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苗(あ、ロボコップのだ…懐かしいな、よく家族揃って一緒に見てたっけ) 霧『何? このロボコップとかいう…幼稚なヒーローもの』 苗『……』 霧『ここは子供向けのコーナー…というわけでは、ないわね。なぜこんな……苗木君?』 苗『…何、霧切さん』 霧『あなた、もしかして…好きとかいうんじゃないでしょうね、コレ』 苗『…別にいいでしょ。僕の趣味なんだから』 霧『前から思っていたけれど、子供っぽいわよ。あなたの趣味』 苗『……』 霧『もう少し慎みを持ちなさい。ましてやこんな、似非科学のヒーローアクションなんて…』 苗『……わかったよ』 霧『…そう。わかってくれればいいのよ』 苗『霧切さんはそうやって、誰かの個人的な趣味や大切な思い出に、酷い言葉を吐ける人なんだね。よくわかったよ』 霧『え、ちょ、』 苗『見損なったよ、霧切さん』 霧『な、なによ…!』 苗『僕、もう帰るから。明日からは学校であっても話しかけないでね』 霧『ま、待ちなさい…!』 苗『…さよなら』 霧『……うそ、でしょ…?』 ――― 霧「っ!…はっ、はっ、は、……」 霧「……夢、か」 苗「あ、おはよう霧切さん」 霧「おはよう苗木君。ロボコップって素晴らしい映画だと思わない?」 苗「ど、どうしたの、急に…」
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誠と響子は今後の生活について話し合っていた。響子の自宅兼事務所に誠が転がり込む形で住むということ自体は二人ともなんとなくそのつもりで居たらしく、特に問題はなかった。 しかし、寝室を別々にするかしないかで二人の意見が食い違っていた。1つ空き部屋はあるにはあるのだが、寝室として利用するには充分な広さではない。 一方、現在響子が寝室として利用している部屋は新たにベッドを追加しても余裕がある。その事実から、響子は誠に同室で寝るように言ったのだ。しかし、誠は首を縦に振らなかった。 「僕は空き部屋で適当に何か敷いて床で直に寝るからいいよ」 「それじゃ、ゆっくり体を休められないでしょ? それとも何? 私と同室じゃ問題でもあるの?」 誠の提案に納得できるわけもなく、響子は彼を睨みつける。鋭い眼光を向けられて誠は苦笑いを浮かべた。 「えっと、ある意味問題があるというか……」 「なんとなくあなたが考えていることは分かるけれど……家族になるのだから問題はないはずよ? むしろ慣れてもらわないと困るのだけど」 響子は少し頬を染めて誠に訴える。響子の言うことは分かってはいるのだが、プロポーズを済ませたと言っても、交際過程を飛ばしているため誠は正直そこまで心の準備が追い付かないでいた。 しかし、響子のそんな顔を見せられてしまったら少し心が揺らぎそうになる。 「そうなんだけど、でももう少し経ってからでも……」 「誠君、あなた……家主に逆らうの?」 ――変わったのは外見ばかりで、中身はヘタレのままじゃない。 響子は、やはり自分が主導権を握るのが一番良いのだと痛感した。欲を言えば、男性である誠の方に色々と積極的にリードをしてほしい、 というのが正直な彼女の気持ちだが、彼は言葉の面では積極的なところもあるが、行動の面では少々奥手すぎた。 また、家主である自分が強気に出た方が早く話が進むと彼女が判断した上での発言だった。 「はぁ……返す言葉もございません。わかった、響子さんに従うよ」 「最初からそう答えていればいいのよ。……とりあえず、今日はまだベッドが無いから私のベッドで寝ていいわよ」 「えっ? さ、さすがにそれには従えないよ! 家主を、女の子をベッド以外に寝せるなんて――」 「何を言っているの? 私はベッドで寝ないなんて言ってないわよ」 「あ、そうですよね。はははは……」 ――なんだか、響子さんは僕のことを精神的に殺す気なんじゃないかと思えてきたよ。 誠は乾いた笑いを浮かべながら、額に冷や汗を滲ませていた。一方響子は動揺している誠を見て、最初にからかわれた際の仕返しがようやくできたとひそかに満足していた。 そして、それは響子の淡白だった毎日が幸せな濃い毎日に変わった瞬間だった。
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●1回目のお出かけ 舞園さんと食堂にやってきた。 普段は、みんなで揃って過ごす事も多い場所だけど… 今は、ボク達の他に人影はないみたいだ。 2人でやってきたきっかけは些細なことだ。 それは舞園さんが「よかったら、いっしょにお話しませんか?」と言ったからだ。 今日、ボク達は教室でモノクマのスペアを作るための素材を集めていた。 どの場所を誰が担当するかなどは、石丸クンが割り振っているが、 今日、ボク達はたまたま一緒の場所を調べたんだ。 そして、それが終わって、一緒にお疲れ様を言うために 2人で食堂にやって来たんだ。 他の人達もいるかな? と思ったけど、今日はまだ誰も来ていない。 もしかしたら、みんなで娯楽室にでも遊びに行っちゃったのかも。 「うーん、私たち2人で貸切ですね!」 舞園さんがニコニコとボクの方を見て、 ボクに視線を送ってくる。 見ているだけで、ボーっとしてしまうような穏やかな笑顔。 玄関前で自己紹介したときも感じたけど、見れば見るほどきれいだな。 「そ、そうみたいだね」 ……けど、舞園さんはボクと同じ中学校だったことも覚えてないだろうなぁ。 ひそかに舞園さんと同じ中学校だったことが、平凡なボクの数少ない自慢なんだけど……。 そんなボクの様子を見て、舞園さんは怪訝な顔をした。 「苗木君?」 小首をかしげるしぐさに、ドキリとしたボクは思わず、早口で言ってしまう。 「えぇっと、何を話そうか?」 舞園さんはきょとんとした顔をする。 「えーっと…そうですね… 何を話しましょうか?」 「「………………」」 「こ、困っちゃいましたね」 舞園さんのフォローの言葉に対して、思わず、ボクは無言になってしまう。 そもそもボクと彼女の共通点ってあるんだろうか? 舞園さんにとって、ボクなんてその他大勢で…… 「あのですね……」 「えぇっと……」 その後、ボク達はなんとも空々しい会話を繰り返した。 その中で分かった事はせいぜい次のようなことくらいだ。 「時間を潰すって、なかなか大変なんですね」 「ここに来て気が付いたんですけど、 私、時間を潰すのが苦手みたいで…」 「いつも忙しかったせいか、 やり方を忘れちゃったみたいです」 そう言うと、舞園さんはどこか悲しそうに笑った。 一緒に教室で作業していたときも、思ったのだけど、 舞園さんにはどこか焦りと心配事があるみたいだった。 ・・・ 今もいつかどこかで見たように…… 悲痛な顔をしている。 ……どこか? ――それなのに、こんな所に閉じこめられて…… ――こうしている間にも、 ――私は……私たちは、 ――どんどん世間から忘れられてしまう…… 頭の中を何かが過った。 言葉ではなく、感情が揺さぶられるような何かがボクの心を揺さぶった。 「それじゃ、私は先に行きますね」 舞園さんは会話を打ち切り、 笑顔で立ち去ろうとした。 思わず、ボクは立ち上がり――言った。 「そういえば、ボクも同じ中学校だったんだ!」 「……え?」 舞園さんは何か意外なことを聞いたかのように、 わずかに開けた口元に手をあてた。 そして、舞園さんは言った。 「根黒六中ですよね?」 「う、うん」 「うふふ……もちろん知ってますよ」 「え?」 舞園さんは今までの笑顔がまるで嘘のように 嬉しそうに話し始めた。 「もしかして、苗木君? 私が苗木君のことを 覚えていないと思っていたんですか!?」 「え……。だって、ボクはそんなに目立たないし」 「ひどい! ひどいです! 苗木君!?」 「えーっ!?」 「私をそんな薄情な人だと思ってたんですね!?」 「そ、そんなことないよ」 「ひどいです、グス……」 「な、泣かないで、舞園さん!」 舞園さんが目に手をあてて、泣き声をあげはじめたので ボクは思わず駈け寄ってしまった。 しかし…… 「なんて、冗談ですよ」 駆け寄ったところで、満面の笑みを見せられた。 思わず、ボクの心臓が沸騰するかのように高鳴った。 「舞園さん……」 「くすくす……ごめんなさい。苗木君。からかっちゃいました」 舞園さんは目を細めてこちらを見ている。 やはり、とても嬉しそうだ。 朗らかで、穏やかで、とっても――。 「けど、苗木君。ひどいのはひどいと思いますよ」 「え……そうかな? 「はい! 思わず、私、忘れられちゃったんだと思いました――」 舞園さんの瞳がわずかにうるんでる。 「……忘れれるわけないよ。舞園さんは中学校のときから有名人だったんだし むしろ、なんで舞園さんがクラスが一緒になったこともないボクのことを 覚えているのかのほうが驚きだよ」 「うーん……内緒です」 「え?」 「今度は苗木君が考える番ですよ!」 「えーっ!?」 舞園さんはくすくすと笑って言った。 「じゃあ、また、明日! 朝食のときに!」 舞園さんはそう言うと、スタスタと食堂のドアのところまで歩いていく。 ……宿題ってことかな? ボクがそう思って苦笑しながら頬をかいていると……。 「けど、本当に良かったと思ってますよ」 急に、舞園さんは振り返り、ボクへ向かって言った。 「苗木君が私のことを覚えていてくれて……」 にっこりと笑って言った。 振り返った舞園さんの笑顔は、今までボクが見た 誰のどんな笑顔よりも輝いていていた。 「これからはいっぱい一緒に朝ごはんを食べましょうね!」
