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「何であんたはメールの返事出すのに4時間もかかるの?信じらんない。」 「だから、晩飯食べた後に寝ることなんてお前もあるだろう」 「はぁ?電話の音もわからないくらいの超熟睡をソファーでできるの。あんたは」 「着信34件はもはや悪質の域だぞ。出る気も失せるのはわかってくれ」 「わからないわよ!あんたあたしがテストでいつもより悪い点とって落ち込んでるの知ってたでしょう!?」 「知らん。俺から見りゃ十分すぎる成績じゃないか。むしろもっと点数寄こせ」 「何よその言い方!あたしの貴重な時間を割いてキョンの勉強見てあげたのにあんた平均点にも到達してなかったじゃない。 やったとこと同じ問題が出たってのに、そっちこそ悪質よ。名誉毀損!!」 「俺は見てくれなんて頼んでない。お前が理由つけて俺の家に押しかけただけだろうが」 「何それ!最ッ低!!」 こんなやりとりがずっと続いた。 朝、HR前の時間。ハルヒとのたわいもない話をする時間が、 または恋人としての少し甘酸っぱいやりとりをする時間だったのが、些細なきっかけでこんな状態になってしまった。 俺はこんなやりとりをしたくない。でも、このときの俺はどうやら言葉を返すのに全力を尽くしていたらしい。 言葉でハルヒに勝とうなんて思っても無駄なのにな。 この頃になるとクラスメイトは俺たちが付き合っていることなど常識になっていた。 が、やっぱりこんな状態だと、気にかける目を向けてくる奴が結構いる。 谷口を見てみろ。古泉のニヤケ面と俺のやれやれをくっつけたような顔になってやがる。 それを伝えようとしても、伝える相手は一切こっちを見ようとしない。 担任が入ってきたおかげでひとまず救われたが、俺たちはもちろんのこと、クラス全体がしんみりした空気になってしまった。 そもそも俺たちがこういう関係になったのは半年以上も前だが、この関係はバレバレだった。 教室でいちゃついたり、付き合っていると言ったことは一度も無いのに不思議なもんだ。 休み時間も昼休みも、ハルヒは教室にいなかった。当然だろう。 早いものでもうすぐ6限が終わる。こんな状態で部室に行けるわけが無い。 冷静になって考え直してみると、やっぱり俺が謝らなきゃいけないんだろうな。 どっちが悪いとかそういう問題じゃない。こういう時は男が先に謝るものだからな。 それに善意で俺の勉強を見てくれているハルヒに対してあれは言いすぎだ。 とにかくはやくハルヒと話がしたかった。 頼む。頼むから部室で待っててくれよ。ハルヒ。 待っててくれと思うのは俺が掃除当番だからであり、掃除中は気が気じゃなかった。 そんな俺に寄ってくる影がひとつ。やっぱり谷口か。 「ようよう。この後は結局どうすんだ?」 「習慣通り団活に出るさ。何度も言うがお前は心配してくれなくてもいい。」 「涼宮と別れることになったらそのときは付き合ってやるぜ?」 「誤解されるような言い方はやめろ。それに俺はハルヒと別れたりはしない。」 「だろうな。明日までには教室の空気を軽くしろよな。ったくお前らはよー・・」 谷口の適当な愚痴を聞きながら掃除を終わらせ、俺は部室に向かった。 足が重い。 筋肉のつかない筋トレをしている気分だ。 そうしてやっと旧館に足を踏み入れて少し歩いたところで、俺は天使に出会った。 いやいやいつ見ても本当に天使のようなお方だ。 「朝比奈さん。」 朝比奈さんは水を汲みに行く途中のようで、メイド服を着てヤカンを手にしている。 俺の姿を見るやいな早足でこっちに向かってきた。どうやら俺に言いたいことがあるらしい。 なるほど。ハルヒからの伝言か・・・と思ったらそうではないらしい。 「わたしがあなたにどうしても言いたかったんです。」 なるほど。ヤカンは部室を出る口実ということですね。 「あなたと涼宮さんの事で・・・。」 「ああ、やっぱり今日は部室に行かない方がいいということですか。」 「違うの。その逆。涼宮さんすっかり落ち込んじゃって、どうしたらいいかずっとわたしと相談してたの。 だからあなたに安心してほしくて・・。あ、もちろんこの話は内緒ですよ。」 聞けばハルヒは最初は俺の愚痴を言っていたらしいが徐々に不安を口にしたらしい。 朝比奈さんの話に俺は頷くしかなかった。 ハルヒの奴・・・ 教室ではそんな様子は全然無かったのにな。 俺の前で沈んだ表情を見せないのは意地か。まぁ俺も他人のこと言えないんだけどな・・ 朝比奈さんの話によると長門と古泉は一緒に図書室で待機しているらしい。 「キョン君。がんばって。」 そんなに大袈裟な事なのかね。これ。 コンコン 部室のドアをとりあえずノックしてみる。返事は無い。 恐る恐るドアを開ける。いつもの席にハルヒがいた。 パソコンが見事に顔を隠してくれている。 俺はドアを閉め、意味は無いと思うが鍵も閉めた。 とりあえず口を開こうかと思った。 「キョン。ちょっとこっち来なさい」 が、ハルヒのこの一言によって拒まれる。何を言おうというのだ。 被害妄想が頭を駆け抜けたが、ハルヒはパソコンの画面に興味を示してるようだった。 よく見たらハルヒの奴はいつもと同じ表情 ・・に見えるが少し無理してやがる。 長門の表情すら読める俺が気づかないとでも思ったのか。 こいつはほんとにもう・・・ 「これ見て。なかなか面白そうだと思わない?今度の土曜日にどう?SOS団で!」 面白いぜ。ハルヒ。お前のその人間臭さというかなんというかそんなものがな。 俺がパソコンの画面をあまり見てないことなんてお前はわかってるんだろう。 そうやってハルヒがしゃべって、俺がうなづいているだけで5分経過。 そろそろ言おうとしたことを言わせてもらおうか。 画面を指差すハルヒの手を握る。 ハルヒはほんのわずかビクっとしてこっちに不可解な視線を送って、「何?」と呟いた。 その表情から不安を感じ取る。表情は素直なんだな。不覚にも可愛いと思ってしまうじゃないか。 「あー・・。朝は ごめん な。」 改めて考えると色々と恥ずかしい。顔よ頼むから赤くならないでくれ。 「・・・」 「あんなことを言うつもりは全然無かったんだ。」 「・・・」 「勉強だってハルヒに見てもらうの、いつも楽しみにしてるから。」 「・・・」 「俺いつも自分のことばっかりで・・だから・・・。」 「フフッ・・アハハハッ」 ハルヒは急に笑い始めた。おかげで赤面がさらに赤面した。 そしてなんともいえない安堵感も広がった。 もしかしてこう言い出すのをわかっていたとか・・・もうどうでもいいか。 「アンタにそんな真面目な顔は似合わないわよ!」 もう結果オーライだ。 ハルヒがまた俺の前でこうやって笑ってくれるだけで良い。そういうことだ。 いつぞやの時よりは溜息が少なくなりそうだ。 少ししたら空気を察した古泉長門朝比奈さんが入ってきた。 朝比奈さんはウィンクをしてくれた。ありがたいのですがまさか聞いてないですよね。 古泉のニヤケ顔が素に見えるのも気のせいですよね。 活動終了後、俺はハルヒと帰り道を共にする。 「ハルヒ」 「何よ」 「俺の勉強、また近いうち見に来てくれないか。」 「言われるまでもないわよ。あたしが見ないで誰があんたの面倒見るのよ」 「じゃあ来週の土曜日、でどうだ。 ・・・泊まりで。」 「い・・・えっ!?でもあんたの」 「家族が旅行なんだ。寂しいから、な。」 やっぱりちょっと厳しいかな、と思ったが返事はすぐに返ってきた。 「もうほんとにしょうがないわね。一晩かけてじっくり教え込んでやるわ。特に数学!わかった!?」 「ああ。」 細かい予定を話し合っているうちにもうハルヒの家に着いてしまった。 遠回りすればよかったな。どうせ同じか。 「じゃあねキョン。明日寝坊すんじゃないわよっ。」 「待ってくれハルヒ。」 「今度は何?」 「キスしたい」 「はっ?・・・ んっ!?」 ダメだな俺。相手の返事ぐらい待った方がいいぞ。 ハルヒは逃げやしないんだからそんなに必死に味合わなくてもいいじゃないか。 俺は数秒で済ませておくことにした。やっぱり恥ずかしいしな。うん。 「・・ったく・・・キョン・・・」 「何だ。」 ネクタイを掴まれた。 「あの・・今日は・・あたしも・・・悪かった・・わよ。」 「なんて言った?」 実は聞こえてたけどわざと聞いてみた。 「はん。その手には乗らないわよ。」 「だめだったか・・・ってぅおっ!?」 ネクタイを引っ張られ、そのまま俺はまた目をつぶる羽目になる。 珍しいな。ハルヒがあんな謝り方するなんて。 珍しいな、ハルヒからのキスなんて。 もっしかして本当はずっと言おうとしてたんじゃないか? 最後の最後まで我慢してたんだろう。ほんとに頑なな団長さんだな。 俺たちはしばらくお互いを貪るのに夢中になった。 多分最長記録だろう。 俺がそうなるようにしたんだからな。 後にハルヒは呟いた 「舌入れるんじゃないわよエロキョン。」 ・・・さて。 朝日が漏れる部屋に寝っころがってる俺は天井に向かって悩ましげな視線を送る。 4日目だな。もう慣れた頃合だ。 時間が随分飛んだな。1~3日目は少なくとも半年以内にまとめられるが、今日はいきなり半年以上も飛んだ。 考えても意味は無いが、もしハルヒが俺との思い出を見せているのなら、昨日の夢の日と今日夢の日との間に何も無かったのはおかしい。 ハルヒと気持ちを確認してから、この喧嘩をする日までだって沢山の思い出がある。 デートと呼ばれる事だって何度もしたし、ハルヒの手作り弁当だって食った。初めて手を繋いだ日だってわりと覚えている。 キス・・・だって少ないが何回かした。この喧嘩した日まで軽いのだけしか・・ってなんか自分で恥ずかしくなってきたぞ。 次に見るとしたらそうだな。もしかしたら、あの泊りがけの勉強会かもしれない。 って何考えてるんだ俺は。ハルヒがもしかしたら俺に何かして欲しいのかもしれんのだぞ。 ちょっと早いがダイニングに向かう。 ハルヒも起きたばかりのようだった。 「あら?あんた早いわね。丁度いいわ、たまにはご飯作りなさいよ。」 「ああ。」 どうしても夢の中のハルヒと重ねて見てしまう。 そういえば最近あの頃みたいにデートとかしてないな。 俺は仕事で忙しいし、その事に対してハルヒは「しょうがないでしょ。さっさと昇進しなさい」と、素で言う。 これは間違いない。あと空いた日があっても、運悪くハルヒが体調を崩したりしてたな。 朝飯の準備をしながら、俺はとりあえずハルヒに少し聞いてみようと決めた。 「キョン。これちょっと油っぽいわよ」 「そうか?」 「ったくあんたは料理上手くならないわね。」 「悪かったな。それとお前のが上手すぎるんだ。」 「そう。誉めても何も出ないわよ」 素っ気無い態度だな。ハルヒらしいといえばそうなんだが・・・。 なんというか・・・もっともっと笑って会話がしたいものだ。 そんなわけでそろそろ本題に入るか。 「ハルヒ」 「何?」 「どうだ?今度の日曜、出かけないか。」 「あんた、昇進試験が近いんでしょう?そんなこと言ってる場合じゃないんじゃないの。」 痛いところを突かれた。時間を止めて言うことを整理できればいいんだがな。 まっすぐに俺の目を見て心配そうに言っているからにはハルヒは面倒くさいわけでは無さそうだ。 これは本音だろう。 「でも、たまにはお前とゆっくり過ごしたい。お前だって・・」 「あのね、あんたは変なところで優しすぎるのよ。 試験が終わって仕事がちょっと落ち着いたら散歩でも旅行でも行けばいいの。それに・・・。」 「どうした?」 「・・ちょっと気分悪い。最近風邪気味なのよ。」 風邪気味だって? 声も枯れてない、鼻水も咳も出てない、だるそうにも見えない。 慌てておでこをくっつけてみる。 ・・・熱も無い。 でもハルヒが言うからにはそうなのだろうな。 「・・だから最近体調がおかしいって言ったでしょ。」 「そうか・・・俺にできることは何かあったら・・」 「それはそうとあんた時間そろそろやばいんじゃない」 「うぉ!?いけねっ」 時間の野郎、いつのまに進んでやがった。 これじゃハルヒと満足に会話もできない。 でも少ないが収穫はあった。 ハルヒが「今週末は○○に行くわよ!」と引っ張っていかないのは俺の仕事事情を心配してるから。 そしてハルヒの体調がおかしいということだ。今まで普通に見えたのになんてこったい。 明日にでも古泉に電話しよう。ちょっとは解決に役立つかもしれん。 俺が鞄を持って玄関を飛び出す。 ハルヒはしっかり玄関で「いってらっしゃい」と言ってくれた。 素っ気無いと思いきや、ちゃんと出迎えてくれるところがハルヒらしいかもな。 俺はその夜早く眠りについた。 早めに寝ておいたほうが良いと判断したからな。 「ほら、ここ違う!」 「そこは暗算でやっちゃだめ!」 「まさかこの公式忘れたんじゃないわよね」 ハルヒのスパルタ教育は留まるところを知らない。 土曜日。夜。家族は旅行。一応彼女と2人きり。 ・・・見事な337拍子だな。 こんな用意されたようなシチュエーション二度とないだろう。 ・・・・そんなことを一瞬でも考えたら負けかもしれん。 ってほどハルヒは密度の濃い家庭教師に徹していた。 早めに晩飯を済ませて俺の部屋に閉じこもり、もう4時間が経過していた。 休憩や雑談を挟みながらも効率よく勉強を勧めていく様には俺も感心せざるを得ない。 今日のためにいろいろスケジュールを考えていたとしか思えない。実際そうなのだろうな。 最後の問題が解けたときはもう時計の針は日付変更線を越えていた。 「先風呂入るから」と言ってハルヒは部屋から出て行き、俺は一息つく。 ハルヒの使っていた教科書やら問題集やらをそっと覗いてみると、案の定線やメモやらがびっしりと書き込まれており、俺のためと思われる書き込みもある。ほんとに忙しい団長さんだ。 こら。ニヤケ顔になってるぞ。今日だけでもしっかりしなきゃな。 俺が風呂から上がって部屋に戻ると、ハルヒは俺のベッドで眠りこけていた。 布団は用意すると言った筈だがそういや準備してなかったな。 それ以前に寝る直前にまとめ問題やるって言ってたのに。教師が先にばててどうする。 ・・・なんてな。ご丁寧に目の下にうっすらとクマなんかつくっちまってさ。 もし俺のために徹夜してできた・・とかだったら・・・、いや考えちゃだめだな・・・。 ハルヒの今日のスケジュールはほぼ完璧だった。 俺の今日のスケジュールは俺自身でさえ未知数なのにな。 ベッドに腰掛ける。 こんな時間だと俺でも眠い。まとめ問題は朝にでもやればいいだろう。 ハルヒに視線がいく。風呂上りの女の匂い、乾ききっていない髪、いつもの活発さとのギャップ、独占感、無防備に上下する肩・・・ハルヒの全てが俺を誘ってるようにしか見えない。・・・だめだな俺。 とりあえず起こしたほうが良さそうだ。 「ハルヒ、起きろ。ハルヒ、おいハルヒ」 「・・・ん・・・。キョン?」 こいつは低血圧なのか。スローな動きで起き上がり半分しか空いてない目を向けてくるハルヒ。 なんかもう反則どころの騒ぎではない。とにかく俺は隣に座るよう促す。 「もう寝るのか」 「・・・・どっちでもいい」 「眠いのか」 「うーん・・なんか思ったよりも疲れてただけよ。」 「徹夜で俺の為に予定表組んでたんだよな」 「・・・それが何」 「ありがとう」 「珍しいわね。あんたが素直に感謝するなんて」 「当然だろう。好きなんだから」 「・・・・キョン・・・」 ハルヒの手を握り、愛しむように撫ぜる。 引き寄せられる勢いでキス。そしてキス。 見つめあい、ハルヒが優しく微笑んだところで俺はハルヒを押し倒した。 「やっ・・!」 ハルヒは驚いた顔で見つめてくる。・・・当然だろうな。 徐々に不安の色も見えてきて、俺は動揺する。 「ハルヒ・・・その・・・いい、か?」 「・・・」 ハルヒは不安げな表情のまま黙り込んでしまった。 普通に考えればいきなりは無理に決まってる。急に罪悪感が湧く。 「すまん・・・すまない・・・あー・・」 「・・さい。」 「・・・へっ?」 「優しく、しなさい。」 「ハルヒ!?」 ハルヒは目を逸らして唇をキュッと結んだ。そしてちらりとこちらを見て。顔をちょっと赤くした。 心臓が壊れたように暴走を始める。俺はもう何も考えられなくなったようだ。 当たり前というべきか、谷口から借りたAVと現実は大きく違った。 ハルヒは目をつぶってずっと黙り込んでいた。 たまに目を開けて俺を見ては、荒くなった息を整えようとしていた。 俺が「声我慢しなくていいぞ」「力抜けよ」と声をかけても生返事だ。 俺自身、興奮しきって夢中だったせいで鮮明には覚えてない。 結構長い時間前戯をしていたが、結局ハルヒはずっと堪えるような表情だったと思う。 でも徐々に俺の努力が実ってきたようで、気が付いた時には眉間のシワも消えていた。 むしろ今度はこっちが堪える番になってきた。ので、俺は声をかけた。 「ハルヒ、その・・大丈夫か。」 「・・・ん」 「嫌だったらやめようか」 何故か俺はハルヒがここでどう否定するかを楽しみにしていた。 ハルヒは首を横に振る。もうそれだけで俺は衝動に支配されそうになる。 ハルヒは相変わらずだんまりなので「じゃあいくぞ」とでも声をかけようか迷ってる時に、ハルヒが口を開いた。 「・・キョン」 「どうした?」 ここでハルヒはいつも俺に見せるような不適な笑みを見せた。 俺が驚いている間もなく、ハルヒははっきりと言った 「ほら、早くきなさいよ。」 痛みを堪える表情が、喘ぎを堪える表情になる。 シーツを掴んでいた手が、俺の背に回される。 甘い息の中に、すがるように俺を呼ぶ声が聞こえるようになる。 全てが俺を刺激し、自我のコントロールを不能にした。 そのときはっきりと覚えていたのは、俺が壊れたようにハルヒの名前と愛の言葉を叫んでいたこと。 そして終わった直後の短い会話だけだった。 「・・・キョン」 「ん?」 「愛してる」 そしてハルヒは更に耳元で、俺の名前を呟いた。 こいつが一度も呼んだことのなかった、俺の本当の名前を。 5日目、予想通り。 布団の中での俺の下半身はどえらいことになっていた。俗に言う夢精である。 なんとなくだが、今日もリアルな夢を見るとしたら内容はあの夜しかないとわかったからな。 とにかく見つかる前に処理しよう。 どうせなら夢の続きとして次の朝まで見ていたかった。 今でもよく覚えている、あそこまで俺に甘えてきたハルヒは当時新鮮すぎたからな。 といっても大したことはない。朝、カーテンの間から差し込む光で目が覚めた俺たちは笑いあい、キスを繰り返し、気持ちを素直に口にする。 布団から出ようとする俺の腕をひっぱって「もうちょっと・・・」と恥ずかしそうに言うハルヒは可愛いってレベルじゃなかった。 その後の会話で知ったことだが、ハルヒは俺がやろうとしていたことを知っていたらしい。 なんでも、前日に空にしたゴミ箱に唯一あった薬局のレシートを見てすぐにピンと来たらしい。 驚いたり不安になったりしたのは、俺が強引だったから・・・って俺はそんなつもり無かったんだけどな。 更に補足をしておくと、ハルヒがだんまりなのはこの最初だけで、次からは実にハルヒらしい反応を味あわせてくれた。俺もそれに応えようといつも必死だったな。 たまには思いっきりいじってやりたくなるが、なかなかそうはいかないみたいで、むしろハルヒが攻勢になって俺をヒーヒー言わせる時もあったぐらいだ。 いかん。そろそろ現実に帰らねば。 夜、仕事が終わった後俺は古泉に電話した 「古泉です」 「よお。久しぶりだな」 「珍しいですね。あなたから僕に連絡をよこすなんて。」 「そうでもねえよ。」 適当に挨拶をして、俺は早速本題に向かうことにした。 説明はそう長くはかからなかった。 ここ数日、高校の時のハルヒとの思い出が夢として出てくること。その夢がはっきりしていること。 ハルヒがもしかしたらイライラしてるかもしれないこと。 「で、だ。ハルヒの調子はそっちから見たらどうなのかなと思ってな。」 「そうですか。残念ながらあなたの期待には沿えません。その話には正直驚かされました。 何度でも言いますが涼宮さんはあなたと共に生活を始めてから本気でイライラすることはほとんど無くなりましたからね。 安定したとは言い切れませんが、今もです。」 「そうか。」 正直こういう結果じゃないかと薄々思っていたのであまり驚かなかった。 でももしちょっとでも異変がおきたらすぐに知らせろよ。 「もちろんです。しかし僕が思うに、普通に考えてあなた自身で解決するのが望ましいかと。」 「やっぱりな」 結局古泉に電話してもあまり解明が進んだとはいえなかった。 まぁ深刻な事態ではなさそうで安心した。そのときは嫌でも巻き添えを食うからな。 自分で言うのもあれだが、ハルヒのことを一番解ってるのは俺だ。俺しかいないんだ。 もしハルヒが俺に何かを求めたい、または求められたいのなら俺は全力で応えたい。 努力するさ。全力で努力するから。 だから・・・その間ぐらいは 懐かしい夢ぐらい見てもいいよな。ハルヒ。 俺は今、ハルヒの部屋の前にいる。 扉をノックするのが怖いが、それじゃお先は真っ暗だ。 なので、ノックする。返事は無い。 「勝手に入らせてもらうぞ。」 俺は恐る恐るハルヒの部屋に入った。入り口で立ちすくむ。 ハルヒは机に座っていた。出てけ、とも来るな、とも何も言わなかった。 後ろ向きなので表情はわからない。 ハルヒとはもう何度も喧嘩になった。 言い合いみたいなものは毎週のようにやっている。 大抵俺がやれやれとでも言いながらハルヒに譲ってしまうのだが、俺が引かなきゃハルヒは滅多に引かない。その結果がこれだ。 ハルヒは俺を罵倒し、部屋に閉じこもって3時間。 俺も大層怒りに震えていたが、ようやく頭が冷えた。俺から干渉するのは不服だがこれがルールというものなのかね。 悪い方が謝るなんて誰が決めた。問題は和解できるかどうかなんだよ・・・な。俺たちは。 俺たちが同棲を始めてまだ半年。 別々の大学に通っているせいで色々と食い違ったりして大変だがなんとか乗り切ってきた。 が、お互いにいろいろと溜め込んでいたらしい。 ハルヒは食事を作るので、俺が突然「悪い!今日飲み会行くから晩飯いいや」 とメールを送ったりすると大層ご立腹になされた。当たり前だよな。 しかしそれはハルヒも一緒で、同じことを何度も言い聞かせたこともあったっけ。 ストレスと似たようなものだろうか。気づかないうちにいつの間にか溜まって、気がついたら暴発してしまう。 付き合い始めて高校卒業まではハルヒと一緒にいてストレスなんざ溜まる余地も無かったが・・・ 同棲を始めてからは、何かと不憫が続いてしまったようだ。 今日だって、きっかけはTVのチャンネル争いから始まり、どうして根拠のない浮気話にまでなるのか。 でもこれをすらりと乗り越えるのが俺たちなんだよな。 さて、ハルヒの背中に向かって俺は言葉をつむぎ始めた。 何を言ってるかは自分にもいまいちわからない。 なんせ今は夜中の2時である。生理的にきつい。 気づいたら土下座なんかしている。時計は3時を越していた。 俺は何を言っているんだ。声が枯れてるような気がするがどうでもいい。 ハルヒの声が聞こえた、気がした。 床しか見えなかった俺の視線にハルヒの足が入ってきた。顔を上げようとした俺だが、頭を手で押さえられた。 「何でいつもこうなのよ。」 ハルヒの呆れた声が届いた。まったく何でいつもこうなんだろうな。 「いつもいつも、何であんたが謝るのよ。」 床とハルヒの膝しか見えないぞ。 「ほとんど悪いのはあたしなのに」 どうでもいいだろそんなこと。 「明日あんたの好きなものでも作ってごめんって言うつもりだったのに。」 それは是非実行してくれ。 「何であんたは全部背負い込むお人よしなのよ。」 声、震えてないか。 「もうしゃべらないで!」 「うぇっ!?」 頭を上げようとした俺をハルヒは膝に押さえつけた。いや・・・いろんな意味でやばいぜこれは。 それでも上を向こうとする俺にハルヒは目隠ししやがった。 「だーめ・・・。」 別にどんな顔してても俺はどうも思わんぞ。 と言いたいがここは言わない方がいいだろうな。 それでも今のハルヒがどんな顔をしてるか見たかったな。 しかしよくよく考えてみろ。 膝に頭を押さえつけられ、そのまま仰向けになる。要は膝枕だな。 目隠しをされる。会話が終わる。そして今はもう夜中の3時過ぎだ。 それで気持ちが落ち着いたらどうなるか。サルでも分かるな。 俺はそのまま見事に眠りこけてしまったわけだ。 ・・・寝足りないな。 チュンチュン聞こえるのは鳥の鳴き声だろう。ってことは今は早朝か。 この匂いはハルヒの部屋・・・そうか、俺は深夜にハルヒの部屋に押しかけたんだったな。 なんだかあたたかい。そういえば体に毛布がかかっている。ハルヒの奴・・・ 目を開けようと思えば開けられるだろう。顔を隠すものは何も無い。 でもそれは無理ってもんだ。頭や髪の毛を撫ぜられているんだからな。 手を撫でられたり、耳元をいじられたり、首に触れられたり・・・本当にハルヒなのか? うふふ・・っと軽い笑い声が聞こえた。畜生・・・かわいいじゃないか。 でもちょっとだるいんだ。床に寝てるようじゃ疲れは取れないからな。 だからもう少し・・・。もう少しだけ寝かせてくれよ。 もう少しお前の温かさに触れていたいから・・・ ・・・・やっぱり寝足りない。 素直に起きて布団に入ればよかったかな。 すーすー寝息が聞こえる。目を開けてみようか。 やっぱりハルヒは寝ていた。 俺の体の位置がずれていたのはハルヒが壁にもたれられるようにしたのだろう。 時間を見たらもうすぐ昼じゃないか。大学を思いっきりサボってしまったわけだな俺たち。 ちょっと惜しいがむくりと起き上がってみる。 普通部屋の壁にもたれかかって寝れるか?電車で寝たほうが疲れが取れるんじゃないかと思うな。 だから俺は俗に言うお姫様だっこでハルヒをベッドまで運ぶことにした。 ハルヒを寝かしつけてるうちに、俺は無性にさっきのお返しがしたくなった。 恐れ多いがハルヒのベッドに忍び込み、髪の毛をなでてみた。ついでに色々いじくってみる。 なんて柔らかいんだろう。なんて思ってるうちにハルヒがもぞっと動いた。 うーん と唸るハルヒ。目をつぶったまま「キョン・・んー・・」とか言うな。可愛すぎるから。 とりあえず俺は「今日は土曜日だからゆっくり寝ろ」と繰り返し呟いておいた。 しばらくしてハルヒは再び寝息を立て始めた。俺ももう眠くてたまらんな。心地よすぎる。 腕をハルヒに回して俺も寝ることにした。 昼過ぎにハルヒに叩き起こされ罵られまくったが別に後悔はしていない。 ・・・チュンチュン聞こえるのは鳥の鳴き声だろう。ってことは今は朝か。 この匂いは俺の部屋・・・そうか、俺はリアリティのある夢から現実に帰ってきたんだな。 ってな。もうそろそろ数字が曖昧になってきたが、今日で6日目だろう。 まさか同棲してる時の出来事が来るとは思わなかった。 進路騒ぎ、高校卒業、同棲開始、大学入学・・・いろいろあったはずなのに1年ぐらいは飛んだぞ。 これまでから察するに、もう高校にいた頃が夢に出てくることはないだろう。年月順だからな。 これでいくつか推測できることがあるが、はっきりしているのはこの夢現象はいつか終わるということだ。 寂しいのか怖いのかほっとするのか・・・変な気分だが、そのときまでに真実がわかるといいな。 今日は日曜日だ。俺の会社は休みなのでれっきとした休日だった。 俺は勉強と資料探しを兼ねて図書館に行くことにした。 丁度話をしておきたい相手もいるしな。 「長門」 やっぱりいた。椅子に座ってこれまた御堅い本を読んでいる。 古泉がダメでも長門ならわかることがあるかもしれない。そういうわけだ。 「よう、元気にしてたか」 コクン、と長門は頷き、古泉よろしく適当に挨拶した後俺は早速説明を始めた。 話が終わると長門は得意の単語説明を始めた。 「あなたに夢を見せているのは涼宮ハルヒ」 なんと。いきなり核心を突いてきた。 「やっぱりそうか。理由はわかるか?」 「不明」 「・・はは、そうだよな。」 その後も俺はいろいろと質問攻めにしたが、結果はあまり芳しくなかった。 それでも、わけのわからん宇宙人や未来人じゃなくて、ハルヒがこの現象を起こしているとわかっただけでも俺は良かった。 俺は最後に気になっていた質問をした。 「ハルヒがここのところ体調を崩している時があるんだ。原因がわからなくてな」 「・・・」 「本人は風邪って言ってるんだが」 「・・・」 「もしかしたらここ数日の夢と関係あるんじゃないかと思ってな。」 「・・・わからない」 俺が意外に思っているともう一言付け加えられた。 「夢とは関係ない。」 俺は少したわいもない話をした後、長門に礼を言って図書館を出た。 なるほど。古泉が言ってたことにも納得するな。こりゃお手上げになりそうだ。しないがな。 しかしハルヒの仮風邪とハルヒの夢現象が関係ないとは驚いた。 ということはハルヒは本当にたまに気分が悪くなると考えざるを得ない。 これじゃますますわからん。せめて夢にヒントが出てくればいいのに。 いや、本当はあるはずなんだ。間違いなくハルヒが見せてるんだからな。 今日も早めに寝ることにしよう。 さっさと寝て、また夢を見たいんだ。 少しでもヒントをつかみたいからな。 それ以前に、俺は毎晩ハルヒと過ごした日を夢で見るこの奇妙な習慣。 それが楽しみになっているんだからな。 涼宮ハルヒの糖影 転へ
