約 1,161,794 件
https://w.atwiki.jp/cwcwiki/pages/469.html
R-TYPE TACTICS II -Operation BITTER CHOCOLATE- R-TYPE TACTICS II -Operation BITTER CHOCOLATE-ID+ゲーム名ずっと俺のターン ずっと敵のターン 全資源999 ID+ゲーム名 _S NPJH-50119 _G [[R-TYPE TACTICS]] II -Operation BITTER CHOCOLATE- ずっと俺のターン _C0 1P Phase Only _L 0x004DEBC4 0x00000000 ずっと敵のターン _C0 2P Phase Only _L 0x004DEBC4 0x00000001 全資源999 _C0 All Resources 999 _L 0x105F7520 0x000003E7 _L 0x105F7524 0x000003E7 _L 0x105F7528 0x000003E7
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3818.html
鼓膜を劈く爆音と共に、眼前の鉄塊が業火を纏い四散する。 衝撃に煽られ、尋常ではない規模の爆発に焼かれ、無数の破片に肌を切り裂かれながらも、致命的な光学兵器の一撃が放たれる事なく霧散した事を認識し、ヴィータは彼方の影を見据えた。 黒煙に覆われた空、その中に浮かび上がる奇妙な影。 無骨な鉄の塊としか表現できないそれは次の瞬間、大気を打ち破ってヴィータの頭上を突き抜けた。 爆発と同時、咄嗟に騎士帽を押さえていた手が、衝撃波に煽られ後方へと振り解かれる。 それでも手放さなかった騎士帽が、手を通して伝わる不快な振動と共に千切れ飛んだ。 吹き飛ばされるままに、身体を半回転させるヴィータ。 上下の入れ代わった視界の中に彼女は、自身が狙いを定めていた人型兵器へと突進する、不明機体の噴射炎を捉えた。 そして、次の瞬間。 「・・・ッ!」 大気が、震えた。 ヴィータが、それを音として受容する事はない。 彼女の聴覚は、ガジェットの爆発と不明機が通過した際の衝撃音により麻痺しており、未だ正常な機能を取り戻してはいない。 しかし、全身を巨大な空気の壁に打ち据えられたかの様な衝撃、そして彼女の目前で起こった信じ難い現象が、周囲一帯を震わせる程の轟音の発生を感じ取っていた。 常軌を逸した光景、衝撃に揺れる視界。 腕だ。 人型兵器の腕が、まるで発射されたミサイルの様な勢いで、遥か彼方へと吹き飛んでゆく。 脚部は半ばより千切れ飛び、ハイウェイを貫通して高架脚をも打ち砕き、更にその下のアスファルトへと激突して瓦礫に埋もれた。 無数の装甲の欠片が花火の様に四方へと散り、宛ら散弾の如く周囲のビル群を襲う。 僅かに残っていたガラスが軒並み砕け散り、壁面は目も当てられぬ程に穿ち砕かれ、最早廃墟としか言い様のない惨状と化すビル群。 不明機の陰に位置していたヴィータは被害を免れたものの、次いで視界へと飛び込んだ光景に、我が目を疑った。 「・・・カートリッジ?」 不明機後部より排出される、無数の金属筒。 それは、カートリッジシステムを搭載したデバイスを用いる彼女にとって、見慣れた動作。 「排莢」だ。 「・・・何、だ?」 そして、不明機が進路を変えた事により、その側面がヴィータの視界へと曝される。 他の不明機体と比較して明らかに肥大化した機体の各所から突き出す、幾本もの鋭く長い針状の突起。 漆黒のキャノピー、その後方に位置する巨大な盾。 しかし何より彼女の目を引いたのは、機体下部より突出した巨大な「杭」。 不明機体の全長とほぼ同じ長さのそれは、微かに紫電の光を放つと、それを振り払うかの様に機体下部へと引き込まれた。 接近戦用の射出型刺突兵器。 それを理解した瞬間、ヴィータの脳裏に浮かんだ言葉はただひとつ。 「正気じゃねぇ・・・」 その言葉は、一連の戦闘を目撃した全ての管理局員の心境を、これ以上ないほど的確に言い表していた。 高機動がアドバンテージである筈の戦闘機に、よりにもよって超至近距離でしか用いる事のできない格闘兵装を搭載するとは。 質量兵器の廃絶を謳う管理局ではあるが、過去の大戦で用いられたそれに関する知識は、僅かではあるが局員も訓練校時代に座学として学ぶ。 しかし少なくとも、航空機に格闘兵装を搭載するなどという常軌を逸した兵器の存在については、ヴィータの知るところではなかった。 その間にも、刺突兵装を備えた不明機は次なる標的へと狙いを定め、燕の様な鋭さと鷲の如き獰猛さを兼ね備えた機動で襲い掛かる。 標的は管理局部隊と交戦中の人型兵器、その周囲には護衛の様に複数のガジェットが纏わり付き、地上から放たれる魔力弾に対し突撃しての自爆行為で以って応戦していた。 不明機はその背後より急接近、質量兵器を連射。 ガジェットが反応し、ほぼ同時に被弾して装甲から火を噴く。 僅かに軌道を修正し、直後に7機のガジェットが不明機へと突撃を開始した。 不明機、進路そのまま。 このままでは、7機のガジェットと正面から激突する事となる。 腹部の負傷さえ忘れ、思わず声を上げんとするヴィータ。 しかし、彼女が思い描いた不明機とガジェットの衝突が、現実の光景となる事はなかった。 何時の間にか、上空より舞い降りた2機の不明機体。 突進する不明機の前面へと同速度で並んだその2機は次の瞬間、金色に輝く弾体を正面へと射出した。 発射された弾体は瞬時に炸裂、2機の前方に同速度にて前進する半透明の「壁」を形成。 続く光景に、ヴィータとリィンは言葉を失った。 正面から3機の不明機体へと突入したガジェット群が、「壁」へと激突・爆発したのだ。 魔法陣でも物理障壁でもない、立体映像の様な金色のブロック状構造物が寄り集まった、光る壁へと。 それだけに留まらず、激突したガジェットは「壁」を僅かたりとも貫く事ができずに、その壁面で爆発を起こした。 あれだけの速度・質量を兼ね備えた突進、更には続いて発生した爆発でさえ、あの「壁」を突破する事は叶わなかったのだ。 その様子を唖然として眺める2人。 直後、爆炎を突き抜けて3機の不明機体が姿を現す。 前衛の2機が大型ミサイルを発射、離脱。 人型兵器の後方から現れた3機のガジェットがそれを受けるも、余りの威力に突撃へと移行する事もできないまま爆発、逆に人型兵器が爆炎に呑まれる。 その隙を突き、残る不明機体が急速接近、減速すらせずに人型兵器の胴部へと突入。 次の瞬間、巨大な杭がその胴部を打ち抜き、背面へと貫通する。 否、貫通などという生易しいものではない。 胴部が一瞬にして消し飛び、四肢は先程と同様に四方へと弾ける。 不明機体後部より排莢される、無数のカートリッジ。 火花と破片が空中に巨大な花を形成し、一拍遅れて周囲に異様な轟音が響き渡った。 膨大な量の炸薬が弾ける際の、思わず身が竦む様な苛烈な音。 そして分厚い鉄板を無理矢理に打ち抜く際の、生理的不快感と本能的な恐怖を呼び起こす音。 鼓膜を襲うそれらに対し、呻きと共に思わず閉じた目を再度見開いた時、「それ」がヴィータの視界へと映り込んだ。 「・・・ヤバいッ!」 無意識にそう吐き捨て、ハンマーフォルムへと戻っていたグラーフアイゼンを担ぎ直すヴィータ。 自身が出し得る最高の速度で、不明機の許へと向かう。 「気付いてねーのかッ、アイツ!」 不明機の進路上、眼下のビル群。 その中の1棟、辛うじて原形を保っているビルの屋上を突き破り、あの人型兵器の左腕、巨大な砲身が突き出していた。 何らかの欺瞞装置を用いているのか、不明機がそれに気付く様子は無い。 それどころか、急速に接近するヴィータに気を取られたのか、唐突に進路を変更し彼女の方角へと向き直ってしまったのだ。 「ッ! このッ!」 咄嗟に急制動、指の間に挟んだ4個の鉄球を宙へと放るヴィータ。 それと同時、担いでいたグラーフアイゼンを、軽々と片手で振るい。 「大バカ野朗がッ!」 魔力によって宙へと固定された鉄球に、渾身の力で以って叩き付けた。 甲高い衝撃音。 飛び散る火花と共に4個の鉄球が赤い魔力光を纏い、銃弾もかくやという速度で不明機体へと向かう。 シュワルベフリーゲン。 当然、ミサイルにも遥かに及ばない弾速のそれを、不明機は危なげもなく躱し。 同時に、直下から放たれた人型兵器の砲撃をも回避した。 「これで気付いただろ、マヌケ!」 ヴィータのその叫び通り、不明機は眼下の敵に気付いたらしい。 すぐさま進路を変更し、しかし背後から高速で接近する影に反応。 ガジェットだ。 凄まじい白煙を噴きつつ、不明機へと突進する。 しかしそれは、彼方より飛来した4条の赤い光に撃ち抜かれ、爆発。 先程ヴィータが放ち、その後も操作を続けていたシュワルベフリーゲンだ。 「アイゼンッ!」 『Raketenform』 ロードカートリッジ、グラーフアイゼンをラケーテンフォルムへ。 ガジェットの爆発を見届けたのか、不明機はヴィータから注意を外し下方からの砲撃を回避しつつ横回転、上下を入れ替えた状態から更に機首を直下へと向け、後部ノズルより業火を発しての垂直降下を敢行。 先程のガジェットに勝るとも劣らぬ加速もそのままに、ビル屋上を突き破って現れた人型兵器の上半身へと質量兵器を撃ち込みつつ突入、刺突兵装の一撃を見舞う。 しかし、先程の攻撃から然程時間が経たない内の攻撃である為か、はたまた何らかの問題が発生したのか、その攻撃には先の2回の様に異常なまでの破壊力は見られない。 それでも左腕の砲身を粉砕した不明機であったが、人型兵器と衝突した際に残る右腕によって組み付かれてしまう。 機体各所からスラスターの炎を噴出させ、拘束状態からの脱出を図る不明機。 しかし、人型兵器は自身のバーニアを作動させ組み付いたままの不明機と上下を入れ替えると、そのまま半壊した屋上を貫いてビル内をも突き抜け、壁面を内部より打ち破ってハイウェイへと激突する。 崩れ落ちるハイウェイ。 人型兵器の攻勢は止まるところを知らず、更に全身を不明機へと圧し掛からせた上でバーニアを作動、そのまま機体を押し潰さんとする。 この時点で既に、不明機の機体各所に配された針状の突起は1本を残し折れ飛び、左主翼は根元から完全に脱落していた。 推進部にはこれといって重大な損傷を負った様子は無いが、このままではいずれ機体ごと押し潰されるだろう。 上空の不明機体群も、味方を巻き込みかねないこの状況で手出しはできないのか、周囲を旋回するだけだ。 しかし1人だけ、この状況下で人型兵器へと攻撃を仕掛ける者が存在した。 「っりゃあああぁぁッッ!」 ヴィータである。 魔力を推進剤として独楽の様に回転しつつ、一気に距離を詰め全力でスパイクを人型兵器へと叩き付ける。 スパイクの先端は彼女より遥かに巨大な人型兵器の胸部を捉え、信じ難い事にその鋼鉄の身体を撥ね上げた。 貫かれこそしなかったがその胸部装甲は大きく陥没し、不明機を捉えていた右腕も宙へと投げ出される。 それでもすぐに体勢を立て直し、その右腕を不明機の存在していた場所へと叩き付ける人型兵器であったが、既に其処には不明機の影も形も無かった。 すると今度は標的を変更したのか、頭部装甲の隙間から覗く複眼状のセンサー群らしき装置が、ヴィータへと向けて微かな光を放つ。 その光景を前にして、しかしヴィータは慌てるでもなく、グラーフアイゼンを杖代わりに傷付いた身体を休めていた。 彼女を叩き潰さんと、人型兵器がその腕を振り被る。 と、ヴィータがその「隣」をついと指差し、口を開いた。 「だからさぁ」 その言葉に反応した訳ではないだろうが、何らかの反応を捉えたか、人型兵器が自身の左側面へと振り向く。 次の瞬間。 「周りは良く見ろっつってんだろ、バカが」 大気の破裂する轟音と共に射出された巨大な「杭」によって、人型兵器は木っ端微塵に吹き飛んだ。 パンツァーヒンダネス。 赤い防護障壁の外を、轟音と共に無数の破片、そして凄まじい爆風が背後へと突き抜けてゆく。 その凄まじい衝撃と飛来する破片は、本来ならば一瞬にして障壁を打ち砕く程の威力を秘めていた。 しかし、ヴィータが直前に陰へと駆け込んだ、巨大なハイウェイの残骸との接触によりその威力は減衰し、障壁を破るには至らなかった。 そして、爆風が奏でる壮絶な演奏が止んだ頃、ぼろぼろになった騎士帽を頭に乗せたヴィータが、耳を押さえつつ瓦礫の陰から身を乗り出す。 「あー、いってぇ・・・鼓膜が割れそうだ」 『そんな事よりヴィータちゃん、手当てをしないと・・・』 軽い内容の言葉とは裏腹に、今にも崩れ落ちそうな小さな身体。 白い騎士甲冑の腹部には赤黒い染みが拡がり、その口からは咽込む度に血が零れる。 しかしそれだけの傷を負ってなお、「鉄槌の騎士」の双眸から戦意が失われる事はなかった。 その時、地響きと共にヴィータの視界が揺れ始める。 こんな時に地震か、と悪態のひとつも吐こうとした彼女だったが、地上本部から通信が入るや否や顔色を変えた。 『ミッドチルダ中央区画全域に於いて地震発生! 震度5、震源はクラナガン西南西20km、震源深度18km!』 クラナガン西南西20km。 十数分前に届いた通信の記憶が確かならば、その地点には第4廃棄都市区画から移動した大型機動兵器が存在する筈である。 その地点が震源という事はつまり、この地震はその大型機動兵器により人工的に引き起こされているとでもいうのか。 「・・・リィン、ユニゾン解いて陸士の連中に保護してもらえ。アタシは震源に向かう」 『ヴィータちゃん!? 何言ってるですか!』 グラーフアイゼンを担ぎ直し、再度空へと上がろうとするヴィータ。 しかし想像以上に消耗していたらしく、満足に浮かぶ事もできぬままアスファルトへと膝を突いた。 「あぐッ・・・!」 『これ以上は無理です! ヴィータちゃんも手当てを受けないと!』 「アイツは・・・なのはは、絶対に向かう筈なんだ・・・」 『え?』 血を吐きつつも、掠れた声でヴィータは呟く。 その瞳には悔恨と、抑え切れない不安が浮かんでいた。 「アイツが、こんな状況で無茶しない筈が無ぇ。あの時だってそうだったんだ・・・アタシが、アタシがぶん殴ってでも止めなきゃ・・・」 『でも、ヴィータちゃんだって!』 「ゆりかごの後のアイツを忘れたのかよ! あの時は何とかなったけど、次も無事で済むとは限らねぇんだぞ!」 『ッ・・・!』 その言葉に、リィンも押し黙る。 JS事件収束直後、なのはを襲ったブラスター3使用による後遺症。 シャマルを中心とした本局医療スタッフの尽力もあり、半年ほどで回復の目処が立ったものの、次に同じ事があれば回復する保証は無いとも宣告された。 その結果、なのはを知る者達の間からは、レイジングハートからのブラスターモード撤去案すら提示されたのだ。 しかしその案も、なのは本人の強固な拒否によりお流れとなった。 つまり現時点で、彼女は何時でも任意にブラスターモードを起動できるのである。 そして今、この状況。 人為的に地震を起こす大型機動兵器などという怪物を相手に、彼女が出し惜しみをする理由などありはしない。 「だからッ・・・今度こそアタシが・・・」 『満足に飛べもしない状態で何言ってるです! お腹を撃ち抜かれてるんですよ!?』 「それこそ初めてって訳じゃねぇ。ゆりかごの時はもっと酷かった。リィン、アタシは大丈夫だから、お前は・・・」 『駄目です!』 「大丈夫だ・・・少し休めば・・・これくらい・・・」 押し問答を続ける2人。 しかしその眼前、先程の爆発の後に新たに崩落したハイウェイの残骸が吹き飛び、細かな瓦礫を周囲へとばら撒く。 反射的に腕を翳して身構えるヴィータ、驚愕するリィン。 やがて瓦礫の中から現れたのは、あの刺突兵装を備えた不明機体だった。 深紅の装甲には其処彼処に無数の傷が刻まれ、左主翼と右垂直尾翼が脱落し、機体右側面の盾は基底部から千切れ飛んでいる。 それでも、推進部に深刻な損傷は無かったのか、1mほど浮かび上がった機体はそのまま離脱を図ろうとした。 しかし上空へと数機のガジェットが現れ、レーザーを放ってきた為に断念。 後退し、瓦礫の中へと身を潜める。 直後、管理局部隊の攻撃を受けたのか、ガジェットは火を噴きつつあらぬ方向へと突撃を開始した。 その光景を目にした為か、或いは周囲に多数の敵が存在する事を観測したのか、不明機は瓦礫の中で微動だにしない。 ヴィータもまた、少しでも身体を休めるべくその場を動こうとせず、20mほど離れた位置から不明機の動向を窺っていた。 崩壊したハイウェイの陰、敵味方双方の目が届かぬ薄闇の中。 鉄槌の騎士と深紅の不明機体は、激しさを増す地震を気に留める様子も見せず、ただ只管に沈黙を貫く。 そして十数分後、漸く不明機体が瓦礫の中から前進し、空へと戻るべく僅かに機体を上昇させた、その瞬間。 「おい!」 鉄槌の騎士は、自身ですら予想だにしなかった言葉を、不明機へと投げ掛けていた。 「アタシを、化け物の所へ連れていけ!」 * 「見付けた!」 第4廃棄都市区画上空より、森林地帯に残る大型機動兵器の通過跡に沿って飛行を続ける事、数分。 なのはが指揮を取る追撃隊の視界へと、それは映り込んだ。 「何をしているの・・・?」 広大な森林地帯の中、4つの脚部ユニットを四方へと広げ、機体下部より鈍い光を放つ大型機動兵器。 周囲には無数のガジェットが大型機動兵器を取り巻く様に旋回を続け、更には6機の人型兵器が砲口をこちらへと向けている。 眼下の森林地帯、その其処彼処から立ち上る紅蓮の炎と黒煙が、大型機動兵器の追撃に当たっていた8機の不明機体と、1044航空隊の末路を物語っていた。 思わず、苦しげに表情を歪ませるなのは。 しかし、視界の端で大型機動兵器が痙攣するかの様な動きを見せると同時、不意に大気中へと走った巨大な振動を感じ取り、彼女は追撃隊の面々へと念話を繋いだ。 『今の、感じた?』 『ええ、はっきりと! やはりアイツがこの地震の元凶のようです!』 『一尉、ガジェットが!』 その言葉と同時、追撃隊に対しガジェット群が迎撃態勢を取る。 その数、50機前後。 すぐさま魔導師達が互いに間隔を取り、ガジェットの突撃に備える。 1603・2024航空隊の空戦魔導師達が前進、砲撃魔法発動までの時間を稼ぐべくガジェット群との交戦に入ろうとした、その時。 追撃隊の後方から6機の不明機体が姿を現し、彼等の前方へと躍り出た。 「な・・・!」 その光景に、驚きを隠せないなのは。 見れば周囲の魔導師達も、各々が驚愕の表情を浮かべ、不明機体群の後ろ姿を見やっている。 すると、6機の機首付近へと、甲高い音と共に青い光が集束を始めた。 この後に何が起こるのか、なのはを含む魔導師達は知っている。 砲撃だ。 誰が注意するでもなく、彼等は一様に自身の目を手で覆った。 直後、凄まじい轟音と振動が全身を突き抜ける。 そして手を退けた時、なのは達の目前には奇妙な光景が拡がっていた。 「・・・壁?」 それは金色に輝く、半透明の巨大な壁だった。 5m程の半透明・黄金色のブロック状構造物が数十個、寄り集まって巨大な壁を形成していたのだ。 その向こうからは、10を超えるガジェットが白煙と炎を噴きつつ、こちらへと突撃してくる光景が目に入る。 咄嗟に前進を中断し、各々のデバイスを構える追撃隊。 しかし、あろう事かガジェット群は壁へと接触すると、それを貫く事なく次々と爆散してゆくではないか。 信じ難い光景に魔導師達は、数瞬ながら呆けた様に金色の壁を眺める。 その前方、ガジェット群の突撃を受け切った金色の壁が、ガラスの様に砕けて空間に融けた。 そして、不明機体が突き抜けた事によって霧散した黒煙の先。 他の不明機体群による一斉砲撃を受け、消し飛んだ前方の森林地帯が視界へと飛び込む。 濃緑の木々、地上にて燃え盛っていた業火、群れを成すガジェットと人型兵器。 その一切合財が跡形も無く消し飛び、巻き上げられた僅かな粉塵だけが、小雨の様に地表へと降り注いでいた。 数kmに亘る壮絶な破壊の爪跡に、愕然としてその光景を見つめる魔導師達。 しかし、粉塵の中から無数の青い光弾が放たれる様を見るや否や、砲撃魔導師達は一様に自身のデバイスをその発射点へと向ける。 彼等の眼前、再び展開される金色の壁。 見れば先程の6機の内2機、防御型らしき機体が彼等の側へと留まり、障壁を交互に発射・形成していた。 どうやら、敵の攻撃を防いでいる内に砲撃を発動させろ、という事らしい。 それを理解すると同時、なのはは叫ぶ。 「チャンスだよ! みんな、いい? 此処で止めるよ!」 『了解!』 念話と発声が入り乱れ、ひとつの意思となってなのはの元へと届いた。 空中に展開される魔法陣の足場。 その数、実に32。 魔法陣の上に立つ人影が、各々に構えるデバイス。 ある者はそれを取り巻く様に環状魔法陣を展開し、またある者は自身の掌へと光球を生み出す。 発動の形式も、発する光の色も各々に異なるそれらに共通するのは、いずれも同じく砲撃魔法であるという事。 そして、その中央。 桜色の魔力光が、環状魔法陣の中心で膨れ上がる。 カートリッジを2発ロードしての、ディバインバスター・エクステンション。 ブラスターモードは使用しない。 これだけの砲撃魔導師による一斉砲撃だ。 無理をせずとも、確実に目標を破壊できる。 仲間達が必死に癒してくれた身体を、無碍に扱って三度も壊す訳にはいかない。 「ディバイン・・・」 不明機体が張り続けている防御壁のお蔭で、集束の為の時間は稼げた。 巨大な防御壁の内にはなのはのみならず、今にも暴発しそうな無数の魔力集束体が、発射の瞬間を待ち望んでいる。 そして防御壁が掻き消え、無数の誘導光弾が魔導師達へと襲い掛からんとした、その瞬間。 「バスター!」 その声を引き金として、轟音と共に光の奔流が放たれる。 大気を震わせて直進する、無数の砲撃魔法。 それらは交じり合い、虹色の壁となって誘導光弾を消し去り、粉塵の向こうに位置する大型機動兵器へと殺到した。 32人の砲撃魔導師達は、各々が砲撃に特色を持つ。 中には威力・速度・精度・射程など、ある点に限定するならば、なのはをも凌駕する者達すら存在するのだ。 一度に複数の砲撃を放つ者も居れば、極限まで圧縮された魔力を用い、貫通力に優れた砲撃を放つ者も居る。 そんな者達が30人以上、しかも単一の目標に向けての同時砲撃。 その威力たるや、戦術魔導兵器にも匹敵するだろう。 交じり合い、ひとつの巨大な砲撃魔法と化したそれは、大型機動兵器のみならず地表をも呑み込み炸裂、巨大な魔力の爆発を引き起こす。 爆発の後に残留物質が生じる質量兵器とは異なり、純粋な魔力炎のみの爆発。 天をも貫かんばかりのそれが視界を埋め尽くすと同時、追撃隊の面々から歓声が上がった。 其処へ繋がる、地上本部からの通信。 『振動・・・止みました! 地震は収束! ミッドチルダ中央区全域、異常振動消失!』 歓声が、更に強くなる。 なのはもまた肩の力を抜き、レイジングハートの矛先を下ろして息を吐いた。 その顔へと浮かぶのは、紛れもない笑み。 危機を脱した喜びと、大事を成し遂げた達成感からの笑みだった。 「やりました、やりましたよ一尉! 私達、あの怪物を倒したんですよ!」 「凄かったな、オイ! 30発以上の砲撃魔法を一度にぶっ放すなんて、管理局史上で俺達が初めてだろうぜ!」 「やったな、高町!」 近くに居た数名の魔導師達が、なのはへと声を掛ける。 その浮かれ様に釣られたか、彼女もまた上機嫌で言葉を返した。 「・・・そうだね。私達・・・私達、やったんだね!」 「そうだよ!」 教導隊の同僚である女性局員が、感極まった様になのはへと抱き付く。 なのはもまた彼女を抱き締め、2人で笑い声を上げながら少女の様にくるくると回り始めた。 周囲もまた、口笛を鳴らす者、歓声を上げ続ける者、仲間と手を取り合って笑う者など、各々の方法で歓喜を分かち合っている。 そんな中、6機の不明機体が彼等の頭上を横切り、砲撃の着弾点へと向かった。 その姿を視界へと捉えた空戦魔導師が、鋭く警告を発する。 『不明機体群、着弾地点へ接近。情報収集行動と思われる』 未だ不明機体群の脅威が解決した訳ではない事を思い出し、慌ててデバイスを構え直す一同。 しかし不明機体群は彼女達に些かの興味も見せず、未だ炎を噴き上げ続ける着弾点を包囲し始めた。 その行動に、魔導師達は不審を抱き始める。 『・・・何をしている?』 『敵の撃破を確認しているのでは? 随分と用心深いですね』 『確認って・・・どう見ても吹き飛んでるじゃな・・・』 その、次の瞬間だった。 「えっ・・・」 回避どころか、反応する暇さえ無かった。 巨大な青い光の奔流が天を貫き、空を薙ぎ払ったのだ。 なのはの頭上、約20m程の位置を通過したそれは、3機の不明機体と20人前後の魔導師達を瞬時に消滅させた。 跡には、何も残らない。 数十秒前まで共に歓喜を分かち合っていた仲間が、世界を危機から救ったと誇らしげに語り合っていた戦友が。 其処に存在していたという痕跡すら残さず、一瞬にして消し飛ばされたのだ。 そして、破滅の光を放った、その存在。 「・・・嘘」 前方、吹き上がる魔力の爆炎。 業火の壁が一部、強大な力によって消し飛んでいる。 その隙間から覗く、濃灰色と緑の装甲。 損壊した正面装甲の隙間から、巨大な「コア」らしき部位を露出させた大型機動兵器が、その砲口をこちらへと向けていた。 「散ってッ!」 なのはの絶叫と同時、再び空間を光が突き抜ける。 咄嗟に回避行動を取るものの、攻撃の範囲が余りに広過ぎた。 躱し切れずに3人が光に呑まれ、更には2機の不明機体までもが撃墜される。 どうやら彼等にとっても、大型機動兵器の健在は予測の範囲外だったらしい。 残る1機が離脱を図るものの、三度放たれた閃光によって跡形も無く消滅する。 不明機体群、全滅。 そして、魔力による業火の中。 大型機動兵器は、もう用は無いとばかりに、魔導師達へと背を向ける。 待機状態にあった、2基の巨大なエンジンノズルが展開。 逃げるつもり、などと考える者は存在しない。 なぜなら、鋼鉄の巨獣がその鼻先を向けたその方角に存在するのは、他ならぬクラナガン。 化け物は、首都へと突入するつもりなのだ。 その瞬間、仲間の死も、自身の身体の事も、一切がなのはの脳裏から消え去った。 浮かぶものはただひとつ、クラナガンで彼女を待つ愛しい我が子、ヴィヴィオ。 「レイジングハート!」 『Starlight Breaker』 残るカートリッジを全てロード。 なのはの眼前に、巨大な魔法陣が現れる。 その中心へと、流星群の如く集束する魔力素。 周囲の砲撃魔導師達も、何を言われるでもなく己が最大の集束砲撃魔法を発動せんとしている。 その胸中を満たすのは、仲間を殺された事による怒りか、はたまた絶望か。 いずれも憎悪を滾らせた目で大型機動兵器を睨み据え、握り潰さんばかりの力を込めて自身のデバイスを構えていた。 なのはは、光の翼をはためかせるレイジングハートの矛先を自身の後方へと構え、徐々に肥大化する魔力球越しに大型機動兵器を視界へと捉える。 轟音が響き渡り、爆炎が空気を焦がした。 大型機動兵器、エンジン点火。 100mを優に超える推進炎がノズルより噴き出し、その先端からは白煙が宙へと放たれる。 僅かに数十m側面を掠める白煙の帯を気に留める事もなく、魔導師達は微動だにせず、突進を始めた獣の後ろ姿へと照準を合わせていた。 許せない。 この存在だけは、決して。 戦友達を殺し、世界を陵辱し、今まさに我が子すら殺めんとする、鋼鉄の巨獣。 この怪物、この化け物だけは――― レイジングハートの矛先を、光球の中心へと突き付ける。 その動作に込められた意思は、嘗てヴィヴィオに埋め込まれたレリック・コアを破壊した際とは異なる、何処までも純粋な敵意。 それは際限なく膨れ上がり。 「スターライト・・・」 ―――「生かして」はおけない! そして、爆発した。 「ブレイカー!」 閃光、そして轟音。 10を超える集束砲撃魔法。 それらが一斉に、周囲の大気そのものを消し飛ばしながら、巨獣へと放たれた。 背後の異変を感知したのか、再びこちらに回頭しようと曝されたその側面へと、砲撃が着弾する。 信じられない程に強固なその装甲。 魔力による障壁が張られている訳でもない、ただの物理障壁。 にも拘らず、それは表面を融解させるのみであり、集束砲撃魔法の一斉射に耐えていた。 しかし、そんな事でなのはの意思が挫かれる事はない。 此処からが、集束砲撃の真髄なのだ。 魔導師達が、一斉に声を放つ。 それは、敵に確実な滅びを齎す、破滅のトリガーボイス。 「ブレイク・・・」 各々異なるコマンドが紡がれると共に、砲撃を放ち続ける魔力球、または魔法陣が二回り以上拡大、更に大量の魔力素が集束する。 そして。 「シュート!」 先の砲撃を呑み込む様に、更に大規模な砲撃が放たれた。 初撃の軌道を道標に、標的へと殺到する巨大な破壊の閃光。 互いに干渉し合い、弾け、折り重なり、更に強大となって襲い掛かる魔力の砲弾。 魔導師の誰もが、煉瓦の様に打ち砕かれる大型機動兵器の姿を幻視する。 そして次の瞬間に起こった事を、なのははスローモーションの様に引き伸ばされた感覚の中で認識した。 本命の砲撃が着弾する直前、大型機動兵器が瞬時にこちらへと向き直ったのだ。 明らかに脆弱と解る「コア」らしき部位を自ら砲撃へと曝す、自己保存の観点から見れば余りにも異常な行動。 しかし、直後に展開された巨大な砲口に、なのはの背筋は凍り付いた。 まさか。 まさか、真っ向から抗うつもりなのか? この一斉砲撃に? そんな事は不可能だ。 これだけの砲撃の嵐を打ち破る事など、万が一にも有り得ない。 そう、「万が一」にも。 そう思考しつつも、なのはの直感は警告を鳴らし続けていた。 目前の存在こそが、その「万が一」であると。 彼女の中に築かれていた魔導師としての常識を、完膚なきまでに打ち砕いた不明機体群と同じく、この鋼鉄の巨獣もまた己の理解から外れた存在なのだと。 その直感に押されるがまま、何かしらの声を上げるより早く。 これまでの戦闘を通じて最大規模の閃光が、大型機動兵器の砲口より放たれた。 「・・・ッ! ・・・!」 何が起きたのか、理解すらできなかった。 それはなのはのみならず、この場に存在する全ての魔導師に共通するであろう。 十数発の集束砲撃魔法が、正面から放たれた1発の砲撃に競り負けた。 いや、競り合ってなどいない。 両者は拮抗する事もなく、一方的に砲撃魔法が質量兵器の閃光に呑み込まれたのだ。 弾かれた、などという生易しいものではない。 消滅だ。 砲撃の嵐が、一瞬にして消滅させられたのだ。 そして、その嵐を呑み込んだ閃光。 微妙に角度が逸れていた為か、魔導師達の頭上10m程の空間を貫いたそれは、出現時も含めた先の4発とは比べ物にならない余波を周囲へと撒き散らす。 衝撃、そして高熱。 砲撃自体が放つ熱か、それとも副次的な要因によるものかは解らない。 重要なのはそれらが、バリアジャケットの防御をものともせずに突き抜けてくる、その事実だ。 皮膚を炙り、肉を切り裂き、骨を砕く灼熱の衝撃波。 ただ1人の例外なく、紙屑の様に吹き飛ばされる魔導師達。 しかしその勢いたるや、紙屑どころか銃弾の如き速度だ。 その事からも、彼等を襲った衝撃波が、如何に凄まじいものであったかが窺える。 「い・・・ぎ・・・!」 「墜落」してゆく魔導師達の中、なのはは辛うじて意識を保っていた。 何とか身を捻り、迫り来る森の表面に対し背を向ける。 レイジングハート、プロテクション発動。 そのまま森へと突っ込み、木々の枝を折りつつ地面へと衝突。 凄まじい衝撃に、全身が悲鳴を上げる。 薄れゆく意識。 しかし、脳裏に浮かぶヴィヴィオの顔が、このまま眠りにつく事を許さない。 「くっ・・・」 レイジングハートを杖代わりに、立ち上がる。 新たにマガジンを装填、ふらつく身体で無理矢理に空へ上がると、ノズルから業火を噴きつつクラナガンへと突撃する大型機動兵器の後ろ姿が目に入った。 ノズルより噴き出す業火と凄まじい白煙に遮られてなお、その巨体は完全に隠れ切ってはいない。 「行かせ・・・ないよ・・・ッ!」 足場となる魔法陣を展開、レイジングハートの矛先を巨獣の背へと向けるなのは。 ロードカートリッジ3発、再びディバインバスター・エクステンションの発射体勢を取る。 と、その意識に、聞き覚えのある声が念話として飛び込んだ。 『高町、聞こえるか?』 『ッ! 無事なの!? 他の皆は!?』 それは、教導隊の同僚の声。 先程の攻撃を受け、同じく墜落した者の1人だった。 『取り敢えず4人は生きてる。他にも無事な者は居るだろう』 『そう・・・』 『ところで・・・まさか、また1人で無茶しようなんて考えてないだろうな』 その問いに、なのはは沈黙を以って返した。 ご丁寧にも念話として伝えられる、呆れの滲んだ溜息。 しかし続く言葉に、彼女は瞠目する。 『周り、見てみろ』 その言葉に周囲を見渡せば、自身の後方、複数の地点に魔法陣が展開しているではないか。 11人。 11人の砲撃魔導師が、既に長距離砲撃の発動体勢に入っている。 集束する魔力光、膨れ上がる光球。 「皆・・・」 『お前さんの砲撃だけじゃ躱されるかもしれんからな。順次ぶっ放すから止めは任せるぞ、高町!』 『邪魔な煙はこちらで吹き飛ばします。後は頼みます、一尉!』 次々と入る念話。 仲間達の頼もしい言葉に、なのはは薄く笑みを浮かべた。 そして、一言。 『任せて』 レイジングハートを構え、矛先に環状魔法陣を展開、魔力の集束を開始する。 瞬間、その後方から2発の砲撃が放たれる。 それらは前方の白煙を撃ち抜き、その余波で以って大気を吹き散らし視界を確保。 一瞬だが、大型機動兵器の後ろ姿が露となる。 続けて2発。 僅かにタイミングをずらし放たれたそれらを、大型機動兵器は左側面への平行移動によって回避。 更に3発。 1発目を回避した大型機動兵器だったが、続く2発がエンジンノズル付近に被弾、進路が僅かにぶれる。 間を置かずに4発。 迎撃を選択したか、速度を緩めずに180度旋回、前後を入れ替えつつ迎撃態勢を取るという離れ業を見せる大型機動兵器。 しかしコア近辺に2発、中心に1発被弾。 再度コアを庇うべく回頭を図ろうとするも、それより僅かに早く、なのはの砲撃体勢が整った。 「ディバイン・・・」 レイジングハートの矛先へと、三度生み出される桜色の光球。 そして、一瞬の後。 「バスター!」 全てを終わらせるべく、最後の砲撃が放たれた。 大気の壁を撃ち抜き、粉塵と白煙を吹き散らし、往く手を遮る全てを打ち破りながら、大型機動兵器へと突き進む1条の光。 その光は寸分の違いなく、赤い光を放つコアへと突き立つかに見えた。 しかし。 「・・・嘘」 着弾寸前、大型機動兵器の位置が大きく動いた。 エンジンノズルだ。 回頭中、しかも側面方向への高速水平移動を行っている最中にも拘らず、更に高出力での噴射を敢行。 瞬間的に位置をずらし、着弾点をコアから外すという荒業をやってのけたのだ。 一歩間違えれば全体が横転しかねない、余りにも危険な機動。 正しく、正気の沙汰ではない。 「そんなっ!」 常軌を逸した回避行動とその結果に、思わず声を上げるなのは。 必中の意と共に放たれた一撃は、左側面の腕部ユニットらしき部位を損傷させるに留まった。 追撃隊の生存者各員から、大型機動兵器への罵声と、攻撃失敗に対する悲鳴が上がる。 「ッ・・・追うよ!」 『了解!』 しかし、延々と恨み言を吐いている訳にもいかない。 すぐさま、なのはは追撃を決断。 残る生存者の捜索・救助の為に、1603・2024航空隊の生存者を残し、砲撃魔導師はなのはと共に追撃を開始する。 しかし、その遥か前方。 大型機動兵器に、新たな動きがあった。 『一尉、あれを!』 『・・・また何かするつもりか、化け物め!』 見れば、大型機動兵器の右腕部先端が、空に向かって掲げられている。 左腕部は先程の砲撃による損傷で問題が発生したのか、稼動する様子はない。 不吉な予感に急かされるまま、なのはは念話によって更に飛行速度を上げる旨を伝える。 『皆、急ぐよ!』 『高町、クラナガンが!』 同僚の言葉に目を凝らせば、大型機動兵器の更に前方、クラナガン西部区画のビル群が、なのはの視界へと飛び込んだ。 そのほぼ全域から黒煙が立ち上り、遠目ながら既に壊滅に近い被害を受けている事が容易に見て取れる。 思わず悲痛な声を上げそうになるも、それを何とか堪えるなのは。 しかしその努力も、続く光景に空しく敗れ去った。 『一尉! 化け物が!』 悲鳴じみた、否、悲鳴そのものの声が、隊のほぼ全員から発せられる。 何が言いたいのかは、訊かずとも解った。 彼等の見ている光景は、なのはの目にも飛び込んでいる。 閃光。 遅れて届く轟音。 視線の先、空へと向けられた大型機動兵器の右腕部ユニット下部から、周囲一帯を埋め尽くさんばかりの爆炎が噴き出す。 似た様な光景を、なのはは故郷のテレビニュースで幾度となく目にした事があった。 それは、ロケットの発射であったり。 スペースシャトルや、軍用艦から放たれる誘導兵器であったりした。 そして、何より。 「・・・止めてぇッ!」 「大陸間弾道弾」。 21世紀の第97管理外世界に於いて、彼女の知る限り最強にして最悪の兵器。 その発射の瞬間に、余りにも酷似していた。 そして、事実。 右腕部ユニット内から放たれた物体は、明らかに弾道弾そのものの形状をしていた。 悲鳴が、ロケットエンジンの轟音に掻き消される。 悪夢は、終わらない。
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3816.html
『当たったぞ! 撃墜した! こちら441! 繰り返す、敵を撃・・・』 『441部隊、どうした? 応答せよ! 441、誰か応答しないか!』 『墜落地点に向かった連中はどうなった!? 教導隊は何処へ行ったんだ!』 所属不明機体群による時空管理局本局襲撃と同時刻。 ミッドチルダ首都クラナガン近郊に於いて、同じく不明機体群の襲撃による戦闘が展開されていた。 JS事件により破壊され、後に「ゆりかご」の件を教訓に修復・管理されていた、計3基の地上防衛用迎撃兵器「アインヘリアル」。 それらに対する大気圏外からの超長距離砲撃を皮切りとした戦闘は、地上本部陸上警備隊、首都航空隊、転送ポートの使用制限により本局への帰還が果たせなくなった魔導師、その全てを動員しての大規模戦闘へと発展した。 都市外縁部、41年前の反管理局大規模テロリズムによって破壊されたビル街、第4廃棄都市区画にて繰り広げられる対空戦闘。 魔力弾が大気を切り裂き、砲撃魔法が天を貫く。 しかし不可解な事に、それらに返されるべき不明機体群からの反撃は、余りにも「薄い」ものだった。 時間の経過と共に撃ち上げられる魔力弾幕の密度が増すのとは裏腹に、魔導師の数が増すにつれ徐々に攻撃頻度が低下してゆく不明機体群。 中央区へ攻め込む事もなく、各戦闘地区より廃棄都市上空へと集結するその様子はまるで、予想だにしなかった状況に直面し戸惑っているかの様であった。 状況に変化が起こったのは、戦闘開始より16分後。 聖王教会からの増援、そして戦技教導隊が戦線へと加わった事により、戦闘は新たな局面を迎えた。 数発の砲撃魔法、そして大量の無誘導魔力弾を放ちつつ戦域へと突入した彼等は、無数の誘導操作弾及び大威力砲撃魔法による対空戦闘を開始。 弾速の問題から誘導弾を当てる事は叶わなかったものの、敵機の密集する地点へと放たれた砲撃魔法が、ある1機の不明機体を捉えたのだ。 何らかの情報を収集していたのだろう、球状のレドームを備えたその機体は、高空より降下する所を砲撃され被弾。 正確には、不明機体群によって回避された3発の砲撃の軌道が、偶然にもその機体の降下コースと交差していたのである。 1発目を間一髪で回避した不明機だったが、続く砲撃を完全に躱す事はできなかった。 回避コースに問題があったのではない。 2発目を辛くも回避した直後に3発目、桜色の光を放つ砲撃が襲い掛かったのだ。 それすらも反応してみせる不明機だったが、砲撃の規模が余りにも大き過ぎた。 躱し切れずに機体右側面を吹き飛ばされ、炎を噴きつつ廃墟となったビル街の一画へと降下してゆく不明機。 その瞬間から、流れが変わった。 味方が撃墜された事に動揺したのか、一瞬ながら統率を欠いた動きを見せる不明機体群。 もしくは、撃墜された機体は管制機の役割を果たしていたのかもしれない。 黒煙を引き降下してゆく友軍機を庇おうとしたのか、球状兵装を備えた数機がその周囲へと纏わり付く。 しかし、廃棄都市の至る所へと散開した魔導師達にとって、低空・低速飛行する機体群の側面、もしくは背後を狙う事は容易だった。 無論、それらを妨害するべく複数の機体がバックアップに着く。 だがそれも、ここぞとばかりに放たれる無数の砲撃魔法の前には、完全な防御など為し得る筈も無かった。 1機、また1機と、球状兵装による強固な防壁の隙間を突かれ、撃墜されてゆく不明機体群。 撃墜には至らずとも、大小の損傷を受けてゆく複数の機体。 それでも墜落した仲間を見捨てるつもりは無いのか、戦域からの離脱を図る機体は1機たりとも存在しなかった。 それを理解し、好機とばかりに魔力弾と砲撃の密度が増す。 結果、7機の不明機体を撃墜し、更に十数機に対し、恐らくは重大な損傷を与える事に成功した管理局部隊。 このまま管理局優勢の状態が続くかと思われたが、ここまでの一連の行動が、結果として最悪の敵を戦域へと呼び込んでしまう。 他の機体より一回り小さく、深紅の塗装を施された、漆黒のキャノピーを備える機体。 新たに転移してきた僅か6機の機体によって、管理局の優勢は脆くも崩れ去った。 『こちら戦技教導隊所属、高町一等空尉。308部隊、応答を・・・』 球状兵装を備えず、超低空より高速にて戦域へと侵入したその6機は、直ちに管理局部隊による迎撃を受ける。 盾が無いのならば撃墜は容易い。 況してや、建ち並ぶ廃墟のビル群の間を直線で、しかも高速で飛来するのだ。 左右に動けばビルへの接触は必至、正面から放たれる砲撃を躱せる筈もない。 魔導師の誰もがそう考え、それを疑いもしなかった。 無誘導魔力弾の着弾による爆発を目晦ましに、其々に異なる5色の閃光と共に放たれる砲撃魔法。 大気を撃ち抜き、5条の光が不明機へと直撃するかに思われた、次の瞬間。 6機は、忽然と姿を消した。 それが、常識外の超高機動による、隣接する通りへの水平移動によるものと気付いた時には、既に遅く。 左右のビルを、数条の青い光が貫いた。 『308・・・誰か、誰か居ないの? 171、応答して・・・』 狩る者から一転、狩られる者へと身をやつす事となった魔導師達。 建ち並ぶビルの陰へと逃げ込む彼等に対し、6機の狩人は追う素振りすら見せなかった。 上空へと退避してゆく他の不明機群。 内数機が友軍機の救助を目的としてか、ある一定の高度に留まり旋回を始める。 瞬間、地上より撃ち上げられる魔力弾。 しかし、その数瞬後には青い光と共に轟音が響き、ビルが崩れ落ちる。 同時に魔力弾の発射が止み、その地点に展開していた部隊との念話が途絶えるのだ。 『507、281・・・誰か!』 不明機から放たれる青い光。 それらが、魔導師達を直接的に狙う事はなかった。 貫かれるのは彼等の周囲、廃墟のビル群であり、飛散する数十・数百トンの瓦礫によって、魔導師達は次々と無力化されてゆくのだ。 不明機の攻撃が、意図的に直撃を避けている事に魔導師達が気付くまで、然程時間は掛からなかった。 見方によっては、彼等は対象の殺害を避けようとしていると捉える事もできる。 しかし、それが何の救いになるというのか。 幾らバリアジャケットを纏っているとはいえ、数百トンもの瓦礫に挟まれて死者が出ない筈は無い。 事実、攻撃を受けた部隊との念話は、殆どが途絶したままだ。 気絶した者、魔力を使い果たした者も多いだろうが、死者は確実に居る。 第一に、高度に自動化されていたとはいえ、3基のアインヘリアルが攻撃を受けた時点で、犠牲者は3桁を超えているのだ。 今更、相手が無用な交戦を避けていると判明したところで、管理局部隊からの攻撃が止む事など有り得ない。 そして攻撃を受ければ当然、不明機体群も反撃する。 何も変わりはしない。 