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がたん、ごとん。 日付も変わろうかという時刻のローカル線に、乗客は驚くほど少なかった。 広い車内に僕ともう一人だけの、ただ二人きり。 他に人影を探そうとすれば、スライドドアを開けて隣の車両へ行かなければならない。 そして、周囲に響き渡るのは電車の走行音のみ。 こんな時間まで外を出歩くなんて生活とはとんと無縁だった僕からすれば、それは極めて奇異な光景である。 物珍しいものを目にすれば、まぁ大抵の人は、大なり小なりそこに何がしかの感慨を覚えるものだと思う。 無論、平凡中の平凡を自認する僕も例外ではない。 ――本来なら。 視覚が捉えた眼前の光景を『奇異なもの』として認識することはできる。 だが、その後が続かない。 思考が『ああ、なんだかおかしな感じだな』というところで止まってしまう。 目下のところ、僕にはそんなことに思いを巡らせている余裕はないのだ。 なぜなら、そう。 僕のすぐ隣で起きていることに比べれば、その程度の奇異さはまるで取るに足らないことなのだから。 肩に感じる、僅かな重み。 その重みの主は、僕以外でこの車両に乗っている唯一の人間にして僕の大切な――大切なクラスメートであり、友人だ。 そしてまた、ごく一般的な高校生であるところの僕が、こんな時間にローカル線に揺られている理由の主でもある。 霧切響子さん。 彼女が僕の肩に寄り掛かって、眠っている。 つまりは、それが僕の置かれている現状だ。 ---------- ちょっとしたきっかけから僕が霧切さんの『仕事』の手伝いをするようになって、もう二ヶ月ほどになるだろうか。 彼女の下に舞い込む依頼は様々だ。 時にはクラスメートからのごく身近なレベルの頼まれ事。 時には彼女の敬愛する祖父を仲介として、警察をはじめ思わず身構えてしまいそうなところから持ち込まれた仕事。 また時には――彼女とは複雑な間柄である、希望ヶ峰学園長直々の特命。 誰からのどんな依頼であろうと、ひとたびそれを受諾すれば彼女はすぐさまに捜査を開始し、そしてどこへでも飛んでいく。 学園から遠く離れたところまで足を運ぶことも、そう珍しいことではない。 しかしながら、ここまで帰宅が遅れたのは今日が初めてだ。 今回の依頼は人探し。 霧切さんにとっては至極簡単な仕事だろうとタカを括っていたけれど、そんな僕の読みは甘かったと言わざるをえない。 探し人の足跡は思った以上に少なく、じきに捜査は行き詰ってしまった。 ようやく突破口が開けたのは、もう夕方に差しかかろうかという頃。 手持ちの情報を整理しながら今後の方針を話し合っていた最中、突如として彼女に天啓が降りてきたのだ。 思い立ったが即断即決。 彼女に先導されるまま、気がつけば僕らは聞いたこともないような名前のローカル線に乗車していた。 それから片道二時間の道程を経てやって来た山中深くの集落で、ようやく確たる手掛かりを掴むことができたのである。 ――が、なにしろそこに至るまでが長かった。 どうにか帰りの電車に駆け込んだ時には僕はもうクタクタで、それは彼女も同じ様子だった。 証拠を手にした時の静かな興奮は陰を潜め、いつものように今後の捜査の展望について意見を交わすこともなく。 僕らは言葉少なに、ただ電車に揺られていた。 そうして、二駅ほど過ぎたあたりだっただろうか。 不意に、自分の肩に誰かが寄り掛かってきたのは。 他に乗客なんていないというのに、それを霧切さんだと認識するまでにしばしの時間を要したことを、やけにはっきりと覚えている。 ---------- そして、今に至る。 密室の中で、綺麗な女の子と二人きり。 それも、頭と肩と腕だけとはいえ、体が密着している。 世の平均的男子高校生ならば、きっとドキドキせずにはいられないシチュエーションだと思う。 そして平均的男子高校生の代表選手たるこの僕が、例外であろうはずもない。 さて、僕はどうするべきなのだろうか。 疲れきった女の子のひとときの休息を妨げるのは少々気が引ける、というのも事実だ。 いろいろな意味で僕よりずっとタフな霧切さんが、今日ほど疲れた様子を表に出していたのは珍しい。 だから、尚更そう思えてくる。 だけど、このまま身体が密着した体勢を維持し続けるのはどうなのか。 僕らはまだ恋人だとか、そういう関係じゃあない。 クラスメート、もしくは探偵と助手の間柄でしかないのだ。 にも関わらずこんなピッタリと――って、待て。 ちょっと待て苗木誠。 今の『まだ』ってのは一体何だ、『まだ』ってのは? お前は一体彼女に何を期待しているんだ? ――いや、今はその話は置いておこう。 というか、あれだ。 考えてみれば、下車するまでのどこかの時点で、遅かれ早かれ彼女には目を覚ましてもらわなければならないのだ。 身体が密着しているのを分かっていながら下車ギリギリまで起こさなかったりしたら、霧切さんはどう思うだろう? ジト目で睨まれるくらいで済めばいい。 が、下手をすればしばらく口も利いてくれなくなるなんてこともあり得るかもしれない。 とすれば、今起こしてあげるのが最善と考えることもできるんじゃないだろうか? よし、決めた。 腹を固め、僕は霧切さんの方へと視線を動かす。 