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出身スレ 新ジャンル「ヤンデレ」 物語 「うっせーよテメーマジ調子乗ってたらぶっ殺すぞ!?」 ~1時間後~ 「オイ…えと…さっきのは…も、もちろん冗談だからな…」 備考
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ヤンデレ彼女-ヤンデレ- 最近付き合い始めた彼女がもしかして巷で噂の「ヤンデレ」じゃないかと友人に言われる主人公 どきっとしながらもそんなことはないはずと、付き合い続けたもの行動がエスカレートしていき… ヤンデレブームに乗っかて、夏になるので少々ホラーテイストに タップして愛情を深めていくと彼女がどんどんヤンデレとしての本性をさらけ出していく ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ~こんな人にこのゲームをお勧め!~ 育成放置ゲームが好きな人 女の子の照れ顔が見たい人 ヤンデレが好きな人 ヤンデレ顔が見たい人 SNSやTwitterで友達と盛り上がれるネタを探している人 ちょっとした空き時間でゲームを楽しみたい人 ヤンデレの人 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ goodplaceでは他にも沢山のアプリをリリースしています! 下記リンクより、goodplaceのアプリをご覧になってみてください。 App Store iOS https //itunes.apple.com/jp/developer/good-place-k.k./id900855634 Google Play Android https //play.google.com/store/apps/developer?id=good-place hl=ja
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180 :ヤンデレの娘さん 恋敵の巻 [sage] :2010/09/16(木) 23 38 18 ID gqlJWWuV 少女には、片思いの相手が居た。 その相手は料理部にしばしば助っ人に来てくれる二年生の先輩。 御神千里(みかみせんり) 一見すると眠そうな目元の持ち主で、実際居眠りの常習犯らしい。 けれど背は高く、容貌は悪くない。 「分からないコトとかあったら言ってねー、協力するからさー」 いかにも気楽そうに、間延びした口調でそう言って―――料理のことにはズブの素人だった少女に、一生懸命親身になって教えてくれた。 その時の嬉しさが、恋愛感情に変わるのにさほど時間はかからなかった。 学年が離れている上、掴みどころのない人なので、アプローチは難しかった。 何やら最近彼女が出来たとかいう話があるが、そんなことは関係ない。 あんな地味っ子よりも自分の方が容姿面で優っている―――筈と彼女は思った。 『たとえ付き合っていたとしても』 と、少女は思う。 『チューして押し倒しちゃえば、御神先輩であろうとどうにでも籠絡できるのですよ!』 案ずるよりも産むが易し。 当たって砕けろ、レッツ告白! と、言うわけでこの放課後、少女は御神先輩に告白しようとドキドキワクワクしながら、呼びだした彼の元に向かっていたのだが――― 「…河合直子さん」 少女こと、河合直子はいきなり背後から話しかけられた。 「…一年三組出席番号三番、血液型B型、身長175cm、体重45キロ、得意科目は理科、苦手科目は数学、そして―――ここの所やけに2年生の先輩であるところの御神千里くんに色目を使う河合直子さん」 ささやくようなか細い声音はまるで幽霊。 直子は恐る恐る振りかえった。 窓から差し込む夕焼けに照らされた、1人の少女が居た。 真っ白な肌。 触れれば折れてしまいそうな、小柄で華奢な体躯。 今時珍しい、腰まで届くほどの長い黒髪。 そして、その瞳には、逆光のせいか一切の生気が宿っていないように見える。 先輩と付き合っているという噂の、件の地味娘である。 名前は確か――― 「…緋月三日(ひづきみか)…」 「…先輩、をお忘れですよ。河合後輩」 そう言って、彼女は一歩近づく。 ズッ、と何かを引きずる音。 「…ご存知、ですよね?私と最愛の御神くんが名実ともに永遠の愛で結ばれていることを。事情通情報通のあなたのお耳に入らないはずがない。 …それなのに、何かにつけて御神くんに接触したり密着したり揚句の果てには腕を絡ませたり。無神経―――の一言では説明できませんよね? …その上、今日は御神くんを空き教室に待たせてどうしようと言うのです?まさか、愛の告白、なんて言いませんよね?」 怒りもせず、笑いもせず、緋月三日は言う。 「そうだ、と言ったら?」 不敵な笑みを顔に作り、直子は言う。 「私はあの人に恋をしている!抑えきれないほどの激情が、この胸で暴れてるんですよ!それを『恋人がいるから』なんて理由で止められてたまりますか! 大体、あなたみたいな地味な人、先輩の恋人にふさわしくないんですよ!先輩にはもっと明るく華やかで胸の大きい女がふさわしい!おや、どこかにそんな女が居た―――と思ったら私でした!」 勢いのまま、直子は目の前の少女に向かって激情を吐きだした。 「そうですか…」 それに対し三日は何ら動揺する様子も見せず、直子に近付き、手に持ったモノを両手で正面に向け―――ることはできなかったので肩に担いだ。 「…河合さん、あなたの気持ちは痛いほど分かる。それでも私は、あなたを許さない」 言って三日は手に持ったモノを振りおろした! 181 :ヤンデレの娘さん 恋敵の巻 [sage] :2010/09/16(木) 23 39 07 ID gqlJWWuV ド!と重い衝撃が廊下にたたきつけられる。 それは大鉈だ。 こんなものが当たれば怪我では済まない。そんなものを、この女は直子に向かって躊躇なく振りおろした! 当たりこそしなかったものの、直子の本能が警鐘を鳴らす。 逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ! 咄嗟に走り出す直子。 「フハハハハハ!その武器がどれほど強力であろうとも、逃げ切ってしまえば、告白さえしてしまえばよいのです!勝ちなのです!!」 ブン!ブン!と走る直子の背に、空振った鉈が振るわれる音が聞こえる。 階段を全力でのぼり、廊下を走る。 全力で走るさなかにも、ズ、ズ、という鉈を引きずる音が聞こえる。 不運なことに、直子は運動のできるタイプではなかった。 すぐに息が切れてしまう。 「だ、駄目…。もう無理…」 そして、不運なことに彼女はヘタレだった。 いくばくか走ったところでとうとう足を止めてしまう。 そうしているうちにも、ズ、ズ、と鉈を引きずる音が聞こえる。 ほとんどホラーである。 直子の脳裏に、大鉈で切り殺される自分の姿が浮かぶ。 ズ、ズ、という音が少しずつ近づいて来る。 どこまで近づいてきているのだろう。 振りかえりたくなる衝動。 振りかえりたくないという恐怖。 悲鳴を上げずにいられるのが、直子自身でも不思議だった。 そうこうしているうちにもズ、ズ、という音が近づいていき――――止まった。 止まった。 もう、「しーん」という擬音が欲しいぐらい完璧に。 恐る恐る直子が振りかえると、そこには三日がいた。 ただし、自分と同様に足を止めた三日が。 いや、直子よりも酷いかもしれない。 三日はその場にぺたりと女の子座りをし、頬を上気させ、空気を求めて喘いでいる。 まるで事後、というよりは全力疾走した後のようだ。 いや、実際したのだろうが。 弱りすぎにも程があった。 「緋月三日―――先輩?」 思わず怪訝そうに言う直子。 「…な、鉈が…鉈が、重くて…」 息も絶え絶えに言う三日。 確かに、直子と違って三日の手には鉈がある。 あんな細腕でよくこんな大きな鉈なんて振るえたものだと思ったが―――やっぱり細腕だったらしい。 「・・・」 どうしよう、と直子は思った。 今ならこのまま三日を見捨てて御神の元にたどり着くのは簡単そうだが、そうすると妙な罪悪感が生まれそうな予感がした。 たとえるなら、自分が獅子なのに脆弱で病弱な子ウサギどころでない小動物を相手に全力を尽くしてミンチになるほど叩き潰すような感じだろうか。 「こーら」 その時、間延びした口調の救世主が現れた。 182 :ヤンデレの娘さん 恋敵の巻 [sage] :2010/09/16(木) 23 39 43 ID gqlJWWuV 直子の想い人、そして三日の恋人の御神千里である。 「御神先輩!」 直子は思わず叫んだが、御神はあっさりそれをスルーし、一直線に三日の元に向かう。 「河合さん待ってたら、廊下が騒がしくなったんで来てみたら…」 ひょい、と御神は三日の手から鉈をとった。 「駄目だろー、ひづきん。こんなモノ盗み出して、その上後輩追っかけ回したりしちゃぁ」 論点がズレてるのか、合っているのか分からないお説教をかましだす御神。 って言うかこの光景だけで何があったか分かるのかと。 「…で、でも、御神くんを惑わす雌狐は…しっかりきっちり排除しないと…」 息も絶え絶えのままそう言う三日。 「お前の場合さー、排除するんじゃなくてされる側だろ?元々そんな某ひ○らし的大鉈なんてまともに扱う腕力なんて無いんだし、河合さんがちょっと本気だしたら返り討ちっしょ?」 そう言えば、さっき大鉈を振るった時もかなりフラフラだったような気がする。 良く考えれば、振りおろしたのも、むしろ肩から落っこちたようにも見えたし。 怖がる必要は無かったのかと色々と複雑な気分になる直子である。 「ええっと、河合さん。そちらは大丈夫?コイツに何かされてない?ってか、コイツに何もしてない?」 と、そこで初めて御神は直子の方を向いた。 「あ、はい、声掛けられて目の前で鉈振られて追いかけられただけで、大丈夫です。あと、緋月先輩には何もしてないです」 まだ半ば混乱しながら、直子は言った。 「そりゃ良かった。お互いにとって」 それはそうだ。 「河合さん、本当にごめんね。緋月の迷走を止められなかったのは俺の責任だ。コイツの分まで謝らせて欲しい」 そう言って、(珍しく)真面目な口調でペコリと頭を下げる御神。 「い、いえ、それは良いんです!いや、良くないけど良いんです!」 ぶんぶか手を振って言う直子。 そして、半ば勢いのまま言葉を続ける。 「先輩!私、御神先輩のこと好きです!好きです!大好きです!超愛してます!だから付き合って下さい!」 それは、御神にとっては超展開以外の何物でもなかっただろう。 一瞬、面喰ったような顔をしたが、すぐにいつもの調子で言った。 「ゴメンね、その気持ちは嬉しいやなんでもない」 じーっと緋月が見つめるので言い直す御神。 「俺、コイツの恋人だから」 と、緋月を指さすのである。 「なら、別れるまで待ちます!いつまでも待ちます!」 「悪いけど、向こう100年位別れる予定無い。って言うかコイツが離してくれそうにない」 「無理矢理付き合わされてるんですね!なら私が解放してあげます!って言うかそいつ抹殺します!」 「ゴメン、そしたら俺、即君の敵になるや」 そう言って、御神は緋月の体を持ち上げた。 いわゆるお姫様だっこである。 「障子紙より弱いくせに思いっきり頑張る方向間違えて人に迷惑かける奴だけど、それでも可愛い所あるから」 そう、えらく幸せそうな顔で言うのである。 「だから、君とは付き合えない」 御神からの最後の言葉に、直子の恋心はボッキリと折られたのであった。 183 :ヤンデレの娘さん 恋敵の巻 [sage] :2010/09/16(木) 23 40 10 ID gqlJWWuV おまけ 数日後 「ふははははは!この河合直子、一回や二回フラれたくらいで諦めてなるものですか!恋心は死なんよ!何度でも蘇る!なのです!」 「…御神くん、アレ殺しちゃダメですか?」 「……止めときなって」
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794 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20 29 33 ID jWW4PdQE って、ちょっと待てよ? 何でこの娘が3人目なんだ? 俺の予想では三日の母、緋月零日さんが来ているはずなのだが。 お仕事でむっちゃ忙しい人だとは聞いてるけど。 代役? 「ヒーロー番組観てる子供たちのアイドルを、こんな試験の試験官やらせんでも良かろうに……」 「こんな試験って…どういう意味かな、かな?」 「キャラ、ブレてるぞ」 「かな、かな…なんだよ?」 「どっちにせよパクリ感は否めないけどな」 「素人さんに駄目だしされた!?」 そんなに驚かれても。 実際、その通りだし。 それはともかく。 「月日さんは一体何を考えてるのかって話。君だって、この一件のためにかなり無理したんでない?」 「月日お兄ちゃんのためにすることは無理でも努力でも何でもないこと…なんだよ!」 胸を張って言う零咲。 良い娘だなぁ。 アブないけど。 俺の命を現在進行形で危うくしてるけど。 「ンじゃあ、月日さんのためにも、お互い早めに終わらせちゃおうか」 笑顔の零咲に、俺は優しげな様子で(様子だけ)言った。 正直、いつまでも脚から血をダクダク流してるわけにもいかない。 「ウン…なんだよ!」 零咲が笑顔で頷いて、ふと思い出したように言葉を続ける。 「そう言えばとてつもなくどうでも良いことだから忘れてたけど…おにーさんの試験結果は会ってすぐくらいには出していた…なんだよ!」 「そう言えばとてつもなくどうでも良くないことだから可及的速やかに聞かせてー」 可及的速やかにとこの状況から抜け出すために、俺は先を促した。 「おにーさんの試験結果は…」 しかし、零咲はそう言って口元に三日月型の笑みを浮かべた。 目の笑っていない、凄惨な笑みを。 「これ以上なく不合格!」 同時に、零咲の両手が舞う。 その動きが見えるか見えないかという段階で、俺は既にその場を移動している。 間一髪、ワイヤーの風切音だけが通り過ぎる。 飛んできたワイヤーを避ける、なんて恰好のいい動作では無い。 ほとんどその場を後ろに転がったようなものだ。 「お願いだから、お互い早めに終わらさせて欲しいかな…なんだよ、おにーさん」 体勢を立て直した俺の方に、悠然と近寄り、上目遣いで俺を見上げる零咲。 その動作に、思わずドキリ、とする。 「どうしたのかな…おにーさん?」 その仕草は魅力的だった、だけではない。 その仕草は、あまりに見覚えのあるものだったからだ。 いや、零咲の動作の所々は、俺が驚くほどよく知るものばかりなのだ。 「どうにも、お前が三日の奴に似てるように見えてね。いや、見た目とかだけでなく、ちょっとした仕草とかがさ」 俺の言葉に、ニヤリとした笑みを浮かべる零咲。 「おにーさんがそう思うのは当然…なんだよ」 その語る零咲の表情は、俺なんかよりもずっと大人びて見えた。 ついさっきまで、随分と年下の女の子に見えていたのに。 「三日ちゃんは私の続きなのだから…なんだよ」 そして、彼女は虚ろなほどに漆黒の瞳でこちらを見据える。 「そうだこうしようよ…なんだよ、おにーさん」 「どーしようってのさ」 三日そのままな上目遣いのまま、零咲を言った。 「三日ちゃんのことを聞かせてみて欲しいかな…なんだよ」 795 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20 30 06 ID jWW4PdQE 一方――― 「チッ!」 何度かのコールの後、明石朱里は再度小さく舌打ちをした。 携帯電話のモニターには『御神千里』の文字が映る。 その文字を明石は憎々しげに見た。 「何で、私がアイツなんかのせいでダブルデート(仮)を邪魔されなきゃいけないのよ……」 隣の葉山に聞こえないように、明石はそう小さく呟いた。 明石は、千里のことが嫌いだった。 自分の想い人の隣というポジションを占有し、自分の親友の想われ人という立場を占有している。 その上、そのことに何の有難味も感じていないかのような顔でヘラヘラしている。 どちらの立場も、明石が羨むほどの物なのに、だ。 いや、流石に三日の恋人になるつもりは無いが。 しかし、千里と正樹の仲の良さは何なのだろう。 2人とも交友関係は決して狭くは無いが、この2人の関係は別格のように見える。 17年の付き合いのある自分よりも近しいではないか。 ホモか、ホモなのか。 どちらにせよ今すぐ代わって欲しいポジションだった。 『羨むってことは、嫌悪というより嫉妬なんでしょうね』 そう心の中で呟く。 ドロドロとした感情が、心の中で渦巻いていた。 そもそも、明石は『幼馴染』という現在の自分のポジションをあまりよく思っていない。 正樹とは親友と言うには遠すぎて、さりとて女として接してもらうには近すぎる。 歯がゆいと言っても良いし、嫌悪していると言っても良いし―――自己否定的なまでに憎悪していると言って良い。 「こんなコト考えるのも、あの男のせいだ」 今度は口に出してそう言い、再度千里の携帯電話をコールする。 見つけたらボロボロになるまでボコボコにしてやろうなどど思いながら。 796 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20 30 35 ID jWW4PdQE その頃、ボロボロでボコボコになった俺こと御神千里はと言うと。 「聞かせる?」 零咲の言葉に、俺はいかにも怪訝そうに答えていた。 「アイツの人となりを知りたいのなら、俺の話より、実際会って話すのが一番でしょ。って言うか近くに居るはずだから俺と一緒に会いに行こうぜ」 「そんな言葉でお兄ちゃんの試験を逃れようなんて、いくらなんでもあざといかな…なんだよ」 俺の戯言を一刀両断する零咲。 「まぁ、わざわざ聞くまでもなくないか、って思ったのはホントだけどねー。実際、零咲は三日の親戚か何かなんだろ?」 外見からも当て推量をして、俺は言った。 多分、零咲の本名は緋月なんとかとかその辺なんだろう。 まあ、月日さんとは『親戚のお兄ちゃん』と呼ぶには歳が離れすぎてるようだから、そこら辺はあの変態の趣味なのだろうけど。 でも、見た目的に一番似てるのが、外見ではなく所作だってのが気になるけど。 「多分、おにーさんの推測は遠からずとも当たらずってところなんだとは思うけど…あたし的にそこはどうでも良い…なんだよ!」 遠からずも当たらずって、入れ替えただけなのに、受けるイメージが180度変わる言葉だな。 「おにーさんから見た『緋月三日』…というのを聞かせて欲しーんかな…なんだよ!」 「あ、なるホロ」 「と、言うより…聞かせる以外の選択肢は無いんだよ」 ゾッとするほど静かな声でそう言って、ゴス浴衣の中から再度右手を示す零咲。 その気になればすぐにでも俺を殺せると言わんばかりに。 「もし聞かせてくれたら…試験結果の見直しを考えてあげても良い…なんだよ!」 「ンなこと急に聞かれてもなー」 俺はそう言って頬をポリポリやった。 凶器持った相手を目の前に。 「さっきから思ってたけど…あたしを前にしておにーさんも動じない…なんだよ!」 「カッコつけてるだけだよ。内心ブルッブル」 「あたしの続きのために…そこまですることも無いかもなんだよ!」 「今のやりとりだけでどうしてその結論に辿りつけたのは謎だけどなー」 「でも…そうなんでしょ?」 「まぁそうかなー」 「あんな弱い娘のために…なんだよ?」 怪訝そうな顔で言う零咲。 「あんな惰弱で脆弱で虚弱で最弱な娘のために、何でまたおにーさんはそこまでするのか、そこまでする価値を見出しているのか、あたしは分からない…なんだよ?」 「弱い、ね」 やんわりと零咲を見据え、俺は言った。 「そりゃどーかな?」 「どう言う意味なのかな…なんだよ?」 「言葉どおりの意味さ」 勤めて静かに、俺は言葉を紡ぐ。 「零咲、さっき『友情は裏切られる』って言ったよね」 「?」 俺の唐突な言葉に、きょとんとする零咲。 「でもさ、そもそも裏切られるレベルの友情、裏を返せば裏切られると感じるほどに信頼できる友情―――人間関係を構築するのってマジ大変じゃん。相手がその信頼にこたえてくれなかったら、裏切られたら、傷つけられたら……なんて考えたらできないし」 「…それで?」 「ソレをアイツは、三日はやってるわけよ。俺との人間関係を繋ぐために。自分の想いを伝え、想いを繋げるために。全力で、命がけでね」 俺が1人ではできなかったことを。 俺にはできなかったことを。 だから――― 「それを強いと言わずに何て言うのさ」 迷い無く、俺は断言する。 「俺けっこー尊敬してるのよ、三日のコト」 笑いながら、誇らしげに、断言する。 797 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20 32 01 ID jWW4PdQE 「けれど・・・」 零咲が静かに口を開く。 まるで、詰問するように。 「おにーさんはほんのひと時とはいえあたしと行動することを選んだ。あの娘と離れることを…選んだ。その選択は無かったことにはならない、一度した間違いは無かったことにはならないならないならないならない…ならない」 先ほどまではまがりになりも浮かべていた笑みを消し、無表情に零咲は言う。 「だから…結果は変わらない。どんな想いがあったとしても、あたしの言葉に応じた瞬間、あたしと係わり合いを持とうとした瞬間、きみの不合格は確定…した」 言葉と同時に、零咲の右手が舞う。 ワイヤーが舞う。 「!?」 咄嗟に転がり、ギリギリのところで避ける。 今日のために買った浴衣の裾がずたずたにされる。 「1度確定したことは決して…無かったことにはならない。