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前ページ次ページ天才と虚無 レメディウス・レヴィ・ラズエル ラズエル子爵家の嫡男であり、また、ラズエル咒式総合社の咒式技術者。 二十代という若さでありながら、宝珠や機関部などの咒式制御系において、いくつもの特許を取得している。 さらに、十二歳のときにチェルス将棋の大陸大会において、二十二歳以下の部門を制覇した、正真正銘の天才である。 そんな彼は咒式技術者として砂漠の国ウルムンを訪れた際、<曙光の戦線>という過激派集団に襲われ、誘拐される。 衣服以外の一切の所持品を奪われて、レメディウスは牢獄に幽閉されていた。 しかしそんなある日、レメディウスは牢獄の中に、光る姿見のようなものを発見した。 牢獄内の生活で暇を持て余していた彼は、好奇心に駆られてそれに触れ―――― 「――――気付いたら、あの草原にいたんだ」 そこから先は説明しなくても大丈夫だよね? と、レメディウスと名乗る青年は問う。 ルイズはそれに、大丈夫だと首肯する。 二人はテーブルをはさんだ二つの椅子に座っていた。ルイズは手に、夜食のパンを握っていた。 王立トリステイン魔法学院、女子寮、ルイズの部屋。 そこでルイズは、レメディウスから話しを聞いていた。 「それ、本当?」 ルイズはレメディウスと名乗る青年に尋ねる。 声には多量の疑いが含まれていただろう。なにせ、到底信じられる話しではなかったのだから。 「もちろん。ここで嘘をつく理由が、僕には無いからね」 レメディウスは辟易とした表情で、そう答えた。 呆れたように細められている翡翠色の瞳に、嘘をついているような色は見受けられない。 この表情が演技ならば、彼は素晴らしい舞台俳優だろう。それこそ、自分の専属として雇いたいくらいの。 「悪いけど、信じられないわね」 「そうだろうね。僕だって、未だに信じられないんだし」 「別の世界ってどういうこと?」 「文明がもっと発達してると考えてくれたらいいかな。あと、月は一つしかなかった」 レメディウスが窓の外を指さす。 夜の帳が下りた空には、赤と青、大と小の月が輝いている。 ルイズにとってはいつもと同じ夜空だが、レメディウスにとっては違うようだった。 「月が一つなんて、そんなふざけた世界が何処にあるのよ。まるで御伽噺じゃない」 「僕からしたら、この世界のほうがよっぽど御伽噺さ」 レメディウスはそういうと、ルイズへと視線を戻し、苦笑する。 与太話だ、とルイズは思った。 確かにレメディウスの言葉には真実味があるし、即席で考えた設定とも思えない 。 まるでそういう世界が本当にあるかのようだ。 だが、レメディウスの表情からは、焦りが感じられない。 ルイズがもし異世界にいきなり飛ばされたとしたら、帰りたいと喚くだろう。 レメディウスからはそういう「焦燥」や「不安」といった感情が欠落しているように感じる。 それが、レメディウスの言葉から真実味を欠けさせ、嘘臭くしていた。 「異世界から来たっていう割には、あんた帰りたいとか言わないじゃない」 ルイズは感じていた違和を正そうと、レメディウスを問い詰める。 「本当に異世界から来たっていうなら、もっと焦ったりとかするものじゃないの?」 これでまともな答えが返ってこなかったら嘘だろうと、ルイズは考える。 レメディウスはその問いを聞くと、きょとんとした表情を浮かべ、その後に皮肉気に頬を歪めた。 「それは仕方ないかな。僕は帰りたいと思ってないから」 「はあ? なによそれ」 「説明するのが難しいんだけど………とにかく、元の世界に未練が無いんだ」 会いたい人とかもいないしね、とレメディウスが肩をすくめる。 「あんたにだって、家族とかいるでしょ?」 「いるけど」 「会いたくないの?」 「あの人とは、会えないっていうなら別に会わなくてもいいかなって感じかな」 ルイズはレメディウスの顔に、一瞬だけ不快気な色が浮かんだのを捉えた。 あの人、という他人行儀な言い方から、限りなく他人に近い関係なのかも、とルイズは直感的に思う。 しかも、折り合いが良くなさそうだった。 「まあ、それは良いとして………あんた、本当に別の世界から来たって言い張るの?」 「言い張るも何も、そうとしか思えないんだ」 「じゃあ、なんか証拠ある?」 「証拠?」 「そう、証拠。わたしが納得できそうなモノ」 ルイズがそういうと、答えに窮したようにレメディウスが黙りこむ。 しばらく逡巡したのち、 「困ったな、なにももってない」 と苦笑交じりに言った。 「証拠が無いなら、信じるのは無理だわ」 ルイズがパンをちぎって口へと運び、咀嚼しながら言った。 行儀が悪いが、どうせレメディウスは使い魔なのだから関係ないだろう。 「異世界に行くなんて解ってたら、何かしら持ってきたんだけどね」 何か持っていないかとポケットを探るレメディウス。 しかし、直前まで牢獄に閉じ込められていたレメディウスは、魔杖剣どころか曲がった匙一つ持っていなかった。 「うーん………チェルスなら得意だけど、あれじゃ証拠にはならないだろうなぁ…」 どうしたものかと悩むレメディウスが、ぽつりと漏らす。 「チェルス? なにそれ?」 知らない単語に、ルイズが反応した。 「チェルスって言うのは二人でやる盤上遊戯だよ。八掛ける八の升目のある盤上に、王や騎士の駒を並べて………」 「それって、チェスのことじゃないの?」 「チェス? こっちではそういうのかな? 交互に駒を動かして、王を詰める遊戯なんだけど」 「やっぱりチェスじゃないの。あんた、得意なの?」 「僕の知っているものと同じなら、だけどね。これでも元の世界では強かったんだ」 レメディウスは自信ありげに頷く。 いままで微笑や苦笑しか浮かべていなかったレメディウスが、自慢げな表情を浮かべていた。 「じゃあ、私が相手でも勝てるかしら?」 ルイズはそんなレメディウスを見ながら、言った。 レメディウスはルイズを一瞥すると、即答する。 「勝てるだろうね」 冗談を全く含まない、分析し尽くされたような冷静な声音。 その言葉は刃となって、ルイズの貴族としての矜持を大きく抉った。 「あ、あんた、随分大口叩くじゃない! そんなに自信があるの?」 「まあね。これでも、大陸で一番強いって言われてたこともあるんだ」 ルイズの口の端がひくひくと痙攣していることに、レメディウスは気付いていない。 自慢げな表情で、言葉を紡ぐ。 「君の強さにもよるだろうけど、十中八九勝てるよ。自信がある」 レメディウスが胸を張るのと、ルイズの内側でブチッ! と何かが切れた音がするのは同時だった。 バンッ!! と、ルイズがテーブルに平手を叩きつける。 手の下でパンが潰れて、ナンのようになっていた。 「あ、ああああああんた、いい度胸じゃない! いいわ、わたしに勝ったらあんたの与太話、信じてあげるわよ!」 レメディウスはルイズのその言葉に、きょとんとした表情を浮かべた。 「いいのかい? たぶん、僕が勝ってしまうけれど」 「ええ、いいわよ」 ルイズは椅子を引くと、椅子から飛び降りる。 ベッドわきの机の引き出しを漁り、何かを小脇に抱えて戻ってくる。 「ただしッ!」 バンッ! と、ルイズがテーブルに何かを叩きつけた。 風圧で、テーブルに張り付けられたパンが吹き飛ぶ。レメディウスがそれを受け止め、テーブル上に置いた。 ルイズが持ってきたそれは、ガラスで作られた、美しいチェスの盤面だった。 「あたしにも勝てないようなら、あんた打ち首だから」 レメディウスはその時初めて、ルイズの浮かべる表情に気付いた。 それは、冗談を言っている顔には全く見えなかった。 「ど、努力するよ。打ち首はいやだし………」 レメディウスの背中に冷たいものが伝った。 ルイズの視線には、恐怖を感じさせるセロトニンやノルアドレナリンを分泌させる咒式でも展開しているのだろうか? レメディウスにそう思わせるほど、ルイズの眼光は鋭かった。 「そうね、せいぜいがんばりなさい」 不遜にそういってのけると、ルイズはガラスの盤面に駒を並べ始める。 ルイズの駒が金、レメディウスの駒が銀でできていた。 「じゃあ、規則の確認をしてもいいかな? 僕の知っているチェルスと、規則が違うかもしれない」 レメディウスが銀色の女王を手に取る。 使う駒は似通っているし、駒を並べる順も同じだが、それでも規則の細部が違っている可能性は否めない。 「良いけど。ルールがちがうから負けたなんて言い訳は無しよ?」 「これでも指し手の誇りがある。そんな真似は絶対にしないさ」 「あっそ、ならいいわ。じゃ、駒の動きから確認ね」 ルイズとレメディウスが、駒を一つ一つつまみあげて動きを確認していく。 ルールの確認が終わると、ルイズはレメディウスに先手を打つように言った。 「いいのかい?」 「いいわよ。貴族はそれくらいの余裕があってしかるべきだわ」 「では、お言葉に甘えて」 レメディウスは銀色の駒をつまみあげ、前進させた。 ○ ○ ○ 数時間後、夜も更けた時分。 レメディウスとルイズの二人が、始めた時とほぼ同じ態勢で盤面を囲んでいた。 「狭いところばかり見ていてはいけないよ。広く盤面を見て、可能性を探すことが 大切なんだ」 レメディウスが、盤面を凝視するルイズへと声をかける。 しかしルイズは黙ったまま、しかめ面で盤面を睨みつけていた。 「この部屋の外には外の世界が広がるように、たとえば、世界はこの世界だけではない」 レメディウスが言葉を続ける。 「実は、次元の壁を超える伝達手段が存在する。 これは超紐理論における紐、一次元の長さを持つ存在で、粒子は紐の振動として現れてくるという概念をさらに拡張したものなんだけれど………」 レメディウスの言葉を聞いていないように、ルイズが一手を放つ。 即座にレメディウスによって、最高の一手が返された。 ルイズの可愛らしい眉間に皺が寄る。 数十秒の間、盤面を睨みつけ、やがて一手を打つ。 より厳しい一手がレメディウスによって返され、ルイズが泣きそうな表情になった。 「理論より導かれるP世界とは、P次元として、Pが一なら紐、二なら膜というように任意のPが設定できるなら、 この世界は四次元以上の高次元空間にあるものとして現れてくると推測されている」 考えていたルイズの表情に明るさが戻る。 金色の駒をつまみあげ、自信を持って前進させる。 レメディウスの手が閃き、より厳しい一手を打った。 ルイズの眉間により深いしわが刻まれ、鳶色の瞳が細められた。 「ほとんどの物理力は世界という枠に閉じ込められて、外に出ることは出来ない」 いらいらとルイズの足が、等間隔に床を蹴る。 それを聞きながらレメディウスは、説明を続ける。 「しかし、重力だけは別の世界に影響を及ぼせる。重力の方向に別世界があれば、重力波伝達される」 レメディウスの言葉を無視してルイズは、盤面を指差して残る手を模索する。 対してレメディウスは盤面を見ることをやめ、既に自分の思考に囚われていた。 「別世界にまで影響を及ぼすならば特異点を発生させるようなブラックホール並みの重力波が必要なんだけれど」 そこまで言って、レメディウスの言葉が止まった。 盤面を見て、ルイズへ視線を向ける。 「あ、これは考えても無駄な盤面だよ。あと十三手か十五手のどちらかで、絶対に詰みになるから」 レメディウスの指摘に、ルイズの頬が風船もかくやという程に膨れた。 駒を取ろうとしていた手が止まり、そのまま盤面に乗っている駒を片端から叩き落とす。 「わわ、なんで盤面を壊すのさ!」 「あんたさあ! そんなに強いなら何で最初っから言わないのよ!」 「最初から言ってたじゃないか………」 ルイズの理不尽な物言いに、レメディウスは苦笑する。 床に散らばった駒を拾い集めると、駒を最初の状態に並べ直す。 「それに、なんかあんたブツブツ言ってたけど、あれ何よ。なんかの呪文?」 「呪文じゃないよ。咒式――――僕たちの世界での魔法みたいなものかな? それの基礎になる初歩の理論さ」 「何言ってるか、全然分かんないわ。もっと簡単に言いなさいよ!」 苛立ちと呆れを綯い交ぜにした表情でルイズが言う。 レメディウスが、苦笑の表情を深くしつつ、答えた。 「つまり、世界はここだけじゃない。たくさんあって重なり合い、そこには僕たち以外の誰かがいるかもしれないんだ」 面倒な説明を省いた、結論のみの理論。 それを聞いたルイズの瞳が、胡散臭げにレメディウスを見やった。 「ふぅん…………。じゃあ、あんたはそういう世界のどっかから来たってこと?」 ルイズの言葉に、レメディウスが目を丸くする。 「おや? 信じてくれる気になったのかい?」 「だって、チェスで負けたら信じるって約束だったでしょう? 約束を破るなんて、貴族の恥さらしだわ」 ルイズが悔しそうに、つんと顔をそむける。 可愛らしいその仕草に、レメディウスは柔和な笑いを浮かべた。 嘘が嫌いというか義理がたいというか、要はそういう少女なのだろう。 「それで、いったいどうなの? あんたはそういう世界から来たっていいたいわけ?」 「察しが良いね――――と言いたいところだけど、それは僕にもわからないんだ」 「なによ、違うの?」 自説を否定されたようで、ルイズの顔に不機嫌さが浮かんだ。 レメディウスはそれを見て笑うと、言葉を続ける。 「違うかもしれないし、違わないかもしれない。肯定も否定も、するには情報が足りないんだ」 「なにそれ、はっきりしないわね」 レメディウスの答えに、ルイズは呆れて溜息をついた。 白黒の盤面を睨みつけていたせいだろう、目がちかちかする。 「でも、元来た世界が解ったところで、帰れないわよ? あんたはわたしと契約して、わたしの使い魔になっちゃったんだもの」 そもそも、召喚したものを元に戻す呪文なんてないし、とルイズが付け足す。 レメディウスは人間で、さらに自称異世界人だが、それでも自分がやっと召喚に成功した使い魔だ。 主人である自分をおいて元の世界に帰るなど、ルイズには許せなかった。 「別に帰る気はないからね。帰れなくたっていいさ」 ルイズの言葉に、レメディウスが肩をすくめながら答える。 その顔に浮かんでいる微笑に、ルイズは少し、影があるような気がした。 先程も思ったが、レメディウスは家族と折り合いが悪いらしい。 複雑な事情があるのだろうと、そう思った。 「まあ、あんたがそういうならいいんだけどね」 ルイズは、レメディウスによって綺麗に並べ直された盤面から金の駒を拾い上げ、何気なく指先でもてあそぶ。 「あんたは人間でも使い魔なんだから、使い魔としてしっかり働きなさいよ?」 「もちろん。僕にできることなら何でもするさ」 「人間にできることって、雑用くらいしかないけどね」 「というかそもそも、使い魔というのはいったいどういうことをするんだい?」 そういえば聞いていなかったと、レメディウスが呟く。 幻想文学の類はほとんど読んだことが無かったため、知識に乏しかった。 ルイズは出来の悪い生徒に講釈するように、椅子の上で膝を組んだ。 「使い魔にはまず、主人の目となり耳となる能力が与えられるの」 「言葉から察するに、視覚や聴覚の共有かな?」 「そう。でも、あんたじゃダメみたい。あんたからは何にも見えないし」 それは逆によかったんじゃなかろうかと、青年は思った。 ルイズは不満そうだが、さすがに入浴や用便の時に視覚を共有されるのは気分が悪い。 少女はレメディウスの思考をよそに講釈を続ける。 「次に、使い魔は主人の望む物を見つけてくるの。具体的には秘薬やその材料ね」 「秘薬?」 「硫黄とか、苔とか、そういうものよ。魔法を使うときの触媒にしたりするわ」 「なるほど」 そういう科学的側面も魔法には存在するのか、とレメディウスは感心する。 「最後に、使い魔は主人を守る存在なんだけど………あんたじゃ無理そうね」 ルイズがレメディウスを、値踏みするように見やる。 背は高いが、肉付きは薄く、筋肉質には見えない。 性格も柔和といえば聞こえはいいが、悪く言えば気弱なところがある。戦闘には向かないだろう。 「護身術程度ならなんとかなるけど」 「平民の護身術なんか、メイジ相手にじゃ意味無いわよ」 ちなみにルイズは、レメディウスが子爵家の嫡男――――貴族であるということをすっかり忘れている。 ルイズの脳内では、レメディウスは自称異世界から来た、平民である。 「僕は魔法のことは解らないからなあ………」 「なんか、使えないわね。あんた」 「面目ない」 嘆息しながら、ルイズは指先で弄んでいた女王を盤面に降ろす。 床においていた木箱を開くと、その中に盤面の上の駒を片付け始めた。 駒をしまうための窪みが箱の内側に彫られている。どう見てもチェスの駒をしまう専用のものだった。 「おや、片付けるのかい? もうやらないのかな?」 「あんたねえ………いったい今何時だと思ってるの? 疲れたし、もう寝るわよ」 「それもそうだね。流石に十三回も対局すれば疲れるか」 一度目に完膚なきまでに敗北したルイズは、もう一度よ! とレメディウスに喰ってかかった。 それを繰り返し、最後の対局で十三回目。 繰り返された回数は、ルイズが敗北した回数に比例していた。 「結構、良い指し筋だったよ。十三回もやったのに、一度も同じ手を使わなかったしね」 「だって、同じ手じゃ勝てないでしょ」 「そうだね。ただ、同じ手に見せかけたり、別の手に見せかけたりというのは結構重要で――――うわぁああっ!?」 チェス盤を片付け終えたルイズがいきなり服を脱ぎ出したのを見て、レメディウスが悲鳴をあげる。 白い肌に一気に朱が差し、翡翠色の瞳が凄まじい速度で泳いだ。 「な、なななななんで服を脱いでいるんだい!?」 「なんでって、着替えないと寝れないじゃないの」 「いや、確かにそうなんだけどもね? 一応僕は、男なんだけど」 その言葉に、ルイズが蔑むような眼をレメディウスに向けた。 「使い魔の雄に見られたって、別にどうとも思わないわよ」 「ああ、そう…………」 ルイズの言葉に少し悲しくなりながら、少女の着替えを見ないよう、レメディウスはテーブルに突っ伏す。 しばらくしたのち、その金髪の上に、何かが投げつけられた。 「? なにこ――――――うわぁああっ!!?」 両手で広げたそれは、シルクの布地で造られた三角形。 純白のそれは繊細なレースで美しく装飾され、気品さまで感じられる。 それは、レメディウスの認識が間違っていなければ、ショーツと呼ばれる下着だった。 「それ、明日洗濯しておいてね」 既に寝巻に着替え終わっているルイズが、レメディウスの投げ出した下着を指差して言った。 「………………普通、こういうものの洗濯は女性にたのまないかい?」 「あんた、雑用くらいしかできないんだから雑用しなさいよ」 「了解……」 ルイズはその返事に満足そうに頷くと、自分のベッドに潜り込む。 「僕は何処で寝たら良い? やっぱり外のほうが良いかな?」 流石に女子寮で男が寝るのは良くないだろう。 砂漠のウルムンは、夜は氷点下になることもあった。それに比べればこの気候だ。 外で寝ても、凍えることはないだろう。 「そこ。そこの藁束」 ルイズが、部屋の隅を指差す。 そこには馬小屋などの飼い葉をそのまま持ってきたような藁束があった。 「まさか人が召喚されるとか思ってなかったから」 「なるほど………」 「毛布は貸してあげる」 今度は自分の足元を指差すルイズ。 「では、お言葉に甘えて」 レメディウスはそこにあった毛布を拾い上げて、藁束の上に寝転んだ。 牢獄の固い寝台より、柔らかいだけ上等というものだろう。ちくちくと肌を刺すのが難点といえば難点だが。 そんなことを考えていたら、ルイズがパチンと指を鳴らした。同時に、煌々と部屋を照らしていたランプから光が消える。 魔法とは便利なものだと、レメディウスは改めて感心した。 「明日、朝起こしてね」 「はいはい」 言いつけられる仕事が本当に雑用で、レメディウスは苦笑する。 これでは使い魔というより、従僕という気がした。 「それじゃ、おやすみ」 「おやすみ」 最後に言葉を交わして、会話が途切れた。 レメディウスは、ルイズの寝息が聞こえるのを待っていた。 そしてその寝息が聞こえ始めたところで、レメディウスも瞳を閉じた。 言葉にこそ出さなかったが、ルイズ同様に疲れていたため、眠りに落ちるのは一瞬だった。 前ページ次ページ天才と虚無
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トリステインのラ・ヴァリエール、ゲルマニアのツェルプストーの両家は、自他共にそう認める仇敵同士である。 国境を挟んで領土が隣り合い、家格も近い大貴族。 しかも、共に軍務に携わる事が多い家系であり、殺し殺されるのは日常茶飯事、更には私事でも三角関係を繰り返し……もうこの両家は、絵に描いた様なを通り越し『The Rivai』とか表題をつけて、額に入れて飾っておきたい位の仇敵同士であった。 そんなわけで、当然互いを強く意識しあっている両家だが、互いの持つ認識には、多少の温度差がある。 互いの実力を認め合い、意識しあっていると言う面では変わらないのだが、ラ・ヴァリエールから見たツェルプストーは、仇敵と書いてライバルと読むのに対し、ツェルプストーから見たラ・ヴァリエールは、仇敵と書いておもちゃと読むのだ。 誇り高く、優れた能力を持つが、怒りっぽくて融通が聞かないラ・ヴァリエール。 代々、色々と余裕がありすぎるツェルプストーにとって、平時のラ・ヴァリエールはからかい甲斐のある良い玩具なのである。 まあ、それが兎も角、互いの認識に若干の違いはあれど両家の関係は今も継続しており、 それはトリステイン魔法学院に所属するラヴァリエールのルイズと、その関係のもう一方の主役たるツェルプストーの娘、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーにも当然引き継がれている――いや、その筈だった。 魔法が使えない貴族であるルイズは、優秀なメイジであるキュルケを必要以上に意識し、特権意識が薄いゲルマニア貴族の少女は、そんな彼女を軽侮も憐憫もせずただからかう。 キュルケの友人であるタバサであれば仇敵と書いて友達と読むような、そんな両者にとって幸せな関係が崩れたのは、ルイズが使い魔召喚時の事故で、遠い異国の魔法使い、アネメア・グレンデルを呼び出してしまった時のことであった。 ぶっちゃけた話、アネメアが現れた結果、ルイズが幸せになってしまったのである。 この召喚時の事故によって、ルイズは全てを手に入れたといって良い。 周囲に一目置かれる様な、気高く神聖で美しく高貴で強力――と言ってしまうには幼すぎるが、アネメアのそれを見る限り将来性はばっちり――で、しかも希少な使い魔。 自分を蔑む全てに対し、虚勢を張って対抗する日々に疲れ果てたルイズを、優しく癒してくれる『お姉さま』。 そして、何よりも、魔法の力。 そう、魔法の力だ。 ルイズはアネメアとの出会いから、彼女がなにより渇望してやまなかった魔法の力を手に入れたのである。 アネメアが伝えた、異国の魔法――それを、エルフ達の使う先住魔法と、属性魔法との、中間的な性質を持つものだと、学院長、偉大なるオールドオスマンは判断した。 普通人間は扱う事が出来ない先住魔法の力だが、それが自然に凝って生まれる風石や先住系マジックアイテムといった物を介せば、人間にもその行使自体は可能である。 アネメアの持つ異国の魔法は、先住魔法の力を人間でも扱える形に精錬した魔力結晶――メア――を介して行使する技術であり、人間の精神力で直接魔法を行使する属性魔法等より、遥に強い効力を発揮する事が出来た。 その力で平民達を圧倒するハルケギニアのメイジだが、例えば、それが最も攻撃と破壊に向いた火の属性であったとしても、ドットクラスでは人間を即死させるのはほぼ不可能、しかも、その程度の攻撃術でも、連続で数発放てば精神力が尽き、動けなくなるだろう。 だが、彼女の故郷に存在する魔術は、どんな初心者が使った最低レベルの攻撃魔法と言えども、人間を即死させる事が可能であった。 しかも、エネルギーの元が物質化した大気中の魔力なので、事前の準備さえ充分であれば――使い手の体力や集中力の限界はあるが――その魔力量は無尽蔵と言って良い。 