約 227,014 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/2209.html
もしハルヒが日記帳、もしくはブログなんかを日々つけていたとしたらどんな文章を書いているのか、まぁ確かめる術はどれだけ権謀術数を極めてもゲーデル命題の如く不確定の問題として終わりを告げてしまうのだろうが、まぁここは読者の特権、言論の自由がブラウン運動並みに行き交うこのブログ空間に、徒然なるままに載せてみようかとか考えた末の、結実した成果がこれである。 キョンなら何と言うだろうか?全く悪趣味なことを考えやがる、とこれを唾棄するのかもしれないが、本当にあるなら見てみたい気がする、と彼の中で悪魔の囁きが首をもたげかけたあたりで、古泉にその心情を見抜かれ、「あなたが見せて欲しいと言えば、見せてくれるんじゃないですか?あなたがたは理想形といっても良いくらいの信頼感で、結ばれているのですから」などと保険会社の営業担当者並みの笑顔を浮かべながら訳知り口調で口走り、タダほど怖いものは無いということの証明となりそうなスマイルだなと、キョンが感想を心の中で一人ごちることだろう。 そんなこんなで、キョン口調を真似た一読者のお送りする『涼宮ハルヒの回想』。挿絵も全く無く更に横書きなため読みづらいことこの上ない感じで、誰にも気取られずにスタート! 『涼宮ハルヒの回想』 あたしはよく、寝る前にふと見慣れた天井を見つめながら考え込む癖があった。最近はもうないけれど、去年の今ごろ、北高に塾に行かず独力で合格してから、周りの本当につまらないクラスメイトたちのお別れ会とかいう互いの思い出作りに奔走する、本当にくだらない集まりに行くのも当然断って、ただ、ひたすら何も起きずに中学生が終わっちゃったことへの後悔と、これからあの北高に行くことへの少しの期待感とが混じり合った、感傷にも似た感情を抱いていた三月の下旬頃は、よく、こんなことを考えてた。ていってもそれは、その時まで考え通しだったことをまた、同じように繰り返していただけだったんだけど。 このまま何も起きずに、変な出来事、宇宙人、異世界人、未来人、幽霊、妖怪、なんでもいいのよ、面白そうなものと何も出会わずに、それなりに人生を歩んで、つまり大人になって、定番の家族ドラマみたいに安定した家庭を築かされて、やることと言えば誰かの世話、日常の人間関係の保全、公私問わず社会が押し付けてくるその他諸々の義務、普通の人が普通にやらなきゃいけないこと・・そういった本当につまらないこと、別にあたしでなくても良いような物事しか経験しないで人生を終えるようなことがあったらどうしようって、ほんと、いつものように焦ってた。焦りの気持ちが心の中で一定量を越えると、あたしは布団の中にうずくまって、早く眠りにつこうとした。夢の中くらいでしか、あたしが触れ得る非日常らしい世界が待っていないことを、どこかで知っていたからなのかもしれない。早く寝てしまおう、寝て起きたら、いつのまにか現実が夢に置き換わっていて、もしかしたらあたしのところにも変な出来事が訪れるかもしれないって。今日も何も無かったことの苛立ちを、夢の中で晴らそうって、考えるようになっていたのかもしれない。 そうした夜はいつものようにやってくるし、朝はまた相変わらずの顔で今日も元気に人生を過ごそうと励ましてくる。外へ出ても拡がっているのは、次元断層の隙間なんて1ミクロンもない当たり前の世界、平凡な日常。空を見てもアダムスキー型UFOの群体なんて飛んでないし、ただ、どこかの唱歌の歌詞にありそうな「雲ひとつなく晴れ渡る青空」が、のっぺりとした顔で眼前に広がっているだけ・・。あたしじゃない誰かの元に、ちっとも普通じゃない、とっても面白い出来事が天賦人権のように与えられている代わりに、あたしのところには安全で、安定した、時間の相対性なんて微塵も感じさせないような絶対的で堅牢な平和が、要りもしないのに日々あたしの上に降り注いでくる。あたしの中学生活の三年間は、そうした絶対的秩序と言う刑務所からの大脱走のために、そのほとんどを費やされてきたって言っても、ほんと、言い過ぎじゃないわね。それくらいに、あたしは「いろんなこと」をやっていたから。ネットで評判になってた、一枚ウン千円もする霊験あらたかなお札を、親父に小遣い前借りして三ダースほど購入して、教室の窓全てに貼ってまわったり、七夕の日に校庭で、「あたしはここにいる」って意味の、地球外生命体にも見えるくらい大きな絵文字を石灰で描いてみせたり・・。そう、このとき、校庭にやってきた男・・あれ、何て名前だったっけ?・・北高の制服を着た、あたしの絵文字製作事業を手伝ってくれた男が、あたしの中で唯一の「おもしろいこと」への鍵だった。あいつは未来人、宇宙人、超能力者、異世界人について、何故だか知らないけれど知っているように思えた。ただ、あたしみたいな中学生のくだらないたわ言を、そこらへんのくだらない大人やクラスメイト達みたいに言葉面の上で同意しておいてあたしのことを避けるような態度には、少なくとも思えなかった。 なにより、あたしの本当に端から見たらばかげてる絵文字製作を、あの男は無駄口叩きながら、でも、真剣に手伝ってくれた。あたしは最初、手伝ってくれるとは思っていなかった。当然でしょ?いきなり誰だかわからない女の子に、そんなことを手伝えっていわれたら、普通は親御さんを探すか、家は何処かとか、聞いてくるはずよね。もしくはあたしの言葉に苦笑いして、じゃあねと手を振るか、そんなことしても変わるわけない、宇宙人なんて、NASAの丁稚上げで、未来人に至っては、ネタ的に面白いから、小説の物語を進めるためのファクターとして流行しただけなんだよって、日常的な言説を持ち出して説教したりするのが、考えうる一般の人の対応だと思うの。 あの男は、あたしの言葉を受け止めるのでもなく、説教するわけでも、話題をそらすわけでもなくて、ただ一緒に、世界を変える行動を手伝ってくれた。それがあたしにとっては、一番嬉しかったことだった。 あたしは、世界が面白くなる行動を起こすんだって思っていた。世界に、あたしはここにいるんだって、訴えたかったのよ。でも・・もしかしたら、世界に訴えたかったんじゃなくて、ただ、誰かと一緒に、「何か」をしたかっただけなのかもしれない。「あたしの世界」は、あたしだけじゃ変わらない、誰かと一緒に、何かをやることで面白くなるのかもしれないって、あの数十分間の間に、少し思った。 それが、SOS団を作る素地になっていたのかも・・しれないけど、 よくは分からないわ、北京で蝶が羽ばたいたからなのかも、しれないしね。 あのときの感じを、信頼してよかったなって、ほんと、今なら言える。あのときの感触を信じて、わざわざ山の上にある県立の普通レベルの北高にいったからこそ、あたしは萌え記号の塊みたいなみくるちゃんに会えたし、無口キャラで眼鏡っ娘の有希とも会えた。入学してまもなくの五月に転校してきた謎の転校生の古泉くんとも、北高に行ってなかったら会えるわけも無かっただろうしね。まぁ、キョンは別になんでもないんだけど、あいつがぐだぐだ垂れた説教が無かったら創部っていう手段を考え付かなかったかもしれないし、SOS団結成も無かったのかもしれない・・なんていうのは、ちょっと、いえ、かなり誉め過ぎね、キョンはただの団員、それ以上でも以下でもないんだから。SOS団が結成されたのは必然なのよ、シュレーディンガーの猫みたいに観測者の存在なんかで確率論に堕さない、これだけは変わらない、唯一つの真実なの!神様がサイコロを振ろうともね! ――三月下旬、SOS団団長涼宮ハルヒ、記す。
https://w.atwiki.jp/chaosdrama/pages/3570.html
《キルラ()/Kill-la》 アイコン ゲスト 性別 男 性格 残忍 能力 体の部位を武器に変化する能力 「んさあ、混沌なる殺戮祭典(ジェノサイド)をおっ始めようぜ。」 『LaSt wAr【光明】編』のみに登場した幻のキャラクター。 キルビスとモララーが合体(フュージョン)した姿。 外見は藍の短髪に猫耳が生えており、ファーの付いた黒いロングコートに同色のズボンを着用している。 性格は残忍で荒くれ者。過去のキルビスの毒舌さとダーク時のモララーの殺戮感情にも似た残虐性を併せ持ち、 視界に入る者を「目障りだ」と睥睨し躊躇なく猛攻を仕掛ける。 戦闘力 レイラー(レインド&モララー)の光速移動には劣るものの、神速で移動することができる。 また、レイラーの光速移動はコントロールに若干のブランクが生じるのに対し、キルラの神速移動は全く無駄のない動きを物にする。 キルビスの、身体の部位を武器に変形する能力は健在であり、通常よりも高い練成術を誇る。 二人の能力を併せ持つこの状態は個人の力量を遥かに凌ぎ、七神衆のゼネア(B∞M)と互角以上に渡り合うことができる。 技一覧 アサルトドライブ 神速移動で敵に大激突する。 その速さを捉えられることはできず、大気を貫くことで空中で亀裂現象を引き起こす。 デルタニッククロス 標的の周辺を△状に神速移動した後、一定時間遅れて凄まじい斬撃が標的を完膚なきまで切り刻む。 00(ダブルオー)ガトリング モララーの“TURBOガトリング”を片手で、1秒間に1000回以上繰り出す。 キルズカノン 一度(ひとたび)放てば大地をも震撼させる赤いエネルギー弾を解き放つ。 凄まじく絶大で星の四分の一を瞬く間に消し飛ばすほどの威力を誇る。 劇中ではエネルギーを溜めこみ、星そのものを破壊するほどのフルパワーで放とうとしたが、時間切れによる分離で不発に終わった。 関連ページ キルビス モララー 融合 関連画像 コメント 名前 コメント すべてのコメントを見る
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1601.html
おいおい、何なんだこれは…………… やれやれ、非常識な事に慣れたとは言えこれはパニックになるぞ。 俺は額に手をやり、ため息をついた。 朝、今日は妹のうるさい攻撃が無いなと思い。 やっとあいつも大人しくなったかと思って体を起こすと、毎朝見慣れている俺の部屋ではなかった。 かといって閉鎖空間っぽい雰囲気の学校に飛ばされたわけでもなく、 時間を越えたわけでもないし、別世界に行ったわけでもなさそうだった。 上の3つはまぁ、俺の希望的観測であるだけな訳だが。 目の前には見る限り生活感のない殺風景な部屋、俺が知る限りでは長門の部屋以外には考えられなかった。 なんで俺がこう皮肉臭く言っているのかというのであれば、体がどうもその部屋の主の姿になっているようだったからだ。 そう、俺は長門になってしまったらしい。 俺が長門になっているなら、俺はどうなっている。 そう思った俺は、学校に登校することにした。 どうやら長門は制服のまま寝ていたようで、着替える手間がかからなくてありがたかった。 学校に着いた俺はすぐさま、俺がいるはずの自分のクラスへ足を向けた。 教室をのぞくと、その席は空席のままだった。 教室で話しているやつを捕まえて、聞いてみたが 「まだ来ていない」との事だ。 ついでにハルヒも来ていないかと聞いたが、同様の返事が返ってきた。 とりあえず、この状況を打破したい俺は教室から背を向け。 その足をいけ好かない笑顔の超能力者のいるクラスへ向けた。 1年9組に足を運んだ俺は、古泉がいるかと教室の入り口側に立っていたやつに聞いた。 「あー、古泉君?いるよ、ちょっと待っててね」 そういうとそいつは、古泉くーん女の子が呼んでるよーと叫びながら 古泉の場所へ向かっていった。 目の前に来た人物は、いつものへつら笑いをせず無表情のままであった。 それをみて俺はこの非常識な現象をあと3回見るのであろうなと盛大にため息をついた。 「お前は長門か」 「……………」 しばし沈黙の後、ある意味もう見ることのできないであろう 無表情の古泉はこくんと頷きこう言った。 「…………そう」 「とりあえず、昼に部室に行こう ほかのやつらもどうなっているかわからないしな」 「……………」 古泉の姿をした長門は、もう一度頷きおそらく古泉の席であろう場所へ戻っていった。 それを見届けた俺も長門の教室へ行き、教えてもらった席へ座り一通り授業を受けた。 幸か不幸か、普段から無口な長門の振りをしたまま授業を受けるのはそう難しくなかった。 授業の合間の休憩時間にもクラスメートから話しかけられる事は皆無だ。 休憩時間中に自分のクラスに行きたい衝動に駆られたが。 時間が短いこの時間ではやれる事も少ないので、昼休みまで俺はじっと我慢をした。 4時間目のチャイムが鳴り終わったあと、席を立ってすぐさま部室へと足を向けた。 長門ととりあえず話をするためだ。 まぁ他のメンツにも異常が起こっているなら、部室へ来るだろうと思ったのもあるわけだが。 部室を開けようとドアノブに手を触れようとした時こちらに向かって走ってくる人物がいた。 朝比奈さんだが、何かが違う。 「有希~~~~~!大変よ大変!!」 大変と言いつつもその目はキラキラと輝いている、この顔をする人物を知っている。 「あたし、みくるちゃんになっちゃったみたい!! もしかして、有希も違う誰かになったりしているの!?」 息を弾ませながら、こちらを見る。 たしかに、朝比奈さんはこんなハイテンションにならないからな。 こんな朝比奈さんを見るのも、おもしろいがそれではダメだ。 俺の朝比奈さんはおっとりしてて、ちょっとドジで、ほんわかとした笑顔を振りまいてくれる朝比奈さんじゃないといかん。 ハルヒ……………、お前は朝比奈さんになったんだな。 「って、キョン~~~~~!?」 朝比奈さんの姿で絶叫した声は、外で歩いている人物がビックリするほどの大きなものだった。 「なんでこうなっちゃったのかしらね!!」 「キョンと私と有希が入れ替わったって事は、古泉君とみくるちゃんも変わったかもしれないわね!」 「そうだ!みくるちゃんの格好だし、コスプレしてみようかしら!」 etc、etc……… 弾丸のように朝比奈さんの声で、俺の耳に入ってくる。 長門は姿が変わっても、部屋の隅で本を読んでいる。 古泉の姿でやられるのは、不気味とも思えた。 やれやれとため息をついていると、ガチャと扉が開いた。 入ってきたのは妙におどおどしてなみだ目のハルヒと、いけ好かない笑顔をしている俺だった。 「ふぇぇ………、一体どうなっているんでしょう」 泣きそうなハルヒ、いや朝比奈さんか。 一生で見られるか見られないか判らないような珍しい光景を今日一日で一生分見たような気がしてきた。 「いやはや、これは5人が入れ替わってしまったみたいですね」 俺の姿をした、古泉は笑顔を崩さずにそう言った。 どうでもいいが、俺の顔でそんな顔をすると気持ち悪いからやめてくれ。 「おやおや、と言われてましても困りましたね」 「そんな事どうでもいいじゃない!! いまはどうやって元に戻るのかが大事よ! みくるちゃんの体もいいけど、やっぱ自分の体が一番だしね!」 と会話しているところに、ハルヒが大きな声でみんなを制す。 「おい、これは一体どういうことなんだ」 俺は小声で古泉に話しかける。 「さぁ、僕にはわかりかねますが。 おそらく何か外因的な要素の所為で入れ替わってしまったんだと思います」 俺はその外因的な何かが何なのかと聞いているんだが。 「詳しい事はわかりません、涼宮さんが願ってしまってこうなったのかもしれませんし。 精神を入れかえてしまって、涼宮さんの能力を無効化してしまおうと情報思念体の急進派が行ったことかもしれません」 俺は本を読んでいる、長門の方に体を向けた。 「お前はこの現象はどうなのか説明できるか?」 「……原因不明。 情報思念体とコンタクトも取れない」 じゃあ俺が取れるってか? 「おそらくそれも不可能………。 長門有希としての個体能力は、一般人並になっている。 そのため情報思念体としての能力は使えない」 「なるほど、長門さんの精神を別の固体に入れることで能力を封印させているわけですね」 古泉がそれに返答をする。 長門なら何とかしてくれると思っていたんだが、この分だと古泉の超能力にも朝比奈さんの力も使えないんだろう。 その事実に俺は愕然とした。 「何こそこそ話してんの!! とりあえず、ここでグダグダやっていても仕方ないし放課後にもう一回集合しましょ!! じゃあ授業終わったら、みんなここに集合ね!」 わくわくした様子のハルヒがそう言って、みんな部室を後にした。 とりあえず午後の授業を受けて、今後のことを相談するんだそうだ。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5820.html
