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翌日の朝。自室のベッドの上で目を覚ました俺を襲ったのは、恐ろしいほどの肉体的疲労感と精神的脱力だ。 なんなんだこれは。立って起きあがることすらできねぇ。まるでフルマラソンか、トライアスロンに訓練なし、 準備体操なしで突撃敢行後のようだぞ。 近くでじりじりと鳴っている目覚ましを止めようと手を伸ばすが、それすら適わない。 「まずい……このままだと……」 「キョンくーんー、あさーさーさーさーあさー♪」 いつものようにノックなしで訳のわからん歌とともに俺の部屋に現れたのは我が妹だ。。 「起きない遅刻するよー。早く早くー」 とまあ、布団に潜りっぱなしの俺に乗っかってドカドカと騒ぐもんだからまるで拷問だ。 いつもなら寝ぼけてあまり気にならないが、今日は変に意識がはっきりとしている上に全身筋肉痛っぽいので、 痛くてたまらん。だが、それでも身動きもできないんだから、俺の身体は一体どうなっちまったんだ。 いつまでたってもベッドから出てこないことに業を煮やしたのか、ついに我が妹は最終手段を行使した。 布団を強引にまくり上げ床に放り落とす。そして、仰向けになっていた俺の顔面に迫ってきたのは……シャミセンのケツだ! 「うおわ!」 火事場の馬鹿力ってすばらしい。俺は布団から飛び起き、部屋の隅に逃げ出す。危機一髪だった。 危うくおはようのキスをシャミセンのケツで完了しかねなかったぜ。いつもそんなものをしてくれる人はいないけどな。 「あーキョンくん起きたー。シャミはすごいねー」 「にゃあ」 全く脳天気な会話してくれるもんだ。一気に目は覚めたけどな。 だが、全身の疲労感がなくなったわけがない。こんな状態でこれから学校に行かなきゃならんのか。果てしなく憂鬱だ。 ◇◇◇◇ 何とか歯を磨き、朝食を取り、ブレザーを着込み、学校に向かって出発だ。自転車を一漕ぎするたびに 身体が悲鳴を上げるぜ。さすがにだるそうな俺を見てオフクロが休めば?なんて言ってくれたが、 不思議と学校に行かなきゃならん気がするんで、登校を決行中だ。学校まで無事につければいいが。 ぜいぜいと息を切らしながらチャリンコロードを完了し、最後の早朝ハイキングコースに入る。 「ようキョン」 後ろから声をかけられて振り返ってみれば、谷口がいた。 「よう谷口」 「何だよ元気ねえな。風邪か?」 風邪だったらまだいいんだが……しかし、何だろうか。この感情は。ついつい谷口の顔を見つめてしまう。 これは――感激か!? 何で谷口の顔を見て感激しなければならないんだ!? おかしいだろ俺!? 「おはようキョン。どうかしたのかい?」 今度は国木田が登場だ。って国木田の顔を見ても同じ感情が生まれてきたぞ。なんだなんだなんだ。 しばらく、黙って谷口を見つめていた俺に不信感を抱いたのか、 「おいキョン、どうかしたのか? 普段から変わっているところがあるが、今日は格別に変だぞ――まさかっ!?」 谷口は大仰に声を荒げて、 「まさか俺に惚れたとか……!?」 「誰が惚れるかバカ!」 反射的に俺は怒鳴り返す。いいか、俺はれっきとしたノーマルなんだぞ。朝比奈さんを見ていれば身体がぽかぽかしてくるしな。 ん、これこないだも言わなかったか? しかし、谷口は疑惑の目線で、 「いいやわからねえ。何せあの超強力電波発信源・涼宮の連れだからな。どんな電波を受信しているかわかったもんじゃない」 「まあまあ、谷口。キョンも何だか疲れ気味みたいだから、あまりからかうと悪いよ。 そういう本質的な話はまた後でってことで」 おい国木田、それだとフォローになってないぞ。 そんな馬鹿話をしつつ、俺たちは学校に向かう。昨日も同じ事をやっていたはずなのに、今はこんな当たり前の日常が たまらなく楽しかった。 ◇◇◇◇ 何とか学校にたどり着いた俺がまず確認したのはハルヒだ。正直、教室の向かうまで姿がなかったりとか、 席そのものがなかったりとか、しかし、なぜ俺はこんな心配をしているんだとか、と内心はらはらしていたが、 ――いた。いつものように窓際最後尾の席でだらんと力なく机に寝そべっている。 俺はほっと胸をなで下ろし、次席に座った。すると、ハルヒは顔だけを上げて、 「おはよ、キョン」 「ん? ああ、おはようハルヒ」 ハルヒから挨拶をしてくるとは珍しい。ハルヒはまた机に顔を埋めると、わざとらしいほどの大きなため息をつき、 「あー、今日は学校を休めば良かったわ。何だかわからないけどものすごく疲れた感じがするのよね」 「何だ、おまえが疲れるなんて天変地異の前触れじゃないのか?」 「しっつれいね! あたしだって疲れるときぐらいあるんだから」 ま、ハルヒがこれだけな状態になっているんだから、何かあったことは確かだろう。 何一つも覚えていないが、恐らく昨日の夜から今日の朝にかけて。 俺はだらーと壁に背中を預けると、 「なあハルヒ」 「何よ」 「疲れたな」 「……そうね。本当に疲れた……」 ◇◇◇◇ 午前の授業終了後、俺は一限目から爆睡中のハルヒを放って教室から飛び出した。 かく言う俺も授業の半分近くは居眠りしていたおかげで、少し体力が改善している。 だから、今の内に顔を見ておきたい人の残りを確認しに行くってわけだ。 未だに何でこんな事をしようと思うのかさっぱりわからないが。 「あ、キョンくん」 「キョンくん、やーっほーっ!」 2年の教室前であったのは朝比奈さんと鶴屋さんだ。いつもながらお美しい朝比奈さんに会って感動するのは当たり前だが、 それ以上に感情を揺さぶったのは鶴屋さんの方だ。くそ、谷口の時は意地で押さえ込んだがもう限界だこりゃ。 「え、え、え?」 「おおっとと、ど、どうしたんだいキョンくん? あたしなんか悪いことでもしちゃったっけ?」 二人があわてるのも無理もない。ついにこらえきれなくなった俺の目からぽろぽろと涙がこぼれ落ち始めたからだ。 理由はさっぱりわからんが、とにかく今は泣きたい気分になっている。 「ああ、いえ、ちょっと寝不足なんであくびをかみ殺しただけですよ」 「あーなんだいなんだい。驚かせないでくれっさ!」 ほっと一安心の表情を浮かべる鶴屋さん。全く今日の俺はどうかしている。いきなり泣き出すなんて、 端から見ると情緒不安定で青春まっしぐらな若者みたいじゃないか。 「やあ、これは皆さんおそろいで」 このタイミングで背後から急接近してきたのは古泉だ。俺は必死に目をこすって涙を吹き上げてから振り向く。 こいつにまで涙を見せたら、周りから本気で誤解されかねないぞ。 「なんだ古泉か。こんなところに何の用だ?」 俺は必死に感激していることを悟られないように言う。古泉は肩をすくめて、 「ちょっと朝比奈さんに用がありましてね。いえ、そんなに大したことではありません。 ちょっとした疑問を確認したいだけです。いいでしょうか? 少し人目のない場所の方がありがたいんですが」 「え? あ、はい。わかりました」 こら待て古泉。朝比奈さんを人気のないところに連れ込んで何をするつもりだ。 朝比奈さんもこんな野郎の口車に乗ってはダメですよ。 俺が古泉に抗議の声を上げようとするものの、鶴屋さんに止められる。ウインクして来るところを見ると、 どうやら任せてといっているようだ。鶴屋さんがそばにいるなら、まあ安心か。 とりあえず、俺はこの場を退散して、次の目的地に向かう。 「あいつなら何か情報を持っているだろうしな」 向かったのは部室だ。俺とハルヒの疲労現象。その原因を唯一知っていそうなのは長門ぐらいだ。 「長門いるか? ちょっと聞きたいことがあるんだが」 そう言いつつ部室にはいると目前に長門が出現した。俺が来ることを予測していたのか、 出入り口の前に立っていたようだ。 「来ると思っていた」 「そ、そうか。なら話が早い。昨日から今日の朝にかけてだが――」 「いわない」 きっぱりと言い切る長門。ここまではっきりと意志を示すのは初めて見た。そして、長門は続ける。 「あなたがそう言っていたと聞いている。わたしもその時の記憶は存在していないため、はっきりとしたことは不明。 情報統合思念体から送られてきた情報から得たことによる判断。あなたは自分がそう言っていたと伝えれば、 納得するだろうと言っていた模様。中途半端に思い出しても辛くなるだけだと」 何だよ、俺まで宇宙人・未来人・超能力者的秘密主義者の仲間入りかい。 俺自身にも言えない事っていったいなんなのやら。かえってきになるだけじゃねえか。 そんな俺に長門は一歩顔を近づけ、 「ただ、これだけは言える。そこでのあなたは勇敢だった。何ら恥じることはない」 ……どうやらとんでもないことがあったようだな。それこそ思い出さないほうがいいぐらいなことが。 俺自身がそう考えて言っているようだし、それで納得しておこうか。気にはなるが、知ってしまった方が後悔しそうだ。 俺はふっと笑みを浮かべると、 「ありがとな長門。何だかすっきりしたよ」 「わたしはあなたからの伝言を伝えただけ」 「でも、ありがとな」 「……うん」 ◇◇◇◇ 教室に戻ると、俺を待ちかまえていたのはクラスメイトの阪中である。 いかん、昨日のハルヒ球技大会参加要請をすっかり忘れていた。 もじもじと不安ありありな表情で俺に昨日の返事について聞いてくる阪中だったが、 「あーすまん、昨日ハルヒに参加を打診したんだが、つれない返事しかかえってこなかったよ。 あれじゃまず無理だろうな」 俺の言葉にどんどん落胆の表情になっていくのを見ると罪悪感にちりちりと苛まれる。 とはいっても、昨日のハルヒの感じじゃ参加なんてとても…… 俺はまだ机に寝そべっているハルヒの方をちらりと見る。昨日のハルヒだったら確実に返事は同じだろうが、 なぜか今日のハルヒからは別の返事が返ってくるような――根拠も何もないんだが、そんな気がした。 「ハルヒに直接聞いてみたらどうだ? 結構気が変わりやすい奴だからいい返事が返ってくるかもしれないぞ」 そう言って阪中をハルヒの元に行くよう促した。 ハルヒのそばに立ったもののなかなか言い出せない阪中だったが、やがて意を決したようにハルヒに球技大会以来を お願いした。端から見ていても痛くなるほどにお願い口調で頭まで下げている。 「いつもクラスの中で浮いているんだから、たまにはこういう行事に参加しろよな」 俺も援護するが、ハルヒは完全無視状態だった。眠っているわけではないようなので、こりゃダメか? しばらく沈黙が続いた俺たちだったが、やがてハルヒがすっと上半身を机からあげると、 「……ま、いいわよ。参加してあげる。何かスポーツでもしてすっきりしたい気分なのよ。運動不足なのか疲れ気味だし」 昨日とは正反対の言葉を返してきた。言い訳がましい事まで言って、全く素直じゃない奴だ。 「でも!」 ハルヒはこっちを振り返り、 「いい? やるなら優勝よ。一位以外はあり得ないわ! ふふん、今日の放課後から早速特訓だからね! いっとくけど、あたしの訓練は厳しいわよ! 覚悟してなさい! あと、キョンもボール拾いとして参加すること! いいわね!」 「何で俺まで」 と抗議するが、喜びを爆発させた阪中に遮られた。なんというかもう、ハルヒの手を握ってお礼を乱発し、 俺に向かっても頭を下げまくる。一体何がそこまでさせるのやら。 ――ただ俺も内心ではかなりうれしいことがあった。参加を了承したときのハルヒの顔。 自信満々で言った後に見せた100Wの笑顔。とんでもなく久しぶりに見たような気がしたからだ。 ……これからもよろしく頼むぜ、ハルヒ…… 『涼宮ハルヒ』 疑似閉鎖空間に入れられた後、北高生徒を率いて激戦を指揮し続けた総指揮官。 最後までSOS団にかかわらずすべての生徒たちを励まし、思いやり続け戦い抜いた。 一方で、鶴屋さん戦死直後と1日目の夜間に自らに向けて引き金を引きそうになるが、ぎりぎりのところで耐えている。 しかし、キョンが死んだ場合、3度目の衝動に駆られても止めることはできないだろうと確信していた。 精神的に消耗する中、SOS団とキョンの存在だけが彼女を支えていた。 『長門有希』 ハルヒから任命された副指揮官。実際には前半戦は砲撃隊指揮官で、後半は喜緑江美里ともに情報操作戦を続けた。 疑似閉鎖空間に閉じこめられた後、かつてないほどの【絶望】の感情に陥ったが、 喜緑江美里から与えられたヒントで希望を取り戻し、敵との情報操作戦に勝ち抜いた。 『朝比奈みくる』 癒し系担当などという不明な任務についていたが、実際には負傷者の看護を行った。 凄惨な傷を目撃するたびに失神していたが、献身的な看護を行い、多くの生徒たちの命を救った。 『古泉一樹』 古泉小隊指揮官。後にUH-1のパイロット。 的確な指示と援護により、大きな戦果を続けた。 同じクラスである9組の生徒たちを巻き込んでしまったことを激しく後悔し続け、 また、涼宮ハルヒに無関係な生徒多数を巻き込んだ敵に対して人知れず感情をあらわにすることもあった。 敵の策略によりUH-1を撃墜されて戦死する。 『鶴屋さん』 鶴屋さん小隊指揮官。 涼宮ハルヒの撤退命令を拒否し続け、北山公園の敵砲撃地点の制圧を続行し、見事困難な作戦を完遂した。 実際に涼宮ハルヒの影響が低いと言うことで、小隊に配属されていた生徒たちは彼女の命令を拒絶することが可能だったが、 30名中26名が戦死した激戦でも、彼女の姿勢に異を唱えるものは一人としていなかった。 鶴屋さん自身は敵の罠であることを承知の上でこの作戦を了承し、ここで散る覚悟だった。 「今あたしたちが敵を制圧できなければ、敵は学校への攻撃を続行し犠牲者はますます増えるんだ。 だから、どんな犠牲を払っても敵をやっつけないといけないのさ。これが最後。みんなには犠牲を強いてごめんなさい。 一斉射撃後にあたしが先陣を切る。少しでもあたしがひるめば遠慮なく後ろから撃っていい。行くよっ!」 突撃の際に敵の銃撃を受けるが、決して止まることなく制圧を完了した。そのときの傷が元で戦死。 戦場で戦った生徒:272名 死者:117人 負傷者:76人。 この戦場を駆け抜けたすべての生徒たちを讃える。 ~~おわり~~
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ハルヒと親父3−家族旅行プラス1 その3から 飛行機は快調に空を飛び、涼宮ハルヒは俺の二の腕に盛大に頭をぶつけて眠っている。 「おい、ハルヒ。起きろ、飯だ、機内食だぞ」 「ん……あ?」 「どっちにしろ寝ちまうんだな」 「"What would you like, beef or fish? 」 「ああ、うん。……キョン、あんた、魚とお肉、どっちがいい?」 「ああ、肉にするか」 「Can I have the fish meal ? He says he d like to have the beef.(わたしは魚料理をちょうだい、彼は肉料理を食べたいそうよ)」 「いまさら驚かんが、英語もできるのか?」 「親父の持論だと、ハロー、プリーズ、サンキュの3つとクレジット・カードがあれば、どこへ行ってもなんとかなるらしいけどね」 ハルヒがトイレに立った時、ハルヒの母さんが寄ってきた。 「キョン君、ありがとうね」 「ハルヒの飛行機嫌いのことですか?」 「ハルが小さいときに乗った飛行機で、車輪が出ないトラブルで胴体着陸したことがあってね。最初に相談しとこうかとも思ったけど、あの娘、気を使われたりするの嫌がるから」 「そうですね」 「まあ結局、何に乗るか、よりも、誰と乗るか、が重要ということね」 ハルヒがトイレから戻ってきたので、ハルヒの母さんは一度通路側に出て、ハルヒを通らせる。 「なんの話?」 「ねえ、セネカだったかしら?『大事なのは何を食べるかではなく、誰と食べるかである』というの?」 「知らない。キョン、知ってる?」 「いや、わからん」 ハルヒの母さんは肩をすくめた。次にハルヒが肩をすくめ、最後に俺が肩をすくめた。 「何やってんだ、おまえたち?」 と親父さんが言って、3人のパントマイマーは我に返った。 その後、いつのまにか俺は眠っていたらしい。 ハルヒの話では、ハルヒの左手を握りしめて、どうやっても離そうとしなかったのだそうだ。 「ったく、律儀というかバカというか」 あきれた声でハルヒは言った。 「で、結局どうしたんだ?」 「何が?」 「どうやって、手を振り解いたんだ?」 「叩いたり、つねったり、ぺろんと舐めたり、いろいろしたんだけどね」 「舐めたのか?」 「効果はなかったわね」 「うむ」 「結局、耳元に『トイレに行きたいんだけど』というのが正解だったわ」 「……」 それがパスワードか……俺のキーロック。 「ったく、律儀というかバカというか」 結局、俺が再び目覚めたのは、飛行機の車輪が大地を踏む瞬間の、ドスンという振動によってだった。 「つ、着いたのか?」 飛行機は飛行場の上をしばらく向きを変えながら走りつづけていく。 「着いたわよ」 ハルヒは笑っていた。 「寝てる人間にシートベルトをしめさせるのは骨が折れたわ」 「ああ、すまん」 「冗談よ。寝ぼけてない? 大丈夫、キョン?」 ハルヒは自分の右手を俺の顔の前で振ってみせる。 「あ、それと、これ、ありがと」 これ、というのは、俺の右手に握られたハルヒの左手だった。目の前で見せられて、何故か反射的に手を離してしまう。 「お、おう。どういたちまして」 痛っ、舌かんだ。 バカ笑いするハルヒ。 それを見て親父笑いする親父さん。 完全に止まってから、との指示を待たず荷物を出そうと立ち上がる他乗客のみなさんの目をそれほど引かなかったのは不幸中の幸いだった。 ハルヒはよほどツボにはまったのか、タラップを降りながら、まだ笑ってる。 「というより、あんたの笑いの取り方は反則よ、人倫にも劣るわ」 目に涙までためてやがる。 「そうだそうだ。笑わせるためなら尻まで見せる芸風だ」 そこに親父パワーが上乗せされる。 「別に笑いを取りに行ってないぞ」 「じゃ天然? えーん、どうしよう、親父。キョンが本当のバカになっちゃった」 自分が吐きだす一言一句に、反応して笑っているのだ、こいつは。まったく、いまいましい。 「なんだ、それっておれのせいか? キョン君、自分の墓穴は自分で掘れ」 そこに親父さんのハードボイルド(?)なボケが上乗せされる。この父娘(おやこ)、実は息もぴったりじゃないか。 飛行機を降りて地上に足を降ろすと、空港は夕暮れ時にもかかわらず、南国らしい夏の熱気を残していた。 こうなると(そういや、いつのまに着替えたんだろう?)ハルヒの親父さんの着ている派手なアロハ・シャツが妙に似合う。まだ会ったことはないが、こういういでたちの人が、現地にたくさんいそうな気がする。 俺たちは滑走路の脇の歩道を、ぶらぶらと空港の建物の方へ歩いていった。 出発の時より、さらにあっさりと、入国その他の手続きは片付いた。 飛行機の旅は、それでも負担ではあったらしく、感情的には上機嫌なハルヒは、体のほうは憔悴しているらしく、めずらしくも俺の腕を杖の代わりに握っていた。 しかしそれもトランクを受け取る頃には、ハイ・テンションが疲労感を凌駕したらしく、まるで誰かに見られたらまずいところを見られでもしたように、ぱっと手を離し、手はそのままハルヒの頭の上にあがったままで止まった。まさにホールド・アップの状態。 「傷つくなあ、なあキョン君?」 と、しなくてもいい心理描写をしてくれたのは、無論ハルヒの親父さんである。 「うっさい!」 今度はアドレナリンとトランクを身の支えにして、さっさと行こうとするハルヒ。 「バカ娘、ここは右も左も分からぬ外国だ、軽率な真似は慎め。予約してあるコテージまではレンタカーでいくから、ちょっと待ってろ」 親父さんは背中に「ワクワク」といった文字を背負うがごとく、人の波をかいくぐりながら目的のカウンターへと進んで行く。 「何が外国よ。日本語も英語も使えそうじゃない」 「暗くなってきているからよ。言葉が分かっても、意に添う人とはかぎらないわ」 ハルヒの母さんはニコニコと、空港の出口でプラカードをもって飛び跳ねている連中たちに目をやった。 「たとえばね、……『鈴木様、田中様、格安タクシー』というの見える?」 「あんなのに引っかかる奴なんていないわよ」 「おい、ハルヒ、どういう・・・」 うっ。言い終わる前に肘をいれるな。 「確かにこういう善良すぎる日本人もいるっちゃいるわね。……簡単に言えば、モグリのタクシーよ。メーターなんかついていない。こっちが道が分からぬことを良いことに、デタラメに走ってとんでもない金額を請求するのよ。日本人ってのはお人よしだから、日本語で書いてあれば山田さんだろうが佐藤さんだろうが、それだけで警戒心を緩めちゃうの、誰かさんみたいにね」 「俺は、別にだな……」 用が済んだらしく、にかっと笑った親父さんが戻ってくる。 「カーナビぐらい、おごりやがれ、べらぼうめ、と言ってやった」 「どこの江戸っ子よ?」 「そしたら、うちの車はぜんぶカーナビつきだとさ。矢印どおり走ればいい。ハルヒ、運転するか?」 「誰が?」 「家族と彼氏の命も預けられないような娘に育てた覚えはないぞ」 「眠いから相手しないわよ」 「飛行機の中じゃずっと寝てたじゃないか、キョンの腕の中で」 「何の中だって!?」 「じゃあ膝枕か?」 「どうやってシートベルトしめんのよ!?」 「はいはい。空港で親子漫才なんて、家族仲良くて母さんとてもうれしいけれど、お腹がすいちゃったわ」 このメンバーで事態を収拾してくれるのは(それができるのは)、いつもハルヒの母さんである。感謝します。 「それじゃあ、街で何か食っていくか。ハルヒ、マクドナルドを襲うぞ。お前はビッグマックを30個、おれはてりたまバーガーを25個だ」 「こんなところで村上春樹読んでる奴なんていないわよ」 「あと、少しは買い物もしないと、明日から食べるものがないわ」 と冷静な意見を述べるハルヒ母。 「聞いてのとおりだ。我々はミッションを変更して、レストランとスーパーに立ち寄ってから基地(ベース)へと帰還する。質問は?」 「というか、それが予定どおりじゃないの?」 「じゃあ、出発!」 夕食は最初に目に入った店に決めようと言う「ハラペコ事前協議」に基づき、大きな交差点にある、国際的な(?)ファミレス・チェーン店のような店に自動的に決まった。 車を駐車場に止めて中に入った俺たち4人は、無節操に多国籍なメニューを制覇するほどの勢いで注文し、そして食べた。 ハルヒの「やせてるくせに大食い」特性については言うまでもないだろう。 そしてハルヒへの遺伝子提供者もまた、そうした特性を持っていたとしても不思議ではない。 ガタイのいい親父さんは、その体と悪知恵とマシンガン・トークを維持・活動させるに必要な相当量の食料を摂取した。 ハルヒの母さんは、小柄で軽そうな外見にも関わらず、終始マイペースで食べ続け、結果として皿の山を築いた。 俺もどちらかといえば小食な方ではない。何よりも、ここは日本でなく、いつもの集合場所の喫茶店でなく、さらに言えば俺の奢りではない。ここでは、涼宮家の3人に、いかほども遅れをとらぬ大食漢ぶりを披露したとだけ記しておこう。 俺たちが宿泊するのはコテージであり、基本的に食事は自炊なので、俺たちは次に明日朝以降の食料調達を行うべく、夜10時まで開いているらしい大型スーパーへ向かった。 そこで、牛のように巨大なショッピングカートを、親父さんと俺とで1台ずつ押し、そこへハルヒ母とハルヒがどんどん食材を放りこんで行く。競り合いのようでありながら、ダブったものは何一つないという母娘のコンビネーション。 「いつもですか?」 俺はこっそり隣の親父さんに聞く。 「どうだろうなあ。日頃、あまり買い物に付き合わんからな。母さんは体力がないから、普段は通販なんか利用してるみたいだし、気合が入ると中央市場へ買い出しだしな」 「ほんとは品物を見て買う方がよいけれどね。最近は宅配もいろいろあるし、ネットスーパーなるものもあってね。その日の広告をネットで見て午前中に注文しとけば夕方に配達に来てくれるわ。主婦もいよいよ引きこもりの時代なのかしら」 親父さんが運転する車は、夜のなかをカーナビの矢印だけを頼りに進み、それでも十数分でコテージの管理棟のようなところに着いた。 親父さんはそこで鍵やら備品一式を受け取ってサイン、それを後部座席のハルヒの上に放り投げて出発。ハルヒは当然わめくし暴れるが、親父さんはゲラゲラ笑いだけで応じる。 数分、車で進むと、どうやら俺たちが泊まるコテージへと着いたようだった。 親父さんはガレージに車を止め、親父さんと俺でトランクをコテージの中に運び込む。 ハルヒの母さんとハルヒは、何往復かして(無論、おれたちにも手伝わせて)買い込んで来た食料をキッチンに運び込んだ。 コテージは、中央に大きなリビングがあって、その正面は大きなベランダがあり、そこから先はこのコテージ利用者のためのプライベート・ビーチとなっている。 ベランダを正面にして、リビングの左手にはキッチンや風呂、それとは別のベランダから直接入れるシャワールームなどがあり、リビングの右手には、手前から大きな寝室、中ぐらいの寝室、同じく中ぐらいの寝室、となる。 「あー、ごほん」 親父さんがわざとらしく咳払いをする。 「長旅ご苦労。飯も食ったし、後は順次、風呂に入って寝るだけだ。明日から気が狂うまで遊ぶから、それに備えて、各自英気を養うように」 そして、咳払いをもう一つ。 「なお部屋割りだが、手前のでかい寝室は俺たち夫婦が占拠する。異論は認めん、たまには年長者を敬え。なお、残りはおまえら好きに使え。父は心の準備はできてる。以上だ」 言うだけ言って、親父さんは風呂へ退避する。さすがのハルヒもハダカの親父は苦手分野のようだ。 「何言ってんのよ!バカ親父」 と、せいぜい見えなくなった親父さんに怒鳴るくらい。 「ちなみに、母も心の準備はできてます」 ニコニコと目を細くして微笑み、追い打ちをかけるハルヒ母。 「母さん!」 リビングのソファに、距離を開けて座り、親父さんとハルヒの母さんが、寝室(大)に消えるのを、二人して見届けた。 ハルヒと俺のトランクは、まだリビングに置いたままである。部屋を決めないと、着替えも取り出せず風呂にも入れない訳だが、親父さんの呪いか、いらぬプレッシャーのせいか、なんだか「先に動いた方がやられる」状態に陥ってないか、俺たち? 「と、とりあえず」 小一時間ほど続いた沈黙は、ハルヒの声で破られた。 「あたしが真ん中の部屋を使うから」 「ああ。端の部屋が俺だな」 「じゃあ、そういうことで」 「おう」 ハルヒと俺は、トランクをそれぞれ自分の部屋に押し込んだ。 ベッドに腰を下ろし、荷物も解かず、しばしぼーっとしているとノックがあった。 「あ、はい。どうぞ」 「いや、開けなくていい。……キョン、お風呂、あたし、先にいいかな?」 「……ああ、かまわんぞ」 「じゃあ、お先に」 「ああ」 しばらくして「これはまずい」ということに、俺はようやく気付いた。 リビングはそこそこ広いと言っても、俺の部屋はそのリビングを挟んで風呂の対面にある。 水音とか、シャワーの音とか、人間誰でも汚れを落としたりお湯の温かさでリラックスしたりすると漏れる声だとか、ダイレクトに届いてしまう位置ではないか、この部屋は。 喧噪を離れ、BGMは波の音だけ、という心もとない状況では、そうした音を遮るのは風呂のドアとすでに無人のリビングと薄い俺の部屋の扉だけだ。 し、静まれ、俺のジョン・スミス。 どれくらい経ったのだろう。俺はノックの音に我に返った。 「キョン、お風呂空いたから」 「わかった」 ハルヒが自分の部屋のドアを閉じる音を確認してから、俺は部屋を出て風呂へ向かった。 適当に旅の汗を流して、そそくさと部屋に戻って、そのままベッドに倒れ込む。 すると、枕元の電話が軽い電子音をたてた。って電話? 「もしもし。ディス・イズ・キョン・スピーキング?」 「室内電話。どっからかかってきたの思ったのよ?」 ハルヒか。すぐ隣なのに、なんだって電話なんてついてるんだ? 「……寝ぼけてたんだよ」 「今、部屋に入った音がしたわよ」 「……」 「キョン、そっちの部屋はどう? こっちのべッドは広いわよ。あんたんちの1.5倍はあるわね」 「うちのはシングル・ベッドだからな」 「いつも2人だと狭い感じがするわね」 「こらこら、『いつも』とか、いつもみたいなこと言うな」 「すぐ隣にいるのに室内電話ってバカみたいね」 「まあな」 そしてかけてきたのはお前だぞ、ハルヒ。 「キョン、あんた、ちょっとこっちに来なさい」 「は?」 その5へつづく
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メンケペルラーピアンキ(メンケペルラー・ピアンキ) エジプト第25王朝の王。 ネフェルカラーシャバカ(ネフェルカラー・シャバカ)の兄とする説も。 関連: カシタ (父) ネフェルカラーシャバカ (ネフェルカラー・シャバカ、息子) ジェドカウラーシャバタカ (ジェドカウラー・シャバタカ、息子) ネフェルテムクラータハルカ (ネフェルテムクラー・タハルカ、息子) 別名: ピイ ピアンキ(2) ピアンキメリアメン (ピアンキ・メリアメン) メンケペルウラー(3)
