて、テーブルまで運んできたときに聞いてみた。 「朝比奈さんは進学はどうするんですか?行くの?行かないの?」これが正しい質問の仕方だ。 「えっとですね、ふふ、禁則事項です。」 え?俺は口に含んだお茶を食道ではなく気管に流し込みかけた。 「冗談です。六甲大学を受けようかと思っています。」 それってやっぱ上からの命令?俺は廻りに聞こえないように聞いてみた」 「それは本当に禁則事項なの。」 そうか、みんな六甲大目指すのか。 この朝比奈さん、my sweet angelと逢えるのも半年か・・・l 少しまどろっこしい悩みをしていると、いつものようにハルヒがドアを開けて入ってきた。 団長席に座るや否や、俺に向かって言い放った。 「いい、今日からSOS団は特別戦闘体制に入るから。目指せ六甲大よ!」 はぁ?なんだそれは?俺に構うな、今から頑張っても六甲大は到底無理だ。 「あのねキョン!やらずにウダウダ言っても仕方ないの。あんたは六甲大に行かなくちゃならないの!」 何ゆえに?何ゆえに俺が六甲大を目指さなければならんのだ。 そりゃ確かに女子にもモテるし、就職も良いかもしれん。だがなハルヒ、人間には身分相応って言葉がある。 背伸びしても届かないものは届かないんだぜ。 「キョン、あんた本当にそれでいいの?みんな六甲大行くのにあんただけ片田舎の三流大で満足なの?」 勝手に三流大に決めないでくれ。 「それにね、あんたが六甲大に来なければSOS団が作れないじゃないの!」 what?大学でSOS団だと。何を言ってるんだ、こいつは。 大学に行ってまでお前と馬鹿やりたくねぇよ。大学に入ったらな、遊びサークルでも入って、夏は海、冬はスキーでも行って 学園祭は出店でもやってだな・・・・・あれ?なんだ?今と変わらないな。 「つべこべ言わず六甲大にあんたが受かる学力が付くまで、毎日ここで補講するから、わかった?」 「それから下級生は今日からキョンが六甲大に受かるまでコンピ研の部室を占拠すると良いわ。じゃ、今から開始!」 ハルヒの号令とともに下級生はコンピ研の部室へと移動した。 それから毎日、俺はハルヒとの受験勉強が始まった。 11月の終わりにはハルヒと長門、朝比奈さんまでもが推薦入試で六甲大に合格した。 初雪が降る頃、全国模試で俺の偏差値は60ぐらいまで上昇していた。 もう少しか・・・大森電気店で貰った電気ストーブが今日も悴んだ手を緩めてくれる。 入試過去問題を解き終え、ハルヒがそれを採点してくれる。 そして、俺を見つめて嬉しそうに 「キョン、この点数なら去年の合格点よ。あと少し頑張れば確実に六甲大にいけるわよ」 それから、来週から冬休みになるから、部室はやめて自宅で勉強ね。 キョンの家は妹さんが居て気が散るから、学校が始まるまで私の家でやるから、毎日9時にくる事。」 ハルヒは嬉しそうに解答用紙を俺に付き返した。 終業式も無事終わり、明日からハルヒの家で朝から猛勉強か・・・ そういえば、俺はハルヒの家に行ったことが無い、どこにあるんだ? 「あんた来た事無かったっけ?あのね・・・」 ハルヒは丁寧に地図を書いてくれた。 翌朝、吐息も凍るような寒さの中、俺は参考書をカバンいっぱいに詰め込み、家を後にする。 歩いて30分、ハルヒの家に到着。 奇抜な家を想像したが、どこの町にもある普通の家であった。 しかし、何か嫌な予感がする。 一呼吸おいて、呼び鈴を押す。直ぐに勢い良くドアが開く。 「さぁ、上がって。あんたの為に特別に部屋を用意してあるから」 ハルヒは嬉しそうに俺を家に招きいれた。 通された部屋は机以外何も無い。時計すらない。カーテンは閉じられ、いや、きっとその窓の向こうの雨戸も閉まっているのではないか? 電気を点けなければきっと真っ暗なはず。 「いい、キョン。今日から2週間ここで頑張るのよ。それとあなたの行動は全て私の管理下に置かれているから勝手に人の家をウロウロしない事。トイレも許可を受けてからね。あと、携帯は没収。」 おい、俺は刑務所に入った覚えは無いぞ。それに時計すら無いとはどういう事だ? 「時計が有ったら、昼飯とかお茶とか言い出すでしょ!だから無くしたの。私の時間配分どおりやれば良いから。」 予感は的中した。が、この怪力女から逃げられない事は既に学習済み。俺は嫌々ながらもこの状況を受け入れざるを得なかった。 ハルヒの言うままに、問題を解いたり、解法を聞いたり。 何時間ぐらい経ったのだろうか、時間概念を消されたこの部屋では己の腹具合だけで全てをさとらなければならない。 ハルヒが一旦、部屋から出て行った。 問題を黙々と解く俺。ふとペンを止め、考え込んだ。 俺はこれで良いのか? ハルヒに半強制的に針路を決められている。 もしかすると、他の大学に行くと俺の人生の伴侶が居るかもしれないというのに。 大学に入って、就職までハルヒに言われるがまま・・・ まてまて、そんな事は絶対にありえん。 俺の自由意志はどこに行った?俺は一体何者なんだ?いや、者ではなく物なのか? 段々と自閉的な思考の渦にはまっていったその瞬間、ドアが開いた。 ドアから顔だけ覗かせたハルヒは 「キョン、その問題が解けたら休憩にしましょう。」と。 おお、昼飯か。腹も減ってきていた、腹時計は正確だった。 「今日はオムライスね」 何度かハルヒの作った飯を食ったことがあるが、こいつの飯は美味い。そこらの定食屋顔負けの美味さである。 問題を解き終え、テーブルを片付ける。ハルヒがトレーを持って再び入ってきた。 余程腹が減っていたのであろう、特盛サイズのオムライスを余すことなく食べきった。 いつもならココから気だるい気分で、昼寝をする訳だが、今はそうもいかない。 何せ目の前にハルヒが居るわけで・・・ 「キョン、ご飯が済んだら少し休憩して続きを始めるわよ」 また囚人の始まりだ。 そう考えると同時に問題が配られる。それをまた黙々と解く。 人間の思考というのは不思議なもので、必死に問題を考えているにも拘らず、瞬間的に他の事を考えたりする。 そういえば、さっきからハルヒ以外の声や足音が聞こえない。親は居ないのか? しかし、この事を尋ねたら、きっとハルヒは集中力が足りないと俺を批難するだろう。 俺は再び、問題に集中した。 途中、一度だけトイレに経ったが、トイレは部屋の前にあり、窓は暗幕で閉ざされていた。 「開けるな」 ご丁寧にも俺に太陽を拝ませないつもりの様だ。 廊下もこの場所からは日は差さない。 淡い黄色を発色する電灯だけが俺の存在を明らかにしている。 そして廊下には俺を閉ざしたかのように椅子が置かれている。 単調ながらも次から次へと襲い掛かる英単語や数式、年号をバッサバッさと切り倒し LVが上がる音が聞こえそうなぐらい俺は打ち込んだ。 さて、今何時だ? 昼飯で満たされた腹はまだ空いていない。 夕食は家で食べられるんだろうな。このまま監禁なんてまっぴら御免だぜ。 そんなことを考えたのがいけなかったのか、ハルヒが俺に問いかける。 「晩御飯はパスタでいい?」 本当は別のことを言いたかったのだが、何故か二つ返事してしまった。 そして昼飯と同じくハルヒが大盛パスタを運んできた。 ハルヒも一緒に食事を取るのだが、今日は物静かだ。何も語らない。 こうもハルヒが静かだと気味が悪い。 「何?足りない?おいしくない?」 いやいや、このパスタは絶品だ、俺は久しくこんなパスタを食った覚えが無いとゴマをする訳ではないが、本音じみた事をこれ以上は無理というぐらいの笑顔で答える。 「あっそ、ならもっと美味しそうに食べなさいよ」少し不機嫌なハルヒ。覚られたのか? 俺がパスタを平らげて少し安穏とした時を過ごしていると、遠くでチャイムが聞こえる。 ハルヒは直ぐに部屋を飛び出して行った。 親でも帰ってきたか? 数分後、俺はドアから入ってくる奴に驚愕する。 いや、人に驚愕したのではなく、俺が置かれた状況に驚愕したのだった。 「どうも、元気そうで何よりです」、ドアの向こうになんと、古泉が居た。 古泉は大きなバッグを二つ携え、部屋に入ってきた。 「涼宮さんに頼まれて、あなたの家まで行ってたのですよ。」 何をだ?何しに俺の家に行ったんだ?俺の家が神人にでも潰されそうになったか? 「いえいえ、実はこれあなたの荷物です。お母様に頼んで着替え用意してもらいました。」 おい、なんで着替えがカバン二つも必要とする? 「さぁ、それは涼宮さんに聞いていただかないと何とも・・・・」 目を細め、溢れんばかりの笑顔で古泉は答えた。 そして、コーヒーカップを3つトレーに乗せたハルヒが入ってくる。 「古泉君にキョンの家から着替え貰ってきた。とりあえず1週間分ぐらい。お正月は帰ってもいいから」 なんですと?何故俺は今日からお前ん家に泊まらねばならんのだ?答えろハルヒ。 「行き帰りの時間が無駄でしょ。往復で1時間、そんな時間が有れば問題10問はこなせるわ。 だから今日からキョンはここで勉強よ」 おいおい、これって軟禁だよな?古泉、俺の人権はどこに隠した? 「あなたには是非、六甲大に行って貰わなければならないのです。