無論アネメアの伝えた魔術もいいことばかりではなかった。 そもそも威力が大きすぎて扱い辛い上に、比較的詠唱時間が長く、細やかな操作に欠け、また、その発展の過程から攻撃係にばかり偏っていて、日常的、産業的な術は存在しない。 その為、属性魔法の中でも応用性の高い土系、水系の術や、便利なコモンマジックの数々は、それを知ったアネメアを酷く感嘆させ、魅了したものだが――まぁそれは余談だ。 強い力は常に、若者を魅了する。 今まで挫折を味わい続けたルイズだけに、その傾向は人一倍強く……それを熱心に学び始めた少女は二つの事実を知った。 一つ目は、自分が『フェイヤンの魔法』なら問題なく扱える事。 二つ目は、いつの間にか自分が、コモンマジックを扱えるようになっていた事。 こうして、その二つを知ったルイズは幸せになり、そして、そんな彼女のささやかな幸福はラヴァリエールとツェルプストーとの関係を崩した。 なんと言うか、幸せ者は強い。 召喚儀式の事故を知ってからかいに――他人から見ると励ましに、だが――行ったキュルケに勝ち誇る事すらせず、ただぎゅーと抱っこした使い魔に頬擦りして惚気まくった一件を皮切りに、 やれお姉様はこう言っただの、こんな魔法を覚えただの、ルイズはキュルケの言葉など意にも返さず、一声かければ十の惚気を帰すようになったのだ。 『私が男だったら良かったんだけど……』 これは、あまりにお姉さまお姉さまと五月蝿いルイズに耐えかね、『アンタ、なんか変な趣味でも持ってたの?』と尋ねかけたキュルケへの、彼女の返答である。 相手ではなく、自分が男だったらと言い出す辺りがもう末期的なルイズに、その時キュルケは諦めに似た感情を抱いた。 ルイズの相手が男であれば、まだ『相手の男がどの程度か見極める(そして、ツェルプストーの性で、大抵本気になる)』と言った楽しみもあったのだろうが、彼女にとって不幸な事に、アネメア・グレンデルは同性である。 そんなこんなで調子を乱され、恋の導火線すら湿りがち――ここ数日、どこか味気ない日を送っていたキュルケが、沈み込んだ様子でウロウロとしているルイズを見つけたのは、その日の夕方の事であった。 「……ん? どうしたのよルイズ、こんなところで辛気臭い顔をして……」 何しろ、長らく向こう側に行ってしまっていた喧嘩友達が、漸くご帰還遊ばしたようなのだ。 そう尋ねるキュルケの口調が、少しばかり弾んでしまったのは……まあ、あまり誉められた事ではないにせよ、責められる程でもあるまい。 その内容とは裏腹に、親しみが篭もった言葉を口にするキュルケに、ルイズは足を止めギギッと錆付いた歯車でも廻したかのように首を動かすと、溜息と共にこう言葉を吐いた。 「……なんだ、キュルケか。 ここはあたしの部屋なんだから、放っておいてよ」 ルイズが主張する通り、彼女が立つ場所は、確かに『ルイズの部屋』のカテゴリに入る。 「ご挨拶ね、ルイズ。 確かにそこはあなたの部屋かもしれないけど、その隣はあたしの部屋だし……それに、幾ら部屋の中だと言っても、扉を開けたまま戸口をウロウロされたら、隣近所に迷惑よ」 だが、対するキュルケの主張もまた、その通りであった。 キュルケは久しぶりの充実感を味わいながら、ルイズは久しぶりの腹立たしさにどこか心が奮い立つのを感じながら、二人は互いに睨みあう。 しかし、キュルケとルイズがそんな時間を共有できたのは、ほんの僅かな間でしかなかった。 「……ふふ、どうしたの、ルイズ。 大事なアネメアお姉さまと喧嘩でもしたのかしら? あなた、ただでさえ貧相な体してるんだから、せめて笑ってでもいないと、誰も近寄ってこないわよ?」 先の遣り取りで得た僅かなリードを拡げんと、キュルケ放った牽制の一言。 「…………」 今まで幾多の中傷を受けて尚、不屈であったルイズが、その一刺しで脆くも頽れたのだ。 幸せは人を、強くもすれば弱くもする。 少女の酷く脆い姿に、キュルケはその目を丸くした。 「ちょ、ちょっと、もしかして図星?」 今のルイズがこれほど凹むとあれば、その理由はアネメア関連に違いない。 そう感じながらも、まあこれはないだろーなと牽制に放った問いが、まさか図星を突いていようとは――ルイズの予想外の脆さも意外ではあったが、キュルケをそれ以上に驚かせたのは、ルイズがアネメアと喧嘩をしたと言う事実であった。 帰れる保証も無い遠い異国に事故で引き寄せられたにもかかわらず、その元凶にあれ程親身に接していたアネメアが喧嘩をするなど、一体誰に予想できよう。 しかも、その相手は事の元凶とは言え、あれ程アネメアに懐いていたルイズである。 「あのアネメアを怒らせるなんて、あなたは一体、何をしたのよ?」 驚き、思わずそう問いかけたキュルケに、ルイズはぽつぽつと事情を説明し始めた。 「……お姉さまが、使い魔召喚の儀式で平民を召喚したのよ」 誰にでもいいから吐き出してしまいたかったのか……或いは、口ではなんだかんだと言いつつ、キュルケにはそれなりに気は許していたと言う事か? ルイズは、召喚されてからこっちのサイトの悪行を沈痛な面持ちで語り、その内容を聞いたキュルケの顔には、徐々に呆れたような色が浮かんで来る。 「……つまり、そのヒラガサイトだっけ? アネメアの召喚した使い魔が、平民……しかもどうしようもない助平男で、その振る舞いに我慢できなくなって、思いっきり蹴り飛ばしたら、アネメアに怒られたって事?」 そして、話しているうちに腹が立ってきたのか、仕舞いにはあのエロイヌだの、お姉さまの唇がだのと喚き始めたルイズの姿に、キュルケは強い頭痛を感じて頭を押さえた。 キュルケが見た所、アネメアは悪意には鈍感で愚かに見えるほど懐が広いが、その本質は愚鈍とは程遠い。 そのサイトとやらが、自らの欲望を満たす為に状況を利用しようとしているのなら、アネメアは当然それに気付くだろうし、また、そう言った計算高く欲深な人間が、召喚されてからの短時間で、それだけのセクハラ行為を働くとはとても考え難かった。 それにそもそも、ルイズが最も憤っているアネメアとサイトのキスは、明かに使い魔契約の儀式である。 サイトとやらが具体的にどんなセクハラ行為を行ったのかをキュルケは知らないが、契約の儀式を行った直後、その内容に憤った見学者が自分の使い魔を気絶するほど強く蹴ったりしたら、幾らアネメアだってそれは怒るだろう。 彼女の場合、特にその立場と性格からヒラガサイトに同情と責任とを感じているだろうから、それは尚更だ。 『まあ、可愛い嫉妬、と言うところかしらね』 話している内にテンションが天辺入ったのか、『あのエロイヌを調教』だの、『姉さまが汚される前に』だの、ヤバイ単語を叫びいきり立つルイズに、キュルケは苦笑を浮かべる。 とにかく、この件では一度、アネメアと話をする必要があるだろう。 黙って傍観しているのも面白そうでは合ったが、何か事故でも起きてしまったら、寝覚めが悪い。 「こうなったら背に腹は代えられないわ! ツェルプストーの手を借りるなんて、ご先祖様へ顔向けが出来ない事だけど……。 ねぇキュルケ! あんた、あのエロイヌを誘惑してよ。 そう言うのって、ツェルプストーの得意技でしょう?」 ルイズがそんなキュルケに言ってはいけない言葉を放ったのは、そんな時の事だった。 「……え? ルイズ、今なんていったのかしら?」 聞き違いだろうか? 「ちょっとキュルケ、もしかして聞いてなかったの? あのエロイヌを誘惑してくれないか……って言ったのよ」 そんな期待を込めて放たれたキュルケの問いかけに、しかし、ルイズは、あっさりとそう答える。 「………」 ヴァリエールとツェルプストーは、長く続く仇敵同士だ。 それを引き継ぐキュルケとルイズは、決して仲の良い間柄とはいえない。 だがそれでも通じ合うものもある――キュルケは心の何処かにそんな思いを抱いていた。 否、抱いていたのだと今気付いた。 失望。 今キュルケが抱いている喪失感は例えるならそれに近かろう。 一瞬、酷く冷たい表情をしたキュルケの浅黒い顔が、今度は決して同姓には見せない表情を形作る。 キュルケは最初、ルイズを罵倒してそのまま歩き去ろうかとも思ったが、なんとなく、そうしてしまうのは気が引けたのだ。 そして、そんなキュルケの内面には気付かなくとも、その雰囲気が変化は感じ取れたのだろう。 「どうしたのよ、キュルケ?」 戸惑ったように尋ねかけるルイズに、キュルケはどこか媚びる様な表情のまま、無言で歩み寄る。 そのまま、男が女の肩を抱くようにして少女の体に腕を廻すと、キュルケはその顔をルイズのそれへと近付けた。 驚きに体を硬直させるルイズの目の前には、嫣然と微笑む、キュルケ。 「……ねぇ、ルイズ」 言葉を喋れば、息が吹きかかるような距離……そう声をかけるキュルケの吐息は、匂い袋でも含んでいたのか僅かに柑橘系の香りがした。 「ちょっ、なに?」 少女は驚きに目を見開きその体を捩るが、同年代の中でも特に小柄で痩せたルイズと、二歳も年嵩で背丈の高いキュルケとでは、体重も力もまるで違う。 「一度だけ、教えてあげる。 このキュルケの微熱はね、常に情熱に身を焦がしている事から付けられた二つ名よ。 私は、いえ、ツェルプストーの家の者は皆、誰よりも胸の奥の炎に忠実なの……」 結果その腕の中を抜け出せず、ルイズは耳元に囁かれるキュルケの言葉を、ただ身を強張らせて聴くしかなかった。 子供に噛んで含める様な口調、しかし、甘く、蕩けるような声。 耳朶を擽るその振動に、そっちの気を持たない筈のルイズの背筋が、ぶるり震える。 「いい、ルイズ。 ツェルプストーが誘惑するのは、愛しい御方と敵だけよ。 ねぇ、ルイズ、貴方はどちらなのかしらね?」 そしてキュルケはそう言うと、ルイズの小さな耳に唇を寄せその耳穴をぺろりと舐めた。 止めとばかりに耳穴に息を吹き込むと、ルイズはキュルケの足元にヘナヘナと座り込む。 「わ、判ったわ、キュルケ、謝罪する。 貴方の誇りを傷付けるような事を言って、本当に悪かったわ」 ルイズは、半分腰が抜けてしまったような姿勢のまま、体を引き摺るようにキュルケから離れた。 酷く慌てた様子で謝罪を告げると、微笑を浮かべたままのツェルプストーを見上げる。 キュルケは、蕩けるような笑みを浮かべたままでそんなルイズに歩み寄ると、その小柄な体に手を伸ばした。 「ほらルイズ、誇り高きラ・ヴァリエールの娘ともあろう者が、はしたないわよ」 キュルケはそう言って、半ば無理やりルイズを立たせると、そのスカートの埃を払う。 触れるか触れないか……軽やかにルイズの尻を撫でるキュルケのタッチに、少女の痩せぎすの体が棒切れのように固まった。 「ねぇ、ルイズ、二度は無いからね?」 腕の中のルイズにそう告げて、キュルケは少女から身を離す。 ルイズは、自分の体を抱きしめるようにしながら、慌ててキュルケから遠ざかり、怯えたような顔でコクコクと頷いて見せた。 少しばかりやりすぎたかしらね――キュルケは、そんなルイズの様子に苦笑を浮かべると、その表情を隠すように背を向ける。 「じゃ、いくわよ、ルイズ」 「行く……って、わたしとあんたが一緒に何処へよ?」 そして、告げるキュルケに、ルイズは少しばかり警戒しているような声で答えた。 「アネメアと、そのサイトとか言う男の所へ、よ。 ルイズも行くんでしょう? あたしもちょっとだけ興味があるから、特別に付いて行って上げるわ」
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 先ほどの授業でシャツがボロボロになったルイズは自分の部屋を目指しとぼとぼ歩いていた。 事は数十分前…。 今回行われる「練金」の授業では霊夢が一緒にいなかったので先生にそれを聞かれ少し恥ずかしかった。 最初の時は霊夢もほかの使い魔たちとともに教室の後ろで聞いていたのだが…。 もしかするとおさらいとしてそのとき授業を担当していた教師が言っていた属性のこととかメイジにもクラスはあるとか…そんなのを知りたかっただけなのかも。 それともただ単に飽きただけとか、そんな風に考えていると当然授業が頭に入らず、ルイズは先生に注意された。 「ミス・ヴァリエール。罰としてこの石くれを真鍮に変えてください。」 そういって担当教師のミセス・シュヴルーズが教壇の上にあいてある石くれを指さすと、ほかの生徒たちがいつもの様に机の下に隠れだした。 キュルケが先生に中止を呼びかけるがシュヴルーズ先生は一年生の時のルイズを知らないためかいっこうに彼女の言葉を聞き入れなかった。 ルイズは毎度の事だと我慢し、ため息をはくと教壇へと近づき、置かれている石くれに杖を向けると呪文を唱え始めた。 彼女は今このときだけ僅かばかりの自信を持っていた。あの召喚の儀式の時にはちゃんとやれたのであるから。 出てきた奴がこっちの言うことをあまり聞いてくれなくても一応は成功したからこれから魔法がどんどん使えていくのかな…と浅はかな心で思っていたが。 現実は非情である…誰が言ったのか知らないがまさにその通りであった。 そんなこんなで巨大戦艦の主砲が放つ砲弾も裸足で逃げ出す程の爆発で教室は滅茶苦茶になり、ミセス・シュヴルーズは奇跡的に気を失うだけですんだ。 それと一部の生徒たちも巻き添えを食らって気絶してしまった事により授業は中止となった。 廊下へ出たときにルイズと同じボロボロになりながらも無事だった生徒たちの怨嗟の声を軽くスルーし、今こうして自分の部屋へと向かっているところであった。 ようやくたどり着き、小さくため息をはいてからドアを開けた先にいた人物を見てまたため息をはいた。 「おかえりなさい、その格好を見ると外で見た爆発はアンタの所ね。」 彼女がこの世界に呼び出した異邦人、博麗 霊夢がイスに座っていた。 テーブルの上には食堂で使っているティーセットが置かれており、ポットからは小さな湯気が立っている。 大方給士にでも頼んで借りたのだろう。 ルイズの部屋にもティーセットはあったのが不運にも二日前に壊してしまったのだ。 「えぇそうよ…。」 ルイズは顔に多少疲れを浮かべながらそう言った。 ドアを閉めるとクローゼットを開け中から着替えのブラウスを取り出した。 いつまでもボロボロのブラウスを着ても仕方がない。 先ほどのことで次の授業開始時間は延長されたがいつまでもこんなススだらけの服など着ていられない。 そんな時、ふと目の前に湯気を立ち上らせているティーカップが スッ と横から出てきた。 そのティーカップを持っていたのは霊夢であった。 「え、あたしに…?」 「お茶の一杯くらいは飲んで行きなさい、案外気持ちがやすらぐわよ。」 「ん、…ありがとう。」 ルイズはお礼の言葉を言ってから霊夢の持っているティーカップを受け取るとイスに座り、湯気を立たせている薄緑の液体に慎重に口を付けた。 お茶を飲んだルイズの第一感想は「渋くて素朴だわ。」第二感想は「だけど、これはこれでおいしいわね。」 「でしょ?これはこれでおいしいものよ。」 その答えを聞いて満足したのか霊夢は柔らかい笑顔でそう言うとティーカップを手に取るとゆっくりとお茶を飲んでいく。 午前の柔らかい日差しが窓から入る中、霊夢とルイズは静かにお茶を飲んでいた。 先にお茶を飲み終えたルイズが口を開いた。 「ねぇ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」 「なに?」 「今更なうえ唐突だけどね、アンタが空を飛ぶのに杖も詠唱も無しに行うなんてどうやってするの?やっぱり先住魔法?」 「本当に今更ね…しかも唐突すぎるわ。まぁいいけど。」 霊夢は少し面倒くさそうな顔をした。 「アレは私の能力よ。空を飛ぶ程度の能力。誰にも縛られない能力でもあるけど。」 誰にも縛られない、ということはやっぱりあの使い魔のルーンもそれで消えてしまったのだろうか。 しかしそれよりもルイズはあの先住魔法と見間違えるような行為が能力だと言うことにまず驚いた。 「の、能力…?魔法で飛んでるんじゃなくて?」 「えぇ、…まぁ魔法使って空を飛んでる奴もいるけどね。」 そう言った彼女の目は一瞬だけ何処か懐かしむような目をしていた。 きっと元いた世界にメイジかなんかの親戚がいたのだろうか。 霊夢は手に持っていたカップをテーブルに置くとイスから立ち上がり、座り心地のいいベッドに腰を下ろした。 一方のルイズは少し落胆したような顔を浮かべた。 「そう…別にそれは魔法とかじゃなくて最初から備わっていたものなのね……。」 つまりは生まれたときからそのような力を持っていたのだ。 ルイズは思った…まるで私と正反対だなぁ。 と。 そんなことを思い、ちいさな憂鬱の波がやってくる。 どこか妙な寂しい雰囲気を醸し出しながらルイズは力なく項垂れた。 「どうしたの?」 それに気づいたのか霊夢はルイズに声をかける。 「…あのね、ちょっと話聞いてくれる。」 「え?…まぁちょっとだけなら。」 そう言ってルイズは語り始めた。 自分がさる公爵家の末女として生まれたのだが物心付いたときからまともな魔法が行えず、常に失敗し続けてきたこと。 父はその事についてあまり触れなかったが母と姉がそれをもの凄く気にしていること。 いつまでたっても魔法は使えず、無駄に失敗したときの爆発が強くなるだけ。 「それがほかの生徒達に『ゼロ』って呼ばれている理由よ。」 一通り語り終えたルイズは一度間をおいて言った。その鳶色の瞳は何処か悲しみを湛えていた。 霊夢はお茶すすりながら黙って話を聞いていたがそんなルイズに気にする風もなくこう言った。 「つまり何?アンタより強い私が羨ましいって事なのね。人に長ったらしい愚痴を聞かせておいて。」 少々呆れた言い方と突き刺すような視線で霊夢はそう言った。 ルイズは霊夢の視線に少々たじろぐが力弱く首を振った。 いつにもまして珍しく今のルイズは少し弱気であった。 そりゃいつもは気の強い女子生徒だが霊夢の方が気の強さは勝っている。 「べ、別にそんなんじゃ…。」 「それにたぶん、そんなのは失敗の内に入らないわよ。」 その言葉にハッとした顔になった。 「え?それって、どういう意味なの?」 「例えどんな形式でも杖から出ているんでしょう?ならそれはアンタたちが言う魔法なんじゃないの。」 少々無理がありそうな解釈である。 「幻想郷にもアンタみたいに馬鹿みたいに威力を持った魔法を使う奴だっていたわよ。それと同じなんじゃない?」 そう言うと残っていたお茶をクイっと飲み干すと続けた。 「それに魔法なんて勝手に新しいのホイホイと作れるような物なんだしこの際それを新しい魔法だと思えばいいのよ。」 言いたいことを言い終えて満足したのだろうか霊夢はカップをテーブルに置くと最後にこう言った。 「それに、アンタはちゃんと召喚に成功したんだから。」 そう言って霊夢はゴロンとルイズのベッドに寝転がった。 一方のルイズは先ほどの言葉に少ない希望を見いだしていた。 同級生達には茶化され、家族に冷たくあしらわれてきた彼女にはとても影響力のある言葉だった。 そして、霊夢の言うとおり、結果はどうアレ形式的にはちゃんと召喚の儀式は成功しているのだ。 授業時の爆発も、きっと未知の魔法に違いない。 (それに…よくよく思い出せば…。) 今まで、ルイズの失敗魔法を至近距離で受けて無事だったものはいなかった。 絶対割れないと言われていた家の壺を爆砕させたり。 家で練習していたときにたまたま母が魔法を喰らってしまい、髪がアフロになってしまったり。 学院では授業の時に実践をしろといわれた時には必ず何かが彼女の魔法で壊れる。 一年生の冬に部屋で『ロック』の呪文をドアに向けて唱え、結果丸一日雪風に震えながら一夜を過ごした。 今まではそれを全て『失敗魔法』と一括りしてきたがどれにも共通点はある。 そう、『いかなる物でも爆発』するということだ。 それを全く未知の新しい魔法と考えればかなり強い魔法ではないのだろうか。しかし… 「どんな呪文を唱えても爆発しか起こらないって…やっぱりそれってどうなのかしら。」 ルイズはそんなことを考えながら空になった自分のカップに新しいお茶を入れた。 「と、いうよりアンタはいつから私のベッドを好き勝手に使ってるのよ?」 「いいじゃない減るもんじゃないんだから。」 場所変わって学院長の部屋。 普段はここの最高責任者のオスマンと秘書が常に待機している部屋だが今日に限って秘書はお暇を頂きこの場におらず。 部屋にはオスマンと教師の二人だけであった。 「ミスタ・コルベール。今日は何の話かね?」 「実は、見ていただきたい物があるのです。」 コルベールと呼ばれた教師はそう言うと手に持っていた細長い包みを机の上に置いた。 そして包みを結んでいる黒い紐をとくと鹿の皮で包まれていた太刀が姿を見せる。 「太刀…じゃのぉ。ミスタ、これは一体?」 コルベールが答える前に突如太刀がブルブルと震えだしたかと思うと… 『おいおい、やっと暑苦しい動物の皮から出してくれたと思ったら何処だよここは!?』 金具部分をカチカチ動かし荒っぽい口調でしゃべった。 それを見たオスマンは目を細め、それがただの剣ではないということを悟った。 「ふぅむ、インテリジェンスソード…か。」 「インテリジェンス」。要は意志を持つ武器のことである。 価値はそれほどでもないが歴史は古く、中には作られてから数千年の時が経つ物も存在する。 「えぇ、ブルドンネ街で購入いたしました。それと、この本の六十ページを…。」 叫び続けているインテリジェンスソードを無視し、コルベールは一冊の古い本を剣の横に置いた。 「ん?『始祖の使い魔達』か。随分とまた古い物を…。」 そう言いオスマンは六十ページまで一気にめくるとそこに描かれていた『ガンダールヴ』の押し絵を見て体が硬直した。 白銀の鎧をまとった騎士が両の手に持っている二つの武器の内一つは太刀であった。 しかしその太刀と今机の上に置かれているインテリジェンスソードと余りにも似ている。 一度交互に目を配らせ見比べてみるがやっぱり似ているのだ。 「もしもこのインテリジェンスソードがガンダールヴが使用していた物ならば…。」 コルベールは喋り続けていたインテリジェンスソードを鞘に戻した。 「あの少女に持たせ、どうなるかを見てみたいと思いまして。」 その言葉にオスマンは顎髭をいじり神妙な面持ちになった。 「だがのぉ、あの娘は聞いてくれるだろうか。個人的には少々我を通しすぎだと思うのだが。」 「でも我が儘という程強くはありません。この程度の願いなら聞いてくれるかと。」 二人の間に少し静寂が訪れるがオスマンが口を開いた。 「しかし彼女がガンダールヴというのを知ってるのは君とわしぐらいじゃ。召喚した本人も承諾を取らねばいかん。 まぁ近日中にでもここへミス・ヴァリエールとあの娘を呼んで話を聞かせよう。あ、あぁ後そのインテリジェンスソードはここに置いていってくれんか?」 それで話し合いが終わり、コルベールは頭を下げインテリジェンスソードを机に置いたまま部屋を出た。 オスマンは引き出しからパイプを取ると口にくわえ一服をした。 時間は進み昼食の時間、食堂前は生徒達によりごった返していた。 一度に大量の生徒達がここへ来るのだからそれはまぁ仕方のないことだが。 そんな人混みの外にルイズはいた。 「これじゃあしばらくは入れそうにないわね…。アイツは先に入って行っちゃったし。」 ルイズはそう言い頭を掻いた。 先ほどまで霊夢もいたが目を離してる隙に一人で勝手に空へと飛び上がり開けっ放しにされていた窓から食堂の中へ入っていった。 主人と共に人生を生きてゆく事を義務づけられた使い魔がとるとは思えない行動である。 しかし実際には彼女の左手にはルーンが無いため、使い魔ではないと思うのだが。 ルイズは軽いため息を吐くと後ろから誰かに肩をたたかれた。 後ろを振り返ると、この前霊夢に叩きのめされたというギーシュが手に花束を持って突っ立ていた。 「なによ。」 突き放すようにルイズは言うと彼は少し躊躇いながらも口を開いた。 「い、いや実は…あの使い魔君に、これを渡してくれないか?」 そういってギーシュはルイズに花束を突きつけた。 赤と白のバラが一緒くたになって入っている。 「どうして私なのよ?