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さて、静かな時間が進んだのは、翌日の朝までだ。どうやら嵐の前の静けさって奴だったらしい。 日が昇るぐらいの時刻、前線基地の北1キロの辺りを警戒中だった小隊が数十両に上る車両に乗った敵が 南下してきていたのを発見したのだ。ハルヒと一緒にいた俺は小隊を引き連れて迎撃に向かったのだが…… 「おいドク――じゃなくて衛生兵! 負傷者だ来てくれ!」 俺は道の真ん中で鼻血を垂らしている生徒を抱えて叫ぶ。 だが、民家の路地で敵と撃ち合っていた彼には声は届かない。幸い、近くにいた別の生徒が俺の呼びかけに気がつき、 衛生兵の生徒をこっちによこさせる。 どこを撃たれたんだ!と叫ぶ彼に、俺は、 「足だ! それでもつれた拍子に頭から転んだ! 意識もなさそうだ!」 彼はわかったと言い、処置を始めようとするが、なにぶん道のど真ん中だ。そんなことを敵が許してくれるわけがない。 近くの民家の二階からシェルエット野郎がひょっこり姿を現すと、俺たちめがけて乱射を始める。 足下のアスファルトに数発が命中して道路の破片が飛び散り、俺の身体に振りかかった。 「邪魔すんな!」 俺はそいつめがけて撃ち返すと、あっさりと民家の中に引っ込んでしまう。 北山公園じゃ乱射して絶対に隠れたりしなかったくせに、ここに来てチョコマカと動くんじゃねえよ。 何はともあれ今の内に俺たちは負傷者を抱えて道路脇まで運ぶ。しかし、ここでも悠長に治療なんてやっていたら、 そこら中から銃撃を加えられるだろう。何せ、俺たちの周りに立ち並ぶ民家のどこに敵が潜んでいるのかわからないのだ。 とにかく、学校に負傷した生徒を戻すしかない。 俺は無線を持った生徒を呼びつけ、 「おいハルヒ! 負傷者だ! 数人つけてそっちに送り返すから、学校へ運んでくれ!」 『わかった! でも、さっき負傷者を満載したトラックを学校に返したばかりだから、ちょっと時間がかかるわよ!』 身近にいた二人の生徒に負傷者を担ぐように指示し、ハルヒのいる前線基地へ走らせた。 仕方がない。それでもこんなところにおいておく訳にはいかないんだからな。 負傷者を送り出した後、今度は2軒先の民家の塀の上から銃撃を受けるが、国木田が見事な腕前でそいつに弾丸を命中させる。 今じゃ、俺の小隊じゃこいつが最強の位置にいるからな。頼りにしているぞ。 と、国木田が俺の方に振り返り、 「キョン。3人減ったから結構パワーが落ちるよ。どうする?」 ここは前線基地から数百メートル北に位置する、住宅の密集地帯だ。ここを通り抜けられるともう前線基地の目の前に出る。 敵の侵攻を事前に察知した俺たちは、この住宅地帯で防御線を築こうとしていたんだが、 敵の動きが昨日とはまるで違うために苦戦続きだ。突撃バカみたいだったのが嘘のようで、 あっちの路地陰から銃撃を受けたと思えば、民家の屋根から手榴弾を投げつけたりしやがる。 しかも、ちょっと攻撃したらとっとと民家の海の中に消えてしまうのだ。 浴びせられる銃弾の量は昨日よりも遙かに少ないが、これは精神的にかなりきつい。 おまけに民家から民家へ器用にすり抜けていっているらしく、ハルヒのいる前線基地へも攻撃が加えられている。 もはや俺の防御線の意味がなくなりつつあった。 俺は国木田の指摘に、しばらく頭の脳細胞の血流を加速させて、 「どのみち、ここで防御していても犠牲が増えるばかりだな。大体ハルヒの方も攻撃を受けているんじゃ、 ここにいる意味が全くない。防御線を下げてハルヒたちの方に戻るぞ」 「賛成。その方が良いと思うよ」 国木田もいつものマイペース口調で賛成する。 俺の小隊はじりじりと南側――前線基地へ移動させ始めるが、 「敵車両だよ!」 国木田の叫び声とともに、路地から一両の軽トラックが現れる。普段その辺りを走っているようなタイプだが、 後ろの荷台には12.7mm機関銃搭載という凶悪な代物だ。そこにシェルエット野郎が3人乗り、 一人が12.7mm機関銃の火を噴かせ、他の二人はそれを援護するようにAKを撃ちまくる。 「撃ち返せ!」 俺たちは一斉に民家の塀の陰に飛び込み、車両めがけて一斉に射撃を始めた。 12.7mmの銃弾が塀に直撃するたびに、コンクリートの破片が飛び散る。 こいつが人間の肌に直撃したらどうなるのか。怪我なんて言うレベルじゃねえぞ。もはや人体破裂といった方が良い。 もう3度それを目撃する羽目になったが、絶対に慣れることはないと断言する。 しばらく銃撃戦が続くが、一人の生徒が撃ちまくっていた5.56mm機関銃MINIMIが12,7mm機関銃を乱射していた シェルエットマンに直撃。一番の脅威が消滅したと言うことで、俺たちは前に出て残り二人も射殺した。 だが、肝心の軽トラックはとっとと逃げ出した。あれだけ銃弾を撃ち込んでぼろぼろだってのにまだ動けるとは。 さすがは日本製とでも言っておこう。 敵が去ったのを確認すると、俺たちはまた前線基地へ向けて移動を開始した。 ◇◇◇◇ 「キョン! こっちよこっち!」 前線基地前にたどり着くと、ハルヒが手を振っているのが目に入る。しかし、隣接している住宅地帯には すでに敵が潜んでいるらしく、うかつに飛び出せば狙い撃ちされかねない状態だ。 案の定、俺たちの真上に位置する民家の窓から敵が飛び出してきて―― 「やばい!」 てっきりいつものようにAKで銃撃してくるかと思いきや、シェルエット野郎の手にはRPG7が握られていた。 真上からあれを撃ち込まれれば、ひとたまりもない! 俺は無我夢中でM16を撃ちまくる。放った銃弾がどこかに当たったのか、発射寸前に手元が狂い 俺たちとはあさっての方向の民家の壁に直撃した。だが、やはりぶっ放した野郎はとっとと民家の中に引っ込んでしまう。 「キョン! 後ろから敵車両2! 近づいてくるよ!」 国木田の声で振り返ると、また武装軽トラックが背後から接近中だ。もちろん、12.7mm機関銃の銃口が向けられている。 ここからじゃ、狙い撃ちにされる! ――その瞬間、バタバタという轟音とともに、俺たちの頭上に一機のヘリコプターが出現した。 「ようやく来たか!」 俺の歓喜の声と同時に、UH-1からミニガンの攻撃が始まる。まず、俺たちに接近中だった車両2つが吹き飛び、 今度は住宅地帯の屋根に向かって撃ちまくった。俺たちの頭上を飛ぶたびに、ミニガンの薬莢が雨あられと降りかかり、 指先に当たったときは思わず「アチイ!」と叫んでしまう。 しばらく掃射が続いたが、やがてそれも収まり前線基地の上空あたりでホバリングを始める。 と、無線機を持った生徒から無線を渡された。古泉からの連絡らしい。 『やあ、どうも。敵は大体つぶしましたから、今の内に移動してください』 「恩に着るぜ。助かった」 古泉は今小隊の指揮官からはずれて、UH-1のパイロットなんてやっていたりする。何でも本人曰く、 (何の訓練も免許もなくヘリの操縦ができるんですよ? せっかくだから操縦してみたいと思いませんか?) と、いつものさわやか顔でUH-1に乗り込んだ。とはいっても、学校の校庭に置かれていたものは輸送用らしく、 武装が一切ついていなかったので、学校のどこからか持ってきたミニガンを両脇キャビンに装着してあり、 それをヘリに乗った生徒が撃ちまくっている。なんだかんだで器用な野郎だ。 まあ、今の状況を仕組んだ奴から頭の中にねじ込まれた知識だろうが。 しかし、あの学校は4次元ポケットか何かか? 昨日はカレーと米が出てきて長門カレーができたが、今度はミニガンかよ。 「よし、敵の攻撃が収まっている内に戻るぞ」 俺たちは一気に前線基地の建物内までに戻る。そこにハルヒが駆け寄ってきて、 「キョン、向こうの様子はどうだった?」 「ああ、すっかり民家に敵が入りこんじまっているな。あっちこっちで敵が飛び出してくるんで まるでモグラ叩きだ。キリがねぇ」 「こっちもさっきから同じ状態よ。正面の民家から敵が出ては引っ込んでの繰り返し。むっかつくわ! もっと潔く突撃してきなさいよ!」 「俺に言われても困る」 そんなやりとりをしている間に、またガガガガとAKの銃声音が鳴り響き始めた、 だが、てっきり前線基地に向けた銃撃と思いきや、こっちには一発も飛んできていない。 代わりに前線基地上空を旋回していたUH-1があわてたように高度を上げ始める。 どうやら、ヘリが攻撃を受けているようだ。 ハルヒは無線機を通信兵から受け取ると、 「古泉くん! 大丈夫!?」 『ええなんとか。あまり高度は下げない方が良いですね。ちょっと驚きました』 「無理しないで。有希の砲撃が使えない以上、古泉くんのヘリが頼みなんだから」 『わかりました』 言い忘れていたが、現在長門の砲撃は自粛中だ。敵車両部隊の南下を確認した時点で、 それを阻止すべくありったけの砲弾を南下ルートの道路に撃ち込んだんだが、 調子に乗ってやりすぎたため、砲弾の残りが見えつつあるようになってしまったからだ。 こいつに関してはハルヒの指示とはいえ、俺も砲弾が無限にあると勘違いしていたことを反省すべきだろう。 しかし、ミニガンとカレーが出てくるなら、砲弾も一時間ごとに2倍に分裂するとかサービスしてくれりゃいいのに。 と、古泉との通信を終えたハルヒが俺のヘルメットをぽかぽか叩きつつ、 「なにぼさっとしているのよ、キョン! 敵がどっかに隠れているんだから、怪しいものに向かってとにかく撃ちまくるのよ!」 「それをやったから砲弾が尽きかけているんだろうが!」 そんなことをしている間に、前線基地正面の民家の窓からまた影野郎が出現だ。 しかも、狭い窓から3人が身を乗り出し、全員RPG7を構えて一斉発射だ。 「RPG! 隠れて!」 ハルヒの声が飛ぶと同時に、俺たちは物陰に隠れる、一発は前線基地前の道路に、2発はそれぞれ建物の壁に直撃する。 「みんな無事!? 怪我はない!?」 ハルヒの確認の声に、建物内の生徒たちが一斉に返事をする。どうやら、けが人はいないようだ。 俺がほっと無でをなで下ろしていると、またもやハルヒからの鉄拳パンチがヘルメットを揺るがし、 「だーかーらー! ぼさっとしていないでさっき出てきた奴に反撃しなさいよ!」 「さっきの仲間にかける優しさの1割で良いから、俺にもかけてくれよ」 ひどい扱いだぞ、まったく。 とはいっても腐っている場合ではない。第2射を撃とうと、同じ窓から出てきた敵めがけて撃ちまくる。 何とか、一発ぐらい当たったらしくいつものように敵がはじけ飛んで消滅した。主を失ったRPG7は、 そのまま窓から地面に落ちる。 「よくやったわキョン! ナイスショット! 学校に帰ったらみくるちゃんを――違う違う! ビールをおごってあげるわ!」 「未成年者に酒を勧めるなよ!」 こんなやりとりをしていると、つい俺の頬がゆるんでしまうのがわかる。 なんだかんだでハルヒの威勢の良い声が今はとても気持ちよく感じているからだ。 「また来た!」 今度は路地から2人の敵がそこら中に向けてAKを乱射し始める。それに対して、ハルヒは持っていたM14を構え、 2発発射。当然のようにシェルエット野郎2人に命中して飛散させる。大した奴だ。 「このくらいできないと指揮官は務まらないわ! 当然よ当然!」 得意げに笑うハルヒ。昨日ほど落ち込んではいないようだな。 ちなみに、ハルヒが持っているのは他の生徒が持っているM16A2ではなく、 どこからか引っ張り出してきたM14――しかも狙撃用にカスタマイズされたものだとか。 昨日北山公園に行ったときはM16A2だったが、途中でMINIMIに持ち替えて乱射していたらしい。 ところがこれがさっぱり敵に命中しないものだから、今では一発一発確実に命中させる方に転向している。 「下手な鉄砲も数撃ては当たる!なんて言うけどさ、あれって絶対に嘘よね。 昨日、あれだけ撃ちまくっても全然命中しなかったし。きっと弾を売っている商人が流したデマよ。 そういう連中にとってはいっぱい撃ってくれた方がどんどん売れて大もうけって寸法よ、きっと!」 根本的にお前の使い方が間違っているんだよ。とまあ指摘してやりたかったが、胸の内にしまう。 何でかというと、今度は前線基地前の民家の屋根上に10人くらいの敵が出現して、 こっちに銃撃を始めやがったからだ。 こっちも負けずに一斉射撃で反撃を開始するが、上からと下からでは差があるのは当然だ。 敵を一人やるまでにこっちは二人は負傷するという不利な状態だ。 「だったら、さらに上から撃てばいいのよ! 古泉くん! やっちゃってちょうだい!」 『了解しました』 ハルヒ指令の指示通り、古泉ヘリのミニガン掃射が始まる。もう敵どころか民家の屋根ごと吹き飛ばしている威力を見ると、 頼もしいような恐ろしいような。 「敵車両がまた来たよ、キョン! 三両も!」 「しつけぇな!」 東側を見ていた国木田から声の声に、俺は思わず出る愚痴を吐き捨てながら敵の迎撃に向かう。 先頭に一両で背後に2両が併走していた。当然どれも12.7mm機関銃付きだ。 とにかく、先頭の車両の連中をつぶそうと銃を構えるが、突然、背後の車両に乗っていた数人が RPG7を手に立ち上がった。前の車両はおとりかよ! やられた! だが、向こうが発射する前に敵の先頭車両が吹っ飛ぶ。さらに、後続の一両も同じように爆発で破壊され、 残った一両だけはRPG7を発射することなく、路地に逃げ込んでいった。 「へへん、やったわ! 作戦通りね!」 ハルヒは笑顔を浮かべながら、周りの生徒たちに向けて親指を立てる。 どうやらこっちも迎撃のために携行型のロケット弾あたりをあらかじめ用意していたらしい。 放たれたのは俺たちの隣の建物らしいので、具体的はわからないが。 やがて、さっき逃げ出した最後の一両も古泉ヘリがとどめを刺す。この時点で敵からの攻撃は完全に収まっていた。 「……収まったのか?」 「さあ、どうかな……?」 さっきから出ては引っ込んでの繰り返しだからな、俺とハルヒもすっかり疑心暗鬼になっちまっている。 そのまま、1時間が過ぎたが結局なにも起きず。その間、神経張りつめっぱなしで銃を構えていたもんだから、 いい加減疲れたのかハルヒが座り込んで、 「ちょっと一休みするわ。あ、キョンはそのまま見張ってなさい」 鬼軍曹かお前は。そのうち、後ろから撃たれるぞ。 「あとで交代してあげるから。もうちょっとがんばりなさい。SOS団の一員でしょ」 「……SOS団であるかどうかは全く関係ないんだが」 結局、しぶしぶと俺は前方の民家に向けて警戒を続ける。しかし、敵は何でいきなり攻撃をやめたんだ? このまま、延々と攻撃を続ければ俺たちもどんどん消耗していくだけなんだが。 「バッカバカバカね。こんなのゲリラ戦の基本じゃん。いつ攻撃を受けるかわからないあたしたちは こうやってぴりぴりしていなきゃならないけど、向こうは数人こっちを見張っているだけで、 他はのんびり休息中ってわけよ。きっとホーチミンもそう教えていたに違いないわ」 わかるようなわからんような……そもそも常識はずれな連中だから、休息も必要ないだろうしな。 『涼宮さん、僕の方はどうしましょうか?』 無線で語りかけてきたのは古泉だ。そういや、さっきから延々と前線基地上空を飛んだままだったな。 ハルヒはしばらく考えてから、 「とりあえず、学校に戻って。ただし、すぐに飛べるようにしておいてね」 『了解しました』 そう言ってUH-1が学校に帰還する。一瞬、帰ったとたんに攻撃されるんじゃないかと緊張が走ったが、 敵は動こうとはしなかった。 ◇◇◇◇ それから数時間状況は動かず、俺たちは神経を張りつめながらひたすら警戒するだけの時間が続いた。 もう正午をすぎようとしている。そういや、このあり得ない世界に放り込まれてからようやく1日半か。 一年ぐらいいるようなくらいの疲労感だが。 この一応平穏な時間の間に、前線基地の南側に北高からトラック輸送部隊が来て弾薬やら食料を置いていった。 死者や負傷者と入れ替える予備兵も到着する。 ハルヒはせっせと指示を出していたが、戦死した生徒や重傷者を乗せて帰って行くトラックを見送ると、 おもむろにメモを取り出してなにやら書き込み始めた。 「……なにやってんだ?」 「…………」 俺の問いかけにも反応せずハルヒは一目散にボールペンを走らせ続ける。それも普段にないような真剣な目つきでだ。 ちらっとのぞいた限りでは名前が延々と列挙されていた。これってまさか…… 「……ふう」 ハルヒは全部書き終えたのか、パタムとメモ帳を閉じた。 そこでようやくハルヒをのぞき込むように見ていた俺に気がついたのか、 「なっなによ! なんか用!?」 あからさまにびびったような声で抗議する。気がついたら俺とハルヒの顔の距離が30センチ未満だった。 俺もあわてて、ハルヒとの距離を取ると、 「いや……なにやってんだと聞いていたんだが」 さっきと同じことを聞く。するとハルヒはメモ帳をぴらぴらさせながら、 「死亡した生徒と負傷した生徒の名前を書いていたのよ。指揮官たるものそう言うのは逐一把握しておくもんでしょ? って、なによその意外そうな目つきは!」 「何にも言ってねえだろうが」 変な疑いをかけるなよ。俺はただ単にハルヒがしっかりしているんだなと感心しただけであってだな―― と、ハルヒは俺の抗議を無視して目をそらすと、 「でも、そんな精神論だけの話じゃないわ。昨日と併せて、死者はすでに70人を越えているし、 負傷者も50人に達したのよ。しかも、ほとんど戦えるような状態じゃない生徒ばかり。 やっと1日半だけど、すでに生徒の半数近くが戦闘不能になっているじゃ、この先どうすればいいのか……」 そうあからさまに不安げな表情を浮かべた。ハルヒの言うとおり、確かに人員不足は否めない。 前線基地には常に50~80人は詰めているので、相対的に北高の守備隊や長門の砲撃隊、 さらに朝比奈さんの輸送や医療のチームがどんどん削減されている状態だ。 後方支援を削って前線を守っているんだからほとんど共食いに等しい。 大体、敵とこっちじゃ条件があまりにも偏りすぎているってんだ。相手は戦車や爆撃機を使ってこないとはいえ、 シェルエット野郎は無限に出現してくるし、武装トラックもどこからともなく現れやがる。 あまりにフェアじゃねえ。一方的すぎる。もてあそばれている気分だ。 だがハルヒは首を振りながら、 「敵があたしたちの要望なんて聞いてくれる訳がないじゃない。あたしがうまくやっていないだけの話よ。 もっときちんとみんなを守っていれば……」 そう肩を落とすハルヒ。俺は何とか励ます言葉を考えるが、どうしてもいい励ましが思いつかない。 こんな俺に果てしなく憂鬱だ。 「あーやめやめ! お腹がすいているからこんな暗いことばっかり考えるんだわ。ご飯食べてくる!」 ハルヒは2・3回頭を振ってから、先ほど届いたばかりの缶詰の山をあさりだした。 まあ、確かに腹が減ってはなんとやらだしな。俺も食うか。 と、このタイミングで古泉からの連絡だ。 「何の用だ?」 『やあどうも。そちらはどうですか?』 「今飯を食おうとして、寸止めを食らったせいで大変不機嫌な気分だ」 古泉は無線機越しに苦笑しながら、 『それは失礼しました。なら後にしましょうか?』 俺はちらりと缶詰にがっつくハルヒを確認してから、 「いや、せっかくだから今の内に話せることは話しておこうか。またいつ敵が襲ってくるかわからんしな」 俺は飯を食うのはあきらめてハルヒの見えない位置に移動する。 「とりあえず、散々お前の援護には助けられたからな、礼を言っておくぞ」 『これはどうも。あなたから感謝の言葉をいただけるとは光栄ですね。今までの奉仕が実ったというものです』 気色悪い表現を使うな。 『しかし、ミニガンの威力はすごいですね。辺り一面を吹き飛ばす威力にはやっているこっちがぞっとしますよ。 しかし、実際に撃っている人は気分爽快らしく、フゥハハハーハァーとか笑いながらやっていますが』 「……その勢いで俺たちまで撃たないように注意しておいてくれ」 そんな笑い方をされると動くものすべてに撃ちまくるようになっちまいそうだ。 古泉は俺の言葉をジョークと受け取ったのか、苦笑しながら、 『それはさておき、そちらの状況はどうですか?』 「めっきり敵の攻撃が収まっているな。ただ大方その辺りの民家には敵が潜んでいそうだ。 こっちから仕掛けたりしたら返り討ちに遭うだろうよ。癪だが、今はここで粘るしかない」 『賢明な判断だと思います。今は現状維持に努めた方が良いでしょう。何せ敵はこっちが消耗するのを狙っているようですから』 ――ハルヒが缶詰を生徒たちに配っているのが目に入る―― 「学校の方はどうなんだ? いつ攻撃を仕掛けられてもおかしくない状況だが」 『北高への攻撃はまだないと思いますよ。少なくともあなたたち――涼宮さんが学校への籠城を指示するまではですが』 「そうか? 俺たちの消耗を狙うなら、学校を攻撃して武器弾薬を使えなくした方が効果があると思うんだが」 『お忘れですか? これを仕組んだ者は涼宮さんにできるだけの苦痛を与えることです。 通常の軍事作戦なら当然学校制圧を目指すでしょう。しかし、今学校を制圧されれば僕たちは降伏する以外の道はありません。 それでは意味がないんです。涼宮さんをほどほどに絶望させつつも、世界を改変するまでには絶望させない。 じりじりと追いつめていっているんです』 「……俺たちをこんなところに放り込んだ奴は相当陰険な野郎って事だな」 俺はいらつくながら頭をかく。 『全く同感です。しかし、学校制圧は当然この後のイベントとして考えているでしょうね。 ただ、今は前線基地で涼宮さんの精神の消耗に務めるはずです』 「イベントなんて言葉使うなよ。まるでこの戦争がただの催しみたいに聞こえるじゃねえか」 『戦争? あなたはこれが戦争だと思っているんですか?』 俺は珍しく語気を詰め読める古泉に少し驚いた。そのまま続ける。 『これは戦争なんて言える代物ではありません。戦争にはそれなりの理由があります。 民族とか資源とか国益とか、ある時は意地やプライドなどもあります。 しかし、それを実行するには大変な労力が必要な上、多くの人々の支持が必要です。 でも、今我々がいる世界はどれも当てはまりません。戦う理由もないというのに、 無理矢理知識とやる気を頭の中にねじ込まれ戦わされている。さらにその目的が一人の少女に精神的苦痛を与えるためだけ。 こんなものは戦争なんて呼べません。頭のおかしい者が仕組んだゲームにすぎないと思っています。 だからこそ、僕は腹立たしい。こんなばかげたゲームのためにこれだけ多くの人命を費やしているんですから。 成り行きで転校してきたとはいえ、9組にはそれなりに親しい人もいました。 ですが、その大半がすでに戦死しているんです。堪えるなんて言うものではありません』 口調だけ聞いても古泉のテンションがあがっていることがはっきりとわかった。あの全く表情を変えない古泉が。 一体、無線の向こう側ではどんな顔をしているんだろう。ふと、そんな考えが頭を過ぎる。 しばらく、古泉は黙りこくってしまうが、やがて大きくため息をつき、 『……すみません。こんな事を言うつもりではありませんでした。僕自身も相当追いつめられているようですね。 それが敵の狙いだというのに』 「構わねえよ。むしろ本音が聞けてほっとしているくらいだ。言葉は違ったが俺もお前と同じ考えさ」 古泉がこれだけ感情をあらわにするなんてことは今までに一度もなかった。 古泉の言うとおり、敵の狙いはそこにあるのだろう。だからこそ、たまにはガス抜きも必要だ。 俺は話題を変えて、 「で、長門からは何か進展があったとかいう話はないのか?」 『長門さんは喜緑さんとずっと学校の教室でこもりっきりです。僕らには想像を絶するような作業を行っているのかと』 そうか。長門はまだ突破口を見つけられていない。ならしばらくはこれが続くと見て良いだろう。 「そろそろ戻るぞ。あまり長話をしているとハルヒにどやされるからな」 『わかりました。では涼宮さんをよろしくお願いします。彼女も相当堪えているはずですから』 そう言い残して無線を閉じた。 ◇◇◇◇ 「何やってたのよ。せっかくのご飯がなくなっちゃうわよ」 まだがつがつ缶詰の肉を食いあさっているハルヒ。なんつー食欲だ。どんな胃袋しているんだ? 「食べられるときに食べておかないとね。ほらキョンも食べなさい。食欲がないなんて許さないわよ。 無理にでもカロリーを蓄えておかないと後が厳しくなるんだからね」 ハルヒから放り投げられた缶詰を受け取ると、俺もそれを食い始めた。 冷たくて大した味もしないのにやたらと旨く感じる。 ハルヒは細目で俺の方をにらみつけ、 「で、誰と連絡していたのよ。有希? みくるちゃん?」 「古泉だよ。というか何であいつを選択肢からはずすんだ」 「へー古泉くんとね……へーえー」 なんだその疑惑の目つきは。言っておくが俺から連絡した訳じゃない。それに俺はれっきとしたノーマルだぞ。 朝比奈さんを見てほんわか気分になれるほどにな。 「はいはい、わかったわよ。早く食べちゃいなさい」 しかめっ面なハルヒだが、そんな事で言われるとお袋を思い出すからやめてくれ。 で、そのまましばらくむしゃむしゃと食べていた俺たちだが、ふとハルヒが手を止める。 「ん……どうした?」 俺の問いかけにも答えずにハルヒはじっと怖い目つきで―― 次の瞬間、横に置いてあったM14をつかむと、前線基地前方の民家に向かって構える。 俺もあわててそれに続いてM16を取ったときにはすでにハルヒは発砲していた。 ようやく銃を構え終えたときには、シェルエット野郎がはじけ、手にしていたRPG7が地面に落ちる光景だった。 何で気がついたんだ? 「野生のカンってヤツよ! でも違うわ! あれじゃない! あと、古泉くんにヘリで援護してもらうように言って!」 訳のわからんことをわめくハルヒ。だが、同時に前方の民家の窓という窓から敵が飛び出して、 AKの乱射をはじめた。戦闘再開だ! まったく! 俺はひたすら窓めがけて撃ちまくったが、ハルヒはじっと構えたまま発砲しない。一体何を待っているんだ? と思ったら、民家の木製の壁を突き破って一台の武装トラックが出現した。さらにハルヒが待ってましたと M14で狙撃するが…… 「ミスっちゃった!」 素っ頓狂な声を上げる。ハルヒの放った銃弾は、フロントガラスをぶち破り武装トラックに乗っていた運転手と 荷台に載っていたAKをもったシェルエット野郎一人をつぶしたが、肝心の12.7mm機関銃の射手は撃ち漏らしたからだ。 壁からド派手に登場したトラックは今までとちょっと違った。器用にトラックの荷台の両脇に 鉄板のようなものが張り巡らせサイドからの銃撃を受けないようにされていた。 前後から攻撃するしかないが、後ろは論外、なら前面ならってそりゃ12,7mmの銃口を向けられているって事だろうが! ハルヒのミスったっていうのは、12.7mm射手を一番最初に仕留められなかったことを言っているのだろう。 ものすごい勢いで乱射され、こっちは建物の陰に隠れて身動きすらとれねえ。 こんなんじゃ、そのうち誰かに当たるぞ……と思った瞬間、移動しようとしていた生徒の脇腹を直撃――いや貫通した。 肉がさけるいやな音とともに、生徒の背後に血しぶきがぶちまけられる。くそ、この調子じゃ古泉が来る前に死者多数だ。 ハルヒは必死に地面にはいつくばりながら、撃たれた生徒に近づき、 「暴れないで! 傷口が広がるからじっとしてなさい! 衛生兵! 早く来て!」 何が起きたのかわからない状態になっている負傷した生徒を必死になだめる。 ちくしょう、このままじゃただ的にされるだけじゃねえか! ハルヒはやっていた衛生兵に負傷者を任せると俺の元に戻ってきて、 「このままじゃらちがあかないわ! とにかく、向こうの弾に当たらないように、牽制するの! あの車両のヤツの弾切れが狙い時だわ! あたしがきっちりと仕留めるから援護して!」 「わかった! てか、さっき使ったロケット弾みたいな奴はないのかよ! あれで吹っ飛ばした方が早いだろ! ないのか!?」 「さっきので打ち止めよ! みくるちゃんたちに探させているけどまだ見つからないって!」 「肝心なときに役にたたねえ4次元ポケット学校だな。わかった援護する!」 俺はハルヒとの意識あわせを終えると、近くにいた国木田を呼びつけ、 「あの野郎が弾切れを起こさせるように、牽制するぞ! 援護してくれ!」 「了解! 任せて!」 俺と国木田は交互に物陰から出ては、武装トラックに向けて発砲した。最初は狙い撃ってやろうかと思ったが、 目があったとたんに射殺されるシーンが脳裏に過ぎったので、とにかく何でも良いから乱射しまくった。 数分間この撃ち合いが続いたが、ようやく向こうが弾切れだ。給弾をはじめようとしたタイミングで、 ハルヒが身を乗り出して狙撃しようとしたが―― 「うへっ!?」 ハルヒの素っ頓狂な声が上がる。俺もあげた。当然だ。突然あり得ない動きで荷台左側の鉄板がぐるっと回って、 12.7mmの射手を覆い隠したからだ。おいレフリー! 今のはどう見ても反則だろ! 「あたしが出て仕留める!」 俺が考えるよりも早くハルヒがM14を片手に飛び出した。おいバカやめろハルヒ!と口に出す暇もない。 ハルヒは鉄板がなくなった左側から回り込み、数発発射して12.7mmの射手を仕留めた。 早く戻ってこい――げ! 「ハルヒ! 東側からRPGだ! 伏せろ!」 いつのまにやら発射されていたRPGがハルヒめがけて飛んできた。ハルヒは飛び込むように地面に伏せる。 その瞬間、ハルヒのすぐ手前の地面にRPGが直撃。衝撃でハルヒの身体が俺たちの方に転がってきた。 俺は全身から血の気が引く音をはっきりと聞いてしまう。 「ハルヒっ!」 もう頭よりも身体が先に動いた、銃弾が飛び交っているのにも構わず、俺は路上に飛び出して 倒れて動かないハルヒを物陰に引きずり込もうとする。だが、敵もそれを阻止すべく、路地の陰、民家の屋根や窓から 俺たちに向け銃撃を開始する。しかし、ようやく到着した古泉のUH-1がミニガンの掃射を開始し、 何とか被弾せずにハルヒを物陰に引きずり込んだ。 「おおい! ハルヒ! しっかりしろよ! 目を開けろ!」 俺は自分でもわかるほどに泣き出しそうな声でハルヒに呼びかける。すると、ハルヒは突然ぱっちりと目を開けて、 「あーびっくりした!」 驚きの声を上げた。俺は安堵のあまり全身の力が抜け、 「よかった……無事なんだな。心配させやがって!」 「なに!? さっきから頭の中で除夜の鐘がぐわんぐわん鳴り響いて全然聞こえないんだけど! もっとはっきり大声で言いなさいよ! 聞こえないじゃない!」 至近距離で爆音を浴びたせいだろうか、どうやら耳がおかしくなっているらしい。 俺はまた銃を握ると、 「そんだけ元気があれば十分だって言ったんだよ!」 「やっと聞こえてきた――ってあったりまえでしょ!」 怒鳴り返すハルヒを見る限り、全然無事だなこりゃ。 俺たちは国木田のいた位置まで戻り、また敵に向けて応戦を再開した。しかし、俺たちのちまちました援護なんかより、 古泉のミニガンの方が手っ取り早い。あっという間に民家を破壊しつくして敵を黙らせる。 「よっし、何とか押さえられそうね! 古泉くん様々だわ! これが終わったらSOS団団長代理にまで昇格させようっと」 こんな時までSOS団のことを考えてられるとは大した精神力だ。いや、ひょっとしたら今のハルヒにとって この非常識世界で唯一現実とつなぎあわせを求めているのがSOS団なのかもしれないが。 だが、そんな俺たちの安心感も、前線基地とされるサンハイツの最西端の建物が吹っ飛ばされたと同時に消滅する。 かつてない大爆発で、大地震が起こったんじゃないかと思うほどに地面と建物を揺るがした。 「な、なによなになに!?」 驚きのあまり路上に飛び出しそうになるハルヒを俺が止める。しかし、何だってんだ今の爆発は! 今までの比じゃねえぞ! 古泉のUH-1が状況を確認しに西側に移動する。しばらくして無線連絡が入り、 『まずいですね。原因はわかりませんが西側が木っ端みじんです。かなりの負傷者も出ています。早く救出を』 手短に古泉からの報告を終える。俺はハルヒの元に駆け寄り、 「ハルヒ。とりあえず、俺が西側に行って防御に入る。何人か借りていくぞ、いいな?」 「…………」 ハルヒはしばらく口をへの字にしたまま黙って俺をにらみつけていたが、やがてそっぽを向いて、 「……わ、わかったわよ。でも無理はしないでよ! いいわね!」 ハルヒの許可が下りたので、周辺にいた生徒9名+国木田を集める。 「よし、今から西側に移動するぞ。前線基地の裏側を通ってな」 「了解」 国木田と他生徒の同意の下、俺たちは西側へ移動を開始した。 ◇◇◇◇ 『気をつけてください。北側に広がる空き地には敵が多数潜んでいるようです』 「よし、すまんが空き地の敵を掃討してくれ。それが終わり次第、負傷者の救出に入る」 『わかりました。任せてください』 俺たちは今前線基地の西側にいる。ただし、正面――北側には敵方数潜んでいるので、 前線基地の裏である南側で待機中だ。 最西端の建物は木っ端みじんといっても良いほどに崩れていた。辺りにはここを守っていた生徒の破片――そうだ、 人間の破片ががれきに混じって散らばっている。あまりの凄惨さに吐き気を催しそうになった。 ドルルルルルと耳につく発射音なのか回転音なのかわからない騒音が辺りに響きはじめる。 古泉のミニガンが炸裂をはじめたようだ。 「よし、俺たちも表側に出るぞ」 俺の合図とともに、粉砕されたがれきを乗り越えつつ建物の残骸に身を潜める。 ハルヒのいた前線基地の中間付近とは違い、西側の正面には民家はなく空き地が広がっている。 起伏がそこそこあるために、その陰に敵が潜んでいるようだが、現在古泉がそれを掃討中だ。 起伏に隠れても真上からではいくら隠れても無駄だからな。 俺が残骸の陰から外をのぞこうとしたとき――目に入ったのは、空き地と民家の壁にぴたりと隠れるようにいた 武装トラックだ! しかも、こっちが来るのを待ちかまえていたように12.7mm機関銃を向けていやがる! とっさに頭を引いたとたん、ドドドと12.7mmの乱射が始まった。民家の残骸をさらに細かく粉砕していく。 さらに間髪入れずにRPG7が発射され、残っていた壁の一部が吹っ飛ばされた。 幸いそこには味方の生徒はいなかったが。 「手榴弾だ! 国木田頼む!」 「任せて!」 国木田が思いっきり腕を振って武装トラックに手榴弾を投げつけ、俺もそれに合わせる。 距離が遠いため武装トラックまでは届かなかったが、近距離での爆発にとまどったのか、 一瞬12.7mmの銃口があさっての方に向いた。 「撃て撃て!」 俺の指示で、一斉射撃による反撃開始だ。M16やら5.56mm機関銃MINIMIが一斉に火を噴き、 武装トラックを穴だらけにする。しかし、肝心の12.7mmの射手には当たらずまた銃口がこっちに向けられようとした瞬間、 トラックごと粉砕された。古泉ヘリのミニガンが炸裂したのだ。 『すみません。死角になっていたので気がつきませんでした』 「頼むぜ。お前だけが頼りなんだからな」 古泉に無線で釘を刺すと、俺たちはそこら中に転がっている負傷者の救助を始めた。 しかし、あれだけミニガンで掃射したってのに、まだ空き地からちょろちょろと銃撃してくる奴がいやがるおかげで、 容易には行かない。 「国木田! あとそこの4人! 物陰に隠れながら、俺たちを援護しろ! 敵が見えたら遠慮なく撃ち返せ! 他は負傷者を救助するんだ!」 俺たち救助チームは路上にかけだして、負傷者の回収を開始する。しかし、人間としての原型をとどめている方が 少ない状態だ。しかし、それでも虫の息ながらまだ生存している生徒も何人かいた。 俺はそいつらを担ぎ上げて、民家の残骸の陰に引き込む。 そんな調子で息のある生徒を5人ほど救出できた――いや、まだ戦場のど真ん中だから救出という表現はおかしいか。 古泉ヘリがまたミニガンで掃射を開始した。見ると、空き地の向こう側から数十人の敵が接近しつつある。 それを迎え撃っているようだが…… 「キョンあれ見て!」 国木田が俺の肩を叩き、近くの民家の屋根の上を指さす。そこには3人のシェルエット野郎が UH-1に向けてRPGを構えるとしていた。あれでヘリを攻撃する気か!? しかも古泉のヘリはそいつらにちょうど背を向けるような状態になっていて気がついてねえ! 俺は奴らに向けて銃撃を加えるように指示する一方、古泉に無線をつなぐ。 「おい古泉! 東側の民家の上でお前を狙っている奴がいるぞ!」 『む。それはまずいですね……』 こっちから必死に撃ちまくって阻止しようとするものの、距離が遠いために当たりそうにもない。 もう弾頭を空に向けて今にも発射しそうだ。どうする? 古泉に逃げろと言うか? いや、もう間に合わない…… 「古泉! そこから90度左に旋回してミニガンで吹っ飛ばせ!」 『……そうしましょうか!』 古泉はくるっと機体を90度旋回させる。ちょうどミニガンの目の前に敵があわれる形になり、 一気に掃射を開始する。即座にシェルエット野郎3人を吹っ飛ばしたが、時すでに遅し。 三発のRPGが古泉ヘリに向かって発射された――が、奇跡的にといっても良いだろう。 かろうじて機体を外れてどこかに飛んでいった。 「ぎりぎりかよ……あれを連発されるとまずいんじゃないか?」 『ええ、これでは掃射を行うにも高度をあげる必要がありますね。当然、命中率も下がるので、 無駄弾が増えそうですよ』 古泉はそう言い終えると、UH-1の高度をぐっと上げていった。それで勢いづいたのか、 敵がまた空き地にどんどん入り込んで来やがった。 しばらく、空き地側の敵と俺たちで銃撃戦が続いたが、突然背後でまた大爆発の轟音が鳴り響く。 って、何で背後から聞こえてるんだ!? まさか、また北高へのロケット弾とかでの直接攻撃か!? 俺は無線で学校に連絡を取ろうとするが、向こうはパニックに出もなっているのか、誰も応答しようとしない。 迫る敵に反撃しつつ必死に呼びかけを続けたが、やがて無線機から聞き覚えのある声が流れてきた。 『聞こえる?』 「長門か!? 何かあったのか!?」 『……学校と前線基地をつないでいた橋が爆破された。現在、そっちとは断絶状態』 俺は長門からの報告に絶句する。北高と前線基地の間には一本の小さな川が流れている。 歩いてわたるにはどうって事ないものだが、荷物を持って移動するには一苦労するだろうし、 溝のような構造になっているため、トラックでわたるのは不可能だ。それを唯一つないでいた橋が爆破された。つまり―― 『こちらから物資などの補給を送るのはほぼ無理になった。このままではそちらの弾薬が尽きるのを待つだけ』 「…………」 途方に暮れてしまう。他にルートはないのか? 光陽園学院前に川を渡る橋はあるが、 敵もわざわざ橋を爆破したぐらいだ。そっちからも通れないように何らかの手を打っているだろう。 どうすりゃいい? どうすりゃ―― 『何とかしたい』 そう言い放ったのは長門だ。