僕の肩に寄り掛かる銀色の頭。 角度のために、その表情を窺い知ることはできない。 果たして彼女はどんな寝顔をしているのだろう。 甘ったるくない、さっぱりとした清涼感のあるいい匂いが鼻腔をくすぐる。 これほど近くで彼女の香りを感じるのは初めてのことだ。 響き渡る電車の走行音と震動の中に、彼女の小さな寝息が聞こえてくる。 ささやかな、ほんのささやかな息づかいなのに、驚くほどはっきりと感じられるのは距離が近すぎることだけが理由だろうか。 垂れ落ちた彼女の長い髪の一房が、膝の上にある僕の手の甲をそろりと撫でる。 もっと、触れてみたい――そう思わないといえば嘘になる。 取り留めない思いが頭を巡るうちに、僕の意識は寄り掛かる彼女の身体の存在へと傾いていく。 直に触れる彼女の肩は、僕がイメージしていたよりずっと小さかった。 そして腕の感触はとても柔らかい。 いや、別に『筋張ってごつごつしてそう』だとか思っていたわけではないけれど。 ただ、僕が彼女に対して抱いていたシャープな印象にそぐわないその感触に、多少の意外さを覚えたのは事実だ。 女の子の身体の柔らかさ。 これもまた、僕にとっては初めて味わうものだ。 そしてこの腕を隔てた向こう側にはきっと、もっと柔らかい―― ごくり。 我知らず、僕は唾を飲み下していた。 待て。 待て待て待て待て! 何を考えているんだ僕は!? つい先刻、彼女を起こすことを決めたばかりじゃないか。 確かに、その、今のこの状況を手離すのは惜しいという気持ちもある。 それは否定できない……というかこの期に及んで否定しても白々しいだけだ。 だけれど、それは置いといて。 何よりまず、霧切さんは僕の大切な――大切なクラスメートであり、友人なのだ。 決断を先延ばしにして、あるいは判断を誤って、その為に今の彼女との関係を損なうようなことは、僕の望むところじゃあない。 なら、どう行動すべきかは自明のはずだ。 煩悩に惑わされるんじゃない。 行け。 行くんだ僕。 「き、きり……」 決意を新たに声をかけようとした、その時。 「ん……うぅ……」 霧切さんの口から、彼女らしからぬ不明瞭な声が漏れる。 いつだってハキハキとした声で歯切れよい物言いをする彼女にはとても似つかわしくない、可愛らしい呻き声。 それと同時に彼女の頭がもぞもぞと動き、僕の肩からずり落ちる。 ずり落ちた先は――僕の二の腕の上。 頭が動いた拍子にか、彼女の香りがふわりと周囲を舞う。 「あ、え……?」 彼女に掛けるべき台詞の代わりに、意味を成さない間抜けな声が漏れる。 完全に出鼻を挫かれた形だ。 その間にも彼女の身体は重力に引っ張られ、ずるずるとずり下がっていく。 重みが、存在が、肩の上にあった時よりも一段とはっきりしたものとなって伝わってくる。 そして終着点――それ以上ずり下がりようのないところで、ようやく彼女の頭は移動を止める。 すなわち、僕の膝の上で。 膝の上……膝の上? 「え……えぇ!?」 えっと、ちょっと待て。 なんだこれ。 なんだこれ。 これはつまり、その、俗に言うところの膝枕というやつなのか。 何で? どうして僕が霧切さんに膝枕? いや、何でかといえば今この目で見た通りなんだけれども、そういうことではなく。 ……本当になんだこれ。 客観的に見れば、先刻から彼女の姿勢が幾分変わったというただそれだけなのに。 その些細な変化に、僕はどうしようもなく動転させられている。 彼女は相変わらず、小さく寝息をたてるのみだ……僕の膝を枕代わりに。 というか、位置がヤバい。 膝の上の彼女の頭から然程離れていない僕の足の付け根には、その、アレがあるわけで――って、おい。 また何を考えているんだ僕は。 ――落ち着け。 落ち着くんだ、苗木誠。 そう、状況はさして変わっていないんだ。 膝枕という言葉の甘い響きに惑わされるんじゃない。 何も慌てる必要なんてないし、僕のやるべきことも変わらない……そうだろう? 三度目の正直、というか何というか。 気を取り直し、僕は改めて霧切さんに声をかけようとする。 「あの、きりぎ……」 が。 またしても。 僕は機先を制されることになる。 「なえ、ぎ……くぅん……」 名前を呼ばれた瞬間。 どくん、と心臓が一際高く鳴る。 寝言、なのだろうか。 先ほどの呻きと同じ、可愛らしいトーンの声がひどく艶っぽく聞こえてしまう。 この状況に当てられて、僕の耳までもがおかしくなっているのだろうか。 早くも気勢を削がれつつある僕をよそに。 霧切さんの攻勢は尚も止まらない。 「うぅ……ん……」 僕の膝に頭を乗せたまま、彼女が小さく身をよじる。 その結果――まるで猫が頬ずりするかのように、彼女の顔が僕の膝に擦り付けられる。 そして、さらに。 「ここまで……すれば……わかる、わね……?」 「……へ? えぇ!?」 僕の身体も思考も、そこで完全に停止した。 ---------- 『間もなく~△△~。△△~』 あれから、どのくらい経った頃だろうか。 車内アナウンスが僕らの下車駅の名を告げたのは。 結局それまで、僕はずっと硬直したまま、ただ自分の心臓の鼓動を聞いていた。 そして、ようやく。 「んん……」 うたた寝の最中でも、駅の名前は聞き逃さなかったのだろうか。 ようやく、霧切さんが僕の上からのそりと起き上がる。 