約 643,810 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8076.html
前ページ次ページ天才と虚無 レメディウス・レヴィ・ラズエル ラズエル子爵家の嫡男であり、また、ラズエル咒式総合社の咒式技術者。 二十代という若さでありながら、宝珠や機関部などの咒式制御系において、いくつもの特許を取得している。 さらに、十二歳のときにチェルス将棋の大陸大会において、二十二歳以下の部門を制覇した、正真正銘の天才である。 そんな彼は咒式技術者として砂漠の国ウルムンを訪れた際、<曙光の戦線>という過激派集団に襲われ、誘拐される。 衣服以外の一切の所持品を奪われて、レメディウスは牢獄に幽閉されていた。 しかしそんなある日、レメディウスは牢獄の中に、光る姿見のようなものを発見した。 牢獄内の生活で暇を持て余していた彼は、好奇心に駆られてそれに触れ―――― 「――――気付いたら、あの草原にいたんだ」 そこから先は説明しなくても大丈夫だよね? と、レメディウスと名乗る青年は問う。 ルイズはそれに、大丈夫だと首肯する。 二人はテーブルをはさんだ二つの椅子に座っていた。ルイズは手に、夜食のパンを握っていた。 王立トリステイン魔法学院、女子寮、ルイズの部屋。 そこでルイズは、レメディウスから話しを聞いていた。 「それ、本当?」 ルイズはレメディウスと名乗る青年に尋ねる。 声には多量の疑いが含まれていただろう。なにせ、到底信じられる話しではなかったのだから。 「もちろん。ここで嘘をつく理由が、僕には無いからね」 レメディウスは辟易とした表情で、そう答えた。 呆れたように細められている翡翠色の瞳に、嘘をついているような色は見受けられない。 この表情が演技ならば、彼は素晴らしい舞台俳優だろう。それこそ、自分の専属として雇いたいくらいの。 「悪いけど、信じられないわね」 「そうだろうね。僕だって、未だに信じられないんだし」 「別の世界ってどういうこと?」 「文明がもっと発達してると考えてくれたらいいかな。あと、月は一つしかなかった」 レメディウスが窓の外を指さす。 夜の帳が下りた空には、赤と青、大と小の月が輝いている。 ルイズにとってはいつもと同じ夜空だが、レメディウスにとっては違うようだった。 「月が一つなんて、そんなふざけた世界が何処にあるのよ。まるで御伽噺じゃない」 「僕からしたら、この世界のほうがよっぽど御伽噺さ」 レメディウスはそういうと、ルイズへと視線を戻し、苦笑する。 与太話だ、とルイズは思った。 確かにレメディウスの言葉には真実味があるし、即席で考えた設定とも思えない 。 まるでそういう世界が本当にあるかのようだ。 だが、レメディウスの表情からは、焦りが感じられない。 ルイズがもし異世界にいきなり飛ばされたとしたら、帰りたいと喚くだろう。 レメディウスからはそういう「焦燥」や「不安」といった感情が欠落しているように感じる。 それが、レメディウスの言葉から真実味を欠けさせ、嘘臭くしていた。 「異世界から来たっていう割には、あんた帰りたいとか言わないじゃない」 ルイズは感じていた違和を正そうと、レメディウスを問い詰める。 「本当に異世界から来たっていうなら、もっと焦ったりとかするものじゃないの?」 これでまともな答えが返ってこなかったら嘘だろうと、ルイズは考える。 レメディウスはその問いを聞くと、きょとんとした表情を浮かべ、その後に皮肉気に頬を歪めた。 「それは仕方ないかな。僕は帰りたいと思ってないから」 「はあ? なによそれ」 「説明するのが難しいんだけど………とにかく、元の世界に未練が無いんだ」 会いたい人とかもいないしね、とレメディウスが肩をすくめる。 「あんたにだって、家族とかいるでしょ?」 「いるけど」 「会いたくないの?」 「あの人とは、会えないっていうなら別に会わなくてもいいかなって感じかな」 ルイズはレメディウスの顔に、一瞬だけ不快気な色が浮かんだのを捉えた。 あの人、という他人行儀な言い方から、限りなく他人に近い関係なのかも、とルイズは直感的に思う。 しかも、折り合いが良くなさそうだった。 「まあ、それは良いとして………あんた、本当に別の世界から来たって言い張るの?」 「言い張るも何も、そうとしか思えないんだ」 「じゃあ、なんか証拠ある?」 「証拠?」 「そう、証拠。わたしが納得できそうなモノ」 ルイズがそういうと、答えに窮したようにレメディウスが黙りこむ。 しばらく逡巡したのち、 「困ったな、なにももってない」 と苦笑交じりに言った。 「証拠が無いなら、信じるのは無理だわ」 ルイズがパンをちぎって口へと運び、咀嚼しながら言った。 行儀が悪いが、どうせレメディウスは使い魔なのだから関係ないだろう。 「異世界に行くなんて解ってたら、何かしら持ってきたんだけどね」 何か持っていないかとポケットを探るレメディウス。 しかし、直前まで牢獄に閉じ込められていたレメディウスは、魔杖剣どころか曲がった匙一つ持っていなかった。 「うーん………チェルスなら得意だけど、あれじゃ証拠にはならないだろうなぁ…」 どうしたものかと悩むレメディウスが、ぽつりと漏らす。 「チェルス? なにそれ?」 知らない単語に、ルイズが反応した。 「チェルスって言うのは二人でやる盤上遊戯だよ。八掛ける八の升目のある盤上に、王や騎士の駒を並べて………」 「それって、チェスのことじゃないの?」 「チェス? こっちではそういうのかな? 交互に駒を動かして、王を詰める遊戯なんだけど」 「やっぱりチェスじゃないの。あんた、得意なの?」 「僕の知っているものと同じなら、だけどね。これでも元の世界では強かったんだ」 レメディウスは自信ありげに頷く。 いままで微笑や苦笑しか浮かべていなかったレメディウスが、自慢げな表情を浮かべていた。 「じゃあ、私が相手でも勝てるかしら?」 ルイズはそんなレメディウスを見ながら、言った。 レメディウスはルイズを一瞥すると、即答する。 「勝てるだろうね」 冗談を全く含まない、分析し尽くされたような冷静な声音。 その言葉は刃となって、ルイズの貴族としての矜持を大きく抉った。 「あ、あんた、随分大口叩くじゃない! そんなに自信があるの?」 「まあね。これでも、大陸で一番強いって言われてたこともあるんだ」 ルイズの口の端がひくひくと痙攣していることに、レメディウスは気付いていない。 自慢げな表情で、言葉を紡ぐ。 「君の強さにもよるだろうけど、十中八九勝てるよ。自信がある」 レメディウスが胸を張るのと、ルイズの内側でブチッ! と何かが切れた音がするのは同時だった。 バンッ!! と、ルイズがテーブルに平手を叩きつける。 手の下でパンが潰れて、ナンのようになっていた。 「あ、ああああああんた、いい度胸じゃない! いいわ、わたしに勝ったらあんたの与太話、信じてあげるわよ!」 レメディウスはルイズのその言葉に、きょとんとした表情を浮かべた。 「いいのかい? たぶん、僕が勝ってしまうけれど」 「ええ、いいわよ」 ルイズは椅子を引くと、椅子から飛び降りる。 ベッドわきの机の引き出しを漁り、何かを小脇に抱えて戻ってくる。 「ただしッ!」 バンッ! と、ルイズがテーブルに何かを叩きつけた。 風圧で、テーブルに張り付けられたパンが吹き飛ぶ。レメディウスがそれを受け止め、テーブル上に置いた。 ルイズが持ってきたそれは、ガラスで作られた、美しいチェスの盤面だった。 「あたしにも勝てないようなら、あんた打ち首だから」 レメディウスはその時初めて、ルイズの浮かべる表情に気付いた。 それは、冗談を言っている顔には全く見えなかった。 「ど、努力するよ。打ち首はいやだし………」 レメディウスの背中に冷たいものが伝った。 ルイズの視線には、恐怖を感じさせるセロトニンやノルアドレナリンを分泌させる咒式でも展開しているのだろうか? レメディウスにそう思わせるほど、ルイズの眼光は鋭かった。 「そうね、せいぜいがんばりなさい」 不遜にそういってのけると、ルイズはガラスの盤面に駒を並べ始める。 ルイズの駒が金、レメディウスの駒が銀でできていた。 「じゃあ、規則の確認をしてもいいかな? 僕の知っているチェルスと、規則が違うかもしれない」 レメディウスが銀色の女王を手に取る。 使う駒は似通っているし、駒を並べる順も同じだが、それでも規則の細部が違っている可能性は否めない。 「良いけど。ルールがちがうから負けたなんて言い訳は無しよ?」 「これでも指し手の誇りがある。そんな真似は絶対にしないさ」 「あっそ、ならいいわ。じゃ、駒の動きから確認ね」 ルイズとレメディウスが、駒を一つ一つつまみあげて動きを確認していく。 ルールの確認が終わると、ルイズはレメディウスに先手を打つように言った。 「いいのかい?」 「いいわよ。貴族はそれくらいの余裕があってしかるべきだわ」 「では、お言葉に甘えて」 レメディウスは銀色の駒をつまみあげ、前進させた。 ○ ○ ○ 数時間後、夜も更けた時分。 レメディウスとルイズの二人が、始めた時とほぼ同じ態勢で盤面を囲んでいた。 「狭いところばかり見ていてはいけないよ。広く盤面を見て、可能性を探すことが 大切なんだ」 レメディウスが、盤面を凝視するルイズへと声をかける。 しかしルイズは黙ったまま、しかめ面で盤面を睨みつけていた。 「この部屋の外には外の世界が広がるように、たとえば、世界はこの世界だけではない」 レメディウスが言葉を続ける。 「実は、次元の壁を超える伝達手段が存在する。 これは超紐理論における紐、一次元の長さを持つ存在で、粒子は紐の振動として現れてくるという概念をさらに拡張したものなんだけれど………」 レメディウスの言葉を聞いていないように、ルイズが一手を放つ。 即座にレメディウスによって、最高の一手が返された。 ルイズの可愛らしい眉間に皺が寄る。 数十秒の間、盤面を睨みつけ、やがて一手を打つ。 より厳しい一手がレメディウスによって返され、ルイズが泣きそうな表情になった。 「理論より導かれるP世界とは、P次元として、Pが一なら紐、二なら膜というように任意のPが設定できるなら、 この世界は四次元以上の高次元空間にあるものとして現れてくると推測されている」 考えていたルイズの表情に明るさが戻る。 金色の駒をつまみあげ、自信を持って前進させる。 レメディウスの手が閃き、より厳しい一手を打った。 ルイズの眉間により深いしわが刻まれ、鳶色の瞳が細められた。 「ほとんどの物理力は世界という枠に閉じ込められて、外に出ることは出来ない」 いらいらとルイズの足が、等間隔に床を蹴る。 それを聞きながらレメディウスは、説明を続ける。 「しかし、重力だけは別の世界に影響を及ぼせる。重力の方向に別世界があれば、重力波伝達される」 レメディウスの言葉を無視してルイズは、盤面を指差して残る手を模索する。 対してレメディウスは盤面を見ることをやめ、既に自分の思考に囚われていた。 「別世界にまで影響を及ぼすならば特異点を発生させるようなブラックホール並みの重力波が必要なんだけれど」 そこまで言って、レメディウスの言葉が止まった。 盤面を見て、ルイズへ視線を向ける。 「あ、これは考えても無駄な盤面だよ。あと十三手か十五手のどちらかで、絶対に詰みになるから」 レメディウスの指摘に、ルイズの頬が風船もかくやという程に膨れた。 駒を取ろうとしていた手が止まり、そのまま盤面に乗っている駒を片端から叩き落とす。 「わわ、なんで盤面を壊すのさ!」 「あんたさあ! そんなに強いなら何で最初っから言わないのよ!」 「最初から言ってたじゃないか………」 ルイズの理不尽な物言いに、レメディウスは苦笑する。 床に散らばった駒を拾い集めると、駒を最初の状態に並べ直す。 「それに、なんかあんたブツブツ言ってたけど、あれ何よ。なんかの呪文?」 「呪文じゃないよ。咒式――――僕たちの世界での魔法みたいなものかな? それの基礎になる初歩の理論さ」 「何言ってるか、全然分かんないわ。もっと簡単に言いなさいよ!」 苛立ちと呆れを綯い交ぜにした表情でルイズが言う。 レメディウスが、苦笑の表情を深くしつつ、答えた。 「つまり、世界はここだけじゃない。たくさんあって重なり合い、そこには僕たち以外の誰かがいるかもしれないんだ」 面倒な説明を省いた、結論のみの理論。 それを聞いたルイズの瞳が、胡散臭げにレメディウスを見やった。 「ふぅん…………。じゃあ、あんたはそういう世界のどっかから来たってこと?」 ルイズの言葉に、レメディウスが目を丸くする。 「おや? 信じてくれる気になったのかい?」 「だって、チェスで負けたら信じるって約束だったでしょう? 約束を破るなんて、貴族の恥さらしだわ」 ルイズが悔しそうに、つんと顔をそむける。 可愛らしいその仕草に、レメディウスは柔和な笑いを浮かべた。 嘘が嫌いというか義理がたいというか、要はそういう少女なのだろう。 「それで、いったいどうなの? あんたはそういう世界から来たっていいたいわけ?」 「察しが良いね――――と言いたいところだけど、それは僕にもわからないんだ」 「なによ、違うの?」 自説を否定されたようで、ルイズの顔に不機嫌さが浮かんだ。 レメディウスはそれを見て笑うと、言葉を続ける。 「違うかもしれないし、違わないかもしれない。肯定も否定も、するには情報が足りないんだ」 「なにそれ、はっきりしないわね」 レメディウスの答えに、ルイズは呆れて溜息をついた。 白黒の盤面を睨みつけていたせいだろう、目がちかちかする。 「でも、元来た世界が解ったところで、帰れないわよ? あんたはわたしと契約して、わたしの使い魔になっちゃったんだもの」 そもそも、召喚したものを元に戻す呪文なんてないし、とルイズが付け足す。 レメディウスは人間で、さらに自称異世界人だが、それでも自分がやっと召喚に成功した使い魔だ。 主人である自分をおいて元の世界に帰るなど、ルイズには許せなかった。 「別に帰る気はないからね。帰れなくたっていいさ」 ルイズの言葉に、レメディウスが肩をすくめながら答える。 その顔に浮かんでいる微笑に、ルイズは少し、影があるような気がした。 先程も思ったが、レメディウスは家族と折り合いが悪いらしい。 複雑な事情があるのだろうと、そう思った。 「まあ、あんたがそういうならいいんだけどね」 ルイズは、レメディウスによって綺麗に並べ直された盤面から金の駒を拾い上げ、何気なく指先でもてあそぶ。 「あんたは人間でも使い魔なんだから、使い魔としてしっかり働きなさいよ?」 「もちろん。僕にできることなら何でもするさ」 「人間にできることって、雑用くらいしかないけどね」 「というかそもそも、使い魔というのはいったいどういうことをするんだい?」 そういえば聞いていなかったと、レメディウスが呟く。 幻想文学の類はほとんど読んだことが無かったため、知識に乏しかった。 ルイズは出来の悪い生徒に講釈するように、椅子の上で膝を組んだ。 「使い魔にはまず、主人の目となり耳となる能力が与えられるの」 「言葉から察するに、視覚や聴覚の共有かな?」 「そう。でも、あんたじゃダメみたい。あんたからは何にも見えないし」 それは逆によかったんじゃなかろうかと、青年は思った。 ルイズは不満そうだが、さすがに入浴や用便の時に視覚を共有されるのは気分が悪い。 少女はレメディウスの思考をよそに講釈を続ける。 「次に、使い魔は主人の望む物を見つけてくるの。具体的には秘薬やその材料ね」 「秘薬?」 「硫黄とか、苔とか、そういうものよ。魔法を使うときの触媒にしたりするわ」 「なるほど」 そういう科学的側面も魔法には存在するのか、とレメディウスは感心する。 「最後に、使い魔は主人を守る存在なんだけど………あんたじゃ無理そうね」 ルイズがレメディウスを、値踏みするように見やる。 背は高いが、肉付きは薄く、筋肉質には見えない。 性格も柔和といえば聞こえはいいが、悪く言えば気弱なところがある。戦闘には向かないだろう。 「護身術程度ならなんとかなるけど」 「平民の護身術なんか、メイジ相手にじゃ意味無いわよ」 ちなみにルイズは、レメディウスが子爵家の嫡男――――貴族であるということをすっかり忘れている。 ルイズの脳内では、レメディウスは自称異世界から来た、平民である。 「僕は魔法のことは解らないからなあ………」 「なんか、使えないわね。あんた」 「面目ない」 嘆息しながら、ルイズは指先で弄んでいた女王を盤面に降ろす。 床においていた木箱を開くと、その中に盤面の上の駒を片付け始めた。 駒をしまうための窪みが箱の内側に彫られている。どう見てもチェスの駒をしまう専用のものだった。 「おや、片付けるのかい? もうやらないのかな?」 「あんたねえ………いったい今何時だと思ってるの? 疲れたし、もう寝るわよ」 「それもそうだね。流石に十三回も対局すれば疲れるか」 一度目に完膚なきまでに敗北したルイズは、もう一度よ! とレメディウスに喰ってかかった。 それを繰り返し、最後の対局で十三回目。 繰り返された回数は、ルイズが敗北した回数に比例していた。 「結構、良い指し筋だったよ。十三回もやったのに、一度も同じ手を使わなかったしね」 「だって、同じ手じゃ勝てないでしょ」 「そうだね。ただ、同じ手に見せかけたり、別の手に見せかけたりというのは結構重要で――――うわぁああっ!?」 チェス盤を片付け終えたルイズがいきなり服を脱ぎ出したのを見て、レメディウスが悲鳴をあげる。 白い肌に一気に朱が差し、翡翠色の瞳が凄まじい速度で泳いだ。 「な、なななななんで服を脱いでいるんだい!?」 「なんでって、着替えないと寝れないじゃないの」 「いや、確かにそうなんだけどもね? 一応僕は、男なんだけど」 その言葉に、ルイズが蔑むような眼をレメディウスに向けた。 「使い魔の雄に見られたって、別にどうとも思わないわよ」 「ああ、そう…………」 ルイズの言葉に少し悲しくなりながら、少女の着替えを見ないよう、レメディウスはテーブルに突っ伏す。 しばらくしたのち、その金髪の上に、何かが投げつけられた。 「? なにこ――――――うわぁああっ!!?」 両手で広げたそれは、シルクの布地で造られた三角形。 純白のそれは繊細なレースで美しく装飾され、気品さまで感じられる。 それは、レメディウスの認識が間違っていなければ、ショーツと呼ばれる下着だった。 「それ、明日洗濯しておいてね」 既に寝巻に着替え終わっているルイズが、レメディウスの投げ出した下着を指差して言った。 「………………普通、こういうものの洗濯は女性にたのまないかい?」 「あんた、雑用くらいしかできないんだから雑用しなさいよ」 「了解……」 ルイズはその返事に満足そうに頷くと、自分のベッドに潜り込む。 「僕は何処で寝たら良い? やっぱり外のほうが良いかな?」 流石に女子寮で男が寝るのは良くないだろう。 砂漠のウルムンは、夜は氷点下になることもあった。それに比べればこの気候だ。 外で寝ても、凍えることはないだろう。 「そこ。そこの藁束」 ルイズが、部屋の隅を指差す。 そこには馬小屋などの飼い葉をそのまま持ってきたような藁束があった。 「まさか人が召喚されるとか思ってなかったから」 「なるほど………」 「毛布は貸してあげる」 今度は自分の足元を指差すルイズ。 「では、お言葉に甘えて」 レメディウスはそこにあった毛布を拾い上げて、藁束の上に寝転んだ。 牢獄の固い寝台より、柔らかいだけ上等というものだろう。ちくちくと肌を刺すのが難点といえば難点だが。 そんなことを考えていたら、ルイズがパチンと指を鳴らした。同時に、煌々と部屋を照らしていたランプから光が消える。 魔法とは便利なものだと、レメディウスは改めて感心した。 「明日、朝起こしてね」 「はいはい」 言いつけられる仕事が本当に雑用で、レメディウスは苦笑する。 これでは使い魔というより、従僕という気がした。 「それじゃ、おやすみ」 「おやすみ」 最後に言葉を交わして、会話が途切れた。 レメディウスは、ルイズの寝息が聞こえるのを待っていた。 そしてその寝息が聞こえ始めたところで、レメディウスも瞳を閉じた。 言葉にこそ出さなかったが、ルイズ同様に疲れていたため、眠りに落ちるのは一瞬だった。 前ページ次ページ天才と虚無
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6218.html
