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前ページ次ページゼロと波動 「おお!”我らの拳”よ!よく来た!さあ、じゃんじゃん食ってくれ!」 厨房に入ったリュウを、マルトーを筆頭に皆が迎える。 特にマルトーなど超のつく上機嫌だ。 「リュウさん!」 ドオオォンッ!! 奥にいたシエスタもリュウに気づき、満面の笑みを浮かべながら飛びついてきた。 「おおっ!シエスタのハグを受け止めたぞ!」 「俺たちなら数メイルは吹っ飛ぶのにな!」 「流石は”我らの拳”だ!」 ルイズは一緒にアルヴィーズの食堂で食べるように薦めたのだが、 堅苦しい場所が苦手なリュウはそれをやんわり断り、厨房で食べることにした。 それで昼食をとりに厨房に来たところ、この大歓迎である。 「何だこの騒ぎは?」 ギシギシとリュウの胴を締め上げながら顔と胸を擦り付けてくるシエスタを困惑しつつ引き剥がして席に着く。 リュウの前に次々と運び込まれる、明らかに賄いとは思えない豪華な料理たち。 「なあに、祝勝会みたいなもんさ!まさかお前さん、貴族に勝っちまうとはな!」 「俺も見てたぞー!なんて強さだ!惚れ惚れしたぜ!!」 「よっ!我ら平民の希望!!」 貴族嫌いで有名なマルトーを中心に次々と囃し立てる。 「よしてくれ・・・」 ああだこうだと奉りたてられて辟易するリュウ。 こんなことならルイズと一緒に食堂で食べた方がマシだったと後悔するがもう遅い。 「シエスタに聞いたぜ、”ブドー”ってヤツを使ったんだろ?」 「まあ、そんなところだ」 一刻も早く開放してもらえることを祈りながら答えるリュウ。 「シエスタの爺さんも”ブドー”ってのをやってたらしいが、”ブドー”ってのはすげえんだな。あっさりメイジに勝っちまうんだもんなぁ!」 「そんなことはない、彼は強敵だった」 「おお!やはり達人は言うことが違う!達人は謙虚だ!あれだけ実力の違いを見せていながら決して偉そうにしない!」 「いや、別にそういうことでは・・・」 これはもうダメだと諦めるリュウ。 散々騒ぎ立てたあと、マルトーが急に真面目な顔になった。 「なんでも馬鹿貴族からシエスタを庇ってくれたんだってな。俺からも礼を言うぜ」 と言って頭を下げる。 隣でシエスタもそれに倣う。 「よしてくれ。そんなんじゃないんだ。俺はおかしいと思ったからそう言っただけだ」 「やっぱり達人は言うことが違う!!」 再び大喝采。 「ルイズ・・・助けてくれ・・・」 リュウの魂の呟きは喧騒に掻き消され誰の耳にも届かなかった。 ようやく開放されたリュウは中庭で一人立っていた。 足を肩幅に、肩と平行に開いて爪先を若干内側に向け、膝を軽く曲げて左の拳を前に、右の拳を腰に据える。 「ふんっ!」 パアンッと言う風を切り裂く鋭い音と共に凄まじい速度で突き出される拳。 一瞬、拳の先の空気が揺らぐ。 あまりに速いため、拳の先の気圧が跳ね上がって蜃気楼のような現象がおこる。 そこに近づく一人の少女。 碧い髪に碧い瞳でルイズよりも一回りほど小さい身体に、自分の身の丈ほどもある大きな杖を持っている。 確かキュルケと一緒にいた少女だ。 「君は・・・」 「タバサ・・・」 「そうか、で、どうしたんだ?タバサ」 「聞きたいことがある・・・」 年齢に似つかわしくない、全てを見透かすような瞳でリュウを見つめるタバサ。 顔には一切の表情がない。この齢にして、きっと幾つもの辛い思いや修羅場を経験したのであろう。 そしてまた、この少女が強さを求めるあまり、自ら修羅の道に進もうとしていることをもリュウは感じ取っていた。 「なんだい?」 「あなたは決闘のとき手加減はしないと言った」 「ああ、手加減はしなかった」 「でもあなたはまったく本気じゃなかった。なぜ?」 表情の無い顔のまま問うタバサ。 「本気じゃなかったワケじゃない。あれは俺の求める答えなんだ」 「答え?」 タバサが繰り返す。 ―― 一撃必殺 風の拳 ―― この少女には伝えてやりたい。 そう思い、リュウは静かに語り始めた。 「俺は”真の格闘家”を目指して生きてきた。 そして、その道の中で俺の前に立ちはだかったのは”拳を極めし者”と呼ばれる男だった」 黙って耳を傾けるタバサ。 「彼は無類の強さで全てを破壊しつくした。”殺意の波動”と共に。 ひとたび拳を振るえば全てが終わる。正に”一撃必殺”を具現した男だ。 その強さといい、生き様といい、確かに彼は”真の格闘家”だった」 「サツイノ・・・ハドウ・・・」 タバサが尋ねる。 「ああ、彼や・・・俺の中にもいる。あまねく全てを破壊しつくす、魂の化け物みたいなものだ。 それに取り込まれると・・・まあ、一言で言えば修羅になる。」 「修羅・・・」 タバサが繰り返す。 「そう、修羅だ。だがそれは俺の求める強さとは違った。」 自分の拳を見つめながら続けるリュウ。 「最初、俺は”殺意の波動”を俺の中から追い出そうと思った。 だが、それはできなかった。 ”殺意の波動”は俺の中に流れているんだ。それを消し去ることはできない。 だったら飼い慣らすしかないだろう? 暴走する力を抑えつけるのもまた修行だな・・・ おかげでほんの入り口程度なら、なんとか理性を保ったまま扱えるようになった。 もっとも、あまり好き好んで使うような力ではないがな。 ただ、残念ながら単純な破壊力として”殺意の波動”を上回るモノが今の俺にはまだない。 だから、使うべきときには使う」 そう言いつつ複雑な表情で自分の拳を見つめるリュウ。 「だが、破壊することが全てではない。現に俺の暴走した”殺意の波動”によって一度倒れた男は、再び俺の前に立ちはだかってくれた。 ”殺意の波動”では『倒す』ことはできても『勝つ』ことはできないんだ」 リュウの話に引き込まれていくタバサ。 「そして、俺は真の強さとは何かを考えるようになった。 それを教えてくれたのが一本の大木だった」 「大木・・・」 タバサが呟く。 「風には色も形もない。 じゃあ風はどうすれば自分の存在を知らしめることができると思う? 大木をなぎ倒せばいいのか・・・?全てを吹き飛ばせばいいのか?」 タバサは首をかしげ、しばらく考え込む。 「ほんの少し、ほんの少し木の葉を揺らしてやればいい。それで十分だ」 リュウの言葉を聞いてタバサの顔が、何かに気づいたようにはっとする。 「それが俺の一撃必殺”風の拳”なんだ」 改めて自分の拳を握り締めるリュウ。 「ただ、魔法を相手に闘うのは初めてだったから上手くいかなかったけどな。 だから、俺が未熟だっただけで手加減してたワケではないんだ」 笑いながらタバサの頭をクシャクシャと撫でる。 その大きな手に、タバサは自分の中にある氷のようなものが溶けていくような気がした。 タバサがリュウに対して心を開き始めていた頃、その一部始終を建物の陰から見ていた人影があった。 「何の話をしてるのかしら?ま、それはいいとして、ええと・・・確か・・・」 足を肩幅に開き膝を軽く曲げ、左手を前に、右手を腰に据える。 「こう・・・だったかしら・・・?見よう見まねで・・・」 腰を回転させ、同時に握り締めた右手を思いっきり突き出してみる。 「えいっ!」 グボンッ! 可愛らしい掛け声とは対照的に響き渡る轟音。 「ひっ!?」 驚いた人影は慌ててその場を離れた。 スカートの両端を指で摘み上げ、一目散に逃げる。 「なんだ!?今の音は?」 急いで音のした方へ向かうリュウとタバサ。 そこで見たものは、驚異的な速さで走り去っていくメイドの後姿と 建物の壁に開いた大きな穴だった。 後日談としては、固定化の魔法がかかった壁に穴を穿つなどという常識外れなことができるのはリュウぐらいしかいないとルイズに疑われたが、 同席していたタバサが彼の無実を証明してくれてほっと胸を撫でおろすリュウであった。 その日の晩のルイズの部屋 「・・・やっぱりわたしと一緒にアルヴィーズの食堂で食べれば良かったじゃない」 一通り話を聞いてふてくされたように言うルイズ。 「まったくルイズの言う通りだ」 厨房での扱いを思い出して苦笑いを浮かべるリュウ。 「それにしても・・・その服をまずなんとかしたいわね」 リュウの全身を見渡す。 「服もボロ布だし、だいたい裸足だなんて平民云々以前に蛮人よ・・・ ホント、物乞いと言われても仕方ない格好ね。どれだけ貧乏人だったのよ」 歯に衣着せぬ物言いのルイズ。 「これは道着と言ってな、これを着てると気が引き締まる。ボロなのは俺と一緒に修行の日々を過ごしてきたからだ。本当にダメになったら新調するさ。 それに、靴は好きで履かないんだ。買えない訳じゃない」 「ダメ。とにかく、そんなんじゃヴァリエール家の使い魔として相応しくないわ。 今度の虚無の曜日は授業がないから、町にアンタの服を買いに行くわよ」 「いや、だから、これは道着でだな・・・」 「ダメったらダメ!!買いに行くの!!ついでにアンタの剣も買いたいしね」 「剣?それはいらん。俺は剣の使い方なんて知らんしな」 リュウが困惑気味に答える。 「え?アンタ、それだけ強いのに剣の扱い方も知らないの?」 驚くルイズ。 「ああ、握ったこともない」 「へぇ・・・もったいないわねぇ・・・せっかくなんだしこの際、剣も覚えたら?」 ――ううむ・・・ルイズはどうしても俺に剣を持たせたいらしい―― 確かに何も知らない少女に格闘家のなんたるかを説明しても理解してもらえるとは思えない。 どうしたものかと考えた末、良い言い訳を思いついた。 「それにな、自分で言うのもなんだが、俺は割りと力が強い。俺が振り回したら剣の方が折れると思うんだが・・・」 青銅製のゴーレムをまるで紙細工のように扱っていたことを思い出し、ルイズも渋々納得する。 「確かにそうかもね・・・でも、やっぱり剣は買うわ。使わなくてもいいから持ってなさい」 結局、見た目を優先するルイズなのだった。 ルイズとリュウの二人はトリステインの城下町を歩いていた。 すれ違う人々がマントを羽織ったルイズを見て、貴族に絡まれてはたまらないと道を空け その斜め後ろを歩くリュウを見てその肉体の見事さに溜息をつく。 「ここがブルドンネ街よ。トリステインで一番の大通りなの」 自慢気にルイズが説明する。 「なるほど、確かに賑やかだな」 確かに人通りは多いがリュウの感覚としてはどちらかと言うと狭い通りだ。 機械技術など皆無のこの国でそれほど大掛かりな都市整備はできないのだろう。 だが一応、ルイズの機嫌を損ねないように話を合わせておく。 普段は学院内で生活している上、必要なものは全て揃っているので街まで来ることは滅多にないのだろう、ルイズも楽しそうにしている。 っていうか、これってデートってヤツなんじゃない周りからはわたしたちってカップルに見えてるのかしら平民のクセに貴族とデートできるなんて生意気ね などと思いながら頬が緩みっぱなしのルイズ。 冷静に見てみると結構気持ち悪い。 幸いリュウはルイズの斜め後ろについているので、ルイズのニヤけた顔が見えていなかったが。 「じゃあまず、服屋さんね、アンタの服を見繕うわ」 「だから、何度も言うがこれは大事な服で、これ以外の・・・」 「しつこい!ダメ!買うの!」 がっくりと項垂れるリュウを連れてご機嫌で服屋に入るルイズ。 「いやぁ・・・旦那の体型に合う服なんてちょっと置いてませんねぇ・・・」 規格外の筋肉質であるリュウに合う服など置いているはずもない。 「じゃあ、仕立てて頂戴。デザインは・・・そうねぇ」 チラリとリュウの方を見る。 「今着てるのと同じデザインのでお願いするわ。できる限り頑丈な素材で作って頂戴」 どうやら道着を作ってくれるらしい ほっと胸をなでおろし、「ゆったりと作ってくれれば、後は適当でいい」と言いながら店の主人の採寸に応じるリュウ。 採寸するために道着の上を脱ぐと、そこから現れたのは改めて主人の度肝を抜くような盛り上がった筋肉と そしてルイズの度肝を抜くような大きな傷跡だった。 「ちょ・・・ちょっとリュウ?何、この傷跡・・・」 胸の辺り、ギリギリ道着で隠れるか隠れないかという辺りと、その丁度裏側にあたる背中の大きな傷跡。 どうみても身体を貫通しているようにしか見えない。 「ああ、ちょっと前にな」 こともなげに言うリュウ。 身体のこんな場所を貫かれても、人間は死なないものなのだろうか? それ以前に、何をしたらこの途轍もなく強い男にこれだけの傷を負わせることができるのだろう。 ルイズのリュウに対する疑問、興味は増す一方だった。 そしてその興味と畏敬の念が、年頃の少女の例の漏れず恋愛感情を加速させつつある。 もっとも本人はそれを認めようとしなかったが。 次にルイズが目指したのは武器屋だった。 小さな路地裏に入り、どんどん奥の方に進んでいく。 ゴミや汚物が道端に転がり、すえた臭いが鼻をつく。 リュウは辺りに気を配りながらルイズの後をついていった。 物陰から手にナイフやら手斧やらを持った目つきの悪い男たちがルイズの頭から爪先までを舐めるように値踏みする。 「ありゃあ、どこぞの貴族の娘だな。あれだけの上玉だ、相当な額になるぜ。笑いが止まんねぇな・・・」 下卑た笑いを浮かべ、目配せし合う男たち。 それに気づいたリュウはルイズに危険が及ばないように、わざと抜き身の剣のような気迫を、それでもルイズでは気づかない程度に漂わせる。 それだけで危険に対しては鼻の利くゴロツキ共には十分に効果があった。 獲物のすぐ後ろにいるリュウの身体つきやそこから発せられる猛者の放つ気迫に諦め、舌打ちしながら去っていく。 「あまりいい場所とは言えんな」 「ホントはあまり来たくないのよ・・・」 苦い顔をしたルイズが辺りを見回す。 「確か・・・ピエモンの秘薬屋の近くだったから、この辺りのはずなんだけど・・・」 それから剣を模した看板を見つけ、嬉しそうにつぶやいた。 「あったあった」 リュウとルイズは扉を開けて中に入った。 「らっしゃい・・・ととと!?お、お貴族さまがなんの御用で?うちはマットウな商売やってますぜ」 カウンターに肘をつき、気だるげにしていた店主は入ってきたのが貴族だと判るや否や背筋を伸ばして揉手し、冷や汗をかきながら愛想を振りまく。 「客よ。剣が欲しいの」 愛想を振りまく店主とは対照的に無愛想に応じるルイズ。 難癖つけられてはたまらないとペコペコしていた店主は相手が客と聞いて素早く商売モードに切り替えた。 面倒くさい相手ではあるが、何しろ貴族は金を持っている。 しかも、金を持っている上に世間の常識に欠けている。 相場の2倍3倍・・・いや、上手くすれば桁ひとつ増やしたところで買っていく貴族もいる。 こんな葱を背負った鴨を見逃す手はない。 「ああ・・・なるほど、後ろの従者の方に持たせるんですね。最近、”土くれのフーケ”やなんやで物騒ですからねェ」 後ろに控えるリュウの身体を見て納得したように頷く店主。 「土くれのフーケ?」 首をかしげるルイズに答える店主。 「へぇ、最近巷を賑わしてる盗人でさぁ。金持ちの貴族しか狙わないってんで、平民の間ではちょっとしたヒーローでさあね。ちょいとお待ちくだせぇ」 そう言って店主は奥に引っ込んだ。 「盗人がヒーローだなんて不謹慎だわ!!リュウもそう思うでしょ!?」 プリプリと怒りながらリュウに同意を求めるルイズ。 「人間は権力に抑圧されると、その権力に歯向かう者を応援するもんだ。 街の人々が如何に貴族という権力に抑圧されているかということだ。とはいえ、確かに盗人とは褒められたもんではないな。」 尚プリプリ怒っているルイズをリュウが諌めていると、店主がゴソゴソと1本の剣を持って出てきた。 「こいつぁ、かの有名なシュペー卿が鍛えた逸品ものでさぁ。 並の人間じゃあとても扱いきれやせんが、そちらの従者の方にはお似合いの剣ですぜ」 2メイルはあろうかという刀身に宝石などで飾り立てられた煌びやかな剣を得意げに説明する。 「魔法がかかってますからね、鉄だって切れますぜ」 剣を見た瞬間、ルイズは魔法云々よりも見た目の豪華さに心打たれた。 「ねぇ、リュウ、これなんか良くない?」 一発で気に入り、すっかり買う気になっているルイズ。 「俺としてはもっと飾り気の無いものの方がいいんだが」 『質実剛健』や『実直』などの言葉をそのまま人間にしたようなリュウの趣味嗜好からは遠くかけ離れている剣を見て思わず呟く。 「却下。わたしが気に入ったから、これに決めた」 どうやらリュウの意見など端から聞く気は無かったらしい。 勝手に決める。 「これ、おいくら?」 「へぇエキュー金貨で2000でさぁ」 「高いわねぇ・・・それだけあれば森付きのお屋敷が買えるじゃない・・・」 剣の相場など知らないルイズは絶句する。 もっとも、相場を知っていればその金額が桁一つ多いことに気づけたのだが。 「命を預けるのが剣ですからね、命は金では買えませんや。しかも、名工シュペー卿の作ですから、これぐらいはしますやね」 言って愛想笑いを浮かべる店主。 「困ったわね。今日はエキュー金貨で100しか持ってきてないわ」 アッサリ所持金を白状する。 ルイズは自分で買い物をすることなどない大貴族なので、こういう交渉はしたことがない。 そして、ハルケギニアの相場を知らない上に交渉が下手ということに関しては、リュウも一緒だった。 ただ、剣一本に森付きの屋敷という値段には違和感を覚えたが、魔法が関わってくると全く見当がつかないので、そういうものなのかと納得せざるをえない。 「それじゃあ碌な剣は買えませんやねぇ・・・」 困った顔をした店主はそういうと再び奥に入っていく。 後ろを向いた店主の顔はニヤニヤしていた。 「せいぜいカモらせてもらうか・・・」誰にも聞こえないように呟くと、奥から別の一本を持ってきた。 「それでしたら、これなんかどうですかい?本当は120エキューなんですが、100にまけときますぜ」 ルイズの前に差し出されたのは1メイルほどの刀身の、何の意匠も凝らされていない細身の剣だった。 「なんか貧相ね・・・」 先ほどの剣が頭から離れず、あからさまに落胆の色が見えるルイズ。 「いや、俺はむしろこっちの方がいいと思うがな」 リュウが感想を漏らすと、背後から声が聞こえた。 「けっ。おめえみてーなド素人が剣なんざ持ったところで死ぬだけだ、やめとけ」 思わず振り返るリュウとルイズ。 だが、そこには誰もいない。あるのは所狭しと並べられた剣や槍などの武器。 「やいデル公!お客様になんて口利きやがる!!」 誰もいない場所に向かって文句を言う店主。 リュウとルイズの二人が頭に「?」を浮かべていると、またしても誰もいない場所から声が聞こえた。 「な~にがお客様だ!そんなカスみてーな剣売りつけやがって!どーみたって金貨10枚もしねーよーなガラクタじゃねーか」 目を凝らすが、やはり誰もいない。 しかし、姿は見えずとも声はしっかりと聞こえてくる。 「おめえもこんなガラクタ見せられて『こっちの方がいいと思う』とか言ってんじゃねー。 ガラクタかどうかの見分けもつかねーヤツが剣なんて持ったって早死にするだけだっつーの」 リュウは剣が並べられた一角に行くと、錆の浮いた一本の古い剣を取り出した。 「お前が・・・喋ってるのか・・・?」 驚きながら、手にした剣に話しかける。 傍から見れば危ない人に見えなくもないが、近くで見れば彼が精神的にも健康であることが判る。 なぜなら、彼が手にしている錆びてボロボロの剣が喋ったからだ。 「おうよ。俺っちが喋ってるのよ。判ったか、ド素人」 剣の柄の部分をカチカチ言わせながら喋る剣。 「イ・・・インテリジェンス・ソード・・・?」 ルイズは噂で聞いたことがあった。高位のメイジが剣に人格を付与することがあると。 そしてそれはインテリジェンス・ソードと呼ばれている。 「おうよ!俺っちがインテリジェンス・ソードのデルフリンガーさまだ!おきやがれ!!」 まくし立てるように喋る剣。 後ろから飛ぶ店主の怒り声。 「いい加減黙ってろデル公!!溶かして鉄くずにしちまうぞ!」 「ああ!やれるもんならやってみろってーの! どーせ6000年も生きてきて飽き飽きしてたところだ!いっそ溶かしてくれた方がせいせいするってーの!」 「お前・・・6000年も生きてるのか?」 「おうよ!最近はとんとつまんねーしな!もうこの世に未練なんてねーっての・・・ってか、おい・・・」 「ん?どうしたんだ?」 突然押し黙っってしまった喋る剣に尋ねるリュウ。 「おでれーた・・・おめえ・・・”使い手”か・・・」 「使い手・・・?何の話だ?」 いぶかしむリュウ。 「よし、おめえ、俺っちを買え」 それには答えず自分を買えという剣。 「わかった。親父、この剣はいくらだい?」 リュウは躊躇い無く答えると、店主に尋ねた。 「へぇ、それでしたらエキュー金貨100で結構ですぜ。うちとしても厄介払いができてせいせいしやすからね。 煩いときは鞘に閉まっちまえば大人しくなりまさぁ」 「っというわけだ、ルイズ。俺はこの剣がいい」 あまりの急展開に目を白黒させるルイズ。 「ちょ・・・ちょっとリュウ!!もうちょっとちゃんと選びなさいよ!だいたい、そのボロ剣、錆びちゃってるじゃないの!」 「ああ、ちゃんと選んださ。この剣が買えと言ったからな。年長者の言うことは聞くもんだ」 ボロ剣とはなんだ!と文句を言うデルフリンガーを鞘に収め リュウは笑いながら、ルイズから預かっている財布の中から100エキューを取り出し店主に支払った。 前ページ次ページゼロと波動
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歪魔ルイズ・プロア(Louiz) 加入条件 AP04、「歪魔を探そう」イベント終了 ステータス 種族 防御属性 武器 鎧装備 雇用費 悪魔 暗黒 杖 X -- LV HP 物攻 物防 魔攻 魔防 命中 回避 所持 待機 70 58 58 45 39 27 140 60 7 7 100 94 76 61 50 36 149 72 7 7 120 118 88 72 58 42 155 80 7 7 スキル スキル名 初期 種別 効果 備考 連撃 +5 攻撃 攻撃時に確率で同じ行動を連続で行う +9で発動率20% 魅了 +4 攻撃 攻撃時に対象の行動を遅らせる +9で9F お調子者 +6 攻撃 CHAIN発生時、1CHAIN毎に攻撃力上昇 +9で物攻+10魔攻+10 見切り +5 防御 被攻撃時に確率で間接ダメージを無効化 +9で発動率30% 反射 +5 防御 被攻撃時に確率であらゆる攻撃ダメージを跳ね返す +9で発動率20% 歪魔 +7 条件 +値に応じて行動追加 杖使い +7 条件 『杖』が装備可能 行動 条件 分類 名称 距離 種別 属性 硬直 範囲 効果 回数 +1 +2 +3 +4 +5 +6 +7 +8 +9 歪魔 必殺 爆裂ミョウギ 間接 攻撃 火炎 5 縦5×横5 物攻+15 命中+30 12 14 16 18 20 23 26 30 34 爆裂オウギ 8 物攻+30 命中+60 - - 8 10 12 15 18 21 24 爆裂究極オウギ 12 物攻+45 命中+90 - - - 5 7 10 13 16 22 魔法 連続闇弾 間接 攻撃 暗黒 8 縦1×横1 魔攻+12 命中-5 10 12 14 16 18 21 24 27 34 獄滅暗黒槍 12 魔攻+24 命中-5 - - 4 5 6 9 12 15 24 ティルワンの死磔 18 縦5×横5 魔攻+36 命中-5 - - - 2 4 7 10 13 18 特徴 エウ伝統の空間を歪め操る上位魔族「歪魔」 伝統芸なので、今回もやっぱり歪魔チート。 セリカと並ぶ待機7に加え、魅了+爆裂ミョウギ(火炎・5×5・硬直5)という、ゲーム仕様を全力で味方につけた胡散臭さ全開のチートキャラである。 火炎が効きづらい相手にはティルワンの死磔(暗黒・5×5・硬直18)で対応できる。5×5を2属性持つのは味方ユニットの中でもルイズだけ。 回避も異様なほど高く、初期装備を鍛えるだけで余裕で100を超える始末。 伝統的に低い設定になりがちなHPも、本作仕様だと全く弱点にならない。 唯一の弱点は武器が「杖」ということ。基礎ステータスは物攻寄りだが、杖装備のため物攻が上がりにくく、単純に火力という意味ではそこまで異常なものにはならない。 …と思いきや、実際には「お調子者」の効果でCHAIN時ダメージが跳ね上がるため、これすら弱点にならない。少しは自重しろ。 専用レア武器は杖、欲望の聖杖(SR・無属・物攻77・魔攻127・命中60・精気吸収+9)と歪姫の秘杖(UR・暗黒・物攻40・魔攻99・命中70・大物殺し+9)。 例によってSRの方が性能が高い。初期待機の速さと精気吸収+9の相性は抜群で、戦闘する度にHPがモリモリ回復していく。物攻も杖の中では一番高い。