分るでしょう?」 何故だ? 「決まってるじゃない、SOS団の為よ!」とコーヒーを啜りながらハルヒが横槍を入れる。 すかさず古泉が「まぁ、そういうことですね、あなた自身が一番分っている事です。」 ハルヒの機嫌を損ねないためにも俺は六甲大へ行かなければならなくなった。 色調の存在する閉鎖空間で俺は問題と格闘している。 一体、今が何日の何時か分からない。 多分、6日目のはず。 何故多分とかといえば、俺が5回眠ったからである。 太陽が恋しくて堪らない。 しかし、ここから出てゆくことは許されない。 脳のバックグラウンドでそんな事を考えつつ、問題を解く。 ハルヒが切り出した。 「キョン、模擬試験するわよ。いっとくけど、模擬だけど実戦だとおもってやるのよ。」 今からかよ!飯はどうした?お茶は出ないのか? ここに軟禁されてから俺の楽しみはそれしかない。 「試験が終わったら食べさせるわよ。だから頑張って。」 そうハルヒは俺を見据えて呟いた。 「いい、今から60分づつ3教科のテストよ。休憩は15分づつ。もし、これで合格点を取れなかったら 後半の合宿はもっと厳しくするから」 おい、今でも充分なぐらい厳しいと思うんだが? 「じゃ、はじめるわよ」 そういって、ハルヒは俺に問題と解答用紙を配った。 「時間は60分、30分過ぎて出来たら休憩してもいいわ。名前は必ず書く事。じゃ、国語からはじめ!」 ハルヒの声と同時に俺は鉛筆を走らせる。 お、この問題は前にやったことがある。あ、これもだ・・・・。案外、記憶に残っているもんだな。 次から次へと問題を解いてゆく、まだどこも躓いていない。 最後の漢文問題で一瞬筆が止まったが、解答用紙を見るとペンが動き出す。 なんだこれは?この鉛筆はホーミングモードにでもなっているのか? そして問題を全て解き終えた。 顔を上げるとハルヒがこっちを見ている。 「あんた、カンニングしていないでしょうね?」 へへ、ハルヒにしては面白い冗談だ。俺とお前以外に誰がここに居るというのだ。 「じゃ、解けたんで休憩するわ」という俺にハルヒはこういった。 「あんた、確認し直しなさいよ、それにまだ20分しか経ってないから。」 なんですと?まだ20分・・・・信じられん、いつ俺に時間を止める能力がついたんだ。 仕方が無い、見直すか。 もう一度、問題を解く。間違いない。これはもしかすると満点じゃないか? ハルヒ、この調子なら一気に出来そうだ、あとの2教科を直ぐに配ってくれ。 やる気が出た俺をもう誰も止められやしない。 なんだこのやる気は。 今まで感じたことの無いやる気だな。 そうして俺は残り2教科を解き始める。 うーん、自画自賛ではないが俺の学力は飛躍的に伸びているのかも知れん。 問題を解き終え、ハルヒに渡す。 ハルヒは直ぐに採点に入る。 少しの間の沈黙、赤ペンを走らせるキュキュという小刻みな音だけが響く。 そして、顔を上げたハルヒが俺に言った。 「やっぱ教える人間が良いとこうまで変わるものね。キョン、3教科で288点、合格よ!」 おお、やった! ん?俺は喜んでいる。たぶん心の底から喜んでいる。 何故だ?合格すればハルヒとまた4年間一緒なんだぞ。 いいのか俺?本当にいいのか? 得体の知れぬ葛藤が続く・・・・ 「キョン、カーテン開けてもいいわよ。それから雨戸も。」 言われるまま俺は窓を開け、外の景色を楽しんだ。 綺麗な夕焼けが見える。 「キョン、晩御飯は外で食べましょう。今日はSOS団全員集まる事になっているから」 ほー、早速俺の合格祝いか、いいねー 「ここまでみんなの協力があったからこの点数なのよ、あんたが全部出しなさいよ!」 なんだと?俺は懲役を喰らった上に罰金まで払わされるのか! なんだかなぁ・・・・ 「さ、いきましょう!」ハルヒは席を立った。 いつもの駅前に到着すると、長門、朝比奈さん、古泉が居た。 「みんな、今日はキョンのおごりだからしっかり食べなさいよ」 ハルヒは駅前のすし屋に入る。 おい、ここの寿司は廻ってないぞ!こんな所で俺が全額とか無理だろ! すると古泉が俺に耳打ちした。 「心配しないで下さい。ここも我々の管轄内なので大丈夫です。」 そうなのか?それを聞いて俺はほっとした。 「それにここ数日間、あなたが涼宮さんと一緒にいる間、閉鎖空間は一切発生しませんでした。 組織も今回の事を非常に評価しています。なので、もしあなたが白紙で答案用紙を出しても 六甲大には合格できると思いますよ。ま、その必要もなくなりましたが・・・・」 結局俺は人類のためにペンを持っていたわけか。ペンは剣より強し、誰かが歌ってたな。 そして、俺達は腹いっぱいの寿司を頬張った。 店を出てから古泉が切り出した。 「私と長門さんは少し話がありますので、ここで失礼します。」 朝比奈さんも今日は他の用があるらしい。 「じゃ、ここで解散ね。明日は大晦日なんで23時に集合よ!初詣に行くから。」とハルヒ。 今日は30日か・・・・やっと時間が戻ってきたぜ みんな頷き、笑顔で別れる。 俺とハルヒは寒空の下を並んで歩いた。 「ねぇ、キョン。やれば出来るって分かった?」 ああ、俺は超人だからな 「あんたね、そんな風に思っていると足元掬われるわよ」 冗談だ。でもハルヒ、ありがとうな。 「はぁ?何言ってんの!私は団のためにやっただけだから!」 そういうハルヒの頬は少し赤く染まっていた。ような気がした。 「ねぇキョン、六甲大に合格できそうで嬉しい?」 え?そりゃまぁ良い大学に行けるってのは嬉しいさ。 「六甲大に行ける事が嬉しいの?それとも私と同じ大学に行ける事が・・・・」 ん?なんだって?聞こえないぞ? 「聞こえてるのに聞こえないふりするなんて卑怯よ!」 そう言いながらハルヒは俺を肘でつっつく。 いつもなら俺の息が止まるほどの強さなのだが・・・ 「ああ、お前と一緒にまた4年間居られると思うだけで俺は嬉しいぜ」 その一言を言い終えたとき、ハルヒの頬を小さな星の欠片が伝い流れたように見えた。 「キョン、本当に頑張ったね。良かった。」 ありがとう、お前のお陰だ 「まだ、合格したわけじゃないんだから。気を抜かず頑張るのよ」ハルヒは反対を向いて呟く。 ああ、分かっているさ。 「ねぇ、キョン、これ合格のお守り」 そういうとハルヒは俺に抱きつき背伸びをした・・・・ 閉鎖空間から開放されるときのスイッチはいつもこれだ・・・・ 空にはいつもより多目の星が輝いていた。 涼宮ハルヒの補習 おわり
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涼宮ハルヒの糖影 起 涼宮ハルヒの糖影 承 涼宮ハルヒの糖影 転 涼宮ハルヒの糖影 結
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プロローグ 二年に進級して早くも三ヶ月ちょい立った。 その三ヶ月の間、何事もなかったってワケではない。 が、それについては脇に置いとおこう。今からする話は久しぶりに生命の危機を感じた事件だ。 いや、ちょっと大袈裟か。だが本っ当に痛かったんだ。もうあんな目には遭いたくないね、一生。 その日は地球温暖化とやらが地味に効きつつあるのか凄まじく暑かった。衣替えで夏服になったものの 白いワイシャツは噴き出る汗でペッタリと素肌に接着されていた。まだ七月中旬でこの暑さ。 梅雨と重なってるので雨もたまに降るが、快適な気温まで低下させるほどのパワーはないようだ。 悪戯に湿度を上昇させ同時に俺の不快指数までチマチマ増えてきている。この調子じゃ夏本番に位置付 けられてる八月はエライ事になるんでないの?俺も地球も。 まぁ結果から言う。地球はともかく、俺はエライ事になった。しかも一ヶ月後ではない。授業が終わって 文芸部室に向かっているのが今の俺。この30分後にドエライ事になる。だけど悪い予感なんてのは一切な かったんだ。感じるのはとめどなく噴き出る汗による不快感だけ。 まぁ、遠からず近からずこれが原因になるんだが。 放課後の文芸部室…と言っても文芸部らしい活動はこの一年三ヶ月の中で一度だけで。 我らSOS団の季節イベントもやるが、もっぱらすることもなくダラダラと過ごしてる。 今日も特にすることはない。することがないならすぐに家に帰ってクーラーに当たりながらゴロゴロするのがベストなのだが 俺の足は部室に向かっている。何故だろうね?習性というのは恐ろしいものだ。クーラーもないあの部室に行ってもやる事は いつも同じなのに。スマイルエスパー野郎からボードゲームの勝ち星を奪いながら未来型メイドの煎れた茶をすする。 そして読書マシンと化した宇宙人の姿を眺める。 これらの作業をこなしながら常に感じるのは、退屈だなぁ、ってことだ。 んでもって、あの団長が頭のネジを撒き散らしながら嬉しそうにトンデモ企画を持ち込むんだ。 気づく頃にはその退屈がいかに貴重かがわかる。 で、部室に着いた。 中にいたのは、トランプを切り続けてるエスパー古泉、茶葉と闘う未来型メイド朝比奈さん、定位置で読書にふける宇宙人長門。 