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涼宮ハルヒの切望Ⅷ―side H K― そこにはあたしが、ううんあたしたちが望む光景があった。 あたしの手をどこか感慨深げに、それでいて少し震えてつかんでいるキョンを正面に捉えている。 彼の足もまた、しっかりと部室の床を踏みしめていた。 戻ってきた…… 戻ってこられたんだ…… あたしの全身も感激に打ち震えている。 しばし見つめ合うあたしとキョン。 いつもならこんなことには決してならないんだろうけど。 でもこの雰囲気になれば次の展開はこうなって当然なの。 「キョン!」「ハルヒ!」 呼び合いながらあたしたちは抱擁し合う。 お互い強く深く力を込めて。 「このバカ……どこ行ってたのよ……」 「すまねえ……お前に迷惑かけちまって……」 抱きしめ合いながら、嬉し涙を浮かべているのに悪態付いてるあたしだけど、それでもキョンには本当のあたしの気持ちが届いていることが理解できる謝罪の言葉が聞こえてくる。 それが心から嬉しい。 キョンに向けられている有希、古泉くん、みくるちゃんの視線はあたしも嬉しい。 安堵、慈しみ、喜び。 この三つの視線は全部、あたしと同じ気持ち。SOS団は異体同心一蓮托生。それを再認識できて嬉しかった。 みんなキョンのことを本当に心配してくれていた。 それがあたしの感動をより一層大きくさせてくれる。 その余韻に浸ることしばし。 と言うか、ずっとこうしていたいくらいなんだけど―― 『感動の再会のところ悪いけど、一つ、留意してほしいことがあるの』 なんとなく少し遠いマイクでしゃべっているような声があたしの左後ろから聞こえてきて、反射的に、でもちょっとゆっくりと肩越しに振り向いてあたしは思わず目を見開いた。 うそ……まさか…… キョンと再会した感動とはまったく別の感情であたしの全身が震える。 端的に言うなら驚嘆もしくは愕然。 だって、そこにその人がいるなんて信じられないんだから…… でも絶対に忘れられない人だったから…… そこにはなんとなくノイズ走りまくりの古いテレビの画面みたいな感じで、去年の文化祭の時の有希みたいな恰好を、魔女っ子ファッションの少女に見える女性がいた。 「キョン……もしかして、あんたが行っていた世界って……」 「まあ、な……おかげでこっちの世界に帰してもらえたって気がしないでもない……」 言って苦笑を浮かべるキョン。後ろ頭も掻いている。 「あ……」 『もう悠長に話している時間はないから用件だけ言うわ。それに前も言ったとおり、私と、そして彼女のことは忘れちゃっていいから。んで説明は魔法の知識に抜きん出ている彼女にしてもらうね』 あたしが呼びかけようとして、しかし彼女は少し名残惜しそうな笑顔を浮かべていたけど遮って、 って、彼女? 誰のこと? 「ハルヒ……反対側だ……」 キョンの声もなぜか震えている。この震えはどちらかと言えば呆然に近いわね…… 信じられないものを見るような感じのもの。 と言う訳であたしは視線を今度は右後ろに移す。 そこには、 「えっ!?」 あたしが思わず声をあげてしまうのは無理ないってもんよ! だって、そこにもノイズ画像で一人、女の人が佇んでいたし! それもみくるちゃん張りに起伏にとんだプロポーションもさることながら、そのヘアカラーは筆舌しがたいものがあるわよ! いやまあ言葉にすれば簡単なんだけど実際、こんな色に染める人なんていないだろうってくらい鮮やかな桃色なんだもん! 「言っておくがハルヒ……あの人のあの髪の色は地毛らしいからあんまり好奇の視線を向けん方がいいぞ……」 キョンの何とも言えない苦渋に満ちた感じの注釈が聞こえてきたし。それも小声って。 ふと前を見てみれば、古泉くんとみくるちゃんは絶句しているみたいだし、有希は無表情に見えるけどどこかその漆黒の瞳がいつもより丸みを帯びている。 そりゃそうよね。あたしだっていまだに事態が飲み込めないんだもん。 『今、あたしたちがお互いに見えるのはこの異次元召喚術の魔力余波だから。でもそれは本当にしばらくの間。その余波がなくなればお互い見えなくなるわ。なんせ存在する世界が違う訳だからね。一時的にこの世界とあたしたちの世界が鏡を隔てて繋がっていると思ってもらえばいいのかしら。ちなみにこの場合の鏡は次元断層って意味よ』 異次元とか召喚術とか魔力て。なんか桃色の髪と魔女っ子マントスタイルがあいまって見た目通りの人なのかな? 「向こうの世界だと常識なんだよ。実際に俺も体験してしまったから今のあの人の言葉を穿って見れん」 「そうなの?」 キョンの苦笑にきょとんと返すあたし。 『キョンくん』 「あ、はい」 桃色の髪の人がキョンに呼びかける。 んで、なんかよく分からない理論を交えて説明しているんだけど…… 『――って、あら? どうやらここまでで限界みたいね。あたしたちから見えるあなたたちが急激に薄れていくから、そっちでもあたしたちが見えなくなってきたんじゃない? でもまあいいわ。言いたいことは全部言えたから』 「ちょ、ちょっと待ってください! 今の話本当なんですか!?」 あっけらかんと話を終えようとする桃色の髪の人にキョンが焦った声あげてるし。 んまあ、彼女の説明に意味不明な単語と理論は混ざっていたことはさておき、あたしにも彼女が言った意味が何かは理解できたわ。 と言うか何でそれで焦らなきゃいけないのよ。別に今までと変わんないじゃない。 『え? あなたたち、そういう関係なの? なぁんだ。だったら確かに変わんないと言えば変わんないか』 「認めんで下さい!」 『そうは言うけどさ。あれ以外にこっちにキョンくんを送れる方法なかったし仕方ないじゃない。それとも何? あたしたちの世界で生きられると思ってるの? あの取り乱した様子を見るとそうは思えなかったけど』 「うぐ……」 ぷぷっ、向こうで何やったのキョン? 「う、うるせえ! 単にこっちの世界に帰りたいって泣き叫んだだけだ! 悪いか!」 『まあそうなるのは仕方ないわよ。あたしも経験あるしね』 キョンの居直り言葉を聞いて桃色の髪の人が苦笑を浮かべている。 そっか。んじゃあからかっちゃ悪いわね。たぶん、あたしも元の世界に戻れないとなったら取り乱すだろうし。 「今回のことは感謝する」 有希が毅然と切り出した。 あ、そういえばそうよね。この人たちの協力がなかったならキョンはこっちに戻れなかったんだから。 『いいわよ。お互い様だから。私たちだってあなたたちの協力がなかったら彼をこっちに戻せなかったもの。それに私たちは以前、その二人に救われたことあったし、そのお礼の一環でしかないわ』 ――!! 「待って!」 あたしは思わず呼びとめた。 「あたしは――あたしは!」 悲壮感を漂わせたあたしは消えゆく二人に言葉になっていない言葉をかけるしかできなかった。 だって、あのことはあたしの所為なんだし…… 『事の真相は全部キョンくんから聞いた』 え……? 『でも同じことでしょ? 彼があなたのことを教えたから、あなたは世界創造を止めてくれた。もし彼が教えなかったらあなたは気づくことができなくて私たちの世界は崩壊してた。ならやっぱり私と私たちの世界を救ってくれたのはあなたたち二人。違う?』 『だからあたしたちの気持ちは変わらない。これまでもこれからもあなたたちへの感謝は忘れないわ』 こんな風に言われてもやっぱりあたしの中では彼女たちへの贖罪の気持ちが消えない。 ただ、なんとなく肩の重荷が少し軽くなった気がする。 それはどうして? と問われても答えられないんだけど。 『じゃあね――』 最後に二人がとびっきりの微笑みを浮かべると同時に、音もなく二人の姿はまるでこの部室に溶け込むかのように薄くなっていく。やがて目に見えなくなったとき、なぜか部室にさらさら流れる細いガラスのような結晶が降っているような幻覚が見えた気がしたと思ったら、二人の余韻すらもこの場から消滅した気がした―― ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ さて、ここからは後日談になる。 俺はこっちの世界に戻ってきて、昨日までとにかく色々な人に頭を下げて回った。しかもその度に俺の頭を押さえつけていたのは愛想笑いを浮かべて常に俺の横にいたハルヒだ。 当日は二年五組と鶴屋さん。 んでSOS団には土曜日に全員奢りという詫びを入れさせられた。つっても、これはいつもと変わらんか。 そして翌週水曜日。その日の放課後、おそらくは詳しい説明を聞けるであろう人物への元へととにかく急いだ。 なんでも今回の件で三日ほどのメンテナンスが必要になったとかでそいつは昨日と今日、学校を休んでいたから。実は土曜日も無理して来ていたらしい。 その証拠に昼食後、あっさり帰宅したもんな。 おっと俺は別にハルヒに聞かれたくなかったから急いだわけじゃないぜ。 と言うか、ハルヒはもう、俺がジョン・スミスで、長門が宇宙人で、朝比奈さんが未来人で、古泉が超能力者だってことを知ってしまっているんだ。 てな訳で、俺が部室に急いだ理由は単に逸る気持ちを抑えられなかった、ただそれだけだ。 なんたって最大の謎はまだ残されたままだったからな。 が、文芸部室に入って、朝比奈さんの生着替えを目撃してしまったものだから、朝比奈さんの悲鳴が外に漏れないように急いでドアを閉めて廊下で待つことしばし。 ひ、久しぶりだったのと事の真相を知りたかった探究心が勝ってしまっていたんだよ! ノックしなかったのは単に忘れていただけだ! 「ど、どうぞ……」 う、ううん……部室からまだ恥じらった声が聞こえましたね…… 俺は多少、後ろ暗い気持ちでドアをくぐる。 むろん、そこには朝比奈さんがまだ少し頬を赤く染められて困った顔して佇んでいらっしゃいました。 いや本当にすみません。 「いえ……あたしこそ鍵もかけずに……」 などと言う謝り合いの会話を交わした後、俺は目的の人物の傍に行った。 「今回の出来事は情報統合思念体の終末派が目論んだこと」 で、近づいた途端、普段は挨拶するまで物言わぬ文芸部長にしてSOS団の読書係はハードカバーから目もあげずに切り出してきたんだ。しかし何とも言えん寒々とした雰囲気はいったい何なのか? まあ今はいいか。とりあえず真面目に話をしておきたいからな。 「終末派だと? 確かお前から聞いたのは主流派、急進派、穏健派、革新派、折衷派、思索派ではなかったか? 終末派なんて初めて聞いたぜ」 「わたしも最近知った。今回のことで情報統合思念体が教えてくれた」 なぜお前に知らされなかったんだ? 「必要無かったから」 いやそれを言ったら身も蓋もないだろう。まあ確かにお前の任務はハルヒの監視であり、ハルヒの護衛だから…… って、最近って言ったよな? 知ったのはいつだ!? 「あなたが異世界に飛ばされた翌日」 なんとまあ、と言うことは今はその派閥を知っておく必要ができたってことだ。 「終末派は情報統合思念体の中でも異質。意味に齟齬を生むかもしれないが生命体が持つ根本的な感情が欠けた存在」 思念体を生命体と表現するのはまあ確かに変な感じはする。だが長門は俺に解るように説明するためにあえて使ったんだ。 「以前、説明した通り、我々情報統合思念体は派閥の志はどうあれ、自律進化を目的としている。それがわたし、朝倉涼子、喜緑江美里がこの地に存在する理由。主張は違うが皆、自律進化を念頭に置いている。それだけは同じ意志」 朝倉はもういないがな。 「しかし終末派は自律進化を放棄した意思。よってその思考は自らが滅ぶことしか念頭にない。そしてそれは生命体すべてが持っている思考とは真逆に位置するもの」 なるほどな。確かに俺たち人間は誰しも死にたくないと願い生きることに対して執着する。それは長門の親玉もそうなのだろう。放っておけば滅びの一途を辿るなら、藁に縋ってでもなんとか生き長らえる方法を模索するのは当然ってことだ。なんと言っても命の有無は別にして『生きている者』だからな。 つまり、終末派ってのは死にたがりの連中だ。自殺志願者と言っても過言じゃないかもしれん。 「涼宮ハルヒが世界を滅亡させれば自分たちも滅びることができる。だからあなたを別の世界へと追いやった。正確には別の世界ではなく次元断層に放り込んだ。なぜなら彼らも自らの意思を持って異なる世界には行くことができないから」 何で俺なんだ? 「あなたは涼宮ハルヒにとっての鍵。鍵がなくなればその扉に意味はない。扉は我々にとって新しい自律進化への道筋をつけるための指針」 そりゃまあ鍵のない扉なんて意味ないだろうな。鍵がなきゃ扉を付ける必要なんざないわけで…… って、まさか! 「その通り。鍵=あなたがいない世界では涼宮ハルヒは何も意味がないと考えた。だから滅亡の危機に瀕した。そしてこれが終末派の狙い」 う、ううん……なあ世界、本当にそれでいいのか? それも今の『世界』ってのは全宇宙を指しての『世界』なんだぜ? そんな、俺にはとっても理解できそうにない広大な世界が俺なんぞに振り回されてるなんて思いっきり理不尽としか思えんぞ。 と言うか、何で俺は次元断層に放り込まれただけで済んだんだよ。今のハルヒに世界を滅亡させたいなら俺の命を奪う方が早くないか? 現実に朝倉もそうやろうとしたんだぜ。 「次元断層に放り込んだ時点で有機生命体はほどなくその生命活動を完全停止する。だから生きていても死んでいても大差ない」 そ、そうですか……さらっととんでもないことを言う。 てっきり終末派とやらが情けをかけたのかとも考えたんだが全然違うらしいな。と言うか全く逆じゃないか。 ったく、死にたいなら自分だけ逝けっての。無関係の連中を巻き込むんじゃねえよ。 「土曜日にあなたと涼宮ハルヒが口論になったことを利用した。それゆえわたしも涼宮ハルヒの力によって一時的にあなたが消失した、と誤解した」 なるほどな。確かに俺はハルヒが『あんたの顔なんて見たくない』と聞いただけで『どこかへ消えてしまえばいい』という言葉聞いていないんだ。もっとも、あの言葉を意訳すれば『あたしの前から消えなさい』と受け取れないこともないわけでそれが長門を誤解させてしまったんだ。 「なあ、ひょっとして俺はこれからも朝倉や、今回の奴みたいな連中に襲われたりするのか?」 「大丈夫」 ここで初めて長門は視線を俺に向けた。その瞳には珍しく強い決意の炎が燃えている。 「わたしがさせない」 なんとも頼もしい言葉だね。しかしだな。言っておくが俺だって、お前やハルヒ、朝比奈さんを守りたいと思っているぜ。もちろん古泉もだ。 「そう」 長門がミクロ単位で頷き、そして続けてきた。 「わたしからも聞きたいことがある」 どうにもさっきの寒々とした雰囲気は完全に消え失せてしまったようである。 いったいさっきのは何だったんだ? 「頭髪が桃色の異世界有機体が言ったことは本当?」 って、ああ、あの言葉か。 「いやまあ……たぶん本当なんだろうぜ……」 俺は苦虫をつぶした顔をした。 そう言えば、どうして俺が戻ってこれたのかの詳細な説明がまだだったな。 それを今、少しだけ説明させてもらう。 まあ何だ。あの二人は召喚魔法を利用してこっちの世界と向こうの世界を一時的に連結させたんだ。 それはハルヒ、長門、朝比奈さん、古泉にあの二人の立ち位置が関係している。 俺を中心に長門が俺の真後ろ、ハルヒが俺の正面に立ち、あとの四人が中心から俺とハルヒ(長門でもいいぞ)の間隔で60度ずつずれて立つとどうなるか分かるかい? まあ答えを言ってしまえば正三角形を二つ重ねて丸で囲んだ形、すなわち六芒星魔方陣だ。これは二つの世界を隔てていたとしても効果があるとのこと。 なぜなら向こうの世界では召喚術を用いるときに使う呪紋だそうで主に悪魔や魔獣とかいう地底世界にいる輩を呼び出すものらしい。 んで、六芒星魔方陣は地底世界と地上世界を繋ぐ扉ということだ。 この理屈をあの二人は応用したんだ。 もっとも同一世界じゃなく異世界間なわけだから通常の召喚術で成功するはずがなかった。 ところが、あの時、俺とハルヒの持っていた小石が二つの世界を繋げていた。そして俺の予想通りで、異世界への扉を開くトリガーの力を持つSOS団のエンブレムと、異世界との境界線が著しく弱くなっている文芸部室の超空間とを利用してハルヒが無意識に、しかし一心に願ったからこそ、あの小石を通じて俺の元へと線を繋げることができたんだ。まあいくらハルヒでもそこまでが限界だったんだがな。んであの魔石を作ったのと魔力を吹き込んだのはあの二人だ。それがマジで呼応したらしい。つーことはあの二人は人間の身でありながら、その力を次元断層にまで及ぼせるってことか? まあそれくらいの力は持っているみたいだったが…… んで、その線が召喚の伏線になったんだ。 後は『同一意志』が『異空間に入り込んで』線を確認し、その線を利用して『空間を越えて』、向こうからも『道を繋ぎ』、召喚させるために『扉を開いた』って経過だ。 つまり、あの二人が使った魔法はテレポテーションと召喚術の合体魔法。 俺を元の世界に飛ばすためにテレポテーションを使い、呼び出すために召喚魔法を使ったってことだ。 ただ、確か胡散臭い本によれば六芒星魔方陣はもっと何か書いてあった気がするし、あんな小さいものじゃなかったはずなんだ、なんて考えたのだが、結構ガックリくる答えをあの二人は言ってくれた。 何の魔力も持たないごく普通の一般人に属する俺くらいなら簡易魔法陣で充分なんだってよ。複雑な魔法陣を利用するものは呼び出すモノが強力な魔力を持っていたり力があったりする場合でそれを服従させるためにより複雑な.呪紋が必要になるって説明だった。 なんかえらく馬鹿にされた気分だったぜ。 で、長門が聞いてきた俺が受けた留意事項というやつなんだが…… ああ分かったよ! 言うさ! たぶん、『召喚術』って言葉が出た時点で想像できたとは思うが、あの術には『呼ばれた側』は『呼んだ側』に絶対服従してしまうというルールがあるんだ。 言っておくが校則とか条例とか六法なんて甘っちょろい文面法律なんかじゃないぜ。あんなもの罰則とか罰金さえ気にしなければいくらでも破ることはできるんだ。まあできれば破りたくはないがな。 ところが今回の場合、なんだか潜在意識とか深層心理の部分で逆らえないんだ。 逆らうことにあからさまなセーフティーがかかってしまってる。これがどうい意味か分かるか? 俺はハルヒにこっちに呼ばれた扱いになったんだ。 もうお分かりだよな。 そうだよ。俺はハルヒの本気でやることなすこと命令することに愚痴は言えても行動としてはまったく逆らえなくなったんだ。 パンを買ってきて、と言われれば条件反射のように行ってしまうし、ジュースを買ってきて、と言われれば迷わず販売機へ向かう。 弁当を盗み食いされたときは「いいじゃない! 団長命令よ!」と言われてしまったときになぜか押し黙ってしまったんだ。 ったく、これはいったいどういう冗談なんだ。 というか冗談じゃないから始末が悪い。 何? それじゃ今までとあんまり変わらないんじゃないか、だと。 ……ま、まあ確かにそうと言われればそうかもしれんが……って、そうじゃなくて! 「それについては対処可能」 え? 長門、今何て? 「手を出して」 ええっと、ひょっとして傍若無人な鬼団長の文字通り走狗と成り果てたワタシめを救ってくださるのですか? 長門大明神様。 「あなたの体面に対情報操作用遮蔽スクリーンを展開させる。今、あなたに起こっている現象は涼宮ハルヒの力ではなく、召喚術の情報によるもの。だから対処可能」 ああ長門さまが女神に見えまする。 俺はうれし涙をあからさまに流しつつ、腕まくりをしようとして、 「遅れてごっめ~~~ん! みんな揃ってる~~~?」 とっても明るい挨拶とともに豪快にドアを開ける音が俺の行動を自制させてくれました。 ふぅ……危ない危ない…… ま、まあ処置は後からしてもらおう。 「まだ古泉が来てないぞ」 という訳で俺は努めて平静を装ってハルヒに声をかける。 「あらそうなの? じゃあ古泉くんが来てからにしないとね」 「何をだ?」 「ふっふうん♪ お楽しみに♡」 言って上機嫌な笑顔のまま、ハルヒは団長席にドカッと腰を落とす。 しかしまあ、こいつの『お楽しみに』ってのはたいてい俺にとっては碌でもないことなのだから、できればこのまま古泉が現れん方が―― 「どうも遅れてすみません。ちょっと掃除に手間がかかりまして」 って、もう来るか? で、毎度毎度常套句で申し訳ないが、先述通り『俺にとっては碌でもない』ハルヒの『お楽しみに』だが、やっぱり俺にとっては碌でもないことになったのである。 しかも今回は完全に俺のみだ。SOS団の他の団員には何も被害が及ばないたくらみだったんだ。 「あ、よし! じゃあ全員揃ったところでミーティングを始めるわよ!」 言ってハルヒがいつも通り団長席の椅子に仁王立ちに―― ならない? 机の前に来て口を開く。 「さて、今回はキョンがあたしたちに多大な迷惑をかけました! それも異世界の人たちを巻き込んでという犯罪に等しいくらいの迷惑を!」 うぐ……俺の所為じゃなくてお前に関わったばっかりに俺は目をつけられただけなのに…… 「ですが、今回はキョンのことは不問にします! だってキョンも反省してるでしょうから!」 へいへい分かりましたよ。もうそれでようござんす。 どうせ反論したってこいつは聞く耳持たないし、他の奴らは擁護してくれん。 「しかぁし! その中で今回、あたしとSOS団はとある人物によって大変救われました! その功績を讃えて、かの人物に我がSOS団の特別役職を進呈したいと思います!」 はあ? まさかあの二人の魔法使いにか? 言っておくが再会する可能性は完璧に極めてしまったくらい低くなったぞ。なんたってお前がそれを認識してしまったからな。となれば自由に行き来できる可能性は限りなくゼロになったってことだ。 まあ仕方ないjか。 長門に言われたらしいからな。 俺をこの世界に戻してくれた確率が奇跡を超越した偶然によるものだってよ。それにあの人にも言われたことをハルヒが受けれてしまっているんだ。 下手をすればすべての異世界へ行くことができなくなってしまったんじゃないか? などと心の中で呟いている俺を尻目にハルヒは、どこからともなくいつもの赤い腕章と油性のマジックペンを取り出してキュッキュッとなにやら書いている。 しばしの沈黙。 俺はだるそうに、古泉は無意味にニヤケながら、朝比奈さんは少し戸惑い気味に、んで、長門もハードカバーから目をあげてハルヒを見つめている。 そして、 振り返ったハルヒの表情には炎天下の真夏を思わせる赤道直下の笑顔が浮かんでいた。 バンとどうにも俺に突きつけているように見えるのだが、その腕章にはこう書かれていた。 『団長代理』 何で俺に突きつけているのか分からんが一つだけ分かっていることがある。それは俺に対してのものじゃないということだ。 「キョン、これ何て読む?」 「『だんちょうだいり』だろ? で、それを誰に進呈するんだ?」 「あら? 自分だとは思わなかったの?」 思う訳ないだろ。お前はさっき言ってたじゃないか。『俺が迷惑をかけた』って。 そんな奴にお前がそんな重大な役職を与えるとは思えん。むしろ雑用係からも降格させられるんじゃないかとビクビクしていたくらいだ。 「ふっふうん。ずいぶん殊勝な態度ね。でもまあその心意気は買ってあげるわ。今回は降格人事なしにしてあげる」 ありがたいこって。 「これはね! 有希に進呈します!」 「わたし?」 珍しく長門が疑問形の声を漏らしたぞ。 「そうよ。今回の有希の行動は、あたしとSOS団に対して多大な貢献をもたらしたわ。だからこれを受け取ってほしいの。有希がいなかったら、ううん、有希の冷静な判断と多才な知識がなかったらキョンはこっちに帰ってこれなかったかもしれない」 ハルヒが珍しく慈しむような、それでいて感謝している柔和な笑みを浮かべているだと!? 「そう……」 返事を返した長門はハルヒが差し出した腕章を静かに受け取った。 「さてキョン! よく聞きなさい! この『団長代理』がどんな役職かを!』 何で俺にだけ言うんだよ。だいたいSOS団の役職なら古泉と朝比奈さんにも効力を及ぼすんだろ? 「何言ってんの。古泉くんとみくるちゃんは注意しなくてもちゃんと聞いているから大丈夫なの。でも、あんたは話半分も聞いてないじゃない」 いや聞いているぞ。ただ単に聞き流しているだけで。 「この『団長代理』って役職はね」 という俺のツッコミは無視してハルヒは得意満面の笑みで続けた。 「団長のあたしと同じ権限を持つってこととよ! 分かる? SOS団を指揮してもいいってこと! 当然、あんたに命令するのもOK! まあそれでもあたしの命令の方が優先だけどね!」 だから何で俺だけに言うんだって―― って、今、何つった!? 「ん? どうしたのよ? 何か変な顔になってるわよ」 「変な顔は余計だ。今、長門にお前と同じ権限を持たせるって言わなかったか!?」 「言ったわよ。だって、今回の有希の行動は本来、あたしがしなくちゃいけないことだったんだから。でも、あたしは動転してほとんど何もできなかった。だから今後、そういう事態に陥った時に、ましてやあたしがその場にいなかったときに陣頭指揮する人が必要じゃない。それを有希にやってもらいたいって思うのは当然でしょ」 ハルヒの説明を終えて、俺は即座に長門に視線を移した。 そこには『団長代理』という腕章をやわらかく握りしめるいつも通り無為無表情の彼女が佇んでいるわけだが…… 「……」 「……」 この三点リーダは俺と長門のものだ。 しかし意味合いは全然違う。 俺は長門の涼やかな漆黒の瞳の奥に潜む感情に気付いてしまったからだ。そして俺の長門に対する洞察力が間違っていなければその瞳はこう言ってやがるのである。 『対情報操作用遮蔽スクリーンの展開を中止する』 「……」 「……」 再び、同じ三点リーダ沈黙で、しかしその内に秘めたる思惑はまったく違う感情で見つめ合う俺と長門。 が、先に瞳を逸らしたのは長門の方だ。 んで、 「分かった。『団長代理』の職、了承する」 なんとも珍しくはっきりした声で決意表明をしてくれる。 しかもなんとなくその声色にはどことなく、俺に対してほくそ笑んでいるような気さえしたんだ。 「ありがとう! 有希! これであたしのSOS団もまた安泰よ!」 ハルヒの歓喜の声に古泉と朝比奈さんの拍手が重なり、俺だけが暗澹たる気分を底なしの深淵の底へと沈めていた。 そうさ。長門は気付いたんだ。ハルヒの言葉が何を意味するかを。 ハルヒには本気で『為る』と思えばそれを現実にしてしまうはた迷惑な能力があるわけで、しかも『俺に命令するのもOK』と言ったんだ。 つまり、『団長代理』という肩書は見せかけではなく、俺は召喚術の後遺症で長門の命令にも絶対服従という責務を負ってしまったことになる。 という訳で長門の奴は対情報操作用遮蔽スクリーンを展開の中止を決断するに至ったんだ。 やれやれ。俺の心の平穏は何処に行っちまったんだ。これなら向こうの世界で暮らした方がマシだったんじゃないか? などと考える俺に、 「こらキョン! あなたも有希に拍手を送りなさいよ! なんたって晴れの儀式なんだからね!」 「祝福して」 ハルヒと長門の声が届く。 で、俺は今、二人に絶対服従の身なわけだから、ハルヒの命を受け盛大な拍手を送った後、長門に祝福のスピーチをかましたのである。 何? どんなスピーチだったかだと? むろん禁則事項だ。とても人に言えるものではない。 なぜなら語彙が乏しくてあまり気の利いた話になっていなかったかもしれんから内心忸怩たる思いを抱いたからな。 そうだ。内容はともかく周りの雰囲気がどうなったかくらいは言っておこう。 そのスピーチの後、ハルヒの機嫌が妙に悪くなり、しかし長門はある程度満足げな表情を浮かべて、朝比奈さんはガタガタ震え出し、古泉の携帯に緊急連絡が入ったんだったかな。 んで、俺は必死にハルヒのご機嫌取りに奮闘したのである。 まあ概ねSOS団の普段とそうは変わらんが。 な、君もそう思うだろ? 涼宮ハルヒの切望(完)