アンタの手で直接渡せばいいじゃない。」 こういうのは本当に自分の手で渡した方が良いのである。 「い、いやぁ…もしも君の使い魔が男だったのなら直接僕の手で渡していたけど女の子だと…ね?」 そう言ってギーシュは目だけを右方向に動かした。そこにいたのはほかの女子達と談笑しながら食堂中へと入っていくモンモランシーがいた。 この前彼は浮気がばれてしまい、その後に霊夢と決闘をして負けたらしい。 女の子達の間では当時少し低めであった彼の評価は見も知らずの少女に負けてしまったせいで地に落ちた。 しかしモンモランシーただ一人だけが今も彼とつきあっているのだ。 なんと健気なことだろうか。まぁでも皆はこの二人のことを「バカップル」とか呼んでいるらしい。 特にキュルケあたりが。 「うーん…、でもレイムだと薔薇の花束なんて貰っても喜びそうにないわよ。」 今までの彼女を見てきたルイズはキッパリとそう言った。 それに霊夢はギーシュのことを毛嫌いしていたし初めてあったときにも「女の敵」とか言っていたのをよく覚えている。 しかしそんなギーシュは尚もこちらに花束を突きつけてくる。 「でもねぇ、このままじゃなんというか…レディに優しい僕としては申し訳が立たなくて。頼むよ。」 そう言うとギーシュは一方的にルイズの手に花束を預けるとそのままそさくさと食堂の中へと入っていった。 取り残されたルイズはギーシュ本人の性格を丸写しにしたようなこの薔薇の花束をどうしようかと悩むだけであった。 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前ページ次ページ疾走する魔術師のパラベラム 第四章 そんな笑顔が 1 「ミセス・シュヴールズからミス・ヴァリエールの教室の片付けの手伝いを、と申しつかりましたメイドのシエスタでございます」 嵐が過ぎ去ったかのような惨状を見せる教室に入ったシエスタはそう言って、スカートの端を摘まんで、スッとお辞儀をする。顔を上げるとそこには、一人の少女。 シエスタの身長よりも低い小柄な体躯を持つその少女。鳶色の大きな瞳は宝石のような輝きを湛えており、腰の辺りまで伸ばした細く艶のある髪は、僅かに桃の色が差している。陶器のような張りと白さを湛えた肌と合わさり、まるで花壇に咲き誇る一輪の花のようだ。 ほかの学院の生徒たちと同じ黒いマントと白のブラウス、灰色のプリーツスカートといった装飾の少ない制服を着用しているのにも関わらず、まるでルイズの姿に合わせたかのように似合っている。 学院就きのメイドであるシエスタにとっては見慣れた姿だが、ここまでの美少女は中々いない。 そんな可憐な姿はシエスタの印象に強く残った。なんというか猫の魅力に近いものを感じたのだ。 「ああ、あなたが先生の言っていたメイドね」 ミス・ヴァリエール――ルイズがその声を聞き、いくらか和らいだ表情で振り向いた。 「ちょうど良かったわ。シエスタ、そっちを持ってちょうだい」 見ればルイズは倒れてしまった教室の机の一つを立てようと、机の中央の辺りを持ち力を込めているところだった。 小柄なルイズでは大きな机のバランスを取るような持ち方はできないし、そのような力も足りない。 「あ、はい!」 傍から見れば小さな子供が重い荷物を持ち上げるようで微笑ましい光景だったが、シエスタはルイズの手伝いをする為にここに呼ばれたのだ。 「では、私はこちらを持ちますので、ミス・ヴァリエールはそちらをお願いできますか?」 「わかったわ。・・・・・・せーの!」 ルイズの掛け声に合わせて二人は机を起こそうと力を込める。常日頃から女性の身ながらも、それなりに力を使う機会の多いメイドであるシエスタのおかげか、机はなんとか立ち上がった。 何人かが同時にかける教室の机はかなりの大きさだったが、なんらかの魔法でも掛かっているのか、女性二人の力でもバランスさえ取れれば起こすのはそう難しくはない。 「ふぅ、それじゃあ残りの机も起こしてしまいましょう」 シエスタとルイズは二人で机を運んでいく。手際よく、とは行かなかったが手馴れたシエスタのおかげでなんとか全ての机を運び終える。 シエスタが新しいガラスを運び、ルイズは雑巾で教室を包んだ煤を磨き落とす。 掃除などあまりやったことがないであろうルイズの手際は悪く、シエスタは見かねて手伝う。すでにガラスは全て運び終えていた。 2 「一段落付きましたね」 太陽が上の方まで上がり、影が短くなってきた頃には教室はほぼ片付いていた。 「ええ、あなたのおかげね、シエスタ。ありがと」 「い、いえ、そんな! ミス・ヴァリエールが手伝ってくださったからです」 貴族であるルイズが平民であるシエスタに対してお礼を言う。そのような状況はなかなか無い。 ここの生徒はプライドが高く、こういった事は珍しい。 平民との距離が近い弱小貴族の子供などであればこういった事は時々ではあるがある。しかし、トリステイン魔法学院は国立ということもあり、通うことのできる貴族はある程度の地位を持った者に限られる。 少ない例外はゲルマニアからの留学生であるキュルケぐらいだ。ゲルマニアでは財産次第で貴族になることができるので、名門でも平民との距離が近いのかもしれない。 「平民の私にお礼だなんて・・・・・・」 恐縮してしまったシエスタが発した声は、語尾が掠れててしまい聞き取れないような大きさだった。 ルイズの実家、ヴァリエール家はトリステイン王国中にその名を轟かせる名門である。領地は広大であり、領主は代々優秀なメイジ。戦争となれば王国の杖として戦い、平時では国境を任せられるほどである。 そんな名門の生まれであるルイズが、たかが学院のメイドにお礼を言うなど考えられないことだった。 「確かに・・・・・・ほんの少し前の私ならこんな事は言わなかったでしょうね」 ルイズはそう言って、変えたばかりの曇り一つ無いガラスが嵌まった窓に背中を預ける。視線をシエスタから外して窓の外を眺めるルイズは美しかった。 昼前でも春の日差しはまだ強くはなく、ぽかぽかと気持ちがいい。空気を入れ替えるために開け放った窓からは、爽やかな春風が教室を満たす。微かに花の香りを乗せた風は心地いい。 「私は魔法が使えなかった。家でも使用人からも馬鹿にされ、中には平民との子供じゃないか、なんて言う人間までいたわ」 当時を思い出しているのか、語るルイズの顔はどこか悲しげで。そんなルイズの顔を見るとシエスタはなんと声をかけていいのかわからない。 なんだか胸が締め付けられるような、そんな表情をルイズは浮かべていた。 「だからかしら、私は誰を信じていいのかわからなくなった。名門ヴァリエール家の娘、優秀な両親や姉妹、そんな中で私だけが魔法が使えない。私の唯一の心の支えは『貴族の誇り』って看板だけだった。必死になったわよ。それでも魔法は成功しないの。悔しかったわ、とってもね」 そう語るルイズの目はどこか暗くて、吸い込まれてしまいそうだ。 『ゼロ』の噂はシエスタだって知っている。 魔法の使えない貴族。魔法成功率0%。爆発により備品などを壊し、時折シエスタたち使用人の仕事を増やす。そして本人は悪びれようともせずに平民をほかの貴族と同じように使う。 「『ゼロ』のくせに」そんな嘲りの込められた愚痴を、シエスタも何度か同僚から耳にしたことがあった。 平民と同じように魔法が使えないのに、貴族の服を着て、貴族の食事を取り、貴族のベッドで眠る。ただヴァリエール家に生まれただけで、と。嫉妬も色濃く込められたそんな呟きを込められた声を聞くと、シエスタは耳を塞いで逃げ出したくなる。 シエスタは見てしまったことがある。ルイズが入学していくらか経った日の夜に、たまたま臨時で入った仕事が長引いてようやく自分の部屋に帰るという時に爆音が聞こえたのだ。 驚いたそちらに向かってみると一人の少女がいた。月明かりで浮かんだシルエットは杖を持っていたので、すぐに貴族とわかり、声を掛けるのを躊躇った。 少女は何度も呪文を唱え杖を振る。その度に大小遠近様々な爆発が起きる。時々近くで起こった爆発は、少女の小さな体躯は簡単に吹き飛ばした。 それでもなお少女は立ち上がり、杖を振り続けた。 一瞬、雲の切れ間から顔を覗かせた月が照らした少女の頬は濡れていた。 泣くまいと歯を食いしばりながら杖を振る少女をシエスタは見ていられなくなり、逃げるように自分の部屋に戻った。ルームメイトは既に寝起きを立てていた。 その日、シエスタは胸が高鳴って眠れなかった。そしてその少女はルイズだ。 シエスタはルイズの努力を一端とはいえ知っていた。シエスタはルイズの苦しみを一端とはいえ知っていた。だからシエスタはルイズの陰口を言うことはなかった。 その夜の出来事があってから、数日と間を空けずに学院に『ゼロ』の噂は広がった。 ――私はあの時、逃げてしまった。 シエスタは逃げたのだ。どうして逃げたのかはわからない。だがルイズが必死に努力しているのを見つめ続ける事がシエスタにはできなかった。 そして、あの時のルイズの顔を見ていなければ、シエスタは同僚と一緒に愚痴を言っていただろう。そんな自分自身がとても嫌だった。 「でもね、昨日初めて魔法に成功したわ。私は使い魔を召喚して『力』を手に入れた。私はもう、『ゼロ』じゃない。『ゼロ』なんかじゃ、ないわ」 自分の左手を見つめながら、ルイズはそう締めくくった。 その目には先ほどと違い、強い光が宿っていた。気高さを感じるその瞳はまるで大剣か、それとも槍のような鋭い輝きを湛えている。 「以前の私なら平民の名前なんて覚えようともしなかったわね。自分以外はみんな私を笑っているように思えた。けれども今は違う。私は『力』を手に入れたわ。それからようやくよ。私がちゃんと物事を見れるようになったのはね。だからあなたが初めてよ、シエスタ。・・・・・・いい名前じゃない、可愛らしくてよく似合ってる」 そういってルイズは笑った。その笑顔はまるで花のようで、でも悪戯好きの猫のようでもあって。 そんな笑顔が、とても素敵だと、シエスタは思った。 「ありがとうございます!」 自分の笑顔はどんな風になっているかわからなかったが、シエスタも笑っていた。 胸の奥が熱くなるのをシエスタは感じていた。 3 二つ名は『炎蛇』。系統は『火』で、クラスはトライアングル。 『炎蛇』のコルベールはトリステイン魔法学院で二十年も教鞭をとった教師である。その確かな実力と一風変わった授業により生徒にもそれなりに慕われている。 顔には今まで生きてきた年月を感じさせ、頭は悲しいかな、輝かんばかりに頭皮が自己主張をしている。 手に持つ大きな杖にも、身を包むローブにも薬品の匂いが染み付いているのはコルベールの変わった気性が原因である。コルベールはハルケギニアのメイジには、珍しく魔法ではなく『技術』で人々の生活を支えたいと考えていた。 火のメイジは基本的に好戦的である。操る熱気がそうするのか、炎のような気質を持つものが多い。 しかしコルベールは自身の火を敵ではなく、何かを作ることに向けたかった。長年、教師をする傍らで常に火を生活に生かすことができないかと考えていた。 コルベールは人の役に立ちたかったのだ。誰かを傷つけるのではなく、誰かを育てる。それが目指した理想だった。 そんなコルベールは今、図書館にいる。 トリステイン魔法学院の図書館は、食堂がある本塔の中にある。 本棚は人の身長の何倍も高く、膨大な量の本が納められたその光景は見るものを圧巻する。高さはおおよそ三十メイルにも及ぶ本棚が並ぶ、この壮大な光景を見ることができるのはハルケギニアでもなかなか無い。 この図書館には始祖ブリミルがハルケギニアに新天地を築いて以来の歴史が、様々な人間の想いとともに蓄えられている。 図書館の中の一区画、教師のみが閲覧を許されている『フェニアのライブラリー』にコルベールはいた。 昨日、ルイズが召喚した『植物の種』。 あれはコルベールの知識にはないものだった。もちろん専門ではないために、コルベールの知らない植物だと本人も思った。だが使い魔の目録を作る際に、種類がわからないのではなんとも味気無い。それにコルベール自身もルイズの召喚したものがなんなのか知りたかった。 落ちこぼれと蔑まれてきた生徒がようやく召喚したのだ。少しでも力になってあげたい。 ――しかし種類がわからないのでは、育てるのも大変だろう。水のやり方などになにか手順があったりすれば、枯らしてしまうことになるかもしれない。 それに珍しいモノ、というものはそういった事情を抜きにしても好奇心を刺激される。 そうして図書館でルイズの召喚した植物がなんなのか調べていた、のだが。 「この本にも載っていませんか・・・・・・」 呟きに落胆の色を見せながら、手に持つ図鑑を本棚へと戻す。 見つからない。 初めはこんなことになるとは思っていなかった。植物図鑑の類を探せば見つかるだろうと。しかし図鑑には載っていなく、様々な本を探したが結局見つからなかった。そうして様々な理由から閲覧が制限されているフェニアのライブラリーにまで手を伸ばしたのだが。 やはり見つからない。 「もしやミス・ヴァリエールの召喚した植物は新種・・・・・・?」 そうだとしたら見つからないのは当然であるし、ルイズは偉大な発見者だ。もしかしたら新しい食料や薬になるかもしれない。 「それはそれで喜ばしいのだが・・・・・・ん? 薬?」 彼の目に留まった一冊の本。タイトルは『エルフの薬草』、どうやらエルフたちの使う薬草にまとめた本のようだ。 その本を何気無く手に取り、コルベールは一つの考えに至る。 ――もしかしてロバ・アル・カリイエの植物では? 遥か東方の地、ロバ・アル・カリイエ。エルフが支配するサハラのさらに果てにあるというその土地には、こちらでは見られない工芸品などがあるという。 最近では『緑茶』と呼ばれる淡い緑色と独特の味わいを持った茶葉などが、少ないが東方からハルケギニアに輸出されている。もしかするとそういった『緑茶』と同じく、ルイズの召喚した『使い魔』は東方の地のものかもしれない。 さっそく、手に持つ『エルフの薬草』を開く。 いくらかページを捲ると、そこにはエルフが使うという『丸薬』が載っていた。 4 「ミセス・シュヴールズからミス・ヴァリエールの教室の片付けの手伝いを、と申しつかりましたメイドのシエスタでございます」 爆発の影響で倒れた机を立て直そうとしている時に背後から声が聞こえた。 振り向いてみると、そこにはメイド服を着た少女が一人。 年相応に凹凸のある女性らしい体つきとハルケギニアでは珍しい黒い髪。スカートの端を指で摘まんで、スッとしたお辞儀にはよく手馴れた様子が感じられる。 「ああ、あなたが先生の言っていたメイドね」 上げた顔は素朴で、野に咲く花のような素朴な雰囲気を漂わせる。カチューシャでまとめた髪と同じ色をした瞳は、メイドの少し変わった顔立ちと調和が取れており、微かな異国の赴きを感じさせた。そばかすもこのメイドの可愛らしさにアクセントを加えている。 ――助かったわね。この机、私一人では持ち上がりそうも無いもの。 自然とルイズの表情も和らぐ。ルイズの小柄な体では教室で使う大きな机は持ち上がらなかったのだ。 「ちょうど良かったわ。シエスタ、そっちを持ってちょうだい」 一人でなんとか立て直そうと、真ん中の辺りに手を掛けていたのだが当然、ルイズの力では持ち上がらない。 「あ、はい!」 ルイズの様子に気づいて慌ててシエスタが机の端を持つ。 「では、私はこちらを持ちますので、ミス・ヴァリエールはそちらをお願いできますか?」 「わかったわ。・・・・・・せーの!」素直にシエスタの指示に従い、ルイズも反対側の机の端を掴む。 ルイズの掛け声に合わせて二人が力を入れると、机はなんとか立ち上がった。メイドというのはなかなか力があるらしい。 「ふぅ、それじゃあ残りの机も起こしてしまいましょう」 一息ついて教室を見直す。まだルイズの爆発がなぎ倒した机はたくさんある。 しかし壊れた机は一つも無い。煤に塗れて汚れてしまっているが、それだっていつもの被害に比べれば格段に少ない。窓ガラスも何枚か割れてしまっているが、ほとんどが無事だ。 ルイズは僅かに口の端を吊り上げて笑顔を作る。 ルイズの『失敗魔法』は『ゼロ』などではない。これから試行錯誤を重ねれば、もっと正確な戦力がわかるだろう。 自分の出来る事を知る。それがルイズの現在の最優先事項だ。情報は金にも勝る価値を持つことがあるのだから。 他所事を考えながらも手は動かす。ルイズ一人ではびくともしなかった机も、シエスタと二人ならばなんとかなる。ルイズが集中できずに、効率的とは言い難いがそう時間も掛からずに全ての机は元の位置に戻った。 シエスタが窓ガラスを取り替えるのも慣れたもので、ルイズが考え事をしながら机を拭いている間に全ての窓を取り替えてしまった。 ようやくルイズも真面目に取り組むのだがどうにも効率は悪い。見かねたシエスタが慣れた手際で机を雑巾で拭う。 スムーズに掃除をこなす姿を見て、小さな対抗心からルイズも掃除に取り組んだが、やはり本職であるシエスタの仕事は洗練されていた。 5 「一段落付きましたね」 気温が上がり、教室を春の温もりが満たし、そろそろ胃袋が空腹を訴え始める頃には教室の掃除は大体終わっていた。 シエスタがいなければ、こんなに早くは終わらなかった。 「ええ、あなたのおかげね、シエスタ。ありがと」 気がつけばルイズは感謝の言葉をシエスタに送っていた。 ルイズは自分でもプライドや気恥ずかしさが先立ってしまい、素直になることができない、という自分の短所は自覚していた。それだけに感謝の気持ちをそのまま伝えられた自分に驚いていた。 「い、いえ、そんな! ミス・ヴァリエールが手伝ってくださったからです」 驚いた様子で手をバタバタと振る仕草がなんだか可笑しくて、自然とルイズの表情が綻ぶ。 朱が差したシエスタの頬は可愛らしく、大きく黒い目がくりくりとよく動くのは見ていて飽きない。 ルイズはそんなシエスタの様子を見て、自分が使用人たちにこんな仕草を見たことが無いことに気づいた。 ハルケギニアの貴族のほとんどがそうであるように、ルイズも平民が『貴族に仕えて当たり前』と思っていた。 「平民の私にお礼だなんて・・・・・・」 恐縮して俯いてしまったシエスタの様子を見たら、なんだか心がもやもやした。 「確かに・・・・・・ほんの少し前の私ならこんな事は言わなかったでしょうね」 自分の心境に変化が起きていることに気付いたルイズは、自分の心を確かめることも兼ねてシエスタと少し話しを聞いてもらおうと思った。独り言のようなものだ。 シエスタが取り替えたばかりの窓は開け放たれている。空気を入れ替えるためにシエスタがルイズの気付かぬ間にやったのだろう。くすぐったくなるような気持ちのいい春風だ。 「私は魔法が使えなかった。家でも使用人からも馬鹿にされ、中には平民との子供じゃないか、なんて言う人間までいたわ」 まだルイズが幼く屋敷にいた頃だ。 優秀な二人の姉。英雄と呼ばれた母。強かな父。そんな中でルイズ一人が魔法が使えない。貴族の証明である魔法が、使えない。 ルイズは魔法を使う度に爆発を起こし、その度に叱られた。『物覚えが悪い』『集中力が足りない』『やる気が無い』。 そんな風に叱られる度に、ルイズは涙を滲ませた。 違う、スペルは全部覚えている。 違う、いつも周りがわからないほど集中している。 違う、杖を握り締めて、文字通り『必死』に魔法を使おうとしている。 違う、違う、違う! それなのに、それなのに魔法は成功しない。 ある時、屋敷の使用人たちが会話しているのを耳にした。 『ルイズお嬢様はまた失敗したのかい?』『ああ、まただよ。全く掃除するのはこっちだっていうのに』 『やれやれ、困ったもんだね。カトレアお嬢様もエレオノールお嬢様もトライアングルだっていうのに、ルイズお嬢様はゼロのまんまだ』『ゼロ?』 『ドットでもないんだからゼロじゃない? ゼロクラスのメイジだよ』 『はっはっはっ! そりゃあいいや、俺たちもゼロクラスのメイジ様だ!』 噛んだ唇から血が滴るのを感じて、ルイズは使用人たちの笑い声から逃げた。 ――いつか、いつか私は力を手に入れる。貴族として、理想の貴族であるために。ルイズとして力を手に入れる。 幼き日の小さく、強い誓い。この誓いがあったからこそ、ルイズは今まで研鑽を積み重ねてきた。 「だからかしら、私は誰を信じていいのかわからなくなった。名門ヴァリエール家の娘、優秀な両親や姉妹、そんな中で私だけが魔法が使えない。私の唯一の心の支えは『貴族の誇り』って看板だけだった。必死になったわよ。それでも魔法は成功しないの。悔しかったわ、とってもね」 『貴族』というのはルイズを縛る鎖であり、ルイズを支える柱でもあった。それが正しいことなのか、ルイズにはわからなかったが、正しいと信じないと心が折れそうだった。 「でもね、昨日初めて魔法に成功したわ。私は使い魔を召喚して『力』を手に入れた。私はもう、『ゼロ』じゃない。『ゼロ』なんかじゃ、ないわ」 ――私は成功した。私はもう無力じゃない。『ゼロ』では、無い。 自分の左手を見つめる。手袋は掃除の際に外していた。 手の甲に確かに刻まれた成功の証。これは『力』の証明だ。 「以前の私なら平民の名前なんて覚えようともしなかったわね。自分以外はみんな私を笑っているように思えた。けれども今は違う。私は『力』を手に入れたわ。それからようやくよ。私がちゃんと物事を見れるようになったのはね。だからあなたが初めてよ、シエスタ。・・・・・・いい名前ね、可愛らしくてよく似合ってる」 心地のいい風を感じながら、シエスタの方を振り向く。 自分の顔がどんな笑顔になっているかはわからなかったけれど、ルイズは久しぶりに気持ちよく笑うことができた。 「ありがとうございます!」 そういって笑うシエスタの顔は、なんだか気持ちよさそうだ。 そんな笑顔が、すごく可愛らしいと、ルイズは思った。 ――私は変わった。まだまだ問題は山積みだけど、今はとりあえず、この使い魔に感謝しよう。 前ページ次ページ疾走する魔術師のパラベラム トップページへ戻る