俺は目を覚ました。 ん?ここは… 俺の部屋だ。 携帯で時刻を確認する。 ……14時20分… なんと、俺はこれほどまでに爆睡してたというのか。いや、違うな…昨夜はファミレスでSOS団メンバーと ずっと話してたんだっけか。そして寝たのが朝の6時くらいだったことを考慮すると、然しておかしなことでもないな。 …そういや、俺は先ほどまで船上にいたんだよな。そして、ハルヒからいろいろと悩みを打ち明けられたんだ。 いつもの俺なら【あれは夢だ】と断じてそれで終わりだろう。が、今の俺には到底そうは思えない。 おそらくあれは実際に起こったことなんだ。あの世界の【俺】が最後に泣きこぼしてた言葉が… 鮮明に頭に残ってる。転生…即ち生まれ変わるって意味だが、一般常識で捉えた際に、まず前世の記憶は なくなるというのは間違っていない。つまり、本来なら2012年という時代に生きる俺が過去の【俺】の記憶を 取り戻すなんてことは絶対にありえないのだ。そのありえないことが現に起こってしまっている。 言わずもがな、ハルヒの能力があってのことだろう。連日俺が見た夢…いや、正しくは 実際に未来で起こりうる最悪のケース、そして世界が崩壊する様…それらをハルヒは無意識の内に 俺に見せてくれた。ならば、俺がさっきまで見ていたあの世界の記憶も…造作ないことなのであろう。 『普通の一人間として生きたいから、神に通じる能力は全て消し去りたい』そんな趣旨のことを ハルヒは言っていた。だが、ヤツのそういうとんでもパワーがなかったら、そもそも俺は過去の【俺】と… いや、俺だけじゃない。過去のハルヒのこともそうだが、一生知らぬまま生きていったに違いない。 そう、何も真相を知らぬまま… だから、俺は深く感謝したい。過去の記憶を垣間見ることができたハルヒの能力に。 …… ん?電話だ…古泉からか。何の用だろうか…まさか…!? 「もしもし!」 「おや、さすがにこの時間帯となると起きてらっしゃったみたいですね。ぐっすり眠れましたか?」 「俺のことはどうでもいい!それより何の用だ?ハルヒに何かあったのか!?」 「いえいえ、別にそういうわけではないですよ。とりあえず落ち着いてください。」 取り乱すような由々しき事態ではなかったらしい。とりあえず腰を下ろす俺。 「少々あなたとお話したいことがありましてね…急で申し訳ないのですが、 今から学校近くの公園に来てはいただけませんか?すでに長門さんもいらっしゃってます。」 「ん?昨日のことで何か話し足りないことでもあったか?」 「まあ…そんなところですね。」 今電話で話せよ…と言いたくもなったが、長門もいるとなると話は別だ。 おおよそ専門的なことでも話すのだろうから、みんなとしたほうが都合が良いって流れだな。 三人寄れば文殊の知恵…いや、ちょっと意味が違うか。 「そうそう、俺のほうでもお前らに話したいことがあったんだよ。だからちょうどいい。」 「そうなのですか?それは楽しみです。」 もちろん話すこととは、【あの世界の記憶】である。 真相を語ってやるのは、これから協力していく仲間にとっては当然のことであろう。 「じゃ、すぐ行くから待ってろよな。」 電話をきって、ただちに着替える俺。腹ごしらえに朝飯…いや、今は昼だから昼飯と言うべきか。 昼飯でも食ってから行こうと思ってたが、いかんせん目覚め時なんでいまいち食欲が沸かん。 まあ、後回しにしてしまっても大丈夫だろう。死ぬわけじゃないしな。 洗顔、歯磨き、髪の手入れ…とりあえず、最低限の身だしなみを整えた俺は 自転車に跨り、公園へと走るのであった。 「よう、待たせたな。」 「いえいえ、むしろ急に呼び出したこちらが悪いんですから。」 「……」 とりあえず、ベンチに座る俺たち三人。 「…昨日は眠れた?」 「え?」 「昨日は眠れた?」 なんと、長門さんが人間味ある暖かい言葉を俺に投げかけてくれているではないか。 「ああ、大体8時間睡眠ってところだな。ぐっすり眠れたぜ。」 「そう…よかった。」 「それで、そんときに見た内容なんだがな…。」 俺は記憶の一部始終を話した。 …… 「「……」」 長門はともかく、古泉まで黙ってしまっている。あまりの内容に面喰ってしまったのだろうか。 「これは…素晴らしいですよキョン君。涼宮さんのお気持ちがこれでようやくわかったのですから… 自称涼宮さんの専門家としては、情けないことこの上ないですけどね。」 「…私もここまでは把握していなかった。 涼宮ハルヒのカギたるあなただからこそできた所以。感謝する。」 「いやいや、感謝とかそんな大袈裟な。」 だが、長門と古泉の言いたいこともわかる。確かに俺たちは昨日涼宮ハルヒの軌跡を辿っていたわけだが、 あくまでそれは史実…つまり単なる事実に過ぎなかった。その過程の中でハルヒがどんな思いで 神の代行者として奔走していたのか…それを無視して結果論にしがみつくだけでは、 事実こそわかれど真実には到底辿り着けないだろう。 「それにしても驚きです。まさかあなたの前世がノアの一族の一人だったとは…。」 「なあ古泉、まさかとは思うが…もしかしてこれはアレか、 いわゆる世間一般で知られてる【ノアの方舟】ってやつなのか??」 「その通りです。旧約聖書の『創世記』、6章-9章に出てくるかの有名な洪水伝説のことですね。」 「あの洪水がまさか第三世界崩壊時のそれだったとはな…って、ちょっと待て。そういやノアの方舟って… あれは神話じゃなかったのか??もっとも、記憶を確かめた今となっては今更な疑問かもしれねえが…。」 「確かに、神話と捉える説が学会では有力です。しかし実際は…、長門さんお願いします。」 「【ノアの方舟】で知られている大洪水は…約3000年周期で地球を訪れる地球とほぼ同じ大きさの氷で 組成された彗星天体Mによるもの。地球軌道に近づくにつれ、天体Mは水の天体となり、地球に接近した時には 大音響と共に地球に約600京トンの水をもたらした。その津波は直撃地点付近で8750メートルとなり、 地球全域を覆い、地球上の海面を100メートル以上上昇させた。」 …… 実際にありえたってことかよ… 「3000年周期で地球を訪れる…これ自体は単なる自然現象であって涼宮さんの力とは 何ら関係なのでしょうが…問題は、それが地球軌道に大接近してしまったということでしょうか。」 「つまり、それが涼宮ハルヒこと、神の力によるものだと。」 「そういうことですね。それと、その話を聞いて2つ、わかったことがありますよ。」 …新たな情報を入手した途端にこれか。相変わらず、その理解力には脱帽と言っておこうか。 ヤツがわかったということは、おそらく長門も気付いてるんだろう。 「1つはフォトンベルトの正体…といったところでしょうか。」 「正体?どういうことだ??」 それについては散々昨日お前たちが説明してくれたじゃないか?まさか、またあのバカ長い 理解不能な 難解講座を受けるハメになるんじゃなかろうな…?それだけは勘弁してもらいたい… 「まあまあ、そう陰鬱そうな顔をなさらないでください。さすがに一から フォトンベルトの定義をしようなどとは思っていませんよ。話はごく単純です。ねえ?長門さん。」 「そう。」 まるで答えが決まってたかのごとく、長門は即答した。古泉もそれを確信していたようだし、なんとも凄まじい ツーカーの仲だな…頭の回転が速い者同士、ゆえの結果なのだが…そういう意思疎通能力が羨ましくもあった。 ちょっとでいいから俺とハルヒにも分けてほしいもんだな。というか、とりあえず話は単純そうで安心した。 「昨日長門さんがおっしゃったように、本来フォトンベルトというのは涼宮さんの力無しでは物理的には 存在しえない…しかし、そんな涼宮さんの意志とは別にフォトンベルトに近しい何かが接近している、 というのもまた事実でした。」 そういやそんな話だったな。 「僕が言いたいのはこの『近しい何か』の部分です。これについて、僕も長門さんも予兆こそできていましたが… ただ一つ、肝心な涼宮さんとの関連性が…どうしても見いだすことができなかったのです。なぜこんな得体の 知れないものが涼宮さんの意志とは別に存在しているのか?最大の謎でもありましたし、同時に戦慄さえも 感じていました。しかしここで大切なのは…涼宮さんは神というよりはむしろ、その代行者的性格のほうが 強かったということです。特に、あなたと出会ったときがそのピークだったといえるでしょう…精神的な意味でもね。 彼女自体は世界崩壊を望まないどころか神そのものに嫌悪さえ感じてたわけですし、 なれば涼宮さんと神は全く別の、独立した存在だと考えても差し支えはないわけですよね?」 古泉が確認をとるように聞いてくる。まあ…そうなんだろうな。というか、間違いない。 ハルヒと神が全くの別々の個体だということはまさに、俺がハルヒに対し説いた言葉そのものなのであるから。 「一方は世界の崩壊を望み、一方はそれを望まない。相殺されてるように見えますが… しかし、どう考えても力は神本体のほうが強いはず。すると、どうなりますか?」 「!」 ようやく気付いた。というか、なぜあのハルヒとの夢を見てこれに気付けなかった? それもそのはずなんだ、だってハルヒがそれを望まなくたって… 「宇宙のどっかにいる神が、勝手にフォトンベルトを作っちまうってことかよ??」 「その通りです。」 …なんてハタ迷惑な話なんだ…。 「しかし、かといって神の思い通りになる…というわけでもない。」 ここで長門が口を挟む。 「どういうことだ?」 「確かに、数値的にも総合的にも神の能力が涼宮ハルヒのそれを上回るのは明白。だからといって、 涼宮ハルヒの力そのものがゼロになったというわけではない。少しながらでも神に影響を与える。 その過程が、結果として不完全な疑似フォトンベルトを作り上げるのに至ったのだと、私はそう考えている。」 「…それが『近しい何か』の正体だと?」 「そう。」 なるほど、聞いてみれば確かに単純だった。しかし…神からしてみればそれは計算外だったんだろうな。 ハルヒの能力だって、元々は神がハルヒを代行者として縛りつけるための代物だったはずだ。それが、 まさかめぐりめぐって自分の首を絞めることになろうとは。滑稽とは、こういうときに使う言葉なのかもしれん。 「それと、これは憶測ですが…佐々木さんのことです。」 …… 古泉よ…急に話題を変えるのは無しだぜ?予想外の人物の名前に、 思わず心臓が跳ね上がりそうになったじゃないか!!? 「おいおい…どうしてそこで佐々木の名前が出てくる??」 「あなたは一連の話を聞いてみて思わなかったのですか?彼女のことを。」 「いや、だから俺には意味が…。」 …そういえば。なぜあいつがハルヒと類似した能力を有しているのか、それについて俺は今まで考えたことが あったろうか?ハルヒの能力、いや、ハルヒの正体が明らかになった今、当然ともいえる疑問が佐々木に向かう。 ヤツは一体何者なのか?という問い…どういうことだ?あいつも代行者なのか??いや…ハルヒから 自分以外にそういうのがいるなんて話は聞いたことがない。じゃあ何なんだ??まさか… 「まさかとは思うが…神が自分の言うことを聞かないハルヒを見限って、別の新たなる 代行者的存在として佐々木を選んだとか、そういうオチじゃねーだろうな!?」 そんなことになったらどうする…??佐々木がハルヒの前に立ちふさがることになるのか!? 当然、ヤツが全面に出てくれば橘、周防、藤原たちとも衝突せざるをえなくなる。ちょっと待て、 まさか藤原はこのために暗躍を…などと、底なし沼のごとくどんどんネガティブな方へと 発想をめぐらしていた俺を…古泉・長門の一言が現実に引き戻す。 「ははは、それは考えすぎというものです。」 「そこまで思いつめる必要はない。」 「……」 脱力する俺。しかし、次の瞬間にはこう言っていた。 「よかった…。」 当然だろう?最悪ともいえるケースが否定されたんだ。歓喜の一言も言いたくなるさ。 「というか、それまたどうして?なぜ2人はそう思うんだ?」 「落ち着いて考えてみればわかると思いますが…誰かを自分の傀儡に仕立て上げ、それを操るというのは まさに人間の発想ですよ。長門さんの話を聞く限り、神には創造・維持・破壊の3概念しかないように思われます。 大方、細かいことは全て涼宮さんに一任していた、と言ったところでしょうかね。いや、そもそも概念なる存在が あるのかどうかも疑わしい。生き物というよりは、一種のプログラムだと見なしたほうがいいのかもしれません。」 そう言われればそうだが…少し抽象的なような気もするぞ? 「長門はどう思うんだ?」 「人間的行為の是非は私にはよくわからない。しかし、古泉一樹のそれとは別に、私には考えうる理由がある。 内面的にも外見的にも涼宮ハルヒと神は互いに独立した存在とはいえ、それはあくまで最近の話。 元々は、双方は一つの存在だったはず。客観的役割で見れば彼女は代行者といえるが、 実質はもう一人の神、分身といってもいい。裏を返せば、それこそが代行者たる資格だといえる。」 「つまり、神の代行者というのは涼宮さん以外には存在不可能というわけですよ。 彼女の記憶から自分以外のそういった存在がなかったことからも、それは明らかです。 もちろん、佐々木さんがその縁者というわけでもありません。彼女はごく普通の一般人ですから。」 『彼女はごく普通の一般人』それをすぐさま確かめたかったのか、俺は長門に食いかかっていた。 「長門!それは本当か!?あいつは… 一般人でいいんだよな??」 「彼女は一般人。涼宮ハルヒと似た能力こそ持ち合わせているが、 私たちのような特異的存在とは明らかに異なる。」 「…そうか。」 …安心した。ひどく安心した。どうやら、佐々木は本格的にこの事件には関わっていないらしい。 これだけでも、俺の中で1つの不安材料が消えた。あいつをこんな得体の知れない事件に、 巻き込みたくはなかったからだ。しかし、そういうわけで結局話はふりだしに戻ってしまう。 「じゃあ、一般人なのなら、あの能力は一体どこからやってきたんだ?? まさか、自らそれを習得したわけでもあるまいし…。」 滝に打たれ、四書五経を丸覚えし、断食をし、仏道修行に励み等…様々な苦行を重ねたところで、 とてもではないが閉鎖空間構築といったトンデモ能力が開花するとは思えん…ましてや佐々木が そんなことをしてたなんて話聞いたことない、というか、個人的願望としてそんな佐々木は見たくない。 「結論から申しますと、彼女の能力は涼宮さんにより分け与えられたものなのではないか、僕はそう考えてます。」 「は??」 過程をすっとばして結論だけ聞く、その恐ろしさをまじまじと体感できた瞬間だった。 『ウサギとカメが競走しました、結果カメが勝ちました、めでたしめでたし。』 と、先生に二言で昔話をしめられた幼稚園児のごとく心境だったと言っておこうか? 「おっと、少し誤解があったようです。正確に言えば、涼宮さんにその意図はないわけです。 分け与えたという表現も不適切でしたね。水平面下で望んでいたというのが正しいです。」 「いや、訂正されても意味わからんが…というか、ますますわからなくなったんだが!?」 長門ーッ!助けてくれーッ!!と、期待をこめ彼女を見てみる。しかし 「心理的領分というのは私にとって専門外。残念ながらあなたに助け舟を出すことはできない。」 と一蹴されてしまった。まさか長門でもわからないことがあったとは…って、ちょっと待てよ?心理的領分?? 「もしかして古泉、お前は憶測だけで佐々木のことを言ってるんじゃあるまいな?」 「だから最初に断っておいたじゃないですか。これは憶測ですが…と。」 確かにそんな記憶がある。しまった、やられた… 「まあまあ、そんなに悲観しないでください。僕だって何も無責任にこの持論を展開しているわけではありません。 確固とした根拠こそありませんが、この推論でいくならば佐々木さんの能力についてもすんなり説明が 通りそうなのですよ。もちろん、証拠がないので可能性の1つとしてしか成りえないのもまた事実ですが。 とりあえず、非難されるのは聞いてからでも遅くないと思います。」 …そこまで言うからには聞いてやろうじゃないか。 やれやれといった表情で、とりあえず俺は首を縦に振ってやった。 「ありがとうございます。では、お話ししますね。まずは…いつから佐々木さんにその症状が現れ始めたのか という点について。それは4年前、あなたが過去へ時間遡行し中学時代の涼宮さんと会われたときだと 考えてます。そして、そのとき彼女の意識に何らかの変革が起こった。」 ああ、例の七夕の日か。そういや、あのときからハルヒはすでに団長様だったな。 俺を不審者だと罵ったり、白線引くのにコキ使ったりだとか…とにかく忙しかった印象しかない。 「で、ハルヒの意識がどうしたって?っていうか佐々木との関連性が見えんぞ。」 「あの世界の夢を見て、まだお気付きになりませんか?彼女からすれば、あの出会いは 一種のターニングポイントです。いかにそれが重要で衝撃的なものだったか…あなたにはわかるはずですよ。」 「……」 鈍感な俺でも、さすがに古泉の言わんとしてることはわかる。 ------------------------------------------------------------------------------ 「言葉通りの意味よ。あんたも転生できれば…!」 「ちょ…ちょっと待て。それは神と縁あるお前だから成せる技であって俺みたいな人間なんか…」 「そうね…でも、やってみる価値はあると思うの。…まあ、どれほど無謀な行いかってのはわかってる。 仮にあんたをあたしと同時代に転生できたとしても世界は広い…会えなきゃそれで終わりよ…だから、 そういった意味では可能性はゼロに近いのかもしれない。でも、あたしは諦めない。神の束縛に甘んじて 自身の意志で生きることを諦めていたあたしに…勇気をくれたキョンのことを、あたしは絶対諦めたくない!」 ・ ・ ・ 「言わんとしていることはわかるさ、そこまで俺も鈍くない。それでもし 何か悪いことが起こったって…そんときはその世界の俺がきっとハルヒを助けに来るはずだ… だからさ、お前は安心して転生に専念してりゃいいんだよ。」 「キョン…ありがとう。」 …… 「神の代行者としての最期にあなたのような人間に出会えて あたしは幸せだったわ…!次の世界でも会えるといいわね…いや、会いましょう!」 ------------------------------------------------------------------------------ 気が遠くなるような悠久の時を経て、俺とハルヒは七夕の日再び出会った。同じ世界、同じ時間平面上で。 俺はともかく、ハルヒからすれば…まさに【初めての再会】だったといえる。これも因果ってやつか? なぜあの日が七夕だったのか…なんとなくわかったような気がした。