だからあたしはきみを…絞め斬り殺す」 再度、ワイヤーが舞う。 横に転がるが、それを追いかけるようにワイヤーが風を切る音が聞こえる。 「くぉ!?」 追いかけてくるワイヤーを、思い切り後ろに跳ぶことで避ける。 ようやくワイヤーの追撃から逃れられた。 両足は勿論痛いが、今度こそ根性で我慢。 とはいえ、そう何度も続けられるとも思えないけど。 「無様に・・・あがくのね」 一歩ずつこちらに歩み寄る零咲。 「無様なあがきで、無様なもがきさ。これでようやく三日とおそろいになれる」 「頑張るね…無意味に。きみはもう全体的に根本的に潜在的に最終的に劇的に決定的に断定的に…終わっていると言うのに」 「終わってるなんて……」 もう一度大きく距離を取り、俺は言った。 正直、軽く息が荒い。 正直、軽くヤバい。 対して、零咲は傷一つなく、息一つ切らさず、一歩一歩こちらに近づいてくる。 ワイヤーは、まだ使ってこない。 けれど、次に使われたときが俺の最期だろう。 武器の性質みたいなものは少しずつ分かってきた。 まず、右手からしか出せないこと。 次に、すぐに二撃目が来ないってことは、武器としての間合い自体はさほどでも無いであろうということ。 もっとも、そんなことが分かっても何の意味も無い。 見えない上に、どこから来るのかも分からない攻撃なんてどうしようもないのだから。 体力的にも、もうそうそう何度も避けられるモンでもないだろうし。 死にたい、と思わないけど。 死ぬ、とは思った。 あーあ。 死ぬ時は、ヒロインのロングヘアにハグられて死ぬって決めてたんだけどなぁ。(艶やかな黒髪ならなお良し) でも、まぁ、何のかんので楽しい人生だったし。 親とも何のかんので仲良くなれたし。 良い方には変われたと思うし。 色んな人とも会えたし。 大切な人とも出会えたし。 悔いは無い、かな。 そう、思った。 798 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20 32 24 ID jWW4PdQE 「ああ…そうそう。1人で死ぬのは寂しいだろうから先に…教えておいてあげる」 けれど。 「きみを殺したら三日ちゃんも…あたしの続きもきちんときみのところに送ってあげる」 零咲のその言葉に、俺のおめでたい思考は吹っ飛んだ。 「言った…でしょう?あの娘は…弱い。きみはそこにある種の強さを見出したようだけど、それでもきみがいなくなって耐えられるほどのものじゃあ…無い」 だから…苦しむ間もなく、送ってあげる。 零咲はそう、光の無い目で言った。 その瞳には何の感情も見られない。 だからこそ分かる。 この女は確実に三日を殺す! 「いやいやいや、とりあえずソレは慎んでご遠慮したいところなんだけどねー。いやマジで」 マジで、死ねない。 あきらめモードは、もう終わりだ。 バン、と脚を叩き、しっかりと立つ。 「どう…して?」 こちらに近づきながら、無表情に言う。 そこに、感情的な動作は何一つ無い。 ただこちらを見ながら唇を動かすだけだ。 「アイツが死んだら……」 零咲を見据えながら、俺は言う。 「アイツは死んだら苦しむことも泣くこともできない。誰にも笑っても怒ってもくれない。俺と祭を周ってもくれない。趣味の悪いぬいぐるみを欲しがったりもしない。部活の後輩とケンカしたりもしない」 アイツとの楽しい時間を思い返して、俺は言う。 「それが無くなるなんて、マジありえないから。あって、たまるか」 俺は、静かにそう言った。 静かなのは、そこまでだったが。 「アイツに指一本でも触れてみろ!俺はどんな手段を使ってでも確実にお前を殺してやる!」 叫ぶ。 俺は叫ぶ。 抑え込まれいたものを 「そんなことを言うのは―――あの娘を愛しているからなのかな…なんだよ?」 零咲に、ストレートに聞かれた。 ド直球だった。 その場にそぐわないとも思える、けれどもこれ以上なくふさわしいとも言える言葉に、俺は一瞬言いよどむ。 「そ…そう言う気の効いたセリフは―――最終回に取っておくモンだろ」 俺は、そう答えた。 その時、零咲の懐から振動音が聞こえる。 「ケータイかい?」 「きみの…ね。話してみるかな…なんだよ?」 俺が頷くと、零咲は無造作に俺のケータイを投げ渡す。 開閉するのももどかしく、俺はディスプレイを確認する間もなく着信ボタンを押す。 『山に棄てられるか海に棄てられるか、嫌いな方を選べ』 無感情ながら随分とドスの効いた声だが、どうにか分かる。 明石だ。 「悪いね、明石。今すぐヤボ用が終るから、そしたらフルスロットルでそっちに戻『アンタのことはどうでも良い』 俺の言葉をさえぎり、明石は言葉をかぶせた。 もしかして怒ってるだけではなく、焦っている、のか。 どうして? 『そんなことよりも、三日がそっちに行っているかどうか5秒以内に答えなさい』 明石が三日のことを渾名で呼ばないのを、俺は初めて聞いた。 「三日が?アイツに何かあったのか!?」 799 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20 33 00 ID jWW4PdQE その答えを聞く寸前、俺の携帯電話はガシャン、と地面に落ちた。 同時に、ガクンと、俺の体に衝撃が走る。 瞬時に体が拘束され、口はふさがれ、挙句の果てに足が地面を離れていた。 先ほどの木の上に縄で吊り上げられた、と気がつくのには少々の時間を要した。 木の上で、かなりの高さがある。 誰がやったのかは考えるまでも無いだろう。 どうやら、零咲の奴はワイヤーだけでなく縄まで使いこなすらしい。縄跳びとかさせたらサイコーに上手いんじゃないのか? 殺されなかっただけマシとはいえ、かなりキツい体勢だ。特に、体中、特に首の辺りには窒息しそうなほどギリギリと縄が食い込んでくる。 「ふぅん…」 俺の足元で零咲が言う。 「登場するには悪くないタイミング…なんだよ、三日ちゃん」 俺の足元で、零咲の前に三日が現れる。 悪くないなんてものじゃない。 最悪のタイミングだ! 「…どうして、ここにいるんですか?」 感情の失せた目を向けて、三日は言った。 髪をまとめていた簪はどこかで落としたのか。 髪はほどけて乱れ、浴衣の裾は枝に引っ掛けたのかボロボロになっていた。 鬼女もかくや、というありさまである。 「ちょっと驚いた…なんだよ。この辺には事前に人払いの技術を使っていたのに」 「…それを私に伝授してくれたのは、あなたでしょう?…質問に、答えてください」 「さぁどうしてなんだろう…ね」 それに対して、何でも無いような口調で零咲は言った。 俺の携帯電話を拾い上げ弄びながら。 三日に見せつけるようにしながら。 それにしても、改めて零咲と三日を見比べると―――全然似てない。 今まで似てると思っていたのが嘘のように似ていない。 零咲より三日の方がずっとしなやかな体つきだし、 零咲より三日の方がずっと艶やかな髪だし、 何より、零咲より三日の方が、ずっと必死だ。 生き汚い位に必死だ。 けれども、そんなコイツの姿を、俺は美しいと思う。 そう思っている間にも、足元で会話は進行している。 「どうなんだろうというよりもどうしてなんだろうと言うべきかな…なんだよ?どうして―――希望があるなんて寝惚けたことを言えるのかなぁ」 グシャリ、と零咲の手の中で粉々になる。 握力だけでなく、恐らくは例のワイヤーを使ったのだろう。 粉々になった携帯電話は、血まみれになりながら無残に地面に落ちる。 「ねぇ、どうしてどうしてどうしてかなぁ?幸せなんて刹那の焔!一瞬で粉々になるなんてこと、カズくんのコトで痛い位に学んだと思ってたんだけどなぁ!?」 零咲の責め立てるような言葉に、三日が茫然としたような顔をする。 「そう!Time up!全ては手遅れ!!三日ちゃんの大切なモノはもう!この私がこんな風にバラバラに粉々にブチ壊してブチ殺した後でした!残念無念!またの挑戦をお待ちしております、なんだよ!!」 両手を広げ、零咲が宣言した。 それが現実であるかのように。 あまりにもあっさりと、それだけに真に迫った、真実であるかのような言葉。 「…どうして、そんなことを?」 茫然とした顔で、憔悴しきった表情で、三日はその言葉だけを絞り出した。 「私がしたのは時計の針を勧めただけのこと…なんだよ」 そう言って零咲は三日に近づき、血の付いた手で頬を撫でる。 800 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20 33 26 ID jWW4PdQE 「私と三日ちゃんは全く持って同じ…なんだから」 慈しむように、愛おしむように。 「私が何もしなくても、三日ちゃんは遠からず不幸になっていた。大切な人を失うか、大切な人に拒絶されるか。確実に不幸になっていた。今のまま…だったら」 「…どうして」 「だって」 言って、零咲は微笑んだ。 誇らしげに、それでいながら泣きそうな顔で微笑んだ。 「私がそうだったから」 だから、あなたもいずれそうなる…んだよ、と零咲は言った。 確信を持ってそう言った。 「幸せを求めるならそれ以外のすべてを捨てなくちゃ。その為の全てのリスクを背負わなくちゃ。その為なら大切な人を不幸にするくらいでなくちゃ。自分自身でさえ不幸にしなくちゃ。どれ程その手を汚そうと。どれほど罪を重ねようと。それが貴女のためなんだから。それがその人のためなんだから。そうにきまってるそうでないなんてありえない。だって…」 あくまで穏やかに三日の頬を撫でながら零咲は続ける。 「貴女は私そのもの…なんだから」 「…貴女は私」 「そう、貴女は私。違う肉体違う人間として存在していることが不自然なくらいに同一」 「…不自然…同一」 「だから、もっと私に近づきなさい。そうしないと貴女は押しつぶされてしまう。この現実に。この先の不幸に」 慈愛さえ感じさせる口調で、母性さえ感じさせる表情で零咲は言う。 零咲の虚言が、見る間に三日の精神を蝕んでいく。 でもな、零咲。 お前は最初から最後までミステイクだ。 間違いと勘違いしかしていない。 なぜなら、零咲と三日は圧倒的なまでに違うから。 細かなモーションが似ていても、上っ面の属性が同じでも、それでもお前たちは違うんだよ。 零咲にあって三日に無いものも多いだろう。 そして、それと同じくらい三日にあって零咲に無いものも星の数ほどある。 例えば、短い間でも俺と積み重ねてきた時間とか。 それがもし零咲にあったら、こんな致命的なミスは犯さなかったんだろうなぁ! 「これからどうするの、三日ちゃん?探せば彼の死体ぐらいは見つかるかもしれないし、私を殺せば彼の仇くらいはとれるかも…なんだよ?」 足元で、そんな会話が聞こえる。 「…う」 零咲の言葉に、三日は俯いた。 「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」 そして激情のままに零咲の首に手をかける。 「三ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ日ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」 手をかける、その瞬間に俺は落ちて来た。 2人の前に、ドシンと盛大に音を立てて。 いや、ドシンなんて生易しいモンでも無いけれど。 「…千里、くん?」 信じられないものを見るような目で、俺の方を見る三日。 「よぉ、三日。随分と心配かけてすまないけど、ご覧の通りピンピンしてるよー」 俺は潰れた蛙のような姿勢で、三日に無理矢理作った笑顔を向けた。 正直、ピンピンなんてしてないけど。むしろ地面に叩きつけられた衝撃で全身痛いけど。 801 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20 33 46 ID jWW4PdQE 「あなた…どうして?」 「だーから、お前は三日と別物なんだよ」 地面に這いつくばった体制のまま零咲の方に顔だけ向ける。 「若いくせに幼いくせにさっきから知った風な口を聞きやがって。仮面ライダーだって一号二号とかぱっと見似てても全然違うだろ?それに比べてもお前と三日は一欠けらも似てねぇっつの」 「質問に…答えて。かなりきつく縛ったのに。恐ろしいほどの高さに釣り上げた…のに」 「縄抜けは得意なんだよ。この知ったか女、その程度のことも知らなかったのか?」 「そんなこと…」 「三日程度ならフツーに知ってることだぜ」 そう、零咲と三日が本当に同キャラなら、俺を吊り上げるのに縄なんて使わない。 俺に告白したその日に、アイツはそうしようとして、俺にあっさり縄抜けされてしっぱいしたのだ。 失敗して、知っている。 俺と時間を、着実に重ねている三日なら。 勿論、俺との時間をさほど重ねていない零咲が知らないのも無理ならぬ話ではあったが。 たかだか2カ月足らずの時間、1クールアニメにも満たない期間だが―――されど2カ月近い間、確実に俺と三日は時間を積み重ね、少しずつ互いを理解して行っている。 零咲とは違って。 「大体、こんな最悪にたちの悪いドッキリまがいの方法でてめぇの思想を押しつけようなんざどーゆー了見だっての。自分の理想を子供に押し付ける教育ママかお前は」 「…」 教育ママ、という言葉になぜか図星を突かれたような顔をする零咲。 「三日はお前のようにはならない。お前みたいに不幸に耽溺したりしない。お前に無いものをたくさん持っているからな。お前の持たない仲間も十二分に持っているからなぁ」 「それ…でも」 フラストレーションが溜まりに溜まりまくっていた俺の長台詞に圧倒されていた零咲が口を開いた。 「それでもこの娘が不幸に陥りそうになったら!取り返しのつかないことになったらどうしてくれるのよ!この娘はこんなにも弱いのに!!」 その叫びには、確かに三日を心配する響きがあった。 「その時は、俺が必ず守る」 その言葉は、俺の口から思った以上にスルリと出た。 「どんな馬鹿でかい不幸や困難が三日を襲っても、その時は俺が必ず支えになる守りになる騎士―――になってみせる。三日の不幸程度で三日を見捨てたりはしない。手放しなんてしない。だって―――」 次の俺の一言は、嫌な人は読み飛ばして欲しい。さすがに、これは台詞はクサ過ぎる。 「三日が俺の隣からいなくなることの方が俺にとっての不幸だ」 そう、三日の方を見ながら言って―――俺の意識はそこで途切れた。 802 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20 35 47 ID jWW4PdQE おまけ ここで俺が死んだら中々に格好良すぎで出来過ぎな展開なんだろうけど、そんなことがあるはずもなく。 俺が気絶した直後、タイミング良くウチの親が俺を見つけてくれたらしい。 何でも「えくりちゃんのメイクアップの時嗅ぎ慣れたお香のような匂いがしたから」らしい。 思い返して見れば、あの樹の周りには奇妙な匂いがしていた気がする。 人払いの技術、とか零咲が言っていた気がするが、その辺の手品のタネはそこにあるのだろう。 無意識に人間が嫌う匂いを立てる、とかそんな蚊取り線香みたいな感じの。 とはいえ、それで全てが大団円といくはずもなかった。 と、言うのも俺の体のことである。 零咲のワイヤーでズタズタにされた足首に、駿河問いもどきの拘束、加えて木の上と言う高所からの落下。 俺の体には割と洒落にならないダメージが叩きこまれていたらしい。 そんなわけで、俺は急きょ病院に運び込まれることになった次第である。(零咲はいつの間にか紛れて姿を消していた。) 夏祭りどころでは無くなってしまった。 同じく祭に来ていたはずの生徒会メンバーと会えなかったのは残念だったし、お約束の花火を見られなくなったのも心残りだし、何よりダブルデート(?)を台無しにしてしまって皆には申し訳なかった。 明石には恨みがましい目で見られたことだろう。 もっとも、この辺り、俺は意識を失っていたのでよく覚えていないのだが。 全ては後に親から聞いた話。 と、言う訳で翌日。 グルグルの包帯まみれで俺は病院に居た。 足首の怪我に全身打撲その他諸々で絶賛入院中である。 その怪我の内、一番ひどいのが落下によるものというのが笑えない。 自業自得じゃねえか。 「まー、入院が短期で済んだのは不幸中の幸いってトコかしら」 病院の病室、俺の寝るベッドの隣で、親は事態を笑い飛ばすように言った。 この人は今回一番の功労者にして苦労人の筈なのだが、それをおくびにも出さない。 「まぁ、そうと言えばそうなんだろうなぁ……」 親の言葉に、俺は力なく答えた。 「…元気出して下さい、千里くん」 その隣で三日は言った。 三日とウチの親は俺が病院に運ばれる諸々のバタバタにずっと付き合ってくれて、今も俺に付いていてくれている。 一時期は仕事中毒を通り過ぎて仕事に毒殺されかかったような有様で、子供のことなど顧みることなどできなかったあの親がそんなことをしてくれたことに俺はストレートに驚いているし、素直に嬉しくも思う。 三日に対しても、今回は奇妙で微妙な事態に巻き込まれた被害者だというのに、一緒に居てくれて、感謝してもしきれないくらいだ。 葉山と明石は早々に帰った。葉山は残りたがっていたが「いてもできることなんてないじゃない」という明石の至極真っ当な建前で強制的に帰らされたのだそうな。 今回のことを、親には「野犬に襲われた」と説明してある。 ここまでやってもらって本当のことを言えないのは心苦しいが、零咲の奴が十中八九緋月家の縁者であることを考えると、色々とややこしいことになる可能性が高かったからだ。 最悪、緋月家、というより三日と距離を置くことを強要される可能性もあるし。(良識ある大人としては妥当な対応ではあるのだが) まったく、零咲も面倒なことをしてくれたものだ。 「…そりゃあ病院なんて退屈ですし、ご飯は美味しくないですし、検査は面倒ですし、点滴は痛いですけど、慣れればそう悪いところじゃありませんから」 幼い頃は入退院を繰り返していたという三日が言うとかなり真に迫った内容だった。 つーか、本気で病院が嫌いなのね。 「いや、別にそう言うことを気にしてる訳じゃ無いんだけどねー」 「…?なら、どうしたんです?」 俺が切り返すと、三日が不思議そうな顔で聞いてきた。 本気で不思議そうな辺り、今の俺は目に見えて元気が無いのだろう。 と、言うよりあからさまにヘコんでいた。 803 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20 36 13 ID jWW4PdQE 「なんつーかさぁ、今回、俺、無警戒にみんなから離れて、無防備に怪我して、無意味に皆に心配と手間かけちゃってさぁ……」 胸の奥に溜まっていた感情を、ゆっくりと吐き出していく。 「今回の俺、サイコーに情けないなって思ってさぁ」 非現実の世界のヒーローになりたいとも思わないし、勇敢な騎士になれるとも思わないけど、せめて、大切な人たちが心配する顔なんて見たくなかった、させたくなかった。 大切な人たちと繋がっている者として。 「子供なんて親に心配をかけるのが仕事みたいなモンよ、そう気にしすぎる物じゃないわ」 ポンポン、と俺の肩に手をやって親が言った。 こう言うところ、本当に父親らしくもあり、まるで母親の様だとも思う。 こう言う普通の関係になるまで、随分かかってしまったけど。 と、そんな風に物思いに沈んでいると、親の懐から振動音が聞こえる。 「あら、ケータイ」 「ココ病院」 「電源切っとくの忘れてたみたい」 ダメね、と頭に手をやって、親は言った。 似合わない似合わない。 「ちょっと外で電話してくるわ」 「おっけー」 仕事の電話なのだろうか、俺は病室を出る親を見送った。 病室は俺と三日の2人きりになる。 「…仕方ないですよ、今回ばかりは」 親が姿を消して少ししてから、俺を慰めるように三日は言った。 「…あの人は我が家でも強さが別格ですから、生き残っただけでも幸いかと。だから、今回私そんなに怒って無いじゃないですか、千里くんが他所の女と一緒に居たのに」 「いや、お前今回怒って良いと思う」 繰り返しになるけど、三日は被害者だからな、今回。 「…千里くんに?…それともあの人に?」 「んー両方?ってか、あのナリで強さが別格なのか、零咲は」 「…いえ、単純な殴り合いならお兄ちゃんやお姉様の方が勝るんですけど、あの人は年季が圧倒的に違いますから」 「年季……?」 「…私たちには想像できないほど何度も追いつめられて、その度に手段を選ばないで…、それを心身が壊れるくらい繰り返してきたあの人は、もうほとんど人間じゃあない」 「人間じゃ、ない」 確かにそうかもしれない。 零咲は、月日さんに頼まれたからという程度のモチベーションで、俺の生死さえ自由に出来るような空間を作って見せた。(俺が迂闊だったのもあるとはいえ) その上で、一度は俺を殺しにかかり、三日を精神的においつめてみせた。 躊躇も何も無く、他人の心身を踏みにじって見せた。 月日さんのため、という題目のためだけに。 どれ程他人と傷つけ合えば、そんなメンタリティが生まれるのだろう。 争いの世界で生きていない、むしろ争いを積極的に避けて生きている俺などにはとても到底想像もつかない。 「や、人を化物みたいに言われても困るかな…なんだよ、割と」 804 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20 36 55 ID jWW4PdQE 「うおおい!?」 当り前のように病室のドアを開けて入ってきたのは零咲だった。 当り前のようにこちらを驚かせるのは止めて欲しい。心臓に悪い。 零咲は見た目だけは相変わらずちっこくて可愛らしいが、服装は昨晩のゴス浴衣ではなく、ややフォーマルな服装で、髪もツインテールではなくストレートにおろしている。 