「あ……霧切さん」 「……眠ってしまっていたのね、私」 「お、おはよう……」 寝起きであることを感じさせない、明瞭な声。 僕のよく知る、聞き慣れたトーンの彼女の声だ。 「どうも迷惑をかけてしまったみたいね……ごめんなさい」 「え……? いや、迷惑なんてことはなかったけどさ……霧切さんの方は、その……」 「何?」 深く澄んだ薄紫色の瞳が僕を見返す。 一切の揺らぎの無いポーカーフェイス。 いつも通りの、まったくいつも通りの彼女の顔。 「い、いや……ゴメン。何でもないよ」 「……そう。なら、私もいいわ」 『△△~。△△です~。○○線にお乗換の方は三番乗り場~。□□線へは……』 気がつけば電車は既に停車しており、そして間を置かずホームへと続くドアが開かれる。 「行きましょうか」 霧切さんが、これまた普段通りのしなやかな所作で立ち上がる。 「あ、う……うん」 ワンテンポ遅れで、僕も彼女の後を追う。 腑に落ちないというほどではないけれど、なんだかモヤモヤしたものを胸に抱えながら。 ジト目で睨まれることも、口を利いてくれなくなることもなかったのは……ラッキーと言うべきか。 だけれど、彼女の立ち居振る舞いが、本当に何事もなかったかのようで。 まるで先刻のことが夢か何かだったのではと思えてきてしまう。 肩に、腕に、そして膝の上にあった彼女の感触は、はっきりと思い出すことができるというのに。 いつも通りに見えて、実は寝ぼけていたりするのだろうか。 それとも、僕が全く異性として見られていないということか。 あるいは……うたた寝していたのは彼女ではなく僕の方だったのか。 「それにしても……」 並んでホームに降り立ったところで、不意に彼女が呟く。 そして僕は更なる困惑に陥ることとなる。 「結局……自分から指一本触れようとしなかったわね、あなた。まあ、紳士なのは悪いことじゃあないけれど」 「……へ?」 「なんでもないわ……独り言よ。忘れてちょうだい」 それだけを口にすると、彼女は改札へ続く階段へと歩を進めていく。 カツカツとブーツの踵を鳴らしながら、立ち尽くす僕を尻目に。 ええっと、あの。 今のは――一体どういうことだ? 僕が自分からは彼女に触れようとしなかったのは、その通りだけれど。 なぜ霧切さんは、自分が眠っている間のことを知っているんだ? それはつまり――。 いや、仮にそうだとして。 僕でも簡単に分かるような矛盾に、あの霧切さんが気付かないなんてことがあるのか? もしかしたら、彼女はそれと知ったうえで、あえて矛盾のある台詞を口にしたんじゃないだろうか? そして、独り言だと言っていたけれど……本当にそうなのか? 僕にはそんな風には聞こえなかった。 ならば――。 「どうしたの? ここで野宿でもする気?」 数メートル先から僕を振り返る彼女の瞳は、やはり深く澄んだ薄紫色。 その瞳に、僕は、 「あの、霧切さん。さっきの……」 問い掛けようとして、僕は慌ててそれを中断する。 今はまだ、彼女に僕の言葉の弾をぶつける時ではない。 すんでの所で、そのことに思い至ったからだ。 『ここまで……すれば……わかる、わね……?』 先刻、彼女が僕の膝の上で発した言葉がリフレインする。 僕の推測が正しかったとして、では何故彼女は『あんなこと』をしたのか? その問いに答える――いや、応えるための弾丸は、今しがた彼女が僕に渡したものでは足りない。 多分、僕が僕自身の中から見つけ出さなければならないものこそが、それにふさわしいはずだ。 実を言えば、僕にはその弾丸が僕の胸の内の何処にあるかはもう見当がついている。 けれど、それを取り出して装填するには、まだ少々の時間と、そして少々の勇気が必要だと思う。 ついでに言えば――シチュエーションも、もうちょっとばかり相応のものを選びたい。 「何かしら?」 「……や、ごめん。何でもないよ」 「さっきも同じ台詞を聞いたわね。別にいいけれど」 くるりと身を返し、霧切さんが再び歩き出す。 僕も急いでそれを追い、そして彼女に並ぶ。 忘れて、と彼女は言った。 きっと彼女も僕と同じように考えているのだ――と思う。 だから今、この場は彼女の言う通りにしよう。 いずれ、その時はやって来るはずだ。 ――いや、その時を作り出さなければならないのは僕だ。 遠くないうちに、必ず。 それまでは僕の胸の内にしまっておこう。 彼女が僕に提示した矛盾点も、それを貫く弾丸も。 「……意気地なし」 「え? 霧切さん、今何か言った?」 「別に。独り言よ」
