約 970,087 件
https://w.atwiki.jp/koebu_wiki/pages/154.html
極度のドMにされる子 いじられキャラ いい声の両声類 ねる太の嫁 性別は烈火である 美声の可愛い子
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6119.html
前ページ次ページ虚無と金の卵 ちゃぷり、とルイズは湯を弄ぶ。 峡谷に沈み行く夕日は、壮大だった。 その夕日が湯に照り返し、ルイズの周囲はどれも赤く染まっている。 空にたなびく雲が無ければ、もしかしたらアルビオンが目に映るかも知れない。 だがルイズは、アルビオンの方向を見つめる気にはなれなかった。 ただ、景色を塗りつぶしていく夕日を見つめていた。 「まさか、こんなところで風呂に入れるとは思わなかったわ」 「そうだな。落ち着いてこんな風に景色を楽しめるとは思わなかった」 サイトに案内されてルイズがやってきたのは、ラ・ロシェールへ向かう街道からやや外れた場所にある小屋だった。 小屋、というよりも、隠れ家に近い。 山間の隙間の死角を上手く利用した場所に建てられた小屋だった。 半分は岩壁に埋まっている。恐らくは、天然の岩を練金で削りだした空間に建てたのであろう。 街道からは完全な死角になっている。ルイズは場所を示されても、実際に辿り着くまで全く気付かなかった。 また、生活の火や煙が出ても、上手く誤魔化すための工夫が凝らされている。 風竜やグリフォンに乗ったメイジが付近を立ち寄ったとすれば発見されるだろうが、 少なくとも盗賊程度ならば十分に身を隠せそうではあった。 そんな、身を潜めることを重視しているような場所だ。 居住性は悪かろうとルイズは思っていたが、それは良い意味で裏切られた。 第一に、新しかった。 風雨にさらされて、さほど日が経っていなさそうであり、使い込んだ形跡もない。 街の安宿のように、最低限の生活用品と、水と食料だけが確保されていた。 第二に、風呂があったのだ。 とはいえ、トリステイン魔法学院にあるような、大理石で囲まれた大浴場とは全く違う。 恐らく風呂と言われなければ、ルイズは風呂とは気付かなかっただろう。 実際それはバスタブなどではなく、大人数が利用する厨房にあるような、大きな古釜が外に据え付けられていた。 所謂、五右衛門風呂であったが、無論、ルイズはそんなものなど知らない。 絶景を見ながら入る風呂も案外悪くはないと思う程度だった。 ウフコックの方は、最初ルイズが風呂に入る間は離れているつもりだった。 ルイズがおもむろに服を脱ぎ出したところでウフコックは「俺は小屋で待ってよう」と慌てて出て行こうとした。 だがルイズがウフコックのズボンのサスペンダーを摘まんで引き留めていた。 結局ウフコックは困り顔で観念し、風呂桶に付けられた木の手すりに腰掛けて、湯で軽く体を拭っていた。 流石にネズミの体では、湯船に浸かることはできないようだった。 「ところで……君はやはり、人使いが荒いと思う……」 「あら、それなりに金は払ってるんだから、恨まれる筋合いはないわ」 サイトに風呂の支度をさせた後は、食事の用意と馬の手入れを申しつけていた。 特に、学院からあてがわれた馬を潰すわけにはいかない。 サイトは、「あんたの使い魔や使用人になったら、もっと酷ぇ目にあってるんだろうな」などと 軽口を叩きながらも、淡々と仕事をこなしていた。 「……まあ、おかげてやっと一心地付けたな」 「本当ね。サイトの話は半信半疑だったけど、意外と悪くないじゃない」 「そうだな。料理も案外悪くなさそうだ。支度している臭いでわかる」 「ま、随分旅慣れてるみたいだしね」 ルイズは頷きながら、湯を手ですくい、軽く顔を拭う。 ルイズが十分に落ち着いているのを見て取り、ウフコックは口を開いた。 「良かった」 「何が?」 「今日の君はずっと気落ちしていたようが、やっと元気が出てきた」 「……心配、かけちゃったみたいね」 ルイズが、ばしゃり、と湯をすくって顔を拭う。 「でも、大丈夫。もう焦って飛び出したりなんてしないわ」 すっきりとした声で、ルイズは答えた。 そのルイズの決意に、ウフコックはゆっくりと言葉を返す。 「……君が何に対して怒りや悲しみを感じているのか、俺はわからない。 ただ、ひどい悲しみを感じると言うことは、君にとって大事な何かが、痛ましいことになったのだろうと推測するだけで」 ウフコックはつぶらな瞳でルイズを見つめる。 「だが、大切なものが君の心にあるのならば、激情に身を任せてはならないと思う。 感情を殺せと言っているわけではない。自分の進路を進むためにこそ、そうした感情を燃焼させるべきだと思う。 ……だから、少しずつで良い。悲しみや怒りと向かい合うんだ」 「……難しいこと、さらっと言ってくれるじゃない」 ルイズは、ウフコックと目を合わせるのが気恥ずかしいらしく、湯に沈んでぶくぶくと息を吐いた。 「ま、つまりは前向きになろうということだ。くよくよしている姿が君に似合うとは思えないし」 ルイズは、ウフコックの方をちらりと見る。 夕日の光を浴びて黄金色に輝くネズミは、まるで精霊のように儚く見えるのに、 所作や言葉の一つ一つが、渋くて、ユーモラスで、そこに確かな存在感を感じさせる。 そのギャップにルイズは微笑みを零した。 「……ん? 俺の格好が変か?」 「ふふ、そんなことは無いわ。普段より素敵よ」 「ふむ? 賛辞ならありがたく受け取ろう」 まあ仕方ない、とばかりにウフコックは頷く。 「ところで、ウフコック。ワルド子爵……って、姫様の話に出てきたのを覚えている?」 「ああ」 ウフコックは頷いて、ややあってから言葉を続けた。 「……そして確か、道中に出会った男を、ワルドと呼んでいたな」 「そうよ。彼のことは知り合いだってサイトに説明したわね。嘘ではないけど正確ではなかったわ」 「というと?」 「婚約者だったの」 重々しくルイズが呟き、ウフコックは驚いた声を出す。 「君に婚約者が? それは初耳だ」 「婚約者と言っても十年以上会っていないのよ」 「つまり、婚約していても、交際は無かった?」 「……そうね。十年前はよく世話になってたけど。彼にとっては子供のお守りくらいの感覚だったと思うわ。 私も、現実的な結婚相手って見ていたわけじゃなかったし。 だから、男の人って言うよりも……頼りになる、大人の人って感じだったわ」 そう言って、ルイズは溜息を付く。 「で、十年ぶりに見たときには、レコン・キスタに入って国を裏切ってたってわけ」 「……それで、君は思い悩んでいたのか……」 「そうよ。……で、このままだと、またサイトがワルドと戦うことになると思う」 「……ああ、そうなるだろう。彼の意志は、固そうだ」 「でもワルドの状況が何であれ、私は私の仕事をしなきゃいけないわ。 むしろ彼が私の仕事に気付けば、きっと邪魔しにくるだろうし。だから彼は、敵のはずなの。 ……でも、簡単には、割り切れないのよ」 「……ルイズ……」 「自分がどうすべきか、どう向き合うべきか、絶対に答えを出してみせるわ。 でもそのためには……もうちょっとだけ、考えていたいのよ」 美しい自然、心地よい湯、それらは快い時間を与えてくれる。 そしてつかの間の休息の中で、心の平静を得ることはできた。 だが決定的な回答をもたらしてはくれない。それは常に、外ではなく内にある。 ルイズ自身が己の心を潜り、掴み取らねばならないものだった。 湯から上がり、ルイズとウフコックは小屋に戻った。 既にサイトが馬の世話と食事の支度を済ませ、手持ちぶたさに待っていたところだった。 デルフリンガーは監視を兼ねるためか、小屋の入り口付近に抜き身のまま立てかけられていた。 「ずいぶんと長湯だな。ま、このあたりは冷え込むから、そうした方が良いんだけどな」 「……風呂は、まあ、思ったほどひどくは無かったわよ」 「そりゃ光栄だ」 軽口を叩きながら、机に深皿を出した。 鍋料理らしい。山菜や、山鹿の肉を煮たものが深皿によそわれている。 塩気の強い香りがルイズの鼻孔を刺激していた。 「……へぇ。美味しいじゃない」 「ヨシェナベだ。トリステインの田舎の村で教わった」 「素朴な香りだな」 ウフコックが鼻をひくつかせながら言った。 「田舎料理だからな。お前も食うか?」 「いや、俺はこれで十分だ」 ウフコックには、生の野菜と豆、水が与えられていて、それらを頬張っていた。 ネズミとしての生態のためか、あまり濃い味の料理は口にしていなかった。 また、ネズミがそうそう多い量を取る必要もない。 すぐに食事を済ませてルイズから離れ、ウフコックはデルフリンガーの側に来ていた。 「なあ、デルフリンガー。一つ質問しても良いだろうか?」 「おう? なんでぇ?」 「ぶしつけな質問かもしれないが……君は、一体どのくらい剣として生きてきたんだ?」 「珍しい質問するヤツだな、おめぇ」 「そうか? インテリジェンスソードと話すのは初めてで、興味があるんだ」 デルフリンガーは訝しげな声でウフコックに答える。 素直に興味をもたれたことに、くすぐったさを感じているようだった。 「ま、俺が生きてるのかどうかは微妙なとこだが……何百年か何千年かなんて忘れちまったよ」 「何千年……とても信じられない」 「多分だぜ。使われずに蔵に置きっぱなしになってたときもありゃ、武器屋の棚で寝てた時間もあるし。 時間の感覚ってのが人間や生き物と同じなのかも、俺にゃわからねぇ」 「……だがそうだとしても、長く生きていることには違いないだろう。俺なんて十年も生きていないのに」 ウフコックが素直に感嘆を示す。 「ネズミでそれだけ生きてりゃ長寿も良いところじゃねぇか。 それに長生きすりゃ良いってもんでもないぜ。……って、武器の俺が言うのも何だけどよ」 「……辛いことや、大変なこともあったのか?」 静かな声でウフコックは尋ねる。ウフコックの目は、妙に真剣だった。 だがデルフリンガーは敢えて気付かぬふりをして、気楽な調子で答えた。 「ま、無ぇとはいわねえがよ。生きてりゃあ嬉しいことも楽しいこともあるもんさ」 「……意にそぐわない使い方をされたことは?」 「……んー、なんつーかなぁ……」 デルフリンガーは鍔をかちゃかちゃと鳴らし、困ったような声を出した。 「俺は剣であって、それ以上でもそれ以下でもねぇのさ。俺の使い道なんて、俺を握る奴の考えるこった。 誰かを守のも、誰かを斃すのも、俺を握る奴の仕事だ。悩むのは俺の仕事じゃねぇんだ。 そもそも、気楽に生きるのが俺のモットーでな」 「割り切りが良いんだな。……俺は悩みを捨てきれない。相棒には口うるさく要求してしまっている」 「良いんじゃねえか? 俺みたいなナマクラの話なんざ参考になりゃしねぇよ」 あっけらかんとした声のデルフリンガー。だが、続く言葉は、真摯な響きを伴っていた。 「ま、でも、相棒に求めるものが無いわけじゃない。 武器をもって戦うヤツなんてロクな死に方しやしねぇからな。だから、できれば幸せに生きてほしいもんさ。 お前さんも、見たところ相当な業物だ。思うところは、あるんだろう?」 「……俺が武器だと、わかるのか?」 「少なくとも、ただのネズミじゃねえってことくらいはわかるぜ。何せ俺は、伝説の……」 そう言いかけたところで、デルフリンガーの柄ににゅっと手が伸びてくる。 サイトの手だった。 「デルフ、そろそろ仕事だ。外の見張りに行くぞ」 気付けばサイトとルイズは食事を終えていた。おもむろにサイトはデルフリンガーを肩にひっさげる。 「ちょ、相棒! せっかく俺が格好付けてるときにそりゃあないぜ!」 「ん? そうだったのか? まあ、話す機会なんていつでもあるだろ」 「くそっ、おめぇは何てひでぇ使い手なんだ!」 デルフリンガーがありったけの悪態を付くが、当然それに抗う術など無い。 一人と一振りは、そのまま小屋の外へと出て行った。 「もしかして、話しているところ邪魔しちゃった?」 ルイズが、やや心配げな顔でウフコックに話しかける。 「ああ……いや、構わない。彼らは何処へ?」 「そのへんを見回ってくるって言ってたわ。ベッドは使って良いって」 ルイズはそう言って、部屋に据え付けられた木のベッドに腰掛けた。 普段寮で使っているものとは比べものにならないほど硬いが、それでも野宿よりは遙かに楽で、何より危険が少ない。 ルイズは安心を感じつつも、溜息を吐いた。 「何故かしら。サイトと話してると緊張するの。……別に、怖いってわわけじゃないだけど……。 だから、会話が続かなくて困ったわ」 「……ふむ、君の周囲には居なさそうなタイプだな。ギーシュやマリコルヌとも違う」 「……何か比較対象が間違えてる気がするけど、そうね。全然違うわ」 そう言った後、ルイズはあくびをかみ殺した。 思えば、ルイズは昨日もろくに寝ていなかった。風呂と食事で、随分と落ち着いてきたらしい。 「……なんだか、今日は凄く疲れたわ……」 「仕方ないことだ。気にせず、ゆっくり休むと良い」 そう言って、ウフコックはベッドの枕の方へ移動した。手招きし、ルイズが寝てくれるよう促す。 「側に居るから、安心するんだ」 「うん……ありがとう……」 そしてルイズは旅装を解いて、小屋に据え付けられたベッドに身を寄せてすぐに寝付いた。 夜鳥の声だけがほんの僅かに響いてきただけで、静かな夜だった。 ルイズは、夢を見なかった。 陽が昇る前にルイズ達は目が覚めていた。 サイトも外で仮眠を取っていたようだが、ルイズが起きた気配を察して目を覚ましていた。 朝食もサイトが用意した。 サイトは、「朝の早い内に出発しておこう」と提案した。 ルイズもそれに文句は無かった。幾らアルビオン行きの船が着くのが二日後とはいえ、道中は何があるかわからない。 二人と一匹は、朝食として白湯と黒パンだけを摂り、手短に旅支度を調えることに専念した。 サイトは自分の馬に乗り、ルイズが跨る馬を先導して街道を歩き出した。 朝の内は、人の気配は全く無かった。 このまま何事もなければ、日差しが高くなる頃には、ラ・ロシェールに入れるはずであった。 既に町の輪郭がルイズの目に届いている。 やっと一段落付く――そう思ったところで、サイトが慌てて馬首を横に並べる。 ルイズを抱きかかえ、慌てて馬から飛び降りた。 「なっ、何するのよ!」 「頭を下げろ!」 何なのよもう――という怒りも、すぐに驚きに変わった。 ルイズは、十分に休息を取れた感謝したくなった。 もしこれが昨日であれば、更にみっともなく取り乱していたかもしれない。 殺意のこもった矢が降り注ぐのを見て、ルイズはそう思った。 「多分、山賊だ。あるいはレコン・キスタが雇ったかもしれない」 サイトがルイズを守るように立ち、最小限の動きで矢を弾き返す。 大分離れているところに、矢をつがえた男、そして剣や斧を持った男達の一団が見えた。 弓矢が効かなかったと見るや、悪罵を叫びながらルイズ達に近づいてくる。 「ワルドかしら……」 「わからねぇよ。全然別の奴かもしれない。敵なんて一杯いるさ」 矢を難なく剣で打ち払いながら、サイトが冷静に答える。 「距離が遠いな……あいつら、こっちに貴族が居ることにまだ気付いてないぜ。 なあ、ルイズっつったっけ。魔法で驚かせちゃくれねぇか?」 デルフリンガーが気楽な調子で聞いた。思わぬ申し出にルイズが挙動不審になる。 「な、な、何よ、私に頼る気?」 「良いじゃねえかよ。まあ俺と相棒で相手できなくはねぇが、メイジが居るってわかったらきっと尻尾を巻いて逃げるぜ。 荒事は避けるに越したことはねぇさ」 デルフリンガーの言うことは正論だった。 少なくとも、何の咎もない貴族に襲いかかろうとする平民など、メイジから魔法で返り討ちされたところで、 問答無用で役人に斬られたところで、文句は言えない。 そんなことはこの国では常識であり、デルフリンガーの案は、トラブルを避けるためには賢明な策と言えた。 「つ、使えないわ」 焦ったような声で、ルイズは言葉を返した。 「なんだよケチな娘っ子だな。精神力が切れてんのか? フライとか念力とか簡単なので良い。 簡単な魔法を見せてやるだけで良いんだぜ?」 「だっ、だから使えないって言ってるでしょ!」 「……なんで?」 不思議そうにデルフリンガーが尋ねた。 「デルフ、さっさと行くぞ」 「相棒、油断は禁物だぜ」 「火薬も火打ち石もある。それにデルフ、昨日の戦いでたらふく食っただろう。いざってときは任せるからな。 ルイズ達は隠れてろ」 「そっちこそ一人でどうする気よ!」 「魔法が使えないんだろう、無理すんな」 サイトはそれだけを言い残し、一目散に傭兵の一団へ走る。 気付いたときには既にぶつかりあっていた。蛮声と剣戟のぶつかりあう音が他人事のように響く。 「凄まじいな」 ぽつり、とウフコックが呟く。 「どういうこと?」 「彼は、戦うこと、殺してしまうことに倦怠感すら感じている。それでも戦いを止められないでいる。……依存に近い。 敵の方は、その日その日の暮らしにも酷い困難さと屈辱を感じている、そんな惨めさに満ちた臭いだ。 ……どちらも、酷く痛ましい」 金の酒樽亭。 その煌びやかな名前に反して、ラ・ロシェールでは場末も良いところの酒場だった。 この時期、そこにたむろしている傭兵は、仕事に飢えていた。 アルビオンを目指した傭兵――と言えば聞こえは良いが、腕利きは既に王党派か貴族派のどちらかに雇われている。 仕事にありつけず、ハイエナのように戦乱の残り滓の仕事を得るだけの連中でしかない。 突然現れた、仮面を被った貴族が依頼を持ち出した時点で、十人近くが話に興味を持った。 多額の報酬に加えて前金で半分が出る、という話を聞いてさらに十人近くが集まる。 だが、男の素性もろくに知らずに仕事を受け入れたことを、この傭兵は既に後悔していた。 今、トリステイン方面からの街道を向かって来ている連中を仕留めてこい――男は言っていた。 ついでに、物取りの振りして街道を混乱させて来い――とも、男は言っていた。 暴れてくるだけの簡単な仕事だ――男はそう結論付けた。 男達も単純にそう思った。危ない橋ではあるが、治安の乱れた今こそが稼ぎどきだった。 それに戦乱の中にあっては、安い仕事に信じられない額を出す馬鹿な貴族も時折出てくる。 仮面の男も、きっとそうした類だろう――その短慮と油断の報いが彼らに降り注がれていた。 ただの平民のはずの男、同じ傭兵であろう男に、今や半数以上が倒されていた。 ある者は斬られ、ある者は骨を折られ、ある者は剣の柄で殴られて悶絶している。 呻き声が聞こえ、倒れた仲間の体が震えている――まだ生きている。 そして得られる二点の推測。 一つ――敵は、相手を殺さずに戦闘不能にできるほどの、異常な腕の持ち主であること。 一つ――敗北の先には尋問が待っていること。 「くそ、こうなったらあの男の仲間だけでも仕留めて逃げるぞ」 仮面の貴族から仕事を請け負った人数は、つまるところ多すぎた。 その際、役割分担で、二人が貧乏くじを引くことになった。 敵に援軍や仲間が居た場合に備え、岩陰などの死角に身を潜めて警戒する役目を追わされる。 敵を仕留めるチャンスが無い以上、給金が減るのは必須だ。 仕事仲間に文句を心の中で幾度も呟きながらも、仕事に徹した。 それが幸運だったと気付きつつあった。 怪我を負うことも無く事態を見つめることができた。少なくとも、今の所は。 「な、なぁ……ありゃ貴族じゃないか?」 もう一人の傭兵が不安げに呟く。 「うるせぇ。それともお前、あの金を諦められんのかよ?」 「で、でもよぉ……」 「よく見ろ、魔法も使っちゃいねぇしビビってる。青い顔してらあ。今がチャンスだ」 男はきりきりと弓を引き絞り、馬に跨った少女を狙い付ける。 少女が思わずこちらを見た。眼があった。 目が眩むほどの報酬と、貴族だろうと構うものかという自棄が、弓矢を引き絞る腕の緊張を解かせた。 それでも、狙いは十分だった。 当然そんな見え見えの殺意など、ウフコックは気付いていた。 だが、問題はその回避であった。 「気をつけろ、ルイズ。弓矢で狙っている敵がいる……。俺が『盾』になるから、目を合わせるな。 矢を弾くのは造作もないが、下手に動くと逆に危ない。任せて、じっとしているんだ」 ルイズは、自分にも危険が迫っていることを自覚し、さっと血の気が引いていくのを感じた。 そして周囲に敵と、敵か味方かあやふやな人間しか居ない状況で、目を合わせるな、という行為自体が困難だった。 幾ら盗人を捕まえた功績があるとはいえ、ルイズは戦場に出たこともない15際の少女だ。 突然始まった命のやりとりの空気に当てられないはずが無い。 ルイズは恐怖に抗えず、振り返った。 殺意と焦り、汗と土、顔を見られた恐怖に塗れた男の表情。それはすぐにルイズの視界に入った。 2,30メイルは離れているのに、弦から離された指先、男のあごから滴る緊張の汗、自分を射るように見つめる男の眼を、 ルイズは確かに目撃した。 タイミングはともかくとして、狙いは十分だったらしい。自分の胸元へ当たる――ルイズは確信した。 「くっ!」 ウフコックの焦った声。瞬間的に堅牢な篭手にターンし、ルイズの右手を強制的に動かす。 だが、矢と篭手がぶつかる一瞬前に、ルイズの視界に火の球が落ちてくる。 矢は、燃え尽きて跡形も無くなっていた。 「ファイアボール?」 「……おお、間に合ってくれたか」 ウフコックの安堵したような声。 何かが羽ばたく音がルイズ達の頭に響き、そして暢気な声が降ってくる。 「さて、一丁上がりっと」 「キュルケ! タバサ! どうして?」 ばさり、ばさりと音を立てながら、キュルケとタバサを乗せたシルフィードが、ルイズの側にやってくる。 風竜に乗ったメイジ二人を見て不利と悟ったか、逃げ出す余力の残っている傭兵達は、既に逃げ出していた。 キュルケ達は深追いはせずにシルフィードから降り、立ち話するような気楽さでルイズに話しかけてきた。 「そりゃ、朝に気付いたら貴方たちが馬に乗って遠くに出かけちゃってるじゃないの。 しかもアルビオンの方角へ。そんな面白そうなこと、放っておくと思う?」 「遊びじゃないのよ!」 「あーら。せっかく助けてあげたってのにご挨拶ね」 「ぐ……。あ、ありがとう。助かったわ」 複雑な表情を浮かべつつルイズは礼を述べ、キュルケは満足げに微笑んだ。 前ページ次ページ虚無と金の卵
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/9324.html
