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トリステイン魔法学院―――――ハルケギニアと呼ばれる大陸の西に座すトリステイン王国。その王都近くに存在する魔法使い達の学校。 そこでは春の行事である『召喚の儀式』が行われていた。 まだまだ未熟なメイジ(魔法を行使する人間をこの世界ではそう呼ぶ)である少年少女の生徒達が、次々と様々な『使い魔』を召喚していく。 これから自らの半身といっても過言ではない存在となる使い魔を召喚し、契約する神聖なこの儀式に失敗は決して許されない。 そして今、桃色がかったブロンドの勝気そうな少女が、召喚魔法『サモン・サーヴァント』の呪文を詠唱した。 それがこのハルケギニアに恐るべき“侵略者”を呼び寄せ、また自らが住む世界の終りを告げる鐘の音であるとも知らず。 「宇宙の果てのどこかにいる私の僕よ! 神聖で美しく、そして強力な使い魔よ! 私は心より求め、訴えるわ……我が導きに答えなさいッ!!」 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― 真!! ゼロの侵略者 ~ハルケギニア最後の日~ 第1話「恐怖!! 復活のインベーダー!」 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― ………………その呪文の通り、“それ”は宇宙の果てから召喚された。 暗い闇の宇宙からせまり来る恐怖の声をあげて、召喚者の世界にやって来たのである。 “それ”は決して神聖で美しくはなかったが、狂暴にして凶悪といっていいほど力強く、そして『生』に対して異常なまでに貪欲な存在でもあった。 だが……召喚されるその直前、“それ”は憤怒の叫びと断末魔の悲鳴をあげていた。 不倶戴天の敵によって星ごと一刀両断に斬り裂かれ、細胞の一片まで残すことなくその身を焼きつくされる“それ”。 叫び、吼え、呪い、のたうちながら消滅していく“それ”の思いは最期まで同じだった。 『まだ生きたい、死にたくない』 しかしその願いは叶えられず“それ”はこの宇宙から死に絶え、すべての生命の根源たる『 』へと還っていくはずだった。が――――― 緑の光に飲み込まれていく“それ”の最後の欠片、その前に突如として銀色に光る『鏡のようなもの』が現れる。 その物体、いや現象はこの宇宙でつい先ほど起こったワームホールと呼ばれるものと同種の効果を持っていた。 尚も崩壊していく“それ”の欠片を『鏡のようなもの』が飲みこむと、“それ”はその世界から完全に消え去った。 「こ、これが私の使い魔?」 ルイズは自分が召喚したものを見て困惑した。 彼女だけではなく、周りの同級生や教師のコルベールも不思議そうな表情をしている―――――なんだアレは? 目の前のそれは黒いヘドロのようなもので、絶えず蠢き蠕動し、表面には無数の黄色い目玉が生えている。はっきり言ってかなり不気味で醜怪だ。 とても美しいとは思えないし、お世辞にも力強いようには見えない。「神聖で美しい、強力な使い魔」とはかけ離れた存在である。 ルイズは己の期待とまったく違うものを召喚してしまったことに少なからず落胆したが、同時に生涯初めての魔法の成功に対する喜びと、困惑があった。 説明するまでもないが、彼女は『ゼロ』という不名誉なアダ名をつけられ嘲られているように、幼い頃から魔法の才能が無いと「思われて」きた。 貴族に生まれておきながら、ことトリステインという国家において貴族という特権階級を支え、かつ司るファクターの第一である魔法が使えないのだ。 まして彼女は王家の血筋に近い公爵家の令嬢で、貴族としての位が高ければ高いほど必ず魔法の才能に秀でてなければならないのがこの国の常識である。 それ故どんな初歩的な魔法の呪文を唱えても、何故か必ず爆発を起こして失敗してしまうルイズが他の貴族から低く見られるのはしかたがないことかもしれない。 だが、それでも彼女は気貴くあろうとした。決して卑屈にならず、前を見て歩こうとした。それが他の生徒の敵愾心をあおり、己への侮蔑が増す原因になろうとも。 このようにルイズは実技において同級生たちに劣るが、代わりに座学では他より優れていようとした。誇りを保つため、魔法の知識だけでも一番であろうしたのだ。 彼女は決して愚鈍ではなかった。その頭脳は記憶に関して優秀であり、また弛まぬ努力もあって彼女の知識はクラスメートよりはるかに富んだものとなった。 覚えた呪文(ルーン)は数知れず、『コモン・マジック』は勿論のこと四系統の大抵の呪文は空で唱えられるし、同世代のメイジが知らない魔法も知り、その呪文を覚えた。 魔法の呪文だけではない、秘薬や幻獣、精霊の知識においても上級生たちに引けは取らないほどだった。 話が反れたが、ドラゴンとまではいかなくても、グリフォンやユニコーンなどの強力で美しい幻獣、でなければ有名ではないが学識あるものならその価値が分かる 希少な存在を召喚して同級生たちを見返してやろうと思い、万が一に自分が知らない種類の幻獣を召喚した場合へそなえて、それに関する情報を改めて得ようと 再び書物をひも解くまでしたルイズの膨大な幻獣の知識に、“こんなもの”は無かった――――というのが彼女の困惑の理由なのである。 ルイズは幻獣に関する書物のみでなく、過去の召喚の記録も読んだ。『稀有な召喚』というタイトルの書籍には珍しい動植物や幻獣の他に、他人が造り出した ゴーレムやガーゴイル(西洋の鬼瓦的な存在の、翼が生えた醜悪な怪物を模した石像ではなく、ハルケギニアでは意志を持つゴーレムを指す)を召喚した者、 中には単なるマジックアイテムを召喚した者や、さらに精霊を召喚した高名なメイジなどが記されていたが、やはり“こんなもの”を召喚したという記録はなかった。 (コレみたいなのに関する記録はどこにも無かったわ…………ひょっとして私、凄く珍しい幻獣を召喚したのかも! ああっ、でも実際役に立つかどうかは………) 無論のことルイズも全知ではない。彼女の知らない存在も多々あるだろう。故にその思考はネガとポジ両方に向いていた。 「………ミス・ヴァリエール、『コントラクト・サーヴァント』を。使い魔を召喚したのならばそれと契約しなければ」 思索の沼に沈みつつあったルイズを現実世界に引き戻すべく声をかけたのは、同じく思索の沼に溺れかけたものの自力で這い上がった教師のコルベールである。 若くして頭髪の後退が激しくなった男性であるが教育者としては優秀で、奇妙な実験に没頭しているということを除けば生徒の面倒見も良い名教師だ。 彼もまた自身の知識と経験にはない召喚物に困惑していたが、教師連のなかで博識とはいえど自分は幻獣の専門家ではない、ということで己を納得させた。 ―――――――アレが何なのかであるかは後回しだ。それよりこの神聖な儀式を遂行せねばならない。 召喚から契約まではスムーズに行われなければならないものだ。 生徒の手に負えないものが召喚された場合の対処も自分は任されているが、 正体不明の不気味な存在であるものの、アレは極端に弱っているようだ。危険はあるまい――――――― コルベールはそう思った………すぐに後悔するとも知らず。 「はい……わかりました、ミスタ・コルベール」 ルイズは承諾した。 すでに何十回という失敗を繰り返し、もはや次の授業に差障りがでると言うコルベールに必死に頼み込んでの召喚。 本来の『サモン・サーヴァント』の呪文とは異なる、自分のありったけの思いを込めた祈りのごとき詠唱。 コレはそうしてやっと自分の目の前に現れたものだ、何の不満があるのだろう。 こうなってはこの正体不明の生き物(なのか?)を己の使い魔として受け入れ、共に歩んでいくしかあるまい。 そのように決心したルイズを遠巻きにだが、真摯に見つめる生徒がいた。 蠱惑的ボディーラインを誇る褐色肌の美少女で、名はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。 隣国・帝政ゲルマニアよりの留学生であり、優れた「火」のメイジだ。先ほどその実力に見合った、虎のように巨大なサラマンダーを召喚している。 彼女は自慢の赤毛と豊満な胸を揺らしながら、自分と対照的な体型の眼鏡をかけた青髪の少女に話しかけた。 「ルイズったら変な使い魔を召喚したわねえ………アレが何なのか分かる、タバサ?」 「解らない…………でも、何か“よくないもの”だと思う」 タバサと呼ばれた少女はその身の丈を越すほどの杖を強く握りしめ、身体に薄っすらと汗を滲ませている。 彼女はとある理由から命を危険にさらす仕事を何度もやり遂げており、その外見からは想像できない百戦錬磨の戦士だった。 その戦士としての勘が、彼女にあの存在が不穏なものであると知らせている。 何かは分らないが、禍々しくおぞましいもの。ヒトを蛙とするなら蛇に喩えられるような……… 自身の勘だけではない、彼女が召喚した風韻竜の幼生もまた主の心に警告を発していた。アレは恐ろしい悪意に満ちた存在であると。 他の使い魔もその危険性に気付いているようだ。あるものは怯えて縮こまり、あるものは毛や鱗を逆立たせながらアレに向かって低い唸り声を上げ威嚇している。 同級生たちは自分の使い魔をなだめるのに必死だった。 タバサの返答にキュルケはルイズのことが心配になったが、すでに彼女は『コントラクト・サーヴァント』を行おうとしていた。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 そう唱えて使い魔に、いやこれから使い魔となるものに優しく口づけたその瞬間――――――ルイズは弾かれるようにして倒れこんだ。 地面に投げ出された彼女の身体は小刻みに痙攣し、口からは血泡を吹いて眼はあらぬ方向を向いている。 キュルケがルイズの名を叫びながら駆け寄ろうとするが、タバサに押し止められた。 その理由はすぐに分かった。 タバサも、コルベールも、周りの生徒達も、その場にいた全員が“それ”を凝視している。 精々数十サント程度でしかなかったそれは、今や2メイルもの大きさになっていた。 沸き立つ湯のようにボコボコと音をたて、大小の目玉が浮かんでは消えていく。 そしてさらに膨れあがったそれは、ついに形を成した。 『『 ぶ は ぁ あ あ あ あ あ あ あ あ あ !! 』』 それは産声だった。 それは復活に歓喜する生命の叫びであり、同時に破滅の産声だった。 黒い繭を突き破るか、あるいは古い殻を脱ぎさるようにして現れた“もの”。 そいつらは天を見上げて、ささやくように呟く。 「………僕の推測が正しければここは地球じゃないね、スティンガー君」 雲を突くような凄まじい巨躯の大男が言う。真黒い肌にその人種にしては珍しい金髪で、頬から顎にかけて覆う髭が人外の獣の雰囲気をかもしていた。 「う、うん、そうだね。ここは地球じゃないよね、コーウェン君」 応えた男は大男に輪をかけて異様な面相だった。辛うじて人類の範疇に含まれているが……妙に引きつり青ざめた、非人間的印象を与える顔だった。 「大気と土中に含まれる成分」 「僅かな重力の差、自転速度までもが違う」 「それに見たまえスティンガー君、衛星が二つもある」 「うん、そうだね。それに何よりも」 「ああ、何よりも」 二人は次の言葉を実に……実に感慨深く、様々な感情を込めて言った。 「「 ゲ ッ タ ー 線 の 照 射 量 が 違 う 」」 二人はそこで初めて周りの存在に気づいたかのように顔を下げて辺りを見回し、 そして幼子が見たら引きつけを起こしそうな笑みを生徒達に向けて、「挨拶」した。 「やあ、はじめまして!」 にこやかに、しかし邪悪極まりなく微笑む二人。その胸には見たこともないルーンが服の上からでもわかるほど光り輝いていた。 この日この時この場所こそ。 人類とは決して相容れない、この世界に存在してはならぬ『侵略者』が伝説の『虚無』によってハルケギニアに降臨し、 また、この星に滅びをもたらす『世界最後の日』の始まりであるとは、まだ誰も気づかなかったのである。
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前ページ/ゼロの使い/次ページ 「閣下。ただいま、兵の準備が整いました。」 「いつもながら仕事が速いな。どこかの花火とは大違いだ。」 「全てはレコン・キスタの悲願成就のため、ひいては閣下のため。」 「どうだかな。君は所詮、あの方の命で余の部下になっているに過ぎない。 役に立たぬと判断したら、忠義者の仮面を脱ぎ、反逆者へとはや代わりするのであろう?」 「・・・」 「まあよい・・・少なくとも君如きでは余に指一本触れることは出来ぬのだから・・・」 「仰るとおりで。」 「では始めるか・・・我らが目的・聖地奪還の第一歩となる・・・聖戦を・・・」 閣下と呼ばれた男の右薬指にはめられた指輪が、禍々しく輝いた・・・ トリスタニア宮殿に凶報がもたらされたのはそれから間も無くの事であった。 「アルビオン王国が神聖アルビオン共和国と名を変え、我が国に出撃! 恐ろしい数と速度で、まっすぐこのトリスタニアを目指しているとの情報です!!」 「な・・・何だと・・・」 「すぐに姫とミスタ・メディルに連絡だ!それと軍の高官を緊急招集!!」 「皇太子殿は、申し訳ありませんが、地下牢へお隠れを。」 「我ら二人がお供します。」 「かたじけない。」 三人に、情報が伝わったのはその十分後だった。 「そんな・・・幾らなんでも早すぎるわ・・・」 「恐らくグレートライドンが一枚噛んでいるのだろう。」 「そうか・・・あの技で兵をかき集めて・・・」 「とにかく、王室へ戻りましょう。」 王室へ戻ると、そこには気位ばかり高そうな高官達が雁首揃えて待っていた。 「状況は?」 「敵軍到着まで、残り2時間程かと。」 「奴ら・・・布告も無しに仕掛けるとは・・・貴族の魂を捨てた外道め・・・」 「戦にルールなど無い。あるのは殺すか殺されるかと言う真実だけだ。」 「貴様、何を・・・」 「布告があって挑まれるのなら満足か?ルールの下殺されるならそれでいいのか? 戦などと言うものに、正当性を求める方がどうかしている。」 「黙れ!!一貴族の使い魔の分際で!!」 「口を慎め!!ミスタ・メディルはこの戦局を左右し得る、最重要人物の一人なのだぞ!!」 マザリーニが一喝し、先程の高官を黙らせる。 