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今の季節は秋。 ある日、いつものように学校を終わらせ、SOS団室へ向かった。 ノックしたが、反応も無い…。 俺は、迷わずドアを開けた。 中に入ると、目の前にハルヒが寝てる。 うむ、道理で返事してなかった訳か…。 「全く…起こすか…」 少し溜息しながらハルヒを起こそうと…思ったのはいいが…。 俺、疲れてると思う。 想像してくれ、寝てるハルヒの後ろに本物の尻尾が生えてるし、頭に本物の猫耳が出てるし、おまけに猫耳がピクピク動いてる。 近くに、水無いのか? 周りを見ても無いので、便所へ行って顔洗い、戻って見ると…やっぱ猫耳と尻尾がある。 これは、どうしたものが…幻覚か!? 長門は、いない。 古泉は、いない。 朝比奈さんは、いない。 …そういえば、3人は用事があったな。 この状況はどう把握すればいい!? 助けて!スペランカー先生! …にしても、起こすべきか?起こさないべきか? もし起こしたとすれば、猫並みに行動するのかもしれない。 いや、ハルヒの事だからな…するに決まってるだろうな…。 えぇい、起こすしかないのか! 「おぃ、ハルヒ…起きろ」 「フニャ?あ、あれ…キョンじゃないニャ」 嘘だろ!?口調も変わってるし! 「ふにゃぁ…って、あれ?何か口調が変だニャ」 これは、ハルヒに知るしかないな。 「ハルヒ…落ち着いて、深呼吸してくれ」 「え?何でニャ?」 いいから、しろよ。 「スー、ハー、スゥー、ハー…したニャ」 「よし、鏡を見ろ」 俺は、どこから取り出したが知らないか、大きな鏡を持って来て見せた。 「…何これ?」 俺に聞くな…俺も頭を抱きたい。 「もー!取れないニャ!どうなってるニャァ!」 俺も言いたいわ!どうなってんだぁぁぁぁぁ… 「ハッ!古泉や長門がここにいなくでも携帯があ…」 しまったぁぁっ!携帯は家に忘れたーっ! 何で事だ…昨日、電気が切れたので充電してたのだ。 それを忘れるなんで…。 落ち込む俺の前にハルヒがいる。 「さっきから、態度が激しいけど…大丈夫かニャ?」 ヤ、ヤバイ…今回のハルヒは可愛すぎる!? 「だ、だ、だだ、大丈夫だ!そぅ、大丈夫だ!はっはっはっはっ…」 俺は、誤魔化しながら部室から出た。 「キョン、どうしたニャ?」 ハルヒは、首を少し横に傾いて、頭の上に?のマークが出る。 ヤベェ、理性が暴走する所だった。 「くそ!誰がやったんだ!」 本当に苦悩してしまう。 ん、待てよ。 ハルヒの能力って確か…どんな願いでも必ず叶えてしまう能力あったな。 バァン! 「うにゃぁっ!」 俺は勢いよく扉を開けたせいで激しく驚いたハルヒがいた。 「ハルヒ、猫になりたいと言う願いあったのか?」 「そういえば、そうニャねぇ…そう思ってたニャ」 やっぱし…こいつの願いのせいで…。 でも、本当によく出来てるなぁ。 俺は猫耳を触れた途端。 「フニャァ、触るなニャ!」 ど、どしたんだ!ハルヒ!? 「そ、その…感じたニャ…」 うむ、そこも完全に猫になってるのか…。 だったら、顎と喉の辺りにを触れたらどうなるのかな? 「ふにゅぅ、気持ちいいニャァ…」 ほほぅ、可愛いなぁ…。 「って、さ、触るなニャ!」 あ、照れた。 よし、色々やってみよっと。 「ちょ、や…やめ…」 ――30分後 「……」 「フン!」 「…痛いんだけど、ハルヒさん」 「知らないニャ!」 俺の体に引っ掻かれた後があり、服もボロボロになった。 全く、引っ掻く事は無いのだろう…いや、俺も悪かったな。 「でも、気持ち良かっただろ?」 「し、知らないニャ!」 ハルヒは俺を見ずに言う。 「だけど、尻尾だけは素直だぜ」 そぅ、ハルヒの尻尾は大きく振っていた。 「な、何をバカな事を…」 「猫の尻尾は感情表れやすく、大きく振れば嬉しい。怖い時は引っ込む。警戒する時は尻尾か立つ…だったな」 「~~~!」 流石、ハルヒは反論出来ないみたいだな。 さて、これからはどうするか…。 このまま出たら、バレそうだな。 どうしたらいいのやら…。 「ハルヒ、取りあえず、尻尾だけは隠しとけ」 「分かったニャ」 俺は、部室から出て、この後どうするべきかを考えた。 まず、ハルヒを俺の家へ連れて行って…古泉か長門どっちが電話するしかないな。 はぁ、何か疲れたよ…。 俺は、大きく溜息した。 これからの目的をハルヒに伝えといたが…。 ハルヒが慌てたり嫌がったりゴロゴロと態度を変わってるのが面白かった。 「さ、帰るニャ」 漸く、落ち着いたようだ。 この後…俺達は、部室を後して学校へ出たのはいいか…緊急事態だ。 何故なら、俺達が歩いてる時に後ろから声が聞こえた。 「やっほー、キョン君とハルにゃん!」 鶴屋さんがやって来たのだ。 「あ、こんにちわ」 「キョン君とハルにゃん、今から帰るのかぃ!」 相変わらずハイテンションな人だな。 きっと、悩み事は無いのだろう。 「え、えぇ…そうです」 「おや、ハルにゃん!何この猫耳は?」 「……」 あ、ハルヒが真っ赤になって黙ったまま俯いてる…。 「んー、どうしたのかぃ?ハルにゃん?」 そうだ、誤魔化さないと。 「あ、ハルヒはですね…昨日、カラオケしてたので、喉が痛んでるんで…あぁ、これは罰ゲームですから」 「あー、そうかぃそうかぃ!私はでっきり、キョン君が何か変な事したんじゃないかと思ってて!」 うっ…これは痛い。 痛恨の一撃だ…。 「す、する訳無いですよ!」 「あー、あっやしい!」 と、ケラケラ笑う鶴屋さんが言う。 からかないで下さい鶴屋さん。 さっきまでは本当に大変なんですよ…。 「じゃ、二人とも、まだねぇ!」 はぁ、さっきより疲れが来た…。 俺は、横目でハルヒを見た。 まだ真っ赤になって俯いてるな。 俺もだけど。 「やれやれ…」 そして、帰路を歩いてる途中、まだ誰が来た。 「WAWAWA、忘れ物~」 ちっ、谷口かよ、こいつはチャックを開ける事が多いから「チャック魔」と呼ばれる可哀相な男だ。 「…うぉぅ!?キョンか…」 何だ、今の安心したような顔は…。 「いやー、実はさ…さっきナンパしたけどな…って、おわっ!?ハ、ハルヒ!?」 おぃ、気付くの遅いわ! 「キョン、これは新しいコスプレなのか?」 どこがコスプレに見えるんだ…。 「ネコ耳ねぇ、尻尾もあるのか?」 さぁ、自分で調べてみろ…殺されるぞ。 「え、遠慮しとくわ」 立ち去ろうとする谷口、腰抜けめ! 「あー、谷口」 「な、何だ」 「言おうと思ったけど、チャック閉め忘れてるぞ!」 「って、おわっ!マジかよ!?」 「あと…後ろ歩きしたら、危な…」 「おうわぁぁぁ…」 遅かったか…。 後ろにマンホールの蓋が外れてるから落ちるぞと言おうとしたのに…遅かったか。 「キョン!それを早く言えぇぇぇ…」 俺は谷口を救ってやりたい所だが…日々の恨みあるので無視しよう。 谷口を放って置いて俺の家に帰った。 さて、家に帰ったのはいいけど…生憎、親が居ないので助かった。 妹?アイツなら、野外活動へ行ったぞ 「あー、キツかったニャ…尻尾を隠すのにキツかったのニャ」 やっと、喋ったな…ハルヒ。 「ハルヒ、風呂沸いたから…風呂に入れ」 「うん」 ふぅ…流石に疲れた。 あ、これで言うの3回目だっけ? まぁ、いい…古泉に電話しとかないと… 「…ョン、キョン!」 「うぉわ!?ハ、ハルヒが…どぅ…」 俺の目の前には、全裸のハルヒがいた。 それは、どういう事だ。 夢なのか!夢なのか!? 「風呂の湯、熱くで入れないニャ!何とかしてニャ!」 「そ、そそ、それは分かったけど…お、おおお、お前…ま、前隠せよ!」 「え?」 ハルヒは、自分の体を見て、顔真っ赤になった。 「ニャァァァァァァァァァ…」 ハルヒの悲鳴は家中に響いた。 ――数分後 ……。 「ゴメン、ゴメンなさいニャ!」 俺は、怒ってるぞ…ハルヒ。 「あまりにも熱さで忘れてたニャ!」 へぇへぇ、そうかぃそうかぃ。 「ちょ、ちょっと聞いてるニャ?」 皆さんに、状況をお知らせしよう。 ハルヒは悲鳴を上げた後、俺の顔に引っ掻かれ風呂場へ逃げ出した。 で、ハルヒが風呂上がった後、自分で何をしたかを把握し謝ってる所だ。 「…で、どうすんだ?この傷はよ?」 「えっと、それは…その…」 戸惑うハルヒって可愛いな。 まぁ、許してやるかな。 「あー、分かった分かった。許してやるよ」 「え、本当?」 目を輝いて、尻尾を大きく振ってやがる。 「取りあえず、腹減ったな…」 今の時間は、もう7時過ぎてる。 夜食を出していい時間だろう。 「あ、あたしが作ってやるニャ!」 ハルヒは、そう言って台所へ向かった。 何分経ったのだろうか。 物音が聴こえない…まさかと思って見てみると。 ハルヒは、よだれを流しながら魚をずっと見てた。 「おぃ、ハルヒ…何やってるんだ」 「え?うわっ!はははは…つい魚を見てると食べたくなるニャ」 こりゃ、猫の本性だな。 「魚は俺がやるから、それ以外のを作れ」 「わ、分かったニャ」 さて、古泉と長門に電話するか。 俺は電話を掛け、古泉に電話した。 「もしもし、カメさん、カーメさんよー」 くだらん事言うな。 「あぁ、面白くなくて、すみませんね」 そんな事より、聞いてくれ。 「はい」 俺は、今までの出来事を説明した。 「…と言う訳だ」 「確かに、涼宮さんの願いによってこうなったと思いますね」 お前も思ってたのか。 どうすればいい。 「キスする事しかないですね」 ふざけるな。 「冗談ですよ、涼宮さんの願いを変えればいいんですよ」 あぁ、その手があったのか。 「と言う訳で、言いたい事は終わりです。では」 お、おぃ!…切りやがった。 明日でも会って殴る事にしようか。 次、長門に電話するか。 「…もしもし」 おぃおぃ、電話を掛けてから1秒も経ってないのに早いな。 「よっ、実はな…」 「状況は把握してる…」 それなら、説明しなくてもいいんだな。 「だったら…」 「あとは、あなたに任せる…おやすみ」 ちょっ…切りやがった…。 ってか、早い会話だったな、おぃ…。 明日でも軽く説教したい気分だぜ。 俺がブツブツ言ってる間に、ハルヒが来た。 「ご、ご飯出来たニャ…」 そんなに顔赤らめても困りますけど。 後は、俺が魚を焼くだけでやっと食べれる。 さっきから、台所の入り口から物凄く見られてるような気がするが…気のせいだと思うことにする。 「ほれ、出来たぞ」 「ゴクッ…」 …ずっと、魚を見てるな。 まぁいい、食べるか。 「いただきます」 「いっただきまーすっ!」 俺は呆然してしまった…何故なら。 合掌した後、すぐに俺の魚を奪いやがった。 「おぃ、ハルヒ…それは俺の物だぞ」 俺は、箸で魚を取り返そうとしたが…手に引っ掻かれた。 ハルヒは、フーーーッと言いながら尻尾立ってた。 あぁ、尻尾立ってるって事は、警戒してるってか。 「はぁ…やるよ…」 ハルヒの態度がゴロッと変わった。 「ありがとニャ!」 魚を奪いやがって…あぁ、いまいましい、いまいましい、いまいましいっ! こうして、夜食が終わった。 ハルヒよ、魚の恨み忘れんぞ。 この後、ハルヒがシャミセンと喧嘩したり、意味も無く壁を引っ掻いたりするから大変だった。 本人は無意識でやっただけらしい…本当に猫の本性を発揮してるみたいだな。 そして、寝る時間になった。 「なぁ、ハルヒ…元の姿に戻りたいと思わないか?」 「んー、戻りたいと思ってるニャ」 なら、簡単だな。 それにしても、何故、猫に? 「なぁ、一つだけ言っていいか?」 「何ニャ?」 ちょとんとするハルヒもまだ可愛いな。 「何故、猫になりたがったのだ」 「んー、猫になれば新しい発見出来るかなと思ってたニャ」 なるほど、単純な考えだ。 「それに…」 それに?何だ。 「あ、な、何でもないニャ!」 「そうか…」 俺は、牛乳入ってるコップを飲み干した。 ふぃー…美味! 「あ、キョン…口の辺りに牛乳が付いてるニャ」 「お、スマンな…」 ティッシュで拭こうと思った瞬間、ハルヒが信じられない行動をした! ハルヒが俺の顔に近づいて、口の辺りに付いてた牛乳を舐めたのである! 思わず、手で口を塞いだ。 「な!ななななななな…」 「あ!ゴ、ゴ、ゴメンニャ!も、もう寝るニャ!」 ハルヒは、素早く俺のベッドへ行き毛布を被って寝た。 俺は、石化してしまった。 翌日、ずっと固まってた俺はやっと動けた…。 「眠い…」 何でこった…昨日からアレのせいで石化してしまったとは…。 洗面所から出た途端、二階から何やらドタバタと聴こえる。 「キョン!猫耳と尻尾が無くなったわよ!」 ほぅ、それは良かったな。 「やったーやったー!」 子供のようにはしゃぐハルヒである。 「さて、朝食作るか…」 「あ、キョン、お礼に朝食作るから…その間寝ていいよ」 おー、スマンな。 ハルヒの手料理はおいしいからな。 「それに、昨日はゴメンね」 分かってるさ、アレは猫の意識だと言いたいのだろう。 さぁ、寝るとするかね。 キョン、ゴメンね。 本当は、あたしの意識でやっただけだからね。 お疲れ様…キョン…。 あたしは、嬉しくて料理いっぱい作っちゃった。 キョンって、全部…食べてくれるのかな? そう思いながら、キョンを起こしに行った。 「起きなさい!キョン!朝食よ!」 シャミセン「ニャア?」 完 「あれ?私の出番、無いんですかぁ~酷いですぅ~」
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●序 あたしはいつだって退屈していた。 クソみたいな学校と家の往復、腐って潰れて、枯れたような乾いた生活。繰り返す現実。 SOS団も(自分で作っといて何だけど)最近微妙。パターン化される日常に何を見る? どっちにせよ終わってる、そう気づいたら走っていた。どこに向かう? 知ったこっちゃない。 あたしの脳内広辞苑を全力で捲ったけど、「逃亡」って言葉しか見当たらなかった。 うん、じゃあそれで。ああ、そうそう。あんたも来るのよ? ねえキョン。 涼宮ハルヒの逃亡 ●第一部 時間ってのはどうしたって非情なもんで、黙ってても進んでても同じだけ経つ――それならできる限り遠くへ行こう。 それがハルヒの弁だった。俺はあくびが出た。 「真面目に聞きなさい! いい? 不思議なことを見つけるまでどこにも帰らない!」 どこへも? 家にも、学校にもか。親御さんが心配するんじゃなかろうか。大体、それを何で俺にわざわざ伝えるんだ。 今ハルヒは俺の家にいる。日曜の午後、吸い込まれるような眠気が俺を誘っていた。よし寝るぞと決意した瞬間にハルヒは俺の部屋のドアをぶち破っていた。 「わかってないわね、あんたも行くのよ! じゃなきゃわざわざ来たりしないわ!」 俺も? おい、俺は退屈してないぞ。たった今だって、お前みたいな不思議な思考の仕組みをした奴に出会っている。調査終了ではなかろうか―― 「いいから聞きなさい! あんたはSOS団結成のきっかけなのよ? いわば創立メンバーじゃない。そんなあんたが来なくて誰が行くっていうのよ?」 現実的ではなかった。おそらくあてのない旅に出る、といった感じなのだろう。だが旅費もなければ足もない。加えて俺には意欲がない。 お前が一人で行けば良いだろう。頼むから俺に面倒を持ち込むのは勘弁してくれ。俺が今欲しいのは睡眠時間であって、厄介事じゃないんだ。おやすみ。 「寝るな! 大体今は夏休みよ? 行くところもないでしょ? じゃあ来なさい!」 確かに、今年は旅行の予定もない。家の都合で帰省もしない。つまり暇だ。だが、暇というのは必ずしも退屈とは結びつかない。 「そういうわけで無理だ、ハルヒ。大体計画もないだろう?」 「計画ならちゃんと考えてあるわよ! 見なさいこれを!」 取り出したるはA4サイズのノートだった。表紙にはやたら大きく、乱暴な筆致で「逃亡計画」と書かれていた……逃亡? 「そう、逃亡。日ごろのしがらみや、退屈で平凡で飽き飽きするありふれたつまらない日常からの逃亡! ゴールはあたしが満足したらね」 お前の日常はよっぽど終わってるんだな。ところで、お前が満足しない限り終わらないというのはどうか。 「でも、ちゃんと計画はしてあるわ。まずヒッチハイクをします」 一行目から無計画さが漂ってるぞ! ヒッチハイクなんて今時、しかも日本じゃ無理だ。 「うるさい!成功するの! それで、どっか適当なところで下ろしてもらいます。そして不思議を探します」 はぁ……考えが突飛すぎるなぁ。それで? 「終わりよ。悪い?」 お前なあ。そもそも……いや、何も言うまい。言ったら負けだ。 というか、詳しい計画について反論したら計画そのものは認めてる形になるからな。 「だめだ。危ない。無計画だし、帰ってこれるのかもわからん。金もない」 「あんたは本当に何もわかっちゃいないわね……世の中お金じゃないのよ」 「あって困ることはないだろ」 「なくて困ることもないわ」 それはある! この前もコンビニで……いや、それはいい。古傷が痛む。 「まあ、どうしても必要ならクレジットカードがあるから」 「何!? お前……金持ちか?」 「親はね。あたしはそうでもないけど。でもまあ、カード持たせるぐらいだから割とそうかもね」 「……」 ふとドアが開き、母さんが入ってきた。 「あら、いらっしゃい涼宮さん」 「どうもお邪魔してます、おば様」 気色悪いぞ。普通にしろ……ぐわぁっ!? ハルヒの肘が俺の腹をえぐった。く……重いの持ってやがる……! 「実はおば様、今度キョン君と旅行に行くんです。宜しいでしょうか……?」 「あらあら、いいわね。ぜひ連れてってやって。この子ったら、家でごろごろしてばっかりでねぇ……」 「ありがとうございます、おば様。明日から出発するのですが、キョン君に用意をさせてくださいね」 「ちょ、ちょっと待て……ぐふうっ」 もう一発。鳩尾はよせ……! 「あら、急なのね。わかった、用意させるわ。ほらあんた、ぼさっとしてないで」 「ちょっと母さん……」 「では私これで失礼いたしますわ、御機嫌よう」 「待てハルヒ……!」 「ほら何やってるの、バッグ出しなさいバッグ」 母さん! ちくしょう、親公認で俺はあいつの気まぐれにつきあわにゃいかんのか! ああ神様助けて――おっと、神様はあいつだったか。くそ、八方塞りだ! 俺は満足に祈ることすらできないのか? 俺の夏を返せ!
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Ⅲ 寂しい灯りが照らす下、朝比奈さんと俺はお互いベンチに座っていた。何か話した方がいいかと思うのだが、朝比奈さんから呼び出されたのに俺が関係ない話をグダグダ話すのもいかがなものかと思い、今の膠着状態に至るわけだ。制服姿のままの朝比奈さんは、膝の上に乗せた自分の手の甲を眺めたまま動かない。そんな深刻そうにされると、一体どんな話が飛び込んでくるのかと俺は不安倍増になる。これがもし俺と朝比奈さんが向かい合っていたのなら、伝説の木の下ならぬいつものベンチ横で告白されるのではないかと思わず妄想を繰り広げてしまうのだが、今現在の事情が事情だけにそれはないな。さて、何が朝比奈さんの口から飛び出してくるか。鬼か?蛇か? 「キョン君は‥‥」 ようやく、ハムスターが精一杯に振り絞って出たかのような言葉は、何やらいやぁな予感しかさせなかった。結果的に、今すぐ告白しろみたいな話になるんじゃないか?この出だしは。 「今の涼宮さんをどう思いますか‥‥?」 「今のハルヒですか‥‥」 ……なんと答えればいいのやら。少し、いやかなり変わった気がするが、口では具体的にどう変わったのか言えないこともあり、これは言えそうにない。しかしいつも通りだと思いますよ、なんて本心と真逆なことをあの朝比奈さんの目の前で言うわけにもいかん。こうして呼んでくれたからには、ちゃんと理由があってのことだからに違いないからな。例え話の終結点が告白しろでも、嘘はいけない。嘘はいけないと、ふしだらな俺でも小学生の時に習ったことを覚えている。 「朝比奈さんはどう思いますか?」 しかし結局俺は、会話では禁じ手に値する質問を質問で返すという暴挙に出た。すまん、朝比奈さん。ハルヒが変わったのではなく、俺がハルヒを見る目が変わったかもしれないという点を無視したかったのさ。だって認めたくないだろ? 「‥‥私は古泉君の話を聞きました」 そう朝比奈さんは一呼吸おいて、小鹿のような瞳に決意を露に浮かべてから俺の目を直視して言葉を顔面にぶつけてきた。 「わたし、古泉君の言葉が間違っているような気がするんです」 俺は思わず目を見開いたね。ということは、告白云々は関係ないということだからだ。 「古泉くんの話はとても的を得ているし、話にもズレがないことは分かっているんです。でもわたしは、それでも本当のことはそうではないと思います」 「というと‥‥?」 「今の涼宮さん自身が、読書大会を開く前の涼宮さんと何か違う気がするんです‥‥‥」 なんと! 朝比奈さんも同じことを考えていたとは。しかもわざわざここに呼び出してまで言うからには、何か根拠があると思っても良いんですね、朝比奈さん。 しかし朝比奈さんは、わたしは話ベタだし、どうしてそう思うのか具体的には言えないのだけれどと前置きを重ねて言葉を区切っていた。変に思うかもしれない、とまで言っていたが、貴方のことを変だと思ったのは自分が未来人ですと告白された時以来はありませんよ。 「ただ涼宮さんが部室でしばらく寝て起きた時、ちょっとした時空震を感じました。おそらく長門さんも気付いたと思います」 「古泉は気が付かなかったのでしょうか?」 「‥‥そこ、なんです。キョンくんはどう思いますか? 気が付いたかと思いますか?」 たしか夏休み、ハルヒの勝手な行動で俺らは野球に参加させられるはめになった。その時クジで俺が4番に選ばれたんだが、野球経験も乏しく相手が相手ということもありエースのような活躍が出来なかったことにハルヒは理不尽な苛立ちを溜め、閉鎖空間を発生させた。あの時専門分野である古泉は除いても、朝比奈さんと長門は2人とも気づいたようだったな。長門はなんでも出来そうだが、朝比奈さんは未来人であるのだからそういったものには感知できないものかと勝手に思考していたが、そうではないようだ。ということは、朝比奈さんの専門分野である時空の揺れを古泉が感知出来てもまぁ不思議ではない。 無論俺にはさっぱり分からない。 「わたしは、具体的にはないにしろ、古泉くんも何か感じ取ったかなと思いました。なので、ここからする話は古泉くんが感知したということを前提に話していきますね」 「古泉くんは、あの日涼宮さんに何か異変があったと察知した。でも、貴方には涼宮さんにこ、告白をするように言っていますよね?」 「ええ」 「わたし思うんです。古泉くんがそう貴方に迫るのは涼宮さん自身がそう望んでいるからじゃないかな、って」 「‥‥え」 つまり朝比奈さんが言うには、古泉が俺にああ言うのは古泉自身の意思ではないということになる。またしてもハルヒの能力。いよいよ神らしくなってきたなハルヒ。 「あの噂‥‥わたしが誰かから聞いたわけじゃありません。朝起きて目が覚めた時にはもう、ああそうなんだって勝手に思ってたんです。鶴屋さんもキョンくんと涼宮さんのこと話していました。一緒に話してて、鶴屋さんに 「みくるも気づいてたのかい?」 と聞かれて、その時に初めて疑問に思いました。そういえば、なんでキョンくんと涼宮さんは一緒に帰ってるんだろう‥‥って」 なんということだ。噂を植え付ける? 洗脳の間違いじゃないか。事情を知ってる朝比奈さんでさえ記憶を曖昧にしてしまうとは、ハルヒの能力もさなぎから成虫になるみたいに羽化してるということか。 「わたし、長門さんが本を閉じて着替えのために貴方たちが一旦外へ出た時ようやく気付いたんです。2人で読書を進めるために残ってるんだったって‥‥」 朝比奈さんはうるんだ瞳をこちらに向け、まさにこのことを言いたかったのだと言わんばかりに声を上げた。 「キョンくんを今日呼び出すつもりになったのは、あの部室で思い起こしたんです。それまで、わたしもキョンくんが涼宮さんに告白するように勧めるつもりでした。でも、それはわたしの意思じゃなかったの。 どうしてかは分からない。告白するようにキョンくんに言うことがわたしの意思じゃないと証明は出来ないけれど、でも信じて。わたしは涼宮さんが、能」 「ちぃーすキョン‥‥‥って、うおっ!?」 ええい、どうしてこのタイミングでお前は出てくるんだ。朝比奈さんが何を言わんとしてるのが、やっとその一言で分かりそうだったのによ。 「あさ、あさ、朝比奈先輩じゃないですかあ! おいキョン。お前新月の夜にマジで気をつけとけよ。じゃないと」 「あっキョンくん‥‥この話はまた今度にしましょ」 「えっ!」 そう言うと朝比奈さんはスクッと立ち上がり、小走りで夜の闇に溶けていった。まだ一番大事なこと聞いてないですよ! 「朝比奈先輩、送りますよ!」 と谷口が追いかけていきそうになったが、こいつがついて行ったら間違いなくストーカーになる。だから俺は無理矢理谷口を止め、もう二度と邪魔するなと釘を打っておいた。 しかし朝比奈さんもあんな中途半端なところで帰らなくてもいいのに。 ‥‥‥。 しかし気になることばかりが残った。結局朝比奈さんは何が言いたかったんだろうか。 古泉はハルヒの方に何らかの異常が発生したのを感知した。それで奴はどう考えたんだ。ハルヒが今までと違う変化があるかを機関の力頼りに調べてみたが、何も発見出来ず、強いて言うならば閉鎖空間の規模が大きくなってきていること。そこでこれまでの読書の経緯を考慮し、ハルヒは俺の告白を待っていると解釈した。 じゃあハルヒを中心に起きた時空震はなんだ。古泉は考えた。ハルヒが夢か何かを見て、俺のことが好きになったスイッチだったのではないかと。 そして朝比奈さんはこう言う。古泉はハルヒの異変をキャッチした。変だな変だなと思いながらも何の変化は分からずじまい。そして、その時偶然か意図的なのかは分からないがハルヒが古泉を通じて、俺がハルヒに告白するよう仕向けることを願った。 古泉はハルヒがまさか自分に能力を使ってるとは思わず、自分の推理を考えてハルヒが告白を待っているという結論に達する。そして俺に迫る。ハルヒの異変のことを疑問に思いながらも‥‥‥。 つまりどっちの解釈でも、ハルヒは告白を待ってるということにならないかこれ。 考えれば考えるほど俺の頭の中は混乱状態に陥って行き、結局その日は明日当てられるかもしれない英語のリーダーの問題も解かずに眠ることを選択した。これ以上人間の持つ素晴らしき能力、思考というものを続けると、俺の頭は銃弾が直撃したタイヤよろしくパンクしそうだ。朝比奈さんの言わんことをまだ最後まで聞いたわけじゃないこともあってか、無心になることは無理そうだった。がそこは強引になんとかするしかない。 ……だが眠れない。 「はぁ‥‥」 なんで俺がこんな目にあうのだろうかね? 地球滅亡まであと6日。 ゲームならこんな感じにテロップが現れるかもしれない朝、俺は妹が来てシャミの歌を歌いながら起こすのに応じ、素直に一発で起きた。もちろん快眠故の起床ではない。眠れなかったのだ。 親が作ったトーストをゴムかなんだかを食ってるような感じを嫌とういうほど口の中で味わったあと俺は学校へゆっくりとした歩調で向かった。