いつもなら、頼もしい言葉に聞こえるが今の状況じゃ…… 『何とかする。約束する』 長門はそれだけ言い残すと無線を終了させた。ちっ、何だかわからんが、今は長門に期待するしかないのか!? また空き地側からの銃撃が活発になる。俺も反撃に加わって近づく敵を片っ端から銃撃した。 だが、無駄弾は撃てない。何しろ今手持ちの弾がなくなれば、もう何もできなくなってしまうからだ。 敵が増えてきたタイミングで、古泉ヘリからの掃射が始まる。空から学校に戻れるUH-1ならいくら撃っても 補給に戻れるからな。ガンガン撃ち込んでくれ! 古泉ヘリの掃射の間、俺は周りの生徒に発砲を控えるように指示する。とにかく節約だ。 さっきまで遠慮なく撃ちまくっていたのが懐かしいぜ。 この間に国木田が近づいてきて、 「キョン。このままだといずれはやられるのが保証済みだよ」 「わかっているが……だからとって負傷者を見捨てるわけにもいかねえだろ」 俺はちらりと振り返ると、あの大爆発で虫の息にされた生徒たちの方を見る。 呼吸を続けているところを見るとまだまだ生きながらえるはずだ。何としても助けてやりたい。 だがどうする? どうすればいい? 「とにかく徹底抗戦。後は何かが起きるのを待つ。それで良いんじゃない?」 いつものマイペース口調で国木田が言う。全くのんきな奴だ。だが、それしかないか。 ◇◇◇◇ 最西端の防御に入ってから1時間。俺たちはえんえんと北側の空き地から接近してくる敵を撃ち続けた。 その間、何も起きていない。長門からの連絡もない。たまに古泉ヘリが掃射で支援してくれるだけだ。 この間に生徒二人が射殺されていた。残りは9人。だんだん厳しくなりつつある。 「くそ、いつまでこれを続けてりゃいいだよ……」 「指揮官が弱音を吐くと周りに伝染するよ」 国木田はこんな状況でも自分のペースを崩さずに敵めがけて撃ち続けている。 だが、時間が過ぎたことによって一つの問題も発生していた。 『ちょっと悪い知らせです』 古泉から深刻な報告が来やがった。大体想像はつくが。 『ミニガンの残弾が10%を切りました。もう少ししたら学校に補給に戻らなければなりません』 今の状態では古泉の支援がなくなると言うことは、しゃれにならん。 俺は周りの生徒たちに残弾の報告をさせると、マガジン一つ分だけとか、今装填している分だけなんて返ってきているほどだ。 ヘリが去ったとたんに敵は一斉攻撃を仕掛けてくるだろうし、俺たちにそれを迎撃するだけの弾もない。 しかし、このまま上空を飛ばしているだけでは全く意味がないのだ。 『選択肢は二つあります。このまま支援を続けて、なくなり次第学校に補給に戻る。 これはタイミング次第では最悪な展開になるかもしれません。 逆に今の内に敵を徹底的にたたいてから補給に行き、すぐにこっちに戻るという方法もありますが……』 「補給に戻ったとして、何分で俺たちの支援に復帰できる?」 俺の問いかけに、古泉はしばし思案して、 『20分……いや、15分で戻ってみせます』 15分か。なら耐えられるかもしれないな。その後は、またそのときに考えればいい。 「よし、古泉。今あるだけの弾を敵にぶち込んでくれ。終わり次第、即刻補給して戻ってこい。 その間は何とか耐えてみせるさ」 『わかりました。健闘を祈ります』 古泉のUH-1が高度をやや下げ一気にミニガン掃射を開始する。俺たちは近づいてくる敵以外には 発砲を控え終わるのをじっと待った。 やがてミニガンを撃ち尽くした古泉ヘリは、学校側へ方向転換し、 『終わりです。すぐ戻りますので、その間はお願いします』 そう言い残して学校に戻った。俺は生徒全員を見回し、 「よし、古泉が戻るまで何としてでもここを守りきるぞ! 残弾には気をつけろよ!」 檄を飛ばしてまた――その瞬間、俺の右手にいた二人の生徒が崩れ落ちる。射殺されたのだ。 ヘリがいなくなったとたんに二人!? しかも、衛生兵と通信兵だ。よりによって……! 同時にこちら側に浴びせられる銃弾の量が突然増大した。民家の残骸の陰から空き地の様子をうかがうと、 まるでさっきのヘリからの掃射がなかったかのようにシェルエット野郎がこちらに向けて移動してきていた。 一番近い敵はすでに前線基地建物前の路上のすぐそばまで来ている。もうここから10メートルもない距離だ。 いつの間にここまで来やがったんだ!? 俺は必死に敵を追い払おうと撃ちまくったが、すぐに弾切れを起こしてしまう。 あわてて懐から新しいマガジンを取り出し銃に装填する――これが俺の最後の命綱だ。 かなり至近距離での撃ち合いになったおかげで、こっちは物陰から敵の様子をうかがうことすら 難しくなってきた。 ふっと、俺の目線に中を浮く黒い物体が目に入る。柄のついたそれは、俺から少し離れた残骸の陰で 敵と撃ち合っていた4人の生徒たちの足下に落ちた――手榴弾だ! バァンと破裂音が響き、彼らが吹っ飛ぶ。ぼろぞうきんのようにされた彼らは力なくよろけ、地面に倒れ込んだ。 俺は唖然として腕時計で時刻を確認する。まだ古泉が補給に戻ってきてから1分半しか立っていない。 そのわずかな時間で6人がやられた。残りは俺と国木田と後一人――残りの生徒も今銃弾が頭に命中してやられちまった。 ついに俺と国木田の二人だけだ。 国木田はすぐに手榴弾で倒れた生徒たちを救助しようと――と思ったら、息も絶え絶えの彼らを放って、 マガジンやら銃を回収し始めた。俺は反発心と納得が両方とも頭に埋まり、複雑な気分になる。 「ひどいことをしているように見えるかもしれないけど、今は生き残る方が重要だよ。 そのためには使えるものは徹底的に使わないとね」 いつもより少し真剣なまなざしを向ける国木田。そうだな、今俺たちが死んだら、負傷者生徒たちも死ぬことになるんだ。 善意だとか道徳心だとかは乗り切った後で考えればいい。 俺は国木田からマガジンを受け取り銃撃戦を続行する。国木田の的確な射撃のおかげか、 敵が路上を越えることだけは阻止続けた。 ふと、もう1時間は過ぎたんじゃないかと腕時計で時刻を確認すると、まだ古泉が戻ってから8分しか経っていない。 こんな時ばっかり時間が遅くなりやがって! 国木田がマガジンを交換しつつ叫ぶ。 「キョン! これで最後だよ!」 これが国木田の最期の言葉だった。ガガガガとAKが炸裂する音が響いたとたん国木田の身体が崩れ落ちる。 弾丸が顔面に命中したのだ。 「国木田っ!くそっ!」 俺は声をかけるものの、額を撃ち抜かれた国木田はぴくりとも動かない。完全に即死状態だった。 路上を越えようとしていたシェルエット野郎2人を撃ち殺し、すでに息絶えている通信兵から無線を取り出す。 「……ハルヒ聞こえるか?」 『どうしたの!? 何かあった!?』 ――また接近してきた敵を撃ち殺し―― 「国木田がやられた。もう残っているのは俺一人だ」 『……うそ』 唖然とした声を上げるハルヒ。 「何とかできるところまでは粘るつもりだ。もうすぐ古泉が戻ってくるだろうしな。それまではなんとか――」 『キョン!』 せっぱ詰まった声を上げるハルヒ。 『いい!? これは絶対命令よ。拒否なんて許さない。今すぐに川を渡って学校に戻りなさい。 そこをこれ以上守る必要なんてないわ。あの川なら徒歩でも何とか越えられる! だから戻りなさい! そこで出た犠牲の責任は全部あたしが背負うから! だから逃げて! お願い!』 「できるわけねえだろうが、そんなことっ!」 思わず怒鳴りつけてしまう。俺は額を抑えて――また敵がやってきたので撃ち返して追い払う―― 「ここには俺が行くって言ったんだ。それで仲間がついてきてくれた。なのに、その仲間がみんな死んでいるってのに、 俺だけおめおめと逃げ出すなんて絶対に拒否するぞ! 絶対にここから動かないからな!」 『キョン……キョン……!』 ハルヒは悲痛な声で俺のあだ名を呼び続けるだけ。見れば、数十人にふくれあがったシェルエット野郎が次々に こちらに突撃を始めていた。 「ハルヒ。俺からの頼みだ、聞いてくれ」 俺は息を吸い込んでありったけの思いを込めて言う。 「死ぬな。絶対にだ!」 そして、ハルヒからの返答も聞かずに俺は無線機を投げ捨て、路上を越えて突撃してきたシェルエット野郎数人に向けて 乱射する。不意を食らったのか、あっさりと命中していつものようにはじけ飛んだ。だが、続々と後続が接近してくる。 俺はとにかく無我夢中に撃ち続けた。弾が尽きればマガジンを交換し、それもなくなれば別の生徒が持っていた M16に持ち代える。路上を越えてくる敵は、昨日の北山公園の時と同じく突撃バカみたいにつっこんでくるだけだった。 残骸の破片が銃弾を受けて飛び散り、俺の頬を傷つけたがもはや痛みすら感じている暇もなかった。 乱戦の中、自分自身をほめてやりたくなるぐらいに粘っているが、弾は減る一方だ。 ついに今握っているM16が最後となる。これを撃ち尽くせば、俺も終わりだ。手を挙げて降伏しても、 助けてくれそうな敵でもないしな。 また一発また一発と撃ち、敵を打ち倒す。それがついに最後の一発となった瞬間―― 「うっ!?」 最後の一発は発射されなかった。数え間違えていたらしい。敵を真正面にしながら残弾ゼロ。 もう敵はAKをこちらに向けて構えている…… ……終わりか。また学校の部室でハルヒやSOS団の連中と会えれば良いんだが…… 呆然と放心状態に陥りかけていた俺を現実に引き戻したのは、突然目の前に現れたトラックだ。 北高と前線基地に物資を輸送していた大型のトラック。だが――橋が爆破されたって言うのに、 どうしてここにいる? 荷台には武装した生徒たちが乗り込み、空き地から突撃してきていたシェルエット野郎に向けて一斉射撃を始めていた。 同時に上空に古泉ヘリが舞い戻りミニガンの掃射を開始する。 「……助かった……のか?」 「ええもちろん」 呆然とつぶやく俺に言葉を返したのは、トラックの運転席に座っていた喜緑さんだった。昨日見たときとは違い、 セーラー服ではなく、迷彩服に身を包んでいる。 「遅れてすみません。なかなか手こずりました」 「えと……あの、どうやってここに?」 死んだと思ったが、突然現世に復帰したもんだからどうも違和感が抜けない俺。言葉遣いもたどたどしくなっているのが、 自分でもよくわかった。 喜緑さんはいつものにこやかな笑顔を浮かべつつ、 「橋は修復しました。長門さんの努力のたまものです」 「長門が……ってまさか情報ナントカができるようになったのか!?」 俺は歓喜の声を上げそうになるが、残念ながら喜緑さんは否定するように首を振り、 「それはまだです。3つほどの突破口を見つけましたが、そのうち一つを犠牲にして、 橋の修復を行いました。貴重な手段なので、安易に使うのはどうかと思いましたけど、 長門さんにとってあなたを救出できるようにすることが最優先だったようですね」 そうにこやかに喜緑さん。長門……本当に何とかしちまいやがった。すごすぎるよ。 「さて、ここは学校からの予備人員で守ります。今の内に遺体と負傷者をトラックに乗せてください。 それとあなたも。総指揮官からの絶対命令のようですので」 さっきからトラック据え付けの無線機からキーキー聞こえてくるのはハルヒの声か。 どうやら俺に学校に帰れ!と叫んでいるらしい。 ふと、トラックの荷台に載っていた生徒たちの射撃が収まる。空き地方面を見てみると、 敵が後退していくのが見えた。なんだ? どうしてこのタイミングで逃げ出す? 「おそらく予期せぬ情報改変に敵が混乱しているのでしょう」 にこやかに喜緑さんが解説してくれる。何はともあれ、今がチャンスだろう。とっとと負傷者を回収しなけりゃな。 ◇◇◇◇ 「本当に戻るんですか? 命令違反ですが」 負傷者と遺体を載せたトラックが北高へ向けて戻っていく。喜緑さんは最後にそう言っていたが、 俺はハルヒの方に戻ると言って、学校への帰還を拒否した。なあに、命令違反なら今までも散々やっているいまさらだ。 大体、ハルヒも長門も古泉もたぶん朝比奈さんもみんな必死なのに、俺だけ学校に引っ込んでいられるわけもない。 で、ハルヒのところまで戻ると予想通りの反応を見せてくれた。 「あーんーたーはー! 一体どれだけ命令違反を犯せば気が済むわけ!? 逃げろって言っているのに拒否するわ、 学校の守備に行けって言ったらこっちに戻ってくるし! 総大将の命令をなんだと思っているのよ!」 とまあものすごい剣幕で胸ぐらをつかみあげられた。一体どんな腕力をしているんだこいつは。 俺はあたふたと説明しようとするが、胸ぐらをつかみあげられてまともに口がきけるわけもなく、 ただ口をぱくぱくされるぐらいしかできない。ハルヒはひたすらガミガミ怒鳴っていたが、 やがて言いたいことも尽きたのか、俺から手を離し、 「……とにかく! 今後はあたしの命令に従うこと良いわね! 仕方ないから、ここにいてもいいけどさ。 これからはあたしのサポートをしてもらうわよ。どんなときでもあたしのそばにいなさい! 絶対絶対命令だからね!」 そう言ってぷんぷんしながら去っていった――ってどこに行くんだあいつは。 しかし、よくもまあ乗り切ったものだと自分で自分に感心する。普段の俺なら絶対に精神的におかしくなっていただろうが、 これも仕組んだ奴が頭をいじくったせいということにしておこう。だが。 俺はふとハルヒの背中を見る。長門と古泉の予測ではハルヒは何の人格調整も受けていないと言っていた。 なら、あいつは普段の精神状態のままこの地獄のような世界で指揮官なんて言う役割を演じている。 その両肩にかかっている重圧や責任感はどれだけのものなのだろうか。 そして、ハルヒは一体どんな思いでそれを背負っているのだろう。俺はハルヒの背中を見ながらそんなことを思った。 ~~その6へ~~
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カルラ 種族:人間族 登場作品:封緘のグラセスタ 解説 迎撃都市グラセスタの闘技場で戦う勇者にして抜闘士。 雑感・考察 名前
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The Puzzlement of Haruhi Suzumiya ギラギラと首筋を照りつける日差しが、俺に今の季節が正真正銘夏である、ということを有無も言わさず感じさせていた――何ていった俺も思うが変な冒頭のくだりはさておき、新学年が始まって早々俺をのっぴきならない事態に追い込んだあの事件もどうにかこうにか終わりを迎え、何事もなく平穏にただ無事に済めばいいなぁなどといった俺の浅はかではありながらも切実な願いがあの何でもかんでも都合のいいことしか聞こえない耳に聞き入れられることはなく一学期は振り返ってみると駆け足で過ぎていき、季節は夏を迎えた。 梅雨前線がどうのこうのといった気象情報を俺は耳にしたが、俺たちの住む星は去年も思ったがやはり本格的に狂い始めたようで、この国に春と夏の間にある梅雨という季節を遂に到来させぬまま夏真っ盛りとなった――いや、語弊があるか。到来しなかったわけではないが、とでも言ったところか。 しかしそれがめったやたらと熱いのには――暑いの間違いではないぞ。もうそんな範疇じゃないってこった――、こちらも閉口以外にしようがない。 夏は人を長門にする。まさしくその通りだ。誰が言ったかなんて野暮なことは訊くな。 梅雨っていうのもこの国にはそれ特有の湿気がもれなく付いてきて蒸し暑いこの上なく、早く終わってくれぇ、何ていうさっきの発言からしてみれば180度相反した台詞が口から迸ることになるのだが、水の確保は重要なことであるという事実を俺は田舎のばあちゃん家に行ったとき身に沁みて実感しているためそれでも、梅雨の到来を待ち望むのさ。 だが、下手に長引きすぎるのも危険だってことも俺は漏れなく体験している。雨が降りすぎてしまったら、今度は俺のばあちゃん家の裏を心配しなくちゃいけなくなるのだから不思議なもんだよ、全く。 そこんとこの匙加減が器用に出来ていたら俺はこの星もまだまだ頑張ってくれているなと安心するのだが、それが不器用になって来ているのではないかと俺はこの頃懸念している訳なのである。 それでも俺はこの盛夏、既に短い生涯を全うしようと息巻く大量の蝉どものシュプレヒコールをBGMに、通い始めて一年を越えたこの急すぎる坂道をダラダラと汗を掻きながらただただ歩いていた。 偶にこういうことってないか? 何度も何度も通い歩き慣れた道のりを、気が付いたら無心で歩いていたことって。まるで動物の帰巣本能に似ているな。 ――まぁ、別に何も考えていなかったという訳では決してないのだが。 横で相変わらず無駄話を振ってくる谷口に俺は生返事をしながらも、今日家を出る前に耳に入ってきたとある言葉を思い返していたわけさ。 カメラの前ではまだどこか初々しさが残っているレポーターが、どっかの見慣れない町並みを風景にまさにその日の特集を喋り始めていた。 「今日の日付は七月七日です。そう、皆さんも御存知の……――」 と聞こえたぐらいで俺は家を出ていた。残念ながらこの学校に行くにはそれなりの早さに出なけりゃならなく、いつもその枠は最後まで見れないわけだ。 話が逸れたがもう分かってくれていると思う。 年に一度天の川を跨いで、織姫と彦星が出会える日。 そして個々が其々の願いを小さな短冊に込め、笹の葉に吊るす日。 今日は――あの七夕なのである。そしてあのと言うからには、かなり、そりゃもう特別な日なのである。 俺にとっては一年に一度、どっかの誰かさんのどこか憂鬱そうにしおらしくなった状態を眺められる日でもある。去年のこの日、俺はそいつに堂々と宣言されちまっているため、今日何をするであろうかのプランを大体把握していた。 そいつ、SOS団団長、涼宮ハルヒ曰く今から十六年後と二十五年後の未来にそれぞれ叶えて貰いたい望みを、去年と同じくベガとアルタイル宛に認めるということだ。 さてさて俺は、去年一年間をハルヒたちと共に過ごしてきて、あいつの秘められたトンデモパワーなるものを充分に見せつけられてしまっている。それも嫌というほどにな。 それは古泉が言うところの願望を実現させる力であり、長門が言うところの無意識の内の周辺環境の情報操作ということらしい。 つまり、短冊に何らかの願いごとを書くと、それが下手をすれば十六年後や二十五年後にあいつの力によって、叶ってしまう恐れがあるっていう訳だ。 そんな高校生が背負うには重すぎる事実を突きつけられてしまっては俺の筆も鈍ると言う訳で、何かこう穏便に済むような願いを俺は頭をフル回転して考えさせられる羽目になってしまうのだ。おまけにハルヒがそれを却下なんぞしようもんなら益々終わりが遠ざかって行ってしまうため、だったら事前に内容を考えておくほうがいいだろうということを俺は去年の教訓として身につけた。 大体だが、去年の十六年後(及び二十五年後もだが)の次の年に叶えてもらう願いって、難易度が高すぎやしないか? ついつい無難に無難にと考えてしまう俺を一体誰が攻められよう。 ――通い慣れた道というものは何らかの考えごとをしていても、勝手に足が辿ってくれるものだ。 学校に辿り着くまで、谷口は絶え間なく俺にとって無駄でしかない話を提供してくれていた。よくもまぁ、そんなしょうもない話を一人で続かせられるものだと思わず感心してしまう。実のところ二割もその中身を聞いちゃいないのだが、果たしてそれに気付いているのかも怪しいな。今度古泉と討論でもやらせたらいい勝負になるんじゃないか? どれだけ自分に酔って話せるか。 ――とは言っても結果は見え見えなため、最近また溜まってきてるんじゃないかと思うハルヒの退屈をこれっぽっちも紛らわせることはできないだろうが。 ギラギラと直射日光が首筋を照りつける窓際後方二番目のサウナ席で俺は悶絶しながら、これまた真夏の太陽並のハルヒの笑顔に圧倒されていた。 というか、なんだか俺の焦点があってない気がするぞ。ハルヒの顔の輪郭が揺らいで行く――いよいよ危険か。俺は自分の意識を理性の岸辺の杭に縄でぐるぐると括りつけておくことで俺は必死になっていた。結び方が甘かったらすぐにでも川に流されそうだ。 そんないかにも朦朧としているのが一目見たら分かるだろうに、ハルヒはSOS団専用特注スマイルを俺に向けながら、 「今日は何の日か分かってるわよね!」と、自信満々に訊いてきた。 あぁ、既視感フラッシュバック! 分かっているともハルヒよ。今日は、お前の誕生日でも、朝比奈さんのでも、長門のでも、ましてや古泉のでもない。そうだろう? 「当然よ。……あんた、ちょっとおかしい?」 少しでもそう思うんなら俺をそっとしておいてくれ。だがどうやら頭を使っている間は縄の結び目はほどけないようだった。 というか去年あんな体験をしていては、俺がこの日を忘れるなんてことは一生ないだろうよ。 「と・に・か・く! 部室で待っていなさい。あたしは笹を用意するからあんたは願いごとを用意するのよ。先に言っちゃうけど、ちゃんとあたしが認めるような願いごとを考えないとボツよ?」 俺だってそうそうアイデアマンじゃないんだぜ。 それに決めるのはお前の理論では彦星と織姫だと思うんだが。 「何言ってるの、二人とも毎年山のように願いごとが書かれた短冊を手にするのよ? 少しでも目につきやすいようにあたしが選りすぐってあげておくんじゃない。平凡過ぎたらつまらないじゃないの」 そうかい、そうかい、それは去年と同じじゃいかんってことか。 「そういや笹もまた裏山から盗んでくるのか?」 「……人聞き悪いじゃないの。でも別に良いじゃない、減るもんじゃないでしょ?」 それ以外どんな手があるのよ言ってみなさいよ、とでも言いたげな目でハルヒは俺を睨んだ。 あれは、私物の山っていう話なんだがな。しかも確かに一本減るわけだし。 まぁ、もとよりハルヒと睨みあいをして勝てるなんて思っちゃいないので、俺から先に逸らすことにした。ハルヒと真正面に視線をぶつけあって勝てるのは長門くらいのもんだろう。 「とにかく。ちゃんと考えておくんだからね!」 ハルヒの予言じみた台詞と去年の奇天烈な実体験が頭のなかで交錯して、俺の心のなかには真夏の雲ひとつない青空には全くと言っていいほど似つかわしくない、黒々とした暗雲が立ち込めてきていた。 ――まぁ、結果論から言ってしまうと、予想通りその真っ黒な雲は俺に大粒の雨を降らすのである。 それも梅雨顔負けのどしゃぶりのなか、超特大の嵐とともに―― まだ俺がその黒雲が超特大の積乱雲だということに全く気付いていなかった頃。 俺はらしくもなくハルヒとではなく黒板と睨めっこをしていた。良くも悪くも、期末試験の前の最後の足掻きというやつだ。我ながら哀れだな。 結果的に中間考査で赤点ラインすれすれを低空飛行してしまい、いろいろな方面から散々言われることとなった。両親と岡部教諭ならまぁまだ分かるが、あの脳内年がら年百快晴女に耳元で大音量の暴言を吐かれては、流石に俺も再起不能になるかと思ったぜ。 おっと、スレスレとギリギリはどっちが接触していないか、なんてことを随分と前にテレビでやっていたがどっちか知っているかい? スレスレは擦れてるからもう当たっちゃっているらしい。 つまり赤点ラインすれすれは――皆まで言わないのが日本人の美学、だよな? ちょっと気を抜けば舟を漕ぎそうな念仏のような授業をバックに、俺の頭のなかでは無意味に終わりそうなことを自覚している俺――現実的な悪魔――と、その現実から目を逸らそうと懸命に努力している俺――けなげすぎる天使――がせめぎあい不毛な抗争を繰り広げていた。 往々にして俺の場合は天使よりは悪魔が優勢となってしまう。自分がよく理解できていることは武器ともなるが、知りすぎているということは時として悲しいものだね。 結局今回も軍配はあっさりと自己を理解している俺――何事も諦めの精神で立ち向かっている悪魔――に下ったってわけさ。 今にも切れそうな集中力をノートの片隅への落書きで保持していた右手のシャーペンを俺は放り出して、約十五ヶ月間近く俺の後ろに居座り続ける奴を振り返った。 SOS団内の偏差値を一人で下げ続けていると勧告してき、このままでは処罰も已む無しと宣告してきた我らが団長涼宮ハルヒは、机の上で少しおとなしくなった暖かい日差しに包まれて――熟睡していた。 しばし無言。 自分の目を疑いたくなるね、嘆息。試験の前の総まとめ的授業を寝て過ごすとは、どうやら本当に学校を舐めてかかっているようである。黒板で板書をしている教師のほうを俺は振り返ってみたが、注意しても無駄なことを熟知しているかの如く、また触らぬ神に祟りなしとでも言わんばかりに完璧なまでな無視を決め込んでいるようだった。 それで良いのか、教師陣よ? 一応これでも俺は学校の教師というものにそれなりの敬意を抱いてはいる。俺たちの担任の岡部教諭だってそれなりに俺たちのために一生懸命やってくれてるじゃないか。 だがそんな俺のやはり限りある良心も、ハルヒのこれまた心地よさげな、涼やかな寝顔を観賞していると、起こしてやるのもこれまた蛇足な気がしてきたので教師を見習い放っておくことにした。大方、昨日七夕のことを考えすぎて興奮でもして睡眠不足になったんだろう。まるで遠足前夜の小学生みたいだな。 今お前が観ているその夢のなかに果たして俺、ジョン・スミスは登場しているのだろうか? もし現れていたら――などと考えていたら少し背中がこそばゆくなったような気がした。 睡魔が、襲ってきた――。 適当に掃除当番を済ませたあと――そういや班交代の掃除当番だから、思い返してみるとこれまたハルヒと一緒だったってわけか――俺の脚は自然と旧校舎のほうへと向かっていた。 あっという間に時間が過ぎたように感じるかもしれないが、まぁ何もなかったってだけさ。 ハルヒの奴を掃除場所で見かけることはなかったが――つまりサボりだ――何をしているであろうかは何となく想像できた。また裏山で無許可で笹と格闘しているんだろう。 思い返してみると、去年の俺の一年間はおよそ八、いや九割方がSOS団によって占められていたのだなと、俺は再認識し今日何度目かの嘆息をした。 まぁ、今となっては別に良かったと思う。俺はそういう風に思えるようになっていた自分に今更驚いてなんかいなかった。 知っている方もおられるだろうがこの学校は他校と同じくして、考査の一週間前からの部活動は原則停止である。県立だけあって学校も成績には口煩く言ってくる。 しかしそんななかでも俺の脚は文芸部室へと向かっている。それこそまるで動物の帰巣本能の如くにだ。つまりだ。涼宮ハルヒの脳内には年中無休という言葉しかなく、試験など何ぞやということらしい。ちょっとは俺のことも考えてくれよ、なぁ。 部室の前に着いた俺は自分の腕時計を確かめたあと、部室の扉をノックした。時間帯によってはまだ朝比奈さんが着替えている可能性もあるからな。それはそれで、健康な一般男児として観てみたくもあるのだが、そこは俺の純真なる理性が押し留めてくれていた。 多分、天使のほうの俺だろう。まぁ、その天使もいつ堕天使ルチフェルになるのか分からんのも一理あると言えるが。 「は~い」と篭った返事を聞いて、ドアをそのまま押し開ける。 「キョンくん、こんにちはぁ。すぐにお茶を入れますねぇ」 古泉のところに湯呑みを置いていた朝比奈さんは、返事をするとそのまま慣れた動きで俺のぶんの湯呑みにお茶を注ぎはじめた。何というか迅速な対応である。 まるでどこかの屋敷の専属メイドみたいだな――と思ったあとで、あぁハルヒかと俺は自分で突っ込みを入れた。 既に部室内にはハルヒを除いた主要メンバーが揃っていて、俺は机の上でまたなにやらボードゲームをやっている古泉の対面に腰を下ろした。 「どうぞ~」 そう言って俺の目の前に置かれた湯呑みからは、淹れ立ての白い湯気が上がっていた。 「ありがとうございます」 そういや、誰も冷茶にしてくれ何て言わないのかね。こうも毎日暑いと、扇風機だけしか冷房設備がないこの部屋では生き抜けんと思うのだが。 朝比奈さんのお茶の温度が年柄年中変わらなかったことから――と言ってもそれは俺の体感であって、本人は細かく温度計を突っ込んで測っていたようだが――、ハルヒでさえ去年文句を言ったことはないようだ。 俺かい? 俺は別に言わないね。麗しき朝比奈さんのお茶が折角飲めるっていうのにいちゃもんを付けるなんて、百万光年早いね。――つくづく思うが百万光年って何だ? どういう意味で使ってるんだろうか。あとで長門にでも訊いておくか。確かあれは距離の単位だったはずだが。 「おいしいですよ」 「ありがとうございますぅ~」 どうやら待っているようだったので、俺は口に含んだあとで礼を言った。それは本心だ。朝比奈さんが淹れてくれるものは何でも美味いに決まっているはずさ。確かに例外もあるが。 「どうですか? あなたも一局」 古泉が駒を進める手を止めて、俺に訊いてきた。 「やめておく」 こうも暑いと俺の頭がうまく働かんだろうから、それを余計にオーバーヒートさせるようなことは避けたい。というかしたくない。 「まぁ、お前相手にボードゲームでオーバーヒートするようなことはないだろうがな」 「それはそれは耳が痛いお言葉」 そう言って、古泉はいつもの微笑フェイスのまま手を盤上に戻した。 「しかしながら、貴方のご期待に副うことはできかねます」 「どういうことだ?」 「……今日は何の日だかご存知ですね?」 質問に答えろ質問に! という俺の渾身の睨みは、無残にも古泉の微笑のポーカーフェイスとは不釣合いな鋭い射るような視線に跳ね返された。――瞳だけが笑っていないというのは少々不気味なんだがな。答えてやるか。 「あぁ分かっている。七夕だろう?」 「分かっているのなら結構です。でしたら――」 「何をするかも把握していますね、って言うつもりか? それも大体分かっているつもりさ。朝からずっとそれを考えっぱなしだ」 「流石、話の呑み込みが早くて助かります」 古泉はそれからパイプ椅子にもたれかかりながら手を組んで続けた。金属の軋む音がする。 「それにですが先程朝比奈さん、長門さん両名から話を伺ったところ、予てからの推理通り七月七日は涼宮さんにとって最も重要な日であり、必ず何か出来ごとが起こるようなんです。こういった情報は未来人がいてくれて助かります」 ちょっと待て、それはさらりと重大発言じゃないのか? 何だかネタバレ感がするのは俺だけか。 しかし、何でハルヒの野郎はそんなに七夕が好きなんだ? 願いが叶うっていうところがハルヒ的ポイントなんだろうと見た。――当の本人は何でも自分の願いが叶う可能性があるってのを知らないから、逆にあいつが健気に見えてくるな。やれやれ。 俺は、先程からパイプ椅子にちんまりと座ってこちらを見ている、メイド装束の未来人に確かめることにした。 「本当にそうなんですか、朝比奈さん」 「はい。未来から観測していて気付いたことなんですが、涼宮さんが生きた時間軸上の七月七日には必ず重要な出来ごとが起こることがあるんです」 朝比奈さんは俯きながらもすらすらとまるで予想していたかのように答えた。 そういや、時間関係で朝比奈さんがつっかえずに話しているっていう状況は、俺の記憶を軽くリサーチしてみても引っ掛かってこなかった。ん? 必ず起こることがあるんですってどういう意味だ。 「それよりあの……禁則、かかっていないんですか?」 「そうなんです。こういう未来に起こる出来ごとを事前にその時代の人に伝えることは、厳しく制限が掛かるはずなんですけど……」 朝比奈さんも、そうです不思議なんですといった顔をして首を傾いでいたが、古泉は何やら意味ありげな視線を俺に送ってきている。その目はまるで「あなたにはその理由が分かっていますよね」と俺に語りかけてきていた。 何だか癪に障るがまぁ、正解だ。多分朝比奈さん(大)が何らかの必要性を感じたのだろう。 「長門は、どうなんだ?」 俺はただいま読書中の宇宙人の有機端末にも訊ねることにした。すると、 「そう」 とだけを緩慢に顔を上げて答えた。それは肯定って意味だな? 「そう」 何という短さだ。すると長門は補足するようにして、 「今のわたしは未来のわたしと同期を行ってはいないが、朝比奈みくるの話と情報統合思念体の観測情報を照合した結果そのように考えられる、という仮説が判明した」 最初からそう言ってくれ。それだけ言うと長門は必要性を感じなくなってのか、また本の世界へと潜り込んで行った。つまり――。 「つまりこういうことです。この七月七日、本日七夕の日に何か事件が起こる可能性があるということです。そしてそれに僕自身はどうかは分かりませんが、あなたは確実に巻き込まれるということです」 古泉は最後の部分を嗤ってやや自嘲気味に言った。何だそれは皮肉か? しかも何故そうなる。 「くっくっ、貴方へのあてつけです。とにかく、貴方には身構えておいて貰いたいのです。よろしいですよね?」 何がよろしいですよね、だ。どこまで俺はアイツに振り回されなきゃならんのか。その上、俺が断る何ていう選択肢はもとより用意されていないんだろう、どうせ。俺はあいつの子守役になった覚えは全くないのだが。 「察しの通りで。しかし任命されたはずでは?」 面倒くさいときは無視、と。 「あとさっきから気になっていたんですが、その重要な出来ごとというのはもしかして……毎年起こって――あぁ面倒くさい――起こるんですか、朝比奈さん?」 朝比奈さんが身体を強張らせた。 ここんところは意外と重要だ。一応俺がどれだけ世話を焼かされるのかは事前に知っておきたいってもん―― 「それは、……禁則事項です」 一体何の冗談ですかそれは、朝比奈さん。それはある種の振りだとも考えられますよね? ここまで来て『禁則事項です♪』は、暗にこれからずっと何かが起こりますよって言っているようにも取れる上に、それこそ未来人勢力が誤魔化していると言うか毎年発生しないのかもしれなく、面倒くさいなぁ全く。 また朝比奈さんが申し訳なさそうな表情をした。 「あなたも困惑しているようですね。取りあえずですが、もし何かが起これば我々『機関』のできる範囲であなたを手助けすることにいたしますよ。