残る魔導師達はビル群の陰に身を潜め、気配を消して攻撃の機会を窺う。 新たに、1発の砲撃魔法が墜落地点へと向かう不明機体を撃墜するに至り、6機の狩人もまた積極的な索敵・撃破へと行動を移行した。 位置を変え、陽動を交え、時には自らを囮とさえしながら、不明機の墜落地点へと向かう管理局部隊。 情報を得る為にも、それらのパイロットは何としても確保する必要があった。 『・・・こちら陸士281部隊、ケイト・フランベル二等陸士です。高町一等空尉、ご無事ですか?』 『・・・良かった、まだ無事な人が居たんだね。こちら高町、教導隊は敵の攻撃により離散。各自、其々の墜落地点に向かっています。そちらは?』 『敵の攻撃を受けました。隊長以下9名が重傷、第28区にて救助を待っています。先程、隣接する区画で441部隊が敵を撃墜した模様ですが、現在は念話が繋がりません』 そして、1機目の不明機を撃墜した魔導師、戦技教導隊に所属する、「エースオブエース」こと高町 なのはもまた、墜落地点へと向かっていた。 ビルの階層へと身を隠し、周囲に不明機体の影が無い事を確認し、別のビルへと飛び移る。 それを繰り返し、漸く5kmほど移動した所で、彼女の視界の端に深紅が躍った。 『・・・! ごめん、ちょっと待って!』 念話を中断し、身を隠すなのは。 廃墟のエントランスホール、元は一面のガラス張りであったろうその場所。 吹き抜けの3階に位置するテラス、其処に立つ柱の陰から表を窺う。 ガラスの外れた網目状フレームのすぐ外を、甲高い音を立てながら、深紅の不明機体がゆっくりと横切った。 小刻みな振動が廃墟を揺るがし、細かなコンクリートの破片が天井から降り注ぐ。 地鳴りの様な音が齎す焦燥感を堪えつつ、なのはは不明機体の外観を備に観察する。 機体の半分近くを占める漆黒のキャノピー。 その先端直下に備えられた小さなブースター。 キャノピー後方に背負った、漆黒の巨大な砲身。 深紅の装甲に小さく書き記された、挑戦的な文字の羅列。 《Catch me if you can》 「捕まえられるものなら捕まえてみろ、か・・・」 小さく呟き、文字の横に描かれた鳥のエンブレムを睨む。 名前は忘れたが、子供の頃にテレビアニメで何度か目にした事がある。 確か、途轍もなく足の速い、陽気な鳴き声を上げる鳥のキャラクターだった。 やはり、この不明機体は「地球」の物なのだ。 不明機はなのはの存在に気付く事なく、ビルの前を通り過ぎる。 思わず息を吐くなのは。 同時に彼女は、自身が異常な程に緊張していた事に気付く。 震える唇。 掌に滲む汗。 疾うの昔に克服した筈の、消えはせずとも抑え込む事には慣れた筈の感情が、自身の中で静かに沸き起こっている事実に、彼女は戦慄した。 怖い。 戦う事が怖い。 殺されるかもしれない事が怖い。 自分を殺そうとする異形の存在が怖い。 こんな恐怖、10年前の撃墜の際にだって感じなかった。 あの時も、自分は魂無き機械に命を奪われかけたのだ。 今回も同じだ。 自分は、自分達は、魂無き機械の軍勢に命を狙われている。 10年前と違うのは、2つだけ。 軍勢を造り、送り出したのが、自らの故郷と同じ「地球」の人々である事。 その機械に、同じ「人間」が搭乗している事。 何故、これ程の恐怖を感じるのか。 同郷の人間が相手だから? 未知の技術が用いられた異形の兵器が相手だから? これまでに築き上げてきた、魔導師としての常識を覆されたから? 違う、そんな事ではない。 自分が恐れているのは、彼等の持つ異質な「認識」だ。 こうして対峙してみて、はっきりとそれを実感できた。 思うに、今までに自身が対峙してきた相手は、無機質な機械か明確な敵意を持った人間ばかりだった。 両者に共通するのは、こちらを「魔導師」であり「人間」であると、そう理解した上で敵対していたという事。 ガジェットや魔導兵器については只の機械と割り切る事ができたし、人間については主義・主張の違いから対立せざるを得ない状況なのだと理解していた。 だが、今この瞬間、自分達が相対している存在は、恐らくそのどちらでもない。 恐らくは人間であり、更にこちらの姿をはっきりと認識しながらも、決して人間であるとは判じていないと感じられる。 生身で空を飛んでいるからだとか、魔法を使っているからだとか、そういった事から警戒しているのではない。 こちらを「人の形をした何か」と捉え、警戒しているのが明らかに伝わってくるのだ。 捜査官であるはやてや、執務官としての任務に当たるフェイトならば更に詳細な分析も可能だろうが、そうでない自分にさえはっきりと感じられる異常性。 人間の姿を認識しながら、決して人間であるとは信じようとしない。 それはつまりこの場に於いて、人を人とも思わない、如何なる所業も可能であるとの証明に他ならない。 初めは違った。 彼等はこちらの姿を確認するなり、確かに攻撃の手を緩めたのだ。 まるで、その瞬間に初めて人間が相手であるという事実に気付き、戸惑った様に。 しかし仲間が墜とされるや否や、彼等の機動からそれらの戸惑いは一瞬にして消え去り、そしてあの6機が現れた。 あの瞬間、彼等の中で自分達は、「人間」から「人の形をした何か」へと変貌したのだろう。 こちらを直接的に狙わないのは、殺害を避けている訳ではない。 あれは「観察」だ。 彼等は魔導師の、魔法体系の全てを、戦闘を通じて観察しているのだ。 まるで蟲の脚をもぎ、どの様に傷が修復されるのかを観察する、研究者の様に。 自分達は敵として認識されていると同時に、この第4廃棄都市区画というケージに閉じ込められた「研究素材」に過ぎないのだ。 余りにも冷酷なその事実が、彼等の挙動を通して伝わるその認識が、恐ろしくて仕方ない。 沸き起こる恐怖を堪え相棒を握り直すと、なのははコンクリート柱の陰より身を乗り出す。 不明機の影は無い。 音も聴こえない。 念話を繋げ、周囲の様子を確認する。 『・・・こちら高町。フランベル二等陸士、第31区周辺に敵は?』 応答はすぐにあった。 『こちらフランベル。視界不良の為、はっきりとは分かりませんが・・・空尉は、今はどちらに?』 『大きなヘリポートのあるビル、分かる? その隣の、幅の広いビルだよ』 『でしたら・・・ええ、東側からは敵影は確認できません』 その返答に安堵の息を吐き、しかしすぐに表情を引き締めると、次のビルへ移動する為に空中へと身を投じる。 直後、背後から轟音と衝撃が襲い掛かった。 咄嗟に振り返り、レイジングハート・エクセリオンの矛先を音の発生源へと向ける。 しかし、なのはが砲撃を繰り出すより早く、粉塵の中に光が瞬いた。 彼女の眼前、大理石の床面に無数の弾痕が刻まれる。 大きく横に飛び、迫る質量兵器の弾幕を回避。 視線を上げ、粉塵の中心へと目を凝らす。 「っ!・・・デタラメだよ・・・!」 あの、深紅の不明機体が其処に居た。 信じられない事に、幾層もの分厚いコンクリート壁を体当たりで打ち破り、彼女の背後を取ったのだ。 驚愕するなのはを嘲笑うかの様に、再び質量兵器が乱射される。 初めから見透かされていたのだ。 自分が此処に身を潜めている事も、外部の味方から周囲の情報を得ている事も。 全て承知の上でその眼前を横切り、動く頃を見計らって背後から奇襲。 それだけではない。 少なくとも自分に関しては、僅かでも生かしておくつもりは無いらしい。 事実、こうして質量兵器の直射による攻撃に曝されている。 何故? 思考しつつも身体は止まらない。 高速で不明機体の下方へと滑り込み、質量兵器を回避。 レイジングハートを頭上へと向け、砲撃を放つ。 ショートバスター。 桜色の閃光が、ビル内部を貫く。 しかし光が収まった後、其処に不明機体の姿は無かった。 「消え・・・!」 直後に、なのはの現位置と同高度、エントランスホール1階の壁を、無数の砲弾が撃ち抜く。 アクセルフィン発動、横薙ぎの掃射を高速移動で潜り抜けて回避。 掃射の角度から不明機の位置を予測、レイジングハートによる高速演算・照準補正。 掃射が途絶える直前、ショートバスターを壁面越しに不明機へと叩き込む。 凄まじい発射音、そしてコンクリート壁の粉砕音と共に、ビル全体が崩壊を始めた。 移動を止める事なく、続けざまに床面へとショートバスターを放つ。 轟音と共に床面へと大穴が開き、なのはは戸惑う事無くその中、下水道へと飛び込んだ。 同時に彼女は、自身の背後を突き抜ける大質量物体の存在を、衝撃という形で感じ取る。 恐らく、不明機の体当たり。 穴への侵入があと数瞬でも遅れていれば、その突進をまともに受けていただろう。 背筋を走る冷たい感覚。 逃げ込んだ下水道の中から、自身が開けた穴の外の様子を探る。 敵は、こちらを見失ったのだろうか? 「・・・っ!」 甲高い音。 巨大な影が、穴の周囲をうろつく。 それが何かなど、考えるまでもない。 不明機は、こちらを見失ってなどいなかった。 自分が下水道へと逃げ込んだ事を、既に見抜いている。 バスターでの撹乱を行おうと、レイジングハートを構えるなのは。 しかしその行動は、他ならぬレイジングハートの判断によって中断される。 彼女の視界に映り込む、あの不明機体とは異なる影。 蛇腹状のチューブ、機体各所に備えられた鋭角状の突起。 そして、「高熱」に揺らめく大気の影。 『Master!』 レイジングハートの声に我へと返る暇もなく、発動したアクセルフィンによって、下水道のより奥へと突き進む。 最後に視界の端を掠めたのは、赤々と燃え上がる炎の色。 ありったけの魔力をアクセルフィンへと注ぎ込み、翔ける。 背後より響く噴射音。 翔ける。 空気の爆ぜる、重い音が振動となって轟く。 翔ける。 背後から射す赤い光に、振り返る余裕など、無い。 翔ける。 視界を埋め尽くす光、巨竜の咆哮の如き轟音、脚を焼く灼熱の熱気。 レイジングハートが、なのはが、叫んだ。 『Short Buster!』 「ああああぁぁッッ!」 焦燥すら感じさせる音声、そして悲鳴じみた絶叫と共に、桜色の砲撃が下水道の天井を貫く。 進行方向の上方へと穿たれる穴。 貫通を確認する暇もあればこそ、なのははその中へと飛び込んだ。 瞬間、背後からの圧力が急激に膨れ上がる。 それに押されるがままに、なのはの身体は外へと向かって加速していた。 アクセルフィンの推力ではない。 その前進運動は、もはやなのはとレイジングハートの制御下になかった。 暴力的な光と大気の奔流に押しやられるまま、銃弾の如き速度で地上へと飛び出す。 直後、その後を追う様に、爆炎が噴き上がった。 「・・・! ・・・!」 自らの悲鳴すら掻き消える爆発音、そしてバリアジャケットを蝕む炎熱の中、辛うじて見開かれたなのはの目に信じられない光景が飛び込む。 廃棄都市区画の至る所から噴き上がる爆炎。 それらは彼女の直下と同じく、下水道から噴き上がった炎だ。 しかし、範囲が広すぎる。 隣接する区画だけに留まらず、この広大な第4廃棄都市区画のほぼ全域で爆発が発生しているではないか。 自らの状態を確認する事も忘れ、思わず先程まで身を潜めていたビルを探す。 それは数kmほど離れた地点で、既に瓦礫の山と化していた。 その周辺区画は一帯が業火に包まれ、まるで核でも炸裂したかの如き惨状を呈している。 その業火の中、数十秒前まで彼女が潜伏していたビルの残骸の中から、1機の不明機体が姿を現した。 周囲の獄炎を意に介する事もなく、その中からゆっくりと上昇する黄色の機体。 機体の各所にチューブを張り巡らせ、複数の巨大な放熱器、そして物理的な充填機能を果たしているかは怪しいが、燃料タンクらしきユニットを備えている。 今までに目にした不明機と比べて、2回り近く大きいその機体には更に複数の鋭角が存在し、正に凶悪そのものといった印象を見る者に与えていた。 そして何より、キャノピー直下で消えゆく小さな炎、漆黒のノズル。 「火炎放射器・・・!」 凡そ、戦闘機に搭載する物とは思えない兵器。 しかもあの爆発から考えて、通常の燃焼を用いた火炎ではあるまい。 十数秒前までそんなものに自身が追い掛けられていた事を思い返し、なのはは身震いした。 と、ビルの谷間に浮かぶ彼女の姿を捉えたのか、不明機が機首をこちらへと向ける。 タンク状のユニットへと集束する、青い光。 まさか、この距離から? 既に、先程のビルからは2km以上離れている。 幾ら通常の物ではないとはいえ、閉鎖空間ではなく空中、しかもこれほど離れた地点に炎が到達するとは思えない。 だがそんな考えも、ノズルの先端から赤い光が洩れ出ると同時に掻き消えた。 咄嗟に身を翻し、アクセルフィンによって横へ飛ぶ。 直後に不明機のノズルが閃光を発し、直径が6、7mはあろうかという巨大な炎の奔流が、呻りを上げて側面の空間を貫いた。 その想像を絶する高熱は、例え直撃せずともなのはの肌を焼かんとする。 辛うじてバリアジャケットに阻まれてはいるものの、それでも防ぎ切れなかった熱気が彼女の髪を焦がした。 「うぁ・・・あぁ・・・ッ!?」 『一尉!? 無事ですか、一尉!』 フランベル二等陸士からの念話。 しかし応答を返す余裕など、なのはには無かった。 炎の筋が蠢き、急激に彼女へと迫ってきたのだ。 「レイジングハート!」 『Oval Protection』 ビルとビルの合間へと飛び込み、即座にオーバルプロテクションを発動。 直後、頭上から炎の壁が襲い掛かる。 ビルの壁面を直撃した炎が、障害物に沿ってそのまま下方へと侵入してきたらしい。 これだけの距離を減衰する事なく直進するその火力といい、やはり通常の炎ではない。 即座に先程とは反対の通りへと抜けるものの、後を追う様にビルの間から噴き出した炎の勢いは、なのはの飛行速度を遥かに超えていた。 忽ちの内に業火に呑み込まれ、溶鉱炉内部を思わせる灼熱の大気に呼吸を封じられる。 オーバルプロテクションに罅、猶予は数秒も無い。 此処でバリアが砕ければ、それこそ5秒と掛からずに焼死する事となるだろう。 地面と平行に飛び続けるも炎の壁が晴れる様子は無く、なのはは急上昇で上空へと逃れる。 そして、その場景を目にした。 炎に覆われた範囲は、なのはの予想を遥かに越えていた。 隣接するビルの1つか2つが巻き込まれたか、との予想だったのだが、実際には当該区画全域が業火の中に沈んでいたのだ。 いや、正確には隣接する区画にも被害が及んでいる。 2区画に匹敵する範囲が、完全に炎に覆われていた。 絶句するなのは。 もしあのまま直進していたとして、オーバルプロテクションが効力を失う頃には、未だ炎の中だったろう。 『Behind you!』 「えっ・・・」 レイジングハートの警告。 回避に移ろうとした時には、もう遅かった。 「きゃ・・・!」 衝撃。 凄まじい風圧が、凶器となってなのはを襲う。 唐突に数十mもの距離を吹き飛ばされた彼女は、咄嗟にレイジングハートを構え、バスターの発射態勢を取った。 桜色の光が集束、しかしそれが放たれる寸前、またもなのはの身体を衝撃波が襲う。 「うああぁッ!」 あらぬ方向へと放たれるショートバスター。 その瞬間、なのはは何が起こっているのかを理解した。 この攻撃の正体は、不明機体が高速飛行する際に起こる衝撃波だ。 こちらが攻撃態勢に入るや否や至近距離を通過して、衝撃による攻撃を行っているのだ。 そして彼等が、執拗に自分を狙う理由。 彼等は砲撃魔導師を警戒し、恐らくは既に魔力光による識別を行っている。 つまり、最初の1機を撃墜したのが自分である事を見抜いているのだ。 だからこそ、あれ程まで執拗に攻撃を仕掛けてきたのだろう。 そして今、動きを封じる事である程度の安全を確保し、対象の撃墜から観察へと移行したという事か。 三度、衝撃波に煽られ、吹き飛ばされる。 既に意識は朦朧とし、視界は霞み始めていた。 バリアジャケットでも防ぎ切れぬ衝撃が脳を揺さ振り、彼女の意識を刈り取らんとする。 此処で意識を失えば、眼下に拡がる業火の中へと墜ちる事となるだろう。 そうなれば、万が一にも生存の可能性は無い。 唯一、生還の望みがあるとすれば、この区画を脱して他の部隊と合流する事だが、この敵はそれを許すほど甘くはないだろう。 「あ・・・ぐっ・・・」 そうして、幾度か宙を舞った頃。 辛うじて意識を保つ彼女の周囲に、2機の不明機体が姿を現した。 深紅の機体。 魔導師達を狩人から獲物へと貶めた6機の内2機が、なのはの左右側面に浮かび彼女を観察している。 彼方では青い光と共にビルが崩れ落ち、残る4機の「狩り」が未だ継続している事を示していた。 地上から撃ち上げられる魔力弾の数は決して少なくはないが、あの4機によって狩り尽くされるのも時間の問題だろう。 更には、例の火炎放射器を備えた黄色の機体が複数、禿鷹の様に頭上を旋回している。 あれらが本格的に攻勢を開始すれば、この第4廃棄都市区画そのものが数分で業火に沈む事となるのは予想に難くない。 認めたくはないが、万策尽きたという事か。 だがその時、予想だにしなかった事が起こる。 目前の機体から調整中のスピーカーにも似た音が響いたのだ。 次いで、その「音」が宙へと放たれる。 『・・・バイド係数、検出不能。大気組成、クリア・・・聞こえるか?』 その音、つまり人間の「声」は、聞き慣れた言語となってなのはの鼓膜を叩いた。 瞬時に意識が冴え渡り、驚愕の面持ちで不明機体を見る。 深紅の機体は変わらず其処にあったが、見ればその砲口は彼女から逸らされていた。 少なくとも今は、彼女とこれ以上争うつもりは無いという事か。 肩の力を抜き、構えていたレイジングハートの矛先をゆっくりと下ろす。 相棒は何も言わない。 その沈黙は即ち、主の判断に従うとの意思を示している。 それでも各種防御魔法、アクセルフィンの発動には備えているが。 何より、言葉を交わす事による相互理解は、如何なる理由に基づく武力行使よりも彼女達が望む事だ。 不明機もそれを理解したのか、彼女に対し機体側面を向ける。 そして、更なる言葉が発せられた。 探る様な、それでいて何処か戸惑った声が。 『・・・こちら国連宇宙軍所属、第17異層次元航行艦隊。当該異層次元に確認された、敵対的な脅威の排除を任務としている。貴女は・・・「人間」・・・なのか?』 まるで、自身の目に映る光景が理解できない、とでも言いたげな問い掛け。 多分に混乱しつつも、なのはは何とか言葉を搾り出す。 「・・・こちら時空管理局所属、戦技教導隊。聞こえますか? 此処はミッドチルダ、次元世界の中心地です。そして見ての通り、我々は人間です」 数秒の沈黙、そして返答。 『感度良好だ。失礼ながら時空管理局という組織について、当方には一切の情報が無い。繰り返すが、貴方がたは人間なのか?』 「そうです。貴方達は? 地球の軍事組織なのですか? 何の目的があって此処に?」 『・・・説明したい所だが、どうも我々の間には誤解が生じている様に思われる。暫く待って欲しい。こちらは無益な交戦を望んではいない』 交戦を望まないとの言葉に、なのはは視線を鋭くする。 そして、毅然とその要求を突き付けた。 「なら姿を見せなさい。機体ではなく、乗員の姿を。この要求が受け入れられない以上、私は貴方がたを脅威と看做します」 震えそうになる手を握り締め、言い放つ。 これは賭けだ。 この2機を相手にして、生還できる確立など僅かにも存在しない事は、彼女自身が良く理解していた。 アクセルシューターの弾速は不明機の速度に及ばず、ショートバスター以外の砲撃を放とうにも、足を止めた瞬間に狙い撃たれるのは目に見えている。 しかし彼等は間違いなく、こちらとの対話を望んでいるのだ。 ならば、その機会を無碍に破棄する可能性は低い。 こちらの要求に対して、ある程度は応える筈だ。 『戦技教導隊所属、高町一等空尉より緊急連絡。皆、少しの間、攻撃を控えて。私は不明機との接触を図っています』 『空尉!?』 『何を言っているんだ、高町!?』 念話を用い、通信可能な範囲内の全局員に対し、攻撃を控えるよう通達する。 フランベル二等陸士を初めとし、戦技教導隊の同僚までもが驚愕する中、なのはは必至に現状を訴えた。 今、この機会を逃せば、双方が歩み寄る事は二度と無いのかもしれないのだ。 『敵の攻撃が沈静化している筈です! 決して刺激しないで! こちらが手を出さなければ、向こうも攻撃を控えます!』 その時、なのはからの要求の後、沈黙を保っていた目前の不明機から、声が発せられた。 彼女の要求に対する返答が。 『了解した。キャノピーを開放する』 見れば、廃棄都市の各所からあの4機、深紅の不明機体が姿を現していた。 徐々に高度を上げ、ビル群の上空100m程の高度で静止する。 地上からの攻撃は無い。 恐らくは固唾を呑みつつ、この接触の様子を見守っているのだろう。 そして遂に、不明機のキャノピーが動き始めた。 全体が前部へとずれ、次いで側面方向へと開放されてゆく。 息を呑み、もうひとつの第97管理外世界からの来訪者、未来の地球人と相対する瞬間に身構えるなのは。 その、眼前で。 上空より降り注いだ閃光が、不明機を貫いた。 「え?」 呆けた声が零れる。 眼前には、キャノピーを貫かれ、一拍の後に炎を噴き上げる深紅の不明機体。 バランスを崩し、錐揉みしながら地上へと墜ちてゆく。 ビルの壁面に衝突し、そのまま数棟を貫き、漸くあるビルの中腹にて停止。 爆発は無い。 反射的に上空を見やる。 其処に、更なる異形の姿があった。 十数メートルはあろうかという全高。 重装甲の甲冑を思わせる全体像。 背面より噴き出す青い炎。 そして、左腕と一体化した巨大な火砲。 安定を図る為か、その砲身に備えられたグリップを握る右腕。 その砲口から数度、光が瞬く。 降り注ぐ、青い燐光を纏った砲弾。 それは先日、地上本部にて目にしたエスティア撃沈時の映像に映り込んでいた、あの不明機の砲撃に酷似していた。 砲弾は先程の不明機墜落地点へと殺到、周囲のビルごと一帯を消し飛ばす。 轟音、振動。 粉塵が巻き起こり、巨大な灰色のオブジェが廃棄都市区画に出現した。 同時に、頭上から爆発音が響き渡る。 再度見上げれば、あの巨人が四肢を吹き飛ばされ、更に胴部へと青い砲撃を受けて四散していた。 上空へと退避していた筈の不明機体群が、周囲を飛び交っている。 その時、地上本部より通信が入った。 傍らに空間ウィンドウが開き、表情にありありと焦燥を滲ませたオペレーターの顔が映し出される。 続いて放たれた言葉は、殆ど絶叫の様なものだった。 『第4廃棄都市区画にて複数の次元断層発生を検出! 小規模34、中規模1! なおも増加中!』 その言葉とほぼ同時、なのはの視界にそれが映り込む。 廃棄都市の西端より迫り来る、異形の軍勢。 火砲と一体化した腕を構え、噴射炎を煌かせてこちらを目指す、空翔ける巨人の行軍。 そして、その後方。 ハイウェイの彼方に鎮座する、鋼鉄の巨獣。 そして、巨人の軍勢が左右に割れる。 彼方の巨獣が「前脚」をアスファルトへと食い込ませ、地を這う様に身を沈ませていた。 見るからに強固な印象を与える前面装甲、その上部砲台が一瞬にして後方へと引き込まれ、其処から巨大な砲口が露になる。 直後、光は放たれた。 「・・・嘘」 直径が20mを優に超える、青い光の奔流。 それが一瞬にして、クラナガン近郊の空を引き裂く。 実に3秒間もの放射が収まった時、上空の不明機体群からは数機の影が消えていた。 破片も、其処に機体が存在したという痕跡すら残さずに。 余りの光景に、呆然と空を見上げるなのはの耳に、ロケットエンジンの噴射音にも似た轟音が飛び込む。 ハイウェイの彼方へと目を向け、彼女は獣が獲物へと飛び掛らんとする様を目撃した。 そして巨獣の後部、轟音と共に赤い光が爆発する。 周囲数十棟のビルを完全に崩壊させる程の爆炎を推進力として、巨獣は巨人の軍勢を率いて前進を開始した。 ハイウェイを破壊し、ビルを薙ぎ倒し、瓦礫を数百mの上空まで巻き上げながら、巨獣はこちらを、クラナガンを目指し突進してくる。 それを援護するかの様に巨人の軍勢が左腕を翳し。 それらの砲口より放たれた砲撃、そして不明機体群が放った無数の砲撃が、第4廃棄都市区画の空を白く染め上げた。
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3844.html
その恐ろしい衝撃は、外殻崩落跡から出現した2体目の666、それを撃破した直後に襲い掛ってきた。 十数分前、Aエリア近辺外殻で発生した核爆発。 40kmもの距離を隔てて展開する魔導師、そして強襲艇を始めとした各機動兵器群に多大な被害を齎したそれとは、判然とはしないながらも何かが異なる衝撃。 宙空に浮かぶ強襲艇の重力偏向フィールド、エネルギー障壁と共に複合展開された不可視のそれを容易く打ち破り、爆風と錯覚する程の勢いで全身を打ち据える。 吹き飛ばされた身体が強襲艇の側面へと打ち付けられるかに思われたが、機体が瞬間的に上昇した事でその事態は避けられた。 20mほど吹き飛ばされ、フィールド外へと逸したところで体勢を立て直したなのはは、バリアジャケットの防音機能すら貫いた轟音に表情を顰めつつ念話を飛ばす。 『今のは!?』 『分からん! 核ではないみたいやけど・・・』 その問いに返されたはやての念話は、なのはのそれと同様に焦燥を色濃く含んでいた。 本来ならばコロニーを脱出する輸送艦内の人員、或いは防衛艦隊から何らかの報告が在っても良い筈なのだが、先程の核爆発からというもの輸送艦群は全て沈黙したままだ。 そして防衛艦隊の7隻も、アイギスの汚染と所属不明艦艇の接近を告げる警告を最後に、一切の連絡を絶っている。 頭上で激しく瞬く光を見る限り全滅してはいない様だが、400基を超えるアイギスに包囲された状態から何隻が生還できるものか。 1基のアイギスに搭載されている戦術核は5発。 既に各爆破地点に於いて120基のアイギスが撃破されている事を考慮しても、1400発以上もの戦術核がコロニーを包囲している計算となる。 現状で防衛艦隊とそれに属する機動兵器群が壊滅すれば、このコロニーのみならずベストラまでもが核による飽和攻撃を受ける事となるだろう。 先の1発以降、コロニーに戦術核が着弾した様子は無い。 この事からも艦隊の奮戦は疑うべくもないが、それも長くは保たないだろう。 コロニー周辺にはシュトラオス隊のR-11Sが4機、戦術核迎撃の為に展開している。 艦隊からの警告が齎された直後、コロニー内より現れた4機は誘導照射型波動砲の一斉砲撃により、頭上へと展開する40基のアイギスを瞬く間に殲滅して退けた。 これにより、コロニー外殻へと展開する部隊は戦術核とレーザーの脅威を免れ、現在まで666との交戦を継続する事ができたのだ。 他の2箇所の爆破地点に於いては、一方はペレグリン隊、残る一方はアクラブとヤタガラスがアイギスを殲滅した。 彼らは今、輸送艦群とベストラの防衛に当たっている。 各種兵器および資源、食料生産を担う3つのプラントに関しては、既に放棄が決定したとの報告が在った。 アイギス群が汚染された今、それら全てを護り抜くには戦力が絶対的に不足している為だ。 艦隊と行動を共にしていたであろうゴエモンとの通信は途絶している。 ゆりかごとの交戦中になのはが目にしたものと同じ、青白い巨大な爆発が闇の彼方で発生していた事から推測するに、恐らくはR-9Cと同様の戦略攻撃を実行したのだろう。 その破滅的な威力は彼女も良く理解してはいたが、それは同時に圧倒的な力を有するR戦闘機が、それ程の攻撃を実行せざるを得ない状況へ追い込まれている事を意味してもいるのだ。 戦況は極めて悪い。 加えて原因不明の衝撃。 満足に情報を得る事もできず、外殻に展開する人員は例外なく混乱の直中へ陥ろうとしていた。 そして独自に分析を試みる猶予さえ無く、次なる凶報が意識へと飛び込む。 『シュトラオス2より総員、警告。第2爆破地点より666出現、総数3。高速離脱中』 『こちらシュトラオス3、国連宇宙軍所属艦艇のコロニー突入を確認した。目標、未だ健在。繰り返す、目標健在』 シュトラオス隊からの警告。 直後、周囲の大気を切り裂く異音と共に、巨大な影が頭上の空間を突き抜ける。 咄嗟に視線を向けるも、闇の中で瞬く閃光以外の何かをその先に見出す事はできなかった。 だが、警告は更に続く。 『シュトラオス1、第3爆破地点に666、2体の出現を確認した。目標はコロニーより高速離脱中』 『逃げ出したのか?』 なのははレイジングハートを構えたまま、油断なく周囲へと視線を奔らせた。 だが、コロニー外殻上に於いて戦闘が行われている様子は無い。 闇の彼方、全方位より響く重々しい爆発音と衝撃波だけが、周囲の大気を絶えず震わせている。 一体、何が起きているのかと不審を募らせるなのはの意識へ、各方面から更に複数の報告が飛び込んできた。 『ビクター2、突入艦艇を視認した。艦体後部が外殻から突き出ている・・・こいつはヨトゥンヘイム級だ。見える範囲でだが、損傷が酷い。ゴエモンにやられたのか』 『Aエリア港湾施設、外殻部が閉鎖されている。内部に輸送艦艇8隻を確認』 『冗談じゃない、12000人が閉じ込められている計算だぞ!』 『こちらアクラブ。輸送艦群、第1陣の7隻がベストラへ到達。第2陣は5隻が航行中、1隻撃沈、1隻が推進部を損傷し漂流中』 複数の情報を並列思考で以って処理しつつ、なのはは傍らのはやてを見やる。 果たして予想通り、彼女は片手を額へと当てつつ表情を顰めていた。 はやては他を圧倒する魔力量と出力を有しているが、同時に並列思考等の分野に於いては苦手を抱えている。 この瞬間でさえ次から次へと飛び込んでくる情報を処理し切れず、脳に若干の負荷が掛っているのだ。 普段は思考へと入り込む情報量を適切に調節しているのだが、現状では全ての情報を処理すべく、負荷を承知で苦手な高速処理に力を注いでいるらしい。 気遣う言葉を掛けようとするなのはだが、それより早くヴィータからの念話が飛ぶ。 『地球軍の艦って事は、汚染体か? このコロニーもヤバイんじゃないか』 『それは専門家に訊くのが一番やな・・・ほら』 呟く様なはやての念話に続き、なのは達の傍らへと展開されるウィンドウ。 其処にはコロニーへと突入した艦艇のものらしき構造図が立体表示され、その複数個所が赤く点滅している。 次いで意識へと飛び込む、新たな報告。 『簡易スキャン終了。目標艦艇、機能健在。しかし損傷が激しく、システム凍結状態。汚染の為か、非常処理プログラムが発動しない』 『つまり?』 『ゴエモンは任務を果たしたらしい。目標艦艇、自動修復プログラムを発動中。艦内よりリペアユニットの展開を確認した』 なのはは目を凝らし、Aエリア方面を見やる。 流石に40km先に突き出す艦艇構造物を捉える事は出来なかったが、恐らくは巨大なそれがコロニーへと突き立っているのだろう。 滲む焦燥を押し隠し、勤めて無感動に念話を紡ぐ。 『破壊するべき・・・かな?』 『だとしても、余裕が在ればこそだろう。あの艦とアイギスはともかく、666を放っておく訳にもゆくまい』 『どういう意味だ』 返されたザフィーラの言葉に、問い返すヴィータ。 見れば、人型となり頭上の闇を見上げる彼の顔には、焦燥の入り混じった忌々しげな表情が浮かんでいた。 視線を動かす事もなく、彼は続ける。 『奴等が向かったのは生産プラントの方角だ。バイドが何を企んでいるのかまでは分からないが、碌な事でないのは明らかだろう』 その言葉が終るかどうかというところで、意識の中へと響く警告音と共にウィンドウが開く。 点滅する赤いそれには、黒々とした「WARNING」の表示が浮かんでいた。 呆けた様にそれを見やるなのはへと、三度ザフィーラからの念話が届く。 『そら、始まったぞ!』 『アクラブより総員、警告! 各種プラント周辺域、偏向重力発生! プラント群が移動を開始、コロニーへと接近中!』 途端、なのはは自身の血の気が引いてゆく事を自覚した。 傍らを見れば、はやてとヴィータも同様らしい。 2人は呆然と、頭上に拡がる闇の果てへと視線を向けていた。 そして、なのはがそんな2人を見やる間にも、念話と通信が慌しく乱れ飛ぶ。 『どういう事だ? 化け物は何を企んでいる!』 『こちらヤタガラス、目標を確認した。プラント群、更に加速。コロニーへの衝突まで340秒』 『こちらペレグリン4、資源生産プラント外殻に666を確認した。目標は完全に取り付いて・・・プラント防衛システムの起動を確認、攻撃を受けている!』 『聞こえるか? こちらはコロニー防衛艦隊、駆逐艦バロールだ! 食量生産プラントに取り付いた666を確認、攻撃を試みるもアイギス群の妨害により接近できず! プラント移動中、このままではコロニーに衝突する!』 数秒ほど呆け、なのはは666の意図を理解した。 同時に、その余りの凶悪さに戦慄する。 666はコロニーを内部から崩壊させる事を断念し、3つのプラントによる質量攻撃へと移行、膨大な質量によって3方からコロニーを押し潰す心算なのだ。 『プラントの位置は!?』 我に返ると同時、なのははレイジングハートの矛先を宙空へと突き付ける。 デバイスを通して闇を探るも、迫り来るプラントの影を見出す事はできない。 彼女は再度、念話のみならず声すら張り上げて目標の位置を問うた。 『位置情報を! 早く!』 『無駄だ、距離が在り過ぎる! 砲撃魔法が届く距離じゃない!』 『こちらハリアット! 魔導師総員、デバイスに目標のイメージを送る!』 直後、レイジングハートを通じて視界へと表示される、赤い光の線で構築された巨大建造物。 未だ彼方ではあるが、確実に迫り来るその影。 拡大表示されたプラント、その絶望的なまでの巨大さに、なのはは震える様な吐息を漏らす。 『・・・大き過ぎる』 『30kmもあるんや、魔導師でどうこうなる大きさやないで・・・』 となれば、防衛艦隊に属するL級かR戦闘機、或いは各種機動兵器群によって対処するしかない。 だが今、それらは汚染されたアイギスと、同じく汚染されたらしきプラントの防衛システムにより、目標に対する攻撃態勢へと移行する事ができずにいる。 戦術核の迎撃に就いているシュトラオス隊は、コロニーを離れる訳にはいかない。 動けるのは魔導師を含む、コロニー外殻へと展開中の部隊だけなのだ。 だが、そんななのはの焦燥を嘲笑うかの様に、次なる凶報が齎される。 『ビクター2より警告! 突入艦艇、推進部からの発光を確認!』 『目標艦、再起動! 推進部、噴射炎を視認した!』 弾かれた様にAエリア方面を見やるなのは。 視線の先、遥か前方のコロニー外殻に、青白い巨大な光源が出現していた。 同時に周囲の大気を通じて伝わる、足下のコロニーを震わせる振動。 『待てよ、おい・・・まさか』 『突き破る気!?』 直後に障壁を突き抜ける、壮絶な破壊音。 聴覚のみならず全身を震えさせるそれに、なのはは思わず身を竦ませた。 しかし彼女は誰よりも早く念話を飛ばし、突入艦艇の現状を確かめる。 『ビクター2、目標艦の様子は!?』 『・・・目標、更にコロニー内部へ侵入・・・対称面の外殻を突き破って離脱、加速中!』 『シュトラオス隊、追撃を!』 『戦術核が絶えず飛来している、追撃は不可能!』 突入艦艇、コロニーを貫通し離脱。 驚異の一端が、再び戦域へと舞い戻ったのだ。 R戦闘機群は、其々が展開する位置での防衛戦闘を放棄する事ができない。 目標艦艇との距離が離れれば、長距離砲撃による一方的な攻撃を受ける事となるだろう。 だが、それを追撃し得る戦力が存在しないのだ。 『ベストラよりコロニー外殻展開中の総員へ、緊急』 怒号の様な念話が飛び交う中、ベストラからの通信が意識へと飛び込む。 どうやらベストラへと到達した輸送艦群の第1陣、其処に乗り込んでいたランツクネヒトがあちらに司令部を移したらしい。 何かしらの解決策が齎されるかと期待するなのはだったが、通信越しに放たれた言葉は非情なものだった。 『0518時を以ち、司令部は居住コロニー「リヒトシュタイン05」の完全放棄を決定した。総員、直ちに当該コロニーより離脱せよ。宙間移動能力不搭載の機動兵器は全て破棄、パイロットは魔導師と共に強襲艇へ』 『どういう事だ! コロニー内の生存者は!?』 『コロニー外部の人員を優先、内部の生存者救出は時間的猶予の面から不可能と判断した。プラントとコロニーの衝突を待ち、こちらから戦略核弾頭を搭載した宙間巡航弾を撃ち込む』 戦略核。 その単語を聞き留めた瞬間に、なのはは悟った。 司令部はコロニー内部の生存者諸共、666を含む汚染体を殲滅するつもりなのだ。 思わずレイジングハートの柄を握る手に力を込めるなのはの傍らで、はやてが悲鳴の様な声を張り上げる。 『戦略核って・・・輸送艦はどうなるんや、8隻も閉じ込められてるんやで!』 『大体そんな物が在るなら、さっさとプラントに撃ち込めば良いだろうに!』 『現状では巡航弾を迎撃される可能性が高く、更に言えばそちらのコロニー及びベストラも炸裂時の効果範囲内だ。こちらは既に移動を開始している。 プラント群とコロニーの衝突後、プラント防衛システムの停止または損傷、及びベストラの安全圏への離脱を以って攻撃を実行する』 『ふざけるな! カルディナにアルカンシェルを使わせるか、R戦闘機に攻撃を命じろ! 波動砲でも核融合でも、プラントを破壊するには十分な筈だ!』 コロニー防衛に当たる人員の1名が叫んだ言葉に、司令部は数秒ほど沈黙した。 その僅かな間にも、遥か頭上に位置するプラントのイメージは、少しずつ崩壊しながらこちらへと接近してくる。 胸中へと沸き起こる焦燥に我知らず歯軋りしつつも、なのはは一語一句すらも聞き逃すまいと通信に意識を傾けた。 そして、司令部からの返答が届く。 『艦隊は戦術核の迎撃で手一杯だ。カルディナはアルカンシェルの連続砲撃によりアイギスを牽制している為、現在の座標から動く事はできない。ペレグリン隊はベストラ周辺で、アクラブとヤタガラスは輸送艦群第2陣の周囲で戦術核を迎撃中だ。 シュトラオス隊もそちらを離れる事はできない。コロニー周辺に展開していたアイギス群を殲滅した際とは状況が違う。残存するアイギス群は高機動戦術を採っており、各機は排除に梃子摺っているのが現状だ。よってプラントへの攻撃は不可能。 繰り返す。総員、直ちに現任務を放棄し、コロニーからの離脱を開始せよ』 なのは達の眼前、先程まで行動を共にしていた強襲艇が頭上より現れた。 機体側面のハッチが開き、その場の4人を招き入れるかの様に機内に明りが点く。 その赤い光を見据えながら、なのはは傍らの親友とその家族へと、ごく短い問いを発した。 『従う?』 『まさか』 返された言葉はそれだけ。 だが、十分だった。 視線を合わせる事すらせずに、なのはは前方へと飛翔する。 強襲艇の機体を飛び越し、更に加速。 『こちら高町、港湾施設内の輸送艦救出に向かいます!』 『グレイン、同じく』 『こちら八神、高町一尉に同行する』 『ビクター2、これより閉鎖部の破壊を試みる。強襲艇の連中、その気が在るのなら手を貸してくれ』 可能な限りの速度で宙を翔けるなのは達の頭上を、より飛翔速度に特化した数名の魔導師と、数機の強襲艇を含む機動兵器群が追い抜いてゆく。 それらの影が目指す先は1つ、輸送艦群が閉じ込められているAエリア港湾施設だ。 前方では既に無数の光が瞬いており、障壁越しにも鼓膜を叩く轟音が徐々にその音量を増す。 『もう始めている連中が居るな』 『単純に壊せば良いって訳やないで。ヴィータ、暴走したらアカンよ』 『分かってるよ!』 交わされる念話を意識の端へと捉えつつ、漸く視界へと映り込んだ港湾施設外殻部は、その数箇所から噴火と見紛うばかりの爆炎を噴き上げていた。 機動兵器群と魔導師達が8箇所の地点に分散しており、其々の集団が外殻へと激しい攻撃を繰り返しているのだ。 なのはは滞空する最寄りの魔導師、何処かしらの次元世界の軍服型バリアジャケットを纏った男性の肩を叩き、念話で以って問い掛ける。 『現在の状況は?』 『見ての通りだ。外部ロックユニットは全て破壊した。後は内部に8箇所、非常用のユニットが在るらしい。そいつを壊せばハッチは緊急開放されるそうだ』 『それで、問題は?』 『魔導師では外殻をぶち抜く事ができないんだ。この辺りは特に強度が高いらしく、さっきから何度も集束砲撃を撃ち込んでいるが表面を削るのが精々だ』 そう念話を交わしつつ、彼は200mほど離れた地点に位置する戦車型の機動兵器を指した。 見ればその兵器は、アンヴィルの主砲に匹敵する魔導砲撃を、連続して外殻へと撃ち込み続けている。 周囲から響く轟音の為に聴覚が麻痺しており、今の今までその存在に気付く事さえできなかったのだ。 爆炎と共に噴き上がる外殻の破片を見やるなのはの意識に、男性の念話が続けて響く。 『流石にあれ位の兵器ともなると、何とか外殻の破壊はできる。ただ機体数が少ないし、余りやり過ぎるとハッチ内の輸送艦まで巻き込んでしまう』 『他の兵器は? あの戦車以外にも、かなりの種類が在っただろ』 『専門家じゃないから詳しい事までは解らないが・・・対空兵装の半数は威力不足、対地・対艦を含むその他の兵装は威力過剰だそうだ。結局のところ、魔導師以上に強力な魔導砲撃を放てる程度が丁度良いらしい』 『・・・目も当てられんわ。つまり質量兵器は殆ど役立たずって事か?』 『そういう事だな。あれが外殻を吹き飛ばすのを待って、後は俺達がロックを破壊するしかない』 『でも、それじゃあ・・・』 『ああ、間に合わん』 その言葉を最後に男性は念話を切り、頭上へと視線を向けた。 なのはもそれに倣い、迫り来るプラントを見上げる。 先程よりも更に圧迫感を増したそれは、あろう事か外殻の其処彼処から無数の砲火を周囲の空間へと放ちつつ、明らかにこのコロニーへと接近しつつあった。 そして再度、司令部からの警告が発せられる。 『繰り返す。0518時を以ち、司令部は居住コロニー・リヒトシュタイン05の完全放棄を決定した。総員、直ちに当該コロニーより離脱せよ。宙間移動能力不搭載の機動兵器は全て破棄・・・』 『黙ってろ司令部! 10000人を見捨てられる訳がないだろう!』 『プラントと当該コロニーの衝突後、戦略核による攻撃を実行する。繰り返す・・・』 『外殻を貫通した! 魔導師隊、ロックを破壊しろ!』 機動兵器からの通信。 弾かれる様に飛翔へと移り、なのはは破壊された外殻の上へと移動した。 そうして周囲へと拡がりゆく粉塵の中央へと狙いを定めると、レイジングハートの矛先へと魔力の集束を開始する。 周囲の魔導師が起こしたものか、一陣の突風が粉塵を跡形も無く吹き散らした。 それを見届け、宣言。 『こちら高町、撃ちます!』 轟音、放たれる桜色の光条。 破壊された外殻の奥、デバイスを通して青く発光する様に表示されたロックユニットへと、強大な集束砲撃魔法が突き立つ。 目標の破壊を確信した直後、レイジングハートが無機質に攻撃の結果を告げた。 『The target is not destroyed』 「嘘・・・」 思わず小さな呻きを漏らし、なのはは未だ健在なユニットを拡大表示する。 明らかに損傷はごく僅か、機能が損なわれている様子はない。 想像を遥かに超える強固さに、なのはは信じ難い思いでレイジングハートを強く握り締める。 『・・・こちら高町、砲撃を撃ち込むも目標健在・・・思ったより硬い!』 『こっちもだ! 2発撃ち込んでもまだ壊れない!』 100mほど離れた地点、やはり同じ様に2名の魔導師が、破壊された外殻部の上でデバイスを構えていた。 直後に青い光条が撃ち下ろされるも、どうやら結果は芳しいものではなかったらしい。 焦燥を色濃く含んだ念話が、全方位へと放たれる。 『少しは壊れましたが、完全な破壊は無理です! もっと人手が要ります!』 『くそ、何でこんな不必要に硬いんだ!?』 『非常時に汚染体を封じ込める為だ。長くは保たないが、艦隊が到達するまでの時間は稼げる』 『それで跡形も無く吹き飛ばす訳か』 傍らへと並んだはやてが、すぐさまラグナロクの砲撃体勢に入る様子を視界の端へと捉えながら、なのはもまたスターライトブレイカーの砲撃体勢へと移行。 集束を開始し、狙いを僅かに修正する。 はやてがユニット上部を狙っている為、彼女は砲撃同士の干渉を避けるべくユニット下部を狙うのだ。 そして、砲撃。 純白と桜色の魔力光が4条、同時にロックユニットへと突き立つ。 噴き上がる魔力の爆炎。 直後に飛び込む、歓喜と焦燥の双方を含む念話。 