ハルヒの顔をまともに見れるような気がしない。 どんよりとした雰囲気を半径50㎝に漂わせながらのろりのろりと坂を上っていると、後ろから聞きなれた声音が後ろから聞こえてきた。なんだ、お前か。 「なんだとはなんだキョン。お前最近なんか見る度にやつれててるよな。また涼宮に振り回されてるのか?」 「いろいろとな。それより谷口、昨日はよく邪魔をしてくれたな」 「邪魔ぁ? 俺はお前と涼宮とのことで邪魔したことはないぞ」 涼宮との間は、か。確かに。でもな、 「せっかく朝比奈さんと話してたのに何も妨害することないだろう。友達なら黙って見ておくまでに留めておいて、その後は静かにいさぎよく立ち去るもんじゃないか?」 はぁ、とあからさまに溜息を吐いてやったところ、谷口の反応は俺の予想の斜め上をいくようなものだった。 「何言ってんだ? お前と朝比奈さんなんて昨日見てないぞ」 俺はあまりの谷口の素の反応に思わず目を丸くしたが、それは一体どういうことだ。 「それよりキョン。お前朝比奈さんと何だって? 話してたって? 2人きりで。おいキョン。マジで新月の夜に気を付けとけよ。俺はともかく朝比奈さんのファンでなおかつ上級生の人達からはとんでもな‥‥‥」 「待て谷口。お前は昨日夕方、公園にあるベンチ前通ったろ?」 しかし谷口はいよいよ俺を憐れむを見るような目で見て 「そうかキョン。お前もとうとう涼宮の毒牙にかかっちまったか。あいつの毒はハブをも上回るからな、まぁヘンテコな団を作った時にはもう既に毒は体内に回っていたんだと思うが‥‥‥。涼宮のように好き勝手やるのもアレだが、俺にクローン説をもちかけるなんてもっとアレだぞ」 谷口はいぶかしむような目でこちらを見ているが、もちろん俺がクローン説を本気でテスト平均点以下仲間に説こうとしているのではないのは明白だ。そして谷口のこの顔を見る限り、本当に俺と朝比奈さんが話していたのを知らないようだ。 ‥‥もう、本当に何が起こってるんだ。俺の寝不足が精神にまで影響を及ぼし始めたとか言わないでくれよ、頼むから。 ともかく、何かいやぁな予感しかしない。谷口にクローン説が当てはまらないならば、未来から谷口が来てわざわざ俺と朝比奈さんの秘密のカンバセーションを邪魔しに来たか、あるいは俺にも想像出来ない異常事態が発生しているかということだ。ハルヒのハルヒによるハルヒの身勝手さのための地球滅亡の前兆として、現れてはいけない時間軸が4次元と共に生まれてしまったか、谷口の記憶を半強制的にいじったか、あるいは谷口がボケたかかもしれない。俺としては谷口がボケているという可能性を是非推薦したい。というよりそうであって欲しい。 しかし念のために朝比奈さんの確認も取っておかなければ。昨日の話のクライマックスもまだ耳に入れてないこともあるから、俺は今長門よりも朝比奈さんに会いたかった。ハルヒになんとか不審に思われないよういつも通りの自分を全力で演じ、放課後になるや否や俺は文芸部室に駆け込んだ。 だがこういう日に限って誰もいなかったりする。癖になっているノックを2回して、返事がない時点で脱力感が襲ってきたがまあ仕方ないだろう。少し急ぎ過ぎたようだ。 俺の直感では真っ先に長門が来て、その後続いて朝比奈さん、3位にニヤケハンサム面の古泉、ラストにハルヒ。 しかし俺の期待を見事裏切るか如く、次に文芸部室のドアを開けたのは古泉だった。古泉の微笑もいつもに比べてどことなくぎこちなく、よく見れば目の下にはクマがある。 「それはお互い様と言ったところでしょう。貴方もいろいろと悩みを抱えておられているようですね。もし良かったら、僕がその悩みの相談に乗りましょうか?」 さも俺が何に悩んでいるのか知らないといった雰囲気でそう聞いてきやがる。原因はお前があんなことを言い出すからなんだがな。 「貴方も朝目覚めたら世界中が閉鎖空間に飲み込まれていたら嫌だろうと思ったので、僕なりの配慮と受け取ってください。本当はそのようなことを貴方に言うのは心苦しかったのです。閉鎖空間については、僕たちの専門ですからね」 地球が滅亡してたら起きるなんてこと出来ねーよ。少なくとも何の悔やみも迷いも生じずに消えていたさ。 古泉はいつもの微笑をフフと自然に作り上げたあと、ニヤケスマイルを崩してまるで近所のお兄さんがガキに向けるような朗らかな笑みを作った。 「でも、良かった」 「貴方がもし今回の涼宮さんの件について、それこそクマも作りもせずに軽率に行動をしていたらそれこそ僕は疑問視してしまうところです。世界がかかっているとはいえ、この問題については1週間ギリギリまで悩んでもらっても僕は構いません。少なくとも、僕が苦労してる分と同等ぐらいまでの苦労は‥‥‥してもらった方がいいかと」 結局自分も苦労してるんだから俺も苦労しろってことかよ。まあ喜べ。俺は巣の入り口が角砂糖で塞がれたアリぐらい苦しんでいるぞ。 「というより、いつの間にか話の流れが告白するみたいになってるがな、俺はそんなことする気サラサラないぞ」 「目の下にクマがある人が言うことではないですね。1週間後、また貴方とはさみ将棋が出来ることを期待しておきます」 古泉がそこまで言うと、ハルヒ達がまるでタイミングを見計らったか如く扉を勢いよく開けた。まさか聞いてなかっただろうな。 「さあ、今日もガンガン活動するわよ!! みくるちゃんお茶ね」 朝比奈さんの着替えのため俺らは一旦部屋から出て、メイド服に早々と衣装チェンジをした朝比奈さんのお茶を渋い音を立てながら各々の行動に戻った。 古泉は1人詰め将棋、俺は無論読書だ。 朝比奈さんになんとか話を聞こうと隙をあれこれと伺ってみるものの、どういうわけだかハルヒが相手チームのキャプテンをマークするバスケット選手並みのディフェンスを朝比奈さんに張り巡らしているような気がしたので声をかけることが出来なかった。仕方ない。今日の夜に電話をして話を聞いておこう。ついでに谷口のことについても。 まぁ、それも‥‥ 「さあキョン、残り4冊よ!」 「では、お先に失礼します」 「‥‥‥」 「あ‥‥キョン君、頑張ってね」 ‥‥この俺とハルヒオンリーな空間を1時間耐えきれたらの話だがな。耐えるって何を? 何だろうね。 睡眠不足プラスアルファ神経を約半日張り詰めていたこともあってか、6冊目の哲学書の表紙が嫌に重く感じる。タイトルから察するに、人間の言葉の意味についてボヤボヤと語り継がれているようだ。 「‥‥ねえ」 俺の頭がボヤボヤとして来始めた頃、不意にハルヒが声をかけてきた。なんだ。 「最近、アンタ何かあったの?」 何かってなんだ。 「何かよ!」 そう訳も分からず叫ばれても困る。しかしハルヒは俺の目をまっすぐ見つめ、俺が一体何を考えているのかを見通そうとしているようだった。ということは勿論、俺もハルヒの顔を見つめていることになり、ハルヒの瞳に反射して映る俺の間の抜けた顔はハルヒが何故こんなことを言い出したのかを思惑しているものだった。 その原因は分からないが、どうやら怒っているのではないらしい。ハルヒは俺から顔を背け、自分の目の前にある本へと強引に視線を変えた。机の上には長門が好みそうなハードカバーのSFが置いてあったが、おそらく今のハルヒの目には何も写っていないだろう。 「今日だってそうよ。徹夜でもしたみたいなクマがあるのに無理に元気出してるし、あたしが後ろからシャーペンでつっついても気づかないし、それに‥‥‥」 ハルヒがハルヒらしからぬことを言い出したので俺はこの上なく戸惑っていた。いや、マジで混乱していた。一体何故こんなことに。 ハルヒが一瞬空気を置いてから、またこちらに視線を翻し俺に向かってツバがかかる勢いでこう言った。 「なんであたしにそんなに気を使ってるのよ!!!」 ‥‥へ?Ⅲ と思わず呟いてしまうところだった。気を使っているだと。俺が? ハルヒに? 「あたしに対する態度がなんかよそよそしいわよ! あんた何か隠してるでしょ!?」 ハルヒはそう言い、俺のうろたえた表情を見るなり我が意を得たと確信したらしく、対ハブ戦で主導権を握ったマングースの如くニヤリと笑った。パイプ椅子から立ち上がるなり俺の胸ぐらをひっ掴み、「言いなさい」と下僕にカツアゲする姿は女王陛下そのものと言ってもいい。なんてめんどくさいことになってしまったんだ。 俺がハルヒに気を使ってるなんて天地がひっくり返って人間が空に落ちるような事態が発生したとしても常識的に考えてありえないだろ。俺はハルヒに気など使っていない。 ‥‥‥ってのは嘘ぴょんで、 正直に言うならば確かに神経を張り詰めさせている。そりゃそうだ。俺がハルヒに告白しないと地球が滅ぶ。まさに天地がひっくり返る状況の真っ只中にいるというのに気を使わん奴がいるというのか。いるなら手を上げてくれ。最優秀脳天気賞を俺が直々にくれてやるよ。別に嬉しくないだろうがな。 「ハ、ハルヒ。とりあえず手をどけてくれ」 苦しくなってきた、と言うより先にハルヒは「駄目よ」と返事した。目が爛々と輝いていやがる。さっきまでの物鬱げな表情はどこいった。NASAのロケットと共に宇宙の彼方へと消えたか? 「あんたが何を隠しているのか言うまでも絶対離さないわ」 ハルヒに隠し事だと。Oh no! 隠し事しかないぞ。 俺はどうにかして状況を打開しようと立ち上がってみたが、首は苦しいままだった。この脚本を書いたの誰だ。もし俺が主人公ならここで死んじまうぜ。何故なら選択肢が告白するか、今ここで現世に別れを告げるかの2つに1つしかないからな。 だがそんなシナリオに従うほど俺はまだ自分の運命に悲観していない。運命よ、そこをどけ。俺が通る。 「あー‥‥あー、実はだなハルヒ」 「いっとくけど、あたしに誤魔化しは通用しないわよ」 通用しないわよと言われて、はいそうですかと本当のことをベラベラ喋るわけにはいかないことぐらい俺にでも分かる。ここは俺の天性のアドリブ能力でなんとか場をしのぐしかない。 と思案していた矢先だ。 「分かってるわよ‥‥みくるちゃんのことでしょ!?」 「は?」 何故ここで朝比奈さんが出てくる。 「最近妙に仲良いわねと思ってたのよ。そして昨日確信したわ。あんたが公園でみくるちゃんと密会してるの見たんだから!」 なんと! あの場にまさかハルヒがいただと!? しかも密会なんて誤解されるような表現を使いやがって。俺たちは何もいかがわしいことしてないぞ。 「というよりなんでお前が公園に‥‥」 「誰だって別れた後に小走りでどこか向かっていたら気になるでしょ!?」 別に気にならん。俺なら急いで家に帰ったんだなとしか思わないぞ。 というよりも尾行されていたとは。我ながら迂闊だったか。 「ハルヒ。尾行なんてあまり好ましくない行動だぞ。そんなことやっていいのは本物の探偵かドラマの警察だけだ。一般人がやってしまうとストーカーに‥‥」 「そうやって話を逸らそうなんてことさせないわよ! あんたとみくるちゃんがあんなとこで一体何を話してたのか言いなさい!!」 尾行したという話をし始めたのはお前なんだがな、ハルヒ。 しかしなんとか話を騙し騙し変更しようと思ったのがバレたみたいだ。これは思いの他厄介なことになった。 「そう‥‥何も言わないのね。いいわ、言ってあげる。あんたみくるちゃんを恋愛対象として見てるでしょ!?」 ハルヒの表情はひくひくと痙攣しながらも無理矢理笑顔を浮かべており、こういうときどういう顔をしていいか分からないようだった。にしても俺が朝比奈さんを恋人対象として見るねえ‥‥。確かに朝比奈さんは小柄で可憐かつ庇護欲をそそるような素晴らしい体型と性格の持ち主で、その上禁則事項まみれではあるが未来から来たというオプション付き。そりゃ付き合えたら俺の学園生活もそこら辺に生えてる名も知らない雑草からバラ色のそれへと移り変わるだろうが、しかしなぁ‥‥。 そんなことを脳が酸素不足になりながらも考えていると、ふっと窒息感が和らいだ。ハルヒが力を抜いたらしく、顔を俯かせながらも手だけは俺の胸ぐらを弱々しく掴んでいた。 「‥‥そうよね」 静かにそう、確かに呟いた。 「女のあたしも思うわ‥‥みくるちゃんは可愛いってね。彼女に出来るものならしてみたいわ」 「俺もそう思うぞ」と言えるような状況ではなかった。さっきまであんなに勢いがあったハルヒが急にしおれてしまい、このなんとも言えぬまるで恋する乙女のような情緒不安定さがハルヒにもあったということは、とても筆舌しつくしがたい困惑を俺の中で渦を巻かせている。 「‥‥なあハルヒ。仮にそうだとしよう。だとしてもなんで俺がハルヒに気を使わなくちゃならないんだ?」 「やっぱりみくるちゃんが好きなのね‥‥」 「仮の話だ」 「だって‥‥あんた忘れたの? 団内の恋愛は禁止じゃない」 知らなかった。そうだったか? 「そうよ‥‥」 ハルヒは俺から手を離し、相変わらず俯いたまま重い足取りで窓へと歩みよった。外から室内へと夕暮れの光が差し込んでいたが、ハルヒの窓の向こうを見る様はまるで雨を眺めているかのようだ。そして窓に反射して見えるハルヒの顔は切なさが垣間見えた。 「いいわよ、別に。特別に許可してあげる。他の誰が何と言おうとあたしが許してあげるわ‥‥」 ‥‥と、ハルヒは言ったきりこちらに振り返りもせず黙ったまま景色を眺めていた。おい、こんな展開になるなんて誰も考えちゃいなかったぞ。何故二言三言の会話の間に俺が朝比奈さんを好きということになっている。そりゃまあ好きに違いないが、そう、俗に言うラブではなくライクというやつだ。それに例えラブでもお前が認めたところで朝比奈さんが認めないだろうよ。なんつったて未来人だしな。まあ他にも要因はあるが。 「一体お前が何の勘違いをしてるかは分からないが、俺は別に朝比奈さんにそういった感情を持ち合わせてないぞ」 「嘘よ。あんたいつもみくるちゃんからお茶貰う時デレデレするじゃない」 あんな校内一と言っていいほど可愛い人からお茶貰ってニヤけない奴はいないだろうよ。 「それに! 現に昨日もあってたじゃない! あれは何よ!!」 まるで浮気現場を目撃した新妻との会話みたいになっているのは気のせいか? 「ごちゃごちゃ言わずにその理由を言いなさいよ!!」 「あれはだな‥‥そう。朝比奈さんから相談を受けたんだよ。最近ハルヒの元気が無いような気がする、とか言ってたぞ。俺はそんなことないと否定しといたが、朝比奈さんは自分の出したお茶がまずいんじゃないかと杞憂しておられた。だから色々と話してたわけだ」 「なんであんたに相談するのよ!? 有希や古泉君がいるじゃない!!」 ハルヒはずかずかとこちらに歩を進め、俺は思わず後退りしているうちにいつの間にか背が壁と触れ合っていた。こいつも怒ったような表情したり捨てられたら子犬のような寂しげな表情したりと忙しい奴だ。ガムを噛んだ息でも嗅いで「いいじゃない!」と言って笑ってればいいものを。 「長門は‥‥えー、ほら、あいつ文芸部に所属してるぐらい本が好きだろ? 部室内でもひたすら本読んでるし、あんまり他のことに関心を向けてない‥‥かもしれない! って朝比奈さんは思ったのかもな」 「有希はそんな薄情な子じゃないわよ!」 分かってるさ。多分長門が一番皆の状態を把握してる。 「古泉は単純に‥‥家が遠かったんじゃないか?」 「‥‥‥‥」 けれどこれだと、それだったら3人が一緒に帰ってる時に話せば良かったじゃない! と突っ込まれたら終わりだ。言ってから気づいたが、トゥーレイト。 「要は、ハルヒ本人に知られなきゃ誰でも良かったのさ。朝比奈さんは陰ながらハルヒに元気を出してもらおうと頑張ってたというわけだ」 「そうだったのね‥‥全く。みくるちゃんったら、そんなこと気にしてたのかしら! 団長本人に聞かなかった罰よ。今度お返しに新しい衣装着せるんだから‥‥」 しかしハルヒが肝心なところで単純なのは助かった。それにしても朝比奈さんに新しい衣装か。そろそろ冬になるんだし、サンタの衣装にして欲しい。朝比奈さんがサンタコスチュームを身に纏えば、本物サンタクロースでさえ恐れ多いことだ。有無を言わず退散するだろう。ただしプレゼントは置いていってくれよな。 そうやって、漸く俺が一難去った喜びを朝比奈サンタを想像して噛み締めていると、ハルヒが第二の核爆弾を追加直撃をさせてきた。 「じゃあ、あんたは何であたしに気を使うの?」 しまった、っという言葉を寸でのところで飲み込んだのは我ながら勲章ものだ。誰でもいいから俺に賞をくれ。 「ねえ、なんでよ‥‥?」 だが賞は誰からも授かることはなかった。俺の耳に届いた言葉は授与式の司会者の声ではなく、不安そうなハルヒの声。 まるで、自分が俺に何か気に障るようなことをしたか気にかけるような、そんな声音だった。 「あの、そのだな‥‥‥」 ‥‥ここで少し考えてみてほしい。放課後、それも下校間際の時間帯だ。部活や居残りさせられていた生徒達はようやく帰宅時間かと安堵やら残念な思いをしながら長い長い坂道を下る頃であろう時間。そんな学校には誰もいない時間帯。強いて言うなら残っているのがほとんど教師しかいないような時に、ただでさえ人気のない旧館の2階でそれなりに‥‥というよりも黙っていさえいれば朝比奈さんと双璧をなすほど容姿を持つ、お偉く気の強い団長様が1人の一般男子生徒を壁へ追い詰め、こんな不安そうな触れたらその繊細なガラス細工が壊れるような表情をしていてだ。君は何も感じないか? 夕暮れの明かりも消えかけて、残るはそろそろ取り替えた方が無難な電灯の心許ない明かりがあるだけで、状況だけで言うならばこれほどドキドキする場面はそうそうないような事態で何も思わない奴がいるのか? だとしたら、そいつは鈍感ってレベルじゃねーぞ。 まるで今までのハルヒとの会話はこの時のためにあったんじゃなかろうか。今がそうなのか。今が言うべき時か? これほど、誰かがお膳立てでもしたんじゃないかと疑うようなベストコンディションはもう残り6日間の内には必ずといっていいほど無いだろう。 今、逃したらもう言うチャンスがきっとない。地球が滅ぶか滅ばないかは今まさにこの瞬間にかかっている。俺の手のひらの中にある。 ゴクリ、と唾を飲む。 言うしかない。いいか、俺。逃げはなしだ。ここで「俺はお前に気なんか使ってないぞ」なんてのは御法度だぞ、OK? 地球がどうにかなるかならないかの瀬戸際なんだ。地球が太陽系の惑星から消えるなんて嫌だろ、どっかの星みたいに。さあ言え。言えったら。 言え!! 「‥‥‥‥」 「‥‥キョン?」 問いに答えない俺を見て、ハルヒは首を傾げながら俺の顔を覗きこんだ。可愛い仕草も出来るんだな、ハルヒ。 ってのはどうでもいい。俺は骨の髄までチキンらしい。しかしこの際チキンでも構わない。俺の中である疑問が生まれたのだ。俺は今、猛烈に自分自身が告白するようにせがんでいる。何故だ? 地球が滅びるからか? でもそれって本当か? 本当に地球のためを思って告白云々を考えていたのか? 我ながら自分の思想さえコントロール出来ないのかと世間の人から罵詈雑言が飛んできそうだが、まさにそうかもしれない。 つまりだ。 俺の思想さえもをハルヒが操っていたとしたら、どうする? わけ分からんことを言うな。まさにその通りだ。そんな哲学書みたいな思想、俺なら5秒で飽きる。しかし今回ばかりは匙を投げっぱなしというわけにはいかない。そうだ。 『古泉君の考えは、涼宮さんの意志によるもの‥‥』 『涼宮さんは能‥‥』 朝比奈さんの言葉が途切れ途切れに思い出される。ハルヒが能力を使い、他人の思考さえも我が手の物に出来るかもしれないという可能性があるのだ。今切に告白したがっているのは俺の意志ではなく、ハルヒがそう命じているから‥‥‥? ‥‥‥あほらし。哲学書を読み過ぎたか。 俺の意志にしろハルヒが告白されたがっているにしろ、どちらにせよ閉鎖空間を抑えるための方法はただ一つ。言うしかないのだ。 言った後の結果が怖いとか、今までの関係が良いとかそういう深層心理から生み出された逃げだろ。その点については安心しろ。ハルヒは告白されて断った試しがないらしい。もしかしたら5分後に振られたという最高記録を抜かして5秒で振られるという最新記録を生み出すかもしれないが、何はともあれ言わなきゃ始まらない。 ‥‥‥言うぞ。どうせならカッコ良く言えよ。 「ハルヒ」 「‥‥何よ?」 人生経験上、女性と付き合った試しがない。強いて言うならば妹の友達と映画を見に行ったが、あれは別だ。ともかく、告白の時に一体どんな前振りをすればいいか分からない。古泉ならそういうのがホイホイと出てくるだろうが、生憎今だけはあいつには頼りたくない。というより誰にも知られたくない。 俺はハルヒがまるで逃げないようにするがために肩を掴み、じっとハルヒの視線を捉えた。ハルヒも今が一体どういう空気なのか読んだ‥‥かは知らんが、何も言わず俺の眼を見つめ返す。5月の俺すげーな。よくあの唇にキスしたもんだ。 ‥‥‥他の言葉はいらない。なんで気を使ってるのか聞かれて告白するというデタラメな順序もこの際無視だ。胸が高鳴ってくる。意志では抑えれそうにない。だが、たったその一言で、この不可解な動きをする鼓動も地球も処方箋いらずで助かるというのなら、‥‥‥ 「ハルヒ、」 もう一度呼んだ。 返事はない。構わん。 「」 気のせいだろうか。声が聞こえた。もちろん俺のではないし、ハルヒのうろたえた声でもなかった。 ふと隣を見るといつの間にかドアが開いており、まるで最初からそこにいたと言わんばかりにそいつは立ったままこちらを見ていた。 見覚えのある瞳だ。無機質と無感動を貫いた闇色に染まる確かな水晶体。 「長門‥‥‥」 そう、そこには長門がいた。 「忘れ物をした」 言い訳を言うかのようにそう付け加えると、長門は足音もなしに定位置へと進んでいった。いつも長門が座っているパイプ椅子の上には分厚いハードカバーの本が置いてある。さっきまでそんなものあったか? 長門がもう一度こちらを見つめ、今し方の光景が何を意味するか観察兼分析しているように見えた。まあ長門なら最初から分かっていそうだが。 それでも人間ってのは不思議なもので、そんなに見つめられるとつい条件反射でお互い体を離し距離を置く。恥ずかしくてあまりハルヒの方が見れないが、ちらっとだけ見ると肩のところにシワが寄っていた。どうやら相当強く掴んでいたようだ。 「下校時刻」 そうポツリと呟くと、俺たちの視線を促すよう長門は時計を見つめた。 「あ‥‥ああ。そうだな‥‥‥」 ‥‥‥‥何故、邪魔をしたんだ長門。 これまでの経験から分かる。長門は意味のないことなどしない。確かに、夏の合宿で部屋に入る入らないの際に意味なし問答を繰り広げたさ。だがあれは長門なりのジョークともとれないことはない。 じゃあ、聞くが。今回は何故だ。なんで長門は邪魔をした。地球が消えるか消えないか、俺が死ぬような思いで悩んできてようやく決心が出た答えを何故×にした。何故なんだ。教えてくれ長門。 「そ、そうよ!! もう下校時刻じゃない!? キョン、有希。帰るわよ!!」 ハルヒはそう言い、自分の鞄をひっ掴むとまるで俺から離れるように先に部室を出た。その行動は何故だか分からないが意味もなく俺を傷つけた。 そんな感傷に浸るか浸らないかの刹那だ。長門が瞬間的に俺のブレザーポケットの中に何かを突っ込ませた。一瞬だけ見えたが、あれはしおり‥‥? 「ほら、有希もキョンも。早く帰るわよ!!」 ハルヒがひょこっと顔を覗かせ、俺たちにそう呼びかける。長門は何も答えず部室を出て行き、俺は長門の背を追いながらもポケットの中の物の感覚を弄っていた。 意味があるんだな、長門。信じてるぜ。 俺も鞄を背負った後、明かりを消して部屋の外へと足を進めた。 →涼宮ハルヒの分身 Ⅳへ