前ページ次ページゼロの魔王伝 ゼロの魔王伝――8 夢の世界に沈んだルイズは、これが夢の中だと分かる不思議を感じながら、懐かしくさえ思える夢を見ていた。それは春の使い魔召喚の折の事。唱えても唱えても爆発ばかりが起き、一向に使い魔を召喚できずにいたルイズに周囲の生徒から罵倒が飛ぶ。 “ああ、これは、Dを召喚した日の事ね” この日の事は今も鮮明に思い出せる。その時の情景も、周囲から向けられる感情の種類も、虚しく空を切る杖の感触も、なにも呼ぶ事無く虚ろに響く呪文も……もっとも、Dの美貌ばかりは夢の中でも思い出せないけれど。 魔法学院の外に広がる薄緑が連なる草原の真ん中で、同級生達に軽蔑の視線でもって見守られながら、ルイズは何度も杖を振り、呪文を唱え続ける。だがそれは実を結ぶ事無く草原に土煙を幾筋もたなびかせていた。 引率として同伴していた頭頂の毛が薄い、温和そうな中年男性のミスタ・コルベールが、最後の機会と夢の中のルイズに告げる。ルイズは上空からその様子を俯瞰する高さで見つめていた。これが最後と覚悟を決め、詠唱を始める夢の中のルイズ。 それまでと変わらぬ爆発が起きた時、夢の中のルイズは目の前が真っ暗になったようだった。いや、実際そうだった。必死に歯を食い縛って流すまいと堪えていた涙の粒が眼尻に大きく盛り上がり、ついには理性の堤防を破って滴り落ちそうになる。 その涙を許さない貴族としての矜持、もうどうでもいいと投げやりになる素の感情。せめぎ合うそれらがルイズの心を掻き乱していた。 周囲の生徒達の野次が一層ひどく、そしてコルベールの姿にも傍から見てもあからさまに失望の色が伺えた。無理もない、また自分は落ちこぼれのルイズである事を証明したのだから。 一人進級する事も出来ず、また同じ一年を過ごし、周囲からの嘲りと憐れみとを満身に浴びて、いずれは耐えきれずに屈辱に胸を掻き毟り自ら命を断つか、あるいは心に癒えぬ傷を抱えたままラ・ヴァリエールの領地に戻っていただろう。 “でも、違った” 慈悲深き始祖ブリミルはルイズを見放しはしなかった。やがて土煙に薄く人影が映し出された時、すべての音は絶え、唯一その場に居た人間のみならず使い魔たちの息を呑む音だけが響いた。 そう、風さえも音を絶やしていた。風は怯え、土は慄き、火は熱を失い、水は流れる事を止めた。 ルイズが召んだ者――いやモノとはそれほどまでに美しく、それほどまでに恐ろしいものだと、人間よりも世界が悟ったのだ。 見よ、立ち込める土煙は決して触れてはならぬ者の出現を悟り自ら左右に分かれ、踏みしめられる大地は喜びと共に甘受し、頬に触れた風は恍惚と蕩け、泥の如く蟠って大地に堕ちた。 ルイズの瞳にそれが映し出された。コルベールの脳がそれを認めた。周囲の生徒達が考える事を止めた。使い魔達は来てはならぬ者が来た事を悟った。 かつて、森の彼方の国から、一人の美女を追って全てを白く染めるほどに濃い霧と共に、死者のみを乗せた船の主となって倫敦を訪れたバンパイアの様に、ソレは姿を見せた。 太陽の光がそのまま闇の暗黒に変じてしまうかの如き黒の服装。胸元で時折揺れる深海の青を凝縮したようなペンダント。それらが彩る、広く伸びた鍔の旅人帽の下にある美貌よ。美しさとは、これほどまでに極まるものなのか。 それは、美しいという事さえ認識できぬ美しさであった。目の前のそれを表す言葉を探り、しかし美しいと言う他ないと認め、それよりも相応しい言葉を見つけられないと絶望するのに刹那の時を必要とした。 若い、まだ二十歳になる前の青年であった。銀の滑車がついたブーツは音一つ立てずに歩み、かろうじて息を吹き返した風の妖精たちによって靡く波打った黒髪も、漆黒のコートもその全てに美しいという形容の言葉を幾度も着けねばならぬ。 右肩に柄尻を向けて斜めに背負った一振りの長剣は180サントを悠々と越える青年の身の丈にも届くほどに長く、尋常な腕では満足に鞘から抜き放つ事も出来ないだろう。 一歩、二歩と歩む青年の姿はルイズの魂を根幹から揺さぶるほどに美しく、この瞬間、ルイズはこれまで影のように傍らに在り続けた“ゼロ”というコンプレックスを忘れた。 一人の少女の輝かしい生涯を、その終りまで暗黒に変えるだろう劣等心を忘却させた青年は、しかし、三歩目を刻む事はなかった。土煙とは異なる白煙を全身から立ち上らせた青年は、ゆっくりと、その様さえも美しくうつ伏せに倒れたのだ。 ど、と重い音が響く。ルイズが目の前の光景を理解するのに数秒を要した。 『目の前に倒れているのは、誰? 私が召喚した、使い魔? いや、こんな美しい御方が? いえ、それよりも、倒れている? どうして? 違う、そんな事よりも!!』 意味のある言葉にならぬルイズの思考を突き動かしたのは、自分が呼び出したかもしれない使い魔を保護しようという意識ではなかった。 それは奉仕の心であった。この方の為に何かしなければならない。何か自分に出来る事があるのなら、それに全力を尽くさねばならない。期待の結婚詐欺師にかどわかされ、夫を殺した婦人方の万倍も強く、ルイズは眼前の青年の奉仕者となっていた。 トリステイン王国でも五指に数えられる名家中の名家ラ・ヴァリエール家の令嬢として、多くの召使たちに傅かれ日常の雑事の全てを他者に委ね、頭を下げられる事を当たり前の事として育った少女が、この時世界の誰よりも強い奉仕の心を持っていた。 誰よりも早く倒れ伏した青年――Dに駆け寄り、膝をついて白煙をたなびかせる剣士へと手を伸ばして声をかけた。 「大丈夫ですか、ミスタ! どこかにお怪我でも? 熱っ!?」 その背に恐る恐る伸ばした右手が、途方もない熱を感じ、思わずルイズは手をひっこめた。この場に居る誰もが知り得る筈もないが、Dはほんの数秒前まで燃えたぎるマグマに飲み込まれんとしていたのだ。 その余熱がこの青年の体を焼き、今も体内に残留していたのである。Dの意識が絶えている事を、自分の呼び掛けに無反応である事から確認し、ルイズは大きく声を張り上げた。これほど乱暴に声を荒げたのは初めての事だったろう。 「誰か、水魔法使える子は早く来て! 治癒をかけるのよ、怪我をされているわ! のろくさとしないで、さっさとしなさい!!」 雷に打たれたように、ルイズの怒声を耳にした生徒達の中の、全水系統の者達が全力疾走でDの元へと駆け寄った。彼らもまた美の奉仕者へと変わったのだ。 押しあいへしあい、我先にこの美しい方の傷を癒さんと杖を伸ばす生徒達のど真ん中で、ルイズは憎悪の視線さえ向けられながらぐいぐいと遠慮なく体を押されていたが、それに負ける事無く、ひたむきな視線を倒れ伏したDへと向けていた。 敬虔な信徒、忠義に熱い騎士、一途な恋に身を焦がす少女、その全てに似て非なる視線であった。だが、Dの身を案ずるという一点においてその全てと共通していた。 ルイズにとって二番目の姉の体を案ずるのと同じくらいに、今、Dの怪我の治癒に対して心を砕いていたのだ。 流石に教師としての面目を思い出したのか、コルベールが最も早く正気に戻り、Dの傷が癒えた頃を見計らって、生徒達に戻るよう声をかける。途端にこれまでの人生で浴びせられた事の無い程の、怒涛の殺気がコルベールの全身を呑みこんだ。 途方もなく巨大な蛇に飲み込まれてしまったように、コルベールは恐怖に身を竦ませた。美への奉仕を邪魔する者に制裁を、この一念で水系統の魔法学院生徒達はコルベールを睨みつけたのだ。 とても実戦経験の無い生徒達が放つとは思えぬ殺気を浴びてコルベールの毛根は死んでゆく。はらはらと抜け落ちる自身の毛髪には気付かず、なんとか心胆に力を込めて生徒達に声をかけ直す。 「こ、これで使い魔召喚の儀は終わりですぞ! 急いで学院に戻りなさい!」 ゆらゆらと立ち上がる生徒達は、まるで冥界から生ある者を恨みながら黄泉返った死者の様に恐ろしくコルベールの眼に映る。チビりかけるが、かろうじてこらえる。教師としての威厳や年長者としての自尊心を動員し、なんとか成功した。 傍らを過ぎる度に水系統生徒達に血走った眼を向けられて、コルベールは保健室で胃薬を貰おうと決心した。その他の系統の生徒達も、頬を薔薇色に染めながら、失神したクラスメート達を抱えて、学院へと戻り始めた。 美の衝撃は抜けず、人間に空を飛ぶ事を約束するフライの魔法を唱える事の出来た者は一人もおらず、全員が自分の足で使い魔を連れて戻っていった。他の生徒達がいなくなった草原に、倒れたままのDと共に残っていたルイズに、コルベールが声をかけた。 「さ、ミス・ヴァリエール、保健室にその方を運びますぞ。契約はそちらが目を覚まされてから事情を説明した上で、でよろしいですかな? 古今人間を使い魔にした例はありませんが、神聖な使い魔召喚の儀式においてやり直しは認められませんからな」 「あの、でも、ミスタ・コルベール」 雨に打たれる子犬の様に弱々しく、ルイズはそのまま泣き出しそうな顔で、上目使いにコルベールを見た。赤く染まった頬に潤んだ瞳は、誰もがこの小さな少女を守ってあげなければならないと思わせるほど儚く、可憐だった。 「なんですかな?」 「わたしなんかが、この人を使い魔にするなんて事があって良いのでしょうか?」 「うむ、それは、まあその青年が目を覚まされてからの話と言う事で」 と、コルベールは逃げた。彼自身、このような使い魔が召喚されるなど想像だにしていなかったのだ。メイジに相応しいと思える使い魔が召喚される場面は何度も見てきたが、使い魔に相応しいかどうかと、メイジの方を疑ったのは初めての経験だった。 その後、コルベールが対象物を浮かび上がらせるレビテーションの魔法を掛けてDを保健室まで運んだ。 旅人帽と長剣、ロングコートを脱がし、腰に巻かれた戦闘用ベルトを括りつけられたパウチごと外して清潔なベッドに寝かせたDを、傍らでぽけっとルイズは見つめていた。完全無欠に心ここに在らずである。 気を絶やして眠りの世界に陥った青年の横顔を、宝物を眺めて一日を過ごす子供の様にして見ているのだ。 この時、ルイズは生涯でもっとも幸福であった。この時を一分一秒でも長く過ごす為にか、ルイズの体は身体機能を調節する術を覚え、保健室に運びこんでからの数時間、手洗いに一度とて行く事もなく、また睡魔に襲われる事もなかった。 自分の膝に肘を着けて、細い顎にほっそりとした指を添えて、うっとりと、うっとりと見つめていた。このまま食を断ち、眠りを忘れて命を失い、骸骨に変わろうとも何の後悔もなくルイズは見続けるだろう。 ルイズとD。ただ二人だけの世界は、この上なく美しく輝いていた。ちなみに保険医の水メイジの先生は、Dの美貌を目の当たりにして瞬時に気を失い、Dの隣のベッドで笑みを浮かべながら眠っている。 固く瞼を閉ざし、浅い呼吸は時に目の前の青年が既に息をしていないのではないかとルイズの胸に不安の種を植え付け、それが芽吹くたびにルイズは、震える指を青年の花の前にかざし、本当にかすかな吐息を確認する。 Dの吐息を浴びた指が、そのまま宝石に変わってしまいそうでルイズは頬をだらしなく緩めた。 一見すれば気が触れたとしか思えないうっとり具合であったが、その原因が桁はずれの説得力を有する外見の為、今のルイズをからかう資格のある者はこのトリステイン魔法学院には誰一人としていなかった。 はあ、とルイズは切ない溜息をついた。もう切なすぎてそのまま死んでしまうんじゃないかしら、私? と本人が思うほど切ないのである。憂いも愁い患いもルイズの心の杯をいっぱいに満たし、溢れんとしている。 それは、ルイズがこれから行うかもしれない使い魔との契約の儀が理由だった。召喚した使い魔との契約――それは粘膜の接触、すなわち口と口での接吻であった。 通常動物や幻獣の類が召喚される為、この接吻は誰とてキスの一つには数えぬものだが、ルイズの場合は相手が相手であった。 『ここここここの、くく、唇に、キキキキキィイイイイイッススススススゥをしなけれなならないのかしら? わわわわたしししし!? ふぁ、ファーストキッスにかかか、カウントすべきよね! ね!!』 とまあ、こんな具合に愁いを帯びた深窓の令嬢の雰囲気とは裏腹に、ルイズの内心はいい感じに茹だっていた。タコを放り込めばコンマ一秒で真っ赤っかになるだろう。実にホット。地獄で罪人を煮込む釜並みにぼこぼこと沸騰しているに違いない。 はあ、とそのまま雪の結晶になって落ちて砕けてしまいそうな溜息が、ルイズの唇から零れる。これまでルイズに目向きもしなかった同級生達も、はっと息を飲みそうなほどに麗しい。 可憐、と言う言葉を物質にできたならまさに今のルイズほど似合う少女は居なかったろう。 つい見惚れて、ふらふら~っと誘蛾灯に誘われる蛾よろしく――蛾、というのはいささかルイズに失礼かもしれないが――、ルイズは思わず目を細めて唇を突き出し、Dの唇へと引き寄せられる。 二人の唇の間に引力が存在するかのように、夢見る顔でルイズの頭が眠りの世界の魔王子となっているDの頭に重なる。 『横にズレなし、後は縦に落ちるだけよ、ルイズ!』 さあ、さあ、ぶちゅっと一発! とルイズは平民の様な伝法な声で自分を励ます自分の声を聞いていた。心の中の鼓膜が盛大に揺れる。それを、絞り粕の様に残っていたルイズの理性が留めた。 いくらなんでも眠っている殿方の唇を奪うなど、婦人に夜這いを掛ける殿方よりも、よほど卑しくはしたないではないか、と誇り高いトリステイン貴族でもとりわけ格式も誇りも高いヴァリエール家に生まれたルイズの気高さが、反攻の狼煙を上げたのだ。 『でもこの唇に、キ、キスできるのよ?』 はう、と声を上げてルイズは自分の小ぶりな胸を押さえて背を逸らした。残り数センチで重なった唇は、遠く離れる。反攻の狼煙は一瞬で踏み潰された。 重なる唇。触れ合う唇。融け合う唇。 私と、この青年の、唇が、こう、ちゅう、とくくく、くっつく!? かは、と息を吐いてルイズは自分の体を抱きしめた。やばい、非常にやばい。このまま心臓の鼓動が激しくなりすぎて破裂しそうだ。 ルイズはそのまま燃え上がりそうなほど過熱してゆく体温を感じていた。年相応に豊かなルイズの想像力が、重なり合う二つの唇を思い描いて脳の許容量を突破し、ルイズの理性を粉微塵にした。 『もう、悩んでないでぶちゅっといっちゃえば? べ、別に私だって好きでこんなはしたない真似するんじゃないわ。だ、だって使い魔を呼び出せなきゃ進級できないし、そしたらお父様やお母さまに恥をかかせることにもなるし。 ……ね、だからキスするのは仕方のないことなのよ。し、し、仕方なくああ、貴方とキスするんだから、そこの所を誤解しないでよね! 仕方なくよ、仕方なく何だから!』 と、この上ない至福の笑みを浮かべて契約の呪文を唱える。一秒が数十年にも感じられる中、呪文を唱え終えたルイズはすう、と息を吸った。なだらかな丘のラインを描く胸がかすかに膨らむ。 お父様、お母様、ルイズは女になります―― 「いざあああああああああ!!!!!!」 と、豪胆な戦国武将さながらに反らしていた背を勢いよく振りかぶった。割とアレな子らしい。アレとはなんぞや? と言われた、まあ、頭のネジの締め方が緩いとか、数本外れているとか、そーいう意味でだ。 そんな時、気迫が何らかの獣の形を取って咆哮を挙げている姿を幻視するほどのルイズが、どん、と背中を押された。 へ? とルイズがぽかん、とする間もなかった。コルベールに頼まれてDの世話をしにきたメイドがルイズの背を押した張本人だった。 怪我人でも摂れるようにと軽めの食事を乗せた銀盆を手にやって来たのだが、ベッドの中の眠り姫ならぬ眠り吸血鬼ハンターに心奪われ、夢遊病者の様に歩み、ルイズと激突したらしかった。 そして自分のタイミングを逸したルイズは、え、まだ心の準備が、と今さらな事を呟きながらD目掛けて落下し、やがて ぶちゅうううう という音がした。 Dが目を覚ましたのは、そのぶちゅう、という乙女のロマンもへったくれもないキスをルイズがかました直後である。 左手に刻まれる使い魔のルーンの熱と、痛みが、暗黒の淵に落ちていたDの意識を浮上させたのだ。 とうのルイズはもっと、もっとこうロマンと言うかムードのあるキスがああああああ、となまじキスが成功した所為で、現実のキスとの落差にショックを隠しきれず頭を抱えていた。 一方で、ルイズに望まぬ形でのキスを行わせた張本人たるメイドは、目の前で行われた美青年とルイズのキスの光景に、気を失って保健室の床に伸びていた。 ま、無理もない。この世ならぬ美とこの世の範疇に収まる美の接触を目の当たりにした事は、メイドの少女にとって直視に耐えうるレベルを超えた現象だったのである。 もはや兵器と呼んでも差し支えないのではないかと言う、冗談じみたDの美貌であった。頭を抱えてうんうん唸るルイズは、やがてDの視線に気づきはっと顔をあげ、Dの視線とルイズの瞳が交差した。 ひゃん、とルイズの喉の奥から仔猫の様な泣き声が一つ漏れて、腰砕けになる。かろうじて椅子から落ちなかったのは幸運といえただろう。 開かれたDの瞳に宿る感情を読み取る事は、どれだけ人生経験の豊かなものでも不可能だろう。およそ人間とは様々な意味で縁の遠い青年なのだ。その時の流れを忘れた堅牢な肉体も、その氷と鋼鉄でできた精神も。 Dはルイズの様子に注意を払うでもなく無造作に上半身を起こし、枕元に置かれていた旅人帽とロングコート、長剣を身につける。それから、至福の笑みを浮かべたまま器用に気絶しているルイズを見た。 床で伸びている黒髪のメイドにはそれこそ一瞥をくれる事もなく、ルイズの額へとDは左手を伸ばした。その左掌の表面がもごもごと波打つや、小さな老人の顔が浮かび上がったではないか。 皺と見間違えてしまうような、糸のように細い眼。米粒を植えた様に小さな歯。こんもりと盛り上がった鉤鼻。驚くほど年を取った老人の人面疽であった。この青年は自らの左手に独立した意思を持った老人を宿しているのだ。 表に出た老人の顔が口を開いた。 「やれやれ、九死に一生かと思えばとんでもない所に来てしまったのう。お前も気付いとるだろうが、ここは“辺境”区ではないかもしれんぞ」 答える声はなく、Dの左手はルイズの額に触れて、老人の唇から目に見えぬ何かがルイズの体内へと流れ込んだ。まるで氷水を直接頭蓋骨に流し込まれたような冷たい感触に、ルイズの意識が急速に覚醒した。 はっと眼を開き、自分の額から離れて行くDの左手に、皺の集合体の様な老人の顔が浮かんでいるように見え、驚きに目を見張った。老人の顔は、ひどく意地悪げに笑っていたのだ。 「あ、あの」 「ここはどこだ?」 こちらの問いの答えしか聞かぬと冷たく告げるDの声に、ルイズの蕩けていた心が強張った。目の前の青年が、美しいだけの人間ではないと悟ったからだ。不用意な言葉の一つが、自分の首を刎ねる理由になる。 それほどの、抜き身の刃と例えるも生温い心根の主なのだと悟った。美貌に囚われた心は、今や眼前の青年が死の塊なのだと知り恐怖に怯えた。 「ここは、トリステイン魔法学院よ」 これほど落ち着いた声を出せた事が、ルイズには不思議だった。心当たりがなかったのか、二秒ほど間をおいてDが質問を重ねた。 「ほかの地名は?」 「……ハルケギニア大陸、トリステイン、ゲルマニア、ガリア、アルビオン、ロマリア。主だった国や地方の名前だけど……」 「おれがここにいる理由は?」 来た、とルイズは思った。自分が目の前の青年に殺されるとしたら、コレだろうと覚悟していた。 ルイズは何が嬉しくて使い魔の契約で命の覚悟をしなければならないのかと、自らの不運を呪ったが、うまく行けばこの超絶美青年が使い魔である。 着替えさせて、と命じるルイズ。返事はないがもくもくとルイズの服を脱がして新しい服を身につけさせるD。 食事よ、と食堂に来たルイズの為に椅子を引き、腰かけたルイズにうやうやしく給仕をするD。 寝るわ、とととと、特別に私のベッドで寝てもいいわ。勘違いしないでね、藁を敷いた床で眠らせるのがちょっと可哀想だから、特別なんだからね! 普通の貴族だったら、こ、こんなこと許してくれないのよ。 私の優しさに感謝してよね、だだ、だから、ほら、早く入んなさいってば! いいこと、同じベッドで寝てもいいけど、指一本でも、私に触ったらダメなんだから! そういうのは結婚してから、結婚しても、三ヶ月はダメなんだから! ……で、でもどうしてもって言うんなら、ちょっとだけ許してあげない事もない事もないのよ? ど、どうしてもって言うならよ! ちょ、さ触ったらダメって、始祖ブリミルも、お父様もお母様もお許しに、や、ご、強引なんだから……あ、あぁ…………。 でへへ、とルイズはにやけた唇の端から涎を垂らしていた。何が引き金になって首をはねられるか分からないこの状況で、かような妄想に浸れる辺り、やはりルイズはかなりアレな子であった。可哀想な意味で。 そのルイズの様子を九割呆れ、一割感心した様子で眺めていた左手が感想を零した。 「お前を前にして、なんというか、度胸のあるガキじゃな」 「…………」 ルイズのようなタイプは珍しいのか、Dは沈黙していた。毒気を抜かれたか、肌の内側に滞留していた鬼気を小さなものに変えていた。それでもルイズか周囲に敵意を感じ取れば、レーザーよりも早いと謳われた抜き打ちが放たれるのは間違いない。 二人(?)の痛いモノを見る視線に気づいたのか、ルイズは頬を恥ずかしさで赤く染めて、もじもじと床の一点を見つめた。そうしているだけなら神がかった可愛らしさなのだが、常軌を逸した妄想に浸った直後の姿なので魅力も万分の一であった。 それから、流石に下手をしたら自分が殺されかねない状況を思い出したのか、若干手遅れな気もするシリアスな顔をした。 「少し長い話になるけど、いいかしら?」 Dは黙って頷き、先を促した。意を決したルイズの唇が開く。淡い桜色に染めた珊瑚細工の様な唇は、死を覚悟する事で一層美しさを増していた。 「私、貴方使イ魔呼ンダ。私、貴方ノ主人」 びびって片言だった。しかも省きも省いたりな内容だ。ルイズ、ここ一番で空気の読めない子であった。 だってホントの事言ったらどうなるか分からないんだもん、怖いんだもん、女の子だもん、とルイズは心の中でマジ泣きしていた。 「短いわい」 「なに、その声?」 自分の口調は棚に上げて、ルイズは聞こえてきた老人の声に眉を寄せる。若者の張りの中に鋼の響きと錆を孕んでいたDの声とは、聞き間違えようの無い声である。これは無論Dの左手に宿る老人だ。 ルイズの疑惑に答えはせず、今度は影を帯びた青年の風貌に相応しい声がルイズの心臓を射抜いた。 「きちんと答えろ」 「ひう、は、はい。実は……」 ルイズは一言ごとに自分が死刑台への階段を踏んでいるようで、まるで生きた心地がしなかった。かといって下手に誤魔化しを口にしようものなら、その場で体を真っ二つにされかねないのだから、選択肢など元からない。 ルイズは、はやくもこの使い魔を召喚した事を後悔しつつあった。 ――あ、なんか胃に穴が開きそう。 なんとか、ルイズがDを召喚した事実を伝え終えたとき、 ルイズは自分の髪が全部白髪になっているではないかと疑ったほどだ。 Dは開口一番、 「戻る方法は?」 「わ、わからないわ。普通、人間が呼び出されることなんてないから、そのまま使い魔として扱うし、使い魔の契約は使い魔が死なない限りは解除されないのよ」 「では、契約者が死んだ時は?」 「そ、それは」 見る見るうちにルイズの血色のよい顔から抜けて行く血の気。瞬く間に顔色を死人の色へと変えたルイズは、目の前の青年が必要とあれば殺す事も厭わないのだと、悟った。 ――あ、私死んだ。これは殺されるわ。 死への恐怖に涙をぽろぽろ流し始めてしゃくりあげるルイズを見てから、Dは無言で立ち上がった。びくり、とルイズの小柄な体が跳ねた。えう、と嗚咽を漏らし、せめて痛くないと良いな、優しくしてくれるかしら? と思いながら眼を閉じた。 何にも出来ずに終わる。ずっと馬鹿にされて、ずっと憐れまれて、ずっと悲しませて、ずっと失望させ続けてきた人生が、今、自分が呼び出した使い魔によって幕を引く。それはそれで、ゼロの自分には相応しいと思えた。 ぎゅ~と眉を寄せて瞼を閉じていたルイズに、Dの声が届く。 「この学院の責任者の所へ案内してもらおう」 「……え? あ、あの私を殺……」 「早くしろ」 「はは、はい!」 背に鉄筋でも通したみたいにあわあわと立ち上がり、ルイズはDを魔法学院の最高責任者オールド・オスマンの所へ案内すべく動き始めた。生命が助かった安堵も、新たな緊張に即刻引き締められ、ちっとも気が楽にならない。 ルイズがきびきびとドアを開けて歩きはじめてからその後を追うDに、左手からこんな声が聞こえてきた。 「お前にしてはずいぶん優しい反応じゃな。左手の甲に浮かんでいるルーンから精神干渉がさっきから来とるが、この程度で靡くようなやわな心でもあるまいに」 寝ている間にルイズによって交わされた契約によって刻まれた左手のルーン。一般に人間との意思疎通が難しい幻獣や動物の類を、主人に従順に従う存在に変える為に、使い魔のルーンには使い魔の知能向上のほかに親しみや忠誠心を抱かせる効能もある。 最終的には思考が主人と同一化するという、ある種と残酷極まりない洗脳効果もあるのだが、Dも過去に都市の住人全員を千分の一秒で発狂死させる精神攻撃を破った男、そう簡単に心は操れぬようだ。 「ずいぶん遠くに招かれたようなのでな」 「衣食住と情報源の確保か。しかし、青色と紅色の親子月か。貴族の手が伸びた外宇宙にもこんな衛星の記録はなかったわい。となるとさらに外側の宇宙か、別次元か。