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その2 俺とハルヒの前に姿を現したのは佐々木だった ニッコリ微笑みながら、静かに歩いてきた おい佐々木 お前がこの閉鎖空間を作り出したのか? 「僕は閉鎖空間とは呼ばないがね。君がそう呼びたいのなら否定するつもりはない」 お前が作った閉鎖空間の中にどうやって自分が入れるんだ? 「はっはっはっ キョン、君は何でも自分を中心に考えてはだめだよ 僕もあれからいろいろ話を聞いて、それなりに勉強したんだ 君たちの事も、僕の事も、そして橘さんや藤原さん、周防さんの事もな 僕と涼宮さんがあそこから飛ばされたのにもきっと理由があると思う 涼宮さんをあの中に入れない方がいいのなら、それができるのはおそらく僕だけだろうからね」 俺は無意識にハルヒをかばうように立っていたが、俺の腕のすり抜けてハルヒがわめいた 「ちょっとあんた、これはいったい何よ? あんたの仕業だって言うの?」 「涼宮さん、私はあなたに何も恨みはないの でもね、あなたのただ一つの欠点は自分が何も分かってないという事なのよ キョンや他の人たちに守られているだけでは何も生み出せない 何も作り出せない ただ破壊するだけの空間なんて私には理解できない」 「何を言ってんのよあんた いいからあたしとキョンを有希の所に連れていきなさい、今すぐに!」 「そう願うならご自分で行けば?できるものならね」 「ちょっとキョン!説明しなさい!」 だから俺に話を振るなよハルヒ えーっとこんな時、古泉ならどう説明するだろう いや長門でもいいか ダメだ長門の話は電波話にしか聞こえないし朝比奈さんなら・・・禁則事項か 「じゃあ僕から説明しようか?キョン 涼宮さん、あなたは自分の力について何も理解していない 自覚していない所でさまざまな現象を発生させる」 「はぁ???」 「あなたはとても面白い人。才能もあるし、きれいだし でもね、あなたにその力は荷が重すぎる。だから私に白羽の矢が立った」 おい佐々木 それ以上言うな 「だってキョン その通りじゃないか だから君や仲間たちがひどい目に会ってきたんだろ 君だってそう思っているはずだ 涼宮さんが普通の女の子に戻ってくれたらって それで僕が選ばれたんだ 僕も正直迷惑を隠せない気持ちだけど、涼宮さんを見ているとやっぱりそう思うね」 佐々木、もう黙れ ハルヒにそれ以上わけの分からん事を吹き込むんじゃねえ 「涼宮さんには荷が重すぎるから その重い荷物を全て僕たちが引き受けようとしてるんだ 君にとっても悪い取引じゃないと思うのだが」 荷が重い?迷惑だ? いったい誰がそんな事を言ってるんだよ 誰もそんな事は一言も言ってねえぞ いい加減な事を言うんじゃねえよ ハルヒは俺たちのリーダーだ SOS団の団長だ そして俺たちは仲間なんだよ かけがえのない仲間なんだ 俺たちの仲間に傷一つつけてみろ 俺はお前を絶対に許さないぞ 「ほう、キョンがかい 君も変わったものだな ずっと平凡に人生を送りたいって 中学の頃からそうぼやいていたのに ただの思いつきで君たちを引っ張り回す変人が 君にとっての大事な仲間なのかい?」 佐々木 お前は何も知らない 高校に入ってからの俺を知らない SOS団で楽しく遊んでいる俺を知らない そしてお前は ハルヒの事を何も知っていない もうそれ以上言うな 俺がお前をブン殴らないうちに さっさと俺とハルヒを長門の部屋に送り込め 「それは僕にはできない相談だね マンションをシールドしているのは僕の力じゃない 行きたかったら自力で行く事だね そこまでは僕も止めはしないよ」 「キョン、何なのよこの女は 全然意味分からないわ さっきからいったい何言ってんのよあんたたち 私がバカだって言いたいの?」 ハルヒよく聞け お前の力で長門を助けに行こう お前ならそれができる 俺とお前を長門の所まで連れて行ってくれ 頼むハルヒ 「?????」 「ふふふ はたしてあなたにそれができるかしらね 破壊しかできないあなたに 人を助ける事ができるのかしら」 黙れ佐々木、あと5分だけ黙ってろ おいハルヒ この1年で何かに気付いたことはないのか? 「1年で?」 ああ SOS団を作ってからいろんな事があっただろ お前の知らない所で起こったことが多かったけどな お前にも薄々気付いた事ぐらいあるだろ 「え・・・?」 お前は長門が普通の女子だと思っているのか? 古泉はただの転校生だと思ってるのか? 朝比奈さんは・・・ちょっと分かりづらいけど、お前にだって何か気付いたことがあるだろ? 「キョン・・・」 思い出せハルヒ 俺たちの事だ SOS団全員で作ってきた歴史だ 楽しい事や、不思議な事がいっぱいあっただろ それは偶然起こった事だと思うのか? 宇宙人や未来人、超能力者が本当はいないと思ってるのか? 「・・・・・・」 ハルヒの瞳が不思議な輝きを放ってくる ここか? ここでいいのか古泉? 今ここで使ってもいいのか? 「キョン」 何だハルヒ? 「1つだけ教えて」 ああいいとも 「あんたの本当の名前は何?」 名前? 「そう、キョンの他にもあるでしょう? あんたの名前が」 あああるともハルヒ 俺の名前がもう一つな お前が中学生の時に聞いたはずの名前がな 「ある・・・のね・・・やっぱり」 ああそうだよ あの時に名乗った名前だ 「キョン・・・」 もうどうにでもなれと思った このくそったれな状況を脱するために 今ここで使うしかないと思った 言うぞ ついに ハルヒ 俺の名前は・・・・・・ ついにその時が来たのか 俺の持っている切り札 世界がとんでもなくややこしい事態になってしまった時のために 俺がずっと隠してきた切り札をついに使う時が来たのか 分断されているSOS団を救うために 今ここで使ってもいいよな古泉よ ハルヒ 俺の名前はな 「あんたの名前は」 一緒に言うぞ 「いいわよ」 グオオオオオオオオオオと激しい地鳴りが響いた 巻き起こった突風に俺とハルヒは吹き飛ばされそうになるが 必死で足を踏ん張って立った ハルヒの目を見つめたまま、ハルヒも俺を見つめたままで 俺は禁断の6文字を言おうとした 「・・・・・・」 「・・・・・・」 あれ? 何だ? 声が・・・ 出ない・・・・・・ 振り向くと佐々木はまだ立っていた 俺とハルヒのパントマイムを楽しそうに眺めていた すさまじい旋風は収まろうとしない あああとしか声が出ない俺もハルヒも、その風のうなりに飲み込まれそうになっていた 佐々木 声を出なくしちまいやがったのか? 「それは分からない さっき言った通りだよ もう少し時間を稼ぎたい だからこうやっている」 ハルヒ 何とかしてくれ もう分かってるだろ 声に出さなくても 俺の正体を 中学1年の時に東中の校庭にあの奇妙キテレツな地上絵を描いた時の事を あの時にお前を手伝った哀れな高校生を 「・・・・・・」 ハルヒも懸命に口をパクパクさせているが もちろん声は出ていない 俺の顔に恐怖が走る 今まで一度も見た事がなかったハルヒの表情 自己中心で傍若無人な爆弾女 このいつ発火するかも分からないとんでもない時限爆弾が なぜか自己消火しようとしていた ハルヒは今 明らかにおびえた表情をしている 今にも泣き出しそうになり 俺のシャツの袖を掴んでいる こんなハルヒは初めてだ あまりの急速な展開と自分の無力さにおびえているのか 鶴屋さんと森さんにかけられた言葉が再び蘇る ハルヒはこう見えても神経の細い女なんだ ハルヒはいつもみんなに気を使っているんだ この女を知る人間が聞いたら腹を抱えて笑うようなセリフだが 今目の前にいるハルヒは明らかにその通りだった どうするんだよ俺 考えろ、考えろ どうすればハルヒに思い出させることができるのか いやもうとっくに思い出してるはずだ 後は何をすればいい? 何をすればハルヒが怒れる獅子に変身できるんだ? ええい もうこうなればあれしかないのか? 1年前にハルヒに巻き込まれた閉鎖空間を思い出した 大人の朝比奈さんに言われた言葉 パソコンのか細い糸で長門に教わった言葉 もう一度あれをやればいいのか? 「キョン 君はそれでいいのか?」 後ろから佐々木の声が聞こえる 「君はそれで満足するのか? そんな目的のためだけに 自分を犠牲にするつもりなのか?」 犠牲? 犠牲だって? 俺は佐々木を振り返った 面白そうに眺める佐々木の目を 穴が開けとばかりに睨みつけた 佐々木は動じる事もなく話し続けた 「彼女のお守りをして これからもずっと振り回されて 危険が迫るたびにそうするのか? それじゃ君の気持はどうなるんだ? 一生そんな事を続けるつもりなのか?」 佐々木 やっぱりお前は何も分かっちゃいない 俺の事を何も理解していない 自分を犠牲にしてハルヒの面倒をみるって? バカ言ってんじゃねーよ お前は確かに頭のいいヤツだよ よく考えてると思うよ ハルヒの行動パターンも俺の事も よく研究したもんだよ けどな佐々木 お前が1つだけ見落とした事があるぞ 俺も成長してるって事だよ この1年で大きく変わったよ俺は 俺が変わったことはたくさんあるけどな その1つがこれだ 俺はいやいややってるんじゃない 自分がしたいからするんだよ 俺はハルヒと キスしたいからするんだ 口をパクパクさせてもがくハルヒにそっと顔を近づけた ギョッとした目で俺を見上げていたハルヒは 俺の行動を理解したのか そっと目を閉じた 俺は 自分の意志で ハルヒにキスをした 時間が止まった 吹きすさぶ風の音も聞こえなくなった 佐々木が何かを叫んでいたが その声すら耳に入らなくなった ハルヒの体から力が抜け そして・・・・・・ (同じ時間に、別の次元で) 新しい登場人物を見て 古泉と朝比奈さんは腰を抜かしそうに驚いていた 「ごめんなさーい こんなに早く来るつもりはなかったんですけどー あちらの皆さんがちょっとお急ぎだったみたいなんで そろそろ始めさせていただきまーす」 「あなたは・・・・・・?」 「はい先輩、その節はどうも」 「あわわわわ・・・」 「先輩にもお茶をご馳走になって、ありがとうございます 本当はちゃんとSOS団に入って たくさん冒険したかったんですけど・・・」 「ちょっとあんた、こないだの新入生じゃないの」 「はい!涼宮先輩! だけどちょっと待ってて下さいね、場所を変えますから」 その北高の新入生はニッコリ笑って 手にした小さな金属の棒を振った 幾何学模様の入った細い棒がキラリと輝き ハルヒと佐々木の姿がポンと消えた 「何をしたんですか?」 「ご心配なく、後でまた来られると思います でもまだ主役の登場には早いので 先にみんなで行くことにします」 「あなたはいったい?」 古泉の質問には答えず、新入生は再びオーパーツを振った 今度は空間がグニャリとねじれ、全員の姿が消えた 「く・・・・・・・」 ズキズキするこめかみをさすりながら古泉が起き上がった そして周囲の景色を見てギョッとした 周りは一面の宇宙空間で、真っ黒な地面がはるか先まで広がっていた 星空以外に何のディテールも見分けられない ただの真っ黒な平面だった そこには全員がいるようだった ピクリとも動かない長門の側には朝比奈さんが横たわり 少し距離を置いて橘京子、藤原、そして周防九曜がいた 全員が気を失っているのか、黒い地面に突っ伏していた 立っているのはただ1人、まだ名前も覚えていない新入生1人だった 素早く意識を取り戻した古泉が詰問した 「まずはあなたの事を聞かせてもらいましょうか」 「ふふふ先輩、さすがですね こんな時にも理性的です」 「質問に答えて下さい」 「ここは皆さんの地球とは別の世界です そしてご覧の通り、何もありません」 「別の惑星という事ですか?」 「別という表現がふさわしいのかは分かりません でも地球から宇宙船に乗ってもたどり着けない場所です」 古泉は長門をチラリと見た 長門ならもう少し詳しく解析してくれるかもしれないが 長門はまだ気を失ったままだった 「銀河系の1惑星ではないと?」 「たぶんそうです。どう説明したらいいのか分かりませんけど」 「まさか、異世界だとか」 「言葉の意味ではそれが一番近いですね とにかく、普通の手段では行き来する事はできません」 「僕たちをここに引き込んだ理由は?」 「それは皆さんが目を覚まされてからご説明します」 「長門さんと朝比奈さんの様子を見ても構いませんか?」 「もちろんです、早く起こしてあげて下さい」 古泉は素早く移動して朝比奈さんを揺り起こした 朝比奈さんはすぐに目を覚まし、置かれている状況を見て予想通りの悲鳴を上げた 「ひゃぁぁぁこっこここここどこなんですかぁーっ?」 「落ち着いて下さい朝比奈さん、僕にもまだ分かりません とにかく落ち着きましょう」 「ふわぁぁぁ」 「長門さんはどうですか?」 長門はずっと変わらない姿勢で眠っている 布団はもうなかったが、几帳面に制服姿だった その格好のままで寝ていたのか さすがに靴は履いていないが、靴下はちゃんと履いていた 古泉が揺り動かしても全く動かない その体はまだ熱く、呼吸も浅く小さかった 「長門さん・・・さっきと変わりませんね」 ようやく落ち着き始めた朝比奈さんがつぶやく 「涼宮さんもいなくなってしまいましたし、これは厄介です」 その頃には敵の集団も目を覚ましており、頭を振りながら起き上ってきた 周防九曜は起き上がるなり長門にひたと視線を向けている 何か呪詛でもしているように、人差し指を小さく振っている 古泉がさりげなく長門をかばうように立ち、新入生に目を向けた 「1人を除いて全員目を覚ましました」 「はい、それでは説明させていただきます ここは地球がある銀河系とはまた別の空間にある世界です 詳しい事は分かりません 異次元とか異世界とか、たぶんそういう世界だと思います そしてここは私の生まれた世界です」 「あなたの世界?」 「はいそうです ここには私1人しかいません そしてご覧の通り、ここは死に絶えた世界です 原因は分かりませんが、植物も生えず、何の生命もない世界です 生命どころか、それを誕生させるエネルギーすらない世界なのです 私はここで1人で生まれ、1人で暮らしてきました」 「ちょっと待って下さい 生命のない世界でどうしてあなたが生まれたんですか?」 「それは私にも分かりません ただ、生命をはぐくむエネルギーが枯渇したのは たぶんそんなに昔ではないと思うんです 私は最後の生き残りなんじゃないのかなって」 「それと僕たちが集められた事との関係は?」 「もう少し聞いて下さいね 私が生まれた時に、側にこの棒が転がっていたんです」 「そのオーパーツですか?」 「オーパーツって言うんですかこれ? 名前なんかつけたことなかったんですけど 一人ぼっちで生まれた私にこの棒がいろいろ教えてくれました 成長するのに必要なエネルギーも与えてくれました そして、別の世界には豊富なエネルギーがあるという事も教わりました 皆さんに集まってもらったのは、そのエネルギーを分けてもらいたいからなのです」 「分かりませんね」 「でしょうね先輩 だって私にも何も分かってないんですから この棒に指示されて 私は別世界への旅に出かけました そうするより他に方法はなかったのです ここにいつまでいても一人ぼっちだし そして長い旅の後に、あの地球に到達したんです」 「どうして地球に?」 「それも分かりません この棒の指示通りに進んでいくと地球に着いたのです ただ・・・地球に着くとこの棒は消えていて 私は何も覚えていませんでした 何の記憶もないままに、私はただこの棒を探しました この棒を探す事だけが記憶に残っていたのです」 「北高に入ったのはそれを見つけてから?それとも記憶が戻ったから?」 「棒を見つけたのはつい最近です 北高の近くにあることが分かったので、私は北高に入学しました いろいろ情報を操作するのは大変でしたけど、何とか合格して、腰を据えて探そうと思ったのです そしてSOS団の事を知りました とっても面白いグループだって聞いて、しかも部員を募集するって言うから さっそく入部希望しました 今さらこんなこと言うのも変ですけど、本当に入部したかったんです だけど・・・そちらの皆さんが動くのが早すぎて、遊んでられる状況じゃなくなってきたんで、それで申し訳ないんですけど、大きなお屋敷に忍び込んでこの棒を取り戻し、あのマンションに行ったってわけです」 「あっ・・・あのっ・・・キョンくんと離れちゃったのもあなたの操作ですか?」 「キョン先輩って、あの面白い方ですよね うふふふ、ごめんなさい。そんなつもりじゃなくって キョン先輩の事は私は知りません ここにおられないんであれって思ったんですけど」 「そろそろいいでしょう、ここに連れてきた目的を教えて下さい」 「それはそこの先輩次第です」 新入生が声をかけた瞬間、周防九曜がビクリと動いた 「・・・・・・ここは・・・楽しい空間・・・・・・心が・・・躍る・・・」 周防九曜はそうつぶやいて、長門に歩み寄った 「待って下さい、長門さんは意識不明です 彼女を回復する方法はありませんか?」 「・・・・・・あなたの・・・瞳も・・・きれいね・・・・・・」 周防九曜の指先がぼんやり光り、1本の光の矢が長門に向かって走った 古泉が素早く回り込んでその矢を叩き落とした 「ん・・・これは?」 古泉の体が赤く輝き始め、閉鎖空間にいるような球体に変化した 「ふえぇぇぇー、古泉くぅーん」 「ここでは僕の力が有効に使えるようですね」 赤い光球と化した古泉は、地面からフワリと浮かび上がった 「それでは説明になっていませんね周防さん 挨拶もなしでいきなり攻撃ですか?」 「・・・・・・ここで戦えば・・・この世界は生まれ変わる」 「それはどういう意味なのでしょうか?」 「ごめんなさい古泉先輩 つまり皆さんにここで戦ってもらい、そこで生じる膨大な生命エネルギーを少し分けていただきたいのです もちろんそれによって皆さんの戦いに影響はないと思います 私は余剰エネルギーをいただくだけですから」 「つまり、ここで僕たちを意味なく戦わせて生体エネルギーを放射させ、それをそのオーパーツが吸収してこの世界を再生するとでも?」 「ごめんなさい、私にちゃんと説明できる知識はないんです ただ、佐々木さんのチームが皆さんと戦うという話を聞いたので、それならぜひここを使って下さいと申し上げただけなんです」 「それでははっきり申し上げましょう 我々SOS団は戦いなど望みません こんな事をしても無駄です」 一瞬殺意を盛り上げた古泉だったが、すぐに冷静になり元の姿に戻った 「ケンカはダメですぅ!危ないですぅ それに・・・それに・・・涼宮さんもキョンくんもいないし 長門さんがこんな状況では戦えません」 「朝比奈さんのおっしゃる通りです 我々には戦う意志も戦力もありません あなたには申し訳ないのですが、こんな事を受けるわけにはいきませんね」 「・・・・・・うるさい・・・・・・口が多すぎる・・・」 周防九曜が再び攻撃を仕掛けた 人差し指から数本の小さな矢が飛び出し、長門に命中する寸前に古泉が叩き落とした 「待って下さい、戦うつもりはありません」 「こここ古泉くん、もはや話しても無駄、かもしれませんね」 「朝比奈さん?」 「古泉くんは長門さんを守って下さい 私も・・・・・・戦いますっ」 朝比奈さんの声に反応して、今まで黙っていた2人も前に出てきた 「ふっ、やっと俺の出番か」 そう言ったのは藤原だった 「わ、わ、わ、あんまり近づかないでくださぁい!」 「あんたにどれほどの事ができるのか、見せてもらうとするか」 「朝比奈さん!」 「おっと、あなたの相手はここにもいるのよ」 「橘京子・・・」 「キョンくんだけを別行動させたのは私たちの作戦よ 今ごろ彼は私たちの組織に捕らえられてるわ」 「何ですって?」 「涼宮さんは佐々木さんが抑えているはず まあ抑えるほどの事もないでしょうけどね 長門さんは周防さんが封印しているし、さあどう戦うつもりかしら?」 「ですから僕は戦いませ・・・」 橘京子の全身がぼんやり青く輝き始め、いくつかの光点に分かれて宙に浮いた 古泉も赤い光球に変わり、橘京子とにらみ合った 「ほら、早く攻撃してみろ」 「うわっ、こ、こ、こ、来ないで下さーい!」 「朝比奈さん!」 「・・・・・・・べらべらしゃべる男は・・・美しくない」 周防九曜の攻撃が古泉に集中し、危うくかわしたその横から小さく分裂した橘京子の光球が襲いかかる 藤原はめんどくさそうに朝比奈さんの目の前に立ちはだかっている おびえる朝比奈さんの姿がチカチカと点滅し、やがて空間から消滅した 「朝比奈さん!」 朝比奈さんはしばらく消えていたが、すぐにまた姿を現した 「あれ?」 「どうしましたか?」 「禁則が・・・・・・消えました」 「と言うと?」 「TPDDの使用制限が消えちゃいましたぁ・・・」 「それは、ここが異世界だからでしょう 未来からの干渉がなくなったのではないですか?それと、TPDDはまだ使えますか?」 「はい・・・ちゃんとスイッチは入っています」 「それはよかった。朝比奈さん、あなたのその力で僕たちを守って下さい」 「わ、わ、わ、分かりましたぁっ!」 朝比奈さんはこめかみに指を当てて、小声でボソボソとつぶやいた 周防九曜の攻撃が動かない長門を襲ってくる 古泉が急いで防御するが間に合わない 小さな数本の光の矢が長門に命中する寸前、長門の姿がパッと消え、数秒後にまた姿を現した 光の矢はその間に空間を空しく貫いただけだ 「こここ、これでいいんですか?」 「さすがは朝比奈さんです、素晴らしい作戦です」 「・・・・・・それは何?・・・・・・認められない・・・・・・」 周防九曜は今度は朝比奈さんに向けて矢を放つ 朝比奈さんの姿がパッと消えて、少し離れた場所にまた姿を現した 「すごい・・・TPDDにこんな使い方ができるなんて・・・」 「・・・・・・・気に入らない・・・・・・それは・・・美しくない・・・・・・」 周防九曜は狂ったように矢を発射させ続けた そのたびに古泉が防御に飛び回り、朝比奈さんは姿を消し続けた 「ふっ、面白くなってきたな」 藤原がやおら腰を上げると、手のひらを朝比奈さんに向けた 姿を消そうとしていた朝比奈さんがグラリとバランスを崩し、その胸に数本の矢が突き刺さろうとする その寸前に危うく古泉が飛び込んできた 「大丈夫ですか朝比奈さん?」 「ふえぇぇぇ、大丈夫ですぅ でもこれをずっと続けるんですか?」 「続けるしかないでしょう 長門さんが目覚めるまで、そして・・・・・・」 (またキョンの世界) 硬直するハルヒの唇に俺はキスをした ハルヒの体がぐったりと弛緩し、そしてガタガタと震え出した おいハルヒ 大丈夫か?どうしたんだ? 「ョン・・・・・・」 えっ? 「ジョン・・・・・・」 ああ 「ジョン・スミス」 ああ あれ? 声が出るぞ おいハルヒ!しっかりしろ! 「ジョン・・・・・・あんただったのね」 ああそうだ 俺がジョン・スミスだ 「やっと会えたんだ・・・ やっぱりあんただったのね」 気付いてたのか? 「ううん、何となくそんな気がしてただけ そうだったらいいのになって」 悪かったな こんなに報告が遅くなっちまって 「いいの・・・嬉しいから」 いいかハルヒ、よく聞け 俺は確かにジョン・スミスだ あの時東中に行って校庭にあの絵を描くのを手伝った それから背負ってたのは朝比奈さんだ 朝比奈さんが俺を3、いや4年前に連れてってくれたんだ 「みくるちゃんが?」 そうだ 朝比奈さんは未来から来た TPDDっていう装置を使って時間を自由に行き来できる ついでに言うとあの後『世界を救うためのどうたらこうたら』と言ったのも俺だ 「マジで?」 ああ まだあるぞ 実はあの時ちょっとした手違いがあって未来に帰れなくなった その時に俺たちを助けてくれたのが長門だ 「有希が?」 そうだ 長門の魔法みたいな力で3年間時間を止めてもらって 俺と朝比奈さんは現代に帰って来れたんだ 長門の不思議な力はお前も覚えがあるんじゃないか? あいつは宇宙人が作った俺たちとのコンタクト用インターフェイスだ 「コンタクト用?」 ああ ちょっと説明すると長くなるけどな この銀河系の真ん中で俺たちの事をずっと見ているような存在だ それから去年、お前と一緒に不思議な空間に閉じ込められた事があっただろ あの時に出てきた青い怪人だけどな あれが暴れ出すとこの世界がとんでもない事になっちまうから、退治するって言うか、あれを消すための組織がある 超能力者集団って言うのか、そのメンバーが古泉だ 「・・・・・・」 つまりだ 宇宙人も未来人も超能力者もみんなお前の側にいるってことだよ いつでもお前の側にいて、いつでも一緒に遊んでたじゃないか 呆然としていたハルヒの目がギラギラと輝いて来る もう少しだ 頑張れ俺! 俺はまたあいつらと一緒に遊びたいぞ 全員俺たちの大事な仲間だ だけどなハルヒ、俺が一番心配なのは お前の事だ お前がみんなの事を心配し過ぎてフラフラになってる所なんか見たくないんだよ お前はSOS団の団長だ いつも何でも好きな事をやればいい 後は俺たちがいくらでも後始末してやるから 「キョン・・・」 長門の事も古泉も朝比奈さんももちろん心配だけどな 今俺が見たいのは、お前の元気な姿なんだよ 俺が大好きな 涼宮ハルヒの突拍子もない姿なんだよ 頼む!ハルヒ! 長門を助けてくれ 朝比奈さんも古泉も 今ごろお前がいなくて不安なんだぞ さあ、早く行ってみんなを助けてやろうぜ 「キョン・・・」 目をらんらんと輝かせたハルヒの全身から不思議なオーラが広がりだし たちまちのうちに佐々木が作ったベージュの空間を吹き払った 「行くわよキョン」 ああいつでもいいぞハルヒ 「有希を助けにね!」 (同じ時間、別の世界で) 「古泉くぅーん・・・ちょっと厳しいですぅ」 「朝比奈さん、もう少し頑張りましょう! きっと涼宮さんが助けに来てくれるはずです」 「うぇーん、涼宮さーん・・・」 朝比奈さんは藤原の妨害を乗り越えながら古泉と長門を次々に時間移動で防御し、古泉は襲い来る周防九曜の矢から長門をガードしている そのすきをついて橘京子はひたすらゲリラ攻撃を続け、古泉一人では防げなくなってきていた 朝比奈さんが泣きながらハルヒの名を呼んだ瞬間に、長門の前にまばゆく白い光が輝いた 「あいやーっ!」 朝比奈さんが叫んで長門のもとに駆け寄ろうとしてつまずいて転んでしまうが その白い光の中から現れた人影を見て、朝比奈さんも古泉も驚きに目を丸くした 「うふっ、お久しぶり」 その人物は登場するが早いか、襲ってきた周防九曜の矢を握りつぶし、逆に周防めがけて撃ち返した 「あなたは・・・・・・」 「長門さんが危険だって聞いたから助けに来たの ごめんね遅くなっちゃって」 「朝倉さん・・・・・・」 「覚えててくれたのね、嬉しい!」 「・・・・・・お前は・・・・・・美しくない・・・・・・」 「あら、ご挨拶ね。せっかく1年ぶりに登場したっていうのに」 光の中から現れた朝倉涼子は、次々と襲い来る光の矢を素手で握りつぶしながら 分裂して攻撃してくる橘京子の赤い光をまるでハエでも叩いているかのように楽々と落としている 「朝倉さん、情報統合思念体に戻ったのではなかったのですか?」 「そうよ、向こうにいるのよ でも今のこの私はまたそれとは別の存在 私をここに呼んでくれたのはね、涼宮さんよ」 「涼宮さん?」 「そう、彼女ももうすぐここに来るわ もちろんキョンくんも一緒にね」 「本当ですか?」 「もう少しよ、今ごろはここへの抜け道を探しているはず。