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涼宮ハルヒの逆転 太陽が元気に輝いてるにも関わらず、今日は気温が低い。そう冬だからである。 放課後相変わらず文芸部室で遊びもとい団活動している五人。 俺は古泉と朝比奈さんでじじ抜きをし、長門は本を読んでいる・・・あれは人体解剖の本か?でハルヒはネットで動画を見ているようで、さっきから高い女性ボイスがうるさい。 古泉がビリという当たり前と化した結果でじじ抜きを終了したとき、団長様が騒ぎはじめた。 ハルヒ「キョン!あんたこの女の子好きでしょ!」 ちょっと来なさい、とばかりに魔手を招いてきた。仕方なく立ち上がりハルヒの見ている動画を見に行った。 動画にはやけにうるさい女と涙目なか弱い男が映っていた。どうやら前者のことを言ってるようだ。 ハルヒ「主人公のことを思い心を鬼にする女の子。あんたにはこういう子のがお似合いよ!」 いーや朝比奈さんのような可憐な女子が好きだ。ておい古泉、なに笑ってんだ? キョン「俺は可愛くて大人しい同級生と付き合いたい」 みくる「ロマンティストですねぇキョンくん」 いやですね朝比奈さん?さりげなく「人に夢と書いて」ということを言わないでくださいよ。 朝比奈さんの嘲笑を一身に受けながらハルヒの方に目をやると ハルヒが俺を見たまま目を見開いて硬直していた。 キョン「ハルヒ?」 ハルヒ「・・・そうだったの」 なにゆえ落ち込む? そのとき本を閉じる音が聞こえた。 ハルヒ「まあいいわ。とりあえず解散!」 一気にテンション戻しやがった。 帰り道、鈍感ですねと古泉に言われた。俺がなにをした! これから起こる事件は俺が悪かったのだろう。だがなあ宇宙人に未来人に超能力者、俺にだって選ぶ権利があっても・・・まあ俺は自分の意志で決めたから良いのだが。 次の日いつもどおり妹にたたき起こされた。いつもどおりだらだらと飯を食べた。いつもどおり登校直前に教科書の類いをバックに積めた。 つまり俺は学生としてはダメ人間なわけだ。 そしていつもどおり玄関のドアを開けると、いつもどおりではない光景を見た。 なんとハルヒが俺の目の前にいる。 キョン「どうしたんだ?荷物持ちならお断りだぞ」 ハルヒ「えと・・・おはようございます」 俺にカミナリが走った。なんでハルヒが手もじもじさせて、一般人のセリフを言ってんだ!? ハルヒ「あっ荷物持ってもらえるのでしたらその・・」 微妙に図々しい所は変わらないな。だがこんな弱気な美少女の頼みとあれば キョン「わかった。カバンよこせ」 ハルヒ「あっありがとうございます」 顔赤くしないでくれ、理性がはじけ飛びそうだ。てか本当に同一人物なのか? カバンを受け取りつつ聞いてみた。 キョン「名前は?」 ハルヒ「えっ?涼宮ハルヒです。でも以前から知って」 キョン「部活は?」 ハルヒ「SOS団の団長ですけど?」 キョン「バスト・ヒップ・ウエストは?」 ハルヒ「えっとたしか・・てちょっとキョンくん!」 最後の解答以外で判断するとたしかにあの暴君らしい。あとで古泉に聞くか。 てなわけで俺とハルヒは登校した。 ハルヒと黙ったまま肩並べて歩くのは初めてだな。たまにハルヒが俺を見ては地面を見ていた。急に頭をなでてやりたくなったが、我慢して歩いた。 授業中ハルヒは寝ずに起きていて、6教科の教師全てを驚かせた。ハルヒが本当に優等生に見えたひと時である。 昼休み、俺はハルヒからの誘いで昼食を共にした。だが弁当をもらえるわけではなく、ただ机をくっつけて黙って各々の弁当を食べるだけだったが。たびたびハルヒがハンカチを取り出してこちらを見ては戻してたが、どうしたんだろうね。 放課後俺は急いで部室へ向かった。ハルヒは英語教師に質問してから行く、という。今日は英語の授業がなかったな。英語教師がハルヒの変わりぶりに驚愕することは間違いない。 この一連の変化を解決すべく部室の扉を開けると、いきなり誰かに抱きつかれた。確認すると、小柄な体の無口少女が 長門「キョンくん今日は早いね~!」 なにがあった? キョン「長門。これは一体全体どうなってんだ?」 長門「もうキョンくん!私のことは『ゆきっち』でいいよ!」 「消失」以来久しぶりに見た長門の笑顔に一瞬ときめいたが、長門を落ち着かせて事情を聞くことにした。 長門「ブーゆきっちでいいのに。なんか『ハルっち』が性格を改変したの」 キョン「おまえとハルヒをか?」 長門「私は変わってないよ~!ハルっちと『牛乳腹黒ロリ女』を変えたっぽい」 色んなところにツッコミしたいのだがまあいい。 長門「この改変について特に問題はないよ、て情報統合思念体が決定しちゃった。だからこのままキョンくんと遊ぶ~!」 こら抱きつくな、いやしてください、いーややっぱりだめだ! 「キョンから離れろ長門ーー!!!」 甘い誘惑に踊らされてる俺の背後から聞いた覚えのある声が叫んだ。振り向くとそこには・・朝比奈さん? 朝比奈「てめぇ二人っきりだからって何してもいいわけじゃなねぇぞ!」 長門「ふーんだ。陰険腹黒娘に言われたくないもんね~」 朝比奈「だから離れろって言ってんだろ長門!だいたいてめぇに陰険なんて言われたくねぇよ!」 俺は二人の口論に口を出せずただ呆然としていた。怒ってる朝比奈さんもかわいいです、てレベルじゃない。 長門「なんで私に美人局常習犯って言われたくないのよ?」 朝比奈「セリフ変わってんだろ!あんな本読んでるてめぇに言われたくはない!!」 そう言って指さした先を見てみると、椅子の上に一冊の本があった。なになにタイトルは「海外拷問画像集R20」?そんな本があったんだ。 驚いている俺の視界が急に暗くなった。 長門「見ちゃだめ!恥ずかしいよ~」 朝比奈「抱きつくな~!!!」 長門が俺の目を手で覆ったようだ。朝比奈さんが長門につかみかかったらしく、長門が俺から離れて朝比奈さんとケンカし始めた。 ハルヒ「どうしたんでしょう?」 いつのまにか俺のとなりでハルヒがあたふたしていた。本来の朝比奈さんポジションにハルヒが着くのか。 古泉「どうやら面白いことになってるそうですね」 おまえもいたのか。それより、女子のケンカを面白いとな? 古泉「たまには良いものです。今回の件は大きな改変ですが、あまり重要視する必要のない問題です」 むしろ楽しいです、と嫌みではなさそうな笑みを浮かべていた。 ハルヒ「あの二人を止めた方が」 古泉「涼宮さんがそういうのであれば止めましょう」 そう言うなり古泉が白兵戦中の朝比奈さんと長門の間に入った。 古泉「二人とも落ちつゲフグハァ!」 みくる「邪魔すんなガチホモ!」 長門「いっちゃんも敵なんだよね~」 あーあ左右から顔を殴られるなんてデフォなことして。 古泉は両頬を真っ赤に腫らして戻ってきた、なんか濡れ衣だとか言ってる。古泉の犠牲を無駄にせぬため、今度は俺が止めに入った。簡単に乱闘が終了した。 古泉「さて今回の件についてですが、先程言ったとおり重大な問題ではありません」 キョン「根拠はなんだ?」 古泉「解決方法がわかってます」 ほう、では教えてもらおうか。 古泉「ですがこの状況も面白いのでしばらく放置します、機関の許可もありますし」 キョン「なんか釈然としないが、いつでも改変を戻せるんだな?」 古泉「まあ戻すのはあなたですがね」 なに笑ってんだてめぇ。 ようやく部室に平穏が訪れたので、スマイル仮面とチェスをしよう。 だがその平穏の名前は「つかの間の休息」だった。 以下音声でお楽しみください。 みくる「はいキョンくんお茶!」 キョン「ども。いやーいつもながらおいしいです」 みくる「いっいつもやってんだからお世辞なんていらない!」 長門「なになにダークマターがツンデレ~?キョンくんはゆきっちのものなの!」 みくる「あー!?だいたいダークマターの意味ちげぇだろバカ!」 長門「あんたはまだプライベートに謎が多すぎる生命体だからいいのよ。特に深夜ね、クスクス」 みくる「こ ろ す」 ハルヒ「おっお願いですからその」 みくる「なんだ団長やろうってのか?」 長門「ハルっちは危ないから逃げて」 ハルヒ「暴力はダメです~!」 みくる「今日こそ決着つけるぞ長門!」 長門「ふーんあたしの宇宙的パワーに勝てるのかしら」 ハルヒ「えっ?宇宙?」 キョン「まて朝比奈さんに長門!おまえらそれは」 ハルヒ「今のはどういうことなんでしょうゆきっち!?」 長門「げっゆきっちピンチ」 みくる「ほんとあんたバカね」 ハルヒ「宇宙的パワーってどんな感じですか!?やってみてください!」 オンリー音声タイム終了。なるほど不思議の話になると積極的になるあたり、たしかにハルヒである。 長門「たったとえばこんなの、えい!」 そう言って長門はポッケからトランプを取り出すと、子供でもできる手品をした。 ハルヒ「わぁすごーい!」 ハルヒがよろこんでる。純心っていいな。その直後にどこが宇宙的パワーなんですか、とハルヒに言われて長門は愛想笑いでごまかした。 ハルヒ「ゆきっちは面白い人ですね」 長門「そうかな~。それより今思ったんだけど、ハルっちはさ~」 ハルヒ「えーと?そんなに見つめないで・・・」 長門「やっぱりかわいい~!大人しいときなんて興奮しちゃーう!」 ハルヒ「かっ顔が近いですゆきっち!ぃひゃぁっ!」 長門「この強調し過ぎない胸なんて特にイイ!私なんてこんなひんぬーなのに!」 ハルヒ「ひぃああくすぐってぃ」 長門「聞こえなーい!」 二人ともそのままでいろよ、今カメラにおさぶがあぁぁ! みくる「なーにやらしい目で見てんのよキョンくん!そんなに私は魅力的じゃねーの!?」 キョン「いきなり腰に飛びげ」 みくる「そーう、じゃ今から私しか見れないように調教してやるわ」 いつのまにか朝比奈さんの右手にはムチがあった。あっ右手を振り上げイタッ! キョン「朝比奈さん!いたいじゃギャッ!」 みくる「いいわよーもっとイイ声でさえずってキョンくん。テイッ!」 朝比奈さんは何度も俺にムチを打ってくる。こらーそこのかしまし娘たち!怯えてないで止めてくれ。 このままMに目覚めてしまおうか、そう思い始めたとき聞き捨てならぬ言葉をハルヒから聞いた。 ハルヒ「キっキョンくんはこういう女性がお好きなんですか?」 うおおおなんとしてでも否定をしゲフッ! みくる「そうよね~キョンくん?ハイ!」 キョン「アッ―――」 遂には亀甲縛りされ、口にゾウキンを詰められた。えーとハルヒさん?なにもそこまで青冷めなくても? ハルヒ「そうだったんですか・・・」 長門「泣かないでハルっち、ね?」 ハルヒ「ゆきっち~!」 ハルヒが長門に泣きついた。長門は照れながらハルヒを抱きしめて頭をなでている。だから誤解だってば! 声を出せないのでひたすら顔を横に振ったが、気づかないようだ。 あれ古泉はどこいった?そう思った直後 長門「じゃあ今日はカイサーン!」 もうそんな時間か、じゃなくて誰か助けて。ておいみんな帰るんじゃねぇ!扉を閉めるなぁ! さて置いてかれてからしばらくすると、古泉が戻ってきた。閉鎖空間からの帰りか? 古泉「なにがあったか察しは着きます。とりあえず解放しましょう」 閉鎖空間は発生してません、と言われた。 古泉「涼宮さんは今怒ってるのではなく落ち込んでいます。今までのデータを参考にしますと、落ち込んでいる時には閉鎖空間は発生しません」 ようやく俺の拘束が解除された。 キョン「じゃあなんでおまえは消えたんだ?」 古泉「だって朝比奈さんが怖いんですもの」 テヘッとか言うな気持ち悪い。 それよりだ、この改変された性格ってのはあくまで「作られた」性格なんだよな? 古泉「正確にはある基準を基に性格を逆転させています。」 例えば涼宮さんは普段ゴウマもとい気が強い女性ですが、今回はとても庇護欲をそそる女性になってます。 古泉「ただ思考までは改変してないようで、『不思議』にはとても興味が注がれてましたね?」 キョン「おまえはいつから消えてたんだ?」 古泉「朝比奈さんがあなたにムチを振るい始めた時からです」 キョン「罰として明日の昼食代を払え」 いやです、と言われたが解答を聞く気はない。 さっきの話によると、改変された人の性格は変わるが考えることまでは変わらないらしい。つまり朝比奈さんは……。 俺が下校中朝比奈さんへの認識をひたすら上書きし続けた。 古泉「・・・すので、帰りましたらお願いしますね」 どうやらなにか話してたらしい、俺は改ざん作業で聞いてなかった。ああ、と答えておいた。 家に帰って夕飯食べて風呂浴びてテレビ見て歯磨きしてベッドに入った。そこ、勉強が欠けてるとか言わない。 今日一日のことを思い出す。古泉の言葉を借りると、庇護欲をそそるほどかわいいハルヒ。ちょっぴりサディスティックな朝比奈さん。少々毒舌だが人なつっこい長門。案外悪くはなかったし、むしろ楽しかった。 あれが本来の性格でないのはわかっている。ゆえにどちらが良いかと聞かれたら間違いなく俺は 元の性格のかしまし娘たちをとる。 体のあちこちが痛い俺は早めに寝ることにした。 痛みで目が覚めた。妹が起こしにきたのかと思っていた俺は恐怖を感じた。俺は上半身裸でパジャマのズボンを着ていた。寒いな。 ハルヒ「ほらほら勉強の時間よ!」 ハルヒがスクール水着を着て、朝比奈さんのより丈夫そうなムチを使い慣れた手で俺に振るってきたのだ。 俺は逃げようとしたが、足が動かない。いてぇ。 両足が縄で縛られ、手も後ろ手に縛られていたのだ。 急に腰に重みを感じ、うつぶせにされた。ハルヒが馬乗りになったのだ。 ハルヒ「さあさあ良い声でさえずりなさいキョン!あたしたちの愛を確かめるように!!」 そう言うとハルヒは俺に首輪をはめ、首輪に繋がれた鎖を思いっきり上に引っ張りやがった。 キョン「グァァッ!」 ハルヒ「もっと!上手にできたら天国と地獄を同時に感じさせてあげるわ!アハハハハハ!!」 暴れたくても、馬乗りされて思うように動けず息も詰まっていた。 しばらくその体勢でいると、いきなり足に衝撃が走った。 キョン「ウワアアアァァァァ!!!」 ハルヒ「そうよその調子よ!ムチなしで鳴けたら完璧よ!!」 そう言うとハルヒはうつぶせの俺に重なるように抱きついてきた。 ハルヒ「温かいでしょう。これはあたしの愛よ、キョン」 休憩よ、と言い俺から離れると、ハルヒは不気味に明るいこの部屋の隅でくつろぎ始めた。 もはや話す気にもなれないので縄をちぎろうと懸命に抗っていると声が聞こえた。 「大丈夫ですか?」 誰だ?そしてどこにいる? 古泉「ここです」 耳元で聞こえていることに気づいた俺が声の方向に振り向くと、今にも消えそうな小さな光る玉がいた。 古泉「声を出さずに聞いてください。ここは特殊な閉鎖空間です」 閉鎖空間は本来神人が暴れるところですが、ここは神人が存在しない代わりに神がいます。 古泉「これは昔あなたと涼宮さんが行かれた閉鎖空間と似ています」 ですが涼宮さんは世界を放棄したわけではありません。よって我々の世界が終焉を迎えることはありません。 キョン「長い。要約しろ」 古泉「失礼。原因はあなたが涼宮さんに性格改変を望ませたことです。一昨日は大人しい性格に、昨日は『あの』朝比奈さんのような性格にね。」 すくなくとも今は日付が1日進んでるんだな、とか悠長なことを考えた。 古泉「この事件の解決法と閉鎖空間からの脱出方法はおそらく同じです。先程も言いましたが、あなたが涼宮さんを恋愛対象として認めたことを彼女に伝えればいいのです」 キョン「できるかそんなこと!!」 古泉「静かにしてください、あくまでフリです」 ハルヒ「どーしたのキョン?天国地獄のお時間よ~!」 しまった。おまえなにを口に入れるつもりだ。モガッ! ハルヒ「猿グツワ装備完了!鳴けなくなるのが嫌だけどしかたないわよね?」 そんな笑顔で言われても返答できねぇよ。 ハルヒはまた俺に馬乗りになった。なにやらカチッカチッという音が聞こえはじめた。なにをしてんだおまえは。 ハルヒ「あたしからの熱い愛のプレゼントをあげるわ!」 そう言うと、俺の脇に温かいものがアツッ!まさか ハルヒ「どう、ロウソクは熱いでしょう?あたしの愛なんだから当然よ!」 ライターでロウソクに火をつけたのか。このままでは俺の身がもたない。気持ちを伝えたくても口は塞がれている。 そのまま何十分経ったのだろう、実際は数十秒だろうが。 ハルヒ「なんでナいてんのよキョン?」 ナく?鳴けないぞ、てああ泣いてんのか俺。恥ずかしいね。 ハルヒは猿グツワを外すと、俺を仰向けにして悲しそうな顔で尋ねてきた。相変わらず馬乗りだが。 ハルヒ「答えてよ。なんで泣いてんのよ?あたしの愛が嫌い?」 俺は最後のチャンスである、と直感した。覚悟を決めて言う。 キョン「俺は今のおまえが嫌いだ!」 古泉「えっ」 ハルヒが顔面蒼白になってるが気にしない。ついでにどこかから「えっ」なんて音は聞こえなかったことにしておく。 キョン「俺はかわいげがあって人思いの女性が好きだ。だがな、今のおまえにはかわいげどころか邪気すら感じるぜ」 ハルヒ「あっあたしのこと・・・キライなの・・・」 キョン「ああ」 首輪の鎖を引っ張られ、ハルヒの顔の近くに顔を持ってかれた。ハルヒの顔に一筋の涙が見えた。 ハルヒ「なんでよ!あんたの好みの女になったのに!!」 キョン「じゃあ聞くが」 俺がいつ言った? そういうなりハルヒは顔をくしゃくしゃにして泣き出した。表現がどうであれ、こいつは本当に俺のことを好きなんだな。 これじゃ相思相愛じゃないか。 キョン「ハルヒ、おまえはなにか勘違いしてるぜ」 ハルヒ「何をよ!あたしは勝手にあんたのことを・・・」 キョン「泣くな。俺が言いたいのはな」 今まで通りのハルヒが良い、ということだ。 ハルヒ「ふぇ?えっえっえっ??」 キョン「性格なんて変える必要はない。少しワガママだけど可愛いげはあるし、なんだかんだで俺や長門や朝比奈さん、おまけに古泉のことも思って行動してたじゃないか」 ハルヒ「あっ・・・うん」 キョン「つまりなにが言いたいかっていうと、俺はえっとあのその・・ハルヒを・・」 ハルヒ「なっなによ、最後まで言ってよ・・」 ロウソクを押し付けられたわけでもないのに顔が熱い。ハルヒも顔を紅潮させていた。 キョン「い、言わなきゃだめか?」 ハルヒ「そうよ!こういうのは男からこきゃふゃくれ」 キョン「なに噛んでんだよ、笑わせないでくれ」 ハルヒ「うっうるさい!じゃあ少しじっとしてなさい!」 ああ、ハルヒの顔がだんだん近づいて ハルヒ「ん・・・」 目の前には目を閉じたハルヒの顔。互いの息が混じり合う。ハルヒの唇は甘く熱い。腕を縛られたままなのが残念だ。 ― 突如浮遊感に襲われた。直後俺はベッドに入ってることに気づいた。俺の部屋だな。服装も戻ってる。時計を見るとまだ6時30分である、じゃあお休み キョン「もうそんな時間かよ!!」 俺が驚きで体を起こすのと同時に、妹が部屋に入ってきた。悪いな妹、今日の俺は早起きだぜ。 朝飯を食べてる間も甘い感触を忘れることはなかった。 朝飯を食べ終えた俺が部屋で教科書をバックに積めていると、電話がかかっきた。 古泉「おかげさまで彼女たちの性格が戻りました」 キョン「それは良かったな」 古泉「序盤で一瞬頭がおかしくなったかと思いましたが、ややこしいことを言わないでもらいたいです。ヒヤヒヤしましたよ、冬だけに」 キョン「うるせーな、ハルヒのことを考えて言ったんだ」 古泉「まあさすがにあんな甘いひと時を直視してはいませんがね、フフ」 あれを見られたのか!?て当たり前か、こいつは閉鎖空間にいたしな。だがな、他人に見られるのは恥ずかしいだろ。 キョン「コイズミクン、あとで昼飯をおごれ」 古泉「冗談ですよ。まあ今回は手っ取り早い方法をとってもらいましたが、今後はより安全策をとるよう機関で検討します」 キョン「古泉、なにか勘違いしてるぞ」 古泉「えっ?」 俺がハルヒのことを好きなのは事実だ。ただお互いに素直じゃなかった、それだけだ。 古泉「そうですか。では僕からはこうしか言えません。おめでとうございますキョンくん、そして涼宮さん」 キョン「今だけは嫌みを感じなかったぜ。ありがとう古泉!」 古泉「ただ残念ですが」 なんだ?前言撤回していいか? 古泉「涼宮さんからすれば、あの閉鎖空間での出来事を『夢』と思ってるかもしれません。だからといって現実だと伝えてはいけませんよ?」 ああ、そんなことか。 キョン「古泉。正直なところ確証はないが、あれが夢だと思われたとしてもだ」 もう一度正式に告白すれば、ハルヒは了承するぜ。 古泉「フフッ涼宮さんは力によって女性団員三人の性格を逆転しました。そして純粋な愛情であなたの気持ちを友達から恋人へ逆転させた、というところですね」 キョン「なに難しいことを」 古泉「僕は二人の恋が成就することを祈ります」 キョン「ありがとう」 俺が玄関のドアを開けると、目の前にハルヒがいた。 キョン「おー今日もか」 ハルヒ「うっうるさいわね!遅刻しないか心配に・・・じゃなくてその・・」 キョン「ありがとよ。ほれ学校行くぞ」 ハルヒ「・・・うん」 あのしおらしいハルヒを思い出した。ハルヒは顔を少々赤く染めて俯いていた。 登校中俺たちは黙って歩いていた。不思議とくそ寒い気温なのに温もりを感じた。 学校の正門辺りでハルヒが口を開いた。 ハルヒ「なっなんか今日最こ、最悪の夢を見たのよ」 笑みがこぼれてるぞ、とは言わず俺は同じように笑って言った。 キョン「奇遇だな、俺もさ。もしかしたら同じ夢かもな」 ハルヒ「・・・そうかもね!」 授業中はいつもの睡眠ハルヒに戻っていた。おいおい寝言で俺を呼ぶな、恥ずかしいだろ。英語教師が睡眠ハルヒを見て落胆してたことは内緒にしておこう。 昼休み、俺はハルヒを文芸部室に連れて行った。部室に入ると誰もいなかったが、イスにぶ厚い本が一冊置いてあった。なるほどね、ありがとう長門。 真っ赤に頬を染めたハルヒはなんだか落ち着かない様子だった。さて人生の出発点を定めよう。 「ハルヒ、聞いてくれ。俺はハルヒのことが好きだ」 幸せを手に入れた二人。私はあなたたちを祝福しよう。 幸せ。「幸せ」とはどのようなもの? これの後日談「神の末路」へ続く。 ―――――end――――――
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ハルヒ「いやっほー!!!みくるちゃん、行くわよー!」 みくる「あ、はーい」 古泉「この暑さだと言うのに元気ですね、涼宮さんは」 キョン「お前は泳がないのか?」 古泉「自分はちょっと準備しなければいけないので失礼」 古泉は微笑みながら海の家に向かって歩き出した 俺はビーチパラソルの下で本を読んでいる長門を見た つーか、わざわざ海まで来て読書なんだ? まぁ、海に来たからって泳がないと妖怪・わかめ野郎に襲われるって訳じゃないんだし・・・ 長門「・・・・・」 キョン「泳がないのか?」 長門「・・・・・あとで」 キョン「そうか・・・俺もそろそろ行くか」 俺は海に向かって歩き出した と、急な話だが我がSOS団は海に来たのである 話は3日前になる …………… ………… ……… …… … ハルヒ「急だけど3日後に海に行くわよ!」 いつもの喫茶店でハルヒは言った 今日はパトロールと緊急ミーティングの為、全員喫茶店にいるのだ ハルヒは本当に急なことを言い出すから困る 俺は自然に溜息をついた 古泉はアメリカ人みたいなお手上げのポーズをしている 朝比奈さんは目が点になっている 長門は・・・いつもどうりだな 誰もハルヒに質問しないから俺は仕方がなく聞いた キョン「何故だ?」 ハルヒ「特に理由なんて無いわよ」 キョン「海なら行っただろ?あの孤島で泳いだりしたじゃないか」 ハルヒ「あら、海に2回行ったらいけないって法律でもあるわけ?」 確かに、そんな法律なんてない もし、あったとしたら日本の偉い人はなにやってんだと思う ハルヒは本当に理由など無く、SOS団で海に行きたいだけなのだ キョン「まて、皆の予定とかあるだろ?」 古泉「その日なら僕は空いていますよ」 みくる「あ、あの~、私も大丈夫ですよ」 長門「・・・・・コクリ」 ハルヒ「決定!3日後に行くわよ!」 ちょっと待て、俺の事情とかは無視か? ハルヒ「どうせ暇でしょ?」 まぁ、その日は何もすることが無いので暇だ ハルヒ「車は従兄弟のおじさんが出してくれるからそこらへんは大丈夫よ!」 みくる「も、もし良かったら、お弁当でも作ってきましょうか?」 ハルヒ「さっすがみくるちゃん!気が利くね!」 朝比奈さんがお弁当を作ってくれるなんてこんなレアなイベントは無いぞ 古泉「僕はビーチパラソルとか色々持ってきましょう」 長門「・・・・・ビニールシート」 ハルヒ「うんうん、流石SOS団ね!」 海に行くことが決定し、緊急ミーティングは終った そして、いつものくじ引きをしてパトロール 赤い印が付いている爪楊枝を引いたのは 俺、古泉、長門 そして無印の爪楊枝を引いたのは ハルヒ、朝比奈さんだ キョン「お前の仕業じゃないのか?」 古泉「今回は僕の仕業じゃないですよ ただ単に皆で海に行きたいだけじゃないですか?」 なんだ、てっきり機関のヤツが協力しているのかと思った 古泉「最近では閉鎖空間の数も減りましたし、そんな事をする必要が無いのですよ」 古泉は微笑みながら言った 結局、何も不思議なことが無いままパトロールは終わった ハルヒ「今日は解散!集合時間とかはメールでするからね」 古泉「じゃ、これで」 みくる「さようなら~」 長門「・・・・・フリフリ」(手を振っている) 俺は自転車置き場に行き、家に帰った 帰り道に妹にバレないようするにはどうすればいいのかと考えていた ―――そして3日後――― ハルヒ「遅いじゃない!もう9時15分よ!」 集合時間の9時30分には間に合ってるからいいじゃないか てか、なんで皆こんなに早いのか? もしかして、メールで早めに来るように連絡しあっているのか?・・・まさかな ハルヒ「キョン!海の家で皆にジュース奢りなさいよ」 キョン「わかったよ」 いつもの事だからなれた・・・ってなれていいのか? 自問自答しならがハルヒの従兄弟のおじさんの車に乗った …………… ………… ……… …… … そして今に至るのだ ハルヒ「ちょっとキョン!遅いじゃない!」 ハルヒと朝比奈さんはビーチボールで遊んでいた みくる「はぁい、キョン君」 ポーンッと朝比奈さんからのパス・・・ハルヒが居なければ周りから見るとカップルに見えてるだろうに とボールを取ろうとした瞬間 ハルヒ「隙あり!」 キョン「うぉあっ」 ザッバーン あれだ、海に行ったらお約束と言ってもいいのか? キョン「な、何しやがるっ!」 ハルヒ「隙を見せたあんたが悪いのよ!」 技名は知らんがハルヒは急に俺を投げたのだ おかげで海水飲んじまったじゃねぇか 俺とハルヒが言い争っている間に朝比奈さんが みくる「あ、あれって・・・」 キョン「・・・・・ん?」 俺は目を細め、朝比奈さんが見ている方向に目をやった まぁ、アレだ、まさか本当にこんな状況があるなんて考えもしなかった ハルヒ「さ、サメよ!!!」 ジョーズだか何だけ知らないがサメ注意報など聞いていないぞ 俺と朝比奈さんとハルヒは猛ダッシュで逃げようとしたその時 みくる「あうぅ~」(ピシッ) どうやら足を攣ったらしい キョン「あ、朝比奈さん!!!」 みくる「ふ、ふぇえ~ん」 誰もがダメだと思ったその時 ザッバーン 古泉「あれ?驚きました?」 サメの正体は古泉だったのだ 古泉「まさか、こんなに驚くとは思いませんでしたよ」 サメに変装・・・とは言っても背びれとか着けてるだけなんだけどな ハルヒ「ちょ・・・古泉君!?び、ビックリしたじゃない!」 みくる「もう・・・ヒック・・・ダメかと思いました・・・ヒック」 キョン「大丈夫ですか?」 と、俺はすぐに朝比奈さんに駆け寄った 古泉め、朝比奈さんを泣かした代償は大きいぞ ハルヒ「古泉君!バツとして皆に焼きトウモロコシ奢りなさいよ!」 古泉「そこらへんは覚悟していましたよ」 そこらへんも計算していたんだな ハルヒ「ん・・・そろそろお昼の時間ね」 なんで分かるのかは置いといて・・・いいのか? 俺達は長門が居るビーチパラソルに戻り、朝比奈さんが作った弁当を食べる事にした みくる「あんまり自信ないですけど・・・」 いやいや、何言ってるんですか 例え、塩と片栗粉を間違えたオニギリでも美味しいに決まっていますよ ハルヒ「いっただっきまーす」 キョン「いただきます!」 長門「・・・・・いただきます」 みくる(ドキドキ) 俺は可愛らしいタコさんウィンナーを食べた 見た目は普通だが味は格別 フランス人が食べたらきっと腰を抜かすだろうと思うぐらいに美味い、美味すぎる キョン「とても美味しいですよ」 みくる「キョン君、ありがとう」 朝比奈さんは見るものすべてを悩殺する位の笑顔で俺に言った 死ぬ前に食べたい物は? と聞かれたら即答で答えるね 朝比奈さんが作った弁当だと しばらくして、古泉が焼きトウモロコシを持って来た 古泉「あ、ズルイですよ 先に食べるなんて」 みくる「ご苦労様です、お茶飲みますか?」 古泉「ありがとうございます」 憎い、憎いぜ古泉・・・ ハルヒ「本当に美味しいわよ、みくるちゃん」 みくる「ふふ・・・ありがとう」 長門「・・・・・」 こいつは無表情でパクパクと食べている・・・こいつには味覚とかあるのかと考えてみたがやっぱりやめる 楽しい会話もしながら俺達は昼飯を食べた ハルヒ「さ、ジャンケンよ!負けた人がアイス買ってきてね」 みくる「ま、負けませんよ~」 古泉「じゃ、僕はグーを出しますね」 長門「・・・・・コクリ」 キョン(嫌な予感がするぜ・・・) ハルヒ「じゃーんっけーん」 全員「ホイッ!」 ……… …… … 結果は俺の負け・・・まぁ、予測していたがな 俺は海の家に向かって歩いていると後ろから ハルヒ「ちょっと待ちなさいよ」 ハルヒが小走りで来た 何故だ? ハルヒ「あんたが何味を選んでくるのかが心配だったのよ」 おいおい、俺のセンスが悪いみたいな言い方だな 少しばかり歩いて、海の家に到着 ハルヒ「おじさーん、オレンジ3つとミルク2つね」 おじさん「まいど! おや、お二人お似合いだね」(ニヤニヤ) 冗談でもやめてくれ・・・と思いたいのだが、何故か満更でもなかった ハルヒ「何ニヤニヤしてんのよ」 キョン「そう言うお前も顔真っ赤だぞ?」 ハルヒ「ち、違うわよ! ひ、日焼けよ、そう、日焼けよ!」 変に強調すると逆に怪しいぞ ハルヒ「さ、戻るわよ」 ハルヒはアイスを受け取り先に歩いた なんだ、コレがツンデレってヤツなのか? キョン「お、おい ちょっと待てよ」 俺が行こうとした瞬間 おじさん「ま、頑張るんだよ」(ニヤニヤ) 俺は無視してハルヒを追った ハルヒ「はい、みくるちゃん、ユキ」 ハルヒはオレンジ味のアイスを渡した キョン「ほれ、古泉」 古泉「どうもすみませんね・・・ところで涼宮さんと何かありました?」 キョン「・・・なぜわかる?」 古泉「おや? 冗談で言ったつもりなんですが・・・」 しまった、墓穴掘ってしまった キョン「おい、アイス返せ」 古泉「食べかけですがいいのですか?」 俺は溜息をついた 古泉「ふふ・・・涼宮さんを見ていれば分かりますよ」 お前はハルヒの何なんだ? 古泉「ま、とりあえず頑張ってください」 何をだ ドイツもコイツもまったく・・・ ハルヒ「さて、休憩もしたところだし皆で泳ぐわよ!」 長門も泳ぐ気になったのか、本を閉じて皆とビーチボールで遊んでいる 古泉「いきますよ、朝比奈さん」 みくる「あ、はい」 古泉「そーっれ!」 