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前ページ次ページるろうに使い魔 時は幕末―――――。 黒船来航から端を発した一つの時代。明治維新が訪れるまでの十五年間。 尊王、佐幕、攘夷、開国―――様々な理想野望が渦巻く最中。 徳川幕府と維新志士――剣を持つものは二つに別れて戦いを繰り広げた。 その幕末の動乱期、その渦中であり激戦区となった土地、京都にて、『人斬り抜刀斎』と呼ばれる志士がいた。 修羅さながらに人を斬り、その血刀を以って新時代『明治』を切り拓いたその男は、動乱の終結と共に人々の前から姿を消し去り、時の流れと共に『最強』という名の伝説と化していった。 そして時代が進み、今や刀や侍は過去のものへとなっていった明治の東京にて、その男は人知れず姿を現した。新しい『信念』と『刀』を携えて。 数々の出会いと死闘に身を投じながらも、男はその信念を持って剣を振るい、明治の時代にその名を残さなかったまでも、関わった人々からは確かな『英雄譚』となって語り継がれることとなった。 その、確かな居場所を見つけた男は、ある日再び姿を消すこととなる。誰にも知れず、ひっそりと――――。 そして新たな浪漫譚は別の世界。この世界とは根本的に別な『どこか』。刀と侍ではない、魔法と幻想が栄える世界の『どこか』。そんな世界から話は始まる。 るろうに使い魔 ――ハルケギニア剣客浪漫譚―― 「次、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」 「はい!」 そう呼ばれて、ルイズは立ち上がり、皆の前から一歩前へ出た。 今日は自身にとって大切な儀式、自分の一生の召使いである使い魔を呼ぶ神聖な日だ。 「おい、ルイズの奴何を召喚するかな?」 「どうせボンボン爆発して終わりさ、賭けたっていいぜ」 などとざわつく周囲の言葉をなるべく無視して、今はこの瞬間に全身全霊を尽くす。 生まれてこの方16年、あらゆる魔法を爆発という形で失敗させ続け、未だに系統魔法どころか基礎的な魔法まで扱うことができない。 家族からは才がないと言われ、生徒たちからは『ゼロのルイズ』という不名誉なあだ名が通ってしまい、その屈辱に耐える日々。 そんな生活から、一転して変えることのできる重大な日。それがこの召喚の儀である。 (見てなさい、立派な使い魔を呼んでアッと言わせてやるんだから!) 周りの生徒たちは、あらかた使い魔を召喚し終えた後だった。 皆それぞれサラマンダーやモグラ、タコやカエル、中にはドラゴンまで召喚しており、今は一体何を呼び出すのか……と好奇の目でルイズの方を注目していた。 段々とざわめきが薄くなり、静かになっていく中、ルイズは杖を掲げて朗々と唱えた。 「宇宙の果てにある私の僕よ、神聖で美しく、そして強力な使い魔よ!私は心より求め、訴えるわ。我が導きに応えよ!」 刹那、ボンッと大きな音と共に煙やら埃やらが宙を舞った。 失敗したの…?と不安が頭の中に過ったが、煙の向こう側になにやら影みたいなものを見つけると、今度は期待で胸が弾んだ。 (せめて、みんなから馬鹿にされないくらいの使い魔が出てきて!) そう心の中で願うルイズをよそに、次第に視覚を遮る邪魔な煙が晴れていく。そして……。 「これが…私の使い魔…?」 ルイズの目の前に現れた『もの』。それはこの世界ハルケギニアでは見かけない不思議で異形な服を着ていた。 そして緋色の長い髪を一括りに纏めており、腰に刺さった知らない得物と頬についた十字傷が特徴の―――。 そう、それは紛れもない『人間』だった。 第一幕 『世界を越えた流浪人』 「……おろ?」 その日、この異世界にやってきた人間、緋村剣心はこの不思議な光景にすっかり目を丸くしていた。 先程まであった見慣れた神谷道場の姿はそこにはなく、あるのはただっ広い草原とそびえ立つ、城とも屋敷とも取れる異形な建物。 周囲には明らかに日本人じゃない――夷人とも言うべき髪の色をした少年少女が、これまたマントを羽織って好奇の目でこちらを見ていた。 その中で目の前に立つ人物、桃色の髪を長く伸ばした少女が、自分と同じくらい呆れた表情で自分を見つめていた。 「これが……私の使い魔…?」 その声を皮切りに、周囲からどっと笑いの歓声が響いた。明らかに嘲笑を含んだ笑いだ。 「おい、ルイズが人間を召喚したぜ!」 「しかも平民じゃん! ゼロのルイズにはお似合いだな!」 「おまけになんだあの服、貧乏人じゃねえの?」 周りが口々にそう囃し立てると同時に、桃髪の女の子――ルイズと呼ばれた少女は顔を真っ赤にして叫んだ。 「ミスタ・コルベール、今のは失敗です! もう一度チャンスを…」 「残念だが、それは出来ない」 ルイズの願いも虚しく、コルベールと呼ばれた、真ん中が禿げた中年の男性は、静かに首を振った。 「一度サモン・サーヴァントで召喚した以上、例外は認められない」 「そ、そんな…」 がっくりとうなだれたルイズは、しばらく悩み込んだまま動かないでいたが、やがて顔を上げると、意を決したように立ち上がり剣心の方へと寄って行った。 「あんた、感謝しなさいよね。貴族にこんなことされるなんて、普通は一生ないんだから」 そう言うと、未だに状況をつかめていない剣心をよそに、ルイズは杖を振りかざし、何やら変な呪文を詠唱し始める。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 そしてそのまま、杖を剣心の額に当てると……。 「……おろ!?」 なんと口元に向かってキスをした。 さすがの剣心も、これで我に帰ったのか、目を丸くし慌ててルイズのもとから後ずさる。 「い、一体何を……っ…?」 と同時に、焼けるような痛みが剣心の左手に襲いかかった。何かと思い見てみると手の甲当たりに文字のようなものが刻まれ始めていたのだ。 象形文字の類なのだろうか、一通り焼きあがると痛みも徐々に消えていった。 「ふむ、これは珍しいルーンだな」 ふと気づくと、いつの間にかコルベールが剣心の左手に刻まれた文字を見て、なにやら書き込んでいた。どうやら記録しているらしい。 やがて書き終えると、未だにどよめきが上がっている周囲に向かっていった。 「さてと、じゃあ皆教室に戻るぞ」 そう言うなや否や周囲の子供たちは杖を取り出し、何か短く唱えるとふわりと宙に浮き、そのまま上へと飛んでいった。 先程のキスで、幾拍か頭がはっきりとしていた剣心だったが、この出来事に再び理性がフィードバックした。 「ルイズ、お前は歩いてこいよ!」 「あいつ『フライ』はおろか、『レビテーション』さえまともにできないんだぜ!」 そんなことを言いながら去っていく彼らを見て、剣心はただただ呆然とするしかなく、やがて二人きりになったところで、ようやくルイズを見て口を開いた。 「あのー、ここ……どこでござる?」 「はぁ? 『ここ』をどこか知らないなんて、あんたどこの田舎から来たのよ!」 至極真っ当な質問のはずなのに、なぜかルイズは呆れながらため息をついた。 ルイズの説明を簡潔にするとこうだ。 まず、自分は『コモン・サーヴァント』なる儀式として、使い魔としてここ『トリステイン魔法学院』に呼び出されたこと。ルイズと契約(さっきのキスがそうだったらしい)したため、彼女を主人として――要は従者となって仕えること。この世界には魔法なるものがあって、それを行使できるメイジが一番偉いということ。 「ファーストキスだったのに、もう!」 顔を真っ赤にして叫ぶルイズに対し、剣心はかつてない程脳みそをフル回転させ、これまでの状況を整理する。 考えてみれば、あまりに突飛すぎる。いきなり外国と思われる所へ移動させられ、そこで使い魔をやれ? おまけに貴族と呼ばれる種族は魔法なんて力をもって、空を飛んだりすることだってできるだって? 夢物語は夢の中にして欲しいものだが、あの時感じた左手の火傷や、今感じる風を打つ感触は、紛れも無く本物だった。状況が状況だけに、まだモヤモヤした部分があるが、とりあえず今、ハッキリと分かることはただひとつ―――。 とりあえず自分は飛ばされてきたのだ。このどことも知れない異世界に。 「…それで、どうやったら帰れるでござるか?」 一縷の希望をのせたこの質問もルイズの言葉にあっさりと砕けてしまう。 「何言ってんのよ、そんなもんあるわけないじゃん」 元々サモン・サーヴァントで呼び出したものを、送り返す手段はない。この学院で進級するための大事な伝統であり儀式のため、召喚したものはたとえどんなものだろうと、それこそ人間だったりしても異例は認められない。 仮にあったとしても、最早契約まで済ませてしまった使い魔をみすみす返したりなどしないだろう。 駄目元での質問だったとはいえ、あっさり返された答えを受け止めるとなると、やはり剣心としてはくるものがあった。 ルイズはルイズで、なぜ理想の使い魔を呼べなかったのだろうと肩を落としていた。 (ドラゴンとか、サラマンダーなんて高望みはしない、せめて犬とかフクロウでもよかったのに…よりによって人間……しかも平民…) また大きなため息が出そうになったとき、ふと思い出したように剣心の方を見た。 「そういえば、まだあんたの名前聞いてなかったわね」 「あぁ……そう言えばまだ名乗ってなかったでござるな」 剣心も、一度立ち上がって、改めてルイズを見た。 身長は自分とあまり変わらないかちょっと下当たり、綺麗な桃髪を流し、太ももまで見える程の短い着物に膝まである長い足袋みたいなものをつけている。 釣り上がった目や攻撃的な気性からあまりそうは見えないが、黙っていれば中々に美しい容姿をしていた。 「拙者は剣心、緋村剣心でござるよ」 「ケンシン? 変な名前ね。……まあいいわ、私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。仕方ないからあんたのご主人様になってあげるわ。感謝しなさいよね」 そう言ってルイズは、平坦な胸を大きくそらしてふんぞり返った。未だコトを把握しきれない剣心としては色々と待って欲しい事が多かったが、どうやら使い魔になったという状況を認めなければ話が進まなさそうである。 とうとう観念して苦笑いを浮かべながらも、剣心は優しい微笑みをルイズに見せた。 「まあ、こちらこそよろしくでござるよ、ルイズ殿」 かくして、その昔『人斬り抜刀斎』としてその名を残し、多くの人々から伝説とまで謳われた男、緋村剣心は、通称『ゼロのルイズ』ことルイズ・フランソワーズの使い魔と相成ったのであった。 前ページ次ページるろうに使い魔
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前ページ次ページ日替わり使い魔 ガタゴトと音を立て、森の中で馬車が揺れる。 ズシンズシンと重い足音を立てて先頭を行くのは、リュカの連れて来たゴーレム――ゴレムス。その後ろを、同じくリュカが連れて来たパトリシアが、六人を乗せた馬車を引いて追従している。 「御者でしたら、私にやらせてくださればいいですのに」 「いいんですよ。パトリシアは、僕が一番馴れてますから」 パトリシアの手綱を引くのは、その主人であるリュカだった。その隣では、ロングビルが案内役として陣取っていた。 リュカはちらりと背後を見る。幌の中にいるのは、レックス、ルイズ、キュルケ、タバサ(ややこしいが、リュカの娘でない方のタバサである)の四人。タバサの使い魔のシルフィードは、上空から飛んで付いて来ているはずである。 先日学院を急襲した盗賊――その被害が、宝物庫に保管されていた『奇跡の杖』であることは、衛士たちの検分によって判明した。その報告が上げられるなり、学院長は居並ぶ教師陣から奪還任務に当たる者を募った。 それに先立って、リュカはこれまでの経験から十中八九巻き込まれるであろうことを予測し、目には目をとばかりにゴレムスを連れて来ていた。イオナズン一発で終わる程度のゴーレムなら、娘を連れて来るまでもないとの判断である。 だが、その際のルーラに、本来連れて来る予定のなかったレックスまで付いて来た。彼は本来、この日は妹と共に勉強の予定だったのだが……まあ彼の思惑がどうあれ、政務を放り出してやってきたリュカがうるさく言えるものではないので、結局そのままである。 ともあれそのリュカの予想通り、『奇跡の杖』奪還の任務に、主人であるルイズが志願した。となればやはり、事が事であるだけに、使い魔である自分が付いて行かずに代役を立てる――というわけにはいくまい。 また、それに追随する形でキュルケとタバサも志願した。彼女らが一緒なのは、そのためである。 ――だが―― (ルイズ……どうしたんだ?) 彼が気になったのは、そのルイズの様子であった。 昨晩から今朝――リュカがグランバニアに戻っている間に一体何があったのか、彼女は『煤けて』いた。服も肌も、そして髪さえもが汚れている。いつも小奇麗にしている彼女らしからぬ、ある意味みすぼらしい姿だった。 しかもルイズ当人は、あろうことかそれを気にしていない――むしろ気付いてすらいないようである。目の下には隈が出来て、ただじっと自分の杖を凝視するその表情には、何か鬼気迫るものを感じた。 レックスが見かねて「どうしたの?」と尋ねても、「何でもないわ」と返すばかり。そんな彼女への対処に困ったのか、彼はリュカに助けを求めるような視線を送るが、リュカは肩をすくめるしかできなかった。 「何を気負ってるんだか知らないけど、もっと“しゃん”としなさいな。あんたらしくない」 と――そんなルイズに、キュルケが声をかけた。いきなり投げつけられたその言葉に、ルイズは顔を上げる。 「何よ、ツェルプストー。文句があるならはっきり言えば?」 「なら言わせてもらうけどね――あんたがそうやって、大人に任せればいいものを考えなしに引き受けたりするから、私らまでとばっちり受けてるのよ。まったく、何が悲しくて、泥棒退治なんか……」 「とばっちり? あんたが自分で志願したんじゃない」 「ヴァリエール家のあんたが手柄を立てようとしてるのに、ツェルプストー家の私が指くわえて見てるなんて出来るわけがないじゃない」 「要するに、手柄を横取りしたいだけってこと? ツェルプストー家って、随分と心の貧しい家系なのね。知ってたけど」 そんなやり取りの後、二人の間で火花が散る。「なら勝負してみる? どちらが手柄を立てられるか」などとキュルケが挑発すると、「後で吠え面かいても知らないわよ」とルイズも乗った。 相手が悪名高い『土くれのフーケ』ならばいざ知らず、今回学院を襲ったのは『まちるだ』なるフーケの模倣犯。その程度の発想力しかない相手ならば、『土くれのフーケ』本人が出てくるよりはやりやすいだろうというのがキュルケの見解だった。 とはいえ、何重にも固定化をかけた宝物庫をブチ破るようなゴーレムを生み出した相手である。その事実が、学院の教師陣の腰を引けさせていたのだが――良くも悪くも、キュルケはそこまで慎重すぎる性格ではなかったらしい。 もっとも、ルイズはそんなキュルケとは違い、それをわかった上で志願した。ゆえにこそキュルケに「気負ってる」と言われたのだが、その気負いも今ので多少は緩和されているように見える。 「……さすが」 リュカはそんなキュルケの手腕に、思わず感嘆の声を上げた。 そんなことを繰り返しながら、一行はやがて開けた場所に出た―― そこにあったのは、一つの小屋であった。 あそこが情報にあった盗賊のアジト――と思われる小屋。まずは偵察ということで、レックスが小屋の中に入り、罠のたぐいがないことを確認。全員を呼び寄せ、中に入って家捜しし、『奇跡の杖』を入手しようという話になった。 「ゴレムスは大きいから待機かしら」 と言ったのは、既に小屋に入ったキュルケである。彼女がそう言って振り向くと―― 「……え?」 「ん? どうしたの?」 突然ぎょっと目を丸くした彼女に、リュカが首を傾げた。ゴレムスはごく自然に、それこそ何の違和感もなく、小屋の中に入ってきている。 その背後では、ルイズとロングビルが思いっきり固まっていた。 「ちょ……どうやって入ったの!?」 「どうやってって……人間が入れるところならどこにだって入れるんじゃないかな、普通」 「いや普通じゃないからね!? そんな巨体が入れる場所なんか限られてるからね!?」 そんなキュルケの主張に、ルイズもロングビルもうんうんと頷く。だが言われた当人のリュカとゴレムスは、「何を言ってるんだかわからない」とばかりに首を傾げていた。 ゴレムスのそんな様子はまるで生きているようで、とてもリュカが操っているようには見えないが――それはともかく。 そんな一人と一体の様子に、キュルケはなおも何か言おうと口を開きかけるが、不意にその手をくいっとタバサが引っ張った。 「……よくわからないけど、きっと突っ込んじゃいけない話」 「そ、そうかもね……」 親友の言葉に何だかよくわからない説得力を感じ、キュルケはそれ以上の追究を諦めた。ルイズやロングビルなど、頭を抱えながら「見張りしてる」「周囲の偵察に行く」とそれぞれ言って小屋を出て行く――どうやら、少し彼らから離れたいらしい。 しかしリュカは、そんなルイズの気持ちなど気付いた様子もなく、ゴレムスにルイズと一緒にいるように言った。むしろ、ルイズを心配してのことであろう。 「とりあえず何が起こるかわからないから、これ装備しといて」 そう言ってリュカは、腰に差していた剣――昨晩の何の変哲もない鋼の剣ではなく、美しい輝きを放つ白銀の剣である――を、ゴレムスに渡した。 それは一見、ゴレムスが扱うには小さすぎるように見えたが―― リュカは メタルキングのけんを ゴレムスに 手わたした。 装備しますか? l はい いいえ ゴレムスは メタルキングのけんを 装備した。 「……もう突っ込まない。突っ込まないわよ……」 まったくもって何の違和感もなくゴレムスの手のサイズに収まった剣を見て、ルイズは疲れたようにつぶやいた。 リュカの手に収まっていた時と今とでは、明らかに剣のサイズが違うのだが――なぜか、そこに違和感を覚えない。自分の頭がおかしくなってしまったような気がして、ついつい手で頭を押さえる。 とにかくルイズは、深く考えては負けのような気がした。 ――結局、小屋の外の見張りは、レックスも加えた二人と一体でやることとなった。 (どうしよう……) ロングビル――フーケは、木の陰に身を隠して小屋の方を見ながら、内心で途方に暮れていた。 当初の予定では、学院の教師陣をここにおびき寄せ、ゴーレムをけしかけて『奇跡の杖』の使い方を見せてもらうつもりだった。昨夜にとんでもない実力を垣間見せてくれた連中もいたが、彼らも一緒に付いて来ることも考慮に入れ、あれこれと作戦を練った。 ところが学院に戻ってみれば、誤算が二つ……いや、三つあった。 一つは自分がサインの文面を間違えるという大ポカをかましていたこと。ここから派生した更なる失敗もあったし、犯人が『模倣犯まちるだ』という説を覆すこともできなかったが――とりあえずどうにか誤魔化すことはできたので、今は気にしないことにする。 ……うっかり本名を晒してしまったのが、正直一番痛いところではあったが。 そして二つ目は、学院の教師陣が思いのほか腑抜け揃いだったこと。宝物庫を破るほどの実力を持つ盗賊相手に、完全に腰が引けていたのだ。代わりに現場に居合わせた女生徒たちが志願したが、彼女らが『奇跡の杖』の使い方を知っているとは、とても思えない。 そして三つ目――これはプラス要素ともマイナス要素とも取れる話だが、くだんの最大警戒対象が、志願した女生徒の使い魔であったこと。彼が同行することになったのは最初から想定範囲内だったし、それが女生徒の使い魔という立場なら、かえってやりようはある。 (とはいえ、あのゴーレム……見た目通りとは思わない方がいいかもね) 小屋の内外にいるメンバーを頭の中で並べながら、フーケは考える。昨晩、自分のゴーレムを粉々にしてくれた少女が、今日はいない。そして代わりにあんなゴーレムを用意してきたのは、一体なぜか。 普通に考えれば、完全な戦力ダウンだ。だが、わざわざそれをしてきたということは、自分のゴーレムがあのゴーレムでも十分と判断されたということだ。それを侮辱と取るのは簡単だが、根拠があってのことと考えれば、油断のできることではない。 手持ちの情報は少ない――だがどうあれ、ここまで来たからには戦うしかない。 大丈夫。自分の操る30メイルの巨大ゴーレムなら、あんな5メイルぽっちのちっぽけなゴーレムなど問題ではない――彼女は自身にそう言い聞かせ、静かにゴーレム生成の呪文を口ずさむ。 ややあって、小屋の中からリュカたちが顔を見せた。その手の中に『奇跡の杖』が収まっているのを見て、フーケは今こそ実行の時とばかりにゴーレムを生み出す。 真っ先に狙うべきはリュカ……ではなく、その主人たる桃髪の小娘。大して実戦経験のなさそうな彼女を狙えば、リュカはその守りに回らざるを得まい。そうなれば彼らの戦闘能力は十分に発揮されることはなく、そこだけがフーケの勝機と言えた。 「……お行き」 赤髪の女と青髪の女が魔法を放つが、彼女のゴーレムはびくともしない。それを見ながら彼女はつぶやき、杖を振る。 勝算は不明――だが仮に負けて捕らえられたとしても、幸い今の自分は『土くれのフーケ』ではなく『模倣犯まちるだ』である。「オスマンのセクハラに業を煮やした」とでも理由をつけて初犯と主張すれば、少なくとも死罪は免れよう。 もっとも、今まで培ってきた『土くれのフーケ』としてのプライドは粉々になるであろうが……命あっての物種である。自分が死んでは、誰がウエストウッドの皆の生活費を稼げるというのか。 その時一瞬、いけ好かない銀髪の男の顔が脳裏をよぎったが――彼女はそれを頭の中から振り払い、眼前の戦いに集中した。 振り下ろされたゴーレムの拳。しかしそれはルイズに届くことなく、傍にいたゴレムスに止められた。その光景を前に、フーケは唇の端を不敵に吊り上げた。 さあ――期待などしてはいないが、駄目で元々だ。『奇跡の杖』を使って見せるといい。 ――来た。 ルイズはぎゅっと、杖を握り締めた。 彼女の眼前に、『敵』のゴーレムがそびえ立つ。それが拳を振り上げた時、ルイズは杖を構え――そして呪文を唱えようとしたところで、両者の間にゴレムスが割って入った。 ゴレムスは、振り下ろされた巨大な拳を両手で受け止めた。かと思ったら、突然視界が横に流れる。自分がレックスに抱えられて移動していることに気付いたのは、直後のことであった。 「ちょっ……離してよ!」 「何言ってるんだ! あんな攻撃、避けないでどうするってのさ!」 そう――レックスの言っていることは正しい。ルイズは頭では理解できていた。あの拳を真正面から魔法で迎撃しようとした自分の行動が、いかに無謀であったかを。 しかし、感情はそれを否定する。あんなゴーレムごとき、正面から正々堂々と迎え撃たないで、何が貴族かと。 「ともかく、あいつはゴレムスに任せて、一旦退くんだ! キュルケもタバサも、とっくに下がってる!」 「嫌よ! 何で私が逃げなきゃならないの! 私は貴族よ! ラ・ヴァリエールの娘よ! 魔法が使える者を貴族と呼ぶんじゃないわ! 敵に後ろを見せない者を、貴族と呼ぶのよ!」 「バカ!」 パァンッ! と――レックスの罵声と共に、ルイズの顔が強制的に横に向けられた。一瞬の後、頬を打たれたとわかった。 「な、何を――」 「だからって死んで何になるんだよ! ボクらが何かで胸を張れるとすれば、それは生きてるから――だろっ!」 抗議の声を上げようとしたルイズだったが、それはレックスの怒声で打ち消された。そして彼は、台詞の最後を肺から吐き出すと同時、ルイズを押し倒した。 直後、『ドゴォンッ!』とすぐ近くから爆音が響いた。見れば、自分たちが今まで立っていた場所に、ゴーレムの巨大な拳が突き刺さっている。 右腕はゴレムスが抑えているが、サイズ差の関係上、それ以上抑えるのは難しい。『敵』のゴーレムは、残った左腕でルイズたちを攻撃したのだ。 ゴーレムは地面に突き刺さった拳を引き抜き、それを振り上げて再度ルイズを狙い―― 「バギクロス!」 それが振り下ろされるより先に、リュカの声が響いた。直後、巨大な竜巻がゴーレムを包み込む。 余波の風が、ルイズの髪を乱暴に撫でた。その荒れ狂う暴風を前に、ルイズはその魔法の強大さに目を見開く。 「……カッター・トルネード……? いえ――」 その竜巻が見知っている魔法に見え、しかし直後に思い直す。違う――似ているけど、あれはカッター・トルネードじゃない。 風のスクウェア・スペル、カッター・トルネード――普通は滅多にお目にかかれない大魔法ではあるが、ルイズは『極めて個人的な事情』により、それを非常によく見慣れていた。今更、見間違うはずもない。 だが目の前の竜巻は、そのカッター・トルネードに勝るとも劣らない威力を見せている。中心にいるゴーレムは、成すすべもなく暴風に蹂躙されていた。 と―― 「ルイズ、レックス、大丈夫?」 その声に、ルイズはようやっと竜巻から視線を外し、そちらを見る。そちらでは自分の使い魔――リュカが、奪還したばかりの『奇跡の杖』を片手に、こちらを見下ろしていた。 「……バギクロス?」 「ん? ああ、今の呪文のことだね。そうだよ、これがバギクロス」 「そう……」 リュカの返答に、しかしルイズの声は、リュカが予想したほど大した感慨を見せなかった。 その無反応っぷりに、リュカが怪訝そうに眉根を寄せたが――ふと、風がやんだ。全員でゴーレムの方へと視線を向けてみると、バギクロスの竜巻は既に消え去り、見るからにボロボロのゴーレムが佇んでいる。 そしてゴレムスが追い討ちとばかりに、掴んでいた拳を鯖折りの要領で粉砕した。彼の攻撃はそれで終わらず、更に追撃とばかりに白銀の剣を閃かせ、その腕を肘から斬り落とした。 「ナイスだ、ゴレムス!」 リュカが喝采を上げる。だが―― 「……ダメ! 再生するわ!」 ルイズの叫びが、リュカたちの耳に届いた。すると彼女の言葉を肯定するかのように、ゴーレムの損傷が見る見るうちに修復され、斬り落とされた腕も一気に再生した。 「土ゴーレムは土があるところで戦う以上、簡単に再生できるのよ! 