「しかし、不思議だ。幾らなんでも敵の到着が早すぎる。」 彼らは知るはずもないが、敵軍は異世界の加速魔法を使い、速度を限界まで上げていたのであった。 「誰か、ミスタ・コルベールの元へ行ってくれませんか?彼の研究がこの国を救うことになるかもしれないのです。 本意ではありませんが、いざとなったら強行手段に出ることを許可します。」 「分かりました。すぐに部隊を編成します。」 と言って、高官の一人が退室する。 「ミスタ・メディル、勝算はありますか?」とマザリーニ。 「あの魔法を試す格好の的だ。」 その場の全員がメディルの物言いに戦慄を覚えた。 彼の言葉がハッタリではなく本心だと言うことは子供にでも分かるほどだ。 夥しい数の軍勢を試し撃ちの的呼ばわりとは・・・ 「陛下、お願いがあるのですが。」 「何でしょう?」 「念の為、魔力・・・否、こちらでは精神力か。それを回復する薬を用意していただきたいのです。」 「あんたが精神力の残量を心配するような魔法ってどんだけよ・・・」 ルイズは未だかつて、メディルが精神力切れを起こした所を見たことが無かった。 90分後・・・ レコン・キスタ進軍に備え、学生を除く(ルイズは例外)、国中のほぼ全てのライン以上のメイジと兵士が配備されたが、その数は数千とあまりにも頼りなかった。 一応メディルが召喚した魔物もいるが、その数は100匹ほどだった。彼とて僅かな時間で大群を用意する事は無理なようだ。 「全てはメディル殿の双肩にかかっていると言うわけか・・・」 「コルベールの協力次第では、頭数くらいは埋められるはずだがな。」 その頃、魔法学院のコルベールの研究所の表では派遣された部隊とコルベールがもめていた。 「貴殿も分からぬ人だ!!今は非常時なのだぞ!!」 大声で怒鳴るのは、この部隊の女隊長アニエス。剣と銃の扱いにおいて、彼女の右に出るものはそういないと評される人物だ。 「いかに国民を守るためとはいえ、あれを戦に使用すれば、将来その何倍もの人が血を流すことになる!! こんな簡単な事が何故分からないんだ!!」 「拒むのならば仕方が無い。貴殿を国家反逆罪で逮捕・処刑するがそれでも良いか!?」 「やれるものならやってみなさい。この『炎蛇』、一度は戦場を退いたとはいえ、そう簡単には・・・」 言いかけてコルベールは後方へ跳んだ。 派遣された部隊が一瞬で炎に包まれ、消し炭と化した。 「流石に勘がいいな。炎蛇。会えて嬉しいぞ」 燃え盛る炎の奥に見えたのはオークやオーガ等を50程侍らせた筋骨隆々とした白髪の男だった。 それはコルベールの見知った人物だったが、その人物ではあり得ない特徴を持っていた。 「メンヌヴィル・・・貴様・・・どうして・・・」 彼の名はメンヌヴィル。『白炎』の二つ名を持つ元下級貴族の火の傭兵メイジで、かつてコルベールの隊で副官を務めていた者だ。 「どうして?決まってるだろ隊長殿。お前の肉が焼ける臭いを嗅ぎたいからだ。」 「そうではない・・・貴様の両の眼は確かにこの私が奪ったはず。それが顔の火傷諸共消えているのはどういうわけだと聞いている!!」 コルベールの問いに、メンヌヴィルは笑いながら答えた。 「知りたいか?簡単な事だ。俺はレコン・キスタの守護神に魂を売ったのさ。 お陰で顔の傷も両目も元通り。低賃金のトリステインを裏切った甲斐があったというものだ。」 「貴様・・・」 怒りに燃えるコルベールを見ても、依然態度を変えぬまま、配下に指示を出した。 「お前達、手出しはするな。代わりに学院の生徒共を好きなだけ可愛がってやれ。 ここはお前達のために用意されたバイキングだ!」 「させるか!!」 「それはこっちの台詞だ!!」 白炎が炎蛇に向けて炎を放つが、容易く防がれる。 「邪魔をするな!!」 「もう手遅れだ。」 「何!!?」 「既に亜人達の小隊が学院の中にいくつか侵入している。オールド・オスマンも終わりだ。」 「そう簡単に彼を討ち取れるとでも?」 「取れるさ。奴の担当は間抜けな亜人共ではない。 レコン・キスタで最も恐るべき、最凶最悪の部隊・・・その名も・・・」 オールド・オスマンはまだ気づいていない。学院の中に亜人が入り込んだことに。 学院長室の窓から射す日差しの下でのんびりと昼寝している。 彼は気付かない。部屋の扉が音も無く開いたことに。 誰も気付くはずがない。誰もいないようで、実は音も無く部屋に入った者がいることになど。 オスマンはまだ眠っている。音も無く見えない刃が振り下ろされようと言うのに。 しかし、斬られたのは彼が座っていた椅子だけだった。 そして見えない敵の真横から強烈なファイアボールがヒットし、そいつは音も無く倒れた。 「どんなに姿や音、殺気を隠しても、このわしを暗殺するなど到底無理な話じゃ。年じゃからちと反応は遅れたがの。」 「ほう・・・流石だな・・・遅ればせながら自己紹介と行こう。我らはレコン・キスタに仇なすものを影から消し去る、 沈黙と闇の軍勢・・・その名も・・・」 「レコン・キスタ暗殺剣士隊だ!!」 解説 レコン・キスタ暗殺剣士隊 光を屈折させる魔法のかかった鎧・ステルスメイルをまとい、レコン・キスタの邪魔者を暗殺するだけでなく、 時として裏切り者や失敗者の処刑を行う本作オリジナルの軍団。 剣等の武器も同じ魔法がかかっている。 武器・鎧にはサイレントの魔法がかけてあり、移動や暗殺の際に音が出ない仕組み。 また風の魔法が内部にかけてあり、隙間の無い鎧の着用者には絶えず酸素が供給されている。 隙間が無いのは、敵に気付かれないようにするため。 兜にも隙間が無い構造だが、マジックミラーの様に内部からは外の光景が見えるし、鎧を着けた者同士も見えるようになっている。 隊員達は一筋の光も射さない闇の中でも獲物を殺せるよう、殺気を最大限に隠せるよう訓練を受けている。 メイジは魔力を察知されると言う理由で入隊は不可能である。 彼らに狙われた者は犬のように臭いで追うか、蛇のように体温で追うか等して、彼らの存在を知り、 返り討ちにしない限り次の朝日を拝むことは出来ない。 なお、サイレントのかかった鎧を着用しているのに、どうして声が出せるのかは突っ込んではいけない。 フィクションにご都合主義は付き物である。 前ページ/ゼロの使い/次ページ
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ゼロのFカップ ルイズがその使い魔を召喚したのは今から何年も前の話である。 名を平賀才人と言うその使い魔は、最初は美男子とも言えないまでもそれなりにまともな青年であった。 しかし使い魔召喚の儀で平民を呼ぶなど前代未聞である、ルイズは大層使い魔にきつく当たった。 異変が起きはじめたのはサイトがギーシュ・ド・グラモンとの決闘に勝利してからであった。 毎日毎日才人に鞭を入れていたルイズだからこそ気づいた違和感。 鞭が……鈍い。 いや鈍いと言うより手ごたえがおかしいと言うべきか、 最初の頃の骨ばった肉を叩く感触からまるで水袋を叩くような感触になってきたというべきか。 そう考えてみれば最初の頃よりも随分と才人の体は福々しく、顔にもテカテカと脂の照りがある。 さて自分は粗末なスープとパンしか与えていない筈だが一体何処からこれほどの脂が湧いて出たのか? 答えは簡単に見つかった。 ギーシュを倒したことで一躍平民の英雄となった才人は平民たちから毎食たらふく飯を馳走になっていたのである。 最初は気を使って無理に食べていたとしても、毎食毎食そのような有様では胃も膨れる。 ルイズに毎日鞭を貰うせいで鬱積したストレスの影響もあったかもしれない。 いつしか才人の暴食とも思える大量の食事は当たり前の光景となり、 マルトーがうまいうまいと言って食事を平らげる才人に熱い視線を向けることは厨房の風物詩となった。 となれば運動で消費しきれなかったカロリーは脂となって才人の体にへばり付く。 次第次第に才人のウエストは横に向かって広がっていき、ルイズは何度も涙ながらに少ない小遣いのなかから才人の服を特注で買うことになった。 そんな折り学院から 破壊の杖 が盗まれると言う事件が起こった、日々食ってばかりの才人もさすがに気まずかったのだろう、主のルイズとふとっちょ仲間であり無二の親友となったマリコルヌと共にフーケの討伐隊に志願したのである。 途中で馬を二回ほど使い潰し、鬱蒼と茂る森の中に踏み込んだ討伐隊一行が踏み込んだ頃にはあたりはとっぷりと暮れていた。 そこでフーケの作り出した三十メイルはあろうかと言う巨大ゴーレムを見た。 学院を襲ったゴーレムより一回りも大きいその巨体にルイズは破壊の杖を振り回して応戦した。 しかし黒光りするその杖は一切魔法の力を発揮する事無く、無慈悲にも土の塊がルイズ踏み潰した。 その時である。 地響きがする――と思って戴きたい。 何事かとゴーレムの上からフーケが見下ろした先に立っていたのは、随分と丸くなったルイズの使い魔であった。 ただの人間の筈の使い魔がフーケのゴーレムの足を防いでいるのである。 このような土の塊を常人では一瞬たりとも支えきれる筈はない。 だが才人は違った、まるでゴム毬のように弛んだ体でゴーレムの足を押し返しているのである。 明らかに尋常ではない。 呆然と才人を見つめるルイズの目の前で、才人の胸に刻まれた使い魔のルーンが淡い光を放っていた。 始祖ブリミルの伝説の使い魔であった。 もっともそんなこと周囲からすれば分からない。 マリコルヌとルイズが見たのは、巨大なゴーレムをその身一つで投げ飛ばすデブの姿だった。 フーケは何度もゴーレムをけしかけるがゴーレムのパンチはそのぽよよんと弾む体の前には一切の無力であった。 結局三度自慢のゴーレムを破壊されるに至りフーケはその場から逃げ去り、後には腰を抜かしたルイズとデブが二人残された。 いかに無様であろうとも破壊の杖を取り戻した功績は功績。 その為ルイズは才人にあまり強く当たれなくなり、才人も才人でこの頃には脳まで脂が回っていたのかより一層暴食を進めるようになった。 諦め顔で溜息を付くルイズの苦悩など何処吹く風、可愛いご主人様とうまい飯――異世界サイコーと才人は思い始める。 そんな才人は、平民たちからすれば平民でありながらトライアングルクラスのメイジを退け、破壊の杖を取り戻した大英雄である。 しかも彼は体術のみで賊を屠ったと言う、ならば英雄譚を望む者たちや数少ない武芸を嗜む者たちに話を乞われるのもある種必然と言えた。 さて困ったのは才人である。あの時は体が勝手に動いたのだ、これと言って体術に心得がある訳ではない。 だがしかし目の前で瞳を輝かす者たちの夢を無碍に砕き散らすのも忍びない、そこで才人の霜降りとなった脳みそは素晴らしいアイデアを捻り出した。 「あのな、俺の故郷の競技なんだけど……」 ――今日もタルブの村に地響きと歓声と肉同士がぶつかる音が木霊する。 ――体中に重々と脂肪を付けた男たちが睨みあい、裸体の上に塩を擦り付ける。 ――それを見て、タルブの草原を埋め尽くす老若男女たちが一様に黄色い悲鳴をあげる。 ――行司のルイズがうんざりとした顔で黒光りする 破壊の杖 を振るい、高々と宣誓の言葉を吐いた。 「トリステイン第三十二回F(ふとっちょ)カップ第二幕東四番。 西、マリコルヌ山。東、ワルド海」 ――トリステインによるハルケギニア統一を祝しての大一番である。 「見合って、見合って」 どすこい 元ネタ:京極夏彦より「どすこい」
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前ページ次ページゼロの魔獣 グリフォンの背に揺られながら、ルイズは物思いに耽っていた。 傍らでグリフォンを操っているのは、トリステイン魔法衛士隊隊長・ワルド アンリエッタが遣わした、今回の任務の助っ人。 そして、ルイズの幼き日のかりそめの許婚者。『憧れの子爵様』 「随分浮かない顔だね? やはり 使い魔の事を気にしているのかい?」 「―ッ! そんな事は! ない・・・です・・・」 だが― 昨夜の事はやり過ぎだった、ともあらためて思う。 慎一が死ぬ時、彼の中の真理阿も死ぬ・・・自分自身が、かつて彼にいった言葉だ。 王女の友誼にのぼせ上がっていたあの時の自分は、そこまで考えて行動していただろうか? さらに言えば、慎一の居ない今の自分に、どれ程の事が出来ると言うのか? 内と外に被保護者を抱えた慎一は、珍しく慎重な判断を下していたのではないか? 無論、王女に対するぶっきらぼうな物言いと、高圧的な態度は許せないが、 彼なりの忠告を見過ごし、使い魔に多大な負担を強いる主には、それを咎める資格は無いだろう。 無事にアルビオンから戻ったならば、ちゃんと謝ろう。 そんな珍しくも殊勝なルイズの思考は、5分後に吹っ飛んだ。 眼前に、返り血にまみれた彼女の使い魔が見えて来たからである。 「女王陛下の魔法衛士隊・グリフォン隊隊長 ワルド子爵だ 今回の旅に同行する よろしく頼むよ 使い魔君」 「ああ」 あの時の狼か・・・などと考えながら、慎一はぶっきらぼうに答えた。 「それにしても・・・」 ワルドが辺りを見回す。 遺体の埋葬こそ済ませたものの、辺りは死臭が立ち込め、大地が赤く染まっている。 「いくら賊相手とは言え、こちらは女性連れなんだ もっと他に・・・やりようというものは無かったのかい?」 「そんな生ぬるい相手じゃ無かったぜ」 「・・・・・・・・・」 「初日からいきなりこのザマだ 王女の近辺にスパイでもいるんじゃ無ぇのか・・・? 衛士隊長さんよ」 「そんなワケないでしょッ!! このバカ犬ッ!!」 2人の会話に、ルイズが割って入る。 状況だけ見るなら、ここは怒る場面ではない。 彼女の使い魔は、自分勝手な主を見捨てずに付いてきてくれたばかりか、 先行して障害を取り除いてくれたのだ。 ギーシュから事の仔細も聞いている。 惨劇の責任が慎一には無いのも理解した。 それでも、全身を赤く染め上げ、許婚者に悪態を突く慎一を見ていると 彼は、ただ暴れ回りたいだけの戦闘狂ではないかと思えてくるのだ。 主を省みない傍若無人ぶりに、ルイズは反駁せずにはいられない。 「・・・大体 なんでアンタがここに居るのよ 今回はアンタの力は借りないって言ったでしょ」 「―気が変わったのさ こっちはこっちで アルビオンに行かなきゃならねえ用事ができちまった」 ―最悪の返答であった。 ルイズの怒りの炎に、再び油が注がれた。 