古泉の投げたボールそこそこ早い やらせるか! キョン「とぁーっ!」 俺が飛び込み、朝比奈さんをかばおうとしたその時 古泉「マッガーレ」 ハルヒ・キョン「すごっ!」 なんと古泉が投げたボールが曲がったのだ その曲がったボールは長門に向かって行った が、長門は何も変わりなくキャッチ 流石だぜ長門 ハルヒ「古泉君!どうやったの?ぜひ教えてほしいわ」 何故か古泉は俺に向かってウィンクした 気色悪いぜ キョン「長門大丈夫か?」 長門「平気」 キョン「だろうな・・・」 長門「彼の行動は予測できた」 キョン「何故だ?」 長門「・・・・・・・・秘密」 古泉とはいったいどんな関係なんだ? と考えていたその時、ボールが俺の顔面に飛んできた ハルヒ「今のが戦場だったらあんた死んでいたわよ!」 ありえん、絶対にありえん もしあったとしても曲がり角を曲がったらパンを銜えた少女が・・・(以下略 とりあえず、それぐらいここが戦場だと言う確立は極めて低いのだ キョン「やれやれ・・・」 時間はあっという間にすぎ、もう夕方だ 楽しい時間は早く感じ、嫌な時間は遅く感じることをしみじみ思った ハルヒ「キョン、そっち持って」 ハルヒはビニールシートを片付けていた 古泉「結構焼けましたが・・・どうです、似合ってますか?」 俺は華麗に無視し、ハルヒを手伝った ハルヒ「さて、荷物も片付いたことだし・・・みくるちゃん、夏と言ったら何?」 みくる「え、あ、う、うーん・・・スイカですか?」 ハルヒ「スイカもいいけど、やっぱり花火でしょ!」 ハルヒはバックから花火セットを出した あらかじめ準備していたみたいだな 古泉「お、花火ですか いいですね」 キョン「おい、長門 花火やったことあるか?」 長門「・・・ない」 キョン「そうか、結構楽しいぞ」 長門「・・・そう」 なんだか長門の目が輝いて見えたのは気のせいか、気のせいではないのか ビーチパラソルやら色んな物を片付けているうちに日が落ちてもう夜だ ハルヒ「じゃ、花火するわよ!」 長門「・・・」 長門は花火をじぃっと見てる キョン「これに火を点けるんだよ」 長門「わかった」 長門は線香花火に火を点けてじぃっと見ている 古泉「花火に興味があるようですね、長門さん」 キョン「長門だってそれぐらいあるだろ」 古泉「そうですね」 当たり前だ 長門だって好奇心とかあるだろ ハルヒ「ちょっとキョン、古泉君!これ持って!」 ハルヒは両手に花火を持ってはしゃぎながら言った キョン「やけにハイテンションだな」 古泉「純粋に楽しいからじゃないですか?」 みくる「本当に嬉しそうですね」 未来には花火なんてあるんですか? みくる「ふふ、言うと思いますか?」 朝比奈さんは指を唇に当てて言った ぶっちゃけ可愛いです ハルヒ「コラーッ!キョン、デレデレしないでさっさと来なさーい!」 俺は仕方がなく歩いていった 正直足が痛い ちょっと遊びすぎたか しばらく皆で花火で遊んだ ハルヒはねずみ花火を俺に向かって投げてくるし 長門は線香花火を見ているだけだし 古泉は俺を見てみぬフリ 朝比奈さんはオロオロしている シュルルル... パン! キョン「うぉあ!」 ハルヒはケラケラ笑っている キョン「ちょ、ちょっとノドが渇いたからジュース買ってくる」 ねずみ花火から逃げていたからノドがカラカラだ ハルヒ「あ、私も行く 皆何か飲む?」 古泉「お任せします」 みくる「あ、私もお任せします」 長門「・・・・・」 何だ、ハルヒが奢ってやるのか? ハルヒ「あんたが奢るのよ」 俺は財布と相談したが・・・大丈夫だ 俺達が花火しているところから自動販売機まで少し距離がある 100mぐらい歩いた時だった ハルヒ「ねぇ、楽しかった?」 キョン「あぁ、普通に楽しかったぜ 水着とか見れたしな」 ハルヒ「へ、変態」 俺だって健全な男だ ハルヒ「で・・・どうだったのよ?」 キョン「ん、何がだ?」 ハルヒ「・・・ずぎ・・・」 キョン「はっきり言わんと聞こえんぞ?」 ハルヒ「・・・・・水着似合ってた?」 キョン「あぁ、最高に似合っていたぞ ナンパされないのが不思議だ」 我ながら何言ってんだ 事実だけどな ハルヒ「ば、バカ・・・」 しばらく沈黙が流れ、自動販売機に到着し、適当にジュースを買った キョン「おい、持ってやるからジュース渡せ」 ハルヒ「べ、別に大丈夫よ!」 ハルヒは何故かムキになって全部持っている キョン「無理すんなって」 ハルヒ「大丈夫だって言ってるでしょ!」 キョン「お、おい!」 俺はハルヒの方に手を置き、振り向かせた カランカラン... ハルヒが持っているジュースが落ち、目が合う ハルヒ「・・・・・」 キョン「・・・・・」 鼓動が徐々に早くなっていく・・・ 心臓の音と波の音しか聞こえない ドクン...ドクン...ドクン... ハルヒの顔が真っ赤になっている 多分、俺も真っ赤だな ハルヒ「きょ、キョン・・・」 キョン「・・・・・な、何だ」 変な汗が出ているのが分かる ハルヒ「じ、実は・・・」 こ、この状況は何なんだ? もしかして・・・ ハルヒ「私・・・キョンの事が・・・・」 その時だった 大砲を撃った様な音が聞こえた ヒュ~・・・ドーン! 打ち上げ花火だ 近くの公園でやっているらしい ハルヒ「わぁ~ キレイ・・・」 俺とハルヒはしばらく打ち上げ花火を見ていた ハルヒはまるで、カレーに肉を入れ忘れていていたかのように ハルヒ「あ、ジュース忘れていたわ! い、急ぐわよ、キョン!」 ハルヒは慌ててジュースを拾い 走って行った 結局ハルヒは何が言いたかったんだろう・・・ まさか・・・な 俺はハルヒを追いかけるように走った 古泉「また何かありましたか?」 キョン「・・・何もねーよ」 古泉「ふふ、そうですか」 コイツ分かっているな ムカツク野郎だ キョン「長門、花火はどうだった?」 長門「・・・ユニーク」 どうやら長門は花火に興味をもったらしいな 長門「・・・・・またやりたい」 そうか、やりたかったらいつでも言え 協力してやるぜ ハルヒ「車が来たから帰るわよー!」 ハルヒの従兄弟のおじさんの車が来たようだ ハルヒ「早く来ないと置いて行っちゃうわよー!」 はいはい、今すぐ行きますよ 俺は急いで車に向かった そうだ、ハルヒ 今度来るときはカメラでも持っていこうぜ あと、鶴屋さん、谷口、国木田とか誘って行こうぜ 大勢で行った方が楽しいだろ? おまけで妹とシャミセンも連れて行ってもいいぜ それと、あの時、何を言おうとしたか ちゃんと言ってくれよ 俺は車から見える夜景を見ながらそう思った ~ Fin ~
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『涼宮ハルヒのロバ』 プロローグ 社交的と内向的、楽天家と悲観論者、朝型と夜型、男と女。人類の分類基準は人それ ぞれだが、俺に言わせればそんなものは数十万年前からひとつしかない。 「引きずっていく奴」と「引きずられる奴」だ。 かくいう俺はもちろん後者であり、保育園から高校まで、自慢じゃないが「長」と 名のつくものには一度もなったことがない。そのかわり和の精神を貴ぶ正統派事なかれ 主義者として、わざわざリーダー役を買って出た御苦労様に逆らうということも滅多にない。 その怠惰で享楽的とも言える生き方はSOS団においても続いてきたわけで、高校入学以来 ハルヒという暴君に唯々諾々と従ってきた俺が突然反旗を翻す時がやってくるなどと 誰が予想したろう。けれども人間とは永遠の謎であり、かつまた無限の可能性を秘めた 存在でもあるわけで、神の啓示を携えた大天使は確かに俺の頭上に舞い降りたのだ。 昨夜の9時40分頃、晩メシ後の風呂につかっていた俺の頭に。フロイト先生もびっくり。 まあ、そうは言っても別にハルヒをリコールしようというわけではないし、SOS団を 乗っ取ろうというのでもない。そんな疲れる情熱は100万回生まれ変わっても俺の頭に わいてくるはずがない。そう、俺はただ妹のアンパンマンシャンプーで頭を洗いつつ スコッと決心したのだ。SOS団をやめよう、と。 Ⅰ.長門改造計画 なぜ急にそんな気になったのかと聞かれても困るし、理由はそれこそ山ほどあるのだが、 そのへんについてはおいおい話していこうと思う。今はただ、そう決心したとたんに俺の 心が開放感に満たされ、春風に舞うタンポポの綿毛のように軽くなったことだけ理解して もらえればいい。さすがに少しは寂しい気分になるかと思っていたのだが、こんなことなら もっと早く決断すればよかった、という感じだ。俺は自室のカレンダーに退団宣言から 退団まで、推定五日間に及ぶ大計画表を一気に書き上げ、その最終日に「自由解放記念日」と 大書きして赤丸で囲んだ。この世を去るまでの幾歳月、親の名前は忘れても俺がこの日を 忘れることはないであろう。うむ。それから歯を磨いて寝ちまったのだが、翌朝むっくり 起き上がるとそのまま計画表に直行し、項目をひとつ書き加えた。アメリカのビジネス エリートは就寝前に明日の予定に目を通すそうだが、歓喜の興奮状態から醒めた脳は 睡眠中も活動を続けていたらしく、退団決行前にすませておきたいことをひとつ思い 出したからだ。 SOS団を去る前に俺がすませておきたかったこと。ちょっとした心残り。それは朝比奈 さんの次期コスプレ衣装の選定、ではなく(その件に関しては『退団後も院政を敷き影の 影響力をふるう』と計画表にある)、SOS団でもっとも頼りになり、かつなんとなく危なっか しいヤツ、つまり長門だった。初めてこいつに会った時から、俺にはどうも納得のいかない ことがひとつあったのだ。けれども俺の「長門改造計画」の実現には、ある人物の協力が 不可欠だった。短気で強引で自己中心的だが、行動力だけは十人前。SOS団メンバーの 誰ひとり正面切ってまともに逆らえない奴。そう、あの悪夢の三日間はある大安吉日の 放課後、そいつに声をかけることからはじまったのだ。 「ハルヒ、おまえ長門の家に行ったことあるか?」 「ないけど、何?」 「今からあいつんちに本返しに行くんだが、おまえちょっとつきあわないか」 「そんなの明日学校で返せばいいじゃない。なんであたしがつきあわなくちゃ なんないのよ」 「又借りしてる本の返却日が明日なんで、今日返さないとまずいんだよ。嫌ならいいが、 長門の部屋にあいつと二人きりだとなあ……」 「スケベ」 「じゃなくて、間がもたん」 ハルヒは妙に納得した様子で、ぶつぶつ言いながらも結局ついてくることになった。 お礼に夕食おごれだの、何でそこまでだの、まるで仲良し高校生カップルのような微笑ましい 会話を続けつつ長門のマンションにたどりつくと、部屋の主はふだんより0.5mmも大きく 見開いた目で「激しい驚き」を表現しつつ俺たちを迎え入れた。通されたのは最初に 宇宙人の告白を聞いた時と同じ、コタツがひとつきりの殺風景な居間だ。一応訪問の口実 にした本も持ってはきたが、返却日が明日というのは真っ赤な嘘なので、長門は俺たちの 突然の来訪の理由がわからなかったに違いない。普通なら「どうしたの? 何か用?」と 聞くところだが、こういう時には滅多に自分から話しかけようとしない長門の習性が ありがたい。物問いたげな瞳に気づかぬふりをして出された茶をすすっていると、 トイレ経由で居間に到着した人間爆弾の声が響き渡った。 「何これ? 有希ってば、どっか引っ越すの?」 「いや、聞いてないな」 「だって、じゃあ、何よこの部屋? 空っぽじゃない」 「よけいなものを置かない主義なんだろ。シンプルでけっこうじゃないか」 「バカ。カーテンもない部屋で、どうやって着替えるのよ。だいたい有希、なんで家で 制服着てるわけ?」 「俺は別に異存はないぞ。なんなら制服のまま布団に入ったっていい。それはそれで風情が あるというもんだ」 「変態。あんたの趣味なんか聞いてないわよ!」 俺の背中に蹴りを入れると、ハルヒはそのまま他人の家のガサ入れに入った。悠然と 茶をすする俺と「何これ!」「信じられない!」とドアを開けるたびに叫ぶ刑事を交互に 見ながら長門は困惑の度を深めているようだ。3杯目のお茶を飲み干した頃ようやく 戻ってきたハルヒはすっかり冷たくなった湯飲みを一気にあけ、有無を言わさぬ調子で 宣言した。 「いつまで飲んでんの、キョン! 出かけるわよ! 有希もほら、支度して!」 「出かける? どこへ? 俺、そろそろ帰りたいんだが……」 「買い物よ、買い物。ぶつぶつ言わずに窓の寸法はかって! ぐずぐずしてると店が 閉まっちゃうじゃない。夕食は外で食べればいいわ。デパート探検の経費として、 特別に部費から出したげる」 何が特別だ、おまえも食うくせに。まさかその調子でしょっちゅうどこかの「探検経費」を 捻出してるんじゃないだろうな。 部屋の寸法をなぜかすべてミリ単位で正確に記憶していた主のおかげで準備は一瞬で 終わり、ハルヒは俺と長門をタクシーにひきずりこんで駅前のデパートに乗りこんだ。 その後俺に課せられた肉体労働については正直あまり思い出したくない。ピンクのパジャマに ドライヤーはいいとして、速乾性タオルにアイロンに体重計、洗濯ネットに姿見に…… 睫毛はさみ器? 女子高生の一人暮らしにあんなにモノが必要とは思わなかった。 「こらこらこら、手伝うのはいいが、金出すのは長門だぞ。そんないっぺんに買えるわけ ないだろうが」 「うるさいわね、だからタオルは私が買ったじゃない。あんた、有希があんな殺風景な 部屋に住んでて平気なの?」 「だからもう十分だろうが!」 「まだ半分よ!」 「だいじょうぶ、この国の紙幣を再構成するのは」 言うな長門、言うなそれ以上。俺はまだネットに実名を晒されたくない。 どんどん増えていく手提げ袋の重さにあえぎながらも、俺は花柄の座布団に座った情報 統合思念体がキティちゃんのカップで茶をすする様子を想像して持ちこたえた。そう、 俺はこの長門のボスにあたる奴がどうも好きになれないのだ。長門を人間「ぽく」作りながら、 人間らしい感情を持つことを渋っているように見えるケチな根性がどうにも気にくわない。 そいつがもしスタートレックのスポックみたいな奴なら仕方ないが、そうでなければピンクの パジャマで茶を運んできた長門を見て少しはあわてろ、そして反省しろと言いたいのだ。 もちろん長門家の会話がコタツを介して行われるはずがないのはわかっている。けれども 普通の女子高生のような部屋に住むことで、せめて長門には感じてほしいのだ。未来から 来たネコ型ロボットがドラ焼きに固執していいなら、「超高性能ヒューマノイド型インター フェース」はもっともっとワガママに生きていいはずだ、ということを。 長大な買物リストを手にデパート中を走り回ってパジャマからスリッパまで一通り 買いそろえたハルヒは両手一杯の荷物にあえぐ俺を尻目に涼しい顔でのたまった。 「できればトースターも欲しいとこだけど……いいわ。ロバが貧弱だから、それはまた 今度ね。最後にぬいぐるみだけ買って帰りましょ」 誰がロバだ。貧弱で悪かったな。おまけになんだって? ぬいぐるみ? それのどこが 必需品だ! すでに前方視界の確保さえままならないというのに、このうえどうやって そんなかさばるものを持てと言うのだ! ……しかしまあ、谷口ランキングによれば 長門も一応Aランクの美少女なわけで、ピンクのパジャマでテディーベアを抱きしめる 長門というのも、それはそれでいいかもしれ……。ハルヒの冷たい視線に気づいた俺は あわてて長門に耳打ちした。 「すまん。何でもいいからひとつ買ってやってくれ。なんならふたつでもいいぞ。 金は俺が出すから」 「何よキョン、そんなにお金余ってるなら、私にも何か買いなさいよ」 「おまえには朝比奈さんという等身大着せ替え人形があるだろうが!」 玩具売り場へ移動をはじめたSOS団分隊はしかし、寝具コーナーの前で早くも停止した。 なぜかそこにそれらしき動物集団を発見したからだ。いつものようになぜか俺に指示をあおぐ かのような視線を向ける長門に大きくうなずいてやる。餅にしか見えない犬だのボールにしか 見えないヒヨコだのの前で長考に入るかと思われた長門は、意外に早くひとつのぬいぐるみを 選び出した。不恰好な棒のように見えたそれは、どうやらキリンらしい。まぬけな顔と長い 首の下に、頭とさして変わらないサイズの胴と申し訳程度の足がついている。値札には抱き枕 とあるが、正直テディーベアとはかなりひらきがある。 「何この顔、バカみたい。有希、本当にこんなの欲しいの?」 その意見には完全同意だが、他人が気に入ったものをバカ呼ばわりするな。 「これでいいんだな?」 「いい」 小さな身体で巨大なキリンを抱きかかえた長門(想像してくれ)と共にレジへ向かうと、 なぜかハルヒが同じものを持ってついてくる。 「あたしにも買ってよ、このバカキリン。いいでしょ、それぐらい。半日つきあったのよ」 「しつこいな。バカバカ言う奴に買われちゃキリンが迷惑だ。シッシッ!」 ご機嫌斜めを通り越して垂直爆撃に移ったハルヒは自分が持っていた袋まで俺に押し つけてさっさと出口へ歩き出したが、正義の信念に貫かれた俺は甲子園出場が危ぶまれる ような部内イジメにもひるまなかった。朝比奈さんの悩殺ショット流出未遂事件を思い おこすまでもなく、ハルヒの機嫌が最悪になるのはあいつが完全に悪い時と決まっている。 もしかすると今晩あたり、キリンの星のお姫様が黄色いパジャマで恩返しに来るかも しれない。 (この子を怪物から救ってくださった御恩は一生忘れません) (いやあそんな、当然のことをしたまでですよ) (お礼に一晩、私を抱き枕に……) いかん、これでは谷口と同レベルだ。思わず思い描いたお姫様役が朝比奈さんという のも男子高校生として健全すぎる。怪物役のキャストが決定済なのはいいとしても。 買いもらしたものがあるというハルヒと出口で合流してデパートを出た俺たちは、近く のファミレスで夕食をすませ、戦利品の山をマンションに持ち帰った。時間が時間だった ので、小柄な長門のかわりにカーテンだけ吊って今日はこれでお開きである。買物の山の 前に立ちつくしてそれらをどう扱うべきか思案している様子の長門は、個々の品物の用途 についてはおおむね理解しているのだろう。そしておそらく、それらを無理やり長門の 部屋に持ちこんだ俺たちのおせっかいな行為の意味も。けれどもハルヒセレクトの青春 一人暮らしセットが万能端末である長門の生活をどれほど快適にしてくれるかは怪しい かぎりだ。コンビニ弁当を買ってたぐらいだから魔法のテーブルクロスは持ってないの だろうが、乾いた髪を一瞬で「再構成」できる長門にとって、ドライヤーなど使いにくい 肩たたきでしかないだろう。 「わかってるさ……」 思わず口をついて出た言葉に長門が顔を上げる。 「?」 「いや……なんでもない」 おまえの部屋をいくらピンク色に飾りたてても、それでおまえの心のリミッターを はずしてやれるわけじゃない。ピノキオが人間になれたのは、ゼペットじいさんの愛の おかげだ。そんなことはわかってる。でも今お前が接触している人間という奴は、実に 無力な存在なんだ。人間には1秒でギターをマスターすることもできなければ、椅子を ヤリに変えることもできない。そして誰かを傷つけずに、誰かに優しくしてやることも できないんだ。どんなにそいつの幸せを願っていてもな……。 律儀でストイックな長門にいつも助けられる一方の俺。結局、俺の計画はその負い目を 軽くしたいという自己満足でしかなかったのだろうか。けれどもマンションのドアが 閉まる直前、キリンを抱いたまま俺を見つめる少女は、かすかに「ありがとう」と ささやいたような気がした。 Ⅱ.退団宣言 SOS団脱退計画の第一段階をとりあえず無事終了させた俺は、その翌々日、ハルヒ以外の SOS団メンバー全員を駅前の喫茶店に呼び出した。自由参加の部活から俺が抜けることを ハルヒに拒否できるはずはないが、外堀から埋めておくに越したことはない。いわゆる 根回しというやつである。ハルヒは珍しく学校を休んでいたので本当は部室でやっても よかったのだが、授業を休んだハルヒが部活に来ないとも限らない。こうして喫茶店に 座っていてもいきなり窓から装甲車で突っこんでこないか心配なぐらいだ。いつも市内 探索の打ち合わせをしているテーブルには、急な召集にもかかわらず、ほどなく全員の顔が そろった。日頃団の活動に消極的な俺が召集をかけたことにメンバーは一様にとまどって いる様子。特大のメニューを囲んで談笑しつつ、ちらちらと順番に俺をふりかえる顔が なんとなく可笑しい。全員の飲み物を注文し、ついでに欠食児童の疑いが濃い長門に チョコレートパフェをとってやると、俺はソーダのグラスをマイクがわりに挨拶をはじめた。 「えー、本日はお忙しいところをお集まりいただき、誠にありがとうございました。 ただいまより『涼宮ハルヒ被害者友の会』第一回会合を行いたいと思います」 古泉と朝比奈さんが思わず顔を見合わせ、長門は俺を凝視する。 「被害者……友の会? ひょっとして僕たちもその会員なんでしょうか」 「そのとおり」 「わたしも? わたしもですか?」 「もちろんです、朝比奈さん。あなたは栄えある会員第一号、いや、この会自体が あなたのために存在すると言ってもいい」 「なるほど。それで? 本日の議題をお聞かせ願えますか?」 俺は胸を張ってこたえた。 「ズバリ、SOS団をいかにしてつぶすか」 「えーっ、つぶしちゃうんですかぁ? どうして、どうしてですか?」 古泉がくっくっといつもの含み笑いをはじめる。 「いや失礼。驚きました。まさかあなたがクーデターとは。さすがの涼宮さんも、あなた が造反をおこすとは夢にも思っていなかったでしょう」 朝比奈さんはかわいらしい唇をすぼめながら途方にくれ、長門はパフェのアイスを すくったまま凍りついている。唯一俺の言葉を本気にしていない様子の古泉に向き なおると、俺は続けた。 「なんとでも言え。俺は本気だ。SOS団は解散すべきだ。それもできるだけ早く。おまえは そう思わないのか、古泉。ハルヒの気まぐれで胡散臭い超能力者になるまでは、おまえも 普通の中学生だった。そうだな? 頭もよければ運動神経もよく、おまけにツラまで いいという人類の敵みたいな奴がハーレムも作らず毎日シケた部室で俺とゲームに 明け暮れているのはなぜだ? ハルヒとあいつの巨人のせいだろうが。あいつさえいなけりゃ おまえは今ごろ光陽園学院あたりでかわいい女の子に囲まれながら楽しい高校生活を送って いただろう。これが被害者でなくてなんだ?」 「朝比奈さん、あなたもそうです。ハルヒもうらやむ美貌と体型の持ち主であるあなたが 大事な青春時代を禁則事項とやらのために自由に彼氏も作れない時代で島流しになってる のはなぜです。みんなハルヒとSOS団のせいじゃないですか」 「長門。統合なんたら体に生み出されて3年というのが本当なら、おまえはまだよちよち 歩きの保育園児だ。『お空はどうして青いの?』なんて微笑ましい質問でパパを喜ばせ、 クマさんやゾウさんのぬいぐるみに囲まれて毎日全力で笑ったり泣いたりしているはずの おまえが、なぜママもパパも絵本もカーテンもない部屋でしこしこハルヒの監視役なんぞ やってる。て言うか、まずそのアイスを食べろ! たれてるぞ!」 「なるほど、お話はごもっともです。でも僕はこれでけっこう今の生活を楽しんでるんですが」 「そう言うと思った。おまえならそう言うだろう。おまえも長門も朝比奈さんも、 ハルヒの気まぐれから地球を守るという崇高な使命のため北校にいるんだからな。 しかし宇宙人と未来人と超能力者が寄ってたかってハルヒのご機嫌とりに明け暮れても、 それで平和が保たれるという保障はあるのか? 俺とハルヒがあの空間に閉じこめられた 時だって、帰ってこられたのは奇跡みたいなもんだ。あの気まぐれ団長が正真正銘、 混じりっけなしの普通人である俺の言うことをいつまでも素直に聞くとは思えんし、 俺も王子様役を無理やりやらされるのはもうごめんだ。第一、こんな独裁制はハルヒの ためにならない。あいつが将来銀行に押し入って朝比奈さんみたいな行員にナイフを つきつけ、『人質の命が惜しければ今すぐ宇宙人を出せ!』などと言いだしたらどうする? 支店長さんは警察と病院のどちらに電話するべきか、さぞかし悩むことだろう。あいつ だっていつかは退屈な世界と折り合いをつける方法を見つけなくちゃならないんだし、 その可能性はゼロじゃない」 「なるほど、わかってきました。つまりあれですね、この前のライブのことをおっしゃって るんですね」 ニヤけた顔して相変わらず鋭いやつだ。そういえばあの日、こいつは俺のとなりに いたっけか…。 「そう、あれも解決法のひとつかもしれん。あとで聞いたらハルヒのやつ、演奏してる間は けっこう充実感みたいなのを感じてたらしい。観客席で火星人の団体が縦ノリしてた わけでもないのに、だぞ。軽音部の連中がお礼に来たときのハルヒの顔を見せて やりたかったよ。まるで銭形警部に感謝状もらったルパンみたいにうろたえてたぞ……」 そう、すべてはあの日からはじまったのだ。雨宿りの学生で一杯の体育館で、突然 はじまったENOZの演奏。その思いがけないレベルの高さに浮かれて大騒ぎしている 北高生たちの中で、俺はただ呆然とハルヒを見つめていた。マイクに噛みつきそうな 顔で叫ぶように歌うハルヒ。驚くほど真剣な顔で歌い続けるハルヒを。そして周囲の 歓声をどこか遠い場所のものに感じながら、思い出していたのだ。ハルヒはいつだって 真剣だったことを。現実に譲歩して、その情熱の軌道をほんのちょっぴり修正する気に さえなれば、いつでもこの世界に歓声で迎えられる奴なのだということを。 「あいつの御機嫌をとるため、俺たちは今までがんばってきた。国連事務総長から御手製の 肩たたきサービス券、CIAとFSBから盗聴器つきの花束をもらってもいいぐらいにな。 しかしあいつのワガママを実現してやるのが本当にあいつのためになるのか? 俺たちは 何か勘違いをしてたんじゃないか? 最近のあいつを見ていると、SOS団のあることが かえってあいつの『更正』を邪魔しているような気さえする。たとえば長門が……って、 また長門に頼ることになるが……ハルヒと一緒に軽音に移ってくれれば、あいつもカタギの 人間として人生を楽しめるようになるかもしれない。映画スターでもツギハギ天才外科医でも 何でもいい。派手好きのあいつが気に入る商売が見つからないとも限らないだろう。高校を 出ればどのみちSOS団はなくなるんだし、俺たち全員がやめると言えば、いくらハルヒでも 解散するしかない。ちがうか?」 「お話はよくわかりました。わかりましたがしかし、正直賛成はしかねますね。あなたが 今言ったようなことは実際、『機関』も考えなかったわけではありません。でも残念ながら リスクが大きすぎる。それはあなたにもおわかりでしょう。涼宮さんが卒業した時点で サポートが不可能になるなら話は別ですが、僕たちのうちの『誰か』が彼女と同じ大学に 進んだとしても不思議はないし、我々の力でそれを実現するのは十分可能です」 恐ろしいことをさらりと言うな! おまえは魔女か! 「あなたと涼宮ハルヒの学力差を埋めることは不可能ではない。涼宮ハルヒがあなたに 合わせるのはさらに容易」 だからそういう問題じゃないと言うのに! 婉曲的表現もかえって痛いぞ! 不可能を 可能にするな! 「だって、キョンくん、だめです、そんなの。涼宮さんと別れてさみしくないんですか?」 別れるも何も、教室のあいつは俺の背後霊なんですよ朝比奈さん! 悪霊にとり憑かれた 人間が墓場のデートを控えようとしてるだけなんです! 