団長ハルヒ以外全員いたわけだ。ハルヒがいない理由は俺も知ってる。ヤツは今教室でワックスがけの最中だ。 ご苦労なこった。まぁ交代制なので二学期は俺も参加せざるを得ないのだが。 「どうですか?久しぶりにトランプでも。最近はずっとチェスや囲碁でしたからね。結構新鮮かもしれませんよ?」 本当にゲームが好きなんだな、古泉。だが二人でトランプってのはつまらんだろ。しかも野郎同士じゃな。 「おや、僕が相手じゃ不満ですか?いつも貴方を楽しませようと努力しているんですが」 無駄な努力だな。その努力を機関に注いで出世すればいい。 「とんでもない。機関の業務より、このSOS団の活動に意欲を注ぐ方が有意義ですよ、今の僕にはね」 「職務怠慢だな。今度新川さんか森さんに会えたらチクってやる」 「それは勘弁してください。新川さんはともかく、森さんはああ見えて結構厳しいんですよ」 「あぁ…なんとなくわかるわ。あの人のオーラは身の危険を感じちまう」 二月の事件での森さんは今までのおとなしいメイドキャラとは一変していたからな。 「話が逸れましたね。で、どうします?トランプ」 「あぁ。相手してやるよ」 どうせ暇だしな。 ここで俺は他二名の団員に目をやった。 長門は先週俺と行った図書館で借りた凄まじく分厚い本(ジャンル不明)を読んでいる。 朝比奈さんは茶葉に適する温度を見極めようとヤカンを睨みつけている。 この二人も誘ってみるか。 「朝比奈さん、一緒にトランプしませんか?」 「えぇと、今お茶の準備してるので遠慮しますぅ。だって、皆さんには出来るだけ美味しいお茶を飲ん でほしいから…」 素晴らしい!その奉仕精神はまさしくメイドそのものだ。 「じゃあ仕方ないですね。美味しいお茶、おねがいします」 「はぁい。もう少し待っててくださいね」 「長門はどうだ?トランプ」 長門は本から視線を外さずに「………いい」と言った。 「二人じゃ盛り上がらんだろ。お前もたまには…」 「…今、いいところ」 ……そうですか。 あの長門が面白いというほどだ、よっぽど熱中しているようだ。まぁ、たぶん俺には何が面白いかわか らん内容だろうが。っていうか何語だ?それ。 長門の勧誘を諦め古泉に目を戻すと、ニヤニヤしながら俺にトランプを配り始めやがった。まるで最初 からこうなる事はお見通しだと言わんばかりに。 まぁいい。当分トランプを見たくなくなるぐらいに痛めつけてやる。 「暑いな。クソ暑い。どうにかならんのかこの暑さは」 朝比奈さんのお茶を飲みながら古泉との大富豪の毎ターンに愚痴を呟く俺に古泉は苦笑しながらいちい ちそれに答えある提案をしてきた。 「僕も参ってしまうぐらい暑いですよ。ではどうでしょう?この勝負に負けた者がアイスを買ってくる というのは?」 お前、全然暑そうには見えんぞ。涼しい顔しやがって、汗もかいてないじゃないか。 でもその案は俺も乗った。ちょうど冷えたアイスが食いたいと思ってたところだ。 「ではちょっと本腰を入れてかかりましょう」 手抜いてやがったのか。だが既に俺の方がかなり有利な戦況だ。俺の勝ちだな。俺のために汗水垂らし てアイスを買ってくるがよい、古泉。 ………こういう時だけ負けるのはどうしてだろうね。古泉の野郎は最後の最後に大逆転をかましやがった。 今まで負け続けてたのは今日のこの勝負の伏線だったんじゃないのか? 「そんな事ないです。正真正銘まぐれです。僕は買いに行く覚悟してたんですが。勝負というのは時に 予想のつかないものですよ」 そういう要らんこと言うから胡散臭さが増すんだ。そのツラ見ながらだと馬鹿にしてるようにしか聞こ えん。 「それは失礼しました。まぁ勝負ですからね。この暑さでは買いに行くだけで罰ゲームですし、お代は 先に渡しておきましょう。ついでに皆さんの分をお願いしますよ」 そういうと古泉は千円札を差し出してきた。ラッキー。勝負を受けたものの、生憎俺の財布には合計百円 ちょいしか入ってなかったからな。このままバックレちまおうか。 だが皆の分と言われるとそんな悪どい事はできん。古泉になら別に恨まれても知ったこっちゃねぇが 朝比奈さんに非難されるのは絶対避けたい。長門も結構根に持つタイプだし。 しゃあないな。ちょっくら行ってきますか。 「あ、涼宮さんの分もお願いします。仲間外れにされた、なんて思われたくないですからね」 古泉は肩をすくめ苦笑しながら言った。わかってるよ。アイツはすぐすねるからな。 しかもそれだけで世界を危機に晒しかねないのがハルヒクオリティだ。 余談ではあるが皆にどのアイスがいいか聞いてるとき、面白い事があった。 古泉はソーダ系、朝比奈さんはバニラ系。ここからが面白かった。 どうせ「何でもいい」と言うだろうなと思いつつ長門に注文に訪ねた。 「……ガリガリ君」 思わず吹いたね。別にガリガリ君には非はないんだ。アイスの定番だしな。しかし長門がその名を口にすると、何とも笑える。なかなか長門もわかってるじゃないか。 古泉はクックッと笑いを堪え、朝比奈さんに至っては顔を真っ赤にして口を押さえている。 長門は状況を理解していないようで首を傾げ、笑いっぱなしの俺の顔を見つめている。 「……ガリガリ君…ガリガリ君…」 ガリガリ君食いたいのはわかったから、ワイシャツを掴みながらすねた感じで連呼しないでくれ。面白い&可愛いのダブルパンチで俺の思考がどっかに飛んでっちまう。 「わかったよ。ガリガリ君だな?」 長門は俺にしかわからない、困った顔で頷き読書を再開した。 なんか無駄に興奮したもんで、余計に暑くなっちまった。さっさとガリガリ君買ってくるか。 このまま今日が終れば、非常に有意義な一日だったろう。 悲劇はこの数十秒後に待っていた。 俺は、いい意味での長門らしくない発言を噛み締めながらアイスを買いに行くため廊下に出ようと部室のドアを開けた。すると目の前に一人の女子生徒が立っていた。 回りくどい言い方だな。ハッキリ言おう。俺の目の前にいたのは…… SOS団団長 涼宮ハルヒだ。 なかなかこのタイミングはない。いつもなら俺たちがノンビリしてる頃にハルヒは横真っ二つに割る勢いでドアを蹴り開けるわけだが、この時の様子は少し変だった。 ハルヒは両の目を固く閉じ、深呼吸をしている。それに合わせて肩の大きく上下させていた。 俺はというと、そのハルヒの様子を何も言わずただ見ていた。ハルヒは俺に気付いていない。 俺の背後にいる三人も、いつもと様子が違うハルヒをじっと見ていた。誰も一言も発しなかった。 まさしく、嵐の前の静けさ。 呼吸を整えたハルヒの表情は目を閉じたまま、ゆっくりと満円の笑みに変わった。 そして……… 「みんな、ごっめーん!遅れちゃったー!」 そのハルヒの大声を目の前で聞いている途中、俺は凄まじい衝撃に襲われて目を閉じた。 ゆっくりと瞼を上げて目に入った光景。 ハルヒの太陽のような笑顔。 まだ固く閉じた瞳。 前にピンと伸ばされた綺麗な右足。 状況を把握できない俺はゆっくりとその右足を辿る。 スカート、太股、膝、ふくらはぎ、白いソックス、運動靴。 そして辿り着いた先に見えたのは……… 俺の、いや、男にとって大切な、それでいて一番の弱点である『そこ』に、ハルヒの伸ばされた右足のカカトが、深く、深く突き刺さっていた。 「教室のワックスがけが長引いちゃって……え?」 ハルヒはここでようやく、瞼を上げた。 「え?…ちょ、キョン!?あん…た…そんな、とこで…なに……あ!」 一瞬で笑顔が動揺した表情に変わる様を見届けた俺は、もの凄い速度で膝を床に打ち付け、倒れこんだ。 『そこ』に受けたダメージは俺の全身のコントロールだけではなく、思考を奪っていった。 あれ…俺…アイ……ス買いに…行く…ああ…ハル…ヒ…いつもドア……蹴っと…ばして…たんだ…っけ…… 「ちょ、ちょっとキョン!大丈夫!?なんでアンタあんなとこに!……何これ…温かい…?アンタまさか漏らし…て…え?赤…い…?え……ち、ちち血ぃ!!??」 「涼宮さん!落ち着いてください!朝比奈さん!救急車を呼んでください!早く!」 「え…あぅ…キ、キョン、君……うぅ」 「朝比奈さん!早く!救急車を!」 「………私が呼ぶ」 「長門さん!お願いします!」 俺の頭上で叫ぶ古泉、携帯をかけている長門、泣き出す朝比奈さん、尻餅をつきながら手の血糊を見つめているハルヒ。 薄らいでゆく視界。遠のく意識。その中で、俺は思った。 俺のアソコとドアのどちらが丈夫だろう、と。 俺は下半身に突き刺さる様な激痛でうめき声を上げ、それで目が覚めた。 薄くオレンジ色を帯た白い天井が見えた。部室の天井より綺麗だが、眺めてるとどうも気が重くなる。 天井からゆっくりと壁に視線を映すと、窓が見えた。もうすぐ日が沈むようだ。 窓からは天井をオレンジ色に染めていた太陽が低い山に隠れていく、夕暮れの風景が広がっていた。 昨日、下校途中に見た空と同じだ。いつもなら俺はそろそろ家に着く頃だろうが、今おれがいるここはどこだよ。 やはりまだ頭がぼんやりしていたのだろうか。 