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「やぁ、罪木さん。少し話しがあるんだけどいいかな?」 「な、なんですかぁ。私また何かしましたかぁ!?」 「いや、希望の象徴たる超高校級の君達に話を聞いて貰えるなんてそれだけで僕にとっては幸運だよ」 「うぅぅ・・・私なんかが超高校級の保委員でごめんなさぁぁぁぁい」 「いやいや、謝らないでよ。ところで話なんだけどね」 「うぅぅ・・・ゲロブタですみませぇん!」 「あの、聞いてくれるかな?罪木さん?」 「は、はぃ。な、なんでしょうかぁ?」 「実はね、日向君の事なんだけどさ」 「はいぃ・・・?日向さんがどうかしましたかぁ?」 「最近さ、彼とよく話をしているよね?」 「え、エヘヘ・・・。日向さんからよく話掛けてくださるんですぅ・・・。こんな事初めてで私・・・エヘヘ」 「そうなんだ?」 「は、はいぃ。私みたいなゲロブタに話掛けて下さるだけじゃなくてぇ、虐めたりしないんですぅ。むしろ私が怒られしまってぇ・・・」 「へぇ・・・。怒るってどういう風に?」 「えっとですねぇ・・・。お、『俺はそういう意味で言ったんじゃない!罪木と普通に話をしたいだけなんだっ!』ってぇ・・・。不思議な人ですよねぇ。わ、私、みたいな人に話し掛けるだけじゃなくて怒ってくれるなんて」 「ふふ・・・。彼の事を信頼しているんだね」 「あああわわわ、そ、そんな事思ってないですぅ!わ、私なんかが信頼したりしたら日向さんが困っちゃいますよぅ!!」 「ちょ、調子に乗ってごめんなさぁい・・・。あ、脱ぎましょうかっぁ!?好きな所に落書きしていいんですよぅ!?」 「い、いや遠慮しておくよ。そう言っても日向君を信用している罪木さんには酷な話かもしれないんだけどね。」 「え・・・?な、なんですかぁ!?」 「いや、日向君から最近相談を受けていてね」 「そ、そうなんですかぁ?」 「うん、その内容がね。『罪木の話を聞いてやってたら調子に乗って付き纏いだされた』ってね」 「あ、ああああの、ひ、日向さんがそんな事いう訳ないじゃないですかぁ・・・・」 「本当に酷いよね。表では罪木さんにそんな態度で振舞っておいて裏ではこれだよ?」 「・・・・ほ、本当なんですか・・・?」 「ボクは告げ口みたいで本当は言いたくなかったんだけどね・・・。事実だよ。なんなら録音してる音声でも聞かせようか?」 「・・・・け、結構ですぅ。わ、わたし・・・気分が悪いんでぇ・・・・ぅっ・・・部屋に戻りますぅ・・・・ぐすっ・・・・」 「大丈夫?ボクでよければ部屋まで送ろうか?」 「・・・・・・・っ・・・ひっ・・・・・」 「あーあぁ。行っちゃった。」 「・・・・・・・・・・・くっ・・・。ふっくっ・・・・ああはははははぁあああああああははあははははあはは!!! ごめんね、罪木さん。でも仕方ないよね?希望がより輝く為には多少の絶望という名のスパイスは必要なんだよぉ!!!!!」
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「おとうさまっ!」 ――ああ、またこの夢だ。 「ん? どうしたんだ響子?」 「あのね、抱っこして欲しいのっ!」 「ああ、いいよ。おいで」 あの、写真と同じ。 「わぁっ!」 「そらっ、どうだ響子? 高いだろう?」 「ほんとうだぁ! おとうさまより高い高いっ!」 ――カシャリ 不意に聞こえるシャッター音。 「おっ、写真撮ったのか?」 「ええ。凄くいい笑顔だったから」 「おかあさま、写真とったの? 早く見たいわ!」 「そうね。現像しないとけないから、ちょっとだけ待ってもらうことになるけど、いいかしら?」 「わかったわ!」 優しい母の声。 不意にそれは終わる。いつも、そう。 「やだっ……どうしておかあさまは起きないの? ねぇ、どうしてっ? おとうさま、どうしてなのッ?」 「おかあさんはね……もう起きないんだよ……起きられないんだよ……」 ベッドに横たわる、動かなくなった母。私は、覚えている。 でも、この後のことは知らない。記憶に無い。 「僕は探偵稼業を辞める」 「本気で言っているのか?」 「ああ」 「……それならば響子を置いていけ。それが条件だ」 「響子なら、僕よりも良い探偵になれるだろう……あの子には才能があることくらい僕にも分かる……響子を置いていくよ」 事実かどうかなんて分からない夢の話。 だけど、確かにこの後の私のことは記憶と一致する。 「おじいさま、おとうさまはどこへ出かけたの?」 「それは私にもわからないんだ。すまない響子」 「おとうさまは、いつ帰ってくるの?」 「もう帰ってこないんだ。あの父親のことは忘れても構わないよ」 幼いながらに、絶望したのを覚えてる。一度に二人を失った悲しみを覚えてる。 そして――夢の続きは、あの学園のあの隠し部屋での出来事へ。あの箱の中身が私の心を揺さぶる。 私はそこで目を覚ました。最近、よく見る夢。 夢だから、事実かどうかなんて信憑性なんてものはないはずだけれど、ほとんどが私の記憶と一致している。幸せだった頃の記憶と、絶望に突き落とされた記憶。 今更悲しくなんてないけれど、この夢を見た後は私の目からはいつも涙が溢れている。 「――どうか、してるわね」 私は涙を袖で拭うと、ベッドを降りた。いつもどおりにキッチンへ向かい、コーヒーを淹れる。 いつもどおりに規則正しい行動をすることで、乱れた気持ちを整えることが出来るから。 ◇◇ 「どうせなら、両親の記憶なんて忘れたままで良かったのに」 私が、そう言うと苗木君の視線を感じて私は彼の顔を見た。そして自分の失態に気がついた。 彼は人のことでも自分のことのように怒って傷ついてしまう、お人好しな人だったから。 「そんなこと言ったらダメだよ、霧切さん……」 「ごめんなさい……失言だったわ」 ――あなたの前ではだけど。 「……霧切さん、ボクは君に隠してることがあるんだ」 「隠してること? 一体何を隠してるの?」 「希望ヶ峰学園の、寄宿舎二階にロッカーがあったでしょ?」 