やれやれ、厄介なのは毎度の事じゃが、今回はいつにもまして面倒じゃわい」 Dの視線は、廊下の窓から覗く蒼と紅の二つの月を見つめていた。 そして学院長室にルイズとDは到着し、まだ執務中だったオールド・オスマンに会う事が出来た。 オールド・オスマンは齢三百歳を超えるトリステイン最強のメイジ、と謳われる事もある大御所なのだが、入学式の時にフライを唱え損ねて死に掛けたのを目の当たりにした事があるから、ルイズはさほど尊敬できずにいる。 ノックの音から間もなくオスマンから入室の許可がお降りた。夜中にアポイントを取らずの急な訪問であったが、オスマンの返答は穏やかな声だったので、ルイズは少し安堵した。 扉を開いた向こうには、白く変わった髪とひげを長く伸ばし、ゆったりとしたローブに身を包んだオールド・オスマンが椅子に腰かけて待っていた。動かしていた羽根ペンを止めて、入室者を見つめる。 「このような時間になんの様じゃね? ミス・ヴァリエールと…………」 ルイズの傍らに立つDを見て、机の上でクッキーをかじっていたネズミの使い魔ソートモグニル共々ぽかん、と口を開けて固まる。 自分の使い魔に対する反応に、ルイズは奇妙な優越感を感じてかすかに口元を緩めた。自分も同じ目に遭っていたのだが、それが他人も同様と知って嬉しいらしい。 たっぷりと一分かけてオスマンが現実世界に復帰してから、Dが一歩前に出て口を開いた。オスマンも、Dの体からかすかに立ち上る尋常ならざる気配を前に、二度と我を失う様子はなく、生ける伝説に相応しい威厳でDと対峙した。 そうそうに用件を口にし、使い魔の契約の解除とも元いた場所への返還手段を訪ねた。オスマンは長いひげをしごきながら黙ってDの話を聞いていた。使い魔の契約を解除してくれ、などと使い魔の側から言われたのは初めての事だろう。 「おれはある男を捜さねばならん」 「ふう、む。しかし君には悪いが使い魔を帰す魔法はわしの知る限り存在せんのじゃよ。君の事情とやらもなにかただ事ではないと分かるが、帰してやろうにも帰し方が分からぬのじゃ。 どうじゃね? ミス・ヴァリエールの使い魔が不満と言うなら、護衛の傭兵と言う触れ込みでしばらく暮らしてみては? 住めば都と言うてなあ、君ほど美しければ嫁さんもいくらでも……」 と、そこまで諭すように口を開いていたオスマンの口を止めたのは、Dの気配に死神の携える鎌を思わせる冷酷なモノが混じっていたからだ。これまでの人生で多くの大剣をしてきたオスマンからしても、一瞬死を覚悟せざるをえぬ鬼気。 それを止めたのは二人のやり取りを見守っていたルイズだった。 「やめて! 貴方を呼んだのは私よ。私が召喚した所為で貴方に迷惑をかけたというのなら、私が償うわ。ここには大陸中の魔法関係の書物を集めた図書室もあるから、情報もたくさんあるわ。 貴方の食事とかの世話も私の責任で見ます。貴方を元の場所に帰す方法も探します。怒りが収まらないというのなら私を斬っても構わない。だから!」 一人の少女の懇願をどう受け取ったか、Dはしばし自分をまっすぐ見つめるルイズを見返していた。左手のルーンがかすかに輝いていたが、それはDの心に影響を及ぼす事がないのは、すでに明かされている。 「口にしたからには守ってもらうぞ」 「はい。貴族の誇りに掛けて」 ルイズの口にした貴族と言う言葉に、Dはかすかに苦笑めいた影を這わせたが、それをルイズやオスマンに悟らせる間もなく消し去り、踵を返した。 どうやら矛を収めてくれたらしい、とルイズとオスマンが気づいたのは、Dが院長室の扉に手を駆けた時だった。 「ま、待って。ええっと……」 「Dだ」 「あ、ディ、D? Dが貴方の名前なの?」 「そうなるな」 ようやく使い魔都の名前を知る事が出来た事の喜びに弾むルイズの声が、二人の主従共々消えてから、オスマンは深く長い溜息をそろそろと吐き出した。一気に何十歳分も年を取ったような気分であった。 「なんとまあ、ミス・ヴァリエールはとんでもないものを召喚したものじゃ。まだこちらの言い分を聞いてくれるから救いが無いわけではないが。こりゃ『転校生』を呼ぶ事も視野に入れた方がいいかの?」 オールド・オスマンの呟きは知らず、Dとルイズは再びルイズの部屋に戻り、緊張に満たされた世界で対峙していた。 ルイズはベッドの上に、Dは窓際に背を預けて腕を組み、黙って目を閉ざしている。部屋に戻って以来言葉の一つもない。シーツをぎゅっと握り締めてもじもじしていたルイズが、何度目になるか分からない覚悟を決めて口を開いた。 「あ、あの」 「……」 「えっと、D? あのね、一応使い魔の役割を説明しようとおもんだけど」 「……」 「い、いい? まず主人の目となり耳となって、視覚や聴覚を共有するのだけど」 Dの首がほんとうにかすかに横に振られた。まあ、確かに同じものは見えていないので、ルイズも同意する。今の所Dの導火線に着火するような真似はしないで済んでいるようだ。早く終わらせないと私の神経が持たない、と判断したルイズは一気にまくし立てた。 「あとは秘薬なんかを探してきたりするの。ポーションやマジックアイテムの作成の時に必要だから。それと特にこれが重要なんだけど主人の身を守る事、これ、これ大切よ」 「世話になる間は君の身は守ろう」 「ほ、ほんと?」 「嘘を言っても仕方あるまい。だが、おれを帰す魔法の調査は約束通り行ってもらおう」 「は、はい!」 「もう眠れ。明日は授業なのだろう?」 「そう、だけど」 「なんだ?」 そんなまともな事を言われるとは思わなかった、と口にする勇気はルイズにはなかった。ぶんぶんと壊れた人形みたいに何度も首を縦に振る。 雰囲気はやたらと怖いけど、わりとまとも? とルイズは一縷の希望に縋る様な感想を抱いた。そうだったらいいなーというかそうであって欲しいなー、と痛切に願う。 ルイズはもう色々と疲れすぎて着替えるのが面倒になってしまい、そのままベッドに倒れて眠ってしまった。 Dは、その様子を黙って見守っていた。 前ページ次ページゼロの魔王伝
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4878.html
前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 先ほどの授業でシャツがボロボロになったルイズは自分の部屋を目指しとぼとぼ歩いていた。 事は数十分前…。 今回行われる「練金」の授業では霊夢が一緒にいなかったので先生にそれを聞かれ少し恥ずかしかった。 最初の時は霊夢もほかの使い魔たちとともに教室の後ろで聞いていたのだが…。 もしかするとおさらいとしてそのとき授業を担当していた教師が言っていた属性のこととかメイジにもクラスはあるとか…そんなのを知りたかっただけなのかも。 それともただ単に飽きただけとか、そんな風に考えていると当然授業が頭に入らず、ルイズは先生に注意された。 「ミス・ヴァリエール。罰としてこの石くれを真鍮に変えてください。」 そういって担当教師のミセス・シュヴルーズが教壇の上にあいてある石くれを指さすと、ほかの生徒たちがいつもの様に机の下に隠れだした。 キュルケが先生に中止を呼びかけるがシュヴルーズ先生は一年生の時のルイズを知らないためかいっこうに彼女の言葉を聞き入れなかった。 ルイズは毎度の事だと我慢し、ため息をはくと教壇へと近づき、置かれている石くれに杖を向けると呪文を唱え始めた。 彼女は今このときだけ僅かばかりの自信を持っていた。あの召喚の儀式の時にはちゃんとやれたのであるから。 出てきた奴がこっちの言うことをあまり聞いてくれなくても一応は成功したからこれから魔法がどんどん使えていくのかな…と浅はかな心で思っていたが。 現実は非情である…誰が言ったのか知らないがまさにその通りであった。 そんなこんなで巨大戦艦の主砲が放つ砲弾も裸足で逃げ出す程の爆発で教室は滅茶苦茶になり、ミセス・シュヴルーズは奇跡的に気を失うだけですんだ。 それと一部の生徒たちも巻き添えを食らって気絶してしまった事により授業は中止となった。 廊下へ出たときにルイズと同じボロボロになりながらも無事だった生徒たちの怨嗟の声を軽くスルーし、今こうして自分の部屋へと向かっているところであった。 ようやくたどり着き、小さくため息をはいてからドアを開けた先にいた人物を見てまたため息をはいた。 「おかえりなさい、その格好を見ると外で見た爆発はアンタの所ね。」 彼女がこの世界に呼び出した異邦人、博麗 霊夢がイスに座っていた。 テーブルの上には食堂で使っているティーセットが置かれており、ポットからは小さな湯気が立っている。 大方給士にでも頼んで借りたのだろう。 ルイズの部屋にもティーセットはあったのが不運にも二日前に壊してしまったのだ。 「えぇそうよ…。」 ルイズは顔に多少疲れを浮かべながらそう言った。 ドアを閉めるとクローゼットを開け中から着替えのブラウスを取り出した。 いつまでもボロボロのブラウスを着ても仕方がない。 先ほどのことで次の授業開始時間は延長されたがいつまでもこんなススだらけの服など着ていられない。 そんな時、ふと目の前に湯気を立ち上らせているティーカップが スッ と横から出てきた。 そのティーカップを持っていたのは霊夢であった。 「え、あたしに…?」 「お茶の一杯くらいは飲んで行きなさい、案外気持ちがやすらぐわよ。」 「ん、…ありがとう。」 ルイズはお礼の言葉を言ってから霊夢の持っているティーカップを受け取るとイスに座り、湯気を立たせている薄緑の液体に慎重に口を付けた。 お茶を飲んだルイズの第一感想は「渋くて素朴だわ。」第二感想は「だけど、これはこれでおいしいわね。」 「でしょ?これはこれでおいしいものよ。」 その答えを聞いて満足したのか霊夢は柔らかい笑顔でそう言うとティーカップを手に取るとゆっくりとお茶を飲んでいく。 午前の柔らかい日差しが窓から入る中、霊夢とルイズは静かにお茶を飲んでいた。 先にお茶を飲み終えたルイズが口を開いた。 「ねぇ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」 「なに?」 「今更なうえ唐突だけどね、アンタが空を飛ぶのに杖も詠唱も無しに行うなんてどうやってするの?やっぱり先住魔法?」 「本当に今更ね…しかも唐突すぎるわ。まぁいいけど。」 霊夢は少し面倒くさそうな顔をした。 「アレは私の能力よ。空を飛ぶ程度の能力。誰にも縛られない能力でもあるけど。」 誰にも縛られない、ということはやっぱりあの使い魔のルーンもそれで消えてしまったのだろうか。 しかしそれよりもルイズはあの先住魔法と見間違えるような行為が能力だと言うことにまず驚いた。 「の、能力…?魔法で飛んでるんじゃなくて?」 「えぇ、…まぁ魔法使って空を飛んでる奴もいるけどね。」 そう言った彼女の目は一瞬だけ何処か懐かしむような目をしていた。 きっと元いた世界にメイジかなんかの親戚がいたのだろうか。 霊夢は手に持っていたカップをテーブルに置くとイスから立ち上がり、座り心地のいいベッドに腰を下ろした。 一方のルイズは少し落胆したような顔を浮かべた。 「そう…別にそれは魔法とかじゃなくて最初から備わっていたものなのね……。」 つまりは生まれたときからそのような力を持っていたのだ。 ルイズは思った…まるで私と正反対だなぁ。 と。 そんなことを思い、ちいさな憂鬱の波がやってくる。 どこか妙な寂しい雰囲気を醸し出しながらルイズは力なく項垂れた。 「どうしたの?」 それに気づいたのか霊夢はルイズに声をかける。 「…あのね、ちょっと話聞いてくれる。」 「え?…まぁちょっとだけなら。」 そう言ってルイズは語り始めた。 自分がさる公爵家の末女として生まれたのだが物心付いたときからまともな魔法が行えず、常に失敗し続けてきたこと。 父はその事についてあまり触れなかったが母と姉がそれをもの凄く気にしていること。 いつまでたっても魔法は使えず、無駄に失敗したときの爆発が強くなるだけ。 「それがほかの生徒達に『ゼロ』って呼ばれている理由よ。」 一通り語り終えたルイズは一度間をおいて言った。その鳶色の瞳は何処か悲しみを湛えていた。 霊夢はお茶すすりながら黙って話を聞いていたがそんなルイズに気にする風もなくこう言った。 「つまり何?アンタより強い私が羨ましいって事なのね。人に長ったらしい愚痴を聞かせておいて。」 少々呆れた言い方と突き刺すような視線で霊夢はそう言った。 ルイズは霊夢の視線に少々たじろぐが力弱く首を振った。 いつにもまして珍しく今のルイズは少し弱気であった。 そりゃいつもは気の強い女子生徒だが霊夢の方が気の強さは勝っている。 「べ、別にそんなんじゃ…。」 「それにたぶん、そんなのは失敗の内に入らないわよ。」 その言葉にハッとした顔になった。 「え?それって、どういう意味なの?」 「例えどんな形式でも杖から出ているんでしょう?ならそれはアンタたちが言う魔法なんじゃないの。」 少々無理がありそうな解釈である。 「幻想郷にもアンタみたいに馬鹿みたいに威力を持った魔法を使う奴だっていたわよ。それと同じなんじゃない?」 そう言うと残っていたお茶をクイっと飲み干すと続けた。 「それに魔法なんて勝手に新しいのホイホイと作れるような物なんだしこの際それを新しい魔法だと思えばいいのよ。」 言いたいことを言い終えて満足したのだろうか霊夢はカップをテーブルに置くと最後にこう言った。 「それに、アンタはちゃんと召喚に成功したんだから。」 そう言って霊夢はゴロンとルイズのベッドに寝転がった。 一方のルイズは先ほどの言葉に少ない希望を見いだしていた。 同級生達には茶化され、家族に冷たくあしらわれてきた彼女にはとても影響力のある言葉だった。 そして、霊夢の言うとおり、結果はどうアレ形式的にはちゃんと召喚の儀式は成功しているのだ。 授業時の爆発も、きっと未知の魔法に違いない。 (それに…よくよく思い出せば…。) 今まで、ルイズの失敗魔法を至近距離で受けて無事だったものはいなかった。 絶対割れないと言われていた家の壺を爆砕させたり。 家で練習していたときにたまたま母が魔法を喰らってしまい、髪がアフロになってしまったり。 学院では授業の時に実践をしろといわれた時には必ず何かが彼女の魔法で壊れる。 一年生の冬に部屋で『ロック』の呪文をドアに向けて唱え、結果丸一日雪風に震えながら一夜を過ごした。 今まではそれを全て『失敗魔法』と一括りしてきたがどれにも共通点はある。 そう、『いかなる物でも爆発』するということだ。 それを全く未知の新しい魔法と考えればかなり強い魔法ではないのだろうか。しかし… 「どんな呪文を唱えても爆発しか起こらないって…やっぱりそれってどうなのかしら。」 ルイズはそんなことを考えながら空になった自分のカップに新しいお茶を入れた。 「と、いうよりアンタはいつから私のベッドを好き勝手に使ってるのよ?」 「いいじゃない減るもんじゃないんだから。」 場所変わって学院長の部屋。 普段はここの最高責任者のオスマンと秘書が常に待機している部屋だが今日に限って秘書はお暇を頂きこの場におらず。 部屋にはオスマンと教師の二人だけであった。 「ミスタ・コルベール。今日は何の話かね?」 「実は、見ていただきたい物があるのです。」 コルベールと呼ばれた教師はそう言うと手に持っていた細長い包みを机の上に置いた。 そして包みを結んでいる黒い紐をとくと鹿の皮で包まれていた太刀が姿を見せる。 「太刀…じゃのぉ。ミスタ、これは一体?」 コルベールが答える前に突如太刀がブルブルと震えだしたかと思うと… 『おいおい、やっと暑苦しい動物の皮から出してくれたと思ったら何処だよここは!?』 金具部分をカチカチ動かし荒っぽい口調でしゃべった。 それを見たオスマンは目を細め、それがただの剣ではないということを悟った。 「ふぅむ、インテリジェンスソード…か。」 「インテリジェンス」。要は意志を持つ武器のことである。 価値はそれほどでもないが歴史は古く、中には作られてから数千年の時が経つ物も存在する。 「えぇ、ブルドンネ街で購入いたしました。それと、この本の六十ページを…。」 叫び続けているインテリジェンスソードを無視し、コルベールは一冊の古い本を剣の横に置いた。 「ん?『始祖の使い魔達』か。随分とまた古い物を…。」 そう言いオスマンは六十ページまで一気にめくるとそこに描かれていた『ガンダールヴ』の押し絵を見て体が硬直した。 白銀の鎧をまとった騎士が両の手に持っている二つの武器の内一つは太刀であった。 しかしその太刀と今机の上に置かれているインテリジェンスソードと余りにも似ている。 一度交互に目を配らせ見比べてみるがやっぱり似ているのだ。 「もしもこのインテリジェンスソードがガンダールヴが使用していた物ならば…。」 コルベールは喋り続けていたインテリジェンスソードを鞘に戻した。 「あの少女に持たせ、どうなるかを見てみたいと思いまして。」 その言葉にオスマンは顎髭をいじり神妙な面持ちになった。 「だがのぉ、あの娘は聞いてくれるだろうか。個人的には少々我を通しすぎだと思うのだが。」 「でも我が儘という程強くはありません。この程度の願いなら聞いてくれるかと。」 二人の間に少し静寂が訪れるがオスマンが口を開いた。 「しかし彼女がガンダールヴというのを知ってるのは君とわしぐらいじゃ。召喚した本人も承諾を取らねばいかん。 まぁ近日中にでもここへミス・ヴァリエールとあの娘を呼んで話を聞かせよう。あ、あぁ後そのインテリジェンスソードはここに置いていってくれんか?」 それで話し合いが終わり、コルベールは頭を下げインテリジェンスソードを机に置いたまま部屋を出た。 オスマンは引き出しからパイプを取ると口にくわえ一服をした。 時間は進み昼食の時間、食堂前は生徒達によりごった返していた。 一度に大量の生徒達がここへ来るのだからそれはまぁ仕方のないことだが。 そんな人混みの外にルイズはいた。 「これじゃあしばらくは入れそうにないわね…。アイツは先に入って行っちゃったし。」 ルイズはそう言い頭を掻いた。 先ほどまで霊夢もいたが目を離してる隙に一人で勝手に空へと飛び上がり開けっ放しにされていた窓から食堂の中へ入っていった。 主人と共に人生を生きてゆく事を義務づけられた使い魔がとるとは思えない行動である。 しかし実際には彼女の左手にはルーンが無いため、使い魔ではないと思うのだが。 ルイズは軽いため息を吐くと後ろから誰かに肩をたたかれた。 後ろを振り返ると、この前霊夢に叩きのめされたというギーシュが手に花束を持って突っ立ていた。 「なによ。」 突き放すようにルイズは言うと彼は少し躊躇いながらも口を開いた。 「い、いや実は…あの使い魔君に、これを渡してくれないか?」 そういってギーシュはルイズに花束を突きつけた。 赤と白のバラが一緒くたになって入っている。 「どうして私なのよ?アンタの手で直接渡せばいいじゃない。」 こういうのは本当に自分の手で渡した方が良いのである。 「い、いやぁ…もしも君の使い魔が男だったのなら直接僕の手で渡していたけど女の子だと…ね?」 そう言ってギーシュは目だけを右方向に動かした。そこにいたのはほかの女子達と談笑しながら食堂中へと入っていくモンモランシーがいた。 この前彼は浮気がばれてしまい、その後に霊夢と決闘をして負けたらしい。 女の子達の間では当時少し低めであった彼の評価は見も知らずの少女に負けてしまったせいで地に落ちた。 しかしモンモランシーただ一人だけが今も彼とつきあっているのだ。 なんと健気なことだろうか。まぁでも皆はこの二人のことを「バカップル」とか呼んでいるらしい。 特にキュルケあたりが。 「うーん…、でもレイムだと薔薇の花束なんて貰っても喜びそうにないわよ。」 今までの彼女を見てきたルイズはキッパリとそう言った。 それに霊夢はギーシュのことを毛嫌いしていたし初めてあったときにも「女の敵」とか言っていたのをよく覚えている。 しかしそんなギーシュは尚もこちらに花束を突きつけてくる。 「でもねぇ、このままじゃなんというか…レディに優しい僕としては申し訳が立たなくて。頼むよ。」 そう言うとギーシュは一方的にルイズの手に花束を預けるとそのままそさくさと食堂の中へと入っていった。 取り残されたルイズはギーシュ本人の性格を丸写しにしたようなこの薔薇の花束をどうしようかと悩むだけであった。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4612.html