但し時間移動が関わっていなければ、ですけれども」 古泉はさも可笑しそうに言う。 「お前……どれだけ根に持っているんだ」 「そう見えますか? だとしたら僕の演技にも更に磨きがかかってきた、ということでしょうか」 嘘吐け、目が笑っていないぞ、古泉。 お前、演技なんかしたくないって言ってたじゃねぇか。 「……やれやれ。もし時間移動するって場面になったら、お前も呼んでやるようにするよ」 朝比奈さんが困ったような表情をしたが、この際無理を言わせてもらうことにしよう。 「いいんですか? それは誠に光栄です。是非、お願いします」 いちいち動作が大袈裟だ。それにお前にお願いされたって嬉しくもなんともないんだがな。お前の魂胆なんて見え透いている、と確かにそのとき俺は普通に考えていた。 余談だが、俺は古泉の同行を朝比奈さんを通じて未来人に通せば、許可が下りるじゃないかと密かに自信を持っていた。全く持って何となくなんだが、多分俺が言い出すことは向こうにとって既定事項だったりするんだろう。 確かに踊らされている気分ではあるが、流石に自意識過剰すぎるかね? 「みんな、集まってる~!?」 不意にハルヒの声が静かだった部室に轟いた。相変わらずこいつは台風なんじゃないかと思うほどの威力とスピードでハルヒは扉を開けたあと、一瞬の内に団長席で笹を旗のように勢いよく突いていた。 御丁寧にも机の上には色とりどりの短冊がばらまかれてあった。いったいいつの間にだ。 「さぁ! みんなもう言わなくても分かってるわよね?」 とハルヒ団長は団員の表情を伺うよう覗き込み、 「だったらいいわ! 今すぐこの短冊に、みんなの願いを書きなさい!」と、言い放った。俺の顔のどこに恭順の意を読み取ったのかね。 まぁ、こいつの耳や目には反対の意思は映らないようだし、俺以外のSOS団団員が反対意見を言うこともないだろうから、ハルヒの感覚では満場一致ってとこなんだろう。 「あ、言っておくけど去年と同じじゃだめよ。分かってるわよね、キョン?」 何で俺だけ名指しなんだ? 他の奴らはどうなんだよ、ええ? 「去年の願いと合わせて、一番最初に叶った人が勝ちだからね!」 聞いちゃいねえ。 俺が一人不平不満を漏らしている間、既に俺を除いた恭順なる三人の団員は短冊になにやら書き込み始めていた。もしかして去年頃から考え始めていたりでもしたか? 「さぁ、どうでしょうねぇ」 古泉、お前もさっきからまともに答えやしない。そんなに俺を嫉んでどうするつもりだ。 「決して僻んでなどはいないつもりなんですが。……まぁ、あなたの立場にやや嫉妬していたりするのもまた事実でしょう」 やっぱり、お前の言うことだけはどうも分からんな。古泉は俺の反応に対して目だけで、なにやら意を表明していた。言っているだろう、お前だけのは分かりたくともなんともない。分かってもいいためしがない。 「ちょっとそこ! 願いごと、書けてるんでしょうね!」 なぁハルヒよ。さっきから感嘆符がやけに多いような気がするんだが。お前が半額サマーバーゲンを一人でやっているみたいだ。 「それより、お前は書けているんだろうな?」 「決まってるじゃない。あたしにはちゃんと夢ってものがあるのよ。あんたとは違ってね」 そういうとハルヒは席を立ちあがって外に吊るした笹に短冊を括りつけはじめた。 最後の一言が余計だ。 しかし――数十分後、やはりというべきか俺はまだ机の上で悶えていた。 俺以外のメンバーは早々と書きあげ、長門はいつもの定位置で読書、古泉は独りボードゲーム、朝比奈さんは真面目にもテスト勉強をして三者三様に暇を潰していた。そういや朝比奈さんにとっては一応、受験の年だな。 ふといつまで朝比奈さんはSOS団で活動できるのかというある種の不安が頭をよぎった。 ハルヒはというと、団長席でパソコンのモニター越しに俺に明らかな怪視線――怪光線はさすがに無理だろう――を不機嫌な顔をして送っていた。 「ちょっと、キョン。あんたまで出来上がってないの? もしかしてあんた、行事とか学期末の反省書くの苦手なタイプだったりして?」 「……なんで分かるんだよ。あぁ、そうさ。確かに俺は小学校の頃からあの面倒くさい質問を矢継ぎ早に投げかけてくる紙には何遍も困らされていた。偶に女子のを見て何でそんなに書けるのかって、何度も敬服した憶えがある」 「やっぱりね。あんなのはね、ちゃっちゃと適当なことを書いて済ましときゃいいのよ。誰も裏づけを取れないしね」 「そんなこと言いながらお前、俺の書いた短冊何枚却下したんだ?」 「仕方ないでしょ。手の抜き方にも適度ってものがあるわ。もちろん、手抜きは当然却下だけど」 「言ってることの辻褄が合ってないぞハルヒ。アホか」 「はぁ? 団長に向かってその言い方はないわ! ぜっったい、あたしが認める願いごとをひねり出しなさい!」 しまった、いらん火にいらん油を注いでしまった。ハルヒの瞳の奥の炎がよりメラメラと燃えあがるのを俺はまるで本物のように見つめながら少し考えこんでいた。今回ハルヒはあのメランコリー状態に落ち込んでいない。どうしてだ? 古泉曰くの、こいつの精神が安定してきたということの証なんだろうか。確かに、去年のハルヒは傍目から見ていてもテンションの上がり下がりが著しかったが。うーむ、確かに喜ぶべきことなのかもしれないが、やはり俺は静かなハルヒも助かると思う次第で、そんななかで先程の朝比奈さんの預言を思い出していた。 ――『涼宮さんが生きた時間軸上の七月七日には必ず重要な出来ごとが起こることがあるんです』―― 俺がさっきから考えを巡らしているのは、果たしてハルヒはそれに対してどんな表情を見せるのだろうかということだ。SOS団専用の超絶笑顔か、それとも入学当初の不機嫌モードのハルヒなのか。 もしくは、『あのとき』のような困惑した――。 いやいや。俺は頭を横に振った。 したくない想像ははなからしなかったらいいわけで、そんなことは頭のなかからきれいさっぱり消してしまったらいいのさ。 俺の持つペンは、右手のなかでぐるぐると回っていた。これくらい、俺の脳も回転してもらいたいものだ。 部屋からの眺めが少し赤みを帯び始めていた。 まだ少しハルヒの暴言を聞くはめになりそうだ、と俺はすでに九枚目の短冊を見つめながら思った。 ――そして俺は束の間の休息を味わっていた。 いやそのときの俺は束の間とは微塵にも考えてはいなかったのだが、結果から見ると確かに束の間ではあった。 未来人の預言を忘れていたのだから笑止万全だ。 そして、嵐の前の静けさが終わる―― 古泉の指す駒の音だけが部室内に響いていた。 その頃部室内の団員たちは、読書やボードゲーム、うたた寝、をしており、ハルヒ団長は窓の外を眺めながらおとなしくなっていた。 俺はというと、そのあと紆余曲折の末、無事二枚の俺の血と汗と涙の結晶の短冊を提出し終わって、三人娘を少しばかり目の保養としていた。良かったなハルヒ、空が晴れていて。 柔らかい夕焼け空のなか、こうして部室内の風景を眺めていると不思議にも心が落ち着く。俺にももうその答えはわかっていた。 つまり俺の居場所は既にここにあるってわけさ。一年と二ヶ月前から。 そしてそれは、そんな緊張感ゼロのなか起こった。 ふいに長門が目線を文字の羅列文から上げる。 コンコン。 まるで呼応するかのように続いて部室のドアをノックする音が響く。 そしてノックの音が充分に響き終わったとき、既に四人はそれぞれの臨戦態勢を取っていた。朝比奈さんは何やら膝の上で拳を握り締めており、古泉は駒の置く手を停めて目だけが微笑みゼロの顔で扉を注視していた。 ハルヒは突然の来客宣言に呼応するかのように団長席でどっかりと腕を組んでいる。 長門は分厚いハードカバーを膝の上に置いたままさっきの目線でやや目を見開いていた。 多分長門にはドアの向こうが見えているんだろう。それくらい長門は簡単にやってのけることを、俺は知っている。 俺はと言うと、特にすることもないためしたがってドアを注視していた。生憎と透視能力は俺にはないが。 部屋の空気が一気に引っ繰り返ったなか、ハルヒは「どうぞ」と扉の向こうにいるであろう人物に了承の返事をした。 それからはまるでスローモーションを見ているようだった。ノブがかちりと音を立てて回り、ゆっくりと扉が内側に開いていき――『そいつ』は俺らの眼前に現れた。振り返ると朝比奈さんは口を手で押さえ、古泉は目を見開き、長門も微量ながら目を大きくしている。 ゆっくり、悠々と『そいつ』は部室内に入って来ると全員の視線を浴びながら、確かな足取りで俺の前を素通りし団長席へと向かった。 そしてついさっきまでの泰然自若の面持ちがどこかへと消え去ってしまった涼宮ハルヒに片手を挙げて、こう言ったのだった。 「よう、久しぶりだなこの時代のハルヒ」 ハルヒの口と両目が呼応しながら徐々に開いていく。 「この俺が、」 そして――。 「……キョン?」 「ジョン・スミスだ」 少しかすれたハルヒの声に『そいつ』は一発目で手札を切った。 教室の空気を春に感じたものと同じ戦慄が走った。そして瞬間的に俺は悟った。このSOS団は瓦解するかもしれない、と。 誰であろう、未来の『自分自身』の手によって。 「うそ……」 ハルヒはまるで漫画のように目を見開き、口をポカーっと開けている。茫然自失の態だ。 古泉は鋭く射るような目を『そいつ』に送り、何故かは分からないがが長門は俯いている。朝比奈さんはわなわなと小刻みに肩を震わせていた。俺の頭のなかには去年からのSOS団でバカやってた記憶が早送りで駆け巡っていた。これがいわゆる走馬灯ってやつか? 俺は『こいつ』になに命の危機を感じてんだ、しっかりしろよ。 俺たち四人が衝撃に黙りこくっているなか、破滅を呼び起こすハルヒと『そいつ』のダイアログは進んで行った。 ――涼宮さんは非常識を望みながらも、とても常識的な考え方の持ち主なんです。 「え? ど、どういうこと?」 ハルヒには珍しく困惑した表情を浮かべている。俺はまるで金縛りにでもあったかのように手も足も声も出なかった。 「だから言っているだろう、俺の名はジョン・スミスだ。お前にとっての四年前、中学一年の今日七夕の日に校庭の線引きを手伝ったあのときの高校生さ」 「で、でも、どう見たってキョンじゃない……」 ハルヒは俺と『そいつ』の顔を見比べている。 「もしかして……そっくりさん?」 とことん、ハルヒは今の現実を受け入れられない様子だ。迷っているのか? 俺たちにとってそいつは明らかに未来からの闖入者だが、ハルヒはそんなことは知らないはずだ。 だったら一体何に驚いているんだ。 真実を言うと四年前からお前の周りは常軌を逸脱した出来ごと尽くしだったんだ。 そして同時に俺は『そいつ』、未来の自分に苛立ちを感じていた。何で、この時期、このタイミングに全てを壊そうとしているんだよ。俺は自分の想いをとっくの前から確信している。俺はこの唯一無二のSOS団が好きなんだ。それは未来の俺にとっても変わらないはずなんだ。変わらないでいてほしいんだ――。 なのに、どうしてだ。どうして知らないほうが幸せでいられる真実を明かそうとする。 まさか朝比奈さん(大)の引き金だっていうのか? こんなことが既定事項だって言うんですか? 「そっくりさん、か。残念ながらそれは違うぜ、ハルヒ。そこにいる奴は……」 それ以上言うな。それを言ってしまうと、もう戻れなくなる。 「過去の俺、つまりは同一人物、ってわけさ。言ってることが分かるか?」 くそったれ! 俺は拳を握り締めてその腕を振り上げようとした瞬間、 「俺とそこの間抜け顔は同じ人間。でもその同じ人間が一つの時間に二人もいるわけないよな? その答えはひとつ」 古泉が素早い動きで俺の手を抑え、目で制した。 眼光の迫力が桁違いだ。その迫力に、俺は自称メイドの裏の顔をまざまざと思い出した。 「つまり俺は、未来人なわけさ」 人差し指を立てて『そいつ』は言う。 「お願いします。ここは抑えてください」 古泉が机を越えて至近距離で囁いた。お前らのところの機関はもう動いているんだろうな? 「えっ……み、未来人? で、でもそういうことになるの……? え、ありえないわ……」 ハルヒは目に見えて困惑している。珍しくいつもは鋭い瞳が不安定に揺れ動き、言葉にも精彩を欠いている。意外と俺よりも頭のなかが常識で雁字搦めになっているようだ。でもある意味正しい反応だとも言える。 さっきからハルヒの視線が『ジョン・スミス』と笹から吊るした短冊の間を揺らいでいる。それに気付いた様子の古泉は目を見開いて驚きぶりを示した。お前も一体どうした、何に気付いたっていうんだ。 「……そうだな、ハルヒ。どうしても信じられないようなら証拠を見せてやる。ほら、これを見ろ」 服の内側から紙の束を『そいつ』は取り出した。まさか、新聞紙か。 「お前ならすぐにその意味が分かるはずさ」 ハルヒは差し出されたものを恐る恐る受け取った。一体どうなっているんだ、未来人は既定事項と禁則事項に縛られているんじゃなかったのか? 朝比奈さんももうどうにかなっちゃいそうな雰囲気だ。 半信半疑の様子で新聞紙に目を通したハルヒは、いつもより大きく目を見開いた。 「まさか……だってこれ、本当に……?」 「そう言うことだ、ハルヒ。その日付と年を見れば瞭然だろ? それが俺が未来からの来訪者だっていう証拠さ」 「つまり……あなた本当に未来人なのね?」 「だから言っているだろう? やれやれだな」 思わずお前がその口癖を使うな、ってシャウトしたくなった。いくらそいつが『未来の俺』なんだとしても、俺は絶対お前を俺自身だとは認めない覚悟だ。 俺は目線を動かすと、果たして今度は俺までもがハルヒに驚かされる破目になった。さっきと打って変わってハルヒの表情が見る見る輝きを増していき、今朝見た専用スマイルに猛スピードで近づいていく。何か楽しいことを見つけたときの涼宮ハルヒの表情。まさか――今の状況を受け入れ始めたって言うのか? 信じられない――がそれでも俺は去年の記憶を再び引き出した。 一学期の中頃、涼宮ハルヒは閉鎖空間のなかで歓喜を起こした。退屈したときとは全く違う別の理由で生み出された『閉鎖空間』。現実を拒絶し、もう一つの新しい世界を受け入れようとした俺だけが知るハルヒの表情と、今のハルヒのそれが酷似していることに俺は気付いた。 俺は虫の報せとでも呼ぶべき嫌な予感がした。そしてだが、やはりそれは当たるのである。古泉、朝比奈さん、長門がそれぞれ草野球のときと同じ、何かを感知した動作をする。 「本当なのね!! やったわ、遂に見つけたわよ未来人!!」 ハルヒは椅子を跳ね除け、そいつの顔を指差した。 「お前が見つけたんじゃなくて、俺から出てきたんだがな」 耳のうしろを掻きながらそいつが言った。 「どっちでも同じことよ! とにかくいっぱい訊かせてもらうわ! あたしについて来なさい、ジョン!!」 そして鞄を掴んだかと思うと、そいつの服の袖を握り締めて猛スピードで扉に向かった。 ――ジョン。そうあの世界で長髪のハルヒは俺をそう呼んだ。 「おいハルヒ!! お前……」 「今日はもう解散していいわ、キョン!! あたし急いでるから!!」 「おいおい、急ぎすぎじゃないのか?」 アイツは苦笑しながらもなされるがままになっている。 「いいのよ!!」 瞬間俺は見た。開け放たれた部室の扉から見えたこちらをちらりと振り返った奴の顔が、酷く醜く歪んだことを。 「お、おい、待て!!!」 だがそのとき既に二人の影はなかった。俺の声は無残にも旧校舎を反響しただけで終わり、静寂のなか俺は不恰好にも腰を浮かせ手を伸ばした状態で少しの間固まっていた。 その静寂を打ち切ったのは古泉だった。 「すいません、どうやら事態は急を要します。現在この地域一帯に規模の大きな閉鎖空間が複数乱立発生しています。これから、僕は機関のもとで神人退治に向かわなければなりません」 顔、声ともに稀に見る真剣さを帯びている。――確かにそれもそうか。お前は一般人ではあるが、確かに超能力者でもある。だが古泉よ。 俺は今すぐにでも鞄を掴み部室を出ようとした古泉を呼び止めた。俺はお前に確かめないといけないことがある。 「あのときのお前の言葉、憶えているだろうな?」 古泉、お前は一体どこに帰属するのか。これだけで俺の意思は伝わったはずだ。さっきから沈黙を保っている朝比奈さんと長門も古泉を直視している。 古泉は眉根をあげ、沈黙ののち口元に手をやりながら答えた。 「……そうでした。確かに……ええ、そのような大事な約束を失念していた自分を深く恥じます」 古泉の声は本当に侘びていた。 「思い出してくれたか。それで、お前の立場は一体どこにあるんだ? 機関の尖兵なのか、それともSOS団の副団長なのか?」 実のところ俺としてはシリアスに迫ったつもりだった。古泉はというとやや目を伏せて、 「そのようなことを確認されるとは。まだ僕は……貴方の絶対的な信頼を勝ち得てはいないのですね」と少し愁いを帯びた表情で絶対的を強調した。どうやら、軽率にものを言ってしまったらしい。だが心配するな、俺はお前に疑念を抱いてはいない。 そして再び顔を上げた古泉は、いつもの凛々しい決意の眼差しをしていた。 一度深呼吸をしたあと、 「自分は……このSOS団副団長、古泉一樹です!」 「あぁ……よく分かった!」 大丈夫だ。まだ、SOS団は崩壊しない。 自分の掌を見つめたあと、俺はそれを固く握りなおした。ここに古泉がいて、長門がいて、朝比奈さんがいる。そうさ、いつもSOS団は危機を手を合わせて越えて来たじゃないか。 俺がいる限り、ハルヒを必ず取り戻してやる。 だがそのときの俺は知らなかった。知りようもなかった。 部室を出たハルヒが走りながら、「ジョン……」と小さく漏らしていたことに。 窓の外の景色は闇一色になっていた。だからといって涼しくなるわけでもなく、俺は部屋のクーラーをつけて更なる熱気を外へと放出させていた。 約束の時刻まであと一時間。俺は素早く出れるように外出着のままベッドの上に寝転がり、携帯電話のサブディスプレイに点滅する時刻をずっと眺めていた。 ベッドの向かい側、普段さほど向かうこともない勉強机の上には何度も読み直した便箋が開かれたまま置いてある。俺が予想したとおりに、その手紙はスタンダードに下駄箱のなかに入っていた。 古泉と長門には家に着いてからすぐに連絡してある。流石に、朝比奈さんの前で伝えるのは許されていないからな。 それにしても依然、ハルヒとは連絡が取れない。――いや、それも当然のことか。 一時間ほど前にかかってきた古泉からの電話。 ――『申し訳ありません。時間がないので手短に伝えます。この世界から涼宮さん、そして先程のもう一人の貴方の存在が確認できなくなりました。これは情報統合思念体とも確認してあります。そして更にほぼ同時刻に、我々の侵入を拒否するほどの強大な閉鎖空間が一つ発生したのも確認しています。おそらくは両名はそのなかにいるのではないかというのが我々機関の見解です。去年のように貴方に協力を仰ぐ可能性もあります』 そのときの古泉の吐いた最後の溜息から全て言い終えたという雰囲気が言外に伝わってきた。珍しく早口で話してそのまま通話を切りそうだった古泉に、俺は便箋の内容を伝える。 ――『……分かりました。僕は貴方に自分はSOS団の副団長であると宣言しています。必ず時刻に間に合うように調整致します』 意識して事務口調で話しているのか、そのまま「では」と機械のように古泉は冷たく告げて電話が切れた。 ハルヒとは連絡が取れない。 当然だ。今この世界から消失してしまっているからな。 しかし――よりによって、どうしてあいつとなんだ? 古泉からの電話のあと、情報の確認と連絡のために去年末から急激にかける頻度の上がった電話番号に俺はコールした。 ――『…………』 相変わらず応答の返事をしない長門に俺は名乗ったあと、古泉の伝達があっているかを確かめた。何度も思うが、「もしもし」くらいは言うように勧めるか。 ――『違わない。涼宮ハルヒと貴方の異時間同位体は二十八分と十九秒前にこの時空間からその存在を認識できなくなった』 ――やはりそうなのか。つまり相当機関の決断が早かったってわけだ。 次に俺は、例の手紙の内容を、言い終わると兎に角沈黙しているアンドロイド少女に伝えた。 ――『……分かった。彼女がわたしの立会いを望んだことには何らかの意図があると考えられる。今から行けばいい?』 待て待てまだ集合時間は一時間後だと慌てて長門に伝えたあと、少し気まずいような沈黙が流れた。 何故だかは分からないがふとそのときの沈黙に、長門がまるで何かを俺に伝えようとして逡巡しているような感覚がした。そういや、帰り際も俺のほうを見て何か言いたそうにしていたような気がする。自意識過剰だろうか。 ――何か言いたいことがあるんなら遠慮しなくてもいいんだぜ、言っただろう? 俺は促してみたが、長門は小さく『いい』と言って、電話を切った。 ――一体どうしたんだ? しかしながら今思い返してみても、古泉の切羽詰った上に凍ったような声には心底肝が冷えた。バックグラウンドには何やら、オペレーターらしき声が飛びかっていた。やはりそれほど緊迫した状況だということだろう。 俺は何も知らない。何も知らされていない。 未来人、超能力者、宇宙人の三者三様の裏事情を。だがそれでも世界は俺に全ての荷を追わせようとしている。まるでそれが世界の意思だとでも言うように。何度も思い返すが、理不尽にも程があるだろう。 一度携帯を開いて閉じ、白く輝くデジタル時計を俺は再確認した。 23 30。 そろそろ出かけることにするか。いつもの、あの集合場所へ。 親に気付かれずに家を出るという荒業を俺は何とかこなし、自転車で向かった。 自転車をいつもの通り銀行の横に止め、道をこえて北口駅の北西口広場に着いた。丁度電車の出発する音が聴こえ、遠くにマホガニー色の車両が走って行くのが見えた。 既に広場には、そこだけは普段通りセーラー服の長門が佇んでいた。まるで何十分も前からそこにいたような雰囲気と一体感を醸し出している。しかし、同時に不釣合いで違和感のある情景にもなっていた。やはり今日ばかりは、いつものあの見慣れた風景とは何かが違っていた。 「よう、長門」 俺は少し明るい声を作って長門を呼んでみた。長門も俺に気付いたようで、無味乾燥ないつもの目を俺に向けてきている。俺は、やはりあいつがいないことが気になって仕方がない。 すると長門は、俺のあたりを探る視線を読んだかのように、 「古泉一樹はまだ現れていない。先程連絡があり、予定集合時刻には間に合わせると言っていた」 そうか、つまり閉鎖空間での仕事は全然かたが付いていないというわけだ。 いつも集合時間の前に余裕の表情で待っていて、柔和な微笑みを向けてくる古泉は俺のなかでいつのまにかデフォルトになっていたようで、それが少しでも異なっていることに俺は精神的不安を感じられずにはいられなかった。 深夜の駅前広場に佇む、私服の少年と制服の少女という組み合わせはさぞかし異様に映ることだろう。まぁ、そんなことはいちいち気にしていられないし、誰も見てはいないだろうから。 俺は長門にもう一人の人物の存在について訊ねた。 そちらもまたデフォルトに、下駄箱のなかに手紙を忍ばせて用件を伝えてきた人物。ここに我々を集めさせた張本人。 「朝比奈さん……はどうした?」 今の朝比奈さん(小)の数年後及びグラマラスバージョンの姿はまだ見えなかった。 俺が長門を見ていると、長門は少しだけ顔を傾かせ――一般感覚で言うと、ほんの僅かに――また言葉を紡ぎだした。 「貴方の言っている人物を朝比奈みくるの異時間同位体と認識した。彼女なら先程わたしの部屋のなかに現れて用件を伝えに来た」 そうなのか。しかし、長門が俺の考えを読んだとは少々驚きだ。 いや今の長門ならそれくらい出来そうだが、出会った当初の長門なら「どっちの」やらなんやら、言っていたであろう。 やっぱりこいつは徐々に人間に近づいている。些細なことからでも俺はそう感じた。 それで何て言ってきたんだ? 「……貴方に伝えていいと判断。朝比奈みくるは彼女が午前零時零分零秒から彼女のいうこの時間平面に留まっている間、彼女自身を防護していて欲しいと頼まれた」 防護って――攻撃から身を守ることだろう? 一体何があるっていうんだ。 「それは彼女自身からあとで伝えられる」 俺はたったそれだけで今がのっぴきならない事態であるということを理解した。長門に助けを求めるということは尋常な事態ではない。しかもあの朝比奈さんが直接長門に頼んでいる。 そのとき車が急ブレーキを掛ける音がして、広場の入り口あたりに真っ黒な車が一台停車した。俺がそのシルエットに何やら見覚えを感じていると、後ろのドアが開きいつもよりやけに真剣な表情をした、不釣合いな超能力を持つ同級生が降りてきた。 なるほど、運転手は新川さんか。古泉はなにやら開いた窓越しに新川さんと話したあと、車はどこかへと走り去っていき、古泉はこちらを振り向いて小走りで近づいてきた。 「遅くなってすみませんでした。少々手間取っていたもので」 古泉が弁解する。だが俺は古泉の表情と焦りようを見て、少々どころではないことをすぐさま理解した。 「何も言わなくていい」 「……ありがとうございます。……それで彼女は、朝比奈さんはもう来たんでしょうか」 「まだ来ていないみたいだ」 一陣の風が吹いた。生温いいやな風だ。空も黒々と分厚い雲に覆われている。せめてハルヒのためにも七夕の日には最後まで晴れていてもらいたいな。 そのあと黙ってその時刻が訪れるのを待つこと、数分。 「まもなく、七月八日午前零時零分零秒」 長門が時報のように短くアナウンスした瞬間、「皆さんお揃いのようですね」と、いつもの妖精の声が聞こえた。慌てて振り向いてみるとやはりというべきか朝比奈さん(大)が茂みのなかから現れてこちらへと近づいてきた。 「いつの間に……」 古泉が発すべき言葉を失っている。まるで、幽霊でも見たかのようだ。その現れ方に驚いているのだろうか。そういや、お前は本人を見るのは初めてだったな。 朝比奈さん(大)は古泉に軽くお辞儀をしたあと、俺に向かった。 「早速ですが、話に入らせてもらいます。……長門さんもいいですか?」 どうやら朝比奈さん(大)は急いでいる。それに呼応するかのように呼びかけられた長門もすぐ頷いて、 「了承した。この広場一帯に不可視遮音フィールド、同時に時空干渉防護シールドを発生させる」 そのまま長門は掌を空に向けて、見えない何かを触る仕草をした。俺は当然首を傾げたが、朝比奈さん(大)は充分だというように頷き、喋りだした。確かこの人は時空震が分かるのか。古泉もなにやら納得したものがあるみたいだ。 「今日、じゃなくてもう昨日ですね、貴方たちは未来のキョンくんを見ましたね?」 俺らは頷いた。 「実は今、貴方たちの時間から数年後の世界に、ある時点で我々の勢力と別の未来人の勢力が突然ですが武力衝突します。それは大規模な時空改変の衝突です。そこで向こうの勢力は涼宮さんの能力を使って改変を行おうとするんですが……なんでその時代の涼宮さんを使わなかったのかは禁則に当たるんですいません。とにかく、この時代の涼宮さんを利用することになるんです。そこで……長門さんはもう気付いているかもしれないけど……」 と言って一端区切り、長門のほうを見たあと、 「情報統合思念体と天蓋領域が未来のキョンくんに情報操作を行って、この時間に連れてきて彼を誘導して涼宮さんが情報爆発をするように仕向けたんです」 それに続いて長門も、「気付いていた。彼の異時間同位体を確認した時点で、両方の勢力の介入を認識している」と続けた。 そうかつまりあの俺は宇宙人の操り人形だってわけか。俺は彼の取った行動が俺自身の意のものじゃなかったことを知ってどこか安心した。 「そういうことになります。ともかく今も未来のその時点では攻撃が繰り返されています。わたしも、本当なら向こうにいるはずなんだけど、特別に貴方たちに伝言するように伝えられてやってきました」 朝比奈さんの声音がいつになく真剣である。それにしても未来人の攻撃って一体どういったものなんだろうか、などと考えていると少し思い出したことがあった。 「朝比奈さん」 「何でしょうか?」 「その正面衝突って……もしかして分岐点のことですか?」 古泉、朝比奈さん(大)がそれぞれ違う理由で驚きを示した。俺としても思い切って訊ねていた。 かつて朝比奈さんが俺に伝えてくれた分岐点の存在。それが何のことなのかはまったく以て不明なのだがひょっとしてこれのことなのではないかと俺はひらめいたのだ。 やはり告げてはいけないことなのか、朝比奈さん(大)が俯いて押し黙った。 少し蚊帳の外状態にあった古泉が割り込んできた。 「ちょっといいですか、その分岐点というのは?」 あとでいいだろう、そう言おうとした矢先何と答えたのは朝比奈さん(大)だった。 「わたしたちが涼宮さんに関連して最も重要だと考えている時間上のひとつの契機です。わたしたちは全てがそれに繋がるために規定事項をなぞっています。涼宮さんに関する時間上の不確定要素も」 「そう……そうだったのですか」 古泉が興味深げに頷く。お前に言ったことはなかったか? 「いえ、まったく以て初耳としか言いようがありません」と、肩を竦めて答える。 「そうか、そうだったか……。とにかく、朝比奈さん。その衝突が貴方たちの呼ぶ分岐点なんですか?」 朝比奈さん(大)は最後の逡巡を見せると言った。 「答えは……いいえです。まだ分岐点は先の話です。決してそう遠いわけではないのですが……」 その解答は俺が前に訊いたものと良く似たものだった。近いけど遠い。遠いけど近い。そういう類のニュアンスだ。 俺はせっかく答えてもらったもののどこか消化不良気味だったが、迷惑を掛けれないとも思い頷く素振りをした。禁則事項の規制の強さは朝比奈さん(小)とも変わらないということなのか。 俺が一歩下がると今度は古泉が手を挙げた。 「ちょっといいですか」 「……え、ええ」やや声が沈んでいるのはさっきの質問のせいか。 「貴方がやってきた未来では現在形で戦闘が行われているんですか?」 「え? そ、そうですけど」 朝比奈さん(大)が驚いたように答える。どういう意味だ、現在形って。アイエヌジーか? 懐かしいな。 古泉は口元を押さえ、いつもの考え込む仕草をとった。 「その戦闘は、……貴方たちの言う既定事項、というものだったんですか?」 すると朝比奈さん(大)が急に黙った。俺にも分かるくらいどうやら核心的なことを訊ねているようだ。 「あと彼らの目的は多分この世界――いえ時間軸と呼ばせてもらいましょう――の消滅及び改変でしょう。この世界では既に、涼宮さんが大きな情報爆発を起こし続けています。いえ、断続的に少しずつ大きくなっているといえば良いでしょうか。とにかく、この世界が貴方たちの世界に繋がっていないということは容易に想像できます。それを食い止める方法を一切思いつきませんからね。しかし、貴方はここにいる。どうしてでしょうか? これは既定事項なんでしょうか」 麗しき朝比奈さん(大)は、目線を伏せたままだ。そういや、朝比奈さんは古泉に対して意味深なことを随分と前に言っていたよな。もしかして、この先関係が悪化というか何かしたりするのだろうか。古泉は挑むような視線を向け続けている。 成る程。古泉一樹、敵にまわしたくない人物、か。確かに厄介そうだ。 暫し沈黙があった。静かになって再び電車の発車の音がする。もう終電の時刻だろうか。 「どうなんですか、朝比奈みくるさん」 古泉が畳み掛ける。彼女も決心したらしくようやく面を上げて、「……言えないことがたくさんありますが」と前置きしてから話し始めた。 「敵対勢力によるこの時間への介入は確かに既定事項外です――わたしにとっては。未来から調査したときこの時間平面にはこのような異常は認められませんでした。この七夕の日は……言えませんが我々にとって都合よく進むことが既定だったんです」 朝比奈さん(大)は、少し間をおいて続けた。すでにこの段階で俺はいくつかの疑問が浮かんでいた。 「しかし事実こうなってしまいました。わたしたちの見解は、この時期の涼宮さんと七夕の日を利用することによって最大エネルギーで時空振動、情報フレアを発生させたいのだ、と考えています。あとわたしがこの繋がっていない時間軸に来られていることは、最大級の禁則です。それにあなた方にSTC理論を言語で伝えるのは不可能に近いので、言えません。すみません」 「じゃあ、本当に繋がっていないんですね?」 「……ええ」 終始、古泉は顎を擦りながら真剣な表情で聴いていた。 俺はというと、100%理解したか? と訊かれたら、ノーと答える自信はある。なんだか朝比奈さん(大)も微妙なところを答えているような気もしてくる。 長門はさっきからずっと無言で朝比奈さん(大)を見つめている。 「もしかして、この時間平面もずっと介入が続けられているのですか?」古泉が訊ねる。 「……はい。わたしたちは今、その改竄の応酬の最中にいます。ですから、長門さんにお願いして気付かれないように手配しているんです。わたしも当然狙われるので」 全くこんな話が現実のこととは到底思えないな。ようは本当に世界の裏側で二つの集団が時間を越えて戦闘を繰り返しているというわけだ。残念ながら、未来人の攻撃が如何なるものかは分からないため、そこら辺の想像のしようもなかった。 「とにかく、この戦闘はわたしたちが食い止めます。貴方たちにはその影響が及ばないようにもします。もちろん『わたし』にも。ですので皆さんには、この流れを元に戻してくれることを頼みたいのです」 なんとも無茶なお願いだ。 「前にもキョンくんには言ったと思いますが、時間を改竄するにはその時間平面にいる人を使って行わないといけないんです。憶えていますよね?」 確かに。二月のあの一週間の出来ごとは多分この先そう簡単に忘れることはないだろう。この先必要にもなるであろうし。 「ですので、わたしたちには不可能なんです、お願いします。あと今回わたしは一切のヒントを上げられません。わたしは何も知らないので。……すみません」 そう――なんですか。やはり、いつもはヒントがあるというわけか。 朝比奈さんは浮かない表情で俯き続けた。