約 596,292 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7753.html
前ページ次ページ確率世界のヴァリエール 浮遊大陸アルビオンの南端、軍港ロサイス郊外の古城。 昼なお暗いホールの中央に、白いコートの男が一人立っていた。 血の付いたナイフを払いコートの内に仕舞うと、ポケットから紙箱を取り出す。 「、、、ん」 軽く眉を寄せるとくしゃりと紙箱を握り潰してポケットに戻す。 ふ、と男が視線を前に投げる。 男の床の前に黒い光がこぼれ方陣を作ると、黒尽くめの男が這い出て来た。 「ハァーイ♪、おひさ死ブリDeath」 陰気に笑う男が掲げたタバコの箱からその一本を口で受け取ると、 ルーク・バレンタインはライターを取り出して火を付けた。 間久部(マクベ)が小脇に抱えている書類の束に目をやりつつ、煙を吐き出す。 「今度は何だ、賛美歌でも教えるか?」 「それも良いが、そりゃまた今度。 金属の鋳造練成加工技術と、、それにチョイと精度の高いマスケット銃ですよ。 魔法抜きの技術レベルにあったブツをチョイスするのが中々に大変でしてねぇ」 「まるでエデンの蛇だな」 「何せ私ゃホラ、十三課<イスカリオテ>ですからネ。 汚れ仕事は我等が本懐」 傷の奥の目がにんまりと嗤う。 「今週末の虚無の曜日までに、ここの密偵共だけは潰して置きたかったんですがー、 イヤハヤ、相変わらずの見事なお手前。 これで「停戦会議」も滞りなく」 足元の暗がりに転がるいくつもの死体を見回す。 「それじゃ、いつもの如く血の一滴も残さぬよう、頼みマスよ。 あーそうそう、我等が聖女様たちへ何か伝言は?」 「テファには、夕飯までに戻ると言っておいてくれ。 黒い方には、今度あったら殺すと伝えろ」 ニヤケ顔で手を振りつつ間久部が魔法陣の中に消えていく。 床に残されたタバコの箱を拾い上げ、ルークがつぶやく。 「フン、、、悪魔め」 善人ごっこ、オーク狩り、麗しの姫を守る騎士、、すべては余興のはずだった。 この世界の実情を把握し、新しい獲物を見付けるまでの、仮の住まい、隠れ蓑。 ひとときの戯れ、すべてはそのはずだった。 (俺たちにとっちゃあ人殺しができて生き血がすすれれば なんでもかまわねーや) 頭の中に懐かしい声が蘇る。 「ックク、確かにな、、、」 べちゃり。 と、床に広がる血だまりに手をひたす。 ぞろり。 と、屠った者たちの感情が、記憶が、意識がルークの中に流れ込む。 オーク鬼やトロル鬼とは比べ物にならぬ程の、思念の熱量、思考の奔流。 驚愕。敵意。侮蔑。殺意。激怒。後悔。嘆願。渇望。絶望。諦念。狂気。 悔恨、無念、怨恨、嫌悪、遺恨怨念懇願激憤呪詛自嘲憎悪憎悪憎悪憎悪 憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪 憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪 憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎 憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎にくにくくにくににくにnnnnkknnnnn - テ ィ フ ァ ニ ア - 混濁した意識が強引に引き戻される。 目を開ける。 床に転がる自分の右手がどろりと溶けている。 違う、違う。 目を閉じ、意識を集中し、在るべき形を思い出す。 形を取り戻した手を床に突き、ゆっくりと立ち上がる。 たかが千にも満たぬ心を、命を、魂を取り込んだくらいで。 己を失ってたまるか。 名も無き化け物になぞ、なってたまるか。 俺は、俺だ。俺は、俺だ。俺は、俺だ。俺は俺だ俺は俺だ俺は俺だ。 ぎしりと歯を噛み、ルークは笑う。 「俺は、、、俺だ!」 確率世界のヴァリエール - Cats in a Box - 第十二話 「そそそ、それじゃあ、行って来るから!」 緊張で顔を赤らめたルイズをキュルケが部屋の前で見送る。 「はいはい、がんばってらっしゃいね~♪」 「ががが、がんばるって何をよ! 魔法訓練の息抜きにちょっと遠出しようって誘って下さっただけで ワルド様とは別に頑張るとか頑張らないとかじゃないから!」 「えー、それなら僕も行きたいなー。 あのグリフォンにも乗ってみたかったしー」 「だ~め。 シュレちゃんは今日は私とお留守番」 寝起きのベビードールのままでシュレディンガーの頭を抱え込む。 「ちぇー」 「わがまま言わないの。 せっかくだからコッチも朝食にしましょ。 タバサ食堂に呼んできて」 「はーい」 ============================== シュレディンガーが消えた後、ルイズはキュルケに向き直る。 「じゃ、シュレの事頼むわね。 夏休み中でヒマだからって私のいない間に あの子にちょっかい出さないでよ」 「出さないわよあのコには」 呆れ顔で即答するキュルケに、ルイズはそれはそれでと不満に思う。 「そういやキュルケ、年がら年中サカってるくせに シュレにだけは手ぇ出そうとしないわね」 「あらアンタ、あのコの飼い主なのに気付いてないの? 危険な香りのする殿方ってのも魅力的だけどね、 あのコの中に居るのは「死神」よ。 アタシはそこまで命知らずじゃないの」 「、、、?」 (やっぱり制服は無かったかしら、もうちょっと地味目でも夏物の、、) 考えながら中庭を歩くルイズの元へ一人の少女が駆けてきた。 「はいっ、ルイズさん! 頼まれていたサンドイッチとワイン、 それに今朝一緒に作った、焼きたてのクックベリーパイですよ!」 「あ、ありがと、シエスタ」 「ついにワルド様とデートですね。 頑張ってくださいね、ルイズさん!」 シエスタが屈託無くはしゃぐ。 「そそそ、そういうのじゃ、、、!」 顔を火照らせてどもるルイズの手を取り、 シエスタは真剣な面持ちでルイズを見つめる。 「ルイズさん、女は度胸です!」 「それじゃあ、ルイズさん」 走り去ろうとするシエスタに、おずおずとルイズが声をかける。 「そ、その、シエスタ」 「はい? 何でしょう、ルイズさん」 「あ、、、ありがと」 「っふふ、はいっ!」 「うわー、青春ねぇ、ギーシュ」 「そうですねぇ、お姉さま」 カフェテラスでその様子を眺めていたモンモランシーとケティが ギーシュを横目にうっとりとつぶやく。 読んでいた本から目を上げ、ギーシュが一つあくびをする。 「ふわあ、ん。 あのルイズにもやっと春到来か。 いやいや、めでたいね」 「お、おま、お待たせしました!!」 「やあ、おはようルイズ」 門の外に立っていたワルドが優しく微笑みかける。 「いや、こちらも今着いたところさ。 済まないね、まだ夏休みに入ったばかりだと言うのに」 「い、いえそんな、ぜんっぜんヒマです!」 「そうか、それは良かった」 親しげに首を寄せてくるグリフォンの頭をなでながら ルイズへにっこりと笑う。 「訓練ばかりじゃあ気が詰まると思ってね。 たまには気晴らしに、と思っていたんだが。 喜んで頂けたようで何よりだ」 「い、いえ、こちらこそ 誘って頂いてありがとうございます」 ルイズははにかみながらバスケットを抱え込む。 「おや、それは?」 ワルドがルイズの手に持ったバスケットを覗き込む。 「シエスタに頼んでランチと飲み物を。 それにその、シエスタに習いながらなんですけど、 自分でクックベリーパイを、、作ってみたんです、けど」 「そうか、それは楽しみだ!」 ルイズから受け取ったバスケットを鞍の後ろに積むと そっとルイズの手をとる。 「それではお手を、お姫様。 空中散歩と参りましょう」 。。 ゚○゚ 「うわ、うわ、うわあーー!!」 満面に笑顔を浮かべ、ルイズが思わず声を上げる。 「わあ、ワルド様! 学院がもうあんなに小さく!」 グリフォンの首にしがみつきながら、後ろのワルドを振り返る。 ルイズの体を抱え込むように手綱を取りながら、 ワルドははしゃいだ声を上げるルイズに微笑み返す。 不意に近づいた顔と顔に、ルイズは照れて前へと向き直る。 「気に入ってくれて嬉しいよ、ルイズ。 空を飛ぶのにはもう慣れているんじゃないかと思ったけれど」 「いえ、いっつもは飛ぶんじゃなく落ちるばっかりで」 「ははは、そうかい」 晴れ渡る空の下、二人を乗せたグリフォンが強く羽ばたく。 Vの字に並んで空を舞っていた雁の群れが、 二人を覗き込むようにゆっくりと近づく。 「おや、どうやら僕らの道案内をしてくれるようだ」 「あははっ」 思いがけず現れた道連れに笑い声がこぼれる。 雲をよけ、森を渡り、丘を越えて、川を上る。 グリフォンは風にのり、ゆったりと滑空する。 時折足元を過ぎていく小さな村々。 子供たちが手を振り追いかけてくるのへ ルイズは空から手を振り返す。 やがて遠く連なる山々が近づいた頃、 森の切れ間から小さな湖が現れた。 ふわり、と湖のほとりへ舞い降りる。 瑞々しい青草が羽ばたきになびく。 「わあ、きれい、、、」 夏の高原を渡った涼やかな風が二人に触れる。 「それは良かった」 ワルドがルイズの隣に降り立つ。 「ずいぶんと前にここを見付けてから どうしても一度、この景色を君に見せたくてね」 高く上った陽を受けて湖面がきらめく。 遠く山々は青く澄み、森は深く二人を包む。 小鳥たちは水辺に遊び、楽しげに歌をさえずる。 「少し長く飛んできたけれど、疲れてはいないかい?」 「い、いえ、ぜんぜん平気で、、!」 そう言おうとした時に、ルイズのお腹が可愛らしい音を立てる。 耳まで真っ赤になりながら涙目でルイズが弁明する。 「いや、あのワ、ワルド様! これはその、、、」 (ああ、やっぱり朝に少しでもなにかつまんでおけば、、、) 泣き出しそうなルイズの頭をくしゃくしゃと撫でると ワルドは朗らかに笑う。 「じゃあ、少し早いがお昼にしようか。 実は僕も君の作ってくれたクックベリーパイが 朝からずっと食べたくって仕方がなかったんだ」 「は、はいっ!」 ルイズは涙を拭いてワルドに微笑むと バスケットを鞍の後ろから取り出した。 「ふう、きもちいい、、、」 二人で草の上にごろりと仰向けになる。 ワインで火照ったルイズの頬を湖面からの風が撫でる。 グリフォンもさっきまでは干し肉をかじっていたが 二人に習って昼寝を決め込んでいる。 「また、こうして二人で来たいな」 「、、、はい」 「来年も、再来年も、十年後も、ずっと、、、」 「え、、、」 「、、、ルイズ」 「は、はいっ!」 ルイズが期待と不安にびくりと身をこわばらせる。 腕組みをして空を見上げたまま、ワルドが語りかける。 「実は君に、話しておきたい事があるんだ」 「ななな、なんでしょう!」 「今週の週末、虚無の曜日にアルビオン王国と 貴族派、、神聖アルビオン共和国は停戦会議を行う」 「は、はい、これでやっとアルビオンにも平和が戻ります」 「そうだと良いんだが」 「、、え?」 「まだはっきりとは分らないが、貴族派に不穏な動きがある。 狙いは王党派ではなく、、、 このトリステインだ」 「そ、そんな、なぜ今になって!」 ルイズが体を起こし不安げにワルドを見つめる。 「分からない。 なにか企みがあるのかもしれないし、 もしくは向こうも一枚板ではないのかもしれない」 「、、、ワルド様」 「もしも、このトリステインへ貴族派が直接侵攻する事になれば、 貴族派への密偵であるこの僕も、危うい事となるだろう」 「止めてください! そんな!」 「大丈夫、僕も腕に覚えはある。 そんな事で命を落とすつもりは無いよ。 しかし、もし君が支えてくれるのなら、、、 こんなに心強い事はない」 「、、、」 ワルドが起き上がり、ルイズの手をそっと握る。 「僕と結婚しよう、ルイズ」 「え、、、」 「ずっとほったらかしだった事は謝るよ。 婚約者だなんて言えた義理じゃない事も判っている。 でもルイズ、僕には君が必要なんだ」 「ワルド様、、、! で、でも私、貴族としてもまだ全然で、 それに魔法、魔法だって何一つまともに使えないし!」 「そんな事は無い。 君は他人には無い特別な力を持っている。 僕とて非凡な使い手ではないと自負している。 だからこそ、それがわかる。 例えば、そう、君の使い魔」 「シュレディンガー、のこと?」 ワルドの目が光る。 「彼の持つ力はとても特別なものだ。 誰もが持てる使い魔じゃあない。 そして、それを召喚し使役できる君も それだけの力を持ったメイジなんだよ」 「でも、でも、、、」 「もしかして、あの使い魔君が、、、 君の心の中に居るのかい?」 「ちょ! 違います! アレはただの使い魔っていうかペットです! そういうんじゃなくって!」 「え? いや、ゴメン!」 ぶんぶんと手を振り回し力いっぱい否定するルイズに ワルドは慌てて手をかざし詫びる。 「すまない、僕も急ぎすぎた。 もしかしたら、僕は使い魔君に嫉妬しているのかもしれないな」 「そんな、あの猫耳頭ときたら使い魔のくせに 短気でわがままで甘えん坊で皮肉屋で、それは困った奴なんです!」 「ふふっ、まるで自己紹介を聞いているようだね」 「そんな、酷いですわワルド様!」 「はっはっは、ゴメンゴメン。 でもね、彼と居る時、彼の話をしているときの君は とても自由で素直で可愛らしく見える。 僕の前でももっと見せて欲しいんだ、素顔のままの君を」 「いやだ、ワルド様ってば、、、」 頬を染めてルイズが下を向く。 「僕はね、シュレディンガー君が羨ましい。 彼の力は特別だ、君にとってただ一人の使い魔だ。 この世界のどこへでも、君を連れ去ってしまう」 ワルドはルイズの頬に手を置き、そっと目を合わせる。 「だからこそ、君がどこへ行こうとも平気なように 僕も君にとっての特別なただ一人になりたい。 この世界のすべてから君を守る、姫を守る騎士でありたい。 ルイズ。 僕に君を、守らせてくれ」 「、、、ワルド様」 ざざ、と。 二人の間をぬい、風が草を撫でてゆく。 ワルドがゆっくりと立ち上がる。 「今週末、アルビオン停戦会議に先駆け、ゼロ機関の長として 僕はウェールズ皇太子とお会いする事になっている。 場所はニューカッスル、もちろん君も同席の予定だ」 「、、、」 「そこで、返事を聞かせてほしい」 「、、、はい」 こくり、とルイズは小さく頷いた。 湖を見ながら、ワルドが一つ伸びをする。 「ルイズ、覚えているかい? あの約束をした日、ほら、君はお屋敷の中庭で」 「あの、池に浮かんだ小船?」 ワルドが頷いた。 「君はいつもご両親に怒られたあと、あそこでいじけていたね」 「ほんとにもう、ヘンな事ばかり覚えているんですね」 恥ずかしそうに俯くルイズへ、楽しげに話す。 「そりゃ覚えているさ。 君には嫌な思い出なのかもしれないが、 あの日の約束はずっと、僕にとっての宝物だった」 ワルドがくすりと笑う。 「もう一度あの日のように二人で船に乗りたいと思ってね。 実はこの先に小船を隠しておいたんだ。 とって来るから待っていてくれるかい?」 子供のように駆け出していく姿を目で追いながら ルイズは突然の告白に心の整理を付けかねていた。 ワルドの姿が見えなくなるとぺたりとその場に座り込み、 そばで眠ったままでいるグリフォンの喉をゆっくり撫でた。 「はあ、どうしよう。 私あなたのご主人様にプロポーズされちゃったわよ」 ころころと気持ちよさげな声を上げるグリフォンを見つつも 思わず頬が緩む。 むずむずとした衝動を堪え切れず、草の上に大の字になる。 「うっわー、どーしよ、どーしよ! ワルド様からプロポーズされちゃったわよ私!」 ごろごろと身悶えるルイズの視界に 空から降ってきた何かが映った。 絹を裂くような悲鳴が湖にこだました。 「!!」 杖を抜いて走り出したワルドの耳に 少し遅れてグリフォンの雄たけびが届く。 湖畔の斜面を全力で登り切る。 ルイズの元に戻ったワルドを出迎えたのは、 明らかに野盗と思われる風体の男たちだった。 グリフォンは杭を打たれた投網の中でもがき、 ルイズは野盗の一人に後ろ手に捕まれ、 喉に山刀を据えられている。 「ワルド様、私は構いません! こんな奴ら、やっつけて下さい!」 ルイズの言葉に野盗たちが大声で笑い出す。 「姫様はこうおっしゃっているが どうするよ、色男!」 「魔法で俺たちをふっ飛ばしたあと この娘っこの首だけ持って帰るかね?」 ぐい、と山刀でルイズの顎をあげる。 「物取りの類だろう、金ならくれてやる! 今すぐにルイズを離せ!」 ワルドが杖を突きつけ言い放つ。 「そのおっかねえのを捨てたらな! そら、その杖をこっちに投げてよこしな!」 頭目と思しき男が叫ぶ。 「駄目ですワルド様!」 悲痛な声を上げるルイズの髪をつかみ上げ 男が耳元で怒鳴る。 「おめえは黙ってろってんだ!!」 「、、、」 ワルドが無言で杖を前に放る。 「ワルド様、、!」 ワルドが放り投げた杖を頭目が拾い上げる。 「ほう、こいつぁ良い値がつきそうだ。 おい、予備の杖を持ってないか調べな」 一人を顎でしゃくると、その男がおそるおそる ワルドへ近づき、マントを剥ぎ取ると 持ち物を調べていく。 「こいつもいただきだ」 ワルドのつば広帽を奪い、自分の頭に載せる。 「頭ぁ、他にぶっそうなもんは何にもありやせんぜっ! っとぉ」 振り上げた山刀の柄でワルドの頭を殴りつける。 「ぐあっ!」 「ワ、ワルド様!!」 倒れこむワルドを見て、ルイズが絶叫する。 「貴族か何だか知らねえが威張り散らしやがってよう!」 「おいおい、あんまり乱暴な真似はしてやるなよ、俺らと違って お上品な育ちなんだぜ? 貴族ってなあ」 「だから世の中の厳しさを教えて差し上げてんじゃねーか」 「あっはっは、ちげえねえ!」 男たちがげらげらと笑いながらうずくまるワルドを 交互に蹴りまわす。 「やめなさいよ、あんたたち!! 