約 1,871,506 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8459.html
前ページ次ページゼロのペルソナ 隠者 意味…思いやり・邪推 名城と謳われたニューカッスル城はいまや廃墟と化していた。 反乱軍レコン・キスタが大挙して攻め込んだ結果である。 そしてレコン・キスタが反乱軍であったのはその時までだった。 アルビオン王家がこの世界から消滅した現在、レコン・キスタはアルビオンの正式な政府である。 廃墟となった最後の王家の城を眺めている一人の男が居る。レコン・キスタの総司令官であった男、オリバー・クロムウェルである。 彼は今や皇帝となり、アルビオンの支配者となった男だ。そうだと言うのに、皇帝クロムウェルの顔に浮かんでいるのは苦々しいものであった。 攻撃の際に受けた損害が莫大だったのだ。たった300足らずの王軍に対して、死者は三千、怪我人も含めるなら倍になる。 王軍の士気が異常なほどに高かったためだ。 「あのトリステイン貴族め、ウェールズをしとめるなどと言っておきながら……!」 クロムウェルは吐き捨てるように言った。 彼が言うトリステイン貴族とはワルドのことである。ワルドはトリステイン貴族にして、レコン・キスタに加わった男だ。 彼には聡明だと名を轟かせていたウェールズを始末するように命じていた。しかし、彼は仕損じ、ウェールズは最後の最後まで前線に立ち、兵士たちと戦い続けた。 そのため王軍の士気は異常なほどに高く、すでに勝利した気分になっていたレコン・キスタの兵に対し善戦を続けた。 ちなみにワルドは捕虜としての扱いを受けて牢屋に入れられていたのを助け出され治療中だ。体中に火傷のような痕があったためその治療である。 「いらぬ損害が出てしまったが……よしとするか。必要なものは手に入ったのだから」 彼はポケットから小さな箱を取り出した。開けた中には美しい宝石の指輪が入っていた。 ウェールズが身につけていた風のルビーだった。彼の死体から剥ぎ取ったものだ。 「これがなくては同盟が成立しないからな……。しかし、ジョゼフはどうしてこれをそこまで欲しがるのか……」 クロムウェルは美丈夫であるガリア王国の王の顔を思い浮かべた。 まあいい。彼は自分に力を与えてくれた。ならば従う他ない。 「死者に鞭打つようで悪いが働いてもらうぞ、ウェールズ皇太子」 クロムウェルは与えられた力、アンドバリの指輪を見た。 アルビオンから無謀に近い航海(航空という方が正確か)を遂げたのちに、ルイズたちはトリステイン国の騎兵たちに発見され、その後、王城に連れて行かれた。 秘密の任務のために事情を説明できずに困っていたが、アンリエッタの口利きのために開放されて、今はトリステイン学院に帰ってきていた。 ちなみにアルビオンの十人の船員たちのこともアンリエッタは保障してくれるそうだ。亡命者として手厚く保護するという。 そして学園に戻った三人の魔法使いと三人の使い魔はそれぞれの日常に戻っていた。 その内、使い魔たちは現在、あるものを鋭意政製作中である。 完二が料理長マルトーに頼み、使わなくなった大きな鍋を貰ってきた。それで完二たちは風呂代わりにしようとしているのだ。 時刻は夕刻を過ぎたころ、学校の校舎から遠いところで、火を焚き、水を入れた大なべを3人がかりで沸かせていた。 「なあ、これもういいじゃねえのか?」 陽介が待ちきれないとばかりに言う。 「そっスね。煮立ったら入れねーし」 完二の返答を聞いて陽介は嬉しそうな顔を隠せない。 彼らが彼らの世界でいうマトモな風呂にこの世界に来てからは入っていない。 この世界の風呂は一種のサウナ風呂のようなものであり、風呂が好きな日本人である彼らにはとても我慢できないというのが共通の見解だった。 クマは日本人どころか人間と呼べるか怪しいものだが、クマ曰く心は日本人らしい。 「んじゃ、俺一番風呂いただきな」 「あっ、センパイずりー」 「クマも入りたいクマー」 二人の抗議の声を気にせず、陽介は服を脱いで、さっさと鍋に浸かった。 「くぁー、たまらん!疲れが吹っ飛ぶつーの?やっぱ日本人だなあ、俺」 気持ち良さそうな声を上げる陽介を見てクマが我慢できなくなったようだ。 「クマも入るクマ」 そういうとクマは球型の体の頭の部分をとった。頭を取った着ぐるみからは金髪碧眼の美少年が現れた。 「オマエ、パンツ一丁だったのかよ……」 クマは人間の姿のときには真っ白なカッターに黒いズボンを合わせているのだが、キグルウミの中から出てきたクマはトランクス一丁の姿であった。 「だってだって最近、クマずっとこの格好だったし」 「確かにクマ、最近ずっと着ぐるみのまんまだったな」 「だからってそりゃ変質者だろ……」 「カンジ、今からお風呂クマ。和のココロ、それは細かいことを気にしないこと」 「や、意味わかんねえし」 完二と陽介のツッコミを気にせず、クマはすぐに一糸纏わぬ姿になって、陽介と同様腰にタオルを巻いて、風呂釜とかした鍋に文字通り飛び込んだ。 「おまっ、狭いだろ」 陽介が抗議する。 「そーでもないクマよ」 たしかに鍋には二人ならそれほど狭くないほどにはスペースがあった。大人数の魔法使いの子供たちの食事を作るための鍋だっただけあって大きい。 「たくっ、しゃーねーな。暴れんなよ、さっきオマエが飛びこんだせいでただでさえ湯が溢れたんだから」 「わかったクマ。だからクマ、この異世界に負けないように日本人の風呂の入り方をします」 そういうとクマは「あー、ババンバン!あービバビバ」と調子っ外れに歌い始めた。 陽介と完二は「なんだそりゃ」と笑った。 それから陽介とクマは30分近く風呂に入っていた。 「ったく、長風呂過ぎんだろ……」 完二は服を脱ぎながらぼやいた。クマがのぼせきってふらふらしていたために陽介はそれを送っていって今は完二一人である。 外にいても風邪を引くだけなので寮塔に戻るのは正解なのだろうが、一人残る完二には少しさびしい。 そう入浴前は思っていたが、いざ湯に浸かれば、そんな細かいことはどこかに吹き飛んだ。 「あー、キモチいいぜ……」 久しぶりの入浴は格別だった。満足いくまで浸かっていようと心に固く決める。陽介とクマが長風呂をしてしまうのも仕方がないだろう。 「あーびばんばんばん……へっ」 「あのー、カンジさん」 背後からの声に完二は体をびくりと震わして驚く。下手な鼻歌を歌っていたのでなおさらだ。 「だ、誰だ……ってシエスタじゃねえか!」 太陽が地平に姿を消し光が抜けていく空間にシエスタが立っていた。 「お、おま……なんでここに!?」 完二は狼狽する。何しろ今の彼は裸なのだ。目の前に女性が現れれば慌てるのも道理だろう。 「ヨースケさんに聞いたらここに居るって聞いて」 「あんのヤロー……!」 「あ、ヨースケさんを悪く思わないで下さい!わたし、どうしてもカンジさんにご馳走したいものがあったんです」 「えっ、ご馳走?」 大食漢の完二はこの状況でも素直にご馳走という言葉に惹かれてしまう。 「はい、東方、ロバ・アル・カリイエから運ばれた珍しいものとか。『お茶』というそうです」 慌てていてシエスタがそこにいることしか認識していなかった完二も、ようやく落ち着きを取り戻す。 シエスタは確かにティーポットとカップを載せた盆を持ったことに気付いた。 そして同時にご馳走といっても完二の予想するご馳走とは違ったことにがっかりする。 「んだよ、お茶かよ……」 「あれ、もしかして飲んだことあるんですか?」 「まあな、オレの居た場所じゃ、よく飲んだぜ」 「そうなんですか……」 シエスタはしょんぼりとした様子になってしまった。完二は慌てて取り直す。 「い、いや、でもよ。ここに来てから全然飲んでねえからよ。飲みてえと思ってたんだよ」 シエスタは顔を上げてにっこりと笑った。完二の言ったことを信じたというより、気を使ってくれたということが嬉しいのだろう。 「ありがとうございます。それじゃあどうぞ」 「おう」 渡されたティーカップを取り、湯に浸かりながら啜った。 彼の世界の味だった。母が二人分とは思えないほど作った料理を食べたあと、出してくれた熱いお茶を思い出す。目頭が熱くなり、目元を拭う。 「ど、どうしたんですか?」 「な、なんでもねえよ」 さきほどの言葉はシエスタを気遣ったものだったが、どうやら自分でも気付かないうちに完二は故郷が恋しくなっていたようだ。 おふくろどうしてっかな……。 「その『お風呂』って気持ち良さそうですよね」 「ん、まあな」 郷愁に浸っていた完二の意識はシエスタに呼び戻される。 たしかに風呂は良い。この世界のサウナ風呂と比べれば天と地の差だ。 「わたしも入ってみたいです」 「いいぜ、別に」 完二に良い物を独占するような気質はない。きっとシエスタも、今まで入ってきたこの世界の風呂とは格段の気持ちよさに驚くであろう。 「ありがとうございます」 シエスタはそう言うと服のボタンに手をかけた。 「ちょ、ま、待て!おま、何して……」 慌てふためく完二とは対称にシエスタは何事もないかのように素のままである。いや、少し頬が赤い。しかしボタンを外す手はとまらない。 「なにってお風呂に入ろうと」 「オレが出てからに決まってるだろ!」 風呂に入ってもいいとはいったが今は考えてもおかしいだろう。 「そうなんですか?まあまあ、いいじゃないですか」 「よくねえよ、おま……!」 完二は言葉をつぐんだ。服を脱ぎ始めたシエスタの肌がわずかに見えたからだ。健康的でそれでいて艶やかな肌。 完二は顔を真っ赤にして体ごとシエスタから背ける。お風呂にのぼせたわけではない。 「そんなに恥ずかしがらないでくださいよ。わたしまで恥ずかしくなってくるじゃないですか」 「ならやめろってんだ!」 完二が叫ぶと同時に彼の背後でストンと何かが落ちる音がした。 「それじゃあ、失礼しますね」 どうやらさきほどの音はシエスタの身につけていた最後の一枚が落ちた音のようだったらしい。 やばいやばいやばいやばいやばいやばいと念仏のように同じ言葉が完二の頭の中で繰り返されていた。 一糸纏わぬ姿になったシエスタはドキドキしていた。シエスタも自分の行為がおおよそ常識的ではないのは分かっていた。 これは完二の気を引くためのアプローチなのだ。 貴族から自分を守ってくれた完二、メイドである自分より優れた裁縫の技術を持つ完二。 彼女は完二が荒っぽく見えて本当は優しいことをよく知っている。 つい先日戻ってきた完二だが、いつかまた完二はいなくなってしまうのではないかとシエスタは怯えている。 完二自身が消えてしまうような儚さだとかを持っているというわけではない。ただ彼は来るときが来たら帰る場所に帰ってしまうような気がするのだ。 妙な言い方だがまるで彼はまるで別の世界の人間のように感じることがある。 シエスタは背を向けた完二が浸かっている湯を見る。少し重なった双月の光が水面を赤く照らしている。 「えっ、赤い……?」 シエスタは湯が赤くなっているという事実に戸惑う。ついさっきまでは透明色をしていたはずなのに。 よく見てみると赤さは濃度勾配をなしている。そして最も濃いのは背を向けた完二のいるところだ。 そろっと首を出して、完二の横顔を見るとシエスタは「うっ」とうなった。 完二の鼻からは、滝のように、とはどう考えても言い過ぎだが、ともかく鼻血としてはおかしな勢いで鼻血が出ていた。 シエスタは思わず、引いてしまった。 「あ、そういえばマルトーさんから仕事頼まれてたんでした」 「えっ!?」 若干棒読み口調で言うとシエスタはパパっと服を着てその場を去る。 背後で完二がポカンとしているのを感じる。 少しして「うおっ!んだコリャア!」という大きな声が聞こえてきた。やっと鼻血を出していたことに気付いたのであろう。 次の日、完二は午前中、広場を歩き回っていた。 普段は厨房なり、使用人たちのいるところにいて談笑したり裁縫をしたりしているのだが昨夜のシエスタのことを考えてしまうと、どうも顔をあわせづらいのだ。 自分が悪いわけではないし、シエスタが悪いわけでもない。そもそも昨夜の出来事をどう考えればいいのかもわからないが、なんとなく気まずい。 「どうっすかな……」 どうするとは何のことであろうか。シエスタとのことか、時間の潰し方か、それとも元の世界に帰る方法であろうか。 完二自身もなにをどうするか判然としないままぶらぶらと歩き回っていた。 「ありゃあルイズじゃねえか?なにやってんだ?」 ルイズは手になにか持ってこまごましく何かをやっているようだった。 完二はすることもないので自分のご主人とやらの元へと歩いて行った。 「はあ……」 ルイズは溜め息をついて、自分の作品を見る。 彼女の手には編み棒と、そして彼女の作品である毛糸の塊があった。そう、毛糸の塊という言葉が最も似合う物体だ。 好意的に見る人がいれば捩れたマフラーくらいには言ってくれるかも知れないが、ルイズはセーターのつもりで編んだのであった。 「はあ」とルイズはもう一度溜め息をついた。 完二はワルドを倒し、クマは致命傷を負った皇太子の命を救い、 タバサと陽介は船をアルビオンからトリステインまで飛ばして一行の命を救った。キュルケだって自分を守ってくれた。 しかし自分は何も役に立たなかった。トリステイン魔法学院に帰還し、安心もようやく戻ってきてから、その考えがルイズの頭に貼り付いて離れなかった。 自分は魔法の一つも使えない。今回の旅に何の役にも立たなかった。アンリエッタの願いを意気揚々と引き受けておきながらなんというザマだろう。 それがルイズが編み物をし始めた理由だ。ルイズは魔法が出来ないからその分、手先が器用になるようにと母に教え込まれたが、それもこの有様である。 ルイズが三度目の溜め息をつこうとした時、目の前に彼女の使い魔が現れた。 「なんだこりゃ」 ひょいっと完二はルイズの作った毛糸のオブジェをつまみ上げるように持ち上げた。 「ちょっとバカ、返しなさいよ!」 ぴょんぴょんと跳び上がり、ルイズはマフラーのようなものを取り返そうとする。 完二はルイズの作ったものをしげしげと見ながら呆れたように言った。 「オマエ、不器用だなあ……」 ルイズの頭の中で何か音がした。 「悪かったわね」 ルイズはねじれたセーターを強引に奪い返す。 「どうせわたしは魔法も使えない、編み物もできない、何の役にもたたないゼロのルイズよ!」 ルイズは、言うだけ言うと広場の出口へと駆け出した。 「お、おい!」 完二の呼び止める声がするが、当然足は止めない。 完二も自分をバカにしている。 そのことがどうしようもなく腹立だしく、そして悲しかった。 それから数刻経つ頃、完二はシエスタと会い、あるものを渡していた。 「昨日のワビっつーのも変だけどよ、コレ」 「これ……ぬいぐるみですか?」 「編んで作ったからあみぐるみっつーんだ」 それは完二の作ったたぬきのあみぐるみだった。あみぐるみは様々な編み物や縫い物の中でも完二が最も好きで、得意とするものである。 メイド顔負けの裁縫技術を持つ完二の得意分野なのでその出来はこの世界の貴族相手に商品にできるほどであろう。 「すっごくお上手ですね、このたぬきさん。でもなんでたぬきなんですか?」 「シエスタのイメージってなんとなくたぬきっぽいだろ」 「わたしってたぬきっぽいんですか……?」 シエスタはしゅんとなる。 完二に他意はなかっただろうが、それでも妙齢の少女にたぬきっぽいというのは喜ばれるものではない。 完二は自分の失言に慌てた。 「あ、違げーぜ。深い意味はねーし、シエスタの声がたぬきっぽいセンパイに似てるっつーか、たぬきって案外かわいいし、んな気にしねーで……」 完二は取り繕うように必死で弁解する。 するとシエスタは顔を上げ、いたずらっぽく尋ねてくる。 「わたしってかわいいですか?」 「ばっ、そ、そんなんじゃ……」 「かわいくないですか?」 またシエスタはしゅんとしたように顔を下げる。 「な、いや、シエスタはかわいくないこたあ……」 完二は顔を赤くしきっている。あたふたとしていると顔を下げたシエスタがクスクスと笑い始めた。 やっと完二はからかわれていたことに気付く。 「んだよ、くそっ!」 乱暴な言葉を口にしてもその顔にはまだ赤みが残っていた。 シエスタもクスクス笑うのをやめて編みぐるみを胸に抱いて感じを上目使いで見つめた。 「大切にしますね」 「おうっ、大切にしてやってくれ」 いじけた態度をから一転して完二は笑った。素直というか根が単純というか完二は自分のしたことで喜ばれることを好む性質なのだ。 「ところでもう一つ持ってますけど、それは?」 「ああ、こっちはワビの品かもな……」 完二がシエスタにあみぐるみを渡してからさらに時間が経ち、夜。 完二はルイズの部屋の前にいた。本来ならこの時間は部屋でルイズと適当な会話をしたり、会話をしなければ裁縫に没頭していたりする。 いつもは軽いドアノブがなかなか今日は回せない。 なんとか意を決し完二はドアを開ける。 部屋の中にルイズはいた。彼女はベッドの上に腰かけ宙を見ている。心ここにあらずというか、何か考え込んでいる様子である。 しかし完二が入ってきたことに気付くと、きっと視線を向けてくる。完二は背中に手を回して歩み寄った。 「あ、あのよ」 「なによ?」 いつもより弱い声量の完二に対し、ルイズはとげとげしい声を投げかける。 「今日は悪かった」 「なんのことよ」 わかってるのであろうがルイズはわざわざ尋ねてくる。完二としてそういう回りくどいことは嫌いだが、今回は自分が全面的に悪いと思っているために殊勝に答える。 「オマエの編み物を見て……あれだ、不器用って言ったことだ」 ルイズはふんと不機嫌そうに顔を逸らす。 「別に気にしてないわよ。わたしが編み物が下手なのも、わたしが役に立たないのも事実じゃない」 完二は首を振ってそれを否定する。 「んなこたあねえ。てめーが好きなモンを下手だなんて言われていい気がするはずがねえ」 「だからそんなこと気にしてないって言って……」 ルイズの声は徐々に大きくなり始めた。それが途中で切れたのは完二が背中に隠し持っていた物を差し出したからだった。 「なによこれ?」 ルイズは完二が差し出してきた物を指差す。 「オレが編んだあみぐるみだ。ルイズ、オレがこれくらい編めるように教えてやる」 あみぐるみを突き出したままの姿勢で完二は固まった。 謝っておきながら教えてやるとはおかしな言い方かもしれない。しかしこれが完二が散々頭をひねって考えた最良と思うアイデアだ。 裁縫の腕が良くないなら成長すればいい。そう考えたのだ。 しかし、いざその場面になってくると嫌というほど緊張する。 なんだか嫌な汗が出てきそうな気分だ。 ルイズに似合うと思って黒いネコのあみぐるみを作ったのだが、彼女は許してくれるだろうか。許してくれなくても、あみぐるみだけでも受け取って欲しかった。 気勢を削がれた様子のルイズはしばし黙り込んでいたが、それからむっつりとした表情のまま完二に向かって両手を開くように伸ばしてきた。 「んっ」 それが渡せと要求していることに気付いて、完二は黒い細身のネコのあみぐるみを手渡す。 ルイズはあみぐるみをぎゅっと抱いた。そして完二をじっと見つめて言う。 「あんたが作ったって本当?」 「お、おう!」 ルイズが質問に完二は若干あせったように答える。とりあえず話をしてくれることに安心した。 「あんたが教えてくれるって……本当に?」 「おう。これでも元の世界じゃ教室開いて、編み物とか教えてたんだぜ?」 完二は自信を持って答える。への字に曲がっていたルイズの口が今夜初めてゆるんだ。 「似合わない」 ルイズはころころと笑った。 完二は反論しつつも笑ってくれたことにほっとした。 ルイズが邪推もなしに思いやりを受け入れたことは彼女の性質からすれば珍しいものなのかもしれない。 あるいは彼女は完二が来てから変わったのかもしれなかった。 何はともあれ、ルイズは素直に完二の素直な謝意を受け入れた。 そしてそれから数日、完二はルイズにあみぐるみの手ほどきをした。 ルイズの裁縫の腕は高いものではないが彼女は真剣に取り組み、完二の教えを真剣に聞いて、数日で成長の萌芽が姿を見せ始めた。 だがそれが芽吹く前に二人だけの手芸教室は中断されることになる。 王室からルイズにあるものが送られてきたためだ。 送られてきたのは一つの古びた本と一つの勅令。 古びた本は始祖の祈祷書、そして勅令とはアンリエッタ王女とゲルマニア皇帝の婚姻の儀の詔を作成することだった。 前ページ次ページゼロのペルソナ