前ページ次ページゼロ・HiME 翌日の早朝、ルイズ達はタバサの使い魔のシルフィードに乗って学院を出発すると、一路、トリステインの南部にある港町ラ・ロシェールへと向かった。 時間的なことを考えれば、直接アルビオンに向かいたいところだが、さすがに五人も乗せての長距離移動は無理があるということで、一旦ラ・ロシェールに向かい、そこからアルビオン行きの船に乗ることになった。 「ルイズ、非常に言いにくいんだが……」 学院を飛び立ってしばらくした後、後ろの方に乗っているギーシュがルイズに向かって声をかける。 「……なによ?」 「僕のヴェルダンテを連れて行くのを君が快く許可してくれたことには大変感謝しているんだが……あの扱いはどうにかならないのかな」 そう言うとギーシュはシルフィールドに咥えられた自分の使い魔であるジャイアントモールのヴェルダンテを指差す。 「しょうがないでしょ、これ以上シルフィードの背中に乗せられないんだし」 「まあ、それはそうなんだが……ああ、僕の可愛いヴェルダンテ、ラ・ロシェールにつくまで辛抱しておくれ」 大げさに嘆くギーシュの様子を見て、静留が苦笑ぎみに声をかける。 「まあ、大人しゅうしとるみたいだし、大丈夫ですやろ……それにしても、ほんにギーシュはんは使い魔思いどすなあ」 「へっ……い、いやあ、別に大したことじゃありませんよ。メイジとして使い魔を大事にするのは当然の嗜みですから。それにヴェルダンテを使い魔にして以来、僕はジャイアントモールほど優秀で愛らしい生物はいないと思っているのですよ。強靱な手足、宝石を探し当てる鋭い嗅覚、艶やかで高貴な毛並み、忠誠心を秘めたつぶらな瞳、そしてなにより抱き心地がいいキュートなボディ――その全てが僕の心を魅惑してやまないのです。まあ、僕の貴女への熱い想いとは比べようもありませんがね」 「はあ……」 話しかけられたうれしさからか饒舌にヴェルダンテのことを語るギーシュに、やや引き気味に静留が相槌を打つ。それを見ていたルイズがやや呆れた感じで口を開く。 「シズル、それはギーシュのいつもの病気だから相手しなくていいわよ。それより、ギーシュ、あんたモンモランシーをちゃんと言いくるめて学院を出てきたんでしょうね?」 「も、もちろんだとも、そうでなきゃ旅になんか出られるわけないよ」 ルイズの問いに、冷や汗をだらだらかきながら焦った口調でギーシュが答える。 「ふ~ん、その分だと黙って出てきたみたいねえ。後でどうなっても知らないわよ~」 「帰ったらおしおき……絶対」 「あは、あははは……」 ギーシュは無慈悲なキュルケとタバサの突っ込みに、虚ろに笑いながらがっくりと肩を落としてうなだれた。 やがて太陽が真上に昇る頃、ルイズ達は休憩するために山間に流れる川のそばにシルフィードを降下させた。 「ああ、こんなにやつれてしまって可哀想に……さあ、ヴェルダンテ、今の間に思う存分、ミミズを食べておくれ」 そう言ってギーシュがシルフィードの口から開放されたヴェルダンテに駆け寄って撫で回すと、彼(?)は嬉しそうにヒクヒクさせた後、土の中へと潜っていった。 その時だ。 不意に向こう岸の崖の上からくつろごうとしていたルイズ達の周囲に、風切り音と共に何本かの矢が飛んできて地面に突き刺さった。 「奇襲だ!」 ギーシュが叫ぶと同時に、ルイズ達目がけて無数の矢が雨のように降り注ぐ。 「そう簡単には当てさせませんえ!」 デルフリンガーを手にルイズ達の前に飛び出した静留が初弾の矢を打ち払い、ついでシルフィードが翼を大きく羽ばたかせ、その風圧で続く矢を叩き落す。 「ふふん、奇襲する相手が悪かったわね……タバサ!」 「了解……反撃開始……」 そんな会話を交わしながら、崖の上に向かってキュルケがファイアボール、タバサがエア・カッターを叩き込む。 「うわ~~~~」 崖の上部が崩れ、ボロボロになった賊らしき5、6人の男達が火の粉をまといながら悲鳴をあげて転げ落ちてきた。更に崖の土砂と岩が彼らを飲みこんだ。 「うっ……自衛の反撃の結果とはいえ、気分が悪いわ」 「襲ってきたのは向こう……彼らの自業自得……」 「それはそうだけど……」 敵の末路を目の前にしても、動揺することなく、冷淡に切り捨てるようなタバサの言葉にキュルケが顔をしかめる。 「キュルケさん、こればっかりはタバサさんの言うとおりや。うちらの任務の性格上、妨害する連中との戦闘は避けて通れまへん。相手に遠慮してやっとったら、こっちが死ぬことになりますえ」 静留は真剣な表情でキュルケにそう言った後、ふっと表情を和らげるとキュルケを気遣うように言葉を続ける。 「……まあ、今回は事故みたいなもんやし、あまり気にせん方がええ」 「そうね、皆が無事だったんだし、余計なことは考えないことにするわ……ルイズ、ギーシュ、怪我はない?」 キュルケは気分を切り替えるように明るい声で静留に答えると、後方にいるルイズ達に声をかける。 「ああ、僕らは無事だよ」 「ええ、おかげ様でね……任務を受けた以上から妨害はあると覚悟していたけど、まさかトリステイン領内で仕掛けてくるとは思わなかったわね」 そう言いいながらもルイズはほっとしたような微笑みを浮かべる。だが、安心するには早すぎた。 「うお~~~~~!」 ふいにルイズの後ろの茂みから剣をかまえた男が飛び出し、絶叫しながらルイズに向かって切りかかる。 「あかん、ルイズ様!」 異変に気づいた静留がルイズの元へと走るが、ルイズと男との距離はわずかで到底間に合わない。 「「「――――――っ!」」」 全員がルイズの死を覚悟したその時、上空から大きな影が高速で舞い降り、ルイズを襲った男を吹き飛ばした。 「……ぐぎゃ!」 飛ばされた男は首から地面に叩きつけられ、蛙の潰れた様な声を上げるとそのまま動かなくなった。 皆が突然のことに唖然とする中、ルイズを救った大きな影――グリフォンから長身の羽根帽子をかぶった青年がルイズの前に降り立つ。 「どうやら間に合ったようだね……怪我はないかい、ルイズ?」 「……ワルド様!」 ルイズは立ち上がると、震える声で男の名を呼んだ。 その声に男――ワルドはうれしそうな笑顔を浮かべると、ルイズを抱き上げる。 「久しぶりだね、ルイズ! 僕の可愛いルイズ!」 「お久しぶりでございます、ワルド様。おかげで難を逃れることができましたわ」 抱き上げられたルイズが頬を染めてワルドに礼を言う。 「いや、もう少し遅ければ君を失うところだった。これも君らを追うように命ぜられた王女陛下の知己と始祖プリミルのご加護の賜物だよ」 「姫殿下が……」 「さすがに学生だけで死地に向かわせるのは忍びないと思われた様でね。しかし、お忍びの任務ゆえ、一部隊をつけるというわけにもいかぬ。そこで僕が同行者として遣わされたいうわけさ」 ワルドはルイズを地面に下ろすと、いぶかしげな表情を浮かべる静留達の方に向かって声をかける。 「驚かせてしまってすまない。僕は王女陛下の命により諸君の任務に同行することとなった魔法衛士隊、グリフォン隊隊長のワルド子爵だ、よろしく頼む。では、ルイズ、彼らを僕に紹介してくれたまえ」 「あ、はい……そこにいるのが友人のギーシュ・ド・グラモン、向こうにいるのが同じく友人のキュルケとタバサ、それと使い魔のシズルです」 ルイズの紹介を受け、ギーシュが深々と、キュルケ、タバサ、静留が軽く会釈する。 「君がルイズの使い魔かい? 陛下から人だと聞いていたが、まさかルイズと同年代の少女だとはね。僕のルイズがお世話になっているよ」 「いえいえ、こちらこそルイズ様にはずいぶんと良うしてもろうてます。ところでさっきからなんやずいぶんと馴れ馴れしい感じやけど、ルイズ様とはどういうご関係で?」 ワルドは友好的な笑みを浮かべて静留に手を差し出すが、静留はそれに答えず、ワルドとルイズとの関係を問いただす。その静留の問いにワルドは一瞬、鼻白んだ表情を浮かべるが、すぐに笑顔を繕いながら答える。 「おや、さっきの説明では不十分だったかね? 容易く主人以外を信用しないのは使い魔として立派な心がけだが……自分の主人の婚約者に対してその態度はあんまりだとは思わないか」 「婚約者……ほんまどすか?」 「ええ、そうよ。もっとも、幼い頃に親同士が勝手に決めたことだけど……」 ルイズは顔を赤らめながら静留に答えると、照れ隠しの言葉をごにょごにょと呟く。 「おやおや、ルイズは僕を嫌いになったのかい? まさかそこのグラモン家のご子息が恋人だ、なんて言い出したりしないだろうね?」 「なっ、そ、そんなこと――」 おどけたようなワルドの問いにルイズが慌てて何か言い返そうとするが、それより前にギーシュが口を開く。 「いやいや、それは酷い誤解ですよ、ワルド卿。生憎と彼女の様な慎ましい女性は私の守備範囲から大きく外れておりますので、ご安心を」 「ルイズが慎ましい……?」 「……深く考えてはダメ」 ルイズは朗らかな笑顔で否定するギーシュの言葉と、それを聞いてひそひそ話をするキュルケとタバサに少し腹が立ったものの、ワルドの手前なんとか怒りを堪える。 「それはよかった。もし彼が君の恋人だったら、君を賭けて彼に決闘を申し込まねばならないところだったよ」 「あはは、ご冗談を……」 やわらかい笑顔と裏腹にぜんぜん笑っていないワルドの視線を受け、ギーシュはひきつった笑いを浮かべた。 「さて、敵は撃退したが、ここにいてはまた襲撃を受けるかもしれない。ラ・ロシェールに急ぐとしよう」 そう言ってワルドはひらりとグリフォンに跨ると、ルイズに手招きした。 「おいで、ルイズ」 ルイズはしばらく真っ赤になってモジモジした後、ワルドに抱き上げられ、グリフォンに跨った。 そして、ワルドは静留たちがシルフィードに乗り込むのを確認した後、グリフォンの手綱を握り、杖を掲げて叫んだ。 「では、諸君! 出発だ!」 グリフォンが空へと駆け上がり、続いてシルフィードが飛び立つ。 「なんや、タイミング良すぎるのが気になりますな……何もおきんとええけど」 「奇遇だな、俺もそう思うぜ、姐さん」 シルフィードの背中から前方のグリフォンを見つめながら、静留はデルフと小声で会話を交わした。 前ページ次ページゼロ・HiME
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1529.html
前ページ次ページゼロの登竜門 ズドン、と何度目かわからない爆発音に、砂埃が巻き起こる。 日は既に落ち、二つの月は穏やかな光で草原を照らしている。 「もうそろそろ休んだらどうかね? ミス・ヴァリエール。使い魔召喚は明日にでもやり直したらいい」 「まだですっ、まだやれます! お願いしますミスタ・コルベール、納得がいくまでやらせてください!」 そう言って、月に照らされた人影はその手に持った杖を振り下ろした。 そして再度。何もない空間が爆発、轟音と爆煙を巻き上げる。 「また失敗……」 咳き込む少女、目尻に涙を浮かべながら、また杖を振り上げて呪文を唱える。 そして振り下ろす。 すると今度は爆発しなかった。 数え切れないほど呪文を唱え、数え切れないほど杖を振り上げ、杖を振り下ろし。 ただ一つだけ、使い魔を呼び出すことだけを考えて、一心不乱に。 そしていま、やっと『失敗』しなかったのだ。 視界を邪魔する土煙がうっとおしい、早く、早く己の使い魔の姿を見たかった。 どんな姿をしているのだろうか、美しいのだろうか、強いのだろうか、賢いのだろうか。 コレで、コレでやっと、誰にもゼロなんて言わせない! 煙を散らすと、そこには………… 高さ一メートルほどの大きなタマゴが存在した。 自室のベッドの上にタマゴを載せ、ルイズはそれを指先でつん、とつついた。 すると、タマゴはプルプルと震える、もうすぐ生まれそうだ。 そんなタマゴに、ルイズは自分の頬が弛みまくるのを自覚していた。 こんなに大きなタマゴなのだ、一体どんなのが生まれてくるのだろう。 ドラゴンだろうか、グリフォン、いやいやヒポグリフと言うのもある。 きっと強くて格好良くて優雅な幻獣が生まれてくるだろう。それを考えると心臓が早鐘のように波打つ。 いや、そんなに贅沢は言わない、呼び出せただけでもこんなに嬉しいのだから。 早く生まれてこないだろうか………。 召喚が長引いたせいか、何度も失敗して精神力を使った所為か、次第にまぶたが重くなる。 着替えるのすら億劫になったルイズは、そのままベッドに上がって丸くなった。 とくん、とタマゴの鼓動が心を揺さぶる。 きっと、明日には生まれてくれるだろう。 とても、楽しみ。 朝、窓から差し込む陽光によって目を覚ました。 すぐさまタマゴを見やるが、プルプルと動いているがまだ生まれていない。 仕方なしにルイズはベッドから降りて新しい制服へと着替える。 ブラウス、スカートを履いてマントを着けてブローチを止める。 そして杖を持って部屋を出ようとノブに手をかけたとき。 背後から「ピキッ」という音を捉えた。 その時の首を動かすルイズの動きは、一瞬だが180度回転しているように見えた。 その手の杖を放り捨ててルイズはタマゴへと駆け寄る。 頭頂部からヒビが走る。 ピシッ……ピキッ………パリンッ 「きゃっ」 眩い光にとっさにルイズは顔を覆ってしまう。 けれど、生まれた、自分の使い魔を早く見ようと眼を細めて真っ直ぐとそれを……… 「え………」 ベッドの上で、ぴち、ぴちとはねているのは、一匹の魚……だろうか。 赤い鱗にマヌケそうなつぶらな瞳、背びれは金色で、なんだかデフォルメされた王冠を彷彿させる。 長いヒゲが二本、にょろーんと伸びて、魚が、ぴたん、びたんはねるたびに揺れる。 「………み………水ーーーーー!」 まさか魚が生まれるとは思わなかった。 大急ぎで水場に連れていき、タライに水を張って放り込んだ。 そこまでやり遂げた時点で、ルイズはゼーハーと荒い息をはいて両手両膝を地面に付いた。 魚がやけに重かったのだ。しかもやたら跳ねまくってここまで連れてくるだけ一苦労。 窓から放り投げた方がどれだけ楽だっただろうかと思う。 抱き上げるのが難しいと判断し、最終的にはしっぽを掴んで引きずったほどだ。 水を得た魚は、小さなタライの中で気持ちよさそうにすいすいと泳いでいる。 魚の額にルーンが刻まれている。タマゴの時にはなかったが、ちゃんと契約できていたみたいだ。 「コッ、ココココイッココッコココイッコココイッコココッ」 魚が何かを言うが、何を言おうとしているのかはさっぱりわからない。 そうだ、名前を付けてあげよう。 名前………ジョセフィーヌ……フランシーヌ………シャルロット……クリストフ。 どれもぱっとしない。 ふと、背びれに目が行く、王冠のようなその背びれ。 「キング」 「コッ」 「キング」 「コココッ」 呼んだらはねながら返事をした、どうやら気に入ったようだ、いやきっとそうだ、そうに違いない。 「コレからよろしくね。キング」 最後のルイズの言葉にはキングは応えず、狭いタライの中をすーいと泳ぎ回る。 キングの様子を、丁度そこにやってきたメイドに言いつける。 よくはねるから、タライから外に出てたら戻しなさい、と。 なお「蹴っ飛ばしても良い」と付け加えると、メイドは慌てて首を振った。 貴族様の使い魔を蹴るなんてとんでもない、と。 従順なその態度に好感を覚えつつ、食堂へ。 いつものようにキュルケと口論しながら食事を取る。 そういえば、いつもゼロと言ってバカにするのに、今日に限っては「よかったじゃない」と言ってくれた。 すこし嬉しかった。けれどいつものように悪態をつく。 食事を摂ったら土の授業、今日の授業はそれだけでそれ以後は使い魔とコミュニケーションの時間。 でも、ミセス・シュヴルーズが錬金をして見ろと言ったからやった、でも爆発した。 召喚は出来たんだから出来るようになってると思ったのに、魔法は相変わらずみたいだ。 そう言えば、自分の系統はなんなんだろう。 キングは魚だから、水………なのだろうか? しかし得意系統以外の魔法が使えるのは珍しくない。 例えば、土系統のギーシュは風系統のフライを使える。 もしわたしが水系統だったとしても、なんで爆発するんだろう……。 教室の片付けを適当にさらっとこなして使い魔の元へ行く。 寂しがっているだろうから。 別に、わたしが寂しい訳じゃない、あくまで使い魔が寂しがっているといけないから、行くだけだ キングのところへ行くと、案の定タライの外でぴち、ぴち。 ぴち、ぴち、ぴち、ぴち、ぴち、ぴち、ぴち、ぴち、ぴち、ぴち、ぴち、ぴち、ぴち。 ぴち、ぴち、ぴち、ぴち、ぴち、ぴち、ぴち、ぴち、ぴち、ぴち、ぴち、ぴち、ぴち。 あのメイドは……戻しておけと言ったのにほっぽいてどこへ行ったんだ…… と思ったが、その行方はすぐしれた。 広場の真ん中で土下座している、相手は……グラモンのバカか。 「こらはねないの」 キングをタライの中に戻して、メイドのところへ行く。 「ちょっと」 仁王立ちでメイドを見下ろす。 「あ……み、ミス・ヴァリエール……」 「キング見ててって言ったのになにやってんのよ、タライの外に出てたじゃない」 「も、申し訳ありませんっ。ミス・ヴァリエール」 「なるほど。あの赤いマヌケそうな魚は君の使い魔か」 マヌケそうな、と言ったギーシュの言葉にルイズの眉がつり上がる。 「あんたほどじゃないわよ。おおかた二股がばれてそれをメイドに言いがかり付けてるだけでしょ。いい加減そう言うのやめなさいよ、バカに見えるわよ」 「なななななな何をいってるんだっ! 彼女が軽率に香水を拾ってしまったから。その事で罰を与えているだけなんだ。ゼロのルイズは引っ込んでいたまえ!」 「あいにくこっちが先約なのよ、使い魔見ておくように言っておいたのは朝のうちだからね」 ふん、と胸を張ってギーシュを睨み付ける。 「二股してたのは事実でしょ! だったらメイドに言いがかり付けてないで相手の女の子にとっとと謝ってきなさい!」 「ぜ……ゼロのルイズがぼくに意見する気か!」 「もうゼロなんて言わせないわ! わたしは、ちゃんとキングを召喚したもの!」 ギーシュの言葉に、ルイズはキングのいるタライを杖で指した。 「………なにもいないが」 「えっ?」 ギーシュの言葉にルイズは慌てて振り返って確認、そこにはタライしかなかった。 「ウソッ! さっきまでいたのよ、一体何処に」 「はははははは。さすがゼロのルイズ、使い魔にまで逃げらぶべっ!?」 ギーシュの言葉は途中で途切れ、直度ズドンと衝撃音が広場を襲う。 「キング!?」 ルイズがギーシュを見やると、その腹の上でびたんびたんとはねているキングの姿があった。 どうやら、ルイズがいじめられているとでも判断したのだろうか。 タライのところからはねて、頭上からギーシュに突撃したようだ。 キングの体長は1mもないが、重さは10㎏ある。そんな物が激突してはただではすまない。 あっけなくギーシュは意識を手放し、口から泡を吐いてピクピクと痙攣していた。 「……あんた結構凄いのね」 はねるだけで人垣を飛び越え、ピンポイントでギーシュをスナイプしたその底力が、である。 泡を吹いて倒れたギーシュは医務室に運ばれ、目覚めたときには何があったの記憶が曖昧になっていたらしい。 タライを部屋まで運ぶわけにはいかないから、キングは水場で毎日過ごすことになる。 泳ぐのは結構早い、だが魚だから普通の使い魔みたいにあちこち連れ回すわけにはいかないだろう。 「………わたしがいじめられてるって思ったのかしら。使い魔としての心構えはあるみたいね」 主を守る、という使い魔にとっては最重要とされるポイント。 キングはギーシュを倒すことでそれを証明して見せたのだ。 「ご褒美上げる。東方から仕入れたあめ玉なんだけど、成分解析してもよく判らない貴重品なのよ。でもとても美味しいんだって」 そう言ってルイズは大きなあめ玉をキングに食べさせる。 するとキングは嬉しそうにぴちぴちとはねる。 「きゃっ。もうそんなに美味しかったの? じゃぁもう一個あげる」 二個目、包装をほどいてキングの口の中に放り込む。 大喜びするキングに、ルイズは頬を弛ませる。 役立たずでも良い。ただキングがずっと使い魔でいてくれたら。 もっとがんばれる気がした。 気付いたら、あめ玉を軽く10個も上げてしまっていた。 使い魔の触れ合いはとても重要だ。 わたしも、時間があればすぐ水場へと向かってキングと触れ合っている。 その度にあめ玉をせがむキングだが、あんまり上げすぎるのも良くないと思って最近は自制している。 合計で14個目を上げた途端。キングのおねだりが激しくなった。 はねるだけだったキングが、わたしにすり寄ってくるのだ。 最初こそマヌケそうに思えたその表情だったが、こうも懐かれると非常に愛着がわいてくるモノだ。 すり寄ってくることによってわたしの服が濡れるが、それは仕方がないから叱ることはしない。 そもそもキングは魚だ、言って聞くとも思えない。 今日は2個あめ玉を上げた。 月がキレイ。 ところがその時、轟音とともにゴーレムが現れたのだ。 本塔の壁を殴っている。あそこは………宝物庫? そう思い至ったところで、土くれの話を思い出す。 貴族の館に忍び込んで宝を盗み出す薄汚い盗賊。まさかメイジが沢山居る学園を襲うだなんて! 貴族の誇りとして看過は出来ない。即座に杖を振って攻撃する。 けれど外してしまう。それどころか宝物庫の壁が爆発してしまう始末。 あれ、ちょっと……まずい、かな? ゴーレムの肩に立っているローブの人影、きっとアイツが土くれだ。 そいつがゴーレムの腕を伝って宝物庫の中にとびこんだ。 まずい、非常にまずい、目の前で盗賊を逃がしてしまう。 そう思って何度も魔法を放つが、爆発は狙いが定められない。 ゴーレムの表面を襲い、爆発させるが破壊するには至らない。 そもそもゴーレムは土で出来ている、いくら破壊してもすぐに修復してしまう。 「ありがとよ!あんたの爆発でやっとこさ穴が開いたよ」 宝物庫から出てきた土くれがそう叫んできた。女の声、土くれは女だったのか。 「こいつはお礼だよ! 受け取りな!」 そう言って土くれはゴーレムを操作、その脚を持ち上げて……… 眼前に広がるゴーレムの足の裏。右へ逃げるか左へ逃げるか。このままでは潰されてしまう。 ほんの一瞬の逡巡、しかしその一瞬は生死を分ける。 どん、と横からの衝撃にわたしはふっとばされ、ゴーレムの脚がほんの少しマントを掠った。 キングだ。キングがぶつかってわたしを飛ばしてくれたのだ。 そのキングはわたしの隣で今もはねている。 フーケのゴーレムは私達に見向きもせず学院の外へ出ていった。 途中でぐしゃりと崩れ、その後は夜の静寂が広がるだけ。 ミス・ロングビルが手綱を引く馬車に揺られ、フーケが潜むという小屋へと向かう一行。 馬車に乗るのは、ルイズと、キュルケと、タバサ。そして御者を務めるロングビル。四人だけ。 翌朝、宝物庫が破れた事で、その場に居合わせたと言うことでルイズが呼ばれた。 盗まれたのは破壊の小箱と言うらしいが、使い道はよく判っていないらしい。 使い道がわからない秘宝だが、それをおめおめと盗まれてそのままにしておく訳にはいかないらしい。 丁度ロングビルがフーケの居場所を突き止め帰ってきたことで、討伐隊を組むことになった。 しかし教師の誰も杖を揚げない、仕方なくルイズが志願したのだ。 出発するときになってキュルケに見つかり、お節介にも付いていくと言いだした。 すると隣にいたタバサも心配と言いだし、同行することになる。 ロングビルが言うには戦力は多い方が良いでしょう、とのこと。 悔しいけれど言い返せない、キュルケは炎のトライアングル。学園内ではトップクラスの実力者だろう。 タバサは……よく判らない。キュルケと一緒にいることが多いけどその実力は未知数。 でもキュルケが保証するというならば確かな実力だろう。 ロングビルが貴族の身分を追われた事を、キュルケが好奇心で聞こうとするのをルイズが窘めながら、馬車は行く。 おいてきたキングのことがちょっと気がかりだった。 あのメイド、シエスタに任せてきた。 欲しがればあめ玉をあげても良いと言い付けてきた。大人しくしてくれたらいいのだけど………。 ルイズに命じられた使い魔の世話を、シエスタは行う。 とは言っても。タライからでないように注意する程度だが、はねるのに慣れたキングはタライから出ても自分で戻るようになったからそれほど手がかからない。 ただ気になったのが預けられたあめ玉の瓶。 欲しがったらあげても良いと言われたがどれほど上げたらいいのだろう。 キングは瓶のあめ玉を見て催促するようにぱくぱくと口を開閉している。 あまり上げすぎても叱られるかもしれないと、シエスタの心の中は葛藤している。 「一つくらいなら………」 言い聞かせるように呟きながらシエスタは中からあめ玉を取りだし、包装紙を取り除いてキングに食べさせる。 ぱちゃぱちゃとはねながら喜ぶキングに、シエスタも笑みを浮かべた。 「おいしいですか?」 シエスタの言葉に、キングはぱくぱくとしながら次を催促する。 すこし悩んだが、シエスタはもう一つあけて、食べさせる。 再び嬉しそうに飛び跳ねるキング。 余りの喜びように、シエスタの方も嬉しくなってしまうほど。 「それじゃぁ、後一つ……」 同じように包装紙を取り除いて、シエスタはキングにあげた。 すると、さっきまで元気に動き回っていたキングの動きが、止まった。 そう、ピタリと、身動きもせず。身じろぎもせず。 キングの急変にシエスタは恐怖におののいた。 まさか、食べ過ぎて体に異変が!? まさか……死……そんな、使い魔を死なせてしまったとなったら打ち首どころか家族さえも………。 