こうして見ると髪型もあって見た目だけは本当に三日に似通っているが、心なしかかなり大人びた印象を受ける。 「……」 昨日の今日なので自然と警戒し、ベッドから体を起こそうとする。 「無理しない方が良い…んだよ、おにーさん。怪我、まだ全然治って無いんでしょ?」 そもそもの原因である零咲にそんなことを言われても嬉しくも何ともなかった。 とりあえず、どこから三日を逃がすかということから考えないと……。 「やぁ、零咲。今日は殺し損ねた俺をわざわざ殺しにでも来てくれたのかな?」 なけなしの勇気で、軽口を叩いたりしてみる。 言葉面だけはハードボイルド気取りだが、内心はガクブルのハーフボイルドだ。 「そんなこと言わないで欲しいかな…なんだよ。今日は、ソレを取り下げに来たんだから」 零咲は苦笑して言った。(これまた大人びた余裕を感じる笑みだった) それにしても、取り下げるとは意外な展開だ。 「それは、月日さんの気まぐれ?」 「うーん、外れ…かな?そもそも、おにーさんの生殺与奪は私に一任されてたし」 本当に月日さんは関係ないらしい。 いかにも全ての黒幕っぽいこと言ってたので、ちょっと意外。 まぁ、あの人は騒ぎの横で傍観者諦観者気取っている方がしっくりくるか。 「…なら、一体どうして?」 こちらも心なしこわばった表情の三日が問いかける。 「正直、一回は本気で殺っちゃおうかとは思った…なんだよ。けれど」 って言うか、絶対吊り上げてあのまま窒息死させるつもりだったろ。 ご丁寧にも首に縄を括りつけてくれて。 「けれども、それは初対面の段階で千里おにーさんを見限ってたから…なんだよ。そこからおにーさんは見事に評価をひっくり返してくれた…なんだよ。花丸をあげるー…なんだよ」 わしゃわしゃと俺の頭を撫でる零咲。 今の俺はベッドに座っているので、頭を撫でるのにワイヤーを使う必要は無い。 「…何かしたんですか、千里くん?」 と、三日が聞いてくるが、正直覚えが無い。 「正直、おにーさんのコトはその場のノリで三日ちゃん以外を優先させるような、三日ちゃんをその程度にしか考えていないようなコだと思ってたんだけど…」 どうやら、零咲は俺をかなりカルい男だと思っていたらしい。 失礼な。 「それは勘違いでした、謝ります」 語尾に『…なんだよ』を付けること無く、零咲は俺に向かって殊勝に頭を下げた。 「…え?」 あまりに殊勝過ぎて三日がそんな声を漏らすが、俺としてもビックリだ。 「私の拘束を振り切って、三日ちゃんのところに帰って来たおにーさんを見て分かった。きみは私たちと同じタイプの人間だ…って」 「同じタイプ?」 いや、正直零咲と同類と言うのは心外と言うよりあり得ないと思うのだが。 タイプが全然違うじゃん。 「自分の幸せのために、自分さえも犠牲に出来るタイプの人間、ということ」 補足するように零咲は言った。 「この歳で自分と同じ部分にしか共感できないというのも悪い癖だって言うのは分かっているんだけど、その一点できみのことを認められるかなーなんて」 この歳でって、零咲は俺より年下じゃん。 ロリじゃん。 805 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20 37 19 ID jWW4PdQE 「まぁ、良いけどね」 俺としては、紆余曲折あるとはいえ『三日のために行動した』という一点だけは零咲を認められるポイントなのだが。 それで許してしまう俺も俺だが、まぁ子供相手にこれ以上ムキになっても大人げないか。 「改めて、三日のことをよろしく頼みたいんだよ、千里」 大人びた笑みで、如才なく零咲は言った。 「いや、お前によろしく頼まれてもな。本当に教育ママみたいだぜ、零咲」 「その点に関しては二の句を告げないなぁ」 見た目に似あわない大人びた苦笑を浮かべて零咲は言った。 「母親だし」 ……今、なんと仰いました、零咲さん? 「…千里くん、もしかして何も聞いてませんでした?」 よほどすごい顔をしていたのだろう、俺の顔を見た三日が怪訝そうな顔でそう言った。 零咲は悪戯が成功した子供のようにクスクスと笑っている。 「…千里くんは先ほどから芸名の『零咲』とだけ呼んでますけど、この人の本名は緋月零日」 零咲を手で示し、三日が言う。 「…お父さんの旦那さまで、私とお姉様、そしてお兄ちゃんのお母さんです」 「ちなみに、今年で36歳!」 三日と零咲が連チャンで爆弾を落とす。 「……はい?」 零咲、もとい緋月零日さんのちんまくて可愛らしい姿を見やり、俺は何とか言葉を絞り出した。 ……ソレってつまり、零咲は俺よりずっと年上で、36歳の人妻で、月日さんとの間に三人の子供を作って出産して……それで……? 「三日のお母さん……?」 「ウン!」 零日さんは、見た目相応に、実年齢不相応に元気よく頷いて言った。 「改めて、三日ちゃんをよろしく頼みたいな…なんだよ、『おにーさん』」 零日さんのそんな台詞が俺の頭に入るはずも無く。 「はいーーーー!?」 許容量を超えた俺の絶叫が、病院を震わせた。 (人間試験) (試験官:零咲えくり=緋月零日) (御神千里―――合格)
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873 :ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14 42 14 ID 6bJj/6Gg 「俺達は、ほんの少しだけ絆を深めたんだよ」 なんてクサい台詞をドヤ顔で言った、(ついでに「似合わねー!」「格好付け過ぎ」というブーイングをゼロコンマ1秒で受けた)その日の放課後。 「よぉ」 俺と三日は聞き慣れた相手に声をかけられた。 中性的、というより今となっては凛々しいと表現するべき面立ち。 中学時代と比べるまでもなく、女性として限りなく理想に近い、しなやかな猫を思わせるプロポーション。 その全てを台無しにするシニカルな笑み。 しかし、今この瞬間には、その釣り目に剣呑な表情を湛えた彼女―――天野三九夜(アマノサクヤ)。 「やー、天野。何か用?」 俺はいつも通り、片手を挙げて応じる。 「『何か用』、ね。フン」 俺の言葉を皮肉っぽく返す天野。 「まるでオレちゃんを怒らせたことなんて無かったような言い草じゃぁねーか」 「いや、怒らせた覚えは無いんだけど、なぁ?」 俺は困惑して、三日と目を見合わせた。 「オイオイ。オイオイオイ。見た目だけは品行方正なお前がいきなり無断欠席で、そのオチがデートだっつーんだぜ?コレを怒らずにナニを怒れってぇんだよ。なぁ、キロト」 「キロト言うな、天野(アマノ)ジャクが」 それは、俺の嫌いな仇名だった。 いわゆる1つの黒歴史。 いつも通りを装いながらも、怒りオーラ全開の天野さん。 「ま、良い機会だ。オレちゃんを怒らせるってのはどーゆーコトか。改めてその身に刻みつけてやりに来てやったぜ。ありがたく思え」 「……それは」 危険、では無いだろうか、と言いかけた。 と、言うのも、俺は一度天野に八つ当たり気味にブチキレられて笑えない目に会っているからだ。 あまりに笑いごとで無いので、世間的には無かったことになってはいるが。 「大丈夫だ。オレちゃんが直接手ぇ下すンじゃねーよ。着いてきな」 そう言って俺を促す天野。 「いやだ、と言ったら?」 「もちっと酷い目に会うだけだ。特に、横のちっこいお嬢ちゃんがな」 そう言って、天野は凶悪な笑みを浮かべた。 それでは着いて来ない訳にはいかない。 874 :ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14 42 49 ID 6bJj/6Gg 「さーあ、着いたぜ」 連れてこられたのは剣道場だった。 クラブ活動の無い日なので、中はガランとしており、奇麗に掃除された板張りの床が良く目立つ。 さらに言えば、1人、防具を身につけて道場の真ん中に立つ学生の姿も。 恐らくは、1年生だろうか。 高校生としては小柄な方で、中学生と言われても納得してしまうかもしれない。 細身ながら、防具の上からも、適度な筋肉が着いていることが伺える。 面を被っているので断言は出来ないが、恐らくは男子だろう。 「彼は?」 「ああ、後で紹介するよ。ま、強いて言うなら剣道部のスーパールーキーなスーパーエースってトコロだ」 どうでもいいが、『スーパー』ほど二つ並びでこれほど頭の悪く感じる言葉は無いのではなかろうか。 「それよりもホレ、奥の更衣室でちゃっちゃと着替えて来なよ。胴着は用意してあるからよ」 と、当たり前のように指差す天野。 「着替える、って何でさ?」 「キロト、手前まさか制服でウチのスーパールーキーとやりあう気か?」 だから、キロト言うな。 「確かに、制服じゃ動きづらいけどさ・・・・・・」 「なら良いだろ?嫁さんにはオレが着方教えるから」 「・・・嫁さん、ですか」 天野の言葉を顔を赤らめて反芻する三日。 ヤバい、普通に可愛い。 「だーから、ちゃっちゃと着替えてきな。どの道、地獄を見るのには変わりないからよ」 そう言ってわらう天野の顔は、俺の腑抜けた感想を吹き飛ばすには十分すぎるほど凶悪だった。 875 :ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14 44 22 ID 6bJj/6Gg 「つーワケで、ヤロウ共。罰ゲームのルールを発表しまーす」 胴着に着替えた天野が宣言した。 「罰『ゲーム』なのか?」 「・・・・・・」 「うるせーぞ、ヤロウ共」 ちなみに、防具と竹刀を身に着けてるのは男子のみで、天野と三日は胴着のみ。 ショートヘアの天野が身に着けた胴着は、彼女の宝塚的な凛々しさを強調させ、黒髪ロングの三日には和装が良く似合うことが再確認される。 ウン、やっぱり和服には黒髪ロングだよね。 じゃ、なくて。 「ルールは何でもあり(バーリトゥード)。とにもかくにも、暴力行為で相手を『参った』と言わせれば勝ち。以上!」 「負けたら?」 「オレの言うことを1つ聞いてもらう」 酷いルールだった。 「質問は他に無いな。それじゃあ、はじめ!」 有無を言わさず宣言した天野の声に、俺はためらうことなく――――相手の顔面に向かって脚を跳ね上げた! 「・・・剣道じゃない!?」 「言ったろ、バーリトゥードって」 後ろで三日と天野が話しているが、それに答えるつもりは無い。 天野が何を考えているのかは知らないが、少なくとも長引かせても仕方が無い。 不意打ちであろうが掟破りであろうが、速攻で決めさせてもらう! しかし、 「そう上手くはいきゃぁ、オレちゃんを差し置いてエースなんて呼ばれちゃいねーさ」 天野の言葉通り、俺の蹴りは彼の両手に持った竹刀で受け止められていた。 「!?」 「せいや!」 それでも、少年は俺の蹴りの勢いを殺しきれない―――が、その勢いを逆に利用して鋭い脚払いをかける。 「うお!?」 丁度片足立ちになったところに、モロに入る一撃に、俺は板張りの床の上へ無様にたたき付けられる。 「ハイィ!」 倒れこんだところに、竹刀が飛び込んでくる。 避けるか―――いや。 「うおら!」 床の上から跳ね起きると同時に、掌打を伸ばす。 交錯する拳と竹刀。 俺は竹刀を起きると同時に避け―――相手は拳を頭を逸らして避ける。 「!?」 「っしゃぁ!」 少年は避けると同時に正拳突きを放つ。 「ク!」 俺はその鋭い拳をいなすと同時に拳打を打とうとするが、逆に顔面へ裏拳を連打される。 何が『剣道部の』スーパーエースだ。 確実に剣道の動きではないだろうが! 「・・・・・・ゥエイっ!」 俺が驚愕している間に、相手は身体を沈め、腹部に突き上げるような掌打を見舞う。 胃の中のものが逆流しそうな感覚。 『感じても思っても考えても仕方がないものがあるなら―――全て無視してしまえば良い。そしたら、何も無かったのと同じになる』 瞬間、昔聞いたある言葉が思い出された。 九重、お前はいつだって正しいな、残酷なまでに。 俺はその痛みを堪え、否、無視し、体制を立て直すと、彼の掌打を竹刀を抑えようと振るった。 少年は片手を制されてもひるむことなくもう片方の手に持った竹刀で、俺の鳩尾に鋭い突きを見舞う! 同時に、封じられた方の手を振りほどいた少年は、俺に向かって反撃の暇も与えることなく、突き上げるような掌打を次々に見舞う。 190cm代の俺とは身長差があるため、少年の攻撃はどうしても突き上げるような軌道を描かざるを得ない。 彼自身、俺のような相手との戦いは慣れてもいないだろう。 しかし、それでも彼が繰り出すのは、一切の無駄のない、鋭くまっすぐな攻撃だった。 「・・・強い」 「オレらには負けるがな。まぁ、アイツもガキんちょの頃から剣道やってたらしいしなー」 「・・・でも、あの動き・・・・・・」 「あー、アイツ前の部長経由で良い先生を紹介してもらったかんな。その人との稽古で剣道の腕も一気に上がったけど、あーゆーいらないモンも一気に身に着けて帰ってきやがった」 「・・・誰ですか、そのいらんことしいな先生は」 「アンタの姉さん」 背景でずっこける音。 876 :ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14 46 13 ID 6bJj/6Gg 「・・・お姉様!?二日お姉様ですか!?私の知らないところで何やったんですかあの人って言うか私聞いてないです!!」 「あー、あの人も大概にしてシャイだからなぁ。何でも、前部長と一緒に市の体育館レンタルしてこっそりやったとかって聞いてるぜ。オレも詳しくは知らんけど」 「・・・剣道部に剣道以外のことを教えて、何考えてるんですか・・・・・・」 とどのつまり、この少年の動きは劣化二日さんということか。 二日さんの戦いを直接見たことは無いが、少なくとも金持ちの家のSPを倒してしまうほどの腕前だ。 その弟子だと言うのなら、なるほど確かに強いはずだ。 俺は素早い掌打を避け様に、その隙をねらい打たんと手足を大きく振るい、勢いのある突きや蹴りを繰り出そうとする。 しかし、そのことごとくを避けられ、いなされ、同時に瞬時にカウンターを決められる。 俺は、それに対して思いつく限りの返し技を相手に打ち込もうとする。 攻防は、いつしかカウンター合戦の組み手のような様相を呈していた。 「おーおー、立つねぇ立つねぇ頑張るねぇ」 「・・・千里くん」 「あのバカが逃げないのは、アンタを守るためかい。・・・・・・いや、違うな」 半ば1人ごちるように、天野が言う。 「単に嫁さんを守りたいなら、オレをボコせば良いだけの話だ。それをしないで、こうしてアイツにボコられ痛い思いをしてるのは、オレに対する義理立てのつもりか、謝罪のつもりか・・・・・・。アイツも大概にしてイカれてやがる」 「・・・見透かした風なことを言うんですね」 「そうかい?フツーに素直な感想のつもりなンだがな。一応は長らくアンタのダンナさんのダチをやらしてもらってっし。相応にアイツのことは理解しているつもりさ」 「・・・」 「アイツは狡い手管を使えない不器用者だよ。だから、荒事に巻き込まれたり、手前も暴力を使わなくちゃいけない場面に巻き込まれ易い」 「・・・それは、知ってます」 「だろうな。だから、相応に場慣れしてるし、そこそこ強い。けれども、同時に相手を傷つけたくないって思いも強い」 まったく、本当に見透かしたことを言う。 俺はこれみよがしなフックを放つそぶりを見せる。 それをフェイントに、もっと大振りな踵落しのモーションに入る。 大きく、重い袴を身に着けているが、それだけに見た目が派手に、威圧的になるはずだ。 心の方が折れてくれれば、体が軽傷のまま、この三文芝居を終えられる。 「でも、どーなんだろうねぇ。どーも代わりに自分が身体を張れば、自分が苦労すればそれで良いと思ってるフシがありやがる」 脚を振り下ろす前に、少年は俺に身体を密着、俺がそれを認識した瞬間にはエルボーを見舞っていた。 防具の無い所に叩き込まれた、強烈な一撃。 「それは、確かに時として『誰かのため』ってぇでっかいモチベーションになる。それをオレは否定しない。ソレに助けられたクチだからな。けれども、どうなんだろうねぇ」 グラリ、と体制を崩し、俺は崩れ落ちた。 竹刀を無理やりに掴み、立ち上がろうとする。 「・・・何が、言いたいんですか?」 「ンな自己犠牲を、アイツはどう感じてんのか。・・・・・・や、違うわ」 荒い息を吐き出しながら、痛みをシカトし、疲れを無視し、立ち上がる。 「傍目から見たら、ドンだけ痛々しいか分かってンのかねぇ」 「・・・」 「アンタはどー思う?嫁さん?」 天野の言葉に、三日は答えることは無かった。 877 :ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14 46 32 ID 6bJj/6Gg その前に、少年が宣言したからだ。 「参りました」 と。 「参った参った参りましたよ!こんだけやられりゃぁ、尊敬する御神先輩がどんだけのお人なのか痛いくらいに分かりました!罰当番だろうが何だろうが、俺に好きなだけ言いつけてくださいよ、先輩」 フルフルと首を振り、少年が言う。 「おや、フルボッコにしなくて良いのかい」 「人をドSみたいに言わないでください。俺はこれでも、目の前に死にそうな人がいたら自然と助ける程度には平和主義者なんですから」 「そのネタは真性のシリアルキラーでないと笑えないジョークだな」 「どこが冗談ですか!とにかく、この勝負俺は降りますからね!」 と、竹刀を振る少年。 白旗を振っているつもりなのだろうか。 「まったく、天野先輩も人が悪いにもほどがありますよ。俺に御神先輩を紹介する条件として、その御神先輩相手にこんなイジメみたいなことを持ちかけるなんて」 不満もあらわに、天野へと詰め寄る少年。 「いや、まー・・・・・・。俺も俺で引き受けた側だしー」 立ち膝のまま、俺は少年をなだめていた。 「いや、先輩はむしろ怒って良い側ですよ!」 「そーだぜ、神の字。ソコはコイツに味方するルートだ」 少年の言葉に、からかうように天野(アマノ)ジャクは笑った。 「天野先輩が言わないでください!」 「まぁ、そー怒るな。約束どおり紹介してやっからよ」 すっかり頭に血がのぼっている少年をからかい混じりにいなす天野。 見事なまでに相手の扱いを心得ているようだった。 「ほんじゃまー、改めて。コイツが我が夜照学園高等部の剣道部1年きっての期待の新人、超人エース、宇宙のエース・・・・・・」 「弐情寺カケル、です」 そう言って少年―――弐情寺カケルは、面を外し、少年らしさの残る素顔を晒した。 878 :ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14 48 27 ID 6bJj/6Gg 「ええっと、弐情寺くん、で良いのかな?」 「あ、俺のことはカケルで良いです。敬愛する御神先輩のことは天野先輩から常々聞き及んでおりました」 弐情寺くんは、ハキハキした少年だった。 まっすぐな瞳で、こちらを見上げている。 容貌としては悪くない部類で、素直そうな印象を見るにそれ相応に女子からの人気はありそうな気がする。 少なくとも、俺個人としては好感の持てる人柄が感じられた。 そんな男の子が、どうして俺のことをキラキラした眼で見つめているのかは、多分に困惑するところではありますが。 「・・・弐情寺くん、そんなに千里くんを見つめないでください。・・・千里くんが引いているのが分からないんですか」 「すみません、敬服する御神先輩の恋人さんであるところの緋月三日先輩」 心持ちトゲのある三日の言葉に、シュンとする弐情寺くん。 裏表の無い性格なのだろう、表情の変化が非常に分かり易い。 「いや、まぁ引いてやしないけどさ」 と、三日をなだめつつ、俺は弐情寺くんをフォロー。 俺と三日は、勝負の後に弐情寺くんと天野に説明を求めていた。 先ほどから、場所は変わらず剣道場。 顔の汗はタオルでふき取ったとはいえ、冬の冷たい空気が、苛烈な殴り合いで火照った身体を冷やす。 ただし、俺たち4人は全員制服に着替え、円になって座っている。 俺と天野が胡坐で、三日と弐情寺くんは正座だった。 三日の正座はごく自然な仕草ながら、純和風の容貌に相応しく、美しい姿勢だった。 随分と手馴れた仕草で座ったので、ひょっとしたら何かしら正座をすることの多いお稽古事でも習っていたのかもしれない。 「それにしても、何でまたこんな勝負を?天野から俺を紹介してもらう条件に―――とか言ってたけど」 「はい。俺は天野先輩や他の方々から、御神先輩の評判を聞くたびに、憧れの念を強め、遂にはお会いしたいと思っていました」 熱烈にと言った調子で、弐情寺くんは語りだした。 「ねぇ、天野ジャク。このコに俺のこと何て言ってたのさ」 「そりゃぁ、千キロト。事実を事実のまま、ありのままに話しただけだぜ?もちろん、隠すところは隠して。つか、天野ジャク言うなや」 ヒソヒソと話す俺と天野。 「しかしながら、どうにも間が悪く、先輩とお会いする機会を得られないままでした」 「コイツがオレに、キロトに会いたい、って言い出したのは今年の夏休み明けだったからな」 夏が明けてから、というのは思いのほか最近だったので意外だったが、同時に納得した。 その上、ここの所明石と葉山関連の一件にかかづらっていたから、弐情寺くんと会う余裕なんて無かったからだ。 今思うと、その辺りのことを、意外と空気の読める天野は敏感に感じてくれていたように思える。 空気の読める部長だけに、見事なエアリーダーである。 「・・・・・・オイ、それあんまし上手くねーぜ、キロト」 「・・・・・・人の心を読むな、天野ジャク」 俺らがバカ言ってる間にも、弐情寺くんは熱の入った口調で話を続ける。 「それで本日、天野先輩にお願いしてみたところ『オーケー分かった。条件として、あのでくの棒と勝負してやれ。