その窓がある壁に無表情な少女が寄りかかっている事に気付くまで、だいぶ時間がかかった。 声をかけようとして口を開いた丁度その時、背後から声がした。 「目を覚まされたようですね。どうですか?具合は」 下半身の激痛を堪えながら振り返ると、明らかに作り笑いをした古泉が立っていた。その隣には涙目の朝比奈さんがいた。 「良かったぁ…キョン君大丈夫?本当にあの時はどうなることかと…」 朝比奈さんは安堵の表情を浮かべて言った。……だがなんかぎこちなさが残る表情だ。 あの時……っていつだ?俺がどうなったって?駄目だ、頭の中がモヤモヤしてて思い出せん。 何も言わない俺を見かねて、古泉が勝手に喋りだした。 「まだ状況を飲み込めていないようですね。ここは病院です。本当にあの時は大変でした。 まさか涼宮さんの蹴りにあれほどの破壊力があるとはね。 貴方がうずくまったと思ったら意識を失ってしまって、さらに出血までしていたんですから。流石に僕も焦りました」 そうだ。俺はハルヒに蹴られた。で、その蹴りが俺のアソコにジャストミートしたんだ。 ったくあの馬鹿力が、意識失う程の金的攻撃を普通人の俺に食らわせるとはね。そうそうないぜ、こんな経験。しかも血まで…… ……血。ここに来てようやく俺の頭が正常に機能し始めた。 血が出たって事は、血尿か?生憎俺は医学知識に乏しい。アソコから血が出たってのはどれ程危険なんだ?いや、そんなに危なくもないのか? 全然わかんねぇや。こりゃさっさと賢そうなヤツに聞いた方がいい。やっと頭がハッキリしたが、元々の出来はたかが知れてる。 「なぁ古泉。俺の、その…ア、アソコなんだが…どうなったんだ?」 この部屋には女の子が二人もいる。ふと気付いて口ごもってしまった。 谷口じゃあるまいし、俺は異性の前で堂々と下ネタを言える程デリカシーにかけちゃいない。 別に下ネタを言ってるわけでもないんだが。 朝比奈さんが恥ずかしそうに顔を赤らめてうつ向いてしまった……なんて展開だったらいい感じに和めたのに。 室内の雰囲気が超ブルーだ。室温までも急降下してる気がする。 古泉の顔から笑みが消え、考え込むような仕草を数秒間とった後、真剣な眼差しを俺に向けた。 「僕がこれから言う事、落ち着いて聞いてください。恐らく、貴方にとって大変ショックな話でしょうが……」 「なんだ急に改まって。前置きはいいから早く言え。話が進まんだろ」 表面上、俺は楽観的に振る舞ったが内心すごくビビってた。末期癌患者が余命宣告を受けるのもこんな感じなんだろうか。 「……貴方の、その、性器…なんですが、損傷が激し過ぎて…その…これ以上の治療は困難らしいんです。ですので…もう切断しかない、そうです。担当医の方が、言ってました…」 俺は余命宣告ならぬ、男性ドロップアウト宣告を受けた。何故か古泉から。 「救急車の中で、恐縮ですが患部を拝見させて頂きましたが、かなり酷い様相でした。素人目で見ても、もう手遅れだ、と思います…」 古泉は申し訳なさそうな表情で、古泉らしくない歯切れの悪い説明を続けた。 「一度手術室に入ったんですが、医師も手の施しようがない状態だったそうで応急的な処置に止まったようです。ですがこのままでは感染症を起こすのも時間の問題らしく、準備が出来次第、再手術……切除…の予定、だそうです…」 目の前が真っ暗になったね。もう日が沈みきっていたので室内はかなり暗かったが、それ以上の闇が視界を覆っていた。 俺は天を仰ぎ、目を固く閉ざした。そうでもしなきゃ涙が出ちゃう。だって、男の子だもん。 「…ハルヒはどうした?俺をこんな目に遭わせといて、逃げたのかよ?」 古泉は溜め息を吐いた後、俺にハルヒの居場所を教えた。 「涼宮さんは病院の外にいます。貴方に合わせる顔がない……と。かなり落ち込んでましたよ」 「キョン君…涼宮さんはワザとやったわじゃないの。許してあげて…とは言えないけど、あまり涼宮さんを責めないであげて…ね?」 こんな状態の俺よりハルヒが心配ですか。そうですか。 「みんな、出てってくれ。ひとりになりたい」 「そうですね…恐らく、もうそろそろ手術室の準備が終わる頃ですし、それまでお一人で考える方が良いでしょう。僕らがどうこう言える問題ではありませんから……」 目を閉じたまま、古泉たちがドアから出ていく音を確認した。 その瞬間、不意に右目から一筋の涙が流れた。本当は大声で泣き叫びたいが、下半身を支配する激痛によって断念した。 これは古泉たちのタチの悪いドッキリか?手術室に運ばれて、無駄にデカイハサミを持った医者が俺に迫ってくるんだ。 もう駄目だーってところで古泉が派手な札を持って現れ、長門がカメラを回してて、朝比奈さんが申し訳なさそうにしてて。 いや、違う。ドッキリなんかじゃない。この痛みは本物だ。残念ながら。 しっかし、ハルヒがこの場に居なくて良かった。今、俺の頭の中ではハルヒに対する罵詈雑言が文章を成さずに乱れ飛んでいる。 アイツの面を見てしまえば、それらが憎むべき敵を破壊するために俺の口から一斉に放たれるだろう。 激痛が走ろうとも、その全てを思い付く限りの罵声に変換にしながら、俺は止まらない。自制できる自信などない。自制する気もない。 少しずつ落ち着いてきた。だが、落ち着く程に悲壮感が増す。 俺は今まで、自分の将来を真剣に考えた事はほとんどなかった。大学受験の準備に全く手をつけていないことからもそれは明白だ。 何故かって?決まってるだろ。今がとても楽しかったからだ。 宇宙人や未来人や超能力者と仲良くなって、たまにそれらの敵対勢力が攻撃を仕掛けてくるんだぜ? 昔誰かが記した何の役にも立たん戯言を覚えてる場合ではないんだ。 そう思いながらも、俺の頭の隅には人生計画があった。 普通に働いて普通に結婚して普通に子供つくって普通に老けて普通にあの世行き。 別にそれでいいと思えるほど、この一年間はとても楽しかった。俺なんかにはもったいないぐらいに。 でもそれもいつかは終わるのはわかってたさ。 でも、なんだよこのオチは。 アソコ切断だ?そんな状態で、どうやって男として生きていける?子供なんか作れないし、そもそも結婚なんてできやしない。 全てハルヒのせいだ。アイツには感謝してるさ。俺を非日常に巻き込んでくれたからな。退屈しなかったさ。 だが、そのハルヒの蹴り一発で俺のこれからの人生は暗く閉ざされた。 なんでだよ。ふざけんな。畜生。 「ち…く、しょう……」 食い縛った歯の隙間から言葉が漏れる。きっと酷く不細工な面になってんだろうなぁ、今の俺は。 …全て私の責任…」 ん? なんか今、声しなかったか? ずっと目閉じてたから気付かなかった。 無表情の少女が窓の横に立っていた。 出てってなかったのかよ…… 「長門。お前、なんでまだここにいんだ?さっき出てけって言ったろ」 「私は貴方に話す必要がある。それが私が此処にいる理由」 あぁそうかい。何だ、話す事って。 「今回の事象は私の責任。あの時間、あの場所に涼宮ハルヒが存在していたのは貴方がドアを開ける前から感知していた。でも私は何のアクションもとらなかった。とっていれば高確率で今回の事象を防げた。何もしなかったのは私の怠慢。だから、私の責任」 だから何だってんだよ。お前が俺に詫びたところで、何も変わりゃしな………いや、待てよ。 長門にはサイヤ人も倒せるインチキパワーが使えるんだ。もしかしたら……… 「お前の責任だとして、だ。ただそれを言いに来ただけか?」 期待と不安が俺の中で激しく攻めぎ合う。ここで長門の口から俺の望む答えが出なかったら、自害も視野に入れよう。そうしよう。 「情報統合思念体から許可が下りた。これから貴方の下半身の損傷部位の再構成を施す」 あぁ……神様仏様ご先祖様長門様!!本当ですか!?直してくれるんですか!?長門様以外の三名は特に何もしてくれてないけど、ついでに拝ませていただきます!! ……落ち着け俺。古泉説によると神様は俺のアソコをぶっ壊した元凶だ!除外! 「現在の貴方の男性器の状態は尿道、睾丸、陰茎表面の損傷と多岐に渡る。このままでは排尿機能、生殖機能ともに機能しない。それに損傷部位から悪性の細菌が侵入する可能性が高い。 感染症を引き起こし、貴方の生命活動に支障をきたす可能性は現在無視できる程度の数値。しかしこれ以上時間の経過は数値の上昇を加速させる。よってただちに再構成を開始する」 本当にヤバい状態なんだな、俺のアソコは。 長い専門用語で、ある程度の説明を終えた長門は俺が寝てるベットに寄って来て……って、長門!なぜに俺の服を脱がす!? 「貴方が今着ているのは、この施設の入院患者に着用させている指定衣服。再構成する際、損傷部位を露出させる必要がある。だから貴方の衣服を脱がしている」 言いながら長門はテキパキと俺から入院患者用の服を脱がしてゆく。まぁ長門がそう言ってるんだし、ここは大人しく従うべき……って、損傷部位の露出!?簡単に言えば、長門に俺の瀕死状態で虫の息になってる息子を見られるってことじゃねーか! 「大丈夫。私は気にしない」 いや俺が気にするよ。ってか俺のアソコは直視できる状態なのか?