『ロックユニットの破壊を確認! 残り7基!』 『こちらも破壊した! 繰り返す、目標破壊!』 『残り6基!』 『畜生、どうやっても間に合わない!』 三度、なのはは頭上を仰ぐ。 視界に映るプラントの影は、更に巨大なものとなっていた。 迫り来る膨大な質量の壁。 その現実を改めて認識した瞬間、なのはは自身の背が凍ったかの様な、得体の知れない冷たさを覚えた。 「駄目・・・」 微かな声。 始めはそれが、自身のものであるとは思いもしなかった。 だが再度に同じ声が聞こえた時、漸くなのはは自身が小さな呟きを零している事に気付く。 「来ないで」 『衝突まで120秒!』 なのはは見た。 見えてしまったのだ。 迫り来るプラント外殻、既に表層の構造物すら見えるまでに接近したそれ。 その、ほぼ中央に取り付いた、腫瘍の如き異形の肉塊。 蠢く触手に埋もれる濃紺青の装甲、汚染体666。 「来ないで・・・!」 恐怖からではなく、絶望からでもなく。 ただ懇願のみから、なのははその言葉を紡いでいた。 足下のコロニー、その内部に閉じ込められた12000人の非戦闘員。 通信すら回復しない今も、彼らは恐怖に打ち震えながら救助を待っているのだろう。 なのは達がこの場に留まっているのは、単に彼らを助けたいが為だ。 汚染体との戦闘を積極的に選択する意思など、微塵も在りはしない。 だから、だからこそ。 「放っておいて・・・!」 構うな、放っておいてくれ。 通じる筈もないという事は理解しながらも、なのははそう祈らずにはいられなかった。 非戦闘員を助けたい、それだけなのだ。 だというのに何故、バイドは其処までして非戦闘員の殲滅に拘るのか。 何故、666はベストラを狙わない。 何故、防衛艦隊との戦闘に加わろうとしないのだ。 『衝突まで90秒!』 『高町、こちらへ来い!』 ザフィーラからの念話。 振り返れば、彼ははやてとヴィータを背後に庇う様にして、迫り来るプラントを見上げていた。 離脱は間に合わない。 かといって膨大な質量に抗う事もできない。 2人を庇っているのは、反射的な行動によるものだろう。 レイジングハートを握り直し、なのはは改めて頭上を見据えた。 そうしてプラント外殻に取り付いた666へと狙いを定め、魔力の集束を開始する。 恐らくは皆、同じ思考へと至ったのだろう。 コロニー外殻の至る箇所で魔力集束が発生している事を、なのははリンカーコアを通して感じ取っていた。 あらゆる機動兵器がプラントへと砲口を向け、更にはランツクネヒトの強襲艇でさえ離脱する様子はなく、ウェポンベイを展開してプラントへと機首を向けている。 なのはが、彼等が成さんとしている事は、唯1つ。 「やるしかない・・・!」 最後まで抗ってやる。 最終的には圧倒的な力に蹂躙されるのだとしても、刹那の時まで抵抗してやる。 護るべき人々を見捨て、敵を前に逃げ出したりなどしない。 バイドが彼らの生命を奪うというのなら、対価としてバイドの生命を貰い受けるまでだ。 『来やがれ、クソッタレ!』 『発射、発射!』 ブラスタービットを展開、暴力的なまでの膨大な魔力が、5つの魔力球へと集束する。 徐々に膨れ上がる魔力球、その桜色の光に霞む様にして、プラントの影が浮かび上がっていた。 周囲では長射程を有する機動兵器群が、ミサイルや砲弾、魔導砲撃を一斉に放ち始める。 なのはもそれに続かんと、魔力球の中心へとレイジングハートの矛先を突き付けた。 「スターライト・・・」 魔力球が、より一層に眩い光を放つ。 そして、なのはが暴発寸前の圧縮魔力に指向性を与え、迫り来る666へと向かい解き放つ直前。 トリガーボイスを紡がんとした、正にその瞬間に。 「ブレイカー・・・!?」 プラントが、無数の閃光に呑まれた。 「な・・・」 直後、なのは達の頭上へと強襲艇が躍り出る。 慣性制御フィールド内に侵入した事を感じ取った瞬間、壮絶な衝撃が全身を打ち据えた。 薄れゆく意識を危ういところで繋ぎ留め、なのはは周囲を見渡す。 その時、視界の端に何かが映り込んだ。 強烈な光の奔流の中、遥か彼方に浮かぶ灰色の影。 一瞬後には消えてしまったが、確かに存在したそれ。 それが何であったかを思考する暇さえ無く、新たな念話が意識へと飛び込んだ。 『アイギス、制御系回復! 繰り返す、アイギスの制御を奪還した!』 * * 『何が起きたの・・・?』 呆然とした様子を隠す事もなく紡がれる、キャロの念話。 フリードの背でそれを受けつつ、エリオは遥か頭上に拡がる爆炎の壁を見据えていた。 今もなお拡がりゆくそれは、本来ならばこのコロニーをも呑み込んでいた筈だ。 だがその事態は、実際には起こり得ない。 襲い来る爆炎は全て、このコロニーを守護していたR戦闘機によって消し飛ばされたのだ。 「DELTA-WEAPON」 R戦闘機、精確にはフォースに標準搭載された、戦略級広域空間殲滅兵装。 攻撃および敵性体を分解・吸収した際、フォースへと蓄積される膨大なエネルギー。 これをバイド体により増幅し一挙に解放する事で、限定空間域の物理法則、更には管理世界すら知り得ない異層次元に於ける空間法則にすら干渉し、プログラムされた事象を同一空間上へと具現化するという、空間干渉型ロストロギアに匹敵する純粋科学技術。 当然ながら詳細な理論までは開示されておらず、また開示されたとしても理解できるとも思えないが。 シュトラオス隊の4機、R-11Sが発動したデルタ・ウェポンは、周囲の空間に核融合反応を強制励起させるタイプだ。 破滅的な総量と密度を以って広域を襲うエネルギー輻射は、如何なる装甲・防衛手段であっても破壊を免れる事はできない。 汚染体は言うに及ばず、戦艦等の大型兵器群であっても致命的な損傷を被る程の爆発。 如何な超大型建造物たるプラントであろうと、この爆発の前には旧式の外殻装甲パネルに覆われただけの脆い鉄塊に過ぎない。 況してやその残骸など、瞬く間に消滅してしまう。 『アイギスだよ。プラントを核攻撃したんだ』 エリオは見た。 迫り来るプラント目掛け突き進む、無数の青い光点。 その全てが、戦術核を搭載したミサイルの噴射炎だった。 制御を奪還されたアイギス群が、防衛目標であるコロニーへと向かう3基のプラントを止めるべく、一斉に戦術核を放ったのだろう。 尤も、秒速500m超という速度で迫り来る全長30kmものプラントを外部から完全に破壊する事は、如何な核兵器と云えども不可能。 そこでアイギス群は、プラント内部からの破壊を選択したらしい。 恐らくは先んじてレーザーによる砲撃を行い、それによって破壊された外殻の内部へと戦術核を撃ち込んだに違いない。 閃光が発せられた瞬間にエリオは、プラントが内部から弾け飛ぶ様を確かに目にした。 そうして飛来する無数の残骸、そして核爆発の衝撃と熱線をシュトラオス隊が、コロニーを巻き込まぬよう発動範囲を極限まで抑えたデルタ・ウェポンで迎撃・消去したのだ。 未だ眩む両眼を瞼の上から揉みながら、エリオは安堵の息を吐く。 全く、幸運としか云い様が無かった。 エリオ達は外殻での戦闘に一切関与していない。 否、できなかった。 つい先程まで、コロニー内部で様子を窺っていたのだ。 コロニー内部で偏向重力の渦が発生して以降、エリオとキャロはBエリアから動く事ができなかった。 強襲艇への避難が間に合わず、構造物内部へと侵入して状況の変化を待つ他なかったのだ。 幸いな事に2人の傍にはフリードが居た為、本来の姿に戻ったその背に乗ってトラムチューブ内を移動。 Cエリアのシャトル・ポート内で、襲い掛かる偏向重力に耐え続けていたヴォルテールの許へと辿り着く事ができた。 そしてコロニー内から666が離脱した隙を突いて脱出するつもりだったのだが、崩落に次ぐ崩落でポートからの脱出に時間が掛ってしまったのだ。 何とか力技で道を切り開き、輸送艦が閉じ込められているAエリア港湾施設を目指したものの、施設内部へと侵入する事は叶わなかった。 仕方なくAエリア構造物の端に開いた崩落跡、不明艦艇が突入・離脱した際に穿たれた巨大な穴から外殻上へと向かう最中に、プラントを破壊した核の光が視界へと飛び込んだという訳だ。 外殻での戦闘に関与できなかった以上、エリオ達がこの瞬間に生きているという現実は、彼らの力が及ばぬところで決定されたという事に他ならない。 それを決定したのは外殻で戦闘を行っていた部隊でも、R戦闘機群でもなかった。 全てを決定付けたのは制御を回復したアイギス群であり、戦闘に当たっていた人間の意思に依るものではないのだ。 無論、ベストラか防衛艦隊の人員が、何らかの方法でアイギスの制御権を奪還した事も考えられる。 しかし、それを確かめる方法が無い以上、幸運であったと云う他ない。 少なくとも、エリオ自身はそう考えている。 そして幸運にも拾った生命、特にキャロのそれが無用な危険に曝される事は、今の彼にとって最も忌むべき事態だった。 『このまま外殻へ出よう。すぐに強襲艇が迎えに来る』 『迎えって・・・輸送艦はどうするの?』 『僕等が何かするより、ランツクネヒトの救出部隊に任せた方が早いし確実だ。外の部隊と合流したら、その足で・・・』 『待って!』 エリオの言葉を遮り、キャロが念話で以って叫ぶ。 突然のそれにエリオは、彼が背に乗るフリードと並んで上昇するヴォルテール、その掌の上に膝を突いているキャロを見やった。 彼女は崩壊した階層構造の一画を指し示し、続ける。 『ねえ、あれ・・・ティアナさんじゃないかな』 その言葉にエリオは、キャロが指す方向を注視した。 見れば、崩落した階層の1つ、壁面に寄り掛かる様にして立つ複数の影が在るではないか。 そしてその中には、見覚えの在るデザインのバリアジャケットが紛れていた。 エリオは無言のまま自らが騎乗する使役竜の背を叩き、フリードは正確にその意を酌んで人影の方向へと飛翔する。 少し近付けば、はっきりと判った。 キャロの言葉通り、影はティアナを含む3名の局員だったのだ。 コロニー構造物内は未だに人工重力が機能しているらしく、3名はコロニー中心へと頭部を向ける形で佇んでいる。 即ちエリオ達から見て、天地が逆転した状態という訳だ。 人工重力の影響域、その直前まで崩落面へと接近したフリードの背から、エリオは声を投げ掛けた。 「御無事で何よりです、ティアナさん」 『・・・アンタ達もね。見た感じ掠り傷1つ無さそうで、羨ましい事だわ』 返されたのは音声による返答ではなく、念話を用いてのもの。 どうやら喋る事すら億劫らしい。 尤も、それは見た目からして容易に判別できる事実だったのだが。 「・・・崩落に巻き込まれたんですか?」 『そんなところよ』 ティアナの全身は、至る箇所が血に塗れていた。 特に酷いのは右大腿部で、傷を押さえる掌の下から止め処なく血液が溢れ続けている。 他2名もかなりの負傷が見受けられ、一刻も早く応急処置を施さねば危険だろう。 「今、キャロを呼びます。すぐに治療を受けて下さい」 離れた位置に待たせたヴォルテール、その掌の上のキャロへと合図を送る。 まだ完全にコロニー外部へと脱した訳ではなく、構造物に遮られた念話の接続が回復していない。 外殻の部隊に繋がるか否かも既に試したが、結果は失敗に終わった。 ランツクネヒトの用いる通信ならば問題は無いのだろうが、生憎とコロニーのシステムは既に沈黙しており、更に言えばエリオもキャロも疑似的に構築された念話として通信を用いているに過ぎない。 よって、距離が離れている以上、意思の疎通はハンドシグナルで以って行う他ないのだ。 「ティアナさん、その怪我・・・!」 「・・・大した傷じゃないわ。出血が派手なだけ」 接近してきたヴォルテール、その掌からティアナ達の許へと移動したキャロは、すぐさま医療魔法による応急処置を開始した。 ティアナの希望により、処置は他の2名から行うらしい。 その様を暫く見やった後、エリオは改めて3人の様子を観察し始める。 飛散する微細な破片によって切り裂かれたのか、3人共に全身へと切創が刻まれていた。 僅かではあるが皮膚が抉れている箇所も在り、こんな状態で良く此処まで辿り着けたものだと感心する。 そもそも、こんな所で何をしていたというのだろう。 そんな事を思考し始めた時だった。 『・・・ベストラ・・・外殻に展開・・・戦闘・・・』 ノイズ混じりの音声。 小さなウィンドウが、エリオの傍らに現れていた。 通信が回復したのかと、彼はすぐにウィンドウの操作を開始する。 「こちらライトニング01、応答願います・・・ライトニングよりベストラ、聞こえますか」 『直ちに回収機を送る。総員、ベストラへ移動せよ。輸送艦の救出については、こちらから新たに部隊を派遣する』 『重傷者28名、緊急搬送を求む・・・訂正、27名だ。死者62名・・・』 「ベストラ、応答を・・・誰か、聞こえませんか」 操作を続けるエリオ。 だが受信はできても、こちらからの発信ができない。 旧式の無線なら未だしも、これ程までに発達した通信システムでそんな事が有り得るのか。 そんな疑問を抱くエリオの側面、治療を続けていたキャロが小さく呟きを漏らした。 ほんの些細な、しかし決して無視できぬ言葉。 「これって・・・銃創?」 ストラーダの矛先がティアナ達へと向けられるのと、キャロの小さな悲鳴が上がったのは、ほぼ同時だった。 エリオの視線の先、5mほど離れた崩落面の階層。 上下逆転した光景の中で、ティアナがキャロを取り押さえている。 ティアナの手にはダガーモードとなったクロスミラージュが握られており、その刃はキャロの背後から彼女の首筋へと当てられていた。 そして、エリオを見据えるティアナの眼。 凍える程に無機質な光を宿した瞳が、明らかな敵意を以って彼を射抜いていた。 傍らの局員達もまた、其々のデバイスの矛先をエリオへと向けている。 だが、この場に於いて無機質な敵意を宿している人物は、もう1人存在した。 エリオ自身である。 「警告する。直ちにデバイスを捨てろ」 凡そ普段の彼からは想像も付かない、明確な敵意と冷酷な殺意とに満ち満ちた声。 口を塞がれる様にして押さえ付けられているキャロ、その瞳が大きく見開かれる。 彼女がティアナの行動に驚愕している事は確かだが、この反応はエリオに対するものだろう。 だが今は、それに感けている余裕が無い。 エリオはストラーダの矛先をティアナへと向けたまま、最後の警告を放つ。 「繰り返す。デバイスを・・・」 「警告よ。デバイスを置き、こちらへ来なさい。それ以外の行動は敵対と看做させて貰うわ」 エリオの声を遮り放たれる、ティアナからの警告。 正気を疑う様なティアナの言葉に、彼は僅かに目を見開いた。 足下と背後から迫る、荒れ狂う魔力。 それを押し止める様に、再度ティアナの声が放たれる。 「フリード、貴方とヴォルテールもよ。鳴き声のひとつでも上げたら、貴方達の主人の命は保証しない」 更に高まる魔力密度。 だが、それらが砲撃として放たれる事はない。 フリードもヴォルテールも、放てばキャロを巻き込んでしまうと理解している。 彼らの知能は人間と比較しても遜色ないどころか、一部に於いては凌駕してさえいるのだ。 ティアナの言葉を理解できぬ道理が無い上に、何よりも現状でこちらから仕掛ける事が可能な者はエリオしか存在しない、その事を良く理解している筈だ。 だからこそ、彼等はティアナの言葉通りに沈黙を保っている。 しかし万が一の事が在れば、跡形も無くティアナ達を消し去るつもりである事も確かだ。 ティアナもそれを理解しているからこそ、先程の警告を発したのだろう。 エリオは付け入る隙を見せた自身を内心で罵りつつも、眼前の敵へと言葉を投げ掛ける。 「何をやったんです? 銃撃戦なんて穏やかじゃないですよ」 「聞こえなかった? デバイスを捨てろと言ったのよ」 「相手はどうしたんです、殺したんですか? 随分と手酷くやられたところを見ると、相手はランツクネヒトですか」 ティアナの右大腿部、未だ血液が溢れる銃創を見やりながら、エリオは問うた。 傷は深く抉れているが、弾体は貫通している様に見受けられる。 脚部が原形を留めているという事は、恐らくは対人用の9mmによるものだろうか。 そんな事を思考するエリオの目前で、ティアナはダガーモードの刃を深くキャロの首筋へと押し当てる事で行動を促した。 「急ぎなさい、余り長く待つつもりは無いわ」 刃の当てられた箇所から、幾筋もの赤い線が延びる。 キャロの瞳が揺らぎ、小さな呻きが漏れた。 ティアナは変わらず平静を保ったまま、僅かながら更に刃を押し込む。 くぐもったキャロの悲鳴。 嫌でも理解せざるを得なかった。 彼女は、本気だ。 「3つ数えるわ。その間に投降するか、それとも彼女ごと私達を殺すか決めなさい」 エリオは考える。 近接戦闘であれその他の何であれ、速度に関しては絶対的にこちらが有利だ。 ストラーダの矛先は、既にティアナへと狙いを定めてある。 後は瞬間的な魔力噴射を行えば、ストラーダは自身の手の内より射出されティアナの半身を微塵に打ち砕くだろう。 同時にその余波は、傍らの2人をも殺傷する事となる。 無論ながら、ティアナに拘束されているキャロすらも。 では、射出速度を抑えてはどうか。 ティアナを殺害し、キャロを軽傷で救い出す事はできる。 だが、他の2人は良くて軽傷、最悪の場合は無傷のまま生存する事となるだろう。 後は至極単純だ。 1人が得物を手放したエリオを殺し、残る1人がキャロを殺す。 フリードもヴォルテールも、その強大過ぎる力が災いして手を出す事はできない。 状況の支配権がティアナに在る事を、エリオは認めざるを得なかった。 「1つ・・・」 ストラーダをフリードの背に預け、其処からティアナ達の許へと跳ぶ。 体を捻り上下を逆転、そして着地。 視線を上げ、ティアナへと向き直る。 「2つ・・・」 「・・・言う通りにしましたよ、ティアナさん」 両の掌を翳し、抵抗の意が無い事を示すエリオ。 ティアナの腕の中で、涙を零しながら首を振ってもがくキャロ。 キャロの首筋へと更に食い込む刃を意に介する素振りすら見せず、一挙一動すら見逃さないとばかりにエリオを見据えるティアナ。 そして、エリオの背後から迫る2つの足音。 「跪け」 背後の声に、エリオは無言のまま従った。 掌を後頭部に回して組み、両膝を床面へと突く。 だが、視線だけは変わらずティアナを、その腕へと囚われたキャロを捉え続けていた。 魔力の刃は未だ、彼女の首筋へと吸い付いたまま離れない。 そのバリアジャケットは溢れだす血液によって、既に胸元まで紅く染まっていた。 我知らず歯軋りし、エリオは心中を埋め尽くす憎悪もそのままに、射抜く様な視線をティアナへと向ける。 これから恐らく、自身は意識を奪われる。 では、その後に待つものは何だ。 自身がどうなろうと知った事ではないが、キャロはどうなるのか。 フリードとヴォルテールが居る以上、殺される事はないだろうが、しかし何事も無かったかの様に解放される筈もない。 結局、自分は彼女を護り切る事ができなかったのだ。 「そのままよ。おかしな事は考えないで」 自身の無力さを呪うエリオへと、ティアナが声を投げ掛ける。 此処で漸く彼女は、ダガーモードの刃をキャロの首筋から離した。 刃が離れた後に残るは、血液が滲み出す一筋の赤い線。 傷は頸動脈まで至ってはいないらしいが、それでも薄皮が裂かれただけに留まらず、刃が皮下組織にまで喰い込んでいた事を窺わせる。 キャロの口を抑えていた左手が離れ、彼女は小さく震える声を漏らした。 「エリオ君・・・!」 「黙ってなさい」 クロスミラージュ、ダガーモードからツーハンド・ガンズモードへと移行。 左手に握られたクロスミラージュの銃口はキャロの顎下に、残る一方の銃口はエリオの額へと向けられている。 抑え切れぬ憤怒の感情に身体を震わせ、エリオは軋みが上がる程に歯を噛み締めた。 そんな彼を見下ろし、ティアナが口を開く。 「それで・・・こうして先手を取った訳だけれど」 止めを刺す前の気紛れか。 キャロに対する罪悪感と、不甲斐ない己への失望。 それらの狭間でエリオは、眼前に佇む憎むべき敵の言葉を一語一句逃さず聞き取ろうと、聴覚に意識を集中した。 そして、ティアナは続ける。 「そろそろこっちの話を聞いて貰えるかしら・・・ライトニング? できれば冷静に・・・戦闘は無しで・・・」 紡がれたのは、全く予想外の言葉。 唖然とするエリオ。 しかしすぐに、彼は異常に気付いた。 ティアナの身体が、不自然に揺れている。 「全く・・・慣れない事、するものじゃ・・・ないわね・・・」 ティアナの手から滑り落ち、床面へと叩き付けられるクロスミラージュ。 遂にはキャロを取り押さえていた腕すらも離れ、その身体はよろめきながら後退りする。 唐突に解放されその場にへたり込んだキャロも、呆然とそんなティアナを見つめていた。 異常を感じ取ったのか、フリードとヴォルテールも攻撃態勢を解き、しかし未だ警戒しつつ事の成り行きを見守っているらしい。 そんなエリオ達の目前でティアナは、再度に壁面へと背を預けて数度、口を手で覆って苦しげに咳込む。 指の間から溢れ出る液体、黒味掛かった赤。 エリオは我知らず、彼女の名を口にする。 「ティアナさん・・・?」 「まさか、あれでも・・・仕留め・・・損なってた、なんて・・・ね・・・」 「ティアナさんッ!」 背を壁面へと擦りながら、ティアナの身体は摺り落ちる様に床面へと倒れ込んだ。 壁面に残されたのは、放物線状の赤い模様。 咄嗟に駆け出し、倒れたティアナを抱き起こす。 その時、同じく駆け寄ってきたのであろうキャロが、ティアナの背を見るや小さく悲鳴を漏らした。 ティアナを抱きかかえたまま何事かとキャロへ視線を移せば、彼女はフィジカルヒールを発動させると同時に、叫ぶ様に言い放つ。 「背中、撃たれてる! 3発も!」 視線を落としてティアナの背面を見やったエリオは、其処に穿たれた複数の穴を視界へ捉えるや、自身の血の気が引いてゆく事を鮮烈に自覚した。 水泡が潰れる小さな音と共に、一定の間隔を置いて血を噴き出す3つの穴。 射撃手は狙いを定めるつもりなど無かったのか、銃創は左肩に1つ、背面に2つ穿たれている。 大腿部のそれを含めれば、ティアナは4発もの銃弾を受けている事になるのだ。 だが、この3つの銃創は大腿部のそれとは異なり、明らかに新しい。 まるでたった今、この場で穿たれたかの様に。 「ッ・・・!」 フリードの咆哮、警告の意を示すそれ。 瞬間、エリオは弾かれた様に、他の2名の局員へと視線を移す。 果たして視線の先、彼等は床面へと倒れ伏し、その身体の至る箇所から大量の血液を溢れさせていた。 何時の間にと驚愕するエリオだったが、胸元に感じた違和感に再度、視線を腕の中のティアナへと落とす。 彼女は血塗れの手に掴んだ正方形の何かを、エリオのバリアジャケットに備えられたポケットへ入れようとしていた。 出血によるショック症状なのか、酷く震える手を必死に動かし、何とかその行為をやり遂げる。 そして何事かを伝えようと必死に、しかし生気の感じられない血の気の失せた表情で口を動かすティアナ。 思わずキャロと共にその手を握り締め、エリオは自身の耳をティアナの口許へと近付ける。 鼓膜を震わせるのは空気の漏れる異音と、酷く掠れた小さな声。 「真実を・・・地球軍の、計画・・・覚られないで・・・なのはさん達に・・・伝えて・・・」 「エリオ君・・・」 自身の名を呼ぶ声に、エリオはキャロを見やる。 すると彼女は、何事かを恐れる様な表情でエリオの後方、崩落した階層内を指していた。 周囲に響く重々しい、硬い靴底が床面を叩く音。 明らかに軍用ブーツのそれと判る靴音に、エリオはゆっくりと背後へ振り返る。 果たして背後の暗がりの中に、闇よりもなお黒々とした装甲服の影が浮かび上がっていた。 僅かに前屈みになっているのか、通常よりも幾分だが低い位置に視覚装置の赤い光が点っている。 だが、常ならば2つ在る筈のその光は何故か1つしか見受けられず、しかも影は奇妙に揺らいでいた。 何かがおかしいと感じたのも束の間の事、数歩ほど進み出た影の全貌を視界へと捉えるや否や、エリオは息を呑んだ。 「何が・・・!?」 エリオの予想通り、影の正体はランツクネヒトの隊員だった。 だが、その左腕は上腕部から千切れ飛び、左脚は大腿部が大きく抉れて骨格が露出している。 破片を受けたのか、腹部右側面には喰い千切られたかの様な傷があり、其処から内臓器官の一部が覗いていた。 ヘルメットは左側面の一部が粉砕されており、左眼に当たる視覚装置は周囲を覆うマスクの一部と共に損なわれている。 本来ならばマスクの破損した部位からは左眼が覗いている筈だが、当の眼球は周囲の皮膚諸共に失われており、剥き出しの皮下組織と黒々とした眼窩だけが、滲み出す血液を絶え間なく溢し続けていた。 「ひ・・・!」 直視してしまったらしきキャロが、背後で引き攣った悲鳴を上げる。 だがエリオは、隊員から注意を逸らす事ができなかった。 正確には隊員の残された右腕、その手に握られた物体からだ。 20cm程の銃身に、それを僅かに上回る全長のサプレッサー。 一見すると通常のハンドガンに見受けられるが、エリオはそれがマシンピストル、即ち9mm弾を連射可能な質量兵器であると知っていた。 そして同時に、何故ティアナが3発もの銃弾を受けていながら頭部などの致命的な箇所への被弾が無かったのか、その理由へと思い至る。 隊員は致命傷を狙わなかったのではなく、照準を定める事、それ自体が不可能だったのだ。 自身も明らかに致命傷を負っている上に、既にかなりの出血が在ったのだろう。 銃を握る手は震え、大腿部が抉れているにも拘らず歩を進める脚は、しかし1歩毎に不安定によろめく。 両の掌で銃を支えようにも左腕は上腕部から千切れて失われ、震える右腕のみでは照準すら覚束ない。 よって、少しでも命中率を上げる為にフルオートでの射撃を選択したのだろう。 だが、ハンドガン程度の小型銃器から9mm弾を連射した際に発生する強烈な反動を、装甲服の筋力増強が在るとはいえ、弱った右腕の筋力のみで完全に押さえ込む事などできる筈もない。 連続する衝撃に照準は激しく揺れ、十数発の内3発がティアナへと着弾したというところだろう。 もし銃弾がティアナの身体を貫通していれば、その腕に拘束されていたキャロも、今この瞬間に生死の境を彷徨う事態となっていたかもしれない。 その後、隊員は弾倉に残る全ての銃弾を用いて残る2名の局員を射殺し、今こうしてエリオ達の前へと姿を現したという事か。 「・・・これは一体どういう事です? 何故、戦闘なんか・・・!」 どうにか絞り出した言葉は、小さな金属音によって遮られた。 隊員の右腕、サプレッサー先端の銃口がこちらへと向けられている。 不規則に揺れるそれは照準など定まりようもない事を十二分に知らせてはいたが、しかしフルオートである事を考慮すれば、エリオどころかキャロまでが完全に射界へと捉えられている事だろう。 下手に動く事はできない。 互いの距離が近過ぎる為、フリードもヴォルテールも介入の手段が無い。 そもそもティアナとランツクネヒト隊員、現状に於いてどちらを擁護するべきかさえも不明なのだ。 ランツクネヒトとティアナ達は何故、互いにこれ程の惨状となるまで戦闘を行う必要性が在ったのか。 どちらかが攻撃を実行し、それが皮切りとなって交戦状態に陥ったと考えるのが自然ではある。 では、その攻撃はどちらから行われたのか、それを実行した理由は何なのか。 「何故、銃を向けるんです? 僕達は何も知らない」 語り掛けても、隊員は何も言葉を返さない。 エリオ達へと銃口を突き付けたまま、覚束ない足取りで徐々に距離を詰めてくる。 だが何故、この距離で撃とうとしないのか。 其処に思考が至り、エリオは気付く。 ティアナは言っていた。 真実を伝えろ、地球軍の計画、覚られるな。 そして、今は自身のバリアジャケットのポケットに収められている、何らかのメディアデバイスらしき物体。 何故かAエリアに展開していたティアナ達、彼女達を追ってきたランツクネヒト隊員。 これらの事実から導き出される、現状の背景とは。 「・・・彼女達に、何を「知られた」んです?」 瞬間、隊員が僅かに不自然な動きを見せた。 微かなものだったが、エリオはその動揺を見逃さない。 そして確信する。 「やっぱり」 間違いない。 ティアナ達はランツクネヒト、そして地球軍にとって致命的な情報を入手したのだ。 決して知られてはならない、不都合な事実を暴かれてしまった。 その時点で、ティアナ達は情報の奪取に気付いたランツクネヒトを、ランツクネヒトは情報を入手したティアナ達を殺害せねばならない理由が生じる。 攻撃がどちらから実行されたものであれ、今となってはその事実など大した問題ではないのだ。 「彼女は何かを言う前に、貴方に撃たれた」 ティアナがキャロを拘束し自身に投降を迫った理由は、状況を理解していない自身等がティアナ達を攻撃する危険性が在った為だろう。 だがその行動は、ティアナ達を殺害すべく追跡していた隊員に、絶好の機会を与えてしまう事となった。 それまでの戦闘を経て、ティアナ達は既に隊員を殺害したつもりだったのだろう。 ところが、常人離れした強靭さで生き延びていた隊員は、自身達に注意を向けているティアナ達の背後から9mmの弾雨を浴びせ掛けたのだ。 その隊員は今、何をしているのか。 ティアナ達と接触した自身達を撃つ事もせず、何を。 「それ程に、知られたくない事だったんですね?」 答えは1つ。 彼は待っている。 通信が回復する、その時を待っているのだ。 コロニー外に展開するランツクネヒト、或いは地球軍へとこの状況を知らせる為に。 自身等に関しては、ティアナからどれ程の情報を得たか、隊員が知る由も無い。 通常ならば時間的にも状況的にも、多くの情報を伝える事は不可能と判断できる。 だがそれは、通常の人間ならばの話だ。 自身もキャロも、そしてティアナも魔導師。 つまり念話という、魔導師のみが用いる事のできる通信手段が在るのだ。 それを通じて、既に情報の遣り取りが在ったのではないか。 隊員は、それを疑っているのだろう。 実際には、ティアナは念話を使う事もできぬ程に消耗していたのだが、彼にそれを知る由など在る筈もないのだ。 「ランツクネヒトは・・・地球軍は何を隠しているんですか」 本来ならば、有無を言わさず自身等をも射殺するつもりだったに違いない。 だがこの場には、フリードとヴォルテールが存在した。 主へと銃口が向けられている、自身が攻撃を実行すれば主を巻き込んでしまうという、この2つの事実によって彼等の行動が封じられている事は明らかだ。 しかし、この状況下で自身はともかくキャロが殺害される事が在れば、2騎は即座に行動を開始するだろう。 隊員は微塵の抵抗も許されずに殺害され、一連の事実が外殻に展開する部隊へと知らされる。 実際には、使役竜と守護竜である2騎と明確な意思の疎通を行える人物はキャロのみであり、その他の人間が彼らの意思を読み取るには複雑な術式が必要なのだが、目前の隊員が其処までの情報を得ている可能性は低い。 しかし同時に、2騎が非常に高い知性を有している事実は、既にランツクネヒトにも知れ渡っている。 その情報が災いしたのだろう、結果的に隊員は通信回復を待つ以外の選択肢を封じられてしまったのだ。 「・・・答えられませんか」 では、自身はどう動くべきか。 このまま時間だけが経過し、通信が回復する事が在れば、全てはランツクネヒトと地球軍の思惑通りに修正されるだろう。 自身とキャロ、フリードとヴォルテールは諸共に処理され、ティアナ達と共々、誇り高い戦死者としてリストに名を連ねる事となるに違いない。 それだけは、在ってはならない事だ。 「それでも構いません。貴方が話そうが話すまいが、もう関係ないんです」 真実を伝えなければ、地球軍の思惑を明らかにしなければならない。 勿論、それも在る。 ティアナ達の行動を、その犠牲を無駄にしてはならない。 無論の事、それも理解している。 だが自身には、それらよりも優先すべき事が在る。 他の全てを切り捨て、自身の生命すら捨ててでも成さなければならない事が在る。 たった1つ、他の何にも勝る誓い。 大切な人達を殺めながら、それに対し何ら感慨を抱けなくなってしまった自身に残された、最後の大切なもの。 「・・・全部聞いたぞ、「地球人」!」 キャロを、護る。 「キャロ!」 ティアナを左腕へと抱えたまま、JS事件後の2年間で習得したブリッツアクションを発動。 デバイスを通さずに発動した為に幾分か負荷が掛かるが、一瞬でキャロとの距離を詰め彼女の華奢な身体を残る右腕で抱え上げる。 キャロもエリオの意図を察知していたのだろう、接触に合わせて後方へと跳んでいた為に、衝撃は最小限に抑えられていた。 エリオの背を叩く衝撃、体勢が崩れる。 「エリオくんっ!」 僅かに遅れ、連続して聴覚へと飛び込んだ、小さな空気の破裂音。 ランツクネヒト隊員、9mm発砲。 悲痛な声を上げるキャロ。 それら全てを無視し、エリオはそのまま崩落跡へと飛び込んだ。 背後、爆発にも似た破壊音と衝撃。 ティアナとキャロを決して離さぬよう、エリオは2人をしっかりと抱えたまま人工重力域を脱し、無重力圏を突き進む。 「ヴォルテールッ!」 キャロが叫ぶと同時、背後へと現れる巨大な影。 周囲の階層から漏れ出る赤い警告灯の光に照らし出され、アルザスの守護竜は超然たるその威容を空間に浮かび上がらせていた。 そしてヴォルテールはその掌へと、3人の身体を優しく受け止める。 エリオはキャロの身体を解放し、細心の注意を払いつつティアナの身体を優しく横たえた。 ヴォルテールの頭部を見上げ、一言。 「エリオ君、背中・・・!」 「2人を、頼むよ」 キャロの言葉を無視し、ヴォルテールの頭上を横切るフリード、その背面を目掛け跳ぶ。 無重力中を突き進むエリオにタイミングを合わせ、寸分の狂い無く背面の中心へと受け止めるフリード。 そのまま旋回し、再度に先程の階層へと向かう1人と1騎。 視線の先、目的の箇所では粉塵が周囲の空間を埋め尽くし、その中に金色の魔力残滓が煌く。 エリオが隊員に発砲を促す台詞をぶつけ、被弾しながらも無重力圏へと脱した直後。 彼はフリードの背に預けたストラーダを遠隔操作し、最大出力での魔力噴射を実行させていた。 「AC-47β」によって増幅された魔力は、推進力を増す為に極限まで圧縮され、ランツクネヒトの改造によって増設されたプロペラントタンクへと蓄積される。 ティアナと対峙した時点で既に充填されていたそれを利用し、無重力中での銃撃を避ける為にストラーダを構造物へと突入させたのだ。 魔力付与等は行っていないものの、突入速度は音速の4倍以上である。 直撃など望むべくもないものの、余波はかなりのものであった筈だ。 だが、仕留めたという確証が無い以上、エリオは其処で済ませる気など毛頭なかった。 「ストラーダ!」 自身の側面へと手を翳し、相棒の名を叫ぶ。 瞬間、構造物内で爆発が起こった。 周囲の粉塵を消し飛ばし、宛らミサイルの如く飛来する、鈍色の槍。 音速を超えて側面の空間を突き抜けるその柄を、エリオは苦も無く自然な動作で掴み取った。 衝撃波と魔力の残滓がバリアジャケットを打ち据えるも、瞬間的に強度を増した障壁を突破する事は叶わない。 足下のフリードも慣れたもの、動揺する気配は全く無かった。 エリオはストラーダを構え、メッサー・アングリフの発動態勢を取る。 フリードのブラストフレア、ブラストレイは使えない。 余り派手にやり過ぎては、外殻のランツクネヒトに気付かれてしまう。 此処で自身が、確実に仕留めなければならない。 「見付けた・・・!」 そして、エリオは目標を視認する。 階層の一画、よろめきつつも構造物の奥へと逃亡を図る影。 ストラーダの矛先を向け、寸分の狂い無く進路を設定する。 向こうも、こちらに気付いたのだろう。 牽制のつもりか、振り返って銃口をこちらへと向けている。 弾倉を交換したのならば、27発の銃弾が装填されている筈だ。 「フリード!」 だが最早、エリオは躊躇しなかった。 照準が定まっていない事を確認するや否や、彼はフリードに降下を指示し、同時にメッサー・アングリフを発動。 急激に下方へと軌道を逸らしたフリードの背から、エリオは発射されたミサイルの如く宙空へと射出された。 直後、サイドを除く全てのブースターノズルから、爆発そのものと化した圧縮魔力の奔流が解き放たれる。 瞬間、引き延ばされる体感時間。 可視化した衝撃波が容赦なく全身を襲い、後方へと引き延ばされた視界の中心で隊員が構えるマシンピストル、その銃口に装着されたサプレッサーの先端が跳ねる。 銃弾は見えない。 進路に変更なし。 見えない何かへと跳ね返るかの様に、幾度も幾度も異なる方向へと跳躍を繰り返す銃口。 だがやはり、銃弾までを見切るには至らない。 突撃継続、腹部に衝撃。 エリオは止まらない。 ストラーダに備わる全ての推力偏向ノズルを後方へと向け、「AC-47β」より齎される膨大な魔力の全てを推進力に変えて突撃する。 引き延ばされた感覚の中、徐々に迫り来る漆黒の装甲服。 だが次の瞬間、エリオは自身の右腕を襲う衝撃を感じ取った。 次いで視界へと移り込んだものは、自身を置いて加速してゆく相棒の影。 撃たれた? 右腕を撃たれたのか。 その衝撃で握力が緩み、ストラーダを手放してしまったらしい。 直進したストラーダは、敵に直撃するだろうか? 視界の中、エリオを残し直進してゆくストラーダ。 しかしその前方で、隊員は身を捻る様にして回避行動を取っていた。 衝撃波までをも受け流す事は不可能だろうが、少なくとも直撃だけは避けられる動き。 エリオは咄嗟にブリッツアクションを発動、右肩を突き出す様にして衝突態勢を取る。 既にストラーダの進路と、エリオ自身の進路は僅かに逸れていた。 隊員はストラーダの回避には成功するだろうが、その直後にエリオの体当たりを受ける事となる。 果たして数瞬後、その予測通りの事が起こった。 エリオは、ストラーダ通過の余波を受けて吹き飛ばされた隊員の胴部へと、こちらも音速を超える速度にて肩から突入したのだ。 「がッ!」 衝突の瞬間、体感時間が通常の状態へと戻ると同時に、エリオの口から獣じみた呻きが漏れる。 彼を襲ったのは、衝突の衝撃だけではない。 障壁の全てを前方への物理防御強化に傾けた為、防音機能と衝撃緩和が不完全な状態となっていたのだ。 その為にエリオは、鼓膜を劈く轟音と全身の骨格が砕けんばかりの衝撃、その双方を同時に受けてしまった。 だが、意識を失う事は許されない。 ランツクネヒトの装甲服が有する耐久性は、常軌を逸している。 この程度の衝撃では、着用者の意識を奪えるか否か判然としないのだ。 果たして、衝撃に瞼を閉じたエリオの左側頭部へと、金属性の硬い物体が押し付けられる。 サプレッサーだ。 「かぁァッ!」 エリオは再び獣の咆哮を上げ、ブリッツアクションを発動すると共に左腕を下から上へと振り抜いた。 左手がサプレッサーを弾く感覚と、発射された銃弾が額を削る感覚。 瞼を見開くと、眼と鼻の先に破損したマスクが在った。 破れた左側面部位から、黒々とした眼窩が覗いている。 掴み掛かってくる右腕。 咄嗟に、エリオは剥き出しになった眼窩、皮下組織が露わとなっている其処に、全力で自身の額を叩き付けた。 それだけに止まらず、彼は隊員の腹部右側面、剥き出しの内臓器官へと左腕を突き込む。 その手に触れる臓器に爪を立て掻き回し、力任せに握り潰した。 エリオの額から噴き出す血と隊員の眼窩から噴き出す血、エリオの背面と隊員の内臓器官から噴水の如く溢れ返る血とが混ざり合い、赤黒い大量の血飛沫となって周囲の構造物を染め上げる。 流石に、剥き出しとなった皮下組織への打撃、そして内臓器官への直接攻撃は強烈な効果を齎したのか、隊員は右手を眼窩の位置へと当てて仰け反り、床面へとその身を叩き付けた。 そして同時に、エリオの視界へと飛び込んだ物は、傍らに転がるマシンピストル。 彼は咄嗟に、肉片が纏わり付いたままの左手を伸ばし、そのグリップを掴んだ。 だがその直後、床面へと倒れ込んでいた隊員の上半身が、弾かれた様に跳ね上がる。 一瞬の虚を突かれ、エリオは一気に上下の位置を逆転された。 同時に襲った衝撃、エリオの頸部を掴む隊員の右手。 更にその一点へと圧し掛かる、成人男性と装甲服を併せた重量。 「が・・・あ、ぎ・・・!」 瀕死の人間のものとは思えない、凄まじい握力がエリオの咽喉を締め付ける。 必死にもがき、被弾によって力の入らない右腕を激しくヘルメットへと叩き付けるも、その行為は一向に意味を為さない。 視界が徐々に赤く染まり、喉の奥からは鉄の臭いが込み上げてくる。 そうして、口許から一筋の熱い液体が溢れ出した事を自覚した瞬間、エリオ自身の意識を無視するかの様に左腕が動いた。 手首を内に向け、自身に圧し掛かる隊員との間へと強引に差し入れる。 違和感に気付いたのか、隊員の首が下へと傾いた、その瞬間。 第二指に感じる金属の抵抗諸共に、エリオの左手は有りっ丈の力で握り締められていた。 「ッ・・・!」 左腕に衝撃。 エリオの首を握り潰さんとする隊員、漆黒の装甲服が奇妙に震える。 連続する衝撃、揺さ振られる左腕。 それに合わせるかの様に、装甲服から小刻みな振動が伝わる。 咽喉を締め付ける隊員の右手には瞬間的ながら更なる力が加わり、エリオは呻きさえ上げられずに眼を見開いた。 だが次の瞬間、左腕の振動が止むと同時に、咽喉に掛けられた手が脱力する。 濃密な鉄の臭いと共に、肺へと流れ込む酸素。 耐え切れずにエリオは咳込み、その途中で左腕に圧し掛かる装甲服を跳ね除けた。 それまでの激しい抵抗が嘘の様に、漆黒の影は呆気なくエリオの側面へと仰向けに転がる。 エリオもまた身体を捻り、うつ伏せになって手を突き咳込み続けた。 視界の中、床面へ点々と描かれる赤い斑点。 暫し思考を放棄して荒い呼吸を繰り返すエリオだったが、思い出したかの様に床に突いた左腕、その手に握られたマシンピストルに気付く。 「あ・・・」 その口から零れる、意味を為さない声。 手の中のマシンピストル、眼前へと掲げたそれのトリガーは、他ならぬエリオの第二指によって限界まで引かれた状態のままとなっており、上部のスライドは後退したまま固定されていた。 それは即ち、弾倉内の弾薬を撃ち尽くした事を意味している。 エリオは肉片と血に塗れた自身の左手、其処に握られたマシンピストルを呆然と見つめ、次いで傍らに転がる装甲服の胸元を見やり、絶句する。 穴が穿たれていた。 胸元から咽喉部に掛けて、複数の穴が。 1つや2つではない、十数もの穴が密集して穿たれ、まるで崩れ掛けの蜂の巣の如き惨状を曝していた。 バリアジャケットすら容易く貫く銃弾が十数発、しかも全くの零距離から。 装甲服に穿たれた穴の下、肉体がどの様な状態になっているかなど、溢れ返る血液を見れば考えるまでもなく明らかだ。 ふと頭上を見上げれば、天井面にも複数の穴が穿たれているではないか。 どうやら数発の銃弾は隊員の身体を貫通し、背面を内から喰い破って天井面へと着弾したらしい。 周囲の惨状を一通り把握したエリオは、そのまま呆然と座り込む。 覚悟は、疾うに決めていた。 敵対を選択した瞬間から、自身はランツクネヒト隊員を殺害する決意を固めていたのだ。 今更、殺人を躊躇する権利など自身には無い。 少なくとも自身はそう考えていたし、その覚悟は済んでいると自認していた筈なのだ。 ところがどうだ。 単に殺害方法がストラーダによる刺殺から質量兵器による射殺に替わっただけで、自身は明らかに動揺している。 確かに、バイドに侵された訳でもない、通常の人間を手に掛けるのは初めての事だ。 だが今更、何を戸惑う事が在るというのか。 ミラとタント、そして2人の子供も、手を下したのは自身ではないか。 敵対する人間を1人殺めたところで、それが何だというのだ。 「エリオ君、無事なの!?」 「・・・キャロ」 背後の声に、エリオは振り向く。 何時の間にか階層へと戻っていたキャロはこちらへと駆け寄るが、エリオの左手に握られたマシンピストル、次いで傍らに転がる隊員の死体へと視線が向くや否や、その表情に驚愕を浮かべて足を止めた。 数瞬後には再び歩み始めたものの、彼女の纏う雰囲気からは明らかな戸惑いと、微かではあるが確かな恐怖が感じられる。 エリオはそんなキャロを、奇妙に平静となった思考で以って見つめていた。 彼女は実に的確に、この場で起こった事を理解しているだろう。 