前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第41話 悪夢への子守唄 邪悪生命体 ゴーデス(第二形態) 毒ガス幻影怪獣 バランガス 登場! ヴィットーリオの世界扉の暴走によって、才人とルイズが次元のかなたへと飛ばされてから一月あまりの時間が過ぎた。 その際、才人のほうは過去のハルケギニアへと飛ばされ、始祖ブリミルたちと出会ったことはすでに触れた。 ならば、ルイズのほうはどこへ飛ばされてしまったのだろうか? 宇宙は広く、無数の多次元に分かれており、そこに投げ込まれるということは太平洋に真水一滴を落とすようなもので、あっという間に溶け込んでしまって再度取り出すことは不可能に等しい。 しかし、この世には確率を超えためぐり合わせというものがある。あるときに、起こるはずもないような偶然がつながることは割とよくあることなのだ。 世界扉に飲み込まれ、瀕死の状態でルイズは次元のはざまをさまよっていた。そのルイズを拾い上げ、次元を超えて連れて行った者がいたのである。 ルイズが目を覚ましたとき、そこはどこともわからない荒野の上だった。見渡す限り何もなく、しかし現代のハルケギニアとは違う証拠に、見上げた先には広大な青空がどこまでも続いていた。 「ここは……わたし、どうして?」 目を覚ましたルイズは、別次元で才人が目覚めたときと同じように、自分の状況を確認しようと試みた。 どうやら自分は誰かに救われたらしい。その証拠に、ジュリオに撃たれた傷には包帯が巻かれて手当てがされており、岩陰に日光を避けて寝かされていた。 誰が? もしかしてサイトが? と、思ったがルイズはすぐにそれを否定した。あの不器用な才人にしては手当ての仕方が上手だ。この包帯もどことなく巻き方が荒っぽいけれども、それでも才人の手並みとは違うことはわかる。 ならいったい誰が? そう思ったとき、横から声をかけられた。 「お、目ぇ覚めてたか」 「んっ! 誰?」 反射的にルイズは声の相手に対して身構えた。もっとも、何も持っていなかったために、身構えてから慌てて杖を探して全身を引っ掻き回すという愉快なことをしてしまったが。 対して、ルイズの前に現れた相手は敵意があるようなそぶりはまったく見せていない。ざっと見て三十代に入ったかどうかという青年で、美男子とは少し違うが才人とどこか似て、三枚目っぽい愛嬌を感じた。 「ケガのほうは大丈夫みたいだな。そんだけ元気がありゃ心配いらねえさ」 ひょいっと、近くで集めてきたのかガラクタの山を足元に置いて彼は言った。少しもこちらを警戒している様子はなく、おかげでルイズにも少し相手を観察する余裕ができた。 一目見て、白とグレーと赤を基調としたジャケット姿はハルケギニアの人間の服装ではないとわかった。しかし、どこかデザインに既視感を覚えたルイズは記憶を探ってみたところ、以前ハルケギニアにやってきたCREW GUYSの制服と似ていると思い当たった。 「あんた、もしかして……チキュウ、人?」 「おっ、よくわかったな。てか、お前ももしかしてだけど……はるけぎにあの人間か?」 ルイズははっとして相手の男の顔をまじまじと見つめた。見覚えはなく、会ったことがないのは確実だが、彼はハルケギニアを知っているようだ。ならばいったいどこで? 才人のほかに地球人は何人か知っているけれど、思い当たるふしはない。 ともかく、ヴィットーリオに散々な目に合わされたばかりのルイズは警戒を解いてはいなかった。左手に杖を持ち、右手に才人から預かったガッツブラスターを握ったままで、油断なく相手を見据える。 「いくつか質問することがあるわ」 「いいぜ、俺からも聞きたいことがあるし、一個ずつ聞いてこうか? それなら公平だ」 「まず、ここはどこなの? ハルケギニアじゃないの?」 「ここは惑星ハマーっていうらしい。もっとも、ここにやってきたどっかの宇宙人がそう呼んでたらしいだけで、今は人っ子ひとり住んでない寂しい星みたいだけどな」 そう答えると、彼は集めてきたらしいガラクタのひとつを足で軽く蹴った。それはいわゆる看板のようなもので、○○星人が○○年に惑星ハマーにやってきたということを示すモニュメントのようなものだと彼が説明してくれた。 聞いたことのない地名にルイズはいぶかしんだが、ハルケギニアでないことだけは確実で、しかもどうやら地球でもなさそうなことに気が重くなった。しかし、弱気を見せるわけにはいかないと、次の質問をぶつけようとしたときだった。 「じゃ、次は俺の質問に答えてもらうぜ。お嬢ちゃん」 「お嬢ちゃんじゃないわ。わたしはルイズ、ルイズ・フランソワーズ。って、そういえば先に名前を聞いておけばよかったわね。で、あなたの名前は? ついでに聞きたいことって何よ?」 「ああ、そのことなんだがな……なんでお前が俺の銃を持ってんだ?」 「は?」 意表を突かれて、ルイズは思わず右手に握っているガッツブラスターを見つめた。 ええと、どういうことよ? この銃はサイトのもので……いいえ、これは元々オスマン学院長が持ってて、それがサイトに譲られたんだけど、最初に持ってたのは。 「ま、まさか……?」 「そいつは俺が魔法使いのじいさんに貸してやった、俺の銃だ。多少いじくってあるみたいだけど、お前が気絶してるときにシリアルナンバーを確認したから間違いない。それにお前の顔、なんかどっかで見たことある気がするんだよな」 「えええっ! まさか、そんなまさか! ありえない、ありえないわ。けど、ひょっとして……あんたまさか、アスカ・シン?」 「そうだ」 惑星ハマーの大気に、ルイズの生まれて一番の絶叫が響き渡った。 これが、ルイズとアスカ・シン……ウルトラマンダイナの邂逅であった。 ルイズが驚いたのも無理はない。アスカ・シンことウルトラマンダイナのことは知っているけれど、それは自分の母が若い時代の昔話に過ぎず、今から三十年も前なのだ。 つまり、おとぎ話の人物が目の前にいるということになる。驚かないほうがどうかしている状況だ。 「う、嘘よ嘘! だってアスカがハルケギニアにいたのって、お母様がまだ駆け出しだったころよ。あんた、若すぎるなんてもんじゃないじゃない!」 「誰だよお母様って? それに俺がハルケギニアからはじき出されてからまだ半年も経ってないぜ」 「は、えええええ!!」 そこでルイズはアスカとの決定的な意識の差を思い知らさせられた。とても信じられることではないが、そうでなければ説明がつかない。 つまり、世界線を越えてしまったことによって、どんな理屈かはさっぱりわからないが、現代のルイズと三十年前のアスカが同じ次元に存在してしまったということだ。そういえば、シエスタのひいおじいさんは現代の地球から三十年前のハルケギニアに飛ばされてしまったらしい。つまり、その逆が起こったということなのか? それから先、ルイズとアスカが互いのズレを埋め合わそうとして大変な騒ぎになったのは言うまでもない。 喧々諤々の言い合いが続き、ルイズは次元のはざまを瀕死をさまよっていた自分を救ってくれたのがウルトラマンダイナであり、アスカが昔話の本人に間違いないということをやっと認めた。アスカも、ルイズが自分の知っているハルケギニアより三十年も未来の人間であることには驚いたが、持ち前の気楽さですぐに飲み込んで、それよりもルイズがカリーヌの娘であるということを知ると大変に喜んでくれた。 「そーかそーか、お前あのカリンのやつの娘なのか。そういえば顔立ちがそっくりだぜ、あいつあれからも元気でやってんだな。よかったよかった!」 ルイズはそれからも、アスカに自分がいなくなった後のハルケギニアについて色々尋ねられた。オスマン学院長がまだ健在なこと、自分と同じようにシエスタやティファニアといった彼と冒険を共にした仲間の子供がいるということは、ルイズのことと同様に喜ばれた。だが、佐々木武雄がすでに亡くなっていることを伝えたときはさすがに沈痛そうな面持ちになったが。 しかし、懐かしさに浸るのはそこまでだった。ルイズからハルケギニアが滅亡の危機にさらされていることを聞いたアスカは、ぐっと決意した顔を見せたのである。 「なるほどな。俺の仲間たちが未来で困ってるのか。だったら、俺のやらなきゃいけねえことは一つだ! ルイズ、お前をハルケギニアに連れ戻してやる」 「えっ! そんな方法があるの?」 「いや、知らねえ」 期待を持たされたルイズは、ガクッとひざを折ってずっこけてしまった。 「なによ、あんたウルトラマンなんでしょ! いろいろできるんでしょ」 「そんなにホイホイ違う宇宙を行き来できれば誰も苦労してねーっての! まあ俺にまかせろって、どっちみち帰らなきゃならねんだろ?」 「まあそりゃあ……そうだけど、いったいどうする気よ?」 「宇宙を渡り歩いていきゃそのうちハルケギニアにもう一回たどり着くこともあるだろうよ。たぶん!」 「はあぁぁぁぁぁっ!?」 自信満々に”行き当たりばったり”を宣言されてしまったルイズは、もう抗議する言葉も失って呆れ返るしかできなかった。 そんな適当な……いくら多次元宇宙の知識なんかないルイズだって、違う世界へ行くということがどれだけ困難なことかということはわかる。前に才人から聞いた話では、異なる宇宙は才人の来た宇宙をはじめとして無数にあるという……それを、才人は「たとえば魔法学院には部屋が何百個もあるだろ? その一部屋が地球で一部屋がハルケギニアだ。おれはハルケギニアの部屋から地球の部屋に帰りたいけど、ドアは固く閉まっていて、しかもどこが地球の部屋かわからない。そんなとこかな」と、説明してくれて、そのときは「ふーん」と話半分に聞いていたが、実際に自分がその立場に置かれるとは夢にも思わなかった。 ハルケギニアには帰りたい。しかし帰る方法が見当もつかなくて、ルイズは途方にくれた。なのに、アスカは気楽に言ってくる。 「なーにを心配そうな顔してんだって。俺は九回裏からに強い男だぜ、信用しろよ。大丈夫、なんとかなるって」 「あんたがお母様と対等に付き合えたってのも納得いけたわ。お母様も、シエスタやテファのお母様もさぞ苦労なさったでしょうね。始祖ブリミルよ、これがわたしに課せられた試練だとしたら、少し過酷すぎはしませんでしょうか……」 ルイズは、才人相手に何回「ほんっとにダメな使い魔ね!」と怒鳴ったか知れないが、自分はとても恵まれていたんじゃないのかと、今さらながら思うのであった。 アスカは気にした様子もなく笑っている。こんなことを言われるのは日常茶飯事なのであろう。しかし、アスカに頼らなければ自分はハルケギニアに帰るどころか、この惑星ハマーから出ることさえできないことに、ルイズはあきらめて深々とため息をついてアスカに向き合った。 「仕方ないわ。思えば、あんたにはいろいろ教えてもらいたいこともあるし、短くなることを期待しながら長くなりそうな旅に付き合ったげる」 「よっし、そうこなくっちゃ。よろしくなルイズ」 「っとに、お母様の戦友だと無下にもできないから困るわね。レディに最低限のエスコートくらいできるんでしょうね?」 「……さあて、善は急げだ。こんな何もない星とはさっさとおさらばしようぜ!」 「ちょっと待ちなさいよ。なんで無視するの! ちょっと、変身してごまかそうとしてるんじゃないわよ!」 「ダイナーッ!」 こうして、ルイズとアスカの凸凹コンビによる旅が幕を開けたのであった。 惑星ハマーを後にして、ふたりはそれから様々な宇宙や星を渡り歩いた。 血も凍るような寒い星で、エスキモーのような先住民に助けられたこともあった。汗も蒸発する暑い星に、宇宙から氷を運んできて雨を降らせたこともあった。 次元を超える機会は何度か訪れ、重力場の乱れから発生するウルトラゾーンに類似した空間を通って、ふたりはマルチバースを移動した。 もっとも、自然にできる次元の歪みを利用しての次元移動は完全に運任せのランダムであり、二人の前に現れたのは見たこともない宇宙と星々。そしてそこに生きている人々。 昆虫が進化したような人類の住む星で捕まりそうになったり、海が硫酸に変わっているほど荒れ果てている星でなお気高く生きている人々を見たこともあった。 折に触れて人助けをすることもあり、ある惑星では生き物を無差別に喰らい尽くそうとしていた三つ首のドラゴンをダイナが苦闘の末に倒したり、別の次元では自爆して街一つを消し飛ばそうとしていた巨大植物をルイズのエクスプロージョンで自爆前に消滅させたりもしたが、巨大植物と共生していたとんでもなく強い怪獣との戦いは今でも思い出しただけで震えが走る。 もちろんそればかりではなく、超重力の遊星に引きずり込まれそうになることや、次元の歪みを探してブラックホールに近づいたら巨大な結晶体のような怪獣に追い回されるというピンチもあった。 ルイズにとっては、宇宙はまさにすべてが未知の体験の宝庫。行って、見て、体験する。その体験からと、アスカや行く先々の人々からルイズは多くのことを学んだ。そして、ルイズはそれまで才人から口伝いに聞くだけであった”宇宙”というものが、いかに広大で雄大であるかを知ったのである。 いつハルケギニアにたどり着けるかわからない旅は、果てしなく続くかに思えた。しかし、ここにふたりにとって最大の脅威が立ちはだかろうとしていたのだ。 とある宇宙の、名も知れない小さな星。そこはわずかな緑に寄り添うように少数の住民がつつましく暮らしているだけのオアシスのような惑星であったが、この星は宇宙のどこかから流れ着いた邪悪な宇宙細胞によって崩壊しようとしていた。 「こんな星に、オーロラが……?」 星の住民がある日空に見た不気味な色をしたオーロラ。それ以来、星には怪現象があいつぐようになり、ついには怪獣が現れた。邪悪な気配を察して、アスカとルイズがこの星を訪れたのはこのときである。 暴れていた二つの頭を上下に持つ怪獣をダイナが倒し、続いて現れたバランガスもルイズのサポートで倒すことに成功した。 だが、この怪獣たちは最初から囮だったのだ。 星にただひとつの火山が噴火を起こし、吹き上がる溶岩の中から巨大な影が姿を現す。 「出てくるぜ! こんな背筋の凍るようなドス黒いオーラ持った奴は久しぶりだ」 「な、なんて巨大で禍々しい存在感。こんな化け物を外の世界に解き放ったら大変なことになるわ。まったくアスカ、どうしてあんたの行く先々ではこうろくでもないことばっかり起きるのよ!」 バランガスを倒した喜びもつかの間、ケタ違いの威圧感を放ちながらそいつはダイナとルイズの前に立ち上がった。 とにかく、でかい! 全高だけで百七メートルとダイナの倍もある。むろん、ふたりが戦ってきた怪獣の中にはさらに巨大な奴は数多くいたが、ルイズの言うとおり存在感という面では間違いなくトップクラスだ。 肉体はナメクジかナマコのような軟体型で、そこからイカのような太い触手が多数生えている。これだけでもおぞましいのに、頭部は人間に似ていて、醜悪な老人のような顔に赤い目がらんらんと光っていた。 怪獣というよりはクリーチャー、もっと端的に化け物と言ってもいいだろう。 「てめえ、いったい何者だ!」 ダイナは相手に問いかけた。話が通じるかわからないが、見た目から知性を持っているかもと感じたのだ。そして、相手はその呼びかけに答えた。 「我が名は、ゴーデス」 「ゴーデス?」 聞いたことのない名にアスカとルイズは戸惑った。少なくとも、自分たちのいた宇宙では存在したことのない怪獣のようだ。 ならば、その目的は何か? しかし、次に放たれた相手の言葉に、ふたりは耳を疑った。 「我が名はゴーデス……今は、それしか思い出せぬ……」 「なんだと!?」 「私はかつて、いつか、どこかの場所に存在したはず。だが、私は滅ぼされ、消滅した……それが何故かは思い出せぬ……だが、私の存在理由だけはわかっている。宇宙のすべての生命を私と同化し、ひとつにする!」 「なにっ!?」 ふたりは、ゴーデスがこの星でしてきたことを思い出した。奴は、自分の細胞を星全体にばらまくことで怪現象を起こしたり、細胞を星の生き物に寄生させて怪獣化させてきた。アスカが科学の知識にはそれほど詳しくなくても、わかりすぎるくらいわかるほどの影響力。その規模を拡大していったら、宇宙全体がゴーデス細胞の中に飲み込まれてしまうだろう。 「冗談じゃねえ、そんなこと絶対にさせっかよ!」 「たとえわたしたちの世界とは違うといっても、悪を黙って見過ごしてはトリステイン貴族の名折れだわ。さあ、懺悔のセリフを考えておきなさい!」 こいつを野放しにするわけには絶対にいかないと、ダイナとルイズは巨大な敵ゴーデスとの対決を決意した。 ふたりからの宣戦布告を受けて、ゴーデスも赤い目を輝かせて触手を振り上げ、身も凍るような雄たけびをあげた。 「ウオォォォ……ウルトラマン……お前の姿に、私の中のなにかが揺さぶられる。この感覚は怒り、憎しみ? 覚悟するがいい、まずはお前たちから取り込んでやろう」 やれるものならやってみろ! と、戦いが始まった。 正面から相対するダイナとゴーデス。二百メートルほどの距離をとって睨み合った両者の最初の激突は、ゴーデスが目から破壊光線を放つことで切られた。 「なんの!」 向かってきた光線を、ダイナはとっさに身をひねるひとでかわした。小さな頃から父親と野球に親しみ、大人になるまでキャッチボールを数え切れないほど繰り返してきたアスカにとっては、真正面から撃たれた光線など外野からの送球に等しい。受け止めることが容易ならかわすことはもっと容易だということだ。 だが、ゴーデスは破壊光線を連発して撃って来る。ダイナはそれを、千本ノックを相手しているかのようにしてかわし続けたが、ゴーデスもダイナの動きをしだいに見切って、フェイントからの一撃をダイナにヒットさせてきた。 「ウワアッ!」 「アスカ! もう、なにやってんのよ!」 「ってえ、油断したぜ。ストレートの見せ球からの変化球とはなかなかやるじゃねえか、なら今度はこっちの番だぜ!」 立ち直ったダイナは、腕を外回りに大きく回し、作り出した光の弾丸を投げつけた! 『フラッシュサイクラー!』 白く輝く光弾はゴーデスに正面から命中して、その巨体に吸い込まれていった。だが、ゴーデスにはなんの変化も見られず、かすかに揺らいだ様子も見えない。 「ダイナの必殺技が効かないの!」 「まだまだ、勝負はまだ一回の裏が終わったくらいだぜ。さあ、二回の表に突入だ。ルイズ、お前もいつまでベンチをあっためとく気だ?」 「ちぇっ、こっちもさっき特大のエクスプロージョンを使ったばっかりだってのに、ほんとレディの扱いがなってないわね。アスカ、そんなんじゃあんたの恋人にも愛想つかされるわよ」 「心配はいらねえさ、リョウは俺が約束は必ず守る男だって信じてくれてる。俺はいつか必ず、俺の仲間たちのところに帰る。そしてルイズ、お前との約束もな。だから俺は進む、今からも、これからもな!」 そう叫ぶと、ダイナはゴーデスへと突撃をかけていった。 無茶よ! と、ルイズが叫ぶがダイナは止まらない。どんな相手にも逃げずに真っ向勝負で活路を切り開いていくのがダイナの、アスカの持ち味なのだ。どんなに無謀に見えても、こればかりは譲れない! 急接近してからのウルトラキック。さらに渾身のパンチがゴーデスのボディに突き刺さるが、ゴーデスの巨体は小揺るぎもしない。 「にゃろう、なんて重さだ!」 これだけ殴ってもこたえない相手は初めてだとダイナは思った。手ごたえはあるけれども、大木の表面を指ではじいているように、まるでダメージが中に通っている気がしないのだ。なぜなら、ゴーデスの重量は三十四万六千トンと、ダイナのなんと七倍以上もあるのだ。これは初代ウルトラマンが持ち上げることさえ不可能だったスカイドンの二十万トンをはるかに超える。それに、ゴーデス自体の耐久力もケタ違いなために、さしものダイナのパワーも通じないというわけなのだ。 ついでに、いくら効き目がないからといってゴーデスも黙って殴られ続けてくれるはずがない。胴体から生えている触手のうち、特に長い二本の触手をムチのようにふるってダイナを攻撃してきた。 「ヘヤッ!」 触手の攻撃を腕で受け止めて、ダイナは再度反撃に出た。さっきよりも力を込めてパンチを打ち込み、猛烈なラッシュを繰り出した。 だが、ゴーデスにはそれでもダメージは見えない。さらに、ゴーデスの眼が赤く光った瞬間、ダイナはなにかに弾き飛ばされたように大きく吹き飛ばされてしまった。 「ノワアアッ!」 「アスカ! 今のって、念力? なんてパワーなのよ」 魔法にも、念力といって手を触れずに物を動かすものがあるためにすぐにゴーデスが何をやったのかを理解できたが、そのあまりのパワーにルイズが驚愕したように叫んだ。 やはりこいつは強い。巨体ゆえに鈍重に見えるが、ほかの能力でそれを補ってあまりある実力を持っている。 「でも、それがなんだっていうのよ。アスカのおかげで詠唱の時間は十分にとれたわ、ちょっときついけど今日二回目のフルパワーのエクスプロージョン、受けてみなさい!」 練り上げられた精神力が魔力の奔流へと変わって解き放たれ、巨大な爆発がゴーデスの頭部を中心にして炸裂した。 「どうよっ!」 精神力の消費は痛かったが、今のエクスプロージョンにはじゅうぶんすぎるほどの容量を込めた。魔法の扱いにも以前より習熟してきているはずなので、以前ゾンバイユを倒したとき以上の破壊力があるはずだ。 これが効いていないはずがない。ルイズは確信を込めて煙が晴れるのを待ったが、彼女の期待を打ち砕くようにおどろおどろしい声が響いた。 「無駄だ」 「なっ、んですって」 なんと、直撃を受けたはずのゴーデスには焦げ痕ひとつ見えなかった。なんで!? ゴーデスはエクスプロージョンに耐えられるほどに頑丈だというのか? いや、まさか。 ルイズは、自分が導き出した仮説に愕然としたが、それを口にする前にゴーデスの眼がルイズを睨んで再び光った。 「きゃああっ!」 強力な念力に吹き飛ばされて、ルイズは数十メートルを吹っ飛ばされて地面を転がった。だが、ルイズは衝撃で目がくらみはしたものの、地面がゴーデスが荒らしたおかげで砂漠となっていたために幸い怪我がなく済んだ。皮肉なものだが、それにルイズ自身が小柄で余計なでっぱりがなかったおかげで、転がっても大丈夫だったのだ。 しかし、ゴーデスはルイズが無事なのを見ると、眼からの破壊光線の狙いをルイズへと定めた。 あれを受ければ生身のルイズはひとたまりもない。だが、そうはさせじとダイナがゴーデスへと向けて腕を十字に組んで必殺の一撃を放つ! 『ソルジェント光線!』 ダイナの十八番、先ほどバランガスも倒した必殺光線がゴーデスの胴に真正面から突き刺さった。 今度こそどうだ! ゴーデスはルイズを攻撃しようとしていたふいを突かれて完全に無防備でこれを受けてしまっている。並の怪獣なら粉々に粉砕し、よほどに頑丈な怪獣でも倒してきたこの一撃に、ダイナは渾身の気合を込めていた。しかし。 「だめよアスカ! そいつは攻撃のエネルギーを吸収しているわ」 「ヘアッ!?」 ダイナはルイズの叫びに驚いて見てみると、確かにソルジェント光線はゴーデスの体に当たってはいるものの、まるで砂に水を撒いているように吸い込まれてしまっている。 光線が効かない! そうか、さっきルイズのエクスプロージョンが通用しなかったのもだからかと、ダイナも合点した。 ゴーデスは熱や電気をはじめ、あらゆるエネルギーを吸収して我が物にできる力を持っている。火山から出現したのも、地熱のエネルギーを復活に利用するためだったのだ。 「と、ということは、攻撃すればするほど奴にエサをやるようなものだってことかよ」 「わたしのエクスプロージョンも、魔法の力そのものを飲み込まれてしまったんじゃあ効果があるわけないわ。なんてバケモノよ、こんなのどうやって倒せっていうの!」 「いや、打つ手はまだあるぜ!」 悔しがるルイズに、ダイナは頼もしい声で「俺にまかせろ」とでも言うふうに呼びかけた。 そして、ダイナは腕を胸の前で交差して精神を集中する。すると、ダイナの額のクリスタルがまばゆい輝きを放ち、ダイナはフラッシュタイプから青い姿のミラクルタイプへとチェンジした。 「そっか、よーしやっちゃえアスカ!」 ルイズはダイナの狙いを察して歓声をあげた。いくら頑丈な怪獣であろうとも、あれならば。 ミラクルタイプに変わったダイナに対して、ゴーデスは動じた風もなくじっとダイナを睨みつけている。 「変わった……?」 ゴーデスにはダイナのタイプチェンジの意味がわからないようだ。が、それならそのほうが都合がいい。ゴーデスはその巨体ゆえに回避行動などはとれないだろうが、有利な要素はひとつでも多いほうがいい。 ダイナはゴーデスに狙いを定めて、右手にエネルギーを集中させた。オレンジ色の輝きがダイナの手に集まり、ダイナはそのエネルギーを光線に変えてゴーデスに向けて発射した。 『レボリュームウェーブ・アタックバージョン!』 着弾場所からマイクロブラックホールを作って相手を吸い込み、消滅させてしまうこの技ならば相手の防御力など関係ない。再生能力を持つギアクーダのような始末に悪い怪獣も倒してきたこの技なら、いくらゴーデスがエネルギーを吸収できるとて異空間に送り込んで処分してしまうことができる。 ダイナとルイズはこのとき勝利を確信した。しかしそのとき、信じられないことが起こった。 「ヘヤッ!?」 「なっ! 怪獣の死骸を、盾に!」 なんと、レボリュームウェーブが当たる直前に、ダイナに倒されて横たわっていたバランガスの死骸が宙を飛んでゴーデスの前に立ちはだかり、盾となってしまったのだ。 さっき使った念力で怪獣の死骸を動かしたのか! いけない、あれでは! しかし遅かった。当然、レボリュームウェーブはバランガスの死骸に当たってマイクロブラックホールを作り、バランガスの死骸のみを吸い込んで終わってしまったのだ。 失敗だ! 健在なゴーデスの姿に、ダイナとルイズははらわたが煮えくり返る思いをしたが、相手のほうが一枚上手であったと認めるしかなかった。 ゴーデスはレボリュームウェーブを放った直後で隙だらけのダイナに向けて、お返しとばかりに眼からの破壊光線を浴びせてくる。避けることもできずに体から火花を散らせ、ダイナの巨体がよろめき倒れた。 「ウワァッ!」 「アスカ! いけない、これじゃあそろそろ」 ルイズの危惧はすぐさま現実のものとなった。バランガスからの連戦に加えて、光線技の連発でダイナのカラータイマーが点滅を始めてしまったのだ。 レボリュームウェーブも不発に終わり、ルイズの精神力も二発のエクスプロージョンで尽きた。対して、ゴーデスにはまだわずかなダメージもない。 このままじゃやられる。ルイズは、せめてここにサイトがいてくれたらと一瞬思ったが、すぐにその甘えを振り払った。 ”だめよ、簡単にサイトをあてにしちゃ! そんなんじゃ、トリステインに戻れてもまた同じ失敗を繰り返すことになるわ。わたしは、ひとりでもできるだけやれることをしなくちゃ” ルイズは自分を叱咤して、残り少ない精神力を振り絞ってゴーデスの注意を引こうと小さなエクスプロージョンを連打する。ゴーデスがエネルギーを吸収するのだとしても、今はダイナへの追い討ちを防ぐほうが先決だ。 