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時間はもうすっかり暗くなった夜の9時。 霧切さんと苗木くんの二人は、浮気調査のため公園にある木の影に潜むように立っていた。 ターゲットが愛人らしき人物と公園に入っていくのが見えたからだ。 霧切「こんな時間にこんな場所で女性と二人きり…ほぼクロで間違いないでしょうけど 一応証拠写真まで抑えておくわよ。」 苗木「…20Mぐらいしか離れてないけど大丈夫かな?」 霧切「この位置じゃないと写真は狙えないわ。…他に隠れるところも無いみたいだし。 それにここは他に人も多い。よほど目立った動きでもしない限り私たちが勘付かれる事は無いわ。」 苗木「ちょっと、霧切さん、ターゲットがこっちに来る!」 霧切「…!」 ぎゅっ 苗木「(い、いきなり抱きついてきてどうしたの霧切さん…?は、離してくれないと動けないよ)」 霧切「(馬鹿ね。ターゲットが近づいてた来たからってわたわた逃げ出したら 私達が付け回してる、って教えてやるようなもんじゃない。 ここは、カップルのふりをしてやり過ごすのが一番よ。)」 苗木「(カ、カップルって…霧切さん、それじゃ抱きつき方が不自然だよ。 これじゃ抱き合ってるっていうより、霧切さんが僕を拘束してるように見えるよ…! 僕の両腕完全にロックされてるじゃん!)」 霧切「(…不自然なの?こんなことやったこと無いから…)」 苗木「(まず力を抜いて…そう、お互いの手がお互いの背中に回るように…するんじゃないかな。 そして顔と顔を近づけて…後は…)」 霧切「(…後は…?)」 苗木「(…え、えーと…キ、キス…とか?)」 霧切「(し、したことない)」 苗木「(ぼ、僕もない。)」 霧切「(…な、何事も経験よね。リアリティを出すためにも必要だし…す、するわよ?)」 苗木「(う、うん。…い、いや!僕からするよ!こういうのは男の務めだし!)」 霧切「(そ、そう。わかったわ…)」 苗木「…」 霧切「…」 顔を赤らめ見つめ合う二人。 ターゲットを見失ったと気づくのは、この5分後の事であった。 【分岐その1】 【分岐その2】
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霧「発売から一周年経ったけれど…相変わらずこのスレは賑わっているわ。みんな暇なのね」 苗「暇って…スレが活性化しているのはいいこと、でしょ?」 霧「私なんかに貴重な時間を費やして…もったいないと思わないのかしら?」 苗「違うよ。ついつい貴重な時間を費やしちゃうくらい、霧切さんが魅力的な人なんだよ」 霧「……」 霧「…そういう苗木君は、一般人の皮を被ったド変態なのよね」 苗「えっ!?」 霧「事実でしょう。歴代の論破スレでも、幾度となく噂されているわよ」 苗「う、噂って何!? 僕、そんな変なこと…」 霧「あら、白を切るつもり? 『男のロマン』を引き当てるのに、何枚メダルを使ったの?」 苗「……」 霧「まったく、油断も隙もないとはあのことね。気付いた時は、よっぽど皆に教えようかと思ったわ」 苗「うっ…ご、ごめん」 霧「私に謝ってもしょうがないでしょう。誰目当てだったのか知らないけれど」 苗「それは、……っていうか、アレは葉隠君や山田君が無理矢理に…」 霧「誰が主犯か共犯か、なんてどうでもいいの。それに、言い訳は男らしくないわよ」 苗「霧切さんは…あんまり気にしないんだね」 霧「見られたものは、もうしょうがないでしょう。減る訳じゃないんだし」 苗(ある意味、霧切さんの方が男らしいな…) 霧「それだけじゃないわ。あなたダストシュートから帰還した後、女子トイレに入ろうとしたでしょう」 苗「あっ、アレはなぜか男子トイレが全部閉まってて…!」 霧「私だって一応女子なんだし…その目の前でやるのはセクハラよ」 苗「うぅ…」 霧「苗木君だって、嫌でしょう。私が必死に男子トイレに入ろうとうろうろしていたら」 苗「それは…いや、でも…ちょっと別の意味で嫌かも」 霧「まだあるのよ。最初に部屋の前で舞園さんとぶつかるシーン…」 苗「ボツになったパンチラ案じゃないか…そこまで責任は負えないよ」 霧「…なぜボツになったのかしら。朝日奈さんは下着姿解禁なのに」 苗「やっぱり、朝日奈さんはそういう扱いだったんじゃないかな…スタイルとか、性格とかの面で」 霧「…へえ。つまり、腐川さんや私じゃそういうお色気要素は役者不足だと、そう言いたいのね?」 苗「そ、そんなこと言ってないよ!」 霧「そして一番許せないのは、戦刃むくろの学級裁判の時よ、苗木君」 苗「うっ…」 霧「別名『孕ませエンド』とも呼ばれている、あなたの壮大な妄想…覚えていないとは言わせないわよ」 苗「あの…霧切さんを追及するかどうか迷って切羽詰まってて…自分でもなんだかよくわかんなくなっちゃって…」 霧「私を殺しておいて、自分は朝日奈さんと結ばれて、子どもまで…良い御身分ね」 苗「……ゴメン、なさい」 霧「ホント、苗木君のくせに変態ね。『超高校級の変態』と、そう言えるんじゃないかしら」 苗「っ……」 霧「…まったく。これから先が思いやられるわ」 苗「え、先って…?」 霧「何を不思議そうな顔してるの? 外は絶望だらけ。協力し合って生きていくのよ」 苗「…僕、一緒に行っていいの?」 霧「え?」 苗「一緒に……行かない方が、いいんじゃないかな」 霧「ちょ、ちょっと…いきなりどうしたの、苗木君…?」 苗「だって…こんな何の取り柄もないセクハラ男が側にいたら、迷惑でしょ…?」 霧「あ、…」 霧(…少し、いじめすぎたかしら) 霧「……別に、かまわないわ」 苗「!!?」 霧「…側にいてもいい、ということよ。変な意味じゃないから」 苗「あ、うん…だよね」 霧「私はあなたに何度も、その…救われたのに、酷い目にばかり合わせてしまっているし」 苗「えっと…」 霧「考えてみれば、この学校を出られるのもあなたのお陰といっても過言ではないわね」 苗「そ、それは買いかぶりすぎだと思うんだけど」 霧「…だから、あなたが一緒に来ない方がいい、なんてことはありえないのよ」 苗「ほ、ホントに…?」 霧「ええ。それで、だから…苗木君が良ければ…その…これからも、よろしくお願いしたいのだけれど」 苗「う、うん…こちらこそ」 霧「…あ、でも」 苗「うん?」 霧「エロスはほどほどにね」 苗「…はい」
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トップページ キャラ一覧 (※ネタバレ注意) 総合スレまとめ 希望ヶ峰1日目 希望ヶ峰2日目 希望ヶ峰3日目 希望ヶ峰4日目 希望ヶ峰5日目 論破6回目 論破7回目 個別キャラスレまとめ 舞園さやか 霧切響子 十神白夜 セレスティア・ルーデンベルク 江ノ島盾子 不二咲千尋 七海千秋 罪木蜜柑 小泉真昼 辺古山ペコ 更新履歴 取得中です。 ここを編集