俺は全身脱力した気分で椅子にくずれ落ちた。議論の行き詰まりを全員が感じ、 喫茶店に気まずい沈黙が流れる。……いいんですよ、朝比奈さん。そんなにおろおろ しなくても。すべては結局、ここにいない誰かのせいなんですから…… 「……ところで涼宮さんにはもうこの話を?」 「いや……明日学校で言うつもりだが」 「そうですか。それならすみませんが、少し待ってもらえませんか」 「なんだ、懐柔工作か? 時間稼ぎか? 言っとくが俺はもう」 「いえ、とんでもない。僕たちにあなたを引き留める権利はありませんよ。ただ 涼宮さんは今、少々加減が悪いのです。かなりタチの悪い風邪にかかったらしく、 体力が落ちている。できれば今はショックを与えたくないんです」 初めて聞く話に俺は少々戸惑った。あの原子力駆動娘が風邪なんかひくだろうか? 策士の古泉が言うことはイマイチ信用できない。歯磨きのCMみたいな嘘くさい笑顔の裏で また何か企んでるんじゃないだろうな……。けれどもちらりと目をやると、バナナ殲滅に 移行した長門は無言で小さく頷いた。 「わかった。ハルヒの病気が治るまでは言わない。それでいいか?」 「けっこうです」 結団以来の平和な会合ではあったが、ハルヒの抜けた善男善女の集まりが地球征服の計画で 盛り上がるはずもない。友の会の初会合は結局そのまま終わってしまい、俺はむくれた顔の まま喫茶店を後にした。もっとも、むくれた顔は半ばパフォーマンスで実際にはそれほど 気落ちしていたわけではない。異能者三人組がSOS団をやめるはずがないことは初めから わかっていた。SOS団をつぶそうと言ったのはハッタリで、ハルヒの「社会復帰」について 三人が少しでも考えてくれればそれでよかったのだ。けれどもハルヒが病気と聞かされた せいか、隠れて事を進めていることがなんとなく後ろめたい気もする。俺の退団について ハルヒがゴネるに違いないというのもある意味おごった考えなわけで、直接本人に言えば 案外あっさり承認されたかもしれないのだ。もっとも、それはそれでちょっと……。 自宅の前に立つ人影に俺が最後まで気づかなかったのは、そんな考え事に浸っていたせい かもしれない。 「おひさしぶりね、キョンくん」 「!」 にこやかな顔でそう言ったのは、俺の癒しの天使のパワーアップバージョン、 朝比奈さん(大)だったのだ。 「ごめんなさいね、いきなりで。今、ちょっといい?」 「いいですいいです、たくさんいいです。あなたに会えるなら風呂の最中だって エウレカですよ」 「それはちょっと困るかな……ふふ。なんだか怖い顔してたけど、あの会合の帰り?」 「そうです。その帰りです。でも知ってるんでしょう? と言うか覚えてますよね? ハルヒの病気のおかげで退団が伸びそうで、ちょっと焦ってるんです。もしかして 今日はその件ですか? それとも…… 朝比奈さんに会えるのはうれしいけど、 あなたが来てくれるのは何かある時ばかりだからなあ。もしハルヒ関係のことなら、 悪いけど今は遠慮したいんですが……」 「ふふふ、そうね。あの日のあなたもそんな感じだった。でも今日は涼宮さんと 言うよりあなたのために来たの。ちょっと座らない?」 朝比奈さんにすすめられるまま、俺は公園のベンチに腰をおろした。これがもし 普通のデートなら、カマドウマの集団がのし歩く公園でもハッピーなのだが……。 「あの日わたし、おろおろしちゃって何も言えなかったでしょ? でも心の中では ずっと思ってたの。今日のキョンくんはキョンくんらしくない。なんだかとっても 無理してるみたいって」 「そりゃ無理もしますよ。ハルヒというブラックホールから脱出しようとしてるん ですから」 「ダメよ、ダメ。お姉さんに嘘ついても」 朝比奈さんはそう言ってまた天使のような笑みを浮かべた。この朝比奈さんに言われると 身に覚えのないことでも全力でゴメンナサイしたくなる。たいして歳が離れてるわけでも ないだろうに、この人といると妙に心がなごむから不思議だ。しかしこの朝比奈さんにも やっぱり誤解されているような気がする。いつもの俺と違うというのはわからないでも ないが、つまりは窮鼠がネコを噛むかわりに示談をもちかけているだけなのだ。 「そうね、私も嘘つきかも。あなたがもうすぐまた涼宮さんをめぐる事件にまきこまれる のは本当。でもそれを乗り越えるには、あなたが自分で見つけなきゃいけないことが あるの。涼宮さんと、そしてあなた自身を救うために」 「なんだかいつも以上にややこしそうですね」 「ごめんなさい。これ以上は言えないの。でもひとつだけヒントをあげるね。どうしても わからなかったら、この言葉を思い出して。『風車の騎士』。それがあなた自身の言葉だった ことを。たぶん今夜、事件がおきる。そして誰かがあなたを迎えに来る。そこから逃げないで ほしいの。あなた自身のために」 「………」 金色の小さき鳥というやつがまた一枚、はらりと朝比奈さんの髪に落ちた。さらさらと 散っていく枯葉の軌跡は時間の流れだ。美しい人との逢瀬の時間という奴は、なぜこう いつも短いのだろう。 「……行ってしまうんでしょう?」 「そうね」 「他の時間の俺に謎をかけるために?」 「ふふふ」 「最後にひとつだけ聞いていいですか?」 「私に答えられることなら」 「3年後の高卒求人率ってどれぐらいですか?」 朝比奈さんはウインクしながら「メッ」という仕草をすると、その瞳の残像だけを 残して消えていった。 Ⅲ.異変 今夜事件が起きる。そして迎えが来る。そう予告された夜に、俺は携帯を持たずに家を 出た。昼間朝比奈さんと話した公園を通り過ぎ、近くの神社の石段をのぼる。一段一段、 自分の決断を確かめるように階段を踏みしめながら。朝比奈さんの誠意は疑いようがないし、 彼女の期待に応えたいのは山々だが、このままではまたなし崩し的にSOS団に連れ戻されて しまうのは目に見えている。いくら受身人生がモットーの俺でも今度ばかりはそう簡単に 折れるわけにはいかないのだ。どこの誰かは知らないが、その迎えとやらが俺を見つけ られないところにいれば、巻きこまれることもないだろう。ハルヒは今、病気だと言うし、 朝比奈さんが俺と「ハルヒの」危機と言ったことが気にならないと言えば嘘になる。しかし ハルヒには超能力者と未来人と宇宙人がついているのだ。めっきり普通人の俺に出番が まわってくるとは思えない。あいつらに任せておけば大丈夫。大丈夫なはずだ……。 夜を明かすつもりで持ってきた寝袋を敷いて地面に腰をおろすと、俺は暗い拝殿を 眺めた。毎年初詣に来ているというのに、ここの神様はどうも俺に冷たいようだ。 古泉が言うようにハルヒが荒ぶる神なら、先輩として一度シメてやってくれればいいのに。 人気のない境内は静まりかえり、巨大な神木の葉が風にそよぐ音だけがかすかに聞こえて くる。夜の森に縁取られた夜空には満月が浮かび、かすかにたなびく雲のベールへ穏やかな 光を投げかけている。静かだ…… その時、暗い林の奥から夜の静寂を破って奇妙な音が聞こえてきた。芝刈り機の親玉の ようなその音は、闇の中をどんどん近づいてくる。ここはチェーンソーの殺人鬼のジョギング コースだったのか、なんて無理な想像をするまでもない。上って来たばかりの参道を 見下ろすと、長い石段を巨大なオフロードバイクで駆け上がってくる馬鹿がいる。 馬鹿は石段を一気に上りつめると神聖な境内に罰当たりなスキッドマークの弧を描いて 停止した。振り向きながらヘルメットのバイザーをはねあげたのは…… 「古泉!」 「探しましたよ。話は後です。乗ってください」 「なんだなんだいきなり。いやだね、断る! 令状もってこい!」 「残念ですが、時間がないんです。乗ってください、早く!」 「今度は一体なんだ? 怪獣か? 隕石か? カマドウシか? どうせまたハルヒがらみ だろう。生憎俺はテスト勉強で忙しいんだ。世界の危機なら間に合ってる。他をあたってくれ!」 俺はハルヒに選ばれた存在、なんて珍説に執着している古泉のことだ。どうせまた妙な 事件に無理矢理巻きこんで俺の脱退宣言をうやむやにしようという胆だろう。考える暇を 与えず一気にもっていくのは悪徳商法の基本だ。その手に乗るか、古泉イツキ! 俺の決意が固いと見てとったのか、古泉はヘルメットを投げ捨てるとエンジンを切り、 バイクから降りた。突然生まれた静寂の中、妙に静かな声で言う。 「涼宮さんが泣いています」 「ハルヒが……なんだって?」 「涼宮さんが泣いています。あなたのいない閉鎖空間で。世界の危機は僕たちが なんとかします。でも残念ながら、今、涼宮さんを救えるのはあなたしかいない。 一緒に来てください。事情は走りながら説明します」 そのまま返事も聞かずにバイクを始動させる。 「さあ!」 「くそったれ!」 そう言いながら結局乗ってしまうのはなぜだろう。そうさ俺は訪問販売に弱いんだ。 古泉の背中をそのままバックドロップにもっていきたい衝動をこらえながら服をつかむ。 さすがにこいつに抱きつきたくはない。しかしヘルメットはいいのか? 特に俺の分が ないのが気になるぞ? だいたいここからどうやって降りる? まさか…… 「しっかりつかまっててください、少々とばします」 安い映画のようなセリフを吐くと、古泉はいきなり石段につっこんだ。その後数十秒間 に関してはなぜか記憶があいまいだが、走馬灯がどんなものか思い出せないまま、 ひとつの言葉を反芻していたことだけは覚えている。 ハルヒが……泣いている? 「涼宮さんは今、長門さんが作った閉鎖空間の中にいます。前回涼宮さんが 閉じこめられたものに似た空間に。そしてそこから出られないでいる」 「ちょっと待て。なぜハルヒがそんなところにいる。て言うか、なぜ長門が そんなものを作ったんだ。まさかあいつ……」 「そうではありません。僕たちが頼んで作ってもらったのです」 タクシーをつんのめらせながら大通りに飛び出したバイクは暴走族も道を開けそうな勢いで 車の間を縫っていく。古泉が強引に車体を傾けるたびにステップから火花が散っていく。 いや、火花はいいが、タイヤはもつのか? ズルッといかないか? 遠心力と重力のベクトル、 考えてますか? おまえ確か原付免許しか持ってなかったんじゃ……。赤信号の交差点に 向かってなぜ…なぜ加速する! と思った瞬間、停車していたポルシェをジャンプ台に古泉は 滅茶苦茶なショートカットを決めた。着地の衝撃で古泉の背中に頭をしたたかにぶつける。 古泉……その話とやらが終わるまで、俺を生かしておいてくれるんだろうな。 「今日のあなたの退団宣言は『機関』上層部に衝撃を与えました。あなたがSOS団を やめれば涼宮さんはまた特大の閉鎖空間を作りかねない。僕たちにも対処できない ほどのね。そこで機関は先手を打つことを考えたのです。前回涼宮さんが閉鎖空間を さほど恐れなかったのはあなたが一緒にいたからです。けれどももし、『あなたがいない 閉鎖空間』もあるとしたら? そういう世界を一度体験すれば、無意識に閉鎖空間を 作り出す彼女の力にもブレーキがかかるだろう……そう考えたのです」 「なんだかえらく単純だな……って速い! 速いって!」 「単純だからこそ効果的なんです。僕たちは閉鎖空間に入れるけれど、閉鎖空間を 作る力はない。しかし長門さんにはそれができる。擬似的なものですけどね。 キョンくんのため、と言ったらふたつ返事で引き受けてくれましたよ」 「なんでそこで俺なんだ」 「あなたの退団を拒めないとなれば、涼宮さんはまたあなたを『拉致』して閉鎖空間に 閉じこもる可能性が高い。それも前回と違って二度と出られない世界に」 「……」 交差点を曲がったところでサイレンを鳴らしたパトカーが追いすがってきた。ヘル メットのない頭にガンガン響く声で停車を命じながらぴったり後に張り付いている。 「どうする、古泉! マキビシないぞ!」 「心配ありません。我々の仲間です。彼らがいた方が走りやすくなりますから」 ただの戦隊マニアでないのは知ってたが、警察まで抱きこんでいたとは恐れ入る。 おまえの機関とやらは本当に何でも屋だな。今度うちの風呂釜直してくれないか…… 「長門さんが作った空間の中で、涼宮さんを起こすところまでは順調でした。けれども 涼宮さんが目覚めたとたん、問題が起きた。長門さんが固まってしまったのです」 「固まった?」 「ええ、まるで実行不可能なタスクを実行中のパソコンのようにね。本来ありえないこと ですが、涼宮さんは長門さんの空間の中からさらにそれを覆う閉鎖空間を作り出して しまったのです。その第二空間が今、長門さんの第一空間を押しつぶそうとしている。 長門さんはそれを防ごうとして、オーバーロード状態になってしまったのです」 「長門は? 長門は無事なのか?」 「しばらくは携帯のメールを通じてかろうじて連絡がとれました。しかし今はそれも 途絶えています。たぶん、僕たちに時間はあまり残されていない」 「もし長門の空間が潰れたら、中にいるハルヒは……」 「おそらく無事ではすまないでしょう」 「………」 「仮に長門さんが持ちこたえたとしても、事態はさして変わりません。長門さんは今、 第二空間の圧力のせいで自分の空間の制御がうまくできない。薬はもちろん、水さえ 飲めないところに涼宮さんはいるのです。空気があるのは確認済みですが、気温も おそらくかなり低い。しかも昼間話したように、ウィルスの影響で彼女はもともと かなり弱っていました。精神的にも体力的にも、かなり追いつめられているはずです」 「……おまえらはそんな状態のハルヒを閉鎖空間モドキに閉じこめたのか」 「そうです。涼宮さんに長門さんの空間がまがい物であることを感づかれたらこの計画は 意味がなくなる。涼宮さんの意識が朦朧としている今は千載一遇のチャンスだったんです。 それでも当初『機関』が予定していたのは15分ほどの隔離だったのですが……」 「……くそったれ」 「くそったれ、です」 スロットルを全開にしたバイクがまたウイリー気味に加速する。もしかすると古泉は この計画に反対だったのかもしれない、と俺はふと思った。あまり認めたくはないが、この 秘密主義のニヤケ男はハルヒのために俺が知らないところでとんでもない苦労をしているの かも、と思うことがある。だからといって、こいつの「機関」とやらを好きにはなれないが……。 サイレンを止めたパトカーが急にUターンしたと思うと、古泉はタイヤをきしませながら バイクを停めた。大きな窓にタイルの壁。それは今日俺が退団宣言をしたばかりの喫茶店だった。 準備中の札がかかったドアを開けると、古泉はどんどん店の奥へ入っていく。ここまでくると バカバカしくて、ここもおまえんとこの店子かと聞く気にもなれない。用途不明の機器と ノートパソコンの一群が並ぶ厨房の横を通り過ぎ、のたうつケーブルにおおわれた廊下の 奥の部屋に入ると、そこに見慣れた顔がいた。 「長門……!」 バイプ椅子に腰掛けた長門は俺の声にも反応せず、置物になったかのように微動だに しない。色白のせいもあってふだんから人形みたいと言われることの多いやつだが、 今は本当に人形になってしまっている。セリフの平均が2秒弱でも、表情の解読に 訓練が必要でも、長門はけっして人形ではなかったことにようやく俺は気づいた。 「今は接触が途絶えていますが、長門さんは死んだわけではありません」 「ああ……わかってる」 凍りついた長門を見ていられず、俺は目をそらした。なぜだか長門は今の自分の 姿を見られたくないのではという気がする。 「それで、俺は何をすればいい?」 古泉は一瞬躊躇したのち、俺の目を見据えるようにして言った。 「煉獄へのダイブ……第一空間に入ってもらいたいのです」 長門の第一空間を覆ったハルヒの第二空間は、いまやわずか数ミクロンの膜状にまで 圧縮されながら巨大な圧力で第一空間を押しつぶし、侵食しようとしている。ハルヒの 閉鎖空間に入れるはずの古泉たちも、なぜかこの薄い壁は越えることができない。しかし その第二空間も俺だけは中に通すだろう。長門はその動きにシンクロする形で侵食を 防いだまま俺を中に入れることができる。ハルヒが自宅から移動を始めた直後に発生した 第二空間の影響で長門はハルヒの現在位置を見失っているが、第一空間内でハルヒが 行きそうな場所は限られている。ハルヒを見つけ出して必要な援助を与えれば、ハルヒは 精神的に安定するだろう。それによって第二空間の圧力が弱まれば、長門が第一空間を 解除する隙が生まれるはずだ…… それが古泉の計画のあらましだった。 「その第一空間とやらはそんなに大きいのか? 長門が一種の閉鎖空間を作れるのは わかるが、それってせいぜい教室サイズじゃないのか? 前に朝倉が作ったのも そうだったし、街全体を覆うようなものを作れるとは信じられんが……」 「学校を包むぐらいのことはできるそうですが、それより大きい時は情報制御空間の情報 密度を部分的に変えるようなことを言っていました。蜘蛛の巣のような細い空間のネット ワークを作っておいて、対象が位置している部分だけそれを元の形に復元する、という 感じですか。復元は半自動的に行われるものの、その位置情報が今の長門さんには 伝わらない、ということのようです」 「なんだかよくわからんが、全体を同時に復元できるわけじゃないんだな。そうすると 遠くに見えるものも実際には壁の内側の絵みたいなもんなのか?」 「だと思います。近づけば遠ざかる壁ですから、実感することはないでしょうが」 「しかしなぜそんな大きな空間が必要なんだ? ハルヒの家の周囲だけで十分だろう」 「涼宮さんが移動をはじめてしまったからです。教室サイズではすぐに違う空間である ことがバレてしまいますからね。長門さんが第一空間を拡張する前に第二空間が発生 していれば、実際そうなるところでした」 「なるほど」 「ここまできて言うのもなんですが、中に入るかどうかはあなた次第です。誰もあなたに 強制はできない。今の第一空間はかなり危険な場所のはずだし、入口は一方通行です。 第二空間はあなたが中に入ることは許しても出ることは許さないでしょう。第二空間の 圧力が弱まった時なら、あるいは出られるかもしれませんが、それはやってみなければ わかりません。一番いいのは第二空間を消滅させてから第一空間を解除することです。 けれどもそれは前回以上に難しい。前回あなたが戻ってこれたのは、涼宮さんがこの世界 へ戻ることに同意したからですが、今回は逆に第一空間に『とどまってもいい』と思わせ ねばならないのです。第一空間への恐怖をなくして第二空間を消滅させる。そんなことが 本当に可能なのか、正直僕にもわかりません。けれどももし可能だとしたら、それが できるのは……」 「わかった。やるよ。もともと俺の退団騒ぎからはじまったことだ。長門をあのままに しておくわけにもいかないし、俺が責任をとるさ」 「そう言ってもらえると助かります」 そう言った古泉の顔にはしかし、いつもの笑みはなかった。 「いいですか、覚えておいてください。大事なのは涼宮さんを眠らせないことです。 涼宮さんが眠ったら、すべておしまいになるかもしれない。ですから用意した薬も 眠くなる成分の入っていないものだけです」 「ちょっと待て。逆じゃないのか? ハルヒが眠れば第二空間の活動も弱まるはず だろう。て言うか、消えるんじゃないのか?」 「確かにその可能性もないとは言い切れません。しかし第二空間は涼宮さんが 無意識に作り出したもの。レム睡眠状態ではむしろ活性化する可能性が高いと 『機関』では見ているんです。僕たちの『仕事』も夜が多いですからね。一応 即効性の睡眠薬も用意してありますが、これは最後の手段と思ってください」 古泉がくれた「最後の手段」は体温計サイズのスティックだった。首筋にあててボタンを 押すとガスの力で薬が血管に入り、数秒で意識がなくなるとか。こんな便利なものがあるなら 早く教えてほしかった。これさえあればハルヒとのつきあいもずいぶん楽になるだろうに。 最後の手段といわず、最初の手段として団の備品に箱ごと校費でそろえたいぐらいだ。 机の上に並べられたのはちょっとした登山並の装備。秘境探検をベースキャンプの サポートもなしにやろうというのだから当然だが、水だけでも8リットルもあるので すべてをリュックに詰めるとかなりの重さになる。用意された防寒用のジャケットを はおり、古泉の手を借りながらリュックを背負う。 「前から聞きたかったんだがな、古泉」 「なんでしょう」 「ハルヒはおまえたちにとって、いわば超特大の核爆弾みたいなもんだろう。 巨人退治がいくら楽しくても、いつ気まぐれに世界を終わらせちまうかわからない 奴がいたんじゃたまらん」 「たしかに」 「いっそあいつがこの世からいなくなってくれれば、とは思わないのか? おれが 救出に成功しちまったら、かえって困るだろうに」 さすがに怒るかと思ったが、古泉は笑って首をふっただけだった。 「実は最近、立体四目並べという面白いゲームを入手しましてね」 「?」 「目下『機関』内では7連勝中です」 「だから何だ」 「お手合わせを楽しみにしてますよ」 今度は俺が笑う番だった。 「首を洗って待ってろ」 Ⅳ.夜のキリン ふたつの空間の壁を同時に抜けて内側に入るための固定ポイント。そのひとつは喫茶店 裏口のドアに作られていた。古泉が開けたドアの外には、あたりまえの景色がひろがって いる。しかしそろそろとつきだした両手は、すぐに見えない壁につきあたった。ハルヒの 閉鎖空間で北校を囲んでいたものとはまったく違う、岩のように硬い壁。試しにノック してみても、指が痛くなるだけでまったく音がしない。二つの空間が恐ろしい力で押し合いを している場所というのは本当らしい。やれやれ、本当にここを抜けたりできるのか? そう思った瞬間、手のひらで無数の泡がはじけるような感触がして、両手が見えない 壁の中に沈みはじめた。肌にカミソリを当てられたようなぞっとする感触とともに、両腕が ゆっくりと壁を抜けていく。服やリュックもどうやら俺の一部と認識されているらしい ことを見届けて古泉と目配せを交わすと、俺は一気に壁をつきぬけた。目をつぶって 数歩進み、抜けたばかりのドアを振り返ってみたが、古泉の姿はない。いや、あるはずが なかった。「あちら側」から見た時と違って、そこにあるのは灰色の壁に描かれた単なる 黒い長方形だったからだ。俺が出てきた建物は、全体がまるで巨大なペーパークラフトの ような単純なハリボテになってしまっていた。 「……アッチョンブリケ……」 長門のやつ、よほど苦労しているのだろう。道も建物も街灯も、周囲はすべて灰色の 折り紙細工。幸い心配していた寒さは冷凍庫というほどではないし、身体に異常はない ようだが、積み木細工の街を眺めていると、なんだか人形になったような気分だ。道路の マンホールも絵だし、建物の窓も絵。道路脇の並木にいたっては円筒ですらなく、 十字型に組み合わされた面によってかろうじて立体になっている。切り紙細工のような 平たいガードレールの断面をのぞいた俺は、それにまったく厚みがないことに気がついた。 試しに胸ポケットのボールペンをあててみると、豆腐を切るほどの手ごたえもなく 金属製のペン先が切断されて道に転がった。 「まいったな……」 この分ではうまくハルヒを見つけられたとしても、全身傷だらけになっているかも しれない。腕組みして大げさに天を仰いだ俺は、間抜けなことに背中のリュックの重さを 忘れていた。あっと思った時にはもうバランスをくずし、とっさにガードレールに手を…… 「ぉわっっ!!」 一瞬で血が沸騰し、頭の中が真っ白になる。しょっぱなから包帯人間かよ! けれどもおそるおそる目を開けてみると、俺の手にはまだ指がついていた。そっと指を 曲げ伸ばしし、ドキドキしたままの心臓をおさえながらよく見ると、俺が手をついた部分だけ ガードレールが本来の厚みにもどっている。長門……? 長門か? たしか古泉の話では 長門も俺の所在地は感知できるという話だった。どうやら必要に応じて少しだけこの手抜きの 世界をリアルにしてくれているらしい。しかしハルヒの第二空間と押し合いながら同時に それをやるのはキツイはず。あいつに余計な負担をかけるわけにはいかない。 「すまん、長門」 古泉との打ち合わせに従って入口を逆行できないことを確かめると、俺は最初の目的地に 向かって歩き出した。幸いハルヒの居場所の第一候補について、俺と古泉の意見は一致 している。前回俺とハルヒが閉じこめられた場所、北高だ。ふだんなら自転車で数分の距離 だが、今日はそれを徒歩で行かねばならない。このクソ重い装備を背負いながらではかなり こたえそうだ。まったく、ハルヒのデパートめぐりといい、最近はこんなのばっかだな……。 ぶつぶつ言いながら歩きだすと、案の定、いくらも行かないうちにリュックのベルトが肩に くいこみだす。何度もリュックを背負いなおし、千鳥足の行軍を続けた末に、俺は意気地なく 道にへたりこんだ。 「ヘイ、タクシー!……なんて、あるわけねえか」 周囲は人どころか猫の子一匹いない無人の街。そんなものがあるはずがない。 もし運良く自転車か何かが見つかったとしても、さっきのガードレールのことを思えば 危なくてとても乗れた代物ではないだろう。古泉のやつ、なぜ北校付近の「壁」に直接 ポイントを作らなかったのだろう。新兵訓練キャンプじゃあるまいし、この前「待った」を 却下したこと、まさかまだ根にもってんじゃないだろうな。根性で運ぶのはいいが、あまり 到着が遅くなっては意味がない。ハルヒに飲ませる薬や上着などの重要装備はともかく、 水は半分ここに置いていった方がいいかもしれない。どうしても必要になった時は、また 取りにくることもできるだろう……。俺は観念してリュックをおろし、荷物の整理に とりかかった。真冬の寒さと思ったが、歩いてきたせいか少し暖かく…… 暖かく? 首筋にふきつける妙に生暖かい風に気づいた俺はあわてて振り返り、凍りついた。 「ブルルルル……」 そこにいたのはキリン。全身をぼんやりと光らせながら、まぬけな顔で俺を見つめる、 巨大なぬいぐるみのキリンだったのだ。実物大、と言うには小さいキリンの身長はおよそ 3m。脚もせいぜい俺と同じぐらいの長さしかない。本物のキリンに比べれば、えらい 短足だ。それでも長門に買ったものに比べればサイズも形も本物に近く、ちゃんと自分の 足で立っている。と言うか、歩いている。 「こいつに乗れ……てことか?」 「ブルルルル!」 本物のキリンがそんな声で鳴くのか怪しいかぎりだが、そういえば長門を動物園に 連れて行ったことはなかった。とぼけた顔は相変わらずだが、これなら噛みつかれる 心配もなさそうだ。前足で地面をかきながら俺を見つめる様子は、俺が乗るのを待って いるようにも見える。ためしに背中にさわってみると、いかにもぬいぐるみらしく、 ふわふわと暖かい。長門から見るとこいつは小さな独立したプログラムみたいなもの なのだろうが、俺が転ぶたびにあわてて対処するより、こいつに乗せてしまった方が かえって楽なのかもしれない。 「よし。いっちょ遠乗りといくか」 俺はリュックを背負ったままキリンによじのぼり、手綱を握った。キリンは小さく いなないて機嫌よく歩き出す。短い足でパカポコと進む速度はせいぜい時速10Km ぐらいか。それでも歩くよりはずっと早いし、不思議なことに目的地もちゃんと 理解しているようだ。胴が太いおかげで座り心地はいいし、なにより尻が温かい。 これならなんとか北高まで荷物を運べそうだ。 「天の助け、地獄にホットケーキだな。