イヤだと言うなよ?部長命令だかんな分かったか!?』とすごいイイ笑顔で言われまして」 「閻魔の笑顔の間違いじゃ無い?」 「オレのような聖人君子を捕まえて何言いやがる」 「天野先輩も、普段はこんなじゃ無いんですけどね。スパルタンですけど」 天野の酷さはさておき、話としては分かった。 「んで、天野ジャクはどうしてこんな茶番をマッチメークしたわけさ」 「・・・そうです。・・・大した怪我こそ増えなかったものの、千里くんが痛そうにしているじゃないですか」 そう言って、俺たちは天野の方に目をやった。 「その前に、忘れちゃいないだろうな。勝負のルール」 「まーね」 ルール、負けた方は天野の言うことを1つだけ聞く。 「もっと自分を大事にしやがれ」 そう命令する―――否、懇願する天野の顔は、いつになく真面目だった。 「オレはいつだって真面目だ」 「人の心を読むな・・・・・・って言うのはともかく、どうしたのさ、いきなり」 正直、怒っているものとばかり思っていたのだが。 879 :ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14 49 07 ID 6bJj/6Gg 「あー、ブチ切れてたさ。さんざっぱら心配かけといて、『学校サボって旅行行ってました』なんていう手前に、今朝まではな。ただ、それをゼンの奴にブチ撒けたら、さ」 ゼン、千堂善人。天野の一番大切な恋人。 「アイツ、『外見に似合わず真面目っ子してる御神がそんなことするとは思えないけど?僕たちのときみたいに、誰かのために奔走してたのが丸分かりじゃないか。ホント、嘘吐くの下手だよね、キロトくんも』って言ってさ」 カップル揃って、人の心を読みきったようなことを言う。 「そしたら、別の意味でむかっ腹が立ってきた。何で、オレらに何も言わずにそんな無茶をするのか、そんなにオレらが頼りないのか、ってな」 「いやいや、嘘なんて吐いて無いよ。ホラ、バイクの免許だってこの通り」 と、俺は財布の中から免許証を取りだした。 「って、発行年が去年になってますけど」 「とっくの昔にゲットってるなら、エキサイトして学校サボる理由には、薄いわな」 「……」 自分で自分の首を絞めていた。 「別にナニを隠そうが知ったこっちゃねーがよ。ンなにオレらが頼りねーか?」 「そんなつもりは・・・・・・」 無かった、と言っても説得力は無いだろうなぁ。 実際、先の一件で天野を頼ったことは無かったわけだし。 「今日はその意趣返しを兼ねて、って奴さ。コレでチャラにしてやるよ、今回『だけ』はな」 そう言って、天野は立ち上がった。 「天野?」 「言っただろ、『兼ねて』って。本命は後輩に憧れの先輩と好きなだけ話させてやることの方。用事の終わったお邪魔虫は、一足お先に帰らせてもらうぜ」 そう言って、出口へと天野。 「じゃーな、お前ら。あ、弐情寺、帰りに道場に鍵かけて帰れよー」 そう言って悠々と見せる天野の背中を見て、俺は、俺の周りにはかなわない人が多すぎると思わずにはいられなかった。 「ィよぉ、色男」 剣道場を出た天野三九夜は、校門の前で待っていた相手にそう声をかけた。 「やぁ、美人さん」 それに対して相手、千堂善人は慣れた調子でそう返した。 善人は、心身共に幼さのあった中学時代と比べ、かなりの程度精悍な印象が強くなっていた。 御神千里ならば「男前が増した」と手放しに褒めることだろう。 「寒空の下、態々待っていてくれるとは、よほどオレちゃんのことを気にしていてくれたのかい?嬉しいねぇ」 「気にもなるさ。三九夜(サク)のような美女が、密室に男2人を連れ込むんだからさ」 「妬いてるのかい?益々もって嬉しい限りだぜ。ムカシなら考えられなかったからねぇ」 慣れたやり取りなのか、心底愉快そうに笑う天野。 「よしてくれよ、昔の話は。一応、反省してるんだし」 と、子供のようにすねた表情を作る千堂。 「ハハ。悪い悪い。まぁ、ナニも無かったのは言うまでもねーがな。女のコも一人いたしよ」 「と、女の子と言えば」 天野の言葉に、何かを思い出した様子の千堂。 「何だ、オレちゃん以外の女郎に目移りか?」 「そ、そうじゃなくて・・・・・・」 一気に殺気を帯びた天野の視線に気圧されながらも、言葉を続ける千堂。 「さっき、剣道場の方から、見慣れない女の子が出てくるのが見えて、さ。それで」 「見慣れない女?黒髪ロングのクリっとした目のちっこいコじゃなくてか?」 怪訝そうな顔をして、取りあえずは三日の特徴を伝える天野。 「違う違う。そんな背は低くなくて、いや高くも無かったかな・・・・・・ちょっと覚えてないけど」 「どっちなんだよ」 「何だか、印象に残りづらいって言うか、特徴らしい特徴が思い出しづらくて」 「いや、自分から話題振っといて・・・・・・」 ツッコミを入れながらも、剣道部部長としても先を促す天野。 「うーん。強いて言えば、長い髪に、糸目の、どこかとらえどころの無い狐みたいな娘だったかなぁ」 880 :ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14 53 36 ID 6bJj/6Gg その後、俺と弐情寺くんは、三日を交えて帰り道に安めのファストフード店に寄り道して、長々と話し込んだ。 半分は、俺の過去の行いをぼかしぼかしの紹介で、俺を英雄のように持ち上げようとする弐情寺くんには苦笑せずにはいられなかった。 三日までそれに乗っかるので(『・・・天空から私を助けに現れた千里くんは、天使よりも美しかったです』だの)、俺はブレーキをかけるのでやっとだった。 もう半分は、『人を助ける』ということについて。 と、言うか、高校生男子らしい正義論。 推理小説の名探偵を例に出した弐情寺くんの持論は、中々興味深く、同時に彼の存外思慮深く洞察力のある、それこそ名探偵のような一面を垣間見て、話は思いのほか白熱した。 「とどのつまり」 と、俺は考えを整理しつつ、柔らかに言った。 「人を助けるという行為を選んだ瞬間に、その人は当事者の側になっちゃってるんだと思うなー。あくまで、その人も助けられる側と同様当事者として動いただけで、その間に上下関係は無いんだと思う」 コーラを片手に、俺は言う。 「助ける側がすごいとか、えらいとか、そんなことは無くてさ」 「けれども」 と、弐情寺くんは食い入るように反論した。 俺を尊敬していると言いつつ、その意見に唯々諾々と従わない姿勢には、むしろ好感が持てた。 素直で芯が強い、と言うある種の矛盾を両立させた彼の性格は、ある意味非常に少年漫画的な主人公向きだと内心感服せずにはいられない。 「『助けた』『助けられた』という関係性が成立してしまってることは事実じゃないですか?いや、まぁ、そこに恩義を感じるかどうかは人それぞれですけど。助けた側が英雄的ヒーロー的で強力なポジショニングになったのは確かなわけで・・・・・・」 うーん、と唸る弐情寺くん。 彼の中でも、考えが纏まりきっていないようだ。 「・・・私なら」 と、考え始めた弐情寺くんの間をもたせるように、ジュースの入った紙コップを置いて三日が言った。 「『助ける』という行為の前に、誰を助けるのかを選ぶところから始めると思います。・・・その人が困っているから、とかじゃなくて、その人が私にとってどんな人なのか・・・力になりたい、と思える人なのか、とか」 「大事なのは誰を助けるのか、誰を助けたいのか、ですか」 「ある種、とても人間らしい回答だね。最適解の1つとも言える」 この辺りは、つい昨日まで親友がトラブルを抱えていた三日自身の経験を踏まえた上なのだろう。 「さっきまでの、御神先輩のお話じゃ無いですけど、ヒーロー的に鮮やかに誰かを助けるってのは「カッケェ!」と思うんですけど、同時になんかやらしさを感じると言うか・・・・・・」 「力を見せ付けてるみたいに、ってコトー?」 俺の言葉に、迷いながらも頷く弐情寺くん。 881 :ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14 54 11 ID 6bJj/6Gg 「・・・最初の『ウルトラマン』でもありましたよね。・・・ウルトラマンや特捜隊が、正義の名の下に弱者を虐げてるんじゃないか、みたいな」 「ジャミラ回か」 若い子には分かりづらいたとえを出せる三日だった。 初代ウルトラマンとか、普通若い子は映画でしか知らないんじゃないだろうか。 「もし、そこらへん勘違いしてるなら、俺の持論を言わせてもらうけど。その助ける奴の凄さとか優れているとか、そう言うのって大したイミ無いと思うんだよね」 三日にならって、俺も自分の経験を踏まえて、言わせてもらうことにした。 「意味、ですか?」 「そう。正直、格好良いだの悪いだの、強いだの弱いだの、頭良いだの悪いだの、機転が利くだの利かないだの、優れているだの劣っているだの、勝つだの負けるだのなんて、俺にとってはくだらねーカスでしか無いんだよ」 「・・・・・・カス、って、それは・・・・・・」 「だって、格好良いだの悪いだの、強いだの弱いだの、頭良いだの悪いだの、機転が利くだの利かないだの、優れているだの劣っているだの、勝っているだの負けてるだので、人の心は振るわせられやしないんだからさ」 「・・・・・・」 「そんなモンで、人は恋に落ちてくれない」 そう、実際俺がどれだけ格好をつけても、どれだけ強くあろうとしても、どれだけ賢くあろうとしても、どれだけ機転を働かせようとしても、どれだけ優れていようとしても、どれだけ勝とうとしていても、そしてどれだけ助けても――― 彼女は俺に「好きだ」と言ってくれたことは一度としてなかった。 彼女は、九重カナエは。 「だから、助けるだの助けないだの、目に見える分かり易いところじゃなくて、それが周りの人の心にどう響くかが大事―――なんて、俺も偉そうなことを言えるほどの者じゃあ無いけどさ。ゴメンね、下らないこと上から言って」 そう、俺は、にへらと笑って自論を笑い飛ばした。 「・・・・・・いえ、大変参考になりました」 しかし、弐情寺くんは深々と頷いていた。 「正直、白状すると、俺旅先で女の子をちょっと助けたことがあったんです」 「いかにもロマンスに発展しそうな話だね」 「正直、俺もちょっとそう言うの期待してました。そこまではいかなくても、彼女を助けたことを、誇り、驕っていました」 自らの行為をはっきりと卑下する弐情寺くん。 「ま、結局その後イイ雰囲気になるどころか、連絡1つもらえませんでしたけどね!まぁ、アレですよね。俺の行いが、俺が思ってたよか、あの女の子の心に響かなかったってことなんでしょうねー。ハハッ!」 そう言って、空しくわらう彼の姿に、昔の俺が重なった。 ひょっとしたら、彼が助けたのは、九重カナエ、のような女の子だったのかもしれない。 882 :ヤンデレの娘さん 再会の巻 ◆yepl2GEIow:2012/01/24(火) 14 54 49 ID 6bJj/6Gg 「先輩がた。今日は、貴重なお時間を取らせていただき、ありがとうございました!」 「いやいや、俺らも丁度暇だったしー」 「・・・あなたが千里くんに手を出す同性愛者で無いことが分かっただけ、この時間は貴重でした」 そう言って、俺たちと弐情寺くんは別れた。 「しっかし、『助けること』ねぇ。ヒーローオタクとしては、中々感じ入るものがあったなぁ」 三日と2人、自宅のマンションのエレベーターの中で、俺は誰にともなく言った。 「・・・ヒーロー、と言うよりは千里くんそのものだったようにも思えますけれど」 「それはアレだよ。俺が子供の頃に夢見た正義のヒーローをロールモデルにして生きているからじゃない?まぁ、ロールモデルというより、劣化コピーと言った方がいいだろうけど」 「・・・いいえ、千里くんは、十分ヒーローです。・・・ただ1つを除いて」 俺の方をまっすぐに見上げ、三日が言った。 「ただ・・・1つ?」 「・・・心があることです。作り事の登場人物と違って」 まっすぐにこちらを見る三日の本心は読めない。 いや、本当に読めないのは・・・・・・・ 「・・・千里くんは、何度と無く私を助けてくださいました。・・・けれども、その行為は千里くん自身の心には・・・どのように響いたのでしょうか」 「・・・・・・俺の、心に?」 「・・・千里くんは、どうして私を助けてくれるんですか?守ってくれるんですか?・・・優しく、してくれるんですか?」 「それ、は・・・・・・」 質問ニ答エヨ 密室の中、黒く淀んだ彼女の瞳がそう言っているように見えた。 「・・・私は、千里くんが好きです。・・・何度もそう言ってきたつもりですし、その言葉に千の偽りも万の嘘も1つたりともありません」 エレベーターの密室、逃げようの無い状況でこんな風に切り込んだ、三日のある種の引きの良さに戦慄せずにはいられない。 「・・・けれども、千里くんは・・・どう・・・なんですか?」 本人は狙っていないのに、俺が勝手に追い詰められる! 「・・・一度も、私に言ってくれたこと無かったですよね」 静かな声音の中にも、強い響きがある。 「・・・私を助けることが苦・・・ではないと、私を守ることを厭う・・・ていないと、私に優しくすることは気持ち悪い・・・わけでは無いと」 答えることを強要するような、強力な響きが。 「・・・私のことが・・・好きだと」 と、そこで唐突にエレベーターの扉が開いた。 予兆も伏線も何もかも吹き飛ばして。 まるで不意打ちのように。 扉の先には、人がいた。 1人の女の子が。 見慣れた相手、と言うと語弊があるだろう。 けれども、一度たりとも、一瞬たりとも、忘れたことの無い相手。 その彼女に、俺の眼は自然と吸い寄せられる。 「・・・・・・九重」 三日に問い詰められる以上の戦慄を覚えながらも、俺は彼女の名前を口にしていた。 「九重・・・・・・かなえ」 それに対して、目の前の少女は、以前と変わらぬ、狐のような笑顔で、 「やぁ、久しぶりだね、千里」 と、まるで何の感慨も無いかのように、当たり前に言ったのだった。 おまけ 夜照学園学内施設解説 ・各種武道場/剣道場 本校は進学校ではありますが、部活動も盛んです。 その為、体育館に隣には、この剣道場をはじめとする武道場や各種スポーツのコートが設けられています。 十分なスペースに板張りの床(柔道場を除く)、各道場には男女の更衣室・空調設備も完備されています。 体育の選択授業に使われることも多々あるこれらの道場ですが、その維持・管理には学生たちによる自主的な清掃・維持が不可欠です。 今日も、彼らが自らピカピカに磨いた道場で稽古する声が校内に響きます。 生徒からの声 「掃除が生徒主体だから汚い部の道場はドキータねぇンどってるのはベツにどーでも良いんだけどよ、補修やら何やらそれ以外の全部部費でまかなえってのはどうにかなりませんかねぇ?おかげで毎年、各部で部費の取り合いが鬼のよ(以下検閲削除)」 (夜照学園高等部入試案内用広報誌『SATELITE 30』より抜粋)
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980 :ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00 37 35 ID 1Tyg1Pd. 中等部三年生が終わるころである。 俺は、空港の広い廊下で、九重かなえと会っていた。 と、言うよりも別れていた。 「キミもまぁ、よく来たものだね。今日出発だ、なんて学校の連中に伝えてなかったのに」 これから、俺達と別れて海外へ転校する飛行機に乗る直前。 そんなタイミングでも、九重はいつも通りの笑顔だった。 「伝えて……欲しかったかも」 内心のざわめきを抑え、俺は言った。 ちなみに、この辺りの諸々は一原先輩調べだ。 あの人には今も昔もかなわない。 「立つ鳥跡を残さず、って言うでしょー?いや、この場合は断つ鳥、かなー?」 「……もう、遅い」 少なくとも、俺の心には彼女の存在がしっかりと刻みつけられていた。 跡が、残るほどに。 「かも、ねー。正直、ココには中途半端に長く居すぎたなー」 いつもの笑顔を崩すことなく九重は言った。 「居てくれて、良かった」 俺は、自分の想いを真っ直ぐに伝えた。 「そうー?」 「……もっと、居て欲しかった」 「……そっかー」 九重は、笑顔のまま視線をそらした。 九重は目を細めているので、その変化は俺にしか分からなかっただろうけれど。 「そう言えば、さ。全然関係ないけど、ボクもキミみたいな夢を見てたことがあるんだー」 「……夢?」 「驚くことないでしょー?ボクとキミは、同類なんだからさー」 同類、それは俺に評してしばしば九重が言ってくれた言葉。 しばしば否定的な文脈で使われるその言葉は、苦しくもあり、それ以上に嬉しかった。 彼女に会うまで、誰かにきちんと向き合ってもらい、必要とされたという感覚が無かったから。 「誰かに向き合ってもらえて、必要とされて、絆を紡ぎ、愛してもらえる。そーゆーヒトと出会うことができる。そんな夢を、見てたことがある」 淡々と、彼女は語る。 その度に、俺の心のざわめきは増していく。 心臓の鼓動が速くなることを、感じる。 「まぁ、その夢が叶わなくもないかなーなんて少しだけ思えたとしたら、ココに長く居た意味もあったのかもしれないねー」 クスクスと笑いながら、冗談めかした口調で九重は言った。 「ねぇ」 俺は胸の奥から言葉を吐き出す。 「その夢は、叶ったの、かな?」 その相手は俺だったのか、と聞けない自分がもどかしい。 「いいや」 俺の言葉に、九重は笑顔を消し、切れ長の形の良い目を見開いて言った。 しっかりと、俺に向かって断言した。 「その夢は、叶わなかったよ。昔も。そして、今この瞬間も」 九重かなえ 俺こと御神千里の、夜照学園中等部所属時代の同級生。 同じく、生徒会役員。 年中、黒の長袖にストッキングという、極端に露出の少ない姿。 年中、糸目の笑顔。これを崩したところは一度しか見たことが無い。 身長は、女子としては低くも無く高くも無く。 髪の長さは背中に届くほどのロングヘア。 どちらかと言えば不健康な印象を受ける色白の肌。 いつでもどこでも、常に突出して目立つことは避けるタイプ。 しかし、一方でその容貌は可愛い系か美人系かと聞かれれば―――間違いなく美人。 それも、そうそういない位の端正な美形。 あまりに整いすぎていて、それが逆に無個性に見えるのが欠点だが、それは彼女自身が自ら進んでそうしている節がある。 もっとも、彼女の内面分析ほど無意味なことは無いのだが。 笑顔のポーカーフェイスの下に隠れた内面を、彼女は決して見せようとはしないのだから。 そんな彼女に、俺は惹かれた訳だけれども。 そんな彼女が、俺に最も近く、最も恋した相手である訳だけれど。 そう、決してかなわぬ想いを向けた相手。 その彼女が、今、こうして、目の前に、いる。 「ここの・・・・・・え?」 「ボク以外のナニに見えるのさー?」 と、驚愕する俺と対照的に、まるでかつてと変わりの無い態度を示す九重。 「どう・・・・・・して」 「何がー?」 何が、と聞かれると答えに窮する。 と、言うより聞きたいことが多すぎて、何から聞いていいのか分からなくなる。 「って言うかさー」 ひょいひょい、と俺の足元を指差して九重は言った。 「いー加減、さ。エレベーターから降りないと、ドア閉まるんじゃない?」 「へ?」 ガシャン、と言う音と共に俺たちが遮られたのはそれとほぼ同時だった。 「ちょ!?ま!?閉まらないで!降ります!降りますから開けて!あけてくれ!」 俺の叫びも空しく(?)エレベーターは自動で設定された通りに1階へと降りていくのだった。 981 :ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00 38 26 ID 1Tyg1Pd. 閑話休題。 「む、無駄に疲れた・・・・・・」 「いやいや、そんなこと言われてもー」 改めて元のフロアに戻ってきたとき、俺は心なしかグッタリしていた。 剣道場での死闘(笑)の疲れも重なり、二重にクるものがある。 いや、フツーに1階からエレベーターで上がりなおしただけなんですけどね? ちなみに、九重は先ほどと同じ位置。 俺が戻るまで態々待っていたのだろうか・・・・・・? 「に、しても九重。いつから日本に?海外にいるって聞いてたけど?」 今度こそエレベーターから降りると、俺は九重に問いかけた。 「そうだよー?昨日まではイギリス、今日からは日本」 つまり、今日着いたばかりらしい。 つまりは、その足で俺の住むマンションまで直行してきてくれた、ということになる。 「そう言う事なら、ケータイにメールくらいくれても良かったのに」 「ああ、ゴメンゴメン。ボク、ケイタイとか持って無いしさー」 ひらひらと手を振りながら言う九重。 以前と全然変わらない仕草だった。 「って言うか、ケイタイとか買ってもらえたんだ」 九重の目に宿る感情は、読めなかった。 これも、以前の通り。 「ああ、高等部進学祝いに、親からね」 「・・・・・・へぇん」 なぜだろう。 どうにも九重とのトークがやり辛い。 久々だからだろうか。 九重は、以前と全く変わっていない筈なのだが。 いや、強いて言えば。 「少し、髪質が悪くなった?」 スッと九重の髪に手を触れて、俺は言った。 「…!?」 隣で三日が息を飲んだことに気付くことなく。 「……んー、そだねー。日付跨いでエコノミークラスに座ってたから、そう見えるかもー」 「ああ、そう言う事か」 俺は海外旅行の経験もほとんど無いし、九重の髪についてはエキスパートとはいかない(精精がプロ)なのだが、彼女がそう言うのならそうなのだろう。 「後で、シャワー借りるねー」 「ああ、構わない」 「・・・」 「ところでー」 つい、と俺の隣に視線を移し(これは九重との会話になれたから見分けられる、彼女の微細な変化だ)九重が言った。 