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「ハ、ハックション!ハックションッ!」 私、園崎魅音は朝から盛大に女の子らしくないクシャミを連発していた。 うう…昨日お風呂上がりにタオルだけ巻いて髪も乾かさずTVに夢中になってそのまま寝ちゃったのが祟ったみたいだねぇ。 軽い頭痛に加え少しボーッとする…どうやら風邪をひいてしまったようだ。 体温を計ってみたら37.0°と表記された。微熱ではあるけどダルさも有るから今日は学校休もうかなと思っていたけどもうすぐ運動会が開催される関係で1時間目から昼まで体育というスケジュールで皆んな昨日から凄い楽しみにしていたんだっけ… それに私は委員長だから挨拶に号令、体育の前準備もしなければならないし私もこの日を楽しみにしていた1人でもあるのだ。 うん、少し大変だけどやっぱり学校に行こうと思ってふと時計を見たらいつもの出発時間を大幅に過ぎていた! いけないっ、委員長が遅刻なんてしたら体育の準備も遅れて迷惑かけちゃうし下級生に示しがつかないっ。急いで着替えて出発しようと思った時にふと閃いた! 1時間目から体育なら今ここで着替えてそのまま授業に向かえば時間短縮できるかもしれないと思いバスタオルを派手にベッド放り体操着に手を取った。 しかし私は風邪で判断力が鈍っていた事と時間的に焦っていた為にブラとパンツを着けずそのまま体操着とブルマを身につけてしまったのである! 急いでいたとはいえなんて失態を犯してしまったのであろうか、しかしもう着替え直す時間も惜しいのでこの格好の上に制服を着て家を飛び出した。 キーンコーンカーンコーン HRが始まる予鈴とほぼ同時に教室のドアを開けて皆んなに挨拶をした。どうやらギリギリセーフのようだ。 「どうした魅音?珍しく遅いじゃねーか」と圭ちゃんに揶揄われてしまい少し照れながら「いやぁおじさんとした事が寝坊しちゃってねぇ、マッハで飛んで来たんだよ。この勢いを体育でも見せてあげるから楽しみにしてな」と意気揚々に返した。 後ろで梨花ちゃんが「魅ぃは遅刻ギリギリになりそうな事を上手く流したのです。」とボソッと呟いていて少し図星をつかれたけどそのままスルーした。 そしてHRが終わり待ちに待った体育の授業が始まろうとした時皆んなが楽しく騒いでる中私は自分の体調が今朝より悪化していることを感じていた。 もともと風邪気味なのに遅刻を避ける為に全力疾走していたのがいけなかったんだろう。しかも汗を拭いていなかったのが追い討ちをかけたようだ。 だけど体育の授業が始まったばかりで自分の為に中断するのも皆んなに申し訳ないと思い不調を隠して授業に臨むべく委員長らしく号令をかけたのである。 玉転がしに、バトンリレー、障害物競走とそれぞれが元気にはしゃいで練習しており私も無理を通して楽しんでいたけどついに2時間目の途中でついに限界が来たようだった。 身体のダルさと頭痛が最大に達してその場で座り込んでしまったのである。ウゥ…もう最悪。 「はう!魅ぃちゃん大丈夫!?」「しっかりしろよ魅音!」「無理はいけませんわ」とレナ達が心配して駆け寄って来て私の身を案じてくれたけどほとんど頭に入ってこなかった。 知恵先生も授業を中断して私に駆け寄り「園崎さん大丈夫ですか!?まあ凄い熱っ、早く保健室に行きましょう!」と身体を支えてくれて2人で保健室に向かう事となった。 「皆さん園崎さんの事が心配と思いますがここは私に任せて授業を続けていて下さい!」 私は皆んなに弱々しく「ウゥ…ごめんねせっかくの体育なのにこんなになっちゃって…」と謝罪したけど、「気にするなよ」「そうですよ早く安静にして下さい。」「魅音さんがいないとつまらないですけどワタクシが盛り上げて見せますわッ」と励ましを受けてクスッと笑い知恵先生と保健室に向かう事になり、グラウンドに残った生徒達は直ぐに授業を再開せず心配そうに2人の後ろ姿を見守っていた。
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悟史くんが目を覚まして数週間。 2年近く寝たきりだった悟史くんはまだまだ思うように身体を動かすことが出来ずベッドの上での生活だけど、悟史くんに話しかけて返事が返ってくる、そのことがすごく幸せに感じられる。 毎日診療所に通い、悟史くんとお話したり身の回りの世話をしたり… 病床に漬け込んで付きまとう私をうっとうしく思ってるんじゃないかという心配もしたけど、悟史くんは“そんなことないよ、詩音には感謝してるよ”と優しく笑いかけてくれた。 今はまだ親しい友人という関係だけど、私が望むような関係になれるのも時間の問題なんじゃないかという希望的観測をしている。 ただ一つ気がかりなことは、もし仮にこのまま悟史くんと恋仲になれたとしても、どうもその先…身体の関係に結びつきそうもないということだ。 なぜそう思うのか、それは悟史くんの性の知識に問題がある。 歳の近い圭ちゃんなんかと比べて、明らかに悟史くんはそっち方面に疎い。 まぁ圭ちゃんを引き合いにするのは妥当とも言えないけど… 悟史くんは圭ちゃんのような変態ではないので女の子の前でそんな話題をしようとしないのは分かる。 でも違う、話題を避けているだけでなく明らかに知らないのだ。 みんなでふざけて品のない話題がでた時、悟史くんは沙都子とまるっきり同じを反応をする。分かっててとぼけてるレナさんなんかと違う、あれは完全に分かっていない反応だ。 何より決定的なのは診療所で洗濯する下着。毎日のようにこびり付いているのだ、夢精の跡が、それはもうべったりと。 断言できる、悟史くんはオナニーをしていない。いや、オナニーを知らない。 私ももう高校生だ。好きな人と一緒にいたいってだけじゃない、性的な欲求だってある。 でもオナニーも知らない悟史くんと性的な関係を築く図がどうしても想像できなくて、募る欲求をうまく抑えられなくて… 正直に白状すると私は最近、葛西に頼んで欲求不満の解消を手伝ってもらった。 今でもそれを過ちだとは思っていない。恋愛の情とは違うけど葛西と繋がれたことは嬉しく思うし。 それでもやっぱり好きな人と心も身体も繋がりたいというのは女の子として当然のこと。 そしてそれはこのままの悟史くんでは到底無理なのだ。 ならば私が、悟史くんに人並みの性の知識と欲求を持ってもらうように仕向けなければ。 とは言っても、まず何をすればいいものか… いきなり悟史くんの病室で正しいセックス講座なんて開くわけにはいかないしなぁ。 あぁそうだ、まずはオナニーのこと教えてあげなきゃ。 このままじゃ悟史くんはほぼ毎日のようにパンツを汚してしまうだろう。 悟史くんも汚れたパンツ出すのは恥ずかしそうにしている。 でも自分で洗いにいく体力はないし、どうして汚してしまうのかも分からないんだろう。 うん、そうだ。そのことをさりげなく教えてあげよう。 朝、診療所が開くのと同時に私は悟史くんの病室にやってきた。 ここ数日、悟史くんのパンツは汚れていなかった。おそらく今日辺りは溜まっていたものが噴出してしまっているだろう。 ちょっとかわいそうだけど悟史くんの為だ、今日はそれを指摘してあげようと思う。 コンコン、まだ寝ているかもしれないから控えめにノックする。 「悟史くん?起きてますか?」 「あぁ、どうぞ詩音。起きてるよ」 「お邪魔します、悟史くん。よく眠れましたか?」 「うん、昨日はちょっと暑かったけどね。ちゃんと眠れたよ」 「それは良かったです。朝早くから押しかけちゃってごめんなさいです」 「ううん、いいよ。ここにいると一日中退屈なんだ。詩音が来てくれて話し相手になってくれると嬉しいよ」 「あはは、お役に立てて光栄です。それで早速なんですけど洗濯をしちゃおうと思うんです。 申し訳ないんですけど今着てるやつも洗濯に出しちゃってください」 「えぇ?今着てるのもかい?」 「はい。昨日は暑かったから大分汗かいたんじゃないですか?」 「う、うん、確かにぐっしょりだ。わかったよ」 悟史くんは患者用の寝巻きを脱ぎ始めた。キメ細かく透き通るように白いきれいな肌が露になる。 そのまま見ていたいけど、悟史くんに悪いので作業をして目を逸らしておく。 下の寝巻きは布団の中で脱いだみたいだ。腰から下は布団を掛けたまま、脱いだ寝巻きを私に差し出す。 「じゃあ、よろしく頼むよ」 「あ、悟史くん下着もですよ」 「し、下着はいいよ。昨日替えたし」 やっぱり渋ったか。 「汗かいたままだとよくないですよ。新しい下着で一日気持ちよく過ごさないと。すぐ新しいの用意しますから」 「む、むぅ…」 かなりしぶしぶだけど悟史くんは下着も脱いで渡してくれた。 悟史くんから受け取った下着は…うん、重い。やっぱり私の予想通り昨夜は夢精をしてしまったようだ。 よし。ここからが勝負だ。さりげなく、うっかり気付いてしまった風を装って… 「あ、あれ?」 下着の股間部分を持って私は言う。 「なんか、随分湿ってますね…」 「あ、う…、むぅ」 悟史くんは、真っ赤になって俯いてしまった。湿った部分の中をひっくり返し中身を確認する。 白濁した液体が下着を汚していた。 「さ、悟史くん、あのコレって…」 「む、むぅ…その、精液だと思う」 「…ですよね」 多分、おねしょだと勘違いされるのがイヤだったんだろう。悟史くんは真っ赤になりながらも、ごまかさずに答えてくれた。 少なくとも、それが精液だと言うことは知っているようだ。 「ご、ごめん。汚くして。どうも寝てる間に出ちゃうみたいなんだ…」 「いえ、気にしてませんから。その、聞いたことあります。夢精って言うんですよね?」 「そうなんだ?」 「え、えぇ。男の人は溜まると夜中に勝手に出ちゃうって。…あの、悟史くんて、その…ぉ、オナニーとかしないんですか?」 「えっと、おなにーって何だい?」 「ぁ、ぅんと、その自分で精液を出すんです。ホントにやったことないんですか?」 「う、うん。おかしいのかな?」 「普通は中学生くらいから男の子はみんなやるみたいですよ?圭ちゃんなんかもしょっちゅうやってます。」 あ、見たわけじゃないですよ。と付け加えておく。 「圭一も…そっか、知らなかったよ。でもそれに何か意味があるのかな?」 「い、意味は…まぁ色々ありますけど。そうやって自分で出しておけば、寝てる間に勝手に出ることもなくなるみたいですよ?」 「そっか、オナニーをしてなかったからいけなかったんだね。分かった、じゃあ今度からちゃんとオナニーするようにするよ」 あぁ、なんて純粋なんだろう悟史くん。こんな純粋な悟史くんにオナニーする宣言させてしまったことに 若干罪悪感を覚えるけど、彼のためでもあるんだからしょうがない。 このまま知らずにいても困るんだろうし。 「で、どうしたら精液が出てくるんだろう?」 うん、そっか、そうだよね。やったことなきゃ分かるはずもないか。 でもどうしよう、女である私が男の子のオナニーの仕方知ってるなんてエッチな子だと思われてしまうだろうか。 そんなにカマトトぶる気もないけど、言葉にするのはやっぱり恥ずかしい…いや、いまさらか? 多分悟史くんは気にしない、というより基準が分かってないから気付かない…かな。 「あ、えっと、本で読んだんですけど、擦るんだそうです」 「こする?何をだい?」 「ぅ、ぉ、おちんちんを、です…」 「むぅ、…擦るだけでいいのかな?」 「えーと、いやだめかな。そのまま擦るんじゃなくて…」 あー、もうしょうがない。やっぱり悟史くんには性の知識は皆無だ。 このままじゃ到底私が悟史くんに抱いてもらえる日なんて訪れないだろう。 もう恥ずかしがってはいられない。私が悟史くんを導いてあげねば。 「悟史くん、悟史くんはおちんちんが大きくなってしまうこと、ないですか?」 「ん、あるよ。朝起きたときとかは大きくなってる。」 「朝以外では?例えばその、エッチなことを考えてしまったりとか、エッチな場面を目撃してしまったりとか…そうゆう時に大きくなりません?」 「え、エッチな?…む、むぅ」 そんなに予想外の単語だったのだろうか?悟史くんは真っ赤なまま狼狽し、考え込んでしまった。 しばしの沈黙の後、悟史くんは口を開いた。 「そ、そういえば昔、いつだか忘れたけど、学校で魅音のスカートがめくれてパンツが見えてしまったことがあったんだ。あの時は、うん、たしかにちんちんがむず痒いような変な感じがして、…おっきくなってたんだろうね。ズボンの上からでもちんちんが分かりそうですごく恥ずかしかったのを覚えてるよ」 「そうそう、そうゆうのです」 うーむ、昔の事とはいえ悟史くんがお姉のパンツに欲情してたなんて聞くとなんとなく癪に障るな…。 くそ、今度腹いせに圭ちゃんのをおっきくさせてやる。 「あ、あと野球の試合のとき…あの時の魅音は多分詩音だよね?ほら、詩音とハイタッチしようとして僕、間違えて詩音の胸を触っちゃったじゃないか?詩音の胸すごく大きくて柔らかくて、初めての感触でさ、すごいドキドキしたらちんちんも大きく堅くなっちゃって…。しばらく元に戻らなくて大変だったんだよ」 「ぁ、ぅ、そ、そうだったんですか…」 さ、悟史くん、私の胸でおっきくしてくれてたんだ。 さっきはお姉に悪態ついたけど、いざこう言われると、かなり恥ずかしい。まぁ、そりゃ嬉しい、けどさ。 「あ、ご、ごめん恥ずかしいこと思い出させちゃったかな?」 「ぃ、いえ、全然。…コホン、まぁそうゆう風にですね、エッチなことでおちんちんを大きくしてから擦るんだそうです。さらに擦りながらもエッチなことを考えた方がいいみたいですよ」 「えっちなことを考えて、大きくする…?」 「そうです、さっきみたいなエッチなシーンを思い出したり、女の子の裸を想像してみたりしながら擦ってればそのうち精液が飛び出してきますから」 「うん、そうか。でも、勝手に裸とか想像したりしたらその子に悪いんじゃないかな?」 「あ、うーん、まぁ、確かにそうゆうの嫌がる女の子もいますけど…でも普通そんなこと気にしないです。どうせ分からないんだし。悟史くんてホント律儀ですねぇ」 「む、むぅ、そんなことないけど。でもやっぱりそんなこと勝手に想像するのは申し訳ないよ」 悟史くんはいい案だったけど実現不可能だとでも言うような雰囲気で俯いてしまった。 勝手に想像できないって、許可でも取るものだと思っているのだろうか。 つまり許可があれば安心して想像できるのかな。 「…その、例えば、わ、私なら想像してもかまわない…ですよ。」 「…え?えと…し、詩音?」 あぁぁ、私何馬鹿な事口走ってんだ。引かれた。絶対引いたよね悟史くん。 どうぞ私の裸想像してくださいって言ったようなもんじゃないか。バカ詩音、どうする?なんとか誤魔化さないと。 「…な、なーんて私のなんて想像しても面白くないですよね。ははは。その、気にしないでください例えばってだけなんで。別に許可なんていらないんですから悟史くんの好きな子を勝手に想像すればいいんですよ。そうだほら、レナさんとかどうですか?レナさんも別に気にしないと思いますし。あとは梨花ちゃまとか。梨花ちゃまは巨乳に想像しないと怒るかもですけど…。あ、沙都子は駄目ですよ沙都子は。あは、あははは」 「あ、いや、あの詩音がそう言ってくれるんなら僕は詩音の裸を想像することにするよ」 「ぁう。さ、悟史くん。別に無理してくれなくていいんですよ?ホントに、悟史くんの好きなようにすれば」 「うん、だから僕の好きなようにするよ。僕は詩音の裸を想像したい。詩音、僕が想像してもいいかい?」 「あ…は、はい。どうぞです…」 悟史くん、私を想ってオナニーしてくれるんだ…。単なる社交辞令かも知れないけど。 いや、悟史くんのことだからホントに、許可を取ってない女の子のことなんて想像できないだろう。 きっと律儀に許可を得られた私のことだけをオカズにしてオナニーするはず。悟史くんはそういう人だ。 …見てみたい。悟史くんが私をオカズにしてオナニーするところ。 「あの、悟史くん。今、一度試してみますか?」 「い、今!?オナニーをかい?そ、それはさすがに恥ずかしいよ」 「布団の中ですれば見えないから大丈夫ですよ。ちゃんと正しく出来てるか教えてあげられますし」 「む、むぅ…むぅ。た、確かにみんな普通にやっていることならちゃんとできなきゃまずいのかな。一度ちゃんと教えてもらった方がいいって気もするけど…でも」 悟史くんは腕組みをしながらうんうん唸っている。 さすがにコレは無理だろう思って聞いてみたことだったけど、悟史くんは真剣に悩んでいるようだ。 「し、詩音が嫌じゃなければ、指導してもらおうかな…」 「私は嫌じゃないですよ。じゃあその、悟史くん頑張りましょうね」 「う、うん。よろしく頼むよ」 わ、わ。ホントにいいんだ。悟史くんここでオナニーしてくれるんだ。 好きな男の子がオナニーするところ目の前で見学できるなんてすごい出来事だ。 逸る気持ちを抑えて一つ咳払いをする。 「コホン、えと、まずは…」 まずは服を脱いでもらおうと思ったけど、気付けば悟史くんはさっきから布団の中で全裸のままだった。 結局グダグダ話してて私が替えを用意してあげなかったせいだ。まぁ脱ぐ手間が省けて結果オーライか。 「服は脱げてるんで、さっき言ったようにエッチなことを想像してみてください」 「うん、わかった」 悟史くんの視線が私の全身に注がれる。 頭のてっぺんからつま先まで下ると、悟史くんは深く呼吸をして視線を胸に釘付けた。 おそらく悟史くんの頭の中で私は上半身の服を脱がされブラジャーを取り払われているところだろう。 そう考えていると体がかぁっと熱くなるのを感じる。 私の胸はどんな風に想像されているんだろう。 今後実際に見せるようなことになったとして、想像と違くてがっかりされたりしないだろうか。 そんないらぬ心配をしている間に悟史くんの視線は私の下半身へと移ってゆく。 あぁ、分かる。今まさに私が一糸纏わぬ姿とさせられたのが。 だって薄い布団越しに股間の隆起がはっきりと見て取れるから。 恥ずかしさで金縛りにあったみたいに身体が動かない。 けど何とか気持ちを落ち着かせ私は次の指示の言葉を搾り出さねば。 「―――そしたら、ぉ、おちんちんをそっと擦ってみてください」 「ん…」 悟史くんは股間に手を伸ばし、ぎこちない手つきでそれを擦り始めた。 あぁ、でも違う。さすが悟史くんだ。 当然握って擦ると思っていたが、悟史くんは掌で上から撫でている。 「そうじゃなくて、その…」 勝手に見たり触ったりしては申し訳ないので、私は彼の布団の中に手をいれ、彼の手をソレを握るように誘導する。 「こうやって握って、上下にそっと…そう、そんな感じです」 ゆっくりと撫でるような擦り方だけど、初めての悟史くんにはそれだけで十分な刺激だったようだ。 「あ…なんだか、コレ不思議な感覚だね。んぅ…」 快感を感じているのだろう。ただ恥ずかしそうだった悟史くんの表情は恍惚としたものに変わってゆく。 「気持ちいいですか?」 「ん、うん。多分これは…気持ちいいんだと思う、んっ、はぁ」 「悟史くんが気持ちいいと感じるように徐々に強く擦っていってください」 そんなこと言わなくてもこの頃になると悟史くんは、自分で更なる快楽を求めて陰茎に強い刺激を与え続けている。 息は荒くなり、時折くぐもった声が漏れる。その間中、悟史くんの視線は私の身体に注がれたままだ。 初めは胸と股を行ったりきたりしていた視線も、今や股ぐらに集中して離れない。 悟史くんの視線を受け、その彼の大事なところが快楽に溺れている様子を目の当たりにすると私自身のソコが彼を悦ばせているような錯覚に陥り、いやらしくヒクつくのを感じた。 「ぅ、はぁっ、はぁっ…」 腕の動きが早くなり、悟史くんは快感に喘ぐ。 あぁ、彼と快感を共有できないのがもどかしい。 「はぁっ……あっ、あっ、あっ!」 悟史くんは突如前屈みになって大きく目を見開いた。 しまった!私が惚けている間に彼はもう絶頂間際だ。そのままでは布団を汚してしまう。 「悟史くん待って!」 「あっ…あぁぁぁぁぁっっ!!」 慌てて彼に駆け寄り、彼の股間から布団を引き剥がしたが手遅れだった。 勢い良く飛び出した白濁液は布団に飛び移り、さらに勢いの収まらないソレが辺りに撒き散らされる。 まずった、後処理のことをすっかり失念していた。正しく教えるとか豪語しといてなにやってるんだ私は。 おまけに悟史くんの大事なところ勝手にしっかり見ちゃったし。 それも射精する瞬間という、おそらくもっとも恥ずかしい場面をだ。 初めて見た悟史くんのソレはなんてゆうか、うん、結構小さい方だとおもう。 アダルトな雑誌に出てる人や、葛西のものみたいな太くて逞しい肉棒っていう感じではなく、小さい子が精一杯背伸びして胸を張ってるような。 男の子はペニスが小さいのを気にするのかもしれないけど、私は悟史くんのがコレでちょっと安心した。 別に太いのを入れられるのが怖いっていう意味じゃない。 こんな可愛い悟史くんに自己主張の激しいグロテスクな逸物が付いていたらなんか嫌だからだ。 彼同様にいとおしくなるような可愛らしいペニス、萎えていく様子が可愛くてついじっくりと見入ってしまった。 女の子に間近で股間を凝視されているという状況もかかわらず、彼はソレを隠そうとする様子もない。 初めての絶頂の余韻にすっかり惚けてしまっているようだ。 肩で息をしながら、ぼんやり天井を眺めている。 私はベッド際においてあったティッシュBOXに手を伸ばし、悟史くんの飛び散らした液を丁寧にふき取っていく。 「ごめんなさい、悟史くん。ちゃんと教えるって言ったのに、布団を汚させてしまって」 「ぅん…あ、ご、ゴメン詩音。僕また汚しちゃったね。あぁっ、詩音の顔にも付いちゃってる、ゴメン汚いのに」 え?あぁ、本当だ。私の顔と髪にもベットリしたものが付いている。 「い、いえ私がちゃんと教えなかったから悪いんです。えっと、今更になっちゃいましたけど、イキそうになったら…ってわかります?最高に気持ちよくなって、精液が出てきそうっていう感じになったらティッシュか何かで受け止めるんです」 「うん、わかったよ、ごめんね」 「今回のは悟史くんのせいじゃないですってば」 そう言いながら私は自分に付いたものもティッシュでふき取った。 コレが付き合ってて初Hの後とかだったら、顔に付いたのを舐めて汚くないですよアピールしてあげてもいいんだけど。 付き合ってもない女の子にそんなことされたら多分引くだろうから自重しておく。 「…それにしてもオナニーってすごく疲れるんだね。でも、なんていうか…すごく気持ちよかった、かな。あんな感覚初めてだったよ。」 相変わらず惚けた表情のまま悟史くんはつぶやく。 だいぶ疲れたようだ、病み上がりなのにちょっと無理させてしまったかもしれない。 「男の子はみんなオナニー大好きですからねぇ。いままでしてなかったのが悟史くんぐらいなものですよ。」 「む、むぅ…でもみんながしたがるのなんか分かったよ…これは、ちょっと病み付きになりそうだ。」 「悟史くんー、でもオナニーばっかりしてちゃ駄目ですよ。あ、あと間違っても人にオナニーしてるなんて言っちゃ駄目ですよ。」 「えぇ?やっぱりコレちょっといけないことだったんじゃないかい?」 「ぅと、まぁいけなくはないですけど、恥ずかしいことではありますねぇ。」 「むぅ…それを詩音の前でするなんて…僕は今日とんでもなく恥ずかしいことをしたんじゃ…ないかと…思ぅ……」 「悟史くん?」 目蓋が落ちている。口元からは小さな寝息が聞こえた。疲労と絶頂による虚脱感とで眠くなってしまったようだ。 全裸のままではすぐ風邪を引いてしまうだろう。私は急いで着替えを用意し、下着と寝巻きを着せてあげた。 布団も汚れたから別のに替えて洗濯しなくては。 洗濯ものをまとめて病室を出る前にもう一度悟史くんの顔を見る。 無垢な寝顔をみると、幼い子を騙していたずらしたような、そんな気になってちょっぴり良心が痛む。 「ごめんね、悟史くん。おやすみ」 額に軽くキスをして、私は病室を後にした。 さてと、今日は絶好の洗濯日和だ。 -