そう言われてあの悲惨な状態だった風景を思い出す。 「ええ」 「学園を出る前に、ボクはあそこのロッカーを全部徹底的に調べたんだ。そして、ボクのロッカーにボク宛の手紙があったんだよ」 「手紙? 一体誰から――」 「学園長だよ」 ――あの人から、苗木君に手紙? 私はどうしてあの人が苗木君宛てに手紙を書いたのか、見当がつかなかった。 「内容は……見てもらった方が早いね。今から僕の部屋に来てくれる?」 「……わかったわ」 一体何が書かれているのか、気になった。謎があればとことん突き止めたいというのも探偵の性かしらね――なんて内心自嘲しながら、苗木君の後ろを歩いて彼の部屋へ来た。 部屋にはいると、机の鍵のついた引き出しから苗木君が白い封筒を取り出して、無言のまま私に手渡した。 「……読んでも、いいのかしら?」 「うん。君が読まなきゃいけないと思う」 「そう――」 私は何故か緊張して声が上ずった。そしてゆっくりと封筒から手紙を取り出し、開いてみた。そこには、あの人の直筆で心からの言葉と取れる内容があった。 『 苗木君、いつも響子を支えてくれてありがとう。本当に君には感謝しているよ。だから、私は君にはすべてを話しておきたい。 まず、知っていると思うが私は心から響子を愛している。たった一人の娘だ。家を出た後も片時も忘れたことはなかった。 正直、何度も霧切の実家に足を運んでしまいそうになった。しかし、出来なかったんだ。それは私の父親との約束でもあったし、何より響子の探偵としての素質、才能を潰したくなかった。 探偵という稼業を畏怖している私には、響子を立派な探偵に育て上げることは無理だと判断した。だから私の父親に響子のすべてを委ねた。 結果、本当に響子は素晴らしい才能を持った探偵になった。一人前の探偵となった響子が私の前に現れた時、卒倒しそうな程に嬉しく誇らしかったのをよく覚えているよ。その代わりに、父親として接することを犠牲にしてしまったけどね。 本音を言えば、誰の教えも必要ないほどに立派な探偵となった響子と普通の親子のように一緒に暮らしたいと思っている。けれど、それは無理だろう。 この想いだけでも本人に伝えられたら、と思ったこともあるがあの子からしたら図々しく虫の良すぎる話だろうから、私は胸に秘めたままこうして今まで来た。これからも言うことはないだろう。 だから、苗木君。これからも君が響子を支えてくれ。もし、私に何かあっても君だけは響子のそばに居てくれ。私の大事な愛娘を頼む 』 「……どうして、いつもいつも直接、その時に話してくれないのかしらね。あの人は」 「霧切さん……」 私は、初めて父の思いに触れることが出来たんだと思う。父の言葉で書かれた父の本当の気持ち。 「あの夢は、事実だったのね――」 「君は、ご両親にもお祖父さんにも確かに愛されていたんだ。だから、ちゃんと覚えていてあげて欲しい」 「……そう、ね。……苗木君、これを読ませてくれてありがとう。それと――」 ――親子揃ってあなたに支えてもらって、本当にありがとう。 終わり
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「な、なんで霧切さんがここに!?」 日付も跨ごうかという夜更け。 苗木誠は、目の前の光景にその日一日の疲れも忘れてしまったかのような声を出す。 某奇抜な髪型の元クラスメイトから頼まれた仕事、自分の残務処理諸々を漸く終えて帰宅したというのに “超高校級の幸運”なんてかつて言われた才能に、真っ向から反論したくなる出来事に頭の処理が追いつかないでいた。 「すぅ………」 霧切響子が、自分のベッドで眠っている。 普段の彼女からは想像もつかない無防備な姿。 苗木は急激に襲い来る緊張で喉を鳴らしてゆっくりと近づく。 瞼を閉じた霧切の目前で手を振るも当然反応はない。 「…寝てる……」 「どうして自分の部屋に?」という思いはあるものの、苗木は徐々に冷静さを取り戻していく。 霧切はとてもよく眠っている―――熟睡といってもいいのではないか、そのくらい眠りは深いようだった。 だからこそ起こすのに躊躇し、どうするべきかと思案する視線は無防備な――― 年頃の男なら、無意識にその体のラインに視線が吸い寄せられるだろう。苗木も例に漏れず、その一人だった。 未来機関で支給されるスーツ姿。普段良く見る姿なのに、艶かしさを感じてしまうのは いつも張り詰めた糸のような霧切が、その糸を緩めて、無防備な姿を晒しているからだろう。 胸元は呼吸の度に上下し、スーツの上からでもわかるくびれた腰は細く、 そこから伸びる女性らしい丸みを帯びたラインとそこから伸びる重なった太腿は肉感的で艶かしい。 (う、うわ…なんか霧切さん、いつもより………) 「っ、な、何考えてるんだボクは!」 熱くなる顔を振って芽生え出した下心を慌てて封じ込める。 彼女は大切な仲間で、今まで支えてくれた恩人で、そんな対象になってはいけないのだと、苗木は自分にそう言い聞かせ 「…起こそう。無防備に寝られると、色々困るしね…うん、色々…」 自分の情けなさに溜息を漏らしながら、眠る霧切の肩に手を置きその寝顔を覗き見る。 普段は理知的な色を宿す瞳は閉じられ、あまり緩む事のない頬は子供のように緩んでいる。 