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前ページ次ページ蒼い使い魔 「ふぅっ」 ルイズが室内に新鮮な空気を取り込むべく自室の窓を開け放つ、涼やかな風が頬をなでた。 ルイズはくるりと振り向くと、使い魔をみて言った。 「さて、明日から夏季休暇なんだけど」 「そのようだな」 脚を組みながらソファに座っている使い魔……バージルは本から視線を外さずに相槌を打った。 「せっかくだから領地に帰ろうと思うの」 「好きにしろ」 相変わらず淡白な反応しか返さない使い魔をじろりと睨みつける 「あんたも行くのよ」 「……」 気乗りしない、といった表情のバージルにルイズが再び口を開こうとしたその時、窓に大きな影が差す…… 「おにいさまぁ~~~!!」 その声と共に、窓から突然、長い青い髪をした素っ裸の女性が勢いよく飛び込んできた。 「なっなっ、何ごとっ!?」 突然の闖入者にルイズが目を丸くする。 変化を使ったシルフィードが窓から乱入してきたのだ。誰かに見られていたらどうするつもりなのだろうか? だがシルフィードはそんなことはおかまいなく部屋の中へ降り立つや否や、 固まっているルイズを尻目にバージルの元へ駆け寄ると、そのまま勢いよく抱きついた。 「きゅいきゅい! おにいさま! 明日から夏季休暇なのね!」 「知っている」 顔に胸が押し当てられているにもかかわらず顔色一つ変えずににべもなく言うと、ページをめくる、 シルフィードはソファから立ち上がると、そんなバージルから本を取り上げる、 睨むように視線を上げるとそこには当然のようだが……素っ裸のシルフィードが立っていた。 「そこでシルフィは提案します、おにいさまをシルフィのおうちへご招待するのね! 二人の愛の巣なのね! すてき! きゅいきゅい!」 「こぉの雌竜! 何勝手に入ってきてんのよ!」 ようやく我に返ったルイズがシルフィードに詰め寄った、 だがシルフィードはルイズに向きなおると、ふふんと鼻で笑う 「ふっふっふ、話は聞かせてもらいました! 桃髪! さっさと実家に帰れなのね! おにいさまはシルフィと一緒にアッツイ夏を満喫するのね!」 「なにがアッツイ夏よ! あんたの頭ん中はいっつも春じゃないの! 大体人の使い魔に手を出さないで! ぜったいそんなことはさせないわよ! させるもんですか!!」 目の前できゃんきゃんきゅいきゅい喚く二人にバージルは眉間に皺をよせ片耳を押さえた。 すると、今度はドアがバターンと勢いよく開け放たれる、 ルイズとシルフィードが驚いてそちらへ視線をやると、そこに立っていたのはシルフィードの主人であるタバサだった。 唖然とするルイズ達をよそに、タバサは有無を言わさず きりり、と杖を取り回して脇に引き付け、渾身のスティンガーをシルフィードに叩き込む。 「ぎゃうん!」 その華奢な体のどこにそんな力があるのかと疑いたくなるほどの強烈な一撃がシルフィードを壁まで吹っ飛ばす。 バージルから取り上げた本が空中へ投げ出される、 重力に従い落ちてきたそれをバージルは難なくキャッチすると、何事もなかったかのように再び本を開き、静かに読み始めた。 もんどりうって吹っ飛び、気を失ってしまったシルフィードにタバサはつかつかと歩み寄ると、布でその体をくるくると包み込み、 持っていたロープで手際よく簀巻きにするとずるずると外へと引っ張って行った。 「お騒がせしました」 「まったくだ」 タバサはドアの前でぺこりと頭を下げると簀巻きになったシルフィードを引きずり、ルイズの部屋から退出していった。 嵐のように現れ嵐のように去っていったシルフィードにルイズは大きくため息を吐く、そのとき……。 ばっさばっさと一羽のフクロウが窓から入ってきた。 「ん?」 そのフクロウはルイズの肩にとまると、羽でぺしぺしと頭を叩いた。 「なによこのフクロウ」 フクロウは書簡を咥えている。 ルイズはそれを取り上げた。 そこに押された花印に気づき、真顔に戻る。 中を改め、一枚目の紙にルイズは目を通した。 それからルイズは呟く。 「帰郷は中止よ」 「好きにしろ」 「……」 帰郷のために一度まとめた荷物を、ルイズは再び改めると、 先ほどフクロウが届けてきた手紙をバージルに渡した。 「これ、一応あんたも読んでおきなさい」 「なんだこれは」 「姫さまからの手紙よ」 ルイズのその言葉を聞くや否やバージルが手紙を持つ手に力を込める 「ちょっと! なに破こうとしてんのよ!」 「気に食わん」 「中身も見ずにいきなり破こうとするやつがどこにいるのよ! とにかく読みなさいよ!」 ルイズの必死の説得に渋々とバージルが手紙に目を通し始めた。 内容をかいつまむとこうだ、アルビオンは艦隊が再建されるまでまともな侵攻をあきらめ、 不正規な戦闘を仕掛けてくる可能性が非常に高い――マザリーニを筆頭に、大臣達はそう予想したらしい。 街中の暴動や反乱を扇動するような卑怯なやり口でトリステインを中から攻める……。 そんなことをされてはたまらない、そのような敵の陰謀がある可能性を危惧したアンリエッタは 治安の維持を強化する判断を下したということだ。 「あの女にしては妥当な判断だな」 バージルはそこまで読むと、もう読む気が失せたのか、ぱらりと床に手紙を投げ捨てた。 「それで? 俺になんの関係がある」 「だから! ちゃんとこの先に書いてあるでしょ!」 ルイズがあわててその手紙を拾いながらバージルを叱りつける。 「わたしは身分を隠して情報収集をしなくちゃいけないの! なにか不穏な活動が行われていないかとか、平民達の間で流れてる噂とか調べるのよ! わたしがやるんだからあんたも手伝うのは当然でしょ!」 ルイズが手紙の中の文字を指でなぞる、なるほど、確かにそこには トリスタニアで宿を見つけ下宿し、身分を隠して花売りなどをしながら 平民達の間に流れる噂など、ありとあらゆる情報を集め、報告するように指示してあった。 任務に必要な経費を払い戻すための手形も同封されている。 「要は間諜か、俺がいなくても問題のない仕事のようだが」 バージルがそう言うと、ルイズは胸をツンと張る。 「と、当然じゃない! この位の仕事、わたし一人でも余裕よ!」 「そうか、では精々あの女の期待に応えられるよう任務とやらに励むんだな、俺はここで無事を祈っていてやる」 その言葉を待っていたのか、バージルはこの話はこれで終わりだ、と言わんばかりに再び本に目を通し始めた。 言葉ではああ言っているが、彼の態度を見てわかるとおり、祈る気などゼロだ。 「だぁ~~かぁ~~らぁ~~……! あんたも行くって言ってんでしょこの馬鹿ぁぁぁぁぁ!!!!」 ルイズはわなわなと怒りで肩を震わせ……、いつもより派手な音を立て、部屋が爆発した。 「暑いわね……」 ルイズが額の汗をぬぐいながら呟く。 じりじりと太陽が照りつける街道を、バージルとルイズはトリスタニア目指して歩いていた、 最初は渋っていたバージルも、結局ルイズに同行することにしたのだった、 アルビオンの背後には魔界の姿が見え隠れしている、悪魔を差し向けてくる可能性も捨てきれない。 先日あったラグドリアン湖に悪魔が発生した時のような事態が起きないとも限らない、 また、そう言った場所にはかならず魔界への手がかりがある 実際のところ、この任務はバージルにとっても有用な情報が手に入る可能性があったのだ。 「聞きたかったんだが、何故馬車を使わん」 そんなルイズとは対照的にバージルは涼しい顔をしながらルイズに尋ねる。 「だって……身分隠さなきゃいけないんだからしょうがないじゃない、今のわたし達は"一応"平民なんだから……」 「……一応聞くが、街についたらまずどうするつもりだ」 バージルがルイズを横目で見ながらなにやら含みのある声で聞く。 「まずは財務庁ね、そこで手形を金貨に換えなきゃ」 「平民はよく財務庁を利用するのか? それと……」 バージルは一旦そこで区切ると、改めてルイズをまじまじと見つめる。 「な……なによ……」 「平民が五芒星とマントの着用を許されているとは初耳だな」 「うっ!!!」 どうやらバージルの言いたいことは大体伝わったらしい、 行きは馬車で特に問題はない、トリスタニアに到着し、手形を金貨に換えてから 仕立て屋で平民に変装するなりしてから紛れ込めばいい。そう言っているのだ。 かといって今から学院に戻るには遠すぎる……。 「う! うるさいうるさい!」 痛いところを突かれたルイズは目くじらを立てながら怒鳴り散らす。 「喚くな、暑苦しい」 「誰のせいよこのばかぁぁーー!!」 街についた二人は、まず財務省を訪ね、手形を金貨に換えた。 新金貨六百枚、約四百エキューである。 その次に、仕立て屋に入り、ルイズが変装に使う地味な服を購入する。 ルイズは最初嫌がっていたが……五芒星とマントをつけたままでは平民の中に紛れるなど不可能だ。 地味な服を着せられたルイズは不満そうに口を開いた。 「足りないわ」 「何がだ」 「この頂いた活動費よ、四百エキューじゃ、馬を買ったらなくなっちゃうじゃないの」 「馬など不要だ、そもそも今のお前は平民だ、自分で歩け」 「平民のフリをしようがしまいが、馬がなくっちゃ満足なご奉公はできないわ」 「……」 「それにちゃんとした馬じゃないとダメね、安い馬じゃいざって言う時に役に立たないじゃないの! 馬具だって必要だわ、それに……宿だってヘンな所に泊まれないわ、 このお金じゃ二ヶ月半泊まっただけでなくなっちゃうじゃない!」 金貨六百枚が消し飛ぶ宿とは、どれだけのものなのだろうか。 「安宿でかまわん、少しは妥協しろ」 「ダメよ! 安物の部屋じゃよく眠れないわ!」 流石は大貴族のお嬢様、平民に混じっての情報収集なのにやたらと注文が多い。 「ご奉公にはお金がかかるの! 妥協なんてできないわ! あぁ、他にも……」 やいのやいのと注文をつけるルイズをバージルが睨みつける。 「お前はそんな風にして俺の金を使ったのか……」 あきらかに怒気を含んだ声にルイズが震えあがる。 「わっ……悪かったって言ってるでしょ! そ、それはあの時、あ、謝ったじゃない!」 ルイズは請求書が届いたあの日のことを思い出す。 あの時は本当にヤバかった、逃げたルイズを追ってきたバージルの背後には視界を覆い尽くさんばかりの幻影剣が浮き 目が合うや否やルイズに向かい一斉に射出してきたのだ。何の比喩もない、まさに剣の暴風雨だった。 幻影剣が容赦なく空から降り注ぐ、回避したと思ったら、今度はぐるりとルイズの周囲を取り囲み、一拍置いた後に一斉に射出される、 必死に地面を転がり回り、虚無を放ち打ち砕く、人間必死になればなんでもできる、そう実感した。 最終的には途中から加わったキュルケ、タバサ、シエスタを含む四人でバージルに謝り倒してようやく刀を納めてくれたのだった。 「お前に金を渡すとどうなるか、よくわかった」 バージルはそう言うと、ルイズが手に持っていた金貨の入った袋を取り上げた。 「なっ! なにすんのよ! 返しなさい!」 「俺も手伝わされるんだろう? 半分は俺の金だ、文句はあるまい?」 バージルがルイズを鋭く睨みつける。 「うっ……」 反論しようにも材料がない、そもそもバージルには金銭面で負い目を作ってしまっている。 バージルそう言うとはおよそ半分ほど、二百エキューほど袋から取り出すと、 残りの金貨が入った袋をルイズにぽいと投げ渡した。 「残りはお前のものだ、好きに使え、ただし、俺はお前には一切金をやらん、その金で自分の面倒は見ろ」 なんともまぁ、ケチくさい発言である。無断で私財を使われた身としては当然だが……。 「これっぽっちでどうしろっていうのよ……」 「この機会に金の使い方でも学ぶんだな」 切なそうに呟くルイズにバージルはしれと言った。 今も昔も、情報を仕入れるなら酒場と相場が決まっている。 珍しいバージルの助言に従い、二人は居酒屋へと足を踏み入れた。 するとルイズはその一角に設えられた賭博場を見つけた。 そこでは酔っぱらった男や、いかがわしいなりの女たちがチップをとったり取られたりの戦いを繰り広げていた。 「何を考えている」 入るなり見入っているルイズにバージルがジト目で睨みつける 「え? あ、えっと、これで増やせるかな……って、そ、そりゃ私も博打はあまり好きじゃないわよ!? で、でもご奉公のためにお金は必要だし! ちょっとだけなら姫さまも許してくれるわ……きっと!」 呆れ果てているバージルをよそに、ルイズはおよそ五十エキュー分をチップへ換えると くるくる回る円盤がついたテーブルへと向かう。 円盤の円周には赤と黒に色分けされた三十七個のポケットに分かれ、それぞれに数字が振られている。 その円盤の中を小さな鉄球が回る。そして円盤の周りには目の色を変えた男女がそれを食い入るように見つめていた。 ルーレットである。 ルイズは、まずは運だめしと、勝っている客と同じように赤に十エキューほどのチップを慎重に張ってみた。 玉は赤のポケットに見事入り込んだ。 「ほら見なさい! 勝ったわ!」 「偶然だ」 気を大きくしたルイズは賭ける額を少しずつ大きくしていく。 どういうわけかそのいずれもが的中しあっという間に八十エキューほど所持金を増やしていた。 「任務遂行のお金が増えたわ! さっすがわたしね! どっかのケチな使い魔とは違うのよ!」 「勝手にしろ、どうなっても知らん」 調子に乗り始めたルイズにバージルは吐き捨てるように呟くと踵を返した。 「どこに行くのよ?」 「外だ、酒臭くてかなわん」 そう言って退出していったバージルの後ろ姿を見てルイズがほくそ笑む。 「ぷぷっ、あの悔しそうな顔! みてなさい、何倍にもしてやるわ!」 三十分後……。 ルイズはがっくりと肩を落とし、恨めしげに盤面を見つめた。 彼女がさっきおいたチップが、バンカーの手でごっそりと消えていった。 ブロンドの美少女はしばらくしっとりと肩を落としていたが、やおら昂然と顔をあげる。 「次は勝つ……絶対勝てるわ!」 バージルと一緒に運が去って行ってしまったのか。 さっきまでの勝ちが嘘のように負け続けているのだ。 今までの勝ち分どころか、チップにしていなかった残りの軍資金まですっていたのだった。 「おかしいわよええ絶対おかしいわ、赤黒二分の一なのに十五回も連続で負けたわ、 というわけで次は勝てる、じゃないとおかしいわ」 鳶色の目をギラギラと輝かせルイズが呟く、もはや止める者は誰もいない。 「赤黒で当てても所詮は二倍……だったら一発数字を当てればいいのよ! 配当は三十五倍、 今までの負けを取り返すどころかおつりがくるじゃない、なぁんだ、最初からこうすればよかった!」 一人狂ったようにまくし立てていたルイズが大きく頷く。 「次こそ必ずJACKPOT(大当たり)よ!」 シューターがホイールに球を放り込もうとしている。 ルイズは一度深呼吸をすると目を閉じる。 その時、ルイズの脳裏にいつかの夢で見た、赤いコートを羽織った銀髪の男の姿がよぎった。 「あいつの弟……! 見えた! 赤の3!」 ルイズがなぜか頭に浮かんだ数字に残りのチップをあまさずベットする。 そして回転するホイールと球を、これ以上ない真剣な目で睨みつける。 赤に入り、跳ねて、今度は黒、また跳ねる……。 そしてカラコロと音をたて運命の球はポケットに入った。 入ったのは……黒(ネロ)の4……。 その結果を見届けたルイズはわなわなと体を震わせると、勢いよく立ち上がり酒場の外へと飛び出していった。 「バージル!」 「終わったか、結果は聞かん、行くぞ」 酒場から飛び出してきたルイズに冷たい視線を送りながらバージルが背を向ける。 だがギャンブルの魔力に取りつかれたルイズはバージルの前に回り込み立ちはだかる。 「あに言ってるの、まだ終わってないわよ、あんたのお金が手つかずじゃない、次はかならず勝てるわ」 「……言ったはずだ、これは俺の金だ、お前にくれてやる金などない」 こうなることを予期していたのか、ルイズを要求を無視し冷たく言い放つ 「あのね? 使い魔のものは主人のもの、決まってるの、いいから渡しなさいッ!」 ルイズはそう言うと電光石火の早業でバージルの股間を蹴りあげようとした、 だが、バージルの股間目がけ放たれたルイズの蹴りは、彼の左手に握られた閻魔刀の鞘に打ち払われる。 向う脛をおもいっきり打ち抜かれたルイズはあまりの激痛に、目に涙を浮かべながら蹲り、向う脛をさすった。 「いったぁぁぁぁ~~~~~……!! んぎゃっ!!」 トドメの一撃、こめかみに返す鞘の一撃を叩き込まれたルイズはそのまま昏倒してしまう。 「Foolish girl...」 呆れた表情で見下しながらバージルが短く呟くと、 倒れ伏したルイズの襟首を掴み、その場から引きずりながら移動した。 ルイズは暮れゆく街の中央広場の片隅にぼんやりと未だ痛む頭をさすりながら座り込んでいた。 ごぉんごぉん、とサン・レミの聖堂が夕方六時の鐘をうつ。 お腹がすいて疲れていたが、どこにも行けない。 ルイズは先ほど仕立て屋で購入した地味な作りのワンピースを身につけていた。 足には粗末な木の靴、マントと杖は鞄の中だ。 恰好だけみるとどこかの田舎娘のようだったが、やたらと高貴な顔のつくりと桃色かかったブロンドのおかげで、 お芝居の中の貧乏っ子のようにちぐはぐな感じがした。 バージルはいつもの恰好だったが……季節が季節だ、ロングコートを肩にかけており、ノースリーブ姿である。 左手にはいつものように閻魔刀が握られており、背中にはちゃんとデルフリンガーも背負っていた。 ぼそりと、ルイズがやっとことの重大さに気づいたような口調で呟いた。 「ど、どうしよう」 「知らん」 「う~~……」 バージルの冷徹な一言にルイズが膝を抱えてうなる。 するとルイズはなにやら言いにくそうにバージルを上目遣いで見つめながら口を開いた。 「ね、ねぇ……バージル? あの――」 「断る」 本題切り出す前にバッサリ断られルイズがずるっと肩を落とした。 「ま、まだ何も言ってないじゃない!」 「他に何がある」 バージルはこれ以上ないほど冷たい目でルイズを見る。 「呆れはてて何も言えん」 バージルもまさか自分が去って三十分もしないうちにルイズが全財産を失うとは思っていなかったようだ。 「だ、だったらあの時なんで止めなかったのよ!」 「あの時俺が止めろと言ったとしてだ……お前はやめたか?」 「うっ……」 ルイズが言葉につまる、ルイズはあの時勝ち続けていたのだ。 それ故調子にも乗っていた、仮にバージルが何か言っても聞く耳さえ持たなかっただろう。 「それで? どうするつもりだ?」 「い、今考えてるの! だまってて!」 ルイズはそれだけ怒鳴るとむっとした表情で膝を抱え、その上に顎を乗せた。 今のルイズの所持金はゼロ、これではどうすることもできない、宿どころか、食事だってとることが出来ない。 姫さまに頭を下げてまたお金をもらうべきか……否、自分だけの裁量で秘密の任務をお授けになっているのだ、 公的資金は、大臣たちを通さないと使う事が出来ない、つまりあのお金は姫さまのポケットマネーだ。 そもそもそのお金を三十分ですってしまったなんてどの顔を下げて言えばいいのだろうか? いや、まだ半分残ってはいるが、それを持っているのは誰よりも恐ろしいこの悪魔だ……。 ルイズはそう考えながら再びバージルへと視線を向ける、 その視線に気が付いているのかいないのか、バージルはいつものように腕を組み目をつむっていた。 ルイズは意を決したように立ち上がる。 「バージル! あの……宿に泊まるつもりならその……、こ、このさい安宿でもいいわ! だからわたしも一緒に――」 「却下だ」 ルイズの必死の懇願も空しく、またもや言いきる前にバッサリ却下される。 「俺はお前に一切資金の援助はしない、貸すつもりもなければ借りるつもりもない……返済はしてもらうがな。 その金で自分の面倒は見ろ、最初にそう言ったはずだ」 「わ、わたしに野宿させる気なの!?」 「それしか手段がないのであれば、そうするしかあるまい」 絶望に打ちひしがれるルイズとは裏腹に、淡々とバージルが答える。 「信じられない! 貴族であるこのわたしに!? 野宿をしろですってぇ!?」 「この状況を招いたのはどこのどいつだ」 髪を振り乱し飛びかかるルイズをバージルは適当にいなす。 次第に体力が尽きたのかぐったりとルイズが地面に横たわった。 「おなかすいた……バージルぅ……せめてパンだけでも……」 消え入りそうな声でルイズが呟いた時、ちゃりーんと誰かが銅貨を投げた。 ルイズが憤った声で立ちあがる。 「だれ! 出てきなさいよ!」 すると人込みのなかから奇妙ななりの男が現れた。 「あら……物乞いかと思ったんだけれど……」 妙な女言葉だった。 「はぁ? あんたそこになおりなさい! わたしはねぇ! 恐れ多くも公爵家――むぎゃっ!?」 そこまで言おうとした時、バージルの掌がバチーンとルイズの口元に叩き込まれた。 「こーしゃくけ?」 「聞き違いだ」 口元を押さえながらジタバタと悶絶するルイズを尻目にバージルはしれといった。 身分を隠しての任務なのにいきなり正体をバラしかけた、これ以上目立ったらお話にならない。 男は興味深そうにルイズとバージルを見ている。 随分と派手な格好だ、黒髪をオイルでなでつけ、ぴかぴかに輝かせている、 大きく胸元の開いた紫のサテン地のシャツからもじゃもじゃとした胸毛をのぞかせている。 鼻の下と見事に割れた顎に、小粋な髭を生やしていた。 「なんかものすごく痛そうにしてるけど大丈夫なのその子? それはおいといて……、それじゃなんで地面に寝ていたの?」 「お金がなくなっちゃって……で、でも物乞いじゃないわ!」 男の問いにルイズがふらふらと立ち上がり、バージルを睨みつけながらきっぱりと答えた。 男が興味深そうにルイズの顔を見つめる。 「そう、ならうちにいらっしゃい。