何も知らないから何も言えないのか、何か知ってるから何も言えないのか。 「よく分かりました」と言って古泉は頷きをして腕を組んだ。 「僕たちで、頑張ってみましょう――いえ、頑張らなければなりません。ところで彼女の、朝比奈みくるの時間移動には頼れるのでしょうか?」 「ええ、緊急措置としてほぼ全ての時間移動を許可してあります。申請がありしだい許可の返事を取るようにしていますので」 残念ながら、それを聞いても俺は安堵のしようがない。この際、常人離れした三人に頑張ってもらうことにしよう。俺みたいな一般人は、後ろを突いて行く役割で充分さ。 「それでは、頑張ってください。あっ! 必ず、貴方たちの時間を正しい流れに戻してください。じゃないと……困ります。では、また貴方たちと逢えることを願っています」 そう言い残して、どこかへと行こうとしたとき、俺は重要なことを思い出した。 「朝比奈さん!」 「……何でしょうか」朝比奈さんが微笑みながら振り返る。 「訊きにくいんですけど……朝比奈さん。俺たちは貴方を信じてもいいんですか? 貴方は嘘をついていないんですか?」 また風が吹いた。さっきとは打って変わって身体が凍えた。 朝比奈さん(大)もブラウスの上から両腕をさすった。 そしてもう一度笑みを浮かべた。 「信じてもらわないと困ります。だってわたしはSOS団の副々団長なんですよ?」 そう言って朝比奈さん(大)は微笑みを残して小走りで暗闇の夜の街へと消えた。 何となく、俺は追わないほうが良いような気がしてその場に立ち止まっていた。一瞬、三年前の七夕のことが頭を過ぎった。そうか、副々団長ですか。俺は内心少し安心していた。 古泉はずっと腕を組んで考えあぐねている。長門もまだ静止したままでいた。 時刻は、もう零時半に近い。高い空は以前鼠色で、街も僅かな灯りだけを残して闇色に染まっている。 そのまま放っておくと誰も喋らなそうなので、俺から口を開くことにした。 「全く、やれやれとしか形容できんな。それで、これから一体どうするんだ?」 古泉は組んでいた腕を解くと、西洋式にお手上げのポーズをした。 「流石にこれは困りましたね。正直僕だけではどうしようもありませんよ。……実は我々にはタイムリミットというものがあるんです。言っていませんでしたが」 タイムリミットか? つまりはデッドラインっていうわけか。 「ええそうです。拡大し続ける閉鎖空間が全世界を完全に覆う瞬間を我々はリミットとしました。涼宮さんの能力が完全に失われてしまっては、もう何もかもおしまいです。もちろんその閉鎖空間に全世界が覆われて、世界は創り直されるでしょうが」 そして、確かそれはもう停めようがないんだったよな? 「ええ、我々が一番大きな他の小さな閉鎖空間を吸収しつつ成長する、涼宮さん本人が存在すると考えられる閉鎖空間に侵入することが不可能なので、神人を倒してその拡大を阻止する我々の最終手段が実行不可能なんです。……まぁ、一つだけ方法がありますがそれもかなり絶望的と言えるでしょう」 何だそれは。長門もそれを聞いて驚いたように顔をこちらに向けている。もちろんその驚きが表情に表れているわけではないが。 その表情が驚いているってことが分かるのもSOS団のメンバーだけに限られるんだろうな、と俺は少し考えた。 古泉は言い淀み、口を滑らしたと反省するような表情をした。 「それは……去年、貴方が行われたように、涼宮さんをこちらの世界に戻すことです。憶えておられますか? しかし残念ながら、それは無理だろうという結論も同じくして出ています。長門さんがその閉鎖空間に入れるというのであれば話は別なんですが……絶望的なことに涼宮さんは、『貴方』ではなく、『ジョン・スミス』を選んでしまったようなので」 古泉の声はどこまでも張り詰めていて冷え切っていた。 俺はそれを聞いて心のなかに得体の知れない黒い靄が生まれたのを感じた。 どうした、俺は嫉妬しているのか? ジョン・スミスに? 何故? 分からない。 「どうかされましたか?」 古泉が意地悪く微笑んでるように感じて仕方がない。 すると今度はさっきまで貝のように口を閉じていた長門が喋りだした。 「わたし個人の意思で、涼宮ハルヒの創りだした空間に介入することは許されていない。また、情報統合思念体の主流派は観察を目的としている。わたし個人の意思が解決できる問題ではない。……弁解する」 どうしてわけもないのに長門が謝るんだ。 古泉もそれを聞いてまた腕を組んで考える姿勢をとった。全く悪夢でも見ているようだ。夢ならとっとと醒めてくれないか。 朝比奈さん(大)が来たからといって結果的に繋がるのだと期待を抱いてはいけない、ということをさっきの会話で俺たちは暗に釘を刺されていた。ようはあの夏休みのときと同じだ。 「なぁ長門。もし許可が下りたら、俺をその閉鎖空間のなかに連れて行くことはできるのか? 出来るんだったら、無理にでもしてもらわないといけなさそうなんだが」 「……それは前例がないから不明。しかし、不可能に近いことは予測できる」 驚きだ。長門にでも出来ないことがあるのか? 「ある。涼宮ハルヒの潜在的な情報操作能力はとてもわたし一人で防ぎきれるものではない。それに彼女が現在、空間内から断続的に起こしている情報爆発は今までに類を見ないほどの膨大な量である。わたしにはその構成情報を書き換えることすら不可能だと判断した」 そう、なのか。そこまでハルヒはとんでもないやつだったのか。 ということはだ。 「なぁ、古泉。やっぱり朝比奈さんに助けを求めないといけなくなったと俺は思うんだが」 というか、それしかないだろう。古泉は自分で時間移動関係には機関が無力であると宣言してしまっているし、長門も現在の閉鎖空間には無力だということを釈明したし。 古泉も小さく溜息をつき、「確かにあとはそれしか方法は残っていなさそうです」と呟いた。 じゃあ、案ずるより産むが易い。タイムリミットだってそう遠い話じゃないんだろう? 「ええ。まぁ……仰るとおりです。閉鎖空間の拡大率から計算しましたところ、この世界が現状を維持できるリミットは明日の夜九時半頃になると予想されています。確かに少ないですがまだ我々に時間はあります」 夜の九時って言ったら、ハルヒが東中の校庭にでかでかと謎の文字を俺に書かせた時刻と符合する。これも果たして偶然か。 「ではそうと決まれば、今から朝比奈さんに連絡します」 何でいつもお前なんだ? 「どうしてです? そろそろ絞り込んでいるものとばかり思っていましたが」 だからお前の言っていることはどうも分からん。 「いえ、今のは失言でした。とにかく最後は貴方がどうにかされるのでしょう? 準備くらいこちらで整えさせてもらいますよ」 「……古泉」 「何でしょうか」古泉は可笑しくてたまらないとでも言うように顔の筋肉を弛緩させている。 そんなに他人が理解できない皮肉を言っていて楽しいか? 「それこそ、何のことかさっぱりです」 まぁいい、今回は念願の時間移動が出来るんだ。満足じゃないのか? 「さぁ、どうでしょうねぇ。……失礼。…………夜分遅くにすいません、古泉です。今、彼と長門さんと三人でいつもの駅前に集合しています。……はい、そうです。そのことで話をしています。是非来してもらえませんか? ……事情はついてからということで……ありがとうございます。そこでなんですが、来られる途中時間移動の申請をしてもらえないでしょうか? ……ええ、彼が仰っていますと、お伝えください。……それでは、お待ちしております。…………ふぅ。取り敢えず、今すぐ来られるようですよ」 古泉は携帯をしまうと、俺のほうをまた向いた。何だそのよく分からん顔は。何も出てこないぜ? 長門はというと、まだどこか宙の一転を望洋していた。 「長門。ちょっと訊きたいことがあるんだが」 「……なに?」 「お前、『あいつ』が部屋に入ってくる前に扉の向こうを透視、していたよな。あのとき何か見たのか?」 確か長門は食い入るように扉を見つめていた筈だ。長門はまた沈黙を置いて、 「透視ではない。一種の遠隔熱伝導情報感知」 そんなことは残念ながら俺にとってはどうでもいい。それで何を見たのか? 「……貴方の異時間同位体。貴方も見た」 「本当にそれだけか?」 すると長門はさっきよりも長く沈黙した。 長門は俺に据えていた視線をほんの一瞬下げてから、 「……それは禁則事項。貴方にもいずれ解ること」と呟いた。 長門が俺に対して、禁則事項ってワードを使ったのは今回が二度目だ。 どうやらこれ以上は教えてくれないみたいだ。まぁ、分かるんなら別に詮索はしないさ。 ぽつねんと宙を見上げる長門を、古泉が懐疑的な視線で見つめていた。 ――やはり、このとき俺はどこか楽観視しすぎていたようだ。 もっと複雑怪奇な問題であるということに俺は気付いていなかった―― 十数分後。暗闇のなか、街頭に照らされて可愛く走ってくる朝比奈さんの姿が見えた。遠目でもいつもの私服のセレクトに怠りはなかった。 朝比奈さんは一瞬入り口で立ち止まったあと、息を整えながらやってきた。あぁ、今朝比奈さんが驚いているのは俺たちが急に視界に現れたからだろう。長門が不可視何たらフィールドを発生させていたのを俺は思い出して納得した。 「一時的にバリアの一部に進入経路を造成した」 長門がつまらなさそうに補足説明をしてくれた。助かるぜ。 「はぁ、はぁ、はぁ。……ふぅ。遅れてすみません。待ちました?」 赤く上気した顔で朝比奈さんは胸の辺りを撫で下ろしていた。いいえ、全然。朝比奈さんのためなら何年でもほったらかしのまま集合場所で待っている自信がありますよ。 「それで、許可のほうはどうなりました?」古泉が横目で俺を見ながら催促した。どうせ時間の移動をするのだから焦る必要はないと言ってやりたかったが、まぁ、それもまたいいかと俺は何も言わなかった 「あっ! それのことなんですけど……申請したら、まるで待ってたようにすぐOKって出ちゃいました。またこの前みたいにキョンくんの指示に従えって……。目的すら分からないのに、キョンくんって一体誰にとっての何なんですか?」 古泉がやはりとしたり顔で頷く。正直、何なんですかって言われてもなぁ。 とにかく俺は、全てにとって共通認識として《鍵》なんだろ、と俺は理解しているのだが。 「ええ、その認識で間違ってはいませんよ」 古泉、お前は黙ってろ。どうしてか嘲笑されている気がする。 閑話休題、長門よ。あの野郎に会ってそれからどうするんだ? 「彼に対して掛けられている情報操作の解除と、以降の介入を妨害する防護壁を彼の体内にナノマシンとして注入する」 朝比奈さんが少し口元を抑えたのを目の端が捉えた。そういえば朝比奈さんはあれを去年やったらめったら打ち込まれているからな。俺も一度されたが、またあれかあのガブリと一発。 古泉は一つ咳払いをすると、 「では準備も整ったようですので。朝比奈さん、時間移動の準備をお願いします」 「あの、一体いつに飛べばいいんでしょうか」 朝比奈さんが困ったように問いかけて、古泉はまた違った困った表情を浮かべた。俺に助けを求めるように振り返る。そうか、古泉は知らないのか。 俺は長門のほうに頷いて、さっきまで後ろのほうで控えていたところからトテトテと朝比奈さんのほうへ近寄った。 「……手、出して」 「はい」 古泉は瞳を丸くして、朝比奈さんの掌に長門が人差し指を立てる様子を眺めていた。 「あれで伝わるというのですから彼女たちは侮れませんねぇ」憚るように手で口元を隠しながら古泉が耳打ちをした。 お前だって、俺からしてみればおんなじだ。 「何を言っておられるのですか、僕たちには時間を超えたり次元を超えたりする能力はありませんよ」 「空間は超えられるだろう?」 「それも、限定的なものですよ」 つと目をやると長門は朝比奈さんの掌から人差し指を離した。 「分かりました……でもその前に、移動する理由を教えてもらえますか?」 長門はそのまま首を動かして質問を俺たちに回した。 俺には長門が無言のまま俺たちを試しているように感じた。どこか罪悪感を抱えたまま俺は長門から受け取った視線を古泉へと向けた。古泉は俺には顔を向けずどこか時間が惜しいとでも言うように朝比奈さんを真っすぐ向いて、急かすよう答えた。 「それは向こうに着いてからお教えます。とにかく今は『彼』が現れる少し前に遡ってくれませんか?」 「そう……ですか。やっぱりそうかなって思ってました」 瞼を閉じて頷いた朝比奈さんは、そのまま俯きながら掌を出して「手を、重ねてください」と俺たちに向かって告げた。朝比奈さんにはいつも罪悪感がある。俺はいつそのことを謝れるのだろうか。 「では」と断ってから、古泉、長門、俺の順で手を重ねると、誰からともなく目を瞑った。 しまった、時間移動するであろうと読んでいたのに、酔い止めを用意するのをまたしても忘れてしまった。 暫く目を瞑っているとまたしてもあの天地が引っ繰り返るような衝撃がやってきた。心なしか去年より和らいでいる気がする。慣れてしまったということだろうか? まぁ、いい。どちらにしろ、もどしそうになっているのは変わらない事実なんだからな。長門は多分平気だろうが果たして古泉はどうなんだろうか。あいつは今回が初めてのはずだ。いや、しかし鍛えているって可能性もあるな。――どうやって三半規管を鍛えるんだ? そして既に暗転している世界のなか俺の感覚が、そのほか意識諸共完全にブラックアウトした。 灰色の、天井。 目を見開いたとき、俺の身体はどこかの廊下に横たわっていた。ぼやけていたが見慣れていることから、どうもここは旧校舎のなからしい。 どうやら今回俺は前ほどは眠っていない――みたいだ。慣れたのだろうか。顔を傾かせて階段を確認する。 「あっ、今回は……その、禁則事項……の時間を短くしました。……そのほうがすぐに動けますから」 つっかえつっかえ朝比奈さんが答えた。どうやらいつもみたいに長く眠っていると支障が出るってことらしい。つまりは臨戦態勢でってわけか。 あいつが訪れた時刻を俺ははっきりと憶えていなかったが、窓の外の夕紅の景色からもうまもなくであるということは分かった。 「さぁ、もうすぐです」 俺が何故か痛い頬をさすりながら上体を起こすと、階段を上がったところの角から廊下を伺っている古泉が声を掛けてきた。かくいう古泉はゼロアワーを覚えてでもいるのだろうか。 「長門さんから教えてもらいました」 そんなことだろうと思っていたよ。俺は起き上がって服を少しはたいた。 しかし今思い返してみても、ドアがノックされる瞬間の長門の素振りがどうしても不自然だった気がする。単に驚いただけとも取れるかもしれないが、何かが違うような気がする。全くいつもこれだ。俺の脳味噌は何に引っかかっているのか全く教えてくれない。何だっていうんだ。何を『見たんだ』? 暫く廊下の端から伺っていると、反対側から歩く音が聞こえてきた。少し覗いてみると案の定、足音の主は『ジョン・スミス』だった。 何となくだが、まだ俺はその人物を俺と呼ぶことに躊躇いがあった。あいつは俺であって俺ではない。俺であることに間違いはないようだが、俺があんなことをするはずがない。縦え操られているのだとしても、だからといって彼を俺と呼ぶことを俺は素直に認められなかった。 しかし一人で来ているのか。さぁ、今からどうする。まだ『あいつ』は俺たちの存在に気付いていないはずだ。操られているからといって急に長門並みの能力が備わっているわけではないことを祈ろう。古泉は、ノックの前に『あいつ』に近寄ってその動きを止めたあと、長門がナノマシンを注入するような作戦を俺に話していた。……それにしても長門は何が言いたかったのだろう。 思い過ごしの恐れもあるが、そのあとの長門の様子からも俺はどこか不思議な感じを抱いた。放課後やさっきの集まりのときも何かを伝えたそうにしていた――ような気がする。あの俺が、情報統合思念体によって操られていると言うことだろうか。それなら既に聞いている。どうやら俺の頭のなかは去年末から長門の挙動がその多くを占めていることに変わりなかった。 ふとまた覗いてみると、アイツがもう扉の近くにまで来ていた。 ――必ず、貴方たちの時間を正しい流れに戻してください。 俺たちの前から姿を消す直前、朝比奈さん(大)は確かにそう言った。 言われなくたって、当然俺たちはそうするつもりである。その言葉になんらおかしなところはない。筈なのだが、しかし頭のなかで繰り返されるその声に脳がまたしても引っかかっていた。 古泉がゆっくりと動き出し、朝比奈さんにはその場を動かないようにジェスチャーする。そりゃそうだ、俺も異論はない。長門もそのあとを静かに追っていた。そして振り向いて俺にどうも意味有りげな視線を送った。 一体なんだ? 言いたいことがあるならはっきり言えばいいじゃないか。溜め込むのは良くないって言ってきただろう。 そして、そのときだ。 俺の頭のなかで何かが閃いた。 確かに朝比奈さん(大)はこう言った。『貴方たちの』と。もしや――俺の身体が少しずつ震え始める。俺たちは間違ったことをしようとしているんじゃないのか? この時間移動は前とはどこか根本的に違うんじゃないのか? いや、間違ってはいないかもしれない。しかし――このままではかなり悪い、絶望的な事態になることは必至だ。 あと少しで『彼』に近づくところだった古泉に、俺は慌てて立ち塞がった。既に『あいつ』も俺たちのほうを注視している。しかし俺たちを眺めるその瞳に生気は宿っていず、はっきりと認識しているかは怪しかったが。 「おい、古泉。今すぐ元の時間に戻るぞ!」 思わず、声を荒げる。 「どうされたんです、そんなに慌てて。何か問題でも……」 明らかに古泉は困惑と不服の表情を浮かべている。だが俺は構わずに続けた。 「お前、この先の計画を考えているのか? ここであいつを元の時間に戻したあとどうするつもりだったんだ?」 「遮音フィールドを発生している」 長門が再び誰にともなく言った。ありがとよ。 「まさかだが古泉。お前が考えていないとでもいうのか?」 「ですから、また前の時間に戻れば……っ!?」 古泉の目の色が変わる。顔からも血の気が失せていく。 「お前も気付いたか。そうさ、いつの時代もSF作家がどうしてもぶつかったところだよ。タイムパラドックス、それが全然解決していない」 「……つまり、我々が戻ったとしても……向こうでは何も変わっていない。もしくは、別の我々が平凡に暮らしている。しかも変わるのは『この時間』の我々であって、僕たちではない……。しかし我々の過去では、彼が来ている…………僕としたことが。どうやら大きなミスを仕出かす所だったようです」 「ああ、そういうことに……なる、な。」 どうやら瞬時に俺が考えていたこと以上を理解したようだ。悔しいが認めようじゃないか。 古泉は恥じるように頭を左右に振ると、身を翻した。 「それでは朝比奈さん」 「ふえっ!?」 どうも朝比奈さんの反射神経は声にも繋がっているようだ。 「また、前の時間に戻れますか?」 「俺からもお願いします」 『あいつ』は、ノック寸前の状態でもまだこちらを見つめていた。 その『彼』の姿はどこか老け込んだようにも見え、機械的な瞳にまるで意思を奪われているようにも見えた。俺は未来を護るために『そいつ』を叩き起こさなければいけない。 「……じゃあ、キョンくんの指示には従えといわれていますので……手、お願いします」 掌を差し出した朝比奈さんの表情にも翳りが見えて、ますます申し訳なさを俺は感じた。今回ばかりは朝比奈さん(大)よりも俺たちのほうに非があるのかもしれない。 俺たちは、体内時間的にはほんの数分前と同じように朝比奈さんのそのちっこい掌の上に手を重ねてから瞼を閉じた。 「行きますよ?」 意識がまた飛ぶ直前、慣れた部室の扉をノックする硬い音が微かに聴こえた。 暑い、茹だるような暑さだ。俺はお天道様に釜茹での刑を処せられているのかね、罪状を教えてくれよ。 蝉は所狭しと樹に群がり喚き続け、太陽は首筋を直に燻り続けている。この身体から大量の塩分を奪っていく大粒の汗も、止め処なく流れ続けていた。 谷口のアホ話も俺にしてみれば、蟲や街の夏特有の喧騒と何ら変わりはなく、俺の両耳はそれらを自然とシャットアウトしていた。――塞ぎ切れない音に苛々感が募るわけでもあるが。もうだいぶ慣れたと思っていた光陽園駅からのこの坂道も、唯一この季節、夏だけは例外のようで俺は倍以上の時間を歩いているように感じた。いや、歩かされているのか。 しかしどうしてもこいつに俺は憐憫の目をやってしまう。一度隣で喚く谷口を頭の上から足のつま先までなめてからもう一度溜息をつく。断っておくが、俺はこいつの能天気な頭を特別憐れんでいるわけでも嘆いているわけでもなく、『何も知らない人々』たち、一般ピーポーの最も身近な代表への憫れみを込めた視線、だと言っておこう。 訪れるであろう、涼宮ハルヒによる不可避の世界崩壊。それが一体どんなものになるかは皆目見当がつかないが、頭のどこかでそのまるで黙示録のような予言を『リセット』と結び付けている自分がいた。ゼロからのやり直し。ただゲームと違うところは、次の世界がどうなるか全く未知数だということだ。その全ての根源であるハルヒの閉鎖空間はとどまるところを知らず、拡大の一途を辿っている――という話だ。 つくづく、凡人はいつの世も可哀想である。一方的に巻き込まれ被害者としかならないのだから。そして残念ながら俺がもう凡人の域を超えていることは去年来から知っている。偶に自分の位置づけがごちゃ混ぜになっているって? 人間っていうのは自分にとって都合のいいことしか受け入れられないものなのさ。確かに俺は一般人ではある。しかし同時に世界の裏側を知る人間でもある。一般人とそうでない人間の区別と定義なんてものは、それを推考する角度からによって幾重にも変わるものなのさ。 乱暴に靴箱から上履きを落としてそれに履き替えたあと、俺は谷口の一方通行独白を先頭に教室を目指した。 それでも今の世界がなくなりますよと宣告されているのにこうして学校に登校する俺はどこかシュールでもある。今まで散々非現実と向き合ってきたが、今回は度を越して異常だ。今から数時間後に世界がなくなります分かりましたか、と訊かれて、はいそうですかそれは大変ですねなんて本気で浮世離れたことを言える能天気がいたら俺の前に連れて来い。SOS団に推薦してやる、団員その一のお墨付きだ。 教室に入って軽く挨拶を交わしたあと俺は自席に座りながら、習慣として真後ろの座席を確認した。言われなくても分かっている、今日あいつは欠席だ。そしてこの教室内でその理由を公言できる人はいないだろう。 当然俺もだ。そんな勇気などない。涼宮ハルヒはこの世界から消失しています、だから学校に来れませんなんてな。 それでもこの非日常に四方を囲まれた日常は、何も目にしていなかのうように過ぎて行く。 教師たちは今日も長々と読経をするように授業を続けていた。皆は、というとそれでも試験の点数は至上らしい。残念ながらこの世界の住民は試験の当日を迎えることはない。けれど今の俺にはその滑稽さを笑っていられる余裕さえ持ち合わせていなかった。 そんな当に地球を離れ木星軌道まで吹っ飛んでる俺の思考がこの授業に集中しているわけもなく、昨日の――正確には今日のえらい早くの出来ごとを俺は何度も何度も思い返していた。 朝比奈さんのおかげで出発した時間の少しあとに戻ることの出来た俺たちはそのまま暫く黙って公園の段差に腰掛けていた。一様にえらく疲れた顔をして、あの古泉もまともに疲労困憊であると表情に出していた。長門はどうか分からないが。 突然呼び出されて過去に行けと言われ、行った先で今度は戻れと言われ、やや不服ながらもどこかきょとんとしていた朝比奈さんだったが、事情を説明すると流石未来人らしく早く飲み込んでくれた。ようは、あのままじゃ俺たちがあいつらの立場になることは永劫出来ない、と言うことだ。それが『貴方たちの』という意味。 つまりはこの世界にはたくさんの俺たちがいるということなんだろう。それぞれの細かい時間平面のなかにいる自分たち。そいつらは全員同じで全員違う。決して相容れない――時間的に。というのはあくまで俺と古泉の考え出した暫定的なタイムパラドックスの障害である。本当のところ未来人から見たらどうなっているのかは全く分からない。 とにかく俺たちは別の方法を考えなければいけなくなってしまった。もしくは、あの展開から更にどうするかを。 少し今後の動きについて話し合ったあと、今日の放課後に再度集合ということで解散になった。 今の俺がやや寝不足気味なのは、真夜中に色々ありすぎて、ありすぎたうえに寝れていないからだ。これでも俺の身体は健康的な昼型であり普通に睡眠時間を大量に必要とする。寝ている時間が短くなればなるほど、朝の負担も比例して大きくなるのだ。当たり前のことだって? それは言うな。 やっとの思いで欠伸を噛み殺した俺は、少しでもノートに向かう姿勢をとった。寝ているよりは随分ましだろう。――何かいい考え、思いつかないもんかね。 朝比奈さん(大)はああは言ったものの、何らかのヒントは出ている筈だと俺は思っている。現に彼女の呟いた何気ない言葉は俺たちに誤った道を進ませることを止めさせた。いつもの通りたいして当てにならない勘ではあるが、この状況で常識だけで動くのはもう逆に場違いという雰囲気もする。 結局長門が何を伝えたかったのかは分からない。俺の行動のことかもしれないし、この先の危険のことかもしれない。もしかして『観察が目的』が理由で葛藤してるんだったら、考え直させないといけないな。 とにかく何らかの、もしくは誰かの仕組んだ既定事項通りにことが進んでいる可能性がある。先に教えてくれたら、わざわざ行かなくても済んだものを、何てなことを俺は別にぼやきはしなかった。そのときに教わらなくて、進むことが必然なのだから。 適当に昼飯を食い、適当に授業を聞き流し、適当に掃除を済ませるとあっという間に放課後、俺は文芸部室へと足を向けた。俺の親はしきりに言う。若い頃は勉強の毎日などただしんどいだけかもしれないが、大人になったら分かる、勉強ほど楽なことはないと。 早々と時間が過ぎ去って行った理由は、全く特筆に値するアクシデントが起こらなかったってことだ。全世界切羽詰っている筈だが、古泉から休み時間ごとのミーティングなんて無かったし、長門が不変の表情のまま天地が引っ繰り返りそうな爆弾発言をすることもなく、鶴屋さんから可笑しくなった朝比奈さんの子守りを手伝ってもらう要請もなく、ただただ平凡に過ぎた。おいおい、緊張感の欠片もないぞ。 生徒会はまた何か退屈しのぎを吹っ掛けてくるのだろうか、と俺は部室までの道中ふと思い出した。どちらかというと今期が、あの陰謀色の強い生徒会の豪腕が発揮されるときでもある。――全くそれどころじゃないのが現実ではあるが。 躊躇なく扉を開けると、既に俺以外のメンツが揃っていた。ノックをしなかったのは朝比奈さんがメイド服に着替えていないと読んでのことだ。 「こんにちはぁ」 「あぁ、どうも」 朝比奈さんに挨拶を返して、俺は古泉の対面に腰を下ろすとその表情を伺い見た。多分こいつは今朝、一睡もしていないんだろう。何となく雰囲気からそんな気がした。普段は口を利くことも無い九組の奴らからわざわざ話を訊ねまわったのも、古泉が珍しく遅刻をしたからだ。予想だが、機関は臨戦態勢のままだったのだろう。 張り詰めていた緊張が一瞬で解けて、一気に飽和でもしたような表情を古泉はしていた。 「それで、何か良案を思いつかれましたか?」 溜息混じりに古泉が訊ねてくる。声には張りがなく、どこか一気に老けてしまったように俺は感じた。お前の男前の顔に翳りは似合わないぜ? 「いいや、全く思いつかない。俺が思いつくほどの簡単なもんならお前でも長門でも、もう思いついていてもおかしくないさ」 「これはこれはご謙遜を。貴方はいつも僕たちが驚かれるような手段を見せてくれるではないですか。ねぇ、長門さん。そう思いませんか?」 「違いない」 まったく、長門もどうした? 褒めてもポケットから飴玉は出てこないぜ。 「いえいえ、貴方ならきっと良き、我々をあっと驚かせてくれる策を出してくれると信じています」 まるで教会の神父が礼拝をサボる子供を諭しているみたいだな――無視することにしよう。 「それで、朝比奈さんは何か分かったんですか?」 俺は言外に、時間関係を匂わせた。時間移動に関しては朝比奈さんに訊くのが常套であり、古泉と睨めっこをしていて答えがポロリと出てくる問題ではない。 朝比奈さんは答えることを逡巡しているように見えた。 「キョンくん……どこまで、わたしが言えるのか分かりませんけど……わたしには今回、ほとんど情報を与えられていません。それに……そのTPDDだとか、そのほか時間移動に関わることはわたしの権限では何も言えないんです。何も漏らせないように操作されてるんです。だからその……キョンくんたちが考える矛盾、とかについてもわたしは何も教えることは出来ないんです。それが……決まりだから」 朝比奈さんは俯きながら決まりが悪そうに応えた。毎度毎度思うが、やっぱり朝比奈さん(大)は自分の若い頃に厳しすぎるだろう。 朝比奈さん(大)の考えだとは思うのだが、それでいても今の朝比奈さんに何らかの権利を与えてもいいと俺は思う。確かにおっちょこちょいな一面はあるからうっかりで口を滑らすこともあるかもしれないが、朝比奈さんは俺が知りうるなかで一番真面目な人でもある。だからそういう心配は無いんじゃないかとも俺は同時に思っていた。 とそこまで考えたところで、一瞬頭のなかを――そう、影とも形容すべきものが過ぎった。朝比奈さん(大)が朝比奈さん(小)に厳しすぎるわけ――。 もしかしてそれは、『わたしが今のこの子の立場だったときに、わたしはわたしに会っていないもの』じゃないんじゃないのか――? 俺は今の朝比奈さんの顔に、俺が前に見た両方の朝比奈さんの憂いを帯びた表情を重ね合わせてみた。もしかしてそれは――彼女を助けようと、自分と同じ道を辿らせないようとしている? 「ただ、いつもの事例からしたらどこかにヒントはあってもよさそうなんですけど」 もう一度口を開いた朝比奈さんに俺ははっとさせられ、意識を戻した。誰も俺に注意を払っているようには見えなかった。さっきの考えは忘れよう――。 俺は部室内の沈黙に、やはりそうなのか、と朝比奈さんを除いた三人の心の声を聴いた気がした。どこかにヒントはある。 またしても手詰まりと言った雰囲気が部室に圧し掛かると、今度はその沈黙を破るように長門が急に喋り始めた。 「ただ、導くことは可能」 長門はさっきまで上げてた目線をいつもの膝上に落としたまま続けた。 「確かに貴方たち未来人は自らの手では、未来を創造することは出来ない。何故なら自分たち自身がその未来に属し、故に自分たちの干渉が時間平面の前途に影響を及ぼせないから。しかし自分たちが所属する未来へ、過去の人々を偶然としか思えない方法で利用して時間及び世界の方向を誘導することはいとも容易。何故なら貴方たちは幾度にも試行錯誤を繰り返すことが可能だから。そして貴方たちはその誘導によって、涼宮ハルヒに関する全ての重要不確定要素を、確定し自分たちの未来へと接合させることを命題としている」 長門が語ったそれは俺が今まで聞いてきた断片的なことを纏めたものだった。言っていること事態は俺が今まで聞いてきたことと同じのはずだで初耳というわけではなく、さほど新鮮味はなかった。だが朝比奈さんは小さい身体をやけに縮こませ、古泉はなぜかしたり顔で頷いている。まるで、自分の理論が実証されたときのような学者だ。 長門は最後に俺のほうに顔を向けて告げた。 「そして貴方がそのなかで最も重要になる鍵。貴方自身に時空間に影響を及ぼす特別な能力は無いが、貴方を導くことが彼女の不確定要素を確定させる重要なプロセスになり、ファクターだから。つまり言い換えると全ては貴方の行動次第。そしてそれが結果、偶然既定事項に沿っていることとなる」 今度は俺は今の長門のモノローグに去年の映画撮影のときの不思議な感覚を思い出した。確かあれは俺が長門と古泉のダイアログを撮っていたときに感じていた気がする――。 そしてそのまま長門の後半の独白は冬に朝比奈さん(大)から聞いた事象についての説明とも符合した。 「もしかすると、ヒントはここ最近出されたというわけではないのかもしれません」 思いついた、という風に手を打った古泉は流れ始めた変な空気を断ち切るかのようにそう切り出した。 「……なるほど。つまりは長い伏線というわけだな?」 「それを貴方に言われてはやや興醒めですが……。それに、あの時点ではまだ間違ってはいなかったのかもしれません」 確かにその可能性だってもちろんゼロではない。実のところ俺が思うにそれ以外の方法自体が思いつかない。だが問題はそこから先であり、どうやって俺たちがその時間軸に入り込むか、にある。 「何か手掛かりとなるようなことを思い出せませんか? 去年のことであるとか、時間移動に関してであるとか。我々に残されたタイムリミットはあと――どうやらあと五時間弱しかないようなんです」 そうみたいだな。部室の時計――これはハルヒが持って来た訳ではない――をチェックしたあと、俺は去年の記憶を掘り起こし始めた。 朝比奈さん関連で挙げられるとしたら、まず俺が初めて朝比奈さん(大)に遇ったとき。朝比奈さんに連れられて中一の七夕に時間移動したとき。エンドレスサマーのときの朝比奈さんの切実な告白。映画撮影のときのこぼれ話。――冬の一連の朝比奈さん関連事象、ぐらいだろうか。 それでは整理だ。映画撮影は除いても良いだろう。朝比奈さん(大)に始めてあったときは、多分そのすぐあとのハルヒとの閉鎖空間事件の予告が目的だったように思う。エンドレスサマーのときも、朝比奈さんは泣き喚いていたが俺の記憶が正しければそれらしい示唆は無かったはずである。 つまり残るのは七夕のときの時間移動と、冬の下旬の『朝比奈みちる』事件の二つってわけか。 「その判断が妥当でしょうね」 だがそうなれば残念ながら古泉は更に無関係だ。古泉の顔が自分にはどうもしようがないということを、またしても愁いでいるように見えた。