「―――ッ!! いいわよ! アンタはそうやって好き勝手に暴れてりゃいいのよッ!! 行きましょう! ワルド!!」 ルイズがずんずんとグリフォンへと乗り込む。 慌ててルイズを追いかけるワルドだが、ちらりと慎一を見る。 人を値踏みするような、気に入らない眼だ。ブン殴ってやろうか。 「さ 私たちも行きましょ ダーリン」 理不尽な事を考えている慎一に、キュルケが促す。言われるがままにシルフィードに乗り込む。 何故かワルドの前では、魔獣の翼を見せる気にはならなかった。 「忘れ物」 言いながら、タバサが慎一にそれを手渡す。 「・・・あ」 慎一の両手の上で、デルフリンガーが泣いていた・・・。 ―ラ・ロシェール 『女神の杵』亭の一室では、インテリジェンスソードの愚痴が続いていた。 永遠に続くかのようなその話を聞き流しながら、慎一は考え事をしていた。 ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド― 『閃光』の二つ名を持つルイズの許婚者を、慎一は既に『敵』と決め付けていた。 根拠は無い。全ては野生の勘であり、慎一の危機を幾度と無く救ってきた感情である。 (目だ・・・) 慎一は思う。アレは、目的のためなら平然と他人を踏み台にする人間の目だ。 ああいう目をするヤツは、一刻も早くこの世から抹殺せねばならない・・・。 それは、明らかな言いがかりであり、暴言であり、被害妄想の類であろう。 しかし、慎一を見るワルドの冷めた瞳は、彼のよく知る人物達のそれを髣髴とさせた。 「-なあ デル公 ひとつ頼まれちゃあくれねえか?」 「ああ!? ふざけるな! どの口がいうか!! 置いてけぼりを食らわしやがったクセによー!!」 「・・・少しの間 ルイズの側にいてやってくれ」 「―ッ!! なんだよシンイチ らしくねえな! お前さんもライバルの登場で・・・」 ひやかしかけて気付く。この男は、こんな風に誰かを頼りにする男だったろうか? 慎一の異様な静かさが、事態の深刻さを雄弁に語っていた。 「―わかったよ・・・ 相棒が見つかるまでっていう 真理阿との約束だったしな」 「頼む」 「・・・だがよう シンイチ 俺は足が無いんだ 置いてけぼりにされちゃアウトだぜ」 「この任務が終わったら 僕と結婚しよう ルイズ」 ―隣の部屋では、件のワルドが決定的な一言を放っていた。 「ワルド・・・ でも わたし・・・」 真っ白になったルイズの頭の中で、様々な思考が浮かんでは消える。 元々ワルドは憧れの男性だ。許婚者なんて親同士の戯言と諦めてもいた。 実際、この告白は不本意なものでは無い。 ―だが、あまりにも話が性急過ぎる。 ここで結婚を承諾したら、その後の生活はどうなってしまうのだろう? 魔法学院には今までどうり通えるのだろうか? そして―。 「やはり 使い魔の彼が気になるかい?」 「―そんな事は! そんな事は無いわッ!!」 そう。確かにそんな事は無い。 慎一と自分が恋に落ちることなど、宇宙が一巡してもあり得ないだろう・・・。 だが・・・。 ルイズには直感的に分かる。 慎一とワルドは、恐らくは『合わない』 ルイズがワルドを選べば、慎一はにべも無く、ルイズの元を離れるだろう。 「ルイズ・・・君の使い魔は『異邦人』だ いずれは君の許を去る」 「―! それは・・・!?」 「分かるさ・・・ 彼は どう見てもこの世界の住人じゃない 戦いに倦んでこの大陸に来て いずれは戦いを求めてこの大陸を去る ・・・違うかい?」 確かにワルドの言う通りであろう。 慎一の中に宿る激情の炎を消し去る事のできる人間など、存在するはずが無い。 遅かれ早かれ慎一はこの世界を去り、未来永劫続く戦いの世界に身を投じるであろう。 (そして・・・ 真理阿も) 誠実な使い魔であり、かけがえの無い友であり、優しい母親であった真理阿。 この世界での生活が、慎一にとって一時の休息というならば できうる限り、その安息の日々を伸ばしてやることのみが 彼女の友誼に応える手段なのではあるまいか? 「ワルド・・・ わたし」 「・・・どうやら少し 急ぎすぎていたようだね 今 返事をくれとは言わないよ でも この旅が終わったら 君の気持ちは 僕に傾くハズさ・・・」 ―翌朝 慎一の部屋のドアを叩く音がする。 ドアの外にいる人物が何者なのか、慎一には、既に検討がついている。 「おはよう 使い魔くん」 「おはよう 色男 出航は明日だ 寝かせといてくれるか?」 「君にルイズを守るだけの力があるのか 使い魔としての力量が知りたい お疲れのところすまないが ひとつ手合わせ願えないかね」 「お疲れなのですまないね じゃれ合いはゴメンだ」 ワルドは周囲の様子を確認すると、慎一が大嫌いな目をして言った。 「・・・ハッキリ言おう 僕は君のことが気に入らない 君は少しばかり力があるのを良い事に 使い魔の領分を超えた行動をとってルイズを苦しめている アルビオンに向かう前に その思い上がりだけは叩いておかねばと思ったのさ」 「へえ・・・」 慎一は、ワルドは結構いいヤツなんじゃないかと思い始めていた。 ルイズを憚って言えなかった事を、まさか彼の方から口にしてくれるとは・・・。 「今日はえらく気が合うじゃねえか 叩くのは思い上がりだけじゃ済まさねえぜ コッチはよぉ・・・」 ハルケギニアに来て以来一番の、実に爽やかな笑顔で慎一が言った。 前ページ次ページゼロの魔獣
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前ページゼロの武侠 「なにやら騒がしいですね」 塔の外壁に背を預け、周りの様子を窺うようにアンリエッタは呟いた。 恐らくは抜け出した自分を探しているのだろうか。 ぎゅっと胸元で手を組みながら心配する兵達に心中で謝罪する。 だが決して見つかる訳にはいかない。 使い魔品評会を見学に来たのは表向きの理由。 本当の理由は、彼女が最も信頼できる人物……ルイズに頼みたい事があったからに他ならない。 騒ぎが起きたこの時以外に、彼女と二人きりで面会する機会はないだろう。 顔を上げてアンリエッタは寮内へと踏み込む。 そこで何が待ち受けているかなど、この時は予想さえも出来なかったのだ。 「さてと、それじゃあコイツは頂いていくぜ」 指先で弾いた銀貨がキンと静かな音色を放つ。 梁師範とタバサの間に置かれた器。 本来ならば指先を洗う為のボールの中には3個の賽が入っていた。 既に梁師範の隣には数枚の銀貨が重ねられている。 それはタバサから得た勝利と同数。 3個の賽を振って出た目の合計で勝負を決するという簡単な遊戯。 何の駆け引きも必要なく運否天賦が勝敗を分ける。 それなのにタバサは一度として梁師範に勝てなかった。 理由は判っている。彼は自分の意思で賽の目を操れるのだ。 それはイカサマではなく技量の問題。 そのルールで勝負を受けた以上、今更文句は言えない。 積み込みという麻雀の技法がある。 牌を洗い山を作る作業に紛れて自分の有利なように牌を仕込む技だ。 そして梁師範が武術以外で最も得意とする物でもある。 しかし、ただ山を積むだけでは積み込みは成立しない。 誰に牌が回るかは賽の出目で変わってしまう。 だからこそ賽の目を自由に操るのは必須の技術。 梁師範にとってタバサが何を出そうとも同じ事。 いつでも最大の目を出せる彼に敗北は有り得ない。 タバサの出目を眺めながら梁師範は嘆息した。 いいかげん勝ち目がないのだから諦めれば良いものを。 ギャンブルの泥沼に嵌まってしまったのか、 それとも別の理由があるのか、どちらにせよ自分には分からない。 少しばかり小遣いを巻き上げてやれば退くという算段は崩れた。 ならば納得するまで付き合ってやるしかない。 払う物がなくなれば彼女も諦めが付くだろう。 タバサに続いて梁師範が器に賽を放り込んだ直後、 激しい地響きと共に寮塔が大きく揺れた。 「何だ…!?」 咄嗟に二人が窓へと駆け寄ると、そこには巨大な人影が暴れていた。 見れば、顔もなく指もなく人の形を模したゴーレムだとすぐに判明した。 その周りでは空を翔るグリフォンに跨った騎士達が次々と巨人に魔法を撃ち込んでいく。 王女の命を狙った犯行か、咄嗟に飛び出そうとするも梁師範は思い留まった。 今の自分は本調子ではない、ましてや魔法衛士隊にはワルドがいる。 拳を交えた梁師範だからこそ彼の実力を理解している。 決してそこらの敵に劣るような男ではない。 なら、ここで高みの見物でも決め込もうかとしていた梁師範に、 タバサがその小さな手の平を差し出す。 「ん?」 「銀貨一枚」 不思議そうに見つめる梁師範に彼女は簡潔に要件を告げた。 差し示したのは器の中の賽の目。 先程の衝撃の所為だろうか、その出目はタバサの物よりも下。 初めて刻まれた敗北に顔を歪めながらも梁師範は彼女に銀貨を投げ渡す。 恐らく彼はこう思っていたのだろう、すぐに取り戻せると。 それこそがギャンブルの落とし穴だとも知らずに。 「慌てるな! 半分は姫殿下の捜索、もう半分は僕に続け!」 ワルドの指示に従い、当惑していた魔法衛士隊の面々も動き出す。 口笛で呼んだ自分のグリフォンに騎乗しワルドは空を舞う。 上空から見渡した限りでは操るメイジの姿は見当たらない。 塔の陰にでも隠れているのか、あるいは中にいるのか。 どちらにせよ降り注ぐ破片はその一欠片でさえ容易く人の命を奪う。 ましてやアンリエッタがどこにいるか分からない状況では最悪の事態さえも想定される。 あるいは、このゴーレムの操り手が姫殿下を誘拐したという可能性も捨てきれない。 引き絞った手綱を放し、ワルドはグリフォンをゴーレムへと向ける。 考えていても埒が明かない。ならばゴーレムの排除を優先するべきだと彼は判断した。 梁師範との戦闘で疲弊しているとはいえ、その精神力は余裕さえ残されている。 それに部下の魔法衛士隊もワルドに劣りこそすれ、並のメイジでは太刀打ちできない実力なのだ。 塔を破壊せぬように細心の注意を払いながら彼等は攻撃を開始した。 しかし、ゴーレムの強度は群を抜いていた。 次々と打ち寄せる魔法を物ともせず、たとえ打ち砕かれようとも瞬時に修復する。 かろうじて塔から引き離す事には成功したが仕留めるには至らない。 気付けば、ワルドの口から苦々しい舌打ちが漏れていた。 その攻防を眺めながらロングビル……否、フーケは笑みを浮かべた。 敵の大半はゴーレムに注意を引かれ、打ち砕かれた塔に目もくれやしない。 ましてや宝物庫に亀裂が走ったのを何人が気付けただろうか。 梁師範が塔に刻んだ傷跡、それを目にした瞬間、彼女は勝利を確信した。 今動けば魔法衛士隊を敵に回す可能性もあったが、連中の目的はあくまで姫殿下の護衛。 そちらに目を向けさせれば、自分の仕事の邪魔にはならないと彼女は踏んだ。 裏稼業を生きてきた人間にとって、お堅いだけの騎士など良いカモだ。 宝物庫を目指し、彼女は騒ぎの過ぎ去った塔へと足を踏み入れた。 賽を構える梁師範の顔からは完全に余裕が消え失せていた。 積み上げた銀貨の山は既になく、積み上げた数と同じだけの敗北を刻んでいた。 放り投げた賽が器の中で踊る、しかし賽の目が出る直前で起こる振動が出目を妨げる。 無論、原因は考えるまでもなく外の騒動に決まっている。 ぶちりと血管が千切れる音を鼓膜に感じながら、彼は窓へと駆け寄り叫んだ。 「ドタバタとさっきからうるせえぞ! 余所でやれ! 余所で!」 いかに声を張り上げようと届く筈がないのだが、 そんな事はお構い無しに彼は雄叫びを上げる。 資金が底を付いた梁師範がタバサに上着を投げつけた。 勿論、こんなものを貰っても嬉しくも何ともない。 そして次にはズボンも差出し、残すはイチゴのプリントが施されたトランクスのみ。 男の尊厳と流派の秘伝を秤に掛け、ようやく彼はタバサに全てを明かした。 剄とは自身の内気を練り上げて生まれる力。 魔法を扱う精神力にも似ているが生命力と言った方が近い表現かもしれない。 剄を込めた一撃は容易く岩石をも打ち砕き、離れた敵さえも打ち倒す。 そして破壊するばかりではなく人を癒す力も備えている。 そこまで語った時、タバサの表情に初めて変化が見えた。 何か理由でもあるのかと問い質そうとした瞬間、窓の外から一際大きな音が響き渡った。 猛威を奮った巨人が轟音と共にも崩壊していく。 それはワルド達の勝利を意味すると同時に、梁師範の杞憂が消え去ったのに等しい。 歓喜に沸く梁師範が自分のトランクスに手を掛けながら宣言する。 「さあ勝負を続けようじゃねえか。嬢ちゃんも俺とお揃いの格好にしてやるぜ。 もっとも、そんな幼児体型にゃ興味はないけどな、だはははは!」 ひょいと賽を摘まんで梁師範は器に投げ入れた。 狙ったのは最高の目。これならタバサが何を出しても結果は一緒。 乗り気にならずに逃げられる公算が高いと踏んで梁師範は自分から勝負を仕掛けた。 もはや遮る物など何もない筈だった。しかし先程と同様に響く地鳴り。 有り得ぬ筈の地響きに不審を感じた梁師範が窓から外へと飛び出した。 梁師範の視界の先にいたのは一匹の青い竜。 それがタバサの部屋の近くの壁をごつんごつんと叩いている。 震動の元凶はゴーレムではなく、この風竜だったと気づいた時はもう遅い。 ぱたりと窓を閉じてタバサは梁師範の進入を完全に塞いだ。 シルフィードも責任を追求されるのを避けて夜空へと消えていく。 そこに残されたのは梁師範ただ一人……となる筈であった。 「きゃあああああ!!」 絹を切り裂くような少女の悲鳴が響き渡る。 振り返ると、そこにはどこかで見たような顔の少女。 それが昼間見た王女だったと思い出して梁師範は歩み寄って声を掛けた。 「おい、大丈夫か?」 「いやぁあああああ!!」 余程怖い目に合ったのか、再び上がった悲鳴は先程より遥かに大きい。 無理もない。目の前で自分の命を狙ってたかもしれない巨人が暴れていたのだ。 安心させようと梁師範が声を掛けるも逆効果にしかならない。 参ったなと頭を掻きながら、ふと梁師範は気付いた。 そういえば服はタバサの部屋に置き忘れたままであり、 自身の姿が世に言う変質者という者と同様であるという事実に。 前ページゼロの武侠