わたくしの名はスカロン。宿を営んでいるの、お部屋を提供するわ」 にこっと頬笑み男が言う、最高に気色悪い笑顔だったが、悪い人間ではないようだった。 「だそうだ、決めるのはお前だ」 バージルがルイズに視線を送る、するとスカロンは人差し指を立てると、再び口を開いた。 「でも条件が一つだけ、一階でお店を経営しているの、そのお店を、そこの娘さんが手伝う、これが条件。よろしくて?」 その条件にルイズは渋った顔をしたが、ここで断れば野宿決定、バージルは絶対に助けてくれないため、おとなしく頷いた。 「トレビアン」 スカロンは両手を組んで頬によせ、唇を細めてにんまりと笑った。 ――チャキリ……っと鯉口を切る音が聞こえたので、ルイズが即座に閻魔刀の柄頭を押え抜刀を防ぐ。 「じゃ、決まりね、ついていらっしゃい」 ルイズとバージルの水面下のせめぎ合いを知ってか知らずか、リズムをとるようにくいっくいっと腰を動かしながら男は歩きだした。 非常に乗り気がしないが……背に腹は代えられないとルイズは尚も抜刀しようとするバージルを必死に押さえながら男の後をついて行った。 「ルイズちゃん、じゃ、お仲間になる妖精さんたちにご挨拶して」 「ルルルル、ルイズです、よよ……よろしく、よろしくお願いしますです」 羞恥と怒りで顔を真っ赤にさせたルイズが、それでもひきつった笑顔を必死で浮かべながら一礼する。 ルイズたちがやってきたここ、『魅惑の妖精』亭は、一見ただの居酒屋だが、 かわいい女の子達がきわどい恰好で飲み物を運んでくるれるので、人気のお店であった。 スカロンはルイズの美貌と可憐に目をつけ、給士として連れてきたのである。 そんなわけで、ルイズもそのお店の売りであるきわどい格好をせねばならず……こうしている有様であった。 ただでさえプライドの高い貴族のルイズが、こんな格好をさせられ、 平民に頭を下げている時点でいつ暴れだしてもおかしくない状況なのだが……、 任務を果たさねばならないという強い責任感が、ルイズの怒りを抑えた。 先ほどのバージルの言葉のとおり、酒場は情報が集まる場所である、情報収集としてはうってつけだ。 これも任務、姫さまのため! と必死にルイズは自分に言い聞かせていた。 「さあ! 開店よ!」 店の隅の魔法人形たちの奏でる行進曲にスカロンは興奮した声でまくしたてる。 ばたん! と羽扉が開き、待ちかねた客たちがどっと店内になだれ込んできた。 開店と同時に給士の女の子達が忙しそうに走り回る、 そんな中、バージルは静かに店の一番奥にあるテーブルにつくと 必死に働こうとするルイズを見守るわけでもなく、腕と脚を組むとそれっきり目をつむってしまった。 さすがのバージルも"無償で"宿を提供されるとなると働かなくてはならない、 かと言って、彼が新入りの仕事の一つである皿洗いに素直に応じるかといったら……NOである。 バージルはスカロンに一泊分の代金を支払うと、客としてここに堂々と居座ったのだった。 特に注文をするわけでもなく……しばらくそうしていると、バージルの元に派手な恰好の女の子が現れた。 長い、ストレートの黒髪の持ち主の可愛らしい子である。 「ご注文をお伺いしま~す!」 「いらん」 居酒屋に来たらなにか頼むのが道理というものであろうに、 バージルは心底鬱陶しそうな表情を浮かべると、女の子に視線すら合わせず吐き捨てる。 「そんなこといわずにさぁ、なにか頼んじゃってよ、エール? それともワイン?」 だが女の子は両手を腰に当て、にっこりとほほ笑むと、バージルの座る向かいの席に腰かけた。 「あったしー、ジェシカ。あんた、新入りの子のお兄さんなんでしょ? 名前は確か……バージルだっけ?」 「……」 ジェシカと名乗った女の子は、両肘をテーブルにつき、人懐っこい笑顔を浮かべながらバージルの顔を覗き込む。 そしてきょろきょろとあたりを見回すと、小さな声でバージルに呟いた。 「ねえねえ、ルイズと兄妹ってウソでしょ?」 「当然だ」 バージルがあっさりと否定する。 店に向かう道すがら、スカロンに二人の関係を尋ねられた時、 ルイズは身分を隠すために、とっさにバージルを自分の兄と説明したのだ、 どうみても兄妹には見えない二人の容姿だったが、 スカロンはその辺のことにはあまりこだわらず、追及もしてこなかった。 ジェシカはあまりにあっさりとバージルが否定したので、少々拍子抜けしたような様子だったが、 すぐに気を取り直すと、あははと笑った。 「そりゃそうよね、髪の色、目の色、顔の形、ぜんっぜん違うわ」 ジェシカはそこで一旦言葉を切ると、再びバージルの目を覗き込む。 「そして纏う雰囲気も」 「……」 「あんた、血と硝煙の中をたった一人で生きてきた、そんな感じがする、あの子とはまるで正反対ね」 ずけずけと鋭く切り込んでくるジェシカをバージルが睨みつける。 「貴様はここの従業員だろう? 俺のことはいい、さっさと失せろ」 「いいじゃない、本当つれないわねぇ、これもお仕事のひとつよ、それにあたしは特別だからいいのよ」 ジェシカはそう言うと、いたずらっぽい笑みを浮かべる。 「スカロンの娘だもん」 その言葉には流石のバージルも少々驚いたのか、少しだけ目を見開くと、ジェシカとスカロンを交互に見比べた。 「ま、それは置いといてね、別にいいんだよ、ここにいる子はみんなワケありなんだから、 他人の過去を詮索する奴なんかいないから、安心して」 そこまで言うと、ジェシカはバージルから視線を外さずに、ずいっと体を近づけた。 「ねえねえ、でもあたしだけにこっそり教えて? 本当はどういう関係? 何を企んでるの?」 どうやらジェシカは好奇心の塊のようだ、わくわくとした表情でバージルを見つめている。 「一つ教えておいてやる、詮索屋は早死にする、好奇心の代償を命で払いたくあるまい」 うんざりした表情でバージルはジェシカの詮索を打ち切ると、席を立ち、二階の客室へと戻って行った。 「えーでは、お疲れ様!」 店が終わったのは空が白み始めた朝方であった。 ルイズはふらふらの姿で立っていた、眠くて疲れて死にそうだ、 慣れない仕事でグッダグダになっていた。 「みんな、一生懸命働いてくれたわね、今月は色をつけておいてあげたわ!」 歓声があがり、店で働く女の子やコック達にスカロンは給金を配り始めた。 どうやら今日は給金日のようだった。 「はい、ルイズちゃん」 わたしにももらえるの! とルイズの顔が一瞬輝いた。 しかし、そこに入っていたのは一枚の紙きれだった。 「なにこれ?」 ルイズが首をかしげて呟く、スカロンの顔から笑みが消えた。 「請求書よ、ルイズちゃん、何人のお客さんを怒らせたの?」 スカロンの言葉のとおり、ルイズの給士としてのの仕事っぷりはそれは目も当てられないほどひどかった。 お客にワインをぶっかけるわ、平手を浴びせるわでクレームの嵐だったのだ。 ルイズは大きくため息をはき、肩をがっくりと落とした。 「いいのよ! 初めは誰もが失敗するの! これからがんばって働いて返してね!」 終礼も終わりルイズが与えられた部屋に案内してもらうために、 スカロンの後をついてゆく、二階へと上がり、客室のドアが並んだ廊下を歩いていると、 その中のひとつのドアが開き、中からバージルが姿を現した。 「バージ……っ! ぐっ……お、お、おお兄……さま? いままでなにをしていたの?」 怒りを抑えながら思わず出しそうになった彼の名前を必死に呑み込み、絞り出すようにルイズがお兄さま、とバージルに尋ねる。 スカロンには一応ルイズの兄だと伝えているため、お兄さまと呼ぶことにしたのだった。 どこぞの雌竜の顔が浮かんでくるが、この際そんなことは言っていられない。 バージルはそんな『お兄さま』と呼んできたルイズを気味の悪いものを見るような目で一瞥すると、スカロンに話しかけた。 「スカロン」 「何かしら?」 「部屋は自由に使っていいんだったな?」 「えぇ、もちろん宿代は払ってもらうことになるけどね」 「そうか」 バージルは短く頷くと、何かを考える様に目をつむる、 今は手持ちがあるとはいえ、誰かのせいで全財産を失ってしまった今、もう一度金を稼ぐ必要がある。 立ち去る間際、働くルイズのことを見たが、あのザマだ、返済は一切期待はできないと考えていいだろう。 どうせ一ヶ月以上ここで足止めされてしまうのだ、今のうちに自力で稼げるだけ稼いでおくべきだ。 そう考えていたバージルは、スカロンと何やら交渉を始めた、 それを聞いていたスカロンは少々驚いた顔をしたが……やがて了承したのか「おもしろそうね」と快く頷いた。 「礼を言う、ではこの部屋を使わせてもらうとしよう」 話し終えたバージルは、小さく頷くと踵を返し、部屋の中へ戻って行く。 「ちょ、ちょっとまってよ! わたしもこの部屋じゃないの!? あんた……いえ、お兄さまがここならわたしも――」 蚊帳の外に置かれたルイズがバージルの後に続き、部屋の中に入ろうとした。 だがバージルはそこで止まると、廊下の奥の突きあたりを指差した。 「何を言っている、お前に与えられる部屋は向こうだ」 ルイズに与えられた部屋は、二階の廊下の突き当たりの梯子を使って上がる、屋根裏部屋であった。 埃っぽく薄暗い、どうみても人が暮らすための部屋ではなく、物置として使われているようだった。 壊れたタンスに椅子、酒瓶の入った木のケース、樽……雑多に物が積み上げられている。 粗末な木のベッドが一つ、置いてあった、ルイズが座ると、足が折れてズドンと傾いた。 「なによこれ!」 「随分快適そうなベッドだな」 一緒に入ってきたバージルが皮肉っぽく言いながら、蜘蛛の巣を払う。 「貴族のわたしをこんなとこに寝させる気!?」 「雨風をしのげるだけマシと思え」 怒鳴るルイズとは裏腹にバージルはそれだけ言うと、出入口である梯子に向かい歩きだした。 「ちょちょちょちょちょっと! まちなさいよ! なんで主人のわたしがこんな場所で! あんたがあんなにいい部屋なのよ!」 「無一文のお前とは違って俺は金を払っている、文句を言われる筋合いはない」 ルイズが必死になってバージルを引きとめる、こんなところで一人で寝なくちゃならないなんて冗談じゃない! 「あんたの部屋にわたしを泊めなさいよ! さっき中を少し見たけど、ベッド二つあったじゃない!」 「ベッドは二つとも片づける、あの部屋には必要ない、スペースがなくなる」 バージルのその言葉にルイズが首をかしげた。 「どういうこと? 片付けるって」 「改装だ、あのままではまともに使うことはできん」 「部屋を改装って……そう言えばさっき何か交渉していたみたいだけど、一体なにをしようとしているの?」 「この状況、俺にとっては少々不本意だが……、仕方あるまい、ここで通用するかはわからんが、 昔、少しの間だがやっていた稼業を再び始める、さっきの通り、スカロンの許可は取った」 「昔やっていた稼業? そういえばあんた、昔はなにをやっていたの?」 バージルが振り向き、ルイズの問いに短く答える。 「便利屋だ」 前ページ次ページ蒼い使い魔
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前ページ次ページ虚無と金の卵 「ではまず君達の無事と、そして成果について祝おう。 おめでとう、ミス・ヴァリエール、ミス・ツェルプストー、ミス・タバサ。 君らの勇気と深い洞察力によって、ここに土くれのフーケを捕らえることができた。 いや、実に素晴らしいことだと思わんかね」 「ええ。まさに叙勲ものの快挙と言えましょう」 オスマンの喜びの放電。 そしてコルベールの追従――満面の笑みで三人を誉めそやす。 キュルケ、タバサがスキルニルに騙されていたことに気付いて戻った頃には、本物のフーケが捕らえられていた。 フーケを捕らえるはずだった立場が逆だったことにキュルケは悔しがり、栄誉を受けることを固辞したが、結局は3人の手柄となった。 『予定は狂ったが、結局皆で行動したことには違いない。それに、一番の功労者はウフコック』 そうタバサが宥め、 『俺はあくまで君らに追従しただけで、杖を掲げた君らが栄誉を固辞するのはとても忍びない』 とウフコックが答えていた。 そして彼女らは三人で学院長室へ赴き、オスマン、コルベールに報告を済ませたところであった。 「うむ、その通りじゃ。ミス・ヴァリエール、ミス・ツェルプストーにはシュバリエの申請をしておいた。 ミス・タバサは既に持っておるから、精霊勲章を申請しておいた」 三人の顔が輝く。 「本当ですか!?」 キュルケの喜びの声。 「いいのじゃ。君らはそれに値するだけのことをしたのじゃ」 「……あの、ウフコックには何も無いんでしょうか?」 遠慮がちなルイズの発言。弱ったようにオスマンは首を横に振って、すまんのう、と呟く。 「ルイズ、気にしないでくれ。こうして役立つことができただけで、十分に俺は嬉しい」 「すまないね……ただ、ウフコック君も含め、君らの名誉ある行動は誰もが覚えている。 それを忘れないでいてほしい」 コルベールが申し訳なさそうに言って、オールド・オスマンに向き直った。 「さて、次に被害について報告しようじゃありませんか」 「そ、そうじゃの……」 コルベールの表情は一転して仏頂面に。眼鏡と頭部が冷たく輝き、オスマンはつい目を逸らす。 「まず宝物庫からはスキルニルと眠りの鐘。 眠りの鐘は回収しました。ですがスキルニルは2体盗んでいたようで、1体はフーケが何処かへ隠したようです」 「ううむ、巧妙な盗人じゃの……」 「もちろん、これで終わりではありません。盗品の補填とは別に、破られた壁を修復し、さらなる固定化を図らねばなりません。 ……そして私の研究室が、フーケに荒らされたおかげで滅茶苦茶です。 『破壊の杖』こそ無事でしたが、幾つか貴重な研究資料や実験器具がフーケの錬金で土となって消えてしまいましたな」 「と、とても残念なことじゃったな……」 「ところでオールド・オスマン、差し支えなければ私だけではなく彼女らにも教えて頂きたいのですがね。 なぜロングビルを秘書にしたのでしょう?」 コルベールの舌鋒――オスマンに防ぐ術も無く。 「その……飲み屋で優しくしてくれたし……お尻触っても怒らんかったしのう……」 「で、その素性もろくに調べもしなかったと?」 「そうじゃ」 「魔法学院の長が?」 「そ、そうじゃ」 「……そうですか」 「……き、君だってミス・ロングビルに粉かけとったじゃないか!」 オスマンの反論――だがそもそも責任論になった時点で、総責任者たる学院長の分は悪い。 「生徒の前であまりすべき話ではありませんなぁ。雇ったのはオールド・オスマンご自身ですな?」 「そ、そうじゃとも……」 「さて、研究室ではかなりの備品・機材が使用不可能になりました……というより、研究室自体を新築せねばなりません。 補償して貰えるものと考えて宜しいですかな?」 「仕方あるまいて……はぁ」 結局のところ保障・補填はオスマンの懐へと傾く。がくりと肩を落とすオスマン。しかし、かぶりを振って皆に話しかけた。 「まあ面倒な話はここらで止めにしておこうかの……。 さて、今日はフリッグの舞踏会じゃ。この通り眠りの鐘も戻ってきたことじゃし、平常通り、執り行おう」 「忘れてた、そうでしたわ!」 キュルケの顔がぱっと明るくなる。 「君らこそ今宵の主役じゃ。存分に楽しんでくれたまえ。せいぜい着飾るのじゃぞ」 オスマンの笑みに頷き、キュルケ、タバサは退室しようとする。 だがルイズとウフコックはその場を動かなかった。 「ルイズ? どうしたの?」 「ちょっと先生に相談したいことがあるの。気にしないで先に行ってて」 と、ルイズはキュルケの問いに返す。 「あらそう。でも身支度する時間も考えなさいよー」 手をひらひらさせて、キュルケはタバサを伴って出て行った。 「何か儂に聞きたいことがあるのじゃな? コルベール君、すまんが席を外してくれんか?」 「私もですか? ……ええ、承知しました」 やや名残惜しそうに、コルベールも退室した。 扉が閉まるのを確認し、ウフコックは口を開く。 「相談したいこととは、この眠りの鐘についてだ。俺はこれを使い、フーケを眠らせることが出来た。 ……マジックアイテムとは、メイジでない限り使えないはずだと聞いている。 俺がこの道具を使える理由について、何かご存知ないだろうか?」 オスマンは話を聞きつつ、ぷかり、とパイプから煙をくゆらせる。 しばらく考え込んだ後、重々しい口を開く。 「……まず、君の額のルーンについて、説明する必要があるのう」 「この額の文字が?」 「それは、ミョズニトニルンの印。始祖ブリミルに仕えたとされる、伝説の使い魔の印じゃよ」 「伝説の使い魔……!?」 ルイズが驚きの声を上げる。 「ミョズニトニルンは、あらゆるマジックアイテムを操ったそうじゃ。眠りの鐘を使えたのも、そのためじゃろう」 「……この、眠りの鐘や、あるいはその人形など、魔法を動力にしている道具を俺にも使えるということか」 「そうじゃ」 「……全く実感がわかない。伝説と言われてもな……。そもそも、なぜ俺にミョズニトニルンの印が刻まれたのだろう?」 「それは儂にもわからん。じゃが、古い文献に載っているミョズニトニルンと君は、同じ能力を持っていることは確かじゃ。 逆にこちらから聞かせて貰いたいのだが……君の変身は、一体どういう能力なんじゃね? それもミョズニトニルンの能力なのかもしれんが、儂には見たことも聞いたこともない」 「オールド・オスマン。それを答えるのは義務でしょうか……?」 遠慮がちにルイズは問いかける。引け目を感じているために、ルイズらしからぬか細い声だった。 「いいや。あくまで君らにお願いしているだけじゃ。ただ……儂にはこの学院を守るという使命がある。 そのためには、ウフコック君のような強い力を持っている者のことは知っておかねばならん。それを理解して貰えんだろうか」 心配げにルイズはウフコックを見た。ウフコックは、こくり、と頷く。 「今、君らが見ている俺の姿、それは俺の一部分にしか過ぎない。 理解し難いと思うんだが……俺の体は、ここではない別の空間と繋がっている」 「……ほう」 「俺の反転変身、ターンとは、その別の空間に溜め込んだ物質を元に、道具を作り出す行為だ。 そして、あらゆる道具を作り出す、万能道具存在として開発されたのがこの俺だ」 信じがたいものを見るかのように、オスマンは驚愕の目でウフコックを見つめる。 だが、ウフコックの言葉に嘘の色は全く無い。そしてそれを裏付ける変身能力――オスマンは溜息をつく。 「……まさに想像を絶するのう……。一体、君は何処から召喚されたんじゃ?」 「マルドゥック市、という場所を聞いたことは?」 「全く無い」 「俺も、実を言えばトリステインもハルケギニアも、聞いたことが無かった。恐らく、全く別の世界なのだろう」 「君の世界では、君のような存在がありふれておるのか?」 「いいや、そんなことはない。俺を作り出すためには、数多くの研究者と国家規模の予算が必要だった。 それでも、本当に俺が生まれるかどうか怪しかったらしい」 「ふむ、オンリーワンというわけか」 「こう見えても、<金の卵>などと呼ばれていた」 あまりの話の内容に、驚きの感情を隠さぬオスマン。ふう、と溜息をつき、背もたれに体重をかける。 「道具として作り出された……ということは、自分の意思ではなく、他人の望むものを作り出させる、ということはできるのかね?」 「可能だ。……まあしかし、この国、この世界にそれを実行できる人間など居ないだろう。 俺への変身命令を伝達する特殊な皮膚を移植した人間か、あるいは俺を作り出した研究室に匹敵する施設が無ければ不可能だ」 「特殊な皮膚を移植するなど聞いたことも無いし、君を作り出せる研究室など見たことも無い。 というより……魔法を伴わない研究室など存在しないから、まずもって有り得んじゃろうな」 ぷかり、とオスマンは自分を落ち着かせるようにパイプを吹かせ、また口から外す。 姿勢を直し、ルイズとウフコックを真剣な目で見つめた。 「で、その上で君に頼みたい。反転変身はできるだけ使わぬよう頼みたい」 「……まあ、もっともな話だろう」 ウフコックは、反論もせずに頷く。 オスマンは、ややほっとしたように話を続けた。 「顔や姿を変えるだけならば、ハルケギニアに存在する者にも可能じゃ。 だが、あらゆる機能を持った道具に――というのならば別じゃ。変化の魔法とは、所詮見かけを変えるだけに過ぎん。 その中身、構造や機能を再現するなど、想像の埒外じゃ」 わかるじゃろう? とオスマンは視線を投げる。ルイズもウフコックも、頷く。 「しかもその道具が、この国のメイジがどれだけ力を合わせたところで勝てぬほど精巧なのじゃ。 もし欲深い人間が君に目を付けたならば……これは恐ろしいことになりかねぬ」 「一つ、質問があります」 「なんじゃね? ミス・ヴァリエール」 「オールド・オスマンは、ウフコックのことを、王室に報告なさいますか?」 「……信じてもらう他はないが、儂は胸の内に秘めておくつもりじゃよ。もしこれを知った教師がいたら、その者にも厳重に口止めするつもりじゃ。 それに、その眼で見ないことには、ウフコック君の存在を信じる者など居らんよ」 ルイズの緊張が弛緩する――もし報告するとなれば、ウフコックの身柄が危うくなるなど簡単に過ぎる想像だった。 そしてそうでなくとも、学院長に対して挑戦的な物言いをしていたのだ。 「……ルイズ、ありがとう」 「ば、馬鹿ね、何行ってるのよこんなときに……!」 ルイズは咳払いし、オスマンに向き直った。 「お話は十分に理解しました」 「うむ」 「ですが、もしウフコックに危機が迫るようであれば、どうしても変身に頼らざるをえないときはあると思います……」 「まあ命には代えられん。死んでもその命令を守れ、とまでも言わんよ。 それと、服や飾り、日用品など無難なものに変身する分には良かろう。 むしろ、そうしてただの変化の魔法だと周囲に思わせた方が良いだろう。 ……対外的には『エコー』と名乗ったほうが良いかもしれんな。ああ、変化が可能な幻獣のことじゃ。 稀有ではあるが居ても不思議ではない」 「エコー、そういうものがあるのか」 「……ただ、我々の世界にはありえぬような道具に変身し、それを利用するのは、できるだけ避けてほしい。 それと……君がミョズニトニルンだということも、重ねて秘密にしておこう」 真剣に悩むオスマンに、ウフコックは慎重に頷く。 「了解した。俺も、俺の世界の武器や道具などには変身しないよう気をつけよう。ミョズニトニルンというのも、黙っていよう。 ルイズは構わないか?」 「ええ。……話が大きすぎて、正直怖くて他言なんてできないわ」 と、溜息まじりにルイズは言葉を漏らす。 「それさえ守ってくれれば、今まで通り、ウフコック君はミス・ヴァリエールの使い魔として居てほしい。 正直、君らにとって秘密が重荷であることは承知しているのじゃ。すまないのう……。 何か困ったことがあれば何でも申し出なさい」 オスマンは、労わるように言葉をかけ、ルイズ達は頷いた。 「さて、堅い話はここまでとしよう。舞踏会に遅れぬようにな。楽しんできたまえ」 「はい!」 ルイズはオスマンとの話を終えて寮の自室に戻った途端、疲れた溜息を付く。 「あー、もう緊張したわ」 「……そうだな」 ウフコックは物憂げに反応し、のそのそと自分のベッド代わりの箱に寝そべった。 