https://w.atwiki.jp/familiar/pages/4269.html
501 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2006/09/29(金) 20 35 39 ID OAQH5z2U ↓台詞だけ考えた。 ア「実はサイトさんについて困った事がありまして。協力してもらえませんか?」 シ「はい、サイトさんのた…いえ陛下のご命令とあれば」 ア「実は、ある公爵家が彼の能力や(平民への)人気を利用するため、婿養子にしようと画策しています」 シ「そんな!ずる…いえ、ひどいです(ルイズさんの仕業ね!)」 ア「ええ、ひどい話です、サイトさまを利用したいが為に、愛の無い政略結婚を企むなんて…」 シ「(なんか目が危ない…"さん"から"さま"に変わってるし…)」 ア「そこで、先手を打って、サイトさまに相応しい人/幸せに出来る人と結婚してもらうのがよい、と私は考えました」 シ「え!(もしかして、それって私とサイトさんを…)」 ア「つまり、私とサイトさまが結婚すればよいのと思うのです!」 シ「えええ!(なんでそんな結論になんのよ!このタレチチ!)」 ア「しかし、元平民との結婚は反対意見が大きく、断念せざるをえませんでした」 シ「(よかった。焦らせないでよね)」 ア「そこで、代案として、平民の中から協力者を選び【形式上】の結婚をしてもらう事を考えました」 シ「え?もしかして…」 ア「そうです、あなたには、とりあえずサイトさまと【形式上】の結婚をしてもらいたいのです」 シ「私とサイトさんが結婚…(やった!シエスタ大逆転!)」 ア「住居については、城内に用意したいと思います。もちろん、あくまで【形式上】の結婚ですから、寝室は別々に用意しますのでご安心なさい」 シ「あ、でも…サイトさんも男ですし、その、したくなったり…(とゆうか私がしたいです)」 ア「まあ、サイトさまに限って(地味な平民に)そのような事は無いとおもいますが…」 シ「でも、その(きっと有ります。いや無くてもやります!)」 ア「そうですね。そのような事が起きないように、わたくしがお相手します。全力で!」 シ「ええええええ!(なに考えてるの、このクイーン・オブ・ヤリマン!)」 ア「いえ、よいのです、女王たるもの民草のため、この身を犠牲にするのは当然のこと。感謝など」 シ「はぁ(なに言ってんのよ自己陶酔バカ!)」 ア「どうでしょう、引き受けてもらえませんか?」 シ「(まあいいわ結婚さえしてしまえば)…わかりました。お受けいたします」 ア「そう、ありがとう。分かってくれて嬉しいわ…」 574 名前:507[sage] 投稿日:2006/10/01(日) 02 25 35 ID 16Sjn/tu 「此処だ、入れ…」 案内人としてここまで付き添ってきたアニエスにそう言われたがシエスタは未だに戸惑っていた。 「どうした?」アニエスは未だに入ろうともせずぼーっとほうけているシエスタを不信に思い尋ねる。「いえっ、何でもありません」シエスタはビクッと反応し応えた。 何せ入れと促された場所は何と、かのアンリエッタ女王がいる部屋、つまり王室なのだ。(私、ただの平民いやメイドなのにあのアンリエッタ女王が呼び出すなんて……私、何かとんでもないことしてしまったのかしら?)と不安にもなろう。 入るのを戸惑うのもアニエスに少し話しかけられた程度で驚いてしまうのも仕方ない。「どうした?早く入れ。」アニエスはそんなシエスタの心象を知ってか知らずか気にする事なく早く入れと促す。シエスタも陛下を待たすのも失礼だと思い、不安を押し殺し部屋へと入る。 「陛下、連れて参りました」アニエスが部屋の奥にむかって叫ぶ。そこには待ってましたと言わんばかりの顔をしたアンリエッタ女王が居た。 「下がってよろしい」アニエスは「ハッ!陛下」と返事をしたかと思うと自分を置いてさっさと行ってしまった。 575 名前:507[sage] 投稿日:2006/10/01(日) 02 26 56 ID 16Sjn/tu (え?何?どうしよう…陛下と二人きり、え?何コレ?)シエスタは自分、平民には手の届かない絶対縁がないだろうと思っていた貴族の中の貴族、もう神といっても差し支えない存在、陛下と二人きりされてしまったのだ。混乱しても仕方あるまい。 「今日、あなたに来ていただいた事について何ですが」アンリエッタがとうとつに切り出す。 「ハ、ハイッ」シエスタは自分に話しかけられたのに気付くと混乱してた頭を無理矢理鎮め返事をした。 アンリエッタは少し悩んだ表情を見せたが意を決したのかキリッと表情を引き締めシエスタに告げた。 「実はアナタの主人、サイトさんについて困った事が有りまして。協力してもらえませんか?」 シエスタもサイトの名前が出てしかも自分が好意を持った相手の困った事?これは一大事だと思い気を引き締める。 「はい、サイトさんのた…いえ陛下のご命令とあれば」 愛するサイトさんのためなら何でもするわ!と気持ちを込めて言う、もちろん建前上陛下の為と言うことは忘れずに。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2353.html
ルイズは夢を見ていた。 そこは地面が石畳に覆われており、灰色の建物で埋め尽くされた場所だった。 そんな所にたった一人、自分は立っていた。 彼女は、誰か人は居ないものかとその場から歩き出した。 しかしいくら歩いても、いくら呼びかけても誰も居ないし返事もない。 突然自分の体を影が覆った。ルイズはふと空を見上げた。 そこには巨大な円盤が浮いていた。 突如その円盤から、砲撃が始まった。 砲撃により自分のまわりの建物が次々と崩れていく。 恐怖を感じたルイズは一目散に逃げ出した。 息が切れ、足がもつれそうになりながらもひたすら逃げる。 すると自分の前に人影が現れた。5、6人はいるだろうか。 よかった、この人達に助けを求めよう。 人影に駆け寄り声をかけようとする。しかし喉から出たのは恐怖の叫びだった。 それは人ではなかったからだ。その姿は図鑑でも見たことも無い怪物だった。 口や胸から無数の牙の生えたもの、全身が泡のように膨らんだものなど醜悪と呼ぶのに相応しい生き物だ。 ルイズは本能的に危険を感じ、その怪物達からまた逃げ出した。 が、怪物達は奇妙な音を発しながらルイズを追いかけてきた。 殺される そう考えながら走っていると、一匹の子犬が地面に伏せっていた。逃げ遅れたのだろうか。 その子犬を助けようと抱きかかえたとき、一体の怪物がルイズの足元に稲妻を放った。 その攻撃でルイズはその場に倒れこんでしまう。 逃げなければ殺される、そう思い立ち上がろうとするものの足に力が入らない。 疲労のせいか恐怖のせいかは分からないが、もう逃げることはできなかった。 怪物達は徐々にルイズに近づいてくる。 もうだめか。そう思ったときルイズと怪物達を隔てるように一人の影が立ち塞がった。 また怪物の仲間だろうか、ルイズは諦めていたがそれは紛れも無く人間であった。 「逃げろ」 声からして男だろうか、彼はそうルイズに告げた。 さすがにルイズは躊躇した。 自分が死ぬのは怖い。でも、たった一人ではこの人も殺されてしまう。 それを見透かしたように男はルイズに振り返った。逆光で顔はよく見えない。 「また会えるさ…きっと」 ルイズを安心させるように言葉を発すると、男は怪物達に立ち向かっていった ルイズはそこで目が覚めた。 いやな夢だった。自分が殺されそうな夢を見るなんて。 でも、夢の最後に出てきた人かっこよかったな。 自分の命も顧みず、私を助けてくれるなんて。 「あーゆー使い魔がよかった…」 ふと自分の使い魔の方を見る。 スズムラアキラと言ったか。変な名前。 幸せそうな寝顔を浮かべている。はっきり言ってマヌケ面だ。 でも昨晩は頑張ってくれると言ったし、ちょっとは期待しよう。 そう思ったときあるものが目に入る。 洗濯物の山だ。まさか忘れたのだろうか、昨日洗濯しといてと言ったのに! 今すぐ叩き起こしてやろう、しかしルイズはあることに気づく。 洗濯物がそのままということは、こいつはもしかしてずっと寝ていたのだろうか。 ひょっとして私を起こすことも無く。 ルイズの体から冷や汗が噴き出す。彼女は恐る恐る時間を確認した… 「いやあああああああああああああああああああああああああ!」 ルイズは悲鳴を上げた。それはこの部屋だけでなく、学院全体を震わすほどの大声だった。 「うわぁ!なんだなんだ!ダークザイドか!?」 あまりの大声に暁は驚き目を覚ます。 そんな暁に気づいたルイズは鬼のような形相で睨みつける。 「ア、アンタ…よくも…のん気に…」 「え、俺なんかした?」 暁は寝起きでぼーっとしながら問いかける。 「『何かした』じゃなくて『何もしてない』のが問題なのよ!アンタ何考えてるのよ」 大声でまくし立てるルイズに対し、暁は眠たい目を擦りながらうーんと考える。 「何だっけ?えーっと、今日はルイズとデートの約束だっけ?」 予想もしなかった暁の返答にルイズは顔を真っ赤にする。 「な、ななななな何言い出すのよ!洗濯よ洗濯!それに何で起こしてくれないのよ!」 「洗濯?そんなもの一週間くらい溜まってからやればいいだよ。 それにおてんと様は真上じゃないよ。まだまだ寝てる時間でしょ」 暁はぜんぜん悪びれずに言い切った。 それもそのはず、暁はこれまで夜は遅くまでガールフレンド達と遊び倒し 次の日は昼まで寝ているという生活を送ってきている。普段ならまだ寝ている時間なのだ。 「そんな訳ないでしょ!どんなグータラ生活を送ってきたのよアンタは!」 「うーん、まだ寝足りないな。どれ、もう一眠り…」 「寝るな!無視するな!着替えるの手伝いなさい!早くしないと朝食に間に合わないじゃない!」 「ゼェ…ハァ…アンタが…起こしてくれれば…」 「ハァ…間に合ったんだから…ハァ…いいじゃないの」 何とか着替えを直ぐに終わらせたが、全力ダッシュで食堂に着いたため 二人ともすでにグロッキー状態である。これは朝食がうまくなりそうだ。 「ふぅ…コレに懲りたらアンタも規則正しい生活を心掛けることね」 「たった一回失敗しただけじゃないの。もっと大目に見てやってよ」 「アンタの言えるセリフじゃないでしょ!」 そんなことを話していると一人の女性がやってきた。 「おはようルイズ。今朝はスッゴイ声だったわね。それになんか疲れてるみたいだけど」 赤い髪、モデルのような体つき、褐色の肌。隣人のキュルケである。 「おはようキュルケ。まあ、色々あったのよ」 ルイズはあからさまに嫌そうな顔をして答えたが 当のキュルケは「ふーん」と特に気にもせずに頷いている。 どうやら今の彼女の興味はルイズの隣の青年だ。 「あら、もしかしてそれが貴方の?」 ちょっとバカにしたような口調で尋ねてきた。昨日の儀式の時に知ってるくせに。 ここは抑えてキュルケに暁を紹介することにした。 「そうよ、こいつが私の使」 いない。今まで隣に居たのに。 「いやーお美しい。例えるならキミは妖艶な真っ赤なバラだ。あ、俺涼村暁って言うの。ヨロシクね」 「あら、お上手ね。あたしはキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー、キュルケでいいわよ」 暁はキュルケの隣に移動していた。いつの間に。 「キュルケちゃんか。しかし長い名前だね、貴族っぽいよ。高貴な家柄はキレイな人が多いっていうけどホントだね」 「貴方もなかなかイケてるわよ。ハンサムさん」 このバカは何をしているんだろう。朝っぱらからナンパか? しかもよりによってツェルプストーの女を。 ちょっといい感じなのが余計ムカツク。 「アンタ何やってのよ!初対面の女を口説くなんてどーいう性格してるの!」 ルイズは遂にキレた。洗濯しなかったことも起こさなかったことも何とか我慢したがもう限界だ。 しかし暁とキュルケは白い目でルイズを見ている。 「ちょっとぉ、男女の会話を遮るなんて無粋なんじゃないかしら?」 「カリカリしちゃってカルシウムが足りないんじゃないの?あ、ウェイトレスさーん、俺バナナパフェひとつねー」 こいつらはどこまでマイペースなんだ。使い魔はちゃっかり自分の食事を注文しているし。でもバナナパフェて。 「アンタにあげる食事なんてないわよ!」 「えー、なんでなんで?」 暁は抗議の声をあげるがルイズは気にせず言葉を続ける。 「しつけの一環よ!洗濯はしないわ、寝坊はするわ、おまけにナンパまでするバカ犬にエサなんてあるわけないでしょ!」 一番頭にきたのはキュルケをナンパしたことなのだが。 しかしそのキュルケはルイズをからかう。 「まあ!ルイズったら自分の衣類を男に洗わせようとしたの?はしたない人!」 「そこ、うるさい!」 さすがに食事を抜きにされては暁もたまらない。 ここは謝るべきだろうと判断したが 「ごめんなさーい、ご主人様。反省しますから食事抜きは勘弁してくださいにゃーん♪」 「それは猫でしょ!てゆーかかわいくないわよ!」 ちっとも反省しているようには見えなかった。母性本能をくすぐる作戦だったが逆に火に油を注いでしまったようだ。 結局暁は食堂から追い出されてしまった。無論食事は抜きである。 ルイズに「私が食べ終わるまで外にいなさい!」と言われ広場で寝そべっていた。 それにしても何もそんなに怒ることもないじゃないか。ちゃんと謝ったのに。 やっぱ、あそこは泣き落としのほうがよかったか。 そんなことを考えていると、メイド服を着た一人の少女が歩いていく。黒髪ショートカットのかわいいコだ。 暁はすぐさま飛び起きた。美女がいたらすることは一つだ。 「キミかわいいねえ。例えるなら大きく花開いたひまわりだ!」 さっそく女の子に声をかける。 「え?あ、あの…あなたは?」 口元に手をあてながら女の子は困ったように尋ねてくる。 その仕草がまたかわいいなと思いつつ暁は自己紹介をした。 「俺涼村暁。ルイズってコの使い魔やってんの」 暁の言葉を聞くと、女の子は警戒を解いたように笑顔を見せる。 「ああ、ミス・ヴァリエールの使い魔さんですね」 「え?俺ってそんなに有名人?」 「ええ、平民の使い魔を呼び出すなんて珍しいってウワサになってますから。 私はここでご奉公させてもらっているシエスタと言います。」 いいウワサなのか悪いウワサなのかこの際どうでもいい。 とりあえずこのコと仲良くなろうと暁は会話を続ける。 「ヨロシクね、シエスタちゃん。でもかわいいね、何だかキミと話してると癒されるってゆうか」 そんな話の途中で暁の腹の虫が鳴り、シエスタはくすくすと笑う。 「ありゃ、ごめんねカッコ悪いとこみせちゃったなぁ」 「お腹空いてるんですか?」 「うん、ルイズに『しつけだー』とかなんとか言われちゃって朝飯抜きなんだよ」 腹をおさえつつ暁は事情を話す。 原因を作ってしまったのは自分なのだが、シエスタを見た瞬間からそんなものは忘れてしまっている。 「じゃあ、厨房にいらしてください。何かご用意いたしますから」 「え、マジでいいの?」 「はい、困ったときはお互い様ですから。」 シエスタはにっこり笑いながら暁を案内する。 「サンキュー、シエスタちゃん。やっぱかわいいコは親切だ!」 「そんな大げさですよ」 暁の言葉にシエスタは頬を赤く染める。 そんなシエスタの様子を眺めながら暁は足取りも軽く厨房へついていった。 厨房に着いた暁は皆の作業の邪魔にならないよう隅のほうに座る。 「ごめんなさい、貴族の方の残り物ですけど」 シエスタは料理を持ってきたが申し訳なさそうにしている。 しかし腹の減った暁はそんなことは気にしない。 「いいって、そんなこと。んじゃいだだきまーすマルトーさん」 「おう、ゆっくり食えよ」 料理長のマルトーにも声をかけられる。 目の前のシチューとシエスタたちに感謝しつつ暁は食べ始めた。 「うん、すっげーうまいよこれ。貴族ってのはいいもん食べてるんだなー」 「そう言っていただけると厨房のみんなも喜びます」 シエスタは暁の食べる様子を見てうれしそうにしている。 年上なのに妙に子供っぽいこの青年のことが少し気になったシエスタは質問をしてみた。 「アキラさんは今までどんなことをされていたんですか?」 「ん?俺は探偵やってたの」 「探偵さんですか?」 ちょっと意外だなと思いながらも質問を続ける。 「どんな事件があったんですか?」 「んーとね、お金持ちのお嬢さんを凶悪犯から助けたり、密輸の現場をおさえたり 迷宮入りになりそうな殺人事件を解決したりとか毎日すっげー忙しかったよ」 「すごいですね!アキラさんは名探偵なんだ」 シエスタは尊敬の眼差しで暁を見つめる。 「いやいや、大したことじゃないよ」 無論嘘である。暁の探偵事務所は代々続く名門ではあるが、やってくる依頼といえば近所の犬探し等が主なものだった。 その依頼も決して多くなく事務所のパソコンのスケジュールは埋まったことなど一度も無い。 そんな暁の嘘を真に受けたシエスタは興味津々に尋ねてくる。 「大したことですよ、そのお金持ちの方を助けたときとかアキラさんはどんな活躍したんですか?」 「え?えーと、話がちょっと長くなるし、また今度聞かせるよ。」 シエスタにカッコつけようと見栄を張ったが自分の首を絞めてしまう。 何とか話題を変えようと暁は逆にシエスタのことを聞いてみる。 「シエスタちゃんこそ仕事とか大変じゃない?」 「私ですか?そんなことないですよ。料理長のマルトーさんとか同僚の方達とかとても親切ですし」 「そっか、やっぱり仕事は楽しくても人間関係がよくないとね。」 暁はうんうんと頷くと、ちょっと突っ込んだ質問をする。 「ところで恋人とかいるの?」 「い、いませんよ。恋人なんて」 いきなり恋愛のことを聞かれシエスタはどぎまぎする。 「ウソだー!いないなんて。でもシエスタちゃんの良さが分からないって可哀想だよな、女の子を見るセンスなくてさ」 「もう、アキラさんってお世辞がうまいんですね」 そんな他愛も無い世間話をしているうちに暁は料理を平らげた。 「ごちそーさま。んじゃ、俺そろそろ行くね。マルトーさん、ご飯ありがとー」 「ああ、貴族に飯抜かれたらいつでも来な」 気さくで豪快そうなおっちゃんだなと暁は思いつつシエスタにも声をかける。 「ありがとシエスタちゃん、助かったよ。今度なんかお礼するから」 「お礼なんて気にしなくっていいですよ。」 シエスタとしては当然のことをしたまでなのでお礼など必要ないと断ったがそれでは暁の気がすまない。 「ダメダメ、かわいいコに親切にしてもらったのに何もしないなんて俺の主義に反するから」 「かわいいだなんて、そんな…」 照れて顔を伏せるシエスタだがまんざらでもなさそうだ。 「わかりました、じゃあアキラさんの言葉に甘えます」 その答えを聞いた暁は、にぱっと笑う。 「うん、それじゃ何か考えといて。またね、シエスタちゃん」 「はい、またいらしてください。」 深々とお辞儀をするシエスタに手を振りながら暁は厨房を後にした。 もうルイズたちの食事も終わっているだろう。暁はそう思い広場に戻る。 それにしてもシエスタちゃんか、かわいいなぁ なんてことを考えているとそこには、とても怖い人がいた。 暁のご主人様、我等のルイズである。 朝食はとっくの昔に終わっていたのだ。 正直お近づきになりたくない雰囲気を醸し出している。 おそらく待たされたことに怒っているのだろう。 暁はビビりながらもなるべく平常心でルイズに声をかける。 「お待ちでしたか?」 なぜか敬語になってしまう。 「今までどこに行ってたのかしら?」 妙にやさしく話しだすルイズ。 それが余計に怖い。 「ごめんね、待たせちゃって。それじゃ教室に行こうか」 冷や汗をたらしながら暁はその場をそそくさと離れようとする。 すかさずルイズに腕をつかまれる。 「質問に答えて欲しいんだけど」 ギリギリと腕を捻られ思わず暁は悲鳴を上げてしまう。 「ああ、痛い痛い!暴力はやめて!」 そんな叫びを聞いたルイズは力を弱め、暁を連れて行く。 「とにかく、早くしないと授業に遅れちゃうから言い訳は後で聞くわ。ついてきなさい」 声を荒げることはなかったが、その言葉には明らかに怒りを感じる。 腕を引っ張られつつ暁は これはシエスタちゃんのことは言えないな そんなことを考えながら教室についていくのだった。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6363.html
