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前ページ次ページ神の左手は黄金の腕 決して広くない寮の一室で二人の間に沈黙が流れた。 今日の試合やキュルケとのPK勝負の事を話している間は気にも留めなかった。 しかし話題が尽きてしまうと、そこで会話は途切れてしまう。 組んだ手を頭の後ろに回した仰向けの姿勢で彼は黙って私の話を聞いていた。 下は硬い石床のみだというのに、この待遇に関して文句を言われた事は一度もない。 “武者修行の旅を続けていた頃は雨露を凌げるだけでもマシだったぜ” それが唯一、スポーツ以外の事で彼が明かしてくれた過去の話。 彼は自ら進んで自分の事を話そうとはしなかった。 そこに私はゴールドアームとの心の壁を感じていた。 「……なあ」 不意にゴールドアームが口を開く。 彼から語り掛けてくる事は非常に珍しく、私は期待に胸を膨らませて彼の言葉に耳を傾けた。 それがたとえ自分の過去でなくても、彼が何を言うのか興味があった。 ほんの小さな切欠であろうと分かり合えると思っていた。 しかし、その彼の問い掛けは私を酷く失望させる物だった。 「何でクラスの連中はシエスタ達を試合に誘わねえんだ…?」 まるで当然の事のように彼はそれを口にした。 ゴールドアームが遠い所から来たのは知っている。 最初は魔法さえも知らなかったのだから余程の物だろう。 だけど貴族と平民の格の違いぐらいは子供だって判る事じゃない。 そんな事も知らない彼に呆れるように私は答えた。 「平民なんかが貴族と一緒に試合できる訳ないじゃない」 平民は食事さえも同席する事は許されない。 それが試合になど参加して、運悪く貴族に怪我をさせたらどうなるか。 個人の不始末では決して済まされない、家族も一緒に罰を受ける事になる。 お互いの立場が違いすぎる。そんな両者が一堂に集って試合など夢物語もいい所だ。 これはハルケギニアの常識と言ってもいい。 だけどゴールドアームが人前で言い出さなくて良かった。 そんな事になっていたら私はいい笑い者になっていただろう。 刹那。鈍い音と衝撃が部屋中に響き渡った。 見ればゴールドアームの拳が壁に食い込み、そこに亀裂を走らせていた。 見上げた彼の視線は睨むかの如く鋭く、自分の呼吸さえも儘ならない。 まるで彼の手で心臓を鷲掴みにされた気分だった。 「……それは、本気で言っているのか?」 「あ、当たり前じゃないっ! 平民と貴族は違うのよ!」 「同じ人間じゃねえか。どこが違うって言うんだ?」 「生まれが違うのよ! 平民に生まれたら一生平民のままなのよ!」 それに抵抗するように必死で言葉を紡ぐ。 自分の使い魔に脅かされたのでは主人としての立場はない。 そもそも、こんな話でどうして彼が怒るのか理解さえ出来なかった。 だけど彼女の想像は確信に到った。 それは決して交じり合う事はなく永久に並び続ける平行線。 たとえ、彼の言うように互いの全力をぶつけ合っても埋まらない溝。 ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールとゴールドアームの『世界』は決定的に違う物なのだ…。 烈火の如く怒り狂うかと思われたゴールドアームは静かに立ち上がった。 彼女を一瞥した後、部屋の扉をゆっくりと押し開ける。 そしてルイズに諭すように一言呟いてから部屋を後にした。 「何よ、もうっ!!」 ゴールドアームが去ってしばらくしてから、彼女は扉に枕を投げつけた。 やり場のない怒りをぶつけられた枕が音も立てずに床へと落ちる。 最後に彼が向けた視線に込められていたのは怒りではなく失望だった。 それが叱責されるよりも何よりも彼女には辛かった。 私は何も間違っていない。 ゴールドアームの考え方がおかしいのだ。 それに過去の話を聞かせてもくれないのに、何でシエスタの話なんてするのか。 いずれは頭を冷やして戻ってくるに違いない。 彼女の耳にゴールドアームが呟いた言葉が反響する。 しかし、その意味など彼女に分かる筈も無い。 確かめるように彼女はゴールドアームの言葉を反芻する。 「……“生まれは選べなくても生き方ぐらいは選べるはずだ”」 ゴールドアームは屋外で風の鳴る音に耳を済ませていた。 頭に上ったオイルを冷ますのには外は丁度良い冷たさだった。 ルイズに悪意はない。そのいう社会で生きていたのだから当然の事だ。 この世界にだって問題がある訳じゃない。 社会制度が正常に機能しているなら、それは文句を言うべき事じゃない。 ……ただ自分の信条とは噛み合わなかった、それだけの事だ。 立場も生まれも考えも全てが関係なく、どんな奴とでも全力でぶつかり合う。 そんな場所さえも提供されない事に憤りと悲しみを感じる。 しかし、それだけではない。 彼は“ある疑念”により心の平静を欠いていた。 それが故に、激昂する自身を抑える事が出来なかったのだ。 ゴールドアームが降り立った地は彼等が“聖地”と呼ぶ場所だった。 そこにはハルケギニアの技術では考えられない産物が多数存在していた。 恐らくは自分と同様に別の世界から召喚された物だと大凡の検討はついた。 しかし、何の脈絡もなく喚び出されたのではない。 そこにあったものは例外なく全てが『兵器』だった。 彼の脳裏に甦るのは兵器として改造された、かつての自分の姿。 強制引退させられたアイアンリーガーの末路であるアイアンソルジャー。 その呪縛から解放され、俺はアイアンリーガーとして再起した。 …俺は兵器なんかじゃないと心から信じている。 それなのに、あの“聖地”での光景が頭から離れない。 数多の兵器の中に埋もれた自分の姿を…。 「俺の名前はゴールドアームだ! くだらねえコードネームで呼ぶんじゃねえ…!」 雄叫びのようにゴールドアームは叫んだ。 ルイズの言葉が焼き付いたようにメモリーから離れない。 そうなるように生まれた者はそのようにしか生きられないのか。 兵器の素体として造られた俺は兵器でしかないのか。 自分がアイアンリーガーだと思い込んでいるだけの、ただの殺戮道具なのか。 「…………」 迷いを振り切るように彼は立ち上がり、セットポジションを取る。 あの時の事をゴールドアームは生涯忘れないだろう。 自分がずっと投げたいと思っていた球を投げた、あの瞬間を。 決してアイアンソルジャーには投げる事の出来ない、真のアイアンリーガーの球。 それを投げられれば彼はもう一度確信できるのだ、自分がアイアンリーガーであると。 ワイルドアップの体勢から全身に迸るエネルギーを腕に集中させる。 魂を込めて放たれた直球が夜の闇を切り裂いて飛んでいく。 しかし、それはゴールドアームの投げたい球ではなかった。 球威も速度も彼の全力の投球とは程遠く、 人間相手ならまだしも並のアイアンリーガーには通用さえしないだろう。 彼の性能の低下は急速に進んでいた。 磨耗した部品の交換は勿論の事、精製されたオイルさえも満足に手に入らない。 軋む駆動系の音が耳障りなノイズとなって残響する。 いつかはアイツ等との野球さえも出来なくなるだろう。 残された時間をどのようにして過ごすべきか、彼は決断に迫られていた…。 「えいっ!」 深夜、彼女は日課にも似た魔法の練習を行っていた。 ゴールドアームが戻ってくる気配もなく、居た堪れなくなった事も原因の一つだ。 幾度となく失敗し爆発が起きようとも彼女は杖を振るい続ける。 それは胸に渦巻く感情を吐き出す作業のようにも感じられた。 ゴールドアームの言葉を何度反芻しようとも答えは出ない。 生まれの時点で人の生き方は決まってしまう。 魔法を使えない私がヴァリエール公爵家の三女として生まれたのが良い例。 それでも貴族を辞める訳にはいかず、せめて気概だけでも誇り高くあろうと足掻くのみ。 ちい姉さまだって病弱に生まれたが故に、家を離れる事さえ出来ない。 ゴールドアームが言っているのは夢物語でしかない。 人は定められた轍の中しか走れない荷馬車のようなもの。 決して運命という枠から外れる事は出来ない。 だけど、心のどこかでは僅かな期待もしていた。 ゴールドアームなら運命さえも打ち壊せるかもしれないと。 あの日、眼に焼き付いた閃光がそう思わせるのかもしれない。 ギーシュとの決闘で見せた輝きを放つ直球。 ストライクコースを全て塞いだ鉄板のようなバットをワルキューレごと打ち砕いた力強さ。 血を一滴も流す事なく終わらせた誇り高き決闘として語り継がれる伝説の魔球。 あれ以降、彼は二度とその魔球を見せてくれなかった。 きっと受け止められるキャッチャーがいないから。 だけど、もう一度だけこの目で見てみたい。 そして叶うならば自分の手で投げてみたい。 それが出来たなら、きっと私は変われるような気がした。 そんな余計な事を考えていたのが悪かったのか。 杖を振り下ろした瞬間、頭上に聳える塔で爆発が巻き起こった。 全く見当違いの方向で起きた爆発に、驚く前に呆れてしまう。 だけど被害が塔で済んだのは幸いだった。 何重にも魔法を掛けてある上に頑丈に作られているのだ。 ちょっとやそっとの衝撃では物ともしない。 これがコルベール先生の研究室だったら大事になっていた。 しかし安堵したのも束の間、彼女の頭に砂にも似た何かが掛かった。 それを拭い取ったルイズが指先で摺り合せる。 瞬間。彼女は事実に驚愕した。 手に触れた物は間違いなく塔の外壁、その残骸。 トライアングルのメイジでさえも傷付ける事さえ叶わないと言われた、 宝物庫の外壁が私の失敗魔法で損傷したのだ。 理由などは判らない。 喜ぶべき事かどうかも判らない。 だけど、それよりも今すぐに先生に知らせないと…。 走り出そうとした少女の背後に影が落ちる。 月光を遮る巨大な土人形。 それはルイズなどには目もくれずに亀裂の走った外壁に拳を打ち込んだ。 たちまち音を立てて崩落する塔の外壁。 そして、その直下にいるルイズへとその破片が雨霰と降り注ぐ。 その瞬間、私は死ぬのだと理解した。 まるで運命であったかのように当然のように事実を受け止めた。 拳大でも死に至るというのに瓦礫は私の身体さえも大きい。 魔法も使えない私にはどうする事だって出来はしない。 直後、一陣の風が吹いた。 私がいた場所の石床が瓦礫に押し潰されて砕け散る。 巻き上がった砂埃の中、私は誰かに抱えられている事に気付く。 鎧のような金属の冷たさが衣服越しに伝わってきた。 「バカ野郎! 簡単に諦めるんじゃねえ! 試合で見せたテメエのガッツは偽物か!?」 耳元で響く怒号に思わず耳を塞ぐ。 砂埃が収まっていく中で浮かび上がる特徴的なシルエット。 銅像のようでありながら生命の炎を宿す瞳。 彼は私の窮地に駆けつけてくれた。 それがチームメイトとしてなのか、使い魔としてなのかは判らない。 …けれど、私の目には知らず涙が溢れていた。 私を下ろし、ゴールドアームは真っ向からゴーレムを睨み見上げる。 背番号を背負ったその後ろ姿は、巨人よりも遥かに大きく力強いものに見えた…! 前ページ次ページ神の左手は黄金の腕
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前ページ次ページ神の左手は黄金の腕 それは刹那の間の出来事だった。 放たれた弾丸の如き瞬発力で互いの距離を零まで縮め、 その勢いを殺す事なく少女を抱きかかえたままスライディングでゴーレムの股下を潜り抜ける。 己が作り出した土巨人より離れた建物の影で、その一部始終を目撃したフーケは戦慄を覚えた。 彼、ゴールドアームの能力は熟知している筈だった。 しかし、生徒達との野球で見せていた動作と今の動きでは比較にならない。 もし自分の正体がバレれば戦いにさえならない。 杖を振り下ろす間に組み伏されて終焉を迎えるだろう。 その前に決着をつけようとゴーレムが敵へと振り返る。 巨体に似合わぬ俊敏な動きで振り下ろされる拳。 だが、彼はそれを鋼鉄の体とは思えぬ敏捷性で避ける。 続く脚での一撃も小回りを利かせ、死角へと身体を滑り込ませる。 絶え間ないゴーレムの一方的な攻撃を、時には巧みなフェイントも織り交ぜて回避し続ける。 この攻防の中、ゴールドアームは完全に巨人を翻弄していた。 「どうした!? 一発ぐらい当ててみやがれ、図体ばかりのウスノロ野郎がッ!」 一見して戦いの主導権を握っているのはゴールドアームに思われた。 だが真実、窮地に瀕していたのは彼の方だった。 サスペンションを失ったかのように大地を蹴る度に軋む駆動系。 身を翻す瞬間、装甲板の重量に耐え切れなくなったボディが捻じ切れるような痛みを発する。 地面を揺るがす拳の衝撃に、モニターにはノイズが走り続ける。 恐らく全力を引き出せば、整備不良の体は付いて行けずに崩壊する。 加えて、一撃でもゴーレムの拳を受ければ容易く粉砕されるだろう。 しかし、彼も無策で薄氷の上を歩むような戦闘を繰り広げているのではない。 塔の一部が崩落し、大地を揺るがせて巨大なゴーレムが暴れ回っているのだ。 ゴールドアームがルイズの失敗魔法の爆発を聞き付けた様に、 間もなく教師や生徒達が駆けつけて来る筈だという期待じみた考えがあった。 「ゴールドアーム!? これは一体…?」 その思いが通じたのか、声のした方へと振り返ればそこには駆けつけたギーシュ達の姿。 即座に状況を理解したキュルケとタバサがゴーレムへと攻撃を仕掛ける。 だが、彼女達が放つ炎の球も氷の矢も破壊するには至らず、 土塊の巨人をその場に足止めさせるのが精一杯だった。 焼き直しのように繰り返される単調な攻撃。 しかし、それこそフーケの油断を誘うタバサの罠だった。 キュルケの放った火球に向けて放たれるウィンディ・アイシクル。 氷の塊が瞬時にして蒸発しフーケの視界を覆う。 「今だ!」 ようやく生まれた隙に、ゴールドアームがルイズ達をゴーレムより引き離す。 それに合わせる様にキュルケ達も一時的に退いた。 この場にいる全員が感じているのだ、アレを倒すには一筋縄ではいかないと。 「『土くれ』のフーケ?」 「ああ。やり口は違うけど学院の宝物庫を狙うような大胆さと、 それを実行できる実力を兼ね揃えた土のメイジなんてそうはいないさ」 ルイズの問い返す声にギーシュが答える。 円陣を組むように彼等は今後の対策を練っていた。 教師が来るまで時間を稼ぐというギーシュの案はあっさりと却下された。 フーケが相手では教師陣でさえ太刀打ちできるとは思えない。 といっても他に打開策も出て来ず、行き詰った彼等に静寂が訪れる。 「……考えがある」 そんな中で、突然出て来たタバサの発言に皆が驚きを示す。 だが、その時の驚愕など彼女の作戦を聞かされた時に比べれば微々たる物。 誰もが顔を顰め、親友であるキュルケでさえ腕を組んで頭を悩ませる。 馬鹿げた作戦だけど成功すればフーケを倒せるかもしれない。 でも、その為にはフーケを学院の外へ誘導しなくてはならない。 その方法が見当たらない彼女達に、ゴールドアームが口元に笑いを浮かべて提案した。 「ならアメフトってのはどうだ?」 「アメフト?」 「ああ。パントキックをキャッチしてQBがロングパスを決めてタッチダウン! 上手く決まりゃあ逆転勝利だぜ……!」 パンと拳を手の平に叩きつけてゴールドアームは告げた。 この状況で何を言っているのか分からず、 彼女達はキョトンとしたまま彼の言葉に耳を傾ける。 そうして彼の口から無表情なタバサさえもビックリさせる作戦が明かされた。 だけど、その作戦に反対する者は不思議な事に一人としていなかった。 「チィ……!」 視界を覆う一面の蒸気に、苛立たしげにフーケが舌打ちする。 宝物庫の壁に入った亀裂を千載一遇の好機と飛びついたのが徒となった。 不測の事態の連続に見舞われた彼女は困惑を隠し切れない。 だが、彼女も名の知れた盗賊。 一息呼吸を整えると冷静に状況の分析を開始した。 そして、この事態を逆に利用する考えに彼女は至った。 向こうの姿が窺えないという事は、こちらの動きも同様に分からない筈だ。 ならば、これに乗じて宝物庫に潜入し目的の『破壊の杖』を奪取するのが得策だろう。 その後は『破壊の杖』を何処かに隠して何食わぬ顔で姿を見せれば済む話だ。 そう決めた瞬間から彼女は行動に移した。 颯爽とゴーレムの足元に駆け寄ると足場を作り出して、肩の上へと駆け上る。 突き出した腕を伝い、宝物庫に飛び込むと目当ての品を抱えて飛び出す。 そこまで彼女の思惑通りだった。 そして、それはゴールドアーム達の思惑通りでもあった。 人間の視覚を遥かに上回るカメラアイに映る宝物庫より出てくる人影。 それを捉えた瞬間、ゴールドアームが天高く舞う! 更に己が身体を引き裂かんばかりに高速回転させて技の名を叫ぶ! 「竜巻フォォォメェェションッッ!!」 その刹那。吹き荒れる暴風が全て巻き上げ呑み込んでいく。 蒸気の幕も土埃も外壁の残骸も、そしてフーケの手にあった『破壊の杖』さえも例外ではない。 ゴールドアームに吸い寄せられるように飛来してくる『破壊の杖』。 それを極限まで引き付けてゴールドアームは力強く蹴り飛ばした。 「ギィィィシュ!!」 「ああ! 後はこの『青銅』のギーシュに任せたまえ!」 ゴールドアームの呼び掛けに応じながら彼は造花の杖を振るう。 瞬時に生み出されたゴーレム『ワルキューレ』が彼のパスを全身で受け止める。 激突の瞬間に響く鈍い衝撃音。それを耳にした瞬間、彼の脳裏にある恐ろしい想像が浮かぶ。 “もし万が一、受け止め切れなかったらどうなっていたんだろうか…?” 