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前ページ次ページゼロの大魔道士 ある洞窟の最深部。 暗闇の中、一匹の竜が眠っていた。 その皮膚からは淡い光がこぼれるようにぼんやりと輝いている。 竜自身の美しさも手伝ってか、その光景は見るものに神秘的な印象を与える。 「やっと…やっと見つけたぞ!」 震える声を押さえつけるように口から漏らす一人の人間がいた。 人間――少年は十代後半といったところの年齢を思わせる風貌だった。 少年と青年の境目に立っていると思われるその顔は可もなく不可もなくといった普通の造形。 頭にはバンダナを巻き、背にはマントをたなびかせ、右手には黒いリストバンドのようなものが身につけられている。 杖こそ持ってはいないが、パッと見はいわゆる魔法使いの格好だった。 「はっ…はははっ!」 少年の両目からは涙が滝のように流れ落ちていた。 歓喜にほころんだ顔はクシャクシャに歪み、不細工な表情を作り出す。 だが、この場にいる人間が少年一人である以上それを笑うものはいなかった。 いや、仮に誰かが――少年の仲間がいたとしても、彼を笑う者はいなかっただろう。 何故ならば、少年が今までどんな想いでいたのかを彼の仲間たちはよく知っていたからだ。 「間違いない。この竜は…マザードラゴン!」 マザードラゴン。 聖母竜と呼ばれるその存在はすぐ傍で興奮する人間に気付いていないのか、目を閉じたまま眠り続けていた。 その丸まった体の中央部、両手の中には直径二メートルくらいの光の珠が大事そうに抱きかかえられている。 「ダイ…!」 光球を目に映した少年は感極まったように叫んだ。 球の中で蹲るように眠り続けている少年。 その少年こそが彼が捜し求めていた人物だったのだ。 「…っと、いけねぇ。早いトコ戻ってマァムとメルルに、そんでもって皆にこのことを伝えないと!」 涙を両手でぐしぐしとぬぐいながら少年はその場を離れようと一歩後退する。 本当ならば今すぐにでも光球から親友を引っ張り出したいところだが、詳しい状況もわからないまま迂闊なマネは出来ない。 下手なことをしてマザードラゴンが逃げ出したり、光球の中の少年に悪影響が起きては元も子もないのだから。 「うっし、ちょっと待っててくれよダイ。今……っな!?」 少年が名残惜しげに出口に向かうべく後ろを向こうとしたその瞬間に異変は起こった。 突然、竜の頭上に鏡が出現したのである。 それだけではない。 鏡は光を放ったかと思うとその面の中にマザードラゴンを引きずりこみ始めたのだ。 「ダ、ダイ!」 鏡に飲み込まれるようにしてその巨体が目の前から消え去っていく光景に少年は呆然とする。 が、それも数瞬のことだった。 少年はすぐさま正気に戻ると一目散に駆け出した。 出口へ、ではない。 進路は前、親友のいる場所へだった。 「待てよ、ダイを…何処へ連れて行く気だよ…!」 この瞬間、少年の思考には前に向かうという選択肢以外は存在しなかった。 今までの人生、彼は逃げることばかりだった。 人に臆病者、卑怯者と呼ばれ、蔑まれる自分。 そんな自分を変えたいと願い、故郷を家出同然に飛び出し、勇者と呼ばれる男に押しかけ弟子になったあともそれは変わらなかった。 悔しかった、情けなかった。 だが、彼は光に出会った。 その少年――ダイは彼よりも幼く、純粋だった。 彼はダイと親友になった。 そして師である勇者が死んだ(と思われた)後、彼らは二人で魔王を倒すべく冒険に出発した。 数多の出来事があった。 数々の敵との遭遇。 新たな仲間たちとの出会い、そして別れ。 少年はその最中でも幾度となく逃げ出し、そして後悔を重ねた。 しかし、そんな彼の傍にはいつもダイがいた。 なんのとりえもない自分を友と呼び、ついには大魔王を倒すところまで共に歩んできてくれたのがダイだったのだ。 「届けぇーっ!!」 そんな親友が今目の前で消え去ろうとしている。 少年は必死に手を伸ばし、ダイの眠る光球へと追いすがる。 二度目はない。 伸ばした手が届かないということは二度とあってはいけない。 そう固く誓った少年の手は―― ぶんっ… 鏡が跡形もなくその場から消え去った。 暗闇に包まれたそこには、竜の姿も勇者の姿も、そして魔法使いの少年の姿もなかった。 かくして、二人の少年と一匹の竜が大魔王なき世界より消え去った。 消え去った少年の片方の名はダイ。 竜の騎士、勇者、英雄と呼ばれた少年。 そしてもう一人は 「し、仕方ないわね! アンタで我慢してあげるわ!」 資質と能力を持ちながらも、師匠と同じく生涯賢者を名乗らなかった少年。 世界最高の魔法使いと呼ばれたその少年の名はポップ。 後にハルケギニアにおいてその自称『大魔道士』という異名を轟かせることになる――メイジの名である。 ――The second large adventure starts! 前ページ次ページゼロの大魔道士
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前ページ次ページゼロの英雄 それは無情なまでに蒼く晴れ渡った、春の日の午後のことだった。 吸い込まれそうな青空の下で行われているのは、春の使い魔召喚儀式。 言うまでもなくメイジのこれからの人生を大きく左右する重大なイベントのただなかで、 私はもう何度目になるか分からないサモン・サーヴァントの呪文を唱えていた。 「我が呼びかけに応えし、使い魔を召喚せよ!」 ぼかん また爆発した。 何度やっても、これだ。 どれだけ頑張っても、どれだけ努力しても、帰ってくるのは人を馬鹿にしたような爆発だけ。 お前はコモンマジックすら使えない落ち零れだと、突きつける無慈悲な宣告だけだった。 周りのギャラリーが囃し立てるなか、『ゼロ』でしかない自分に悔しさで一杯になる。 それでもくじけてなんてやらないんだから! 「召喚せよ!」 また一振り、だがやはりボンと音を立てて爆発が響くばかり。 唇を血が出るほど噛み締めながら、それでも私は諦めず何度も何度も繰り返す。 一度で駄目なら二度、二度で駄目なら三度。 渾身の精神力を込めて、周りであざ笑う奴らを見返せるような使い魔に向かって呼びかける。 だが帰ってくるのはやはり爆発――それでもどうしても私は諦められなかった。 諦めると言うことは自分自身を ゼロ だと認めること。 貴族に相応しくない存在だと認めること。 そんなことは絶対に出来ない。 出来るはずが、ない…… ―――だって、魔法を使えない貴族である私を愛してくれる人なんて絶対にいない。 いやそもそも、魔法が使えなければ貴族でさえないんだから…… けれども絶望はいつだってすぐにやってくる。 呆れ顔のコルベール先生にこれで最後にしなさいと言われ、豆だらけの腕で渾身の力を籠めて杖を一振り。 それも何時ものようにただの爆発となって消える…… 「残念でしたねド・ヴァリエール。それでも貴女ならきっといつか……」 白々しい型どおりの慰めの言葉、それが一層私の惨めさに拍車を掛けた。 周囲の人間が ゼロ だ、やはり ゼロ だと囃し立てる。 それが悔しかった。 それが悲しかった。 その罵声は私だけではなく私が背負ったものにまで馬鹿にする言葉。 けれど魔法が使えない私は、満足に反論することさえ出来ないのだ。 そんなのはふざけている。 「私は!」 心の中に真っ黒な塊が炎となって燃え上げる、血が沁みた杖を力任せに握る。 「 ゼロ なんかじゃ!」 ヤケクソとばかりに杖を振った。 世界全てが爆発してしまえとばかりに、残った力全てを込めて。 「ない!」 詠唱も、ルーンも、まるで滅茶苦茶な言葉を叩きつける。 晴れ渡った空へ向かって、その向こうにいる残酷な「運命」と言うものを定めてた誰かに向かって。 でもきっとこの時の私は、そんな小難しいことなんて考えていなかったように思う。 どうせ爆発させることしか出来ないのなら、いっそすべて吹き飛んでしまえ。 そんな風に思っていたように思うのだ。 そしてやっぱり私はいつも通り特大の爆発を生み出し…… もうもうと立ち上がる爆煙の向こうから、私の絶望を切り裂くように『彼』は現れた。 この時のことを私は絶対に忘れないだろう。 絶対に、死んだって忘れるもんか。 もうもうとあがる土煙の向こうに見え隠れするのは、見上げるような巨獣の体躯だった。 暫く呆然として、ゆっくりと頭のなかに理解が追いついてくると、心の中一杯に歓喜が満ち溢れた。 成功したのだ、やっとやっと成功することが出来たのだ。 周囲のざわめきも耳に入らず、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、ルイズはその巨体に向けて駆け出した。 近くで見ると一段と大きい夜を押し込めたような漆黒の体躯。 血で染めたような深紅の瞳。 額に生えた山羊のような雄雄しい角。 それは巨大な竜だった、ただその存在だけで他の獣を圧倒する魔獣の王であった。 タバサと呼ばれた少女が召喚した風竜より一回りも二回りも大きい、大当たりだ、やはり自分にはこんな神聖で強大で美しい使い魔こそが相応しかったのだ。 “まさか、そんな、何かの間違いだ” “ゼロのルイズがドラゴンだなんて” “インチキだ! こんなことあるはずが無い” 周りの者たちの言葉さえ今のルイズには自分を祝福するファンファーレのように聞こえた、こんな使い魔を召喚したのだもう“ゼロ”などとは言わせない…… そんな思考もろともルイズの体は凍り付いた。 幾つもの弾痕が刻まれ引き裂かれた翼。 今にも途絶えそうな弱々しい吐息。 体中に刻まれた幾多の傷から流れ出る血潮。 それは幻獣・魔獣の跋扈するこのハルケギニアに於いてすら恐らく比するモノなき魔獣の王であった。 『魔王竜』 かつてハルケギニアから遠く離れた世界で、「暴虐」と「理不尽」とそして「絶対の死」の代名詞として使われた存在だ。 その口から数千度にも及ぶ炎を吐き、角の一振りで落雷にも匹敵する稲妻を降らせ、その巨体でおおよそ地上に存在するどのような鳥よりも速く空を舞い、そして人語を解し、しかし好んで人を食らう。 勿論ルイズはそのようなことを知らない、だがその秘めたる力の一端はただ一目見るだけ誰もが理解する。 ただ其処にあるだけでその肉体そのものが他者を威圧するのだ、それは見るものの意思に関わりが無い。 大いなる存在を前にして人がひれ伏さずには居られないように、理由はないのかもしれない。 ともかくそのような存在を使い魔として呼び出したとしては、とんでもない程のメイジになる可能性があるに違いない――普通はそう考える。 メイジの実力を見るにはその使い魔を見よ、と言う格言がある。それは使い魔の力がすなわちそれを御すことの出来る主の実力であるからだ。 ――ならば果たして、もしその呼び出したドラゴンが死にかけていたとするならば? 煙が晴れ、やがて周囲の者たちも状況を理解した。 ルイズが呼び出した黒いドラゴン、それはもう虫の息であとどれほども経たないうちに息を引き取るであろうことに。 だがそうと理解しても彼らは何も言わなかった、言えなかった。 違いない、娯楽程度に家柄だけが優れた劣等生を小馬鹿にする程度の気持ちでルイズのことを“ゼロ”と呼んでいたような連中には、目の前の死に掛けた巨獣の姿は刺激が強すぎた。 どうすればいいのか分からないまま立ち尽くす彼ら、そんな彼らを尻目に真っ先に動いたのはやはり血の匂いを一番嗅ぎ慣れた人物に他ならない。 「まだ息がある、手当てをすれば助かるかもしれません」 そう言ってコルベールは比較的落ち着いた生徒達に指示を出すと、当直の水のメイジを呼びに渾身の“フライ”で舞い上がる、彼が去り後に残されたのは呆然と立ち尽くすルイズとそのクラスメイトたち。 「ドッ、ドラゴンを召喚した時には驚いたけど、そんな死にかけを呼び出してどうするつもりなんだ?」 クラスメイトのなかの一人が突然そんな風に声を上げたのは、痛いくらいに突き刺さる沈黙に耐えられなかったから。 彼とてルイズのことをクラスメイトの一人として気に掛けていた、なぜなら彼女だけが彼の言葉にまともに反応を返してくれる同年代の女の子だからだ。 だからこんな風に憎まれ口を叩いてしまう、その後に返ってくるムキになった否定の言葉が聞きたくて。 ――でも彼にだってわかっていたのだ、いくらなんでも今だけはなんとかして励ましてやらねばならないと。 それでも何を言えば分からなくて、なんとか何かを言おうとして……結局口から出てきたのは何時も通りのそんな酷い言葉だけ。 「やっぱり“ゼロ”じゃないか!」 その言葉にルイズが振り向いた。 僅かに俯いているせいで長い桃色のブロンドが影となってその表情は伺えない。 果たしてルイズはどんな顔をしているのか? 自分であれほどのことを言っておいて彼にはそれがたまらなく恐ろしかった。 だが次のルイズの行動はあまりにも周囲の予想を裏切っていた。 「お願い、します」 頭を下げたのだ。 ルイズが、まるで体中がプライドで出来ているようなあの誇り高いヴァリエールの娘が…… 眼を丸くする周囲をよそにルイズはなおも言い募る。 「私の使い魔を、助け――っ! 助けて、く、ください」 その言葉がたどたどしいのは血が滴り落ちるほど唇を強く噛み締めているせい。 ルイズは、死にたくなるほど屈辱に耐えながら頭を下げたのだ。 目の前の大切なものを守るために。 ○月△日 同級生たちに借金してまで水の秘薬を買い漁った、あの日から一睡もせずに看病を続けている。 それでもまだ私の使い魔は目を覚まさない。 コルベール先生に、覚悟だけはしておきなさいと言われた。 嫌だ、せっかくこの子は私の呼びかけに応えてくれたのに。 こんな傷だらけになりながらも ゼロ の呼び声に応えてくれたのに。 こんなところでお別れなんて絶対に嫌だった。 元気になったらあれもしてあげよう、これもしてあげよう、そんなことばかり頭をよぎる。 今更他の使い魔なんて呼ぶ気になれない、絶対助けるんだって決意の証。 その唇にそっと口づけ…… 胸に走る痛みにスピノザは目を覚ました。 ぼんやりとする頭で周囲を見回すと、見慣れない桃色の髪の少女が自分に取りすがって泣いていた。 状況が分からず、スピノザはおたおたする。 確か、自分はバートラントの戦車部隊からエチカ達を守って死んだ筈ではなかったか? 何故この場所にいるのか、目の前の少女は誰なのか、とりあえず手っ取り早く目の前の少女に聞いてみることにした。 「ええと、ごめん君は誰かな?」 少女の泣き声が一層激しくなる、スピノザの困惑が一層激しくなる。 少女は震える声で「馬鹿馬鹿っ……」とか「こんなにご主人様を心配させて……」とか言っていたがやがて自分の名前を名乗った。 