だがゴーデスはエクスプロージョンを意に介さず、ダイナへと触手の先を向けると、ダイナを青く輝くエネルギーのドームへと閉じ込めてしまった。 「ヌアァッ」 ゴーデスのエネルギードームはダイナをすっぽりと包み込み、完全にダイナの動きを封じるだけでなく、ダイナのエネルギーをも急激に消耗させていった。 カラータイマーの点滅が見る見るうちに早くなり、ダイナの体から力が抜けていく。ダイナはミラクルタイプのテレポーテーションで抜け出そうと試みたが、すでにそれだけのパワーも残されてはいなかった。 「アスカ!」 「ル、ルイズ……うわぁぁぁ!」 ルイズの叫びもむなしく、ダイナはエネルギードームに閉じ込められたまま、ドームごと縮小されてゴーデスの体へと吸い込まれてしまった。 「アスカ! アスカァーッ!」 悲鳴のようなルイズの叫びに、もうダイナの答える声はない。対して、勝ち誇るように惑星の大気に響き渡るゴーデスのうなり声。ルイズはその光景をただ見守ることしかできなかった。 ダイナを退けたゴーデスの強大な力は、次に惑星の環境を一変させようとしていた。 莫大な熱エネルギーを我が物としたゴーデスは、惑星の大気を燃焼させ、星の生命を守るオゾン層を崩壊させようとしている。 星の大地はゴーデスに呼応するかのように激震し、山は崩れ、木々は倒れ、無数の地割れが走る。 空は赤く染まり、ルイズはのどを押さえて息苦しさを感じ始めた。小さな星ゆえに、火山の燃焼が酸素を奪いつくそうとしているのだ。 地獄へと転落していく星の有様の中で、ゴーデスだけが悪魔のように巨体を聳え立たせて君臨している。奴は惑星を崩壊させて、星の生命体を全滅させると同時に、惑星が自壊する際のエネルギーを利用して再び外宇宙へと飛び立とうともくろんでいた。 ルイズには、もちろんそんなゴーデスの目論見などはわからない。だが、このままゴーデスをそのままにしておいてはいけないという使命感がルイズを立たせた。 「まだ、息はできるわね。なら、まだ間に合うってことよね」 勝算などが頭にあったわけではない。今、戦うことができるのは自分だけだと、自分で自分に言い聞かせていただけだ。 本心では泣き叫びたい。才人に助けを求めたい。けれど、いつまでもそんな弱い自分でいるわけにはいかない。弱いままの自分じゃ才人を誰かに取られてしまう。お母様がお父様を支配しているように、才人は誰にも渡さない。そして、自分の信じる貴族の誇りと、才人の信じる正義も、ここで譲るわけにはいかない。だからルイズは立つ。 わたしはあきらめない。見てて、サイト! 「いちかばちか、三発目のエクスプロージョンを食らわせてやるわ。あんたが吸収しきれるか、わたしが燃え尽きるか、最後にきれいな花火をあげようじゃない!」 女ならまず実行あるべきと、ルイズはもう魔法を使えるような状態ではないにも関わらず、乾ききった井戸の底を掘り返すように呪文を唱え始めた。 常識的に考えて魔法が成立する可能性すら低い。自爆に終わる可能性がほとんどだ。それでもルイズには、泣き寝入りという選択肢はなかった。 ところが、闘志を込めてゴーデスを見上げるルイズに、ゴーデスは意外にも穏やかな声色で語りかけてきた。 「なぜ、あきらめない?」 「なんですって?」 「一人になって、なぜお前はあきらめない?」 唐突なゴーデスからの問いかけに、ルイズは思わず問い返してしまった。なぜ、わざわざそんなことを聞くのだ? 「お前はなぜあきらめない? ウルトラマンが倒れ、もはやお前はひとりだ。なのに、なぜ無駄なあがきを続けようとする?」 「どうしてそんなことを聞くの? 余裕でも見せてるつもりなの?」 「……私はどこかでそれを問われたような気がするのだ。いつか、私がまだどこかで存在したときに、私に誰かが問いかけた……お前はひとりだ、たったひとりでお前は生きていけるのかと……」 ルイズは、それがゴーデスが滅びる前の記憶だと気づいた。本能に従って動いているゴーデスの心のどこかで、その失われた記憶が引っかかっているらしい。 しかし、まるですがるような声だとルイズは感じた。ゴーデスにはこの星で再生する以前の記憶がない。自分が何者かもわからず、ただ本能に動かされるままに暴れている。それはもしかしたら、とても悲しいことなのではないだろうか。 呪文を唱えるのをやめて、ルイズはゴーデスと向き合った。体格だけで七十倍もある両者が、同等の眼光で互いを見つめている。ルイズは、ゴーデスの赤い眼を見上げて言った。 「わたしが戦うのは、自分の信念と、なすべき使命があるからよ。それを果たさない限り、わたしは倒れない」 「使命、使命なら私にもある……だが、なぜ私の心はざわめていて収まらない?」 「もちろん、わたしの戦う理由はそれだけじゃないわ。わたしが戦うのは、何よりもわたしの仲間のためよ。わたしが倒れたら、あんたはわたしの仲間も滅ぼそうとするでしょう、だからわたしはあきらめない!」 「仲間? 仲間とはウルトラマンのことか? ならば、お前が戦う必要などはない。見るがいい」 ゴーデスがそう言うと、空にゴーデスに吸収されたダイナの様子がスクリーンのように投影された。 「アスカ!」 ルイズの見上げる前でダイナは戦っていた。ゴーデスの体内で小人のように縮小され、エネルギードームに閉じ込められたままでありながらも、必死に拳を振るい、蹴りを繰り出して戦っている。 しかし、ダイナの攻撃は対象を掴んではいなかった。パンチもキックもすべて宙を切り、まるでダイナが独り相撲をしているようにしか見えない。 いったいダイナは何と戦っているの? ルイズの疑問に、ゴーデスは答えた。 「奴は、私の中で、奴の記憶から生み出した過去の戦いの幻影に襲われている。しかし、幻影は幻影、いくら抗っても自分が傷つくだけだ」 「なんですって! アスカ気づいて! あんたが戦ってるのは幻なのよ。このままじゃ、幻影に取り殺されてしまうわ」 もちろんルイズの声はダイナには届かない。その間にも、ダイナはかつて戦ってきた怪獣や宇宙人の幻影に襲われ続けていた。 「くそっ、どうなってやがるんだ。ナルチス星人にバゾフにマリキュラにトロンガーに、お前たちはみんな俺が倒したはずだぜ!」 いくら否定しても、ダイナの眼にはかつて倒した敵が化けて出たようにしか映らなかった。そして、襲ってくるのならばダイナも反射的に反撃しなければならない。だが、幻影に向かっていくら反撃しても無駄なことはゴーデスが言ったとおりだ。 このままではすぐにダイナは力尽きてしまう。それをあざ笑うかのようにゴーデスはルイズに告げた。 「さあ、お前もあきらめて私と一体となるがいい。そしてすべての宇宙がひとつになれば、もう仲間を思う必要もない。素晴らしい世界が待っているぞ」 「……バカね。ゴーデス、あなたはわたしが見てきた中でも一番のバカ。いえ、哀れと言ったほうがいいかしら」 「なんだと」 ゴーデスの誘惑を真っ向からルイズは撥ね退けた。そして、真っ直ぐにゴーデスを睨みつけて言い返す。 「すべての宇宙をひとつにする? すべてがひとつになったら、それは結局ひとりぼっちってことよ。誰かを思うこともできないってことは、怒ることも憎むこともできないってこと。もちろん誰かを愛することもできない。そんなの道端の石ころと同じよ。そんなのが素晴らしい世界だなんて、笑わせるわ!」 「むうぅぅぅ。だが! お前たちはこうしてバラバラでいるがために苦しみ続けているではないか。ひとつになることを拒むなら、ちっぽけな弱い存在のままでいることも苦痛ではないのか」 「そうね、確かにわたしたちは弱い。苦痛も孤独も数え切れないほどあるわ。けどねゴーデス、それでもあんたの言うすべてがひとつになった世界より、絶対に素晴らしいものが確実にひとつあるわ」 「それは、なんだというのだ?」 いつの間にか、ルイズの言葉がゴーデスを圧倒していた。ゴーデスはルイズの言葉に、すべてがひとつになったあとの”無”の世界を想像して動揺している。 すべてが自分と一体化した世界。それは確かにパーフェクトな世界ではあろう。だが、人は孤独には耐えられるが、それは絶対的なひとりぼっちというわけではない。たとえ深山にこもっている仙人だとて、日の出と夕暮れを見て、風を感じ、鳥のさえずりを聞いて心を動かすことで自分を認識し、生きている。ゴーデスの世界では何も見えず、何も聞こえず、何も感じられない。 そんな世界で生きていても、なにになるというのだ? ゴーデスの心に、ひとつの言葉が蘇ってくる。 『全宇宙を吸収すれば、お前はひとりだ。友達すらいない世界で、たったひとりで生きていけるのか?』 ゴーデスは言い返すことができなかった。そして今、ルイズはゴーデスに対して、自分自身の答えを叩き付けた。 「あんたなんかに頼らなくたって、わたしたちはひとつになることができる。体が別々でも、互いを思いあえば心はつながることができる。思いあえる人がいれば、孤独はないわ」 「なにをたわ言を!」 「だったらわたしを見てみなさい! わたしは今たったひとりよ。けど絶対にあんたには屈しない。サイトなら、わたしが絶対にあきらめないって信じてくれているから、この場にいなくたってわたしは勇気をもらえる。ウルトラマンだってそうよ。あんたの中で傷つきながらもひとりで戦い続けてる。それはダイナにも、遠くで帰りを待っている仲間がいるからよ」 ルイズはアスカから、地球に想い人を残してきてしまっていることを聞いたことがある。けれど、アスカはつらそうな様子を見せたことは一度もない。ルイズが、才人と離れ離れになって胸が締め付けられるような思いをしているというのに、なぜそんなにも平然としていられるのかと尋ねると、彼はこう言ったのだ。 「だって、俺がしょんぼりしてたらリョウの奴にどやされるからな。それに、リョウだけじゃない。俺の仲間たちは俺がいなくなった後でも、俺のことを忘れずに今でも戦い続けてるに決まってる。俺があいつらならきっとそうする。みんなの心が、遠く離れていたって俺にはわかるんだ。だから俺は寂しくないし辛くもない。いつか帰る日が来るまで、どれだけ長くたって旅をしていけるんだ」 アスカの言葉に、ルイズは自分を恥じた。たとえ自分がいなくなっても、才人やみんなが足を止めるわけがない。落ち込んでいる自分を見たら、才人になんて言われるか。 遠く離れることが別れではない。心を感じることができれば、距離など無関係だとルイズは叫んだ。 「ゴーデス! あんたに教えてあげるわ。いっしょにいるだけがすべてじゃない。本当に思う気持ちがあれば、どんなに離れていたって心は届くのよ。いえむしろ、遠く離れればこそ大切な人の想いを知ることもできる。そこに孤独なんてない。ゴーデス、あなたにはそんな仲間がいるの? いないから力での統一を望むんでしょう。だけどそれじゃあ、あんたの望む世界なんて永遠に来ないわ!」 ルイズの告げた言葉に、ゴーデスは苦しむようなうめき声をあげてもだえはじめた。 ゴーデスには知恵がある、理性がある。だからこそ、ルイズの問いかけに答えを出すことができなくて苦しんでいるのだ。 声にならない声をあげて苦しむゴーデス。その動揺に共振しているように、大地の震えは高まり、空には無数の雷鳴と稲光がひらめく。奴が自分の能力のコントロールを失いかけているのだ。 そしてゴーデスの動揺の影響は、奴の体内に捕らわれているダイナにも及んだ。 「なんだ、急に体が軽くなったぞ。それに、怪獣たちはどこへ? そうか、あれはみんな幻だったのか! きっとルイズがなにかやってくれたんだな。ようし、いまだ!」 拘束から解放されたダイナは、残りのパワーを振り絞ってゴーデスの体内で一気に巨大化を試みた。 体内での質量の膨大な膨れ上がりには、いくらエネルギーを無尽蔵に吸収するゴーデスの肉体とて耐えられない。ゴーデスの巨体が震え、全身から炎が噴出したかと思われた次の瞬間、ゴーデスは一瞬のうちに大爆発を起こして微塵に砕け散ったのだ。 そして、飛び散るゴーデスの破片の中から雄雄しく飛び立つウルトラマンダイナの雄姿。 「や、やった。ゴーデスを、倒したんだわ」 ゴーデスは粉々の塵となり、風の中に消滅していく。どんな攻撃も効かないゴーデスを倒せる唯一の方法は、奴の体内から破壊することだったのだ。 戦いを終えて、飛び去っていくダイナ。星の環境もゴーデスの干渉がなくなったおかげで沈静化へと向かい、星はなんとか崩壊寸前で救われることができた。 平和を取り戻した名もなき星。激戦が嘘だったかのような静けさにあたりが包まれる中で、変身を解いたアスカはルイズからゴーデスと会話したことを聞いていた。 「そうか、あのゴーデスの奴がそんなことを……ともかく、ルイズがゴーデスの気を散らしてくれたおかげでなんとか脱出できたぜ。ありがとよ」 「わたしはわたしの信念をしゃべっただけよ。でも、ゴーデスの奴も、なんというか、哀れな奴だったかもしれないわね」 「そうだな……」 アスカは足元に散らばっていた、ゴーデスの灰の最後の一掴みを手のひらに掬い上げて見つめた。 ゴーデスがどこで、どうして生まれたのかはわからない。しかし、奴にとって唯一の生きる目的が、最後には自分自身をも破滅させてしまう道であることを知らずにきたとしたら、それほど虚しいことはないだろう。 「ゴーデスに同情してるの?」 「さあなあ……けど、正しいことだって一心不乱にやってきたことが実は大間違いだったなんてこと、よくあるんじゃないのか。俺にも、お前にもさ」 「ええ、わかるわ」 ルイズは苦笑交じりにうなづいた。貴族の義務を唯一無二と信じ込んでいた頃の自分は、形は違えどゴーデスと重なるものがある。アスカだって、しゃにむに突貫するばかりで失敗を重ねたことが幾度もあった。 人は、間違いと知りながら罪を犯す場合と、しっぺ返しを喰らうまで間違いと気づかない場合の二つがある。前者は完全に自業自得だが、後者を体験したことのない人間など存在しないだろう。 若いうち、人間はその手のバカをよくやる。自我が未成熟なうちは、怪しげな思想にかぶれたり、奇天烈な言動や行動を恥ずかしげもなくとるが、やがて自分の愚かさに気づいて目を覚ます。目覚められなかったものに待つのは、自滅の道だけだ。 「ゴーデスは、仲間が自分にいないことにうろたえていたわ。自分の間違いを誰にも言い当ててもらえなかったから、ああなちゃったのかもね」 「かもな、けど、戸惑っていたってことは自分のやっていることに迷いができたってことだろ。だったら、希望があるかもしれないじゃないか」 「え?」 「ゴーデスが完全に死んだとは限らねえ。あいつはまたどっかで蘇るかもしれねえ。だったら、次に生き返るときが悪党でもいい。次の次に生き返るときも悪党だっていいさ。けど、その度に少しずつ迷って考えていって、いつかはいい奴になって生まれ変われればいいじゃねえか。俺たちウルトラマンは、何度だって付き合ってやるからさ」 そう言って、アスカは手のひらの上の灰をふっと吹き飛ばした。灰は風に乗って舞い散り、ゴーデスの痕跡は完全に消えてなくなった。 ルイズは思う。ゴーデス、その存在は邪悪そのものであったが、奴との戦いで学んだものは大きかった。どんなに邪悪で強大であろうとも、生命である以上、他者の存在なくしては生きていくことはできない。 今は安らかに眠りなさいと、ルイズはゴーデスの冥福を祈った。またどこかで会い、戦う日が来たならば、そのときはまた全力で相手をしてやろう。迷いとは、変革の兆しであるのだから。 そして、ルイズとアスカの旅立ちの時が、また訪れたのだ。 「さあて、この星での俺たちの役割も終わりだな。行こうぜルイズ、また次の宇宙へな!」 「違うでしょ! わたしが行きたいのはハルケギニアだけよ。っとに、ほんとにいつかハルケギニアに戻れるんでしょうね。このまま五年も十年も連れまわされて、やっと戻ったときはおばあさんになってたなんてことになったらどう責任とってくれるのかしら!」 「心配すんな。俺のカンじゃ次あたりにハルケギニアのある宇宙にたどり着けるはずさ。まあ行こうぜ、俺たちの戦いはこれからだ!」 「その台詞を何回聞いたと思ってるのよ! バカアスカぁぁぁーっ!」 ついにキレたルイズの失敗魔法で吹っ飛ばされていくアスカの悲鳴が、悲しく青い空に吸い込まれて消えていった。 ルイズとアスカの旅が、これからどれだけ続くかはわからない。しかし、二人が歩みを止めることはないだろう。なぜなら、ゴールは駆け抜けた先にだけ存在するものなのだから。 確かなのは、この日、宇宙のはずれの名もない星がふたりの活躍で救われた。荒らされた環境は、星自体の再生力と住民の努力で蘇っていくだろう。そして、宇宙のはずれの小さなオアシスが、旅人たちをこれからも癒していくことだろう。 しかし、悪の手が迫るハルケギニアに残された時間はもう少ない。急げルイズよ、故郷は君の帰りを待っている。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6370.html
前ページ次ページZero May Cry Zero May Cry - 03 「ん………」 僅かに開いた瞼から差し込むのは朝日の光。ネロは未だにハッキリとはしない意識の中で、朝を迎えたと言う事実を認識した。 そのままゆっくりと体を起こし、周りを見渡す。 「こう都合よく夢でした……みたいなオチじゃねぇよな……」 そこにあるのは見知らぬ部屋の中に散らかった女性用の洋服。そして視線を窓の方へ投げるとベッドの上で寝息を立てる少女の姿。 それらが何を意味するのか、ネロはもう一度頭の中で整理をした。 自分はこの少女に使い魔として「召喚」された事。 この少女のために、自分は使い魔になることを受け入れた事。 「召喚」されたこの場所は自分にとって異世界である事。 元の世界に帰る方法が、果たしてあるのか。 それは、今のネロには分からない。 「さて……怖い怖いご主人様が目ぇ覚ます前に一仕事済ませるか」 そう言ってネロは散らかっている洋服をまとめて手近にあったかごへと放り込む。それを左腕で抱えてネロはルイズの部屋の窓から飛び降りた。 洗濯と言うからにはおそらく水汲み場のような場所があるのだろうが……。 庭へ着地したネロは辺りを見回す。一見するとそのような場所は見受けられない。 「チッ……面倒くせぇな……」 取り合えず適当にうろつこう。誰かに出会えばそいつに聞けばいい。 何ともいい加減な考えだが、結果だけを見ればその考えは間違っていなかった事になる。 ネロは庭を歩く一人の少女を見つけたのだ。よく見ればメイド服を着ている。こういった雑用には慣れていそうだ。 「おい、そこのあんた」 「え、私でしょうか?」 「ああ」 ネロの方へ振り向いた少女へ歩み寄ると、彼は抱えていたかごを見せて言った。 「洗濯できる場所を探してるんだ。教えてくれねぇか?」 「洗濯ですか? 分かりました。直ぐにご案内しますね」 その道中、少女はネロへ尋ねた。 「あの、もしかしてミス・ヴェリエールの使い魔になった方ですか?」 「ミス・ヴェリエールってのは……あのチビっこ嬢ちゃんのことか?」 「ええと……多分その通りかと。髪が桃色の可愛らしい方ですよね?」 「ああ。……で、何であんたは俺のこと知ってるんだ?」 ネロのその問いに少女は笑って答える。 「平民が使い魔として召喚されたって、噂になっているんですよ」 「へっ。ドイツもコイツも平民平民って……そんなに貴族は偉いもんなのか?」 皮肉なネロの一言を受け、少女は慌ててネロへ頭を下げた。 「すっ、すいません! 私、そんなつもりじゃ……」 「おいおい、あんたが謝るなよ。俺だって、別にあんたに言ったわけじゃないさ」 そして、ネロは直ぐにこう付け足す。 「それに平民だろうが貴族だろうが、俺にはあんまり関係ねぇしな」 「そうなんですか? 不思議な人ですね」 少女はくすりと笑ってネロを見つめた。 そんな少女の態度に何を思うのか、今度はネロが少女へ質問した。 「そういうあんたは貴族じゃないのか? 魔法とかは使わねぇのか?」 「とんでもないです! 私は魔法が使えない平民ですので、ここでこうして皆様にご奉仕させていただいて貰ってるんですよ」 「へぇ……。まだ若いのに随分と見上げた心がけだな」 「いえ……そんな……」 ネロの言葉に照れたのか、少女は僅かに頬を赤らめた。 「あっ、まだ名前を言ってませんでしたね。私、シエスタという者です」 「俺はネロだ」 「ネロさんですか? いい名前ですね」 「……そりゃどうも」 いつの日だったか、己が口にした言葉と同じ事を出会ったばかりの少女に言われ、思わずネロは唇を笑みに歪めた。 と、そんなやり取りをする内に二人は水場へ辿り着く。 「ここか」 「はい」 ネロはそのまま一着ずつ洗濯をしようとするのだが……。 何分、彼の右腕をギプスで覆われたままだ。その状態では普通の家事にも不自由を感じざるを得ないだろう。 (チッ、左腕だけじゃ面倒くせぇな……) 片腕の洗濯に悪戦苦闘するネロを見て、シエスタは彼に声をかける。 「あの、手伝いましょうか?」 「いいのか?」 「ええ。これぐらいなら大した量ではないですし、お気になさらないでください」 「そうか。悪ぃな。頼むぜ」 「はい!」 流石にシエスタの手際は良く、ネロが一着洗濯し終える頃にはあらかた済んでいた。 「助かったぜ。ありがとな」 「いえ。他にも困った事があったなら言って下さいね。ネロさん」 「へっ……。ああ」 シエスタのその一言にネロは薄く笑い、背を向けると軽く手を振りながら歩き去って行った。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 洗濯を終えたとはいえ、ネロにとっての面倒ごとはまだ残っていた。 そう、寝ているルイズを起こす事である。 「おい。起きろよ」 「う~ん………」 「おいコラ。起きねぇと引っ叩くぞ」 その言葉が引き金になったわけではあるまいが、とにかくルイズはまだ眠たそうな様子を見せながらも身体を起こしてネロを見やった。 「……誰? あんた」 「あぁ? お前何言ってんだ? 急にボケちまったのかよ?」 「ああ……使い魔か……ネロ……よね?」 「ああ。洗濯物はここに置いとくぜ」 「うん……。あと、これ」 そう言ってルイズは手にバケツを持ってネロへ差し出した。 ルイズの言いたい事が理解できずにネロは首を傾げる。 「水を汲んできてちょうだい……」 やれやれと言いつつネロはそのバケツを受け取ると同時に窓から飛び出した。 その様に思わず目を見開くルイズ。寝起きにも関わらず窓から身を乗り出して叫んだ。 「ちょっと何考えてんのよ!? ネロ!!?」 「何だよ朝から叫ぶなよ。周りの皆さんにご迷惑だろ?」 三階にあるはずの部屋から飛び降りたというのに、庭から何事も無かったかのように返事をするネロをみて、ルイズは思わず足下をふらつかせた。 何なのだあの男は。三階から飛び降りて無事な人間など聞いたことがない。しかもネロは右腕を骨折しているのだ。怪我人が骨折必死のダイブを敢行するとはどういう事か。 そんなことを考えている内に、ネロは戻ってきた。 「は、早かったわね」 「そうか? 普通だろ」 さらりと答えたネロに対しルイズはさらに驚くが、ここはあえてスルー。平静を保つのよルイズ。 意味の分からない暗示をしつつ、ルイズはネロが汲んできた水で顔を洗った。 「じゃあ洗濯物干してよ。まだ濡れてるわ」 「まだこき使う気かよ……」 小さく舌打ちをしつつも、ネロは言われた通りにかごに入ったままだった服を干してゆく。 すると背後から響くルイズの声。 「それ終わったら着替えさせてちょうだい」 その一言についにネロも我慢の限界を超えたのか、彼にしては珍しく冷たく言い放った。 「それぐらい自分でしろ。それともお前は着替えも自分で出来ねぇのか?」 「貴族は下僕がいる時には、自分で服なんて着ないの!」 「メンドくせぇ。自分でしろ」 使い魔にあるまじきネロの態度に、とうとうルイズの方も堪忍袋の緒が切れたようだ。 「何よ!! そんな事言ってるとご飯食べさせてあげないわよ!?」 「ハッ。俺が飯で釣られると思ってんのか? めでたい嬢ちゃんだな」 「~~~~~っ!!! もう知らないっ!! 朝御飯も抜きだからね!!」 それで気が済んだ訳ではないだろうに、しかしそれでもルイズは自分で着替えを始めた。 ネロの方はそれを見向きもせずに無言で洗濯物を干すのを続けている。片腕だけに手間取っているようだ。 やがて着替えを終えたルイズは怒りが納まらぬ様子でネロに言った。 「私はこれから朝食を食べに行くけど、あんたはここで大人しくしてなさい!」 それだけ言い終えるとルイズは勢い良く扉を閉めて行ってしまった。 一人残されるネロ。 「…………マジで困ったもんだぜ。ありゃ」 しかし彼は気にした様子もなく寧ろ呆れたように一人呟いた。 別にネロはルイズの態度に腹を立てている訳ではない。ただ慣れない雑用が純粋に面倒くさいと思っただけだ。 「こいつも隠さなきゃなんねぇし……ホントにメンドくせぇぜ」 そう語る彼の視線は、左腕でさすられるギプスに包まれた右腕に注がれていた。 この右腕はもう忌むべきものではない―――そう分かってはいるものの、初対面の人間の前でいきなり見せる気には流石にまだならない。 いずれ時がきたら、この右腕もルイズに教えるべきだろうか―――ネロはそんな事を思った。 ―――to be continued……. 前ページ次ページZero May Cry