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答案用紙に赤く記された数字に、わたしは大きな溜息を吐いた。 春休みが近づいて、どこか気の抜けたような空気が漂う教室。しかしそんな空気も、期末試験の結果が返されていくに つれて、次第にどんよりしたものに変わっていく。 基準点以下の生徒に渡される特別課題と一緒に英語のテストを受け取ったわたしも、その澱みを生み出している一人だ。 「結、テストどうだった?」 授業が終わった後、友人が声を掛けてきた。ショックで机に突っ伏していたわたしは、そのまま答案を彼女に見せる。 「ん」 「ふむ……あー……キツイね、これは」 友人もさすがにコメントに困ったらしい。それ以上は何も言わず、埋まったままのわたしの頭をいたわるような 手つきで撫でてくれた。泣きそうになりながら顔を上げると、彼女が苦笑しながら続ける。 「ま、私も他の科目で似たような状態なんだけどね。もしかしたら春休み、補習コースかも」 「わーやめて、聞きたくない」 せっかく回復しかけていたのに、不吉な一言でふたたび暗い気持ちになる。試験の成績が芳しくない場合には、 休暇期間に行われる補習に参加させられることになっているのだ。具体的なデッドラインは分からないけれど、 クラスメイトたちの間を行き交ううわさなんかを聞いていると、今回のわたしはかなり危ない。 「うう、嫌だよ、春休みまで学校に来なきゃいけないなんて」 「つっても結は寮生でしょ。いつも学校にいるようなもんじゃない」 「そういう問題じゃないだろ。休みの日に学校で授業受けるのが嫌なんじゃないか」 「そりゃ、そんなん誰だって嫌だって。私だって願い下げ……」 彼女はそこまで言いかけて、「いや待てよ」と急に何かを考え始めた。やがてぽつりと呟く。 「……私やっぱ、補習でもいいかも」 「は!?」 突然意見を変えた友人に、わたしは驚いて声を上げた。彼女はきらきらした顔をして理由を語りだす。 「ほら、私ってバス通学じゃん? いつも私が乗るのと同じバスに希望ヶ峰の人がいてさ。超カッコいい男子 なんだよねー! 確か超高校級の……何だったっけ、忘れたけど。とにかく、あの人に会える日が続くと思えば、 それでもいいかな、なんて」 「なんだそれ……」 能天気にはしゃぐ彼女を見て、わたしはもう一度机に深く沈み込んだ。 * 放課後、わたしは教室を出て図書室へ向かった。ひとまず英語の課題を片付けないといけない。寮ではなんだかんだと だらだら過ごしてしまいそうなので、集中できる環境の方がいい。 入口から室内へと入ると、中は生徒も少なくひっそりとしていた。わたしは適当な席を探してあたりを見回す。 と、その中にわたしのよく知る女の子がいるのに気が付いた。 その少女は背筋をぴんと伸ばして椅子に座り、大判の本を読んでいた。いつも三つ編みになっていた髪は下されており、 周囲からの視線を遮るように彼女の横顔を隠していた。わたしは席に向かってそっと近づく。 「霧切ちゃん」 そばに立って呼びかけると、ようやくわたしに気付いたらしい霧切響子がこちらを向いて応じた。 「結お姉さま」 「何を読んでたの?」 うるさくならないよう小声で尋ねる。霧切は読んでいた本を閉じ、表紙を見せてくれた。英語で書かれた文献のようで、 「psychology」の文字が大きく記されている。 「心理学の……論文?」 「ええ。割とメジャーな学術誌かしら」 「相変わらずよくやるね、君は」 感心するわたしに対し、彼女はストレートになっている髪をさらりと撫でると、表情を変えずに言う。 「前にも言ったけれど、これが私の日常よ。お姉さまは、何か調べもの?」 「えっ? う、うん、そんなところ」 この流れで英語の課題をしにきたなんて言えない。話をはぐらかそうとしたわたしは、彼女の髪を指差した。 「そういえば、今日は三つ編みにしてないんだ」 なんでもないことを訊いたつもりだった。ところが、彼女はなぜか急に決まりが悪い様子になって目を逸らすと、 何も言わずに黙り込んでしまった。予想外の出来事にわたしは戸惑う。 「あの、ごめん、もしかして変なこと訊いちゃった?」 探るように問いかけると、はっとなった彼女が慌てたように否定する。 「いえ……そういうわけではないのだけど……その……」 「うん?」 「三つ編み……自分では、なんだか上手く出来なくて」 「あれ、そうだっけ? 確か前に自分で出来るって」 「それは……そうなんだけど……」 そこで再び霧切が沈黙した。一体どうしてしまったんだろう。こんなに歯切れが悪い彼女を見るのは初めてだし、 結局髪を結わない理由も見えてこない。わたしが首を傾げていると、彼女はようやく絞り出すように続きを言った。 「結お姉さまがやってくれたほうが……きれいに出来ていて……自分でやると、しっくり来なくて……」 その言葉と、ちらりと窺うように向けられたその瞳に、わたしは完全に心を撃ち抜かれた。なんだこれ。ちょっと 破壊力がありすぎる。 思いきり抱きしめようとしたけれど、図書室なのでやめておいた。にやけそうになるのを抑えながら、少し屈んで 座っている彼女に目線を合わせる。 「言ってくれたらいつでもやってあげるのに。もしよかったらわたしのやり方も教えるよ?」 わたしが笑いかけると、霧切はぱっと表情を輝かせた……かと思われたが、すぐに視線を下に落とした。 迷っているのだろうか。あるいはどう答えたものか分からないのかもしれない。やや間があってから、彼女が おずおずと訊いてくる。 「……いいの?」 「もちろん。なんだったら今からでもいいよ」 わたしはどん、と力強くそう答えた。そんなの、いいに決まっている。もっと言えば、むしろ是非そうさせてほしいと いうのが本音だ。 霧切はなおもしばらく逡巡した様子を見せたが、最後に小さく呟いた。 「……そうする」 「えへへ、オーケー。とびきりかわいくしてあげるよ。あ、でもここだとさすがに注意されるだろうから、わたしの部屋でもいい?」 「ええ」 今度はすんなりと了承した霧切が、本を閉じて立ち上がった。 「少し待っていて。これを戻してくるから」 そう言って書棚の方に向かっていく。しばらく待っていると、彼女はぱたぱたとこちらまで戻ってきて、無言でわたしを見上げてきた。 「行こう?」と促すようなその瞳に思わず頬が緩む。 ――普段は大人ぶっているくせに、こういうところはかわいいんだから。 英語の宿題のことはひとまず棚に上げて、わたしは浮かれた気分で彼女と一緒に寮へと向かった。 * 翌日。 わたしは休憩時間中の教室で、担任から渡された紙を眺めていた。 『春季休業中の特別補講について』 結局こうなっちゃったな、と、ぼんやり思う。補習行きは初めてだけど、テストの結果を考えれば半ば予想された 展開だったので、それほどのショックは無かった。 「うわーん、結ー!」 読むともなしに書類に書かれた日程などを目で追っていると、同じく補習が決まった友人がばたばたとわたしの ところにやってきた。 「もう終わりだっ! 世界は私を見捨てたんだー!」 「はいはい、わたしも一緒だからねー。科目違うけど」 ほとんど涙目になってしゃがみこんだ彼女の頭を、今度はわたしが撫でてあげる。 「というか、その落ち込みようはなんなの? 昨日は補習でもいいって言ってたでしょ」 「言ったけどっ。よく考えたら春休みなんだから、希望ヶ峰だって休みじゃん! あの人にも会えるわけないじゃん!」 そう言って彼女はくわっと顔を上げる。そんなことわたしに言われても……。 「結こそ、昨日と違わない? あんなに嫌そうだったのに、全然そんなふうに見えないっていうか」 「そう?」 彼女に指摘されて、わたしはふと、昨日のことを思い出していた。 ―――――― 「霧切ちゃんはさ、春休みはどうするの?」 わたしが霧切の髪を編みながらそんなことを尋ねると、こちらに背を向けている彼女が少しだけ首を傾げた。 「どうって?」 「ほら、たとえば事件を追ってどこかに行くとか」 「そういう予定はないわね。図書室が開いているから、そこの本を読むつもりよ」 「てことは、学校に来るんだ?」 「そうだけど……それがどうかしたの?」 「いや、わたしももしかしたら学校に用が出来るかもしれないから、そうなったら会いに行こうかなー、なんて」 冗談っぽく言って霧切の顔を覗いてみる。嫌がるかな、と思ったけど、彼女は諦めたような顔でこちらを見返してきた。 「どうせ、私が何と言おうと来るんでしょう? ……好きにすれば」 ―――――― 「おーい、結、どうした? なんかだらしない顔してるぞ」 友人の声がわたしを現実に引き戻した。怪訝そうにこちらを見ている彼女に、わたしはふわふわした気分で言った。 「うん、確かに、昨日と違うかもしれない。君の言ってたことよく分かるよ。わたし、補習を乗り切れそう……!」 「ええっ? どうして!? 結、何があったの!?」 「ふふ、内緒」 わけがわからない、と騒ぐ彼女に、わたしは笑ってそう答えるのだった。