シエスタの目の前が真っ白になる。 パリッ。 「え………」 異音は、目の前のキングから。 シエスタが目を見張ると、キングの体が眩い光に包まれた。 小屋の中から破壊の小箱を奪還し、いざ帰ると言うときになってフーケのゴーレムが襲撃した。 ルイズも、タバサもキュルケも応戦するが、圧倒的な質量を持って襲うゴーレムには有効打を与えられない。 「撤退」 タバサが短くそう言うが、ルイズが反論する。 「待って、ミスロングビルがまだ」 「いいえ、今回の任務は秘宝の奪還が最優先よ。ミス・ロングビルもメイジなんだから無事よ!」 キュルケがそう言ってルイズを諭す。 「イヤよ! ここでロングビルを見捨てるわけにはいかないわ! わたしはフーケを捕まえるの。もう誰にもゼロなんて言わせない。言わせないんだから!」 キュルケの説得は無意味、シルフィードの背中から飛び降りる。 慌ててキュルケがルイズにレビテーションを駆ける。 「全くいじっぱりなんだから……仕方ないわね、付き合ってあげるわよ。タバサ、ゴーレムの周囲を飛んで。牽制するわよ」 「了解」 ルイズがふわりと着地するのを確認して、タバサをシルフィードを駆ける。 タバサの使い魔は風龍、名は風の精霊を戴くシルフィード。 その機動力は他の追従を許さない。 ゴーレムの周囲をくるくると飛び回りながら、二人は魔法を浴びせる。 しかし、その質量の前ではどれほどの効果があるだろうか。 見た限りではさほど有効打を与えてるには見えない。 「ルイズから注意をそらすのよ。こっちはなんとか避けられるけどあの子は無理だから」 「了解」 キュルケの指示にタバサは短く応える。 しかし、ゴーレムは飛び回って撃墜が難しいシルフィードを無視し、ルイズの方へゆっくりと歩み出した。 視界が真っ白になったのは、キングからの光だという事はシエスタは今になって気付く。 そしてその光はキングの体を包み、その輪郭を別な物へと変えていく。 「な、なに……いったい何が………」 「コッココッコッ………ギッ…ギョォ……………」 キングの啼き声が光の中でゆっくりと別のモノへと変わる。 キングの体の光が、ゆっくりと大きく。その輪郭も重厚で無骨な魚の鱗から、柔らかく柔軟性に富んだモノへと変わる。 そして大きくなった光はゆったりとした動作で宙へ。 変わる。 それは新たな存在の証明。青く輝くその鱗は東方に伝わる竜の証。 だれも見たことない、サファイアの如く美しき鱗をもつ凶竜。 その赤く輝く瞳はルビーのような鮮やかさ。 目の前で起こったキングの豹変にシエスタは腰を抜かしてへたり込みながら、その優美さに目を奪われている。 (なんて………綺麗) 「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOONNNNNNN」 キングだったモノの咆吼に、シエスタは思わず身をすくませて耳を塞ぐ。 誰が想像できるだろうか。 かの世界において。その存在が暴れたとき、巨大な都市を壊滅に追いやることすらあると言うことなど。 キングはきょろきょろと首を動かし、何かを探すような仕草をする。 翼は持たぬが、それは紛れもない竜。 ある方角へ、ピタリと視線を向けたかと思うと、キングはその巨体を波打たせ高速で飛び去った。 「えいっ、えいっ、えいっ」 破壊の小箱を掲げたり振ったりするが、何も起こらない。 「何よコレ! どうやって使うのよ!」 「ルイズ! 使い方がわからないって学園長も言っていたじゃない! 振ったり掲げたりするだけで使えるわけないでしょ! 良いから逃げるわよ!」 「イヤッ!わたしは逃げないわ! 貴族とは魔法を使うモノの事じゃないわ! 敵に背を向けないモノのことを言うのよ!」 「あぁもうっ、意地を張るのも大概にしなさい! 死んじゃったら意味無いでしょうがっ!」 シルフィードが低空飛行で、キュルケがルイズの腕を掴んで引っ張り上げる。 「勝てないと悟ったら撤退するのも作戦のうちなのよ! うだうだ意地張ってんじゃないわよ。あんたに死なれたって目覚めが悪いのよこっちも」 ルイズを引っ張り上げて、シルフィードはゴーレムの腕の届かない高度に達する。 「帰るわよ! 名のある貴族だって捕らえられなかったフーケをあたし達で捕らえられるわけないじゃない。生きて戻るだけでも御の字よ」 「でも………」 ルイズが反論しようとした途端。衝撃が襲う。 「きゃぁっ」 一瞬ふわりと浮遊感がしたと思ったら、体が重力にひっぱられて落ちていくのがわかった。 「くっ、なっ……!?」 とっさにキュルケとタバサがレビテーションを唱える。 ゆっくりと地面に降り立ったとき、何が起こったのか全てを把握した。 シルフィードの体に石の礫が多数突き刺さっていたからだ。 「大丈夫?」 「大丈夫、でも飛ぶのは無理」 キュルケの言葉にタバサが応えた。 そしてゆっくりと近づいてくるゴーレム。 ゴーレムが腕から石の礫を飛ばしたのだろう。 これほど巨大なゴーレムを作れるとなると、おそらくトライアングルクラス。 石の弾丸を放つ事など簡単にやってのけるだろう。 相手がゴーレムだからと言って油断した、腕の届かない高所にいれば大丈夫だと見誤ってっていた。 操っているのはメイジなのだ。 「やるしか………無いって訳ね」 覚悟を決めたのだろう。三者三様に杖を掲げ、ゴーレムを向かい打つ。 そして呪文を唱えようとした、その時だ。青い影が頭上を飛び越え、ゴーレムに突撃したのは。 その衝撃音はルイズの爆発を遥かに凌ぐ。 青い鱗が太陽の光を反射させて宝石のような美しさを魅せる。 その巨体をゴーレムに巻き付けて動きを封じている。 「なに………あれ」 キュルケのその言葉は三人の意見を統一して代弁するモノだった。 「GYAOOOOOOOOOnN」 見たこともない生物、ハルケギニアにあんな生き物がいたなんて、ルイズも知らない。 魔法が使えない故、せめて勉強だけは人一倍にしてきたルイズですら、だ。 その姿を表現するならば、青き空を飛ぶ大蛇。 ゴーレムが巻きつきを解こうと暴れるが、関節を極めるように巻き付かれていて上手くいかない。 しかし、所詮はゴーレム、土によって作られたモノでしかない。 フーケが何処からか見ているのだろう。いったんゴーレムが崩れ落ちてまた新たなゴーレムが現れる。 しかし、ゴーレムはそれを警戒するようにして動かない。 「助けてくれた………みたいね……でもなんで」 キュルケが、ルイズとタバサに視線を向けるが、二人ともふるふると首を振った。 「知らない」 「わたしも知らない。あんなの……見たこともない」 いや、とある文献で読んだことはあった。 体長10mほど、翼が無くとも空を飛ぶ。雨を呼び嵐を呼び雷を起こす伝説の存在、竜。 ルイズが思い出しながらそう言うとキュルケが驚きながら言う 「翼がないのに空をぉ!? そんなわけ………」 そこまで言ったところでキュルケは口を噤んだ。今目の当たりにしている現実を否定するほどバカじゃない。 確かに目の前の大蛇に翼がない、翼に相当するだろう場所が見あたらないのだ。 「ドラゴンとは違うの?」 「違うみたい。詳しくはわからないけど……」 その時、ルイズは大蛇と目があったのがわかった。 大きく開かれた口からはするどい牙が輝くのが見えた。 しかしそんな凶悪な顔をしているにも関わらず、その瞳はとても穏やかでルビーのような煌めきを湛えている。 なぜか、脳裏にキングの顔が浮かんだ。 「まさか………」 キングのあののんびりとした顔とは似ても似付かないはずのその表情だったが、ルイズは自分を見るその暖かな視線にキングを思い浮かべずにいられなかった。 「キング………キングなの…………? まさか………嘘でしょ」 否定か肯定か、青い竜は天に向かって高らかに吠えた。 「キングぅっ!? キングってあんたの……うっそ、赤い魚だったじゃない!」 「わかんないっ、わかんないわよぉ、わたしだって何が何だか………でも何となくだけどキングと同じような気がしたんだもん」 「あれ」 キュルケの大声にルイズが狼狽する。 しかし冷静に観察していたタバサが、竜の額を指差した。 燦然と煌めく額のルーン。 それは紛れもなく、ルイズの呼び出した赤き魚に刻まれていたルーン。 「ホント……に。キングなんだ……」 「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAANNNNNN」 突然現れた竜にとてつもなく驚いたが、それがキングであるとわかっているのなら怖がる理由など有るはずがない。 そう、キングは、自分の使い魔なのだから。 「キングッ!」 止めようとするキュルケを振り切ってルイズがキングに駆け寄る。 するとキングはゴーレムと相対するのをやめてルイズにすり寄った。 ただ、6mを超える巨体が近づいてくるという、圧迫感は消しようがなかった。 ルイズの目の前で止まり、キングはその紅い瞳を細めた。 心なしか、ルイズにはキングが笑っているように見えた。 「キング………貴方ずいぶん大きくなって………」 額の三つに分かれた冠に刻まれたルーンを、ルイズが優しく撫でる。 その時だった。 未だにその手に持っていた破壊の小箱を、キングがじいっと見つめているのに気付いた。 「これ? 使い方がわからなくて……」 ぐるん、と胴体をねじらせて、尾びれの先で小箱の横に着いている凹みをキングはつつく。 突然ピンポンと、小箱から音がしてぱかっと開く。ルイズは驚いて目を丸くした。 「キング使い方わかるの?」 ルイズの言葉にキングは行動で示す。 キングの背びれに小箱を置くと、キングは体をねじってそのするどい牙で銜える。 間違って噛み砕いたりしないように、細心の注意を払っているのがわかった。 「わざマシンを起動します………中には『はかいこうせん』が記録されています。『はかいこうせん』をポケモンに覚えさせます。よろしければもう一度ボタンを押してください。キャンセルする場合はリセットボタンを押してください」 キングは、その牙を軽く押し込んだ。 土くれのフーケは、その光景をしっかりと見ていた。 「なるほどねぇ……ああして使うのかい。他の物も同じかねぇ」 そう呟きながら、傍らにあった小箱のボタンを押す。 すると、同じようにピンポンと音がしてメッセージが流れた。 予想通りな小箱の反応にフーケはニヤリとほくそ笑んだ。 「コレで奴らは用済みっと。あの大蛇が使えたって言うのは驚きだったけど。どうでも良いか、始末させてもらうよ」 杖を振ってゴーレムを動かし、キングとルイズへと襲いかかる。 ゆっくりとキングが振り返る。 そして巨大な牙が光る口を、これでもかと開いた。 そこへ光が集まり、巨大な球状を形成する。 その場にいる誰もが目を見張った。 キングはいったい何をしようとしているのか。 あの光の玉はいったい何なのか。 それが何なのかと言うことは。その三秒後。 人間で言えば腹部に位置する部分が吹き飛ばされた事実がまざまざと教えてくれた。 キングの口から放たれた光線。それはゴーレムの胴を吹き飛ばしながらもなお留まらず。森の木々と地面を削り飛ばした。 後には、轍のような一本線が森林のど真ん中に残るだけ。 胴が無くなったゴーレムは、上半身を支えきれずにぐしゃりと崩れ落ち、土と混ざって跡形もなくなった。 へなへなとへたり込んだルイズに、キュルケが歓びのあまり抱きついた。 キングの顔が怖かったからである。 「やったじゃないルイズッ、ゴーレムをやっつけたのよ! どうしたのよあんたの使い魔がやっつけたのよ? もっと喜びなさいよ」 「あ……はは……ちょっと気が抜けちゃって……」 ゴーレムの胴を吹き飛ばし、更に森林破壊まで簡単にやってのけたキングの「はかいこうせん」の威力に力が抜けてしまったのだ。 「もうなにやってんのよ、ほら」 キュルケがルイズに手を伸ばすと、ルイズはその手取ろうか取るまいかすこし悩んだが、結局掴んで立ち上がった。 攻撃を済ませたキングが戻ってきて、ルイズに頬ずりする。 顔は厳つくなったが、それでもキングはルイズをしたっている。 ルイズはそれがとても嬉しくて、とても愛おしくなった。 「それにしても。その………キング。一体何者なの? ゴーレムを吹き飛ばす魔法なんて…… キュルケのその言葉に、ルイズはたぶん違うと思っていた。 破壊の小箱からアナウンスされた意味のわからない単語。ただ『ポケモン』と言う単語だけ聞き取ることが出来た。 きっとあの小箱は特定の生き物に有効なアイテムなのだろう。 そしてそれを使えたキングは、『ポケモン』に分類される生き物。 おそらく、このハルケギニアとは違う文化圏に存在する生き物なのだろうと、何となく思っていた。 ただ、あんな小さな小箱を使うだけで、あれ程の力を発揮できるようになるなんて……… まさしく「はかいこうせん」だ。 「タバサ、シルフィードは」 「休ませてる」 「そう……」 キュルケの問いにタバサは短く答える。 「ロングビルは無事だと良いけど……」 その時だ、草木の影がガサリと音を立て、ロングビルが姿を見せたのは。 「ミス・ロングビル! 無事だったのね。フーケは何処からゴーレムを操って………」 ルイズがそこまで言ったところでその手に破壊の小箱が握られているのを気付いた。 「ミス・ロングビル……それ」 「ご苦労様」 「え………どういう」 「さっきのゴーレムを操っていたのはわたし」 ロングビルからの告白に場が凍り付く。 ロングビルが眼鏡を外すと、柔和だった目がつり上がって猛禽類のような目つきに変化する。 「そう、わたしが『土くれ』のフーケさ。しかしとんでもない威力ね。破壊の小箱。わたしのゴーレムが一撃じゃない……動くんじゃないよ!」 杖を構える三人を、フーケはその手の小箱を見せつけて制する。 「破壊の小箱は複数あったのさ。わかったなら全員杖を遠くへ投げなさい」 三人は言われるがままに杖を放り投げる、コレで三人とも魔法を唱えることが出来ない。 「実はね、盗み出したは良いけれど使い方がわからなかったのよ。討伐に来る奴に使わせて、知ろうと思ったのよ」 「わたし達の誰も知らなかったらどうするつもりだったの?」 「その時はゴーレムで全員踏みつぶして新しい人が来るのを待つだけよ。まぁその手間は省けたわね。こうして使い方もわかったんだし」 そう言ってフーケは小箱を起動する。 しかしフーケは気付いていなかった。 その小箱は人間に使えないことを。 その手に持っている小箱にヒビが入っていることを。 ヒビが入っている故、不良品故に人間に使えてしまうと言うことを。 そして、形は同じでもそれは破壊の小箱とは全く違う事を。 アナウンスの言葉の意味をわからなかった、それがフーケの敗因だった。 「わざマシンを起動します……ザザッは『ねザザザッ』が記録ザザッています。『ザッむる』をザザッモンに覚えさせザザッ。よろし……」 メッセージを最後まで聞かないでフーケはボタンを押した。 その直後フーケは糸が切れたように崩れ落ちた。 突然眠ってしまったフーケを縄でぐるぐる巻きにして、今三人はキングの背に乗っている。 全身に傷を負ったシルフィードはキングが口にくわえて輸送している。 相当嫌そうだったが、タバサが説得して渋々と納得した様子だった。 未だにシルフィードはきゅいきゅいと鳴いている、どうやらキングに必死で何かを伝えているようだ。 おおかた「食べないで」とか「噛まないで」と言った類だろう。 たまにキングがべろんと舐めているようだ。「きゅいいいいいーーー」と悲鳴が上がる。 「ねぇ、ルイズ。あんたどう思う?」 「どうって、なにが?」 「このキングと……後あの破壊の小箱の事もよ。なんでロングビル……フーケは急に眠ったのかしら」 キングは強力な光線魔法を放ったのに、とキュルケは続ける。 そんな事言われてもルイズに詳しいことは判らないのだから答えようがない。 「フーケを引き渡すときにオールド・オスマンに聞いてみるわよ。何か判るかもしれないし」 「私も気になる」 タバサが会話に乱入してきた。 タバサが言うには、あれだけの破壊力を持つ魔法は四大系統にも存在しないとのこと。 その事はルイズの方が良く知っていた。 風、水、火、土の四つの系統。 その中で最も破壊力のあるとされる火のスクウェアクラスでも30mもあるゴーレムの吹き飛ばすことは出来ないだろう。 「竜………か。これって、大当たりなのかしらね」 ルイズのそんな言葉にキュルケがツバを飛ばしながら、 「大当たりに決まってるでしょ! あんな魔法、使い魔どころか、どんなメイジだって出せないわよ」 と言った。 フリッグの舞踏会は通常通り執り行う事になった。 着飾ったルイズが会場に入った途端、ざわめきが覆い尽くす。 しかし、ルイズは男性からのダンスの誘いを全て断り、一直線にベランダへと向かった。 「キング」 そう短く呼ぶと、頭上から凶悪な顔が姿を見せた。 「あ……あの、ミス・ヴァリエール………」 「ん?」 突然後ろから声をかけられてルイズは振り返る。 「あの、その……あめ玉をあげて良いと言われたので、三つほど挙げたのですが、そしたら……」 シエスタはぽつりぽつりと告白する。 「あぁ、その事。いいのよ。キングには助けてもらったし、あげても良いって言ったのは私だし、律儀ねあなた」 恐縮するシエスタの仕草に、ルイズは思わず笑みを浮かべた。 ベランダから顔を覗かせるキングを、ルイズは撫でる。 「確かに驚いたけど………この子はキングよ、他のなんでもないわ……私を助けてくれた。私の可愛い使い魔」 そこで、ルイズは悪魔的な笑みを浮かべてシエスタをみやる 「ただ………そうね、可愛かったキングをこんなに怖い顔にした罰は与えようかしら」 「な、何なりと。申しつけ下さい。如何なる罰でも」 「本当に?」 ルイズのその言葉にシエスタは思いっ切り頭を垂れてふるふると震える。 そんなシエスタに背を向けて、ルイズはドレスのままベランダの手すらに手をかけて上る。 ルイズの意図をいち早く察したキングは、そのしっぽをルイズの前に差し出した。 ドレスのため動きにくそうにするが、なんとかしっぽに飛び移ると。それを補うようにキングはしっぽを頭の位置へと運ぶ。 ルイズは、キングの頭に飛び移り、額の冠にしがみついた。 「ほら、シエスタ。貴方も来なさい」 「え……」 ルイズの意図を把握したキングは、もう一度手すりにしっぽを向ける。 「着飾った途端にしっぽを振ってくるような安い人には興味は無いわ。一緒に月夜の浪漫飛行と行きましょう。命令よ」 命令、と言う言葉にシエスタはビクリと肩をすくませたが、やがておずおずと手すりに手をかけて昇り、そのしっぽへと飛び移る。 キングは同じように頭の上へと移す。 ルイズがシエスタへと手を差しのばす。 汚れのない真っ白なグローブがシエスタの目に映った。 おずおずと伸ばされたシエスタの手を、ルイズの方からも手を伸ばしがっしりと掴んだ。 そして、シエスタもキングの頭へと飛び移る。 「さ、キング、高く高く飛びなさい! 息苦しい地表から離れた、空と月しかない場所へ!」 ルイズの命令に、キングは嬉しそうに叫んだ。 その咆吼で会場の窓硝子に一斉にヒビが入る。 しかし後に残ったモノは、ドップラー効果で遠ざかる、対照的な少女の悲鳴と歓喜の声だった。 コレは、とある少女と、蒼き竜の物語。 役立たずと蔑まれ、誰からもバカにされた、少女と竜の物語。 雨を呼び。津波を起こし。雷を呼び。吹雪を起こし。大地を揺らし。炎を吐いた破壊の竜の物語。 誰が想像しうるだろうか。役立たずと言われた彼女らが、一万年の後にすら伝説として語り継がれることになるなど。 前ページ次ページゼロの登竜門
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5905.html