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「あっはは、今度は梨花が鬼の番でしてよ! 」 「みー。本当に角の生えた鬼さんに捕まってしまったのです」 「あうあう……ボクは鬼なんかでは無いのです!! 」 かわいい……どうしてなのだろうか。あのような小さな女の子は純真で無垢なんだろうか。汚れなんて何も無い天使のような存在。いや、天使よりも至上の何か。神様が与えてくれた奇跡とでも言えばいいのだろうか。 無邪気に走り回る小さな女の子たちを見るとぽうと体の下半身の芯が熱くなって…… 『元気だねえ沙都子たちは』 また空気が読めない胸のでかい女が私の心に土足で入り込んできた。いつもいつもいつも邪魔ばかりする、汚い大人への発育の始まっている女。私もその過程にいることはもちろん自覚している。心も体も汚れを浴びる大人への階段。避けることのできない悲しい道。そんな中に自分もいるのが侘しい。 せめてあの子達はそんな汚れを浴びて欲しくは無い。見たくない。汚されたくは無い。 ……違う。心の表はあの子達を心配している。底は違う。汚れを知らないあの子達の純真を骨まで食べたい。知ってしまう前に食い尽くしてあげたい。 沙都子ちゃんのあのタイツに包まれた足と気丈を振るいながらも本当は弱々しい心のうちを締め上げたい。 羽入ちゃんの二本のそそり立った角を舐りまわしたい。 梨花ちゃんのあの黒髪の中の顔をうずめて毛髪を吸い取ってあげたい。 気にも掛けずに話し込んでくる魅ぃちゃんの戯言を流しながら私は再びあの無垢な三人を視姦し始めた。 私がこんな性癖を持ったのはなぜだろうか。気が付いたら小さな、しかも自分と同じ女の子に興味を持ち始めていた。子供のときに見た大人、母親と父親の汚い大人の内を知ってしまったからだろうか。 それとも、雛見沢には魅力的な同い年の男子がほとんどいないことが起因したのか。 わからない。もしかしたら誰も、獣すら持っていない狂った異常な性癖を授かって私は生まれ出でたのかもしれない。 「んはぁ……すごい……かぁいいよう……んくぅ」 家のベッドに潜るといつも始まる私の慰み。俗に言うおかずはあの小さな三人の写真。 毎日、ローテーションを組んであの子達を犯し、犯されるのだ。羽入ちゃんの角が私の秘裂に食い込んでくる。私の垂れ流した淫液で濡れた角が怪しく光る。 「羽入ちゃん駄目……んああ! 大きいのが……いっぱいだから……ね」 自分の指を引き抜いていく。自分の出したよだれにまみれた指先を舐め回す。 さらなる刺激を求めて、私はおかずを変えた。それは一昔前の写真だ。昔と言っても片手で数えられるぐらい年数。写っていたのはショートカットの似合う笑顔の眩しいかぁいい子…… 「もっとレナを見て、ん! もっと頂戴……ねっ……」 よつんばいになった私は写真の少女を凝視し両手の指で秘裂をかき回す。 「あっ……」 真っ赤に腫らした突起に触れた瞬間に私は絶頂を迎えた。 「ハア……はあぁ……良かったよ……礼奈ちゃん……」 私が最後におかずにしたのは紛れも無い、幼い頃の私の写真だった。汚れをまだ知らない綺麗なころの私自身を私は犯したのだ。 今日の部活は鬼ごっこだ。鬼は圭一君。いっせいに皆散っていく。 ───わざと捕まってやろう……まずは 圭一君に気付かれないように速度を落として私は捕まった。 「はぅぅ、レナが鬼になっちゃった……」 「レナさーん! こちらでしてよ! 」 少しだけ掠れて艶めかしい声が私を呼ぶ。沙都子ちゃんだ。 ───ふふ。すぐに捕まえて、お持ち帰ってあげるね。 狙いを定めて一気に距離を詰めた。やはり小さな女の子の足じゃあ到底私には及ばない。弱々しさの見える沙都子ちゃんのその非力さに私は劣情を感じた。 「捕まえたよ。沙都子ちゃん!」 激しい息切れを起こす沙都子ちゃんを抱き留めるように捕獲した。 「はあ、はあ……レナさんには適いませんわね……」 生温かい息と肌からにじみ出る沙都子ちゃんの汗を目一杯堪能する。その汗と息を舌の上に乗せたいという衝動が巻き起こるがここは自重しておく。その代わりに黄金の輝きを引き放つ髪の毛に自分の頬を擦り付けてあげる。 「はっ、はうぅぅ。気持ちいいよう……」 「もう、レナさん。くすぐったいですわ」 でも今日の沙都子ちゃん……何か変だった。いつもの調子を出せてない…… そんな感覚。いつもでも見ているから私には分かる。特に運動した後には必ずと言っていいほどに顔を紅潮させて…… 「あの、レナさん……」 体育の授業のあったその日の放課後に小声で沙都子ちゃんに相談を持ちかけられた。 帰宅しようとした矢先の思いがけない出来事に気持ちが上昇していくのが分かる。 「どうしたの……沙都子ちゃん? 」 ゆっくりと諭すように天使に話しかける。しかしながら俯いたままで顔を朱に染めているだけだった。とてもいい顔。 「大丈夫だよ、沙都子ちゃん。誰にも話したりはしないから」 「…………」 上目遣いでこちらを見てくる沙都子ちゃんに気が遠くなるのを覚えてしまう。これだ。沙都子ちゃんの時折見せるこの弱々しさ。気丈さとのギャップに私は魅入られて深みに落ちていってしまう。いつものこと。 意を決したように沙都子ちゃんは口を開いた。 「私、最近胸の辺りが……こう、なんていうか熱くなってしまう……と言いますの?特に運動した後は衣擦れみたいになって、じんじんと……疼いてしまうんですの」 疼くという卑猥な言葉が出てくるなんて……沙都子ちゃん…… 「そ、そうなんだ。沙都子ちゃんもそういう時期になっちゃったんだね……」 冷静を努めて説明を行う。 「経験がお有りなんですの? 」 「大人になるときはどうしても敏感になる時期か来てしまうものなの。レナや魅ぃちゃんはもう済んだかな……」 沙都子ちゃんが苦しんでいるのは一種の成長痛だろう。疼いてしまうという表現も決して彼女は卑猥を以って話したのではない。でもこれは無二の好機だ。私の頭の中であらゆる算段が繰り返される。冴えた頭が照らし出したのは…… ───本当に持ち帰ってしまおう 「……ねえ、沙都子ちゃん。レナの家に来ない? その痛みについて色々と対処の仕方を教えてあげるから……」 「本当……ですの? 」 「大事な仲間のためだからね……おいでよ」 圭一君が普段連呼している仲間という言葉を餌にして返事を待つ。 「ありがとうございますわ、レナさん。話をしてよかった……」 「ふふふ、じゃあ行こう。すぐに楽になるから……ね」 疼痛に悩む純真な沙都子ちゃんが釣れた。欲望が現実になるのはもう、時間の問題だけ。これで九分九里、未発達の青い女の子をこねくり回すことができるはず。だってもう釣れてしまったんだから。陸に揚がってしまうのだから。 私の頭の中には二重、三重に性欲プランが構築されている。トラップの達人でさえ回避はできない。欲情にまみれた笑顔を貼り付けて私は沙都子ちゃんの手を取った。 自宅に招きいれた私は自室に招き、性の講義を始めた。 沙都子ちゃんは疼痛を防ぐために。私は沙都子ちゃんを料理するために。 「良い、沙都子ちゃん? 今あなたを悩ませている疼痛……胸の疼きはね、成長痛って呼ばれているものなの」 「成長痛……」 まっすぐに私を見据えている沙都子ちゃんの視線をジンジンと感じながら、私は言葉を続けた。 「そう。人が大人の階段を登り始める時期に必ず訪れてくるものなの」 「大人の……では私は大人になり始めているんですの? 」 沙都子ちゃんの表情が少しだけきらめきを放ったような気がした。 「……沙都子ちゃんは大人になりたい……? 」 答えを聞きたくない質問を私は投げかけた。 「……ええ。早く大人になりたいですわ」 心の底がゾッと急激に冷え込んでしまうのを覚えた。 「早く大人になって、にーにーやレナさんのような立派な強い人間になって生きていきたいんですの……」 「でも、大人になることは辛いことだと思うよ。いろんな汚いものを体と心に刻み込まれる……それはとても……」 「いいんですの」 私の言葉は中途で遮られた。 「そのようなものを全て受け入れて、立派な人になれるのだと私は思っていますわ」 「沙都子ちゃん……」 そんな……嘘だ嘘だ。あんな汚らわしい存在に夢を見ているなんて……腐りきった大人に早くなりたいなんて……じゃあその無垢な笑顔は何? 澄み切った瞳とあなたの弱々しい心は何だったの? 買うことのできないその純真さをあなたは捨てようとしているの? 私が毎日どんなに沙都子ちゃんを想ってきたか……駄目だ、沙都子ちゃん。腐り切って、賞味期限が過ぎる前に何とかして…… 食べなきゃあなたを。 いいよ、沙都子ちゃん。あなたがその気なら。あなたの思いを尊重してあげる。 でもそれは体裁だけ、外側だけ。食べるための口実のために利用する。 「話が逸れましたわね。本題をお願いしますわ」 「まず、沙都子ちゃん。運動をした後に特に痛くなっちゃうこと多くない? 」 「ええ、おっしゃるとおり……今日の体育の後なんかすごくて……」 今も疼きがあるのだろうか。胸の辺りを押さえながら沙都子ちゃんはつぶやいた。 「衣服との擦れ合いによってそれは起こってしまうことが多いの。それを防ぐにはね胸の突起……つまり、うん、沙都子ちゃんの乳首を保護してあげれば軽減するの」 乳首という言葉にぴくりと体を震わせたのは気のせいじゃあない。 「じゃ、じゃあどうやって保護すれば……」 「適当なシールみたいなのを貼ってあげるの……」 「シールを貼ればいいんですの……」 ふふふ、本当なら適当なブラを当ててあげれば擦れあいは防げる。でも、この子は無知。だから少しばかり恥ずかしいことを吹き込んであげる。小さな子供にいたずらを掛けるロリコン魔の気持ちが少しだけ理解できた。 「シールって言われましても具体的にどのような……」 小首をかしげた沙都子ちゃんにさらなる嘘を吹き込んであげた。 「一般には絆創膏がいいんだよ、沙都子ちゃん……」 「そう、絆創膏を貼るんですの……」 「貼り方も教えてあげなくちゃね……沙都子ちゃん、お洋服脱いでくれるかな」 沙都子ちゃんの目がくっと見開いた。わずかな赤みを帯びている瞳が揺れ動く。 「ぬ、脱ぐんですの? 」 少し軽率だったかな。でも…… 「沙都子ちゃん、よく聞いて。これはあなたのために、あなたが大人になるためにやっていることなの。恥ずかしいことかもしれないけれど、沙都子ちゃんの成長のためにレナはね、言うの。あなたが立派な大人の人になって欲しいから。ね、だから……」 自分に妹がいたらこうやって諭していくのだろうか。考えを張り巡らせて、私は言葉を選んでいった。そうしていけば目の前にいる幼女は…… 「ごめんなさい、レナさん……レナさんがこんなに親身になってくれるなんて……ありがとう」 ほら、大人という言葉を出せば沙都子ちゃんは簡単に折れてくれる…… 一見はわがままそうな感じだが押しにはとことん弱い女の子…… 「レナさんが……私のねーねーみたいに……」 そして筋金入りの甘えん坊さん…… 「ふふ、じゃあねーねーの言うこと聞いてくれる? 」 「はい、分かりましたわ……」 そうして沙都子ちゃんは自分の上着を脱ぎ始めた。 「これでよろしいんですの? ……やっぱり……恥ずかしいですわね」 上半身をさらけ出した沙都子ちゃんが目の前にいる。紅潮した顔を携えて、胸の辺りを両腕で隠している。その困惑した顔とみずみずしい素肌が私の唾液の分泌を促す。溢れる生唾を飲みながらじっくりと舐めるように見た。 「じゃあ、腕をどかしてみようか、沙都子ちゃん……」 「……わかりましたわ」 ゆっくりと両腕を下に降ろしていく。 「んっ……」 突起が空気にさらされて、くぐもった厭らしい声を沙都子ちゃんは吐いた。 毎晩オナニーで夢想していた幼女の乳首が今、目の前にある。夢みたいな光景に私の胸の突起も勃起してきた。 「はうぅ、沙都子ちゃん、少し赤くなっちゃてるね……」 沙都子ちゃんは二つの突起は真っ赤に腫らしていた。歳にしては大きめの膨らみに付いた沙都ちゃんを疼かせる神経の集まり。 「はい、これが……たまらなく……疼いて仕方がないんですの……」 少し涙を浮かべている沙都子ちゃんにくらくらになりながらも、私は冷静を呼び戻す。 「うん、じゃあ、絆創膏の貼り方を教えるね。とりあえず、今はレナの指が絆創膏だと思ってね」 沙都子ちゃんの後ろに回りこみ、抱き込むようにして両手を沙都子ちゃんの体の前面に回した。 「……ひぅ! 」 両の人差し指の腹でそっと突起を抑えてあげる。待ちに待った幼女の突起に触れた。 ───幼女の……甘えんぼ幼女の乳首が私の指に…… コリコリしてあげたいけれどここはまだ我慢。 「こうやってね、突起を包み込むようにしてあげるの……こうして動かしても、あまり痛みを感じてしまうことはないはずだよ……」 指の腹を押し付けたまま左右に揺すってやると…… 「んん、レナさん……そ、そんなに、動かしちゃあ……」 こうやって艶めかしく鳴いてくれる。そんな鳴き声されると……もう…… 「あ、あっあっ! レナさん……指が……」 「ほら……こんなに動かしても大丈夫……鬼ごっこしても缶蹴りしても大丈夫だね……」 ごめんね、沙都子ちゃん、でも大人になるためには必要なんだよ?私の愛撫に耐えられなくなったのか、私にのしかかるようにして体重を預けてきた。心地よい重みが私を支配する。 「レナさん……何か、痒くて……んぁぅ、あ、熱いのが……」 ふふ、きちゃってる、きちゃってる…… 「これで絆創膏の貼り方分かったよね……」 目をつむって大きく息を吸っている沙都子ちゃんを見下ろす。ゆっくりと頷いた沙都子ちゃんに対して私は再び言葉を紡いだ。 「じゃあ次は、今まで溜まってた凝りと張りを解消させるマッサージ教えるね」 「はい……それを行えば、さっきの……痒いのと熱いのが……取れるんですの……? 」 私の膝の上に乗っている沙都子ちゃんは大きな瞳を潤ませながら問いかけてきた。 「お願いしますの、レナさん。私……もう何か、おかしく……なって」 さっきのがよほど効いたのだろう。私の手を握り締めて必死に哀願してきている。 「でも、ここじゃ駄目。沙都子ちゃん、ここじゃ風邪引いちゃうから。ね?お風呂場に行こう? 」 「お風呂……はい、行きますわ……お風呂……」 「まず背中と髪を洗ってあげるね沙都子ちゃん」 こくりとうなずく沙都子ちゃんの背後に回ると、泡を立てたスポンジを体に当ててあげた。でも…… 「……んん、やぁ、レナさん、スポンジが……」 スポンジの刺激に敏感な肌が耐えられないのだろうか。あてがうごとに吐息を漏らしていく。このままごしごしと直接乳首を擦ってあげたい衝動に駆られるのだがここも抑える。内心はバクバクなのだけど。 そこで私はスポンジから泡だけを取り、素手で体の隅々まで洗ってあげることにする。洗い終えた私は、沙都子ちゃんのふんわりとした髪の毛を洗いにかける。 「痛くない? 沙都子ちゃん? 」 「はい……とても優しくて気持ちいいですわ……」 まだ青々しいにおいを放つ沙都子ちゃんの髪を指先に憶えつけるように触姦する。 「んん、気持ち……いい……なんだか本当のねーねーに洗われているみたい……」 ……そう。私は今この子、姉になってあげているのだ。いきなり獣になってこの子を襲ったらねーねー失格になっちゃうから……まだまだ泳がせないと。 「それじゃあ、次はマッサージですわねレナさん」 体を清めた私たちはついにマッサージの準備に取り掛かる。沙都子ちゃんはこの胸の疼きを止め様として躍起になってる。もうすぐだよ沙都子ちゃん。いっぱいほぐしてあげるからね。 「そのマッサージは……あの……痛いのですの? 」 「ううん。全然そんなことない。むしろ、疲れや凝りが取れて気持ちいいの」 だって……性感……マッサージだもの…… 純情さをひしひしと見せ付けてくる沙都子ちゃんに少しの罪悪感を感じる。駄目なねーねーでごめんね。 お風呂場の床にバスタオルを敷き詰めて直に座っても痛くないようにする。沙都子ちゃんに座るように指示し私はローションを手に取った。 「これ? これは肌の滑りをよくするためのものだよ。これを塗っておけば痛みを抑えてマッサージできるの」 「この……ローション? をレナさんはどうして今も持っていますの? レナさんも時折マッサージをしていますの? 」 微妙なところを突いてきた沙都子ちゃんに対して注意して答えた。 「う、うん。レナも時折やるの。……気持ちいいし美貌にも良いんだよ? だよ? 」 まぁ、マッサージといってももっぱら下半身のマッサージだが……もちろんこのローションも自分のオナニーのために使ってたものを転用したものだ。これを使って何度も沙都子ちゃんを夢想したことか…… 「それでは、お願い致しますわ」 妄想中にいきなり振られた私は急な鼓動の高鳴りを抑えながら、その幼幼しい肌に、まずは肩口から液を流し込んでいく。重力に従って下半身に垂れていくその感触を沙都子ちゃんはどう感じているのか…… 「な……にか……ぬるんぬるんしたのが、いっぱい……来ていますわ」 両の肩口からたくさんのローションを垂らしてやる。かぁいい、かぁいい幼女のために奮発して使用する。 「じゃあいくよ……」 私の指が沙都子ちゃんの肩口に触れるとびくりと体を震わせた。最初は方から首にかけて本当のマッサージのように解きほぐしてやる。 「あっ……いい」 柔らかな肌に触れることがついにできた。内心の緊張が私の指を震わせる。 「すごい、良いですわレナさん……でも、あの……お胸のほうにも……していただかないと……駄目なのでは……」 ───ふふ、お部屋でやった前戯が効いちゃったのかな…… 胸のほうへと両手を滑り込ませて沙都子ちゃんの膨らみに引っかかるようにしていたローションの塊を円心状に押し広げてやった。 「くぅうん!! ぬるぬるが……何か……私、獣に体を舐められてるみたいですわ」 鋭いんだね沙都子ちゃん。獣はあなたのすぐ近くにいるよ。近くにいて息荒げてごちそうの下ごしらえをしてるんだよ。 液によって艶めかしく光っている沙都子ちゃんは本当に全身を舐め尽されたみたいになっていた。 そのまま自分の両の手で膨らみを押しあげて本格的に揉みしだいていく。 「んん……はぁ……レナさん……」 吐息がさらに大きくなっていくのを実感した私は核心の迫る。 「突起のところもやっちゃわないとね……」 満足ができなくなった私、沙都子ちゃんもかな……ついに乳首に刺激を与える。 「はぁぁぁ! そこですの! そこがたまらなく……あ」 人差し指と中指でこりこりと朱に腫らした突起をこねてやる。 「あ、あっあ! じんじんして……おかしくなって……」 目を瞑って見知らぬ快感に酔い痴れている沙都子ちゃん。その頬は桃色に紅潮していた。ときおりびくんと体を震わせていくのがとめどない情欲を誘う。 「こうやって解していくの。どんどんどんどん楽になっていくからね……」 手に力を込めて摘み取るようにして刺激を与える。ぬるりとしたローションにまみれているから痛みではなく快感に転じているはずだ。 「やぁ……なんか……ん、熱いのが……お胸だけだったのに、足の間にもきゅっと何かが来てて……」 いけない子……ただのマッサージなのにイきそうになってるなんて…… 「もうすぐだよ……もう少ししたら楽になるから」 かなり脱力を見せている沙都子ちゃんを抱き留めてやる、そして意を決してもらう。 「!? レ、レナさん! そこは……」 脚の間にあるもう一つの突起に指を差し入れた。ここを弄べばすぐにころっと達してしまうだろう。 「ここを刺激をしてやれば、もっともっとすぐに楽になるからね……」 「……恐い……恐いですわレナさん。私……何か……恐いのが来てしまいそうで……」 思ったとおりの反応。ここまで予測どおりだと何か微笑みが漏れてしまう。 「じゃあ、やめる? 恐いなら……ねーねーの言うこと聞けないなら……やめてもいいんだよ」 ねーねーの言う事を聞けない悪い妹には鞭が必要だ。ぱっと指の動きを止めた。 「どうするの……一生、疼いたまま暮らしていく? 」 くっと目を見開いた沙都子ちゃんは首を懸命に振りながら哀願してきた。 「い、嫌ですわ、ねーねー、私疼いて疼いて仕方がありませんの……」 「……だから? 」 「お願い……続けてくださいませ! 私を早く早く……楽に」 哀願幼女に心と下半身を打たれた私は思わず性欲に素直な妹を抱きしめてやる。 「ごめんね沙都子ちゃん……レナ少し言い過ぎちゃったね……でも大事な妹を思って 言ってしまったの……許してね……」 「はい、ねーねー。私もごめんなさいですわ。ねーねーの気持ちを蔑ろにしてしまって……だから、ねーねーの思うように……続けてぇ……」 スイッチが入っちゃった沙都子ちゃん。イかせてあげるからね……たっぷり。 再び私は上半身の突起と下半身の突起に手を添わした。もう両方とも真っ赤に充血していた。 「ほら、こっちのほうも撫でてあげるといいんだよ? 」 「あぅ……ああ! やぁ、壊れて……しまいそう! 」 結構強めにクリトリスを刺激してあげるのだが、なかなか粘っている。触った瞬間イってしまうと思ったのだが…… 「はうぅ……レナ少し疲れちゃった……」 少し指を休ませようと動きを留めた瞬間だった。ぐっと私の手が掴まれた。 「いや! やめないで下さいませ! ねーねー、もっとコリコリしてぇ!! 」 もはや私の指の動きではなくて、沙都子ちゃんの力だけで愛撫が持続された。 「あ、ああっ! ねーねー! レナねーねーぇ!!!! 」 一段と体を振るわせた私の淫乱妹は自分の意思と力で絶頂に達した。 私の指に絡みついた愛液を、渇望していたそれを一滴も残さずに私は口に入れた。 「ふふ……いけない子……」 「年上の方とお風呂に入るのはにーにー以来ですわね……」 情事を終えた私たちは一緒に湯船に浸かっていた。ちょうど私が沙都子ちゃんを後ろから抱くような形をして湯を浴びている。 「悟史くんとはよくこうやって一緒に入ってたんだ……」 「ええ、懐かしいですわ……でも」 沙都子ちゃんが振り返り私のことを見つめた。 「今は……優しくて綺麗なねーねーがいますから……寂しくなんかありませんわ」 「沙都子ちゃん……」 私は目の前にいる妹をぎゅっと抱きしめてあげた。 お風呂からあがった私は沙都子ちゃんの体を丁寧にふき取り、例の絆創膏を手に取った。 二つの絆創膏を二つの突起に貼り付けていく。 「これで、疼痛を防げるはずだよ……沙都子ちゃん」 「ありがとうございます。これで鬼ごっこもへっちゃらですわね」 何も知らない沙都子ちゃん。これで私だけの絆創膏幼女の完成だ。これからは毎日下着の下に絆創膏を貼って登校し、授業を受け、ご飯を食べ、部活に勤しみ、罰ゲームを 受けちゃうのだ。その姿を想像したら、沸々と性欲が溢れてきた。 「ねーねー、今日は本当に感謝していますわ」 家の玄関で帰り支度をしている沙都子ちゃんを見送る。家に来たときとは違い嬉々とした表情の笑顔を見せてくれる。 「沙都子ちゃん、私の家に泊まっていっても良かったのに……」 「お気持ちはうれしいですわ……でも梨花と羽入さんを待たせてしまっていますから……」 玄関を開けると夕暮れのオレンジが差し込んでくる。 「……ねーねー……あの」 表情が弱々しくなった。愛撫しているときに見たあの哀願するような瞳。 「また……体が疼き始めたら……あのマッサージ……もう一度お願いしても……」 もちろん私はそれを快諾する。かぁいいかぁいい、妹のためだから…… 「もちろん……またおいで……」 沙都子ちゃんがいなくなった後、私は一人ベッドに潜り込む。刻み付けた沙都子ちゃんの味や感触を自分のものにするためだ。沙都子ちゃんは私のことをねーねーと呼んでいたが…… ふふふふふ、それはあの子の賞味期限が過ぎる前までの話。ただの形骸。これからあの子は私の愛撫を求めてくるだろう、優しい優しいねーねーの気持ちいいマッサージを。 その日が来るまであの子を骨の髄まで味わってやろう。少しでも拒絶を見せたらまた鞭を振るえばいい。あの子はとても従順そうな幼女だから。 三人の幼女のうち一人は陥落した。残りは古手羽入ちゃんと古手梨花ちゃん。 次はどちらを噛んでやろうか。気の弱そうな羽入ちゃんのあの角を味わってみたい。 少し斜に構えたところのある梨花ちゃんのぺたぺたの胸をさらけ出してあげたい。 ……決めた。羽入ちゃんにモーションをかけよう。梨花ちゃんの胸も魅力的だが、あの角の方が引かれる。というかあれはいったい何なのだろうか。硬さは? においは?味は? そして、あの子は意外と……エロい。圭一君が話していた猥談に目を輝かせて参加していたのを知っている。陥れるのには絶好の獲物だ。あの角で貫いてもらうのも良いし、角を舐めながら羽入ちゃんの秘所を責め立てるのもまた一興。エロ幼女の本性を暴いてやろう…… 次なる獲物の夢を見ながら、私は沙都子ちゃんのにおいの付いた指先を自分の秘所に突き入れた。 <続く>l 変態レナ 羽入編 -