ハルケゲニア、トリステインが貴族ヴァリエール家が三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと。 泣きじゃくり、自分の体に取りすがるその姿はどこかエチカに似ているな。 スピノザはそんなな風に思った。 ○月□日 呼び出したドラゴンが元気になった、しかもドラゴンは韻竜だった! 喜ぶ私に向かってドラゴンは戦車部隊がどうの、エチカはどうなっただの聞いてきた? 何それ? と言うか私がどれだけ心配したと思ってるの? この馬鹿竜! 呆気に取られる私を前にドラゴンはちょっと周辺を見てくると言い置いて空を飛んでいった。 ちょっと!? まだ傷が治ったばかりなのに何無茶なことやってるのよ!? もう、帰ってきたらご飯抜きなんだからね! で、でも「ご主人様」って呼ぶなら特別にお父様にお願いして霜降りのロマリア牛を取り寄せてあげてもいいかも…… 見覚えのない街と、見知った場所のない地形。 何より見上げる空に浮かぶ月が二つ。 それが何よりも雄弁にこの世界が今まで居た世界と違うことを物語っていた。 使い魔をやることは問題はない、ルイズが召喚してくれなかったらおそらく自分はあの場でで息絶えていただろう。 どうせ長くても百年だ、あまりにも長い寿命を持つ竜からすればちょっとした午睡程度の時間でしかない。 それに何より竜である自分を恐れることなく接してくれる相手はとても貴重だったから。 ――しかしながら心配ごとが一つ。 「エチカは大丈夫、かな……」 スピノザの心中に沸き上がるその気持ち、どこまでも闊達で優しくてそして何よりもスピノザのことを求めてくれた少女のこと。 スピノザを恐れることなく付き合ってくれた、勇者の代理人。 アタラクシアは大丈夫だろう、なんだかんだ言って彼女は強い。きっと自分の死を受け入れて生きていくことが出来る。 だが自分は傷だらけの状態の召喚されたと聞いた。 それならば、意識が途切れる寸前まで自分に取りすがって泣いていたエチカはきっと物凄く心配していると思うのだ。 あの優しい優しい金髪の娘は…… スピノザの心に郷愁が過ぎる、二人で会って他愛ない話をした日々が胸を掻き乱す。 彼女にもう一度会いたかった、会ってまた他愛ない話をしたかった。 「けど、多分無理なんだろうな……」 最強の魔竜は、ただ一人哀しく月に吠えた。 元の世界に残してきた、大切な友人のことを想って。 ○月◇日 ドラゴンの名前はスピノザって言うらしい。 種別は魔王竜? 魔王竜って何よ? って聞き返したら変な顔をして喜んでた。 やっぱり変な奴だ。 とりあえずご主人様との壁を教えるために貧相な餌を出したらつまみにちょうどいいって言われた。 え、なに? 生でも気にしない? ちょっと、あんた待ちなさいよご主人様を!? ひぃぃぃぃぃ!? なま暖かい舌がべろんって…… 「やりすぎたかな……」 気を失ったルイズを前にしてスピノザはぽりぽりと頭を掻いた。 冗談のつもりだったのだが、思ったより彼のご主人様は気が弱いらしい。 もっとも腕ほどもありそうな牙を突きつけられ、丸太ほどもある蜥蜴のようなざらついた舌で舐められることに耐えられる人間は決して多くないだろうが。 さてどうしようかと、とルイズを抱えてうろうろしているといきなり話しかけられた。 「きゅいきゅい、お仲間なのねー、いっぱいお話できるのねー」 「あ、どうも。こんにちは」 自分に話しかけてきた蒼いドラゴンは背中から一人の人影を下ろすと、嬉しそうに上空を旋回する。 蒼いドラゴンの主は無表情なその顔を僅かに歪めると、仕方なしと言った感じで自己紹介した。 「タバサ、この子はシルフィ」 「きゅいきゅい」 タバサの話によると仲間を見つけたと思ったシルフィが浮かれて思わず話しかけてしまったのだと言う。 「あなたも韻竜だとは……あなたの故郷ではともかくこのあたりでは韻竜は稀少」 「きゅいきゅい、バレたら面倒なことになるってお姉さまはシルフィに全然喋らせてくれないの! シルフィ欲求不満なのね!」 タバサははしゃぐシルフィードの頭をこつんと杖で一回小突くと、浅い溜息を一つ吐いた。 「とにかく無駄なトラブルを避けたいなら注意すべき――それと、もしよければ時々でいいのでこの子の話相手になってあげて欲しい!」 「きゅい!ほんとお姉さま、シルフィお話していいの!」 タバサはもう一度こつんとシルフィの頭を叩く。 「毎日は駄目……ばれない様に、ときどき……」 タバサは一度会釈すると、膨れっ面のシルフィードと共に去っていった。 その背中に一言「ありがとう」と言い、ふと、スピノザは腕を組んで考える。 「けどドラゴンって普通話せるものだと思うんだけどなぁ……」 暫し考えて、そしてポンと手を叩く。 「そっか、気がつかなかったけど、ルイズちゃんたちの国の言葉を無意識で使ってたんだ」 長い間ずっと一人で暮らしてきた変な竜の思いつきは、やっぱり何処かズレていた。 ×月○日 スピノザが自分はあまり喋らないほうがいいと言ってきた。 タバサから忠告されたらしい、そりゃそうだ韻竜だって知られたらえらいことになる。 けどさんざんサラマンダーのことを自慢してくるキュルケに対して自制心を発揮させるのは正直辛かった。 頑張った自分にご褒美をあげたい。 とりあえずスピノザに相応しいご主人様になるために頑張ろうと思った、いつまでも ゼロ のままじゃいられない――と頑張ろうとした矢先に教室が吹っ飛んだ。 気合を入れすぎたせいか机や黒板はおろか、壁や窓まで全部跡形もなし。 クラスメイトから『グラウンドゼロ』の二つ名を賜る――って、嬉しくもなんともないわよこんなもの! なによ、いつもみたいにちょっと失敗しただけじゃないの……私だって好きに失敗してるわけじゃない、のに。 落ち込んでいたら励まされた、僕だって落ち零れの魔王竜だ? うるさいうるさいうるさい! それって私も落ち零れってことじゃないの! ただでさえムシャクシャしているのに食堂の一件以来ギーシュが突っかかってきた、せっかく気を利かせて香水を拾ってやったのに酷い奴だ。 ゼロ だなんだと言われても放っておけばいい、そう思ったけれど、ただ一つだけ許せない悪口があった。 「あんまりにも駄目だから、使い魔に見限られたんじゃないのかい?」 ――うるさい! 「僕とヴェルダンテは決して断ち切ることは出来ない固い絆で結ばれているのさ、君とは違ってね」 ――うるさいうるさい! 「そもそも、『ゼロ』のルイズが召喚するような使い魔なんてろくな……」 ――うるさいうるさいうるさい! 「決闘よ!」 気づけば、私はそう叫んでしまっていた。 「きゅいきゅい、大変なのねー」 自家製のカップでシエスタに淹れて貰った紅茶を楽しんでいたスピノザの元に、シルフィが血相を変えて飛び込んできたのはその日の午後のことだった。 慌ててすっ飛んでいくと、そこには七体のワルキューレに囲まれながら杖を持つルイズの姿。 爪の一振りで襲い掛かるワルキューレからルイズを救った後、スピノザはギーシュに頭を下げた。 「悪いけど、急用を思い出したから!」 ぎゃーぎゃー喚く主人を抱えると、呆気に取られるギャラリーを残し、スピノザはルイズを抱きかかえて逃げだした。 再勝負を一週間後に控える使い魔品評会に約して。 ウインドブレイクのような衝撃波を残し、風のような速さで飛び去っていく。 呆れるキュルケ、呆れるタバサ、呆れるギャラリー。 そんななかで初恋の微熱が燃え上がっちゃったのが一匹。 「きゅいきゅい、スピノザさますっごく強いのねー」 結果から言えば、スピノザが一番苦労したのは。 懐いてくる幼竜の相手と、愚図る主人を宥めることだった。 ×月△日 学院に土くれのフーケが盗みに入ったらしい。 もっとも私達は使い魔品評会に向けての特訓で山籠もりしていたから詳しくは知らないのだが。 しかし先生達は何をしていたんだろう? ミス・ロングビルがフーケの居場所を見つけてきたと言うのに一人も追撃隊に手を挙げずみすみすフーケを取り逃がすなんて。 私がいたなら絶対フーケを捕縛隊に志願したのに、悔しい。 『どらごん殺し』の秘宝が盗まれたとか。 そして山籠もりして分かった、スピノザは凄い奴だ。 もっとも平和主義者だから絶対に戦いの為にその力を使わないらしい。 なんて無駄な……と思ったけど私は文句は言わなかった。 それがスピノザの誇りだと分かったから、優しい魔竜になりたいとスピノザは言った。 ところでエチカって誰よ? ――ぎゃーぎゃー騒いでいたら剣の稽古に来たとか言うメイドに見つかった。 特訓は酸鼻を極めた。 主にルイズの吐瀉物的な意味で。 「次、いくよー」 「ば、ばっちこーい」 スピノザが大地を駆ける、ぐんぐんあがるスピードにルイズ悲鳴をあげる。 鞍に跨りながら必死で手綱を握る、滑空のために加速しているだけだと言うのに今にも吹き飛ばされてしまいそう。 炎の吐息、雷の乱舞、雷の隠れ蓑、色々検証した結果優勝を狙うにはライバルであるシルフィの飛翔に打ち勝つのが最良であると判断した。 そしてスピノザはそれに勝てる飛翔が出来る、二人はそう判断した。 ついでにシルフィも、あれにはさすがに勝てないきゅいきゅいと白旗を振った。 だが使い魔品評会は使い魔と主人が一組になって行う競技によって決する、如何にスピノザが速く飛べてもルイズがそれに耐えられなければ意味がない。 そのためにこの一流の竜騎士〈ドラゴンライダー〉もかくやと言う特訓法が生まれた。 要はひたすらルイズがスピノザの速度に慣れ、それに耐えられるようにすると言う訓練である。 やることは簡単だ、気を失うまでスピノザの背で耐えるだけ。 最初はゆっくり、そして次第に速度を上げていき、やがては最高速度に。 レビテーションさえ使えないルイズは振り落とされれば命はない、それでもルイズは今まで体験したことないほどの酔いと疲労によく耐えた。 だがルイズの必死の努力に関わらずサイレントにより風防を施したタバサ&シルフィード組のほうがまだ速かった。 落ち込むルイズにスピノザは言った。 魔法には、魔法で対抗だと。 ジョゼフの手記-1 ○月×日 弟を謀殺し、玉座に着いてもこの胸の虚無は埋まらなかった。 だからゲームに没頭した、より強い相手を求め、戦い、そして勝利する。 ただ次の手をどうするべきか考えている間だけは、胸のうちの空虚を忘れられた。 だがそんなこといつまでも続けられる訳はない、私にはこう言う方面の才能はあったのかすぐ周囲に私と対等に指せる相手はいなくなった。 空虚だ、どこまでも空虚だった。 胸に開いた風穴は何時になっても埋まらず、吹き抜ける雪風が心を冷やしていく。 やがて何も感じなくなった。 望むのはただ対等な相手、私が私として戦うことの出来る相手だった。 それが現れるまで暇さえ潰せればそれでいい…… そのためオルレアン公派の者達を泳がせる、シャルルの娘、可愛い姪がいずれこの胸に懐剣を突きつけてくれることを夢見て地獄のような任務に送り込む。 それでも胸のうちに燻った燃え残りの炎は、ガリアの凍てついた冬のように冷たく私を燃やし続ける。 ――嗚呼、シャルルよ。お前は何故あの程度の刺客に殺されてしまったのか。 そんなある日、姪が使い魔を召喚したとの知らせが入ってきた。 姪が呼び出したのは鱗が蒼く煌めく風竜だと言う、さすが我が自慢の弟の娘だと一人笑った。 そうなると私からはいかな使い魔がでてくるのか? 興味が湧き過去何度も失敗したサモン・サーヴァントを詠唱してみた。 今度は一発で成功した。 出てきた使い魔を見て、私は爆笑した。 奇妙な服装をした平民の少年だったのである、平民程度がこの無能王ジョゼフには相応しい使い魔と言うことか。 そう思った私はその少年にコントラクトサーヴァントを行う。 以前適当な野生のドラゴンで試した時は失敗したから、今度は失敗しないようにねっとりじっくりと、舌まで入れて念入りに。 「な、何すんだ、おっさん!? うおぇぇぇぇぇえええ!?」 少年が、ゲロを吐いた。 ――王家の者の口づけをなんだと思っているのか、この少年は。 「お、おお、お父さま!?」 娘に見られた、凄く気まずい…… しかし顔を真っ赤にして走り去っていく娘の姿は存外に可愛いものだ。 そう思って笑っていると、配下の者に見られてしまった。 気まずい、すごく気まずい。 ごまかす為に少年の左手に刻まれたルーンが見たことのないものだったので、配下のものに調べさせることにした。 「あれがジョゼフの召喚した……」 「まさか本当に平民を……」 耳の端を掠める影口にサイトは眉を顰めた。 普段はおちゃらけているものの、或る程度は心根の真っ直ぐな少年である。 さんざん普段は媚びを売っておいて、見えないところで陰口を叩くと言う人間には我慢がならなかった。 「へぇ、あんたが父上の召喚した平民かい」 突然呼ばれて振り向いたサイト。 そこにはご立派なおでこがあった。 「へぇ……」 ご立派なおでこはサイトをじろじろと眺める、それはもう吐息の掛かりそうな距離である。 いくら相手がご立派なおでこといえど、年頃の女の子にこれほど距離を詰められたことのないサイトは思わず赤面した。 「やっぱりただの平民じゃないか! 父上も大したことないね!」 「へ?」 ご立派なおでこは「見てらっしゃい父上やガーゴイルより凄い使い魔を召喚してやるから!」と言いながらのしのしと王族とは思えない足取りで去っていった。 サイトは途方に暮れた。 その鼻先に残り甘い石鹸の匂い。 サイトは知らない。 彼に会う前にイザベラ様がいつもより念入りに体を洗っていたことを。 わざわざ偶然を装うために、二時間もサイトを探してグラン・トロワの宮殿をうろついていたこと。 ――このイザベラ様、平民に舐められるのは我慢できない。 だがしかしまだ見ぬ相手を想像して胸を高鳴らせたり、体を磨いたり、とっておきの香水を付けてみたり、挙句相手を待ち伏せたり。 その行動が周囲の人間にどう思われているかなど、案の定「自分に魔法の才能がないから従姉妹と比べられるんだ!」 と言うイザベラ様には全然気が付いていなかった。 数日後、ガリアの宮殿に広まる噂は「無能王が平民を召喚した」「無能王は両杖使い」から 「わがまま姫が略奪愛をしようとしている」に変わったのは、果たして幸か不幸か。 ○月△日 少年の手の刻まれたルーンは伝説のガンダールヴのルーンだった。 と言うことは、私は虚無の担い手と言うことになる。 ははー、そんなまさかと思って土のルビーと秘宝の香炉使ってみたら反応しやがったよコンチクショウ。 