一気に倒せなきゃ長期戦になる!」 「再生するための材料には困らないってわけか……」 ルイズの説明にリュカは頷きつつ、顎に手を当てて対策を考える。 が――そんな彼の前に立ち、ゴーレムに杖を向ける者がいた。 誰あろう、今しがた土ゴーレムの厄介さを説明した、ルイズ当人である。 「ルイズ?」 「危ないよ! 下がって!」 「嫌よ!」 レックスが彼女を下がらせようとするが、ルイズは頑として聞かない。 彼女は『ファイアー・ボール』を唱えて杖を振った。だが杖の先から火球が出ることはなく、相変わらず失敗してゴーレムの表面に大きな爆発を起こすのみだ。もっともゴーレムのサイズからすれば、それでも爆発の規模は小さく見えるのだが。 「無茶だよルイズ! ここは僕たちに任せて――」 見るからに無駄な攻撃である。リュカはルイズの肩を掴んで、強引にでも下がらせようとしたが――その時彼は、ルイズの表情を見て、思わず息を飲んで手を離してしまった。 「私は――『ゼロ』じゃない」 喉の奥から搾り出すような声音で、ただ一言告げたルイズ。その目の端には、わずかに涙が溜まっていた。 リュカはその表情に、一瞬だけ固まった。が――次の瞬間、キッと目を鋭く細め、手に持った『奇跡の杖』を乱暴にゴレムスに投げつけた。 杖を無難にキャッチするゴレムス。リュカはゴレムスとアイコンタクトして一つ頷くと、目の前のゴーレムに視線を戻した。 ゴーレムはさっきのお返しとばかりに、ルイズたちを踏み潰さんと足を振り上げている。その巨大な足がルイズたちの頭上に影を落とすが、ルイズはそれを真っ向から見据え、杖を手に呪文を唱えた。 だが―― 「ルイズ、覚えておくといい」 そんなルイズに、リュカが横から声をかけてきた。 ルイズは答えない。ただ魔法に集中するだけ。リュカは構わず、そんな彼女に更に言葉を投げかける。 「戦いっていうのは、勝つか負けるかの二択で済ませられるほど、単純じゃないんだ。命を賭けてまで勝たなきゃならない戦いってのは……そう多いものじゃない」 「……え?」 ――それはどういう―― ルイズがその言葉に疑問を持った、その時――不意に、彼女はリュカに思いっきり突き飛ばされた。 そして、直後―― ――ズドォォォンッ! ゴーレムの足がリュカの頭上に落ち、彼を容赦なく踏み潰した。 「……………………え?」 目の前の出来事に、一瞬思考が追い付かなくなる。 今、彼女の眼前にあるのは、振り下ろされたゴーレムの足。その足の裏と地面との間の隙間から、人の足がはみ出ている。 ルイズがそのまま、五秒、十秒と固まっていると――やがて、ゴーレムの足元から、見るからに大量の赤い液体が染み出してきた。 ――その段になって、ようやっとルイズの思考が状況を理解する。 ――リュカは。 ――自分をかばって。 ――ゴーレムの下敷きになったのだ。 「……あ……あ……あ……イヤあああぁぁぁぁぁーっ!」 ルイズの絶叫が、森に響いた。 ――最初は、フローラが魔法を使う姿を見た時だった。 ――次は、シーザーを初めて見た時だった。 ――リュカの娘のタバサが一撃でゴーレムを爆砕した時など、正直言えば逃げ出したくなった。 感じた恐怖は、彼らの持つ『力』に対してではない。彼らの持つ『力』は素晴らしく、それこそ『ゼロ』である自分が憧れを抱くにふさわしい。 しかし同時に、自分が『ゼロ』だからこそ怖かったのだ――彼らに何一つ吊り合えない『ゼロ』だから。 ――やめて。私に優しくしないで。私はあなたたちと吊り合える存在じゃない―― 長年積み重なった劣等感は、突然目の前に現れて自分を助ける『力』を重荷と感じ、声無き悲鳴を上げた。凄い使い魔を召喚できれば、落ちこぼれじゃなくなる。そんな幻想を抱いていた、二週間前の自分が恨めしかった。 ああ、なんて愚かだったのだろう――いくら凄い使い魔を召喚したとしても、自分が『ゼロ』のままなら何の意味もないのに。 それでも彼女は逃げ出さなかった。いつか『私がリュカの主人よ』と胸を張って言えるような、立派なメイジに成長すればいい。そう思い必死に『いつもの自分』を保った。出会った当初のように、自分が主人であると毅然と主張し、胸を張り、時にはヒステリックに叫んで。 そんな時に起こったのが、この盗賊騒ぎである。 チャンスだと思った。ここで盗賊を捕らえ、自分が無能でないことを示せば、少しでもリュカの主人であるに相応しいメイジに近付けるのだと。そのために寝る間も惜しみ、一晩中魔法の練習に明け暮れた。髪が乱れ、肌が汚れ、服が煤けることすら構うことなく。 ――なるほど確かに、キュルケに言われた通りなのだろう。 自分は気負っていた。思い詰めていた。しかし道中で彼女の軽口に付き合わされ、幾分か気分は落ち着いた。 しかし、リュカの魔法――カッター・トルネードに勝るとも劣らない『バギクロス』を見せられた時、その想いはぶり返した。やはり、フローラたち家族やシーザーたち使い魔だけではない、リュカ自身も強かったのだと。 ならば自分も、示さなければならない。リュカが自身の従える者たちにも決して引けを取らない力を示しているのと同じように、自分もリュカを従える者として、相応の力を見せなければならない。 意地を張った。敵を前にした恐怖など心の底に押し込め、ただ自分が力を示すことしか考えなかった。 ――戦いっていうのは、勝つか負けるかの二択で済ませられるほど、単純じゃないんだ。命を賭けてまで勝たなきゃならない戦いってのは……そう多いものじゃない―― リュカが言った言葉は、ルイズにはまったく理解できなかった。戦いに、勝つことと負けること以外の何があるのだろうかと。そして『ゼロ』と呼ばれた自分にとって、無能でないことを証明する戦いは、十分に命を賭けるに値するものだった。 しかし、今目の前に広がる光景は、一体何なのだろうか? リュカは自分をかばい、自分の身代わりとなってゴーレムに踏み潰された。 ゴーレムがゆっくりと足を上げると、そこには血まみれになって倒れ付すリュカの姿。その光景を生み出したのは、他でもない――意地を張ってその場を動かなかった自分自身だ。 そしてルイズは、リュカの言った言葉の意味が、少しだけわかったような気がした―― 「…………ズ…………イズ…………ルイズ!」 「あ……」 自分を呼ぶキュルケの声で、ルイズの意識は現実に引き戻された。 慌てて周囲を見回す。そこはシルフィードの背中の上で、自分の周りにはタバサとキュルケとレックス――そして横たわるリュカがいた。どうやらいつの間にか、タバサに拾い上げられていたらしい。 「リュカ!」 「死んでる」 ルイズは慌ててリュカにすがり付いたが、そんな彼女の背中に、タバサの無感動な声が突き刺さった。 ルイズはそれが信じられず――いや、信じたくなくて、リュカの手を取った。その手はつい先ほどまで生きていたことを示すかのようにわずかに温かかったが、そのぬくもりは急速に失われ始めている。胸に耳を当ててみれば、鼓動は……聞こえない。 「そ、そんな……」 リュカから離れ、わなわなと震えるルイズ。彼女はふと、横に居るリュカの息子――レックスの存在を思い出し、彼の方へと恐る恐る視線を向けた。 だが彼は、死んだ父親には視線を向けていない。ただじっと、真下で続行されている戦いの様子を観察しているのみだ。 リュカが死んだのでゴレムスも土に還ったかと思ったが、どうやらリュカが術者ではなかったのか、それとも特別な魔法で生み出されたのか、ゴレムスは健在である。 彼は体格差など関係ないとばかりに剣を振り、しかしゴーレムの再生力を前に決定打が与えられないでいた。 「レックス……あ、あの……ごめん……なさい……私の、私のせいで……あなたのお父さんが……」 「今は後回しにして」 ルイズの方を見向きもせずに眼下の戦いを見続けているレックスに、ルイズはそれ以上言うことができなかった。 その態度に、怒りではなく悲しみがこみ上げてくる。自分はきっと、彼に失望されてしまったんだと、ネガティブな思考が頭の中を支配する。当然だ、私のせいで父親を目の前で失ったのだから――と。 だが同時に、父親の遺体に視線すら向けないレックスの姿に、ルイズは違和感を覚えた。これが本当に、11歳の子供なのだろうかと。自分より5歳も年下なのに随分と戦い慣れてる様子だし、時折見せる横顔は、まさしく歴戦の戦士といった風格を持っている。 ルイズが頭の片隅でそんな疑問を持っていると――不意に、レックスとゴレムスの視線が合わさったように見えた。 ゴレムスが、左手で先ほどリュカから渡された『奇跡の杖』を掲げる――まるで、こちらに見せ付けるかのように。 対するレックスは、そんなゴレムスに一つ頷くと、唐突にシルフィードの背中の端に寄って行った。 「な、何をするつもり!?」 「あいつを倒す。お父さんは、ゴレムスに任せた」 「え?」 ルイズは、彼が何を言っているのかよくわからなかった。あんな巨大なゴーレムを、どうやって倒すのか。そして死んだ父親をゴレムスに任せるとは、どういう意味なのか。 そんなルイズに、レックスはくるりと振り向き――今しがた父親を失ったばかりとは思えない、朗らかな明るい笑みを見せた。 「大丈夫。気に病むことなんてないよ。この程度の修羅場、ボクらは何度でも経験したんだから」 レックスはそう言うなり、シルフィードの背中から飛び降りた。 彼は眼下のゴーレムを見据えて自由落下しながら、左手を開いて天高く掲げる。そのかざした手の上に、バチバチと音を立て、急速に『何か』が生み出される。 「ギガ――」 ゴーレムの顔が、落下するレックスの方に向いた。 レックスはニヤリと勝利を確信した笑みを浮かべ、掲げた手を振り下ろす。 「――デインッ!」 ――耳をつんざく轟音を伴い、巨大な雷が落ちてゴーレムの全身を焼いた。 それと同時、シルフィードの上では、リュカの遺体に天から光が降り注いでいた―― 「……最初からギガデイン使ってれば、すぐに片付いたんだけどなぁ」 タバサのレビテーションの助けを借り、難なく地上へと着地したレックス。彼は全身を真っ黒に焼かれてボロボロに崩れ落ちるゴーレムを見上げながら、ボソリとこぼした。 そんな彼の後ろでシルフィードが降りて来て、ルイズたちをその背から降ろす。 「すっごいじゃないの!」 「わぷっ」 駆け寄ってきたキュルケが、瞳を輝かせてレックスに抱き付いた。その豊満な胸に強制的に顔を埋められ、レックスは嬉しいやら苦しいやら微妙な表情になる。そんなキュルケの傍には、タバサがぬぼーっと無表情で佇んでいた。 が――そんな三人の後ろに立つルイズの表情は晴れない。 「ルイズ……」 それを見たレックスが、ぽつりとこぼす。キュルケもルイズの様子に気付き、勝利の喜びもそこそこにレックスを解放し、表情を沈ませた。 「私は喜べない……こんなの、勝利なんかじゃない」 ぐすっ、と涙声でつぶやく彼女に、キュルケはかける言葉も見つからない様子である。勝利と引き換えに自分の使い魔を失った彼女の悲しみは、どれほどのものか。 そんなルイズに、しかしレックスはキュルケとは違った表情を浮かべていた。非常に気まずいというか、何かを言いたいけど言えない空気というか、そんな感じである。 と――その時。 「お見事ですわ、皆さん」 そんな声が響き、全員そちらに視線を向ける。そこでは、茂みの中からロングビルが姿を現したところであった。 「ミス・ロングビル! 今までどこに?」 「それはですね――」 キュルケの問いに、彼女は口を開き――その台詞の続きを口にするより前に、一瞬でルイズの方へと距離を詰めた。 ルイズが「え?」と目を丸くするその一瞬、彼女の体はロングビルによって背後から羽交い絞めにされた。その眼前に、杖の切っ先を突き付けられる。 「ルイズ!」 「ミス・ロングビル! これは一体どういうことですの!?」 「……あなたが『模倣犯まちるだ』?」 「うぐ…………そ……その通り……」 タバサの台詞に、ロングビルは渋面になりつつも、その問いを肯定した。そして彼女はルイズ共々、キュルケたちから距離を取る。 ――その際、顔の上半分に影を落とし、「わ、私だってポカしなけりゃ……」だの「この大盗賊がこんな……」だのとブツブツと独り言を言い出したので、キュルケたちはその異様な雰囲気に圧され、手を出せずにいた。何か変なスイッチが入ってしまったらしい。 やがて十分に距離を取った彼女は、「そ、それはともかく!」と何かを吹っ切るような言葉と共に顔を上げ、続く言葉でキュルケたちに『奇跡の杖』を寄越すよう要請した。レックスがゴレムスに視線で合図すると、ゴレムスは『奇跡の杖』をロングビルの足元に投げる。 「ミ、ミス・ロングビル……あなたが犯人だったなんて……目的は何!?」 「あんたは黙ってな。使い魔を失ったメイジでも、人質ぐらいには役に立つんだからね。煩わせるんじゃないよ」 「いいから答えなさい!」 「はん……こんな状況だってのに、気丈なことだ。まあいい、教えてやるよ……と言ってもそんな大した話じゃない。私は『奇跡の杖』の使い方がわからなかったんで、知ってる奴にご教授していただこうと、学院の奴をここにおびき寄せようとしたってだけさ。 ……もっとも、それがこんな使い方すら知らなさそうなガキどもばっかり来るとは、予想外もいいとこだったけどね」 言って、肩をすくめるロングビル。その自分たちを小馬鹿にした態度に、この場で一番幼いレックスが真っ先に沸点を迎えようとしていた。 彼はわずかに腰を落とし、背負った剣に手をかけ―― 「動くな!」 「!」 その彼の挙動に、ロングビルが鋭い声で待ったをかける。その杖の切っ先が、ぐい、とルイズの頬を突いた。 「動くんじゃないよ……このガキがどうなってもいいのかい?」 「くっ……!」 彼女の脅しに、レックスは歯軋りして剣から手を離した。 怒りの篭った視線で、ロングビルを睨むレックス――そんな彼を見て、ルイズは何かを決心する。 「レックス……」 「ルイズ! 待ってろ、今助け――」 「……私が隙を作るわ。後、お願い」 「え……」 レックスがその言葉の意味を察するより早く。 ルイズは、自分の首にかけられたロングビルの腕に――思いっきり、噛み付いた。 「ぐぅっ……!」 その瞬間、ロングビルの力が緩む。その隙を突いてルイズはロングビルの拘束から抜け出し、レックスたちの方へと駆け出した。 が――その背中に、ロングビルが杖を向ける。 「このガキ――!」 「ルイズ!」 「!」 ロングビルの怨嗟の声。レックスの焦燥の声。振り返ったルイズは、ロングビルが今まさに自分を殺さんと、魔法を放とうとしている様子が見えた。 だが、こうなることぐらいルイズは予想していた。 始終足手まといだった彼女にとって、最後の最後で敵の隙を作る役に立てるのだ。ロングビルの放つ魔法が彼女の命を奪うとしても、レックスたちならそれ以上は許さないだろう――ロングビルの命運はそこで尽きる。それだけで、ルイズは満足だった。 さあ、殺さば殺せ。ルイズが覚悟を決めると、いよいよロングビルの魔法が放たれようとする。 間に合わない――誰もがそう思った、まさにその時。 「――バギ」 ビュオウッ! 唐突に響いた声。それと同時、突如として起こったつむじ風により、ロングビルの手からその杖が離れた。 当然、杖も無しでは魔法は使えない。 「なっ――!?」 驚愕に目を見開くロングビル。上空に舞い上げられた杖を見上げ、思わずルイズよりも杖の行く先を目で追ってしまう。そしてそれは、その場にいた全員も同じであった。 全員が杖に注目する中、それは地面に落ちるより先に、その落下地点にいた人物の手に収まった。 そこにいたのは―― 「チェックメイト……ってやつかな」 「リュ、リュカ!?」 ――死んだはずのリュカであった。 前ページ次ページ日替わり使い魔
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前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ 今日は虚無の曜日。 ルイズは今日という日を待っていた。 どうしてもやりたいことがあるのだ。 朝の魔法の練習はいつもより気合いを入れる。 今日のためにはその方がいいからだ。 それが終わったら学院に戻って朝食を摂る。 少し少なめにしておいた。 特にデザートは絶対に摂らないようにしておく。 食事を終えて外に出たルイズは念話でユーノを呼ぶ。 (ユーノ。今日は出かけるわよ) (え?授業は?) (今日は虚無の曜日。だから授業はおやすみなのよ) (わかったよ。すぐ行く) 念話を切って早足で歩き出す。 部屋に戻って準備をしないといけない。 はやる心は抑えきれず、すたかーんすたかーんとスキップをしていた。 すぐ行く、とは言ったもののユーノが合流したのはルイズが準備をすませて寮から出た後だった。 こう言うときには念話は役にたつ。 待ち合わせ場所でずーっと待っておかなくてもいいからだ。 「遅かったわね。なにしてたのよ」 「ごめん。ちょっと、捕まってて……」 「だれによ」 「誰の使い魔かはわからないけど、竜に捕まってたんだ」 今この学院で竜を使い魔にしているメイジは1人しかいない。 同級生のタバサだ。 「だったら誰かに喋ってるところを見つかったりして捕まってたわけじゃないのね」 「うん、それは大丈夫。人と話してないから」 肩に駆け上がるユーノをなでて、ルイズは馬小屋に向かった。 昼前に目を冷ましたキュルケはむっくり体を起こした。 床に放りっぱなしの服と下着を部屋の隅に寄せて、タンスとクローゼットから新しい服と下着を取り出す。 服を着たら鏡に向かって化粧をしながらまだ寝ぼけている頭で考える。 今日は虚無の曜日。 授業はない。 「何をしましょうか」 閃いた。 まずは朝一番──すでに昼前ではあるが──にしなければならないことがある。 思い立ったらすぐに行動。 枕元に置いてある杖を取って部屋を出る。 目指すのはルイズの部屋。 これから奇襲をかけるのだ。 なぜそんなことをするのかというと、 虚無の曜日の前日の夜ならルイズはあの男の子を部屋に連れ込んでいるに違いない!! 自分もそうしてたから可能性は高い。 などと、キュルケは考えていたからだ。 そうしているうちにルイズの部屋の前に着く。 ノックはしない。 そんなことをしたら奇襲にならない。 さらにいきなりアンロック。 校則違反だが気にしない。 ルイズの男の正体を暴く重大性に比べれば遙かに些細なことだ。 だがルイズの部屋には誰もいなかった。 ぐるり物色しても誰も見つからない。 床に散らばっていた羊皮紙がなくなって前に来たときよりも部屋を広く感じる。 だからといって隠れる場所が増えたわけではない。 「ルイズー」 念のために呼んでみる。 やはり返事はない。 もう一度見回してみる。 誰もいない。 その代わり鞄が見つからない。 どこにもないのだ。 ということは…… 「何よー、出かけてるの?」 不満を口にした瞬間に今日2回目の閃きが訪れる。 出かける、ということは……間違いない!! 「チャンスよ!」 キュルケはルイズの部屋を飛び出した。 今日のタバサは自分の部屋で読書を楽しんでいた。 視線を集中させて文字の海に心を浮かべていると窓をコンコン叩くものいた。 次いで外からきゅいきゅい声がする。 なにか催促をしているみたいだが、今は読書を続けたいので無視。 静寂を得たかったのでついでにサイレントをかけておく。 これで静かになった。 再び読書を再開。 何ページか呼んだところで今度はドアが開かれる。 音もなく壁にたたきつけられたドアから入ってきたのはキュルケだった。 魔法で音が聞こえなくなっているのにドアを力いっぱい連打したのだろう。 手の甲が赤くなっている。 入ってきたキュルケはタバサに大股で歩いて近づくと本を取り上げてなにやらわめき立てた。 それでも静寂は乱れない。 あたりまえだ。 サイレントをかけているのだ。 仕方なくタバサは魔法を解く。 「タバサ。今から出かけるわよ!早く支度をしてちょうだい!」 他の人間ならただではおかないところだが、友人のキュルケにはそんなことはしたくない。 「虚無の曜日」 なので、静かに過ごしたいと伝えるがキュルケは止まらない。 「虚無の曜日!わかってるわ。でも、そんな場合じゃないのよ!!男よ!男!」 それがどうしたとタバサは首をかしげる。 キュルケと男の組み合わせは珍しいものではない。 「いい?あのヴァリエールが出かけたの!近頃、部屋に男を連れ込んでいるヴァリエールが虚無の曜日に出かけたのよ!もう解るでしょ?きっとその男と会いに出かけたに違いないわ!!!」 タバサはもう一度首をかしげる。 キュルケはそれを気にせずに喋り続ける。 「ヴァリエールの男!間違いなく、あの塔を壊したゴーレムを止めてた1年の男の子に違いないわ!!あなたは興味ないの?」 言われてみれば興味がある。 塔を壊すくらいの一撃を防ぐような強力な防御魔法の使い手。 それから……。 タバサにしては珍しいことだが、自覚したら興味が大きくなってきた。 ならば追いつくには自分の使い魔が最適だろう。 それにキュルケの頼みなら引き受けてもいい。 ついでにキュルケと同じようなことをしたいと言っているのが一匹いる。 そっちの頼みも聞くことにした。 タバサはとんとん音を立て続ける窓に向かう。 サイレントの魔法で聞こえなくなっていた音が聞こえ始めたのだ。 「そういえば、さっきから窓から音がするわね。窓の外に誰かいるの?」 タバサは1つうなずいてから窓を開いた。 「わぁっ」 思わずキュルケは声を上げてしまう。 外には鼻先で窓を叩き損ねたタバサの使い魔の風竜が顔を部屋の中に勢いよく入れてきたからだ。 バランスを崩した風竜は羽をばたつかせてようやく安定を得る。 「ねえ、タバサ。あなた、いつも窓の外に風竜を飛ばせてるの?」 タバサは首を横に振って、風竜を指さす。 「一緒に出かけたい」 つまり、風竜がお出かけをしたいらしい。 「一緒にって、あなたと?」 タバサはまた首を横に振る。 「私と友達と」 タバサが近頃友達と呼ぶのは1人……いや、1匹しかいない。 「友達って……ルイズの使い魔のユーノ?」 タバサは今度は縦に首を振る。 「あなたの使い魔ってユーノが気に入っちゃったの?」 縦に首を振るタバサ。 「はぁ……竜の感性ってわからないわね。フェレットのどこがいいのかしら」 タバサが竜になにか話しかけている。 使い魔とメイジが話し合うのは珍しいことではない。 風竜がなにかをタバサに伝えたのだろう。 うなずいたタバサが振り返った。 「知的な瞳が魅力的」 確かに知的さで言えばユーノは群を抜いている。 そういえば、この前はけっこう難しい本を単語帳無しで読んでいた。 ユーノは同級生のメイジたちより知的かも知れない……。 そんなことを考えていると窓の外からタバサの声がした。 「乗って」 「ええ、そうね」 キュルケが背中に乗った途端、風流は飛びはじめる。 いつもより早く飛んでいる。 「ちょ、ちょっと待って。どこに行けばいいのかわかってるの?」 「探してる」 タバサの使い魔の風竜、シルフィードは空を旋回しながら遠くの友達を探す。 そして翼を広げ、力いっぱい羽ばたいた。 前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ
