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前ページ次ページZERO A EVIL 途中からシエスタが手伝ってくれたおかげで、昼食前に掃除を終わらす事ができた。 「それでは、私は昼食の支度がありますので、これで失礼します」 「あ……う、うん」 シエスタはそう言って教室から出ようとしたが、ルイズが何か言いたそうにしているのに気が付いた。 「ミス・ヴァリエール、どうかなさいましたか?」 「え! どどど、どうして?」 「いえ、何かおっしゃりたい事がおありのように見えましたので」 シエスタにそう言われて、ルイズはかなり動揺しているようだ。目線を上にしたり、下にしたりと落ち着きがない。 やがて後ろを向いて一つ深呼吸をすると、意を決したようにシエスタに向き直った。 「そ、その、あああ、ありがとう!」 「え?」 「か、勘違いしないでよね! こ、これは貴族が平民に対する最低限の礼儀なんだからね!」 ルイズはシエスタに感謝していたが、貴族のプライドと気恥ずかしさからこのような言い方になってしまった。 シエスタも感謝の言葉をかけられるとは思ってもいなかったので、少し驚いてしまう。 だが、すぐに笑顔を浮かべるとルイズに向かって頭を下げる。 「ありがとうございます。そう言っていただけると手伝った甲斐もあるというものです」 「そ、そう」 「ええ。後で食堂にもいらしてくださいね。今日はデザートにおいしいケーキを用意していますので」 「わかったわ」 「では、失礼します」 そう言うとシエスタは教室を出て行った。 ルイズはシエスタが出て行った後に改めて教室を見回してみる。自分が爆発を起こしたとは思えないほど、教室はきれいに片付いていた。 なんだか自分の心もすっきりしたように感じ、さっきまでとは違い晴れやかな気分になる。 しばらく教室を眺めていたが、お腹も減ってきたので食堂に向かうことにした。 食堂に入ると、すでに多くの生徒達で賑わっていた。 メイド達は昼食の世話で忙しそうに働いている。その中にはシエスタの姿も見えた。 邪魔をしては悪いと思い、特に声もかけずに席に着く。 ずっと掃除をして体を動かしていたせいか、昼食はいつもよりおいしく感じられた。 昼食が終わった後、デザートのケーキがメイド達から運ばれてくる。 「ミス・ヴァリエール。今日のケーキはコック長のマルトーさんの自信作だそうですよ」 そう言われてメイドの方を見ると、そこにはシエスタの姿があった。 「そ、そう。期待しておくわね」 「ええ。どうぞ」 そして、ルイズの前にケーキの入った皿が置かれる。 一口食べてみるが、コック長の自信作だけあって中々の味だ。甘くておいしいケーキに思わず顔がにやけてしまう。 「いかがですか?」 「ええ、おいしいわ」 「喜んでいただけてなによりです」 シエスタとそんな会話をしていると、後ろの席が妙に騒がしくなる。 どうやら、男子生徒達が色恋沙汰の話で盛り上がっているようだ。 その話の中心にいるのは、ギーシュ・ド・グラモンだ。彼は確かに二枚目で、女子生徒にも人気がある。 だが、ルイズには彼のきざったらしい仕草はとてもかっこいいとは思えなかった。そもそも、ルイズはこの学院の男子生徒にはまったく興味がない。 自分には許婚のワルド子爵がいる。 彼に比べたら、この学院の男子生徒など幼稚な子供にしか見えない。比べるのも失礼なくらいだ。 (子爵様。今頃どうしていらっしゃるのかしら……) もう随分と会っていないワルド子爵の事を考えていると、不意にシエスタから声がかかった。 「ミス・ヴァリエール。今、ミスタ・グラモンのポケットから何か落ちたみたいなんですが」 「ん?……何かの液体が入った小瓶みたいね」 ギーシュのポケットから落ちた小瓶はルイズとシエスタのいる方に転がってきた。 それをシエスタが拾い上げる。 「気付いていらっしゃらないみたいなので、私が渡してきますね」 「あんたはまだケーキを配り終わってないでしょ。私が渡しておくから仕事に戻っていいわよ」 「え! でも……」 「いいから。あんたは気にしなくていいの」 「すいません。それではお願いします」 ルイズはシエスタから小瓶を受け取ると、ギーシュ達が話している方に向かった。 (シエスタには教室の掃除を手伝ってもらったし。貴族として、平民の恩義には報いるのが礼儀よね) 本当は親切にしてくれたシエスタに恩返しがしたかっただけなのだが、プライドの高いルイズはそう考えて自分を納得させていた。 ルイズはギーシュ達の所までやってくると机の上に小瓶を置いた。 「ギーシュ。落し物よ」 「何を言っているんだいミス・ヴァリエール。これは僕の物じゃないよ」 「あんたが落としたのを見てた子がいるのよ。いいから受け取りなさいよ!」 「しつこいね君も……」 ルイズが小瓶を渡そうとしていると、ギーシュと話をしていた生徒達が騒ぎ出した。 「それはモンモランシーが作っている香水じゃないか!」 「ああ、間違いない! ……ということはギーシュはモンモランシーと付き合っているのか!」 「ち、違う! いいかい……」 ギーシュが何か弁解をしようとした時、一人の女子生徒がこちらに向かってくるのが見えた。 マントの色から一年生だとわかる。 「ギーシュ様、やっぱり……」 「ケティ! これは……」 ギーシュが何かを言う前に、一年生の少女は泣きながら走り去ってしまった。 そして、すぐに別の少女がやってくる。次にやってきた少女はルイズにも見覚えがあった。 さっき男子生徒の会話の中にも出てきた縦ロールの金髪が特徴的なモンモランシーだ。 「やっぱり一年生の子に手を出してたのね!」 「誤解だよ、美しいモンモランシー。そんな怖い顔をしないでおくれ」 「誤魔化さないで!」 そう言うとモンモランシーは机に置いてあったワインをギーシュの頭にかける。 「最ッ低!」 ギーシュに止めのセリフを言い放ち、モンモランシーは去っていった。 いきなり茶番劇を見せ付けられ唖然としていたルイズだが、用事も済んだのでケーキを食べに戻ることにする。 が、立ち去ろうとしたルイズをギーシュが呼び止めた。 「待ちたまえ! ミス・ヴァリエール!」 「何よ、何か文句でもあるの。言っとくけど私は悪くないわよ、二股かけてたあんたが悪いんだからね!」 ルイズのこの言い方は、ギーシュの怒りに火を付けてしまう。 「ゼロの君に、話を合わせる機転を期待した僕が馬鹿だったよ!」 「な、なんですって!」 いきなり馬鹿にされたせいで、ルイズの頭に一瞬で血が上る。 「あんたなんて、私の許婚の子爵様に比べたら唯のお子様よ! 振られて当然だわ!」 さっきまでワルド子爵の事を考えていたせいか、ルイズはつい言葉に出してしまう。 それを聞いたギーシュはにやりと笑うと、ある言葉を口にする。 だがそれは「ゼロのルイズ」よりも言ってはいけない言葉だった。 「ふん。ゼロである君の許婚なんて、どうせたいした事無い男に決まってる!」 その言葉を聞いた瞬間、ルイズの視界が真っ赤に染まる。 かつてないほどの怒りと憎しみで、ルイズの心は張り裂けそうだった。 (この男は子爵様を侮辱した! 私の子爵様を!! この男だけは許せない! 絶ッ対に許せない!!) ルイズの左手のルーンが光を放つ。今までと違い、光っているのがはっきりとわかるほどだった。 そして、左の拳がギーシュの顔面に突き刺さる。 ルイズに殴られたギーシュは鼻血を出しながら、机の上まで吹き飛ばされる。鍛え抜かれた体を持つ男に殴られたような、鋭く重い一撃だった。 だが、そんな事はどうでもいい。ゼロであるルイズにここまでやられて黙っていられる訳が無い。 ギーシュは立ち上がるとルイズに向かって叫んだ。 「もう許さん! 決闘だ!」 「……いいわ。どこでやるの?」 「ヴェストリ広場だ! 準備が出来たら来たまえ!」 そう言うとギーシュは、鼻血を手で拭いながら食堂を出て行った。 近くで騒いでいた他の生徒達もヴェストリ広場に向かう様だ。 ギーシュを殴ったルイズだったが、この程度では怒りと憎しみは収まらない。 すぐにヴェストリ広場に向かおうとするが、自分の方に駆け寄ってくる人物に気付き足を止める。 「ミス・ヴァリエール!」 ルイズに駆け寄ってきたのはシエスタだった。 小瓶をルイズに渡した後、ケーキの配膳の仕事に戻っていたが、先ほどの騒ぎに気付き慌ててやってきたようだ。 「申し訳ありません! 私のせいで大変な事に……」 ルイズに向かって謝ると、深く頭を下げる。 自分がギーシュの小瓶に気付いたせいで、ルイズが騒ぎに巻き込まれたのを気にしているようだ。 「あんたのせいじゃないわ。これは私とギーシュの問題よ」 「でも……」 「いいから!」 気持ちが高ぶっているせいか、つい言い方がきつくなってしまう。 シエスタも黙ってしまい、二人の間に気まずい空気が流れる。それを嫌ったルイズは、足早にヴェストリ広場に向かった。 シエスタはルイズの背中を見送る事しかできなかった。 ヴェストリ広場に着くと、すでに多くの生徒が集まっているのがわかった。娯楽の少ない学院生活の中で、決闘という言葉は多くの生徒達の興味を集めたようだ。 広場の中央にギーシュの姿が見える。どうやら鼻血はもう止まっているようだ。 「ルイズ、逃げずによく来たね」 「あなた程度の相手に、何故私が逃げないといけないのかしら?」 「その減らず口をいつまで叩いていられるかな? いくぞ!」 ギーシュが薔薇の造花をあしらった杖を振る。 すると花びらが舞い、鎧を着た女性の人形が現れる。これこそ、ギーシュがワルキューレと呼ぶゴーレムであり、彼の得意とする魔法だった。 「魔法が使えない君と違って、僕はメイジだから魔法を使わせてもらうよ。文句はないだろうね?」 ギーシュは自分の勝利を確信していた。魔法が使えないルイズに自分が負ける訳が無い。 ワルキューレで少し脅かしてやれば、すぐに降参するだろうと思っていた。 だから彼は考えもしなかった。 今のルイズにとって、決闘という言葉がどういう意味を持つのかを…… 「行け! ワルキューレ!」 ワルキューレをルイズに向かって突撃させる。 ルイズは固まって動けないか、逃げるだろうと思っていたギーシュは、後はどうルイズのプライドを傷付けて謝らせようか考えていた。 だが次の瞬間、彼は驚愕の表情を浮かべる。 ルイズがワルキューレに向かって、ものすごいスピードで突っ込んできたのだ。 そのままワルキューレに近づいたルイズは、左手で掌底をワルキューレの腹部に炸裂させる。 スピードが乗っている掌底を受けたワルキューレは、吹き飛ばされて地面に激突し動かなくなった。 今の技の名は「骨法鉄砲」。 夢の中で格闘家だったルイズが、遠くにいる相手によく使用していた技だった。 誰もが唖然としている中、ルイズはギーシュの方を見る。 まるで、次の獲物を見定めるように…… ワルキューレが倒された事でギーシュに動揺が広がる。 だが、ゼロのルイズに負ける訳にはいかない。すぐさま、次のワルキューレを繰り出す。 今度は一度に三体のワルキューレを作り出し、ルイズの周りを包囲する。 さっきの攻撃ではワルキューレは一体しか倒せない。三体同時で攻めかかれば、ルイズにはどうすることもできないと考えていた。 しかし、ルイズはいきなりワルキューレよりも高く飛び上がったかと思うと、一体のワルキューレの顔と胸の部分に二段蹴りを放つ。 そして、その反動を利用して他のワルキューレにも次々と蹴りを放っていく。 ルイズが着地すると同時に三体のワルキューレは崩れ落ちた。 この技の名は「デスズサイズ」。 まるで死神の鎌のように広範囲を攻撃する真空二段蹴りだ。 自慢のワルキューレを四体も倒され、ギーシュが怯んだ隙をルイズは見逃さなかった。 すぐさまギーシュの目の前まで近づくと、鳩尾の辺りに拳を放つ。ギーシュの表情が苦悶に歪み、あまりの苦しさに地面に蹲る。 その隙に、ルイズはギーシュの背中から腕を回し体を両腕で掴むと、そのまま上空に飛び上がる。 空中でギーシュの頭を下に向け、全体重をかけて脳天を地面に叩きつけた。 必殺技の「アクロDDO」。 夢の中で格闘家だったルイズは、この技で多くの対戦相手の命を絶ってきたのだ。 ヴェストリ広場は静まり返っていた。 ギーシュは白目を向いて痙攣している。辛うじて生きているようだが、かなり危険な状態だった。 ルイズはギーシュの方にゆっくりと歩み寄る。 ギーシュの近くまで来ると、いきなりギーシュの体を蹴り上げた。 その光景を見た瞬間、ヴェストリ広場に女子生徒の悲鳴が響き渡る。 ルイズはギーシュを殺す気なのだと誰が見てもわかった。 「よ、よせ! それ以上やったら本当に死んじまうぞ!」 「誰でもいいから! ルイズを止めなさいよー!」 「で、でも! どうやって!」 生徒達の叫びが飛び交い、ヴェストリ広場は騒然となる。 ルイズを止めるにしても、先ほどのギーシュとの戦いを見てしまえば、足が竦んでしまうのも無理はなかった。 その時、一人の少女がルイズの前に立ちはだかる。学院の生徒ではない、メイド服に身を包んだ黒髪の少女だ。 ルイズの前に立っていたのはシエスタだった。あの後、ルイズが心配でヴェストリ広場に来ていたのだ。 シエスタはルイズに向かって叫ぶ。 「もうやめてください!ミス・ヴァリエール!」 その声を聞き、ルイズの動きが止まる。 「退きなさいシエスタ。決闘で真の勝利を得るには、相手の命を絶たなければいけないのよ」 シエスタには信じられなかった。 ルイズとは少し話をした程度だったが、こんな事を言う人物ではなかったはずだ。まるで、ルイズの姿をした別人と話しているように感じた。 違和感を感じたシエスタだったが、今はルイズを止めなければならない。 「嫌です! ミス・ヴァリエールが今やろうとしている事は決闘じゃありません! ただの殺人です!」 その言葉を聞いた時、ルイズは不思議な感覚に襲われる。同じような言葉を以前にも聞いたような気がするのだ。 一体どこで聞いたのかルイズが思い出そうとすると、脳裏にある若者の姿が思い浮かぶ。 | てめえのやってる事は格闘技じゃない……ただの殺戮だ! その言葉を思い出した瞬間、急速に頭が冷えてくる。そして同時に、左手のルーンも徐々に輝きを失っていった。 真の勝利の為に、相手の命を絶たなければいけないと考えていたのは自分じゃない。あれは夢の中の話だったはずだ。 だが自分は今、ギーシュの命を絶とうとしていた。 背中に嫌な汗が流れる。得体の知れない恐怖を感じ、ルイズは後ずさった。 「ミス・ヴァリエール?」 「ち、違う……わ、私じゃない……」 「え?」 そう言うと、ルイズはその場から走って逃げ出してしまう。 シエスタは慌ててその後を追った。 ひたすら走り続けたルイズが辿り着いたのは、自分の使い魔を召喚した場所だった。そこには使い魔の石像が立っているだけで、他には誰もいない。 走り続けたせいで息が上がってしまい、呼吸を落ち着けていると、誰かがこっちに走ってくるのがわかった。 「はぁ…はぁ…。ミ、ミス・ヴァリエール!」 シエスタだ。息を切らしながらこっちにやってくる。 ルイズは後ずさりするが、使い魔の石像にぶつかってこれ以上下がれなくなる。 そうこうしている内に、シエスタがルイズの目の前までやってきた。 「や、やっと。追い着きました」 シエスタはルイズの前で息を整えている。 ルイズはどうしたらいいかわからくなっていた。だから、今自分が思っている事を素直に口に出す事しかできなかった。 「ち、違うの! あれは私じゃない! 私じゃないの!!」 髪を振り乱し、目に涙を浮かべながら必死に叫ぶルイズ。 そんなルイズをシエスタは優しく抱きしめ、小さな子供を落ち着かせるように背中を軽く叩く。 抱きしめられたルイズは、シエスタの胸に顔を埋めて大声で泣き始めた。 シエスタはルイズに優しく言葉をかける。 「大丈夫ですよ。私は信じてますから」 今、自分が抱きしめているのは間違いなく本物のルイズだ。シエスタはそう思いながら、ルイズを抱きしめ続ける。 そんな二人の姿を見ていたのは、使い魔の石像だけであった…… 前ページ次ページZERO A EVIL
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前ページ次ページ未来の大魔女候補2人 早朝。辺りはまだ薄暗く、太陽は東の山から顔を出し切っていない。 空には霞のような雲がかかり、空気は冷え切っている。 朝靄が立ち込める魔法学院の中庭に、少女の姿があった。 少女の出で立ちは、乗馬用のブーツとキュロットを穿き、丈夫な布地で織られた旅用の外套というものだ。 キュロットは、足捌きがしやすいようピッタリと足に密着しており、更には股ズレを防ぐため膝や股の部分が補強されている。 頭には乗馬用の帽子を被り、左右の手にはそれぞれ旅行カバンと60サント程の馬上鞭を持っている。 誰がどう見ても完璧なまでの旅装であった。 少女は首筋辺りで括ってあるピンクの髪を揺らし、朝露に濡れた芝生を踏みしめてゆく。 表情こそ落ち着いてはいるが、少女の足取りは速く、時間を気にしている様子であった。 少女は人目を気にしているのか、植え込みの裏側に隠れるようにして移動している。 早朝とはいえ、人目が完全にないというわけではない。生徒達はともかく、使用人たちならば起きていても不思議ではないのだ。 なるべく慎重に、それでいて早足に少女は進んでいく。 男子寮の前を通り抜けようとした時、突如として、静謐な朝の空気を押しのける音が耳に届いた。 それに素早く反応すると、少女は身を低くして植え込みの陰に隠れる。 少女は植え込みの隙間から男子寮を見上げると、3階の部屋の窓が開いているのを見つけた。 パジャマ姿でナイトキャップを被った金髪の少年が、ベランダに姿を現す。 少年は手すりに手を掛けて身を乗り出すと、肺腑一杯に朝の空気を取り込み、それを一気に吐き出した。 「このギーシュ・ド・グラモン! たくさんのメイジの中において、 ひときわ大きく輝く大メイジになってみせるぞ!」 そう叫ぶと同時、小鳥たちが一斉に飛び立つ。 少年の雄叫びは、空へ吸い込まれるようあたり一面にこだました。 「うむ。今日も良い1日になりそうだ」 満足げに頷くと、少年は晴れ晴れとした顔で部屋の中へと引っ込んでいった。 後には何も残らない。ただ、静かな朝が続いていくだけだ。 「あいつ…… 毎朝あんなことしてたの?」 級友の意外な行動を目撃したルイズは、植え込みから顔を出すと、男子寮を見上げながら呆気にとられた表情でそう呟いた。 未来の大魔女候補2人 ~Judy Louise~ 第12話‐前編‐ 『ルイズと覆面』 誰にも出会わずに厩舎から馬を連れ出したルイズは、学院の正門前で出発の準備を進めていた。 既に太陽は東の山から姿を表しているが、朝靄はいまだに晴れずにいる。 ルイズは馬の背中に毛布を敷くとその上に革製の鞍を載せ、腹帯で胴に固定する。鞍には金属製の鐙がついており、その高さも調節する。 手慣れたもので、ルイズは淀みのない動きで荷物を鞍へとくくりつけ、出発の準備を完了させた。乗馬はルイズにとって誇れるモノの一つである。 「……ジュディには黙って出てきちゃったけど、書き置きもしたし大丈夫よね?」 ルイズは誰にも言わずに此処まで来ていた。本当ならば、一言かけてからにしたかったのだが、事情が事情なので何も言わずに出てきたのであった。 一応書き置きはしておいたのだが、それでも何か引っかかりを覚え、ルイズは座りが悪く感じる。 ジュディが帰るための手がかりは未だに何も掴めていないのだ。この状況で遠出をするのは、責任を放棄しているように思えてくる。 取り敢えずの手段は講じたのだが、その結果はまだ出ていない。 「ブフゥルルゥン……」 思考の迷宮に入ろうとするルイズに『出発はまだか?』と、言わんばかりに馬が鼻を鳴らす。 考えても栓のないことだと、ルイズは頭を振って迷いを振り払った。今出来る事をやるしかないのだと、そう自分に言い聞かせる。 鼻先を擦りつけてくる馬の顔を撫でてやってから、ルイズは鐙に軽く足を掛け、身軽に鞍に跨った。そして、手綱を取り具合を確かめる。 軽く息を吸い込んでから、ルイズは行く先を見据えた。 街道は霧で霞み、視界は悪い。更には、石畳は朝露に濡れ、滑りやすくなっているようだ。慎重に馬を走らさなければ、転倒は容易だろう。 ルイズはそう考えながら、軽く馬の腹を蹴ると、出発の合図を送る。 「さあ、出発よ!」 「待ちたまえ」 その矢先、後ろからルイズを呼び止める声が飛んできた。 ルイズは咄嗟に手綱を引いて馬を止めると、素早くそちらへと振り向く。 