前ページ次ページゼロの騎士団 ゼロの騎士団 PART1 始まりの地 トリステイン4 トリステイン魔法学園 朝 ゼータが目を覚ました時まだ、日が明け始めたばかりであった。 時間の流れが完全ではないが、恐らく一昨日までは自分は日にちの概念がないムーア界にいた。しかし、今はスダ・ドアカワールドと、さほど変わらない昼も夜もある。 (感覚が少し麻痺しているのか?) ゼータは意識を覚醒させつつ、ベッドで寝ている青髪の少女に視線を移す。 (私は、彼女に呼ばれたのだな) ゼータは昨日を振り返る。ムーア界でジーク・ジオンを倒した後、光に包まれ、この異世界に呼ばれたのだ。 (異世界というものは信じたくはないのだがな……しかし、我々三人がいるのなら、どうして団長は私たちの周りにいないのだろう?) あの戦いで、自分達とアレックスはそう離れてはいなかった。しかし、昨日の場所にはアレックスはいなかった。 とりあえず、どこかで朝の鍛錬をしたい。例え、異世界でも訓練を怠る理由にはならない。 そう思いゼータは少女が起きないように部屋を出ようとする。 「どこ行くの?」 声をかけられ振り返る。目が覚めてベットから身を起こしたタバサが声をかけてくる。 (気づいていたのか?) ゼータは気配に気付いた少女に少し感心した。 「起こしてすまない、近くの森で鍛錬してくる」 「そう」 どうやら自分を止めるつもりはないらしい、ゼータは部屋を出て扉を閉めようとすると。 「2時間以内に帰ってきて」 少女が要求を伝える。 「わかった」 そう答え、ゼータは部屋を後にした。 ゼータが部屋を出て二十数分後、ニューも意識を覚醒させる。 野宿に慣れており、床の感触は悪くなかった。 「異世界か……」 目覚めの一言を口にする。 視線をさまよわせ、ベットで寝ているルイズのところで固定する。 (寝顔だけなら、あどけない少女で話はすむんだけどな) 昨日の事を思い出しこのあどけない少女とのやり取りを振り返る。 自分はこのあどけない少女に泣き脅され使い魔の契約をしてしまった。 そして、このあどけない少女との契約は一生だという。だが、ニューには契約した意味がいまだに実感できずにいた。 自分の手にある契約のルーンなるものがニューにその事実を告げる。 一生――人とそう変わらない寿命のモビルスーツ族の自分にとっては、縁が遠い言葉だと思った。 彼は平均寿命の約三分の一を生きただけで、しかも、ここ数年は生きるか死ぬかの戦いを続けてきた。 死に体の体を担がれたことも一度や二度ではない。そして、あの時、ナイトガンダムにすべてを託し自分は死んだのだと思っていた。 思考をやめ、体を完全に起こす。床には自分の毛布のほかに彼女が昨日着ていた衣類が散乱していた。 「洗濯しろって、言ってたな」 もちろん、ニューにはルイズの衣類を洗濯するつもりはない、だが、昨日の彼女の態度を考えると何かしらのペナルティを考えているに違いない。 (ここが貴族の施設なら小間使いかメイドくらい居るだろう) そう思い彼女の衣類を手に持ちニューは部屋を後にした。 メイドであるシエスタは朝の洗濯の為に水洗い場に向かっていた。その途中、今日のメイド達の噂話の事を思い出していた。 何でも昨日、使い魔召喚の儀において『ゼロ』と『微熱』と『雪風』が何でも変わったゴーレムを召喚した事は閉鎖空間の学校ではメイド達にまで伝わっていた。 (変なゴーレムってどんなのかしら?) 腕が4つあるのだろうか?翼が生えて空を飛ぶのだろうか?等とシエスタは考えていた。 「君、少しいいかい?」後ろから声をかけられる。 「はい、何かご用でしょうか」シエスタは振り返る。 「ん?どうかしたのかい?」ニューは、何か問題があるのかと聞く 「……ヘンなゴーレム……」 シエスタは目の前のそれが、三人の召喚した変なゴーレムであると確信した。 (たしかにヘンかも……) まず、ハルケギニアの住人が抱くであろう感想を心の中で述べる。 「私はルイズ殿の使い魔であるニューという」 自分に驚いた様子を流しながら、ニューは昨日付けで就任した身分を明かす。 (これからずっと、こんな感じなのだろうか?) シエスタの反応に先が思いやられる、ニューは少し暗くなった。 「あ!はい、私はメイドのシエスタと言います。何かご用ですか?」 貴族の使い魔であっても、シエスタはメイドの態度は崩さない。 「私は、ルイズ殿から洗濯を頼まれたのだが、女性の衣類など洗った事がない、すまないがルイズ殿の洗濯をお願いしたいのだが」 すまなそうな顔つきでシエスタに依頼する。 「はい、大丈夫です私がやりますので」 (……ゴーレムにも洗濯ってあるんだ) シエスタは頭の中でゴーレム村のゴーレム達が洗濯する様子をぼんやりと考える。 「すまない、助かるよ」 選択が終わる間、二人はある程度の会話を交わすが、シエスタはどこか夢見心地であった。 「ニューさん、洗濯終わりました」 シエスタがルイズの衣類を渡す。 「ありがとう、シエスタ、ところでその衣類はこれから干すのかい?」 「はい、そうですけど何か?」 シエスタは疑問を浮かべる。 「今、乾かそう、ヒーター」 ニューの手から暖気が流れ込む。 ヒーター 本来は氷を溶かす魔法であるが、この様に洗濯物を乾かすのは、旅での習慣であった。 暖気により冷えた指が暖かくなるのを感じ、シエスタは唖然とした。 「すごいですよ!ニューさんはメイジだったのですか!?」 初めて会ったルイズの様にシエスタが驚きの声を上げる。 「私はメイジではないのだが、別の魔法が使えることができるよ」 「今の魔法初めて見ましたよ!先住魔法かなにかですか?」 シエスタはまだ興奮が続いている。 (魔法が使えるというのは、そんなにすごいことなのか) シエスタの様子を見ながらニューは話をそらす方向を考える。 「シエスタ、洗濯の次は何をするのだい?」 シエスタに仕事に意識を向けさせる。 「あっ、そうでした。まだ朝食の準備がありました。では、私はこれで失礼します」 シエスタが洗濯物を抱え立ち去る。 「さて、ルイズのもとに行くか」 ニュー自身も主の衣類を持ち部屋に戻って行った。 朝食に向かう生徒が現れ始めた頃、学園秘書のロングビルは朝の学校を散歩していた。 ロングビルは、まだ秘書に着任してから日が浅く、学園の地理を完璧に把握していなかった。 ロングビルにとって地理を把握する事は学園秘書としても、また、本業の方でも重要なことであった。 (今日は森の方を調べようかしら……) ロングビルはそう思い森に歩を進める。 「そこの貴女、少しお訪ねしてよろしいでしょうか?」 後ろから声がする。「はい」 そう言いながら振り返りロングビルは絶句した。 「自分はタバサ殿の使い魔ゼータと申します。 鍛錬を終えダバサ殿の部屋に戻りたいのですが場所が分からないもので……もしよろしければ道を案内してもらえないでしょうか?」 ゼータは騎馬隊隊長としてではなく、無用の混乱を避けるためにタバサの使い魔とする事にした。 しかし、ロングビルはゼータの顔を見て完全に錯乱している。 (?何か、間違った事を言ったか?) ゼータは自分に不審な点がないかを注意しながら、もう一度ロングビルの顔を見る。 (どうして……どうしてコイツがここにいるの!!) 「失礼ですが、大丈夫ですか?顔色が悪いようですが?」 ゼータが心配そうにロングビルを窺う 「だっ!大丈夫です!少し立ちくらみがしただけですから、もう大丈夫ですわ」 「そうでしたか」ゼータが顔の表情を崩す。 「ミス・タバサの部屋でしたね、それなら女子寮ですから、途中までは私が案内しますわ」 「そうですか、お手を煩わせ申し訳ありません」 ゼータは感謝を述べ、少し早い歩調のロングビルについていく。道案内の途中ゼータとロングビルはお互いの事を話した。 女子寮の前に着いた時、ぎこちない空気は緩和されていた。 「ゼータさん、ここが女子寮ですわ」 「おお、たしかに、ロングビル殿、このゼータ心より感謝します」 (アイツとは大違いだねぇ……) 恭しく一礼するゼータに、ロングビルはある者を思い浮かべて比較していた。 「いえ、いいんですよ、また何か困ったことがあればご相談ください」 秘書として社交辞令を述べ、早足でロングビルは去っていく。 (忙しそうなのに、自ら道案内までしてくれるとは、なんて素晴らしい女性なのだろう) 実際の理由を知らないゼータは、足早に去るロングビルに対して好意を持った。 (まったくガキどもが騒ぐから何かと思ったら……まさかアイツと似たものだったとはねぇ) ゼータの視線を感じなくなってからロングビルは深呼吸を入れた。 「あのゴーレムがもし、アイツと同じだとしたら……この仕事は一筋縄ではいかないねぇ……」 誰もいない広場でロングビルは本業の顔に戻っていた。 シエスタと別れた後、ニューは少し校内を歩く事にした。 幾人の生徒がニューの事を不思議そうに見ていたがニューは気にも留めなかった。 「すごいな、こちらの魔法とは便利なものだな……」 軽い気持ちで三階からフライを使い降りる生徒や、荷物を手で持たすに歩く生徒を見て、 こちらの世界の魔法の利便性に感心するばかりであった。 戦闘を主要目的とした魔法が多いニューにとっては少し羨ましかった。 (メガバズぐらい、見せた方が良かったかな) 単純な威力なら最も高い魔法をもい浮かべ、ニューは女子寮に戻っていった。 ニューが部屋に戻ると、怒りの気配をルイズは仁王立ちで出迎えた。 「どこに行ってたの?」 かみつく前の犬のような声で聞いてくる。 「洗濯をしていたのだが……まずかったか?」 「まずいわよって!洗濯してたの?」 ニューの意外な行動に唖然とする。 (まさか、やってくるとは……案外、躾の行き届いたゴーレムじゃない) 命令をしといてルイズはニューが洗濯をするとは思ってなかった。 「まぁ、当然よねアンタは私の使い魔なんだから」 選択した事に驚きながらも、乾いた洗濯ものを受け取る 「?洗濯したのに何で乾いているの?」 「魔法を使わせてもらったよ、乾くのを待つのは面倒だったからね」 その一言はルイズにまたも衝撃を与える。 「え!そんな魔法あるの!?聞いてないわよ!見せてよ、ここで今すぐ!」 魔法を見れなかった事を少し悔やみながら、要求する。 「では、ヒーター」 ニューの何気ない一言が、まだ冷えた部屋を暖気が包む。 「あったかい……って!すごいじゃない、アンタこれからは、毎朝これを使いなさい!」 人差し指で命令の意思を伝える。 あきらかに部屋の温度が変わることに肌で気付いたルイズは、これからも朝はこれを使わせようと決意した。 「それはいいのだが、ルイズ、そろそろ食事をとりたいのだが」 「え?アンタって食事するの?何を食べるの?鉱物?草?」 さも当たり前のように、ルイズは疑問を抱く。 「そんなものは食べない、君たちと同じ物だ」 「同じ物って、パンとかスープよ、アンタが食べれるの?」 「当たり前だろ、何を言っているんだ?」 当然だろ、といった態度でニューは答える。 「まぁ、いいわ、じゃあ食堂に行くわよ」 そう言って部屋に出た。 ルイズが部屋を出ると、いつも鉢合わせになりやすいキュルケではなく、そこにいたのはタバサとゼータであった。 「タバサじゃない、珍しいわねこの時間なんて」 ルイズの感覚では、タバサは自分より早く食堂に行っていることが多い。 「遅刻……」 「……申し訳ない」 タバサがゼータに視線を流し、ゼータは短く謝罪する。 「まぁ、いいわ 一緒に行きましょ」 ニューを連れて、自分ひとりで行くのは気が引けたので、同じ仲間のタバサがいることは少し心強かった。 コクリと頷き、食堂に向かい足を進める。 二人の少女に連れられて、ゼータとニューは後に続いた。 アルヴィーズ大食堂は本来学生たちの喧騒で騒がしいはずだが、この日は妙に静かであった。 「静かね、何かあったのかしら?」 ルイズの疑問を聞き流しながらタバサはキュルケのいる方に向かう。 「あら、おはようルイズ、今日も遅いのね」 「あら、おはようキュルケ、貴女が早起きだなんて明日は……」 キュルケに対する皮肉を言おうとした所で、ルイズは静かな原因に気づく。 「おお、おはよう嬢ちゃん達、ゼータ ニュー早く座れよここの飯、凄くウマいぞ」 「って!アンタ何勝手に座って食べてるのよ!!」 ルイズがキュルケの隣で、手当たり次第に食べ物を喰らうダブルゼータに指をさす。 「?もしかして、ここの飯は有料なのか?」 「違うわよ、ここは貴族専用の食堂で平民やましてはアンタみたいな使い魔なんて入ることも許されないのよ!!」 「貴族専用ではないわよ、誰も文句を言ってこないなら別にいいじゃない」 「キュルケ、アンタがそんなことじゃ使い魔の躾はどうするの?誰も指摘しなかったの!?」 そう言ってルイズは辺りを見回す。少し離れた位置から、こちらの方を見ていた貴族たちは慌てて視線をそらす。 その眼には貴族でない者が座る怒りよりも、自分達に関わりたくないと意思表示している。 「タバサ、それは本当か?迷惑なら、私達は外でも構わないのだが」 「別にいい、あなたはここ」 ゼータの提案を断り、椅子に座ったタバサは隣の席座るよう促す。 ゼータは遠慮がちにタバサの隣に座る。 「ルイズ、私はどうすればいいのだ?」 ルイズの後ろからニューが聞いてくる。 「いいじゃねぇか、タダなんだし、席もあいてるんだから」 「なんでアンタが勝手に許可出してるのよ!……はぁ……まぁいいわ、ニュー、アンタは私の隣よ、とりあえず、椅子を引いてちょうだい」 「まぁ、それくらいなら……」 ニューがルイズの座るのであろう椅子を引く。食事をしながらも、ルイズはニューに給仕の真似事をさせる。 なんだかんだ服従する、ニューにルイズは満足する。だが、その様子はルイズ本人を除いては、やや滑稽に見えた。 その日の朝食は一部を除き静かなものであった。 朝、差し込んだ陽ざしにコルベールは目を覚ます。 (朝か、またやってしまったな……) 摩擦の無い頭をかきながら、コルベールは昨日調べていた。メモのルーンに目を移す。 「何だろうな、これは……」 あの後、自室で調べたがどちらのルーンも結局は解らなかった。 オールド…オスマンに報告するのが億劫になりながらも、着替えながら、コルベールは頭の中で今日の予定を組み立てる。 「今日は生徒と使い魔との親睦会だな」 (自分にとっては、ある意味、暇な日だな) 生徒に適当に指示と注意事項をしてから、自分はもう少しルーンの事を調べてみよう。 昨日みたいなことは起こらないだろう。コルベールはそう願った。 「私の使い魔とも仲よくやってほしいもんだ」 妻のように、長年連れ添った自分の使い魔を思い浮かべコルベールは自分の部屋を出た。 コルベールが寮の自分の部屋を出た後、シエスタは朝食を届けに来た。 コルベールは食堂で朝食を取りに来ないこともあり、たまに、簡単な食事をメイドが届けていた。 「ミスタ・コルベール、朝食をお持ちしました。」 シエスタがコルベールの部屋をノックする。しかし、返事は返ってこない。 「あれ、寝てるのかな?」 扉は開いており、シエスタは少し部屋を開けて様子を見る。 部屋にはコルベールがいる気配はない、取り合えず、帰ってくるかもしれないので朝食を机に置く。 その時、近くにあったコルベールのメモが床に落ちる。 「もう少し整理してくれればいいのに……あら、これは……」 シエスタは拾ったメモのルーンをしばらく見ていたが、それを机に置いてコルベールの部屋を後にした。 「なんで、あんな物が書かれていたのかしら?」 コルベールのメモのルーンを思い浮かべながらシエスタは仕事に戻った。 「7このルーンは……一体?……」 教師 コルベール 初めて見るルーンに戸惑っている。 MP+100 「8なんで、こんなものが……」 メイド シエスタ コルベールのメモを見ている HP+50 (相手の動きを止める) 前ページ次ページゼロの騎士団
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8911.html