離せえ、離しなさい!」 涙ながらに叫ぶルイズのマントを捕まえていた男が引きはがす。 「くそ、ルイズには手を出すな!」 ふらふらと起き上がるワルドを一瞥すると、男は ルイズを草むらへ突き飛ばす。 「はあ? てめえじゃあるめえし、 誰がこんな乳臭いガキを相手にするかよ。 、、、大切に抱え込んでたと思ったら、なんだこりゃ」 男はルイズの懐から奪った、古びた革表紙の本をめくる。 「ああっ、『始祖の祈祷書』! 返しなさいよ!」 「学の無えお前にゃ、祈祷書なんぞ無用の長物だろ」 野盗の一人がげらげらと笑う。 「うるせえ、祈祷書どころか何にも書いてねえ、白紙じゃねえか!」 男は祈祷書を投げ捨てるとワルドに駆け寄り蹴りを入れる。 「ちっ、もちっと良いモン持ってねーのかよ!」 ワルドの身に付けていたものとグリフォンの鞍周りを 調べ終わった男が頭目の元へと向かう。 「どーするよ頭ぁ、多少の金貨は持ってたけどよ。 しけてやがる」 「グリフォン殺して嘴取っとけ、薬屋に売れる」 「このハンサムはどうしやす? やっぱ後腐れがねえように」 「いや、契約にゃ、、、!?」 男たちが視線を向けたその先には、右手に杖を握り 始祖の祈祷書を拾い上げたルイズの姿があった。 「ワルドを、、、ワルドを放しなさい!!」 。。 ゚○゚ 「ん? シュレちゃん、どしたの?」 トリステイン魔法学院のカフェテラス。 隣のイスのシュレディンガーをキュルケは怪訝そうに見つめる。 「どうしたんだい? ネコ君。 君の手番だよ」 対面のギーシュがチェス盤をとんとんと叩く。 「ん、、、あれ? 目がヘンだ」 シュレディンガーがこしこしと目をこする。 「疲れちゃいました? お冷でも持ってきましょうか、シュレさん」 シエスタが心配げに顔を覗き込む。 「うわ! なんか見える!」 「はっはっは、チェスに負けそうだからって、、、 え? ネコ君、その手袋の中」 ギーシュの指し示すその先、シュレディンガーの 右手袋の中からは、金色の光が漏れこぼれていた。 「わわ、それってもしかして使い魔のルーンが光ってるの?」 不思議そうな顔で覗き込むモンモランシーに答えず、 シュレディンガーは前を向いたまま呆然とつぶやく。 「右目に、右目だけ何か見える、、、 これって、、ルイズの、視界?」 離れた席で一人本を読んでいたタバサが ぱたりと本を閉じ、顔を上げた。 「ルイズが、危険。」 。。 ゚○゚ 「脅しじゃないわ、離れなさい!!」 野盗たちに杖をかざし睨み付ける。 「おお、おっかねえお嬢ちゃんだ。 だがそんなちびた杖でどうしようってんだ? さっきこのハンサムと話してるのを おっちゃんたち聞いちゃったのよ。 まるで魔法を使えねえんだってえ?」 その言葉に周りの男たちもげらげらと笑う。 「ぐっ、、!」 ルイズは声を詰まらせる。 (こうなったらいつもの様に魔法を失敗させて爆発を!) 小さな杖を握り締めるが、すぐに思い止まり歯噛みをする。 野盗たちの中心にはワルドが倒れていた。 シュレディンガーとアルビオンを飛び回り、 いくつもの船を沈め、いくつもの砦を破壊した。 いつしかこれが自分に与えられた魔法なのではとも思った。 だが。 何度も起こしてきた爆発の中で、ルイズはその特徴を掴んでいた。 強い爆発を起こすには、大きな範囲を巻き添えにする事が必要だ。 短く詠唱をする事で小さな爆発も起こせるが、 それでは人一人弾き飛ばす事さえできない。 野盗たちを吹き飛ばすには、どうしてもワルドを巻き込んでしまう。 じわり、と悔し涙がにじむ。 何が、『虚無の魔女』だ。 使い魔の力を自分の物とはき違え、図に乗っていただけだ。 肝心な時に自分ひとりでは何も出来ない。 アーカードに胸を張り言い放った。 「お前を打ち倒す」、と。 なんて傲慢な、なんて恥知らずな言い草だったろう。 貴族とは名ばかりの、魔法一つ使えぬ、ただの小娘。 杖を握る手が小さく震える。 「わっはっは、手が震えてるぜ、お嬢ちゃん!」 「ぼ、僕のことは良い、逃げろ、、ルイズ、、」 逃げ出せる訳も無い。 逃げて、どこへ行けというのか。 どこにも逃げ場所など無い、どこにも居場所など在る筈も無い。 魔法の使えぬ貴族なんて、この世界のどこにも。 懐かしい誘惑が心の底からゆっくりと這い出でる。 「絶望」に抗う力などもう残っていなかった。 胸の中に、じくじくと空洞が広がっていく。 そこがどこにつながっているのか、自分は知っている。 自分にはお似合いの場所だ。 世界に存在を許されぬもののたどり着く場所。 『虚無の地平』 「さ、杖をおろしなお嬢ちゃん。 痛かあ、しねえからよ」 警戒しつつも一人の男がじりじりとルイズへにじり寄る。 「、、、、、」 「ああ? なんだって?」 ルイズの小さな呟きに、近づいて居た男がびくりと足を止める。 「、、、エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ、、、」 「お、おい、これ!?」 男が慌てて後ろの仲間を振り返る。 「なーに泣きそうな顔してんだよ!」 「さっき言ってたろ? そいつは魔法を使えねえ! ハッタリだハッタリ!」 後ろでにやけながら野次を飛ばしていた仲間の野盗たちが 突然に息を呑み黙り込む。 「お、おい、どうしたってんだよ?!」 振り返った男の目に映ったのは、 ルイズの左手に掲げられた祈祷書の放つ、淡い光だった。 そのページが風も無くぱらぱらとめくれていく。 「あ? お、、ぐっ、、、!!」 男の足が止まり、額から汗が吹き出る。 それは、先程まで目の前に居た少女ではなかった。 その目は瞳孔を大きく開いて虚空を見据え、その口は朗々と淀みなく詠唱を紡ぐ。 じわり、とにじむように、男の目の前の空間に小さな穴が開く。 光さえも飲み込む、紫電をまとった虚空への穴が。 「、、、オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド、、、」 † 神聖アルビオン共和国首都ロンディニウム、その地下。 蜀台の明かりの揺らめくテーブルの向こうで アーカードはクスクスと小さく笑った。 「ど、どうなされました?」 向かいの席からおびえた声をかけるクロムウェルに応えず アーカードは優しく、嬉しげに、うっとりと微笑んだ。 頬をゆがめ、ぎちりと笑ったその口元から牙がこぼれる。 「っはは、待ちかねた、、 来たぞ、、、虚無の淵から、魔女が来た、、」 † 驚くほどに意識は澄み切っている。 ルイズはやっと理解した。 単純な事だ。 火の系統のメイジは火の力を操る。 水の系統のメイジは水の力を操る。 風は風を。 土は土を。 ならば。 これが己の力。 己の系統。 そして己の運命。 目の前で膨れ上がっていく漆黒の穴を見つめる。 恐れる事はない。 この先は私自身の、いつか還る場所なのだから。 指にはまった水のルビーが熱を帯び、意識をつなげる。 祈祷書の知識が、始祖ブリミルの意思が頭の中に流れ込む。 『虚無』の呪文の初歩の初歩の初歩。 『バニッシュメント(追放)』 「か、頭ぁ、お頭ァ!! 俺ぁ、どうすりゃ?!」 ルイズの目の前でおろおろと立ちすくむ男が 涙目で後ろを向き叫ぶ。 「くっそ、聞いて無ぇぞこんな事ぁ! 構わねえ、そのアマぁ頭がトンでら! 杖をぶんどれ!!」 「で、でも球が! 真っ黒い球が!!」 男とルイズの間に生まれた黒球は、 放電を繰り返しつつオーク鬼の頭ほどにも成長していた。 「剣で払うんだよ! 手首ごと落としちまえ!」 「いかん、ルイズ!!」 「てめえは黙ってろ!」 ワルドを押さえ込んでいる男が上から殴りつける。 「あ、あ、あ、、!」 黒球の前の男はかちかちと歯を鳴らしながら 腰の山刀を抜き放った。 その時。 ============================== 「ルイズ、大丈夫?!」 突然そこに現れたシュレディンガーの姿に野盗たちが固まる。 「シュ、シュレ?!」 ルイズが詠唱を止め、驚きの声を上げる。 そのとたん、ルイズの杖の先に生まれた黒球が 制御を失ったかのようにゆっくりとぶれ始めた。 「え? あ? あわわ」 「こいつも仲間か?! 畜生、畜生!!」 突然現れた亜人の姿にパニックを起こした男が 山刀を振り上げ、シュレシンガーに斬りかかる。 「嫌、危ないシュレ!!」 ルイズが咄嗟に男に杖を向けたその瞬間。 ぱぁんっっ! 破裂音が響き、黒球は消え失せた。 ルイズの目の前で、きょとんとした顔のまま シュレディンガーと男が立ち尽くす。 「え?」 男は何が起こったのかも分らず、辺りを見回す。 あの恐ろしげな魔法の球は何だったのか。 そういえば振り上げた剣がない。 草むらの中に光る何かが落ちている。 「え?」 よく見ればそれは剣先だ。 丸く切り取られたようなつややかな断面を晒した 手のひらほどの金属片が落ちている。 拾おうとして、自分の腕が肩口から 無くなっている事に気付いた。 「え?」 ルイズの前で鮮血を撒き散らしながらくるくると回る その男の肩は、まるで大きなスプーンで すくい取ったかのように丸い断面を晒していた。 「お゛、、あ゛、あ゛、、、」 がたがたと震えながら男が肩を抑えその場にへたり込む。 「ルイズ、大丈夫?」 シュレディンガーが駆け寄り、呆然と立ちつくすルイズの手を取る。 ルイズは、心配げな表情を浮かべたシュレディンガーの瞳に映り込む 血に塗れた女の顔をぼんやりと眺めていた。 (、、誰だろう、怖い顔、、、) 「そん、な、、」 言葉をつまらせる野盗の頭目の後ろで声が響く。 「そこまでだ」 隙を突いて起き上がったワルドの手には、奪い返した杖が握られていた。 「見逃してやる。 あの男を連れて去れ」 額から流れる血をぬぐいながら、片腕を失いうずくまる男を杖で指す。 男を担ぎ逃げ去っていく野党に目もくれずに、 ワルドはルイズの元へと駆け寄った。 「大丈夫かルイズ! すまない、こんな事に、、」 「来ないで!!」 背を向けたままの少女の強い拒絶に、思わずワルドは立ち止まる。 「ご、御免なさい、ちがうんです、、、 でも、私、今の顔、、 ワルド様に、見られたくない、、、」 「そうか、、、 シュレディンガー君、ここはもう良い。 ルイズを、頼む」 ワルドは少女の背中越しにシュレディンガーを見つめる。 少女の使い魔はこくりと頷くと、二人の姿はその場から消え去った。 ============================== 「落ち着いた?」 「うん、ありがと。 もう大丈夫」 自分の部屋にたらいを持ち込んで内風呂をした後、 キャミソールに着替えたルイズはベッドの上に寝転んでいた。 替えのタオルを抱えて来たシュレディンガーは、 そのタオルで湯気を立てるルイズの髪を優しく拭いていく。 「、、、シュレ」 「ん?」 「あのとき、助けに来てくれて、ありがと」 虚無の力に飲み込まれそうになる、あの絶望的な陶酔が ルイズの脳裏に蘇る。 「なーに言ってんのさ、ボクはルイズの使い魔なんだよ。 どんなピンチの時だって、 ボクがルイズを守ってあげるってば」 タオルごと、ルイズの頭を後ろからぎゅっと抱きしめる。 「、、、うん」 自分を抱きしめてくれるシュレディンガーの腕に、 ルイズはそっと自分の手を置いた。 その夜。 シュレディンガーの胸に包まれて。 安らかなその寝息を聞きながら、ルイズは思い返していた。 (私、あの時、、、) シュレディンガーの瞳に映った、血まみれの顔がよみがえる。 思わずルイズは頭から毛布をかぶる。 (、、、笑ってた) † 前ページ次ページ確率世界のヴァリエール
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/919.html
back / next 七話 『間違えたんだからスルー進行で』 新たに実がなった。実っているのは五つの“バクバクの実” シエスタにそれらを採取させながら、ルイズは小屋へ戻る。机の上には分解されたショットシェル。 「バクバクの実ですか~どういうものなんですか?」 「錬金よ。ただし金属どころか生物無生物に関わらず、食べて作り変える能力」 「……土のメイジの方々が昏倒しそうな能力ですね」 「ギーシュ当たりが欲しがりそうな能力ではあるわね」 「何よりおなかがすかなくなるのがいいですねぇ」 土でも石でも何でも食べてその腹を満たすことができる、それは確かに飢えから逃れるには最良の能力といえた。 「でもダイアルを見ても条件はわからないですねぇ」 「まあ五つも手に入ったしいいんだけどね」 ルイズはじっとその実を見つめた。 じっと見つめる。 錬金の魔法を力技で実行するこの身の能力は、魔法を常に失敗するルイズには魅力的に映った。 だがしかしここに不文律がある。 『悪魔の実は二つは食べられない。食べれば体が破裂する』 実に手をかざしそのうちを覗き見る。 流れるのはかつて二つ以上を喰らったものの末路。 血しぶきを撒き散らしながら体の前面が裂け、胃が、腸が、肺が、心臓が、肝臓が、裂け目から外に飛び出している。 悪魔の実という名の寄生生物が同種に感じる免疫拒絶反応。 実から手を離し、ルイズはナイフを手に取った。 昼食の場、ルイズはそれを己の食事に放り込む。 ミョズニトニルンの能力を徹底活用して作り上げた希釈した悪魔の実のペースト。 己の未来を覚悟しつつも、ルイズはそれを混ぜ込んだスープをあおった。 いつもどおりうまい。 「ああああああがああああああ!」 直後、ルイズは大量の血を吐き出す。 ふくらみ血管の浮き出る腹部。 「ガボッ」 腹が裂け、臓腑が飛び出した。 結果から言えばルイズは助かった。一から十まで計画通りに。 食堂はまさに大惨事だった。 倒れる死に体の少女と腹から飛び出た臓物。 実のかけらを悪魔の木の樹液から作った溶液で希釈し効果を軽減し持続時間を延長。 あえて食堂で行うことで治療の水の魔法を得意とするメイジたちの前で爆散、治療への近道を用意する。 加えて魔法の拘束具を使って胴体を固定、飛び散りを軽減する。 初めからゼロだった少女にとって、すべてを失うことへの恐怖はなかった。 誤算は唯一つ、信じがたい痛みにショック死しかけたこと。 予想をはるかに上回る痛みは彼女にトラウマを刻み込む。“痛いのは怖い” この日からしばらくの間、恐怖で眠れなくなりシエスタかキュルケに添い寝を頼むようになるのだが、それはまた別の話。 某CMのチワワっぽくてたまらないと二人がとろけた笑顔を浮かべていたが、怖いから視界から外そう。 「それで原因はわかるかね?」 「魔法の失敗だと思います」 オールド・オスマンに取り調べられるも知らぬぞんぜぬを貫き通す。自分の爆発魔法が暴走したのだろう、と。 魔法により修復された腹部を撫でながら、ルイズは結果に満足していた。 実同士が起こす拒絶反応、免疫機能が起こすショックが水の魔法により整合させられている。 魔法という現象が起こす“こじ付けのつじつま合わせ” それが彼女を救うだろうという、ミョズニトニルンの知識から組み立てた“絶対当たる未来予想図” ベッドの中で付き添いのキュルケの胸に顔をうずめながら、ルイズは一人笑みを浮かべた。 ああ、やはりコレはいいものだ。なんて弾力があってやわらかいのか。 研究観察用の小屋の中、ルイズはシエスタにもたれながら古びたさび釘をかじっている。 鉄でできたそれがまるでクッキーのようにコリコリ音を立てる。 うまい、体に毒でしかないはずの酸化鉄まみれのさび釘が無性にうまい。 コレがバクバクの実の恩恵か、と驚きながらルイズはギーシュから決闘後に巻き上げた青銅製のバラの造花をかじりだした。 「本当に何でもだべれるんですねぇ」 「しかもおいしいのよこれが。とんでもないわ」 バラの造花をムシャムシャ平らげた後、傍らに積み上げられた鉄くずと残骸の山に目をやる。 その中から衛士のものだろうか、ポッキリへし折れた剣をかじりだす。 鞘ごとごりごり食べながら、ルイズは紅茶に手を伸ばした。 デルフリンガーは御満悦だった。 さびだらけの己をいきなり飲み込みだしたルイズに慌てふためきはしたが、なにやら暗いところでごちゃごちゃした後出て着てみれば自分は新品のようにピカピカになっていた。 研いでも落ちなかったさびや汚れは完全にきれいに落とされ、布を巻かれた古い柄はヴァリエール家の紋章が入った金銀の装飾つきのものに作り変えられている。 鞘にいたっては花をイメージしたらしい華美さにあふれるデザイン、中央のヴァリエール家の紋章がアクセントだ。 デルフリンガーは武器として使われなかった己のこれまでをきれいさっぱり忘れることにした。 主の新しい能力の何とすばらしいことか! デルフの目の前でルイズは剣を一本かじり終わった。 しばらくもごもごと口を動かした後、流し込むように紅茶を空ける。 近くの薬ビンのふたを開けてそこに何かを吐き出した。それはどろどろに溶けた赤錆。 赤錆をすべて吐き出した後、右手を口の中に突っ込んだ。 シエスタとデルフが驚く中、ルイズは口から一本の剣を鞘ごと抜き出していく。 明らかに鋼を後付された、青銅のバラをあしらった青い鞘のレイピア。 ギーシュのバラを使ったためか、デルフには魔法の力を感じ取れた。 「これギーシュは何と交換って言うかしらね?」 「杖にもなるんですよね? だとしたらかなりじゃないですか」 「……おでれーた。娘っこは世を席巻する彫金師になれるぜ」 錬金の授業の前、いつの間にか召喚した木の実から出てきた変なブタ、ということになっていたカツ丼をフレイムの上に乗せ、ルイズは着席する。場所はギーシュの隣。 「ギーシュ、いいものがあるんだけど」 「ルイズ、藪から棒になんだい?」 「いいからみなさいって」 布に包まれていたそれは、少なくともギーシュの人生において一二を争う美しさのレイピアであった。 その青銅のバラをあしらったレイピアに回りは一斉に息を呑む。 