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前ページ次ページゼロの登竜門 ズドン、と何度目かわからない爆発音に、砂埃が巻き起こる。 日は既に落ち、二つの月は穏やかな光で草原を照らしている。 「もうそろそろ休んだらどうかね? ミス・ヴァリエール。使い魔召喚は明日にでもやり直したらいい」 「まだですっ、まだやれます! お願いしますミスタ・コルベール、納得がいくまでやらせてください!」 そう言って、月に照らされた人影はその手に持った杖を振り下ろした。 そして再度。何もない空間が爆発、轟音と爆煙を巻き上げる。 「また失敗……」 咳き込む少女、目尻に涙を浮かべながら、また杖を振り上げて呪文を唱える。 そして振り下ろす。 すると今度は爆発しなかった。 数え切れないほど呪文を唱え、数え切れないほど杖を振り上げ、杖を振り下ろし。 ただ一つだけ、使い魔を呼び出すことだけを考えて、一心不乱に。 そしていま、やっと『失敗』しなかったのだ。 視界を邪魔する土煙がうっとおしい、早く、早く己の使い魔の姿を見たかった。 どんな姿をしているのだろうか、美しいのだろうか、強いのだろうか、賢いのだろうか。 コレで、コレでやっと、誰にもゼロなんて言わせない! 煙を散らすと、そこには………… 高さ一メートルほどの大きなタマゴが存在した。 自室のベッドの上にタマゴを載せ、ルイズはそれを指先でつん、とつついた。 すると、タマゴはプルプルと震える、もうすぐ生まれそうだ。 そんなタマゴに、ルイズは自分の頬が弛みまくるのを自覚していた。 こんなに大きなタマゴなのだ、一体どんなのが生まれてくるのだろう。 ドラゴンだろうか、グリフォン、いやいやヒポグリフと言うのもある。 きっと強くて格好良くて優雅な幻獣が生まれてくるだろう。それを考えると心臓が早鐘のように波打つ。 いや、そんなに贅沢は言わない、呼び出せただけでもこんなに嬉しいのだから。 早く生まれてこないだろうか………。 召喚が長引いたせいか、何度も失敗して精神力を使った所為か、次第にまぶたが重くなる。 着替えるのすら億劫になったルイズは、そのままベッドに上がって丸くなった。 とくん、とタマゴの鼓動が心を揺さぶる。 きっと、明日には生まれてくれるだろう。 とても、楽しみ。 朝、窓から差し込む陽光によって目を覚ました。 すぐさまタマゴを見やるが、プルプルと動いているがまだ生まれていない。 仕方なしにルイズはベッドから降りて新しい制服へと着替える。 ブラウス、スカートを履いてマントを着けてブローチを止める。 そして杖を持って部屋を出ようとノブに手をかけたとき。 背後から「ピキッ」という音を捉えた。 その時の首を動かすルイズの動きは、一瞬だが180度回転しているように見えた。 その手の杖を放り捨ててルイズはタマゴへと駆け寄る。 頭頂部からヒビが走る。 ピシッ……ピキッ………パリンッ 「きゃっ」 眩い光にとっさにルイズは顔を覆ってしまう。 けれど、生まれた、自分の使い魔を早く見ようと眼を細めて真っ直ぐとそれを……… 「え………」 ベッドの上で、ぴち、ぴちとはねているのは、一匹の魚……だろうか。 赤い鱗にマヌケそうなつぶらな瞳、背びれは金色で、なんだかデフォルメされた王冠を彷彿させる。 長いヒゲが二本、にょろーんと伸びて、魚が、ぴたん、びたんはねるたびに揺れる。 「………み………水ーーーーー!」 まさか魚が生まれるとは思わなかった。 大急ぎで水場に連れていき、タライに水を張って放り込んだ。 そこまでやり遂げた時点で、ルイズはゼーハーと荒い息をはいて両手両膝を地面に付いた。 魚がやけに重かったのだ。しかもやたら跳ねまくってここまで連れてくるだけ一苦労。 窓から放り投げた方がどれだけ楽だっただろうかと思う。 抱き上げるのが難しいと判断し、最終的にはしっぽを掴んで引きずったほどだ。 水を得た魚は、小さなタライの中で気持ちよさそうにすいすいと泳いでいる。 魚の額にルーンが刻まれている。タマゴの時にはなかったが、ちゃんと契約できていたみたいだ。 「コッ、ココココイッココッコココイッコココイッコココッ」 魚が何かを言うが、何を言おうとしているのかはさっぱりわからない。 そうだ、名前を付けてあげよう。 名前………ジョセフィーヌ……フランシーヌ………シャルロット……クリストフ。 どれもぱっとしない。 ふと、背びれに目が行く、王冠のようなその背びれ。 「キング」 「コッ」 「キング」 「コココッ」 呼んだらはねながら返事をした、どうやら気に入ったようだ、いやきっとそうだ、そうに違いない。 「コレからよろしくね。キング」 最後のルイズの言葉にはキングは応えず、狭いタライの中をすーいと泳ぎ回る。 キングの様子を、丁度そこにやってきたメイドに言いつける。 よくはねるから、タライから外に出てたら戻しなさい、と。 なお「蹴っ飛ばしても良い」と付け加えると、メイドは慌てて首を振った。 貴族様の使い魔を蹴るなんてとんでもない、と。 従順なその態度に好感を覚えつつ、食堂へ。 いつものようにキュルケと口論しながら食事を取る。 そういえば、いつもゼロと言ってバカにするのに、今日に限っては「よかったじゃない」と言ってくれた。 すこし嬉しかった。けれどいつものように悪態をつく。 食事を摂ったら土の授業、今日の授業はそれだけでそれ以後は使い魔とコミュニケーションの時間。 でも、ミセス・シュヴルーズが錬金をして見ろと言ったからやった、でも爆発した。 召喚は出来たんだから出来るようになってると思ったのに、魔法は相変わらずみたいだ。 そう言えば、自分の系統はなんなんだろう。 キングは魚だから、水………なのだろうか? しかし得意系統以外の魔法が使えるのは珍しくない。 例えば、土系統のギーシュは風系統のフライを使える。 もしわたしが水系統だったとしても、なんで爆発するんだろう……。 教室の片付けを適当にさらっとこなして使い魔の元へ行く。 寂しがっているだろうから。 別に、わたしが寂しい訳じゃない、あくまで使い魔が寂しがっているといけないから、行くだけだ キングのところへ行くと、案の定タライの外でぴち、ぴち。 ぴち、ぴち、ぴち、ぴち、ぴち、ぴち、ぴち、ぴち、ぴち、ぴち、ぴち、ぴち、ぴち。 ぴち、ぴち、ぴち、ぴち、ぴち、ぴち、ぴち、ぴち、ぴち、ぴち、ぴち、ぴち、ぴち。 あのメイドは……戻しておけと言ったのにほっぽいてどこへ行ったんだ…… と思ったが、その行方はすぐしれた。 広場の真ん中で土下座している、相手は……グラモンのバカか。 「こらはねないの」 キングをタライの中に戻して、メイドのところへ行く。 「ちょっと」 仁王立ちでメイドを見下ろす。 「あ……み、ミス・ヴァリエール……」 「キング見ててって言ったのになにやってんのよ、タライの外に出てたじゃない」 「も、申し訳ありませんっ。ミス・ヴァリエール」 「なるほど。あの赤いマヌケそうな魚は君の使い魔か」 マヌケそうな、と言ったギーシュの言葉にルイズの眉がつり上がる。 「あんたほどじゃないわよ。おおかた二股がばれてそれをメイドに言いがかり付けてるだけでしょ。いい加減そう言うのやめなさいよ、バカに見えるわよ」 「なななななな何をいってるんだっ! 彼女が軽率に香水を拾ってしまったから。その事で罰を与えているだけなんだ。ゼロのルイズは引っ込んでいたまえ!」 「あいにくこっちが先約なのよ、使い魔見ておくように言っておいたのは朝のうちだからね」 ふん、と胸を張ってギーシュを睨み付ける。 「二股してたのは事実でしょ! だったらメイドに言いがかり付けてないで相手の女の子にとっとと謝ってきなさい!」 「ぜ……ゼロのルイズがぼくに意見する気か!」 「もうゼロなんて言わせないわ! わたしは、ちゃんとキングを召喚したもの!」 ギーシュの言葉に、ルイズはキングのいるタライを杖で指した。 「………なにもいないが」 「えっ?」 ギーシュの言葉にルイズは慌てて振り返って確認、そこにはタライしかなかった。 「ウソッ! さっきまでいたのよ、一体何処に」 「はははははは。さすがゼロのルイズ、使い魔にまで逃げらぶべっ!?」 ギーシュの言葉は途中で途切れ、直度ズドンと衝撃音が広場を襲う。 「キング!?」 ルイズがギーシュを見やると、その腹の上でびたんびたんとはねているキングの姿があった。 どうやら、ルイズがいじめられているとでも判断したのだろうか。 タライのところからはねて、頭上からギーシュに突撃したようだ。 キングの体長は1mもないが、重さは10㎏ある。そんな物が激突してはただではすまない。 あっけなくギーシュは意識を手放し、口から泡を吐いてピクピクと痙攣していた。 「……あんた結構凄いのね」 はねるだけで人垣を飛び越え、ピンポイントでギーシュをスナイプしたその底力が、である。 泡を吹いて倒れたギーシュは医務室に運ばれ、目覚めたときには何があったの記憶が曖昧になっていたらしい。 タライを部屋まで運ぶわけにはいかないから、キングは水場で毎日過ごすことになる。 泳ぐのは結構早い、だが魚だから普通の使い魔みたいにあちこち連れ回すわけにはいかないだろう。 「………わたしがいじめられてるって思ったのかしら。使い魔としての心構えはあるみたいね」 主を守る、という使い魔にとっては最重要とされるポイント。 キングはギーシュを倒すことでそれを証明して見せたのだ。 「ご褒美上げる。東方から仕入れたあめ玉なんだけど、成分解析してもよく判らない貴重品なのよ。でもとても美味しいんだって」 そう言ってルイズは大きなあめ玉をキングに食べさせる。 するとキングは嬉しそうにぴちぴちとはねる。 「きゃっ。もうそんなに美味しかったの? じゃぁもう一個あげる」 二個目、包装をほどいてキングの口の中に放り込む。 大喜びするキングに、ルイズは頬を弛ませる。 役立たずでも良い。ただキングがずっと使い魔でいてくれたら。 もっとがんばれる気がした。 気付いたら、あめ玉を軽く10個も上げてしまっていた。 使い魔の触れ合いはとても重要だ。 わたしも、時間があればすぐ水場へと向かってキングと触れ合っている。 その度にあめ玉をせがむキングだが、あんまり上げすぎるのも良くないと思って最近は自制している。 合計で14個目を上げた途端。キングのおねだりが激しくなった。 はねるだけだったキングが、わたしにすり寄ってくるのだ。 最初こそマヌケそうに思えたその表情だったが、こうも懐かれると非常に愛着がわいてくるモノだ。 すり寄ってくることによってわたしの服が濡れるが、それは仕方がないから叱ることはしない。 そもそもキングは魚だ、言って聞くとも思えない。 今日は2個あめ玉を上げた。 月がキレイ。 ところがその時、轟音とともにゴーレムが現れたのだ。 本塔の壁を殴っている。あそこは………宝物庫? そう思い至ったところで、土くれの話を思い出す。 貴族の館に忍び込んで宝を盗み出す薄汚い盗賊。まさかメイジが沢山居る学園を襲うだなんて! 貴族の誇りとして看過は出来ない。即座に杖を振って攻撃する。 けれど外してしまう。それどころか宝物庫の壁が爆発してしまう始末。 あれ、ちょっと……まずい、かな? ゴーレムの肩に立っているローブの人影、きっとアイツが土くれだ。 そいつがゴーレムの腕を伝って宝物庫の中にとびこんだ。 まずい、非常にまずい、目の前で盗賊を逃がしてしまう。 そう思って何度も魔法を放つが、爆発は狙いが定められない。 ゴーレムの表面を襲い、爆発させるが破壊するには至らない。 そもそもゴーレムは土で出来ている、いくら破壊してもすぐに修復してしまう。 「ありがとよ!あんたの爆発でやっとこさ穴が開いたよ」 宝物庫から出てきた土くれがそう叫んできた。女の声、土くれは女だったのか。 「こいつはお礼だよ! 受け取りな!」 そう言って土くれはゴーレムを操作、その脚を持ち上げて……… 眼前に広がるゴーレムの足の裏。右へ逃げるか左へ逃げるか。このままでは潰されてしまう。 ほんの一瞬の逡巡、しかしその一瞬は生死を分ける。 どん、と横からの衝撃にわたしはふっとばされ、ゴーレムの脚がほんの少しマントを掠った。 キングだ。キングがぶつかってわたしを飛ばしてくれたのだ。 そのキングはわたしの隣で今もはねている。 フーケのゴーレムは私達に見向きもせず学院の外へ出ていった。 途中でぐしゃりと崩れ、その後は夜の静寂が広がるだけ。 ミス・ロングビルが手綱を引く馬車に揺られ、フーケが潜むという小屋へと向かう一行。 馬車に乗るのは、ルイズと、キュルケと、タバサ。そして御者を務めるロングビル。四人だけ。 翌朝、宝物庫が破れた事で、その場に居合わせたと言うことでルイズが呼ばれた。 盗まれたのは破壊の小箱と言うらしいが、使い道はよく判っていないらしい。 使い道がわからない秘宝だが、それをおめおめと盗まれてそのままにしておく訳にはいかないらしい。 丁度ロングビルがフーケの居場所を突き止め帰ってきたことで、討伐隊を組むことになった。 しかし教師の誰も杖を揚げない、仕方なくルイズが志願したのだ。 出発するときになってキュルケに見つかり、お節介にも付いていくと言いだした。 すると隣にいたタバサも心配と言いだし、同行することになる。 ロングビルが言うには戦力は多い方が良いでしょう、とのこと。 悔しいけれど言い返せない、キュルケは炎のトライアングル。学園内ではトップクラスの実力者だろう。 タバサは……よく判らない。キュルケと一緒にいることが多いけどその実力は未知数。 でもキュルケが保証するというならば確かな実力だろう。 ロングビルが貴族の身分を追われた事を、キュルケが好奇心で聞こうとするのをルイズが窘めながら、馬車は行く。 おいてきたキングのことがちょっと気がかりだった。 あのメイド、シエスタに任せてきた。 欲しがればあめ玉をあげても良いと言い付けてきた。大人しくしてくれたらいいのだけど………。 ルイズに命じられた使い魔の世話を、シエスタは行う。 とは言っても。タライからでないように注意する程度だが、はねるのに慣れたキングはタライから出ても自分で戻るようになったからそれほど手がかからない。 ただ気になったのが預けられたあめ玉の瓶。 欲しがったらあげても良いと言われたがどれほど上げたらいいのだろう。 キングは瓶のあめ玉を見て催促するようにぱくぱくと口を開閉している。 あまり上げすぎても叱られるかもしれないと、シエスタの心の中は葛藤している。 「一つくらいなら………」 言い聞かせるように呟きながらシエスタは中からあめ玉を取りだし、包装紙を取り除いてキングに食べさせる。 ぱちゃぱちゃとはねながら喜ぶキングに、シエスタも笑みを浮かべた。 「おいしいですか?」 シエスタの言葉に、キングはぱくぱくとしながら次を催促する。 すこし悩んだが、シエスタはもう一つあけて、食べさせる。 再び嬉しそうに飛び跳ねるキング。 余りの喜びように、シエスタの方も嬉しくなってしまうほど。 「それじゃぁ、後一つ……」 同じように包装紙を取り除いて、シエスタはキングにあげた。 すると、さっきまで元気に動き回っていたキングの動きが、止まった。 そう、ピタリと、身動きもせず。身じろぎもせず。 キングの急変にシエスタは恐怖におののいた。 まさか、食べ過ぎて体に異変が!? まさか……死……そんな、使い魔を死なせてしまったとなったら打ち首どころか家族さえも………。 シエスタの目の前が真っ白になる。 パリッ。 「え………」 異音は、目の前のキングから。 シエスタが目を見張ると、キングの体が眩い光に包まれた。 小屋の中から破壊の小箱を奪還し、いざ帰ると言うときになってフーケのゴーレムが襲撃した。 ルイズも、タバサもキュルケも応戦するが、圧倒的な質量を持って襲うゴーレムには有効打を与えられない。 「撤退」 タバサが短くそう言うが、ルイズが反論する。 「待って、ミスロングビルがまだ」 「いいえ、今回の任務は秘宝の奪還が最優先よ。ミス・ロングビルもメイジなんだから無事よ!」 キュルケがそう言ってルイズを諭す。 「イヤよ! ここでロングビルを見捨てるわけにはいかないわ! わたしはフーケを捕まえるの。もう誰にもゼロなんて言わせない。言わせないんだから!」 キュルケの説得は無意味、シルフィードの背中から飛び降りる。 慌ててキュルケがルイズにレビテーションを駆ける。 「全くいじっぱりなんだから……仕方ないわね、付き合ってあげるわよ。タバサ、ゴーレムの周囲を飛んで。牽制するわよ」 「了解」 ルイズがふわりと着地するのを確認して、タバサをシルフィードを駆ける。 タバサの使い魔は風龍、名は風の精霊を戴くシルフィード。 その機動力は他の追従を許さない。 ゴーレムの周囲をくるくると飛び回りながら、二人は魔法を浴びせる。 しかし、その質量の前ではどれほどの効果があるだろうか。 見た限りではさほど有効打を与えてるには見えない。 「ルイズから注意をそらすのよ。こっちはなんとか避けられるけどあの子は無理だから」 「了解」 キュルケの指示にタバサは短く応える。 しかし、ゴーレムは飛び回って撃墜が難しいシルフィードを無視し、ルイズの方へゆっくりと歩み出した。 視界が真っ白になったのは、キングからの光だという事はシエスタは今になって気付く。 そしてその光はキングの体を包み、その輪郭を別な物へと変えていく。 「な、なに……いったい何が………」 「コッココッコッ………ギッ…ギョォ……………」 キングの啼き声が光の中でゆっくりと別のモノへと変わる。 キングの体の光が、ゆっくりと大きく。その輪郭も重厚で無骨な魚の鱗から、柔らかく柔軟性に富んだモノへと変わる。 そして大きくなった光はゆったりとした動作で宙へ。 変わる。 それは新たな存在の証明。青く輝くその鱗は東方に伝わる竜の証。 だれも見たことない、サファイアの如く美しき鱗をもつ凶竜。 その赤く輝く瞳はルビーのような鮮やかさ。 目の前で起こったキングの豹変にシエスタは腰を抜かしてへたり込みながら、その優美さに目を奪われている。 (なんて………綺麗) 「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOONNNNNNN」 キングだったモノの咆吼に、シエスタは思わず身をすくませて耳を塞ぐ。 誰が想像できるだろうか。 かの世界において。その存在が暴れたとき、巨大な都市を壊滅に追いやることすらあると言うことなど。 キングはきょろきょろと首を動かし、何かを探すような仕草をする。 翼は持たぬが、それは紛れもない竜。 ある方角へ、ピタリと視線を向けたかと思うと、キングはその巨体を波打たせ高速で飛び去った。 「えいっ、えいっ、えいっ」 破壊の小箱を掲げたり振ったりするが、何も起こらない。 「何よコレ! どうやって使うのよ!」 「ルイズ! 使い方がわからないって学園長も言っていたじゃない! 振ったり掲げたりするだけで使えるわけないでしょ! 良いから逃げるわよ!」 「イヤッ!わたしは逃げないわ! 貴族とは魔法を使うモノの事じゃないわ! 敵に背を向けないモノのことを言うのよ!」 「あぁもうっ、意地を張るのも大概にしなさい! 死んじゃったら意味無いでしょうがっ!」 シルフィードが低空飛行で、キュルケがルイズの腕を掴んで引っ張り上げる。 「勝てないと悟ったら撤退するのも作戦のうちなのよ! うだうだ意地張ってんじゃないわよ。あんたに死なれたって目覚めが悪いのよこっちも」 ルイズを引っ張り上げて、シルフィードはゴーレムの腕の届かない高度に達する。 「帰るわよ! 名のある貴族だって捕らえられなかったフーケをあたし達で捕らえられるわけないじゃない。生きて戻るだけでも御の字よ」 「でも………」 ルイズが反論しようとした途端。衝撃が襲う。 「きゃぁっ」 一瞬ふわりと浮遊感がしたと思ったら、体が重力にひっぱられて落ちていくのがわかった。 「くっ、なっ……!?」 とっさにキュルケとタバサがレビテーションを唱える。 ゆっくりと地面に降り立ったとき、何が起こったのか全てを把握した。 シルフィードの体に石の礫が多数突き刺さっていたからだ。 「大丈夫?」 「大丈夫、でも飛ぶのは無理」 キュルケの言葉にタバサが応えた。 そしてゆっくりと近づいてくるゴーレム。 ゴーレムが腕から石の礫を飛ばしたのだろう。 これほど巨大なゴーレムを作れるとなると、おそらくトライアングルクラス。 石の弾丸を放つ事など簡単にやってのけるだろう。 相手がゴーレムだからと言って油断した、腕の届かない高所にいれば大丈夫だと見誤ってっていた。 操っているのはメイジなのだ。 「やるしか………無いって訳ね」 覚悟を決めたのだろう。三者三様に杖を掲げ、ゴーレムを向かい打つ。 そして呪文を唱えようとした、その時だ。青い影が頭上を飛び越え、ゴーレムに突撃したのは。 その衝撃音はルイズの爆発を遥かに凌ぐ。 青い鱗が太陽の光を反射させて宝石のような美しさを魅せる。 その巨体をゴーレムに巻き付けて動きを封じている。 「なに………あれ」 キュルケのその言葉は三人の意見を統一して代弁するモノだった。 「GYAOOOOOOOOOnN」 見たこともない生物、ハルケギニアにあんな生き物がいたなんて、ルイズも知らない。 魔法が使えない故、せめて勉強だけは人一倍にしてきたルイズですら、だ。 その姿を表現するならば、青き空を飛ぶ大蛇。 ゴーレムが巻きつきを解こうと暴れるが、関節を極めるように巻き付かれていて上手くいかない。 しかし、所詮はゴーレム、土によって作られたモノでしかない。 フーケが何処からか見ているのだろう。いったんゴーレムが崩れ落ちてまた新たなゴーレムが現れる。 しかし、ゴーレムはそれを警戒するようにして動かない。 「助けてくれた………みたいね……でもなんで」 キュルケが、ルイズとタバサに視線を向けるが、二人ともふるふると首を振った。 「知らない」 「わたしも知らない。あんなの……見たこともない」 いや、とある文献で読んだことはあった。 体長10mほど、翼が無くとも空を飛ぶ。雨を呼び嵐を呼び雷を起こす伝説の存在、竜。 ルイズが思い出しながらそう言うとキュルケが驚きながら言う 「翼がないのに空をぉ!? そんなわけ………」 そこまで言ったところでキュルケは口を噤んだ。今目の当たりにしている現実を否定するほどバカじゃない。 確かに目の前の大蛇に翼がない、翼に相当するだろう場所が見あたらないのだ。 「ドラゴンとは違うの?」 「違うみたい。詳しくはわからないけど……」 その時、ルイズは大蛇と目があったのがわかった。 大きく開かれた口からはするどい牙が輝くのが見えた。 しかしそんな凶悪な顔をしているにも関わらず、その瞳はとても穏やかでルビーのような煌めきを湛えている。 なぜか、脳裏にキングの顔が浮かんだ。 「まさか………」 キングのあののんびりとした顔とは似ても似付かないはずのその表情だったが、ルイズは自分を見るその暖かな視線にキングを思い浮かべずにいられなかった。 「キング………キングなの…………? まさか………嘘でしょ」 否定か肯定か、青い竜は天に向かって高らかに吠えた。 「キングぅっ!? キングってあんたの……うっそ、赤い魚だったじゃない!」 「わかんないっ、わかんないわよぉ、わたしだって何が何だか………でも何となくだけどキングと同じような気がしたんだもん」 「あれ」 キュルケの大声にルイズが狼狽する。 しかし冷静に観察していたタバサが、竜の額を指差した。 燦然と煌めく額のルーン。 それは紛れもなく、ルイズの呼び出した赤き魚に刻まれていたルーン。 「ホント……に。キングなんだ……」 「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAANNNNNN」 突然現れた竜にとてつもなく驚いたが、それがキングであるとわかっているのなら怖がる理由など有るはずがない。 そう、キングは、自分の使い魔なのだから。 「キングッ!」 止めようとするキュルケを振り切ってルイズがキングに駆け寄る。 するとキングはゴーレムと相対するのをやめてルイズにすり寄った。 ただ、6mを超える巨体が近づいてくるという、圧迫感は消しようがなかった。 ルイズの目の前で止まり、キングはその紅い瞳を細めた。 心なしか、ルイズにはキングが笑っているように見えた。 「キング………貴方ずいぶん大きくなって………」 額の三つに分かれた冠に刻まれたルーンを、ルイズが優しく撫でる。 その時だった。 未だにその手に持っていた破壊の小箱を、キングがじいっと見つめているのに気付いた。 「これ? 使い方がわからなくて……」 ぐるん、と胴体をねじらせて、尾びれの先で小箱の横に着いている凹みをキングはつつく。 突然ピンポンと、小箱から音がしてぱかっと開く。ルイズは驚いて目を丸くした。 「キング使い方わかるの?」 ルイズの言葉にキングは行動で示す。 キングの背びれに小箱を置くと、キングは体をねじってそのするどい牙で銜える。 間違って噛み砕いたりしないように、細心の注意を払っているのがわかった。 