すると、ルイズの双眸は、正門を潜りぬけて此方へと進んでくる人影を捉えた。 「誰っ!?」 緊張の色を帯びた硬い声でルイズは誰何する。 誰にも目撃されないよう、態々出発を早朝にしたのだ。それなのに、見つかってしまっては元も子もない。 どうやって誤魔化そうかと考えながら、ルイズは心が波立つのを感じる。 しかし、いくら眼を凝らしても、朝靄のお陰でその人物の姿は朧げにしか確認できない。 判ることといえば、男性で、ルイズよりも随分と背が高く、黒のマントと鍔広の帽子を被っている事くらいだ。 近づいてくる男は一旦立ち止まると、落ち着いた声で再度呼び掛けてきた。 「そう警戒する事はない。僕は、君に付き添うように言われてきたのだよ」 「……姫殿下から?」 ルイズの脳裏に浮かぶのは、敬愛する王女の姿。彼女ならば、ルイズのために人員を割く位の事は容易いだろう。 きっと自分を心配しての配慮だろうと考えるが、その一方で信用されていないようにも思い、ルイズは気落ちする。 そんなルイズの心中を知ってか知らずか、男はあくまで穏やかな口調を崩さない。 「そうだ。君を守るよう命じられてきた。 ……そちらへ行っても構わないかな?」 男はそう言うと、ルイズの返事も聞かずに、落ち着いた足取りで歩行を再開した。 ルイズは男の声をどこかで聞いた事があるように感じたが、警戒は解かずに固い面持ちで男が近づくのを待つ。 2人を隔てる距離が縮まるにつれ、徐々に男の姿が露になってくる。 「貴方は……?」 男の顔が明確になると、ルイズは息をのんだ。 黒無地のマントに、飾りもそっけもない鍔広の帽子。腰には細身の杖を下げ、無駄のない引き締まった体つきをしている。 丈夫そうなブーツを履いた2本の足で地面を確りと踏みしめ、上体は全く揺らいでいない。 そして、何よりも特徴的なのは、目元を隠す覆面であった。 覆面の男は、人差し指で帽子を軽く持ち上げてみせる。 「僕の名前は…… フランシス。マスク・ド・フランシスだ」 白い歯を光らせ、自信に満ちた声でそう名乗った。 あまりにも突拍子もない光景に、ルイズは目が点になり、頭の中が真っ白になる。 口を金魚のようにパクパクさせてから息を呑みこむと、オウム返しに問い返す。 「ま、ますく・ど・ふらんしす?」 「そうだ。まあ長ければ、略して覆面と呼んでくれたまえ」 「は、はぁ……」 ルイズは馬に跨ったまま、呆然とした顔で男を見下ろす。 男はその不躾な態度に気にした様子もなく、つるりとした顎を撫でてニヒルに笑うと、おもむろに口笛を吹いた。 甲高い口笛が空へと吸い込まれるように響き、そして消えていく。数瞬の静寂の後、翼がはためく音が近づいてきた。見上げると、巨大な影が飛来してくる。 影は男の傍らに降り立った。その正体は、鷲の翼と上半身、そして獅子の下半身をもつ幻獣『グリフォン』だ。 男はグリフォンの首周りを撫でながらルイズに向き直る。 「紹介しよう。これが僕の使い魔さ」 グリフォンは、ルイズに挨拶をするように一声嘶いた。 馬が怯えたように後ずさる。グリフォンは馬よりも大きく、その鋭い爪や嘴は容易に肉を引き裂くことだろう。 優れた飛翔能力と遠くまで見通す視覚。そして、猛禽特有の鉤形に曲がった嘴と鋭い爪を持つグリフォンは、空の生態系の頂上を成す一つであり、力の象徴でもある。 そのような強大な脅威が目の前に現われて、ただの馬が平気でいられるはずもない。馬は必死に距離を取ろうと暴れまわる。 「こっ、こら! 大人しくしなさい!」 暴れる馬を必死で御そうとするルイズであったが、恐怖に駆られた馬は一向に静まらない。 「少し乱暴だが、仕方がないか……」 男は他人事のようにそう言うと、ゆったりとした仕草で腰から下げた杖を手に取った。 杖は細身であるが金属製の丈夫な物で、表面についた細かな傷から相当使いこまれたものだという事が分かる。 それをレイピアのように構えると、暴れる馬に狙いを定めてルーンの詠唱を行う。 瞬く間にルーンは完成され、杖を突き出す動作と同時に魔法を解き放つ。 その瞬間、ピタリと馬の動きが止まった。決して大人しくなったわけではない。何かに拘束され、動きたくても動けないようだ。 「その馬には悪いが、動きを止めさせてもらった」 「風のスペル…… 『拘束』?」 「その通り。なかなかの慧眼だ」 ルイズの呟きに、男は杖を戻しながら感心したように頷く。 『拘束』とは、不可視の風のロープで対象の動きを縛る魔法である。 その魔法を騎乗しているルイズに影響を与えずに、暴れる馬だけに効果を発揮させるのには、優れた技量を要求される。 ならば、いとも簡単にその妙技を成功させたこの男の技量は、如何ほどのものなのか見当もつかない。 「やはり貴方は……」 ルイズの中で1つの人物が浮かび上がる。 その人物とは、彼女が憧れていた青年。彼は若くして子爵の位を相続し、卓越した魔法の才能を備えていた青年。 この10年間、碌に会う機会に恵まれなかったが、それでも婚約者であったし、思い人であった。聞いた話では、魔法衛士隊に入隊したという。 母に叱られ池のほとりで泣いていた幼い自分を、優しく慰めてくれた事をルイズは思い出す。 抑えきれない感情がルイズを突き動かそうとするが、男は首を横に振り、視線を遮るように掌を前に突き出すと、有無を言わさぬ声でそれを制した。 「それは違う。ここにいるのは覆面という男だ」 「けれど、貴方はワ……」 男は語調を強め、それ以上の追及を拒む。 「それ以上は駄目だ。僕は君と出会ったことはないし、君も僕と出会ったことはない」 「しかし……」 「わかってくれないか? 僕がここにいるのは命令だからだ。任務の遂行を第一に考えなければならない」 「…………」 覆面に隠された男の瞳は、悲しげな光を宿していた。それに気がついたルイズは、なにも言えなくなってしまう。 その瞳からは、強い意志と覚悟が読み取れ、そう易々とその態度を翻しはしないだろうという事がルイズにも分かった。それ故に、ルイズは沈黙するしかないのだ。 押し黙るルイズを見て、覆面は優しげな声で言い聞かせる。 「いいね? 姫殿下から承った大切な任務だ。それを忘れないでほしい」 「……わかりました」 ルイズはどうにかして声を絞り出す。彼女は今更ながらに気がついてしまった。いや、再認識したという方が適切か。 2人の間にある距離は、子供と大人の間にあるそれと同じだ。その途方もない隔たりを埋めるのは、容易ではないだろう。 時間だけが問題ではない。彼の横に立つためには、経験、覚悟、その他にも様々な要素がルイズには足りていないのだ。 それに気がついてしまったルイズは、項垂れるしかない。 「ありがとう…… ルイズ」 「……はい」 自分の感情をどうにか抑え込むルイズに、覆面は短い言葉で感謝する。 「では、そろそろ出発しようか。僕は空から警戒をする。速度は君に合わせよう」 覆面はグリフォンに跨ると、馬を拘束していた魔法を解除する。 そして合図を送ると、グリフォンは羽ばたき、宙へと舞い上がった。 羽ばたきで生じた旋風が霧を舞い散らし、ルイズの肌を打つ。冷たい風に打たれて、ルイズは気を引き締めた。 「では出撃だ!」 覆面は、杖を引き抜き掲げると、号令を発した。ルイズはそれに従い、馬に合図を送り走らせる。 その動きに合わせて覆面は、馬の視界に入らぬようグリフォンの位置を調節すると、周囲の警戒を行う。 朝の風を切って街道を駆けていく。 肌で朝の冷たい空気を感じながら、ルイズは目的地であるアルビオンへと思いを馳せる。遥かな白の国には、何が待ち受けているだろうか? そう考えると、ルイズは改めて気を引き締めた。 中編へ続く 前ページ次ページ未来の大魔女候補2人
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前ページ次ページゼロの使い魔BW 身体を揺さぶられて、目が覚めた。 目を開いたら、見慣れぬ格好の少年がこちらを見下ろしていて、思わず叫んだ。 「だ、誰よあんた!」 「……ツカイマだよ、ゴシュジンサマ」 「ああ、使い魔ね。そうね、昨日召喚したんだっけ」 窓から朝の日差しがさんさんと降り注いでいる。ルイズは寝台の上でうーんと伸びをすると、椅子にかけてあった服を指して命じた。 「取ってくれる?」 使い魔の少年は無言で頷くと、服を取ってルイズに手渡した。 寝起きのけだるさのままネグリジェに手をかける。途端にくるりと背を向ける辺り、この使い魔にも一応年頃の少年らしい部分もあるらしい。 「後、下着も――そこのクローゼットの一番下に入ってるから、取って」 彼はクローゼットを開けると、ぎくしゃくとした動きで下着を取り出す。と、そこで完全に停止した。 なにを考えて止まったのかが分かって、ルイズは呆れた。別に、使い魔に見られたところでどうということもないのだが、彼は動きそうにもない。 「……投げてくれていいわよ」 飛んできた下着は、過たずルイズの手元に納まった。見えてるんじゃないかと思うようなコントロールである。むしろ見てるんじゃないかと思って使い魔に目をやるが、完璧に背を向けていた。 服を着させるところまでやらせようと思っていたが、やめた。無駄に時間がかかるのは分かりきっている。下手をすれば、朝食を食べそこなうことにすらなりかねない。 壁を向いて硬直している使い魔を横目に、ルイズはこれまでのように着替え始めた。 身支度を済ませたルイズたちが廊下へ出ると、ちょうど近くの扉が開くところだった。 中から出てきたのは、燃え上る炎のような赤い髪の女の子だ。 ルイズよりも背が高く、スタイルも良い。彫りの深い美貌に、突き出た胸元、健康的な褐色の肌、と街を歩けば十人が十人振り返るような容姿だった。 だが、その顔を見た途端、ルイズは不機嫌そうな顔になる。赤い髪の少女がにやりと笑った。 「おはよう、ルイズ」 「おはよう、キュルケ」 むっつりとした表情のまま、ルイズは挨拶を返す。 「あなたの使い魔って、それ?」 「そうよ」 寡黙に控えている少年を指さしての問いに、ルイズは短く答えた。 「あっはっは! 本当に人間なのね! さっすが、ゼロのルイズ」 「うっさいわね」 無愛想に返答するルイズを横目に、キュルケは少年を観察する。 「中々可愛らしい顔してるじゃない。あなた、お名前は?」 「なに色惚けたこと言ってんのよ。あと、名前を聞いても無駄よ。そいつ、記憶喪失だから」 「それは残念。……だけど、記憶喪失、ねぇ。それは元から? それとも、ルイズのせいかしら?」 その指摘に、目の前の勝気な少女が言葉に詰まったのを見て、キュルケは頷いた。 「なるほどねえ。――それじゃ、あたしも使い魔を紹介しようかしら。フレイムー」 キュルケが呼ぶと、背後の扉の中から赤い巨大なトカゲが現れた。大型の獣並みの体躯に、真紅の鱗。尻尾の先は燃え盛る炎となっていて、口からもチロチロと赤い火が洩れている。 「……リザード?」 熱気を物ともせずにそれに見入っていたルイズの使い魔が、ここで初めて声を上げた。 「りざーど? これは火トカゲよ」 「ヒトカゲ?」 首を傾げて言ったルイズの使い魔に、キュルケは微笑みかける。 「なんか発音がおかしい気がするけど、そうよー。火トカゲよー? しかも見て、この大きくて鮮やかな炎の尻尾。間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ? 好事家に見せたら値段なんてつかないわ」 「そりゃよかったわね」 ルイズが無愛想に答えた。 「素敵でしょ? もう、あたしにぴったりよね」 「あんた、『火』属性だしね」 「そう。あたしは微熱のキュルケですもの。ささやかに燃える情熱は微熱。でも、男の子はそれでイチコロなのですわ。あなたと違ってね?」 キュルケは得意げに、その男であれば視線を釘付けにされそうな胸を張った。 ルイズも負けじと胸を張るが、残念ながらボリュームの違いは明白だった。それでもキュルケを睨みつける辺り、かなりの負けず嫌いらしい。 「あんたみたいにむやみやたらと色気を振りまくほど、暇じゃないだけよ」 キュルケは余裕の笑みを浮かべて、その言葉を受け流す。そして颯爽とこの場を後にしようとして、使い魔のサラマンダーが居ないことに気づいた。 「あら? フレイムー?」 「わたしの使い魔も居ないわ。……まさか、あんたのサラマンダーに食べられちゃったんじゃ」 「失礼ね。あたしが命令しなきゃ、そんなことしないわ。……あ、居た」 ルイズとキュルケが言い争っていた場所から少し離れたところに、二人の使い魔は揃っていた。二人が喧嘩している間に、使い魔は使い魔で親睦を深めていたらしい。 少年は、慣れた手つきでサラマンダーを撫でてやっている。撫でられているほうも、妙に落ち着いた様子で彼の手のひらを受け入れていた。 キュルケが目を丸くする。 「あらま。確かに、誰彼構わず襲うような子じゃないけど、誰彼構わず懐く子でもないのに」 「あんたのことを見習ったんじゃないの?」 「どういう意味よそれ。……まあ良いわ。それじゃ、お先に失礼。行くわよフレイムー」 呼ばれて、サラマンダーが動き出す。図体に似合わないちょこちょことした足取りでキュルケの後を追うが、少し行った先で少年のほうを向くと、ぴこぴこと尻尾を振った。 少年も微笑んで、手を振って返す。 一連の流れを見ていたルイズが、少年の頬をつねりあげた。 「……いふぁい」 「いーい? あの女はフォン・ツェルプストー。わたしたちヴァリエール家にとっての、不倶戴天の敵なの。だから、ツェルプストーの使い魔なんかと仲良くしちゃダ、メ、よ?」 「ふぁい」 一音ごとに頬をねじり上げるようにして確認され、少年は涙目で答えた。 トリステイン魔法学院の食堂は、学園の敷地内で一番背の高い、真ん中の本塔の中にあった。食堂の中にはやたらと長いテーブルが三つ並んでいて、それぞれに少年少女が座っている。 ルイズは、黒いマントをつけた生徒が並ぶ真ん中のテーブルへと向かった。 ここに使い魔を連れてくるのには非常に苦労した。なんせ他の使い魔を見るたびに、吸い寄せられるようにそっちに行こうとするのである。首輪と縄が必要かしら、とルイズは思った。 その使い魔は、豪華な食事が並べられたテーブルや、絢爛な食堂をきょろきょろと見回している。その顔に少なからぬ驚きを見て取って、ルイズは得意げに指を立てて言った。 「トリステイン魔法学院で教えるのは、魔法だけじゃないのよ。昨日も説明した通り、メイジのほとんどは貴族。だから、『貴族は魔法をもってしてその精神となす』のモットーのもと、貴族たるべき教育を受けるの。この食堂も、その一環ね」 「すごいね」 素直に驚きを示す使い魔に、椅子を引くように促す。本来なら「気が利かないわね」ぐらいは言ってやりたいところだが、記憶喪失では致し方ない。 椅子についてから、ルイズは考えた。この使い魔がもう少し反抗的であれば、床ででも食べさせるつもりであったが、今のところは特にそういった気配はない。 現在も自分が座るべき席ではないと理解しているためか、脇にじっと佇んだままである。 しばらく逡巡した後、ルイズは近くに居た使用人の一人を呼びとめた。 「ちょっと、そこのあなた」 「はい、なんでしょうか。ミス・ヴァリエール」 呼びとめられた黒髪のメイドに、脇の使い魔を指して見せる。 「こいつに、なにか食べさせてやって頂戴」 「分かりました。では、こちらにいらしてください」 「食べ終わったら戻ってくるように」 ルイズの言葉にやはり頷くと、使い魔は促されるままにメイドについて行った。 「もしかしてあなた、ミス・ヴァリエールの使い魔になったっていう……」 行きがてらにそう問われて、少年は頷いた。目下のところは、彼の唯一の身分である。 「知ってるの?」 「ええ。なんでも、召喚の魔法で平民を呼んでしまったって噂になっていますわ」 にっこりと笑って、黒髪のメイドは答えた。屈託のない、野の花のような笑顔だ。 「君もメイジ?」 「いいえ。私はあなたと同じ平民ですわ。貴族の方々をお世話するために、ここで御奉公させていただいているんです」 どうやら自分と同じような立場らしい。納得すると、彼は黙り込んでしまった。 記憶がないというのは、話題がないというのに等しい。訊きたいことは山ほどあったが、彼女は仕事中だったようだし、あまり時間を取らせるわけにもいかないだろう。 そんな考えからなる沈黙だったが、どうやらそれは少年を気難しく見せていたらしい。しばらくは静かだった黒髪のメイドが、いかにも恐る恐るといった様子で口を開いた。 「……えっと、私はシエスタです。あなたのお名前を訊いても良いですか?」 少年はそれに黙ったまま首を振る。しかし、不味いことでも訊いてしまったのだろうかと狼狽するシエスタを見て、言葉を続けた。 「名前は分からないんだ。記憶喪失だから」 「キオクソウシツ……って、あの、記憶がなくなっちゃうあれですか?」 頷くと、シエスタの視線が途端に同情的になった。少年を上から下まで眺めまわして、はう、とせつなげな溜息を洩らす。 「大変だったんですね……」 そうだったんだろうか。そうだった気もするが、今のところは大したことがない気もする。だが少年がなにか答える前に、彼女はいきなり彼の手をギュッと掴むと、引っ張り始めた。 「なるほど、そいつは大変だ」 コック長のマルトー親父は、シエスタの話(学園内で出回っている噂を少し盛った上で、記憶喪失であるという事実を付け加えたもの)を聞くとうんうんと頷いた。 「やっぱりそうですよね、マルトーさん!」 「記憶を失くした上に、あの高慢ちきな貴族どもの下働きだろ? しかも、こういう仕事を選んでやってる俺たちと違って、強制的にだって話じゃねえか。いやあ、災難だな、お前さん」 二人で完全に盛り上がってしまっている。展開について行けず途方に暮れそうになったところで、少年のお腹がぐう、と鳴った。 「おっと、悪かったな。シエスタ、賄いのシチューを持ってきてやれ。俺は戻らにゃならん」 「はい、わかりました!」 少年を厨房の片隅に置かれた椅子に座らせると、シエスタは小走りで厨房の奥へと消えた。 マルトーもまた、背を向けて調理場へと向かう。が、ふと振り向くとニッと笑った。 「同じ平民のよしみだ、なにか困ったことがあったらいつでも相談してくれ」 「ありがとう。いざって時には頼りにさせてもらいます」 少年が礼を言うと、マルトーは「良いってことよ」と大笑いして去って行く。 入れ違うように、シエスタがシチューの入った皿を持って戻ってきた。目の前に置かれたそれをスプーンで掬って、口に運ぶ。思わず顔がほころんだ。 「おいしい」 「よかった。おかわりもありますから、ごゆっくり」 思った以上に空腹だったことに気づく。丸一日ばかり食べていないような、そんな感じだ。 夢中になって食べる少年を、シエスタはニコニコしながら見ている。 仕事中だったのに大丈夫なんだろうか、なんて思うが、食堂には彼女のようなメイドが沢山いたし、一人ぐらい抜けても問題ないのかもしれない。 「ごちそうさま。おいしかったよ」 「ふふ。ぜひ、マルトーさんにも言ってあげてください。喜びますから」 食べ終わって皿を返すと、シエスタは微笑んでそう言った。そして皿を片づけるために立ち上がりざま、そういえば、と彼の顔を見る。 「えっと、なにか分からなくて困ってることとかあります?」 「……それなら、洗濯物のことなんだけど」 なるほど、とシエスタが頷く。 「ああ、そうですよね。水汲み場とか分かりませんよね」 「それもあるんだけど、ここでのやり方もイマイチ分からないから、教えてもらえると助かる」 彼の常識は、洗濯物には洗濯機を使え、と言っている。使い方も分かる。しかし同時に、それがここにはないだろうということもなんとなく分かっている。 昨晩のルイズとの会話と、今日見て回った学内の様子から、自分の常識の欠落は記憶喪失から来るものではないことに、少年はうすうす感づいていた。 「洗濯のやり方なんて何処でも同じ気がしますけど、わかりました。今からご案内しても良いんですが、ミス・ヴァリエールに『戻ってくるように』って言われてましたよね」 確かに、「食べ終わったら戻ってくるように」と言っていた。 「それじゃ、お昼もまたこちらで取られるでしょうし、その際にでも」 「よろしくお願いします」 心からの感謝をこめてお辞儀をすると、シエスタはウインクして答える。 「マルトーさんも言ってましたけど、同じ平民のよしみ、です。いつでも頼ってくださいね」 魔法学院の教室は、石造りのやはり巨大な部屋だった。生徒が座る席は階段状に配置されており、その中央最下段に教師が立つ教壇がある。 