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/9488.html
前ページ次ページルイズと無重力巫女さん その日、王都トリスタニアにはやや物騒な恰好をした衛士たちが多数動き回っていた。 夏用の薄いボディープレートを身に着けた彼らは、市街地専用の短槍や剣を携えた者たちが何人も通りを行き交っている。 それを間近で見る事の出来る街の人々は、何だ何だと横切っていく彼らの姿を目にしては後ろを振り返ってしまう。 街中を衛士たちが警邏すること自体何らおかしい所はなかったが、それにしても人数が多すぎた。 いつもならば日中は二、三人、夜間なら三、四人体制のところ何と五、六人という人数で通りを走っていくのだ。 イヤでも彼らの姿は目に入るのだ。しかも一組だけではなく何組も一緒になっている事さえある。 正に王都中の衛士たちが総動員されているのではないかと状況の中、ふと誰かが疑問に思った。 一体彼らの目的は何なのかと?そもそも何かあってこれ程までの人数が一斉に動いているのかと。 勇敢にもそれを聞いてみた者は何人もいたが、衛士たちの口からその答えが出る事はなかった。 それがかえってありもしない謎をでっちあげてしまい、人々の間で瞬く間に伝播していく。 曰く王都にアルビオンの刺客が入り込んだだの、クーデターの準備をしている等々……ほとんどが言いがかりに近かったが。 とはいえありもしない噂を囁きあうだけで、誰も彼らの真の目的を知ってはいない。 もしもその真実が解決される前に明かされれば、王都が騒然とするのは火を見るよりも明らかなのだから。 朝っぱらからだというのに、夜中程とはいえないがそれなりの喧騒に包まれているチクトンネ街。 ここでもまた大勢の衛士たちが通りを行き交い、通りに建てられた酒場や食堂の戸を叩いたりしている。 一体何事かと目を擦りながら戸を開けて、その先にいた衛士を見てギョッと目を丸くする姿が多く見受けられる。 更には情報交換の為か幾つかの部隊が道の端で立ち止まって会話をしている所為か、それで目を覚ます住人も多かった。 煩いぞ!だの夜働く俺たちの事を考えろ!と抗議しても、衛士たちは平謝りするだけで詳しい理由を話そうとはしない。 やがて寝付けなくなった者たちは通りに出て、ひっきりなしに走り回る衛士たちを見て訝しむ。 彼らは一体、何をそんなに必死になって探し回っているのだろう?……と。 そんな喧騒に包まれている真っ最中なチクトンネ街でも夜は一際繁盛している酒場『魅惑の妖精』亭。 本来なら真っ先に戸を叩かれていたであろうこの店はしかし、まだその静けさを保っている。 あちこちで聞き込みを行っている衛士たちも敢えて後回しにしているのか、その店の前だけは素通りしていく。 基本衛士というのはその殆どが街や都市部の出身者で構成されており、それ以外の者――地方から来た者――は割と少数である。 つまり彼ら衛士の大半も俗にいう「タニアっ子」であり、当然ながらこの店の知名度はイヤという程知っている。 この店の女の子たちが抜群に可愛いのは知っている。当然、その女の子たちを雇っている店長が極めて゛特殊゛なのも。 もしも今乱暴に戸を叩けば、あの心は女の子で体がボディービルダーな彼のあられもない寝間着姿を見ることになるかもしれないからだ。 想像しただけでも恐ろしいのに、それをいざ現実空間で見てしまった時にはどれだけ精神が汚されるのか……。 衛士たちはそれを理解してこそ敢えて『魅惑の妖精』亭だけは後回しにしてしているのだ。 しかし、彼らの判断は結果的に彼ら自身の『目的』の達成を遅らせる形となってしまっていた。 『魅惑の妖精』亭の裏口、今はまだ誰もいないその寂しい路地裏へと通じるドアが静かに開く。 それから数秒ほど時間をおいて顔を出したのは、目を細めて警戒している霧雨魔理沙であった。 夏場だというのに黒いトンガリを被る彼女は相棒の箒を片手にそろりそろりと裏口から外の路地裏へと出る。 それから周囲をくまなく確認し、誰もいないのを確認した後に裏口の前に立っている少女へと合図を出した。 「……よし、今ならここを通って隣りの通りに出られるぜ」 「わかりました……、それでは行きましょう」 魔理沙からのOKサインを確認した少女――アンリエッタは頷きながら、彼女の後をついてゆく。 その姿は、いつも着慣れているドレス姿ではなく黒のロングスカートに白いブラウスというラフな格好だ。 ブラウスに関しては胸のサイズの関係かボタンを全て留めていないせいで、いささか扇情的である。 彼女はその姿で一歩路地裏へと出てから、心配そうに自分の服装を見直している。 「……本当にこの服をお借りして大丈夫なんでしょうか?」 「へーきへーき、理由を話せば霊夢はともかくルイズなら許してくれるさ。あ、帽子はちゃんと被っといた方がいいぜ?」 元々霊夢の服だったと聞かされて心配しているアンリエッタに対し、魔理沙は笑いながらそう答える。 彼女の快活で前向きな言葉に「……そうですか?」と疑問に思いつつも、アンリエッタは両手で持っていた帽子を被る。 これもまた霊夢の帽子であるが、幸い頭が大きすぎて被れない……という事はなかった。 服を変えて、帽子まで被ればあら不思議。この国の姫殿下から町娘へとその姿を変えてしまった。 最も、体からあふれ出る品位と身体的特徴は隠しきれていないが……前者はともかく後者は特に問題はないだろう。 本当にうまく変装できてるのか半信半疑である本人に対し、コーディネイトを任された魔理沙は少なからず満足していた。 念の為にとルイズ化粧道具を無断で拝借して軽く化粧もしているが、それにしても上手いこと変装できている。 恐らく彼女の顔なんて一度も見たことのない人間がいるならばこの女性がお姫様だと気づくことはないだろう。 少なくとも街中で彼女を探してあちこち行き来している衛士達は、その部類の人間だろう。ならば気づかれる可能性は低い。 単なる偶然か、それとももって生まれた才能なのか?アンリエッタの変装っぷりを見て頷いていた魔理沙は、彼女へと声を掛ける。 「ほら、そろそろ行こうぜ。ま、どこへ行くかなんてきまってないけどさ」 「あ、はい。そうですね。ここにいても怪しまれるだけでしょうし」 自分の促しにアンリエッタが強く頷いたのを確認してから、魔理沙は通りへと背を向けて路地裏の奥へと入っていく。 アンリエッタは今まで通った事がないくらい暗く、狭い路地裏から漂う無言の迫力に一瞬狼狽えてしまったものの、勇気を出して足を前へと向ける。 二人分の足音と共に、少女たちは太陽があまり当たらぬ路地裏へと入っていった。 それから魔理沙とアンリエッタの二人は、狭くなったり広くなったりを繰り返す路地裏を歩き続けていた。 トリスタニアは表通りもかなり入り組んだ街である。それと同じく路地裏もまた易しめの迷路みたいになっている。 かれこれ数分ぐらい歩いている気がしたアンリエッタは、ふと魔理沙にその疑問をぶつけてみることにした。 「あの、マリサさん?一体いつになったら他の通りへ出られるんでしょうか?」 「ん……あー!やっぱり不安になるだろ?最初私がここを通った時も同じような感想が思い浮かんできたなぁ~」 不安がるアンリエッタに対しあっけらかんにそう言うと、軽く笑いながらもその足は前へと進み続けている。 前向きすぎる彼女の言葉に「えぇ…?」と困惑しつつも、それでも魔理沙についていく他選択肢はない。 清掃業者のおかげで目立ったゴミがない分、変に殺風景な王都の路地裏を歩き続けた。 しかし、流石に魔理沙という開拓者のおかげで終着点は意外にも早くたどり着くことができた。 数えて五度目になるであろうか角を右に曲がりかけた所で、ふとその先から人々の喧騒が聞こえてくるのに気が付く。 アンリエッタはハッとした先に角を曲がった魔理沙に続くと、別の通りへと続く道が四メイル程先に見えている。 何人もの人々が行き交うその通りを路地裏から見て、ようやくアンリエッタはホッと一息つくことができた。 そんな彼女をよそに「ホラ、出口だぜ」と言いつつ魔理沙は先へ先へと足を進める。 それに遅れぬようにとアンリエッタも急いでその後を追い、二人して薄暗い路地裏から熱く眩い大通りへとその身を出した。 「……暑いですね」 燦々と照り付ける太陽が街を照らし、多くの人でごったがえす通りへと出たアンリエッタの第一声がそれであった。 王宮では最新式のマジックアイテムで涼しい夏を過ごしていた彼女にとって、この暑さはあまり慣れぬ感覚である。 自然と肌から汗が滲み出て、帽子の下の額からツゥ……と一筋の汗が流れてあごの下へと落ちていく。 これが街の中の温度なのかとその身を持って体験しているアンリエッタに、ふと一枚のハンカチが差し出される。 一体だれかと思って手の出た方へと目を向けると、そこには笑顔を浮かべてハンカチを差し出している魔理沙がいた。 「何だ何だ、もう随分と汗まみれじゃないか。そんなに外は暑いのか?」 「……えぇ。ここ最近の夏と言えば、マジックアイテムの冷風が効く屋内で過ごしていたものですから」 魔理沙が出してくれたハンカチを礼と共に受け取りつつ、それで顔からにじみ出る汗を遠慮なく拭っていく。 そうすると顔を濡らそうとしてくるイヤな汗を綺麗さっぱり拭き取れるので、思いの外気持ちが良かった。 「マリサさん、どうもありがとうございました」 汗を拭き終えたアンリエッタは丁寧に畳み直したハンカチを魔理沙へと返す。 それに対して魔理沙も「どういたしまして」と言いつつそのハンカチを受け取ったところでアンリエッタがハッとした表情を浮かべ、 「あ、すいません。そのまま返してしまって……」 「ん?あぁそういえば借りたハンカチは洗って返すのがマナーだっけか。まぁ別にいいよ、そんなに気にしなくても」 「いえ、そんな事おっしゃらずに。貴女にもルイズの事で色々と御恩がありますし」 「そ、そうなのか?それならまぁ、アンタのご厚意に甘えることにしようかねぇ」 肝心な時にマナーを忘れてしまい焦るアンリエッタに対して魔理沙は大丈夫と返したものの、 それでも礼儀は大切と教えられてきた彼女に押し切られる形で、魔法使いは再びハンカチを王女へと渡した。 預かったハンカチは後日洗って返す事を伝えた後、アンリエッタはフッと自分たちのいる通りを見回してみる。 日中のブルドンネ街は一目見ただけでもその人通りの多さが分かり、思わずその混雑さんに驚きそうになってしまう。 今までこの通りを通った事はあったものの、それは魔法衛士隊や警邏の衛士隊が道路整理した後でかつ馬車に乗っての通行であった。 こうして平民たちと同じ視点で見ることは全くの初めてであり、アンリエッタは戸惑いつつも久しぶりに感じた゛新鮮さ゛に胸をときめかせてすらいる。 老若男女様々な人々、どこからか聞こえてくる市場の喧騒、道の端で楽器を演奏しているストリートミュージシャン。 王宮では絶対に聞かないような幾つもの音が複雑に混ざり合って、それが街全体を彩る効果音へと姿を変えている。 アンリエッタはそれを耳で理解し、同時に楽しんでいた。これが自分の知らない王都の本当の顔なのだと。 まるで子供の様に嬉しがっていた彼女であったが、その背後から横やりを入れるようにして魔理沙が声を掛けた。 「あ~……喜んでるところ悪いんだが……」 彼女の言葉で意識を現実へと戻らされた彼女はハッとした表情を浮かべ、次いで恥かしさゆえに頬が紅潮してしまう。 生まれて初めて間近で見た王都の喧騒に思わず゛自分が為すべきこと゛を忘れかけていたのだろう、 改めるようにして咳ばらいをして魔理沙にすいませんと頭を下げた後、彼女と共にその場を後にした。 暑苦しい人ごみを避けるように道の端を歩きつつも、アンリエッタは先ほど子供の様に喜んでいた自分を恥じている。、 「すいません。……何分、平時の王都を見たのはこれが初めてでした故に……」 「へぇそうなのか?……それでも何かの行事で街中を通るときはあると思うが?」 「そういう時には大抵事前に通行止めをして道を確保しますから、自然と私の通るところは静かになってしまうんです」 アンリエッタの言葉に、魔理沙は「成程、確かにな」と納得している。 良く考えてみれば、今が夏季休暇だとはいえ人々で道が混雑する王都を通れる馬車はかなり限られるだろう。 いかにも金持ちの貴族や豪商が済んでいそうな豪邸だらけの住宅地に沿って作られた道路などは、馬車専用の道路が造られている。 それ以外の道路では馬車はともかく馬自体が通行禁止の場所が多く、他国の大都市と比べればその数はワースト一位に輝く程だ。 実際王宮から街の外へと出る為には通りを何本か通行止めにしなければならず、今は改善の為の工事が計画されている。 魔理沙も馬車が通りを走っているのをあまり見たことは無く、偶に住宅街へ入った時に目にする程度であった。 「こんなに人ごみ多いと、馬車に乗るよか歩いたほうが速いだろうしな」 すぐ左側を行き交う人々の群れを見つめつつも呟いてから、魔理沙とアンリエッタの二人は通りを歩いて行く。 やがて数分ほど歩いた所でやや大きめの広場に出た二人は、そこで一息つける事にした。 「おっ、あっちのベンチが空いてるな……良し、そこに腰を下ろすか」 魔理沙の言葉にアンリエッタも頷き、丁度木陰に入っているベンチへと腰を下ろす。 それに次いで魔理沙の隣に座り、二人してかいた汗をハンカチで拭いつつ周囲を見回してみた。 中央に噴水を設置している円形の広場にはすでに大勢の人がおり、彼らもまたここで一息ついているらしい。 ベンチや木の根元、噴水の縁に腰を下ろして友人や家族と楽しそうに会話をしており、もしくは一人で空や周囲の景色を眺めている者もいた。 そんな彼らを囲うようにして広場の外周にはここぞとばかりに幾つもの屋台ができており、色々な料理や飲み物を売っている。 種類も豊富で食べ物は暖かい肉料理から冷たいデザート、飲み物はその場で果物を絞ってくれるジュースやアイスティーの屋台が出ている。 どの屋台も売り上げは上々なようで、数人から十人以上の列まであり、よく見ると下級貴族らしいマントを付けた者まで列に並んでいた。 魔理沙はそれを見て賑やかだなぁとだけ思ったが、彼女と同じものを目にしたアンリエッタは目を輝かせながらこんな事を口にした。 「うわぁ、アレって屋台っていうモノですよね?言葉自体は知っていましたが、本物を見たのは初めてです!」 「え?あ、あぁそうだが……って、屋台を見るのも初めてなのか!?」 「えぇ!わたくし、蝶よ花よと育てられてきたせいでそういったモノに触れる機会が今まで無くて……」 アンリエッタの言葉に一瞬魔理沙は自分の耳を疑ったが、自分の質問に彼女が頷いたのを見て目を丸くしてしまう。 思わず自分の口から「ウッソだろお前?」という言葉が出かかったが、それは何とかして堪える事ができた。 魔理沙は驚いてしまった半面、よく考えてみれば王家という身分の人間ならば本当に見たことが無いのだろうと思うことはできた。 (子はともかく、親や教育者なんかはそういうのをとにかく低俗だ何だ勝手に言って見せないだろうしな) きっと今日に至るまで王宮からなるべく離れずに暮らしてきたかもしれないアンリエッタに、ある種の憐れみを感じたのであろうか、 魔理沙は座っていたベンチから腰を上げると、突然立ち上がった彼女にキョトンとするアンリエッタに屋台を指さしながら言った。 「折角あぁいうのが出てるんだ。何ならここで軽く飲み食いしていってもバチは当たらんさ」 「え?え、えっと……その、良いんですか?」 突然の提案に驚いてしまうアンリエッタに「あぁ」と返したところで、魔理沙は自分が迂闊だったと後悔する。 確かに豪快に誘ったのはいいものの、それを手に入れる為のお金を彼女は持っていなかったのだ。 今日もお昼ごろになった所で用事を済ませたルイズや霊夢と合流して、三人一緒にお昼を頂く筈であった。 その為今の彼女の懐は文字通りのスッカラカンであり、この世界の通貨はビタ一文入っていない。 それを思い出し、苦虫を噛んでしまったかのような表情を浮かべる普通の魔法使いに、アンリエッタはどうしたのかと声を掛ける。 「あ……イヤ、悪い。偉そうに提案しといて何だが、今の私さ……お金を全然持ってなかったのを忘れてたぜ」 「……!あぁ、そういう事なら何の問題もありませんわ」 申し訳なさそうに言う魔理沙の言葉に王女様はパッと顔を輝かせると、懐から掌よりやや大きめの革袋を取り出して見せた。 突然取り出した革袋を見てそれが何だと聞く前に、アンリエッタは彼女の前でその袋の口を縛る紐を解きながら喋っていく。 「実は私、単独行動をする前にお付きの者に何かあった時の為にとお金を用意してもらったんですよ。 とは言っても、ほんの路銀程度にしかなりませんが……でも、あそこの屋台のお料理や飲み物なら最低限買えるだけの額はあると思うわ」 そう喋りながらアンリエッタは紐を解いた袋の口を開き、中にギッシリと入っているエキュー金貨を魔理沙に見せつける。 何ら一切の悪意を感じないお姫様の笑顔の下に、一文無しな自分をあざ笑うかのように黄金の輝きを放つエキュー金貨たち。 てっきり銀貨や銅貨ばかりだと思っていた魔理沙は息を呑むのも忘れて、輝きを放ち続ける金貨を凝視するほかなかった。 「……なぁ、これの何処が路銀程度なのかちょいと教えてくれないかな?」 「…………あれ?私、何か変な事言っちゃいましたか?」 呆然としつつも、何とか口にできた魔理沙の言葉にアンリエッタは笑顔のまま首を傾げる他なかった。 やはり王家とかの人間は庶民とは金銭感覚が大きく違うのだと、霧雨魔理沙はこの世界にきて初めて実感する事ができた。 ひとまず代金を確保する事ができたので、魔理沙はアンリエッタを伴って屋台を巡ってみる事にする。 食べ物と飲み物の屋台はそれぞれ二つずつの計四つであったが、それぞれのメニューは豊富だ。 最初の屋台は肉料理系の屋台で、いかにも屋台モノの食べやすい料理が一通り揃っており、香ばしい匂いが鼻をくすぐってくる。 スペアリブや鶏もも肉のローストはもちろんの事、何故かおまけと言わんばかりにタニアマスの塩焼きまで並んでいる。 もう一つはそんなガッツリ系と対をなすデザート系で、今の季節にピッタリの冷たいデザートを売っているようだ。 今平民や少女貴族たちの間で流行っているというジェラートの他にも、キンキンに冷やした果物も売りの商品らしい。 横ではその果物を冷やしているであろう下級貴族が冷やしたてだよぉー!と声を張り上げている姿は何故か哀愁漂うが印象的でもある。 下手な魔法は使えるが碌な学歴が無い彼らにとって、こういう時こそが一番の稼ぎ時なのであった。 「さてと、メインとなるとこの屋台しか無いが、うぅむ……どのメニューも目移りするぜ」 「た、確かに……私も見たことのないような名前の料理がこんなにあるなんて……むむむ」 すっかり王女様に奢られる気満々の魔理沙は、アンリエッタと共に屋台の横にあるメニューを凝視している。 一応メニューの横にはその名前の料理のイラストが小さく描かれており、文字が分からなくてもある程度分かるようになっている。 無論アンリエッタは文字の方を見て、魔理沙はイラストと文字を交互に見比べながらどれにしようか悩んでいた。 屋台の店主とバイトであろうエプロン姿の男女はそんな二人の姿を見て微笑みながら、その様子をうかがっている。 それから数分と経たぬ内、先に声を上げたのは文字を見ていたアンリエッタであった。 「私はとりあえず……この料理にしますが、マリサさんはどうしますか?」 彼女はメニュー表に書かれた「羊肉と麦のリゾット」を指で差しつつ、目を細める魔理沙へと聞く。 そんな彼女に対して普通の魔法使いも大体決めたようで、同じようにメニューの一つを指さして見せる。 「んぅ~そうだなぁ、大体どんな料理なのかは絵を見れば察しはつくが……ま、コレにしとくか」 そう言って彼女が選んだメニューは真ん中の方に書かれた「冷製パスタ 鴨肉の薄切りローストにレモン&ソルトペッパーソースを和えて」であった。 いかにも屋台向けな料理の中でイラストの方で異彩を放っていたからであろう、上手いこと彼女の目を引いたのである。 メニューが決まれば後は注文するだけ、という事でここは魔理沙が鉄板でソーセージを焼いていた男にメニューを指さしながら注文を取った。 「あいよ、その二つでいいね?それじゃあ出来上がりにちょっと時間が掛かるから、その間飲み物でも頼んできな」 「成程、隣に飲み物系の屋台がある理由が何となく分かったぜ。じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ」 まさかの協力関係にある事を知った魔理沙は手を上げて隣の屋台へと足を運ぼうとした所で、彼女から注文を聞いた店員が慌てて呼び止めてきた。 「っあ、お嬢ちゃん!ゴメンちょいと待った!ウチ前払いだったから、悪いけど先にお金払っといてくれるかい」 「お、そうか。じゃあそっちのア……あぁ~、私の知り合いに頼んでくれるかい?」 「あ、は……はい分かりました。それじゃあ私が――」 危うく名前を言いかけた魔理沙に一瞬ヒヤリとしつつも、アンリエッタは金貨入りの革袋を取り出して見せる。 幸い顔でバレてはいないものの、流石に名前を聞かれてしまうとバレる可能性があったからだ。 何せ実際に顔を見たことがなくとも、自分の肖像画くらいは街中で見かけたことがある人間はこの場にいくらでもいるだろう。 先に名前の事で相談しておくべきだったかしら?……軽い失敗を経験しつつも、アンリエッタは生まれて初めてとなる支払いをする事となった。 「えぇっと……お幾らになるでしょうか?」 「んぅと、リゾットとパスタだから……合わせて十五スゥと十七ドニエだね」 「え?スゥと…ドニエですか?」 一般的な屋台価格としてはやや強気な値段設定ではあるが、それなりのレストランで出しても大丈夫な味と見栄えである。 それを含めての強気設定であったが、値段を聞いたアンリエッタは目を丸くしつつも革袋の中からお金を取り出した。 「あの、すいません……今銀貨と銅貨が無いのですが……これは使えるでしょうか?」 「ん?え……エキュー金貨!?それもこんなに!?」 そう言って差し出した数枚の金貨を見て、店員は思わずギョッとしてしまう。 新金貨ならともかくとして、まさか一枚あたりの単位が最も高額なエキュー金貨を数枚も屋台で出されるとは思っていなかったのだ。 調理や盛り付けをしていた他の店員たちも驚いたように目を見開き、本日一番なお客様であるアンリエッタを注視した。 一方でアンリエッタは、突然数人もの男女からの視線を向けられた事に思わす動揺してしまう。 「え?あの……ダメでしたか?」 「だ…ダメ?あ、いえいえ!充分ですよ……っていうかそんなにいりませんよ!この一枚だけで充分です!」 そう言って店員はアンリエッタが取り出した数枚の内一枚を手に取ると、「あまり見せびらかさないように」とアンリエッタに小声で注意してきた。 「ここ最近ですけど、何やらお客さんみたいに大金を持ち歩いてる人を狙って襲うスリが多発してるそうなんですよ。 犯人の身元は未だ分からないそうですから、お客さんもこんなに大金持ち歩いてる時は気を付けた方がいいですよ?」 親切心からか、店員が話してくれた物騒な事件の話にアンリエッタは「え、えぇ」と動揺しつつも頷いて見せる。 それに続くように店員も頷くと彼は「店からお釣り取ってくる!」と仲間に言いながらその場を後にして行った。 その後、別の店員から注文の品ができるまでもう少し待ってほしいとと言われた為、魔理沙と共に飲み物を決めることにした。 暫し悩んだ後でアンリエッタが決めたのはレモン・アイスティーで、魔理沙はレモンスカッシュとなった。 「はいよ、コップに入ってるのがアイスティーでこっちの大きめの瓶がレモン・スカッシュね!」 「有難うございます」 アンリエッタは軽く頭を下げて、魔理沙が飲み物の入ったそれぞれの容器を手にした時であった。 先ほど料理を頼んだ屋台から自分たちを読んでいるであろう掛け声が聞こえた為、急いでそちらへと戻る。 すると案の定、アツアツのドリアと冷静パスタが出来上がった品を置くためのカウンターに用意されていた。 「はいお待ちどうさん!ドリアの方は熱いから気を付けて!あ、食べ終わったお皿はそこの返却口に置いといてね」 「あっはい、分かりました。