前ページ次ページゼロの黒魔道士 「はぁ…全く、どうしてくれようかしら、こんな役立たず…」 「あ、う、うん、ゴメンなさい、ルイズおねえちゃん…」 …出会ってから、ちょっと時間が立ったんだ。 …ここは、お城みたいな魔法学院。 …目の前のきれいだけどちょっと怖い女の子はルイズおねえちゃん。 …で、ボクはビビ、死んじゃって、動かなくなったはずが… 「なんっであんたが使い魔なのよぉ~!!!!!」 …使い魔、になっちゃったみたい…ホントに、なんでなのかなぁ…? ―ゼロの黒魔道士― ~第一幕~魔法の学び場 トリステイン魔法学院 …窓の外の空には2つのお月さま、 ここもお月さまは2つなんだなぁと変な感心をしてしまう。 「ちょっと!またあんた、聞いてるのっ!?」 「わぁっ!?ご、ゴゴメン…なさい…ルイズおねえちゃん…」 さっきからずっとこの調子なんだ… …ちょっと、今日までにあったことを思い出してみた… …たしか、黒魔道士の村にいたんだ… もう、だんだん体が動かなくなるのが分かったし、 寿命(リミット)が近いんだなって分かってた… 黒魔村のみんなは優しくしてくれたし、 ジェノムのみんなともなかよくなっていってるみたいだった… …それを見守るのはうれしかったけど…動かなくなってきている体で、見てるだけなのはちょっと悲しかったなぁ… ときどき、みんなお見舞いに来てくれた… …フライヤおねえちゃんやダガーおねえちゃんは国を立て直すのにいそがしいはずなのに… …サラマンダーは黙ったままだったけど…なんか優しくなってたなぁ… …スタイナーおじちゃんはちょっとうるさかった。「手伝うのである!!!」ってジェノムのみんなを手伝ったりしたんだけど… …「ぬぉぉぉ!?」ドンガラガッシャーン… …みんな、得意と不得意があるんだなぁ… …クイナが来たときは、食事が豪華になるんだ。いつもの同じ材料なのに… …「…クェー」「チョコボのコドモ…珍味ネ…」ジュルリ… …い、いつもと、同じ、だよね?… …エーコは、シドおとうさんといっしょに「し、新飛空艇の試験飛行で来ただけよ!あんたが心配じゃないんだから!」って言って来てた… …試験飛行でなんであんなに、お菓子持ってくるのかなぁ?…食べきれないからって言ってボクにおしつけるし… …そして、昨日、最後の日の前の日、いよいよ体が動かしにくくなったとき… 「よっ、意外と元気そうじゃん!」 …ボクに、生きる意味を、ボクに勇気をくれた最大の恩人が、来てくれたんだ… 「いやぁ~、ちょっと危なかったんだけどさ…やっぱヒーローは遅くなるもんだから、なっ!」 …そう言ってウィンクする…ボクは、少し体を起こして、「無事…だったんだ…」って聞いたら… 「ん、まぁ色々あってな…あ、ダガーにはまだ内緒な?ちょっとしたサプライズ用意してるんだ…」 …そういって照れくさそうに笑ってた…きっと、そのまま会いに行くのが、ちょっとはずかしいんだなって思った… 「お、うまそうなリンゴがある…クイナの見舞いかな?1個もらうぜっと…」 …エーコからもらったリンゴの山から、器用に尻尾で1個をお手玉のように抜き出して、ダガーで皮をむいて… 「ほれ、ウサギの完成~!」 …一緒にウサギリンゴを食べて、いっぱい、いっぱい、話したんだ… …しばらくして、「劇の練習の時間だからな…見に来てくれよ?アレクサンドリアで一芝居うつからさ!」って言って出て行った… …ジタンは、やっぱり、優しかった。強かった… …そして、今日… …体がいよいよ動かなくなって… …気づいたら光に包まれて… 「ふぅ~ん、ビビ、ね…で、あんた結局何なのよ?平民にしては…色々変だし…」 …「トリステイン魔法学院」ってところにいたんだ… 「え、へ、変…かなぁ…?」 …たしかに、「人間」では無いから、ちょっと「変」なのかもしれないけれど… 「あんた、顔あるの?頭よりおっきなトンガリ帽子かぶって…まだ寒いとはいえそんな厚着だし…」 …顔かぁ…そういえば考えたことなかった…なんとなく恥ずかしくなって帽子をキュッキュッてかぶりなおした… 「…ミスタ・コルベール!やりなおしさせてください!こんなのが私の使い魔なんて!」 …使い魔?さっきも聞いたなぁ…こんなのって…まさか、ボクのこと…? 「それはできません、ミス・ヴァリエール、春の使い魔召喚は神聖な儀式だ。 そう簡単にやり直しは認められない、いずれにせよ彼を使い魔にするしかない」 …頭のまぶしいおじちゃんがそう言った…カレを使い魔…?この場合、彼って… 「え、あ、あの、す、すいません…使い魔って…」 「あーもう、なんでこんなのが…あんた感謝しなさいよ、普通平民が貴族にこんなことされるなんて一生無いんだからねっ!」 「え、あ、え?え?」 …こっちは慌てるしかなかった。ゆっくりときれいだけどキツそうな顔が目の前に近づいてきて… 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 チュッ …女の子の唇って、やわらかかったんだなぁ… 「ほんとに!!!!もう!!聞いてるのっ!!!!」 「わわわわっ!?ゴ、ゴメンなさい…」 …さっきから、ルイズおねえちゃんの部屋で謝り続けている気がするなぁ… …時間はもう日が暮れて空ではお月さまが2つしっかり出ている… 「まったく、マントは燃やされるし、使い魔はこんなだし…今日は厄日ね、厄日っ!!!」 …ドキッ…ゴメンなさい…ルイズおねえちゃんにはまだ内緒にしていることがあるんだ… 「え、い、今のって、キ、キス…あつつつつつつつつつつ!?!?!?」ボッ 「我慢しなさい、使い魔のルーンが刻まれてるだけよ…ってあつっ!?」 …キスされた後、左手がすっごく熱くなって …「はんしゃてき」ってことなんだと思う …モンスターに襲われたりしたのと勘違いしたのかもしれない …思わず…「ファイア」ってちっちゃく唱えちゃったんだ 「あつつつつつ…うぅぅぅ…?…何、コレ…」 …しばらくして、左手の痛みがおさまって…変な模様が左手(の手袋の上)に描かれているのに気づいたんだ… 「はぁ、はぁ…あぁっ!?私のマントっ!?」 …このときまで、咄嗟に「ファイア」を唱えてたのに気づかなかったんだ。 …そして、このピンクの髪のおねえちゃんのマントをちょっと燃やしちゃったことも… 「…あ、ん、た、がやったのねぇ~!!! ツェルプストーっ!!!!」 「ゴ、ゴゴゴゴゴゴゴごめんなさ~い!!!! え?」 …気づいたら、おっきなトカゲ…かな?尻尾に火がついてるけど…がボクの足元にいたんだ… 「あら、ダメよ、フレイム~!いくらヴァリエールのでもマントを燃やしたりしちゃ…」 …まっ赤な髪の、おっきなおねえちゃんがケラケラと笑ってた …足元のトカゲはボクの左手を心配そうにペロッとなめてくれた …ぶっきらぽうだけど優しそうで…ちょっとサラマンダーを思い出した 「あんた、自分の使い魔の制御もできないの!?人のマント燃やしてくれて!!」 「あら、フレイムはそこのお人形さんが痛そうにしてるから心配になっただけよ?優しいでしょ? でも、尻尾の先にまさかあなたのマントがあるとはねぇ…まぁよかったじゃない、黒こげにならなくて!」 「キィィィィィィィ!」 …あ、マントを燃やしたのはトカゲくん…フレイムって言うのかな?のせいになってる…ゴメンなさい… 「はいっ、そこまでっ!!ミス・ツェルプストー、使い魔同士の友情は結構なことですが、 周囲に被害が及ばぬよう気をつけるように!ミス・ヴァリエールもマントの件はそのぐらいで!」 …頭のまぶしいおじちゃんが近づいてきて、ボクの左手をしげしげと眺めた 「ふむ、コントラクト・サーヴァントは無事成功のようだね。おや、珍しいルーンだな…しかも衣服の上に、か…」 …そう言ってボクの左手のスケッチをする…間近に太陽があるみたいで目がショボショボした… 「さてと、じゃあ皆教室戻るぞ」 「ルイズお前は歩いて来いよ」 「あいつ『フライ』はおろか『レビテーション』もまともにできないんだぜ」 「チビの人形みたいな平民、あんたの使い魔にはお似合いよ」 「あ、でもちょっと可愛くない?」 「そうかぁ?僕には不気味だけどなぁ…」 …みんながふわりと浮きあがる…レビテトでも使ったのかなぁ…? …まっかな髪のおねえちゃんもフレイムといっしょに空に浮かんで行ってしまった …青い髪のメガネの女の子が最後にボクをじっと見てからおっきなドラゴンと一緒に飛び去って …ピンクの髪のプリプリ怒ってる女の子とボクだけが原っぱに取り残された… 「あ、あの…えーと…ヴぁ、ヴァリエールおねえちゃん…?で、いいのかなぁ…?」 …さっき呼ばれていたのがきっと名前だろうと思ってそう声をかけた 「私の名前はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール!!! 呼ぶんなら『ご主人さま』と呼びなさいっ!!あぁ、もうっ、何なのよっ!!!」 …おねえちゃんはすっごく長い名前だった。ダガーおねえちゃんの本名ぐらい… …『ご主人さま?』 「え、あ、あの、『ご主人さま』って、どういうこと…?ルイズおねえちゃん…?」 …呼びにくかったので、「ルイズおねえちゃん」って呼ばせてもらうことにした 「あんたは私の使い魔!!だから、私はあんたの『ご主人さま』よっ! …ま、まぁ『ルイズおねえちゃん』でもいいけど…」 …あ、良かった。この呼び方で良かったみたいだ…それにしても、使い魔って…?あれ?それよりも… …さっきからなんでボクは動けるようになっているんだろう…? 「もぅっ!!!ボーっとしてばっかりで!!そんなに貴族の部屋が珍しい!?」 「わ、え、あ、ゴメンなさい…広くて豪華だなぁ、って…」 …で、ルイズおねえちゃんの部屋に来てから今まで、ハルケギニアの話、貴族の話、そして使い魔の話を聞いたんだ …もしかして、ここはガイアやテラじゃないかもしれないって気づいたのはこのときなんだ …これだけ大きなお城みたいな学校、飛空挺で世界中まわったけれども見なかったもんね… …ルイズおねえちゃんによると、ここはハルギゲニアのトリステインって国の、トリステイン学院、魔法の学校なんだって …魔法の学校かぁ…ちょっと、ワクワクするなぁ…でも、貴族しか通えないんだって…ちょっと残念だなぁ …で、使い魔って、召喚獣とは違って、メイジ(魔道士に近いのかな?でも貴族らしいから違うかもしれない)とずっと一緒にいるんだって …で、えーと…か、感覚のきょーゆー?とかいうのと、魔法のための素材探し、それから、護衛なんていうのもやるらしい… …ボク、よくわからないけど、使い魔になっちゃったみたいだ…なんか色々大変そうだなぁ… 「はぁ…感覚の共有もできないし、田舎者すぎて薬草の知識も無い、護衛だって…そんなナリじゃね…」 「う…ゴメンなさい…」 …さっきから謝ってばっかりだなぁ… 「まぁ、いいわ、あんたには雑用とか、明日から色々やってもらうから!いいわねっ!!」 「あ、う、うん…」 「もうこんな時間だし、今日はもう寝るわ…あんたは床よ!」 「う、うん…」 …旅の途中で何回か野宿もしたし、床で寝るのは久しぶりだけど全然平気だ… …ともかく、死んじゃったって思ったら、まだボクには色々やれることがあるらしい…雑用だけど… …だれかのために何かできるんだったら、いいことじゃないかなぁと思うんだ…雑用だけど… …そんな色々なことを考えながら、寝ようとしたら、帽子の上に薄い布が飛んできたんだ 「それ、明日洗っときなさいよ!!」 「え?あ、うn」「返事は『はい』!」は、はいっ…」 …それは、下着だった… …ともかく、ルイズおねえちゃんの使い魔になっちゃったみたいだし、色々やってあげよう、と思ったんだ …それに、ルイズおねえちゃん、ちょっと怖いけど…うまく言えないけど…何か、ほっとけない気がするんだ… …だから、ジタン、みんな…ボク…がんばるよ… …おやすみ… ピコン ~おまけ~ ATE ―ルイズの1日― …もう、寝たのかしら? 「グゥ、グゥ」 …わ、わかりやすい寝方ね… ほんっと、今日は散々な1日だったわ… 召喚は何度も何度も失敗するし、 出てきたのはとんがり帽子の人形みたいな平民だし、 お気に入りのマントは燃やされるし…しかもあのツェルプストーの使い魔に! 何よ、サラマンダーが何よっ!た、ただの火を吐くトカゲじゃない! …うー、私ももっとすごい使い魔が欲しかったのに… …とんがり帽子をキュッキュッって直す仕草にちょっと「あ、カワイイ」とかときめいちゃったけど… …「ルイズおねえちゃん」って言われてうれしくなっちゃったりしたけど… いや違う違う違う!!!あれはほら、そう、母性本能!? いやいやいやいや違うわ、貴族!そう貴族として、平民を庇護しなければならないという責任感からくる感情よ、うん、そうなのよ!! …貴族として、よね。サモン・サーヴァントもコントラクト・サーヴァントも成功したんだし、もうゼロじゃないのよね、私… そうとなれば、この平民に貴族として明日から、みっちり良いところをみせなくてはね!! おねえちゃんとsってちっがーーーうっ!!貴族!き・ぞ・くとして!! …弟がいればこんなのだったのかなぁ… ちがうちがうちがうー、弟とかそんなんじゃなくてコイツは平民でーっ!あーもうっ!寝なくちゃ明日から通常授業なのにーっ! 眠れないのもみんなこの使い魔のせいよーっ!もーっ! ピコン ~おまけ2~ ATE ―どっかの作者の失敗― ディシ○ィアが出るうれしさで思わず初SS書いちまったなぁ… まぁ、ジタン召喚するのと迷った挙句(最強のFFは9かT、異論は認める) ビビ選んで良かった…初SSにしてはみんな期待してくれてるみたいだし… でも、だ… 失敗しちまったぁぁぁぁ!! 最初は「ビビ召喚でデルフ持ったらスタイナーなしで一人魔法剣使えるんじゃね?KH2で見せた剣術と組み合わせて…うはwww夢がひろがりんぐww」 って考えてたのにっ!!! デルフ魔法吸収しちゃうじゃんっ!!!魔法剣使えないじゃんっ!! ビビの最強奥儀「リフレク2倍返し」+「いつでもリフレク」しようとしてもデルフ吸収しちゃうじゃんっ!! 俺のばかぁぁぁぁぁぁ 前ページ次ページゼロの黒魔道士
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7247.html
浮気者のギーシュが、ケティとモンモランシーからワインとビンタを御馳走されるまで、ルイズはただそこに呆れた視線を向けていた。 冷めた目が次に捉えたのが、ギーシュから叱責される自分の使い魔だと知り、慌てて席を立った。 叱責の理由を聞けば、自分の使い魔がギーシュの落とした香水瓶を拾ったから、そのせいで浮気がバレたなどとくだらない理由で。 取りなす目的も忘れて、ギーシュに呆れて見せた。それに噛みついてくるギーシュに、自分のコンプレックスを笑われる。 激昂し、噛みつき返してしまいそうになった時…ルイズは隣に立つ、自分の使い魔である少女に制止された。 「あの…」 「なんだい、使い魔君。謝るのなら早くしてくれないか」 そこでルイズはハッとした。理不尽な理由だが平民である以上、この子は貴族には逆らえないんだ。 キュッと唇を噛んで、ルイズは一歩下がった。悔しいけれど、ここで大人にならなくちゃダメだ。 ギーシュに向き直った使い魔の背中を見て、ルイズはそう思っていた。だが。 「ギーシュさん、浮気してたんですか?」 一瞬場の空気が止まった。 「…なんだ、話をそらすつもりかい?」 額に青筋を立てて、あああれは怒っているなーと、一目で分かるギーシュを前に、ルイズの使い魔はキョトンとした様子で答えた。 今の今まで目の前で修羅場を見ていたのに、鈍すぎやしないか。 「ビンタした子とワインをかけた子、ギーシュさんは二人の方と付き合っていたんですよね?浮気はいけませんよ。ていうか、厚顔無恥?」 付け足された最後の言葉にルイズの口端が引き攣る。 彼女の言葉はここに相応しくないけれど、その様子は話をそらそうとしているようにはとても思えなかった。 むしろちょっとオドオドして、確信の持てないことを恐る恐る確認するような、そんな気配がある。だけど!ええええ!? 「き、きききき君は…!!」 「ちょちょちょちょちょっとあんた!!」 ギーシュの青筋が切れる音がして、事の成行きに狼狽したルイズが慌てて彼女の腕を掴む。 「大丈夫ですよ」 だが彼女はそのどちらにも応じず、笑顔を作り鷹揚に構え、言ってのけた。 「きっと一生懸命謝れば、許してもらえます。ていうか、誠心誠意?」 その言葉と、太陽のように燦然と輝く笑顔がギーシュを襲った。 自分の起こした行動がとても幼稚なものだと分かっていた。 分かっていても、他人に自分の罪をなすり付けて、謝らせて、それで憂さ晴らしがしたいと思っていた。 自分は決して、間違っていない。間違いは愚かな平民のせいにしたかった。 でも、ルイズの使い魔の、善良で温かで清らかな笑顔と言葉が、その思いに暗雲を呼んでくる。 「そんな目で僕を見るなぁぁ!ぼ、僕は…僕はっ!なんてちっぽけで!惨めな人間なんだああああああ!!」 彼女から放たれる清浄な光に当てられて、ギーシュは自分自身の深い闇に囚われる。 負の感情を自覚させられ、絶叫とともに膝から崩れ落ちたギーシュは、両手で髪を掻き毟った。 ギーシュを怒らせる決定的な言葉を予想していたルイズは、掴んだ腕もそのままに呆然としていた。 よく見ればまわりの複数の生徒も自分の胸を押さえて悶えている。 喧嘩ばかりのマリコルヌまで、ルイズに向かって「こんなに汚い自分でごめんなさい」と謝ってくる。 思わず自分の使い魔の顔を見上げる。彼女は 、ギーシュの様子に戸惑っているように見えた。 「えっと…無自覚なの?」 「?なにがですか?…それよりギーシュさんが…ていうか、千辛万苦?」 「……」 自分の使い魔をちょっぴり怖い、と思ったルイズだった。 昔昔、ある男が突拍子もない予言をした。 1999年7か月 空から恐怖の大王が来るだろう アンゴルモアの大王を蘇らせ マルスの前後に首尾よく支配するために それから何百年も経った世界で、予言は風のように人々の話題をさらい、瞬く間に「審判の日」は人々に訪れた。 滅びにわずかな期待を抱く者、終末を叫ぶ者、気にもかけず日常を過ごす者がいた中で、世界は何事もなかったかのようにその日を終えた。 …だが、そんな予言も存在しなかった世界ハルケギニアに、アンゴルモアの大王は舞い降りた。 「ルイズさん、こちらの月って二つあるんですねー」 不思議な杖に二人して腰掛けて夜の空を散歩中。時々吹くおだやかな風に目を細めていたルイズに、彼女の使い魔は問いかけた。 「こちらって…あんた時々変なこと言うわよね。二つあって当たり前じゃない」 「そうなんですかー…ルイズさん」 「なぁに?」 「どっちかの月、砕いてもいいですか?」 その言葉に耳を疑ったルイズが息を詰める。月を砕く?つきをくだく? 沈黙のあと、ルイズは吹き出した。 突拍子もなくスケールの大きい話に、まだ彼女の事を「マジックアイテムを使える変わった平民」としか思っていなかったルイズはそれを冗談ととったからだ。 「っ、あはははは!いっ、いいわよ、なんならこの杖で月まで行って、私の爆発魔法で割っちゃうの。…っふふ、そうね、一個あれば十分かもね」 杖の上から落ちそうになるくらい体を震わせて、ルイズは笑った。 星を落としたらすごく爽快かもしれない。それに、自分の魔法も認めてもらえるかもと、ほんの少しだけ考えながら。 「そうですね、ぜひ協力して下さい!ていうか、相互扶助?」 澄み切った瞳で答える使い魔に笑みを向けた後、ルイズは顔をあげた。二人は双子の月を見上げる。 「…元の世界に帰りたい?」 「…ルイズさん?」 「か、帰るなって言ってるわけじゃなくて、ただ、あんたの気持ちはどうなのよっ!?」 言われて答えに詰まった使い魔に、ルイズは自分の心に影が差すのを感じた。 心の震えを見せないように、目線だけは相変わらず月を見上げていたけれど。 「私は…私には、大好きな人がいます…その人の所に帰りたいなって思います…でも」 「……でも?」 「きっとこの世界に、私のやるべきことがあると思うんです。だから、それをやり終えるまでルイズさんと一緒にいます。…ていうか、今輪奈落?」 最後に付け足された言葉の意味はルイズには分からなかった。けれど、それが悪い意味な筈ないじゃない、と笑う。 使い魔も笑う。その表情に偽りなく、まっさらな気持ちを込めながら。 「ケロロ軍曹」よりアンゴル=モアを召喚
https://w.atwiki.jp/joboneyard/pages/170.html
分布 アメリカ合衆国のルイジアナ州南西部及びテキサス州南東部の平原地帯に生息していた。 状況 カナダから北米中南部に分布するプレーリーハタネズミの一亜種とされるが、亜種として区別せず、プレーリーハタネズミと同種であるとする見解もある。その場合には絶滅種(亜種)とは言わず、「絶滅個体群」と言う。 1899年にルイジアナ州で26個体が採集され、このときの標本に基いて記載された。また1902年には、テキサス州南東部のハーディン郡のSour Lake 付近で1個体が採集され、テキサスではこれが唯一の記録とされてきた。しかしその後長期間は情報が得られなくなり、1974年に至って絶滅したものと判定された(1905年には絶滅していたとする説もある)。生息地の平原地帯が農地として大規模開発の対象とされたことが絶滅の原因とみられている。 ただし、テキサス州では上記の唯一の記録に加え、20世紀後期になって、テキサステック大学の故 J. Knox Jones, Jr 博士(1929-1992)とその学生らによって北部の2郡(Hansford と Lipscomb)からプレーリーハタネズミ類が8個体採集された。したがって、ルイジアナハタネズミという亜種を認めるか否かの問題は残るが、テキサス州北端部の一部地域には小さいながらも本類の遺存個体群が今も残っていると考えられている。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7753.html
前ページ次ページ確率世界のヴァリエール 浮遊大陸アルビオンの南端、軍港ロサイス郊外の古城。 昼なお暗いホールの中央に、白いコートの男が一人立っていた。 血の付いたナイフを払いコートの内に仕舞うと、ポケットから紙箱を取り出す。 「、、、ん」 軽く眉を寄せるとくしゃりと紙箱を握り潰してポケットに戻す。 ふ、と男が視線を前に投げる。 男の床の前に黒い光がこぼれ方陣を作ると、黒尽くめの男が這い出て来た。 「ハァーイ♪、おひさ死ブリDeath」 陰気に笑う男が掲げたタバコの箱からその一本を口で受け取ると、 ルーク・バレンタインはライターを取り出して火を付けた。 間久部(マクベ)が小脇に抱えている書類の束に目をやりつつ、煙を吐き出す。 「今度は何だ、賛美歌でも教えるか?」 「それも良いが、そりゃまた今度。 金属の鋳造練成加工技術と、、それにチョイと精度の高いマスケット銃ですよ。 魔法抜きの技術レベルにあったブツをチョイスするのが中々に大変でしてねぇ」 「まるでエデンの蛇だな」 「何せ私ゃホラ、十三課<イスカリオテ>ですからネ。 汚れ仕事は我等が本懐」 傷の奥の目がにんまりと嗤う。 「今週末の虚無の曜日までに、ここの密偵共だけは潰して置きたかったんですがー、 イヤハヤ、相変わらずの見事なお手前。 これで「停戦会議」も滞りなく」 足元の暗がりに転がるいくつもの死体を見回す。 「それじゃ、いつもの如く血の一滴も残さぬよう、頼みマスよ。 あーそうそう、我等が聖女様たちへ何か伝言は?」 「テファには、夕飯までに戻ると言っておいてくれ。 黒い方には、今度あったら殺すと伝えろ」 ニヤケ顔で手を振りつつ間久部が魔法陣の中に消えていく。 床に残されたタバコの箱を拾い上げ、ルークがつぶやく。 「フン、、、悪魔め」 善人ごっこ、オーク狩り、麗しの姫を守る騎士、、すべては余興のはずだった。 この世界の実情を把握し、新しい獲物を見付けるまでの、仮の住まい、隠れ蓑。 ひとときの戯れ、すべてはそのはずだった。 (俺たちにとっちゃあ人殺しができて生き血がすすれれば なんでもかまわねーや) 頭の中に懐かしい声が蘇る。 「ックク、確かにな、、、」 べちゃり。 と、床に広がる血だまりに手をひたす。 ぞろり。 と、屠った者たちの感情が、記憶が、意識がルークの中に流れ込む。 オーク鬼やトロル鬼とは比べ物にならぬ程の、思念の熱量、思考の奔流。 驚愕。敵意。侮蔑。殺意。激怒。後悔。嘆願。渇望。絶望。諦念。狂気。 悔恨、無念、怨恨、嫌悪、遺恨怨念懇願激憤呪詛自嘲憎悪憎悪憎悪憎悪 憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪 憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪 憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎 憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎にくにくくにくににくにnnnnkknnnnn - テ ィ フ ァ ニ ア - 混濁した意識が強引に引き戻される。 目を開ける。 床に転がる自分の右手がどろりと溶けている。 違う、違う。 目を閉じ、意識を集中し、在るべき形を思い出す。 形を取り戻した手を床に突き、ゆっくりと立ち上がる。 たかが千にも満たぬ心を、命を、魂を取り込んだくらいで。 己を失ってたまるか。 名も無き化け物になぞ、なってたまるか。 俺は、俺だ。俺は、俺だ。俺は、俺だ。俺は俺だ俺は俺だ俺は俺だ。 ぎしりと歯を噛み、ルークは笑う。 「俺は、、、俺だ!」 確率世界のヴァリエール - Cats in a Box - 第十二話 「そそそ、それじゃあ、行って来るから!」 緊張で顔を赤らめたルイズをキュルケが部屋の前で見送る。 「はいはい、がんばってらっしゃいね~♪」 「ががが、がんばるって何をよ! 魔法訓練の息抜きにちょっと遠出しようって誘って下さっただけで ワルド様とは別に頑張るとか頑張らないとかじゃないから!」 