ギーシュは恐る恐るといった様子でそれを手に取った。 ―精神力が通る!― それはつまりコレの材料が数日前に巻き上げられた自分の杖であるということ。 そして何より杖の代わりになるということ。 「ルルルルルルルイズ! こここここれは一体!?」 「森の前に私の観察小屋があるでしょ? そこであんたのバラを使って作ってみたの。どう?」 「すすすすすばらしいよ! こんなに美しい剣を僕は見たことがない!」 「それは良かった。で、ギーシュ」 ずいっと前に出てレイピアを取り返す。 「これの代わりに何をくれる?」 「僕のヴェルダンデに宝石や鉱石を探させよう! 好きなだけもっていってくれるといい!」 「成立ね。じゃあ上げる」 ギーシュはレイピアをもらって、ルイズはさまざまな原石を大量にもらって御満悦だった。 その光景に目が行き過ぎたのか、ルイズが錬金の魔法はできないのだということは忘れ去られていた。 カツ丼はシエスタに餌をもらっていた。 学園内でイノシシになったりブタに戻ったりしていたせいか、いつの間にかカツ丼は『ルイズの召喚した実から生まれた』だの『ルイズの召喚した実を食った』だの言われるようになり、気がつけばルイズの使い魔扱いになっていた。 まあ一部当たっていないでもない。 木の実よりは体面も良かろうということで木の実の変わりに使い魔登録されたカツ丼は、ブタブタと餌をほおばっていた。 キュルケは自分の感情をもてあましていた。 妙に可愛らしい様子を見せたかと思えばいきなり黒くなるルイズ、その寝姿は顔の形が崩れるほど愛らしい。 そんな感想を同性に抱く自分に驚きつつ、キュルケはルイズを探す。 この感情をどうすればいいのか、考えながらたどり着き、ひとまず思考を変更する。 目の前でルイズが材木をかじるのを止めるべきかどうか。 変則的な錬金魔法、そんな明らかに間違った説明をしながら、ルイズはギーシュから受け取った宝石の原石をかじる。 少しの間もぐもぐ咀嚼したあと脇に吐き出すのは不純物のみ、直後卵形の純鉱石を吐き出す。 「ルイズ、これももしかしてサファイア?」 「サファイアの単結晶。土のメイジには金やプラチナにも勝る価値があるでしょうね」 「……反則じゃない?」 授業の合間にもルイズは何かをかじっている。 今かじっているのは貝殻。 壊れたダイアルを食べ、修復して吐き出す。 それを延々と繰り返していた。 「うあ、これ排撃(リジェクト)ダイアルのかけら? かけらだけ? ちえ~」 周りの生徒たちには偏食にしか見えなかったという。 悪魔の木の裏手、暗い森の中、手書きの的を設置したそれにルイズは相対している。 手の中には単発式拳銃。バクバクの実の能力で作り上げたオーバーテクノロジーの塊。 横のテーブルにシエスタが荷物を置いていく。内容は鉛、真鍮のインゴット、硫黄などの火薬の原料。 それらをすべて口の中に放り込み、しばし後に吐き出す。 吐き出されたそれは最も初期の金属薬莢弾。 各種鋳型や機材を用いなければならないそれらの製造過程を無理やりスキップして結果だけを導き出す、悪魔の実の能力。 「黒色火薬は弱いからいやなんだけどね~」 「無煙火薬、でしたっけ? そっちは駄目なんですか?」 「材料がわからないのよ」 「材料ですか?」 「あの獣の大筒のおまけで弾丸の情報も拾えたけど、“りゅうさん”とか“しょうさん”とか名前しかわからないの」 作り出した弾丸を銃に込め的に向かって構える。シエスタが後ろについて固定。 パァン、と軽いほおを張るような音、的の少し上側が粉々に吹き飛ぶ。 「思ったより反動がないわね」 「火薬が弱いって本当なんですね」 ふうむと銃を見薬莢を口に放り込む。ゴリゴリと咀嚼し再度銃弾を生成、装てんする。 もう一度構えて発射、今度は的の下方が破裂した。 「微妙な出来ね。やっぱりあれをやってみるか。実は十二番のやつね」 「用意しときます」 かさかさと小屋へ向かうシエスタを見やり、ルイズは銃をくわえて噛み砕いていく。 小屋の中でシエスタが実と鋼を用意していた。 机にはルイズの手記、『無機物への悪魔の実の適応方法』 「ところでルイズ、使い魔の品評会はどうするの?」 「カツ丼を出すわ」 「……あれはペットでしょ?」 「黙ってればわからないもの」 back / next
https://w.atwiki.jp/gndm0069/pages/71.html
「さぁ、何してるの?ぼんやりして。」 「あの…」 「男と女がベッドルールで二人きりならすることは決まっているでしょ。」 「でも…」 「脱ぎなさい。それとも脱がして欲しいの?」 有無を言わせない口調でルイスの母は言う 「じ、自分で脱げます」 沙慈は状況に流されるまま、ブレザー、スラックス、シャツと脱いでいき、ブリーフだけの姿になった。 ルイスの母もニットの上着、ブラウス、スラックスを脱ぎ下着だけの姿になっていった。 赤色のブラジャー、赤色のショーツ、ガーターベルトで吊った黒のストッキングという姿に沙慈は思わず生唾を飲み込んだ。 年頃になって下着姿の女性を間近で見たのは、着替え中を偶然見てしまった姉だけであった。 「さあ、いらっしゃい」 ベッドに腰掛け手招きする。 ―僕のベッドなんだけど そう思いながらも、招かれるままそばに寄っていき、彼女の前に立つ。 「ブラジャーを外してちょうだい。」 「は、はい」 沙慈はルイスの母の背後手を回し、ブラジャーのホックを外そうとする。 何度か試したが手が震えているせいもあってなかなか外せずいたずらに焦ってしまう。 「ブラジャーの外し方もわからないの? お姉さんがいらっしゃるんだからブラジャーぐらい見たことあるでしょ?」 「そうですけど…それとこれとは…」 沙慈もこの年頃の少年らしく、姉のブラジャーやショーツをクローゼットから出して観察したことがある。 しかし、自分で身につけてて見ることは思いとどまったので、ブラジャーの外し方までは知るらなかった。 「ほら、こうよ」 ルイスの母は自分の背中に手を回し、ブラジャーのホックを外してしまった。 「もう一回、つけて外してみなさい。」 沙慈は言われるままに、見よう見まねでブラジャーのホックを留めて、外した。 「こんなことでまごつくようじゃ、いざというとき大変ね。」 「がんばります」 「ほら、沙慈君」 ブラジャーの肩ひもはほどけ、カップが落ちるのを腕組みをして防いでいた。 腕からはみ出る乳房があまりにも扇情的で、沙慈は思わず我を忘れてしまった。 いきなりルイスの母を押し倒し、二つの乳房にむさぼりついていった。 「お母さん、お母さん!!」 「ダ、ダメよ沙慈君、落ち着きなさい!情熱的なのは結構ですが乱暴なのはいけませんよ。」 そういわれて沙慈は我に返った。 「ご、ごめんなさい…」 「いいのよ、でも焦らないで。ほら、見てみて。」 ルイスの母が手をどけると、二つの乳房があらわになった。 透き通るように白い肌。手に収まりきらない大きさの乳房。ピンとつきだした淡い褐色の乳首。 年頃になってこんな間近に乳房を見るのは初めてだった。 「いいのよ、沙慈君」 ルイスの母は自らの乳房をつかみ、乳首を沙慈の口の方に向ける。 沙慈は何も考えず本能のまま乳首に吸い付いていった。 「もっと強くしてもいいのよ。やさしく噛んでみて。」 沙慈は言われるままに乳首を甘噛みする。 「あっ!」 ひときわなまめかしい声をルイスの母は上げた。 「左手がお留守よ。」 そういわれて沙慈はもう片方の乳房を左手でまさぐり始めた。 乳房は柔らかくそれでいて弾力がありいくらもんでも飽きない感触だった。 ルイスの母の体からは高級そうな香水のにおいの他に、何か懐かしい甘い香りがした。 「左の乳首も舐めてちょうだい」 沙慈は左の乳首に口を移し、右手で右の乳房をもんだ。 「あぁっ、いいわ!いいわよ!上手よ!」 沙慈の背中に回したルイスの母の手に力が入る。 「次のレッスンよ、沙慈君」 ルイスの母は上半身を起こすと、ゆっくりとじらすようにショーツを脱いでいく。 そして、ガーターベルトにストッキングだけの姿になった。 金色の草むらに覆われた秘部に沙慈の目は吸い寄せられていった。 「見てちょうだい。」 草むらはじっとりと湿っていた。 その間に開く淫らな唇もじっとりと湿っていた。 その奥にぬめぬめと光る肉襞が見えた。 沙慈は植物園で見た食虫植物を思い出した。 「さわってちょうだい。」 食虫植物に吸い寄せられる虫のように、沙慈はルイスの母の肉体に吸い寄せられていった。 初めて間近で見る大人の女性の性器は複雑な形をしていた。 沙慈はぬめぬめとした肉の襞を指でなぞった。 「あっ!」 ルイスの母が声を上げる。 「そうよ、ゆっくりね。」 沙慈は指を襞に沿って先ほどよりも大胆に動かしていく。 「あぁっ、いいわよ!いいわよ!」 ルイスの母は沙慈の指の動きに合わせ身をくねらす。 「沙慈君、まんなかの上の方にかたい部分があるのがわかる?」 「ここですか?」 「あぁっ、そうよ、そこよ。そこがクリトリスよ。」 クリトリスを中心に愛撫をすると、さらにルイスの母の声は高くなる。 「そうよ、上手よ。もう我慢できない、沙慈君、いらっしゃい。」 沙慈にもルイスの母が求めていることがすぐにわかった。 男と女として結ばれること、それが二人の一致した望みだった。 ルイスの母は体を少し起こすと、沙慈の肉棒をやさしく握った。 「初めてなんでしょ。ちゃんと入り口まで案内してあげるわ。 両手を私の肩のところにおいて。 そう、その通り。 次はゆっくり腰を下ろしていって。」 沙慈はルイスの母に覆い被さるような体勢になる。 ルイスの母の手にひかれ、沙慈の亀頭が彼女のぬめった部分に触れる。 「ここよ。ここに入れるの。このままゆっくり腰を進めて。」 沙慈はゆっくりとルイスの母の手に導かれて彼女の中に入っていった。 亀頭が入り口で柔らかい抵抗を受けたが、亀頭が潜り込むと、あとはするりと奥まで入って行った。 「ああっ!お母さん!」 熱くぬめったルイスの母の内部はとろけてしまいそうな甘美な快楽をもたらした。 もう、それだけで射精してしまいそうだった。 「焦らないで。焦らないでいいのよ。」 ルイスの母は沙慈の背中をなでて落ち着かせる。 危うくこのまま暴発してしまうところだった。 「ゆっくり腰を動かしてみて」 言われるまま、本能のまま沙慈は腰を動かしていった。 腰を動かすたびに、二人のつながった部分から湿った淫らな音が鳴る。 「いいわよ、その調子。」 沙慈はぎこちないながらもピストン運動を始めていった。 ルイスの母はストッキングに包まれた足を彼の背中にからめ、 沙慈のピストン運動にあわせ自分からも腰を動かし始めた。 「とっても気持ちいいです…」 「そう、うれしいわ。」 沙慈のピストン運動の速度が上がる。ルイスの母も腰を動かす。 「も、もうでちゃいそうです。」 「いいのよ出しで。私の中にたくさんちょうだい!」 「あっ、出るっ、ああっ…!」 沙慈の肉棒は激しく脈動を始め、ガールフレンドの母の子宮めがけ激しい勢いで精子を吐き出していった。 「ああっ、来てる、来てるわ…ああっ…」 ルイスの母は娘のボーイフレンドの吐き出した精子を胎内奥深くで受け止めていた。 何度も何度も脈動するたびに大量の精液を吐き出していった。 すべてを出し切ると、沙慈はルイスの母の体から離れて仰向けに横たわった。 二人とも息を切らし、快感の余韻にひたっていた。 「良かった?」 「とっても良かったです。」 ルイスの母が体を起こし、沙慈の唇に音を立ててキスをする。 そのとき、ドアの方でどさっと、何かが落ちる音がした。 あわてて振り返った沙慈が見たものは、呆然と立ちつくす ガールフレンド、ルイス・ハレヴィの姿だった。 持っていた鞄を落とし、両手を口に当て、目は驚きに見開かれていた。 「ル、ルイス?!ど、どうして!」 沙慈は叫んだ。 ~~~ つづく ~~~
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1715.html
とうとう品評会の当日。控え室で順番待ちをしているルイズは緊張に体を震わせていた。 挙動不審に辺りを見回し、立ったり座ったりを繰り返すルイズの姿を笑うものはここにはいない。既に他の生徒はほぼ全員終了し、今演技をしているのは最後から一つ前の、つまり順番的にルイズの直前の生徒だ。 朝早く起きて練習をしたが、結局最後まで上手くいく事は無かった。その事実が重くルイズの心に圧し掛かっているのだ。 『続きまして、ミス・ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール』 アナウンスが聞こえてくる。ルイズは両手で頬を叩くと、覚悟を決めた 「行くわよ」 頷く使い魔達を後に引き連れ、ルイズは品評会のステージを登った。 ――うわ……滅茶苦茶見られてる。 ステージの上から見る風景は、とても心臓に悪いものだった。多くの生徒が興味深げにルイズ達を――正確にはプリズムリバー三姉妹を見ている。そういやこいつら生徒の人気は高かったっけ、などと考えながら、ルイズは貴賓席をちらりと覗き見た。 学院長オールド・オスマンの隣、豪奢な椅子に腰掛ける麗人は間違いなく昨晩あったばかりの王女アンリエッタだ。気のせいか、期待をその目に秘めているように見える。 ルイズは深呼吸すると、大きく口を開いた。まずは使い魔の紹介からだ。 「紹介致します。私の使い魔、ルナサ・プリズムリバー、メルラン・プリズムリバー、リリカ・プリズムリバーです。種類は――騒霊です!」 聞きなれない種類に、ルナサ達の事をよく知らない者や、アンリエッタは眉を顰めた。 そして姉妹達のファンが口々に応援の言葉を投げかける。 『リリカちゃんこっち向いてー』 『ルナサ様ー!」』 『ああ……いいよお。メルランのトランペットいいよお!』 ファンの中には、ルイズに対して引っ込めだの邪魔だのという心無い輩がいたが、ルナサが冷たく睥睨するとそれも治まった。 中には純粋に彼女達の演技を楽しみにしているものもいる。ギーシュとキュルケだ。 ギーシュは最近の浅からぬ関わりから。キュルケはルイズとの約束から。 ルイズはそんな彼らを見ると、深呼吸してから杖を掲げた。 さあ、本番だ。 学院宝物庫前。ローブを目深に被った不審な人物が扉に手を当てて舌打ちした。 先程流れてきた声によれば、品評会はもうすぐ終わりらしい。こちらも『仕事』を終えなければならない。 焦ったローブの人物は外に踊りだすと地面に手をついた。 すると魔法の光が広がって、大地が盛り上がり、高さ三十メイルは届こうかという巨大な土ゴーレムが作り出された。このゴーレムの主こそ、今世間を騒がす怪盗土くれのフーケその人だった。 ゴーレムはその豪腕を大きく振りかぶり、宝物庫の壁に巨拳を叩き込んだ。堅牢な石造りの塔とはいえ、この質量攻撃には耐えられない。通常ならば。 「チッ、物理攻撃でも駄目か」 如何なる現象か、ゴーレムの拳が壁に突き立った瞬間に、衝撃は吸収されてしまった。宝物庫の壁には、存在を保つための強力な『固定化』がかかっていたのだった。 苛立つフーケは、これからどうするべきか思案した。そこに、誰かの声が聞こえてくる。 ルイズは不機嫌そうに頬を膨らませ、大股で会場を離れていた。 先程の演奏が、結局大失敗に終わったからだ。 外れる音程、狂ったリズム、聞くものが思わず耳を塞ぐ騒音。プリズムリバー楽団の演奏を期待していた者達からは、ブーイングの声が溢れた。 何故かアンリエッタのみは大喜びで手を打っていたが。ああ、あなたは天使です姫殿下。 ギーシュはやれやれといった様子で首を振り、キュルケに至っては半目でルイズを見やると……。 『……ふっ』 ――鼻で笑いやがったあの女! 忌々しい、ああ忌々しい、忌々しい。 ルイズは怒り心頭だった。 一方の使い魔三姉妹はとりあえず騒がしかったので概ね満足していた。ルナサとリリカはいつも通り。メルランは膨らんだルイズの頬を「ちょんちょん」と突付いては彼女に嫌がられている。 「まぁ、あの練習量じゃこんなものでしょ」 「……むぅ」 「次、頑張ればいいのよ。ルイズ」 「次っていつよ? メルラン姉さん」 いつもの他愛ない掛け合いで、騒がしくルイズを慰める姉妹達に、ルイズが顔を赤らめて口を開こうとした時、彼女達に大きな黒い影がかかった。 何事かと上を見上げた四人は、『それ』を確認した瞬間に固まった。 「……これは何?」 「酔っ払った鬼よりおっきいわねえ」 「いや、鬼の方がでかくなかった?」 「こ、これは!」 比較的冷静な三姉妹と違って、ルイズは泡を食って驚いていた。 最近噂の怪盗は、凄まじい錬金の腕を持ち、宝物をあっという間に盗み出す。その手口は荒っぽく、錬金が効かない場所にはゴーレムによる直接攻撃をかけるそうだ。 丁度、目の前の『巨大な土ゴーレム』のように。 「運が悪かったねえ」 ゴーレムの肩口に乗っていた黒いローブの人物――恐らく件の怪盗土くれのフーケは、ゴーレムを操って目撃者、つまりルイズ達の始末にかかった。 あわやといった所で、三姉妹はルイズの体をお互いに引っ掴み、空中へ逃げ出した。 「物騒な奴ね」 「あぶなーい」 「やっぱ鬼の方がでかいでしょ」 「何でそんなに暢気なのあんた達……」 あくまでマイペースな姉妹に呆れながらも、ルイズはゴーレムから注意を逸らさなかった。標的に逃げられたゴーレムは、空に浮かぶルイズ達に気付くと再びその拳で殴りかかった。 それもすぐに避ける。殴る。避ける。殴る。避ける。 何度も繰り返す内にフーケは業を煮やしたのか、苛立ちを含めた怒鳴り声を上げた。 「避けるな!」 「馬鹿言わないでよ!」 コントのような問答をしたルイズは、埒が明かぬとばかりに杖を振るった。姉妹は自分を抱えて回避するのに精一杯だ。自分が何とかしなければ……。 ルイズは思った。こういうピンチこそ、新たなる力を得るには相応しいのではないだろうか。