古泉によると明らかにヤバい状態らしいが。 いつの間にか俺はほぼ全裸にされていた。露出されたアソコにはガーゼやら透明なフィルムやら細いゴムチューブやらが一斉に集中してて、なんともいえない賑やかな様相だ。 「……長門。このガーゼやらシートやらチューブやらも、外さなきゃいかんのか?」 「この程度の障害物は問題ない。この上から再構成を行う。心配ない」 なら安心だ。自分の息子の無惨な姿を見ずに済むし、長門に見られずに済む。ついでに言うと俺はグロいのは苦手なんだ。 長門は俺のアソコに手をかざし、ゆっくりと目を閉じた。俺は全裸になるのを防ぐために脱がされた服を上半身に当てがりながら、長門の様子を観察していた。 長門は気功やらの先生がそうするような感じで、かざした手をゆらゆらと小さい円を描くように漂わせていた。 なんか心霊治療を受けてるみたいだ。これでロウソクや怪しい雰囲気の音楽がセットされてたら、いつぞやの長門式民間療法とそっくり。 こんなに冷静に、いや、他人事のようにしていられるのはどうしてだろう。 長門の横顔を眺めながらそんなことを考えてると、長門は揺らしていた手をピタリと止めた。 一息つくような仕草をとった後、あの超々高速早口を放った。 その瞬間、長門の掌と俺のアソコが光り出した。その間を光の粒が漂いながら往復を繰り返している。幻想的で見とれそうだが、一番光ってるのは俺のアソコだ。途端に凄まじく恥ずかしくなった。 「……終わった」 「…そ、そうか。色々すまん」 いつの間にか再構成とやらは終っていた。俺は途中で恥ずかしくなって、抱えこんだ服に顔を押し付けてたから治癒を見届ける事はできなかった。 自分のアソコがギンギンに光ってるんだぞ?しかもすぐ横に年頃の女の子がもうちょいで触れそうなところまで手を伸ばしてんだ。そんな異常な状況に耐えられるほど場慣れしちゃいない。 随分暗くなっていたんで、俺はベットに備え付けてある小型の蛍光灯のスイッチをオンにした。 目が闇に慣れていたせいか、眩しくて思わず光源から目を反らした。 長門も同じようにそっぽ向いた。意外だ。長門も眩しく感じることがあるのか。視力なんかアフリカのナントカ部族よりも良さそうだし、色んな機能が備わっていそうだがな。 だが、長門のそっぽ向いた理由が瞬時にわかった。いやこれは俺が思いついただけのことで、長門はそんな理由でそっぽ向いたんではないと思う。 俺、今、真っ裸。 俺はベットから飛び降り、速攻で抱えていた入院患者用の服を着た。気付くのが大分遅れたが、俺をベットに縛りつけていた激痛は全く感じなかった。 よっしゃ完全回復!俺は小さくガッツポーズをとり、長門に懇切丁寧に礼を言おうとして振り向いた。 「……全て私の責任。…だから、もし…」 まだ責任がどうとか言ってんのか。お前は俺を治してくれただろ。それに、そもそもお前に何の落ち度もない。お前がさっき言ってた責任の理由だって、無理矢理こじつけたようなもんだ。その理由が通るんなら、小泉も朝比奈さんも、俺も同罪だ。 あの時誰かがハルヒに声をかけていれば、黙っていなければ、俺が蹴られることはなかった。それは俺にも言えること。むしろ俺自身が一番、あのアクシデントを回避できる立場にいたんだ。ハルヒの目の前にいたんだからな。 はは、現金だな俺って。さっきまで全部ハルヒのせいにしてたってのに。治った途端に、俺が一番間抜けだってことに気付いた。どうかしてた。ハルヒの行動なんかある程度予測できたはずだ。 アイツがドアを蹴り開ける場面なんて、飽きるほど見た。なのに俺はその間合いに入っちまった。なんて馬鹿なんだ。 しかし、腑に落ちないことが一つある。何だってハルヒはドアの前であんなことしてたんだ? 深呼吸してた。目もガッチリ閉じてた。ありゃなんのまじないだ? 納得いく推論が全く浮かばん。 長門の聞き取りづらい発声で我に返った。そういや、責任の後にまだ何か言ってたな。 「すまん長門。ちょっと興奮気味で聞いてなかった。もう一度、最初から頼む」 長門は少し戸惑うように視線を漂わせた後、さらに音量を下げて続けた。まるで独り言を呟いているように。 「…全ての責任は私にある…だから…もし、再構成された生殖機能に貴方が不安を感じるなら……」 感じるなら? 「……私の体で性交渉を試行しても…構わない…」 ……………はぁ? 性交渉って、つまりその……アレのことか?何故それを長門としなきゃならんのだ。 「情報統合思念体の許可を経て行われる有機物質の再構成は必ずしも完璧とはいえない。もしも貴方に対して行った再構成に不備があったら、子孫繁栄に悪影響を及ぼす危険がある。今のうちに検査と確認を行う方が得策」 長門はいつもより小声で早口だった。しかも俺の目をみていない。 気のせいであってほしいが、蛍光灯の光に照らされて白く輝く長門の頬はやや赤みが差している気がしないでもない。なんかあの世界の長門とダブって見えちまう。 この状況にこの提案。もうね、この一言に尽きるよ。 それ、なんてエロゲ? そりゃ俺も健全な一男子高校生だ。ついさっきまで健全じゃなかったのは置いといて、そういう事柄には興味をそそられるさ。 本音を言っちゃえばさ、俺みたいな冴えないヤツが長門ほどの可愛い女の子とどうにかなっちゃうのなら、それはそれで嬉しい。 事実、俺は長門に対して少なからず好意を抱いているし。 だが、「試しにヤッてみる」となると話は別だ。ここはハッキリと長門に言うべきだ。俺自身が本能を抑え込み、理性を保つためにも。 「いや、遠慮しとくよ」 「…………そう」 何でだ!何でそんな悲しそうな目をするんだ長門! しかも俺、ちょっと後悔してるし! 駄目だ。煩悩を振り払え。俺はまだ長門に言わなくちゃならないことがあるんだ。 「…長門よ。性交渉ってどんなものか解ってるか?」 長門はようやく無表情に戻り、答えた。 「理解している。有性生殖の機能を持つ生物、特に哺乳類がそれに当たる。異性の生殖細胞と組み合わせて自らの遺伝情報を後世に残すための本能的行動」 そうじゃないんだ。俺が訊きたいのはそんなことじゃない……!っていうか文系の俺にはよく理解できない……! 「じゃあ長門。質問を少し変えるぞ。性交渉は、どういう相手とするんだ?」 「さき程述べた通り、自分とは異なる性を持つ者。つまり異性と」 「理論的な話じゃないんだ!お前の感情論で言ってくれ!」 つい声を荒げてしまった。しかしこのままではこの議論は堂々巡りになってしまう。うやむやにはしたくないんだ、俺は。 「…私の感情論?」 そうだよ。自分の感情を言葉にするんだ。本やデータの引用じゃない、お前が思うことを。 「……私は情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイス。感情は対象の観察に不必要」 「いい加減にしろ!!」 俺の一喝に警戒したのか、長門は体はピクリと揺れた。 俺は完全にキレちまった。先程理性を保つためとかいっておいて、結局は本能を剥き出しにしてしまった。しかもこんな女の子に対して。最低だ。だが、長門に「結論」を出させるためなら、仕方ない。 「感情は必要ないだと?お前はそうやって俺の質問から逃げるのか!?だったら!俺たちと一緒にいたり、色んな本を読んだりしてきたお前の時間は何だったんだ!! そうしてる間、お前は何も感じなかったのか!?俺たちと一緒にいたのは親玉に報告する義務だったからか!?そんなもんだったのかよ!!違うだろ!!」 息継ぎナシで怒鳴り続けたせいか、頭がクラクラする。言ってることも滅茶苦茶だ。自分がなに言ってんのか、わからなくなってきてる。 「感情がないはずがない!お前は一人の人間なんだよ!俺たちの仲間の長門有希なんだよ!」 もう意味がわからん。どうにでもなれ。 「エラーなんかじゃない!それはストレスっていうんだ!人間なら生きてる上で誰でも感じるもんなんだ!」 はは……情報連結解除だっけ?あれ、今すぐ俺にやってくれ。 「……私…は…人間…?」 長門は声をほんの少し、震わせて言った。今、長門は黒い宝石のように輝く瞳を俺に向けている。潤っているんだろうか、それとも蛍光灯がすぐ近くだからだろうか、いつもよりキラキラと輝いていた。 俺はベットの向こうに佇む長門の呟きに答えた。 「そうだよ、長門。お前は人間なんだ。ちっとばかし複雑な事情があるだけの、な」 長門は泣いていた。泣きじゃくるわけでもなく、鼻をすするわけでもない。ただ涙腺が刺激されて分泌された体液が流れ出しただけ、そんな機械的な感じ。 ……いいや、違う。機械的なんかじゃない。何故かって?だって、その姿は、爆発していた俺の感情を優しく静めてくれたからさ。 女の子の涙を見て落ち着ける俺は不謹慎か?悪趣味か?違うね。その涙には悲しみなんて成分は含まれてないんだ。成分表示なんか記載されてないが俺にはハッキリ見える。嬉しい、っていう成分表示が。 「やっぱりあるじゃないか、感情」 俺は意識せず呟いた。脳のナントカ神経の仕組みなんか知らねぇ。だがな、涙腺を刺激するものぐらいは知ってる。