「わざマシンを起動します………中には『はかいこうせん』が記録されています。『はかいこうせん』をポケモンに覚えさせます。よろしければもう一度ボタンを押してください。キャンセルする場合はリセットボタンを押してください」 キングは、その牙を軽く押し込んだ。 土くれのフーケは、その光景をしっかりと見ていた。 「なるほどねぇ……ああして使うのかい。他の物も同じかねぇ」 そう呟きながら、傍らにあった小箱のボタンを押す。 すると、同じようにピンポンと音がしてメッセージが流れた。 予想通りな小箱の反応にフーケはニヤリとほくそ笑んだ。 「コレで奴らは用済みっと。あの大蛇が使えたって言うのは驚きだったけど。どうでも良いか、始末させてもらうよ」 杖を振ってゴーレムを動かし、キングとルイズへと襲いかかる。 ゆっくりとキングが振り返る。 そして巨大な牙が光る口を、これでもかと開いた。 そこへ光が集まり、巨大な球状を形成する。 その場にいる誰もが目を見張った。 キングはいったい何をしようとしているのか。 あの光の玉はいったい何なのか。 それが何なのかと言うことは。その三秒後。 人間で言えば腹部に位置する部分が吹き飛ばされた事実がまざまざと教えてくれた。 キングの口から放たれた光線。それはゴーレムの胴を吹き飛ばしながらもなお留まらず。森の木々と地面を削り飛ばした。 後には、轍のような一本線が森林のど真ん中に残るだけ。 胴が無くなったゴーレムは、上半身を支えきれずにぐしゃりと崩れ落ち、土と混ざって跡形もなくなった。 へなへなとへたり込んだルイズに、キュルケが歓びのあまり抱きついた。 キングの顔が怖かったからである。 「やったじゃないルイズッ、ゴーレムをやっつけたのよ! どうしたのよあんたの使い魔がやっつけたのよ? もっと喜びなさいよ」 「あ……はは……ちょっと気が抜けちゃって……」 ゴーレムの胴を吹き飛ばし、更に森林破壊まで簡単にやってのけたキングの「はかいこうせん」の威力に力が抜けてしまったのだ。 「もうなにやってんのよ、ほら」 キュルケがルイズに手を伸ばすと、ルイズはその手取ろうか取るまいかすこし悩んだが、結局掴んで立ち上がった。 攻撃を済ませたキングが戻ってきて、ルイズに頬ずりする。 顔は厳つくなったが、それでもキングはルイズをしたっている。 ルイズはそれがとても嬉しくて、とても愛おしくなった。 「それにしても。その………キング。一体何者なの? ゴーレムを吹き飛ばす魔法なんて…… キュルケのその言葉に、ルイズはたぶん違うと思っていた。 破壊の小箱からアナウンスされた意味のわからない単語。ただ『ポケモン』と言う単語だけ聞き取ることが出来た。 きっとあの小箱は特定の生き物に有効なアイテムなのだろう。 そしてそれを使えたキングは、『ポケモン』に分類される生き物。 おそらく、このハルケギニアとは違う文化圏に存在する生き物なのだろうと、何となく思っていた。 ただ、あんな小さな小箱を使うだけで、あれ程の力を発揮できるようになるなんて……… まさしく「はかいこうせん」だ。 「タバサ、シルフィードは」 「休ませてる」 「そう……」 キュルケの問いにタバサは短く答える。 「ロングビルは無事だと良いけど……」 その時だ、草木の影がガサリと音を立て、ロングビルが姿を見せたのは。 「ミス・ロングビル! 無事だったのね。フーケは何処からゴーレムを操って………」 ルイズがそこまで言ったところでその手に破壊の小箱が握られているのを気付いた。 「ミス・ロングビル……それ」 「ご苦労様」 「え………どういう」 「さっきのゴーレムを操っていたのはわたし」 ロングビルからの告白に場が凍り付く。 ロングビルが眼鏡を外すと、柔和だった目がつり上がって猛禽類のような目つきに変化する。 「そう、わたしが『土くれ』のフーケさ。しかしとんでもない威力ね。破壊の小箱。わたしのゴーレムが一撃じゃない……動くんじゃないよ!」 杖を構える三人を、フーケはその手の小箱を見せつけて制する。 「破壊の小箱は複数あったのさ。わかったなら全員杖を遠くへ投げなさい」 三人は言われるがままに杖を放り投げる、コレで三人とも魔法を唱えることが出来ない。 「実はね、盗み出したは良いけれど使い方がわからなかったのよ。討伐に来る奴に使わせて、知ろうと思ったのよ」 「わたし達の誰も知らなかったらどうするつもりだったの?」 「その時はゴーレムで全員踏みつぶして新しい人が来るのを待つだけよ。まぁその手間は省けたわね。こうして使い方もわかったんだし」 そう言ってフーケは小箱を起動する。 しかしフーケは気付いていなかった。 その小箱は人間に使えないことを。 その手に持っている小箱にヒビが入っていることを。 ヒビが入っている故、不良品故に人間に使えてしまうと言うことを。 そして、形は同じでもそれは破壊の小箱とは全く違う事を。 アナウンスの言葉の意味をわからなかった、それがフーケの敗因だった。 「わざマシンを起動します……ザザッは『ねザザザッ』が記録ザザッています。『ザッむる』をザザッモンに覚えさせザザッ。よろし……」 メッセージを最後まで聞かないでフーケはボタンを押した。 その直後フーケは糸が切れたように崩れ落ちた。 突然眠ってしまったフーケを縄でぐるぐる巻きにして、今三人はキングの背に乗っている。 全身に傷を負ったシルフィードはキングが口にくわえて輸送している。 相当嫌そうだったが、タバサが説得して渋々と納得した様子だった。 未だにシルフィードはきゅいきゅいと鳴いている、どうやらキングに必死で何かを伝えているようだ。 おおかた「食べないで」とか「噛まないで」と言った類だろう。 たまにキングがべろんと舐めているようだ。「きゅいいいいいーーー」と悲鳴が上がる。 「ねぇ、ルイズ。あんたどう思う?」 「どうって、なにが?」 「このキングと……後あの破壊の小箱の事もよ。なんでロングビル……フーケは急に眠ったのかしら」 キングは強力な光線魔法を放ったのに、とキュルケは続ける。 そんな事言われてもルイズに詳しいことは判らないのだから答えようがない。 「フーケを引き渡すときにオールド・オスマンに聞いてみるわよ。何か判るかもしれないし」 「私も気になる」 タバサが会話に乱入してきた。 タバサが言うには、あれだけの破壊力を持つ魔法は四大系統にも存在しないとのこと。 その事はルイズの方が良く知っていた。 風、水、火、土の四つの系統。 その中で最も破壊力のあるとされる火のスクウェアクラスでも30mもあるゴーレムの吹き飛ばすことは出来ないだろう。 「竜………か。これって、大当たりなのかしらね」 ルイズのそんな言葉にキュルケがツバを飛ばしながら、 「大当たりに決まってるでしょ! あんな魔法、使い魔どころか、どんなメイジだって出せないわよ」 と言った。 フリッグの舞踏会は通常通り執り行う事になった。 着飾ったルイズが会場に入った途端、ざわめきが覆い尽くす。 しかし、ルイズは男性からのダンスの誘いを全て断り、一直線にベランダへと向かった。 「キング」 そう短く呼ぶと、頭上から凶悪な顔が姿を見せた。 「あ……あの、ミス・ヴァリエール………」 「ん?」 突然後ろから声をかけられてルイズは振り返る。 「あの、その……あめ玉をあげて良いと言われたので、三つほど挙げたのですが、そしたら……」 シエスタはぽつりぽつりと告白する。 「あぁ、その事。いいのよ。キングには助けてもらったし、あげても良いって言ったのは私だし、律儀ねあなた」 恐縮するシエスタの仕草に、ルイズは思わず笑みを浮かべた。 ベランダから顔を覗かせるキングを、ルイズは撫でる。 「確かに驚いたけど………この子はキングよ、他のなんでもないわ……私を助けてくれた。私の可愛い使い魔」 そこで、ルイズは悪魔的な笑みを浮かべてシエスタをみやる 「ただ………そうね、可愛かったキングをこんなに怖い顔にした罰は与えようかしら」 「な、何なりと。申しつけ下さい。如何なる罰でも」 「本当に?」 ルイズのその言葉にシエスタは思いっ切り頭を垂れてふるふると震える。 そんなシエスタに背を向けて、ルイズはドレスのままベランダの手すらに手をかけて上る。 ルイズの意図をいち早く察したキングは、そのしっぽをルイズの前に差し出した。 ドレスのため動きにくそうにするが、なんとかしっぽに飛び移ると。それを補うようにキングはしっぽを頭の位置へと運ぶ。 ルイズは、キングの頭に飛び移り、額の冠にしがみついた。 「ほら、シエスタ。貴方も来なさい」 「え……」 ルイズの意図を把握したキングは、もう一度手すりにしっぽを向ける。 「着飾った途端にしっぽを振ってくるような安い人には興味は無いわ。一緒に月夜の浪漫飛行と行きましょう。命令よ」 命令、と言う言葉にシエスタはビクリと肩をすくませたが、やがておずおずと手すりに手をかけて昇り、そのしっぽへと飛び移る。 キングは同じように頭の上へと移す。 ルイズがシエスタへと手を差しのばす。 汚れのない真っ白なグローブがシエスタの目に映った。 おずおずと伸ばされたシエスタの手を、ルイズの方からも手を伸ばしがっしりと掴んだ。 そして、シエスタもキングの頭へと飛び移る。 「さ、キング、高く高く飛びなさい! 息苦しい地表から離れた、空と月しかない場所へ!」 ルイズの命令に、キングは嬉しそうに叫んだ。 その咆吼で会場の窓硝子に一斉にヒビが入る。 しかし後に残ったモノは、ドップラー効果で遠ざかる、対照的な少女の悲鳴と歓喜の声だった。 コレは、とある少女と、蒼き竜の物語。 役立たずと蔑まれ、誰からもバカにされた、少女と竜の物語。 雨を呼び。津波を起こし。雷を呼び。吹雪を起こし。大地を揺らし。炎を吐いた破壊の竜の物語。 誰が想像しうるだろうか。役立たずと言われた彼女らが、一万年の後にすら伝説として語り継がれることになるなど。 前ページ次ページゼロの登竜門
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前ページGIFT ニューカッスルの城が崩れ落ち、飢えた傭兵が焼け残った宝をあさっている頃。 ルイズはサウスゴータの森の中を歩いていた 少し前までは、森の木々をスイングして移動していたのだ。 戦乱渦巻く中を走り抜けるのは、思ったよりも案外に簡単だった。 戦地や敵のいる場所をよけて移動すれば良いだけのことだからだ。 危険を察知する能力を使い魔と共有するルイズは、レコン・キスタの目をかいくぐり、陰から陰へと風のように移動した。 一日程度で、これほど早く移動できるのか。 ルイズは、その力と速さに陶酔した。 もっと早く、もっと高く!! 気がついた時は、ニューカッスルをずっと離れた、森の中にいたのである。 デルフリンガーを抜くことなどほとんどなかったので、大して血を見ることもなかった。 それでも中には、不幸にも彼女を見つけてしまい、そのたった一つきりの人生に終焉を打つことになった者もいたが。 さあて、これからどうしたものかしら。 歩きながら、ルイズは考える。 一人だけなら逃げ回る必要はないが、今は生憎と連れがいる。 別に死んで困るわけではないが、彼を放り出して逃げたのでは、あまり意味がなかった。 今までの行動が無駄になってしまうのは、癪だ。 考えているうちに、見えない黒い糸に何かが引っかかった。 面白い。 何かがありそうな気がする。 そんな予感に動かされて、ルイズはブラック・ウェブを樹木へと飛ばした。 間もなく、ルイズは人の話し声を聞きつけた。 聞くまでもなく、彼女のスパイダー・センスは誰かの存在をキャッチしていたのだが。 高い木の上から、ルイズはそれを聞いた。 神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる。 神の右手がヴィンダールヴ。心優しき神の笛。あらゆる獣を操りて、導きし我を運ぶは地海空。 神の頭脳はミョズニトニルン。知恵のかたまり神の本。あらゆる知識を溜め込みて、導きし我に助言を呈す。 そして最後にもう一人……。 記すことさえはばかれる……。 四人の僕を従えて、我はこの地にやってきた……。 それは、歌だ。 何人もの子供が、そろって歌を歌っている。 ちっぽけな村だった。 いや、村というよりも集落だし、その雰囲気はまるで、 「……孤児院かしらね?」 見たことはないけど、とルイズはつぶやいた。 「そんな感じだなぁ、しかしこんな森の中にガキばかりとはね」 背中でデルフリンガーが不思議そうな声で言った。 人間であれば、きっと首をかしげてみせていることだろう。 「うう……っ」 抱えていた革袋から、苦しそうな声が漏れたのはその時だった。 「ああ、そろそろ休ませてあげないと可哀想かな?」 ルイズはくすくすと笑い、ウェブを伝って村の入り口あたりへと着地した。 村へ入っていくと、子供たちは目ざとくルイズを見つける。 「ねえ、君たち?」 できるだけ穏やかに、ルイズは子供たちに話しかけた。 しかしルイズの姿を見た子供たちは、明らかに警戒の色を浮かべている。 「だれ?」 「へいたい?」 「まっくろ……」 まあ、無理もないか。こうして姿を見せたのは、軽はずみだったかな? ルイズがちょっと反省しながら頭を掻いていると、 「みんな、どうかしたの?」 若い女の声がした。 とそこに目を向けると、声の通り、若い娘が立っていた。 子供らと同じく、警戒した顔つきでルイズを見ている。 長い、さらさらとした黄金の髪の毛。透き通るような肌。気品にあふれた美貌。 その美しさに、ルイズはどことなく、ウェールズを連想した。 だが、それ以上に注目すべき特徴を少女は有していた。 それも、二つ。 一つは人間と形状の異なる、長い耳。 一つはその細身の体には似つかわしくない、二つの双丘。 下品極まりない表現を許すのなら、爆乳である。 「…………」 ルイズは一瞬ぽかんとその少女に魅入っていたが、すっと背中のデルフリンガーに手をやった。 短い悲鳴が子供たちの間から上がった。 しかし、ルイズのとった行動は、彼らの予測していたものではなかった。 ガシャン、とデルフリンガーは地面に放り出される。 ついでに、ワルドを刺殺したナイフも、杖も、みんな放り捨てた。 それからニューカッスルからずっとかついできた、袋も。 金髪の少女は、ルイズの行動を驚いた様子で見ている。 予想外の行動に、混乱しているのか。 ルイズはその少女を見ながら、両手を挙げてみせる。 何もしない、降参だ。 無言でそう言っているのである。 それでも少女が何も言わないので、 「この通り抵抗も何もしないんで……助けてくれるとありがたいんだけど?」 そう言ってやると、少女はようやく、こくんとうなずいた。 その仕草を可愛らしい。 ある意味暴力的ともいえるそのバストも合わさって、男ならむしゃぶりつきたくなるだろう。 その考えに及んで、ある閃きがルイズの中から飛び出した。 ふむ。これは、いいかもしれないな。 何かに使えるかもしれないと思って持ち出した冠やドレス、早速役に立つかもしれないわ。 「あなた、兵隊……なの?」 恐る恐る尋ねる少女に、ルイズは黙って首を振った。 危険はないと判断したのか、子供らはルイズの捨てたナイフやデルフリンガーにわらわらと寄ってくる。 しかし、もっとも興味を示したのは大きな革の袋だ。 最初はそろそろと、しかしルイズが何も言わないので、勝手に袋を開けようとする者もいた。 ルイズが何も言わないので、そのまま開けてしまう。 「あ、こら、ジム! やめなさいっ!」 あわてて少女が叱責を飛ばすが、新たな悲鳴にそれはかき消される。 袋の中身は、人間だったからだ。 そのあわてぶりから、死体だと思ったのかもしれない。 「ああ、そうだった。こいつの面倒もできればお願いしたいんだけど」 ルイズは、死体じゃないよ? 死体になりたがってるけど、と顔を青くする少女に笑いかけた。 「……こ、ここじゃ何だから、こっちに運んで」 案外慣れているのだろうか、少女は驚いたもののあまりあわてる様子も見せずに、ルイズに言った。 「特に怪我してるってわけじゃないから、大層なことはしなくていいと思うけど」 言われるまま、ルイズはウェールズを担ぎ上げて、少女に従った。 「おいおい! 相棒、俺を放り捨てていくのかよーーー!?」 デルフリンガーが非難の声をあげた。 「うわ、なんだ!! これ!!」 「剣がしゃべったーーー!!」 途端に子供たちが騒ぎ始める。 「すぐに戻る」 ルイズはちょっとだけデルフリンガーを振り返ってから、また歩き出す。 「あ、あの、あれって?」 少女が尋ねてきた。 「インテリジェンス・ソード。しゃべるだけで、特に害はないから」 「そ、そうなんだ…………」 「で、どこに運べばいいの?」 「あ、こっち……」 言われるまま、ルイズは少女の後ろに続く。 粗末な家の中の、粗末なベッドへとウェールズを寝かせると、 「ありがとう。助かった」 ルイズは、少女に礼を述べた。 「う、ううん……」 「こいつは、ほっとけばそのうちに気がつくから大丈夫」 ウェールズを見下ろしながら、ルイズは薄く笑った。 「あの、あなたは私が怖くないの?」 少女は、ルイズにそう言ってくる。 「どうしてそんなこと聞くわけ?」 「だって、私……」 少女がうつむいて、その長い耳をピョコピョコさせた。 「エルフだから……」 「恐ろしい先住の魔法が使える。人間を敵だと思っている。人間の子供を食べる。邪教徒」 ルイズはハルケギニアにおける、『一般的』なエルフのイメージを、思いつくままに言ってみせる。 「で、どれか一つでも該当するの?」 そう尋ねると、少女はぷるぷると首を振った。 胸は牛みたいだが、その仕草は子犬みたいだった。 「先住の……精霊の魔法は、使えないの……」 「ふーん。なら、いいんじゃない?」 実際、このエルフを見た時ルイズはかなり驚いたのだ。 ハルケギニアの人間にとって、エルフは悪魔と同義語でさえある。 特に乱れることなく平静を保てたのは、少女から何の敵意も悪意も感じられなかったためだ。 メイジが魔法を使おうとする感覚。 兵士が武器を構えようとする感覚。 そういったものが、なんら伝わってこなかった。 ブラック・コスチュームも警戒信号を送らない。 だから、武器を捨てるという思い切った行動に出たのだ。 もっとも武器を捨てたからといってそう困るわけでもなかったが。 ルイズにとって最大の武器とは、心身一体となっている使い魔なのだから。 「あの、あなたたちはどうして、ここに?」 「ニューカッスルから逃げてきた、いわば、敗残兵かな?」 ルイズは、私は違うけどね、と心の中で付け加える。 「そう」 少女は何かあるのか、かすかにうなずいただけだった。 「…………」 「…………」 しばらくお互いに無言だった。 「あの、私はティファニアって言うの。あなたは?」 「ルイ――」 少女の邪気のない雰囲気のせいだろうか、ルイズは思わず本名を出しかけてしまう。 「ルイ――?」 「ただの、ルイ。で、こっちは……」 ルイズは誤魔化すように、いまだ目覚めないウェールズに視線をやる。 「レイナール・マリコルヌ・ド・グランドプレ。気軽にレイと呼んであげていいから」 本人が気絶しているのをいいことに、勝手なことを言っていた。 「そうなんだ」 少し、ティファニアは笑った。 「あの、お腹すいてない?」 そう尋ねられて、ルイズは自分の体調をかんがみる。 言われて見れば、ニューカッスルからここまで、ほとんど飲まず食わずで移動してきた。 「すいてる……」 素直にそう返事をすると、ティファニアはまた笑った。 花の妖精みたいだな、そうルイズは素直に感心した。 その頃、 「おーい、相棒!! いつまでほっとくんだよーー!!」 わずかな時間で、完全に子供たちのオモチャと化していたデルフリンガーは悲鳴を上げていた。 かすかに食欲をそそる香気を受けて、ウェールズ・デューダーは目を覚ます。 目を開いた時、自分はまだ夢の中にいるのではないかと考えた。 何故なら、いくつもの小さな目が自分を見下ろしていたから。 見も知らぬ大勢の子供たちが、興味津々といった顔で自分を見ている。 まるで、小人か妖精の群れだな、とウェールズは思った。 この現状は一体何だろう? そうだ、戦況は一体どうなった!? ここはニューカッスルの城、ではなそうだが……。 いくつもの思考が入り乱れる中、 「テファお姉ちゃん、この人目を覚ましたよーー!!」 一人の女の子が、外へと走っていく。 他の子供は物珍しそうに、ウェールズを見つめている。 何だかくすぐったいような、おかしな気分だった。 「本当?」 鈴を転がすような綺麗な声がして、声に似つかわしい可憐な少女が顔を見せた。 仕草も、細い体も、神話の妖精みたいだ。 まったく可憐そのものといってもいい。 ただし、その胸は可憐という言葉からは程遠かったが……。 ウェールズは一瞬戦争のことも、アンリエッタのことも、国のことも忘れて、その胸、ではなく、少女に見入っていた。 少女はウェールズの視線を受けると、恥ずかしそうに顔を伏せた。 その仕草も、たまらぬものがあった。 しかし、この少女は何か変だ。 胸がではなくって、どこかが普通とは違っている。 普通うんぬんでいうのなら、その美の女神の神秘が働いているような美貌そのものが普通ではないのだが。 耳だ。 ウェールズは気づいてしまう。 その少女の耳が、ハルケギニアに住む民なら、誰でもわかる、ある種族の特徴と一致することに。 「エルフ……?」 思わず、ウェールズが言う。 それを聞いてしまったのだろう、少女はあわてたように両手で耳を隠した。 「レイが気づいたって本当?」 と、聞いたことのある声が、聞こえた。 誰の声であったのかと考えてうち、その相手はエルフの後ろから顔を見せた。 ピンクがかった金髪をした、目も醒めるような『美少年』だった。 「お前は……!」 その顔を見た時、ウェールズは叫ぼうとした。 しかし、その口に何かがぐいと押し込まれた。 噛んでみると、美味い。 つい、そのまま数度咀嚼して、飲み込んでしまった。 押し込まれたのは、ちぎったパンの一部であったのだ。 「少し落ち着けよ、レイ、レイナール・マリコルヌ・ド・グランドプレ」 ゆっくりと言いながら、ピンクブロンドはそっとウェールズに耳元を囁いた。 「……ここで、我こそはウェールズ・デューダーとでも名乗るおつもり? 余計な騒ぎを起こすだけだと思うけど」 「……ぐ!」 ウェールズは殴りかかりたい衝動を抑えて、 「ここは、どこだ……?」 「サウスゴータの森の中、だそうです。もっとも、アルビオンの地理はあんたのほうが詳しいでしょう? こっちは、よそ者ですからね」 と、ルイズ・フランソワーズは笑った。 「さ、サウスゴータ?」 予想もしない地名に、ウェールズは空いた口がふさがらなかった。 「……そうだ、ニューカッスルは!? 王党軍は!?」 ウェールズは目を血走らせ、ルイズに怒鳴る。 「今頃はみんな瓦礫の下じゃない? 避難民はうまく逃げたかもしれないけど」 どうでもいいことのようにルイズは語る。 「どっちにしても、戦争は終わりでしょ? 王党派の全滅でね」 「そんな……! じゃあ、じゃあ…………」 ウェールズはうめき声をあげた。 その悲痛な声に、エルフの少女はそっと自分の胸を押さえる。 「私は、一体何で…………!!」 そんなウェールズの嘲笑うように、ルイズは手にしたパンをもしゃもしゃと食べている。 「何故私を殺さなかった?」 うつむいたまま、ウェールズはルイズに言った。 「どうしてそんなことをしなくちゃいけないんです? 別にあんたの敵じゃないのに」 あんたの可愛い従妹は嫌いになったけどね、とルイズはすまし顔だ。 「ふざけるな!!!」 今にもつかみかからんとする勢いで、ウェールズは体にかかっていた毛布を跳ね除けた。 その激昂ぶりに、子供たちは驚いて部屋から逃げ出してしまう。 「私は、死ななくてはいけなかった!! 戦って、散らなくてはいけなかったんだ!! そうしなければ、ならなかったんだ!!」 「ははっ、またそれ? この死にたがり」 ルイズは唇を蠢かし、叫ぶウェールズを嘲った。 「だったらレコン・キスタにでも投降なさいます? そしたら綺麗に首をはねてくれるかもですね」 「そんなことが……できるものか!!」 