はぁ、それにしても中々どうして美味しそうですねぇ」 ツボ抜きしたタニアマスを串に通しながらも快活に喋る女性店員から説明を聞きつつ、二人は料理の入った木皿を手に取った。 オーブンから出したばかりであろうドリアは表面のチーズがふつふつと動いており、焼いたチーズの香ばしくも良い匂いが漂ってくる。 対して魔理沙の冷製パスタも負けておらず、スライスされた鴨肉のローストと特性ソースがパスタに彩を与えている。 どうやらトレイも一緒に用意されているようで、魔理沙たちはそれに料理と飲み物に置いてどこか落ち着いて食べられる場所を探す事にした。 広場には人がいるもののある程度場所は残っており、幸いにも木陰の下に設置された木製のテーブルとイスを見つけることができた。 「良し、ここが丁度いいな。じゃ、頂くとするか」 「そうですね……では」 脇に抱えていた箒を傍に置いてから席に座り、トレイをテーブルの上に置いた魔理沙はアンリエッタにそう言いながらフォークを手に取った。 木製であるがパスタ用に先が細めに調整されたそれでいざ実食しようとした、その時である。 ふと向かい合う形で座っているアンリエッタへと視線を移すと、彼女は湯気を立たせるドリアの前で短い祈りの言葉を上げていた。 「始祖ブリミルよ、この私にささやかな糧を与えてくれた事を心より感謝致します……―――よし、と」 短い祈りが終わった後、小さな掛け声と共にアンリエッタはスプーンを手に取って食べ始める。 久しぶりにこの祈りの言葉を聞いた魔理沙も思い出したかのように、目の前のパスタを食べ始めていく。 暫しの間、互いに頼んだ料理に舌鼓を打ちつつ。三十分経つ頃には既に食べ終えていた。 「ふい~、美味しかったなぁこのパスタ。冷製ってのも案外イケるもんだぜ」 レモンスカッシュの残りを飲みつつも、ちょっとした冒険が上手くいった事に彼女は満足しているようだ。 アンリエッタの方も頼んだドリアに文句はないようで、ホッコリした笑顔を浮かべている。 「いやはやこういう場所で物を食べるのは初めてでしたが、おかげでいい勉強になりました」 「その様子だと満更悪く無かったらしいな?美味しかったのか」 「えぇ。味は少々濃い目で単調でしたが、もうちょっと野菜を加えればもっと美味しくなると思いました」 マッシュルームとか、ズッキーニとか色々……と楽しそうに料理の感想を口にするアンリエッタ。 魔理沙は魔理沙でその姿を案外美味しく食べれたという事に僅かながらの安堵を覚えていた。 あんなお城に住んでいるお姫様なのだ、てっきり口に合わないとへそを曲げるかと思っていたのだが、 中々どうして庶民の料理もいける口の持ち主だったようらしく、こうして心配は無事杞憂で済んだのである。 (ま、本人も本人で楽しんでるようだしこれはこれで正解だったかな?) 初めて食べたであろう庶民の味を楽しんでいるアンリエッタを見ながら、魔理沙は瓶に残っていた氷をヒョイっと口の中へと入れる。 先ほどまでレモン果汁入りの炭酸飲料を冷やしていたそれを口の中で転がしつつ、慎重にかみ砕いてゆく。 その音を耳にして何だと思ったアンリエッタは、すぐに魔理沙が氷を食べているのに気が付き目を丸くする。 「まぁ、氷をそのまま食べているの?」 「んぅ?あぁ、口の中がヒンヤリして夏場には中々良いんだぜ。何ならアンタもどうだい?」 「ん~……ふふ、遠慮しておきますわ。もしもうっかり歯が欠けたら従徒のラ・ポルトに怒られちゃいますから」 「なーに、かえって歯が丈夫になるさ。まぁ子供の頃は何本か折れたけどな」 暫し考える素振りを見せた後で、微笑みながらやんわりと断るアンリエッタに、魔理沙もまた笑顔を浮かべもながら言葉を返す。 真夏の王都、屋台の建てられた広場で休む二人は、まるで束の間の休息を満喫しているかのようだ。 傍から見ればそう思っても仕方のない光景であったが、そんな暢気な事を言ってられないのが現実である。 何せ今、王都のあちこちにアンリエッタを探そうとしている衛士が徒党を組んで巡回している最中なのだから。 そしてアンリエッタは今のところ――本来なら自分の身を守ってくれる彼らから逃げなければいけない立場にある。 どうして?それは何故か?詳しい理由を未だ教えられていない魔理沙は、ここに至ってようやくその理由を聞かされる事になった。 軽食を済ませてトレイ等を返却し終えた二人は、日中はあまり人気のない裏通りにいた。 活気があり、飲食店や有名ブランドの店が連なる表通りとは対照的な静かな場所。 客足は少々悪いが静かにゆっくりと寛げる食堂に、素朴な手作りの日用雑貨や外国製の安い服がうりの雑貨屋など、 観光客ではなくむしろ地元の人々向けの店がポツン、ポツンと建っているそんな場所で魔理沙はアンリエッタから『理由』を聞かされていた。 「獅子身中の虫だって?」 「はい。それもそこら辺の虫下しでは退治できないほどに成長した、アルビオンの息が掛かった厄介な虫です」 「……成程、つまりはあのアルビオンのスパイって事か。それも簡単に倒せない厄介なヤツだと」 最初にアンリエッタが口にした言葉で、魔理沙は゛虫゛という単語の意味を理解することができた。 獅子身中の虫――寄生虫を想起させるような言葉であるが、本来は国に危機をもたらすスパイという意味で使われる。 そして彼女の言葉を解釈すれば、そのスパイはそう簡単に豚箱にぶちこめるレベルの人間ではないようだ。 同時に魔理沙は気が付く、彼女を探し出している衛士達から逃げているその理由を。 「まさか?今街中をうろつきまわってる衛士たちってのは、そいつの手先って事か?」 思いついたことをひとまず口にした魔理沙であったが、アンリエッタはその仮説に「いいえ」と首を横に振った。 「彼らは上からの命令を受けて、あくまで純粋に私を保護する為に動いているだけです」 「そうなのか?じゃあこうして人目のつかない所をチョロチョロ動き回る必要は無さそうだが……事はそうカンタンってワケじゃあないってか」 アンリエッタの言葉に一度は首を傾げそうになった魔理沙はしかし、彼女の表情から複雑な理由があると察して見せる。 魔理沙の言葉にコクリと頷いて、アンリエッタはその場から見る事の出来る王宮を見上げながら言った。 「酷い例えかもしれませんが、これは釣りなんです。私を餌にした……ね」 「釣りだって?そりゃまた……随分と値の張った餌だな、オイ」 自分では気の利いた事を言っているつもりな魔理沙を一睨みみしつつも、彼女は話を続けた。 今現在この国にいる少数の貴族は神聖アルビオン共和国のスパイ――もとい傀儡として動いている事が明らかになっている。 無論彼らの動向はほぼ掴んでおり、捕まえること自体は容易いものの彼らを捕まえたとしても敵の情報を知っているワケではない。 しかし一番の問題は、その傀儡を操っているであろう゛元締め゛がこの国の法をもってしても容易には倒せない存在だという事だ。 「この国の法を……って、王族のアンタでも……なのか?」 「流石にそこまでの相手ではありません。しかし、今すぐ逮捕しようにも手が出せない相手なのです」 この国で一番偉い地位にいる少女の口から出た言葉に、流石の魔理沙も「まさか」と言いたげな表情を浮かべている。 そんな彼女に言い過ぎたと訂正しつつも、それでも尚強大な地位にいるのが゛元締め゛なのだと伝えた。 誇張があったとはいえ、決して規模が小さくなってない゛元締め゛の存在に魔理沙は苦虫を噛んでしまったかのような表情を浮かべてしまう。 「……最初はちょっと面白そうな話だと思ってた自分を殴りたくなってきたぜ」 「貴女を半ば騙して連れてきた事は謝ります。ですが自分への八つ当たりは、過去へ跳躍する方法が分かってからにしてくださいな」 「んぅ~……まぁいいさ。どうせ過去の私に言って聞かせても、結果は同じだと思うしな?」 そんなやり取りの後、アンリエッタは再びこの国に蔓延るスパイについての話を再開する。 アルビオンから情報収集を頼まれたであろう゛元締め゛がまず行ったのは、傀儡役となる貴族たちへの声掛けであった。 ゛元締め゛が最適の傀儡と見定めた貴族は皆領地経営で苦しみ、土地持ちにも関わらずあまり金を稼げていない貧乏貴族に絞っている。 お金欲しさに領地に手を出して失敗している者たちは、その大半が楽して大金を稼ぎたいという邪な思いを持っているものだ。 彼らの殆どはその土地ではなく王都に住宅を建てて暮らし、儲からない領地と借金を抱えて日々を暮らしている。 そういった人間を探し当てるのに慣れた゛元締め゛は、前金と共に彼らの前に現れてこう囁くのである。 ―――この国の機密情報を盗み取ってアルビオンに渡せば億万長者となり、かの白の国から土地と欲しい褒美を貰えるぞ……――と。 無論これを聞かされた全員がそれに賛同する筈はないだろう、きっと何人かは゛元締め゛を売国奴と罵るだろう。 しかし゛元締め゛は一度や二度怒鳴られる事には慣れており、シールのように顔に張り付いた不気味な笑みを浮かべて囁き続ける。 こんな国には未来はない、いずれは大国に滅ぼされる。そうなる前にアルビオンへとこの国を売り渡し、今のうちの将来の地位を築くべき――だと。 「おいおい……いくら何でもそれはウソのつき過ぎだろ?ちよっと物騒だが、別に無政府状態ってワケでもないだろうに」 そこまで聞いたところで待ったを掛けた魔理沙であったが、彼女の言葉にアンリエッタは自嘲気味な笑みを浮かべてこう返した。 「知ってますか?このハルケギニア大陸に幾つかある国家の中に、王家の者がいるのに玉座が空いたままの国があるそうですよ? 王妃は夫の喪に服するといって戴冠を辞退し、まだ子供の王女に任せるのは不安という事で年老いた枢機卿にすべてを任せてしまっている国が……」 不味い、被弾しちまったぜ。――珍しく自分の言葉を間違えた気がした魔理沙は、知り合いの半妖がくれた黒い飴玉を口にした時のような表情を浮かべて見せた。 「あー……悪い、そういやここはそういう国なんだっけか?」 わざとらしく視線を横へ逸らすのを忘れが申し訳なさそうに謝った魔法使いは、件の飴玉を口にした時の事も思い出してしまう。 おおよそ人が食べてはいけないような味が凝縮されたあの飴玉を食べてしまった時の事と比べれば、この失言も大した事ではないと思えてくる。 「まぁそんな状態もあと少しで終わりますので心配しないでください。それよりも先に片付けねばならない事があるのですから」 とりあえずは謝ってくれた魔理沙にそう返しつつ、アンリエッタはそこから更に話を続けていく。 自分が仕える国から機密情報を盗み出せば、大金と褒美を得られるぞ。 そんな甘言を囁かれても、大半の貴族は囁いた本人を売国奴として訴えるのが普通であろう。 しかし゛元締め゛は知っていたのだ、例えをトリステイン貴族でなくなったとしても金につられてくれるであろう貴族たちの所在を。 ゛元締め゛はそうした貴族達だけをターゲットに絞り、根気よく説得しては自分の手駒として情報を集めさせたのである。 一方で傀儡となった者たちはある程度情報を集めた所で゛元締め゛からアルビオン側の人間との合流場所を知らされる。 そしてその合流場所へと行き観光客を装った彼らから報酬を受け取り、情報を渡してしまえば立派な売国奴の出来上がりだ。 後は逮捕されようが殺されようが構いやしないのである。今のアルビオンにとって、この国の貴族は本来敵として排除するべき存在。 ましてや金に目が眩み機密情報を平気で渡すような輩など、信用してくれと言われてもできるワケがない。 結局、゛元締め゛の言いなりになっている貴族たちは目先の利益に問われた結果、最も大事な゛信用゛を失ってしまったのである。 「そんならいくら尻尾振ったって意味なくないか?第一、貴族ってそんなに金に困ってるのか?」 「王家である私やヴァリエール家のルイズはともかく、貴族が全員お金に困らない生活をしてるってワケではありませんしね」 下手すればそこら辺の平民よりも月に消費するお金が多いのですから、アンリエッタは歯痒い思いを胸に抱いてそう言う。 国を運営していくのに綺麗ごとでは済まない事は多いが、日々の生活に困窮する貴族の数は年々増えつつある。 最初こそそれは学歴がなくまともな職にもつけない下級貴族たちが主流であったが、今では中流の貴族たちもその中に入ろうとしていた。 「領地経営だって軽い気持ちでやろうとすれば必ず痛い目を見て、そこで生まれた負担金は経営者の貴族が支払ねばなりません。 想像と違って上手くいかない領地の経営に、身分に合わぬ浪費でどんどん手元から無くなっていく財産に、そこへ割り込むかのように増えていく借金……。 今ではそれなりの地位にいる者たちでさえお金が無いと喘いでいる今の世情を利用して、゛元締め゛は甘い蜜を吸い続けているのです」 華やかな王都の下に隠れる陰惨な現実を語りながらも、アンリエッタはさらに話を続ける。 そうして幾つもの人間を駒として操り、アルビオンに情報を渡す゛元締め゛本人は決してその尻尾を出すことは無い。 自らは舞台裏の者としての役割に徹し、例え傀儡たちが死のうともその正体を露わにすることはなかった。 ……そう、ヤツは決して表舞台には姿を現さないのだ。――余程の゛緊急事態゛さえ起こらなければ。 「――成程、アンタがやろうとしている事が何となく分かってきた気がするぜ」 「何が分かったのかまでは知りませんが、私の考えている通りならば後の事を口にする必要はありませんね?」 ゛緊急事態゛という単語を聞いた魔理沙は彼女の言わんとしている事を察したのか、ニヤリとした笑みを浮かべてみせた。 一方のアンリエッタも、魔理沙の反応を見て自分の言いたい事を彼女が察してくれたのだと理解する。 両者揃ってその口元に微笑を浮かべ、互いに同じことを考えているのだと改めて理解した。 「成程な、釣りは釣りでも随分とドでかい獲物を釣り上げる気のようだな?」 「まぁ、あくまで餌役は私なんですけね?」 最初こそ自分を殴りたいと言って軽く後悔していた魔理沙は、今やすっかりやる気満々になっている。 権力を隠れ蓑にして他人を操り、自分の手は決して汚そうとしない゛元締め゛を釣りあげるという行為。 ヤツは余程の事が起こらない限り姿を見せない。そんな相手を表舞台に引きずり出すにはどうすればいいのか? その答えは簡単だ。――起こしてやればいいのである、その余程どころではない゛緊急事態゛を。 例えばそう、何の前触れもなくこの国で最も重要な地位についている人間が失踪したりすれば……どうなるか? 護衛はしっかりしていたというのに、まるで神隠しにでも遭ってしまったかのように彼らに気取られず姿を消してみる。 するとどうだろうか、絶対かつ完璧であった護衛の間をすり抜けて消えてしまった要人に彼らは大層驚くだろう。 一体どこへ消えたのか騒ぎ立て、やがて油に引火した炎のように騒ぎはあっという間に周囲へ広がっていく。 やがて要人失踪の報せは他の要人たちへと届き、各地の関所や砦では緊急事態の為通行制限がかかる。 そのタイミングでわざと教え広めるのだ、要人の姿をここ王都で目撃したという偽の情報を。 当然それが仕掛けられたモノだと気づかない第三者たちは、そこへ警備を集中配置して情報収集と要人確保の為に動く。 そこに来て゛元締め゛は焦り始めるのだ。――なぜ、こんなタイミングであのお方は姿を消したのだと。 恐らく彼は自分の味方へと疑いを向けるだろう。この国の王権を打倒せんと企んでいるアルビオンの使者たちを。 彼らは味方だがこちらの意思で完全に動いているワケではない、彼らには彼らなりの計画がしっかり用意されている。 もしもその計画の中に要人の誘拐もしくは暗殺が入っており、尚且つそれを自分に知らせていなかったら……? まるで底なし沼に片足を突っ込んでしまった時のように、゛元締め゛はそこからずぶずぶと疑心暗鬼という名の沼に沈むほかない。 疑いはやがて確信へと変貌を遂げて、本人を外界へと引きずり出すエネルギーとなるだろう。 それ即ち、アルビオンの人間と直接話し合うために゛元締め゛自らがその体を動かして外へと出るという事を意味するのだ。 今まで自分に火の粉が降りかからぬ場所で多くの貴族たちを動かし、気楽に売国行為をしていた゛元締め゛。 しかし、ふとしたキッカケで彼らに疑いを持ち始めた゛元締め゛は、自ら動いてアルビオンの人間たちに問いただしに行く。 それが仕組まれていた事――そう、要人が消えた事さえ彼を表舞台に上がらせる為の罠だという事にも気づかず。 そして食いついた所で釣りあげてやるのだ。強力な地位を利用して国を売ろとした男と、それに関わる者たち全てを。 「それが今回、私に仕える者が提案した『釣り』のおおまかな流れです」 表の喧騒から遠く、時間の流れさえゆったりとしたものに感じられる人気の無い路地裏で、アンリエッタは今回の作戦を教え終えた。 そんな彼女に対して珍しく黙って聞いていた魔理沙は面白そうに短い口笛を吹いたのち、「成程な」と一人頷く。 「餌も上等なら、釣り針や竿も最高級ってヤツか?この国の重役なら絶対に動揺すると思うぜ?」 「それはそうでしょうね。何せ今はこの王都に通常よりも倍の衛士たちが入ってきていますから」 魔理沙の言葉にアンリエッタそう返しつつ、ふと表の通りから聞こえてくる喧騒に衛士達の走り回る音も混じってきているのに気が付く。 規律の取れた軍靴が一斉に地を踏み走る音靴は、彼らが六人一組で行動している事を意味する音。 きっとそう遠くないうちにも、この路地裏にも捜査の魔の手が伸びるのは間違いない。 アンリエッタは魔理沙と目配せをした後で自ら先頭に立ち、隠れ場所を探しつつ街の中を進んでいく。 途中表通りへと繋がっている場所を避けつつ、彼女は衛士に見つかってはいけない理由も話してくれた。 「ここまでは計画通りです。しかし……もしここで衛士達に見つかり、捕まってしまえば全てが無に帰してしまいます。 恐らく私が確保されたという報告は、すぐにでも゛元締め゛の耳に届く事でしょう。そうなれば後はヤツの思うがまま、 アルビオンの使者とすぐに仲直りした後で、持てるだけの情報を持たせて彼らを白の国へと送った後で、すべての証拠を隠滅―― そして持ち帰った情報で彼らはわが国で戦争を始めるつもりなのです。ゲルマニアやガリアの僻地で起きているモノと同じ形式の戦争を……」 戦争だって?――王女様の口から出た物騒な単語に、流石の魔理沙も眉を顰める。 トリステイン自体が幻想郷程……とは言わないが相当平和な国だというのは彼女でも理解している。 平和とはいっても化け物に襲われたりこの前はあのアルビオンとかいう国が攻めてきたりしたが、それは一般大衆にはあまり関係ないことだろう。 現にこの街に住んでる人々はかの国と実質戦争状態にあるというのに、いつも変りなく暢気に暮らしている人間が大半を占めているのだ。 そんな平和なこの国で――彼女の言い方から察するに最低でも国内で――戦争が起こるなどとは、上手いこと想像ができないでいる。 それに魔理沙自身、ちゃんとしたルールに則った争い……つまりは弾幕ごっこが戦いの基本となった幻想郷の出身者という事もあるだろう。 深刻な表情をして国で戦争が起きるかもしれないと呟くアンリエッダの言葉に肩を竦め、信じられないと言うしかなかった。 「おいおい戦争って……いくらなんでも、そこまで発展したりはしないだろ?」 「確かに貴女の言う通りです。王政の管轄領地やラ・ヴァリエ―ルなどの古くから仕える者たちの領地で起こりえないでしょう、――しかし 「しかし?」 「管理の行き届かない領地、つまりは僻地で戦争が起きる可能性は決して無いとは言い切れないのですよ」 深刻な表情のまま言葉を終わらせたアンリエッタに、魔理沙は口から出かかった「マジかよ」という言葉を飲み込む事はできなかった。 そしてふと思った。この世界では、ふとした拍子や失敗で簡単に戦争が起こってしまうのではないのかと。 011 そんな気味の悪い事を考えてしまった魔理沙は、アンリエッタに続くようにして自らも重苦しい表情を浮かべてしまう。 いつも何処か得意げなニヤつき顔を見せてくれている彼女には、あまりにも不釣り合いかつ真剣な顔色である。 今の彼女の表情を霊夢やアリス、パチュリーといった幻想郷の知人が見ればきっと今夜の夜空は物騒になるだろうと誰もが笑うに違いない。 幸か不幸か今はそんな奴らもいないので、彼女は恥かしい思いをすることもせず気兼ねなく真剣な表情を浮かべることができていた。 アンリエッタはアンリエッタでこれからの作戦の成否で国の運命が掛かっていると知っているためか、魔理沙以上に真剣な様子を見せている。 魔理沙と出会う前はサポートがいてくれたおかげで何とか王都まで隠れる事はできたが、ここからが正念場というヤツなのだろう。 お供の魔法使い共々衛士たちに捕まり、正体がバレてしまえば――最悪敵である、あの゛男゜にこちらの出方を読まれる恐れがある。 元締め――もといあの゛男゛は馬鹿でもないし、間抜けでもない。秀才であり、なおかつ政敵との戦いにも打ち勝ってきた強者だ。 でなければこの国であれだけの地位――トリステイン王国の法と裁きを司る高等法院の頂点に立てはしないだろう。 無論スパイとして発覚する以前に賄賂の流通があったという話は聞くが、それだけで検挙できるのならここまでの苦労はしない。 一度は地の底に這いつくばり、血の涙も枯れてしまう程の努力を積み重ねてきた末の結果とも言うべき輝かしくも陰影が残る功績。 自らの欲と目的を達成するためには殺人すら含めたありとあらゆる手段を尽くし、自分に都合の悪い情報は徹底してもみ消してのし上がっていく。 彼の裏の顔を知ろうと迂闊にも接近し過ぎてしまい、文字通り消された密偵の数は恐らく二桁近くに上るであろう。 その一方では法の番人として国の法整備や裁判等に尽力し、先代の王や若かりし頃の枢機卿が彼を百年に一度の人材と褒めたたえている。 表と裏。人間ならばだれしも持っているであろう二面のギャップが激しすぎる彼は、そう簡単には捕まらないであろう。 だからこそこの事態をチャンスにして捕まえ、そして聞き質さなければいけない。 ―――――幼子であった頃の自分を、まるで本物の父親に様にあやしてくれた貴方の笑顔は作り物だったのかと。 (その為にも今は絶対に捕まらないよう、気を付けないと……) 愛するこの国の為、どうしても聞き出さなければいけない事の為、アンリエッタは改めて決意する。 アンリエッタからこの任務の大切さを今更聞き、重責を負ってしまった事を実感している霧雨魔理沙。 二人して人気のない裏路地で屯する形となり、アンリエッタはこれからどう動こうかという相談をしようとしていた――が、 そんな彼女たちを不審者と判断しないほど、トリスタニアは平和ボケしているワケではなかった。 それは二人の背後、裏通りから大通りへと続く路地から何気ない会話と共にやってきたのである。 「バカ言ってんじゃねえよ?大金張ったルーレットでそんな命知らずみたいな芸当できるワケが……ん?」 「だからさぁ、本当なんだって!そりゃもう信じられない位正確に……って、お?」 ギャンブル関係の話をしながらやってくる二人組の男の声を聞いて咄嗟に振り向いたアンリエッタは、サッと顔が青くなる。 彼女に続くようにして魔理沙もまた振り向き、丁度自分たちに気づいた男たちと目を合わせる形となってしまった。 声の正体はこの王都にも良くいるようなチンピラではなく、むしろそのチンピラにとっては天敵ともいえる存在。 お揃いの軽い胸当てに夏用の半袖服と長ズボンに、市街地での戦いに特化した短槍を手に街の治安を守るもの。 鎧の胸部分に嵌め込まれているのは、白百合と星のエンブレム。そう、トリスタニアの警邏衛士隊のシンボルマークだ。 二人そろってそのエンブレムの付いた胸当てを身に着けているという事は、彼らが衛士隊の人間であることは間違いない。 自分たちの姿を見て足を止めた衛士達を前に、アンリエッタはすぐに魔理沙の手を取りその場を去ろうと考える。しかし、 「あーちょい待ち。そこの黒白、確かぁ~キリサメマリサ……だったっけ?」 「え?確かに私だが……何で知ってるんだよ?」 間が悪く、彼女の手を取ろうとした所で衛士の一人が魔理沙の名前を出して呼び止めてきたのだ。 魔理沙は見知らぬ他人に名を当てられて目を丸くしており、片方の衛士も「知り合いか?」と相棒に聞いている。 「いえ、ちょっと前にこの子が取り調べられましてね、その時の調書担当が自分だったんだよ」 「――あぁ、そういえばいたなアンタ。随分前の事だったから記憶に残ってなかったぜ」 彼の言葉で思い出したのか、魔理沙が手を叩きながら言った所で衛士は彼女の隣にいるアンリエッタにも話しかけた。 「で、そこにいる君は誰なんだい?ここらへんじゃあ見たこと無さそうな雰囲気だけど?」 「あ、その……私は――」 まさか話しかけられるとは思っていなかったアンリエッタは、どう返事したらいいか迷ってしまう。 