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← メギドラオン。 それは極大の火力に他ならない。 単純な破壊力だけに絞って言えばリンボ自身の本来の宝具よりも数段上を行く。 龍脈の龍を経由してその身に会得した異世界の魔法。 蘆屋道満程の術師であれば、それを最上の形で扱いこなすなど朝飯前の茶飯事だった。 更に禍津日神・九頭竜新皇蘆屋道満として完成された素体をもってすれば尚の事。 結果として歓喜のままに解き放たれた最上の炎は屍山血河舞台の総てを焼き尽くし。 後に残された者達は、当然のように敗残者らしい姿を晒す憂き目に遭った。 「これはこれは」 アビゲイル・ウィリアムズは右腕を黒焦げの炭に変えられ。 新免武蔵は髪房を焼き飛ばされた上、炎の中に生存圏を捻出する為に多刀の半分以上を溶かさねばならなかった。 そして伏黒甚爾の損傷が一番重篤だ。 彼は左腕を肩口から消し飛ばされ、それだけに留まらず左胴全体に大火傷を被っていた。 如何に彼が天与呪縛のモンスターであると言えども、これは紛うことなき致命傷だった。 「皆様お揃いで、随分と見窄らしい姿になりましたな」 らしくもなく息を乱した姿に溜飲が下がったのかリンボは満足げに彼の、そして彼らの有様を嘲笑する。 一番被害の軽い武蔵でさえ二天一流の強みを大きく削ぎ落とされた形。 アビゲイルと甚爾は四肢を三肢に削がれ、後者に至っては生命活動の続行さえ危うい容態にまで追い込まれている始末。 無様。 神に弓引いた者達の顛末としては実に"らしい"体たらくではないか。 そう嗤うリンボだけが唯一無傷だった。 三人が負わせた手傷もダメージも、メギドラオンの神炎が晴れる頃にはその全てが消え失せてしまっていた。 「…大丈夫、二人とも」 「私は、なんとか。でも…」 アビゲイルの眼が甚爾を見やる。 甚爾は答えなかった。 それが逆に、どんな返事よりも雄弁に彼の現状を物語っている。 “…こりゃ駄目だな。流石に年貢の納め時らしい” 冷静に自分の容態を分析して判断を下す。 此処まで数秒足らず。 自分の肉体の事は嫌という程よく分かっている。 何が出来るのかも、何が出来ないのかも。 以上をもって伏黒甚爾は自分の末路を悟った。 “不味い仕事を受けちまったな。タダ働きの果てがこれじゃ全く割に合わねぇ” ほぼ間違いなく自分は此処で死ぬ。 反転術式なんて便利な物が使える筈もない。 マスター経由での治癒も見込めず、体内は主要な臓器が半分程焼損している有様だ。 今こうして生き長らえている事が奇跡と言っても決して大袈裟ではなかった。 “従っても歯向かっても、結局汚れ仕事やるような奴は長生き出来ねぇってか。…返す言葉もねぇな” あの時。 伏黒甚爾は、アイドルの少女を射殺した後――芽生えた違和感に逆らわなかった。 大人しく尻尾を巻いて逃げ帰った。 それでも結局こうして屍同然の姿を晒すに至っているのはどういう訳か。 問うまでもない。 そういう訳なのだ。 散々暗躍して来たツケか、どうやら往生際という奴が回ってきたらしい。 何か途轍もない幸運に恵まれて生き長らえる事が出来たとしても隻腕の猿など何の使い物にもなりはすまい。 つまり此処で自分は、ごくあっさりと詰んだ訳だ。 仕事人らしくひっそりと…呆気なく。 似合いの末路だ。 甚爾は満身創痍の体の可動域を確かめながら自嘲げに笑う。 とはいえこれで最後なら、もう後先考える必要もない。 最後に死に花咲かせてアビゲイルにバトンを渡せばそれで終いだ。 “化物退治の英雄になるつもりなんざ端からねえんだ。ド派手な英雄譚なんざ、持ってる奴らに任せとけばいい” 例えば、得体の知れない神に魅入られているガキだとか。 例えば、差し向けられた呪いも力も全部真っ向斬り伏せちまう剣客だとか。 華々しい勝利や首級はそれが似合う奴らに任せるのが絶対的にベターだ。 能無しの猿がやるべき仕事はその手伝いと後押し。 奴らが気持ちよく本懐果たせるように裏方仕事で敵を削り、死ぬ前に野郎の吠え面が見られればラッキーと。 そうまで考えた所で、 『猿では儂は殺せぬ。誅せぬ。一芸、一能、道具を用いようと知恵を使おうと、人の真似を超えませぬ』 『黄金ほどの衝撃もない。 雷光ほどの輝きもない。 火焔ほどの鋭さもない。 絡繰ほどの巧拙もない。 鬼女ほどの暴力には、些か足りない』 ――違和感。 自らの意思と相反して隻腕に力が籠もった。 その右腕を見下ろす視線は忘我。 次に浮かんだのは苦笑だった。 「俺も懲りねえな」 "違和感に逆らい続けると、ろくなことがない"。 結局の所猿は猿なのだろう。 然り。 この身に正義だの信念だのそんな大層な観念は今も昔も一度だって宿っちゃいない。 只強いだけの空洞。 そしてその空白を埋める物は、もう未来永劫現れる事はない。 自分も他人も尊ぶことない。 そういう生き方を選んだのだから。 そんな青を棲まわせる余地なぞ、この体に一片だってあるものか。 それは今も変わらない。 きっとこれからも。 何があろうとも――。 「フォーリナー」 リンボの五指は今や指揮棒だった 振るその度に呼吸のような天変地異が発現する光景は悪夢じみている。 地震。火災。雷霆に怪異の跳梁、束ねた神威を放てばそれは必滅の審判と化す。 傷口が炭化して血すら流れない欠けた体で地面を蹴り、それらをどうにか掻い潜りながら。 すれ違う僅か一瞬、甚爾はアビゲイルへと耳打ちをした。 「――――――」 少女の眼が見開かれる。 だめよ、と口が動いた気がした。 それに耳は貸さない。 伝えるべき事は伝えたと、猿は戦端へ戻っていく。 “しかし流石に坊さんだな。人の陥穽探しは得意分野か” 捨てられるものは残らず捨てた。 何だって贅肉と断じて屑籠へ放り込んだ。 それをとっとと焼き捨ててしまわなかったのが"あの時"の失敗。 だから今回は歯車たれと。 依頼人のオーダーを完璧にこなして座へ帰る、そういう役割に殉ずるべきだと。 そう決めていた。 今だってそのつもりだ。 なのに猿は何処までも愚かしく。 そして、何処までも人間だった。 ――後先がなくなった。 未来が一つに定まった。 後任は用意出来ている。 何より今この場を仕損じれば、その時点で仕事は失敗に終わるのが確定している状況。 そんな数々の理由が…言い訳が。 英雄が生前の偉業をなぞるが如くに。 術師殺しの男に、その愚行をなぞらせる。 「…さて」 右腕は問題なく動く。 両足の火傷も軽微だ。 内臓の損傷は重度。 失血で脳の回りは悪い。 何より片腕の欠損がパフォーマンスを著しく低下させている。 仕事人として、術師殺しとして片手落ちも良い所だ。 以上をもって伏黒甚爾は結論付ける。 ――問題ない。 「やるか」 悪神と化したリンボを討たずして仕事の続行は有り得ない。 ならばその為に今此処で死力を尽くそう。 この違和感に逆らって。 この衝動に従って。 甚爾は地を蹴った。 無形の魔震を斬り伏せながら吶喊する。 嘲笑うリンボへ獰猛に笑い返して、男は愚かのままに突き進んだ。 呪霊の海が這い出でる。 禍津日神の呪力によって無から湧き出す百鬼夜行。 それを切り払いながら進む甚爾の奮戦は隻腕とは思えない程に冴え渡っていたが、しかしそれは大局に何の影響も及ぼしていなかった。 「健気なものよ。これしきの芸当、今の儂には無限に行えるというのに」 夜行は攻め手の一つに過ぎない。 甚爾を嘲笑うように九頭竜の顎が開き、九乗まで威力を跳ね上げた魔震を炸裂させた。 アビゲイルが鍵剣を振るって空間をねじ曲げる。 そうして出来上がった脆弱点を武蔵が押し広げ、力任せにぶち破った。 だが足りない。 無茶をしても尚砕き切れなかった震動の余波が彼女達の体を容赦なく蹂躙する。 武蔵が血を吐いた。 アビゲイルが片膝を突いた。 されど休んでいる暇などない。 甘えた事を宣っていれば、足元から間欠泉宛らに噴き出した呪炎の泉に呑まれていただろう。 「チェルノボーグ、イツパパロトル」 二神が列び立って天元の桜を迎撃する。 暗黒と吸精が、女武蔵の体を弾丸のように弾き飛ばした。 彼らは次の瞬間にアビゲイルの喚んだ触手に呑み込まれ即席の牢獄へ囚えられたが、それも所詮は僅かな時間稼ぎにしかならない。 空に瞬く赫い、何処までも赫い太陽。 先刻三人が見た最強の魔法を嫌でも想起させるそれが弾ければ、地上はまたしても熱波の地獄に置き換わった。 「メギド」 メギドラオンに比べれば遥かに威力は落ちる。 だがそんな事、何の救いにもなりはしない。 最上に比べれば威力が幾許か落ちる。 ――だから何だというのだ。 「では十度程、連続で落としてみましょうか」 今のリンボが繰り出せばどんな術でも致命の威力を纏う。 ましてや格が低いという事は、即ち連射に耐える性能であるという事でもあり。 稚気のように言い放たれたその言葉は、彼女達に対する死刑宣告となって降り注いだ。 「絵画を楽しむ趣味は御座いませんでしたが。なかなかに愉しい物ですなぁ、絵筆で何か描くというのも」 この体を筆に、この力を絵具に。 自由気ままに絵を描く。 世界という名の白紙を塗り潰す。 そうして描き上げるのだ、色とりどりの地獄絵を。 地獄の業火より逃れ出んとする不遜者があれば直ちに罰を下そう。 羅刹王を超え髑髏烏帽子を卒業し、現世と地獄を永久に弄ぶ禍津日神と化したこの蘆屋道満の眼が黒い内は斯様な不遜なぞ許さない。 「このようになァ」 「あ、ぎ…!」 鍵を掴み立ち上がろうとした巫女の右足が吹き飛んだ。 リンボの放った呪詛が鏃となって無慈悲に罪人を誅する。 「如何ですか、アビゲイル・ウィリアムズ。純真故に怒る事すら正しく出来ない哀れな貴女」 全身の至る所に火傷を負い、酷い部分は炭となって崩れ始めているその様相は悲惨の一言に尽きる。 そんな彼女の姿にはこの状況でも尚何処か退廃的な美しさが宿っており、それを嬉々と感傷しながらリンボは綴る。 「主の仇を討つ事は愚か、彼女へ引導を渡したのと同じ攻撃で為す術なく膝を突かされる気分は。 是非とも、えぇ是非とも、この九頭竜新皇蘆屋道満へお聞かせ願いたい。それはさぞや芳しい蜜酒となりてこの身を潤すでしょうから」 「…とても痛くて、辛いわ。泣いてしまいそうになるくらい」 向けられるのは只管に思慮等とは無縁の悪意。 生傷に指をねじ込んで穿り返すような嗜虐。 それに対し滔々と漏らすアビゲイルの声にリンボは笑みを深めたが。 そんな彼に対して巫女は、鍵を杖によろよろと立ち上がりながら言う。 「可哀想な御坊さま。貴方は、私に怒ってほしいのね」 「ほう、これはまた面妖な事を仰る。 確かに、ええ確かに銀の鍵の巫女たる貴方が髪を振り乱し目を剥いて怒り狂う姿を見たくないと言えばそれは嘘になりますが」 ギョロリとリンボの眼が動いた。 「言うに事欠いてこの拙僧を哀れと評するとは…いやはや、異界の感性というのは解らぬ。 こうも満ち足り、満ち溢れて止まらないこの霊基が貴女には見えぬのですかな? 今まさにこの蘆屋道満は過去最高の法悦のままに君臨し、御身らの奮戦さえ喰らって地平線の果てへ漕ぎ出さんとしているというのに!」 「ええ。貴方はきっと…とても可哀想なひと。酷い言葉と、棘のような悪意で着込んでいるけれど……」 今のリンボは奈落の太陽そのものだ。 底のない黒を湛え、脈打ち肥え太る破滅の熱源。 既にその性質は赤色矮星と成って久しい。 彼はあるがまま思うがままに全てを呑み干すだろう。 まさに至福の絶頂。 哀れまれる理由等何もない。 「本当は…とても寂しいのね。 分かるわ。その気持ちを、私は何処かで知っているから」 巫女はそんな彼の逆鱗を、その指先で優しく撫でた。 「どれだけ手を伸ばしても届かない誰かに会うために歩き続ける。 星に手を伸ばすみたいに途方もない事だと知りながら、それでも諦められない何か。 頭のなかに強く、そう太陽みたいに焼き付いて消えない憧憬(ヒカリ)……」 …朧気に揺蕩う記憶が一つ、アビゲイルにはあった。 それはきっと"この"アビゲイルに起こった出来事ではない。 魂の原型が同じだから、存在が分かれる際に偶々流れ込んでしまっただけの記憶と想い。 ある少女の面影を探して、きっと今も宇宙の果てを旅しているのだろうもう一人の自分の記憶。 「だからお空を見上げているのでしょう。あなたは」 「――黙れ」 そんなものを抱えているから、アビゲイルはこうして悪逆無道の法師へと指摘の杭を打ち込む事が出来た。 昂るばかりであったリンボの声色が冷たく染まる。 絶対零度の声色の底に煮え滾る怒りの溶岩が波打っている。 その証拠に次の瞬間轟いた魔震は、先刻彼女と武蔵が二人がかりで抉じ開けた物より更に倍は上の威力を持って着弾した。 「ン、ンンンン、ンンンンンン…!」 それはまさに極大の災厄。 自分で生み出した呪符も百鬼夜行も全て鏖殺しながら、リンボは刃向かう全てを押し潰した。 立っている者は誰も居ない。 猿が倒れ。 巫女が吹き飛び。 剣豪でさえ地に臥せった。 「…いけない、いけない。神たるこの儂とした事が餓鬼の戯言に揺さぶられるとは」 誰一人禍津日神を止められない。 天を目指して飛翔する禍津の星を止められない。 力は衰えるどころか際限なく膨れ上がり、無限大の絶望として悪僧の形に凝集されている。 彼こそが地獄、その体現者。 この偽りの地上に地獄の根を下ろし。 いずれは世界の枠さえ飛び越えてありとあらゆる平行世界を悪意と虐殺の海に変えるのだと目論む邪悪の権化。 そんな彼の指先が天へと伸びた。 昏き陽の輝く空には鳥の一匹飛んでいない。雲の一つも流れていない。 孤独の――蠱毒の――お天道様が口を開けた。 白い歯と真っ赤な舌を覗かせながら、神に挑んで敗れた愚か者達を嗤っている。 「とはいえ今ので多少溜飲は下がりました。拙僧も暇ではありませんので、そろそろ幕を下ろすとしましょう」 そうだ。 これは太陽などではない。 斯様な悪意の塊が天に瞬いて全てを笑覧する豊穣の火であるものか。 彼男の真名(な)は悪霊左府。 かつて藤原顕光と呼ばれ、失意の内に悪霊へ堕ちた権力者の成れの果て。 蘆屋道満の盟友にして、彼の霊基に宿る三つ目の柱に他ならない。 「因縁よさらば。目覚めよ、昏き陽の君」 其処に収束していく呪力の桁は最早次元が違った。 単純な熱量でさえ先のメギドラオンを二段は上回る。 放たれたが最期、全てを消し去るに十分すぎる凶念怨念の核爆弾だ。 全ては終わる。 もの皆等しく敗れ去る。 「この忌まわしい縁の悉く平らげて、三千世界の果てまで続く大地獄の炉心と変えてくれよう――」 太陽が瞬くその一瞬。 リンボの高らかな勝利宣言が響き渡る中。 「ぞ……?」 …しかし彼はそこで見た。 視界の中、倒れた三人の中で誰よりも早く。 灼け千切れた体を動かして立ち上がった女の姿を、見た。 その姿は見る影もない程ボロボロだった。 勇ましく啖呵を切ってのけた時の清冽さは何処にもない。 死に体と呼んでもそう的外れではないだろう。 二天一流を特殊たらしめる多刀も今や二振りが残るのみ。 足を止めて死を受け入れても誰も責めないような、血と火傷に塗れた姿格好のままで。 それでもと、女武蔵は立ち上がっていた。 「――」 その姿を見る蘆屋道満。 惨め、無様。 悪足掻き、往生際悪い事この上なし。 罵る言葉なぞ幾つでも思い付くだろう醜態を前にしかし彼は沈黙している。 得意の嘲笑を口にするのも忘れて。 道満は――リンボは己が霊基の裡から浮上する光の記憶を思い出していた。 “…莫迦な。そんな事がある筈がない” 既視感。 本願破れて失墜し。 常世総ての命を殺し尽くすとそう決めた己の前に立ち塞がった男が、居た。 青臭くすらある喝破は子供の駄々とそう変わらなかったが。 それを良しとする神が笑い。 愚かしい程真っ直ぐなその男に、英雄に――剣を与えた。 あの光景と目の前の女侍の姿が重なる。 有り得ぬと。 布石も理屈も存在すまいと。 理性ではそう解っているのに何故か一笑に伏す事が出来ず、リンボは抜き放たれたその刀身を見つめ呟いていた。 「――神剣」 都牟狩、天叢雲剣、草那芸剣。 神が竜より引きずり出した都牟羽之太刀。 霊格では到底それらに及ぶべくもない。 禍津日神は愚か羅刹王にさえ遠く届かないだろう、桜の太刀。 それが何故ああも神々しく目映く見えるのか。 あれを神剣だなどと、何故己は称してしまったのか。 「…そう。貴方がそう思うのならきっとそうなんでしょうね、蘆屋道満」 「……否。否否否否否否否! 有り得ぬ! そんな弱い神剣がこの世に存在するものか! 世迷言を抜かすな新免武蔵ィ!」 「残念吐いた唾は飲めないわ。他でもない貴方自身が"そう"認識したんですもの。 うん、ちょっと安心しました。私、まだちゃんと貴方の敵であれてるみたいね」 これは神剣等ではない。 宿す神秘はたかが知れており。 神域に届くどころか一介の宝具にさえ及ばないだろう一刀に過ぎない。 だがリンボは先刻確かにこれに神の輝きを見た。 かつて己を滅ぼした、あの雷霆の如き光を。 悪を滅ぼしその企みを挫く――忌まわしい正義の輝きを見た。 「…銘を与えるなら"真打柳桜"。繰り返す者を殺す神剣」 勝算としてはそれで十分。 リンボの示した動揺が武蔵の背中を後押しする。 他の誰でもない彼自身がこの剣に神(ヒカリ)を見たのなら。 それこそは、これが目前の大悪を討ち果たし得る神剣なのだという何よりの証明だ。 たとえ贋作の写しなれど。 贋物が本物に必ずしも劣る、そんな道理は存在しない。 「――おまえを殺す剣よ、キャスター・リンボ!」 「ほざけェェエエエエエエ新免武蔵! 光の時、是迄! 疑似神核並列接続、暗黒太陽・臨界……!」 桜の太刀、煌めいて。 満開の桜に似た桃光が舞う。 見据えるのは空で嗤う暗黒の太陽。 地上全てを呪い殺すのだと豪語する奈落の妄執。 これは呪いだ。 これらは呪いだ。 改めて確信する。 こいつらが存在する限り、あの子達は笑えない。 あの二人が共に並んで笑い合う未来は決して来ない。 …それは。 爆ぜる太陽の猛威も恐れる事なく剣を握る理由として十分すぎた。 「伊舎那、大天象ォォ――!!」 「――狂乱怒濤、悪霊左府ゥゥッ!!」 光と闇が衝突する。 成立する筈もない鬩ぎ合い。 それでも。 負けられぬのだと、武蔵は臨む。 その眼に。 あらゆるモノを斬る天眼に。 桜の花弁が、灯って―― ◆ ◆ ◆ 必中、そして必殺。 古手梨花のみを殺す、古手梨花を確実に殺す領域。 時の止まった世界を駆ける弾丸、それは沙都子の先人に当たる女が駆使した運命の形だった。 人の身に生まれながら神を目指した愚かな女。 自分自身でもそう知りながら、しかし只の一度として諦める事のなかった先代の魔女。 今となっては彼女さえ沙都子の駒の一体でしかなかったが。 それでも梨花に勝つ為ならばこれが最良の形だろうと沙都子は確信していた。 上位の視点から異なるカケラを観測する術も持たぬ身で、百年に渡り黒猫を囚え続けた女。 彼女が振るった"絶対の運命"は後継の魔女、今は神を名乗る沙都子の手にもよく馴染んでくれた。 …止まった世界の中を弾丸が駆け。 そして古手梨花は為す術もなく撃ち抜かれた。 胸元から血が飛沫き、肉体を貫通した弾丸は彼方へ飛んでいく。 「チェックメイトですわ、梨花」 夜桜の血による超人化。 それも即死までは防げない。 梨花が頭と心臓への被弾だけは避けていたのがその証拠だ。 そんな解りやすい弱みを見落とす沙都子ではなかった。 部活とは、勝負とは相手の弱みを如何に見つけどう付け込むか。 仮に自分でなくとも、部活メンバーであるなら誰しも同じ答えに辿り着いただろうと沙都子は確信している。 「最後の部活…とても楽しかった。今はこれで終わりですけど、すぐに蘇らせますから安心してくださいまし」 決着は着いた。 役目を終えた領域が崩壊する。 それに伴って止まった時間も動き出した。 世界に熱と音が戻る。 心臓を破壊された梨花の体がぐらりと揺らぎ、地面へ吸い込まれるように倒れていき… 「――なってないわね、沙都子」 完全に崩れ落ちる寸前で、踏み止まった。 ――え。 沙都子の眼が驚愕に見開かれる。 演技でも何でもない。 本心からの驚きに彼女は目を瞠っていた。 馬鹿な。有り得ない。そんな筈はない。 弾丸は確実に命中していた――心臓を破壊した確信があった。 それに何十年分という体感時間を鍛錬に費やして技術を極めた自分がこの間合いで動かない的相手に外す訳がない。 じゃあ何故。 どうして。 答えが出る前に思考は中断された。 梨花の拳が、沙都子の呆けた顔面を真正面から殴り飛ばしたからだ。 「が、ぁッ…?!」 鼻血を噴き出して転がる。 只殴られただけだというのに、先刻刀で斬られた時よりも酷く痛く感じられた。 垂れ落ちる血を拭いながら立ち上がる沙都子の鋭い視線が梨花の顔を見据える。 「どう、して。どうして生きているんですの…! 私は外してなんかない、確実に貴女の心臓を撃ち抜いた筈ですのに!」 「さぁね。私にも…答えなんて解らない。所詮借り物の力だもの。小難しい理屈や因果なんて知らないわ」 そう言い放つ梨花の瞳には或る変化が生じていた。 桜の紋様が浮かび、発光しているのだ。 梨花にはこの現象の理屈は解らなかった。 しかしそんな彼女の裡に響く声がある。 『それは"開花"。夜桜(わたし)の血が極限まで体を強化したその時に花開く力』 …夜桜の血を宿した者は超人と化す。 これはその更に極奥の極意。 流れる血をまさに花開かせる事で可能となる正真の異能だ。 『元々兆候はあったけれど…まさか実戦で使えるまでに至るなんて。梨花ちゃんはつくづく夜桜(わたし)と相性がいいのね』 開花の覚醒は夜桜の力を数倍増しに強化する。 古手梨花は夜桜と成ってまだ数時間という日の浅さだが、しかし初代も驚く程の速度でこれを発動させる事に成功した。 北条沙都子が彼女に対して用いた絶対の運命――領域展開はまさに確殺の一手だった。 認めるしかない。 あれは梨花にとって本当にどうする事も出来ない詰みだった。 梨花もそれをすぐに悟った。 失われた記憶の断片が自分に告げてくる底知れない絶望の感情。 この運命からは逃げられないと、古手梨花の全てがそう語り掛けてきた。 「私は、こんな所で終われないと強く強く思っただけ」 「…ッ。そんな事で……そんな事で、私の運命を破れるわけが!」 「あら。私の通ったカケラを全部見てきた癖にそんな簡単な事も解らないの? 良いわ、改めて教えてあげる。運命なんてものはね、金魚すくいの網よりも簡単に打ち破れるものなのよ」 だとしても。 まだだ、と。 今際の際に梨花は詰みを回避する唯一の手段を捻出する事に成功した。 それが開花。 夜桜の血との完全同調。 簡単にとは行かなかったが。 それでも確かに古手梨花は、北条沙都子が繰り出した絶対の魔法を打ち破ってみせた。 「勝ち誇った顔をしないでくださいまし。たかが一度私の鼻を明かしたくらいでッ!」 「言われるまでもないわ。こっちもようやく温まってきた所なんだから」 これにて戦いは仕切り直し。 沙都子が銃を向け、梨花は切っ先を向ける。 『だけど気を付けて。その体は、開花の負担に耐え切れていない』 そんな事だろうと思っていた。 奇跡とはそう簡単に起こるものではない。 奇跡の魔女となる可能性を秘めた少女も、人の身では依然その偉業には届かないまま。 中途半端な希望は脳内に響く初代の声によって否定される。 『貴女の開花は"奇跡"。肉体の死を跳ね返す、本家本元の夜桜にさえ勝り得る異能』 生存の可能性がゼロでない限り、小数点の果てにある奇跡を手繰り寄せて自身の死を無効化する。 それこそが梨花の開花。 沙都子は絶対の魔女として急速に完成しつつあるが、神の因子を得た今の彼女でもまだ真なる絶対(ラムダデルタ)には程遠い。 だから彼女が扱う絶対の魔法には穴があった。 人間にとっては"無い"のと同義と言っていいだろう限りなくゼロに近い穴。 真なる奇跡(ベルンカステル)と袂を分かった梨花のそれもまた、沙都子と同様に穴を抱えていたが。 絶対のなり損ないと奇跡のなり損ないとでは本来あるべき相性の構図が反転する。 絶対の中に生まれた小数点以下極小の「もしも」を梨花の奇跡は必ず手繰り寄せる事が出来るのだ。 故に梨花は生を繋いだ。 しかしこんな、夜桜の血縁にさえ例がない程の芸当をやってのけた代償もまた甚大だった。 『二度目の開花で貴方は完全に枯れ落ちる。だから事実上、次はないと思っていい』 一度きりの奇跡。 まさに首の皮一枚繋いだ形という訳だ。 仮に沙都子がもう一度あれを使って来る事があればその時点で今度こそ梨花の敗北は確定。 断崖絶壁の縁に立たされたのを感じながら――それでも梨花は恐れなかった。 「行くわよ、沙都子」 「…来なさい、梨花!」 地を蹴って刀を振るう。 弾丸が脇腹を吹き飛ばすが気になどしない。 恐れず突っ込んだのは結果的に正解であった。 “力が、使えない…!?” 当惑したのは沙都子だ。 先刻まであれだけ漲っていた力が、急に肉体の裡から出て来なくなった。 消えた訳ではない。 確かに体内に溜まっている感覚がある。 なのに出力する事だけがどうやっても出来ない。 もう一度時を止めて撃ち殺せば済むだけだというその想定が、不測の事態の前に崩壊する。 ――沙都子は術師ではない。 だから当然知る筈もなかった。 領域の展開は確かに絶技。 生きて逃れる事は不可能に近い。 だが反面弱点も有る。 領域を展開して暫くの間は、必中化させて出力した術式が焼き切れるのだ。 従って今、沙都子は時を止められない。 黒猫殺しの魔弾を放つ事が出来ない…! “もう一度あれを使われたら、その時こそ私の負け” “もう一度あれを使えれば、私の勝利は確定する” ――最後の部活。 その制限時間が決まった。 北条沙都子の術式が回復するまで。 それが、この大勝負と大喧嘩のリミット。 梨花はそれまでに沙都子を倒さねばならず。 沙都子は、その刻限まで逃げ切れば勝ちが決まる。 有利なのは言わずもがな沙都子の方だ。 しかし彼女は、梨花から逃げ回る事を選ばなかった。 間近に迫る刀を躱す。 降臨者化を果たした体は完成度で決して夜桜に劣らない。 だからこそ梨花の斬撃を紙一重まで引き付けて躱し、その上で間近から頭部に向け銃弾の乱射を見舞うような芸当さえ可能だった。 梨花はこれを桜の花を出現させて受け止めさせ対処するが、先のお返しとばかりに沙都子の拳が鼻っ柱をへし折った。 次いで腹を蹴り飛ばされ、もんどり打って転がった所をまた銃撃の雨霰に曝される。 「は、はッ…! どうですの梨花ぁ……! 貴方が私に勝てるわけ、ないでしょうが!!」 「げほ、げほ…ッ。はぁ、はぁ……良いじゃない、そっちの方がずっとあんたらしいわよ沙都子。 神様気取りなんて全然似合わない。あんたはそうやって感情を剥き出しにして、生意気に向かってくるくらいが丁度いいのよ……!」 「その減らず口も…いつまで利いてられるか見ものですわね!」 群がる異界の羽虫を斬り飛ばし。 殺到する触手は斬りながら逃げて対処する。 湧き上がらせた桜の木々が触手を逆に絡め取って苗床に変えた。 異界のモノ…沙都子を蝕む冒涜的存在を片っ端から捕まえて殺す食虫花。 古手梨花は徹底的に、神としての北条沙都子を否定していく。 「そう――こんなの全然似合ってない。らしくないのよ、あんたが黒幕とか悪役とか!」 「私をこうしたのは梨花でしょうが!」 「解ってるわよそんな事! だから、引きずり下ろして同じ目線でもう一回話をしようとしてるんじゃない…!」 鉛弾が右腕を撃ち抜いた。 刀を握る力が拔ける。 知った事かと左手で沙都子を殴った。 沙都子の指が引き金から外れる。 知った事かと、沙都子も右手で梨花を殴る。 そうなると最早武器の存在すら彼女達の中から消えていく。 能力も武器もかなぐり捨てて。 二人は只、思いの丈をぶつけ合いながら殴り合っていた。 「そんなまどろっこしい事してられませんわ…! 私が勝って貴方を思い通りにすればいいだけの話じゃありませんの! 雛見沢を、私達を……私を捨てて何処かへ行こうとする梨花の言う事なんて信用出来る訳がありませんわ!」 沙都子が殴れば。 「うるさいわね、馬鹿! 捨てるだの何だのいちいち言う事が重いのよあんたは…!」 梨花も負けじと殴り返す。 容赦のない拳は肉を抉り骨をも砕く。 だが双方ともに、人間などとうに超えているのだ。 少女達は可憐さを維持したまま無骨な殴り合いに興じていく。 「外の世界に行きたい。今まで知らなかった景色を見たい。そう願う事が悪いなんて話は絶対にない!」 「貴女がそんなだから私がこうして祟りを下さなければいけないのでしょうが…! あんな監獄みたいな学園で、背中が痒くなるような連中に囲まれてちやほやされて暮らす未来。 それが……そんなものが、梨花の理想だったんですの? ねえ、答えて――答えなさいよッ!」 「そんな、わけ…ないでしょ――!」 そうだ、そんな訳はない。 憧れがなかったとは言わない。そういう世界に。 何しろ百年の日々は自分にとってそれこそ監獄だった。 雛見沢の古手梨花以外の何者にもなれない。 オヤシロさまの巫女。 古手家の忘れ形見。 村人みんなに愛される村のマスコット。 自分は只、そんな世界から一歩踏み出してみたかっただけ。 自分の事なんか誰も知らない世界で自由に生きてみたかった、それだけ。 そしてその横に…一つ屋根の下で一緒に暮らして来た親友が居てくれたらとそう思ったのだ。 「雛見沢症候群も安定して、何処にでも行けるようになった。 そんなあんたと一緒に外へ出て、色んな物を見てみたいと思った。 だからあんたを誘ったのよ。お山の大将になるのが目的だったなら、あんたみたいなお転婆連れてく訳ないじゃないッ」 「だったら…! 私とずっと二人で居れば良かったじゃありませんの! 