二人が入ると、先に教室に来ていた生徒たちが一斉に振り向いた。そしてくすくすと笑い始める。 だが、ルイズにそれを気にしている余裕はなかった。今日は学年最初の授業ということで、大抵の生徒が使い魔を連れている。そんな場所に少年を放りこんだらどうなるか。 早くもふらふらと引き寄せられそうになった彼の襟元を、がっしと掴んで引きずりつつ、ルイズは席の一つへ向かった。本格的に、首輪と縄が必要かもしれない。 席の近くの床に少年を座らせる。机があって窮屈なのは気にならないらしいが、周囲の使い魔を見てそわそわしている。 ふと、少年が使い魔のうちの一体――浮かんだ巨大な目の玉を指さして言った。 「アンノーン?」 「違うわ。バグベアーよ」 「チョロネコ?」 「あれは単なる猫じゃない。チョロってなによ」 「アーボ?」 「あれは大ヘビ……一体、その名前は何処から出てきてるのよ」 ルイズが呆れたように言ったところで、教室の扉が開いて一人の魔法使いが入ってきた。 ふくよかな頬が優しげな雰囲気を漂わせている、中年の女性だ。紫色のローブに、帽子を被っている。 彼女は教室を見回すと、満足そうに微笑んで言った。 「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」 ルイズは俯いた。 「おや? ミス・ヴァリエール、使い魔はどうしました?」 床に座った少年は、教壇からはちょうど死角になっていて、彼女からは見えないらしい。 シュヴルーズが問いかけると、ルイズの近くに座っていた少年が声を上げた。 「ゼロのルイズ! 召喚出来ずにその辺の平民連れてきたからって、恥ずかしがって隠すなよ!」 その言葉に、教室中がどっと笑いに包まれた。 ルイズは椅子を蹴って立ち上がった。長い髪を揺らし、可愛らしく澄んだ声で怒鳴る。 「違うわ。ちゃんと召喚したもの! こいつが来ちゃっただけよ!」 「嘘つくな! 『サモン・サーヴァント』に失敗したんだろう?」 ゲラゲラと教室中が笑う。 「ミセス・シュヴルーズ! 侮辱されました! 『かぜっぴき』のマリコルヌが私を侮辱したわ!」 「かぜっぴきだと? 俺は『風上』のマリコルヌだ! 風邪なんか引いてないぞ!」 同じく椅子を蹴って立ち上がったマリコルヌに向けて、ルイズが追撃を放つ。 「あんたのガラガラ声は、まるで風邪でも引いてるみたいなのよ!」 次の瞬間、立ち上がった二人は揃って糸の切れた人形のようにすとんと席へ落ちた。 「ミス・ヴァリエール。ミスタ・マリコルヌ。みっともない口論はおやめなさい」 席に座ったルイズは、先ほどの剣幕が嘘のようにしゅんとしてうなだれている。 「お友達をゼロだのかぜっぴきだのと呼んではいけません。わかりましたか?」 「ミセス・シュヴルーズ。僕の『かぜっぴき』は中傷ですが、ルイズの『ゼロ』は事実です」 教室にくすくす笑いが広がった。 シュヴルーズは厳しい顔をすると、ぐるりと教室を見回し一つ杖を振った。するとどこから現れたものか、笑っていた生徒の口元に赤土の粘度が貼り付いた。 「あなたたちは、その格好で授業を受けなさい」 くすくす笑いがおさまった。 「それでは、授業を始めますよ」 少年は授業にはあまり興味がなかった。彼の注意はもっぱら他の使い魔に向けられていたが、属性の話が出た時は少しだけ耳をすませた。 現在は失われた『虚無』の魔法を含めて、魔法の属性は五種類あるらしい。彼の感覚からすると、五つの属性――タイプというのは、酷く少なく思えた。 もっとこう『はがね』だとか『エスパー』だとか『あく』だとかがあって良い気がする。もっとも、単に彼の感覚の方が細分化されている、というだけのことかもしれないが。 そんなことを考えたり、周囲の使い魔を観察していたりすると――。 「それでは、この『錬金』を誰かにやってもらいましょう。そうですね……ミス・ヴァリエール」 不意に指名されたルイズは、びくっと肩を跳ねさせると、シュヴルーズに問い返した。 「えっと、私……ですか?」 「そうです。ここにある石ころを、望む金属に変えてごらんなさい」 そうやって教壇を指し示されても、ルイズは動かない。痺れを切らしたシュヴルーズが更に促そうとしたところで、キュルケが困った声で言った。 「先生」 「なんです?」 「やめといた方が良いと思いますけど……」 「どうしてですか?」 「危険です」 キュルケが言い切った。ほとんどの生徒もそれに頷く。 「危険? 一体、なにがですか」 「先生は、ルイズを教えるのは初めてですよね?」 「ええ。ですが、彼女が努力家であるという事は聞いています。さぁ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。失敗を恐れていては、なにもできませんよ?」 「ルイズ。やめて」 キュルケが蒼白な顔で言う。しかし、ルイズは立ち上がった。 「やります」 言って、若干硬い動きで教壇へと向かう。通路に乗り出すようにして、少年はその背中を見送った。 教壇に上ったルイズに、シュヴルーズが隣に立って微笑みかけた。 「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を強く心に思い浮かべるのです」 ルイズはこくりと可愛らしく頷く。そして緊張した面持ちで小石を睨みつけると、神経を集中した。 同時に、少年は周囲の生徒たちが、彼と同じように机の影に隠れるのに気付いた。なんでだろうと思う間もなく、短いルーンと共に、ルイズが杖を振り下ろす。 瞬間、小石は机もろとも爆発した。 爆風をもろに受けて、ルイズとシュヴルーズは黒板に叩きつけられた。悲鳴が上がる。 驚いた使い魔たちが暴れ始めた。 眠りを妨げられたキュルケのサラマンダーが火を吹き、尻尾をあぶられたマンティコアが窓を突き破って外へ逃げ、その穴から巨大な蛇が顔を出して誰かのカラスを飲みこんだ。 教室が阿鼻叫喚の大騒ぎになる。髪を乱したキュルケが、ルイズを指して叫んだ。 「だから言ったのよ! あいつにやらせるなって!」 「もう! ヴァリエールは退学にしてくれよ!」 「ラッキーが! 俺のラッキーがヘビに食われた!」 黒板の前にシュヴルーズが倒れている。時々痙攣しているので、死んではいないようだ。 煤で真っ黒になったルイズが起き上がった。服装は悲惨極まりない。上も下もところどころ破れていて、隙間から下着が覗いている。 だが、ルイズは自身の惨状も教室の阿鼻叫喚も気にしない様子で、淡々とした声で言った。 「ちょっと失敗したみたいね」 当然、他の生徒から猛然と反撃を喰らう。 「ちょっとじゃないだろ! ゼロのルイズ!」 「いつだって成功の確率、ほとんどゼロじゃないか!」 爆風で吹き飛ばされた帽子を拾いつつ、少年は一人、すごい『だいばくはつ』だったなと頷いていた。 「おふっ……ミス・ロ……ング、ビル……やめて、やめ……お、おち、る……」 ルイズが教壇を吹き飛ばし、それの罰として掃除を命じられている頃。 この魔法学院の学園長であるオールド・オスマンは、秘書にいつもよりも酷いセクハラ行為――尻を両手でじっくり三十秒ほど捏ねまわすように揉んだ――に及び、いつもよりも苛烈な報復を受けていた。 首を絞められ、今にも気を失いそうなオールド・オスマンに対し、ミス・ロングビルは無表情でチョークスリーパーをかけ続けている。 そんなちょっとした命の危険は、突然の闖入者によって破られた。 「オールド・オスマン!」 荒っぽいノックに続いて、髪の薄い中年教師――コルベールが部屋に入ってくる。 その時には既に、オールド・オスマンもロングビルも自分の席へと戻っていた。早業である。もっとも、オスマン氏は酸欠気味で、頭をふらふらと揺らしていたが。 「なん、じゃね?」 「たた、大変です! ここ、これを見てください!」 ようやく脳に酸素が戻ってきたらしきオスマン氏は、コルベールの焦りに鼻を鳴らした。 「大変なことなどあるものか。全ては些事じゃ。……ふむ、これは『始祖ブリミルの使い魔たち』ではないか。こんな古臭い文献など漁りおって。そんなものを持ちだしている暇があったら、たるんだ貴族たちから学費を上手く徴収する術でも考えたまえ。ミスタ……なんじゃっけ?」 「コルベールです! お忘れですか!」 「おうおう、そんな名前じゃったな。君はどうも早口でいかん。……で、この書物がどうしたのかね?」 「これも見てください!」 コルベールが取りだしたのは、少年の右手にあったルーンのスケッチであった。 それを見た瞬間、オールド・オスマンの表情が一気に引き締まり、目が鋭い光を放つ。 「ミス・ロングビル。席を外しなさい」 ロングビルが席を立ち、部屋を出ていく。それを見届けると、オスマン氏は口を開いた。 「詳しく説明するんじゃ。ミスタ・コルベール」 ルイズが滅茶苦茶にした教室の掃除が終わったのは、昼休みの前だった。 罰として魔法を使うことが禁じられていたため、時間がかかったのである。といってもルイズはほとんど魔法が使えないから、余り変わらなかったが。 ミセス・シュヴルーズは二時間後に目を覚ましたが、その日一日錬金の授業を行わなかった。どうやらトラウマになってしまったらしい。 片づけを終えたルイズと少年は、食堂に向かった。昼食を取るためである。 道すがら、少年は先ほどの光景を思い返していた。何故か、『わるあがき』という言葉が浮かんで消える。 次にちょっと間抜けな顔をした大きな魚が出てきて、最後に巨大な龍が脳裏をよぎった。 その余りの脈絡のなさに、自然と苦笑が漏れる。それを見とがめたルイズが、少年を睨みつけた。 「……あんたも」 「?」 「あんたもわたしを馬鹿にしてるんでしょ!? 貴族だなんだと散々言っておいて、その実はなにも出来ない、『ゼロ』であるわたしを!」 そんな叫びは、少年のきょとんとした表情によって迎えられた。作ったものではない。心の底から、なにを言われているか分からない、と思っている顔だ。 それを見た瞬間、毒気も怒りも、全て雲散霧消してしまった。 沈黙したルイズを見て、少年はしばらく考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。 「……使い手と『わざ』には相性がある」 「ふえ?」 「どれだけ強い力を持っていても、相性の悪い『わざ』は使えない。今のゴシュジンサマは、相性の良い『わざ』がない状態なんじゃないかと思う。だから、『わるあがき』しかできない。……けど、それでもあれだけの力があるんだから、適正のある『わざ』ならすごい威力になるんじゃないかな」 突然饒舌になった使い魔に、ルイズはしばらくぽかんとしていたが、それが彼の不器用な慰めだと気づくと、くすりと笑った。 それに、こいつの考え方は面白い。これまで失敗してきた『わざ』――魔法を使えるように努力するのではなく、相性の良い魔法を探す。 今までも色々な魔法を試してはきたが、もっと色々と、それこそ普通は思いもしないようなものまでやってみるのも悪くないかもしれない。 ただ、今は――。 「……『わるあがき』ってなによ」 「えっ? ええと、うんと……なんなんだろう」 「ご主人様にそういうこと言う使い魔は、お昼ご飯抜きにしちゃうわよ?」 慌てる少年にルイズはくすくすと笑うと、先ほどより明らかに軽い足取りで、食堂へと向かった。 前ページ次ページゼロの使い魔BW
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食事を終えて教室に移動する 生徒達は各々横に自分の使い魔を置いて授業の準備をしている ルイズも机に座り準備を始めた シュヴルーズは生徒達にお復習のつもりで淡々と魔法の四元素説明していく そしてそれぞれの元素をマスターする事によってドットからライン、トライアングル、スクウェアとランクを上げていく事も、魔法が無い世界の住人であるロムも理解することが出来た 「ではこの魔法を実際に・・・・、ミス・ヴァリエール、貴方にやってもらいましょう」 「ふぇ?私ですか?」 ルイズが指名された途端、教室がざわめき始める。 (なんだ?急に部屋の空気が・・・・) ロムが疑問に思う頃にはルイズが席から立ち上がり教壇に向かおうとする 「ルイズやめて、お願い」 キュルケが青い顔をしてルイズに言う 「成功させれば文句無いでしょ」 「でも貴女はゼロ・・・・」 「皆さん冷やかしはお止めなさい、ではミス・ヴァリエール宜しくお願いします」 この会話を聞いていたロムは閃いた (ふむ、どうやらゼロという理由がこれでわかるらしいな) 教壇に立ち、呪文を唱え触媒に杖を向けるルイズ。 その時、触媒が爆発し周りのものがぶっ飛んだ。 煙が明けるとシュヴリーズは気絶しており、ルイズはは真っ黒になりながらも平然と立っていた 「ちょっと・・・・、失敗しちゃった見たいね」 ルイズがそう言うと周りからブーイングが起こる 「何をやっているんだよー!」 「だからゼロのルイズにやらせたくなかったんだ・・・・」 「魔法の成功率ゼロのルイズ!これどうするんだよら!!」 (ケホッケホッ、成る程・・・、だからゼロなのか) ロムは納得した 「マスター、これで終わりだ」 授業の後、二人は罰として教室の片付けを命じられた ロムが言われるがままにテキパキと仕事をこなしたので思ったより早く終わった「あ~も~どうしていつも失敗しちゃうのよ!」 「マスターそんなに癇癪を起こすな。次は失敗しないようすればいいじゃないか」 「それが出来れば苦労してないわよ!」 どうやらそれなりに自覚はしているようである 「は~あ~、こんな事じゃ何時までゼロって呼ばれるわ・・・・、私これからどうなるんだろ・・・・」 そういってもう一つ深いため息をつく そんなルイズを見てロムが下を向いて語り始めた 「どんな夜にも必ず終わりが来る。」 突然雰囲気の変わったロムに驚くルイズ 「闇が溶け、朝が世界に満ちるもの・・・・、人、それを黎明と言う」 「な・・・、何言っているのあんた」 「つまりそういうことだ。今は後先が見えぬ状況でも、必ずそれを打破するきっかけが見つかるものだ。 今日の失敗を乗り越え、明日の成功の為に努力する。 それは魔法使いにでも言える事じゃないのか?」 「・・・・・・・・」 顔を上げて微笑むロム、確かにそうだ 今日失敗した事を明日の成功の為に反省すればよい。 確かにそうだ、確かにそうだが・・・・ 「あんた・・・・」 「ん?」 「ご主人に何説教しているのよー!!!」 「なっ・・・・!」 ルイズが突然の怒鳴り声に驚くロム、確かにロムの言っていた事は筋が通っている しかし自分は貴族。 ロムは平民でしかも自分の使い魔。 使い魔に説教される貴族なんて末代まで言えぬ恥である。 ロムは無意識にルイズのプライドを傷つけたのであった。 「あんた、今日一日ご飯抜きよ!でも雑用はしっかりやってもらうからね!」 そういうとルイズは真っ赤な顔で教室から出ていき、ロムだけが残された。 (う~む、前の戦いから取り入れたエネルギーは今日の朝のみ、その量も多いとは言えない。 流石に今日一日はキツいな) そんな事を考えながら食堂の前を通り掛かると 「あの~」 「ん?」 「今お一人でしょうか?」 後ろを向くとメイド服を着た少女、シエスタが立っていて自分に語りかけた 「ああ、一人だ」 「じゃあ厨房に来てくれませんか?料理長が呼んでいますので」 (料理長?何故俺に用があるんだ?) 不思議に思いながらもシエスタに連れられ厨房に付いたロム 「マルトーさーん!連れてきましたよー!!」 「おおー来たかー!そこのテーブルに座らせてやってくれ!!」 「はーい!では、ちょっと待っててくださいね」 言われるままに待っているとシエスタは焼き立てのパンと湯気のたったスープを持ってきた 「これ、食べてもいいのか?」 「はい、私達の賄い食の余りですがどうぞ」 ロムの質問に微笑みながら答えるシエスタ、この世界に来て初めて人の心の暖かさに触れた気がする 「有難い!では、いただくとする」 そういうと綺麗に食べて行くロム、うん、これこそ究極のパンだと心の中で頷く 「いやーいい食いっぷりだね兄ちゃん!全く俺はあんた見たいな人に飯を作りたいよ!!」 奥から男が現れる 「俺は料理長のマルトーって言うんだ!宜しくな!!」 「俺はロム・ストール、貴方がこの料理を?」 「ああそうだ!」 「感謝する」 ロムが礼を言うとマルトーは笑う 「わっはっは!いいって事よ!同じ平民じゃねえか!」 「平民?じゃあここにいる人達は皆?」 するとシエスタが答える 「はい、皆貴族様にご奉仕する為にここで働いているのです。 でも昨日平民が貴族様の使い魔になったって噂になったから皆心配だったんですよ」 「案の定シエスタがあんたが貴族どもの横で床下に座りながらパンにかじりついていたのを見ていてよ、それを聞いた俺は頭にきていたんだ!」 ロムはそのパンを作った人間が誰かを聞こうとしたがやっぱりやめた 「いや~それにしてもあんた立派な鎧を着ているな!」 「どこかの騎士だったのですか?」 「いや・・・・まあ、そんな感じだ」 異世界から来たなんて信じられないようなので言わないでおく 「それより、食事の礼をしたいのだが」 「そんなのいらんいらん!」 「いや頼む、一応の礼儀は突き通したいのだ」 「じゃあお皿を並べてもらいましょう。もうすぐお食事の時間ですし」 厨房から出ると授業を終えた生徒達が食堂へと入ってきて、その中で長いテーブルの上に黙々と皿を並べていくロム そこへ金髪の少年がバラをくわえながら複数の取り巻きと共に入ってくる 「なあギーシュ、結局君の彼女は一体誰なんだ?」 「ふっ、僕の心の中には特別な女性なんかいないよ。それぞれが僕の花なんだ」 ギーシュがギザっぽく取り巻きの一人の質問に答える するとギーシュのマントから紫色の小瓶が落ちる 皿並べを終えてシエスタと共に厨房に戻る途中のロムがそれに気付き拾う 「君これを落としたぞ」 ロムが声をかけられギーシュが振り向く、 (あ!この男昨日の!昨日はよくも・・・・ん・・・・?) ロムの持つ小瓶に気付くと顔に焦りが表れ始める 「君、それは僕のでは無いよ、勘違いしていないかい?」 「いや、確かに君が落としたものだ」 (ちぃぃぃぃ!平民を本気で殴りたいと思ったのは始めてだ!) 「あっ!その紫色の香水はモンモランシーが特別に調合したものじゃないか!」 「っということは本命はモンモランシーか!」 ギクっ!と焦りが更に顔に表れる そして横を見ると可愛らしい栗毛の女の子が涙を目に溜めてギーシュを見つめていた 「ギーシュ様、やはり貴方はあの人と・・・・」 「ち、違うんだよケティ。僕の心には何時も君が・・・・」 ばちん、と音がしてギーシュが頬を赤く腫らした後「さようなら」っと言って少女が走り去って行く 「まっ待ってケティ話を・・・・」 ギーシュが追おうとすると・・・・ 「待てぃ!!!」 「!!!???」 ギーシュと取り巻き、それにロムとシエスタが声の出場所に向くと強烈な光がありそこに誰かが立っていた 「一つの恋を通さず、平気で別の恋をする不純な気力。 人、それを『浮気』という・・・・」 「誰だ!?」 「貴様に名乗る名前は無い!!」 光が消えるとそこに立っていたのは腕を組んで鬼の様な形相をしたカールが目立つ少女であった・・・・ 「げぇ!モンモランシー!ちっ違うんだよこれは・・・・」 「あんたやっぱり他の女の子と会ったのね!喰らえ!乙女の怒り!彗星脚!!」 「がふう!」 モンモランシーの踵落としが炸裂する、ギーシュは無惨にも床に叩きつけられた そして少女は去っていく 「す、凄かったですね・・・・」 「・・・・・・・・何なんだ一体」 あまりの気迫にロムとシエスタは固まっていた、特にロムは色んな意味で固まっていた・・・・ 「とっとにかく厨房に戻ろう」 「待ちたまえ!」 一声出して立ち上がるギーシュ、凸は真っ赤になっている 「君のおかげで二人の女性の名誉が傷ついてしまった・・・・、どう責任とっつくれるのかい?」 どう考えてもお前が傷ついている 「それは君が浮気をしていたから悪いのだろう」 あっさりしたロムの反論に周りが肯定する 「ふっ・・・・、平民がこの僕に・・・・、よし、決闘だ!」「何・・・・?」 周りが突然ざわつき始める 「お待ち下さい貴族様!貴族同士の決闘は禁止されています!!」 シエスタがなだめるが 「これは貴族の決闘ではない。貴族と平民の決闘だよ。互いの名誉を賭けたね さあどうする?」 「・・・・・・・・」 果たしてロムは決闘を受けるのか!? (それにしてもモンモランシー、いつあんな魔法を覚えたんだ?)