ならば、何も問題は無いのだ。 「エリオ君・・・撃たれて・・・!」 「大した事はないよ。腕を撃たれただけ・・・」 「喋らないで! 背中とお腹を撃たれてるんだよ!」 キャロの言葉を受け、エリオは何の事か解らぬまま自身の腹部を見やる。 果たして視線の先、バリアジャケットの腹部は赤黒い血に塗れていた。 そういえば撃たれていたかと、他人事の様に思い返すエリオ。 血を吐き出したのは、咽喉を締め上げられた所為ばかりではなかったらしい。 腹部に手をやり、紅く染まった掌を見つめながら、エリオは言葉を紡ぐ。 「まあ・・・まだ大丈夫だよ。それよりティアナさんを・・・」 「ティアナさんは・・・」 瞬間、キャロの表情が酷く悲しげに歪んだ。 嫌な予感を覚えたエリオはキャロの制止を振り切り、マシンピストルを打ち捨てて宙空へと飛び出す。 目指すは、崩落面から10m程の位置に浮かぶヴォルテール、その掌の上だ。 狙い違わず到達し、横たわるティアナを覗き込む。 まだ、息は在る。 だが同時に、辛うじて呼吸をしてはいる、それだけなのだと否が応にも理解せざるを得なかった。 肌は青白く、その体温は極端に低い。 小刻みに繰り返される呼吸は、明らかに異常だ。 何より、キャロ1人で行ったフィジカルヒールによる応急処置では、傷の全てを塞ぐまでにかなりの出血が在った事だろう。 体内の血液が、決定的に足りない。 「どうする・・・!?」 外殻へ運ぶか? 否、自身とキャロだけならばともかく、ティアナの状態は明らかに誤魔化しが利かない。 本人の意識が在れば如何様にも切り抜けられるだろうが、現状の彼女は意識不明だ。 更に云えば、瀕死の彼女を救う為には、医療魔法だけでは役不足だろう。 医療ポッドによる集中治療が必要となるだろうが、しかしポッド内での解析が始まれば銃創に気付かれる事は明らかだ。 当然ながら、それがランツクネヒトに配備されている9mmによるものである事も、忽ちの内に判明するだろう。 何より、背面の銃弾は摘出に至っておらず、未だティアナの体内へと残されているのだ。 「どうすれば・・・!」 ならばどうする。 ティアナを此処に残すか? それも結果は同じ、いずれ発見されて全てが明るみに出るだろう。 彼女だけでなく、同時に他の2名の局員と、ランツクネヒト隊員の死体も発見される。 そうなれば、全て終わりだ。 「くそッ!」 いっその事、全てを灰にするか。 最小出力のブラストフレアで、ティアナを含め全てを焼却してしまえば、事態の全貌が明らかになる懼れは無い。 非情だが、立場が逆となればティアナの思考も、最終的にこの方法へと至るだろう。 だが此処で、ひとつの懸念が浮かぶ。 この場の3体以外にも階層内に、明らかに戦闘によるものと判る死体が存在したなら? 「エリオ君、ティアナさんは・・・」 「黙って!」 なんて事だ。 そうなればもう、打てる手は無い。 バイドの撃退に成功してしまった以上、ランツクネヒトは然程に時間を置かず生存者の捜索へと移行するだろう。 後は死体が発見されるまで、1時間と掛からない。 「エリオ君、あれ!」 「キャロ、今は黙って・・・」 「いいから、見て!」 背後からエリオの肩を引くキャロ。 彼女の必死な声に、エリオは思考を中断して振り返る。 だが、何かおかしい。 キャロはヴォルテールの指の間から、何故かコロニー内部を見下ろしていたのだ。 訝しみつつもエリオはその隣へと移動し、同じく下方を見やる。 機能を回復したコロニー内部の光に照らされ浮かび上がる、黒地に黄色の塗装。 円筒状の奇妙な3つのユニットが回転する、橙色の光を放つ球体。 闇よりもなお暗く其処に在る、漆黒のキャノピー。 「ストラーダッ!」 エリオは叫ぶ。 直後、階層の一画を喰い破り、数分前と同様にストラーダが飛来した。 エリオはそれを受け止めると同時、キャロの襟首を掴んで自身の背後へと放り、構えを取ってその瞬間に備える。 果たして数秒後、その機体はエリオ達の眼前へと浮かび上がった。 忌まわしき機体、理解はしても納得など決してできる筈もないそれ。 「R-13T ECHIDNA」 信じられなかった。 眼前のR戦闘機、ノーヴェの体組織から培養された制御ユニットを搭載されたそれは、無人機として脱出艦隊に配備された筈なのだ。 それが何故、このコロニーに存在するのか。 この機体が此処に存在するという事は、脱出艦隊はどうなったのか。 「どうして・・・こんな時に・・・!」 キャロが、呻くかの様に呟いた。 エリオにしてみても、何故この最悪のタイミングでR戦闘機が出現したのか、奇妙に思う以前に恨み事ばかりが脳裏へと浮かんでしまう。 何もかもが無駄になってしまったのだ。 ティアナ達の行いも、エリオが繰り広げた戦闘も、全てが。 未だ通信は回復してはいないが、R戦闘機ともなれば話は別だ。 既に此処での事は、眼前の機体を通してランツクネヒトの知るところとなっているだろう。 もう既に、状況の趨勢は決したのだ。 「終わりか・・・」 フリードとヴォルテールは、抵抗する素振りどころか唸り声さえ発しない。 彼等も、十二分に理解しているのだ。 たとえ実験機とはいえ、R戦闘機とは自身等が抗える様な存在ではないと。 だからこそ彼等は、眼前の機体を刺激せぬよう沈黙を保っている。 だがそれでも、いざとなればキャロを護るべく、最後まで抵抗するのだろうが。 キャロが、無言で手を握ってくる。 エリオがその手を握り返す事はないが、それでも彼女は決して手放そうとしない。 僅かにそちらを見やると、彼女は諦観に満ちた儚い笑みを浮かべていた。 それがどの様な意図から浮かんだものなのか、エリオは思考しようとする自身を押し止める。 その理由が解ったところで、今となっては何の意味も無いからだ。 「・・・で? 殺すのか、僕達を」 挑発的な言葉を投げ掛けるエリオ。 相手は無人機、意味など無い。 この言葉はシステムの向こう、眼前の無人機を通じてこちらを窺っているであろう、ランツクネヒトに対する皮肉だ。 これで何かしらの変化が在る訳でもない、意味のない捨て台詞。 少なくとも、エリオ自身はそう考えていたのだ。 ところが、数秒後。 「え・・・」 「何やって・・・?」 無人機R-13Tは、思いもよらぬ行動に出た。 フォースと分離した後、何とキャノピーを解放して接近してきたのだ。 R戦闘機としては小型の部類であるとはいえ、20m近い機体が接近してくる様は、かなりの威圧感が在った。 機首とフォースを繋ぐ光学チェーンがヴォルテールに触れぬよう、機首の角度を調整しつつ5m程の位置に静止。 それ以上の何をするでもなく、無防備な側面を曝している。 これは一体、如何なる意図による行動なのか。 エリオはR-13Tの行動の真意を読み取る事ができずに、制御ユニットを収めた灰色のポッド、キャノピー内に鎮座するそれを呆然と見つめる。 しかし十秒程の後、唐突に傍らへと展開されたウィンドウに、エリオの意識は釘付けとなった。 我知らず零れる言葉。 「・・・嘘だろ?」 そのウィンドウは確かに、ランツクネヒト及び地球軍が使用するものと同一のシステムだった。 機能性以外の全てが排除されたデザインは、管理世界に普及する各種メーカーのそれとは明らかに異なる。 だが、ノイズと共に一瞬で再展開されたウィンドウは紛う事なく、管理局に於いて正式採用されているメーカーのものだった。 そして、其処に表示される文字の羅列は、明らかにミッドチルダ言語によって構成された文章。 『ティアナ・ランスターの身柄を引き受ける。直ちに此処から離脱し、生存者に真実を伝えろ。幸運を祈る』 「エリオ・モンディアル」、そして「キャロ・ル・ルシエ」へ。 その2つの名を最後に、文章は締め括られていた。 「まさか・・・貴女は!」 キャロが、堪らずといった様子で叫ぶ。 エリオは数度、制御ユニットとウィンドウ上の文章とを交互に見やり、そして決断した。 背後に横たわるティアナへ向き直り、歩み寄ってその身体を抱え上げる。 再びR-13Tへと向き直ると、未だ制御ユニットを見つめるキャロの傍らを通過、ヴォルテールが掌の上へと生み出す重力域を抜け、無重力中を浮遊しキャノピーへと到達した。 そしてキャノピー内の余剰空間、成人1人が漸く入り込めるだけの其処へとティアナを横たえる。 でき得る限り負担が掛からない姿勢にティアナの身体を安定させると、エリオはキャノピー外縁部に立ち、改めて制御ユニットを見やった。 そして、宣言する。 「被災者の方は任せて下さい・・・ティアナさんを、頼みます」 外縁部を蹴り、R-13Tの機体から離れるエリオ。 閉ざされてゆくキャノピーを見つめる彼の脳裏には、これからすべき事柄が明確に浮かび上がっていた。 R-13Tの外観を眼へと焼き付け、彼はヴォルテールへと視線を移す。 巨大な守護竜の掌の上に座するキャロの瞳は、既に決然たる意思を宿していた。 自身の負傷さえ忘却し、こちらを見やるキャロへと頷いてみせるエリオ。 その遥か頭上と下方、艦艇の突入と離脱によってコロニーへと穿たれた、巨大な穴の両端。 其処から覗く、死と破壊に彩られた無重力の戦場。 未だ残る核の焔、黄昏時の陽光にも似たその光によって照らし出された空間で、赤と青、そして紫の閃光が爆発した。 * * 『警告。EA波複数検出、極広域。EP展開中、警戒せよ』 突然の警告。 漸く緊張が解れ始めていた矢先であっただけに、はやては文字通り、呼吸が止まる程に驚愕した。 ベストラ及び防衛艦隊との通信は回復したものの、何故かコロニー内部を含む他方面とのそれは一向に繋がる様子が無いという、奇妙な状況。 輸送艦群の救出作業が滞りなく完了した後、ランツクネヒト人員の大部分をAエリアへと残して外殻の部隊はEエリア近辺へと戻り、引き続き通信途絶の原因究明へと移行していたのだ。 頭上にはベストラより派遣された第97管理外世界の技術者、そして警護のランツクネヒト人員を乗せた輸送艦が2隻、帰還の途に就こうとしていた。 通過してゆく輸送艦、その艦体下部を見上げていた最中の、司令部からの警告である。 はやてを始め、周囲の人員が即座に詳細を問い返す。 「司令部、それはバイドによるものか? 検出源の位置は」 『最大出力でのEA波照射源は当域より離脱中、コロニーから離脱したヨトゥンヘイム級と推測される。その他に複数の照射減が存在するが、高出力かつ変則的な軌道を繰り返しているらしく、位置の特定は不可能』 「通信の途絶は、ソイツらが妨害工作を行っていたんだな?」 『そう判断して間違い無いだろう。現在、ヴィットリオとペレグリン隊がヨトゥンヘイム級の追撃に当たっている。敵中枢と思われる目標艦を撃破し・・・』 唐突に途絶える、司令部からの言葉。 はやては眉を顰め、沈黙したウィンドウを見据える。 周囲の人員も、ほぼ同様にウィンドウへと視線を集中していた。 そして、数秒後。 放たれた言葉は、悪夢が未だ去ってはいない事を告げていた。 『・・・駆逐艦ヴィットリオ及びペレグリン1、ペレグリン4、反応消失! 高速移動体複数、急速接近!』 直後、閃光。 視界の全てが白く染まり、聴覚までが一瞬で麻痺した。 防音障壁は全く意味を為さず、全身を打ち据える衝撃は瞬間的に意識を刈り取る。 一瞬だった。 少なくともはやてにとっては、瞬間的な事として捉える他なかった。 閃光が視界に溢れた瞬間、自身が衝撃を受けて意識を失ったらしい事は解る。 その一瞬後には覚醒し、閉ざされていた瞳を見開く事ができた。 ところが、視界へと映り込んだ周囲の状況は、一瞬前とは全く異なっていたのだ。 はやては、焦燥の滲む表情でこちらを見下ろすザフィーラの腕の中に庇われており、更には必死の形相をしたヴィータが傍らに着いていた。 状況を把握できないはやては、念話で以って彼等へと問い掛ける。 『何や・・・私、何で倒れて・・・』 『良かった・・・目が覚めたんだな! 20秒位だけど、はやて気絶してたんだよ! なのはも意識が無い!』 『主はやて、鼓膜は無事ですか? 防衛艦隊とコロニーが攻撃を受けた様です。今のところ詳細は不明ですが、あれを見る限りかなりの被害かと』 『あれ?』 訊き返すとザフィーラは身を引き、その背後の空間をはやての視界へと曝した。 はやては映り込んだ光景に息を呑み、呆然と言葉を紡ぐ。 まるで、信じたくない事実を、しかし何とか受け入れようとするかの様に。 『・・・何が起きた?』 『分かりません。閃光の後、私も数瞬ほど意識を失っていた様です。覚醒した時には、既に・・・』 ザフィーラの返答を聞き留めつつ、はやては周囲を見回す。 つい先程まで頭上に在った、2隻の輸送艦。 1隻は艦体の半ばより2つに裂け、今は小爆発を繰り返しながらコロニーより遠ざかりつつある。 誘爆を繰り返すそれは、搭乗者の生存など望むべくもないという事実を、まざまざと見せ付けていた。 残る1隻に至っては、跡形も無い。 拡がり行く炎の波だけが、輸送艦が確かに存在したのだという事実を物語っていた。 彼方では、複数の爆発が発生している。 それらが何かなど、考えるまでもなかった。 防衛艦隊だ。 R戦闘機による援護が在ったとはいえ、全方位より撃ち掛けられる戦術核の弾幕すら掻い潜り生き延びた艦艇群が、一瞬の閃光と同時に撃破されたのだ。 コロニー外殻、Iエリア方面を見やる。 やはり、コロニーを中心に拡がり行く炎の壁と無数の残骸。 次いで、Aエリア方面へと視線を移す。 今のところ、異常は無い様に見受けられた。 漸く港湾施設を脱した8隻の輸送艦が、遅々とした速度で離脱を開始している。 思わず安堵の息を漏らしたはやてだったが、輸送艦群の進路上に浮かび上がった影を視認した瞬間、彼女の意識は凍り付いた。 「うそ・・・」 新たな爆発の光に照らし出され、影の全貌が浮かび上がる。 同時に、周囲の人員もその存在に気付いたらしい。 無数の声が上がり、念話と通信が錯綜する。 奇妙に揺らめくその影は、球状の部位と槍状の部位が癒着し、更にその後方から幾本かの触手が伸びたかの様な、余りにも醜悪な形状だった。 だが、はやてはその形状に見覚えが在る。 脱出艦隊が出航する数時間前、衝撃的な事実と共に提示された、計9機のR戦闘機に関する簡易データ。 その中に在った、とある異形の機体。 「B-1A2 DIGITALIUS II」 植物性バイド因子添加試作機・改良型。 脱出艦隊と共に在る筈の機体が、コロニーの目と鼻の先に存在していた。 はやては驚愕に眼を瞠り、同時に今にも暴走しそうな思考を何とか抑え込む。 脱出艦隊はどうなったのか。 何故あれが此処に在るのか。 先程の攻撃とあれの関係性は。 それら全ての疑問を何とか押しやり、彼女はシュベルトクロイツ、被災した技術者達とランツクネヒトの協力により複製されたそれを構え、B-1A2を見据える。 この瞬間に問題となり得るのは、あの機体が敵か味方かというだけの事だ。 そうして、フレースヴェルグの発動態勢へと移行したはやての意識へと、漸く覚醒したらしきなのはからの念話が飛び込む。 『はやてちゃん、何を!? あれは味方で・・・』 『寝ぼけとるんか、高町一尉? 脱出艦隊に付いとった筈のあれが此処に在るのは、どう考えたっておかしいやろ。おまけに正体不明の攻撃とこのタイミング、疑わん方がおかしいわ』 『そんな! だってあれはスバル・・・』 「違う!」 叫ぶはやて。 視界の端で、ザフィーラとヴィータを含む数人が、驚いた様にこちらを見る。 だが、彼女はそれを気にも留める余裕すらなく、音声と念話の双方で叫び続けた。 「スバルやない、スバルなんかやない! あれは唯の機械や! 意識も何も持たん、唯の部品や! あれをスバルだなんて呼ぶのは、たとえなのはちゃんでも許さん!」 『はやてちゃん・・・』 「解ったら構え! 敵か味方か判らん以上、攻撃態勢だけは維持しとくんや! やらんか、高町一尉!」 地響きの様な爆音が轟く中、周囲へと展開する人員の間に沈黙が満ちる。 数秒後、了解、との念話がなのはより返された。 100mほど離れた地点で、桜色の魔力光が集束を始める。 それを確認し、はやてもまたフレースヴェルグの発動準備を再開した。 ヴィータもザフィーラも、何も言葉を挟まない。 2人とて、なのはの胸中は良く理解しているだろう。 しかし同時に、はやての言葉が正しいものであると理解しているからこそ、無言のままに迎撃態勢を取っているのだ。 少なくともはやてはそう考えており、それが間違ってはいないと信じている。 それでも、鬱屈した思いが首を擡げる事は避けられなかった。 あれは、断じてスバルではない。 なのはに対して言い放った通り、あれは唯の機械だ。 人間としての姿は疎か、その意識さえ有し得ない、単なる部品。 ごく僅かな有機体と、その10倍以上の質量を有する機械類によって構成され、50cm程の円筒形のポッドに収められた有機質制御系。 だから、あれに対して何らかの感慨を抱く必要性など、僅かたりとも在りはしない。 制御下に在るならば利用し、敵対するならば排除するまでだ。 『ビクター2よりベストラ、聞こえるか。何故、此処にB-1A2が存在する? 脱出艦隊からの連絡は無いのか。先程の攻撃は何処から?』 管制を担っていた機動兵器の1機より、ベストラへと通信が飛ぶ。 その間にもB-1A2は特に動きを見せる事もなく、一切の機能を停止したかの様に宙空を漂っていた。 詠唱を済ませたはやては、その機体から目を離す事なく、ベストラからの返答を待つ。 だが数秒が経過しても、ベストラが応答する様子は無い。 『ベストラ・・・ベストラ、どうした? 爆発が続いている・・・防衛艦隊は何と戦っているんだ? ペレグリン隊、シュトラオス隊・・・おい、どうなってる!?』 通信の声が、徐々に焦燥を増す。 脳裏へと浮かぶ、余り愉快ではない現状への推測。 はやての額には何時の間にか汗が滲み、肌が粟立っていた。 通信は、更に続く。 『ヤタガラス、アクラブ! 何故、応答しない! 交戦しているのはこちらからも見えて・・・待て』 ビクター2の言葉が途絶え、はやてを含む全ての人員の傍らへと、新たなウィンドウが開かれる。 B-1A2から外した視線の先、拳ほどの大きさのそれにはノイズが奔るばかりだったが、時折混じる言葉らしきものを聞き取る事ができた。 一体、これは何なのか。 訝しむはやての意識に、ビクター2の声が響く。 『ビクター2より総員、大出力中距離通信用レーザーを検知・・・ベストラからじゃない。妨害が激しいが・・・』 『こちら脱出艦隊、旗艦ウォンロン! コロニー防衛艦隊・・・』 ビクター2の言葉を遮り、唐突に割り込む通信。 どうやらレーザーの発信源が、強制的にビクター2のシステムへと介入したらしい。 そんな事が可能である存在は、バイドか地球軍、ランツクネヒトしか有り得ない。 そして、レーザーの照射源はこうも言った。 脱出艦隊、旗艦ウォンロン。 地球軍に救援を要請すべく、人工天体外部へ向かった11隻の戦闘艦と、それらを指揮する巨大な空母型戦闘艦。 彼等の出航から、まだ6時間しか経過していない。 作戦終了までの予測所要時間は11時間。 にも拘らずウォンロンは現在、中距離通信用レーザーが使用可能な距離にまで、コロニーへと接近しているという。 その事実から推測するに、作戦は失敗したという事だろうか。 そんな事を思考する間にも、ウォンロンとビクター2の通信は続く。 だが、どうやら通信妨害が激しさを増しているらしく、ウォンロンからの通信もまた、途絶えては繋がるを繰り返していた。 ウォンロンは何事かを伝えようとしているらしいのだが、その言葉は通信の切断と合わせて意味を為さない単体の音となってしまう。 レーザー検知直後の通信を最後に、ウィンドウから放たれる音声は、正確な聞き取りすら不可能なものとなっていた。 ビクター2はどうにか通信状態を回復させようと試みているらしく、新たに展開したウィンドウには無数の波形と立体グラフが犇めき、その全てが目まぐるしく変動を続けている。 そしてある瞬間、全ての波形が変動を止め、立体グラフ上に凪いだ平面が拡がった。 ウィンドウの色は赤から青へと移行し「通信回復」の文字が表示される。 漸くか、とウィンドウからB-1A2へと視線を戻したはやてが、ウォンロンより放たれる言葉に注意を傾けた、その瞬間。 『ウォンロンよりコロニー防衛艦隊、警告! ユニット「TYPE-02」搭載機、一部暴走! 当該ユニット搭載機B-1A2、全機スタンドアローン! 現在、敵対行動を継続中!』 歪な植物体の後方で、光が爆発した。 「な・・・!」 B-1A2、急加速。 フレースヴェルグを発動するどころか、はやてが声を上げた時には既に、B-1A2は輸送艦群の中心を貫いてコロニーへと急接近していた。 ザイオング慣性制御システムと反動推進システム、双方を併使用してこそ可能となる、常軌を逸した戦闘機動。 即座に反応した質量兵器群の砲撃は空しく宙空を貫き、ミサイル等の誘導弾は目標を見失って自爆する。 B-1A2の戦闘機動開始とほぼ同時、驚くべき反応の速さでフレースヴェルグと同様の特性を有する広域制圧型砲撃魔法を放った者も存在したが、広域魔力爆発の発生前に目標が通過してしまった為、全く意味を為していない。 敵機は無傷のままにコロニーへ取り付くと減速し、外殻上を滑る様に側面方向への移動を開始する。 『目標、外殻に取り付いた!』 『シュトラオス隊は何をしている!?』 『アイギスが機能していない・・・クソ、制御奪還なんて嘘だ! アイギス群、別の何かに制御権を奪われているぞ!』 そして、目標の機首に集束する、青い光。 B-1A2、波動砲充填中。 通信と念話が、焦燥と恐慌に支配される。 『砲撃だ、波動砲が来る!』 『離脱だ、離脱しろ! 散開して逃げるんだ!』 『はやて、早く!』 ヴィータがはやてのを腕を掴み、更にザフィーラが2人を庇う様にして、コロニーから離脱するべく宙空へと上昇。 はやては右側面の下方、旋回する様に外殻上を高速機動する敵機の全貌を、恐怖と、それを凌駕する敵意を以って見据えていた。 理不尽な攻撃を前に逃げ出す事しかできない歯痒さ、肝心の状況下で現れないR戦闘機群に対する憤りと侮蔑。 スバルとノーヴェの尊厳を踏み躙ってまでして得た戦力を制御し切れず、あまつさえ暴走を許し、敵対行為を未然に防ぐ事さえできなかった地球軍とランツクネヒトへの怒り。 それら全ての思考と感情が混然となり、はやて自身にも制御できぬ波となって意識内を荒れ狂っていた。 だが、そんな感情の荒波さえも、敵機後方で噴射炎が瞬いた瞬間に微塵となってしまう。 「がぁッ!?」 「ぎ、ぅあッ!」 ヴィータ、そして自身の悲鳴。 B-1A2が再度加速、上昇離脱する人員を掠める様にして飛び去ったらしい。 背中を支える腕の力を借りて体勢を立て直した時には既に、はやてを含む人員の殆どは、外殻から500m以上も離れた宙空にまで吹き飛ばされていた。 グラーフアイゼンを構えるヴィータと後方からはやてを支えていたザフィーラは、あの衝撃の中ではやてから離れる事もなく、一貫して彼女を守護できる位置を維持していたらしい。 そんな家族を頼もしく思いながら、はやては敵機の姿を探す。 直後、これまでサポートに集中し、決して喋ろうとはしなかった融合中のリィンが、意識中で悲鳴の様な声を上げた。 『上です!』 反射的に上を振り仰ぐと同時、轟音と共に周囲から数条の光が放たれる。 リィンとほぼ同時に敵機を発見した数名の魔導師が、吹き飛ばされる直前までに集束していた魔力で以って砲撃を実行したらしい。 桜色の魔力光が混じっている事から、なのはもその中に加わっているのだろう。 更に、数十発ものミサイルが宙空および外殻上の機動兵器群より放たれ、他の質量兵器の砲弾と共に敵機を目掛け加速してゆく。 光学兵器群も、焦点温度が不足である事は既に判明してはいたが、光の壁面を形成するかの様に凄まじい照射を始めていた。 だが数瞬後、その全てを嘲笑うかの様に、B-1A2は信じられない機動を選択する。 「何を・・・!?」 三度、敵機後方で噴射炎が爆発。 直後に、背後から破滅的な衝撃がはやてを襲った。 B-1A2は波動砲充填状態を保ったまま、砲撃とミサイルの壁に正面から突入してきたのだ。 衝撃波は、敵機がはやて達の後方を通過した際に発せられたものだろう。 「くぁ・・・!」 ザフィーラの守護も在り、吹き飛ばされる事だけは回避したはやて。 全身を打ち据える衝撃に呻きつつも、彼女は下方へと直進した敵機の影を視界へと捉えんとした。 だが、はやては視線の先に、全く予想だにしなかった光景を見出す。 「え・・・」 敵機は、直進し続けていた。 単独の事象ならば不自然な事は何も無いが、その往く手にはコロニーの外殻が在る。 にも拘らず、敵機には軌道を変更する様子も、それどころか減速する気配さえ無い。 衝突する、との予想は違う事なく、直後にB-1A2はコロニー外殻へと高速で以って突入していた。 合金製の構造物を打ち抜く、壮絶な異音。 思わず身を竦ませた直後から、念話と通信が入り乱れる。 『何だ、今のは!? アイツ、自分から墜落しやがったぞ!』 『トラブルでも生じたか・・・だが、波動砲を充填していたぞ』 『まだ接近しないで、何かあるかもしれない!』 飛び交う無数の言葉を意識へと捉えつつ、はやては敵機の墜落地点を凝視していた。 外殻構造物には十数mもの穴が開き、その奥へと消えたB-1A2の影を見出す事はできない。 その事が、はやての胸中へと言い様の無い不気味さを湧き起させた。 如何なR戦闘機とは云えど、あの速度でコロニーへと衝突しては無事である筈がない。 だが、はやてはこれまでに、R戦闘機とバイドの異常さを嫌という程に、身を以って思い知らされてきた。 あの薄暗い穴の中で、これまでと同じく常軌を逸した悪夢の種が息衝いているのではないかと、そんな不安とも恐怖とも付かぬ薄暗い予想が首を擡げるのだ。 そんなものは単なる気の迷いに過ぎない、と笑い飛ばせる楽観的な思考は、クラナガンと本局が襲われた時点で捨て去っている。 そして、恐らくは同じ不安を内包しているであろうヴィータが、聞き逃す事のできない言葉を紡いだ。 『あの機体・・・一瞬、ぶれやがった』 『・・・何やて?』 『気の所為かもしれないけど・・・コロニーへ衝突する直前、アイツの影が映像みたいにぶれた様に見えたんだ。多分、波動粒子の光だと思うけど・・・青い光が、機体の全体に行き渡った、みたいな感じで』 『波動粒子だって?』 ヴィータの言葉に反応したのは、はやてだけではなかった。 周囲の魔導師が穴に向かってデバイスを構え、機動兵器群が次々に周囲へと集結してくる。 穴に異変は見られない。 数十秒ほど経過しても、それは変わらなかった。 『ビクター2、ウォンロンとの通信はどうなっているの?』 『交戦中、との通信を最後に途絶えた。相手が何かまでは・・・』 『フリックより総員、警告! コロニー内部、バイド係数増大! 現在22.94、なおも増大中!』 唐突に、ビクター2とは別に管制を担っていた機動兵器からの警告が飛び、新たに展開されたウィンドウ上へと、急速に変動してゆく4桁の数値が表示される。 バイド係数、増大。 その事実を認識するや否や、はやてはラグナロク発動の為の詠唱を開始した。 彼女の眼前へと展開する、巨大なベルカ式魔法陣。 はやてだけでなく、その周囲でも複数の魔導師が魔法陣を展開していた。 「響け、終焉の笛・・・」 穴の奥深くから、奇妙な音が響き始めている。 何か硬い物を擦り合わせる様な、しかし明らかに金属製のものとは異なる、耳障りな異音。 全く距離感の掴めない、まるで鼓膜の内から響いているかの様なそれが、はやての意識を絶えず苛む。 コロニー内部に取り残された生存者が存在するのではないかとの思考は、なおも増大しゆくウィンドウ上の数値を改めて視界へと捉えた瞬間に掻き消えた。 被害こそ生じるだろうが、この程度の砲撃でコロニーが崩壊する筈はない。 何よりバイド係数検出源を放置すれば、砲撃によるそれ以上に重大な被害が生じるだろう。 迷っている暇など無い、すぐにでも検出源を排除せねば。 そんな自身の思考に従い、一刻も早くこの異音を止めるべく、はやてはシュベルトクロイツを振り下ろした。 「・・・ラグナロク!」 轟音。 数十もの魔力砲撃が、唯一点を目掛け放たれる。 更に、周囲の機動兵器群による、残余弾の全てではないかと思える程のミサイル、実体弾による砲撃。 数十条の魔力の奔流と、数百もの噴射炎の光が、外殻上に穿たれた1つの穴を目掛け殺到する。 先ずミサイルと砲弾が着弾、凄まじい閃光と轟音が周囲を満たし、衝撃がはやて等を襲った。 次いで、リンカーコアを通して感じ取れる、膨大な量の魔力の炸裂と拡散。 仕留めた、との確信と共に、はやては薄らと瞼を見開く。 そして、それを見付けた。 「・・・何や、あれ」 それは、黒い塊だった。 砲撃魔法と質量兵器の炸裂により発生した巨大な爆炎と、飛散する膨大な量の構造物残骸、その中心。 蠢く奇妙な塊が、無重力中へと拡散する炎の中に浮かび上がっていた。 障壁に阻まれ、魔導師を避ける様にして炎の壁が後方へと抜ける。 その後に視界へと映り込んだ光景は、大きく抉れたコロニー構造物と、その中心で残骸に埋もれ蠢く数十m程の奇妙な塊。 そして、塊を注視した瞬間、フリックからの警告が意識へと響くと同時。 『バイド係数、更に増大! 47.59!』 外殻を喰い破り現れた無数の「根」が、コロニーを侵蝕し始めた。 「な、あッ!?」 巨大な金属構造物が軋む轟音、「根」と「根」が擦れ合う異音。 防音障壁越しにも聴覚を破壊せんばかりのそれらが、周囲に展開する人員を襲う。 思わず耳を押さえ、悲鳴を上げるはやて。 その視線の先で、灰色掛かった「根」は瞬く間に外殻を破壊しつつ、津波の様にコロニー全体を覆ってゆく。 侵蝕の中心となっていたらしき塊は既に形を失ってはいたが、拡がった「根」はそれが存在していた位置を中心に放射状の模様を描いていた。 外殻上へと展開していた機動兵器群からは、絶えず悲鳴の様な通信が飛び込む。 『何だあれは!? 植物が、植物の壁が押し寄せてくる!』 『ドライブユニットの磁力を解除しろ! 無重力中に逃げるんだ!』 『クソ、クソ! 弾き飛ばされた! 誰でもいい、回転を止めてくれ!』 『こちらホッジス、植物に取り込まれた! おい嘘だろ、機体が軋み始めて・・・畜生、潰される! 畜生、畜生ッ!』 鉄の圧潰音、悲鳴とくぐもった水音。 通信越しにそれらの音を聴き留めたはやての胸中へと、恐怖と共に吐き気が込み上げる。 だが、状況は彼女に、それを深く意識させる暇さえ与えなかった。 『ねえ、何か伸びて・・・危ない!』 『蔦だ! 蔦が伸びてくる!』 『コロニーから離れろ! 捕まるぞ!』 完全に「根」に覆われたコロニー、その至る箇所から無数の「蔦」が伸び始める。 数万、数百万、或いは数千万だろうか。 壁となって迫り来る「蔦」は、鞭の様に撓りつつ爆発的に伸長し、あろう事か周囲の機動兵器群および魔導師達へと襲い掛かった。 其々に砲撃および直射弾を放ちつつ退避を試みるも、「蔦」はそれらをものともせずに襲い掛かる。 直射弾程度では進行を妨げる事もできず、砲撃により数本の「蔦」を吹き飛ばしたところで、次の瞬間にはその数十倍もの数が襲い来るのだ。 忽ちの内に20名以上の魔導師、そして数機の機動兵器が捕獲され、通信と念話は悲鳴と絶叫で満たされる。 『ひ・・・!』 『助け・・・ぁああぁぁぁッッ!?』 『嫌だ・・・嫌だ、出してくれ! 此処から出してくれェッ!』 『脱出しろ、潰されるぞ! 出ろって言ってるんだ、早く!』 『痛いぃッ! 助け、助けてッ! 嫌、嫌ああぁぁッ!』 意識へと溢れ返る、幾つもの断末魔。 はやてには最早、それらの悲鳴に何らかの感傷を抱く余裕さえ無かった。 放心しているらしきヴィータ共々、ザフィーラに抱えられつつ離脱を開始する。 傍らにはなのはの姿も在り、彼女は時折後方を振り返っては砲撃を放ち、また飛翔を再開する事を繰り返していた。 『しっかりして下さい、主! 少しでも遠くへ逃げるのです! ヴィータ、目を覚ませ! 主を護る騎士だろう、貴様は!』 『はやてちゃん、飛んで! 伸びる速度が速い、追い付かれる!』 その言葉に漸く、はやては覚醒する。 後方、即ち足下に迫る「蔦」の壁を認識するや否や、零れそうになる悲鳴を寸でのところで抑え込み、可能な限りの魔力を注ぎ込み加速。 ザフィーラのもう一方の腕に抱え込まれたヴィータも、ほぼ同時に自力での飛翔を開始したらしい。 だがヴィータはともかく、はやての飛行速度は元々が余り速くはない。 それでもザフィーラに抱えられて飛翔している以上、彼の負担を和らげる為にも加速せねばならなかった。 事実、はやてが飛翔を開始したその瞬間から、彼女を抱えて飛ぶザフィーラは明らかに加速を始めている。 この分ならば逃げ切れるか、そう考えた時だった。 「ひッ!?」 何かが、足に触れた。 直後、はやてはザフィーラの腕の中から離れ、前方でこちらを向き何事か絶叫する彼の姿を視界へと捉える。 次いで、自身の足首へと視線を落とすはやて。 其処には、成人男性の腕ほども在る「蔦」に絡み付かれた、自身の右足首が在った。 「あ・・・あ・・・」 はやては絶句する。 自身の足首を掴んだ「蔦」から伝わる凄まじい圧力に、心底から恐怖と絶望、そして諦観が沸き起こる事を自覚した。 潰される。 はやての意識を占める思考は、その一点のみ。 あの断末魔を上げていた魔導師や、機動兵器のパイロット達の様に、「蔦」の壁へと呑み込まれて磨り潰されるのだ。 「嫌ぁああぁぁぁッッ!?」 津波の如く眼前へと迫り来る、犇めき蠢く「蔦」の壁。 圧倒的な質量によって虫の如く潰されるという自身の未来に、はやては心底からの絶叫を上げた。 死にたくない、こんな形で死ぬなんて嫌だ。 そんな思いが金切り声にも似た叫びとして、はやての口から放たれた。 減速する事すらなく、無情に迫り来る壁。 数秒後に自身へと訪れるであろう、凄惨な終焉の瞬間を直視する勇気など在る筈もなく、はやては固く目を閉じてその時を待つ。 だが、彼女を包み込んだのは無慈悲な硬い「蔦」の感触ではなく、頼もしささえ感じさせる鍛え上げられた筋肉の感触と、大切な家族の声だった。 「主はやて、しっかり! 私の腕を掴んでいて下さい!」 恐る恐る見開かれた視線の先には、前方を見据えるザフィーラの横顔が在った。 はやては再び彼の右腕に抱えられ、宙空を飛翔していたのだ。 自身の右足首を見やれば、「蔦」に締め付けられた際に骨格が砕けたのか、奇妙に折れ曲がったそれが不気味に揺れていた。 だが感覚が麻痺しているのか、まるで痛みを感じない。 次いで、はやてはザフィーラの左手を見る。 その手は皮膚が避け爪は折れ、更に指は本来ならば有り得ない方向へと捻じれ、千切れる寸前で辛うじて繋がっていた。 はやては息を呑み、念話で叫ぶ様にザフィーラへと問う。 『ザフィーラ、その手!?』 『あの「蔦」を切断する際に、少々。流石にアクセルシューターとシュワルベフリーゲンを弾き返すだけあって、簡単に切断とは・・・』 『そんな事やない! まさか、戻ったんか!? 私のところまで!』 『ええ、その通りです』 事も無げに返された念話に、はやては返す言葉を見付ける事ができなかった。 ザフィーラは「蔦」に捕われたはやてを救出すべく、我が身を省みずに迫り来る「蔦」の壁の直前まで戻ったのだという。 更には、なのはとヴィータの射撃魔法をいとも容易く弾いた「蔦」を、あろう事か自身の爪で切断してはやてを救い出したのだ。 代償に、彼の左手の指は全て折れ曲がり、第二指と第四指、第五指に至っては殆ど千切れ掛けている。 其処までして、彼は主を護り切ったのだ。 「ザフィーラ・・・っ!」 込み上げるものを抑え切れず、はやては眼の端に涙を湛えて、ザフィーラへとしがみ付く自身の腕に力を込める。 「蔦」に潰されるのだと確信した瞬間、彼女の心を埋め尽くした絶望。 12年前に経験したそれをも上回る程の、余りにも色濃い諦観。 抵抗する気力さえ奪われたはやてを、それらの中より救い出してくれたザフィーラ。 彼が自らの左手を犠牲にしてまで「蔦」を切断してくれたからこそ、はやては生き長らえる事ができた。 その事を強く認識すればする程、感謝の念と同時に、自身の所為で彼に重傷を負わせたという罪悪感が、止め処なく胸中へと湧き起こる。 そして、自身の中で未だ形も定まらぬ内、何らかの言葉でそれらを伝えるべく念話を紡ごうとして。 「ぐ・・・ッ!」 「うぁッ!?」 その直前、はやての身体はザフィーラの手によって、前方へと放られていた。 何事かと認識する暇すら無く、はやては前方で待機していたヴィータの腕によって受け止められる。 衝撃に思わず閉ざした瞼を見開き、ザフィーラの姿を探すはやて。 果たして、ザフィーラの姿は僅かに10m程の位置に在った。 『ザフィーラ、何が・・・』 「逃げろ、ヴィータッ!」 「嘘だろ・・・こんな・・・!」 はやての念話を遮る、ザフィーラの叫びとヴィータの声。 何が起こっているのかと、はやては一瞬ながら混乱し、次いでザフィーラの全貌を注視した。 そして、その光景を視界へと捉え、状況を把握する。 ザフィーラの両脚には、数本の「蔦」が絡み付いていたのだ。 「ザフィーラッ!」 「止せ、はやてっ!」 悲鳴そのものの叫びを上げ、ザフィーラの許へ向かおうとするはやて。 その身体を、ヴィータが背後から羽交い絞めにする。 だがはやては、宛ら幼子の様に四肢を振り回して暴れ、その拘束を振り払わんとした。 同時に、傍らで桜色の光が膨れ上がり、遂にはする。 なのはが、ショートバスターを放ったのだ。 桜色の砲撃は、既にザフィーラの下半身を呑み込んでいた数本の「蔦」、その半ばを貫き切断する。 「逃げて! 早う!」 幾度目かの叫び。 ザフィーラの身体が徐々に加速、前進を再開する。 はやてはヴィータによって強引に後方へと退きながらも、接近してくるザフィーラへとその手を伸ばした。 盾の守護獣としての使命、即ちはやての身を護る事を何よりも優先する彼が、差し伸べられたその手を掴む事は決してないと理解しつつも、彼女はそれをせずにはいられなかったのだ。 「ザフィーラ・・・!」 「止まるなヴィータッ! 主を護れッ!」 ザフィーラが鋭く叫び、ヴィータがそれに従った。 彼女は右手にグラーフアイゼンを握り、左腕にはやての身体を抱えて宙を翔ける。 はやては、ヴィータが加速するにつれて胴を締め付ける彼女の腕、その中から必死に自身の左腕を伸ばし、漸く追い付いたザフィーラの右頬へと触れた。 驚いた様な珍しいザフィーラの表情とその銀髪が、安堵によって滲む涙にぼやけて形を崩す。 「ザフィーラ・・・無茶、してぇ・・・」 自身でも驚く程の弱々しい声。 溢れそうになる涙を右手で拭うと、彼は何時も通りの無表情のまま、その頬に触れるはやての左手を自身の右手で握る。 そうして、何らかの言葉を掛けようとしたのか、彼の口が僅かに開かれた直後。 「え・・・」 はやての眼前で、巨大な「蔦」の顎門がザフィーラを「噛み砕いた」。 「ザフィーラ?」 全身へと叩き付けられる、熱い飛沫。 右眼の視界が、赤く塗り潰される。 呆然と家族の名を呼ぶはやて。 残る左眼の視線の先には、あの銀髪も浅黒い肌も、そのどちらも存在しない。 唯々、絡まり合う無数の「蔦」が蠢く、植物体の壁だけが在った。 左前腕部、微かな痺れ。 左手は、ザフィーラの頬へと触れていた。 残る左眼の視界へと、自身の左腕を翳す。 其処で漸く、はやては気付いた。 「あ・・・あ・・・」 左腕、前腕部の半ばから先が、無い。 肘部から10cm程の位置で、前腕が唐突に途切れていたのだ。 遅れて噴き出す自身の血液を、はやては呆然と見つめる。 そして、理解した。 ザフィーラは、もう居ない。 何処を探しても、二度と彼を見付ける事は無い。 僅か十数秒前に、言葉を交わしていたというのに。 僅か数秒前まで彼の頬に触れ、その体温を感じ取っていたというのに。 彼はもう、無限に拡がる次元世界の、その何処を探しても存在しないのだ。 「・・・ああああぁァアアァァッ!?」 それはもう、悲鳴ですらなかった。 自身の苦痛に泣き叫ぶ訳でも、家族の死を悼んでいる訳でもない。 唯、只管に全てを呪う声。 既に「蔦」の伸長は止んでいた。 あと数秒、僅か数秒。 「蔦」が成長し切るまでの、その数秒の間にザフィーラは死んだのだ。 本当ならば、逃げ切れた筈だった。 自身がもっと速く飛べれば、もっと早くに飛翔を開始していれば。 「蔦」に捕まる事もなく離脱できていれば、ザフィーラは死なずに済んだのに。 「うぁぁああアアァァァァッ!」 「はやてっ!」 止血すらせずに泣き喚きながら暴れ続けるはやての身体を、何とか押さえ込もうとするヴィータ。 はやての視界へと映り込んだ彼女の表情は、自身と同じく大粒の涙を溢していた。 ヴィータははやての左腕、血液を噴き出し続ける腕の断面を強く握り、止血を試みる。 はやての叫びは怨嗟と悔恨の念からくるものばかりで、前腕部の激痛による悲鳴など全く無い。 だがそれでも、周囲へと駆け付けた他の魔導師達が治癒結界を展開して暫くした頃には、はやては泣き止まずともある程度にまで落ち着いていた。 「う・・・あぁ・・・ぁ・・・」 「はやて・・・!」 出血が止まった傷口を胸元に抱える様にして、はやては小さく啜り泣く。 彼女を抱き締めるヴィータもまた、小さく嗚咽を繰り返していた。 なのはは少し離れた位置でこちらを見守っている様だったが、その顔は伏せられ肩が小さく震えている。 周囲の魔導師達も、声を上げて泣き叫ぶ者から沈黙を貫く者まで皆、一様に理不尽な死によって蹂躙された仲間を想っているらしい。 暫くの後、はやてはヴィータの肩へと埋めていた顔を上げ、何処か幽鬼の如き表情で呟く。 「・・・ありがとな、ヴィータ。大丈夫や・・・もう、大丈夫」 「はやて・・・でも・・・っ!」 「大丈夫やよ」 言いつつ、はやては背後へと振り返った。 視線の先には、爆発的に増殖した植物によって、完全に覆い尽くされたコロニー。 否、植物そのものが在った。 闇の中に薄らと浮かび上がる植物の全貌は、明らかにコロニーの倍以上の質量を有するであろう、余りにも巨大なものだ。 ザフィーラは、自身の左腕ごと潰された。 想像も付かない質量、恐らくは数兆トンにまで達するであろう植物の壁によって、彼は肉片すら残さずに叩き潰されたのだ。 残ったのは、はやての白いバリアジャケット、その全身を赤黒く染め上げる彼の血液だけ。 もう二度と、彼に会う事はできないのだ。 『何で・・・こんな事・・・!』 『この植物は、あのR戦闘機から生じたのか?』 『たった1機の戦闘機から出た植物が、3分と掛からずにコロニーの倍にまで成長したっていうの? 有り得ない!』 交わされる念話を、はやては無言のままに聞き続けていた。 憔悴し切った表情のまま、植物を見つめる。 その傍らに、なのはが近付いてきた。 「はやてちゃん」 「・・・ああ、なのはちゃん」 「その、ザフィーラさんは・・・」 口籠るなのはに、はやては虚ろに微笑みを返す。 その表情に何を思ったのか、なのはは僅かに目を見開き、唇を戦慄かせた。 彼女は震える声で、再度に語り掛けてくる。 「はやてちゃん・・・?」 「・・・シャマルも、ザフィーラも死んでしもた。ティアナやスバル達の安否も分からない」 「止めろよ、はやて」 「何も、何にもできなかった。家族なのに、指揮官だったのに・・・皆に頼って、助けられて・・・なのに、何にも・・・私、私が何もしなかった所為で、皆・・・」 「止めろ!」 会話に割り込んだヴィータがはやての肩を掴み、その瞳を正面から覗き込んできた。 視界へと映り込む、怒りに燃える紫の瞳。 そしてヴィータは、常ならば考えられない行動へと出た。 彼女は真正面から、はやてを怒鳴り付けたのだ。 「誰にも、どうする事もできなかったろ! 魔導師だろうが何だろうが、1人の行動でどうにかできる状況じゃねえ! 皆が死んだのは自分の所為!? 思い上がんな!」 「ヴィータちゃん、落ち着いて!」 「今度また同じ事言ってみろ、幾らはやてでもブッ飛ばす! 本気でブッ飛ばすからな! アイツらを侮辱するのもいい加減にしやがれッ!」 そう言い放つと、ヴィータははやての肩から手を離し、彼女に背を向けてしまう。 場に満ちる沈黙。 はやては暫し呆然としていたが、やがて左腕の切断痕へと目をやると、自身でも弱々しいと分かる声を振り絞った。 