梨花が一緒に居てくれたのなら、梨花さえ一緒に居てくれたら……! 私だって大嫌いでしょうがない勉強も、いけ好かないお嬢様気取りの連中も…我慢出来たかもしれませんのに!」 一際強い拳が打ち込まれて梨花が蹌踉めき後退する。 荒い息が口をついて出る。 夜桜の血を宿し、仮に一昼夜走り続けても疲れないだろう体になったにも関わらず酷く呼吸が苦しかった。 見ればそれは沙都子も同じのようだ。 「ッ…。それは、……本当に後悔してるわよ。誓って嘘じゃない」 理由や因果を求める等無粋が過ぎる。 彼女達は今、かつてない程に本気なのだ。 だから息も乱れる。汗も掻く。拳が痛くなるくらい力も込める。 「すれ違いがあったとかそんなのは体のいい言い訳に過ぎないわ。 …私はあの時、周りの連中を振り切ってでもあんたに会うべきだった。 ふて腐れてむくれたあんたの手を引っ掴んで側に居てやるべきだった。 病気が治って狂気が消えても、……あんたの心に残った傷までなくなった訳じゃないって事、忘れてた」 北条沙都子には傷がある。 人間誰しも心の傷くらいある。それは確かにそうだ。 でも沙都子のそれは常人と比にならない数と深さであると、梨花は知っている。 両親との不和とそれが生んだ悲しい惨劇。 叔母夫婦からの虐待。 兄への依存とその顛末。 村人からの冷遇。 全て解決した問題ではある。 過ぎ去った過去ではある。 だとしても…心に残った傷痕まで消える訳ではない。 その傷が雛見沢症候群なんて関係なく不意に疼き出す事も、きっとあるだろう。 それをかつての自分は見落としていた。 蔑ろにしていた、見ていなかった。 …それが古手梨花の"業"。 「――なにを、今更」 梨花の告白を聞いた沙都子は思わずそう口にした。 湧いて出た感情は怒りとやるせなさ。 後者は見せる訳にはいかないと。 そう思ったから唇を噛み締めて拳を握る。 そのまま梨花の横っ面に叩き付け殴り飛ばした。 「誰が…! 信じるって言うんですの、そんな言葉……!」 梨花は拳を返してこない。 されるがままだ。 地面に倒れたその胸へ馬乗りになって沙都子は拳を振り下ろした。 「何度繰り返しても、何度閉じ込めても! 私がどんなに工夫して殺しても甚振っても追い詰めても…! それでも最後の世界まで雛見沢の外を目指し続けたわからず屋の梨花! 必死に説得してどうにか心をへし折っても、きっかけ一つあればそうやってまた外の方を向いてしまう! そんな貴女の言う事なんて……! 何一つ信用出来ないんですのよ、馬鹿ぁッ!」 何度も何度も。 何度も何度も振り下ろす。 鼻が砕けて歯がへし折れる。 顎が砕けて目玉が潰れ、顔を顔として識別するのが不可能になっても沙都子はそれを続けた。 「私は…! 外の世界なんて一生知らないままで良かった!」 何が悲しくて大好きな雛見沢を捨てなければならない。 そうまでして見る価値があるのか、あんな世界に。 「外なんて大嫌い、勉強も都会も全部だいっキライ! 何処もかしこも排気ガス臭くて五月蝿くて暑くて…雛見沢の方がずっといい! 何が良いんだかさっぱり解らない甲高いだけの歌声をバカみたいな音量で流してありがたがってる神経もさっぱり解らない!」 井の中の蛙と呼ぶならそれでいい。 あの井の中には全てがあったから。 北条沙都子が幸福に生きていける全てが揃っていた。 「…私は!」 梨花も同じだとばかり思っていた。 そして今も、自分と同じになるべきだと思っている。 「私は……あの家であなたと一緒に居られたなら、只それだけで良かったのに!」 …それが北条沙都子の"業"。 此処に二人は互いの業をさらけ出した。 梨花の手が。 ずっと無抵抗だった彼女の手が動いて、沙都子の拳を受け止める。 次の瞬間沙都子は顔面へ走る衝撃によって吹き飛ばされた。 顔を再生させながら梨花が立ち上がる。 沙都子も呼応するように立ち上がった。 仕切り直しだ――梨花は再び刀を、沙都子は再び銃を握って相手に向ける。 「…ねえ、沙都子」 「…何ですの、梨花」 忌まわしい花だ。 視界にちらつく花弁を見て沙都子は思う。 桜は嫌いだ。 門出の季節をありがたがる気にはなれない。 "卒業"なんて誰がするものか。 この業は、これは、私のものだ。 誰にも渡さない。 一生、世界が終わったって抱え続けてやる。 「私が勝った時の罰ゲーム。今の内に言っておくわね」 そんな沙都子に梨花はこんな事を言った。 沙都子はそれを鼻で笑う。 負ける気などさらさらないのだ、何だっていい。 どんな罰ゲームだって受けてやるとそう不遜に示す。 「ボクは…もう一度、沙都子とやり直したいです」 「――――」 そんな沙都子の思考が止まった。 魔女としての言葉ではなく。 敢えて猫を被り、自分のよく知る"古手梨花"として話す彼女の言葉。 「外の世界への憧れはやっぱり捨てられません。 沙都子の言う通り、ボクは何度だって雛見沢という井戸の外を目指してしまう。 そしてボクの隣に沙都子が居て、二人で同じ景色を見る事が出来たらいい。そんな夢を見てしまうのです」 「…何、を。言って――話、聞いてませんでしたの? 私は……!」 「解っています。だからこれは沙都子にとっては罰ゲームなのですよ」 それはあまりにも愚直な言葉だった。 馬鹿げている。 何を聞いていたのかと思わず反論しそうになったが、罰ゲームの一語でそれを潰された。 理に適っているのがまた腹立たしい。 相手が嫌がる事でなくては罰にならないのだから。 「沙都子が勉強したくなるように、定期テストは毎回ボクら二人の部活にしましょう。 負けたら当然罰ゲーム。それなら沙都子だってちょっとはやる気が出ると思います」 「…付き合ってられませんわそんなの。毎回カンニングでクリアしてやりますわよ、面倒臭い」 「みー。沙都子はやる気になれば出来るタイプだと思うので、そこは実際にやってみて引き出していくしかないですね。 ちなみにボクの見立てじゃ沙都子は二回目くらいから真面目に勉強してくるようになる気がしますです。 部活で負けた罰ゲームを適当にこなすなんて、ボクが許しても魅ぃの部活精神が染み付いた沙都子自身が許せない筈なのですよ。にぱー☆」 「む、ッ…。見透かしたような事を言うのはおやめなさいませッ」 そんな未来は来ないと解っていてもついつい反応してしまう。 威嚇する犬のように声を荒げた沙都子に、梨花は微笑みながら問い掛けた。 「沙都子は、どうしますか?」 「……」 「ボクが負けたらその時は言った通りどれだけだって沙都子に付き合います。 それでも外を目指してしまったら、沙都子が頑張って止めてください。 何なら決して外に出られない…そんなカケラを作って閉じ込めたって構わないのですよ。 ボクに勝って先に進んだ沙都子ならきっとそういう事も出来るようになるでしょうし」 梨花の言う通り、きっと遠くない未来にはそんな事も可能になるだろう。 沙都子にはそもそもからして魔女となる素養が秘められている。 其処にリンボの工作と龍脈の力が合わされば、最早そう成らない方が難しい。 カケラを自由自在に渡り歩きはたまた自ら作り出し。 思うがままに神として振る舞える存在として"降臨"する事になる筈だ。 そう成れれば当然、可能である。 古手梨花を永遠に閉じ込めて飼い殺す封鎖された世界。 ガスが流れ込む事のない猫箱を作り出す事なぞ…朝飯前に違いない。 「私、は…」 自分自身そのつもりで居たのに。 今になってそれが何だかとても下らない考えのように思えて来るのは何故だろう。 梨花のあまりに場違いで暢気な言葉に毒気を抜かれてしまったのだろうか。 魔女の力。 神の力。 絶対の運命。 永遠の牢獄。 魅力に溢れて聞こえた筈の何もかもがつまらない漫画の、頭に入ってこない小難しい設定のように感じられてしまう。 「私は…梨花と雛見沢でずっと暮らしていたい。それだけで十分ですわ」 そうして北条沙都子は原初の願いに立ち返った。 此処にはもうエウアもリンボも関係ない。 願いは一つだったのだ。 其処にごてごてと付け足された色んな恐ろしげな言葉や大層な概念は全て自らを大きく見せる為の贅肉に過ぎなかった。 「ちゃんと罰ゲームでしょう? 梨花にとっては。 あの息苦しい学園にも、人混み蠢く東京にも出られないで私と一緒にずっと暮らすなんて」 「…みー。ボクは猫さんなので、沙都子の眼を盗んでお外ににゃーにゃーしちゃうかもしれないのですよ?」 「その時は首根っこ引っ掴んででも捕まえて連れ帰ってやりますわ。逃げ癖のある猫だなんて、ペットとしては面倒なことこの上ありませんけど」 一瞬の静寂が流れる。 それから少女達はどちらともなく笑った。 「――くす」 「……あはっ」 「どうして笑うのですか、沙都子。くす、くすくす……!」 「ふふっ、ふふふふ! 梨花の方こそおかしいですわよ、あははは……!」 もっと早くにこうしていればよかった。 そう思ったのは、果たしてどちらの方だったろう。 或いはどちらもだろうか。 答えは出ないまま刀と銃が向かい合う。 彼女達の部活が…終わる時が来た。 「ごめんなさいね、梨花」 沙都子が口を開く。 その笑みは何処か寂しげだった。 部活はいつだって全力勝負。 手を抜く事だけは絶対に許されない。 それが絶対不変の掟だ。 だから沙都子はこの瞬間も、自分に出来る全力で勝ちに行く。 「終わりですわ」 少女達が想いを交わし合っていた時間。 互いの罰ゲームを提示し合い、久方振りに通じ合って笑い合った時間。 その間に沙都子の勝利条件は満たされていた。 領域展開の後遺症。 術式が戻るまでのインターバル。 それはもうとうの昔に―― 「…梨花……」 名前を呼ぶ。 梨花は答えない。 体が動く事もない。 時は、既に止まっていた。 引き金が引かれる。 弾丸が発射される。 二度目の開花は死を意味し。 そして開花以外にこの死を逃れる手段はない。 ――たぁん。 長い大喧嘩を締め括るには些か軽すぎる、寂しい破裂音が響いた。 ◆ ◆ ◆ 「――莫迦な」 目を見開いて溢したのは悪僧だった。 美しき獣と称されたその視線は天空へと向けられている。 嘲笑う太陽は既に笑っていない。 代わりに響いているのは、消え逝く悪霊の断末魔であった。 「莫迦な――莫迦な莫迦な莫迦な莫迦なァッ!」 剣豪抜刀と暗黒太陽。 一閃と臨界が衝突した。 起こった事はそれだけだ。 その結果、嗤う太陽は中心から真っ二つに両断された。 文字通りの一刀両断。 それはまるでいつか、この女武蔵という因縁が自身に追い付いてきた時の光景を再演しているかのようで… 「偽りの…紛い物の神剣如きが何故呪詛の秘奥たる我が太陽へ届く!」 溶け落ちる太陽はリンボにとっての悪夢へと反転した。 最大の熱を灯して放った一撃を文字通りに斬り伏せられた彼の顔に最早不敵な笑みはない。 この有り得ざる事態に動揺して瞠目し、冷や汗を垂らしていた。 太陽を落とす花という不可思議を成就させた武蔵はそんなリンボへ凛と言い放つ。 「黒陽斬りしかと成し遂げた。此処からが本当の勝負よ、蘆屋道満…!」 「黙れェ! おのれおのれおのれおのれ新免武蔵! 我が覇道に付き纏う虫螻めがッ!」 駆ける武蔵を包むように闇色の球体が出現した。 それは一層だけには留まらない。 十、二十…百を超えてもまだ重なり続ける。 呪詛を用いて造った即席の牢獄だ。 彼程の術師になれば帳を下ろす技術を応用して此処までの芸当が出来る。 しかし相手は新免武蔵。 そう長い時間の足止めは不可能と誰よりリンボ自身がそう知っている。 急がねば――そう歯を軋らせた彼の左腕が、不意に切断されて宙を舞った。 「…ッ! 死に損ないめが、邪魔をするなァ!」 「憎まれっ子世に憚るって諺、お前の時代にはなかったのか?」 隻腕の伏黒甚爾が釈魂刀を用いて切り落としたのだ。 普段なら容易に再生可能な手傷だが、今この状況ではそちらへ余力を割く事すら惜しい。 暗黒太陽…悪霊左府はリンボの霊基を構成する一柱である。 以前にもリンボは武蔵によってこれを両断されていたが、今回のは宝具による破壊だ。 受けた痛手の度合いは以前のそれとは比べ物にならない程大きい。 「いい面じゃねぇか。似合ってるぜ、そっちの方が道満(オマエ)らしいよ」 不意打ちが終われば次は腰に結び付けていた游雲へ持ち帰る。 咄嗟に魔震を発生させ、羽虫を振り払うように甚爾を消し飛ばそうとしたが――この距離ならば彼の方が速い。 リンボの顔面に游雲が命中しその左半面が肉塊と化す。 あまりの衝撃に叩き伏せられたリンボが見上げたのは嘲笑する猿の顔だった。 「古今東西何処探しても安倍晴明の当て馬だもんなオマエ。ようやられ役、気分はどうだい」 「貴、様…! 山猿如きが軽々と奴の名を口にするでないわッ」 立ち上る呪詛が怒りのままに甚爾を覆う。 しかし既にその時、猿は其処に居ない。 片腕を失って尚彼の速度に翳りなし。 天与の暴君は依然として健在であった。 無茶の反動に耐え切れず游雲が千切れ飛ぶが、それすら好都合。 ギャリッ、ギャリッ、と耳触りな金属音を響かせて。 甚爾は折れた游雲同士をぶつけ合い擦れ合わせ、その折れた断面を鋭利な先端に加工。 綾模様の軌道を描いて飛来した無数の呪詛光の一つが腹を撃ち抜いたが気にも留めない。 痛みと吐血を無視して前へ踏み出す。 その上で棍から二槍へと仕立て直した特級呪具による刺突を高速で数十と見舞った。 「づ、ォ、おおおおォ……!」 如何なリンボでもこの間合いでは分が悪い。 相手はフィジカルギフテッド。 純粋な身体能力であれば禍津日神と化したリンボさえ未だに置き去る禪院の鬼子。 呪符による防御の隙間を縫った刺突が幾つも彼の肉体に穴を穿ち鮮血を飛散させた。 「急々如律――がッ!?」 「黙って死んでろ」 こめかみを貫かれれば脳漿が散る。 猿が神を貫いて惨たらしく染め上げていく冒涜の極みのような光景が此処にある。 一撃一撃は致命傷ではなく自己回復――甚爾の常識に照らして言うならば"反転術式"――を高度な次元で扱いこなせるリンボにとっては幾らでも巻き返しの利く傷であるのは確かにそうだ。 だが塵も積もれば山となるし、何より重ねて言うが状況が悪い。 左府を破壊された損害とそれに対する動揺。 それが自然と伏黒甚爾という敵の脅威度を跳ね上げていた。 猿と蔑んだ男に弄ばれ、蹂躙されるその屈辱は筆舌に尽くし難い。 リンボの顔に浮いた血管から血が噴出するのを彼は確かに見た。 「■■■■■■■■■■――!」 声にならない声で悪の偽神が咆哮する。 物理的な破壊力を伴って炸裂したそれが今度こそ甚爾を跳ね飛ばした。 すぐさま再び攻勢へ移ろうとする彼の姿を忌々しげに見つめつつ、リンボは武蔵を閉ざした牢獄に意識を向ける。 “そろそろ限界か…! しかし、ええしかし――今奴に暴れ回られては困る!” 今この瞬間においてもリンボは目前の誰よりも強い。 指先一つで天変地異を奏で、気紛れ一つで視界の全てを焼き飛ばせる悪神だ。 にも関わらず彼をこうまで焦らせているのは、ひとえに先刻経験した予想外の痛恨だった。 重なる――あの敗北と。 輝く正義の化身に。 星見台の魔術師に。 彼らの許へ集った猪口才な絡繰に。 何処かで笑うあの宿敵に。 完膚なきまでに敗れ去った記憶が脳裏を過ぎって止まらない。 そんな事は有り得ないと。 理性ではそう理解しているのに気付けば武蔵の"神剣"を恐れているのだ。 “恐るべしは新免武蔵! 忌まわしきは天元の花! よもやこの儂にまたも冷や汗を流させようとは…! しかし得心行った。奴を討ち果たすには最早禍津日神でさえ役者が足りぬ! 拙僧が持てる全ての力、全ての手段をもってして排除しなければ――!” 猿の跳梁等どうでもいい。 さしたる問題ではない。 武蔵さえ消し飛ばせれば、あんな雑兵はいつでも潰せる。 かくなる上はとリンボは瞑目。 修験者の瞑想にも似たらしからぬ静謐を宿しながら意識を芯の深へと潜らせ始める。 「天竺は霊鷲山の法道仙人が伝えし、仙術の大秘奥…!」 それは単純な攻撃の為にあらず。 疑似思想鍵紋を励起させ特権領域に接続する仙術の領分。 安倍晴明を超える為に用立てた技術の一つ。 かの平安京ではついぞ開帳する事叶わなかった秘中の秘。 反動は極大、この強化された霊基で漸く耐えられるかどうかという程の次元だが最早惜しんではいられない。 「特権領域・強制接――」 全てを終わらせるに足る切り札。 嬉々と解放へ踏み切らんとしたリンボ。 しかしその哄笑は途中で途切れた。 肉食獣の双眼が見開かれる。 彼の肉体は、触手によって内側から突き破られていた。 それは宛ら寄生虫の羽化。 宿主を喰らい尽くして蛆の如く溢れ出す小繭蜂を思わす惨劇。 「ぞ、…ォ、あ?」 片足を失った巫女が笑っていた。 その手に握られた鍵は妖しく瞬いている。 「貴、様」 リンボは勝ちに行こうとしていた。 此処で全てを決めるつもりでいた。 後の覇道に多少の影響が出る事は承知の上で、絶大な反動を背負ってでも目前の宿敵を屠り去るのだと腹を括った。 そうして始まったのが擬似思想鍵紋の励起とそれによる特権領域への接続。 只一つ彼の計画に陥穽があったとすれば、励起と接続という二つの手順を踏まねばならなかった事。 それでも十分に正真の天仙へも匹敵し得る驚異的な速度だったが、"彼女"にとってその隙は願ってもない好機であった。 「――巫女! 貴様ァァァァァァァァ!」 「大丈夫よ。抱きしめてあげるわ、御坊さま」 接続のラインに自らの神性を割り込ませた。 無論これは演算中の精密機械に砂を掛けるも同然の行為。 特権領域とリンボの疑似思想鍵紋を繋ぐ線は途切れ。 逆にアビゲイルが接続されているかのまつろわぬ神、その触腕が彼の体内へ流れ込む結果となった。 臓物をぶち撒け。 洪水のように吐血しながら絶叫するリンボ。 その姿に巫女は微笑み鍵を掲げる。 全てを終わらせる為、絞首台の魔女が腕を広げた。 「さようなら」 リンボの断末魔は単なる雑音以上の役目を持てない。 命乞いか、それとも悪態か。 定かではないままに処刑の抱擁は下され。 外なる神の触手が…かつて彼が求めた窮極の力が――悪意と妄執に狂乱した一人の法師を圧殺した。 …その筈だった。 だが――しかし。 血と臓物に塗れたリンボが。 血肉で汚れたその美貌が白い牙を覗かせた。 「これ、は…?」 途端に神の触腕が動きを止める。 巫女の笑みが翳る。 其処に浮かんだのは確かな動揺だった。 「…油断を」 それが、この処刑劇が半ばで遮られた事を他のどんな理屈よりも雄弁に物語っており。 「しましたねェエエエエエエエエエエアビゲイル・ウィリアムズ! ――――急々如律令! 喰らえい地獄界曼荼羅ッ!」 →
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まず最初に放たれたのは、龍の神威とも呼ぶべき空震だった。 蘆屋道満が取り込んだ龍の心臓。 大元である龍脈の龍は斯様な能力は有していなかった。 しかし今、その力・性質を担うのは天下にその悪名轟き渡る法師道満。 神は祀り、鎮めるもの。拝跪し、畏れ、敬うもの。 正しく祀り、収め、人にとって都合のいい福音を吐き出す存在に零落させるのは陰陽師の仕事の一つだ。 道満が今しているのもそれに似ていたが、しかし度合いで言えば数段は冒涜的だった。 何しろ彼は今、龍脈の龍という原典を単なる炉心としか見ていない。 龍の心臓を荒駆動させて余剰を濾過して力のみ引きずり出し、その上で自らが望む容(カタチ)に無理やり当て嵌め酷使している。 「なりませんな、神へ刃を向けるなぞ失敬千万。ゆえ罰を与えましょうぞ――このように」 その結果として生み出されるものは、付近一帯を更地に変えるほどのエネルギーの炸裂だった。 空震。いや、もはや魔震とすら呼ぶべきか。 地脈に眠る龍ならばこれくらいはして貰わねばという身勝手極まりない増長と願望が現実の悪夢と化して形を結ぶ。 直撃すればサーヴァントであろうと五体が拉げる一撃に、九頭竜討伐に名乗りを上げた三人は素早くそして利口に対応した。 「門よ」 アビゲイルの片手にいつの間にか握られていた巨大な鍵。 それが虚空へ、他者を主とする領域の内である事なぞ知らぬとばかりの我が物顔で潜り込む。 ガチャリと鍵穴の回る音がした。 次の瞬間、虚空が宇宙とも暗闇ともつかない無明の冒涜を記した口蓋を開ける。 龍神の生んだ震動はそこへ呑まれ、アビゲイル及び最も対抗手段に乏しい伏黒甚爾を魔震の脅威から遠ざけた。 一方で救済策から外された宮本武蔵は動ずるでもなく迷わず直進。 震動という形のない脅威の輪郭を捉えているかのように過たず、桜舞う剣閃でこれを切り裂く。 壮絶な破砕音は万象呑み込む龍の怒り――リンボが斯くあれかしと捏造した偽りの神威が粉砕された音に他ならない。 「とんだ悪食ね。ゲテモノ食いも大概にしなさいな」 「これはこれは…いや、素晴らしい。神明斬りとは。原初斬りの偉業は大層実になったようで」 第一陣は突破。 しかしリンボの顔に焦りはない。 人を小馬鹿にしたような微笑みを湛えながら拍手の音色を空ろに響かせている。 「まぁそれも詮なき事か。下総に始まり希臘に至るまで、随分と入れ込んでおりましたものなあ。 どうです。なかなかどうして心地良いモノでしょう? 誰かの心に消えない傷を残すという所業は」 悪意の言葉を吐きながらけしかけたのは、祭具殿の残骸から浮上した髑髏の怨霊だった。 武蔵の脳裏を過るのは下総の国にて、過去にこの陰陽師が呼び出し使役した名無しの大霊。 成程確かに土地も合っている。 此処は東京、古今東西あらゆる武士の魂が眠る場所。 界聖杯により再現された熱のない贋作だとしても、見る者が見れば因果因縁に溢れた絶好の畑だ。 峰津院大和が其処に着眼し霊地の獲得に舵を切ったように。 この厭らしい陰陽師も彼に学び、土地そのものを武器に変えた。 「勘違いしないで頂戴な。今此処にいる私は、あの子のサーヴァントではないの」 それに対して武蔵は驚きすらしない。 過去を、今はもう瞼を閉じて思い馳せるしか出来ない遠い記憶を。 あえてなぞる事で心を削りに来るなんていかにもこの生臭坊主がやりそうな事ではないか。 だから、かつて世界を救う旅路に力添えした人斬りの女は毅然と答えた。 「大業を遂げ、空にも至り。後は泡と消え去るだけの亡霊なんか引き寄せてしまった娘が居るのよ。 私が今こうして剣を握り、貴方に挑んでいる理由はあの子の為。他の誰の為でもないわ」 そういう意味では似ていると思う。 身の丈に合わない運命と宿命を背負わされて、それでも業に呑まれることなくもがき苦しむ女の子。 …だからかと少し納得した。 だからこんなにも彼女の下で振るう剣は手に馴染むのだ、きっと。 「それに…消えない傷を残されたのは何も私だけじゃないでしょう。 貴方がこんな辺境の戦に参戦しているなんて、つまりそういう事としか考えられないものね。異星の神の尖兵さん」 「ンン!」 迫る大霊の腕。 精神を冒し魂を穢し凶死させる呪詛はしかし、かつて相見えた真作に比べれば数段も劣る紛い物。 ――遅い。そして浅い。 ならば一体何を恐れろというのか。 新免武蔵、ただ前へ。 そして振るう、桜花の太刀。 怨念一閃。 宿業両断。 刹那にして辺獄の大霊を斬殺し、主であるリンボの首に向け白刃を迸らせた。 「…ええ、認めましょう。この拙僧……御身亡き後、あの小娘めに敗れ去った。 蜘蛛糸の如き奸計は水泡と帰し、正義を気取る若僧の黄金の前に確かに爆散しました」 下総の時とは比べ物にならない太刀の冴え。 神を斬り混沌を斬り桜花に触れて磨き上げた一刀はまさしく真打。 触れれば断つ。 触れずとも斬る。 今、新免武蔵は間違いなく剣豪として一つの極点に達している。 だが。 「です、がァ――」 粘つく悪意が清らかなものを阻む。 神の瘴気か龍の神気か。 リンボは今、武蔵の一刀をその右手一つで阻んでいた。 武蔵の眦が動く。 これほどか。 これほどまでに極まったか、悪党。 その絶句に応えるように肉食獣は牙を剥いた。 「悪党とは懲りぬもの。業とは決して癒えぬもの。 この拙僧、生憎と諦めの二文字を知りませぬ。卒業の二文字を知りませぬ。 ましてやそこにかくも芳しく香る災禍の予兆があるというのに、一体どうして伸ばす手を止められようか!」 「づ…!」 炸裂する神気が武蔵の体躯を軽々弾き飛ばす。 防御も迎撃も許さない一撃は最初の魔震が単なる小手調べに過ぎなかった事を物語っていた。 その隙を突くべく、音速にすら迫る速度で走るは天与。 無策の突撃ではない。 彼は確かにこの場に揃った三者の中では最も能力で劣っていたが、しかし己しか持ち得ない強みを自覚していた。 一つは言わずもがな呪力の不所持による透明化。 迎撃一つするにも視覚での認識と反応を要求する点。 そしてもう一つは、抜く事さえ許されれば天衣無縫と呼ばれるモノにさえ届く呪具の数々を有している事。 “釈魂刀の斬撃はあらゆる防御を参照しねえ。龍だろうが羅刹だろうが触れれば斬れる” リンボの冷眼が甚爾を捉える。 だが軌跡だけだ。 本気の甚爾はサーヴァントの視覚など容易に振り切る。 現にこの場には彼を対象にしたと思しき束縛の呪詛が溢れていたが、それら諸共に斬り伏せて進む武蔵、自前の術で対処できるアビゲイルとは違い、甚爾は単純に脚力に任せてそれを引きちぎり進んでいた。 残像を認識するだけで精一杯の高速移動を繰り返しながら、鎌鼬宜しくすれ違いざまリンボの首をなぞらんとする。 しかし禍津日神を僭称する悪神道満は――それさえ一笑。 「曲芸で神が獲れるものか」 速く動く蝿を箸で捕らえようとするから苦労する。 蝿を潰したければ、炎を焚いて燻り殺せばいいのだ。 「目障りな猿には、どれ、毒など馳走してみよう」 次の瞬間。 甚爾は自身の生命力が肌から霧散していくような得体の知れない感覚に襲われた。 黒き呪力が霧のように、それでいて花畑を舞う蝶のようにリンボを中心に溢れ出している。 “呪霊とは違うな。神霊の類…それも日本のものじゃない。吸い上げて弱らせる黒曜色の呪力と来れば――” 甚爾は呪力を持たない。 だからこそ体力を削られる程度で済んだが、これがアビゲイルや武蔵であったならそうは行かなかったろう。 これは純粋な生命力だけでなく魔力も呪力も…とにかく対象が内包しているありとあらゆる力を吸い上げる貪食の呪いだ。 