ニヤリと笑って練習中の魔法『弾幕』を行使する。 果たしてルイズの放った弾幕は――ゴーレムと宝物庫の壁を爆破した。 どうみても失敗だった。 「まぁ、英雄譚みたいにはいかないわよね。普通は……」 当たり前の事に若干落ち込むルイズを他所に、フーケは爆発が起こった箇所を驚愕の面持ちで見つめていた。 あれほど強固だった宝物庫の壁に、先程の爆発で罅割れが出来ていたのだ。 すかさずゴーレムに指示を送ると、あっさりと宝物庫の壁は破壊された。あまりのあっけなさに思わず笑いがこみ上げたフーケだった。 フーケはそのまま宝物庫へ乗り込み、一メイル程の箱を探し出し、持ち去った。 「感謝するよ!」 フーケはそう言い残し、ゴーレムに乗って去っていった。 唖然とその様子を見ているしかなかったルイズは、自分を抱える使い魔達に尋ねた。 「……もしかして、私のせいかしら」 うんうんと肯く三人に、ルイズは頭を抱えた。 現場には、続々と人が集まってきていた。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 翌日、教室で自習中だったルイズは学院長室に出頭を命じられた。 宝物庫破壊の責任を取らされるのかと戦々恐々していたルイズにされた命令は、学院長の秘書であるロングビルが持ってきた、『犯人の写し絵』を検分せよとの事だった。 「どうじゃね?」 「……間違いありません。フーケです」 その答えに、室内はざわめきで溢れかえった。 侃々たる議論を交わす教師達を他所に、ルイズに着いてきた使い魔達がこそこそと話し始めた。 「どうなるのかしらね」 「王女様が責任取らされるって聞いたわ」 「私達は関係無いよね?」 彼女達の話に、ルイズの中に罪悪感がふつふつと湧き出てきた。フーケが宝物――破壊の杖を奪えたのは、ルイズが宝物庫の壁を爆破した事に起因する可能性は高い。 フーケ自身が礼を言ってきたのだ。奴だけではどうにもならなかったのを、思わぬ所で手助けしてしまったのかもしれない。そして、そのせいで幼馴染の姫は責任を取らされようとしている。 そう考えたルイズが、捜索隊に志願したとしても何の不思議も無かった。 「君がいくのかね。ミス・ヴァリエール」 「他に誰も行こうという方はおられませんわ」 「ふむ……」 オスマン氏は、フーケをこの小さな学生一人に任せてよいものかと思案していた。 常識ならばそのような提案は切って捨てるところだが、彼女には『例』の使い魔がいる。ドットとは言え軽々とメイジを倒した者と、それに匹敵するだろう者が合わせて三名。これだけいれば、或いは戦力的には十分とかもしれない。 そしてこれは使い魔達の実力を測るいい機会でもある。しかし、だからと言って公爵家の娘を不確定要素の強い戦いに放り込んで良いものか。 迷った末に、オスマン氏は決定を下した。 「……うむ、分かった。君に任せよう、ミス・ヴァリエール」 「は、はい!」 「当然使い魔君達も連れてな。それとミス・ロングビル。君も着いて行ってくれるかね?」 「勿論ですわ」 話はまとまった。オスマン氏はこの場の解散と、追跡の結果を待つ事をその場の全員に告げた。 ルイズはフーケを追うために、同日昼前、ロングビルが手綱を握る馬車に乗って旅立った。ルナサ、メルラン、リリカも当然着いて来ている。 三姉妹は馬車の後ろでいつもの通り、喧しく騒いでいる。 「あんたらちょっと静かにしなさいよ! ミス・ロングビルに迷惑でしょう!」 「私の事はお気になさらず。それに道程は長いですから、音楽があった方が退屈しなくてすみますわ」 『それじゃあ遠慮無く』 珍しく台詞を揃えた三人は、その手に持った楽器を一斉にかき鳴らした。 慣れていたルイズは耐性が付いたのか耳鳴りが残るだけで済んだ。しかし、ロングビルは未知の音に対して免疫が無く、泡を吹いて気絶してしまった。 目的地を知っているのはロングビルだけなので、彼女が起きるまで暫くその場に留まる事を余儀無くされた一行であった。 「ここです」 森の中に円を描くように開けた場所。多少機嫌の悪そうな声音で、ロングビルはそこにある廃屋を指し示した。彼女は目覚めた時に笑って使い魔の所業を許したが、その額に青筋が浮かんでいたのをルイズは見逃していなかった。 ロングビルの示す先には、今にも崩れ落ちそうな炭焼き小屋があるだけだった。だが、彼女が集めた情報では、そこがフーケの隠れ家で間違いが無さそうだという。 早速ルナサを偵察に出すと、ルイズは緊張しながら彼女の様子を見守った。 「誰もいないわ」 その後、ロングビルが周囲の偵察に回る事にし、ルイズ達は廃屋の中に入った。 暫く中を探していると、リリカが長さ1メイルほどの金属製の円筒を発見した。これが破壊の杖だろうか。 「変な形ー。これが例のブツ?」 「学院長に聞いた特徴と一致しているから、多分それが破壊の杖だと思うけど……」 リリカの疑問に、ルイズは自信無さ気に答えた。予め聞いていたとは言え、杖というには明らかにおかしな形状だったからだ。 ぶんぶんと破壊の杖を振り回すリリカに、危険だと注意するルナサと、面白がって自分も触ろうとしたメルランの手が伸びた。三人の手が同時に破壊の杖に触れた時、それぞれのルーンが一瞬輝いた。 「ん?」 「あら」 「お?」 それぞれに微妙な表情で立ち尽くす三人を見たルイズが、破壊の杖に何かあるのかと覗き込もうとした瞬間、廃屋の天井が突如崩れ落ちた。 咄嗟にルイズは抱きかかえられ、その場を離脱すると崩れた廃屋のすぐ傍に巨大な土ゴ ーレムが屹立していた。 「フーケのゴーレム!?」 「こいつを取り戻そうとしているのかしらね」 ルナサは手元の破壊の杖を見て呟いた。だとすれば、する事は決まっている。さっさと逃げるのだ。目的はこの杖の奪還で、フーケを倒す事まではしなくても構わないだろう。要するに、盗まれたという事実さえ無くなってしまえばいいのだから。 しかし、そのまま逃げるには一つ問題があった。 「メルラン。あなたの足が一番速い。ルイズを抱えて、先に遠くへ逃げなさい」 「私は?」 「リリカは私とアレの足止め。じゃあ頼んだわ、メルラン」 「お任せあれー」 「ちょ、ちょっとあんた達!?」 三人でルイズを抱えていれば、攻撃を避ける事は出来ても逃げ切る事は出来ない。 一人でルイズを運ぶと飛ぶ速度は落ちるが、他の二人がここを食い止めれば逃げ切る事は可能だろう。 冷静に判断したルナサは、ルイズの文句を聞く事もなく妹達に指示を下した。後で主人に怒られるかもしれないが、この場は仕方が無いだろう。 メルランに破壊の杖とルイズを任せ、ルイズの抗議の声が遠ざかるのを確認してから、ルナサはゴーレムへと向き直った。 リリカの方は既に戦闘態勢に入っている。「弾幕ごっこなんて、久しぶりだねえ」 「こっちではスペルカードルールなんて通じない。相手は手加減なんてしてくれないだろうし、足元掬われても知らないわよ?」 「分かってるって」 ルナサはあくまで無表情のまま。リリカは目を細めて笑みを浮かべる。二人は楽器を宙に浮かべると、周囲に無数の光弾を浮かび上がらせた。 「ルイズが逃げ切る時間を稼げればいいわ」 「了ー解」 主の手から離れたヴァイオリンとキーボードが、普段よりも喧しい音をたてる。 戦闘開始だ。 卍卍卍卍卍卍卍卍卍卍卍卍卍卍卍卍卍卍卍卍卍卍卍卍卍卍卍卍卍卍卍卍卍卍卍卍卍卍卍卍 メルランに抱えられたルイズの耳に、後方から爆音が聞こえてきた。ルナサとリリカがゴーレム相手に頑張っているのだろう。ルイズは自分の無力さにいつもの癇癪を起こしそうだったが、悔しそうに歯を食いしばって耐えていた。 ルナサの判断は正しい。主を助け、最善の手を尽くそうとした彼女は使い魔として表彰ものだ。しかし、ルイズのプライドはそれをよしとしなかった。 「私だけ逃げるなんて……!」 使い魔を見捨てるメイジになど、ルイズはなりたくは無かった。かといって、自分に何が出来るわけでもない。その事が余計に彼女にとっては腹立たしかった。 自分の胸の中で懊悩するルイズに、メルランは優しく話しかけた。 「大丈夫よ。あれはただの大きな土人形で、山を吹き飛ばすような魔砲を使ったり、時間を止めたり、インチキ臭い無敵設定を持ってたりなんて事は無いでしょう?」 「それはそうだろうけど……っていうかあんた達、今までどんな化物と戦ってきたのよ」 「さてさてー。……どっちにしろ、姉さん達は簡単に負けたりしない。見捨てたなんて考えなくて良いわ」 「……うん」 例えメルランの言う通りとしても、使い魔におんぶに抱っこ状態な現状は気分が悪い――実際に今メルランに抱っこされているのも、実は少し恥ずかしく思うルイズだった。 いくら悩もうと、ルイズに出来るのは、一刻も早くこの破壊の杖を持って安全圏まで避難し、メルランがルナサ達の援護に回れる様にする事だけだ。 そう考えたルイズは、メルランにもう少し速度を出すように命じようとした。その瞬間、彼女の片目にノイズが走った。視界が歪み、もう片方とは別の景色が見える。これはもしや、使い魔との感覚共有だろうか。 ルイズは興味深げにその視界から見える景色を観察し、そして、驚愕した。 「……何、これ」 「んー?」 ルイズに見えたのは、すぐ隣にボロボロになって倒れているリリカ。目の前には巨大なゴーレムと、その肩に乗るロングビルがいる。視界の主は、ゴーレムを相手に必死に弾幕を張りながら、リリカを庇っていた。 ――つまり、この視界は、ルナサのもの? 「な、何でミス・ロングビルとルナサが戦ってるの? リリカも倒れてるし」 「どういう事?」 「私の目がルナサと繋がってるみたい。今まで感覚共有なんて出来た事無かったのに……」 「……姉さん達は今、どうしてるか分かる?」 狼狽するルイズから事情を聞いたメルランは、いつもの陽気な表情から血の気を引かせ、呆然とした。 押し黙るメルランにルイズが声をかけようとした時、メルランははっと我に返って地上に降り立った。そして抱きかかえていたルイズを降ろし、再び飛び上がる。 「ルイズはここから離れて。私は様子を見てくるわ」 「待って、私も行く!」 「……駄目よ。あなたは逃げるの」 人が変わったように冷たく言い放ったメルランに、ルイズは思わず閉口した。 返答が無いのを肯定と受けとったのか、メルランはそのまま凄まじい速さで飛び去った。 残されたルイズは暫くあっけに取られていたが、やがて肩を震わせて、叫んだ。 「ごごごごご主人様に向かってぇ、めめめ命令するなんて! あったまに来たぁっ!」 ただでさえ先程無理やりに逃がされた事を不満に思っていたのに、今度は明らかな使い魔の危機に対し置き去りにされた。主として、これを見逃す訳にはいかない。 ルイズのフラストレーションは頂点に達していた。彼女は破壊の杖を持ち直すと、メルランの後を怒り顔で追いかけた。 ――いざとなったら私が破壊の杖で! ……使い方分かんないけど。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ――油断したっ! ルナサは今、ゴーレムの猛攻を大量の弾幕を張る事で防いでいた。たった一人で。リリカは先程現れたロングビル――フーケの手により不意を打たれ、気絶している。 まさか身内に敵がいるとはルナサは考えもしていなかった。お陰で今はこの有様だ。 妹が傷つき倒れている為にルナサは地上から離れられない上、逃げられない。彼女自信も弾幕を張り続けた消耗によって、今すぐに力尽きてもおかしくない。まさに絶体絶命の危機だった。 「はっ! ざまあないね!」 「このっ!」 ゴーレムはその巨体に見合わず、思った以上に俊敏だった。その豪腕は何とか弾幕の波で逸らしているが、いつまで持つ事やら……。 術者が出張っている今、弾幕ではなく演奏に集中できれば、ギーシュの時のように相手の精神をかき乱す事で勝機を見出せそうだ。しかし、ギーシュより格段に上手のフーケに、悠長に演奏する隙は無い。 「せめてメルランがいれば……」 「お生憎様。あの二人は今頃学院まで悠々と飛んでるだろうね。全く忌々しい! 結局あんた達は杖を使えないし、挙句にさっさと杖を持って逃げるなんて」 「わざわざ勝ち目の無さそうな勝負に挑むのは、愚か者のする事だわ」 「今みたいにかい? ははは! あんたにはさっき気絶させてもらった礼もある。たっぷり私のゴーレムとダンスを楽しみな!」 「結構よ……!」 ゴーレムの攻撃はますます激しくなり、これ以上はもう耐えられそうに無い。 ルナサは倒れたリリカを見やって、この場をどう切り抜けようか一瞬考えた。そこに隙が出来てしまった。 唸るゴーレムの腕が、はっきりとルナサの体を捉えた。彼女は大きく吹き飛び、近くの木に叩きつけられた。 「――っ!!」 声にならない悲鳴を上げて蹲るルナサに、フーケは哄笑してゴーレムに命令を下した。『叩き潰せ』と。 もはやこれまでか。ルナサが諦めかけたその時、空中から大量の光弾が現れ、彼女を再び殴りつけようとしたゴーレムの拳から肩口にかけてを穿った。 ゴーレムの動きは一瞬止まり、ルナサはすかさず力を振り絞ってその場を離れた。 空を見上げればそこには―― 「メルラン!」 「姉さんはリリカと一緒に離れていて」 メルランは一切の表情を消して、そこに浮かんでいた。ルナサはそれを確かめると、痛む体を無理矢理に動かし、リリカの元に走った。そして力を失った妹を抱えてそこから駆け出した。 メルランはそれを確認すると、宙に浮かせたトランペットで攻撃的な騒音をかき鳴らしながら、目の前のゴーレムとフーケを睨みつけた。 「ちっ……何でここにいるんだい」 「……」 「ふん、まあいいさ。こうなったらお前にも落とし前つけてやる。そのやっかましい音を二度とたてられない様にしてあげるよ」 「……落とし前をつけるのは、あなたの方よっ!」 メルランは、彼女の姉とは比べ物にならない数の光弾を出現させた。三姉妹の中で最も強大な魔力を持つ彼女は今、怒り狂っていたのだ。 ξ♯・А・) ξ♯・А・) ξ♯・А・) ξ♯・А・) ξ♯・А・) ξ♯・А・) ξ♯・А・) ξ♯・А・) 轟音と閃光に渦巻くそこに立ち入るのはかなり気が引けたが、ルイズは勇気を振り絞って足を進めた。するとそこには、彼女が始めてみるような凄まじい弾幕の嵐に身を躍らせるメルランと、それを受けつつも巨体を振り回すゴーレムの姿があった。 ゴーレムの肩にはロングビルがいる。状況から考えて、彼女が土くれのフーケだったという事だろう。ルイズはそう結論付けると、辺りを見回して他の使い魔二人を探し始めた。 「……こっち」 「ルナサ!」 すぐ傍から声がかけられると、ルイズそこにルナサを発見した。先程分かれた時と比べ、彼女は見るも無残な様相だった。トレードマークの帽子は破れ、服は土まみれ。全身を覆う傷は酷く痛々しい。 それでも彼女は気丈に振る舞い、今も膝に抱いたリリカを介抱しているところだった。 「逃げなかったの? ここは危険よ」 「馬鹿言わないで。使い魔を見捨てるメイジは、メイジじゃないわ! それにメルランの奴ぅ! ご主人様を置いてけぼりにして!」 「はぁ、本当に頑固なのね。……レイラみたいだ」 「……誰?」 ルイズの疑問に答えず、ルナサはそのままリリカの様子を診続けた。その時丁度、リリカが呻き声を上げながら、苦しそうに目を薄っすらと開いた。 「大丈夫?」 「滅茶苦茶痛い……」 ルイズはそりゃそうだろう、とルナサと対して変わらない格好のリリカを見て思った。 リリカはそれでも立ち上がり、未だ戦闘の終わらない広場を見てあんぐりと口を開いた。 「げえ……メルラン姉さん、キレてるじゃん」 「半分はリリカのせいね」 「もう半分は?」 「あいつ」 本当は自分も含まれるのだろうが、あえてルナサはメルランと戦うフーケを指差した。 フーケは必死な表情で弾幕を捌き、ゴーレムに指示を送っている。 メルランの放つ弾幕は苛烈極まりなく、段々とフーケを追い詰めているように見えた。だが、それを見つめる二人の姉妹の目はいつになく厳しい。 その様子にルイズは不思議そうに尋ねた。 「ねえ、メルランが優勢なんじゃないの?」 「逆ね」 「ゴーレムの体をよく見てみなよ。あと、メルラン姉さんの顔も」 弾幕を受けて度々体を削られながらも、ゴーレムは片っ端から地面の土を吸収し、再生を果たしている。あれではいつまで経っても倒しきる事は出来ない。 そしてメルランを見ると、彼女の怒りに燃える表情に少し翳りが見えた。強力な弾幕はそこにあるだけで、彼女の体力を容赦無く奪っていくのだ。 「それに、我を忘れているせいで弾を無駄打ちしてる」 「大きな的なのに、外してる弾が多いせいで余計消耗してる。あれだと負けるのは時間の問題だよ」 「……こ、こうなったら私が」 血迷った事を言うルイズを、ルナサとリリカは慌てて止めた。そしてルイズが抱えている物に二人は気付いた。破壊の杖である。 「……これなら何とかなるかも」 「これの使い方、分かるの!?」 「私にも何となーく分かるよ」 驚くルイズから破壊の杖を取り上げると、ルナサは破壊の杖の安全ピンを引き抜き、リアカバーを引き出し、インナーチューブをスライドさせた。 ルナサはチューブに立てられた照尺を立て、そしてゴーレムに狙いを定める。そして、舌打ちした。 「このままじゃ、打てない……!」 「や、やっぱり使えないの?」 「いや、メルラン姉さんを巻き込んじゃうから」 不安げな声を上げるルイズに、ルナサは心配はいらないとその頭を撫でた。 子ども扱いされて怒るルイズを他所に、ルナサは思案する。リリカの言った通り、このまま打てばゴーレムの周りを飛び回るメルランにまで被害が及んでしまう。 かといってここから大声で注意を促せば、フーケに警戒されて、破壊の杖を使うチャンスを逃してしまうかもしれない。 何か他に手は無いかと考え、一つ思いついた。 「リリカ、私はあの娘の援護に行く。