しかしどこでそのヒントは提示されたのだろうか。もしかすると七夕の出来ごとのほうが、ある種重要なのではないだろうか。特に日付が日付だし、冬の出来ごとのときは散々因果応報や辻褄を叩き込まれた感じがある。確かにそれも今の俺らなりの理論の柱にはなってくれているが。とにかく順を追うことにしよう。 「まず、朝比奈さんが俺を呼び止めて中学一年のときに時間遡行した」 「はい」朝比奈さんが頷く。 「そのあと俺はハルヒの線引き係を背負わされる。そしてそのあと何故かTPDDを紛失してしまう」 「ほんと……何ででしょうか」朝比奈さんが頸を傾げる。 「が、それでも長門を頼りにして戻ってくることが出来た……」 以上である。一体どこで? どう考えていっても袋小路だ。どこにも解が見当たらない、懐中電灯を落としたわけでもないのに。 過去に行って帰ってきた、ただそれだけである。非日常すぎて、俺が付け込む隙が見当たらない。だが――俺は何か疑問を感じてはいなかったか? 何か腑に落ちないことがあったんじゃなかったか? そのときじっと考えていた古泉が突然、あっ、と叫んだ。 「そうです! それですよ、それがヒントであり答えだったんです」 「待て、何がだ?」 「僕もはっきりと記憶していますよ、チェスの最中に貴方が僕と長門さんに訊ねられたこと。貴方が疑問に思われていたこと。それが、アンサーです」 古泉が勝手に探偵役を演じている。おい、誰の頭にもクエスチョンマークしか浮かんでいないように見えるのは俺だけか? 長門は空虚な瞳で古泉を見つめていた。古泉だけを切り取ってみれば先が拓けたようには見えるのだが。 「待て待て、俺は全然追いついていないぞ。俺が一体何を言った?」 「ええ、貴方は言いました。この事態を解決する作戦の根拠となる事柄を」 古泉がこちらを見て微笑んでいる。気持ち悪い、やめろ、あっち向け。そして俺は一体全体何を言ってたのかね。 「取りあえず、早速時間移動を始めましょう。朝比奈さん、時間の座標はこの前と同じでお願いします。……いや、それの少し前で、空間座標は校舎内の反対側でお願いします」 「あの、待って下さい、わたしにもさっぱりなんですけど……」 言わずもがな俺もさっぱりだ。全く理解できない。まるでマイナスをマイナスで割るとプラスになると教えられてパンク寸前の中学生のようだ。はたまた自乗してマイナスになる数を考えろと正反対のことを言われてしどろもどろしている高校生か。 「大丈夫です。貴方ならすぐ理解されるでしょう、もちろん朝比奈さんもです。それも分かるんだから仕方がない、としか」 「……それじゃあ、準備はいいですか? 行きますよ」 渋々、と言った表情で朝比奈さんは三度掌を出した。そうだったな、確かに俺は面倒なことは異能力者たちにやらせておけばいいなんて言ってた気もするぜ。俺は尻尾をふっときゃ良いってか? もうそんな位置に甘んじていられないと叫ぶ俺もいるのだが。 二度あることは三度ある。同じく三度目の正直とも言う。しかし――三度目も越えてしまったものは、ただ繰り返すだけなのさ。 何がかって? 酔い止めのことだよ。 くっ、来た―― 俺を引っ張る力が奪われ世界の上下が引っ繰り返ったような感覚がしたあと、再び俺の背中は旧館の廊下に吸いつけられていた。万有引力と重力に感謝。 窓からのぼやけた西日が眩しい。それのせいかもしれないがまだ少し眩暈と頭痛がする。俺だけ規制が強くないか? 同じく『現地人』である古泉よりも。 行動を拒否する頭を支えながら起き上がった俺を、朝比奈さんが袖を掴んで奥に引っ張り込んだ。古泉がそばで「我々は僕たちを見ていないでしょう?」と、分かる人には分かる補足説明を耳元でする。待て、まだ意識が朦朧としている。まるで朝に弱い低血圧の人みたいだ、はたまた爬虫類か。 「まもなくです」と、古泉が囁くと長門が何かを感知したように面を上げた。 そういやさっきからちょっとだけ長門の影が薄かったかな。積極的に喋ろうとしないんだから仕方が無いか。あとでもっと喋るように進めないとな。 どうも頭がふらついて関係のないことを考えてしまう。 「来ましたよ、我々が」 俺は反対側から見つからないように気をつけて覗くと、朝比奈さんに頬を叩かれている自分を見た。なんですと! 俺は後ろを振り返って、朝比奈さんの照れた顔を俯かせて「すみません」と小声で謝るのを見つめた。いやいや、大歓迎です! 畜生、羨ましすぎるぞ俺! どうやら俺は、意識が無いうちに朝比奈さんに度々何かをやってもらっているらしい。くそ、もしそのときに意識さえあれば――。 俺がまた関係なく一喜一憂しているのも束の間、今度はこっち側のドアが開いて悠々と未来の俺が舞台に登場した。 「成る程そういうことでしたか」 古泉がまた何やら勝手に納得している。一体何がだ。勿体つけず、教えてくれ。 「いえいえ。ただの戯言です」 古泉は微笑みながら答えた。余裕の笑みともとれる。――それにしても『あいつ』、俺たちの目の前を素通りして行ったぞ。 「不可視遮音フィールドを発生している」 またしても、ここ2日間耳にし続けている長門の科白だ。考えてみれば随分と反則的な技だな。それを使ったら何でもかんでも辻褄が合う何てことは言うなよ? それより、そのフィールドを使っているんだったら俺たちは特に隠れる必要はないんじゃないのか。 「さて、ここからが正念場です。ここで我々が行動に出なければ未来……この時代の僕たちにとっての未来は変化しません。ですが、行動を始めた瞬間、そこから始まる世界は我々の体験したものとはまったく異なる世界となります。違う世界へ、この場合は未来ですがそこへと繋がる道を開拓できさえすれば、これより続く過去もそちらに流れることになるでしょう」 今一後半部分がよく解らないが、ということはそれもうあの俺たちに見られてもかまわないってことか? 「それは行けません。彼らにもこの未来を辿ってもらわなければ行けない。部室内の我々はこの先の未来を進み、向こう側にいる我々はもう一度七月八日の未明に戻ることになるでしょう。繰り返しますが、僕たちが最初にこの時間に来たとき――つまりは彼らの立場であったとき――今の僕たちを見てはいません」 古泉は満面に微笑を浮かべている。我々の勝利です、と今にでも言いそうな口をしている。少し、考えさせてくれ。 「……待ってくれ、つまり……あの俺たちは俺たちなんだから――そうか、そこであの俺たちはまた俺たちと同じ道筋を進んで、そこでようやく全ての俺たちが未来人たちの望む未来を辿ることになるってわけか! そうなんですね、朝比奈さん」 「ふえっ! そ、そんなの禁則事項に決まってるじゃあないですかぁ」 突然名前を呼ばれて朝比奈さんが悩ましく身体をくねらす。あぁ、それ以上はダメです! 古泉はそれでも満足げに頷いた。 「そうですよねぇ。言えないに決まっていますよね? ですが僕は確信しています。彼の体験と行動、その全てが未来人の既定事項に沿っていることは長門さんが証明してくれてますしね。さぁ、彼らがもといた座標へ時間移動したあと、すぐに行動に移りますよ」 「なぁ、古泉?」 「何でしょうか?」 何か知らないがまるで策謀どおりに敵陣が動いて密かに歓喜している冷徹参謀長みたいに活き活きしているな。 「そう見えますか? まぁ、自分が参謀であることはやや自負していますがね。なにせ、」と古泉は胸を叩き、 「副団長ですから」 と言った。そして俺たちはニヤリと笑いあった。 そのあと俺たちは廊下に出て、彼ら――俺たち――の行動を見ていた。流石長門というべきか、あのとき遮音フィールドしか展開していなかったのは――どちらにしろ俺には感知できないが――今この状況にいる俺たちが彼らの行動を見られるようにするためだったのか。 「……その可能性はある」 ん、長門にしたら随分と不明瞭な答えだな。 「…………」 長門は答えなかった。まぁ、それでもいい。答えが一つ、なんてことは実際問題俺たちにとっては全く関係ないからな。 しかしはたから見ていると、俺の行動は実に滑稽だ。それと同じくらい俺を客観的に見ていることも滑稽と言えるが。新年明けて早々俺は瀕死状態の自分を目の当たりにしたが、あのときとはまた違う感慨がある。一切の声が聴こえてこないのもまるで、昔の白黒のコメディ映画を見ているようだった。 古泉のほうを覗き見ると、同じく腕を組みながら興味深そうにもう一人の自分をまるで細胞の動きを観察するように見つめていた。 「何故、あのとき貴方に言われるまでタイムパラドックスに気が付かなかったのか、改めて思い返してみると不思議でならないですね」 ポツリと呟く。知らん、誰かさんの陰謀かもしれないぜ。脳内を操作したとかさ。 「それは……お断りしたいです」 「もうすぐです……!!」 朝比奈さんの声がした丁度そのとき、今まで俺たちの目の前にいたもう一人の俺たちが忽然と消えた。 何故だ、まだ手を重ね合わせていなかったぞ? まさか――。 「……禁則事項だから」 長門の何とかフィールドか! 「長門さん、急いで!」 古泉が思い出したかのように声を荒げる。『あいつ』はノック寸前だ。その音を、鳴らしてはいけない。 「了承した」 体育祭のときに見せたような超高速ダッシュを長門は披露して、あっという間にあいつの腕に歯を立てていた。俺たちも急いで長門の後ろに集まった。 「全て終わった」 暫くして、長門がそう囁いた。長門が身を引くと、途端に未来の俺にその変化が現れ始めた。 そいつの虚ろだった瞳にはどんどん生気が宿っていき、自分でも「そいつ」の焦点が合い始めるのが分かった。「おうっ!!」ようやく目醒めたか。 「やっと元の状態に戻られましたか。どうやら未来の貴方も現在の彼とさほど変わりが無いように見受けられますね」 「お前は……古泉? それにしては、随分と若いが……待てよ、俺はどうしてこんなとこにいる……まさか――ここは過去か!!」 おい、未来の俺。そのリアクション、自分で見ていると随分恥ずかしいぞ。 「そうか……ここは北校か」 「そうです、ここは貴方がもと居た時間から遡った時空間です。しかし……何も憶えておられませんか? 貴方が何故ここにいるのか」 古泉は丁寧にも敬語を使って未来の俺に訊ねかけた。暫く彼はそのまま腕を組んでいたが、溜息を吐きながら解いた。 「いや悪いが古泉、皆目見当がつかない。……もう一度訊くが、俺は過去にいるんだな?」 古泉は頷き返した。 「……やはりそうなのか。すまん、何も思い出せそうにない。だが……いや、いい。ただの記憶違いだ」 「もしかすると、何も憶えていないのではないかと思っていましたが、やはりその通りでしたか。実はですね……」 古泉が俺たちの置かれている状況を説明し始めた。 それにしても、見ている限り未来の俺はどうやら時間移動自体にはさほど、ショックを受けていないように思える。俺だって初めての時間遡行にはドキドキハラハラ――笑ってもいいぞ――したが、こいつは最初自らの境遇に驚いたあとは至って平然とそれを受け止めている。ひょっとして――いや、したくない想像はやめておこう。ただでさえ今、目の前にいる未来の俺は、今の俺に静かにその境遇を物語っている。 どうやら、何年後かの俺もまだまだハルヒに振り回されるようだ。 全く、嬉しいやら悲しいやらどっちか分からんね。いや、悲しいか、前言撤回。 とそこで思考を止めると、どうやら古泉が長門を交えての現在の状況と送り込まれてきた理由をあたかも演説の如く説明し終わったらしく、未来の俺は再び腕組みをして思案顔になっていた。俺はこんな顔になるのか。 だが一言、「成る程な」と言ったあとどうやら合点が行ったようで、 「そろそろ来るな」 とだけ呟いた。さて、何が来たと思う? 勘の良い奴なら分かるだろう。俺はそれに軽くデジャブを憶えた。 俺たちの頭の上にそろって軽くクエスチョンマークが浮いていたとき、まず俺の隣で変な声がした。 「ふえっ……」 さっきまで隣にいた朝比奈さんがその場に崩れ落ちる。既にその意識はない。そしてそのあと今度は後ろから突然声を掛けられた。 「迎えに来ました」 誰であろう、朝比奈さん(大)の再登場である。 「思った通りちゃんと未来を繋げて下さいましたね。感謝しています。この世界が未来から観測……確定されましたから」 「朝比奈さん、どうやら俺は操られていたようですね」 朝比奈さん(大)の微笑みに未来の俺が苦笑いをして歩み寄ろうとしたとき、二人の間を古泉が遮った。背中を彼に向けて、未来からの来訪者を真っ直ぐ睨む。 「すいません、朝比奈みくるさん。貴方に大事な質問があります。貴方は、一体どこまで知っていたんですか? もしかして我々は踊らされていただけ、なんでしょうか」 声が真剣味を帯び、瞳もいつぞやの森さんの怜悧なそれのまま挑んでいた。これが機関の本領と言ったところか。 廊下の空気が急激に重苦しくなって、誰もが口を閉ざした。もちろん古泉が疑心になるのも理解できる。 どうでもいいがここで誰かが部室から出てきたらそれこそ阿鼻叫喚かもしれないな。――いや、そんなことは無いか。まだ、長門はあの不可視遮音フィールドを張り続けているんだろう。全く反則だ。すまん余談だった。 朝比奈さん(大)は諦めたのか小さく肩を落とすと、 「どうやら貴方たちに信頼されていないみたいですね」 と静かに言った。 いえいえ滅相も無い、これは全部古泉の虚言でして――。 「いえ、仕方がないことだと思います。今まで何も明かさずに来ているのでわたしに不信感を抱いたとしてもそれは当然のことでしょう」 そんなことを――貴方から言われたら俺たちに返す言葉が無いじゃないですか。 俺が不安げにいると、見かねたのか未来の俺が「やれやれ、」と間に入ってきた。 「おい、古泉。お前はそんなに疑り深い奴か? いい機会だからこの時代の俺にも言っておいてやる。いいか、朝比奈さんの言うことは信じろ。未来の俺が言ってるんだ、それくらい信じてもらいたい」 古泉の目は「ですが」と言いたげだが、あいつは構わずに続けた。 「朝比奈さんはお前たちにヒントを与えにこの時代に来てくれている。それだけでいいだろう? そこは割り切れ。もし踊らされているんじゃないかって疑心暗鬼になるなら、言っておいてやるぜ。これから先お前たちは毎回毎回、立ち往生することになる。言葉の真意を真っ直ぐに受け止められなくて、要らない深読みばかりして必ず間違うことになる。だからこそ、」 俺は唾を飲んだ。どうしてか分からないが未来の俺に俺自身が圧倒されている。 「朝比奈さんを疑ったりしないでくれ。朝比奈さんは何も悪くない。行える範囲、規則内で最大限の援助を俺たちにいつもしてくれていたんだ。いや、してくれているんだ。そして……これからもだ」 未来の俺は優しい眼差しをしていた。あいつがこっそり、「確かこんなんだったかな」と言ったことに俺は全く気付いていなかった。 「あ、ありがとうございます……キョンくん」 「いえいえ、俺はこいつらに本当に大事なことを理解させてやったまでですよ」 古泉はというとすっかり言い含められて反論でもあるかと思ったが、それでも殊勝な顔つきで未来の俺を見ていた。 「貴方が彼のようになるのだと思うと、とても頼もしく心強く思いますよ」と俺に囁く。 合わせて俺に微笑む。そうかい、そうかい。 長門はというとさっきからずっと見た目はフリーズしたままだ。どうやらこの様子を長門なりに観察してはいるようだが。 朝比奈さん(小)も廊下に蹲っている、というかもう寝息を立てている。そんな様子を朝比奈さん(大)はちらりと一瞥したあと、俺たちのほうに向きなおった。 「未来のことを口にしてはいけませんが、貴方たちがこれから正しい道を進むことが判明したのでわたしたちはとても安堵しています。もうこれからどうすべきかは分かっているのでしょう? 古泉くん」 「ええ、承知の通りで」 そういや俺はまだこれからどうするかを一つも聞かされていないぞ。ただただ無理矢理連れてこせられただけなんだが。 「いえ簡単なことですよ。まぁ、朝比奈さんにも一つお願いすべきことがありますが」 「何でしょう」 朝比奈さん(大)が顔に浮かべた笑みは、どうも全てお見通しですよと俺たちに語りかけているように感じた。 「今この壁を挟んで向こうにいる、朝比奈みくるに命じて欲しいのです。そこにいる僕、彼、長門さんを連れて過去に時間移動してくださいと」 本当か? 古泉の案は俺を久々に驚かせた。一方で朝比奈さん(大)はというと首を深く縦にしていた。 「朝比奈さんは僕たちに言っています。この七月七日は我々――未来人のことですね――にとって都合よく進むと。しかし実際はそうはならなかった。そこで僕は考えました。彼女は未来から結果としての過去を知っての発言だったのだと」 結果としての過去ってどう言う意味だ。 「つまり、朝比奈さんが見たのは、上書きされた時間だったと言うことでしょう。言ってみればこれも一つのヒントですね。だったらやはり我々がこの時間の上塗りをするということです。そこで重要だったのが『都合よく進む』の意味です。それは何事も無く平穏に済むとはまた違う意味を持っているのだと僕は解釈しました。そして結論に至ったのです。彼らは時間移動をするのだと。そして多分それは僕たちのお願いで朝比奈さん、貴方が命令されるのでしょう」 「ええ、その通りです。でもまさかこんな裏の事情があったなんて知りませんでしたけどね」 「何時に時間移動させるかはお任せいたします。多分それでも当初の予定はあるでしょうから。とにかく、方法は一つしかありません。既に我々の異時間同位体が居る時間平面に僕たちがすまし顔で入るにはどうすればよいか。簡単なことです。彼らに立ち退いてもらえればよいのです。但しそれと気付かれずに」 それが去年の七夕の事件と繋がるのか。 「まぁ、繋がるといいますか、発想を得たといいますか。本物の未来人を前にあれこれと我々の空想論を語るのは些か気が引けますが、例えば……貴方が帰ってきたと最初思われた七月七日はやはり別の時間軸の七月七日であるとか。貴方が体験された時間移動は過去に行って現在に戻ってきたのではなく、過去に行ってそこで三年間を体感時間で言うと一瞬で過ごしたものであるとか。何故そうする必要があったのかは多分僕たちには判らないでしょうし、今言ったことが全て真実であるなんて言う保証は全然無いんですけどね。悲しいものです。とにかく貴方は別の時間軸の住民になる必要があった。それだけです」 お前言っていることは悲観しているようだが口角上がってるぞ。そう講釈を垂れるのもいい加減にしてくれ。俺のなかの何かが爆発しないうちにな。 「唯一つ僕が言いたいと思っていることは、」 まだ続ける気か、と俺が思った瞬間、その古泉の言葉を紡いだ奴がいた。 「過去は一つだが未来は一つではない、だろう? 古泉。ある意味当然とも言えるが」 たった今、部室から朝比奈さん以外が全員出て行った。朝比奈さんはそのあとにいつもの着替えがあるからな。 古泉はパラドックスがどうのこうのと交えながら、朝比奈さん(大)にこの部室内から四人で飛ぶという命令を朝比奈さんに打診してもらうよう言っていた。 何で部室内からなんだと俺が古泉に訊くと、制服が一揃い増えていたら怪しまれませんかと訊ね返しててきた。よく分からないが、増えるんだったらそっちのほうが良いなぁと俺は言ってやったが。古泉は笑い半分困惑半分が入り混じった表情をした。打診する瞬間は朝比奈さん(大)は俺たちの視界から外れた所で打診したため、一体どういったプロセスなのかは依然謎のままだ。とにかく頭のなかの何かで通信しているであろうことは、これまでの長門や朝比奈さん(大)の説明から予想できる。 眠らされている朝比奈さん(小)はそのあと寝たまま身体だけを起こされ、今は壁にもたれかかって寝ている。相変わらず、朝比奈さん(大)はその頬を突いていた。 どうやら、『俺たち』はハルヒを怪しませないように一緒に学校を出たあと、頃合いを見計ってここに戻ってくるようだ。常套手段だ。 それから暫く待っていると古泉を筆頭に一行は戻ってきた。その古泉もどうやら時間移動が出来るとなって喜んでいるように見えた。もう一人の俺はというと一番最後に嫌そうな顔をしながら部室の扉をノックして入った。全く自分が情けないぜ。どうせ、まだ朝比奈さん(大)の陰謀やら何やらを考えているのに違いない。 俺は思った。果たしてあいつはいつ未来人に対しての心構えを変えるのだろうかと。そのことの重大さに気付くのかと。 それからまた沈黙ののち、後ろでポツリと長門が、 「たった今、この時空間から彼らの存在を感知できなくなった」 と言った。もっと分かり易く、たった今、時間移動しましたみたいに言ってくれ。 「では、入ってみましょう」 待て古泉。何でわざわざ入る必要があるんだ? 「ただの確認ですよ、確認。彼らが置いておいてくれないといけない物がありますので」 そういったあと古泉は鍵の掛かっていない部室の扉を押し開け、なかを一瞥してから良かった、と吐息を漏らした。 「お目当てのものはあったのか、古泉」 未来の俺が俺の肩越しに含み笑いをしながら訊ねる。どうやら、背も少し伸びているようだ。 「貴方は結果を知っておられると思いますが……ええ、見つかりましたよ。長門さんも朝比奈さんももちろん貴方の分も」 そう言って古泉は机や床においてあったそれを指差し、俺に「でしょう?」を言外に含ませた視線を送ってきた。俺はというと、納得して思わず安堵の溜息を漏らしてしまった。 「そうだな、古泉。そりゃ、確かにある意味大切だ」 随分と間抜けな忘れ物だがな。 七月八日、確認するまでもないが七夕の翌日、俺はこうして何の弊害もなく登校している。まぁ、この季節という俺らにとっては身近な一番の弊害は、この学校までの長い道すがら俺から塩分と水分を容赦なく、奪ってくれてはいるが。けっ、そんなもの欲しけりゃくれてやるよ――何ぞで済まないことはこの身をもってして確認済みだ。 それでもまず、俺が何事も無くこの坂道を登っていることはもっけの幸いだ。もしもう一人の自分がこの世界に現れでもしたら、それこそ阿鼻叫喚の渦だが、古泉からも昨夜我々四人の異時間同位体はこの世界にやってきてはいないようです。安心してくださって大丈夫でしょう、と電話があったため今のところ俺は安堵している。もれなく長門にも俺は電話をして、その真否を訊ねたのは言うまでも無いことだ。何でそんなに、異時間同位体が重要なのかというと――ドッペルゲンガーなんかじゃないぞ――それは自然の摂理に反するからだそうだ、長門曰く。 未来の俺は俺と古泉に軽く別れを告げると、「ここから先は俺たちの役目だ」とだけ言って、朝比奈さん(大)とともに一足早くこの学校を去った。そういや、未来ではまだ異常事態は続いているのか。 あのあと俺たちは、それぞれ家へと帰ることにしたのだが、困ったことが一つあった。 朝比奈さん――もちろん今の――への対処だ。朝比奈さん(大)が現れてから消えるまでの間結構眠らされていたからな。それはそれで酷い話だ。 目を醒ましたあとは少し子供みたいに拗ねてしまいそうになったが、そこは古泉の出番である。何とか説き伏せてもらった。それはそれは見事なソフィストぶりに俺は舌を巻くばかりだったぜ。 だが何でそれでハルヒも朝比奈さんも納得するんだ。何かこう、言葉では言い表せないがどこか腑に落ちないものはある。だが断言できるのはそれでも鶴屋さんを騙すことは不可能だろうということだ。まぁ、多分あの人なら周りの雰囲気に任せて、そういうことだったにょろ、何て言ってそうだが。 さてこの俺は今、二度目の七月八日を体験している。見事なまでに中身の無い谷口の初めてではない夢物語に俺も空虚な返事をしながら、学校に着いた俺は、それから少しばかり考えごとをしていた。 どうも昨日の晩からその空想が頭を離れず、暫くの間俺は寝る寸前まで思考の海でもがき続けていたのだ。 結局そのまま、何ら変わらぬハルヒと少し絡んでハルヒ曰く、間抜けな顔をしたままずっと一人で勝手に考え続けていた。 結局一人で溜め込むのは毒だと思ったが故に、聴きたくも無いだろうが聴いてくれまいか。 「いえ、何か不明瞭なことがあるのでしたら、喜んで拝聴しますよ」 古泉はいつになく揉み手で俺を迎えた。そういや、俺から古泉に訊ねたことなんてあっただろうか。 お前だったら、漏れなく要らん話まで添えるだろうが、別にいいか。 どうしてか分からないが今はそれが欲しいような気がしている。 まず俺は切り出した。 「まずだ、過去は一つだが未来は一つではないっていう意味は分かった。つまりだな、時間遡行するときは目指す時間は一つしかないが、逆に進むときはその目指す時間というのは幾つにも増える、と言うことじゃないのか」 「ええ、僕もそのように考えていますが。もちろんそれだけではありませんが……何かご不満な点でも?」 「まぁ、待ってくれ。とりあえずそれは置いておいて、先に進める」 俺は古泉を真っ直ぐ捉えたまま、一度唇を湿らせた。 「俺たちが……前まで居たあの世界は一体どうなったんだ?」 古泉が片眉を上げる。 「おっと、確かに話が跳んだ感じはありますが……答えましょう。僕の推測でしかありませんが、一つあり得る考えがあります。それはあのままあの世界は一度破滅したあと、再構築されて再び進んで行く、というものです。多分、長門さんや朝比奈さん側も僕と似たようなことを少し言葉を変えて考えておられるでしょう。涼宮さんが我々の存在をそれでも必要としてくれるのであれば、可能性として新しい世界で我々が再構築されている可能性もゼロではありません。涼宮さんの最大の発動力が解らないので確信は持てませんが、時空間が丸ごと消滅した可能性もあります。貴方が前言っておられたように、それこそ今の僕たちが知る物理法則が悉く捻じ曲がっている世界になっているかもしれません」 古泉は至って真顔でそう答えた。おいおい、何でもありかハルヒの野郎は。全く俺はとんでもない奴と関わっているようだ。俺は大きく息を吐き出した。 「他にも何かおありで?」 「次にだ。思い込みかもしれないが、どうやら未来の俺も俺たちと同じ体験をしている節がある」 「そのようですね」 「つまり、俺たちより以前の俺たちもあの同じ道を辿っている。だったら何故俺たちの世界は救われていなかった? それ以降の過去は変化された過程に随って変わって行くんじゃなかったのか? それにだ。過去に戻るんだったら、俺たちは自分たちの世界を変えたんじゃないのか。何で俺たちは変わらない。存在が消える可能性だってゼロじゃないだろう?」 「……順を追って説明していきましょうか。まず最初に問題となるのは貴方の質問の後半部分です。確かにそれは『過去は一つだが未来は一つではない』に反しているようかのように見えなくもないですが、決してそうではありません。まず我々は一度過去に行っています。その時点では確かにその過去は僕たちの過去そのものだったのです。ですが二度目に遡行して長門さんが彼の動きを封じた瞬間、我々のものとは違う時間が進みだしたんです。時空間が分岐した、朝比奈さんたちが望む未来へと繋がる時間です。簡単に言えば並行世界の理念ですよ、厳密には異なりますが。多分、勘違いをなさっているのでは? 最初に僕は言っていますよ。あの世界は進んで行くでしょうと」 ようはそれが時間の上書きってことか。そういや言っていたような気もする。俺は、冬の終わりに古泉の言った『二つの十二月十八日』のことを思い出した。 「しかし、前半のほうの質問は重要です。確かに彼は僕たちと同じことをしています。ですが我々の世界は救われていないというのは見当違いです」 もっと、オブラートに包んだ言い方は無いのかね。俺は机に片肘をつけながら顔に綺麗なコントラストを浮かべている古泉の顔を見た。 「すいませんでした、慎みましょう。よいですか、救われた世界というのは救われることの無い世界の人々が――重要ですよ?――創り出した世界なんです。言い変えると、破滅の『危機』という規定事項を迎えた世界の人々が創り出すあくまでも副産物の世界、なんです。そして同時にそれは我々改変者の住む世界になります。 全ての我々は破滅の危機を体験します。あの七月七日に『破滅の危機を体験しなかった』という体験を持つ我々は理論上生まれます。ですが実際にリアルタイムでそのような体験をした我々はいません。僕たちはもう一つの我々を時間移動させましたよね。彼らは朝比奈さんたちが見れば確かに別の時間平面に生きる人々なんですが、我々からすれば実はただの理論上の人々、机上の空論の辻褄合わせでしかないんです。すいません僕の説明力と語彙力が及びません。これ以上の説明は難しいです」 そこまで言って古泉は一息入れるように机にあったお茶を呑んだ。それも見る分にはもう冷めていた。俺にはない。 まぁ、何となくだが分かった気はするぜ。ようはだ、俺たちは必ず破滅の危機を迎えるってことだろう。七月七日に『ジョン・スミスの来訪』がなかった俺たちって言うのは理論上は存在するが、そういった体験は絶対しない。――これで、合っているのか? あぁ、言ってるそばからこんがらがって来るぜ。 付け加えると朝比奈さん(大)はあいつらをもと居た俺たちとして勘違いしていたってことだろうか。 「ええ、その可能性も彼女の口振りからすれば大いにありえます。ですがやはりこれは全て既定事項なんです。そして同時に涼宮さんの能力にとても近似していることでもあります。僕たちにとってこの世界は、七月七日のあの時刻までの記録と記憶、歴史を持たされて創り出されたということに変わりはないんです。言ったでしょう、世界は五分前に創られたのかもしれない」 そうか、十二月十八日の改変は宇宙人がハルヒの力を使い、今回の七月七日の改変は未来人がハルヒの力を使った、とも言えるのか。 「あぁ、何でこのようなパラドックスが生まれるか分かりますか?」 「俺に分かるわけがないだろう」 「……そうですね。では答えを言いましょう。……それは世界を変えたのがその時空間の人々じゃなく、別の時空、時間から来た人々だからです」 「……おい、それって」 「この話はここまでです。これ以上は僕にも流石に見当がつきません。他にありませんか?」 直接介入――? 俺は少しの間、絶句していたがこれで質問は終わっちゃいねえ。 「待てよ、これは規定事項だったってことだ。だったら朝比奈さんはやっぱり嘘をついていたのか?」 俺の質問に古泉は少し考えた様子だった。 「さぁ、どうでしょうか。朝比奈さんには嘘を吐かれてはいないでしょうが、やはり未来人には騙されたかもしれません。どちらの朝比奈さんも上層部からは何も教えてもらえていなかった、とか。何故そうされたかは僕たちにはそれこそ永遠に秘密なんでしょうが。もしかすると情報統合思念体と天蓋領域は全てを知っていたかもしれませんね。彼らは次元を超えて時空間を感知できるという話ですから。確信を持って言えるのは、我々は未来の貴方と朝比奈さんが体験した何らかの出来事を同じく体験するということでしょう。全てのオチはそこで明かされるのだと僕は信じています」 オチ、ねぇ――。分かりやすいものだったらいいが。解釈の違いで幾通りにも答えが増えるなんてのは御免だぜ。 ちらと時計を見た。実はこう話をしたいがために、今日は早く部室に来ている。 「なぁ、古泉」 「はい」 「ちょっと考えたんだけど聞いてくれるか? と、言うよりかはこれを確かめたくて古泉に訊ねるんだが」 「構いませんよ」古泉はゲーム盤の上に伸ばそうとしていた手を引っ込めて、もう片方の手と絡み合わせた。 まだ、ハルヒは来ない。 「過去は一つだが未来は一つではない。俺は今回それの深読みをやってみた。そのためのいくつかを今ここで確かめさせてもらった」 古泉は俺が喋りを止めても、口を挟まず黙って微笑みながら俺を見ていた。 「いきなり結論から言う。……正しい規定事項って言うのは、絶対に一つしかない。――以上だ」 「どうして……そう、思われたのですか?」 「……ちょっと長いぜ。……まずだ、過去は一つ、つまり一つの未来に辿り着く過去は同じく一つしかない。これは当然だが。そこでその一つの時間軸のなかで人は様々な経験をする。そのどれかを未来人の呼ぶ既定事項としてみる。未来は選択によって変わる。そのときにその規定事項の選択肢――仮にイエスかノーにしておく――のどっちを選ぶかで結末が大きく変わってしまうことになるとしよう」 随分と、仮定の多い説明だな我ながら。 「けどそこで、どっちを選んだとしてもそれは正しい規定事項になるんだ。違う答えを選んで、仮に未来が分岐してもその未来からすればそれが唯一の過去であり、必然ともいえるからだ。けどそれをどうやっても知る方法は俺たちにはない。だってそれしかないんだから。だから、過去は一つ、そのなかで起きる規定事項の答えは絶対に一つしかない。何故ならどっちをとってもその答えは過去のなかで一つでしかないから」 「つまり、貴方が仰りたいのは、全ての出来事は必然的で運命的でもあると?」 「さぁな。俺は運命なんてのは信じないクチだ。俺だったら、だから俺たちは自分たちの行動に必ず自信を持ち、その責任を持てって言う」 突然、古泉が手を叩いた。 「素晴らしい、とても素晴らしいですよ。まさしくそれが結論として最も相応しいでしょう。やはり、僕は貴方をとても頼もしく思いますよ」 少しばかりの沈黙が部室内を制した。 俺は古泉を見つめ、古泉が俺を見つめ返す。ふと脳裏で閃いた。 「あぁ、それと」 「古泉君とキョン、いる!?」 豪快に部室の扉が壁に叩きつけられる音がして、時の人、涼宮ハルヒの雄叫びが俺の言葉を遮った。腰に手を当て仁王立ちしているハルヒの後ろには朝比奈さんと長門が、城から脱走するやんちゃな姫に無理やり連れ出された侍従のようについていた。だから、朝比奈さんがいなかったのか――ってことは。 「ハルヒ。お前また何か面倒なことを思いついたな。断言してやろう」 俺の視界の後ろで古泉が手を上げて首を竦めるポーズを取った。 「はぁ? 面倒なことって何よ。あたしがいつ迷惑なことをしたって言うわけ?」 「そうだな……エブリシング、エブリタイムとでも言っておくか」 「この、団員の分際で! しかもぜっんぜん発音がなってないじゃない! ちゃんとEverything、Everytimeって言いなさい? 高校生でしょ?」 俺が言い返さず鼻息一つ視線をそらしたのを降伏宣言と受け取ったらしく、ハルヒは悠々と団長席へと凱旋して行った。はいはい、俺は勝てませんよ。 そしてこちらを振り向いたその瞳は案の定の輝きを放っていた。 「それでは今から会議を始めます! 議題は夏休みの活動について――」 ハルヒの堂々たる迷惑宣言を片肘で聞きながら、実を言うと俺にはもう一つ謎があった。それを思い出し、古泉に問おうとしたときハルヒが来てしまったため、訊けなくなってしまったんだが――やはりやめておこうかと思う。 一つの時空を跨いでも揺らがない、ハルヒのあの笑顔がその理由だ。今はそれだけでいいじゃないか。 彼、『ジョン・スミス』がもう一度ハルヒの前に現れることはまだまだ先の話になるだろうなと俺は確信していた。 未来の俺よ。真実が明かされるときは必ずや訪れるんだろう? それまで、答えは保留ってことで手を打ってやってもいいぜ。 そうだ。どうせなら、今からでも来年の願いごとを考えておくか。