だからそれまで頑張るのよ」 「はい!」 古泉は久しぶりの笑顔を見せた かなりやつれた表情だが 朝倉涼子の登場と、ハルヒがもうそこまで来ているという情報に新たな力を得たように 朝比奈さんを助けて明るく輝き出した その光景を少し離れた所から見ている女子高生がいた 北高の制服を着た新入部員は、手に持ったオーパーツが輝きを増すのを嬉々として見つめていた 「うふふふふ やっぱりすごいエネルギーですね 地球を選んで正解だったかな? こんなにたくさんの異人種の戦いが見られるなんて」 (またもやキョンの世界) ついに覚醒した涼宮ハルヒ そのハルヒの目にもう涙はない キッとまっすぐ佐々木を睨みつけて 「もういいでしょうこれで 私は有希の所に行くから あんたも来るんでしょ? それとも何よ 部下を放っとくのがそっちのやり方なの?」 「いいえ。そうじゃないわ。私はあくまで時間稼ぎだから あなたがついに目覚めた以上は私もあちらに合流します では後ほど」 おい佐々木! 向こうでいったい何が起こってるんだよ 「それは自分の目で確かめてね」 チッ 佐々木のやつ、どうなっちまってるんだ まさかあいつらに言いくるめられて 本気で神様になろうなんて思ってるんじゃないだろうな ん?という事は 本気で戦うつもりなのか? 「ちょっとキョン」 あ?何だ 「これからどうやったらいいのよ?」 へ? 「あんたがジョン・スミスであたしに何かの力があるんでしょ? じゃあそれをどう使ったらいいのよ?」 ああそれか 何でもいいんだよ お前が心で思うだけでたいがいの事はかなうからな 映画撮った時の事を思い出せ 朝比奈さんの目からビームが飛び出したり、秋に桜が咲いたり あんまり思い出したくない過去だけどな、全部お前の力でやった事だ 「本当なの?」 ああそうですよ それがお前の力だ 「くっ・・・ 何でそれをもっと早く教えてくれなかったのよ!バカキョン! そんな楽しい事があるのなら、もっとやりたい事がいっぱいあったのに!」 だからお前には教えなかったんだよ お前が自覚して何か始めてしまったら、お釈迦様でもびっくりってもんだからな 「しないわよそんな事!ちゃんと地球の平和を祈ってるわよ!」 まあとにかく終わってから好きなだけ祈ってくれ まずは長門を助けるのが先だ とにかく長門の部屋に入るぞ 「だって、有希のマンションは消えてるじゃないの」 だからそれをお前が何とかするんだよ 「どうするって言うのよバカキョン!」 知らん。お前が考えろ そのバリヤーの向こうに長門の部屋があると思って押してみろ もしかしたらバリヤーがビリッと破れて そこには長門の寝室が 「あったわよキョン!早く入んなさい!」 って本当に押したんかい!マジかよこいつ ハルヒが両手をバリヤーにかけてメリメリと引き裂いたら そこに開いた空間から見慣れた長門の部屋につながっていた おいハルヒ 長門の部屋は7階のはずだぞ なんでこの1階から行けるんだよ 「あんたがそうしろって言ったからじゃないの!」 目を逆三角形に釣り上げるハルヒに引っ張られ、俺は開いた隙間から長門の部屋に侵入した ハルヒはズカズカと居間を通り抜け、和室の扉を開いた 「いないわよキョン!」 部屋の中央に布団が一組敷かれていたが長門の姿はない もちろん古泉と朝比奈さんもいない そして侵入してきた佐々木の仲間たちもいなかった 「どこに行ったのかしらね?」 さあどこだろう 次にハルヒに何をさせればいいのか 俺はもう一度居間に戻ってみた 北高の通学カバンがいくつか置かれていた おそらくハルヒ達のだろう あれ?そう言えば俺のカバンはどこに置いたっけか? きっと鶴屋さんの家に忘れてきたに違いない 「ちょっとキョン!」 ハルヒに呼ばれて部屋に入ると、ハルヒは1枚の大きな額の前に立っていた 「あんたこんなの見覚えある?」 その額には奇妙な絵が飾られていた 黒い画用紙の真ん中に、グラデーション模様のアメーバのような絵が1枚入っている 長門にこんな趣味があったのか? 「おっかしいわねー、さっき来た時はこんなのなかったような気がする」 おい 本当かハルヒ? 「はっきり覚えてないんだけど こんな気持ち悪い絵があったら絶対記憶してるはずよ」 という事はおいハルヒ 「何よ?」 いつぞやの事件を思い出せ 「事件?」 そうだ 去年の暮れの事件だ 雪山で遭難した時のあのお屋敷だ 「あっ!」 あれと同じだ もしかしたらこれは、長門が作ってくれた入口かもしれない あいつらがいるどこかにつながってるのかもしれないぞ 「そうね!思い出したわ!あのクイズみたいなのね」 そうだ どっかに方程式か何かのヒントが書いてないか? 2人でその額の周りを調べてみたが メッセージのようなものはなかった 長門の布団もひっくり返してみて、何か手紙でも出て来ないかと思ったのだが やはり何も出て来ない 和室を探索しているハルヒを置いて、俺は居間に戻った 何冊か置いてある本をパラパラとめくってみて栞などを探しているうちに ハルヒが大声を上げた 「キョン!キョン!あったわよ!」 急いで和室に戻ると、ハルヒは額の周囲を指差していた 「これよこれ!」 何だこれ? 黒い画用紙のような額の周囲の金属の縁には、小さな数字が無数に並んでいた 0から9までの数字がデタラメに書いてある 虫眼鏡が欲しくなるぐらいの細かい文字だった この数字の羅列に何か意味があるのか長門? しかしお前のヒントはいつもこんなのばっかりだよな オイラーの定理だとか何だとか 俺が数学苦手なのを分かってての事なのか? それとももしかするとこれもまた長門流のジョークなのか 細かい数字を読んでるだけで頭が痛くなってくる 「これはキョン用の問題ね」 何だよハルヒ お前まで俺をいじめるのかよ 「有希に感謝しなさいキョン!簡単な問題にしてくれてありがとうってね」 どこが簡単なんだよお前 俺にはまだ問題の意味すら理解できてないのに 「アホキョン!小学校で習ったでしょ! ゆとり教育でもこれぐらいは習ってるはずよ!」 俺はハルヒに首根っこを捕まえられて額の数字を口に出して読んだ 額には小さな菱形の模様が付けてあり、その一つ一つに数字が書いてある 286208998628034825342117067931415926535897932384626 43383279502884197169399375105820974944592307816406 数字はどんどん続いている 何だこれは ハルヒはニッコリ笑って俺を見ている 「この数字に見覚えあるでしょ?」 何かの乱数表か? 2つか3つ置きに飛ばして読んだらメッセージが浮かび上がるとか 「違うわよ!もっとちゃんと読みなさい!」 ハルヒ、もうダメだ こんな細かい数字をじっと見ていると眠くなってくる お前と算数クイズやってる場合じゃないんだから 「もう!バカねまったくあんたは あと10秒だけ時間をあげるから考えなさい」 うるさいハルヒ こんな数字で人間の一生が決まるわけないんだから 「有希の命がかかってるでしょう!」 それでも分からんものは分からん 俺は何とかの定理などはさっぱり理解できん それともこんなにたくさん数字が並んでいるのは円周率か何かか? 「ピンポーン!大正解っ!」 えっ 本当に正解なのか? 「そうよ、こんなの5秒で気付きなさいよキョンのくせに」 くせには余計だ それでこの円周率がどうしたっていうんだよ 「円周率の最初の数字は?」 3.14だから3だろ 「そう!普通数字はどっちから書く?」 どっからって左上からか? 「そういう事! この額の数字はバラバラだけど この314の所を左上に置き直すと・・・・・・」 ハルヒが額を回転させ、円周率の最初の314が左上に来るようにセットすると ブルンと音がして黒い画用紙が震えた 「ほらねキョン 頭は生きてるうちに使わないと毛が抜けちゃうのよ」 画用紙と思っていた黒い絵は、向きを変えた途端にプルプルと震え出し、まるで羊羹かコーヒーゼリーのような表面に変わっていた 「さあ行くわよキョン!」 ちょい待ちハルヒ! 行くってどこに行くんだ? 「決まってるじゃないの、ここに飛び込むのよ」 ちょ、ちょっと待て 確かにこの感じじゃ向こうに何かがありそうだけど 一応調べてみてからの方がいいんじゃないのか? 「そんな暇があるわけないでしょう! あんたがモタモタしてる間に有希に何かあったらどうすんのよっ! あたしは行くからね あんたは動物実験でも人体実験でも何でもやってから来なさい」 ハルヒは少し後ろに下がり、距離を計って助走しようとしている 待てハルヒさん 分かったよ俺も行きますから プルプルと震える額はかなり大きく、二人同時でも入れそうだった 俺とハルヒは部屋の反対側まで移動し、呼吸を合わせて助走した そして頭から飛び込んだ 「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」 リンク名 その3に続く
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今にして思えば、ハルヒのあの一言がきっかけだったと言えよう。 現在、俺は社会人二年目で、半年前からハルヒと同棲している。 ハルヒの一言によって今の関係が終わるとはこの時の俺には知る由も無かったのだ。 それはいつもの様に帰宅したある日の事だった。 「ハルヒ、ただいま」 「お帰りなさい、キョン。お疲れ様」 あぁ、ハルヒの笑顔があれば疲れなんて吹っ飛ぶね。 そのままベッドインしたくなるがそれでは雰囲気が無いのでここは我慢するとしよう。 俺は夕食の後、リビングでハルヒの淹れてくれたお茶を飲んでいた。 「あ、あのね、キョン、ちょっと・・・話があるんだけどいい?」 いつになく神妙な面持ちでハルヒが話しかけてきた。 「あぁ、構わんぞ。んで話って何だ?」 「うん。えっと、その・・・」 なんか、切り出しにくそうだな。 ハルヒは黙って俯いてしまっっている。 俺は頭の中で切り出しにくい話を検索していた。 検索結果・・・・別れ話・・・・・ なに!?別れ話だとぉ!! 「何言ってんの?あたしキョンと別れる気無いわよ?もし今度、別れようなんて言い出したら即刻死刑よ!!分かった?」 「あ、あぁ、分かったよ」 俺は心底ほっとした。思ったことをそのまま口に出してしまうこの癖はなんとかしよう。 「でも・・・キョンがどうしても別れようって言うなら・・・あたしは・・・」 あろう事かあのハルヒがしおらしくなっている・・・ 誤解されたままなのもあれなのでここはきちんとしておくとしよう。 「安心しろ、ハルヒ。俺は何があってもずっとお前の傍にいるよ」 「うん、ありがと。あのね、あたし・・・その・・・出来たみたいなの」 俺はハルヒが何を言ってるのか理解出来なかった。 「何が出来たんだ?懸賞のクイズでも出来たのか?」 「違うわよっ!!子供が出来たみたいって言ってんのよっ!!」 なるほどね、そうかそうか・・・って子供!?それ俺の子か? 「当たり前じゃないっ!!あんた以外に誰が居るってのよ!バカキョン!!」 また声に出ていて様だな・・・ 怒ったハルヒは俺の胸をポカポカ叩いている。 俺はハルヒを力一杯抱きしめてやった。 「ゴメンなハルヒ。俺、父親になれるんだな。ほんとに嬉しいよ」 「・・産んでいいの?・・・受け入れて・・・くれるの?」 「当たり前だろ」 「・・・だったんだから・・・」 「え?」 「ずっと不安だったんだから!!拒絶されたらどうしようってそればっかり頭にあって・・・キョンはそんな事絶対しないって分かってるのに・・・それでもやっぱり不安は・・・消えなくて・・・・・」 ハルヒの訴えに俺はハルヒを抱きしめる腕に更に力を込めた。 「今まで気付いてやれなくてゴメンな。明日一緒に産婦人科に行こう。その後ハルヒの両親の所に挨拶しに行こうな」 「挨拶って何の?」 「もちろん、ハルヒと結婚させて下さいって挨拶さ」 「ふぇ?キョン、今なんて言ったの?」 「ん?あぁ、ちょっと待ってろな」 俺はそう言って自分の部屋に向かった。 俺はクローゼットを開け、中に隠してあったものを取り出し部屋を出た。 リビングに戻った俺は未だにポカンとしているハルヒの前に正座した。 「ハルヒ、今までずっと俺と一緒に居てくれてありがとうな。思えば色んなことがあったよな。沢山デートもしたし喧嘩もしたな」 ハルヒはじっと俺の目を見て話を聞いている。 「本当に楽しかった。出来ればいつまでもこの関係を続けたいと思ってた。でも・・・」 俺は、ここで一息置いた。 なんせここからが本番だからな。 「でも?なに?」 「俺はこの関係を終わりにしなくちゃならないと今は思っている」 「!?」 ハルヒが自分の耳を抑えようとする。 俺はその手を握って続けた。 「これからは俺の彼女じゃなくて、妻になって欲しい」 「キョン・・・それって・・・」 「ハルヒ、俺と結婚してくれ」 「キョン!!あたしでいいの?あんたの事信じたいのに信じきれなかったあたしなんかでほんとにいいの?」 「あぁ、お前以外なんて考えられない。それ位俺はお前にゾッコンだ。それで俺のプロポーズをOKしてくれるか?」 「うん、喜んで!がさつでワガママなあたしだけどこれからもよろしくお願いします」 「俺こそよろしくな。でだ、済まないんだが少し左手を貸してくれないか?」 ハルヒはそれが何か分かったらしく、微笑みながら左手を差し出してきた。 俺はさっき部屋から持ってきた小さい箱から銀色に光るリングを取り出しハルヒの左手の薬指にはめた。 ハルヒはその指輪を見てニコニコしていたがそのままソファーで寝息を立てていた。 俺はハルヒをベッドへ運び、そのまま一緒に寝る事にした。 翌日、俺とハルヒは産婦人科へ向かった。 検査の結果は妊娠1ヶ月だった。 いやはや、早く産まれてきてほしいものである。 病院を後にした俺とハルヒは一度家に戻り正装に着替え結婚する事とハルヒが妊娠1ヶ月だった事を報告するため涼宮家に向かった。 インターホンを鳴らしたら何故か俺の母親が出迎えたりしてのだがそれは些細な事であろう。 そう思いたい・・・ 俺の母親のイジりもなんのそのでどうにか家に上がることが出来た。 「あらあら、いらっしゃい」 「今日はお話があって来ました」 「お願い、聞いて!!とっても大事な話なの!!」 「ふむ、聞こうじゃないか」 俺とハルヒは、ハルヒの両親に向かい合う様に座った。 「で、話とはなんだい?」 俺にはユーモアなんて無い。 だから直球勝負あるのみだ!! 「ハルヒを俺に下さいっ!!ハルヒとの結婚を許してくださいっ!!」 「これはまたストレートに来たな。また、どうしていきなりそんな事を言い出したんだい?何か理由があるのだろう?それを聞きたいね」 「実は、あたしキョンの子供を妊娠したの!!だからっ!!」 「ほう、つまり子供が出来たから結婚すると?そんな理由で結婚を許すと思ってるのかい?」 「お、お父さん!?」 「それは違いますっ!!確かにハルヒが妊娠した事で踏ん切りがついた事は認めます。でも、俺はハルヒが好きだから、ずっと一緒に居たいから結婚したいんですっ!!だからお願いしますっ!!ハルヒと結婚させて下さいっ!!」 「・・・キョン・・・・」 ハルヒはまた俺の手を握ってくれた。 「・・・っく、くくくっ、はぁーはっはっは!!いやぁ、若いな!羨ましい限りだ。いいぞ、二人の結婚認めようじゃないか」 俺とハルヒは呆気にとられていた。 「・・・え?ホントですか?いいんですか?」 「あぁ、幾らでも持っていけ!!」 「結婚して・・・いいの親父?でもどうして?」 「あぁ、いいぞ。もう長い付き合いだからな。彼がどういう人間かはよく分かっているさ。さっきのはちょっと試しただけだ。悪かったな」 「ハルちゃん、キョン君、これでやっと言えるわね。おめでとう」 「ありがとうございます」 「母さんありがとっ!!」 「キョン、やったねっ!!」 とハルヒが抱きついてくる。 「あぁ、一時はどうなるかと思ったけどな」 その後は、「キョン&ハルヒの結婚&妊娠祝い」と題された宴会に突入した。 正直、誰が主役なのかさっぱり分からん位に滅茶苦茶だったとだけ伝えておこう。 無事、結婚式の日程も決まり俺とハルヒはせっせと招待状を書いていた。 俺が仕事に行っている間に、ハルヒが俺の分の招待状も書いていてくれたので予想より早く終わった。 ある夜、俺は書きあがった招待状をポストに投函しに行った。 家を出る際ハルヒが「映画のDVDレンタルしてきて」と言っていたので、ハルヒに言われたDVDを無事に借り、帰宅している最中の事だった。 いつもの道を歩いているとなんとひったくりの犯行現場に出くわしてしまったのである。 ひったくりは女性からバッグをひったくると真っ直ぐこちらに走ってきたので俺はひったくりを捕まえようとしたのだが、走って勢いが付いていたひったくりのタックルを食らった俺はあえなく吹っ飛ばされてしまった。 あぁ、ダサいな俺・・・ 等と考えていて注意力が欠落していたのだろう。 俺は頭を電柱に思いっきりぶつけた。 衝撃と鈍い痛みが俺の頭の中を支配する。 全く・・・これじゃあ・・・・マンガのギャグキャラ・・だよな・・・・・ そんな事を思いながら俺の意識は薄れていった・・・ ・・・・・・・・・ 気が付くと俺は白い靄の掛かった所に寝っ転がっていた。 どこだ?ここは・・・ さっきまでの頭の痛みが全然無くなっている。 俺はここがどこなのか確かめるために立ち上がったら突然、俺の足が勝手に何かを目指すように動き出した。 な、なにがどうなってんだよ!? 何の抵抗も出来ないまま暫く進んでいくとトンネルの様なものが見えてきた。 コレイジョウイッテハイケナイ!! 俺の脳が危険信号を出してくるが今の俺にはどうにも出来ない。 トンネルに足を踏み入れそうになった時誰かが俺の腕を掴んだ。 振り返るとそこには見知らぬ少女が立っていた。 「こっち!!」 そう言って少女は俺を引っ張ってトンネルと逆方向に歩き出した。 「お、おい!?お前は誰だ?ここは一体何処なんだ?」 「あたしは××!ここはあの世よ!!」 少女の名前はノイズが混じったみたいに良く聞き取れなかった。 それよりこいつは今何て言った?あの世? あの世って俗に言う死後の世界ってやつか? なんてこった・・・俺は死んじまったってのか? 「まだ死んでないわ。あそこに足を入れたらアウトだったけどね」 「そうなのか?仮にそうだとして、お前は俺を何処に連れて行こうとしてるんだ?」 「もう着いた。さぁ、早く此処に飛び込んで!!」 少女が指差した先には地面にポッカリと大きな穴が開いていた。 「この穴は何なんだ?一体何処に繋がってるんだ?」 「そんなのいいからさっさと飛び込んで!!ホントに間に合わなくなる!!」 「な、何が間に合わなくなるんだ?ちゃんと説明してくれ!!」 「あぁ、じれったいなぁ!!さっさと行かないとホントに死んじゃうわよパパ!!」 そこまで言い切ると少女は俺を穴の中へと蹴り飛ばしやがった!! 「何すんだ!?こっちはまだ心の準備が出来てないんだぞ!!」 と言いつつも何かが俺の中で引っ掛かっていた。 「あはは、パパの意気地が無いのがいけないのよ!!」 「パパって・・・お前まさか!?」 「やっと気が付いたの?まぁ、いいわ。また会おうねパパ!ママが待ってるから早く行ってあげて!!」 そう言って笑う少女の顔がハルヒと被った。 俺はもっと何か言いたかったが穴の闇に飲まれそれは叶わなかった・・・ ・・・・・・・・・・ 「・・・・・キ・・・キョン・・・・早く・・・を開けな・・いよ」 誰かに呼ばれた様な気がして目を開けるとそこにはハルヒの顔があった。 「・・・よぉ、どうしたんだ?」 「アンタが寝ぼすけだから起きるのをずっと待ってたのよ!このバカキョン!!」 「そうか、俺はどれ位寝てたんだ?」 「丸1日ずっと寝てたわよ!!さぁ、この落とし前をどうやってつけてくれるのかしら?」 「そりゃ済まなかったな。ハルヒの好きな様にしてくれて構わないぞ」 「じゃあ、誓いなさい!!」 また主語が抜けている・・・ 「何をだ?」 「それ位自分で考えなさいよ!もう絶対にあたしを辛い目にあわせないって、一人にしないってあたしに誓えって言ってんのよ!!」 「あぁ、分かったよ。絶対にハルヒを辛い目にも1人にもしないって約束する」 「破ったら酷いんだからね、覚えておきなさいよ!!」 「あぁ」 その後の検査で異常は無かったのだが俺はもう一日様子見という事で病院で過ごす事になった。 いきなり約束を破る訳にもいかないのでその晩はハルヒと一緒に泊まる事にした。 その夜、俺はハルヒ曰く「寝てた」間の出来事をハルヒに話してやった。 当然ハルヒには「夢見過ぎなんじゃないの?」とか冷めた目で言われたけどな・・・ 翌日、無事に退院した俺はハルヒに手を引かれ家を目指している。 おっと、1つやり忘れていた事があったな。 俺はハルヒのお腹に手をあて一言呟いた。 「ありがとな」と。 そこから1ヵ月近く話が飛ぶ訳だがあまり気にしないでもらいたい。 ここ1ヶ月は特に何も無い平凡かつ平和な毎日だった訳で、これと言って話す様な事も無いのだ。 今日はいよいよ待ちに待った結婚式当日だ。 ハルヒはというと昨日から実家に戻っている。 花嫁は式の前日は実家に帰るものらしい・・・よく分からんがな。 こうして俺は今、ハルヒの居ない孤独感を味わいながら親の迎えを待っている。 あぁ、ハルヒに早く会いたい等と想いを馳せていると見覚えのある車が見えてきた。 その車が俺の目の前で停まると中から賑やかな人たちが降りてきた。 「やっほーっ!!キョン待ったーっ!?」 「おっはよーっ!!キョン君ーっ!!」 ホントに朝から元気だね、あなた達は・・・ 「おはよう、朝から悪いな」 「そんなの気にしなーい!!さぁ、さっさと乗りなさい!!主役が遅れちゃ話になんないわよっ!!」 「そうだよー、遅刻したら罰金なんだよー」 そう言って母さんと妹は俺を助手席に無理矢理押し込みやがった。 その拍子に俺は、頭をクラクションに思いっきりぶつけた。 ビビッーーーーーーーー!! 朝からこれじゃ先が思いやられるな・・・ 「ちょっとキョン、朝から近所迷惑じゃないっ!!しっかりしなさい」 「そーだぞー、しっかりしろー」 あなた達は一体誰のせいで俺が頭をぶつけたと考えていらっしゃるのかな? 俺が文句の1つでも言おうとしていると親父が肩を叩いて制止してきた。 「まぁ、言いたい事は分かるが、とりあえずシートベルトをして座れ。これじゃ発進出来ない」 「あ、あぁ、スマン親父」 親父にそう言うと俺は座ってシートベルトをした。 「それじゃあ、式場へ向けてレッツゴーーーーーっ!!!」 「ゴーーーーーっ!!!」 俺を乗せた車が式場へ向けて走り出した。 車内では俺の家族が新婚旅行について来るだの好き勝手言っていた。 流石に今回ばかりは謹んでお断りしたがな・・・ こんな事をしていたらいつの間にやら式場に到着していた。 車に乗る度に俺が鬱に入るような気がするのは、気のせいだろうか? 車を降りて入り口に向かうとそこに懐かしい顔が居た。 「よう、古泉じゃないか。久し振りだな、よく来てくれた」 そう、「機関」所属の超能力者、古泉一樹である。 「あぁ、どうもご無沙汰してます。本日はお招きありがとうございます」 「そっちは・・・相変わらずみたいだな」 「えぇ、そりゃもう。涼宮さんの力が無くなったからといって、対抗する組織が無くなる訳ではないですからね。今も毎日忙しくしてますよ」 「それはご苦労さんだな。スマン、迷惑掛けるな」 それを聞いた古泉は一瞬驚いた顔をしていたが、すぐにあのニヤケ顔に戻る。 「いえいえ、確かに力を授かってからは苦労も多いですけど、結婚式に呼んでくれる友人が出来たという事は人生においてプラスになってると僕は考えています」 「あぁ、そうだな。今日は来てくれてありがとな、楽しんでいってくれ」 「はい、そうさせてもらいます。本日はおめでとうございます。ではまた後で会いましょう」 「あぁ」 俺はそう言って古泉と別れ、控え室へと向かった。 控え室に着いた俺は、衣装さん数人に衣服を引ん剥かれ、純白のタキシードに衣装チェンジさせられた。 その際、パンツを一緒に引っ張られマイサンを室内公開してしまったというアクシデントがあったがこれは心の内にしまっておくとしよう・・・ そんな新たなトラウマと格闘していると誰かがドアをノックした。 「はーい、どうぞー」 ガチャ 「やぁ、キョン。おめでとう」 「おう、国木田。よく来てくれたな」 「おい、キョン!俺はシカトか!?」 「あぁ、谷口もよく来たな」 「まったく、折角来てやったってのにそれかよ?へこむぞマジで」 「あぁ、冗談だ。悪かったな」 本来ならここで終わるはずだったのだが、流石アホの谷口はこれで終わらなかったのである。 「しっかし、よくあの涼宮と結婚する気になったな。正気の沙汰とは思えんぞ」 国木田が制止しようとしたがどうやら間に合わなかったらしい。 気にするな国木田、お前はこれっぽっちも悪くないぞ。 「谷口、俺の聞き間違いだと悪いからな。もう一回言ってくれるか?」 俺はいつもより30%声を低くして聞いた。 これでいい加減気づけよ、谷口。 これで気づかなかったら、お前はホントに無能だぞ。 「ん?あぁ、あの涼宮と結婚するなんて正気じゃないと言ったんだぞ」 あぁ、だめだ・・・ 「・・・谷口よ、お前は祝いに来たのか?それとも俺にケンカを売りにきたのか?さぁ、どっちだ?」 「お前、頭大丈夫か?祝いに来たに決まってるだろ?」 「ほぅ、これから結婚する相手をわざわざ侮辱しに来るのがおまえ流の祝うという事なんだな?」 俺は、ゆっくり立ち上がり殺意を全て谷口に向けて放った。 そこまでして、ようやく谷口は自分が何をしたのか悟ったようで土下座しながら謝りだしやがったっ!! 地面に頭を擦り付けて謝っている奴をどうにかする程血に飢えている訳ではないので許す事にした。 「もういい。頭上げろ」 「許してくれるのか?やっぱ、お前いい奴だなぁ」 「ははは、キョンも大変だねぇ」 コンコン 「はい、どうぞ」 入ってきたのは式場の職員だった。 「失礼します。そろそろお時間なので準備の方をお願いします。準備が整いましたら外で待っていますのでお声をお掛け下さい」 「はい、分かりました。ご苦労様です」 「じゃあ、僕達は先に行くよ」 「じゃあな、待ってるぜキョン」 「あぁ、そうしてくれ。また後でな」 控え室への最後の来客が去りまた控え室に一人になった。 俺は鏡を見て、最後のチェックを済ませた。 よし、行くか!! 俺は外で待っていた職員さんに話し掛け教会へと向かった。 入り口で職員さんと別れ、入った教会の中は知った顔で満員御礼だった。 俺は不覚にも感動して泣きそうになってしまったのだがハルヒもまだ来ていないので、そこはぐっと堪える事にした。 深呼吸して自分を落ち着かせているとお約束のあの曲が流れ始めた。 そして教会のドアが静かに開いた。 そこには、おじさん・・・いや今日からはお義父さんだな。 お義父さんとハルヒが立っていた。 もう、さすがにクラッっときたね。 だってそうだろ? もともと綺麗なハルヒが更に綺麗になってるんだ。 もはや、これを形容する事は出来ないだろう・・・ 意識が遠退くのを必死に堪えているとお義父さんに先導されてハルヒが目の前まで来ていた。 「キョン君、娘を頼んだよ。幸せにしてやってくれ」 ここまできてもやっぱりその名で呼ぶんですね・・・ お義父さんがそう言い終わるとハルヒがお義父さんの腕から俺の腕へと腕を絡めてくる。 「はい、必ず幸せにしてみせます」 そう言うと俺とハルヒは祭壇へ向けてバージンロードを一歩一歩を確実に踏みしめた。 祭壇に着くまで俺の頭の中をハルヒとの思い出が走馬灯の様に駆け巡っていた。 思えば、あの日あの公園でハルヒと会わなかったら俺はどうなっていただろう? もし、ハルヒに会っていなかったらこんなにも幸せな気持ちになれただろうか? いや、これだけは断言できるが、絶対にここまで幸せにはなれていないだろう。 そして、俺とハルヒは遂に祭壇に辿りついた。 「汝ら、今日此処に永遠の愛を誓う者の名は○○○○、涼宮ハルヒに相違ないか?」 「「はい」」 「よろしい。では○○○○よ、汝は新婦涼宮ハルヒを妻とし、健やかなる時も病める時も永遠に愛する事を神に誓うか?」 「はい、誓います」 と答えたらハルヒに蹴りを入れられた。 ハイヒールの踵は痛すぎる・・・ なんで俺が蹴られにゃならんのだ? 