前ページ次ページThe Legendary Dark Zero 今やアルビオンの王権は貴族派の反乱によって完全に潰えていた。 歴史の片隅へと追いやられた王族に代わりアルビオン大陸を支配するレコン・キスタはそれだけでは飽き足らず、更なる野望に向けて準備を進めている。 その日、神聖アルビオン共和国の新たな皇帝となったオリバー・クロムウェルは手中に収めた都市の一つ、港町ロサイスに供の者達を引き連れて足を運んでいた。 かつては王立空軍の工廠であったこの場所には製鉄所など様々な建物が並んでいる。 空軍の発令所である赤レンガの建物には誇らしげに革命によって王権を簒奪したレコン・キスタの旗が翻っているのが見えていた。 「ほほう! 何とも大きく頼もしい戦艦だ! まるで世界を自由にできるような気分が湧いてくるよ! そう思わないかね?」 クロムウェルは工廠で一際目立つ巨大な艦を見上げて喜々とした声を上げた。 全長200メイルにも及ぶその『レキシントン』号と呼ばれる戦艦は旧名を『ロイヤル・ソヴリン』号という。 かつては王党派が所有していた旗艦であったこの戦艦もレコン・キスタによって接収され、彼らが革命戦争と呼ぶ反乱の初の戦勝地の名を付けられていた。 そして今、さらに突貫の工事で改装が行なわれている最中である。 (王権の簒奪者め……) 子供のようにはしゃぐクロムウェルをつまらなそうに見つめるのはレキシントン号の艤装主任であるサー・ヘンリー・ボーウッドであった。 彼は先の革命戦争の際、レコン・キスタに属していた巡洋艦の艦長であったものの別に彼らを支持しているわけではない。 生粋の武人である彼は、〝軍人は政治には関与するべからず〟という意思を強く持っているが故に、たとえ意に反した戦であるとはいえ上官が命令をすれば従わなければならない身であった。 たとえ反乱軍の側につくことになっても体面はそうせざるをえない。 だが、心情的には滅ぼされた王国を支持する彼にとってこのクロムウェルは忌むべき存在である。 (あの化け物達……こいつが呼び出したものか) それにこの男、話によれば悪魔に魂を売ったなどという噂があるのだ。 革命戦争の最中、ボーウッドは王党派の軍を悉く屠っていった異形の怪物達の姿を思い起こす。 勝手に戦争に参加して殺戮を楽しむオークやトロール共のような獰猛な亜人達とは違い、奴らは明確な反乱軍の指揮の下に戦闘に参加していたのである。 ハルケギニアに生息するいかなる幻獣や魔物達よりもおぞましく、そして狡猾なこの世のものとも思えぬ異形の存在。それらは全てクロムウェルと契約した悪魔なのだろうか。 四年前までただの平民の司教に過ぎなかった彼がどういった経緯で悪魔に魂を売り渡したのか、一介の軍人に過ぎないボーウッドには想像もつかなかった。 「見たまえ、あの大砲を! アルビオン中の土メイジ達を集めて鋳造された長砲身の大砲だ! 従来のカノン砲の1.5倍ほどの射程があるのだ。そうだったね?」 クロムウェルは傍に控えているフードをかぶった黒い長髪の女性を振り返った。 「さようでございます」 その冷たい雰囲気を漂わせる女性、シェフィールドは胸に手を当てて首肯する。 彼女はこのアルビオンで革命戦争が起きてからほどなくしてクロムウェルの秘書として務めることになった人物である。 東方出身の彼女は故郷で培った技術を提供するなどして反乱軍の数々の活動に貢献しており、今では執政官の任も預かるまでになっていた。 だが、別に彼女はレコン・キスタの反乱や革命とやらには興味がなかった。 彼女の目的はただ一つ。ガリアで待つ主より与えられた命を実行するまで。 四年前、ガリアより密かに派遣されていた彼女はこの空の大陸で起きているあらゆる出来事全てを主に報告を行なっていた。 主は無能などと呼ばれているが実際には違う。ハルケギニアの誰よりも智謀に長けた謀略家。 こんな空の上の辺境の地で起きている些細な戦でさえもその裏を知ろうとし、そのために自分を遣わしてくれたのだ。 信頼する主の望みに応えるためにも、シェフィールドは冷徹に、辛抱強く、与えられた大任を果たすべく力を尽くすのである。 もっとも、主が「顔が見たい」などと言ってくれればすぐにでも彼の元へと戻るのだが。 「しかしながら、たかが結婚式の出席に新型の大砲を積んでいくとは、下品な示威行為と取られますぞ」 「ああ。君には親善訪問の概要を説明していなかったな」 クロムウェルがボーウッドにそっと耳元で何がしかを呟く。 その親善訪問の詳細は秘書として活動するシェフィールドの耳にも及んでいる。 シェフィールドは黙って見届けていたが、突如ボーウッドの顔色が変わり青ざめていた。 「そのような破廉恥な行為、聞いたことも見たこともありませぬ! トリステインとは不可侵条約を結んだばかりではありませんか!」 「それ以上の政治批判は許さぬ。これは議会が決定し、余が承認した事項なのだ。君はいつから政治家になったのだね?」 激昂し、わめくボーウッドにクロムウェルは事もなげに言い放つ。 そのようなことを言われ、ボーウッドは唇を噛み締めたまま何も言えなくなっていた。 所詮、軍人は物言わぬ剣にして盾であり、国のための番犬に過ぎない。……だが。 ボーウッドは苦しげに言葉を吐き出す。 「……ですが、アルビオンはハルケギニア中に恥を晒し、悪名を轟かすことになりますぞ」 「ハルケギニアは我々レコン・キスタの旗の下、一つにまとまるのだ。聖地をエルフどもより取り返した暁にはそんな些細な外交上のいきさつなど誰も気に留めまい」 「些細な外交上のいきさつですと? あなたは祖国をもお裏切るつもりか!」 全く気にした風もなく答えるクロムウェルに、ボーウッドはたまらず詰め寄っていた。 「――がっ……!」 途端、ボーウッドは息ができなくなり、首が押し潰されるような感覚をその身に受けながら低く呻いた。 『Don't speak. a puppy.(黙れ。飼い犬が)』 それまでの快活で澄んだ態度と口調が突如として一変し、クロムウェルはドス黒い濁った声で呟く。 クロムウェルはボーウッドの喉を掴み、腕一本で吊るし上げていた。 かつては一介の平民の聖職者であったにも関わらずそれからあまりにかけ離れた凶暴な行動に、ボーウッドは困惑する。 『力無き飼い犬は黙って我が命に従えば良い。我らに力と兵をお与えくださった始祖をも超えし、偉大なる〝羅王〟のためにも我らは結集せねばならん。如何なる手段を使おうがな』 表情はいつもと変わらぬものであった。だが、まるで別の邪悪な存在が語りかけてきているような凶悪な言葉にボーウッドは戦慄した。 やはりこの男、悪魔に魂を売り渡したのだと確信する。そして身も心もその悪魔に支配されてしまったのだと。 「――分かったなら、素直に余に従ってくれるね?」 にっこりと笑い、元の態度に戻ったクロムウェルはボーウッドの喉から手を離す。 地に落とされ激しく咳き込むボーウッドからの答えも聞かずに踵を返して立ち去っていった。 (どちらが傀儡かしら) シェフィールドはクロムウェルの後ろに付きながら密かに溜め息を零した。 この男、革命を起こす前は何度と無くガリアにアルビオンからの一介の使者として遣わされる仕事をこなしていた平凡な人間であった。 それこそ革命を起こし、他国へ侵略を仕掛けるという大胆なことなど自ら起こせないような小心者だったはずである。 だがその男も今となってはこの世ならぬ魔に魅入られ、悪魔に等しい存在へと成り果てていた。 今、あの男が付けているアンドバリの指輪。あれも彼を堕落させた者の力を借りて手に入れたという。 力を手に入れ、魔に魅入られた男はその悪魔に乗せられるがままに戦を仕掛けている。 自分がその悪魔に利用されていることにも気付いていない。 それこそまさに悪魔に飼い慣らされている犬同然の姿だ。 (あの方の睨んだ通りだわ。……愚かな男) こうして見ているだけでも唾棄したくなるのをシェフィールドは自分に託された任務のためにも必死に堪えていた。 ルーチェ、オンブラという新たな武器を手にしたその翌日、朝早くからスパーダは学院内にある平民用宿舎を訪れていた。 今日はちょうどアンリエッタ王女とゲルマニア皇帝の結婚式が行なわれる一週間前である。 この日から来週の結婚式が終わるまで学院で勤務している平民の給仕達は休暇をもらい、帰郷することでゆっくりすることができる。 もちろん、それはメイドのシエスタとて同じだ。 そして、スパーダはそのシエスタと先日交わした約束を果たすためにここにいるのである。 スパーダは宿舎の入り口の横で腕を組んだまま静かに佇み、シエスタが現れるまで待ち続けていた。 時間が経つにつれて宿舎からはシエスタ以外の平民の給仕達が私服姿で出てくる。 入り口にいるスパーダの存在に気付いて困惑はされるものの、給仕達は素直に挨拶をしてきていた。 異国の貴族の威厳と風格を持つスパーダは給仕達からの評判も良く、傲慢で接しにくい他の多くの貴族達と違って気楽に話しかけることができるのだ。 普段ならば平民に挨拶をされても無視するのがほとんどである他の貴族達と違い、スパーダは「道中は気をつけろ」「ゆっくり休暇を楽しめ」 などと少々素っ気無かったものの穏やかに返事をしていたのだった。 「待っていたぞ」 そうした対応をしばらく続けていると、入り口から荷物を纏めたシエスタが姿を現したことでスパーダは声をかけた。 「あ、ごめんなさい。スパーダさん。お待たせしてしまったようで……」 シエスタの私服は茶色のスカートに木の靴、草色の木綿のシャツという平民らしく質素な身なりである。 「構わん。気にすることはない」 スパーダは頭を下げようとしたシエスタを制し、肩に手を置くとそのまま彼女を引き連れて正門へと向かっていった。 (スパーダさん、ずっと覚えていてくれたんだ) シエスタはまさか本当にスパーダが自分との約束を覚えていただけでなくこうして待っていてくれたことに驚いていた。 自分みたいな平民からの誘いなんてもしかしたら忘れられてしまうのではと不安を抱いていたというのに、スパーダはこんな自分との約束まで守ってくれていることがとても嬉しかった。 スパーダが傍にいると、彼が本当に自分の主であるように思えてしまうのがとても不思議だ。 それに何故か、とても親近感が湧くのだ。自分は悪魔の血を引いているというのに……。この湧き上がる様々な思いは何なのだろう。 彼は単なる異国の貴族ではない。彼がいた異国のことなど何も知らないというのに、何故か彼に畏敬の念を抱いてしまう。 誰よりも偉大で侵すことのできない存在であると、はっきり感じることができてしまう。 自分のような何の力もない悪魔が……スパーダを力ある主として自然に認めてしまっている。 (あたし……どうしちゃったのかな) 自身でも訳が分からない思いが湧き上がってくることに、シエスタは困惑し続けていた。 「どうした」 「……い、いえ! な、何でもありません!」 ぼんやりとしていた所にスパーダから声をかけられて、シエスタは我に返った。 今日はせっかく主であるスパーダが自分のために時間を取ってくれたのだから、もっとしっかりしなければ。 「きゃっ!」 ゲリュオンを呼び出すために正門前へとやってきた途端、突如突風が地に吹き荒れた。 シエスタが荷物を入れたトランクを落として悲鳴を上げる。 スパーダが頭上を見上げると、そこには一頭の風竜が羽ばたき降下してくるのが窺えた。 「何の用だ」 降りてきたその風竜――シルフィードの背に主人のタバサ、そしてその親友キュルケの姿を確認して尋ねる。 「ミ、ミス・タバサにミス・ツェルスプトー!? どうなさったんですか?」 突然の二人の出現にシエスタはさらに困惑した。 「ダーリン、今日もまたどこかへ行くんでしょう? だったらあたし達もご一緒してよろしいかしら?」 シエスタに軽く手を振ったキュルケが髪を掻き揚げながら言うと、スパーダはちらりとタバサの方を見やった。 いつもの無表情なその顔には不満の色が密かに浮かび上がっている。 じろりとスパーダのことを射るように見つめてきていた。 (まだ拗ねてるのか) 先週のネヴァンとの一件から三日ほど経った後、その事件に関する報せが魔法学院にも届いていたのだ。 『トリスタニアで密かに暗躍をしていた異形の魔女が二人の剣士達によって倒された。一人は異国から渡ってきた貴族の剣豪である』 スパーダや共に戦ったアニエスの名前こそ出されてはいなかったが、〝異国の貴族の剣豪〟という触れ込みだけで学院の人間達はそれがスパーダであると即座に理解していたのである。 生徒達はスパーダが魔女を倒したという事実に驚き更なる尊敬を抱かれていたのだが、タバサだけは違った。 彼女は当日、やはりガリアへ行っていたためにこの件など知る由もなかったが、自分の留守中に悪魔絡みの事件に首を突っ込んでいたことが不服だったという。 互いに連絡がすぐに取れない状況であったために仕方がなかったことは解るが、それでもタバサはせっかくの獲物を狩ることができないのが不満だったそうだ。 だからタバサはそれこそ四六時中、スパーダを監視する気でスパーダが悪魔絡みの事件に首を突っ込むのを待っていたのだ。 「シエスタ。構わんか」 「え? あ、はい。わたしは全然構いませんよ」 困惑する中、シエスタは二人が同伴するのを了承した。 「では、シルフィードに乗っていくとするか」 ゲリュオンを呼び出す手間が省けたと言わんばかりに、スパーダは事も無げに呟いていた。 シエスタとしてはタルブまでの約二日間、スパーダと二人きりで相乗りをしようと思っていたのに突然の展開に少し納得ができなかったのだが。 それにタバサはスパーダ以外に唯一、自分が悪魔であることを知っている人物。 彼女は秘密にしてくれると言ってくれたのだが、どうして自分達について来ようとするのかその意図がシエスタには解らなかった。 スパーダとシエスタがシルフィードへと乗り込もうとしたその時―― 「待ちなさいっ! あんた達ぃ!」 突如、喚き上がる少女の怒号に一行は姿を現したその少女へと顔を向ける。 始祖の祈祷書を手に仁王立ちしていたのは、ルイズその人であった。 昨晩は徹夜をしてまで詔を考えとりあえずある程度マシな物が出来上がったのだが、それをスパーダに確認してもらおうかという所で力尽きてしまった。 つい先ほど目を覚まし、スパーダの姿が見えないので外に探しに出てみたら、シエスタを連れている姿を目にしたのでたまらずにそれを追いかけてきたのである。 「ミ、ミス・ヴァリエール……」 突然現れたルイズの気迫にシエスタは唖然と目を見開いて慄く。 「スパーダっ! パートナーのあたしを置いて一体どこに行こうって言うのよ!」 ずんずんと近寄ってスパーダに食ってかかるルイズ。シエスタは思わずスパーダの後ろに隠れていた。 「タルブの村だ。そこに〝聖碑〟という……遺跡のようなものがあるらしくてな。案内してもらうことになった」 先日、ロングビルにそのことをルイズに伝えてもらうよう頼んでいたのだが、まさか自分から話すことになるとは。 事も無げに答えるスパーダにルイズの眉がさらに吊り上がった。 「何ですってぇ? ……ちょっとあんた! 勝手にあたしに許可なくスパーダを連れ回そうとしないでよ! スパーダはあたしのパートナーなんだから、あたしに許可をもらうのは当然でしょう!」 「も、申し訳ありません! ミス・ヴァリエール!」 スパーダの後ろに隠れるシエスタに向かって怒鳴ると、彼女は必死に頭を下げて謝罪した。 「良いじゃないの。たかが一緒に同伴してもらうくらい許してあげなさいよ。心が狭いわねぇ」 キュルケが肩を竦めながら言う。タバサは興味がなさそうに本に目を通し、揉め事が終わるのを待ち続けていた。 「黙ってなさい! だいたい、何であんた達まで……!」 「もう良い。……とにかく、私は今日一日タルブへ行ってくる。ミス・ヴァリエールは……」 「だったらあたしも行くわ! パートナーに同伴するのは当然なんだから!」 有無を言わせぬ気迫と勢いでルイズは真っ先にシルフィードに飛び乗っていった。 「ちょっと、ルイズ。あなたまだ新しい杖が届いてないんでしょう? 今のあなたはそれこそ本当に〝ゼロのルイズ〟なんだから」 キュルケが呆れたように言うが、ルイズはむすっと拗ねた顔をするときっとキュルケを睨みつけた。 その通りである。ルイズの杖がネヴァンに壊され、その代わりの杖は未だ彼女の元に届いていなかったのだった。 今の彼女は丸裸同然。敵に襲われでもすればひとたまりもない。 だが、たとえ戦えずとも、ルイズはパートナーであるスパーダと共にいたいのだ。彼が戦うのであれば、それを自分も見届ける必要がある。 「スパーダがあたしを守ってくれるもん」 「……ならば、何があろうと決して前には出るな。いいな」 ルイズの固い意志にスパーダは溜め息を吐くが、厳しく釘を刺す。 どうしても付いてくるのであれば、その身を守り通す。それがスパーダの役目だ。 だがまたしても以前のように無理をされてしまってはスパーダでもどうしようもないのである。 「きゃっ」 嘆息したスパーダがシエスタの体を抱えて荷物と共にシルフィードに乗せると、自らも乗り込んでいった。 (きゅい……また定員オーバーなのね……) 五人を乗せ、空に高く飛び上がるシルフィードの呻きがスパーダの耳に届いていた。 ラ・ロシェールを超えた先に位置するタルブ地方は空間を超越して移動できるゲリュオンを全速力で走らせようと一日を費やすほどの距離にある。 だが、大空を羽ばたく翼を持つ風竜のシルフィードであれば半日もかからずに辿り着くことができた。 「あ、あそこがわたしの村です」 これから日が傾き始めようという時刻の中、シエスタが地上を指差した。 降り注ぐ午後の陽光が穏やかに照らす広大なタルブの草原。その生気に溢れた大地の中、確かに小さな田舎の村が窺えるのが分かる。 道中のシエスタの話によるとこの辺り一帯を治めているのはアストン伯という名の貴族であり、村では良質のブドウが採れるのだそうだ。 それで作られるワインは有名で、トリステイン一とも言われるほどの村の名産なのだという。 実際、ルイズやキュルケも味わったことがあるそうでとても美味しかったと良いコメントをしてくれていた。 「降下」 タバサからの命令でシルフィードはその村に向かってゆっくりと滑空していった。 近隣に点在する畑はもちろん、村の中にはこの地に住まう人間達の姿を見ることができる。幾人かは降りてくるこちらに気付いて何やら慌しくなり始めているようだった。 「あっ! お姉ちゃんだ!」 「すごぉーい! ドラゴンだ! お姉ちゃんがドラゴンに乗ってきたー!」 シルフィードが広場に着陸し、一行がその背から降りるとそこに幼い子供二人が駆け寄ってくる。 恐れることなく真っ先にシエスタの傍にやってきた幼子達の頭を姉の彼女の手が優しく撫でていた。 シエスタが幼い弟や妹に帰郷を歓迎される中、広場には次々と他の村人達が集まり突然の竜の出現と貴族達の来訪に驚き、困惑していた。 「おお。シエスタではないか。一体どうしたのだね。貴族のお客様をお連れするとは……」 「あ、村長さん。こちらはわたしがお世話になっている魔法学院の方達です」 現れた初老の男性にシエスタがスパーダ達のことを紹介してくれた。 村長以下、村人達は風竜の傍にいる四人の貴族達を見やる。 その中で最も注目していたのは背中と腰に剣を携えているスパーダだった。 貴族なのにマントを身に着けてはいないし、何よりメイジの象徴であるはずの杖ではなく平民の武器である剣を手にしているのが不思議な光景であった。 「スパーダ・フォン・フォルトゥナだ。彼女達は学院の生徒でルイズ、キュルケ、タバサ。シエスタには私達も世話になっている」 腕を組みながら前へ出てきたスパーダが名乗り、ルイズ達も紹介する。 