なんでもっと早く確かめなかったのか…… 「ははー、しょうがないだろ兄さん所詮兄さんなんだからさ」 頭のなかでシャルルのさわやかな笑顔が過ぎる、くそ、お前はいつもナチュラルに私を馬鹿にして。 お前の哀れむような目がどれだけ私を傷つけていたかわかるか! この誘いドSめ! この私が、私がどんな気持ちでお前のことを…… 悶々としていたら使い魔の少年に声を掛けられた、ええい五月蠅い――ってなんだそれは? パソコン? 異世界の技術? そこまで言うなら特別に見てやらないことも……って、すげぇ、○○○で×××で△△△だと!? 毎月大量のゲームがリリースされるうえに、回線を繋げれば世界中の猛者達と部屋にいながらにして勝負出来る!? うはっ、夢がひろがりんぐwww はっ、拙い、一瞬王族としての威厳が崩壊しそうになった。 しかしサイトの世界の技術は興味深い、配下に命じて調査させることにしよう。 アルビオンのクロムウェルが泣きついてきた? そんな奴知らん、無視無視。 いい暇つぶしのネタができたことに喜ぶ、配下の者たちに適当に暗躍させて暫く異世界の“科学”とやらに触れてみよう。 サイトはプチ・トロワの中庭で一人剣を振っていた。 サイトの身長よりも二倍もでかいおおざっぱな作りの大剣をぶるんぶるん音を立てて振る度に左手のルーンが輝き、そのたびにサイトは驚きの声を漏らす。 こんなでっかい剣を振ることが出来るなんて本当にガンダールヴ様々だ! 「暫く頑張ってみるか、ジョゼフって言う王様はひねくれてるけど悪い奴じゃないっぽいし……」 ぶるんともう一度剣を振るう。 刃の中心に填った蒼い宝石、無骨ななかに流麗さを秘めたこの剣はガリアの盗品市場に流れていたものだ。 出来は良いのになまくらと言う不思議な剣で、ゲームのなかの剣みたいだ! と言う理由でサイトが欲しがった為「か、勘違いするなよ、余のコレクションにするのだ。お前の為に買ってやる訳ではないのだからな」と現金一括でジョゼフが買い上げた。 「一度、こんな剣振ってみたかったんだよな!」 さすがサイト、お人好しである。 もっともサイトがこうして余裕を見せていられるのは、ジョゼフが元の世界の帰るのを是非協力させて貰いたい! と乗り気になっているからだ。 それほどサイトの世界の科学技術は魅力であったらしい。 「母ちゃん、心配してるだろうな……」 そう思って剣を置いた途端、巨大な竜の遠吠えと蛇に飲み込まれる蟾蜍の断末魔みたいな悲鳴が聞こえる。 慌てて剣を担いで向かった先に。 「ひぃ、うん……ひゃ、あっ、あっ、やめて、そこっ……ひんっ!?」 ――綺麗なイザベラ様がいた。 頬は真っ赤に染まり、口の端から涎が零れる、着ていた衣服はビリビリに破けておりかろうじてキワドイところだけが隠れていると言う状態。 その姿に普段の勝気さ、意地の悪さは微塵もない。 本来なら歓迎すべきであろう、イザベラ様が赤い竜の口の中でべろんべろんと飴玉のように舐られているのでなければ。 「やめぇ……離ひへぇ…………」 奇妙に鼻にかかった声に、サイトはゴクリと唾を飲み込んだ。 このイザベラ様、舐められているだけだと言うのに異常に扇情的である。 或いは、これこそが普段の姿に隠されたイザベラ様の真の魅力なのか!? 周囲の騎士達も状況が状況ゆえに手出しできずに顔を真っ赤にして、微妙に前屈みになって固まっている。 それは果たしてイザベラを人質に取られているせいかだろうか? ただイザベラ様のこそばゆい嬌声だけが響くなか、ドラゴンはゆっくりとイザベラ様の柔らかい乳房に牙を突き立てようとし…… 「お、お前。イ、イザベラをはっ、離せ!」 刹那、正気に戻ったサイトによって阻まれた。 サイトの左手のルーンと、右手に掲げた大剣が蒼い光を放つ。 その輝きにドラゴンは粟を食ったように慌ててイザベラを吐き捨てた。 「ぺっ」と言う食べかすでも吐くような音と共に、やたらと生臭くなったイザベラ様が涎塗れで吐き出される。 慌ててイザベラを抱き留めるサイトを一顧だにせず、真紅のドラゴンは一散にプチ・トロワの宮殿から逃げ出していいった。 「なんなんだ、一体……」 「ふぇぇぇ、サイト、サイト!」 王族の威厳も、普段築き上げた虚勢も何もかも放り捨ててサイトに抱き泣きじゃくるイザベラ様。 縋りついてくるイザベラをサイトも思わず抱き返す。 だが次の瞬間、イザベラ様は今更ながらに自分がほぼ全裸と言うことに気づき…… 「な、なな、何見てんだい!!」 猛烈なエルボーがサイトの顎に食い込む。 そのまま気を失ったサイトから服を奪い取り、イザベラ様は浴場へと走っていった。 「いくらなんでもデレが短すぎるって……」 そう呟いてサイトの言葉を理解できる者は、前屈みになった者たちのなかには誰もいなかった。 コルベールの手記 ヴァリエール嬢が召喚したドラゴンはどうやら韻竜だったようですな。 内密にしてくれと言われてるのも納得です、こんな素晴らしい使い魔アカデミーが放っておく訳ありませんからね! しかしヴァリエール嬢ならいつか必ずやると思ってました、努力はいつか必ず報われるものだと。 一人の少女が ゼロ と心無い中傷を浴び続け、それでも怠らなかった努力によって最高を使い魔を得た。それが自分が受け持った授業であったと言うのは教職にある者として心底嬉しいですぞ! しかし使い魔の胸に刻まれたルーン、あれは一体なんなのでしょうか? 見たことがないために色々資料を漁ってみましたが、一つも該当するルーンなし。 形として伝説のガンダールヴが一番似ていますが、しかしガンダールヴのルーンは神の左手の名の通り左手に刻まれるものの筈。ともかく要調査です。 しかもあのドラゴン君が私の蛇君の真価を分かってくれるとは! 本当にヴァリエール嬢は凄い使い魔を召喚したものです。 なんでも彼がもと居た場所には蛇君の技術が発展していて、馬なしに走る鉄の車や魔法なしに空を飛ぶ船があるのだとか。 特に蛇君の発展の基礎となった“蒸気機関”というものに興味が出ました、大まかな原理は教わったのでためしに作ってみることにしましょうか。 前ページ次ページゼロの英雄
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前ページ次ページゼロの軌跡 第十一話 絆の在り処 次の日、レンは何事もなかったかのように朝の食卓についていた。 昨日の今日で彼女が平然と食事を平らげる様子を見て、ルイズは恐ろしくも悲しく感じた。 あの、いつものようにシエスタにお茶のおかわりを求める、それすらもきっと執行者『レン』としての顔なのだろう。 昨夜のレンの叫びがルイズの脳裏に甦る。口先でなんと言おうと、間違いなくレンは帰還を望んでいる。エステルの元に。 だというのに、ルイズに出来ることは何一つとしてなかった。 「レンちゃんは今日どうするの?」 「そうね、近くの森を<パテル=マテル>とお散歩しようかと思うわ」 「ルイズ様はどうしますか?」 いつの間にか名前で呼ばれていることにも気にならず、ルイズは生返事を返して席を立った。昨日の酒も抜けきってはいないし、なによりレンと一緒にいられる自信が今はなかった。 部屋に戻って横になっても、騙し絵のように思考が輪をなして休むことも出来なかった。目を閉じても冴え冴えと浮かぶ昨夜の情景。 そのうちに意識を保つことにも疲れ、ルイズは眠りに沈んでいった。 昼食の準備が出来たとシエスタに起こされたのが昼過ぎ。軽くて消化のいいものを作りましたからどうぞ、と乞われ眠い目を擦りながら席に着くとそこにレンの姿は無かった。 「レンちゃんならお弁当を持ってまた出かけていきましたよ。<パテル=マテル>も一緒です」 「…気を使わせたかしら」 「はい、何かおっしゃいましたか?」 なんでもないわ、このスープおいしいわね、とルイズは誤魔化してスプーンを持つ手を動かした。 「それよりさっきからルイズって呼んでるけど…」 「あ、も、申し訳ございません。昨日の宴会の際にそうお呼びしてよいと仰っていただいたもので。やっぱり失礼ですよね」 「そんなことないわ。これからもそう呼んで頂戴、シエスタ」 そんな記憶は丸ごと頭から抜け落ちていたルイズだったが、彼女にそう呼ばれることは嫌ではなく、同年代の親しい友人が出来たようで嬉しささえ感じた。 その答えに破顔するシエスタ。 そして、レンと話せない鬱屈を晴らすかのように、ルイズはシエスタとずっと話し込んだ。 「従姉妹が酒場で働いてるんですよ。ルイズ様も行きませんか?あまり女性向けの店とは言えないんですが」 「そういう所は行ったことがないから楽しみだわ。シエスタの休暇が終わる前に行きましょうか」 「店長さんがすごく変な人なんですよ。悪い方じゃないんですけど…」 「オールド・オスマンってどこらへんが偉大なメイジなのかいまいちわからないわよね」 「よく使い魔の鼠が女性の周りをうろつくので他のメイドのみんなも困ってるんです。ルイズ様、なんとか 出来ませんか」 「あのスケベジジイったら。もうちょっと脅かされた方がよかったのかしらね」 「それでね、そのおじいさんったら幼馴染が作った料理が忘れられないから作ってくれ、なんて言うのよ」 「あはは、オウガ退治の次はレシピ探しですか。貴族修行も大変ですね」 「あちこち走り回る羽目になったわ。そのおかげで色んな人に会えたけど」 話の種も尽きてもルイズはレンの事を話そうとはしなかった。 そのことに薄々気づいていたシエスタだったが、彼女はルイズのためにも、踏み込むことを決めた。 「ルイズ様とレンちゃんはこれからも旅を続けられるのですか?」 「…レンのことは?」 「レンちゃん本人からある程度のことは聞いています。ゼムリア大陸のリベール、おそらくは別世界であるところから来たと」 「レンはなんでもないように振舞っているけど、きっと帰りたがっているわ。昨日その手がかりを見つけたけれど、殆ど得るものもないままに終わってしまった」 「あの石碑のことでしょうか。今朝レンちゃんにも聞かれたのですが、生憎私は何も知りません。ずいぶんと昔からあるものみたいですが」 他の人があれについて話してるのを聞いたこともないですね。とシエスタは語尾をしぼませて申し訳なさそうに言った。 それを聞いてルイズはレンの気持ちを思って顔を伏せた。 そんなルイズを見たシエスタから優しく言葉を掛けられる。 「それでも、レンちゃんを召喚したのがルイズ様で本当に良かったと思っています」 「どういうこと、シエスタ?」 「ルイズ様は気づいていらっしゃらないと思いますけど、他の誰かといるときとルイズ様がいるときとではレンちゃんの様子が違うんですよ。なんというか、落ち着いているような安心できるような、そんな感じです」 目を丸くするルイズ。シエスタは微笑んでそのまま話し続けた。 「あの年頃の少女がどうして人殺しに長けているのか、どうして鉄のゴーレムを連れているのかは私は知りません。また、そうなるまでにどんな苦しみがあったのかも。 元いた世界から切り離されて見知らぬ人の中で一人ぼっち。それはきっととても辛いことです。でも、レンちゃんはルイズ様の存在を救いとして、またそれを必要としている。 ルイズ様がレンちゃんを召喚したのはただの偶然であったのかも知れません。けれど、レンちゃんと出会ってルイズ様は変わられました。貴族として、良い方向へ。 なら、きっとレンちゃんもルイズ様と一緒にいる中で生まれ変われると思うんです。今よりずっと幸せな生活が送れるように。 他人との絆があって、初めて人間は立って歩くことが出来る。人と人が出会うということはきっと、そういうことではないでしょうか」 おじいさんの受け売りなんですけどね。そう言ってシエスタは照れたように舌を出した。 ルイズは何も言わずに立ち上がった。 レンを迎えにいこう。 「もうすぐお夕食の時間ですから、仲良く帰ってきてくださいね」 シエスタに見送られて、ルイズは歩き出した。 向かったのは昨日歩いた村の外れ。やはりそこにレンと<パテル=マテル>の姿はあった。 ルイズが近づくと<パテル=マテル>が反応して蒸気を噴出す。しかし、それに気づいていないはずもないだろうに、レンは石碑の前に座り込んで振り向こうとはしなかった。 ルイズはその様子に一瞬躊躇ったが意を決して声をかけた。 「レン」 「…」 答えはなかった。それでもルイズは語りかけた。 ルイズはこれまでレンに多く助けてもらった。レンの存在があったからこそ自分の望む貴族として生きようと決意できたのだし、他の貴族と決闘になったときもレンの助勢があった。 旅をしている時も数多くの難問にぶつかったがいつだってレンがそばにいてくれた。ある時はその力を、またある時はその知恵を。レンがいなかったら今の自分はない。 ならば今こそ、自分はレンの力になろう。 「また旅を始めましょう。今度はレンが帰るための手がかりを探す為に」 「ルイズ…」 思わず立ち上がって振り向いたレン。驚きか喜びか、その顔は泣いているようにさえ見えた。 「でもまた駄目かもしれないわ」 「なら何度でも探せばいい。タルブ村にあったんですもの。他のところにもあるかもしれないわ。トリステインが駄目ならゲルマニアでもアルビオンでもガリアでも。 それでもないなら東へ向かいましょう。聖地ロバ・アル・カリイエ。エルフなんてレンと<パテル=マテル>なら物の数じゃないわよ」 「でも…」 ここで諦めてはシエスタに向ける顔がない。 ルイズは微笑んで言葉を続けた。ルイズを励ましてくれたシエスタのように。 「ほんの少しの間だったけれど、確かに世界は繋がった。エステルはレンに手を伸ばしてくれた。 レンとエステルの絆は決して切れてなんていない。希望を捨てない限り、レンは誰かと一緒にいられる。 だから、私たちも歩き出しましょう」 二人はお互いの手をとって、シエスタの待つ家へと歩き出した。 翌日、たっぷりと寝坊したルイズとレンが遅めの朝食を摂りに下へようとした時、けたたましい音を断ててシエスタが階段を上ってくる音が聞こえた。 いつもメイド然とした歩き方をするシエスタには似つかわしくないその様子に、二人は何か凶報を感じ取る。顔を真っ青にしたシエスタが話すのを聞いて、その予感が当たったことを知った。 「一体どうしたの、シエスタ」 「アルビオンが、レコン・キスタの軍が攻めて来たんです!」 タルブ村での短い休暇はこうして終わりを告げた。 前ページ次ページゼロの軌跡