「よろしい。では涼宮ハルヒよ、汝は新郎○○○○を夫とし、健やかなる時も病める時も永遠に愛する事を神に誓うか?」 「誓わないわ!!」 教会の中が一気にざわつく。 「おい、此処まで来ていきなり何言ってんだよ?」 俺の心は今最大級に冷や冷やしているのがお分かり頂けるだろうか? 花嫁が永遠の愛を誓わないって言い出して焦らない花婿は居ない筈だ。 「だって、居るかどうかも分からない神に誓ったって意味無いじゃないの!!」 また無茶苦茶を言い出したよ、この人・・・ 「それはそうかもしれないが、様式美ってあるだろう?」 「そんなの下らないわよ!!あたしが永遠の愛を誓うのはキョンだけなのよ!!そうでしょキョン?」 こんな恥ずかしいセリフを大勢の前で堂々と・・・・ もう、こうなったらハルヒに便乗するしかなさそうだ。 「あぁ、そうだな。俺も誓うならハルヒだけだな」 「って事だから、もう一回よろしくね!!」 等と神父さんに友達に気軽に頼む様に言い放った。 流石の神父さんも溜息をついている。 ホント、迷惑掛けてすいません・・・ 「で、では、汝ら健やかなる時も病める時も永遠に愛する事を互いに誓いあうか?」 「「はい、誓います」」 「よろしい。では指輪の交換を」 「「はい」」 俺は指輪を取り、ハルヒの左手の薬指に指輪をはめた。 今度はハルヒが指輪を取り、俺の左手の薬指に指輪をはめた。 「神よ!!今日此処に永遠の愛を誓いあった二人に祝福をっ!!願わくばこの者達の進む道が常に光に照らされてる事を願う」 「では誓いの口付けを」 そう言われると俺はハルヒのヴェールをそっと上げた。 ハルヒは涙ぐみながら微笑んでいた。 いい顔だな、ほんと惚れ直すよ。 俺はハルヒの肩にそっと手を置き静かにキスをした。 今まで何回もキスをしてきたが、こんなに幸せなキスはきっとないだろうな・・・ 唇を離すと盛大な拍手と歓声が起こった。 「今、此処にこの者達は永遠の愛によって結ばれた!皆様方、今一度盛大な拍手をっ!!」 神父さんがそう言うとまた盛大な拍手が起こった。 「では、皆様方。花嫁からブーケトスがありますので外の方へお願いします」 みんなが外に出ると俺はハルヒに話し掛けた。 「さっきのは流石にヒヤッとしたぞ?やるなら事前に言っておいてくれ」 「まぁ、そんな事どうでもいいじゃない!それより早く行きましょ!!」 こっちは全然良くなんだがな・・・ 「はいはい、分かったよ花嫁様」 外に出ると沢山の人たちが祝いの言葉を掛けてくれた。 「では、ここで新郎新婦から挨拶を頂戴したいと思います」 と言った神父さんからマイクを渡された。 「えー、皆さん。今日は集まってくれて本当にありがとうございます。急なスケジュールであるにも関わらずこんなに多くの人に集まってもらったことに感謝します。実はもう一つ報告があります。今ハルヒは俺の子供を妊娠しています。これからは夫として父として頑張っていきたいと思いますのでこれからもよろしくお願いします」 また拍手が沸く。 こんなに沢山の拍手が自分に向けられるのは初めてだな。 俺は挨拶を済ませるとハルヒにマイクを渡した。 「みんなー、今日は来てくれてホントありがとねーっ!!キョンも言ってたけど、今あたしのお腹の中にはキョンとあたしの子供がいます。これからはキョンの妻として、生まれてくる子の母親として精一杯頑張るから応援よろしくねっ!!以上!!」 俺の時と同じ様に拍手が沸く。 「新郎新婦ありがとうございました。では花嫁、ブーケトスをお願い出来ますかな?」 「はい、分かりました。ねぇ、キョンお姫様抱っこして頂戴っ!!」 そう言うとハルヒは俺に飛びついてきた。 「あぁ、幾らでもしてやるぞっ!!」 俺は言われるままハルヒをお姫様抱っこした。 するとハルヒはブーケのリボンを解きだした。 「ハルヒ何してるんだ?」 「あたし達の幸せを独り占めなんて許さないわ!こうすればみんなが幸せになれるでしょ?」 俺はハルヒが何をしようとしているのかを悟った。 なるほど、それならみんなに分けられるな。 「あぁ、そうだな。よしやってやれっ!!」 俺がそう言うとハルヒは解いたブーケを空高く放った。 空で散らばったブーケはまるで季節外れの雪の様にみんなに降り注いだ。 それは、幸せが空から舞い降りている様にも思えた。 みんなは一瞬何が起こったのか分からないという表情をしていたが、散らばったブーケに手を伸ばしていた。 その様子を見ていた俺とハルヒは声を合わせて言った。 「「みんながずーっと幸せになりますようにっ!!」」ってな!! さて、次に待っていたのは結婚披露宴である。 この場では新郎新婦とはさっきまでとうって変わって絶好のイジられるターゲットとなるのだ。 はぁ、なにやら先行きが不安なのは俺だけであろうか・・・? その不安は早くも的中したらしい。 なんと今この場で古泉が仲人に抜擢されたのである。 確かに付き合いも長いし、長門や朝比奈さんではどうにもならなそうなので無難といえば無難なのだが幾らなんでもいきなり過ぎるだろ・・・ ほら、あの古泉が流石に戸惑ってるぞ・・・ とか、思っていたらダブルマザーが古泉に何やら封筒を渡していた。 それを見た古泉はみるみる内にいつものニヤケ顔に戻りライトアップされたマイクの方へと歩き出した。 「えー、急遽仲人を任されました古泉一樹と申します。よろしくお願いします」 古泉がそう言うと拍手が起こる。 「お二人の出会いは今から11年前、丁度中学1年生の頃になります」 あぁ、そうだな。もうそんなになるのか。 って、なんでそんな事を知ってるんだ!? 「その時、公園で一人泣いていたハルヒさんに声を掛けたのが彼でした。彼は何も聞かず泣いているハルヒさんを慰めるとおぶってハルヒさんを家まで送りました」 何故だっ!?何故そこまで知っている!? そこでこっちをニヤニヤしながら見ているダブルマザーに目がいった。 まさか!?さっきの封筒の中身は・・・・ 「その後、互いに何も聞かずに別れた二人は運命的な再会を果たすのです」 古泉の手元を見てみると何やら紙を持っていた。 あの紙には北高に入るまでのエピソードが記されているのだろう。 どうでもいいが、あのドキュメンタリー口調はなんとかならないものか・・・ 「3年後お二人はなんと同じ高校へ進学しました。しかも同じクラスで席も隣同士だったのです。もう、これは運命としか言い様が無いでしょう」 古泉よ、そろそろ勘弁してくれ・・・ 「こうしてお二人の交際がスタートして今日を迎えたという訳です。この後もまぁ、色々あったのですがどうやらお二人とも限界の様なのでそこは割合させて頂きます」 ようやく終わった・・・ なんだかどっと疲れたな・・・ お次は定番の隠し芸大会の様だ。 またしても嫌な予感が止まらないのだが・・・ 1番手は長門のようだ。 「来て」 久々にあのインチキパワーが見られるのか等と考えていた俺は長門から指名を受けた。 「あぁ、分かった。じゃあ、ちょっと行ってくるな」 そうハルヒに言い残し、俺は長門について行った。 ついて行った先には人間ルーレットがあり、俺は長門の手によってそれに磔にされた。 「おい、これは一体どんな隠し芸なんだ?」 「対象が回転しながらのナイフ投げ」 ナイフと聞くとあいつを思い出すな・・・ あぁ、今考えてもゾッとする。 「大丈夫。投げるのはナイフのプロ」 長門がそう言って指差した方向を見るとなんとドレスアップした朝倉が立っていたのだ!! 「な、長門さん、これは何の冗談なのかな?」 「冗談ではない。涼宮ハルヒが朝倉涼子へ招待状を出したため、情報統合思念体に再構成を依頼した」 ハルヒの奴、朝倉も招待していたのか・・・ 「おめでとうキョン君。今日はよろしくね。なるべく痛くないようにするからね」 この天使の如き笑顔に騙されてはいけない。 「あ、朝倉!お前やっぱりまだ俺を殺すつもりなのか!?」 「大丈夫、もう殺したりしないわよ。涼宮さんの力が無くなっちゃったのにあなたを殺しても意味が無いからね」 どうでもいいが、さっきからの物騒な会話に客がドン引きしている・・・ここはさっさと終わらせよう。 「そ、そうか、分かった。思いっきりやってくれ!!」 「うん。じゃあ、長門さんお願いね」 「分かった」 長門が何かを呟くとルーレットがかなりのスピードで回り出した。 いかん、こりゃ吐きそうだ・・・ そう思ったのも束の間、無数のナイフが俺目掛けて飛んできたのだ。 かなりの高速で回転しているにも関わらずナイフは俺の身体の形に添ってルーレット板に突き刺さる。 いやぁ、流石は情報統合思念体の作った対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェースだ。 何でもアリっていうのはきっとこいつ等の事を言うんだろうな・・・ やっとルーレットが止まり無事解放された俺はヘロヘロになりながら席に戻ったのだ・・・ ここで一旦俺とハルヒはお色直しのために会場を後にした。 控え室に戻った俺は朝と同じ様にひん剥かれた。 もちろん今度はパンツを徹底的に死守したのは言うまでも無い。 そして着替えが終わりハルヒの支度が終わるのを待っていると、支度が終わったらしく黄色いドレスに身を包んだハルヒが登場した。 「どう、キョンこれ似合ってる?変じゃないかしら?」 そりゃ、もう似合い過ぎってものだ・・・ 「あぁ、ヤバイ位似合ってるぞ」 その返答に満足したらしくハルヒは俺に抱きついてきた。 「ん?どうしたんだ?」 「だって、会場に入ったらこういう事出来そうに無いから・・・今の内に一杯抱きついておこうと思ったんだけどダメ?」 あぁ、もう我慢出来ない!! 「そうだな。もう少しこうしてような」 「うん・・・」 ・・・20分後・・・ 「えー、あのー、お二人ともそろそろいいでしょうか?」 職員の一言によって二人の世界から強制退去させられたハルヒはご機嫌斜めだった。 会場の入り口に着いてもハルヒの機嫌は直りそうに無かったので、ハルヒを強制的にお姫様抱っこした。 「ちょ、キョン?ど、どうしたの?」 「いや、これで入場するのもいいかなと思ったんだが嫌か?」 「い、嫌じゃないわ!それいいわね、そうしましょう!!」 もう、ご機嫌が直ったようだ。 「じゃあ、行くぞ」 入場した瞬間に、俺とハルヒは大量のフラッシュを浴びた。 もはや、軽い芸能人気分だ。 こんなのをよくあれだけ浴びれるもんだと感心しつつ席に戻った俺とハルヒを待っていたのはさっきまで椅子ではなくデカデカとハートマークがあしらわれたソファーだった。 さて、これはなんの冗談だ? 「さぁさぁ、座っとくれよ。折角用意したんだから、ちゃんと使って欲しいっさー」 鶴屋さん、あなたの仕業でしたか・・・ 「いいじゃない、使わせてもらいましょ?」 ハルヒがご機嫌な様なので俺はソファーを使うことにした。 「あぁ、そうしよう。鶴屋さん、ありがとうございます。使わせてもらいますよ」 「うんうん、そうでなくっちゃ。こっちも用意した甲斐があるってもんだい」 俺とハルヒがソファーに座ると、鶴屋さんは満足そうに自分の席へと戻っていった。 ハルヒは俺にくっ付いていられるのに満足らしく、ニコニコと子供のような笑顔をしている。 さて、やっと落ち着いたので辺りを見回してみるとスクリーンで「朝比奈ミクルの冒険 Episode00」が流されていた。 なんで、ここであれが流されてるんだ? 等という俺の疑問は些細な事だったようで結婚式の定番キャンドルサービスの時間がやってきた。 これが夫婦の初の共同作業である。 まぁ、みんな蝋燭を濡らしたりだとか先っぽの紐を切ったりというベタベタな事をしてくれたのは言うまでもない。 そして、今は最後の「SOS団とその友人御一行様」のテーブルに向かっている。 此処では一人一人ちゃんと挨拶しよう。 まずは鶴屋さんだ。 「やぁやぁ、よく来たね」 「どうも。さっきはソファーありがとうございました」 「気にしなくていいっさ。それより、キョン君もハルにゃんもちゃんとめがっさ幸せになるにょろよ」 「えぇ、分かってますよ」 「もちろん!絶対幸せになってみせるわ」 「うんうん、それでこそ君達っさー」 次に朝比奈さんだ。 「キョン君、涼宮さん。本当におめでとうございます。涼宮さん、とっても綺麗ですよ」 「朝比奈さんありがとうございます」 「みくるちゃんありがとね!あなたも早くいい人見つけてね。あたし応援してるわ」 「はい、よろしくお願いしますね」 次に古泉だ。 「どうも、御二方とも本当にお似合いですよ。これから色々大変だとは思いますが、お二人ならどんな窮地に立たされても互いを支え合って乗り越えられると僕は信じていますよ」 「あぁ、古泉ありがとうな。これからはどんな事があっても挫けない様に頑張るよ」 「古泉君、今日は来てくれてありがと!あたし頑張ってキョンを支えるわ」 「えぇ、頑張って下さいね」 次に朝倉だ。 「キョン君、涼宮さん。おめでとう。二人とも、お幸せにね」 「おう、朝倉来てくれてありがとうな」 「えぇ、あなたも幸せになるのよ?いいわね?」 「分かったわ。努力してみる」 最後は長門だ。 「おめでとう」 「あぁ、長門もありがとうな」 「有希、ありがとね。あなた可愛いんだから妥協しちゃだめよ!!理想は高く持ちなさい!!」 「分かった」 こうして最後のテーブルに明かりを灯した俺とハルヒは自分達の席へと戻った。 そしていよいよメインイベントであるウェディングケーキ入刀である。 また、沢山のフラッシュが浴びせられるがさっきほど違和感は無い。 これが慣れというものなのだろうか・・・ 無事ケーキカットも終わり、またハルヒとソファーの上でベタベタしている。 ケーキを食べていたらいよいよ最後のイベントが始まった。 それは「新郎新婦からご両親への挨拶」である。 まずは俺からだ。 「父さん、母さん、本当に今までお世話になりました。今、思えば俺はいつも二人に迷惑を掛けてばっかりでしたね。親の心子知らずという言葉がありますが、まさに俺はその典型的な例だったと思います。しかしながら、今日俺はハルヒと結婚し、最愛の妻のためにもこれから生まれてくる子供のためにもしっかりしていきたいと思います。ですから、これからも俺がヘマをやらかしたらどんどん叱ってやって下さい。よろしくお願いします。最後にもう一度、本当に今までお世話になりました。」 そう言い終わると母さんは泣いていた。 俺も泣きたくなるが今は堪える。 夫としてハルヒを支えてやらなきゃならないからな。 さぁ、ハルヒの番だ。 「お父さん、お母さん、あたしはほんとにワガママで一杯一杯苦労を掛けました。そしてその恩をあたしは全く返せていません。あたし・・・は・・っく・・・ほんとに何をやっても・・・周りから浮くだけで・・・・ホントに駄目で・・・ヒック・・・」 俺は泣き崩れそうになるハルヒを支える。 此処で崩れたらきっと後悔する。 俺の目を見たハルヒは俺に寄り掛かりながら続けた。 「・・・でも・・・あたしはありのままのあたしを受け入れてくれる人と出会いました。今日、あたしはこの人の元へお嫁に行きます。この人とこれからの人生を精一杯生きていきます。だから見てて下さい。これからのあたしを。精一杯生きてるあたしを。お父さん、お母さん、本当に今までお世話になりました。そして・・・ありがとうございました」 ハルヒが泣いている。 ハルヒの両親も俺の両親も泣いている。 でも、これは悲しいから涙が出るんじゃない・・・ 嬉しいから・・・幸せだから出る涙がある事を俺は知っている。 それを教えてくれたのは今、俺の腕の中で泣いてるハルヒなのだ。 なんという幸せな空間なのだろう・・・ いつまでもこんな幸せが続けばいいと思う・・・ そしてそんな幸せな気分のまま俺達の結婚式は終わったのだ・・・ 無事結婚式を終えアパートへと帰宅した俺とハルヒはベッドに入るや否や新婚初夜という事で激しくお互いを求め合った。 ようやくハルヒが安定期に入った事と「これでホントにあたしはキョンのものになれたのよね。さぁ、好きなだけあたしを求めて、キョンの好きにして?」 というハルヒの言葉に俺の理性は完全に陥落したのである。 だが、詳しい内容は割合させてもらおう。 何故かって? そんなの決まっている。 あんなに可愛いハルヒは誰にも見せたくないからな。 なんたってハルヒは俺だけのものになった訳だしな。 まぁ、俺もハルヒだけのものな訳なのだが・・・ さて、ノロケ話はこれ位にして本題に入るとしよう。 今日から俺とハルヒは新婚旅行へ行く訳なのだが、昨晩、頑張り過ぎた為に二人して寝坊してしまったのである。 「ちょっと、この目覚まし時計壊れてるんじゃないかしらっ!?」 見ての通りハルヒは朝からご立腹のようだ。 「いや、それはないだろう。ちゃんと時間通りに鳴ってた気がするぞ」 「じゃあ、なんで起きられなかったのよ?」 「そ、それは、その、昨晩頑張り過ぎたからな・・・・」 あ、ハルヒの顔がみるみる赤くなる。 あぁ、ほんとにカワイイなぁ。 「こ、このバカキョン!!朝から何言ってるのよ!?」 等とイチャイチャしてたらマジで時間が無くなった!! 「さぁ、時間も無いしそろそろ支度を始めましょ」 「あぁ、そうだな」 ハルヒ特製の朝食を食べ、着替えを済ませいよいよ俺達は家を出た。 目的地はここから電車を使って4時間ほどの場所にある温泉が有名な観光地だ。 「さぁ、行くわよキョン!!いざ新婚旅行へ出発よっ!!」 「あぁ!!行こう!!」 さぁ、遂に新婚旅行のはじまりであるっ!! さて地元の駅から電車で6時間ほどの旅だった訳だが・・・ 電車の車内で色々あった俺は今日一日分の精神力を見事に使い果たしていた。 ハルヒは到着早々遊ぶ気満々だったが朝の寝坊もあって辺りは日が暮れ始めていた。 「さぁ、キョン何処に行きましょうか?」 「とりあえず、旅館に荷物を置きに行きたいな。このままじゃ動きづらくて堪らん」 「そうね、じゃあ行きましょっ!!」 そう言ってまた俺の腕に抱きついてくる。 あぁ幸せ過ぎて俺は死にそうだ。 「ちょっと、キョン!!あたしの前で死ぬとか言わないでよねっ!!今度言ったら罰金だからね!!」 また俺の悪い癖が出ていた様だ。 ホント、どうにかならんかね・・・これ。 「キョンが死んじゃったら・・・・あたし・・・あたし・・・」 あぁ、そうだよな・・・ 俺だってハルヒが突然死んでしまったら生きていけないだろう・・・ 「済まなかった、俺は死なないよ。ハルヒの傍にずっといるから安心しろ」 「絶対よ?約束だからね!!破ったらひどいんだから!!」 「あぁ、約束だ」 それを聞くとハルヒはいつもの太陽の如き笑顔に戻った。 「じゃあ行くわよ!!泊まる旅館、駅から送迎バスが出てるのよ。急ぎましょ」 「おう」 そう言って俺達は送迎バスへと向かった。 無事バスを見つけ移動すること20分程で旅館に到着した。 フロントで受付を済ませ、鍵を受け取った俺とハルヒは部屋に向かっている。 「やっぱりこの苗字にはまだ違和感があるわ」 おいおい・・・ 「しっかりしてくれよ?」 「分かってるわ。あ、ここじゃない?」 ハルヒが部屋の前で立ち止まり鍵を開けた。 部屋は割りと広めで中々風情があった。 「わぁ、素敵な部屋じゃない!!」 ハルヒも大満足のようだ。 荷物を置いた後、出掛けたがるハルヒをどうにか説得しその日はそのままゆっくりする事にした。 豪勢な夕食を堪能した俺とハルヒは混浴露天風呂に向かった。 いやぁ、名物と言うだけの事はあったね。 風呂を上がりさっぱりした俺達は部屋の布団の上でダラーっとしていた。 「今日は疲れたし、もう寝るか?」 「そうね。明日もあるし今日は寝ましょう」 そう言ってハルヒが部屋の電気を消した。 真っ暗な部屋で睡魔の誘惑を受けているとハルヒが俺の布団に潜り込んできた。 「どうした?」 「ずっと、キョンと一緒に寝てたから一人だと寝れないの。だから一緒に寝ていい?」 「あぁ、いいぞ」 「じゃあ、おやすみキョン」 「おやすみハルヒ」 こうして新婚旅行初日は幕を閉じた。 翌日、朝食を済ますや否や俺はハルヒに観光名所巡りに引っ張り出されていた。 「さぁ、行くわよ!!何かがあたし達を待ってるわ!!」 「その何かとは何だ?教えてくれ」 「何かは何かよ!言葉で表せるものに興味は無いわ!!」 久々にハルヒ節が炸裂している。 こうなっては誰にも止められないのを俺はよく知っている。 「分かったよ。幾らでも付き合うよ」 「当たり前でしょ!!なんたってあたしの夫なんだからどこまでもついて来てもらわなきゃ困るわ!」 「あぁ、そうだな」 その日は観光のパンフレットに載っていた場所のほとんどに行った。 そして今は本日最後の観光名所である夕日が一番綺麗に見えると評判の場所に来ている。 「うっわー、ホントに綺麗に見えるわねー」 お前の方が綺麗だけどな・・・ 「あぁ、ホントだな」 しばらくお互い黙って夕日を見ているとハルヒが切り出した。 「ねぇ、みくるちゃんと有希すっかり綺麗になってたわね」 「あぁ、そうだな。正直見違えたな」 「ふーん、やっぱりそう思ったのね」 ハルヒの声のトーンが急激に下がる。 これはヤバイな。 早くも離婚の危機か!? 「あの子達ね、あんたの事好きだったのよ・・・」 「そ、そうなのか?」 いや、それは気が付かなかったな・・・ 「全く、白々しいわね」 ほんとに気付かなかったんだよ!! 「あたしはそれを知っててあんたを独占したの。団長っていう立場を利用してあの子達とあんたが必要以上に近づかないようにしてたの」 俺は黙ってハルヒの話を聞く。 「ホントあたしって最低よね・・・・・・いつも「団長だから団員のために」とか言ってたくせに結局最後は自分を守ってた。キョンを誰にも渡したくなかった。だってキョンが居なかったらあたしはきっと壊れちゃうから・・・」 抱きしめてやりたい。 でも、今はまだそれをしちゃいけない気がする。 「あたしは自分が情けない。みくるちゃんや有希の幸せを願っているのに・・・なのにキョンを手放す事だけは絶対出来なかった」 こんなハルヒを見ているのは辛い。 だが、ハルヒの夫としてここは耐えなければならない。 「あたしは今とっても幸せだけど・・・これはあの子達の幸せを犠牲にして得た幸せなの・・・だからあたしはあの子達に憎まれても・・・それは仕方がないわ・・・」 そこまで聞くと俺はもう我慢出来なかった。 ハルヒを思いっきり抱きしめた。 「・・・キョン?・・・」 「バカか!?お前は!!」 「・・え?・・・」 「いつ長門と朝比奈さんがそんな事を言ったっ!?言ってないだろう!?」 「・・・でも・・・でもっ!!」 「結婚式に来てくれた二人の顔をお前だって見ただろっ!?お前を憎んでる顔をしてたかっ!?して無かっただろっ!?二人とも心の底から祝福してくれてたじゃないか!!」 「・・・それは・・・そうだけど・・・」 「確かに二人は俺の事が好きだったかもしれない!!でもな、それでも俺はお前を選んでたさっ!!」 「・・・ホント・・・に?・・・・・ホントにあたしを選んでくれた?・・・」 「あぁ、選んでたよ。俺は始めて会ったあの日からずっとお前が好きだったんだからな!!だから、何があっても俺は、俺だけは最後までお前の傍にずっと居てやる!!」 「キョン!!あたしも・・・あたしもキョンが大好き!!」 「いいか?誰だって何かを犠牲にして生きてるんだ。長門も朝比奈さんも古泉も俺もな。だからそれから逃げるな!!ちゃんと向かい合え!!倒れそうになったら幾らでも俺が支えてやる」 「・・・うん・・・ック・・分かった・・・ヒック・・・もう・・絶対に・・逃げないわ・・・」 「あぁ、だから今は泣け。そして泣いた分だけ強くなれ。そうしないと生まれてくる子供に笑われちまうぞ」 「・・うん・・・うん・・・ふわぁぁぁぁぁぁああん・・・」 気が付くと辺りはすっかり暗くなっていた。 俺は泣き止んだハルヒを背負って旅館に戻った。 食事の時間はとっくに過ぎていたが旅館の人が夜食を用意してくれた。 その夜食を食べ終わるとハルヒは横になりそのまま眠ってしまった。 今日は一日動きっぱなしだったし、沢山泣いたもんな・・・ ハルヒお疲れ様・・・ 俺はその言葉に沢山の意味を込めた。 そして俺もそのまま寝床に着いた。 旅行も明日で終わりだな・・・ そんな事を考えつつ俺の意識は薄れていった・・・ 最終日は旅館をチェックアウトした後、昨日の内に観光を思う存分満喫した俺達は御土産屋を回る事にした。 ハルヒはお土産と一緒に「宇宙人全集 温泉地限定浴衣バージョン」なる物を買っていた。 何でも此処でしか売っていない限定物らしいのだが・・・ まさか、それが目的で此処を選んだんじゃないよな? あらかたお土産を買った俺達はそのまま帰路に着いた。 無事帰宅した俺達に残された大きなイベントはこれでハルヒの出産だけとなった。 それから6ヶ月程の時間が過ぎた。 現在はハルヒは妊娠8ヶ月半で、出産まであと少しである。 もうハルヒのお腹も大分大きくなっていて確実に成長しているのだと妊娠していない俺にも実感出来る程だった。 この子もハルヒのように毎日を元気に過ごして欲しいと俺は思っている。 「あ、キョンこの子今動いたわ!!」 子供が生まれても俺はその名で呼ばれ続けるのだろうか? 結婚して以来、俺はハルヒに何度か本名で呼んでくれと頼んでいるのだがそれは悉く却下されている。 最悪子供にまで「キョン」と呼ばれる事が無い様に努力しよう。 「何っ!?ほんとか?」 「あんたバカ?そんな嘘ついてどうすんのよっ!?そんなに疑うなら触ってみなさいよ!!」 そう言いハルヒが俺の手を取り自分のお腹に当てる。 その時、子供がハルヒの中から蹴ってきた。 どうやらこの子もハルヒと同じ位に気が強いらしいな・・・ 文句でも言っているのだろうか? 「ね?今動いたでしょ?」 「あぁ、ほんとに動いたな。正直感動した。早く顔が見たいな」 「ホントよね!!さっさと出てこないもんかしら?」 おいおい・・・ 「そんなにポンっと出てくる訳無いだろ?てかそれじゃあ感動が全く無いじゃないか。それにその子にもタイミングってもんがあるだろうし気長に待とうぜ」 「そんなの分かってるわよ!!いちいち冗談を真に受けないでよね?ほんっとにあんたって進歩しないわよね」 ハルヒは本日も絶好調のご様子だ。 いやはや、結婚式前後の時のしおらしかったハルヒが恋しいねぇ・・・ あの時のハルヒはそれはそれは可愛かったね・・・ 「なーに鼻の下伸ばしてんのよ!?このエロキョンっ!!」 どうやら顔に出ていたようで、ハルヒの視線がさっきから痛すぎる。 「どーせ、みくるちゃんや有希の事でも考えてたんでしょ?」 なんでここで長門と朝比奈さんの名前が出てくるんだ?さっぱり理解出来ん。 「いや、俺はお前の事を考えていたんだが」 「そうなの?まぁ、それなら高級レストラン1回で特別に許してあげるわ」 「はいはい、それはどうも」 「それはそうと、ねぇ名前はもう決めてくれた?」 「あぁ、今最後の2択で悩んでいるところなんだ」 「へぇ、あんたにしては仕事が早いわね。じゃあ、その最後の2択とやらを聞かせてちょうだい。あたしが採点してやるわ!」 「それは生まれた時のお楽しみだ」 「あんた、あたしにそんな口聞いていいと思ってんの?あんた何様よ!?」 「俺か?俺はハルヒの旦那様だが」 「ま、まぁそうね、間違っちゃいないわね。って開き直るな!!」 こんな夫婦喧嘩のような会話をしていて子供に悪影響を与えないのかとたまに心配になる。 だが同時に、これが俺達の自然体なのだからこのままでいいとも俺は思っている。 今はとりあえずこの怒りが収まらない俺の奥様をどう鎮めたものか・・・ 「ちょっとキョン!!ちゃんと聞いてんのっ!?さっさと答えなさい!!30秒以内!!」 それだけを考えている・・・ その3週間後、いつものように労働に勤しんでいると突然俺の携帯が鳴り出した。 急いで廊下に出てディスプレイをチェックすると発信はハルヒの携帯からだった。 「どうした?何かあったか?」 「あ、キョン?あたしきたみたいなの!!」 相変わらず主語が抜けている。 「来たって何が?まさか宇宙人か?」 「あんたってホントにアホでしょっ!?陣痛がきたみたいって言ってんのよ!!」 「え?だって予定日まであと3週間もあるじゃないか?」 「そうだけど、きちゃったもんはきちゃったのよ!!」 確かに電話の向こうのハルヒは苦しそうである。 落ち着け・・・落ち着くんだ、俺!! 「大丈夫なのか?病院までちゃんと行けるか?」 「今、母さんが来てくれてるから大丈夫。