あどけない寝顔―――思わずその顔に、苗木は目を奪われてしまう。 (霧切さんの寝顔って、子供みたいで可愛いなぁ…) 肩に置いた手は、僅かに開かれた薄い桜色をした唇に引き寄せられ、指先で唇をなぞる。 初めて触れた異性の柔らかい唇の感触、規則正しく漏れ出る吐息が指にかかり、それは苗木の理性がグラグラと音を立てて崩れ落ちるには充分すぎる刺激だった。 頼りになる彼女の無防備な姿に唇に触れた手は頬へと添え、ゆっくりとお互いの顔が近づいていく。 端正で幼さの残る寝顔に見惚れながら苗木の瞼が閉じられ―――― 「!!!!!」 霧切の口から漏れる声に我に返った苗木は慌てて顔を離す。 (い、今、何しようとしたんだ…なにやってるんだよ!) とんでもないことをしでかす前に気づいて良かったという思いと、指で触れた唇に触れたいという矛盾した気持に、高鳴る心臓を抑えて後ずさる。 顔は茹で上がったように熱くなり、今霧切の目が開かないことに心から安堵した苗木は深呼吸をして自らの心を落ち着かせ 「き、霧切さん、起きて…!」 今度は細心の注意を払って欲望を戒めて、肩を揺さぶって声をかける。 「ん……ぅ……、……なえ、ぎ…君…?」 「はぁぁぁ、やっと起きた」 心から安堵した苗木は溜息を漏らし、その姿を霧切は寝ぼけ眼で見詰めた。 「…私は、あなたの部屋で寝てしまったようね」 「うん、一応ここ、ボクの部屋だね。えっと、どうして霧切さんがボクの部屋に?」 起きたばかりで、目の前に居る自分に動揺もしない。直ぐに状況を理解する霧切の様子に、苗木はこんな時まで感心していた。 「苗木君に会いたかった……なんて理由だったら、どうする?」 「え………えぇぇっ!?」 思わず動揺を露わにする苗木だが、対する霧切は唇を釣り上げて楽しげだ。 そこで漸く“からかわれて”いることに気づいた苗木は苦笑を浮かべながら頬を掻く。 「霧切さん、からかわないでよ」 「フフ、何のことかしら?」 「と、とにかく、どうしてボクの部屋で寝てたのか説明して――」 「これよ。忘れ物」 いつもの調子の霧切を追求しようと苗木は言葉を発するが、それはすぐに遮られた。 特に隠す気があったわけではないのだろう、言葉とともに差し出したのはベッドサイドテーブルに置いた書類だった。 あっ…と小さな声を漏らし、“忘れ物”との言葉に記憶から思い至った苗木はそれを受け取り、確認をするように文面に目を通して長い溜息を吐き出した。 「はぁ~~…ありがとう霧切さん、これ、大事な書類だったよ… ……あれ、でもなんでボクの部屋に?鍵は掛けておいたはずなのに」 「…………それじゃあ帰るわね」 「そこで帰るの!?」 苗木の疑問虚しく、表情も変えずにベッドから降りた霧切は足早に玄関へと向かう。 ―――と、脚がぴたりと止まり。 「この程度の鍵なら簡単に開くのよ、覚えておきなさい」 その言葉を残し、ドアを開けて部屋を出た。 「つまり、霧切さんには部屋の鍵も意味が無いってことなのか。 ……いや、ボクが知りたかったのはそういう事じゃないんだけど!」 苗木がそう叫んだ所で霧切はもう部屋の外。聞こえるはずもなく虚しく部屋に響くだけだった。 わけがわからないと溜息を付きながらベッドに腰を掛けると、スプリングが軋む音と共に鼻孔を匂いが擽る。 ふわりと、柔らかくてどことなく甘いような―――眠る霧切に顔を寄せた時に感じた、匂いそのもの。 「!!!!」 鮮明に蘇ってくる記憶に顔は真っ赤に染まり、苗木は悶絶しながら、片隅で思うのだった。 (今日眠れるかな…) 「ふぅ…」 苗木の部屋を後にした霧切は息を零す。 普段感情を表に出さないその顔は安堵しているようだった。 (苗木君の部屋に残ったあなたの匂いで安心して眠ってしまったなんて、言えるわけないもの) 苗木の部屋に入った当初は書類だけを置いて帰るつもりだった。 けれど、少し休むつもりでベッドに座ってしまい、そのまま眠ってしまったのだ。 「…っ!」 それを思い出してしまった霧切は頬の熱を止めることが出来ず、自室に向かう足は自然と早くなっていた。 今、誰にも会わないことを祈りながら、片隅で思うのだった。 (今日眠れるかしら…)
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罪木「日向さん! み、見てください! ジャバダイヤが出てきました!」 日向「おお! 罪木、よく頑張ったじゃないか!」ナデナデ 罪木「えへへ、日向さんに褒められちゃいました~」 七海「……」 七海「日向くん、見て、ダイヤが出てきたよ」 日向「へえ、この頃よく出てくるな。採集レベルが上がった成果かもな」 七海「……で?」 日向「は? で、って?」 七海「だから、それで?」 日向「それでって……えっと、頑張ったな!」 七海「……それだけ?」 日向「え? えっと……」 七海「むー、日向くんのばかっ」 日向「なんだよいきなり……何だかよく分かんないけど怒らせたら謝るよ」ナデナデ 七海「……まあ一応、許してあげる…と思うよ」