ましてや高専の等級で換算すれば間違いなく特級相当だろう神の吸精だ、生易しい訳もない。 事実甚爾でさえ数秒と長居すれば致死域まで削られると、あの僅かな時間でそう確信した程だった。 「南米。アステカ辺りか?」 「ほう。知識と見る目はなかなかどうして」 「ゲテモノ食いの神が人間の成れの果てに喰われたか。皮肉なもんだな」 甚爾の推理は当たっている。 蘆屋道満がその霊基の内に取り込んだ神の一体。 暗黒神イツパパロトル。 太陽の楽園にて黒曜石の蝶を侍らせたアステカ神話の女神。 奪い、平らげる事をあり方の一つとして持つ神も今は悪僧の腹の中。 ハイ・サーヴァント…リンボの素性を一つ見抜けたのを収穫として甚爾は利確する。 纏わり付く蝶を撒いて後退しながら、追撃に放たれた黒炎の狐数匹を撫で切りにした。 「侍。オマエ、あの生臭坊主と知り合いみたいだな」 「ええ。知り合いというより宿敵ね。やり口は嫌という程知ってるけど、足しになるような情報はあんまり」 「アイツは神霊の核を取り込んでやがる。可笑しいと思ったぜ、只の坊主にしちゃ幾ら何でも出鱈目すぎるからな」 「…マジ? うぇえええ…悪食にも程があるでしょそれ……」 蘆屋道満は確かに優れた術師である。 生前の段階ですら、かの安倍晴明が認めた程の力量を持った法師であった。 しかしこの界聖杯で跳梁跋扈の限りを尽くすこの"リンボ"は、それにしたってあまりに節操がない。 単なる術師としての優秀さだけでは説明の付かない不可思議を幾つとなく引き起こしていた。 サーヴァントの領分を超えた生活続命法。 話に聞く窮極の地獄界云々とて、明らかに真っ当な英霊では不可能な無茶を通す事を前提とした野望だった。 不可思議とは思っていたが、蓋を開けてみれば何という事もない。 最初から真っ当な英霊などではなかったというだけの事。 「別人格(アルターエゴ)とはよく言ったもんだ。その時点で気付くべきだったな」 「情報提供感謝するわ。本当なら私の因縁、一対一で果たしたい気持ちはちょっとあるんだけども」 「其処は諦めてくれ。ウチのクライアントもアレには恨み骨髄でな、絶対ブチ殺して来いと仰せなんだわ」 それに、と甚爾。 言葉の続きを待たずして無数の羽虫が空を埋めた。 まるでそれは黒い暴風雨。 聖書に語られる蝗害の悪夢のように、狂乱した陰陽を喰らうべく異界の眷属が狂喜乱舞する。 「な、この通りだ。俺としては生臭坊主の処断なんざ誰がやっても構いやしねえんだが」 虚ろな顔に、仄かな笑みを浮かべて。 鍵を指揮棒(タクト)に捕食を主導する金毛の巫女。 羽虫の群れが払われた途端、次は触手が這い回る。 波濤の勢いで溢れて撓るそれは鞭のようにリンボを打擲する。 英霊一人原型残さず砕き散らす事など容易なその波が、ケダモノのシルエットを呑み込んだ。 「あは」 恍惚と法悦を虚無の中に織り交ぜて。 嗤う幼さは妖艶なる無垢。 其処には既に、透き通る手の女が生きていた頃の彼女の面影はない。 無垢に色を塗り。 清廉に別れを告げ。 信仰の形さえ、歪みと無念の中に溶かした降臨者(フォーリナー)。 「教えてあげるわ。色鮮やかな悪意のあなた。 私の祈りが、満たされることを知らないあなたの秘鑰になればいい」 異端なるセイレム。 この結界のベースになったある寒村に酷似した穏やかで残酷な村に生まれ落ちた魔女の卵。 最愛の主との離別と、彼女を思う人間への負い目。 そして渦巻く怒りと後悔を肯定された事が卵の殻に亀裂を入れた。 いざ此処に魔女は産声をあげる。 救うと豪語しながら痛みを振り撒く矛盾の魔性。 彼女の鍵が天高く掲げられ、次の瞬間駄目押しに触手が落ちてきた。 「イブトゥンク・ヘフイエ・ングルクドゥルゥ」 紡がれる冒涜の祝詞。 祝福と共に墜落した大質量はリンボの全身を余す所なく押し潰し圧殺するに十分な威力を秘めている。 質量による力押し。 神を潰すならば同じ神を用いればいいのだと、幼い故の直情的発想が此処に最上の形で具現化した。 だが―― 「急々如律令」 触手の真下から響く声がある。 刹那、彼を覆う触手の全てが爆散した。 姿を現すは禍津日神・九頭竜新皇蘆屋道満。 血の一滴も流す事なく悠然と佇む姿は、まさに神の如し。 「素晴らしきかな、そして美しきかな虚構の神よ。 それもまた拙僧が描く地獄の理想像の一端を体現しておりますが…」 アビゲイルが鍵を振るう。 リンボが爪を振るう。 火花を散らしながら削り合う異端と異形。 一見すると互角に見える。 だが、明らかに余裕が違った。 じゃれつく子供とそれをあやす大人のような。 そんな、努力と工夫では埋め難い絶対的な差が両者の間には垣間見えている。 「遅きに失したな外なる神。全にして一、一にして全なる貴殿。 人と神の混ざり物、成り立ての魔女如きではあまりに役者が足りぬよ」 空を引き裂く神の手足。 それは確かにリンボの腹に着弾した筈だった。 にも関わらず、極彩色の獣は揺らぎもしない。 たたらさえ踏む事なく、素面の耐久のみで受けてのけた。 もはや物理においてすらリンボに隙はない。 耐久無視の釈魂刀のような例外を除けば皇帝、混沌…その領域に入って初めて痛痒を与えられる次元。 まさに怪物。まさに悪神。 背後に背負った骸の九頭竜が、瘴気を撒き散らしながらその顎を大きく開ける。 「吠え立てよ、龍よ」 「――っ」 零距離での龍震の炸裂。 咄嗟に防御の為の触手を呼び出しはしたものの、それでも巫女の痩躯は無残に吹き飛んだ。 桃色の唇を、真紅の血が艶かしく濡らす。 「とはいえ一時は拙僧を魅了した全知の門。その神聖に敬意を示し――ンンンン! 大盤振る舞いにて見送りましょう!!」 リンボはすぐさま追撃の為、総数にして数百にも達する呪符を出現させる。 アビゲイルを取り囲む紙々の舞。 それは宛ら紙の監獄塔だ。 しかしその用途は戒めに非ず。 捕らえた罪人を、祓われるべき悪徳を消し飛ばす抹殺の法に他ならぬ。 …銀の鍵の巫女は空間を超える権能を持つ。 故に監獄ではアビゲイルを捕らえられない。 だがそれが彼女の為の処刑場であり火葬場であるならば―― 「破ッ!」 巫女が空間を脱けるよりも、妖術の極みのような火葬塔が焦熱地獄と化す方が早い。 強化された霊基でも耐える事はまず不可能だろう超高熱の檻の中に取り残されたアビゲイル。 そんな彼女を救い出したのは、既の所で塔そのものを一刀両断した宮本武蔵であった。 「ありがとう、お侍さん。危ない所だったわ」 「そういうのは後! 今はとにかく目の前のアレを何とかしましょう。 言っておくけれど、首を取るのは早いもの勝ちよ。私も私であの御坊には煮え湯飲まされてきたんだから」 「勿論。恨みっこなしで行きましょう」 邪魔をするなとばかりに武蔵へ迸った魔震。 それを今度は、アビゲイルが触手を数段に折り重ねた防御壁を形成する事でカバーする。 暴穹の飛蝗を思わす勢いと密度で敵を喰らう羽虫を召喚する巫女に、女侍は相乗りする事を選んだ。 羽虫の波に身を沈ませ、自身の気配や魔力を彼らをチャフ代わりにして隠蔽。 リンボの感覚の盲点に潜り込みながら天眼を廻し一斬必殺の斬撃を叩き込むべく颶風と化す。 「流石は音に伝え聞く二天一流。節操のない事よ」 嘲りはしかし侮りに繋がらない。 リンボは知っている、二天一流の強さと恐ろしさを。 手塩にかけて拵えた英霊剣豪を討ち倒し、己が陰謀を砕いた忌まわしき女。 結果的にリンボが彼女と再び相対する事はなかったが。 依然としてリンボは自身に引導を渡した黄金のヒーローよりも、この麗らかな人斬りの方をこそ真に厄介な敵だと認識していた。 「であればどれ、拙僧は大人げなく行きましょう」 だからこそ油断も慢心も捨て去る。 格下が相手なら隙も見せよう、驕りも覗かせよう。 だが天眼の光、死線を駆ける女武蔵の冴えが相手となれば話は別だ。 リンボの周囲に顕現する無数の光球。 臓物に似た悍ましいまでの赫色を宿したそれは、魔と呪をありったけ練り込んだ呪符を核に造られた即席の黒い太陽だ。 太陽だけで構成された闇の星空。 それが芽吹くように感光するや否や、数にして千を優に超える数の光条が全方位へと迸った。 「「「――!」」」 そう、全方位だ。 波を形作る羽虫を鏖殺しつつ其処に潜んだ武蔵を狙いつつ。 今まさに新たな触手を呼び出そうとしていたアビゲイルを撃ち抜かんとし。 背後から迫っていた甚爾に対してもその五体を蜂の巣に変えんと光を放つ。 さしずめ凶星の流星群。 掠めただけでも手足がちぎれ飛ぶ星の追尾光も、今のリンボにとっては単なる余技の一つに過ぎない。 その証拠に―― 「凶風よ、吹けい」 漲り煮え立つ呪の風が、災害そのものの形で吹き荒れる。 凶兆、凶象…その全てが今やリンボの思うまま。 そんな呼吸するだけでも死に直結する地獄絵図の中でも、しかし天与呪縛の男は流石だった。 呼吸を完全に断ちながら風圧を引き裂いて吶喊する。 間近まで迫った上で振るう刀身は、速度でなら武蔵の振るう刀にすら決して引けを取らない。 術師殺しはは技の冴えを重要視しない。 剛力を載せて超高速で振り抜く、効果的な斬撃を放つにはそれだけで充分なのだから。 だが…… 「ンン。まさに、馬鹿の一つ覚えよな」 リンボは当然のように刃の軌道を見切りながら、己に迫る死に対して笑みを浮かべた。 この男ならば来るだろうと思っていたからだ。 そしてその上で待ち受けていた。 煮え湯を飲まされたままでいる程癪に障る事もない。 “――カウンターか? いや…” 訝む甚爾だったが、その疑問に対する答えはすぐに出された。 リンボの背後。 九つの龍骸が並ぶ向こう側に、絶大な存在感を放つ黒い人形が立ち上がったのだ。 呪霊操術という術式がある。 読んで字の如く、呪霊を操り使役する術式だ。 極めれば呪霊の軍隊を率いての国家転覆すら不可能ではない、数ある術式の中でも容易に上位一握りに食い込むだろう規格外の力。 甚爾はかつてその使い手と相対し、その上で正面から打ち破っている。 だがその彼をしても――今リンボが出した"これ"は、呪霊だの祟り神だのとは全く格の違う存在であると断言出来た。 「黒き太陰の神。名をチェルノボーグと言いまする」 チェルノボーグ。 それはスラヴ神話に語られる、夜、闇、不幸、死、破壊…あらゆる暗黒を司る悪神。 呪霊等とは次元が違う。文字通り世界そのものが違って見える程の隔絶感があった。 「猪口才な猿の曲芸、存分に試してみるが宜しい」 次の瞬間、甚爾は強烈な衝撃の前に吹き飛ばされた。 ただ飛ばされたという訳ではなく、不可思議極まる力で以て殴り飛ばされたに等しい。 即座に跳ね起きようとする彼の頭上に影がかかる。 見上げればそこには既に巨腕を振り下ろすチェルノボーグの姿があり、甚爾は釈魂刀を盾に受け止めるしかない。 真上から押し寄せる衝撃と重量は如何に彼が超人と言えども涼しい顔で受け切れる次元ではなかった。 骨肉が軋む。皮下の血管がブチブチと千切れていくのが分かる。 游雲を抜いていなかった事を悔やむ甚爾は身動きが取れず、それを良い事にリンボが迫った。 「ンンンンン! 無様!」 「ッ……!」 繰り出す掌底。 掌に呪符を貼り付けて放つ一撃は甚爾の内臓を容易に破砕した。 腹を消し飛ばされなかったのは咄嗟に身を後ろに引き、どうにか直撃だけは避けた機転の成果だ。 それでも完全に威力を殺し切る事は出来ず、粘り気の強い血を吐いて地面を転がる。 「死ねェいッ!」 肝臓と脾臓が砕け散ったのを感じながらも甚爾の動きは迅速だった。 地を蹴り真上に逃れる。 地面を這う呪の濁流に呑まれるのを防ぐ為だ。 だがそれすら知っているぞと嗤いながら、リンボの呪符が付き纏う。 呪具を切り替えるには状況が悪い。 多少の被弾は承知の上で、刀一本で全て斬り伏せるしか甚爾の取れる選択肢はなかった。 呪符に描かれた目玉が赤く輝き…そして。 「…!」 伏黒甚爾の脇腹が弾けた。 飛び散る鮮血。 優越の笑みを浮かべるリンボ。 しかし追撃は成せなかった。 流星群を斬り伏せながら猛進してきた女武蔵が、呪符数百を鎧袖一触に薙ぎ払って剣閃を放ったからだ。 「おぉ、怖い怖い。流石は宿業狩り。七番勝負を踏破した恐るべき女武蔵と言う他ない」 既に武蔵の剣は鋼の銀色を超克している。 夜桜の血と繋がり、真打の桜に至った事を示す桜色の太刀筋。 剣呑さは美しさに幾らか食われたが、それは脅威度の低下を意味しない。 寧ろ真逆だ。 宿業両断はおろか、神と斬り結んだギリシャ異聞帯の時分よりも彼女の太刀は遥かに高め上げられている。 「神の分霊になぞ頼っていられぬ。貴様の相手は、この拙僧が手ずからしなくてはなァ」 この場において最大の脅威は間違いなく新免武蔵である。 リンボはそう信じていたし、だからこそ彼女に対しては一切驕らなかった。 イツパパロトルやチェルノボーグに頼るのではなく自らが出る。 それは裏を返すまでもなく、禍津日神たる自分自身こそが最大の戦力であるという自負ありきの行動に他ならず―― 「はああああああッ!」 「ンンンンンンン!!」 そして現にリンボは、一介の法師でありながら空の極みに達した剣豪と接近戦を演じる離れ業を実現させていた。 用いるのは自らの呪と、遥か異郷の地で会得した仙術。 無敵の自負を抱くに十分なそれらに加え龍脈の力で更に倍率をかけた肉体だ。 三位一体の自己強化はリンボを真の魔神に変える。 現に彼より遥かに技巧でも速さでも勝る筈の武蔵だが、その顔には三合ばかりしか打ち合っていないにも関わらず既に苦渋の色が滲んでいる。 “此処まで高めたか、蘆屋道満…!” 重い。 硬い。 先に斬り伏せた大霊はおろか、伏黒甚爾を吹き飛ばした神の分霊とすら格が違う。 オリュンポスで目の当たりにした機神達にも比肩、ないしは上を行くだろう重さと硬さは悪い冗談じみていた。 「硬いでしょう。それも当然。 鉄囲山の外鎧。そして僧怯の大風…これなるは法道仙人めより掠め取った仙術の粋。 ンン、感じますぞ。これまでの巡り合わせ、鍛錬、試行錯誤! そのすべてが拙僧を野望の高みへ押し上げてくれている!」 「らしくない台詞はやめて頂戴、槍が降るわ。どうせ最後はすべて踏み潰してしまうんでしょう?」 「当然。並ぶモノなき久遠の地獄絵図を描き上げ、万物万象へ阿鼻叫喚の限りを馳走する事。それこそが拙僧の伝える感謝の形なれば」 「でしょうね! 相変わらず、救えないヤツ…!」 迫り合いを長く続ければ腕が砕ける。 現に今のだけでも、武蔵の右腕は罅割れていた。 にも関わらず戦闘を続行出来ている理由は、古手梨花から流れてくる夜桜の力。 初代夜桜との同調を果たした梨花は武蔵にとって、劇的なまでの力の源泉と化していた。 片手の骨折程度の傷ならば忽ち癒せてしまうくらいには。 これでも武蔵に言わせれば十二分にズルの境地だというのに、初陣がこんな怪物となればそれも霞んでしまう。 リンボの徒手を桜花の刀で防ぎ。 隙を抉じ開けて刺突を七つ。 それを凌がれれば本命、左右同時の逆袈裟二刀撃。 神をも斬り裂く剣を呪符が阻み、役目を終えたこれが音を立てて爆裂する。 「づ…!」 熱波を直に浴びて顔が焦げる。 癒えていく最中の視界でリンボの背後に、剣を携えた黒い女神が立ち上がるのを武蔵は見た。 「そうれ、隙あり」 イツパパロトルの一閃を止めた瞬間、武蔵は悪手を悟る。 “そうか、こいつ…黒曜石の……!” 黒曜石の蝶を侍らす楽園の導き手。 その剣も当然、強力な吸精能力を宿しているのだ。 手足の力が拔ける。 分霊とはいえ神は神。 夜桜の力さえ上回る速度での吸精に、武蔵の手足から力がガクリと抜けた。 「――唵!!」 禹歩で呪の効力を高め真言一喝。 武蔵が瞠目した。 見えなかったからだ。 見切れなかったからだ、リンボの歩みを。 その代償として真紅の呪が武蔵の総身を丸呑みにする。 咄嗟に刀を構え、二天一流の手数を活かして切り裂き即死は逃れたが、しかしこれさえリンボにとっては予測の内。 当然。 相手は新免武蔵。 神に逢うては神を殺し、仏に逢うては仏を殺す悪逆無道の英霊剣豪を撫で切りにした人斬りの極み。 猿を殺し巫女を封殺できる程度の業で屠れるのならばあの時苦労はしなかった。厭離穢土は遂げられていたのだ。 「等活、黒縄、衆合、叫喚、大叫喚、焦熱、大焦熱、無間――」 怖気の走る詠唱は祝詞ですらない。 それは列挙だ。 人が悪業を抱えて死ねば堕ちるという死後の形、その形相の羅列。 武蔵としても聞き覚えがあるだろう名前も幾つかあり、だからこそ彼女は其処から特大の不吉を感じ取らずにはいられなかった。 「――デカいのが来るわ! 各々、死ぬ思いでなんとかして!!」 武蔵が叫んだ事にきっと意味はなかった。 甚爾もアビゲイルも、その時には既に彼女同様嫌な予感を覚えていたからだ。 呪いが渦を巻く。 冒涜が練り上げられる。 地獄が形を結ぶ。 衆生が住む閻浮提の下、四万由旬の果てへと堕ちる奈落の旅路が幕を開ける。 「堕ちよ――――遥かな奈落、八熱地獄へ!!」 名付けて八熱地獄巡り。 呪の限り、熱の限りがのどかな村の一角を吹き飛ばして三騎の英霊達を焼き払った。 これこそがアルターエゴ・リンボ。 否、禍津日神・九頭竜新皇蘆屋道満。 髑髏烏帽子ならぬ戴冠新皇。 九頭竜を従え。 黒き神を喰らい。 盟友を侍らせ。 そして呪の限りを尽くす、極彩色の肉食獣。 故にその理想の具現たる八熱地獄はすべての英霊にとって致死的なそれ。 逃れられる者など居ない――普通なら。 しかし忘れるな、リンボよ。 しかし侮るな、蘆屋道満よ。 この地に集い、熾烈な予選と数多くの激戦を潜り抜けて二度目の朝日を拝んだ者達はそう甘くない。 その証拠に。 八熱地獄の赫を引き裂きながら現れたのは、アビゲイルが行った再びの宝具解放により呼び出された触手の渦であった。 「ぬ……!?」 リンボが瞠目する。 今のは確かに渾身の呪を込めた一撃だった。 視界に入る全て、猿も巫女も人斬りも皆々焼き払う心算の大地獄だった。 だというのにこの小娘は。 よもや―― 「馬鹿な…有り得ぬ! アレを……あの熱量を内から食い破っただと!?」 「駄目よ、東洋のお坊さま。地獄(インフェルノ)だなんて僭称したら、神様もきっとお怒りになるわ」 「ほざけ小娘がッ! この拙僧に地獄の何たるかを語るか!!」 規格外の事態に唾を飛ばすリンボ。 その傲慢を窘めながら、アビゲイルは八熱地獄の火力を破って尚余力を残した触手で彼が展開した呪符を悉く押し流した。 殺到する触手は一本一本が外なる神の触腕。 格で言えばリンボの扱う黒き神々にすら勝る絶対と無限の象徴。 さしものリンボも冷や汗を流し、件の二神を顕現させて足止めに使う。 チェルノボーグ、イツパパロトル。 強さで言えば流石の一言。 アビゲイルの宝具解放をすら押し止める働きを果たしていたが、攻防の終わりを待たずして動く影がある。 「手酷く言われたわね、リンボ」 「ッ――新免、武蔵ィ!」 「百聞は一見に如かず。地獄の何たるか、自分の眼でしっかり見て来なさい」 花弁と共に駆けるは武蔵。 神速の太刀筋は今のリンボなら決して対応不能のそれではない。 だが、だが。 アビゲイル・ウィリアムズ、銀の鍵の巫女の無限に通ずる宝具を相手取りながらでは話も変わる。 「…急々如律令!!」 リンボが選んだのは武蔵に取り合う事の放棄。 今や此処ら一帯が己の陣地と化しているのを良い事に地へ埋め込んだ呪力を地雷宜しく爆発させた。 そうして武蔵の進撃を無理やり押し止めつつ、自分は宙へと逃げる。 二柱の黒き神は強力だ。 普通ならばサーヴァントの宝具解放が相手であろうと押し負けはすまいが、しかし今回の相手はアビゲイル・ウィリアムズ。 すべての叡智とすべての空間へ繋がる"門"の向こう側に坐す"全にして一、一にして全なる者"の巫女。 彼女に限っては万一の危険性が常に同居している。 だからこそ念入りに、抜かりなく。 最上の火力で以って相対さねば、禍津日神と化した今の己でさえ予期せぬ一噛みを食らいかねない。 そう考えて空へ逃れたリンボの更に上へと――躍り出た影が一つある。 「よう。そんな成りになっても猿の一匹上手く殺せねぇんだな」 「…ッ! 貴様――」 伏黒甚爾。 この場では間違いなく最も劣った、それでいて最も可能性を秘めた猿だ。 先の一合で力押しは不可能と理解した。 武蔵とリンボが打ち合う光景を見てその感情は更に強まった。 彼は天与呪縛の超人。 生身一つで百年の研鑽をもねじ伏せる規格外。 しかしあくまで超"人"、天変地異を拳一つで調伏出来る程の可能性は持たない。 甚爾はそれをよく理解している。 挫折と劣等感に満ちた幼少時代を経て術師殺しに成った彼が、それを知らない訳はないのだ。 だから潜んだ。 敵が繰り出した地獄の炎すら隠れ蓑に使った。 呪殺ないし主従契約を書き換えられる事を厭ってずっと表に出さずにいた武器庫呪霊。 それをあの死地の中でこれ幸いと引きずり出し、呪具の入れ替えを行った。 釈魂刀、龍をも断つ魔剣を納めて新たに取り出したのは――純粋な破壊力でならば最も伏黒甚爾を高め上げられるだろう三節棍の呪具。 即ち游雲。数時間前、この嗤う道化師にも一撃打ち込んだ暴力の塊。 「生臭坊主が羽化昇天なんざ片腹痛ぇわ。身の程弁えて五体投地でもしとけ」 リンボはその瞬間、確かに自身の視界が緩慢と化すのを感じた。 濃密の一言では済まされないあまりにも致死的な暴力の気配。 それを前に脳が走馬灯に酷似した活動をしているのだと気付き、屈辱で顔が赤黒く染まる。 ――侮るな、猿めが! そう叫ぼうとしたし術を行使しようともした。 だがそれよりも、甚爾の振り下ろす棍が彼の顔面を粉砕する方が遥かに速かった。 「ご、がッ――」 游雲は担い手の膂力に応じて威力を向上させる。 完成されたフィジカルギフテッドが、真に全力で振り下ろしたその一撃は当然絶大。 鉄囲山の外鎧も僧怯の大風も押し破って、宣言通り禍津日神を地まで落とした。 粉塵を巻き上げ、地に減り込む無様を晒せていたならまだリンボにとっては救いだったろう。 しかし現実は彼にとって更に非情。 地獄に堕ちたその先では、犇めく触手の海が待ち受けていた。 「――ぬ、あああああ"あ"あ"ッ!?」 二柱の神を相手取りながら。 彼らがリンボの許へ帰れぬよう、帰り道を堰き止めながら。 「つかまえた」 アビゲイル・ウィリアムズは漲る力に物を言わせてリンボ本体を叩きに掛かったのだ。 初撃に続く、二連続での宝具解放は言わずもがな相当の無茶。 空魚へ押し寄せる負担も相応だったが、しかし許可は出ている。 無茶をする旨をアビゲイルが念話した際。 それに対して紙越空魚は、愚問だとばかりに即答した。 ――私の事なんて考えなくていい。あんたがそうした方がいいと思うなら、迷わずそうして。 其処にあったのは果てしない程の怒り。 相棒を殺され、穢された事に空魚は今も怒り狂っている。 だからこそ掟破りの宝具二度撃ちは成り。 その結果としてリンボは想定を大きく狂わされ、武蔵と甚爾の連携も相俟ってまんまと触手の坩堝へ叩き落された。 「見ていてマスター。鳥子さんも、空魚さんも」 艶かしく粘液に塗れたそれはしかし断じて凌辱など働かない。 これはもっとずっと悍ましく、吐き気がする程冒涜的な何かの片鱗だ。 「いあ、いあ」 いあ、いあ。 光よ、光よ。 白き虚無が溢れる。 黒く果てなき闇が口を開ける。 その内側に、蘆屋道満は確かに地獄を見た。 境界線の青年の精神世界で目の当たりにしたのとは違う、しかしあれに何ら劣らぬ無尽の地獄を。 意識と精神が埋め尽くされていく。 あらゆる者の精神と肉体を蝕む異界の念。 それは、神さえ誑かす無道の陰陽師でさえも例外ではなく。 狂気と混沌が、愚かな偽神のすべてを呑み込み―― 「 ンン 」 下す、その寸前で。 触手の蠢動が止まった。 坩堝の中から嗤い声が響いた。 時が止まる。 誰もがアビゲイルの業の底知れなさを感じ取っていて、リンボの終焉を確信していたからこその静寂だった。 外なる神がもたらす虚無と無限のきざはし。 それは決して並大抵のものに非ず。 一人の殺人鬼が呑まれて消えたように。 跳梁跋扈する蝿声の如き魘魅、蘆屋道満でさえ無力のまま消え去るしかない。 その筈だった――これまでは。 しかし今の彼は道満にあって道満に非ず、リンボにあってリンボに非ず。 龍脈の力と百年の累積を一緒くたに喰らって高め上げたその力は今や、不可避の滅亡すら覆す闇の極星として機能するにまで至っていた。 「実に見事。実に甘美。しかし、しかァし――」 だからこそ此処に闇の不条理が具現する。 絶対不可避の敗亡の内側から浮上する禍津日神。 触手共を消し飛ばしながら。 虚無へと繋がる門を自らの力の大きさに飽かして閉じる離れ業を成しながら。 リンボはその掌に、一つの火球を生じさせた。 「忘れたか。儂こそは禍津日神、髑髏烏帽子を越えて戴冠の儀を終えた九頭竜新皇! 異界の神なぞ取るに足らず。猿の足掻きなぞ嗤うにも及ばず、仁王如きが断てる丈にも非ず!」 それは、一握の砂にも満たない極小の火。 煙草の先に火を灯すのが精々の種火でしかない。 少なくとも傍目にはそう見える。 しかし三者三様。 神殺しを成さんとする者達は其処に、あるべきでない威容を見た。 巫女は遥かフォーマルハウトにて脈打つ生ける炎の神核を。 猿は蠢き沸騰して止まない悍ましい呪力の塊を。 そして人斬りは、手を伸ばしたとて届く事のないお天道様の後光を。 各々確かに拝んだ。 その上で確信する。 あれを弾けさせてはならない――それを許せば自分達は此処で終わると。 巫女が鍵を回し。 猿と人斬りが地を蹴った。 だがすべて遅い。 嘲り笑うようにリンボは諸手を挙げ、歓喜のままに"それ"の生誕を言祝いだ。 「これなるは界聖杯が拙僧に授けた"縁"の結晶」 充填される魔力の桁は尋常ではない。 宝具の格に合わせて言うなら最低でも対城級。 直撃すれば英霊さえ軽々蒸発させる、正真の規格外に他ならない。 「屈辱と挫折の中、決して膝を屈する事なく歩み続けた甲斐もあるというもの。 つきましてはこの禍津日神・九頭竜新皇蘆屋道満の前へ立ち塞がった勇気ある貴殿らの葬送、この拙僧が承りましょう!」 蘆屋道満は斯様な力を持ってはいなかった。 力量の問題ではなく、性質そのものが彼の生まれ育った世界には存在しなかったからだ。 故にこれは彼の言う通り、界聖杯というイレギュラーが彼へと仲介した縁の結晶。 地を這い泥を啜り何とか手中に収めた龍の心臓。 受け継いだその脈動から伝わって来た力の最大出力…それこそがこの魔技の正体。 「刮目せよ。跪いて笑覧せよ。これなるは拙僧から貴殿らへと贈る最上の敬意にして至高の葬送」 その名を―― 「――メギドラオンでございます」 メギドラオンと、そう呼ぶ。 属性は万能。 あらゆる防御も相性も無に帰す究極の火力。 指で摘める程度の大きさだった火球が天に昇り、見る見る内にそのサイズを直径十メートルを超す巨体へと変じさせ。 それが弾ける瞬間を以ってして、最終最後の屍山血河舞台に万象滅却の爆熱が吹き荒れた。 「はは、ははははは、あはははははははは――!」 響き渡るのは禍津日神の哄笑ばかり。 光が晴れて熱が引き、そして…… →