タクシー来たら病院に行くからアンタも急いで来なさいっ!!」 「いきなりそんな事を言われてもな、まだ仕事残ってるし。出来るだけ急いで行くよ」 「はぁっ!?アンタ、あたしと仕事とどっちが大事なのよっ!?いいからさっさと来なさい!!3秒以内!!遅刻したら離婚だからね!!じゃ!!」 ブチッ!! ツー ツー ツー はぁ、どうすりゃいいんだよ・・・ 俺だって今すぐにでも行きたいが、いきなり早退させてもらえる訳も無いしな・・・ そう思いつつドアを開けると部長が俺の鞄を持って立っていた。 「話は全部聞かせてもらった。今日はお前が居ると何故かみんなの仕事が捗らんからさっさと帰れ」 「え?で、でも」 「でももヘチマもあるか!とにかく今日のお前は邪魔なんだ。だから帰れ!!」 「あ、ありがとうございます!!」 「お礼を言われるような事はしとらん。邪魔だから追い出すだけだ」 「はい。失礼します」 俺は部長に頭を下げると病院を目指して走り出した。 その際、部署から声援が聞こえたのはきっと気のせいではないだろう。 会社を出てタクシーを捜したが中々来ない。 こんな所でタイムロスをしたくないので俺はがむしゃらに走り出した。 病院はここから車で1時間は掛かるが、この場でタクシーを待っている余裕は今の俺には無いので、今はただ一歩でも病院に近づく様に走っているのだ。 暫く走っていると偶然にも信号待ちをしているタクシーを発見した俺は慌ててドアをノックした。 幸い、客は乗せておらず俺はそのタクシーに乗って病院へ急いだ。 事情を聞いたタクシーの運ちゃんが一般道で混雑する時間帯に120キロを出すという中々スリリングな事をしてくれたおかげで30分程で病院に到着する事が出来た。 願わくばあの運ちゃんが違反で捕まりませんように・・・そう願いつつ病院の中へ入った。 俺は受付でハルヒが何処か聞こうとしたが、俺の顔を見るなり看護師さんが俺をハルヒの元へ案内してくれた。 そういえば、診察室でキスしたバカップルって事で有名だったな、俺達・・・ 案内された分娩室の前には、ハルヒの母さんと俺の母さんが待っていた。 「ちょっと、キョン!遅いじゃない!?」 「あぁ、スマン。お義母さん、すいませんお世話になりました」 「いいのよ。それよりハルちゃんが無理言ってごめんなさいね」 「いえ、それでハルヒは?」 「20分位前に分娩室に入ったところよ」 「そう・・ですか」 すると分娩室から看護師さんが出てきた。 「あ、旦那さんやっときたぁ!!さぁ、早く中に入って下さい。奥さんがお待ちですよ」 と言って俺を分娩室に連れ込む。 廊下と分娩室との間にある部屋に入った俺は看護師さんに怒られていた。 「もう、遅いじゃないですか。ダメですよ?出産も立派な夫婦の共同作業なんですからね!分かりましたか?」 「はい、ごめんなさい」 「よろしい。じゃあこれ着て下さい」 と言って自分達が着ているものと同じものを俺に渡してきた。 俺がそれを着終わるのを確認すると俺をハルヒのいる分娩室へと通した。 「奥さん、さっきからカンカンですから覚悟しといた方がいいですよ」 「でしょうね。慣れてるから大丈夫ですよ」 分娩室にはかなり苦しそうにしているハルヒと担当の先生と看護師さん数人が居た。 「あら、やっと来たの?遅かったじゃない」 ハルヒの担当の先生が話し掛けてきた。 「どうも、遅くなってすいませんでした」 「まぁ、それはいいから奥さんに話し掛けて励ましてあげて。なんだったらまたキスしちゃってもいいからね」 きっとこれがこの人流の励まし方なのだろう。 そう・・・信じたい・・・ 「はい、分かりました」 俺はハルヒの隣に立って話し掛けた。 「よう、遅くなって済まなかったな」 「お・・そいわ・よ・・・何や・・ってたのよ・・・」 怒ってはいるがいつもの勢いは無い。 それほどまでに苦しいのだろう。 「ホントにスマン。これでも大急ぎで来たんだぜ?」 「・・・遅刻し・・たら・・離婚・・・って言った・・でしょ・・・」 「文句なら後で幾らでも聞いてやるから、今は子供を生む事だけを考えてくれ。俺もずっとここに居るからな」 そう言って俺はハルヒの手を握った。 「分かった・・・わ・・覚悟し・・・ておきなさいよ・・・」 「あぁ」 もうそこから何時間経っただろうか・・・ ハルヒは未だに苦しんでいる。 早く終わって欲しい・・・ 俺はハルヒの手を握りながらそれだけを願っていた。 こんな時「ハルヒ頑張れ!!」としか言ってやれない自分に嫌気が差す。 ハルヒは激しい痛みによって気絶し、また痛みによって覚醒する行為を何回も何回も繰り返した。 正直、その姿を見ていられなかったがここで目を閉じてしまったらハルヒは一人ぼっちになってしまう。 俺は何度も目を瞑りそうになる度に自分に「瞑るな!!」と言い聞かせた。 そして遂にその時がやってきた。 「おぎゃー、おぎゃー」 と元気な泣き声が聞こえる。 俺がふっとその泣き声のする方へ目線を上げるとそこには看護師さんに抱かれた小さな赤ちゃんの姿があった。 俺はやっと終わったと安心した。 「やったな、ハルヒ。無事に生まれたぞ」 「・・・・・・・・・・」 ハルヒの反応が無い。 俺の頭の中で最悪の予感が起こる。 「は、ハルヒ?おい、これはなんの冗談だ?」 いつの間にか握っているハルヒの手に力が無くなっている。 そんな事はある筈が無い・・・・・・・・ 「ハルヒっ!?ハルヒーーーーっ!!」 俺は目の前が真っ暗になっていた・・・・ 「旦那さん、落ち着いて!!大丈夫、気絶してるだけよ。ほらちゃんと呼吸してるでしょ?」 え?本当に・・・・・・・? 俺は恐る恐る確認する。 すー はー すー はー 本当だ。 ハルヒは生きてる。 良かった、本当に良かった。 再びハルヒの手に力が戻る。 「・・・・ぅっさいわね・・・・勝手に殺すんじゃないわよ・・・・・」 ハルヒはゆっくり目を開いた。 「あぁ、そうだな。済まなかった」 「・・・全く・・・他に言う事・・・あるでしょ・・・」 「あぁ、ハルヒ良く頑張ったな。ありがとう、お疲れ様」 それを聞いたハルヒは力無く微笑むと再び目を閉じ深い眠りについた。 眠ったハルヒと一緒に分娩室を出ると母さん達だけでなく俺の親父にハルヒの父、そして妹が待っていた。。 「無事生まれました。ご心配お掛けしました」 おれがそう言うと歓声が沸いた。 なぁ、ハルヒ、ほんと俺達はいい家族に恵まれたよな。 俺はそのままハルヒに付き添い、みんなは保育器に入っている俺達の子供を見に行っていた。 「生まれてすぐに離れ離れになるのはなんか寂しいな」 俺は眠っているハルヒにそんな事を話掛けていた。 幸いハルヒの部屋は個室だったので、俺はその晩ハルヒに付きっきりで居ることにした。 翌日、会社に電話をして子供が無事生まれた事、一日仕事を休ませて欲しいという事を部長に話した。 部長が「無事生まれたか、そうかそうか。それは良かった」と言うと部署内で歓声が沸いているのが聞こえた。 「有休って事にしとくから、気にせず休め」 「ありがとうございます。では」 俺はそう言って電話を切り、受付で車椅子を借りてハルヒが眠る病室へと戻った。 ハルヒはその日の昼位にやっと目を覚ました。 「お、やっと起きたか?おはよう」 「ん?おはよ。今何時?」 「あぁ、12時半位だな」 「そう。ねぇ、赤ちゃんは?」 「新生児室にいるよ」 「そう、じゃあ今から見に行ってくるわ」 「おいおい無理するなよ?」 「無理なんてしてないわ」 そう言って立ち上がろうとするが足に力が入らないようだ。 「そうかい、じゃあこれに乗れ。そしたら連れて行ってやる」 そう言って車椅子を引っ張り出した。 俺は車椅子に乗ったハルヒを連れて新生児室に来ている。 俺はハルヒに付きっきりだったので、ここに子供を見に来るのは始めてである。 「ねぇ、あたし達の子供ってあれよね」 ハルヒが自分の部屋の番号が書かれたプレートの下がった保育器を指差す。 「あぁ、そうだな。可愛いな」 「ホントね。アンタに似なくて良かったわ」 「おいおい・・・」 「冗談よ!!いちいち真に受けるなっていつも言ってるでしょ?」 「お前の冗談は冗談に聞こえないんだ」 「そんな事はどうだっていいわよっ!!」 いや、よくはないと思うんだが・・・ 「それより、あの子の名前をそろそろ教えてくれない?」 「あぁ、そうだな。あの子の名前は「はづき」だ。「春」の「月」って書くんだがどうだ?」 「ふーん。まぁ、あんたにしちゃ中々なんじゃない?」 「そうかい?そりゃ良かった」 「あなたの名前は春月よ!!美人のママとダメダメヘッポコのパパだけどこれからよろしくね!!」 おいおい、いきなりその自己紹介は無いだろ? まぁ、いいか。 そこはこれから幾らでも修正して行けばいいしな。 まずはこの子に挨拶だ。 「ワガママなママとそのママに全然頭が上がらないパパだけどこれからよろしくな春月」 そして1週間後・・・ ハルヒは無事退院する事になった。 体調を完全に回復したハルヒと春月を連れて俺は家へと帰ってきた。 1週間程は静かだったこの部屋もまた賑やかになるだろう。 いや、ここは以前にも増して賑やかになると言い換えておこう。 まぁ、この子が始めて喋った言葉が「キョン」だったとか色々騒動はあったのだがそれは別の機会にしよう。 なんたって、一人でも手を焼いていたのが今度は二人になってしまったんだからな。 また、俺の気苦労も増えそうだ・・・・ あぁ、名前の意味? それは、「ハルヒ」っていう太陽から光を一杯もらって、いつか自分自身で光り輝いて欲しいって思いを込めて「春月」って名前にしたのさ。 「ちょっとキョン!!何してんのよっ!?早く来なさい!!」 早速、春月が何かしでかしたようだな。 そろそろこの言葉も封印したいのだがそれはまだ先の話になりそうだ。 「あぁ、今行くよ。はぁ、やれやれ」 fin エピローグ その後の話を少しだけしたいと思う。 春月は無事4歳となり今日も元気に外をハルヒと一緒に走り回っている。 無論、俺も二人に引っ張り回されている最中だ。 「きょんくん、おそいよ!!おくれたらばっきんなんだよ!!」 「そうそう、遅れたら罰金よ!!それが嫌ならさっさと来なさい!!」 はぁ、すっかり似たもの親子になっちまったな。 これからがある意味では楽しみで、ある意味では怖いな・・・ もうお気付きの方も多いと思うが、そう俺の努力虚しく俺は我が子にも「キョン」と呼ばれているのである。 今は、大きいハルヒと小さいハルヒである春月に振り回される忙しい毎日を過ごしている。 大変だが充実した日々を送れている事を俺は二人に感謝したいと思う。 じゃあ、二人が呼んでいるのでそろそろ行くとしよう。 罰金は嫌だしな・・・ 「おい、待ってくれよ!!」 そう言って俺は二人の元に走り出した・・・・・ fin
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俺はいつぞやのごとく、再びノートパソコンの前で無駄な電力と労力を消費していた。 その理由は、文芸部存続の為、恒例となった会誌のおかげである。 ことの発端である生徒会長が「部活動なのだから定期的に活動しなければ意味がない。定期的に発行して、文芸部としての活動をすること。」 との伝令があった。 しかし以外にもハルヒは今回、あんなに毛嫌いしていた生徒会長の言葉を素直に受け入れたのだ。俺の言葉なんざまったく聞いちゃくれないのに・・・。 「別にいいじゃないの。前回あれだけの人気があったんだから、次回作を期待している読者だっているわ。」 と、我団長は話した。 「わかってるわね、キョン!! 私たちの作るものは常に前回を上回るものでなきゃダメなの。どこかのアメリカ映画みたいなくだらないの続編ものはゆるされないんだからね!!」 いつにもましてハイテンションだな。 って、さらにクオリティの高いものを作れないとダメなのか!? 「もっちろん!! それに今回は私もなにか小説を書こうと思うの。 ジャンルは・・・そうねぇ、前回なかったSFにしようかしら。」 ・・・とかなんとか騒いでいる内にSOS団はあれよこれよという間に会誌vol.2をつくる羽目になった。 各自のジャンルは前回同様と同じものになった。その理由は「その方が慣れてるでしょ?」という団長の一言で決まってしまった。 「期限は一週間! ダラダラと長い時間をとるのは意味ないし、SOS団は他にもやらなくてはならないことは山程あるの! 一週間で仕上げちゃいなさい! 遅れたら罰金なんだからね!」 とまぁかくしてSOS団は再び会誌を作ることになったのだが・・・。 俺はまたしても恋愛小説を書かなくてはならなくなった。ああ、あの忌まわしき過去が、鮭の母川回帰本能ごとく俺のもとに舞い戻ってきやがった。 しかし、かくいう俺も少しうれしいことがあった。 それは鶴屋さんの冒険小説の続編が拝めるからだ。 前にも言ったが彼女の小説は、万人に笑いを与えられる秀作で、とても一般人が書いたとは思えない代物だった。 著者である鶴屋さんも「続編だね!? まっかせといてよ! キョン君の期待に応えるためにもめがっさはりきっちゃわなきゃね!」 といつもの明るい笑顔でオファーしてくださった。 製作開始から3日が経過した。 それぞれ前作同様、同じ手法で製作に取り組んでいるのだが、以外にも前回と比べると団員全員・・・訂正、1団員を除く全員の顔には余裕の表情が伺えた。 ハルヒの言うように、要領を掴んでいるせいか楽しんで製作していた。 ちなみに言うまでもないが1団員とは俺のことだ。 「どうです? 作業は捗っていますか?」 いつものように古泉が寄り添ってきやがった。 「しかし、涼宮さんは前回の貴方の作品では十分な満足は得られなかったようですね。 実を言うと私も、また貴方の作品を読んで見たいと思っていました。」 ・・・こいつは本当になにを考えているんだ? 「普通の高校生と同じようなことを考えていますよ。 超能力以外、普通の高校生とまったく一緒なのですから。」 そんなことは前から何回も聞かされている。 俺は超能力者・古泉の思考ではなく、高校生・古泉の思考について疑問を抱いているんだ。 「キョン君は、今回はどんな恋愛小説を書くんですかぁ?」 と、SOS団のエンジェルこと朝比奈さんが質問を投げかけてきた。 「それがさっぱり・・・。前回のやつだって苦し紛れのもんでしたし・・・。 朝比奈さんはもうネタとかできているんですか?」 「私は、今回眠れる森の美女をイメージにした童話を書くつもりですぅ。」 また誰か寝ているんですね・・・。というか今回ハルヒはどのポジションにつくんだろう? 長門はというと、ただ黙々とノートパソコンの前でカチャカチャカチャと止まることのない音楽を奏でていた。 「なぁ、長門。前回の名前をつけるところの下り、もしかしてあれ、お前自身のことか?」 「・・・。」 「あの、発表会ってなんなんだ?」 「・・・。」 「歌っている男、って誰なんだ?」 「・・・。」 長門には前回の小説のことを幾度か質問してはいるのだが、返答はいつもない。 しかし次回作ではその謎が少なからず解かれるのであることをウイスキーボンボンの中身ぐらいの期待を持つことにしよう。 と考えていると、いきなり「できたぁ!」と叫ぶ声とともにハルヒが部室に入ってきた。 「ねぇねぇキョン!? 見てみて! 今回SFを書いてみたんだけどすんごい名作よ! 読んでみなさい!」 と、数枚の印刷されたてで、まだ暖かさが残る原稿用紙を手渡された。 俺は一応というか、こいつの作るものにはそれなりの評価はしているのでそれなりの期待をもちながら読み始めたのだが・・・。 ハルヒの作ったSFは期待通り、かなり濃密で斬新な作品であった。しっかりとした構成と話でできていて、とても3日で製作したとは思えない、鮮麗としたものだった。 「どう!?」 と、自信満々のハルヒだったが、 「それよりキョン、あんたできたの!?」と鬼編集長が迫ってきた。 「前回もそうだったけど、あんたは問題児なんだからね! これから私がしっかり編集長としてあんたをしごいてあげるわ!」 正直俺はまいっていた。なにを書くにもそんな経験や知識は皆無でとどめにもてたこともない。付け加えるとやる気もない。 そんな俺にハルヒは学校にいる間は愚か、家に帰ってもメールや電話で進捗度合いを俺に尋ねてきやがる。 一歩間違えればストーカーだ。 製作開始5日目、ネタに困った俺は放課後、谷口と国木田に相談した。 「ネタぁ? お前また恋愛小説書くのか? しかし前回のはひどかったな!」 うるさい。お前に言われたくはない。 ちなみに、こいつらは今回会誌には参加していない。ハルヒ編集長曰く、 「あんな作品はページの無駄よ無駄。無駄なことはあたしは好まないの。」 とここでも鬼編集長ぶりを発揮していた。お前が強引に書かせたくせに。 しかしそれをいうなら俺のもだって相当なもんだぜ?この際だから俺も打ち切りにしてくれないか?とたずねると 「あんたはSOS団員なのよ? 団員は必ず参加しないといけないの! そんなこともわからないの?」と怒られてしまった。 そんなことを俺は脳裏で回想していると、国木田が発言した。 「そうだねぇ。なにも出てこないならSOS団の人達を題材にしちゃえば?」 ・・・! 「そりゃおもしれぇ! 涼宮の団は男女いい具合にいるからよ、昼ドラみたいのかいてみろよ!」 ドロドロ恋愛か・・・。いやそれは俺の力量ではかけないな。 「ドロドロは無理だがいい案を思いついた! サンキュー国木田!」 「どういたしまして。あ、SOS団のみんなによろしくね。」 そうして俺は、部室に向かった。 「って俺には礼なしかよ!」 と谷口が叫んでいたがそんなことは気にもとめなかった。 俺は部室に行くと、そこには長門がいつものように本を読みながら座っていた。 朝比奈さんもいつものようにメイド服に着替えていて「あ、キョン君」と優しい笑顔で挨拶してくれた。 そして古泉がいつものようにこちらを見て微笑んだ。こいつの微笑みは朝比奈さんの笑顔で明るくなった俺の心を台無しにしやがる。 しかし、ハルヒはそこにはいなかった。 まぁこれもよくあることだ。 俺は早速ハルヒがコンピ研から巻き上げたノートパソコンを起動して、テキストエディタに文章を叩き込んでいった。 しかし、一日で終わるわけもなく俺はこの作業を土日もすることになった。 ハルヒのストーカー行為にめげることなく、俺は土曜の夜に恋愛小説を完成することができた。 しかし日曜までかかると思っていたのだが・・・俺も知らないうちに書き慣れちまったんだな、恋愛小説。 その報告を編集長に連絡すると、 「そう、じゃあ今からチェックしてあげるからあたしんちまでもってきて。」 という返事が返ってきた。 「ちょっとまて。今からお前の家って・・・。」 「安心して。ママ達は土日は仕事でいつも家にいないの。だから気にすることはないわ。」 ってその方が余計に気にするわ! 「つべこべ言わずにさっさと来なさい! 10分以内で来るように! 遅刻したらジュース奢りだからね!」 と言い残し電話を切られた。 俺は仕方なくノートパソコンを鞄に詰め込み、ハルヒの自宅へと向かった。道中、果汁100%のジュースとコーヒーも買って行った。 ハルヒの自宅に到着した俺は大魔神のごときハルヒの怒りを静める為、ジュースを渡しなんとか機嫌をなだめた。 実際のところ、10分では到底たどり着くことのできない距離にハルヒ宅があるわけで、俺はどうあがいてもジュースを奢らされる運命にあったわけである。 ハルヒはただジュースが飲みたくて俺にあんなことを言ったのだ。 その証拠にこの後ハルヒは「まぁ買ってきたことに免じて私のジュース代は返してあげる。」といって部屋に案内されながら100円返してくれた。そういうならもう20円返せ。 「それより早くあんたの小説読ませなさい。おもしろくなかったらまた作り直さなきゃいけないんだから。」 とハルヒにせがまれたので俺は息つく間もなく、ノートパソコンの電源を入れた。 立ち上がるまでの間、俺はハルヒの部屋をきょろきょろ見渡していると 「こら、エロキョン! そんなにジロジロ見渡さないの!」と怒られてしまった。 そんなことをしているうちにノートパソコンは立ち上がり用意ができた。 「ほらよ。」 そう俺は言ってハルヒに俺の恋愛小説第2弾をご披露した。 俺はどこにでもいる高校生だ。そんな俺の夢描く高校生活とは、まったりと、しみじみとした普通の高校生活であった。 しかしこんな俺の淡い夢も入学式から数日後、儚くも崩れ落ちていった。 その原因は同じクラスでありながら、俺ら普通の高校生とはまったく違うエンジンを搭載した 一人の女子であった。 クラスメイトがそれぞれ自己紹介するときから、いきなりその排気量の違いを見せつけられ、気づいた時には俺はその女子が立ち上げた部活動に入部させられていた。 その犠牲者は他にも3名いたがなんとその3名もそれぞれ未来人、宇宙人、超能力者と奇怪な能力の持ち主で俺は三者三様、エキセントリックな経験をするハメになった。 そんなわけで俺は毎日飽きることなく、常に刺激溢れる毎日を送ることとなった。 初めの頃は迷惑極まりない、明日が恐ろしい日々だったが、人間というものは素晴らしい機能を持った生き物であり、半年も過ぎるとそれらの刺激が楽しいとさえ思えるようになっていた。 そんな毎日を送っていた俺は精神的にも疲れていたせいか、ある変な夢を見てしまった。 その夢とは、あの女子と俺だけしかいないもうひとつ世界、いわゆるパラレルワールドに迷い込んでしまうというものだった。 このもうひとつ世界とは、女子が作り出した世界だった。 現実に楽しみを失い、新しい世界を望む、女子の願いでできた世界であった。 そんな世界に俺はただ一人歓迎されたのだった。 その世界は灰色で、冷たくて、しかも舞台が俺のその女子が通っている学校だった。 そしてその世界には巨大で、建物を破壊する青くて透明な生き物が存在した。 なにもかもが違う世界に女子は感動していた。 しかし俺は、この世界を否定した。 女子はその意見にこう質問した。 「あんたもつまらない毎日にうんざりしてたんじゃないの?」 俺はこう言い返した。 「俺はみんなのいる世界で、みんなと一緒に居たいんだ。」 その言葉を口にした瞬間、俺は気づいてしまった。 俺の生活の中心にいたあの女子もいつの間にか俺の『心』の中心にいることを・・・。 たしかにお前といれることはうれしい。 しかし俺にとってあの生活の中心にいるお前が一番好きであるなんだ。 この気持ちをどうしたらお前に伝えられる? どうしたら・・・。 俺は女子の両肩に手を置き、向かいながらこう切り出した。 「俺、実はポニーテール萌えなんだ。」 「いつぞやのお前のポニーテールは反則的なまでに似合っていたぞ。」 「はぁ、・・・なにいってんの?」 と、女子は戸惑った顔をしながら俺に大きな瞳を見せた。 そして俺は次の習慣、女子に口付けをした。 「・・・え?」っと驚いた声を出した女子だが、俺のキスに嫌がることなく、受け入れてくれた。 俺の気持ちが届くいたのなら、もう一度元の世界で共に生きよう。 できることなら・・・ずっと・・・。 俺はそう祈りつつ、彼女にキスをした。 そして次の瞬間、このパラレルワールドは崩壊し、二人は元の世界に、元の生活にもどるのだった。 ただひとつ、違うことがあった。 次の日、彼女はポニーテールだった。 俺は少し嬉しくなったのでこういった。 「似合ってるぞ。」 終 読んでもらえばわかるであろう。俺は恋愛小説を書き慣れたわけではない。ただ前にあった事象を文字で表現しただけだ。 しかし。俺は前からどうしても知りたいことがあった。 ズバリ、涼宮ハルヒは俺をどう見ているのか。 古泉や長門、朝比奈さんはハルヒは俺のことを特別視しているというが、実際俺はハルヒ本人からそんな類の話は聞いたことが無い。 俺とハルヒが一番近づいた日の出来事。しかもこれは俺とハルヒしか知らない夢の話。(本当は現実の話だが、ハルヒは夢だと思っているからな。) このことを書けばハルヒの本心が少しでも垣間見れるのでは。 そう俺は心に思いながらこの恋愛小説を執筆した。 ・・・・・。 ハルヒから何の反応もない。 もう読み終わってもいい時間は経過した。 ・・・・・。 ハルヒはどうやら混乱しているようだ。 しかし表情はあっけにとられたような顔をしていた。 正直かわいい顔をしていた。 ハルヒはついに沈黙を破って話し出した。 「あたし・・・、この話、知ってる。」 「そうか。」 「なんであんたこのこと知ってるの!? あれはたしかに夢だったはずなのに・・・。」 まぁここまでは期待通りの反応だな。俺はそう思いながら話を続けた。 「・・・実は俺も見たんだ。この夢。てかハルヒもこの夢見たことあるのか。」 当然、俺はハルヒが見たことを知っているが、話がややこしくなるので適当に話を合わせるために言った。 「そうなんだ・・・あんたもあの夢見たんだ。」 そしてハルヒはこう言った。 「すごいわ、違う人間がここまで同じ夢を見るなんて!」 ・・・あれ? 「これはきっと、宇宙人か未来人か超能力者か異世界人が私達に対してメッセージを送ったのよ!」 あれあれ? 「こうしてはいられないわ! キョン、この夢を見たときの状況を詳しく話しなさい!」 そうして俺はこの夢を見たときの状況などを話すことになった。 ハルヒには俺の恋愛小説はもうどうでもよく、あの時の話に釘付けだ。 はぁ・・・古泉よ。ハルヒは俺より不思議現象の方が気になるそうだ。 まぁ、当然といえば当然の話か。入学当初と変わってないってことさ。 とまぁそんなこんなで昔話を小一時間程話した。 あの日の夢の話。ハルヒにとっては悪夢だったはずだが、今ではそんなことも忘れて妄想ネタとなれ果てている。 「まさかこんなところに不思議現象があったなんて・・・。気づきもしなかったわ!」 ハルヒは目をキラッキラさせながら話を続けた。 「でも今考えてみればあの夢はいつもの夢とはなにか違っていたわね。くぅ~!SOS団団長として一生の不覚だわ!」 いや、気づかなくて普通だろ?そもそも夢なんだし・・・。一応はさ。 「そうとわかれば試してみるしかないわね!」 ・・・なにをだ? 「決まってるじゃない、もう一度メッセージを受け取れるかどうかを調べるのよ! SOS団始まって以来、やっと掴んだ不思議現象なんだからこのまま逃す手はないわ!」 まぁお前にとっては初めての不思議現象そうだろうけどな。 「で・・・どうやって調べるんだ?」 「あの夢の登場人物はあたしとキョンだけ。他の団員がこの体験をしているとは思えないわ。」 それで? 「あんたとあたしが同じ場所、時間で寝ればもしかしたらまたあの現象が起こるかもしれないわ!」 なんでそう思うんだ? 「そんなのカンよ、カン。だいたいこんな現象が起こったのかわからない以上、手当たり次第実行するしかないじゃない。」 真相を言ってやってもよかったが、それを言うと今まで隠してきたことの核心を伝えることになるのでやめておこう。 古泉はともかく、長門にまで怒られそうだからな。 「というわけで、キョン。あんた今日ここに泊まりなさい。 大丈夫。ママ達は帰ってこないし、邪魔者もいないし。」 「・・・ってちょっと待て! なんでそうなるんだよ!」 俺は思わず大声を出してしまった。俺がハルヒの家に泊まるなんて・・・。 「より高いシンクロにするためにもここで寝てもらうから。感謝なさい。こんなかわいい女の子と一緒の部屋で寝れるなんて、あんたの生涯で二度と無いチャンスなんだから。」 おいおいおい。一応俺だって健康な男なんだぜ!? 「変なことしたら、死刑だからね!」 だから、そういうならせめて違う部屋とかにしろよ! 「もう、うるさいわね! 団長命令よ! 文句言わないの!」 とまぁ俺は結局、団長の権力により同室で寝ることになってしまった・・・。 くぅ、これが朝比奈さんだったら・・・。俺は今日を命日にしたって構わないぜ・・・。 「なにごちゃごちゃ言ってんの? 寝るわよ。」 といいながらハルヒはベットに潜っていった。・・・あれ?俺の寝床は? せめて毛布の一枚くれたって・・・。 「早くあんたも入りなさいよ。」 ・・・どこに? 「ベットに決まってんじゃない。それともあんた、床で寝るタイプ?」 ・・・こいつはなにをいってるんだ? 「言ったでしょ!?より高いシンクロをするって。近づけば近づくほど、シンクロ率も上がるってもんよ。そんなこと言われなくても気づきなさいよ。」 