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前ページ次ページとりすていん大王 とりすていん大王 二回目 「ん・・・ふかふか・・・・くー」 召喚の儀式から一日たった朝、ルイズ(一応この物語の主人公)は低血圧で未だに寝てました 「すごく・・・・ふかふ・・・か?」 ルイズの血が段々と頭にめぐってくると一つの疑問が浮かびます (あれ?私の布団ってここまでふかふかだっけ?) チッ、チッ、チッ、ガバッ!! ルイズが勢いをつけて飛び起きると、枕があるべき場所には 「やぁ、ルイズちゃん良く眠れたようだね」 お父さんが横たわっていました 「え・・・・きゃあああああ!?」 「はははは、昔はよくモンモランシーも私のお腹枕でぐっすり眠っていたものだよ」 なんとかルイズは持ち直し、流石に級友のお父さんには手伝えなどとは言えず、 なんやかんやと着替えや、何やら準備も自分で終わらせ、朝食に食堂に行こうとした時、 廊下で何かにつけてお隣のキュルケとばったり会いました 「あら、ルイズ、あなたの使い・・・・え?確か・・・・あなたは・・・?」 「始めまして、モンモランシーの父です」 「いや、昨日会ってますから・・・・それに帰ったんじゃ?」 キュルケの疑問に朝っぱらから非常に疲れた顔したルイズが答えます 「・・・私の使い魔が見つかる間、使い魔の代わりをしてくれるって・・・」 その言葉を聞いて、キュルケは唖然と口を開けてしました 「・・・・ねぇ、ルイズ・・それっていいの?」 「私がいいと言ったんだよ」 くるくると回転しながらお父さんはキュルケの使い魔のフレイムに近づいていきました 「なかなか立派なサラマンダーだね」 そういってお父さんはフレイムの頭を撫でます 「そうでしょう、なかなかのモノでしょ」 キュルケも使い魔を褒められてまんざらでもありません 「そうだ、ルイズちゃん、君もなでてみないか?今のうちに使い魔になれるのもいいだろう」 「そうね、それはいい案ね」 そうお父さんとキュルケに言われてルイズはフレイムの頭に手をのばし・・・・・・ ガプッ 右手をかじられてしまいました 「痛い・・・・」 フレイムはルイズの手を放すと凄い勢いで物陰に隠れてしまいました 「・・・・・・・・・・・・」 「・・・・ルイズ」 「機嫌悪かったのかしら?」 所変わってここは教室、朝食を終わらせタバサちゃんは一人本を読んでました でも実は別の事を考えています (モンモランシーの髪の毛・・・・) 何かを確かめるべくモンモランシーの所にやってきました 「あら、タバサ何か用かしら」 無言でモンモランシーの左右のロールした髪の毛をくいくいとタバサちゃんはひっぱります 「・・・・取れない」 「取れる訳ないでしょ」 「一体式なの?」 「何が?」 聞くだけ聞くとタバサちゃんは自分の席に戻っていきます モンモランシーも首をかしげるばかり タバサちゃんがノートに何か書き始めたのでこっそり覗いて見る事にしましょう タバサノート モンモランシーのドリルは一体式、取り外し不可 「私の髪の毛はドリルじゃないわよ!!」 スパンとタバサちゃんの頭をモンモランシーのハリセンがヒットしました 頭をさすりながらタバサちゃんは考え込んで言いました 「じゃあ・・・・バーニア?」 「それも違う!!」 本日二度目のハリセンが飛んだ所で、授業が始まったのでした この後シュヴルーズ先生がお父さんに説教されたり、ルイズが魔法を失敗したり、 飛び散る破片をお父さんが跳ね返したり、ルイズが掃除したりと色々あるのですが、 お昼にあんなとんでもない事件が起きるとはまだ誰も想像できなかったのです 続く 前ページ次ページとりすていん大王
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前ページ次ページ鮮血の使い魔 こんな笑い声、聞いた事がなかった。 「あはははははははは」 単調で、けれど深い闇を内包し、聞くだけで心が蝕まれるような。 ルイズは逃げ出したい衝動に駆られながらも、恐る恐るコルベールへと視線を向ける。 右腕の肘から上を失い、そこから多量の血をこぼしながら、悲鳴ひとつ上げぬコルベール。 そんな彼に、言葉は再び、ノコギリを。 「――駄目ッ」 だからルイズは、咄嗟に言葉とコルベールの間に割り込む。 言葉の黒く黒く深く深く暗く暗く淀んだ淀んだ瞳にルイズが映る唇が弧を描く。 「あなたも、私から誠君を奪おうっていうんですか?」 「ち、違う。そうじゃ、ないの」 「大丈夫ですよ。私は寛容ですから、誠君が他の女の子に目を向けても構いません。 でも、誠君は言ってくれたんです。これからは私だけを見てくれるって。 けれど西園寺さんみたいに誠君を傷つけようとするなら、私は」 「あの、あのね、ミスタ・コルベールは悪気があった訳じゃなくて。 別に、あなたと、そ、その、マコト君を引き離そうとなんて……。 で、ですよね!? ミスタ・コルベール!」 半泣きになりながらルイズは叫んだ。 そして、その後ろで、コルベールがか細い声で答える。 「……その通りだ。すまない、思慮に欠ける発言をしてしまった。 コトノハ君……とにかく、ここは人目がある。 ミス・ヴァリエールと一緒に、治療室まで来てくれないか?」 人形のような感情の無い表情で、言葉はコルベールを見つめていた。 嘘か本当か、見極めようとしているのだろうか。 けれど、ルイズは早く今の状況を何とかしたい一心で言う。 「だ、大丈夫。あんたは私の使い魔なんだから、あんたの大事なモノを奪わせたりしない」 「……本当ですか?」 「本当よ。だから、ミスタ・コルベールを運ぶのを手伝って。早く手当てしないと」 「……解りました。それじゃ、行きましょう、誠君」 その後、キュルケがコルベールに、タバサがコルベールの右腕にレビテーションをかけ、 治療室まで運んでくれた。そこでコルベールは治癒の魔法を受ける。 治療を受ける直前にコルベールはキュルケとタバサを寮に帰し、 使用人のメイドに言葉の着替えを用意させると、 血で服を汚しているルイズと言葉に着替えるよう指示する。 ルイズは自分の部屋から着替えを持ってきてもらった。 着替え終えた二人は、コルベールの治療が終わるのを待つ。 その間、ルイズは使い魔の言葉と顔を合わせようとしなかったが、 ふいに言葉はルイズに話しかけてきた。誠の首を持ったままで。 「ここは、魔法の国なんですか?」 「え? え、と、魔法なら私達貴族は使えるわ」 「そうなんですか、素敵ですね」 「ま、まあね」 「ねえ、ルイズさん。私はあなたの使い魔になってしまったんですか?」 「う、うん。いや?」 いやなら、やめてもいいわよ。なんて。 「いいえ。少し嬉しいです」 何で!? ルイズは泣きたくなった。 「ルイズさんは、私と誠君を守ろうとしてくれました。 私達を祝福してくれる人がいるなんて……ほら、誠君も喜んでます」 と、顔を、見せられた。死体の顔を。 もちろん直視などしない。 唇を引きつらせながらルイズは、視線をあっちこっちに泳がせる。 「あ~……そう。どうも」 逃げ出したい逃げ出したい逃げ出したい。ルイズは心の中で連呼した。 そこに、コルベールの大怪我を聞いたオールド・オスマンがやって来る。 オスマンは言葉と、誠を、見て、顔をしかめたが、無言で治療室の奥へ向かった。 そこでは右腕を何とか元通りつなごうと苦心する水のメイジの姿があり、 コルベールは酷い汗をかきながら痛みをこらえていた。 「ミスタ・コルベール。災難じゃったな」 「オールド・オスマン……」 「ちょっと内緒話でもしようかの」 オスマンは杖を取り出すと、素早い口調でサイレントを唱えた。 風系統の魔法で、外界の音を遮断する魔法だ。 オスマンは自分とコルベールの周囲のみ魔法で包み、 治療を続ける水のメイジだけは魔法の外という絶妙なコントロールをやってのける。 「さて、これで誰にも話は聞かれまい」 「ええ」 「まず何から話せばいいのやら……。のう? ミスタ・コルベール。 とりあえず、怪我の具合はどうかね」 「大丈夫。腕は元通りくっつくでしょう」 「本当に『元通り』ならいいがね」 どうやらお見通しらしいとコルベールは苦笑した。 かつてとある部隊に所属し、数多の戦場を焼き払ったコルベールは、 こういった傷がどうなるものかを重々承知していた。 例え腕がくっついても、その腕は握力を失い、言う事を聞かず、杖すら持てなくなる。 腕があるか無いかの違いがあるだけで、実質的には片腕を失ったも同然だ。 「あの胸の大きな少女を、ミス・ヴァリエールの使い魔にしたそうじゃな」 「……使い魔の召喚は神聖な儀式。彼女が召喚したのだから、当然でしょう」 「しかしあの娘はお前さんの腕を」 「あの娘は被害者です、心を病んでいるのだから。罰などは与えないでください」 「首を抱えとる者が相手でもか?」 「私は、心の壊れてしまった人間というものを、何度か目撃しております。 それは水の魔法薬を使ってなどと生易しいものではありません。 人は、真に恐怖し、絶望し、喪失した時、壊れる事で己を守る。 壊れた心を治すには、長い、長い時間と、優しさが必要なのです」 「贖罪のつもりかね」 厳しい口調でオスマンが訊ねると、コルベールはゆっくりとうなずいた。 「……あの娘は、お前さんのせいでああなった訳ではあるまい。 なのに背負い込もうというのかね? いや、背負わせようというのかね? 償う罪など犯しておらぬ、ミス・ヴァリエールにまで」 「傲慢だと言ってくださって構いません」 「ほっ! では言おう、傲慢じゃなミスタ・コルベール!」 温厚で、いつもふざけていて、怠け者で、怒るという行為を知らないような老人。 しかし今、オスマンは怒っていた。 ミス・ヴァリエールに途方も無い重荷を背負わせようとするコルベールに。 「……コトノハといったか。同情しておるのだな、あの娘に」 「ええ」 「聞けば、彼女の持っている首は、恋人のものだとか」 「ええ。恐らく何者かに目の前で恋人を惨殺され、心が壊れたのでしょう」 「しかし首を切断したのはあの娘かもしれぬぞ」 ドクンと、コルベールの心臓が跳ねる。 (さすがはオールド・オスマン、そこまで見抜きましたか。 私しか気づいていないと思っていたのですが……) 彼女の彼氏、誠という男の首の切り口を見れば、どのように切断されたか想像はつく。 鋭利な刃物で刎ねられたのではない。 あの傷口は、そう、ノコギリのようなもので切り裂いた傷だ。 ならば、血濡れのノコギリを持っている言葉こそが、誠という少年を。 「まあ断言はできんのじゃがな。それともうひとつ、その腕を切断したノコギリじゃが」 「……血が付着したままで、特に手入れした様子もない、普通のノコギリに見えました。 ノコギリは何度も刃を押し引きして物を切る……」 「私は『ノコギリで腕を切断された』としか聞いておらん、 まさか木の枝を切り落とすようにノコギリを押し引きされていた訳ではあるまい」 「……彼女の左手に刻まれた見慣れぬ使い魔のルーンが光ったと思った次の瞬間、 すでに私の腕は切り落とされていました。とても、人間業では」 「あのノコギリがマジックアイテム、という訳でもなさそうだしのう」 「そうですね。……うぐっ」 「おっと、長話しすぎたようじゃな」 オスマンはサイレントを解いて会話を打ち切ったが、その瞬間咳き込む声を聞いた。 「何じゃ?」 「ミス・ヴァリエールが咳き込んでいるようです。この臭いじゃ仕方ないでしょう」 サイレントの外にいた水のメイジが言い、オスマンとコルベールは納得する。 言葉の抱いている誠、いつ死んだのかいつ首を切断されたのかは解らないが、 すでに死臭が漂い始めている。嗅ぎ慣れぬ者にとってはつらいだろう。 「オールド・オスマン。あの少年はあの娘の心の拠り所のようです。 無理に引き離してしまっては、どうなるか解りません。……頼めますか?」 「やれやれ。どうなっても知らんぞ」 オスマンはがっくりとうなだれながら、ルイズと言葉の前に移動した。 「あー、コトノハといったか」 「はい」 「私はオールド・オスマン。このトリステイン魔法学院の学院長をしておる者じゃ。 いきなりで不躾ではあるが、その、この臭いを何とかしたいんじゃが」 「臭い……? ああ、ごめんなさい。誠君、お風呂に入れて上げないと」 「まあ、そうじゃな。お風呂に入れて上げなさい。その後『固定化』をかけて上げよう」 「固定化?」 「彼が、これ以上崩れていかぬようにする魔法じゃよ」 彼女が凶行にでないか、オスマンはわずかに身構えながら訊ねた。 が、言葉はすんなりとオスマンの申し出を受けて頭を下げる。 「ありがとうございます。では、誠君をお願いしますね」 「うむ」 どうやら、言葉という少女は誠が死んでいる事を理解しているらしい。 その上で、まだ誠が生きていると信じている。 だから『崩れていかぬように』という話も通じるのだ。 人間の心など元から矛盾を抱えているものだが、 心が壊れてしまった人間は常人以上の矛盾を抱えられるものという事だろうか。 治療室にあった水で誠を綺麗に洗い、水を拭った言葉は、 オスマンから固定化の魔法を誠にかけてもらい、嬉しそうに微笑んだ。 その笑顔を、コルベールは哀れみ、ルイズは恐怖を覚える。 こんなのと一緒にいたら、自分の精神がどうにかなってしまう。 そう思いながらも、この哀れな少女を救えるのならという優しさもあって、 結局コルベールに頼まれるがまま、少女を使い魔として扱わざるえないルイズ。 「今日から誠君と一緒にお世話になります、ルイズさん」 「え、ええ。あの、嫌なら使い魔なんてやめてもいいから」 「いいえ。邪魔者ばかりの"世界"から解放してくれたルイズさんには感謝してますから。 大丈夫、ルイズさんが私達を守ってくれるように、私もルイズさんを守って上げます。 誠君のように」 狂気は正気を蝕んでいく。果たしてルイズと言葉の行き着く未来は――? 前ページ次ページ鮮血の使い魔
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前ページ次ページデモゼロ ゼロのルイズ改め、馬鹿力のルイズ 気まぐれに出かけた街で、サビた剣を購入した インテリジェンス・ソードの癖に錆びているそいつの名前はデルフリンガー 錆びてる癖に態度がでかい なんと言うか、生意気? 本当なら、貴族たるルイズ、こんな剣なんていらない ……けれど 何故だろう、デルフリンガーを持っていると、体が軽く感じるのは ……何故、だろう 剣なんて、持った事もないのに この柄が、やけに手に馴染むのは 「オールド・オスマン!!」 大発見をしてしまったコルベール 大急ぎで、ノックもそこそこに学院長室の扉を開けた そこで、彼が見た光景は 「死ね!氏ねじゃなくて死ね!!糞じじぃーーーーーっ!!」 「っぎゃーーー!?死ぬ!本当に死んでしまう!ロングビル、ギブ、ギブーー!!」 ぎりぎりぎりぎり 割と本気でオールド・オスマンの首を締めにかかっている、憧れの美人秘書、ミス・ロングビルの姿 「………」 ぱたん 何も見なかった事にして、コルベールは扉を閉めた 数回、深呼吸した後……こんこん、改めて、扉をノックする 「コルベールです」 「うむ、入りたまえ」 オスマンの返事を聞いて、学院長室に入るコルベール 先ほどまでの物騒な雰囲気は嘘のように消えていて、オスマンはきちんと学院長の椅子についており、ロングビルも秘書の席についている …先ほどの光景は、幻だったのだ コルベールは、そう自分に言い聞かせた 「どうしたのかね?」 「その、ミス・ヴァリエールの件についてですが…」 ぴくり 反応を示すオスマン ロングビルに席をはずすように告げる ロングビルは、素直に立ち上がり、学院長室を出て行こうとして… 「あぁ、そうです、オールド・オスマン。今度セクハラいたしましたら、王室に報告します」 その言葉を告げた時の表情は、笑顔 しかし、その笑顔は明らかに、「次は容赦しないぞコラ」と言う仏の顔も三度な笑顔であった う、うむ、とオスマンはだらだら冷や汗流しつつ頷く その様子に満足したように微笑んで、ロングビルは学院長室を後にした 「…なんじゃい。ちょっとお尻を撫でたくらいで。モートソグニルが散歩に出かけておるから、覗く事はできんし…」 「自重してください。オールド・オスマン」 若干頭痛を覚えつつ、コルベールは苦笑した …これさえなければ、もっと尊敬できる偉大な方なのだが こほん、と咳払いを一つ 本来の話題に、戻らなくては 「オールド・オスマン。ミス・ヴァリエールの左手に刻まれたルーンなのですが…」 「おぉ、そう言えば、見た事もないような随分と珍しいルーンじゃったの。何かわかったのかの?」 「はい、それが…」 とにかく、調査結果を報告するコルベール ルイズに刻まれたルーンは、始祖たるブリミルの使い魔に刻まれたという…ガンダールヴのルーンかもしれないという、その結果 ううむ、とオスマンは考え込んだ表情となる 「…やれやれ、何もかもが、我々が抱く常識から外れとるの。使い魔は主の体に宿り、そして刻まれたルーンはガンダールヴ、とは…」 「間違い…ないのでしょうか?」 「ルーンはほぼ一致しておる。ミス・ヴァリエールは…ガンダールヴの力を、その身に宿してしまったのじゃな」 正確に言えば、その力を身に付けるべきは、彼女の体の中の使い魔 しかし、その使い魔は、主であるルイズに力を与えている存在 故に、そのルーンの力も、ルイズに現れる 「確か、ガンダールヴは…あらゆる武器を、使いこなすんじゃったか」 「はい。もっとも、ミス・ヴァリエールが武器に相当するものを持っている場面を見ておりませんので、確認できませんが…」 「確か、食堂でグラモンの馬鹿息子を壁にめり込むくらい突き飛ばしたとか聞いておるが、あの時は?」 「武器の類は身につけておりませんでした。純粋に、彼女の力で突き飛ばしたようです」 むむむむむ 考え込む二人 ルイズに宿った使い魔には、主に怪力を与える能力もあると言うのか 不憫だ ルイズがあまりにも不憫で、二人は涙を流しそうになる まだ16歳の、小柄な乙女 その身に宿りしは、常人の2,3倍の食欲と、その身に似合わぬ怪力 …女性として、あまりにも不憫すぎる オスマンとコルベールは、ルイズと言う少女の将来を、少し心配したのだった 「…ヴァリエール、か」 学院長室を後にしたロングビルは、一人、ぽつりと呟いた 貴族なら、誰でも使えるはずの魔法が使えない少女 それでも、貴族としての誇りを決して失わず、むしろ誰よりも貴族らしくあろうとする少女 決して努力を怠る事のない彼女は、貴族嫌いのロングビルにとっても、好感を抱ける相手だった 使い魔召喚の儀式で大怪我を折ってしまい…何故か、少女に相応しくない食欲が身についたと聞いているが 「……まさか、ね」 己の考えを、己自身で否定する …まさか まさか、彼女が、自分の妹と同じような状況になっているはずがあるまい、と 一人、そう結論付けたのだった 街に出かけてから、数日後の事 夜、一人、杖を振るうルイズ ぼん!!と爆発音が響き渡る 「はぁ……」 憂鬱にため息を吐くルイズ 魔法は、相変わらず失敗してばかり やはり、ただの一度も成功しない …ん?一応、使い魔召喚と契約は成功してるから、二回は成功してるのか? しかし、やはりルイズは貴族として、魔法を普通に使いたかった だからこそ、努力する 幸いと言うか、今までより心なしか疲れにくいような気もするし 遠慮なく、魔法の練習を続けていく …どごん!! また、失敗 なんとも見事な爆発である 「はぁ……」 「おいおい、そんなにため息ついてると、幸せが逃げていくぜ?」 カタカタ 傍らに置いていたデルフリンガーが、そう声をあげる 結局、エキュー金貨100枚で購入したこの剣 話し相手にもなるから、とあまり鞘に入れておく事はない 今も、気晴らし用にと、鞘から出しておいておいていたのだ 「ため息もつきたくなるわよ。あぁ、もう。どうして成功しないのかしら…」 「ぶっちゃけ、ヘタな魔法より威力あって強力だと思うけどな、その爆発」 確かに、人に直撃したら大怪我させる事確実な爆発ではあるけれど でも…それは、ルイズが使いたい魔法じゃあ、ない 「…せめて、水の秘薬が作れるようになって…治癒魔法が、使えるようになりたいのに…」 病弱な姉の為に、せめて、それだけはできるようになりたい そう願っていたルイズ 彼女にとって、やはり、魔法が爆発するという現象は悲しいものでしかないのだ だんだん、悲しい方向へと動いていくルイズの思考 ぐぎゅるるるるるるるるる ……… うん、何となくそんな予感はしたのだ 毎度毎度、絶妙なタイミングで鳴る腹だ 「相棒は本当に大食らいだな。そのちっこい体のどこに収まってんだ?普通なら栄養全部胸に行ってんのかってパターンだが、相棒にはその胸がないし…」 「…………」 ぎゅううううううう 力いっぱい、デルフリンガーの柄を握るルイズ 左手のルーンが微かに発光し、ルイズの中を力が駆け巡る 「っちょ、っや!?いーたーいー!?やめっ、そんなに強く握らないでぇ!らめぇええええ!!!!」 デルフリンガーでできる気晴らし、それがこれである 剣の癖に痛みを感じるとはおかしい事だが、あんまり強く握られると痛いらしい 若干悲鳴が気色悪いが、わりと気晴らしになる まぁ、オススメはできないが 「ひでぇよ相棒…俺、壊れちまうよ…」 「そう簡単には壊れないでしょ。ってか、相棒って何よ」 デルフリンガーは、何故かルイズを相棒、などと呼んできている 理由を聞いても「忘れた」「何となく」としか答えが返ってこないため、埒があかない 不思議と嫌な感じはしないので、とりあえずそのまま呼ばせていた ぐぎゅぅぅぅぅぅぅう …うん、まずは夜食よね、夜食 「ミス・ヴァリエール~!」 あ、来た来た! きらり、瞳を輝かせるルイズ ここ数日、毎日の用に夜、魔法の練習をしているルイズだったが、どうにもおなかがすいて仕方がない だから、シエスタに頼んで、夜食を用意してもらっていたのだ 恩人であるルイズのために、シエスタは甲斐甲斐しく、料理を作ってくれていた 豪華でなくてもいいから、とにかくおなか一杯になるものを、お願いしている為、いつもボリューム満点の料理を作ってくれる キラキラ、まるで飼い主がご飯を出してくれるのを待っている猫のような表情を浮かべるルイズ …と、今日は、シエスタの後ろから、誰かもう一人やってくるのが見えた 「ツェルプストー?」 「はぁい。今夜も頑張ってるじゃない。でも、早く寝ないとお肌に悪いわよ?」 どうやら、連日魔法の練習で夜更かし気味のルイズを心配してくれたらしい …近頃、本当にキュルケの優しさが身にしみていた 彼女が、こんなにも世話焼きな性格だとは思ってもみなかった 今まで、キュルケにからかわれ、むきー!とそのからかいに乗ってばかりだったルイズ しかし、使い魔を召喚できた事で、ほんの少し心に余裕ができた事 そして、初めは使い魔召喚に失敗していたと思われていたルイズをキュルケが心配し、からかいよりも気遣いを優先させた為に、二人の仲はかなり改善されていた 先祖代々いがみ合ってきた仲とは、もう見えないかもしれない 「わかってるわよ。でも、もうちょっとだけ」 むぐむぐ シエスタの作ってくれた、ボリューム満点のサンドイッチを食べつつ、キュルケに答えるルイズ うん、今日のサンドイッチも美味しい どっちかと言うと平民向けの料理らしいが、質よりも量を優先しがちになってしまったルイズにはちょうどいい むぐぐん……ごっくん よし、練習再開!! 「シエスタ、悪いけど、お皿片付けておいて。ツェルスプトー、失敗した時に巻き込んで怪我させるのも嫌だし、ちょっと離れていて」 はい、と返事して、シエスタは皿を片付けにかかる キュルケも、ルイズの爆発魔法の威力は知っている 素直に、ルイズから離れた 杖を握り、ルイズは集中する 一句一句、間違える事のない呪文の詠唱 何度も何度も詠唱したのだ、間違えるはずがない 「……ファイヤーボール!!」 ちゅごどごぉん!! 派手な爆発音 いつも通り、魔法は失敗した ……ただ 問題は 「げ」 ぱらぱら…… 壁が、崩れている 適当に壁を狙った放った魔法は、爆発によって見事にその壁を崩していた あ、あれ? 固定化の魔法がかかっているはずなのに、どうして崩れるの? パニック状態になってしまうルイズ キュルケも、離れた所でぽか~ん、と口をあけており…シエスタも、キュルケの隣辺りで、思わず足を止めてその崩れた壁を見つめていた ど、どどどどどどど、どうしよう 怒られる!! 頭の中で、ありとあらゆる言い訳を考え始めたルイズであったが …その思考は、強制的に打ち切られた 「え……?」 「っ逃げろ、相棒!!」 大地を揺るがす、轟音 ルイズたちの目の前に……巨大な、巨大な、次のゴーレムが姿を現した 前ページ次ページデモゼロ