ルイズに杖の使い方を教えたら、あなたも来なさい」 「……あー、そういう事。分かったよ」 「ちょっと、どういう事?」 話に置いてけぼりにされ怒りの声を上げるルイズに、ルナサは一言で答えた。 「ルイズがフーケを倒すのよ」 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ ――『冥管「ゴーストクリフォード」』 宣言などしていない。幻想郷ではないこの世界においては無意味だからだ。 生み出された大量の弾は、弾幕となってゴーレムを襲う。表面を削り、穿つ。しかしすぐに再生を始めるゴーレムに、メルランは決定的な打撃を与えられない。 心の中に焦りが出てきたことを自覚しながら、メルランはそれでも戦い続けた。 ここで自分が倒れては、傷ついた姉妹を守る事が出来ない。そしてフーケを放置すれば、いずれ主にも被害が及ぶ。遥か昔に死んだ創造主の面影を持つ主に。 だから、ここで諦める訳にはいかないのだ。 「落ち着きなさい」 「っ! 姉さん!?」 突如後ろからかかった声に、メルランは口から心臓が飛び出そうになる程驚いた。心臓は無いが。戦闘に集中するあまり、全くルナサの接近に気付けなかった。 メルランはゴーレムへの弾幕を絶やす事無く、隣に浮かぶルナサに話しかけた。 「大丈夫なの!?」 「私なら無事よ。リリカも今はルイズと一緒にいるわ」 「何でルイズが? 逃げてっていったのに~」 「……怒ってたわ、ルイズ」 「うえ~」 ルナサはメルランの表情から激情が薄れていくのを感じた。雰囲気がいつものふわふわとしたものに戻っている。全員の健在を確認して漸く落ち着いたのだろう。 メルランが正気に戻ったのは良いが、ルナサ自信は消耗と怪我によって今にも倒れそうだった。これでは演奏に集中も出来そうに無い。やはり、ルイズに託すしかあるまい。とルナサは弾幕を放ちながら考えていた。 そこへ、待ち望んだ妹の声がかかる。 「ルナサ姉さん、メルラン姉さん!」 「リリカ!」 「ルイズの方は大丈夫?」 「ばっちり! タイミングはルイズに任せたよ」 「そう。じゃあ久しぶりの『合葬』、いってみましょうか」 返答をするまでも無く、三人は一斉に間隔を取った。それぞれに楽器を構え、集中する。 その時、三姉妹の体に不可思議な高揚感が現れた。体の奥から力が後から後から湧きだしてくる。そして、己の左手甲に刻まれた文様が光り輝いている事に、三人は気付いた。 「何これ?」 「ぴかぴかしてるわー」 「……害は無さそうね。やるわよ」 ――『騒符「ライブポルターガイスト」』 弾幕と演奏が一層激しくなったのを、ルイズは戦闘から少し離れた茂みより観察していた。彼女の肩にはリリカから使い方を教授された破壊の杖――正しくは『ロケットランチャー』とか言う物が担がれている。 ルイズは呼吸を荒くして、戦況をランチャーの照尺から覗いていた。リリカはちゃんと当たると言っていたが、本当に大丈夫なのだろうか。ルイズは不安に思っていた。 そもそも、引き金を引くだけで発動するのは、魔法が関わっていない道具という事だ。魔法の優位性を良く分かっているルイズにとって、肩のランチャーは信用に値するものかどうか、迷ってしまうのだった。 ――ええい! 使い魔を信じられないようじゃ、立派なメイジになんてなれないわ! いつ撃つかのタイミングは任されている。ルイズは精神を集中させ、使い魔達の演奏の合間に現れるだろう、絶対の瞬間を待ち続ける。 まだか、まだなのか。機を計りあぐねてルイズが焦れ始めた時、彼女の脳裏にイメージが流れ込んだ。弾幕を撃つ、二人で同時に仕掛ける、一旦離れる。 ――これ、また『共有』? 使い魔達の考えている事が分かる。これならば、絶妙のタイミングで! 演奏が途切れる直前、ルイズは即座に引き金を引いた。やたらと軽い間抜けな音と共に、それは発射された。 白煙を出しながら、弾頭はゴーレムの体に吸い込まれる。同時に三姉妹は一気にその場から離れた。その瞬間、普段ルイズの使う失敗魔法より格段に強力な爆発がゴーレムを飲み込み、破砕した。 「……や、やったわ」 崩れ落ちたゴーレムを確認すると、ルイズはそのままへたり込んで、軽くなったランチャーを取り落とした。 そこに三姉妹が近づいてくる。 「今の、私達が離れる瞬間が良く分かったわね」 「演奏はまだまだだけど、弾幕のセッションはばっちりねー」 「いや、今の弾幕じゃないし」 口々に騒ぎ立てる使い魔に、ルイズは漸く戦いは終わったのだと安堵した。 大きく溜息をつくと、ボロボロになりながらも笑顔を浮かべている彼女達の元気そうな姿に、ルイズもまた笑顔となった。 「そういえば、ミス・ロングビル――フーケは?」 「あっちでのびてる。運の良い人ね」 ルナサが指し示した先に、ルイズはゴーレムの残骸の中で目を回すフーケを発見した。 生きていたのは確かに良かっただろうが、役人に引き渡せば縛り首は免れまい。本人にとっては運が良いのやら悪いのやら。 これからフーケが受ける報いを想像する。少し彼女を気の毒に思いながら、ルイズは再び溜息をついて、大の字に寝転がった。 ――やっと終わった……。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1628.html
本日何度目かの失敗、ゼロのルイズは春の召喚の儀式で周りから笑われながらも再度爆発を引き起こす。 他の生徒たちが飽きてあくびをし始めたころ、ルイズはとうとう召喚に成功した。 煙の中から現れたのは、人間ほどもある巨大な蜂だった。 「ルイズが成功したぞ!」 「ありえねえ!」 「ていうか何あの蜂! でかっ!」 感動に打ち震え名がら、ルイズはすばやく契約の口付けを行う。 三つの節になっているからだの真ん中、胸の部分にルーンが浮かび上がった。 蜂は怪我をしていた。 何かと戦っていたのか足が二本しかなく、羽根が痛んでいるのかその飛行もおぼつかない。 だがそれでもルイズはこの蜂をかわいがった。 自分の始めての成功。自分の始めての魔法。 その柔らかな体毛に顔を摺り寄せ、ルイズはうれしそうに笑った。 まあ流石にその凶悪な顔には引いていたようだが。 そんな状態ではあったが、そのルイズにより“ヴェノム”と名づけられた巨大蜂は非常に有能だった。 使い魔の役目は三つ。 1.視界と感覚の共有 2.秘薬の材料になる薬草や鉱物などの収集 3.主の護衛 一つ目の視界の共有については行うことはできたが、虫の複眼を脳が処理し切れなかったのか酔った。 二つ目の秘薬の材料は餌のキノコなどを集めては来るのだが、そもそも水の魔法で爆発を起こすルイズに魔法薬は作れない。 だがこの使い魔は三つ目の、主の護衛において真価を発揮した。 唐突だが魔法学園の周りには森がある。 当然結界や壁に囲まれており安全だが、当然そのその外には自然の脅威が依然残っている。 だからごくまれにそれを乗り越えてしまうものがいるのだ。 普段なら教師たちが対応するのだが、この日は運悪く会議中であり、その場所は結界の解除された門扉の近くであり、さらにはそこにいたのがメイジとはいえ一年の新入生ばかりであったのだ。 一匹のトロール鬼と数匹のオーク鬼が、人間で遊びにふらりと現れた。 外でヴェノムに餌を与えていたルイズが、それに真っ先に気づいたのだ。 慌てて杖を抜くも、己の魔法の特性に詠唱が止まる。 どこに着火してしまうかわからないのだ、敵にならともかく生徒に当たった場合、その生徒は間違いなく鬼に襲われる。 どうしようか迷っていたルイズより先に動いたのは、主の意思を汲んだヴェノムだった。 キュウン、と耳の奥を揺らすような音を上げて、ヴェノムが視界から掻き消える。 直後、先頭にいたオーク鬼が体の真ん中に風穴を開けて吹き飛んだ。 驚きに固まる生徒たちとオーク鬼たちの前に、ヴェノムは静かに浮かんでいた。 そこからは一方的といっていい展開だった。 その空気の壁を打ち抜く高速飛行で、オーク鬼たちはまるで豆腐か何かのように吹き飛ばされ崩れ落ちる。 その猛攻を唯一トロール鬼だけは片腕を犠牲に防御したが、腹部の針がかすった時点でもう終わりだった。 人間よりもはるかに巨大ではるかに頑丈ではるかに頑強ではるかに抵抗力が高いはずのトロール鬼が、腕の傷口から紫色のミミズばれに侵食されていく。 全身をかきむしってしばし苦しんだ後、トロール鬼はばたりと倒れた。 時間にしてほんの二、三秒、心臓は完璧に停止していた。 この日からルイズの生活はガラリと変わった。 使い魔を中心に回る生活、まるでギーシュのように親馬鹿ならぬ使い魔馬鹿になってしまったのだ。 傷の治療を丹念に行い、羽根を丁寧に拭いてやる日々。 肉食なので高い肉を与えてみたり。 少なくともルイズにとっては幸福な毎日だった。 フーケは盗みに入ることはできなかった。 予定ではゴーレムで宝物庫の外壁を叩き壊すつもりだったが、塔の下に来てそれをあきらめた。 その理由は塔の天辺からぶら下がった大きすぎる蜂の巣。 教師の側からトロール鬼たちを検分して、その毒のあまりの凶悪さを知ってしまったからだ。 「ま、命には代えられないしね」 大きな蜂の巣の中にはたくさんの幼虫と、それより少し少ないサナギがいた。 初めは少し気味悪がっていたルイズも、その人懐っこさに自分から抱きつくようになった。 何でも幼虫は程よくやわらかくて抱き心地がいいらしい。 何より彼女を喜ばせたのは、その虫たちすべてにルーンが刻まれていたことだった。 視界の端で、世話をしてくれたメイドに譲った小さめの一匹が、可愛らしく揺れていた。 アルビオンへのお使いは裏切りに終わった。 ウェールズを貫いたその杖で、ワルドはルイズに魔法を唱え始める。 悔しかった。裏切られた想いが全身を駆け巡り、ルイズは頭に血を上らせた。 そして使い魔は、任務のために連れてきた小さな一体は主に答えた。 高速で飛来したそれは、すべての遍在を穿ちぬき、本体の杖を持つ右腕を引きちぎる。 慌ててグリフォンで逃げるワルドを、ルイズは怒りに燃えた瞳でにらみつけていた。 戦争というのは唐突に始まる。 戦争というのは大体言いがかりで始まるものだ。 その戦争ももちろん、壮大な言いがかりから始まった。 トリステインに侵攻するレコン・キスタ擁する神聖アルビオン共和国。 実質魔法で支配しているのに何が共和国か、と思わないでもないが、ともかく戦争は始まった。 拠点を手に入れるためタルブの村を襲った彼らに気づいたのは、王国のものでも学園のものでもなくルイズだった。 里帰り中のシエスタに譲った一匹の成虫を通じて送られてくる映像。 焼き尽くされる草原、打ち壊される家々、ルイズの頭の中で何かが音を立てて切れた。 「よろしいですか皆さん、皆さんはこのまま待機して」 話の途中で立ち上がりマントをまとうルイズ。 そのままの勢いで、ルイズは戸を蹴破るように退室する。 「ミス・ヴァリエール、どこへ行くのですミス・ヴァリエール!」 教師のとがめる声も、もう聞こえない。 サナギたちの抜け殻から作ったかごを引きずり出し、ルイズは門扉の前で大声を上げた。 「ヴェノーーーーム!」 森が、揺れた。 黄色と黒の雲が、否、雲と見まがうばかりの量の蜂たちが、声にこたえてうごめき始める。 森中の鬼を餌に繁殖を続けていた蜂たちが、主の命で動き出す。 ルイズの載ったかごを拾い上げ、その真っ黒な雲はタルブへ飛んだ。 タルブはひどい有様だった。 家は焼かれ、壊され、略奪が行われている。 村人たちの立てこもっている教会の扉も、つい先ほどから何かを叩きつける音が響いている。 家族で抱き合って震える子供たちの耳にも響く轟音と怒声。 それが突如悲鳴に変わった。 何かから逃げる声と悲鳴、分厚いものを引きちぎる音と硬いものを咀嚼する音。 何事かと視線が集まるその分厚い扉に、大量の槍状のものが生えた それが次々と突き刺さりつっかえ棒を壊す。 開かれた扉の向こうには、桃色の髪の少女が大量の巨大な蜂を従えて立っていた。 「ルイズ様!」 傷ついた小さめの蜂を抱きしめていた少女、シエスタが立ち上がる。 ルイズは無言で近寄ると、その傷ついた蜂を後ろの大きな蜂に渡し、ただ黙ってシエスタの頭を抱きしめた。 シエスタは少し驚いた後、声を殺して泣いた。 グズグズとルイズの渡したハンカチで涙を拭くシエスタの頭を少し撫でた後、ルイズは振り返り教会の外へ。 「ル、ルイズ様! ダメです! 相手は「七万よ。知ってるわ」ルイズ様……」 「シエスタ」 蜂たちに囲まれてその姿が見えなくなる直前、ルイズはシエスタに話しかける。 「クックベリーパイをたくさん焼いて待っていなさい」 レコン・キスタはその妙な存在を前に恐慌状態に陥っていた。 七万の軍に対抗しうる国軍はいまだ現れず、ただ侵攻するだけというときに戦場のど真ん中に一人の少女。 少女はおびえることもなく、ただ胸を張り言い放つ。 「今すぐに軍を引きなさい。でなければ私は容赦しない」 先頭の騎竜兵は笑いながら少女に杖を向けた。 「そう、残念ね、とても残念」 それが男が人生の最後に聞いた言葉になった。 それは恐怖の顕現、それは力の顕現。 人が、竜が、亜人が、ゴーレムが、あらゆるすべてが貫かれ、砕かれ、滅びてゆく。 その真っ黒な暴力にさらされたものは一瞬で巻き込まれ姿を消す。 恐怖に駆られた傭兵たちは散り散りになって逃げ惑う。 絶対なる“死”のイメージがそこにはあった。 クロムウェルは焦っていた。 あまりに予定とは違う状況に慌てふためいている 寄せ集めも含むとはいえ七万という大軍、負けるはずなど無かったのだ。 だが現実はどうか。一部の指揮官がやられるだけでその下の兵たちは散り散りになる。 大軍ゆえの統制の無さが現れていた。 なお、指輪をくれた美女は既に姿をくらませている。 突如として響く重低音。 音の方向に目を向けた瞬間、外壁をぶち抜いて蜂たちがブリッジに入り込む。 「久しぶりね、ワルド」 「あ、ああ、久しぶりだねルイズ」 「そっちが指揮官?」 「そ、そうなる、かな」 その様はまるで女王のように、ルイズはクロムウェルに向き直る。 「あなたが指揮官ね? 最後通達よ、今すぐ退却しなさい」 「こここ断る! 我ら神聖アルビオン共和国は聖地奪っか「もういいわ」!」 蜂が、蜂たちが、ルイズを包み込んでいく。 「船ごと餌になりなさい」 直後、レキシントン号を黒雲が包み込み、アルビオンの誇る軍艦は、文字通りガラクタになった。 後に虚無の魔法を身につけたルイズは、その歩みを止めることなく己の道を突き進む。 船ごと蜂の巣になったレキシントン号のブリッジで、ルイズは生まれたばかりの幼虫を愛でながら今日もローヤルゼリーを飲む。 何でも毎日飲んでいたおかげで胸が大きくなったらしい。 世界中の女性に夢と蜂蜜を売りながら、『女王蜂のルイズ』は今日も空を飛んでいる。 神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる。 神の右手がヴィンダールヴ。心優しき神の笛。あらゆる獣を操りて、導きし我を運ぶは地海空。 神の頭脳はミョズニトニルン。知恵のかたまり神の本。あらゆる知識を溜め込みて、導きし我に助言を呈す。 そして最後にもう一人……。記すことさえはばかれる……。 滅ぶことなく増え続け、やがては空を、支配する。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5693.html