顔を蒼褪めさせながら、それでも彼はワルキューレを引き連れて学院の外へと直走る。 獲物を横から掻っ攫われて、激怒しながら追いかけてくるゴーレム。 ここまでは計画通りだった。 しかし予想外だったのは『破壊の杖』の重量だ。 それは彼が知るどの杖とも比べ物にならない重さをしていた。 速度が落ちた『ワルキューレ』へと迫るゴーレムの足。 抵抗する間もなく胡桃を割るように青銅の戦乙女は押し潰された。 「ふぅ……手間取らせるんじゃないよ」 無論、『破壊の杖』までは壊していない。 やっと片付いて一息つくフーケを余所に、ギーシュは足を止める事なく走り続ける。 不意に視線を向ければ、そこには破壊した筈の『ワルキューレ』が『破壊の杖』を抱えていた。 まさか破壊されたゴーレムを一瞬で修復したというのか。 手足のような末端ならまだしも完全に破壊されたゴーレムを直すなど不可能。 ただの生徒ではなかったのかと再びゴーレムに追撃させる。 しかし、そのトリックは一瞬にして判明した。 踏み砕かれる直前に他のワルキューレへとパスされる『破壊の杖』。 まるでパスリレーの様に『破壊の杖』がワルキューレ間を回されていく。 最初は余裕があったギーシュも一体、また一体と破壊されていくにつれ、 どんどん表情は引き攣り顔色が悪化していく。 残り二体となった瞬間、既に彼は完全に泣きが入っていた。 「ギーシュ、パス!」 直後に聞こえたキュルケの声が天上の音楽の如くギーシュの耳に響く。 言われるまでも無くキュルケに投げつけられた『破壊の杖』。 それをレビテーションで受け止めて彼女は走り出した。 しかし瞬く間にゴーレムは彼女の影を踏むまでに迫る。 ストロークの距離が違いすぎる。 足の長さには自信があっても巨人とは比べるべくも無い。 ズルは嫌いだけど、そもそもハンデはあって然るべき相手だ。 「フレイム!!」 「きゅるきゅる!」 自分の使い魔の名を呼ぶと彼女はそれに跨った。 虎にも匹敵する巨体を持つサラマンダーの脚力は人の比ではない。 あっという間にゴーレムを引き離せると思ったのも束の間。 詰められこそしないものの、互いの距離は広がらない。 「どうしたのよフレイム!?」 「きゅるきゅる…」 「え? 重たくてこれ以上は無理?」 キュルケの問い返しにフレイムがこくこくと頷く。 彼は主人の質問に明確に答えただけだった。 だが、それは年頃の娘には言ってはならない禁句だった。 がしりと掴まれたフレイムの頭が万力のように締められる。 「……ねえ、フレイム。重たいのは『破壊の杖』? それとも――」 「きゅる!? きゅるきゅる!!」 「そうよね。何が入っているのか知らないけど重いものね、この箱」 ぱっとフレイムの頭から離されるキュルケの手。 彼女が『この箱』という部分を殊更強調したのは言うまでも無い。 主人の感情の変化を敏に察し、フレイムは九死に一生を得た。 だが、まだ背後には別の脅威が残されたままだ。 「パスだッ!!」 その巨人の背後から雄雄しい叫びが響く。 見れば、そこには自分達に追随して来るゴールドアームの姿。 それを確認した直後、レビテーションで浮かせていた『破壊の杖』を尻尾で弾き飛ばす。 真っ直ぐにゴールドアームへと飛んでいく『破壊の杖』を巨大な掌が遮る。 瞬間、『破壊の杖』を追い抜いた火球が巨人の手に穴を穿つ。 生み出された空洞を抜けるように、『破壊の杖』はゴールドアームの腕の中へと収まる。 杖を振り下ろしながら、その光景を見上げてキュルケは微笑を浮かべた。 「やっぱり使えるじゃない、この新魔球」 ゴールドアームの足が止まる。 更には『破壊の杖』を片手で高々と掲げてフーケを挑発する。 キュルケ達を追っていたゴーレムも反転し、今度はゴールドアームに襲い掛かった。 誘いだというのは気付いていたが、それでも『破壊の杖』を見過ごす訳にはいかない。 しかし彼女には勝機があった。 ここからパスをするつもりだろうが既にキュルケ達は相当な距離を離れている。 如何なる魔法を用いてもゴーレムを追い越して彼女達に『破壊の杖』を届ける方法はない。 大地を揺るがせながら迫る巨人を前に、ゴールドアームは不敵に笑った。 掲げた腕を引き絞るようにしながら、脚は天を貫くかのごとく上げられる。 モーターや駆動部が悲鳴にも似た唸りを上げる中、尚も彼は力を蓄える。 間際にまで迫った巨人の手を見据えながら、彼は己が腕を振り抜いた。 「いくぞォォォ!! ロングパスだァァ!!」 ゴールドアームの全力の投擲。 放たれた剛速球はフーケに反応する間さえ与えず、彼女の背後へと飛び去っていく。 目前で起きた異常事態に唖然としつつも、咄嗟に踵を返したゴーレムがその軌跡を追う。 敵の後姿を笑みを湛えたままゴールドアームは見送る。 その彼の肩から激痛と共に放電が迸る。 燻る様に上がる白煙に、彼は自分の選手生命の終焉を確信した。 前ページ次ページ神の左手は黄金の腕
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前ページ次ページ銀の左手 破壊の右手 04『希望の西風』 ワルドは自分の行動が信じられなかった。 何もかもを巻き込んで虚無へと返す光を中途半端に駆動した右手で受け止めながら、ワルドは独り考える。 自分だけならば避ける必要さえなかった、大切なルイズを助けるだけならば即座に抱えて逃げれば間に合った。 ならば何故、自分はこのような不毛な行いを続けているのか? 「結局、俺は……」 ワルドはゴチると、残った力をすべて右手に注ぎこむ。 右腕と一体化した銀の剣の破片はワルドの命を代価に強力な力場を発生させ、空間を捲り返そうとする力と拮抗する。 僅かに視線を向けると、背後には驚いたアナスタシアとルイズの顔。それが堪らなく愉快だった。 「どうした? ルイズを巻き込みたくないと言うのは虚言か?」 その言葉にアナスタシアも我に返ったらしい、呆けた様子のルイズを手を引き安全な場所へと一目散に駆け出して行く。 「ワルド、なんで!? なんでっ!?」 叫ぶルイズの姿を黙殺し、唇を噛み締めながらアナスタシアは走る。 ワルドはその背中を見て僅かに微笑むと、残った力をすべて右手へと注ぎ込んだ。 「そうだ、それでいい……」 そう呟いてワルドは理解した。 とうの昔に、自分はルイズと共に生きることの出来ない体になっていたのだと。 そして思ったのだ、彼女なら何があろうとルイズを守りきるだろうと。 自分のように破滅に愛しいルイズを付き合わせることは絶対にしないだろうと。 ルイズの属性が虚無でないのなら、宮廷の暗愚どもとてルイズを毒牙にかけることはすまい。 そこで気づく、自分が何故これほどまでルイズにこだわったのか。 「ああ、なんだ。僕は……」 家族が欲しかっただけじゃないか。 こんな化け物になってしまった自分でも、隣に居てくれる人が居て欲しかっただけじゃなかったのか。 母に、帰ってきて欲しかっただけじゃないのか。 始めは確かに愛したものが薄汚く汚れていくことが許せなかったはずだが、いつしか手段と目的が逆になっていた。 何かを為すために欲した筈の力が、ただそれだけが目的となっていく。 ルイズを求めたのは、きっと彼女ならばそんな風に汚れ果てた自分でも受け入れてくれるから。 一緒に生きて、そして死んでくれるから。 「馬鹿だな、自分が何をしたいかすら見失うとは」 まったく度し難いとワルドは笑い、そして己の右腕を見た。 何もかもを破壊する葬世の剣にしては、ずいぶんと自分の意思を汲んでくれたものである。 だがそれももう保たない、限界を超えて使い続けた力は上限を超えて膨れ上がりやがてすべてをゼロにする。 既に己の一部になっているだけに、暴走の予兆はこれ以上ないほど簡単にワルドには見て取れた。 だがもういい、もう抗う必要はない。ワルドは意識を染め上げる白い光にすべてを委ねようとし…… 「馬鹿なッ!?」 視界の端に映った人物を見て、慌ててこの世界に意識を繋ぎとめる。 そこには銀の光に体を裂かれながら、紺色の髪を翻し、ワルドに向かってまっすぐに向かってくる一人の女性の姿があった。 「何故戻ってきた!?」 「だって……」 全身を痙攣させながら問いかけるワルドに向かって、アナスタシアは叫び返す。 吹き荒れる風に負けまいとするように、どこまでも高く高く…… 「貴方が死んだら、ルイズちゃんが悲しむじゃない!」 恐怖に震えながらそう告げる女の姿は、まるで聖女のようにワルドの瞳には映った。 ● ● ● 目が覚めた場所は学院のベットの上だった。 呆けた頭で周囲を見ると、紫の毛並みの狼がじっとこちらを見つめていた。 「ルシエド!?」 その姿から瞬時に何があったかを思い出し、ルイズは慌てて魔の狼へと駆け寄った。低い呻き、ルシエドは不満たらたらと言った様子でルイズのことを睨んでいる。 それも仕方ない、ルシエドからすれば戦友であるアナスタシアを放り出し、せっかくの戦いの機会をみすみす見逃すことになったのだから。 思い出す、ワルドを救うと半狂乱になった自分に剣の柄をめり込ませたアナスタシアの姿を。 意識が闇に飲まれる瞬間、わたしが行ってくるわと告げた彼女の言葉を。 「どうしよう、私、私……」 最悪の想像に、ルイズはこれ以上ないほどにうろたえた。 頭を抱えて震えるその姿は、とても貴族とは思えないほどに。 「死んじゃう、アナスタシアが死んじゃう」 大切な、ともすればもう一人の姉になってくれたかもしれない女性。 彼女が自分のせいで命を落とすかもしれないと言う想像は恐ろしく、ルイズは恐怖に心を縮ませる。 ルシエドがそんなルイズの鼻先に牙を突きつけたのは、震えるルイズの姿があまりにも無様だったからかもしれない。 「ひっ」 だらりと口の端から涎が垂れ、ルイズの顔を汚す。 まるでナイフのようにとがった牙がルイズの首に押し当てられる。 「――っ」 牙がルイズの首の皮を引き裂き、深紅の血が珠となって流れた。 あまりにも直接的な恐怖に失禁しかけたが、次の瞬間ルイズの心をそんなこと(恐怖)などどうでも良くなるほどの衝撃が襲う。 「何、これ……」 ――それは燃え上がる焔の記憶だった。 燃え上がる炎は天高く空を焦がし、街を、人を、星の未来を焼き尽くす。 まさに災厄と呼ぶにふさわしい状況のなかを、ルイズは駆けていた。 その傍らには土煙を立てながら炎の大地を疾駆する巨大な鉄のゴーレムとそれを繰る金の少女の姿。 少女は炎が起こす熱風に肌を焦がしながら、その大きな朱い瞳に涙を浮かべ力の限り叫んでいた。 『アナスタシア!』 ルイズは泣き叫ぶ少女の服に牙を突き立て、走り出そうとするその体を無理やりに押さえつけていた。 そして気づく、これは記憶だ。ルシエドが共にアナスタシアと過ごしたファルガイアと言う世界の記憶なのだ。 『この、愚か者がーーーーー!』 ルシエドに組み伏せられながら少女は叫ぶ、荒野の果てに立つ炎の柱に向かって、そこにいるであろう親友に向かって。 『あれほど生きたいと言っておいて、死にたくないと言っておいて、この土壇場で何を考えておるのじゃ!』 少女の言葉は届いていた。 ルイズの瞳は、ルシエドの瞳は捉えていた。 銀と紫の大剣を掲げたアナスタシアが、その体を炎に焼かれながらアナスタシアに向かって微笑むのを。 『行くな、行くでない。わらわを一人にするな! アナスタシア――アナスタシアァァァァァァ!』 少女の声を振り切るが如く大剣が光を放ち、そして…… ――唐突に記憶は終わりを告げた。 「ルシエド、これは……」 欲望の守護者である魔狼はただ何を期待するかのようにルイズのことを見ていた。 「ルシエド……」 ルイズは部屋の端に視界を移す。 そこにはアナスタシアと共に召喚した剣が、けして誰も引き抜くことの出来なかった剣が、静かに何かを待っている。 その剣の名はアガートラーム。 未来を司るガーディアンの喪われた銀の左腕。 ● ● ● アルビオンに起こったことを最初から最後まで極力客観的に把握している人物は言えば、それは無きアルビオンの王ウェールズ・テューダーであろう。 空賊に扮しレコンキスタへの妨害工作を行っていた若き王子は、輝く光と共に帰るべき場所が消え去ったこと知ったのだから。 そして途方に暮れた彼は王党派が立て篭もっていたニューカッスルの城に何があったのか調べようとした。 せめて一矢報いなければ死んで行った父や配下達に申し訳が立たなかった。 だからこそ王党派の最後の一隻であるベアー号は王党派消滅後もアルビオンの空を漂い、ウェールズはその甲板で物憂げなため息を着いていた。 「なっ、なんだあれはっ!?」 故に気づいた、アルビオンから空に向かって銀色をした膨大な光の粒子が伸びていくのを。 その光に向かって打ち込まれた別の白い光が穴の開いたチーズのように一瞬だけ抉れた空白を作ることを。 そしてアルビオンに向かって一匹の蒼い風竜が猛烈な勢いで飛んで行き、 それを追うように紫色の大狼がベアー号を踏み台に空を駆け抜けていくのを、 ウェールズだけがすべて見届けることが出来たのだ。 ● ● ● 「畜生、畜生、なんでっなんでっ!」 才人は絶望のただなかに居た。 マチルダを傷つけた男が許せなかったが故に本能的に引いた引き金がすべての始まりだ。 不幸だったのは才人の手の中の『破壊の杖』が恐ろしいまでの威力を発揮したこと。 その力が少女を守ろうとする女性に向かって行ってしまったことだった。 だがまさしく破壊そのものと言った力は女性と彼女が守る少女を傷つけることは無かった。 才人が狙った相手が彼女たちを庇ったからだ。 そして才人は今こうして絶望している。 空に向かって立つ光の柱前で、感情だけで行動してしまった自らの愚かさを噛み締めている。 一目で分かるのは目の前の光がマチルダを傷つけたものと同じものであること。 そしてそれがなんの制御もなく暴走していること。 その引き金を自分が引いてしまったこと。 空に向かって放たれている力はウエストウッドを直撃した時の比ではない、アルビオンすら打ち落としかねない力を前にして才人はただ打ちひしがれていた。 「畜生、相棒!相棒ーーーー!」 その才人のすぐ傍に口の悪い魔剣が吹き飛んできたのは、意地の悪い始祖の悪戯か。 「おい、そこのお前。お前だ、お前、なんとかして俺をあの光のところへ……」 あまりにも口汚く罵られ、才人は操られるようにしてその魔剣を手に取った。 ぴたりと、魔剣の言葉がとまる。 「おでれーた! 小僧、お前『使い手』かっ!」 困惑する才人になおもデルフは言い募る。 「あれをなんとかしねぇと拙い、だからガンダールヴ! 伝説の神の盾! 俺に力を貸してくれ!」 「なんとか出来るのか? あれが……」 長い長い年月を生きた魔剣に導かれるようにして、才人はその右手に再び『破壊の杖』を握る。 左手のルーンが猛烈に輝きを放った。 ● ● ● 「馬鹿だ、お前は大馬鹿だ!」 「ちょっと、馬鹿に馬鹿って言われたくないわよ」 「ええい、馬鹿に馬鹿と言って何が悪い! 此処で君まで野垂れ死んだら誰が僕のルイズを守るんだ!」 「うるさいわねっ、だいたい元はと言えば貴方がルイズちゃんを裏切ったのが悪いんじゃないの」 周囲がそんな風にシリアスな決意を決めているなか、聳え立つ光の柱のなかで二人はろくでもない痴話喧嘩に明け暮れていた。 疲労を色濃く浮いた顔で徹底的に互いを罵りあい、貶し合う。それはこれまでさんざん表面だけの付き合いをしてきた反動と言う側面もあるにはあったが、そうでもしないと気を保ち続けることが難しいからだ。 言うなれば雪山で遭難したパーティが互いに頬を張り合うのに似ている、それほどまでに二人は実に綱渡りなバランスで危うい均衡を保っていた。 本来なら周囲に際限なく破壊をばらまくガーディアンブレードの暴走、それをなんとか上空に向かっての放出に抑えているのは偏に二人の必死の努力に他ならない。 葬世のガーディアンブレードが他の品と同じように持ち主の意思を汲み取り力へと変換する精神感応兵器の一種である以上、強靭な意志力で制御に割り込むことが出来れば暴走状態でもある程度破壊力の指向性を変えることが可能だ。 勿論、それはワルドが必死に自らの意思を侵食されることに耐えることが前提であり、それが崩れればいかにアガートラームに選ばれるほど強大な“生きたい”と言う欲望の意志力を持つアナスタシアとてどうしようもない。 故に二人はどうしようもなく苛立っていた、もしどちらかの意識が途切れれば相手とアルビオンを巻き添えにガーディアンブレードの力が荒れ狂うのは明白だった。 「だいたい反則だろう!? 貴族を打ち倒すほどの剣士が召喚されれば誰だってガンダールヴだと思うさ! 思わせぶりに手袋なんてしてるし」 「手袋は友人からの貰い物よ! それにガーディアンブレードの欠片を召喚するほうがよっぽど非常識だわ!」 「はっ、非常識の塊に言われたくないなっ。右腕を介して伝わってきたぞ 剣の聖女 は覗きが趣味らしいな!」 「なんですって、このマザコンでロリコンのくせによく人のこと言えたものね、このド変態子爵!」 「なんだとっ」 「なによっ」 疲れているせいか、それともあまり悲観したくないせいか二人の喧嘩はだんだんと幼稚なものになっていく。 もし普段の二人を知るものなら頭を抱えただろう、例えば…… 「僕ははじめから……ん?」 「わたしもあなたなんかはじめから……え?」 ふと心を通り過ぎた思念に二人は顔を見合わせた。 「――ひょっとして聞かれちゃった?」 「らしいな、不本意ながら」 届いたのはルイズからの――なにやってんのよ二人とも……と言う想い。 