感情だ。 俺は右手を目一杯伸ばし、長門の頬を伝う涙を人指し指でそっと拭った。普通だったらティッシュかハンカチで拭うが、俺はその涙に触れたかった。やっぱり俺って悪趣味? 長門は抵抗せず、目を閉じて俺が拭い終るのを待っていた。 長門の涙を拭い終えた俺は、深呼吸した。そしてベットに両の掌と頭の天辺を押し付けて一気に喋った。 「長門!本ッ当にすまんかった!怒鳴ったりして!俺どうかしてた!」 そして勢い良く頭を上げ、俺的に最高の笑顔を作って更に続けた。 「それと!俺の体直してくれて!本ッッ当にありがとう!」 俺はこんな体育系な事はしないが、仕方ないだろ?今の俺は嬉しさと恥ずかしさの相乗効果でハイになってんだ。 長門はいつもの無表情に戻り、 「………いい」 とだけ言った。一瞬、あの世界で一度だけ見た長門の微笑が俺の前に浮かんだのは気のせいだろうか。 「…一つ、教えて欲しい」 何だ?俺がわかる範囲なら何でも教えるぜ。平行宇宙がこの宇宙からどれぐらいの距離にあるのか、なんてのはパスな。 「さっき貴方が私にした質問の答え。私にはうまく言語化できない」 えーと……俺の質問って…なんだっけ? 「……性交渉はどのような相手と交すのか、という質問。私は、成熟した生殖機能を持つ異性、という答えしか導くことができない」 あぁ……それか。完全に忘れてた。 「そうだな…だが、それは俺の知ってる答えだ。お前がそれを鵜呑みにすることはないぞ。あくまで参考として、答えは長門自身が出すんだ」 「……承知した。努力する」 「えっとだな。その相手ってのはな、まぁ…なんだ、一番愛しいヤツの事だな」 「…愛しい?よく理解できない。別の言語に置き換えることは可能?」 まだ続けなきゃならんのか…俺、滅茶苦茶恥ずかしいんだが。仕方ない、腹をくくるか。そもそも長門との議論を今の流れにしたのは俺だし。 「そうだなぁ。簡単に言えば、自分の人生の中で、コイツとはずっと一緒にいたいって思える事、かな」 「……その答えでは、貴方は私とは一緒にいたくない、という結論が発生する」 なんでそうなるんだ?俺がそんなこと思うはずないだろ。絶対ない。一体どんな方程式を使った? 「……貴方は私との性交渉を断わった。つまり……私に『愛しい』という感情を抱いていない、ということになる」 あ~、そういう風に受け取っちゃったか… 「違う違う。そんな意味で断ったんじゃない。そういう行為はまだ早いってことだ。俺も、長門も」 「……早い?」 長門は数ミクロン首を傾げ、目でその意味を訊いてきた。 「つまりだな、そういう行為には順序ってもんがあるんだよ。仲良くなって、手を繋いだり、その…キスしたり…抱き、あったりしてだな、お互いの気持ちを確かめ合って、するんだ。俺は……そう思う」 間違ってないよな?なんか綺麗事言ってるかもしれんが、考えてみてほしい。 「好きです。ヤらせてください」 「是非。喜んで」 なーんてあるわけないだろ。あったとしてもだ、そんなの全然高校生らしくねぇ。全然甘酸っぱくねぇ。それとも俺が遅れてるのか? しかも長門はわざわざ俺の将来に配慮して、あんな事言ったんだ。感謝するべき事かも知れないが、簡単に言えばそれはバグチェック。さっきの例文に照らし合わせると「好きです」の部分がないってことにもなる。 「ヤらせてください」 「是非。喜んで」 行為にのみ重点を置いてるだろ?まさしく、それ何のエロゲ?ってわけだ。俺、嫌だよそんなの。 だが、ここで長門は俺の気持ちを無視したかのような、とんでもない発言をした。 「交流は図書館で深めた。手は世界改変の修正後、病室で繋いだ。朝倉涼子の襲撃後、教室で貴方は私を抱き寄せた」 なんだなんだ。何が言いたいんだ、長門。 「まだ消化していない順序は、キスのみ」 呆れた。そんな、流れ作業の手順みたいに言うとはな。お前はそんなにバグチェックがしたいのか? 「そうじゃないんだって。肝心なとこがわかってねぇ。全然わかってねぇ」 俺は首を振りながら長門に言った。 長門は意外にも反論した。 「わかっていないのは貴方」 長門は抗議するような口調で答えた。怒ってるのか…?こんな高圧的な口調で言われたのは初めて……いや違う。前にもあったな。確か……映画撮影の時、か? さっきの涙でふっきれたかのように長門は厳しい口調で続けた。 「貴方は言った。私という個体には感情があると。それは私も気付いていた。情報処理にエラーが頻繁に発生している。私に元々備えられていたソフトだけの動作ならエラーは発生しない。 つまり私の把握していないソフトが動作している。これが感情と呼称されるものかは不明。だから私は確かめたい。感情というものなのか、それとも単なるバグなのかを」 長門の長い独白は俺に大打撃を与えた。長門がこんなにまではっきりと自分の意思を表明したのは初めてかも知れない。 そして俺は驚いていた。長門が自分自身と向き合っている事に。俺はさっきあんなに偉そうな事言っておいて、いざ長門が自身の感情を探っていると知ると、意外だなって思った。長門はそんなことしないって思ってた。 それはつまり長門のうわべの属性ばかり見ていたってことだ。結局俺は長門の本心を全然わかってなかった。全然ダメじゃん。 「私はそれを確かめる手段として提案をした。貴方は提案を了承こそしなかったものの、私の知らないことを教授してくれた。感謝している。でも貴方はわかっていない。私は決して生半可な考えで提案したのではない」 あんな自分勝手で何でも解ってる風な戯言に感謝していると言われても嬉しくない。だが、言ってしまったことは取り消せない。ならどうすればいい? 決まっている。長門の提案に今度こそハッキリと答える。一度断わったが、それは自分のエゴで答えただけだ。 俺にとって長門の存在ってなんだ?命の恩人?頼れる仲間?俺が所属するグループの一人? 俺はSOS団の今の関係を壊したくない。今のままでいたい。だが、そろそろ変わらなきゃいけないのかもしれない。関係も、俺の保守的な気持ちも。 壊すのではなく、次のステップへ もう言いたいことは言ったのだろうか、長門は黙って俺を見ていた。 俺は息と思考を整える。覚悟を決めろ。言うんだ。 「長門。性交渉はダメだ。これは俺が真剣に考えた、お前の提案に対する答えだ」 「………そう」 「だが、キスは…いいぞ」 長門の瞼は数ミクロン持ち上がった。 「その…お前がいいのなら」 「………なぜ?」 「前に言ったよな。長門のためなら出来る限りの事はするって。今まで命を救われてきたお礼だって。だから、もしそれでお前が大切な何かを発見できるなら、俺は構わないよ」 この後に及んで、俺はまだ恩着せがましいことを言ってる。ずるいよな。フェアじゃない。 「長門だけじゃない、俺も何かを見付けられるかもしれないんだ。見付けられないかもしれない。五分五分だ。でもやってみなきゃ始まらない。いいか?」 「…いい」 長門はハッキリと頷いた。 俺と長門はベットを挟んだまま、ベットに手をつき体を支えながら少しずつお互いの顔を近づけてゆく。 くそ、覚悟してたけどやっぱり緊張するぜ。 長門が目を閉じたのに倣い、俺も目を閉じる。数センチずつ近付いていたのが数ミリずつになっていく。 俺は薄く瞼を開け、長門の唇の位置を確認して位置補正、再び瞼を下ろす。 長門は震えていた。目を閉じててもわかるほど。俺も震えてた。どちらも、無理な体勢からくる震えではない。 もうすぐ、くっつく。 俺は、変われるのか。どう転ぶかわからん。そんときはそんときだ。 ……いくぞ!「待って」 ………へ? 「涼宮ハルヒが情報封鎖空間に接近している。失念していた。かなり近い。あと43秒で接触する」 長門は一瞬でいつもの調子に戻った。 俺はワケが解らず、そのままの状態をキープ。 「今から貴方に説明しなければ矛盾が生じてしまう。貴方は早くベットに横になって」 俺は言われるがままにベットに潜り込んだ。一体何が起きたってんだ。わけわからん。 「貴方の損傷部位の再構成する際、他人の干渉を遮断するために情報封鎖を行った。ここでの会話が外部に漏れることはない。接触まで33秒」 確かに、俺は怒鳴りまくってたからな。あれが外にいるひとに聞かれるのは精神的にキツい。例え誰もそのことに触れなくても、だ。だがここで疑問が発生した。 「俺って再手術受ける予定だったんだよな。どうすんだ?治っちまってるぞ」 大丈夫。広範囲の人間にあの事故の該当記憶を消去し、擬似記憶を組み込んだ」 ってことはハルヒが蹴られた事実はなくなってるのか? 「涼宮ハルヒが貴方に危害を加えたことは事実。しかし原因を覆すのは困難。よって、結果を操作した」 ということは。何だ?途中で切ってもわからんぞ。全然わからん。 「貴方は涼宮ハルヒに蹴りを浴びたことで痛みを堪えようと異常な腹圧がかかり、軽度の腸捻転を引き起こした。貴方は救急車両でこの病院に運ばれ緊急手術を受けた。その手術は成功。今の貴方は術後管理下に置かれた状態」 「それが擬似記憶。貴方はその事を考慮してつじつまを合わせてほしい。