「・・・ベストラへ行こか。此処に居ても、もう私達にできる事は無い」 念話と音声の双方でそう告げると、其処彼処から肯定の返信が入る。 「蔦」の壁から逃げ切る事に成功した機動兵器群が、徐々に周囲へと集まり始めた。 中には、他の者達とは異なる方向へと退避した魔導師の一群を回収し、此処まで移送してきた機体も在る。 機内へと搭乗、或いは装甲上へと取り付く魔導師達を見つめながら、はやては闇の彼方を仰いだ。 あれ程に激しく続いていた無数の爆発は、既に止んでいる。 だが、通信は未だ途絶したままだ。 防衛艦隊がどうなったのか、ベストラが無事なのかさえ判明してはいない。 だが、このまま此処に残るよりは、こちらから他の生存者との接触を図る方が賢明な判断だろう。 そう思考しつつ、はやては視線を強襲艇の1機へと移した。 開かれた機体側面のハッチ内、ランツクネヒトの隊員が搭乗を促すジェスチャーを繰り返している。 背後から肩を叩かれ、振り向くはやて。 視線の先、はやての肩に手を置いたなのはが、気遣う様な表情でこちらを見つめていた。 はやては何とか形作った笑顔を浮かべ、無言で心配は要らないと伝える。 そして多少は安心したのか、なのはが肩から手を離した時だった。 『こちらシュトラオス2! 外殻展開中の部隊、聴こえるか!』 突然の通信。 咄嗟に周囲へと視線を走らせると、右後方の下方に小さな白い影。 シュトラオス隊、R-11Sだ。 『ビクター2よりシュトラオス、健在の様で何よりだ。今まで何をしていた』 『コロニーで何が起こっていたか、見えなかった訳じゃないだろう? あんなにデカイんだからな』 皮肉混じりの通信と念話が、シュトラオス2へと向けられる。 自身達が「根」と「蔦」に襲われている最中、シュトラオスによる援護は全く実行されなかったのだ。 皮肉が飛び出すのも仕方のない事とはやては考えたが、その思考は続くシュトラオス2の言葉により消えて失せた。 『敵はバイドではない! 繰り返す、敵はバイドではない! ユニット「TYPE-02」及び「No.9」搭載の無人機、全機体による攻撃を受けた! 防衛艦隊、被害甚大!』 瞬間、はやては自身の呼吸が止まった事を自覚する。 彼女の意思に沿う現象ではない。 彼女自身の意思とは裏腹に、呼吸器が大気の吸入を止めたのだ。 ユニット「TYPE-02」及び「No.9」搭載機、その全てによる攻撃。 その事実は即ち、コロニーを襲ったB-1A2の他に、8機の敵機が存在する事を示している。 思わず、なのはとヴィータの方を見やるはやて。 こちらを見つめる2人の表情は、明らかな恐怖に引き攣っていた。 念話と通信が慌しく交わされ始める内にも、シュトラオス2の機体は徐々にこちらへと接近していたらしい。 常ならば考えられない程に遅々とした速度だったが、50mほど離れた位置を低速で通過するその機体を目にしたはやては、その低機動の理由を理解した。 R-11Sが備える特徴的なフロントブースター、更には左側面のエンジンユニット、後方2基のメインブースター・ノズル。 その全てが、無惨な破壊跡だけを残して失われていた。 眼前の半壊したR-11Sは、恐らくは本来の半分程度の質量しか有してはいないだろう。 それ程の損傷を受けてなお、慣性制御を用いて此処まで移動してきたのだ。 「・・・酷ぇな」 R-11Sの損傷部を見やりつつ、ヴィータが呟く。 その言葉こそが、はやてを含む周囲の人員、その胸中を的確に言い表しているだろう。 複数の666と正面から交戦し、襲い来る無数の戦術核と迫り来るプラントをも排除して退けた、超越体と呼ぶに相応しい兵器。 そんな存在が今、明らかに継戦能力を奪われて其処に在る。 そして、それを為した存在が、敵として周囲に潜んでいるのだ。 「行こう」 なのはに促され、はやてはヴィータと共に強襲艇へと向かう。 そして、機体まで30m程の距離にまで接近した時、はやては聴覚に微かな音を捉え、背後へと振り返った。 まるで、羽虫が耳元を掠め飛んだかの様な、一瞬の異音。 周囲を見回すも、特に異常は無い。 だが気の所為という訳でもなかった様で、傍らではなのはとヴィータもまた、各々のデバイスを手に周囲を見渡している。 「聴こえた?」 「ああ」 「何の音・・・?」 3人で声を交わし、音の出所を探す。 だが、何も見付からない。 諦めて視線を強襲艇へと戻し、再度に飛翔を再開して。 「な、あッ!?」 眼前の強襲艇が、半ばから両断された。 「ぎッ・・・!」 強襲艇が爆発する。 僅か30mばかりの距離から襲い掛かる爆発の衝撃に、はやては障壁を展開する事もできずに吹き飛ばされた。 その身体を咄嗟にヴィータが支えるも、2人は諸共に飛ばされる事となる。 それでも数秒後、漸く体勢を立て直す事には成功した。 辛うじて無事だった聴覚を当てにはせず、2人は念話で以って言葉を交わす。 『今のは!?』 『分からねえが、何かが強襲艇をブッた斬りやがった! ありゃ一体何だってんだ!?』 再度、爆発音。 視線を上げると、頭上で複数の爆発が発生していた。 混乱しているのか、其処彼処で魔法と質量兵器が乱射され、数発の砲撃魔法がはやてとヴィータの至近距離を貫く。 これには流石にはやても肝を冷やし、彼女は即座に全方位へと念話を飛ばした。 『何が起こってるん? 誰か、状況を・・・』 『シュトラオスがやられた! コックピットが真っ二つにされて・・・クソ、自爆だ!』 こちらの念話を遮る様に飛び込んできた通信の直後、左前方で巨大な爆発が発生する。 明らかに周囲の人員、機動兵器群の多数を巻き込んでいるであろうその爆発は、直前の通信から判断するにシュトラオス2の自爆によるものだろう。 だが、何時までもそれを気に留めている余裕は無かった。 はやての視界へと、周囲を飛び回る異形の全貌が飛び込んできたのだ。 「何や、あれ・・・!」 その機体は、これまでに目にしてきた中で最も大型のR戦闘機より、更に2回り以上も巨大だった。 濃灰色の塗装を施された機体は、その巨大さに見合わぬ俊敏な機動で以って、全方位からの攻撃を難無く回避し続けている。 それどころか時折、低集束の波動砲を放っては、周囲の魔導師達を衝撃で以って吹き飛ばすのだ。 嘗められた事に、砲撃そのものは周囲の機動兵器群を狙ったものではなく、遠方に展開する防衛艦隊の戦力を狙っているらしい。 砲撃の放たれた先、彼方の闇の中、連続して青と赤の光が瞬く。 波動粒子、そして爆発の光だ。 だが、そのR戦闘機の真の異常性は、その巨大さでも波動砲でもなかった。 「嘘・・・!」 幾度目かの波動砲を放った直後、何とその機体は、一瞬にして人型の機動兵器へと変形したのだ。 肥大化した両腕部を備えた、金属の巨人。 腕部先端には奇妙な突起部が3つ、砲身の様に突き出している。 そして、あろう事か異形は左右の腕部先端、計6箇所の突起部、その全てから長大な光学ブレードを展開したのだ。 目測ではあるが機体のサイズからして、ブレードの長さが15mを下回る事はないだろう。 異形はその両腕を側面下方へと構え、正しく獲物へと襲い掛かる獣の如き姿勢を取った。 敵機が何をするつもりなのか、それを察したはやてが咄嗟に砲撃態勢を取るよりも早く、異形の背後で噴射炎の青い光が爆発する。 はやてが思わず叫んだ、その直後。 「止めぇッ!」 20機以上もの機動兵器群が、無数の残骸へと「解体」されていた。 「あ・・・あぁぁ・・・ッ!」 幾重にも拡がりゆく、炎の壁。 自動的に発動した障壁によってそれらが受け流されてゆく中、はやてはか細い声を漏らす事しかできなかった。 瞬間的な破壊の嵐が吹き荒れた空間には、死と破壊と鉄の臭いだけが満ち満ちている。 異形。 即ちR戦闘機『TL-2B2 HYLLOS』の影は、もう何処にも無い。 遅れて弾薬が暴発したのか、無数の残骸が更なる連鎖爆発を起こした。 機動兵器群の間を漂っていた魔導師達は、敵機の常軌を逸した瞬間的高速機動の余波を受けて跡形も無く四散したか、それに巻き込まれずに済んだ者も残骸の爆発に巻き込まれて身体を引き裂かれてゆく。 僅か60秒にも満たない殺戮劇の後、残ったものは50名にも満たない生存者と辛うじて2桁に達する数の機動兵器。 そして無重力中を漂う、幾許かの原形を留める僅かな数の死体と機動兵器の残骸、無数の肉片と鉄片のみ。 人工天体第3空洞・コロニー防衛戦闘、終結。 護るべき地を失い、護るべき人々も多くが失われ。 護る為の力も、護る為の人員も多くが失われた。 その被害を齎した存在はバイドのみならず、友軍である筈のR戦闘機。 生存者達に残されたものは、悲哀でも生還の喜びでもなかった。 況してや戦果でも、戦禍でもなく。 遺されたのは絶望の残り香と、希望の燃え滓のみだった。 * * 勇んで不明艦艇内部へと踏み入ったは良いが、妨害を受けるどころか、何が起きているのかさえ全く理解できない。 余りに間抜けな状況に耐え切れなかったのか、コンソールのひとつに腰を下ろしたギンガが深い溜息を吐く。 そんな彼女の姿を見かね、ユニット式ベッドの傍らに座り込んでいたウェンディは、努めて明るく声を掛けた。 「そう落ち込む事ないッス。ポッドも見付かったし治療も順調、あと4時間もすりゃ2人とも元気に目を覚ます。良い事尽くめじゃないッスか」 「・・・ええ、そうね。何でか知らないけれど、侵入者を妨害するどころかミッドチルダ言語のナビまで付けて、ポッドの起動から設定まで懇切丁寧に表示してくれるプログラムを残した、素敵な「足長おじさん」が居たんですものね」 藪蛇だったらしい。 目に見えて落ち込むギンガに、ウェンディは心底から困り果てて溜息を吐く。 この艦艇へと乗り込んだ直後のギンガは、ウェンディから見ても頼もしい存在だった。 スバルのリボルバーナックルを自身の右腕へと装着した彼女は、如何なる敵をも粉砕してみせると云わんばかりの覇気に満ち満ちていたのだ。 ところが、侵入から僅か数分後。 沈黙していたシステムが回復するや否や、2人の眼前へと展開されたウィンドウには、ミッドチルダ言語の羅列が表示されていた。 呆気に取られてウィンドウを見つめる2人の視線の先、表示された情報はAMTP・患者搬入室までのルート。 戦闘の余波か、艦体を襲う衝撃に翻弄されながらも、他に当ても無かった2人は訳も分からずナビに従い、医療ポッドへの搬入口となるユニット式ベッドが並ぶ部屋へと辿り着いた。 するとウィンドウ上の情報は変化し、ポッドの起動から各種設定の方法までが簡潔に纏められた上で表示されたのだ。 流石に不気味であるとは思ったものの、やはり他に方法が在る訳でもなく、2人はその情報に従って設定を行い、スバルとノーヴェをポッド内へと搬入した。 だが同時に搬入室はロックされ、2人は部屋を出る事ができなくなってしまったのだ。 処置完了までの予測経過時間が表示された為、ドアを打ち破って脱出するという案は取り敢えず保留となったが、お蔭でする事も無く、こうして座しつつ時が過ぎるのを待つ羽目となっている。 「何処のどいつなんッスかねぇ・・・「足長おじさん」」 「さあね。この艦は地球軍の物と見て間違いないけれど、ミッドチルダ言語を用いているのだから、少なくとも次元世界の・・・怪しいわね、それも」 「バイドと地球軍相手じゃあねぇ・・・」 そうして閉じ込められてから、約15分が経過した頃。 ライディングボードの損傷部を調べていたウェンディの聴覚へと、小さな警告音が飛び込んできた。 ふと顔を上げれば、ベッド横に新たなウィンドウが展開し、赤く明滅を繰り返している。 嫌な予感を覚え、ウェンディは立ち上がって正面からウィンドウを覗き込んだ。 そして、表示されているミッドチルダ言語の羅列を読み取り、声を上げた。 「ちょっと・・・何なんスか、これ!」 「どうしたの!」 背後からギンガが駆け寄り、ウィンドウを覗き込む。 彼女が絶句する様が、ウェンディにも容易に感じ取る事ができた。 ウィンドウ上には、信じられない言葉が表示されていたのだ。 「フレーム構築・・・中断!? 緊急処置って何の事!?」 「ギン姉、これ! 残り時間が・・・」 「何が起こったの・・・!?」 AMTP、欠損部位の基礎フレーム構築をキャンセル。 緊急処置により、最短時間での欠損部位補完へと移行。 医療用ナノマシン継続投与時間延長。 処置完了までの予測経過時間、320秒。 「有り得ない!」 フレーム構築キャンセル、処置完了までの予測経過時間は14分足らず。 これらが意味するところは、医学に聡い訳でもないウェンディにも理解できる。 AMTPの設定を変更した何者かは、ノーヴェとスバルに「通常の四肢」を接合しようとしているのだ。 戦闘機人としての強靭なフレームを内包した四肢ではなく、それよりも遥かに脆い常人と同様の四肢を。 移植先が人間であれば問題は無いであろうが、2人は戦闘機人である。 処置後の戦闘行為は疎か、通常活動中に於ける安全さえ危ぶまれる身体となってしまうだろう。 「処置を止めなきゃ!」 「駄目だわ! 干渉さえ不可能になってる!」 問題はそれだけではない。 処置時間が短いという事は、神経接続等に費やす十分な時間を確保できないという事態にも繋がる。 恐らくは、その問題を解決する為にナノマシンの投与時間を延長したのだろうが、それがノーヴェとスバルの身体に如何なる影響を与えるのか、未知数の部分が大き過ぎるのだ。 だからこそウェンディとギンガは、何とかAMTPを再設定すべく迂回操作を試みる。 だが実際には、操作どころかシステムへの干渉さえ拒まれる始末だ。 そして、最早システム上ではどうにもならないと、ウェンディが理解した頃。 新たなウィンドウの展開と共に警告音が響き、何処かへのナビが画面上へと表示された。 ウェンディは反射的に新たなウィンドウを見やり、表示された文字列を瞬時に読み取る。 そして一拍の後、その意味を理解すると同時に戦慄した。 ほぼ同時に情報を把握したのか、傍らのギンガからも声が漏れ出る。 「え・・・ちょっと・・・」 「・・・嘘でしょう?」 ウィンドウ上に表示された情報は、俄には信じ難いものだった。 「航行状況」との表記の下に「障害構造物突破、再加速中」との一文が在ったのだ。 数瞬ほど呆けた後、ギンガが鬼気迫る勢いでウィンドウを操作し始める。 どうやら、AMTPへの干渉と搬入室からの出入り以外に関しては特に制限を受けていないらしく、2人が望む情報はすぐに手に入れる事ができた。 尤も、その内容は2人が希望するものから掛け離れていたが。 「何時、離脱なんか・・・まさか、あの衝撃!」 「そんな! 大した揺れじゃなかったッスよ!?」 「でも、他に考えられないわ。嗚呼、もう・・・コロニーから離れ過ぎてる! 第4層に侵入して・・・」 「ギン姉、待った!」 突如として声を上げるウェンディ。 驚いた様に振り向くギンガさえも意識の外へと追いやり、彼女はウィンドウを操作してとある情報を表示した。 次いでウィンドウを分割し、上下に別の情報を表示させる。 その内の1つを目にしたらしきギンガが、ウェンディの傍らで声を上げた。 「ちょっと、これ見て・・・アイギスよ。この艦、アイギスの制御権を奪って・・・」 「何で2つ在るッスか?」 2つのウィンドウ上に表示された情報、その双方を見やりつつウェンディが呟く。 ギンガの注意が再度こちらを向いた事を確認し、彼女は更にウィンドウを操作した。 選択された2つの記録が、ウィンドウ上へと拡大される。 「この艦がアイギスの制御権を奪取した事は間違いないッス。でも、その記録が何で2つも在るッスか?」 「・・・本当だわ」 拡大表示された箇所の記録は、この艦が欺瞞情報によりアイギスの制御権を奪取した事実を告げていた。 だが1度目の制御権奪取から約二十分後、艦は再度に制御権を奪取している。 正確には5分ほど制御権が失われアイギスはスタンドアローンに移行、其処へ今度はシステム全体へと干渉する事で完全な掌握を成功させているのだ。 更にその間には、艦艇中枢に無視できない変化が起こっていた。 「見て、この時間。この瞬間にメインシステムが死んで、サブシステムに切り替わってる。しかも外殻装甲の損傷と同時刻よ」 「外部からの攻撃でメインシステムがやられた、って事ッスね。すると・・・1度目の制御権奪取はメインシステムが、2度目はサブシステムがやったって事ッスか。何でそんな回りくどい事を?」 「多分、これだわ」 今度はギンガがウィンドウを操作し、別の情報を表示する。 そうして現れたシステム全体の概略図らしき立体画像は、其処彼処が赤く明滅していた。 バイドによる汚染、侵蝕を示す表示だ。 それら赤い明滅は徐々にその範囲を狭めつつあったが、それでも30%近い範囲が未だに汚染されている。 ギンガはサブシステムの1つを指し、言葉を続けた。 「つまり・・・この艦のメインシステムは、バイドに汚染されていた。最初にアイギスの制御権を奪取したのもバイドでしょう。でも、防衛艦隊との交戦で中枢が損傷し、汚染に抗っていたサブシステムが制御を掌握した」 「更に其処を例の「足長おじさん」が掌握して、艦内に侵入したアタシ達ごとコロニーを離脱。アタシ達をこの部屋へ誘導して、ついでに野放しになっていたアイギスの制御権を再奪取したって訳ッスか」 「それだけじゃないわ、見て。一時的にだけど、制御権がベストラへ移った様に見せ掛けてる」 「手の込んだ事を・・・」 複数のウィンドウを見やりつつ、呆れの色を隠そうともせずに呟くウェンディ。 だが彼女の内心では当初より気に掛っていたある疑問が、より一層に不気味な意味を以って思考へと圧し掛かっていた。 ウェンディは迷わず、その疑問を口にする。 「それで「足長おじさん」の正体は人間なんスか、それとも幽霊?」 「バイドって選択肢は無いのね」 「まだ幽霊の方が現実味が在るッス。それにしたって、コイツは何処の所属なんスか。地球軍やランツクネヒトならこんな事をするメリットが無い、管理局にはこんな事をする技術が無い」 「お手上げって事・・・!」 警告音。 ギンガの言葉を遮り、全てのウィンドウが閉じられると同時に新たなウィンドウが展開。 赤く明滅するそれへと目をやり、情報を読み取ると同時にウェンディは戦慄した。 「第6着艦口に・・・アプローチ? 何が?」 「・・・これ、R戦闘機よ。どうやら搭乗者が居るみたいね。状態は・・・負傷?」 R戦闘機、着艦。 ウィンドウの明滅が止むと同時、新たに「負傷者搬送開始」との表示が現れる。 どうやら自動でキャノピーから搭乗者を搬出するシステムが存在するらしく、ウェンディは搬送先となる「AMTP・患者搬入室」の表示を無言のままに見つめていた。 その傍らから、ギンガの声。 「此処に向かってきているみたいね。負傷者の映像は見られるかしら?」 「・・・映像は無いみたいッスね。ああ、でも此処に負傷の詳細が・・・!」 負傷者に関する各種情報。 展開する複数の項目、その1つを目にした瞬間に、ウェンディの思考が凍り付いた。 ウィンドウの上部、明確に表示された負傷者名。 「何で・・・?」 ティアナ・ランスター執務官補佐。 「ティアナ!?」 ギンガが叫ぶ。 ほぼ同時に、新たな警告音が搬入室へと鳴り響く。 咄嗟に常時別個に展開されていたAMTP処置時間のウィンドウを見やれば、表示は「00 00 00」となっていた。 患者搬出用ユニット式ベッドの周囲に黄色の警告灯が点り、床下へと収納されてゆく2つのそれらと入れ替わる様に、壁面から更に2つのユニットが現れる。 そしてユニット上部、金属製のカバーが反転してユニット内部のベッドが露わとなり、その上に横たわる人物の姿を視界へと捉えると同時に、ウェンディとギンガは其々に異なる名を叫んでいた。 「ノーヴェ!」 「スバル!」 意識の無い2人の傍らへと駆け寄り、其々に相手の身体を抱き起こす。 ウェンディはノーヴェの身体に異常が無い事を確かめ、次いで軽く肩を揺さ振った。 更に幾度も声を掛け、覚醒を促す。 「ノーヴェ! しっかり、目を覚ますッス! ノーヴェ!」 「・・・ウェンディ」 そして、返される声。 数瞬ほど息を詰まらせ、ウェンディは視界へと滲む涙を隠そうともせずに、ノーヴェの身体を抱き締めた。 ノーヴェの四肢が戦闘機人のものでない事も、それどころか彼女がオリジナルのノーヴェでない事すらも、今この瞬間にはどうでも良いとさえ思える。 唯、彼女が助かった事を喜びたかった。 そうして、20秒程が経った頃だろうか。 漸くノーヴェを抱き締めていた腕を解き、彼女の瞳を正面から覗き込んだウェンディは、何かがおかしいと感付いた。 目覚めたノーヴェが、感情の窺えない表情で以ってこちらを凝視しているのだ。 思わず、ウェンディは気圧されたかの様な声を漏らす。 「ノーヴェ・・・?」 「なあ、ウェンディ」 返された声は、何処かしら常ならぬ無機質さを孕むもの。 驚きに見開かれたウェンディの瞳を見上げ、ノーヴェは変わらぬ無表情のままに続ける。 宛ら、感情など持ち合わせぬ機械の様に。 「知りたくないか?」 何が、とは言わずに放たれた言葉に、ウェンディは困惑する。 ノーヴェは、何を言っているのか。 思わず微かに首を振ると、ベッドを挟んでの反対側からスバルの声が響く。 「地球軍の戦略と、バイドの戦略」 咄嗟にスバルの方を見やれば、彼女を抱き締めるギンガと視線が合った。 ギンガの表情は強張り、戸惑う様に軽く首を振っている。 その口は何かを言わんとしている様だが、言葉を紡ぎ出すには至らずに無意味な開閉を繰り返すばかりだ。 そんなギンガと戸惑うばかりのウェンディを余所に、スバルとノーヴェの言葉は続く。 「隔離空間で何が起こってるか、知りたくない?」 「バイドが何を企んでいるのか、地球軍が何を仕出かす心算なのか」 「知りたいでしょ? ギン姉・・・ウェンディ」 スバルは振り返らない。 ウェンディは視線を戻し、再度に腕の中のノーヴェを見やる。 彼女は、変わらずウェンディを見上げていた。 「アタシ達は知ってる。この天体の外で起こっている事も、中で起こった事も、全部知ってる。だって」 そして、僅かな変化。 ノーヴェの表情に、微かな笑みが浮かんだ。 口の端を僅かに吊り上げた、綻ぶ様な笑み。 だが、それを目にしたウェンディの意識へと浮かんだものは、歓喜でも安堵でもなく。 「見てきたんだからな。何もかも」 押し潰されそうな不安と、同等の諦観。 そして、これまで姉妹に対して抱いた事など欠片も無い感情。 僅かながらも、確かな恐怖だった。 言葉も無く、腕の中のノーヴェを見つめるウェンディ。 その視線の先には、1つの小さなウィンドウが展開されていた。 彼女の掌にも収まる程の大きさ、第97管理外世界の言語が表示されたウィンドウ。 Unit「No.9」 Unit「TYPE-02」 SYSTEM OVERRIDE 歪んだままの唇が、ただいま、と呟いた。
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3817.html
ミッドチルダ北部、聖王教会本部。 その一室で八神 はやては、自身が姉の様に慕う人物と相対していた。 クラナガンが不明機体群に襲撃されている今、本来ならばこんな所に居て良い筈がない。 しかし襲撃の直前、彼女を呼び出したのは、他ならぬ目前の人物。 その上クラナガンに戻ろうにも、各交通手段は完全にストップしている。 複数の次元断層が観測されているこの状況では、転送を用いる事もできない。 何より、相手は空戦魔導師など問題にもならぬ超高速・高機動を誇る、正真正銘の「戦闘機」。 それも、はやての知るようなジェットエンジンと空力特性によって飛翔するものではなく、かといってガジェットの様に魔力機関による重力制御を用いている訳でもない、未知の科学技術によって構築された異形の機体。 前線から地上本部を経由して送られる情報、異常極まるその戦闘能力。 常軌を逸した機動性で魔力弾を回避、明らかにS級砲撃魔法に匹敵する威力を持つ質量兵器を連発し、一瞬にして都市区画を業火の海へと沈める、悪鬼の如きその力。 そんなものがうろつく戦場へと介入したところで、後方支援に特化したはやてができる事などありはしない。 幾ら大威力・広範囲を誇る広域殲滅魔法を修めていようと、放てなければ意味が無いのだ。 ただでさえ詠唱に時間の掛かるそれを、援護すら満足に受けられない状況で発動まで漕ぎ着ける事など到底不可能。 例え発動したとして、不明機体群がその範囲内に留まっている筈が無い。 最悪、魔法陣の展開と同時に攻撃を受ける事も考えられる。 つまり、後方からの大規模魔法による制圧を得意とするはやては、高機動兵器を相手取る今回の戦闘に於いて、全くの戦力外。 無論、その事は彼女自身が最も良く解っている。 だからこそ彼女はこうして教会本部に留まり、信頼する友と家族が道を切り開いてくれる事を信じ、己のできる事を為そうとしているのだ。 「・・・何でや」 だが、彼女が心から信頼する者の1人、目前の女性。 カリム・グラシアから告げられた言葉の内容は、そんな彼女の覚悟を裏切るものに他ならなかった。 「・・・聖王教会に属する者、「教会騎士」カリム・グラシアとしての決定です。危険性は無いものと判断し、報告は教会内部に止めました」 鼓膜を叩く、冷たさを含んだ女性の声。 其処には普段の親しみを感じさせる色は存在せず、ただただ無機質に真実を口にする。 だが、はやては気付いていた。 その声が、抑え切れない感情に震えている事に。 それを取り繕う事すらせず、カリムは続ける。 「ジェイル・スカリエッティ事件の後より、管理局は聖王に関するあらゆる情報、そして古代ベルカ時代の技術に関して過剰な程の警戒心を抱いています。危険性が無い以上、徒に混乱を招く事態は避けるべきと判断しました」 「それを・・・それを私が信じると、本気で思っとるんか? 私が、そないな言葉を信じると?」 一切の虚実を許さない、苛烈なまでの意思が込められた言葉。 手元の書類からカリムへと視線を移し、はやては弾劾の意を突き付ける。 その視線を受けつつ、カリムは手にしたティーカップに揺らめく紅茶の水面へと視線を落としたまま、坦々と言葉を紡いだ。 「現在、クラナガンを襲っている所属不明の次元航行機群に関しては、それを予見させる表現は何処にも見当たりません。もうひとつの第97管理外世界についても同様。故に、その文面から現状を予測する事は困難だったと判断できます」 「エスティアの件は? この文面の内容が指しているのは、明らかにエスティアの件や。もっと早く、この内容が知らされていれば・・・」 「はやて」 次第に熱を帯びゆくはやての声を遮り、カリムは幾分和らいだ声で語り掛ける。 窘める様に、落ち着かせる様に。 「貴方も知っているでしょう? この技能は予言ではない。これは飽くまで収集された情報に基づく予想であって、未来予知ではない。例えこの内容が管理局の知るところであったとして、エスティアを救う事に繋がっていたとは限らないわ」 「カリム、ふざけるのも大概にしいや。確認済み次元世界ほぼ全域の情報を収集するプロフェーティン・シュリフテンが、「奇跡」なんて曖昧な表現を用いる事は今までに無かった筈や。これを異常やないとでもいうつもりなんか」 「はやて。希少技能とはいえ、これも「魔法」の一種よ。通常の次元世界では通用する筈だけれども、魔法体系の、次元世界の理からすらも外れた事象を詠み取る事などできる訳がない。そんなものが存在するなど、少なくとも今までには有り得ない事だったのだから」 ふと視線を上げ、弱々しく笑みを浮かべる。 「理解できない事象は、「奇跡」と表現するより他に無いわ」 自嘲するかの様に呟き、静かに紅茶を啜るカリム。 カップがソーサーに戻されるまでの一連の動きを、はやてはより鋭さを増した双眸で観察していた。 その視線を、自らの前に置かれたカップへと移す。 その水面に湯気は無い。 疾うに冷め切っている。 香りからして良い茶葉だったとは解るが、それを無駄にした事について何ら感傷は浮かばなかった。 揺らめく水面に映る、対面に座したカリムの歪んだ輪郭を見つめ、呟く。 「聖王教会としては、何としてもこの予言だけは成就させなければならない。障害となり得る管理局からの干渉は避けるべし、ちゅう訳か」 失望、悔恨。 そして親に置いて行かれた子供の様な、悲哀と不安。 筋違いだと冷静に己を諭す内なる声とは裏腹に、滲み出すそれらを抑える事もできず、はやては縋る様にカリムへと目をやる。 嘗てジェイル・スカリエッティ、そして聖王のゆりかごという脅威に対し、共に立ち向かった仲間。 そんな彼女自身の言葉によって、否定して貰いたかった。 その様な意図は無い、考え過ぎだと。 カリムが、口を開いた。 「・・・私達が崇めるは「聖王」。その「復活」が詠まれた以上、教会がそれを妨げねばならない要因は存在しません」 全身を襲う虚脱感。 はやての手から、1枚の書類が零れ落ちる。 紙片の片隅には「新暦76年」の文字。 そして、ほぼ中央に記された詩文が、窓からの陽光に鈍色の光を放った。 『其は奇跡なり。勇猛なる古き騎士、正義に殉じし戦士、災いに消えし幾多なる生命。虚空の果てに消えし者共、虚空の果てより蘇り、主なき船を道標とし、我らが前へと凱旋す。率いたるは我らが王、真に蘇りし翼を駆りて、我らが前へと現れる。番となりて現れる』 * 「っらあああぁぁぁぁッッ!」 裂帛の気合、そして魔力噴射による加速を以って叩き込まれた戦槌の一撃が、巨人の右腕を打ち砕く。 左腕の砲身を狙った一撃だったのだが、敵が咄嗟に身を捻って砲身を庇った為に右腕へと直撃したのだ。 舌打ちをひとつ、ドレスにも似た白い騎士甲冑に身を包んだ少女は、眼下に犇くビル群へと急降下を開始した。 「畜生、失敗した! 何だアイツ、あんな図体のクセに早ぇ!」 『ヴィータちゃん、後ろ!』 己に融合したデバイス、リィンフォースⅡの警告に背後を見やれば、先程の巨人が此方へと砲口を翳し、今にも発砲せんとする瞬間が目に入る。 すぐさま回避運動に移る少女、ヴィータ。 しかしながら、彼女を狙った砲撃が放たれる事はなかった。 青い閃光と共に、巨人が爆発・四散したのだ。 「なっ・・・」 『ヴィータちゃん、あれ!』 直後、巨人の滞空していた地点を突き抜ける、青いキャノピーの不明機体。 減速する素振りすら見せずに直進、そのまま別の巨人へと肉薄、球状兵装の先端から何かを射出した。 次の瞬間、巨人の全身を無数の爆発が覆い尽くす。 大気を震わせる炸裂音、途切れる事の無い爆発。 そして轟音と共に一際巨大な爆発が連続して起こり、僅かな破片を残し巨人が四散する。 爆炎を突き抜け、新たな獲物を求め彼方へと消え行く不明機体。 その姿を見送りつつ、ヴィータは苛立たしげに叫んだ。 「助けたってのかよ、アタシを・・・何様のつもりだ!」 『落ち着いて下さい、ヴィータちゃん! 都市を攻撃しているのはあの巨人です! 不明機はあれと敵対しているみたいですし・・・』 「だから余計に訳が解らねーんだッ! 先に攻撃してきたのはあの機体どもじゃねーか! 何であいつらがクラナガンを攻撃する連中を墜としてるんだ!?」 その言葉も終わらぬ内、またしても上空で轟音が響き、白い光が周囲を染め上げる。 見上げれば、凄まじいまでの光の奔流に呑まれ、文字通りに消滅する巨人の姿。 圧倒的な力による蹂躙。 その余波は地上にも達し、拡散する光の奔流が数棟のビルを呑み込んだ。 衝撃、そして爆発。 「ッ・・・あいつらッ!」 『・・・クラナガンを守っている訳ではないみたいですね。あの巨人達を討つのが目的みたいです』 着弾の余波は想像以上に大きかったのか、ビルが次々と倒壊してゆく。 この地区の避難が完了したという報告は受けていない。 数分前から始まった巨人どもの無差別砲撃とも併せ、民間人にどれ程の被害が出ているか、2人には想像も着かなかった。 そもそも2人は当初、クラナガンの北部区画にて対空戦闘を行っていたのだ。 ところが、不明機体群が西部へと集結を始めた為に、各方面へと散っていた管理局部隊はその地点へと取り残される形となった。 警戒の為に一部を残し、ほぼ全ての部隊が西部へと急行。 しかし状況は既に一変しており、新たに出現した所属不明勢力によりクラナガン西部区画一帯が戦場と化していた。 先に現地へと到達した部隊が交戦していたのは、空翔る鋼鉄の巨人によって編制された軍勢。 無差別に地上を砲撃し、その恐るべき威力を秘めた質量兵器によって都市を崩壊させゆく、悪魔の群れ。 不明機体ほどの機動性は無い為に攻撃を当てる事は可能であったものの、その分厚い装甲は並みの砲撃魔法であれば少々の破損程度で防ぎ切ってしまう程の強固さを誇っていた。 加えて、一撃でビルを全壊させる程の砲撃を文字通り連発する、左腕の異常な質量兵器。 都市を守るどころか、全滅までの時間を先延ばしにするのが精一杯だと、口にはせずとも誰もが理解していた。 ところが、援軍は意外な形で現れたのだ。 巨人どもの後を追う様に、西部よりクラナガン上空へと侵入した十数機の不明機体。 それらは、対空戦闘を継続する管理局部隊には目も呉れず、巨人達に対する攻撃を開始したのだ。 クラナガン西部区画の上空にて交叉する、無数の光。 在りし日にミッドチルダを、そして古代ベルカを崩壊寸前にまで追い込んだ大戦すら思い起こさせるそれは、地上より撃ち上げられる魔法の砲火とも相俟って、この世の地獄と呼ぶに相応しい光景を現出させていた。 既に西部区画の高層ビル群は、巨人の砲撃により4割が倒壊、もしくは地下基礎部分より完全に崩壊している。 レールウェイは至る箇所で寸断され、駅は停車中の車両諸共吹き飛んだ。 撃墜された巨人が地上で爆発を起こし、同じく推進部を破壊された不明機体がビルを貫き炎上する。 都市の其処彼処から幾筋もの黒煙と粉塵が遥か上空まで噴き上がり、魔導師達はその合間を縫う様にして戦闘・民間人の救助に当たっていた。 だがそれも、巨人の砲撃、そして不明機体からの砲撃の余波により、思う様に進まないのが現状である。 民間人の避難は言うに及ばず、巨人に対する隙を突いての奇襲も、その耐久力と反応の鋭さにより成功しているとは言い難い。 そして何より、不明機体群による攻撃の激しさこそが、管理局部隊にとって最大の脅威であった。 彼等の攻撃は明らに巨人を狙った物ではあったのだが、その威力・範囲は余りにも大き過ぎた。 巨人を撃墜した砲撃の一部が、その威力を保ったまま都市へと着弾するのだ。 着弾時の被害は、巨人の砲撃に勝るとも劣らない。 何より、性質の悪い事に無数の砲撃を同時に、更に拡散させて発射する機体が複数存在するのだ。 複数の巨人を纏めて消滅させるそれは、しかし同時に多大なる破壊を都市へと撒き散らす。 その攻撃に、都市への被害拡大に対する躊躇は一切感じられず、ただ怨敵に向けるかの様な狂気じみた憎悪、そして過剰なまでの恐怖が浮き彫りとなっていた。 凄惨に、完全に、一片の容赦無く。 只々、目前の敵を殲滅する事だけを優先した、慈悲無き破壊の嵐。 既に彼等にとっては、眼下のクラナガンなど目に入ってはいないのだろう。 無論、其処に存在する一千万を超える人々の存在も。 「畜生!」 『また来ましたよ! 人型、8体です!』 憤りに悪態を吐くヴィータ。 そんな彼女に、またしてもリィンから警告が飛ぶ。 砲撃を放ちつつ、クラナガンへと侵入する8体の異形。 直後に不明機体からの砲撃、更に地上からの砲撃魔法により、3体が撃墜される。 しかし残る5体は散開、内2体が不明機体群と交戦、3体がクラナガン中央区画を目指し低空・高速での侵攻を開始。 遥か前方で3体の異形に対し、管理局部隊による対空戦闘が開始される。 冷静さを覆いつつある怒りに歯軋りしつつ、ヴィータは自身の相棒へとカートリッジを装填、肩に担ぐ様にして振り被った。 「リィン! アイゼン! 覚悟決めろッ!」 『Jawohl!』 『ヴィータちゃん!?』 「此処でアイツらを中央区に入れれば、あの連中もそれを追う! 避難所の集中する中央区であんなモンぶっ放されてみろ! どれだけ死人が出るか分かったモンじゃねぇぞ!」 『あ・・・!』 「だから!」 ロードカートリッジ2発。 グラーフアイゼンをギガントフォルムへ。 「何としても此処で! ブッ潰すしかねぇッ!」 巨人の頭部に魔力弾が直撃、センサーの機能を遮られたか、本来の動きに比べ幾分直線的な回避行動を開始する。 殺到する砲撃魔法。 その合間を突き、ヴィータは突撃を開始した。 「ギガント・・・」 敵との距離が50mを切った地点で急制動、ハンマーヘッドが巨大化、更に柄を伸長させる。 グラーフアイゼンを振り被った状態から更に身を捻り、魔力によって強化された筋力で柄を強く握り締めた。 此処で漸く、敵は自身の軌道上に位置する彼女の存在に気付いたらしい。 即座に進路を変更するものの、最早手遅れだ。 完全に自身の射程内へと敵を捉えた事を確認し、ヴィータは全身の力を開放せんとした。 しかし。 「シュラー・・・ッ!?」 『あ、ぐッ・・・!』 その力が、敵へと放たれる事は無かった。 「・・・え?」 突如として、背面から腹部へと走った衝撃。 視界を掠める青い光線。 そして身を締め付ける様な圧迫感。 これは。 この感覚は。 「A・・・M・・・F・・・?」 間違いない。 この感覚は、JS事件の際に六課を苦しめた、あの魔法防御機構。 動作範囲内の魔力結合を崩壊させ、魔法の発動すら封じる異質な魔法装置。 それが何故、この状況で? 『ヴィータ・・・ちゃん・・・』 「リィン・・・?」 『お・・・お腹・・・早く・・・手当て・・・』 「え?」 途切れ途切れに発せられる、リィンの声。 その言葉に従い、自身の腹部へと視線を落とすヴィータ。 目に入ったのは、鮮烈な赤によって徐々に侵食されてゆく、白い騎士甲冑の腹部。 「え・・・これ・・・」 『う、後ろ、です!』 続く声に、咄嗟に振り返る。 そして、その存在がヴィータの視界へと飛び込んだ。 「・・・何、で?」 青み掛かった灰色の装甲。 鷲の嘴を思わせる曲がった機首。 機体上部のミサイルポッド、下部のレーザー砲門。 「ガジェット・・・!」 かつて、ジェイル・スカリエッティの尖兵として管理局との戦闘に投入され、数多の魔導師を地へと沈めた、魔法動力機関を核とする戦闘攻撃機。 ガジェットドローンⅡ型の姿が、其処にあった。 「コイツが・・・どうして・・・」 喉を遡る血の臭いに咽ながらも、ヴィータは嘗ての敵を睨む。 その頭上を、4機ずつの編隊を組んだ無数のⅡ型が、轟音と共に通過した。 立ち上る黒煙と粉塵の間に引かれた幾筋もの白線を、融合したリィンと共に呆然と見上げるヴィータ。 その眼前、ホバリングによって中空へと留まったⅡ型のレーザー砲門に、青い光が点る。 直後、ヴィータの視界を、光が覆い尽くした。 * 「このぉッ!」 桜色の砲撃が、鎌状の近接兵装を備えた機械兵士を撃ち抜く。 嘗て彼女を死の淵へと追いやった、古き王の船を守護せし機械兵。 それが、大型機動兵器の移動と時を同じくして、この第4廃棄都市区画へと群れを成して出現していた。 『上だ、高町!』 念話による警告。 瞬時に後退し、頭上からの砲撃を躱すなのは。 2発の砲撃は、既に倒壊したビル群の跡地へと着弾し、その地下構造物を根こそぎ吹き飛ばす。 直後、地上各所から放たれた複数の砲撃魔法が、1体の巨人へと四方から殺到した。 四肢をもがれ、落下を始める胴部。 その中心に、不明機からの砲撃が叩き込まれる。 爆発。 「やっぱり・・・!」 上空に残る1体へと、不明機体群が発射したミサイルが迫る。 銀に輝く金属片の様なものを肩より放ち、巨人は回避行動へと移った。 しかし其処に、地上より放たれた無数の誘導操作弾が殺到、左腕部砲身を吹き飛ばす。 反動にて体勢を崩した巨人へと、欺瞞装置による妨害を掻い潜ったミサイル群が直撃、爆発が中空を埋め尽くした。 敵、消滅。 『515より各空戦魔導師! ガジェットどもが翼を出しやがった! 包囲されるぞ!』 地上部隊からの警告。 すぐさま周囲に視線を走らせれば、廃棄都市区画の至る所から、先程のガジェットが上昇する様が目に入る。 その数、優に200以上。 「多過ぎる・・・!」 レイジングハートを構え、手近な数機へとアクセルシューターを放たんとするなのは。 しかしその背後から、深紅の影が躍り出る。 あの機体、なのはとの交渉に当たったものと同型機。 残る5機の内1機だった。 更に上空から、もう1機の同型機が急降下を掛けている。 直後、耳障りな高音と共に、想像を絶するほどの閃光が放たれた。 「ッ・・・!」 『冗談じゃない・・・!』 眩い光に閉じた瞼を再度開いた時、視界を埋め尽くさんばかりだったガジェットの影は、残らず消え去っていた。 「1機残らず」だ。 正面、左側面、右側面、下方、上方。 ガジェットが出現しなかった後方を除く、全ての方角に存在していた敵影が、跡形も残さず消え去っていたのだ。 否、微かに落下してゆく、炎を纏った破片のみが、先程のガジェットの群れが幻影でなかった事を示している。 つまり、200機を超えるガジェットが、僅か2機の不明機体によって撃破されたという、信じ難い事実を証明していた。 同時になのはは、AMFの影響が完全に消失した事を、感覚を通じて認識する。 『・・・こちら高町、AMFの消失を確認。隊長、そちらに敵は?』 『・・・今ので消えちまったよ。信じられん。俺達を追い回していた時とは比べ物にならんな』 『くそ、舐めやがって。あれがお遊びだったってのか!』 戦技教導隊各員に確認を取るものの、ガジェットの姿が残っているという報告は確認できない。 隊員達の悪態を耳にしつつ、なのはは呆然と周囲を見渡した。 第4廃棄都市区画のほぼ全域から、黒煙と粉塵が立ち上っている。 敵味方を問わず、増援に次ぐ増援の投入により、戦闘の規模は驚異的な速度で拡大していた。 そして同時に、奇妙な協力関係が戦場に築かれる事となる。 無差別砲撃を行い、クラナガンへの侵攻を図る人型兵器群と大型機動兵器。 人型兵器を除く全ての勢力に対し、同じく無差別攻撃を行うガジェット群。 管理局部隊との交戦、そして交渉を中断し、人型兵器・大型機動兵器・ガジェットの全てへと、容赦の無い攻撃を開始した不明機体群。 先程の交渉を耳にしていた為か、不明機体群への攻撃を戸惑い、明らかな敵対行為を取る人型兵器・ガジェットとの交戦を開始した管理局部隊。 各々にとっての敵対勢力が一致した事により、管理局部隊と不明機体群の間には、とある暗黙の了解が生まれた。 即ち、互いを攻撃する事無く、他の勢力に対し限定的な共闘態勢を取る形となったのだ。 互いに交信を交わす事すら無い、御世辞にも味方とは言えない勢力同士による協力態勢。 しかし現状に於いて、それは非常に有効なものとして機能した。 高高度に於ける空対空戦闘及び、都市上空へと群れを成すガジェットに対する一方的な制圧戦を担う不明機体群。 低空へと逃げ込んだ人型兵器に対する迎撃及び、地上を闊歩するガジェット群への攻撃を行う管理局部隊。 各々が得手不得手とする領域に於ける戦闘を明確に区分し、尚且つその境界線に近付く敵に対しては複合された攻撃を見舞う。 数が数ゆえ、クラナガンへの侵入を完全に防ぎ切る事はできなかったものの、それでも僅か15分前後の戦闘で敵の7割を壊滅させる事に成功したのだ。 残る敵についても、クラナガンに残る管理局部隊が迎撃に当たっている事だろう。 更に数機の不明機体が追撃に移った事が確認された為、戦力面での不安は無い。 考えられる問題としては、不明機体群の攻撃の余波が都市に及ぶ事くらいか。 少なくともこの時、なのはを含む魔導師達の考えは、この点で一致していた。 残る当面の脅威は大型機動兵器、ただ1機のみ。 廃棄都市区画の東、約15kmの地点で動きを止めたそれは現在、追撃に移った不明機体群との間で壮絶な対空戦闘を繰り広げている。 それも、恐らくは不明機による攻撃の前に、然程時間を掛けずに無力化されるだろう。 問題はその後、不明機との交渉が再開されるか否か。 そう、考えていた。 しかし。 「後はアレだけだね。レイジングハート、やれる?」 『Off Course』 「じゃあ・・・」 『本部より全局員へ、警告!』 『1044より緊急!』 同時に発せられた2つの通信。 地上本部及び、大型機動兵器追撃の任に当たっていた航空武装隊、双方からの入電。 それらは状況が最悪の方向へと転がり始めた事実を、管理局全部隊へと突き付けた。 