突然の不意打ちに顔を真っ赤にしながら二人揃って嘆息するその姿は、まるで仲の良い恋人のようだった。 「そう、抜いてしまったのね。ルイズちゃん……」 アナスタシアのこの世のすべてを憂えるかのような呟きさえなければ ● ● ● キュルケは思う、一体どうしてしまったんだろう? と。 「ル、ルイズ一体その姿はどうしたのよ!?」 桃色がかったブロンドの髪は見る影もなく、まるで空のように蒼く染まり。 いつも身を包んでいた魔法学院の制服は、アナスタシアの着ていたような青と白と紫のハルケギニアでは珍しいデザインの服へ。 そしてアナスタシアと共に召喚された剣を軽々と担ぐその姿はどう見ても行きすぎのコスプレのようにしか見えない。 「あなたねぇ、いくらアナスタシアが好きだからって……」 「お願いがあるわキュルケ、キュルケ・フレデリカ・アンハルツ・フォン・ツェルプストー」 帰ってきた言葉はルイズが担いだ剣の刃もほども洒落がなかった。 キュルケは普段な放埓な顔ではなく、貴族としての覚悟をしてルイズに向かって問い返す。 「何? ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」 「借りを作るのを承知で貴女に頼みたいわ、アナスタシアを救う為に私に力を貸して欲しい」 いつになく切羽詰まった様子のルイズの姿に、キュルケは唇を吊り上げる。 「嫌よ」 「――――っ!?」 ケタケタとキュルケは笑う、二つの家の怨念を叩きつけるようにルイズのことをあざ笑う。 なんて馬鹿な子、そんな風に言われたらこんな風に返したくなるじゃない。 「ツェルプストーが因縁深いヴァリエールに力を貸す筈ないでしょう?」 「――そう、分かったわ」 打ちひしがれた様子のルイズにさらに追い討ちを掛けるべく、キュルケはさらに言葉を紡ぐ。 「でも、まぁ……ただの“ルイズ”に友達として助けてって言われればただの“キュルケ”からしたら拒む理由はないわね」 「キュルケ!」 恥も外面もなくルイズが胸に飛び込んでくる、物凄い風切り音を立ててルイズが持っていた剣が顔の横を通り過ぎていく。 ずいぶんと肝を冷やしたが、こんなに可愛いルイズの姿を見れたならばチャラか。 事が終わった後どうやってからかってやろうかとほくそ笑みながら、キュルケはルイズの話を聞いていた。 それでまさか戦火の真っ只中のアルビオンに行くことになろうとは、そして親友のタバサまでルイズに協力すると言い出すとはさすがの彼女でも予想できなかったが。 ――アルビオンの地でキュルケは信じられないものを見る。 ヘンリー・ボーウッドは信じられなかった。 ただ一人の死者もなくレコン・キスタが誇る軍勢が総崩れになっていると言うのである。 部下からは蒼い剣士と蒼い風竜が云々と訳の分からない報告しか届かないが、何がそれを為しているかは レキシントン の甲板に立つ彼にでも見て取ることが出来た。 一路サウスゴータへと向かっていく巨大な爆発の連続。 まるでレコンキスタを真っ二つにする断罪の剣の一振りの如く、一切の障害物を無視してまっすぐ進んでいくその力こそがレコンキスタを滅ぼすのだろう。 そしてその力の向かう先に立つ光の柱。 その二つが触れ合った時に何が起こるのか? ボーウッドは不安にその肉付きの良い身を震わせた。 「ル、ルル、ルイズーー!?」 「黙っててキュルケ、舌噛むわよ」 錬金で作った急ごしらえの橇で丘をもうスピードで滑り降りていく。 何故こんなことをやっているかと言えば、アルビオンまで無理に無理を押して限界まで早く飛んでくれたシルフォードを休ませる為だった。 故に上陸後は徒歩である、目的地は一発で分かった。なぜならアルビオンのどこからでも見ることの出来る光の柱がサウスゴータに立っているのだから。 布陣した貴族派の部隊をどうするのよ!? と聞いたキュルケにルイズはこう答えた。 ――なぎ払って力づくで押し通る。 何を馬鹿なと呆れ果てるキュルケを前に、ルイズはその言葉通りの結果を示して見せた。 ルイズがアガートラームを振るうたびかつて失敗と断じた爆発の魔法が十重二十重と戦陣に刻まれる。 ドット以下の精神力で消費出来、強烈な威力を持ちつつも、けして人の命は殺傷しない。 こんな魔法が使えなければ、きっと自分は誰かを殺してしまっていただろうとルイズは思う。 だからルイズは、 ゼロ と蔑まれた貴族の少女は生まれて初めて ゼロ である己に感謝した。 ――爆風が切り開いたのは戦陣ばかりと言う訳ではない。 トリステインから吹いた荒っぽい風は、アルビオンに住む者たちの心から絶望と言う名の諦観を吹き払った。 誰もが諦めることをやめ、不安を胸に、己の意思で未来へ向かっての一歩を踏み出していく。 それこそが希望、絶望から踏み出そうとする者たちの背中を押す悪戯な西からの幸運の追い風。 希望の守護獣、ゼファーが司る。人が誰も持ちながら忘れてしまった奇跡の一つ。 前ページ次ページ銀の左手 破壊の右手
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前ページ次ページもう一人の『左手』 「やめろっ!! やめるんだ風見ぃっ!!」 結城丈二――ライダーマンが、血を吐くような絶叫を上げるのが聞こえた。 だが、戦友には申し訳ないが、風見志郎――仮面ライダーV3には、もはや引き返す気はなかった。 ――V3火柱キック。 レッドボーン、レッドランプ、ダブルタイフーン。 その肉体に仕込まれた三つの動力装置を、ほぼ暴走状態に近いまでにフル回転させ、そのパワーを全て右足に乗せる。理論上では『逆ダブルタイフーン』のさらに数倍の威力を発生させる事が出来る。 ――だが、それゆえに、肉体にかかる負担は半端なものではなく、例え改造された肉体と言えど、その衝撃に耐えられるかどうかは定かではない。 つまり、命と引き換えに放つ、文字通り『最期』の技。 だが、いまの風見には、そんなことなどどうでもいい事だった。 この一撃で、バダンの大首領の復活を阻止できるならば、たかが自分一人の犠牲など、全く問題ではない。 その、あまりの強大さ故に、虚数空間に封じ込められた大首領“JUDO” しかし、現世から遠く隔離されてなお、自らの意思の触手を世界に這わし、歴代の“闇の組織”を裏から操ってきた。 そして今、彼は、永遠の牢獄ともいうべき虚数空間から脱出しようとしている。 アマテラス――かつての大首領の同志であり、彼と同質の身体を持った女。 死んだはずの彼女の肉体を、大量のサタンニウムによって再構成し、その肉体に秘められた圧倒的なエネルギーによって、“牢獄”そのものを破壊する。 ――そうはさせん!! どのみち、変身ベルトたるダブルタイフーンが半壊した今では、おそらく変身して――V3として戦えるのは、これが最後のはずだ。 思い残す事など何も無い。 例え自分がいなくとも、未だ世界には、9人もの“仮面ライダー”が残っているからだ。 デストロンの再生怪人たちに吊るされた、光輝くアマテラスの肉体。 今にも、“牢獄”の門に叩きつけられんとするその背に、同じ輝きと熱量を秘めたV3の右足が――火柱が、いま、届く!! その瞬間、世界は白い闇に包まれた……。 ここは学院長オールド・オスマンの一室。 風見、才人、ルイズ、コルベールの4人は、より詳しい話をするために、召喚儀式に使った草原から、この部屋に河岸を移していた。 風見はそこで再び、自分が何者であるか、そして自分が、ハルケギニアに召喚される直前までの状況を説明し、――才人はそれを、物凄く複雑な表情で聞き入っていた……。 コルベールとの魔法を破ったあと、風見は変身を解いた。 眼前にて杖を構えるこの男が、もはや自分と戦えるだけの力を、いまの火球で使い切ってしまったのを感じたからだ。 もともと風見としても、この中年男に何ら含むものがあったわけではない。 彼からすれば、一方的に向けられた敵意に、こっちも合わせただけ。いわば、売られたケンカを買っただけだ。 風見は、まず自分が人間である事――メカニズムを埋め込み、肉体を強化された“改造人間”である事実を話した。変身後の――V3の姿は、そんな自分を戦闘モードに切り替えた姿であるとも。 風見としても、気安く人に語っていい話題ではなかったが、まず自分が“人間”である事実を認識してもらわなければ、心を開いてもらえないと思ったのだ。 その後、何故か自分を見て失神した才人に寄り、自分にもはや戦意は無い事を伝え、この少年を休ませる部屋はないかと尋ねたところ、ようやくコルベールも杖を下ろした。 一度、緊張がほぐれれば、後はお互い大人同士、話が進むのも早かった。 コルベールは自分の非礼を詫び、風見と才人が、このハルケギニアに出現した事情――すなわち『サモン・サーヴァント』と『コントラクト・サーヴァント』について語り、取りあえず、学院最高のメイジであるオスマン氏の意見を伺おうという事になった。 そして彼らは今、学院長室にいる。 「なるほど……とにかくこれは、前代未聞の事態のようじゃな」 オスマンが、普段見せない思慮深い光を瞳に宿し、風見と才人を見回す。 風見はそこで再び、自分が何者であるか、そして自分が、ハルケギニアに召喚される直前までの状況を説明し、――それを聞いた才人は、物凄く複雑な表情をしていた……。 コルベールも口を開く。 「取りあえず、ミス・ヴァリエールの今回の『サモン・サーヴァント』に関しては、分からぬ点が多すぎます」 『サモン・サーヴァント』で人間が召還された事。 召喚された人間二人ともに、使い魔のルーンが刻まれた事。 召喚された人間二人ともに、この世ならぬ異世界から召喚された事。 召喚された人間二人ともに、刻まれたルーンが、これまで見たことも無いほどに奇妙なものであった事。 死んだはずだった風見が生きており、破壊されていたはずの変身ベルトまで、見事に復元されている事。「いや、そんなことは、そもそも問題じゃない。俺たちが聞きたいのはただ一つだ」 そう言うと風見は、才人と目を合わせた。 「――というと?」 オスマンが聞き返す。 「俺たちが、自分の世界に帰る方法があるのかどうか、だ」 「ちょっと――待ちなさいよっ!!」 そこで初めてルイズが口を開いた。 「あんたたち帰る気なのっ!?」 「いや、……そりゃそうだろ?」 当然だろ?と言わんばかりの口調で才人が言い返す。 「あんたたちは、わたしの使い魔として召喚されたのよっ!! なに御主人様の許しも無く帰ろうとしてるのよっ!?」 しばしの間、院長室を沈黙が支配した。 才人は心の底から呆然としたような表情を見せ、逆に、風見は眉一筋動かさなかった。 そして、コルベールは困惑したようにオスマンに目をやり、オスマンは小さく溜め息を吐いた。 そうなのだ。予想外の事態が起こりすぎてコルベールも忘れていたが、そもそもルイズは、彼ら二人とすでに契約を交わした、法的に認めれた、正式な二人の主なのだ。 「……まあ、ミス・ヴァリエールの気持ちも分かるが――」 「お前……何言ってるんだよ一体……!?」 コルベールが教師の立場から何かを言おうとした瞬間、才人が、ゆらりと彼女の方に向き直った。 「俺たちは無理やり召喚されたんだぞっ!! 日本に帰れば、それぞれ自分の生活があるんだっ! 何が悲しくてテメエの使い魔なんぞやらなきゃならねえんだっっ!!」 「あんたが悲しかろうが嬉しかろうが、そんな事はどうだっていいのよっ!! 契約のキスを交わした時点で、あんたたちはもう、わたしの使い魔なの! わたしに従う義務があるの! これは始祖ブリミルが定めた神聖なるルールなのよっ!!」 「それは犬猫が召喚された場合だろうがっ!! 俺たちの人権をテメエが無視していい理由がどこにあるっ!?」 「あるわよっ!! 貴族のわたしにアンタたち平民が従うのは当然でしょっ!!」 「いい加減にしたまえミス・ヴァリエール!!」 さすがに学院長『偉大なる』オールド・オスマンの一喝は、ヒステリックに罵りあう少年少女を黙らせるには、充分な威圧感を持っていた。 「さて、話を戻そうかの」 オールド・オスマンは、才人と風見を振り返ると、むしろ沈鬱な表情で口を開いた。 「結論から言うと――」 「おぬしらを元の世界に帰す方法じゃが……わしにも分からん」 「――おい……!!」 その瞬間、才人がオスマンに掴みかかった。 「冗談じゃねえぞ、このジジイっ!!」 が、その首根っこを風見が捕まえる。 「落ち着け、平賀」 「落ち着けって、――風見さん何言ってスかっ!? いまの聞いてなかったんスかっ!!」 「Mr.オスマンの話はまだ終わってない」 「『結論から言うと』って言ってたじゃないスかっ!! これ以上ないほど終了してるでしょうっ!!」 「いや、カザミ君の言う通りじゃ。わしの話にはまだ続きがある」 「――え!?」 「わしは『分からん』と言っただけじゃ。『コントラクト・サーヴァント』を無効化し、君たちを元いた世界に送り届ける方法が『無い』とは、一言も言うてはおらん」 「つまりMr.オスマン、我々が帰る方法を捜してくれる、という事か?」 「そうじゃ。ワシとて無駄に歳を重ねておるわけではない。コネも有ればツテも有る。ワシでなければ読めぬ機密書類や、会えぬ賢者たちもおるしな」 そこまで言って、オスマンは息を整えた。 「トリステイン魔法学院は、これより全力を以って君たちを、故郷に帰す方法を捜索する。そして、我が母にかけて誓おう。必ずや、その方法を見つけ出すと」 ここまでキッパリ言われては、才人も何も言えなくなってしまう。 「――して、ここからが相談なんじゃがな」 「相談?」 「なに、大したこっちゃない。ただ、君たちの帰還方法が見つかるまでの間、彼女の――そこのラ・ヴァリエール嬢の使い魔になってやってくれんかの?」 「はぁ!?」 才人は、思わずルイズを振り返る。 「がくいんちょう……!」 そこには、才人と対照的に、思わず顔をほころばせた少女がいた。 「それ……交換条件スか……?」 「いやいやとんでもない。あくまでも、君たちの自発的な意思を尊重させてもらうが……。しかし、何と言っても我らは教育者の端くれじゃからな。生徒の使い魔を『人間だから』という理由だけで、無下に取り上げることは出来んのじゃ」 「Mr.オスマン」 風見が口を開いた。 その瞳は、再び氷の冷気をまとっている。 「俺の故郷は、俺を必要としている。再び変身が可能になった今、何としても日本に帰らねばならない。何としても、だ。――これだけは了承してくれ」 「それは、……ワシの相談を飲んでくれた、と受け取ってよいのじゃな」 オスマンは、そんな風見の冷気など、まるで意に介さぬような、老獪な顔で頷いた。 前ページ次ページもう一人の『左手』
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元スレURL ことり「左手の薬指には指輪が一番似合う」 概要 結婚式で見たことある! タグ ^南ことり ^絢瀬絵里 ^短編 ^ことえり 名前 コメント