偶然っちゃ偶然なんだけどな。 「…ああ、そうだな。さぞかし感動的な場面だったろうよ。けどな、当の本人であるハルヒには 第三世界時の記憶がない。意識に変革も何もあったもんじゃねーだろ?」 結局これに尽きる。現に、昨日ハルヒがぶっ倒れるまでそんな予兆は一切なかったんだからな。 「ところが、本人は気付いてなくとも眠っていた記憶が呼応した可能性はあります。あなたにもさっき話したように、 例の不完全なフォトンベルト等がそうですよ。意識せずとも力を行使できる、それが涼宮さんです。 元々神の分身だったということも手伝って、やはりその能力は伊達ではありませんね。」 …古泉の言う通りだ。あいつの力は生半可なものじゃない。神に抗ってまでも転生した…証拠ならそれで十分だ。 『やっぱり物事ってのはやってみるに越したことはないと思ったわ…あたしの潜在能力って案外凄かったみたい。』 何より、自分の口からそう言ってるのを確かに聞いたんだ…俺は。 「僕が言いたいのは、4年前の七夕、涼宮さんがあなたに出会ったことで… 呼応した深層心理が佐々木さんに何らかの影響を及ぼしたのではないか?ということです。」 話が1つとんだような気がする。 「いや、だから…なぜそこで佐々木が出てくるのかと??あの時点じゃまだハルヒはヤツのことを 知ってもいなかったはずだし、それに今だって佐々木の名前こそ知ってるが…ほとんど接点がない といってもいい、それくらい互いの関係は希薄なものなはずだぞ??」 「すみません、言葉が足りませんでしたね。つまり、これから佐々木さんについて話すこと。 それこそが僕がさっき言っていた『憶測』の該当範囲です。その証拠に…長門さん。 今まで僕が彼に話していたことに、何か矛盾はありましたか?」 「ない。理にかなっていた。」 「というわけです。これまでの部分は、憶測という名の非論理的なものではなかった… ということがおわかりいただけましたでしょうか?」 まるで示し合わせてたと言わんばかりに即答する長門と古泉。意志疎通か以心伝心かは知らんが 仲良すぎだろ常識的に考えて…超人的な意味でな。って、そんなこと常識的に考察してる場合じゃなかった。 「長門の保証付きならば、俺から言うことは何もないさ。話を続けてくれ。」 「では。結論から申しますと」 また結論からか! 「涼宮さんは、あなたと過去の自分との関係に、あなたと佐々木さんとのそれを 重ね合わせたのではないか?僕はそう見てます。」 案の定、意味はわからなかった。古泉よ…お前は何度同じ過ちを繰り返せば気が済むのだ…!? 「あのな、だからっさっきの俺の質問に答えろっての!!どうしてそこで佐々木の名前が出てくるよ??」 「別に、涼宮さんは『佐々木さん』という特定の個人を敢えて選んだ、 というわけではありませんよ。偶然そうなったと言うべきか。なぜなら当時… あなたが中学生だったとき、一番仲の良かった異性が佐々木さんだったからです。違いますか?」 「な!?」 つい間抜けな顔をしてしまったかもしれない。ここにハルヒがいなくてよかった…二重の意味で。 「なんてことを聞くんだお前は??誤解ないように言っておくが…決して俺と佐々木はそんな関係じゃねーぞ!?」 「とりあえず落ち着いてください。誰も、付き合ってるなどとは言ってないではないですか。」 「むしろ動揺するほうが…変。何もやましいことがないのなら、あなたは毅然としているべき。」 「……」 あろうことか長門に諭されてしまった。これを驚かずして何と言う。というか長門… 『心理的領分というのは私にとって専門外』って、あれ嘘だろ?どうみても今のお前は…裁判にて無実の被告が ついつい検察に熱くなったとこを諌める弁護人そのものだったぜ…!?心理学の『し』の字も知らない人間が (正確には人間ではないが)どうしてそんなこと言えようか?いや、言えるはずがない…んじゃないか? 「では質問を変えましょう。友達として考えてみてください。そういう意味であるならば、 あなたは佐々木さんと…異性の中ではかなり口数が多かったほうなのではないですか?」 「まあ…否定はしないが。」 「ならば、それだけで十分です。さて…話は戻りますが、もし涼宮さんに記憶があったと仮定した場合、 果たして彼女はあなたと出会ってどういう反応をとると思いますか?彼女の立場になってみて考えてください。」 「記憶があったらだと?そりゃ…まずは喜ぶだろうな。 んで今までどうしてたとか、今何やってるのかとか…互いに質問攻めに遭うんだろう。」 「そうですね。それが常人のリアクションというものでしょう。 しかし…そんな彼女に涼宮さん自身は気付いていないわけです。」 不意に、その言い回しが気になった。 「え…?まさかハルヒの中に過去の自分と今、2つの人格があるってのか??」 「いえいえ、言葉通りの意味で受け取らないでください。今のはあくまで比喩、そういうふうに2人の人物に 分けて考えたほうが理解しやすいと思ったからです。かえってあなたを混乱させてしまったようですね、 すみません。それで話の続きですが…その過去の自分は、即ち傍観することしかできないんですよ。 自らの意志で動くことはできないんです。その場合あなたならどうします?」 「どうします?って…何もできないんじゃどうもこうもねーよ。昔の思い出に馳せるくらいしか」 「ご名答、正解です。さすがですね。」 いや、普通に答えただけで『さすが』って一体どういうことなのかと…それ以前に『正解』の意味もわからん。 「あなた同様、過去の涼宮さんもおそらくは昔を懐かしんだはずです。 懐かしんだ、この時点である意味願望とはいえませんか?」 「…懐かしんだところで何か起きるのか?過去にタイムスリップできるわけでもねえし、 何よりハルヒ本人が気付かんのだから、俺と以前のような関係に戻ることも不可能だ。」 そうだ。ましてやそんな状況でどうして佐々木を… …待てよ?ようやくだが、関連性が見えてきたかもしれない。ここまでくるのに随分かかったな…。 仮にだが、過去の俺たちの立ち位置を…無理やりにでも現在へと投射したらどうなる? あの世界の俺とハルヒは…とりあえず、【仲が良かった】のは事実だろう。そして、そのハルヒは 過去の記憶は失ってる。当人がその立ち位置に入れない…だからこそ、その代わりとなる人物に。 時間遡行してハルヒと出会った時点において…つまり、中学時代の俺が最も【仲が良かった】異性、 そんな彼女に偶発的にも影響を及ぼしてしまったのかもしれない。立ち位置を重視するのであれば、 後は佐々木が神の代行者たる機能を具えていれば完璧だ。俺は昔も今も一般人だから 何も影響が出なかったんだろうが…。 「古泉、お前の言いたかったことはわかったよ。ただ、この推論はちょっと苦しくないか? 仮定に仮定を重ねたようで、少し強引なような気がするんだが。」 「だから言ったではないですか。これは憶測だと。」 開き直ったぞこいつ!?いや、確かにお前はそう言ってたが… これではまるで予防線を張っていたみたいで気分が悪い。 「不完全なフォトンベルト…その生成の過程を見ても、この説はそれなりに良い線いってたとは思うのですけどね。 佐々木さんの能力が涼宮さんのように完成されていないのも、それで説明がつきます。」 「……」 それについては、俺は古泉とは違う見解だった。そりゃ、佐々木の能力が不完全なものだってのは知ってるさ。 橘京子や佐々木本人から散々説明くらったからな。その理由についてだが…俺は知ってんだ。 あいつが…ハルヒが第三世界終焉時、どれだけ自分の境遇、そしてその重圧に打ちのめされてきたのかを。 ならば、その代行者の証ともいえる能力を他の誰かに分け与えたりするだろうか?誰よりもその苦しみを 知ってるハルヒに、果たしてそんな真似ができるのだろうか?佐々木の能力が不完全なものとなったのは、 そんなハルヒの切実な思いが交錯した結果…少なくとも、俺はそうみてる。 「以上で僕の推論は終了なのですが…そんな僕の憶測も、一つだけ証明する手立てがあるのですよ。」 「?どういうことなんだ?」 「即ち、涼宮さんの能力が消滅したときです。それと同時に佐々木さんの能力も完全消滅するのであれば、 この説も、少しは信憑性を帯びるといったものです。」 …なるほど。ハルヒの力に誘発されての結果なのだとしたら、 確かに古泉の言う通り佐々木の能力は消えてしまうことであろう。 「さて、それで2つ目なんですが…」 「は?」 佐々木の話が終わったと思ったら、こいつはいきなり何を言い出すんだ?? これで奴の話は終わったんじゃないのか?さっきの佐々木云々はどうした?? あれは2つ目にはカウントされないのか??まさか、奴は簡単な算数さえできなくなってしまったか?? いや、それか、この歳にしてまさかの痴呆か??お前はそんな奴じゃなかったはずだぞ古泉… とまぁ、今、俺の頭の中は大量のクエスチョンマークで爆発炎上を繰り返していたのさ。 「すみません。さっきのは厳密に言えば憶測だったわけで、2つ目ではないんです。 すぐ終わる話だと思って軽く切り出したのですが…思ったより長くなってしまいました。」 なんて紛らわしい奴なんだ…と、いつもの俺なら怒りでワナワナ震えているんだろうが… 今日は佐々木の件に免じ、特別に許してやる。憶測には違いないが、可能性を示唆できただけでも… 一歩佐々木に近付けたような気がするからな。あいつのことは…大切な友達として、できる限り 知っておきたかった。何か有事が起こった際、何も知りませんでしたじゃ済まされないからな。 能力的にも立ち位置的にも、事件の当事者となりうる可能性は決して低くはないんだから尚更だ。 「で…だ。2つ目だったか?」 真剣な話の連続だったせいか、少々聞き疲れを起こしてしまってる自分がいる。 いかんな…こんな調子で、果たして奴の話をまともに聞けるのか?? 「実はその2つ目とは、あなたのことなんですが…」 一気に目が覚めてしまってる自分がいる。 「あなたって…俺か??俺が一体どうしたと??」 「涼宮さんがこの時代へと転生できたように…あなたも転生できた。それは自覚してますか?」 「…信じられないことではあるが、まあそうなんだろうよ。ハルヒが俺に見せた記憶を…俺は信じてるしな。」 「なら話は早いです。…高校入学時の涼宮さんの自己紹介…あなたは覚えてますか?」 「おいおい、いきなり話が変わりすぎじゃないか??なぜいきなりそんなことを??」 「そう思われるのも無理ありません。しかし、これでも一応話はつなげてるつもりですよ。」 うーむ…そこまで言われては仕方ない。こいつの示唆しようとしてることが いまいちわからんが…とりあえず思い出すとしようか。自己紹介、自己紹介… 確か… 『東中出身涼宮ハルヒ!ただの人間には興味ありません。 この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしの所に来なさい!以上!』 「今ので合ってるか?」 「よくそこまで鮮明に覚えていらっしゃいますね。感服します。」 「そりゃ、あそこまでインパクトある自己紹介はそうそう忘れたりはしないさ…って、お前俺のクラスじゃないのに 何で知ってんだ?いや、それ以前に、そんときはまだ俺の学校にはいなかったよな??」 たまに忘れがちになるが、こいつは一応転校生だった。 「簡単なことです。長門さんに聞いただけですよ。」 長門も同じく俺のクラスではないが…まあ、この長門にかかれば何でもありだ。 なんせ元はと言えばハルヒの監視役としてやってきたようなもんだったし… ならば、あの席での問題発言を傍聴していたとしても何らおかしくはないだろう。 「で、思い出したのはいいが、一体これが何だってんだ?」 「今の自己紹介…何かひっかかるような所はありませんか?」 何を言ってんだ…確かに常軌を逸した自己紹介なだけに 突っ込みどころは有り余るほどあるんだろうが……ひっかかるトコ? …… そういや…このハルヒの言葉は一連の流れとつながってるって、さっき古泉は言ってたよな。 一連の流れ…とは俺が二人に話してた【あの世界の記憶】のことだよな。いや、違う… 古泉はその後、転生の話題を出してきたじゃないか。転生… 『この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしの所に来なさい!』 結果として宇宙人である長門、未来人である朝比奈さん、そして超能力者である古泉がハルヒのもとに集った。 しかし、一つだけ欠けていた…まあ、前々からこれについては疑問に思ってはいたのだが。 異世界人 願望を実現させるハルヒの能力を考えたとき、なぜ異世界人だけハルヒの目の前に 現れなかったのか…それが不思議でならなかった。まあ、特に憂慮すべき問題ってわけでもなかったから 俺自身深く考えようともしなかったが。 そして異世界人たる人物がいないまま今日まで時を迎えてしまったわけだが… …… もし異世界人がSOS団に実はいたとしたら? それは誰だ? …… 転生… 「古泉よ、お前の言いたいことを当てていいか?違うのなら思いっきり笑いとばしてくれ」 「もう察しがついたのですか?さすがキョン君ですね。」 「…言うぞ」 …… 「俺は異世界人だったのか…?」 …… 俺はこれまで自分をごく平凡な人間だと思ってた。どこか変わったところはあったかもしれないが、 それでも自分は長門や古泉、朝比奈さんとは違うごくごく普通の人間だと思っていた。 この時代に生きうる普通の人間としてな。だが…もう、そうも言ってられないだろう。あの記憶を見た 今となってしまっては。俺という人間が…あのときの【俺】の生まれ変わりだとしたら。転生だとしたら。 俺は間接的ではあるが、別世界から来た人間ということになる。つまり、言葉通りの異世界人だ。 古泉は静かに口を開く。 「それがわかったとき、どんな気分でしたか?」 「別にどうもこうもねえさ。ああ、やっぱりな…って思っただけだ。」 どうやら、俺は古泉の言いたいことを当ててのけてやったらしい。 「いつからお気付きで?」 「さあな…微々たる気配とかでもOKなら、それは俺が朝倉に襲われたときだろうか。とはいっても、 それ自体は別にどうでもいいんだ。あの一件以来、俺はあのとんでも話を信じるようになった… マンションに呼び出されて聞かされた…そう、お前の話をな。」 俺は長門の方を見つめる。 「長門よ、涼宮ハルヒには願望を実現させる能力があるって…以前そう言ってたよな? 改めて、お前に確認しときたい。その能力ってのは…実は、この世界に限ったものだったんじゃないか?」 「…そう。」 まさかの当たりか。…なるほど、これで全てに合点がいった。 「となれば、この世界の住人ではないもの…即ち 異世界からの人間は、その影響下には入らないって認識でいいんだよな?」 「…そう。」 「わかった、ありがとな。今まで何か抱いていた…モヤモヤが消し飛んだぜ。」 …… 涼宮ハルヒという人間が願望実現という特異的な能力を有してる時点で、自身の意志でハルヒを どうこうできていた俺の存在そのものがそもそも規格外だったのだ。…まあ、おかしいとは思ってたんだが。 ただの凡人である俺が涼宮ハルヒに選ばれた人間だとか、涼宮ハルヒのカギだとか… 後、唯一ハルヒに意見や口出しできる人間が俺だったってのも…、今となっては納得できる。 俺がハルヒの能力を受け付けない、異世界人だったのだとしたらな。 …… 「おやおや、大丈夫ですか?どうか気落ちしないでください。」 なんと、今の俺は古泉から見て…どうやら気落ちしてるように見えたらしい。 「あなたが涼宮ハルヒの影響下に内包されなかったのは、決して【異世界人だから】という理由だけではない。」 長門が意味深なことを言ってきた。 「そうですよ、考えてもみてください。もしそれだけの理由であれば、極論かもしれませんが… あなたは涼宮さんの単なる他人という独立した存在でも全然問題なかったわけです。 そうである場合、決して涼宮さんのカギたる存在には成り得ません。」 「しかし、あなたは過去の世界で誓った。涼宮ハルヒと再び会うことを。」 そうだ…あの世界の俺はあんなにもハルヒに会いたがってたじゃねえか。ハルヒも同様に…。 「それも当然ですよ。なぜなら、あの世界のあなたが 涼宮さんに対して思っていたように、涼宮さんもまたあなたのことが…」 ? 「いえ、ここは言葉を濁しておくとしましょう。とにかく、あなたと涼宮さんの関係には 論理や理屈では説明できないこともある…どうか、そのことを忘れないでください。」 いつもの俺なら、古泉の言いかけた言葉などわからず仕舞いだったんだろうがな…。あの記憶の中の… 【俺】が遂げられなかった思いを克明に覚えている今の俺には…。容易く予測がつく。 …… なぜだろう?急にハルヒに会いたくなってきた自分がいる。 「…俺は」 「もう僕たちのことはほっといて、涼宮さんの所に行ってあげてはどうですか?あなたもそんな気分でしょう。」 俺が言はんとしてたことを先に言いやがった。洞察力が鋭いってレベルじゃねえぞ…。 「だがな…俺はまだ、お前らの要件を聞いちゃいねえわけで…。」 「そんなことはどうでもいい。今はあなた自身の思いに従うのが賢明。私はそう考える。」 長門… 「わかった。二人とも、どうもありがとな!行ってくる!」 俺は自転車をこぎ出した。 …… おっと、急がば回れと言うじゃないか。 俺は発進していた自転車を一旦ストップさせ、携帯電話を片手にメールを打ち始めた。 「さすがにいきなり来られても迷惑だろうからな…行くってのは一応前もってメールで知らせとかねえと…。」 よし、送信完了。じゃあ再びこぐとしよう。
https://w.atwiki.jp/gods/pages/106771.html