前ページ次ページ狂蛇の使い魔 第九話 フーケが破滅の箱を盗み去った、その翌日。 学院長室にて、目撃者であるルイズたち三人と教師一同、そして学院長のオスマンらによる臨時会議が行われた。 ルイズたちによる証言の後、フーケの居場所を突き止めたと途中から部屋に入ってきたロングビルの情報を元に、オスマンがフーケ討伐隊の結成を提言。 本来なら、教師たちが率先して名乗りを挙げるべきであった討伐隊。 しかし、相手が強力なメイジであることや事後処理などの責任問題で、誰も杖を上げようとしなかった。 その代わり、今度こそ周りを見返してやろうと燃えるルイズが真っ先に杖を上げた。 ルイズには負けられないとキュルケ、皆が心配とタバサの二人も杖を上げ、結局三人でフーケの討伐に向かうことになったのである。 「あー、ミス・ヴァリエール。君の使い魔を呼んできてはくれんかね。……少々話があるのでな」 会議も終わり、一人また一人と学院長室を出ていく中で、ルイズはオスマンに声をかけられた。 「オールド・オスマン。使い魔をお連れしました」 「……俺に何か用か?」 話がある、と聞かされた浅倉は、ルイズに連れられて学院長室にやってきた。 浅倉の無礼な態度を、ルイズが慌ててたしなめようとする。 「よいのじゃ、ミス・ヴァリエール。……ところで使い魔殿。突然で悪いが、破滅の箱について話があるのじゃ」 オスマンが学院長席で手を組み合わせながら、浅倉に尋ねた。 扉の横の壁に寄りかかり、腕と足を組んだ浅倉がそれに応える。 「破滅の箱……ああ、あのカードデッキのことか。それについては俺も聞きたいことがあったな」 ふむ、とオスマンが考える。 「それなら、わしの質問が終わった後で答えることにしよう。まずはあの箱について知ってることを教えてくれんか?」 「それならこいつに聞け。知ってることは全部こいつに話した」 浅倉がルイズの方を向き、再びオスマンに目線を戻す。 「えっ、私!?」 いきなり話をするようにと言われ反論しようとしたルイズであったが、逆らえそうにもないと分かると渋々と口を開いた。 ルイズが一通り話し終えると、オスマンは椅子にゆっくりともたれ掛かった。 「なるほどのう……。にわかには信じがたいが、信じる他なさそうじゃ」 ギーシュと浅倉の決闘の様子を思い出しながら、オスマンが言った。 「今度はこっちの質問に答えてもらおうか。……お前、どこであれを手に入れた?」 浅倉の質問に、オスマンは白髭を撫でながら答える。 「そうじゃのう。あれは数年前のことじゃ……」 オスマンが言うには、数年前、とある村に見慣れない格好をした男が倒れていたという。 男は既に死亡しており、村人らによって葬られた後、彼の持ち物は村人たちの手に渡ったらしい。 その内の一つが破滅の箱である。 見た目はただの奇妙な箱だが、この箱を手にした者は、どのような呪いなのかはわからないが、幾日かの間に忽然と姿を消してしまうというのである。 当初、男の持ち物を所持していた村人も消えてしまったという。 そのため、気味悪がった村人たちによって売り払われ、破滅の箱という名で取り引きされるようになったのである。 それ以来、秘宝という価値に惹かれた者、呪いの正体を暴こうとする者、興味半分に手を出す者などが後を絶たず、犠牲者は増えるばかりであった。 オスマンもまた、呪いの原因を突き止めようとした者の一人であった。 最近になって闇市場に出回っているのを見つけたオスマンは、ようやくこの呪われた秘宝を手にすることができたというわけである。 「なるほどな。……そうだ、一ついいか?」 浅倉がオスマンに向かって尋ねた。 「なにかの?」 「あのデッキを俺によこせ。呪いでないことがわかったなら、もう必要ないだろう?」 そう言って、浅倉が口元に笑みを浮かべた。 「そうじゃのう……。フーケを捕らえられたなら、箱は好きにするがよかろう。扱いを知っている者なら、これ以上犠牲者を出さずに済むじゃろうて」 オスマンが軽く頷いた。 「話が分かる。で、用事というのはこれだけか?」 言いながら扉に向けて歩き出す浅倉を見て、オスマンが思い出したように言った。 「そうじゃ、もう一つ。君が毎日やっている決闘の相手に、もう少し休みを与えてやってはくれんか。このままだと死んでしまうからのう」 「……気が向いたらな」 オスマンに背中を向けると、浅倉は扉を開けて部屋を出ていった。 ルイズはオスマンに向かって一礼すると、慌ててその後を追うのであった。 会議から一時間ほど後に学院を発った、ルイズたちと浅倉。 彼らはロングビルの案内のもと、フーケが逃げてきたという森へとやってきた。 「情報によると、あの小屋に『土くれ』のフーケが潜伏しているとのことです」 ロングビルが、少し離れたところにある古びた小屋を指さしながら言った。 草木に身を隠しながら、ルイズたちは作戦を練り始める。 「誰かが囮になって中のフーケを誘きだし、出てきたところを皆の魔法で叩く! これでいけるはずよ」 「でも、ルイズ。肝心の囮役はどうするのよ。もちろん言い出しっぺのあんたが……」 「わたしが行く」 挑発しようとするキュルケを遮り、タバサが名乗り出た。 「ケンカはだめ。作戦は調和が大事」 作戦会議が一段落したところで、ロングビルが「辺りの様子を見てきます」と言い残し、森の奥へと消えていった。 ルイズたちは作戦の準備に取りかかる。 「ところで、アサクラを見ないんだけど……どこにいったの?」 キュルケがルイズに尋ねた。 「そういえば姿が見えないわね。どこにいって……あっ! アサクラ!!」 いつの間にか小屋の前に立っている浅倉に向けて、ルイズが叫ぶ。 と同時に、小屋の扉が勢いよく蹴破られた。 「無人か……」 デルフリンガーを背負った浅倉が呟いた。 誰かがいたような後が見られるものの、最近使われていなかったのか、部屋の至るところが埃をかぶっている。 テーブルに目を向けると、盗まれたはずのカードデッキが置いてあった。 浅倉がデッキを手にとると、デルフリンガーがカチャカチャと喋りだした。 「相棒、どうやらこの状況は……」 「そのようだな」 浅倉が小屋を飛び出したのと、小屋の天井が吹き飛んだのはほぼ同時であった。 突如目の前に現れたゴーレムは、フーケがいるはずの小屋を破壊すると、ルイズたちがいる方向に向けて歩き出した。 キュルケとタバサが魔法で応戦するも全く歯がたたず、動きを止めることができないでいた。 浅倉は懐からルイズに借りている手鏡を取り出すと、デルフリンガー、盗まれたデッキとともに地面へ放り投げた。 そして自らの持つ蛇のデッキを鏡に向けると、右手を胸の前で前後させ、叫んだ。 「変身!」 ベルトにデッキを差し込み、ガラスの割れるような音とともに王蛇への変身が完了する。 王蛇はデルフリンガーを拾いあげると、鞘から刀身を抜き、巨大なゴーレムに向かって駆け出した。 「ウオオオオッ!!」 ゴーレムが反応するよりも早くその足元に近づくと、浅倉は土でできた右足をがむしゃらに斬りつけた。 二度、三度と斬りつけるうちに足が切断され、ゴーレムが態勢を崩す。 しかし、すぐにまわりの地面から土を吸収し、元の無傷な状態へと戻ってしまう。 左足や胴体でも結果は同じであった。 ゴーレムの攻撃は単調で避けることは容易いが、これでは一向に勝負がつかない。 「チィッ……イラつかせるっ……!!」 ルイズは焦っていた。 せっかく自分が提案した作戦も決行前にご破算。 魔法は危ないから使うなとキュルケに釘を刺され、現れたゴーレムに逃げ惑うことしかできないでいる。 これでは役立たずのままではないか。 (何か……何かできることはないの!?) そう考えながら、ルイズは辺りを見回す。 ふと、浅倉に貸しっぱなしだった手鏡が目に入った。 そして、その傍らにあるのは…… (破滅の箱……?) フーケに盗まれたはずの秘宝。 手にした者を破滅させるという呪われた品。 しかし、浅倉の言う通りならばこれを使って変身できるはず……。 (これなら私だって……私だって戦える!!) 思い立つやいなや、すぐにデッキを拾い上げると、鏡に向かってその白虎の紋章をかざし、叫んだ。 「変身!!」 「あれは……破滅の箱!?」 タバサが呼び寄せたシルフィードに乗り、上空に避難していたキュルケがルイズの方を見て、叫んだ。 タバサも珍しく驚いた顔つきでルイズの方を見つめている。 ルイズが腰に巻かれたベルトに破滅の箱を差し込むと、ルイズの姿が一瞬にして青と銀の鎧に包まれた。 「近くへ寄って」 タバサはシルフィードに指示を出し、ルイズの元へと急ぐ。 「これが……破滅の箱の力……」 自身の姿が映った手鏡を覗き込むようにして見ながら、ルイズが呟いた。 その姿は、胸に青と銀の、肩に鋭い爪を模した装甲を纏い、顔は虎をイメージさせるような形の面を被っている。 両手を動かすと、チャキチャキと装甲が擦れる音がした。 「ルイズー!」 ルイズが鏡に見入っていると、上からキュルケの声が聞こえてきた。 振り返ると、シルフィードから降りたキュルケとタバサがこちらに向かって走ってきていた。 「ルイズ、この格好は……」 驚きの表情で尋ねるキュルケに、ルイズ―仮面ライダータイガ―は答えた。 「これはアサクラと同じ、『仮面ライダー』よ」 前ページ次ページ狂蛇の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1350.html
前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ その日の午後の授業は使い魔とのコミュニケーションのために休講となっている。 学園の庭では二年生達は使い魔と思い思いに過ごしている。 その中でギーシュは自分の使い魔のジャイアントモールのヴェルダンデがいかに素晴らしいかをテーブルの向かいに座っているモンモランシーに熱く、そして暑苦しく語っていた。 知的な瞳だとか、官能的なさわり心地といったギーシュにしか解らないようなモグラの魅力を聞かされたモンモランシーはうんざりしていたが、 「君の使い魔もキュートなところが君にそっくりだよ」 などと言われると悪い気は全くしなかった。 「相変わらずお上手ね」 と、全部わかっているように言うのもギーシュの次のお世辞を引き出すためだ。 「僕は君の瞳には嘘はつけないよ」 定番の麗句を聞いたモンモランシーは気になることを思い出す。 本当だろうか、と思って問いただすことにした。 「でも、最近一年生ともつきあってるって噂を聞いたんだけど」 ぎく。 あからさまにギーシュの体と声が硬くなる。 「バカなことを、君への思いに裏表なんて……」 モンモランシーの脳細胞がその言葉の裏にあるものを察知し目がつり上がる直前、ギーシュとモンモランシーの間にある机が轟音を立て、破片と土煙を周囲にぶちまけた。 ついでにモンモランシーの頭からは自分がなにを察知したかが吹っ飛んでしまった。 ギーシュとモンモランシーの間にあった机だったものは周囲の生徒と使い魔の注目を集めることとなった。 土煙が立ちこめる中、皆が無責任にそこでなにが起こったか想像を始める。 隕石が落ちたのか? いや、地下から怪物出現か? いやいや、ギーシュに怒ったモンモランシーが香水で破壊したのか? どんな香水かは不明だが。 だが煙が晴れるとその場にいた全員が納得することとなった。 「いったーい」 そこにはルイズがいたからだ。 ルイズと言えば爆発。爆発と言えばルイズ。 なので、ここで爆発が起こったのは何ら不思議ではないと言うわけだ。 ユーノを肩に乗せながらテーブルの残骸を杖に腰をさすって立ち上がったルイズは、近くの見知ったメイドであるところのシエスタを見つけた。 「そこのあなた」 「は、はい」 「湿布持ってきて。腰、打っちゃたのよ。いたた」 あわてて走っていくシエスタを見送ったルイズはやっとテーブルだった残骸を手放し、自分の足で立ち上がった。 そこでやっとその場にいる全員がルイズを注目しているのに気づく。 周りを見回したルイズは手を組んで少し考え、一言言った。 「ちょっと失敗しちゃった」 周りの生徒達は一斉に叫んだ。 「どういう失敗だ!!」 ほとんどのものはそれですませたが、ギーシュはそれでは収まらない。 驚いてそばに来ているモンモランシーの肩を抱いて、かっこいいと思っている角度でルイズに顔を向ける。 「だいたい、そこで君はなにをしていたんだね」 「ちょっと魔法の練習をしていたのよ」 モンモランシーが不安げに自分の方を見ている……と思い込んだギーシュはルイズに次の言葉をぶつける。 「君が魔法の練習を?よしたまえ。爆発を起こすだけじゃないか。見たまえ。モンモランシーもおびえている」 今のセリフはかっこいい……と思ったギーシュが後を続けようとしたができなかった。 ルイズをはさんだ向かい側にバスケットを持ったケティがいたからだ。 「ギーシュ様……その方……一体……せっかく」 「こ、これは……いや、その」 あわてるギーシュにモンモランシーが追い打ちをかける。 「ギーシュ……さっきの噂、やっぱり」 モンモランシーは頭から吹っ飛んだはずのことを思い出していた。 「ギーシュ様酷い……そんな方がおられたなんて……私だけって言ったのに」 それを聞いたモンモランシーはギーシュを睨みつけた。逃げたくなるような目つきで。 「あなた、さっき、私に同じようなこと言ってたわね」 「そんな、この方にも?嘘ですよね?ギーシュ様」 ルイズのことなど、すでにもうどうでもよくなった二人がギーシュをさらに追い詰める。 「落ち着いてくれたまえ。二人とも。これにはわけが……」 あるはずがない。 「うそつきっ」「うそつきっ」 二人は同時にギーシュの頬に手のひらを見舞った。 モンモランシーは右に。 ケティは左に。 ギーシュの両頬に微妙に形の違う赤い手形が2つできた。 「ふんっ」「ふんっ」 呆然とするギーシュを置いて、二人は近づきたくない雰囲気を纏いどこかに行ってしまう。 「ま、待ってくれたまえっ」 ようやく気づいたギーシュは青い石を中心に置いた薔薇を着けた杖を振り回しながら二人を追いかけていった。 状況において行かれたルイズは走っていくギーシュを見ていた。 次第に視線が一点に集まっていく。 ギーシュの振り回している杖の先についた薔薇。 その中心にある青い石に。 「あーーーーーっ」「あーーーーーっ」 ユーノは思わず声を出す。 あわててルイズがユーノの口を押さえて周りの生徒を見る。 どうやら誰も気づいていないようだ。 (ルイズ、今の) 気づかれないように今度は念話を使う。 (わかってるわ。あれって、ジュエルシードよね) (うん、間違いない) ルイズは走り出す。 「ちょっと、ギーシュ!待ちなさいよ!!」 ルイズもいなくなってしまった。 そこにいる生徒達は状況が読めていなかった。 そして、その中にはキュルケもいた。 「なによ、あの四人」 とりあえず状況を整理するが何が何だかよくわからない。 悩むキュルケに話しかける者がいた。 「あの、ミス・ヴァリエールがどこに行かれたか、ご存じありませんか?」 キュルケは名前は知らないがシエスタだ。 「あー、あの娘ならさっきあっちに走っていったわよ」 「ありがとうございます」 シエスタは一礼してルイズを追っていった。 「ふーん」 キュルケは考える。 恋のもつれでどこかに行ったモンモランシーとケティ。 それを追って行ったギーシュ。 さらに、そのギーシュを追って行ったルイズ。 さらにさらに、ルイズを追いかけていったメイド。 なにが起こっているのかさっぱり解らなかったが1つ解ることがあった。 「なにか面白そうじゃない」 キュルケは一言つぶやいて口の両端をあげると、メイドを追っていった。 他の生徒達も考える。 そしてキュルケと同じように笑うと、キュルケを追って走って行った。 「ギーシュ!ちょっと待ちなさい!」 ギーシュは自分を呼び止めるルイズの声を無視した。 「待ちなさいよ!」 待っていられるはずがない。 角をいくつか曲がっているうちにケティを見失ってしまった。 今、ギーシュが追いかけているのはモンモランシーだ。 走って追いかけてヴェストリの広場まで来てしまった。 「待ってって言ってるでしょ!聞こえないの?」 ヴェストリの広場は昼間でも人が少なく、今は誰もない。 おかげでルイズの声がよく響く。 「いいかげん止まりなさいよ!ギーシュ・ド・グラモン !!!」 あまりにうるさいのでとうとう振り向くことにした。 「ええい、いったい何のようなんだね。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール!」 立ち止まったギーシュにルイズが走って追いつく。 「貴族たるもの、マントを振り乱して大声を出すものじゃない。それに僕は今忙しいんだ。後にしてくれたまえ」 だがルイズはそんなことは聞かない。 「あなたの杖の先についているそれ!」 呼吸を落ち着かせてすかさず話し始める。 「この薔薇かい?」 「ちがうわ。その薔薇の中に入れている青い石。それ返して!」 「この石を?」 「そうよ!早く返して」 「ふむ」 公爵家の娘の持ち物にしてはみすぼらしい気もするが、そんなものをここまで追いかけてくると言うことはルイズの持ち物なのかも知れない。 それに、どうせ拾ったものだ。 気に入ってはいるが無理に自分のものにするほどの物でもない。 「いいだろう。ただし……」 授業では爆発に見舞われた。 さっきはルイズにモンモランシーとの会話をぶちこわされた。 少しくらい意地の悪いことをしてもいいだろう。 そう考えたギーシュは杖を振る。 「僕のワルキューレと話し合ってからにするといい」 一枚の花びらと青い石が宙を舞った。 前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6830.html