「さっきから隣で、ボクに向かってネツレツな視線を向けている可愛いお嬢さんはどなたさまー?」 「うぉ!?」 隣を見ると、三日が剣呑な雰囲気を纏って、九重に向かって刺すような視線を向けていた。 「参ったなー。ボクは女の子が大好きってワケじゃないんだけどなー」 「別に、お前にはあげない」 三日はモノじゃない、というツッコミはさておき。 「それで、そこのソレはどこのナニ?」 「・・・・・・」 九重の日本語が微妙におかしい気がしたが、そこはスルー。 「コイツは緋月三日。俺と同じ夜照学園高等部の生徒で、学年もクラスも部活も一緒」 「・・・どこでもいっしょ」 恨みがましい声音で面白い合いの手を入れるなよ、三日。 リアクションに困る。 982 :ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00 38 53 ID 1Tyg1Pd. 「なんだ、クラスメートなのか」 「それ以外の何に見える?」 「妹さん」 「俺に兄弟姉妹がいないのは、お前も知ってるだろ?」 「・・・」 俺の発言に、なぜか剣呑なまなざしを向けてくる三日。 「ああ、ゴメンねー。コイツ、女の子を自宅にあげるのが趣味みたいなトコがあるから」 「誤解を招くような発言だな・・・・・・」 「・・・あなたも」 と、その時初めて明確に、三日が九重に向かって問いかけた。 「・・・あなたも千里くんに『自宅にあげて』もらったことがあるのですか?」 三日の問いかけに、九重はすぐには答えなかった。 「千里くん、か」 と、ただ三日の言葉を反芻した。 「・・・どう、なんですか?」 「勿論。中等部にいた頃は、頻繁に招待されたものだよ。家族や恋人と同じくらい、彼の自宅に一緒にいた時間は長かったんじゃないかな」 恋人、という言葉に、三日の拳がささやかに、しかし強く握り締められるのが分かる。 「・・・恋人は」 意図的に感情を押し殺したような声で、三日が言った。 「・・・恋人は、私です」 「……何だって?」 「・・・千里くんの恋人は、私です」 三日の言葉に対して、九重は、 「これは中々、面白いジョークだね」 と、表情を変えずに言った。 ポーカーフェイスな、笑顔のままで。 「・・・冗談ではありませんし、冗談じゃありません」 握りこんだ拳が震えるのが分かる。 「み、三日。落ち着「千里くんは黙ってて!」 驚いた。 三日が、俺の言葉を遮ってまで、ここまで声を荒げるなんて思っても見なかった。 「今年の五月から!千里くんと私はずっとずっとずっと愛し合ってきました!ご自宅に行ったことだって何度も何度もあります!初めてのキスだって捧げたんです!だから・・・・・・」 「今年の五月、ねぇ」 どれだけの激情をぶつけられても、九重に動じる様子は無い。 「それに、キス止まりか。まぁ、らしいと言えばらしいけど」 「ならどうだって言うんです!?」 「コレの中身を、どれだけ理解してるのかな、って言ってるかなー」 「!?」 三日が、猛然と九重に飛び掛ろうとする。 それを、両肩を掴んで辛うじて止める。 「三日!」 「離してください!」 「落ち着け、三日!」 「千里くんどいて!そいつ殺せません!」 この女―――!! 「落ち着けと言っている!!」 俺は、三日に、怒声を浴びせていた。 「・・・・・・こんな天下の往来で、物騒なことをするもんじゃぁ無いってコト。立ち話もなんだし、取りあえず家に戻ろうよ、ね?」 そう、俺は取り繕うように三日に笑いかけた。 ソレに対して、三日は不承不承と言った顔で、頷いた。 983 :ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00 41 21 ID 1Tyg1Pd. かすかに、シャワーの音が聞こえている。 「さっきは、ゴメンね」 三日と九重を我が家に招き入れ、今は九重にシャワーを浴びてもらっていた。 俺と三日は、リビングで背中合わせに座り、九重を待っていた。 何とは無しに取った姿勢だったが、三日の背中の小ささと、彼女の温もりが伝わってきて、ドギマギする。 こんなことを考えてる俺は、相も変わらず――――汚らわしい。 「・・・何が、ですか?」 「大声、出しちゃったコト」 「・・・」 三日の表情は見えない。 「それに、何ていうかさ。俺と九重は、お前が思ってるようなカンジじゃないから。だから、安心して欲しいな」 「・・・それは、聞き及んでいます。…かつて、千里くんがあの女の存在に誑かされていたことが…」 「違う」 そう、俺は三日の言葉を否定した。 「俺はともかく、九重にそう言う意図は全くなかったよ。だから、俺と九重が友達を超える関係になることは、天地が裂けてもありえないよ」 俺は、きっぱりと断言した。 「・・・千里くんにとって」 「うん?」 「・・・千里くんにとって、九重かなえって何なんですか?」 三日の声が背中に響いた。 「似たもの同士。心を通わせた同士。昔、かなわぬ想いを向けた相手。それ以上でも以下でも無いよ」 「・・・」 俺の言葉は、三日にどのように響いたのだろうか。 いや、そもそも、俺という存在が三日の心にどのように響いているのか、俺はきちんと理解しているのだろうか。 「・・・なら、私は?」 「え?」 「・・・私は、千里くんにとってどのような存在なのですか?」 俺にとっての三日、か。 「改めて改まって聞かれると、難しい質問だな」 正直な気持ちを表しつつ、考える。 「俺にとってお前は―――」 その質問に答えきる前に、リビングのドアが開いた。 984 :ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00 41 44 ID 1Tyg1Pd. 「シャワー、終わったよ。型通りに、『良いお湯だったよ、ありがとう』と言っておくべき、かな」 「…他所のお風呂を借りた人間の台詞ですか、それが」 リビングに入ってきた九重に、三日が聞こえるか聞こえないかと言う声で呟いた。 恐らく、と言うよりまず間違いなく九重に伝えるつもりでの言葉なのだろうが。 「どういたしまして、と言わせてもらうよ。型通りになるまでもなく」 「そー」 「折角だから、ウチで食べてく?この後作るつもりなんだけど?」 「…千里くん」 「うん、お願いー」 相も変わらず、感情の動きを見せることなく九重は応じる。 俺にとっては、それが嬉しくもあり、寂しくもある。 久し振りの再会なのだから、もうすこし感動とはいかないまでも、感慨くらいはあっても良いと思うのだが。 もっとも、感謝の1つも見せない女ので、初対面の人間には、無礼で無作法に見えるかもしれない。 「三日」 先ほどから恨みがましい眼をしている三日の頭を、俺はクシャっと撫でた。 「……」 「九重の態度にどうこう思ったって仕方がないよ。コイツはこういう奴だ」 「…千里くんがそう言うなら」 俺の掌の下で答える三日。 ほんの少し頬を膨らませるのが可愛らしい。 「どうでも良いことだけど、女の子の髪をそんな風に触るのは、セクハラと暴力のどちらにあたるのかなー?」 「変なタイミングで水差すなよ……」 「だからー、どうでも良いことじゃないー?」 ……やりづらい。 「ンじゃぁ、これからどうするー?ご飯作る時間まで、3人で何かテレビゲームでもする?」 「や、千里はもう適当に作りはじめちゃってよー」 俺が提案すると、九重はそれをあっさりと却下した。 「…なら、私は千里くんと」 「そんなのはコレに任せなよー、三日さん」 俺に着いてこようとする三日を、やんわりと制する九重。 彼女が三日のことを名字では無く名前で呼んだことに、俺は少なからず驚きを覚えた。 まるで気さくその物で捉えどころの無い九重だが、他人を名前で呼ぶことも、他人に名前を呼ばせることも、俺の知るかぎり許したことが無かった。 勿論、海外で暮らしている中では、名前で呼ばれることは少なからずあっただろうが……。 「キミがいない間に、女の子同士の会話、って奴をしたいと思ってさー」 「でも……」 どうにも、九重の思惑が読めない。 三日が未だにあからさまに九重に心を許していないことに気が着かないほど、彼女は鈍感では無いように記憶しているのだが。 大体にして、この2人を一緒にして、良い予感がしない。 九重が三日のことを名前で呼んでいることが、希望だと言えなくは無いことも無いけれど……。 しかし、 「構わないよねー」 九重はいつもの笑顔でそう言った。 ノー、と言われることを全く想定していない声音で。 俺が九重に逆らおうと考えること自体が無意味だった。 惚れた弱みと言う奴である。 俺は、サクっと米を磨いで炊飯器にセットすると、台所で野菜や調理器具を用意する。 九重には悪いが、夕飯時も近づいてきたので、あまり時間のかからない物にさせてもらおう。 コンソメスープに使う鍋に火をかけ、おかずの野菜炒めに使うタマネギをスライスしながら、俺は深呼吸をした。 正直、今の俺は不安定だ。 九重の顔を見るたびに感情が揺らぐ。 動悸が早くなる。 彼女のために、殉じようと思う。 これは、無視できない事実だった。 オーケー、認めよう。 認めて、受け入れよう。 無為で無意味なことに、俺は九重を未だ憎からず想っている。 彼女を慕い、想い、焦がれている。 手の届かない偶像を見上げ、憧憬の念を抱くように。 けれども――― そこまで俺が感情を整理したところで、金属の倒れる音が聞こえた。 985 :ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00 42 58 ID 1Tyg1Pd. いつも聞きなれた音、千里くんの音。 それが、今日はどこか遠くに聞こえる気がしました。 それは、恐らくこの女のせい。 「?」 女は、きょとんとした風に小首を傾げました。 こう書くと漫画的なようですが、実際はあくまで自然で、あまりにも自然すぎました。 自然すぎて、完成されすぎた仕草。 私は、そんな仕草をする人間が、この世に『2人も』いるとは思えませんでした。 それも、表面だけは千里くんに良く似た笑顔をする人間が。 そう。 男女の違い、顔立ちの違いこそあれ、2人の笑顔は良く似ていました。 2人並んで兄弟姉妹と言われたら、信じてしまいそうなほどに。 それにも関わらず、受ける印象は全く異なりました。 千里くんの笑顔は、己の中の温かな気持ちを前面に押し出した、優しい笑顔。 この女の笑顔は、笑顔のための笑顔。 面立ちが整っていることもあり、これ以上なく美しい表情ながら、笑顔にこめられた感情が感じ取れず、仮面のように薄っぺらい。 薄っぺらで、恐ろしく―――不愉快。 その癖、私の心を酷くざわめかせ、落ち着きを奪います。 初めて会った瞬間に分かりました。 千里くんとの過去とか、そういうこととは無関係に、私はこの女が嫌いだ、と。 「・・・何を」 「?」 「・・・何を、考えているのですか?」 しかし、それでも先に口を開いたのは私でした。 この女と無言で2人きり、という状況に耐えかねて。 先制攻撃こそできたものの、どうにも負けた気分。 「何を、と言われても、いきなりざっくりしすぎてて、何のことを言っているのか分かんないかなー」 そう、薄っぺらな笑顔で返してきた女に、嘘を吐け、と私は内心毒づきました。 普段、千里くんの語りの中での私は幾分かマイルドに描かれてはいますが、一方で私はごく当たり前に何かを不快に思ったり、誰かを嫌いになったりすることもある人間です。 そして、その悪感情が、過去最高に高ぶっていました。 「・・・強引に千里くんを追い出して、私と2人きりになんてなったことです。・・・正直、どうしてあなたがそんなことをしたのか、意味が分かりません」 「強引に、なんてことも無いよー」 ひらひらと手を振って(これも、時折千里くんの見せる仕草)不愉快な女は切り替えした。 「まぁ、確かにキミとお話したかったことは確かかなー」 「・・・」 女の言葉が本心から出たものとは、私にはとても信じられませんでした。 こう見えて、私は言葉に込められた悪意も、言葉に込められた善意も、読み取るのはそれなりに得意なつもりです。 しかし、この女の言葉にはそのどちらも感じられませんでした。 それくらい、無色透明な言葉と、無色透明な笑顔でした。 透明すぎて、逆に自然とは言い難いほどに。 「・・・あなたを楽しませられるほど、私、お話は得意ではありませんよ?」 と、言うより、この女を心底楽しませられる人間がいたら見てみたいものです。 「あ、ひょっとして『人見知りだけど初対面の相手を楽しませなくちゃ』とかハードル上げちゃったー?ゴメンねー」 見透かしたようなことを、言うな。 どこかで見たような口調で。 どこかで見たような笑顔で。 どこかで見たようだけれども、それとは180度違う、ナニカで。 「大丈夫大丈夫。ボクは別に、いかにも聞き役なキミに積極的に何か話せとか無茶振りするつもりは無いよー。ただ、ちょっと聞きたくてさ」 「・・・あなた、前置きが長いですね」 見ているだけで苛々する。 不快感が増す。 ただ存在しているだけで、私の大切な何かが蹂躙されていくような気がする。 「・・・お話があるならすぐにお聞きしますし、ご質問があるならすぐにお聞きします」 だから、早く話を終わらせたかったのです。 「じゃぁ、遠慮なくー」 と、彼女はそう言って、不愉快な笑顔のまま、 「キミは、御神千里をどこまで理解してるのかな?」 と言いました。 「・・・は?」 疑問、と言うよりも怒気を孕んだ声を、私は発していました。 「んー、単に『御神千里』だけだと、さすがにそれこそざっくりしすぎてたかなー。ボクが言いたいのは、たかだか数カ月のお付き合いで、千里の性格?本質?あるいは・・・・・・」 「・・・千里くんがどれほどの方なのか、などあなたに言われるまでもありません」 言葉を発するな、息を吐き出すな、この場を、千里くんの場を、汚すな。 「・・・そして、あなたになど理解の及ばない範囲まで、私は千里くんを全て理解し、愛しています」 「おや、おやおや」 誰が見ても意外そうな表情を作って、女は言いました。 986 :ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00 44 15 ID 1Tyg1Pd. 「おやおやおや。それはおかしな話だねー。理屈の通らないと言っても良い」 どうやら、本格的に毒を吐かれているようですが、そんなことはどうでも構いません。 この女の存在自体が、既に毒なのですから。 「・・・おかしいことなど、どこに・・・」 この女と対峙しているだけで気持ち悪い。 言葉を発するだけで、不快な気分になる。 「だってそうだろう?あの男の全てを理解しているなら―――あの男の醜悪さを知っているのなら、到底愛する気になんてなれないじゃないか」 不快な言葉が、積み重なる。 「キミの知る御神千里はどんな人間かな?穏やかな男?優しい男?頼れる男?道化た男?だとしたらまぁ、浅はかな理解と言わざるを得ないねー。いや、ここはむしろ千里の演技力を褒めるところか」 不快な何かが、私の中に積み重なる。 「自分の醜さ悪さを包み隠す演技力。それが向上したことを男前が上がったと言うのなら、ボクは惜しみなくその言葉を使おう。けれども、どれだけ男前が上がったとしても、あの男の本質は変わらない」 やめて下さい、お願いですから。 「優しさと言うその薄っぺらな仮面で、彼は全てを誤魔化してる。自分をそしてキミを。彼は決して人を信じない男だ。人と分かり合えない男だ。人と断絶した男だ。キミのその浅はかな理解は、結局のところあの男が自分の本質を誤魔化すための虚飾でしかない」 やめて、下さい。 「彼は嘘吐きだよ。誰かを大切にしてる、誰かを愛している、そんな嘘を他人と自分に吐くことで、自分の醜さを隠している醜く卑屈で卑劣な男」 やめて。 「そんな彼の嘘に、キミは使われてるって言う訳さ。君はまぁ、言ってみれば、彼のアクセサリ?お人形?もしくは―――『遊び』の相手?」 …やめろ 「ハッキリと言おうか?あの嘘吐きは誰も愛せない。キミでさえも―――愛せない」 やめろ!! 「・・・れが」 立ち上がる。 激情のままに。 椅子が倒れる。 ダイニングに用意された、ナイフやフォークが散乱する。 袖口から、隠していたナイフを取り出す。 「だれが嘘吐きだ!!!!!!!!!!!!」 そのまま、虚飾にまみれた笑顔を切り裂こうとした瞬間、 「三日!九重!」 いつになく必死な形相で台所から飛び出してきた千里くんの姿が見えました。 けれども、振りぬいた勢いのついたナイフは止まりません。 ナイフは、深々と突き刺さりました。 九重かなえの目の前に突き出された、千里くんの掌に。 「・・・せんり、くん?」 うそ、しんじられません。 「と、貫通はしていない、か。大したことはなさそうだねー」 痛みで軽く顔をしかめながらも、千里くんは私を安心させるように笑いました。 そして、ナイフを受け止めたのと反対の手で、私の頭をクシャっと撫でました。 「に、してもまだこんな物騒なモノを持ち歩いてたのかなー?三日にはこんな無粋なモノは似合わないと、俺は常々思っていたんだけどね。氷室先輩とキャラ被っちゃうし」 その言葉に、ナイフを持った手の力が抜ける。 ナイフが抜けて、千里くんの手から血が流れ出す。 「・・・手、怪我・・・・・・」 「と、そうだった」 千里くんは私の頭から手を離し、ポケットから無造作にハンカチを取り出すと、掌に無造作に撒きつけ、縛りました。 片手がふさがっているので、縛るのは口でするという野性味溢れる治療でしたが。 「こうして止血しとけば、取りあえずは何とかなりそう」 そう言って真っ赤に染まるハンカチを巻いた手を、ひらひらと示して千里くんは笑いました。 千里くんの仕草に、あの女が先ほど行った仕草が思わず重なります。 重なり、そう感じてしまった自分を恥じました。 この女と、千里くんは毛ほども似て無いことは分かっているはずなのに。 「んで、九重」 私から目を離し、千里くんは女に言いました。 987 :ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00 44 41 ID 1Tyg1Pd. 「ここはお前を咎めるべきなんだろうけれど、何て言って咎めるべきなのかな?」 「おやー、ここは凶器を行使した彼女を責める場面では無いのかな、常識的に考えて」 「安心して。俺もいじめはいじめられる方が悪いだなんて、いじめる側の理論を肯定する気は毛頭無いよ」 けれど、と千里くんは言いました。 私の肩に、ポンと片手を置いて。 「火の無いところに煙は立たずってね。コイツは全く何一つ理由無く暴力を行使するほど理不尽な奴じゃ無い」 「根拠は?」 「根拠なんて無いし、いらないよ。ただの経験則。大方、昔俺にしていたような言葉責めの片鱗を、コイツに見せちゃったんだろ?」 九重は地味にドSだからねぇ、とため息交じりの冗談交じりに、千里くんは言葉を続けます。 いかにも、これは大した問題ではないと言う風に。 「前々から思ってていえなかった事の1つだけどさ、お前の言葉責めに唯々諾々と耐えられるのは俺ぐらいなンだよ?」 俺ぐらい、と言う言葉の響きに2人の信頼関係が感じられて、寂しい。 「思ってて言えなかった事の『1つ』、ねー」 先ほどから何ら何一つ変わらぬ笑顔で、九重かなえは含みのある言い方をしました。 「ま、それはともかくボクはあやまらないよ。ただ、このコにちょっとした親切心からちょっとした忠告をしただけー。だから、謝らないしー、誤りは無いよー?」 「珍しく明確に強情だな。まぁ、そう言われたら、って言うか、どう言われても俺はお前に強く出れないな」 「分かってるじゃないか」 クスリ、と笑う九重かなえ。 「千里のそう言う所が、一番―――好きだよ」 ドキリ、としました。 私ではなく。 千里くんが。 目を見開き、軽く頬を赤らめ、明らかに虚を疲れたと言う表情で。 千里くんのこんな表情、今まで見たことがありませんでした。 それを、よりにもよってこんな女に見せるなんて―――! 「ああ、まぁ。社交辞令として受け取っておくよ」 一瞬動揺してから、冷静さを取り繕いながら千里くんは言いました。 「しっかし、食事はどうしたものかな。スープは出来るところなんだけど」 「ありもので良いんじゃないかな?どうせ、昨日の残りでものこってるんだろう」 「まぁ、そうなんだけどさ・・・・・・」 親子でたった2人暮らしの千里くんは、しばしばうっかり食事を作りすぎて食べきれないことがある、と。 彼女もまた、それを知っているということなのでしょう。 それは、事実ではある、のですが。 「…大丈夫です」 と、私は言いました。 「…大丈夫です。私が千里くんのお手伝いをしますから」 これ以上、この女の自由にさせられなかったから。 988 :ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00 45 12 ID 1Tyg1Pd. 「何考えてるんだ、アイツ……」 俺が、御神千里がその言葉を吐き出せたのは、なぜか味を覚えていない食事シーンを終え(食事中なのに胃が痛くなるような気分だった、とは言っておこう)三日を自宅まで送る道すがらのことだった。 九重に対しては、一応送って行こうかとは言ったのだが、やんわりと、と言うよりあっさりと断られた。 「あ、そうそう」 と、九重は去り際に付け加えるように言っていた。 「ボク、明日キミたちの学校に転入してくるから」 マジっすか。 だとしたら、どうして九重は態々俺の家を訪ねたのだろう。 同じ学校ならば、会う機会なんて十分すぎる程にある。 九重にとって、俺が転校してくる前に態々会いに来るほどの相手であった―――と言うことはぶっちゃけアリエナイ。 宇宙人によって引き起こされる惑星間宇宙犯罪と同じくらいアリエナイ。 九重にとって、俺は影だ。 