「だったらどうするなさるの? これから敵の本陣にでも突っ込む? そうしたら、派手に死ねるかも。派手なだけで無意味だけど」 「もういい……」 ウェールズは顔を背け、ベッドから降りた。 「例え遅れても、一人でも、私は戦う。戦って」 「死ぬの?」 「ああ、そうだ」 ルイズが冷笑し、ウェールズが応える。 「待って!!」 ウェールズの前を、まるで死に向かう騎士を呼び止める女神のように、黄金の影が遮った。 ティファニアだった。 「何があったのか、私にはわからない。でも、死ぬなんて……。そんなことはやめてッ!!」 悲壮な声で叫ぶ麗しき乙女を前にして、ウェールズはさすがに動揺の色を隠せなかった。 だが、すぐに首を振り、仮面じみた笑顔でティファニアの横を通る。 「別に、自殺をするわけじゃないさ。ただ、最後の意地と責任を果たすだけだ。内憂を払えなかった、無能な者として」 「結果的には、同じじゃない!?」 「そう見えるかもしれない。だけど、私はいかねばならないんだ。君が誰かは知らないが、これは…………」 「馬鹿!!!」 いきなり、ティファニアは可憐な容姿に似合わない大声をあげた。 それだけではない、ウェールズの頬を平手打ちしたのだ。 ひゅー♪と、ルイズの唇から歓声があがる。 「どうして、どうして命を大切にしないの? 一度失くしてしまったら、もう戻らないのよ? 大事な人とも、二度と会えなくなるのよ?」 「…………私は」 叩かれた頬を押さえもせず、ウェールズはその場に立ったままだ。 ティファニアの一喝と一撃で、興奮がすっかり吹き飛んでしまったらしい。 何だか、母親に叱られている男の子のように見える。 こうしてみると、二人はどこか似ていなくもない。 髪の色が同じせいなのか。 「死ぬのはいつでもできるんじゃあないの」 ルイズはパンを全て食べてしまうと、ぽんと気安くウェールズの肩を叩く。 「その前に、あんたを介抱してくれた、このお優しいかたに恩を返してからでも、遅くはないと思うけれど」 「…………」 ウェールズはうつむき、黙り込んでいる。 おそらく、迷っているのだろう。 あるいは現状をうまく整理できないで、軽く錯乱しているのかもしれない。 いずれにしても、まず自殺の心配がなくなれば、ルイズとしては御の字だった。 うまくすれば、この森の妖精が、王子の頭に住みついた死神を追い払ってくれるかもしれない。 慎ましやかな夕食が、にぎやかな声の下で行われる。 子供は天使だ、なんて言ったのはどこの馬鹿だろうか、とルイズは思う。 こうして小さな子供と接した経験などなかったけれど、実体験を経て言えることは一つ。 ガキってのはまるで怪獣だ。 このちっぽけで華奢な体のどこに、こんなエネルギーが詰まっているんだ? 初めは警戒していたが、今はみんなウェールズの周辺をうろついている。 特に、エマとかいう女の子は熱心な視線で金髪の美青年を見つめていた。 小さくっても、女は女か。 ルイズはそれを横から観察する。 雰囲気を怖がってか、子供たちはあまりルイズには近寄らない。 代わりに、剣のデルフリンガーが人気者のようだが、本人は大いに迷惑している。 こいつは戦うための武器であり、子供の玩具ではないのだから無理もないが。 一段落してから、ルイズはそっと席を立った。 外に出てみると、夜空がやけに綺麗だ。 学院を出てから、アルビオンに渡り、今はこうして森の中。 考えてみればずいぶんと遠くに来たものだ。 「ここの晩御飯は、いつもあんなににぎやかなわけ?」 星を見上げたまま、ルイズは言った。 後ろからティファニアが近づくのを感知していたからだ。 「え、ええ……」 ティファニアは驚いたが、すぐに笑顔を浮かべる。 「今日は特別。みんなお客さんが珍しいみたい」 「ふーん」 気のない返事をして、ルイズは星を見続ける。 「あの……」 「なにか?」 「いえ、ごめんなさい。私、同じくらい年の子と話したことって、ないから」 「へー、友達いなかったんだ」 「う、うん」 「別に。こっちだって、似たようなものだから」 ルイズは学院を思い出してそう言った。 そうだ。ゼロのルイズである自分には、仲良く接することの出来る相手なんかいなかった。 今思い返してみれば、理由の半分は自分の態度にあったのだとも思える。 だからといって、どうということもない。 特に友人など、欲しくはないからだ。 まして、あの学院の連中など、こちらからごめんこうむりたい。 「あの……何も聞かないの?」 もじもじと、ティファニアが言う。 「なにを?」 「その、私のこととか……」 「なんで?」 「なんでって……私は、エルフだし……」 「エルフだろうが、悪魔だろうが、敵対する気がないなら別にどうってことない」 ルイズは淡々とそう応えた。 「そ、そうなんだ」 ほっと、ティファニアが笑みを浮かべるが、 「こっちに何かするつもりなら、とっくの昔に殺してる」 冷たい声に、息を飲んだ。 「それが一番安全だし? 根が臆病だから」 ルイズの声に、ティファニアは緊張したまま目を泳がせた。 「あなたは、人を殺したの……?」 「あなたは今まで食べたパンの数を覚えてるの?」 脅えるティファニアに、ルイズはさめた声で答えた。 それから、ルイズはようやくティファニアを振り向いた。 「あの死にたがり――レイナールを見張ってくれない?」 「え、どうして……」 「ほっとくと、また死にたがって、敵陣に突っ込むかもしれないから」 「え、ええ。いいけど」 ティファニアはうなずきながら、ルイズを見る。 不思議な子だな、とエルフの少女は思う。 すごく怖いのに、あまり怖くない。 なんだかすごく矛盾した印象を受けるのはどうしてだろう。 あの、レイという人にも、何だか不思議な印象を受けたのだけれど……。 「……あの、ルイ……は、アルビオンの人じゃないよね?」 「そうだけど?」 「やっぱり――訛りがあったから」 「生まれは、トリステイン。ちっぽけな、吹けば飛ぶような小国」 「そう……。ええと、アルビオンにはどうして?」 「仕事」 嘘ではない。一応、アンリエッタからの密命を受けてやってきたのだから。 「あんた――」 ジロリとルイズはティファニアを睨んだ。 「え、な、なにかしら?」 ドギマギとする妖精へ、ルイズはこんな言葉を投げた。 「そんなに会話に飢えてるの? 妙にしゃべりかけてくるけれど」 「あ、う……その、ごめんなさい、何だか年齢の近い子と話すのって新鮮というか、だから……」 見ていて気の毒なほどにオロオロするティファニアに、ルイズは溜め息を吐き出した。 「いや、ごめん……。勝手に押しかけて、その上食事までもらったのに、こういうのは失礼すぎる」 「あ、そんなこと……」 「ある――よ」 かすかに、ルイズは笑う。 つられるように、ティファニアも笑った。 「ところで、同じ話をするのなら、二人より三人のほうが良くないかなあ?」 「さんにん?」 「そうは思わない? レイ、レイナール・マリコルヌ・ド・グランドプレ」 ルイズはニヤリと笑い、ティファニアの後ろに立つ金髪の美青年に声をかけた。 「……」 ウェールズは、ちょっと複雑な顔でルイズとティファニアを見ている。 「邪魔をしたかな?」 「とんでもない、大歓迎。こちらの美しい妖精も、あんたに聞きたいことが色々あるだろうしね」 と、ルイズは恭しく礼をしてみせた。 ルイズの態度にかすかに嫌悪感を見せながらも、ウェールズはティファニアと向き合う。 「その、色々お世話になって申し訳ない。何かお礼をしたいところなんだけど、家も財産も失ってね。何もないんだ」 「気にすることないわ。でも……自分から命を絶つようなことは、しないで」 少しきつい声でティファニアは言う。 「……努力は、するよ」 亡国の皇太子は、決まり悪げに顔をそむけた。 「お願いだから」 「あ、ああ」 〝お願い〟されて、ついウェールズはうなずいてしまう。 横で見ている分には大変に面白い。 「あー、説明したと思うけど、私は……王党軍の残党なんだ。だから、ここにいると、君や子供たちにも迷惑がかかるから……」 「やっぱり、王軍は負けたのね」 「ああ、そうらしい」 ティファニアの言葉に、ウェールズは寂しげにうなずいた。 まるで自分自身を納得させているかのようだった。 「――ところで、その君はどうしてこんな森に? この村も子供ばかりのようだけど……」 ウェールズは気持ちを切り替えるかのように、話題を変えた。 「ここは孤児院なの。親を亡くした子供を引き取って、みんなで暮らしてるのよ」 「あんた一人で?」 そう尋ねたのは、ルイズだった。 「私が一番年上だから面倒はみてるけど、お金は知り合いに送金してもらってるの」 なるほど、それで賄っているのか。 ルイズはうなずく。 「しかし、その……こう言ってはなんだが、エルフの君がどうしてこんな……危険じゃないのか?」 ウェールズは言った。 ハルケギニアというより、ブリミル教徒にとって、エルフは不倶戴天の敵だ。 それが始祖の伝統を継ぐ古い国の中にいるとは――見つかればただではすまないはずだ。 この質問に、ティファニアは悲しげな瞳をしただけだった。 「あ……。すまない」 少女の態度に何かを感じ取り、ウェールズは謝罪をする。 「ううん、いいの」 ティファニアは、気にしなくていいから、と微笑みかけた。 そんな二人を見ながら、『ピンクブロンドの美少年』はそっと、音もなくその場から離れた。 夜はさらに更けていくが、空は明るい。 おそらく何十万何百万年も前からそうであったように、双子の月はいつもと変わらずに輝き続けている。 ルイズは何をするわけでもなく、月を見たり、森から聞こえる夜鳥の声に耳を傾けたりしていたが―― このちっぽけな集落にも井戸があることを知ると、衣服を脱ぎ、水浴びをすることに決めた。 思い返せば、ここにたどり着く前にずっと走り回り、血肉の匂いを嗅ぎ続けてきたのだ。 黒い服を脱ぎ、もはや肉体の一部といってもいいブラック・コスチュームも脱いだ。 最後にルーンが刻まれた左の手袋をとって、井戸から水をくみ上げた。 夜気が裸身にこたえることはなかった。 耳をすますと、驚くほどに遠くの音も聞こえる。 ばさばさと、どこかで小さな羽音がするのもしっかりと、だ。 ブラック・コスチュームがルイズに与えた影響は、本人が考える以上に大きなものだった。 コスチュームから離れれば、ルイズはただのゼロに過ぎないのか。 彼女が、まったく魔法の使えず、コスチュームとコントラクト・サーヴァントを交わしていなければ―― それは間違いではなかったかもしれない。 けれども、両者の間には別ち難い契約があり、不可侵の糸で繋がれている。 その契約は二つ全く異なる生命の間に、未知の要素を多大に与え合っていた。 生きたコスチュームは、かつての宿主の持っていなかった、この世界のメイジが精神力と呼称している力を吸収していた。 偶然であったが、コスチュームが宿主に与える影響は、その力をより増大化して、溜め込むものだ。 ルイズの中にはコスチュームの与えた黒い蜘蛛の力が、ゆっくりとだが、着実にしみこんでいた。 人間の体は毒素を廃するようにできているため、わずかな毒を受けただけでは、重大な影響を受けない。 けれど、ルイズはもはや日常的にコスチュームとあり続け、意識することなく食料を与え、同時にその毒を体に受け続けている。 将来的にそれがどういった結果をもたらすのかは、まだわからない。 今はまだ、〝多少〟身体機能が向上しただけに過ぎないが。 冷水を頭から浴びながら、ルイズはこれからのことを考えてみる。 あのエルフ娘に預けておけば、ウェールズは死なないような気がする。 人間は誰だって死にたくはないものだ。死にたい死にたいと考えるようになるのは、ある種の『病気』である。 死への誘惑は、生への渇望がそれに勝ればいいだけの話だ。 そのためには、どうすればいい? 命をつなぐ行為には快楽が伴うものだ、と言っていたのは古代の偉人だったろうか。 ウェールズがあのエルフ娘と引っ付いてくれば、これは面白いことになる。 あの能天気な姫君がその事実を知ったらどんな顔をするのか、想像するだけでわくわくした。 それを考えると、水の冷たさも気にならなくなってきた。 楽しい空想にふけっているルイズは、コスチュームから離れているため、あらゆるものを感じ取る、糸がないことを忘れていた。 小さな物音を聞き取るまで、ずっと自分を見ている眼に気づかないでいたのだ。 「誰!?」 ルイズは足元の小石を拾い上げ、気配へ向かって投げた。 「きゃっ!!」 可愛らしい悲鳴が上がる。 それが誰だか理解したルイズは、なぁんだと肩をすくめて、水に濡れた髪をかきあげた。 少し離れた陰で、ぺたんと豊か過ぎる胸をしたエルフの娘がへたりこんでいる。 「ご、ごめんなさい!! のぞく気なんてなかったの!! 何か水の音がしたから…………」 あわあわと両手を振っているティファニアを、ルイズは面白い生き物でも見るように見つめる。 すっくと立ち上がり、水滴のしたたり落ちる痩身を隠す様子もなく。 月明かりのせいで、その姿はよくティファニアはよく見えていた。 「え? え? え? え? あ、あれ?」 ルイズの裸身をチラリチラリと見ていたティファニアは、唖然として口を大きく開いた。 「お……んなの、こ?」 「男だと言った覚えはないんだけど」 ティファニアに向かって、ルイズは素のままの口調でそう言った。 前ページGIFT
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前ページ次ページとある魔術の使い魔と主 ルイズが始祖の祈祷書に浮かび上がった内容を読んでいる間、当麻は残りの竜騎兵を倒していた。 二十いるアルビオンの竜騎士隊も、シルフィードと当麻の連携により無惨にも全滅と化した。 天下無双と謳われたアルビオンの竜騎士でも、韻竜と竜王の前には歯が立たない。 残るは本家、絶対に忘れることのない、アルビオンへと上陸するさいに見かけたあの巨大戦艦。その船の下では、港町ラ・ロシェールが攻撃を受けている。 「あれを倒さなきゃ、どうやら終わらないようだな」 しかし、どうすればあれを倒せるのだろうか? こちらの武器は竜王の顎一つのみ。今までは同じ大きさでの戦いであったが、今回のはスケールが違う。 そんな状況での当麻の策は、敵艦に乗り込んで内部から破壊するという、シンプルな案であった。いや、それ以外にいい方法が浮かばなかった。 当麻達が潜り込もうと、近付いたその時、 敵の艦隊の右舷側がフラッシュのように光った。 瞬間、シルフィードが再び直角に移動方向を変えた。 当麻達がいた場所に無数の鉛の弾が通過する。シルフィードの咄嗟の判断がなければ、今頃死んでいたに違いない。 心臓の鼓動が大きくなる。ここにきて、生死の境にいるのだと実感した。 ちっ、と当麻は舌打ちをする。どうやら敵はこちらの存在をちゃんと認識しているようだ。 一拍置いて、再び鉛の弾が当麻達目がけて発射される。 しかし、シルフィードの持つ速さを利用し、避ける事だけに集中すれば、なんとかやり過ごせる。 やり過ごせるのだが、それだけだ。目標である敵艦に乗り込む行為をする為の手札が圧倒的に不足していた。 (何か……) 歯を食いしばり、シルフィードが懸命に自分達の寿命を伸ばしている間にも、必死に考えを巡らす。 (何か、こっちの手数を増やす、何かがあれば!!) ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ 以下に、我が扱いし『虚無』の呪文を記す。 初歩の初歩の初歩。『エクスプロージョン』 ドクン! とルイズの鼓動が一段と大きくなった。そしてエクスプロージョンの呪文が浮かび上がる。 あまりの急展開にルイズは思わず笑いそうになる。 ここまで読めるなら、読み手として文字が読めるのなら、きっとこの呪文の効力が発揮されるのではないか? だって、今まで失敗だと思われた魔法は毎回爆発していたのだ。では、なんで毎回爆発していたのか? 失敗して爆発した例が他にあったのだろうか? それが四系統に属さない『虚無』の力であったら? 当麻が以前いった通り、本当に自分には隠された力があったのならば? これほど笑ってしまう話、ルイズには体験した事がなかった。 「ねえ、この指輪を使って初めて読めるなんてどこのパズルよ。あんたもヌケてるのね」 自分にもあったのだ。この戦況を変える事のできる切り札が。 熱していた頭の中が、ゆっくりと、ゆっくりと冷めていく。心拍数、血液循環、筋肉、骨、体のありとあらゆる組織が落ち着きを取り戻す。 エクスプロージョンという名の呪文のルーンが、すらすらと頭の中に入ってくる。 まるで、それを望んでいたかのように、それを待ち侘びていたかのように、理解していく。 ここまできたら、やろう。いや、やらなければならない。 今もどこかでこの戦争の行方を心配している姫様の為に。 こんな自分を守ってくれる、大切な大切な使い魔の為に。 そして、今まで秘められた力に気がつかなかった自分の為に。 さぁ、始めよう。 この日、この時、この場所で、新たに生まれた物語を。 ―――ゼロのルイズの物語を!! 上下左右と激しく動くシルフィードの体の上で、ルイズは腰をあげた。 「ととっ」 「なっ……おい、ルイズ?」 両手を広げて、バランスを取りながら、当麻の横を通り過ぎる。 そして当麻の開いた足の間にある小さな空間にちょこっと座り込んだ。 驚く当麻に対して、ルイズは半信半疑のような口調で応えた。 「あのね……もしかしたらわたし、選ばれちゃったかもしれない。多分、だけど」 「はい?」 「いいから、あの巨大戦艦に近づけて。このまま何もしないよりは試した方がマシだし、ほかにあの戦艦をやっつける方法はなさそうだし……。 ま、やるしかないのよね。わかった。とりあえずやってみるわ。やってみましょう」 ルイズの独り言のような口調に、当麻は唖然とした。しかし、わかった事はある。 ルイズにはこの戦いを終わらせる方法を持っているのだと。 「なんつーかよくわからんけど、とりあえず近づければいいんだな!?」 「そうよ! 早くやる!」 当麻は竜王の顎を封印した。こいつの能力が幻想殺しも受け継いでいる為、いざ呪文を発動した時打ち消してしまったら元も子もない。 といっても…… 砲撃。砲撃の嵐であった。 ある一定の距離以上に近づいたら、鉛の弾が襲いかかってくる。 左舷ではラ・ロシェールへと砲撃が行われている。よって左から攻めても無理。 そして当麻の視界には、艦の真下にすら大砲が装備されていた。つまり下からも無理である。 「そう言われても……穴がないぞ!?」 「それをなんとかするのがあんたの仕事!」 んな無茶な!? と泣きたくなるが、なんとかしなきゃ始まらないのだ。 (左、下、右がダメなら……ッ!) 残すは上しかない。当麻はシルフィードに命じて、高度をさらに上げた。 『レキシントン』号の甲板が見える。そしてそこには先程散々苦しめられた大砲が一つもなかった。 おそらく、ここならば安全に事を運べる場所であろう。 ルイズは立ち上がる。主役の登場と言わんばかりのように。 「わたしが合図するまで、ここを回ってて」 ルイズは目を閉じ、最後の祈りを込めた。大きく息を吸い込んでゆっくりと吐き出す。 再び目を開き、始祖の祈祷書にかかれた文字を詠み始める。 ゆっくりだが、確実に間違いのないように紡がれる。 これでなんとかなるか? と当麻が安心したその時、 ゾクリ、と背中を悪寒が駆け抜ける。 バッ、と振り返る。そこには、烈風のように迫り来るワルドの姿があった。 完璧に虚を突かれた。 「くっそ……!?」 回避すべきか? 否、ルイズが呪文に集中しているのだ。邪魔するわけにもいかない。 そもそも向こうは最高速度、逃げ切れるわけがないので却下。 ならば、迎撃するしかない。幸いな事にブレスを吐いてくる様子はなく、ワルドが風の槍を片手に持っているだけである。 あれで、自分達を串刺しにするのであろう。 敵の攻撃を防ぎ、尚且つ相手を一撃で倒す。どこかミスったら全てが水の泡となる。一度っきりのチャンスである。 残り数百メートル。人間の脚力でさえ数十秒足らずでたどり着く距離。 「これで終わりだ!!」 「う……ォぉぉぉおおおおお!!」 これしかなかった。限りなく成功率の低い奥の手。 当麻は立ち上がり、恐怖に怯える事なく、平常心を保ちながら、 文字通り飛んだ。 右手を前に突き出し、ワルドの風の槍を大気へと還元する。そして、そのままワルドの乗る風竜へとダイビングした。 誰もがやろうとは思わない。上空三千メイルで、迫り来る竜に飛び乗るなど不可能に等しい。 それでも、少年はやり遂げた。奇跡でも偶然でもなんであろうと、少年の命は、まだ続いている。 常識はずれともいえる当麻の行動にワルドは驚愕を覚えた。 その驚愕が、当麻に時間を与える。 「とりあえずあんたは『フライ』があるよな?」 ワルドははっとなり、杖を振ろうとしたが、 「空の旅を満喫してくれ」 当麻の拳の方が先に振り抜かれた。 呪文を詠唱する度、言葉を紡ぐ度、リズムがルイズの中を循環する。どこか懐かしく感じてしまうリズムだ。 それが長ければ長くなる程、強くうねっていく。自分の世界に閉じこもり、辺りの雑音は耳に入らない。 体の中で、何かが精製され、それが場所を求めて回転していく感じ。 誰かがそんな事を言っていた。 そうだ。自分の系統を唱える時に感じるであろうこれ。 だとしたら、この感覚がそうなのだろうか? 裏側の自分が表に出たような気分をルイズは覚えた。 体の中のに、波がどんどん大きくなってきて、外求めて暴れだす。 当麻がルーンの力によって従えた風竜から再びシルフィードへと乗り移る。 ルイズが足でトン、とシルフィードを叩いた。それが合図となり、『レキシントン』号目がけて急降下を始める。 目をさらに大きく開いて、タイミングを間違えぬよう細心の注意を払う。 『虚無』と呼ばれる伝説の系統。 あの破壊の本から放たれたような威力をもっているのだろうか? それは誰も知らないし、自分も知らない。 伝説の彼方にある魔法を現代へと持ち込んだのだから。 長い長い詠唱を終え、呪文が完成した。 その瞬間、全てを理解した。 このまま放てば、全ての人を巻き込む。間違いなくほとんどの人間が死ぬに違いない。 一瞬だけ悩んだ。殺すべきか否か。 しかし、答えは決まっていた。自分の視界一面に広がっている戦艦『レキシントン』号。 この戦いを終わらせる為、杖を振り下ろした。 同時、光の球があらわれた。太陽のような眩しさをもつ球は、膨れ上がる。 そして……、包んだ。 上空にある、全ての艦隊を包み込む。 それだけでは終わらない。さらに膨れ上がって、見るもの全ての視界を覆い尽くした。 誰もが目を焼いてしまうと思い、つむってしまう程光り輝くそれ。 そして……、光が晴れた後、上空の艦隊全てが炎によって包まれていた。 ルイズは力尽きたのか、体を当麻に預けた。当麻も全てが終わったのだと思い、力が抜けた。 下では、トリステイン軍がアルビオン軍に突撃をかましていた。上空からの支援を失ったアルビオン軍は、勢いにのったトリステイン軍には立ち向かえない様子であった。 もう、ルイズ達のやるべき仕事は終わったんだ。 「今日は……疲れたわ」 なにかをやり遂げたような、満足感が伴った感じだった。 「ああ……そうだな」 当麻もまた同じである。 「早く降りましょ」 ルイズの提案に、当麻は無言で返す。シルフィードがゆっくりと高度を下げていった。 シエスタは、弟たちを連れておそるおそる森からでた。トリステイン軍が、アルビオン軍を撃退したという噂が森に避難していた村人の間に伝わったのだ。 確かに草原にはアルビオン兵の姿はない。あったとしても、それは投降してきた兵である。 先程まで続いていた轟音が嘘であるかのように静かだ。 上からばっさばっさと羽を羽ばたかせる音が聞こえてきた。 思わず見上げる。 願っていた少年がそこにはいた。 ヒーローのような少年がそこにはいた。 約束を守ってくれた少年がそこにはいた。 シエスタは嬉しさのあまり涙を零し、駆け寄った。 ようやく太陽が、オレンジ色へと変わっていった。 前ページ次ページとある魔術の使い魔と主