「それは・・・つまり・・・俺とハルヒが添い寝をするってことか?」 「私の許可無しに変なことしたら、地獄行きだからね!」 そうかい。俺は天国いきたし、まだこの世にたくさんの未練もあるしね。生き延びる為にも、頑張るとするか・・・。 こうして俺とハルヒは一緒のベットで一緒に寝ることになった。 なんだ、この罰ゲーム・・・いや、ボーナスタイム? どちらとも捕らえられるこの状態に俺の頭には今までにないアドレナリンが発生していた。 今俺は、ハルヒと背中を合わせて寝ている状態にある。 ・・・正直、俺の鼓動がハルヒどころか部屋中反響しまくっているのではと思うくらい高鳴っていた。 「・・・ねぇ」 ドキィィィ! 「もう・・・寝ちゃった?」 こんな状態でそんな早く寝れるわけないだろ。むしろ、今日は寝れないかもって思うくらい頭が冴えきってるぜ。 「あの夢なんだけどさ・・・。あんた最後、あたしと・・・なにしたか覚えてる?」 ・・・不意打ちもいいとこだぜ。 「あんた、さっきの話では、私と向かい合ったとこまでしか話てなかったけど・・・。」 俺は正直とまどった。その質問は確かに俺の求めていた質問に近い意味を持った質問だった。だが、このタイミングで聞かれるとは予想してなかった。 いや、そんなことはとっくの前に頭の中から消えちまっていた。 「あたしは覚えてる。 あの時の状況、あんたの顔、あんたの話したこと、あんたとの・・・。」 いやはや、今更ながらあの時はよくあんな大胆なことができたな、俺。 「どうなのよ!?」 「覚えているとも。」 忘れるわけが無いだろ。俺の始めての告白なんだからな。・・・ポニーテール萌えなんて。 「・・・じゃああの時と同じことをすれば、不思議現象起こるかな。」 なんでそう思うんだ? 「扉と一緒よ。入口も出口も場所は一緒。つまり、出口でした事をすれば、入口にいけるんじゃないかなって。」 ハルヒよ。今一度問うぞ。お前は俺と最後にしたことをすると言っているのだな? 「・・・そうよ。」 ・・・その後、数秒の無言の時間が流れた。俺の気持ちの整理をするには十分の時間はあった。 無言の時間が与えてもらった俺の回答は、 「ハルヒ。お前、もう少し自分を大切にしろよ。」 「お前が不思議現象をどれだけ渇望しているのか、これまで行動を共にしてきた俺には良く分かる。だがなハルヒ。いくら不思議現象を追いかけるためとはいえそこまで自分を粗悪に扱うな。」 ・・・俺はいったいなにを言っているんだ? 正直に言おう。俺はハルヒとキスしたさ。 このままの流れでいけばきっとすんなり出来た筈さ。 だが。それは違う。俺がキスをしたい相手はSOS団団長のハルヒではない。高校生、涼宮ハルヒなんだ。 好奇心からキスをするようなハルヒとなんかキスなんかしたくない。したくもない。 第一不思議と遭遇するためにほいそれとキスなんかしてほしくなかった。 そんな思いが、そのまま言葉となって具現化されていく。 「たしかにお前の言うとおりにすれば道が開けるかもしれん。だけどなハルヒ、それはお前にとって本当に心の奥底から求めていることなのか?」 ハルヒの応答はない。だが俺は構わず話を続けた。 「たかが不思議現象ひとつの為に、軽率な行動はしてほしくないんだ。・・・わかってくれるか?」 グス。 ハルヒからの応答がきた。 俺は殴られるのかと思っていた。蹴飛ばされるのかと思っていた。 この応えは確かに痛かった。しかし、体がではない。心がだった。 ハルヒは泣いていた。 そして俺は・・・抱きしめられていた。 「・・・なんだよ。」 「・・・。」 また応答が途絶えた。だんまりは長門の得意技だぞ?そもそもハルヒにこんなスキルがあったのか? 「・・・ごめん、出しゃばったこと言ったな。誤る。」 「違うの。」 「・・・じゃあ・・・なんなんだ?」 「キョンはいつも有希やみくるちゃんのことばかり気にしてたから・・・。」 「・・・。」 「あたしは見放されてるのかなって思ってたから・・・その・・・うれしいの。キョンが私のこと・・・心配してくれたことが。」 どれくらいだろう? 時間はほんの数分しか経っていないはずだが、俺には数時間のような時間が流れた。 ハルヒが俺に見せた本音。 それは今までのものとは違い、どこかテレもあり、且つうれしさからでたといった暖かい本音だった。 いつもは見せないハルヒだったせいもあってか、俺は言葉というか、思考することさえも忘れていた。 ただ、背中でハルヒのぬくもりを感じていた・・・。 夢を見た。 いつものように晴れた日。 いつものようになる目覚ましのアラーム。 「・・・あと5分。」 と、いつものように寝ぼける俺。 「ちょっと、いつまで寝てるの!?」 いつものように起こしに来る妹。 「ほんとに毎日だらしないわね。早く起きなさいよ。さもないと罰金よ!」 ・・・あれ? 何か違う。というか何が違うのかはわかっている。 そうか、俺はハルヒと・・・。 ピピピピピピピピピ! と、俺の眠りを妨げる音が当たり一面に鳴り響いた。 「・・・あと5分。」 「ちょっと、いつまで寝てるの!?」 「ほんとに毎日だらしないわね。早く起きなさいよ。さもないと罰金よ!」 ガバッ! あまりのデジャヴに俺はあわてて目覚めた。 ・・・寝ぼけているせいか、今の自分の状況が掴めない。 「おはよ。もう朝よ。」 そこにはパジャマではなく、普段着に着替えたハルヒが立っていた。 そしてようやく、頭の整理ができてきた。 「そうか、俺、ハルヒん家に泊まったんだっけ。」 夢と現実をまだ区別仕切れていないが、今の現状はなんとか把握できるくらいまで目が覚めてきてはいるが、未だに世界がぼやけている。 「まだ寝ぼけているようね。シャワーでも浴びてきたら?」 それを察してか、ハルヒは俺に古来から伝わる目覚めの方法を提供してくれた。 用は水を浴びて来いってこったな。 まぁ、俺がそう勝手に解釈しただけだけど。 「そうさせてもらうよ。」 俺はハルヒのご好意に甘えることにして、シャワーを浴びた。 浴び終わり、風呂から出ると、キッチンからなにやら音が聞こえた。 その音に導かれるかのように、俺はキッチンに向かった。 「どう? 目が覚めた?」 「ああ、バッチリだ。」 何気ない会話がそこにあった。 なんだこの会話は。まるで俺の夢の続きじゃないか。 今起きている自分の人生の展開に少々戸惑っていたら不意にハルヒが 「それじゃ朝ごはんにしましょ。」 と満面の笑みを浮かべながら食卓に座った。 それにつられ、俺もそのまま席に着いた。 「いただきます。」 なにげない朝食。 しかし、ハルヒあまりにもリアルに再現されている。気持ちの悪いくらいに。 そして俺は聞いた。 「なぁハルヒ、今朝はどんな夢をみたんだ?」 ハルヒはハムエッグを突きながら 「なんでそんなことを聞くのよ。」 と返答してきた。 「いや、なんというか、昨日の実験は成功したのかな・・・と思ってさ。俺、実を言うと朝、目が覚める夢しかみてないからさ。」 「フフ。そっか。」 なんとも不敵な笑顔を俺にしてきた。 なんだよ、その笑みは。 そしてハルヒは言った。 「団長命令よ、昨日の夢、必ず守りなさよ。」 fin
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影時間。 いつからそれが訪れるようになったのか――っていうか、ついこの間からなんだがな。 まったく訳の分からんことには慣れきったと思っていたが、まさかこんなアホな事態になるとはな。 いま俺はハルヒ以外のSOS団メンバーと共に、シャドウ退治ってのをやってるところだ。 シャドウってのは影時間にだけ現れるキモイ化け物のことで――って、影時間が何なのかの説明もまだか。 仕方ない、俺がこの事件に巻き込まれたところから話すとしよう。 あれは1週間くらい前のことだったかな、俺は夜中にのどが渇いて、しかし冷蔵庫には何もなく、 水で我慢するのも癪だったので、缶ジュースを買いに外に出かけたんだ。 そうしたら―― 「……?」 家を出て、近くの自販機に向かおうとあくびをしながら一歩踏み出したところで、 俺は自分の目を疑ったね。 なにしろ自販機の隣に棺桶が立ってたんだから。 なんだこりゃ。新手のヤンキーのいたずらか? 少しビビリつつも、俺はその棺桶に近づいていった。 でかい。あたりまえか、人を入れるためのもんだもんな。俺より頭ふたつぶんくらいはでかいね。 中に誰か入ってるんだろうか。 吸血鬼……なんてのは、いくらなんでも時代錯誤だろう。 しかしもしこれがハルヒがらみだったら、あながち無いともいいきれないのが怖いところだ。 さすがに中身を覗いてみようって気にはならんが。 夜の街にぽつんと立っている棺桶か。不気味なことこのうえないな。 とにかくジュースを買おう。そして何も見なかったふりをして、家に戻ればいい。 明日長門あたりに聞けば、万事解決するだろうさ。 我ながら達観してるな。それもこれも、涼宮ハルヒなんてアホにつきあってるからなんだろうが。 俺は百円を自販機に入れて――うんともすんともいわねぇ。 なんだ。飲まれたのか? つり銭レバーをまわしても戻ってきやしねぇ。ウソだろ、俺の百円。 自販機を蹴り飛ばそうかどうか一瞬迷い、結局蹴り飛ばしてしまったところで、 「きゃあ!」 悲鳴が聞こえた。女の子のだ。まさか俺が自販機を蹴ったから、なわけはないだろうが、 しかしこの声には聞き覚えがある。そう、いつも部室で耳にしている可憐な悲鳴、これは、 「朝比奈さん!」 俺は悲鳴のほうに走ったね。迷うわけ無いだろう。朝比奈さんの危機に駆けつけないヤツは男じゃない。 通りの角を曲がり、こっちは長門のマンションの方だっけか、なんて思ったところで、俺は朝比奈さんを見つけた。 街路樹を背に立つ小柄な美少女、我らが朝比奈さん。 だがなんだ、あの化け物は。朝比奈さんの前方10メートルに立ってる、腕が4本生えた黒い塊みたいなのは。 「き、キョンくん!?」 朝比奈さんが俺の方を見て目を丸くした。まるでいるはずのない人がいたって感じだな。それはこっちも似たようなもんか。 「シャアア!」 朝比奈さんが俺に気を取られた瞬間を好機と捉えたか、怪物が四本の手で這うように走り出した。 早い、このままじゃ朝比奈さんが、と思う間もあらば、 「ぺっ、ぺるそな~っ!」 朝比奈さんが銃を――本物かあれ?――自分の眉間に当てて、引き金を引いた。 ぱぁん、と銃声がして、一瞬俺は朝比奈さんが本当に自分の頭を撃ったのだと思った。 だって頭の後ろから何かが吹き出したんだから。脳漿をぶちまけたと思ったのは当然だろう。 だがそれは青い色で、液体とか固体ってよりは気体って感じで、しかもそいつはもやもやとした塊から、 あっというまにはっきりとしたカタチに変化しやがって、この間1秒もかかってなかっただろうよ。 とにかく朝比奈さんから飛び出したそいつは、一匹のゾウに変化した。 ゾウといっても普通の四足のアレじゃない、人間みたいに二足歩行しているゾウだ。 しかも生意気に手には剣なんかもってる。ただリアルさは皆無で、ぬいぐるみみたいな外見なのが朝比奈さんらしいというか。 「い、いってくださいガネーシャさんっ!」 「ぱおーん」 ゾウが剣を振り下ろし、その一撃で黒い化け物は真っ二つ、どろどろに溶けて消えてしまった。 ……おいおい。なんだこりゃ。 俺に内緒で、また何かアホな映画の撮影でもしてるのかね? あたりを伺ってみるが、カメラをもったハルヒが隠れている様子も無い。 いったいどういうことだ―― 「朝比奈さん!」 きょろきょろしていたせいで気づいた。化け物が街路樹の上に隠れている。 そいつはさっきの化け物を倒してほっとしている朝比奈さんを狙って、飛び降りた。 「え――?」 間に合うか――俺は走った。 果たして怪物の手が朝比奈さんの小さな身体を潰すより早く、俺は彼女を突き飛ばし、さらに押し倒していた。 「き、キョンくん!?」 うお、柔らかっ。胸に手があたってる! 目の前には朝比奈さんのつぶらな瞳が……って、言ってる場合か。 「シャアアアア!」 狙いをはずした怪物が、忌々しげに俺を睨んでる――といいたいが、なんだあの顔は。まるでお面だな。 ハニワみたいな空ろな顔がマヌケだが、かえってそのマヌケ面が不気味かもしれない。 「き、キョンくん逃げて!」 逃げてって、朝比奈さんを置いて逃げられるわけないじゃないですか。 「あ、あたしは大丈夫だから――」 「シャアアア!」 怪物が俺たちに向かって飛び掛ってきた。やばい! 俺はとっさに朝比奈さんを庇おうとしたが、逆に前に出た朝比奈さんに庇われて―― 「きゃああ!」 怪物の腕が朝比奈さんを吹っ飛ばした。からんからん、と銃がアスファルトを滑って俺の脚に当たる。 「朝比奈さんっ!」 駆け寄ろうとした俺の前に怪物が立ちふさがる。このまま前に進めば俺が犠牲に、 かといって逃げれば朝比奈さんが殺される! 「く……」 足元に目を落とす。銃。すばやく拾い上げて怪物に向ける。怪物は一瞬怯んだように見えたが、 飛び跳ねるように俺に向かって来た―― 「キョンくん、自分を撃って!」 朝比奈さん!? 確かにさっき、朝比奈さんは自分に向かって銃を撃っていたが―― ええい、朝比奈さんを疑ってどうする。これでもし自分の頭を吹っ飛ばす結果になったら、それまでってことだろ。 俺は銃口を自分のこめかみに押し当てて、ごくり、つばを飲み込む、しゃれにならないぜこれは、し、死ぬのか? 「――ぺ、る、そ、な」 なんで俺はそんなことを呟いちまったんだろうね。わからん。わからんが、不思議な感じだった。 自分の中から、何かが弾け出すような感覚だ。一種のトランス状態と言ってもいい。ともかく、俺は、 引き金を引いた。 ぱぁん―― 乾いた音と共に、俺の中から何かが飛び出した。 それは――なんだろうねこいつは。 黒い雪だるまとしかいいようがない。 ジャアクフロスト? なんでかしらんが、そんなアホな名前が頭に浮かんだ。 まあなんでもいい、あの化け物を倒せ―― 思うが早いか、ジャアクフロストは口から炎を吐き出し、黒い怪物を一瞬で消し炭にしてしまった。 強いじゃねえか。だが雪だるまが火を噴くってのはどうなんだ。 とにかく俺は朝比奈さんの方へ走った。 「大丈夫ですか?」 「あ、あたしは大丈夫です。キョンくんこそ……」 「おかげさまで無傷ですよ。それより、一体なんなんですこれは? またハルヒのお遊びですか?」 「それは……」 朝比奈さんが口ごもる。まさかここまで来て禁則事項はないだろうが、話し辛いのだろうか。 「あの、長門さんの部屋まで来てください。そこで……」 長門? やっぱりあいつも噛んでるのか。 ああ、なんとなく見えてきたぜ。どうせそこには古泉もいて、いつもみたいに迂遠な解説をしてくれるんだろう。 俺は擦り傷ですんだらしい朝比奈さんを念の為におぶって、長門のマンションを目指した。 長門の部屋には案の定古泉がいて、さらに見覚えのある上級生……喜緑さんまで揃っていた。 「すみません朝比奈さん。救援に向かおうと思ったのですが、長門さんが不要だと」 古泉がニヤケ面でそんなことを言った。 「どういうことだ?」 「あなたが覚醒するのは分かっていた。状況は喜緑江美里が監視していた。問題は無い」 「監視? 覚醒? すまん、最初から説明してくれるか?」 「いいでしょう。まず……棺桶は見ましたか?」 ああ、自販機の隣にあったな。 「あれは象徴化した人間です――」 古泉の胡散臭い、もって回ったいつもの説明を出来るだけ簡潔にすませると、つまりこういうことらしい。 先月あたりから、深夜0時になると影時間とかいうのが始まるようになった。 影時間の間は普通の人間は棺桶になってしまう。 影時間の間は全ての機械が停止する。 棺桶になっている人間はぶっちゃけ時間が止まる。その間のことは感知しないし記憶されない。 ある程度影時間が過ぎると、元の時間に戻る。棺桶も人間に戻る。 影時間の間、シャドウという化け物が現れる。 たまに影時間に棺桶にならない人間がいて、そいつがシャドウに襲われると廃人になる。 棺桶にならない人間の中にはペルソナ使いの才能があるものがいる。 ペルソナ使いは自分の心を実体化させて攻撃できる。 シャドウを倒せるのはペルソナ使いだけ。 「わけがわからん」 とにかく今は影時間で、人を襲う化け物がいて、長門たちはペルソナを使って戦ってるってことか。 「まあ、かいつまめばそういうことです」 「それはわかった。しかし……こうも見事に知り合いだらけだとな」 やっぱりハルヒの仕業なんだろうな、これは。 「そういやハルヒの姿が無いようだが」 「彼女はいま眠っています」 喜緑さんが偵察用らしい丸っこい乙女型のペルソナを使い、ハルヒの寝室を空中に映し出した。 ……へそ出して寝てやがる。人の苦労も知らんで、気楽なもんだな。 「これが涼宮さんの望みかどうかは分かりませんが、少なくとも彼女は棺桶にはなっていない」 おい古泉、ハルヒのへそなんか見ても楽しくないだろう。こっちを見て話せ。 「失礼」 なに微笑ましいものを見るような目つきをしてやがる。俺が何か言ったか? 「しかしどうするんだ? 毎晩こんな化け物退治を続ける気か?」 「勝利条件は分かっています。次の満月に出現するボスを倒せば影時間は消えます」 「なぜ分かる」 「分かるのですから仕方在りません。これは僕だけでなく、長門さんや朝比奈さんも同意しています」 長門と朝比奈さんが頷いている。どうやら本当らしいが、まったく、なんのゲームだこれは。 「どうでしょう。戦力は大いに越したことはありません。あなたにも是非、我々と共に戦って欲しいのですが」 どうしてこう、訳の分からん事態に巻き込まれるのかね俺は。 いや、んなことはハルヒの事をこいつらから聞いた時にわかっていたはずじゃないか。 これからどんどんバカな話になりますよ、ってな。 それが嫌だったら、とっくにSOS団なんてやめてりゃよかったのさ。 だってのにいまだにずるずると続けてるのは、なんでなんだろうね。 一つだけいえることは、俺には選択権なぞとっくになくなってるってことさ。 「やれやれ」 そんなわけで、俺と長門、朝比奈さん、古泉の四人パーティで連日シャドウ狩りをやってるってわけだ。 シャドウに襲われた人間は廃人になるっていうが、実際に襲われてるヤツを見たことが無い。 どうやらこれも設定だけのようで、ま、ハルヒがそんなアホなことを望むわけもなし、その辺は心配はしてないんだがな。 だが俺たちはハルヒの本気ってのも分かってる。SOS団に手抜きは許されない。 俺たちが本気で戦ってやらなきゃ、恐らくハルヒも満足はしないだろう。 なので、俺は割りと一生懸命化け物退治にせいをだしていた。 おかげで毎日眠くてしょうがない。 他の連中には影時間なんてものは存在しないも同然だろうが、 俺たちは真夜中に数時間にわたって街中を疾走しなきゃならんわけで、 疲れるなというほうが無理がある。 「キョンってば眠そう。まさか夜遊びでもしてるんじゃないでしょうね」 「んなわけあるかい」 ハルヒめ、自分はぐーすか寝てるだけだからって勝手なことを言いやがって。 「ふーん。ならいいけどさ。勉強? 試験も近いしね」 ぐっ……忘れてた。もうすぐ試験じゃねーか。ぜんぜんやってねぇぞ、勉強なんて。 宇宙人組は余裕だろうが、朝比奈さんは大丈夫なんだろうか。古泉の心配はする必要もないだろうが。 「言っておくけど、SOS団の活動にそんなフラフラの状態で来たら張り倒すからね」 無茶言うな。いまから治せってか? 授業全て居眠りでこなせば、不可能じゃないだろうがな。 「なので、しばらくSOS団は休止。有希もみくるちゃんも古泉くんも辛そうだしさ」 ……まあ、ハルヒがいいなら別に構わんけどな。 「多少なりとも自覚があるのかもしれませんね」 ハルヒからSOS団休止宣言を聞いた古泉が、そんな分析をくれた。 「あのハルヒがそんなタマかよ。気まぐれだろ」 「そうかもしれませんね」 だから微笑ましい顔で見るな。気持ち悪い。 ともかくSOS団の活動が無いだけでも体力の消耗は抑えられる。 満月は明日だ、万全の調子で挑みたい。 「安心してください。満月前は疲労にはなりません。ここでレベル上げをしましょう」 なんだ疲労とかレベル上げってのは。そんな概念があったことに驚きだ。俺は何レベルなんだ。 「現在あなたのレベルは42。朝比奈みくるが44、古泉一樹が51。わたしは92」 一人だけ高っ!? 長門、何時の間にお前。 「メサイアが使える。さっきベルベッドルームに行って作ってきた」 もう何が何だか。 というわけで満月がやってきた。ボスとかいうのが出てくるはずだが―― 「まだ反応ありません」 喜緑さんはペルソナの力で街中にレーダー網を敷いている。シャドウの反応があれば即分かるはずだ。 俺たちはボスの出現に素早く対応できるよう、長門の部屋に集まって待機していた。 「いったいボスってのはどんなやつなんだ」 「分かりません」 想像してみる。今まで戦ってきたシャドウはみんな化け物じみていた。 とすると、ボスっていうくらいなんだから、とんでもない巨大な怪物とかだろうか。 「シャドウ反応――」 喜緑さんが微笑にやや緊張の色を浮かべて呟いた。 「ボスと思われる巨大なシャドウが出現しました」 「どこだ?」 「学校です――周囲にも多数のシャドウ反応。脅威度は低~中クラスですが、物凄い数です」 取り巻き付きかよ。まずいな。ボスにたどり着く前に消耗するのは避けたいところだが―― ハルヒは許しちゃくれないだろうな。しょうがねぇ、行くか。 「正面突破。だろ? ハルヒ」 学校の周りは凄まじい様相を呈していた。 とにかくザコシャドウの群れ、群れ、群れってやつだ。真っ黒い海にしか見えないね。 一つ一つを潰していたんじゃキリがない。 広範囲に影響を及ぼす魔法で片っ端から蹴散らして進むが、それでも気を抜くと押しつぶされそうになる。 「メギドラオン」 長門の魔法がシャドウの群れ300匹くらいを一気に吹き飛ばして、道を作る。 だがその道も少し進んだところで、他のシャドウに覆われてしまう。 そうやって少しずつ進んで、ようやく校舎の入り口に取り付いたところで、 「校舎の中はそれほど多くない」 喜緑さんからテレパシー通信を受け取った長門がそういった。 「外からの進入を防ぐ役が必要」 長門が玄関に仁王立ちになり、校舎に向かって進軍してくる津波のようなシャドウの群れを見据える。 「お、おい長門、そいつは……」 なんか死にキャラっぽい台詞だぞ。長門に限ってそんなことはないのだろうが。 「安心して」 長門が振り返らずに、 「わたしは死なない」 まあ――分かってるさ。死にはしない。絶対に。 だから長門、しんがりはまかせた。 ありがたくいかせてもらうぜ! 長門がほんのわずか頷いたことを確認し、俺と朝比奈さん、古泉は校舎の奥に向かった。 俺の愚者、朝比奈さんの星、古泉の魔術師のペルソナが、現れる敵を次々に吹き飛ばしていく。 「ボスの反応は部室棟の方から出ています。恐らく――文芸部」 喜緑さんのナビが頭の中に響く。 なるほどね、らしいじゃないか。 「ですが気をつけてください。その手前に強力なシャドウの反応が――」 言い終わる前に、そいつは目の前に現れていた。 巨大なダルマみたいなシャドウだ。かっこつけて剣なんかもってやがる。似合わないぜ、化け物め。 「キョンくん」 朝比奈さんが俺の前に出る。 「ここは僕たちに任せて、先に行ってください」 古泉まで。おいおい、なんだそれは。 「このシャドウには物理攻撃が通じません」 喜緑さんの分析に古泉が「だそうです」と頷く。 くそ。確かに俺のペルソナは物理攻撃主体だ。こいつ相手には役立たずもいいところだが。 「行ってください。すぐに追いつきます」 まったく、なんでこいつらはかっこつけなんだろうね。 これで俺一人でボスと対峙して、一方的にボコられてたらどうする気だろう。 とにかく古泉に言うことは一つだけだ。 朝比奈さんに傷一つつけてみろ、俺の怒りの鉄拳が飛ぶからな。 「努力しますよ」 古泉と朝比奈さんがペルソナを召喚し、激しい炎と風でシャドウを攻撃し始めた。 シャドウが二人がかりの魔法に身動きがとれずにいる隙を縫って、廊下の向こう側に駆け抜ける。 あの二人が負けるはずは無い。 俺は一路、ボスが待つであろうSOS団の部室に向かって走った。 部室棟の廊下にシャドウの姿は無かった。 どうやら俺が一人で来ることを見透かされていたというか、まるで誘われているみたいだな。 いいさ。乗ってやるとも。 俺は慎重な足取りで文芸部の前まで進み、中に確かに何者かの気配があることを感じながら、 思い切って扉を開けた。 さて、ボスってのはどんな化け物だ――と飛び込んで、 俺は呆然としてしまった。 後姿だ。だが見間違えるわけは無い。 そいつは窓から外を眺めて、一人、震えていた。 何が見える――って決まってる。シャドウの群れだ。もしかしたら派手に暴れている長門の姿が見えてるかもな。 そいつは俺が入ってきたことに驚いたのか、びくっと肩を震わせ、恐る恐る、ふり返った。 「……キョン?」 おい、なんで泣いてやがる。なんなんだこれは。なんのジョークだ。 シャドウのボスなんじゃないのか? なんでこいつがここにいる? それとも別人か? シャドウが化けてるのか? だが、俺がそいつを見間違えるなんてことはありえない。 いつも見ている。この部屋で、毎日顔を突き合わせてるんだ。別人と間違えるなどあろうはずがない。 だから俺には分かる。そいつは真性、まじりっけなしの本物だ。 「なにやってんだ――ハルヒ」 「わかんない……気づいたらここにいた」 ふるふると震えていたハルヒが、俺の胸に飛び込んできた。 ……おかしい。おかしいぞ。ハルヒがこんな乙女ちっくなことをするか? 「なんなのここ? あの黒いのは何? どうして有希が戦ってるの?」 「いや、それは……」 お前が望んだんじゃないのか? 口にでかかった言葉を飲み込む。ハルヒ自身は知らないことだ。 「前にも同じようなことあったよね。灰色の学校に二人で迷い込んでさ……」 ……閉鎖空間のことか。確かにあれはそう簡単に忘れられる経験じゃなかったな。 「でも、よかった。いつだってキョンはそばにいてくれるんだよね」 ぎゅ、と俺の服を掴んで、潤んだ瞳を俺を見上げてきやがった。 おいおい、これこそ冗談だろう。なんでハルヒがこんなことをしてるんだ? やっぱりこいつは偽者なんじゃないのか? 俺はシャドウの精神攻撃を受けているんだ、そうに違いない。 ……なんてな。 んなわけあるか。何度も言わせるなよ。俺にハルヒの本物と偽者の区別がつかないと思ってるのか? ああ、そうさ、こいつは間違いなく本物だ。理屈じゃないぜ。こちとら伊達でハルヒの暴挙に付き合ってるわけじゃないんでね。 「キョンがいてくれたら、あたしは平気よ。どんなことでも耐えられるわ」 そう訴えるハルヒの視線は、どこまでも無垢だ。 いや、いつものハルヒも無垢といえば無垢なんだろうが、その辺のニュアンスの違いは読み取ってくれ。 とにかくこのハルヒはヤバイな。 何がやばいって、今俺がなに考えてるか分かるか? とても文章にはできないぜ? しかし本当、どうしたもんだろうな。 シャドウのボスを倒せば終わりとかいう話だったのに、実際にいたのは大人しいハルヒでさ。 まさかハルヒを倒せなんて無茶なことを言うんじゃないだろうな。 いっておくが、俺はSOS団なんぞで下克上なんか狙っちゃいないぜ。ハルヒはいつまでも団長でいればいいのさ。 だからこのハルヒを倒せなんてことは言わないでくれよ。マジで頼むぜ。 「――それはそれで面白いかもね」 声は背後から聞こえてきた。 「……なぜお前がここにいる」 俺は怯えているハルヒを背後に庇い、そいつを睨みつけた。 いるはずのない人間だ。現実世界にも、ましてやこの影時間にも、だ。 だがそいつは――楽しそうに笑って俺たちを眺めている。自分の存在に何の疑問も抱いちゃいないようだ。 「なぜかしらね? 恐らく――涼宮ハルヒがいまだ解き明かせない謎だからじゃない? 心にわだかまっていたのかも」 カナダへ転校したって話か。ハルヒ的にはもうすっかり忘れちまったことだと思ってたがな。 「まあ、それはトリガーでしかないんだけどね。普通ならその程度であたしが現れることも無かったんだけど……」 朝倉が視線を窓の外に向ける。振り返らないぜ、そんなことをした瞬間に刺されるかもしれないからな。 「解説役をまかされちゃったみたいね。いいわ、請け負ってあげる」 誰に向かって言ってるのか、朝倉が肩をすくめた。 