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前ページ次ページ神の左手は黄金の腕 事の起こりは数ヶ月前の“聖地”での出来事。 その付近において“場違いな工芸品”を回収していたロマリアの密偵達が“ソレ”と遭遇した事から話は始まる。 末端に到るまで鋼鉄で出来た“ソレ”を当初、彼等はガリアの魔法人形ではないかと疑った。 だが、それは彼等が知る如何なるガーゴイルよりも俊敏で何よりも強靭だった。 身の危険を察した密偵達は増援を要請、すぐさまジュリオ・チェザーレは現場へと向かった。 しかし、彼が辿り着いた時には全てが終わっていた。 まるで台風が過ぎ去った痕の様に木々は薙ぎ倒され、地面は深く抉られて一本の溝を刻んでいた。 もはや生存を絶望視しかけた時、ジュリオは密偵達の姿を見止めて舞い降りた。 彼等から口頭で状況報告を受けながらジュリオは大地に付けられた傷跡について訊ねた。 これは如何なる武器、魔法を用いた物なのかと問う彼に密偵達は震えながら答えた。 その返答にジュリオの身体を流れる血液が一瞬凍り付いた。 再び問い質す彼に密偵は再び同じ答えを返した。 “何の武器も魔法を用いぬ、ただの投石による物”だと。 「…これっぽっちしか作れねえのか」 樽に封入された液体を眺めながら彼はコルベールに訊ねた。 それに視線を落としながら弁明するように口を開く。 「ええ。何分、未知の物質となると錬金による精製も難しいのです。 私一人ではここが限界でしょう。やはり王宮に…」 「ダメだ。俺が追われているのは話しただろう。 もし燃料なんか作っている事が他に知られればアンタ等を巻き込んじまう」 「しかし! このままでは君は…!」 コルベールの語気が強くなる。 この『燃料』という液体は彼にとって唯一の食料。 それが必要量作れないという以上、待っているのは餓死という運命だけだ。 それでも彼は決してコルベールの提案を受け入れようとはしない。 自分の所為で迷惑を掛けられないと一人孤高を貫き通す。 「なら、せめて燃料の消費を抑えるしかないが…。 そう言っても君は聞いてくれないんだろう?」 「ああ。それじゃあ、連中が待ってるんで失礼させて貰うぜ」 そう言って彼はコルベールに背を向けて実験室の扉に手を掛けた。 その迷いなき背中に、コルベールは羨望の念を向けながら語り掛ける。 「……君は強いな。ミスタ・ゴールドアーム」 「これしか生き方を知らねえだけさ。 ありがとよ先生。アンタのおかげで俺はアイツ等と野球が出来る。 それが少しの間だけだったとしてもな」 覚悟を持つ者とそうでない者に隔てるように音を立てて扉は閉じられた。 悔やむべきは問題を解決できぬ自身の技量か。 それとも彼を力づくでも止めようと出来ない臆病か。 一人取り残されたコルベールの頬を涙が伝った。 学院の外に作られた簡易のフィールド。 そこに遅れてやって来たエースの登場に、 味方チームからは歓声が、相手からどよめきが上がる。 敵味方問わず、この場にいる誰もが彼の一挙一動に注目する。 「遅いわよゴールドアーム! 何してたのよ!?」 「悪いな。ちょっと先生の所で燃料補給してたのさ」 その彼に真っ先に駆け寄ったのは彼の主となったルイズである。 だが、彼はルイズの事を主とは認めていない。 そもそも彼女は召喚の儀式に失敗したのだ。 その事実を知っているのは彼とコルベールだけ。 迷いついたゴールドアームを彼女は自分が召喚したと思い込んでいるのだ。 コルベールに真実を打ち明けるも既に契約は交わされていた。 契約を破棄するというのはアイアンリーガーにとっても重大な裏切りを意味する。 止むを得ず、彼はルイズに一つの条件を提示した。 “元の世界に帰るまでの間なら、その使い魔とやらをやってもいいぜ”と。 使い魔を戻す方法などある筈もない、その条件にルイズは頷いた。 その日から、このちぐはぐな主従が誕生したのだ。 睨むのにも似た彼女の視線から逃れるように目を向けたスコアボード。 そこには10点以上の大差という散々な記録が残されていた。 自分の不甲斐なさを叱責するかと思われたゴールドアームは無言で素振りを続ける。 「何よ! 言いたい事があるなら言えばいいじゃない!」 遂に沈黙に耐え切れなくなったルイズが食って掛かった。 スッと彼女へと伸ばされるゴールドアームの腕。 無骨で無機質な鋼鉄の塊に思わずルイズは身を硬くした。 しかし、その手はメット越しに彼女の頭を優しく撫ぜた。 「大したガッツだぜ、お前さんはよ」 これだけの点差が付けばプロのアイアンリーガーでも気力が萎える。 勝ち目を失ったと試合を続ける闘志さえ失ってしまうだろう。 しかし、この少女は諦めなかった。 チームメイトからの叱責を受けたとしても、 相手から失笑されたとしても、それでもマウンドに立ち続けたのだ。 決して屈する事なく全力で投球し続けたのだ。 それを誇りと言わずして何と言おう。 彼女をベンチへと送り、彼はバッターボックスへと向かう。 「遅かったわね。勝負はもう付いたわよ」 「何寝惚けた事言ってやがる…まだ試合は終わっちゃいねえぜ!」 燃えるような髪がマウンドに靡いて映える。 キュルケの挑発に、ゴールドアームは気迫の篭った声で応じた。 それは彼女だけにではなく、ベンチで項垂れるチームメイトに向けての物でもあった。 噴き上げる火山にも似たゴールドアームの闘志に、彼女は艶かしく唇を舐めた。 そうでなくては面白くも何ともない。 全力で立ち向かってくる相手を打ち負かしてこそ勝利。 彼との対決は今まで体験したどの恋愛よりもエキサイティングだった。 バッテリーを組んだタバサがサインを出す。 それに力強く頷いてキュルケは堂々とボールの握りを突き付けて宣言した。 「今日こそ貴方を打ち取って見せるわ、この新魔球で!」 「おもしれえ! やってもらおうじゃねえか!」 手の内で握り締めたバットがギシリと音を立てる。 見せた握りは何の変哲もないストレート。 しかし新魔球と言った以上、彼女は必ず何かをしてくるに違いない。 キュルケの言葉に対抗心は沸けども困惑は無い。 彼女が全力を出すのならば、それ以上の力で上を行く。 それが宿命のライバルとの戦いで学んだアイアンリーガーの魂だ! ワイルドアップから投球モーションへと移る過程で紡がれる詠唱。 手からボールが放たれた直後、彼女は自分の杖を振るった。 直球を追い抜いて飛ぶ1メイルはあろうかという火球。 バットを振りぬこうとしても前を行く火球に阻まれて打つ事は出来ない。 仮にキャッチャーが『雪風』の二つ名を持つタバサではなくマリコルヌだったならば、 こんがりといい感じで丸焼きにされていただろう。 キュルケの顔に笑みが浮かぶ。 渾身の力を込めた火球は鋼鉄のバットさえも容易く溶かす。 そんなものでストレートを打ち返す事は決して叶わない。 しかし、その絶対の自信は彼の一振りで容易く打ち砕かれた。 「なっ…!」 困惑する彼女の口から驚愕が漏れる。 火球とボール、その両方を切り裂くかの如き一閃。 真心を捉えられた打球はセンターを抜けて外野に深々と突き刺さる。 返球されたボールが内野まで戻ってくる頃には彼は悠々と三塁を踏み締めていた。 複雑な感情が入り混じった目で見つめるキュルケに彼は肩を竦めて答える。 「火力は及第点だが、肝心のストレートがなっちゃいねえぜ。 あの程度の球威と速度なら焼け切れる前に十分打ち返せる」 何よりも彼はバットを焼き切る魔球を既に体験している。 その経験があればこそ確実に打ち返せるという確信に繋がったのだ。 地団太を踏んで悔しがる彼女を眺めながらゴールドアームは笑みを浮かべた。 ホームスティールを狙っているのではと思わせる大胆なリードを取る。 「………タイム」 「必要ないわ、タバサ! 打ち取れなかったけど、この回は0点で切り抜けて見せる!」 駆け寄ろうとしたタバサをキュルケは鼻息荒く追い返す。 頭に血が上っている彼女の姿を見てタバサの不安は一層増していく。 確かにキュルケの言う通り、彼に打たれた程度で崩れはしないだろう。 タバサはこの打席で点を取られる事さえ覚悟していた。 事実、彼の俊足ならばランニングホームランに出来る当たりだった。 それを三塁で留まった理由は唯一つ。 彼はチームを勝たせる為にキュルケを揺さぶるつもり。 「くっ……!」 小刻みに動くゴールドアームを牽制するキュルケの投球フォームは、その心の内と同様に乱れていた。 制球が定まらぬままに放たれた球は、どれもタバサのミットを大きく外れていく。 それを三塁ランナーから出された『ボールをよく見ろ』という指示に従い、バッターは四球で出塁した。 ゴールドアームならまだしも他の選手に出塁された事で完全にキュルケは動転していた。 バッターボックスに入ったギーシュが三塁にいるゴールドアームを見つめる。 見ていくべきかと視線で尋ねる彼に出された指示は『好球必打』。 ドットクラスが故か、キュルケはどこかギーシュを実力以下に侮っている節がある。 恐らく確実にアウトにする為に置きにくる球があると彼は予想していた。 その指示に、ギーシュは力強く頷く。 ゴールドアームの言葉は常に的確で力に満ちていた。 彼が“打てる”といったならば絶対に“打てる”のだ…! フィールドに快音が鳴り響く。 キュルケの指先から放たれた白球は、その球速を上回る速度で内野を突き抜けた。 打球の行く先を確認しながらゴールドアームがホームベースを踏んで吼える。 「さあ野郎ども! 反撃開始といこうぜ!」 彼の鼓舞にチームメイト達も雄叫びを上げる。 ギーシュの上げた一点が試合の流れを大きく変えた。 先程までの敗戦ムードは一掃され、気合も新たに次のバッターにエールを送る。 仮にゴールドアームがランニングホームランで点を上げたとしても、 チームメイト達が彼に頼り切るだけでこうはならなかった筈だ。 だからこそゴールドアームはこのムードを作り出した。 タバサは畏怖と敬意の入り混じった視線で目の前を通り過ぎる彼を見送った。 「見てただろう?僕の華麗なバッティング」 「ああ。あのキュルケから点を取ったんだ。 きっと愛想尽かしたモンモランシーだって惚れ直すぜ」 ゲームセットと共に両軍は互いの健闘を讃え合い、校舎へと戻っていく。 その中には試合の結果に不服の者達も当然のように含まれていた。 ハッキリ言うとルイズとキュルケの二人である。 結局、ルイズのチームは大量の点差が響いて逆転には到らなかった。 敗北を喫した口惜しさに外したグラブを力強く握り締める。 しかしキュルケにしてみれば、それだけのリードがありながら僅差にまで追い詰められた事自体、敗北に等しい。 両者共に勝ち名乗りを上げずに真っ向から睨み合う。 そして未だ熱が冷めやらぬルイズが挑戦状を叩き付ける。 「この決着はサッカーでつけてやるわ!」 「ええ、望む所よ! もっともそんな短い足でシュートできるとは思えないけど。 まあ平坦な分、トラップはしやすいかもね」 そう言って胸を指差したキュルケにルイズの怒りは最高潮に達した。 試合を待たずPK勝負で決闘するべく二人はフィールドに向かう。 その微笑ましいのか、宥めるべきなのか判らない光景を前にゴールドアームは肩を竦めた。 だが、互いにライバルがいるというのは悪い事ではない。 この学院を卒業してからも二人は競い合い切磋琢磨していく事だろう。 そう。例えるなら俺とアイツの関係のように…。 「あの、お疲れ様ですゴールドアームさん」 「ああ。ありがとよ」 不意に掛けられた声に振り向くと、そこには洗濯籠を抱えたシエスタがいた。 差し出されたタオルを受け取りながら彼女に礼を述べる。 初めこそは風貌の所為で怖がられていたが、今ではすっかり打ち解けていた。 シルフィードやフレイムのような大型の使い魔にも餌を与えていたのだから順応も早いだろう。 「ゴールドアームさんが来てから生徒の皆さんも変わったって学院長が喜んでましたよ。 誰もが自分の事しか考えない中で仲間との協調の大切を学んだって」 「そんな大層な事は教えちゃいねえよ。 俺はただ『スポーツ』を教えてやっただけだ。 そこから何かを学び取れたなら、それはそいつらの努力の成果だ」 彼が知る限り、ハルケギニアで互いに死力をぶつけ合う方法は決闘しかなかった。 だからこそ彼はスポーツを教えたのだ。 傷付けあうのではなく、互いに競い高め合う誇り高き闘いを。 「ところでシエスタは参加しねえのか?」 「わ、私には無理ですよ。それに貴族の方に混じってプレイするのは…」 「気にするな。俺から皆に話を付けといてやる」 「いえ、せっかくですけど止めておきます。 私は見ているだけでも十分楽しいですから」 笑顔で返すシエスタに、そうかとゴールドアームは頷いた。 無理強いするつもりはない。ただ気が向いた時に来てくれればそれでいい。 更に付け加えるようにシエスタは笑いながら、 新たにユニフォームも加わった洗濯籠を見せて冗談を口にする。 「それに洗濯物もありますしね」 「違えねえ」 豪快に笑い飛ばすゴールドアームに一礼し、シエスタは去っていった。 自分だけとなった中庭でゴールドアームは佇む。 こうして誰もいなくなると彼は決まって元いた世界の事を思い浮かべる。 ルイズ達といる時には、ここで連中にスポーツを教えて過ごすのも悪くないと思えてしまう。 だが一度、彼女達から離れると頭の中はアイアンリーグの事しか考えられなくなる。 自分の兄弟とチーム、そして永遠の宿敵達が次々と浮かんでは消えていく。 最後に浮かぶのは決まってマウンドに立つあの男の姿だった。 バッターボックスに立つ自分と向かい合うように睨み合う。 ワイルドアップから天高く足を蹴上げて放たれる魔球。 「……マグナムエース」 呟くようにゴールドアームは彼の名を呼ぶ。 握り締めたアイアンリーグ用のボールがギチリと鈍い音を奏でる。 モニター焼けの如く眼の奥にハッキリと浮かぶ宿敵の姿に、 彼の回路は焼き切れんばかりの熱を放っていた。 前ページ次ページ神の左手は黄金の腕
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前ページ次ページもう一人の『左手』 「カザミ……本当なの? サイトが生きてるって……信じていいのねっ!?」 先程まで悪鬼のような形相で、風見の腹筋にグーパンチを打ち込んでいたルイズが、いきなりふにゃっと歓喜に緩んだ。――この使い魔は、愛想こそ無いが、嘘はつかないという事を知っていたからだ。 「ああ。いま奴は、この学校から南南西の方角に約5kmのポイントを馬車で移動中だ。目的地がどこかまでは、分からんがな」 「5……“きろ”?」 「ああ、こっちの言い方だと5“リーグ”と言った方がいいのか」 「サイトは?」 「ロープで縛られて、荷台に転がされている。……無事だよ。呼吸も顔色も変化は無い」 「でっ、でも、何で分かるのよ、そんな事まで……!? まるで、見てきたような言い方じゃない!?」 風見の正体を知らないキュルケが、ルイズやコルベールを振り返る。 コルベールは思わず、その視線を躱したが、彼やオスマンほどに『カイゾーニンゲン』の詳細を理解していないルイズは、キュルケの視線を受けて風見を見上げた。 その眼差しに、説明しろという意思を込めて。そして、キュルケに説明するふりをしながら、わたしにも理解できるように言いなさい、という意思も込めて。 風見は溜め息をついた。 「コルベール先生、アンタにいつか話した、V3ホッパーの話を覚えているか?」 「ああ……確か、私の記憶が間違ってなければ……上空高く打ち上げて、そこから“敵”の位置やアジトやらを探るための『目』だとか?」 「そうだ。つまり……この世界流に言えば、俺の“使い魔”のようなものだ。それが今、この学校の遥か上空から、女を見張っている」 「使い魔ぁ!?」 キュルケとルイズは、その単語に驚いて、目を見合わせる。 「カザミ、あなたってメイジだったのっ!?」 「ちょっと待ちなさいよっ! あんた言ってたじゃないのっ! 魔法の無い国から来たって!?」 「だから言ったろう、『のようなものだ』と。俺はメイジじゃないし貴族でもない。だが、俺の意思で自在に操作できる“物体”を持っていることは、間違いない。――それを便宜上“使い魔”と呼んだだけだ」 ルイズは納得のいかないという顔をし続ける。 キュルケは、全く以って意味が分からないという表情を崩さない。 「まあいい。君がそういう“しもべ”を所持している事は聞いておった」 オスマンがその一言で、なおも説明を要求する気配が濃厚な、二人の少女を抑える。 「それで、カザミ君、――君は一体、どうしたいのかね?」 「馬を一頭、お貸し願いたい」 風見の視線が、さらに硬くなった。 オスマンは、風見とゴーレムとの戦闘模様を目撃してはいない。 だが、それでも、この老人には分かる。 コルベールが言うように、眼前の青年が、その毅然とした表情の裏に、どれほどの苦痛を封じ込めているのかも。 馬を一頭、ということは……それほどの全身の悲鳴をこらえながら、なおも独りで行く気だというのか……!! 「死ぬ気か……カザミ君?」 「まさか」 「ならば、――少々メイジを甘く見過ぎてはおらんかの?」 風見は答えない。 もっとも、その質問に答えるには、風見にとっては、対メイジの戦闘経験が、余りにも少なすぎるせいもあるのだが……。 「悪いが……君の申し出は、断らせてもらうしかないようじゃ」 オスマンは言った。 「悪く思わんでくれよ。君を行かせて、結局人質の少年もろとも死なせるような事になれば、わしは――」 そう言って、オスマンはルイズをちらりと見ると、 「わしは、ミス・ヴァリエールから、使い魔を全て取り上げてしまう事になるでな」 「……そう、か」 風見はうつむいた。 あるいは、この老人ならばとも思ったが、……やはり、予想は覆らなかった。 (どうする……!?) いまの体調では、おそらく変身したとしても、フルパワーの6割ほどしか動けまい。 いや、それは問題ではない。 おそらく困難なのは、戦うことではなく、殺さぬように手加減する事だ。 全身を、絶え間ない電流のような激痛が走っている。 だが、それでも、まだ状態はマシだというしかない。 おそらく、ルーンが刻まれる前だったら、この改造強化された身体でさえ、立てるようになるまで二日はかかっただろう。――あのゴーレムの蹴りは、それほどのダメージだったのだ。 それはいい。動けるならば、それに越した事は無い。 だが、痛覚を中途半端に遮断されたおかげで、ボディの状態が正確に把握しづらい。それが困る。 この体調で、山道を駆ける馬車を追うのは、かなり厳しい。 だが、……どのみち、休養を取る気など無い。 女の顔と嘲笑、そして才人の失神した姿が頭にこびりついて、とても寝てなどいられない。 ならば、するべき事は決まっている。 「では――失礼する」 「待ちたまえ」 オスマンが、行こうとする風見を呼び止める。 「念のために訊くが……これからどうするつもりかね?」 知れた事、と言わんばかりの表情で、風見はオスマンに目を向ける 。 「馬が使えなければ、二本の足を使うまでだ」 そう言って、振り返ろうとした瞬間だった。――“それ”が視界に入ったのは。 「カザミ君、君の気持ちも分かる。分かるが、もう少し落ち着いたらどうじゃ」 「カザミさん、いまの体調で、フーケのゴーレムと戦えると、君も本気で思っているわけじゃないだろう?」 「何カッコつけてるのよカザミっ!! 怪我人のあんた一人で行かせたら、御主人様が笑われちゃうでしょっ!!」 「――って、ルイズ、あんた行く気なのっ!?」 風見の周囲で、老人・中年・少女二人の、四つの声が錯綜する。 しかし、いま彼の耳には、そのいずれの声も届いてはいなかった。 「カザミ……君……!?」 オスマンが最初に、彼の異変に気付いた。 風見の見開かれた目が、宝物庫の一角に向けられ、全く微動だにしていないことに。 「……どうしたんじゃ?」 