『第4廃棄都市区画及びクラナガン西部区画にて次元断層発生! 西部区画、ガジェットドローンⅡ型の多数転移を確認、機数300超! 管理局部隊及び不明機体群と接触、交戦中!』 『大型機動兵器との戦闘に当たっていた不明機体群が全滅! 8機とも撃墜された! ガジェットⅡ型だ! ブースターを装備したタイプ、恐らく新型! 奴ら、不明機に体当たりしやがった!』 爆音。 廃棄都市区画の一画で、巨大な炎の柱が噴き上がる。 何事か、と振り返ったなのはの視界に、獄炎の渦中から飛び出す複数の影が映り込んだ。 ただし、正確な輪郭としてではなく、その後に引かれる凄まじい炎と白煙の帯として。 「え?」 呆然と呟いた瞬間、それは彼女から100mほど横の空間を突き抜けていた。 直径数mほどの白煙の帯が、遥か彼方の廃墟へと突入する。 次の瞬間、轟音と共にその区画が吹き飛んだ。 またも背後へと振り返り、活火山の如く爆炎を噴き上げる廃棄都市区画を見やる。 なのはのみならず、全ての魔導師達がその光景を唖然と見つめる中、悲鳴の様な念話が硬直した意識を揺さ振った。 『1044より全局員! 化け物が何か始めやがった! 機体下部が光って』 通信が途絶える。 同時に、空中に浮かぶなのはにさえ感じられる程の振動が、周囲の大気を揺るがした。 突然の事に、半ば恐慌状態に陥る魔導師達。 『地震だ! くそったれ、こんな時に!』 『崩れる、建物から離れて!』 『飛べる者は空に上がれ! くそ、開けた場所は無いか!?』 そんな念話が全方向へと飛び交う間にも、振動は収まるどころか徐々にその激しさを増してゆく。 誰もがその異常性に気付き始めた頃、地上本部からの通信が信じ難い事実を伝えた。 『ミッドチルダ中央区画全域に於いて地震発生! 震度5、震源はクラナガン西南西20km、震源深度18km!』 クラナガン西南西20km。 それは正しく、あの大型機動兵器が身を据える地点だった。 何が起こっているのか。 1044航空隊に何があったのか。 この地震はあの大型機動兵器が原因なのか。 見慣れないガジェット群を戦域に投入したのは何者なのか。 クラナガンは。 ミッドチルダは、一体「何をされている」のか? 『畜生、こちら601! 被弾したガジェットが突っ込んで』 唐突に飛び込んだ陸士部隊からの念話が、同じく唐突に途絶える。 爆発。 廃棄都市区画の一部が、またしても業火に覆われた。 「・・・まさか!」 なのはが気付いた時には、地上からの弾幕が複数のガジェットを捉えていた。 咄嗟に攻撃中止を伝えようと試みるも、ガジェット後部から爆炎が噴出する方が遥かに早い。 機体下部、または側面に攻撃を受けた筈のそれらは2つのブースターユニットと、更に内側から弾け飛んだ後部装甲の内部に隠れていた無数のマイクロノズルから凄まじい爆炎を発し、瞬時に超音速へと達すると、そのまま都市区画へと突っ込んだ。 視覚が、聴覚が、周囲の状況を把握する為にある全ての感覚が揺さ振られ、遂には物理的な衝撃となって意識を襲う。 衝撃波によって数十mもの距離を吹き飛ばされ、漸く体勢を立て直したなのはの目に映ったものは、廃棄都市区画の南部に聳え立つ巨大な炎の壁だった。 『103、601、661、1711、2013、ロスト! ガジェット群、なおも集結中!』 『805より局員、聞け! 連中は被弾と同時に突撃を開始する自爆型だ! 攻撃は控えろ!』 『ガジェット群、質量兵器を発射!』 今度は比較的小規模の爆発が、廃棄都市区画の至る箇所で巻き起こる。 ひとつひとつの爆発はそれ程の規模ではないものの、その数たるや100や200では到底足りない。 少なくとも数百箇所を下らない地点にて、連鎖的な複合爆発が立て続けに発生しているのだ。 何が起こっているのかは、続く陸士部隊から念話によって明らかとなった。 『クソ、クソ! 奴ら、超小型の誘導弾を山ほど積んでやがる! 撃たなきゃやられる!』 『待て、撃つな! 突っ込んでくるぞ!』 『撃たなくても同じだ! このままじゃどっちみち吹っ飛ぶんだぞ、畜生!』 絶望の滲む声。 その念話もまた、数秒の後に途絶えた。 閃光、爆発。 複数のビルが、折り重なる様にして炎の中へと倒れ込む。 既に、この第4廃棄都市区画に於いては、炎の手が及んでいない場所を探す方が難しかった。 視界に映る廃墟のビル群はその殆どが炎に覆われ、未だ辛うじて原形を留めている建物すらも次々に崩壊、積み木崩しの様に炎の中へと沈み込んでゆく。 その衝撃と圧力によって大気が周囲へと押しやられ、業火の手を更に広範囲へと拡げるのだ。 この中で、どれだけの局員が生存しているというのだろう。 悲鳴を上げる間すら無かったのか、既に大分静かになった全方位への念話を拾いつつ、なのはは呆然と空中に佇んでいた。 元々が対地攻撃に主眼を置いているのか、空中に身を置いていた空戦魔導師達は、異常とも思える程に被害を受けなかったのだ。 そんな彼女達の意識に、新たな念話が飛び込む。 『・・・こちら陸士121部隊。空の連中、聞こえるか?』 場違いなまでに静かな声。 返答を返したのは、戦技教導隊隊長だった。 『こちら戦技教導隊。121、援護する。そちらの位置を・・・』 『そんな事はいい。それより、アンタらは大型機動兵器の撃破に向かえ』 その言葉に、なのはは目を見開いた。 彼等は今、眼下に拡がる業火に囲まれているのだ。 それだけではない。 彼等の頭上には、無数の自爆型ガジェットが群れを為している。 空戦魔導師の援護を受け、今すぐにこの区画からの脱出を図らねば、遠からぬ内に炎に巻かれる事となるのは明らかだ。 にも拘らず、彼は大型機動兵器を追えと言う。 何故? 『121、何を言っている! このままでは・・・』 『地震が酷くなってきている。空中のアンタらには分からないかもしれないが、もう立っているのもやっとなんだ』 その言葉も終わらぬ内、其処彼処でビルの残骸が倒壊を始める。 轟音。 巨大な隔壁が水圧に軋む様な、遠方より轟く鐘楼の音にも似た不気味な重低音が、何処からともなく大気中に響き渡る。 徐々に大きさを増すその音に紛れ響くのは、巨人が鉄壁を殴り付けるかの様な、全身を揺さぶる衝撃音。 これらが何処から響くものか、なのははすぐに理解した。 「全て」だ。 視界に映る全て、視界の外の全て。 自身がこの身を置く、ミッドチルダという世界を為す惑星の全てが、この不気味な衝撃音を発しているのだ。 それは紛う事なく、生命の危機に曝された星というひとつの生命体が上げる、恐怖と絶望の叫びだった。 「時間」は、もう然程も残されてはいない。 『この地震の原因は、間違いなくあの化け物だ。奴が何をしているかは解らんが、少なくともこのまま放っておけば碌な事にはならんだろう。繰り返す。全ての空戦魔導師は、大型機動兵器の撃破に向かえ。ガジェットはこちらで引き受ける』 またしても轟音。 10を超えるビルが、ほぼ同時に吹き飛ぶ。 見れば炎の合間から、無数の魔力弾が空へと撃ち上げられていた。 鼓膜を破らんばかりの高音と衝撃波を撒き散らしつつ、弾幕の発せられる地点へと突入する巨大な白煙の帯。 そして爆発。 発射される魔力弾が、大きく数を減らす。 しかし一拍の後、今度は廃棄都市区画のありとあらゆる箇所から、空を覆わんばかりの魔力弾が放たれた。 未だ健在の全陸士部隊による、決死の対空攻撃だ。 忽ちの内に、廃棄都市区画上空が轟音と白煙、七色の光を放つ無数の魔力弾によって覆い尽くされる。 爆発に次ぐ爆発。 狂った様に地表へと突撃してゆくガジェット群。 都市を根こそぎ吹き飛ばさんばかりの広域爆発。 それらに曝されながら、衰えるどころかより激しさを増す対空弾幕。 最早、なのは達の出る幕は無かった。 『・・・高町一等空尉!』 『は、はい!』 突然、戦技教導隊隊長からなのはへと念話が繋がれる。 それは全方位通信ではあったが、その内容はなのは個人への命令であった。 『砲撃魔導師を連れ、大型機動兵器の追撃に当たれ! 1603、2024が護衛に就く! 直ちに向かえ!』 瞬きする程の僅かな時間、なのははその言葉に呆然とする。 しかしすぐに我を取り戻すと、焦燥と共に自身の上司へと食い掛かった。 『そんな! 隊長達はどうなさるんです!?』 『どうせあの化け物には砲撃以外は効かん! 追撃隊を除く空戦魔導師は陸士部隊の援護及び救出に当たる! さあ行け!』 『しかし!』 『さっさと行け! もう時間が無い!』 次の瞬間、青い光が上空を吹き荒れる。 思わず目を逸らし、再び視線を向けた先には、ガジェットの影すら存在しなかった。 「これは・・・」 『見ろ。気に食わないが、心強い連中が戻ってきたぞ』 直後、頭上を突き抜ける複数の機影。 地上戦型ガジェットの殲滅と同時、一時高高度へと退避していた不明機体群の一部が、戦域へと舞い戻ったのだ。 空間を覆い尽くさんばかりの大規模砲撃と、各種質量兵器の弾幕。 突撃を実行する時間すら与えず、片端からガジェット群を消滅させてゆく不明機体。 時折、僅かに消滅を逃れたガジェットが空中で爆発を起こし、その衝撃が地震によって負荷の高まった地上建築物を倒壊させる。 それでも、陸士部隊は降り注ぐ爆発物の雨から逃れる事ができた。 ガジェットの増援は未だに途絶えてはいないが、不明機体群が戦闘に加わっているこの状況下ならば、彼等が無事に脱出できる可能性はある。 なのはは周囲を見渡す。 1人、2人、3人。 次々とその周囲に集まる空戦魔導師。 10人、11人、12人。 見知った顔もあれば、知らない顔もある。 24、25、26人。 彼等は一様に、なのはに向かって頷いてみせた。 彼女の中に、言い知れぬ熱が宿る。 相棒へと目をやれば、何を躊躇うのか、と言わんばかりに光を放つ様が目に入った。 それらの光景を前に、なのはは決意を固める。 空間を薙ぐ様にレイジングハートの矛先を振り、発生と念話の双方で声を放った。 「これより敵主力の追撃を開始します! 目標は敵大型機動兵器の撃破! 以上!」 猛々しく、戦意に震える叫び。 それらが幾重にも響いた後、第4廃棄都市区画の空を、50を超える人影が翔け抜けた。 不明機の砲撃、ガジェットの噴煙、魔導師達の魔力弾。 崩れ落ちるビル群の粉塵、地上を覆う業火、立ち上る黒煙。 それらの合間を、肉体と魔力が許す限りの高速にて貫き翔ける魔導師達。 彼等が目指すは、ただひとつ。 惑星そのものを陵辱せんと大地に牙を突き立てる、機械仕掛けの悪魔。 次元世界の理を外れし、禍々しき技術によって構築された獣。 その首を刎ねるべく、彼等は一路、東を目指す。 彼等を守護するかの様に舞い降りた、十数機の不明機体を引き連れて。 彼等が第4廃棄都市上空を飛び去った、その数分後。 新たに転移した不明機体の一群が、黒煙と弾幕に覆われた空を東へと横切った。 重厚な外観に、黒み掛かった濃蒼色の塗装が施された4機。 それらに護衛されるかの様に編隊の中央へと位置する、漆黒と濃紫色の塗装を施された1機。 黒煙を切り裂いて飛び去ったその姿を、はっきりと確認した管理局局員は1人として存在しなかった。 しかし、僅かに数名の魔導師達は、確かに気付いた。 空を切り裂き、空間を貫いて飛び去った、歪なるその存在に。 無限の英知と狂気によって蝕まれた、嘗ての英雄の成れの果てに。 『808より本部、上空を横切った馬鹿デカい魔力は何処の部隊だ?』
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3836.html
屋内より出でて最初に目に入ったのは、青い空と降り注ぐ陽光だった。 機械的強化の為された視覚は瞬時に受光量を調節、周囲の場景を的確に捉える。 それは物理的とも思える巨大な不可視の力となって、ギンガを圧倒した。 彼女の眼前に拡がるは、巨大な都市。 広大な森林公園を挟んで林立する摩天楼の群れだった。 視界に映る範囲内では、それらの建造物は最も低いものでさえ500mは下るまい。 霞み掛かる事もなく異様なまでに澄み切った大気の中、灰色の森が延々と拡がる様は圧巻だった。 その光景を呆けた様に見つめるギンガの背中に、聞き慣れた少女の声が掛けられる。 「お待たせしました、ギンガさん」 振り返れば、声の主は背後の建物、即ち医療施設を出てこちらへと歩み寄って来るところだった。 キャロ・ル・ルシエ。 旧機動六課、ライトニング分隊フルバック。 第6管理世界アルザス地方出身、竜召喚士。 使役竜フリードリヒ及び真竜ヴォルテールの2騎を従え、更に補助系魔法に長けた後方支援特化型の魔導師。 六課解散後は自然保護隊へと復帰し、パートナーであるエリオと共に第61管理世界スプールスでの職務に就いていた。 だがスプールスは隔離空間発生の際、ごく初期に於いてその内へと呑まれてしまう。 その事実に、キャロとエリオを知る誰もが彼等の生存を悲観し、絶望した。 2人は優秀な魔導師だが、クラナガンと本局を襲ったバイドの脅威から判断するに、とても抗い切れるものではないと思われたのだ。 無論、望みを完全に捨て去った訳ではなかったが、それが絶対であるとの確信は決して伴ってはいなかった。 戦闘収束直後からクラナガン西部区画での活動に当たり、その被害の凄惨さを目の当たりにしていたギンガなどは、特に諦観の念が強い者の内に入る。 事実、民営武装警察を名乗る2人から管理世界の住民が多数生存している事実を聞かされるまで、ギンガは第61管理世界の人員は現地住民もろとも全滅した可能性が高いと判断していた。 元々の人口が比較的少数である上に、管理局公認の小規模自治組織が存在する為に武装局員はキャロとエリオを含め200名程度しか配備されていなかった事もあり、組織的な抵抗すら困難ではないかと考えていたのだ。 だがこの瞬間、現実として彼女は生きてギンガの前に存在していた。 「乗って下さい。会談の場所までは30分程です」 キャロはギンガを促しつつ、エントランスの目と鼻の先に停められた車へと歩み寄る。 数年前、第97管理外世界の自家用車をモデルに製造され、流行となったランドクルーザータイプに似た形状の車両。 見慣れないデザインのそれは管理世界のものではなく、元々この都市に放置されていたものらしい。 慣れた様子で運転席に着くキャロに戸惑いつつも、ギンガは助手席へと乗り込んだ。 明らかにサイズの合わないステアリング・ホイールに、まさか本当に運転するのかと危ぶんだギンガだったが、その懸念は直後に解消される。 「コートニー・ヒルズ8013、無条件」 その言葉がキャロから放たれるや否や、フロントガラスに「The destination was set」という文字列が表示され、しかし同時に「Please install the seat belt」との文字列が浮かんだ。 だが、車体が動き出す訳でもなく、表示に変化が現れる訳でもない。 訝しむギンガに、運転席のキャロから声が掛けられる。 「シートベルトです、ギンガさん」 言われて漸く表示の意味に気付いたギンガは、少々慌しくシートベルトを装着した。 文字列が消え「Start」との表示が現れると、車体はゆっくりと加速を開始する。 ステアリング・ホイールは動かないが、身体への負担をまるで感じない見事な軌道でカーブを描く車体。 医療施設の敷地を出で、やがてハイウェイへ入ると公園を貫いて都市を目指す。 流れゆく緑の場景、前方のビル群を半ば呆けつつ眺めるギンガ。 そして公園を脱するまであと僅かという処で、発車時から沈黙を保っていたキャロが言葉を発した。 「これだけは覚えておいて下さい。此処では管理世界と第97管理外世界、双方の勢力間で協力体制が築かれています」 ギンガは迫り来るビル群から視線を引き剥がし、自身の隣に座するキャロを見やる。 彼女は記憶の中のそれよりも幾分大人びた表情で、フロントガラス越しの場景を眺めていた。 暫し間を置き、ギンガへと視線を移す事もなく、続ける。 「攻撃隊と武装警察との戦闘が続発した事で、魔導師に対する警戒感が強まっています。外部の状況については既に聞き及んでいますが、此処では切り離して考えて下さい」 「何を言って・・・だって彼等は!」 その言葉に、思わず食って掛かるギンガ。 しかし直後、こちらを向いたキャロの眼を見るや否や、ギンガは気圧された様に口を閉ざす。 ガラス球の様な冷たさを湛えた、無機質な眼。 凡そ感情といったものを感じ取れぬその眼光に、ギンガは見覚えがあった。 凍り付く彼女を無感動に見据えたまま、キャロは言葉を紡ぐ。 「先の戦闘により武装警察側に死者が出ています。私達と彼等は一月に亘って相互理解と防衛態勢の共同構築に努めてきましたが、今回の事例で僅かながら互いの間に軋轢が生じているんです」 「それは・・・」 「彼等は質量兵器を用いてはいますが、本来の護衛対象である旅客船団乗員と分け隔てなく管理世界の住民を救助し、保護してきました。当然の事ですが、管理局の質量兵器に対する姿勢も理解した上で。 このコロニーの機能を回復し、各種生産プラントを再稼働させ、食料と居住空間を提供した。初めは少なからず抵抗を訴える声も在りましたが、それも次第に薄れていきました。私達と彼等の間には、確かな信頼があったんです・・・昨日までは」 キャロは其処で言葉を区切り、正面へと向き直った。 彼女の声色に、責める響きは全く無い。 にも拘らず、ギンガは確かな拒絶を感じ取っていた。 凡そ嘗ての戦友に向けられるものではない、無機質な負の感情を。 「タイミングも悪かった。ギンガさんを始めとする攻撃隊の面々を保護した直後から、捜索隊によって保護される、或いは自力で此処へ辿り着く被災者の数が爆発的に増え始めたんです。 昨日までは4000人だった被災者の数は、僅か12時間で38000人を超えました。外部で、何かが起きている」 車両はビル群の隙間へと侵入し、速度を落とす事なく走り続ける。 ハイウェイに他の車両の影は無く、対向車と擦れ違う事もない。 だが高架道路の下には複数の車両とそれらの周囲に散在する人影、頭上にはビル群の隙間を縫う様にして飛行するヘリや強襲艇の影が見受けられた。 本来の人口には遠く及ばないまでも、それなりの数の人間がこの都市を居住空間として利用しているらしい。 そして、それらの中には管理世界住民のものである影も、少なからず含まれているのだろう。 「非戦闘員の殆どはミッドチルダ以外の管理世界から転送されたものです。多くは第97管理外世界の人員を警戒していますが、現状で質量兵器を用いる事については比較的寛容でした。戦力が絶対的に不足している以上、仕方のない事だと。 ところが、新たに加わった管理局員の一部が、周囲の被災者を扇動し始めたんです」 「扇動?」 ハイウェイを降りるべく、車両は車線を変更する。 都市部への侵入直前まで周囲に拡がっていた森林は、どうやらこの巨大施設を再稼働させた際に何らかの処置で以って回復させたものらしく、その効果は都市部の街路樹までは及んでいないらしい。 周囲に点在する街路樹はいずれも朽ち果てており、都市内部には一切の緑が存在しなかった。 「ミッドチルダを破壊し多くの人々を無差別に殺戮した存在が、第97管理外世界で建造された質量兵器である事を忘れてはならない。既に十分な数の魔導師が揃った以上、質量兵器で武装した違法組織による庇護下に留まる必要はない、と」 「・・・その主張が間違っているとでも?」 ギンガは再度、車外の場景から引き剥がした視線をキャロへと向ける。 知らず険のある声を発してしまったが、キャロは全く動じた素振りを見せない。 彼女はギンガの声を無視するかの様に、自身の言葉を紡ぐ。 「幸いな事に、早くから此処に居る局員や非戦闘員の多くに関しては、その呼び掛けに呼応する様子はありません。これまでに構築した共同防衛体制の重要さは皆が認識していますし・・・」 「襲撃当時にミッドチルダ以外の管理世界へ赴任していた、或いは元々ミッドチルダと縁遠い局員にとって、地球軍の脅威はバイドのそれと比して然程の問題ではない。ミッドチルダ以外の世界にとっては、それこそ地球軍と事を構えるメリットがまるで無い」 言葉を遮り、ギンガが確信を突くかの様に発言する。 キャロは再度言葉を紡ごうとするでもなく、口を閉ざして前方を見つめ続けていた。 「ミッドチルダを除く殆どの世界は、第97管理外世界との相互不干渉策を支持している。直接的な被害を受けた訳でもない彼等にしてみれば、バイドと地球軍が互いに潰し合ってくれるのならば関わり合いにならないのが一番。 そして早くから第97管理外世界の勢力と協調関係にあった貴女達からしてみれば、後から合流して一方的に武装勢力との協調体制を非難する私達は目障りな・・・いいえ」 緩やかな下り坂の先、円を描く様に建ち並ぶ高層ビル6棟の中央底部、階層状大型モール。 その最深部に位置する大規模ロータリー交差点へと差し掛かった車両は減速。 他に走行する車両も無い中、律儀に中央帯の周囲を回り始める。 「それ以上に、危険な存在だった。デバイスを押収して、戦闘能力を奪う程度には」 フロントガラスに「Caution」の表示。 こちらが侵入してきた路線とは異なる方面から、巨大な鉄塊が交差点へと侵入してくる。 それは無限軌道ではなく、何らかの機関で以って路面より僅かに浮上する事で移動する、一種の戦車の様なものらしい。 濃緑色に塗装された巨体は幅50m以上もある複数車線をほぼ完全に埋め尽くしつつ、機関が発する振動によりギンガ達の車両を揺らしながら中央を周回、出現時とは異なる方面へと姿を消す。 同時にこちらの車両が速度を上げ、戦車の出現した方面へと進路を取った。 ギンガは窓の外に拡がる灰色の景色へと視線を移して頬杖を突き、呟く。 「変わったわね、キャロ」 加速する車両の前方上空を横切る漆黒の影、その側面には其々に異なる色の小さな人影が2つ併飛行している。 武装警察の強襲艇、そして空戦魔導師。 相容れない筈の2つの勢力に属する者達が、決定的に異なる互いの速度を合わせつつ見事な編隊を組んで空を翔けていた。 「貴女だけじゃない、エリオも。たった2年で・・・それとも、この一月の間かしら。随分と人の死に対して無頓着になったみたい。貴方達だって、クラナガンの惨状を知らない訳ではないでしょうに」 前方、停車した8輪装甲車の傍に複数の人影。 漆黒のアーマーに身を包んだ数人は肩から質量兵器を下げており、彼等と言葉を交わしているほぼ同数の人影は明らかにバリアジャケットを纏っていた。 視界へと映り込むその光景に、ギンガの胸中へと言い様の無い暗い感情が滲みだす。 「31万人が死んだわ。何の罪もない人々が、31万も。原形を留めている遺体なんかほんの一握り、今だって死者の数は増え続けてる。まだ六課に居た頃、休日に貴女とエリオが遊びに行ったショッピングモールだって跡形もなく吹き飛んだのよ」 装甲車の傍を走り抜ける車両。 デバイスを通じて投射されているのであろう空間ウィンドウを、実に自然な様子で覗き込む魔導師と武装警察人員の姿が、ギンガの意識を黒く侵してゆく。 「スバルが貴方達に教えたアイスクリームショップも、ティアナが教えてくれた洋服店も・・・みんな、みんな瓦礫と灰になったわ。何もかも、其処に居た人々もろとも。六課に居た局員やその家族だって、数え切れないほど亡くなっている」 前方上空を横切る、複数のコンテナを抱えた2機の大型輸送ヘリ。 ギンガにとって見た事もない奇妙な形状の機体、その前方を先導する様に飛んでいる機種の異なる大型ヘリは、明らかに管理局のものだ。 これもまた先程の強襲艇と空戦魔導師同様、一糸乱れぬ編隊飛行を続けている。 「私達の街・・・貴方達の街でもあったのよ。貴方達が命懸けで戦い、護った街。誰も彼もが傷付きながら、決して諦めずに戦って護り抜いた街だった。少なくともそれ相応の愛着はあると思っていたのだけれど」 不当な言い分だという事は解っていた。 彼等はこの一月、外部からの支援を受けられぬこの閉ざされた空間の中で必死に足掻き、生き抜いてきたのだろう。 抵抗の術を持たぬ非戦闘員を護る為に、それこそ公然と質量兵器を用いる勢力とすら協調して。 外部の現状を知ったところで彼等がそれに感けている暇は無く、これまで共に戦い抜いてきた武装警察との敵対を選択する筈もない。 そんな事は疾うに理解している、そのつもりだった。 「どうやら勝手な思い込みだったようね。貴方達にとってクラナガンは、一時的に身を寄せていた場所に過ぎなかったのかしら」 それでもギンガは、自身の口を突いて出る言葉を抑える事ができない。 眼を閉じる度に瞼の裏へと浮かび上がるクラナガンの惨状が、此処で沈黙する事を良しとしない。 都市を蹂躙する鋼鉄の巨獣と巨人の軍勢、忌まわしき戦闘機の群れが意識へと纏わり付いて離れない。 それら全ての事象が、第97管理外世界の勢力の存在を是としない。 彼等との協調を図る管理局員が存在している、その事実を許容する事ができない。 「汚染された地球製の兵器による被害を受けたから、私達が第97管理外世界を敵視しているとでも思っているの? 残念だけど違うわ。彼等が、地球軍がクラナガンと本局で何をしたか、貴女だって知っている筈よ。 地球軍は民間人への配慮なんか一切しなかった。クラナガンを巻き込みながら砲撃を続け、それだけで数万の人々を虐殺したのよ。これでもまだ・・・」 「2億です」 唐突に放たれる、キャロの声。 彼女が口にした数字が何を意味するのか、ギンガは咄嗟に判断できなかった。 だが、続く言葉に彼女の意識が凍り付く。 「これまでに判明している犠牲者の数ですよ、ギンガさん。スプールスだけで約160万、他の世界も合わせると2億2000万前後になります」 絶句するギンガ。 キャロはそんな彼女へと視線を向け、醒めた声で続ける。 「順当な数値でしょう? スプールス単独での人口はごく少数ですが、41の世界の総人口は14億に達します。初期に壊滅した第122管理世界だけでも3億もの住民が居た。こうなる事は容易に予測できた筈です」 淡々と述べられる正論に、ギンガは返す言葉を見付ける事ができない。 無論の事、管理局も隔離空間内部に於ける人的被害を予測してはいた。 だがそれは、数十万という単位での話だ。 僅か一月の間に犠牲者数が億単位にまで達している等という事実は、完全に予測の範疇を超えていた。 「この数値も、恐らくは死亡している、と間接的に判断を下す事ができた予測上のものに過ぎません。現状では約12億人が生死不明となっていますが、これも形式上の表現です。実際には既に死亡しているか、或いは汚染生態系の一部になっているでしょう」 真っ直ぐにギンガの目を見据えるキャロの視線には、如何なる熱も宿ってはいない。 少なくとも、ギンガにはそう思えた。 凍り付くのではと錯覚する程に無機質な視線を外す事なく、彼女は機械の如く冷静に言葉を紡ぐ。 「スプールスでは隔離空間発生から24時間で43万人が死亡。残る117万の犠牲者は其処から私達が転移するまでの6時間で発生しました。主な死因は負傷及びバイドによる生体汚染。いずれも汚染された原生生物による居住区への襲撃によるものです」 「原生・・・」 キャロのその言葉を、ギンガはすぐに理解する事ができなかった。 スプールスの原生生物が高度な知性を有している事は、管理世界に於いて広く知られている。 言わばキャロの使役竜であるフリードリヒと同等の知性を有する個体が数多く生息し、それらが互いの生息域を過剰に侵す事なく高度な共存形態を構築しているのだ。 多種多様な種に亘って構築された、人類のそれとは異なるスプールス独自の疑似社会体制。 現地住民もまた体制の一部として組み込まれていたが、原生植物の大量枯死から始まった32年前の生態系変異を阻止した事から、彼等は更に管理局員をも共存に相応しい存在であると認識。 以来、原生生物と現地住民、そして管理局との間には良好な関係が築かれていた。 そんな彼等が居住区を襲い住民を殺戮した等と、すぐに信じられるものではない。 「抵抗は・・・?」 「200名ばかりの魔導師と非武装の次元航行艦2隻で何ができると思います? 隔離空間の発生直後、軌道上から全土に「何か」が落着しました。その2時間後にはありとあらゆる生命体が変異し、各地の居住区を襲い始めたんです。 防衛線を築く事も、取り残された民間人の救助さえもできなかった。自分達の居住区に立て篭もりながら、数時間前までは意志の疎通さえ可能だった生命体が津波の様に襲って来るのを只管に迎え撃つ事しかできなかった。 巡回ではよく一緒に空を飛んでいた翼竜の一団や、何時もフリードとじゃれていた水竜の子供達もその中に居た。エリオ君が密猟団を撃退して取り返した卵から孵ったオオガラスの雛も、以前に私が保護したシトカオウルの親子も居た。 リンカーコアと識別用マーカーで辛うじて判別できるだけの、眼も耳も体毛も無い、体内に無数の寄生虫を宿した化け物になって」 淀みなく繋がる言葉の羅列に圧倒され、ギンガは沈黙する。 平静に語り続けるキャロだが、その内容は異常極まりない。 クラナガンのそれを遥かに超える犠牲者数、狂った原生生物による襲撃、魔導師達が為す術もなく籠城戦へと追い込まれた事実。 だが続く言葉は、更なる衝撃をギンガへと齎した。 「髪の先ほどの羽虫も、植物でさえ脅威になった。勿論、人間だって例外じゃありません」 「え・・・?」 「襲って来る敵性体の中には、現地住民や管理局員のバイタルを発するものが少なからずありました。襲撃時の外観からは予測も付きませんでしたが、後の解析の結果から元は人間だったものの集合体と判明しました」 車内に沈黙が落ちる。 ギンガは言葉もなく自身の隣に座する少女を見つめるが、キャロは前方へと視線を戻しそれ以上を語ろうとはしない。 何時しか車両はとあるビルの周囲を回り、地下へと続くトンネルに向かう路線へと進入していた。 どうやら、このビルが目的の場所らしい。 褐色の光が照らし出すトンネル内部へと車両が進入した直後、漸くギンガは言葉を絞り出す。 「その、人だった汚染体は・・・」 「排除しました」 返された答えは、簡潔なものだった。 躊躇いながらも、ギンガは更に問い掛ける。 「貴女も、それを?」 暫しの沈黙の後、キャロは首を横に振る。 何処か安堵を覚えつつ、しかしギンガにはもうひとつ気掛りな事があった。 「・・・エリオも?」 返答は無い。 車両は広大な地下駐車場へと入り、速度を落としつつガラス張りのエントランスへと向かう。 ドアが開き、車両はそのままエントランス内部へと進入。 其処で漸く、キャロは口を開いた。 「エリオ君は・・・」 そして、紡がれる言葉。 それはギンガの意識に、歪な楔となって打ち込まれた。 「沢山、殺しました。私の、代わりに・・・」 エントランスを抜けた先、吹き抜け式のホール最下層。 車両が停止し、目的地へと到着した事を告げる表示が浮かび上がる。 「・・・会場は144階です。誘導に従って下さい」 掠れた声。 目前のステアリングホイールを虚ろに見つめる、竜召喚士の少女。 ギンガはそんな彼女へと掛けるべき言葉を見付ける事も出来ずに、エレベーターフロアからこちらへ歩み寄る局員と武装勢力人員、その姿を見つめる事しかできなかった。 * * 沈黙が満ちる部屋の中、彼女は只管に耐えていた。 この会議室へと入室して以降、一時も薄れる事のない緊迫感は多大な圧力となって彼女を苛んでいる。 見知った顔が少ない事もそれに拍車を掛けていたが、何よりも彼女の精神を蝕んでいたのは焦燥と困惑だった。 そもそも意識が回復した約4時間前の時点からして、彼女の置かれた状況は異常なものだったのだ。 意識を失う前に目にした最後の光景は、ユニゾンした自身の主の視界を通して意識へと焼き付く、異形の砲口より放たれた発砲炎の閃光。 ところが目覚めた直後に視界へと映り込んだ光景は、透明なシリンダー越しに彼女を見つめる局員と、その背後に立つ白衣を纏った人物の姿。 シリンダーはすぐに開放され、混乱する彼女に対し局員は状況説明を始めた。 曰く、攻撃隊は甚大な被害を受けながらも、ティアナの作戦により大型敵性体の撃破に成功。 直後に現れた2機のR戦闘機に対し、攻撃隊は非敵対的接触を試みた。 しかしこの時、敵性体は完全に沈黙してはおらず、攻撃隊を背後より奇襲。 これに対しR戦闘機は波動砲による攻撃を実行、その余波によって攻撃隊までもが被害を受け、更に地球軍歩兵部隊との戦闘を経て生存者全員が拘束されたのだという。 だが、解らないのは此処からだ。 生存者は地球軍の強襲艇へと搭乗させられたが、行き先が告げられる事はなかった。 しかし離陸より約30分後、突然の警報音と共に強襲艇は着陸。 其処から更に2時間程が経過した頃、地球軍兵士のそれとは僅かに異なる装甲服に身を包んだ一団と共に、数名の局員が乗り込んできたのだという。 混乱する一同に対し彼等は、自身等が隔離空間内に於ける生存者である事、地球軍とはまた異なる第97管理外世界の勢力との協調体制にある事を告げ、生存者の居住域となっている廃棄スペースコロニーへと向かう事を宣告。 そして目的地へと到着したものの押収されたデバイスが返却される様子はなく、実質上として彼女達は一部局員と武装勢力との共同監視下にあるという。 彼女は報告の内容に混乱しつつも、主や家族、そして他の生存者達の安否を尋ねた。 幸いな事に武装勢力の有する高度な医療技術により、若干強引な処置ではあったが大多数は命を取り留めたという。 その言葉に安堵したのも束の間、彼女は武装勢力との協調体制にある局員により会談への出席を求められた。 どうやら他にも多数の局員や民間人が保護されているらしく、不必要な衝突を避けるべく武装勢力側が状況説明の場を設けたらしい。 そうして、コロニー端部の施設からこのビルへとヘリによって移動したのが、約20分前の事だ。 会談の場となった144階のホールには、宙空に浮かぶホログラムの企業ロゴを囲む様に設置された環状のテーブル。 其処には既に十数名の局員が着席しており、ある者は警戒の色を隠そうともせずに、またある者は冷静に会談の開始を待っていた。 彼女は自身の名が表示されたウィンドウの許へと歩み寄り、その席に腰を下ろして周囲の様子を窺う。 その時に気付いたのだが、隣の席に浮かぶウィンドウには彼女が良く知る人物の名が表示されていた。 未だ空席の其処に着くべき人物の到着を待ちながら、彼女は重苦しい沈黙に耐え続ける。 「リイン曹長?」 その時、漸く待ち侘びた声が耳に届いた。 背後へと振り返れば、其処には見慣れた紫の髪。 「ギンガ・・・」 ギンガ・ナカジマ。 旧機動六課スターズ分隊フロントアタッカー、スバル・ナカジマの姉。 彼女が呆然とこちらを見つめ、立ち尽くしていた。 しかしすぐに表情を改め、毅然として自身の席へと歩み寄り腰を下ろす。 そして、小声で言葉を紡ぎ始めた。 「・・・ご無事で何よりです、リイン曹長」 「ギンガこそ、無事で良かったです・・・やっぱり、貴女も彼等に・・・?」 「・・・ええ」 ホールの壁際に立つ武装勢力人員と局員の姿を視界へと捉えながら、リインはギンガへと問い掛ける。 数秒ほどその場の面々を見渡していたギンガだったが、やがて無難な話題を切り出した。 「その姿を見るのは久し振りですね」 「流石にいつもの格好って訳にはいきませんから」 ギンガの言葉通り、今のリインの姿は通常の妖精の様なものではない。 人間の子供とほぼ同じ大きさにまで変化した、魔法技術体系を有しない管理外世界に於ける活動時の姿を取っている。 ギンガはリインの言葉に軽く頷きながらも、真に問い掛けたい事柄は別にあるらしく、何かを探す様に視線を周囲へと彷徨わせていた。 やがて決意したのか、恐る恐るといった様子で声を発する。 「あの・・・八神二佐は、どちらに・・・?」 その問いにリインは、暫し言葉を失った。 恐らくギンガは、各攻撃隊に於いて実質上の指揮官に当たる局員が一堂に会しているこの状況で、リインの主であるはやての姿が無い事を訝しんでいるのだろう。 だが、リインが口籠った理由ははやての事ではない。 報告として耳にしたものではあるが、ギンガの姉妹ともいえる少女達の安否こそが問題だった。 「・・・マイスターはやては今、医療施設で治療を受けています。多分、私は代理として呼ばれたんでしょう」 「ヴィータ三尉やザフィーラは? 確かシャマル先生も・・・」 「3人とも治療中らしいです。それと・・・」 数瞬ばかり言い淀むも、リインは心を決めて言葉を紡ぐ。 どの道、いずれは伝えねばならない事なのだから。 「・・・スバルと、ティアナも。他にもセインとノーヴェが治療を受けていると・・・」 「それって・・・!」 ギンガが身を乗り出し掛けるも、その言葉が最後まで続く事はなかった。 ホール外への扉が閉ざされ、それとは別に開放された扉から、灰色の野戦服に身を包んだ人物が入室してきた為だ。 白髪交じりの黒髪を短く刈り詰めたその男性は、外見から判断するに40台後半といったところだろうか。 軽く室内の一同を見渡しつつ、足を止めずに声を発する。 「お待たせしました。では、始めましょう」 環状テーブルに沿って座する20名程の局員、その対面の席へと歩み寄った男性は、腰を下ろす事なく再度その場の全員を見渡した。 その手には資料らしきものは何1つ携えられていない。 全ての情報は、恐らくは電子的強化を施されているであろう、その頭脳の内部に収められているのだろう。 知らず視線に敵意が籠もる事を自覚するリインだったが、その先に位置する男性は至って平静に言葉を紡ぎ始めた。 「既に聞き及んでおられる方も含め、改めて自己紹介を。PSC「ランツクネヒト」第11独立大隊指揮官ハシム・アフマド、階級は中佐です」 PSC「ランツクネヒト」。 聞き慣れない単語、そして古代ベルカ史を学ぶ中で耳にした単語が重なった事で、リインは数瞬ほど自身の記憶を辿る。 そして思い出したのは、第97管理外世界に於いて報道を通じて耳にしたアルファベットの羅列。 「PMC」或いは「PSC」と呼称される組織、民間軍事請負企業。 続く「ランツクネヒト」とは、古代ベルカ史の一時期に於いては聖王に仕える近衛騎士団に冠された名だ。 恐らく第97管理外世界に於いては、ヨーロッパに関連する何らかの名称なのだろう。 そんな事を思考するリインを余所に、アフマドと名乗った男性の声は続く。 「ご存じの通り、我々は時空管理局体制下に於いて第97管理外世界と識別される惑星の未来、即ち22世紀の地球文明圏に属する勢力です。遡る事68日前、第88民間旅客輸送船団護衛の任務に就いていた我々は、バイドによりこの人工天体内部へと強制転送されました。 最初の管理世界被災者との遭遇は40日前の事です。我々は彼等を保護し、情報交換を開始しました」 テーブル中央のホログラムが変化し、無数の情報が表示される。 同時にリイン自身の眼前にもウィンドウが出現し、その上に幾つかのタッチパネルが表示された。 その中の1つ「Link M-Device system」と表示された青いパネルが点滅している。 同時に隣に座するギンガの目前へと、背後から何かが差し出される様子が目に入った。 「え?」 呆けた様なギンガの声。 何事かとリインはそちらへ視線を移し、次いで自身の目を疑う。 ギンガが呆然と見つめているそれは、何と待機状態のブリッツキャリバーだった。 咄嗟に他の面々を見やると、彼等もギンガ同様に返却されたデバイスを前に呆けている。 何の意図があって、と思考に沈むよりも早く、アフマドの声が響いた。 「バイド体を利用した魔力増幅機構は押収させて頂きましたが、貴方がたのデバイスを返却します。起動し、ウィンドウ上の点滅しているパネルを通じてデータリンクを実行して下さい」 リインはホールの壁際に控える局員達を視界の端へと捉え、成程、と納得した。 デバイス及び並列思考については、局員の協力を得て解析済みらしい。 この返却の意図も、口頭での説明より並列思考を用いての情報取得の方が時間的に早い、との判断だろう。 デバイスの支援を得て情報を一挙に取得し、個々の並列思考能力を用いて状況を理解せよという訳だ。 「正気か・・・?」 「御心配なく。優秀な管理局員と我が隊員が控えております」 局員の1人が零した言葉に対し、アフマドは悪びれる様子もなく答える。 もしこの場でデバイスを用いて敵対行為に移行すれば、彼等に協力する局員の非殺傷設定の魔法により昏倒、それで通用しないのならば質量兵器により射殺する用意があるという意味の返答だろう。 脅しではない。 その時になれば、彼等は躊躇なく砲撃を放ち、引き金を引くのだろう。 「30分後から質疑応答の時間を取ります。では、どうぞ」 その言葉の後、アフマドは目前の席に腰を下ろした。 どうやら情報を得ない事には、これ以上の状況の進展は望むべくもないらしい。 だが、やはり警戒心が先立つのか、誰1人として操作を実行しようとはしない。 此処は先ず、自身が安全性を確かめるべきだろうか。 少なくともユニゾンデバイスである自身ならば、他の局員よりは情報処理能力に秀でている。 自身の能力が何処まで通用するか定かではないが、少なくとも通常の魔導師以上には情報戦に対応できるだろう。 熟考の結果、リインは自身の姿を通常の状態へと戻す。 身体変化に自身のリソースを割いている余裕は無い。 何より、アフマドの言葉を信用した訳ではないのだ。 全くの無防備では、ある瞬間に前触れなく思考中枢を掌握される可能性もある。 僅かに躊躇い、しかし最大限の警戒を以って、リインはパネルに掌を触れた。 「曹長・・・?」 「・・・大丈夫」 膨大ながら、必要事項のみを的確に選別された情報の奔流。 リインが感じ取ったのは、それだけだった。 特に異状もなく、正常に機能する並列思考で以って情報を確認してゆく。 そうしてリインは自身と生存者の置かれた状況を、提示された情報の中で正確に把握した。 第88民間旅客輸送船団人員、2518名。 PSCランツクネヒト第11独立大隊人員、821名。 合流した地球軍人員、67名。 保護された次元世界民間人、34701名。 保護された次元世界軍事組織人員、3160名。 保護された管理局員、1704名。 確認済み生存者総数、42971名。 合流後の戦闘及び捜索中に於ける現在までの死者・行方不明者総数、894名。 生存者の所属を確認しつつ、同時にリインは周囲の環境についても情報を紐解いてゆく。 しかしその内容は、俄には理解し難いものだ。 その最たるものが、この人工天体の構造と規模である。 天体は多層構造から成っており、基本的に廃棄物から成る外殻の内部に第1層、続いて広大な空洞を挟んで第2層と続く。 現在のところ第5層までが確認されており、其々の層の厚さは400km前後。 これらの層は各種兵器生産プラントであり、地球圏及び次元世界の兵器を基に大規模な模倣を行っている。 空洞はこれらの基となるオリジナル、及び生産された兵器群の保管空間らしい。 更には兵器群の外部への転送開始点、侵入者迎撃用の戦闘空間をも兼ねているという。 空洞の幅は700km前後であり、一部ドーム状の隔離空間、シャフトタワーを除き各層を繋ぐ構造物は存在しない。 つまりこの天体は、空洞状の巨大な球形構造物を更に巨大な球形構造物が覆い、それが連続して1つの巨大人工天体となっているのだ。 ランツクネヒトによる分析では、この天体はダイソン・スフィアと呼称される、小規模の恒星を内包した一種のエネルギー供給施設ではないかという。 建造者がバイドか、それとも汚染された未知の超高度文明かは定かではないが、提示された情報を信用するのならば少なくとも22世紀の地球によるものではない。 外部より転送された被災者、及び合流した地球軍人員からの情報によれば、天体直径は約1,426,000kmとの事。 各層の通過には厳重な防衛設備、及び大規模な艦隊戦力による防衛陣を突破せねばならず、浅異層次元潜航を用いての通過を除いては試みた例がない。 異常なまでの防衛体制から、この天体は兵器生産以外にも「何か」を護る為の大規模なシェルターとしての役割を担っていると、ランツクネヒトはそう分析している。 次に、生存者達の居住空間だ。 この都市は、西暦2166年の地球圏に於いて「リヒトシュタイン都市群」と呼称される宇宙都市を構成していた14基のスペースコロニー、その行方不明となった6基の内1基であるらしい。 ランツクネヒトは第3空洞にてこのコロニーを発見、占拠。 