「人の心は一様ではないわ。必ず内側に相反する資質を備えている。一方では人を愛し、一方では憎む。それは人それぞれがもつ仮面」 ハルヒが俺の服の裾をきつく握り締めるのがわかった。 安心しろハルヒ、朝倉が何をしようが、俺が守ってやる。 「涼宮ハルヒとて例外ではないわ。外に向ける顔、内に抑えた顔、自分でも意識しない顔、いろいろな顔の涼宮ハルヒが存在する。 人はそのときの都合に合わせて顔を使い分けていける生き物だけど、それが不器用な人間もいる。そういった人が抱えていくものは、 とりあえず今はどうでもいいけれど――涼宮ハルヒだけは例外だった。なにしろ彼女には世界を作り変える力がある」 くすくす。何がおかしいのか、朝倉が笑ってやがる。 「その顕著な例が閉鎖空間。あれは――ダメね。統合思念体ですら介入が困難。けれどその発生も最近は抑えられている。 原因はあなた、でしょう?」 知るか。ハルヒが大人になってきただけだろ。それはそれで、いいことじゃないか。 「まあ、そういうことにしよっか。だけどね、さっきもいったけど心は一様じゃない。それでは抑えられない不満もあるのよ」 だろうな。だいたい閉鎖空間の発生は抑えられてるたって、こいつが暴走しっぱなしなのは変わってないんだから。 「涼宮さんが不満を持っても閉鎖空間が発生しないのは、信じるに足るものがひとつあるからね」 なんだそりゃ。 「でも彼女の中には、それを少し疑ってる彼女が存在する。彼女は無意識のうちに一つの擬似的な閉鎖空間を作り出してしまった」 ――ったく。もういい、朝倉。それ以上の説明は聞きたくない。 「答えが分かった?」 この影時間がハルヒの作った世界だってのはまあ、そんなもんだろうとは思っていたさ。 原因がハルヒの欲求不満だってのも、な。 その不満ってのが何に起因するのか――それだけが謎だったが――いや、本当は分かってたのかもな。 いまさら気づいたってわけでもないんだ。 ただそいつを認めるのは、ちょっと気恥ずかしいというかな、微妙な心理があるわけだ。 「ふふ。どうやら本当に分かったみたいね。意外と、朴念仁ってわけでもないんだ?」 そりゃあな。いくら俺でもわかるさ。自信過剰とか言うなよ? 「言わないわよ。でもま、そうね。あたしがボスの役を買ってあげてもいいわ」 そりゃどういう意味だよ。 「この世界を生み出したのはそこの女――涼宮ハルヒの仮面のひとつよ。 彼女を殺せば世界は元に戻る。ただし彼女の心の内の何かが壊れてしまうかもしれないわね。 けれどこのまま生かし続ければ、シャドウを無限に生み出し続けるのは間違いないわ。 ――さ、どうする?」 まったく、演出過剰なこったな。ごくろうさんだ。 無駄にもほどがあるがな。選べる選択肢が俺には一つしかないんだから。 俺は背中に隠していたハルヒの肩を掴んだ。 「ハルヒ、その、なんだ……」 ハルヒは――朝倉の話を理解したのだろうか、不安と期待の入り混じった複雑な顔で俺を見上げている。 「キョン……」 「不安だったか? お互いなんつーか、不器用だからな」 こくり、とハルヒは頷いた。素直、なんだろうなこういう反応も。 しょうがないな、俺も素直になってやるよ。光栄に思えよ、まったく。 「悪かったよ、ハルヒ。でもな、安心しろ。俺はいつだって、お前のこと好きで好きでしょうがないんだから」 ああ、いっちまったぜ。クールな俺さようなら。きっと後で後悔するのさ。いいさ、後悔してやる。 だからハルヒ、泣いてんだか笑ってんだかわかんない顔はやめてくれ。怖い。 「うん……あたしも、キョンが好き。ずっと好き。いつだって、キョンのことばっかり考えてる」 「そうかよ」 「相思相愛よね」 「ああ」 「じゃあ……」 ハルヒが目を閉じる。結局なんだ、これなんだろうな。いつだって白雪姫なのさ、この女は。 むろん――俺に不満などあるはずもない。 ハルヒに習い、俺も作法に則ってやったさ。 目を閉じて、柔らかくて暖かな感触を、前よりもずっと長い時間、俺は受け止め続けた。 で、気が付けば俺はいつかと同じようにベッドで寝転がっていたわけだ。 夢だったのか――って、んなわけはないか。今更過ぎる。 もっともハルヒは夢だと思ってんだろうな。そいつがちょっと残念な気もするが―― ああ、まあいいや。あんなこっ恥ずかしい思いは、ぜひハルヒ的には夢だったと思っててほしいね。 それじゃあ何も変わらんような気もするが……ま、そのうちな。 告白ぐらいは、俺のほうからしてやるから、もうちょっとだけ待ってろ。 とりあえず心宇宙人だなんだっつーキテレツな話の整理がつくくらいの余裕は、与えてくれよな。 「人間、やはり素直が一番のようですね」 その日の昼休み、古泉がにやにや笑いながら近づいてきた。 「ぜひともこちらの世界でも、素直でいてくれるとありがたいのですが」 俺はお前に素直になってもらいたいね。俺の見たところ、相当な数の仮面を隠してるようだがな。 「さて、どうでしょうね。案外僕が一番仮面をかぶっていないのかもしれませんよ?」 信じるわけは無いだろう。 「キョンく~んっ」 と、こちらは仮面など使い分けられようがない朝比奈さんがタックルを。 「心配しましたっ。シャドウを倒して、急いでキョンくんのところにいこうとしたんですけど、なぜか文芸部の部室が消えてたんです!」 朝倉の仕業か。いちおう感謝はするぜ。さすがに俺もハルヒとのキスシーンを見られるのは恥ずかしすぎるからな。 「……」 長門はいつもどおり、読書中だった。 夕べのことに関しては、特に感想は無いのだろう。 全て分かってたみたいだしな。あの朝倉は長門の仕込みもあったんだろうさ。 だが、こいつも仮面を隠してるってことがあるんだろうかね。俺も知らない長門の顔ってのをさ。 無表情を見てると、そんな誰にも教えない秘密の長門ってのがあってもいいような気がしてきたな。 いつか見せてくれる日がくるのやら。 それでハルヒだが、まあいつも通りの傍若無人で、本当に昨日のアレはハルヒだったのかとも疑ったものだが、 「しばらくSOS団活動を休んでたんだから、今日からバリバリ再開するわよ! 土日はもちろん市内の探索だからね!」 こうして振り回されてるほうがハルヒって感じでいいだろうさ。 だからま、ずっと笑っててくれ。泣いてるハルヒなんて胸に痛いだけだしな。 そうだな。 俺は初めて願うぜ、次の市内探索は是非ともハルヒと二人っきりのペアになれますように、ってな。 相思相愛なんだったら、きっちりかなえてくれよ、ハルヒ。そのとびっきりの笑顔で、さ。 「今度こそ世界の不思議を見つけるんだから! ――ねっ、キョン!」
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その日、俺は誤ちを犯した。 「みくる。夏のせいだ。そうだ。夏が全て悪い」 偶然着替えを見てしまった俺は、みくるを産まれたままの姿にしていた。 「はうはう、こんな事をしたらハルヒさんが」 唇を優しくふさぐ。指先タッチ感覚。 そして、俺は燃えた。燃え上がった。世界は溶解し、俺の前に征服され、一人の女を支配した俺に不可能はなく、万能感が、俺に自身を神と告げていた。 ガチャ。部室の扉が開いた。 「ちょっと何してるのよ、キョン!」 驚愕というのを絵に描いたような表情でハルヒが俺を見ていた。 そして、その目に涙が盛り上がってくる。 「待ってくれ。違うんだ、ハルヒ」 俺は手を上げてそう言っていた。 「何が違うのよ、キョン。もういや、皆いやーーーーーーー」 そして、ハルヒの記憶から俺達は消えた。 入学式まで時間は戻り、俺の後ろには普通の女。 更に、古泉が調べてところではハルヒは坂の下の進学校に行ったのだという。 俺は、愕然として入学式を迎えていた。 あの時をまたやり直せたら、夏の妖精の誘惑すら振り切ったのに。 翌日、目を覚ました俺は、重い気持ちで、着替え、朝食を終え、そして、ダッシュしていた。 遅刻だ。このままでは完全に遅刻だ。 そして、学校に向かう、最後の角を曲がった瞬間。 背後から女生徒に激突していた。 かばんが開きモノが散乱する。 その女生徒が顔を上げる。黄色いカチューシャをした凄い美人がそこにはいた。 「ちょっとあなた。前に会った事がある」 もし、ハルヒに再び出会えるのなら。 そんな偶然を神が起こしてくれたのなら。 もう間違わない。 もう道を間違えはしない! 「ああ、会ったさ。三年前に、俺はジョン・スミスだ」 俺はハルヒを抱きしめてそう言っていた。 まわりの遅刻気味の生徒の視線も気にしなった。 もし、再び、やりなおせるのなら。 「今度は浮気したらダメだからね」 ハルヒが怒った目をしてそう俺を睨んだ。 判っていたのかハルヒ。お前もやり直したかったのだな。 あの日、あの時をやり直せるのなら! 通学路の脇にあるラブ・ホテルが俺達を誘っていた。 もう俺達の愛を阻むものは何もなかった。 そう、夏の妖精ですらも。 二人のラブストーリーはまだ始まったばかりだ・・・・・・。 涼宮ハルヒの再 会 完 灼熱の夏再び、みくる・マイ・ラブ~二度めの誤ち~につづく
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涼宮ハルヒの遡及Ⅹ 迫りくる怪鳥の群れを捉えて俺は愕然としている。 いや俺だけじゃなくて、長門とアクリルさんを除く全員がだ。 ざっとした数を予想すれば……見えてるだけでも千できくのか……暗黒の空の下、向こうの風景がまったく見えんぜ……あの大軍を相手にして三十分だと……? 暗澹なんて言葉じゃ生温い。絶望と言う言葉はこんな時に使うものなんだろう、ということを実感させられる。 なんせ、さっきのハルヒの大技が使えないからな。なぜなら朝比奈さんはエネルギーチャージのために戦線に参加できないからだ。 「古泉一樹」 「何ですか?」 「あなたは彼と涼宮ハルヒと朝比奈みくるの護衛を。その赤いエネルギーがシールドの役割を果たすはず。迎撃はわたしと彼女が受け持つ」 「了解しました。ご武運を――」 振り向くことなく指示を出す長門に頷く古泉。 「す、涼宮さん!」 次に声を発したのは、やや涙声ではあったが意を決した感がある朝比奈さんだ。 「えっと、ミクルミサイルってどうやれば発射されるんですかっ?」 そうか、確かにそれはハルヒにしか分からない。どうやら朝比奈さんは自分に内蔵されている兵器を受け入れることにしたようだ。 「そ、それは……」 まさか考えてない、なんて言わないだろうな? 「違うわよ! もちろん考えてはいたわ! でも本当に発射されるの!?」 「発射されなきゃ俺たちは全滅だ。だが長門もさくらさんも俺も古泉も朝比奈さんも発射されると信じてる」 「キョン? 何で……?」 どうしてそんなことを聞く必要がある? んなもん答えは分かり切ったことなんだぜ。 俺はハルヒの手をぐっと握り、真剣な眼差しでハルヒの大きな瞳の奥を見つめた。 「みんな、お前を信じてるからだよ。現に超級グレートカイザーイナヅマジャイアントSOSアタックは発動した。ならお前が信じているならミクルミサイルも発動する」 「キョン……」 ハルヒがわずかにうつむき、俺たちはそんなハルヒの次の句を待っている。 「分かったわ……」 待ったのは刹那のような永遠の時間。 ハルヒが静かに呟き、そして次の瞬間、 「みくるちゃん! ミクルミサイルの発射ポーズを教えるわよ!」 大声を張り上げると同時にハルヒの瞳には先ほどまでの困惑の色は消え失せ、いつもの勝ち気いっぱいの300W増しの輝きが戻っていた。 そして、それが怪鳥の大群と長門、アクリルさんペアとの戦闘開始の合図でもあったのである。 俺たちを守る古泉の赤いエネルギー球を猛烈な衝撃が襲い続けてくる。 ハルヒは朝比奈さんを、俺は二人を守る形で抱きしめ、ただひたすら朝比奈さんのミサイル充電が終わるのを待っている。 その朝比奈さんは両膝をそろえて膝で立ち、胸のところで腕を十文字に組み瞳を伏せ、ただただ集中しているようである。 もし片膝を立てたポーズでは中身が見えてしまうから、なんて思ったなら大間違いだ。おそらくそんなことは朝比奈さんは勿論、俺も含めた全員が意識しちゃいない。はっきり言ってしまえば今この場面ではどうでもいい。 古泉もまたエネルギー球を消すまいと瞳を伏せ、精神を集中させている。 その外側では―― 「ライツオブグローリー!」 「……」 アクリルさんと長門が大軍をものともせず、とまでは言わないが、四方八方から襲ってくる怪鳥の突撃をかわし、しかし攻撃もしている。 アクリルさんからは目が眩むばかりのほとんどバズーカー砲と言っていいような眩く輝く光線が放たれ、長門からはスターリングインフェルノを振るうたびに説明のしようがない魔力が怪鳥を飲み込んでいる。 数はわずかながら減ってはいるようだが、それでも減っている内には入らないだろう。 「まずいですね……朝比奈さんの充電が間に合うかどうか、というところでしょうか……」 間に合わない、というよりはマシな言い回しだな古泉。 「クールドラグーン!」 今度はアクリルさんが連射可能の、氷の銛を連続で打ち出し、長門は相変わらず無表情で無言のまま、竜巻の刃を発生させている。 「堪えてくれよ古泉……それと何もできなくてスマン……」 「ふふっ、もちろんご期待に添えるよう努力しますよ。僕としてもかけがえのない大切な仲間を失いたくありませんので」 「古泉くん……」 ハルヒが珍しくか細い声を漏らしている。 …… …… …… なんだろうな、この感覚。前に味わった感覚と似てないか…… 俺とハルヒは歯がゆくもただ見ているしかできず、周りに頼りっぱなしで自己嫌悪に陥りそうになった……そう……蒼葉さんと初めて出会ったあの時と…… 俺は思わず思いっきりかぶりを振った。 「どうされました?」 「何でもない……本当にすまない古泉……」 「本当にどうされたんですか? 心配いりませんよ。僕は必ずあなた方を守り通します」 さわやかな笑顔を向けてくるんだが、その頬から滴る汗がお前の状況を知らせているんだよ。 くそ……何か、俺にも何かできることがないのか…… 「キョン! 痛いって!」 「あ……スマン……」 どうやらいつの間にか俺はハルヒを抱きしめる腕に力を入れ過ぎていたらしい。 「あんた……あの時と同じことを考えたでしょ……」 「ハルヒ?」 「だって、あたしも同じだもん……ただ見ているだけしかできなかったあの時……結局、あたしたちは蒼葉さんの手助けをできなかった……」 重く黙り込む俺とハルヒ。 そんな俺たちの耳が捉えたのはアクリルさんのとある言葉だ。 「ナガトさん、確かあなたの設定は悪の『魔法使い』、だったわよね?」 「そう」 ふと見れば、二人が背中合わせで宙を佇んでいて、気が付けば怪鳥たちが攻撃の隙を窺うべく、俺たちを取り囲んで膠着状態にあった。 どうやら長門とアクリルさんの想像以上の力に闇雲に攻撃しても無駄だと悟ったようだ。 「じゃあさ、さっき、あたしが撃ったライツオブグローリーかアルゲイルフォルスをコピーできない? なんか途中から見覚えのある魔法ばっかりだったし、アレってあたしのをコピーしたんだよね?」 「インプット済み。なぜなら魔法使いの設定を持つわたしにとってあなたは最高の模範。途中から、わたしは残された自身の力を魔法のプログラミング化に専念させていた。よって少なくともあなたが使用した魔法であれば使うことが可能、今は攻撃手段としても用いている。故に発動までにやや間が開いている。それは発動キーワードを呟いているため」 「魔法のプログラミング化って……んなことできるのはあたしたちの世界だと世紀の大天才魔工科学者・蒼葉だけよ……とんでもない話ね……って、ということはあなた自身の力は完全に尽きてしまったってこと?」 なんだと!? 「そう。しかし、あなたのおかげで『魔法』を駆使できるため戦闘に支障はない。ところでわたしにとってはアオバなる人物の方が信じられない。魔法、言い換えて意図的に超常現象を発生させる力のプログラミング化は人という有機生命体の器量をはるかに超える技術。それをできるとは考えられない」 「そうなの? あたしはそんなに深く考えたこと無かったし、蒼葉ならそれくらいやりそうなもんだと思ってた節があったから気にしてなかったけど。でもまあいいわ。それよりも、ちょっとした提案があるんだけどいい?」 「了解した」 ふぅ……アクリルさんと長門の様子を見れば、長門はなんとかなるようだ。本気で怖くなったぞ。 おっと、この場合の『怖くなった』は俺たちの危機が増大したからってことじゃない。長門の身が危うくなったことに対してだ。なんせあの雪山の一件があるからな。 「あたしはアルゲイルフォルスを使う。あなたはライツオブグローリーを。んで呪文の詠唱の最後の一句だけどあたしと合わせてこう言って」 ……? アクリルさんが何かを長門に伝えているのだが、はっきり言って俺には理解不能の言葉だった。 ひょっとして、カオスワーズってやつか? 「理解した」 「ん! なら行くわよ! これならこいつらでも半分は吹っ飛ばせるはず!」 ……なんだと!? この数の半分を吹き飛ばせる魔法……!? などと驚嘆している俺の眼前では、アクリルさんが烈火のオーラを、長門が黄金色のオーラを立ち昇らせている。 そして、まるで合わせ鏡のように二人同時に振りかぶり…… って! この魔法は! 『グレイトフルサンライズフェニックス!』 アクリルさんと、そして長門がハモって声を荒げると同時に二人から目が眩むばかりの強烈な光を放つ、そうだ! あの不死鳥が飛び立ったんだ! つか、長門が何でその魔法の名前を知ってるんだ!? 金色の不死鳥の羽ばたきが一瞬にして怪鳥の大群をなぎ払っていく! だが待て! あの魔法は……! 脳裏に浮かんだのは蒼葉さんが力尽きて崩れたあのシーンだ。絶対に忘れるわけにはいかない俺とハルヒの大罪…… 「ふぅ……どうやら楽になったわね。半分以上いなくなったわよ」 「確かに」 が、アクリルさんと長門のあっけらかんとした声が聞こえてきたのでどこかホッとした。 「よかった……もう、二度とあんなことは繰り返したくなかったもんね……」 ハルヒも安堵のため息をついてやがるぜ。そりゃそうだ。俺たちの考えたことは同じだ。 「そう言えば、ナガトさんはどうして今の魔法の名前、知ってたの? あれって蒼葉が考えた名前なんだけど、確か、ナガトさんは蒼葉に直接会ったことないんだよね?」 なんか場違いな会話だ。 しかしまあ、今の魔法の破壊力のおかげで怪鳥がさらに躊躇したからな。 「わたしは前にアオバなる人物がこの魔法を使ったところを目撃してる。だから知っていた」 あ……そういや長門は見てたんだったな……なるほど……そういうことか…… 「ふうん。凄いわね。異世界が視えるなんて。どんな目を持ってたら視えるのかしら。あたしはただひたすら蒼葉のことを祈るしかなかったんだけど」 「世界の連結が断たれていなかったから」 「ああ、そういうこと」 って、分かるんですか!? 今の説明で!? 「うん。でもまあ言葉にしにくいから詳細は省くけどね。それよりもナガトさん、もう一発いける?」 「問題ない」 などと物騒な会話を交わし、再びアクリルさんと長門が生み出した光の不死鳥は残りの怪鳥を壊滅させるのだった。 涼宮ハルヒの遡及ⅩⅠ
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涼宮ハルヒの憂鬱Ⅰ(2006年放送版第02話、構成第01話・DVD版第02話/2009年放送版・時系列第01話) スタッフ 脚本:石原立也 絵コンテ:石原立也 演出:石原立也 作画監督:池田晶子 原作収録巻 第1巻:長編『涼宮ハルヒの憂鬱』よりプロローグから第2章の66Pまで。61ページ分をアニメ化。 DVD収録巻 『「涼宮ハルヒの憂鬱」第1巻』に収録。 紹介 放送順では第2話、時系列では第1話。ここから全ての話が始まるが、原作に登場し、後になると気付く重要な伏線とアニメで解決する伏線が登場するのもこの話。 OPは冒険でしょでしょ?で、番組全体のスタッフが表示。EDは2006年放送版1話でスタッフクレジットがスクロールでダンスの画面も縮小だったが、この話からフル画面・固定に。 この回は監督演出回、キャラクターデザイン総作画監督が作画監督を担当、原画マンも各話の演出家や作画監督が多く参加しており、相当力を入れていることが伺われる。 この回の作画クオリティは2006年放送版全14話中最高クオリティとも言われている(放送終了当時のログより)。 2006年放送順の提供バックのねこマンは『女学生ねこマン』。(DVD第02巻に収録) 次回予告 TV版(『涼宮ハルヒの憂鬱』第1巻に収録): ハルヒ:次回、涼宮ハルヒの憂鬱第2話! キョン:違う!!次回、涼宮ハルヒの憂鬱第3話『涼宮ハルヒの憂鬱 II』。少しは人の話、聞きなさい!!お楽しみに。 DVD版: 有希:次回、『涼宮ハルヒの憂鬱 II』。見て。 放送版とDVD版との違い 放送では1話の次回予告にあった生徒手帳を眺めるシーンやキョン、谷口、国木田と話すシーン・カットがいくつか追加されている。(東中の校庭落書き事件など) パロディ・小ネタ ハルヒが一つの萌え要素として持ち出したのは、雑誌コンプティークと雑誌コンプエース。(石原監督によるとプロデューサーからの推薦だとか) 中学時代のハルヒをデートに誘って5分で断られたのは本人は違うと言っているが、谷口と見られている。(担当声優の白石稔は新らっきー☆ちゃんねる第12回のクイズコーナーで認めている。)デートに誘った場所のモデルは神戸市のハーバーランドのモザイクガーデンとのこと。 キャスト・スタッフ(詳細) キャスト 1段目 キョン:杉田智和 涼宮ハルヒ:平野綾 長門有希:茅原実里 朝比奈みくる:後藤邑子 2段目 谷口:白石稔 国木田:松元恵 朝倉涼子:桑谷夏子 岡部先生:柳沢栄治 スタッフ 脚本:石原立也 絵コンテ:石原立也 演出:石原立也 作画監督:池田晶子 動画検査:中野恵美 美術設定:田村せいき 美術監督補佐:平床美幸 色指定検査:石田奈央美 制作マネージャー:富井涼子 原画 北之原孝将 高橋博行 米田光良 浦田芳憲 坂本一也 西屋太志 紫藤晃由 大藤佐恵子 堀口悠紀子 高雄統子 山田尚子 小松麻美 松尾祐輔 動画 中峰ちとせ 黒田久美 栗田智代 大川由美 仕上げ 宮田佳奈 宇野静香 川合靖美 相沢朝子 背景 鵜ノ口穣二 細川直生 篠原睦雄 袈裟丸絵美 加藤夏美 丸川智子 川内淑子 松浦真治 撮影 中上竜太 田中淑子 高尾一也 山本倫 石井和沙 浜田奈津美 梅津哲郎 (ポストプロダクションなどは省略) 放送日程 2006年(野球中継などは考慮せず) チバテレビ:2006年4月9日24時00分-24時30分 テレ玉:2006年4月9日25時30分-26時00分 tvk:2006年4月10日25時15分-25時45分 KBS京都:2006年4月10日25時30分-26時00分 テレビ北海道:2006年4月10日26時00分-26時30分 サンテレビ:2006年4月11日24時00分-24時30分 TBC東北放送:2006年4月11日26時00分-26時30分 東京MXテレビ:2006年4月12日25時30分-26時00分 テレビ愛知:2006年4月12日26時28分-26時58分 広島ホームテレビ:2006年4月15日26時05分-26時35分 TVQ九州放送:2006年4月15日26時40分-27時10分 2009年 サンテレビ:2009年4月2日24時40分-25時10分 テレ玉:2009年4月2日25時00分-25時30分 新潟テレビ21:2009年4月2日25時45分-26時15分 東京MXテレビ:2009年4月3日26時30分-27時00分 tvk:2009年4月3日27時15分-27時45分 TVQ九州放送:2009年4月4日26時40分-27時10分 テレビ和歌山:2009年4月5日25時10分-25時40分 テレビ北海道:2009年4月6日25時30分-26時00分 KBS京都:2009年4月7日25時00分-25時30分 広島テレビ放送:2009年4月7日25時29分-25時59分 チバテレビ:2009年4月7日26時00分-26時30分 奈良テレビ:2009年4月7日26時00分-26時30分 仙台放送:2009年4月7日26時08分-26時38分 メ~テレ:2009年4月14日27時25分-27時55分 (1,2話連続放送) Youtube:2009年4月15日22時00分-2009年4月22日21時59分(1週間限定配信) RKK熊本放送:2009年10月18日25時50分-26時20分 DVDチャプター 使用サントラ 0 00~1 37 『いつもの風景』サントラ02収録 1 37~1 55 SE 1 56~2 30 『激烈で華麗なる日々』サントラ05収録 2 30~4 00 OP 4 01~4 40 『ザ・ミステリアス』サントラ02収録 4 40~4 52 SE 4 53~6 35『何かがおかしい』サントラ02収録 6 36~7 11 SE 7 12~8 43『コミカルハッスル』サントラ06収録 8 44~10 46 SE 10 47~12 03『憂鬱の憂鬱』サントラ02収録 12 04~13 36 SE 13 37~15 20『うんざりだ』サントラ03収録 15 21~15 27 SE 15 28~16 07『ザ・強引』サントラ05収録 16 08~17 16 SE 17 17~18 44『好調好調』サントラ03収録 18 45~19 45 SE 19 46~20 55『悲劇のヒロイン』サントラ03収録 20 56~21 07 SE 21 08~22 18『おいおい』サントラ02収録 22 19~22 52 SE 22 53~23 36『SOS団始動!』サントラ05収録 23 37~24 40 ED 24 41~24 57『冒険でしょでしょ?予告アレンジ』サントラ02収録 一覧 新アニメ 1期時系列 1期放映順 DVD 原作小説(巻) コミック収録巻 アニメサブタイトル #01 第01話 第ニ話 第01巻 憂鬱(1) 第01巻 涼宮ハルヒの憂鬱 I #02 第02話 第三話 第01巻 憂鬱(1) 第01巻 涼宮ハルヒの憂鬱 II #03 第03話 第五話 第02巻 憂鬱(1) 第01巻 涼宮ハルヒの憂鬱 III #04 第04話 第十話 第02巻 憂鬱(1) 第01巻 涼宮ハルヒの憂鬱 IV #05 第05話 第十三話 第03巻 憂鬱(1) 第02巻 涼宮ハルヒの憂鬱 V #06 第06話 第十四話 第03巻 憂鬱(1) 第02巻 涼宮ハルヒの憂鬱 VI #07 第07話 第四話 第04巻 退屈(3) 第03巻 涼宮ハルヒの退屈 #08 - - 新第01巻 退屈(3) 第03巻 笹の葉ラプソディ #09 第08話 第七話 第04巻 退屈(3) 第04巻 ミステリックサイン #10 第09話 第六話 第05巻 退屈(3) 第04巻 孤島症候群(前編) #11 第10話 第八話 第05巻 退屈(3) 第04巻 孤島症候群(後編) #12 - - 新第02巻 暴走(5) 第05巻 エンドレスエイト #13 - - 新第02巻 暴走(5) 第05巻 エンドレスエイト #14 - - 新第03巻 暴走(5) 第05巻 エンドレスエイト #15 - - 新第03巻 暴走(5) 第05巻 エンドレスエイト #16 - - 新第04巻 暴走(5) 第05巻 エンドレスエイト #17 - - 新第04巻 暴走(5) 第05巻 エンドレスエイト #18 - - 新第05巻 暴走(5) 第05巻 エンドレスエイト #19 - - 新第05巻 暴走(5) 第05巻 エンドレスエイト #20 - - 新第06巻 溜息(2) 第05巻 涼宮ハルヒの溜息 I #21 - - 新題06巻 溜息(2) 第05巻 涼宮ハルヒの溜息 II #22 - - 新第07巻 溜息(2) 第05-06巻 涼宮ハルヒの溜息 III #23 - - 新第07巻 溜息(2) 第06巻 涼宮ハルヒの溜息 IV #24 - - 新第08巻 溜息(2) 第06巻 涼宮ハルヒの溜息 V #25 第11話 第一話 第00巻 動揺(6) 未制作 朝比奈ミクルの冒険 Episode00 #26 第12話 第十二話 第06巻 動揺(6) 第06巻 ライブアライブ #27 第13話 第十一話 第06巻 暴走(5) 第07巻 射手座の日 #28 第14話 第九話 第07巻 オリジナル 未制作 サムデイ イン ザ レイン