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前のページを読み直す / 表紙へ戻る / さらにページをめくる 《『王宮日誌 シャルロット私書録』より》 蛮人(バルバロイ)のトラクス、ゼロのルイズ、そしてミス・ロングビル。 《ヴェストリの広場》で姿を消した三人が、なぜここで一同に会しているのか。 少し考えれば答えは簡単、このミス・ロングビルが、トラクス(ルイズもいるけど)を密かに助けたのだ。 彼女は『土のメイジ』、あの時土の壁を落としてトラクスを捕らえたのはその魔法。 ならば、そこから地面に穴を開けてトラクスを逃がした…とも、考えられる。 土壁を自分で崩落させ、姿を消して行方不明扱いにするのも、あの状況なら結構容易い。 ではなぜ、学院長秘書である彼女がそんな事を? よもや、蛮人トラクスと恋仲というわけでもあるまい。 そう考えを巡らせるうち、不覚にも、飛び掛ったトラクスに杖を叩き落され、腕を掴まれた。 「おや、見られちゃあしょうがないねェ。バラすかい?」 「ケケケケ、運がなかったな小娘! おめーんとこからはカネが出るのかい? 身代金だよォ!」 「あんたは、それしかないのかい? ケッ、魔剣がカネ貯めて何しようってんだ」 下種な会話だ。あまり信じたくないが、ミス・ロングビルが蛮族や野盗のような口調で魔剣と話している。 「確かあんた、タバサとか言ったね。ガリアからの留学生で『風のトライアングル』…だね? ご覧の通り、あたしの本性は悪党さ。巷で噂の『土くれのフーケ』その人だよ」 フーケ。悪徳貴族の宝ばかりを狙い、庶民の鬱憤を晴らす怪盗。こんなところに、その正体がいたとは。 それなら、あの大立ち回りを見せたトラクスを脱出させ、仲間に引き入れようという魂胆か。 「おい嬢ちゃん! カネが出ねえんなら娼館に売り飛ばしちまうかァ? いくらトライアングルでもよォ、杖がないメイジはただのボンクラ揃いだしなあああ!!」 「デルフ、あんたはもう黙って。…あたし、ちょっとこの蛮人さんに惚れ込んじゃってさぁ。 お察しの通り、この魔剣と達人の腕があれば、向かうとこ無敵でしょ? それに加えて、『土のトライアングル』メイジであるあたしの強力サポート。不可能はないわ」 そうかも知れないが、トラクスと魔剣――デルフ、というらしい――は、少々目立ちすぎはしないか。 王立の魔法学院でこれだけの大暴れをしたのだ、もう国内にはいられまい。 「で、どうする? あんたは外国人だし無口だし、このまんま見逃してくれるってんなら有難いけど。 多少のお礼もするよ。…いやだってんなら、それなりに対処させてもらうさ」 とは言え、トラクスにがっしりと捕まえられた状況で否応もない。多勢に無勢だ。 彼の背中にいるルイズは、頭に包帯が巻かれて桃色の髪を隠され、まだ昏倒しているようだ…。 横暴な主人だったにせよ、十六歳の少女の頭に酷い怪我を負わせる手合い。私もただでは済みそうにない。 「………私も行く」 「………へぇ?!」 意外すぎる返答に、フーケが変な声を出す。 本当に、なぜそう答えてしまったのか。ルイズが心配? 命が惜しい? 冒険でしょでしょ? 多分、その全部だ。それに私もある意味、トラクスに魅せられていた。 美しく舞うように何十人もの敵を切り殺す、この恐るべき蛮人に。 「ふっ」 フーケの合図にトラクスが薄く笑い、私から手を放した。 漆黒の髪、無愛想な眼差し、手には一振りの剣を持つ一人の男。 双月の照らす中、木の下に座って物思いに耽るのは、蛮人トラクス。 女たちと学院から脱走して、今は食事をし、森の中で身を潜めているところだ。 そう言えば、古の英雄叙事詩に、こんな一節があった。 『この剣の力で、戦士としてのあらゆる道がひらけた! いまは、キンメリアの荒野から出てきた半裸の若者に過ぎないが、 これによって世界への道を切り拓き、血汐の川を渡渉して、 地上の諸王と同等の高位に達することも夢でなくなった』 キンメリアとは、俺たちスキタイ人が来るより前に、黒海の北側にいた遊牧騎馬民族だ。 今は南下して更に東方へ移り、強大なペルシア帝国の支配下にあるのだったか。 確かに、この剣…デルフのおかげで、俺の道は血汐とともにひらけた。 戦士か。傭兵やけちな山賊より、エトルリアで流行の剣闘士がいい。勝てばカネも名誉も手に入る。 いや、せっかく貴族の娘たちが手元にいるのだ。どこか遠くの領主に仕官して、のし上がろう。 戦争でもあれば思う存分腕を振るい、英雄となる。いずれは将軍様だ。更に学芸を身につければ、 都市を支配する僭主、いやいや、王様にでもなれるかも知れない。夢は膨らむ。 「ふっ」 夢、か。奴隷身分まで落ちた俺が、王様に。 スキタイはギリシアと違い、激しい実力主義の社会だ。弱肉強食と言ってもよいが、 中には交易で巨万の富を築いた者や、ギリシアやペルシアに名の響く賢者になった者もいる。 まだ若いこの俺トラクスが、王になったからとてよかろう。 それには、まずこの『異世界』をもっと知る事だ。鎖つきの奴隷のままでは見えなかった、様々な事。 お尋ね者とはなったが、自由な手足と五感で全てを感受し、いずれ全てを手に入れてやろう。 「ガリア、か」 トリステインやゲルマニア、ロマリアといった地名を耳にはしていたが、馴染みがない。 ただ『ガリア』だけは聞き覚えがあった。ギリシアよりずっと北西、スキタイにも劣る野蛮人、ケルト人どもの住む土地。 いつぞや西のイタリアへも攻め寄せて、多くの国々を荒らしまわったという。 まあ月が二つあり、マジナイ師がうろちょろしている異世界だ。あちらのガリアとはだいぶ違うだろうが。 向こうで寝ている青い髪の娘は、そのガリア出身らしい。 さて、久しぶりに腹もくちくなったし、寝るとしよう。…その前に、女が三人もいるんだから、性欲処理かな。 蛮人らしい思考法で、トラクスは離れたところで寝ている三人に夜這いをかける。 すると、左手の烙印が激しく発光し、トラクスの全身に雷に撃たれるような激痛が走った!! 「ぐぁぁぁああああ!!??」 どうも、この烙印は便利だが、その分『してはならない事』を封じてしまう効果があるようだ。 くそったれ、『ご主人様』以外の女にも触れられないではないか。とんだマジナイ、いやノロイだ。 これでは娼婦を買うこともできない。なんとかいうギリシア喜劇みたいだ。 「ゲァハハハハハ、いい格好じゃねェかトラクス! 奴隷に逆戻りかァ?」 黙れ、このクソ魔剣。それこそ調教してやろうか。 「タバサ! ミス・ロングビル! 何で私がこんなところにいるのよ!! 帰して! 学院に帰りましょう! 痛い! 頭が痛い!」 翌朝、昏倒していたルイズがようやく起きてきて、騒ぎ出した。どう説明したものか。 杖は取り上げているから、たいした事はできまいが。 「おい、女、ナントカシロ」 俺は片言で緑の髪の女に言う。デルフが通訳にはなってくれるが、こいつに喋らせるとややこしくなる。 「あたしは『ロングビル』だよ。人前ではそう呼びな。 ……ミス・ヴァリエール。まずは落ち着いて。頭の傷は秘薬を塗りましたが、まだふさがってはいないのです」 コロコロと態度を変える女だ。タバサとやらは俺より無口だし、こいつに任せるしかないが。 「と、トラクスッ!!? あああああああ、あんた犬っころ以下の蛮人の分際で、 このルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール公爵令嬢に何てことしてくれたのッ!! 絶対殺す! ジワジワと嬲り殺しにしてやるッ!! それからドブネズミの餌にしてやるッ!!」 『……おい、デルフ。なんて言ってるんだ? ハランシャヴァーシュ・なんとか・パリヤールってこいつの家名か?』 『てめーをブッ殺して、犬のクソにしてやるとよ』 ま、怒り狂うのも無理はないか。脱出に成功はしたし、ここで舌切って放置して野犬の餌にしようか。 どうせ足手まといだし、身代金要求なぞしても、強いマジナイ師どもにかかればあっさり殺されかねん。 ……しかし、この『烙印』が今消えるのは、いろいろ損得勘定してもちと惜しい気もする。どうしたものか。 「ミス・ヴァリエール! 落ち着きなさい!(パァン)」 ルングヴァル、じゃなかったロングビルが、暴れるルイズの頬を引っぱたいて大人しくさせる。 子供の扱いに慣れたような感じだ。ルイズは十六歳だというから、一応成人だが。 「私たちは、この蛮人トラクスに誘拐されたのです。杖なども取り上げられ、無力です。 彼は脱出の際、学院の衛兵を何十人も切り殺している危険人物。隙を見て逃げ出すしかありません」 「誘拐……! あ、まさかッ!?」 「……いえ、彼に刻まれたルーンの効果か、そういう事は大丈夫のようです。 それに、傷は負わせられても、貴女を殺す事もできない。ただし、身体能力の高さは異常です。 下手に逃げれば深手を負わされ、後は放置されるかも知れません。猟犬のように追ってくるのですから」 何を言っているのかは分からんが、ルイズは静かになった。 「で、でも、『遠見の鏡』で見つけてくれるんじゃ……」 「いいえ、彼が持つ魔剣『デルフリンガー』は、メイジの魔法を尽く吸い込む効果があります。 私たちが遠くへ離れなければ、効果は続くのでしょう」 実は、俺たちの背中には小さなマジナイ札が貼ってあり、『遠見の鏡』などでマジナイ師に察知されるのを防いでいる。 ロングビルがどこぞの貴族様の邸宅から盗み出したお宝だと言っていた。 ルイズがますますしょげかえる。流石にちと哀れになってきた。 《『王宮日誌 シャルロット私書録』より》 「わ……私の、責任です。自分の使い魔をちゃんと躾けられず、皆に死傷者まで出す迷惑をかけ、 ミス・ロングビルやタバサまでこんな目に巻き込んで……」 ルイズが流石にしおらしくなる。こうしていれば、年相応に可愛らしいのに。 「いえ、貴女をトラクスの手から救い出せなかった、学院の側にも責任があります。こちらこそ謝らねば」 こちらは心底腹黒だ。嫁の行き手もなくなった年増め。 ミス・ロングビルは、泣き出したルイズを宥めてまた寝かしつけ、私とトラクスの方へ戻ってきた。 「……こんなもんかね。で、どうする?」 どうするって、行くあてがあるから脱走したのだろうに。 「なに、アジトはいろいろあるさ。どこへまず向かったもんかと思ってねぇ。 トリスタニアの裏路地か、山の中の小屋か、学院に一回戻って忘れ物を持ってくるか。 なんならこのまま国外逃亡したって、構わないけど」 ふむ。私だって、衝動的に出てきたようなものだし、一晩経ってみると冷静にもなった。 そうそう学院には帰れまい。シルフィードはとりあえず近くの森に潜ませておく。 「……なぁ蛮人さん、あんたはどうしたい? 今夜は貴族の館に潜入して、お宝をゲットしたい気分だけど」 『だとよ相棒。どーすんだ? 俺様は動けねーからどれでもいいぜ』 「……………」 トラクスは黙ったままだ。バルバロイとは『言葉が通じない異邦人』という程度の意味だが、 彼は言葉が通じなくとも、意外に高い知性を持つ男らしい。 「盗む。宝、武器、弓矢、馬。カネもメシも、家畜も家も女も。『盗まれた方が間抜け』だ。スキタイ人は、そう言う」 だが、発想はまるっきり蛮人だ。 「ははッ、面白い! スキタイ人ってのは、あんたの部族かい? 分かったよミスタ・トラクス、まずはトリスタニアの裏路地に行って、準備を整えようか!」 ミス・ロングビル――フーケが笑い、荷物とルイズを馬に積み始める。 前のページを読み直す / 表紙へ戻る / さらにページをめくる
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前ページ次ページゼロの氷竜 顔をしかめるような強い風ではなく、まどろみを誘うようなたおやかな風が吹いていた。 波立つ青々とした草原の上、中空に浮かんだ巨大な鏡。 傍らで唖然と口を開いた、頭髪のさびしい教師よりもはるかに大きな鏡。 木陰で本を広げていた、空色の髪の少女。その傍らに寄り添う風竜を飲み込むのにも十分すぎる大きさの鏡。 その大きな鏡から、白銀の鱗に覆われた、一本の巨大な足だけが突き出ていた。 ゼロの氷竜 一話 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、同級生からゼロのルイズと揶揄される彼女は混乱していた。 春の使い魔召喚の儀式、その開始とほぼ同時に風竜を呼び出した空色の髪の少女を、ルイズは羨ましいと思った。 無論、意地っ張りと題をつけられるような彼女がその言葉を口にすることはなかったが。 心のどこかでかすかに無駄と思いつつも、 ……風竜以上の立派な使い魔を! と力を込めて振るった杖から飛び出すのは、今までと寸分の変化もない轟音と爆発。 ルイズの目線の先、かつて青々とした草原であったそれは、岩と土の荒地と化していた。 「ミス・ヴァリエール」 そう声をかけた頭頂部が涼やかな教師は、差し迫った時間を理由に召喚の打ち切りを告げた。 だがルイズは歯を食いしばりながら、同級生の野次と嘲笑に耐えながら食い下がる。 出来の悪い、しかし真面目で努力家の少女の願いを、煌めく頭部の教師はあと一度だけという条件でかなえた。 精神的に幼い同級生の言葉に傷つき、涙をこらえるためにひびが入るほどに歯を食いしばり、一人の少女は、骨が折れるほどの勢いで、自らの持つ魔力を使い尽くしても構わないという覚悟で、渾身の力を込めて、その杖を振るった。 ルイズは爆音が聞こえなかったことに小さな喜びを覚え、次の瞬間、爆発と轟音にも似た衝撃に目を開いた。 そして見開いた目に飛び込んできた景色は、巨大な鏡からそびえる、鋭い鉤爪を持った一本の巨大な足だった。 半瞬の忘我。 自らの頬に手をやり、つねった痛みに顔をしかめる。 その瞬間、鏡が轟音とともに砕け、思わず顔を背けたルイズが再び鏡のあった場所へ視線を投げると、そこには白銀の鱗を持つ、巨大な竜がその巨躯を横たえていた。 はらはらと少ない髪の毛をはためかせ、呆然と口を開いた教師に目をやる。 口を開いてはいなかったが、これ以上なく目を見開いた赤毛で胸の大きな仇敵の顔を確かめる。 表情の少ない主に代わって口をあんぐりと空けた風竜と、表情の変化が見られない空色の髪の少女を眺めた。 程度の低い野次を飛ばしていた同級生たちも、舌をなくしたかのように声を発しない。 数度の深呼吸程度の時が過ぎる。 あまりのことに使い魔召喚に続く、契約の儀式を忘れていたルイズを尻目に、竜の首が持ち上がる。 