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「暑いわね……」 「それなら、手袋を外したら?」 「……苗木君。あなたは暑いからといってパンツを脱ぐの? 脱がないでしょう? つまりは、そういうことよ」 「さっぱりわからないよ、霧切さん」 「アイスを食べたら、少しは涼しくなるかも。苗木君、ここまで言えばわかるわね?」 「素直に買ってきてって言えばいいのに……」 数分後。 「はい、お待たせ」 「ありがとう。二種類買ってきてきたのね。じゃあお礼に、アイスを選ぶ権利をあなたに譲るわ」 「いいの? それじゃあコレ」 「チョコミント――歯磨き粉クラスの味と爽快感が売りのイロモノアイスね」 「それは違うよ! チョコが入っている分、歯磨き粉では得られないほのかな甘みと安らぎがこのアイスにはこめられているんだ!!」 「甘みはわかるけど、安らぎって何」 「食べてみればわかるよハイ!」 「そんなに勢いよく突き付けないでちょうだい……ん、そうね。なんとなく安らいだ気がするわ」 「適当に言ってない……?」 「それこそ気のせいよ。それより、私のレモンシャーベットも一口あげるわ。爽やかさにおいては、こちらも負けてはいないわよ?」 「ありがとう!……うん、おいしい。でもやっぱりミントの方が……あ。」 「どうしたの? 早く食べないと溶けるわよ」 「あ、や、その……」 「何?」 「えと……霧切さん、さっきこのアイス舐めたよね」 「ええ。それが?」 「こ、このまま食べ始めちゃうとさ、間接的なアレになっちゃう……よね?」 「…………」 「ね、狙ったわけじゃないんだ!! ただ純粋にオススメしたかったんだ無意識だったんだよ! ホントだよ!?」 「……苗木君。私はもう、シャーベットを食べ始めてしまったのよ」 「う、うん。そうだね。……おいしい?」 「他に言うことは?」 「えと……あ! キスってレモンの味って言う――」 「苗木君。あなたにかき氷いちご味をごちそうするわ」 「えっ?」 証拠品:血塗れの砕けた氷。元は一つの塊だったと思われる。 殺害動機:(いろんな意味で)アツかったから。 それこそカッとなって書きました。 反省はしている、後悔はしていません。
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ボクトケイヤクシテマホウショウジョニナッテホシインダ 画面に移る白いマスコットみたいなキャラが喋るとそのままエンディング曲が流れはじめた。 「あっ、第1話が終わったみたい」 「……苗木君もこういうアニメを見るのね」 「山田君が貸してくれたんだよ。暇なら苗木誠殿も見てはいかがかなって言われて」 ノートパソコンを不二咲くんから借りて僕が山田君から借りたDVDを見ていた。 そこに霧切さんが来て何も言わず隣に座り観賞してたんだけど…… 「こんな得体の知れない存在にいきなり魔法少女になれ、だなんて言われてなる少女がいたら見てみたいわね。」 「ははは……」 どうも霧切さんには不評みたいだ。 ちなみに僕としては第1話を見た限り面白いとは思ったけどね。 ボクハ、キミタチノネガイゴトヲナンデモヒトツカナエテアゲル 気がつけばそのまま第2話が始まって先ほどの白いマスコットがそんな台詞を喋っていた。 ふと僕は思った事を聞いてみる事にする。 「霧切さんはもし願い事が1つ叶うなら何を叶えてもらう?」 「そうね……教えてほしかったら苗木君が先に教えなさい」 そう言われ僕は少しだけ考えて口にする。 「そうだなぁ……この日常がいつまでも続くこと、かな?」 「ある意味苗木君らしい答えね」 微笑む霧切さん。 「褒め言葉だと思っておくよ。で、僕は答えたんだから霧切さんも教えてよ」 「ないわ」 即答。 それはひどいよ、と言おうとする前に霧切さんの言葉は続く ――だって私の叶えたい願いは 霧切さんが僕の肩に寄りかかりながら自分の腕と僕の腕を組み…… ――もう叶ってるもの そっと僕の指と彼女の指が絡み合った。
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まずは昆布。 なべの底に敷いたら、その上に白菜の根元をのせて。葉っぱの側にはシイタケとエノキ、水菜にネギ。軽く飾り切りした人参は目にも鮮やかだ。 下ごしらえしておいた鮟鱇を部位ごとに盛って、隣には豆腐を配置。出汁を注いで火にかけて、鍋のフタがコトコト音を立て始めたら。 「アンコウ鍋の完成ですぞ!」 「いつも思うけど。結構器用だよね、山田君」 「動けるでぶは萌えるのです! ぶー子ちゃんを見なさい。世界の常識ですぞ、苗木誠殿!」 その日はとても寒かった。あれだけ美しかった紅葉もイチョウも全て散ってしまって、木々はすっかり寂しくなって。 足下で悲しげにかさりかさりと音を立てる彼らの名残に、小さいころに聴いた冬の風来坊の歌なんかを思い出していた、ある放課後のこと。 「鍋が食べたいですわ」――セレスさんがそう言った、らしい。 伝聞形なのは山田君から伝え聞いた話だからだ。その山田君はボクの横でさっきまで包丁の腕を揮っていた。 ボクも料理の腕にはそこそこ自信があったんだけど、ちっとも役に立ったように思えない。 「お前がそう思うんならそうなんだろう、お前の中ではな!」 「ええっと?」 「自分を卑下する必要はない、ということですぞ。それでは僕はコレを運びます故、苗木誠殿には食器を四人分お願いできますかな?」 