汚染を警戒しつつ機能を回復し、各種生産プラントを再稼働。 これにより大気及び食糧問題は解決する事となったが、防衛体制に関しては絶対的な戦力の不足という問題があった。 そこで彼等は、第3空洞に存在する複数の施設を奪取する作戦を敢行、兵器生産プラントを含む4つのコロニーを占拠し、それらを緊急用推進システムで以って移動させコロニー群を形成。 周囲に有り余る資源を用いて「アイギス」と呼称される防衛人工衛星を大量生産し、これをコロニー群の周囲に配備しているという。 流石に詳細なスペックは明らかにされていないが、長射程・超高速の戦術核弾頭搭載宙間迎撃用ミサイル、更に長距離狙撃型光学兵器を搭載した機動衛星らしい。 完全にオートメーション化された生産ラインを昼夜問わず全力稼働させている為、現在までに894基が生産され、内450基がコロニー群防衛に就いているという。 残るアイギスは第3空洞全域に於ける制圧戦に赴いており、新たに生産されたものについては順次前線へと送り込まれ続けている。 そして、こちらの戦力だ。 ランツクネヒトと第88民間旅客輸送船団は数隻の輸送艦を有していたが、これらの有する武装は決して強力なものではない。 しかし彼等は16機のR戦闘機を有しており、これらを中心に転送後初期の戦闘を潜り抜けてきたのだ。 「R-11S TROPICAL ANGEL」 嘗て第4廃棄都市区画での戦闘に於いて、その異常な機動性を以って局員を追い詰め、更にガジェット群に対し圧倒的な暴力を叩き付け殲滅した赤い機体群。 恐らくはその同系統に位置するであろう、酷似した構造的特徴を持つ機体。 彼等はこれを用いてコロニー群に迫るバイドを殲滅し、同時に第3空洞周辺に転送された被災者達を発見、救助隊へと連絡していたのだ。 それだけではない。 合流した地球軍の中にも、複数機のR戦闘機が含まれていた。 「R-9A4 WAVE MASTER」「R-9AD3 KING S MIND」「R-9C WAR-HEAD」「R-9/0 RAGNAROK」「R-9E2 OWL-LIGHT」「TL-2B HERAKLES」「R-13B CHARON」 どの機体も名称以外の情報は一切記されてはいないが、R戦闘機の例に漏れず異常な戦闘能力を有しているのだろう。 魔導師はどうか。 先ず管理局員1704名の内、戦闘可能な魔導師の数は1425名。 そして各世界の軍事組織人員3160名の内、確認済み戦闘可能魔導師の数は343名。 合計1768名の内、Aランク以上は496名。 悪くない数だ。 更に軍事組織人員の内1508名は魔導兵器、或いは質量兵器の扱いに精通しており、中には機動兵器の運用に携わっていた者も居る。 それらの兵器そのものも少なからず転移している為、防衛体制は異常とも取れる程に厳重なものだ。 他にも十数隻の戦闘艦が存在し、コロニー群の防衛に当たっている。 信じ難いのは、これ程の戦力を有しているにも拘らず、天体脱出の作戦計画が殆ど構築されていなかった事だ。 主な要因は、バイドの常軌を逸した物量である。 天体外部へと脱出する為には、2つの空洞と3つの層を突破せねばならない。 しかしこの2ヶ月、敵戦力の駆逐に成功したのは第3空洞の一部に於いてのみ。 この上、第2空洞と第1空洞、及び第3層から第1層までの敵防衛陣を突破するには、明らかに戦力が足りない。 よって彼等は、偵察を目的とした浅異層次元潜航を除き、各層の通過を実行した事例は無いという。 このコロニーに存在する被災者及び管理局員はいずれも、偵察任務中の機体によって発見されたか、第3層、第4層からの自力での脱出に成功した上で、幸運にも制圧任務に当たっていたアイギスによって発見された者達らしい。 更に、外部の状況が殆ど不明という事実も、脱出作戦の立案に大きな影を落としていた。 外部からの新たな転送被災者が数多く保護され、更に地球軍部隊との合流を果たした事で多くの情報が得られたが、それは此処12時間での事だ。 それ以前の外部の状況は、第2空洞での戦況悪化及び対浅異層次元潜航兵装を搭載した敵艦艇の出現もあり、ほぼ全ての情報が不明だった。 遵って地球軍、或いは管理局部隊の到達を待ち、その上で外部と連絡を取り脱出作戦を立案するという、謂わば籠城戦が開始される事となる。 しかし約8時間前、事態は更なる悪化を遂げた。 ある時点を以って、一切の浅異層次元潜航の実行が不可能となったのだ。 人工天体内部全域の浅異層次元に於いて、大型艦艇をすら粉砕する程の空間振動波が検出され続けているという。 幾度か探査機を送り込んだものの、その全てが潜航開始と同時に破壊される為、衝撃波発生源の特定は疎か正確な影響範囲すら判明してはいない。 現時点で確実となっているのは、浅異層次元潜航を用いての脱出が不可能となった、その一点のみである。 最後に、外部の状況だ。 12時間前、隔離空間は異常拡大し、確認済み次元世界全域を呑み込んだ。 しかし拡大はそれに留まらず、今もなお遠方へとその範囲を拡げている。 隔離空間内部へと転送された各惑星は異常距離にまで接近し、恒星と人工天体とを結んだ直線上に分布する形で、特定の一方向へと拡がる形で存在。 これが如何なる意味を持つのかは判然としないが、恒星を始点として人工天体と続き、更に各惑星がその先に散在するという円錐、若しくは円柱状の形態となっているらしい。 空間拡大が始まった12時間前から浅異層次元潜航が封じられる8時間前に掛けては、主に人工天体と各惑星までの空間、そして各惑星間の平均50,000kmという僅かな隙間を縫って艦隊戦が展開されていたという事実が、新たに保護された被災者及び地球軍人員の証言によって明らかとなっている。 これも俄には信じ難い事だが、次元世界の全保有戦力が戦線に加わっているにも拘らず、バイドとの戦闘は事実上の膠着状態にあるとの事。 ランツクネヒトもこの情報の真偽を疑ったが、空洞内に存在していた敵艦艇群の殆どが消失したという偵察結果が報告されていた事もあり、証言が真実であると結論付けた。 即ち、人工天体内部の敵戦力はその殆どが外部へと転送され、内部の防衛戦力は手薄になっている可能性が高いという事だ。 此処までの情報を確認すると、リインは一旦、全てのウィンドウを閉じる。 そうして暫し黙考した後、新たに1つのウィンドウを展開。 其処には、この12時間以内に保護された管理局員の名が、余す処なく記されていた。 リインはその中から複数の名を検索、詳細を表示する。 表示された検索結果を目にするや否や、彼女は有りっ丈の力で歯を食い縛った。 「はやてちゃん・・・!」 八神 はやて二等陸佐、重傷。 損傷臓器の培養完了、移植シーケンス実行中。 左腕部及び左脚部骨格、移植シーケンス実行中。 聴覚神経系、修復率94%。 「ッ・・・!」 次から次に表示される名と、その容体。 表示された情報に目を走らせる度、リインは自身の血の気が失せてゆく感覚を明確に認識する。 「そんな・・・」 ティアナ・ランスター一等陸士、軽傷。 治療完了。 ヴィータ三等空尉、軽傷。 治療完了。 シャマル非常武装局員、重傷。 損傷臓器の培養完了、移植シーケンス完了。 ザフィーラ非常武装局員、重傷。 極めて高い自己修復機能を保有、経過観察中。 まるで壊れた機械を修復するかの様な、無機質な単語の羅列。 リインの意識を凍て付かせるには、これだけでも十分だ。 しかし、それ以上に許容できない報告が、其処には記されていた。 セイン非常武装局員、小破。 戦闘機人の保有する自己修復機能調査の為、経過観察中。 チンク非常武装局員、中破。 フレーム損傷部位交換完了、有機組織回復経過観察中。 ウェンディ非常武装局員、中破。 フレーム損傷部位交換完了、有機組織回復経過観察中。 「・・・ッ」 「ギンガ・・・」 テーブルの軋む音。 自身の隣へと視線を投じれば、待機状態のブリッツキャリバーを手が震える程に握り締め、仇敵を前にしたかの如くウィンドウを見据えるギンガ。 其処に何が記されているかは、リインも良く理解している。 そして、ギンガの胸中に渦巻く感情が、如何なるものであるかも。 そのウィンドウには、彼女の肉親の状態を表しているとは到底思えない、残酷な言葉だけが表示されている。 スバル・ナカジマ一等陸士、大破・機能停止。 解体調査・解析完了後フレーム交換、再起動シーケンスへ移行。 現在の新規フレーム構築率、74%。 ノーヴェ非常武装局員、大破・機能停止。 解体調査・解析完了後フレーム交換、再起動シーケンスへ移行。 現在の新規フレーム構築率、68%。 恐らくはすぐにでも立ち上がり、視線の先に座する男へと襲い掛かりたいのだろう。 ギンガは瞳の色こそ変わってはいないが、その胸中には殺意が渦巻いているであろう事が容易に見て取れる。 だが、強靭な精神と冷徹なまでに現状を伝える理性が、立ち上がろうとする身体を抑え込んでいるのだ。 確かに文面そのものは非情以外の何物でもないが、冷静に考えれば全員が助かるという意味でもある。 少なくとも、今すぐに此処で事を構える必要性は無い。 たとえ此処で敵対を選択したとして、変化があるとすればこのホールに双方の死体が溢れ返る事になる位のものだろう。 ギンガもそれを理解しているからこそ、必死に自身を抑えているのだ。 「・・・時間です。では、質問があればどうぞ」 アフマドの声がホールに響く。 半透明のウィンドウ越しに砂漠気候下居住民の特徴が色濃く現れた顔を見据え、リインは小さなその拳を握り締めた。 その整った顔には、悲壮なまでの決意が宿っている。 この男には、問い質すべき事が山ほどあるのだ。 簡単に終わらせはしない。 少しでも有利な状況を保ち、彼等が持ち得るあらゆる情報を吐かせる。 その程度の成果さえも得られなければ、傷付いた家族に合わせる顔が無い。 そうして質疑応答に臨むべく、ウィンドウを閉じようと腕を伸ばすリイン。 だが掌がパネルに触れる直前、新たな情報が表示された事に気付く。 ウィンドウが掻き消える一瞬前に、最新の情報である事を示す赤の明滅を伴った文字の羅列が現れたのだ。 そしてリインは、その内容を正確に読み取っていた。 登録情報更新。 高町 なのは一等空尉、重傷。 損傷臓器の培養完了、移植シーケンス完了。 培養皮膚移植率、61%。 脊髄損傷部修復率、43%。 * * 背後から響く、ドアのモーター音。 入室者の気配を感じ取りつつも、彼女はその場を動こうとはしなかった。 表向きは興味を示す素振りも見せず、しかし警戒は怠らずに相手の発言を待つ。 だが掛けられた声の主を特定するや否や、彼女はその警戒心すら捨て去って注意の範疇からその人物を外した。 「お話があります、ティアナさん」 彼女は答えない。 無言のままに眼前に並ぶ十数個のポッド、その内2つを見つめ続ける。 灰色の金属製ポッドは内部を窺う事はできないが、ティアナはその中にあるものが何かを知っていた。 そして、何が行われているのかも。 「重要な話があります。一緒に来て下さい」 「勝手に喋れば良い」 今度は一言だけ返し、再び沈黙する。 排出パイプ内を通る廃液の色は確認用の小窓から確認できるが、今は澄んだ無色の液体が流れていた。 4時間前には鮮烈な真紅の色が流れていたのだが、それも徐々に薄れ今やほぼ保護液のみが排出されるばかりである。 微動だにせず小窓を見つめ続けるティアナの背に、更に言葉が投げ掛けられた。 「貴女と同時に保護された局員の一団が、協力を拒んでいます。指揮官の指示が無い限り、独断での協力はできないと。八神二佐が治療中である旨を伝えましたが、今度は貴女の指示に従うと」 「分かった」 即答し、椅子より立ち上がる。 背後へと歩み寄る足音。 ティアナは自身の肩越しに掌を翳す。 「クロスミラージュを」 手渡されるカード、待機状態のクロスミラージュ。 ティアナは左手にそれを受け取ると念話を繋ぎ、ごく短く指示を発した。 『こちらランスター。これより私達はランツクネヒト・管理局合同部隊指揮下に入る。以上』 了解、との言葉が返された事を確認すると、彼女は念話を切る。 その内容を傍受していたのだろう、すぐさま背後から言葉が発せられた。 「賢明な判断に感謝します、ティアナさん」 その言葉が終わるか否かというところで、クロスミラージュをワンハンド・ダガーモードへと変貌させ、背後へと振り抜く。 突然の近接攻撃行動に、しかし背後の人物は見事に対応してみせた。 僅かに1歩退がり、紙一重でダガーモードによる魔力刃の旋回範囲外へと逃れると、その手に持つデバイスの切っ先を精確にティアナの喉許へと突き付け、それ以上の動きを封じる。 鋭い切っ先が微かに喉許の皮膚を掠める感覚に戦慄しながらも、彼女は次の動作に移る事すらできなかった右手のクロスミラージュ、ツーハンドモードへの移行に伴い出現したそれを握る指に力を込め、有らん限りの敵意を込めて眼前の人物を見据えた。 だが、その人物はまるで動じた素振りを見せず、ごく平静に言葉を紡ぐ。 「デバイスを下ろして下さい」 「黙れ」 微かにクロスミラージュを揺らすと、全く同時に喉許へと鋭い痛みが奔った。 まるで隙が無い。 この瞬間にティアナが採り得る如何なる行動よりも早く、デバイスの切っ先が彼女の喉を食い破るだろう。 その事実へと思考が至って尚、ティアナはデバイスを退こうとはしなかった。 代わりに、自身へとデバイスを突き付ける相手の顔を真っ向から見据え、吐き捨てる様に呟く。 「随分と胸糞悪い顔をする様になったじゃない、エリオ」 燃える様な紅い髪、ティアナとほぼ同じ背丈。 感情の窺えない瞳、節くれ立った傷だらけの指。 記憶の中に残るその姿とは懸け離れた、ティアナの知らないエリオ・モンディアルが其処に居た。 「もう一度言います。デバイスを下ろして下さい、ティアナさん」 「・・・派手に弄ったものね。本当にそれがストラーダとは思わなかったわ」 エリオが発した再度の警告を無視し、ティアナは自身の喉許に突き付けられたストラーダを備に観察する。 白亜の槍は元の優美さを失い、剥げ落ちた塗装の代わりに無数の傷が鈍色の表層部を覆っていた。 更に、短期間の内に違法な改造を重ねたのか、明らかに以前とは異なる造形が複数箇所に見受けられる。 特に顕著なのが各部推進ノズルであり、ヘッドブースター、リアブースター、サイドブースターのいずれもが以前とは異なる外観となっていた。 サイドブースターは新たに追加された装甲板の下部に内蔵されているのか、推進用魔力噴出口の機能は装甲板上に開けられた十数個の穴が担っているらしい。 ヘッドブースター及びリアブースターは完全に別個のユニットと化しており、長方形のボックスが2つ重なった様なユニット内部から覗く計6基の平面ノズルは、恐らくは高度な推力偏向機能を備えているのだろうと予測できる。 総じて各部位は、以前と比較してかなり大型化していた。 どうやらスピーアフォルムの近接格闘戦能力を切り捨て、デューゼンフォルムの大推力による突撃能力に特化させた改造らしい。 そしてカートリッジシステムには、攻撃隊から鹵獲したものか「AC-47β」が装着されている。 眼前に立つエリオは、2年前の彼では満足に構える事すらできなかったであろうそれを片腕のみで操り、まるで自身の腕と一体化しているかの様な自然体で以って穂先を彼女へと突き付けていた。 ストラーダ自体の近接戦闘能力は失われても、エリオ自身の技量と体力がそれを補っていると見た方が正解だろう。 「最後の警告です。デバイスを下ろし、待機状態に戻して下さい」 形勢が悪過ぎる。 そう判断し、ティアナはクロスミラージュを待機状態へと戻した。 それを確認したエリオも穂先を引くが、ストラーダを待機状態へと戻す事はしない。 用心深い事だ、などと思考しながら、ティアナは再びポッドへと視線を戻す。 「・・・気に入りませんか、地球軍との共闘は」 「大いにね」 エリオの問いに対し、間髪入れずに返すティアナ。 その言葉に偽りなど無く、彼女は現状を心底より忌々しく思っていた。 エリオもその言葉が真実であると判断したのか、数秒ほど沈黙する。 そして再度、その真意を問い掛けた。 「理由はクラナガンの件ですか? それとも本局?」 「・・・それもあるわね」 「では、質量兵器の運用?」 「理由の1つではあるわ」 「地球軍との交戦で、攻撃隊に死者が出た事・・・」 「アタシが気に入らないのはね・・・エリオ」 エリオの言葉を遮る、ティアナの声。 彼女はポッドから視線を外す事なく、毅然と言葉を返す。 だが、固く握られたその拳は、抑え切れない感情に震えていた。 「其処まで知っていながら、平然とアイツらとの共闘を諭すアンタ達の事よ」 返答はない。 2つのポッド下に展開された、小さなウィンドウ。 其処に表示された「Analytical sequence」のゲージが端まで達すると同時、表示が「Complete」に変化し室内に警告音が響いた。 ポッド下部がゆっくりとスライドし全体が横倒しになると、そのまま奥の壁面へと格納されてゆく。 1つ目のポッドに続き2つ目が格納され搬入口が閉じられると、搬出された2つのポッドの隙間を埋める様に残りのポッドがスライド、端の壁面から新たに2つのポッドが搬入された。 そうして、オートメーション管理された全ての作業が終了すると、室内には静寂のみが残る。 それを見届けてなお、ティアナはその場を動こうとはしなかった。 「心配しなくても、2人はすぐに戻ります。あと2時間といったところです」 「そうね。彼等は「修理」が得意みたいだから」 「それが理由ですか?」 ティアナは振り返り、エリオを見やる。 その心中には敵意と蔑意とが渦巻き、彼を嘗ての戦友であると捉える意識などは微塵も残ってはいない。 先程の様にデバイスを構える事こそないが、余程に意識して自制せねば今にも掴み掛かってしまいそうだった。 「砲撃に私達を巻き込み、銃撃で3人を殺し、スバルとノーヴェをバラバラにした。それに飽き足らず、今度は2人を分解しての解析調査」 「治療の為です」 「脳髄を取り出して、丸ごと新しい身体に入れ替える事を治療って言うのならね」 辛辣な言葉を吐き捨て、エリオの目を見据える。 彼の様子に動揺は見受けられない。 全くの無表情のまま、クロスミラージュによる近接攻撃範囲外から、ティアナに対する警戒を続けている。 「詭弁だわ。アイツらは言っていた。修復し、再起動させると。地球軍もランツクネヒトも、スバル達を兵器としか見ていない。幾らでも換えの利く消耗品だと思っている」 「ティアナさん」 「見ていた筈なのに。スバル達が一緒に笑い合っている所を見ていた筈なのに。今だって、チンクやウェンディ達がどんな振る舞いをしているか見ている癖に。普通の人間と何も変わらないって知っている癖に!」 「ティアナさん」 「その事を知っている癖に! アンタ達はそれを受け入れている! スバル達が人間じゃないって言われているも同然なのに!」 「なら、此処に居て下さい」 その酷く醒めた声にティアナは、一瞬の事ながら心中で荒れ狂う敵意さえ忘れた。 対するエリオは相変わらずの無表情だが、それは平静さを保っているという以前に、その瞳が作り物めいてさえ見える。 彼はティアナの言葉に込められた意味のみを読み取り、しかしそれに伴う心情の一切を受け流しているかの様だ。 そんな印象を裏付けるかの様に再度、冷酷な問いがティアナへと放たれる。 「ティアナさんが僕達を敵視しているという事は解りました。先程は了承して戴けましたが、恐らくは行動を共にしていた攻撃隊の皆さんも同様でしょう。それで、どうします」 「どう、って・・・」 「妥協も共闘もできないというのならば、それでも構いません。強制はしないし、その権限もない。脱出ルートの確保まで、非戦闘員と一緒に此処で待機していて下さい。無論、デバイスは再度押収させて戴きますが」 「・・・本気なの?」 「こういった主張をしているのは、ティアナさんだけではないんです。何があっても協力はしないという部隊もあれば、それでは済まずに警告なしでこちらの調査部隊に攻撃を仕掛けた部隊もある。 幸い、過半数の局員は現状に対してある程度の理解を・・・というよりも、妥協を選択してくれました。彼等はこの天体を脱出する、非戦闘員を護るという二点に於いてのみ、ランツクネヒトと地球軍との共闘を了承している。 勿論、彼等を信頼した訳でもなければ、敵ではないと認識を改めた訳でもないでしょう。要は生存の為に、お互いを利用し合う関係です」 そう語りつつ、エリオはストラーダをバリアジャケットの背面へとやり、其処に固定した。 改造にランツクネヒトの技術者が関わっていたのか、待機状態への移行機能が損なわれているらしい。 持ち運びの為、バリアジャケットに固定用アタッチメントを設けた様だ。 自身の背丈ほどもあるストラーダを背負いながら、エリオは自身の首筋へと手を添えると凝りを解す様に頭を動かしつつ、幾分柔らかくなった声で言葉を紡ぐ。 「僕達の様に早くからランツクネヒトと協調関係にある人間は、今さら彼等を切り捨てる事なんかできない。それをするには、彼等に対して恩義があり過ぎる。だから、その辺りは大目に見てくれると助かります。 そして確かに、彼等はスバルさん達を一種の生態兵器と看做している。でもそれは差別的な認識というよりは、彼等の職業病みたいなものです」 「何が言いたいの」 「彼等にとっては魔導師も戦闘機人も、それどころか自分達でさえ兵器みたいなものだという事です。戦闘機人は言わずもがな、生身で宙を飛び未知のエネルギー攻撃を放つ魔導師も一種の兵器。 自分達に至っては、R戦闘機を始めとする各種機動兵器を動かす為の部品みたいなものという認識なんでしょう。彼等にしてみれば、人間を治す事も機械を直す事も一緒なのかも」 大した事ではないとばかりに放たれた言葉に、ティアナは衝撃を受けた。 自身が兵器である、若しくは単なる一部品である等と意識しつつ、それを受け入れる事ができる者などが存在するのか。 彼等は嘗ての一部ナンバーズの様に、意図して情報を制限されていた訳でもなく、社会と接する機会が無かった訳でもないだろう。 にも拘らず、エリオの言葉を信じるならば、彼等は自身が無機質な機械部品であるという認識を、人間としてのアイデンティティーと同時に併せ持っている事になる。 スバルも、その事で随分と悩んだ事があると、JS事件の後に吐露してくれた事があった。 だが彼等は、それをごく自然に受け入れている。 自身が人間であり、そして同時に強大な兵器の一端を成す部品と同様の存在でもあるという事実を、当然の事として認識しているのだ。 そうでなければ、他者を自己と同様の兵器として看做す事などできる訳がない。 自身が人間であり兵器である事が当然であるからこそ、他者を兵器の一種と看做す事ができるのだ。 其処に葛藤が無かった、とは言い切れない。 それを断言できる程、ティアナは彼等を知らない。 エリオの言っている事も彼の主観であり、彼等が実際に持つ認識とは掛け離れたものかもしれない。 だが実際、彼等はスバル達への治療行為を修復と言い切った。 ティアナはスバル達を人間であると捉えている。 この事実がある以上、彼女が真に彼等の存在を受け入れ、認める事はない。 そして、それを受け入れるエリオ達、その思想と行動を認める事も決してないだろう。 「理解できないなら、それでも構いません。ただ、僕達はこの一月、彼等と一緒に戦い抜いてきた。貴女達が彼等を認められなくても、僕達は彼等の力を認めている。彼等の倫理観が歪んでいる事も、そうでなければ生き残れなかった事も知っている。 でも皆が皆、それを受け入れられる訳じゃない事も理解しています。ですから、ティアナさん。貴女は僕達を理解する必要はない。ランツクネヒトも、地球軍の事も理解する必要はない。ただ、生きて此処から脱出する為に、利用するに値する存在だと認識してくれれば良いんです」 その言葉はこれまでの葛藤が嘘の様な自然さで、それこそ異様なまでに抵抗なくティアナの意識の底へと落ち着いた。 エリオの語った内容は正しく、R戦闘機との交渉に臨む前にティアナが思考していた、地球軍に対するスタンスそのものだ。 彼等を、彼等と協調するエリオ達を認めるべく妥協する事も、そして解かり合おうとする努力も必要もない。 必要な事は、彼等が強大な戦力を有し、限定的ではあれこちらに対し協力を求めているという事実を理解する事だ。 少なくともこの勢力下に於いては、地球軍も勝手な振る舞いはできない筈。 唯でさえ微妙な緊張を孕んでいる現状を掻き乱す様な事があれば、局員以前にランツクネヒトが黙ってはいまい。 地球軍の有する7機のR戦闘機はランツクネヒトの指揮下にあり、ランツクネヒトは一部局員と密接な協調関係にある。 自身等は彼等に戦力を提供する傍ら、彼等の戦力を利用すれば良いのだ。 彼等はこちらの戦力を、少なくとも四六時中に亘って警戒する程度には評価している。 こちらで得た情報では、保護された攻撃隊の中には僅か11名で大型汚染体を6体と無数の汚染体群を同時に相手取り、その全てを殲滅して退けた部隊すらあった。 そしてティアナ達も例外ではなく、強大な汚染体を魔導師の独力で撃破した実績がある。 彼等としてもR戦闘機を始めとする機動兵器群を有しているとはいえ、バイドを撃破し得る程の戦力を放置しておく余裕は無いと考えられる。 自身等が生き残る為に、そして非戦闘員を護る為にバイドと戦えば、それが彼らとの共闘となるのだ。 今この瞬間、ティアナを始めとする局員に求められているものは、相互理解によって結ばれる人間関係ではない。 この天体を脱出するまでの、上面だけの軽薄な協調体制。 それで良いのだ。 如何に受け入れ難い手段によるものであろうと、スバルとノーヴェは助かり、なのはやはやても急速に快方へと向かいつつある。 彼等を理解する役割は、エリオ達を始めとする現状の協調体制を築いた者達が担うべきものだ。 自身等は彼等を利用し、次元世界被災者と共に生き抜く事だけを考えれば良い。 生き残る為に、利用し尽くす。 地球軍を、ランツクネヒトを、エリオ達を。 徹底的に利用して、使い潰すのだ。 「・・・何をすれば良いの」 絞り出す様な、ティアナの声。 それは消極的ながら、エリオからの要請を受け入れた事を意味していた。 対する答えは、すぐに返される。 「現在、第3空洞の制圧はほぼ完了しています。想定外の事態が発生しない限りは、36時間以内に脱出作戦が開始される予定です」 其処でふと、ティアナは疑問を覚えた。 エリオの言葉は、数時間前にランツクネヒト側から提供された情報に矛盾している。 彼女の知る限りでは、天体脱出の目処は全く立っていなかった筈だ。 その疑問を、そのままエリオへとぶつける。 「脱出計画はまだ白紙のままなんじゃなかったかしら?」 「R-11S 4機と80基のアイギスを投入しての強行偵察の結果、メインシャフトタワー周辺域の防衛艦隊が消失している事が分かったんです。シャフトを通じてアイギスによる広域偵察を行ったところ、第2空洞の敵戦力も殆どが消えていた。第1空洞も同様です」 「どういう事かしら」 「ランツクネヒトは、空洞内部の敵戦力が天体外部へと転送されたものと考えています。今頃は恐らく、全次元世界を含む管理局艦隊、そして地球軍艦隊と交戦中でしょう」 エリオは問いに答えたが、それでティアナの抱える疑問の全てが氷解した訳ではない。 寧ろ、更に訊ねるべき事が増えただけだ。 「そんな状況で外部へ脱出して大丈夫なの? 最悪、脱出直後に敵の大規模艦隊と遭遇する事も考えられるわ」 「それについてはアイギスがカバーします。当然ながら地球軍もこちらに気付くでしょうし、何より僕等には切り札がある」 「切り札?」 その奇妙な言葉に、ティアナは表情を顰める。 20を超えるR戦闘機に、今この瞬間でさえ数を増し続ける数百基の防衛人工衛星、500名近い高ランク魔導師。 この上、更なる強大な戦力となり得るものが、このコロニーに存在するというのか。 そんな思考が如実に浮かんだ彼女の表情をどう取ったのか、エリオはウィンドウを開き何事かを小声で呟く。 そしてウィンドウを閉じ、ティアナへと背を向けると、首を捻って彼女を促した。 「丁度、ヴィータ副隊長達が移動したところです。僕等も行きましょう」 「何処へ?」 ドアへと向かうエリオを追い掛け、ティアナは歩き始める。 記憶の中のそれよりも長大となったストラーダ、それを背負うロングコート状のバリアジャケット。 ふと、寂しさにも似た微かな感情に襲われ、その背中を見つめていた彼女の目前で、エリオは肩ごと背後へと振り返る。 ドアの傍らに浮かんだキーウィンドウ上に、そちらを見る事もなく指を走らせながら、彼はその口に薄く笑みを浮かべた。 「悪魔の巣に、ですよ」 * * 悪意の巣窟。 その施設に対しヴィータが抱いた印象は、正にその一言に集約されるものだった。 今頃はリインやギンガを含む指揮官クラスの面々に対しランツクネヒト側より幾度目かの会談が開かれているであろう中、彼女を含む数名は居住空間となっているコロニーを離れ、シャトルによってこの得体の知れない軍事コロニーへと訪れたのだ。 目的は1つ、ランツクネヒトと一部局員の言う、切り札とやらの正体を知る為である。 「URANUS-Orbital BIONICS LABORATORY CODE-BESTLA」 コードネーム「ベストラ」。 それが、この巨大軍事コロニーの名だ。 提示された情報によればこの研究施設は、西暦2134年に発生した「バイドの切れ端」による木星ラボ消失事件の発覚直後に天王星衛星軌道上へと建造され、以降30年以上に亘ってR戦闘機及びフォース開発の中心基地として機能していたという。 その後、フォースに関する研究開発の中心は冥王星衛星軌道上へと建造された新たな大規模研究施設へと移されたが、R戦闘機の開発については変わらずベストラが中心基地として機能し続ける。 西暦2162年には、研究資材として搬入されたバイド体の制御に失敗し施設の85%が有機質細胞群によって侵食・汚染され、更に施設内にバイド生態系が構築される重大な事故が発生したが、これは翌年の第一次バイドミッションに於いて戦線投入されたR-9A ARROW-HEADによる制圧対象となった。 そして施設奪還後も数多の機種を生み出し続け、対バイド戦線に多大な貢献を続けていたベストラだったが、その歴史は唐突に、誰もが予期しなかった形で閉じられる事となる。 西暦2170年12月25日、午後6時00分。 降誕祭の終了と時を同じくして、ベストラは異層次元の果てへと消えた。 非常用追跡衛星群は機能を停止しており、転移先の空間座標を特定する事は叶わなかった。 犠牲者数11519名。 内7000名以上がR戦闘機、またはフォースの開発に携わる職員だった。 その精確な転移時刻と防衛艦隊に対する情報操作の痕跡等から、調査機関はバイドによる汚染ではなく人為的要因による転移、それも長期に亘る計画の末に実行された集団的内部犯による破壊的行為であると断定。 無論の事ながら、軍上層部はこの事実を隠蔽せんと画策した。 ところが、複数のネットワークを通じ遠方よりベストラ消失の瞬間を収めた映像が流出、其処に浮かび上がった数々の不審点から、民間及び軍内部でもベストラ職員による破壊工作説が有力視され始める。 情報の流出元は防衛艦隊所属の一部R戦闘機パイロット達と判明、諜報部が身柄を押さえるべく彼等の滞在する居住区を訪れるも、既に全員がナノマシンによる自殺を果たした後だった。 彼等がベストラ職員と交友を持っていた事実は判明していたが、それ以上の情報は全てが消失、事件の真相は迷宮入りとなる。 彼の職員等が何を思い、この巨大施設を道連れにしての死を選択したのか。 ヴィータには、それが理解できる気がした。 彼等は多分、恐ろしくなったのだ。 バイドが、ではない。 自身等が生み出したもの、自身等の意思を離れ暴走するそれらが恐ろしくなったのだ。 このベストラで開発された対バイド兵器群は、異層次元を含む地球圏全域にて大規模な生産ラインが設けられていた。 それらは無尽蔵に兵器を、R戦闘機を生み出し続ける。 混迷する対バイド戦線に、軍はR戦闘機に対しより強大な力を求めた事だろう。 ベストラはその要求に応え、常に新たな力を創造し続けた。 しかしその力もバイドの圧倒的攻勢、汚染能力、何よりも物量を前にして、然程の期間を置かずに潰えてしまう。 軍は更に強大な力を求める。 ベストラはそれに応える。 バイドは自殺的な攻勢でその力を排除する。 軍はより破滅的な力を求める。 ベストラはそれに応える。 バイドは侵食と汚染を以ってその力を奪い取る。 軍は何よりも絶対的な力を求める。 ベストラはそれに応える。 バイドは人智を超えた物量でその力を押し潰す。 そんなサイクルを繰り返す内に、ある瞬間、ふと彼等は気付いてしまったのだろう。 自身等の生み出すそれが、バイドに匹敵する邪悪となっていた事に。 希望の象徴ではなく、絶望の産物である事に。 全てを侵し、汚染し、喰らう、異層次元の果てより具現化した悪夢、バイド。 追い詰められた人類の足掻き、反撃の鏃として生み出された力、R戦闘機。 一瞬たりとも進化と増殖を止めぬバイドに引き離されまいと、彼等は人類の有する英知の全てを注ぎ込んで開発を続けた。 それは、一時的に拮抗する事はあれど、優位になる事など決してない瀬戸際の戦い。 だが、自身等の生み出した力がバイドのそれに酷似、或いは全く同様の存在となってしまった事に気付いた時、彼等の心中は如何なるものであっただろう。 彼等の倫理観は歪んでいる、それは間違いない。 提示された情報の内容からも、それは疑い様の無い事実だ。 だがそれも切迫した状況と、常軌を逸した狂気とに曝されたが故の事なのだろう。 狂気と相対する為に正気を捨て、自らもまた狂気の徒となる。 そうする事で、人は自身の精神を護るのだ。 だが、彼等は気付いた。 気付いて、失った筈の正気を取り戻してしまった。 自らの生み出したものを前に、人が至ってはならない領域へと踏み入った事を認識してしまったのだ。 だからこそ彼等は、苦悩の末に死を選ぶに至った。 全てを道連れに、この施設に存在する何もかもを消し去る為に。 だと、いうのに。 遥か異層次元の彼方、この悪意だけが集う闇の中で、それは発見されてしまった。 既に全ての職員が死に絶えた中で、悪意の集約体だけが生き永らえるこの地獄の大釜、その蓋が開放されてしまった。 何としてでも生き残らんとする、生命ある者達の手によって。 「・・・既に制御ユニットの培養が開始されており、これらの機体は各機に搭載されるユニットの調整完了と同時に実戦投入される事となります」 ヴィータの目前で言葉を紡ぐのは、ランツクネヒトの人員ではない。 それは紛れもなく管理局員、それも指揮官クラスの魔導師だ。 彼女は立て板に水を流すかの如く、淀みない口調で自身の背後に並ぶ兵器群のスペックを語り続ける。 「・・・まさかそのユニットは、人の姿をしているのか?」 「いいえ、培養されるのは飽くまで情報処理系統のみです。既に素体が遺伝子レベルでの調整を受けている為・・・」 傍らの局員が放った問いも、それに対する返答の内容も、どちらもヴィータの意識の端を掠めるのみで、その中心を捉えるには至らない。 彼女の意識は、完全に別のところへと囚われていた。 説明を続ける管理局員、その背後に並ぶ機体群に。 「これらは全て無人機として運用されます。パイロットに関する対汚染防御面での問題、更に敵生産プラントより回収されたあちらの機種については、バイドによる模倣である事を考慮し・・・」 それらは、余りにもおぞましい存在だった。 黒地に黄色の塗装が施された実験機、灰色の塗装が施された大型の機体はまだ良い。 その2機は単に整備中であり、数人の技術者が機体の周囲で何らかの作業を行っている。 だが、他の4機種はそうではなかった。 それらが正真正銘のR戦闘機であると説明されてはいたが、とても信じる気にはなれなかった。 先の2機種の様に金属製の台座へと固定され、無数のケーブルと複雑な機器によって調整を受け、レーザースクリーンによって全体を検査されていれば、一切の迷いなく現前の存在をR戦闘機と呼称される兵器の一種であると認識できただろう。 だが、それらは違った。 完成された兵器であると認識するには、余りにも醜悪に過ぎた。 「何だよ・・・これ・・・!」 緑掛かった半透明の半物理防御スクリーンを備えた、濃紫色の機体。 スクリーン下には醜悪な有機組織が息衝き、接続された十数本のチューブからは得体の知れない液体がスクリーン内部へと送り込まれている。 脳髄にも、甲虫の背にも見える有機組織は常時、僅かながら縦に伸縮を繰り返していた。 それは明らかな生命活動、呼吸をしているかの様にも見える。 巨大な植物の種子、或いは寄生虫の一種にも見える機体。 その表層には申し訳程度の機械部品しか見受けられず、機体の殆どが植物体の有機組織で構築されていた。 僅かな機械部品は武装・航行補助の類というよりも、観測機器の様なものらしい。 その機体は計4機、其々が薬液に満たされた巨大な培養槽の中、外界から完全に隔絶されて其処にある。 蔦状、球状の植物器官が密集した機体。 こちらは先の機体以上に機械部品が少なく、機体後部に位置する円盤状の器官から前方へと絡まり合うかの様に蔦が伸び、それらの周囲を複数の球状器官が取り囲んでいる。 球体は胞子嚢にも、腐敗した肉腫の様にも見えた。 この機体もまた、先程のそれとは異なる色の薬液に満たされた培養槽の中、特殊な人工光の照射環境下にて外界より隔離されている。 「以上の様に制御ユニットの培養に成功した事で、これまで戦線投入が不可能だったこれらの機体を運用する事が可能となり、天体脱出に於いて重要な・・・」 そして、何よりも。 ヴィータの正面、閉鎖された対汚染防御障壁。 直接に内部を窺う事はできず、障壁の前に展開された巨大なウィンドウを通して、その機体の全貌が浮かび上がっている。 他の3機種と比しても、明らかに巨大、明らかに邪悪な影。 機体各所の機械部品は装甲としての機能を併せ持っているらしいが、同時に内部の肉塊を封じる為の拘束具の様にも見て取れる。 そして、その印象は決して気の所為などではなく、事実ウィンドウ上には「Control Rate」との項目があり、90%台から僅か40%台まで、機体各部について複数の制御率が表示されていた。 しかもそれらの数値は完全に固定されてはおらず、リアルタイムで変動を続けている。 この機体は、完全な制御下にある訳ではない。 ベストラ所属のR戦闘機開発陣は暴走直前の肉塊、恐らくはバイド体であるそれを、フォースではなく機体構築に利用した。 僅かでも制御に狂いが生じれば即座に人類へと牙を剥くであろう悪魔を、その悪魔と同一の存在であるバイドに対する力として変貌させたのだ そして、気付いたのだろう。 自身等が生み出したものは、R戦闘機などではないと。 それは決して、希望などではないと。 彼等は、気付いたのだ。 自らが生み出したものは、バイドそのものなのだと。 ウィンドウ上に、新たに複数の表示が出現する。 それらは各機体に搭載される制御ユニットが、正式に決定された事を告げるものだった。 表示された各機体名、そして2種類のユニット名に、ヴィータは震える様な声を吐き出す。 「こんなの・・・あんまりだ・・・!」 その表示の意味を理解した攻撃隊員の間に、明らかに憤りを含んだ声が拡がり始めた。 だが、それを眺める局員は、僅かたりとも動揺する素振りを見せない。 同じ局員同士の間に存在する、残酷なまでの認識の隔たり。 漸くそれを理解したヴィータは、これ以上は何も目にしたくはないとばかりに、その瞼を下ろした。 否が応にも脳裏へと反芻される複数の名に、自身の心中が黒く染まりゆく事を実感しながら。 Unit「TYPE-02」 「TL-2B2 HYLLOS」Stand-by. 「BX-T DANTALION」Isolating. 「B-1A2 DIGITALIUS II」Isolating. Unit「No.9」 「R-13T ECHIDNA」Stand-by. 「B-1B3 MAD FOREST III」Isolating. 「B-1Dγ BYDO SYSTEMγ」Isolation release. 警報、金属音。 再び開かれるヴィータの視界。 その視界に映るは、徐々に格納されてゆく障壁。 人類の希望の地にして、絶望の生まれた地、ベストラ研究所。 職員達の絶望と共に発動した、破滅への転送より4年。 決して開かれる事の無い筈であった悪魔の檻は、今まさにヴィータの眼前で開放されようとしていた。
https://w.atwiki.jp/aniwotawiki/pages/14477.html