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誰からともなく、振り向いた。 話しこんでいた僕らの後ろに立っていたのは、紛れもない『超高校級の探偵』。 他人を拒絶するような、暗い色のコートにスカート。 男物の手袋、ごついブーツ。 神秘的なまでの、銀色の長髪。 そこにいたのは、いつもの霧切さんだった。 威圧感のある身だしなみから、何を考えているか分からない無表情まで、本当にいつも通りで、 それゆえに、僕達はいっそう恐怖心を煽られたのだ。 ―――――――――――――――――――― 弾丸論破 ナエギリSS 『女の子・3』 ―――――――――――――――――――― 「え、と…霧切ちゃん、いつから?」 状況的に主犯と判断される朝日奈さんが、追いつめられた草食動物みたいな顔で尋ねた。 「…朝日奈さん、初耳だったわ」 「う…何が?」 いつも通りの仕種で、霧切さんは自分の髪を揺らす。 「私は苗木君に恋心を抱いていて、それを素直に表現できないから彼を…いじめている、ということらしいわね」 「は、はは」 眉一つ動かさない霧切さんを見て、弁解は不可能だと感じ取ったのだろう。 朝日奈さんは、力なく笑うだけだった。 「全く、普段私たちのどこを見ていたら、そんな結論になるのかしら…」 「あ、あの、霧切さん、僕は、えと…」 薄紫色の瞳が、はた、と僕を捉えた。 途端、蛇に睨まれた蛙みたいに、僕は身動きが取れなくなる。 何も言わずに、霧切さんは僕に詰め寄る。 なぜか殴られる予感がして、僕は反射的にギュっと目をつぶった。 「ご、ゴメンなさいっ…!」 しかし彼女は、 「まあ朝日奈さんには後でたっぷり事情を聞くとして…大神さん、苗木君を借りていくわよ」 「む…我は構わんが」 と、そう言って、僕の手をむんずと掴み、ぐいぐいと引っ張る。 どうやら、僕の意思は関係ないようだ。 「来なさい、苗木君。話があるわ」 「は、はいぃ…」 引きずられるようにして、その場を後にする。 曲がり角に差し掛かって、大神さんと朝日奈さんの姿が見えた。 大神さんは、目を閉じて首を振っていた。せめて武運くらい祈ってほしい。 朝日奈さんは、僕に向けて合掌。それは謝罪か、それとも南無っているのだろうか。 口には出さずに『覚えてろ』と呟き、僕は廊下の向こう側へフェードアウトして行くのだった。 ――――― 「…怒って、るよね」 「――私が?」 尋ねると、本当に意外だ、というような響きでもって返される。 どこに行くかと尋ねれば、最上階の植物園だと答えられ。 言葉を交わしながら、ゆっくり階段を上っていく僕達。 食堂以外で彼女とは、話したいと思っていても、実際に話しこんだことはなかった。 ホント、こんな状況じゃなかったら、飛び上がって喜んだんだろうけれど。 「私は…怒っているように見えるの?」 「う、ん…」 それは本当にいつも通りのような霧切さん。 不機嫌な時は大抵、僕から何か話しかけても無視されてしまう。 僕は彼女の機嫌が直るまで、謝ることしかできない。 本当は、そんな拗ねたような霧切さんも可愛いんだけれど、そんなこと言っている場合じゃない。 今は違う。 霧切さんに尋ねたことには、全て返事が返ってくる。 たぶん、怒りのメーターが振り切れて、逆に冷静になってしまっているのだろう。 そりゃそうだ。 本人のいないところで、僕なんかと噂を立てられたのだから。 僕だってそんなことをされれば、いい気はしない。 「あの、さ…ゴメンなさい。謝って済むことじゃないとは思うけれど…」 と、頭を下げれば、 「ちょっと…頭を上げて、苗木君。そもそも、私が何に怒っていると言うの?」 本当に分からないわ、と、彼女は困ったような顔を向けてくる。 「いや、だから、ホラ…僕みたいなやつと、あんな根も葉もない噂っていうか」 「…」 と、そこで、 ようやく霧切さんは顔をしかめた。 まるでこの言葉で、やっと気分を害したかとでも言うように。 「…あの、霧切さ」 「苗木君。前から言おうと思っていたけど、そうやって自分を卑下する癖は止めなさい」 「…?」 「『僕みたいなやつ』と言ったでしょう。そういう言い方、私は好きじゃない」 ジロリ、と睨まれる。 でも、そんなこと言ったって。 「…や、でもさ、ホラ、霧切さんと比べたら、僕なんて、」 「二度目よ。止めなさい」 「あ、うん…」 本当に怒っているかのような、有無を言わさぬ彼女の口ぶりに、思わず口をつぐんでしまう。 何だ、訳が分からない。 さっきまで、怒るべきところでは何も言われなかったのに。 今は、よくわからない理由で僕は怒られている。 「自信を持て、とは言わないけれど。あなたが私に何か特別劣っている訳でもないでしょう」 「いや、霧切さんは『超高校級の探偵』だし」 「あなただって。『超高校級の幸運』でしょう」 いや、それは。 「…僕のは、違うよ。何かの才能が認められて入学したわけじゃない。みんなだって、そう言ってるよ」 「…皆が噂すれば、それが現実になるの?」 「あの、霧切さん…」 「聞いて、苗木君。例えばあなたは、『霧切は苗木の事を好きだ』という噂を耳にして、それを真実だと思った?」 「そ、れは…」 思わなかったけれど。 けれど、口に出して否というのは、なぜか躊躇われる。 「それと同じことよ。あなたに関する噂をどれほど集めたところで、それであなたの全てを理解することはできないでしょう。 どこの誰とも知らない他人の目や根も葉もない勝手な噂を気にしたり、自分と他人を比べて勝手に落ち込んだり、そんな必要はないのよ。 あなたにはあなたの魅力がある。それは誰にでも真似できないものだし、少なくとも私はその魅力を知っている。 だから大神さんも言っていた通り、私はあなたのそういう所を…少しだけだけど、その…尊敬しているわ。 …それを謙遜しているんだかなんだか知らないけど、口を開けば『僕みたいな奴』だの『○○と比べれば』だの… 自分で自分を見限ってしまっては、あなたを認めたり尊敬している、私や他のみんなの立場というものが無いでしょう」 言葉が進むにつれて、愚痴っぽくなっていっているけれど。 そこにあるのは、彼女が僕に、励ましの言葉をくれているということ。 そして、彼女に認めてもらっているという事実。 こんなこと考えている暇はないはずなのに、とにかく彼女に謝罪しなければいけないのに、 「…うん」 ちょっと泣きそうになるくらい、嬉しくなってしまった。 彼女が普段、そんなことを考えてくれていたなんて。 「…とにかく。今後、少なくとも私の前で、そういう発言は禁止。この話はこれでお終い、反論は認めません。いいわね?」 照れているのを誤魔化すかのようにまくし立てる彼女に、僕は言葉を詰まらせながら頷いた。 「その…ありがとう。はげましてくれ…たのかな?」 「どういたしまして。まあ、今必要な話ではなかったから、蛇足程度に捉えておいて」 「うん…それと、それでもやっぱりゴメンね。霧切さんに嫌な思いをさせちゃったのは、ホントだから」 と、話を戻す。 彼女の気持ちはありがたかったけれど、やっぱりこういう所はきちんとさせないと。 しかし、やっぱり霧切さんは、何が何だか分からないとでも言うように首を傾げる。 「その、僕みた…僕のことを好きだとか、そういう噂を…」 「そういう噂をしていたのは、朝日奈さんでしょう。どうして私があなたに怒るのよ」 と、言い終えていない台詞に重ねて、霧切さんの反論が来る。 まるで、自分が怒っていると思われている方が心外だ、とでも言うように。 そして、いつも通りの仕種で、人差し指を鼻先に突きつけられる。 「それに、苗木君。私は、私をよく知らない人間が、勝手に私について語っているのが許せないだけよ。 語られた内容はどうでもいいの。例えそれが真実でも、根も葉もない噂だったとしても」 その仕種がいつも通りで。 人差し指を下げてから少し微笑む所まで、いつも通りで。 僕はようやく気付いた。 彼女は別に、怒っていないフリをしていたわけじゃなくて、 「本当に、怒ってないの…?」 「だから、そう言っているでしょ。あの状況であなたに非が無いことくらい、分かってるわ」 「そ、そっか…でも、じゃあ何で『話がある』だなんて」 てっきり、私刑…個人的な説教をされるものだとばかり思っていたけれど。 と、僕がそう言うと、 「…あの、私が苗木君を好きでちょっかいを出している、とかいう噂を、否定するためよ」 告白する前に振るという、なんとも鬼の所業で切り返してくるのだった。 いや、まあ、結果は分かっていたけれど。 こうもすっぱりと切り伏せられると、流石にちょっとダメージはある。 「でも、さっきの例え話は…」 「まあ、流石に私もあんな根も葉もないうわさ話をあなたが鵜呑みにするとは思っていないわ。 けれど、苗木君は単純というか馬鹿正直だから、万が一ということもあるし。それに…」 「それに?」 その時僕は、そこから先を霧切さんが言いあぐねているんだと思った。 何か言いにくいことを言おうとしているんだと。 それくらい、不自然な沈黙だった。 ふらり、と、不自然なままに霧切さんの肩が揺れる。 「…霧切さん?」 「大、丈夫、よ」 大丈夫じゃない。 僕はすぐに悟った。 そうだ、どうして忘れていたんだろう。 彼女は今朝からずっと、女の子の痛みと闘っていたんだった。 霧切さんの顔は真っ赤。でも、当然羞恥の色じゃない。 