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前ページ次ページ失われた世界から新世界へ 教師の居ない教室と言うのは、往々に騒がしいものだ。 貴族たちが魔法を学ぶこの学院も例外ではない。 生徒たちは、親しいもの同士で集まって談笑している。 今日の主な話題は、昨日召喚された各人の使い魔についてだ。 中でも、火トカゲを召喚した『微熱』のキュルケと、風竜を召喚した『雪風』のタバサが、話題に上ることが多い。 二人は、この学院でも屈指の実力の持ち主で、生徒の中には、二人が何を呼び出すかで賭けをした者もいる。 その話題の主キュルケが、使い魔の火トカゲを従えて教室に入ってくると、たちまち男子生徒たちが群がった。 口々に火トカゲを誉めそやす彼らに愛想笑いを返して、キュルケは、一番前の列の、青い髪の少女──タバサの隣に座った。 隣の賑やかさなどどこ吹く風と言ったように、読書に没頭していたように見えたタバサが、 本に目を向けたまま、「汚れてる」 と呟いた。 「え? ああ、これね」 タバサの声に、顔をそちらに向けたキュルケは、自分の胸元を見て頷いた。 そこには、ルイズの涙のシミがついていた。 「子猫ちゃんを構ってたら、ちょっとね」 含み笑いをし、ハンカチを取り出してそこに押し当てる。と、窓の方が騒がしくなった。 何事かとそちらを見ると、ルイズをお姫様抱っこした大男が、窓を開けて入ってくる所だった。 「どうやら、間に合ったようだな」 「あまりお行儀はよろしくねえが、遅れるよりはマシか」 超戦士たちがそんな事を言うと、教室に押し殺した笑い声が広がった。 「降ろしなさい」 教室の雰囲気に怪訝な顔をした金髪の超戦士だったが、ルイズにそう言われ、ひとまず彼女を地面に立たせる。 ルイズは、こほんと一つ咳払いすると、手近な空席に腰を下ろした。 「俺たちは……後ろか」 教壇を最下段として階段状になった教室の一番高い所に、目玉のお化けやら大蛇やら蛸と人魚の合いの子やらと言った 珍獣たちが集まっていた。 超戦士たちはノシノシと階段を上がってその溜まり場まで行くと、壁に背を預けて腕組みをした。 ちょうどその時、ドアを開けて年かさのいった女性が入ってきた。 彼女は教壇に立つと、生徒たちを見回してにっこりと笑った。 「おはようございます、皆さん。どうやら、使い魔の召喚は大成功だったようですわね」 「ミセス・シュヴルーズ! 若干1名、失敗したやつがいますよ!」 教師の言葉を待ってましたと言わんばかりに、太っちょの少年が手を挙げる。 ルイズが、忌々しげにその少年──マリコルヌを睨む。 「あら、そのような報告は受けていませんが……ミスタ・グランドプレ?」 目を丸くしてシュヴルーズが聞き返すと、マリコルヌは意地悪い目つきでルイズを見ながら言う。 「使い魔が召喚できなかったから、傭兵を雇ったやつがいるんです」 生徒たちが、どっと笑い声を上げた。 その笑い声で一気に脳天まで血が上ったルイズが、立ち上がって金切り声を上げた。 「雇ったんじゃないわ! ちゃんと召喚したわよ!」 「おいおい、ゼロのルイズ。誰もお前の事だなんて言ってないぞー?」 噛み砕かんばかりに歯を食いしばり、般若の形相でルイズがうめく。 「やっぱり自覚があったんだな。おかしいと思ったんだよ、お前が召喚に成功するなんて」 「したわ! 『コントラクト・サーヴァント』だって成功したもの!」 「どうせルーンだって刺青だろ? そんな事してまで嘘つくなんて、貴族のする事じゃないぞ」 「な、な、な……」 ルイズの顔色が、赤を通り越して青くなる。 もはや我慢の限界。かくなる上は杖を抜くより他に無し。 彼女の怒りがそこまで達したとき、教室の後ろから、低くよく通る声が飛んだ。 「おいおいお嬢ちゃん。あんまりカッカしなさんな」 「そっちの坊やもだ。あまり友達の事を悪く言うもんじゃねえぜ」 生徒たちが、一斉に振り返った。件の使い魔、超戦士たちに視線が集まる。 注目を集めた本人たちは、その視線に動じることなく泰然としていた。 しかし、彼らのご主人様に、彼ら程の余裕は無い。 「あんたたちは黙ってなさい!」 矢か槍かと思うほどの睨みを飛ばしてルイズが怒鳴ると、マリコルヌも声を上げる。 「そうだ! 平民のクセに、貴族の僕を『坊や』とは何事だ! ゼロのルイズは使い魔の教育も──」 マリコルヌがそこまで言ったとき、彼とルイズの二人が、糸の切れた操り人形のように、椅子に腰を落とした。 シュヴルーズが、杖を振っていた。 「二人とも、彼らの言う通りです。級友を悪く言うものではありません。それから……」 たしなめる様にそう言い、シュヴルーズはルイズに目をやる。 「ミス・ヴァリエール。彼らが、貴方の使い魔ですか? 確かに、貴方が召喚したのですね?」 毒気を抜かれたようにしょげていたルイズが、はっと顔を上げた。 キッとシュヴルーズを真っ直ぐに見返し、はっきりと言い切る。 「始祖ブリミルに誓って、間違いありません。お疑いになるのでしたら、ミスタ・コルベールにお聞きになって下さい」 その言葉を聞いて、シュヴルーズは了解したように頷き、手を打った。 「わかりました。さあ、では授業を始めますよ」 ざわついていた教室が静まり返る。 シュヴルーズの声が教室に響く中、ルイズは、人に聞こえないように重いため息をついた。 チラっと目を左右に走らせると、小鳥だのカエル(ひっ!)だのと言った小型の使い魔が、机の上にちょこんと乗って主人であろう生徒を見つめていた。 その光景を見て口をへの字に曲げ、ルイズは後ろを振り返る。 スキュラ、バグベアー、サラマンダー、そして大男二人。ため息。 「ミス・ヴァリエール。よそ見はいけませんよ」 「は、はいっ!」 教師に声を掛けられ、ルイズは慌てて向き直った。 「では、貴方にやってもらいましょう。この石を望む金属に変えてみなさい」 そう言って、シュヴルーズが教壇の上の石ころを指し示す。 その瞬間、教室に緊張が走った。 その緊張感は、超戦士たちをして身じろぎさせるほどの重さを孕んでいた。 当のルイズは、躊躇するように俯く。 「ミセス・シュヴルーズ、彼女にやらせるのは、考え直した方がいいと思いますけど……」 重い空気を破って、最前列のキュルケが言う。 「なぜです? ミス・ツェルプストー」 「危険です、とても」 怪訝な表情で聞き返す教師に、キュルケは端的に答えた。他の生徒もそれに同調する。 同級生のその反応に、ルイズは柳眉をつり上げた。 そして顔を上げて立ち上がり、決然と言った。 「やります」 ぎょっとして、キュルケは振り返った。ツカツカと教壇に向かうルイズの顔を見て、彼女は、藪をつついてしまった事を悟った。 「やめて、ルイズ」 彼女にしては珍しく哀願するような声でそう言ったが、ルイズから返ってきたのは、噛み付くような視線だった。 キュルケは額に手を当てて首を振ると、机の下に身を沈めた。 他の生徒たちもそれにならい、ルイズが教壇に登る頃には、ほとんどの生徒が机の影に隠れていた。 その様子を見て、さすがの超戦士たちも身構える。 「一体、何が起こるってんだ?」 「さあな。少なくとも、あまり穏やかな事じゃなさそうだぜ」 二人は、教壇に立ったルイズを注視した。 「さあ、ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を強く思い浮かべるのです」 教室の不穏な空気に気づいているのかいないのか、ルイズに笑顔を向けるシュヴルーズ。 ルイズは真剣な面持ちで頷くと、静かに目を閉じて呪文をつむぐ。そして杖を振った。 その瞬間、石が爆発した。 耳をつんざく爆音と共に、閃光と熱と衝撃が教室を駆け抜けた。 「むおっ!」 思わず腕で顔を覆う超戦士たち。 細かいつぶてが、巨体を容赦なく打つ。 彼らが腕を下ろすと、教室は目を覆うばかりの惨状を呈していた。 突然の爆音と閃光に恐慌状態になった使い魔たちが本能のままに暴れまわり、それを抑えようとする生徒と 逃げようとする生徒の悲鳴が錯綜して、さながら魔獣の檻のようになっている。 爆心地である教壇は、教卓が最前列の机もろとも粉々に砕け、ススまみれになったルイズとシュヴルーズが倒れ伏していた。 「いけねえ!」 声を出すが早いか、超戦士たちは教室を縦断して教壇に降り立った。 シュヴルーズは、白目を剥いて気を失っていた。 胸が上下しているので息はあるようだ。ルイズは、全身ススで真っ黒にして目を閉じていた。 「お嬢ちゃん、大丈夫か!?」 側にかがみ込んだ金髪の超戦士が声を掛けると、ルイズはふっと目を開けた。 呆けたように泳いでいた目が焦点を結ぶと、2、3度瞬きをして体を起こした。 「おい、無理するな。医者が来るまで横になってろ」 「……大丈夫よ、いつもの事だから」 超戦士の言葉に低い声で返すルイズ。 そのルイズに、生徒たちから怒号が飛んだ。 いわく、何をやっても成功率ゼロ、ゼロのルイズ。 魔法を使えぬ者に貴族の資格無し。 今すぐ学園を去るべし。 当のルイズは、ハンカチでススを拭いながら、それらの悪口雑言を受け流していた。 しかし、その口は真一文字に引き結ばれ、緩むことはなかった。 結局、その日のルイズのクラスの授業は、教室の修理が終わるまで休講となってしまった。 修理を担当するのは、破壊した張本人のルイズである。 しかし、当の本人は雑巾で机を拭く程度で、破砕片の撤去や新たな備品の搬入、その他の クリーンナップなどは超戦士たちが受け持っていた。 当初は勝手が分からずにホウキを持って戸惑っていた超戦士たちだったが、慣れてくると サテライトまで駆使して作業を進め、見る間に教室を元通りにしてゆく。 一方のルイズは、元々の作業量に違いがあるため、昼近くになると、机に座って超戦士たちが 立ち働くのをぼうっと見ているだけになっていた。 そのルイズが、俯いてため息をついた。 「どうした、お嬢ちゃん。随分暗いじゃねえか」 ため息を聞きつけたモヒカンの超戦士が、手にしていたホウキを肩に担いで言った。 「さっきの事なら、あんまり気にするもんじゃねえぜ。失敗なんざ、誰にでもあることさ。ま、ちょいとハデだったがな」 金髪の超戦士が口元に笑いを浮かべてそう続けると、ルイズは眉間にしわを寄せて顔を上げた。 「適当な事言わないで。あんたたちも聞いたでしょ? 成功率ゼロのルイズ。 今までどんなに一生懸命練習したって、爆発ばっかりで成功した事なんか無いの」 喋っているうちに声が大きくなり、次第に怒鳴り声になる。 「『頑張ればそのうちできるようになる』なんて慰め、今まで耳にタコができる程聞いたわ! でもダメ だったの! 『そのうち』っていつよ! いつなのよ!? な、何も知らないくせに、わ、わたしがどれだけっ、し、し、知らないくせに適当な事言わないでよっ!!」 机をバンと叩いて立ち上がり、ルイズが絶叫した。 目の端に涙をため、肩で息をする。 驚いたような顔で、彼女の言葉を受け止める超戦士たち。 やがて、ルイズの息が落ち着いてくると、金髪の超戦士が神妙な面持ちで謝った。 「すまなかったな、勝手な事言っちまって」 そう言った後、笑顔を見せて彼は続けた。 「だがよ、俺たちを呼ぶことはできたじゃねえか」 「ああ。それと、こいつもな」 モヒカンの超戦士が左手の甲を見せた。 使い魔のルーンが淡い光を放っている。 「……それだって失敗みたいなもんだわ。ドラゴンやグリフォンみたいなのを 呼ぶつもりだったのに、あんたたちみたいなのが来ちゃうし」 力無く腰を下ろし、ルイズはため息をついた。 「それでも、まったくの失敗じゃあねえ。何分の一かでも、成功は成功だぜ」 相方の言葉に同意するように頷き、モヒカンの超戦士も言葉を重ねる。 「今度から、魔法が成功する度に名前を変えてきゃいい。1と3分の1のルイズ、とかよ」 ルイズは、モヒカンの超戦士を恨めしそうな目で睨みつけた。 「バカにしてるでしょ、あんた……」 肩を竦め、首を振るモヒカンの超戦士。 金髪の超戦士が、相方をフォローする。 「相棒の言い方はふざけてるが、次の成功の事を考える、って事さ。 100万のルイズと名乗れるようになりゃ、誰にもバカになんかされねえだろうよ」 そう言って、金髪の超戦士はニッと口の端を上げたが、ルイズは憮然として俯いてしまう。 「できるわけないじゃない……100万なんて……」 このルイズの反応に、超戦士たちは顔を見合わせて首を振り合う。 ややあって、金髪の超戦士が鼻の頭をかきながら声を掛けた。 「悪い方にばかり考えるのはよそうや、お嬢ちゃん。掃除は俺たちが終わらせとくから散歩でもしてきな。 こんな所で悩んでたって、気が滅入るだけだぜ」 そう言って、思い出したように付け加える。 「そういやあ、あのおっさん──コルベールと言ったか、あいつが何か調べるって言ってたじゃねえか。 何か分かったことがあるかもしれねえ。探して、話を聞いてみちゃあどうだ?」 超戦士の言葉に緩慢な動作で顔を上げたルイズは、黙然と彼らを見返した。 しばらくして、区切りをつけるように短くため息をつくと、机に放り出してあった雑巾を手に取って立ち上がった。 口をへの字に曲げたむくれ顔で階段を下り、超戦士に歩み寄って雑巾を渡そうとした時、ルイズの腹の虫が盛大に存在を主張した。 「ぅっ」 思わず胃の辺りに手をやるルイズ。超戦士たちが苦笑いする。 「ハラが減ってちゃ、しょげるのも仕方ねえやな。ついでに、メシも済ませてきな。朝メシも食いっぱぐれた事だしな」 モヒカンの超戦士がそう言うと、ルイズは顔を赤くして眉をつり上げた。 「あんたらのせいでしょ、バカっ!」 そして雑巾をモヒカンの超戦士の顔めがけて投げつけ、脱兎のごとく教室を出て行った。 顔にへばりついた雑巾をちょいとつまんで剥がし、モヒカンの超戦士は相方に顔を向けて肩を竦める。 「……難しいお年頃、ってヤツか?」 「お前のデリカシーが足りねえだけさ。気にするな」 トリステイン魔法学院の図書館。 学院の中央に建つ本塔の大部分を占めるこの大図書館の、生徒の出入りが 禁じられた一角、フェニアのライブラリーに、コルベールは居た。 彼は、昨日別れ際にルイズと超戦士たちに言った通り、夜を徹して図書館に篭って調べていた。 顔を脂でテカらせ、時折眼鏡を外して目頭を揉みほぐしながら、一冊また一冊と目を通してゆく。 手の届く高さの書架を調べつくすと、レビテーションの魔法で浮かび上がり、端の本を手に取る。 そうして、30メイルはあろうかという書架の中ほどまで浮かび上がった彼は、 『始祖ブリミルの使い魔たち』と題された本に目を通すや、慌てたように地面に降り立ち、図書館を駆け出していった。 昼過ぎになると、学院は本塔以外に人の気配が少なくなる。 この魔法学院に学ぶ者、勤める者のほとんどが、本塔の食堂に集まる為だ。 ルイズが破壊した教室のある塔も例外ではなく、廊下はシンと静まり返って物音一つ聞こえない……はずだった。 しかし今は、忙しない足音と苦しげな息遣いが響いていた。 廊下を走っていた少女が、教室のドアを開けて中を覗き込む。 すぐさまドアを閉じると、また廊下を走り始めた。 少女は、黒の地味なワンピースに白のエプロンを身に付け、艶やかな黒髪の上にはホワイトブリムを載せている。 一見してこの学院の奉公人だと分かるこの少女──シエスタは、しかしこの名門学院の奉公人としては ふさわしくない行動を取っていた。 髪を振り乱し、息を切らせて走り回るばかりか、教室のドアをノックもせずに開けて 中を覗き込むなど、彼女の上司に見られたら叱責を受けるのは免れないだろう。 しかし彼女の表情からは、その叱責を恐れるような気配は感じられない。 額に汗を浮かべ、顔を歪めながらも、足を前に運ぶ。 脇腹を手で押さえ、もう片方の手を壁につきながらも、階段を駆け上る。 彼女の顔に浮かんでいるのは、一途な必死さだけだ。 その彼女の目が見開かれた。 視線の先には、掃除用具を抱えた二人の大男、超戦士たちがいた。 二人を目視した彼女の足が、さらに速まった。 超戦士たちが、足音に気づいてシエスタに顔を向けた。 「あのっ!」 それをきっかけにしたのか、シエスタが二人に声を掛けた。 そして彼らの前で止まると、息が落ち着くのも待たずに尋ねる。 「あのっ、すみません、あの、ミス、ヴァリエールの、使いむっ…、使い魔の、方ですか?」 ただ事ではない彼女の様子に、怪訝な表情を浮かべて、モヒカンの超戦士が応えた。 「ああ。その通りだが、お嬢ちゃん──ルイズが何かしでかしたか?」 その返事を聞くや、シエスタは床に跪き、手を胸の前で組んで叫ぶように言った。 「お願いします! ミス・ヴァリエールを助けてください!」 その行動と言葉に、一瞬呆気に取られた顔をした金髪の超戦士だったが、すぐに真顔に戻り、 自分も跪いてシエスタの肩に手を掛けた。 「一体何があった? 落ち着いて話してみな」 「はい、実は──」 シエスタが語った顛末は以下のようなものだった。 彼女が食堂で給仕をしていた時、貴族の少年が香水のビンを落とした。 それに気づいて拾い、落とし主の少年に渡そうとした彼女だったが、それが元で少年の二股がばれてしまい、二人の女性に 公衆の面前で振られてしまった。 少年は激怒し、彼女に罰を与えようとした。 そこにルイズが割って入り、彼女を庇った。 ところが、少年の怒りは収まらず、挑発されたルイズも激昂して口論となり、ついには決闘をする事になってしまった。 「なんでえ、ただのガキのケンカじゃねえか。ほっときな」 シエスタが話し終えると、腕を組んで聞き入っていたモヒカンの超戦士が、腕を広げてつまらなそうに言った。 金髪の超戦士も、シエスタに笑顔を向けて、相方に同調する。 「庇われた責任を感じてるんだろうが、気にする事はねえ。仮に負けたとしても、いい経験になるさ。 子供ってのは、そうやって傷ついて少しずつ大人になってくもんだ」 だが、シエスタは激しくかぶりを振って、哀願するように訴えかけた。 「そんな生やさしいものじゃありません! 貴族の決闘は、魔法で殺し合いになる事もあるんです!」 「そいつを早く言わねえか!」 瞬時に顔を強張らせ、金髪の超戦士はシエスタを抱えて立ち上がった。 「ひゃっ!」 「決闘をやってんのはどこだ?」 廊下の窓を荒々しく開け放ち、モヒカンの超戦士が尋ねる。 金髪の超戦士にお姫様だっこされたシエスタは、目を白黒させながらも答える。 「え、えっと、ヴェストリの広場です!」 「名前言われたって分かりゃしねえ、どっちだか指差しな!」 その時、窓の外から爆発音が響いてきた。三人がはっとしてそちらを見ると、本塔の壁に砂埃が立っている。 「あそこか! いくぜ、しっかり掴まってな!」 時間は少し戻り、本塔最上階。 