衛士の表情から察するに、ちょっとしたナンパ程度で声を掛けたのではないとすぐに分かる。 あくまで仕事の一環として――少なくとも今伝えられている事態を考慮して――声を掛けたのは一目瞭然だ。 もう片方の衛士も言葉を詰まらせているアンリエッタに、怪訝な表情を見せている。 迷っている時間は無い。そう直感したアンリエッタに、魔理沙が救いの手を差し伸べてくれた。 「悪い悪い、衛士さん。こいつは私の知り合いなんだよ」 「知り合い?」 「あぁ、今日王都に遊びに来るっていうから私がちょっとした観光役をやらせてもらってるんだよ。なぁ?」 いつもの口調で衛士と自分間に入ってきてくれた魔理沙の呼びかけに、アンリエッタは「え、えぇ!」と相槌を打つ。 その様子に衛士二人は怪訝な表情を崩さず、しかし「まぁそれなら良いが……」という言葉に安堵しかけた所で、 「じゃあ突然で悪いが、その帽子外して俺たちに顔を見せてくれないかい?」 一番聞きたくなかった質問を耳にして、アンリエッタは口から出そうとしたため息を、スッと肺の方へと押し戻す。 まさか言われるとは思っていなかったワケではない、それはポカンとした表情を衛士達に向けている魔理沙も同じであろう。 少なくとも今の彼らにとって、帽子を目深に被った少女何て誰であろうが職務質問の対象者となるに違いない。 かといって帽子を外して堂々と街中を歩くのは、「私を捕まえてくださーい!」と市中で裸になって踊りまくるのと同義である。 裸になるか帽子を被るか、たとえ方は少々おかしいが誰だって帽子の方を選ぶのは明白だ。 だからアンリエッタも帽子を被り、ちゃんと変装までしたうえで――衛士たちに職質されるという不運に見舞われた。 今日の運勢は厄日だったかしら?いつもならお抱えの占い師から聞く今日の運勢の事を現実逃避の如く考えようとしたところで、 それまで黙っていた魔理沙もこれは不味い流れだと察したのか、自分の頭の上にある帽子を取りながら衛士達に声を掛けた。 「帽子か?そんなもんいくらでも取ってやるぜ?ホラ!」 「お前じゃねえよ、バカ。ホラ、お前さんの後ろにいる黒帽子を被った連れの子さ」 霧雨魔理沙渾身(?)のギャグをあっさりと切り捨てた衛士の一人が、丁寧にアンリエッタを指さして言う。 もしも彼らが今ここで彼女の正体を知ったら、きっと彼女を指した衛士は間違いなく土下座していたに違いない。 しかし悲しきかな、今のアンリエッタにとって自らの正体を晒すのは自殺行為である。 よって幸運にも彼は何一つ事実を知ることなく、余裕をもってアンリエッタ指させるのであった。 魔理沙の誤魔化しをあっさりとすり抜け、自分に帽子を外しての顔見せ要求する冷静な衛士達。 これには流石のアンリエッタも何も言い返せず、ただた狼狽える事しかできない。 しかし、時間が待ってくれないように衛士達も一向に「イエス」と答えてくれない彼女を待つつもりは無いらしい。 指さしていない方の衛士が怪訝な表情のままアンリエッタへ一歩近づきながら、彼女の被る帽子の縁を優しく掴みながら言う。 「……黙ってるっていうのなら、こっちは不本意だが無理やり帽子を取るしかないが?」 「……ッ!?そんなの、横暴では――ッ!?」 咄嗟に彼の手から逃れるように叫ぶと後ろへ下がり、まるでぎゅっと両手で帽子の縁を掴む。 まるで天敵に出会ったアルマジロの様に見えた魔理沙であったが、流石にそれをこの場で言えるほど空気が読めないワケではなかった。 とはいえ流石にここは間に入らないとまずいと感じたのか、再びアンリエッタの前に立ちはだかり何とか衛士を宥めようとした。 「まぁまぁ落ち着いてくれって!この暑さでイライラしてるのは私だってよ良く分かるぜ?」 「暑さでイライラがどうのこうのじゃないんだ。あくまで仕事の一環として彼女の顔をよく見ておきたいだけだ」 「そんな事言って、ホントは美人だったらナンパしたいだけだろ?例えば……今日一緒にランチでもどう?……ってさ?」 魔理沙はここで相手の注意をアンリエッタから自分に逸らそうと考えたのか、煽るような言葉を投げかけていく。 流石にナンパという単語にムッとしたのか、独身であろう衛士は目を細めると「馬鹿にするなよ」と言いつつ、 「俺は二児の父親で、ついでに今日の昼飯は女房が作ってくれたベーコンとチーズのサンドウィッチとマカロニのクリームソテーなんだぞ?」 「……おぉ、スマン。アンタの事良く知らずにナンパとか言って悪かったぜ」 「おめぇ!何奥さんとのイチャイチャっぷりを告白してんだよッ!」 独身どころか既にゴールインしていたうえに愛妻弁当の自慢までされてしまい、流石の魔理沙も訂正せざるを得なくなってしまう。 一方で指さしていた衛士は何故か彼に突っかかったのだが、所帯持ちの相方は「僻むんじゃねぇよ」と一蹴しつつ魔理沙へと向き直る。 「とにもかくにもだ、別に持ち物検査までしようってワケじゃないんだ。そこの嬢ちゃんが自分で自分の帽子を外すくらい何て事無いだろう?」 「まぁそりゃそうなんだが…ってイヤイヤ、そこがさぁちょいとワケありでダメなんだよなぁ~これがさぁ……」 衛士として正論を容赦なくぶつけてくる相手に対して、魔理沙は何とかそれをかわそうと次の一手を考えようとする。 しかし、どう考えても今の状況を上手いことかわせる方法などあるワケもなく、彼女が言い訳を口にする度に衛士たちは顔をしかめていく。 (まぁ逃げる手立てはいくらでもあるんだが、そうなると絶対後で碌な目に遭わないしなぁ~……あぁでも、そういうのも面白そうだなぁ) 右手に握る箒を一瞥しつつ、アンリエッタの前では絶対言ってはいけない事を心中で呟いていた――その時であった。 まず先手を打って逃げようかと考えていた魔理沙と狼狽えるアンリエッタが、上空から落ちてくる゛ソレ゛に気が付く。 一方の衛士達も上から落ちてきた゛何か゛が視界の端を横切って地面へ落ちていくのに気が付き、一瞬遅れてそちらへと目を向ける。 瞬間、四人の人間がいる細いに植木鉢の割れる音が響き渡り、鉢の中で育てられていた花と土が地面へとぶちまけられていた。 それが植木鉢だったと四人ともすぐに理解できたが、問題はそれがなぜ上空から落ちてきたのかだ。 「……?何だ、コレ……植木鉢?――って、うわっ!何だアレッ!?」 「…………?上に誰か――って、ウォッ!?」 まず最初に魔理沙が首を傾げ、彼女に続くようにして家族持ちの衛士が頭上へと視線を向け――二人して驚愕する。 何故ならば、先に落ちてきた植木鉢に続くようにして建物の屋上から分厚い布が風で舞い上がったハンカチのように落ちてきたのだから。 ハンカチと例えたが、ここがハルケギニアであっても流石に大人二人を容易に隠せるサイズはハンカチではない。 恐らく雨が降った際に濡れたら困る物を覆い隠す為の布として、屋上に置いていたものであろう。それがヒラヒラと広がりながら落ちてきたのだ。 布はその大きさながら落ちるスピードは思ったよりも速く。魔理沙は咄嗟に背後にいたアンリエッタの手を取って後ろへと下がる。 「……ッ!まずい、下がれッ!」 「きゃっ……」 アンリエッタが悲鳴を上げるのも気にせず後ろへ下がった直後、布は彼女たちが立っていた場所へと舞い落ちた。 それだけではない。丁度彼女たちが立っていた所よりも前に立っていた衛士達も、もれなくその布を頭からかぶる羽目になったのである。 「うわわッ、な……何だこりゃっ!」 「クソッ!おい、お前らそこにいるんだろ?何とかしてくれッ!」 布は以外にも大きさに見合ったそれなりの重量をしていたのか、衛士達を覆い隠したまま彼らを拘束してしまったのだ。 まるで絵本に出てくる子供だましのお化けみたいに、頭から布を被った姿で両手らしい二つの突起物を出して動く衛士達。 姿をくらますなら今しかない……!そう判断した魔理沙はアンリエッタの手を取り何も言わずに彼女と共にこの場を去ろうとした直前、 「おい君たち、裏通りへ出たら僕が今いる建物の中へ入ってくるんだ!」 先ほど植木鉢と思わぬ助っ人となった布が落ちてきた建物の屋上から、透き通る程綺麗な青年の呼び声か聞こえてきた。 突然の呼びかけに二人は足を止めてしまい、思わず声のした頭上へと顔を向ける。 するとどうだろう、逆光で顔は見えないものの明らかに若者と見える金髪の青年が、建物の屋上から半ば身を乗り出してこちらを見つめていた。 アンリエッタは思わず「誰ですか?」と声を上げたが、魔理沙だけは青年の声を聞いて「まさか……?」と言いたげな表情を浮かべる。 彼女には聞き覚えがあったのである。その青年の、少年合唱団にいても不思議できないような綺麗な声の持ち主を。 屋上の青年は魔理沙たちが自分の方へと視線を向けたのを確認してから、次の言葉を口にした。 「近辺にはすでに多数の衛士達が巡回している、捕まりたくないなら大人しく僕の所へ来るんだ!いいね?」 「あ、ちょっと……まさかお前――って、おい待てよ!」 言いたい事だけ言った後、魔理沙の制止を耳にする事無く彼は踵を返して姿を消した。 屋上があるという事は建物の中へと入ったのだろうが、それはきっと「中で待っている」という無言の合図なのだろう。 魔理沙は内心聞き覚えのある声の主の指示に従うがどうか一瞬だけ考えた後、思わずアンリエッタへと視線を向ける。 「……何が何やら全然分かりませぬが、逃げ切れるのならば彼のいう通りに従った方が賢明かと思います!」 「正気かよ?でもお互い様だな、私もアイツの指示に従うのが良さそうだと思ってた所だぜ」 アンリエッタの大胆な決断に一瞬だけ怪訝な表情を見せた魔理沙は、すぐにその顔に得意げな笑みを浮かべてそう言った。 二人はその場で踵を返すとバッと走り出し、未だ巨大な布と格闘している衛士達を置いてその場を後にする。 「お、おい何だ!一体何が起こってるんだ!?」 「クソ!おい、誰でもいいからコレをどかすのを手伝ってくれ!」 狭い通りに響き渡る衛士達の叫び声で他の人が来る前に、少女たちは自らの背を向けて立ち去って行った。 再び裏通りへと戻ってきた魔理沙たちは、衛士達の声で早くも集まっている人たちを尻目に隣の建物へと入る。 そこはどうやら平民向けのアパルトメントらしく、玄関には騒ぎを聞きつけたであろう平民たちが何だ何だと出てきている最中であった。 ちょっとした人ごみができている場所を通りつつ中へと入ることができた二人へ、声を掛ける者が一人いた。 「こっちだ、こっちに来てくれ」 「ん?あ、そっちか」 魔理沙は一瞬辺りを見回した後で、先ほど声を掛けてくれた青年がいる事に気が付く。 こんな季節だというのに頭から茶色のフードを被っており、その顔は良く見えないものの口元からして笑っているのは分かった。 築何十年と立つであろう古い木の廊下をギシギシと鳴らしつつ、魔理沙とアンリエッタの二人は青年の元へと駆け寄る。 「どこのどなたか存じ上げませんが、助けていただき有難うございます。……あ、その――今はワケあって帽子を……え?」 まず初めにアンリエッタが頭を下げて礼を述べようとしたところで、フードの青年は右手の人差し指を口の前に立てて「静かに」というサインを彼女へ送る。 その意味をもちろん知っていたアンリエッタが思わず目を丸くして口を止めると、次いで左手の親指で背後の廊下を指さした。 「ここは人が多すぎます。この先に地下を通って外の水路へと出れますので、詳しい話はそこで致しましょう」 そうして共同住宅の奥にあった下へと階段の先にあったのは、古めかしい地下通路であった。 上の建物と比べても明らかに長年放置されていると分かる通路を、魔理沙とアンリエッタの二人は興味深そうに見回してしまう。 「まさかただの共同住宅の下に、こんな通路があるだなんて……」 「あぁ、しかも見たらこの通路。一本じゃなくて迷路みたいになってそうだぜ?」 軽く驚いているアンリエッタに魔理沙がそう言うと、彼女は普通の魔法使いが指さす方向へと視線を向ける。 確かによく見てみると通路は一直線ではなく三つほど横道があり、単純な構造ではないという事を二人に教えていた。 そんな二人を横目で見つつ、青年はさりげなく彼女たちに自分の知識を披露してみる事にした。 「五百年前、ブルドンネ街の拡大工事で造られた緊急避難用の通路を兼ねた防空壕……とでも言いましょうか?」 「……!避難用、ですか?確かに私も、そういった場所があるという話は聞きましたが、まさかここが……」 「えぇ。当時のハルケギニアは文字通り戦乱の世でしたからね、王都にもこういった場所が造られたんですよ」 ――ま、結局目的通りの使われ方はしませんでしたけどね。最後にそう言って青年は笑った。 アンリエッタはかつて母や枢機卿から聞かされていた秘密の隠し通路の一端を目にして、驚いてしまっている。 「マジかよ?この通路は築五百年って、どういう方法で造ったらそんなに保てるんだ……」 対して魔理沙の方はというと、五百年という月日が経っても尚原型をほぼ完全に留めているこの場所に、好奇心の眼差しを向けていた。 その後、二人は青年の案内でそれなりに入り組んだ通路を五分ほど歩き続ける事となった。 地上と比べれば空気は悪かったものの、ところどころに地上と通じているであろう空気口があるおかげで酷いというレベルまでには達していない。 最も、一部の通路は地面が苔だらけで歩きにくかったりと天井の一部が崩れ落ちていたりと散歩コースとしては中々ハードな通路であった。 それでも青年の案内は正しく、更に十分ほど歩いた所でようやく外の光を拝める場所へと出る事ができた。 「さぁ外へ出ました。ここならさっきの衛士達も追ってくることは無いでしょう。とはいえ、油断はできませんけどね?」 青年がそう言って指さした場所は、確かに人気のない静かな通りの中にある水路であった。 魔理沙がとりあえず頭上を見上げてみると、先ほどまでいた裏通りとは微妙に違う街並みが見える。 恐らくここも王都の中、それもブルドンネ街なのであろうが、魔理沙自身は見える建物に見覚えはなかった。 「ここは?」 「東側の市街地だ、昔から王都に住んでいる人たちが住人の大半さ。……とりあえず、ここから出るとしようか」 魔理沙の質問にそう答えると、青年は傍にあった梯子を指さして二人に上るよう指示を出す。 そうして青年、魔理沙、そして最後にアンリエッタの順で梯子を上り、三人は東側市街地へと足を踏み入れる。 確かに彼の言う通りここには地元の者しかいないのだろう、他の場所と比べて人気はあまり感じられない。 一応水路に沿って立ち並ぶ家や共同住宅からは人の気配は感じられるが、家の中でのんびりしているのか出てくる気配は全くなかった。 以前シエスタが案内してくれた裏通りと比べても、まるで紅魔館の図書館みたいに静かだと思ってしまう。 とはいえそこは街の中、よくよく耳を澄ましてみれば色んな音が聞こえてくることにもすぐに気が付く。 遠くから聞こえてくる繁華街や市場からの明るい喧騒と小さな水路を流れる水の音に、時折家の中から聞こえてくる家庭的な雑音。 それらが上手い事重なり合って聞こえてくるが、それでも尚ここは静かな所だと魔理沙は思っていた。 そんな彼女を他所に、アンリエッタはローブの青年に改めて礼を述べていた。 「誠に申し訳ありませんでした。どこのどなたか存じ上げませぬが、まさか助けて頂けるなんて……」 「いえ、礼には及びませぬよ。困っている女の子を見捨てるのは、僕の流儀に反しますからね」 帽子は被ったままだが、それでも下げぬよりかは失礼だと思ったのか軽く会釈するアンリエッタ。 それに対し青年もそれなりに格好いいヤツしか言えないような言葉を返した後、「それよりも……」と彼女の傍へと寄る。 「僕は不思議で仕方がありませんよ。貴方ほど眩いお方が、どうして街中にいたのかを……ね?」 「……?それは一体、どういう――――ッア!」 「あ!」 青年の意味深な言葉にアンリエッタを首を傾げようとした、その瞬間である。 一瞬の隙を突くかのように青年が素早い手つきで彼女の被る帽子を掴むや否や、それをヒョイっと持ち上げたのだ。 まるで彼女の髪の毛についた落ち葉を取ってあげたように、その動作に全くと言っていい程迷いはなかった。 流石の魔理沙も突然の事に驚いてしまい、一拍子遅れる感じで青年へと詰め寄る。 「ちょ……おっおい何してんだよお前!?」 「別に何も。ただ、彼女みたいな素敵なお方がこんな天気のいい日に黒い帽子何て被るもんじゃないと思ってね?」 詰め寄る魔理沙に青年は何でもないという風に言い返して、自身もまた被っていたフードを上げたその顔を二人へと晒して見せた。 夏だというのにやや厚手であったフードの下から最初に目にしたのは、やや白みがかった眩い金髪。 ついでその髪の下にある顔は声色相応の美貌を持つ青年のものである。 一方で自分の予想が当たっていた事に対して、魔理沙は喜ぶよりも先に青年を指さしながら叫んだ。 「あー!やっぱりお前だったか!?」 「ちょ……マリサさん!あまり大声は――って、あら?貴方、その目は?」 思わず大声を上げてしまう魔理沙を宥めようとしたところで、アンリエッタはふと青年の目がおかしいことに気が付く。 右の瞳は碧色なのだが左の瞳は鳶色で、つまりは左右で目の色が違うのだ。 所謂オッドアイという先天的な目の異常であり、同時にハルケギニアでは「月目」とも呼ばれている。 「月目……ですか?」 それに気が付いた彼女は、知識の上で知ってはいても初めて見る月目につい口が開いてしまう。 すぐさまハッとした表情浮かべたものの、青年は「いえ、お気になさらず」と彼女に笑いかけながら言葉を続ける。 「生まれつきのモノでしてね、幼少期はこれで色々と貧乏クジを引いたものですよ。ま、今では自分のアイデンティティの一つなんですがね?」 何より、女の子にもモテますし。最後に一言、そう付け加えて青年こと――ジュリオ・チェザーレは得意げな笑みを浮かべて見せた。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5512.html
前ページ次ページ使い魔の炎 「ゴーレム!」 キュルケの叫びで、最初に冷静さを取り戻したのはタバサだった。呪文を唱える。 巨大な竜巻がゴーレムの体にぶつかるが、ゴーレムはびくともしない。 キュルケも杖を振り、ゴーレムを炎で包み込んだ。 しかし、ゴーレムはまったく意に介さない。 「無理よこんなの!」 「退却」 タバサが呟くと、ふたりは一目散に逃げ出した。 烈火も逃げようと後に続こうとしたが、思わず足を止めた。 ゴーレムめがけ、呪文を唱えようとする君主。 その姿を烈火は確認したのである。 烈火はゴーレムを挟んでルイズと対称となるような位置で足を止め、必死に叫んだ。 「姫、逃げろ! いくら何でも相手が悪すぎる!!」 ルイズは恐怖を振り払うように目を見開いていった。 「イヤよ! コイツを倒せば、誰も私のことを『ゼロ』なんて言わなくなるでしょ!」 その目はかつて見たことがないほど真剣で、烈火は戸惑いを覚えた。 「…死んじまったら、全部終わっちまうんだぞ!? それでもいいのかよ!?」 烈火の言葉を無視し、キッとルイズはゴーレムを睨みつけた。 「わたしは貴族よ。逃げるわけにはいかないわ…魔法が使える者を貴族を呼ぶんじゃない」 ルイズは杖をしっかりと握り直した。 「敵に後ろを見せないものを、貴族と呼ぶのよ!」 ゴーレムはルイズに目標を定め、詰め寄る。 同時にルイズは魔法を詠唱し、杖を振った。『ファイアーボール』でも唱えたのだろう。 しかし、ゴーレムは爆発した胸の部分からわずかに土をこぼしただけで、微動だにしない。 巨大な腕が振り上げられる。ゴーレムの拳が視界に広がり、思わずルイズは目をつぶった。 …終わった。 ルイズはそう思った。 しかし、覚悟していた衝撃はいつまでたっても襲ってこない。 恐る恐る目を開けると、いつの間にか烈火がルイズを守るように立ちふさがり、炎に包まれた右手でゴーレムの拳を破壊していた。 「姫に手ぇだすな」 静かに呟くと、背中に背負っていたデルフリンガーを引き抜く。 「逃げろ、姫」 「…じ、邪魔しなー」 「逃げろっていってんだろ!!」 かつてないほどの烈火の怒声に、ルイズの体が強張る。 「あのな! 貴族だか何だかしらねえけど、姫が死んだら俺が悲しいんだよ!! 姫は俺が守る! だから、姫に勝手に死ぬ権利はねえんだ!!」 ルイズの目から涙がこぼれる。 「だって、私、いつもみんなにバカにされて…悔しくて…逃げたら、またバカにされるじゃない…!」 烈火は、その言葉を聞いて、は?と目を開いた。 「何言ってんだお前? そんなこと俺がさせる訳ねえだろ」 「…え?」 「ここは俺が何とかする。 だからそんな顔すんな。 俺がコイツをぶっ倒して、お前が『ゼロ』なんかじゃないことを証明してやる」 「あ…」 ルイズは、過去に自分が言った言葉を思い出した。 『メイジの実力をはかるには使い魔を見ろって言われてるぐらいよ!』 この使い魔は、こんな情けない自分の為に命をかけてくれているのだ。 「俺は忍者だ。 姫を傷つけるやつは誰であろうと許さねえ」 ルイズは涙目で呟いた。 「守ってくれるの? 『ゼロ』の私を?」 烈火は、ルイズに目を向けると微笑みながら言った。 「当たり前だろ」 その言葉を聞いたルイズはぐじぐじと涙を拭って駆けだした。 タバサのシルフィードがルイズを拾い上げる。 ルイズが安全を確保したことを確認した烈火はゴーレムに向き直り、自分に気合いを入れ直す。 「行くぜ! ルイズに仕える忍、花菱烈火、参る!!」 デルフリンガーをかまえると、左手のルーンが輝いた。 体が軽くなり、こんなに大きな剣が体の一部のように感じられる。 この感覚、ギーシュと戦ったときと同じだ… そう感じながら、烈火はゴーレムの足下に突っ込み、右足を切り裂いた。ゴーレムの巨体がゆっくりと崩れ落ちる。 倒せる! 烈火はそう思った。 が、倒れ込んだゴーレムの右足はすぐに周りの土を取り込んで再生し、すぐに立ち上がった。 烈火の顔から余裕が消える。 「…やっぱ、そう簡単にはいかねえか…」 ゴーレムの反撃が始まった。 「レッカ!」 ルイズは苦戦する烈火をはらはらしながら見つめていた。 あのボロ剣を使って何とか攻撃をしのいでいるが、防戦一方に見える。 レッカを助けないと…私には、私にできることがあるはず…!! そう思い、必死に自分にできることを探す。 ふと、ルイズはタバサが抱えた『破壊の杖』の杖に気付いた。 「タバサ! それを!」 タバサは『破壊の杖』をルイズに手渡した。 「私に『レビテーション』をかけて!」 言うが早いか、ルイズは『破壊の杖』を抱えてシルフィードの背中から飛び降りた。 タバサは、慌てて杖を振った。 ゴーレムの拳を紙一重で避けながら、烈火は考えていた。 …このままじゃマズい。 所詮は土。最大火力で燃やし尽くせば再生は不可能だろう。 しかし、体の一部を灰にした程度では周りの土を取り込んでゴーレムはすぐに再生してしまう。 勝つには、一気に体全体を燃やし尽くすしかない。 しかし、一度に燃やすにはゴーレムの体は大きすぎる。 せめて奴を小さく分裂させる手があれば… 斬っても斬っても再生を繰り返すゴーレム。 炎もずっと使っていれるわけではないし、長期戦になればさらに不利になるのは明らかだ。 一体どうすればいいんだ…? そのとき、烈火の思考を視界にはいってきたルイズが中断した。 「あのおてんば姫…」 思わず毒づいてしまう。 ルイズは『破壊の杖』を抱えているが、使い方がわからないらしくもたついている。 烈火は、ルイズの降りてくる方向に全速力で走った。 「えいっ!えいっ…!!」 ルイズは懸命に『破壊の杖』を振るが、魔法は発動しない。沈黙したままだ。 これ本当に魔法の杖なの!? 私は使い魔を助けることもできないの!? 動きなさい!動きなさいよ!! 「姫っ!! 何してんだよ!? 早く逃げろ!」 そこに烈火が駆け寄ってくる。 「レッカ!!」 烈火はルイズの手から『破壊の杖』を奪い取った。瞬間、左手のルーンが輝く。烈火は目をつぶった。 「これを使って助けようと…でも、使い方がわかんないの!!」 ルイズが叫ぶ。 しかし、烈火は目を瞑ったまま、頭の中で描いていた。 左手のルーンが教えてくれる。『破壊の杖』の使い方。これを使って、ゴーレムを倒す。その手順を。 …いける。 烈火は目を開けた。 「姫、これはな…こう使うんだ!!」 烈火は、破壊の杖を地面に突き立てた。 地中で何かがうごめく音がした。不穏な雰囲気に、ゴーレムの動きが一瞬止まる。 瞬間。 石でできた巨大な腕が地面から姿を現し、ゴーレムの体を貫いた。 烈火の隣にいるルイズ、上空で見守るキュルケとタバサは唖然としている。 ゴーレムの体を構成していた土が、四方八方に散らばる…かに見えた。 しかし、今度は石で作られた壁がゴーレムを囲み、ゴーレムの残骸の散らばりが抑えられた。 烈火は杖を投げ捨て、飛び上がる。 