そのオスマンの問いには答えず、風見の脚は、引き寄せられるように、“それ”に向かって踏み出していた。 一歩、また一歩、……まるで夢遊病のようなおぼつかない足取りは、決して、彼の身体に残留した深いダメージのせいだけではない。 そして、とうとう風見は、“それ”に触れた。 ルーンが輝くのが分かる。 たしかにコイツは、ある意味『兵器』だ。あらゆる武器を使いこなすと言われた、このルーンなら、“これ”を『武器』の延長線上にある存在と認知しても、何ら不思議ではない。 そして、輝くルーンから流入してくる圧倒的な情報は、“それ”がまだ『生きている』ことを教える。 「Mr.オスマン……確かここは、マジックアイテムとやらの保管所だったな」 「ああ、そうじゃが……」 「ならば、何故こんなものがここにある?」 「“こんなもの”とは、それか? その『黒金の馬』の事かね?」 . 「くろがねの……うま……」 コルベールが、思わず口を差し挟む。 「カザミさん、それは、かつてロマリアから送られた、『場違いな工芸品』と呼ばれる存在の一つだよ。いつ、誰が、どこで、何のために作ったのかサッパリ分からない。構造を調べようにも分解すら出来ない」 「……」 「君が何故その物体に、そんな表情を向けるのか分からないが……一体どうしたんだね?」 風見は答えなかった。 ただ、全身から込み上げる震えを、ガマンできなかった。 もはや、指先から爪先まで駆け巡る痛みすら、気にならない。それほど有り得ない事だったのだ。――こんなところで、こんな異世界で、自分の分身にめぐり合おうとは!! 「『黒金の馬』、か……。上手いネーミングをつけたものだな、全く……」 「君は、知っておるのか、まさか、それを……!?」 滅多に動じぬオスマンが、信じられないものを見る目で、風見を見る。 「ああ、知っている」 風見は、さっきまでの苦渋の表情が嘘のような、むしろ誇らしげな顔で答えた。 「コイツの名はハリケーン。俺の相棒だ」 「あいぼう……?」 「はりけーん……?」 4人はぽかんとなった。 相棒とは、我ながら上手く言ったものだな。 風見は、心中苦笑する。 たしかに――相棒だ。仮面ライダーが“ライダー”と呼称される由縁。 このマシンを、まさに分身のごとく自由自在に、あらゆる場所で乗りこなす。 そのライディングテクニックがあればこそ、俺たちは“仮面ライダー”なのだ。 「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ……あんた何言ってんの? これは王宮から魔法学院に預けられたマジックアイテムなのよ。まさか、わたしたちが知らないと思って、デタラメ並べてネコババしようなんて――」 「ハリケーンっ!!」 風見が、ルイズの声を遮るように叫んだ。 ――ドルン!! ドルンドルン!! 風見の一喝と同時にそのマシン……ハリケーンのエンジンに火が入る。 オスマン、コルベール、ルイズ、キュルケの4人は……もはや声もない。 彼は、そうするのが当然である、と言わんばかりの自然さで、ハリケーンに跨った。 変わらない。 たとえ、世界が入れ替わっても、コイツの乗り心地だけは変わらない。 「Mr.オスマン、馬はもう要らなくなった。代わりにコイツを返して貰う」 「返してもらうって……こいつはたまげたわい……!!」 「学院長」 呆気にとられるオスマンに、ルイズが駆け寄る。 「カザミを行かせてあげてください。いま、サイトを救えるのは、彼だけなんです! お願いします!!」 「ルイズ!?」 「ミス・ヴァリエール!?」 キュルケとコルベールが、驚きの声を上げる。 この少女は、自分の使い魔が、どういうコンディションか聞いていなかったのか? 「確かにカザミは、無愛想だし、目付き悪いし、言うこと聞かないし、いま大怪我してるかも知れないけど、それでも、こいつが」 そこでルイズは、一度言葉を切り、 「――いえ、わたしたちが行かなきゃ始まらないんです! カザミが危なくなったら、わたしが助けます! だから、行かせてください、お願いしますっ!!」 オスマンの深い目が、必死になってそう訴える少女を見つめる。 「……その言葉の結果が、いかなる結末を迎える事になっても、誰も責任は取れんのじゃぞ、ミス・ヴァリエール。それでも良いのじゃな?」 その問いに、ルイズは答える言葉を持たない。――だが、ルイズはもう、うつむかなかった。 彼女には分かっていた。自分がこのまま、何も為さず、まんじりと座して夜明けを待つことなど、到底出来そうもないことを。 「仕方ない、かの……」 オスマンが、何かを諦めたかのように、何かを吹っ切ったかのように、微笑んだ。 「――あっ、ありがとうございますっ!!」 そうだ、それでいいんだ。 何を迷っていたんだろう。 使い魔を助けるのは主の勤め! わたしがサイトを助けてあげなくて、一体誰が、あのばか犬を救い出せるっていうのよっ!! その思いは、悲壮感に沈みこんでいたルイズの心を、鎖から解き放つカンフルとなった。 「さあ、行くわよカザミ、準備はいい!?」 「ちょっ、ちょっと待ちなさいルイズ!」 キュルケが、ハリケーンのタンデムシートに座ろうとするルイズを引き止める。 「宜しいんですか学院長!?――いや、カザミの体調じゃなくて、あの『黒金の馬』のことですわ!!」 さすがのキュルケも、うろたえた声を出す。 「あたしはゲルマニアからの留学生ですが、失礼ですけど、いま学院長がなさった決断が、トリステインにとって、取り返しのつかない事態を招きかねないのは分かりますわ!!」 「取り返しのつかない事態?」 「あの『黒金の馬』は、確か、ロマリアから送られた国宝なんでしょう!? それを平民に勝手に与えてしまうなんて、……下手したら外交問題ですわよっ!!」 そう、確かにキュルケの言う事は正しい。だが、オスマンは深沈たる眼差しでかぶりを振った 「『勝手に与えた』と言うならば、そもそもあれは、我々が“勝手に”所有権を主張し、使い方さえ理解できず、ついには“勝手に”蔵に放置するしか出来なかった代物じゃぞ?」 「しっ、しかし!!」 オスマンは、なだめるようにキュルケに言う。 「ミス・ツェルプストー、あの『馬』のいななきを聞きたまえ。まるで喜んどるようじゃないか? 久しぶりに主に出会うて、喜び勇んどるようじゃないか?」 「学院長……」 「『黒金の馬』はフーケに盗られて、永久に失われたことにしておこう。ここにあるのは、彼の愛馬『ハリケーン』じゃ。よいな?」 そう言って、オスマンは、キュルケを見、ルイズとコルベールを見、そして、風見を見た。 「Mr.オスマン……済まない」 「やれやれ、若い者にはかなわんの」 老人のその目は、笑っているように見えた。 その老熟と寛容を併せ持った眼差しは、風見の知るある人物にそっくりであった。 「ありがとう。――おやっさん」 風見は、そう照れ臭げに呟くと、そのままハリケーンのアクセルを吹かし、壁の穴から闇の中に飛び出していった。 一緒について行く気満々だったルイズを取り残して。 「こら~~!! 何で御主人様を置いて行くのよ、ばかばかばか~~~!!」 「目が覚めたかい? 坊や」 風の冷たさで、才人が意識を取り戻した瞬間、つやっぽい女性の声が聞こえた。 「ここは……?」 体を起こそうとした途端、“床”がガタンと地震のような振動を起こした。肩が捻り上げられるような衝撃が才人を襲う。 「いででっ!!」 その時になって、ようやく才人は、自分が後ろ手に縛り上げられている事、また、“床”だと思っていたのが、荷馬車の荷台だという事、さらには、馬車が走っているのが、石ころだらけの暗い林道である事に気付いた。 そして、御者席に座り、その馬車を猛烈なスピードで走らせる女性……! 「あんた、一体何者なんだ……!?」 女は、御者台からちらりと振り返ると、フードを取った。 「そういや、お互い自己紹介がまだだったねえ」 「あんた、……ミス・ロングビル、じゃない……のか?」 すでに捨てたはずの名で呼ばれ、女はくくくっ、と笑った。 「わたしの名は『土くれ』のフーケ。ロングビルってのは、むかし近所に住んでた行き遅れのオバサンから借りた名前さ。よろしくね――ガンダールヴ」 「ガン、ダム……?」 「おや、まだコルベールやオスマンのエロジジイから、何も聞いてないのかい?」 「おれはヒラガサイトだっ! そんなモビルスーツみたいな名前じゃ――ぐむっ!?」 才人はだんご虫のように、いきなりうずくまり、丸くなった。 「くくくっ ――舌噛んじまったかい? 山道の馬車は揺れるからねえ」 むかついた。 この女が、自分をゴーレムで握り殺しかけたという事以上に、自分について自分以上に何か知っているらしいという態度が、才人には非常に気に食わなかった。 だが――、 「安心しな、そんなに怯えなくても殺しやしないよ」 そう言われた瞬間に、恐ろしいほどの恐怖が背筋に這い登ってきた。 そうだ、おれは、――この女の顔を、はっきり見てる。 普通、こういう場合って、くっ、くっ、くっ、……口封じに……!! 「きえええええぇぇぇぇっっっ!!!」 悲鳴にもならない悲鳴が、才人の口から迸った。 そして、自分がどういう体勢なのかも省みず、馬車から飛び降りて脱出を図ろうとしたが……、 「えっ、えっ、ええ~~~!!?」 後ろ手に縛られたロープが、なんと馬車の荷台に結びつけられていたらしい。両肩が脱臼せんばかりの激痛が走った。そして、そのまま荷台に置いてあった、細長い木箱に、いやというほど脳天をぶつける。 才人は、再び失神した。 「まったく、……あんた馬鹿じゃないの?」 再び意識が戻った時、才人は山小屋の中で、床に転がされていた。 それをフーケが呆れたような顔をして、見下ろしている。 「感謝して欲しいもんだわね、命を救ってあげたんだから」 「へ?」 その言い草の、あまりの意外さに、才人はキョトンとなった。 「分からないのかい? もしアンタ、あのまま馬車から飛び降りてたら、受身も取れずに、石に頭ぶつけて死んでたよ」 才人はそう言われて、――馬車の荷台から見た、街灯一本ない暗闇の眺めや、5秒に1度は、石を踏んでゴツンゴツンに揺れていたデコボコの山道を思い出し、ぞっとした。 「あんたみたいな向こう見ずなガキが、ガンダールヴなんて……信じられないよ、まったく」 そう言いながらフーケは、背中に回された才人の両手のロープを解き、 「ホラ、食いな」 と、パンを差し出す。 「え?」 「いらないのかい?」 「え、あ、いや、――ありがとう」 そのパンは、半ば硬くなっており、ろくに味もしなかったが、それでも才人は、貪るように食い尽くした。思い返せば、彼は夕飯を食べていなかった。 例の『使い魔品評会』の出場問題で、ルイズを怒らせて、抜かれてしまったのだ。 しかし……。 「あの――?」 「なんだい」 「わざわざロープを解いたのは、おれにこのパンをくれるため、なのか?」 そう、おずおずと訊く才人に、フーケはフンと鼻を鳴らして、 「当たり前だろ? それともあんた、犬食いがしたかったのかい?」 と言った。 才人は数瞬、あっけにとられたが、――どうやら、メイジである彼女は、現役高校生の腕力による逆襲など、全く歯牙にもかけていないらしいと、ようやく理解した。 「さて、それじゃあ、本題に入ろうかね」 目の前に置かれたのは、1,5mほどの細長い木箱。 「アンタは、自分が“ガンダールヴ”だという事実を、まだ認識していないらしいけど……少し試させてもらうよ」 そういうと、『練金』で小さなナイフを錬成し、才人の傍らの床に投げ刺した。 「抜きな。左手の甲のルーンが見えるようにしながらね」 才人は未だに何の事か分からない。 しかし、こんなナイフ一本で、巨大ゴーレムを自在に錬成し、操作する女に逆らう気は起きない。 そして、ナイフを――言われた通り左手の甲を見せながら――抜いた瞬間、ルーンが煌煌と輝いた。 「なっ!?」 いや、それだけではない。 ルーンが輝いた瞬間に、いまだ残る両肩の痛みが消え、体が軽くなった……!? ――パチン!! フーケが指を弾いた瞬間、ナイフがいきなり土に変化した。 彼女が『練金』を解いたようだ。 まるで理科の授業で、物質の腐食と風化の超早送りVTRをみせられたようだった。 「そのルーン……やっぱり本物だったか……わたしは盗賊の神様に感謝すべきだねえ」 涎をたらさんばかりの笑顔を見せ、 「まさか、どうやって身柄を抑えようか悩んでいた、当の本人が、自分から飛び込んできてくれるなんてねえ……」 「なあ、ちょっと待ってくれよ、説明してくれよ。おれ、あんたが何を言ってるのか全然分からないんだよ」 さっきの怪現象はなんだったんだ!? そういや、ギーシュとかいうキザ野郎と決闘した時も、剣を握った瞬間に、体から痛みが抜けた。いや、それだけじゃない。その剣で、等身大の金属人形を、真っ二つにした……このおれが……!? 今まで知らなかった自分自身の情報を突きつけられ、才人は狼狽する。 そして、フーケは言い放つ。 「もう分かってるんだろ? あんたはあらゆる『武器』を使いこなす。――あんた自身の力じゃない、全部そのルーンの力さ。伝説の使い魔“ガンダールヴ”のルーンのね」 ――伝説の、使い魔……? なんだそりゃ……!!? 「さあ、説明は以上だ。その木箱を開けて、『破壊の杖』の使い方を教えてもらおうか? そいつが魔力に反応するタイプの、単なるマジックアイテムじゃないっていうのは、ディティクト・マジックでもう分かってるんだ」 「教えるって、……おれが?」 「分かった事を素直に全部言ってくれれば、――無事、魔法学院まで送ってやるよ」 つまり、期待通りの情報を言えなければ、命は無い。 そういう事か……!? 殺すのか、殺すのか、おれを、殺すのか、おれは、殺されるのか!? もう、否も応もなかった。 才人は、眼前の木箱を引っくり返し、夢中で、蓋とおぼしき板を引っぺがした。 中に入っていたのは、長さ1・2m程度の……。 これって、あの、たしか、――ガンダムで、ザクとかドムが使ってた、アレ? でも、たしか『杖』って……。これ、杖でも何でもねえじゃん。 おそるおそるフーケを見上げる。 「なにグズグズしてるんだいっ!! さっさとしなっ!!」 その一喝に、才人は反射的にその“物体”をつかむ。 ルーンが光る。 その瞬間に、この“物体”に関する、おびただしいデータが彼の脳内に流入してきた。 「ひいいいいいぃぃぃっっっ!!!」 「なっ、なんだいっ! どうしたんだいっ!?」 目を見開いて、発狂したように取り乱す才人。まるで、白昼に幽霊でも見たような絶叫をあげ、山小屋の隅まで転がって、がたがた震える。 フーケは、何が起こったのか分からず、目をぱちくりさせた。いくら何でも、この反応は予想の斜め上を行き過ぎている。それともまさか、呪いのアイテムなのか!? 「おいっ! 坊やっ!! 答えるんだ、アレは一体、何だったんだよっ!!?」 「――かっ、かかかか……」 「か?」 「かめ……ばずーか……!!」 哀れなる『土くれ』のフーケは、……その才人の言葉の正確な意味を、知らなかった。 前ページ次ページもう一人の『左手』