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2007/12/22(土) 「先生、さよなら~!!」 「はい、さようなら。みなさん帰り道には十分気を付けるんですよ」 からりと晴れ上がった初夏の土曜日。私の生徒たちと帰りの挨拶を終える。授業は昼で終わるということもあり、子供たちは目をらんらんと輝かせて各々帰路について行く。 「ふふふ……昔を思い出すわね……」 授業が午前中で終わる土曜日に、何年か前の私も同じように目を光らせて過ごしていたことを思い出す。 平日の下校の雰囲気とは違うさんさんとした太陽を感じながら、お昼のカレーを自宅で食べて友達のところに遊びに行く…… そんな良き土曜の一日の思い出が私の中で反芻されていった。 職員室に戻った私は残りの業務に励む。その途中、日直の子から日誌を受け取りそれに判を押す。日直の子は早く帰路に着きたいのだろうかそわそわしながら私の返事を待っていた。 「はい、確かに受け取りました。気をつけて帰ってくださいね」 元気の良い日直の子の挨拶を受けて、私の顔が思わず綻んでいく。 午前中で終わった土曜日も相まって、一時間も経たないうちに私は今日の全ての業務を終えた。 「知恵先生。お疲れ様です」 「お疲れ様です。校長先生」 分校のもう一人の教師もある校長が私に声を掛けた。 「どうやら、業務は全て終えられたようですな。帰宅されてもよろしいですぞ。 学校に残っている生徒たちは私が見送りますからな」 「そうですか……じゃあお言葉に甘えさせてもらって……」 デスクの上の書類を片した後、教室の様子を伺いに戻る。『部活』に精を出していた 委員長たちに一声掛けて私は分校を後にする。私の中の土曜日もまた始まろうとしていた。 自宅のキッチンに足を運ぶ。芳しいカレーの匂いがほのかに香っていた。今日の朝、私は早起きして既にカレーを作り上げていたのだ。もちろん、今日はいつもより早く帰ることができると見越していたから。久しぶりにカレーで自宅の昼を過ごすことができる。幼少の頃の土曜のお昼が思い返されて、私の心がいやおうにも高揚していくのが分かる。 朝作り上げた時間から数えて数時間、熟成させていたカレーを弱火にかけて温めていく。その間に私は炊き上がった私の米飯の様子を見に行く。もちろん、これも洗米を済ませて私が帰ってくる時間に合わせてキッチンタイマーを仕掛けていたものだ。 「……うん、ご飯、いい感じに炊き上がってますね……」 ふっくらとやや硬めに炊き上がったそれを見て、次第に私の胸か高鳴っていくのを感じた。炊飯器でできた米飯にしてはなかなかの出来に仕上げることができた。私が炊くお米も吟味を重ねて選択したものだ。粘りが少なくお米同士のくっつくことの無い、それでいてルーの染み込みやすいお米……長年の研鑽を重ねて発見した業とお米の集大成が目の前で煌々とした湯気を放っている。 「んんん……はぁ……いい匂い……」 目を瞑り、私の米飯の匂いに酔う。十二分にそれを堪能した後にカレーの様子を見に行くことにする。 「ごめんなさいね……すぐ戻ってくるから……」 名残惜しそうな私の米飯にしばしの別れを告げて炊飯器から離れた。 後ろ髪を引かれつつカレーの鍋を覗き込む。ふつふつと静かに煮立っているそれは、私の特製のスパイスの香りを放っている。控えめにその匂いを主張していた先ほどの米飯とは違い、私の煮立っているカレーはその存在をダイレクトに私の鼻腔と視覚に訴えかけてくる。わずかに照りの乗っていてとろとろとしたルーの中にジャガイモの白色と人参の赤色が見え隠れしていた。そしてそれを取り巻くように繊維ほどの細さになるほど煮込まれた鶏肉が周りに点在している。 「ふふふ……我ながら良い出来ですね……」 私の得意カレーの一つであるチキンカレーが出来上がった。この出来なら一流のレストランのカレーにも遜色の無いものだと私は思う。しかし私の作ったカレーを売るような真似だけは出来ない。心を込めて作った私のカレーをどうして売るような ことが出来ようか…… 私はお鍋にかかっていた火を止めた。そして、カレー皿を棚から取り、炊飯器の所へ足を運ぶ。 「待たせてしまってごめんなさいね……」 私のことを待っていた私の米飯に声をかける。しゃもじを持ち余計な圧力をかけないように注意を払いながら形良く米飯を皿に盛っていく。残りのご飯を米びつに移した後、炊飯器のふたを閉める。そのままカレー鍋のもとに行き、お玉でルーをかける。多すぎず少なすぎず……細心の注意を払いながらルーを落としていった。この作業を怠ってしまうとルーとカレーのバランスが崩壊してしまう。 「ルーだけがいたずらに残るというような、致命の痛手は何としても避けないと……」 うまくいったようだ。バランス的に完璧なカレーライスを見て思わず自分の口角が釣り上がってしまうのがわかる。 「もうすぐ……もうすぐですからね……」 テーブルの中心に私のカレーが鎮座している。そのちょうど右側にスプーン、やや左上方にお冷を置く。後は食べるだけ。 「いたただきましょう。……!!」 スプーンで切ったご飯に断面にはルーが十二分染込んでおり、私の目が釘付けになる。私のカレーを口に運んだ瞬間、芳しい香りと舌を突付くようなスパイシーな味が口内に広がった。あまりの美味しさの衝撃に私の背中がぞわっと総毛立っていくのがわかる。 「はぁぁ……なんて美味しいの……」 私のカレーがもたらしてくれた何にも代えがたい喜びに体が震えていく。十分に一口目を堪能した後に二口目を頬張る。今度はカレーのもたらしてくれる喉越しを楽しむ。こくりと喉を震わせると、熱いカレーとご飯の塊が私の体の底に降り立っていく。体の奥から感じる熱さに悶えながらスプーンを進めていく。 「はぁ……はぁ、ん、んく……か、カレー……私の……んん」 私はスプーンでルーとご飯をきれいに形作り、口に運び続けていく。かちゃりとスプーンとお皿が立てる音にもまた小気味良さを感じてしまう。自分の口内と耳腔を楽しませてくれる私のカレーに、何か言い表せない崇高さのようなものを覚える。無意識に感じてしまうカレーへの想いに自分の心臓が高鳴っていく。 「はぁ……はぁ……はあ……んっん……熱いぃ」 息が続かなくなるほど夢中で貪り続けていたために自然と呼吸が荒くなっていく。私の熱くなった口内に冷たい空気が入り込んでいく。心地よいその感触にしばらく身を晒す。 「ふう……まだいっぱい残ってますね……」 半分ほど残ったカレーを一瞥し、私はまだしばらく続くであろう享楽に身を委ねる。その思いが私のお腹の奥をさらに刺激していく。 「さぁ、行きましょう。一緒に」 私はスプーンの動きを再開させご飯の一角に向かっていく。次はルーを多めに取り口に入れた。中にいた小さな私のジャガイモの塊をころころと舌を使って転がしていく。糸切り歯を使って半分に割り、その断面の感触を味わう。ジャガイモ特有の素材の甘味が染み出て私の舌を染め上げていく。さらなる唾液の分泌が促されていくのがわかる。 「……やっぱり良いですね。私のジャガイモも…………んんっ!!」 私はジャガイモに気を取られすぎていた。並々にスプーンに盛られたルーから一滴がこぼれてしまったのだ。私の胸元へとしずくが落ちていく。スローモーションのようにゆっくりと落下する私のカレー。胸元に達する直前に空いていた方の手の平を咄嗟に出した。ぎりぎりのところで手に平に収まりほっと胸を撫で下ろす。 「はあ、はあ。危なかった……」 今着ている白のワンピースが汚れなかったというよりも貴重なカレーを犠牲にせずに済んだという思いのほうが強かった。しかし、これからは着ている服にこぼさない様に食べなければならないという邪念が取り巻いてくるだろう。カレーの時間を 邪魔されるのはなんとしても避けないと…… 意を決した私は着ているワンピースを脱いだ。私としては他人より少し大きいほうではないかと思う、ブラに包まれた双丘が顔を出す。脱ぎ終えた白色のブラとパンティだけを身に付けている状態になる。衣服に篭っていた体熱が開放されて私の気分が爽快に一心された。もうこれで私とカレーの邪魔をするものはいない。 カレーを次々に口に運ぶ。ご飯多め、ルー多め、50:50、にんじん盛り、ジャガイモ盛り、ダブル盛り……スプーンという小さなステージを彩り、時には形を変え繊細さと大胆さを味わわせてくる私のカレー。そのギャップに翻弄され、私はカレーを食べているのではなくて、食べられているのではないかと錯覚する。カレーから受けるその多彩な責めを受け、私のむき出しになったからだが汗ばんでいく。 「あぁぁ、駄目……私のお腹の底に……カレーが、染み込んで……」 「んん!駄目、スプーンが止まら……」 もはや、私のカレーはスプーンを止めてくれようとはしない。残ったカレーを貪りつく様に食べていく。口の周りにルーがまとわり付こうが、カレーのしずくが落ちようがカレーに魅入られた私にとっては、もはや関係がなかった。 気付いたときにはカレー皿は空になっていた。名残惜しくなった私はスプーンを使ってさらに残ったルーを掬い上げていく。そして唇に付いたわずかに付いたルーを舌を使って舐め取る。その傍から見れば卑しい行為を終えた私はお冷を手に取る。内側から火照っていた私の体がすっと冷やされていくのを感じた。 私の胸元に違和感を感じ視線を下ろす。先ほどこぼれてしまったカレーの一しずくが私の双丘の間に吸い込まれつつあった。 「まだ……いたんですね……」 汗ばんだ谷間にいた最後のルーを指を差し入れ掬い取る。我慢できずにそのままルーに包まれた指にしゃぶりついた。私の指から未だ火照りの取れない唇とぬらぬらとした舌の熱さが感じられる。最後のぬくもりを味わいきり、私はちゅぷりと口から指を抜いた。 「ふふふ…………ご馳走様……」 Fin
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コドク箱 裏 次の日の午前中、詩音が遊びに来た。はろろ~ん。 「あれ、誰も居ないようですね。おかしいですわね、自転車はあるのに」 呼んでもでてこない。雰囲気からして留守のようだ。ただ、二人の自転車は置いてある。 「うーん。どうしたものでしょうね」 なぜか気になる。何となく嫌な予感がする。さて、どうしたものか。 「ここは一つ、確認するしかないでしょう」 呟きながら、詩音はどこからともなく合鍵を取り出した。どうやって用意したかは追及してはいけない。 鍵を開けて入る。トントンと階段を駆け上がる。そして、降りて来る事はなかった。 「あれ、魅ぃちゃん、どうしたのかな。かな?」 夕方。もう日は傾き空は赤から青く黒く夜に染まろうとしている。レナは鍋を自転車の籠に入れて梨花と沙都子の家に向かう途中、魅音に出会った。 「ああ、レナか」 そういうと、ため息をついた。 「何か、あったの?」 自転車を並べて聞いて見る。 「いやー、詩音が午後から遊びに来るといってたのに、中々こなくてねー。午前中に沙都子たちに会いに行ってお昼を作ってくるといっていたけど──何をやってるのやら」 苦笑いを浮かべて魅音は言った。 「レナはどうしたんだい?」 魅音の疑問にレナは、 「うん、ちょっと料理を作りすぎたからおすそ分けに」 と、言った。 「へぇー、愛しの圭ちゃんでなく、沙都子と梨花にねー」 魅音はそう言ってからかう。 「あはははは。圭一くんの家にはとっくに届けてあるよー」 さらりと返された。「……そっ、そう」苦笑いをするしかない。 「でも、どうしたんだろうね?」 レナは首をかしげる。詩音はちゃらんぽらんに見えて義理固いところがある。自分で言った事は守るほうだ。少なくても約束を齟齬にすることはない。 「うん──実は電話したけど出なくてね。それで、ちょっと不安になって見に来たんだ」 声のトーンを落として魅音は言った。 「それ──何かあったんじゃないのかな?」 レナは目を見開いて言った。 「あははは、そんなこと無いって。無いって。まあ、大方どこか遊びに行ってるんだろう。そろそろ帰って来る頃だと思うしね。レナもいるし、ちと狭いけど、みんなで夜通し騒いでも面白いかもね」 一転してにやりと笑う。 「そうだね。圭一くんも呼んで騒ぐのもいいよね」 レナも笑って、同意した。 「おやー、無粋だな、レナは。こういう時は女の子同士で秘密の話を興じるもんでないの? ──それとも、圭ちゃんを夜に呼んでを何をする気なのかな? 圭ちゃんの限界まで絞る気なのかな?」 からかうように魅音は言う。けど、ちょっぴり意地悪も含んでる。レナと圭一は付き合っているわけでないが、この頃微妙な空気が流れてるような気がする。 「そっ、そんなこと無いって。──ただ、みんなと騒ぎたいだけだよ」 もじもじと赤くなって、レナは言う。 「ふんふん、レナは圭ちゃんと夜通し騒ぎたいのか──何をする気なのかな?」 この言葉にレナは「もー、魅ぃちゃん!」と、ぷんぷんして追いかけ、魅音は「あははは、ごめーん」と、逃げる。 そんな平和なひと時だった。 「誰も居ないね」 日はすっかり落ちている。レナと魅音は古手神社奥の沙都子たちが住んでる家に赴いた。誰も居ない。窓から灯りは見えない。人の気配は無い。だが── 「自転車はあるね」 レナはポツリと呟く。 「ああ、詩音のもな」 少しだけ目を細めて、魅音はいった。狭いとはいえ村の中を移動するのに自転車は必須だ。どこに行ったというのだろうか? 「鍵──開いてるよ、魅ぃちゃん」 レナはドアノブをひねって言った。かすかにドアを開く。 「そうだな」 予感がする。何かがあったと。尋常ではないと。 「──とりあえず、上がってみるしかないかな」 少し考えて、魅音はいった。 「……そうだね。上に行って調べてみようよ」 レナも同意する。 ドアを開き、階段を上がる。その日、レナと魅音が家に帰ることは無かった。次の日も。そのまた次の日も帰らなかった……。 「全く、どうしたんだよ、みんな──」 夏休みの登校日。圭一は一人、愚痴をこぼした。教室の雰囲気は暗い。久しぶりに会う級友たちなのに笑顔は無い。 理由は連続鬼隠し事件だ。梨花、沙都子、羽入、詩音、魅音、レナと全員が行方を消した。もう、一週間はたつ。誰も目撃情報は無い。狭い村だ。何かあればあっという間に広まる。だが、それは無い。本当に神隠し──鬼隠しにあったようにするりと消えている。 詩音、魅音、レナは梨花たちの家に行くと言って消えている。実際に家に向かうという目撃情報はあった。だが、その後はぷっつりだ。梨花たちの家は鍵が開いており事件性が強く指摘されている。 村の重要人物ばかりが消えてるだけに警察は力を入れて捜査している。もちろん、村総出で捜索等も行なった。何の手がかりも無い。 この事件の怪奇性はそれだけでない。梨花たちが生活している部屋には布団が敷いてあった。それはいい。だが、玉串や神社で使う府、鈴や榊など神道の小道具が散乱していた。さらに服も──レナ、魅音、詩音が外出時に着用していた服が下着も含めて散乱していたのだ。さらに沙都子のパジャマ。二人分の巫女服もあった。この特異性が事件をますます浮き立たせていた。 これは一体、どういうことなのか。 分からない。分からないから苛立つ。先の捜索には圭一も積極的に参加した。それでも何の手がかりも無い。村中に不安な空気が漂っている。連日、古手神社にはみんなの無事を願う人たちが列を成している。立ち行く家から読経が絶える事は無い。夏だというのに不快で重い空気がのしかかる。 「あーあ」 空を見上げる。憂鬱になるほどすがすがしく青い。 「ほんと、どこに行ったんだよ」 ぼそりと圭一は呟いた。 「行っても、何が分かるとは限らないけどな」 圭一はいつものように梨花たちの家に向かう。誰も居ない。寂しい。今までみんなと楽しく遊んできた。色んな障害もみんなで相談して突破してきた。今の胸のうちにあるのは虚しい穴。ああ、この雛見沢に来て数ヶ月。充実していた。それこそ百年の時を過ごしたかのように。ここに来て分かった。故郷だ。求め足掻いていた。向こうでは手に入らない虚構の現実。すべてはここにあったのだ。 「さみしいよ、まったく……」 部屋に入る。許可は貰っている。誰も居ない。何も感じない。けれど、ぬくもりが残っている。残照がある。ここにみんながいた。そのはずなのだ。どこに行った? どこに消えたのだ? 「ちくしょー。チクショー。さっさと出て来やがれ!」 圭一の絶叫に応えるものが居た。 「かなえてあげましょうか?」 え? というまもなく圭一は消えてしまった。 永遠に循環する。混濁とした意識。すでに感覚は麻痺している。今はいつなのか分からない。いつ食事を取ったのか眠ったのか分からない。けだるくて緩慢。しびれるほど刺激的。そんなときを過ごした。 生暖かい空間。柔らかくてふわふわしている。安らぎに満ちている。そんな気がする。 「ふわぁっ」 沙都子は啼く。すでにどれだけの刺激を与えられたのか分からない。とろとろ溶けて腐り行く。それでも反応してしまう。誰かが舐めて触る。薄くふっくらとしたムネに刺激を与えられる。とがる乳首を舐めると同時に捻られついばまれる。緩慢なときもあればいたぶられる時もある。共通してるのは常にだ。しかも胸だけではない。耳たぶも首筋も頬も二の腕も指先も脇の下もわき腹もへそも背中も鎖骨もお尻も太ももも肘もひざもふくらぎも足の指もかかとも──優しく激しく咀嚼され続けられる。ああ、ここはどこだ? 母の胎内か。似て非なる世界。空間が襲う。誰かがそこにいて誰も居ない。流れる刺激。責めはてる。 「沙都子、可愛いのです」 梨花が寄り添い、キスをする。どこだろう。甘い唇かもしれない。桜色の乳首かもしれない。まだ早熟な秘裂かも知れない。互いにキスをして慰める。全身に快楽は与えられる。優しく激しく緩慢に。理性というものは奪われ刺激に反応する。沙都子は責められて啼く。否、出来ない。なぜなら、 「うふふ、可愛いですわよ」 くちゅりと詩音にキスされたからだ。やわらかな肢体を沙都子に押し付ける。舌をすすりツバを入れてツバを飲む。大きな乳房を含ませて喘ぐ。ああっ。 絡み合う手と足。指と舌。ぬめぬめと溶ける。 「みぃー、沙都子はボクのものなのです」 無理やり梨花は割り込み、沙都子の唇を奪う。チュウチュウと吸い付いていく。歓喜の声を上げる暇は無い。 「うふふ。梨花チャまもかわいいですわ」 つるぺったんな胸に吸い付く。 「ふぅんっ」 平らだが自己主張激しい胸に吸い付き、片方も捻る。強い刺激を絶え間なく送り続ける。 「ダメです! ダメなのです!」 いやいやと梨花は首を振る。 「何がいやですの?」 沙都子の小さな指が梨花の秘裂に向かう。汗か空間の体液か相手のか己の愛液か。すでに分からないほどぬるぬるしている。指を入れれば熱くとろける。沙都子は詩音の胸に吸い付きながら梨花のあそこをいじる。梨花も沙都子にキスしながら指を詩音の濡れそぼる秘裂を責める。尖る芽を弾いたとき、詩音は甲高く啼いた。詩音は梨花にキスの雨を降らせて沙都子のあそこをいじる。ツルツルで心地よい。互いに責めながらも見えない刺激に包まれる。誰かを責めて責められる。絶え間ない快楽は思考を破壊する。己の赴くままに貪り喰らう。ここがどこなのか。何をしているのか。もはや、そういうことは考えない。 「ふわぁっ」 誰かが啼く。沙都子なのか梨花なのか詩音なのか分からない。とろとろと溶けて交じり合っているのだから。もはや個と他の区別はつかない。ぐつぐつに煮えてきている。 ずるいよ。 どちらが言ったのか分からない。レナが言った。魅音も言った。互いに言いながらキスを交え抱きしめる。 「こんなに大きな胸してずるい」 レナはそういいながらフニフニと魅音の大きな胸を揉む。柔らかくて不和付していていつまで触っていても揉んでいても飽きない。 「だっダメだよ」 魅音はうめく。でも、拒絶はしない。むしろ受け入れる。ぎゅっとレナを抱きしめる。深い谷間にレナの顔は埋もれる。 「でも、ずるいのはレナだよ」 レナの顔をかかげ、魅音はいった。 「もう、キスしたんでしょう?」 レナの赤い唇を見て言った。 「しっ、してないよー」 レナは顔を真っ赤にして否定する。 「うそ」 否定する。 「嘘じゃないよ」 さらに顔を真っ赤にしてレナは否定する。 「なら、体に聞いてみる」 キスをする。唇に吸い付き舌をほじくる。とろとろと熱い空間の中でさらに熱い口の中。蹂躙していく。 「もう、あんっ、だから、つぅ、ふぅー、だっ、だめ。なの」 レナを攻め立てる。小ぶりな胸も、尖る乳首を責めていく。じゅるじゅるすすり、ついばむ。レナは柔らかくて暖かい。どこから攻めよう。耳からか首筋か。うん、やはり胸。柔らかく揉んで見る。 「もう、魅ぃちゃんの方が大きいでしょう?」 喘ぎながらもレナは手を伸ばす。魅音の巨乳を掴み弄り回す。 「あぅっ、ちょっと、レナ。痛い。痛いって」 悶えてみるがレナは止まらない。 「うそ。気持ちいいんだよね」 互いにせめて蕩け合う。緩慢な地獄。誰も居ない中、嬌声だけが鳴り響く。 「もー、お姉ぇーたち、何してるんですか」 「私たちも混ぜるのですわよ」 「みぃー。そうです。このふかふかの胸が欲しいのです」 みんなが集まり絡み合う。誰かの舌が誰かのあそこを舐めて行く。誰かの指が誰かのあそこを掴み捻りいじる責める。今上げている声は自分が上げているのか。他人が上げて行くのか。ああ、トロトロに蕩けていく。小さな世界で溶けて崩れていく。そして一つになるのだ。 「一体、どういうつもりなのです?」 羽入だけは饗宴に加わっていない。誰もが取り込まれもがき苦しみ麻痺し堕ちていった。けれでも羽入は正気を保つ。空間が責め立てる。全身を舐めてしゃぶり啜りたてる。それでも耐える。ここで落ちたらみんなが崩れ去るのだから。 「強情ね」 目の前の人物──羽入は言った。いや、それは羽入なのか? 似ている。けれど、違う。巫女服を着ている。黒く染まった巫女服を。紫色の髪をしている。濁りきってはいるが。角はなくお尻に八本の尻尾が生えている。 「あなたは誰なのです?」 羽入の問いかけに、 「わたしはオヤシロ様よ」 と、言った。 「あなたが本物の神だそうね。うふふ。威厳も何も無いわね」 羽入は全裸で宙に浮いている。手足は動かせない。空間に絡められ攻め立てられている。 「さすがは男を知ってるだけに耐えるわね」 くくくと笑う。 「男は嫌いよ。あいつらは女をただのはけ口にしか見ていない。本当はあの子達をわたしの体験したことをなぞらせようとしたの。でも、あんまりにも可哀想だから、やめたわ。せっかくの客人だもの。少しでも楽しまないと損よね。いずれとろりと溶けて一つになるんだもの。ああ、なんて優しいのかしら」 羽入は息を呑む。目の前のオヤシロ様という者の正体が分かった。 「──そうか、お前は?」 あ、確かにオヤシロ様だ。ただし、違う。自分と同じ鬼である。ただし、同じ一族ではない。あれは人間であるのだから。 「ふふっ。ダメよ。言わなくてもいいわ。あなたがどう思うと遅いのよ。私はそうあり続けた。これからもそうあり続ける。この雛見沢の地が望んだことよ。本当はずたずたに引き裂いてもいいの。ほんの気紛れを。痛みは一瞬。壊れるのも一瞬。面白くないわ。けど──あなたは壊してもいいわよね」 オヤシロ様は黒い巫女服を脱ぐ。裸身を晒す。艶と同時に早熟な香りがする。 「あなたはいつ散らしたのかしら? あの子達はいつ散らすのかしら? 好きな人がいるのかしらね? わたしはいつだと思う? どうしてだと思う? そうなったのは誰の所為だとと思う? あなたは分かるのでしょう?」 うねうねと動く八つの尻尾は羽入に絡む。獣毛は蠢き責めたてる。 「優しく? 激しく? どちらがお好み? 神よ。どうして居るのよ! あなたが居るのにどうしてこうなるの? あなたは何をしていた! 何をしようとしていた! ああ、会えて嬉しい。こうやってくびり殺せるのだから」 それはまさに憎しみだ。八つの尻尾は羽入を締めくびり殺そうとしている。獣毛は針のごとき硬さで突き刺さる。血は流れ落ちる。 「あなたはオヤシロ様。わたしもオヤシロ様。殺して入れ替わるわ。それが雛見沢の望みですもの!」 力を込めていく。「ああっ!」甲高く悲鳴を羽入は立てる。オヤシロ様は笑う。高らかに狂う。いや、違う。狂っていた。作り上げられたときからすでに狂っていたのだ。 「さあ、死ね! 死んでしまえ!」 そう宣言した。 「おっと、そうは行かないぜ」 声が響いた。ヒーロー推参である。 「誰だ!」 振り向くと、一人の少年──圭一が立っていた。 「馬鹿な。どうしてここに? 一般のものが入れるんだ? 私は招待してないぞ?」 驚愕する。自分が呼んだ物以外にここに入ることは出来ない。 「理由? 簡単だぜ、それは」 圭一は宣言する。 「なぜなら、俺が前原圭一だからだ! この前原圭一に不可能という文字は無い! 全てを壊し打ち立てるぜ!」 天が呼ぶ地が呼ぶ人が呼ぶ。もえを語れと圭一を呼ぶ! 「おい、レナ、魅音、沙都子、梨花ちゃんに詩音。さっさと目を冷めろよ──まあ、こういうのも嫌いじゃないけどさ。その──間違っているからな」 全裸のみんなに目をそらしながら圭一は言った。 「なんだと?」 オヤシロ様は唸る。見れば分かる。ただの少年だ。だが、護りを抜けて、ここまで来た。ただの少年ではない。 「そもそもだな。全裸で絡むというのが安直なんだ。ヌルヌルは良い。格闘技の試合に厳禁でも、こういうプレイには欠かせない。