「えー、それなら僕も行きたいなー。 あのグリフォンにも乗ってみたかったしー」 「だ~め。 シュレちゃんは今日は私とお留守番」 寝起きのベビードールのままでシュレディンガーの頭を抱え込む。 「ちぇー」 「わがまま言わないの。 せっかくだからコッチも朝食にしましょ。 タバサ食堂に呼んできて」 「はーい」 ============================== シュレディンガーが消えた後、ルイズはキュルケに向き直る。 「じゃ、シュレの事頼むわね。 夏休み中でヒマだからって私のいない間に あの子にちょっかい出さないでよ」 「出さないわよあのコには」 呆れ顔で即答するキュルケに、ルイズはそれはそれでと不満に思う。 「そういやキュルケ、年がら年中サカってるくせに シュレにだけは手ぇ出そうとしないわね」 「あらアンタ、あのコの飼い主なのに気付いてないの? 危険な香りのする殿方ってのも魅力的だけどね、 あのコの中に居るのは「死神」よ。 アタシはそこまで命知らずじゃないの」 「、、、?」 (やっぱり制服は無かったかしら、もうちょっと地味目でも夏物の、、) 考えながら中庭を歩くルイズの元へ一人の少女が駆けてきた。 「はいっ、ルイズさん! 頼まれていたサンドイッチとワイン、 それに今朝一緒に作った、焼きたてのクックベリーパイですよ!」 「あ、ありがと、シエスタ」 「ついにワルド様とデートですね。 頑張ってくださいね、ルイズさん!」 シエスタが屈託無くはしゃぐ。 「そそそ、そういうのじゃ、、、!」 顔を火照らせてどもるルイズの手を取り、 シエスタは真剣な面持ちでルイズを見つめる。 「ルイズさん、女は度胸です!」 「それじゃあ、ルイズさん」 走り去ろうとするシエスタに、おずおずとルイズが声をかける。 「そ、その、シエスタ」 「はい? 何でしょう、ルイズさん」 「あ、、、ありがと」 「っふふ、はいっ!」 「うわー、青春ねぇ、ギーシュ」 「そうですねぇ、お姉さま」 カフェテラスでその様子を眺めていたモンモランシーとケティが ギーシュを横目にうっとりとつぶやく。 読んでいた本から目を上げ、ギーシュが一つあくびをする。 「ふわあ、ん。 あのルイズにもやっと春到来か。 いやいや、めでたいね」 「お、おま、お待たせしました!!」 「やあ、おはようルイズ」 門の外に立っていたワルドが優しく微笑みかける。 「いや、こちらも今着いたところさ。 済まないね、まだ夏休みに入ったばかりだと言うのに」 「い、いえそんな、ぜんっぜんヒマです!」 「そうか、それは良かった」 親しげに首を寄せてくるグリフォンの頭をなでながら ルイズへにっこりと笑う。 「訓練ばかりじゃあ気が詰まると思ってね。 たまには気晴らしに、と思っていたんだが。 喜んで頂けたようで何よりだ」 「い、いえ、こちらこそ 誘って頂いてありがとうございます」 ルイズははにかみながらバスケットを抱え込む。 「おや、それは?」 ワルドがルイズの手に持ったバスケットを覗き込む。 「シエスタに頼んでランチと飲み物を。 それにその、シエスタに習いながらなんですけど、 自分でクックベリーパイを、、作ってみたんです、けど」 「そうか、それは楽しみだ!」 ルイズから受け取ったバスケットを鞍の後ろに積むと そっとルイズの手をとる。 「それではお手を、お姫様。 空中散歩と参りましょう」 。。 ゚○゚ 「うわ、うわ、うわあーー!!」 満面に笑顔を浮かべ、ルイズが思わず声を上げる。 「わあ、ワルド様! 学院がもうあんなに小さく!」 グリフォンの首にしがみつきながら、後ろのワルドを振り返る。 ルイズの体を抱え込むように手綱を取りながら、 ワルドははしゃいだ声を上げるルイズに微笑み返す。 不意に近づいた顔と顔に、ルイズは照れて前へと向き直る。 「気に入ってくれて嬉しいよ、ルイズ。 空を飛ぶのにはもう慣れているんじゃないかと思ったけれど」 「いえ、いっつもは飛ぶんじゃなく落ちるばっかりで」 「ははは、そうかい」 晴れ渡る空の下、二人を乗せたグリフォンが強く羽ばたく。 Vの字に並んで空を舞っていた雁の群れが、 二人を覗き込むようにゆっくりと近づく。 「おや、どうやら僕らの道案内をしてくれるようだ」 「あははっ」 思いがけず現れた道連れに笑い声がこぼれる。 雲をよけ、森を渡り、丘を越えて、川を上る。 グリフォンは風にのり、ゆったりと滑空する。 時折足元を過ぎていく小さな村々。 子供たちが手を振り追いかけてくるのへ ルイズは空から手を振り返す。 やがて遠く連なる山々が近づいた頃、 森の切れ間から小さな湖が現れた。 ふわり、と湖のほとりへ舞い降りる。 瑞々しい青草が羽ばたきになびく。 「わあ、きれい、、、」 夏の高原を渡った涼やかな風が二人に触れる。 「それは良かった」 ワルドがルイズの隣に降り立つ。 「ずいぶんと前にここを見付けてから どうしても一度、この景色を君に見せたくてね」 高く上った陽を受けて湖面がきらめく。 遠く山々は青く澄み、森は深く二人を包む。 小鳥たちは水辺に遊び、楽しげに歌をさえずる。 「少し長く飛んできたけれど、疲れてはいないかい?」 「い、いえ、ぜんぜん平気で、、!」 そう言おうとした時に、ルイズのお腹が可愛らしい音を立てる。 耳まで真っ赤になりながら涙目でルイズが弁明する。 「いや、あのワ、ワルド様! これはその、、、」 (ああ、やっぱり朝に少しでもなにかつまんでおけば、、、) 泣き出しそうなルイズの頭をくしゃくしゃと撫でると ワルドは朗らかに笑う。 「じゃあ、少し早いがお昼にしようか。 実は僕も君の作ってくれたクックベリーパイが 朝からずっと食べたくって仕方がなかったんだ」 「は、はいっ!」 ルイズは涙を拭いてワルドに微笑むと バスケットを鞍の後ろから取り出した。 「ふう、きもちいい、、、」 二人で草の上にごろりと仰向けになる。 ワインで火照ったルイズの頬を湖面からの風が撫でる。 グリフォンもさっきまでは干し肉をかじっていたが 二人に習って昼寝を決め込んでいる。 「また、こうして二人で来たいな」 「、、、はい」 「来年も、再来年も、十年後も、ずっと、、、」 「え、、、」 「、、、ルイズ」 「は、はいっ!」 ルイズが期待と不安にびくりと身をこわばらせる。 腕組みをして空を見上げたまま、ワルドが語りかける。 「実は君に、話しておきたい事があるんだ」 「ななな、なんでしょう!」 「今週の週末、虚無の曜日にアルビオン王国と 貴族派、、神聖アルビオン共和国は停戦会議を行う」 「は、はい、これでやっとアルビオンにも平和が戻ります」 「そうだと良いんだが」 「、、え?」 「まだはっきりとは分らないが、貴族派に不穏な動きがある。 狙いは王党派ではなく、、、 このトリステインだ」 「そ、そんな、なぜ今になって!」 ルイズが体を起こし不安げにワルドを見つめる。 「分からない。 なにか企みがあるのかもしれないし、 もしくは向こうも一枚板ではないのかもしれない」 「、、、ワルド様」 「もしも、このトリステインへ貴族派が直接侵攻する事になれば、 貴族派への密偵であるこの僕も、危うい事となるだろう」 「止めてください! そんな!」 「大丈夫、僕も腕に覚えはある。 そんな事で命を落とすつもりは無いよ。 しかし、もし君が支えてくれるのなら、、、 こんなに心強い事はない」 「、、、」 ワルドが起き上がり、ルイズの手をそっと握る。 「僕と結婚しよう、ルイズ」 「え、、、」 「ずっとほったらかしだった事は謝るよ。 婚約者だなんて言えた義理じゃない事も判っている。 でもルイズ、僕には君が必要なんだ」 「ワルド様、、、! で、でも私、貴族としてもまだ全然で、 それに魔法、魔法だって何一つまともに使えないし!」 「そんな事は無い。 君は他人には無い特別な力を持っている。 僕とて非凡な使い手ではないと自負している。 だからこそ、それがわかる。 例えば、そう、君の使い魔」 「シュレディンガー、のこと?」 ワルドの目が光る。 「彼の持つ力はとても特別なものだ。 誰もが持てる使い魔じゃあない。 そして、それを召喚し使役できる君も それだけの力を持ったメイジなんだよ」 「でも、でも、、、」 「もしかして、あの使い魔君が、、、 君の心の中に居るのかい?」 「ちょ! 違います! アレはただの使い魔っていうかペットです! そういうんじゃなくって!」 「え? いや、ゴメン!」 ぶんぶんと手を振り回し力いっぱい否定するルイズに ワルドは慌てて手をかざし詫びる。 「すまない、僕も急ぎすぎた。 もしかしたら、僕は使い魔君に嫉妬しているのかもしれないな」 「そんな、あの猫耳頭ときたら使い魔のくせに 短気でわがままで甘えん坊で皮肉屋で、それは困った奴なんです!」 「ふふっ、まるで自己紹介を聞いているようだね」 「そんな、酷いですわワルド様!」 「はっはっは、ゴメンゴメン。 でもね、彼と居る時、彼の話をしているときの君は とても自由で素直で可愛らしく見える。 僕の前でももっと見せて欲しいんだ、素顔のままの君を」 「いやだ、ワルド様ってば、、、」 頬を染めてルイズが下を向く。 「僕はね、シュレディンガー君が羨ましい。 彼の力は特別だ、君にとってただ一人の使い魔だ。 この世界のどこへでも、君を連れ去ってしまう」 ワルドはルイズの頬に手を置き、そっと目を合わせる。 「だからこそ、君がどこへ行こうとも平気なように 僕も君にとっての特別なただ一人になりたい。 この世界のすべてから君を守る、姫を守る騎士でありたい。 ルイズ。 僕に君を、守らせてくれ」 「、、、ワルド様」 ざざ、と。 二人の間をぬい、風が草を撫でてゆく。 ワルドがゆっくりと立ち上がる。 「今週末、アルビオン停戦会議に先駆け、ゼロ機関の長として 僕はウェールズ皇太子とお会いする事になっている。 場所はニューカッスル、もちろん君も同席の予定だ」 「、、、」 「そこで、返事を聞かせてほしい」 「、、、はい」 こくり、とルイズは小さく頷いた。 湖を見ながら、ワルドが一つ伸びをする。 「ルイズ、覚えているかい? あの約束をした日、ほら、君はお屋敷の中庭で」 「あの、池に浮かんだ小船?」 ワルドが頷いた。 「君はいつもご両親に怒られたあと、あそこでいじけていたね」 「ほんとにもう、ヘンな事ばかり覚えているんですね」 恥ずかしそうに俯くルイズへ、楽しげに話す。 「そりゃ覚えているさ。 君には嫌な思い出なのかもしれないが、 あの日の約束はずっと、僕にとっての宝物だった」 ワルドがくすりと笑う。 「もう一度あの日のように二人で船に乗りたいと思ってね。 実はこの先に小船を隠しておいたんだ。 とって来るから待っていてくれるかい?」 子供のように駆け出していく姿を目で追いながら ルイズは突然の告白に心の整理を付けかねていた。 ワルドの姿が見えなくなるとぺたりとその場に座り込み、 そばで眠ったままでいるグリフォンの喉をゆっくり撫でた。 「はあ、どうしよう。 私あなたのご主人様にプロポーズされちゃったわよ」 ころころと気持ちよさげな声を上げるグリフォンを見つつも 思わず頬が緩む。 むずむずとした衝動を堪え切れず、草の上に大の字になる。 「うっわー、どーしよ、どーしよ! ワルド様からプロポーズされちゃったわよ私!」 ごろごろと身悶えるルイズの視界に 空から降ってきた何かが映った。 絹を裂くような悲鳴が湖にこだました。 「!!」 杖を抜いて走り出したワルドの耳に 少し遅れてグリフォンの雄たけびが届く。 湖畔の斜面を全力で登り切る。 ルイズの元に戻ったワルドを出迎えたのは、 明らかに野盗と思われる風体の男たちだった。 グリフォンは杭を打たれた投網の中でもがき、 ルイズは野盗の一人に後ろ手に捕まれ、 喉に山刀を据えられている。 「ワルド様、私は構いません! こんな奴ら、やっつけて下さい!」 ルイズの言葉に野盗たちが大声で笑い出す。 「姫様はこうおっしゃっているが どうするよ、色男!」 「魔法で俺たちをふっ飛ばしたあと この娘っこの首だけ持って帰るかね?」 ぐい、と山刀でルイズの顎をあげる。 「物取りの類だろう、金ならくれてやる! 今すぐにルイズを離せ!」 ワルドが杖を突きつけ言い放つ。 「そのおっかねえのを捨てたらな! そら、その杖をこっちに投げてよこしな!」 頭目と思しき男が叫ぶ。 「駄目ですワルド様!」 悲痛な声を上げるルイズの髪をつかみ上げ 男が耳元で怒鳴る。 「おめえは黙ってろってんだ!!」 「、、、」 ワルドが無言で杖を前に放る。 「ワルド様、、!」 ワルドが放り投げた杖を頭目が拾い上げる。 「ほう、こいつぁ良い値がつきそうだ。 おい、予備の杖を持ってないか調べな」 一人を顎でしゃくると、その男がおそるおそる ワルドへ近づき、マントを剥ぎ取ると 持ち物を調べていく。 「こいつもいただきだ」 ワルドのつば広帽を奪い、自分の頭に載せる。 「頭ぁ、他にぶっそうなもんは何にもありやせんぜっ! っとぉ」 振り上げた山刀の柄でワルドの頭を殴りつける。 「ぐあっ!」 「ワ、ワルド様!!」 倒れこむワルドを見て、ルイズが絶叫する。 「貴族か何だか知らねえが威張り散らしやがってよう!」 「おいおい、あんまり乱暴な真似はしてやるなよ、俺らと違って お上品な育ちなんだぜ? 貴族ってなあ」 「だから世の中の厳しさを教えて差し上げてんじゃねーか」 「あっはっは、ちげえねえ!」 男たちがげらげらと笑いながらうずくまるワルドを 交互に蹴りまわす。 「やめなさいよ、あんたたち!! 離せえ、離しなさい!」 涙ながらに叫ぶルイズのマントを捕まえていた男が引きはがす。 「くそ、ルイズには手を出すな!」 ふらふらと起き上がるワルドを一瞥すると、男は ルイズを草むらへ突き飛ばす。 「はあ? てめえじゃあるめえし、 誰がこんな乳臭いガキを相手にするかよ。 、、、大切に抱え込んでたと思ったら、なんだこりゃ」 男はルイズの懐から奪った、古びた革表紙の本をめくる。 「ああっ、『始祖の祈祷書』! 返しなさいよ!」 「学の無えお前にゃ、祈祷書なんぞ無用の長物だろ」 野盗の一人がげらげらと笑う。 「うるせえ、祈祷書どころか何にも書いてねえ、白紙じゃねえか!」 男は祈祷書を投げ捨てるとワルドに駆け寄り蹴りを入れる。 「ちっ、もちっと良いモン持ってねーのかよ!」 ワルドの身に付けていたものとグリフォンの鞍周りを 調べ終わった男が頭目の元へと向かう。 「どーするよ頭ぁ、多少の金貨は持ってたけどよ。 しけてやがる」 「グリフォン殺して嘴取っとけ、薬屋に売れる」 「このハンサムはどうしやす? やっぱ後腐れがねえように」 「いや、契約にゃ、、、!?」 男たちが視線を向けたその先には、右手に杖を握り 始祖の祈祷書を拾い上げたルイズの姿があった。 「ワルドを、、、ワルドを放しなさい!!」 。。 ゚○゚ 「ん? シュレちゃん、どしたの?」 トリステイン魔法学院のカフェテラス。 隣のイスのシュレディンガーをキュルケは怪訝そうに見つめる。 「どうしたんだい? ネコ君。 君の手番だよ」 対面のギーシュがチェス盤をとんとんと叩く。 「ん、、、あれ? 目がヘンだ」 シュレディンガーがこしこしと目をこする。 「疲れちゃいました? お冷でも持ってきましょうか、シュレさん」 シエスタが心配げに顔を覗き込む。 「うわ! なんか見える!」 「はっはっは、チェスに負けそうだからって、、、 え? ネコ君、その手袋の中」 ギーシュの指し示すその先、シュレディンガーの 右手袋の中からは、金色の光が漏れこぼれていた。 「わわ、それってもしかして使い魔のルーンが光ってるの?」 不思議そうな顔で覗き込むモンモランシーに答えず、 シュレディンガーは前を向いたまま呆然とつぶやく。 「右目に、右目だけ何か見える、、、 これって、、ルイズの、視界?」 離れた席で一人本を読んでいたタバサが ぱたりと本を閉じ、顔を上げた。 「ルイズが、危険。」 。。 ゚○゚ 「脅しじゃないわ、離れなさい!!」 野盗たちに杖をかざし睨み付ける。 「おお、おっかねえお嬢ちゃんだ。 だがそんなちびた杖でどうしようってんだ? さっきこのハンサムと話してるのを おっちゃんたち聞いちゃったのよ。 まるで魔法を使えねえんだってえ?」 その言葉に周りの男たちもげらげらと笑う。 「ぐっ、、!」 ルイズは声を詰まらせる。 (こうなったらいつもの様に魔法を失敗させて爆発を!) 小さな杖を握り締めるが、すぐに思い止まり歯噛みをする。 野盗たちの中心にはワルドが倒れていた。 シュレディンガーとアルビオンを飛び回り、 いくつもの船を沈め、いくつもの砦を破壊した。 いつしかこれが自分に与えられた魔法なのではとも思った。 だが。 何度も起こしてきた爆発の中で、ルイズはその特徴を掴んでいた。 強い爆発を起こすには、大きな範囲を巻き添えにする事が必要だ。 短く詠唱をする事で小さな爆発も起こせるが、 それでは人一人弾き飛ばす事さえできない。 野盗たちを吹き飛ばすには、どうしてもワルドを巻き込んでしまう。 じわり、と悔し涙がにじむ。 何が、『虚無の魔女』だ。 使い魔の力を自分の物とはき違え、図に乗っていただけだ。 肝心な時に自分ひとりでは何も出来ない。 アーカードに胸を張り言い放った。 「お前を打ち倒す」、と。 なんて傲慢な、なんて恥知らずな言い草だったろう。 貴族とは名ばかりの、魔法一つ使えぬ、ただの小娘。 杖を握る手が小さく震える。 「わっはっは、手が震えてるぜ、お嬢ちゃん!」 「ぼ、僕のことは良い、逃げろ、、ルイズ、、」 逃げ出せる訳も無い。 逃げて、どこへ行けというのか。 どこにも逃げ場所など無い、どこにも居場所など在る筈も無い。 魔法の使えぬ貴族なんて、この世界のどこにも。 懐かしい誘惑が心の底からゆっくりと這い出でる。 「絶望」に抗う力などもう残っていなかった。 胸の中に、じくじくと空洞が広がっていく。 そこがどこにつながっているのか、自分は知っている。 自分にはお似合いの場所だ。 世界に存在を許されぬもののたどり着く場所。 『虚無の地平』 「さ、杖をおろしなお嬢ちゃん。 痛かあ、しねえからよ」 警戒しつつも一人の男がじりじりとルイズへにじり寄る。 「、、、、、」 「ああ? なんだって?」 ルイズの小さな呟きに、近づいて居た男がびくりと足を止める。 「、、、エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ、、、」 「お、おい、これ!?」 男が慌てて後ろの仲間を振り返る。 「なーに泣きそうな顔してんだよ!」 「さっき言ってたろ? そいつは魔法を使えねえ! ハッタリだハッタリ!」 後ろでにやけながら野次を飛ばしていた仲間の野盗たちが 突然に息を呑み黙り込む。 「お、おい、どうしたってんだよ?!」 振り返った男の目に映ったのは、 ルイズの左手に掲げられた祈祷書の放つ、淡い光だった。 そのページが風も無くぱらぱらとめくれていく。 「あ? お、、ぐっ、、、!!」 男の足が止まり、額から汗が吹き出る。 それは、先程まで目の前に居た少女ではなかった。 その目は瞳孔を大きく開いて虚空を見据え、その口は朗々と淀みなく詠唱を紡ぐ。 じわり、とにじむように、男の目の前の空間に小さな穴が開く。 光さえも飲み込む、紫電をまとった虚空への穴が。 「、、、オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド、、、」 † 神聖アルビオン共和国首都ロンディニウム、その地下。 蜀台の明かりの揺らめくテーブルの向こうで アーカードはクスクスと小さく笑った。 「ど、どうなされました?」 向かいの席からおびえた声をかけるクロムウェルに応えず アーカードは優しく、嬉しげに、うっとりと微笑んだ。 頬をゆがめ、ぎちりと笑ったその口元から牙がこぼれる。 「っはは、待ちかねた、、 来たぞ、、、虚無の淵から、魔女が来た、、」 † 驚くほどに意識は澄み切っている。 ルイズはやっと理解した。 単純な事だ。 火の系統のメイジは火の力を操る。 水の系統のメイジは水の力を操る。 風は風を。 土は土を。 ならば。 これが己の力。 己の系統。 そして己の運命。 目の前で膨れ上がっていく漆黒の穴を見つめる。 恐れる事はない。 この先は私自身の、いつか還る場所なのだから。 指にはまった水のルビーが熱を帯び、意識をつなげる。 祈祷書の知識が、始祖ブリミルの意思が頭の中に流れ込む。 『虚無』の呪文の初歩の初歩の初歩。 『バニッシュメント(追放)』 「か、頭ぁ、お頭ァ!! 俺ぁ、どうすりゃ?!」 ルイズの目の前でおろおろと立ちすくむ男が 涙目で後ろを向き叫ぶ。 「くっそ、聞いて無ぇぞこんな事ぁ! 構わねえ、そのアマぁ頭がトンでら! 杖をぶんどれ!!」 「で、でも球が! 真っ黒い球が!!」 男とルイズの間に生まれた黒球は、 放電を繰り返しつつオーク鬼の頭ほどにも成長していた。 「剣で払うんだよ! 手首ごと落としちまえ!」 「いかん、ルイズ!!」 「てめえは黙ってろ!」 ワルドを押さえ込んでいる男が上から殴りつける。 「あ、あ、あ、、!」 黒球の前の男はかちかちと歯を鳴らしながら 腰の山刀を抜き放った。 その時。 ============================== 「ルイズ、大丈夫?!」 突然そこに現れたシュレディンガーの姿に野盗たちが固まる。 「シュ、シュレ?!」 ルイズが詠唱を止め、驚きの声を上げる。 そのとたん、ルイズの杖の先に生まれた黒球が 制御を失ったかのようにゆっくりとぶれ始めた。 「え? あ? あわわ」 「こいつも仲間か?! 畜生、畜生!!」 突然現れた亜人の姿にパニックを起こした男が 山刀を振り上げ、シュレシンガーに斬りかかる。 「嫌、危ないシュレ!!」 ルイズが咄嗟に男に杖を向けたその瞬間。 ぱぁんっっ! 破裂音が響き、黒球は消え失せた。 ルイズの目の前で、きょとんとした顔のまま シュレディンガーと男が立ち尽くす。 「え?」 男は何が起こったのかも分らず、辺りを見回す。 あの恐ろしげな魔法の球は何だったのか。 そういえば振り上げた剣がない。 草むらの中に光る何かが落ちている。 「え?」 よく見ればそれは剣先だ。 丸く切り取られたようなつややかな断面を晒した 手のひらほどの金属片が落ちている。 拾おうとして、自分の腕が肩口から 無くなっている事に気付いた。 「え?」 ルイズの前で鮮血を撒き散らしながらくるくると回る その男の肩は、まるで大きなスプーンで すくい取ったかのように丸い断面を晒していた。 「お゛、、あ゛、あ゛、、、」 がたがたと震えながら男が肩を抑えその場にへたり込む。 「ルイズ、大丈夫?」 シュレディンガーが駆け寄り、呆然と立ちつくすルイズの手を取る。 ルイズは、心配げな表情を浮かべたシュレディンガーの瞳に映り込む 血に塗れた女の顔をぼんやりと眺めていた。 (、、誰だろう、怖い顔、、、) 「そん、な、、」 言葉をつまらせる野盗の頭目の後ろで声が響く。 「そこまでだ」 隙を突いて起き上がったワルドの手には、奪い返した杖が握られていた。 「見逃してやる。 あの男を連れて去れ」 額から流れる血をぬぐいながら、片腕を失いうずくまる男を杖で指す。 男を担ぎ逃げ去っていく野党に目もくれずに、 ワルドはルイズの元へと駆け寄った。 「大丈夫かルイズ! すまない、こんな事に、、」 「来ないで!!」 背を向けたままの少女の強い拒絶に、思わずワルドは立ち止まる。 「ご、御免なさい、ちがうんです、、、 でも、私、今の顔、、 ワルド様に、見られたくない、、、」 「そうか、、、 シュレディンガー君、ここはもう良い。 ルイズを、頼む」 ワルドは少女の背中越しにシュレディンガーを見つめる。 少女の使い魔はこくりと頷くと、二人の姿はその場から消え去った。 ============================== 「落ち着いた?」 「うん、ありがと。 もう大丈夫」 自分の部屋にたらいを持ち込んで内風呂をした後、 キャミソールに着替えたルイズはベッドの上に寝転んでいた。 替えのタオルを抱えて来たシュレディンガーは、 そのタオルで湯気を立てるルイズの髪を優しく拭いていく。 「、、、シュレ」 「ん?」 「あのとき、助けに来てくれて、ありがと」 虚無の力に飲み込まれそうになる、あの絶望的な陶酔が ルイズの脳裏に蘇る。 「なーに言ってんのさ、ボクはルイズの使い魔なんだよ。 どんなピンチの時だって、 ボクがルイズを守ってあげるってば」 タオルごと、ルイズの頭を後ろからぎゅっと抱きしめる。 「、、、うん」 自分を抱きしめてくれるシュレディンガーの腕に、 ルイズはそっと自分の手を置いた。 その夜。 シュレディンガーの胸に包まれて。 安らかなその寝息を聞きながら、ルイズは思い返していた。 (私、あの時、、、) シュレディンガーの瞳に映った、血まみれの顔がよみがえる。 思わずルイズは頭から毛布をかぶる。 (、、、笑ってた) † 前ページ次ページ確率世界のヴァリエール