息もどことなく荒く、いつからか肩で呼吸を始めている。 一つ気付けば次々と、彼女の異常を知らせるサインが見つかった。 「…ちょっとゴメン」 「あ…」 額に手を当てる。 一瞬汗で濡れてひんやりとして、その奥から暖房のような熱さが伝わってくる。 「すごい熱だよ…」 「大丈夫よ…朝より、マシだから」 だから、耐えられる、と。 彼女はフラフラになりながら言う。 この大馬鹿、と、自分を怒鳴りつけたかった。 『いつも通りの霧切さん』だなんて、僕は何を見ていたんだ。 わかっていたことじゃないか。 辛い時ほど、無理をする人なんだ。 「……あ」 「霧切さんっ!」 少し目を離した隙に、その体が大きく傾いた。 手すりに伸ばした手は空を掴み、そのまま行き場を失くした足が、階段から離れていく。 僕達がいたのは、ちょうど階段の中腹。下の踊り場までは、六段ほど。 中途半端な距離でも、熱に浮かされた無防備な体じゃ、受け身どころか―― 「危なっ…!!」 その体がリネン床へ真っ逆さま、となる前に、 僕は手を伸ばし、霧切さんの腕を掴んだ。 「っ!」 緩やかに落ちていくはずの体が、ぐ、と空中に不自然に留められる。 重力に従って落ちることを阻まれ、彼女の体は大きく重心を崩し、 「あ、づ――っ!!」 ぐに、と、革のブーツがねじれる嫌な音。 痛みからか顔をゆがめ、霧切さんはそのまま段差に座り込んだ。 「き、霧切さん!」 慌てて駆け寄る。 霧切さんは、耐えるように目をつぶっていた。 僕に不自然に抱えられたせいで、全体重が足に不自然な形で乗っかり、思いっ切り挫いてしまったのだ。 この場面では、そうするしかなかった。 その負傷については後でちゃんと謝るとして。 「…やっぱり、病院には行ってなかったんだね」 先ほどの自信に満ち満ちていた表情から一転。 霧切さんは不機嫌そうに黙りこみ、そして僕の追求から逃れるように、ふいと顔を反らした。 責めるつもりはないけれど、無意識にそんな声色になってしまう。 顔は不自然なほどに赤く、額にびっしりと浮かぶ汗。 まだ寒いのか、肩も小刻みに震えている。 「とにかく、もう一度保健室に行こう」 「…」 く、と腕を掴むと、振り払われる。 その仕種は、いつかの機嫌が悪い時の霧切さんだった。 「独りで、行けるから」 少しだけ持ち直したのか顔を上げ、けれど僕に目を合わせようとしない。 その仕種に、なぜかカチンときた。 「…悪いけど、霧切さんの『独りで出来る』はもう信じないから」 さっきまで、彼女が怒っていないだろうかと怯えていたはずなのに。 「何、を…?」 「今だって、病院に行くって言ったのに、行かなかったからこうなってるんでしょ」 口から出たのは、自分で思っていたよりも無機質な声だった。 怒っているから、だと思う。 自分のことなのに『思う』だなんてはっきりしないのは、それが怒りかどうかが分からないからだ。 どうして自分を大切にしてくれないんだ、という憤り。 もっと言葉を知っていれば、この感情を表す的確な表現だってあっただろう。 霧切さんなら、それをきっと知っているだろう。 でも僕は知らないから。 無言のままジト目で睨んでくる彼女に、そのまま言葉をぶつけた。 「…今回は、僕も怒ってるからね」 「え…」 瞬間。 霧切さんは、心臓が止まったかのような顔を見せた。 そして、怒鳴り出すような泣き出すような、とにかく何かが弾けてしまいそうな表情をして、ぐっと唇を噛んでいる。 それがどういう心理状態から来るものかはわからない。 でも、彼女の気持ちは、悪いけど後回し。 少し強引に彼女の腕を掴む。 抵抗されるかと思ったけれど、観念したのか、そのまま素直に僕の肩を借りてくれた。 挫いた右足を支えるように、僕の体を霧切さんの右腕の下に潜り込ませる。 それから右腕を僕の首にまわしてもらい、 「立つよ?右足には力入れないでね」 「んっ…」 ぐ、と、体を上に引っ張り上げた。 足を挫いているせいだろう、霧切さんの重心はかなり傾いてきている。 そのせいで、前よりも少しだけ、彼女の体が触れる面積が大きくて、 あとで思いだして赤面するんだろうな、と他人事のように考えながら、僕は保健室へ向かった。 ――――― 同じ日に同じ人を、二回も保健室に連れてくるなんて思わなかった。 期待はしていなかったけれど、やっぱり養護教諭の姿はない。 本当にここは保健室なんだろうか。 「ベッドに座ってて。今、色々持ってくるから」 右足に負担がかからないように気をつけて、そっとベッドに下ろす。 それから携帯を開き、朝日奈さんにメールを送った。 『Date 05/29 16 22 Sub Re;Re;Re;Re;R To 朝日奈 葵 今保健室にいます。 霧切さんが熱をぶり 返した上に、捻挫し ました。引きずって でも病院に連れてい くので、タクシーを 呼んでください。 』 これでよし。 朝日奈さんにしても、上手く霧切さんに恩を売っておけば、やたらに責められたりはしないだろうし。 携帯を閉じて戸棚に向かい、例によってその中を漁る。 体温計に解熱剤、テーピング用のテープ、それに念のため頭痛薬も。薬を飲むための水、それから換気のために窓を開けて。 養護教諭がいれば、霧切さんの足にも適切な処置が貰えたんだろうけれど、無いものに頼ることはできない。 「…よし」 僕は、戸棚に挟まっていた保健体育の教科書を引っ張りだした。 ここに、確かテーピングの方法が書いてあったはず。 どうやら一度目の、昼のアクシデントの時よりは、冷静に考えられているようだった。 別に落ち着いているわけでもないけれど、それに勝る気持ちの方が強いからだろう。 「――これが解熱剤で、これが水。病院の診察のために、体温も測っておいて」 小脇の机に、ひったくってきた応急セットを並べる。 指し示すと、霧切さんはやっぱり僕に目を合わせないまま、それを受け取った。 まあ、素直に薬を飲んでくれる分には構わないんだけれど。 けれど今日の霧切さんの行動には、分からないことが多すぎた。 病院には行かずに僕達の所に来た理由や、僕が肩を貸すのに拒んだ訳。 なのに二度目は素直に肩を借りてくれて。 そういや、話があるって言っていたけれど、その詳細も聞き損ねた。 そのいくつかは、彼女が意地を張っていたからという単純な答えだろう。 けれど残りのいくつかは、彼女が顔を伏せてしまった今では、迷宮入りのブラックボックスだ。 「タクシーも呼んだから。僕も着いて行くし、絶対病院に行ってもらうよ」 とにかく今は、彼女の安静を優先させなければいけない。 骨折や靱帯損傷みたいな大怪我に比べて、捻挫という響きはあまり怖くない。 けれど侮ってはいけない。 素人目では捻挫と骨折は区別が付きにくいし、放っておけばクセが付いてしまう。 だから、絶対に病院に連れていく。 そうじゃないと、彼女は絶対無理をするから。 「――怒って…いるの?」 不意に、すごく弱々しい声が聞こえた。 子どもが親の機嫌を伺うような、そんな弱々しさ。 誰の声だろう、と、うっかり辺りを見回しそうになる。 けれど、当然ながら声の主は霧切さんだ。 この部屋には僕と彼女しかいないんだから。 「…怒ってる、って…僕?」 「さっき、そう言ったでしょう」 「あ」 確かに、言ったけど。 でも、あの場はああでも言わないと、霧切さんを動かせなかったし。 それ以前に、普段の僕達の関係からして、霧切さんが真に受けるとも思わなかったし。 さっきと立場が逆だ、なんて思いながらも、一応フォローはしてみる。 「…あれは、ほら、言葉のあやだよ。本当に怒っていたわけじゃ――」 「嘘よ。機嫌が悪いってことくらい、表情や声で分かるもの」 言葉もいつもより捨て鉢だったし、と、拗ねるように口を尖らせる霧切さん。 う、と、詰まってしまう。 そんなに表に出していたのか。 さて、どう弁解したものかと逡巡する僕の耳に届いたのは、 「…ゴメン、なさい」 またしても弱々しい、今にも泣き出しそうなほどに不安に塗れた、そんな謝罪の言葉だった。 「また、あなたに迷惑をかけてしまって…怒られるのも当然だわ」 「違っ…ていうか、怒ってなんかないよ、ホントに」 正面から、素直に謝る霧切さん。 いつもの毅然さや大人びた雰囲気ではなく、目を伏せて、泣きだすのを堪えているような表情。 「…」 そして、無言。 でも、それは無視とかじゃない。 誤魔化しや取り繕いじゃない、本物の僕の言葉を待っている。 とても、不安そうに。 耐えるように、コップをギュッと握りしめて。 いつものポーカーフェイスは、冷静さは、どこに忘れてきたのだろう。 熱で弱っている、なんて、そんな簡単な弱々しさじゃない。 まるで自分の内面の弱さを曝け出しているような、そんな無防備さがある。 やだな、と思った。 いつものように、それこそ凛として咲く花のごとく。 