「なによウフコック。そんなにミョズニトニルンっていうのが驚いたの? それとも、ターンを控えろって話?」 「いや……。俺がミョズニトニルンというのはそれほど衝撃というわけでも無いんだ。もともと大概の道具には化けられるのだから、 マジックアイテムを操れるようになったとしても、まあ機能が一つ加わったくらいの気持ちなんだ。 それに、俺が反転変身する道具には元々法律などで制限がかけられていたし、オスマンの申し出も大体予想がついていた」 「貴方、よくわからないところで呆れるほど自信家よね……。私がミョズニトニルンを召喚しただなんてバレたら、 学院の皆が上へ下への大騒ぎよ。本当、悩みどころなんだから」 呆れるようにルイズは言った。 「そ、そうだろうか」 「まあ、貴方が凄いなんて初めからわかってたことだけどね」 言い捨てるように相手を褒める。ルイズなりの照れ方。 「君に認めて貰えるならば何より光栄だとも。だが……」 ウフコックは言葉を切る。やや躊躇うような口ぶりだった。 「今日は、あれだけ大口を叩いておいて君を危機に陥れてしまった……。正直肝を冷やした。 メイジといえど同じ人間と、俺は油断してしまっていたんだ。一歩間違えれば、俺達はお終いだった。そうだろう?」 「なによ今更。そりゃ確かに危険だったし、私だって……怖かったわ」 ルイズの声に怯えが混じる。綱渡りもいいところだったと、今更ながらルイズは恐怖を感じていた。 だが己の怯えを抑え、決然と話す。 「でも! それでも、誰かがやらなきゃいけないことをやった。そのために冒した危険だって、私たちがやらなきゃ誰かが肩代わりしてたのよ」 「だが、君である必要性は無い。そうだとしても?」 「……そうかもしれない。でも、あの場は私達しかいなかったわ。私は、自分にしかできない、って思ったら、居ても立ってもいられないの。 負けず嫌いとか、馬鹿にされるのが嫌いとか、確かに、そういうところもあるわ。 でもそれ以上に、何もしない、何も出来ないまま貴族として腐っていくのは……たまらなく嫌なの」 「そうか……」 しばらく、迷うようにウフコックは中を見つめる。 「だが、ルイズ、そのために犠牲になるものもある」 ウフコックは話しながら、自分のベッドから身を起こして腰掛ける。 「確かに、君の今日の行いは、誰もが認める正当なものだ。しかし行動には常に対価が求められる。 例えば、君自身の安全、俺やキュルケ達の安全なんかがそうだ。 あるいは、もしかしたらフーケが居るために、助かっていた人が居たかもしれない。 きっと今の時点で何かを犠牲にしているし、一歩間違えていれば、すべてが犠牲となっている」 やや一言置いて、ウフコックはルイズを見つめる。 「それでも、名誉を求める? 今日のように、君が危機にさらされたり、あるいは誰かを傷付けたりすることがあっても?」 偽りのできない問いかけ。ルイズは、悲しげに頷く。 「……うん。私は、名誉がほしい」 名誉――常にその一言で済ませてきたものであり、それこそが今の自分を模る欲望。 自分のあり方と表裏一体の、もはや人生と柱と言うべき何か。 薄々気付いていたその存在を、ルイズは直視した。 その正体は、言葉の響きとは裏腹に、決して清らかなものではない。 それは、ルイズにとって血肉であり、痛みを伴うほどに実体を持つものであった。 「両親から、姉から、常に貴族たるべし、って教えられて今までずっと生きてきたわ。 魔法が使えない私には貴族たる能力が欠けてる。それでも……いえ、だからこそ、公爵家に生まれた私は、 ただ安穏と生きるなんて許されないと思ってる。だから、名誉を取らずに生きる私は、きっと私じゃなくなるの。 それこそが私の欲で、目標で……それ以外の生き方は、少なくとも今は考えられない。 だから、何か犠牲や危険を冒すことが必要なら、きっと躊躇しない」 己の偽らない答えを思い、ルイズは瞳を伏せた。 「……でも、こうして名誉にこだわることが、私の卑しさや残酷さなんだわ。 貴方が居なかったら、きっと、もっとたくさんのものを犠牲にしているだろうし、周りの犠牲の存在すら気付かなかったと思う」 「誰しも、そうしたものを心の中に持っている。恥じることではない。……だが、君はそれが人一倍強い。 俺は……君の気高さが、君の大切な何かや、君自身を供物としてしまわないか、心配なんだ」 ウフコックはベッドから降り、ルイズの手の元へ赴く。 慰めるように、ルイズの細い指をそっと握った。 小さすぎるウフコックの手――大切なものが何かを気付かせてくれる微かな温かみを、ルイズは感じている。 「……うん、そうね。確かに、大事なことを犠牲にするのもイヤよ。覚悟しないといけないときは、今後あるかもしれない。 それでも、貴方も私も傷付いたり傷付けさせたり、死なせたりしない。救えるなら何だって救ってみせるわ」 「ルイズ……。君は我侭だな」 「実はそうだったのよ」 くすり、と一人と一匹は笑った。 「それとね」 ルイズは次の言葉を出すのに、苦労していた。口に出すことが少し怖い、と思っていた。 だが、ウフコックが優しく促す。 「ルイズ、遠慮することはない。君の思っていることは出来る限り受け止めたいんだ」 「うん……オールド・オスマンに言われたってのもあるけど、貴方の力に頼り過ぎるのは、止めておきたいの」 「ふむ……理由を聞こうか」 「その、貴方を武器として使って……凄く驚いたわ。今でも、あの土の腕を砕いた感触が手に残ってる。 貴方が居れば、きっと何だってできるんだ、って思った」 ルイズは、自分の手を見つめながら言った。ウフコックは黙って耳を傾ける。 「でもだからこそ怖いわ。自分で成し遂げたことなんだ、って錯覚しそうで。……貴方の力に頼るのは、慎重にならなきゃ駄目だって思ったの」 「……それに、気付けてくれたか」 感嘆したようにウフコックの呟く。 「それに、オールド・オスマンが言ったみたいに、欲に目が眩んで貴方を奪おうとする人だって出てくるかもしれないわ。 そんな人に貴方が狙われるなんてゴメンよ。貴方もそうでしょう?」 「そうだな。ぞっとする話だ」 「だから、私が何かしなければならないとき、貴方抜きで私がどこまで出来るか見守ってほしいの」 ルイズにしては珍しく、弱気な口調でウフコックに願い出た。凛とした口調で、ウフコックは応える。 「わかった。君の言う通り、俺は見守らせてもらう。危なければ口は出す。手出しは控えるが、ここぞというときは遠慮などしない。 それでも……君の可能性を見届けよう」 「ふふ、じゃあ改めて宜しくね。私の使い魔」 「マイ・プレジャー(御意に)」 執事のように大仰に頭を下げるウフコック。 その姿を見て、<金の卵>というあだ名の由来にルイズは思いを馳せた。 きっと、ウフコックの世界の人間は、このウフコックこそがあらゆる可能性を秘めているから、そう呼ぶのだろう。 だが、違う、とルイズは思う。この小さな鼠は、自分自身ではなく、自分を使う人間の可能性を見つめている。 この鼠のすべてを曝け出す嗅覚の前に、自分の魂を自覚しないものは居ない。 虚飾を剥ぎ取った先に残る可能性、それこそがきっと<金の卵>なのだ。 自分の場合、それが一体何であるのか、ルイズはその欠片を見出しつつあった。 そして、隣の小さな使い魔と共に、その欠片から確固たるものを形作っていきたい。ルイズはそう願った。 ウフコックは、優しい眼差しでルイズを見つめてる。 口に出さずとも、思いは伝わっているはずであった。 「でさ、ウフコック。……普通にこの世界にあるものに変身する分には構わない、ってオールド・オスマンは言ってたわよね?」 「ん? そうだが……」 「変身してもらいたいものがあるのよ」 舞踏会場に改装されたアルヴィーズ食堂の上階。 その壮麗な扉が開かれ、ルイズは大仰な呼び出しに答えて中へと足を踏み入れる。 小ぶりで整った顔立ち。宝石をあしらったバレッタに纏められた、桃色の流れるような髪。 高貴さを決して損なわない、意外とスタイリッシュな体。それを包む純白のパーティドレス。 男性陣は意外な人間の艶姿に、息を呑んで見つめている。 「あら、ルイズ。……凄く良いドレス着てるじゃないの」 先に会場に入っていたキュルケとタバサが近づいてきた。 三人の活躍はすでに多くの人間に知れ渡っており、自然と会場の中央に輪ができ始めていた。 「あら、これがトリステインのモードよ。知らなかった?」 と、自慢げにルイズは話す。男性陣の賛辞がこれ見よがしに聞こえてくる――絶好調。 だがキュルケとタバサが訝しむように見つめる。 「……っていうか、何か朝と明らかにスタイルが……。あっ」 「なるほど……」 キュルケの微笑み/タバサの鋭い視線/間違いなく気付かれている。 「ウフコック、ピスタチオでも食べる?」 「なななな、何言ってるのかしら!?」 「……間違いなく、サイズが大きくなってる」 「考えたものねぇ。……あとで、そのドレスの作り、教えてもらえるかしら?」 よせて/よせて/上げて。 タバサの視線から逃げるように、ルイズは手で胸を隠した。 このメイド・バイ・ウフコックのドレス。胸の部分だけでなく縫製も実に丁寧な仕上がりで、女性陣すら溜息のでる出来栄え。 「な、何よ、悪いっ!? だいたい、使い魔を締め出して楽しむケチな舞踏会が悪いのよ!」 「悪いなんて言ってないわよー?」 「いいえ……とてもズルい」 ギラついた視線でタバサは睨んでいる。 「……いや、まあ、気付かれるだろうとは思っていたが」 渋みのある男の囁きが聞こえる/声の発生源――ルイズの着ているドレスの胸部。 「あはははっ。ま、ウフコック共々、楽しみなさいな。貴方達が主役なんだからね」 キュルケが楽しげに呟き、男達ととっかえひっかえ、躍りに興じる。 タバサは時折ルイズの方に鋭い視線を投げつつ、食事と格闘していた。 ルイズ達は夜が更けても、歓楽に身を委ね、躍り、遊び倒した。 とても長い一日――ルイズが使い魔と共に困難に立ち向かった日が、終わり行く。 やがてやってくる明日を、黄金の可能性に満ちた明日を迎える。 今日と同じように、小さな使い魔の手を取りながら。 第一章 使い魔は金の卵――了 前ページ次ページ虚無と金の卵
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん その日、王都トリスタニアにはやや物騒な恰好をした衛士たちが多数動き回っていた。 夏用の薄いボディープレートを身に着けた彼らは、市街地専用の短槍や剣を携えた者たちが何人も通りを行き交っている。 それを間近で見る事の出来る街の人々は、何だ何だと横切っていく彼らの姿を目にしては後ろを振り返ってしまう。 街中を衛士たちが警邏すること自体何らおかしい所はなかったが、それにしても人数が多すぎた。 いつもならば日中は二、三人、夜間なら三、四人体制のところ何と五、六人という人数で通りを走っていくのだ。 イヤでも彼らの姿は目に入るのだ。しかも一組だけではなく何組も一緒になっている事さえある。 正に王都中の衛士たちが総動員されているのではないかと状況の中、ふと誰かが疑問に思った。 一体彼らの目的は何なのかと?そもそも何かあってこれ程までの人数が一斉に動いているのかと。 勇敢にもそれを聞いてみた者は何人もいたが、衛士たちの口からその答えが出る事はなかった。 それがかえってありもしない謎をでっちあげてしまい、人々の間で瞬く間に伝播していく。 曰く王都にアルビオンの刺客が入り込んだだの、クーデターの準備をしている等々……ほとんどが言いがかりに近かったが。 とはいえありもしない噂を囁きあうだけで、誰も彼らの真の目的を知ってはいない。 もしもその真実が解決される前に明かされれば、王都が騒然とするのは火を見るよりも明らかなのだから。 朝っぱらからだというのに、夜中程とはいえないがそれなりの喧騒に包まれているチクトンネ街。 ここでもまた大勢の衛士たちが通りを行き交い、通りに建てられた酒場や食堂の戸を叩いたりしている。 一体何事かと目を擦りながら戸を開けて、その先にいた衛士を見てギョッと目を丸くする姿が多く見受けられる。 更には情報交換の為か幾つかの部隊が道の端で立ち止まって会話をしている所為か、それで目を覚ます住人も多かった。 煩いぞ!だの夜働く俺たちの事を考えろ!と抗議しても、衛士たちは平謝りするだけで詳しい理由を話そうとはしない。 やがて寝付けなくなった者たちは通りに出て、ひっきりなしに走り回る衛士たちを見て訝しむ。 彼らは一体、何をそんなに必死になって探し回っているのだろう?……と。 そんな喧騒に包まれている真っ最中なチクトンネ街でも夜は一際繁盛している酒場『魅惑の妖精』亭。 本来なら真っ先に戸を叩かれていたであろうこの店はしかし、まだその静けさを保っている。 あちこちで聞き込みを行っている衛士たちも敢えて後回しにしているのか、その店の前だけは素通りしていく。 基本衛士というのはその殆どが街や都市部の出身者で構成されており、それ以外の者――地方から来た者――は割と少数である。 つまり彼ら衛士の大半も俗にいう「タニアっ子」であり、当然ながらこの店の知名度はイヤという程知っている。 この店の女の子たちが抜群に可愛いのは知っている。当然、その女の子たちを雇っている店長が極めて゛特殊゛なのも。 もしも今乱暴に戸を叩けば、あの心は女の子で体がボディービルダーな彼のあられもない寝間着姿を見ることになるかもしれないからだ。 想像しただけでも恐ろしいのに、それをいざ現実空間で見てしまった時にはどれだけ精神が汚されるのか……。 衛士たちはそれを理解してこそ敢えて『魅惑の妖精』亭だけは後回しにしてしているのだ。 しかし、彼らの判断は結果的に彼ら自身の『目的』の達成を遅らせる形となってしまっていた。 『魅惑の妖精』亭の裏口、今はまだ誰もいないその寂しい路地裏へと通じるドアが静かに開く。 それから数秒ほど時間をおいて顔を出したのは、目を細めて警戒している霧雨魔理沙であった。 夏場だというのに黒いトンガリを被る彼女は相棒の箒を片手にそろりそろりと裏口から外の路地裏へと出る。 それから周囲をくまなく確認し、誰もいないのを確認した後に裏口の前に立っている少女へと合図を出した。 「……よし、今ならここを通って隣りの通りに出られるぜ」 「わかりました……、それでは行きましょう」 魔理沙からのOKサインを確認した少女――アンリエッタは頷きながら、彼女の後をついてゆく。 その姿は、いつも着慣れているドレス姿ではなく黒のロングスカートに白いブラウスというラフな格好だ。 ブラウスに関しては胸のサイズの関係かボタンを全て留めていないせいで、いささか扇情的である。 彼女はその姿で一歩路地裏へと出てから、心配そうに自分の服装を見直している。 「……本当にこの服をお借りして大丈夫なんでしょうか?」 「へーきへーき、理由を話せば霊夢はともかくルイズなら許してくれるさ。あ、帽子はちゃんと被っといた方がいいぜ?」 元々霊夢の服だったと聞かされて心配しているアンリエッタに対し、魔理沙は笑いながらそう答える。 彼女の快活で前向きな言葉に「……そうですか?」と疑問に思いつつも、アンリエッタは両手で持っていた帽子を被る。 これもまた霊夢の帽子であるが、幸い頭が大きすぎて被れない……という事はなかった。 服を変えて、帽子まで被ればあら不思議。この国の姫殿下から町娘へとその姿を変えてしまった。 最も、体からあふれ出る品位と身体的特徴は隠しきれていないが……前者はともかく後者は特に問題はないだろう。 本当にうまく変装できてるのか半信半疑である本人に対し、コーディネイトを任された魔理沙は少なからず満足していた。 念の為にとルイズ化粧道具を無断で拝借して軽く化粧もしているが、それにしても上手いこと変装できている。 恐らく彼女の顔なんて一度も見たことのない人間がいるならばこの女性がお姫様だと気づくことはないだろう。 少なくとも街中で彼女を探してあちこち行き来している衛士達は、その部類の人間だろう。ならば気づかれる可能性は低い。 単なる偶然か、それとももって生まれた才能なのか?アンリエッタの変装っぷりを見て頷いていた魔理沙は、彼女へと声を掛ける。 「ほら、そろそろ行こうぜ。ま、どこへ行くかなんてきまってないけどさ」 「あ、はい。そうですね。ここにいても怪しまれるだけでしょうし」 自分の促しにアンリエッタが強く頷いたのを確認してから、魔理沙は通りへと背を向けて路地裏の奥へと入っていく。 アンリエッタは今まで通った事がないくらい暗く、狭い路地裏から漂う無言の迫力に一瞬狼狽えてしまったものの、勇気を出して足を前へと向ける。 二人分の足音と共に、少女たちは太陽があまり当たらぬ路地裏へと入っていった。 それから魔理沙とアンリエッタの二人は、狭くなったり広くなったりを繰り返す路地裏を歩き続けていた。 トリスタニアは表通りもかなり入り組んだ街である。それと同じく路地裏もまた易しめの迷路みたいになっている。 かれこれ数分ぐらい歩いている気がしたアンリエッタは、ふと魔理沙にその疑問をぶつけてみることにした。 「あの、マリサさん?一体いつになったら他の通りへ出られるんでしょうか?」 「ん……あー!やっぱり不安になるだろ?最初私がここを通った時も同じような感想が思い浮かんできたなぁ~」 不安がるアンリエッタに対しあっけらかんにそう言うと、軽く笑いながらもその足は前へと進み続けている。 前向きすぎる彼女の言葉に「えぇ…?」と困惑しつつも、それでも魔理沙についていく他選択肢はない。 清掃業者のおかげで目立ったゴミがない分、変に殺風景な王都の路地裏を歩き続けた。 しかし、流石に魔理沙という開拓者のおかげで終着点は意外にも早くたどり着くことができた。 数えて五度目になるであろうか角を右に曲がりかけた所で、ふとその先から人々の喧騒が聞こえてくるのに気が付く。 アンリエッタはハッとした先に角を曲がった魔理沙に続くと、別の通りへと続く道が四メイル程先に見えている。 何人もの人々が行き交うその通りを路地裏から見て、ようやくアンリエッタはホッと一息つくことができた。 そんな彼女をよそに「ホラ、出口だぜ」と言いつつ魔理沙は先へ先へと足を進める。 それに遅れぬようにとアンリエッタも急いでその後を追い、二人して薄暗い路地裏から熱く眩い大通りへとその身を出した。 「……暑いですね」 燦々と照り付ける太陽が街を照らし、多くの人でごったがえす通りへと出たアンリエッタの第一声がそれであった。 王宮では最新式のマジックアイテムで涼しい夏を過ごしていた彼女にとって、この暑さはあまり慣れぬ感覚である。 自然と肌から汗が滲み出て、帽子の下の額からツゥ……と一筋の汗が流れてあごの下へと落ちていく。 これが街の中の温度なのかとその身を持って体験しているアンリエッタに、ふと一枚のハンカチが差し出される。 一体だれかと思って手の出た方へと目を向けると、そこには笑顔を浮かべてハンカチを差し出している魔理沙がいた。 「何だ何だ、もう随分と汗まみれじゃないか。そんなに外は暑いのか?」 「……えぇ。ここ最近の夏と言えば、マジックアイテムの冷風が効く屋内で過ごしていたものですから」 魔理沙が出してくれたハンカチを礼と共に受け取りつつ、それで顔からにじみ出る汗を遠慮なく拭っていく。 そうすると顔を濡らそうとしてくるイヤな汗を綺麗さっぱり拭き取れるので、思いの外気持ちが良かった。 「マリサさん、どうもありがとうございました」 汗を拭き終えたアンリエッタは丁寧に畳み直したハンカチを魔理沙へと返す。 それに対して魔理沙も「どういたしまして」と言いつつそのハンカチを受け取ったところでアンリエッタがハッとした表情を浮かべ、 「あ、すいません。そのまま返してしまって……」 「ん?あぁそういえば借りたハンカチは洗って返すのがマナーだっけか。まぁ別にいいよ、そんなに気にしなくても」 「いえ、そんな事おっしゃらずに。貴女にもルイズの事で色々と御恩がありますし」 「そ、そうなのか?それならまぁ、アンタのご厚意に甘えることにしようかねぇ」 肝心な時にマナーを忘れてしまい焦るアンリエッタに対して魔理沙は大丈夫と返したものの、 それでも礼儀は大切と教えられてきた彼女に押し切られる形で、魔法使いは再びハンカチを王女へと渡した。 預かったハンカチは後日洗って返す事を伝えた後、アンリエッタはフッと自分たちのいる通りを見回してみる。 日中のブルドンネ街は一目見ただけでもその人通りの多さが分かり、思わずその混雑さんに驚きそうになってしまう。 今までこの通りを通った事はあったものの、それは魔法衛士隊や警邏の衛士隊が道路整理した後でかつ馬車に乗っての通行であった。 こうして平民たちと同じ視点で見ることは全くの初めてであり、アンリエッタは戸惑いつつも久しぶりに感じた゛新鮮さ゛に胸をときめかせてすらいる。 老若男女様々な人々、どこからか聞こえてくる市場の喧騒、道の端で楽器を演奏しているストリートミュージシャン。 王宮では絶対に聞かないような幾つもの音が複雑に混ざり合って、それが街全体を彩る効果音へと姿を変えている。 アンリエッタはそれを耳で理解し、同時に楽しんでいた。これが自分の知らない王都の本当の顔なのだと。 まるで子供の様に嬉しがっていた彼女であったが、その背後から横やりを入れるようにして魔理沙が声を掛けた。 「あ~……喜んでるところ悪いんだが……」 彼女の言葉で意識を現実へと戻らされた彼女はハッとした表情を浮かべ、次いで恥かしさゆえに頬が紅潮してしまう。 生まれて初めて間近で見た王都の喧騒に思わず゛自分が為すべきこと゛を忘れかけていたのだろう、 改めるようにして咳ばらいをして魔理沙にすいませんと頭を下げた後、彼女と共にその場を後にした。 暑苦しい人ごみを避けるように道の端を歩きつつも、アンリエッタは先ほど子供の様に喜んでいた自分を恥じている。、 「すいません。……何分、平時の王都を見たのはこれが初めてでした故に……」 「へぇそうなのか?……それでも何かの行事で街中を通るときはあると思うが?」 「そういう時には大抵事前に通行止めをして道を確保しますから、自然と私の通るところは静かになってしまうんです」 アンリエッタの言葉に、魔理沙は「成程、確かにな」と納得している。 良く考えてみれば、今が夏季休暇だとはいえ人々で道が混雑する王都を通れる馬車はかなり限られるだろう。 いかにも金持ちの貴族や豪商が済んでいそうな豪邸だらけの住宅地に沿って作られた道路などは、馬車専用の道路が造られている。 それ以外の道路では馬車はともかく馬自体が通行禁止の場所が多く、他国の大都市と比べればその数はワースト一位に輝く程だ。 実際王宮から街の外へと出る為には通りを何本か通行止めにしなければならず、今は改善の為の工事が計画されている。 魔理沙も馬車が通りを走っているのをあまり見たことは無く、偶に住宅街へ入った時に目にする程度であった。 「こんなに人ごみ多いと、馬車に乗るよか歩いたほうが速いだろうしな」 すぐ左側を行き交う人々の群れを見つめつつも呟いてから、魔理沙とアンリエッタの二人は通りを歩いて行く。 やがて数分ほど歩いた所でやや大きめの広場に出た二人は、そこで一息つける事にした。 