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…目的地に着いたのはいいが。未だ返信が来ないのはなんともな… 果たしてチャイムを鳴らしてしまっていいものだろうか? …まあ、もう来てしまってるわけだからな…。とりあえず、俺はインターホンを押した。 …… …… 一向に誰かが出る気配はない。…日曜だから家族総出でどこか遊びにでも行ってるのか?だとしたら、 メールが返ってこないのは一体どういうわけだろうか。単にマナーモード、ないしはドライブモードで 気付かないとか…そんなとこか? …まさかとは思うが、例の未来人たちに襲われたってことはねえよな…? 「…ハルヒ!いるか!?返事しろ!?」 玄関に詰め寄る。…やはり音沙汰が何もない上、玄関のカギは閉まっている。 「キョン…あんた、こんなトコで何してんの…??」 ふと背後から声をかけられる。そして、その姿を確認した俺は安堵の表情を浮かべる。 「…ハルヒか!無事だったんだな…。」 「無事って…?ていうか、人んちの玄関の前で叫んでみたりドアノブをいらってみたり… あんた傍から見れば完全な不審者よ?見つけたのがあたしでよかったわね!」 人が心配になって見にきやがったら…不審者だと!? ああ、確かにそう思われてもおかしくない状況だったかもな。素直に認めます、はい。 「なんとなくお前の顔色を伺いにきたんだよ。もう回復したのかなーなんてさ。」 「だからさ、大したことじゃないって言ってるでしょ。その証拠に…ほら。」 ハルヒが左手に提げている買い物袋を俺に見せる。 「お前買い物行ってたのか?」 「そうよ、夕食の買い出しにね。夢タウンまで。」 「夢タウンって…こっから3、4キロくらいはあるぞ?そんな遠くまで行ったのか。」 「大安売りの日だったからね。背に腹は変えられないわ!」 なるほどな…まあ、そんな遠方まで自転車で買いに行けるような体力があるんなら、 特に俺が心配するようなこともないのだろう。 「そうそう、俺は一応お前んち行くってメールしたぞ。なぜ返信しなかったんだ。」 「あ、そうなの?それはゴメンね。携帯、家に置き忘れてきちゃったから。」 そういうことか… 「まあ別にいいけどよ。携帯ってのは何かの非常時とかに有効だし、 なるべくなら肌身離さず持ち歩く癖はつけてたほうがいいと思うぜ。」 「ふーん…何?このあたしがどこぞの馬の骨とも知れない輩に襲われる心配でもしてるっての?」 お前をつけ狙ってる未来人がいるから注意しろ!とは言えねえなぁ… 変に言って刺激を与えてしまえば逆効果になる恐れだってあるし… 「いや、まあ、念のためだ念のため。」 「ま、持ってるに越したことはないもんね。次回から気に留めておくわ…。」 …… …気のせいだろうか?どこかしらハルヒの声が弱弱しく聞こえるのは… 俺の考えすぎか。 「…あ」 「どうしたハルヒ?」 「忘れた…」 「忘れた?何を?」 「カレー粉…」 …… どうやら今日のハルヒの夕食はカレーらしい。そういや買い物袋にはじゃがいもやにんじん、牛肉が ちらほら見える。それにしたって、カレーの基本であるカレー粉を忘れるなんてよっぽどだな。 しかも、それがあの団長涼宮ハルヒときた。やっぱまだ本調子じゃねえんじゃねえか?と疑いたくなる。 「あんた今あたしをバカだと思ったでしょ!!?」 「あー、いや、気のせいだ。気のせいだぞハルヒ。」 「まさかあんたの前でこんな失態を晒すなんてね…不覚。」 「気にすんなよ。人間誰にだって起こりえることさ。」 「あたしだって、あんなことなけりゃ気疲れせずにす…」 ん?何だって? 「いや…何でもないわ。とにかく、買ってきた食材を家に置いてくるから キョンはそこで待ってて。どうせヒマなんでしょ?」 そう言ってハルヒはカギを開けて家の中へと入っていく。…あの調子だと、 どうやら俺を否応にも買い物に付き合わせるつもりらしい。うむ、まったくもってハルヒらしい。 …まあ、もともと今日はハルヒと一緒にいようと思ってたから、結果オーライなんだが。 …それにしてもさっきハルヒは何を言おうとしたんだ?気疲れ?もしかして昨日長門が言っていたような… ハルヒを昏睡状態に陥れた電磁波とかいうやつが今だ尾を引きずってんのか?いや、それは違うな。 ハルヒをタクシーで送ったあの夜、特にハルヒから何かしらの異常を報告された覚えもないし… 時間が経って悪性の症状を引き起こしたにせよ、長門曰く…異常波数を伴う波動だ。 ならば、仮にそうであるなら相当深刻な事態に陥ってるとみて間違いないはず。 ところが、ハルヒは軽いノリで『気疲れ』という単語を会話に混ぜてきたではないか。この時点で すでに決着してるような気もする。粗方、テストで悪い点とったとか暖房のエアコンが故障したとかで 気落ちしたってとこだろう…頭脳明晰ハルヒ様なだけに前者はありえないがな。例えだ例え。 操行してる内にハルヒが中から出てきた。どうやら用事は済ませたようだ。 「じゃ行きましょ。」 「それはいいんだが、どこへ買いに行くつもりだ。まさか、また夢まで行くのか?」 「まさか。一個買うだけにそこまで労力は強いられないわ。近くのスーパーで十分よ!」 そりゃ非常に助かる。あんな距離、とてもじゃないが自転車で移動する気になれない… あれ?俺ってこんなにも体力のないヤツだったっけか?いつもならあれくらいの距離どうってことないだろ? いや、体力とか以前に元気が沸いてこな… …ああ、そうか。ようやく気が付いた。 今日まだ何も食べてねえじゃねえか俺…何かだるいと感じてたのはこのせいだったか。 「あんたさ、もうお昼食べたりしたの?」 ハルヒが尋ねてくる。 「昼飯どころか今日はまだ何も食ってねえんだ…。」 「は?何それ、バッカじゃないの??もう3時よ?? 普通朝飯やおやつの一つ二つくらいは食べてくるでしょうに…。」 哀れみの目でこちらを見つめてくるハルヒ。そんな目で見つめるな!仕方ねえだろ…起きたのが 2時過ぎだったんだしよ。まあ、これについてはハルヒには言わないことにする。まさかお前の今後について 本人抜きでファミレスで深夜遅くまでメンバーと会談してたなんて、口が裂けても言えない。 「運が良かったわね、あたしもまだ食べてないのよ。カレー粉買ってくる前にどこかに食事しに行きましょ!」 それは助かるぜ。今の俺には食欲は何物にも代え難い。 とりあえず、安いトコが良いってことで俺たちは最寄のファーストフード店へと足を運んだ。 看板にはMの文字が大きく書かれている。 「ダブルチーズバーガーのセットお願いします。飲み物は白ぶどうで。」 「あたしはテリヤキチキンバーガーのセットを。飲み物はファンタグレープで!」 しばらくして注文の品が届いた。俺たちは空いてるテーブルへと移動する。 …… おお、向こうの壁にドナルドのポスターが貼られているではないか。…だから何だという話だが。 「キョンどこ見てんの?…あら、ドナルドじゃない。」 最近のことだったろうか、俺の部屋に入ってきたと思いきや、いきなり 『ねえねえキョン君見て見て~!らんらんるーだよ~♪』とか言って万歳ポーズをとってきた妹の姿が 目に焼き付いて離れない。そういやそんなCM見た覚えはあるがな…妹曰く、これは嬉しいときにやるもんだとか。 それと、地味に学校で流行ってるんだとか何とか…なんとも混沌とした世の中になったもんだ…と俺は思った。 「そういえば、どうしてドナルドってマスコットキャラクターになんか成れたのかしら?」 「どうしてって…マクドナルドがそういう企画案を出したからだろ?」 「あたしが言いたいのはそういうことじゃない。仮にも国民皆に知れ渡っている有名チェーン店でもあるマックが、 どうしてこんな世にも恐ろしい顔をもつピエロなんかをイメージキャラクターにしたのかってことよ。」 世にも恐ろしい顔って…ドナルドに失礼だぞお前…。 いや、待てよ… 前言撤回、確かに怖い。 夜道を歩いていたとして真後ろにドナルドがいるとこを想像したらヤバイ。 就寝中ふとベッドの側で誰かが立っている気配があったとして、それがドナルドだったらヤバイ。 鏡を見たとき後ろには誰もいないのにドナルドの顔が映ってたりしたらヤバイ。 他にも…って、キリがねーな。 「百歩譲って、これがカジノとかパチンコみたいに大人客が中心の産業なら別にいいのよ。 問題なのはマックは子供たちからも絶大な支持を受けているってとこ。純粋無垢な子供たちが… 果たして妖怪ドナルドの顔を好き好んで食べに来たりするかしら?万一にもいたとすれば、 その子は精神科に見てもらうべきね。間違いなく病んでるわ。」 …ハルヒの言い分はめちゃくちゃなように見えて、実は結構筋は通ってる感じがする…まあ、さっきも 言ったように、俺ですら捉えようによってはドナルドは怖い存在だ。ましてや小さな子供たちは言うまでもない。 「言いたいことはわかるぜ。たいていマスコットキャラクターと言ったらカワイイ風貌してるよな。」 「そうなのよ。だから謎なの…これこそ不思議ってやつ?SOS団もようやく不思議らしいものを見つけたわね。」 おいおいそんなことで不思議になっちまうのかよ…お前の思考はいまいち理解できん。ドナルド様様だな。 …… 「あれだな、こりゃ発想の転換が必要なのかもしれねえぞ。」 「どういうこと?」 「俺の妹がつい最近ドナルドのらんらんるーってマネやってたんだよ。結構面白がってやってたぞ。」 「妹ちゃんが??」 「ああ。そこで俺は思ったんだが…例えばマックは子供、中高生、リーマン、家族と言った様々な顧客層を 開拓してる。つまり大衆向けチェーン店なわけだな。で、たいてい大衆向けともなれば、イメージキャラクター像も しだいと絞られてくるものだ。ポケモンやドラえもん、サンリオキャラのように愛くるしい容姿をしたものにな。」 「じゃあ尚更ドナルドはおかしいじゃないのよ。」 「そうだな。だから発想の転換だ。例えば、柄の悪い不良が… 公園で鳩や犬にエサをあげてるシーンを見かけたとしたら、お前はどう感じる?」 「漫画とかでありがちなパターンね…まあ、一気に印象はよくなるわ。」 「じゃあ、普段から動物たちにエサをあげている人と今言った不良…印象の上げ度合はどちらが大きい?」 「上げ度合と聞かれれば…後者かしらね。」 「そこなんだよ。見た目が怖いやつほど実際に良いことをしたときは周りから絶賛されるもんだ…人間心理的にな。 もちろん、普段から良いことをしてる人のがいいには決まってる。ただ、そのギャップの度合でついつい 錯覚しちまうもんだ。普段何らかのマイナスイメージをもってるヤツなんかに対しては…特にな。」 「つまり、ドナルドにもそれが当てはまるってこと?」 「そういうこった。よくよく考えてみれば、ただの芸人がふざけたことしたって当たり前すぎて何の面白味もないが、 おどろおどしいお化けピエロがらんらんるーをしてしまった場合は話は別だ。ネタ的要素が大きいが… その分、面白さの度合は一気に跳ね上がる。」 「…そうね!いつもヘラヘラしてる谷口がやったって『相変わらずバカなことやってるのね』 の呆れた一言で終わるけど、キョンが『らんらんるー』やってたらなんかすっごく面白そう! 普段おとなしくて我が強い人間なだけに…くっく…想像したら笑いが…あ…あっは…は… キョン、どうしてくれんの…よ、あんたのせいよ!あははは!!」 はあ… ホントにもう… そんなに俺のらんらんるーを見たいのなら、いくらでも見せてやろう。そんときはお前の夢にまで 出張するくらい洗脳してやるから覚悟しておけよ。悪夢を見てから悲鳴を上げたって、もう手遅れなんだからな? とまあ、冗談は置いといてだな…いくらなんでも谷口はそこまでバカじゃないぞ。友として、谷口の名誉のためにも 一応言わせてもらう。あいつは一見バカなように見えて、実際は越えてはならない境界線は常に把握している 立派なホモサピエンスだ。え?もしらんらんるーをしたらどうするかって?そんときゃ絶交だ。 「おい、国木田、あそこにドナルドの写真が映ってるぜ!」 「あー、そうだね。」 「そういやさ、最近ドナルドの…あるネタがブームになってるって知ってるか?」 「え…知らないなあ…谷口は知ってるのかい?」 「おうよ!流行を先取りした俺に知らないものなんてねーんだよ!」 …何か、後ろのほうで見知った声がするのは気のせいか?いや、気のせいだと思いたいんだが。 「あら、あれ谷口と国木田じゃない。あいつらもココに来てたのね。」 …… 「そのネタっていうの何なのか見せてほしいな。」 「じゃあ、しかとその目に焼きつけよ!らんらんるー!!!」 …友情決裂。さらば谷口、てめーとは金輪際絶交だ。 「なかなか面白い芸だね。あれ…あそこに座ってるのはキョンと涼宮さん?」 「…え…?」 国木田がその言葉を発した瞬間だったろうか、谷口の顔がまるで 頭上からカミナリを落とされたかの如く硬直してしまっているのはこれいかに。 「あいつ…本当にらんらんるーやったわよ?やっぱ谷口ってバカだったのね。」 「ハルヒよ、とりあえず同意しとく。」 「お、お前らどうしてココに!?」 谷口が紅潮した顔で咆哮する。あまり大声を出すな、他の客に迷惑だろうが。 「どうしてって、ただお昼を食べに来ただけよ。悪い?」 「そ、それもそうだな…はは…は…」 谷口が生気を吸い取られるかのごとく屍と化していくのが見てとれる。そんなに俺とハルヒに 見られたのがショックだったか…まあ、せめてもの慈悲として見なかったことにするから安心しろ。 「谷口さ、今はキョンと涼宮さんには話しかけないでおこうよ。二人ともデートしてるみたいだしさ。」 国木田よ…お前はお前でどうして火に油を注ぐようなことを言うのか… それも、俺たちにちょうど聞こえるくらいの音量で。 「な、何言ってんのよあんた!?何か勘違いでもしてんじゃないの!??」 言わんこっちゃない。団長様乱心でござるの巻。せっかくの温和な雰囲気がぶち壊しだ… とりあえず国木田、来週の月曜顔を洗って待ってろ。 というわけで、俺たちはどこぞやの二人組のせいで早々と退散を余儀なくされた。 久々のハンバーガー…もっと味わって食べたかったぜ。 「あー、なんなのあいつら!?落ち着いて食事もできなかったわ!」 気持ちはわかるが、お前もお前で過剰に反応しすぎな気もするがな…。 「まあまあ、気を取り直してスーパー行こうぜ。夕食のカレーこそはのんびりと食せばいいじゃないか。」 「…それもそうね。」 そんなわけで、俺たちはカレー粉購入のため、スーパーへと立ちよった。早速カレーコーナーへと向かう。 「あったあった、これよこれ!」 カレー粉を手に取るハルヒ。…辛口か。 「…キョン、カレーらしさって何だと思う?」 「…辛さか?」 「そうそう!辛さよ辛さ!辛口ほどカレーらしさを追求してるものもないわ!」 …ハルヒもカレーに対して何かしらの情熱をもっているのであろうか?長門、よかったな。こんな身近に ライバルがいたなんて、いくら万能長門さんと言えども想定外だったはずだ。とりあえず、突っ込みを入れとく。 「それは、単にお前が辛いもん好きってだけの話だろう…。」 「わかってないみたいね。まあ、あんたも食べてみれりゃわかるわよ。」 「へいへい、今度食べてみますとも。」 「何言ってんの?今から食べるのよ。」 …? 「つまりアレか…?お前が作るカレーを、俺がこれから食べるってことか?」 「そゆこと。どうせこの分量じゃ確実に一人分以上出来上がっちゃうし、両親も 仕事の都合で今日は帰ってこれないから、誰かに食べてもらわないとこっちが困るのよ。」 そういうことですかい。ま、せっかくの機会だし、ありがたく食させてもらうとするぜ。 後で家に連絡しとくとしよう…夕食は外食で済ますってな。 …… カレー粉を手に入れた俺たちは、特に寄り道をすることもなくハルヒ宅へと向かった。 岐路の途中で、俺は自宅へと先ほどのメッセージを伝えるべく電話をかけた。まあ、伝えたはいいものの 『朝6時に帰ってくるとは何事だ!?』とか『昼飯食べずにどこ行ってたの!?』とか散々怒られてしまったのは 秘密だ。いや、当然っちゃ当然なんだよな…おかげで思ったより長い電話となってしまった。 ハルヒが一人手持無沙汰になっているではないか…。 電話している最中に気付いたことなのだが、何やらハルヒは首をキョロキョロさせていた。 決して俺の方を見ているわけではなかったらしい。方向としては後ろか…後ろに何かあるのか? と思い、俺も振り返ってみたが…特に変わった様子はなかった。 電話を終えた俺はハルヒに問いかけてみた。 「なあハルヒ、一体どうしたんださっきから?」 「あ、いや、何でもないわよ…」 「さては、後ろ首や背中がかゆくて仕方なかったんだろう?どれ、俺がひっかいてやろう。」 「な、なに許可なく体に触れようとしてんのよ!?このセクハラ!」 「じゃあ許可があれば触ってもいいわけか?」 「こんの…変態!!」 あー、ついには変態呼ばわりか。それはきついな… まあ、お前の緊張をほぐそうと思っての行動だったんだ、大目に見てくれよ。 …… ハルヒが緊張しているのには理由がある。俺も先ほどまでは 単なる気のせいとしか思ってなかったんだが…やはり何かおかしい。 妙に違和感を感じるのだ…俺たちの後ろで。 気配が… …… 単刀直入に言おう。俺たちは何者かにつけられている。 そいつの姿を確認したわけではない。しかし、どう耳を澄ませたって…俺たち二人以外の足音が 後方から聞こえるという、この奇妙な事実…音の反響とかそういうわけでもない。 ただ一つ言えること。それは、早いとこハルヒ宅へと帰還したほうが良さそうだということだ。 さて、家へと着いた。 「早速作ろうっと。」 手を洗い、颯爽とキッチンへと向かうハルヒ。顔は笑ってはいるが…内心はある種の恐怖を 感じているに違いない。もしかして、昼に会ったときから何か様子がおかしかったのはこのせいか? …まさかとは思うが、ストーカー被害にでも遭ってるのか…? …… まあ、その是非を今ハルヒには問うべきではないだろう。あいつは今カレー作りに勤しんでんだ… その熱に水をさすような野暮なマネは…俺はしたくない。とりあえず、聞くのなら 夕食を食べ終わってからでも十分間に合うはずだ。俺も、今だけはこのことを忘れることにする。 …さて、俺は何をすべきか。さすがにハルヒがカレーを作っている横で、一人テレビを視聴するのは 何かこう…罪悪感が…。かと言って、キッチンに入って手伝おうと言ったところで足手まといだろう。 なんせ、食材や調理器具の場所が一切わからないのだから。つっ立ってるだけで邪魔なだけである。 …… まあ、何もしないよりはマシか。手を洗い、キッチンへと入る。 「あら、キョン手伝ってくれるの?」 「ああ。できることがあればな。」 …不覚、エプロンをまとったハルヒに一瞬ときめいた。 「じゃあそうね…このたまねぎとにんじん、じゃがいもを水洗いしててちょうだい! で、これ包丁…暇があるならたまねぎも切っててもらえると嬉しいわ。」 「おう、任せとけ。」 「あたしはナベに油をひいて、あと塩水でも作っとく。」 「塩水??一体何に?」 「いいからいいから、自分の作業へと戻る!」 へいへい。とりあえず水洗いに専念するとする。 …… 大体終わったか…時間もあるし切るとするかな。ハルヒは…というと、りんごを小さくスライスしていた。 …デザート?にしてはやけに小さすぎる。ああ…なるほど、さっき言ってた塩水につけるつもりなんだな。 それでアクをとり、カレーに入れるって魂胆か。…ん? 「ハルヒよ、お前辛いカレーが好きとか言ってなかったか?」 「そうだけど、どうして?」 「そのりんご、カレーの中に入れるんだよな。りんごはすっぱさもだが、同時に甘さも引き出すぞ。」 「ちっちっち、甘いわねキョン、あたしをなめてもらっては困るわ!単に辛さだけを追求するほど、 あたしは単純な人間じゃないのよ!確かに本質は辛さ…でもね、それにちょっと工夫をこなすことで、 辛さの中に甘さを見出せるおいしいカレーを作ることができるの!覚えときなさい!」 何やら言ってることが意味不明だが…とりあえずハルヒさんの情熱に、俺は感銘を受けておくとする。 そんなことよりたまねぎだ…こいつ、目から涙が出るから嫌いだ。何か良い方法はないものか… まあ、臆していても仕方ない、とりあえず切ろう。 …… くっ…涙が… 「キョ、キョン!?何やってんのよ!?」 「何って泣いて…いや、違った。見ての通り切ってんだがな。」 「じゃなくて、どうしてみじん切りしてんのかって聞いてんの!」 あ… ああああああああああああっーーーーーー!! しまった…カレー料理だということをすっかり失念してしまっていた… 「すまんハルヒ…申し訳ない。」 「…ま、いいけど。小さなたまねぎってのも、たまにはいいかもね。」 おや、すっかり怒鳴られるかと思ったが…それどころかフォローまでされてしまったぞ? なぜ上機嫌なのかは知らないが…反動で明日にもアラレが降りそうで怖いな。 「じゃ、今度はにんじんとじゃがいも頼むわね。はい、これ皮むき機!」 すでに中火でナベを熱しているから、おそらくもう少ししたらたまねぎと牛肉、 そしてにんじん、じゃがいもってな段取りか。それまでには間に合わせねえとな。 「おう、今度こそ任せとけ!」 早速にんじんとじゃがいもの皮むきに取り組む俺。 …… ふう…慣れない作業はきついぜ…普段あんま料理などしたことのない身なんで特にな。 ハルヒはというと、すでに俺が切ったたまねぎと牛肉をナベへと入れ、しゃもじで混ぜている段階だ。 こりゃ急がねえと… 「キョン、別に焦る必要はないわよ。それでケガでもしたらバカみたいだし。 何かあったら弱火にすればいいだけよ。」 「お前が俺の心配すんなんて珍しいな。いつもなら『早くしないと承知しないわよ!』とか言うそうだが。」 「へえ…?あんたはそう言ってほしいわけ?そう言ったってことは、そう言ってほしいのよね?」 「すまん。俺が悪かった…。」 やっぱりいつものハルヒだった。 …… よし、なんとかむき終わった。あとは切るだけだ…!おっと、 ここで焦ってはいけない。さっきのたまねぎのような失敗をしないためにもな。 「ハルヒ、にんじんとじゃがいもの切る大きさはカレーの場合、 人によって好みがあるんだが、お前はどのくらいの大きさがいいんだ?」 「そうね…別に大きくても構わないわよ。」 「了解したぜ。」 仰せの通り、俺はにんじんとじゃがいもを大雑把に乱切りする。 「どうだハルヒ!?今度はOKだろう?」 「あら、キョンらしさが出てていいんじゃない?及第点よ。」 キョンらしさって何だ?大雑把に乱切りされた雑な形…なるほど、これが俺らしさか。意味がわからん。 「たまねぎと牛肉の色合いもそろそろ良い頃ね。キョン!にんじん、じゃがいもを入れてちょうだい!」 「おう。」 ジューッと音をたてて食材がナベに転がり落ちる。これは美味いカレーにたどりつけそうだ。 「さーて、今度は……むむ、キョンにしてもらうことは特にもうないわね。」 「そうなのか?」 「ええ。後はあたし一人がナベの番をしてたら事足りるし。」 「そうか…あ、そういやご飯はどうした?」 「あたしが忘れるとでも?昼にとっくに保温済み。いつでも炊きだちで取り出せるわ。 ってなわけでお疲れ様、キョン。リビングにでも行って休んどくといいわ!」 「まあ、やることがないなら仕方ないか。また何か 手を借りたいことがあれば呼んでくれよな。カレー頑張れよ。」 「あたしを誰だと思ってんの?あんたは大船に乗ったつもりで構えときゃいいのよ!」 素直に『うん、頑張るね!』と返せばいいものを…ま、いいか。それがハルヒだもんな。 よくよく思い返してみれば、今日のハルヒはいつもよりおとなしく、そしてお淑やかなほうだったじゃないか…? これ以上ハルヒに対して何かを望むのは、それこそ贅沢というものだろう。 そんなこんなで俺はリビングへと向かい、ソファーに腰を下ろすのであった。 ふう…ようやく一息ついたな。カレーができるまでのしばしの間ボーッとしとくとするか… 何やらいろんなことがありすぎて疲れたぜ…。思えばここ2、3日は随分と濃い日々だったのではないか? 今こそこうやって、ハルヒと平凡にカレー作りを営んでいるが…。 ヒマだしいろいろと回想してみるか。まず事の発端は何だっけか?そうだ、震災で町が崩壊する 夢を見たんだ。それから…ハルヒから音楽活動についての発布があったな。しまった… そういやメロディー作ってこなくちゃいけなかったんだよな。いろいろあって忘れてた。 それから…そうだ、未来には気をつけろみたいな趣旨の手紙を下駄箱で入手したんだっけか。 その後、朝比奈さん大に会って藤原には気をつけろと言われ… …… もしかして、俺たちをさっきつけていたのは藤原…ないしはその一味か? だとしたらハルヒの監視ってことで十分説明もつくな。 回想の続きに戻るが…その後家に帰って寝て…今度は地球が滅ぶ夢を見てしまったと。翌日SOS団で バンド活動に取り組もうとしてた矢先にハルヒが倒れる…それがきっかけで夜緊急集会が開かれたと。 それから…俺は夢の中で過去の自分を垣間見て、目を覚ましたのちに長門と古泉にそのことを話して… …長門と古泉が俺を呼びだした理由、まだ聞いてなかったな。電話じゃなく口頭で話すつもりだったとこを見ると、 それなりに重要性を秘めた話だったのではないかと見受けられるが…。気になる、後で電話でもして聞いてみよう。 で、その後俺はハルヒの家に行き、途中で何かしらの気配を感じながらも家に帰り、そして今に至るというわけだ。 …… ハルヒが見せてくれた三度の夢、そして長門や古泉による解説等のおかげで…大体状況は つかめてきたのだが、いかせん未だ腑に落ちない点が多い。不明なものが多すぎるんだよ…。 例えば下駄箱に入っていた例の手紙。未来に気をつけろってのが何のことなのか…未だにわからん。 『未来』などという抽象的単語はできるだけ使わないでほしいね。無駄に、処理に時間がかかる。 その後朝比奈さん大から藤原に気をつけろと言われるわけだが、じゃあどうしてあんな手紙を入れたのかと 問い詰めたくなる。あの手紙の差出人が彼女じゃなかったのだとしたら、それもわかるが。だが、その場合 一体誰があんな手紙を?誰が何のために朝比奈みくるを偽って俺に手紙を?いや…あの執筆は 前に俺が見た朝比奈さん大と同じだったような気がする…じゃあやっぱりあの手紙は朝比奈さん大が …やめよう。頭が混乱してきた。 他は…ハルヒを気絶させた犯人は誰なのかってこと。朝比奈さん大の忠告を鵜呑みにするのであれば、 犯人は藤原一派だと一目瞭然なのだろうが…そもそもだ、俺自身何かしらのステレオタイプを抱いている 可能性がある。例えば、状況証拠から考えて犯人は未来人だと勝手に決め付けていたが…本当に犯人は 未来人なのだろうか?そうである場合は藤原一派だと断定できるものの、もしそうではなかったら? …考えたって悪戯に頭を疲弊させるだけだな。 後は、長門と古泉が俺に何を告げようとしていたのかってことだ。 まあ、これはさして重大な案件でもないだろう。本人たちに聞けばわかることなのだから。 そして最後は、俺たちをつけていた輩が一体誰なのかという…ハルヒを気絶させたヤツと同一犯と見て 間違いないんだろうが…。とりあえず事態の進展を待つ他ない、か。闇雲に一人で考え込んでたって、 次々と新たな可能性が生まれるばかりでキリがねえ。かといって、真相がわかるまで何もしない というわけにもいくまい。常に冷静に…氾濫する情報の取捨選択に徹して、なんとしてでもハルヒを守り抜く。 それが…今の俺にとっての最善であるはずだ。俺はそう固く信じてる。 「キョン!できたわよ!お皿出すの手伝ってー!」 おお、ようやく待ちに待ったカレーの完成か!今行くぞ。 「「いただきまーす。」」 合掌する二人。 …… 「どうキョン?味のほうは?」 「悪くないんじゃないか。十分食えるぞ。」 …しまった、この言い方では…まるで【ハルヒは料理が下手だとばかり】 と暗に示唆してるようなものではないか!?弁解しておくが、決してそんなことは思っちゃいない。 『涼宮ハルヒ』と聞いて思い浮かぶものは何だ?たいていは奇人変人、天上天下、唯我独尊、ギターボーカル、 スポーツ万能、頭脳明晰…などといった類であろう。俺が言いたいのは、これらのワードから連想されうる限りで 『料理』の要素を含んだものは見当たらない、ということ。つまり、俺はこれまでハルヒに対して…少なくとも 『料理』という項目に関しては、特に明確なプラスイメージもマイナスイメージも抱いてはいなかった ということである。おわかりだろうか?先ほどのハルヒへの返答は、先入観無きゆえの事故なのだ。 「ふーん、無難なコメントをするのね。ま、それも仕方ないか。」 おお、妙に勘ぐられたりしないで助かった…って、仕方ないとはこれいかに? 「例えばこのお肉。これ安物なのよ。」 「そうなのか!?」 「焼き肉とかで使用する高級肉を使えばもっと味も出たんでしょうけどね。財布との相談で、ついカレー用の 薄いバラ肉買っちゃったのよ。ああ、でも決して邪見したりしないでよね!?質による差異こそあれどカレーに おいてはね、牛肉の場合ほとんどはカレー粉との整合性で味が決まったりするんだから!他にもナベに入れる スープだって…本来なら鶏のガラを煮込んだものじゃなきゃいけなかったのに時間との都合で…。でも 一般家庭とかでもね!時間に余裕がないときは代わりに水を使うってのはよくある手法なのよ!?だから」 「わ、わかった!!お前が精一杯頑張ってるってのは伝わったからもういいぞ! そりゃ金銭的・時間的な問題じゃ仕方ねえよ。それにだ、仮にもカレーをおごってもらってる身分の俺が お前に対して文句や贅沢を言うとでも…思ってんのか?んなわけねーだろ。感謝してるんだぜ…本当にな。」 「わかれば良し!」 …顔が少し赤くなってるように見えるのか気のせいか? まあ、いろいろ取り乱したからな。おおかた動揺でもしてるんだろう。 「それにしても滑稽ね…この細かく刻んである小さな物体は。」 いきなり話題変えやがったな…しかも、敢えて遠回しに言うことで俺に何かしらの揺さぶりをかけようとしてる。 「たまねぎ、みじん切りにして悪うございましたね。」 …こればかりはどうしようもねえ。どう見たって俺が悪い。 「それと、泣きながら切ってる誰かさんも滑稽だったかな。」 さすがにこれには反論させてもらおうか。これに関しては何一つ俺に落ち度はない! 相手がたまねぎである以上、この怪奇現象は生きとし生ける全ての者に訪れるものなのであるから。 調子に乗るのもそこまでにしてもらおうかハルヒさんよぉ…。 「そんなこと言っていいのか?ハルヒ。お前もこれを切りゃあ決して例外じゃねえんだぞ?」 「やっぱアホキョンね。そんな当たり前の反駁、聞き飽きたわ。」 …何…?? 「良いこと教えてあげる。たまねぎってのはね、周りの皮をむいたあと 冷蔵庫に10分くらい入れとけば… その後切ったって涙は出にくくなるのよ!その様子だと知らなかったみたいね~」 「何だと!?それは本当か??」 「本当よ。ま、疑うのならヒマなとき家で試してみることね。」 …またまた俺の敗北である。どうやらこいつのほうが俺より一枚上手らしい…って、ちょっと待て。 「ハルヒよぉ…そういうことはなぁ…」 …… 「たまねぎを切る前に言え!!」 「怒らない怒らない、過ぎちゃったことなんだし…もうどうでもいいじゃない。 『過ぎ去るは及ばざるがごとし。』って言うし!」 どうでもよくない!しかもそのコトワザの使い方違う!あ、いや…ハルヒのことだ、 おおかた敢えて誤用してみましたってとこだろう。まったくもって嫌味なやつだ… そんなバカ話をしながら、俺たちはカレーを平らげた。 …… 「それにしても、こういう辛い料理と合わさると麦茶のうま味も一気に引き立つな。」 「確かにそうね。…おかわりいる?」 「お、すまんな。頼む。」 2リットル型のペットボトルから静かに麦茶を注いでくれるハルヒ。その麦茶をすする俺。 …… そろそろ本題に入るか?いや、こういう事は向こうから話してくるのを待つべきなのかもしれないが。 しかし、相手に自分の弱みを見せようとしない…気丈で自尊心の高いハルヒが 安々と悩みを打ち明けてくれる…ようにも思えない。ここは俺から切り出すべきではなかろうか? 「ハルヒ、最近何か嫌なことでもあったか?」 「…え、い、いきなり何??」 揺さぶりをかける俺。 「お前が元気なさそうに見えたからな。ちょっと気になったんだ。」 「…あたしそんな顔してた?」 「ああ。」 「……」 …… 「あんたってさ…ボーっとしてるようで、実は結構鋭いとこがあるわよね。」 …ついに観念したのか、ハルヒは話し始めた。 「…朝方に両親が出てってからね…何か様子がおかしいの…。」 「……」 「最初はただの気のせいだと思ってたんだけどね…やっぱりするのよ…気配が。」 「…気配か。」 「家にはあたし一人しかいないはずなのに…何か音がするの。それも風の音とか暖房の音とかじゃなくて…。」 