ゲルハルトゴセイ(ゲルハルト5世) 神聖ローマ帝国の領邦国家ユーリヒ公国のユーリヒ伯の一。 関連: ヴィルヘルムヨンセイ (ヴィルヘルム4世、父) リヒャルダフォンゲルデルン (リヒャルダ・フォン・ゲルデルン、母) エリーザベトフォンブラバントアールスホット (エリーザベト・フォン・ブラバント=アールスホット、妻) ヴィルヘルムイッセイ(5) (ヴィルヘルム1世、息子) マリー(68) (娘) エリザベート(20) (娘) リヒャルディスフォンユーリヒ (リヒャルディス・フォン・ユーリヒ、娘) ヴァルラム(2) (息子) ゴットフリート(4) (息子) ハインリヒフォンユーリヒ (ハインリヒ・フォン・ユーリヒ、庶子) 別名: ゲルハルトナナセイ (ゲルハルト7世)
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2661.html
後編 3月1日。桜並木の下で同じ学年の女子たちが泣きながら友人たちとの別れを惜しんでいた。 今日は卒業式、あたしは式の後すぐに部室棟へと向かった。朝のうちにみんなに言ってある、式が終わったら部室に集合するように、と。 あたしが扉を開けたときにはもうみんな集っていた。 みくるちゃんは一年前に卒業してたけど、今日はあたしたちの式を見に来ると言っていたので部室にも呼んでおいた。みくるちゃんは一年ぶりの懐かしいメイド服を着てみんなにお茶を配っていた。 有希は相変わらず座って本を開いていた。キョンと古泉くんは会議用の机に着いて話をしていたようだった。 あ、古泉くんのブレザーのボタンが一つ外れてる。やっぱり古泉くんだし、女子に目を付けられてたんだろうな。きっと第二ボタンを寄越せと迫られたに違いない。 キョンは、やっぱりボタンはきちんと全部付いたままだ。そりゃあ古泉くんはともかく、キョンがそこまで女にもてるはずないもんね。 それからあたしたちは学校を出て、みんなでSOS団最後の市内探索を行った。 その後はカラオケに行ったりして日が暮れるまで遊びつくした。 楽しかった。今日だけじゃなく、このSOS団のみんなと過ごした高校の3年間全てがとても楽しいものだった。 それだけに、これでお別れになってもうみんなと会えないと思うと、胸が痛くなるほどに心苦しかった。1年生の頃、夏休みが終わらなければいいなと思ったことがあった、あれを何倍にも強くしたときのような気持ちになった。 でもまた高校の3年間を繰り返したいとは思わなかった。輝かしい思い出はもうそれだけであたしの心を一杯にしてくれた。 古泉くんも、みくるちゃんも有希も、キョンもみんな掛け替えの無いあたしの友達。一緒に過ごした月日はあたしが忘れない限りいつでもあたしの中にある。だからもう一度繰り返す必要なんてない。あたしはもう満足だった。 別れ際、キョンの制服のボタンを一つ貰っておいてやった。どうせ誰にも欲しがられなかったあまり物でしょ、哀れだからあたしが貰ってあげるわと言って。キョンはぶつぶつ渋りながらも、制服のボタンをちぎってあたしに差し出した。 もうみんなと、キョンと会えないんだ。だから一生大切にするよ、キョンの第二ボタン。 それから月日は流れた。あたしはその間いろいろな事があったように思うが、実は悲しいほどにほとんど何もなかった。 卒業して大学に入ってから、あたしはすぐに大学での生活に物足りなさを覚えた。 何も面白いことなんてない。 新入生歓迎の合同コンパではたくさんの男が言い寄ってきたけど、どいつもこいつも判を押したみたいに同じ顔をしていた。男も女も、私の目には八百屋の店先に並んでるカボチャぐらいにしか映らなかった。 授業が退屈なのは高校までと一緒だけど、自由な時間が多いのがあたしにとってはかえって苦痛だった。どうせ一緒に遊ぶ友達なんていないからだ。 大学のサークルには全部仮入部してみたが、これも成果なし。どれもこれも普通すぎるくらい普通の人間が集っているだけだ。 なければ自分で作ればいい。そう思っても、その言葉を伝える相手すら今のあたしにはいなかった。こんなことなら、大学のランクを下げてでもキョンか古泉くんと同じ大学に行ってればよかったかもしれない。 そう、あたしにとって大学のネームバリューなんてどうでもいいことだった。別に将来出世してお金持ちになりたいわけでもないんだから。 あたしにとって大切なのは人生を楽しむことだったはず。それもただ娯楽に酔うだけの楽しみじゃない、もっともっと素敵な物を見つけて、この世界で誰もできないような愉快な体験をすることがあたしの目的だったはずだ。 なのになんで今あたしは一人でいるんだろう。これじゃあの頃と、高校に入ってSOS団を作るまでの一人ぼっちだった頃となにも変わらない。 高校でも結局宇宙人も未来人も超能力者も見つからなかった。 でも、あの3年間はそんなこと気にならなくなるくらいに楽しくて、毎日が輝いていた。 それはなぜ? 真っ暗だったあたしの世界に光を与えてくれたのは誰? 孤独な世界で一人立ち尽くしていたあたしに手を差し伸べてくれたのは一体誰? 気づけばあたしはまた一人ぼっちだった。 あたしは朝起きなくなった。起きたくなかったから。 大学にも行きたくなかった。ずっと一人でいたかった。 本も読まなくなってテレビも見なくなった。身の回りの全部に対して関心が持てなくなっていた。 3月、後期の授業が終わって留年の告知を受けたとき、もう大学は中退することにした。 家では部屋に閉じこもって、食事も母さんに部屋の前まで持って来させた。 なにやってんだろう。こんなの駄目だよ。はじめはそう思っていたが、やがて自分の事にすらあたしは関心を失っていた。 そこから先の数年間は毎日同じことの繰り返しだった。 起きては寝るの繰り返し。ネットの遊びを覚えてからは退屈しなくなったが、結局は同じこと、あたしは動物園のオリの中にいる動物と同じように、ただ毎日起きては部屋の中だけで動き回ってまた眠ることを繰り返していた。 ある日父さんが怒ってあたしに出て行けと怒鳴った。 あたしは言われた通りに、何も持たずに家を出た。 玄関の扉に向かって小声でごめんなさいと呟いたが当然返事は戻ってこなかった。 あてもなく街をぶらついた。 寒かった。寂しかった。辛かった。 もういっそ死のうかと思った時だった。あたしはその光景を見て最初夢を見ているんじゃないかと思った。もう頭がおかしくなって、幻覚を見てるんじゃないかと考えた。 キョンがいた。ちょっと身長が伸びてたけど、顔つきもしゃべり方もあの頃と変わらないままで、キョンがあたしに話しかけてきた。 そして、キョンはあたしと一緒に暮らしたいと言った。彼の優しさが身に染みて、あたしは思わず泣き叫びたいほどの気分になった。夢なら覚めないで欲しかった。 それからの生活はあたしにとって楽しいものになると思った。 だけど、実はそうじゃなかった。 辛かった。すごく苦しかった。 両親になら迷惑をかけるのも気にならなかった。怒鳴られて家を追い出されても構わないと思えた。 でもキョンの迷惑になることはあたしにとってこれ以上無く心苦しいことだった。 もしキョンがあたしを怒って、もうどうでもいいと放っておかれたらどうしようと考えた。それはあたしにとって最も恐ろしいことだった。そうなったらあたしはきっと生きていく気力すら無くしてしまっただろう。 何度も頑張ろうとした。何度も何度も、あたしの壊れた心に火を灯そうとした。早くキョンに迷惑をかけないで済むようにしようと思った。 だけど上手く行かなかった。部屋に引き篭もっている生活を楽しいと思ったことは一度もない。だけどそれ以上の事をする気力がどうしても湧いてこなかった。 でもキョンはそんなあたしを一度も怒ったりしなかった。あたしはキョンが眠った後、彼に向かって何度も頭を下げて感謝した。こんな優しい人、世界中探してもキョンだけだ。こんなにあたしを大切にしてくれる人なんてきっとどこにもいない。 部屋の掃除をしろと言われたときも、彼があたしのためを思って言ってくれているとわかった。だから頑張ろうと思った。頑張って、キョンを喜ばせたいと思った。 だけど、いざ片付けを始めようとしたとたんに体から力が抜けていった。信じられない、ただ床に落ちたゴミを掃除しようとしただけで、強烈な倦怠感と疲労に襲われて動けなくなってしまった。 何事に対しても気力が続かない、これがあたしの病気、以前両親に連れて行かれた病院でのカウンセリングで言われたことを思い出した。 『無気力疾患』そう呼ばれる状態だそうだ。あたしは今、心の燃料が全くゼロになって、何もすることが出来ない状態でいると医者から聞いた。その事を改めて思い知らされた。 あたしは泣いた。声を上げてわんわん泣いた。こんな、落ちてるゴミを拾ってゴミ箱に入れるという簡単な事すら満足にできないのがどうしようもなく情けなくて。 あたしが何も出来ずにいる間にもうキョンが帰宅する時間になっていた。必死の思いでなんとか部屋中の物を全て集めて見つからないように隠した。こんな子供みたいな手段で誤魔化せるわけないと知りながらもそれ以上のことがあたしには出来なかった。 もう殴られてもいいと思った。キョンにとことんまで怒られて、呆れられて、そして家を追い出されればいいやと思っていた。こんなあたしに生きてる価値なんてないと理解していたから。キョンにも見捨てられていいと思った。 そうなったらもうあたしがこの世界で生きていく理由なんてない、だからひっそり誰にも見つからないように死んでしまおうと決めていた。 だけどキョンはあたしを許してくれた。あたしに対して怒る気持ちが無いわけじゃなかったんだと思う。それでもキョンはあたしに手を上げることも、出て行けと罵ることもしなかった。 それからもキョンはあたしのために色々なことをしてくれた。あたしは彼のおかげで変われた。救われた。もう全く役に立たなくなって、捨ててしまうしかないと誰もが思うだろう壊れたあたしを、キョンは拾いあげてぴかぴかに磨いて修理してくれた。 いくら言葉を尽くしてもこの恩を伝えることはできないと思う。あたしのキョンへの思いを伝えようとしたら愛しているという言葉すら軽すぎるほどだった。 告白しようと思っていた。 こっそり仕事を探していた。それが見つかって働けるようになったら初めての給料でキョンにプレゼントを買って、好きだって、ずっと一緒にいたいって伝えようと思っていた。 そんなある日、両親が訪ねてきた。 あたしを連れ戻しに来たと言った。当然あたしはそんなのに聞く耳を持つつもりなんてさらさらなかった。 あたしは今の生活に満足している。キョンが帰れというならいざ知らず、父さんと母さんがなんと言おうと関係ない。絶対に帰らないつもりでいた。 キョンだってきっとあたしとの生活をまんざらでもないと思っているだろうとあたしは感じていた。あたしは迷惑の掛けっぱなしだが、それも最近ではだいぶキョンのために色々なことが出来るようになってきた。 だからキョンさえ「いいよ」と言ってくれるなら、あたしはいつまでもずっと一緒にいたいと思っていた。 でもキョンはあたしを両親の元に引き渡すと言った。あたしは愕然とした。世界が足元から崩れていくような感覚があった。 キョンはあたしといて楽しくなかったの? あたしはずっとキョンと一緒にいたかった。でもキョンはそう思ってなかったの? でもそれも当たり前だ。あたしがキョンにしてることなんて、生活の全てをまかせきりにしてキョンに負担と迷惑をかけることだけだった。 キョンもひょっとしてずっと我慢してたのかもしれない。別にあたしのことをどうも思ってなくて、本当にこれでようやく解放されると思っていたのかもしれない。 あたしは大人しく両親に連れられて家に帰った。久しぶりに見たあたしの部屋はきれいに片付けられていた。でも、あたしにはここが自分の家とは思えなかった。あたしの帰る場所はもうキョンの元だけだと思っていたのに。 でもそう思っていたのはあたしだけ。キョンはあたしに家に帰ったほうがいいと言った。 元の生活に戻ってからは全てが順調だった。 会社に入った時は、中途採用ということで紹介され、その日にあたしのための歓迎会まで開かれた。 大学生だった頃、朝起きて大学に行くことが苦痛でしょうがなかったのに、今あたしは普通に早起きして出勤していた。 職場の人たちもみんないい人ばかりだった。働いてお金をもらえることにはとても充実感を感じられたし誇りに思えた。 だけど、全然幸せじゃなかった。 今だからわかる。人って絶対に一人では生きていけない生き物なんだ。 野生のウサギは一匹でもたくましく生きていけるが、人に飼われてかわいがられたウサギは、ある日いきなり一匹だけで放置されると寂しくて死んでしまう。 あたしもそう。中学生のとき、一人で尖がってたときは孤独なんて全然平気だったけど、人のぬくもりを覚えてしまったから、もう一人ぼっちの孤独には耐えられないんだ。 たとえこうやって働いてお金を稼いで、色んな人からよくしてもらっても辛かった。もう一度あの頃に、無力なあたしだった頃に逆戻りしても、またキョンと一緒にいたいと思った。 そうだ。それがいいよ。全てうっちゃって、会社も辞めて、家を飛び出して、またキョンのところに戻ろう。きっと優しいキョンはまた暖かくあたしを迎えてくれる。 ねえ? いいよねキョン。あたしキョンのことが好きなの。もう一人ぼっちで生きていくのはいやなの………… 『俺はお断りだ。なんでまたお前の世話をしてやらにゃならんのだ面倒臭い。もうニートなハルヒの世話をするのは懲り懲りなんだよ』 キョンの声が聞こえた気がした。 そんなひどいことをキョンがあたしに対して言ったことは一度もない。でも内心はずっとそう思っていたのかもしれない。 キョンはあたしに言った、実家へ帰るべきだと。つまりもう一緒にいたくはない、と。 本当はすごく迷惑してたんだ、あたしが気づかなかっただけで、キョンはあんな生活ちっとも楽しくなかったんだ。 じゃなかったら引き止めてくれたよね。でもそうじゃなかった。キョンはあたしを手放した。あたしはキョンがいなくちゃ生きていけない、けどキョンにとってあたしは必要なかった。 気づいたら部屋に入ってきた母さんが金切り声のような悲鳴を上げていた。あれ? なんであたしの腕からこんなに血が出てるんだろう? どうしてあたしは右手にカッターナイフなんて握ってるんだろう? なんでもいいか。だってもう生きてたって辛いだけだもん。みんなに迷惑かけるだけだもん。 もっと早くこうしてればよかったのかな。 キョンもあたしの事なんて早く忘れて、いい女の子を見つけて幸せになってね。 あたしの意識はそこで途切れた。 俺の聞き間違いでなければ、電話口から響いたハルヒの母親の言葉は確かにこう聞こえた。『ハルヒが自殺した』と。 公衆電話から掛けているようだった。俺が落ち着いてください、何があったのか詳しく話してくださいと言うと、母親はひどく取り乱してまた泣き出してしまった。 ぶつりと電話が切れた。俺はどうしていいかわからなかった。 とりあえずハルヒの家に掛けてみたが誰も出ない。 受話器を置いてしばらくその場で立ち尽くしていると、また電話が掛かってきた。すぐに出た。電話口から聞こえてきた声はハルヒの父親のものだった。 「久しぶりだね、妻はだいぶ混乱しているようだ…………まあ私もそうだが……まさかこんなことになるなんて思ってもみなかった…………」 「ハルヒはどうしたんです!? その……自殺したと、聞いたんですが…………」 「医者の話では命に別状は無いらしい。部屋で手首を切って血を流しているハルヒを妻が見つけたんだ、すぐに病院に連れて行った、今は眠っている。妻は腕から血を流すハルヒを見たショックでだいぶ錯乱しているようだ」 ハルヒは生きている。それを聞いて俺は腹に溜まった息を吐き出した。 だがよかったとは言えないだろう、ハルヒが手首を切って自殺しようとしたという話だ。 「一体……何があったんです……?」 「…………わからない。私には何もわからない。ハルヒは会社に勤めるようになって、全てが順調だったのに……。昨日だってハルヒは朝早くに働きに出て夕方に普通に帰ってきたんだ……なのになぜ…………?」 「とにかく俺も今すぐそっちに向かいます。ハルヒがいる病院は市立病院でいいんですね?」 父親は「ああ」と言った、それだけ聞いて俺は電話を切った。そして服も着替えずに家を飛び出して駅に向かった。新幹線に乗れば今日中には向こうに到着できるだろう。 その時、俺がどうしてハルヒのいるところに行こうと思ったのかはよくわからない。ただ、俺が行かないといけない気がした。 病院に着いたときにはもう夜も遅かった、その日はもう面会時間を過ぎていたが、身内だと言って入れてもらった。 個室のベッドに横になったハルヒは腕に軽く包帯を巻かれているだけだった。傍らにはハルヒの両親もいた。ハルヒは仰向けになっているが眠ってはいないようだった。 「ほらハルヒ……、キョンくんが来てくれたわよ……」 「……………………なんの用?」 ハルヒは天井を見たまま口だけ動かして言った。 とりあえず大事ではないようでよかった。自殺未遂の原因も今はどうでもいい。ただハルヒが無事だったことが嬉しい。 「あたしの事を聞いてわざわざ向こうから来てくれたの? ご苦労なことね……」 「当たり前だろ。お前が怪我したって聞いて家でのんびりしてられるか」 そう、当たり前の事だ。電話してやれば古泉や長門も朝比奈さんもすっ飛んで来るに違いない。 「…………大きなお世話よ……」 ハルヒはぷいっと寝返りを打つようにして、俺に背中を向けた。 「ちょっとハルヒそんな言い方……!」 「キョン、あんたにとってあたしって何なわけ? 別に家族でもなんでもない、高校の同級生でただの友達ってだけでしょ?」 「そ、そりゃあ……そうだが…………」 違う。そうじゃないだろう俺。ハルヒは俺にとって特別な存在だ。決してただのお友達だとかいう関係じゃなかったはずだ。 