「おっ、あっちのベンチが空いてるな……良し、そこに腰を下ろすか」 魔理沙の言葉にアンリエッタも頷き、丁度木陰に入っているベンチへと腰を下ろす。 それに次いで魔理沙の隣に座り、二人してかいた汗をハンカチで拭いつつ周囲を見回してみた。 中央に噴水を設置している円形の広場にはすでに大勢の人がおり、彼らもまたここで一息ついているらしい。 ベンチや木の根元、噴水の縁に腰を下ろして友人や家族と楽しそうに会話をしており、もしくは一人で空や周囲の景色を眺めている者もいた。 そんな彼らを囲うようにして広場の外周にはここぞとばかりに幾つもの屋台ができており、色々な料理や飲み物を売っている。 種類も豊富で食べ物は暖かい肉料理から冷たいデザート、飲み物はその場で果物を絞ってくれるジュースやアイスティーの屋台が出ている。 どの屋台も売り上げは上々なようで、数人から十人以上の列まであり、よく見ると下級貴族らしいマントを付けた者まで列に並んでいた。 魔理沙はそれを見て賑やかだなぁとだけ思ったが、彼女と同じものを目にしたアンリエッタは目を輝かせながらこんな事を口にした。 「うわぁ、アレって屋台っていうモノですよね?言葉自体は知っていましたが、本物を見たのは初めてです!」 「え?あ、あぁそうだが……って、屋台を見るのも初めてなのか!?」 「えぇ!わたくし、蝶よ花よと育てられてきたせいでそういったモノに触れる機会が今まで無くて……」 アンリエッタの言葉に一瞬魔理沙は自分の耳を疑ったが、自分の質問に彼女が頷いたのを見て目を丸くしてしまう。 思わず自分の口から「ウッソだろお前?」という言葉が出かかったが、それは何とかして堪える事ができた。 魔理沙は驚いてしまった半面、よく考えてみれば王家という身分の人間ならば本当に見たことが無いのだろうと思うことはできた。 (子はともかく、親や教育者なんかはそういうのをとにかく低俗だ何だ勝手に言って見せないだろうしな) きっと今日に至るまで王宮からなるべく離れずに暮らしてきたかもしれないアンリエッタに、ある種の憐れみを感じたのであろうか、 魔理沙は座っていたベンチから腰を上げると、突然立ち上がった彼女にキョトンとするアンリエッタに屋台を指さしながら言った。 「折角あぁいうのが出てるんだ。何ならここで軽く飲み食いしていってもバチは当たらんさ」 「え?え、えっと……その、良いんですか?」 突然の提案に驚いてしまうアンリエッタに「あぁ」と返したところで、魔理沙は自分が迂闊だったと後悔する。 確かに豪快に誘ったのはいいものの、それを手に入れる為のお金を彼女は持っていなかったのだ。 今日もお昼ごろになった所で用事を済ませたルイズや霊夢と合流して、三人一緒にお昼を頂く筈であった。 その為今の彼女の懐は文字通りのスッカラカンであり、この世界の通貨はビタ一文入っていない。 それを思い出し、苦虫を噛んでしまったかのような表情を浮かべる普通の魔法使いに、アンリエッタはどうしたのかと声を掛ける。 「あ……イヤ、悪い。偉そうに提案しといて何だが、今の私さ……お金を全然持ってなかったのを忘れてたぜ」 「……!あぁ、そういう事なら何の問題もありませんわ」 申し訳なさそうに言う魔理沙の言葉に王女様はパッと顔を輝かせると、懐から掌よりやや大きめの革袋を取り出して見せた。 突然取り出した革袋を見てそれが何だと聞く前に、アンリエッタは彼女の前でその袋の口を縛る紐を解きながら喋っていく。 「実は私、単独行動をする前にお付きの者に何かあった時の為にとお金を用意してもらったんですよ。 とは言っても、ほんの路銀程度にしかなりませんが……でも、あそこの屋台のお料理や飲み物なら最低限買えるだけの額はあると思うわ」 そう喋りながらアンリエッタは紐を解いた袋の口を開き、中にギッシリと入っているエキュー金貨を魔理沙に見せつける。 何ら一切の悪意を感じないお姫様の笑顔の下に、一文無しな自分をあざ笑うかのように黄金の輝きを放つエキュー金貨たち。 てっきり銀貨や銅貨ばかりだと思っていた魔理沙は息を呑むのも忘れて、輝きを放ち続ける金貨を凝視するほかなかった。 「……なぁ、これの何処が路銀程度なのかちょいと教えてくれないかな?」 「…………あれ?私、何か変な事言っちゃいましたか?」 呆然としつつも、何とか口にできた魔理沙の言葉にアンリエッタは笑顔のまま首を傾げる他なかった。 やはり王家とかの人間は庶民とは金銭感覚が大きく違うのだと、霧雨魔理沙はこの世界にきて初めて実感する事ができた。 ひとまず代金を確保する事ができたので、魔理沙はアンリエッタを伴って屋台を巡ってみる事にする。 食べ物と飲み物の屋台はそれぞれ二つずつの計四つであったが、それぞれのメニューは豊富だ。 最初の屋台は肉料理系の屋台で、いかにも屋台モノの食べやすい料理が一通り揃っており、香ばしい匂いが鼻をくすぐってくる。 スペアリブや鶏もも肉のローストはもちろんの事、何故かおまけと言わんばかりにタニアマスの塩焼きまで並んでいる。 もう一つはそんなガッツリ系と対をなすデザート系で、今の季節にピッタリの冷たいデザートを売っているようだ。 今平民や少女貴族たちの間で流行っているというジェラートの他にも、キンキンに冷やした果物も売りの商品らしい。 横ではその果物を冷やしているであろう下級貴族が冷やしたてだよぉー!と声を張り上げている姿は何故か哀愁漂うが印象的でもある。 下手な魔法は使えるが碌な学歴が無い彼らにとって、こういう時こそが一番の稼ぎ時なのであった。 「さてと、メインとなるとこの屋台しか無いが、うぅむ……どのメニューも目移りするぜ」 「た、確かに……私も見たことのないような名前の料理がこんなにあるなんて……むむむ」 すっかり王女様に奢られる気満々の魔理沙は、アンリエッタと共に屋台の横にあるメニューを凝視している。 一応メニューの横にはその名前の料理のイラストが小さく描かれており、文字が分からなくてもある程度分かるようになっている。 無論アンリエッタは文字の方を見て、魔理沙はイラストと文字を交互に見比べながらどれにしようか悩んでいた。 屋台の店主とバイトであろうエプロン姿の男女はそんな二人の姿を見て微笑みながら、その様子をうかがっている。 それから数分と経たぬ内、先に声を上げたのは文字を見ていたアンリエッタであった。 「私はとりあえず……この料理にしますが、マリサさんはどうしますか?」 彼女はメニュー表に書かれた「羊肉と麦のリゾット」を指で差しつつ、目を細める魔理沙へと聞く。 そんな彼女に対して普通の魔法使いも大体決めたようで、同じようにメニューの一つを指さして見せる。 「んぅ~そうだなぁ、大体どんな料理なのかは絵を見れば察しはつくが……ま、コレにしとくか」 そう言って彼女が選んだメニューは真ん中の方に書かれた「冷製パスタ 鴨肉の薄切りローストにレモン&ソルトペッパーソースを和えて」であった。 いかにも屋台向けな料理の中でイラストの方で異彩を放っていたからであろう、上手いこと彼女の目を引いたのである。 メニューが決まれば後は注文するだけ、という事でここは魔理沙が鉄板でソーセージを焼いていた男にメニューを指さしながら注文を取った。 「あいよ、その二つでいいね?それじゃあ出来上がりにちょっと時間が掛かるから、その間飲み物でも頼んできな」 「成程、隣に飲み物系の屋台がある理由が何となく分かったぜ。じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ」 まさかの協力関係にある事を知った魔理沙は手を上げて隣の屋台へと足を運ぼうとした所で、彼女から注文を聞いた店員が慌てて呼び止めてきた。 「っあ、お嬢ちゃん!ゴメンちょいと待った!ウチ前払いだったから、悪いけど先にお金払っといてくれるかい」 「お、そうか。じゃあそっちのア……あぁ~、私の知り合いに頼んでくれるかい?」 「あ、は……はい分かりました。それじゃあ私が――」 危うく名前を言いかけた魔理沙に一瞬ヒヤリとしつつも、アンリエッタは金貨入りの革袋を取り出して見せる。 幸い顔でバレてはいないものの、流石に名前を聞かれてしまうとバレる可能性があったからだ。 何せ実際に顔を見たことがなくとも、自分の肖像画くらいは街中で見かけたことがある人間はこの場にいくらでもいるだろう。 先に名前の事で相談しておくべきだったかしら?……軽い失敗を経験しつつも、アンリエッタは生まれて初めてとなる支払いをする事となった。 「えぇっと……お幾らになるでしょうか?」 「んぅと、リゾットとパスタだから……合わせて十五スゥと十七ドニエだね」 「え?スゥと…ドニエですか?」 一般的な屋台価格としてはやや強気な値段設定ではあるが、それなりのレストランで出しても大丈夫な味と見栄えである。 それを含めての強気設定であったが、値段を聞いたアンリエッタは目を丸くしつつも革袋の中からお金を取り出した。 「あの、すいません……今銀貨と銅貨が無いのですが……これは使えるでしょうか?」 「ん?え……エキュー金貨!?それもこんなに!?」 そう言って差し出した数枚の金貨を見て、店員は思わずギョッとしてしまう。 新金貨ならともかくとして、まさか一枚あたりの単位が最も高額なエキュー金貨を数枚も屋台で出されるとは思っていなかったのだ。 調理や盛り付けをしていた他の店員たちも驚いたように目を見開き、本日一番なお客様であるアンリエッタを注視した。 一方でアンリエッタは、突然数人もの男女からの視線を向けられた事に思わす動揺してしまう。 「え?あの……ダメでしたか?」 「だ…ダメ?あ、いえいえ!充分ですよ……っていうかそんなにいりませんよ!この一枚だけで充分です!」 そう言って店員はアンリエッタが取り出した数枚の内一枚を手に取ると、「あまり見せびらかさないように」とアンリエッタに小声で注意してきた。 「ここ最近ですけど、何やらお客さんみたいに大金を持ち歩いてる人を狙って襲うスリが多発してるそうなんですよ。 犯人の身元は未だ分からないそうですから、お客さんもこんなに大金持ち歩いてる時は気を付けた方がいいですよ?」 親切心からか、店員が話してくれた物騒な事件の話にアンリエッタは「え、えぇ」と動揺しつつも頷いて見せる。 それに続くように店員も頷くと彼は「店からお釣り取ってくる!」と仲間に言いながらその場を後にして行った。 その後、別の店員から注文の品ができるまでもう少し待ってほしいとと言われた為、魔理沙と共に飲み物を決めることにした。 暫し悩んだ後でアンリエッタが決めたのはレモン・アイスティーで、魔理沙はレモンスカッシュとなった。 「はいよ、コップに入ってるのがアイスティーでこっちの大きめの瓶がレモン・スカッシュね!」 「有難うございます」 アンリエッタは軽く頭を下げて、魔理沙が飲み物の入ったそれぞれの容器を手にした時であった。 先ほど料理を頼んだ屋台から自分たちを読んでいるであろう掛け声が聞こえた為、急いでそちらへと戻る。 すると案の定、アツアツのドリアと冷静パスタが出来上がった品を置くためのカウンターに用意されていた。 「はいお待ちどうさん!ドリアの方は熱いから気を付けて!あ、食べ終わったお皿はそこの返却口に置いといてね」 「あっはい、分かりました。はぁ、それにしても中々どうして美味しそうですねぇ」 ツボ抜きしたタニアマスを串に通しながらも快活に喋る女性店員から説明を聞きつつ、二人は料理の入った木皿を手に取った。 オーブンから出したばかりであろうドリアは表面のチーズがふつふつと動いており、焼いたチーズの香ばしくも良い匂いが漂ってくる。 対して魔理沙の冷製パスタも負けておらず、スライスされた鴨肉のローストと特性ソースがパスタに彩を与えている。 どうやらトレイも一緒に用意されているようで、魔理沙たちはそれに料理と飲み物に置いてどこか落ち着いて食べられる場所を探す事にした。 広場には人がいるもののある程度場所は残っており、幸いにも木陰の下に設置された木製のテーブルとイスを見つけることができた。 「良し、ここが丁度いいな。じゃ、頂くとするか」 「そうですね……では」 脇に抱えていた箒を傍に置いてから席に座り、トレイをテーブルの上に置いた魔理沙はアンリエッタにそう言いながらフォークを手に取った。 木製であるがパスタ用に先が細めに調整されたそれでいざ実食しようとした、その時である。 ふと向かい合う形で座っているアンリエッタへと視線を移すと、彼女は湯気を立たせるドリアの前で短い祈りの言葉を上げていた。 「始祖ブリミルよ、この私にささやかな糧を与えてくれた事を心より感謝致します……―――よし、と」 短い祈りが終わった後、小さな掛け声と共にアンリエッタはスプーンを手に取って食べ始める。 久しぶりにこの祈りの言葉を聞いた魔理沙も思い出したかのように、目の前のパスタを食べ始めていく。 暫しの間、互いに頼んだ料理に舌鼓を打ちつつ。三十分経つ頃には既に食べ終えていた。 「ふい~、美味しかったなぁこのパスタ。冷製ってのも案外イケるもんだぜ」 レモンスカッシュの残りを飲みつつも、ちょっとした冒険が上手くいった事に彼女は満足しているようだ。 アンリエッタの方も頼んだドリアに文句はないようで、ホッコリした笑顔を浮かべている。 「いやはやこういう場所で物を食べるのは初めてでしたが、おかげでいい勉強になりました」 「その様子だと満更悪く無かったらしいな?美味しかったのか」 「えぇ。味は少々濃い目で単調でしたが、もうちょっと野菜を加えればもっと美味しくなると思いました」 マッシュルームとか、ズッキーニとか色々……と楽しそうに料理の感想を口にするアンリエッタ。 魔理沙は魔理沙でその姿を案外美味しく食べれたという事に僅かながらの安堵を覚えていた。 あんなお城に住んでいるお姫様なのだ、てっきり口に合わないとへそを曲げるかと思っていたのだが、 中々どうして庶民の料理もいける口の持ち主だったようらしく、こうして心配は無事杞憂で済んだのである。 (ま、本人も本人で楽しんでるようだしこれはこれで正解だったかな?) 初めて食べたであろう庶民の味を楽しんでいるアンリエッタを見ながら、魔理沙は瓶に残っていた氷をヒョイっと口の中へと入れる。 先ほどまでレモン果汁入りの炭酸飲料を冷やしていたそれを口の中で転がしつつ、慎重にかみ砕いてゆく。 その音を耳にして何だと思ったアンリエッタは、すぐに魔理沙が氷を食べているのに気が付き目を丸くする。 「まぁ、氷をそのまま食べているの?」 「んぅ?あぁ、口の中がヒンヤリして夏場には中々良いんだぜ。何ならアンタもどうだい?」 「ん~……ふふ、遠慮しておきますわ。もしもうっかり歯が欠けたら従徒のラ・ポルトに怒られちゃいますから」 「なーに、かえって歯が丈夫になるさ。まぁ子供の頃は何本か折れたけどな」 暫し考える素振りを見せた後で、微笑みながらやんわりと断るアンリエッタに、魔理沙もまた笑顔を浮かべもながら言葉を返す。 真夏の王都、屋台の建てられた広場で休む二人は、まるで束の間の休息を満喫しているかのようだ。 傍から見ればそう思っても仕方のない光景であったが、そんな暢気な事を言ってられないのが現実である。 何せ今、王都のあちこちにアンリエッタを探そうとしている衛士が徒党を組んで巡回している最中なのだから。 そしてアンリエッタは今のところ――本来なら自分の身を守ってくれる彼らから逃げなければいけない立場にある。 どうして?それは何故か?詳しい理由を未だ教えられていない魔理沙は、ここに至ってようやくその理由を聞かされる事になった。 軽食を済ませてトレイ等を返却し終えた二人は、日中はあまり人気のない裏通りにいた。 活気があり、飲食店や有名ブランドの店が連なる表通りとは対照的な静かな場所。 客足は少々悪いが静かにゆっくりと寛げる食堂に、素朴な手作りの日用雑貨や外国製の安い服がうりの雑貨屋など、 観光客ではなくむしろ地元の人々向けの店がポツン、ポツンと建っているそんな場所で魔理沙はアンリエッタから『理由』を聞かされていた。 「獅子身中の虫だって?」 「はい。それもそこら辺の虫下しでは退治できないほどに成長した、アルビオンの息が掛かった厄介な虫です」 「……成程、つまりはあのアルビオンのスパイって事か。それも簡単に倒せない厄介なヤツだと」 最初にアンリエッタが口にした言葉で、魔理沙は゛虫゛という単語の意味を理解することができた。 獅子身中の虫――寄生虫を想起させるような言葉であるが、本来は国に危機をもたらすスパイという意味で使われる。 そして彼女の言葉を解釈すれば、そのスパイはそう簡単に豚箱にぶちこめるレベルの人間ではないようだ。 同時に魔理沙は気が付く、彼女を探し出している衛士達から逃げているその理由を。 「まさか?今街中をうろつきまわってる衛士たちってのは、そいつの手先って事か?」 思いついたことをひとまず口にした魔理沙であったが、アンリエッタはその仮説に「いいえ」と首を横に振った。 「彼らは上からの命令を受けて、あくまで純粋に私を保護する為に動いているだけです」 「そうなのか?じゃあこうして人目のつかない所をチョロチョロ動き回る必要は無さそうだが……事はそうカンタンってワケじゃあないってか」 アンリエッタの言葉に一度は首を傾げそうになった魔理沙はしかし、彼女の表情から複雑な理由があると察して見せる。 魔理沙の言葉にコクリと頷いて、アンリエッタはその場から見る事の出来る王宮を見上げながら言った。 「酷い例えかもしれませんが、これは釣りなんです。私を餌にした……ね」 「釣りだって?そりゃまた……随分と値の張った餌だな、オイ」 自分では気の利いた事を言っているつもりな魔理沙を一睨みみしつつも、彼女は話を続けた。 今現在この国にいる少数の貴族は神聖アルビオン共和国のスパイ――もとい傀儡として動いている事が明らかになっている。 無論彼らの動向はほぼ掴んでおり、捕まえること自体は容易いものの彼らを捕まえたとしても敵の情報を知っているワケではない。 しかし一番の問題は、その傀儡を操っているであろう゛元締め゛がこの国の法をもってしても容易には倒せない存在だという事だ。 「この国の法を……って、王族のアンタでも……なのか?」 「流石にそこまでの相手ではありません。しかし、今すぐ逮捕しようにも手が出せない相手なのです」 この国で一番偉い地位にいる少女の口から出た言葉に、流石の魔理沙も「まさか」と言いたげな表情を浮かべている。 そんな彼女に言い過ぎたと訂正しつつも、それでも尚強大な地位にいるのが゛元締め゛なのだと伝えた。 誇張があったとはいえ、決して規模が小さくなってない゛元締め゛の存在に魔理沙は苦虫を噛んでしまったかのような表情を浮かべてしまう。 「……最初はちょっと面白そうな話だと思ってた自分を殴りたくなってきたぜ」 「貴女を半ば騙して連れてきた事は謝ります。ですが自分への八つ当たりは、過去へ跳躍する方法が分かってからにしてくださいな」 「んぅ~……まぁいいさ。どうせ過去の私に言って聞かせても、結果は同じだと思うしな?」 そんなやり取りの後、アンリエッタは再びこの国に蔓延るスパイについての話を再開する。 アルビオンから情報収集を頼まれたであろう゛元締め゛がまず行ったのは、傀儡役となる貴族たちへの声掛けであった。 ゛元締め゛が最適の傀儡と見定めた貴族は皆領地経営で苦しみ、土地持ちにも関わらずあまり金を稼げていない貧乏貴族に絞っている。 お金欲しさに領地に手を出して失敗している者たちは、その大半が楽して大金を稼ぎたいという邪な思いを持っているものだ。 彼らの殆どはその土地ではなく王都に住宅を建てて暮らし、儲からない領地と借金を抱えて日々を暮らしている。 そういった人間を探し当てるのに慣れた゛元締め゛は、前金と共に彼らの前に現れてこう囁くのである。 ―――この国の機密情報を盗み取ってアルビオンに渡せば億万長者となり、かの白の国から土地と欲しい褒美を貰えるぞ……――と。 無論これを聞かされた全員がそれに賛同する筈はないだろう、きっと何人かは゛元締め゛を売国奴と罵るだろう。 しかし゛元締め゛は一度や二度怒鳴られる事には慣れており、シールのように顔に張り付いた不気味な笑みを浮かべて囁き続ける。 こんな国には未来はない、いずれは大国に滅ぼされる。そうなる前にアルビオンへとこの国を売り渡し、今のうちの将来の地位を築くべき――だと。 「おいおい……いくら何でもそれはウソのつき過ぎだろ?ちよっと物騒だが、別に無政府状態ってワケでもないだろうに」 そこまで聞いたところで待ったを掛けた魔理沙であったが、彼女の言葉にアンリエッタは自嘲気味な笑みを浮かべてこう返した。 「知ってますか?このハルケギニア大陸に幾つかある国家の中に、王家の者がいるのに玉座が空いたままの国があるそうですよ? 王妃は夫の喪に服するといって戴冠を辞退し、まだ子供の王女に任せるのは不安という事で年老いた枢機卿にすべてを任せてしまっている国が……」 不味い、被弾しちまったぜ。――珍しく自分の言葉を間違えた気がした魔理沙は、知り合いの半妖がくれた黒い飴玉を口にした時のような表情を浮かべて見せた。 「あー……悪い、そういやここはそういう国なんだっけか?」 わざとらしく視線を横へ逸らすのを忘れが申し訳なさそうに謝った魔法使いは、件の飴玉を口にした時の事も思い出してしまう。 おおよそ人が食べてはいけないような味が凝縮されたあの飴玉を食べてしまった時の事と比べれば、この失言も大した事ではないと思えてくる。 「まぁそんな状態もあと少しで終わりますので心配しないでください。それよりも先に片付けねばならない事があるのですから」 とりあえずは謝ってくれた魔理沙にそう返しつつ、アンリエッタはそこから更に話を続けていく。 自分が仕える国から機密情報を盗み出せば、大金と褒美を得られるぞ。 そんな甘言を囁かれても、大半の貴族は囁いた本人を売国奴として訴えるのが普通であろう。 しかし゛元締め゛は知っていたのだ、例えをトリステイン貴族でなくなったとしても金につられてくれるであろう貴族たちの所在を。 ゛元締め゛はそうした貴族達だけをターゲットに絞り、根気よく説得しては自分の手駒として情報を集めさせたのである。 一方で傀儡となった者たちはある程度情報を集めた所で゛元締め゛からアルビオン側の人間との合流場所を知らされる。 そしてその合流場所へと行き観光客を装った彼らから報酬を受け取り、情報を渡してしまえば立派な売国奴の出来上がりだ。 後は逮捕されようが殺されようが構いやしないのである。今のアルビオンにとって、この国の貴族は本来敵として排除するべき存在。 ましてや金に目が眩み機密情報を平気で渡すような輩など、信用してくれと言われてもできるワケがない。 結局、゛元締め゛の言いなりになっている貴族たちは目先の利益に問われた結果、最も大事な゛信用゛を失ってしまったのである。 「そんならいくら尻尾振ったって意味なくないか?第一、貴族ってそんなに金に困ってるのか?」 「王家である私やヴァリエール家のルイズはともかく、貴族が全員お金に困らない生活をしてるってワケではありませんしね」 下手すればそこら辺の平民よりも月に消費するお金が多いのですから、アンリエッタは歯痒い思いを胸に抱いてそう言う。 国を運営していくのに綺麗ごとでは済まない事は多いが、日々の生活に困窮する貴族の数は年々増えつつある。 