前ページ次ページルイズとヤンの人情紙吹雪 「ヒューーーッ なんだここ? スゲー広(ひれ)ーー 宮殿かよ? バカみてーだな まさにブルジョワジィってか?」 ヤンはルイズに連れられて女子寮に来ていた。 ヤンは感心を通り越して呆れていた。 「バカってどういゆことよ! あんたの方がよっぽどバカっぽいわよ! さっきからちょっとは静かにできないの!? 恥ずかしいじゃない田舎モン!」 ヤンは先程からこの調子で、ちんたら歩きながら感嘆の声をあげていた。 しかもその声がやたらデカくてオーバーリアクションなのだ。 ヤンの服装も手伝って、悪い意味で目立ちまくっていた。 すれ違う生徒達がくすくす笑っている様な気がした。 「もーっ なんなのよ、さっきから! 全然人の言うこと聞かないし! 私まで恥かくのにぃーーッ! ほら、はやくきなさいよ 馬鹿犬!」 ルイズはヤンの左手を掴むと、顔を赤くしながら引っ張った。 ヤンは「へいへい」と呟きながらルイズに引っ張られるままになっていた。 「ここがオマエの部屋ァッ!? オメェ一人でこの部屋!? マージーでッ!? 許しがてぇぇぇ!」 こんなガキのうちから贅沢したらろくな人間にならネェ! ヤンは憤慨した。 人が空を飛ぶほうがまだ許せる気がした。 もっとも、ヤンみたいな人間(吸血鬼だが)もいるので贅沢は関係無いかもしれない。 「ふふん そうよ。 驚いた? 私がどれだけ高貴な人間か理解できたみたいね?」 ぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりーーー。ヤンの歯軋りが聞こえる。理不尽だー理不尽だーと小声で呪詛の言葉を吐いている。 「ちょっと落ち着きなさいよ あんた私の使い魔なんだからね! さっきみたいなのもヤメテ! 使い魔の恥は私の恥なのよ!!」 その言葉にヤンは、あーそーだったと冷静になる。 「………その『使い魔』ってのは何なんだ? さっきも契約とか儀式とか言ってたよなー?」 ルイズはまるでカワイそうなモノを見るような目をしてヤンを見やった。 「あんたそんなことも知らないの? ……うぅ~~~~まさかこんなド田舎の平民を呼んじゃうなんて……はぁ。 まぁいいわ! 説明してあげるから、キタナイ耳の穴キレイにしてよーく聞きなさい!!」 サラっとさっき言われたことを言い返してやった。ふんッ。 「あんたは私に召喚されて契約したの。 晴れて使い魔になれたのよ。 ヴァリエール公爵家三女たるこの私の使い魔になれるなんてとっっっっっても名誉なことなのよ!」 ありがたく思いなさい!というのが言外にありありだった。 「契約ってのはイツしたんだよ。 俺した覚えねーぞーーー?」 そう言われてルイズは廊下の時よりも顔を赤くしてしどろもどろになった。 「そ、それは…………その…えと…………………キ、キスよ……。」 ルイズは小声で(特にキスの部分)答える。 「エッ? なになに? よく聞こえねーーーもー1回言って。」 「…ッ! だ、だから………うぅ~……………キ、キキキキキキキキキスしたでしょって言ってるのよ!!」 『キス』というと、召喚した時のことが思い出される。脳ミソが沸騰しそうだった。 「へぇーー キスで契約ゥーーーー? メルヘンだなァー まぁそんなことでゴダゴダ言わねーよ俺ァ別に。 次行こう、次! ココはどこだァ? 召喚ってどーゆーこった?」 ルイズはキスなんてありました?って顔をしているヤンに無性に腹が立った。 「う~~~~~~ッなによ! ちょっとはアンタも恥ずかしがったりしなさいよ! 悪いとは思わないの!? あ、ああああんなししししし舌まで入れておいてナンでそんな冷静なのよッ!!」 「あーーにぎやかな女だなー んなことよりサッサと説明しろって。 ほれ次次次 話進めろ。」 ヤンは既に完全にその話題への興味を失っているようだ。 「く~~~~~~~~~~ッ ぬ、ぬ、ぬ、ぬぅ~~! ………ま、まぁいいわ! アンタなんて所詮使い魔だし、犬に噛まれたのと同じなんだからッ!」 捨て台詞じみた言葉しかルイズからは出てこなかった。 ルイズの説明を一通り聞いたヤンだったが、天を見上げて嘆息した。 「マジかよ… まじでファンタジーなのかよ… 信じられねェーー三文小説みてーな話だな 笑えるぜェ~~~ヒャハハハハハッ」 ヤンの笑いを見てルイズはムッとする。 「人が丁寧に説明してやったのに何よ! ちっとも笑える話じゃないでしょ!?」 「いやいや笑えるぜ? コレはよォーー だってココ俺の世界と違うもン。」 「へ?」 ルイズはヤンの突然の発言に目を丸くする。 「僕様チャンの世界には魔法なんてありはしまチェェェン。 まぁ似たようなモンを使えるヤツは少しいるみてぇだが、一般的じゃねーから。 ……しかも『あれ』だ。」 ヤンはそういって窓の向こう、薄暗くなった空を指す。 指が示した先には『月』が『二つ』浮かんでいた。 「月がどーしたのよ?」 双月。ルイズにとっては当たり前の風景だった。 「僕チンのワールドではお月様は一つなのですよ これマジホント。 つまりここは異世界ってわけだ オーマイガッ。 じゃなきゃよっぽどラッピーなドラッグキメてタリラリホーってとこだな。」 ヤンの発言にルイズはポカーンとしている。 冗談にしても質が悪い。全然おもしろくもない。 「……あんたねぇ もうちょっとマシな嘘言いなさいよ。 田舎者って思われるのがそんなに嫌なの? 本当にそう思ってるなら最初から言いなさい 二度と言わないわ。」 誰だって言われたくないコトはある。ルイズはそれを誰よりも知っているからヤンに対しても少しは気を使ってやろうか、という気持ちになる。 「チゲーよ マジだ、マジ。 ハルケギニアもトリステインも聞ーたことねーよ。 まぁ俺にとっちゃぁ異世界だろーがナンだろーがどうでもいいことでよォ。 どうやらオメェのおかげで生き返ったみたいだからさァ 使い魔ってヤツ? ヤってやってもいいぜ なにすりゃいいんだ?」 ヤンは深く考えない性格。そして今、ヤンは気分が良かった。 死んだと思ったが召喚とやらのお陰で自分は間違いなく生きている。 異世界にいるという衝撃など二の次だった。 学校などというヌルま湯に浸かった世界は、ヤンにとっては刺激が足りないように見える。 しかしこの学院の女共は大分レベルが高い(召喚時と廊下で騒いだ時、チェック済み)。ルイズも胸と性格以外はかなりイケてる。 行く当ても無いしここで女をクッて過ごすのも悪くは無い。 その為にも『ルイズの使い魔』というポジションは有効だ。そのついでにチョットだけ借りを返してやるか。 ヤンはそう考えていた。 「や、やってやってもいいって違うでしょ!? やらないといけないの! 義務なのよ、ギ・ム!」 やっぱりこの男に気を使う必要は無い! 「はーいはいはいはい……わかったわかった… ヤラセていただきます、ヤラセていただきますヨ『ル・イ・ズ・さ・ま』。 コレでよーございマスかァ?」 絶対バカにしている。ルイズは思ったがグッとこらえた。 いちいちヤンにつっかかったら話がまったく進まぬうちに一日が終わってしまう。ルイズは少し大人になった。 「……使い魔の仕事は主に3つよ。 1つ目は主と感覚を共有しその手足となること。」 「感覚のキョウユウぅ? なんだそりゃ つまり俺がナニすりゃオメェも感じチャうノぉ~んってこと? ヒャハハハハハ!」 よくは分からないが、ヨロシクないことを言っているのであろうことはルイズにも想像できた。華麗にスルー。 「……アンタが見たものや聞こえたものが私にも見えたりするってことよ。 でも何も見えないし聞こえない……。」 「まぁ俺みたいのって初なんダロ? だからかは知んねーけどさー デキねェもんはしょーがねーなー アキらめろ。」 そう、そうだ。コイツだから駄目なんだ。メイジを見るには使い魔から、とか言うけど忘れることにした。全部ヤンのせい。うん、私ダメじゃない。 「2つ目は秘薬とか鉱石とか…主人が望むものを探すことよ。」 「無理 パス。」 ソッコーで断られた。 「はやッ! な、なんでよ!?」 「できるわけねぇだろー 召喚されたてだぜ俺 ここの知識ゼロkgだかンな。」 ルイズは『ゼロ』のところで一瞬ピクッとなり不満そうな顔をする。 「………3つ目…これが一番重要なんだけど…主の身を一生守り続けること。 ……まさかコレも無理なんて言わないわよね?」 なかなか鋭い目でヤンを睨みつけている。 「オーイエーー! それそれ そーゆーの待ってたんすよォ ようは敵を全員ぶっ殺してやりャあイイわけだ 楽勝楽勝♪ んで敵はどこにいんだぁ? 数は?」 ヤンはオモチャを見つけた子どものように目を輝かす。 すぐに部屋を飛び出したい、そう思っているんだなと一目でわかるぐらいソワソワし始める。 「ちょ、ちょっと物騒なこと言わないでよ! 敵なんていないわよ!! もしも敵とか危険なことがあったら、その時私を守ればいいの!」 「えーーーーーーーなんだそりゃーーつまんねーーー やっぱバトルは攻めだぜ? わかってねーーなーーー。」 肩をガックシ落としてあからさまに悲しむ。 「……とにかく、それだけ戦いたがるってことはヤンは強いってことでいいのよね?」 「まーかせとけって そこらの雑魚には負けねーよ? 俺様無敵だからネ。」 訝しげな目をヤンに向ける。……うそ臭い……と、ルイズは思った。 「はぁ…もういい… 今日は疲れたから寝る…」 本当に疲れた顔をしながら深いため息をつく。 「そーか じゃあ俺はちょっとぶらついて来るからよ じゃーーーな。」 ヤンはそう言いながら扉に向かって行く。 それを見たルイズは慌てて止める。 「だ、だめよ! アンタも今日は寝なさい! もう外も暗いんだし夜出歩くとアンタなんて完全に不審者なんだから! ここは貴族の子弟の学校だから警備も厳しいのよ!!」 出会ったばかりだがヤンの言動を見ていると、目を離すとトンデモナイことになりそうな気がした。 「オメェーの使い魔だから平気だろ? 俺は。」 「ダメッたらダメ! アンタが問題起こしたら私の恥になるって言ってるでしょ!」 またソレか。ため息をついて呆れるヤン。 「チッ わーったよ 寝ますよ寝ますー。 で? 俺はどこに寝んだ? ベッドは一つみてーだけどソコで寝ていいわけ?」 「ここは私のベッドなの! アンタが寝ていいわけないでしょ! アンタはそこ!!」 ズビシッ!と指をさす。 「? どーみても床だぜ?」 「藁もあるじゃない。」 「………」 やった!動揺してるわ!今こそ使い魔の立場を理解させるチャンスよ! 「そうね…それだけじゃかわいそうだからコレ、使ってもいいわよ。」 勝ち誇った顔をしながらルイズは薄っぺらい毛布を差し出す。 藁も毛布も、人間ではない普通の使い魔のために用意しておいたものだ。 人間に対してはちょっと気の毒かもしれないが、コイツにはこれでお灸を据えることができるかもしれない。 「あ あと明日から洗濯とか水汲みとか、私の身の回りのこと全部やらすから。 それじゃオヤスミ。」 言うやいなや暖かそうな毛布に顔をうずめる。 「………」 ヤンは黙っている。 「……マジかよ……兄ちゃ~ん、どうにかしてくれよ……」 ヤンはボソリと、今は亡き兄に助けを求めた。 ワンちゃん……。 犬を抱きしめ呟く兄が見えた気がしたが、気のせいだと思うことにした。 しばらくは大人しくしてやる。 そう思っていたヤンであったが、早くも挫けそうだった。 つづく…と、思う 前ページ次ページルイズとヤンの人情紙吹雪
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/737.html
結局、ルイズとその使い魔である双識が、地獄絵図の後始末をさせられることになった。 吹き飛んだゴミを片付け、吹き飛んだ窓を付け、吹き飛んだ机を並べる。 元は椅子だった木屑を片付けている双識の目の前で、ルイズはかろうじて生き残った机を拭いている。 「使い魔なんだから――」という例の言葉が出てくると思っていた双識は面食らっていた。 さしものルイズも自分が引き起こした惨状を双識一人に片付けさせるのは気が引けたのだろうか。 「最悪だわ……」 暗澹たる気分でルイズは呟いた。 使い魔に知られたくなかった事実――魔法が使えないということがばれてしまったのだ。 これで、ルイズの今までの努力は全て水泡に帰したことになる。 ルイズは手際よく掃除をこなしている双識を見る。 まだ正面切って馬鹿にされるなら良い。だが陰で笑われるのは耐えられなかった。 この従順に見える使い魔も、心の中では自分を笑っているのかもしれないと思うと、悔しくなった。 ルイズが俯くと、窓を拭いている双識が唐突に口を開いた。 「――まだ話してなかったかもしれないけれど、私の嫌いな言葉のベスト3は不誠実、無責任、非人情でね」 「……え?」 ルイズの方を向くことはなく、双識は独り言のように続ける。 「初めてこの世界に私が召喚されてきたとき、ルイズちゃんはベスト3を全て満たしていた。 勝手に呼び出して文句を言って、まともな食事もくれず、おまけに人間扱いすらしてくれない。 本来なら『不合格』間違いなしなんだが――私にはどうもきみを『不合格』にする気が起こらなかった。 それが私にはどうにも不思議だったんだが、」 一旦言葉を切って、双識は振り返り、ルイズに真正面から向き合う。 「けど、さっきの爆発を見てわかったよ。ルイズちゃん、きみは――魔法が使えないんだね?」 「……そうよ。もうわかったでしょ、確かに私は『不合格』だわ。魔法が使えないメイジなんて、聞いたことないもの」 痛いところを突かれたルイズは、自嘲ぎみに言う。俯いた顔から諦めと、それ以上の悔しさが伺えた。 「いや、そういうことが言いたいんじゃない。問題は精神だ。魔法が使えるか、使えないか、そんなくだらないこと――」 「くだらないことなんかじゃない!私は貴族なのよ!魔法が使えなくていいなんて、そんな、そんなこと!」 顔を上げて、双識に食って掛かるルイズ。 自分の今までの苦労を、生き様を踏みにじるような双識の発言が、ルイズには許せなかった。 「――きみは魔法を使えるように、貴族として『普通』になれるように、努力を重ねているんだろう?」 憤るルイズに構わず、双識はさっきの混乱で床に落ちたルイズの教科書を拾い、パラパラと捲る。 要所に貼られた付箋、丁寧な字で入れられた注釈、何度も開いたためによれたページ。 それらは紛れも無く、ルイズの努力を表す証拠だった。 「私にとっては『普通』を求めようとするその精神こそ、賞賛に値すべきものなのだよ。 無意識のうちにその精神を感じ取ったから、私はきみを『不合格』にしなかった――今ならそう思える。 それに、今魔法が使えないからってそう悲観することもないさ。 ――きみが前に向かって進む限り、目標は近づきこそすれど、遠ざかることは無いのだからね」 どうやら双識はルイズのことを励ましているらしかった。 双識の柔らかく諭すような口調を聞いていると、不思議とルイズの心は安らいだ。 「……ありがと。あんたに慰められるとは思わなかったわ」 「それじゃ、続きをさっさと終わらせてしまおうか」 元の飄々とした態度に戻った双識と、ルイズは掃除を再開する。 机を拭くルイズの胸中からは、さっきまでの鬱屈とした気分が綺麗に消えていた。 掃除が終わるとルイズと双識は、食堂で遅い昼食を食べた。 教室での出来事のせいか、ルイズの機嫌はそれなりに良かった。 出すぎた説教だったかもしれないと後悔した双識だったが、存外に効果があったようだ。 もっとも、相変わらず机の上での食事は叶わなかったのだが。 ルイズの食事が半分も進まないうちに、双識の食事は終わった。 マナーに従って上品に食べているルイズとは食べる速度も、量も違うので、どうしても時間差が出てきてしまう。 暇になった双識が昨日のように食堂の中をのんびりと眺めていると、食堂の一角で大きな声が上がった。 続いて乾いた高い音が響く。どうやら、何か揉め事が起こっているらしい。 双識は食後の退屈しのぎに覗きに行ってみることにした。 「す、すみません!」 双識の目にまず飛び込んできたのは、メイド服の少女が、同じ年齢ぐらいの少年に平謝りしている光景だった。 謝られている方の少年は薔薇の花をワイングラスでも持つかのように指に挟み、足を組んで悠然と少女を見下ろしている。 本人は格好をつけているつもりなのだろうが、頬に咲いた紅葉のせいで、なんとも間抜けである。 さっきの乾いた音の正体はこれらしい。 いずれにせよ、年若い少女が苛められている光景というものは、双識にとってはあまり気分の良いものではなかった。 「何にせよ、二人の女性の名誉を傷つけたのは事実だ。謝罪したまえ」 「そんな、私は香水を拾っただけなのに……」 「違うね。君の気が利かないから、だ。そもそも平民ごときが――」 「その辺りで勘弁してあげる、というのはどうかね?」 突然会話に割り込んできた部外者に、その金髪の少年は不機嫌そうに少女をなじる口を閉じた。 少女も、意外なところから差し伸べられた救いの手に、驚いたように双識を見ている。 「何だね、君は……ああ、ゼロのルイズが呼び出した平民か。 ふん。礼儀を知らない平民を少々叱っていたところだ。わかったらさっさと行きたまえ」 「ギーシュ!お前が二股かけてたのが悪いんだろ!」と取り巻きから茶々が入る。 どうやらこのギーシュという少年は、二股の責任を少女に転嫁しようとしているらしい。 双識は少女の頭を上げさせると、ギーシュに向き直った。 「大体の事情はわかった。結論から言えば、きみは二股をかけた女性たちに謝ってくるべきだね。 文句を言われ、場合によっては叩かれるかもしれないが――なあに、かえって免疫がつく」 「いきなり出てきて何を言うかと思えば……君は誰に向かって物を言っているのか、わかっているのかね?」 『反論をしたら許さない』と言外に含ませ、ギーシュは双識をねめつける。 ギーシュの見下したような視線を意にも介さず、双識は笑う。笑って、言う。 「勿論だとも。『三人』の女性の名誉を傷つけた少年に対して、私は言っているのだよ」 「ッ!……いいだろう。平民が貴族に逆らうとどうなるか教えてやろう。ヴェストリの広場で待っている」 どうにか感情を表に出すことを抑えたらしいギーシュは、ゆっくりとした足どりで去っていった。 「食事が終わっていなくなったと思えば……あんた、自分が何したかわかってんの!?」 振り向けば、いつの間にか双識の横にルイズが立っていた。顔色が悪い。 そういえばさっきの少女はどこにいったのだろう、と双識が辺りを見るが、既に少女の姿はない。どうやら怯えて逃げてしまったようだ。 「『苛められるメイド少女』は十分に私のストライクゾーンだったんだが――ギーシュくんの不誠実さに我慢ができなくてね」 双識のふざけた動機に、ルイズの顔が更に蒼白になる。 「そんな理由で……?あなた、殺されるわよ!」 「――私を殺せるなら、是非とも殺していただきたいものだね」 ルイズは不思議な気持ちだった。 この使い魔の妙な余裕の裏には、何の根拠もなく、何の打算もないのだろう。 貴族を相手にして勝てる平民なんか、一握りもいないのだ。 ましてや、こんな平民には到底無理な芸当のはず――なのに。 その姿は余りにも悠然としていて―― その姿は余りにも颯爽としていて―― 歩き出した双識の背中に、ルイズは思わず声をかけずにはいられなかった。 「……ヴェストリの広場はそっちじゃないわよ」 (青銅のギーシュ――試験開始) (第五話――了)
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7373.html