微笑んだり、眉根を寄せたり、その仕種一つがカッコいい、いつもの霧切さんでいてほしかった。 そして、霧切さんをこんな顔にさせている自分のことを、叱りとばしたくなった。 「怒っている、っていうかさ」 「…」 「心配したんだ、霧切さんのこと」 「心、配…?」 そうだよ、と肯定する。 親が子を怒るのは、彼らの身を案じているから。 それと同じで、僕も霧切さんに怒ったんだ。 「だってさ、倒れそうなくらいに体調が悪いのに、無理して我慢してさ。 保健室に運んで看病して、病院に行くって約束したのに。それどころか治ってもないのに、無理して倒れて。 そりゃ心配するよ。霧切さんってば、自分の体のこと、全然考えてくれないんだから。 …だから、僕が怒っているとしたら、そういうこと。霧切さんが心配だから怒ってるの」 僕の語彙は相変わらず貧困で、言葉なんかじゃこの胸の内にある気持ちの全ては伝えきれない。 でも、今はそれで十分だと思った。 いつもの霧切さんに戻ってもらうだけでいいんだ。 「私のことが、心配…?」 聞き返すというよりは、その言葉を自分の中で反芻するような口ぶりだった。 顔を上げると、もう泣き出しそうな霧切さんはいなかった。 少し目を見開いて、面喰っているようで。 「そうだよ。僕なんかに心配されるのは、余計なお世話かもしれないけどさ」 「そんなことないわ…その、気にかけてもらえるのは嬉しいし」 「それに」 と、僕は続ける。 「許せないっていうんだとしたら、むしろ僕自身のことかもしれない」 「…苗木君が、苗木君自身を、ということ?」 霧切さんは首をかしげる。 「午前中もずっと、霧切さんの具合が良くないことに気付けなかったし」 「そんなの、苗木君のせいじゃないわ。あなたが気に病むのは筋違いよ」 それでも。 例え道理にかなっていなくても、彼女が許してくれても。 彼女に何も出来なかった自分が、恥ずかしくて、悔しくて、許せない。 挙句、あんな顔をさせて―― 「…でも、あなたがそういう風に思ってくれるのは…嬉しい、かも」 「へ?」 「…何でもないわ。心配してくれてありがとう、苗木君。それと…ごめんなさい」 彼女の言葉は良く聞き取れなかったけれど。 もう大丈夫だな、と、なんとなく思った。 二度目の謝罪を、笑顔で言えたんだから。 「…ううん、どういたしまして」 返事とともに、体温計を渡す。 さっきよりも幾分か顔色が良くなったように見える。 病は気からとはよく言ったもので、どうも霧切さんの調子は、精神的によるものが大きいみたいだ。 昼の時も、ベッドに連れてきて、体を休められる状況を作って、一気に良くなったみたいだったし。 少なくともさっきまでの崩れ落ちそうな表情は消えていて、僕は胸を撫で下ろした。 「…でも、よかった。あなたに嫌われたわけじゃなかったのね」 「嫌うって、そんな…」 そんなの、ありえない。 驚いて顔を上げ、はた、と、目が合う。 熱からだろう、霧切さんはまだ少し顔が赤くて。 厚手で威圧感のあるコートを脱いでいるから、いつもよりも肩が小さく見えて。 すごく、安心したような笑みを、僕に向けていて。 『霧切ちゃんって、苗木のこと好きなんじゃないの?』 そんな、馬鹿な事を思い出した。 「そ…それでも心配したことには変わりないし、そういう意味ではホントに、怒ってたんだからね」 誤魔化すようにまくし立てて、急いで目をそらした。 あのまま見つめ合っていたら、変な勘違いを起こしてしまいそうだった。 霧切さんは言っていたじゃないか。 その噂を否定するために、僕を連れだしたんだって。 そう、万が一にもそんな奇跡はあり得ない。 「ええ、反省してるわ。苗木君は怒らせると怖いから」 「なにさ、それ…」 からかうように言われて、今度は僕が頬を赤くする番だった。 少しでも油断すると、またすぐ彼女のペースだ。 まあ、それが悪いことかと聞かれれば、返答に困るけれど。 彼女が僕をからかって、僕は彼女に翻弄される。 僕達はやっぱり、このくらいの距離感の方が合っている。 「もう、いいから足を出してよ。テーピングするから」 合っている、のに。 「――え?」 今日何度目か、霧切さんの顔が固まった。 どうやら、もう一波乱の予感。 僕達のいるこの世界は、どうやらこのままハッピーエンドで終わらせてくれるような平穏さは無いらしい。 ――――― 最初は、苦手だった。 他人と会話することに慣れていないわけじゃない。 探偵としては、言葉を交わして情報を得るなんて初歩の技術だった。 ただ、それはあくまで探偵としての「武器」であり、「機能」としての会話。 その矛先は、学友に向けていいものじゃない。 会話に慣れていないわけじゃないけれど、人と話すことは苦手だった。 どうしても情報の駆け引きや、会話での損得を考えてしまうから。 そんな浅ましい自分を思い知らされている心地がするから。 高校に入っても、私はそれまでのスタンスを変えなかった。 人を避けるわけではない。 ただ、自分からは歩み寄らず、尋ねられれば答えるだけ。 そうすることで、人は自然と私を避ける。 それでよかった。 孤独には馴れていたし、むしろ望んでいた。 いつか聞いた歌のように、誰かを思いやることが煩わしい…とまではいかないけれど。 自分の嫌いな自分自身を、見なくて済むから。 『…隣、いいかしら』 『あ、うん。喜んで』 顔と名前は知っていた。 同じクラスだし、確か寮も同じはずだ。 けれど、それだけ。直接話したことは皆無。 ただ、クラスでの噂は耳にしていた。 『頼まれたことを断らない、可愛くて気の良い男子』という便利屋扱いした不誠実なものや、 『なんの取り柄もない、パッとしない平均男』というあからさまな蔑視が込められているもの。 どちらにしろ不名誉なもので、だから彼に対してあまり良い印象は持っていなかった。 ここに座るのも、別に彼の隣を選んだわけじゃない。 食堂が混んでいて、たまたま彼の正面が空いていたのだ。 『えっと…霧切さん、だよね』 『ええ』 『…』 目を合わさずに頷いて、会話をシャットダウン。 悪いわね、苗木誠君。 霧切響子は、あなたと会話を弾ませるつもりはないの。 けれど他に席もないから、悪いのに捕まったと思って、諦めてちょうだい。 『…あ、それ』 けれどもめげずに、彼は私のトレイを指す。 『ここのハンバーグプレート、美味しいんだよね』 『さあ、よくわからないわ』 まあ、味は悪くない方だと思う。 けれど同意すれば、そこから会話が生まれてしまう。 また目も合わせないまま、無愛想に私は返す。 最低のコミュニケーションだな、と、心の中で自分をせせら笑いながら。 『副菜が充実しててさ。それに鉄板で出してくる所も点数高いよね』 けれどもめげずに、彼はひとりで会話を続けていく。 変わった人だ。 こんな無愛想な女に話しかけて、何がそんなに楽しいんだろう。 『…詳しいのね』 気まぐれに、返事を返してしまった。 返事ももらえずに話を続ける彼の姿が、少し不憫に感じて。 『あ…それほどでも、ないんだけど』 そう言いながらも、彼は嬉しそうに頬を緩ませた。 まるで、返事をもらえた事が、たまらなく嬉しいのだとでも言うように。 最初は、苦手だった。 勝手に人を信用して、無防備な笑顔を晒してくる所なんか、特に。 翌日、翌々日と、彼は私に付きまとった。 とは言っても、相変わらず食堂が混むからという理由で、隣に座るだけだけれど。 どうやら彼の中で、私は既に友人として認定されているらしい。 一方的に話し続けているだけなのに、勝手なものだ。 そんなことを思いながらも、私は『人の噂ほど当てにならないものはない』ということを、彼に教えられる事になる。 一方的な会話の中で、気まぐれに返事をする。 最初は相槌をうち、そのうち自分の意見を述べ、不意に笑ってしまうこともあった。 気付けば、私も言葉を交わしていた。 食堂で、彼と隣の席になるのを楽しみにしていた。 彼との会話の中でのみ、私は汚い自分自身を忘れられる。 探偵という競争社会で生きてきて、初めて平穏に触れた気がした。 そして、その頃から。 他の生徒たちの彼への評価も、徐々に変わりはじめる。 『便利屋』ではなく『お人好し』、『平均男』は『弱点が無い』という評価に。 苗木誠という人物は、一目置かれるようになっていった。 気に入らなかった。 彼がそういう素敵な男の子なのだと、最初に知ったのは私だったのに。 そうして、自分の気持ちに気付く。 彼と過ごす時間は、心地よかった。 『辛い時は辛いって、ちゃんと言わないとダメだよ』 それは、私が初めて手に入れた平穏だった。 『…早く良くなるといいね』 何物にも代えがたいもので、彼との時間を独占したいとまで思った。 だから。 『霧切ちゃんって、苗木のこと好きなんじゃないの?』 壊れてしまう、と。 