最初こそそれは学歴がなくまともな職にもつけない下級貴族たちが主流であったが、今では中流の貴族たちもその中に入ろうとしていた。 「領地経営だって軽い気持ちでやろうとすれば必ず痛い目を見て、そこで生まれた負担金は経営者の貴族が支払ねばなりません。 想像と違って上手くいかない領地の経営に、身分に合わぬ浪費でどんどん手元から無くなっていく財産に、そこへ割り込むかのように増えていく借金……。 今ではそれなりの地位にいる者たちでさえお金が無いと喘いでいる今の世情を利用して、゛元締め゛は甘い蜜を吸い続けているのです」 華やかな王都の下に隠れる陰惨な現実を語りながらも、アンリエッタはさらに話を続ける。 そうして幾つもの人間を駒として操り、アルビオンに情報を渡す゛元締め゛本人は決してその尻尾を出すことは無い。 自らは舞台裏の者としての役割に徹し、例え傀儡たちが死のうともその正体を露わにすることはなかった。 ……そう、ヤツは決して表舞台には姿を現さないのだ。――余程の゛緊急事態゛さえ起こらなければ。 「――成程、アンタがやろうとしている事が何となく分かってきた気がするぜ」 「何が分かったのかまでは知りませんが、私の考えている通りならば後の事を口にする必要はありませんね?」 ゛緊急事態゛という単語を聞いた魔理沙は彼女の言わんとしている事を察したのか、ニヤリとした笑みを浮かべてみせた。 一方のアンリエッタも、魔理沙の反応を見て自分の言いたい事を彼女が察してくれたのだと理解する。 両者揃ってその口元に微笑を浮かべ、互いに同じことを考えているのだと改めて理解した。 「成程な、釣りは釣りでも随分とドでかい獲物を釣り上げる気のようだな?」 「まぁ、あくまで餌役は私なんですけね?」 最初こそ自分を殴りたいと言って軽く後悔していた魔理沙は、今やすっかりやる気満々になっている。 権力を隠れ蓑にして他人を操り、自分の手は決して汚そうとしない゛元締め゛を釣りあげるという行為。 ヤツは余程の事が起こらない限り姿を見せない。そんな相手を表舞台に引きずり出すにはどうすればいいのか? その答えは簡単だ。――起こしてやればいいのである、その余程どころではない゛緊急事態゛を。 例えばそう、何の前触れもなくこの国で最も重要な地位についている人間が失踪したりすれば……どうなるか? 護衛はしっかりしていたというのに、まるで神隠しにでも遭ってしまったかのように彼らに気取られず姿を消してみる。 するとどうだろうか、絶対かつ完璧であった護衛の間をすり抜けて消えてしまった要人に彼らは大層驚くだろう。 一体どこへ消えたのか騒ぎ立て、やがて油に引火した炎のように騒ぎはあっという間に周囲へ広がっていく。 やがて要人失踪の報せは他の要人たちへと届き、各地の関所や砦では緊急事態の為通行制限がかかる。 そのタイミングでわざと教え広めるのだ、要人の姿をここ王都で目撃したという偽の情報を。 当然それが仕掛けられたモノだと気づかない第三者たちは、そこへ警備を集中配置して情報収集と要人確保の為に動く。 そこに来て゛元締め゛は焦り始めるのだ。――なぜ、こんなタイミングであのお方は姿を消したのだと。 恐らく彼は自分の味方へと疑いを向けるだろう。この国の王権を打倒せんと企んでいるアルビオンの使者たちを。 彼らは味方だがこちらの意思で完全に動いているワケではない、彼らには彼らなりの計画がしっかり用意されている。 もしもその計画の中に要人の誘拐もしくは暗殺が入っており、尚且つそれを自分に知らせていなかったら……? まるで底なし沼に片足を突っ込んでしまった時のように、゛元締め゛はそこからずぶずぶと疑心暗鬼という名の沼に沈むほかない。 疑いはやがて確信へと変貌を遂げて、本人を外界へと引きずり出すエネルギーとなるだろう。 それ即ち、アルビオンの人間と直接話し合うために゛元締め゛自らがその体を動かして外へと出るという事を意味するのだ。 今まで自分に火の粉が降りかからぬ場所で多くの貴族たちを動かし、気楽に売国行為をしていた゛元締め゛。 しかし、ふとしたキッカケで彼らに疑いを持ち始めた゛元締め゛は、自ら動いてアルビオンの人間たちに問いただしに行く。 それが仕組まれていた事――そう、要人が消えた事さえ彼を表舞台に上がらせる為の罠だという事にも気づかず。 そして食いついた所で釣りあげてやるのだ。強力な地位を利用して国を売ろとした男と、それに関わる者たち全てを。 「それが今回、私に仕える者が提案した『釣り』のおおまかな流れです」 表の喧騒から遠く、時間の流れさえゆったりとしたものに感じられる人気の無い路地裏で、アンリエッタは今回の作戦を教え終えた。 そんな彼女に対して珍しく黙って聞いていた魔理沙は面白そうに短い口笛を吹いたのち、「成程な」と一人頷く。 「餌も上等なら、釣り針や竿も最高級ってヤツか?この国の重役なら絶対に動揺すると思うぜ?」 「それはそうでしょうね。何せ今はこの王都に通常よりも倍の衛士たちが入ってきていますから」 魔理沙の言葉にアンリエッタそう返しつつ、ふと表の通りから聞こえてくる喧騒に衛士達の走り回る音も混じってきているのに気が付く。 規律の取れた軍靴が一斉に地を踏み走る音靴は、彼らが六人一組で行動している事を意味する音。 きっとそう遠くないうちにも、この路地裏にも捜査の魔の手が伸びるのは間違いない。 アンリエッタは魔理沙と目配せをした後で自ら先頭に立ち、隠れ場所を探しつつ街の中を進んでいく。 途中表通りへと繋がっている場所を避けつつ、彼女は衛士に見つかってはいけない理由も話してくれた。 「ここまでは計画通りです。しかし……もしここで衛士達に見つかり、捕まってしまえば全てが無に帰してしまいます。 恐らく私が確保されたという報告は、すぐにでも゛元締め゛の耳に届く事でしょう。そうなれば後はヤツの思うがまま、 アルビオンの使者とすぐに仲直りした後で、持てるだけの情報を持たせて彼らを白の国へと送った後で、すべての証拠を隠滅―― そして持ち帰った情報で彼らはわが国で戦争を始めるつもりなのです。ゲルマニアやガリアの僻地で起きているモノと同じ形式の戦争を……」 戦争だって?――王女様の口から出た物騒な単語に、流石の魔理沙も眉を顰める。 トリステイン自体が幻想郷程……とは言わないが相当平和な国だというのは彼女でも理解している。 平和とはいっても化け物に襲われたりこの前はあのアルビオンとかいう国が攻めてきたりしたが、それは一般大衆にはあまり関係ないことだろう。 現にこの街に住んでる人々はかの国と実質戦争状態にあるというのに、いつも変りなく暢気に暮らしている人間が大半を占めているのだ。 そんな平和なこの国で――彼女の言い方から察するに最低でも国内で――戦争が起こるなどとは、上手いこと想像ができないでいる。 それに魔理沙自身、ちゃんとしたルールに則った争い……つまりは弾幕ごっこが戦いの基本となった幻想郷の出身者という事もあるだろう。 深刻な表情をして国で戦争が起きるかもしれないと呟くアンリエッダの言葉に肩を竦め、信じられないと言うしかなかった。 「おいおい戦争って……いくらなんでも、そこまで発展したりはしないだろ?」 「確かに貴女の言う通りです。王政の管轄領地やラ・ヴァリエ―ルなどの古くから仕える者たちの領地で起こりえないでしょう、――しかし 「しかし?」 「管理の行き届かない領地、つまりは僻地で戦争が起きる可能性は決して無いとは言い切れないのですよ」 深刻な表情のまま言葉を終わらせたアンリエッタに、魔理沙は口から出かかった「マジかよ」という言葉を飲み込む事はできなかった。 そしてふと思った。この世界では、ふとした拍子や失敗で簡単に戦争が起こってしまうのではないのかと。 011 そんな気味の悪い事を考えてしまった魔理沙は、アンリエッタに続くようにして自らも重苦しい表情を浮かべてしまう。 いつも何処か得意げなニヤつき顔を見せてくれている彼女には、あまりにも不釣り合いかつ真剣な顔色である。 今の彼女の表情を霊夢やアリス、パチュリーといった幻想郷の知人が見ればきっと今夜の夜空は物騒になるだろうと誰もが笑うに違いない。 幸か不幸か今はそんな奴らもいないので、彼女は恥かしい思いをすることもせず気兼ねなく真剣な表情を浮かべることができていた。 アンリエッタはアンリエッタでこれからの作戦の成否で国の運命が掛かっていると知っているためか、魔理沙以上に真剣な様子を見せている。 魔理沙と出会う前はサポートがいてくれたおかげで何とか王都まで隠れる事はできたが、ここからが正念場というヤツなのだろう。 お供の魔法使い共々衛士たちに捕まり、正体がバレてしまえば――最悪敵である、あの゛男゜にこちらの出方を読まれる恐れがある。 元締め――もといあの゛男゛は馬鹿でもないし、間抜けでもない。秀才であり、なおかつ政敵との戦いにも打ち勝ってきた強者だ。 でなければこの国であれだけの地位――トリステイン王国の法と裁きを司る高等法院の頂点に立てはしないだろう。 無論スパイとして発覚する以前に賄賂の流通があったという話は聞くが、それだけで検挙できるのならここまでの苦労はしない。 一度は地の底に這いつくばり、血の涙も枯れてしまう程の努力を積み重ねてきた末の結果とも言うべき輝かしくも陰影が残る功績。 自らの欲と目的を達成するためには殺人すら含めたありとあらゆる手段を尽くし、自分に都合の悪い情報は徹底してもみ消してのし上がっていく。 彼の裏の顔を知ろうと迂闊にも接近し過ぎてしまい、文字通り消された密偵の数は恐らく二桁近くに上るであろう。 その一方では法の番人として国の法整備や裁判等に尽力し、先代の王や若かりし頃の枢機卿が彼を百年に一度の人材と褒めたたえている。 表と裏。人間ならばだれしも持っているであろう二面のギャップが激しすぎる彼は、そう簡単には捕まらないであろう。 だからこそこの事態をチャンスにして捕まえ、そして聞き質さなければいけない。 ―――――幼子であった頃の自分を、まるで本物の父親に様にあやしてくれた貴方の笑顔は作り物だったのかと。 (その為にも今は絶対に捕まらないよう、気を付けないと……) 愛するこの国の為、どうしても聞き出さなければいけない事の為、アンリエッタは改めて決意する。 アンリエッタからこの任務の大切さを今更聞き、重責を負ってしまった事を実感している霧雨魔理沙。 二人して人気のない裏路地で屯する形となり、アンリエッタはこれからどう動こうかという相談をしようとしていた――が、 そんな彼女たちを不審者と判断しないほど、トリスタニアは平和ボケしているワケではなかった。 それは二人の背後、裏通りから大通りへと続く路地から何気ない会話と共にやってきたのである。 「バカ言ってんじゃねえよ?大金張ったルーレットでそんな命知らずみたいな芸当できるワケが……ん?」 「だからさぁ、本当なんだって!そりゃもう信じられない位正確に……って、お?」 ギャンブル関係の話をしながらやってくる二人組の男の声を聞いて咄嗟に振り向いたアンリエッタは、サッと顔が青くなる。 彼女に続くようにして魔理沙もまた振り向き、丁度自分たちに気づいた男たちと目を合わせる形となってしまった。 声の正体はこの王都にも良くいるようなチンピラではなく、むしろそのチンピラにとっては天敵ともいえる存在。 お揃いの軽い胸当てに夏用の半袖服と長ズボンに、市街地での戦いに特化した短槍を手に街の治安を守るもの。 鎧の胸部分に嵌め込まれているのは、白百合と星のエンブレム。そう、トリスタニアの警邏衛士隊のシンボルマークだ。 二人そろってそのエンブレムの付いた胸当てを身に着けているという事は、彼らが衛士隊の人間であることは間違いない。 自分たちの姿を見て足を止めた衛士達を前に、アンリエッタはすぐに魔理沙の手を取りその場を去ろうと考える。しかし、 「あーちょい待ち。そこの黒白、確かぁ~キリサメマリサ……だったっけ?」 「え?確かに私だが……何で知ってるんだよ?」 間が悪く、彼女の手を取ろうとした所で衛士の一人が魔理沙の名前を出して呼び止めてきたのだ。 魔理沙は見知らぬ他人に名を当てられて目を丸くしており、片方の衛士も「知り合いか?」と相棒に聞いている。 「いえ、ちょっと前にこの子が取り調べられましてね、その時の調書担当が自分だったんだよ」 「――あぁ、そういえばいたなアンタ。随分前の事だったから記憶に残ってなかったぜ」 彼の言葉で思い出したのか、魔理沙が手を叩きながら言った所で衛士は彼女の隣にいるアンリエッタにも話しかけた。 「で、そこにいる君は誰なんだい?ここらへんじゃあ見たこと無さそうな雰囲気だけど?」 「あ、その……私は――」 まさか話しかけられるとは思っていなかったアンリエッタは、どう返事したらいいか迷ってしまう。 衛士の表情から察するに、ちょっとしたナンパ程度で声を掛けたのではないとすぐに分かる。 あくまで仕事の一環として――少なくとも今伝えられている事態を考慮して――声を掛けたのは一目瞭然だ。 もう片方の衛士も言葉を詰まらせているアンリエッタに、怪訝な表情を見せている。 迷っている時間は無い。そう直感したアンリエッタに、魔理沙が救いの手を差し伸べてくれた。 「悪い悪い、衛士さん。こいつは私の知り合いなんだよ」 「知り合い?」 「あぁ、今日王都に遊びに来るっていうから私がちょっとした観光役をやらせてもらってるんだよ。なぁ?」 いつもの口調で衛士と自分間に入ってきてくれた魔理沙の呼びかけに、アンリエッタは「え、えぇ!」と相槌を打つ。 その様子に衛士二人は怪訝な表情を崩さず、しかし「まぁそれなら良いが……」という言葉に安堵しかけた所で、 「じゃあ突然で悪いが、その帽子外して俺たちに顔を見せてくれないかい?」 一番聞きたくなかった質問を耳にして、アンリエッタは口から出そうとしたため息を、スッと肺の方へと押し戻す。 まさか言われるとは思っていなかったワケではない、それはポカンとした表情を衛士達に向けている魔理沙も同じであろう。 少なくとも今の彼らにとって、帽子を目深に被った少女何て誰であろうが職務質問の対象者となるに違いない。 かといって帽子を外して堂々と街中を歩くのは、「私を捕まえてくださーい!」と市中で裸になって踊りまくるのと同義である。 裸になるか帽子を被るか、たとえ方は少々おかしいが誰だって帽子の方を選ぶのは明白だ。 だからアンリエッタも帽子を被り、ちゃんと変装までしたうえで――衛士たちに職質されるという不運に見舞われた。 今日の運勢は厄日だったかしら?いつもならお抱えの占い師から聞く今日の運勢の事を現実逃避の如く考えようとしたところで、 それまで黙っていた魔理沙もこれは不味い流れだと察したのか、自分の頭の上にある帽子を取りながら衛士達に声を掛けた。 「帽子か?そんなもんいくらでも取ってやるぜ?ホラ!」 「お前じゃねえよ、バカ。ホラ、お前さんの後ろにいる黒帽子を被った連れの子さ」 霧雨魔理沙渾身(?)のギャグをあっさりと切り捨てた衛士の一人が、丁寧にアンリエッタを指さして言う。 もしも彼らが今ここで彼女の正体を知ったら、きっと彼女を指した衛士は間違いなく土下座していたに違いない。 しかし悲しきかな、今のアンリエッタにとって自らの正体を晒すのは自殺行為である。 よって幸運にも彼は何一つ事実を知ることなく、余裕をもってアンリエッタ指させるのであった。 魔理沙の誤魔化しをあっさりとすり抜け、自分に帽子を外しての顔見せ要求する冷静な衛士達。 これには流石のアンリエッタも何も言い返せず、ただた狼狽える事しかできない。 しかし、時間が待ってくれないように衛士達も一向に「イエス」と答えてくれない彼女を待つつもりは無いらしい。 指さしていない方の衛士が怪訝な表情のままアンリエッタへ一歩近づきながら、彼女の被る帽子の縁を優しく掴みながら言う。 「……黙ってるっていうのなら、こっちは不本意だが無理やり帽子を取るしかないが?」 「……ッ!?そんなの、横暴では――ッ!?」 咄嗟に彼の手から逃れるように叫ぶと後ろへ下がり、まるでぎゅっと両手で帽子の縁を掴む。 まるで天敵に出会ったアルマジロの様に見えた魔理沙であったが、流石にそれをこの場で言えるほど空気が読めないワケではなかった。 とはいえ流石にここは間に入らないとまずいと感じたのか、再びアンリエッタの前に立ちはだかり何とか衛士を宥めようとした。 「まぁまぁ落ち着いてくれって!この暑さでイライラしてるのは私だってよ良く分かるぜ?」 「暑さでイライラがどうのこうのじゃないんだ。あくまで仕事の一環として彼女の顔をよく見ておきたいだけだ」 「そんな事言って、ホントは美人だったらナンパしたいだけだろ?例えば……今日一緒にランチでもどう?……ってさ?」 魔理沙はここで相手の注意をアンリエッタから自分に逸らそうと考えたのか、煽るような言葉を投げかけていく。 流石にナンパという単語にムッとしたのか、独身であろう衛士は目を細めると「馬鹿にするなよ」と言いつつ、 「俺は二児の父親で、ついでに今日の昼飯は女房が作ってくれたベーコンとチーズのサンドウィッチとマカロニのクリームソテーなんだぞ?」 「……おぉ、スマン。アンタの事良く知らずにナンパとか言って悪かったぜ」 「おめぇ!何奥さんとのイチャイチャっぷりを告白してんだよッ!」 独身どころか既にゴールインしていたうえに愛妻弁当の自慢までされてしまい、流石の魔理沙も訂正せざるを得なくなってしまう。 一方で指さしていた衛士は何故か彼に突っかかったのだが、所帯持ちの相方は「僻むんじゃねぇよ」と一蹴しつつ魔理沙へと向き直る。 「とにもかくにもだ、別に持ち物検査までしようってワケじゃないんだ。そこの嬢ちゃんが自分で自分の帽子を外すくらい何て事無いだろう?」 「まぁそりゃそうなんだが…ってイヤイヤ、そこがさぁちょいとワケありでダメなんだよなぁ~これがさぁ……」 衛士として正論を容赦なくぶつけてくる相手に対して、魔理沙は何とかそれをかわそうと次の一手を考えようとする。 しかし、どう考えても今の状況を上手いことかわせる方法などあるワケもなく、彼女が言い訳を口にする度に衛士たちは顔をしかめていく。 (まぁ逃げる手立てはいくらでもあるんだが、そうなると絶対後で碌な目に遭わないしなぁ~……あぁでも、そういうのも面白そうだなぁ) 右手に握る箒を一瞥しつつ、アンリエッタの前では絶対言ってはいけない事を心中で呟いていた――その時であった。 まず先手を打って逃げようかと考えていた魔理沙と狼狽えるアンリエッタが、上空から落ちてくる゛ソレ゛に気が付く。 一方の衛士達も上から落ちてきた゛何か゛が視界の端を横切って地面へ落ちていくのに気が付き、一瞬遅れてそちらへと目を向ける。 瞬間、四人の人間がいる細いに植木鉢の割れる音が響き渡り、鉢の中で育てられていた花と土が地面へとぶちまけられていた。 それが植木鉢だったと四人ともすぐに理解できたが、問題はそれがなぜ上空から落ちてきたのかだ。 「……?何だ、コレ……植木鉢?――って、うわっ!何だアレッ!?」 「…………?上に誰か――って、ウォッ!?」 まず最初に魔理沙が首を傾げ、彼女に続くようにして家族持ちの衛士が頭上へと視線を向け――二人して驚愕する。 何故ならば、先に落ちてきた植木鉢に続くようにして建物の屋上から分厚い布が風で舞い上がったハンカチのように落ちてきたのだから。 ハンカチと例えたが、ここがハルケギニアであっても流石に大人二人を容易に隠せるサイズはハンカチではない。 恐らく雨が降った際に濡れたら困る物を覆い隠す為の布として、屋上に置いていたものであろう。それがヒラヒラと広がりながら落ちてきたのだ。 布はその大きさながら落ちるスピードは思ったよりも速く。魔理沙は咄嗟に背後にいたアンリエッタの手を取って後ろへと下がる。 「……ッ!まずい、下がれッ!」 「きゃっ……」 アンリエッタが悲鳴を上げるのも気にせず後ろへ下がった直後、布は彼女たちが立っていた場所へと舞い落ちた。 それだけではない。丁度彼女たちが立っていた所よりも前に立っていた衛士達も、もれなくその布を頭からかぶる羽目になったのである。 「うわわッ、な……何だこりゃっ!」 「クソッ!おい、お前らそこにいるんだろ?何とかしてくれッ!」 布は以外にも大きさに見合ったそれなりの重量をしていたのか、衛士達を覆い隠したまま彼らを拘束してしまったのだ。 まるで絵本に出てくる子供だましのお化けみたいに、頭から布を被った姿で両手らしい二つの突起物を出して動く衛士達。 姿をくらますなら今しかない……!そう判断した魔理沙はアンリエッタの手を取り何も言わずに彼女と共にこの場を去ろうとした直前、 「おい君たち、裏通りへ出たら僕が今いる建物の中へ入ってくるんだ!」 先ほど植木鉢と思わぬ助っ人となった布が落ちてきた建物の屋上から、透き通る程綺麗な青年の呼び声か聞こえてきた。 突然の呼びかけに二人は足を止めてしまい、思わず声のした頭上へと顔を向ける。 するとどうだろう、逆光で顔は見えないものの明らかに若者と見える金髪の青年が、建物の屋上から半ば身を乗り出してこちらを見つめていた。 アンリエッタは思わず「誰ですか?」と声を上げたが、魔理沙だけは青年の声を聞いて「まさか……?」と言いたげな表情を浮かべる。 彼女には聞き覚えがあったのである。その青年の、少年合唱団にいても不思議できないような綺麗な声の持ち主を。 屋上の青年は魔理沙たちが自分の方へと視線を向けたのを確認してから、次の言葉を口にした。 「近辺にはすでに多数の衛士達が巡回している、捕まりたくないなら大人しく僕の所へ来るんだ!いいね?」 「あ、ちょっと……まさかお前――って、おい待てよ!」 言いたい事だけ言った後、魔理沙の制止を耳にする事無く彼は踵を返して姿を消した。 屋上があるという事は建物の中へと入ったのだろうが、それはきっと「中で待っている」という無言の合図なのだろう。 魔理沙は内心聞き覚えのある声の主の指示に従うがどうか一瞬だけ考えた後、思わずアンリエッタへと視線を向ける。 「……何が何やら全然分かりませぬが、逃げ切れるのならば彼のいう通りに従った方が賢明かと思います!」 「正気かよ?でもお互い様だな、私もアイツの指示に従うのが良さそうだと思ってた所だぜ」 アンリエッタの大胆な決断に一瞬だけ怪訝な表情を見せた魔理沙は、すぐにその顔に得意げな笑みを浮かべてそう言った。 二人はその場で踵を返すとバッと走り出し、未だ巨大な布と格闘している衛士達を置いてその場を後にする。 「お、おい何だ!一体何が起こってるんだ!?」 「クソ!おい、誰でもいいからコレをどかすのを手伝ってくれ!」 狭い通りに響き渡る衛士達の叫び声で他の人が来る前に、少女たちは自らの背を向けて立ち去って行った。 再び裏通りへと戻ってきた魔理沙たちは、衛士達の声で早くも集まっている人たちを尻目に隣の建物へと入る。 そこはどうやら平民向けのアパルトメントらしく、玄関には騒ぎを聞きつけたであろう平民たちが何だ何だと出てきている最中であった。 ちょっとした人ごみができている場所を通りつつ中へと入ることができた二人へ、声を掛ける者が一人いた。 「こっちだ、こっちに来てくれ」 「ん?あ、そっちか」 魔理沙は一瞬辺りを見回した後で、先ほど声を掛けてくれた青年がいる事に気が付く。 