「天誅!」 石の囲みの中のゴーレムの残骸めがけて、ありったけの力を込めた炎を放出した。 「うおおおおらあぁぁぁぁぁぁ!!!」 ゴーレムを構成していた土の欠片は、全て灰と化し、風に吹かれて消えた。 「ふいー、キツかった」 戦いを終えた烈火は思わずしゃがみこみ、ようやく一息ついた。 勝つには勝ったが…戦闘にここまで炎を酷使したのは初めてだったため、烈火はかつてないほどの疲労を感じていた。 「レッカ!」 使い魔の元に、駆け寄ろうとするルイズ…しかし。 「炎を操る上、『破壊の杖』まで使いこなしちゃうなんて…流石ダーリンね!!」 ルイズが烈火のもとにたどり着くより先に、烈火の顔はキュルケの胸元に押し込まれていた。 「ち、違うわ! 武器を持ったら使い方が勝手にわかって…」 烈火は顔を赤くしながらジタバタもがいている。 そんな烈火の様子に、ルイズは不満を感じた。 烈火はなんとかキュルケをふりほどくと、ルイズの様子には目も向けず自分の使った『破壊の杖』を見つめた。 …どうみてもこれはこの世界のものではない。 この道具のことは全く知らない…しかし、左手のルーンの力が教えてくれる。これは、間違いなく俺の世界の武器だ…!! だが、今はそんなことを考える前に烈火にはやらなければいけないことがあった。 烈火はルイズに向き直り、言った。 「姫が『破壊の杖』持ってきてくれなかったら、勝てなかったかもしれねえ。 ありがとな、姫」 ルイズはしばらく呆然としたあと、頬を染めた。 「あ、当たり前でしょ…使い魔を見捨てる主人なんていないんだから」 顔を伏せながら言う。 少し遅れて、シルフィードが地上に降りてきた。 タバサは、周りを冷静に見回して呟いた。 「…フーケはどこ?」 その言葉で皆に緊張が戻る。 そのとき、森からミス・ロングビルが姿を現し、ルイズたちの方へ歩み寄ってきた。 「ミス・ロングビル、無事だったのね! フーケが何処にいるかわかる?」 ミス・ロングビルはキュルケの問いかけには答えず微笑みを浮かべ、無言で『破壊の杖』を拾い上げて烈火たちに突きつけた。 「ご苦労様」 ミス・ロングビルが冷たい声で言った。 「ど、どういうこと!?」 戸惑うルイズたち。 「…やっぱりお前がフーケだったのか」 烈火だけが冷静に、真実を口にした。 「へえ、気付いてたのかい。バカな割に勘はいいんだね」 「ほっとけよ。…目的は何だ?」 フーケは淡々と、『破壊の杖』の使い方を学院の人間を利用して突き止めようとしたことを明かした。 「討伐隊が生徒ばかりになるとは思ってなかったから不安だったけどね…けど、助かったわ。あなたのおかげよ、使い魔くん。 でもね…」 フーケは破壊の杖を振り上げる。 「残念だけど、あんたたちはもう用なしなのよ。さようなら」 観念し、ルイズたちは目をつむった。 しかし、烈火はフーケから視線を外そうとしない。 「勇気があるのね?」 「うっせえよバカ」 烈火は小馬鹿にしたような口振りで言った。 フーケは舌打ちをした。 「…死になさい」 フーケが地面に『破壊の杖』を突き立てようとした。 「させるか!」 とっさに烈火は右手を振り上げ、フーケに炎を見舞う。 「無駄よ!」 しかし、フーケは素早く『破壊の杖』で防御し、炎を跳ね返した 烈火の表情が歪む。それを見て、フーケは自分の勝利を確信した。 「悪あがきもこれで打ち止め…今度こそ、死になさい!」 フーケは勢いよく『破壊の杖』を地面に突き立てた。 しかし、先ほど烈火が使ったときのように魔法が発動しない。 「な、どうして!?」 何度も杖を動かしてみる。しかし、杖はフーケの意志にまったく反応しない。 フーケがはっと顔をあげると、烈火は唇の端に笑みを浮かべていた。 ふと、『破壊の杖』にはめ込まれた宝石のようなものが割れていることに気付く。 しまった…武器破壊!? このガキ、さっきの攻撃はこれを狙って…!! 「くっ!」 慌ててローブから杖を引っ張りだしたものの、既に手遅れ。 烈火はデルフリンガーを拾い上げて一足飛びで距離を詰め、柄をフーケのわき腹に叩き込んだ。 「く…そ…」 フーケが地面に崩れ落ちる。 烈火は地面に転がった『破壊の杖』を拾い上げて、言った。 「フーケを捕まえて、『破壊の杖』を取り戻したぜ…杖、ちょっと壊しちまったけど」 「何してくれてんのよこのバカー!!」 疲れきった烈火の体に、ルイズのハイキックが炸裂した。 「こ…これが、私の使い魔?」 エルフの少女は、目を見張った。 まだ時刻は夕刻といっていい頃だったが、木や草が鬱蒼と生い茂ったこの辺りには一筋も光が入ってこない。 少女は友達がほしかった。 遊び心で、噂に聞く使い魔の召喚儀式を真似してみただけだ。 しかし彼女の予想に反して、召喚は成功してしまった。 その結果、彼女の眼前には、面妖な仮面で顔を隠した男が立っている。 …人間の使い魔なんて、噂にも聞いたことがない。 顔の上半分は仮面で見えないものの、覗く口元からは美麗な容姿が容易に想像できる。 しかし、男の瞳は仮面の上からでもわかるほど冷たいものだった。 彼は、周りを見、自らを見、そして彼女を見て、つぶやいた。 「…どうやら私に、"平穏"は許されないらしい…」 前ページ次ページ使い魔の炎
https://w.atwiki.jp/norausa/pages/14.html
おまえの嫁より俺の嫁の方がかわいいし。 はーいまたまた突発わいわい大会だよー。 ルール 同キャラ対戦の一本勝負! 2チーム対抗大将戦は3ポイント。 リプ、ステージなどは各自自由で。 (できればリプとってほしい。ステージも見えにくいところはやめてほしい) なお、大会中は別鯖を使用します。 野良うさぎ(踏まれたい)|http //www.norausagi.mydns.jp 8080/Fumaretai/AddressService ↑をコピペでAUとおなじフォルダにあるauservers.txtに貼り付けてください。 注意:今回この鯖は野良うさぎ鯖主のご好意によって提供されている イベント用鯖です。イベント終了後はなるべく使用しないように。 あと鯖主様に感謝を忘れずに。鯖主かわいいよ鯖主。 2:15鯖移動。 2:20対戦表配布 2:25シリス様による大会宣言という名の演説。 2:30激闘開始! 進行上から三戦ずつやります。赤が基本ホスト。 嫁 紅組 勝ち負け 白組 鈴仙 藍漣 ○ 座薬 衣玖 姫カット ○ みょんな人 霊夢 totiwo ○ mot 小町 フロスティ ○ 3P 萃香 8mg ○ 水メロン 文 ハス ○ 黒チルノ 天子 天神 ○ 箱 ロマン(大将戦) sheol ○ シリス
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2676.html
前ページ次ページ罪深い使い魔 「俺が特異点であることに変わりはない……。 俺がいれば……『こちら側』はいずれ『向こう側』に飲み込まれるだろう……」 すべてを思い出したあの時から、頭のどこかでわかっていた。 いつかはこうなる。こうしなければならない。こうする以外の方法はない。 ただ、心がそれを拒絶していた。 帰りたくない。ここにいたい。みんなと一緒が良い。一人になりたくない。 でも、そんな願いは決して許されない。 『あいつ』を倒しても、俺という存在が『こちら側』を蝕む存在であることには変わりがない。 俺のせいで、みんなが生きる『こちら側』を壊したくない。 それに、約束も果たさなければならない。 「帰るよ……『向こう側』へ……」 辛くないと言ったら嘘になる。悲しくないわけがない。逃げ出したい気持ちに偽りはない。 それでも、『向こう側』で生きていけるだけの勇気を、みんなが与えてくれたから。 だから俺は、『向こう側』へ旅立っていける。 「俺達は、この海を通して繋がっている……いつでも……会えるさ……」 『こちら側』の俺から離れ、心の中で『向こう側』を思い描く。 複雑な手順は必要ない。ただ戻りたいと願うだけで『向こう側』へ戻れる。 ここでなら、それができる。 (さようなら、みんな) 急激にぼやけていく視界。崩れ落ちる『こちら側』の俺。表情の読めない仮面の男。見守る仲間達。そして…… 涙を流す、大切な人。 (ごめん……摩耶姉) 視界が、眩い光で満たされた。 奇妙な感覚。 ものすごい速さで地面に落下しているような、逆に上昇しているような。 上も下も、右も左もわからない光の渦の中を、しかし『そこ』へ向かって進んでいるのだということだけはなんとなくわかる。 これから帰る『向こう側』に思いを馳せながら達哉は目を閉じ、この旅の終わりを静かに待つことにした。 そのため彼は、光で満たされたこの空間に漂う異質な存在に気がつかなかった。 大きな鏡という、彼の人生を大きく変えるその存在に。 「あいつ『フライ』はおろか、『レビテーション』さえまともにできないんだぜ」 わけがわからない。自分がどうにかなってしまったかのようだ。 こちら側にいるはずのない人間。 初対面でいきなりキスしてくる不可思議な少女。 左手に刻まれた意味不明な紋様。 自分の目の前で空を飛んで見せた少年たち。 そして…… 「…………」 達哉は制服の袖を巻くり上げ、その中にあるものを見つめる。 手首から腕にかけてべったりと張りつく、黒い痣。 皮肉にもその痣が彼を混乱から立ち直らせてくれた。 「やつとの因縁は、まだ切れていないということか……」 達哉の顔が歪んだ。 「あんた、なんなのよ!」 達哉が声のした方を見ると、今しがたキスしてきた桃色の髪の少女がこちらを見上げて眉を吊り上げていた。 ようやく発言の機会が回ってきたということか。 改めて見るとかなりの美少女だが、どう見ても中学生、下手したら小学生にしか見えないその子供は 達哉にとって好みの対象外だ。もちろん彼女個人に興味もない。しかし彼女が持っているであろう情報は別だ。 「それはこっちのセリフだ。お前らは一体なんだ? ここはどこだ? 地上か? それともシバルバーのどこかか?」 「何をわけわかんないこと言ってるのよ……まあいいわ。見たところ相当な田舎者みたいだから説明してあげる」 そう言って少女は腰に手を当てて、妙に尊大な態度で答える。 「見ればわかるでしょうけど、私たちはメイジ。そしてここはかの高名なトリステイン魔法学院!」 どうだと言わんばかり胸を張り、こちらを見据える少女。 そんな得意げになられても、こちらとしてはさっぱり意味がわからない。 「メイジとはなんだ? それに……魔法学院?」 「あんた、メイジを知らないの!? 一体どんな田舎から来たのよ!!」 信じられないといった顔で驚く少女。 どうやらこの状況を理解するには長い時間が必要なようだ。 達哉は嘆息した。 ハルケギニア。トリステイン。メイジ。貴族。魔法。 サモン・サーヴァント。コントラクト・サーヴァント。使い魔。 外で話し合うのもなんだということで場所を移し、少女――ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの自室で 俺は思いつくままに質問を行った。その結果返ってきた答え――ここが自分の知らない『異世界』だということ―― はどれも信じられないものばかりだった。 それは向こうにも言えたことらしく、俺の知る限りの知識を語って聞かせても ルイズはただ疑わしげな目を向けるだけだ。 「……じゃあ、あんたは異世界から来たって言うの? その、空飛ぶ街以外何もなくなった世界から」 「正確には、その世界に帰るはずがここにたどり着いてしまったんだ」 「なんでわざわざ何もない世界に帰るのよ。その『やり直した世界』に居座ればいいじゃない」 「その世界に俺の居場所はなかった……『特異点』である俺が無理に留まろうとすれば、あの世界はやがて滅びてしまう……」 己の恥なのであまり語りたくはない内容だったが、この際仕方がない。 ここに至るまでの経緯を簡潔に説明する。だが、結果は予想通りのものだった。 「……なるほどね。平民にしてはなかなか上手くまとめたお話じゃない」 ルイズは腕を組んで俺の『過去』をそう評する。もちろん心の中では言葉通りの評価を下していないだろう。 「で、本当のところはどうなの? 最後まで聞いてあげたんだから正直に話しなさい。 あなたの生まれはトリステイン? ゲルマニア? ガリア? アルビオン? 実はロマリアとか?」 「……やはり信じてはくれないか」 「当たり前でしょ!」 それはそうだ。 俺だって夜になってから現れた二つの月を見るまでは、ルイズが俺を騙そうとしている可能性を捨て切れなかった。 しかしあんなものを見てしまった以上、もう信じるしかない。 「どうしてもって言うなら証拠を見せなさいよ、証拠!」 これは難題だ。 俺は二つの月のような、有無を言わさない証拠など持っていない。 というか身一つでこの世界に来た俺に一体どんな証拠を示せを言うんだ? ……アレ、か? だが下手に晒すとややこしいことになるかもしれない。 そう思い、何気なくポケットをまさぐってみると―― 「…………」 冷たい感触がした。 「なによ、それ?」 「ライターだ」 達哉は慣れた手つきでライターの蓋を開け、シュボ、と火を灯してみせる。 「へぇ、『火』のマジックアイテムなんて持ってるんだ」 「マジックアイテムじゃない。火花を起こして中の燃料に火をつける着火装置だ」 「ふーん」 その反応を見るに、どうやらライターではダメらしい。 「でもそれじゃ証拠にはならないわ」 「……らしいな」 達哉はライターの火を消し、蓋をチンチンと鳴らす。 『向こう側』ではこれが癖になっていたが、『こちら側』にいた間は久しくやっていなかった。 そんな懐かしい音を聞いていると、ルイズがまたも怒鳴り始めた。 「まったく、いい加減諦めなさい! そんな適当なこと言ったって私からは逃げられないんだからね!」 どうやらルイズは、俺が語る異世界の話をここから逃げ出すための口実と受け取ったらしい。 「変な意地張るのはやめて私の使い魔になりなさいよ。そりゃ使い魔の契約を交わした以上あんたを家に帰すわけにはいかないけど、 でもちゃんと衣食住の面倒は見るし、故郷に手紙くらいは出させてあげるわ」 「…………」 本人は善意で言ったつもりなのだろうが、その言葉は達哉の胸に深く突き刺さった。 もし手紙が届くなら、書きたい。たとえ会えなくても、 摩耶姉やみんなと手紙のやり取りができたら、それだけ救われるだろう。 でもそれは多分、永久に叶わない。 「……いや、いい。それより、その使い魔っていうのは何時まで続ければいいんだ?」 「あんたが死ぬまでよ」 「な!?」 何気なく聞いたつもりだったが、その言葉を聞いて達哉は目を見開く。 「それはできない」 はっきりとした拒絶。 話が上手くまとまりかけてると思っていたルイズは達哉の豹変振りに驚く。 しかしただ驚いているわけにはいかない。彼女も彼女なりに必死なのだ。 「で、できないじゃないでしょ!? それにどっちにしろ、あんたの話が事実なら帰る手段なんてないわよ!」 「……どういうことだ?」 「『サモン・サーヴァント』は呼び出すだけ。使い魔を元に戻す呪文なんて存在しないのよ」 「呪文でなくてもいい。何か他に手段はないのか!?」 「ああもううるさいわね! あんたの世界には何もないんでしょう!? だったらずっとこっちにいればいいじゃない! 『向こう側』とかに帰らなくて済んだんだから めでたしめでたしでしょ!!」 「…………!」 その通りだ。人がいない世界で孤独に生きるより、人のいる世界で使い魔をやってる方が良い。 そのことに関して達哉は否定しない。だが、状況はそれを許していない。 達哉はそれを、自分の右腕を見ることで理解した。 だから彼はルイズに『それ』を見せつける。 「これを見ろ!」 「その刺青がどうかしたの?」 「これは『あいつ』が俺につけた印だ! あいつが、『ニャルラトホテプ』が完全に力を失っていない証拠だ!」 『あの戦い』でニャルラトホテプはどこぞに追いやられた。だが、完全に消え去ったわけじゃない。 というより、それは不可能なのだ。すべての人間の負の面であるニャルラトホテプは人間が存在する限り決して滅びない。 それでも、今は…… 「一度倒されたやつの力は弱まっている。だからすぐにどうにかなるということはないと思う。 だが、やつはいずれ力を取り戻す! その時こいつを目印にこの世界に来るようなことになったら……!」 「悪いけどこれ以上あんたの妄想に耳を傾けるつもりはないわ」 にべもなくそう言い放つと、ルイズは哀れむような目つきで達哉を見つめた。 「どう騒ぎ立てようと、あんたは死ぬまで私の使い魔よ。これはもう、どうあっても覆ることがない決定事項なの。 そのニャルなんとかがこの世界に来ようが関係ないわ」 達哉の話などまったく信じていない口調でそう言い放つ。 それでも達哉は食い下がる。 「……使い魔の契約を破棄する方法は?」 契約とやらが切れれば『向こう側』に帰れるかもしれない。こうなったらそれしかないと達哉は思った。 しかし、そんな達哉の言動はルイズをさらに不快にさせた。 「……そんなに私の使い魔になるのが嫌なの?」 冷たい視線。頑として首を縦に振らない使い魔に対し、積み重なった怒りは いまや憎しみを通り越して殺意になろうとしている。 「それなら……死ねば?」 「……なんだと?」 ハンマーで頭を殴られたような衝撃が達哉を襲う。 「あんたが死ねば使い魔の契約は切れるわ。そのニャルなんとかってのもここへは来れないんじゃないの? 私もあんたが死ねば新しい使い魔を呼び出せるようになるし一石二鳥よね」 たっぷりと嫌味をこめてルイズはそう言い放つ。 しかし次に達哉が発した言葉にはさすがに顔を青くした。 「……そうか、その手もあったな」 「ちょ……なに言ってるのよ!?」 ルイズが騒ぎ始めるが達哉は気にしない。 達哉は今、ルイズが示した方法について本気で考えていた。 もしニャルラトホテプとまた戦うことになったとして、次も勝てるという保障はどこにもない。 なにせ一度は負けた相手だ。勝率だけ見ても五分と五分、それに戦うとなれば必ず犠牲が出る。 しかし今ならこの世界と『向こう側』を繋いでいるのは俺一人。ルイズの言うとおり、自分が死ねば ニャルラトホテプはこの世界に干渉できなくなるかもしれない。 もっとも、この世界にも人間はいるのでいつかニャルラトホテプが手を出してくる可能性はあるが、 少なくとも『向こう側』を利用したものではなくなるはず。そうなったら、あとはこの世界の人間の問題だ。 だが……本当にそれでいいのか? 俺は『向こう側』で精一杯生きていくと、心に決めた。 辛い道のりだが、それをこんなわけのわからない出来事を理由にすべて放り出していいのか? それが……罰と言えるのか? 「……死ぬのは最後の手段だ。俺は……帰る方法を探す」 まだ諦めるには早い。ルイズが知らないだけで、帰る方法はあるかもしれない。 それを見つけて『向こう側』へ帰る。それがベストだ。 「ああ、そう」 一方のルイズは達哉の言葉を聞いて、ほっと胸をなでおろす。 彼女とて、呼び出した使い魔にいきなり自殺なんてされたらさすがに夢見が悪い。 それにしても、ちょっと会話しただけなのに妙に疲れたわ。こいつ本当に扱いにくい。 「それじゃ、あんたが私の使い魔になるんなら、私もあんたが『向こう側』に帰れる方法ってのを 探してあげるわ。それなら文句ないでしょ?」 「ああ」 未知の異世界で一人、なんの当てもなく彷徨うよりは遥かに効率的だ。 「それじゃ確認するわよ。あんたが『向こう側』に帰るまで、あんたは私の使い魔。これでいいわね?」 達哉は無言で頷く。 「なら、あんたには私の使い魔として働いてもらうわよ。 まず、使い魔は主人の目となり、耳となる能力を与えられるわ」 達哉がルイズを見つめる。 どういう意味だ? と目が語っている。 その態度にルイズは少し苛立ったが、これ以上余計なことを言って追い詰めると後が怖い。 「つまりあんたが見たもの、聞いたものを私が見たり聞いたりできるのよ。 でも、あんたじゃ無理みたいね。わたし、何にも見えないもん!」 「……そうか」 あ、返事した。よしよし、良い感じだわ。 ……見えないのは残念だけど。 「それから、使い魔は主人の望むものを見つけてくるのよ。例えば秘薬とかね」 「秘薬?」 「特定の魔法を使うときに使用する触媒よ。硫黄とか、コケとか……」 「それを探すのか……」 「でもあんた、そんなの見つけてこれないでしょ? 秘薬の存在すら知らないのに!」 「そうだな……」 だんだん話に乗ってきた。うん、これならなんとか……なるわよね? 「そして、これが一番なんだけど……使い魔は、主人を守る存在であるのよ! その能力で、主人を敵から守るのが一番の役目! でも、あんたじゃ無理……どうしたの?」 「守る……?」 再び達哉の様子がおかしくなったことにルイズはぎょっとしたが、それが戸惑いの類だと理解すると すぐに興味をなくした。きっと、荒事が苦手なんだろうと解釈する。 「まああんたには期待してないわ。人間だもの」 達哉が何か言う前に、ルイズはその仕事を免除した。 単なる平民、それも妄想語ったりいきなり死のうとするような人間にそんな危ないことはさせられない。 「というわけで、あんたにできそうなことをやらせてあげる。洗濯。掃除。その他雑用」 「……わかった」 要するに住み込みの下働きみたいなものか。 そう達哉なりに解釈する。 「あ~疲れた」 ルイズは大きなあくびをする。 実際ルイズは疲れていた。変な使い魔のせいで。 「さてと、しゃべったら、眠くなっちゃったわ」 そう言ってルイズが次に取った行動を、達哉は軽い驚きと共に見つめる。 なんと達哉が見ている前でいきなり服を脱ぎ始めたのだ。 「なんの真似だ?」 「寝るから、着替えるのよ」 「俺がいるのにか?」 「使い魔に見られたって、なんとも思わないわ」 「……そうか」 本人が気にしないというなら、達哉に文句はない。 ただ着替えをじっと見ているのもなんなので、達哉はルイズから目をそらし、部屋を見渡す。 そこで達哉の頭にある疑問が浮かんだ。 「俺はどこで寝れば良いんだ?」 「床」 「…………」 「まあ、これくらいは恵んであげるわ」 ルイズは毛布を放ってきた。 「…………」 雨風がしのげるだけマシか。そう思い大人しく毛布に包まり、床に寝転がる達哉。 しかし目を閉じようとしたところで何かが頭の上に降ってくる。 枕でも寄越したのかと思って手に取ったそれは、今しがたルイズが身に着けていたキャミソールだった。 呆然とする達哉の頭に生暖かいパンツが乗る。 「明日になったら洗濯しといて」 見ると、素っ裸になったルイズが頭からネグリジェをかぶろうとしているところだった。 「……!?」 達也は自分の頬が紅潮するのを感じた。それがお世辞にも発育が良いとは言えない、 見た目13~14歳の子供であるルイズの裸でも彼には刺激が強すぎた。 それでも表面上は勤めて冷静に、渡された下着をその辺に置いて再度毛布に包まる。 先ほどの悲壮感もどこへやら、唐突に見せつけられたルイズの非常識さに達哉はただ目を白黒させるだけだった。 「……異世界、か」 しかし、それも一時のもの。明かりが消え、ルイズが寝静まると達哉の胸の内に様々な思いが生じる。 達哉は懐からライターを取り出し、それをじっと見つめた。 「淳……」 昔、親友と交換したその宝物を見ていると、自然と心が熱くなってくる。 このライターをくれた淳は俺のことを覚えていない。思い出すこともない。でも、約束は失われていない。 「俺は必ず『向こう側』に帰る。お前たちの世界にも、この世界にも、迷惑はかけない」 達哉はライターをぎゅっと握り締めた。 すると、まるでライターの火がついているかのように手が熱くなる。 「俺はもう逃げない。そう心に決めたんだ」 先ほどはあんなことを言ったが、死んで終わりにするのはただの逃避だ。 そんな結末を認めるわけにはいかない。 仲間だって、俺がこんなところで死ぬことは望んでいないはずだ。 「俺、頑張るよ。だから……みんなも見守っていてくれ……」 そう呟いて、達哉はようやく眠りについた。 二つの月が、小さな炎をただ静かに見下ろす。 前ページ次ページ罪深い使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/654.html