そう思った。 どうして苗木君を探していたのか…と、まあ単純に体調が回復したから礼を言おうとしていただけなのだが。 どうやら治ったのは私の錯覚だったようで、彼と歩いているうちに少しずつぶり返してきて、結局迷惑をかけてしまう。 なんて、そんな経緯はとりあえずおいといて、 その時は、その理由も経緯も、全て頭から吹き飛んだ。 ただ、壊れてしまう、と。 この距離感が心地良かったのに。 『好き』だなんて、私から歩み寄れば、それは壊れてしまう。 彼が頷いてくれるはずがない。 万が一首を縦に振っても、それは私を気遣ってのものに違いない。 いや、むしろ、その可能性の方が大きいかもしれない。 どうしようもないくらいお人好しで、真面目で、自分に自信が無くて。 それが私の好きになった男の子なんだから。 受け入れられるにせよ、断られるにせよ。 今まで築き上げてきた私たちの関係は、壊れてしまうに違いない。 朝日奈さんに、悪気はないのだろう。 けれど、 『…あの、私が苗木君を好きだ、とかいう噂を、否定するためよ』 その時ばかりは、彼女を恨んだ。 今の関係を守るために、自分に、そして彼にまで、嘘をつかなければならなかった。 彼を困らせたくない。 この関係を壊してまで、彼に迫りたくない。 私は彼が『好き』なんじゃない。 ただ、『嫌われたくない』だけなのだ。 いつも優しい言葉をかけてほしい。 ずっと側にいてほしい。 そのためには、彼に嫌われてはいけないのだ。 そんな汚い独占欲を、『好き』と表現するにはあまりに自分に都合がよすぎる。 そうやって、『好き』ではないと自分に言い聞かせてきたのに、口にするのがこれほどまで心苦しいなんて。 『…今回は、僕も怒ってるからね』 なのに、その偽りの望みすら壊されてしまいそうで。 それまで、病院になど行くものか、と意気っていた私の心は、急速に萎んでいった。 苗木君を、怒らせてしまった。 苗木君に、嫌われてしまった。 朝日奈さんのせいでも、他の誰のせいでもない、自分自身の行動が原因で。 奈落に落ちて行くような絶望感。 迷惑をかけすぎたんだ、と、自分で自分を責める。 彼に背負われながらも、頭を巡るのは情けなさばかりだった。 けれど、その『お人好し』は私の予想を裏切って。 迷惑どころか、かけていたのは心配だ、なんて言い出した。 胸が締め付けられる。 普段の彼の言動を考えてみれば、それは至極当然の反応だった。 第一、私はそんな苗木君の優しさに惹かれているというのに、すっかり失念していた。 『惚れ直した』とは、こういう時に使うんだろう。 このまま、病院へと向かう時間を、そんな彼との甘い時間に当てられたら、と、惚気ながらに思う。 この関係が壊れなくて、本当によかった、と。 どうかこれからも、この平穏が続きますように、と。 『もう、いいから足を出してよ。テーピングするから』 脳が彼の言葉の意味を理解する、次の瞬間まで。 平和ボケした頭で、私は願っていたのだった。 【続く】
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「何を読んでるの」 「うわあッ!?」 えらい近くに顔があった。 「ちょっと。あんまり大きな声を出さないで頂戴な」 「あ、霧切さん? や、えっとその、ごめん。……でもその、なんで」 「?」 「………なんでもない」 雨は止みそうになかった。 例年より少し早めに始まったらしい今年の梅雨は、それなら例年より早く終わるのかと問いかけた所で答える人はいない。 答えに限りなく近い位置にいそうな気象予報士は、今日も傘を忘れないようにと誰でもわかっていることを繰り返すばかりで、わかっているといえば今日の日付は未だ夏が来るにはまだまだ遠い六月の四週目で。週間予報は雨雨曇り所により雨以下繰り返し。 つまるところ、雨は降るべくして降っているのである。 「ラジオも少し、飽きてきたわね」と霧切さんが言えば、「なら、本でも読もうか?」とボクが返し。「全部読んだわ。それもつい最近」と諦め混じりに嘆いた言葉に、ボクは肩を竦め溜息をひとつ。 雨の中静かに読書と言うのも悪くないと思ったのだけれど、どうもタイミングが悪い。本当にやることがない、といった様子で立ち上がった霧切さんは、大して飲む気も無いだろうに、本日二回目となるコーヒーメーカーのスイッチを入れた。 ――ぱらり。 「あ、ちょっと待って。あと、二行」 「う、うん」 二杯、三杯と作業のように珈琲を流し込んでいた(ボクが断ったので量が多い)かと思うと、不意に立ち上がり傘を掴んで出掛けて行ったのが、確か十五分ほど前の出来事。買い物にでも行ったのだろうかとぼんやり考えて、もしそうなら一緒に行けば良かったと、ほんの少しの羨望を霧切さんに感じた。雨に流されてすぐに消えた。 それに、霧切さんと違って、ボクは積んだままになっている本が沢山ある。 ミステリの蔵書数とマニアックさにかけては学園の図書室にも引けをとらないこの本棚をぞろりと眺めて、ボクは栞を挟みっぱなしの一冊を見つけ手に取った。 ほどよい薄さの翻訳小説。思いっきりボクの読みかけである。 霧切さんがポットに残していったコーヒーをありがたく頂戴して、ラジオの音量はごくごく小さく。適当にツマミを回していると、天気予報から音楽番組に切り替わった。 さあ、ボクはボクなりに、雨の日を精一杯満喫してやるぞ――と、そう思ったのが確か十五分前の出来事だった。 「それで、何を読んでるの。――あ、待って。当ててみせましょうか。……オルツィね」 「うん、左上にタイトル書いてあるよね」 意地悪な言い方、と呟く。息が耳に当たって心臓がどきりと鳴った。 椅子がぎい、と小さな音を立てる。どうやら背もたれのところを掴んでいるらしい。 「どこに行ってたの?」 「ええ、ちょっとね。紫陽花を見に」声は上機嫌。先ほどの憂鬱はどこへやってしまったのだろう。 「ふうん、そう……」ぱらり「ちょっと待って。苗木君、貴方本を読むのが速いのね」 「そうかな、普通だよ」 嘘だ。それは違うよと心の中でボクが叫ぶ。ちょっと黙っていてほしい。そうでなくとも余裕がないのに。 「………全部読んだんじゃなかったの?」 「どうしてこう、人の後ろから読む本ってこんなに面白いのかしらね。何か、こう、新鮮な………最後の一文、親指で見えないわ」 ボクより読むの速いんじゃないか。 というか耳の傍でブツブツ言うのをやめてほしい。 「やっぱり文字が見えにくいわね……ん、っと」 「~~~~~!?」 ぎい、と椅子が再び軋む。身を乗り出すようにして顔を近づけた霧切さんは目を細めて本をというか顔を近づけてボクの肩のところに顔が近い近いよ近いってば。 「………? 苗木君、次のページを、はや、」 本の世界にどっぷり浸かっていたと、ボクらはこの状況に対してそう言い訳すれば良いのだろうか。 それは違うよと胸の奥でボクが叫ぶ。ボクが夢中になっていたのは本じゃなくてってああもううるさい! 「…………………やあ」 「………………………………」 ぱちり、ぱちり。霧切さんの眼が二度ほど瞬いた。音まで聴こえてきそうだ、というのは流石に誇張だけど、睫毛の数ぐらいなら十分数えられる。 大きく見開かれた瞳は動揺で細かく揺れて、白い肌にはうっすらと朱が浮かんで、おそらく多分いやきっと、ボクもおんなじ風に―― ――冷静に解説してる場合じゃない。 「ご、ごめ……」 「何を、してるの」 「………………え?」 顔を背けられた。距離はほとんど変わらずに、視線だけが件の翻訳小説へ。 貶されるか引っぱたかれるか覚悟していたのに、実際はそのどちらでもなく。 「そろそろ、つ、次のページを捲ってほしいのだけど」 「う、うん」 何事も無かったかのようにページを捲る。本が少し、しっとりしているのは、きっとこの梅雨のせいだ。 ぱらり、ぱらりとページがテンポよく捲られる。ボクらの読み進める速さは今ほとんど同じになっている。薄い本だ、今にも読み終わるだろう。 ちらりと本棚を見る。ボクが抜いたスペースに、隣の本が倒れかかっているのが見えた。日本人作家の手によるミステリで、少なく見積もってもこの本の二倍以上はある。ついでに言えばあれもボクの読みかけだ。 「………苗木、君?」 「あ、うん……」 ぱらり。 また1ページ、物語の終わりが近づいている。巻末の解説と宣伝を除けば、数えるほどしか残っていないかもしれない。 ぐちゃぐちゃにこんがらがった紐のような頭の中で、あっちの分厚いのにしておけばよかったなとボクは思った。 雨はまだ、止みそうにない。 Next Episode ナエギリ晴耕雨読 第三話『ちょっと時間が空いたので。』