接触まで17秒」 「さっき病室にいた朝比奈さんや古泉もか?」 「そう。本当の記憶を持っていると彼らとの人間関係に何らかの障害が発生する恐れがある」 確かに。アソコが潰れた、なんて知っていてほしくはないからな。変に気を使われるのはいたたまれない。 「接触まで09秒。この場に私がいるとさらなる問題を起こしかねない。緊急離脱する」 緊急離脱?どうやってだ?廊下には既にハルヒがいるんだろ?どこから脱出すんだ? ……窓がいつの間にか全開になってる。そこからか。 長門は窓枠に手をかけ、最後に俺に言った。 「……続きは、またの機会に」 長門の姿は消えた。外からトサッと小さい音が聞こえた。 無事に着地できただろうか。窓から見える景色だけではこの病室が何階なのか、俺には目測できん。まぁ大丈夫だよな。 俺は長門のカウントダウンを数えられるほど落ち着いてなかったので、ハルヒがいつ来るかはっきりとはわからん。 落ち着こう。短い深呼吸。目を閉じて、口の中で言葉を繰り返す。俺は腸捻転、アソコは潰れてなどいない。俺は腸捻転だ……腸捻転って何だ? ヤバい!そこんとこ突っ込まれたら、俺は何て言えばいいんだ!?畜生!メチャ焦ってるぞ俺!どうにでもなれ! コン、コンッ ……ノックする音が病室に響く。おいでなすった。 「……入っていいぞ」 ハルヒだってのはわかってるから、別にこの口調でいいよな。 ドアが随分ゆっくりと開く。変に緊張するからさっさとしろよ、ハルヒ。 思った通り、いや、長門が言った通りか。そこには今まで見たことのない、重苦しい表情をした涼宮ハルヒが立っていた。 ハルヒは後ろ手でドアを閉めた。それと同時に顔を下に向け、垂れた前髪で表情が隠れてしまった。 だが、俺には表情が見えなくてもハルヒが何を考えてるか、よくわかる。 ハルヒはひどく落ち込んでいた。 さて、それは何故か? 俺をこんな目に遭わせたのはハルヒであって、しかも俺は手術を受けるハメになった。金も結構かかっていることだろう。その請求はどこに向かう? 生憎うちは金持ちじゃない。当然ハルヒ側が払うことになるだろうな。それはハルヒが親に迷惑をかけることになる。ハルヒはそれで落ち込んでいるのかもしれない。 ……我ながら、なんて下品でひねくれた解釈だろう。いや、実際俺はそんな風には思ってない。俺が言いたいのは、ハルヒの落ち込みはそんなチャチな利益を含んだもんじゃないってことだ。 もっと、深いところからこみあげる、後悔と自責の念。 ハイなハルヒもローなハルヒも間近で見てきた俺が言うんだ。間違っちゃいない。多分な。 ハルヒは自分から訪ねてきたくせに、長い間黙り込んでいた。 俺には、その沈黙が嫌ではなかった。別に落ち込むハルヒを見て悦に入ってるわけではない。そもそもハルヒが黙ってるなんて、天変地異が起こる前触れと言っても過言ではなく、そうなる度に俺は慌てふためいたわけだが。 何ていうか、その沈黙には俺に対する気遣いが感じとれた。出稚扱いの俺に対する、だ。 だがこのままでは話が進まない。俺はハルヒに問いかけた。 「何だ?話があるから来たんだろ?黙ってないで言ってみろ」 「……あ、あの……その、本当に、ごめんなさい!」 ハルヒは深々と頭を下げて言った。 そう来ると思ってたが、こんなに深いお辞儀をされるとは思わなかった。 「もう良いよ。俺の不注意ってのもあったんだしさ。頭上げろよ。お前らしくない」 ちょっと前までハルヒにキレていた俺だが、長門に治してもらったのと長門の告白で怒りなんかどっか遠くに飛んでいっちまった。 「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど……駄目なのよ!それじゃあ!」 ハルヒはほんの少し頭を上げて叫んだ。まだ表情はわからない。 「だって……あたしがあんなことしなけりゃアンタが手術するようなことにはならなかったのよ!前からキョンはあたしに注意してたじゃない!?『壊れるからドアを蹴るな』って…!それなのにあたしは止めなかった!結局アンタをこんな目に遭わせて!最低の馬鹿よあたしは!」 一気に巻くし立てたハルヒはまた黙り込んだ。呆然とした俺は、一瞬だけ、垂れて揺れる前髪の隙間からハルヒの瞳が見えた。一杯の涙を溜めた瞳が。 俺はゆっくりベットから起き上がった。一応「腸捻転」の手術を受けたことになっている。病名に「腸」がつくくらいなんだから開腹手術だろう、その術後の患者が動き回っちゃいけないんだが。まぁ完全回復してるんで見逃してくれ。 俺はハルヒに近付いて、肩に手を置いた。 ハルヒはビクリと反応した。 「ハルヒ。本当に俺に悪いと思ってるなら、俺の顔、俺の目を見て謝れ。ちっとばかし失礼じゃないのか?」 ハルヒはぎこちない動きで頭を上げた。 やはり泣いていた。両目を真っ赤にして、涙を溜めていた。 俺は満面の笑みでハルヒを迎え入れた。 「なんでよ…なんでそんな顔するのよ……」 「む、なんだ。それは俺の顔の出来が悪いって意味か?」 俺は笑い声で答える。 「なんなのよ…あたしのせい、なのに……」 「しつこいぞ。俺の忠告を聞かなかったお前も、お前の前にアホ面で立ってた俺もおあいこだろ。もう済んだことだ」 「うぅ……キョン、ごめんなさい……」 「心配かけて悪かったな、ハルヒ」 ハルヒは俺の服を掴んで顔を俺の胸に埋めて泣きじゃくった。長い間そうしてた。 全く、長門といいハルヒといい、今日に限って涙腺緩みすぎだぜ。そういや俺もちょっと泣いたっけ。 落ち着いたハルヒは、ベットに俺と並んで座り涙を拭いた。 「なんからしくないとこ見せちゃったわね。でもまぁ、とにかくゴメンね?」 「じゃあさ、謝るついでに一つ教えてくれないか?」 「なによ?あたしに答えられること?」 そうだ。ずっと引っ掛かってたことがあるんだ。あの時のハルヒの様子についてだ。 「あの時、お前が俺を蹴り飛ばす前にさ、何してたんだ?」 「何って……何のこと?」 「いや、お前さ、ドアの前で目閉じて深呼吸してただろ?あれだよ」 ハルヒは顔を赤らめてうつ向いた。 「笑わないで…聞いてくれる?」 「あぁ、誓う。絶対笑わない」 「えっとね、中学の話は前にしたよね。すっごく退屈だったって話」 俺は相槌を打ちながら「聞いた」と言う。 「それでさ、高校に入ってからSOS団を作ったじゃない。それからが全然退屈じゃないのよ」 「いや、結構退屈だって言いまくってた気がするが」 「それは…あたし自身の本当の気持ちがわかってなかったんだと思う。有希と、みくるちゃんと、古泉君、それに…キョンに会って、あたし変われた。あたしを理解してくれる仲間に会えたんだって。そう思えるようになってた」 ハルヒの独白は長い。いつか聞いた、野球場で何たらっつう話も長かったし。まだハルヒの話は続く。 「皆で旅行したり、パトロールしたりグダグタしたりしてて、思ったのよ。まるで夢の中にいるように楽しいな、って」 それは俺も同感だ。結構楽しいぜ。楽し過ぎて俺の財布は悲鳴を上げっぱなしだ。 「でもさ。時々不安になるのよ。もしかして本当に夢なんじゃないか、幻を見てるんじゃないか、って」 ……古泉説によると、そうなるんだよな。 この世界はハルヒが見ている夢の舞台、そんな内容だったはずだ。外れている事を願うばかりだね。夢なんてのは見たり見なかったりするものだが、どちらにせよいつか目が覚めてしまうのは当然なんだ。 「だから……部室のドアを開けたら、SOS団が全部消えてなくなっちゃってるんじゃないか、って思っちゃうの。そう思うとドアを開けるのが怖くなっちゃって……」 俺は何も言わずハルヒの話に耳を傾ける。ハルヒの焦点は遥か遠い何処かを結んでいた。 「変なこと言ってるって思うでしょ?あたしもそう思う。何でだろ。宇宙人も未来人も超能力者も、まだどれにも会ってないっていうのにね。団長のあたしがこんなんじゃ、示しがつかないわよ、全く」 ハルヒは勢い良くベッドに背中を預けた。スプリングの強い振動が俺に伝わってくる。俺が本当に手術受けた患者だったらどうする。傷に響くだろうが。戒めとしてちょっとからかってやろう。 俺は背中を丸め、両手で腹を押さえた状態で演技モードに入る。 「うっ…傷が…いてぇ……」 俺演技下手だな。人生をどう間違っても役者なんか目指さない。映画の続編はやっぱり雑用にしてくれ。 しかしハルヒは血相を変え、俺ににじり寄った。 「えっ…ちょ、キョン!?大丈夫!?まさか…あたしがベッド揺らしたせい!?ごめんなさい…今誰か呼んでくるから!!」 ドアに向かって走り出そうとしたハルヒの腕を掴み、俺は舌を出した。 「ウ・ソ、だよ。こんなに簡単に引っ掛かるとはな」 ハルヒは唖然とし、みるみるうちに顔を真っ赤にして怒った。 「もぉ!ビックリさせないでよ!今の悪フザケであたしの寿命が縮んだらどう責任とってくれんのよ!」 「どう取ればいいんだ?提示してくれりゃ検討してやっても良いぜ」 「そうねぇ……何がいいかしら?」 おいおいマジに考えるなよ。ハルヒの考える事は解りやすいようで解りにくいからな。 