このフルネームは以前、キュルケが勝手に付けた偽名である。このハルケギニアではこれからその名で名乗ることにしていた。 貴族らしい威厳と風格を漂わせながらも屈託のない毅然とした態度で、平民に対して自ら挨拶をしてきたスパーダに村人達は呆気に取られる。 「おお、さようでございますか。こんな田舎へわざわざご足労いただき、光栄でございます。どうぞゆっくりご滞在してくだされ」 村長はにこやかに笑顔を浮かべ、ぺこりとスパーダに一礼をする。 「あら。ダーリンったら、あたしの付けた名前を使ってくれてるんだ」 「なっ! どういうことよ、キュルケ!」 キュルケは嬉しそうに笑ったが、ルイズは不機嫌そうに呻いて詰め寄った。 スパーダのフォルトゥナにおける貴族の名前かと思ったのに、何でキュルケが勝手に名前を? そしてスパーダはどうして平然とその名を名乗れるのだ? 「ダーリンだって元は貴族なんだから名前があったって不思議じゃないでしょ?」 「だから、何であんたが勝手に名前を付けてるのよ!」 二人の貴族の子女が言い争うのを村人達は呆然としながら見つめていた。 ルイズから一方的に食ってかかるだけだったが、キュルケはいつもの余裕の態度で軽くあしらっていた。 それからスパーダ達はシエスタに招かれ、彼女の生家へと案内された。 彼女の家族は父と母、そして八人兄弟というかなりの大家族でありシエスタはその長女であるという。 幼い弟と妹達を連れて戻ってきたシエスタは父と母より久しぶりの帰郷を喜ばれた。 そして娘がスパーダ達、貴族の客を連れてきたために驚かれたが、先ほどと同じように事情を話すと歓迎された。 「お前、本当に大丈夫かい?」 「この間、モット伯とかいう貴族の所へ奉仕しに行ったって話を聞いたぞ。何もされてないな?」 心配そうに母と父はシエスタの肩や体に触れ、安否を確かめる。 どうやらあの時の話はこの実家にまで届いていたようだ。 「大丈夫よ。こちらのスパーダさんと、ミス・タバサのおかげで」 シエスタが腕を組むスパーダと本を読み続けているタバサの方を振り向き、答える。 「わぁー、おじさんかっこいいー!」 「おっきい剣だ!」 「わるい貴族からお姉ちゃんを助けてくれたんだ!」 話を聞いた幼い子供達がスパーダの足元に纏わりついてくる。スパーダはちらりと足元の子供達を一瞥していた。 「ねぇ、タバサ。どういうこと? あのメイドに何があったの? あなた達、何かしたっていうの?」 「モット伯の屋敷に悪魔が現れた。彼女を助けるついでにそれを狩っただけ」 ルイズがタバサの肩を揺するが、本人は手にする本から視線を外さずに淡々と答えていた。 (何よ。あたしに隠し事なんかしたりして!) もう隠し事はしないと約束をしたのに、スパーダはパートナーであるルイズに全てを話してくれない。それが許せなかった。 もっとも、その約束はスパーダの素性を知った時に交わしたもの。 モット伯が化け物に襲われて死んだという報せはそれよりもずっと前に起きたことなのだ。 スパーダはそんな過去に起きたことなど一々、話す気はなかったのだろう。 (まだあたしに隠し事をしてるんじゃないでしょうね……?) ルイズは胡散臭そうに目を細め、スパーダの背をじっと睨んでいた。 「どうも、シエスタがお世話になったようでお詫びのしようがありません。本当にありがとうございます、貴族様」 「気にすることはない」 シエスタの父は深く頭を下げて感謝の言葉を述べるが、スパーダは僅かに一瞥して素っ気なく言葉を返していた。 「シエスタ。〝聖碑〟とやらのある場所へ案内してもらいたい」 母に抱かれていたシエスタに声をかけると、シエスタの父が怪訝そうに顔を歪めだした。 「貴族様、あそこに何のご用で……?」 「ただの観光といった所だ」 スパーダが目的を告げるとシエスタの父は要領が悪そうに苦い顔を浮かべだす。 「失礼を承知で仰いますが、やめておいた方がよろしいかと……」 「どうして? ちょっと行って見てくるだけなのに」 シエスタは父からの忠告に訝しんだ。あそこは村のお婆ちゃんでさえ祈りを捧げにいける何の変哲のない場所なのに。 「実はな。半月くらい前からあそこにおっかない化け物が棲みついてしまったんだよ。今じゃあそこには誰も近づかないんだ」 「ば、化け物? どういうことなの、父さん」 予想もしなかった話が父より告げられてシエスタは愕然とした。 化け物という言葉にスパーダはもちろん、ルイズ達も敏感に反応していた。 話によれば、その半月前に聖碑を拝みに行ったある村人がいたという。 聖碑がある場所へ訪れた時、そこでは信じられないことが起きていた。 十数匹のオーク鬼達がいつの間にか聖碑のある場所を棲み処にしていたそうだが、さらにそれよりももっと恐ろしいものを目にしたのである。 何でも氷の力を操る巨大な幻獣が聖碑の前に居座り、オーク鬼達を全て氷漬けにして難なく蹴散らしてしまったのだそうだ。 しかもその幻獣、何と人の言葉も堪能でよく喋るらしい。 その話を信じなかった幾人かの村人は聖碑のある場所へ行ったそうだが、その人語を話す幻獣に追い返されてしまったという。 どうやら自ら危害を加えようとはしなかったそうなので、仕方なくそのまま聖碑を拝みに行く人はいなくなったそうだ。 その幻獣もそこに居座るだけで自ら村まで降りてくる様子もないので領主に討伐の依頼も出されずそのまま放置されているという。 「人を襲わないので追い返すだけなんて、その幻獣何なのかしら?」 「言葉を話す以上は、相当な大物」 キュルケの疑問にぽつりとタバサが答えた。心なしか、その口ぶりには力が込められているのが分かる。 どうやらその幻獣と戦って自分の力を更に引き上げたいと考えているのだろう。 シエスタの父も母も聖碑を見に行くのは危険だということをスパーダ達に忠言した。 シエスタ本人も困ってしまった。スパーダがここに来た目的はその聖碑だというのに、とんでもない事態になっているだなんて。 「……その幻獣とやらがどのような奴なのか確かめておこう」 「面白そうね。どんな大物なのかしら」 「ね、行ってみましょうよ。スパーダ!」 スパーダもキュルケもルイズもそんな話を聞かされたくらいで恐れ戦くことなどなかった。むしろさらに意欲が湧いてくる。 タバサに至っては何かに確信を抱いたのか杖を握る手に力がこもっている。 やはり貴族は恐れ知らずなのだなと、シエスタの父母は嘆息していた。 タルブの村より少し離れた森の奥に、その聖碑と呼ばれる遺跡があるのだという。 とりあえずそこに居座っているという幻獣とやらをお目にかけるためにスパーダ達はシエスタの案内で向かうことになった。 「聖碑ってどんな物なのかしらね」 キュルケがわくわくとした様子ではりきる。 「本当に何もないですよ? ただの大きな石版ですから。村の人達は珍しいって言って拝みに来てるだけなんです」 木漏れ日が差し込む森の中を一行が進んでいる中、スパーダは腕を組みながら僅かに顔を顰めていた。 (なるほど。……どうやら当たりのようだ) 森の入り口に差し掛かった辺りから既に感じることのできる気配と魔力。 それは紛れもなく悪魔のものであり、しかもそこらの有象無象などではないことも解っていた。 奥へ進むにつれて感じられる魔力の波動が強くなってくる。相当な実力者たる上級悪魔が居座っていることは確かだろう。 「でも、そんな恐い幻獣が棲みついちゃってるだなんて……思ってもみませんでした。本当に申し訳ありません」 「謝ることはない。棲みついてしまった以上は仕方のないことだ」 シエスタからの謝罪をスパーダは軽く受け流すと、ちらりと背後のルイズを振り向いた。 「絶対に前には出るな。シエスタと共に離れていろ」 「……わ、分かってるわよ」 念を押してきたスパーダにルイズは剥れ上がる。 本当ならば自分も杖を持ってスパーダと共に戦えるはずだというのに、この屈辱は相当なものだ。 ……だからといって無力な自分が戦おうとしても邪魔になるだけ。 今の自分がいるべき場所は戦いの中ですらない。それを理解しなければならない。 これ以上、スパーダの足手纏いにはなれない。我慢するしかないのだ。 「……ちょっと寒くなってきたわね」 森に入って歩き続けてからおよそ十分。キュルケが己の体を抱きながら呟く。 今の時季ではあり得ない寒気を一行はその身に感じていた。極端に寒いというわけではないのだが、突然の環境の変化にはさすがに体が反応し肌寒さを感じてしまう。 森の奥へ進むにつれて気温はさらに下がっていき、しかも地面は冷気の霧で覆われていたのだ。 それだけこの一帯の気温が低くなっていることの証である。 「やっぱり、この先の遺跡に棲み着いちゃったっていう幻獣の仕業なのかしら」 「そいつを見てみれば分かることだ」 ルイズの言葉に答えつつ、スパーダはちらりとタバサの方へ視線を向けた。 (ずいぶんと気合いが入っている) 一見するといつもの無表情に過ぎない。しかしその瞳に宿る闘志は強く、いつ敵が襲い掛かってこようとも即座に迎え撃たんとする気迫に満ちていた。 悪魔と戦うことを望んでいる以上、これから行なわれるであろう戦いのために己の内より湧き上がる闘志をさらに燃え上がらせているのだ。 相手次第ではタバサやキュルケに全てを任せても構うまい。彼女らが敗れた時がスパーダの出番となるだろう。 「あ、見えました。あそこです」 シエスタが指を差した先、そこは森の木々が途切れ日が射し込み明るくなっていた。 スパーダ達の前に広がっていたのは、50メイル四方の面積を有した広場であった。 それまで薄暗かった森の中とは違い、天から降り注ぐ日の光で照らされて明々としている。 「これは……」 広場に出てきてすぐにキュルケが唖然としていた。口から吐き出される息は低い気温によって白い蒸気と化す。 あたり一面、山道以上に濃い冷気の霧で覆われていた。ただ立っているだけで足元が悴んでしまいそうなほどに冷たい。 周囲の森に隣接している木々は完全に凍結され、季節外れの真っ白な樹氷の様相を呈していた。 「きゃあっ!」 シエスタが突然、悲鳴を上げた。 スパーダを除きルイズ達も思わず息を呑む。 彼女達が愕然としていたのは広場の至る所に散在していた氷塊である。 その数はおよそ十四ほど。だが、それが単なる氷塊ではそこまで驚きはしない。 では何故、驚いたのか。理由は簡単である。……その氷塊は紛れもなくオーク鬼が氷像のように氷漬けにされたものであったからだ。 シエスタの父が話していた例の幻獣の餌食になったオーク鬼とやらであろう。 完全に氷結され石像のようにピクリとも動かないオーク鬼達の無残な姿にキュルケは眉を顰めた。 素手で触れただけでこちらも凍りついてしまいそうなほどの冷気が発せられており、少しだけ触ろうとしたのをやめる。 「あれが聖碑っていうやつ?」 「……はい」 ルイズ達の目の前、広場の最奥にそびえ立つのは巨大な板状の物体があった。 およそ15メイルほどの大きさをした長方形の黒い石版のようなものであり、でんと静かに建つその光景はどっしりとした重みが感じられる。 これがタルブの村人達が崇めているという遺跡、〝聖碑〟か。 その聖碑とやらをまじまじと見つめていたルイズは、興ざめしたように溜め息を吐いた。 「何よ。ただの大きい石版ってだけじゃない」 聖碑と呼ばれているくらいなのだからきっと何か歴史的価値がある遺跡なのかと少し期待していただけにこの肩透かし感は相当なものだった。 何の変哲もない石版でしかないものを拝みにくるだなんて、タルブの村人達は相当に変わり者だとルイズは思っていた。 「申し訳ありません、スパーダさん。本当にこれだけしかなくて……」 シエスタが苦い顔でスパーダの方を振り向く。 「……スパーダさん?」 この大きな石版を見上げているスパーダは普段は滅多に見せない顰め面を浮かべていた。 「どうしたのよ、スパーダ」 その深刻そうな面持ちを浮かべているスパーダにルイズとシエスタは狼狽する。こんなただの石版に何をここまで驚いているのだろう。 (馬鹿な……これが、ここに?) スパーダは聖碑と呼ばれている巨大な石版を目にし、驚愕していた。 かつてスパーダが人間界で領主として治めていた土地、フォルトゥナ。 そこを最初に訪れた理由は、悪魔達の暗躍によりその地に魔界と人間界を繋ぐ門を築き、新たな侵略が仕掛けられようとしていたからだ。 悪魔達はその地に文字通り巨大な門を建造し、人間界に魔界の大勢力を一気に導かんとしていた。 スパーダはその門の魔界と人間界を繋ぎとめ、道を作り出す力を魔を喰らい尽くす愛用の閻魔刀によって切り離し、封印したのである。 その魔界と人間界を繋ぐ門は未だフォルトゥナに残っているはずである。もっとも、閻魔刀の力で封印した以上、再び閻魔刀を用いねば解除はできないのだが。 かつて封じたはずのその門が、今スパーダの目の前に堂々とそびえ立っていたのだ。 もっとも、スパーダの記憶に刻まれているものよりはずいぶんと小さいのだが。 「ところで、幻獣っていうのはどこにいるの?」 「そういえばそうよ。幻獣なんてどこにもいないじゃない」 キュルケが広場を見渡しつつ言うと、ルイズも同調して声を上げた。 広場にあるのは無数の氷像に、目の前にそびえ立つ聖碑の石版だけ。村人が見たという幻獣の姿はどこにもない。 「ミス・タバサ?」 タバサが杖を手にしたまま身構えだしたのを見て、シエスタが困惑した。 キュルケは親友のその様子を目にした途端、全てを承知したかのように自然な動作で自らも杖を引き抜く。 「ミス・ヴァリエール、シエスタ。すぐに後ろへ下がれ。決して出てはくるな」 腕を組むスパーダが二人に向けてそう告げた。 「なっ、何よ。どうしたのよ。……シエスタ?」 突然の宣告にルイズは狼狽したが、シエスタの様子が突然おかしくなり始めたことに気付いた。 (何……? これ……。ドキドキする……) 息を荒くするシエスタは唐突に胸が激しく高鳴りだしたことに動揺した。 ここには間違いなく何かが潜んでいる。その得体の知れない何かが殺気を発し、自分達に牙を向こうとしている。 すぐにここから逃げなければ。そう己の魂が警鐘を鳴らしている。 全く訳の分からぬ感覚をその身に感じているこの状況に、シエスタは困惑し続けていた。 「ちょっと、しっかりしなさいよ!」 崩れ落ちそうになったシエスタの体をルイズが支える。一体、何が起ころうとしているのだ。 (今度は奴か) 聖碑と呼ばれる石版の真下にはオーク鬼達のものとは違う大きな氷像が鎮座している。 その像は獣の姿を模したものであったが、オーク鬼達とは異なり完全に全身が分厚い氷で覆われていた。 高さにしておよそ4メイル。三つの頭を持つという異様な姿であるその氷像からスパーダははっきりと強大な魔力を感じ取っていた。 ――バキリ、ピシリ。 大地を揺るがしながら獣の氷像はひび割れていき、氷が剥がれていく。 砕け散り剥がれた氷は氷塊となり地面を転がる。その氷塊を巨大な獣の前足が踏みつけていた。 見る見るうちに氷像の氷が剥がれていき、その下から黒い体の獣が姿を現した。全身を覆っていた氷の一部が未だその皮膚に薄くだが残っている。 氷漬けから解放されたその獣は巨大な犬であった。もちろん、犬といってもそんな可愛らしいものではない。 竜の固い皮膚さえも容易に引き裂いてしまいそうな鋭い爪牙、それぞれ異なる猛々しい面をした三つ首を有し、 その三つ首は巨大な首枷が装着されることによってまとめて拘束されており、繋がれている三つの太い鎖を地に垂らしている。 このハルケギニアでは存在し得ない巨大な幻獣……否、魔獣がスパーダ達の前に姿を現した。 ――オオオォォォォンッッッッ!! 一歩を踏み出し、三つ首の魔獣が天に向かって力強く吠える。 森の奥に猛々しい咆哮が轟き、大地に木々、大気さえも揺るがしていた。 前ページ次ページThe Legendary Dark Zero
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7385.html
前ページ次ページアノンの法則 「……今日で三日」 一日の授業を終えたルイズは、食堂へ向かいながらそう漏らした。 もう三日だ。今日もアノンは帰って来なかった。 あの後、ルイズは学院中を探し回ったが、結局アノンは見つけることはできなかった。 学院の外に出たに違いない。 自分の使い魔の危険性を認識し、しっかりと管理するつもりだったのだが、あっさりと野放しにしてしまった。 探しに行こうとも思ったのだが、どこに行ったのか検討もつかず、また実技が全滅なだけに授業のほうもサボるわけにはいかない。 ルイズは頭を抱えた。 このままではヴァリエールは使い魔に逃げられた、などと噂が立つかもしれない。 いや、それだけならまだいい。 ルイズが心配しているのは、あの危険極まりない使い魔が、どこかで事件を起こしていないか、ということだった。 あいつは今、ツェルプストーからもらった剣を持っている。 剣。そう、凶器だ。 まったく、あの色ボケツェルプストー、なんと余計なことをしたくれたのだろう。 昨日も、のん気に「私のダーリンはどこ?」などと尋ねてきた。 何でも今度はもっと立派な剣をプレゼントしたいのだと言う。 とんでもない話だ。あのボロ剣だけでも十二分に危険だというのに。 「まさかもう死人が出てるんじゃ……」 ルイズの不安は募る。 呼び出した使い魔を御しきれないばかりか、無関係の者に危害が及ぶ。 それは、主としての責任や貴族としての誇り以前に、ルイズの人としての良心が悲鳴を上げる事態だ。 ルイズは、胃に穴が開きそうだった。 この分では、食事もあまり入らないかも知れない。 ルイズはきりきりと痛む腹を押さえながら、食堂へと向かい――そこで、メイドと楽しげに語らう、自分の使い魔を見つけた。 「……今日で三日」 シエスタはそう呟いた。 彼女が身につけているのは、モット伯の屋敷で着せられたような下品な衣装ではなく、学院のメイドが使う、ごく一般的なメイド服だった。 彼女はモット伯の屋敷へと雇い入れられた次の日の朝一番に、理由も告げられず、学院へと送り返された。 幸い、マルトーもシエスタの無事を喜び、今まで通り学院で働けるように取り計らってくれた。 だがなぜ、モット伯は雇ったメイドをすぐに突き返すような真似をしたのだろうか。 シエスタはあの日の夜の、気を失う直前の光景を思い出す。 氷の粒が月光を反射しきらめく中、錆びの浮いた剣がモット伯の体を引き裂き、床に血が――。 そこまで思い出して、シエスタは体を震わせた。 あれは、現実の出来事なのだろうか。 モット伯は学院にも出入りする王宮の勅使。 彼が殺されたりしたら、学院にその話が聞こえてこないはずが無い。 (でも…) シエスタは厨房での仕事を片付け、貴族達が夕食を摂っているだろう食堂へと向かった。 扉から中を覗いてみるが、やはり目当ての人物は見つからない。 今日も昼の間、仕事をしながらシエスタはずっと、アノンの姿を探していた。 どうしても、あの夜の出来事を確かめたかったのだ。 だが、彼は見つからない。メイド仲間達に聞いても、この三日彼を見た者はいないと言う。 マルトーの話によると、アノンに自分がモット伯に雇われたと話をした直後から、行方がわからなくなったらしい。 