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4937.html
前ページ次ページZERO A EVIL 無事に裏口から脱出したルイズ達は、船が停泊している桟橋に向かっていた。 貴族派の妨害があった以上、一刻も早くアルビオンに辿り着かなければならない。 長い階段を駆け上がり丘の上に出ると、四方八方に枝を伸ばした巨大な樹が現れる。枝の部分には船が木の実のようにぶら下がっていた。 後ろを振り返ってみても、追っ手が来る様子はない。どうやら、フーケはうまく敵をひきつけてくれているようだ。 「よし、こっちだ!」 ワルドに促され、ルイズ達は樹の根元にある空洞の中に入っていく。 空洞の中には各枝に通じる多くの階段がある。ルイズ達はアルビオン行きの階段を見つけると、再び長い階段を上り始めた。 階段をしばらく上り続け、踊り場付近に辿り着いた時、ルイズは背後からこちらに近づいてくる足音を耳にする。 慌てて振り向くと、白い仮面という怪しげな風貌の男がこちらに向かってくるのがわかった。 どう見ても船に乗りに来た客には見えない。貴族派の刺客とみてまず間違いないだろう。 そう考えたルイズがワルドとシエスタに知らせようとした瞬間、仮面の男は走るスピードを上げ黒塗りの杖を取り出すと魔法を詠唱し始める。 すると、仮面の男の杖の先端が白く光る。一撃で相手を刺し貫くことができる威力を持つ魔法、エア・ニードルだ。 仮面の男は最後尾のシエスタに目をつけたようで、一直線にシエスタの方に向かっている。シエスタも仮面の男に気付いたようだが、その時には男はすぐ側まで迫っていた。 それを見たルイズは、背中に背負っていたデルフリンガーを抜き、一気に仮面の男との距離を詰める。 そして、シエスタを貫こうとしたエア・ニードルをすんでのところで受け止めた。 「シエスタには指一本触れさせないわよ!」 「やっと俺の出番がきたぜ! さあ相棒、一気にやっちまえ!」 デルフリンガーは自分の出番がきたことに喜んでいるようだが、ルイズの心はそれどころではなかった。 あと一歩でも遅かったらシエスタは命を落としていたかもしれないのだ。そう考えると、この仮面の男を許すわけにはいかなかった。 憎しみと怒りの感情が溢れそうになるのを抑えつつ、ルイズはデルフリンガーを構えて仮面の男と対峙する。左手のルーンは僅かに光を放っていた。 「シエスタ、今のうちにここから離れて!」 「は、はい!」 「ワルド様、シエスタをお願いします!」 ワルドにシエスタのことを任せたルイズは、仮面の男に向かって高くジャンプするとそのまま勢いよく斬りかかる。 オルステッドが使っていた技である『ジャンプショット』。シンプルだが強力な技だ。 仮面の男はとっさに杖でガードするが、勢いを殺しきれず、鍔迫り合いでルイズにおされる形になる。 ルイズはその隙を見逃さず、渾身の力でデルフリンガーを仮面の男に叩きつける。剣をハンマーの代わりにして相手を叩く力技『ハンマーパワー』。峰打ちだが威力は申し分ない。 ルイズの攻撃をまともに喰らった仮面の男は、回転しながら後ろに吹き飛ばされる。 その時、いつの間にか側まで来ていたワルドが追い討ちをかけるようにエア・ハンマーを放つ。直撃を喰らった仮面の男は階段から落下していった。 その後しばらく待ってみても仮面の男が戻ってくる気配はない。どうやら撃退に成功したようだった。 「どうやら、もう大丈夫のようだね。さすがルイズ、見事な剣さばきだったよ」 「そんな。敵を撃退できたのはワルド様のお陰ですわ」 「謙遜することはない。君の力は僕の想像以上だよ! この力があれば貴族派の妨害など恐れることもないさ!」 「ワルド様?」 どこか興奮気味に語るワルドを不思議に思ったが、戦いに勝って気分が高揚しているのだから無理もないと気にしないことにした。 シエスタにも怪我はなさそうなので、ひとまずは安心といったところだろうか。 「あれ? ひょっとして俺の出番、もう終わり?」 そんなデルフリンガーの呟きをよそに、ルイズ達はさらに上を目指す。 階段を上りきり、桟橋に着いたルイズ達は、そこに停泊している船に乗り込む。 いきなり現れたルイズ達に船員は驚くが、ルイズとワルドが貴族だとわかるとすぐに船長を呼びに行った。 船長との交渉の末、ワルドが風の魔法で風石の代わりをすることで話はまとまり、船はアルビオンに向けて出港する。 「二人ともよくがんばったね。空に出てしまえばしばらくは安全だろうから、今のうちに休んでおくといい」 ずっと走りっぱなしで疲れていたルイズは、ワルドの言葉に甘えて客室で休むことにした。 シエスタはルイズと一緒の部屋で休むのをためらっていたが、ルイズに強引に引きずられていってしまう。 そんな二人の姿をワルドは微笑みながら見送っていたが、その目はシエスタの後姿を鋭く射抜いていた。 翌日、アルビオンが目に見える位置まで近づいた時にそれは現れた。 舷側から大砲を突き出した大きな黒い船が近づいてきたのだ。旗も掲げていないところを見ると、どうやら空賊のようだ。 その船にルイズ達の船はあっけなく停船させられてしまう。この船の武装は貧弱で、頼みのワルドも船を浮かすために精神力をほとんど使っていたのだから無理もなかった。 甲板に降り立った派手な空賊の男が船長と交渉している。どうやらこの男が空賊の頭のようだ。 そんな中、ルイズは大人しくしていた。ここで暴れればワルドやシエスタが危険な目に遭う可能性があるからだ。 もちろん二人に危害を加えるようならただでは済まさない。そんなことを考えながら、ルイズは怯えるシエスタを背中に隠し、成り行きを見守っていた。 男と船長の交渉はすぐに終わり、船長は命を助ける代わりに船と積荷を全て渡すという一方的な要求をのむことになった。 うな垂れる船長をよそに、上機嫌な男はルイズ達に目をつけると、船倉に閉じ込めるよう部下に指示を出す。後で身代金をたんまり取る腹積もりのようだ。 こうして、杖とデルフリンガーを取り上げられたルイズ達は空賊の捕虜になってしまうのだった。 「ルイズ様、これから一体どうなってしまうんでしょうか……」 「心配しなくてもいいわ。待っていれば、必ずチャンスは来るはずよ」 ルイズ達は、空賊が持ってきた水と食事のスープを飲みながら今後の事を話し合っていた。 シエスタにはああ言ったものの、ルイズも不安なのに変わりはない。だが、ワルドやシエスタの手前もあるので、冷静を装っていた。 そんな中、ワルドは一人落ち着いている。今は船倉の積荷を見て回る余裕すら見せていた。 その時、扉が開き空賊の男が入ってくる。男は三人を見渡すと、楽しそうに喋りだした。 「あんたらも運が悪かったな。まあ、大人しくしてりゃ悪いようにはしねえからよ」 「いや、そうでもないさ。目当ての人物にこうも早く会うことができるなんて思わなかったからね」 「あん? お前、一体何言ってんだ?」 「頭に伝えてくれないかな。我々はトリステインの大使で、アンリエッタ姫殿下から密書を言付かっているとね」 「……てめー、そんなことばらしちまってただで済むと思ってんのか?」 「いいから早く頭に伝えてくれないかな」 「いいだろう。ちょっと待ってな」 そう言うと空賊の男は船倉を出て行った。 二人の会話を聞いていたルイズとシエスタは唖然とした表情をしている。大事な任務をあっさり喋ってしまうワルドの真意がわからなかったからだ。 何か言いたそうな二人の表情にワルドは気付いていたが、特に気にする素振りもなく、ただ黙って男が戻ってくるのを待っていた。 しばらくして、男が船倉に戻ってくる。先程とは違い、表情は真剣そのものだった。 「来い。頭がお呼びだ」 男に連れられて、ルイズ達は船長室に通される。そこには、あの派手な空賊の男がいた。 「お前か、トリステインの大使ってのは」 空賊の頭の質問に、ワルドは優雅に一礼してから答える。 「トリステイン王国魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵です。先程伝えましたとおり、アンリエッタ姫殿下より密書を言付かって参りました」 「そんな大事なことを空賊なんかにぺらぺら喋っていいのかい? お前らを貴族派に売り飛ばすこともできるんだぜ」 「あなたがそんなことをするはずがないでしょう。ウェールズ・テューダー皇太子殿下」 その瞬間、その場にいた空賊全員の目がワルドを睨みつけるように鋭くなったのをルイズは見逃さなかった。 派手な空賊の男をウェールズ皇太子と結論付けたワルドの真意はわからないが、この反応を見るとまったくの見当違いにも思えない。 「俺がアルビオンの皇太子だっていう確証でもあるのかい?」 「殿下が指にしているのはアルビオン王家に伝わる風のルビーではありませんか? もしそうなら、トリステイン王家に伝わる水のルビーと共鳴し、虹色の光を作り出すことができるはずです」 その言葉を聞いたルイズは、アンリエッタから渡された水のルビーをワルドに手渡す。 「ワルド様、これを」 「ありがとうルイズ。殿下、よろしいですかな?」 空賊の頭は自分のしていた指輪を外すと、ワルドの持っている水のルビーに近づける。 すると、ワルドの言ったとおり二つの宝石が共鳴し、虹の光が作り出された。 「どうです、殿下」 「まいったな。まさかこんな形で見破られるとはね。君の言うとおり、私がアルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」 ウェールズは苦笑いを浮かべながら変装を解く。それを見た周りの空賊達は一斉に姿勢を正した。 シエスタは突然の展開に驚いていたし、ルイズはウェールズの変装を見破ったワルドを尊敬の眼差しで見つめている。 そのため、二人はワルドの手際が良すぎることを疑問に思うこともなかった。 その後、ワルドから手渡された手紙を読み終わったウェールズは、アンリエッタから送られた手紙を返すことを了承した。 だが、手紙はニューカッスル城に置いてあるとのことなので、ルイズ達はウェールズと一緒にニューカッスル城に向かうことになる。 ワルドがウェールズから手紙を受け取れば、今度はルイズの任務が始まる番だ。 ニューカッスル城に着いたルイズ達は、ウェールズの自室に通される。 ウェールズは机の中から宝石箱を取り出すと、中に入っている手紙を読み返し始めた。すでに何度も読んでいるのか、手紙はぼろぼろであった。 手紙を読み終えたウェールズは、それを丁寧に折り畳み、封筒に入れワルドに手渡す。 「姫からの手紙は、この通り確かに返却したぞ」 「ありがとうございます」 頭を下げ、ワルドが手紙を受け取る。 ワルドの任務が終了し、いよいよルイズの出番がやってきた。 「恐れながら、殿下に申し上げたいことがございます」 「君は?」 「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します。幼少の頃、アンリエッタ姫殿下の遊び相手を務めさせていただきました」 「ほう。よし、何なりと申してみよ」 「ありがとうございます」 ルイズは一つ息を吐くと、意を決したように話し始めた。 「私は姫様から重大な任務を受けてここにやってきました。殿下、姫様は殿下がトリステインに亡命することを望んでいます! 私達と一緒にトリステインにいらしてください!」 「それはできない。私はアルビオン王家の誇りをかけて、最後の最後まで戦い続けるつもりだ」 「お願いでございます! 姫様は今でも殿下のことを愛しております! 私にも愛している人がいます。ですから、姫様のお気持ちがよくわかるのです! もし、殿下が亡くなられるようなことがあれば、姫様は悲しみに打ちひしがれてしまいます! それに、このまま勝ち目のない戦いを続けるより、トリステインに亡命して再起を図る方がきっといい結果が得られるはずです! ですから、どうか、どうかお願いします!!」 ルイズの熱のこもった説得を聞いたウェールズは静かに目を閉じる。どうやら頭の中で考えをまとめているようだ。 ルイズはウェールズの返答を緊張した面持ちで待っている。やがて、ウェールズは目を開けるとルイズへ答えを出した。 「亡命はできない。例えそれが姫の望みであってもだ」 「殿下!」 「明日、ニューカッスル城への総攻撃が始まる。朝には非戦闘員を乗せた船が脱出する予定だ。君達もそれに乗って帰りなさい」 「待ってください!」 「そろそろパーティーも始まる時間だ。王国が迎える最後の客として、是非参加してほしい」 「まだ話は!」 「よせ、ルイズ!」 淡々と話すウェールズに、なおも食ってかかろうとするルイズだが、ワルドに止められてしまう。 「このまま君が取り乱してしまっては、ますますいい結果が得られなくなる。ここは僕に任せてくれないか」 「ワルド様、でも!」 「ルイズ、僕を信じてくれ」 「……わかりました」 「ありがとう。シエスタ、ルイズを連れてしばらくここから離れてくれないか」 「は、はい。ルイズ様、行きましょう」 ルイズはシエスタに連れられて部屋の外に出て行く。 ウェールズの説得に失敗した自分を情けなく思うが、まだ全てが終わったわけではない。 ワルドがきっといい方向に話をもっていってくれることを信じて、ルイズは待つことにした。 夜になり、城のホールではパーティーが始まる。 明日、貴族派の総攻撃があるというのに、パーティーに参加している者達の表情は明るかった。皆が楽しそうに食事をしたり、踊ったりしている。 一方、ルイズは用意された客室でシエスタと一緒にワルドの帰りを待っていた。 城のメイドからパーティーが始まるという知らせを受けたが、自分の代わりにウェールズを説得してくれているワルドを置いて、パーティーに参加できるわけがない。 「それにしても遅いねー。何かあったんかね?」 「ウェールズ殿下を説得するのは、いくらワルド様でも簡単にはいかないわ。あれだけ強い意志を持っていらっしゃるんだもの」 デルフリンガーの呟きに答えるルイズの声には不安の色が混じっていた。あのウェールズの強い意志をどうやって曲げさせるのか、ルイズには想像もできない。 もし、ワルドの説得が失敗すれば、明日の総攻撃でウェールズは命を落としてしまうかもしれない。そう考えると気が気でなかった。 その時、ドアをノックする音と共にワルドが部屋に入ってきた。 「遅くなってすまない」 「ワルド様! ウェールズ殿下の説得はうまくいきましたか?」 「ルイズ、落ち着いて聞いてほしい。説得はうまくいかなかったが、ウェールズ殿下の意志を変えることができるかもしれない妙案があるんだ」 「その案とは何なのです?」 ルイズは緊張した面持ちでワルドの返事を待っている。ワルドはルイズが落ち着いているのを確認した後、口を開いた。 「僕達がここで結婚式を挙げるんだ」 「け、結婚式ですか!?」 「そうだ、お互いに愛し合っている僕達の結婚式を見れば、きっとウェールズ殿下の考えも変わるはずだ」 確かに、ウェールズがアンリエッタを愛しているのなら、幸せそうな結婚式を見ることで心に迷いが生まれる可能性はある。 ワルドと結婚することで自分だけ幸せになるのはアンリエッタに申し訳ないが、これでウェールズの命を救うことができたならアンリエッタも喜んでくれるはずだ。 こんな形で結婚式を挙げるとは思わなかったが、ワルドと結婚することに不満はまったくない。 「わかりました。私、ワルド様と結婚します」 「ありがとう、ルイズ。ウェールズ殿下にはすでに明日の結婚式の媒酌を頼んである。大丈夫、きっとうまくいくさ」 「はい!」 ルイズの返事に満足そうに頷いたワルドは、続いてシエスタの方に視線を向ける。 「シエスタ、君はその剣を持って先に船で脱出しなさい。僕とルイズはウェールズ殿下を連れてグリフォンでトリステインに帰る」 「え、でも……」 「待ってください、ワルド様。シエスタには私の結婚式に出席してもらいたいんです」 「しかし、グリフォンにはそんなに大勢は乗れないんだ」 「それなら、船が出発する前に結婚式を挙げましょう。ウェールズ殿下を説得する時間も必要なのですから、早くても損はないはずですわ」 ルイズは世話になっているシエスタに自分の晴れ姿を見てもらいたかったし、自分の結婚式に親しい人間が一人も出席しないのは嫌だった。 この状況では、姉のカトレアもアンリエッタも出席することはできない。だから、せめてシエスタだけでも出席してほしいと思ったのだ。 「わかった。ウェールズ殿下には僕から連絡しておくよ」 「すみません、ワルド様」 シエスタが結婚式に出席するのを認めたワルドは、ウェールズに連絡するために部屋を出て行った。 「ありがとうございます、ルイズ様。私なんかがルイズ様の結婚式に出席できるなんて夢のようです」 「私の一生に一度の晴れ舞台なんだから、シエスタには出席してもらわないとね。デルフ、あんたも出席すんのよ」 「おう、相棒の勇姿を拝ませてもらうぜ」 その後、ルイズ達は明日に備えるため早めに寝ることにした。 今日は興奮して眠れないと思っていたルイズだが、疲れていたせいもあり、ベッドに入るとすぐに眠ることができた。 ルイズは夢を見ている。 夢の中のルイズは、日の本という国でとある城の城主をしていた。 ルイズには大きな野望があった。混乱状態にある日の本を戦乱に巻き込み、その戦乱に乗じて自分が日の本を支配しようと企んでいたのだ。 そのために人外の力を手に入れ、異形の者達を手下にするなど着々と準備を進めてきたルイズだが、それを邪魔する者が現れた。 ルイズの野望を成功させるために捕らえていた男をある忍びが救出にやってきたのだ。 忍びの力はかなりのもので、捕らえていた男を救出されただけでなく、異形の手下達も倒されてしまう。 そして、忍びと捕らえていた男がついにルイズの所までやってくる。 だがルイズには人外の力がある。負ける気は毛頭なかった。 天守閣の屋根の上で、ルイズはカエルとヘビの姿に変化する。この姿こそ、これからの日の本を治めるのに相応しい気高き姿だとルイズは思っていた。 しかし、忍びと捕らえていた男にルイズは敗れ、天守閣の屋根の上から落下する。 こうしてルイズの野望は脆くも崩れ去ったのだった。 場面が切り替わり、ルイズの姿が変わる。 次のルイズは、鳥の顔をした大仏の姿をしていた。だが、これはルイズの本当の姿ではない。 この姿は、ある寺の池に捧げられた2000人の液体人間の憎しみという感情から生まれたルイズが、池の中央に建っている大仏に宿っただけなのだから。 ルイズの目の前には、自分と同じくらいの大きさのロボットが立っている。 液体人間の強い憎しみの感情に突き動かされるように、ルイズは目の前のロボットに戦いを挑む。 だが、圧倒的な強さを持つロボットにルイズは敗れてしまう。 ルイズは敗れたが、それで液体人間の憎しみが消えるわけではない。 液体人間は自分達をこんな姿に変えた者達を飲み込み、ルイズを倒したロボットさえも飲み込もうとするのだった…… 再び場面が切り替わる。 今度のルイズは、以前見た夢と同じように山の頂上で下にいる者達を見ているだけだった。 だが、今回の夢は下にいる人物が違っている。下にいたのは背格好がまったく違う4人の人間と魔王だった。 やがてオディオと名乗った魔王と人間達との間に戦いが始まる。魔王の力は恐るべきものだったが、戦いは人間達の勝利で幕を閉じた。 戦いに敗れた魔王は真の姿を現す。そこに現れた姿を見たルイズに衝撃が走った。 魔王の正体は、ルイズもよく知っているオルステッドだったのだから…… その時急に場面が切り替わり、ふと気が付くと、ルイズは別の場所に立っていた。自分の姿を見てみると、魔法学院の制服を着たルイズ本人の姿なのがわかる。 辺りを見回してみると自分の周りに7つの石像があるのがわかった。石像を見ようと近くによるが、その姿を見たルイズは驚いてしまう。 「こ、これって!」 その7つの石像にルイズは見覚えがあった。 翼のないドラゴン、頭だけの姿をしたマザーコンピュータ、坊主頭の格闘家、ガトリング銃を持った大男、武道家、カエルとヘビの変化、鳥の顔をした大仏。 全て夢の中でルイズが体験した姿だった。 その時、奥に見える扉から一人の男が現れる。オルステッドだ。 オルステッドが現れたことでルイズは激しく動揺する。7つの石像とオルステッドは、自分もここにいる者達と同じ末路を迎えるということを示しているように感じられた。 だが、それを認めるわけにはいかない。 「私はあなた達と同じにはならないわ! 結婚式だってうまくいくし、ウェールズ殿下の命だって救ってみせるんだからッ!」 そう叫んだ瞬間、7つの石像の目が光を発し、周りの風景がぼやけていく。 ルイズが最後に目にしたのは、悲しそうな表情を浮かべるオルステッドの姿だった。 やがて、ルイズはゆっくりと目を覚ました。窓の外は薄暗く、まだ夜が明けていないのがわかる。 「大丈夫。きっとうまくいく、きっと……」 だが、いくら大丈夫と呟いてみても不安が晴れることはなかった。 前ページ次ページZERO A EVIL