桃色の髪の少女が起こすそれが、何度目の爆発なのか、それを数えているものは一人も居なかった。 周りを囲む少年少女達は、繰り返される爆発を囃し立てる者、早く終わって欲しいとうんざりした表情をしている者、興味を向けずに居る者、の三者に大別されていた。 中央に立ち集団を監督する男性、魔法使いにして学院の教師であるコルベールは当然心無い生徒達と同じようにそれを囃し立てることはない。そして立場からくる責任感と生来の気性から、無関心でもいられなかった。 彼は事態の終結を願う集団の一人だった。 彼がその集団の他の者達と違うのは、他の者が少女に対し「早く諦めろ」と言った思いでいるのに対し「なんとか成功して欲しい」と願っている事だった。 彼は特別その生徒に思い入れがあるわけではない。その彼をして思わず応援させてしまうほどに桃色の髪の少女、ルイズは懸命だった。 使い魔召喚の儀式の監督役として目を離さず見ていたコルベールは、ルイズが繰り返される失敗にも、それに伴う嘲笑にも耐え、疲労した精神と肉体を意志によって支えて召喚魔法を繰り返す姿に心打たれたのだ。 (おや……?) 繰り返される詠唱と爆発が止まっていた。 (ついに諦めてしまったか……) だが無理も無い、とコルベールは思った。 むしろここまで努力した事を褒めるべきだろう。無論、結果は結果だ。彼女に進級単位を出す事はできない。 しかし彼女のために召喚魔法に関する文献を洗い直し、自分が教授した後に改めて再試の機会を設けるぐらいは良いだろう。 そうコルベールが思っていた時だった―― 「やった……やりました!ミスタ・コルベール!」 (……なんですと?) 使い魔召喚の儀式を止めたルイズが、幾度もの爆発で焦げ付き荒れた地面に膝を付けて地面を指差している。 そこには注視しなければ見過ごしてしまいそうな、黒く焦げ付いた布切れのようなものが落ちていた。 「わ、私が呼び出したんです!成功したんです!」 ルイズは興奮していたが、コルベールには誰かのマントの切れ端が飛んできて爆発に巻き込まれた切れ端にしか見えなかった。 周りの生徒たちは何が起こったのかわからずに「何だ、成功したのか?」「まさか?ゼロのルイズが」と言った声が飛び交い、ルイズに注目していた。 「それを、君が呼び出したと言うのかね?ミス・ヴァリエール……」 「そう、そうです!良く見てくださいミスタ・コルベール!」 彼女が指差すそれに近付いてみると。 「なんと!」 ただのこげた布切れに見えたそれに一筋の切れ目が入ったかと思うと、ギョロリと見開かれたのだ。 それは『目』だった。 それはただのコゲた布切れではなかったのだ。 「ふぅ~む、これは珍しい。見たことのない魔法生物だ。ともあれおめでとう。ミス・ヴァリエール」 「はい、ありがとうございます!」 そう応えたルイズの顔は本当に嬉しげで、コルベールもこの生徒の努力が報われた事に胸を撫で下ろしたのだった。 「さ、コントラクト・サーヴァントを」 「はい!」 嬉しそうに杖を構えて詠唱を始めるルイズ。 周りの生徒達が「何だ小物か」「見ろよあの貧相な布っきれ」「ゼロのルイズにはお似合いさ」などと嘲笑するが、喜びに溢れるルイズにはまったく気にならなかった。 布切れを持ち上げ『目』の上あたりに口付けをするルイズ。布切れの『目』は目線を上にあげてそれを見ていた。 「サモン・サーヴァントは何度も失敗したが、コントラクト・サーヴァントは一度で出来たね」 嬉しそうにコルベールが言い、ルイズもそれに嬉しそうに応える。 周りの生徒がまた囃し立てるが、ルイズはやはり気にしなかった。 布切れに光が踊りルーンが刻まれていく様子を二人で観察する。 「ふむ……珍しいルーンだな」 それは、使い魔召喚の監督役として、幾多のルーンを見てきたコルベールにもついぞ覚えの無い変わったルーンだった。 生来の研究者気質からそれを記録しようとした矢先に、ルーンの発光が収まると布の黒に沈んでルーンは見えなくなってしまった。 コルベールはその変わったルーンの事が少し気になったが、今は時間を取った使い魔召喚の儀式を終わらせて生徒達を学院に戻さねばならない、と思い声を上げる。 「さぁ、皆教室にもどりますよ!」 彼はこれから使い魔をもった生徒達に、大型使い魔の厩舎の使い方や、基本的なエサが用意してある場所など使い魔に関連したことを指導しなくてはならなかった。 そのため彼は、無事に儀式の終わった安堵とこれからの忙しさの中、ルイズの使い魔に刻まれたルーンのことはすぐに忘れてしまった。 そして、皆が宙を浮き学園へと去って行くなか一人残されたルイズは、己の使い魔をしっかりと抱きしめて学院へと歩き出したのだった。 ―――夜、自室にて。 ルイズは机の上に使い魔を置いて、ああでもないこうでもないと唸っていた。 「焦げ焦げっぽいからコゲ?……駄目ね。もっと格好良くないと」 彼女は、己の使い魔の命名に悩んでいるのだ。 なかなかしっくり来る物が思い浮かばないらしく、かれこれ1時間以上も悩んでいる。 彼女は現実で言えば命名で詰まってしまい、ステータスポイントを振るまでにプレイ時間を重ねてしまうタイプであった。 「そうね、黒くてなんだかダークっぽいし目が特徴だから『イビル・フォース・アイ』に決めたわ!格好良いし!!」 使い魔の名前をイビル・フォース・アイ(略してコゲ)と決めたルイズは、満足して寝巻きに着替えると、コゲを抱えてベッドにもぐりこんだ。 ルイズはもし使い魔を呼び出すことができたら、まず掃除、選択、着替えの手伝いなどをさせるつもりだったが、手足すらないイビルでは流石にそれはさせられない。 普通メイジはそれらの雑用は魔法で済ませる。しかしルイズは全て自分の手でそれをやって来た。(一部は学院つきの使用人に命じただけだが) もし、自分の魔法が使い魔召喚と言う形で成功したならば、使い魔にやらせるという形ででも自分の魔法によってそれを成したかったのだ。 それが出来なかったのは残念だったが、「大丈夫」とルイズは思う。 何しろ使い魔召喚の魔法は成功したのだ。その証拠が今ここに居る。 ルイズはコゲをぎゅっとだきしめて思う。 これから普通の魔法だって使えるようになるに違いない。だから気にする必要何か無いんだと。 自分を信じさせるように、そう繰り返してルイズは眠りに落ちた。 ―――次の日、授業にて。 土系統のメイジ、ミセス・シュヴルーズの授業にて、ルイズは『錬金』に挑戦した。 ルイズは本当に頑張ったのだ。 昨日の召喚と契約の成功を思い出して、その感触を再現するように呪文を唱えた。 「なのに……なんでだめなのよ……」 ルイズは一人で荒れ果てた教室の掃除をしていた。 箒を掃いて、ちりとりですくう。罰として掃除に魔法を使用することを禁止されたが、ルイズには関係が無かった。 それが一層彼女の惨めさを誘った。 この罰が、それを狙って出されたものだとしたらなんて陰険なんだろうとルイズは思った。 ぼろぼろになった教卓を見る。 その上には焦げた布切れ、ルイズの使い魔コゲが置いてあった。 物言わぬその『目』でルイズを見ている。 体力が落ちると気力も萎えてしまうものだ。 たった一人で広い教室を掃除しているルイズには、昨日は自分の希望を見るように見えたそれが、今は自分の無力を嘲笑っているように感じた。 「ねぇイビル、掃除を手伝うとか出来ないの?」 そう問いかけてみるが返事は無い。口が無いのだから当たり前だった。 喋れないだけではない。手も足もないコゲにできることはただ見ていることだけだった。 その姿が自分の無力さを映している様にルイズには思えた。 「なんとか言いなさいよ!」 思わず箒でコゲを叩く。 吹き飛んだコゲは、床に転がった。 その余りにも無力な姿に、ルイズは急に悲しくなった。 視界が歪む。 (こんなの私の使い魔じゃない。私が欲しかった使い魔じゃない!) 涙を堪えてルイズは掃除を終わらせる。掃除は夕方までかかった。 教室を出るとき、使い魔をそのまま捨て置こうかと一瞬思った。 だが出来なかった。 どんなに情けなくとも、コゲはルイズにとって自分の唯一成功した魔法の証だったから。 ――自室へ戻る途中、ルイズはキュルケと出合った。 「あらルイズ。掃除は終わったの?」 「えぇ。それが何よ」 「別になんでもないわよ。お疲れ様」 「そう、私疲れてるの。それじゃあ失礼」 「ちょっと待ってよルイズ、ねぇ、貴方の使い魔ってそれ?」 ルイズが手に持ったコゲを指して言うキュルケ。 「そうよ」 「へ~、なんだかみすぼらしいし、小さいし、ねぇルイズ。それって役に立つの?」 「うるさいわね」 「あたしも昨日使い魔を召喚したのよ。誰かさんと違って一発で呪文成功よ」 「あっそ」 「どうせ使い魔にするならこういうのが「うるさい」…え?」 自らの使い魔を誇ろうとしたキュルケをルイズが遮った。 「なぁにルイズ。私の使い魔が羨ましいからって――」 「うるさいうるさいうるさーい!!アンタの使い魔なんか知らないわよ!!」 ルイズはコゲを握り締めて走り出した。 あっけに取られてキュルケはそれを見送った。 「あの子……泣いてた?」 (言い過ぎたかしら……) キュルケの胸がチクリと痛んだ。 バタン!!と音を立てて自室の扉を閉じた。 鍵をかける。 ルイズは悔しかった。 ツェルプストーの人間に、馬鹿にされて、見下されて、逃げることしか出来ない自分が嫌でたまらなかった。 握り締めた右手が痛い。 「……え?」 爪が食い込む、と言うレベルではなかった。 右手から血が流れている。 慌てて手を開くと手の平がすっぱりと切れていた。 調べてみると、コゲの体の端に小さな刃があった。今までは体に埋もれていて気付かなかったのだ。 「――っ!!」 思わずコゲを床に叩きつける。 まるで役に立たないくせに、こんなときに主人を傷つけることだけはするなんて、最悪だと思った。 使い魔にまで、馬鹿にされてる。 「このぉ!!」 足を振り上げてコゲを踏み潰―――そうとして、止める。 ルイズは深呼吸をして、必死で自分を落ち着かせた。 傷ついたのは、自分のせいだ。使い魔にあたっても……しょうがない。 何もできない、何もしない。 (それでも私の唯一つの魔法……私の使い魔……) コゲを床にから拾って机に載せる。 自らの傷の手当をした後、血で汚れたコゲを丁寧にあらってからルイズはベッドに倒れこんだ。 くぅとお腹がなった。 しかしルイズは動かなかった。 ―――それから 次の日、キュルケが話しかけて来てもルイズは取り合わなかった。 ルイズは前にもまして魔法の勉強をするようになった。 空き時間の大半を図書館で過ごすようになり、様々な魔法書を読み漁った。 図書館ではキュルケを居るところをたまに見かける、水色の髪の少女を良く見かけたが、話しかけることはなかった。 相手からも、出入りの時に一瞥があるだけで、挨拶の一言も交わすことは無かった。 ルイズは懸命に魔法を学んだが、一度として成功する事はなかった。 魔法に失敗するとルイズは「サモン・サーヴァントは上手く行ったのに!」と言って荒れた。 ルイズはコゲを肌身離さず持ち歩いた。自分の魔法が成功した証拠であると言うように。 ある日、トリステインの王女アンリエッタが学院を訪れた。 彼女はルイズの部屋にお忍びで訪れると、頼みごとを残していった。 ゲルマニアとの同盟のためアルビオンの皇太子ウェールズから手紙を返して貰いに行って欲しいと。 断る事などできるはずが無かった。幼い頃からの友人であり、王女である彼女の頼みだ。そして国の大事でもある。 ルイズはどんな時でも、貴族たらんとするのだから。 決死行と思った旅だったけれど、頼もしい同行者が居た。 魔法衛視隊、グリフォン隊隊長のワルド子爵。ルイズの婚約者にして風のスクウェアメイジ。 彼は強く、優しく、ルイズの旅を助けてくれた。 ならず者達に襲われた時も、仮面のメイジに襲撃を受けたときも。 だから、彼の求婚を受けたのだ。 しかし、誓われた愛は即座に裏切られることになった。 ワルドは突然豹変しウェールズ王子を殺害し、アンリエッタの手紙を奪おうとした。 ルイズは止めた。それがルイズにとって当然のことだったから。 ワルドはルイズを説得しようと言葉を重ねたが、ルイズは決して首を縦に振らなかった。 彼女はどんな時でも決して屈しない心を持っていたから。 「残念だよ……。この手で、君の命を奪わねばならないとは……」 ルイズは嘆かなかった。助けを求める相手は居なかったから。 彼女は杖を構えて抵抗した。しかし雷撃が彼女の血液を沸騰させ、その意志も掻き消えていった……。 「ワルド……何故……」 強く、そして優しかったワルド。 何が彼をこんな風にしてしまったんだろう……。 ルイズは最後にそう思った。 命の灯が消えたルイズの体に、肌身離さず持ち歩かれていたコゲが溶ける様に染み込んだ。 ―――図書館世界にて (おい) どこからか声がする。 (起きろー) せっかく気持ちよく眠っていたのにうるさい、と思った。 しかし自分を起こす声が止みそうもないので、仕方なくルイズは起きることにした。 「……どこ?」 巨大な本棚。 本棚、本棚、本棚、本棚、本棚、本棚、本棚、本棚、本棚、本棚、本棚、本棚。 本、本、本、本、本、本、本、本、本、本、本、本、本、本、本、本、本、本。 ここに比べたら学院の図書館なんて小さな図書室のようなものだと思った。 何処からか響く時計の音。 規則的に響くその音がルイズの意識をはっきりさせていく。 「そっか。私、ワルドに……っていうことはここは天国?」 (自分が死んだら天国にいけると疑っていないところが凄いな) 「っ誰!」 掛けられた声にあたりを見渡すけれど、誰も居なかった。 それになんだか動き辛かった。 (俺だよオレオレ) 「だから誰よっ!?」 キョロキョロとあたりを見渡す。そしてふと頭上を見上げると―― 「キャッ」 ――そこには帽子のお化けが居た。 闇を塗り固めたように黒く、巨大な一つの目と、帽子の端に付いた刃が…… 「って、もしかしてイビル?」 (あーちがうちがう、それは俺じゃないよ。狩人だ。あと俺の名前はイビルじゃないから) 「違うの?確かに大きさとか違うし、イビルみたいにぼろっちくないけど……」 (ぼろっちぃとは酷いな。あとイビルじゃないから。そんな黒歴史な名前でよばないでくれ) ルイズをその一つ目でじーっと見ていた帽子のお化けは、やがて興味をなくしたように飛び去っていった。 「あ、行っちゃったわ」 (ふー、行ってくれてよかったよ。お前俺を着てなかったら大変なことになってたぞ) 「着る?」 なんのことだろう、と思ったところでルイズの目の前には手鏡があった。 都合よく、脈絡なく。 しかし何故?と思うことは無かった。 鏡に映った姿に疑問なんて吹っ飛ぶほど驚いていたから。 「小さくなってる!?」 ルイズは、手鏡に全身が映り込むほど小さくなっていた。 そして、目元だけを覗かせて全身が黒い布に包まれていた。 目元の上にはルイズの顔と同じほど大きい一つの目が開かれていた。 「ってアンタ!イビル!」 (だーかーらー、俺をそんな名前でよばないでくれよ) 「何よ、ご主人様が付けてあげた名前が気に入らないって言うの?じゃあどんな名前ならいいのよ」 (一応、コゲ……と呼ばれてる) 「何よそれ。見たまんまだし情けなさ過ぎるわよ!」 (気にしてるんだからほっといてくれ。邪○眼よりましだよ) 「なによ!」 納得いかないわ。私が考えてあげた名前がそんなのに。とぶつぶつ文句を言うルイズ。 (まぁとにかく、俺の名前はコゲだから。以後よろしく) 「仕方ないわね。名乗るのが遅すぎるけど許してあげるわ。感謝なさい!」 (へーへー) カチ、カチ、と針を刻む時計の音だけがこだまする図書館世界に、とぼけたやりとりを響かせるルイズとコゲ。 「って、アンタの名前なんてどうでもいいのよ。何でアタシがこんなに小さくなってるの!?」 (あー、それは君の存在なんてこの世界ではその程度のもんだー、ってこったよ) 「何よそれ!」 (というか、俺を着てなかったら意識を保つ事すらできないんじゃないかなー) 「……どういうことよ」 コゲがルイズに説明をする。 ここは世界と世界を繋ぐ世界、図書館世界であること。 ここに収められた本の一冊一冊が、それぞれ個別の世界であるということ。 ルイズが死んだ事。 本の世界で死んだ者は図書館世界に来て、地獄だか天国だか来世だかの世界へ移動すると言う事。 「そっか。やっぱり私、死んじゃったんだ……」 (そうだなー) 「で、私はこれからどこへいくの?天国ってどこにあるの?」 (やっぱり自分が天国へ行く事は疑ってないのかよ。っていうか、どこへだって好きなところにいけるぜ) 「え、どういうこと?」 (普通、図書館世界では人間は意識を保てない。行くべきところへ勝手に行くだけさ。 もし強大な意志とかがあって、意識を保てても狩人がそれを許さない。ここで自由に振舞う存在はすぐに刈り取られる) 「狩人ってさっきの?」 (そう。ちなみに俺も狩人だ、ハグレだけどな。だから俺を着ていれば狩人に襲われないし、この世界で自由に動けるってわけ) 「そうなんだ。アンタって無能な役立たず使い魔じゃなかったのね」 (酷いな、これでも結構凄い存在なんだぞ) 「手も足も口も無いくせに。それに自由に動けるって言ったって、天国に自分で行けるぐらいの役にしかたたないじゃないの」 私はどうせ天国行きだったから意味が無い、とルイズは言う。 (そんなこたーないぞ。元居た世界に戻る事だって簡単にできる) 「え?それって……」 (生き返れるってことだ) 「うそ!?」 死。 抗えないそれによって生まれた諦めから、図書館世界のことや使い魔のことなども受け入れることができていたルイズだったが、生き返ることができるとなれば話は別だった。 「あ、アンタそれどれだけ凄い事かわかってるの!?」 (だから凄いんだってば) (お、落ち着いて。落ち着くのよルイズ) すーはーと深呼吸するチビるいず。 コゲの切れ目から垂れ下がる桃色の髪が揺れた。 ルイズは必死になって生き返ることができる、と言うことを考えた。 「生き返っても、又すぐに殺されちゃうんじゃないかしら?」 (ああ、あの時にもどればそうだな。嫌だったらもうちょっと前に戻ればいいさ) 「前って?」 (本のページを戻せば、その世界の時間が進む前に戻れるよ) 「な、何よそれ!?」 (もっとも、オレを媒介にしてるからルイズが戻れるのは俺を召喚したところまでだけどな) 「……むちゃくちゃだわ。むちゃくちゃすぎるわ」 (だから凄いんだって) ルイズは次々明かされる事実に理解が追いつかなかったが、それでもなにやらとんでもないことであるのはわかった。 「つまり、アンタがいれば幾らでも生き返れるし時間を戻せる……ってこと?」 (基本的にはねー。ただあんまり無茶やってると狩人に狩られちゃうかもな。さっきは手を出されなかったけどさ) 情報をかみ締めるように思考する。 たとえ限定的であっても、これはすごい力だ。役立たずどころか、究極の使い魔だと言っても良い。 そう思うとルイズはその薄い胸の奥から、やる気が滾々と沸いて出るような気がした。 「遣り残したことがあるのよ。やらなきゃいけないわ」 アンリエッタの手紙を取り戻さなきゃならない。 ウェールズ皇太子を助けなきゃならない。 魔法を使えるようになって、皆に認めてもらいたい。 (あー、がんばってくれ) 「? 何言ってるのよ。アンタも手伝いなさいよね」 (でもオレ自分じゃ動けないからさー、世界の中じゃ声も聞こえないみたいだし……) 「やり直しのチャンスはくれるけど助力はあてにするなってこと?」 (助けられることがあれば助けるけどさ。まー、何もできないんじゃないかな。せいぜいここで相談にのるくらいだなー) 「何よ、役に立たないわね」 (なっ!?) 喚くコゲを黙殺してルイズは考えた。 やり直しが聞くとはいえ、ワルドの裏切りに自分だけで対処することなどできるのか? それはとても困難な道に思えた。 (くそ。確かに実際の手助けはできないけどさ、他にも誰かの助けを借りるとかしてみると良いんじゃないか?友達とかさ) 「友達なんて……」 誰かの力を借りる、と言う案は良く思えた。 事情を話せば力になってくれる人もいるだろう。 (いないって?でもこれから作れば良いじゃないか。キュルケだっけ?あの赤髪の子とか、ルイズのことを気にかけてるように見えたけどな) 「キュルケですって!?だめよあんなの!」 ルイズの脳裏に、つい先日のことのように悔しさをかみ締めた日のことが思いだされた。 コゲをまとったチビるいずが、だんだんと地団駄をふむ。 (誤解とかもあるしさ。話し合ってみれば案外ってこともあると思うけどなー) 「ふん!ツェルプストーの女なんか願い下げだわ!」 そうは言ったものの、ルイズはあまり粘性の怒りを持つ性質ではなかった。 使い魔の優劣にしたところで、今ではキュルケのフレイムなんかに負ける気はしないので、相手があやまるなら話をきいてやってもいいかな、程度には思っていた。 時間をもどせば何もないのだから、謝るも何もないのだが……。 「それじゃ、あんまり長居して狩人っていうのに目を付けられても困るし、行くわよ」 (おう。そこに栞がさしてあるから、そのページに飛び込めばいいさ) 「……、重いじゃないの!」 相対的に巨大サイズの本を、ちびルイズはえっちらおっちらページをめくる。 栞が挟まったページを開くと、ぜぇぜぇと呼吸を整える。 「もう、勢いつかないわね。じゃあ行くわよ!」 (おー!) ぴょんとページに飛び乗ると、ルイズとコゲは光の沫となって本の中込まれたのだった。 ゼロと帽子と本の使い魔 1週目END
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7062.html
鋼の使い魔支援!第二部も楽しみにしてます。あとジェシカは俺の嫁 -- 歓楽街のていおー (2009-06-14 17 54 47) うめえ -- 名無しさん (2009-06-14 17 55 17) うめええええええ!!!こういうの大好きだ!…シエスタ? -- 名無しさん (2009-06-14 17 55 43) GJ! -- 名無しさん (2009-06-14 17 57 26) 賑やかで、楽しそう! -- 名無しさん (2009-06-14 18 00 40) すごくいい絵だわ -- 名無しさん (2009-06-14 18 20 59) 楽しそうな雰囲気がとてもよく出ていて素敵な一枚 ジェシカとキュルケが特に良い!! -- 名無しさん (2009-06-14 18 48 24) シエスタさんにはナイツの血が・・・・後はわかるな?>シエスタ? -- 名無しさん (2009-06-14 19 05 54) これはお美事!素晴らしい支援絵に心が震えました! -- アーシア (2009-06-14 19 33 25) こういう絵、良いな。何か見ている方も嬉しくなっちまうわい。 -- 名無しさん (2009-06-14 20 05 33) すげぇ、すげぇよあんた! -- 名無しさん (2009-06-14 20 38 17) こういうのいいなぁ -- 名無しさん (2009-06-14 21 10 40) ゴージャスな絵だね、力作だー -- 名無しさん (2009-06-14 21 49 48) キュルケがいいなあ、このキュルケは個人的に最高だ -- 名無しさん (2009-06-14 22 21 03) うまい!…が……10周年か。そりゃ歳喰うワケだ…… -- 名無しさん (2009-06-15 01 03 30) でけえ!うめえ!GJ! -- 名無しさん (2009-06-15 02 00 24) イラスト的にいい感じが出ている気がします。……ところで、シエスタと思われる金髪の女性は誰ですか? -- 騎士S・F (2009-06-15 13 26 10) なんだろ、ルイズとギュスターヴが親子に見える・・・ -- 名無しさん (2009-06-15 18 45 36) ルイズがさりげなく腕を組んでるんだな -- 名無しさん (2009-06-16 12 21 37) 携帯だからか見れない。話にまったくついてけねぇ。 -- 名無しさん (2009-06-16 19 58 03) これは素晴らしい…… -- 名無しさん (2009-06-16 22 47 12) すごく生き生きしていて素敵だ。第二部のルイズ本格始動が今から楽しみです。 -- 名無しさん (2009-06-16 23 54 18) すばらしい!そして10年も前になるのか……サガフロ2が発売されて。歳をとるわけだ。 -- 名無しさん (2009-06-18 00 05 06) 出来ればギュスにホの字のエレオノールも入れて欲しかった!!w -- 名無しさん (2009-06-19 12 34 19) キュルケがなんかお母さんぽいw -- 名無しさん (2009-07-06 22 23 39) 油彩画を見てるようだな。おれは百年かかってもこんなすごいのは描けん。 -- 名無しさん (2010-10-13 17 34 45) 暖かくていいなぁ -- 名無しさん (2010-11-07 10 47 52) 今更、サントラ買った… -- 名無しさん (2011-10-28 00 04 16) 名前 コメント