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涼宮ハルヒの遡及Ⅸ 「どうやらこれで一段落ね、そう言えば、ラスボスってどこにいるの?」 一息ついたアクリルさんがハルヒににこやかに問いかけておられます。 まあ俺もそう思ってるし、長門、古泉、朝比奈さんも当然抱く疑問だろう。 この世界を消滅させ、俺たちが元の世界に戻るためには、世界の鍵となるラスボスを倒すしかない。なら、どこにいるのかくらいは知っておきたいところだ。最終目標があるのとないのとでは気分が随分違うもんな。たとえ、そこまでがどんなに長くても、だ。 ちなみに今の巨竜がこの世界のラスボスでも問題はないと思ったんだが残念ながらそうじゃないことはハルヒ自身が言っていた。 はてさて、次はどんな敵キャラと遭遇しなきゃならんのか。 などと呑気に憂鬱なことを考えていた俺だったのだがどうやら、やっぱり俺の、つうか、俺たちの考えは相当甘かったらしい。 ハルヒに関しては常に最悪を想定して動き、それでもあいつはさらに斜め上に行くと予想しなければいけなかったことを痛感させられたのである。 「あ、ラスボスはこの地上そのものなのよ」 ハルヒの何かふと思い出したような声が聞こえてきたと思ったら、一瞬、この空間が協調反転して凍りついたと感じたのはおそらく気のせいではないだろう。 ……今、ハルヒの奴、何つった? 「あの……もう一回言ってくれる……? 何がラスボスだって……?」 アクリルさんが表情には如実に『冗談だよね?』と書いてある引きつった苦笑を満面に浮かべて再度確認を求めている。 ああ、はっきり言って俺も思ったさ。聞き違いであってほしいってな。 「ええっと……その……この地上がラスボスと……」 どうやら聞き間違いではなかったらしい。 ハルヒが珍しくバツが悪そうに答えてやがるからな。その態度が余計に真実味を増すってもんだ。 って、この地上がラスボスだと!? 「だ、だってその方が面白いじゃない! 悪役とか敵ってのを世界が生み出すんだから、なら、『世界そのもの』を破壊する展開が本当の正義を守ることになるじゃない! 斬新な発想ってやつよ!」 「にしたって斬新過ぎだ! 敵を生み出すかもしれんが主人公や味方を生み出すのも『世界』なんだ! なのに『世界を崩壊させる』ことを解決にしてしまったら、主人公側の勝利の後に何にも残らんじゃないか!」 「む……それは確かに……」 今、気づいたんか!? 「とにかく、今はそんなこと言ってられないわ。この『世界』が敵だって言うのであればこの地に留まるわけにはいかないわよ!」 言って、アクリルさんが俺とハルヒの手を取り、古泉は朝比奈さんの手を取った。 「レビテーション!」 「むん!」 アクリルさんが術を開放し、古泉が表情に力を込める! アクリルさんと俺とハルヒは浮き上がり、古泉が生み出した赤い球体が朝比奈さんをも包み込み、外側に電流をスパークさせながら宙へと上昇! 長門は、 「わたしの体内に反重力物質を生成。調整することによって空中浮揚可能」 もちろん自力で飛んでいる。そう言えば今、初めて長門が飛んでいる理屈を聞いたな。 「さっすが宇宙人! 重力コントロールもお手の物って訳ね!」 おーいハルヒ? そんな呑気なこと言ってる場合じゃないぞ。この世界はどうやったら崩壊させられるんだ? でないと俺たちはいつまで経ってもここから出られないことになるし、出られないってことはその間、ずっと命を狙われ続けるんだが? いくら長門、古泉、朝比奈さん、アクリルさんでも体力と能力に限界が来ちまうぞ。 そう。なんたって、俺たちが宙に浮いた瞬間から、いきなり地面が崩れ、眼下には俺たちを呑みこまんばかりに荒れ狂う『海』が見えているのである。 しかも、いつの間にか周囲すべてがだ。地平線の彼方までずっと荒波が続いている。 ついでに空には雷雲がたちこめ、雷雨と暴風雨も俺たちを激しく責め立ててやがる。 もっとも、俺とハルヒはアクリルさんの結界術の中にいるし、古泉と朝比奈さんは古泉の赤いエネルギー球によって嵐から身を守っている。長門は勿論、自身で作りだしたシールドを展開済みだ。 それでもお互いの声が聞こえるのはアクリルさんが何かしたのだろうか。と想像するのは考え過ぎか? 「さて、どうしましょうか?」 という古泉の、珍しく笑みが消えた真剣な声が俺の耳に届いているもんな。 「……いつもの閉鎖空間であれば《神人》を倒すことによって『世界の崩壊』を導くことができるでしょうけど、残念ながら今回は閉鎖空間ではなく局地的非侵食性融合異時空間。《神人》が存在しない以上、正直、僕には打つ手なしです」 確かにな。ならお前はとりあえず朝比奈さんを守っていろ。 「了解しました」 俺もまた神妙に返し、古泉は少しだけ笑顔を取り戻して首肯する。 「悪いけど、あたしにも世界を崩壊させる魔法なんてないわよ。むしろ魔法の概念は逆だしね。魔法は世界が持つ『力』を『引き出して』行使する。つまり、『世界』が無ければ魔法は使えない。だから世界を滅ぼす魔法は存在しないってわけ。例外は自分の魔力で創り出す精神魔法、あたしたちの言葉でアストラルマジック。でもこれは精神に作用するものであって物理的攻撃手段にならない」 ううむ……となると……ハルヒがこの世界の消滅を望むしか…… ――残念だけどそれも無理―― って、アクリルさん!? いきなりテレパシーって!? ――今はそんな些細なことはどうでもいいの。で、ハルヒさんが望んでも無理な理由は、この空間が世界としてとまでは言わないけど、エアーポケットワールドとしてもう定着しちゃったからなのよ。エアーポケットだから、これ以上広がることはないけど、ある意味、ここは『異世界』。つまり、世界が違う以上、ハルヒさんの願望現実化の能力下からは外れてしまっている―― ちょっと待ってください。今の説明からすれば、ハルヒが来た時点で古泉の力も朝比奈さんの力も無くなるんじゃないですか? ――ううん。それは話は別。だってハルヒさんが望んだのは元の世界にいたときだし、しかもコイズミさんとアサヒナさんに力を持たせたまま、こちらに転送したから。むしろ心配なのはナガトさん。彼女が貴方の言った通りの存在なら、ジョホートーゴーシネンタイとかいうエネルギー供給源が今、断絶された状態になっているはず。だって、この世界は元の世界からは切り離された存在。世界を越えてまでエネルギー供給が可能だとは思わない。それが可能ならナガトさんがとっくにあたしたちを脱出させているはずよ。その供給源を伝ってね―― なんだって!? アクリルさんの説明を聞いて、俺は弾かれたように長門に視線を向けた。 「長門! お前は……!」 「大丈夫。もしものときは古泉一樹に協力を乞う。それとわたし個体のエネルギーが切れたとしても、『悪の魔法使い』としての力は内臓されたまま。攻撃手段がなくなるわけではない」 そうか。こういうときはハルヒの無茶な思いつきに感謝してしまうな。 「てことでハルヒ。お前はどうやってこのお話のラストを飾るつもりなんだ?」 俺も含めて、長門、古泉、朝比奈さん、アクリルさんのみんなが何もできないとなると、残るはこの物語を創り出したハルヒに委ねるしかない。まさか、主人公格が全滅してBAD ENDなんてことは考えないと思うんだが…… 「……まだ考えてない」 うぉい! 「だってしょうがないじゃない! あたしがこの世界に引きずり込まれた時は、まだプロットが途中だったんだから!」 あ。 「なるほどね」 アクリルさんが自嘲のため息をついていらっしゃいます。 「世界の設定、登場キャラクターの設定は決まってるから『世界』としては成り立つけど、ストーリーがまだ最後まで行ってなかったのね。でもまあ、ハルヒさんが居てくれてよかったわ。でないと、この世界の『ラスボス』が何かはずっと分からなかっただろうし」 まあ確かにその通りなんだが…… …… …… …… やっぱアクリルさんはすげえ場馴れしているな。ここまで冷静に状況を分析するなんざ俺たちには無理だ。 それができるとしたら長門だけではなかろうか。 「方法がないこともない」 って、長門! いつの間に!? 「sleeping beurty」 ――!! なるほどな……確かにあの日のあの世界もハルヒが創り出したとはいえ、ある意味、独立した世界だった。今の状況は酷似していると言ってもいいかもしれん…… 俺はハルヒをちらりと見る。 「ん? 何?」 ハルヒがきょとんとしている。 どうする? 今の長門の提言を素直にハルヒに伝えるか? ハルヒはもう、あの日のことが夢でなかったことを知っているんだ。なら、事情を話せば同意してくれると思うんだが…… 「ねえハルヒさん」 って、俺が話しかける前にアクリルさんがハルヒの声をかけてるし。 「この物語のラストをまだ決めていないことは分かったわ。でも『世界』をラスボスにするなら当然、主人公格の方に何か『世界を倒せる』力を付けたわよね? じゃないと物語は終わらないし。それを教えてくれない?」 そうか。確かにそう言う力は真っ先に決めてあることだろう。でないと話が作れない。通常、物語を作る際には出だしとクライマックスを先に決めておいて、その上でその展開やそこまでの過程、エンディングを決めるものだ。いくらハルヒが行き当たりばったりと言ってもそれを考えていないとは思えない。作成過程で色々な話が付け加えられることは多々あるだろうが大筋が変わることはあり得ないだろう。でなけりゃあの去年の文化祭の自主制作映画も完成しなかったことになるからな。 「……ある」 「は?」「へ?」 ところが、なんと答えたのはハルヒではなく長門である。というか何で長門が気づくんだ? 「以前、ミクルの設定資料を見たことを思い出した。あれにミクルミサイルというものがあり、それは我々は名前を付けていない地球外物質を用いた兵器で、朝比奈みくるの胸部の質量分を爆薬として使用した場合、地表を七回焼き尽くすことが可能な熱量を発生させられるものであった」 「ふ、ふえ!?」 「そう言えばそんなことを仰ってましたね」 朝比奈さんが悲鳴をあげ、古泉が苦笑している。 ……てことは、今の朝比奈さんはそんな物騒な物質を内蔵してるってことか? まあ……目からレーザーを出せるんだ……充分、物騒なものを内蔵されてても不思議はないかもしれんが…… 「ちょっと有希。前も言ったけど、あんなあたしの思いつきの設定を真面目に語らないでよ。聞いてるこっちが恥ずかしくなるわ」 その割には、否定しないんだな? 兵器の威力については。 「そりゃ、そっちの方が面白いじゃない。それに、ミクルビームだけじゃなくてミクルタイフーンもミクルミサイルも映画では使う機会がなかっただけで、別に外したわけじゃないわ」 ……よし 「どうやらこれで何とかなりそうよ」 「同感」 「そのようですね」 お? アクリルさん、長門、古泉も俺と同じ意見か? 「え? え? それはどういう意味ですか……?」 「ちょっとキョン、まさか有希の設定をまともに信じたんじゃないでしょうね?」 どうやら朝比奈さんとハルヒだけが解っていないらしい。 「ただし問題がある」 切り出してきたのは長門だ。 「……発射までのエネルギーチャージにかかる時間のことね……」 「そう。ミクルビームは連射できない。それはチャージのための時間が必要と言うこと。そしてミクルミサイルはミクルビームよりも強大な力。故にチャージにかかる時間も少なからず小さくない」 「どれくらい?」 「時間に直して三十分ほど」 などとアクリルさんと長門が会話を交わしている。まあこういう話になればこの二人の専門分野だ。 ハルヒも古泉も朝比奈さんも黙って聞くしかないだろうぜ。つか、創り出したハルヒが何でその設定を知らんのだろう? まあそれはちっともよくないのだがよしとしよう。 それよりも長門が『問題』と言ったことの方が重要だ。 三十分ならそうは長くないと思うが…… 「なるほど。なら、その間は是が非でもあいつらからアサヒナさんを守らなきゃ、って訳ね」 「そう」 何!? アクリルさんが視線を肩越しに背後に移せばそこには、大きさ的にはさっきの翼竜のだいたい五分の一くらいだが、どこか始祖鳥を連想させるデザインの怪鳥が大群でこちらに向かってくるのである。 涼宮ハルヒの遡及Ⅹ
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5日間熱心に勉学に励んだ後に訪れる束の間の休息。そんな貴重な休日に我々SOS団がどこにいるのかというと── ハルヒが福引で一発で引き当てた温泉旅館に来ている。 開催初日に引き当ててしまったことにより、客引き要素が70%減となってしまったその抽選会はもう悲惨だとしか言いようがなかったが。古泉に言わせれば 「涼宮さんがそう願ったんでしょうね」 とのことで、まぁそれについては初っ端から特賞を引き当てる確率と、 また都合よく5名様のご招待と書かれているその券を見て考えるとと妥当な推測ではある。 普通ならこんなものは家族で行くものだろうと思うのだが、ハルヒは家族に対しては長門が当てたもの (長門が一人暮らしとの説明も踏まえた上で)と言って誤魔化したらしい。 全く、そんな人生に1度、当たるかどうかも分からないような宝くじに匹敵する旅行券を、わざわざ団員で使おうとは。なんて独り言を漏らしたら、 「・・・・・・鈍感」 と後ろから雪融け水のように冷たな長門の声が耳に入った。 さて、旅館やホテルに着くと予想外に子供心というか、とにかく何かが湧き上がってきてウキウキしてくるのは何故だろう。 「探検しに行こう」と言ったのがハルヒではなく俺の口から発せられたものだから他3名は冷蔵庫にあったプリンが食べてみると実は卵豆腐だった、 なんてような顔になっている。まぁ、確かに俺も言い終わった後で多少しまった!とは思ったが。 「あたしが言う台詞でしょうが!キョンはヒラなんだから──」とそれはもう予想していたハルヒの言葉を軽くいなしながら他3名の意見を聞いた。 朝比奈さんはハルヒの機嫌を損ねないような言葉を選ぼうとしどろもどろで、長門はいつもの通り分厚い本を開いて物語の世界へ。 「僕達は・・・遠慮しておきます、2人で行った方が大勢で行くよりも隅々まで探検できるかと」 棄権なんてこのハルヒが認めるはずが無いだろうと思った瞬間 「じゃあいいわ、キョンと2人で行ってくるから、みんなは体を休めてなさい」・・・なんですと? ハルヒ、お前新幹線の中でなにか変なもの食べたんじゃないか、というかお前が一番疲れてるんじゃないかと聞こうとしたがもうすでに握られた手は そのへんの運動部よりも凄い力で引っ張られていき、こうして旅館探索が始まったのだった。 探索、とは言うものの。商店街が用意したような旅館、流石にそれほど広くもなく。地下の遊戯施設に立ち入っては「温泉浸かったら後でみんなで遊びに来ましょう」だとか、 開いてないレストランの前まで来ては「ここ、朝はバイキング形式で食べられるレストランなんだって」とか、つまり極一般的な会話に終わる探検だったわけで。 下見、という言葉の方がしっくりくるなと思うと同時に我が口から「探検しよう」なんて子供のような言葉が出てしまったことを再度後悔していた。 ふと握られたままだった手を見ながら、こんな風にハルヒと2人一緒だったあの日を思い出す。 当時こそ俺はその出来事を考えるたびに、手の届く範囲に拳銃がありさえすれば!なんて思っていたが。 今ではそんなことを考えていた頭の中の自分に鉛玉を撃ち込んでやりたいね。 俺は意外にもハルヒと共にいる時間を楽しいと思えるような性格を手に入れたらしい。と言えば遠まわしだろうか? 流石に俺でも自分の事を一端の健全な男子高校生だと思っているし、女子に全く興味が無いなんて今時の僧侶でも言わない事を、俺が言うわけが無い。 それがこの手を取っているハルヒなのかはまた別として。・・・だがまぁ、一緒にいて楽しい以上俺はハルヒを嫌いではないと自覚している。 「そういえばハルヒ・・・お前1年前と大分変わったよな」・・・1年前は毎日「退屈」、「暇」の言葉を製造し続ける特注機械だったのにな。 「なんか馬鹿にしてる?」っと、心を読まれかねないから少し控えておかないとな。 とはいえ、今でも毎週1回は「退屈」もしくは「暇」と呟きはするのだが。しかし古泉は「今年は例年に比べて本当に閉鎖空間が発生しなくて済んでますよ」と言っていた。 確か最後に発生したのはこの間のゴキブリ騒動の時だったとも言っていたな・・・ このゴキブリ騒動については家庭科の担任教師が入院の為2週間ほど学校を休んでいて・・・ で、それに伴って調理実習室の部屋が2週間閉鎖され、その後「調理実習室から異臭がする」との噂が囁かれはじめてから どういうわけか「調理実習室を調べて対処して欲しい」という話が悩み相談窓口から入ってきたんだよな。それも生徒会から。 生徒会長曰く、「こんな訳の分からない部を黙認させているのだから、たまにはそれに応じた働きも見せてみろ」だとさ。 便利屋じゃあるまいし。とは言うものの「対処してくれればSOS団の正式な承認を前向きに検討する」とのことなので 俺なりにハルヒを説得してさっさとこんな厄介事を片付けようと息巻いていたのだが。 調理実習室前に着くや、漏れ出てくる異臭。マスクを用意していて正解だったと他団員を見回し・・・ 涙を薄っすら浮かべている朝比奈さんに渡し、流石のパーフェクト宇宙人も若干眉を顰めているが・・・長門にも渡し 「ちょっと用事が・・・という訳にはいかないんでしょうね」当たり前だ、古泉。こいつにも渡し 口数が一瞬で0になって少々顔を引きつらせている我らが団長様にもマスクを渡し。 士気が下がりきってしまう前にさっさと開錠してドアを開け──そこから人間の女子2名の記憶は無いようだ。 惨状と言うべきか。2人が床に衝突するのを避ける為に両手が塞がった俺の目の前に表れた光景。 コンセントが外れ、ドアは半開きの冷蔵庫から飛び回る蝿。外からの空気が入ったことによって蜘蛛の子を散らしたように逃げていったがそれでも十数匹は目視できるゴキブリの集団。 長門がいなければこの惨状はあと数週間は惨状のままだったかもしれない。 高速言語を放つと同時にこの閉鎖(されていた)空間にいたゴキブリ、蝿、異臭、異臭元と思われる腐った食材etc・・・は亜空の彼方に消えていったらしい。 「・・・・・・任務遂行完了」マスク姿の長門がそういい終わると同時に鳴り響く古泉の携帯。 「申し訳ございません。・・・久々のバイトのようです・・・」 さて話を戻そう。 確かに四六時中一緒にいて、こいつの機嫌が手に取るように分かるようになった多大な能力を得てしまった俺が見ても、ハルヒは性格が丸くなったと言える。 が、しかしSOS団の活動意義が発足当時から不変であることも分かっているし、それならば何故ハルヒは閉鎖空間を発生させないような性格を得たのか不思議でならない。 「なぁ、毎日楽しいか?」ふと、答えを聞けば全ての疑問が解決される質問をハルヒに聞いてみた。 「あんたはどうなの?キョン」と返されたのは想定外だった。俺か?俺が毎日楽しいかどうかだって? 「・・・まぁ、楽しいと言えば楽しい、かな?」 「じゃあ、そんなもんなんじゃない?」うーむ。ハルヒらしからぬ答えだ。てっきりここで“退屈で暇でどうしようもないことくらいわかるでしょー! そんな質問をする前にあんたが楽しみを提供するよう頑張るのが有意義よー!”なんて罵倒されて、それに対して俺はそれでこそハルヒだと一人感慨にふける展開を考えていたのに。 そんな話を入浴中に古泉に話してみた。こいつならば涼宮の言わんとしていることを俺に分かりやすく教えてくれることだろう。 「それは・・・その通りの意味ですよ」・・・前言撤回。こいつに話したところで俺の脳は疑問を解決することはできなかった。 「フフ、失礼。しかし今まで常に自分の意見を押し通してきた彼女が、あなたに答えを任せた。それがヒントですかね・・・?」 ヒントなんざ言うくらいならとっとと正解を教えろってもんだ。俺はクイズバラエティーで分かりそうも無い難題を吹っかけられて反応を笑われる芸人じゃあない。 なんて言おうとしたがそれはハルヒによって阻まれた。 「お前!ハルヒ!なんで男湯覗いてんだ!」 「おや、体を洗った後で良かったですね、僕達」そういう問題じゃないだろ。 「ふふん、あんたがこっちを覗かないように監視してるのよっ!」俺は紳士だ、見るわけ無いだろうが。 どーだか、とからかうハルヒを俺もついからかいたくなって自分の胸を指差し 「見えてるぞ。」うそっ、という声と同時に崩れる椅子の音。 「あぁ、嘘だ。」 数秒してから返ってくるハルヒの怒声。久々にハルヒの口から「バカキョン」の言葉を聞いた気がするな。 部屋に着くなり用意されていた豪勢な夕食。ガイドブックや旅番組で見るようなまさにそれと全く同じ光景が目の前に広がっていた。 一番乗りで座布団に座ったのは意外にも長門。おそらく初めて見るんだろうな。生まれてまだ・・・4年しか経ってないんだから当然か。 急かすように他メンバーをじっ、と見つめ、全員が座るまでに要した時間は数秒。 ちなみに、長机を2人と3人で挟むように座布団が敷かれ、3人の方に長門、古泉、朝比奈さんの順で座ってしまったので必然的にもう片方には俺とハルヒが並んで座ることに。 長門は火をつけられた小鍋をまじまじと見続けている。分かるぞ、小学生のときの修学旅行で同じ気持ちを味わったもんだ。 ハルヒのいただきますの号令で料理を堪能・・・相変わらず長門の箸は速いな・・・なんて上の空になっていたら。 「ほら、ご飯粒ついてる」・・・まるで長門以外の時間が停止したようだった・・・漫画さながら、俺の頬に付いていたご飯を手に取り食べてしまったのだから。 「フフ。まるで夫婦のようですね」との古泉の声にハッと向こうに顔をやるハルヒ、耳が真っ赤だ。俺も顔が熱い・・・ さっさと食べて遊戯室行くわよ、と話をそらし、急いで飯をかっ込むハルヒ。・・・と俺。結局料理の味を楽しめなかった・・・ 温泉に浸かって腹ごしらえもして。もう快適な睡眠の安全装置は解除されいつでも引き金を引ける状態である。 適度な運動なんてしたらもう完璧に睡魔と書かれた銃弾は俺の頭を貫くね。 「馬鹿なことを言ってないで、次あんたの番よ!」と言うことで、古泉からラケットを受け取り俺なりに奮闘してみたのだが。 こいつはスポーツの神様が背後霊じゃないのかと思える試合だったな。なんで去年の孤島のときよりさらに強いんだよ・・・ ともあれ、何周かすると流石に全員に睡魔と書かれた銃弾は行き渡ったようで、最下位だった俺の奢りのコーヒー牛乳を振舞いつつ、部屋に戻ることとなった。 さて、人間という生き物は不思議なものであり、眠るという目的が別の事象によってなしくずしになる、なんてことはごくありふれた光景である。 この場合の事象とはトランプのことであり、いくつものメチャクチャなローカルルールが絡み合ってしまったそれはもはや大富豪と言えないゲームだったが。 罰ゲームに酒がハルヒの口から提案されたが、流石に高校生だけで来てるのに酒を飲んだ後の領収書を見られたら学校に通報されるかもしれない、 という説得の末これまたお決まりの奢りジュース。もちろんお決まりで俺の奢り・・・ どういう経緯で全員が睡眠という2文字に負けたのかは定かではない。遊びながらそのまま寝られるように放射状に布団を敷きなおしていたから、最後に電気を消した人間でないと知りようがない。 と、考えているのはつまり自分が起きているからである。変なジュースを罰ゲームで飲まされたからだな・・・キュウリ味のサイダーだっけな、うっ、思い出しただけで吐きそうだ。 暗闇にだんだん目が慣れてくると隣の布団が空になっていたのに気づいた。ハルヒだ。 トイレに行ってるのだろうか?という考えはそのまま5分過ぎたところで否定された。外に出て涼んでいるのかもしれない、が、ひょっとしたら。そう考えると既に俺は部屋を出ていた。 何故ハルヒがいないとこうも落ち着かないのだろうか。・・・そういえば世界が改変されていた時も。 まだ20年すら生きていない俺がこんなに1人の女子で心が不安になるのか?生意気すぎるにも程がないか。いや──俺は俺を誤魔化している・・・のか。 ぴたりと足が止まった。 「俺は、ハルヒのことが──好きなのかな」 がたたんとなにかに躓く音。振り返るとハルヒがソファーに尻餅を付いていて、弱々しい非常灯に照らされたその顔はかすかに赤くなっていた。・・・まさか。 「い、今の聞いてたり・・・?」 無言で頷くハルヒ。 「聞かなかったことにしてくれたりは・・・?」 無言で首を振るハルヒ。 ああ、俺の人生はここで終わったな。明日になれば団員全員に、月曜日になれば学校の笑い話のレパートリーに1話追加されるわけだ。 「あ、あたしも・・・同じ」 やれやれ。こういう話で笑われるのは男だけと相場が決まっているな。古泉あたりの端正な顔立ちの奴なら逆に七不思議に追加されそうだがな。 こんな普通さしか取り得の無い男子学生なら普通という項目が異常という項目に書き換えられて別のファイルに入れられるだけだ。 「あたしも・・・好き」 ・・・え?何?今幻聴が聞こえたような・・・ 「あんたのことが大好きって言ってんで・・・モガモガ」 幻聴じゃなかった・・・いや、危なかった。こんな大声を他の宿泊客に聞かれたら即追い出される。・・・しかし。 「これ夢か?」 スッ、と手が伸びて頬を抓る。古典的だが、確かに現実のようである。 「夢じゃない?」 コクコクと頷くハルヒ。ここでいまだに口を塞いだままであったことに気づく。 「おわっ、す、すまん・・・」 「まったく、部下が団長の口を塞ぐなんて、団員にあるまじき行為よ!」・・・まことに仰るとおりでございます。 「塞ぐならこっちでしょうが!」 ・・・俺の唇は、ハルヒの唇で塞がれた。 次に意識を取り戻したのは布団の中だった。あれは夢だったのだろうか。 時計に目をやるとまだ6時半で、みんな熟睡しているようだ。もちろんハルヒも。 ・・・閉鎖空間?いや、あの時俺の隣(ハルヒと逆)には古泉がいたのは確か・・・って、古泉はそれの専門家だからこれじゃ決め手にならん。 しかしその疑問はすぐに解決された。なぜなら、ハルヒの手と俺の手が握られていたことに気づいたからだ。 ・・・その手を離そうとしたがやめておいた。 ハルヒに夢で終わらせたく無かったから。 なぁ、あの時お前はいつから起きていたんだ? 「フフ。やはり気づいていましたか。」 古泉によると今回の件も特殊だというらしい。 神人が存在しない閉鎖空間だったとか、極めて感知するのが難しい空間だったとか、初めから近くにいたことで偶然入り込むことが出来たようだとか 言っていたが、閉鎖空間内での光景がフラッシュバックして大半は頭に入っていなかった。 「あの閉鎖空間の発生で何か世界に困ったことは?」 「起きていないですね。あ、困ったことではないのですがただ一つだけ変化が。」・・・何だ? 「あなたと涼宮さんの絆がより深いものへと変化したようです。」 そのまた次の週。不思議探索の日にまたも俺とハルヒ以外欠席となった。古泉の根回しだろうか。 ハルヒは特に非難することもなく、俺の奢りの缶コーヒーを飲みながら歩いている。 「あ、そうそう。商店街の福引券がまた1回分集まったのよね」と、いつのまにか丁度福引所の前に着いていた。 開幕と同時に特賞を失った福引と言うものはまるで全く弾まないバスケットボールのようである。 弾まないバスケットボールで観客を沸かす試合が出来ないことは商店街の方が一番よく分かっている。 そう、つまり特例として特賞をもう1本入れて客引きを図っていたのである。・・・が、ハルヒが来てしまったものだから大変。 流石に彼らの頭にも一般的な確率論が入っているはずだろうからそんな事態が起きることはまず予想しないであろう。 しかしそれでも“もしかしたら”が同じ比率で彼らの頭を蝕んでいるようであり、またそれが顔色を悪くさせる要因のであることが俺にも分かってしまった。 ここは俺が助けの手を差し伸べてやらなければなるまい。とまたも自分を誤魔化しつつハルヒに耳打ちする。 「3等の映画鑑賞券が当たったら丁度2人で行けるな」