ハルヒは顔を真っ赤にしたまま、そっぽ向いて言った。 「……辞めないでよね!」 「何を?」 「SOS団を!辞めるな!って言ってんの!」 検討するまでもない。辞める気なんてさらさらないぞ。幕を下ろすには中途半端だし、何よりも俺はSOS団に居たいんだ。 「辞めるわけねーだろ。全く、何考えてんだよ」 「だって……今までキョンに迷惑かけてたしさ、今回は流石に嫌われたって思ったから……」 ホント、こいつは要らん心配ばかりしやがる。今まで散々、常識無視の猪突猛進だったくせによ。お前らしくねぇよ。 「確かに。俺は今までお前に散々振り回された。我儘にも付き合わされた。普通だったら『もうウンザリだ!辞めてやる!』ってなるだろうな」 「やっぱり……そう思ってたんだ…そうよね……普通はそうよ…」 「俺は普通じゃないようだ」 「え……?」 ハルヒは豆鉄砲を食らったハトのような顔で振り向いた。いつもならアヒルなんだがな。 「なーんだかんだ言って、俺もう慣れちまった。お前といるとさ、いつどんな面倒事持ち込むのか期待しちまうんだ。どうせ俺が一番苦労するってのはわかっててもな」 ハルヒは目をパチクリさせて俺の顔を見つめている。俺の発言がそんなに意外だったか?普段のハルヒなら『当然よ!あたしは団長なのよ!?団員は黙ってついて行くのが務めってもんよ!』とか言いそうなのに。 「それにだ、SOS団はお前にとってだけじゃなく、俺にとっても最高に楽しいって思える場所なんだ。でもそれは決して夢なんかじゃない。俺たちが息吸って生きてる現実だ。だから」 俺は一息つき、続く言葉を放つ。 「俺の事もSOS団の事も心配無用。だからハルヒは、ハルヒらしく在っていてくれ」 ハルヒはまた目を潤わせた、と思ったら制服の袖で勢い良くソレを拭い深呼吸した。 「キョン、これから一番あたしらしくない事をするわよ。こんな機会は滅多にないわ。希少価値よ!超がついちゃうぐらいの、ね!」 いつもの口調に戻ったと思ったら、今度はなんだ?一番ハルヒらしくないって言われても。さっきの泣いてたハルヒ以上に値打ちのある姿なんて想像できん。 まさかえっちい事……じゃないよな。長門の爆弾発言がまだ尾を引いてやがる。あれやこれやと思案を巡らせていた俺は、不意に肩、首の周りに重圧を感じて我に返った。 ハルヒが俺の首に手を回して抱きついていた。ハルヒの頭が俺の頭のすぐ横にある。 ハルヒの体温、鼓動、呼吸が俺に伝わってくる。意外に焦らないものだ。なんだか母親に抱かれた子供が感じるような、安心感が俺を包み込む。 「…キョン…今までありがとう……そして…これからも、ずっと……」 耳元で囁いたハルヒは俺の肩に手を置き、俺の目の前に顔を向き合わせた。オイオイハルヒさん、一体何をする気だい? 「目、瞑って……」 俺は言う通りに目を閉じ、息を飲んだ。これってアレだよな?アレじゃなかったらなんだ?アレってなんだ?アレってもしかして、キスですか!? 長門に続きハルヒもかよ!悩み事打ち明けた後にキスしたくなっちゃう病気でも流行ってんのか!?いや、長門にキスを持ちかけたのは俺だ。ってことは俺も感染してるのか!?どうすんの俺!? 駄目だ目開けられねぇ!くそ!覚悟を決めろ!俺! 覚悟を決めるため、また震えを堪えるため、俺は今座っているベッドのシーツを力一杯握り締めた。さぁさぁ、ドンと来ぉい! ガチャリ。 思いがけない音が響いた瞬間、急に肩にかかった重圧が消えた。『ガチャリ』って、まさか…… 「ゆゆゆゆ有希ぃぃぃ!?な、何で急に入ってくんのよ!?びびビックリするじゃないのぉ!」 開け放たれたドアの前に立っていたのは、先程この部屋の窓から華麗、かどうかわからんジャンプで脱出した長門有希だった。 「……そろそろ麻酔の効果が切れる時刻なので様子を見に来た……何をしてるの?」 「なな何でもないわよ!?キョンが起きて、じょ状況が解ってないようだったから、ああたしがせ、説明してたのよ!そ、そうよねキョン!?」 「あ?ああ、そう!ほら俺、き気絶してただろ!?全然状況が解ってなくてさぁ!ちょうどハルヒが来たから訊いてたんだよ!」 「…………………そう」 ヤヴァイよ…今だかつてない負のオーラが、長門の周囲を覆っている……!やっぱり、怒ってるの…か? 「あのぉ、長門さんどうしたんですかぁ?……って、あれぇ、涼宮さん来てたんですかぁ?」 「おや、団員の元にイの一番に駆け付けるとはさすが涼宮さん。一団のリーダーとしてとても立派な事だと思います」 古泉と朝比奈さんが廊下からヒョイと顔を出した。二人は最初に病室にいたはずだが……長門の疑似記憶だな。 「み、皆喉渇いてるんじゃない!?あたし売店でジジュース買ってくるから!それまでご、ごゆっくりぃぃ!!」 完全にバグったハルヒは全速力で病室から逃げ出した。ずるいぞ!俺も逃げたいのに! 「涼宮さぁん、廊下は走っちゃ駄目ですよぉ~」 朝比奈さんはハルヒの背中に小学校勤務の教師的な注意を投げ掛けたが、ハルヒは一目散に走って逃げた。 「どうしたんでしょうね?凄く慌ててましたよ?」 「本人の発言の通り、涼宮ハルヒは喉が渇いているため水分補給をしに行ったと思われる」 古泉の疑問に即座に答えた長門は、凄まじく恐ろしい目で俺を睨んでる。他の二人は気付いてないようだが俺にはわかる……!長門は滅茶苦茶怒ってる……! ちなみにこの日、ハルヒは結局戻って来なかった。あの勢いじゃ日本列島一周しに行ってもおかしくはない。耳から蒸気を噴き出しながら爆走する暴走特急ハルヒ。コックに扮した秘密捜査官にさえ停めることは不可能。取りあえず放っておこう。 その後、古泉は俺の症状、手術に至るまでの経過、注意事項etcetcを延々と語っていたが、俺の耳には全く入らなかった。 原因は長門だ。ずっとあの調子で俺を睨んでいる。俺の緊張状態は金縛りを起こす一歩手前なわけで、演説大好きエスパー野郎の声を俺の鼓膜が通過させる余裕など微塵もない。 唯一鼓膜が通過を許可した古泉の説明は『退院まで一週間半かかる』との事。 つまり予定通りにいけば、一学期の終業式までには出席でき、すぐに夏休みが始まるというわけだ。 だからそれまでゆっくりと入院生活を満喫、なんてそうは問屋が卸さない。早く倒産すれば良いものを、とんでもないブツを2つも売りつけやがった。 まず1つ。怒り狂う長門をどう鎮めるか。 そして2つ。ハルヒにどのツラ下げて会えば良いのか。 せっかく9割以上の学生が喜んで待つだろう夏休みが間近に迫っているというのに、俺はこの2つの難題に取り掛からなくてはならない。 こんな鬱な夏休み前は生まれて初めてだ。それどころか夏休み後半、いや二学期まで引きずりそうな予感さえするのだ。 俺に試練を与えたもうた何処かにいる神へ、ありったけの憎しみを込めて俺は呟く。 『やれやれ』 涼宮ハルヒの蹴撃・終劇。 ~エピローグ~ この後、俺はどうなったかを語ろう。言っとくがちゃんと生きてるぞ。容態が急変した、なんてこたない。俺はこれ以上ないくらい健康だ。精神面を除いてだが。 まずは苦悩の入院生活についてだ。 長門は毎日、学校をサボって朝から晩まで俺の病室で本を読んでいた。タイトルが凄まじく攻撃的な物ばかりだったのは俺への当て付けだろうか。ちなみに『あの時の続き』はしていない。何だか生殺しな気分。 ハルヒも何故か毎日来た。日本列島一周は諦めたか、一晩で終らせたかは知らんが。ハルヒも明らかにサボりだ。病室で携帯いじりやボードゲームをしている。つまり病院で団活してるわけだ。 だが、長門が席を外してる間にハルヒは俺の入院着の襟を捻り上げ、 「あの時の事は忘れなさい!誰かに言ったりしたら、本っ当に死刑だかんね!」 と、脅された。当然俺は頷き、なかった事にしました。権力に屈した感がするが、死にたくないからな。 朝比奈さんと古泉は放課後、病室に毎日来てる。見舞いって名目だが、やっぱりする事は団活と同じ。 あんまし気遣ってないだろ、俺のこと。 担任岡部も見舞いに来て果物詰め合わせをくれたが、全てハルヒと長門の胃袋に収容された。 谷口&国木田も来たが病室がSOS団支部局になってる事に気付き、早々に帰っていった。 名誉顧問の鶴屋さんもしょっちゅう来てくれた。俺の病室が個室で本当に良かったよ。このひと声でか過ぎ。大部屋だったら即刻退去を命じられていただろう。楽しかったからいいけどさ。 で、退院後。部室で退院祝い鍋パーティが行われた。鍋の具は主にモツ。ハルヒ曰く『あんな蹴りで腸壊すなんて弱すぎよ!モツ食って鍛えなさい!』だそうだ。さらに大量のヨーグルトを買ってきやがった。モツ+ヨーグルト。即座に腹下しそうな食い合わせだなオイ。 もし全員が『本当の記憶』のままだったら鍋の具は一体何になっていたのだろうか。考えたくない。吐気がするね。 「キョン~!さっさと食っちゃいなさいよ!これから夏休み計画の会議するんだから!」 ちっとは優しくなるかと思ったら、我らが団長様はエンジン全開、フライングしまくりなテンションを保ってる。 もう、なんつうか…… 「やれやれ」だな、やっぱり。