そこは、この魔法学院の学院長であるオールド・オスマンの執務室がある。 今、その部屋には、学院長本人と、先ほどまで図書館に篭っていたコルベールがいる。 コルベールは、室内を右往左往し、口角泡を飛ばしながら、自論をまくし立てていた。 「つまり、あの二人は伝説の使い魔『ガンダールヴ』である、と。君はそういいたいのじゃな」 興奮するあまりあちこちに話を脱線させるコルベールにうんざりした様子で、オスマンが話をまとめた。 コルベールは、学院長の言葉に、わが意を得たりと言った顔で机の上に身を乗り出した。 「そうです! ガンダールヴはあらゆる武器を使いこなしたと聞きます! 彼らの言葉も、それを裏付けているんです! 彼らはあの時、武器の構造が頭に流れ込んでくる、というような事を口走っていました! これはつまり──あいだっ!」 オスマンの杖がコルベールの額に打ち下ろされた。 よろめいて2、3歩後じさりし、コルベールが抗議の声を上げる。 「な、何をするんです学院長!」 「唾が掛かるわい。もう少し落ち着いて話さんか」 そう言いながら、オスマンは口元を歪めて顔をハンカチで拭う。 「こ、これは失礼しました。して、いかがいたしましょうか」 コルベールの問いかけに、老メイジはうなり声を上げ、手慰みにその見事な白髭をしごき始めた。 そのまましばらく無言が流れた。 さすがに焦れたコルベールが声を掛けようとした時、部屋の扉がノックされた。 「失礼します。よろしいでしょうか?」 「ミス・ロングビルか、入りなさい」 扉越しに聞こえた声に、オスマンが応える。 扉が開き、眼鏡をかけた緑髪の女性が静かに入ってきた。 「どうしたね」 「ヴェストリの広場で決闘が始まるとの事で、大騒ぎになっております。 止めようとした教師も、野次馬の生徒たちに排除されたようです」 オスマンは机に頬杖をついて嘆息した。 「やれやれ。暇を持て余した子供たちには参ったもんじゃ。それで、暴れているのは?」 「はい。一人はギーシュ・ド・グラモン」 オスマンが鼻を鳴らす。 「元帥の所の四男坊か。オヤジに似て女好きじゃからの、どうせ女がらみじゃろ。して、相手は?」 学院長が先を促すように言った時、彼の背後にある窓のすぐ外で爆発音が響いた。 思わず首をすくめる室内の3人。唖然として窓を振り返り、やがて向き直ったオスマンは、ため息混じりに言った。 「相手は、ヴァリエールか」 「はい。教師たちは、決闘を止めるために『眠りの鐘』の使用許可を求めておりますが」 ロングビルの言葉に、オスマンは吐き捨てるように返す。 「阿呆めらが。そんな事に秘宝を使ってどうする。放っておきなさい」 「分かりました。失礼します」 一礼して、ロングビルが退室する。 「ミス・ヴァリエール……ですか」 扉が閉まり、ロングビルの足音が聞こえなくなると、コルベールがポツリと呟いた。 「ふぅむ、使い魔の事といい、色々しでかしてくれるのう」 そう言って、髭に手をやるオスマン。 元々皺だらけの顔に、さらに皺が寄っている。 「学院長、彼らの事は……?」 「保留じゃ」 コルベールの再度の問いかけに、今度は即答する。 当惑した顔で、コルベールは聞き返す。 「王宮に報告したほうが良いのではありませんか?」 彼のこの言葉に、片眉を上げ、オスマンは鋭い睨みを飛ばした。 そして今までの軽口が嘘のように、重々しく叩き伏せるような声を出した。 「それには及ばん。こんな事を奴らが知ったら、またぞろ禄でもない事を始めるに決まっとる」 「ははっ!」 突然の学院長の豹変に、コルベールは我知らず萎縮し、とっさに頭を下げた。 部下のその様子に、オスマンは苦笑いをして、うむ、と唸った。 「それに、まだ彼らが本当にガンダールヴであると決まったわけではないでな。 なんにせよ、情報が足りん。コルベール君、しばらくその使い魔を監視したまえ。気づかれんようにな。判断はそれからじゃ」 「は、仰せの通りに」 額に汗を浮かべ、深々と一礼すると、コルベールは逃げるように学院長室を後にした。 慌しい足音が遠ざかると、オスマンは机の引き出しを開け、水ギセルを取り出した。 杖を一振りして火を点け、大きく吸い込むと、細く長く、紫煙を吹き出す。 薄い煙が立ち昇り霧散していくその様を、オスマンは声も無く見つめている。 その目は、唯一の楽しみと言って憚らない喫煙を楽しんでいるとは思えない、険しいものだった。 砂埃の舞い上がる本塔を見上げていた少年が、鼻を鳴らしながら正面に向き直った。 「ハンデの一発を無駄にしてしまったようだね。僕からのプレゼント、お気に召さなかったかな?」 少年──ギーシュ・ド・グラモンは、気取った態度で髪をかき上げ、嘲るように言った。周囲の人垣から笑い声が上がる。 相対するルイズは、口を歪めてギーシュを睨みつける。 「では、今度はこちらから行くよ」 ギーシュが手に持ったバラを振ると、一片の花びらが舞い落ちた。 その花びらは空中で大きく膨らみ、女戦士を模した青緑色の銅像に変化する。 既に勝ちを確信したような笑みを浮かべ、ギーシュがルイズに声を掛ける。 「もう一度聞くけど、謝るつもりはないのかな? 僕としても、女の子と戦うのは気が──」 「無いわ! 誰があんたみたいな貴族の面汚しに頭なんか下げるもんですか!」 ギーシュの言葉を遮って、ルイズが吐き捨てるように怒鳴った。 意地悪く歪んでいたギーシュの顔が強張り、今度は苦々しく歪む。 「聞き捨てならないね。面汚しは君の方だろう。魔法も満足に使えないのに貴族を名乗るな! 行け、ワルキューレ!」 声を荒げ、ギーシュはバラを振った。彼の前に立っていた銅像──ワルキューレが、弾かれたように走り出す。 「ファイアーボール!」 迎え撃つルイズも、呪文を唱えてワルキューレに向けて杖を振った。 しかし、彼女の頭上3メイル程の所で爆発が起こっただけだ。 依然ワルキューレは猛然と走っている。 頭上に一瞥をくれ、新たに呪文を唱え始めたルイズだったが、それが完成する前に、銅像が目の前まで迫り拳を振り上げた。 小さく悲鳴を上げ、転がるように逃げるルイズ。 走って距離を取ろうとするが、そうはさせじとワルキューレが追う。 歩幅でも速度でも上回るワルキューレは、あっさりとルイズを追い越し、前に回りこんだ。 たたらを踏んで止まるルイズ。 ワルキューレが拳を振り上げる。 ルイズはとっさに屈み込もうとした。 その時だった。 「ミス・ヴァリエール!」 「えっ?」 「あっ!」 突然頭上から声が掛かった。 予想もしていなかった事に、ルイズの動きが一瞬止まる。 そのルイズの首に、ワルキューレのフックが強かに打ち付けられた。 布に包まれた木の枝が折れるような音が響き、ルイズの華奢な体が数メイル飛ばされる。 広場に悲鳴が響いた。 金髪の超戦士に抱えられ、空を飛んでいたシエスタだった。 彼女は、超戦士が地面に降り立つのももどかしく彼の腕から飛び出し、ルイズに駆け寄ろうとした。 だが、その肩をモヒカンの超戦士が掴む。 「待ちな! 下手に動かすと危ねえ!」 か細いうめき声を上げて立ち止まった彼女の横をすり抜け、金髪の超戦士が、倒れたルイズの横にかがみ込む。 目を閉じて微動だにしないルイズの首を触った彼は、眉間に皺を寄せ、押しつぶしたような声を出した。 「こいつぁいけねえ。首の骨がやられてやがる」 「そ、そんな……」 シエスタは顔を真っ青にしてよろめき、気を失った。 糸が切れたように崩れ落ちようとする彼女の体を抱きとめたモヒカンの超戦士が、舌打ちして人垣の方に顔を向けた。 「おい! 誰か医者を呼んで来い!」 その声を聞いて、ざわついていた人垣から、数人が走り寄ってきた。 彼らはルイズの側にしゃがみ込むと、杖をかざして呪文を唱え始める。 「何をしている?」 怪訝な顔で金髪の超戦士が尋ねると、紫のマントを羽織った少年が顔も向けずに答えた。 「治癒の魔法だよ。でもダメだ、これじゃ。秘薬がないと……医務室に運ぶぞ、レビテーションをかける」 彼が杖を一振りすると、ルイズの体がふわりと浮かび上がった。 少年の腰の高さまで浮かぶとそこで止まり、少年の歩みに合わせてするすると空中を滑るように移動する。 彼らの向かう先では、人垣が割れて道ができていた。 慎重に歩みを進める彼らが人垣に近づいていくと、野次馬たちがささやき合う声が聞こえてくる。 ルイズを心配する声、忍び笑いする声、グラモン家とヴァリエール家の対立を予想する声。 それらの中には、ギーシュを非難する声も、特に女子の間から聞こえていた。 その非難が聞こえたのか、顔を青くして成り行きを見ていたギーシュが、虚勢を張るように髪を忙しなくかき上げて言った。 「ふ、ふん。変な意地を張るからこんな事になるんだ。分をわきまえて、素直に謝ればよかったのに」 その声に、視線が集まる。その中には、当然ながら超戦士の二人も含まれていた。 「……相棒、お嬢ちゃんに付き添ってやんな。俺はちょいと野暮用を済ませてくるぜ」 モヒカンの超戦士が、抱えていたシエスタを相方に差し出した。 金髪の超戦士は、顔をしかめつつもシエスタを受け取り、 「貸しにしとくぜ」 そう言って踵を返した。 「返すアテはねえがな」 相方の背中に向けて声を掛けるモヒカンの超戦士。 それを聞いた方は、振り向きもせずにひょいと肩を竦めた。 にやりと口元を歪めた褐色の超戦士は、しかしすぐに真顔に戻ると、ギーシュに向き直って無造作に歩き始めた。 「な、なんだい? 主人の仇討ちでもしようって言うのかい? 立派な忠誠心だとは思うけども、彼女の二の舞になるだけだぞ」 上ずった声でそう言って、ギーシュは威嚇するようにワルキューレを構えさせる。 「仇討ち? そんなんじゃねえさ。ただ、お嬢ちゃんが世話になったみてえなんでな、そのお礼をしようってだけさ」 ワルキューレに臆した様子も無く、歩みを進める超戦士。 その無人の野をゆくような態度に、ギーシュのほうがたまり兼ねて銅像を走らせた。 走ったまま拳を振り上げ、勢いをつけて殴りかかるワルキューレ。 しかし、超戦士は半身になって難なく拳をかわすと、その首を喉輪攻めの形で掴んで持ち上げた。 一度つまらなそうに鼻を鳴らし、彼はワルキューレを持ち上げたまま、先ほどと変わらぬ歩調でギーシュに向かって歩く。 「くっ、放せ!」 ギーシュが乱暴にバラを振った。 それに応じてワルキューレが手足を振り回すが、顔に腕が当たろうが腹に膝が入ろうが、 超戦士は眉一つ動かさず、歩度を緩める事もない。 小さく舌打ちしてギーシュが怒鳴る。 「へ、平民が! 貴族に逆らってただで済むと思ってるのか! 無礼討ちにするぞ!」 「好きにするがいいさ。坊やに人を殺す度胸なんざ、あるとは思えねえがな」 「なっ……!」 絶句するギーシュ。 それまで焦りが色濃く見えていた少年の顔が、怒りに染まってゆく。 「言ったな! もう容赦しないぞ! グラモンの名に懸けて八つ裂きにしてやる!」 ギーシュがバラを振った。 バラから六枚の花びらがこぼれ落ち、それぞれがワルキューレに変化する。 しかし、それらは超戦士の掴んでいるものとは違い、それぞれが剣や槍などの武器を持っていた。 それを見て、超戦士の足が止まる。 「野郎。まだ出せたのか」 「甘く見たな! 行け、ワルキューレ!」 武器を構え、新たに作られたワルキューレが超戦士に殺到する。 しかしそれでも、超戦士はたじろぐ様子も見せずに鼻を鳴らした。 「美女に迫られるのは嫌いじゃねえが、デートの先約があるんでな。いちいち相手にしてたら時間に遅れちまう。 一気に片付けさせてもらうぜ」 掴んでいた銅像を無造作に放り出し、超戦士が顔をしかめて体を縮こまらせた。 ワルキューレの武器が 彼を貫こうとした、その瞬間、 「メガクラッシュだ!」 怒鳴り声と共に閃光が発せられた。 一瞬遅れて、激しい破砕音が響く。 閃光に目を覆っていた生徒たちが再び広場を見た時、立っていたのはギーシュと超戦士だけだった。 ワルキューレは、その全てが砕け散り、地面にその残骸が転がっていた。 人垣がどよめく。 「ワ、ワルキューレが……」 ギーシュが呆然としてよろめいた。 「少し淡白すぎたか?」 口の端を上げそう言い、モヒカンの超戦士は残骸を踏みしめて歩き出した。 2、3歩後じさりし、ギーシュは恐れと困惑と怒りがないまぜになった目を彼に向ける。 「な、何をしたんだ……?」 「なあに、ちょいとした『マジック』ってヤツさ」 口元に笑いを浮かべたままそう言い、超戦士がギーシュに歩み寄る。二人は既に、手を伸ばせば届く距離にいた。 完全に顔色を失って額に汗を浮かべる少年を見下ろし、モヒカンの超戦士は顔から笑みを消した。 「お嬢ちゃんが世話になったな」 引きつれたような悲鳴をノドの奥で鳴らし、ギーシュが首を振る。 「ち、違うんだ! ちょっと小突くだけのつもりだったんだ! 大怪我させようなんてこれっぽっちも──」 「喋ってると舌噛むぜ。歯ァ食いしばりな」 言い終わるが早いか、超戦士のアッパーカットがギーシュの顎を捉えた。 はたから見れば、軽く腕を振り上げただけのように見えたが、それでもギーシュの体は20サント程浮き上がった。 白目を剥いて地面に倒れこむギーシュ。 力なく横たわった少年を見下ろし、超戦士はニヤリと笑った。 「俺からのプレゼントはお気に召したか?」 つづく 前ページ次ページ失われた世界から新世界へ
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前ページ次ページ確率世界のヴァリエール 彼(女)はカオスの伝導体 彼(女)は世界の特異点 確率世界の彼(女)の中で 虚無〈ゼロ〉と無限は等価となって 眠れる分岐が目を覚ます 確率世界のヴァリエール - Cats awaking the Box! - 第六話 テーブルを挟んで椅子に腰掛けた少女が二人。 両手をくねらせ猫耳を立てて、ルイズが喜色満面に黄色い声を上げる。 「こんな下賎な場所へお越し頂けるなんて、姫殿下! このルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、 光栄の極みに御座いますわ!!」 「そんな、ルイズ・フランソワーズ。 そんな堅苦しい行儀はやめてちょうだい。 それはそうと、、、」 アンリエッタが部屋のすみをちらりと見る。 「もったいないお言葉ですわ! 姫殿下!」 「昔馴染みの懐かしいルイズ、ルイズ・フランソワーズ。 あなたまでそんなよそよそしい態度をとらないで。 で、ええと、、、」 「感激ですわ! 私を覚えてくださっていたなんて!」 「あ、あの、あちらのお二人は、、」 ルイズが部屋のすみの二人を指差し睨みつける。 「せーざっっ!!」 部屋のすみにはキュルケとシュレディンガーが、 頭の上にコブをこさえてぺたりと並んで座っている。 「なーによ。 ちょっとからかっただけじゃない」 先ほどのサカリの付いたメスライオンの様な表情はどこへやら、 キュルケがしれっとした顔で言い放つ。 「安心なさいなルイズ。 あんたみたいなオコチャマは好みじゃ無いし、 殿方もちゃんと好きだから」 「殿方「も」ぉお?!!」 ルイズが聞き返すのへ答えず、ぷい、とそっぽを向く。 「なんでボクまで、、」 涙目で頭のコブをさするシュレディンガーを怒鳴りつける。 「何で、じゃ無いでしょ何でじゃ! 助けなさいよあーいう時は!」 アンリエッタに向き直ると、にっこりと顔を作る。 「アレは隣部屋に生息する淫乱赤毛牛と 馬鹿で生意気な私の飼い猫です。 お気になさいませんよう、姫さま」 さわやかな笑顔で紹介する。 「で? そちらの姫さま、なーんかお悩みみたいだけど?」 「お黙んなさいよウシ女! 姫さまに悩みなんかあるわけ無いでしょう!!」 「い、いえ、実はその、ルイズ」 「、、え?」 アンリエッタが、胸の内の悩みをぽつりぽつりと語りだした。 「そーいうことならお任せ下さい、姫さま! 不肖、このルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 姫殿下の憂いの種たるその手紙、 無事取り戻してご覧に入れますわ!!」 「な、何を言っているの、ルイズ! 私は宮廷の中では漏らすことすら叶わぬこの悩みを、 ただあなたに聞いてもらいたかっただけなの!! 戦時下のアルビオンへ赴くなど、そんな危険なこと、、 頼めるわけがありませんわ!」 「この身をご心配頂けるなんて、感謝の極みに御座います! でも、ご安心ください、姫さま。 私、こーいうの得意なんです!!」 アンリエッタがポロリと涙をこぼす。 「この私の力になってくれるというの? ルイズ、、」 「もちろんですわ、姫さま!」 ルイズが瞳をうるませつつアンリエッタの手をとる。 「友情を確認しあってるところ悪いんだけど、、、 その話、あたしも聞いてよかったの? あたしー、一応ゲルマニア貴族なんだけど」 「え?」「あ」 手を取り合う二人が固まる。 「ご心配なく姫さま。 後顧の憂いは今すぐこの場で永久に! 取り除きます!!」 ルイズが椅子を振りかぶる。 「ちょ、冗談よ冗談だって! 人の恋路に口出す野暮天なんて ツェルプストーにはいないわよ!」 キュルケが顔を引きつらせ両手をぶんぶんと振った。 アンリエッタが机でしたためた手紙をルイズに手渡す。 「ウェールズ皇太子にお会いしたら、この手紙を渡して下さい。 すぐに件の手紙を返して下さるでしょう。 それから、これは母君から頂いた『水のルビー』です。 せめてものお守りに、、」 アンリエッタから手紙と指輪を受け取る。 「明日にでも馬車と手形を仕立てさせます」 ルイズがにっこりとお辞儀を返す。 「いいえ、それには及びませんわ、姫さま。 言いましたでしょう? こーいうの、得意なんです。 そうそう、キュルケ。 私がいない間に姫さまに手ぇ出したら頃スわよ!!」 ギロリとキュルケを睨みつける。 「あのねぇ、あたしだってそんな命知らずじゃ無いわよ。 安心して行ってらっしゃいな。 長引いたら明日の授業は代返しといたげるから」 キュルケがため息をつく。 「冗談よ。 さ、行くわよ、シュレディンガー!」 「了解っ!」 自分の使い魔の猫耳頭を抱え込む。 「では。 朝には戻りますわ、姫さま!」 にっこりとそう言うと、ルイズは使い魔と唇を重ね、『跳ん』だ。 ============================== 「きゃ! な、何を、、、え?」 突然の行為にアンリエッタが思わず目を伏せ、目を開けると そこに二人の姿はなかった。 「え?、、、へ?」 「あら、ご存じなかったんですか? 姫さま。 これがあのシュレちゃんのチカラですわ。 今頃二人はもうアルビオンですよ」 「あの使い魔さんの、、チカラ?」 「そう、あの子はどこにでもいてどこにもいない。 だから、どこにだって行けるそうなんです」 「え、、? それはまた、、なんという、、、」 「ま、マジメに考えるだけ無駄ですわ」 その時、コンコンとガラスをノックする音がした。 「ぅわお、いい男」 窓を開け覗き込んだ顔に、キュルケが思わず声を上げる。 「あのー、、姫殿下。 私はどうすれば、、、」 「あら、ごめんなさいワルド。 忘れてたわ。 部屋に戻って待っていて頂戴、朝には戻るわ」 「は、はあ、、、 かしこまりました」 髭を蓄えた男前が窓を閉めて夜に消える。 キュルケがベッドに座るアンリエッタの横に腰をおろす。 「ふう。 夜は長ごう御座いますわ、姫さま。 宜しければ、小さな頃のルイズとの思い出でも、、 お聞かせ願えますか?」 暗い面持ちで隣に座る姫君に、キュルケは優しく微笑んだ。 。。 ゚○゚ 浮遊大陸アルビオン。 宵闇に包まれようとする白の大陸、そのはるか上空。 そこにルイズ達は居た。 「うわー! すごい! ラピュタは本当にあったんだ!」 「ラ、、? アルビオンよアルビオン。 えーと、暗くてよく分っかん無いわね」 降下しながら空中に浮かぶ大陸を目を凝らして見下ろす二人を 突如として閃光が照らし出し、数瞬遅れて爆音が空を震わせる。 「ルイズ、あれ!!」 大陸と空との境界、せり出した岬の突端にそびえる城の一角が 煌々と燃えている。 「うそ?! あれってニューカッスル城じゃない!」 目指す手紙の所有者、アルビオンのウェールズ王子が居ると 思われるニューカッスル城は、今まさに艦砲攻撃を受けていた。 「え?アレって船? 戦艦? ルイズ、戦艦が浮いてる!」 「じょーだんじゃ無いわ、行くわよ!!」 ============================== 二人が口付けて跳んだ先は、およそ城の中とは思えぬ巨大な洞穴の中だった。 直後、轟音が洞窟を揺らし、岩の破片をそこらじゅうに降らせる。 「ちょ、何よここ、ホントにニューカッスル城の中なの?!」 「そうとも、で、君らは誰だ?」 後ろからの突然の声に二人が振り返る。 そこに居たのは篝火に照らされた凛々とした金髪の青年だった。 「こやつら、何者だ!」 「猫耳の亜人? 貴族派の間諜か?!」 杖を掲げた兵士達が二人を取り囲む。 「ち、違います、私達は貴族派なんかじゃありません! トト、トリステインの大使です!」 「ふざけた事を、、取り押さえろ!」 「まあ待て。 トリステインの大使といったな」 金髪の青年が進み出る。 「その大使殿がこんな所に何の用だ?」 「その、、アンリエッタ姫よりウェールズ皇太子殿下へ、 こ、この手紙を!」 手紙を取り出そうとした時、ポケットから指輪がこぼれ 青年の足元へと転げ落ちる。 「あっ、、! 姫様の指輪!」 青年がつま先に触れたその指輪を拾い上げる。 「これは、、! トリステインの『水のルビー』、、」 その時、青年の指にはめられた指輪と拾い上げた指輪の石が共鳴し、 虹色の光を振りまいた。 「水と風は、虹を作る。 王家の間にかかる虹だ。 皆、杖を下げよ。 このお二方はまごう事なきトリステイン大使であられる」 周りの兵士が杖を引き、二人に礼を取る。 