彼女の影だ。 最も近しく、それと同時に尤も取るに足らない存在。 まぁ、九重が誰か(あるいは何か)に特別取り立てて強いこだわりを見せたことなんて、見たことも聞いたことも無いのだけれど。 そのセオリーを、敢えて破ったのは何故だ? あまりにも、必然性がない。 彼女の目的が、分からない。 九重が、俺が最も愛した女性の考えていることが、痛い位に分からない。 「…私には分かります」 自宅へと向かう夜道で、三日はそう言った。 「え?」 鼓動が跳ね上がるのが分かる。 「…千里くんが何を考えているのか」 「ああ、そっち?」 何故分かった、とは聞くまい。 他人に隠す余裕がない位には自分の考えに没頭していたことには自覚がある。 「…あの女のこと、ですよね?」 問いかけと言うより確認に近い声音で、三日は言った。 「…自分のことも、私のことも、それにその掌の痛みさえ忘れて、あの女のことに、思考を浸食されて」 「気にしてくれてたんだ、手のこと」 「…結果として、私が刺してしまったもの、ですから」 無為にあなたを傷つけてしまいましたから、と三日が少し辛そうな顔をする。 「ああ、コレくらいなら何てことないよ。九重を守ってやり合った時なんてもっと……」 と、言いかけて俺は黙った。 失言だった。 三日が九重のことを気にしているのは明らかだったのに。 「…」 「……」 そのまましばらく、気まずい沈黙が場を支配して、 「…好き、なんですか?」 と言う三日の言葉で、破られた。 「数寄?」 「…この発音でお茶に打ち込むことを連想する人もそういないと思います」 すき、という一音で何と言ったか分かる奴も珍しいが。 「…好き、なんですか、あの女のことが。…そんなに良いんですか、あの女のことが。…そんなに気になるんですか、あの女のことが。…そんなに一緒にいたいんですか、あの女と」 「九重のことか」 無表情で、ただコクリと頷く三日。 「アイツは―――」 と、俺が言いかけた瞬間、だったはずだった。 三日の姿が消失していた。 989 :ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00 45 58 ID 1Tyg1Pd. 否、三日だけでは無い。 周囲に人間が1人もいなくなっていた。 こんなこと、前にもあったような。 そう、夏祭のときと同じ! 「こんなことをするのは、緋月誰さんか、な!?」 唐突に、後ろから殺気が生まれた。 「ハッ!」 男性的な声と共に振るわれた刃を避けられたのは、奇跡のようなものだった。 あるいは、先だって戦った強力な彼のお陰か。 「よ、とっと……!?」 体をひねり、振り向きざまに距離を取る。 襲撃者の姿を観て、俺は驚愕した。 「違う!?」 相手は、夏の襲撃者、緋月零日さんでは無かった。 性別や体格を隠す、フード付きのコート姿。 その下の顔には顔全体をすっぽりと覆うマスク。 その手には、180cmはあろうかと言う伸縮式の長い棒の先に、刃が供えられた武器。 大鎌と呼んでよいであろう、身長を超える武器をやや持て余し気味に持った人物。 「……!」 その人物が、再度距離を詰めて大鎌を振るう。 「お前、一体……」 距離を詰め、大鎌の柄をいなしながら、俺は抗議の声を上げる。 「ボクの名は、緋月、一日」 その人物は、芝居がかった口調で、そう、名乗った。 「初めましてと言うべきかな。ボクの大事な下の妹に寄りつく屑虫くん」 言葉と共に、胴薙ぎの一撃。 それをバックステップで避けると、突きあげるような攻撃が襲いかかる。 「がッ!?」 柄の付け根が喉に入り、俺は苦悶の声を上げる。 「刃は入らなかったか。意外と粘る」 「お、まえ!」 続いて繰り出される、すくい上げるような攻撃を避けつつ、俺は喉から声を絞り出す。 身長差があるためか、相手の攻撃はどうしても上を狙う物が多くなるようだった。 「何のつもりだ!一体何を考えて、こんな!?」 「家族を、守る」 鎌使いは、やはり芝居気のある口調でそう吐いた。 「兄が妹のためにすることなど、決まっているだろう?」 「冗談も大概にしろ!」 足払いをかけるような攻撃を避けつつ、俺は言う。 大体、妹など……! 「貴様は、あまりに普通すぎる。一般常識を逸脱しきれていない貴様の性質は、緋月家のような異常者集団にとっては不協和音なのだよ」 「訳の分からないことを!」 「イレギュラーの集団である緋月の家には、貴様こそがむしろイレギュラー。貴様はいつか、いつか貴様の『正義』に基づいて緋月を拒絶する、傷つける」 芝居がかった口調で長台詞を発しながらも、鎌使いは次々に鎌を突きあげる。 「妹が傷つく前に、その芽を摘むことは、兄の務めだとは思わないか?」 「不確定な未来への悲観と思い込みに基づいて動いているってのかい?ソイツは確かに三日の兄貴らしい設定ではあるね!」 攻撃を避けながら、俺は今まで相手に対して発したのことの無い皮肉を言う。 「ならば問うが。貴様、あの娘を、三日を確実に幸せにできるとでも?」 「!?」 振りあげられた鎌が、俺の鼻先をかすめた。 その大仰な動作と共に、相手の袖が微かに捲れ上がり、一瞬その腕が―――その素肌が露わになった。 露わになり、見えた。 990 :ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00 46 18 ID 1Tyg1Pd. 「緋月三日は貴様に懸想した。だが、それは本当に貴様である必要があったのか?」 「何を言って、るんだ!?」 内心の動揺を抑え、振り下ろされた鎌を、俺はギリギリで避ける。 「八方美人の嘘吐き、その癖口より先に手が出る乱暴者。その上執着心が強い。まるで子供だな!」 こちらは避けるだけで精一杯だと言うのに、相手の攻撃は言葉を重ねるほどにむしろ苛烈さを増していく。 まるで、刃の中にゾッとするほどの負の感情が乗っているかのようだった。 「そんな貴様が、一度として誰かを愛することに成功したか!?誰かと共にあることに成功したか!?誰かを幸せにすることに―――成功したか!?」 月光を反射して輝く刃が、言葉と共に俺を襲う。 胸が、締め付けられるように痛くなる。 「巡り合わせ次第では、貴様では無い誰かに惚れ込んでいた。貴様よりも美しい心根を持った、三日を幸せに出来る誰かに」 俺は、その言葉に何も言い返すことができない。 事実、だからだ。 三日が俺のことを好きになってくれたのは、1年の時、『偶然』学校内を迷ったところを、『偶然』俺と出会い、案内したから。 けれど、そんなことは俺で無くても出来たことだった。 校内を知る者なら、同級でも、先輩でも、先生でも。 誰にでもできる、当り前のこと。 それが、その時たまたま俺が居合わせたと言うだけのこと。 ならば、もし他の男がそこに居合わせたら……? それが、本当に三日に相応しい相手だったら……? 俺なんかでは無かったら……? 恋した相手を、誰よりも救いたかった相手を救えなかった、守れなかった俺なんか、では…… 「断言しよう。貴様は誰も幸せになど出来ない。幸せになることなど……許されない!!」 言葉と共に繰り出される、鋭い薙ぎ払い。 同時にコートの袖が捲れ、もう一度素肌が露わになる。 これでもかとばかりに、傷が刻まれた肌が。 攻撃はバックステップで避けられても、相手の言葉が、存在が、俺の胸に突き刺さる。 「うぇ・・・あ・・・?」 思った以上の動揺に、ステップでたたらを踏んで、無様に転ぶ。 「……ふ!」 その隙を見逃す鎌使いではなく、すぐに俺の眼前まで間合いを詰める。 「三日が貴様などに出会ったこと自体が不幸だ。妹の不幸を是正するために、妹の幸せのために、今ここで全てを―――失え」 そう言って、項垂れる俺の頭上に、鎌使いは刃を振りあげた。 「…千里くん!」 しかし振り下ろされることは無かった。 聞き慣れたその声が俺の耳に飛び込んできた瞬間、鎌使いの姿が消えていたから。 残酷なまでに正しい、鎌使いの姿は、もういなかった。 振り向くと、三日が黒髪を振り乱し、こちらに駆け寄ってきていた。 どうやら、俺は三日に救われたらしい。 救わさせてしまった、らしい。 「…千里くん、千里くん!」 彼女の黒髪が、白い肌が、街灯に反射して美しく映える。 ああ、綺麗だな。 本当に、綺麗な女の子だ。 そう、純粋に思った。 「…い、いきなりいなくなるから何事かと思って。…何か、さっきよりボロボロですし。…でも、無事で……」 俺に抱きついて、切れ切れに言葉を紡ぐ三日。 じんわりと服が濡れるのを感じる。 泣いてる。 俺の為に、三日は泣いている。 俺の所為で、三日が泣いている。 彼女を安心させるために、その美しい髪を撫でようとした時、 ―――それは本当に貴様である必要があったのか?――― 鎌使いの言葉が思いだされた。 まったく、お前はいつだって正しいな。 「…せんり、くん?」 俺は、手を降ろした。 「ゴメンね、三日」 ぼんやりと、夜空を見上げながら俺は言った。 思えば、何度となく三日は俺のことを救っている。 思えば、何度となく三日は俺の為に泣いている。 でも、もういいだろう。 「でも、もう泣かなくていいから」 「…え?」 三日が小さく呟く声が聞こえる。 「もう、いいから」 もういい。 もういいよ。 もう俺の為に泣いたり怒ったりしなくていい。 俺の所為で感情をざわめかせなくていい。 だから、 「もう、俺のこと何も無かったことにしていいから」 ―――それは、月の無い夜のことだった。 991 :ヤンデレの娘さん 動揺の巻 ◆yepl2GEIow:2012/03/12(月) 00 47 04 ID 1Tyg1Pd. おまけ 武器解説 名称:無月 全長:30cm(最短時)→180cm(最大時) 製作者:緋月天海 所有者:緋月水星→緋月月日→緋月一日→??? 解説:緋月家で『最も真っ当に変わり者』と評される武器職人、緋月天海が制作した武器の1つ。 緋月天海の制作物の例にもれず、機能性よりも特異なギミックを仕込むことが重視されている。 伸縮させることで、30cmほどの短棒から、小ぶりのブレードが設置された大鎌に変形させることが出来る。 ブレードは長さ、切れ味共に今一つだが、強力な電極が仕込まれていることが特徴。この奇構により、相手は擬似的な記憶喪失を引き起こす可能性がある。 この奇構は、初代所有者であり、制作依頼者である緋月水星が『相手の記憶も命も狩り取りたい』と言う注文を付けた為。但し、この記憶喪失の度合いは全く予測不可能であり、緋月水星の望みがかなられたかどうかは不明である。 後に、緋月水星の兄である緋月月日、更に息子の緋月一日に渡されていることまでが確認されている。
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メンヘラヤンデレ系男子 名前:黒田 忍(仮) 目元まで垂らした髪の毛。 大人しい性格、周囲に対して警戒心が深い。 一度も話したことは無かったが、主人公は彼の事を一番後ろの席だと覚えていた。 読書が趣味。 読書をしているという部分で主人公に親近感を抱いていた。 手首に包帯を巻いていることがある→自傷行為の疑いを主人公に持たれる。 主要イベント概要 序盤 → 趣味の話等を通して親しくなっていく(趣味の話,本の話とタメ口) 中盤 → 他人と接することが苦痛ではなくなってくる 終盤 → 気持ちが前向きになった主人公が外に出たがるのを阻止しようとする ED → ヤンデレスイッチオフになり二人で登校(GOOD) 決裂し、主人公どころか黒田まで引きこもり化(BAD) シナリオ原案 訪問初日 趣味の話 思春期イベント 本の話とタメ口 手首の包帯 シナリオの順番
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784 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20 20 09 ID jWW4PdQE 突然だけど、前回の三つの出来事! 一つ!夏だ祭りだダブルデートだ! 二つ!三日ちゃんが射的の景品を1つ正確な射撃で撃ち落した!(どんどんぱふぱふー) 三つ!御神千里・・・おにーさんと零咲えくりがで出会ったのだ・・・なんだよ」 「って零咲ちゃん零咲ちゃん、零咲えくりちゃん」 俺はパロネタ(パクリ?)全開中の、前を行くロリっ娘に声をかけた。 お待たせしました、御神千里っす。 「どうしたの・・・かな、千里おにーさん」 「いや、いきなりそんなネタかまして何人が分かるのさ」 「ふえ、アニメや特撮番組でオープニングナレーションはお約束…なんだよ?」 「アニメじゃないよ・・・・・・ってそれよりも」 つい今しがたまで、うるさい位に響いていたお囃子や喧騒が、どんどんと遠ざかっていく。 「お祭から随分離れちゃったけどまだかかるのかい、えくりちゃん」 俺の横を歩く零咲(レイサキ)えくりちゃんを見降ろし、俺は言った。(俺は、別に彼女のファンという訳でもないし、初対面の女子を「えくりん」とかアレな愛称で呼ぶ度胸はない) 数分前、メタ的に言って前回ラストに俺の目の前に現れた彼女に頼まれ、俺はお祭をしていた神社近くの森の中を進んでいた。 「もー…ちょっとのちょっとちゃん…なんだよ、おにーさん!」 そう言って俺のことを上目づかいで見上げる零咲ちゃん。 って、あれ? この構図妙な違和感が無くないか? 違和感というか、既視感? けれど、そんな既視感も零咲ちゃんがにぱっと浮かべた笑顔の前に胡散霧消する。 太陽のような笑顔だった。 ちなみに、以前読んだ雑誌のインタビューによれば、『えくり』という彼女の芸名は英単語の"eclipse"(「エクリ」プス)から取られているそうな。 けれども、月蝕や日蝕を意味するその単語のイメージと彼女自身の姿は全く逆としか言いようがない。 例え今この瞬間、月も日も無くなって、世界が闇に包まれようとこの笑顔があれば全人類が救われようというものだ。 いや、実際夜だけどね、今。 その上、神社から少し離れた、ちょっとした森のようなところを歩いているから、足場は悪いは暗いはで、少し歩きづらい。 その上、周りに人はいないときている。 零咲ちゃんのような小さな子が、1人で来なくて本当に良かった。 って、1人? 何かが、おかしくないか? 俺は、当り前のようにちゃんと2人で、零咲ちゃんと2人きりで歩いているけれど。 何か聞くべきことを、何か知るべきことを俺は知らないんじゃないか? 「それにしても、おにーさんにはびっくりなんだよ。二つ返事で付いてきてくれる・・・なんて」 「それは自分でも驚いてる。ってか、零咲ちゃんもよく初対面のおにーさんに『お願い』なんてできたねー。えらいえらい」 「こう言うと大抵の男の人は言うことを聞いてくれるんだ・・・なんだよ!」 えへへー、と笑いながら元気一杯に言う零咲ちゃん。 ・・・・・・どうやら、この歳でかなり強かなようだった。いや、実年齢は知らんけど。 「それに、初対面だけど全く知らない訳じゃなかった・・・なんだよ。千里おにーさんのことは万里のおにーさんから聞いてた…なんだよ」 「ウチの親から?」 「『良い子なのが欠点なくらいの出来た息子だー』って。何で良い子なのが欠点になるのか判らないけど・・・なんだよ?」 「あー、まぁそれはさておき」 色々あったからなぁ、今は普通だけど。 その辺のことは今は話すつもりはない。 「私達の番組も、ちゃんと観てくれてるっていうし」 私達の番組、というのは零咲ちゃんが出演している特撮ヒーロー番組のことだ。 「基本的に好きだかんね、ああ言うの。水戸黄門とかもそうだけど、最後は絶対みんな幸せのハッピーエンドじゃん。安心して観れるって言うか」 「現実とは…違って?」 何でも無いことのように、零咲ちゃんは言った。 「や、そこまでは……」 「正義とか努力とか勝利とか友情とか、そんな綺麗事ばっかりじゃ、本当は幸せになんてなれない…んだよ。努力は報われないし勝利は約束されてないし…友情は裏切られる」 「零咲……ちゃん?」 年齢に見合わないほどネガティブな内容を、まるで本当に当り前の雑談をするような口調で零咲ちゃんは言った。 785 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20 21 29 ID jWW4PdQE 「それでも、私は幸せになりたいから、頑張ってるだけ…なんだよ!」 にっこり笑顔を浮かべ、零咲ちゃんは言った。 「さ、もう少し…なんだよ、おにーさん。早く早く」 「とと、待ってくれよ」 先導する彼女に、まるで当り前のように着いていく俺。 うーみゅ、それにしても父性本能をくすぐるロリッ娘とはいえ、どうしてこの初対面の女の子の頼みごとを速攻で聞くことにしたのかねぇ、俺。 白い肌、黒髪、小柄な体躯―――そうしたところに、もしかしたら三日の姿が被ったからかもしれない。 そんなことを考えていたからだろう。 零咲ちゃんのたった一言を、聞き逃すべきでない一言を聞き逃してしまったのは。 「そう、私たちは幸せになる…なんだよ。私も、『あの娘』も。どんな手段を使ってでも…」 786 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20 23 03 ID jWW4PdQE 一方――― 「いなくなっちゃったいなくなっちゃったいなくなっちゃったいなくなっちゃったいなくなっちゃったいなくなっちゃったぁ・・・」 千里が姿を消したことに気付いた直後。 地面にすわり込み、ぼろぼろと涙を流しながら、三日はうわ言のように繰り返す。 「オ、オイ。どーしたってンだよ緋月!?」 「大丈夫よ、三日ちゃん。センならすぐに戻ってくるわよ」 葉山と万里が、いきなり泣き出した三日に声をかけるが、全く効果が無い。 それどころか、三日には2人の姿も声を認識していないようだった。 2人どころか、誰の姿でさえも。 「ダメね。今のみっきーは何も見えてないし聞こえてないわ」 手にした携帯電話を閉じて、明石は言った。 「明石さん、三日ちゃんは前にもこういうことが?」 万里の問いに、明石は頷いた。 「去年、彼氏クン――― 千里さんの姿を見失ったときとかに、何度か。彼の姿をもう一度見つけるまで、こうして動きを止めてしまっていました」 去年というのは千里と交際を始める以前のことなので、見失った、というのはとどのつまりストーキング中だったのだが、話がややこしくなるので明石は意図的にそれを説明しなかった。 「ンじゃあみかみんのヤツに電話して、アクセル全開(マキシマムドライブ)で戻ってきてもらわねーと!」 葉山が叫んだ。 正直、彼は三日のことをあまり快くは思っていないが、女の子がいきなり泣き出したことにかなり慌てている。 「ムリっぽい。さっきからかけてるけど、全然繋がらないのよ」 手の中の携帯電話を示し、明石は言った。 そんなことをしていると、何事かと思った祭客たちが彼らの周りに集まって来る。 「だーもー!見せモンじゃねぇからギャラリーはどっか行きやがれ!」 「すみません。この娘は大丈夫なので」 葉山と万里が周りに向かって言う。 「ここじゃ、人が多すぎるわね。みんな、取りあえずどこか離れたところに移動して、三日ちゃんを落ち着かせましょう」 万里の言葉に、葉山と明石は頷いた。 それを確認した万里は、三日の体を「チョットごめんなさいね」と言いながら、軽々と持ち上げる。 「スゲ・・・・・・。お姫様だっこ」 「乙男(オトコ)のたしなみよン♪」 驚く葉山に、万里は冗談めかしてウィンクを返す。 そのまま三日の体をその場から運んで行く万里。 787 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20 23 26 ID jWW4PdQE 「ま、ここいらで一息つきましょうかー」 そう言って、万里は神社の裏手近くに、三日を座らせる。 「三日ちゃん、三日ちゃん」 頬をぺちぺち叩いて、少女に声をかけるが、相変わらず「ごめんなさいごめんなさい」と言い続けるばかりで万里の言葉に答えない。 「ダメね。こっちが完全に映っていないわ」 そして、万里は飾り気の無い携帯電話を取り出して千里の番号を呼び出すが、コール音だけが空しく響く。 ため息とともに携帯電話を閉じる。 「フダンは意外と応答早いンですけどね、アイツ」 「そうね」 同じく携帯電話を見つめる葉山の言葉に、万里も応じる。 「さしずめ、爆弾は爆発寸前、その鍵はどこにあるか分からない―――ってトコロかしら」 「どこの映画ッスか」 万里のもの言いに、葉山が言った。 「大体、鍵なんてかわいーモンでも無いですよ。一体全体どこほっつき歩いてるのやら」 少々、イラだった調子で葉山が言う。 「どっかで女の子でも引っ掛けてるんじゃない?―――ってキャラだったらいっそ放置するんだけどね。……あのヤロウ」 こちらはあからさまに舌打ちさえしている朱里。全身から真っ黒いオーラさえ見えそうな勢いである。 「オ、オイ、朱里。お前アイツに何か恨みでもあるのか?」 恐る恐る明石に言う葉山。 明石の黒オーラに若干引き気味だ。 「え、冗談冗談マイケルジョーダン!何でもないよん!」 黒オーラを一瞬で誤魔化し、イエイとばかりにぶりっ子笑顔を浮かべる明石。 急な誤魔化しなので、明らかにギャグがつまらないのはさておき。 「なら良いんだがよ……」 と、葉山が冷や汗交じりに言った瞬間、 「誰!」 今までブツブツ呟いていた三日が狂ったように叫んだ 「誰!誰!誰!誰!誰!誰!誰!誰!誰!誰!誰!誰!誰!誰!誰!誰!誰!誰!誰!誰!誰!千里を隠したのは!」 今までの笑顔が嘘のような、悪鬼羅刹のごとき形相で、三日は叫ぶ。 「オ、オイ。緋月落ち着…」 いきなり叫びだした三日をなだめようと、葉山が言う。 「あなたなの!?千里を隠したのは!?」 「か、隠したって、オマエ……何言ってんだよ」 三日の剣幕に気押されながらもツッコミを入れる葉山。 