どうせなら『アグロ!』とか叫びつつひらりと またがりたかったが……。そういやおまえ、何ていうんだ? おまえと相棒になるなら、 名前ぐらいつけてやらないとな。キリン、キリンか……そうだな、『キー坊』でどうだ?」 「ブルッ」 どうやら気に入らなかったらしい。 「だめか? そうか…… じゃあ…… 『キンキン』?」 カッポ、カッポ、カッポ、カッポ 無視かよ、おい。 「ようし、わかった! 俺も男だ! 愛馬に恥はかかせねえ! 闇より暗い夜を抜け、 星の涙の海こえて、ハルヒたずねてどこまでも。 ゆくぞっ! リンリン!!」 「ブルルルルッ!」 案外ノリやすいタイプなのかもしれない。おまえ、本当に長門が作ったのか? 思わぬ移動手段を確保できたおかげでようやく人心地がついた俺はあらためて周囲を見回した。 空がかすかに明るいせいか、真っ暗というわけでもないが、街灯にも建物にも明かりは灯って いない。延々と続く灰色の景色を見ていると、いい加減気が滅入ってくる。おまけに寒い。 ハルヒは今、パジャマ姿のはずだし、こんなところにいては風邪を通り越して肺炎になって しまうかもしれない。ダウンジャケットの前を合わせながら、俺はキリンの首をたたいた。 「頼むぞ、相棒」 「ブルルル…」 不気味なゴーストタウンに響く妙にのどかな足音を聞きながら、手持ち無沙汰になった俺は 現状の分析をはじめた。第一空間に入れたのはいいが、古泉の指令の実行は正直絶望的だ。 この薄気味悪い世界にいるハルヒにファウスト博士よろしく「時間よ止まれ!」と言わせる ことなどできそうにない。ここにはハルヒの巨人もいないしハルヒの空間と違って夜が明ける こともない。もしどうしても外に出られない時は古泉がくれた睡眠薬を使うしかないが、それで 第二空間が消えるとも限らない。古泉の予想が正しければ第二空間は逆に勢力を増し、俺たちは 押しつぶされることになるのだ。永遠の夜の世界に二人で取り残されるのと、眠ったまま死ぬ のと、ハルヒはどちらを選ぶだろう? 「あたし寝るから、あんた空間支えてて」か? そう いやうちのばあちゃんも「お昼寝からさめたら極楽だった」が理想の往生とか言ってたな……。 俺は思わず苦笑いした。ハルヒの死は俺の死でもあるというのに、俺はやけに落ち着いてるな。 しかしこのキリンの上では深刻になれったって無理な話だ。ニコニコ印の能天気な顔を見て いると、何もかもバカバカしくなってくる。お姫様を救いに行くのは白馬の王子と決まって いるのに、これではまるで…… 「そうか…そういうことか」 とつぜん朝比奈さんの言葉の意味に気づいた俺はキリンの頭を見上げた。しかし それが何だと言うのだろう。「風車の騎士」の正体はわかったが、それが今の俺たちに 関係があるとも思えない。それともこの言葉にはもっと他の意味があるのだろうのか…… 「ブルルル」 「?」 機嫌よく歩いていたキリンが突然立ち止まったのは北校の近くの商店街だった。ハリボテの 作りが粗くてはっきりしないが、学校帰りに時々立ち寄るたこ焼き屋らしき店も見える。 虐待した覚えはないが、さすがに重かったのだろうか。 「どうした? 疲れたか? メシか? 登校中の買い食いは校則違反だぞ。生憎おまえに 食わしてやれるものはあまりないんだが……」 相変わらず舞台セットのような周囲を見回しているうちに、俺は小さな自動販売機に 気がついた。そういえば以前ここで長門にコーヒー牛乳をおごってやったことがある。 自分が飲むついでに軽い気持ちで放り投げてやった紙パック。長門はなぜか飲もうとも せず、長い間握りしめていたっけか……。キリンから降りて近づいてみると、ガラス窓 の中に見本が並んでいるはずの販売機は、例によって窓もボタンもイラスト式のハリボテ になっている。 「すいませーん、つり銭出ないんですけどー」 なんとか気分をもりたてようと、ツッコミ役もいないところで虚しいボケをかます。 と、一瞬販売機の窓に明かりがともり、ゴトンと音がした。見るとさっきまでなかった はずの取り出し口が開き、コーヒー牛乳のパックが転がっている。意外なことに とりだしたパックは本物そっくりで、振ってみるとちゃんと液体の音がする。 持参した水に限りのある今は、たしかにパックひとつでもありがたいが…… 「長門よ、無理するな」 天を仰いでつぶやくと、パックをポケットにしまい、またキリンにまたがる。 北校まではもうすぐだ。キリンは素直に歩き出し、校門に向かう最後の角を曲がった。 夜の学校は怖いところときまっているが、それは何かが出そうな雰囲気のせいだ。 けれどもハリボテの学校の雰囲気はちょっと違う。うまく言えないが、いってみれば中身が 空っぽの包帯男のような不気味さだ。扉を開けても開けても虚空が広がっているだけの予感。 けれどもこの巨大なハリボテは空っぽではない。どこかに必ずハルヒがいるのだ。寒さに 震えながら俺を待っているはずのハルヒが。校門をくぐったキリンは中庭まで進むと歩みを 止めた。校舎はこれまで見た中では一番手のこんだ作りになっているが、窓は相変わらず 描かれたもので、中の様子はわからない。もしかするとハルヒが点けているのではと期待 していた明かりもなく、どこもかしこも真っ暗だ。校門を抜けたとたんにハルヒがとびついて くると思っていたわけではないが、北校に行けばすぐ会えると思っていたのは甘かったかも しれない。 「ハルヒーッ!」 大声で呼ぶ声は鉛色の空へはじき返されているようで、耳をすましても返事はない。前回 最初にハルヒと会った中庭にも、最後にハルヒと走った運動場にも、人影は見当たらない。 俺はリュックからライトを取り出し、部室棟に入った。長門のサポートのせいか、電気の 消えた校舎内でも俺の周囲だけほんのり明るいのが救いだ。けれども階段をかけあがった 俺は、部室のドアを見てへたりこんだ。幾何の図形のように簡略化されたドアは、またしても 壁に描かれた絵だったのだ。開くはずのないドアをたたき、ハルヒの名を呼んでみたが、 中に人がいる気配はない。前回はここに入ることでハルヒも少し落ちつき、校舎を探検する 勇気が出たのだが……。開かないドアを前にがっかりしたハルヒの姿が目に浮かぶ。ハルヒが 作った閉鎖空間、ハルヒが作った巨人は、外見はどうあれハルヒの忠実なしもべだった。 しかしこの世界はハルヒを愛していない。ハルヒを苦しめるために作られた世界なのだ。 ハルヒがもしここに来たなら、そして誰かが探しに来ることを期待していたなら、貼り紙 くらい残してもよさそうなもんだが……バカか俺は。ハルヒはベッドに寝ている状態で いきなりこの世界にほうりこまれたんだ。紙だのペンだのを持ってるはずがないじゃ ないか……。俺は急に焦りはじめた。 もしかするとあいつはもう北校に見切りをつけて移動してしまったのかもしれない。 しかし北校じゃないとしたら、あいつはどこだ? 一応古泉は他にも候補地を教えて くれたが、ほとんどは俺が行ったことのないところだ。おまけに一番近いところでも ここから1時間はかかる。それまでハルヒが耐えられるだろうか……。 「ハルヒ……ハルヒ! 返事しろハルヒ!」 落ち着け。落ち着け。俺がパニクってどうする。まだ部室を見ただけじゃないか。 教室も見てないし、教員室だってまだだ。もしかしたら、そう、体育館かも……。 ドアに額を押しつけながら必死で頭を働かそうとしていた俺の目に、そのとき何かが とびこんできた。ぼやけた視界の中に浮かぶ微かなノイズ、廊下のキズ。廊下の……キズ? この手抜きワールドの廊下に? 暗い廊下にしゃがみこみ、震える手で触れてみると、 キズはわずかに動いた。「キズ」じゃない。「黒いヘアピン」だ。 夢遊病者のようにゆっくり歩き出したはずが、気がつくと階段を踊り場まで一気に 飛び降りていた。勢い余って壁に体当たりなんて小学校以来のバカをくりかえしながら ダウンヒルのレコードを書きかえる。靴のまま教室棟にかけこみ、3段とばしで目指すのは 最上階だ。ハリボテを作るのが精一杯の長門がたとえヘアピン一本でも余計なものを作る はずがない。ハルヒはここにいる! ここに! 廊下に並んだ教室のドアは、またしても 壁に描かれた絵。けれども1年5組の壁には……四角い穴が! 高校入試の合格発表を見た 時のように、思わず手前で立ち止まり、息を整える。暗い教室に並んだ机にライトの光が 伸びていく。教室最後尾のハルヒの席には……いない。しかしそのすぐ前の俺の席から、 小さな影がゆっくりと立ち上がった。 Ⅴ.風車の騎士 泣いてんのか? なんてセリフは本当に泣いているやつには言えないものだ。ハルヒは 泣いていた。俺の胸にしがみつくように頭を押し当てたまま、声もあげずに。暗くてよく 見えなかったが、俺にはなぜかそれがわかった。小さな肩が震えているのは熱のせいか 寒さのせいか。パジャマ姿のせいもあって、なんだかいつもより幼く見える。てっきり パンチがとんでくるものと思っていたが、こんなに心細げなハルヒを見るのは初めてだ。 来てよかった、としみじみ思う。 「遅くなってすまん」 かすかなためらいを感じた時にはもう、ハルヒの背中へ手がのびていた。抱えてしまった 後で今更のように生々しい肌の感触にどきりとする。んなこと言ったって、しょうがねえだろう。 普段のこいつとの身体的接触は、回し蹴りやカツアゲネクタイ止まりなのだから。 ハルヒはそれでも黙ったまま、嗚咽をこらえるように弱々しく俺の胸をたたくだけだ。 そっと背中をたたき、頭をなでてなだめながら、しがみついて離れないハルヒに無理やり 自分のダウンジャケットを着せる。ガードレール式でないことを確認して椅子に座らせた。 「ケガしてないか? 寒くないか? 腹へってないか?」 3度首を横にふったハルヒは、 「何か飲むか?」 と聞くとはじめてうなずいた。けれどもリュックをとりにいこうとすると、俺の腕を つかんだまま離そうとしない。すぐ戻るから、と言いかけてコーヒー牛乳のことを 思い出した俺は、ハルヒに腕をとられながら苦労してパックにストローを差した。 「ほら」 砂糖入りだから少しはカロリー補給にもなるだろう。ついでに薬も飲ませるか、と 思ってポケットの錠剤をさぐっていると、ハルヒがパックを握ったまま固まっている。 「どうした」 「……飲めない」 まさか吸う力も残ってないとか言うんじゃないだろうな。青くなりながらハルヒの 手元を見ると、コーヒーパックはいつの間にか白い積み木に変わっている。たのむぜ 長門~。おまえは実にたよりになる奴だが、時々妙に融通がきかないのが困る。俺は ハルヒの手から積み木を取りかえすと念力30秒でコーヒーに戻し、両手でパックを 握ったままハルヒにストローをくわえさせた。 「飲めるか?」 「ん…」 「うまいか?」 「んー」 やれやれ。どうやら飲んだとたんに砂になったりはしなかったらしい。 よほどのどが渇いていたのだろう。ハルヒは俺の手ごとパックを握りしめるようにして むさぼるようにコーヒーを飲んでいる。なんだか生まれたての子猫が必死で母猫の胸を 吸っているようだ。授乳をする母親というのはこんな気分なのだろうか……。ズズッと コーヒーを飲み干すと、ハルヒはようやく落ち着いたのか、切れ切れに話しだした。 「目がさめたら……変な世界で……誰もいなくて……」 「うん」 「学校に行けば、あんたがいるかも…… あんたに会えるかもと思って……」 「ああ」 「でも行き違いになるかもしれないし、怖くて… 急いで……」 「そうか」 「学校にきても、あんたいなくて、帰っちゃったのかもと思って…… 部室の前に ピンを置いてきたけど……教室で待ってても、いつまで待っても……」 「わかった。わかった。もういい。悪かったな。悪かった」 「遅い……遅いわよバカ! あんたなんか銃殺よ、バカ!」 やれやれ、結局こうなるのか。先ほどよりやや勢いを増したハルヒの打撃に上体を 揺らされながら、俺はもう一度ハルヒを抱きよせ(打撃を防ぐためである。念のため)、 そのうちハルヒが裸足なのに気づいた。こいつは裸足のまま学校まで歩いてきたのか。 あの暗い道を、たった一人で。突然頭に上ってきたもので額が熱くなる。 (古泉に立体4目並べで負ける奴らが計画なんか立てんじゃねえよ!) ヂヂヂッと音がして突然教室の蛍光灯がついた。この世界で見るはじめての明かりだ。 ハルヒの緊張がとけて第二空間の圧力が減ったせいか、俺たちの合流に気づいた長門が サポートの度合いを強めたからか。いずれにしろ良い兆候には違いない。しかし残念ながら 第二空間が消滅するところまではいかなかったようだ。俺と合流できただけでハルヒがそこまで 安心するはずもないが、安全確実にここから出られる道は絶たれたことになる。こうなったら ダメもとで出発地点のドアまで行くしかない。第二空間の圧力が減って逆行が可能になっている ことを願うだけだ。俺はハルヒに移動を告げた。 「心配すんな。俺がついてる。大船タンカー、超ド級戦艦に乗ったつもりでいろ」 「イカダじゃないの」 ハルヒ……おまえ回復早過ぎないか。俺の母性愛と正義の怒りをどうしてくれる。 しかしそれがハルヒの精一杯の強がりであることはすぐにわかった。出発前に俺が小用を すませようとすると、ハルヒが腕を握ったまま行かせてくれないのだ。 「それぐらい我慢しなさいよ。あたしだってしてるのに」 「なんで? いけばいいじゃないか」 「いってもムダよ。水出ないもの」 「いいじゃないか。水ぐらい」 「バカ!」 「トイレ用の紙とか消毒式の濡れティッシュならリュックにあるぞ」 「嫌なの!」 俺はキリンと並んで路傍の花に水をやることもできるが、ただでさえ病気のハルヒに 我慢させるわけにはいかない。二人で男子トイレの手洗いを試してみると、奇跡的に 水も復活している。それでもイヤって、いったい何が不満なんだ? 「だって……どうすんのよ!」 「何が」 「どうすんのよ……」 「だから何が!」 「あんたがまたいなくなっちゃったら……どうすんのよ!」 泣きたいのか怒りたいのかわからない涙目で俺をにらみつけるハルヒ。どんな顔を すればいいかわからず(なに赤くなってんだ!)絶句する俺。正直ちょっとジンときた。 ハルヒがそこまでヘコんでいたとは……。しかしそうも言っていられない。俺は心を 鬼にして言った。 「じゃあどうすんだ? やめるのか? この先かなり長いぞ? それとも一緒に入るか?」 俺の靴を履いたままハルヒは女子トイレの前で逡巡している。熱でふらついている奴を いじめたくはないが、ここはしょうがない。よもや一緒に入るとは言わないだろう、と 思っていると、ハルヒは突然真っ赤な顔で俺の腕をつかんだままドアに手を…… 「バ、バ、バカ! なにやってんだ!」 「中に入れやしないわよ! 隙間から手をつなぐだけ!」 「嫌だって!」 「あたしだって嫌よ!」 「おまえが嫌なことさせるのが嫌なの!」 結局、俺は妥協案として女子トイレの前で即興の歌を大声で歌い続けることになった。 ♪おーれはいーる、こーこにいーる、しけいはこーわいよー……… やれやれ。 突入ポイントに戻るための移動手段はもちろん長門技研製キリン号一馬力だ。しかし キリンと顔を見合わせて絶句しているハルヒを見て俺は大事なことを思い出した。 しまった。長門にこいつを買った時、ハルヒはそばにいたんだった。まさかとは思うが 長門とこの空間の関係をハルヒに感づかれてはまずい。 「紹介しよう! 俺の相棒、『リンリン』だ。荷物が重くて困ってる時、天に向かって 神様、仏様、長門様~と唱えたらなぜかこいつが走って来てな。いや~、世の中には 不思議なことがあるものだなあ。あはは、あはは、あははは」 苦しい言い訳を試みる俺の横で、ハルヒはなぜかツッコミを入れることもなくじっと キリンを見つめている。 「これ……有希のじゃないわ。あたしのよ。有希のはもっと尻尾が短かったもの。 あの日あたし、引き返して同じのを買ったの。あんたは知らないでしょうけど……」 「知ってるさ。あんなばかでかい包み抱えて何が『フランスパン』だ。まったく、 長門もおまえも妙な趣味してるよ」 「ブルルル!」 ハルヒはそれでもキリンを見つめたまま、そっとその首をなでている。 「キョン……有希がどうしてあのキリンを選んだかわかる?」 「知らん。キリンマニアなんだろ」 「バカ。あんたってホントバカね」 「悪かったな。バカでなけりゃ誰がこんなとこまで来るか」 のんびり世間話なぞしてる場合ではない。出発地点まで戻るにしても、それまでに ハルヒがダウンしてはすべてが終わりになりかねないのだ。トイレ騒ぎのおかげで ハルヒにはまだろくに食事もとらせていない。俺は古泉リュックをあさると体温計を とりだした。 「舌下型、だそうだ。わかるな? 食べるなよ」 その間に素足のハルヒに靴下をはかせる。動くのもおっくうなのか、キリンにもたれた ハルヒは素直にされるがままになっている。最後に妹に靴をはかせてやったのはいつ だったろう。コーヒー牛乳の時といい、今回のミッションはなんだか保父試験みたいだ。 ピピッと鳴った体温計を見ると40度3分。38度で小学校を休ませてもらった時の喜びが 忘れられない俺には想像もできない数字だ。すぐにでも出発したいが、さて、こいつを どこに乗せよう。普通なら後だろうが、座っているのもつらそうなハルヒに背中につかまれと 言っても無理かもしれない。リンリンの背中に頬をうずめるようにもたれているハルヒを見て 俺は一瞬迷った。ふだんのこいつならこの程度の高さ、俺を踏み台にしてでも一瞬で飛び乗る ところだが……。バカバカしい、何意識してんだ、こんな時に。俺はハルヒにそっと忍び寄って 背中から一気に抱えあげると、パンツを食べられたような顔で振り向いた目を見ないようにして どさりとキリンの首元に乗せた。そのままハルヒの後によじのぼって荒っぽく肩をひきよせ、 両腕と手綱で囲むようにして抱えこむ。 「もう! こっちは病人なのよ。もっと、や……やさしくしてよね!」 なんだその微妙な反応は。こんな時に古いリクエストを持ち出すな。こっちまで赤くなる。 もぞもぞするな! こっち見るな! 誰もとって食いやせん! いいからそこでおとなしく…… おとなしくしてろ。こんな時ぐらい……そうさ、こんな時ぐらい。 フウ……。やれやれ。えーっと……なんだっけ? ほらみろ、忘れちまったじゃないか。 そうだ、たしかこのへんにチューブ入りの栄養食が……。 「ほら」 「……いらない」 「いいから食え。もたないぞ」 無理やりハルヒの手に握らせて、待ちかねている様子の愛馬の尻をたたく。 「頼むぞ、相棒」 「ブルルル!」 リンリンは増えた重量をものともせず、大きく首をふりながら歩き出した。 カッポ、カッポ、カッポ、カッポ…… 揺れるキリンの上でハルヒは黙ったまま素直に俺の胸に頭を預けている。短い髪の下に 見え隠れするうなじと小さな肩。団長席の上であぐらをかいている時はやけに勇ましい ハルヒの背中が、今日はなぜかひどく華奢なものに見える。いつもこんな風にしおらしく していればこいつだって……。いやいや、油断は禁物。案外朦朧とした意識の中で、遅刻 した騎兵隊の処刑方法を考えているのかもしれない。病気が治ってもしばらくこいつには 近寄らない方がよさそうだ。 ゆっくりと脇を流れていく景色に目をやった俺は、周囲の様子が出発時よりいくぶん リアルになっているのに気づいた。ずっと消えたままだった街灯も、ゆっくり脈打つような 光を放ちはじめている。ほとんど消え入りそうな点から明るい光球に、そしてまたゆっくりと 淡い蛍に……。第二空間の圧力が弱まったせいだとすると、俺と会えたことでハルヒも少しは 安心したのだろうか。ぼんやり手綱を握っていると、ずっと押し黙っていたハルヒが急に 口をひらいた。 「キョン……SOS団、やめるんでしょ?」 驚いた。いや本当に。なぜおまえが知ってる? そんなはずが…… 「誰に聞いた? 古泉か?」 「ううん。聞こえたの。病院から有希の携帯にかけた時、古泉くんとみくるちゃんが 話してるのが。でもあたし知ってた……あんたがSOS団に乗り気じゃないってこと」 「楽しんでるさ、それなりにな」 「ううん、それぐらいわかる。あたしだって。だから今日は……もしかしたらキョン、 来てくれないかもって思ってた」 「来るさ。来るに決まってるだろ」 「どうして? SOS団、やめるんでしょ?」 「関係ないだろ、そんなもん。それに……やめたよ。退団はやめた」 「やめた?」 「ああ」 「どうして?」 「どうしてって、そりゃ……思い出したからさ」 「何を?」 「お前が誰で、俺が誰か……かな」 「なにそれ」 「なんでもない」 「言ってよ、ねえ」 これじゃまるで誘導尋問じゃないか。刑事さん、俺はやってないよ。 「お願い」 ふだんの会話の9割が命令口調の奴に「おねがい」と言われた人間の気持ちをわかって もらえるだろうか。「言いなさいよ!」じゃないのだ。そりゃあねえだろう、ハルヒ……。 けれどもこいつは俺の退団宣言を知っていたのだ。それでも待っていたのだ。あの暗い 教室で、たった一人で、来ないかもしれない俺を。俺は深いため息をついた。 「決まってるだろう、お前が誰かなんて。わざわざ2年の教室から上級生をさらってきて お姫様に仕立てて喜んでる奴だぞ? みんなが楽しく暮らしている平和な世界に怪物だの 巨人だのが出てくるのを心待ちにしてる危険人物だよ。宇宙人だの未来人だの超能力者 だのが本当にいると信じてる妄想狂のはた迷惑人間さ。そんな奴、世界中探しても一人 しかいないだろうが。おまえは風車の騎士、ドン・キホーテさ」 「ドン・キホーテ? じゃあ、あんたは? サンチョ・パンサ?」 勘弁してくれ。なんで俺があんな小太りのオッサンなんだ…… そう。それはたぶん、あの自己紹介に度肝を抜かれた日から、もうはじまっていたのだ。 ロングヘアーの美少女が素朴な憧れの対象ではなくなるのと入れかわりに、いつの間にか 俺の中に生まれていたもの。100Mを13秒で駆けぬけたハルヒが駆け寄る友人もなく 腰をおろすのを見た時、非常階段の上でじっと空を見つめるハルヒを見つけた時に、 ゆっくりとまわりはじめた気持ち。ばかでかいきらきらした瞳でにらみつける生意気な 猫のような顔を眺めながら、心のどこかで俺は思ったのだ。こいつの笑った顔が見たい、と。 お調子者の谷口さえ近づかない変人にこいつを変えてしまったもの、独りでいることを 寂しいとも思わなくさせてしまったもの、泣き顔も笑顔も素直に他人に見せられなくして しまったもの。それがこの退屈な世界やそこに埋もれていく自分への不安と不満だという なら……こいつの不思議探しの旅とやらを手伝ってやってもいい、と。それなのに俺は 「受身でない自分」に恐れをなして、そいつをどこかにしまいこんできた。ハルヒに 引きずられて「しかたなく」SOS団にいることに慣れてしまった。だからENOZの演奏を 聴いてハルヒが現実世界でも十分やっていける奴であるのを思いだしたとたん、自分の 平凡さに愛想がつきたのだ。ハルヒの小さな社会復帰を喜びながら、初めての気持ちを もてあましているあいつを抱きしめてやりたいような衝動を感じながら、いつかハルヒが 俺を必要としなくなる日が来ることを思わずにいられなかった。だから一人になりたいと 思った。SOS団の外でもハルヒにとって意味のある人間になりたいと思ったのだ。あいつと 出会うまで、自分に何の不満もなかったこの俺が! けれどもSOS団を作ると決めた時の ハルヒの顔、あの笑顔を見た時の気持ちは、そんなセコい引け目のために捨てていいもの ではなかった。ハルヒのそばにいてやることと、自分のちっぽけさにつぶされないための 悪あがきは、なにも両立できないわけじゃない。ハルヒの御機嫌をうかがう異能者三人組 ではなく、ハルヒのストレス解消を代行する巨人でもなく、ハルヒがもっと他の誰かを 必要としていたなら、俺のちっぽけな思いなど、カマドウマに食わせてやればいい。 未来の自分のために、今のあいつを独りにしてはいけなかったのだ。 「おまえ、前に俺と学校に閉じこめられた夜のこと覚えてるか?」 「あたりまえでしょ」 「じゃあ、そこからどうやって帰ったかは?」 「……」 「よし。じゃあ、今から言うことも忘れろよ。ソッコーで削除しろよ。いいな! 俺は……俺はおまえのロバさ。ロバのロシナンテだ。ワガママで、きまぐれで、無鉄砲な 御主人様を乗せて、ため息をつきながら歩く痩せたロバさ。おまえは俺が嫌々SOS団を やってるって言ったけど、そうじゃない。そりゃそう思われてもしかたないが、そうじゃ ないんだ。高校に入って同じ教室の後の席にポニーテールのドン・キホーテが座っている のを見た時、俺は思ったのさ。こいつはどうやら本物のバカみたいだし、ほっといたら 全力疾走で世界の果てまで行っちまうかもしれない。世界の果てをのぞこうとして、 そこから落っこっちまうかもしれない。そんなら俺が……つきあってやるのもいいんじゃ ないかってな。俺がそばにいてやれば、こいつはアマゾンの奥地かどこかで野垂れ死に しないですむかもしれない。退屈な世界にも何かを見つけられるかもしれない。宇宙人 でも未来人でも超能力者でもない自分を好きになれるかもしれない。不思議探しの旅の 果てに、おまえが何かを見つけられるのか。そんなことは俺にはわからん。でもどんな バカでも……やっぱ一人で行くのは寂しいんじゃないかってな……」 カッポ、カッポとリンリンの足音が夜の道にこだまする。俺のたくましい腕の中で 感動に打ち震えているはずのハルヒは、しばしの沈黙の後ポツリと言った。 「馬。」 「は?」 「ロバじゃなくて馬。ロシナンテは馬よ。ロバに乗ってるのは従者のサンチョ・ パンサのほう」 「ほえっ? なんだそりゃ? うそだろう、ロバじゃないのか? だっておまえ…… まいったな。詐欺だ! ロバだと信じてたのに!」 バツの悪さに赤面しながらも、俺は苦笑せずにはいられなかった。やれやれ、 素面じゃ言えないような恥ずかしい話をしてやったというのに、こいつは何も感じて いないらしい。ま、いかにもハルヒらしいと言えばハルヒらしいが……。 「それにあんたはロバじゃなくてキリンでしょ。背の高い、……しい目をしたキリン。 そうね、もしかしたら『麒麟』かも」 「何の話だ。誰の目が細いって?」 「あたし、なんだか眠くなってきた。ちょっと寝るわ」 ハルヒはまたもや会話の流れを無視してそう宣言すると、ドスのきいた声でつけ加えた。 「寝てる間に触ったりしたら、死刑だからね」 「へいへい」 「起きた時……起きた時、勝手にいなくなってたりしたら……」 今度はちょっと涙声。 「安心しろ。ちゃんと運んでやるさ。まともな世界までな」 俺はもう一度ハルヒの額に手をあてた。まるで抱きしめているように見えるのは いたしかたない。古泉には悪いが、ハルヒを寝かせるなという指示も守れそうにない。 冬山の遭難者じゃあるまいし、熱にうなされている奴をひっぱたいて起こすわけにも いかないじゃないか。 「そのかわり、運賃払えよ。言っとくが深夜割増料金だからな」 「なにそれ。ケチ」 夜空はいつのまにか煌く星々に覆われている。まばゆい光を放つナトリウム灯の向こうに 広がるのは幾千の窓の灯、ネオンの海。俺の胸をくすぐるように急にモゾモゾしはじめた ハルヒは辛そうにあえぎながら片足をもちあげると、キリンに横座りになった。やれやれ、 今度は何だ? 尻が痛くなったのか? お姫様ごっこか? 