青年は居住まいをただし、威風堂々、名乗った。 「ニューカッスルへようこそ、猫耳の大使殿。 私がアルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」 手渡した手紙を一読し、件の手紙の返却を快諾したウェールズに付き従い 二人は砲撃の止んだ城内の階段を上っていく。 (ルイズー、その手紙って何が書いてあるんだろ?) シュレディンガーが歩きながらこそこそと耳打ちする。 (しっ!) 前を行くウェールズをちらりと見つつ、猫耳に口を寄せる。 (あんたってニブいわねー。 姫様の口調で気付かなかったの? ラブレターよラブレター。 姫様がゲルマニアにお輿入れしようって時に そんなものが見つかっちゃったら一大事でしょ?) (へー。 でも元カレに「ラブレター返してー」なんて、 可愛い顔してあのお姫様もキツいねー) (なに言ってんの! それだけ王家の責任ってのは重いものなのよ! それに、、それだけじゃないわ。 書いてらっしゃる時にチラッと見えちゃったんだけど、 殿下へトリステインへの亡命を、、) 「さあ着いた、この部屋だ」 扉の前で立ち止まったウェールズの声にかしこまる。 質素な部屋の机の中にしまわれた小箱を取り出す。 「宝物でね」 幾度も読み返されたのだろう、ぼろぼろになった手紙を 最後に一読した後、ルイズに差し出す。 「さ、確かにお返しいたしますよ、大使殿」 うやうやしく頭を下げ、王子より手紙を押し戴く。 「明日の朝、非戦闘員を乗せた最後の便が港を出る。 大使殿はその船に乗って姫の下へお帰りなさい」 「え、、、? 最、、後?」 「そう。 明日の正午に攻城を開始すると、叛徒共が伝えてきた。 城の中に残る兵共々、王家の誇りを存分に示すつもりだ」 「そんな、、、 王軍に、、勝ち目は、無いのですか?」 「此方は三百、彼方は五万。 万に一つも無かろうさ。 私に出来ることは、王家の務めを果たす事だけだ」 ルイズを見つめ、にこやかに微笑む。 ルイズの中で、現実が急に色あせていく。 皇太子は、この人は、明日の戦いの中で死ぬつもりなのだ。 あの手紙には、確かに亡命を勧める一文が添えてあったはずだ。 しかし、それをおくびにも出さず、己が務めに殉じようとしている。 どうして、恋人の切なる願いより、死を選ぶのか。 己が愛する人より大切なものなど、この世にあるのだろうか。 あるのだろう。 そしてそれこそが、貴族の務め、王家の務め、なのだろう。 優しく見つめる皇太子の瞳の中に、確固たる意思が見える。 己が憧れる真の貴族の姿が、そこにはあった。 あふれ出ようとする全ての感情と、言葉と、涙とを飲み込むと、 歯を食いしばって面を上げ、ルイズは精一杯の笑顔を返した。 「御武運を、お祈りいたします。 殿下」 「お心遣い、痛み入る。 大使殿」 † 最後の晩餐会。 絶望的な決戦を明日に控えた城内。 それでも兵達は皆、晴れやかな顔をしていた。 「猫耳の大使殿、このワインをお試しなされ! 上等なものですぞ!」 「いやいや、それよりこの鳥の蜂蜜焼きを! 頬が落ちますぞ!」 かわるがわるルイズをもてなす貴族達に、にこやかに答える。 シュレディンガーは年老いた貴族達が語る武勇伝を 目を輝かせて聞き入っていた。 やがて老王が立ち上がり、二人の大使への謝辞と 兵への労いが述べられると、共に立ち上がっていた貴族達から 「アルビオン万歳!」の大合唱が沸き起こる。 そこに居並ぶ誰も彼もが、曇り無き決意を顕わにしていた。 老王が去り、なお続く晩餐会で。 ルイズはテラスで一人、夜風に煽られていた。 「あ、ここに居たんだー」 声に振り返ると、猫耳の使い魔がそこにいた。 「どしたの? 不機嫌そ」 「どうもしないわよ」 不機嫌さを隠しもせずにそっぽを向く。 「すごいねー。 雲と一緒にふわふわ浮いてるなんて。 この大陸も、船も」 身を乗り出し、眼下を見下ろす。 宙に浮かぶ白の大陸の、切り立った岬の突端に築かれたニューカッスル城。 その端に構えられたテラスの下には、雲しか見えない。 「ここのみんなも意固地にならないでさー、 この雲みたいに亡命でも何でも、 どこにでも行っちゃえば良いのに」 のん気につぶやくシュレディンガーの胸ぐらを掴み、 歯を喰いしばり、ルイズは激しい剣幕で使い魔を睨みつける。 「あんたは、、、! あんたには、判んないわよ!! 彼らは、誇りを捨てた叛徒どもを相手に、 貴族の務めを全うしようしているの!」 「そーかなー?」 眉を上げ涼しい顔で返す。 「国と領地と領民を守ってこその貴族でしょお? 死んで守れるものなんて、ひとっつもないよ?」 「貴族の誇りを守れるわ!」 「だから死ぬの? それがルイズの思う『貴族の務め』?」 「そうよ! 彼らこそ、、彼らこそ、本当の貴族だわ!!」 知らず、絶叫する。 「だったらルイズ。 、、、どうして泣いてるの?」 その言葉で初めて、ルイズは自分の頬を伝うものに気付いた。 唇を震わせ、シュレディンガーを見つめ、胸に顔をうずめる。 小さく震えるルイズの頭をシュレディンガーが優しく抱く。 「シュレ、、、 あの人たちに、今日、はじめて会ったばかりなのに、、 私、、、わたし、、 私、あの人たちを、死なせたくない、、」 シュレディンガーは涙に濡れた頬にそっと手をそえると、 顔を引き上げてその唇にやわらかく口づけた。 ============================== 突風が髪を巻き上げる。 今までいたテラスよりさらに上、中空に張り出した見張り塔の 狭く急な円錐形の屋根の上に二人はいた。 「わわっ?!」 バランスを崩し、あわてて屋根の中央の避雷針を掴む。 「ルイズ、見える?」 隣で同じく避雷針を掴んだシュレディンガーが、 もう片方の手で遥か彼方を指し示す。 いくつもの山々の向こうに、天を照らす光りが見えた。 「あの港町に、さっきこの城を砲撃していた船、貴族派の旗艦 『レキシントン』号をはじめとした戦艦三隻が寄港してる。 王と王子を生け捕りにして「公平な」裁判にかけるのは諦めたみたい。 明日正午に殲滅戦をしかけてくるってさ」 ルイズがつばを飲みこみ、彼方の光を見つめる。 「けれど」 シュレディンガーが向き直る。 「僕ならルイズをあそこへ連れて行ける。 誰にも気付かれず、誰の目にも留まらず」 ゆっくりとルイズの目を見る。 「そして」 猫がうすく笑う。 「ルイズには『破壊の魔法』がある。 モチロン戦艦を沈めるのは難しいだろうけど、 動力炉や機関部を、燃料庫や火薬庫を 壊して回る事は出来る、かもしれない」 「、、、!」 ルイズの瞳に光が戻る。 「そうすれば彼らを助ける事が出来る、かもしれない」 「そうよ、それだわ! 私、皇太子を、、彼らを助ける!!」 ルイズが叫ぶ。 「でも」 緩やかに、その輪郭が夜に滲む。 闇が、さえずる。 「本当に、それで良いの? 本当に? 本当に? 確かに彼らを助ける事は出来るかもしれない。 でも、あとたった三百人が死ぬだけで終わるはずだった この戦争は、もっともっと続くことになるだろうね。 三百どころじゃあない、もっと死ぬよ、もっと死ぬ。 そしてその中には、君自身も居るかもしれない。 僕はカオスの伝導体、 僕は世界の特異点。 確率世界の僕の中で、 虚無〈ゼロ〉と無限は等価となって 眠れる分岐が目を覚ます。 僕は君に約束したよね。 いつでも、なんどでも、どこへだって、 君が望む場所に連れて行ってあげる、って。 でも、僕自身はただの力、ただの君の使い魔だ。 この力を使うのは、君の意思だ。 さあどうする? ご主人様。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」 いつしかそこには、いつもと同じ姿をした、 しかし、ルイズの見知らぬ使い魔が居た。 その闇が、目を見開き、口元を歪ませ、問いかける。 その力を、『この世界』に使うのか、と。 確かに、この力を使えばどこにでも行ける。 戦艦の中へも、宝物庫へも、敵国の王の寝室でさえも。 この力を『この世界』へ使うとは、そういうことなのだ。 だが自分に、世界の運命を変える権利などあるのか。 だが自分に、人の命を奪う権利などあるのか。 否、そんな権利など、誰にも無い。 神にも悪魔にも、私にも。 あるのは権利ではない、運命を変える覚悟、命を奪う覚悟、ただそれだけだ。 その覚悟が、、、自分に、あるか。 顔を上げ、息を吐き、目を開く。 「私をなめないで、使い魔!! 私は言ったわ、「彼らを助ける」と! 「助かれば」でも「助けたい」でも無い、 「助ける」と言ったの! それは何も変わらない、変わらないわ! 彼らが死ぬのがこの世界の定めというのなら、 そんな定めは、私が変えてみせる! 変えられた運命が私を殺すと言うのなら、 そんな運命、 変 え て や る ! ! 」 手を離して屋根を蹴り、己が身を夜空に投げた。 もはや心に曇りは無い。 満天の星に包まれ、両手を広げ、遠く足元に浮かぶ ニューカッスル城を、アルビオン大陸を見上げる。 「はははっ! 了解っ! やっぱり君はすごいや、ルイズ!!」 いつの間にかそばに来ていたシュレディンガーが 満面の笑みを浮かべている。 その手を繋ぎ、夜空を滑る。 「そう、それが第一歩だよ、ご主人様。 ではご案内いたしましょう、ミス・ヴァリエール。 目覚めた分岐のその先へ!」 その夜、一人の少女と一匹の使い魔は 自らの運命と契約の口付けを交わした。 ============================== その日の未明ーーー、 アルビオン貴族派の旗艦『レキシントン』号は 正体不明の襲撃者の手により攻撃を受け損傷、 動力源の「風石」の大半と火薬の半分を失逸した。 また、伴船二隻もこの攻撃により係留樹より墜落、大破した。 これによりニューカッスル攻城戦は実行されず、 転機を掴んだ王党派は地下へ潜伏、ゲリラ戦に転ずる。 王党派による「大反攻」が、開始された。 † オ マ ケ ============================== 「ふう、何とか朝には戻れたわね。 あら、キュルケ。 姫さまはお休み?」 「そ、そーなのよ。 た、旅の疲れ、とかかな! アンったら疲れて寝ちゃって。 ねえ?」 「はぁ?! アンだあ~~っ?! 姫さまをなんて呼び方してんのよ!!」 ベッドで毛布をかぶっていたアンリエッタがぴょこりと顔を出す。 「ち、違うのよ、ルイズ! キュルケとは待ってる間に、お話をして仲良くなったの!! ご、ごめんなさいな、ルイズ。 こんな格好で。 ええと、あの、、そう! 長旅の疲れ? で!」 シュレディンガーがこわばった笑顔で、しっとりと湿った布切れを拾い上げる。 「えっと、ルイズー? こんなん見付けちった、あははー、、」 「そ、それ?! 私のショーツッ、、!」 アンリエッタが赤面し手を伸ばした拍子に、毛布で隠していた乳房がこぼれる。 「あ、、、、」 ルイズの猫耳が、ゆっくりと、逆立っていく。 「、、、キュルケ? 、、、姫さま? あなたさまの初恋のお相手の命を救うため、、、 こっちは命がけで、お務めを果たしてきたってのに、、、 ばっ、、! フッ! ザッ! けっ、ん、なぁ~~っっ!!!」 ルイズの怒りが白み始めた空を震わせた、とか。 。。 ゚○゚ 前ページ次ページ確率世界のヴァリエール
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「ご、ご注文の品、お持ちしました」 ガチガチに固まった表情で、ルイズは客に相対した。ワインの瓶と陶器のグラスをテーブルに置く。目の前では、下卑た笑みを浮かべた男が、ニヤニヤとルイズを見ていた。 喧騒渦巻く『魅惑の妖精亭』。いまや宴はたけなわの状況だった。 当然、酔いも手伝い要求はエスカレートする。男はルイズの手をとり、グイ!と引っぱった。 「んじゃあまあ、注いでもらおうか」 「は、はいぃ?」 『魅惑の妖精亭』の他の女の子たちとは異なり、生活の苦労一つしていないルイズの指はまさに白魚のようで、その感触に男は二重の意味で酔いしれた。 撫で回される気色の悪さと、屈辱的な物言いに、ルイズの中で何かが切れそうになる。 大きく深呼吸して、気持ちを落ち着かせようとしたルイズは、男の指を振り払い、ワインの瓶を持ち上げた。 「で、ではお注ぎさせていただきますわ」 「ふん」 男のグラスに、真紅の液体を慎重に注いでゆくルイズ。だが慣れぬ接客ゆえ、狙いが外れて、ワインがこぼれてしまった。 「あ!」「うわっつつ!」 「す、すいません」 こぼれたワインは男のシャツ、そしてズボンの前面にかかってしまう。ルイズは平謝りに謝り、懸命に拭おうとした。 「こぼしやがって…ん?」 自分の前に屈みこんで、必死で乾かそうとするルイズに男は視線を下ろす。本来、胸ぐりの大きく開いたビスチェゆえ、上から見下ろせば乳房の広い範囲が覗けるのだが。 「全っ然、見えねえ。平原だ。お前、胸がないなあ」 ルイズの動作が。 停まった。 凍りついたように静止した少女に、男はなおも口を開く。 「顔はべっぴんなのになあ。ほんと勿体ないな」 「……」 「そんなんじゃあ、たとえ胸を見せられたって、チップはやれんぞ?そうだ、なあ―」 なおも身じろぎ一つしない少女に、男は顎をさすりさすり告げた。 「じゃあ、ワインを口移しに飲ませてもらおうか?それでチャラにしてやるよ」 果たして、その申し出に反応したのか、少女が顔を上げた。 その面に浮かぶのは、菩薩のような慈愛にあふれた表情だった。 だが、誰が知るだろう?その麗しき表情の皮一枚下には、羅刹の顔が潜んでいる事を。 鋼牙と出会い、魔戒法師として培った数ヶ月は、確かにルイズを成長させた。 鋼牙に出会う前の彼女ならば、間違いなく暴発していただろう男の言い草を、ルイズは深呼吸して堪えた。そして、一つの決断を下す。 堪えた、とは言ってもソレはあきらめたと言った意味合いではない。 すなわちソレは、今から行なう事の覚悟を決めたと、そういう意味である。 「かしこまりました。お客様」 相変わらず菩薩の笑顔のまま、ルイズは答えた。 「つきましては、少しばかり屈みこんでいただけますか?」 「お、おう」 まさか承知するとは思わなかったのか、あるいはこの場合、からかってルイズの反応を見ながら酒のつまみにするつもりだったのかもしれない。男は戸惑いながらもうなづき、ルイズに顔を寄せた。 一方、ルイズはワインを口に含み、男へと腕を伸ばす。安ワインの渋みに閉口しながら、彼女は腕を相手の頸に絡めた。伸ばした指先で相手の肌を撫でさすりながら―頚の奥の一点―鋼牙たちの世界では“経絡”と呼ばれる箇所を突いた。 「!」 一瞬男の体が震え、強張る。だが硬化したのはほんの二、三秒ほどでその後は力を失い、クタリと崩れ落ちた。 男はルイズの肩に頭部を預け、完全に昏倒している。 ルイズ達が学んだ、魔戒法師としての修行の中には体術も含まれている。要はホラーと遭遇した際の、危機回避用の運動能力を確保するためのものだが、その中に別の技術が混じっていた。 すなわち、ホラーに襲われてパニックになった一般人を沈静化するためのものだが、それがここに来て、役に立った。 この場合、ルイズは人体の気の流れをほんの一瞬麻痺させ、相手の意識を喪わせたのである。 自分の肩にしなだれかかる体勢の男を、顔をしかめつつ払いのけたルイズは周囲を見回した。相変わらずスカロンは、その怪異な姿を誇示しながら、店内を練り歩いている。その姿を目に捉え、ルイズは立ち上がった。 「店ちょ……ミ・マドモアゼル!ここのお客様、お休みになられるそうです―っ!」 『魅惑の妖精亭』二階部分が、酔客のための宿泊施設になっていることは、ルイズも教えられて知っている。面倒な客の厄介払いとしては、その場所が適当だと思われたのだ。第一、経絡の遮断による麻痺は一時的なものにしか過ぎない。放っておいては、いつか意識を取り戻すだろう。 ベッドで目覚めれば、自分から酔いすぎで意識を喪ったと、そう解釈するだろう。 「あらあらそうなの!?ルイズちゃん。ご苦労様」 慌てて飛んで来た、スカロンが男の様子を確認する。この場合、全身にぶちまける形となった、ワインが幸いした。全身から立ち昇るアルコールの匂いが、男を酔客と見せかける役に立ってくれたからだ。 スカロンはうなづくと、『魅惑の妖精亭』の奥へと声を張り上げた。 「タカさーんっ!出番よぉ!」 「押忍」 店の奥からうっそりと現れた、おそらく女だろうその人物を見て、ルイズは言葉を失った。 『おそらく女性だろう』と評したのは、その人物がルイズと同じく肌もあらわなビスチェを身にまとっていたからだ。だが、ソレを果たして『性別:女』としてカテゴリー分けして良いものだろうか? 先に記述したように、その人物はきわどいビスチェ姿だった。 だが、剥き出しになった肩は大きく盛り上がり、そこから伸びた腕の太さはルイズの腰まわりを優に超えていた。裾から伸びた太ももも、逞しい筋肉に覆われている。 短く刈り詰めた髪に覆われた顔は、意外と端正だ。女性らしさはあまり感じられないが、穏やかな色の瞳は、太い眉と合いまってなんとも愛嬌がある。 かっ色の日に焼けた肌といい、一見肉体労働者にも見えかねない。 「何か用かな?ミ・マドモアゼル」 スカロンに「タカさん」と呼ばれた女給は、なんとも男らしい笑みを浮かべた。 「このお客さん、酔っちゃったみたいなの。二階に連れて行ってくれない?」 「ああ、分かった……ふむ」 タカさんは男を見下ろすと、屈み込み、腕を伸ばして股間を弄(まさぐ)った。ソレを見たルイズは顔を赤らめ、慌ててそっぽを向いた。 「コイツ、なかなかいいモノ持ってるじゃないか。コレ、喰っても良いかな?」 「モチのロン!追加料金込みでね」 なんとも言えない会話の末、スカロンがバチリ!と音が聞こえるようなウインクをした。 「へへ!んじゃあ、『いただきます』」 男に向かって、両掌を打ち合わせて拝んだ後、タカさんは小脇に抱えて階上へ向かった。ルイズは、その姿をただ呆然と見送ばかりだった。 この後も何席か給仕を務めて、次第にルイズも慣れてきた。無論、不埒な真似をしようとする客には、実力を行使して眠って貰ったのは言うまでもない。 スカロンは「今夜はお泊りの客が多いわねえ」などと呟いていたが、泊り客からは別料金を戴くため、別段気にしない様子だった。 その客が訪れた時、ルイズは二人連れの客が帰っていったテーブルをかたづける最中だった。 「「「いらっしゃいませーっ!」」」 表のドアが開く音がして、何人か女給が声をかける。振り返ると、一人の男がこちらに向かって近づいてきていた。 黒の長いコートに、その下は王軍の軍服だろうか?ただし徽章は外しているため、階級は分からない。あるいは除隊してそのまま制服を着続けているのかもしれない。 髪は金。肩にかかるくらいのソレは、軽くウェーブしている。瞳は蒼だろう。 「?」 どこか見たことのある様な容貌に、ルイズは内心首を傾げた。思い出そうとはしてみたが、思い出せない。四六時中、身近にいる人物ならば分かるのだが。 だが表向きは他の女の子と同様に、客に向かって頭を下げる。 「いらっしゃいませ」 年の頃は、二十代の前半くらいだろう。その青年は空いているテーブルがあるのに、わざわざ後片付け中のルイズの居る、テーブルについた。 「あ、あの」 「うん。片付けるまで、待っていてあげるよ」 別のテーブルに移そうとするルイズに、青年は鷹揚な態度で応じた。顎をしゃくり、促すような動作に再び既視感を抱く。とは言え、客の言葉に逆らうわけにもいかず、ルイズは片付けに専念した。 やがてテーブルの上も片付いて、注文を聞くためにルイズが他の女給を呼ぼうとした時、青年が立ち上がった。 「お客様?」 「君が良いな」 さりげない動作で、ルイズの右手首をつかみ取り引き寄せる。息がかかりそうなくらい顔を近づけて、ささやく口調で。 「僕の注文を聞くのも、君」 「はあ?」 「後、頼んだものを持ってくるのも、君」 「なに?」 「一目見て、気に入ったんだよ。君のことが」 「あんた、一体……」 コレに近い乗りを、自分は知っている。直接体験したわけではないが、すぐ身近で見られたはずの光景なのだ。何とか思い出す糸口をつかみかけた気もしたが、青年に手首をつかまれ迫られている状態では、落ち着いて考えることができなかった。 「ええい!放しなさい!放してください!」 ようやく青年の手を振り払い、ルイズはメニューを抱えて引き返してきた。 今度妙な事をしたらただでは済まさない、実力行使をすることすら辞さない。そんな威嚇を込めて睨みながらメニューを渡すルイズをよそに、青年はのほほんとメニューをめくっていった。そうして、注文を始める。 「まず、この『サツマイモがごろごろ入ったガトー・クラシック』」 「えっと……はい」 よりによって、居酒屋でスイーツ(笑)!それも男が? ププッ!と噴き出しそうになるのを堪えて、ルイズは注文表にメモした。 『魅惑の妖精亭』の品揃えの中には、実はスイーツのメニューがある。 これはこの店を訪れたとき、最初に出会った『アネモネ』と言う名の女給が中心となって用意したものだ。なんでも、元々はパティシエ志望だったらしい。 対象は元来女性。それもこのチクトンネ界隈で夜働く女性たちを目当てとしたものだった。最近では夜半過ぎ、一仕事終えた彼女たちが店内でほおばる姿も良くあると言う。さすがに男性客で注文するものは、めったにいないという話だった。 とりあえず、お客様が注文された通りの物をお出ししなければならない。スカロンに口を酸っぱくなるくらい言われた事に従い、ルイズは青年の注文を聞き続けた。 「『ショコラ・マロン』に『パンプキン・フロマージュ』『フォンダン・ロイヤルミルクティー』に『ラム酒たっぷりのサバラン』『イチジクのタルト』に『カシスショコラ』『タルト・オ・シトロン』に『いちごのモンブラン』『桃林檎のタルト』に『シブースト・オレンジ』……」 注文はまだまだ続く。