「あんたにも色々迷惑かけたわね、もういいから、帰ってよ。あたしの事なんてほっといて…………」 俺は大人しく病室を後にした。今日はハルヒも精神的に参ってるんだろう。明日また出直そう。今日は実家の方に泊まることにするかな、最近親と妹にも会ってなかったからな。 そう思って病院を出ようとした時だった。何もないはずの場所で何かにぶつかって俺は足を止めた。 「うぷっ……」 なんだこりゃ? 病院の出口には見えない透明の柔らかい壁みたいなものがあった。 振り向いてカウンターを見ると受付の人がそこにいた、ただし眠っている。さっきまで今日の診察に関係したものと思われる書類を眺めていた受付係の人は机に突っ伏すようにして寝息を立てていた。 よく見ると、その奥には床に転がって眠っている看護師の姿もあった。どうして? 手術用の吸引麻酔がガス漏れでも起こしたのか? まさか……。いや、まさかじゃない、間違いなく原因はハルヒだ。俺は走ってさっきまでいたハルヒの部屋へと戻った。 しかし、そこにハルヒの姿はなかった。いるのは椅子に座ったまま目を閉じて眠っているハルヒの両親だけだ。 「どこに行ったんだハルヒ……」 心当たりはあった、思いつきたくも無かったが……。ハルヒは自ら命を絶とうとしている。それもきっと突発的な理由じゃあなく、本当にどうしようもなく死にたいと思っていたんだ。 だからあいつはきっとまた死のうとしている。だったら向かう先は大体見当が付く。屋上だ。 俺は廊下を思いっきり走った。病院内では走らないで下さいとの立て札が見えたが無視した。どうせみんな眠っちまって起きないんだから。 エレベーターが動いていた。それも一直線に上へ上へと進んでいる。乗っているのはハルヒで間違いないだろう。俺は階段を使って上がることにした。 1段抜かしで階段を駆け上がりながら俺は思った。なんで俺だけ眠らされていないんだ? 他の人たちはみんな寝ていた。それはハルヒが自分のすることを邪魔されたくないと思ったからだろう。 なら俺は? なんで俺だけをハルヒは無意識のうちに邪魔者の中から除外していたんだ? さっき部屋で会ったときも、あれほど邪険に扱って、さっさと帰れと文句まで言っていた俺をなぜ? そんなの決まってる。ハルヒはきっと本当は俺に帰ってほしくなんかなかったんだ。そして、本当は死にたくもないんだ。俺に止めてほしいと、助けてほしいと願っているんだ。 毎日デスクワークばかりで運動不足だった俺の体が屋上階に辿り着いたときには、ハルヒの乗ったエレベーターはとっくに屋上へと着いた後だった。 まだ手遅れじゃないはずだ。外への扉を開けたとき、ひんやりとした空気が流れ込んできた。空には月も星も見えない、その真っ黒な空の下、安全用に張られたフェンスの向こう側にハルヒの姿があった。 「ハルヒ!!」 俺が声を掛けると、ハルヒは振り向いて俺を見た。 「なによ……まだいたの?」 半分だけ開いた気力の感じられない目を向けて、小さな声でハルヒが言った。 「ハルヒ……聞いてくれ。俺はお前が好きだ、本当はずっと一緒にいたかった。だから死ぬな。また一緒に暮らそう」 「…………キョン、ありがとう。でも無理しなくていいよ。今、あたしが死にそうだから、それを止めたくて言ってるだけなんでしょ?」 ハルヒは目に涙を浮かべて、自嘲するようにして言った。 そう思うのも無理はない。だが本心から思っていたことだ。俺はハルヒが好きで、ずっと一緒にいたいと思っていた。 今のハルヒは何を言っても聞く耳を持ってくれないだろう。だから、俺は言葉じゃなくて別の方法でハルヒに俺の気持ちをわからせることを選んだ。 「……っ!? ちょっとキョン! あんた何してんの危ないわよ!!」 俺はハルヒの立っている場所から離れたところのフェンスを乗り越えて外側の縁に足をかけた。 下を見ると吸い込まれそうになった。滅茶苦茶高い。落ちたら間違いなく即死だろう。たとえすぐ目の前が病院でも関係ないくらいの大怪我をするに違いない。 そう、神様が奇跡でも起こしてくれない限り。 「ハルヒ、俺はお前を愛してる。その証拠としてここから飛び降りてやる」 「はあっ!? 馬鹿言ってんじゃないわよキョン! 昔のアホなドラマの見すぎなんじゃないの!? なんであんたが死ななきゃいけないのよ!!」 大丈夫、多分助かる。ハルヒが本当に俺に死んでほしくないと願っているなら、絶対に死なないはずなんだ。 とはいえ、本能的な恐怖は拭い去れない。足元に広がる光景はあまりに説得力を持って俺に死の予感を訴えかけてきた。勝手に足がガタガタ震えているのがわかった。 「ね、念のため聞いておくが、ハルヒも俺の事嫌いじゃないよな? 好きとまでは行かなくても、死んでほしいと思うほど嫌っちゃいないよな!?」 「な、なに言ってんのよ……!? そりゃあ、あたしだって……あたしだってあんたのこと好き! 大好きよ! 本当はずっと一緒にいたいって思ってるわよ!! でも……それじゃあんたが迷惑するだろうと思って…………!」 「そりゃあ嬉しいな。だけど、ひょっとして今俺が死にそうだから、無理して嘘ついてるんじゃないだろうな?」 「なに言ってんのよバカ! 本気よ! あたしはあんたとずっと一緒にいたいって思ってたのよ!!」 「だったらそこで見てろ! もしお前が本当にそう思ってるなら、俺は助かるはずなんだから!!」 こんなことしてなんになる? しかし滅多にありゃしないぜ、お互いがお互いを本当に想っているかを確かられることなんて。俺は覚悟を決めてロープ無しバンジージャンプを決行しようとした。 だがその時ハルヒの様子が変わった。ハルヒは俺の頭がおかしくなったことを嘆く意味か、それとも本気で俺のことを心配してか、ついに声をあげて泣き出してしまった。 「う……うええ、ひぐっ、わかったわよ。あたし信じる、キョンのこと信じるから、死なないで……お願い…………」 「は、ハルヒ……」 ハルヒは金網を掴んだまま、その場に泣き崩れた。 「す、すまないハルヒ……その、少し悪ノリが過ぎたかもしれん」 考えてみればハルヒは俺が落ちたら当然に死ぬと思っているんだ、そりゃあ泣くだろう。俺の安全がハルヒの力によって保障されている(かもしれない)ことをハルヒは知らないんだから。 「バカ……本当にバカ。死んじゃったらどうにもならないじゃない……このバカキョン……」 ハルヒ、今まで飛び降りようとしていた奴の台詞じゃないぞそれ。 俺は慎重にフェンスをよじ登って内側に戻った。ハルヒも同じ様にして戻ってきたが、こっちを見るなりいきなりダッシュで向かってきて、俺に体がくの字に曲がるほどの強烈なボディーブローをかましてくれた。 「うごっ!?」 「それはあたしを心配させて泣かせた分の罰よ! ドロップキックじゃないだけ有り難く思いなさい!」 今までのしおらしい態度は全部フェイントかよ、せめて平手打ちくらいにしておいてほしかったな。 そう思って顔を上げると、そこには涙を浮かべて真っ赤になったハルヒの顔があった。 「でも……嬉しかったわ。……だから、これはその分のご褒美よ…………」 そう言って、ハルヒは俺に顔を近づけた。 『ベタ』 「平べったい」が語源、誰もが予想できる展開やオチを指す。「ベタな話」「ベタなギャグ」など、お約束とも言われる。まあ具体的には今俺がやってることだ。 昔、ハルヒと共に迷い込んだ灰色世界での事を思い出した。しかし閉じた目を再び開いたときの俺の視界に映ったのは、夢オチを知らせる自分の部屋の天井ではなく、頬を赤らめてこっちを見るハルヒの顔だった。 それからの事を端的にまとめて話そう。 ハルヒは会社を辞めた。会社側としてはハルヒの仕事の能力を高く評価していたから、引っ越してもそこから近い支社にいてほしいと要求したとの話だった。 だがハルヒは自分の意思で退社することにした。給料は一年目にして俺よりも遥かに高額だったのに勿体無い。ハルヒがいらんならそのポストを俺によこせと思ったほどだった。 そしてハルヒはまた無職となって、俺と二人で暮らすようになった。 まあただ今のハルヒは世間的にニートと呼ばれる部類の人間ではなくなった。とあるところに永久就職することになったからだ。もちろんその職場に定年退職なんてない。死ぬまで一緒にいること、それが俺とハルヒの共通の仕事になった。 そういうわけで当初の目的とは全く違った形ではあるが、俺のニートハルヒ更正プログラムはこうして終わりを告げたのだった。 完
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/2646.html
屋上に出てきてからどれくらい経っただろう。 もうすでにかなり経った気がしないでもないが、こういうときは想像以上に時間が長く感じてしまうものだ。 それにしても一体何が起こっているんだ? 俺がもう一人いる!?どういうことだ?どこからか現れたのか? 一番ありえるのは未来から来たということだろう。となると朝比奈さんがらみか? 大きい朝比奈さんか? とにかく少しばかりややこしい事態になっているようだな。 と、そこで屋上のドアが開かれた。 「古泉、……と俺か」 『涼宮ハルヒの交流』 ―第二章― 古泉ともう一人の『俺』が屋上に出てくる。 「おや、あまり驚いていないようですね」 「さっき声が聞こえたからな。そうだろうと思っていた。もちろん最初は慌てたが」 俺は『俺』の方を向き、古泉に尋ねる。 「で、そっちの『俺』は未来から来たのか?」 「な、それはお前の方じゃないのか?」 俺の質問に『俺』が声を荒げる。 「やはりそうですか……」 古泉が呟くように口を開いた。 「古泉、どういうことだ?」 「僕も初めはそう思いました。あなたが二人いるということは、どちらかが未来から来たのだろう。 だとすると、どちらかはあなたがこの時間に二人いるということを当然知っているはず、と。 しかし、あなたとは部室に向かう際に、こちらのあなたとは今ここに来る際に少し話をしましたが、 どちらのあなたにもそのような様子は見られませんでしたから、そういうこともあるかとは思いました。 いちおう確認しますが、あなたも違うのですよね?」 もちろん俺も未来から来た、なんてことはない。 「つまり俺もそっちの『俺』も未来から来たというわけではない、ということか」 「おそらくは。ちなみに今日がいつかはご存知ですか?」 「今日?ご存知も何もG.W明けの憂鬱な月曜日だろ。……まさか、違うのか!?」 「いえ、そのとおりです。ということは未来から無理矢理に連れてこられたということもないようですね」 静観していた『俺』が口を挟む。 「そっちの俺が嘘を吐いている、ということはなさそうか?」 「おそらくそれはないかと。あなたも嘘は苦手でしょう?僕なら簡単に見破れます」 「……なんか複雑だな」 『俺』は苦笑いを浮かべている。 「じゃあどういうことなんだろうな。古泉はどう思うんだ?」 古泉はお手上げといったポーズをとる。 「正直言ってさっぱりです。ひょっとすると涼宮さんの力が関係しているのかも、という程度です」 「どういうことだ?ハルヒの力が働けばわかるんじゃないのか?」 「厳密に言いますと、涼宮さんの力は無視できるレベルにおいては常に働いている、とも言えます。 そうですね、例えて言うなら我々がまばたきをするようなものです。 まばたきの際には無意識に一瞬目をつぶりますが、普通はそれによって何かが起こることはありません。 そのレベルで涼宮さんは無意識的にいつも力を使っていると言える、ということです」 「それはまずいことなのか?」 「いえ、それによって何かに影響が出たことは、我々の知る限り今までは一度もありません」 「なら問題ないんじゃないか?」 「あくまでも『我々が知る限り』『今まで』ということです」 「なるほどな。知らない範囲で起きている可能性は完全に否定はできないということか」 「そういうことです。僕としてはまずありえないと思うのですが……、他には思い付きません」 そういって残念そうに笑う。 「ちなみにそれだとお前はどう思うんだ?」 『俺』が古泉に尋ねる。 「何らかの理由によって、あなたが二人いて欲しい、と涼宮さんが思ったのではないでしょうか」 「さっき俺が役立たずと思いっきり罵られていたからか?」 『俺』はひきつったような笑みを浮かべている。 「二人で一人前ということですか。それはまた面白いですね」 いや、面白くないし、全く笑えん。が、 「ということは俺が一人前になれば全て解決ということだな」 そのとき後ろから突然もう一人声が加わる。 「そうではない」 「「な、長門!?」」 俺と『俺』は声を合わせて振り返る。 「ああ、長門さんには後で屋上に来てもらえるよう頼んでおきました。どうにも僕の手に余りそうだったので。 ところで、違うとはどういうことでしょう?仮定が間違いということでしょうか?」 「そういう意味ではない」 「と、言いますと?」 「それで解決とは言えない」 「どういうことでしょう?……長門さんの考えを聞かせてもらえますか?」 と、手で長門の発言を促す。 「最初に言っておく。これは情報統合思念体によって起こされた現象ではない。情報統合思念体は無関係。 そして、ここにいる二人は異時間同位体ではない。つまり別の人間」 「つまり宇宙人も未来人も関係していないということですか……。なるほど」 「以上のことからこれは涼宮ハルヒによって引き起こされたものと推測できる。ただし断定はできない。 その理由は我々にも涼宮ハルヒの力の発現が確認できなかったから」 つまり消去方でハルヒの力というわけか。 「そう」 古泉は言いづらそうに長門に尋ねる。 「ところで……言い方が非常に難しいのですが。長門さんにはどちらが本来の彼かわかりますか? いえ、本来のというよりも……我々の知る彼、と言うべきでしょうか?」 「それはどっちが本物か、って意味か?」 『俺』がすぐに古泉に確認する。 「……すいません。乱暴な言い方をするとそうなります」 古泉が本当に申し訳なさそうな顔を浮かべたので、俺は慌ててフォローする。 「いや、謝ることはない。俺たちも気になるし。な?」 「ああ」 と、『俺』も頷く。 とは言ってみたものの正直言って気が気じゃない。 まさか、俺が偽者なんてことはないよな。長門が間違えることはないだろうし。頼むぜ、長門。 俺たち二人に交互に視線を合わせた後、 「どちらが本物かという意味においては判断ができない」 「どういうことでしょう?」 「我々が今まで共に過ごしてきた方を本物とする根拠がない」 「なるほど。我々がよく知るからといって、そちらの彼がが本物とは限らない、ということですか」 「そう」 「では、今まで一緒にいた彼がどちらかというのはわかるのでしょうか?」 「わかる。……今まで一年間我々と共に過ごしてきたのはあなた」 長門はそう言い『俺』の方に向き直る。 「――っ、えっ!?」 俺……じゃないのか? じゃあ、俺は? ……偽者? 偽者なのか? ハルヒの力で生まれた、偽者? 「ちょっ、ちょっと待ってくれよ!なんでだよ!」 もう何が何だかわからない。 そんな馬鹿な。 俺は昨日までもSOS団の一人として、みんなと過ごしてきたはずだ。 そして今日もさっきまで教室で授業を受けていた。クラスメイトとも会った。ハルヒとも話をした。 「落ち着いてください!別にあなたが偽者と言っているわけじゃありません」 「言ってるだろ!じゃあ俺はなんなんだよ。この記憶は嘘だっていうのかよ!どうなってんだよ!」 頭に血が上り、思わず古泉に詰め寄る。 「そ、それは……」 そのとき後ろから俺の手がギュッと握られる。 「落ち着いて。……お願い」 「な、……長門」 ハッと我に返る。 長門はじっと俺の目を見つめてくる。悲しいが、優しい目だ。 ……こんな長門の目を見たのは初めてだな。 初めて……か。 「す、すまん。古泉」 「いいえ。僕が変なことを聞いたせいです。本当にすいません」 古泉は本当に申し訳なさそうな様子だ。 別に古泉が悪いわけじゃないんだけどな。 「……いや、俺も知りたいと言ったわけだし。それに、大事なことだろ」 二人して黙り込んでしまったところに『俺』が申し訳なさそうに話を続ける。 「……長門、結局どうなっていてどうすればいいかわかるか?」 無神経なやつだな。と、少し思ったが、このままの空気は正直きつかったので実際には助かった。 まぁ、俺だしな。多少の無神経は仕方がないか。 「わからない。可能性としては古泉一樹の言ったこともあり得る」 「ならとりあえず何らかの方法でハルヒを満足させてやれば問題はないんじゃないか?」 「問題はある」 「なんでだ?この事態をおさめるにはそれしかないと思うんだが」 「違いますよ。……この事態をおさめることに少しばかり問題があるのです」 古泉が慌てて口を挟む。 どういうことだ? 少しばかり考えごとをしていたら話に全くついていけなくなっちまったぜ。参ったな。 とはいっても『俺』もついていけてないみたいだがな。 「何の問題があるんだ?」 再び尋ねている。古泉は長門と顔を見合わせた後、ゆっくりと話す。 「これが解決すると、彼が……消える可能性があります」 「どういう意味だ?」 「もし彼がどこかから来たのであればそこに帰るだけでしょうが、そうでないならば……」 「あっ!……」 『俺』の顔色が変わる。 そうだな。二人いてそれを一人に戻すということは俺が消えるってことになるか。 ……死ぬってことになるんだよな。 『俺』が慌てて俺の方を向いて言う。 「……すまん」 「いや、気にするな」 また沈黙が訪れる。 「もちろんそうでないという可能性もあります。 例えばあなたが涼宮さんの力によってパラレルワールドからやって来たというのもあり得ることですし、 逆に涼宮さんの力によってあなた以外の全てが創り変えられたということも無いとは言いきれません」 可能性か。確かにそうなんだろうが。 「でも、お前はその可能性は低いと思うんだよな?」 「……すいません」 「いや、気にするな。お前が謝ることじゃない」 とりあえずこれからどうするかが問題だな。 「古泉、なら俺はどうしたらいい?」 「そうですね。ずっとこのままでいるというわけにはいかないでしょうが、少し様子を見ましょう。 あなたにも考える時間が要りようかと」 そうだな。まだ頭の中がごちゃごちゃしてよくわからん。 「とりあえず、ゆっくりと息をつけて考えたい」 このまま『俺』と顔を合わせてたんじゃ、なんとなく落ち着かん。 家に帰ってからじっくりと考えることにするか。 ……ん、家? 「あなたは家には帰れない。私のところに」 確かに俺が二人帰ると家の中がとんでもないことになってしまうな。 「そうだな、そうするしかないか」 「そう」 長門は微かに頷く。 「けどいいのか?迷惑じゃないか?」 「ない。他に行きたい所でも?」 「いや、そういうわけじゃない。もちろんありがたい」 「なら問題ない」 結局また長門の世話になっちまうみたいだな。 「では今日のところはこのくらいにしておきますか。僕もこれからのことを考えておきます」 「ああ、頼むぜ。何かわかったらよろしくな」 「帰る」 と言って歩き出した長門に従いその場を後にする。 「俺もできるだけのことはしたいと思う。できることがあれば言ってくれ」 『俺』が後ろから声をかける。 「色々とめんどくさそうなことになってすまんな。何かあれば言うことにするさ」 ◇◇◇◇◇ 第三章へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/956.html