「わかったよ、って、四人分? 山田君とセレスさん、それにボクで三人分じゃないの?」 そう尋ねるボクに、山田君は両目をつぶった。ウインクのつもりだろうか。 「行けば分かりますぞ、さあ、俺に構わず先に行け!」 「りょ、了解!」 不穏な単語を契機にしてボクは調理室を出る。向かう先は二つ隣の和室。よっぽどのことが無い限りたどり着けないことはないだろう。 例えば、いきなりロボットに襲われるとか。 突如として廊下に現れる巨大ロボットを想像しながら歩いていると、目的地の扉がからりと開いた。 「…………あら。くだらない思考を拾ったと思ったら苗木君じゃない。どうしたの」 「思考を拾ったって、舞園さんじゃないんだから。……山田君が、鍋を一緒にどうかって。霧切さんは?」 「私は、セレスさんに。そう、四人目って苗木君のことだったのね。お疲れさま。どうぞ上がってちょうだい。この和室、炬燵があるのよ」 ボクの両手からお皿を取り上げた霧切さんが目で下駄箱を示す。不意に近づいた彼女からは何か良い香りがして、危うくボクはお箸を落っことすところだった。 「何してるの」 「いや、うん。あはは、なんでもないよ」 そう? と少しだけ目を丸くする仕草がやけに可愛く見えて、ボクはなんだかドキドキしてしまって。 ――霧切さんの些細な、けれども豊かな感情表現に気がつくことができるようになったのは、いつからだろう。 それはボクにとって普通のことになっていた。風が吹き花が咲いて春が来たのを知るように、いつの間にか目の前で変化する様をゆっくり目で追えるようになって。 止まない雨の中うっすらと、けれども鮮やかに花開くのはまるで紫陽花のようで、一度気が付いてしまってからはもうボクは目を離せない。 「………苗木君? ちょっと、どうしたの?」 部屋の奥から霧切さんの声がした。ふと覗きこめば、セレスさんと霧切さんが見える。 ちょうど食器を天板の上に積んだ霧切さんが炬燵の中にいそいそと潜りこむ所で、ふっと緩んだ表情と、首を伸ばして僕を見る姿はひどく無防備だった。 それは嫌々出かけた秋の日に満開の紅葉と巡り合って、人知れず零れた笑顔のようで。 「……霧切さんって、さ」 「?」 だからボクは、言ってしまうのだろう。うっすらと降り積もった雪の中、一輪だけ咲いたスノードロップを指さすようにして。ほら、こんなところにも春が来ているよと、 皆に教えるようにして。 「可愛いよね。すっごく」 「……!? ~~~っ、この!」 顔を真っ赤にした霧切さんがボク目掛けて座布団を投げつけてくる。ぼふん、と狙い違わず顔面に当たったのに全然痛くなくて、たまらずボクは笑いだした。 「ちょっと!? どうして笑うの、苗木君」 「いや、だってさ、ははは、あ、だめだこれ、あははははっ!」 「なえぎくん!」 「そういった行為は余所でするか此方に上がってからやりなさいな。扉が開けっぱなしだと寒いしその位置だとろくすっぽからかえないのですわこのバカップル共」 セレスさんの辛辣なもの言いも、今のボクにとっては笑いを加速させるだけで。霧切さんがボクを蹴っ飛ばすまでボクはそうやって笑っていた。 できるなら、いつまでも。彼女とこうしていられますように。四季の静かな変化に目を向けて、ふたり生きていけますように。 Next Series ナエギリ晴耕雨読 第一話『見切り発車もいいところ。』
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霧切「私が飼い猫ですって?超高校級の探偵も舐められたものね」 苗木「あ、霧切さん」 霧切「探偵たる者、私は誰にも束縛や誘惑はされないわ」 苗木「今夜は冷えそうだし、ボクの部屋で鍋でも食べない?」 霧切「…この霧切響子、何人たりとも自由を奪うこと能わず」 苗木「商店街の福引で蟹が当たっちゃったんだよね」 霧切「び、尾行なんかも自分との闘いですもの…」 苗木「あまり量はないから…その…二人っきりってことになるんだけど…」 霧切「……こどくのたたかいをかちぬいてこそ、たんていとしてのなんたるかが…」 苗木「ホントのこと言うと、その…ボクが霧切さんと二人っきりで過ごしたいだけだったり…なんて」 霧切「……」 苗木「…霧切さん?」 霧切「苗木くん、あなたって人は…」 苗木「ひたいひたい!な、なんでいきなり抓るの!いたたた…」 霧切「苗木くんのくせに私を手篭めにしようなんて生意気よ」 苗木「それで、ご飯食べにこないの?」 霧切「……行く」
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アルターエゴ「ご主人たま、補助監視者のアバターが出来ました!」 苗木「…ねぇ、アルターエゴ。この部分をもうちょっと修正出来る?」 アルターエゴ「胸…ですか?」 苗木「うん。もう少しこう、大きく…」 アルターエゴ「こうですか?」 苗木「そうそう!それでもっとこう、ボリューミーに……」 霧切「…何してるの苗木君?」 苗木「 」 霧切「………………。」 苗木「いや、コレはほら、一応女の子のアバターなんだし、包容力というか母性的というか無いよりはあった方がさぁ!」 霧切「ごめんなさい、今から朝日奈さんと大事な話があるから。」 苗木「ちょっと待ってぇぇぇ!」