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前ページもう一人の『左手』 . 「貴族の方々が、平民に何をしようが、我々に何が出来ると言うんだ。たとえどれだけ理不尽であっても、これが始祖ブリミルの定めし世界の理(ことわり)であり、法(のり)なのだ」 その悲痛な台詞に、才人は返す言葉を持たなかった。 彼女の父親は、次の瞬間にはハッと我に返り、済まなさそうな表情を向けたが、詫びの言葉は来なかった。――だが、そんなことは才人にはどうでもよかった。彼が言った台詞は、まぎれもない真実なのだから。 足元がふらつくような感覚をこらえ、才人はシエスタを追って厨房に入る。 「シエスタ……」 何を言えばいいのか、まったく整理もつかないまま才人は口を開く。 「はい?」 シエスタの笑顔に取り乱したところはない。もうパニックは脱したというところなのだろうが、帰省の理由を訊かれたときの彼女の反応を鑑みれば、シエスタが、次なる奉公先とやらに、どれだけ多大な恐怖を抱いているかは歴然だ。 思えば、学院での才人の話を家族にしていた時から、彼女の様子は妙におかしかった。彼女なりに、懸命に現実から目を逸らし、今この瞬間の団欒をぶち壊さないように、全力の努力をしていたのだろう。 才人は、おそるおそる口を開く。 「おれに……何か出来ることは、ないのか……?」 だが、少女は寂しげに微笑むと、きっぱりと言い切った。 「ありません」 時代劇でよく見る光景。 悪代官が村娘をさらい、屋敷に連れ込み、帯を掴んでくるくる回す。あ~~~れ~~~という声とともに、半裸に剥かれた娘が、悪代官のぎらぎらした欲望の前に差し出される瞬間だ。そして、この瞬間こそ、ヒーローが颯爽と登場するタイミングでもある。 ――だが、ハルケギニアに水戸黄門はいない。暴れん坊将軍も、柳生十兵衛も、座頭市も、椿三十郎も、桃太郎侍も、眠狂四郎もいない。 シエスタが去り、がらんとした厨房で、才人は自分の無力さに、歯ぎしりする思いだった。 あの少女は、決して涙を見せる事はないだろう。明日になれば、こともなげに笑って、新たな奉公先に歩み始めるはずだ。『人食い』と呼ばれた高級官吏のもとへ。 そんな健気な娘を救えずして、何が伝説の使い魔だ。何がガンダールヴだ。――もっとも、才人は今の時点で、ガンダールヴの具体的な由来や能力に関して、あまり詳細な知識を得ているわけではないのだが。 だが、何より彼は――衝撃を受けていた。 才人は、ようやく思い知ったのだ。 「平民のくせに生意気よ」 「貴族に向かって、そんな口を利いていいと思っているの」 ルイズが、事あるごとに口にする言葉。一億総中流の日本で育った才人には、たわ言にしか聞こえない、その台詞の本当の意味を。 現代日本――民主主義とは、根本から違うハルケギニアの社会構造。 魔法学院で生活していた時は、周囲が貴族ばかりだったがために、逆に自分は彼らを人間として認識する事が出来た。だが“個”としてではなく“階級”として貴族が存在する社会――身分制封建世界の理不尽さを、才人は、やっと肌で理解したのだ。 どうすればいい? どうすれば、彼女を救える? 時代劇宜しく、代官屋敷に殴りこむか? ――んなバカな!? 貴族の権利が法で保障されている以上、平民一匹が玄関先で土下座したところで、あしらわれておしまいだ。 剣を抜いても、たちまち兵隊に囲まれて、その場でなます斬りにされるか、生き延びたとしても逮捕に投獄、そして処刑が妥当なところだ。裁判が行われるかどうかさえ疑問だろう。 そもそも権力に対抗できるのは暴力じゃない。それ以上の権力だけだ。――いくら才人でも、その程度の常識はある。 伯爵という官位と、宮廷勅使という官職が、どれほどのものなのかはピンと来ないが、それでも一介の平民に、手が出せる相手ではないだろう。そんな貴族を相手に立ち向かえるコネの心当たりがあるかと訊かれれば、 (ある) 才人は、そう答えざるを得ない。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 才人をハルケギニアに召喚した少女。 トリステイン屈指の名門ヴァリエール公爵家の末娘。 あの娘ならば、おそらくは可能だろう。その例の伯爵に圧力をかけ、シエスタを学院付けのメイドに戻す事が。そして、そうであるならば、そうすべきなのだ。それこそが、何よりもシエスタ本人のためなのだから。 だが、……才人の心には、躊躇がはしる。 「もう二度と顔を見せないでッッ!!」 そう叫んだルイズの顔が、大写しで脳裡の画面に現出するからだ。 (いまさら、どのツラ下げてノコノコ頼みに行ける? おれとあいつは仲直りさえしたわけじゃないし、学院のメイドだと言っても、シエスタ自身、ルイズとは何の関係もない。その子に同情して助けてあげたいから力を貸せ、なんていくら何でも唐突過ぎる) もし再会したとしても、イキナリそんな話を持ち出せば、まるで頼み事があるから取りあえず仲直りに来ました、と言っているようなものではないか。才人としても、それは余りにも心外だった。 頼れない。 いくら何でも、図々しすぎる。 そもそも、この封建的理不尽が、ハルケギニアの日常茶飯事だとするならば――シエスタと家族には気の毒だが――その救済をルイズに頼むこと自体筋違いな気がするし、そもそも自分の依頼をルイズがまともに理解できるとも思えない。 「だって仕方ないじゃない。そういうものなんだから」 平然とそう言われたとき、おれは一体、ルイズにどういう言葉を返せばいいんだ? いや、そもそも、ルイズは無事なのかッッ!? そう思った時、焼け付くような胸の痛みが才人を襲う。 どうすればいい? おれはどうすればいいんだ!? 平賀才人は、膝を着いて、頭を抱えた。 \\\\\\\\\\\ (決まっているでしょう!!) 「まず、わたしを頼りなさいよっ!!」 そこには見知らぬ天井があった。 ルイズは、自分が羽布団を跳ね除け、ベッドの上で身を起こしていたことに、そのとき初めて気付いた。 自分が寮で使用しているものよりもさらに豪奢なベッド。いやベッドだけではない。その部屋にある調度品は、すべて最高級の素材と職人たちの手によって作られたものである事は、公爵家の娘である彼女には、一瞥で分かるものばかりだった。 つまりここは、魔法学院ではない。 「ここは、どこ?」 その問いに答えたのは、ルイズの傍にいた姫殿下。何の前兆もなく、寝言ともに突然跳ね起きた少女に驚きつつ、その驚愕を上手く隠し切れない不器用なアンリエッタ。 「ここは……トリスタニアの王宮ですわ。ルイズ・フランソワーズ」 そして、周囲の者たち。 「やっと目を覚ましてくれたのね……本当に良かった」 いつもの悪態に似合わぬ優しい言葉をかけてくるキュルケ。 「君は、丸二日も眠っていたんだよ」 ホッとしたように椅子にへたり込むギーシュ。 「……」 タバサの無表情は相変わらずだが、今日の彼女はいつもに比べて、目元が穏やかである気がする。 羽帽子を脱いだワルドもいる。 そして――、 「ルイズ」 . 歳の頃は五十過ぎ。白髪混じりの金髪と美髯をくゆらし、国内随一の名門の当主たるに相応しい威厳を放つ人物。 そして、その長女。 父親譲りの金髪と、母親譲りの強情さを見事に融合させた妙齢の女性。 ――ルイズの父親、ラ・ヴァリエール公爵。そしてその長女、エレオノール・アルベルティーヌ。 「おっ、おとうさまっ……!? それに、姉さままで……ッッッ!?」 「何があったのかは、すべて姫殿下と枢機卿から聞いた。――大変だったようだな」 「ジェームズ陛下とウェールズ殿下に失礼はなかったでしょうね、おちびルイズ?」 ルイズは、状況が読めずにぽかんとなった。 二日も寝ていたって、わたしが? それに、魔法学院の級友たちはともかく、王政府の有力閣僚として城に詰めているはずの父や、トリスタニアの“アカデミー”で研究に従事しているはずの姉が、何故ここに? ――そして少女は、脳裡に湧き出す、それら全ての疑問より更に優先すべき事実を確認する。 「サイトは……どこ……?」 それは幼児が母親の行方を求めるような、余りにも自然の問いかけであったろう。 だが、その言葉を発した瞬間、一同の表情に、さっと翳りが生じた。 あの剛毅で知られた父でさえもが、娘たる自分から目を逸らしている。 あの驕慢で知られた姉でさえもが、妹たる自分から目を逸らしている。 いや、それだけではない。その名を口にした途端、この部屋に何とも形容しがたい、居心地の悪い空気が漂ったの事に、さすがにルイズといえども、気付かざるを得なかった。 「……そっ、それよりルイズ、あの時起きた爆発なんだけど――」 「話を逸らさないで。サイトはどこ?」 懸命に気を利かせた台詞を、あっさり瞬殺されてしまうギーシュ。 そして級友の配慮を、一撃で斬って捨てたルイズに、さっきまでの寝起きの表情はカケラもない。その眼光には、あくまでも事実を冷静に受け止めようとする、理性の輝きが含まれていた。 ワルドが静かに口を開いた。 「彼はここにはいない。君も知ってのとおり――」 「ワルド子爵っ!?」 エレオノールが反射的にワルドを振り返り、ヒステリックな金切り声をあげる。 昏睡状態から覚めたばかりの末妹が、いきなり投げかけられた厳しい現実を受け止めきれるとは、この厳しくも優しい姉には、とうてい信じがたい事だったからだ。 だが――、 「いいの。姉さま」 そう言うとルイズは、さきほどギーシュに向けた冷静な眼差しを、今度は姉に向けた。 「わたしは本当の事が聞きたいの」 そして、その形のいい頤(おとがい)をワルドに向けると、さっきまでの言葉を続けるように静かに頷き、ワルドも、婚約者に応えるように口を開いた。 「君の使い魔が、ぼくたちとは別ルートでアルビオンに上陸し、何とかして君と連絡を取ろうとしていたのは間違いないようだ」 そう言って、彼はギーシュやキュルケ、タバサの方にちらりと眼をやり、さらに言葉を続ける。 「そして、いま現在、君の使い魔は二人とも消息不明だ。カザミと呼ばれる男がアルビオンにいる事は間違いないが、サイトという名の少年が目撃されたのは、『イーグル』号から脱出する君たちの小型艇を救うために、風竜の背に乗って飛び立ったのが最後だ」 「……そう」 一隻の戦列艦を丸ごと包んだ爆発に、騎乗していたドラゴンごと巻き込まれた少年の姿。断末魔の悲鳴のように、彼が叫んだ自分の名前。 (やっぱりあれは、現実だったんだ……ッッッ!!) 胸を抑えて俯くルイズに、アンリエッタは駆け寄った。 「ああルイズ、このおろかな王女を許して頂戴。わたくしの無謀な頼みのせいで、貴女の大事な使い魔さんを……ッッッ」 「いいえ姫さま、そのような――」 何かを言い返そうとするルイズの小さい肩を、アンリエッタは抱き締める。 . 「もう何も言わないでルイズ・フランソワーズ。子爵から聞きました。わたくしの依頼がなければ、そもそも貴女と使い魔の彼が仲違いする事もなかったと。ならば、彼が貴女と別行動を取り、彼だけが天に召される原因となったのは、わたくしではありませんか」 「ひめ、さま……」 「恨んでください。憎んでください。それで貴女の気が晴れるならば、わたくしをいかように扱って下さって結構です」 そう言って、ルイズの顔を覗き込む王女の顔には、涙が光っていた。 事実、アンリエッタの心は、この小さな友人への謝意で一杯だった。ウェールズを想う自分のワガママが、この少女から大事な使い魔を奪ってしまったと思えば、詫びる以外に何が出来たであろうか。 そんな姫君の肩に、ヴァリエール公爵が言葉を投げかける。 「姫殿下。娘への勿体無き御言葉、父として礼を申し上げます。ですが、これ以上の御言葉は過分にございます」 「いいえ、そんな――」 しかし公爵の視線は、何かを言わんとした王女ではなく、半身ともいうべき使い魔を喪失した娘に向けられていた。厳格なはずの父親が滅多に見せない優しい瞳。 「ルイズ」 「は、はい」 「お前が気落ちするのは当然だ。だが、いつまでも悲しみに溺れていては、人は駄目になる」 「……」 「いますぐ、その少年を吹っ切れとは言わぬ。だが、彼の想い出に囚われるのではなく、彼の想い出自体を誇りとしてやりなさい。――お前にはそれが出来る」 「お父様……」 真っ赤に腫らした瞳で、少女が父を見上げた、まさにその瞬間だった。 「心配ない」 そのとき、この場にいた全員がタバサを振り返った。 王女アンリエッタが入室してもなお、無言で礼を返すだけだった寡黙な眼鏡少女が、いま初めて、この部屋で言葉を発したからだ。だが、彼女の発言内容は、この部屋の全員をさらに、改めて驚かせるに充分だった。 「サイトは生きている。さっきわたしの使い魔から報告を受けた。彼は今、タルブという村にいる」 使い魔? 報告? タルブ? さっきって、いつの間に? ――いったい何を言っているの、この子は? 誰もが、その言葉に呆然とするしかなかった。タバサの言動は、文字通り、才人の死を嘆くルイズを慰めていた先刻までの場の空気を、蹂躙する存在以外の何者でもなかったからだ。 一方タバサは、それだけ言ってしまうと、先程までの寡黙な少女に戻ってしまった。まるで、言うべき事はすべて言ったと言わんばかりに。そして、その態度が、タバサという少女をよく知らない者たちに、さらなる混乱を与える。 まあ、無理もない。 キュルケはそう思う。 彼らは、タバサの使い魔シルフィードが、絶滅危惧種たる韻竜である事実を知らない。 そして、タバサが半ば強引に、才人の騎乗する風竜の鞍上に、人態に変身したシルフィードを乗せた事実を知らない。 だから空中に放り出された才人を、シルフィードが救出する可能性についても、やはり知らない。 突然の才人の生存報告には驚いたが、それでもキュルケやギーシュには、聞けば納得できる以上の話ではないのだが、それでも、タバサの発言の詳細を語ることは出来ない。それをするためには、必ずや彼女の使い魔が韻竜である事実に触れねばならないからだ。 面倒にかかわる事を人一倍厭うタバサにとって、王女や公爵、さらには現職のアカデミー職員の前や魔法衛士隊長の前で、自分の使い魔の正体をばらす行為は、絶対に避けねばならない。 タバサ本人以外にそれを認識しているのは、この場ではキュルケとギーシュだけだ。 だから、タバサ本人が再び口を閉ざしてしまった今、タバサの発言に対してキュルケたちが何かを言う自由は、彼女たち自身にもないのだ。 だが、不可解な眼鏡少女の発言と態度に戸惑う者たちの中で、ルイズだけが、その驚愕のベクトルを異にしていた。 (嘘でしょ……!? だったら、さっきの夢って、正夢だったって事……ッッッ!?) . 才人として眼を覚まし、言葉を聞き、人と接し、そして感じたもの。 あの時、ルイズは才人本人に成り切っていた。 記憶の共有などといった次元の話ではない。 夢の中で少女は、ヒラガサイトである自分を、全く疑っていなかった。 敢えて表現するなら、まさしく才人の五感が生中継で、昏睡中だった彼女の脳に、余すところなく送信されていたというべきなのだろうか? いやむしろ、その情報を受信するために、彼女の脳は自ら昏睡状態になったのではないだろうか? (なんのために?) 決まっている。 視覚、聴覚――五感の一つだけではない。 思考、感情、それによって喚起された記憶や知識など、それらを含む膨大な量の情報を、使い魔から受信するためには、彼女の脳が覚醒状態であっては、もはや処理し切れないからであろう。 “使い魔は主人の目となり耳となる能力を与えられている” もし、この正夢がそうなのだとするならば、自分たちの絆は、まさしく始祖ブリミルの保障するところであろう。だが、そう手放しで喜んでもいられない。 あの正夢がすべて事実であるならば、才人は、あのシエスタとかいうメイドに多大なる同情を抱き、ハルケギニアの貴族社会に確たる絶望を抱いた事になる。それは歓迎すべき事ではない。 何より彼は、貴族社会との唯一の手蔓であり、独力でアルビオンまで追って来たはずの自分と接触する事に、はっきりとためらいを覚えていた。ルイズからすれば、いまさら何を迷っているのかと怒鳴りつけてやりたいところだが、それも仕方がないと言える。 あの時、二度と顔を見せないでと泣いたのは自分なのだ。才人がふたたび自分と邂逅する事に躊躇を感じても、それは無理もないだろう。ただ追って来ただけならばともかく、その上で頼み事が在るならば、それは尚更だ。 (いや、それだけじゃない……) 昏睡から覚めた瞬間に、深層意識で繋がっていた才人の故郷に関する記憶や知識は、煙のように消え失せたが、それでも彼の価値観に触れたルイズの記憶までは消えはしない。 (あいつは……本当に、わたしなんかの想像できない世界から来た人間だったんだ……) 異世界から召喚されたという才人や風見の言葉を、いまさら疑うこともなかった。日常で垣間見る彼らの言動や行動基準は、ルイズにとって充分すぎるほど異質なものだったからだ。 だが、それでもハルケギニア以外の世界など想像すらした事もない少女にとって、改めて触れた現代日本の価値観は、今から思えば、全く理解できない異様なものであった。 少なくとも、貴族と平民とに同じ権利が保障される世界など、少女からすれば、なぜ社会として成立するのかさえ理解できない。いわんや、そういった身分階級そのものさえ存在しない世界など、野蛮という言葉以外で形容することは、絶対に出来そうもない。 素直に喜べる要素など、あまりにも在り得ない。 ルイズはむしろ、あの少年が、どこか遠いところに行ってしまったように感じていたのだから。 だが、もうそんな事にこだわっている場合ではない。 夢は、才人が絶望に頭を抱えたところで終わっていた。だから少年が結局、葛藤の末にどういう行動を選ぶのか、ルイズには知るすべはない。 宮廷勅使モット伯の悪評はルイズも耳にしていた。もし才人が、このままモット伯の屋敷に乗り込むようなことがあれば、彼は確実に無礼討ちにされてしまうだろう。それだけは避けねばならない。 もし才人が自分と連絡をとることを優先すればよし。だが、メイドが伯爵に身体を汚されるとすれば、それはやはり屋敷に上がった初日の晩であろう。才人がメイドを本気で守ろうとするなら、その日のうちにメイドか伯爵か、どちらかを止めるしかない。 そうなったら、居場所どころか生死さえ不明な主を頼らず、迷いに迷った末に徒手空拳で貴族の屋敷に乗り込むような愚行を、――才人ならばやりかねない。 貴族といえど鬼ではない。最悪でも、全てを投げ出して頼めば、伯爵もメイドを解放してくれるかもしれない。才人ならばそう考えるだろう。ルイズにはそれが分かる。 だが、少年には気の毒だが、ハルケギニアは、彼が考えているほど甘い世界ではない……。 「姫さま、竜籠の手配をお願いできますか?」 そう言って振り返ったルイズの表情は、アンリエッタが知らない厳しいものであった。 まだ間に合う。 もし、さっきの正夢がリアルタイムであるならば、まだ時間はある。メイドがモット伯の屋敷に行くのは、明朝のはずだからだ。 「わたくしを宮廷勅使モット伯の屋敷まで行かせて頂きたいのです」 . 風見志郎がニューカッスルに到着したとき、すでに王党派がトリステインに撤退して丸二日経っていた。 勿論、万人に理解できない形で終戦を迎えた混乱が、たった二日で収まるはずもなく、ニューカッスルは混乱と恐慌と興奮でごった返していた。だが、そんな貴族派の兵隊や傭兵たちの中に、風見を見るや、妙に落ち着かない素振りを見せる者が少なからずいる。 風見としては、それを気にするつもりはない。ある程度予測できる事だったし、逆に彼らの反応が無ければ少し困っていたところだ。そもそも戦勝で調子に乗った兵たちに、いちいち因縁を吹っかけられるよりは遥かにマシだ。 