「だぁってそうでしょう!?千里が私に何も言わないでいにゃくなるはずがありません!」 周囲を歩く祭客たちが振り返るのも見えず、三日は叫ぶ。(噛みながら) 「お兄ちゃんの時とは違うんだからぁ!」 一しきり叫ぶと、叫び疲れたのか脱力して倒れそうになる。 「三日ちゃん……」 その背中を万里がトンと優しく支える。 しかし、そんな万里の気遣いも認識していないかのごとく三日は唇を動かす。 「…そうよそうに決まってます。あの人が、私の大切な人が私の前から永遠にいなくなるなんてこともうあるはずが無い無い無い無い無い無い無い。…だから」 と、三日はまるで自分に言い聞かせるように呟く。 「…探す」 そう言って、三日はおぼつかない足取りで一歩踏み出す。 「ちょ、三日ちゃん!?」 「…探す探す探す。海の底までも地の果てまでも千里くんを探し出します。誰が隠していても関係ない。どこに隠していても関係ない。絶対に取り戻して見せます。だから…」 万里の言葉も聞こえない様子でで、彼女は虚ろにわらう。 「…待っていてくださいね、千里くん」 そして、彼女は闇へと消える。 788 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20 24 51 ID jWW4PdQE 「えっと、あれを・・・取って欲しいかな…なんだよ!」 木の枝に引っかかった風船を控えめに指差して、零咲ちゃんは言った。 祭の行われている神社の境内から少し離れた、人気の無い、高い木の下。 俺と少女はそこにいた。 その木に引っかかった風船を取ることが、零咲ちゃんの頼みごとということらしい。 風船は、木の少し高い位置に引っかかっている。 少し高い、と言っても大人ならちょっとした三脚を使えば十分捕れるだろう。 しかし、零咲ちゃんのようなちんまいロリッ娘が手を伸ばしたくらいでは届くような高さではない。 木登りに向いているような木にも見えないし、そもそも零咲ちゃんの服装は明らかにそれに適さないゴス浴衣だ。 自分よりずっと背の高い俺に声をかけたことは、彼女にとって正解だった。 でも、何か違和感あるんだよなー。 「おにーさん・・・取ってくれる!?」 とはいえ、そう言う零咲ちゃんを無碍にする訳にも行かない。 親のヤツの仕事仲間だしね。 「ちょっと待っててねー」 俺はそう言って、彼女に笑いかけた。 改めて、風船の方を見上げる。 手を伸ばして届く高さじゃない。 いや。 手を伸ばしたくらいで届く高さじゃない。 だから。 俺は少し下がって、軽く勢いを付けてジャンプした。 「あだ!?」 勢いを付けすぎたせいで、俺は木の枝に頭をぶつけてしまう。 当然、カッコ良い着地など出来るはずも無く、地面に尻餅をつく。 かなりカッコ悪い。 「アハハ、いったー」 俺は左手で頭をさすりながら笑った。 俺の右手には―――しっかりと零咲ちゃんの風船が握られている。 ゲットだぜ、だ。 「アハハハハー」 「かりゃりゃりゃりゃ!」 俺につられて、少女も笑う。 笑い声の割に、思ったよりも控えめな笑顔だった。 でも、この表情どこかで見たような……? 「思ってたよりも・・・すごいんだね、おにーさん」 俺の方を見上げ、零咲ちゃんが言った。 「親友がバスケ部でね」 そう言って立ち上がり、俺は少女に風船を差し出す。 「はい、これー」 「ありがとう…なんだよ、おにーさん」 そう言って、長い袖の中から出た小さな手で風船を受け取る零咲ちゃん。 789 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20 25 49 ID jWW4PdQE 「ありがとうに・・・頭を撫で撫で千石撫子ちゃんしてあげるー…なんだよ!」 そう言って、絶対的な身長差のある俺の頭に向かって手を伸ばし、一生懸命うーんと背伸びをする零咲ちゃん。 「届か・・・ないんだよ!」 零咲ちゃんは元気一杯に言った。 「だねー」 彼女の可愛らしい仕草に、俺は思わず顔を綻ばせた。 とはいえ、ここは彼女のために身をかがめて、手の届く位置まで頭を下げるのが年長者の対お ぴゅいん! 「・・・・・・!」 甲高い音と共に、何の前触れも無く、何の脈絡も無く、俺の両脚に焼けつくような痛みが走った。 790 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20 26 34 ID jWW4PdQE 一方――― 「しっかし、まいったわねー」 雑踏に消えた三日を探しながら、御神万里は呟いた。 闇に消えた三日を探して早10数分。 すぐに見つかるだろうと思った三日の姿は未だに見つからなかった。 小柄な三日はすっかり雑踏にまぎれてしまったらしい。 「葉山くん、明石さん。そっちはどう?」 万里は手にした携帯電話に向かって問いかける。 2人の高校生は、千里が姿を消したことに気付いたその場所で待っていてもらっているのだ。 『駄目です。さっきから息子さんのケータイにかけてるんですけど、応答ありません』 『フダンは意外と応答早いンですけどね、アイツ』 「そう、ありがと」 電話越しに答える明石と葉山に、なるたけ穏やかな声で万里は言った。 『それにしても、あの娘があんなふうになるのをもう一度見るとは思いませんでしたよ』 明石が、無感動な声でそう言った。 実際のところは彼女も親友の奇行に少なからず動揺しているはずなのだが、実際そうに違いないのだが、明石はそうした様子を表に全く出していなかった。 若いうちから精神的にそこまでしっかりしていると、逆に危うく思えるのだが―――という思考を切り替え、万里は明石の言葉に応答する。 「三日ちゃんは、以前にもあんなことが?」 『ええ。去年、御神千里―――くんの姿を見失うようなことがあった時に、何度か』 明石が変わらぬ声でそう答えた。 去年というのは三日と千里が交際を始める前、三日が千里をストーキングしていた頃のことなのだが、神ならぬ万里にそうした事情まで分かるはずもない。 「教えてくれてありがとう、朱里ちゃん」と言うだけである。 「2人はそのまま、センに連絡を取り続けてくれないかしら。私は、しばらく三日ちゃんを探すから」 『俺も行きましょうか?1人より2人で探した方が……』 万里の言葉に、葉山がそう申し出た。 「気持ちは嬉しいけど、アナタまでいなくなっちゃったら大変だし。ここはオトナにまかせて、ね」 無用なとばっちりを受けても、とは万里は言わなかった。 『……まぁ、分かりました』 内心、友人たちのことが心配なのか、長い間の後に葉山は答えた。 それを最後に、彼らは通話を終了した。 「さしずめ、爆弾は爆発寸前、その鍵はどこにあるか分からない―――ってトコロかしらねー」 三日の姿を探そうと、辺りを見渡しながら万里は軽口をたたいた。 実のところ、万里にはそもそもの原因、千里が姿を消した理由にはいくらか心当たりが無くは無いのだが―――だからといって何もしないわけにもいかなかった。 『彼女』1人のことならともかく、千里や三日がどうなることか――――どうにも予想がつかない。 791 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20 27 04 ID jWW4PdQE 「……ク!」 足首を襲った突然の痛みに、俺はうめいた。 痛みだけではなく、血もだらりと流れているようだ。 不意打ちのような傷に、思わず膝を折り、顔をしかめそうになるが、そこは根性で我慢。 何だか知らないが、目の前の少女に心配をかけるわけには――― 「さすがに・・・一回だけじゃ届かない…なんだよ?」 ぴゅいん! ぴゅいん! 少女の邪気の無い言葉と共に、もう二回の痛みが脚を襲う。 「がぁ・・・・・・ぐ・・・・・・!」 今度は、先ほどよりもより深い傷ができる。 立っていられない。 俺は、今度こそ膝を付き、倒れていた。 「ウン・・・これで手が届くんだよ!」 少女は満足そうに笑って、膝を突いた俺の、随分と位置の低くなった頭を撫でた。 「かりゃりゃりゃりゃ!」 無邪気な笑顔である。 無邪気すぎるほどに。 無邪気すぎて、逆に邪気を感じるほどに。 「なでなで・・・だよー!」 少女の手が俺の頭を撫でる。 先ほどは微笑ましささえ感じた彼女の動作だが、今となっては危機感すら感じる。 同時に、微かに感じていた違和感が全て具体化する。 どうして、彼女のような芸能人がマネージャーも連れずに1人で行動していたのか。 どうして、見ず知らずの俺に声をかけたのか。 どうして、こんな人気の無いところで『風船を手放した』のか。 いや。 どうして、こんな2人きりの状況を演出したのか。 「手が届くようになって、おにーさんが逃げれないようになって一石二鳥…なんだよ!」 零咲ちゃんが、決定的な一言を言った。 つーか、一欠けらも俺の被害を顧みていない。 「零咲ちゃん・・・・・・、やっぱ今のは・・・・・・?」 俺の頭を撫でる零咲ちゃんを見上げ、俺は言った。 零咲『ちゃん』? いや、この女がそんなかわいらしいモノではないことは、俺はもう十二分に分かっているはずだ。 「そう・・・レイちゃんがやったんだよ!」 そう言ってにっこりと笑う零咲の右手に、銀色のワイヤーが手繰り寄せられる。 ナイフなんかよりもずっと目立たない、しかし人の肉を切り裂くほどの細く長いワイヤー。 どこぞの殺人鬼よろしくそれを使って、俺の脚を切り裂いたのだろう。 浴衣の裾、切れちゃってるだろうなぁ。 折角今日のために買ったのに。 「こんなにしても激痛で叫ばないなんて・・・思ったよりも感心…なんだよ!」 零咲がこの状況には場違いなほど屈託の無い笑顔で言った。 叫ぶ。 そうだ、叫んで助けを呼ばないと! 「でもでも、叫んでも・・・叫ばなくても結果は変わらないけどだよ!ここは人のいる場所からは少し離れているし・・・そうでなくてもお祭はお囃子や人の声でうるさいんだよ!」 うるさくて・・・嫌いなんだよ、と零咲ちゃんは言った。 俺は、そんな言葉は無視して懐の携帯電話に手をやる。 しかし、感じるべき硬質の手ごたえが全く無い。 「探し物はココ・・・なんだよ、おにーさん!」 そう言って少女が取り出したのは、飾り気の無いデザインの黒い携帯電話だった。 俺の携帯電話だった。 「いつの間に・・・・・・!」 「おにーさんが風船をガン見してた時…なんだよ!」 ガン見言うな。 792 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20 28 29 ID jWW4PdQE 俺は、風船を取る時にどうやって取るか、ということしか考えていなかった。 完全に、零咲を意識から外していた。 そこに隙ができたのだろう。 携帯電話が奪われるような。 「同じときに・・・ワイヤーの仕掛けもしていた…なんだよ!」 「器用すぎだろ」 真面目な話、この娘はマトモな相手ではない。 戦闘能力なら、一原先輩率いる生徒会メンバーと同等かそれ以上だろう。 その上、人を傷つけても何とも思わない厄介なメンタルの持ち主だ。(この傷、放置しておくと割とヤバそうなレベルだ) 救いがあるとすれば、取っ組み合いになれば体格差で俺が有利ということだろうか。 もっとも、零咲のワイヤーはかなり見辛く、その上自在に操れるようなので、俺が勝てる状況に持っていけるかどうかはかなり微妙だが。 って言うか。 殺人ワイヤーとか、それ何て少年ジャンプ? 俺ついさっきまでむしろラブコメディー的物語展開の中にいたハズなんですけど。 それが何で親の仕事仲間に鉢合わせして襲われてる訳? 西尾維新先生だってこんな超展開やらないぞ。 「それで、零咲ちゃんの本当の望みは何なんだい?人気の無い所に俺をおびき寄せて、脚切って走れないようにして。まさか、本当に風船を取って欲しかっただけって訳じゃないんだろ?」 悲鳴を上げる脚を無視して、俺は言った。 「そこまで・・・分かってるんだんだよ!」 先ほどの俺の言葉を受け、零咲ちゃんは言った。 「その口癖、ムリに付けると噛みそうにならない・・・?」 俺は、痛みを我慢しながら軽口をたたいた。 時間稼ぎだ。 俺が逆転突破の糸口を掴むか、あるいは人が来て状況が変わるまでの。 「レイちゃんは、お兄ちゃん・・・の頼みでおにーさんに会いに来たのだ…なんだよ!」 「お兄ちゃん?」 おにーさん、とは違う。 新しい登場人物だ。 そいつが、この状況を作り出した諸悪の根源、全ての黒幕らしい。 その男はきっと、お兄ちゃん、なんて可愛らしい呼称の似合うような相手ではなく、冷酷非道な邪悪そのもののとんでもない男なのだろう。 「ねぇ、零咲ちゃん。全力全開で土下座してでも頼むから、その『お兄ちゃん』って人のことを教えてくれないかな・・・?」 「いー・・・よ!」 零咲ちゃんは、拍子抜けするほどあっさりと頷いた。 この状況を作り出した極悪人。 人を人とも思わぬ外道。 まさに、俺の敵。 その男の名は・・・! 「緋月月日お兄ちゃん・・・なんだよ!」 「あんの変態いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」 アイツか! よりにもよってアイツか! どんだけ俺の周りを引っ掻き回したら気が済むんだ! なぁにがニンゲンシケンだふざけんな! しかも『お兄ちゃん』だぁ!? どう考えても実の妹って展開は無いよなぁ!? こんなガキを妹キャラにして楽しんでるとかどんだけ変態なんだよ! 不幸萌えは結構だけど俺に萌えてんじゃねぇ! 793 :ヤンデレの娘さん 夏祭の巻 後編 ◆3hOWRho8lI:2011/06/19(日) 20 28 50 ID jWW4PdQE ぴゅいん! 「人の悪口を言っちゃいけません・・・なんだよ!」 月日さんを変態呼ばわりした俺の頬に、零咲のワイヤーが飛ぶ。 「ごめんなさい・・・は?」 思い切り俺を見下ろして、諭すように語り掛ける零咲。 言ってることは正しいんだよな。 状況に合わないだけで。 「ごめんなさい」 「よろしい」 俺の答えに笑う零咲。 「けれど零咲。何で君が月日さんの頼みを?って言うか会ってどうしろってのさ?」 「質問は1つずつ…なんだよ、おにーさん!」 ワイヤーを操る右手を示しながら、零咲は笑顔で言った。 よく笑う娘だ。 あまりにも笑いすぎで、逆に笑顔が嘘くさく見える。 演技くさく、見える。 「でもでも…レイちゃんはちゃんと二つとも答えてあげる…なんだよ!えらいでしょ!?」 「えらいえらい」 ぴっと指を立てる零咲に、俺は軽い調子で返した。 「まず、レイちゃんがお兄ちゃんの頼みを聞いたのは…レイちゃんがお兄ちゃんのこと大好きだから…なんだよ!」 「そうだろうとは思ったよ!」 「身も心も何もかも全部とっくに捧げちゃってるくらい…なんだよ!」 「全部とか何もかもそう言うことは若い身空で軽々しく言うモンじゃありません!」 「お兄ちゃんのことでレイちゃんの知らないことは何もないし…私のことでお兄ちゃんの知らないことは何も無い…なんだよ!」 「あの人のことだから糞ロクでもない部分もコミなんだろうなぁ!」 まったく、あの男は何をしてるんだ。 変態ではあっても紳士的だとは思っていたのだが、その認識を改める必要がありそうだ。 「これだけ言えば…1つ目の質問の答えにはなったかなだよ!」 「まぁ、納得はしたかなー」 って言うか、これ以上聞きたくない。 月日さん、登場するたびに外道感が増してってる。 「2個目の答えは…」 「ほうほう」 「おにーさんを殺すこと…なんだよ!」 「なぜそうなる!」 俺のツッコミに、零咲は「あ…れ?」と頬に手を当てて考えるような仕草をする。 「うーん、ちょっとだけ違ったかなー…なんだよ?」 「そうそう違う違う」 勘違いで殺されてたまるか。 「『気に入らなかったら…コロシチャッテ…良いよ』って言われてた…なんだよ!」 「月日さん前編と言ってること違ぇ!?」 あと零咲声真似上手ぇ。 「会って…話をしてみて、殺していいかいけないか決めてみてってこと…なんだよ!」 会って……? 「もしかしてあの人、『…ニンゲンシケン…』とかなんとか言ってなかった?」 「そうそうそれそれ…なんだよ!」 俺の質問に無邪気に答える零咲。
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381 :ヤンデレ喫茶の事務所にて ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/04/06(金) 00 51 33 ID oKsZ0FHK 俺は、メイド喫茶の店長というものをやっている。 店長という肩書きが引っ付いているが、実際店を回しているのは副店長で、 俺は椅子に座っているだけで、何も(と言っちゃなんだが)していないようなものだ。 俺がやっていることは、モニタを見ることと、スイッチを押すことと、メールを見ることだけ。 ひとつずつ説明していこう。 まずはモニタについて説明する。 モニタには、喫茶店の、内外の様子が映っている。 つまり、仕掛けてある監視カメラの映像を見ているのだ。 事務所の中に置いてあるモニタの数は6つ。 喫茶店の入り口から路地を見渡すように一つ。 店内に四つ置いてあるテーブルをそれぞれ監視するために、四つ。 カウンター内にいる店員の頭上からカウンター席を望むように、一つ。 いずれも、客が不審な行動をしていないかを監視するために設置されている。 たとえば――入り口に一番近い位置にあるテーブルに座っている若い男。 文庫本などを読みながら、注文の品が届くのを待っている。 たった今、本を畳んでしおりを挟み、それをテーブルの上に置いた。 大きく伸びをして、あくびをしている。 誰にも見られていないと思っているのだろう。 天井に顔を向けながら、顎が外れんばかりに口を開けている。 しかし、監視カメラを見ている俺からは、男の口内がよくわかる。 店員のメイドの一人が、トレイの上にカップを乗せて男のいるテーブルにやってきた。 男はあくびをやめて、腕をテーブルの上に置いた。 テーブルの上に置かれたカップを左手で持ち、唇をつけた。 そして、ソーサーの上にカップをもどすと、また文庫本を手にとり読み始めた。 店員はそのテーブルに背を向けて、立ち去った。 男は文庫本片手に、カップの中にある液体をちびちびと飲んでいる。 どうやら、まだこの男は10回目に達していないらしい。 普段ならこの時点で眠気を催して、テーブルに突っ伏しているからだ。 もしくは、店員がテーブルに近づいた時点でカップの中身を男にぶちまける。 その後で、その男は店の奥に連れて行かれるはず――おや? 383 :ヤンデレ喫茶の事務所にて ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/04/06(金) 00 52 33 ID oKsZ0FHK 先ほどまでカウンター席に座っていたスーツ姿の男が立ち上がって、 店員に向かって何かを言っている。 彼の前にいる店員は、ぺこぺこと何度も頭を下げている。 監視カメラに併せて集音・録音用のマイクを設置したりはしていないのでよくわからないが、 男がジャケットを脱いでそれに顔を近づける様から考えるに、店員が粗相をしてしまったようだ。 普通の店ならこの場で店長なりが登場するのだが、生憎俺はそんな面倒なことはしない。 カウンターの前にいる男は店員に何か怒鳴っている。 彼に向かって、店員が申し訳なさそうに頭を下げる。 店員のメイドが何かを喋ってから、男の手をとった。 店員は男を奥へ引っ張っていこうとするが、男はその手を振り払った。 カウンターに背を向けて、男は喫茶店の入り口へ向かって歩いていく。 ――どうやら、出番が来たようだ。 数少ない俺の仕事の一つ。 事務所の机の上を占領しているスイッチ類の操作。 数にして、およそ……50ぐらいだろうか。 ときどき無造作に増えているのでよく覚えていない。 ともあれ、今回のような『10回お店に来たお客様へのサービス』を拒む、 入り口へ向かって今も歩き続けている男に対しては、『car-2』スイッチを使う。 スイッチを押す。すると、カチッ、とあっけない音がした。 店先を映し出している監視用モニタを見る。 路地に停めてあるミニバンタイプの乗用車が動き出した。 乗用車には、もちろん人が乗っている。 運転ばかりは、ここにあるスイッチでは役不足というものだ。 今のスイッチは、ただミニバンの運転手に合図を送るためだけのものだ。 店の入り口と壁に張り付くように、ミニバンが停車する。 それを確認したあと、店内の様子を監視カメラで観察すると、 スーツのジャケットを腕にかけた男が入り口のドアを開けようとしていた。 喫茶店のドアは外開きになっているので、今のように外に車が停車していたら、もちろん開かない。 男は扉に向かって怒鳴ったあと、先ほど粗相をしたメイドの元へと向かう。 彼がジャケットを店員に手渡すと、店員が笑顔を浮かべたのが、俺からも良く見えた。 店員のメイドが男の腕を掴むと、男はたたらを踏みながらそのままメイドの腕に引っ張られて、 カウンター横のドアをくぐっていった。 ――さて、仕上げだ。 手元の、『K-01』スイッチを人差し指で軽く押す。 しかし、特に何が起こるわけでもなく、店内はいつもの静けさを保っていて、 店員のメイド達も普段の業務へとすでに戻っている。 では、このスイッチがなんなのか、というと。 ――かいつまんで言えば、お客様へ向けた、当店のサービスです。 384 :ヤンデレ喫茶の事務所にて ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/04/06(金) 00 53 48 ID oKsZ0FHK 最後に、メールについて。これが一番簡単な仕事だ。 事務所においてあるPCに届くメールを見て、プリントアウトすることだけ。 