ルイズが変わったのは、春の使い魔召喚の儀式からである。 と言っても、当時のわたしはルイズにさしたる興味を持っていなかったので、これは後になって友人に聞き知ったことだ。 ゼロのルイズが平民の女の子を使い魔にしたという話は、少しの間、話題になった。 リリイという名の、その使い魔は、コウモリのような羽根があったり、犬のような耳を生やしていたりと、どう見ても亜人であったのだが、 その女の子が大した能力がなさそうな人畜無害な見た目をしていたり、羽根があるくせに飛べなかったりということで、ゼロのルイズに亜人が召喚できるはずがないという偏見から、そう噂されたのだ。 魔法の成功率ゼロのルイズが使い魔の召喚に失敗して、その辺りを歩いていた平民の女の子を捕まえてきて仮装させて使い魔扱いしている。 そんな根も葉もない噂を流されて、しかしルイズは何の反応もしなかった。 友人に言わせると、ここからしてありえないということだが、わたしは、それをおかしいと思えるほどルイズの事を知らない。 そして使い魔召喚の儀式の翌日、ルイズの使い魔が決闘をすることになる。 相手は、ドットの土メイジ、青銅のギーシュ。 決闘に至った原因は、リリイのせいでギーシュが二人の女の子と付き合っていたのがバレて、フラれたとのことだが、そこはどうでもいい。 見た目はどうあれ、リリイは亜人である。ならば、その戦い方を見ておいて損はないだろうと、わたしは考えた。 もしも未知の魔法でも使いこなせるようなら、その知識を得ておくことは決して損にはならないのだから。 だけど、期待は裏切られる。 リリイは、普通の平民よりは強かった。 だけど、それだけの話。ギーシュの作り出した一体目の青銅ゴーレムを破壊したまでは良かったが、彼が六体を同時に生み出した後は、数の暴力に負けて敗れさった。 そこで、わたしのルイズとその使い魔に対する興味は消えた。 たから、わたしの使い魔である韻竜のシルフィードに、二人が夜になるとこっそりどこかに出かけていると聞かされても、何も思わなかった。 ルイズも、その使い魔も自分が興味を向けるだけの価値のある存在ではない。 その認識を改めたのは、かなり後になってからなのだけれど、きっかけになったのは、学院に土くれのフーケを名乗る盗賊が現れたときだったのかもしれない。 学院の宝物庫を襲ったフーケの討伐に名乗りを上げた三人の一人がルイズであった。 もっとも、実際に名乗りを上げたのはルイズだけで、残りの二人、キュルケはルイズに対抗してみただけであるし、わたしはそんなキュルケが心配で付き合っただけである。 そして、わたしたち三人とルイズの使い魔のリリイとフーケの情報を持ってきた学院長秘書のミス・ロングビルの五人はフーケのアジトと思われる廃屋に向かい、そこで奪われた宝物を見つけた後、フーケの巨大な土ゴーレムに襲われた。 この時、不可解なことがいくつか起こった。 わたしやキュルケでは、どうにも対抗できなかった土ゴーレムに、自分の身長よりも長大な剣を持ったリリイが立ち向かったのだ。 ギーシュのゴーレムにすら敵わなかったはずのリリイは、フーケの巨大ゴーレムと五分に渡り合っていた。 もちろん、巨体であり、いくらでも再生するゴーレムを剣一本で倒せる道理はない。 だけどゴーレムも、素早く動き剣で容易くゴーレムを切り裂くリリイを倒せず、しばらくの膠着状態の後。土ゴーレムは自然に崩れ落ちた。 その後である。 フーケは逃げ出したらしい、自分とミス・ロングビルは、あと少し辺りを調べてから帰るから、先に宝物を持って帰って欲しい。 そう、ルイズから連絡があったとリリイが言い出したのは。 思い返せば、ルイズとロングビルは、わたしたちが廃屋に入ったときに、周囲を見てくると言って姿をくらませたままである。 その時のわたしは、冷静な判断力を失っていたのだと思う。 メイジとその使い魔は、精神で繋がっている。だから、離れていても連絡をしてくることが出来るのだから、これは不思議なことではない。 その程度にしか思わなかったのだが、思い返してみれば、何故ルイズにフーケが逃げたと判断できたのかを疑問に思うべきだったのだ。 そう、これも後になって分かったのだが、フーケは逃げてなどいなかった。捕まり、拘束されていたのだ。ルイズの手によって。 ルイズの目的が、フーケを捕まえて官憲に引き渡すことではなく、自身の手駒とすることだと知ったのは、ずっと後になってからの話。 わたしたちに遅れて二人が帰ってきたとき、ロングビルは着ていた服が引き裂かれ、肌も露わな姿で憔悴した顔をしていて、その理由が分かったのは、これもかなり後になってからのこと。 ルイズは、フーケに襲われた結果だと言っていたが、それは嘘だろう。ミス・ロングビルの正体がフーケなのだから。 キュルケは何かを察していたが、その時点では教えてくれなかった。 ともあれ、そこでルイズとの縁は切れるのだと思ったのだけれど、そうはならなかった。 それから、何日もの日々が過ぎたある日のことである。 ルイズが、トリステイン魔法衛士隊の隊長と出かけるのを見かけたキュルケが、後を追うと言い出したのだ。 そして、その後わたしたちが魔法学院に帰ることはなくなる。 ルイズたちの目的はアルビオンに向かうことであり、とりあえず港町ラ・ロシェールの前で賊に襲われていた彼女たちに加勢したわたしたちは、不可解なものを見ることになった。 そこにいたのは、ルイズとギーシュと魔法衛視隊隊長でありルイズの婚約者であるワルド子爵。ルイズに個人的に雇われたのだと言って一緒にいた、目が死んでるミス・ロングビル。 そして、わたしたちと同年代の亜人の少女。 ルイズの使い魔と同じ種族に見えるその少女が、リリイ本人であると聞かされたときは、目を疑った。 何をどうすれば、あの小さな女の子が急に成長するというのか。 とはいえ、驚いてばかりもいられない。 夜も遅かったので、ラ・ロシェールに宿泊することにしたわたしたちは、ルイズたちが乗るアルビオン行きの船が出るまでの間、そこに留まることにした。 そして、二つの事件が起こる。 一つは、早朝のリリイとワルドの決闘。 かつてギーシュにすら敗れたリリイは、スクウェアメイジであるワルド子爵とすら互角以上の実力を見せた。 そして、もう一つの事件は夜に起こった。 アルビオンは今、王党派と貴族派に分かれて戦っていると聞く。 その一方。貴族派に雇われた傭兵が宿を襲ったのだ。 その時、ワルド子爵は二手に分かれて、片側が傭兵の足止めを、もう一方はアルビオンに向かう船に乗り込むべきだと主張し、わたしも同意した。 それは正しい判断であったはずである。真相を知っている今では、そうではないとわかるが、あの時点で知りうる情報からでは、それ以上に正しい判断ができるはずがない。 そのはずなのに、ルイズはその主張を退けた。 それが、仲間を置いて自分だけが逃げるのは嫌だなどという感傷であれば、わたしもワルド子爵も黙殺したのだろうが、そうではなかった。 どのみち船が出るのは、翌日である。ならば、それまでに傭兵たちを倒してしまえばいい。 そう言った彼女には、それができる自信があったのだ。 そして、現実に傭兵たちは、わたしたちの前に倒れた。 それは、ほとんどがリリイの仕業であった。 ルイズの防衛をわたしたちに任せて一人で突撃したリリイは、強かった。 それだけではない。いかにスクウェアメイジと五分に戦える実力を持っていても多勢に無勢、無傷で戦えるはずもないのだが、たとえ傷を負っても ルイズの唱える聞いた事もない呪文ですぐに癒されていたのだ。それは、敵対している傭兵たちからすれば不死身の怪物と戦っているような錯覚を覚えさせただろう。 そうして全ての傭兵を打ち倒したわたしたちは、なし崩しに全員でアルビオンに向かうことになった。 何故、わたしとキュルケまで? と気づいたのは、勢いでマリー・ガラント号という船に乗った後。 その後、空賊に扮したアルビオン皇太子の乗った空賊船に襲われたり、それらと戦い皇太子の正体に気づかずに捕らえ拘束してしまったりという珍事はあったが、わたしたちは、無事にアルビオン王城ニューカッスルに到達した。 そこで初めて、わたしとキュルケは、ルイズたちの目的がトリステイン王女がアルビオン皇太子ウェールズに送った手紙の回収なのだと知ったのだが、それもどうでもいいことである。 より重要なのは、実はワルド子爵がアルビオンの貴族派レコン・キスタと通じており、手紙とウェールズの命を奪わんとしていたことであろう。 結論から言ってしまえば、彼は上手くやった。 手紙をルイズから預かり、ルイズと結婚式を挙げたいと訴え、ウェールズを王党派の軍人から引き離し、見事その胸を貫いた。 だが、そこには一つの計算違いがあった。 ワルド子爵は、ルイズには力があると信じていた。そして、その力を自身の欲望のために利用しようと考えていた。 実際、ルイズには力があった。だけど、それはワルド子爵に制御できる程度のものではなかったのだ。 結婚式の時、ルイズは遅れて礼拝堂にやってきた。 リリイとロングビルに持たせた大きな風呂敷包みが、なんだか不安を誘ったが、そこはみんなでスルーした。 そして、いざ始祖ブリミルへの誓いをというときになって、ルイズはワルド子爵に言ったのだ。 「何をそんなに焦っているのだ?」 その言葉で、わたしたちは気づいた。 幼いときからの知り合いで、婚約者であるはずのワルド子爵は、この旅の間、発情期の孔雀のようにルイズに自分をアピールし続けていた。 まるで、この機会を逃せば、もうルイズを手に入れることが出来なくなるのだというように。 ルイズを自身の手駒として手に入れようと考えていたワルド子爵の考えは、当のルイズ本人に看破されており、自身の望みが果たせないことを理解した彼は、正体を明かすと同時にウェールズの命を奪った。 そして、手に入らないのならばとルイズの命を奪わんとしたとき、ルイズが隠していた能力を見せる。 ルイズには、ワルド子爵と互角の戦闘力を持つ使い魔のリリイがいる。普通に考えれば、ワルドに勝ち目はない。 だが、風のスクウェアメイジには、偏在という魔法がある。 それは、自身とまったく同じ能力を持った分身を生み出す魔法。いかにリリイが強くとも本体を含めて五人ものワルド子爵に勝てる道理はない。 そして、リリイ以外の人間。わたし、キュルケ、ギーシュ、ルイズ、ロングビルの五人には、残念ながらワルド子爵に勝てるほどの能力はない。 ゆえに、ルイズの生存は絶望的なはずであった。 この時ルイズが使った魔法は、原理としてはサモンサーヴァントに似たものだったのだと思う。 離れた場所にいる者を召喚する魔法。違うのは、それらは複数であり、すでにルイズと契約を済ませ命令を聞く存在であったこと。 現れたのは、オーク鬼や翼人や吸血鬼といった亜人たち。 毎夜どこかに出かけていたルイズは、それらを倒し配下としていたのだ。ちなみに、前の事件でフーケを捕らえたのも、彼らだったのだという。 平民とは比較にならない強靭な肉体を誇るオーク鬼や、先住の魔法を使う翼人と吸血鬼。 それらは、ただでさえメイジにとってすら脅威となりうる戦闘力を持つのに、ルイズの下で働かされ戦いを繰り返すことで、それぞれがリリイと互角の実力を持っていた。 数で、こちらを蹂躙しようとしたワルド子爵は、より多くの数で敗れ去ったのだ。 だけど、ルイズは裏切り者であるワルド子爵を殺しはしなかった。 それが、婚約者への未練であるのではないかと思ったのは、一瞬のこと。 ルイズは、倒れたワルドの服を剥ぎ、同時にリリイにも脱ぐようにと命じた。 その後、何かを察したキュルケに一時放り出されたわたしは、しばしの時間の後、やけにグッタリした顔の皆と再会する。 全員。ルイズもリリイもキュルケもロングビルもギーシュも、妙に上気した顔をしていて服も乱れていたのだから、さすがにわたしにも何をしていたのか理解できるのだが、なんの目的でそんなことをしていたのかは分からなかった。 キュルケも、ルイズの目的は分かっていなかったはずなのに、躊躇いなく参加するのは如何なものか。 まあ、目的の方も尋ねてみればすぐに答えが返ってきたのだけど。 ルイズには、性魔術という魔法が使えて、それを使うと魔法を使うための精神力を簡単に回復できるのだそうだ。 それで、亜人たちを召喚するのに使った精神力を回復させた理由は、レコン・キスタを倒すことであるとルイズは言った。 無茶だ。と、わたしは思ったが、彼女には勝算があった。 礼拝堂に遅れてやってきたルイズたちが持ってきた荷物。それは、この城中から集めてきた宝物。 呆れたことに、火事場泥棒をしてきたルイズが運んできた物の中に古いオルゴールがあった。 それが、勝利をもたらすのだと言われても、納得できようはずもない。 とはいえ、思ったより早く攻めてきたレコン・キスタを相手に逃げる暇のなかったわたしたちには、ルイズの賭ける以外に他に手立てがなかった。 ルイズがオルゴールから得たものは、虚無の魔法。 その魔法が、どれほどの威力を持つものなのか、わたしたちは知らなかった。多分、ルイズも正確には予想できてなかったに違いない。 だって、一個人の使う魔法が、一撃で万単位の兵士を吹き飛ばすだなんて、誰に予想できるというのだ。 大爆発の魔法の後に敵兵士の襲いかかった亜人の群。それが、レコン・キスタを完膚なきまでに叩きのめし、敵軍の首魁クロムウェルすら虜囚にする。 それで、全てはおしまい。 それが、思い違いであったと、わたしたちはすぐに思い知らされる。 ルイズは、別にアルビオンの王党派を救おうなどとは考えてはいなかった。 ただ単に、自分の集めた戦力とここで手に入れた魔法を試してみたかっただけなのだ。 そして彼女は、もう充分だと判断した。のみならず、クロムウェルから人の心を操るアンドバリの指輪というマジックアイテムすら奪い取った。 その結果、ルイズは彼女が欲するものの足がかりを手に入れたのだ。 この世界全てを蹂躙する力と軍隊を。 そうして初めて、彼女は自身の正体と目的をわたしたちに話す。 ここではない、ある世界での物語。 そこには、魔王と呼ばれる邪悪がいて、そいつは勇者たちによって倒された。 だけど、魔王は自身の魂だけを切り離し、使い魔に持たせ逃れさせた。 それをルイズが召喚してしまった。 魔王の魂を持つ使い魔を。 そして事故が起こる。 使い魔、リリイの持つ魔王の魂がルイズに入り込んでしまったのだ。 これは、お互いにとって不本意な事態であったろう。 ルイズとしては、そんな得体の知れないものに肉体を乗っ取られるなど、望んでいたはずがないし、魔王としても、少女の肉体に憑依するなど納得できようはずがない。 なにしろ、性魔術を使うに当たっては、男性を相手にしなくてはならなくなったのだ。リリイという、代わりを務めてくれるものがいなければ発狂していたかもしれないとは本人の弁である。 なんにしろ、魔王は自身の望みを叶えるために活動を開始する。 リリイを育て、戦力を集め、元の世界に帰る方法を探す。 封印された肉体を取り戻すために。かつて、自身を打ち倒した者たちを責め滅ぼすために。 今、レコン・キスタとアルビオン王党派を、アンドバリの指輪の力で手に入れたルイズは、ハルケギニアの全てを支配するつもりである。 元の世界を攻める戦力を手に入れるという理由ために。 そして、今わたしやキュルケはルイズの下でハルケギニアを征服する軍体の指揮を取っている。 わたしたちとは、わたしとキュルケとギーシュとワルドと、ついでに更に成長したリリイのこと。 ルイズがわたしたちに秘密を話したのは、ようするに仲間になれという宣言であり、それ以外の選択を許さないという通告である。 わたしたちに選択肢は与えられていなかったのだ。 ただし、わたしは条件を出した。 わたしタバサ、いや、シャルロット・エレーヌ・オルレアンの命は、母を守ること。復讐を果たすこと。そのためにある。その二つを叶えてくれるなら、従おうと答えた。 ルイズは、それを了承した。それどころか事情を聞いて、毒を飲まされ正気を手放した母を癒してくれるとまで言った。 その勇気があるならばと、前置きしてだったが。 母は、優しい人だったと記憶している。 その母が、魔王の配下となった自分を見てどう思うのか? そんなことを今の今まで、考えていなかった、むしろ考えないようにしていたわたしは、自分に勇気などないことに気づかされた。 だからといって、ルイズの仲間になるのをやめるという選択肢はない。ルイズはそんなことを許さないし、あのままガリアで働いていても救いなどないと分かりきっていたのだから。 だから、ルイズの力を借りて連れ出した母は、今も気がふれたままであり、執事のペルスランに任せきりになっている。 わたしにとって意外だったのは、キュルケが素直にルイズの仲間になったことである。ギーシュのことはどうでもいい。 元々ルイズと仲がよかったわけでもはなく、ルイズの世界征服にも興味を持たないであろうキュルケが何故と思ったわたしに、彼女は苦笑と共に答えた。 「だってねえ。本当にルイズが魔王に完全に乗っ取られていたら、わたしたちは今生きてないわよ」 キュルケが魔王の過去の話を聞いて最初に感じたのは違和感であったという。 魔王が、自身の話した通りの存在なら、それは人の命を虫ケラの如く扱い、自分たちのことなど、さっさと口封じに始末しているか、どこかで使い捨てにしているだろう。 なのに、それをしなかった理由はどこにあるというのか? それは、魔王に乗っ取られた身の裡に、ルイズ本人の心が残っているからに違いないとキュルケは考えた。 ならば、魔王からルイズに守ってもらっている自分としては、その借りを返さないわけにはいかないではないか。 そんなことを言う親友に、わたしは今更ながらに彼女がルイズを嫌ってなどいなかったのだと、それどころか好きだったのだと気づかされた。 そうでなくて、借りがあるからと、家族のいる祖国にまで戦争を仕掛けようという魔王に手を貸そうなどと誰が考えるものか。 わたしは、わたしと母を取り巻く過酷な運命から救ってくれたルイズに感謝している。 わたしは、キュルケまで、こんな運命に巻き込んだルイズを憎んでいる。 わたしは多分間違っているのだろう。だけど、今更道を違えることは出来ない。 この先、わたしたちにどのような結末が待っているのかは分からない。分からなくても進むしかないのだから。 小ネタで姫狩りダンジョンマイスターからリリイ召喚