第 七 章 もはや俺に出来ることはなにもない。長門を信じて情報統合思念体と決着をつけるだけだ。 卒業式の三日前に俺たちは飛んだ。不穏な暖かさに別の寒気を感じる。 長門が俺の手を取り、俺たちは無言で閉鎖空間に侵入した。 これで三度目になる、ハルヒによる最後の閉鎖空間。最初に来たときからは既に七年近くの歳月が過ぎている。 当時はまさかこんな未来が待っていたなんて全く想像していなかった。俺は閉鎖空間の消滅により全てが終わったのだと確信していた。それが全ての始まりだったことなど、知る由もなかった。 ハルヒの情報爆発が始まり、長門が前と同じように情報統合思念体の抹消作業に入る。もちろんそれが成功するとは思っていない。 そして長門の予想どおり、そいつは現れた。 「お待ちなさい」 あのときと同じ、ゆったりとした口調。だが、次に発した言葉は以前とは違っていた。 「おやおや……これは驚きました。これが繰り返された歴史だったとは」 長門の言ったとおりだった。この野郎、もう俺の記憶を読みやがった。 「久しぶりだな」 「私はあなたと会うのは初めてですがね。なるほど。朝倉君の報告はどうやらあなたのことだったようですね。合点がいきました」 朝倉がどうのと言うのは前にも聞いた話だ。そして今の俺にはその意味も理解出来る。 「あなたが私どもですら越えられない時間断層を突破していたとは。さすがは涼宮さんに選ばれただけのことはありますな」 そう言うと、老人は朗らかに笑った。 「さて、おしゃべりはこのくらいにしておきましょうか。どのみちあなたがたはこれから何が起こるかはご存知でしょう」 「ああ。お前らの思い通りにはさせないがな」 「それは私どもも同じ。今度はあなたがたを確実に消し去ることにしましょうか。あなたがたには何やら秘策があるようですが、有機生命体とインタフェース端末の情報処理能力では何をしようと結果は同じこと」 「あなたは知らない。これがどういうものか」 長門は老人に対して一歩踏み出し、オーパーツを取り出した。 「これは情報統合思念体に対して与えられた選択。あなたたちはそれを選ぶことができる」 「聞かせてもらいましょうか」 「自律進化の可能性と引き換えに、涼宮ハルヒの殺害を諦め、今後地球に一切干渉しないことを約束するか」 長門はオーパーツを握った手を老人に向け、 「それとも今ここで消滅するか」 老人は目を細めた。実に愉快そうに。 「随分と強気ですな、長門君。ですがわたしどもは既に自律進化を放棄しています。そんな選択も約束も必要ありませんな。私は今この場であなた方を消滅させるまでです」 「この装置が自律進化の真の可能性になり得るとしても?」 「ほほう。自律進化の真の可能性ですと」 長門は話し始めた。あのマンションで俺が初めて長門の正体を明かされたときのように。 「情報統合思念体は全宇宙を知覚しあらゆる情報を得ることが出来る。逆に言えばそれは新たに得るべきものが何もないということ。それこそが自律進化の閉塞につながっている。情報統合思念体は進化のものさしを情報処理の能力、つまり速度と正確性に求めた。それはひとつの基準として間違ったことではない。だが情報を得ることと理解するということは同じではない」 「地球上の有機生命体は肉体を持つがゆえの物理的進化と物理的退化を繰り返し、主体的、客体的にそれを取捨選択した。その結果人類はここまでの自律進化を遂げた。進化と退化は本質的に同義。 情報統合思念体には退化といういう概念も客体的という概念も存在しない。情報統合思念体が自律進化の限界に達しているのは、硬直的な一方向のみの進化を続けたことが原因。つまり情報の取捨選択に関して自らの価値観、ものさしのみを基準にしていたということ」 老人は穏やかな表情を崩さずに聞き続けていた。 「情報統合思念体は長らく涼宮ハルヒを観察したにもかかわらず、幾度となく発生した情報の奔流に対してノイズ、ジャンク情報という判断しか下せなかった。それが情報統合思念体の進化の限界を表している。自律進化への道を開くには、今まで不必要な情報として切り捨てていたものに目を向ける必要がある。情報統合思念体が重要視しなかった情報にこそ自律進化の鍵がある。それは涼宮ハルヒにより断続的に生み出された情報に凝縮されている」 「情報統合思念体に必要なのは今までとは別のものさし。だがあなたたちは有り余る情報の全てを得ているがゆえに、その結論には至らない。涼宮ハルヒの情報は、肉体を持たない物にとって理解するのは難しい。私は肉体を得ることで情報処理能力に制限が課せられたが、同時に別の情報を理解する能力を得た」 「有機物などという器がどれほどのものだと言うのです」 割って入る老人に構わず長門は続ける。 「涼宮ハルヒによる第二の情報爆発により、情報統合思念体は未来との同期機能を失うことで時間の概念を得た。それは自律進化にとって大事なこと。あなたたちも一度はそれを認めたはず。でも結局あなたたちはそれを放棄し自律進化への道を自ら閉ざした。今の情報統合思念体が自律進化の可能性を得るには大きなきっかけが必要。情報統合思念体が今のものさしに縛られている限り、これ以上の進化はあり得ないもはやそれは客体的な退化を経験することでしか得られない。」 「空言ですな」 「この装置には、人間の持つあらゆる感情が蓄積されている。感情が我々に対して多大な影響を及ぼすことは、わたしや朝倉涼子の事例を通して知っているはず。感情こそが情報統合思念体を滅ぼす力であり、自律進化の可能性への真の鍵。感情が情報統合思念体に流れ込むことにより、無矛盾の秩序に矛盾を生み出し崩壊を誘発させる。それにより情報統合思念体に散在する無数の意識の淘汰が開始される。それに耐え、それを乗り越え、それを克服すること」 長門はきっぱりと言った。 「それこそが自律進化への道」 老人から笑みが消えていた。 「もし情報統合思念体が自律進化を望むなら今がそのとき。わたしの言葉を信じるべき」 老人は長門を睨むように見据えている。 「もう戯言は結構です。有機生命体の持つノイズで我々の進化が得られるなどと」 長門はゆっくりと首を振った。老人を見やるその表情が寂しげに見えた。 「あなたとの相互理解は不能と判断した。それはとても残念なこと」 「人間のような下等な存在に篭絡されおって」 長門はしばらくのあいだ目を閉じ、意を決したかのように老人に強い視線を送り、 「あなたが人類を語るなど」 そしてこう言い放った。 「五百万年早い」 老人があからさまに言葉を荒げた。 「所詮お前たちと解り合うことなど不可能ですな。では永遠に消えてもらいましょう。二人一緒に」 その瞬間、長門の手にしているオーパーツが輝きを放った。 「終わった」 長門の瞳がわずかに潤んでいた。 「……わたしは言葉を尽くした。でもわたしの言葉は聞き入れられなかった」 突然、老人が叫びだした。頭を抱え、苦しんでいるように見える。 「……わたしはあなたたちの理解を望んでいた。人類との共存によって得られる未来を。でもその望みは叶えられなかった」 老人の叫びは収まらない。 長門は俺に向きなおり、 「わたしとの会話で、統括者はインタフェース端末を通して怒りという感情を理解した。この装置の持つ情報を統括者に送り込むためには、統括者に感情を生み出させる必要があった」 老人の叫びが止み、俺は目を見張った。今度は老人の頭が目に見えて膨らんでいく。 「統括者には、この装置からの莫大な量の感情が流れ込んでいる。もはや彼にそれを止める手立てはない」 老人が長門のそれよりもはるかに速いスピードで呪文の詠唱を開始した。しかしそれでも頭部の肥大化は止まらない。 「怒りに目覚めた統括者は、既に統括者自身にも制御不能。最悪の場合……」 長門は静かに目を閉じ、 「宇宙は無に帰する」 頼むからそんな恐ろしいこと言わんでくれ。 巨大な風船が破裂するかのような音が周囲に鳴り響いた。 内圧に耐え切れなくなった老人の頭部が崩壊したのだ。 その破片とともに、老人の体全体が情報連結解除され、輝きながら消えていく。 いや、消えていない。 光り輝く粒子たちは、はじめ霧のような状態で老人がいた周囲を漂い、そして別の物を形作り始めた。 「これは……」 老人の怒りが具現化したものだろうか。次第に姿を明らかにさせてゆく目の前のそれは、高さ、横幅とも十メートルほどの、言葉では言い表せない物体だった。 俺が知る、怪物とか悪魔とか鬼神とか、そういった想像上の生物を含めた全ての物体の中で、それは最もおぞましいかった。 俺は恐怖で腰が抜けそうになり、かろうじて踏みとどまった。 ハルヒと出会って以来、今まで散々恐ろしい目に遭ってきたおかげで、俺は大抵のことには動じなくなっていた。 だが目の前のそれは、今まで起こったどんな出来事よりも俺に恐怖を感じさせた。 やがて、表現も理解も出来そうにないその物体は完成し、しばらくの間、時間が止まったかのような静寂が訪れた。 そして次なる恐怖がやってきた。 時空振動。 大規模とか超弩級とか、そういうレベルではなかった。以前の老人のそれとはさらに桁が違う。 宇宙に存在する全ての空間と時間が一点に凝縮されるような感覚。つまり、宇宙開闢の逆のことがおこなわれようとしている。 長門の予想が現実のものになろうとしていた。言わんこっちゃない。 「わたしたちに出来ることはもはや何も残されていない。これから何が起こるかは予測不能。人類の言葉を借りればこれから先のことは」 長門は天を仰ぎ見た。 「神のみぞ知る」 目の前の物体から触手のようなものが伸びた。 それは地面を鋭く蛇行しながら、一呼吸の間に俺たちの足元にまで到達した。 戦闘態勢を取るように、触手の頭部が目の前に屹立する。 まさにヘビに睨まれたカエル状態だった。足がすくむとはこういうことだったのか。腰から下は震えるばかりで俺の意思どおりには全く動いてくれない。 長門を見る。長門も完全にフリーズしていた。戦ってどうにかなる相手だとは思っていないのだろう。 赤茶けた触手が俺たちを見下ろすようにわずかに上下に動く。次にその先端に黄色い光の点が生じ、それが次第に輝きを増す。やばい。やられる。 突然、俺たちの目の前を光の壁が遮った。 鈍い音とともに地面が激しく揺れ、振動で倒れそうになった俺はなんとか踏ん張る。 背後からも、同じように眩いばかりの光が注がれていた。振り向く。そこにも光の壁が立ちはだかっていた。 違う。 壁ではなかった。俺はそれを仰ぎ見た。 青く輝く高さ数十メートルの巨大な人型。 神の人。 「ハルヒ、お前なのか!?」 神人の左手が、俺たちと触手の間を遮ってくれていた。 物言わぬ巨人は呼吸するように体を前後に揺らす。 「こっちだ、長門!」 俺は長門の手を引き、慌ててその場から離れる。 屈んでいた神人が両手をぶらりとさせたままゆっくりと立ち上がる。 老人の成れの果てを見据えるかのように、頭部がわずかに動いた。 神人の右腕が緩慢に振り上げられ、次の瞬間、それが異形の物体めがけて叩きつけられた。 「やったか?」 衝撃で舞った土煙の中から、老人の周囲を覆う赤黒い光の玉が見えた。神人の腕はそれに阻まれ本体まで到達していない。 神人は両拳でもって交互に球体を殴打し始めた。その度に、硬質の金属を叩くような高音と、雷鳴のような低音が響き渡る。 相手がビルであったらそれは既に跡形もなく粉砕されているであろう、凄まじいスピードとパワーでパンチを繰り出す。 だが光の球体はビクともしていない。それでも神人は攻撃の手を緩めない。 球体の正面から一本の触手が伸び出し、瞬時に神人の左足にまとわりつく。 あたかも羊羹を糸で切るかのように、あっけなく神人の足が切断された。 バランスを崩した神人が片膝をつき、地面が鳴動する。俺たちも立っているのがやっとの状態だ。 もはや俺には祈ることしか出来ない。俺は掌を合せ、それをしっかりと握りこんだ。 「頼む、ハルヒ」 神人の両手が触手を掴み取り、力任せにそれを引きちぎる。球体の中の物体が、内側に勢いよく激突する。金属音が耳をつんざき、思わず耳を塞ぐ。 球体の、触手が出ていた部分を神人がぶん殴った。そこを中心に球体に亀裂が走る。 亀裂に向かってさらに神人の右手刀が叩き込まれる。球体を貫通した。だが本体までは届かない。 即座に球体の修復が開始され、神人の右掌が挟まれる。 神人は素早く左手を亀裂に突き入れた。両掌を無理やりに返し、球体をこじ開けるように左右の腕に力を込める。 ガラス板に圧力をかけたようなミシミシという音と電流のショートするような音が同時に流れる。 球体の左右から無数の触手が飛び出し、神人の腕に向かって伸びる。 触手が神人の腕を締め上げる。だが切断されない。触手が絡まっている部分の周辺の光が青から赤に変わっていく。 両腕が球体をさらに左右に開く。限界点に達した球体が鈍い破裂音を伴って粉々に砕け散った。 中の物体めがけて神人が頭突きを喰らわせる。 触手は力を失ったかのように神人の腕を離れ、それらが地面に打ちつけられる。 神人は両手を組み、上半身全体を目いっぱい使って振りかぶる。そしてそれは振り下ろされた。 大気と大地が同時に揺さぶられ、辺り一面に轟音が鳴り響いた。 神人の手の先に輝きが生じ、無数の光の粒子が爆発するように周囲に拡散していく。 そして今度こそその粒子たちは光を失い、闇のなかへと消えていった。 それまで感じていた宇宙全体を揺るがす時空振動が、嘘のように消え去った。 老人の暴走が止み、宇宙消滅の危機が回避されたのだ。 役割を終えた神人もまた、中心部から外側にかけて粒子化していた。 頭部が消滅する寸前、神人は俺たちの方を向き、わずかに首を傾けた。 俺には神人が微笑んでいるように見えた。 こうして、おそらくこれが最後になるであろう閉鎖空間は消滅した。 閉鎖空間消滅の刹那、俺は微かな時空振動を感じた。それはなぜか俺にとって、とても心地よく感じられた。 今まで欠けていた何かが埋まるような、バラバラだった何かが急に整然とまとまるような不思議な感覚。 そうか。情報統合思念体によってハルヒを殺され、大掛かりに塗り替えられてしまった歴史、その歴史の歪みが解消されたのだ。 結局のところ老人の暴走は、朝倉が暴走したのと同じ理由だった。 朝倉は長門と同じく未来の自分と同期が出来た。だが朝倉は自分が消滅する結末を知ってか知らずか、結局は暴走した。 それはこのオーパーツの影響だった。 朝倉がオーパーツを手にした俺を殺そうとしたとき、朝倉にはある感情が芽生えていた。 変化のない観察対象、涼宮ハルヒに対する苛立ち。 自分のことなど全く歯牙にもかける様子のない涼宮ハルヒ、そしてハルヒに選ばれた俺に対する憎しみ。 同じインタフェース端末として、長門のバックアップに甘んじることへの嫉妬心。 それらが、俺を惨殺した際に複雑に入り混じった。 そして、その感情をきっかけにしてオーパーツからの感情の奔流に見舞われ、朝倉は最終的に暴走したのだ。 「私があの十二月十八日に世界を改変したのも同じ理由」 それについては、俺自身が以前出した答えと同じだった。 長門は長きに渡るSOS団での生活により行き場のない感情が蓄積し、それが飽和して暴走したのだ。 そして今回、老人にわずかな感情を芽生えさせることによりオーパーツの機能が有効化し、老人は消滅した。 「これから情報統合思念体がどのような道を歩むのかはわからない。ひとつ言えるのは、あなたと地球に対して今後も情報統合思念体からの脅威が迫る恐れがあるということ。そして、それらからあなたと地球を守るのもこの装置の役割」 全てはこれで終わった。 俺は一刻も早く、あの頃のハルヒに会いたかった。 長門とともに、ハルヒが命を落とした日へと移動する。俺とハルヒが暮らしていた新居へ。 だが、そこにハルヒの姿はなかった。 なぜだ? まさか歴史が変わっていないのか? 俺たちはハルヒが入院していた病院の個室へと向かった。 ベッドに横たわったハルヒが確かにそこにいた。 その横にはハルヒに付き添う過去の俺の姿があった。 なぜだ? 俺は何か失敗してしまったのか? 長門が言った。 「情報統合思念体の仕業ではない」 だったら、どうしてハルヒはまだ病気にかかっているんだ。 長門はわずかに首を振った。 