こんな季節だというのに頭から茶色のフードを被っており、その顔は良く見えないものの口元からして笑っているのは分かった。 築何十年と立つであろう古い木の廊下をギシギシと鳴らしつつ、魔理沙とアンリエッタの二人は青年の元へと駆け寄る。 「どこのどなたか存じ上げませんが、助けていただき有難うございます。……あ、その――今はワケあって帽子を……え?」 まず初めにアンリエッタが頭を下げて礼を述べようとしたところで、フードの青年は右手の人差し指を口の前に立てて「静かに」というサインを彼女へ送る。 その意味をもちろん知っていたアンリエッタが思わず目を丸くして口を止めると、次いで左手の親指で背後の廊下を指さした。 「ここは人が多すぎます。この先に地下を通って外の水路へと出れますので、詳しい話はそこで致しましょう」 そうして共同住宅の奥にあった下へと階段の先にあったのは、古めかしい地下通路であった。 上の建物と比べても明らかに長年放置されていると分かる通路を、魔理沙とアンリエッタの二人は興味深そうに見回してしまう。 「まさかただの共同住宅の下に、こんな通路があるだなんて……」 「あぁ、しかも見たらこの通路。一本じゃなくて迷路みたいになってそうだぜ?」 軽く驚いているアンリエッタに魔理沙がそう言うと、彼女は普通の魔法使いが指さす方向へと視線を向ける。 確かによく見てみると通路は一直線ではなく三つほど横道があり、単純な構造ではないという事を二人に教えていた。 そんな二人を横目で見つつ、青年はさりげなく彼女たちに自分の知識を披露してみる事にした。 「五百年前、ブルドンネ街の拡大工事で造られた緊急避難用の通路を兼ねた防空壕……とでも言いましょうか?」 「……!避難用、ですか?確かに私も、そういった場所があるという話は聞きましたが、まさかここが……」 「えぇ。当時のハルケギニアは文字通り戦乱の世でしたからね、王都にもこういった場所が造られたんですよ」 ――ま、結局目的通りの使われ方はしませんでしたけどね。最後にそう言って青年は笑った。 アンリエッタはかつて母や枢機卿から聞かされていた秘密の隠し通路の一端を目にして、驚いてしまっている。 「マジかよ?この通路は築五百年って、どういう方法で造ったらそんなに保てるんだ……」 対して魔理沙の方はというと、五百年という月日が経っても尚原型をほぼ完全に留めているこの場所に、好奇心の眼差しを向けていた。 その後、二人は青年の案内でそれなりに入り組んだ通路を五分ほど歩き続ける事となった。 地上と比べれば空気は悪かったものの、ところどころに地上と通じているであろう空気口があるおかげで酷いというレベルまでには達していない。 最も、一部の通路は地面が苔だらけで歩きにくかったりと天井の一部が崩れ落ちていたりと散歩コースとしては中々ハードな通路であった。 それでも青年の案内は正しく、更に十分ほど歩いた所でようやく外の光を拝める場所へと出る事ができた。 「さぁ外へ出ました。ここならさっきの衛士達も追ってくることは無いでしょう。とはいえ、油断はできませんけどね?」 青年がそう言って指さした場所は、確かに人気のない静かな通りの中にある水路であった。 魔理沙がとりあえず頭上を見上げてみると、先ほどまでいた裏通りとは微妙に違う街並みが見える。 恐らくここも王都の中、それもブルドンネ街なのであろうが、魔理沙自身は見える建物に見覚えはなかった。 「ここは?」 「東側の市街地だ、昔から王都に住んでいる人たちが住人の大半さ。……とりあえず、ここから出るとしようか」 魔理沙の質問にそう答えると、青年は傍にあった梯子を指さして二人に上るよう指示を出す。 そうして青年、魔理沙、そして最後にアンリエッタの順で梯子を上り、三人は東側市街地へと足を踏み入れる。 確かに彼の言う通りここには地元の者しかいないのだろう、他の場所と比べて人気はあまり感じられない。 一応水路に沿って立ち並ぶ家や共同住宅からは人の気配は感じられるが、家の中でのんびりしているのか出てくる気配は全くなかった。 以前シエスタが案内してくれた裏通りと比べても、まるで紅魔館の図書館みたいに静かだと思ってしまう。 とはいえそこは街の中、よくよく耳を澄ましてみれば色んな音が聞こえてくることにもすぐに気が付く。 遠くから聞こえてくる繁華街や市場からの明るい喧騒と小さな水路を流れる水の音に、時折家の中から聞こえてくる家庭的な雑音。 それらが上手い事重なり合って聞こえてくるが、それでも尚ここは静かな所だと魔理沙は思っていた。 そんな彼女を他所に、アンリエッタはローブの青年に改めて礼を述べていた。 「誠に申し訳ありませんでした。どこのどなたか存じ上げませぬが、まさか助けて頂けるなんて……」 「いえ、礼には及びませぬよ。困っている女の子を見捨てるのは、僕の流儀に反しますからね」 帽子は被ったままだが、それでも下げぬよりかは失礼だと思ったのか軽く会釈するアンリエッタ。 それに対し青年もそれなりに格好いいヤツしか言えないような言葉を返した後、「それよりも……」と彼女の傍へと寄る。 「僕は不思議で仕方がありませんよ。貴方ほど眩いお方が、どうして街中にいたのかを……ね?」 「……?それは一体、どういう――――ッア!」 「あ!」 青年の意味深な言葉にアンリエッタを首を傾げようとした、その瞬間である。 一瞬の隙を突くかのように青年が素早い手つきで彼女の被る帽子を掴むや否や、それをヒョイっと持ち上げたのだ。 まるで彼女の髪の毛についた落ち葉を取ってあげたように、その動作に全くと言っていい程迷いはなかった。 流石の魔理沙も突然の事に驚いてしまい、一拍子遅れる感じで青年へと詰め寄る。 「ちょ……おっおい何してんだよお前!?」 「別に何も。ただ、彼女みたいな素敵なお方がこんな天気のいい日に黒い帽子何て被るもんじゃないと思ってね?」 詰め寄る魔理沙に青年は何でもないという風に言い返して、自身もまた被っていたフードを上げたその顔を二人へと晒して見せた。 夏だというのにやや厚手であったフードの下から最初に目にしたのは、やや白みがかった眩い金髪。 ついでその髪の下にある顔は声色相応の美貌を持つ青年のものである。 一方で自分の予想が当たっていた事に対して、魔理沙は喜ぶよりも先に青年を指さしながら叫んだ。 「あー!やっぱりお前だったか!?」 「ちょ……マリサさん!あまり大声は――って、あら?貴方、その目は?」 思わず大声を上げてしまう魔理沙を宥めようとしたところで、アンリエッタはふと青年の目がおかしいことに気が付く。 右の瞳は碧色なのだが左の瞳は鳶色で、つまりは左右で目の色が違うのだ。 所謂オッドアイという先天的な目の異常であり、同時にハルケギニアでは「月目」とも呼ばれている。 「月目……ですか?」 それに気が付いた彼女は、知識の上で知ってはいても初めて見る月目につい口が開いてしまう。 すぐさまハッとした表情浮かべたものの、青年は「いえ、お気になさらず」と彼女に笑いかけながら言葉を続ける。 「生まれつきのモノでしてね、幼少期はこれで色々と貧乏クジを引いたものですよ。ま、今では自分のアイデンティティの一つなんですがね?」 何より、女の子にもモテますし。最後に一言、そう付け加えて青年こと――ジュリオ・チェザーレは得意げな笑みを浮かべて見せた。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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前ページ次ページゼロのチェリーな使い魔 その日の夜、ルイズの部屋にて ルイズによってトリステインへ召還されたフリオニールはとりあえずトリステインから フィンへの道順を把握しておこうと地図を借りて調べていた。 しかし その地図は普段フリオニールが見慣れているものと全く違うばかりか、記載されている 文字も見たことがないものだった。 (そ、そんなバカな。ひょっとして俺は異世界へ来てしまったのか?) そんなことは認めたくないとばかりにかぶりを振り、視線をゆっくりとルイズへ向けて 「ねぇ。この国では独自の文字を使ってるんだね」 「は?文字なんてハルケギニア共通でしょ。…っていうかあんた、ご主人様には ちゃんと敬語を使いなさい」 「はぁ」 フリオニールは得心がいかないように生返事をした。人を勝手に召還して召使いに するなんてこの国の貴族は何を考えているのか?パラメキア皇帝顔負けだ。 しかし、そのことよりも仲間のもとへ戻ることが予想以上に困難になっていることに フリオニールは焦り始めていた。 どうしたものかと思案にくれて、ふと窓に目線をやると外には人知を超えた風景があった。 「つ、つつつ月がふたつ!?…ありえん」 夜空に浮かぶ二つの月がフリオニールを異世界へ飛ばしたことを雄弁に証明した。 (俺はいろんなことを知りすぎた…もう昔には帰れない) 落胆の表情がありありと浮かぶフリオニール。それでも諦めずに 「ルイズ!…さん。召還された使い魔って元の世界に戻れるの?…ですか?」 「元の世界?元もなにも普通はハルケギニアに生息するモンスターを召還するものだけど、 …あんた確かフィン王国出身って言ってたわね」 「そうですけど…」 「そんな国聞いたことないし、東方にでもあるんじゃない?知らないけど」 「いや、そうじゃなくて、たぶん俺は異世界から…」 「もういいでしょ。とりあえず、明日からあんたには掃除洗濯とか雑用をやってもらうわ。 平民じゃ秘薬探しなんてできないでしょうし」 ルイズは一方的にフリオニールに告げると、目の前で着替え始め着衣を乱暴な手つきで渡した。 「明日ちゃんと洗濯しておきなさいよ。わたしはもう寝るわ。今日はいろいろあったから疲れちゃった」 「いろいろあったのは俺も同じなんですけど…ところで、俺の寝床は?」 フリオニールは部屋を見渡しながらルイズに質問した。 すると、ルイズは無言で床に敷かれている粗末な毛布を指差した。 (お、王女。そ、そんな…) フリオニールは半ばパニックに陥ったが、なんとか平静を保つと渋々寝床につくのであった。 翌朝 フリオニールは目を覚ますと身支度を整え、主人(?)であるルイズを起こそうと ベッドに近づき声をかけた。 「ルイズさん。朝ですよ」 ルイズは寝起きが悪いのか中々起きようとしない。 (ああ、『バスナ』の魔法憶えておけばよかった) フリオニールは後悔したが、気を取り直してルイズの肩を軽くゆすりながら再度声をかけた。 「う~ん…」 ようやく目を覚ましたルイズはフリオニールに制服を持ってくるように命じた。 フリオニールはあたふたと部屋の中を駆け回りやっと制服を見つけるとルイズの元へ持ってきた。 「着替えを手伝いなさい」 「へ?」 「聞こえなかったの?着替えを手伝いなさいって言ったの!」 「…まさか、ラミアクィーン!?」 「???寝ぼけてるの?まったく、愚図なんだから」 ああ何という果報者であろうか。昨日のキスから今度は一気に着替えの手伝いだ。 ひょっとして自分に気があるのではないか?と、桃色の綺麗な髪を携えネグリジェ姿で 立っているルイズをチラ見して思うフリオニール。 「ゴクッ」 フルオニールは股間が元気になりそうなのを懸命に抑えると、生唾を飲み込みルイズの 着替えに取り掛かる。 「いいんですか?男子の俺が女子の着替えを…」 「あんたはわたしの使い魔なんだからそんなの関係ないの!ほら、さっさとしなさい」 「そういうことか」 フリオニールの男子としての自信は音をたてて崩れるのであった。 前ページ次ページゼロのチェリーな使い魔
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autolink ZM/W03-101 ZM/W03-101P カード名:鳶色の瞳のルイズ カテゴリ:キャラクター 色:黄 レベル:0 コスト:0 トリガー:0 パワー:3000 ソウル:1 特徴:《魔法》?・《虚無》? 「感謝しなさいよね。貴族にこんなことされるなんて、普通は一生無いんだから」 レアリティ:PR Illus.:J.C.STAFF 2008年4月5日開催東京トレカショーにてブシロード物販ブースで2000円以上購入時に配布 2008年3月30~31日「東京国際アニメフェア2008」配布 全国決勝大会参加者に配布されたPRカード10枚セットのうちの一枚 「ルイズ」?かつ黄色のバニラ。 《魔法》?に加えて《虚無》?を持つため一部サポートを受けたり虚無の力等の発動条件を満たすことができる。 ・関連ページ 「ルイズ」? ・類似カード カード名 レベル/コスト パワー/ソウル 色 はりまお 0/0 3000/1 黄 ディーラーの音姫 0/0 3000/1 黄 ソフト部三人組 0/0 3000/1 黄 黄昏の街を見下ろす鈴と小毬 0/0 3000/1 黄 無口なタバサ 0/0 3000/1 黄 フェイト&アルフ 0/0 3000/1 黄 幼少時のみゆき 0/0 3000/1 黄 にゃもー 0/0 3000/1 黄 “ねがいぼし”小毬 0/0 3000/1 黄 玲二の妹 江漣 0/0 3000/1 黄 日差しの中の渚 0/0 3000/1 黄 花畑の少女たち 0/0 3000/1 黄 アリッサ&深優 0/0 3000/1 黄 ベベ 0/0 3000/1 黄 マオ&ラズベリル 0/0 3000/1 黄 湯上りセイバー 0/0 3000/1 黄 トウマ&シリル 0/0 3000/1 黄 そっけないシリル 0/0 3000/1 黄 八神 庵 0/0 3000/1 黄 “破邪清真”森 蘭丸 0/0 3000/1 黄 双子の猛獣 亜美&真美 0/0 3000/1 黄 共感覚者カナン 0/0 3000/1 黄
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鋼の使い魔支援!第二部も楽しみにしてます。あとジェシカは俺の嫁 -- 歓楽街のていおー (2009-06-14 17 54 47) うめえ -- 名無しさん (2009-06-14 17 55 17) うめええええええ!!!こういうの大好きだ!…シエスタ? -- 名無しさん (2009-06-14 17 55 43) GJ! -- 名無しさん (2009-06-14 17 57 26) 賑やかで、楽しそう! -- 名無しさん (2009-06-14 18 00 40) すごくいい絵だわ -- 名無しさん (2009-06-14 18 20 59) 楽しそうな雰囲気がとてもよく出ていて素敵な一枚 ジェシカとキュルケが特に良い!! -- 名無しさん (2009-06-14 18 48 24) シエスタさんにはナイツの血が・・・・後はわかるな?>シエスタ? -- 名無しさん (2009-06-14 19 05 54) これはお美事!素晴らしい支援絵に心が震えました! -- アーシア (2009-06-14 19 33 25) こういう絵、良いな。何か見ている方も嬉しくなっちまうわい。 -- 名無しさん (2009-06-14 20 05 33) すげぇ、すげぇよあんた! -- 名無しさん (2009-06-14 20 38 17) こういうのいいなぁ -- 名無しさん (2009-06-14 21 10 40) ゴージャスな絵だね、力作だー -- 名無しさん (2009-06-14 21 49 48) キュルケがいいなあ、このキュルケは個人的に最高だ -- 名無しさん (2009-06-14 22 21 03) うまい!…が……10周年か。そりゃ歳喰うワケだ…… -- 名無しさん (2009-06-15 01 03 30) でけえ!うめえ!GJ! -- 名無しさん (2009-06-15 02 00 24) イラスト的にいい感じが出ている気がします。……ところで、シエスタと思われる金髪の女性は誰ですか? -- 騎士S・F (2009-06-15 13 26 10) なんだろ、ルイズとギュスターヴが親子に見える・・・ -- 名無しさん (2009-06-15 18 45 36) ルイズがさりげなく腕を組んでるんだな -- 名無しさん (2009-06-16 12 21 37) 携帯だからか見れない。話にまったくついてけねぇ。 -- 名無しさん (2009-06-16 19 58 03) これは素晴らしい…… -- 名無しさん (2009-06-16 22 47 12) すごく生き生きしていて素敵だ。第二部のルイズ本格始動が今から楽しみです。 -- 名無しさん (2009-06-16 23 54 18) すばらしい!そして10年も前になるのか……サガフロ2が発売されて。歳をとるわけだ。 -- 名無しさん (2009-06-18 00 05 06) 出来ればギュスにホの字のエレオノールも入れて欲しかった!!w -- 名無しさん (2009-06-19 12 34 19) キュルケがなんかお母さんぽいw -- 名無しさん (2009-07-06 22 23 39) 油彩画を見てるようだな。おれは百年かかってもこんなすごいのは描けん。 -- 名無しさん (2010-10-13 17 34 45) 暖かくていいなぁ -- 名無しさん (2010-11-07 10 47 52) 今更、サントラ買った… -- 名無しさん (2011-10-28 00 04 16) 名前 コメント
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「げっ!!マジでか」 ルイズの部屋から空に浮かぶ2つの月を見て銀時は自分が異世界に来た事を自覚した。 ―なんちゃって幕末SFものから今度は異世界ファンタジーものですか。 ―どういうてこ入れですかこれは。 銀時は混乱お余り余計なことを考えていた。 ―そういや昔ジャンプで似たような展開の話があったな、結局打ち切られたけど。 ―もしかしてこれって打ち切りの前フリか。 タ○ヤのことはもうそっとしといてやれよ。 銀時は混乱のあまり変な電波を受信した。 「つまりあんたは異世界のエドって所から来たって言うのね」 「ああ、そういうことだ」 「信じられないわ」 「俺だって信じられねえよ、俺がいたところは月は1つしかなかったの。 こっちには2つありやがる、金玉ですか、このやろー」 「なっ、あんたなんて下品なの!!」 ルイズは顔を真っ赤して叫ぶ。 基本的にウブなルイズには銀時の下ネタは刺激が強すぎた。 ただ銀時の周りにはほとんどそういうのを気にしない女性に囲まれていたため 基本的に銀時にデリカシーと言う言葉は存在しない。 女性の中には変態そのものもいるのだからいたし方あるまい。 銀時が聞いた話ではここはハルケギニアのトリステイン魔法学院と言う全寮制の魔法を 教える学校だと言う。 この世界の王侯貴族はメイジとよばれ、魔法が使える、使えない者は平民と呼ばれている。 そして自分はその使い魔召喚の魔法で呼び出されたと言う。 いくら天人達によってオーバーテクノロジーがもたらされたとはいえ、銀時にとって 魔法などアニメや映画の世界の話でしかない。 「まじでハ○ーポッターなのかよ」 銀時はうんざりした。 今まで厄介なことにはたびたび巻き込まれていたが、今回は最大級である。 「何だってこんなピンクのガキに・・」 「ガキって、私は16歳なのよ」 「マジでか!?新八と同い年かよ、下手したら神楽より年下かと思ったわ」 「何だかわかないけど、むかつくわね、それにガキじゃないわよ 私にはルイズって名前があるんだからね」 「ああ、世界的有名な配管工の目立たねえ緑の弟のほうか」 「誰がルイー○よ!!」 なぜルイズがルイー○を知ってるのかは突っ込んでほしくない コンプレックスの塊と言う点ではあってるかもしれない。 「はあ、あんたとしゃべってると疲れるわね」 ルイズはぐったりしている。 「それより俺を元に戻す方法はねえのか」 「無いわね」 「即答かよ」 銀時は頭を抱えたがこの状況を打破する方法が思いつかない。 「わかったよ、お前の使い魔とやらになってやるよ」 「口の利き方がなっていないわね、使い魔になるんだから 私のことはご主人様って言いなさい」 「いや、俺そういうプレイには興味ないから」 「プレイって何よぁぁ!!」 「そんなにご主人様って言われたければメイド喫茶にでもいけよ」 「何言ってんのよ、あんたはぁぁ!!」 突っ込み疲れてルイズは息を切らす。 「おいおいこれぐらいの突っ込みで息切れか、新八だったらもっといけるぜ」 「とにかく私の使い魔になったんだからそれなりには役に立ってもらうわよ」 「つーか使い魔って何すんの?」 銀時は当然の疑問を呈する。 「まずは使い魔は主人の目となり耳となる能力が与えられるの」 「どういうことですか?」 「使い魔が見たものは主人が見ることができるのよ」 「へ~」 銀時は興味なさげに相槌を打つ。 「でもあんたには無理みたいね、私何にも見えないもん!」 「そうみてえだな」 銀時は耳をほじりながら聞いていた。 その態度にルイズはどうにか怒りをこらえながら説明を続ける。 「それから、使い魔は主人の望む物を持ってくるのよ、たとえば秘薬とか」 「秘薬?」 「特定の魔法に使う触媒よ、硫黄とか、コケとか・・・」 「ああ、無理無理無理、俺そういうのわかんないから」 手を横にブンブン振りながら答える銀時。 そのやる気の無い態度にルイズのイライラが募る。 銀時は常時こんな感じではあるのだがそんなことはルイズは知らない。 ―なんでこんなのが私の使い魔なのよ。 「そして、これが一番なんだけど・・、使い魔は主人を守る存在であるのよ。 その力で主人を敵から守る、でもあんたじゃ無理っぽそうね」 「んなこたぁねえよ・・」 このとき初めて銀時からしゃべり始めた。 「目の前にいるお前ぐらいなら俺が守ってやらぁ、こいつでよ」 腰にぶら下げていた『洞爺湖』と彫られた木刀を掲げる。 心なしか目にも生気が戻っている。 普段とのギャップにルイズは少しドキッとするが。 「とっ、とにかくあんたにはできそうなことやってもうらから、洗濯、掃除、その他雑用」 「ちっ、しょうがねえな」 銀時は頭の掻きながらいつもの調子に戻る。 ―ん、ちょっと待て、使い魔になったてことは俺定春やエリザベスと同じポジション。 ―おいおいまじかよ、勘弁してくれよ。 人間としてぎりぎり底辺にいた銀時だったがついに獣以下まで堕ちたのである。 「うぉぉぉい!!お前後で体育館裏に来いやぁぁ!!」 地の文に突っ込むな、痛い奴だと思われるだろうがぁぁぁ!! 「ああ大丈夫だよ、クロスオーバーの二次創作なんて書いてる時点で十分痛いから」 フォローになってねえぇんだよ!!って言うかここのスレの全住民を敵に回すようなことを言うじゃねぇぇ!! 皆さん嘘ですからね、なんて言うかすいません。 「あんたさっきから誰に向って言ってるの・・」 「あ、そういうかわいそうなものを見る目で俺を見るのやめてくれる。 銀さん結構繊細だよ、ガラスのハートだよ、壊れかけのレディオだよ」 「あんたとしゃべると疲れるから、もう寝るわ」 ルイズは心底疲れたようにベッドのほうに向う。 「俺の寝る場所は?」 「あんたは床よ」 そう言ってルイズは床を指差した。 「お前はあれか、どっかのアニメの契約したら王の力を与えてくれる女みたいに 『童貞男は床で寝ろ』っていうタイプか、俺は童貞じゃねえぞ!!」 「何に対して切れてんのよ!!わけわかんない」 ルイズはうんざりしながら服を脱ぎ始める。 「うぉおおい!!お前!!」 ルイズが服を脱いで下着姿になるのを見て銀時はあからさまに動揺する。 「何よ・・」 ルイズはもしこの使い魔が自分の裸を見て動揺してるのならいい気味だと思った。 自分が使い魔であることを自覚させて主導権を握ろうとした。 「いや、分かるよ、銀さん良い男だから惚れちゃうのも分かる」 「はっ?」 銀時がわけわかんないことを言い出したのにルイズは声を上げる。 「だけどそういう関係になるのは早すぎると思うし、ガキに手を出す趣味はないし、 俺的にはもうちょっとそのまな板みたいな胸が膨らんでから、それに女は慎ましいほうが・・」 ようやく銀時の言わんととしていることが分かったルイズは顔を真っ赤にする。 「何勘違いしてるのよ、この馬鹿!!!」 ルイズはベッドの横に置いてある置時計を銀時に投げつけた。 それはそのまま銀時の頭をクリーンヒットする。 「グハッ!!」 銀時はそのまま意識を手放し気絶する。 薄れ行く意識の中で銀時は『それ洗っときなさいよ』と下着を投げつけられた気がした。