男と女よりも女同士の方が映える事は認めよう。だが、全裸とは何事だ? 生まれたまんまの姿が美しい? 貴様、歯を食いしばれ! 違うだろ! 安易だ安易だ安易なんだよ! 男はパンツを見たいんではない。パンチラが見たい! パンツだけを見たくない。パンツに包まれた形を見たい。ああ、そうだ! お前のやったのはただ見せてるだけだ。情緒もへったくれも無い! 知ってるか? テレビチャットですぐ脱ぐ女には客がつかない。ああ、簡単に終わって事を済ませるからな。焦らしとチラリズムを馬鹿にするな!」 とうとうと語り始める。唖然とする。こいつはなんなのか? 誰なのか。分からない! けれど、レナたちは圭一に気付かず溶け合っている。 「よし、全員ブルマ着用!」 驚くことが起きた。圭一の叫びと共に全裸で絡み合うレナたちがブルマを着用したのだ。 「ほら、みろ、これこそが萌えだ。濡れて透きとおる体操服の乳首をかんでしごく。ブルマ越しに責め合う。感覚が鈍り、つい力が入ってしまう。そんな嬌声を俺が見たいんだ。裸の穴を突っ込むより、ブルマとショーツをずらした方が良い。絶対だろ、それは? そもそもブルとは女性の復権のシンボルだったんだ。女の自立の象徴だったんだ。それが今では二次元のみに。情けないとは思わないか? いや、スパッツも良いぞ。張り付くお尻はなんとも言えん。だぶだぶズボンも良いな。ジャージは隠れてしまう。だが、それがいい! 隠れて見えないのを責め立てる。脱いで汗にまみれた素肌を拝む。ううん、燃えて来たぞ。よし、次は水着だ! まずはスク水からだな」 今度は全員がスク水姿になった。 「なんだ? どういうことなんだ? 何で、あいつはわたしの中で自由に振舞えるんだ?」 分からない。オヤシロ様には分からない。前原圭一は何者なのか? どうして自由にここをいじれるのか?」 「分からないのですか?」 後ろから声がした。振り向こうとする。それが最後だった。 激しい音に圭一ははっと気がつく。目の前にはあのオヤシロ様は居ない。代わりに知恵先生が立っている。 「大丈夫でしたか、前原君」 いつものサマーワンピースではない。二の腕などに刺青が見える。手には馬鹿でかいパイルバンカーを持っている。 「あなたのおかげで本当に助かりました」 血まみれで倒れる羽入に癒しの光を当てながら知恵先生は言った。 「えっと、それにしても、ここはどこなんです? 何で、あいつはこんなことをしたんです?」 そもそも今も絡み合うレナたちをどうして連れてきたのか。圭一にはさっぱり分からない。 「そうですね──ここはあのオヤシロ様と言っていた者の世界です。そして、あれは──」 知恵先生が言おうとしたとき、 「あれは作られたオヤシロ様なのです」 と、羽入が言った。 「羽入! 大丈夫なのか?」 慌てて、圭一は駆け寄る。羽入は血まみれなのだ。 「ボクは大丈夫です。それより、知恵先生、あいつは──」 はあはあと荒い息をついて、羽入は聞く。 「あれなら消滅しました。転生すら敵わないでしょうね」 知恵先生の言葉に羽入は「……そうですか」と、呟いた。 「んで、あいつはなんだっだ?」 圭一の疑問に、 「オヤシロ様です。ただし、雛見沢の住民が作り上げた虚構の神です」 と、言ったのだ。 「蟲毒と言う術があるのです。元は中国から伝わった外道の術です」 蟲毒──それは呪いの一つで壷の中に毒虫や毒蛙や蛇などをぎゅうぎゅうに入れて土の中に入れる。中のものは共食いを始めて一匹だけが生き残る。その力を利用し、さまざまなことを行なうのだ。人を呪い、内臓から腐り果てたり家自体の断絶。蟲主となって、その力で己の家に金を呼び込んだり(ただし、定期的に生贄を提供しないと喰われてしまう。生贄は人でないといけない)本家中国も蟲毒はさまざまな方法があるが、日本でも独自の発達を遂げていた。 「──昔の雛見沢は鬼の住まう地として近隣から怖れられたのです。独自の掟から他と交流することが少なかったのです。だから、たまに起こる交流が激しい偏見と迫害で迎えられる時期もありました。そんな時に自らを守るために作り上げたのです」 今でこそ偏見と迫害は少ないが(とにかく表向きは)かつては、その地に住まう地域ごと区別(差別)していた時期は確かにあったのだ。「一体、どういう呪法です。ほぼ、自分の世界を構築していて、かなりの力の持ち主ですよ」 知恵先生もかなりの力を持つ。並みの術者など比べ物にならない。まして、戦いに特化した術者だ。異端を断罪し、代行し続けてきた。それでも、このオヤシロ様には手を焼いた。少なくても正面からでは戦うのはかなりの厄介だった。幸いにして前原圭一の力を借りて、何とかできたのだが。 「──あまり、言いたくないのです。これを作り上げるのには、それこそ目をそむける所業の数々の果てですから」 羽入が言いよどむのも無理は無い。まさに悪魔の所業と言うか正気では行なえぬ法だった。 簡単に言うとただの蟲毒ではない。虫や蛙。蛇などだけではなく、犬や猫、狐──さらには赤子まで使用していた。貧しき村で次々と生まれる赤子はただの邪魔として始末する場合もあった。さらに近親相姦で奇形の場合も。これらをいくつかの壷で育てたコドクに掛け合わせ純度を高めていった。これはこの雛見沢に生まれた業ではなく他から伝わった秘伝秘術と言われる。 あまりの呪いの強さに持て余し封印し忘れ去ろうとしたモノだった。 だが、沙都子があの日、カラクリ箱を開けたことで封印が解けた。少しずつ現実に侵蝕し呪い己の世界に引き込んでいった。蟲毒は互いを貪り合い箱の中で一つにしかなれない。ある意味で沙都子たちは幸運だった。場合によってはすぐさまにドロリと腐りはてる場合もあるのだ。高められた純度ゆえ、持ち主はある種の正気があったからだ。だが、いずれは溶けて贄となるのだが。 「それにしても、どうやって、あいつの術を解いたのです。圭一は何をしたのです」 羽入は疑問を口にした。ここはあいつのうちの中。いわば主のようなものだ。だが、圭一は暴れ叩き潰した。どうやって? 「ああ、それは簡単ですよ。前原くんの妄想──ではなく、仲間を思う力を利用したのです」 呪いを破る一番の方法は単純である。上まわればいいのだ。鈍感な人は呪いにかかりにくい。呪いを信じず吹き飛ばしてしまうからだ。 不安な予兆から人は怯える。つけこまれる。圭一は何も知らなかった。さらに激しい妄想というか口が達者というか相手を引き込むと言うか、そういうものを持っている。全てをぶち壊してでも突き進む強い心を育ててきたからだ。 「……はあ、なんとも凄いのです」 もう、あきれるしかない。知恵先生は圭一のある方向に特化した強い意志で相手の世界を侵蝕させ隙をつくり叩き壊したと言うことなのだろう。 「ははっ。とにもかくにも解決だな。おーい、いつまでやってんだ? そろそろ帰るぞ」 からからと圭一は笑い、いまだ絡み合うレナたちに声をかける。 「あっ、圭一君だ」 「──圭ちゃん?」 「あらら、圭ちゃんですね」 「圭一さんですか」 「みぃ、圭一、見つけたのです」 うつろな目でにじり寄ってくる。 「えっ?」 うろたえる。 「こらまて、正気に戻れ。と言うかズボンに手をかけるな、お尻触るな、破ける引っぱるな、服っ、服っ、あっ、あー。ていうか、知恵先生、羽入。見ていないで助けろー!」 圭一はレナたちに絡まり飲み込まれていった。あてられいまだ正気でない彼女たちは理性と言うたがを外し圭一にのしかかる。キスをして、あらゆるところを舐めてしゃぶり、己へと導く。 「あらあら激しいですわね」 知恵先生は目をぱちくりとする。 「あぅあぅ、エッチ過ぎるのです」 羽入もおろおろとする。 「でも、どうしましょう?」 主は消えた。けど、世界は崩壊しない。 「……たぶん、残り香があるのです。みんなの中に変質して蔓延してるのです」 と、羽入は答えた。 「んー、そうなると彼女達を満足させるまで消えないわね」 少し考えて、知恵先生は言った。 「──そうなると思います」 羽入も答えた。 「と言うわけで前原くん。みんなを満足させてあげてね。そうすれば出られるから。大丈夫。後のことは何とかしておきますから」 にっこりと微笑んで、知恵先生は言った。 「ああっ、まって。まって。置いて行かないで。あっ、こら、そんな所舐めるな。うわっ、これは──ええい、もうやけだ。みんなまとめて面倒見てやる!」 といって、自ら飛び込んでいった。まず、レナにキスをした。魅音と詩音は圭一の乳首を舐め、沙都子と梨花は怒張する男根を舐めている。脳髄がとろとろに溶けそうだが気をしっかり張って挑む事にした。 誰もがうらやむ修羅のヘブンへと飛び込んだのだった。 次の日、古手神社の境内でみんなが発見された。満足そうに寝ていた。さまざまな着崩れた衣装に身を包み、全身に白くこびりつけたものをつけて発見された。圭一は全裸だった。その後、どうなったかについてはご想像に任せることとしよう。 おわり
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「圭ちゃん、レナ、沙都子に梨花ちゃん!ちょっと良い?」 ようやく退屈な授業が終わり、いざ部活を始めようという時に魅音が皆に号令をかけた。 なんだ、まさかまたこの前の我慢大会でもやるんじゃないだろうな。いくらなんでも真夏にストーブつけてコタツでなべやきうどんは死ぬぞ。 「ちーがーうー!あれは私も死にそうになったからね、もう当分はやらないよ!!」 魅音が顔を真っ赤にして反論する。…もう“当分” はやらない、という事はまたいつかやるのか。迷惑な話だな。 「…で、魅ぃちゃん。私たちに言いたい事って何かな、かな」 レナが小動物のように可愛らしく首を傾げる。 その言葉を聞いて、思い出したかのように魅音が言った。 「そうそう!実はね、詩音の事なんだけど…」 「詩音?詩音がどうかしたのかよ?」 何の前触れもなく出てきた詩音の名前に少し驚く。…そう言えばここのところあんま見かけてないな。 詩音にはからかわれてばかりだけど、それでもいくつもの困難を共に乗り越えてきた大切な仲間の1人だ。その詩音に何かあったとなると、もちろん心配するに決まってる。何かあったのだろうか。 「あ、そんな大したことじゃないよ?ただあの子、風邪ひいちゃったみたいでさ」 身を乗り出して聞く俺を軽く受け流し、魅音が説明した。 ……なんだ、風邪か。てっきり何かトラブルに巻き込まれたかと思ったぜ。 とはいえ、魅音によると結構な熱らしい。うんうん唸りながら苦しんでいるとかいないとか。 「んー、一応注射はしたんだよねえ。だから熱はもうじき下がるとは思うんだけど…」 そこでチロリと俺を見る魅音。それからレナを見て、申し訳なそうな顔をして言った。 「……今、園崎の方で結構大きい問題抱えててさあ。今日は私も母さんも父さんも葛西も席が外せないんだよ。良ければ会合が終わる夕方まで、詩音の看病してあげてくれない?」 無理ならうちの若いもんに行かせるけど、詩音もあんた達が来てくれた方が喜ぶと思うし。 そう言うと魅音はお願い、と頼む仕草をした。 …どうするかって?決まってるじゃないか。 1人は皆のために、皆は1人のために! 「もちろんOKだぜ!仲間の危機にはかけつけなくっちゃな!」 「レナもOKだよ、だよ。はぅ、詩ぃちゃんに何か栄養のつく物食べさせてあげたいな!」 俺とレナがにこりと微笑む。魅音もつられてありがとう、と微笑んだ。 「沙都子と梨花ちゃんは?」 2人に目線を配る。2人の様子からして、どうやら用事があるみたいだった。 「…詩音さんが風邪とあらば私たちも是非お見舞いに行ってさしあげたいですわ。ですけど、今日は…」 沙都子が俯いて押し黙る。それをフォローするように梨花ちゃんが言った。 「…今日は入江の所へ行かなければならないのですよ。お注射は痛くて怖くてガタガタぶるぶるにゃーにゃーなのです。」 ―――――注射。そうか、今日は診察の日か。 沙都子が暗い顔をして謝る。…いや、謝るとこなんて一つもないぞ。そういう意味を込めて頭をくしゃくしゃに撫で回してやると、沙都子は真っ赤になって俺の手を振り払った。 「……詩音の部屋はここだよ。ほら、これが鍵ね。勝手に入ってくれて構わないから」 魅音に案内されるがまま着いたのは、小綺麗でお洒落なマンションだった。 ちゃら、と音をたてて魅音が俺に鍵を渡す。 俺がそれを受け取ると、急いでいるのか魅音は腕時計をチラチラ見ながら言った。 「ほんじゃ、ちょっとばかし行ってくるよ!夕方にはたぶん戻れると思うから、それまで看病よろしく。じゃね、ありがと2人とも!」 そう言い残すと、魅音は猛スピードで階段を駆け降り、あっという間に姿を消してしまった。 マンションの廊下にぽつんと取り残された俺とレナ。俺たちはそのあまりのスピードの速さに顔を見合わせて笑う。 「…よっぽど急いでたんだね、魅ぃちゃん」 「みたいだな。なのにあいつ、良い姉ちゃんじゃねえか」 …なんだかんだ言って仲良いんだよな、詩音と魅音は。 さっき渡された鍵のキーホルダーを指に引っ掛けて、くるくると回しながら呟く。回しすぎて指からスポンと抜けて飛んでいってしまい、おうちの鍵で遊ぶなとレナに怒られてしまった。…情けない。 「それじゃあ、……お邪魔しまーす」 かちり、と鍵を差し込んでその扉を開けた。 返事がないが、そのまま勝手にあがりこむ。玄関は予想以上にきちんと片付けられていて、玄関だけでなく居間も充分に綺麗だった。 少し意外だ。…詩音のヤツ、1人暮らしなんじゃないのか?もし1人暮らししているのが俺なら、それはもう地獄絵図になると思うぞ。 「えーと、じゃあとりあえずレナはおかゆでも作ろうかな。圭一くんは奥の部屋に行って、詩ぃちゃんの様子見てきてくれる?」 「おう、任せろ!」 レナがエプロンをつけて、棚からお米を取り出す。………制服にエプロン、っていうのはなんかこう…ぐっとくるものがあるな。思わず後ろから抱きつきたくなるぜ。 そんな邪な考えを隅に追いやって、奥の部屋へと足を進める。 部屋のドアには「しおん」と書かれた可愛らしいプレート。どうやらここが詩音の部屋で間違いないみたいだな。 「詩音ー、入るぞー」 一応のためコンコンとノックをする。返事がないことからしてまだ寝てるのだろう。 そう思いガチャリとドアを開ける。…そういえば、女の子の部屋に入るのは初めてだった。 「……詩音、大丈夫か…?」 風邪なんだから大丈夫じゃないだろう。そう思いつつ、とりあえず声をかける。 詩音はベッドでおとなしく寝ていた。すぅすぅと寝息をたてて眠るその姿は、いつもより幼く見える。 圭一はその横に置いてあった椅子に腰掛け、まじまじとその寝顔を見つめていた。 ―――――いつもは分からないけど、こうして見るとやっぱり可愛いな―――――。 薄く閉じられた瞼をびっしりと縁取る長いまつげ。熱のせいかうっすらと赤い頬に、微かに開かれた唇。 ………魅音とそっくりだけど、何かが違うんだよなあ。 そう、言うなれば色気とでも言うのだろうか。サバサバして男の子らしい雰囲気を持つ魅音に対し、詩音はいかにも女の子という感じがする。 呼吸に合わせてゆっくりと上下する胸を見て、思わずごくりと息を呑んだ。 (ダメだ) 詩音の手に自分の手を重ね、ぐっと身を乗り出す。 (やめろ) 視線の先は、薄桃色の柔らかそうな唇。 (相手は病人だぞ) ゆっくりと、ゆっくりと。でも確実に近付いていく、2人の距離。 (寝込みを襲うような、こんな真似―――――) 残りわずか3センチ。 あとちょっと―――― そこで、詩音の目がうっすらと開かれた。 「…………ん……」 「う、うわッ!?」 思わずさっと後ずさる。 …まさかこのタイミングで起きようとは。 残念に思いながらも、少し安堵している自分がいた。 「……んんー……」 「おおおおはよう詩音ッ!風邪は大丈夫かっ?!あのだな、今のはデコで熱を計ろうとしてだなっ、決してやましい考えなんかこれっぽっちもないんだぜ?!現に未遂に終わっ、じゃなくて!!」 今更ながら恥ずかしさが込み上げ、あたふたしながら次々と言い訳を並べていく。 そんな俺をとろんとした瞳で見つめる詩音。…こりゃ聞いてねぇな。 「えーとえーと……おおお俺、レナの様子を見てくる!」 早くこの空間から立ち去りたくて、慌てて立ち上がる。 逃げ去ろうとしたその時、俺の制服の裾を詩音が掴んだ。 そして何かぼそりと呟く。 「………し……くん…」 「…え?…………って、むがっ?!」 突如、ものすごい力で引っ張られた。 俺はその引力に素直に従って、詩音の方へ倒れ込む。 ふにゅ、と顔に柔らかい感触。 (ち、窒息する!!) 詩音は俺の顔を胸に押し付けるようにして抱きしめていた。 離れようともがくけれど、病人だとは思えないほどの力で抱き締められてそれも出来ない。 …う、やーらかくてあったかくて、おまけに良いにおいが…。 「……やっと、やっと会えた。私が風邪をひいたから、お見舞いに来てくれたの…?…私、ずっと待ってたんだよ…。寂しかった…!」 「ぷはっ!!…し、詩音?」 やっと解放されたかと思うと、甘えるようにして頬ずりをしてくる詩音。その目はとろんと潤み、うっすらと涙を浮かべている。こんなしおらしい詩音は初めてだった。 「いや、そんな、お見舞いに来ただけ…」 思わず視線を反らす。なんなんだ、この詩音の様子は。なんか調子が狂うというか、でも………嫌じゃない。 そんな俺に対し、詩音は目尻の涙を拭い…こう言った。 「ううん、来てくれただけでも嬉しい。すごく嬉しいよ。 ………ありがとう、悟史君」 ―――――――どくん。 俺の心臓が一際大きく跳ねる。 北条悟史。…この名前は聞いたことがある。 確か、去年失踪した沙都子の兄……だよな? そいつの名前がなんで今出てくるんだ? 「私のために目を覚ましてくれたんだよね…?相変わらず悟史君は優しいです…。だから、大好きなんですよ」 ぎゅ、とまた抱き締められる。 目を覚ます?何を言ってるんだ詩音は。悟史は失踪したんじゃなかったのか? いや、そんな事は置いといて。 ………もしかして、詩音は。 俺のことを――――――――― 「…………」 「……悟史君、どうしたの?」 ――――俺のことを、悟史だと勘違いしている? 「はは、は………」 「…悟史君……?」 なんだ、やっぱり、道理でおかしいと思った。 そうだよな、最初から冷静に考えてみれば詩音が俺にあんな事するはず無かったじゃないか。 詩音は悟史が好き。 ―――――そういえば、そういった話を昔魅音から聞いた気がする。 バカだ、俺。 「………さっきから黙りっぱなしですけど、どうかしましたか…?」 改めて詩音を見る。…ほら、やっぱり俺を見ちゃいねえ。その濡れた瞳は、いるはずがない悟史を映し出していた。 「………俺は悟史じゃないよ。熱のせいで意識が朦朧としてるんだな。俺、レナに氷嚢もらってくる」 詩音の額に手を当てる。…やはり、異常に熱かった。監督は本当に注射したのだろうか。 「………熱なんてないです。ほら、こんなに元気なのに。 やっぱりおかしいですよ、悟史君…」 ―――――――また。 悟史君悟史君悟史君悟史君―――――――― いい加減にイラッときた。 だから、俺は悟史じゃないって言ってるだろ。 …………もう、うんざりだ。 「ねえ、悟史君ってば、悟史く……」 「………さい…」 「え?」 俺は悟史じゃない。 俺は、悟史じゃない…!! 「…うるさいって!!言ってるだろ!!??俺は悟史じゃない!!悟史じゃないんだよ!!」 し…ん。 静かな部屋に、俺の怒鳴り声が響いた。 言って……しまった。…思わず……。 詩音の方を見る。詩音は、ひどくショックを受けた顔をしていた。 「ご、ごめ、詩音、俺…」 慌てて謝罪の言葉を口にする。 だけど、その言葉は最後まで言い切れなかった。 詩音が顔をくしゃくしゃにして、泣きながら俺を押し倒したから。 「なんで、…なんでそんなひどい事言うんですか…っ!? 悟史君は悟史君です。悟史君はいます…!現にほら、こうして目の前に、う、ううう…っ!! いや、やだ、悟史君、行っちゃやだぁ…っ!!」 詩音はぽろぽろと涙を零し、俺の胸に顔を埋める。 制服のシャツにじんわりと広がっていく涙が切なくて、悲しくて、愛しくて。 こんなに取り乱して泣き喚く詩音は初めて見た。 いや、本当は、いつも心の奥で泣いていたのかもしれない。 悟史がいない寂しさを、苦しさを、どうやって押し込めてきたのだろう。…それは沙都子にも言えることだ。 そう思うと、何だか無性に切なくなった。 その寂しさが少しでも紛れるよう、俺はそっと詩音を抱きしめてやる。 詩音もそれに答えるように俺を抱きしめた。 お互いにしばらくの間身体を重ね、見つめ合う。 そして、…キスをした。 「…ん、…」 「…さ…としく……」 相変わらず詩音はうわ言のように悟史の名を繰り返し呟いているが、不思議と嫌じゃなかった。 …詩音の悲しみがそれで晴れるなら。俺が、喜んで悟史役になってやる。 「ん、ちゅ…ふぅ…っ!」 触れるだけのキスが、徐々に深いキスへと変わっていく。 お互いに舌を絡め合い、唇を貪る。 その間に俺は詩音のパジャマのボタンに手を掛けた。 ぷち、ぷち。一つボタンを外していくごとに、曲線的な体が露になっていく。 全部のボタンが外された時、その肢体の美しさに眩暈がした。 「あ、硬くなってる…。私ので反応してくれたんですか…?嬉しいな」 詩音が俺のモノに手を這わす。すでにカチコチになったそこは、刺激を求めて膨れ上がっていた。 その笑顔も。…俺に向けてじゃないんだよな。悟史に向けたものなんだよな? …俺、勘違いしないから。今だけは、俺は悟史だ。 「…詩音が可愛いから、な」 「んんッ!」 詩音の下着に手を突っ込んで、秘部をまさぐる。 そこはほんのりと湿っていて、数回指を擦っただけでじんわりとした蜜が溢れだした。 「なんだよ、これ?もうビチョビチョじゃねぇか」 その蜜を秘部に塗り付け、存在を主張する肉芽をつまむ。 指でこねくりまわしてやると、詩音は一層高い嬌声を上げた。 「あ、…んん…っ!それはぁ…っ!」 「それは?」 指でソコを開いたり閉じたりする。充分に潤った秘部は、すんなりと俺の指を受け入れた。 「それは、…いつも、悟史君の事考えて……ッ …や、拡げないでくださ…ッ」 「続き」 耳たぶに軽くキスをする。詩音の額からは玉のような汗が噴出し、小刻みに震えている。 「悟史君で…っ、あっ、ふああっ、オ、…ナニー… してた、から、ですっ、んあああっ!」 「…よく出来ました」 「ひ、あああああああっ!!」 もう我慢の限界だった俺は、ご褒美と称してそのいきり立ったモノを詩音の中へと挿入した。 ずん、と思い切り貫いてやると、それに比例して詩音の声も大きくなる。 「やっ、あっ、すごいいっ、んんんんっ!!!」 「くっ、…う、あ…」 獣のように腰を打ちつけ、お互いを貪りあう。 詩音の膣は吸い付くように俺のモノを締め付けて離さなかった。 そのまま俺は豊かな胸に手を這わせ、激しく揉みしだく。 その胸の頂を捻りあげると、詩音は悲鳴のような声をあげ、びくびくと震えた。 「あっ、イくッ、悟史くっ、私、もう…!」 「お、れも…! 詩音、詩音…っ!!」 「あ、ああああああああッ!!!………ちゃ、…けい…ちゃ……っ!」 どくっ、どくん、どくんっ…。 普段からは想像もつかないような卑猥な声をあげ、詩音がイった。 俺も自分の欲望を詩音の白いお腹へとぶちまける。 くたり、と倒れこむ詩音。どうやら気を失ったようだった。 「…服、着替えさせなきゃ。あと、汗もふいて、それで……」 風邪、悪化しちゃうかもな。それとも、俺に移るかも。 ぼんやりとした頭でそんな事を考えていた。 詩音が目覚めたら、どう思うだろうか。 良い夢だったと思うだろうか、それとも悪い夢だったと思うだろうか。ちゃっかり悟史の代役と称して自分の純潔を奪った俺を恨むだろうか。 そのどの反応をするかは分からない、けど。 ――――――詩音がイく、最後の最後。 「圭ちゃん」と聞こえたような気がした。 「…お…ねえ…?」 「あー、目ぇ覚めた?」 目が覚めると、お姉が私のおしぼりを取り替えているところだった。 視界がずいぶんとスッキリして、頭も幾分軽い。監督の注射が効いたんだろう。 「わたし、どれくらい寝てました…?」 寝ぼけ眼を擦り、お姉にたずねる。お姉は時計を見て、唸りながら問いに答えた。 「ん~………。何時間ぐらいだろ。夕方ごろまで圭ちゃんたちがお見舞いに来てくれてたんだよ。 そん時もあんたずーっと寝てて、せっかくレナがおかゆ作ってくれたのに食べずじまいでさあ! あー、あのおかゆ美味しかったなあ~?」 「なっ!お姉、あんた病人のご飯奪うなんてどれだけ食い意地張ってんですかっ!」 あれは病人でも3杯はイケるね!と豪語するお姉。私は今更ながらお腹が空いている事に気付き、ぐぅうとお腹の虫が鳴るのを必死で我慢していた。 「…なーんてね!嘘嘘!ちゃんと取ってあるよ。あっためて食べな。ほれ、今からチンしてきてあげる」 魅音がにやりと笑った。お姉のくせに私をからかうなんて…!一生の不覚だ。 ぱたぱたとお姉が台所に駆けていく。その後姿を見て、私はポツリと呟いた。 「…ごめんね、魅音」 ほんとは、途中から気付いてた。 …私は、ずるい女だ。 TIPS:もう一つの恋心 「…ね、圭一くん。ひとつ聞きたいことあるんだけど、良いかな?」 詩音のマンションからの帰り道、レナがポツリと呟いた。 さっきの行為の余韻でまだ頭がぼーっとしていた俺は、適当に「うん」と返事を返す。 …レナのおかゆ、うまかったな。病人向けで、薄味なのに、それでいて飽きなくて、さっぱりで… 「…どうだった?初めての感想は」 …………。 ん、な。 「レ、レナッ、おま、まさか、見て…っ!?」 「何のことかな?レナはおかゆの感想を聞いただけだよ? 圭一くん、レナのおかゆ食べたの初めてだもんね。ねえ、どうだったかな、かなあ?うふふふ!」 「ちょ、待っ、おいコラ、レナ―――ーっ!!」 「あははは、あははははは!また行こうね、詩ぃちゃん家!」 そう言って笑いながら走り出すレナ。 その笑顔がまぶしくて、俺はレナを必死で追いかけていった―――。 …あんな大声出してたら誰だって気付いちゃうよ。 圭一くんの、ばーか。 でも、諦めないからね?