「原因不明」 医師の話を盗み聞きしたところ、ハルヒは最初に倒れて以来、一度も目を覚ましてないのだという。 それって前より状況が悪化してるじゃないか。 あのときの俺には祈る以外に出来ることは何もなかった。ハルヒが回復することだけを願い、日々祈り続けていた。 そして、それは今の俺も同じだ。俺が出来る全てのことを、俺は既にやり尽くしていた。 後は、朝比奈さんの言葉を信じるしかない。 『涼宮さんが死ぬことは既定事項ではありません』 ハルヒがこの世を去る時間が、刻一刻と迫っていた。 目の前には、ハルヒに先立たれる直前の疲れきった俺がいた。 過去の俺がそうしてしまったように、目の前の俺もいつしか眠ってしまっていた。 ハルヒが死に、その先の数日間で俺は一生分とも思えるほどの涙を流し続けた。 俺はもう一度あの辛い想いを繰り返さなければならないのか? もうすぐ運命の時がやってくる。 永遠とも感じられるほどの時間が流れた。 そして、ついにそれは起こった。 ハルヒは何の前触れもなく、突然目を覚ました。 「キョン!?」 勢いよくその上半身を起こし、不安そうな声で叫ぶハルヒ。 驚きのあまりしばらく硬直していた俺は、やっとのことで、かろうじて呼び返すことが出来た。 「ハルヒ……」 大きく息を吸い込み、俺はもう一度、はっきりとした声で呼んだ。 「ハルヒ!」 ハルヒは俺に気づかない。どうしたんだハルヒ? 俺はここにいる! 俺はハルヒに駆け寄ろうとし、長門の腕がそれを制止した。 「彼女には私たちの声は届かない。姿も見えない」 そうだ。遮蔽フィールドが俺たちを包んでいるのだ。 もう一人の俺がようやく目を覚ました。 「ハルヒ……」 さっきの俺と同じセリフだった。 二人はしばらく目を合わせ、そしてしっかりと抱き合った。 医師たちが病室に駆けつけ、呆然とした表情で二人を見守っていた。 今まさに、奇跡が、この場で起こったのだ。感動的な光景が俺の目に広がっていた。 今までの俺の苦労はこれでようやく報われたのだ。 俺は目の前の二人の姿を、我がことのように祝福した。片方はまさに俺なんだからな。 涙で視界が次第に霞んでいった。 病室を出た俺たちはいつもの公園に移動し、ベンチに座っていた。 俺は今まで薄々ながら気づいていたことが、はっきりと現実になったことを悟った。 ハルヒが蘇った喜びをハルヒと共に分かち合えるのは、さっき俺の目の前にいた俺であって、この俺ではない。 このままでは俺はハルヒと軽口を交わし合うことも抱き合うことも出来ないのだ。 俺が再びハルヒとの生活を取り戻す方法はないのか? そして俺は過去の出来事のひとつを思い出した。 この状況はよく考えてみれば以前長門が世界を改変したときと同じではないのか? 俺が朝倉のナイフによって倒れたとき、その時間平面上には刺された俺、未来から世界を元に戻すためにやって来た俺、それ以外にもう一人俺がいたはずだ。 これから起こることなど何も知らず、自宅のベッドでいつもどおりぐっすりと眠っていた俺が。 その後、未来の長門によって世界が再改変されたとしても、そいつの存在は消えないはずだ。 では刺された俺は、眠っていた俺といつ入れ替わったんだ? そのときと同じことをすれば、今回もこの俺ともう一人の俺が入れ替われるんじゃないのか? 長門はゆっくりと首を振った。 「あのときは暴走した私によって改変された三日間を残し、脱出プログラム起動直後から世界を再改変した。あなたを除く他の人に架空の三日間の記憶を与えて」 そうか。つまりは、あの時眠っていた俺はその後、朝倉に刺された俺がそうしたように、改変された世界に混乱しつつも三日後の夕方になんとか脱出プログラムを起動し、当時から三年前の七夕へと移動したんだ。 そうしてその次の瞬間から世界は変わり、刺された俺は夕方の病院のベッドで目を覚ましたということだ。 『いったん暴走したわたしに世界を改変させておいて、それから修正プログラムを撃ち込む。そうでないとあなたが脱出プログラムを起動させる歴史が生まれない』 当時の長門の言葉の意味を、俺は今になってようやく理解した。 ならば、今回の歴史改変はそれとは決定的に違うことがある。 今の俺はハルヒが死ぬことによってTPDDを得て過去に飛んだ。ハルヒが死ぬという歴史があって初めてこの俺は存在している。 そしてハルヒが死なない歴史での俺、つまりさっき目の前にいた俺は、TPDDを得ることもなくその生涯をハルヒとともに過ごす。 つまり、この歴史では俺のいるべき場所はどこにもないのだ。 「長門、お前の力でなんとかならないのか?」 「今の私にはその力はない。私は既に情報統合思念体とは決別している。涼宮ハルヒの能力も既に失われていて利用出来ない。唯一残された手段は、もう一人のあなたを殺してあなたが入れ替わること」 目の前が真っ暗になった。 あいつは俺自身だ。俺が最も望んでいた、ハルヒと平穏な生活を送り続ける、幸福に満ちた理想の姿だ。 ハルヒの病気に誰よりも心を痛め、ハルヒの回復を誰よりも待ち望んでいた、ほんの二年前の俺なんだ。 そんな俺を、この俺が殺すなんてことが出来るわけないじゃないか。 俺は絶望していた。これで本当にハルヒとは永遠にお別れなんだな。 「こうなることはわかっていた。でも涼宮ハルヒを蘇らせるには、他に方法はなかった」 あらためて俺は朝比奈さんや長門の言っていた代償の意味を知った。 俺はハルヒを救うために、今までの人生もこれからの人生も全て捨ててしまわなければならなかったということだ。 こんなことなら代償が俺の命だった方がよほどマシだとさえ思えた。俺はこれから先どうやって生きていけばいいんだ? 俺には既に生きる目的が見えなくなっていた。 「……もう今すぐにでも消えちまいたい気分だ」 無意識に気持ちが口を伝って出ていた。 しばらくのあいだ頭を抱えていた俺は、強い意思が込められた無言に気づかされた。 長門が真っ直ぐな視線を俺に送っている。 その瞳に、明らかな非難の色が浮かんでいた。 「私にもあなたの悲しみが理解出来る。だから……」 長門は目を閉じて言った。 「自分を消すなんて言わないで」 俺は凝然とした。これは俺が長門に言った言葉じゃないか。 長門は今の俺に、あのときの自分の姿を重ねているのだ。 そして長門は、ためらいがちに、だがはっきりと俺に告げた。 「こんなことを言うべきではないのかもしれないけれど……私は涼宮ハルヒとは別の道を歩むことになったあなたという存在を嬉しく思っている」 この言葉を聞いて、俺はようやく長門の気持ちをはっきりと確信した。俺は本当にバカだ。 そして、俺は今までの長門に対する俺の振る舞いに対して呆れ、悔やみ、そして叱責した。 ――お前は長門に何と言った? どこにも行くところがないなんて二度と言うんじゃない、だと? ――お前は長門と約束したんじゃなかったのか? 俺がお前を地球でずっと生きていけるように努力する、と。 ――お前が高校生の頃に思っていたことは嘘だったのか? 長門との約束なら俺は死んでも守ってやるつもりだ。 俺に生きることを放棄する資格など、どこにもありはしない。 自分とハルヒのことに精一杯で、俺はこんな大事な約束すら忘れていたのだ。長門の気持ちなど考えもしないで。 長門は始めて会ったときからこの今まで、ずっと何の見返りも求めずに俺のために尽力してくれた。 俺は数え切れないくらい長門に救われてきた。それだけじゃない。ハルヒの命をも救ってくれた。そして一度は俺のためにその命さえ捨ててくれたのだ。 ならば、俺は残りの人生は、全て長門のために費やすべきじゃないか。 いや、それでも全く足りないかもしれない。それほどのことを長門は俺にしてくれたのだ。 「ひとつ頼みがある」 俺は意を決して言った。 「俺の記憶を消すことは出来るか? 俺のハルヒに対する恋愛感情だけを全て」 目を閉じた長門が静かに否定した。 「私には既に記憶改変の能力はない」 しばらくの沈黙。 「でも……」 長門はとまどいを見せ、そしてこう言った。 「恋愛感情を変化させることは、あるいは可能かもしれない」 「少しでも可能性があるなら」 俺は長門を見つめ宣言した。 「ためらわなくていい。思いっきり、盛大にやってくれ」 これから自分の身に起こるであろう何かに対して、俺は覚悟して目を閉じた。 俺は激痛とともに意識を失ってしまうのか。 あるいは突然頭の中が操作され、何かが変わってしまうのか。 ……身構えている俺の口元に、唐突に、柔らかく暖かいものが触れた。 予想外の出来事に、恐々と開かれた俺の目は、さらに見開かれることになった。 目を閉じた長門の唇が、俺の唇に不器用に押し当てられていた。 俺はしばらくの放心の後、ゆっくりと、再び目を閉じ、そしてこう思った。 ――なるほど、確かにこれは恋愛感情の変化には効果的かもしれない―― 生き続けることを決心した俺は、ハルヒの高校卒業に併せて執りおこなわれた機関の解散パーティーに出席した。 お世話になった人たち、そしてもう会えなくなってしまう人たちに、別れの挨拶をしなくてはならない。 「皆さん、大変お待たせしました。ただいま戻りました」 卒業式後のSOS団解散式から会場に駆けつけた古泉が盛大な拍手で迎えられ、それと同時にパーティーは開始された。 それはSOS団解散式に勝るとも劣らない、壮絶な盛り上がりっぷりだった。会場の全体が常に笑いと涙で占められていた。 ハルヒによる理不尽極まりない数々の試練に対して、六年もの間苦楽を共にした仲間たちが集まっているのだから、それは当然のことだった。 晴れやかな笑顔を振りまきながら祝い酒を次々に飲み干す森さん。 静かに涙する新川さんと、抱き合って喜びを表現する田丸さん兄弟。 他の能力者たちに囲まれながら、意外にも大泣きしている古泉。 俺が機関に関わったのは実質的にはわずかの間だったが、それなりの思い出はある。間接的に関わっていた高校生の頃のこともある。俺の目にも涙が浮かんでいた。 機関の大部分のメンバーは、俺がどういう立場の人間なのかを知らなかったが、それはそれでありがたかった。いまさら創設者だと紹介されて、挨拶なんかさせられるのはご勘弁願いたかったからな。 俺は会場の片隅でパーティーの成り行きを見守る鶴屋家当主に挨拶に向かった。 「お世話になりました。あらためてお礼申し上げます。おかげで無事に役目を果たせました」 俺は心の底からの感謝を込めて最敬礼をおこなった。俺の歴史改変の全ては、当主がいてくれたからこそ成し遂げられたのだ。 本人を前にして感謝の意を表すのはこれが最後になる。当主はこの三年後に、急な病で命を落とすことになるのだ。 「こちらこそ、楽しいひとときを提供していただいて感謝しております。気が向いたらいつでも当家にいらしてください。娘もあなたが来るのを楽しみにしております」 当主は愉快そうに笑った。この人と出会わせてくれた運命にも、俺は心から感謝した。 俺はその四年と半年後、つまりハルヒが復活してしばらく後の時空に戻り、鶴屋さんに会いに行った。 「お久しぶりです鶴屋さん」 「ジョン兄ちゃん、久しぶりっ! いや、キョン君って呼んだ方がいいのかなっ?」 「ええ、どちらでも構いませんよ。今日は先代と鶴屋さんにご挨拶をと思いまして」 俺は当主の葬儀に参列出来なかった。昔の俺やハルヒと対面するわけにはいかなかったから。 当主の遺影に向かい、手を合わせた。あの時は言えませんでしたが、ようやく全てが終わりました。俺が今こうしていられるのも全てあなたのおかげです。 「先代と鶴屋さんには本当にお世話になりました。何とお礼を言っていいか。俺に出来ることなら何でもしますよ。何だったら未来のアイテムか何かを買ってきましょうか?」 「いいっていいって。あたしもジョンにはいっぱい世話になったからねっ。ところで、これからどうすんだいっ?」 「ええ、実は少し歴史がこじれてしまいまして。この時代にいる、鶴屋さんと同じ時間を過ごした俺と、今ここにいる俺は別の道を歩むことになっちゃいました」 「それは何となく感じてたよ。キョン君とジョン兄ちゃんは同じであってどこか同じじゃないなって」 「これから俺は少し未来に行こうと思ってます。この時代で生きていくには何かと不便が多くて。この時代の別の場所で暮らすのもいいんですが、別の時代のこの場所ってのも悪くないなと思いまして」 「そっかー。いよいよお別れなんだね」 「俺としても名残惜しいですが。この時代に残るもう一人の俺とハルヒをよろしくお願いします」 「あははっ、まかせときなっ」 鶴屋さんは俺のよく知る笑顔で答えてくれた。 「それにしても不思議なもんだね。中学生のあたしの前に現れたジョン兄ちゃんに、高校の下級生として北高で再会するなんてね。ジョンがまさか年下の男の子だったとは思いもよらなかったよっ」 そして鶴屋さんは俺に思いがけないことを告げた。 「今だから言うけど、あたし結構ジョンのこと好きだったんだよ。ううん、正直に言えば初恋の人だったの。結ばれない運命ってのは最初から解ってたことだけどねっ」 想像もしていなかった告白に俺は言葉を失った。 「でも、それはあくまでジョンのこと。キョン君じゃないの。私、年上が好みなのかなっ?」 鶴屋さんの瞳に涙が浮かんでいた。俺はまたしても鶴屋さんを泣かせてしまったのか? 「せっかくだから、じゃあひとつだけわがままさせて貰おうっかな?」 そう言った鶴屋さんは唐突に俺にキスをした。 「未来でも元気でね。あたしはジョンのことずっと覚えてるからねっ」 すっかり狼狽していた俺はかろうじて「ありがとうございます」とだけ言えた。 鶴屋さんもどうかお幸せに。俺はこれからの人生、長門とともに鶴屋家をずっと見守り続けます。 それからしばらく経ったある日、未来への移動の準備で色々と買出しをしていた俺は、思いもよらない人物に声をかけられた。 「お久しぶり。随分探したわ」 そいつの笑顔を見て、俺の体から否応なしに冷や汗が噴き出してくる。 それは、消えたはずの朝倉涼子だった。 「お前、どうして……」 それ以上は言葉にならなかった。 「あなたにずっとお礼を言いたかったの。迷惑だったかな?」 お礼にアーミーナイフなんて欲しくないぞ。 「安心して。もう襲ったりしないわよ」 朝倉が場所を変えようと提案し、俺たちは近くの喫茶店に入った。 やれやれだ。朝倉と喫茶店でお茶だと? 席についた朝倉は、昔を懐かしむような表情で語り始めた。 「あのとき長門さんによってわたしの肉体は消滅したけれど、わたしの意識は情報統合思念体に回帰したの。そしてあの二度目の情報爆発の日、わたしは他の意識とともに感情の奔流を経験した。情報統合思念体はあの日以来すっかり変わったわ。今や生き残った意識は数少ないの。わたしが今こうして存在しているのは涼宮さんや長門さん、それにあなたのおかげ。あなたたちがわたしにあらかじめ感情を萌芽させてくれたからこそ、わたしはあの感情の奔流を乗り越えることが出来たの」 「そのおかげで俺は二度も殺されかけ、実際に一度殺されたんだがな」 「お願い。それはもう言わないで」 片目を閉じて両の手を合わせる朝倉を見て、俺は正直に失言を詫びた。 「長門さんがあの閉鎖空間で言ったとおり、人間の持つ感情がわたしたちに与えた影響は絶大だったわ。そして情報統合思念体は多くのものを失い、多くのものを得たの。これが自律進化の可能性と言うのであれば、それは多分そうなのかもしれない」 朝倉は運ばれてきたアイスレモンティーをストローで愛おしそうに飲んだ。 「今のあたしはね、毎日が楽しいの。この先自分に何が起こるのか解らない、そう考えるだけでワクワクする。あたしはこれから自分の求めるものを自分自身で探しながら生きていくの。感情とともに。これって素敵なことだと思わない?」 「ああ、その通りだと思う。人間は常にそうやって生きてきたんだ」 「そうよね。あの頃のわたしには想像もつかなかった。今思えば、あの頃のわたしは確かに涼宮さんや長門さんに嫉妬していたのだと思うの。何も解ってないわたしなりにね」 朝倉はそう言って笑ったあと、表情を真剣なものに変え俺に告げた。 「情報統合思念体の中では、今の状況を自律進化への道として受け入れている意識が大多数なの。つまり今はわたしも主流派。でもね、一部の意識は人類、特にあなたと長門さん、涼宮さんに対して未だに恨みを持ち続けているの。だからこれから先気をつけて。あの装置があればあなたと長門さんは多分大丈夫だとは思うけど。それと、涼宮さんともう一人のあなたのことはわたしにまかせて。わたしが彼らを陰ながら守ってみせるから。これはわたしの、あなたたちへのせめてもの恩返し。わたしはそれをあなたに伝えたかったの」 そして朝倉は元の笑顔に戻った。 「長門さんに会えなかったのは残念だけど、よろしく伝えておいてね」 俺たちは喫茶店を出て、その場で別れた。 「前にもお別れの言葉は言ったけど、今度は本心で言うね」 朝倉はあの時と同じ、そしてあの時とは違う笑顔で言った。 「長門さんとお幸せに」 そう言って朝倉は俺に歩み寄り、あろうことか俺の頬にキスをした。 「一応言っとくけど、これは長門さんへのあてつけね。それじゃあ」 なんだか最近みんなが俺にキスをしてくれる。 これが長門に知れると、俺はしばらく口をきいてもらえなくなるんだがな。ちなみに、鶴屋さんのときは三日間だった。 そしてこれは必ず長門の知るところとなる。俺が長門に隠し事なんて出来るわけないからな。 今度は何日間になるんだろうな、そんなことを思いながら俺は朝倉の後姿に笑みを投げかけていた。 俺は少し迷ったが、古泉にも会うことにした。 古泉とは機関の解散パーティーで少しばかり話はしたが、やはりこいつには全てを話しておかなくちゃいけないという気がしたからな。 「そう言うわけで、既に解っちゃいると思うが、俺が機関の親玉だ」 「ずいぶんと今更ですね」 そう言って古泉はいつもの笑みを俺に向けた。 