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前ページ次ページ虚無と金の卵 ちゃぷり、とルイズは湯を弄ぶ。 峡谷に沈み行く夕日は、壮大だった。 その夕日が湯に照り返し、ルイズの周囲はどれも赤く染まっている。 空にたなびく雲が無ければ、もしかしたらアルビオンが目に映るかも知れない。 だがルイズは、アルビオンの方向を見つめる気にはなれなかった。 ただ、景色を塗りつぶしていく夕日を見つめていた。 「まさか、こんなところで風呂に入れるとは思わなかったわ」 「そうだな。落ち着いてこんな風に景色を楽しめるとは思わなかった」 サイトに案内されてルイズがやってきたのは、ラ・ロシェールへ向かう街道からやや外れた場所にある小屋だった。 小屋、というよりも、隠れ家に近い。 山間の隙間の死角を上手く利用した場所に建てられた小屋だった。 半分は岩壁に埋まっている。恐らくは、天然の岩を練金で削りだした空間に建てたのであろう。 街道からは完全な死角になっている。ルイズは場所を示されても、実際に辿り着くまで全く気付かなかった。 また、生活の火や煙が出ても、上手く誤魔化すための工夫が凝らされている。 風竜やグリフォンに乗ったメイジが付近を立ち寄ったとすれば発見されるだろうが、 少なくとも盗賊程度ならば十分に身を隠せそうではあった。 そんな、身を潜めることを重視しているような場所だ。 居住性は悪かろうとルイズは思っていたが、それは良い意味で裏切られた。 第一に、新しかった。 風雨にさらされて、さほど日が経っていなさそうであり、使い込んだ形跡もない。 街の安宿のように、最低限の生活用品と、水と食料だけが確保されていた。 第二に、風呂があったのだ。 とはいえ、トリステイン魔法学院にあるような、大理石で囲まれた大浴場とは全く違う。 恐らく風呂と言われなければ、ルイズは風呂とは気付かなかっただろう。 実際それはバスタブなどではなく、大人数が利用する厨房にあるような、大きな古釜が外に据え付けられていた。 所謂、五右衛門風呂であったが、無論、ルイズはそんなものなど知らない。 絶景を見ながら入る風呂も案外悪くはないと思う程度だった。 ウフコックの方は、最初ルイズが風呂に入る間は離れているつもりだった。 ルイズがおもむろに服を脱ぎ出したところでウフコックは「俺は小屋で待ってよう」と慌てて出て行こうとした。 だがルイズがウフコックのズボンのサスペンダーを摘まんで引き留めていた。 結局ウフコックは困り顔で観念し、風呂桶に付けられた木の手すりに腰掛けて、湯で軽く体を拭っていた。 流石にネズミの体では、湯船に浸かることはできないようだった。 「ところで……君はやはり、人使いが荒いと思う……」 「あら、それなりに金は払ってるんだから、恨まれる筋合いはないわ」 サイトに風呂の支度をさせた後は、食事の用意と馬の手入れを申しつけていた。 特に、学院からあてがわれた馬を潰すわけにはいかない。 サイトは、「あんたの使い魔や使用人になったら、もっと酷ぇ目にあってるんだろうな」などと 軽口を叩きながらも、淡々と仕事をこなしていた。 「……まあ、おかげてやっと一心地付けたな」 「本当ね。サイトの話は半信半疑だったけど、意外と悪くないじゃない」 「そうだな。料理も案外悪くなさそうだ。支度している臭いでわかる」 「ま、随分旅慣れてるみたいだしね」 ルイズは頷きながら、湯を手ですくい、軽く顔を拭う。 ルイズが十分に落ち着いているのを見て取り、ウフコックは口を開いた。 「良かった」 「何が?」 「今日の君はずっと気落ちしていたようが、やっと元気が出てきた」 「……心配、かけちゃったみたいね」 ルイズが、ばしゃり、と湯をすくって顔を拭う。 「でも、大丈夫。もう焦って飛び出したりなんてしないわ」 すっきりとした声で、ルイズは答えた。 そのルイズの決意に、ウフコックはゆっくりと言葉を返す。 「……君が何に対して怒りや悲しみを感じているのか、俺はわからない。 ただ、ひどい悲しみを感じると言うことは、君にとって大事な何かが、痛ましいことになったのだろうと推測するだけで」 ウフコックはつぶらな瞳でルイズを見つめる。 「だが、大切なものが君の心にあるのならば、激情に身を任せてはならないと思う。 感情を殺せと言っているわけではない。自分の進路を進むためにこそ、そうした感情を燃焼させるべきだと思う。 ……だから、少しずつで良い。悲しみや怒りと向かい合うんだ」 「……難しいこと、さらっと言ってくれるじゃない」 ルイズは、ウフコックと目を合わせるのが気恥ずかしいらしく、湯に沈んでぶくぶくと息を吐いた。 「ま、つまりは前向きになろうということだ。くよくよしている姿が君に似合うとは思えないし」 ルイズは、ウフコックの方をちらりと見る。 夕日の光を浴びて黄金色に輝くネズミは、まるで精霊のように儚く見えるのに、 所作や言葉の一つ一つが、渋くて、ユーモラスで、そこに確かな存在感を感じさせる。 そのギャップにルイズは微笑みを零した。 「……ん? 俺の格好が変か?」 「ふふ、そんなことは無いわ。普段より素敵よ」 「ふむ? 賛辞ならありがたく受け取ろう」 まあ仕方ない、とばかりにウフコックは頷く。 「ところで、ウフコック。ワルド子爵……って、姫様の話に出てきたのを覚えている?」 「ああ」 ウフコックは頷いて、ややあってから言葉を続けた。 「……そして確か、道中に出会った男を、ワルドと呼んでいたな」 「そうよ。彼のことは知り合いだってサイトに説明したわね。嘘ではないけど正確ではなかったわ」 「というと?」 「婚約者だったの」 重々しくルイズが呟き、ウフコックは驚いた声を出す。 「君に婚約者が? それは初耳だ」 「婚約者と言っても十年以上会っていないのよ」 「つまり、婚約していても、交際は無かった?」 「……そうね。十年前はよく世話になってたけど。彼にとっては子供のお守りくらいの感覚だったと思うわ。 私も、現実的な結婚相手って見ていたわけじゃなかったし。 だから、男の人って言うよりも……頼りになる、大人の人って感じだったわ」 そう言って、ルイズは溜息を付く。 「で、十年ぶりに見たときには、レコン・キスタに入って国を裏切ってたってわけ」 「……それで、君は思い悩んでいたのか……」 「そうよ。……で、このままだと、またサイトがワルドと戦うことになると思う」 「……ああ、そうなるだろう。彼の意志は、固そうだ」 「でもワルドの状況が何であれ、私は私の仕事をしなきゃいけないわ。 むしろ彼が私の仕事に気付けば、きっと邪魔しにくるだろうし。だから彼は、敵のはずなの。 ……でも、簡単には、割り切れないのよ」 「……ルイズ……」 「自分がどうすべきか、どう向き合うべきか、絶対に答えを出してみせるわ。 でもそのためには……もうちょっとだけ、考えていたいのよ」 美しい自然、心地よい湯、それらは快い時間を与えてくれる。 そしてつかの間の休息の中で、心の平静を得ることはできた。 だが決定的な回答をもたらしてはくれない。それは常に、外ではなく内にある。 ルイズ自身が己の心を潜り、掴み取らねばならないものだった。 湯から上がり、ルイズとウフコックは小屋に戻った。 既にサイトが馬の世話と食事の支度を済ませ、手持ちぶたさに待っていたところだった。 デルフリンガーは監視を兼ねるためか、小屋の入り口付近に抜き身のまま立てかけられていた。 「ずいぶんと長湯だな。ま、このあたりは冷え込むから、そうした方が良いんだけどな」 「……風呂は、まあ、思ったほどひどくは無かったわよ」 「そりゃ光栄だ」 軽口を叩きながら、机に深皿を出した。 鍋料理らしい。山菜や、山鹿の肉を煮たものが深皿によそわれている。 塩気の強い香りがルイズの鼻孔を刺激していた。 「……へぇ。美味しいじゃない」 「ヨシェナベだ。トリステインの田舎の村で教わった」 「素朴な香りだな」 ウフコックが鼻をひくつかせながら言った。 「田舎料理だからな。お前も食うか?」 「いや、俺はこれで十分だ」 ウフコックには、生の野菜と豆、水が与えられていて、それらを頬張っていた。 ネズミとしての生態のためか、あまり濃い味の料理は口にしていなかった。 また、ネズミがそうそう多い量を取る必要もない。 すぐに食事を済ませてルイズから離れ、ウフコックはデルフリンガーの側に来ていた。 「なあ、デルフリンガー。一つ質問しても良いだろうか?」 「おう? なんでぇ?」 「ぶしつけな質問かもしれないが……君は、一体どのくらい剣として生きてきたんだ?」 「珍しい質問するヤツだな、おめぇ」 「そうか? インテリジェンスソードと話すのは初めてで、興味があるんだ」 デルフリンガーは訝しげな声でウフコックに答える。 素直に興味をもたれたことに、くすぐったさを感じているようだった。 「ま、俺が生きてるのかどうかは微妙なとこだが……何百年か何千年かなんて忘れちまったよ」 「何千年……とても信じられない」 「多分だぜ。使われずに蔵に置きっぱなしになってたときもありゃ、武器屋の棚で寝てた時間もあるし。 時間の感覚ってのが人間や生き物と同じなのかも、俺にゃわからねぇ」 「……だがそうだとしても、長く生きていることには違いないだろう。俺なんて十年も生きていないのに」 ウフコックが素直に感嘆を示す。 「ネズミでそれだけ生きてりゃ長寿も良いところじゃねぇか。 それに長生きすりゃ良いってもんでもないぜ。……って、武器の俺が言うのも何だけどよ」 「……辛いことや、大変なこともあったのか?」 静かな声でウフコックは尋ねる。ウフコックの目は、妙に真剣だった。 だがデルフリンガーは敢えて気付かぬふりをして、気楽な調子で答えた。 「ま、無ぇとはいわねえがよ。生きてりゃあ嬉しいことも楽しいこともあるもんさ」 「……意にそぐわない使い方をされたことは?」 「……んー、なんつーかなぁ……」 デルフリンガーは鍔をかちゃかちゃと鳴らし、困ったような声を出した。 「俺は剣であって、それ以上でもそれ以下でもねぇのさ。俺の使い道なんて、俺を握る奴の考えるこった。 誰かを守のも、誰かを斃すのも、俺を握る奴の仕事だ。悩むのは俺の仕事じゃねぇんだ。 そもそも、気楽に生きるのが俺のモットーでな」 「割り切りが良いんだな。……俺は悩みを捨てきれない。相棒には口うるさく要求してしまっている」 「良いんじゃねえか? 俺みたいなナマクラの話なんざ参考になりゃしねぇよ」 あっけらかんとした声のデルフリンガー。だが、続く言葉は、真摯な響きを伴っていた。 「ま、でも、相棒に求めるものが無いわけじゃない。 武器をもって戦うヤツなんてロクな死に方しやしねぇからな。だから、できれば幸せに生きてほしいもんさ。 お前さんも、見たところ相当な業物だ。思うところは、あるんだろう?」 「……俺が武器だと、わかるのか?」 「少なくとも、ただのネズミじゃねえってことくらいはわかるぜ。何せ俺は、伝説の……」 そう言いかけたところで、デルフリンガーの柄ににゅっと手が伸びてくる。 サイトの手だった。 「デルフ、そろそろ仕事だ。外の見張りに行くぞ」 気付けばサイトとルイズは食事を終えていた。おもむろにサイトはデルフリンガーを肩にひっさげる。 「ちょ、相棒! せっかく俺が格好付けてるときにそりゃあないぜ!」 「ん? そうだったのか? まあ、話す機会なんていつでもあるだろ」 「くそっ、おめぇは何てひでぇ使い手なんだ!」 デルフリンガーがありったけの悪態を付くが、当然それに抗う術など無い。 一人と一振りは、そのまま小屋の外へと出て行った。 「もしかして、話しているところ邪魔しちゃった?」 ルイズが、やや心配げな顔でウフコックに話しかける。 「ああ……いや、構わない。彼らは何処へ?」 「そのへんを見回ってくるって言ってたわ。ベッドは使って良いって」 ルイズはそう言って、部屋に据え付けられた木のベッドに腰掛けた。 普段寮で使っているものとは比べものにならないほど硬いが、それでも野宿よりは遙かに楽で、何より危険が少ない。 ルイズは安心を感じつつも、溜息を吐いた。 「何故かしら。サイトと話してると緊張するの。……別に、怖いってわわけじゃないだけど……。 だから、会話が続かなくて困ったわ」 「……ふむ、君の周囲には居なさそうなタイプだな。ギーシュやマリコルヌとも違う」 「……何か比較対象が間違えてる気がするけど、そうね。全然違うわ」 そう言った後、ルイズはあくびをかみ殺した。 思えば、ルイズは昨日もろくに寝ていなかった。風呂と食事で、随分と落ち着いてきたらしい。 「……なんだか、今日は凄く疲れたわ……」 「仕方ないことだ。気にせず、ゆっくり休むと良い」 そう言って、ウフコックはベッドの枕の方へ移動した。手招きし、ルイズが寝てくれるよう促す。 「側に居るから、安心するんだ」 「うん……ありがとう……」 そしてルイズは旅装を解いて、小屋に据え付けられたベッドに身を寄せてすぐに寝付いた。 夜鳥の声だけがほんの僅かに響いてきただけで、静かな夜だった。 ルイズは、夢を見なかった。 陽が昇る前にルイズ達は目が覚めていた。 サイトも外で仮眠を取っていたようだが、ルイズが起きた気配を察して目を覚ましていた。 朝食もサイトが用意した。 サイトは、「朝の早い内に出発しておこう」と提案した。 ルイズもそれに文句は無かった。幾らアルビオン行きの船が着くのが二日後とはいえ、道中は何があるかわからない。 二人と一匹は、朝食として白湯と黒パンだけを摂り、手短に旅支度を調えることに専念した。 サイトは自分の馬に乗り、ルイズが跨る馬を先導して街道を歩き出した。 朝の内は、人の気配は全く無かった。 このまま何事もなければ、日差しが高くなる頃には、ラ・ロシェールに入れるはずであった。 既に町の輪郭がルイズの目に届いている。 やっと一段落付く――そう思ったところで、サイトが慌てて馬首を横に並べる。 ルイズを抱きかかえ、慌てて馬から飛び降りた。 「なっ、何するのよ!」 「頭を下げろ!」 何なのよもう――という怒りも、すぐに驚きに変わった。 ルイズは、十分に休息を取れた感謝したくなった。 もしこれが昨日であれば、更にみっともなく取り乱していたかもしれない。 殺意のこもった矢が降り注ぐのを見て、ルイズはそう思った。 「多分、山賊だ。あるいはレコン・キスタが雇ったかもしれない」 サイトがルイズを守るように立ち、最小限の動きで矢を弾き返す。 大分離れているところに、矢をつがえた男、そして剣や斧を持った男達の一団が見えた。 弓矢が効かなかったと見るや、悪罵を叫びながらルイズ達に近づいてくる。 「ワルドかしら……」 「わからねぇよ。全然別の奴かもしれない。敵なんて一杯いるさ」 矢を難なく剣で打ち払いながら、サイトが冷静に答える。 「距離が遠いな……あいつら、こっちに貴族が居ることにまだ気付いてないぜ。 なあ、ルイズっつったっけ。魔法で驚かせちゃくれねぇか?」 デルフリンガーが気楽な調子で聞いた。思わぬ申し出にルイズが挙動不審になる。 「な、な、何よ、私に頼る気?」 「良いじゃねえかよ。まあ俺と相棒で相手できなくはねぇが、メイジが居るってわかったらきっと尻尾を巻いて逃げるぜ。 荒事は避けるに越したことはねぇさ」 デルフリンガーの言うことは正論だった。 少なくとも、何の咎もない貴族に襲いかかろうとする平民など、メイジから魔法で返り討ちされたところで、 問答無用で役人に斬られたところで、文句は言えない。 そんなことはこの国では常識であり、デルフリンガーの案は、トラブルを避けるためには賢明な策と言えた。 「つ、使えないわ」 焦ったような声で、ルイズは言葉を返した。 「なんだよケチな娘っ子だな。精神力が切れてんのか? フライとか念力とか簡単なので良い。 簡単な魔法を見せてやるだけで良いんだぜ?」 「だっ、だから使えないって言ってるでしょ!」 「……なんで?」 不思議そうにデルフリンガーが尋ねた。 「デルフ、さっさと行くぞ」 「相棒、油断は禁物だぜ」 「火薬も火打ち石もある。それにデルフ、昨日の戦いでたらふく食っただろう。いざってときは任せるからな。 ルイズ達は隠れてろ」 「そっちこそ一人でどうする気よ!」 「魔法が使えないんだろう、無理すんな」 サイトはそれだけを言い残し、一目散に傭兵の一団へ走る。 気付いたときには既にぶつかりあっていた。蛮声と剣戟のぶつかりあう音が他人事のように響く。 「凄まじいな」 ぽつり、とウフコックが呟く。 「どういうこと?」 「彼は、戦うこと、殺してしまうことに倦怠感すら感じている。それでも戦いを止められないでいる。……依存に近い。 敵の方は、その日その日の暮らしにも酷い困難さと屈辱を感じている、そんな惨めさに満ちた臭いだ。 ……どちらも、酷く痛ましい」 金の酒樽亭。 その煌びやかな名前に反して、ラ・ロシェールでは場末も良いところの酒場だった。 この時期、そこにたむろしている傭兵は、仕事に飢えていた。 アルビオンを目指した傭兵――と言えば聞こえは良いが、腕利きは既に王党派か貴族派のどちらかに雇われている。 仕事にありつけず、ハイエナのように戦乱の残り滓の仕事を得るだけの連中でしかない。 突然現れた、仮面を被った貴族が依頼を持ち出した時点で、十人近くが話に興味を持った。 多額の報酬に加えて前金で半分が出る、という話を聞いてさらに十人近くが集まる。 だが、男の素性もろくに知らずに仕事を受け入れたことを、この傭兵は既に後悔していた。 今、トリステイン方面からの街道を向かって来ている連中を仕留めてこい――男は言っていた。 ついでに、物取りの振りして街道を混乱させて来い――とも、男は言っていた。 暴れてくるだけの簡単な仕事だ――男はそう結論付けた。 男達も単純にそう思った。危ない橋ではあるが、治安の乱れた今こそが稼ぎどきだった。 それに戦乱の中にあっては、安い仕事に信じられない額を出す馬鹿な貴族も時折出てくる。 仮面の男も、きっとそうした類だろう――その短慮と油断の報いが彼らに降り注がれていた。 ただの平民のはずの男、同じ傭兵であろう男に、今や半数以上が倒されていた。 ある者は斬られ、ある者は骨を折られ、ある者は剣の柄で殴られて悶絶している。 呻き声が聞こえ、倒れた仲間の体が震えている――まだ生きている。 そして得られる二点の推測。 一つ――敵は、相手を殺さずに戦闘不能にできるほどの、異常な腕の持ち主であること。 一つ――敗北の先には尋問が待っていること。 「くそ、こうなったらあの男の仲間だけでも仕留めて逃げるぞ」 仮面の貴族から仕事を請け負った人数は、つまるところ多すぎた。 その際、役割分担で、二人が貧乏くじを引くことになった。 敵に援軍や仲間が居た場合に備え、岩陰などの死角に身を潜めて警戒する役目を追わされる。 敵を仕留めるチャンスが無い以上、給金が減るのは必須だ。 仕事仲間に文句を心の中で幾度も呟きながらも、仕事に徹した。 それが幸運だったと気付きつつあった。 怪我を負うことも無く事態を見つめることができた。少なくとも、今の所は。 「な、なぁ……ありゃ貴族じゃないか?」 もう一人の傭兵が不安げに呟く。 「うるせぇ。それともお前、あの金を諦められんのかよ?」 「で、でもよぉ……」 「よく見ろ、魔法も使っちゃいねぇしビビってる。青い顔してらあ。今がチャンスだ」 男はきりきりと弓を引き絞り、馬に跨った少女を狙い付ける。 少女が思わずこちらを見た。眼があった。 目が眩むほどの報酬と、貴族だろうと構うものかという自棄が、弓矢を引き絞る腕の緊張を解かせた。 それでも、狙いは十分だった。 当然そんな見え見えの殺意など、ウフコックは気付いていた。 だが、問題はその回避であった。 「気をつけろ、ルイズ。弓矢で狙っている敵がいる……。俺が『盾』になるから、目を合わせるな。 矢を弾くのは造作もないが、下手に動くと逆に危ない。任せて、じっとしているんだ」 ルイズは、自分にも危険が迫っていることを自覚し、さっと血の気が引いていくのを感じた。 そして周囲に敵と、敵か味方かあやふやな人間しか居ない状況で、目を合わせるな、という行為自体が困難だった。 幾ら盗人を捕まえた功績があるとはいえ、ルイズは戦場に出たこともない15際の少女だ。 突然始まった命のやりとりの空気に当てられないはずが無い。 ルイズは恐怖に抗えず、振り返った。 殺意と焦り、汗と土、顔を見られた恐怖に塗れた男の表情。それはすぐにルイズの視界に入った。 2,30メイルは離れているのに、弦から離された指先、男のあごから滴る緊張の汗、自分を射るように見つめる男の眼を、 ルイズは確かに目撃した。 タイミングはともかくとして、狙いは十分だったらしい。自分の胸元へ当たる――ルイズは確信した。 「くっ!」 ウフコックの焦った声。瞬間的に堅牢な篭手にターンし、ルイズの右手を強制的に動かす。 だが、矢と篭手がぶつかる一瞬前に、ルイズの視界に火の球が落ちてくる。 矢は、燃え尽きて跡形も無くなっていた。 「ファイアボール?」 「……おお、間に合ってくれたか」 ウフコックの安堵したような声。 何かが羽ばたく音がルイズ達の頭に響き、そして暢気な声が降ってくる。 「さて、一丁上がりっと」 「キュルケ! タバサ! どうして?」 ばさり、ばさりと音を立てながら、キュルケとタバサを乗せたシルフィードが、ルイズの側にやってくる。 風竜に乗ったメイジ二人を見て不利と悟ったか、逃げ出す余力の残っている傭兵達は、既に逃げ出していた。 キュルケ達は深追いはせずにシルフィードから降り、立ち話するような気楽さでルイズに話しかけてきた。 「そりゃ、朝に気付いたら貴方たちが馬に乗って遠くに出かけちゃってるじゃないの。 しかもアルビオンの方角へ。そんな面白そうなこと、放っておくと思う?」 「遊びじゃないのよ!」 「あーら。せっかく助けてあげたってのにご挨拶ね」 「ぐ……。あ、ありがとう。助かったわ」 複雑な表情を浮かべつつルイズは礼を述べ、キュルケは満足げに微笑んだ。 前ページ次ページ虚無と金の卵