開かれた双眸に見据えられたルイズは、不思議と恐怖を感じなかった。 たとえじゃれ付く程度の行為だったとしても、人間の命を奪うに余りあるであろう存在。 魔法学院の長であるオールド・オスマンですら、対しえないであろう強大な魔獣。 だが、その瞳は静謐な水面を思わせた。 まともに魔法を使うことも出来ない自分の召喚に、なぜこれほど巨大で美しい幻獣が応えてくれたのか、ルイズの思考が内側へ向きかけた瞬間、目前の竜が声を発した。 ブラムド、かつて彼が住んでいたロードスという島では五色の竜の一体、氷竜と呼ばれた彼は混乱していた。 休眠期に入っていた彼は、まどろみの中でどこかからか呼ぶ声を聞いた気がした。 しかし彼はかつて自らを使役していた魔術師により、一つの宝物に縛り付けられていた。 太守の秘宝の一つ、真実の鏡と呼ばれるそれは、どれだけの距離が離れた場所でも映し出し、人を映せばその心すら暴くとされた。 魔術師が滅ぼされ、その王国もなくなったが、彼はその秘宝に縛り付けられたままだった。 人間にしてみれば巨万の富を抱えた彼を、宝や名声のために狙うものは絶えず、彼は時に追い払い、時に焼き尽くし、時に噛み砕いた。 自らの望みもしない殺戮を、強大な竜である彼に強要するほど、秘宝に込められた呪縛は強く、無慈悲なものだった。 だから今彼が睥睨する小さなものたちに対し、警告をしなければならなかった。 殺戮を、避けるために。 「小さき者たち」 下位古代語、かつて彼を縛り付けていた魔術師たちが日常会話として使っていた言葉。 だがその呼びかけに対し、眼下の小さな者たちは言葉を返そうとしない。 仕方なしに、ブラムドは呪文を唱え始める。 魔術師たちの中で唯一、友とも呼べた魔術師から教わった魔法のうちの一つ、自らの知らぬ言葉を理解するという魔法を。 『言語理解(タング)』 敵意や害意は感じられなかった。 剣や杖、弓矢の類をこちらに向けているわけではなく、それどころか自分がここにいることそれ自体に驚いている様子だった。 わずかな不思議さを覚えながら、ブラムドは再び呼びかける。 「小さき者たち」 「しゃべった!?」 韻竜、それもこれほどまでに巨大な。 無論、衝撃を受けたのはルイズだけではない。 傍らの教師も、同級生たちも、その場にいる全ての人間が、そしてすでに契約を済ませていた一部の使い魔たちが受けた衝撃は、あまりにも大きすぎた。 「しゃべることがそれほど不思議か」 かすかに、ほんのかすかに、竜の声に笑うような響きが込められた。 そしてブラムドは確信する。彼らは盗賊ではないだろう、と。 そう確信した瞬間、休眠期で緩んでいた脳細胞が急激な活動を開始する。 なぜこれほど大人数の人間が近づくのを感知できなかった? なぜ巣穴で寝ていたはずの自分が太陽の下、草原の中にいる? 首を回した瞬間、かたわらにあったはずの宝物の山が、自らを縛りつけ続けていた太守の秘宝が、真実の鏡が存在していなかった。 その事実が理解できなかった。 それから離れることも、それを壊すことも、それを燃やすことも、その身に走る激痛のために何もできなかった。 どれだけの日々、どれだけの年月を経ようとその魔力を衰えさせることなく、自らを縛り付けていた呪縛の鎖が、不意に掻き消えた。 我知らず、ブラムドはその翼をはためかせた。 ルイズやその場にいた人間たちが突風に顔をしかめると同時に、ブラムドの体は宙へと浮き上がる。 長年の癖からか、ブラムドの上昇速度は緩やかなものだった。しかし、堪えきれない歓喜が、翼に強い力を与える。 やがて竜の目をもってしても人間の顔が判別できなくなった頃、ブラムドの体は雲を貫く。 高空を滑る強い風の流れに翼を立て、更なる高空へと舞い上がる。 眼下を見下ろせば懐かしい白竜山も帰らずの森も見えず、それどころかロードス島やマーモ島も存在しない。 彼方には海が見えるが、一方は大地が続いている。 そしてその場から海の果てまで飛び去ろうと考えても、忌々しい激痛に身を焼かれることもない。 呪縛から解き放たれた。 そのたった一つの出来事、だが人間の一生よりも長い時間、縛り付けられていたブラムドにとって、そのたった一つの出来事が何よりも喜ばしかった。 トリステインの上空に、歓喜の咆哮が響き渡る。 その声に気付いたものは少なかったが、トリステイン魔法学院の学院長、オールド・オスマンはその少数の一人だった。 はっきりと聞こえたわけではない。だが、長い時を生きた偉大なるメイジは、神託に導かれたように、召喚の儀式が行われている草原へと向かう。 時間は少し巻き戻る。 ブラムドが起こした風が収まった瞬間、ルイズの目の前には自らの爆発で穴の開いた草原だけがあった。 当然、それを見たのはルイズだけではない。 同級生の一人がこらえ切れなかったように笑い出す。 「あっははははははは!! ルイズのやつ使い魔に逃げられたぞ!?」 丸みを帯びた体の同級生がそう叫んだ瞬間、その場にいた三人を除いた全ての人間が笑い出す。 自分に向けられた笑い声を、ルイズは気付いていなかった。 あまりの出来事に、瑣末なことに心を砕く余裕がなかった。 眉間に皺を寄せ、うっすらと目に涙を浮かべ、ただ呆然と立ち尽くしていた。 赤い髪の少女は心配そうにルイズを見ながらも声をかけることができず、空色の髪の少女は開いていた本をたたみながらもやはり声をかけることはできない。 髪の色が判然としない教師はルイズの様子に心を奪われ、生徒たちの罵声や笑い声を抑えることを考えられなかった。 やがてルイズの方が小さく震え始めた瞬間、彼女を巨大な影が覆った。 天空を見上げるルイズの目に飛び込んできたのは、恐ろしい速さで舞い降りる巨大な竜の姿だった。 半ばまで翼をたたみ、その体が地上に落ちるに任せたブラムドは、先ほど目の前に立っていた桃色の髪の少女の前を目指して落ちていった。 『落下制御(フォーリングコントロール)』 魔法によって落下速度を制御したブラムドは、翼を動かすことなく、再び突風を起こすことなく、そよ風とともにルイズの目前に降り立った。 その不可思議な光景に、人間たちは息を呑んだ。 「人の子よ、名はなんと言う」 辺りに響き渡るような大きな、だが優しげな声だった。その声に導かれたルイズの返事は、かすかに震えていた。 だがそれは恐怖ではない別の理由からだった。 「ルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」 「長いな」 わずかに、人間であれば眉根に皺を寄せるような響きが、竜の声に混じる。 「まぁよい。我が名はブラムド。氷竜ブラムド。ここは我の知る大地とは違う場所のようだ。我をこの地へと呼び出したのは、ルイズ、汝か?」 普段であれば、 「ええそうよ!! あなたをここへ召喚したのはこの私!! だからあなたを私の使い魔にしてあげる!!」 といいかねない気の強さをもつルイズだったが、努力の末に呼び出した使い魔に逃げられたのかと勘違いし、周りの様子にも気付けないほど打ちのめされていたためか、異常なほど素直だった。 「ええ、私があなたを呼び出したの」 「目的は?」 「使い魔にするために」 その素直すぎる言葉に、残り少ない髪の毛を真っ白にするほど衝撃を受けた教師、コルベールがいた。 ……言葉を理解するような頭のいい魔獣が、それも先ほどからの不可解な現象を考えるに魔法を使うほどの強大な魔獣に、服従を強制する契約をする前にそんなことを話してしまって、もし暴れだしでもしたらどうするつもりなのですかぁ!! ……死ぬ。死んでしまう。 ……いや私一人が死ぬだけならまだしも、全ての生徒たちの命が…… 「使い魔?」 「ええ」 「それは我を騎馬のように乗りまわし、戦場へ連れ出したりというようなものか?」 「いいえ、今のところこのトリステインはどこの国とも戦争はしていないから、戦場に連れ出すことはないとは思うけれど」 話すうちに、ルイズはもしかしてこの竜が私の使い魔になってくれるのでは、という希望を感じ始めていた。 「いつまでだ?」 「私かあなたのどちらかが……死ぬまで……」 しかしその希望は打ち砕かれたように思えた。少なくともルイズには。 不意にブラムドの問いかけはなくなり、その場を、その空間を沈黙が支配する。 当然だ。 ルイズは得心する。 これほどまでに強大な存在が、自分などに付き従うはずもない。 私は落第し、実家に連れ戻される。 いや、このドラゴンに食べられてしまうのかもしれない。 それもいいかもしれない。 身の程もわきまえずに、こんなことをしでかしてしまったのだから。 絶望に支配されるルイズを尻目に、ブラムドは喉の奥から笑い声をもらし始める。 「ふっ…………ふっ……ふっふふふふふふふ……」 ルイズが顔を上げる。 「ふはははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!」 ブラムドの笑い声は止まらない。 いつまでも止まらない。 ブラムドの声に驚いた生徒たちも、その声が笑い声だということがわかると得心のいかぬ風に顔を見合わせる。 ルイズが数度の呼吸を繰り返しても、笑い声は響き続ける。 その肺の大きさが人間と違いすぎるとはいえ、そんなことを今のルイズが気付くはずもない。 それゆえに、ふつふつと、怒りがこみ上げる。 笑われているわけではないと心のどこかで気付きながらも、死を覚悟したほどの絶望を笑われているように思え、普段のままにその怒りを爆発させる。 「ちょっと何よ!?」 ルイズとブラムドを交互に見ていたコルベールは、かすかな髪の毛を逆立てんばかりに驚く。 「そんなに馬鹿笑いすることはないじゃない!!」 赤毛の少女、キュルケは驚きに目を見張りながらも、自らの宿敵にかすかな微笑を送った。 「それは私みたいなメイジがあなたみたいな立派な竜を呼び出したなんて奇跡みたいなものだろうけど!!」 空色の髪の少女、タバサは手に持っていた本の存在を忘れかけた。 「それでもそんなに馬鹿にされるいわれはないはずよ!?」 髪を振り乱しながら、目に涙を浮かべた少女に、ブラムドは謝罪する。 「……すまなかった。だが別に汝を笑ったわけではないのだ」 「じゃぁなぜ笑っていたの?」 涙目のルイズはブラムドに問いかける。 「ルイズ、お前は望みもしない牢獄に閉じ込められたことはあるか?」 「ないわ」 「そうか」 ブラムドはため息をつくように、過去を思い出すように、その目を空の彼方に向け、自らの言葉を継ぐ。 「我は無形の牢獄に囚われていた。雪が降り、泉や湖が凍り、また溶け出す。そんなことが何度も何度も、数え切れないほどに繰り返される膨大な時間をだ」 ルイズには想像もつかない、ただひどいことだと感じられるだけだ。 幼いころに父や母に叱られ、部屋に閉じ込められたことなど基準にすらならないだろう。 我知らず、ルイズは自らの体を抱きしめる。 ブラムドはルイズの様子を見て、微かに笑いながら話を続ける。 「その牢獄から解き放たれるための方法はただ一つ。我が死ぬことのみ」 その言葉にルイズは驚き、伏せていた顔をブラムドに向けた。 「だが我はその軛から脱した。ルイズ、そなたのおかげであろう」 「で、でも私は、あなたをその牢獄から解き放つために呼び出した訳じゃないわ。どちらかといえば新しい牢獄に招待したようなものじゃないの?」 中途半端、というものは時に悲劇を生む。 たった今、ルイズが中途半端に回した頭から出た言葉を、そのままその口から繰り出したように。 コルベールの顔は、もはや蒼白を通り越している。 おそらく複数の毛根が、衝撃で死滅しているだろう。 だがブラムドの声音は変わることはなく、むしろ楽しげな響きさえ含む。 「我はルイズ、汝の母の母、そしてその母の母が生まれるよりも遥かな以前より生きている。その我が、いまさら一人の人間の生涯に付き合う程度の時間を忌むものか。何より、汝ら人間が生まれ出で、死に行くよりも長い時を、我は無形の牢獄に囚われ続けていた。そこから開放してくれた汝の守護者たるを、我が断るとでも思うか?」 ルイズはブラムドを懐疑していたわけではないが、自らの能力に対しての懐疑は存在した。 本名ではないものの、国内外にその名を轟かせた自らの母や、王立魔法研究所の所員にまでなった姉の指導を受け続け、魔法学院に入学してからも爆発という結果から逃れ得なかったために。 故に自らが召喚したことが事実であったとしても、まさか、という思いから抜け出すことができなかった。 だが、自らの守護者に、つまり使い魔になってくれるという言葉を聞いて、さらに疑いを深めるほどにルイズは鬱屈してはいなかった。 それは彼女の資質であるのか、それとも両親や二人の姉の躾や教育の賜物なのか定かではないが、たとえ魔法を使えずとも誇り高い貴族たらんとした彼女に与えられた、確かな、そして偉大な成果といえただろう。 先刻とは種類の違う涙を目に浮かべながら、ルイズは契約を完了させるためにブラムドへと呼びかける。 「ありがとうブラムド。では使い魔の契約をするわ。首を下ろして」 ルイズは生涯で二度目の、確かな魔法の成果を手に入れようとする。 コルベールはその成果に微笑を浮かべ、キュルケはどこか満足げに口の端を上げ、タバサは改めて本を開いた。ちなみにタバサのかたわらの風竜は、いまだに忘我したままだ。 同級生たちが息を呑んで推移を見守る中、ルイズの呪文が風に乗る。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ……」 頭を垂れるブラムドに、ルイズは天への祈りを捧げるように口付けた。 ブラムドの左前足の甲に、使い魔のルーンが刻み込まれる。 ルイズが自らの力で行った、生涯で二度目の成果。爆発ではないそれを確かめるため、コルベールはブラムドへと話しかける。 「ミスタ・コルベール!!」 だがそれをさえぎる声があった。 「オールド・オスマン?」 「ミスタ・コルベール、すまんがミス・ヴァリエールを除く生徒たちを学院まで引率してもらえるかな?」 コルベールは、オスマンのその言葉に異を唱えることはできなかった。 その表情は普段と変わらないが、身にまとう気配が異常なほどに張り詰めていたからだ。 「わ、わかりました。みなさん、それでは学院まで戻ります」 そしてコルベールは学院へと向かう生徒たちを見送り、後ろ髪を引かれるようにオスマンたちの方を振り向き、学院へと飛び去っていった。 前ページ次ページゼロの氷竜