送り主は女の子ばかりだ。では、ついさっき届いたばかりのメールの内容を紹介するとしよう。 ----------------------------------------------- タイトル: お店で働かせてください 本文: 先日、A町の街頭でお会いした者です。 名前は、T村K子です。年齢は19歳。大学生です。 私と彼の近況を明記してください、とのことでしたので、以下に記します。 私と彼は大学の同じサークルに所属しています。 講堂でも、お互い隣同士の席になることがよくあります。 いつも、彼のほうから私の隣に座ってくるんです。 彼は、私のことが好きなんです。そうに決まっています。 でも、一つ問題があります。 彼の姉と名乗る人物が、私たちの仲を壊そうとしてくるんです。 この間、私は彼のためにお弁当を作りました。 腕によりをかけて、愛情をいっぱい、いっぱい込めました。 お弁当を持って、昼食の時間に彼を探し出しました。 そのとき、彼の隣には女が座っていました。 私はあふれ出す怒りを押さえ込み、彼らの隣に偶然を装って近づきました。 彼の隣に座っていた女、彼の姉の目といったら、もう、憎くてたまりません。 『なによあんた』『私の弟に近づかないで』 『あんたみたいな他所の女に弟は渡さないわ』という、独占欲が丸出しになっていたのです。 私は彼に弁当を渡すことなく、その場を立ち去りました。 大学から家に帰って、私は泣きました。 せっかく作ったお弁当を彼に食べてもらえなかった。 あの時、無理矢理にでも押し付けていけばよかった、と後悔しました。 何時間も泣き続けて、泣きつかれて眠って、起きたときに私は決断しました。 彼を、絶対に私のものにする、と。 そのためには、彼をあの女の手の届かない場所に連れて行くことが一番だと考えました。 あなたの言うとおりに、誰も知らない場所に監禁してしまえば、 あの女もきっと彼を諦めるに違いありません。 お願いです。私をあなたのお店で働かせてください。 どうしても、私は彼が欲しいのです。 彼も、私に監禁されることを望んでいるに決まっています。 最後に、彼の名前と年齢を記します。 O谷Tくん。19歳です。 他にも必要な情報がありましたら、連絡をいただければお教えします。 ----------------------------------------------- 385 :ヤンデレ喫茶の事務所にて ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/04/06(金) 00 54 56 ID oKsZ0FHK 事務所にあるPCに届くメールは、どれもこんな内容ばかりだ。 決まって、メールを送ってくる相手は年頃の女の子だ。 そして、男を手に入れるためにここで働きたい、ということが必ず書いてある。 ちなみにメールに書かれている『あなた』というのは、俺のことではない。 『オーナー』のことだ。 『オーナー』が、どんな人物なのかとか、何歳なのかとか、俺は何一つ知らない。 ただ、副店長の父親だということだけがわかっている。 副店長は、18歳の女の子だ。 身長は、160cmぐらい。 スリーサイズは、俺の目測では93・60・89。カップはF。 体重は、怖くて聞いていない。 ただ、いつも俺の体に乗ってくるときにそれほどの重さを感じないから、 体型に合わせたぐらいのものだと思う。 髪型はおかっぱで、メイド服と組み合わせるとかなりいい感じになる。 彼女がいつも浮かべている微笑からは、幻想的というか、非現実的な印象を受ける。 とはいえ、顔立ちがいいからいつもその笑顔を見ているだけで俺は癒されてしまう。 副店長――春香は、俺の恋人でもある。 俺たちの関係は、このメイド喫茶に俺がお客としてやってきたことから始まった。 そのころから、春香は喫茶店でメイド服を着ていた。 当時はまだ、副店長ではなかった。俺が店長になってから彼女も副店長になったからだ。 一目見た時から、俺は春香に惚れてしまった。 さきに挙げたように、周りにいるメイド達と比較しても際立つ魅力を放っていたからだ。 あの頃の俺はまだ女を口説くことに慣れていなかったから、声をかけることができなかった。 だから、春香に会うために俺は何度もこのメイド喫茶に足を運んだ。 椅子に座ってコーヒーを注文して、しばらく待っていると春香がトレイにカップを乗せてやってくる。 彼女が優雅な仕草でテーブルの上にカップを置く。 ナプキンを敷いて、ミルクと、砂糖と、銀製のスプーンをその上に置く。 春香は「ごゆっくりおくつろぎくださいませ」と言って頭を下げる。 きびすを返し、コツコツ、と小さな音を立てながら、俺のいるテーブルの前から居なくなる。 その一連の動作と、彼女の微笑を見ているだけで、俺の胸は締め付けられた。 ――春香が欲しい。 ――俺のものにしたい。 ――彼女を、抱きたい。 メイド喫茶にあししげく通っていたころの俺は、いつもそう考えていて、 その考えがそのまま目に宿っていたのではないか、と今では思う。 普通に考えれば、通報ものだ。 ともあれ、10回メイド喫茶に通うことになったあの日。 ――願いが、現実になった。 389 :ヤンデレ喫茶の事務所にて ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/04/06(金) 02 42 13 ID oKsZ0FHK : : : 大学からの帰り。 人でごったがえしている都内の大通りを俺は歩いている。 大通りに面する場所には、色々な、多種多様な店舗が軒を連ねている。 大手百貨店、大型電気店、数十階建てのビルに、古今東西の料理店。 通行の邪魔になるような小型の立て看板を手でどけて、人の波を避ける。 ――めんどくせえ。 しかし、それでも俺の足は浮き足立っていた。 まるで天にも昇ろうかという気分ですらあった。 それは何故かというと、春香のいるメイド喫茶へと向かっているからだ。 今から春香の癒しの笑みを拝むことができるかと思うと、人の波もなんのその、というやつだ。 ホームセンターとコンビニの間に置いてある立て看板をどけて、通り抜けてからまた元に戻す。 人が一人余裕を持って通れるぐらいの幅の路地に入ると、 俺はいても立っても居られなくなり、駆け出した。 ――この先に、春香がいる。 それだけしか、今の俺の頭の中にはない。 それ以外は考えない。走りながら、勢いをつけすぎて軽く前のめりになる。 倒れそうになったところで、体を軽く前に倒して足を強く踏み込む。――倒れずに済んだ。 ボロボロの服で春香に会うなど、俺にはできない。 そうなったら今日は春香と顔を合わせることもできない。 こけるわけにはいかないのだ。 その後はスローペースで路地を走って、メイド喫茶の前に到着した。 緊張で震える手で、喫茶店のドアの取っ手を掴み、静かにドアを引く。 喫茶店の店内が、良く見えた。 木製のフローリングになっている床。 右手にふたつ、左手にふたつ、向かい合わずに交互に並ぶテーブル。 グラスやカップや大小の皿が納められた食器棚が奥に置いてある、カウンター。 そして、入り口のすぐ近く。 俺の立つ場所から見ると、右斜め前の位置。 「おかえりなさいませ。ご主人様」 メイド服を着て、ほほえみを浮かべる春香がいた。 390 :ヤンデレ喫茶の事務所にて ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/04/06(金) 02 43 01 ID oKsZ0FHK 「お席に、ご案内させていただきます」 春香が優雅に頭を下げる。俺は首を軽く前に倒した後で、店内に足を踏み入れた。 春香は音を立てるなと命じられたかのように、小さな靴の音を立てて、前を歩いている。 思わず、その後ろ姿に息を呑んだ。 そのまま近づいて、彼女の細い体を抱きしめたくなったが、自分を叱り付けてそのまま歩く。 「こちらのお席にどうぞ」 春香がカウンター前の椅子を引き、座るよう促した。 無言でその椅子に座る。音を立てないように。クッションをゆっくりと潰すように。 「何にいたしましょう。ご主人様」 ――君を。 などとは言えるはずもなく、「コーヒーをください」とだけ告げる。 「かしこまりました。それでは、少々お待ちくださいませ」 そう言って、春香は手を前に合わせて、カチューシャを見せるように礼をした。 後ろを振り返り、春香はカウンターの中へと入っていった。 店内をカウンター席から見回す。 どのテーブルにも客はいないし、他のメイドさんもいなかった。 時刻はまだ四時を少し過ぎたばかりだというのに、めずらしいこともあるものだ。 「~~♪」 カウンターの向こうから、春香の鼻歌が聞こえる。 コーヒーを淹れながら、彼女は目を細めた、優しい笑顔でそこにいた。 彼女が嬉しそうにしていると、俺の心の中にも花が咲く。 そのまま、春香のハミングを目を閉じたまま聞いていると、しばらくして歌が止まった。 春香が、コーヒーカップをトレイに乗せて、カウンターから出てきたのだ。 「ご主人様。コーヒーをお持ちいたしました」 メイド服を着た春香が、左掌の上にトレイを乗せて俺がいる席の前へとやってきた。 コーヒーカップが乗せられたソーサーの縁を右手で持って、カウンターの上に置いた。 同じくカウンターに置かれたミルクと砂糖を入れようと手を伸ばすと、白い手が横から伸びてきた。 391 :ヤンデレ喫茶の事務所にて ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/04/06(金) 02 43 44 ID oKsZ0FHK 「今日はご主人様が来られてから10日目になりますので、私めにやらせてくださいませ」 そう言うと、彼女は砂糖を入れて、次いでミルクを入れた。円を描くように。 コーヒーと乳白色の液体をスプーンで混ぜたあと、カップを差し出された。 「どうぞ。お召し上がりください」 右手の人差し指をカップの取っ手に回し、コーヒーを飲む。 いつもより、美味い。 なぜだろうか。――いや、愚問だな。 春香が淹れたコーヒーに、春香が入れた砂糖とミルクが合わさっているのだ。 俺の味覚は、これ以上美味いものは存在しない、と断言している。 そのコーヒーを味わって飲んでいるうちに、いつのまにかカップの中身が空になった。 残念に思いながら、カップをゆっくりとソーサーの上に置いた。 すると。 「ご主人様。もう一杯、いかがですか?」 春香がポットを持って、俺におかわりをすすめてきた。 せっかくの誘いを断るわけがない。 俺は「いただきます」と言って、コーヒーを淹れてくれるよう頼んだ。 ポットから、黒と琥珀の中間の色をした液体がカップに注がれる。 春香がコーヒーを注ぎ終わったあと。 なんのはずみかはわからないが、彼女の手が滑ってポットが俺の膝の上に落ちてきた。 膝の上で一旦止まり、ポットが床に落ちる。 ――ガシャン という音を立てて、ポットが割れた。 「も、申し訳ありません!」 と言って、春香が床に膝をつき、布巾を持って俺の膝を拭き始めた。 彼女は泣きそうな目をして、俺のジーンズを布巾で擦っている。 そして、彼女の手が右膝から左膝に移ったとき。 ――ドクン 心臓の音が俺の耳に届いた。 392 :ヤンデレ喫茶の事務所にて ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/04/06(金) 02 44 54 ID oKsZ0FHK 春香はしゃがんで、俺の――股間の前にいる。 彼女の目は潤んでいた。 今にも泣き出しそうな顔をしていた。 その顔を見ているうちに、俺は、自分の喉が締め付けられるのを感じた。 普段より、目が大きく開いた。 目は、初めのうちこそ春香の顔を見ていたが、いつのまにか視線が下へと向かっていった。 その先には、メイド服のエプロンを押し上げている、春香の胸がある。 俺の手はポットが落ちたときの驚きで肩の辺りに上がっていたが、 その手が、肘が、腕が、うずうずとしていた。 手が震えている。 寒いわけでも、武者震いをしているわけでもなく、勝手に動いている。 俺の意識は「動くな」とだけしか言わないが、頭の奥の深い部分が言っていた。 ――――春香を犯せ。 ジーンズに押さえつけられている肉棒が脈を打った。 睾丸の辺りから骨盤を通り、へその下の部分に得体の知れないものがたまり始めた。 ――これは、肉欲だ。 「ご主人様? どうなさいましたか?」 春香の声が、下から聞こえた。 それは俺の耳だけに聞こえるはずだったが、股間にまでその声が響いてきた。 怪訝な顔をして、春香が俺の顔を上目遣いで見つめてきた。 奥歯を強くかみ締める。 鼻から大きく息を吸う。 唇を固く、離れないように強く押し付ける。 それで、なんとか体の感覚を春香に向けないようにすることができた。 が。 「ご主人様……?」 春香の白い顔が俺のすぐ目の前にやってきて、 俺は――顔の力を抜いた。 393 :ヤンデレ喫茶の事務所にて ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/04/06(金) 02 45 48 ID oKsZ0FHK 両手で春香の顔を鷲づかみにする。 柔らかい髪が俺の指の先をとおりすぎ、指の間に埋まった。 春香は口を薄く開けて、俺をまっすぐに見据えている。 彼女の唇が薄いピンク色をしていることを理解したあと、そのあとは何も考えずにキスをした。 策も、技も、加減もなかった。 ただ、彼女の唇に自分の唇を合わせて、舌を突き出した。 彼女の舌を求めて、俺の舌は動き出す。 春香の舌の先端を、舌の裏を、舌のくぼみを舐める。 舌の先端に、意識は全て集中していた。 春香の舌は、俺の舌のなすがままにされていた。 従順に、荒い波に揉まれつづけるようにたたずんでいた。 唇を離す。 春香は呆然として俺の目を見つめている。 けれども、その目に嫌気が混じっていないことを悟った俺は、再度くちづけた。 今度は、唇を当てて、舌で舐めるだけではなく、頭までが動いた。 首の力を使って、唇を強く押し付け、舌を深く突き出す。 俺が首を左右に振りながらキスをしていると、春香の首までもが応えるように動き出した。 「ん、ふぅ……はぁ、ん……」 お互いが首を曲げるたびに唇の結び目から声が漏れる。 しかし、俺も、春香も唇をくっつけたまま、離そうとはしない。 この熱を、放したくなかった。 春香の脇に、左右それぞれの手を差し込み、彼女を立ち上がらせる。 まだ、お互いの唇は離れていない。 手を春香の背中に回し、抱きしめる。 柔らかい。 まるで、ぬいぐるみかなにかのように、ふわふわしている。 春香の頭に手を当てて、さらに強く唇を押し付ける。 もう――止まることはできない。 その体勢のまま、春香の体を抱えるようにして前進する。 喫茶店に置いてあるテーブルに、春香の体がたどりついた。 そのまま、春香をテーブルに押し倒す。 394 :ヤンデレ喫茶の事務所にて ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/04/06(金) 02 47 36 ID oKsZ0FHK 一旦唇を離す。 俺と、春香の唇が結びついていた証のように、透明な細い糸が伸びる。 春香を見る。 顔が紅い。 目は潤んで、目じりは垂れ下がっている。 俺が見ていることに気づいたように、口の端を少しだけ上げて笑った。 その笑顔はいつも俺の心を癒すものだった。 が、今ではその笑顔すらも蹂躙することができる。 ――その一手が俺には与えられている。 首を下に曲げて、春香の胸を見る。 呼吸に合わせて、上下に動いている。 二つのふくらみが、メイド服の胸元を押し上げて、その存在を主張している。 膨らみの頂点に向けて伸びるしわを見ているうちに、俺はそれに手を伸ばしていた。 両手でエプロンの上から乳房を揉む。 柔らかな、布の感覚が両手にある。 だが、――物足りない。 左手を春香の背中に回し、エプロンの結び目を探る。 丁度、腰のうしろに布の塊があった。 力任せに引っ張る。すると、結び目がよりいっそう大きくなり、解けなくなった。 何度やっても解けない。 ――ならば。 エプロンがずれないようにするための、肩の布を引きちぎった。 エプロンをひっぺがすと、今度はブラウスが現れた。 左右の布を結び付けているのは、小さくて、黒いボタンだった。 両手の指をボタンの間につっこむ。 勢いよく腕を、外に向けて開く。 「あっ……」 ピンクのブラジャーがそこにはあった。 小さなフリルのようなものが、アクセントとして飾り付けられていた。 その形と色は俺をさらに興奮させた。 背中に手を回し、手探りでホックを取り外す。 背中から、ゆっくりと体に這わすように、手で下着と肌を引き剥がして、体の前に持っていく。 正面に手がやってきた時点で、そのまま手で布を押し上げる。 そこには、春香の乳房があった。 下着をつけていなくとも、それは形を崩すことなく、そこにあった。 右の乳房の頂に、くちづける。 唇の先で甘噛みすると、それは柔らかい感触を残したまま、潰れていく。 一度唇を離す。 今度は舌を唇から突き出し、ぺろり、と舐める。 すると、春香の口から喘ぎ声が漏れた。 舌を動かすたびに、その声はさらに甘さを増していく。 395 :ヤンデレ喫茶の事務所にて ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/04/06(金) 02 48 28 ID oKsZ0FHK ロングスカートを手で掴む。 それは何度か手を往復させていないと完全に捲くれないものであったが、 何度か、繰り返していく内にスカートの縁が俺の手の中におさまった。 春香の白い太腿に、口をつける。 舌で押しやると、柔らかく押し返す。そんな感触だった。 ショーツの上から秘所に手を当てると、そこはすでに愛液が溢れていて、ぐっしょりと濡れていた。 親指をそこに当てて、軽く押す。 「…っん、くぅ…はあっ……」 それだけで、春香の両足に力がこもった。 続けて、強く押したり、上下に押しやる。 そのたびに春香の白い足は力を込めて動き出す。 腰に手を当てて、ショーツの端を指で引っ掛けて、膝を通り、足首から脱がせる。 俺の目の前には、彼女の膣口があった。 そこからはすでに彼女の愛液が滴り落ちていて、スカートにしみを作っていた。 舌をその割れ目に這わせて、舐め上げる。 「る、ぁ、めぁぁ……ごしゅ、じ…ん……ぁ…」 幾度となくそれを繰り返すうち、彼女の陰裂はふるえてきた。 春香の足も、ふるふると動いていた。 両手で、彼女の腰に手を回す。 テーブルの上から、彼女の腰だけをはみ出させるようにする。 俺は、下半身を覆う全ての衣服を脱ぎ捨てて、それから、彼女の体と向かい合う。 目の前には、春香のあられもない姿があった。 口からはよだれを垂らし、胸元を隠す衣服は破かれ、白い乳房がむき出しになっている。 そして、俺の腰の前に、春香の陰裂がある。 へその下から彼女の体にぴたりと体を合わせて、少しずつ腰を近づける。 亀頭を春香の入り口に当てて、そして、一気に腰を突き出す。 春香の口から、叫び声が飛び出した。 その声が、まるで誘っているような響きに聞こえてくるほど、俺はおかしくなっていた。 腰を突き出して、肉棒を深く突き刺し、一気に引き抜く。 「ご、ぉっ、し……いん…ああ! …さ……ふぁっ!」 突き出すと春香は歓喜の声を上げる。 引き抜くと、切ない声を上げる。 ――たまらない。 止まることなど、熱に浮かされた体では考えもつかなかった。 じゅ、じゅ、という音が聞こえてきた気がする。 だが、俺には春香の喘ぎ声しか聞こえない。 そして、大きく、理性の壁を破壊する流れが股間に集中して――俺は果てた。 396 :ヤンデレ喫茶の事務所にて ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/04/06(金) 02 53 47 ID oKsZ0FHK そのあとは、よく覚えていない。 欲望が爆発して、そのときの記憶を頭と体から、おしやった。 その後で、体を包む倦怠感とともに目を覚ましたとき――俺は、椅子に縛り付けられていた。 : : : 俺の足首とパイプ椅子は、手錠でつながれている。 そのため、腰を浮かすことはできても歩くことはできない。 初めて自分の置かれている現状を見て、俺は「監禁されている」と理解した。 だが、特に不満なことはない。 用を足すときや、風呂に入るとき、服を着るときには、春香が錠を解いてくれるからだ。 できれば食事も自分の手で食べさせて欲しいものだが、嬉しそうな春香の顔を見ていると、 何も言うことができなくなって、俺は春香のなすがままになってしまう。 そして、今もそう。 たったいま事務所にやってきた春香が、俺の前で両手を合わせながら、語りかけてくる。 「ご主人様。ごきげんいかがでございますか? 今日も、お二方が結ばれましたよ。 男性に手錠をかけて、ベッドに押し倒し、目隠しをしたときのあの女性の表情は、 本当に幸せそうで……私も、思わずご主人様に同じことをしたくなってしまいましたわ。 そうそう。また明日も一名、この喫茶店で働きたいという方がやってくるそうです。 きっと、彼女たちも結ばれますわよ……私達のように。 うふふふふ……本当に、本当に、なんと楽しいことなのでしょう。 お父様のおちからが冴えている、ということですわ。 このままゆけば、きっと……私達はさらに素晴らしい存在になれますわ。」 『――――うふふふふ』 女性の笑い声が聞こえてきた。 その声は、俺がこの椅子に座ってから、何度も聞いてきたもの。 そして、俺はこの声を聞くために、ここに座っている。 そして、これからも座り続けるだろう。この喫茶店がここにある限り。 終 -------