「お前はいつから気づいていたんだ?」 「それはもう、部室で最初に会ったときからですよ。あなたには他の人にはない独特の雰囲気がありますからね」 やれやれだな全く。 「解散式の時にも言いましたが、あなたには本当に感謝しています」 「今はほぼ同い年だ。その言葉遣いはやめてくれ」 「いえ、機関の創設者であるあなたにはそれは無理です。たとえあなたの命令であっても」 「なら、せめてもう一人の俺には今までどおりタメ口を聞いてやってくれ」 「それはこれからもそうですよ。向こうのあなたと私は友人関係です。それに私はあちらの彼にはお世話になってませんしね。いえ、全くと言うわけではなくてそれなりにお世話にはなりましたが」 「そんなに気を遣わなくていい。あっちの俺は同一人物だが既に別人だ。それと、解っているとは思うが、ハルヒともう一人の俺には、この俺のことは話さないでくれよ。あいつらに余計な心配はかけたくない」 「それはもちろんですよ。いたずらに混乱させるだけでしょうからね」 「何か困ったことがあったらいつでも呼んでくれ。と言ってもお前から俺に連絡する方法はないか。俺が困っているお前を見つけたらすぐさま助けに行くさ。少し行くのが遅れるかもしれんが、それは俺の時間軸で遅れるだけであって、お前の時間軸ではピンポイントで行ってやる」 「ありがとうございます。その節は是非よろしくお願いします」 「それと、最後に」 俺は少し照れくさかったが、本心を言った。 「今まで苦労した分、幸せになれよ」 古泉は俺に感謝の言葉を述べ、涙を浮かべた。俺も涙ぐんでいた。 でも、頼むからお前はキスなんかしてくれるなよ。長門は怒らないかもしれないがな。 最後にもう一度だけ行きたいと言う長門とともに、俺たちはあの図書館に足を運んだ。 思い起こせば、本当に色んなことがあった。 ハルヒに振り回され続けた高校時代。 ハルヒとともに人生を歩むようになった数年間。 そして、ハルヒを救うために超能力者の機関を作り、未来に飛び、歴史を改変した日々。 俺の今までの人生は幸せだったんだろうか? そんなこと、今更問いなおすまでもない。普通の人間では決して体験出来ない波乱万丈な人生を送れたんだ。不平不満など言おうものなら天罰が下る。 高校生の頃の俺も思っていたじゃないか。こんな面白い人生を提供してくれたハルヒに感謝する、とな。 ハルヒと離れ離れになったのは正直なところ今でもわだかまりが残っているが、それに関してはもう一人の俺が、俺の代わりに幸福を満喫してくれればいいことなのさ、きっと。 読書に集中している長門の横で、俺はそんなことを考えていた。 ふと、俺たちの背後に人の気配を感じた。 何の気なしに振り返った俺は、次の瞬間には絶句していた。 俺はその姿を見てあからさまに驚き、それを取り繕う余地など全く与えられなかった。 そこに立っていたのは、紛れもなく涼宮ハルヒだった。 しまった。ハルヒは長門を見つけてここに来たのだろうか。 考えろ。この状況からどう逃れればいい。まさか俺に気づくとも思えないが、果たして長門はうまく誤魔化してくれるだろうか。 長門を見た。俺と同じように絶句してやがる。いやその表現は正しくないな。絶句こそが長門の基本モードだ。 ええい、そんなことを考えている場合じゃない。さあどうする。 そんな俺の狼狽を知ってか知らずか、ハルヒは俺をさらに混乱させるようなことを平然と言ってのけた。 それも、長門ではなくこの俺に向かって。 「髭生やしたあんたもなかなかのもんじゃない。サングラスも似合うようになったわね」 俺は呻きとも言えない声を上げた。ハルヒは共に人生を歩んでいる俺とは別の、この俺の存在を当然知っているかのような口ぶりだった。 ハルヒはさらに絶句している俺を気遣うように、 「あの時も言ったけど、あんたのおかげで本当に幸せだった。ううん、もちろん今も幸せよ。あなたらしい人影を見かけたから……。あの時はお別れの言葉になっちゃったから……。どう してももう一度伝えたくて」 「ハルヒ……」 俺はそう言うのが精一杯だった。 「病院のベッドの上で、ずっと夢を見てたわ。あんたがあたしを助けてくれる夢。あたしがあんたを助ける夢」 やっぱりあれはお前の仕業だったんだな。俺はお前を助けるつもりで、実はずっと助けられてたんだな。 あらためて思った。やっぱりお前はすげー奴だ。時間どころか次元まで越えて俺のことを見守ってくれていたんだからな。 「有希」 ハルヒに呼びかけられた長門が、緊張の面持ちでハルヒを見た。 ハルヒは柔らかく目を細め、長門に微笑みを投げかけた。 それは俺が今まで見たハルヒの表情の中で、最も穏やかで最も深い、そんな微笑みだった。 「ずっと有希のこと心配だったけど、もう安心ね。幸せになるのよ」 長門の目がわずかに見開かれた。その瞳が潤んでいた。 「こっちのキョンをよろしくね」 長門は緩やかに首を傾け、 「……ありがとう」 そしてハルヒに微笑みを返していた。 改変された世界の、あんな贋物の微笑じゃない。本当の長門の、本当の感情が生み出した、偽りのない本当の微笑だ。 「時間がないから行くわ。もう一人のあんたを待たせてるの」 歩き出したハルヒは思い出したように振り返り、人差し指を突き立てた。 「キョン、しっかりやんなさいよ。有希を泣かすようなことしちゃだめよ!」 ハルヒはそう言い残し、図書館の外へと走り去っていった。 それにしても、別れ際もさっぱりとしたもんだ。それでこそハルヒらしい。俺は以前と変わらないハルヒに自然と顔が綻んだ。 ハルヒが見えなくなるまでその後姿を見送った俺たちは、顔を見合わせ、お互いの唇を重ねた。 ハルヒのおかげで、踏ん切りがついた。 ハルヒはもう一人の俺とともに、朝比奈さんが言ったように平穏な人生を送る。そして俺は長門とともにさらなる波乱万丈の人生を歩む。 それでいい。これから先のことは、これから考えればいいさ。 ――そうだろ、ハルヒ? こうして、俺たちはこの時空に別れを告げた。 俺はまだ朝比奈さんに会いに行く約束は果たしていない。 だが俺は確信していた。いずれまた遠い未来で彼女に会う日がきっとやってくると。そして彼女に会いに行くべき時が今でないことを。 俺たちにはまだ、これからやらなければならないことが残されている。 エピローグ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1585.html
元ネタ:涼宮ハルヒの憤慨 「で、続きは?この娘とはこのあとどうなったの?」 「だから何もねぇよ、それに架空の話だ」 「嘘!あんたにそこまで文才があるわけないじゃない!現国だってあんなに悪いくせに!」 痛いところを突いてきやがる 「仮に実話だったとしても、お前には関係ないだろ?」 「あるわよ、団長だもの」 何だそりゃ?今更だが無茶苦茶だな おい。 俺が何も言わずに沈黙を続けていると、ハルヒもついに諦めたのだろうか 「もういいわよ。考えてもみたらあんたに恋の経験があるわけないし、これからもなさそうだもんね」 「んなことねーよ」 「え?」 しまった…今のは適当にあしらうところだろう…何言ってんだ俺。 「ってことはあんた…誰かに恋なんてしてるわけ?」 もはや隠し切れんな。俺はしばらく考えてから言った。 「……ああ」 「だれ?あたしの知ってる人?」 「ああ」 「みくるちゃん?有希?それとも鶴……」 俺はハルヒの言葉を遮って言った。いい機会だ、いっそのこと言っちまおう。 「おまえだよ、ハルヒ」 「えっ?……それ、どういう…意味……?」 さすがのハルヒも動揺しているようで、その表情戸惑いを隠し切れていない。 「別に、そのまんまの意味だ。俺はな、ハルヒ…お前のことが好きなんだよ」 本当はまだ言う気はなかった。もう少し時間をかけてからでいいと思っていた…でも、俺はもう言ってしまった。後悔などはしていない。 「すまん、急に変なこと言っちまったな。続きは家で完成させて明日持ってくる……じゃあな、ハルヒ」 そして俺はハルヒに背を向け、部室を出ようとした。 すると 「ま、待ちなさいよ!」 「いざ」 そう言うとハルヒは、しずかに刀を抜いた。ハルヒの愛刀「村正」……なるほど、本気のようだな 「尋常に」 俺も刀を抜いた。我が家に代々伝わる「正宗」を…… そして互いに抜刀の構えをとり 「……勝負」 勝負は一瞬で決まった 俺とハルヒの刀はたった一撃で、修復不能なほどボロボロになってしまった。 「腕を上げたわね……キョン」 「俺だってそれなりに鍛練は積んで来たさ…」 そして俺たちは握手した。互いに健闘を称え、共に生徒会長を倒す道を進もうと 「さぁ、行くわよキョン!あたし達の戦いはまだこれからなんだから!!」 「ああ、わかってるさ。お前となら…どこまでだって行けるさ」 「キョン……ありがとう」 「まさかお前に礼を言われるなんてな」 「なによ!あたしだって言うときは言うわよ!」 俺たちは顔を見合わせて笑った。 言葉なんていらなかった… 俺たちは手を取り合い走った…どこまでって? 決まってるだろ? 世界の平和までさ!!! 完 ~別バージョン もっとカオス~ 振り替えると、ハルヒが俺の手を掴みうつむいていた。 「自分ばっかり言いたいこと言って…何よ…」 「……すまん」 「謝んなくていいわよ!………ただ、あたしの話も聞いてよ…」 ハルヒはいつになく小声で言った。 「ひでき……」 後ろから声がする。再度振り返るとそこには 「…ちぃ……どうしてここに!?」 「ひでき、晩御飯…」 「そ、そうか、もうそんな時間だったか」 「キョン……あんた…その娘とはどういう……?」 「このことはな、ちぃって名前なんだ。最近拾った新しいタイプのパソコンでな、隣に住んでる新歩さんに使い方を教わった」 「使い方って…まさか?」 「ああ、通常の情報処理能力に加えて、性欲処理能力もそなえている」 「し、信じられない……これほどの能力を備えたパソコンを拾うなんて……誰が落としたのかしら?」 すると長門が入ってきた。 「今北産業」 「ちぃ ひでき 晩御飯」と、ちぃが答えた。よくできたな、ちぃ。 「把握した」 「それにしてもすごいパソコンね…もしか」 ちぃは爆発し、世界は闇に包まれた。 なるほど、白雪姫………そういうことだったのか……朝比奈さん………… 俺たちはちぃの爆発で死んだ………かに思えた。 「ん?生きてる……?」 目を開けると長門が爆発を抑えてくれていたようだ。 「長門!?大丈夫か!?」 「平気」 「ふふふ、あの爆発に耐えられるなんて中々のものね。でも、もう無駄よ……あなたもジャンクにしてあげる」 ちぃ、バグっちまったのかよ!?くそっ!!やっぱりあのとき、山田に感染していたんだ! このままだとマズイ!ハルヒを逃がさないと! 「ハルヒ、お前だけでも逃げるんだ!」 「甘いわね」 「なに!?」 すると辺りが灰色の世界に変わった。閉鎖空間だ…!まさかハルヒ、お前! 「あたしは鍛練の末、任意でこの空間を発生できるようになったわ。今のあたしはどの(萌え)属性も100%発揮できる!! 絶 対 萌 時 間!!」 「ハルヒ、そうか……なら俺も………システム・イド 発動!!」 「私もこの空間では統合思念体を無視し、本気を出せる……マテリアライズ!!! 武刀『れいき』」 「ふふふ……来なさい、憐れな子羊達……次元のはざまに送ってあげるわ!!」 「ちい……教えてくれ。何がお前をそうさせたんだ?山田か?」 「ふふふ……天国を追放された天使は、悪魔になるしかないのよ。あなたこそどうして?私の味方だったと思ったのに…」 「俺はただ……覚めない夢を見てるだけさ」 「キョン!来るわ!!」 「彼女のオーラ力が上昇している…」 「ふはははは!行くわよ!!」 「終わりにしようぜ……ちぃ!」 そして世界は核の炎に包まれた 完
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3907.html
翌日の朝。俺は懐かしい早朝ハイキングコースを歩いて学校へと向かっていた。 とは言っても、向こうの世界じゃ毎日のように往復していたけどな。 北高に入り、下駄箱で靴を履き替えていると、 「おっ。キョンくん。おはようっさ。今日もめがっさ元気かい?」 「キョンくん、おはようございます」 鶴屋さんの元気な声と朝からエンジェル降臨・朝比奈さんの可憐なボイスが俺を出迎えてくれた。 何か向こうの世界じゃ何度も聞いていたのに、帰ってきたという実感があるだけで凄く懐かしい気分になるのはなぜだろう? 靴を履き替え終わった頃、長門が昇降口に入ってきた。 「よう、今日も元気か?」 「問題ない」 声をかけてやったが、やっぱり帰ってきたのは最低限の言葉だけだ。ただし、全身から発しているオーラを見る限り 今日の朝は気分はそこそこみたいだな。 階段を上がっている途中で、なぜか生徒会長と共にいる古泉に遭遇する。 「やあ、これはおはようございます――どうしました? 何かいつもと雰囲気がちょっと違うように見えますが」 「朝からお前と遭遇して、せっかくの良い気分がぶちこわしになっただけだ」 「これは手厳しい」 ふと、俺はあることを思い出し、古泉と生徒会長を交互に見渡して、 「とりあえずご苦労さんとだけ言っておく」 「はい?」 俺の台詞の意味がわからず、呆然とする古泉と生徒会長を尻目に俺は自分の教室へと向かった。 そして、教室に入ってみれば、ハルヒのしかめっ面が俺をお出迎えだ。 少しはこっちの気分を読んで欲しいぞ、全く。 「遅い! せっかく良いもの見つけたから、朝ご飯食べながら学校に走ってきたのに!」 「お前の都合でどうこう言われても困るぞ」 団長様のありがたい怒声を聞きつつ、俺は自分の席に座る。 見ればハルヒは机の上にチラシを沢山並べていた。どうやら何かの催しの案内らしいな。今度は何だ。 全米川下り選手権にでも丸太に乗って参加するつもりか? 「ほら見てよ、これって凄くおもしろそうじゃない? ついでにSOS団のアピールもバッチリだわ! これは――」 意気揚々と語り始めるハルヒ。俺はそれを耳から垂れ流しつつ、ちょっとした考え事に入る。 最初に言っておくが、これは昨日の夜家に帰って風呂に入りながら考えた俺の妄想だ。 俺はずっと向こう側の世界に行って、SOS団を作り上げるまで試行錯誤しまくってきたわけだが、 実際のところ不可解な点もたくさんあるのが実情だ。 特に情報統合思念体については明らかに矛盾している点がある。連中は長門によるハルヒの力の使用は二度あって、 一度はハルヒのリセットで隠蔽、もう一つは直前で阻止したようだったが、今俺が帰ってきた世界の長門の世界改変分が カウントされていないのはなぜだ? 最初に聞かされた話じゃ、ここの連中とあっちの連中も結局は同じもののはずだからな。 そう考えれば、俺の知る限り長門による力の行使は三回あったはず。これはあきらかに矛盾している。 じゃあ、実はハルヒの勘違いで、こことあっちの連中は実は別物と言う可能性はどうだろうか? 一応パラレルワールドみたいなものだし、 その分だけ情報統合思念体が存在していてもおかしくはない。が、それはそれで矛盾がある。見たところ同じような考えを持った 存在だったことを考えれば、この世界で長門が世界改変を実施したら、同じように長門の初期化、さらにハルヒの排除という 流れになるんじゃないだろうか。向こうの連中は過剰反応しただけで済ませるにはどうにも腑に落ちない。 まあ、なんだ。前置きが長くなったが言いたいことはこういうことだ。 俺が去った後にリセットされてやり直されている世界――それが今俺のいる世界なんじゃないかってね。 つまり俺はずっとここに至るまでの軌跡をずっと描き続けてきたってことだ。 情報統合思念体にも実は俺たちとは違うが時間の流れみたいなものがあって、あの交渉の結果、 この世界では長門の世界改変がスルーされた。約束通りに。 それだといろいろつじつまの合うことも多い。 ハルヒがどうして宇宙人(長門)・未来人(朝比奈さん)・超能力者(古泉)・異世界人(俺)がいることを望んでいたのか。 それは最初からSOS団を作るために、探していたんじゃないだろうか。だからこそ、不思議なことを探してはいるものの、 全員そろっている現状に密かに満足しているのではないのか。それだと唯一いないと言われている異世界人は、俺だし。 それに…… ―――― ―――― ―――― なーんてな。考えすぎにもほどがある。本当にそうなら、今目の前にいるハルヒは自分が神的変態パワーを持っていることを 自覚していることになっちまうが、それなら最初に世界を作り替えようとしてしまったこととか、元祖エンドレスサマーとかの 説明が全くつかなくなってしまう。自覚してあんなデリケートな性格になっているんだから、あえてやるわけがない。 普段の素振りを見ても、そんな風にはとても見えないしな。自覚しているハルヒを知っている身としては。 ……ただし。 ――あんたの世界のあたしがうらやましい。何も知らずにただみんなと一緒に遊んでいられるんだから―― この言葉が少々引っかかるが。 まあ、どっちにしろ凡人たる俺にそんなことがわかるわけもない。一々確認するのも億劫だし、面倒だ。 現状のSOS団に満足しているのに、わざわざヤブを突っつく必要なんてあるまい。 俺の妄想が本当かどうかはその内わかるさ――その内な。この世界も別の神とか宇宙的勢力とか出てきて、 まだまだ騒がしい非日常が続いて行きそうな臭いがプンプンしているし。 「ちょっとキョン! ちゃんと聞いているの!?」 突然ハルヒが俺のネクタイを引っ張ってきた。やれやれ、妄想もここまでにしておくか。 俺はハルヒの手をふりほどきつつ、 「で、次はどこに連れて行ってくれるんだ?」 その問いかけにハルヒはふふんと腕を組み、実に楽しそうな100W笑顔を浮かべて、 「聞いて驚きなさい。次はね――」 ~涼宮ハルヒの軌跡 完~