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「サラダ記念日、って知ってるかしら?」 起き抜けに突然そんなことを聞かれたら、大抵の人は恐らく呆けたリアクションしか取れないのではなかろうか。 平凡代表たるこの僕はもちろん例外ならず、間の抜けた声を発していた――のは、彼女に振り回されっぱなしだった頃の話。 習慣というのは恐ろしいもので、長らく一緒にいるうちに、時折顔を出す彼女の突飛な行動にも慣れてしまった。 まだ完全には覚醒していない頭が勝手に回転して、我ながら眠たそうな声で返答するくらいには。 「ええっと…『この味が、いいねと君が、言ったから、何月何日は、サラダ記念日』…ってやつだっけ」 「肝心の日付がうろ覚えなのね。誠君らしいわ」 「だって昔国語の授業で習っただけだし…割と好きだったから何となく覚えてたけど」 作者の名前は忘れているけど、結構頭に残る短歌だったように思う。 既に成人した今となっては、かつて学校の授業で習ったことなんてほとんど忘れているから、僕にしてはよく覚えていたんじゃないか。 「割と覚えやすい日付でしょう?舞園さんの誕生日の前日よ」 「ああ、7月6日なの?」 「……そっちは全く忘れていないのね」 ジト目で睨まれたと思ったら足を踏まれた。 屋内だった分、ヒールじゃなかったことに感謝するべきかな。 「それでさ、突然どうしたの?今日は別に7月6日じゃないけど」 既に用意されていた朝食を二人で食べつつ、疑問を口にする。 突飛な行動に慣れたとは言っても、別に気にならない訳ではないし。 彼女の方もそう聞かれるのは当然予想済みだったようで、パンを嚥下してから口を開いた。 「つまりね、世間的には特に重要な日ではなくても、当人にとっては何かしらの記念日になり得る、と言いたかったのよ」 彼女は時々こうやって、あえて抽象的にぼかした表現をすることで、僕自身に主張を読み取らせようとする。 探偵であるが故の性なのか、謎解きをするのもさせるのも好きな人なのだ。……単なる暇つぶしの様な気もするけど。 「…ええっと、つまり今日がその何かしらの記念日、ってこと?」 返事はなかったけど、やや満足そうに口角が上がっているから正解なんだろう。 とは言え、僕には今日が何の記念日かなんて全くわからない。サラダ記念日を出してきたことからも、正規の祝日とかではないんだろうし。 彼女は無言で答えを催促してくるけど、心当たりが全く――いや、待てよ。 「もしかしてさ、父の日のこと言ってる?確か今日だったよね?」 母の日と比べて軽視されがちな父の日。それは6月の第3日曜日、つまり今日だ。 僕も覚えていた訳ではないんだけど、先日買い物に行った時、ギフトコーナーに日付が大きく書いていたことを思い出したのだった。 ただ―― 「…父の日って、記念日だっけ…?」 「細かいことはいいの。私が今日を『父の日』という記念日だと制定したのだから、それでいいのよ」 「いやいや」 父の日の由来なんて知らないけど、少なくとも響子さんが作った訳ではないだろう。 だけど、正直予想外だった。 父親と複雑な確執のある彼女が、父の日のことを自ら話題に出すなんて。 昔ほどではなくても、未だに決して良好な仲とは言えないのに。 無論、悪いことではない。 僕としては常々、あの二人には早く和解して欲しいと願っていたのだし。 「お義父さんに、何か親孝行でもしたいとか?」 「そんなわけないじゃないなんでわたしがあのひとになにかしてあげなくちゃいけないのよふざけたこといわないで」 …そんな僕の期待はどうやら思い違いだったらしい。ていうかよく一息で言えたね。 まだまだ和解には遠いなあ、と思わず溜息を吐きそうになる。 と、咳払いをして落ち着いたらしい彼女が徐に立ち上がった。 「まあ、とにかく今日は『父の日』だから…贈り物に花を用意したの」 そう言いながら、綺麗にラッピングされた大きな花束を持って来た。 …何なんだろう、これは俗にいうツンデレとかいうやつなのかな。 いや、響子さんみたいなのはクーデレというんだと山田クンが言ってたような気もする。 口では素直になれなくとも、結局父親に何かしてあげたかったのだろう。 これはお義父さん泣いて喜ぶんじゃないかな。 意地っ張りな響子さんも可愛「はい、誠君」……うん? 「…あの、何で僕に渡すの?」 バラを中心とした豪華な花の数々。 思わず反射的に受け取ってしまったけど、これを渡すべきなのは彼女の父親であって僕ではないのに。 「言ったじゃない、今日は父の日だからよ。だからあなたに贈り物をするの」 どこか楽しそうに答えながら、彼女は僕の返事を待っている。 不思議だと思うのなら解いてみなさい、という心の声が聞こえた気がした。 本日2度目の謎解きだ。 「一応言っとくけど、僕は響子さんの父親じゃないよ」 「もちろん知ってるわ。あなたは私の旦那様だものね」 父親の様な存在だと思われている訳ではないらしい。 まあ、当然といえば当然。 「だったら、僕じゃなくて、ちゃんとお義父さんに」 「あのひとにこんなおくりものをするわけないってなんどいえばわかるのかしらいいかげんにしなさい」 似たようなやりとりを繰り返して、今度は頬を抓られる。 何だろう、本当に僕に贈るつもりなのか。てっきり複雑なファザコ……照れ隠しだと思ったのに。 「何か今失礼なことを考えなかったかしら」 冷たい目線が突き刺さる。相変わらず僕は顔に考えてることがバッチリ出てしまうようだ。 「何も考えてないでございます」 「変な敬語は面接で落とされるわよ」 「何の面接なのさ」 会話をしつつ、ひりひりと痛む頬を押さえながら花束を見て考えてみるけれど。 直接父親に渡せないから、僕を父親に見立てて渡したとか。 自分の代わりに僕から渡しておいてほしいとか。 結局はお義父さん絡みの、言ったら今度は引っ叩かれそうな考えしか浮かばなかった。 「どうしたの、誠君。降参かしら?」 煽るように言ってこられたら、やっぱりちょっと悔しいから降参はしたくないけど。 お義父さん絡みじゃないなら、本当に全くわからない。 だって僕は、響子さんの父親じゃないのに。 「……誠君。私は世間的な『父の日』をやっているわけではないのよ」 そんな僕を見かねたのか、ぽそりと彼女が呟いた。 「普通、父の日というのは父親に感謝をする日のことだけど。 私が定めた父の日は、『記念日』だと言ったでしょう?そちらで考えてみて頂戴」 「記念日……?」 そういえばそんな風に言っていた。 だけど、父の日が記念日ってどういうことだろう。 父親記念日? それじゃあまるで、僕が父親に―― そこまで思い至って、思考が止まった。 え?……え? 「……まさか」 思わず瞬きを忘れ、眼球運動が忙しくなる。 そんな馬鹿な。でももしかしたら。 そう思って茫然と彼女の方を見ると、 「どうやら、やっと理解したようね」 満足そうな顔で微笑んでいる。僕が謎を解いた時に浮かべる顔だ。 つまり、この答えは正解だと、そういうことなのか。 「……、……本当、に?」 「癪だけれど、あの人にも報告には行かないといけないわね。…もちろん、お義父様たちにも」 本当に正解だった。 暫しの間、放心したように力が抜ける。 やがて驚きの中からじわじわと喜びが染み出し、心を満たしていった。 なるほど、『父の日』とはよく言ったものだ。 それなら確かに、この花を受け取るのは僕でしかありえない。 「そう、かあ……。それで記念日だって言ってたんだね」 今日は、一人の父親が生まれた記念日なのだから。 「父親の方は、なかなか実感が湧かないって言うでしょう?だから記念日を作ったのよ」 「あはは、確かに実感はあんまり無いかな。…でも、すごく嬉しいよ」 様々な感情が一気に押し寄せてきて、胸が一杯になる。 彼女の嬉しそうな顔を見て、さらに幸せが満ちていく。多分今僕の顔はすごく締まりがなくニヤニヤしているだろう。 「だったらさ、僕にも贈り物をさせてよ。今日は『母の日』でもあるでしょ?」 「あら、私は誠君の母親じゃないわよ?」 「もちろん知ってるよ。君は僕の奥さんだもんね」 2人して笑い合う。 ああ、でもそうすると僕らの親にとっては『祖父の日』とか『祖母の日』にもなっちゃうのか。 しかも僕は妹がいるから『叔母の日』なんてのもできる。…おばさんって言ったら怒るんだろうなあ。 とりあえずは、この記念日は夫婦間だけでいいかな。 自由に記念日を作るというのも、なかなかに素敵で悪くない。 サラダ記念日はまた忘れても、父の日はきっとずっと覚えてるんだろう。 来年の父の日は、親子三人で楽しく祝えますように――。 「…ちなみに、どうせ報告に行くんだから、お義父さんにも何かプレゼントを」 「するわけないでしょうわざわざあいにいってあげるのだからそれでじゅうぶんじゃないあまやかすとろくなにんげんにならないのよ」 「……さいですか」