一体どこにいるのだろう? 「あれ? シエスタ?」 諦めきれずに、なおも食堂の中を見回していたシエスタに、後ろから声がかけられた。 「別に戻ってくる必要は無かったんじゃねーか?」 アノンの背中で、デルフリンガーが言った。 アノンはモット伯に為り代わり、シエスタを学院に送り返す様手配した後、三日間を屋敷で過ごした。 屋敷の使用人や衛兵達は、少々雰囲気の変わった主をいぶかしんだが、モット伯の体を取り込んだアノンはまさにモット伯自身。 例え、『ディテクト・マジック』でも彼の正体を見抜くことはできないだろう。 そうしてアノンは三日間周りを欺き、たった今、屋敷を抜け出して学院に戻ってきたところだった。 数日のうちには、学院にもモット伯が行方不明になったとの知らせが届くはずだ。 「それもそうなんだけどね…」 アノンは曖昧に答えた。 確かに、もうしばらく屋敷で『伯爵様』をやっていても良かったし、屋敷を出るにしても、わざわざ窮屈な使い魔生活に戻る必要もなかった。 それでも帰ってきた理由は、やはりシエスタだろうか。 「とりあえず、ルイズに言い訳しないと」 ただでさえ行動を制限されていたところに、三日も無断でいなくなったのだ。 食事抜きでは済まないかもしれない。 この時間なら、ルイズは食事中だろうと、アノンはプラプラと食堂に向かった。 そこで食堂を覗きこんでいる、見覚えのある後ろ姿を見つけた。 「あれ? シエスタ?」 「アノンさん!?」 振り向いたシエスタは驚いた様子で、声を上げた。 「その様子だと、またココで働けてるみたいだね」 アノンの声はどこか嬉しそうだ。 「あ、アノンさん」 少し躊躇う様子を見せてから、シエスタは思い切った様に口を開いた。 「あ、あなたはあの夜、モット伯様を……」 ――殺しましたか? 自分が尋ねようとしている事のあまりの恐ろしさに、シエスタは言葉を詰まらせる。 「知らない」 「え?」 「ボクは、何も知らないよ」 アノンはまっすぐにシエスタの目を見て、そう言った。 一瞬戸惑ったシエスタだったが、すぐに理解した。 あれは、夢ではなかった。 そして、アノンはそのこと他言するなと言っている。 「そう、ですか」 シエスタはにっこりと笑った。初めて会ったとき以来の笑顔。 シエスタは思う。 そうだ。彼はモット伯を殺した。 だが、それがなんだと言うのだろう。 一生醜い男のおもちゃにされるはずだった自分を、彼は貴族の屋敷に乗り込んでまで、助けてくれた。 ずっと避け続け、口も聞こうとしなかった自分を、彼は救ってくれたのだ。 シエスタは、胸の前で手を握り締めた。 もし、彼に危険が迫ったなら、今度は私が彼を助けよう。 私の人生を救ってくれたこの人に、いつかきっと恩返しをしよう。 笑顔と共に、シエスタは密かに決意した。 シエスタの笑顔に、アノンも笑みを返す。 「アノン!!!」 笑い合う二人を引き裂くように、突然怒声が響いた。 声のしたほうを見ると、鬼のような形相のルイズが、大股でこちらにやって来た。 「あ、ルイズ」 「『あ、ルイズ』じゃない!」 ルイズは、怒りのあまり頭が沸騰しそうだった。 「一体どういうことなのこれは! その女は何!? きっちり説明してもらうわよ!」 あたふたしているシエスタを押しのけ、アノンに詰め寄るルイズ。 そうとも、この使い魔はあっさりと言いつけを破って、三日もいなくなったのだ。 そして帰って来ていると思ったら、ご主人様をほったらかして、メイドなどと楽しげに話をしているではないか。 もしかしたら、このメイドとどこかへ出かけていたのかもしれない。 この使い魔を全力で管理すると決めたルイズとしては、納得のいく説明が無くては、いや、あったとしても許すわけにはいかない。 「あら、ゼロのルイズは使い魔をメイドに取られちゃったのかしら?」 後ろから不意に投げかけられた、からかうような言葉。 声の主は言うまでもなく、赤髪の美女、キュルケ・フォン・ツェルプストーだ。 その横では、いつものようにタバサが無表情に本を開いている。 「何ですって!?」 「かわいそうね。自分の使い魔に見放されるなんて」 挑発のための哀れみを込めたその言葉に、ルイズは矛先を変えて、キュルケに猛然と喰ってかかる。 「そんなわけ無いでしょ! 何よ、取られるって!」 「あなたがさっき大声で叫んでたセリフ。男を奪われた女そのものだったわよ?」 「う、奪うだなんて、そんな、私……」 恥ずかしそうに俯くシエスタ。 「あんたは何赤くなってんのよ!」 「ダーリン、私よりそんなメイドのほうがいいのかしら? 私あなたのためにまた剣を買ったの。今度は錆びたボロ剣じゃなくて、太くて大きい、立派なヤツよ?」 「ツェルプストー、この色ボケ女! 剣はいらないって言ったでしょ! あのボロ剣も引き取ってもらうわよ!」 ルイズはキュルケに掴みかからんばかりの勢いだ。 食堂の前で起きている大騒ぎに、だんだん人が集まりだした。 「なに読んでるの?」 「イーヴァルディの勇者」 怒り狂うルイズをよそに、アノンはタバサの本を覗き込んで、そういえば言葉は通じるケド、字は読めないなぁ、などと考えていた。 場所は変わって、ここは中庭。 ルイズとキュルケの言い争いがエスカレートし、ついに二人は決闘をすると言い出した。 だが、流石に食堂の前でおっぱじめるわけにもいかず、彼女達は 夕食を済ませてからここにやってきたのだ。 アノンとしては、勝手にルイズの怒りの矛先が変わって、嬉しい限りだったのだが――。 「いいこと? ヴァリエール。あのロープを切ったほうが勝ちよ。私が勝ったら文句言わずに、ダーリンに私の剣を使わせなさい」 「わかったわ。ただし、私が勝ったらあのボロ剣を引き取ってもらうわよ」 「いいわ。勝てたら、ね」 不敵に笑うキュルケを、ルイズは歯を食いしばって睨みつけた。 「あ、あのぅ。アノンさんを的にする必要はないんじゃ……」 睨み合う二人に、恐る恐るシエスタが尋ねる。 「うるさいわね。あいつにはいいお仕置きだわ。ていうかあんた、なんでついて来てるのよ」 「あ、いえ。心配でして…」 「大丈夫よ。私が優しく『レビテーション』で受け止めるから」 情けも容赦もないルイズに、何か企んだような笑みを見せるキュルケ。 二人の貴族は、まったくやめる気は無いようだ。 確かに、メイジが三人もいれば、死んだりすることは無いだろうが……。 それでもやっぱり心配で、シエスタは双月に照らされた本塔を見上げた。 「えーと。それで、何でボクは吊るされてるの?」 本塔の上からロープで吊るされたアノンは、同じく本塔の屋上から、自らの使い魔である風竜に跨って地面を見下ろす少女に尋ねた。 風が吹くたび、アノンはプラプラと揺れる。 「まともな決闘は危険」 タバサは感情の篭っていない声で、そう答えた。 地面からアノンを吊るしたロープを狙い、彼を落としたほうが勝ち、というこの決闘は彼女の提案だ。 地面には、顔を突き合わせて睨み合いをしているルイズとキュルケの二人、そして心配そうにこちらを見上げるシエスタが小さく見える。 「ココから落ちるのだって危ないよ」 「あなたなら、ここから落ちても平気」 ぴくりと、アノンの眉が動いた。 「…キミが、『レビテーション』をかけてくれるから?」 「私が、『レビテーション』をかけなくても」 タバサは相変わらず、感情の読めない表情でアノンを見つめている。 正体が、バレている? 誰もが平民だと言う中で、彼女は自分の正体に感づいているようだ。 モット伯の件がある以上、触れ回られると都合が悪い。 いや、もしかしたら、そこから嗅ぎつけてきたのかもしれない。 「『どこまで』、気づいてるのかな?」 偽りは許さない。 アノンはタバサを見据えて、そう尋ねた。 高い塔から吊るされている状況も忘れ、アノンはタバサの答えに集中する。 彼女は、どこまで気づいているのか? それに次第では、今度はこの魔法学院で行方不明者が出ることになる。 「あなたは、人間ではない」 簡潔なタバサの言葉。 「それだけかい?」 「……」 黙りこんだタバサに、アノンはひとまず胸を撫で下ろした。 モット伯の件や“守人の一族”の能力までは知られていないようだ。 では、どこで気づいたか、だ。 「一体、どこで気づいたんだい?」 「それは…」 「当然なのね! あれだけ人外の気配を放ってたら、バカでも気づくのね!」 タバサが口を開こうとした時、突如別の女性の声が割り込んだ。 その直後、バグン、という重い音がして、タバサの使い魔の風竜が、きゅい!と悲鳴を上げた。 タバサが身の丈よりも長い杖で、風竜を思い切り殴ったのだ。 「今その竜が…」 「なんでもない」 「お姉さま! そいつからは危険な匂いがプンプンするのね! やっぱり関わらないほうが……きゅい!」 再び振り下ろされる杖。そして聞こえる女の声と、竜の悲鳴。 「その竜、しゃべれるんだ」 アノンの言葉に、タバサは諦めたようにため息をついて、地上を確認する。 ルイズとキュルケは、まだなにやら言い争いを続けていて、こちらを見上げるシエスタにも風竜の声は届いていないようだった。 少し安心して、タバサはもう一度杖で風竜を叩いた。 「痛い、ホントに痛いのねお姉さま!」 「人前で言葉を話すなとあれほど言った」 「お姉さまは『人間』の前で話すなと言ったのね。そいつは人間じゃないからセーフのはず…きゅいぃ!」 「命令の意味を理解するべき」 さらに風竜の頭に杖を振り下ろして、タバサはアノンに向き直って淡々と告げた。 「交換条件」 「なるほど。キミはその竜がしゃべれるってことを、他人に知られたくないんだね」 「あなたも自分が人外の者と知られたくないはず」 「…いいよ。お互いの秘密を口外しないことで、自分の秘密を守れるってわけだ」 「お姉さま、今度からはこいつがいてもしゃべっていいのね?」 タバサは軽くため息をつく。 探りを入れるはずが、間抜けな使い魔のせいで弱みを握り合う形になってしまった。 また杖で使い魔の頭を叩いてから、タバサは大量のハシバミ草を用いた、使い魔の教育プランを練り直し始めた。 突然、アノンの後ろの壁で爆発が起きた。 「ゼロ! ゼロのルイズ! ロープじゃなくて壁を爆発させてどうするの! 器用ね!」 「アノンさん、無事ですか!? アノンさーん!」 二人と一匹が驚いて下に目をやると、腹を抱えて笑うキュルケと心配して叫ぶシエスタが見えた。 今の爆発はルイズの失敗魔法だ。 いつの間にやら、決闘は始まっていたらしい。 だが、ルイズの魔法はロープには命中せず、本塔の壁に大きなヒビを作っていた。 「あなたって、どんな魔法を使っても爆発させるんだから! あっはっは!」 ルイズはがっくりと地面に膝をついた。 今度はキュルケがロープを狙うようだ。 キュルケが杖を構え、ルーンを唱え始めた時――地上にいる三人を大きな影が覆った。 「な、なにこれ!」 「きゃあああああ!!」 キュルケが驚きに口を開け、シエスタは悲鳴を上げた。 大きな影の原因は、月明かりを遮る巨大な土のゴーレム。 ゴーレムは大きく振りかぶり、その巨大な拳で、本塔の壁を殴りつけようとしていた。 その目線の先には、ヒビの入った壁――及び、吊るされたアノン。 ゴーレムがこのまま拳を振り下ろせば、確実にアノンが巻き込まれる。 一番反応が早かったのは、タバサだった。 すばやく風の刃を作り、アノンを吊るしたロープを切断すると、すぐに自分も風竜に跨り、本塔から飛び立つ。 そのまま地面に向かって落ちるアノンは、ロープでぐるぐる巻きにされているにも関わらず、空中で器用に体勢を変えて難なく着地した。 アノンはゴーレムを見上げる。 「大きいな…」 見上げるゴーレムは三十メイルはあろうかと言うかなり大型のものだ。 ゴーレムの巨大な拳が、ヒビの入った壁に叩きつけられ、本塔に大きな穴が開いた。 辺りに壁の破片が降り注ぎ、キュルケはたまらず、そばにいたシエスタを掴んで『フライ』でその場を離れる。 だが、アノンはロープでぐるぐる巻きの状態。これを解かなければ動けない。 ロープを引きちぎろうと力を込めたとき、ルイズが駆け寄ってきて、何とかロープを解こうと悪戦苦闘し始めた。 「ルイズ、ココ危ないよ?」 「うるさいわね、このロープなんでこんなに固いのよ!」 「キミが結んだんじゃないか」 「黙ってなさい!」 「あ、上」 「え?」 ゴーレムが腕を引き抜いた拍子に、一際大きな瓦礫がアノンたちの上に落ちてきた。 二人が瓦礫の下敷きになる寸前、間一髪でタバサの風竜が二人を掴んで、瓦礫と地面の間をすり抜けた。 空に上がったシルフィードは、二人を掴んだまま、きゅいきゅい!と鳴いた。 感謝しろ、とでも言っているようだ。 「アレ、ゴーレムだろ? あんなに大きいのもいるんだな」 アノンがのん気に感想を述べた。 「……あんな大きい土ゴーレムを操れるなんて、トライアングルクラスのメイジに違いないわ」 「アレもトライアングルか……」 系統こそ違うが、自分の取り込んだモット伯もトライアングルだったはず。 その実力差にアノンは驚いていた。 同じトライアングルでも、実力はピンキリのようだ。 「それはそうと……キミ、さっきなんで逃げなかったんだ?」 その問いに、ルイズはきっぱりと答えた。 「使い魔を見捨てるメイジは、メイジじゃないわ」 アノンは、思わずルイズに見入ってしまった。 その瞳に宿る光に、どこか見覚えがあるような気がした。 学院の城壁を蹴り崩し、地響きを立てながらゴーレムは草原を歩いていく。 その上を旋回するシルフィード。 肩に、黒いローブを着た人物が見えたが、顔までは確認できない。 「肩にのところに誰かいるわ」 苛立たしげなルイズに、タバサは冷静に言った。 「これ以上近づいたら、叩き落とされる」 「壁を壊してたけど……、何してたんだろ?」 「あの場所は宝物庫」 アノンの疑問に、タバサが答えた。 「あの黒ローブのメイジ、壁の穴から出てきたときに、何かを握っていたわ」 「泥棒か。しかし、随分派手に盗んだもんだね……」 地響きを立てて歩いていた巨大なゴーレムは、アノンたちの前で、突然ぐしゃっと崩れ落ちた。 残ったのは、月明かりに照らされた土の山だけ。 黒いローブのメイジの姿は、どこにも無かった。 前ページ次ページアノンの法則
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1489.html
前ページ次ページ使い魔のカービィ 武器屋を出た後、ルイズ達は残金で極々普通のショッピングを楽しんだ。 服屋ではルイズとシエスタの私服を選び、それだけで2、3時間が経ったり。 昼食を取るため入ったレストランでは、隣の人の料理まで食べようとするカービィを必死になって押さえ込んだり。 露天商ではルイズが口車に乗せられ、危うくただのガラス玉を借金してまで買うところだったり。 ……楽しむ、というよりハプニングの連続だった。 しかしルイズの当初の目的である『使い魔との絆を深める』は、カービィの喜び様をみる限り果たされたようだ。 それだけでもルイズは大変満足していた。 そしてルイズに連れられてきたシエスタも、単純にルイズ、そしてカービィとの買い物を楽しんでいた。 前述の通りハプニングは多々あったが、兄弟達と一緒に暮らしていたシエスタにとっては苦ではなかった。 それどころかこの騒がしさが懐かしくもあり、楽しさだけでなくどこか心地よさを感じていた。 ――シエスタのルイズへの評価が、『恩人』から『妹のような存在』に変わった―― こうして楽しい時間は終わり、今はちょうど街から学院へ帰ってきたところだ。 日はとうの昔に暮れ、漆黒が空を覆っていた。 ルイズはカービィを、シエスタは荷物を女子寮へ運ぶため、馬小屋の前を歩いていた。 「ぽょぉ…………」 「くすっ、カービィさんったら大きな欠伸」 「あれだけはしゃいでたんだもの、疲れたのね。それにもうこんな時間だし……」 ルイズが空を仰ぐと、月がもうすぐ真上に来ようとしていた。 時を忘れて楽しむとはよく言うが、流石に忘れすぎたかと公開する。 その横でシエスタはクスリと微笑んだ。 「でも、楽しかったですよ。また連れて行っていただけますか?」 「そうねぇ……まぁ、シエスタが行きたいなら、また3人で行きましょうか」 「ありがとうございます、ルイズ様」 「べ、別にお礼なんていいわよ」 (私もまた行きたいし) 例の如く、最後の一言はシエスタには聞こえていなかった。 ルイズ・フランソワーズ、芯から素直になるのはまだまだ掛かりそうだ。 そんなやり取りをしながら3人が本塔に差し掛かった時、『それ』は動き始めていた。 「ぽよ? ……ぽよ?」 異変にいち早く気がついたのはカービィだった。 今にも閉じてしまいそうだった目を見開き、辺りをキョロキョロと見回し始める。 街でスイカを見つけた時とは違い、何やら焦っているようだ。 「ちょ、ちょっと、どうしたのよカービィ?」 腕の中で忙しなく動くカービィをルイズがしっかりと抱きしめる。 今度は逃げられないようにと力を入れた、その時だった。 天をも貫かんばかりの爆音が辺り一面に響いた。 「きゃっ!?」 「な、なによこれ!?」 爆音に思わず頭を押さえてしゃがみ込むシエスタ。 ルイズもカービィを抱きしめたまま音の出元に視線をやった。 「なっ………!?」 「ぽよぉー……」 その先の光景に、ルイズは度肝を抜かれた。 それはもうカービィがギーシュを打ち負かしたあの時のように。 なんと、大きさ30メイルはあるだろうというゴーレムが、本塔の壁目掛けて巨大な拳を叩きつけていたのだ。 ゴーレムの右肩には黒いフードを被った何者かが乗っていた。 恐らくこのゴーレムを操っているメイジだろう。 ゴーレムの大きさから、トライアングルメイジ級の実力を持っていることが伺い知れる。 この強大な敵を前に、ルイズはカービィを地面に下ろして杖を取り出した。 一方、ゴーレムの肩に乗っている黒いフードのメイジ――今巷を騒がせている怪盗『土くれのフーケ』は、目の前の文字通り『壁』に舌打ちをした。 事前調査でその強度をフーケは知っていたので、今放った渾身の一撃で穴が開くかはほぼ運の問題だった。 確証を持つまで行動しないフーケにとってこの方法は功を焦った感が否めなかったが、知れば知るほど攻略法のない宝物庫にはこの方法しかないと賭けに出たのだ。 そして賭は失敗した。 たった今ゴーレムの拳を受けた壁は、罅が入ってたものの穴が開くことはなかった。 「やっぱり早まった真似はするもんじゃないね……」 後悔するがもう遅い。 今回は諦め、次回別の方法で挑戦するしかないようだ。 フーケは教師達が来る前に、ゴーレムを操って早々に立ち去ろうとした。 瞬間、宝物庫の壁が爆発した。 「なっ!? なんだい!?」 ゴーレムでも破壊できなかった壁が、罅が入っていたとはいえ爆散したのだ。 驚かない筈がない。 ふとゴーレムの足下を見れば、今の魔法を放ったと思われるメイジが杖を構えている。 フーケはゴーレムでも壊せなかった壁を破壊したその威力に一瞬恐怖した。 あんな魔法をまた使われたら今度は自分の身が危ない、と。 しかし、いつまで経っても次の爆発は起きなかった。 疑問を抱きつつこれ幸いと開き直ったフーケは、ゴーレムに宝物庫の番を任せ、自分は開いた穴から内部へ侵入していった。 「誰だか知らないけど、恩に着るよ。どこかのバカな誰かさん」 宝物庫を物色しながら、フーケは穴を開けてくれたメイジに感謝した。 そしてフーケに感謝されているメイジは、その様子を見ながら地団太を踏んでいた。 「なんで当たらないのよ! ワルキューレには当たったのにいぃ!」 「ルイズ様っ!」 シエスタはゴーレムの注意がルイズ向いたことに気付きすぐさま叫んだ。 その叫びにルイズは冷静さを取り戻した。 そして上を向くと……ゴーレムの足が頭上にまで迫っていた。 「きゃああああああ!?」 「ぽよぉ!?」 カービィをひっ掴み、その場から離れるルイズ。 直後、ゴーレムの足が今まで立っていた場所を踏み潰した。 「あ、あわわわわわ……」 目の前の圧倒的力に、ルイズは開いた口が塞がらない。 このゴーレムをどうにも出来ないのかという考えが頭を横切ったとき、彼女の視界にカービィが入ってきた。 同時にシエスタが背負っている剣の存在を思い出す。 「……そうよ! こういう時のために買ったんじゃない!」 ルイズはシエスタに駆け寄ると、背負ってもらっているデルフを引き抜いた。 「おっ! 早速出番みてぇだな!」 「ええ……死 ぬ ほ ど 役 に 立 っ て も ら う わ よ ?」 ルイズの凄みの効いた声に違和感を感じつつ、デルフはカービィに握られる瞬間を今か今かと待っていた。 久々に暴れられる、と期待しながら。 しかしルイズはデルフをカービィに渡さず、思い切り放り投げた。 「なっ!? おいっ、何やってんだ小娘! 気でも触れたか!?」 「カービィ、吸い込みよ!」 「ぽよっ!」 前ページ次ページ使い魔のカービィ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6654.html