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亀田×(ムース・タルト・シュー)×魅音。 亀田がエンジェルモート制服の魅音にケーキを乗せて食します。 エロ行為は少なめですが、作者の判断では要年齢制限。 終盤ラブラブ展開なので、他カップリング派の方は回避してください。 結局のところ、魅音は詩音に甘かった。 風邪を引いているというのに、少年野球チームのマネージャーをしに行くといって きかない詩音の代わりに、魅音はベンチで記録付けをやっている。 なぜか隣には亀田がいた。 「んー、6-7でうちの勝ちっすね。」 「いやー、6-6で引き分けでしょ?」 本当は6-5で雛見沢ファイターズの勝ちだと言いたかった魅音だが、現在の試合の 流れからは引き分けが濃厚だった。 「いくらなんでも、タイタンズの逆転勝利はないでしょ。」 大抵のことなら、魅音は人並み以上に器用にこなせる。 日頃たいして野球に興味のない彼女ではあったが、試合の流れはほぼ掴めているつもりだった。 亀田が、どこか優越感を含んだ笑みを浮かべる。 「魅音さん、今日は臨時でしょう? メンバーの実力が掴み切れてない。」 「はぁ? それを言うならあんただって、毎回タイタンズを見に来てる訳じゃないでしょ。」 「まあ、俺はシロートじゃありませんから。」 かちんときた。 「…へぇ、言ってくれるじゃない。」 不敵な笑みに、亀田は鼻先で笑って返す。 「言ってくれてるのは、魅音さんの方じゃ? 左腕の亀田を舐めてもらっちゃ困ります。」 「ふーん? …賭ける? 引き分けだったら、高校で一日、語尾に『だにゃー』を付けること。」 ぷちぷちとニキビの浮いた体格の良い男子高校生が、語尾に『だにゃー』。 えもいわれぬ破壊力のある絵面だった。 「いいっすよ?」 亀田はあっさりと了承する。 「じゃあ、俺の読みが当たってたら…モート服でケーキ皿になってください。」 「…はいっ!?」 魅音は声をひっくり返らせて、亀田の方を向いた。 「…くっ、ははは。」 亀田はおかしそうに笑い始めた。 「いやー、Kの言う通りっすね?」 にやにやと笑いながら魅音を見下ろす。 「強気に見えて、その実、メンバーで一番逆境に弱い。って。」 魅音の顔がどんどん赤くなる。 (か、からかわれた…?) 正に『こんな奴に…くやしいっ!』という心境だ。 「何の話? おじさん、別に、動揺とかしてないけど?」 頬から赤みが抜けていないことに気付かず、余裕のある口ぶりを装っている。 そんな魅音の態度に亀田の笑いが納まるはずはなく、彼は腹を抱えて肩を震わせた。 「…いーよ、お皿でしょ? ケーキでもプリンでも盛りつけてやろうじゃないの。」 意地になった小学生のような口調に、亀田が少々笑いを引っ込める。 「いや、いいっすよ? そうだなー、俺が勝ったら、魅音さんも語尾に…。」 「ケーキ皿で結構!」 代案を出そうとした亀田を、魅音がやけっぱちに拒絶した。 試合は魅音の読み通りに進んだ。 終盤にさしかかった段階で、スコアボードは6-5。 「あ、一応聞いとくけど、このまま終わったら、罰ゲームはお流れでいいよね?」 「っすね。まあ、こっちが勝ちますけど。」 「にゃーにゃー言わせるの、すっごく楽しみー。」 「皿になってもらうのは、流石に気が引けるんすけどねー。」 次が最後の一球。 打席に立ったタイタンズ選手は真剣な顔でピッチャーを睨んでいる。 (ホームランはない。ヒットがそれて、キャッチ、ランナーが一人滑り込み) カン! 魅音の眼前で、彼女が予想した通りの光景が展開された。 ファイターズ選手が、その身体能力を活かした早さで走り込み、球を捕らえ…。 (嘘!) 投げようとして取り落とした。 慌てて拾い上げ送球したが、タイタンズの選手がホームを踏むのには間に合わない。 「あの5番の投げ込み練習が足りてないのに…気付いてなかったんすね。」 落とすとまでは予想しなかったけど、と亀田が呟く。 「ファイターズは、技術より身体能力で乗り切ってますからね。選手の癖を掴んだら、あとは…。」 「日曜は?」 「…はい?」 「次の日曜、私の家でいい? ケーキはあんたが用意して。」 魅音はまっすぐに前を見つめたまま、亀田を見ようともしなかった。 耳まで真っ赤で、そんなに恥ずかしいのなら断ればいいのに、と彼は思った。 部活外の事とはいえ、一度決めた罰ゲームを覆すのは魅音の呻吟が許さない。 (た、たかがお皿じゃない。有田焼にできることが、私にできないっていうの!?) 女体盛り、という単語が頭をかすめた。 ぼふっと頭から煙が出た…ような気がした。 (だ、だ、だ、大丈夫。さいわい婆っちゃは出かけてるし、目撃される危険は…) 広い家に二人きり、という言葉が頭をかすめた。 (い、いや、いくらなんでも興宮の人間が園崎家で狼藉は…) …念のため、詩音を呼ぼうか? 考えたところでチャイムが鳴った。 タイムアップ。 (…確かに、私って逆境では頭の働かなくなるタイプなのかも) 抵抗感を振り払うように、魅音は勢いよく玄関に向かった。 「…。」 ケーキの箱を手に、亀田は呆然としていた。 「い、いらっしゃい…。」 エンジェルモートの制服に身を包み、頬を染めてうつむいている魅音に…。 「って、そんな格好で出てくるもんじゃないっす!」 挙動不審にあたりを見回し、逃げ込むように魅音の背を押した。 「な、なんでもう着替えてるんすか?」 「え? だ、だって、来てから待たせるのも悪いかなって。」 「そんなところに気を回さないで欲しいっす!」 この服装を指定したのは亀田なのに、と釈然としないものを感じながら、 魅音は彼を客間に案内した。 エンジェルモートの制服は、きわどいデザインの割には肌の露出は少ない。 胸元から肩、背中上部、スカートとニーソックスの隙間、あとは手首から先ぐらいだ。 うつぶせにして背中に乗せるか、いっそ両手で受けてもらってお茶を濁すか。 亀田が考えていると、魅音がウエットペーパーで胸元を拭き始めた。 プラスチックの容器には大きく『除菌』と書いてある。 思考が停止する、という感覚を亀田は生まれて初めて理解した気がした。 胸元を拭き終わった魅音は、卓に上体を横たえた。 「ど、どうぞ。」 …胸元を皿にしろ、という意思表示だろう。 (いやいやいやいやいやなんで普通にそこなんすか!?) 亀田は雛見沢分校の罰ゲームの熾烈さを甘くみていた。 スクール水着で下校。犬耳首輪付きで商店街までお買い物。そういったことが ごくごく標準的に行われている中で『皿になれ』と言われて、手を差し出して 終わらせよう、などと考えるはずがなかった。 「…あの、早くすませて欲しいんだけど。」 魅音が両目をぎゅっと閉じて、恥ずかしそうに訴える。 「え? あ、はい…。」 どうしてこんなことになってしまったのだろう? 亀田は、なんだか自分の方が羞恥系の罰ゲームを受けている気分だった。 「…あの、タルトとムースとシューがあるんですが、どれに?」 「そ、そんなの自分で決めてよ!」 緊張からか、魅音は叫ぶように言った。 そして、小さくうめいてから、ささやくように続ける。 「…でも、柔らかいのにしてくれると、嬉しい。」 亀田はケーキ箱の中を凝視し、チョコレートのムースケーキを選択した。 小さな丸形にふわふわのスポンジケーキを敷き、こっくりとした茶色のムースを 流しこんで固めたケーキだ。薄いハート型のチョコレートが飾ってある。 それは、言ってみれば、魔性のゴスロリ少女。 触れれば壊れてしまいそうな繊細さで、その実、男を虜にして放さない濃厚さを持っている。 亀田はケーキからフィルムとホイルをはがし、魅音の胸元に置いた。 「んっ!」 魅音は小さく震え、うっすらと目を開けて置かれた物を確認した。 呼吸に上下する胸の動きに合わせて、ムースケーキがふるふると揺れる。 亀田は眼前の光景に、電撃に打たれたような衝撃を受けていた。 「少女 on the 少女…。」 感嘆の声が口をつく。 理解した。 自分は野球のエースになるために生まれてきたのではなかった。 少女に少女を乗せるために生まれてきたのだ。 時間よ止まれ、お前は美しい。 亀田の恍惚の時間は、他ならぬ少女の声によって破られた。 「…あの、食べないの?」 「た、食べ、食べても?」 「…なんで疑問系? 早く、食べちゃってよぉ…。」 懇願するような声音に、亀田の脳髄を衝撃が駆け抜ける。 早く少女を食べてしまえと、少女が急かしている。 某フリーカメラマン並に清らかな体を保有している彼にとっては、もはや禁断の領域だった。 「…い、いただきます。」 スプーンを取り、魅音の肌を傷つけないように注意しながらゴスロリ少女に差し入れる。 すくい取った物を、そっと口に運んだ。 亀田の口中でゴスロリ少女が溶けた。深い苦みと、それを補ってあまりある、重みを 感じさせるまでの甘さ。息苦しいほどのカカオの芳香が亀田を蹂躙する。 『…ねえ、あたしって美味しいでしょ?』 否定の言葉が返る可能性を微塵も考えていない、傲慢なまでの自信。 彼女の味は、それを許すだけの力を持っていた。 彼女に誘われるまま、亀田は大胆にスプーンを進めた。 「ん…。」 バランスの崩れたケーキが、ぺちゃり、と胸の上に倒れ込む。 「ひゃん!」 冷たく濡れたムースの感触に、魅音が悲鳴を上げた。 魅音の上に倒れたゴスロリ少女は、体温にとろけて肌の上を流れ始めた。 「ふぁ…やぁ。」 流れる感触に、魅音はくすぐったそうに身をよじる。 倒錯的な光景に、亀田は感動すら覚えた。 魅音を汚していくゴスロリ少女、それを今から汚す自分。 (俺、生まれてきて良かったっす!!!) 欲望に身を任せて、亀田はチョコレートムースケーキを完食した。 ほう、と安堵のため息をついた魅音の胸元に、亀田が口を付けた。 「え? ええええええ!?」 ぴちゃぴちゃと無心に、彼の舌がチョコレートムースの流れた跡をたどっていく。 「…あ、あのさ、お皿を舐めるのは行儀悪いんじゃないかなって、んん、ん…。」 先ほどのムースとは違う、熱くぬめる感触。 男の顔が間近にあり肌を舐められる、という初めての状況に、魅音はパニック寸前だ。 「大丈夫、誰も見てないっす。…お代わりしても?」 「…い、いよ。」 部長として、ここは立派に皿を勤め上げようと思った。 (平常心、へーじょーしん!) 心の中で繰り返す。 (私は有田焼! 備前焼! 美濃焼!) 亀田はバナナクリームタルトを取り出した。 大きな丸いタルト型で焼いた台に生のスライスバナナとクリームを詰め、六等分に 切り分けた形状をしている。 それは、言ってみれば、カナダの片田舎の牧場で育った純朴な少女。 バナナの断面の点々はさながら少女が気にしているソバカスのようで、控えめな ホイップクリームの縁取りは、お下げに結んだ白リボンのようだ。 丸いタルトを放射状に六等分すると、その先端角度は60度である。 60度。 それは、計算し尽くされた角度といってもいい。 「ん…。」 タルトの先端角は、魅音の胸の谷間にぴったりと納まった。 (…It s、パーフェクト!) はじめからそこに存在していたかのように、魅音とタルトは見事に調和していた。 角度60度の奇跡。 亀田は震える手で、スプーンを掴んだ。 バターの香るクッキー生地。バナナの甘さはどこか気弱なところがあり、融和すべき クリームもまた、初雪のように儚い口溶けだった。 バナナの香りとクリームのミルク香が、少女のあどけなさを際立たせる。 『…あの、わたしで満足できますか?』 そうであればいい、と願うような、どこまでも自信のない態度。 自分の持つ魅力に気付いてすらいない、そんな彼女が愛おしい。 「ん、ぅう。」 しっとりと湿ったクッキー生地と、スプーンの冷たい感触に魅音は翻弄された。 (え? なんで、私、たかがケーキに…) タルトの乗せられている箇所に意識が集中する。 もう、タルトのことしか考えられない。 「あ…さくって、してる…。」 「この店のタルトは最高なんすよ。」 口元に付いたクリームを拭おうともせず、亀田が答えた。 彼はタルトの陵辱が終わると、クッキー生地の欠片が落ちたままの胸元に シュークリームを乗せた。 柔らかな感触に、魅音が切なげなため息をつく。 シュークリームは、言ってみれば…。 亀田は、そこに少女の姿を見いだすことができなかった。 シュークリームは少女ではない…これは、神の食べ物だ。 天恵のごとく、彼は理解した。 …あるいはどこからか、毒電波が飛んできたのかもしれない。 完成されたフォルム、内包するクリームの重さを感じさせない軽やかなシュー皮の質感。 振りかけられた粉砂糖の白は、神聖さの象徴だ。 店頭では何の変哲もなかったシュークリームが、雛見沢に来る事によって聖別された。 亀田の喉がごくりと鳴った。 これはもはや神域だった。 神域を、侵す。 恐怖と興奮に、亀田は震えた。 魅音が潤んだ目で彼を見上げる。 彼女は何も言わなかった。けれど亀田には、彼女の望んでいることが分かった。 その手にしたスプーンで、脆いシュー皮を突き破れと。 限界まで張り詰めているカスタードを、胸元にぶちまけろと。 ほとんど命令するような切実さで懇願していた。 応えるように、亀田のスプーンが閃く。 「ああっ!」 切り裂かれたシュー皮から、一呼吸遅れてカスタードがあふれ出た。 「ひゃ、あ、つめたぁ…。」 流れる速度はムースの比ではない。 とろとろと肌を覆われる感覚に魅音が喘ぐ。 スプーンでカスタードをすくっていては、到底間に合わない早さだ。 二口目で、亀田はスプーンを捨てた。 胸の上に覆いかぶさり、シュークリームに口をつける。 カスタードをすするじゅるじゅるという音に、魅音は顔を赤くした。 「は、あう…、やあ。」 シュークリーム越しの口の動きに、びくりと反応してしまう。 中身をすすり終えると、亀田はシュー皮をくわえた。 シュー皮が引っ張られて、カスタード越しに肌の上を擦る。 「あ! ふぅ、ん…。」 シュー皮を完食すると、亀田は魅音の肌の上のカスタードを舐め始めた。 魅音は手を口に押し当てて、声を殺そうとしている。 「ん…んん。」 亀田はカスタードの広がった範囲にくまなく舌を這わせた。 胸の上のから鎖骨のくぼみ、首のあたりまで…。 魅音の肌はどこもきめ細かく柔らかで、マシュマロに似た舌触りだった。 「…ふう、ごちそうさまっした。」 「ふえ? …あ、おそまつさまでした。」 カスタードを舐め終わった亀田は体を起こし、魅音の手を取って卓から下ろさせた。 しばしの沈黙の後、高揚から冷めた二人の顔が赤く染まった。 「お、おそまつさまってのも変だったね私が作ったわけでもないのに…。」 魅音は糖分の残る胸元をウエットペーパーで拭きながら、早口で言った。 「い、いや、結構なお手前で。」 亀田も訳の分からない感想を口走る。 「あ、ゴミは…。」 「捨てとくから、そのへんに置いといて。」 「はい。じゃ、じゃあケーキも食べたんで、これで…。」 「あ、あの!」 魅音の声が、帰ろうとした亀田を引き留めた。 「はい?」 彼女は向こうを向いたままだったが、耳の色から未だ赤面していることは疑いがない。 「…あの、亀田くん、この服…好きなの?」 質問の意図が掴めず、亀田は困惑する。 こんな気恥ずかしい状況下で、好きだと即答するのも気が引けた。 「…嫌いでは、ないっすね。」 「じゃ、じゃあ。…これ着ていったら、また、お皿にしてくれる?」 絞り出すような魅音の言葉に、亀田はノックアウトされた。 <終>
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私は冷静にならないといけなかった。 「沙都子~。お風呂沸きましたのですよ~」 貼ったお湯の熱さを手でちょいちょいと確認する。 夕食の準備を始めている沙都子に、先に入るよう言った。 「梨花が先に入るといいですわ。私、今は手が離せませんの」 「みぃ。まだ材料を並べているだけなのです」 じゃがいも、にんじん、たまねぎ、豚肉。 沙都子はむき出しの棚からまな板を手にとって、敷いた。 「一度始めたものを途中でやめるのは嫌ですわ。それに……」 頬をかすかに染めて、私の顔を見てくる。 「私が先に入ったら、梨花が何も言わないで入ってくるじゃありませんの」 「みぃ、沙都子。一緒に入ったほうが楽しいのですよ」 「それはそうでございますけど……恥ずかしくもありますわ」 「今までだって洗いっこしてきたのです。恥ずかしいことは何もないはずなのですよ、にぱー☆」 そう言ってもうぅん、と曖昧に唸るだけで、夕食の準備をやめようとしない。 「沙都子は、お胸が大きくて羨ましいのです」 じゃがいもを取りこぼしそうになって、私から見ればふくよかなその胸に抱きとめる。 「り、梨花がそう言って……、お風呂でぺたぺた触ってくるから恥ずかしいんじゃないですのー!」 「にぱー☆」 私は明るく意地悪く笑って、逃げた。 狭い室内で、ちゃぶ台を挟んだ攻防が終わってから、やれやれと最後の切り札を出す。 「二人で入ったほうが、お湯を節約できるのですよ」 「うっ……」 我が家計に関わる問題を突きつける。 「せ、先月は少し高かったですわ……」 がくり、と思い出したように項垂れた。 「にぱー☆」 「あーもうっ。わかりましたわよ! 梨花、早くお風呂に入りましょうですわっ」 「わーい、なのです♪」 やけになったかのように、顔を赤くして風呂場に向かう沙都子だった。 また、就寝時。 「沙都子、たまには同じお布団で寝ましょうなのです」 「もう。子どもじゃありませんのよ。私たち」 思いっきり子どもだけれど。 子ども同士だから、かしら。 「窓際は寒いのですー。沙都子がお布団に居てくれれば温かいのですー」 ごそごそと、タオルケットを擦る音をわざと鳴らして沙都子に近づいていく。 「なら場所を変えればいいだけではありませんの」 「みぃ。沙都子が冷たいのです。……もういいのです。冷たい沙都子とお布団に入ってもきっと温かくないのです」 転がってもとの位置に戻る。 沙都子に背を向けながらも、動きの気配を探る。 「り、梨花……。わ、分かりましたわよっ。一緒に寝ればいいのでございましょう?」 「にぱー☆」 沙都子が言い終わる前に、私は身を翻して沙都子の布団にもぐりこんだ。 おでこがくっつきそうな位置で、目を合わせる。 むすりとした瞳と頬で、私に相対した沙都子が何か言いたそうにしているのを言葉で遮った。 「優しい沙都子のお布団は温かくて気持ちいいのですよー、にぱー☆」 「梨花……もう」 諦めたような溜息をついて、薄く笑う。すでに眠気がきているのだろう。 「明日も、早いですわ。……おやすみなさいですわ」 「おやすみなのです」 一日が終わる。 そう、思い返してみても、これが普通だった。 普通のはずだった。うん、そうよね。沙都子は恥ずかしがりやで、強情で、でも優しくて……。 「梨花~。お風呂沸きましたわよ~」 「はーい、なのですよ」 味噌汁をお玉で掬い、味見をする。うん、と納得して鍋の蓋を閉めた。 エプロンを外して浴室に向かうと、裸の沙都子がいた。 「遅いですわよ、梨花」 「……みぃ。ごめんなさいなのです」 ここ最近こういうことが続いている。 沙都子が一緒にお風呂に入りたいといって、私を待っているのだ。 そこまでなら、何も気にすることなどないのだけれど。 「洗いっこしましょうですわ、梨花」 湯船に浸かった沙都子が浴槽の縁にふにふにのほっぺを乗せて、提案してくる。 「……では、ボクが先に洗ってあげますですよ」 沙都子が瞳を輝かせて、私の前に背を向けて座った。 傷つけないようにもちもち肌の背中を擦る。以前なら、洗いっこはお互いの背中を洗うことで終わっていたけれど。 「梨花ぁ、前も……」 と、なまめかしい声で沙都子が懇願する。 途切れ途切れに漏れる荒い息を耳で、上下に忙しなく動く胸部を掌で確認した。 やがて、沙都子は同じように下半身への洗いも要求してくる。 「梨花ぁ……」 その際、沙都子はぴたりと閉じている陰唇を指で開くのだ。 沙都子が望むように、私の指はその場所へと誘われた。 じきに入れ替わると、沙都子が耳元で悪戯っぽく囁いてくる。 「梨花。私も全てさらけ出したのですから、梨花も私と同じようにしてほしいですわ」 「……みぃ」 両手を使って中を空気にさらしていた沙都子とは違って、私は右手の人差し指と中指だけで開く。 控えめにそうすると沙都子が満足そうに私に擦り寄ってきて、たどたどしく小さな手が股に差し込まれてくる。 背中を洗うよりも先に、沙都子は私のあそこを弄ぶのだった。 そして、就寝時。 「……どうしてお布団が一つしか敷かれていないのですか?」 ちなみに枕は二つ。 「勿論、一緒に寝るためですわよ」 邪気なく私に笑いかけると、布団の皺を伸ばす作業に戻る。 「さ、明日に備えて寝ましょうですわ」 「……みぃ」 電灯を切り同じ布団に入る。 私は天井を見上げていたけれど、沙都子はずっと私の方を見ている。 「梨花、温かいですわ」 肩に顔を預けられて、薄い胸がさわさわと撫でられる。 ついでに、脚が絡みついてきていた。 しかし寝つきのよさは相変わらずのようで、おやすみなさいですわ、と言うと沙都子は眠りに落ちた。 朝になり目を覚ますと、私は何も着ていなかった。 パジャマの上に下着が折り重なって布団の外に追い出されていた。 追い出した覚えはないのだけれど。 ふと横を見てみるとやはり、沙都子も裸だった。 「んっ――」 裸のまま、差し込む朝日に向かって伸びをする。 今日の朝食の担当は私だった。 安らかに眠る沙都子を起こさないようにと布団から這い出し、服を着た。 そのうちに、沙都子も目を覚ます。 「ん~、梨花ぁ~?」 目を擦って隣に私がいないことを確認すると、恐らく匂いを辿ってだろう、台所へと顔を向ける。 「おはようなのですよ、沙都子。もう朝ごはんもできるのです」 「んにゃ、んむ、わかりましたわー」 大口を開けてあくびをした沙都子は、茶碗を並べる私のそばまでやってくる。 「おはようですわ。梨花」 打って変わって明朗快活に、朝の挨拶を言った。 同時に、私のほっぺにキスをする。裸のままだった。 「……沙都子、服は着ないといけませんですよ」 「わかってますわ」 着替えたあと、沙都子はトイレに行った。 私は、ちゃぶ台に置いた味噌汁から立ち上る湯気をぼーっと眺めていた。 その向こうに座る羽入に焦点を合わせる。 「羽入……これって……」 「……」 「百年の奇跡?」 「梨花、にやけすぎなのです」