熱がある時ぐらい、ちょっとは おとなしく…… 「じゃあ……前払い」 思わず右ストレートに備えた俺の首に両手をのばすと、ハルヒはそのまま懸垂をはじめ、 そして次の瞬間……俺は前回確認しそこねたこと、ハルヒもやはり、その瞬間には、 人並みに頬を染めながら目をつぶるのだということを知った。 エピローグ その後の顛末については特に話すこともないと思う。第二空間の圧力が消滅した瞬間に 長門は第一空間を解除し、ついでに俺とハルヒをそれぞれの家まで「飛ばした」。つまり 俺は自宅で、ハルヒは自分のベッドの上で「目を覚ました」わけだ。どうやってそんな 芸当をやってのけたのかはわからないが、古泉によると長門と超能力者集団との「夢の コラボレーション」の結果だとか。直後に古泉からかかってきた電話でハルヒと長門の 無事を知った俺は、フロイト先生に笑われる心配もなく安らかな眠りについた。 なにしろその時はまだ知らなかったのだ。ほどなく完全復活したハルヒといれかわりに、 それからまる三日間、新型インフルエンザとデスマッチをするはめになるとは。 ようやく風邪が直った日の放課後、久しぶりにSOS団の部室に顔を出すと、ハルヒを のぞく全員が俺を待ちかまえていた。大げさに両手を広げて俺を迎え入れた古泉は、 「立体4目並べ」らしき箱を差し出しながらウインクし、いつものニヤケ顔でのたまった。 「おっと、ぼくは何も聞きませんよ。どうやってあの空間から脱出したのかなんてことはね。 今回の件からは僕も色々と学びましたし、あなたがまたSOS団をやめるなんて言いだしては 困ります。それに『機関』にはもう個人的意見を提出済みですから。あなたが涼宮さんと 同じウィルスに感染した理由についてはね」 何が「学んだ」だ、この野郎。いっそお前にもうつしてやろ……うぐぐ。今度の勝負は 絶対昼メシかけてやるからな! 特大の向日葵のような笑みを浮かべた朝比奈さんは、ハルヒが先に復帰して感激が 薄れたせいか、前もって結果を「知って」いたせいか、前回のように派手に抱きついては くれなかった。理不尽な話だ。それだけが……ウッ……それだけが楽しみだったのに! もし朝比奈さん(大)からの情報漏洩のせいだとしたら、俺は断固!「当社比3割増」の 胸による補償を要求したい。 「キョンくん、ホントに、お疲れさまでした。面会謝絶って言うから、みんな心配してたん ですよ。それからこれ、わたしからのプレゼント。キョンくんの全快祝いです」 そう言いながら天使が差し出したのは見慣れた黄色い物体だ。朝比奈さん、 なぜあなたまで! それとも今年はキリン年なのか? 「ごめんなさい、変なもので。ホントはこれ、涼宮さんの全快祝いだったんだけど、 涼宮さん、もう持ってるって言うから。でも妹さんはきっと喜びますよ。だってこのキリン、 キョンくんにそ」 「ほんと、バッカみたい。みくるちゃんがくれるなら、買うんじゃなかったわよ」 いきなり現れて天使を羽交い絞めにしたのはもちろん我らが神、正確には厄病神だ。 「キョンのやつ、有希には買ったのに、かわいい団員のため粉骨砕身したあたしには ねぎらいひとつないんだから。エコヒイキもいいとこよね」 まだ風邪が完全に抜けていないのか、腕組みした顔がかすかに上気している。 「言っとくがあれはお前のキリンじゃない。俺のだ」 「はあ? 何言ってんの、あたしが買ったんじゃない!」 「そういうセリフは金を返してから言え。おまえが食費とタクシー代と言ってよこした 団の財布、70円しか入ってなかったぞ。ヤケ食いした上にパフェまで頼んだのは誰だ? それが妙な『フランスパン』見逃してやった仏様に言うことか。さあ返せ!すぐ返せ! 俺はキリンと寝るのが好きなんだ!」 「べーっ!」 妙に嬉しそうな顔で敵が逃走したのを見届けると、俺はハルヒの閉鎖空間に絞め 殺されかけたばかりの眼鏡少女に歩み寄った。 「世話をかけたな、長門。おまえのキリンのおかげで助かったよ……と、あれはハルヒのか」 「あれは私のキリン。私が情報制御空間内に構築した。尻尾と全長の比率も正確。彼女が 言ったことは正しくない」 勘弁してくれ、長門よ。どうしておまえまでそんなことにこだわる? まったく、 どいつもこいつもどうかしてるぞ! その後、俺が正式に退団宣言を撤回したこともあって、SOS団にはまたいつもの支離 滅裂で行き当たりばったりで意味不明な日常がもどってきた。唯一変わったことといえば、 SOS団の女子メンバー+αが以来あの素っ頓狂な抱き枕と共に夜を過ごすようになった ことぐらいか。俺は良識あふれる人間だから、もちろん藁人形も丑の刻参りも信じない。 けれどもあれからどうも寝苦しい夜が続いているのは、朝比奈さんの胸にのぼせたからか、 長門のふとももにはさまれたからか、妹のよだれのせいか。それともやはり、あの細い 割に怪力の誰かに毎晩首を絞められてるせいか、と思うことがないでもない。 END
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第1章 ―春休み、終盤 結局俺たちは例の変り者のメッカ、長門のマンションの前の公園で花見をしている …はずだったのだが、俺の部屋にSOS団の面々が集まっているのはなぜだ? よし、こういうときはいつものように回想モード、ON 「我がSOS団は春休み、花見をするわよ!」 ハルヒの高らかな宣言を聞き、俺は少し安心した 春といえばハルヒの中では花見らしい もっと別のものが出てきたらどうしようかと思った ま、原因はさっきの古泉が付き合う付き合わないとか言っていたせいだろう 春は恋の季節と歌った歌があったからな 「お花見…ですか?」 ハルヒの言葉に北高のアイドルにして俺のエンジェル、そしてSOS団専属メイドの朝比奈さんが反応した 「そ、お花見。言っとくけどアルコールは厳禁だからね!!」 アルコール厳禁を宣言するだけなのに何がそんなに楽しいのか、ハルヒの笑顔は夜空に栄える隅田川の打ち上げ花火のようにまばゆい光を放っていた 「わぁ…あたしお花見って初めてで…すごく楽しみ」 対抗意識を燃やしたわけではないだろうが、それに負けじと朝比奈さんの笑顔も春の花畑を優雅に舞う蝶が羽休めのためにチューリップに静かにとまったかのような清楚な微笑みだった 「このメンバーでお花見とは、楽しくなりそうで僕も楽しみです。」 ハルヒに従順なイエスマン、古泉も相変わらず微笑をうかべたまま反対しようとはしない もちろん長門はというと寡黙なその視線を分厚い文庫本に注いでるだけだ と、いうわけでSOS団お花見計画は満場一致で開催が決定された しかし、春休みに楽しい予定が入ったからといって時間の流れというのはその時間を頭出ししてくれたりはしない 目の前に立ちはだかるでっかい問題をどうにかするのが先だった そう、すべての学生の不倶戴天の敵 ―もうわかるだろう、奴の名は学年末テストだ どうにかしようとは思っていても結局至極当然のように放課後になると俺はここ、文芸部の部室にいるわけで、それは鳥が空を飛ぶように、魚が水の中を泳ぐように足が部室をめざすのだから仕方ない このままだと俺がリアルにハルヒの力によってではなく、俺の力不足によって1年生をループすることになるのですべてのプライドを捨て、部室でネットサーフィンしてばかりの我らが団長様に教えを請うことになった ハルヒはこんなのもわからないのといった表情で、それでいて勉強しているというのにどこか楽しそうで、それでも親切丁寧に俺に勉強を教えてくれた しかも、教えるのがやたらうまい 俺のバカ頭で、見ただけで頭が痛くなりそうな数式を頭を痛めつつだが、なんとか解けるまでにしてくれた なるほど、だからあの眼鏡の少年は将来タイムマシンに準ずるものを開発してしまえるのか だから画家にはならないでくれ もう二度と俺のモンタージュを書かないように、と思ったのは余談だ なんやかんやで学年末テストでは学年でとまではいかないがクラスで5本の指に入るくらいの点数を叩きだすことができた 担任の岡部もびっくり仰天だっただろう ハルヒ様様だ テストが終わればあとは春休みを待つばかりで俺はwktk…じゃなかった、期待して到来を待った 春休みまでの数日で俺が古泉にボードゲームでかなり勝ち越したことも付け加えておこう ―そして 春休み初日 天気予報で今年の桜開花予想を聞いたハルヒは終業式の日のうちに本日の集合を決めていた その場で話し合えばいいのにハルヒはいちいちみんなで集まりたいらしい その点に関しては俺も異論はないが なので俺がめずらしく一念発起し、たまには俺以外の―そうだな、古泉辺りが理想だが、 他の団員に喫茶店代を出させてやろうと思っても俺含むすべての団員がハルヒの願いによって操られるためいつでも最後に到着するのは俺だ なぜハルヒが俺におごらせたいのかは謎だが というわけで結局いつもの喫茶店に俺たちはいるわけだが1ついつもと違うことといえば長門が2つの合宿以外で見せなかった制服ではない私服姿でいることだ 淡い水色のワンピース その寒涼系のコーディネートはひどく似合っていて何かあるのかと勘ぐった俺の思考を一瞬止めた しかし、勘ぐったのは束の間、長門から特に特別な表情は読み取れなかったため特異な理由があるわけではなく、 ただたんに長門が‘そうしたかったから’このワンピースを着ていると悟った俺は「よく似合っている」の一言で片付けることにした ハルヒはというと春というより夏に近い格好で、ノースリーブシャツにキュロットといった服装 愛しのマイエンジェル、朝比奈さんはタートルネックにスリットの入ったロングスカートとこれまた何ともそそる格好をなされていた 蛇足だが古泉はワイシャツにジーパン、そのうえにスプリングコートを羽織っていた それが道行く女性の視線を集めたのはいうまでもない 「今年の開花予想は4月3日だって。例年より早いらしいけど、地球温暖化の影響によって東京の桜はかなり早く咲くらしいの。 それを考えると騒ぐ程のことではないってテレビでいってたわ」 温暖化云々と地球環境問題のことを聞くと危惧するべきだろうが、俺は正直、ホッとしていた 学校が始まってからの開花だったらどうしようかと考えていたからだ これもハルヒの力によるものかもしれないのだが 「と、いうわけでキョン、場所取りお願いね、ちゃんと前の晩から徹夜するのよ」 さらりととんでもないことをぬかしたハルヒは穏やかな笑顔で俺を見つめた 仕方なく反論を用意した 「確かに場所取りは重要だがいくらなんでも一人で徹夜はひどいだろう、せめて…」 せめて古泉も道連れにと言い掛けたところでハルヒが口を開いた 「誰も一人で行けなんていってないでしょ?大丈夫」 そのあと、ハルヒは南極に白くまが、北極にペンギンが住み、地球の自転、公転が逆になっても耳を疑うようなことを言った 「あたしもいくわよ」 と、いうわけで何度かの市内探索パトロールを経て、4月2日夜、ハルヒに呼び出された俺は変り者のメッカの例の公園でハルヒとともにブルーシートを広げ、場所を確保している さすが変り者のメッカというべきか他にも数ヶ所で場所取りの人材が場所を確保している ちなみにハルヒが場所取りを立候補したのは「あんただけに今年の1番桜を見せるわけにはいかない、むしろあたしが見るべきよ」というものだった 次の日の昼頃に他の連中が来てドンチャン騒ぎをしたのだがハルヒが「やっぱり花見は満開のときがいいわね」と言ったため本日4月5日にもう一度花見が割り当てられたのだったが ―雨 一言で片付く事象で花見は中止 なぜかSOS団は俺の家に集まっているといった状況になっている 回想モード、終わり 第2章
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涼宮ハルヒの溜息 基礎データ 著:谷川流 口絵・イラスト・表紙:いとうのいぢ 口絵、本文デザイン:中デザイン事務所 初版発行年月日:平成15年(2003年)10月1日 本編270ページ 表紙絵:朝比奈みくる タイトル色:橙色 初出:書き下ろし 初出順第5話 裏表紙のあらすじ紹介 宇宙人未来人超能力者と一緒に遊ぶのが目的という、正体不明な謎の団体SOS団を率いる涼宮ハルヒの目下の関心後とは文化祭が楽しくないことらしい。行事を楽しくしたい心意気は大いに結構だが、なにも俺たちが映画をとらなくてもいいんじゃないか?ハルヒが何かを言い出すたびに、周りの宇宙人未来人超能力者が苦労するんだけどな――スニーカー大賞<大賞>を受賞したビミョーに非日常系学園ストーリー、圧倒的人気で第2弾登場! 目次 プロローグ・・・Page5 第一章・・・Page14 第二章・・・Page48 第三章・・・Page100 第四章・・・Page154 第五章・・・Page210 エピローグ・・・Page270 あとがき・・・Page276 アニメ テレビアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』より 未アニメ化(ただし、一部は2006年放送第01話『朝比奈ミクルの冒険 Episode00』、2006年放送第12話『ライブアライブ』の一部に組み込まれている。) 2009年改めて放送した『涼宮ハルヒの憂鬱』より 2009年放送第20話『涼宮ハルヒの溜息 I』(第1章P14-第2章P56まで) 2009年放送第21話『涼宮ハルヒの溜息 II』(第2章P56-第3章P110まで) 2009年放送第22話『涼宮ハルヒの溜息 III』(第3章P111-第4章P165まで) 2009年放送第23話『涼宮ハルヒの溜息 IV』(第4章P166-第5章P220まで) 2009年放送第24話『涼宮ハルヒの溜息 V』(第4章P221-第5章P271まで、プロローグP5-P11まで) 漫画 ツガノガク版(雑誌の発表号などの詳しい情報はツガノ版漫画時系列で) コミックス第5巻に収録第23話『涼宮ハルヒの溜息Ⅰ』 第24話『涼宮ハルヒの溜息 II』 コミックス第6巻に収録第25話『涼宮ハルヒの溜息 III』 第26話『涼宮ハルヒの溜息 IV』 第27話『涼宮ハルヒの溜息 V』 登場キャラクター(原作のみ登場) キョン 涼宮ハルヒ 長門有希 朝比奈みくる 古泉一樹 鶴屋さん シャミセン 谷口 国木田 キョンの妹 あらすじ 後に繋がる伏線 刊行順 ←第1巻『涼宮ハルヒの憂鬱』↑第2巻『涼宮ハルヒの溜息』↑第3巻『涼宮ハルヒの退屈(原作)』→
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涼宮ハルヒの悲調 ●第一部 何をしていたか思い出すのに、しばらく時間を要した。 やがて目を開けるのを忘れていたことに気づく。 カーテン越しの世界から、濁った光が溶け出している。 そういえばずっと雨だなあ、と口に出すと、ベッドで寝息を立てる朝比奈さんが何か呟いた。 ――何をしているんだろう。思い出したはずなのに、また忘れている。 SOS団が一週間前に解散した。理由は一つ。ハルヒが死んだ、それだけだ。 この事態を飲み込むのは、酒に弱い俺が飲み慣れない日本酒をゲロするよりも早かったが、それで爽快、というわけにはいかなかった。 うすぼんやりとした哀しみはここの所続く雨みたいに降りしきる。 積もることはない。薄い涙の膜が脳みそを綺麗にコーティングしてるみたいだ。 うすぼんやりのままだ。たぶんずっと、おそらくだが。 死んだ次の日、俺たちは――旧・SOS団員は――部室に集まった。 あいつのつけていたコロンの匂いがした。あいつの座った椅子があった。あいつの描きかけの下手糞な絵が。あいつのバニー服が。 誰も何も言わなかった。風が吹いて、カーテンが揺れた。古泉が口を開いた。 「彼女が……涼宮さんが亡くなったことによる影響は……ありません。彼女は死ぬ直前、自らの能力を最大限に利用し――書き換えていたのです」 「……どういうことだ?」 「この世界がこのまま続く、ということですよ。あえて言うなら、僕は普通の人間に戻りました。朝比奈さんはこれからの未来を抹消されていて……いや、どう説明すべきでしょうか? つまり……」 「あたしは、未来人ではなくなった……ってことです。本部とも連絡は取れなくなってました」 「そういうことです。彼女の”本部”も、僕の”機関”も、いずれは自然消滅するでしょう」 結局そのお偉方が何をしていたのか、俺は知ることもできんわけか。それはいいが、じゃあ長門はどうなるんだ? まさか―― 「ええ、そのまさかです。彼女は人間になりました。ありえないことですが……創造主がそう望んだんですから」 改めてハルヒの恐ろしさに気づいた。古泉曰くの「神いわゆるゴッド」とはこういうやつなのだ。 強情で意地っ張りで負けず嫌い。ギリシャ神話に加えて欲しいぐらいだ。 しかし、そう望んだ……とは。 「彼女は……この世界が続くことを願ったのです」 「……」 血液がものすごく遅く流れているのがわかる。俺は力を失って、団長の椅子に座り込んだ。 ありがとよ、ハルヒ……? でもな、意味がねえ。お前の力とやらはまるっきり役立たずだ。 お前がいないんじゃさ。 翌日にSOS団は解散した。 誰も止める者もいなかったし、止めようとも思わなかった。 全校朝会などが開かれて、ハルヒの死は大変に痛ましい出来事だと力説する校長。泣く女子。 俺は曖昧に顔を歪めてみたりもした。それだけだった。 本当に悲しいと涙が出ないらしい。 いつか堰が切れる日が、怖くて仕方がない。 ある雨の日、朝比奈さんは俺を呼び出した。 「もう、あたし、キョン君と仲良くしてもいいみたいなの……だ、だから……」 「朝比奈さん……」 俺たちは急速に近づいた。全校生徒が羨む美女だ。俺は幸せ者だっただろう。 だが。いつだって、ハルヒの顔は脳裏にちらついていた。 彼女と薄暗い部屋でセックスに耽っていても、ハルヒは俺の心の片隅に、確実にいた。 盲目的に俺は彼女を欲した。呼び名も「朝比奈さん」から「みくる」に変わり、彼女も俺を名前で呼ぶ。 ただただ、お互いがお互いを求めていた。何度も何度も交わり、全てを忘れた。 ――そうか。忘れたかったのか。 気づいても俺は求め続けた。 俺は長門とも関係を持った。長門は朝比奈さんと違い奥手だったが、それでも一緒にいるだけで落ち着けた。 放課後、「文芸部」になった部室。オレンジが眩しい部屋の中でキスをした。長門の唇は震えていた。 ふと部屋の隅に置かれたダンボールが目に入る。「団長」と書かれた腕章。 それは長すぎる、短すぎる時間。俺は長門に意識を戻した。 忘れたフリをした、という嘘。 長門の、時折漏らす噛み殺したような喘ぎ声だけが耳に入っていたはずなのに……確かに聞いていた。 「バカキョン!」 「! ……?」 「……どうかした?」 「い、いや……何でもない」 俺は貪欲に長門を欲した。暗がりでも長門の肌は白く透き通っていた。 忘れたいだけ、という真実。動かない。 雨の音は絶え間なく鼓膜を揺らしている。それは紛れもない悲調。 俺は、やはりハルヒの影を忘れることはできない。 ハルヒとは何の関係もなかった。ただ一度キスを……それも夢の中で。 でも、それでも、俺は唇の感触を忘れられない。驚いた顔も。髪の匂いも。温もりも。 その全てが愛おしかった。告白するが、俺はあの一度きりのキスのとき、どうしようもなくハルヒが愛しかった。 ずっとこうしていたいと思ったし、世界がどうなろうと関係なかった。 ただ俺とハルヒがいた。 ●第二部 11月になった。ハルヒが死んでからもう5ヶ月だ。 死んですぐの時には、「なあに、すぐに忘れられるさ」と思っていた。でも違った。俺は未だにハルヒの影を引き摺って生きている。 2ヶ月ほど経って俺は学校になかなか行かなくなった。いや、学校だけじゃない。家にもいたくなくなった。朝比奈さんも長門も一人暮らしだし、俺が望めばいくらでも寝床を提供してくれたので、しまいには家にも帰らなくなった。 やがて、俺は学校を辞めた。俺だけじゃない。朝比奈さんも、長門も、連れ立ってやめてしまった。 俺が二人と関係を持っていることをお互いに知ったときも、怒ったり嘆いたりしなかった。俺と朝比奈さんと長門は同棲を始めた。 そしてひたすら求め合い、堕ちてゆくのみだった。朽ち果てた精神が音もなく崩れた。俺達は生きて死んでいるも同然だった。 忘れたフリをして生き延びた。時間だけ過ぎて俺達を照らした。 ――ハルヒ、俺を笑うか? 季節は、もうすぐ冬になる。 初めて雪が降った日だ。古泉から連絡があった。 「お久しぶりです。元気でしたか?」 「……ああ。お前も元気そうだな」 「ええ、おかげさまで」 「そうか……で?」 「はい?」 「何か用があるんだろ?」 「……ええ。実は、部室を整理していたら……MDを見つけました」 「MD……?」 「ええ。涼宮さんの残したものです」 胸の辺りがぎゅっと締め付けられるような感覚に襲われた。眩暈がして、俺は座り込んだ。 そうか。あいつはいたんだ、確かに。他人の口からハルヒの名を聞くのは久々だった。 「大丈夫ですか?」 「……ああ。そのMDというのは」 「ええ、それが……あなたに宛てたメッセージです」 メッセージだと……? あいつが? 俺に? 何だって言うんだ……? 「何だっていうのかは知りません。僕も聞いていませんから。ただ、『キョンへ』と、そう書かれています」 「……」 俺は古泉に送ってもらうよう頼み、電話を切った。 その場に座り込んで、タバコを燻らしたけれど、落ち着くことはない。 ふとやわらかい感触が背中に重なった。 「どうしたの……?」 風呂上りの朝比奈さんが俺の首に抱きつく。嗅ぎ慣れた石鹸の香りがした。 彼女の吐息が耳にかかって、そうしてまた俺は眠たくなる。 「有希は……?」 「今買い物に行ってるわ……今日もカレーだって」 「俺は好きだな、あいつのカレー」 「ふふ、あたしも」 彼女が俺のうなじに舌を這わせているときも、ハルヒのMDの件は俺の脳みそにこびりついて取れやしない。 思い出すと涙が出そうで、俺は朝比奈さんの胸に顔をうずめた。 そのMDはすぐに届いた。 今は二人とも出かけている。俺一人だ。今、聞くしかない。 「このMDは、涼宮さんが病床に伏せている時に録音されたものです。最後に学校に来たときに部室に隠していかれたものと思われます」 古泉はそう言った。あいつは病気の体をおして部室に来て、そしてこのMDを―― 場面が想像できて、俺は気分が重くなった。俺のためにハルヒが。 ふと、「ああ、悲しいんだな」と気づいた。 俺はMDデッキの再生ボタンに手をかけた。 ゆっくりと、当時には掠れてしまっていたハルヒの、それでもどこか優しい、あの声が流れ出した。 ●第三部 ハルヒの声が止み、MDプレイヤーは耳につく機械的な音で止まった。 俺は涙をぬぐうことをすっかり忘れていて、頬がうすら涼しくも感じるほどだった。 灰色に腫れてむくんだ空から数多の雨粒が落ち、窓に当たって騒いでいる。 その音だけが充満して息苦しい部屋で、俺はさめざめと泣いた。 次の日も雨だったが、かまわず俺はハルヒの墓参りに向かった。 なかなか大きい墓だった。墓標には「涼宮ハルヒ」の文字が燦然と輝いてやがる。 立派なもんだ。金持ちだったからな、あいつは。 俺はお前に渡すものがある。笑わずに受け取ってくれ。頼む。 俺は、昨夜一晩かけて捻り出した思いを綴った手紙を墓前に添え、その場を後にした。 生活は変わっていった。俺も朝比奈さんも長門もいつしか勉強を始め、三人そろって同じ大学に入学した。 やはりみんな、このままの生活を続けるのはいけないと感じていたのだろう。 大学生活も俺たちは存分に楽しんだ。が、恋愛だけはしなかった。 卒業後、それぞれが別の仕事についたが、帰る家は同じだ。いつも長門の作る料理の匂いは俺たちを待っている。 俺は小説家になり、朝比奈さんはモデルになった。長門は専業主婦だ。 なかなかお似合いだろ? 朝比奈さんなんか写真集まで出して、タレント、女優もやってやがる。 俺はといえば小説家だ。何本か書店に並んでるぜ。新進気鋭の売れっ子だよ。 長門は料理の腕をめきめき上げて、家事全般をこなせるいい嫁になった。 だが、俺たちは俺たちの中ですごしていった。結婚するわけじゃない。俺たちはおそらく一生このままだと思う。 このままでいいと思った。そう願った。 せっかく願ってやってんだから、ハルヒ、お前俺たちの願いをかなえてくれ。お前なら簡単だろう? だからさ、頼んだぜ? なあ神様。 ●Per sempre 暗くもなく、明るくもない。 窓を隔てた灰色から漏れる光が、この部屋の唯一の光源だ。 俺はそっと瞼を閉じる。瞳に映る黒、黒、黒。 いや――そうか。瞳の裏には、いつだってその笑顔があった。 忘れたことはない。この50年のうちに起こった幾多の出来事、そのいつだって俺は目を瞑り、その笑顔を思い出していた。 忘れたことはない。共にすごした二人が先に逝ってしまったときも。 忘れたことはない。俺一人、明かりのない部屋の中で静かに聴く雨音……いつだってその笑顔は俺の中にいた。 MDデッキを持ち出す。お前も、よくがんばってくれた。再生ボタンに手をかけ、目を瞑る。 やがて声が流れ出し、俺は深い哀感に駆られるだけ―― 「キョン、聴いてるかしら? 聴いてなかったらぶん殴るわよ! ……聴いてるわね? あたしはたぶん……たぶんそのときには死んでると思うわ。ま、まあ、生きてたら物凄い恥ずかしいけどね! そのときは知らないフリをしてね? しなさいよ絶対! それからキョン以外の人が聴いてたら……今すぐ止めなさい! 団長命令よ! ……ごほん。ええと……そう……キョン。キョンには、伝えなきゃならないことがあるわ。 ううん……あたし……ね、キョンのことが……好きだった。たまらなく好きだったの。今更だけどさ。 あんたが一緒にSOS団を作ってくれたとき、あたしすごい嬉しかった。 まあ、強引にあんたを連れ込んだってのもあるけどね。そこは気にしなくていいわ。 あんたと過ごす一日一日が、あたしは……げほげほっ……ごほっ……ごめん。あたしは……ああもう、何をしゃべったらいいのかしらね? あたし……キョンと出会えて良かった。キョンだけじゃない、有希やみくるちゃんや古泉君とかと出会えて良かった。 でもね、キョン、あたしはやっぱりキョンが一番好きだった。気づいてた? ずっと好きだったの。どうしようもないくらいに。 でも……断られたらどうしようって……あたし、こう見えて臆病なんだ……あ、今笑ったでしょ! 笑うな! ……だから、今言うわ。キョン……愛してる。あ……ごめんね、こんな形で。あたし、メールとか電話で告白する人嫌いなんだけど、まあMDで告白する人はいないだろうから大目に見なさい! ……ごめんね、キョン……死にたくないよ……あたし、まだキョンと一緒にいたい。たくさん遊びたかったし、遊ばなくてもいいからずっとキョンと一緒にいたかった。 この際だから言うけど……あたし、前にキョンと校庭で、その……キスする夢を見たことがあるの。ば、馬鹿にしないでよね! ……嬉しかったんだから。 あの朝、キョンがあたしの髪型を『似合ってるぞ』って言ってくれた時、あたし泣きそうだった。嬉しくて仕方なかったの。 あたし……だめ……涙が止まらないよ……好き……キョン…… ……ぐす………………すん…………………… ……でもね、あたし、幸せ者だわ……キョンが好きなままで死ねる。 幸せ者のままで死ねるから、幸せ者だわ…………ごほっげほっ………… …………キョン、もうさよならだわ……キョン、あたしのこと忘れないでいてくれる? 10年経って20年経って、お爺さんになっても。ずっとあたしを覚えていてね……。 キョン、大好き。じゃあね……」 耳に障る機械音でMDは静かに、止まった。 さよなら。忘れない。