前ページ次ページジ・エルダースクロール外伝 ハルケギニア 漆黒のバラと炎蛇 ルイズがマリコルヌをしばいたりぶっとばしたりして、 ギーシュがケティとモンモランシーを舌足らずに褒め称える。 マーティンは死霊術の対策を思案しつつ、ルイズの魔法練習に付き添ったりして過ごしている。 キュルケは対抗して更に修練に励み、タバサはハシバミ草を貪るように食べ続け、 ついにマルトーに完敗宣言をださせた。 学院長はというと美人秘書の形をしたガーゴイルを経費で購入しようとして、 教師たちに止められる。 「なんでじゃ!ここの最高責任者はわしじゃよ!?」 「どう見てもいかがわしい機能付きでしょうが!!」 そんな平和な魔法学院とはうってかわって、トリスタニアでは厳重な警戒体制の中、 ある犯罪者の捜索が行われていた。要所の警備をしている衛兵達が総出で、 王宮の図書室に忍び込んだ盗人を捜しているのだ。大胆にも白昼堂々犯行に及んだ盗人は、 現在も城下町を逃走中である。 「おい、そっちにいたか?」 杖に明かりを灯して、暗所を捜索する衛兵だが捜索は難航しているようだ。 「いえ、こちらには」 「まったく、賊は何処に行ったというんだ!」 ちゃんと仕事に取り組む衛兵は早々に別の場所におもむくが、 明かりを灯して探している衛兵は、暗くじめじめした路地裏に留まっている。 盗賊ギルドとつるんでいる彼は、盗みに入った盗賊に目を合わせた。 「グレイ・フォックスの旦那に付き合うお前さんも大変だな」 「いいえ~。慣れてますから」 危なかった危なかったと収穫を手にシエスタは微笑んでいる。 次からはもっと上手くやってくれよ、と衛兵は右手を出す。 もちろんですよ、と盗人は金貨を5枚渡した。 「そら、さっさと行け。ここには『誰もいない』んだ」 「はーい。それでは失礼しますね」 どこにでも、金がもらえるならそちらに流れる者はいる。 盗賊ギルドが信用できる組織であることもあって、彼の様な衛兵も多い。 その多くは『革命』による無意識の内のパラダイムシフトが起こっただけかもしれない。 つまり大きいは、正義というパラダイムに移行したということだ。 シエスタは影の様に路地裏を駆けて、裏口からある建物に入る。 中はきわどい服装の妖精さんがたくさんいる店だ。 「あら、シエスタじゃないの」 「ジェシカ。スカロンおじさんはどこ?」 いとこが経営する「魅惑の妖精亭」はギルドの活動拠点でもある。 店長のスカロン氏は平民でオカマだが、裏世界では「影滅」の二つ名で知られており、 影も形も無いほどに無くなってしまった証拠品すら見つけてくる凄腕の情報屋である。 その情報力は盗賊ギルド発足前から一部の貴族も利用していた。 尚、チュレンヌは下っ端な為、ギルドに参加して初めてそんなことを知ったとか。 シエスタはジェシカからもらった妖精亭の服に着替えて、 店の中へと進む。入り口で接客をしているスカロンに目配せすると、 はいはい、とスカロンは他の娘に任せてシエスタと一緒に裏へ入っていった。 個室にて、スカロンは控えめながらもポージングを決めながら、 シエスタを見る。 「ダメじゃないのシエスタちゃん。警備に見つかっちゃうだなんて」 シエスタは苦笑いを浮かべて、弁解をする 「いえ、見つかる気は無かったんですよ。でも」 チチチ、と指を振ってから、スカロンは首を振った。 妙に様になっている。 「一流の盗賊は、尻尾すら掴ませないの。それでこそトレビアンなのよ。 今のシエスタちゃんはまだまだ一流には遠いわ」 経験が足りていないと目で言われ、あうとシエスタは落ち込んだ。 「オイタはこれくらいにして……今日盗ってきた物をみせてくれるかしら?」 コクリと頷いて、シエスタは一抱えある書類の束を渡した。 シエスタも文字は読めるが、公文書の様な難しいものを読むことは出来ない。 だから、内容の確認のために博識なスカロンに物品を渡しに来たのだ。 眉間にシワを寄せ、スカロンは小さくうなった。 「『魔法研究所実験小隊』……噂には聞いたことがあったけれど、 えげつない連中だったようねぇ。始祖に近づくってお題目の名の下に…… あらまぁ、これじゃガリアの北花壇騎士団の方がカワイイくらいだわ」 ペラリと書類をめくる度に、恐ろしい内容が明らかになる。 古代に使われていた魔法の再現という、何の意味も持たない行為の為に、 たくさんの人間が犠牲になっていた。 またそのいくらかが、黒い金の為に犠牲になった事もすぐに分かった。 「今の方針に変わった事を、神様に感謝しないとね。マジックアイテムの値段が下がったのも、 今のアカデミーのおかげよ」 スカロンは悲しそうな顔で内容を確かめていき、ついにお目当ての報告書を見つけた。 「ダングルテールの異端排除、これね。立案したのは高等法院のリッシュモン。 あいつか。昔から色々と黒い噂が絶えなくて、いけ好かない男だと思ってたのよ。 けれど、妙ね……この作戦で二人を除いて小隊は全滅しているわ」 実力者が揃った小隊が、魔法を使えない平民に遅れを取ることなどありえない。 それまでの戦績から考えてもそれは明らかだが、報告書にはそう書かれている。 「ダングルテールで何があったのか。もう少し調べてみる必要がありそうね。 リッシュモンの事はこっちで調べるわ。シエスタちゃんはダングルテールの生き残りからお話を聞いてきて」 シエスタは驚いてスカロンを見る。 「生き残りって…、みんな死んだんじゃないんですか?」 「ホラ話じゃなければ、今この街に一人いるわよ。傭兵やってるんですって」 美しい顔つきに細く鋭い目をたずさえた女は、トリスタニアの路地を歩いている。 髪は短く、鎧を着こなす様は男顔負けで、その表情は近寄りがたい雰囲気を作り出す。 背中の剣は使い込まれているようだった。 最近傭兵として名を上げている彼女は、久しぶりに顔なじみに会いに来たのだ。 「おお、アニエスじゃねえか」 「お久しぶりです、師匠」 武器屋のドアを開けると、少し寂しげな主人が出迎える。 アニエスは礼儀正しく礼をした。 「よせよ。そんな大層なことするんじゃあねぇ。それと、師匠っていうのも無しだ」 「あなたは伝説の英雄じゃないですか。ならそれ相応の礼儀は必要でしょう?」 アニエスは朗らかな顔で、武器屋の主人を見る。ケッ、 と武器屋の主人は居心地が悪そうに頭をかいた。 「昔の話さ……今日はどしたい?」 「数日こちらに滞在する事になったので、顔を見に来ました」 「そうか」 ぶっきらぼうに言い返して、男は黙った。アニエスは辺りを見回すと、 いつも調子の良い事を言っていた剣が無いことに気が付く。 「デルフ……売ったんですか?」 「ああ、お前に渡しても良かったんだが、動く時が来たんだとさ。あいつ、あのガンダールブの左手だったんだとよ」 「なんですって!?」 そんな驚くアニエスの後方、武器屋のドアが開く。 メイド服姿のシエスタが入ってきた。 「おぉ?フォックスのとこの腕利きじゃねえか。どした」 「ちょっとお聞きしたい事がありまして、ダングルテールにお知り合いがいたとか……」 「ああ、ならこいつだよ。おういアニエス……大丈夫か?」 主人がヒラヒラとアニエスの顔の前で手を振る。あ、と正気を取り戻したアニエスは、 気恥ずかしそうに笑う。 「で、アニエスに何の用なんだ?」 「いやー……言いにくいんですけど……」 アニエスは少し汗をかいているシエスタを見る。 鋭く視線は彼女を貫くが、どこか生暖かい優しさを含んでいた。 「さっさと言え。おおかた異端の教義の愚かさについて説きにでも来たのだろう?」 ダングルテールの住人は元々アルビオンの高山地方に住む異端の一派である。 シエスタは首を横に振り、そんなことではありませんと弁明する。 「では、何が聞きたいのだ?」 「あの日……何が起こったか」 ああ、そりゃ言いにくいだろうと主人は思った。 アニエスはふむと遠い目で天井を見る。 「確かに、聞きにくい話題ではあるな。少し辛気くさいが、 聞きたいのなら話してやらんこともない」 是非、とシエスタが答えたのを聞いてから、アニエスはとつとつと話し始めた。 「あれは今から20年前、わたしがまだ9つの時だったか、 ヴィットーリアと名乗る女性が漂流して来た。 重症を負っていたが、村のみんなの看護のおかげですぐに良くなった。 彼女はロマリアの生まれで、敬虔なブリミル教徒だった」 「え」 シエスタの知る異端者像と言えば、ブリミル教を毛嫌いし、 それに関係する物は壊さないと気が済まない連中、そんな危険な思想の集団である。 アニエスは、またかとでも言いたげに肩を落とす。 「あのな。確かにわたしや村の人々はお前達にしてみれば異端だろうとも。 だが人外の化け物ではないぞ?話をすれば理解しあえる。同じ人間なのだからな。 個人的にロマリアで私腹をこやす連中はさっさと死んで欲しいが。 話を続けるぞ。彼女が来て1ヶ月程経ったある日、メイジ共が来た。 子供やけが人は一つの小屋に集められ、大人は皆戦った……当然、負けたがな。 小屋に火が放たれ、子供は裏口から外へ出た。メイジはそれを魔法で殺していったよ。 最後に残ったのは、わたしとヴィットーリアさんだった」 ふぅ、と息をついて、再び口を開く。 「ヴィットーリアさんが炎で燃え、わたしだけになった時、彼女からもらった指輪が光ったのだ。 指輪が砕けて奇跡が起こり、メイジ共は死んだ」 「奇跡……ですか?」 シエスタの問いに、アニエスは頷いた。 「黒きバラをたずさえたお方だった。古き昔、 アルビオンを聖母サーシャの願いで空に浮かばせた精霊、アズラ様が降臨されたのだ」 シエスタは吹き出した。アズラと言えば、自分のギルドの守護神(らしき何か)のノクターナルと、 とても仲の悪い人の生死や死後をつかさどる神様のはず。 それよりなにより、この世界じゃデイドラは人を殺せないとシエスタは聞いていた。 アニエスは吹き出したシエスタを見て、ああ、とため息を吐く。 「わたしは正常だぞ?これは実話だからな。アズラ様はおっしゃられた。 村人はその命と引き替えに子供たちを救おうとしたのだと。 本来彼のお方は人間のいさかいに手を出したりはしないのだが、 その様に感銘を受け、わたしの命をお救いになられた。 疑問に思ったさ。何故わたしだけなのかとな」 アニエスは、自嘲気味に笑った。武器屋の主人はあまりいい顔をせず、それを眺める。 「ただ宿命によってあらゆる命に終わりがあり、 ただ偶然によって終わりを迎えなかったのがあなたの命なのだと言われたよ。 そして、生き残ったわたしはたまたまやって来たこの人に助けられたというわけだ」 武器屋の主人はああ、と低い声で呟いた。 「その、あー、アズラさまだかなんだかは良くわからんが、 ダングルテールには知り合いがいてな。そいつに会いに行った時、 たまたまこいつを見つけたんだ。しばらくは俺が面倒を見て、 それから独り立ちして、たまにこうして顔を見せに来る」 そういう仲だ。と主人はぶっきらぼうに言った。 「な、なるほど」 神様相手なら勝てる方がおかしいと言えるのかもしれない。 ノクターナル様も本気を出したら強いのだろうか。 シエスタは、何故小隊が壊滅したのかを知った。 「ところで、何故お前はこんなことを聞いたのだ?」 アニエスのもっともな問いに、シエスタは所々をぼかして話す事にした。 ノクターナルはNGかもしれないし、ギルドの深いところは教えるわけにはいかないからだ。 ついでにこの人の知っている教義も教えてもらいましょう。 『聖母サーシャ』。ミス・ヴァリエールやティファニアさんが言っていたサーシャと何か関係があるかも。 とシエスタは話しながら、アニエスから情報を引き出そうと決めたのだった。 オスマンに天誅を下し、コルベールは自身の研究室に戻った。 イスに座り「愉快なヘビ君2号」をニヤニヤしながら見ていたが、 ふと、昔の事が頭をよぎる。 ダングルテール。かつて何百年も前、アルビオンから移住してきた人々が開いたとされる、 その海に面した北西部の村々は、常に歴代トリステイン王にとって悩みの種であった。 彼らはブリミル教以外の宗教を信じる異端の集まりで、ロマリアから煙たがられているからだが……、 アルビオン人独特のひょうひょうとした気風を色濃く残し、 飲むところをきっちり飲んだため、激しく弾圧されるということもなかった。 つまるところ、彼らは要領よくやっていたのである。 二十年前、自治政府をトリステイン政府に認めさせ、異端教徒の寺院を開いた。 それがためにロマリアの宗教庁ににらまれ、圧力を受けたトリステインの軍により鎮定された、 と当時の文献には残っている。 二十年前のその日、コルベールは部隊を引き連れてダングルテールにやって来た。 一片たりとも忘れられない、ずっと頭に焼き付いて離れない鮮烈な記憶だった。 疫病の拡大を防ぐため、全てを焼き払えと命令されて彼はその通り任務を行った。 「変な連中だ。こいつらは平民だよな?それにしてもガキがいない」 彼の右腕だったメンヌヴィルが不思議がったが、 コルベールは何も言わず、まだ手が付けられていない家々を燃やし始めた。 「どこかの家に隠れているはず、か。さすがは隊長殿だ!」 子供たちは燃える小屋から飛び出してきて、それらは全て燃やされていった。 最後に出てきた女が少女を庇って炎を浴びた時、奇妙な現象が起こった。 何かが割れる音がしたかと思うと、突風が吹き荒れ炎を全てかき消す。 強い風につぶった目をコルベールが開くと、そこには青白い髪の褐色の女が立っていた。 片腕に黒いバラを持つその女性を見て、コルベールは言いしれぬ恐怖を感じた。 人間の姿をしているが、鎧に身を包んだわけでもない華やかな女の姿だが、 コルベールはその場を動けぬ程の恐怖を体に刻み込まれた。 何があっても、この女と戦ってはならぬと今までの経験からの勘が警告し続ける。 だが、それが分からぬ者がいた。 「あぁ?まだいたのか。まぁ、すぐに燃やすんだけどな!」 メンヌヴィルの火炎は景気よく女に向かう。 だが、女に当たる前に炎は消え、何故かメンヌヴィルが燃え上がった。 青い炎はメンヌヴィルを包みこみ、骨すら残さず燃やし尽くす。 周りにいたメイジ達は驚いて距離を空け、魔法を放つ。 だが全てかき消され、小隊のメイジ達はおののいた。 女は何もしていないのに、メイジ達は炎に焦がされて死んでいく。 「た、隊長!こいつはかないっこねぇ、逃げましょう!!」 近くにいた隊員に引きずられるように、コルベールは逃げ出した。 幸い、化け物のような強さの女は後を追って来なかった。 この任務が異端狩りであったことを彼が知るのはずっと後になってからである。 生き残ったコルベールは贖罪の為として部隊から逃げ出し、 オールド・オスマンに雇われた。 そして火を破壊以外の何かに使う為に研究を続けている。 「何故、わたしは生き残ったのだろうか。生き残ってしまったのだろうか」 いっそあの時、炎に燃やされてしまっていればこんな気持ちにならずに済んでいただろうに。 この二十年ふと己を責めてばかりのコルベールは、そんな嫌な気分から逃げるように、 円筒に錬金をかけ始めた。 前ページ次ページジ・エルダースクロール外伝 ハルケギニア
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7350.html