だが、それ以上にわけが分からないのが、今のアルビオンの、この状況だ。 五万を数えた貴族派の大軍団が、わずか三百の王党派を殲滅するどころか、撤退の手助けさえ実施していたと聞く。一説では、撤退用の艦船の提供さえしていたという成り行きは、その場にいた末端の兵たちにはサッパリ理解できなかったに違いない。 いわんや、その場にいなかった風見には、この終戦の事情を知るためには、想像の羽を広げる以外に方法はない。 (まあいい) 重要なのはそこではない。 王党派の総帥たるウェールズは、いまだ『レコン・キスタ』との細かい交渉のためにニューカッスルに残留しているとも聞く。これまた風聞で、一度殺されクロムウェルの“虚無”で蘇生されたとも聞くが、そんな事は問題ではない。 彼の目的はウェールズではなく、王子の傍にいるはずの“ブイスリー”なのだから。 そして、『レコン・キスタ』の兵たちが、無造作にうろつく自分に、妙な反応を示す理由も風見は承知している。彼自身の立てた仮説に従うならば――そして、その仮説の正しさは“ブイスリー”の存在によって証明されたわけだが――そろそろ迎えが来るはずだ。 風見は手近の食堂に入り、とりあえず一番安いメニューを頼む。 そして、十分ほど経った頃だった。 「ガンダールヴのカザミシロウ、ですね?」 そう言って話し掛けてきた一人の女が、目深に被った黒いフードを、はらりと脱ぐ。 「そういうアンタはミョズニトニルン、だな?」 女の面相に見覚えはない。 だが、その額に刻まれたルーン文字は、自分と同じく“主”を称する何者かによって刻まれた、使い魔の証であることは一瞥で知れた。 「わたしのことは、シェフィールドとお呼び下さい」 そう言って女は微笑する。 「クロムウェル大司教閣下が、あなたとお会いになりたいそうです。御足労願えますか?」 「会う理由は、俺にはない」 「閣下の意思を無下に断ると? クロムウェル閣下は、いまやアルビオン全土の支配者なのですよ?」 「俺が尊重するのは、尊重するに価すると俺が認めた奴だけだ」 「なるほど……やはり貴方は、カザミシロウに間違いないようですね」 そう言ったシェフィールドの笑顔に、ゆっくりと怖いものが内包されてゆく。 そんな笑みに今更たじろぐ風見ではない。だが今は、依怙地になっている場合でもない。 「ウェールズに会わせろ。それが条件だ」 「……」 眼から笑いを消したシェフィールドだったが、ややあって頷いた。 「分かりました。閣下に代わって約束しましょう」 “ガンダールヴのカザミシロウ” このシェフィールドと名乗る女は、確かにそう言った。 (どうやら予想通りだったな) 風見は女に続いて道を歩きながら、そう思う。 王党派の“赤い悪魔”とやらに対抗するために、『レコン・キスタ』が額に文字を刻んだ男を大陸から呼んだ事は、道すがら耳に入れた。その男こそが、かつて自分をハリケーンごと撃墜した、例のV3であろう事は容易に予想できる。 ならば、自分が風見志郎の素顔で、城下をうろつけばどうなるかは、火を見るより明らかだ。そして、その予想はまんまと図に当たった。 ――それはあくまで結果論に過ぎない。理屈としては支離滅裂だ。 コルベールが聞けば、或いは、そう言うかも知れない。 だが、風見は自分が出した結論に自信があった。 始祖ブリミルの使い魔は四人。 神の左手ガンダールヴ。 神の右手ヴィンダールヴ。 神の頭脳ミョズニトニルン。 そして、記す事さえ憚られたという第四の使い魔。 . コルベールはかつて、自分と才人に刻まれたルーンがガンダールヴのものであると言い、自分たちと同じく、虚無の使い魔のルーンをその身に刻む「召喚されし人間たち」が、現世に出現している可能性を、風見に示唆した事があった。 そして、彼はこうも言った。 おそらくその使い魔は、一人ずつではない。ガンダールヴが二人同時に召喚されている以上、他の使い魔たちも複数でハルケギニアに召喚されている可能性は大きい、と。 そして、すでに風見は自分以外のV3と、一度相まみえ、攻撃を受けている。 さらに、ティファニアが召還したという、まだ見ぬ自分――“ブイスリー”。 もはや事実は歴然だ。 この世界に出現している“虚無の使い魔”たちは、合計八人。 そのうちの半数は、無限に散らばる平行世界の日本から、半ば強制的に召喚された風見志郎――仮面ライダーV3。 おそらくは自分が、もう一人の“神の左手”として召喚されたように、彼らもまた、もう一人の“虚無の使い魔”として、ハルケギニアへの滞在を余儀なくされているのだろう。 ティファニアが“ブイスリー”以外の使い魔を召喚していないのは気になるが、それでも風見は“ブイスリー”と同じく、胸にルーンを刻んだ改造人間――カメバズーカを知っている。もしかしたら奴の存在こそが、ティファニアにおける“もう一人”なのかも知れない。 そして、彼がそう思った瞬間に、女が足を止めた。 「ここですわ」 そこは、一見何の変哲もない煉瓦造りの平屋だった。 六千年の王家を駆逐した男の居館にしては、地味だなと風見は思ったが、考えてみれば終戦直後の混乱の中で、これみよがしな大邸宅を接収せぬ慎重さは、さすがだとも言えた。なにせ撤退に賛同せぬ王党派の残党が、いつ襲撃してこぬとも限らないのだから。 本当に安全を確保したければ、こういう地味な居館を転々として、居場所を掴ませない方がいいに決まっている。 どうせ彼らはいずれ、王都ロンディニウムのハヴィランド宮殿に入城する身分なのだから。 衛兵の敬礼を黙殺で返した女は、正門ではなく通用門を開け、中に入ると、ふたたび怖い笑顔で風見を振り返った。 「さあどうぞ。閣下も殿下も、そして“ブイスリー”も貴方をお待ちですわ」 )))))))))))))))))) (脚が痛え……!!) 才人は心中の愚痴を懸命にこらえた。当然の事ながら、彼の体調は万全ではない。 いま彼は、モット伯の屋敷に向かう街道を、けがの痛みをこらえながら歩いているが、それは無論、シエスタの知るところではない。才人は、シエスタ本人はおろか、その家族にも無断でモット伯に会う決心をしたからだ。 夜道には街灯一本すらないが、天空の双月が発する月光は、夜道の暗さを全く意識させない。便利な世界だ。つくづく才人はそう思う。 タルブの村はラ・ロシェールからさらに向こう。つまり魔法学院からは早馬で二日以上の道程だ。ルイズに話を通してからではシエスタが汚されるまでに間に合わない。 ――そう判断した才人は、単身、その悪評名高い貴族と直談判をしようと思ったのだ。 勿論、手ぶらでは話にならない。 最悪の場合、才人は、自分がヴァリエール公爵家の末娘の縁者である事実を話す覚悟を決めていた。それで事態がどう転ぶかは分からないが、仮にも貴族の端くれならば、公爵家の縁者を無下に扱うこともないだろう。 もっとも、それはルイズが生きていればこその話であったが……。 (生きてろよルイズ) そう思いながら、ルイズに会いにもいけず、こんなところで痛む体を押して死地に向かっている自分を顧みると、そのムチャクチャさに思わず失笑が込み上げてくる。 (いったい何やってるんだよ、おれは?) 本音を言えば、今すぐにでも魔法学院に飛んで帰り、ルイズの無事を確認したい。学院で確認できなければ、もう一度アルビオンに行っても構わない。 だが、蒼白になりながらも懸命に涙をこらえ、家族とともに無理やり笑って、最後の晩餐をつつくシエスタを見捨てる事など、少年には到底出来ない相談だった。 「なあデルフ」 「あん?」 「おれって、バカ?」 「相棒……そいつは一周遅れの疑問だよ」 呆れたように剣が呟く。 だが、同時にどうしようもない愛情を込めた口調で、デルフリンガーは言った。 「でもまあ、小賢しいよりはマシなんじゃね?」 . ふふん。 そう言われて才人は笑った。久しぶりに浮かべる、自嘲ならぬ不敵な笑み。 「そうだよな。迷ったあげく何もしないなんて、それこそおれのキャラじゃねえや」 とりあえず行動しよう。考えるのは後からでいい。平賀才人は本来、そういう人間ではなかったか? そう考えると、わずかだが楽になった気がしたのだ。 その時だった。 「きゅいきゅい!!」 上空から、聞き覚えのある獣声とともに、青い巨体が舞い降りてきた。 「何でサイトがここにいるのね!? 大人しく寝てないといけないのね!?」 「シルフィード!?」 トリスタニアで、タバサに報告を済ませたシルフィードが、いまタルブに戻ってきたのであるが、……当然才人にそんな事情は分からない。彼に分かるのは、これから先は痛む足を引きずって歩かずに済む。ただそれだけの事。 「シルフィ!! お前を男と見込んで頼む!! 手を貸せっ!!」 「きゅいきゅいっ!! サイトったら失礼ねっ!! シルフィは女の子なのねっ!!」 そう喚いたシルフィードに、頭をかじられそうになったが、才人が必死に謝ると、青い幼竜は、その大きな舌でれろりと彼の顔面を舐めた。そして人懐っこい声で、 「まあでも、シルフィを見込んだってサイトが言うなら、シルフィも力を貸していいのね」 と言った。 「マジか!? ありがてえ!!」 「でも、あとでいっぱいいっぱい、お肉とお魚をシルフィにご馳走するのね。約束なのね!」 「ああ。肉でも何でも腹いっぱい食わせてやるよ」 「きゅいきゅいっ!! じゃあ、早く乗るのねサイト! サクッと行ってサクッと帰るのねっ!!」 無論、才人としては、この無邪気にハシャギまわるドラゴンを、殴り込みの道行きにする気は無い。用件はあくまでも脚代わりになってもらいたいだけだ。だが最後に、このおしゃべり韻竜と会えて、僅かでも心なごめた事実は、彼の心から最後の躊躇を消し去った。 (肉はまあ、おれから食わせてはやれねえだろうが……まあ、しゃあねえわな……) 少年は身体を引きずって、巨大な青い背中に乗り込むと、叫んだ。 「よし、行くぜシルフィード!!」 前ページもう一人の『左手』
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前ページ次ページもう一人の『左手』 <フリッグの舞踏会から7時間30分前> 途端に客席がざわめく。 なに、あいつ? 一体何をする気なんだ? ってか、あいつ平民だろ? 自分が王族に口を利ける身分と思ってるのか? そういう声が会場に溢れる。 見ると、ギトーやシュヴルーズが、いや、アンリエッタの近侍らしい金髪の女性も、真っ青になって舞台へ向かっている。 無断の闖入者である才人をつまみ出す気らしい。 しかし、才人はまったく動じない。 傍らに突き立てた剣を振り返ると、 「そして、こいつがおれの相方。インテリジェンス・ソードのデルフ君です。――デルフ君、挨拶」 「どっ、どうも、インテリのデルフリンガーです。……って、本当にやる気かよ相棒?」 デルフの声が震えている。 どうやら、才人に比べて、剣の方はまだ覚悟が決まっていないようだ。 しかし才人は、そんなデルフの戸惑いに付き合う気は、皆無なようだった。 「インテリのって何やねん? キミ、そんなに頭よさげに見えへんで?」 「そっ、そんなこたぁねえぜ! これでもオレぁ6000歳よ!!」 「ほぉ、そらすごいなぁ。でもキミ、剣やんか。どっちがアタマやねん」 「ええっ!? ――いや、まあ、多分……柄?」 「って、なんで疑問文やねん!」 くっ……。 アンリエッタがうつむいた。 ギトーもシュヴルーズも、そしてアニエスも動きを止めた。 オスマンも、コルベールも、――いや、この場にいた全ての人間が、アンリエッタを凝視した。 彼女は、依然として苦しげに、小さな肩を震わせている。 そして、その震えは、徐々にだが、確実に大きくなっていった。 「殿下……?」 彼女の隣に素早く戻ったアニエスが、この空間のすべての者を代弁して、王女の様子をうかがう。 ――が、その心配は、結果から言うと、杞憂だった。 「くっくっくっくっ……!!」 笑っている……!! アンリエッタ姫殿下が、あのナメた漫才に、笑っていらっしゃる!! 観客席も来賓席も、彼女の意外なばかりの反応に、驚愕していた。 無論、才人は、来賓席で行われている、そんな珍妙なドラマは知らない。 彼は、客席すら意識せず、傍らの“相方”とのやりとりに必死だったからだ。 そして、その頃になると、デルフも雰囲気に慣れたのか――あるいは、やぶれかぶれになっただけかも知れないが――台詞を噛むことも無くなり、やりとりも滑らかになっていった。 「でも、相棒、おめえもちょっと考えろよ。いくら何でもおかしいと思わねえのか?」 「何がいな?」 「普通は剣を一本ぶら下げて、舞台に出てきたら、やる事は決まってるだろ? 剣舞とか試し斬りとかよ」 「剣舞?」 「ってか、――普通、漫才はねえだろ、漫才は!!」 「そないに怒りなやデルフ君。――ほな、キミが言うところの剣舞とか、挑んでみよか?」 「おう、まずこう、曲に合わせて……って、何やってんだい相棒?」 「いや、ほんならまず、キミが唄ってくれへんかったら、始められへんしやな」 「って、オレ担当かい!!」 くふっ、くっくっくっくっくっ……くふふふふふっっ……!! いまやアンリエッタは、笑いをこらえてはいなかった。 いや、それでも本人は、必死になってガマンしているつもりなのかも知れないが、それでも、来賓席に突っ伏して、腹をよじるようにして笑い続けるプリンセスに、周囲の人間も、どうしていいか分からなくなっていた。 ――だって、コレ、面白いか……? それが、まさしくアンリエッタ以外の、この場に存在する全ての人間の統一見解であったろう。 しかし、こう言っては何だが……彼らに、アンリエッタの気持ちは分からないのは、ある意味当然と言えた。 退屈極まりない“芸”を延々と見せられ続け、それ以上に、一観客として舞台に集中できない事情を抱えた、いまのアンリエッタにとって、生半可な“芸”は、あくびを噛み殺す労力を生み出すだけの、無意味なものに過ぎない。 人間と剣との漫才という、これ以上は無いくらい意味不明なシュール芸。にもかかわらず、必死になればなるほど空回りを続けるスベリ芸。そして、そんな彼らに反応しているのが自分だけで、周りは果てしなく戸惑うだけという、死の温度差。 つまり彼女は、漫才が面白くて笑っているわけではない。 むしろ、彼らのスベリっぷりと、周囲の戸惑いこそが、絶妙な笑いのツボにはまってしまったのだ。 「でも、デルフ君、おれ、めっちゃ音痴やで?」 「構いませんから! 歌って、剣が唄うもんじゃないですから!! 人間が唄うもんですから!!」 「でも、おれ、あんまり曲とか知らへんし」 「ああ! ぐだぐだ言わんと、早く唄いなっ!!」 「ええっと……、みっちゃん、みちみちウンコ垂れて。紙が無いから手で拭いて――」 「ゴラァッ!! やめんかバカタレぇっ!!」 ――結局、こんな調子で3分間、剣と少年はやり尽くした。 「もう、キミとはやってられへんわ」 「ええ加減にしなさい」 「――ありがとうございましたぁっ!!」 舞台上から一礼すると、そのまま才人は、剣を掴んで背を見せ、舞台袖に引っ込み、そして……観客席は騒然となった。 「……ええ、あの、それでは――とりあえず、閉会の挨拶を……」 オスマンが、汗を拭きつつ、しどろもどろになりながらも、先程中断された閉会の挨拶をしようとしている。……だが、そんなものを聞いている者は、もはやこの場には、誰一人としていなかった。 <フリッグの舞踏会から7時間前> 「いぬぅぅっっ!!」 ルイズは、自分の部屋のドアを蹴り開けた。 そこには、誰もいない。 どこ!? あいつは一体どこにいるの!? 廊下に飛び出す。 耳を澄ます。――声が……聞こえる? それも、男女が忍びやかに笑う声が。 「そこかぁっ!!」 ルイズは、声の聞こえた隣室……キュルケの部屋の扉を爆破し、室内に踏み込んだ。 「ちょっ、ちょっと、……なに? 一体なんの真似なのルイズ!?」 そこには、ベビードール一枚になったキュルケが、ルイズの知らない少年と、ベッドの上で固まっていた。……その幼い顔立ちからして、彼はどうやら一年生のようだ。 そういえば、品評会に参加できる使い魔を、いまだ召喚していない新入生は、品評会の鑑賞は、自由だったような……まあ、どっちでもいい。 才人がいない以上、こんな部屋に用は無い。 「キュルケ、あんた、あのバカ犬見なかった?」 「バカイヌ?」 「サイトよ! 決まっているでしょう!!」 「知らないわよ。あたしは、自分の順番が終わったら、とっとと部屋に帰って来ちゃったから。で、――サイトがどうかしたの?」 「知らなきゃ……まあ、いいわよ」 ルイズが唇を噛みしめながら、きびすを返す。が、ドアを出たところでくるりと振り返ると、 「あのバカ見かけたら言っといて!! わたしがメチャクチャに怒ってたって!!」 「あの、ミス・ツェルプストー?」 「なぁに?」 「あの……いったい何がどうなってるんです?」 「分からないわよ、そんなこと。……まあ、サイトが何かしたんでしょうけど」 「じゃあ、その……何で服を着ていらっしゃるんです?」 「何でって……決まってるでしょ?」 「あたしは、自分の修羅場も嫌いじゃないけど、他人の修羅場はもっと好きなのよ」 そう言い切ると、キュルケは制服の上からマントを羽織り、 「じゃ、お名残惜しいけど、今日はここまでにしましょ? 楽しかったわ」 束の間の恋を楽しませてもらった、年下の坊やに、キュルケは艶然と微笑んだ。 (いたぁ~~~っ!!) ルイズが捜し求めた標的を発見したのは、それから間もなくだった。 