どうやらメニューに書かれた名前をことごとく挙げて言っているらしい。どんどんと埋まる注文表を見ながら、ルイズはため息をついた。 「……で、最後にハーブティー。ポットで頼むよ」 なんと言うか、一つ仕事やり終えた笑顔で青年は告げた。ルイズは神妙な顔をして、キッチンへと下がる。 そうして、周囲に誰もいないことを確かめて爆笑した。 だから気がつかなかったのだ。 青年が、ルイズが下がった方向を見て、深い笑みを浮かべうなづいたことに。 暗い裏通りに、かすかに水音が響く。啼き女の悲鳴のようなきしむ音と共に、ゆっくりと開いた裏木戸から人影が現われ出た。 その数は占めて四。 大と小それぞれ二つずつ。大のうち一つは肌もあらわなタイツ姿。もう一方は夜の闇に映える白きコート姿だった。さらに小のうち一方はビスチェの上からカーディガンを羽織っている。 そして最後の影は、トリステイン魔法学院の制服姿だった。 「ほんっと名残惜しいわぁ。気が向いたら、いつでも来てね」 「もうっ!おとーさん。コーガたちは学院のヒトなんだから、そんな無茶言わないの」 ピチピチのタイツ姿のスカロンがクドクド言い寄るのを、娘のジェシカが引き止めた。 「でもっ!コーガ君たらとぉっても働き者だし、ルイズちゃんが出てくれるとお客さんみぃんなお泊りしてくれるしねえ。もんのすごぉく大助かり!」 「ははは……はあ」 スカロンの言葉に、ルイズは空虚な笑い声を上げた。 夜半を過ぎて、『魅惑の妖精亭』もだいぶ客が空いてきた。 一応、念のために店外の様子を探ったが、そもそもの逃避行の原因である王軍の士官たちの姿は何処にも見当たらなかった。弱干一名、ルイズを口説こうとした不審な士官がいたが、そちらの方はスイーツを二十数個、無事平らげた後満足した顔で帰っていったので、おそらく杞憂だろうと思われた。 ちなみに、当のスイーツを作った本人であるアネモネは、いたく感激して店から出てゆく青年の後姿を五体投地して見送った。 そうして今、二人はスカロンたちに別れを告げて、学院に帰還しようとしていた。 「またいずれ、今度は他の仲間も連れてくるわ」 ルイズはジェシカの肩越しに店内を見ながら告げた。ヴァリエールと言う、貴族の殻の中にいては経験できない物を得る事ができた。平民と貴族の間の意識の違いについては、身近にシエスタという好例はあったが、彼女は魔法学院と言う特殊な環境下しか知らない。その点、今夜ともに働いた女給たちの姿は、ルイズに多くのものを教えてくれた。 「帰るぞ。ルイズ」 「うん」 鋼牙に促され、ルイズもスカロンたちに背を向けようとした、その時だった。 「勝手に帰られちゃあ、僕が困るな」 「誰だ!?」 聞き覚えのある声と共に、裏路地の入り口に影が射した。 鋼牙の誰何の声と共に、影が揺れる。否、こちらに向けて、一歩踏み出したのだ。 さらに影はコートの中から、二振りの杖を出した。 鋼作りの、先端を尖らせたソレは杖と言うよりむしろ細剣(レイピア)に近い。 両腕を広げ、ソレの先端を狭い裏路地の壁にすり合わせながらゆっくりと近づいてゆく。 『固定化』の魔法がかけられたと思しき杖の先端と、壁の隙間から紅い火花がこぼれ散っていった。 レイピアをくるりと回し、逆手に構えると、影は鋼牙の正面に対峙する。 遠くで反射した灯りに、相手の横顔が浮かび上がった。 「あ、あああんた、さっきの―っ!」 見たことのある顔を認めて、ルイズは叫んだ。 「スイーツ男!」 「やあ、お嬢さん」 柔らかにウェーブした金髪に、蒼い瞳。いかにも育ちの良さそうな微笑を浮かべて、青年はルイズたちに向かって挨拶をした。 「お初にお目にかかる。ルイズ・ヴァリエール嬢。そして異国の騎士、コーガ・サエジマ」 再び上げた面(おもて)に浮かぶのは、先ほどとは異なり、激しい憎しみの色。 激情をそのまま叩き付けるように、青年は名乗りを上げた。 「僕の名は、ドヌーブ・マーシャル・ド・グラモン。グラモン家の次男だ。マーシュ・グラモンとでも呼んでもらおう」 「グラモンだと?」 驚きに目を見開く鋼牙に、レイピアを突きつけ。 「僕の弟、ギーシュ・ド・グラモンの仇、討たせて貰うよ」 マーシュ・グラモンは、皮肉げに笑った。 「遅いですねえ」 すっかり冷め切った夕食を前に、シエスタ・イスルギは物憂げに呟いた。 トリステイン魔法学院女子寮 ルイズの個室である。 モット伯の魔手から逃れて後、シエスタはルイズ専用のメイドとして仕えていた。 これは魔戒騎士である鋼牙と、魔戒法師として修行に励むルイズの生活の便宜を図るため、オスマンが認めた措置であった。 今ではルイズの部屋に寝起きして、朝晩の用を仰せつかっている。 ルイズが鋼牙とともに外出したのが、今日の早朝である。それから夕刻を過ぎ、食事の時間を過ぎても戻っても来ない。あきらかに異常事態だった。 「ルイズ様に、何かあったのでしょうか?」 随伴者の鋼牙の事を懸念材料としていないのは、彼に絶対的な信頼を抱いているからである。自らの主人である、ルイズが何かしでかし、それを尻拭いするために鋼牙が東奔西走している、というのがシエスタの思い描く事態であった。 あるいは懸念を訴えるのが、もう少し早ければキュルケやタバサと言った“友人”に相談を持ちかけることができたかもしれない。 だが今、ルイズたちの同志とも言える彼女たちは就寝してしまっていた。 そのようなところを起こすわけにもいかないので、シエスタとしては一人悩み待ち続けることしかできない。 これではいけない。何か、プラスとなることを考えるようにしよう。 そのように思い定めて、彷徨うシエスタの目線が行き当たったものは―。 「そう言えば?」 シエスタ用の小さなベッドの枕元に伏せられた、一冊の本だった。 この時代、今で言う『活版印刷』の技術は既にできていた。ただし、そこに魔法が介在する事となる。早い話が、印刷すべき一ページ丸まる分の版型を、土系メイジの錬金で一発成型してしまうのだ。 メイジが一ページずつ読み上げ、それを青銅なり真鍮なりで錬金してしまう。ベテランによっては、挿絵ごと再現する事ができるため、非常に重宝されていた。 おかげで、シエスタ程度の給金でも、通俗的な読み物を購入する事ができる。 今ベッドに転がっているのも、そういう類のものだった。 題名は『姫君と騎士』。 とある架空の小国の、王女と彼女に使える騎士の道ならぬ恋と官能を描いた作品だった。 (姫君……騎士……) それが、彼女の使える少女とその騎士へとオーヴァーラップする。無論、シエスタの脳内のみの妄想だ。 (え!と言うことは、お二人とも帰って来ないのは、帰れないのではなく、帰るつもりがないってことで……) 行き着く妄想の果て、頭の中に浮かぶのは映像付きの『そのシーン』であり―。 ボン!とシエスタの顔がいっきに紅くなった。 「そんな!まさか……とゆーことは!」 段々と声が大きくなってゆくのを停められない。 ついにはシエスタは仁王立ちとなり、握り拳を固め天井に向かって突き上げた。 「ならば!こちらも全面協力しなければなりませんっ!」 そうして取り出したのは、巨大なハンマー。一体何処から持ってきたのかは謎だ。 鋼製のソレは、あきらかに土木作業用、しかも家屋などを破壊するのに用いるものだ。 「……それでは、参ります!」 ハアと掌に息をかけ、握り締めたソレが向かうのは、ルイズの部屋の壁。すなわち、鋼牙の部屋と面した側だ。 「ルイズ様。コーガ様。待っててくださいね」 今、二人の愛の障害を打ち砕いて差し上げますから! そんな思いを胸に秘め、メイドシエスタはハンマーを打ち下ろす! ルイズ、鋼牙の部屋に隣接した、自室で就眠していたキュルケ・タバサ・モンモランシーは、時ならぬ破砕音にその眠りを覚まされる事となる。 慌てて飛び起きた彼女たちは、騒動の首謀者であるシエスタの説明に納得し―。 「なぁんだ。そういうこと」 「……眠い……」 「ま、まあ、節度あるお付き合いなら、良いんじゃないかしら」 『サイレント』の魔法をかけて、再度眠りについた。 「兄、だと?」 マーシュ・グラモンの語った事柄に、鋼牙は唇を噛み締めた。 「そう、ギーシュは三人居たグラモン家の子息の末っ子さ。調子のいい性格だったけど、憎めない奴でね。父さんもずいぶん可愛ってた。けど……」 思い出に浸っていたのか、穏やかな口調で語る。だがそれもすぐ鋼牙を責め立てる口調へと戻った。 「お前にギーシュを殺されてからは、ずいぶん気落ちしてしまってるよ!」 「ちょっと待ちなさいよ!」 そんな相手に向かい、ルイズは喰ってかかった。 「あの時は、仕方がなかったのよっ!ギーシュはホラーに……ううん!あきらかに正気じゃあなかった。あのまま放ってたら、ますます死人が増えてた。鋼牙はそれを防ごうとしたの!」 「事情は確かに聞いてるよ」 マーシュはうなづいた。 「でもね。ギーシュの奴が普通でなかったならば、それを解決するのはグラモンの家だ。他所の、ヴァリエールの騎士風情が手を出して良い問題じゃあない。そのはずだろう?」 「それは」 ホラーについて語ることができず、ルイズは言いよどんだ。それを己の意見の正当性を認めたと解釈したのか、マーシュはさらに言い募る。 「貴族に手を出した、その報いだけでも受けさせねばならない。たとえ天下のヴァリエール家であろうと、このことに口出ししないでもらいたいな!さあ、そこを退き給え!ミス・ヴァリエール!」 「……なるほど」 鋼牙はうなづき、自分の前に立つルイズを後方へ押しやった。 「鋼牙!」 「俺たちを追い詰めるために、軍まで動かしたのか?」 「なにせ、僕たちの父親は元帥を務めているからね」 「そんなの!王軍を私用に使うなんて、発覚したらグラモン家はお取潰しよ!」 「彼らは、あくまで自分たちから動いてくれたんだよ。僕たちはなんにも命令していない」 鋼牙の背中越しに噛み付くルイズに、マーシュは涼しい顔を向ける。 「さあどうする?コーガ・サエジマ。黙って僕たちに討たれるのか?それとも、騎士らしく戦って死ぬか?どちらも選べないならば……」 マーシュは、レイピアの先端を鋼牙ではなくルイズへ向けた。 「主従ともども行方不明になって、明日の朝、身元不明の死体として道端に転がることになる」 「!」 マーシュのその言葉を聞いた瞬間、鋼牙の顔色が一変した。それまでは曲りなりにも、相手の言葉を受け止めようとしていたのが、完全な拒絶の態度へと変わる。 「貴様!」 鋼牙は、抑えた感情を絞り出すように、歯をきしませながら告げた。 「ルイズを、傷付けるつもりか!?」 瞬間、鋼牙の左掌のルーンが浅く、発光した。 「!」「なにっ!」 手を出したのは、鋼牙の方が先だった。 目に停まらぬほどの速さで駆け寄り、マーシュに向かい拳を繰り出す。放たれた拳は狙い過たず、マーシュの顎を捕え後方へ弾き飛ばした。 「……ルイズ……」 「鋼牙!な、なにやってんのよっ!」 「下がれ。スカロンと共に、店の奥へ」 いきなりの暴挙に抗議しようとするルイズに耳も貸さず、鋼牙は後方へ身振りをした。気圧されたようにスカロンがうなづき、ルイズの手を引いて扉の向こうへ消える。 「ずいぶん、いきなりだなあ」 倒されたはずのマーシュが立ち上がる。顎を撫でながら。 「騎士ともあろうものが、剣を使わず、殴りかかってくるとわね。平民……いや、蛮人か君は!」 言いながら、マーシュもまた杖をコートの中に納めた。 「……人間相手に、俺の剣は抜かない。貴様なぞ、拳一つで十分だ」 「人間相手に抜かない?じゃあ、ギーシュは?くっ!」 鋼牙の奇妙な言い回しをとがめるマーシュ。だが尋ね返す暇もなく、鋼牙が襲い掛かる。コートを目くらましのように翻し、蹴り足を連続して繰り出す。マーシュも負けじと己の身を巡らせ、回し蹴りで迎撃した。 空中で交叉し、ぶつかり合う両者。互いにせめぎ合う脚を起点として、さらに自らが回転する。歯車のような回転は、一方のベクトルが相手を凌駕する事で唐突に終わった。共に石畳に叩き付けられるも、余計な回転運動を伴った鋼牙の方がダメージを負う。 「くっ!」「ちいっ!」 同時に立ち上がり、今度は両拳を用いての応酬。相手の利き腕を跳ね除け、互いに渾身の一撃を叩き込もうとする。 全く同じタイミングで放たれた拳は、互いの中間地点で激突した。骨と骨、肉と肉が弾け合う音がこだまする。両者ともダメージを負い、されど下がらず、傷ついた拳をさらにもう一度解き放つ。 今度は拳はぶつかり合わず、互いにヒットした。鋼牙の拳はマーシュの鼻柱に、マーシュの拳は鋼牙の左頬に。鋼牙の身体は回転しつつ離れ、マーシュの身体は仰け反りつつ距離を置いた。 両者はにらみ合いながら、ゆっくりと離れた。鋼牙は口の中に溜まった血を吐き出し、マーシュは鼻腔からこぼれ出た血をコートの袖で拭う。 暗い路地裏の彼方から、チクトンネ街特有の喧騒が伝わり響いてくる。 マーシュが駈けた。鋼牙のいる方向ではなく、その反対側。狭い路地の壁にぶつかる寸前、両足をそろえて跳躍し、さらに壁を蹴り付けて方向を転換する。 三角飛びの要領で跳躍したマーシュは、鋼牙の頭上よりはるか高くから、かかとを叩き付けるように打ち下ろした。 対する鋼牙。打ち下ろされたかかとを両腕を頭上に掲げる事で受け止め、さらに相手の足首をつかむことで引きずり落とさんとする。だがマーシュもただでは終わらない。地面に叩きつけられる寸前、身を捻り、つかまれていないほうのつま先で鋼牙のこめかみを狙う。 叩き付けられる鈍い音と共にマーシュが地面に転がり、弾かれるように跳んだ鋼牙が苦痛の呻きを漏らす。この場合、どちらにダメージが大きかったかとすれば、それは鋼牙だろう。こめかみを狙う、一連の動きがマーシュに受身を取らせた一方、鋼牙は相手の落下エネルギーそのものを上乗せした攻撃を、頭部に被(こうむ)ったからだ。 思わずひざを着く鋼牙に対し、マーシュはふらつきながらも立ち上がった。不安定な足取りながらも近づき、鋼牙へとどめを刺そうとする。 だが片ひざを付いた体勢のまま、鋼牙は顔を上げた。そのまま気合で相手を制し、震える足に力を込める。 荒い呼吸を繰り返して、両者ともに睨み合う。そろそろと立ち上がり、立ち上がると同時に石畳を蹴る。 石畳を駈ける脚は、すぐさま壁伝いに蹴上がる方向へとベクトルを変えた。 石造りの壁を駈け昇り、二階の高さまで跳んだ二人の決闘者は、屋根の上で対峙する。 荒い呼吸の合間をぬって、マーシュが皮肉たっぷりに言う。 「ハァッ!君もしつこいな。さっさと僕に倒され……」 それに答えず、鋼牙は獣のように身を屈めた。さらにその体勢のまま、脚にバネのように力を溜め、一気に爆発させる。 「倒されなよ」とマーシュが言い終える寸前、鋼牙はその懐へと身体を滑り込ませた。 「おおおおおっ!」 踏み込む震脚と同時に、身を捻り螺旋の動きを生んで突き出した右ひじを叩き込む。 低い体勢から抉るように突き込まれた鋼牙のひじは、マーシュの鳩尾へ狙い過たず命中した。 「がっ!!!」 山形の放物線を描き、数メイルほども吹き飛んだマーシュの身体は、数十枚の屋根瓦を犠牲にしてやっと停まった。 『終わった、か?』 「いや、まだやるつもりだ。あいつは」 身動きのないマーシュに安堵の息をつく《ザルバ》。だが鋼牙は構えを解かず、相手の動きを待った。 果たして……。 「くそっ、やってくれるよ」 忌々しげに舌打ちしながら、マーシュが立ちあがった。胃の辺りを押さえて荒い呼吸を何度も繰り返し、痰とともに血の塊を吐き出す。 ソレを見て、マーシュは自嘲と共に呟いた。 「頭に血が昇って、ずい分馬鹿なことをした。平民と殴り合いとはね。メイジはやはり、魔法でやらせてもらうことにするよ」 そして、腰から二振りのレイピア状の杖を取り出した。 「地神龍(ガイア・ドラゴン)!」 厳かにルーンを唱えると同時に、杖を打ち振る。 「!」 鋼牙の周囲の塵が凝り、次第に一つの形を成した。足元から沸くように生まれたソレがうねり、巨大な牙を形作って―。 巨大な顎(あぎと)が、魔戒騎士を挟み込んだ。 それは、岩でできた巨大な龍だった。いわゆるハルケギニアに居る、飛竜の類ではなく、東洋の蛇身のソレだ。最初、頭部のみだったそれは瞬く間に後続する身体を作り上げて、上方へと伸びてゆく。 あたかもその様子は、東洋の龍が天の高みを目指そうとする光景に似ている。 この場合、龍の口腔にくわえられているのは、宝珠ではなく一介の魔戒騎士であるが。 幸いなことに、さしも岩石龍の牙も魔戒騎士のコートを貫く事はできなかったらしい。身体を噛み砕かれ、まっ二つにされるという事態にはならなかった。その代わり、両側から非常な力で締め付けられて、鋼牙は全く身動きとれなくなってしまっている。 「く!」 『大丈夫か鋼牙!』 龍の顎に囚われたまま、鋼牙は地上が急速に遠ざかるのを見た。 トリスタニアの乏しい灯りが、眼下はるかに瞬いて、消える。 天を目指し駆け上がる龍は、その身の丈を50メイル、100メイル、150メイルと伸ばしてゆく。 ようやく上昇が停まったのは、地上から300メイルは優に離れた高度に達してからだった。 その事を知り、鋼牙は鋭い気合を発する。 「でぁあああああっっ!」 鈍い音がして、鋼牙を咥(くわ)えていた岩の龍の頭部はまっ二つに分かれた。バラバラに砕けたそれが、空中で塵と化して消える。すかさず修復されて、鋼牙の身体は、龍の頭頂部辺りに立っていた。 おおよそ10メイル四方の中央に立つ鋼牙の掌には、一振りの長剣。 1.5メイルほどの、片刃のソレは呆れたような声を上げた。 『おでれーた。久しぶりに相棒が出してくれたかと思ったら、またまた修羅場たぁ。危ない橋、渡りすぎだぜ』 「黙って俺の言う事を聴け。相手は土のメイジだ」 『へいへい……俺ァ剣だ。主の振るまま気の向くまま、なぁんだってズンバラリンしてやるぜぇい』 魔剣《デルフリンガー》。鋼牙の携える二振りの剣のうちの一本である。純粋に対ホラーであるソウルメタルの剣に対して、こちらはメイジの振るう対魔法用、言わば盾の役割りを果した。その光り輝く刃は、あらゆる魔法を切り裂き、吸収する。 「ふん!とうとう、剣を抜いたね」 いつの間に現れたのか、否、始めからこの龍の頭部に乗っていたのだろう。《デルフリンガー》を顕した鋼牙に、マーシュは鼻を鳴らした。 「こちらも遠慮なく、やらせてもらうよっ!」 マーシュが杖を打ち振ると同時に、龍を形作る岩のあちこちが弾けた。 見れば、岩のところどころが芽吹くように砕け、らせん状に伸びたニードル(針)が鋼牙目がけ襲いかかってきた、ちょうど、コルクボーラーが何処までも伸びて、追い掛け回すような印象だ。 三百六十度、全方向から打ち込まれる、その攻撃から逃れる術は到底あり得ない。 そう、そのはずだった。 《デルフリンガー》を握る、左腕のルーンが耀きを放った。 同時に、鋼牙の姿がマーシュの目の前から消える。 《ガンダールブ》のルーンの効果により、鋼牙の神径伝達速度が通常の数十、数百倍まで高められたのだ。それにより、鋼牙自身は一秒を数十秒ほどに知覚することができる。 すなわち、感覚疾走! 左前方より伸びたニードルをかわし、右側のソレをデルフリンガーで打ち払う。振り抜いた剣で後方よりのニードルを弾き、同時に弾かれた反動で前方へ跳躍する。地面にコートを擦るように移動した鋼牙は、前方に密生するニードル目がけ、魔導輪《ザルバ》を向けた。 「《ザルバ》!放て!」 鋼牙の命令と共に、《ザルバ》の口腔より緑色の炎が放たれた。液体のように濃密なソレは、土魔法の産物をたちまちのうちに焼き尽くし、融かし尽くした。 無防備となったマーシュへ、ただひたすらに駈け続けて、逆刃に持ち替えたデルフリンガーを一閃! 「なにっ!」 デルフリンガーを通して感じた、異様な感触に鋼牙は思わず声を上げた。 刃の付いていない方で叩いたとは言え、先ほどの感触は余りにも硬すぎた。 生身ではなくて、硬い鎧の部分を叩いたような手ごたえに思わず下がると、二ィと唇の端を吊り上げて、マーシュは笑った。 「おあいにく様。土系統の魔法は、こんなこともできるんだ」 そして、二本のレイピアを頭上で回転させる。 「武装!」 まず、足元から透明な液体がわき上がった。さらさらした液体ではなく、盛り上がり、ゆっくりと広がるソレは何らかのゲル状物体だ。 それがマーシュの身体を這い上がり、覆い尽くした。 続いて塵や砂礫の類が全身を覆い、一体化してゆく。かなりの厚みを持った層は、形状を固定すると色調を変え始めた。こげ茶色だった土の色から、黒々とした鋼の色合いへ。さらに表面は光り輝く銀色へ変わる。 随所に薔薇の彫金の施された、手甲や足甲。両肩には厚みのあるプロテクターが置かれ、力強いシルエットを形成している。なによりも目を引くのは、猛々しき獣の頭部を象った、白銀のヘルム(兜)。 『…おいおい、コイツァ、相棒のとそっくりじゃあないか?』 『違うな。少なくとも、ソウルメタルでできていない。あくまで、錬金でできたただの鎧だ』 慌てる《デルフリンガー》を、《ザルバ》がたしなめた。 鋼牙の目の前には、銀色の鎧をまとった騎士の姿があった。厚みと刀長を増した、二振りの剣を剣舞のように回転させながら、マーシュが言う。 「コレが僕のオリジナルスペル『武装』だよ。衝撃緩衝材であるアモーフ(ゲル)の第一層、その上に倍力と物理的防御の鋼の鎧……原理はゴーレムと同じさ。最後に、抗魔法能力を持った、銀のコーティングを施す。この姿になった僕を、メイジもメイジ殺しも誰も傷付ける事ができない!」 グラモン家の紋章《豹に薔薇》を装ったとおぼしき、豹頭の兜の下でマーシュは雄たけびを上げた。 「行くぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」