前ページ次ページアノンの法則 空には星が瞬き、双月が地上を照らす。 そんな美しい景色とは裏腹に、シエスタはモット伯の部屋のベッドに腰掛け、悲しみにくれていた。 田舎の家族のためにと、今まで真面目に働いてきた。 だが、平民の人生など、貴族の気分一つでどうとでもなってしまう。 (学院に、みんなのいる厨房に帰りたい…) そう願っても、今夜から自分はあの男のおもちゃだ。 体を覆うのは、少ない布でできた扇情的な衣装。 湯浴みに着替えと、ぐずぐず時間を稼いでいたが、それももう終わり。 これから自分の身に訪れる災厄を思うと、体が震える。 ノックもなしに、部屋のドアが開いた。 「待たせてしまったかな、シエスタ」 この屋敷の主である中年の貴族、ジュール・ド・モット伯爵が姿を現した。 好色な笑みを浮かべるモット伯に、シエスタは恐怖すら覚える。 モット伯は興奮した様子で上着を脱ぐと、ベッドに上がり、シエスタの肩に手をかけた。 「ひっ」 ぞわりと悪寒が走り、鳥肌が立った。 涙がこぼれ、震えが止まらない。 「なに、そう怖がることはない」 そう言いながら、息を荒げたモット伯の手に力が入る。 ――誰か、助けて。 叶わぬと知りながら、シエスタは激しい嫌悪と恐怖に、そう願わずにはいられなかった。 その時、部屋に風が吹き込み、ふわりとカーテンを持ち上げた。 窓は閉めていたはず、とモット伯が窓へ目をやると――。 そこには月光を背に、剣を担いだ男が一人、開け放された窓のサッシに乗っかって、こちらを見ていた。 「こんばんわ。伯爵様」 男、いや、少年は静かにそう言った。 「貴様! 何者だ!?」 モット伯の問いに答えずに、少年は部屋の中に降りると、シエスタに手を差し伸べた。 「さ、迎えに来たよ、シエスタ」 「あ、アノンさん……?」 突如現れた少年は、ミス・ヴァリエールの使い魔、アノンだった。 (私を助けに来てくれた? でも、なんで?) 決闘騒ぎがあってから、シエスタはアノンが恐ろしく、彼を避け続けていた。 最初に賄いを振る舞って以来、口も利いていない。 彼は他人を踏みにじる、悪魔なのだと信じ切っていた。 だがその悪魔は今、自分を連れ帰ろうと、助けようとしてくれている。 「貴様、この娘の知り合いか?」 苛立ちを声に滲ませ、モット伯が再度尋ねた。 はっとするシエスタ。 一瞬見えた希望だったが、相手は王宮の勅使。しかもメイジとしてはトライアングルクラスの腕を持つという。 平民が刃向えば、確実に殺されてしまう。 「アノンさん! に、逃げてください!」 「大丈夫だよ。さ、早く帰ろう」 アノンはモット伯など、まるで眼中にないように、シエスタに歩み寄る。 二人の間に割り込むように、モット伯が立ちはだかった。 「貴様、貴族の屋敷に無断で立ち入って、ただで済むと思っているのか?」 モット伯は、杖を取り出してアノンに向ける。 それに合わせて、アノンも背中のデルフリンガーを抜いた。 にやりと、モット伯が笑う。 平民が貴族の屋敷で、剣を抜いた。これはこの場で平民を処刑するのに、十分な理由だ。 どうやって屋敷の警備を抜けてきたか知らないが、ここで私が直々になぶり殺してやろう。 残忍な笑みを浮かべて、モット伯はルーンを唱えた。 近くにあった花瓶から水が飛び出し、空中で帯状になると、鞭の様にしなって、アノンに襲いかかる。 シエスタが悲鳴を上げた。 だが、水の鞭はアノンに触れる前に、飛沫となって消滅した。 アノンがデルフリンガーの一振りで、水の鞭を斬り払ったのだ。 「なん……だと……」 「なんだ。『波濤』のモット、なんて言うから期待してたのになぁ」 「いやー、おでれーた!」 アノンが手にしたデルフリンガーが、つばをカチャカチャと鳴らした。 「すげえな相棒。人間離れした身体能力を別にしても、こりゃ天才の域だぜ」 「嫌だなぁ、デルフ。ボクはそんなにスゴクもないし、天才でもないよ」 どこか照れたように、アノンが言った。 「それより、キミを握ってると本当に体が軽いよ。これがキミの言う『使い魔のルーン』の効果か」 そんな風に自分の剣と話しながら、アノンはゆったりとした足取りで、モット伯との距離を詰めていく。 「き、貴様いったい何者だ!」 モット伯は震える声で叫んだ。 貴族を、それもトライアングル・メイジの自分を目の前にして、全く恐れるそぶりが無い。 それどころか、剣一本であっさりと魔法を叩き落した。 この平民は、まるで得体が知れない。 モット伯は、貴族として生きてきて、初めて平民に恐怖していた。 「く、来るな!」 後ずさりながら、モット伯は杖を振る。 空気中の水分が集まり、宙に浮かぶ数本の鋭い氷柱出現した。 氷柱が、アノンに向けて打ち出される。 だが、それもアノンに命中する前に、全てデルフリンガーで打ち落され、粉々に砕け散った。 砕けた氷の欠片が、部屋に差し込んだ月明かりを反射して、星屑のように煌く。 その幻想的な光景の向こうに、モット伯は、悪魔の笑みを見た。 「ひィ! だ、誰か…!」 誇りもプライドも放り出し、モット伯は背を向けて目の前の平民から逃げ出した。 モット伯の体に、ドン、と衝撃が走る。 デルフリンガーが、モット伯の右肩を断ち割り、胴体の真ん中近くまで、その刃をめり込ませていた。 アノンは一瞬でモット伯に追いつき、その背中に向けて、躊躇なくデルフリンガーを振り下ろしたのだ。 切り裂かれたモット伯の体が、ビクビクと痙攣する。 剣が引き抜かれ、モット伯は床に倒れ込んだ。 アノンの足元に、みるみる内に赤い水溜りが広がっていく。 「ああ……」 シエスタは、その光景を見て気を失った。 「シエスタ!」 アノンは倒れたシエスタに駆け寄る。 「安心しな、相棒。気絶してるだけだ」 デルフリンガーの言う通り、シエスタは顔色は悪いが、気を失っているだけのようだ。 アノンは彼女を抱き上げてベッドに寝かせると、倒れたモット伯に向き直った。 血溜まりの中を歩き、しゃがみこんで顔を覗き込む。 「伯爵様ぁー」 アノンは無遠慮に、モット伯の顔を叩く。 「はーくーしゃーくーさーまー」 「ガッ、ゲボッ」 血を吐き、苦痛に喘ぐモット伯。 「あ、よかった。まだちゃんと生きてる」 「おい、相棒。どうすんだ? 死んでなくても、貴族をこんなにしちまったらタダじゃ済まねえぞ?」 血を滴らせたデルフリンガーが、つばを鳴らす。 「! アハハ。やだなぁ、デルフ。ボクは“守人の一族”だよ?」 「は? もり……?」 アノンはデルフリンガーの杞憂を笑うと、口を大きく開き――、 「いただきまーす」 モット伯を、自らの口の中に押し込んだ。 そのまま上を向き、ずるずるとモット伯の体がアノンの中に飲み込まれていく。 まるで大蛇のように、人間を頭から丸呑みにするアノンのシルエットが、双月に照らし出された。 モット伯を腹に収めると、アノンはぺロリン、とかわいらしく口元を舐め、満足気な笑みを浮かべた。 腹に手を当てて、新たに得た力を確認する。 「さてと…ふむふむ。さすが『波濤』。便利な魔法を持ってるじゃないか」 そう言って、アノンは床に転がっていたモット伯の杖を拾うと、魔法で水を操って血に濡れた床の洗浄を始めた。 「……こいつはおでれーた」 アノンの人間の踊り食いを見ていたデルフリンガーが、そう漏らした。 「相棒は他人を取り込んで、その力を使うことができるのか? 人間じゃねえとは思ってたが…本物の化けモンじゃねえか」 「ああ、キミにはそのうち話すよ。なんたって『相棒』だからね」 含みを持たせたアノンの言葉。 不意に、部屋の扉が強く叩かれた。 「モット伯様! 今の物音は一体……!」 戦闘の音を聞きつけて、屋敷の者がやってきたらしい。 扉が何度も叩かれる。 「……どーすんだ相棒。このままじゃ大騒ぎになるぜ」 「平気だよ」 アノンはそう言って、自分の顔に手を当てた。 屋敷の警備を任せられているメイジの男は何度も扉を叩く。 だが、返事は無い。 仲間を呼んで、力ずくで入るべきか、男が決めかねていると、扉が少し開き、眉をしかめたモット伯が顔を覗かせた。 「なんだ、騒々しい」 「い、いえ、物音がしたもので…」 とりあえず、自分の雇い主は無事なようだ。 だが、モット伯のえらく不機嫌そうな様子に、男の声は思わず小さくなる。 「問題ない。平民の娘が騒いだだけだ」 「そ、そうですか。では、失礼します」 慌てて一礼して、背を向けた。 「待て」 モット伯は低い声で男を呼び止める。 「なにか?」 「あの娘、明日の朝一番で学院へ送り返せ」 「は?」 「今日雇い入れたシエスタというあの娘を、学院に送り返せと言ったのだ」 わけがわからず、男は主に言葉を返した。 「し、しかし手続きは正式に終わっておりますし…」 「あの様子なら、学院側も問題なく受け入れるだろう。もし文句が出るようなら、適当に金を握らせて黙らせろ」 「は、はあ…」 「いいな、明日の朝一番だぞ」 それだけ言うと、モット伯は勢いよく扉を閉めてしまった。 男はぽかんと、閉じられた部屋の扉を見つめた。 「これでよしっと」 扉の内側で、そう呟いたモット伯の顔が、粘土細工の様にぐにゃりと歪み、少年の顔に変わった。 「……おでれーた。相棒は、ホントに人間じゃねーんだな」 壁に立てかけられたデルフリンガーが漏らす。 「さて、続き続き」 六千年生きてきた中で、恐らく一番驚いているだろうインテリジェンスソードをよそに、アノンは杖を手に床の洗浄を再開した。 前ページ次ページアノンの法則
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3472.html
前ページゼロの斬鉄剣 ゼロの斬鉄剣 閑話休題2 -使い魔たちと五ェ門の一日― (時間軸はフーケ後からアルビオン潜入までのいずれか) ある朝のこと 五ェ門がいつもどおり朝起きて洗濯へむかう時のこと 「おはようございます、ゴエモンさん!」 声をかけるシエスタ 「うム、おはようシエスタ。」 ここ最近いつもシエスタと毎朝交わしている挨拶である。 「シエスタもずいぶん早起きだな。」 などと言われているが、シエスタは最近五ェ門の起床時間にあわせて起きているのは もはやメイドたちの間では公然の秘密であった。 「はい、これもお仕事ですから。」 笑顔で返すシエスタを毎朝見るのも五ェ門のひそかな楽しみでもあった。 「きゅーい!」 バサバサと空からシルフィードがやってくる 「おう、お主もはやいな。」 「(きゅい!早起きはきもちいいのね!)」 突然のことにすこし腰を抜かすシエスタ 「心配いらぬ、これはシルフィードといってな。タバサの使い魔だ。」 「(た、食べられるかと思っちゃった。)」 なんとか立ち上がるシエスタ。 「きゅい!」 「きゃ!くすぐったい!」 シルフィはシエスタから何の敵意も感じないと思うとすぐさま顔をなめだす。 「こやつはなかなかの甘えん坊、気に入ってもらえたようだなシエスタ。」 「ひ、ひええ。」 シルフィードはうれしそうに再び飛んでいった。 「さ、行こうか。」 ちょっとべたべたになってしまった顔をタオルで拭って洗濯場にむかうシエスタであった。 シエスタは最近この時間が楽しくてしようがないようでいつも五ェ門のとなりで洗濯をしている 「あらやだ、シエスタったらまたゴエモンさんの隣ね。」 「んもう、みせつけてくれちゃうわ!」 「うらやましい・・・。」 「シエスタ、拙者の分はもう終わったのだが助太刀しようか?」 思わぬ申し出に声が上ずるシエスタ 「は、はひぃ!あ、あの!お願いします!」 了解をえた五ェ門は自分が洗えそうなものをせっせと洗っていく 「(ゴエモンさんが近い・・・)」 意識が遠のくシエスタに 「シエスタ、如何した?」 「あ!はい、御免なさい!」 現実にもどされてちょっと残念そうなシエスタ 「今日は手伝ってもらってすみませんでした。」 「いや、気にすることは無い。」 「じゃ、また別のしごとがありますからこれで。」 名残惜しそうにさるシエスタ。 「(さて、拙者は鍛錬に励むとするか。)」 日課となっているランニングを始めるゴエモン 「ぐるるる!」 いつの間にかキュルケのフレイムがついてきていた。 「お主も一緒にやるのか?」 「(へい、アニキについていきます。)」 と言ってる様なきがした五ェ門は、フレイムを加えてランニングをするのであるが フレイムは図体がでかい割にはけっこうすばやく動くので十分五ェ門についていける。 「なかなかいい動きだな、フレイム。」 こういう事であまりほめられないフレイムは実にうれしそうだ。 そうして日がある程度のぼるとランニングをやめ、ルイズの部屋にもどっていく。 「(やはり一人でやるよりは張り合いがあると一層の鍛錬になるな。)」 おもわぬ参加者に一人満足そうにする五ェ門 「ルイズ、朝だ」 ぴしぴしと頬をたたかれ、う~んと、間延びするルイズ 「ん~、おはようゴエモン。」 「おはようルイズ。」 そうして何時ものように着替えをして食堂へむかうのである 「じゃ、またあとでねゴエモン。」 ルイズは最近機嫌がいい。 「承知した。」 五ェ門としては最近ルイズに余裕ができてきたことに安心をしている。 「おう!おはようゴエモン!」 「おはようマルトー殿、毎朝かたじけない。」 ハッハッハと、大声で笑うマルトー 「いいってことよ兄弟!いまさらじゃねえか、遠慮するな!」 そうやって朝食を済ませ待ち合わせの場所へ向かう五ェ門 「じゃ、いきましょっか!」 「うむ、今日はコルベール殿の授業であったな、課題はやったのか?」 「当然よ、抜け目はないわ!」 相変わらずの物言いだが近頃は表現も柔らかくなっている。 そして授業が始まる 「はい、課題を前にあつめたら授業を始めますよ!」 今日は教壇に見かけない箱が置いてある 「先生、その妙な箱は一体?」 モンモランシーが声をあげる 「コホン、今日の授業はコレが主役です。」 教室がどよめく 「今日は火の秘薬をつかった実験を行いたいと思います」 そういってコルベールが箱のなかに入れていた三角フラスコを取り出す。 中身には黄色がかったオレンジ色の液体 「(あの液体はもしや・・・・)」 五ェ門がどこかでみたような液体を見つめる 「おっほん、この液体は石炭から錬金の魔法で精製した秘薬がはいっております. この液体は本来、火の魔法を効率よく働かせる役目をはたしますが-」 そういいながら得体の知れない箱へ注いでいく、箱の傍には鞴が据えられている 「この装置は火と秘薬を使った動力を得る装置なのですぞ!」 おお、と声をあげるのは五ェ門のみであった 「こ、コルベール殿、早く動かしてはくださらぬか?」 「・・・くぅう!ゴエモン殿はやはりわかっている!」 ではさっそくと、鞴をふかしはじめ、杖を穴のなかにいれる。 ポン!ポン!と音がなり別の穴からレッドスネークカモンよろしく蛇の人形が出たり入ったり 「鞴で秘薬を気化させ連続して点火すると、このように中で小さな爆発がおきて弁を押し上げるのです!」 ぽかーんと見つめる生徒たち 「素晴らしい発明だな、コレは拙者の故郷でいう“発動機”。」 楽しそうにコルベールと五ェ門は語り合うが既においていかれて なんのことだかさっぱりわからないというような生徒たち-一人のぞいてだが 「(あれは面白い装置だ、蛇の部分を改良すれば・・・・。)」 そうにやけているのは風上のマリコルヌだがいったい何をするために使うのかは誰も知る由はない しいていえば“欲望は進化を促す”とでもいうべきか、それはまた別のお話。 そうしてコルベールの授業がおわりルイズは五ェ門に質問をしてきた 「ちょっとゴエモン、コルベール先生の発明のどこがすばらしいのかさっぱり分からないわ!」 はははと笑う五ェ門 「そうだな、しいていえば馬より早い乗り物ができるというべきかな?」 「んもう、さっぱりわかんない!」 などというやり取りをしていたのであった 昼食時、五ェ門がデザートを配っているときのこと 「ケロケロ!」 音がしたので五ェ門は下を見る 「ケロロ!」 「おう、たしかモンモランシーの。」 その奇妙な模様の蛙は五ェ門がさらに盛っている“フルーツポンチ”をよこせといわんばかりに前足をさしだしてる。 「む?お主に持てるのか、こぼすなよ」 「ゲゴ!」 そういうと蛙は器用に飛び跳ねながらモンモランシーのところへ 「あら!ロビン、貴方が持ってきてくれたの?」 「ケロン!」 かえるに頬ずりをするモンモランシー そこへ五ェ門が一言 「その蛙はモンモランシーの使い魔だったな。」 「あら、蛙ではなくて“ロビン”ですわ。」 ちょっとむくれるモンモランシー 「いや、これはすまなかった。そのロビンはなかなか器用で賢いな。」 笑顔になるモンモランシー 「ロビンをほめてくれてありがとう、ゴエモン。」 そんなやりとりをはなれた場所から 「・・・ゴエモンさん・・・。」 すこし複雑な思いをするシエスタであったが完全な誤解である。 昼食後 五ェ門が昼の鍛錬をしようと外へでる、そこへ藁などを積んだ荷馬車がすれちがう 何気なく五ェ門が荷車をみると 「(あれは、竹ではないか?)」 荷馬車を止める五ェ門 「またれよ、そこの荷馬車」 「へえ、なんでございましょう?」 五ェ門は荷車から竹のようなものを指差す 「あの筒はいったいどこで?」 へんなことを聞くものだと五ェ門をみる農民 「へぇ、この筒はもともと東方からきた植物なんですがね、成長が早い割には使い道がすくなくて」 「どこに生えて折るのだ?」 「それならこのトリステインにも自生しておりますよ、ここから東に7000メイルほど離れた場所は 特に沢山自生しておりやすよ。」 「なるほど、いい事を聞いた。かたじけない。」 そう会釈すると五ェ門は進路を東に取る 「へんな奴だなぁ?」 と、わけのわからないような顔をして学院に届けるのであった。 五ェ門が山道を小一時間程すすんでいくと 「おお、これは見事な!」 目の前には鬱蒼と茂った竹林であった 「(日本の物とは種は違うようだが、これならば申し分ないな!)」 そういうと五ェ門は生えている竹を2~3本分ほどちょうどいい長さで切りそろえ学院にもどっていく 「あら、ダーリンそれって?」 庭の広場で竹を置いていると後ろからキュルケが現れる 「コレは拙者の故郷では“竹”といってな、様々な加工ができる代物なのだ」 ふーん、とあまりきょうみがなさそうに 「じゃ、あたしはまた授業があるからまたね、ダーリン。」 そそくさともどるキュルケ 「キュルケ、すまないがフレイムを貸してくれまいか?」 「あ、いいわよ~、自由につかって・・そのかわり・・・こんどはあたしもつかってね?」 何に使うのだとつっこみたくなるがすでに後姿は遠くである、まもなくフレイムがやってくる 「(お呼びでしょうかアニキ!)」 といっているかのようにやってきた。 「お主の尻尾の火を貸してほしいのだが。」 「(お安い御用で)」 といわんばかりに尻尾を差し出すフレイム そこへタバサの使い魔、シルフィードがやってくる。 「(きゅい!ゴエモンはなにをやっているのね?)」 「(あっしにもわからんのよ)」 獣同士そんなやりとりをしているようだ。 ゴエモンは竹を細長くきり揃え、フレイムの火であぶる 「(きゅい、すっごい!どんどん形がかわるのね!)」 やがて形を整え骨組みが出来上がっていく 「(ゴエモンは編み物もできるのね!すごい!)」 手早く竹を編んでいく 作業を開始してわずか1時間半後 「(素晴らしい材質だ・・一見ただの竹だとおもったが竹より優れた柔軟性がある)」 五ェ門が作っていたのは“三度笠”であった 「火にあぶれば竹よりやわらかくなり、冷えると竹より頑丈になるようだな。」 そういうと早速作りたての笠をかぶる 「(旦那、格好いい!)」 「(いいな!シルフィもほしいな!)」 そんな視線に気がつく五ェ門 「もしかして、お主たちもほしいのか?」 そうだ、といわんばかりに首を振る両使い魔 「そろそろ日が暮れるな、厩舎でまた作業をしよう」」 そういうと五ェ門は2匹をつれ厩舎へ 「(きゅい!ゴエモンは藁もつかってるのね!シルフィ楽しみ!)」 「(あっしには何を作ってくれるんですか?)」 熱心に作業をするゴエモン、やがて完成した頃には夕飯の時間をとっくにすぎていたが 「うむ、できたぞ。」 まずフレイムに完成品をつける 足軽笠である。 「お主は水が苦手そうだからな、雨の日はせめて頭を守るといい。」 「(旦那、ありがとうございます!)」 至極満足そうなフレイム 「シルフィードにはこれだな」 そういうとゴエモンはシルフィードに可愛らしい角飾りを据える ところどころに赤や緑の木の実がつけられている 「(きゅい!かわいいのね!ありがとう!)」 「それと、これはタバサにもっていってくれぬか」 「(お姉さまにも?)」 「聞けばタバサは祖国の任務であちこちを飛び回ることがあるそうだな。この藁蓑と笠をつければ雪や雨もしのぎ易いだろう。」 「(わかったのね!ありがとうゴエモン。)」 そうして二匹の使い魔は嬉しそうに去っていく 「では、拙者も風呂に入って寝るといたそう。」 こうして五ェ門と使い魔の一日は過ぎ去っていくのだ 完全な余談であるが、ガリアではのちにタバサが好んでまとっていた藁蓑と笠は「美しく、強くなれるように」という触れ込みで代々王家のお守りのような形で伝承されていくのだがそれはここでは語れまい。 前ページゼロの斬鉄剣