「…人的な音…か?」 「ええ…そうよ。聞き間違いだと思いたかったけど、確かに聞こえた。でも周りを見渡したって誰もいない…。」 「……」 「笑っちゃうよね、キョン。あたしがこんなこと言うなんてさ…少なくとも、おかしくはないはずなんだけど…。」 なるほど、ハルヒが俺に話をためらう理由がわかった。俺の考えていたような、単なるプライドだけの 問題じゃないらしい。話すことによって俺に【幻聴】や【被害妄想】などと断じられるのが怖かったのだ。 それもそうだろう…音がするのに周りには誰もいない。こういった不可解な症状を継続するようであれば、 たいていの常人はハルヒを【異常者】と決めてかかっても何らおかしくはない。 それをハルヒはわかっていた。だからこそ、俺にも話したくなかった。 「安心しろよハルヒ。お前がおかしいだけなら、俺もお前の仲間入りだぜ。」 「ど…どういうこと?」 「さっき外を歩いててな、俺も同様に何か気配を感じたんだよ。気配というか…人の足音みたいのをな。」 「キョンも!?」 「ああ。もちろん、そのせいでお前が極度の緊張状態に陥ってることもわかってた。 だから…くだらんジョークでも言って気休めさせてやろうと思ったんだがな、すっかり変態呼ばわりというわけだ。」 「…そうだったの。でもあたしは謝らないわよ!人の体を触ろうってのは、理由が何であれ言語道断なんだから!」 「おお、元気出たみたいだな。それでこそハルヒだ。」 「キョン…。」 …… 「その後、あたしは家の中にいるのが怖くなって外へ出ようと思った。遠くて…そして人通りの多い場所へ。」 「…まさかお前が夢タウンまで買い物しに行ったってのは…そのせいだったのか??」 「ええ…本音はね。建前は大安売りって言っちゃったけど。だからね… 家に帰ってきてあんたを見つけたときは正直ホッとした。」 …古泉と長門の話を聞かないでハルヒに会いに行ったのは、結果的には正解だったんだな。 「それからはあんたと行動を共にしたわけだけど…まさか外でも忌々しい気配を感じるとは思わなかった…。」 「スーパーから帰る途中だよな。」 「キョンはさ…あれ、一体何だと思う?人間?幽霊?」 「幽霊はないだろうよ。いつの時代のいかなる怪奇現象も元をたどれば 人為的、ないしは単なる自然現象であることが確定済みだからな。」 「…じゃあキョンはどっちだと思ってんの?」 「常識的にも考えてみろ、あんな自然現象あるわけねえだろうが。これはれっきとした人間の所業だ。」 「じゃあ何?ストーカーとでもいうの??…ワケわかんない!心当たりなんかないのに…」 ストーカー…まあ表現自体は間違ってねえかもしれねえな。 お前に神としての記憶を覚醒させようとする何者かの仕業なんだろうが。 …こればかりは俺一人では手に負えない。外に出て、古泉にでも電話して相談するとしよう。 「ハルヒ…ちょっとばかし外出してくる。」 「!?どうして?」 「いや…家の周りに不審人物がいないかどうか確かめてこようと思ってな。」 「な…!?もうあたりは暗いのよ?危険だわ!」 「安心しろよハルヒ。すぐ戻ってくるからさ。」 立ち上がり玄関のほうへ向かおうとしたら、急に後ろ方向へと引っ張られる。 …ハルヒにジャケットの裾をつかまれていた。 「…本当にすぐ戻ってくるんでしょうね?」 台詞こそ毅然としていた。…だが、その手が震えていたのはどういうことだ?これじゃまるで、 【一人にしないで】と言ってるようなもんじゃないか。その瞬間、胸が痛くなった。同時に、ある種の 苛立ちも覚えた。さっきこんな話をしたばかりだというのに、ハルヒ一人残して出て行こうとする、俺自身に。 「すぐ戻ってくるから心配すんな。」 「キョン…」 できれば俺だってハルヒと一緒にいたい。だが、事態を好転させるには今じっとしてるわけにはいかなかった。 後ろ髪を引かれる思いで、俺は外へととび出した。 …電話をかける前に、有言実行はしておかねばなるまい。 俺は庭や周辺を隈なく歩いてみた。…特に怪しいところはない…今のところは。 「もしもし、俺だ」 「おや、キョン君。無事涼宮さんとは会われましたか?」 「ああ…おかげ様でな。ところで話したいことがあるんだが…」 「僕でしたら、昼あなたとお会いした公園におります。どうせならそこで会話といきませんか? 昼のときと同様、長門さんもそこにいらっしゃいますので。」 目的地に着いた俺。ハルヒのとこから走って2分もかからない距離だ。 「夜分遅くご苦労様です。」 「……」 案の定古泉と長門がそこにいた。 「古泉…そして長門。まさかとは思うが…昼3時くらいに会ってから… 今(夜8時)の今まで、ずっとこの公園にいたんじゃあるまいな…!?」 「そのまさかですよ。ですよね、長門さん。」 「…そう。」 「…マジかよ。よくこんな寒い中5時間以上もいられたな。何かワケでもあるのか?」 「涼宮さんを守るため…と言っておきましょうか。この公園は彼女の家から非常に近いですからね。 何かあったときにもすぐ駆けつけられる距離にありますから。」 「…わかるようでわからないな。ここからハルヒ宅までは…400mくらいはあるぞ。 もっと良い場所があるんじゃないか?塀の近くとか。」 「それでは、通行人から不審者だと誤解されてしまう恐れがある。かえって無駄な事態を引き起こしかねない。」 「長門さんの言う通りです。逆に公園のような場所であるなら、留まっていたところで 別段不審に思われることは ありませんからね。ベンチに座って読書をしたり、弁当を食べたりしているのであれば尚更です。」 なるほど。確かに一理ある…。 「ということは、お前は弁当をここで食ってたわけだな。」 「さすがに飲まず食わずでずっといるわけにもいきませんからね…途中コンビニに出向いたりはしてましたよ。 そんなことより、何か我々に話したいことがあってここに来たのでは?」 「おう。じゃあ、二人とも聞いてくれ。」 …… 「それは恐ろしいですね…。これは僕なりの推理ですが、犯人は自身の存在を情報操作で 隠蔽したのではないでしょうか?実際はそこに存在していても、外部からは姿を確認することはできません。 長門さんのような力を有す人物ならば、いとも簡単でしょう。」 「情報操作?長門のような力?…じゃあ、ハルヒや俺をつけてた野郎の正体は宇宙人ってことか?」 「古泉一樹、その意見には反論させてもらう。」 珍しく異議を唱える長門。どうやら、彼女の犯人像は古泉とは異なるらしい。 「確かに古泉一樹の言う通り、その程度の情報操作ならば 我々情報統合思念体にとっては 造作もない。実行は可能。しかし、音が聞こえたというのであれば話は別。」 音…足音のことだな。 「なぜなら我々は環境情報の改ざんで、一般に有機生命体が移動時に伴うノイズ音をも 外界からシャットアウトできるから。外部に音が洩れるというのは、まずありえない。」 「…言われてみればその通りです。いやはや、長門さんには敵いませんね。」 宇宙人説は消えたか…。 「じゃあ長門、お前はこの件についてはどう思う?」 「…可能性として、ステルス迷彩を考えてみた。」 す、ステルス??って、アレか?光の屈折具合で姿が見えなくなるとかっていう… 「ステルス迷彩ですか。確かに、それを体にまとえば瞬時にして透明人間の出来上がりですね。 もっとも、現代の科学技術ではまだ実用化には至っていないようですが…。」 なるほど、それならばあの足音の説明もつく。だが、実用化されてないとなると…またしても行き詰まりか。 「確かに、この現代においては取得不可。しかし、未来技術をもってすればそれも可能。 今の科学技術の進展具合から推察するならば、そう遠くない未来ステルス機能は実用化の段階に入る。」 …… 「つまり、犯人は未来人。私はそう考える。」 …これほどまでに説得力のある説明をされて異議を唱えるヤツなど、もはやどこにもいないであろう。 長門らしい見事な推理…彼女の手にかかればわからんことなど無いと言っていい。 「長門、ハルヒを気絶させたやつと今回の犯人は…もしかして同一犯か?」 「確証はない。しかしその可能性は高い。」 やはりそうか…まあ誰が相手にせよ、常に警戒レベルはMAXでいるべきだろう。なんせ、電磁波やステルス等 といったとんでも技術を有す連中だ。油断して攻撃を喰らうような事態にでもなればシャレにならん。 「お前らのおかげで大体のところはわかったぜ…恩に切る。」 よし、これにて一件落着…というわけでもない。まだ用事が一つ残ってる。 「古泉、長門、話してくれ。昼に俺を呼びだした際、一体何をしゃべろうとしてたのかをな。」 「「……」」 なぜか無言のままの二人。 「ど、どうした??大丈夫か?」 「あ、いえ…すみません。つい言うのをためらってしまいました。」 ためらう…とは?そんなに言いづらい案件なのか? 「私も、そして古泉一樹も話すことに抵抗を感じているのは確か。」 「長門がそんなこと言うなんてよっぽどだな…でも、お前らは 昼呼び出して俺に話そうとしたじゃないか。何を今更躊躇してるんだ?」 「「……」」 二人は答えない。アレか、話の流れ的に言いにくいってことか?…今俺たちは何の話をしてた? 俺とハルヒをつけてた犯人のことだな。で、それは未来人の可能性が高いってことで話は終了した。 …… 「もしかして、未来に関係するようなことでも言おうとしてたのか?」 「…長門さん、そろそろ話しましょう。黙っていてもラチがあきませんし。 何を話すのか、薄々彼も気付いてるようです。」 「…了解した。」 嫌な予感がする。 「今から我々が話すことというのは」 …… 「朝比奈みくるのこと。」 まあ、そんな気はしてた。昼に長門と古泉に呼び出された際、朝比奈さんの姿だけ見当たらなかった時点で。 「朝比奈さんが…どうかしたのか?」 「今日の午前11時47分、朝比奈みくるがこの世界の時間平面上から消滅した。」 ……なん…だって? 「しょ、消滅って…どういうことだ?!朝比奈さんはどうなったんだ??」 「落ち着いてください!彼女は無事です!」 「午後1時24分、彼女は再びこの時間平面上へと姿を現した。」 「…つまり、今朝比奈さんは普段通りにこの町にいるってことか?会おうと思えば会えるってことか?」 「そういうことです。」 「よかった…。」 俺は安堵の表情を浮かべる。 「って…そりゃまたどういうことだ?つまり朝比奈さんは11時何分かに時間跳躍でもしたってことか?」 「そう。行き先はもともと彼女がいた世界…未来だということは判明している。」 「…なら、特に驚くようなことでもないんじゃないか? 上からの急な指令で未来へ帰ったりとか、大方そんなとこだろ?」 「平時であるなら我々もそう考えます…しかし、今は違います。非常時です。 一か月もしない内に世界が滅ぼされる…この事態を非常時と言わずして何と言います。」 「そりゃ、確かに非常時なんだろうが…だからどうしたってんだ?」 「今のこの世界が滅べば…当然ですが未来も消滅します。 そしてその影響は少なからず未来へも…すでに出始めているはずです。」 「そして今この世界は滅ぶか否かの…いわば分岐点にたたされている。それは、同時に 未来が滅ぶか否かの分岐点とも置き換えることができる。その瀬戸際の時間軸に位置する未来人を 未来へと帰還させるというのはよほどの理由があってのことだ、と私は考える。」 「…お前らの理屈で言えば、つまり朝比奈さんはこの世界、そして未来を救うべく奔走してるってわけだろ? なら、それでいいじゃねえか!なぜ話すのをためらったりしたのか、俺にはわからんな。」 「確かに、ここまでの会話を聞いただけではそう思うのも当然でしょうね。ここからが話の核心なわけですが… では、そんな重大性を秘める時間移動を…彼女はどうして我々に話してはくれなかったのでしょうか??」 …… 「彼女がここの時間軸に戻ってきたのは午後1時24分。その時刻から 今(午後8時35分)まで…伝えようと思えば私たちにはいつでも伝えられたはず。」 「…禁則事項とやらで話ができなかっただけじゃないのか?」 「この世界は危機に瀕してるのですよ。我々だって…最悪の場合死ぬかもしれない。 そんな時期に際してまでも、彼女は我々より【禁則事項】とやらを優先しようとするわけですか?」 「…古泉よ、それ以上朝比奈さんのこと悪く言ったら承知しねえぞ。 あの人が俺たちのことどうでもいいとか、そんなこと思ってるわけねーだろが!」 「……」 「…古泉一樹を責めないであげて。彼は彼なりに頑張っている。 彼と機関の立場を…朝比奈みくるのそれと当てはめて冷静に考えてみるべき。」 長門… 朝比奈さんは俺たちの仲間であると同時に未来人でもある。 未来からの指令は絶対…禁則事項がそれを物語ってる。 古泉は…同じく俺たちの仲間であるとともに機関に属する超能力者でもある。 機関からの命令は絶対… 絶対…? 俺は以前古泉から聞かされた言葉を思い出していた。 『もしSOS団と機関とで意見が分かれてしまった際には… 僕は、一度だけ機関を裏切ってあなた方の味方をします。』 …古泉の俺たちへの仲間意識は相当なもんだったじゃないか。 だからこそ、古泉は朝比奈さんに対して苛立ちを覚えてしまったのか? 仲間よりも未来を優先する素振りを見せてしまった…彼女を。 「すまん古泉…お前の気も知らないで。」 「…いえ、いいんです。僕こそつい熱くなって… 仮にも仲間を悪く言うようなことを言ってしまい、申し訳ないです。」 「…私自身も朝比奈みくるのことは決して悪く思いたくはない。 しかし、まだあなたに伝えねばならないことがある。」 話すのをためらってた理由は…まだありそうだな。 「言ってくれ長門。覚悟はできてる」 「…朝比奈みくるがここの時間軸に戻ってきた午後1時24分以降、 これまでに6回…ある未来人との電話での接触を確認している。」 「ある未来人?一体誰だ…?」 気のせいか動悸が速まる俺。 …… 「パーソナルネームで言うところの、藤原。」 …え?
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「あー、今日もひたすら暑いわね。キョン、あたしも扇いでくんない?」 「自分でやれ」 「ぶー」 「…と言いたい所だがそうだな、 猫耳カチューシャを付けて『あたしはハルにゃんだにゃん♪』と 小動物的かわいらしさを内包した挨拶ができたなら、 嫌というほど扇いでやろう」 「ちょっ!? な、何よその罰ゲームは! やるワケないでしょそんなの!」 「そうか(ぱったぱった)」 「そうよ」 「そうかそうか(ぱったぱった)」 「…ちょっと、キョン」 「ん、なんだ?(ぱったぱった)」 「あたしは『やらない』って言ってるでしょ! どうして扇いでるのよ!?」 「気にするな、特に深い意味はない(ぱったぱった)」 「い、いくら扇がれたって、あたしは絶対やらないからねっ!」 「ああ、分かってるぞ(ぱったぱった)」 「絶対の絶対にやらないんだからね! このバカキョン!」 数日後 「ただいまー」 「おかえりなさいハルヒ。そうそう、あなた宛に宅配便が届いてるわよ、 コスパさんて所から」 「えっ、そ、そう? ふーん…」 びりびりびりり(※封を開ける音) 「また、みくるちゃんって子に着せる新しい衣装?」 「ちょっ!? み、見ないでよお母さん!」 「あら、可愛いカチューシャ。これ、もしかしてあなたの?」 「ちちち、違うのよ、これは! これは、わざわざ買ったんじゃなくて… そ、そう、ポイント還元で貰ったサービス品なんだから、うん!」 「ふうん、そうなの(しばらく離れて様子を見ましょうか)」 「………(じーっ)」 (見つめてる見つめてる) 「………(ささっ)」 (あ、着けた) 「………(ぽい)」 (あ、部屋の隅に放り投げた) 「………(そそくさ)」 (あ、拾いに行った) 「………(ささっ)」 (あ、また着けた)
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カルラ(神族-001) imageプラグインエラー ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (カルラ.jpg) 初出:OBT / データ更新日:20150701 ステータス No. 神族-001 タイプ 英雄 召喚コスト 10 射程 近距離(350) Illust 岡崎 雄人 CV 野首 南帆子 Lv1 Lv20 HP 460 529 AP 54 62 ATK(物理攻撃力) 47 61 POW(魔法攻撃力) 0 0 DEF(物理防御力) 24 34 RES(魔法防御力) 24 35 MS(移動速度) 821 AS 0.77 0.81 口承 口承 長い闘争の果てに故郷たる森を失い、巷間に暮らすうちに武士道に開眼された、エルフ族の女傑でございます。 あたら長寿の保証された命を戦塵にさらし、不慮の犬死にをも莞爾と受け入れ、剣林弾雨をひた進むそのお姿は、私から見ればたいそう好もしく、お美しいと思われます。 噂に聞いた話では、元来、エルフというのは孤高なれども平和を愛した種族なのだそうです。 ですが、彼女の周りに同族の姿を見かけないのは……やはりそういう事なのでしょうか。 アクティブスキル:雲耀の太刀 指定タイプ 方向 効果タイプ 物理ダメージ 消費AP 15 / 15 / 15 クールダウン 10 / 10 / 10 自身が指定方向へ突撃し当たった敵ユニットに物理ダメージを与える。[基本ダメージ:40 / 50 / 60][ボーナスダメージ:+50%ATK] パッシブスキル:雑兵敵せず 指定タイプ ― 効果タイプ 強化 1.自パーティーが遠距離攻撃の敵使い魔から通常攻撃を受けるとHPを回復する。[回復HP:5 / 10 / 15][ボーナスHP回復:+10%POW] 2.自パーティーのHP吸収が上昇する。[上昇HP吸収(%):2.5 / 5 / 7.5] コメント [部分編集] ここにコメントを記述 動画
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【AA出典:御堂筋翔(弱虫ペダル)】┏━━━━━━━━━━━━━━━┳━━━━━━━━┳━━━━━━━━━━━━━━┓ 【名前】:カルラ 【レベル】:40+30 【アライメント】:混沌/悪┣━━━━━━━┳━━━━━━━╋━━━━━━━┳┻━━━━━━┳━━━━━━━╋━━━━━━━┓ 【筋】:10+30 【耐】:10+30 【敏】:10+30 【魔】:40+30 【運】:50+30 【宝】:―┣━━━━━━━┻━━━━━━━┻━━━━━━━┻━━━━━━━┻━━━━━━━┻━━━━━━━┫ 从州州州州州州ムムムマ州州ハ、 .il||'i州| ⅦⅧ仭lレ'イi Ⅵ,州マリ! Ⅶハ ,lili州州l Ⅵ Ⅴ イリ マ|州i州 .,リイⅧ ,. -ミ ミ- .,_ リli !从 !.Ⅶr' ,.‐ .、 ,‐ .、 マ州ミ、 |n | { ノ f } | n}〃 |u | ゙ー-‐′ ''ー‐‐´ | u} ヽ | ´ ` .|ゝ' ,州lハ、 ..._ __. リトミ 〃l|イハ Fエエァvェェェvァエエア ハlムヾ / |リイlilハ人 ノ .ハノルト リ'レイli ヘ ゞエェェェェエア /il{从 ,xィ´ ̄lリ | \` ̄ ̄ ̄´ イ j丿 ヽ fー-ォ 、 ゝ---- く リ''ー-、 _.-‐‐┐ ̄`''‐ヌ、 | マ / │ フ__..一‐-、 _/└┬┘ / .\ .! \ ./ | ス'''" / / 」 ヘ / j ソ レ´ \ / 、 / i / .| \ / `''ー---'" i_ | ー-、 _/ _....--┤ ⌒ヽ / ⌒ j‐--......._ .ハ , =彡三三三| |三三三三ミマ / \ ハ,三三三三.圦 ハ三三三三三 ト、 / \ \ ,.. 辷´三三三三三三゙ 、 /三三三三三三三マ / \ \ _..-‐"´ 圦三三三三三三三 ヽ /三三三三三三三三,'┣━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┫ 【情報収集:50%】【被情報収集:-00%】【礼装作成:140%】 【スキル】 ○八虐無道 (種別:一般 タイミング:常時) このキャラクターはあらゆる呪いや精神に対する影響を受けない。 このスキルは如何なる効果でも無効化されない。 すべては己の道具であり、己の役に立つため生まれてきたと豪語し、信じる精神性。 あらゆる倫理を歯牙にもかけず、ただ己のために外道の限りをつくす。 現在、ジャミラスの集めた負のエネルギーを取り込み、その力が大幅に強化されている。 ○術:A (種別:魔術 タイミング:セットアッププロセス 消費魔力:30) このスキルは複数の効果を持つ。 ・敵陣側が使用するステータス上昇効果を「半分」自陣側にも加えることが出来る。 ・ステータス比較で【魔】が選択された時、自陣側の勝率に「敵陣側の人数×15%」の補正を加える。 ・自陣側が任意で選択したステータスを「+40」上昇させる。 このキャラクターは「やまびこ」の術で攻撃を半分跳ね返し 「津波」の術で敵全体を攻撃し、「雷電」の術で敵一体を打ち据える。 ○姦計:A (種別:一般 タイミング:常時)1/1 “ランダムに関わる行動”を、そのターン中1度だけ振り直させる。 その際、成功率が「-10%」低下する。 この効果は一度使用すると、1ターン使用できなくなる。 他者を陥れる才能。 ランクAならば世界規模で多くのものを不幸に陥れることができる。 ジャミラスを陥れることで、巨大な力を手にしたが…… ●三匹のお供 (種別:特殊 タイミング:常時) カルラは、ガーディアン、ランドアーマー、キラーマジンガという3体のお供を侍らせている。 カルラは常に用心深く、自身の護衛を雇い侍らせている。┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛ +検索時 ┏━━━━━━━━━━━━━━━┳━━━━━━━━┳━━━━━━━━━━━━━━┓ 【名前】:ランドアーマー 【レベル】:40 【アライメント】:中立/中庸┣━━━━━━━┳━━━━━━━╋━━━━━━━┳┻━━━━━━┳━━━━━━━╋━━━━━━━┓ 【筋】:40 【耐】:130 【敏】:00 【魔】:00 【運】:00 【宝】:―┣━━━━━━━┻━━━━━━━┻━━━━━━━┻━━━━━━━┻━━━━━━━┻━━━━━━━┫ / } / } { 、 ./ i! / } /} { \ {_ ,..-‐ /__}‐‐-く⌒V / ′ __ ‘, 、´ ー / i} `{⌒、__/ { \ X__/ ( ) /_} ( )\__7、/} \ \_ く __) _/ ./ /\ } i} ___ {⌒ヽ / V /} {\__{_( )く__/ / ̄ i{ ̄ 、 \__У V/ ./ > _ ̄ ` 、 / i{ \ ( )‘_/ /__7 .r‐ 、\ Y { / ̄ ̄ ̄\ /\ }__ { T6} {tッ‘,{___」、 У / ̄ ̄\ \{ }\__人iXiXiiY 、__/⌒ヽ_人____}”トく/ ̄ ̄\ 、 \ / { \ \iXii{ \ / } }⌒}\\ } } / \__」____}__」ノxi} >――‐=―≦⌒\ ./ i{ } }_」_」∨ iXiXiXiX>‐ミ\___ /´ } }iXiXiXi゛< _ノ ー―  ̄ ̄ 」{ {XiXiXi{ /⌒ヽ 、}‐_く iヒ ノ} ̄ 、_/⌒\__ /「 ̄ ̄ ̄ \ ⌒\八 乂__ ノ }\ ⅥXix} } `ー―――― ^ ー―――'⌒ー‐\≧= 彡Xi_」 、 ノ⌒^ } \^ー ⌒ 、_ 、 < イ /、 ノ \__ 、/\ ´ ̄ ̄⌒ ̄ ⌒ ̄┣━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┫ 【スキル】 ○水系モンスター (種別:種族 タイミング:常時) 自身の【耐】を「+50」上昇させる。(反映済み) また「ブレス」系の攻撃と「風系」「即死系」の攻撃を無効化する。 DQ系の亀系モンスターが属する種族。 ブレス攻撃に耐性をもち、バギ系とザキ系を無効化する。 その特技によって、プレイヤー側の計算をずらしてくる、くっそ厄介なヤツ。 ○大防御 (種別:特技 タイミング:常時) 敵陣によるスキルに対しカウンターで使用。 その効果を『自身の【耐】の数値分』低下させる。 あらゆる攻撃のダメージを大幅に軽減させる。 ●みがわり (種別:特技 タイミング:特殊) 敵陣側の「対人宝具」に対しカウンターで使用。 攻撃ターゲットを、自身に固定して無効化する。 ただし戦闘時、「その他」の位置にいる必要があり、また使用するとこのキャラクターは戦闘から離脱する。 ダメージや効果を自ら肩代わりする特技。 同行者によっては、致命的な事態に陥ることすらままある。 ~未開示スキルを1つ所持しています~┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛┏━━━━━━━━━━━━━━━┳━━━━━━━━┳━━━━━━━━━━━━━━┓ 【名前】:キラーマジンガ 【レベル】:70 【アライメント】:なし/なし┣━━━━━━━┳━━━━━━━╋━━━━━━━┳┻━━━━━━┳━━━━━━━╋━━━━━━━┓ 【筋】:90 【耐】:90 【敏】:90 【魔】:30 【運】:00 【宝】:―┣━━━━━━━┻━━━━━━━┻━━━━━━━┻━━━━━━━┻━━━━━━━┻━━━━━━━┫ ||\ _ ∧ ,,-'/ .|| ヽ \/ | |`''、 | | | |  ̄` | | | | <ニニ! (ニ> |`'´ | ヽ_─ ,,-´ |` .| |_/ iヽ /| | | | | | | .| | ,| | | | _|_| .| | /ニニニニヽ| |. | | ! ///|ヽ\ | |!二二二 | | /. | | | ||_|__j \\, ー-,、| |ニニニニニ| |,,-‐‐// | | | ヽ'!_| ヽ / / | `'''''''''''´ |ヽ ヽ .| | | (--) ヽ_|_,,,、、 .| .| .| | | | | | \ !j,,-‐jj | _ |_ ,----、_.|__ | | | | | ─'´`'-_|<__| | |. ○ .| |_>|_,,,‐´ ∠ ̄'''-、 \ |`'''''''''´| /\ヽム--‐(/三| | </i`! | ` ̄ ̄ | |´ヽ> ||__ 三 | | _,,,-- ! ヽニニニニニ/ ||`'''─,,,,,、''''''''' | | ノ | =ニ,,,,,,,,,,,,j \`ー-‐´ / !!,,,--‐‐ '''' |ニニ,,丿 ヽ,__ `|○|´ ,==、 / | | / ノ ` ´ !! \ |/ /,,,-´ `-┬─‐`'' - _  ̄ / ̄ヽ\/`─_ || \ `─'_/`ヽ ,- ||_ \ ヽ/| < =|_ ̄ ̄''''''フ,,,___ノ__ | ` - ||  ̄'''''''─',,,,,,,,,,!_!__ノ || / \ /  ̄┣━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┫ 【スキル】 ○マシン系モンスター (種別:種族 タイミング:常時) 自身の【筋】【耐】【敏】を「+30」上昇させる。(反映済み) この種族の特製として、複数の状態異常効果を無効化する。 ただし、敵陣側が「雷」系の攻撃を使用してくる場合、その度に勝率が「-30%」低下する。 DQ系の機械モンスターの総称。 即死、マヒ、眠り、毒などの状態異常を無効化し、守備力が高い上に攻撃もきついくっそ厄介な連中。 キラーマジンガは、「機械の姿を借りた魔神そのもの」であり、多くの挑戦者を倒してきた。 ○みんなのトラウマ (種別:必殺技 タイミング:メイン) 自陣側の【筋】【耐】【敏】【魔】のステータスを「1.5倍」上昇させる。 弓を引き絞り矢を放ち、激しくきりつけてくる。 最近はビームとかまで放ってくるため、遠近双方に隙がない。 海底神殿で幾多の挑戦者をぶち殺してきた伝説により、その力が大幅に向上している。 ●二回攻撃 (種別:一般 タイミング:クリンナップ) 「○みんなのトラウマ」をもう一度使用する。 キラーマジンガ様は常に二回攻撃をしてくる。 結果、パーティーは全滅する。 ~未開示スキルを1つ所持しています~┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛┏━━━━━━━━━━━━━━━┳━━━━━━━━┳━━━━━━━━━━━━━━┓ 【名前】:ガーディアン 【レベル】:60 【アライメント】:混沌/善┣━━━━━━━┳━━━━━━━╋━━━━━━━┳┻━━━━━━┳━━━━━━━╋━━━━━━━┓ 【筋】:80 【耐】:50 【敏】:40 【魔】:40 【運】:00 【宝】:―┣━━━━━━━┻━━━━━━━┻━━━━━━━┻━━━━━━━┻━━━━━━━┻━━━━━━━┫ _ \` 、 \ \ ヽー 、 // l\ \ ヽ ヽ / / ヽ ヽ \ 〉 l l 〈 l l \ / l _ ノ ヽ l`ヽ_,ノ | l \ >イ l `ヽ ノ _. l l | l // ヽ l l l'´~ ヽ`ヽ ヽ. / l , -― 、 { {____,,,r ' l ヽー‐‐/ l ,-, ,へ l ∧ | / / / \ 人 \ l \ T / l Ⅵ ∧|,/ / / , -― 、 \/ \ \ lヽ ヽ_l_/ l / |l,/ / /__/ <`ヽヽ ヽ ヽ ll ヽ l l. /. |l ヽ / /ヽ/ , ―< ) ヽ ヽ ノ ノ ノ 人____ノ_,/ _____,ノノl V lヽ ヽ' ヽ l l/ / / / l \___ノ´ l l__l l l 〉' ,-、 ヽ l l/ / / l ヽ ヽ / l l `ヽ ∧ l l , -、 { } } l l / / /\ } \. l l ノヽ_ノ∧ l l l ) ヽノ ,ノ l l ヽ>---< ⌒ヽ`>-<ーrz ヽ_ノ ー'- 、,/ ∧ l l、  ̄r,=ュ イ、 l l ノ< ー {、 ノー‐'´フノ l l_ l´ ヽ} } l ヽ, ,、,、-‐<l l l/ ヽ T /―‐ l、 r ' ノ } ノ l l ー// l_ノ、 l l Y l l l l l三l ノ / 人 人 l l ノVノ ノ l l l l l l l三l  ̄ \ \二二ノ / /\ ∧ l lヽ_ ノ´ l三l \ \ / / l ̄ \ _l___,/ l ̄ l三l \  ̄ / ヽ ノ l l, - 、ノ l三l  ̄ ̄ l l 〈 ノ. l三l `、 ' ´ ヽノVvV、 l三l┣━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┫ 【スキル】 ○デビルアーマー系モンスター (種別:種族 タイミング:常時) 自身の【筋】を「+30」上昇させる。(反映済み) また「ブレス」系の攻撃と「氷系」の攻撃を無効化する。 DQ系のデビルアーマー系モンスターが属する種族。 ブレス攻撃に耐性をもち、ヒャド系を無効化する。 色違いが沢山いるデビルアーマー系の中でも、最上位の強さを持つ。 ~未開示スキルを3つ所持しています~┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛ +ネタバレ解説 【カルラ 解説 】 原作である「新・桃太郎伝説」において、桃太郎は鬼を「倒した」とか「やっつけた」という表現のされ方はされません。 あくまでも鬼を「こらしめる」からこその、桃太郎というヒーローであり、桃太郎伝説とはそうした「お約束」のある世界でした。 そうした「世界」を、真正面からぶち壊したのがこの「カルラ」という異質な存在です。 実際にゲームをやると、徹頭徹尾えげつない手をやりたい放題。 普通のRPGでも中々見ない外道で卑劣な手段を次々と駆使し、最終的には世界を崩壊まで導くというとんでもない奴でした。 ここまでプレイヤーに怒りを超えた殺意を抱かせる悪役というのは、抜群のキャラクターデザインだと思いますよ。 さて、カルラを「こらしめた」意味とか、カルラの出自やコンプレックス。 預けられた鬼の後継者の育成の仕方など、語りたいことはいくらでもあるのですが、 これをやると、汚いアザラシ並に長くなるので、データ解説。 こいつの本領はデータそのものよりも、『 どれだけヘイトを稼いで暗躍するか 』ということになります。 なもんで、まず懐かしき「八虐無道」をもたせた上、「姦計:A+」で判定の振り直しを強要させる方向でデザインしました。 ですが謀略そのものについては、作者が自前で頑張らないと再現できない部分。 死ぬ気で頑張ったのですが、巧く出来ていたでしょうか? また、もともとデザイン的に「部下を使い捨てて、自分は隠れている」タイプなので 強化前はゲームで侍らせていた「右魂鬼・左魂鬼」をイメージして、3匹の護衛の中から2体をチョイス。 強化後は、桃太郎をイメージして「三匹のお供」へと強化して「戦わせる」という方式。 メタルブラックレベルの護衛3体って、考えてみるとエグいね。 ラストにゲームの直接対決で見せてきた「冒頭・術三連打」を再現。 キラーマジンガ様や「かばう」を使えるランドタートルと組むことで、自身のひ弱さをカバーしながら 「やまびこ」の術などで嫌らしく対戦相手の足を引っ張りにかかるデータでありました。 データ的にはいい感じでカルラを再現できたと思います。 これからもガンガン悪い方向に大暴れしてもらうはずだったのに。