『アルヴィーズの食堂』近くの塔の壁に、何人かが集まっているのが見えたのだ。 そこにいたメイドは一言二言何かを言うと、そのまま食堂の方へ走り去ってしまったが、その時、ルイズには見えた。壁にもたれて座り込んだ、見覚えのあるパーカーが。 ギーシュとモンモランシーと、メイドという謎な組み合わせが気にはなったが、ルイズは取り敢えず、そこから先の理性的思考はしない事にし、乗馬鞭を振り上げて、彼らの中に割って入るが……。 果たせるかな、才人は確かにそこにいた。 しかし、……壁にもたれ、深くうずくまったその姿は、もう一歩も動けなさそうに見えた。 「サイト……?」 どう贔屓目に見ても、普通の状態ではない。 顔面は真っ赤に紅潮し、目線はうつろに定まらず、滝のような汗を流しているくせに、がたがたとマラリアのように震えている。 その瞬間、ルイズは思い出した。 この少年は、舞台上でこそ元気溌剌に見えたが、――その実、とてもそんな体調ではなかった事を。 「この……このバカっ!! 何であんたはいつもいつも、そんなムチャばかりするのよっ!!」 そう叫びながら、肩を貸そうと、才人の隣に腰を下ろすが、 「よせっ、貴族の娘っ子!!」 「~~~~~~~~っっ!!」 ルイズが、その手を彼に触れさせた瞬間、才人は口から泡を吹き出さんばかりの悲鳴をあげ、その場に倒れ込んでしまった。 「サイト……サイトォッ!!?」 「やめろ娘っ子、相棒に触るなっ!!」 その時初めて、ルイズは自分に制止の声をかけているのが、傍らに立てかけられた一本の剣だと気付いた。たしか、昨日自分が買ってきた、インテリジェンスソードの……。 「全身の傷が、化膿しちまってるんだ。傷を負っていない箇所に触れても、結果として皮膚を引っ張っちまうから、どこを触られても、コイツは痛みしか感じねえ」 少女は呆然とした。 「ここに倒れてたんだよ。多分、医務室に戻ろうとしてたんじゃないかな……」 ギーシュが口を開く。 「寮に帰る前に紅茶でも飲もうかって、ここまで来て、そこで、その剣が騒いでいるのを聞いたんだ。それで、近くを通りかかったメイドを呼んで……」 その後を、モンモランシーが引き継ぐ。 「びっくりしたわよホント。ついさっきまで、一人で舞台を独占して、やりたい放題だったのに、――まさか、こんな状態だったなんて……!!」 そう呟くように話す彼女に、以前の決闘騒ぎの時の酷薄さは感じられない。 「――あ、あの皆さん、どいてください! 水をお持ちしました!!」 メイドが走って現れ、その水差しを才人の口元に差し出そうとするが、ルイズはその手を遮った。 「ありがとう。でも、――コイツはわたしの使い魔なの。だから、わたしにやらせて」 「……は、はい」 穏やかではあるが、有無を言わさぬ口調でそう言うと、ルイズは水差しを受け取り、地べたに横たわった少年の口元に、それを差し出した。 「さあ、サイト、飲みなさい。――冷たくておいしいわよ」 一口、二口、……。 才人の喉が鳴り、僅かだが、瞳に力が戻る。 「――よう、ルイズ……」 「……っ!! この、ばかっ! バカ犬っ! ムチャするなって、あれほど言ってあったのに! それもあんな――あんな下らないマンザイのためなんかに!!」 「ひでえな……。これでもアタマひねったんだぜ。極力キズに負担をかけず、それでいて、人間にしか出来ねえ“芸”は無えかってな……」 才人は、苦痛をこらえるように苦笑いすると、デルフに手を伸ばし、それを杖代わりに無理やり体を起こし、先程までの壁にもたれて座った姿勢に戻る 「だっ、ダメよサイトっ!! 無理しちゃ、また火傷が――」 「平気さ。コイツを握ると……なんでか痛みが薄れるんだ」 見ると、左手のルーンが不気味な光を放っている。コルベールから詳細は聞いていないが、たしかに風見が、この“ガンダールヴのルーン”には、そんな力があると言っていた。 「でも、だからって……」 「ルイズ」 「なによ!?」 「迷惑、だったか……?」 彼女は、こらえた。 涙を。震えを。歓喜を。憤怒を。慟哭を。――その他もろもろの、あらゆる感情が入り混じった、巨大な内なるエネルギーのカタマリを。 そして、懸命に、その内なるカタマリを黙らせると、ぽつりと言った。 「――最高の、ステージだったわよ……この、ばか……!!」 才人は、それを聞くと、誇らしげに笑い、――そのまま目を閉じた。 「やべえ、どうやらオチやがった。――おい、しっかりしろ相棒っ!!」 「大丈夫、どうやら命に別状は無いみたいだから、いまのうちに医務室に運べば何とかなるわ!!」 そう言いながら、いつの間にか現れたキュルケが、『レビテーション』で才人を浮かべる。 「メイド! あんたは一足先に医務室に行って、先生にありったけの秘薬を準備させて! がたがた言われたら――」 そこでキュルケは、ちらりとルイズに悪戯っぽい視線を送ると、 「支払いは全額ヴァリエール公爵家が持つって言いなさい! それで先生の顔色も変わるわ!」 「はっ、はいっ!!」 「モンモランシー、あんたはこっちに付き合って! “水”のメイジが一人でも必要なの。“火”のあたしじゃ役に立たないのよ!」 「えっ、……ええ!」 キュルケの勢いに飲まれ、思わずモンモランシーがうなづく。 「ギーシュ! あんたはあたしについて来て! 興味本位で道を塞ぐバカがいたら、構わないから“ワルキューレ”でブッ飛ばしなさい!!」 「おう!」 「それから、――ルイズ!!」 「なっ、なによっ」 キュルケはにやりと笑うと、言った。 「ここ最近であんた、随分といい女になったじゃない。さっきのやりとりなんか鳥肌モンだったわ」 我がツェルプストー家の宿敵は、やっぱり、それくらいホネがないとね。 そう言わんばかりの満足げな笑みを残し、彼女たちは行ってしまった。 「なんなのよ、あのコ……?」 いつの間にか現れ、勝手に場を仕切り、まさしく嵐のように去っていったキュルケに、モンモランシーは呟いた。 いや、この場に残ったのはモンモランシーだけではない。 ルイズも、行かなかった。 いや、正確には、動けなかった。 いま一歩でも動けば、たちまちの内に泣き崩れてしまいそうだったから。 だから、拳を握りこみ、唇を噛みしめ、深く目を閉ざし、大地に足を踏ん張った。 でも、それでも、……次から次へと止めどなく流れ出す涙は、やみそうも無かった。 モンモランシーが、懐からハンカチを取り出し、乳母のようにルイズの涙を拭う。 「モンモ、ランシー……?」 「ねえルイズ、――わたしの謝罪、受け取ってくれる?」 「――え?」 「わたし、随分ひどい事言ったわ。あなたにも、あの平民にも」 「……」 「だからと言っちゃ何だけど……謝罪させてもらっていい? これまでのこと」 モンモランシーは、瞠目しているルイズに、照れたような笑顔を向けると、 「だってさ、見直しちゃったんだもの。――あなたも、あの平民も」 彼女はそのまま、悪戯っぽく、こう言った。 「メイジとして認めたくないけど、――今回のサモン・サーヴァントで、一番のアタリを引いたのは、多分、いや確実に、あなたよ」 「サイト」 「え?」 「彼の名前。――サイトって、呼んであげて」 そう言いながら、ルイズは微笑んだ。 その端整な美貌がはじめて見せた、険のない、神々しいまでに美しい笑み。 (ルイズって、……こんな笑顔の出来る子だったの……!?) モンモランシーは、その、完成された一個の芸術品のごとき笑顔に、一瞬、目を奪われてしまう。 ――そして、そんな自分を振り払うように、ルイズから目を逸らすと、 「とっ、とにかく、そういう事だから! じゃあ、わたし、医務室だっけ? うん、医務室行ってくるから! あなたも早く行ってあげなさいね!!」 そう言って、駆け出して行った。 <フリッグの舞踏会終了から30分後> 舞踏会の会場は、着々と撤収が進んでいる。 つい三十分前まで、あれほどホールをにぎわしていた音楽も、参列者たちの会話も、給仕たちが新たに運ぶ食器の音も、もう何も聞こえない。 あるのは、撤収作業を進める職人たちの、怒声のような指示や合図であり、巨大なテーブルや雛壇を動かす音であったりする。 ルイズは、その喧騒の中で一人、ぽつんと壁にもたれていた。 宴は終わったのだ。 同級生たちは、もはや誰もいない。 周囲を圧する可憐な美貌も、清楚にして瀟洒なドレスも、いまや何の意味も持たない。 才人は、……とうとう現れなかった。 そんなことは分かっている。当然だ。最初から承知しているはずだった。 いくら彼でも、あんな身体で、日に二度も三度も無理が出来るわけは無い。 今頃は、医務室のベッドの上で、うんうん唸っているのだろうか。それともぐっすり眠っているのだろうか。 それでも、……彼に義理を立てて、誰とも踊らなかった事を、ルイズは全然後悔していなかった。 口に出すのも、いや、胸の内に思うだけでも何か癪なので、素直に認める予定は永遠に未定だが。 でも、それでもやはり、鬱屈したものを感じざるを得ない。 才人は来ない。 そう、理性で分かってはいても、それでも――、 『アイツなら、あるいは来てくれるかも知れない』と、そう願う心を止められない。 でも、結局あいつはこなかった。 仕方が無い。 それはもう、仕方が無い事なのだ。 だからもう、いつまでもクヨクヨするのは、よそう。 綺麗なドレスを着飾った、今の自分を見てもらいたかったし、そんな自分が才人と踊るのを、他の連中に見せ付けたい。――そう思ったのは事実だが、しかしそんな事は、これから先、いつだって出来る。 取り敢えず、医務室に見舞いに行ってやろう。 もし、起きているようなら、この綺麗なドレスを見せ付けてやろう。そして、こんな可愛い御主人様と踊り損ねた哀れな男に、くやしかったら、一秒でも早く元気になりなさいと言ってやろう。 そうだ。それがいい。 手ぶらで行くのも、なんかアレだから、手付かずで残っている料理を少し、包んでもらおう。 そう思った。 頼んでから気がついたが、そのメイドは、品評会の後、校庭で倒れていた才人に、水差しを持ってきてくれた少女であった。シエスタと名乗った彼女は、快く承知して、まだ湯気の出ているパイとチキンを包んでくれた。 パーティ会場から医務室のある塔までは、若干遠い。 ルイズは急ごうと思った。 もし仮に、たったいま才人が起きていたとしても、彼女が医務室に到着するまでの、わずかな時間内に、再び眠ってしまわないとも限らないのだから。 ルイズは、肌寒い校庭を、薄衣のようなドレス一枚で横断するべく、駆け出そうとした。 その時だった。 「なんだ。……行き違いにならなくてラッキーだったな」 最初、彼女は自分が寝惚けているのかと思った。 何故なら、ルイズの網膜は、ここにいるはずの無い人物の影を捉えていたからだ。 引きつった笑顔を浮かべながら、剣を杖代わりにホール内に現れた、一人の少年。 「サイト――なんでここにいるのよっ!? ちゃんと寝てなきゃダメでしょうっ!!」 「仕方ねえだろ。火傷が火照って、眠れないんでな」 そう言うと、才人はぶら下げたデルフリンガーをすらりと抜き放ち、地面に突き立てると、 「散歩ついでに、――どうだ? 一曲」 そう言って、彼女に手を差し出した。 何という、作法もクソもない誘い方だろう。 やっぱり、このバカはわたしがいないと、ダンス一つまともに誘えない。 仕方ない。本当に仕方のないやつだわ。だってコイツ、わたしがいないと何もできないんだもの。 そう思ったルイズは、――しかし彼女は、自分の顔が緩みきっている事を自覚していない。 「照明は?」 「月がある」 「音楽は?」 「デルフが担当してくれる」 え――マジ? 剣がそう言ったように聞こえたが、ルイズは聞き流した。 「タキシードは?」 「油田でも掘り当てたらな」 「キズは?」 「痛えよ。でも正直、昼間に比べりゃ大分マシになった」 「じゃあ、最後に――ジェントルマンのかっこいいキメ台詞は?」 才人はそこで、言わなきゃダメ? とばかりに顔をしかめたが、ルイズに一睨みされると、こほんと咳払いし、 「美しいレディ。どうかこのおれと、ダンスを一曲、お付き合い願えませんか?」 ルイズはにっこり笑うと、そこで初めて少年の手を取った。 「ええいもう、しょうがねえな、もう!!」 デルフがいやいやながらも空気を読み、歌声を上げ始めた。 意外な事に、低音の利いたその節回しは、それほど聴けないものではなかった。 彼らは、今この瞬間に、姫殿下アンリエッタがルイズの部屋で待っている事実を知らない。 また、その王女の訪問が、彼らの身を、のっぴきならない死地と苦難に招き入れることになるのだが、それも予想だにしていない。 彼らの頭にあったのは、ただ、誰にも邪魔をされずにこのまま、踊っていたい。――ただ、その想いだけだった。 月下に、少年と少女の、二人だけの舞踏会が始まっていた。 <フリッグの舞踏会終了から2時間後> 「わたしに自殺願望はありませんが、しかし、わたしを殺す事は、貴方にとって多大なる損失をもたらすことになります。それでも構いませんか?」 「……損失?」 「はい。こちらとしても、貴方のご助力を願うからには、まさかタダで、とは申しません。それなりの報酬の用意があると、お思い下さい」 (ほう……) おもしろいな。――平田はそう思った。 自分の“気”を、こんな涼しい顔で流せる男。受け流しながらもなお、次に何を言い出すのかが、全く読めない男。 平田は、目の前に座る青年に、初めて興味が湧き出すのを感じた。 「いいだろう。話を聞かせろ」 「はい」 青年は、自分のグラスをあおり、口を開いた。 「貴方が、サモン・サーヴァントにより、この世ならざる世から召喚された方だという事は存じております。しかし、その貴方を、元いた世界にお送りする方法があるといえば、どうです?」 平田は、この貴族が吐いた言葉の衝撃で、しばらく何も言えなかった。 しかし、青年は、なおも話を止めない。 「この世ならざる世と、ハルケギニアを繋ぐ唯一の門。それが“聖地”にあるとロマリアの伝承は伝えています。そして我らは、その“聖地”をエルフから、我らが手に取り戻さんと願い、集う者たち」 (……帰れるってのか……) 平田の目は、すでにまじまじと見開かれていた。 「――それが我ら、レコン・キスタです」 前ページ次ページもう一人の『左手』
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LP10 右手に想像、左手に色彩 「毛糸のカービィ」の敵が登場するLP。 ステータス一覧 № 名前 レベル 力 魔力 抵抗力 精神力 生命力 技量 速さ 覚醒力 備考 1 トーセンボク 1440 3996 3034 3478 4218 3182 3552 2590 2812 2 ドドワン 1449 3648 3648 2531 2903 4615 3945 3573 3573 3 フェニクロウ 1454 4257 4108 1792 1942 6723 2763 3286 3510 4 ランプキン 1462 3905 3079 3529 2553 4205 4205 3079 4130 5 イカスタコス 1470 4303 2642 4152 3926 3246 3397 2567 2944 HPが減るとタコに変身 6 デデデだいおう 1482 4642 3424 3348 2891 4337 3272 3424 3576 7 スペースクラッコ 1490 3595 4590 4743 3442 3366 2983 2983 3519 8 メタナイト 1506 4869 3401 2550 2628 5411 4019 5179 3555 9-1 ドドワン 1510 3797 3797 2635 3022 4727 4107 3720 3720 9-2 イカスタコス 1510 4417 2712 4262 4030 3255 3487 2635 3022 9-3 アミーボ・アモーレ 1510 3720 4030 2635 3022 4727 4262 4030 4185 10 アミーボ・ロボ 1520 5460 3120 5460 2340 4134 3120 3120 3120 戦術一覧 № 名前 使用する戦術 備考 1 トーセンボク トゲトゲのきのみを落とす(連続ヒット) 2 ドドワン 突進舌を伸ばす大きく羽ばたく 3 フェニクロウ 溶岩を噴出させる火炎弾(連続ヒット)突進 4 ランプキン トランプを投げつける(連続ヒット)ロープで締め上げるシルクハットで押しつぶすバクダンを落とす 5 イカスタコス 触手で捕まえる突進オドルタコスを呼び出す【オドルタコス】踊りながら突進 6 デデデだいおう 衝撃波ハンマーを振り下ろす 7 スペースクラッコ 大量の隕石を降らす(連続ヒット)帯電しながら突進煙をまき散らす 8 メタナイト 剣を持ち変えるホーミングソードビーム(連続ヒット)ロングブレード斬りつける 剣を持ち変えると付加される状態異常が変化する 9-1 ドドワン №2のドドワンと同じ 9-2 イカスタコス №5のイカスタコスと同じ 9-3 アミーボ・アモーレ ドドワンを編み上げるイカスタコスを編み上げるスカーフィを編み上げるビッグワドルディを編み上げるサスゾーを編み上げる スカーフィ以下はイカスタコスが倒された後に召喚アミーボ・アモーレと一緒に攻撃してくる 10 アミーボ・ロボ ミサイル大きなミサイルホーミングミサイルミサイルを乱射(連続ヒット)