登録日:2011/04/29(金) 22 11 55 更新日:2024/04/01 Mon 21 46 50 所要時間:約 7 分で読めます ▽タグ一覧 R-TYPE SFC アイレム ゲーム シューティング スーパーファミコン ヲヤスミ、ケダモノ。(BYE×2)BYDO 合法ロリ 神BGM ヲヤスミ、ケダモノ。(BYE×2)BYDO アイレムが1993年にスーパーファミコン用ソフトとして販売した横画面横スクロールシューティングゲーム 全6ステージ・2周エンド 2周目はいつも通り難易度が上昇する。 R-TYPEシリーズの3作目。 今作の自機はチートと思えるくらいこれまでの機体を凌駕する性能を持っているが、それでも余裕で死なせてくれる初見殺しは健在。 しかし理不尽な弾幕は少ないので前作よりパターンは構築しやすくなっており、機体性能のおかげもあって再構築しやすいので、難易度は比較的低い(あくまで比較的)。 今作から今まで悪の帝国扱いだったバイドの細かい設定が作られていった。 ★ストーリー まだ、生きていたのだ。 限りない変成と変貌の果てに具現化した、強大な悪意。それはさらなる驚異となって、人類を襲った。 ついに人類は決断する。バイド中枢部への直接攻撃を。 目標は、銀河系中心域、マザーバイドセントラルボディ。 終わらない恐怖が、もうすぐ始まる 。 (公式HPより) ★自機 R-9/0 ラグナロック R-9S ストライク・ボマーをベースに火星基地で建造された機体。 ベースといっても実際にはフレームのみで、中身は完全に別物といえるくらいに強化されている。 本機は、3種のフォースと接続可能としたコンダクターユニットの搭載、 R-9Sのメガ波動砲を更に改良したタイプの波動砲に加え、ハイパードライブシステムにより連射を可能としたハイパー波動砲を搭載している。 「肉体を14歳相当に固定した23歳の女性を機体に直結させている」という噂があるが、軍はこの事実を否定しているため真相は不明となっている。 本機の最大の特徴は前述の2種の波動砲である。 まずBEAMモードで2ループチャージさせることで、障害物も貫通する極太のメガ波動砲を発射する。 この時、機体周囲にもエネルギーの余波を放出しているため、見た目よりも広い攻撃範囲を持ち、素の状態でも前方以外の敵を攻撃しやすくなったのは大きい。 また多少の敵弾をかき消すことができる。 またRボタンでHYPERモードに切り替えると、2ループチャージで一定時間、通常の波動砲を連射するハイパー波動砲を発射できる。 この間ビットを装備していれば、ビットが機体周囲を回転し、さらに防御力を高めることができる。 ただし一定時間を経過すると波動砲が冷却に入り、その間は波動砲が使用できなくなる。 どちらも前作の拡散波動砲のような巻き戻りはなく、チャージ状態を維持することができる。 ★フォースユニット 今回は最初に3種類のフォースを選択して出撃する(途中での変更は不可)。 ラウンド・フォース お馴染みのフォース。 今作でバイドの切れ端であるバイド体を制御したものという設定が明かされた。 今回は全体的に火力が低下しており、旧式であることは否めない。 しかしこのフォースのみ、ハイパー波動砲を手動で連射する限り、時間を超過しても発射し続けることができる(ビットの回転は規定時間で止まる)。 対空レーザー 反射レーザー 対地レーザー どれも前とほとんど同じ。 シャドウ・フォース バイド体を使わず、完全に人工の技術で作り出したフォース。 Lv.2以上になると支援兵器シャドウ・ユニットが付いて自機の移動方向の反対側に援護射撃する、分離時の呼び戻しが早いなどの特徴を持つ。 分離時は2wayショットを放つ。 リバースレーザー ____ ====Σ  ̄ ̄ ̄ ̄ ↑ こんな感じのレーザーを出す (上はフォースを後ろに付けている時。前だと逆向きになる) 前後を同時に攻撃できるレーザーで、一番使いやすい。 オールレンジレーザー フォースから2本のレーザーを発射し、シャドウユニットの攻撃もレーザーに強化される。 その名の通り全方位を攻撃できるが、シャドウユニットの扱いに慣れていないと使いにくい。 ガイドレーザー 対地レーザーの改良版で対地レーザーの上下に加え、フォース前方からも2本のレーザーが出る。 ただやはり使い勝手は良くない。 サイクロン・フォース バイド体を球体のゲル状に加工して安定させた後、バイド係数を大幅に引上げた状態のまま、中央に制御コアを埋め込み収束維持させているフォース。 分離時にショットを撃てないが、Lv.2以上は分離中にリングを形成し当たり判定が広がる。 また分離中、随時に引き離しと呼び戻しの切り替えが可能。 スルーレーザー フォースの方向に>形のレーザーを発射する。 障害物を貫通することもできるが、貫通すると威力が減退してしまう。 スプラッシュレーザー フォースの方向に放射状にレーザーを放つ。 着弾すると小さく爆散するため、攻撃範囲が広く、とても使いやすい。 カプセルレーザー 機体前方にカプセルを2個設置し、カプセルから前方にレーザーが発射される。 カプセルは弾を消すこともできるため防御壁ともなる。 ただしカプセルは発射し終わるまで置き直せないため、タイミングを考えないと無駄になりやすい。 ★取得アイテム スピードユニット いつもと同じ。 ストラグル・ビット 多少の弾は防げるようになった改良型。 エレクトロン・ミサイル 要は追尾ミサイル。 2個目を取ると発射間隔が早まる。 ★ステージ ステージ1 次元カタパルト 崩壊した次元カタパルトでの戦い。 カタパルトの推進器が作動し、地形が動くことがある。 ボス:ガドレイ 球体のUFOのような敵。 最初は奥から弾を撃ってくる。 ハイパー波動砲で楽勝。 ステージ2 アシド・クリーチャー Xマルチプライを彷彿とさせる、酸液が降り注ぐ腐敗した異次元幻獣の体内を進む。敵も生物の様なグロテスクなものが多い ボス:ネクロゾウル 見た目はただの肉壁だが、撃ってくるのが どう見ても精子です。本当にありがとうございました。 精子はフォースで防げないので、避けつつメガ波動砲を開いた目に撃つ卓越したテクニックを使わないとイカセることができない。 ステージ3 重金属回廊 U字状の洞窟を進んで行く変わったスクロールをするステージ。 ボス:コース・グラブ 壁面を歩くカニ。 ケツフォースで蜂の巣にするか、頭頂部を破壊後、ジャンプした隙に脚の間に入り、メガ波動砲を撃つのがパターンか。 ステージ4 ファイアキャスクファクトリー バイドに取り込まれた自動兵器工場。 アミダ状に走る炎は初見殺しすぎ。 中ボスを倒した後は逆走してから下降する、また変わったスクロールをする。 ボス:幻獣666 本体はただの玉で軸を合わせた時のみレーザーを撃つが、 背景のレール上を動くトラップが厄介な上に背景が回転するため安置が無い強敵。 ステージ5 バイオニクス・ラボ バイドに占拠された有機質兵器研究所。 ブロックに擬態した敵が襲いかかる。 ボス:ファントム・セル デカいスライム。 ドプケラ、ライオス、ゴマンダー、ゴンドランに擬態する。 ライオス以外はオリジナルより若干倒しにくくなっている。 ステージ6 電界25次元 漂うワームホールから敵やPOWアーマーが出てくる中、消滅と実体化を繰り返す地形の中を進む。 非常に堅い敵が多く難しい。 時にはワームホールを使わないと進めないところもある。 最奥のセントラルボディを倒すと亜空間へ飛ばされ、マザーバイドとの戦闘となる。 ボス:マザーバイド 人のような上半身と4つの腕を持つバイドの中枢。 腕からレーザーを出したり光弾を自機に向けて撃ったりし、割れた頭の中のワームホールから虫を出してくる。 頭は破壊可能。 マザーバイドを倒すと、残った4本の腕が自機に襲いかかる。 なんとか避け続けて地球圏へ脱出するも、閉じゆくワームホールを押し広げて再生したマザーバイドが追いすがる。 しかし攻撃に怯んで開いた頭にフォースを撃ち込まれ、マザーバイドは亜空間に押し戻されるのだった。 (ここまで操作しなければならない) そして戦いに勝利したR-9/0は地球へ帰還するところで終わりとなる。 なお、本機のパイロットはほとんど不明だが、設定資料集でかすかにスゥ・スラスターという名前が読み取れ、公式立ち絵もない状態であるにもかかわらず、R-TYPERの間ではスゥたんはアイドル的存在として語り継がれている。 追記・修正お願いします △メニュー 項目変更 この項目が面白かったなら……\ポチッと/ -アニヲタWiki- ▷ コメント欄 [部分編集] よく考えてみると、機体に直結っていうのがオルフェンズの阿頼耶識みたいな感じなのか、コンピューターなんだからナビゲーターなのかは知らないけどもし前者ならごつくてかっこいいパイロットスーツを着た見た目は14歳で中身は軍人な娘が無双するという残酷というより萌え設定だな。文字にすると。 -- 名無しさん (2019-02-02 18 22 25) 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3845.html
『目標、前方大型敵性体。MC404自動管制、砲撃開始』 『「マレソル」右舷に直撃弾! 被害甚大、後退中!』 『砲撃、来ます!』 警告が発せられた直後、頭上の空間を突き抜ける無数の砲撃。 泡状の極強酸性体液による、生体型長距離砲撃だ。 遥か前方、砲撃を放った異形の一群が更なる攻撃を実行せんと、胸部を突き破って覗く寄生体の口腔から赤黒い体液を溢れさせている。 だが結局、それらの異形が砲撃を放つ事は無かった。 強烈な閃光。 『弾体炸裂。目標群AA-04からYL-91の殲滅を確認』 遅れて襲い来る、全身を粉砕せんばかりの衝撃と轟音。 15km後方に位置するXV級6隻からの、戦略魔導砲アルカンシェルによる同時砲撃。 弾体炸裂により発生した余りにも強大な魔力爆発、そして極広範囲に亘る空間歪曲。 それらが、彼方に至るまでの空間を埋め尽くしていた無数の異形、その殆どを呑み込み跡形も無く消し去ったのだ。 より近距離に位置していた先程の一群は、アルカンシェルと同時に放たれたMC404からの魔導砲撃を受けて消滅したらしい。 通常では在り得ない、最小安全限界距離を無視しての戦略魔導砲による砲撃。 弾体炸裂点こそ前方800kmもの彼方であるとはいえ、発生した強烈な衝撃波は周囲に展開する魔導師、更には他のXV級をも襲い、致命的でこそないものの少なからぬ影響を齎す。 だが、その事実を気に留める者は存在しない。 その必要性も無いからだ。 『発射』 再度、アルカンシェルによる砲撃。 目標、大型敵性体。 今度は6隻どころか、計80隻の一斉砲撃だ。 弾体炸裂時に発生する衝撃の強大さは、先程の比ではないだろう。 無論、周囲への被害も甚大なものとなる筈だ。 『目標、残存敵性体群。突入まで5秒』 だが彼女は、魔導師達は前進を止めない。 後方の艦艇群、それらの1隻でさえ離脱しない。 只管に前進し、残る敵性体群、そして大型敵性体へと肉薄せんとする魔導師達。 敵性体群と大型敵性体からの砲撃を回避しつつ、更なる砲撃を実行せんと態勢を整える艦艇群。 数瞬後、アルカンシェル弾体炸裂に伴い発生した閃光が視界を、意識の全てを塗り潰す。 敵性体群を背後より襲う、彼方での弾体炸裂の余波。 奪われる視覚、悲鳴を上げる身体。 『突入!』 だが、問題は無い。 残存敵性体群の状態、方向、距離。 全ては明確に「視えて」いる。 視覚情報を用いるまでもなく、あらゆる魔導因子内包型観測機構より齎される各種情報が、意識内へと直接転送されているのだ。 逆袈裟に振り抜かれる腕部、大気諸共に物質を切り裂く感触。 『目標撃破!』 嗅覚を刺激する異臭。 全身を覆う障壁、通常と比して圧倒的なまでに高密度の魔力によって構築されるそれに触れ、瞬間的に気化した敵性体血液の臭気。 完全には濾過されず障壁を透過し、微かに嗅覚細胞を刺激するそれに対し、無意識の内に眉が顰められる。 同時に、自身の周囲へと13基のスフィアを展開。 直後、トリガーボイスが紡がれる事さえ無く、一斉に超高速直射弾が射出される。 意識内への投影、直射弾によって胸部寄生体を貫通され、絶命する敵性体群の映像。 直射弾、即ちプラズマランサーによる敵性体撃破総数13体。 飛翔中の全弾体がターン、更に13体を貫通、撃破。 撃破総数、26体。 直後、意識中へと飛び込む映像。 24km上方、複数の敵影。 敵性体、総数83。 アルカンシェル弾体炸裂の余波、それが空間中の魔力素へと干渉した影響か、此方の索敵から逃れたらしき敵性体の一群。 全個体、砲撃態勢。 敵性体が放つ砲撃、弾体である体液の飛翔速度からして、現状からの回避は困難だろう。 咄嗟に新たなスフィアを展開、射撃態勢へ移行。 閃光、そして衝撃と轟音。 敵性体群、消滅。 純白の魔力光、超広域魔力爆発。 彼女は咄嗟に振り返り、後方40kmに位置するベストラへと視線を投じる。 デバイスを通じ視力を強化、外殻上の一点を拡大表示。 そうして視界へと映り込んだ見慣れた顔に、思わず口を突いて出る言葉。 「酷い顔しとるな、私」 鼓膜を震わせる肉声。 先程までとは異なり、意識中へと直接的に飛び込む念話ではなく、聴覚を通じ音波としての認識を齎すそれ。 並列思考の一端、対象との接続状態を保ちつつ、自己の外部認識に費やす魔力量を大幅に引き上げる。 慣れぬ感覚に眉を顰めながらも、彼女は続けて呟いた。 「他人の目から見る自分の顔ってのは、どうにも・・・」 「外見に大した意味は無いでしょう、はやてさん」 新たに聴覚を刺激する、少女の声。 自身の左後方より発せられたそれに、彼女は感情の抜け落ちた表情のまま、億劫そうに振り返る。 そうして自身本来の視界へと映り込む、青く短い髪の少女。 「それとも、フェイトさんの視界に気になるところでも?」 僅かに首を傾げ、此方を窺う彼女。 背後に煌く無数の閃光と轟く爆音を気にも留めず、そんな少女の顔を暫し見つめる。 やがて、諦観を色濃く滲ませる微かな溜息と共に、はやては声を絞り出した。 「・・・それこそ、アンタにとってはどうでも良い事やろ、スバル。私の感傷が、戦況と何の関係が在る?」 吐き捨てる様に言い切り、スバルから視線を引き剥がすはやて。 改めて戦場へと向き直った彼女の光学的視界は、無数の魔導砲撃の光条とアルカンシェル弾体が炸裂する際の閃光によって、瞬時に埋め尽くされる。 だが、問題は無い。 彼女の他の視界群は、閃光に霞む全ての影を捉えている。 「しかし、何とも・・・薄気味悪いもんやな」 意識中へと反映される、複数の視界。 はやては今、8名の魔導師と視界を共有している。 先程まではフェイトも含め、計9名分の視覚情報を並列処理していた。 意識中へと強制転送された、魔導インターフェースに関する情報。 唐突に認識させられたそれに基き実行した措置であったが、結果は様々な疑念をも塗り潰す程に劇的なものであった。 接続の直後、意識中へと雪崩れ込む、膨大な量の情報。 あらゆる種類のそれら全てが、個々の魔導師が有する感覚情報であると認識した、その瞬間。 はやての内に生じた感情は、猛烈な焦燥だった。 掻き消される。 自身が、八神 はやてという人物を構成する情報が、掻き消されてゆく。 複数の「他者」より流入する、膨大な量の情報。 それらの奔流に呑み込まれた自己が歪み、滲み霞んで消えてゆく、おぞましい感覚。 「他者」に貪られ吸収されてゆく、自己という存在。 遠くなる意識、混乱と恐怖。 だが、それ以上におぞましいのは。 それらの感情が、自己だけのものではないと認識してしまった事。 自身と意識を共有する無数の魔導師、その全てが同様の恐怖と焦燥に蝕まれ、声ならぬ絶叫を上げ続けていた。 自身の意識中へと流れ込む、彼等の存在そのものが発する恐怖の叫び。 既に自己判別が不可能なまでに、意識の混濁が進行しているという事実。 耐えられない、耐えられる筈もない。 このままでは、自我が崩壊する。 意識が回復したのは、自己が消失へと至る、その直前だった。 否、或いは既に消失した、その直後であったのかもしれない。 現在の意識は固有のものではなく、消失の後に新たに構築されたものではないのか。 はやて自身にその判別は付かないが、いずれにしても既に興味の対象外であった。 今や魔導インターフェースははやての意識中にて構築を完了しており、正常な機能を獲得すると同時に魔導師間に於ける情報共有を開始している。 その後は幾度か対象となる魔導師を変更しつつ、自身の最大同時接続可能数および接続可能範囲、接続数増大に伴う情報処理速度の変調率等を確認。 共有開始直後に形勢を立て直した味方と共に、艦艇群との連携を取りつつ反撃を開始したのだ。 先程のフレースヴェルグも、フェイトを始めとする複数の魔導師の視界から遠方の戦況を把握し、援護の為に放ったものであった。 「ジュエルシード・・・ジュエルシード「Λ」か・・・」 「使い方はお伝えしました。どう活かすかは個人次第です」 呟きつつ、インターフェース構築と同時に転送された各種情報、特に「Λ」に関するそれを部分的に再確認する。 傍らのスバルが発した言葉を意識の端へと留めつつ、ジュエルシード「Λ」構築に至るまでの経緯を辿るはやて。 作業は5秒にも満たぬ内に終了、同時にはやての胸中へと湧き起こる言い様のない感情。 次元消去弾頭、ジュエルシード「Λ」、バイド、R-99。 禁忌、との言葉ですら生温い程の存在が、よくもこれだけ創り出されたものだ。 しかもそれら全てについて、創造に至るまでの過程に地球が関っている。 尤も「Λ」とバイドについては、管理局もまた深い関わりを持つのだが。 「お互い様、か」 始まりは、地球文明圏内に於ける極めて大規模な内戦、其処で使用された数十万発もの次元消去弾頭。 自身等からすれば殆ど無関係とも云える強大な文明、その勢力圏内にて当該文明が有する戦略兵器が使用された際の余波、それにより信じ難いまでの犠牲を強いられた次元世界。 当然ながら、被害を受けた各世界の住民達は激怒した事だろう。 被害の大小に拘らず、あらゆる世界の人々が実効的報復を望み、管理局はそれを抑える事ができなかった。 結果として「Λ」が建造され、それへの対処を目的に地球文明圏はバイドを建造。 管理局による工作の結果バイドは太陽系に於いて発動、次元消去弾頭の起爆により排除される。 これにより地球文明圏の崩壊は確定し、管理局は望まぬ形とはいえ安寧を手に入れ、次元世界は報復を成し遂げた。 遥かな未来、約400年後の時空に於いては、その筈であったのだ。 侮っていた。 互いを侮っていたのだ。 地球も、次元世界も、双方が。 次元の海に存在する無数の意思が、地球という惑星に対して抱く憎悪を。 地球という惑星より発祥した文明が、どれ程の狂気を内包するものであるかを。 侮り、軽視し、過小評価したのだ。 その結果、双方が予期せぬ敵の襲来によって殲滅されたというのであるから、全く以って救い様の無い話である。 身から出た錆とは、正にこの事か。 「言っておきますが、火蓋を切ったのは地球側です。理解して戴けると思いますが」 「思考を読まれるのも気味の悪いもんやな。ついでに言えば、今更そんな事どっちでもええんやろ?」 此方の思考を読んだスバルに返答し、更に言葉を繋げる。 発端は地球か、それとも次元世界か。 そんな事を議論したところで、今となっては何ら意味が無い。 だからこそ、この感情にも意味は無いのだと、はやては自身へと言い聞かせる。 憤怒も憎悪も、今は必要ない。 今や何処にも存在せず、未だ何処にも存在しない、遥か未来の地球。 そんなものを恨んだところで、何ら意味など在りはしないのだ。 「大事なのは、どうやって今を生き延びるか。それ以外に関心を向ける事は、全て無駄に過ぎない」 「ええ、その通りです」 「邪魔なものは排除する。必要であれば、価値の在るものでも切り捨てる。全ては次元世界が生き残る為、次元世界の敵を滅ぼす為」 「はい」 だから、抑えろ。 こんな事を問い詰める意味は無い。 この感情を言葉にしてぶつけたところで、その行為が何を齎すというのだ。 言うな、止めておけ。 こんな問い掛けは無意味、そればかりか彼の遺志を裏切る行為だ。 止めろ、口を閉ざせ、何も訊くな。 「そうやって、ザフィーラ達も切り捨てたんか」 掠れた声での問い掛けに、返答は無かった。 音が鳴る程に歯を食い縛り、右手のシュベルトクロイツをきつく握り締める。 視界が歪んでゆく事を自覚するも、懸命にそれを無視せんとするはやて。 そうして、自身の決意とは裏腹に震える声で以って、言葉を続ける。 「・・・仕方のない事、だったんやな」 返される沈黙の中、音無き声と共に唇を震わせ呼ぶは、今はもう居ない家族の名。 無重力下に於いて無意味な事であるとは知りながらも、はやては視線を上向かせずにはいられなかった。 滲みゆく視界は一向に回復せず、僅かな滴が宙空へと零れ出した事を感じ取る。 これまでに失った家族は2人。 初めはシャマルだ。 彼女はバイドによって殺された。 汚染体666が発する強大な偏向重力より逃れる事が叶わず、原形すら留めぬまでに圧し潰されたのだろう。 それでも彼女については敵に、バイドという明確な敵性体によって殺害されたのだと、納得はできずとも理解はできる。 だが、ザフィーラは違う。 彼を殺したのは、間違い無く自身の傍らに立つ少女、スバルだ。 彼女が自身の目的を果たす為、故意に引き起こした惨事によって死亡したのだ。 それは、紛う事なき無差別殺戮、明確な敵対行為であった。 しかし同時に、それが地球軍とランツクネヒトに対する攪乱を目的とした行為であり、必要な措置であった事も今は理解している。 コロニーは破壊されなければならなかった。 そうでなければ、叛乱など起こす以前に、生存者達は残らず処理されていた事だろう。 では、それに伴うザフィーラの死についても、必要な事であったと納得できるのか。 彼は自身の眼前で、最期まで此方を気遣いながら、膨大な質量により圧砕されて消え去った。 数瞬前まで確かに存在し触れ合っていた筈の家族が、僅かな肉片と大量の血飛沫だけを残し、永遠に奪い去られたのだ。 それを為したのは敵ではなく、自身と勢力を同じくする少女、嘗ての部下。 それでもなお、仕方がなかったと割り切れるのか。 身勝手な思考だと、はやては自嘲する。 コロニーでの一連の戦闘による犠牲者は、シャマルやザフィーラだけではない。 当初40000を超えていた生存者の総数は、現在では13000前後にまで減少している。 25000を超える犠牲者の内、約14000名はコロニーでのバイドとの戦闘、更には続くR戦闘機群の強襲により発生したものだ。 シャマルと同様に偏向重力によって圧し潰された者も在れば、ザフィーラと同じくB-1A2より発生した植物性バイド体に呑み込まれて消滅した者も在る。 スバルが操るTL-2B2によって殺害された者、彼女とノーヴェの暴走を装った叛乱により撃沈された脱出艦隊の7隻と数十機の機動兵器、それらの乗組員およびパイロット達。 膨大な犠牲者の存在を無視し、自身は家族を失ったという事実にのみ捉われている。 だが、その事を自覚しつつも、それでもはやては居なくなってしまった家族、彼等を想わずにはいられなかった。 当たり前だ。 自分は、人間である。 居なくなってしまった家族を想う事、それの何処がおかしいというのだ。 犠牲となった人々、その全てを平等に思う事など、神ならぬ自分には出来得る筈も無い。 自身に近しい者を特別に想う、それは当り前の事だ。 視線を戻し、隣に立つスバルを見やるはやて。 彼女は彼方の戦域を見つめたまま、此方を見ようともしない。 はやての思考を読んでいる事は確実なのだが、それに対して一切の興味が無いと謂わんばかりの様子。 そんな彼女の姿を見つめつつ、更にはやては思考する。 彼女達はどうなのか。 スバルは、ティアナは、ノーヴェは。 近しい者の死に対して、何らかの特別な反応を示しはしないのか。 少なくとも目前に佇むスバルからは、自身が多数の被災者を殺害したという事実に対する気負い等、微塵も感じ取る事はできない。 但し、それは飽くまで彼女の外観、自身の視覚情報から組み上げた単なる想定だ。 彼女達を構築する「Λ」の機能からすれば、全ての犠牲者を平等に悼む事も可能だろう。 では、彼女達はその機能を用いて、今この瞬間も犠牲者達の事を想っているのだろうか。 どうしても、そうは思えない。 寧ろ、無駄な事案にリソースを裂く余裕は無いとばかりに、それらの一切を単なる情報として処理しているのではないか。 この戦いには不要なものであると、それこそザフィーラ達の事と同様に切り捨てているのではないか。 もし、この疑念通りならば。 そうであるならば、彼女達と地球軍と、何が違うというのか。 「Λ」も地球軍も、単なる機械的な、無機質なソフトの集合体に過ぎないのではないか。 「・・・やっぱり駄目か」 スバルの呟き。 その声は思考の渦へと捉われゆくはやてを、強制的に現実へと引き戻す。 此方の意識が現状へと回帰した事を察知しているのか、表情を微塵も変えぬままスバルは言葉を続ける。 「此方の攻撃が届いていない。砲撃は全て、カイゼル・ファルベによる防御壁に遮られている」 瞬間、それまでの苦悩も葛藤も、全てが凍て付いた。 指揮官としての冷徹な思考が、はやての意識を支配する。 スバルと視界情報の一部を共有、視界へと映り込む鋼色の異形。 その周囲に吹き荒れる虹色の奔流、魔力の暴風。 「聖王の鎧か」 「ええ。取り巻きの排除は順調だけれど、大本であるアレに対する有効打が無い。アルカンシェルによる砲撃の余波も、全てがアレに届く前に消去されている」 知らず、顔を顰めるはやて。 スバルの言葉が不快であった訳ではない。 閃光が瞬いた後、半数の視界が同時に消失した事実と、直前までそれらに映り込んでいた真紅の結晶に注意を引かれたのだ。 既に知り得ていた情報ではあるが、いざ実物を目にすると圧倒的な威圧感を此方へと齎す、その結晶。 「こっちがジュエルシードなら、あっちはレリックで魔力を増幅って訳か。おまけに攻撃の幾つかには古代ベルカ式魔法を応用しとる。どっちが魔導師か判らんわ」 大型敵性体「ZABTOM」。 その頭部前面、額に位置するレンズ状構造体。 超高密度魔力結晶体、レリック。 拳ほどのサイズでさえ無尽蔵の魔力を供給可能なそれが、実に直径4m超もの巨大なレンズとなってザブトムの頭部に埋め込まれていた。 その事実だけで、バイドが如何に凶悪な構想で以ってあの異形を創り上げたのか、否が応にも理解できてしまう。 「聖王の遺伝子から創ったバイド体に、レリックを接続した人造魔導師・・・バイド製のレリックウェポン。スカリエッティが小躍りしそうな代物やな」 「当の本人は悪趣味な代物、と断言していますけど」 管理局艦隊が展開中である方角へと視線を向けつつ、スバルが呟く。 地球軍による襲撃、更にはバイドによる汚染に見舞われた本局。 想像を絶する地獄からの脱出に成功した僅かな生存者達が、本局防衛任務に就いていた艦隊に収容されているとの情報は、インターフェースの接続直後に知り得ている。 その生存者情報の中には、R戦闘機との交戦により意識不明であった筈の家族、シグナムの名が在った。 更にはリンディやフェイトにアギト、ユーノとヴェロッサ、アルフやヴァイスにグリフィス、シャーリーやナンバーズの内数名まで。 恩人に友人、果ては嘗ての部下から敵対者であった者まで、多くの知人が本局からの脱出に成功していたのだ。 そして、嘗ての宿敵であったジェイル・スカリエッティの名もまた、生存者情報の内に含まれていた。 その彼について、現在は魔導インターフェースによる接続が断たれている。 運用方法について逸早く詳細を理解したのか、彼の方から独自に接続を断ち、受動的接続を拒否し続けているのだ。 はやても再度の接続を試みたのではあるが、短時間の内に展開された極めて強固なプロテクトを突破する事が叶わず、僅かに十数秒の試行で諦める結果となった。 今となっては、スカリエッティに対する強制接続を可能とする人物など、システムを構築した当人であるスバル達くらいのものだろう。 だが、接続解除の直前。 最初の接続時にはやての意識へと流れ込んできた彼の感情は、紛れも無い人間的な憤怒の感情だった。 戦慄すら覚える程の殺意と、暴風の如く吹き荒れる狂気を内包した憎悪。 脳髄を焦がさんばかりのそれらを記憶の淵から呼び起こすだけで、はやての身体には怖気が奔る。 彼は、知り得てしまったのだ。 オットーとディード、トーレとセッテ。 既に4人の娘を失っていた彼に齎されたのは、余りに無情で残酷な情報。 民営武装警察の手によってチンクは殺害され、ノーヴェは人ならぬ存在へと変貌させられたという事実。 そして現在のノーヴェが、如何なる存在であるのか。 常人には及びも付かないその頭脳は、齎された情報が意味するものを余す処無く理解し尽くした事だろう。 そうして彼に齎されたものは、未知の技術体系に関する知識を得たという事実に対しての喜悦ではなく、娘達を失ったという現実に対する絶望であったのか。 少なくとも先程の接続時に於いては、はやては彼の内面について、正の方向性に類する感情など微塵も感じ取る事はできなかった。 接続後にリンディから齎された情報によれば現在、スカリエッティは第6支局艦艇に於いて敵戦略の分析作業に当たっているとの事。 彼の頭脳が在れば、より多方面からの詳細な分析、判断が可能となる事だろう。 如何に「Λ」の情報処理能力および容量が超越しているといえど、それに属するソフトが多いに越した事は在るまい。 彼ならば有益な情報を齎してくれるだろうと判断し、改めてはやては大型敵性体へと意識を向ける。 「それで、どうする? こっちの攻撃は通用しない、向こうの攻撃は致命的。今は様子見らしいけど、攻勢に出られたら一巻の終わりや」 呟き、表情を顰めるはやて。 彼女の視線の先、敵性体頭部のレリックから放たれた魔導弾幕が4名の魔導師を呑み込み、その身体を跡形も無く消し去っていた。 直射弾幕のみによる攻撃でさえあれなのだ。 胸部生体核からの砲撃が加わればどうなるか、想像に難くない。 更に、敵性体が纏う魔力の暴風により、此方の攻撃はほぼ全てが無力化されていた。 アルカンシェル弾体の炸裂、または艦載魔導砲の直撃であれば有効打を与えられるかもしれないが、現時点ではその全てが迎撃されている。 魔導師による砲撃は言わずもがな、各種機動兵器による攻撃も聖王の鎧を突破するには到らない。 ベストラ外殻に配された地球製の兵器群は既に殆どが沈黙し、僅かに残された光学兵器群と誘導兵器群が攻撃を続行してはいるものの、やはり致命的な損傷を与えるには到っていない。 ならば、考え得る他の手段は。 「自慢の無人機は使わないんか? 数で押せば、幾らあの化け物でも傷くらいは付くやろ」 「残念ですが、現時点では余裕が在りません。先程逃亡したR戦闘機群が、再度の戦域突入を試みています。正直なところ、精々あと15分も保つかどうか」 「あの地球軍の戦艦は? 今はアンタ等の制御下に在るんやないのか」 「汚染艦隊と交戦中の友軍を援護中です。此方へ回す事も不可能ではありませんが、陽電子砲の威力と射程を考慮すれば、やはり艦隊戦を優先したい」 「R戦闘機は」 押し黙るスバル。 その様子を訝しみ、彼女の表情を窺うはやて。 視線の先に佇むスバルは変わらず無表情であったが、何処かしら雰囲気が変わった様に思われる。 そして、その感覚は決して間違いではなかった。 「・・・無人機群と共に、侵攻を図るR戦闘機群の足止めを。しかし、状況は予想以上の早さで悪化しています」 「何?」 「R-13T及びB-1A2撃墜。残存する此方のR戦闘機は5機です」 その凶報に、はやては僅かに身動ぎする。 此方が有する戦力の内、切り札の1つでもあるR戦闘機が複数機、地球軍によって撃墜された。 だが彼女は、その驚愕をそのまま言葉に乗せる事はしない。 数秒の後、スバルへと疑問を投げ掛ける。 「慣性制御機構への干渉は、無力化されたんか?」 「完全に、という訳ではありませんが・・・そう長くは保たないでしょう。地球軍は対応を完了しつつある」 瞬間、思考を加速させるはやて。 慣性制御機構に対する干渉の無効化は即ち、地球軍全戦力による全力戦闘の再開を意味する。 第17異層次元航行艦隊は、既に保有戦力の半数以上を喪失しているとの予測だが、残存戦力だけでも他勢力の全てを相手取る事すら可能だろう。 浅異層次元潜行がバイドによって封じられている以上、これまでの様に一方的な殲滅戦など望むべくも無いが、それでもあらゆる勢力に対し甚大な被害を齎す事は容易に予測できる。 況してや、バイドの中枢たる人工天体内部に展開する管理局艦隊と魔導師など、本来の機能を回復したR戦闘機群からすれば標的以外の何物でもないだろう。 そうなれば、この先に待つ結末は如何なるものか。 地球軍の作戦能力が回復すれば、戦況はバイドと地球軍により二極化する。 最早、その他の如何なる勢力も些末な要素に過ぎない。 バイドは物量と独自に生産したR戦闘機群による全面攻勢を開始し、地球軍は新たに送り込んだ艦隊戦力と次元消去弾頭による次元世界の破壊作戦へと移行するだろう。 人工天体内部に展開する此方の戦力は殲滅され、外部の勢力も何れは殲滅される事となる。 最終的な勝者がバイドであろうと地球軍であろうと、次元世界が生き延びる可能性は限りなく零に近い。 ならば今、自身等はどう動くべきか。 「R-99を破壊する。現状、私達にできる事はそれだけです」 その言葉に、はやては沈黙で以って返す。 スバルの意見は正しかった。 どの道、出来る事といえばそれしかないのだ。 「地球軍に関しても、付け入る隙が無い訳でもない。新たに隔離空間へと侵入してきた地球軍艦隊の動きは未だ掴めませんが、遠からず第17異層次元航行艦隊と交戦状態になるのは確実です」 「捨て駒の後始末か」 「ええ。しかし、隔離空間内部で事を起こす可能性は低い。そんな余裕が在るとは思えないし、バイドと第17艦隊の双方を同時に相手取る事は、如何に地球軍といえども無謀に過ぎる」 スバルを見やると、彼女はウィンドウを展開し、自らの手で何らかの操作を実行していた。 ふと、違和感を覚えるはやて。 何故インターフェースを用いず、自身の指で以って操作を行っているのか。 そもそも今のスバル達ならば、ウィンドウを展開する必要さえ無い筈だ。 中枢たる「Λ」から、或いは他の端末から操作を行った方が、格段に効率が良い筈。 何故、戦闘機人としての個体から操作する必要が在るのか。 はやての疑問を余所に、スバルは言葉を続ける。 「其処を突くしかない。全てを同時に相手取っていては、幾ら戦力が在っても足りない」 「どうやって?」 「第17艦隊にバイドと26世紀、そして次元世界の関連性を暴露します。更に、侵入した地球軍艦隊の目的、国連宇宙軍上層部の意図を知らせ、艦隊に独自行動を促す」 「上手く行くと思うとるんか? それで第17艦隊が、地球軍艦隊と同士討ちを始めると?」 「それでも行動を起こさないのであれば、それは唯の奴隷です。彼等はそうじゃない。独立艦隊として極めて高度にシステム化された、独自の意思決定権すら有する強大な戦闘集団です。 彼等は友軍のバイド化を疑う事もできるし、そう判断したのであれば友軍の殲滅すら選択し得る。自らの生存に対する脅威が存在するならば、それを排除する事に些かの躊躇も無い」 更に忙しなくなる、ウィンドウ上を奔る指の動き。 それが、極めて大容量の情報を送信せんと試みているものだという事を、はやては漸く理解した。 スバルは、第17異層次元航行艦隊への情報送信を試みているのだ。 「通常の軍隊では在り得ない事です。でも、地球軍の敵は断じて通常なんかじゃない。叛乱を恐れて独自の判断と行動を厳格に封じていた結果、地球軍は「サタニック・ラプソディー」「デモンシード・クライシス」の発生を許してしまった。 バイドと相対するのならば、通常の規律では対応できない」 「そもそも叛乱なんか起こしたところで、結局は孤立しバイドに喰われるのが落ちか。これまでの対バイド戦ならば、そういう事情も在って叛乱が発生する危険性は低かったと」 「でも、今は違う」 警告音、赤く明滅するウィンドウ。 スバルの指が止まり、感情の窺えない眼が指先を見つめている。 失敗したのか。 「叛逆か、服従か。彼等は、選ばざるを得ない。叛逆すれば、彼等は友軍の全てを敵に回す事になる。無限に拡がる異層次元の海で、何時終わるとも知れない孤独な戦いに明け暮れる事になる」 再度、ウィンドウの操作を開始するスバル。 指の動きが、更に早さを増した。 はやては気付く。 スバルは、インターフェースを使用していないのではない。 少しでも処理速度を上げる為に、自身の指までをも用いているのだ。 「では、服従を選んだら? バイドを滅ぼし、次元世界を破壊して、その後は?」 「・・・後なんか無い」 「そう、彼等にそんなものは残されていない。第17異層次元航行艦隊は友軍の手によって殲滅され、真実は異層次元の彼方へと葬り去られる。彼等は上層部の都合で、故郷へと帰る事すら許されずに始末される運命にある」 「それを、受け入れてしまうとは考えないんか?」 再度、スバルの指が止まる。 そうして、彼女は徐に此方へと首を回した。 人間味の感じられないその素振り、はやての背筋を奔る薄ら寒い感覚。 それでも彼女は、気丈に言葉を繋げる。 「第17艦隊の連中とて、地球には家族も居る。残される家族の事を考えれば、此処で大人しく死を選ぶ事だって考えられるんやないか」 「有り得ません。彼等の最優先事項は生き延びる事、自らが地球文明圏により構築された一個のシステムとして存在し続ける事です。それがどんな形であれ、彼等は地球文明圏に属する軍事組織としての存在を維持せんと努める。 その為なら、どんな事だってする。友軍でも躊躇わずに殺して退けるし、地球に残る家族でさえも切り捨てるでしょう」 「何故や? 何故、其処までする? 感情統制が為されているからといって、其処までするものなんか?」 「不思議ですか?」 「当り前や。生き延びる為とはいえ、何もかも殺して、切り捨てて・・・それじゃ、それじゃまるで・・・」 バイドではないか。 そう続けようとして、はやては息を呑んだ。 そう、バイドだ。 自らが存在し続ける為ならば、如何なる手段でも用いる。 如何なる所業でも成し遂げる。 如何なる感情、如何なる倫理観にも縛られる事なく、生存の為の戦略を躊躇わずに実行する。 それは正しく、バイドそのものではないか。 インターフェースより齎される膨大な量の情報が、はやての脳内で再構築されてゆく。 地球軍に関する情報、取り分けその中でも構成員の思想に関するものを、重点的に分析。 そうして導き出され、結論付けられた地球軍全体の思想。 何としてでも生き残る。 自身を害する者あらば、これを敵として排除する。 自身と思想を異にする者あらば、これも敵として抹殺する。 自身の存在を否定する者あらば、それが味方であろうと誅戮する。 自身の前に立つ者あらば、それが如何なる存在であろうと殲滅する。 何故、そんな事が可能なのか。 簡単な事だ。 彼等は「個」であって「個」ではないから。 「軍隊」にして「群体」であるから。 個人の思想はどうあれ「軍隊」としての意思、そして「群体」としての生存が最優先されるから。 「第17異層次元航行艦隊」という名称の群体型生命体が、自らを構築する「個」を切り捨てでも生存を望んでいるから。 「個」の感情は抑制され「群体」の行動を左右するには到らない。 細胞1つ1つの意思を汲んでいては全体の行動など決定できる筈もなく、短期間の内に全体が壊死してしまう。 「群体」としての存在を維持する為にも「個」に惑わされる事など在ってはならない。 尤も、これは通常の組織でも同様だろう。 「個」よりも全体を優先せねば、組織は成り立たないからだ。 だが地球軍は、第17異層次元航行艦隊は、単なる組織ではない。 他の組織、他の「群体」に依存する事なく、完全独立行動さえも可能とする戦闘集団。 そして彼等の敵は「個」であると同時に「群体」でもあり、あらゆる面で常軌を逸した存在たるバイドだ。 通常の組織としての規範に則って行動していては、忽ちの内に喰らい尽くされてしまう。 だからこそ彼等には、何としてでも生き残る事が求められるのだ。 22世紀地球文明圏が有する無数の艦隊、無数の戦闘集団。 あらゆる宇宙空間、あらゆる異層次元で戦闘行動を続ける彼等。 それらの内1個艦隊でも残存しているならば、それは地球文明圏の現存を意味する事となる。 たとえ他の友軍が全滅しようと、地球本星が破壊されようと、地球文明圏の技術体系集約体たる艦隊と構成員さえ生存してさえいれば、それは地球文明圏の「勝利」なのだ。 スバルの口振りからするに、艦隊の構成員達はそれを完全に理解しているのだろう。 自身等が友軍による殲滅対象となっている事を理解した時、彼等は必ずや生存の為の闘争を選択する。 自身等を滅ぼそうとする者は、即ち敵である。 それが友軍であったとして、彼等が未だに「人間」であるという保証は何処にも無い。 バイドに汚染されているか、或いは他の敵対勢力によって叛意を煽られたか。 疑い出せば限が無いし、彼等にはその権利が在る。 そして、縦しんば地球文明圏にとっての脅威が彼等自身の存在であったとしても、特に問題は無いのだろう。 自身等が地球文明圏にとっての敵となっているのであれば、他の艦隊が問題なく殲滅する筈であるのだから。 地球文明圏には後など無い。 彼等にとっての敗北とは、即ち滅亡を意味する。 敵の殲滅が完了したその時、唯1隻の戦艦、唯1機のR戦闘機でも残存しているのであれば、それは地球文明圏にとっての勝利なのだ。 だから、問題は無い。 闘争の末、生き残った者こそが「地球軍」なのだ。 何時バイドによって汚染され、姿形もそのままに地球文明圏の敵になるとも知れない彼等であるからこそ形成された、歪でありながら絶対的な思想。 地球軍に属する全ての艦隊が、この思想を共有しているのだろう。 「狂っとる・・・狂っとるよ・・・!」 「だからこそ付け入る隙が在るんです。地球軍同士を争わせ、その隙にバイドを叩く。R-99がバイドに掌握されてしまえば、全てお終いです。その前に何としても中枢を、R-99を叩く必要が在る」 何時の間にか再開していたウィンドウの操作を継続しつつ、スバルは静かに語り掛けてくる。 はやてはもう一度だけ彼女を見やり、深く息を吐いた。 そして、視線を戦域へと投じる。 「・・・それで、上手くいきそうか?」 「梃子摺っています。新たな地球軍艦隊に露見しない様に、第17艦隊への情報送信を試みているのですが・・・」 「まあ、通信技術に関しても向こうが上やろうしな」 先程からの思考の内にも、より激しさを増していた閃光と轟音。 戦闘は激化していた。 ドブケラドプス幼体群、大規模転移。 無数に放たれる泡状強酸性体液による砲撃、それらを相殺すべく放たれるアルカンシェル。 弾体炸裂時の閃光が視界を覆い尽くし、数秒ほど遅れて衝撃と轟音が全身を襲う。 はやては僅かに身動ぎし、しかし踏み止まった。 自身の視界を閉ざし、次元航行艦の外部観測システムを介して、ベストラから280kmの彼方に位置する大型敵性体の全容を捉える。 異形、ザブトムは聖王の鎧に守られつつ、只管に誘導操作弾および高速直射弾を放ち続けていた。 絶大な戦闘能力を有しているにも拘らず、後方支援に徹するという異様性。 積極的に移動する事も、攻勢に打って出る事もなく、何かを待ち受けるかの様に。 「化け物は時間稼ぎに徹する心算か」 「早急に排除する必要が在りますが、現状の「Λ」の能力では積極的攻勢など不可能です。機能拡充は順調に進行しているので15分ほど頂ければ何とか」 「それでは間に合わんな」 そう、間に合わない。 そんな時間など残されてはいないのだ。 直ちに打って出ねば、待つものは破滅のみ。 「R-99が掌握されれば、次元世界はいずれ喰われる。真実を知らないまま地球軍が此処まで到達すれば、その時点で私達は皆殺しにされる」 外殻を軽く蹴り、宙空へと浮かび上がるはやて。 シュベルトクロイツを右手に構え、腰部に固定された夜天の書を「左手」で撫ぜる。 脳裏に響く、幼さを残した少女の声。 『マイスター・・・』 「行くで、リイン。此処に居っても殺されるのを待つばかりや」 自身と融合中のリインへと語り掛け、はやては戦域の直中へと赴かんとする。 しかし、ふと思い留まり、自身の「左手」へと視線を投じた。 以前と変わりなく、感覚までも完全に機能する、自身の左腕部。 戻ってしまった。 自身にとって罰の証であった傷跡、失われた左手。 ザフィーラとの繋がりを示すそれが、自身の意思とは無関係に消されてしまった。 膨大な質量によって圧し潰され、微塵となって消えた筈の左前腕部は、今ではそんな事実さえも無かったかの様に其処に在る。 そう、全てが元通りだ。 シャマルとザフィーラが居ない、その二点を除けば。 シャマルが死んだ時、自身は傍に居られなかった。 その事が、今でも悔やまれてならない。 自身にできる事など無かったと、理性では理解している。 それでも、家族の死に際に立ち会えなかった事は、大きな悔恨となって自身を責め立てていた。 況してやザフィーラは眼前で、自身を助けた結果として死んだのだ。 彼を失うと同時に負った傷は、自身にとってシャマルとザフィーラの想い出、彼等の死を記憶に刻み付けておく為の重要な証でもあった。 だが、それはもう何処にも無い。 癒える筈のない傷は、跡形も無く修復されてしまった。 そして証が消えたというのに、失われた家族は戻らない。 2人との絆は形を失い、単なる情報として自身の脳内に記録されているのみとなってしまったのだ。 「こんな・・・」 だからこそ、受け入れられない。 自身の左腕部、慣れ親しんだ筈の器官の存在が許せない。 状況が許すのであれば、今すぐにでも切り落としてしまいたい。 「Λ」によって強制的に再生、否、接合された左前腕部。 嘗てのそれと同一のものなどとは決して考えられぬ、自身の腕部にへばり付く異物。 「こんなもの・・・!」 有らん限りの力で握り締められる左手。 掌部に爪が食い込み、骨格が軋みを上げる。 しかし今は、其処から伝わる痛感さえも現実感に乏しく、偽物の感覚としか思えない。 こんなものは、自身の腕ではない。 彼と共に失われた、あの左手ではない。 『済みませんが、味方の援護に向かって戴けませんか? 私達は引き続き、地球軍との通信確保を試みます』 そんなはやての思考を遮るかの様に意識中へと飛び込む、インターフェースを通じたスバルからの念話。 はやては咄嗟に振り返り、ベストラ外殻上に佇むスバルを視界へと捉える。 彼女の胸中に渦巻くものは、壮絶な憤怒と、激しい嫌悪。 スバルもインターフェースを通じ、その内心を余す処なく理解している筈だ。 それでも彼女は、はやての感情に対しては何ら関心を見せず、無感動に用件だけを告げる。 『もう少しで、皆さんに素敵な「プレゼント」をお届けできると思います。それまで持ち堪えて下さい』 その念話を最後まで聞き終える事なく、はやては戦域中央へと飛翔を開始する。 逸らした視線は決して振り返らず、僅かでも飛翔速度を緩める事もない。 1秒でも早く味方の許へと翔け付ける為、外殻上に佇む「あれ」から離れる為。 自身のリンカーコアが許す限りの出力で以って、飛翔魔法に魔力を注ぎ込み続ける。 もう、聴きたくはない。 もう、目にしたくない。 もう、傍に居たくない。 造り物の音声、造り物の表情、造り物の存在。 造り物の意識しか向けてこない相手と、どう積極的に関われというのだ。 あれには本来、人間と関わり合う機能など備わってはいない。 そんな存在になってしまった者と、それが人間であった時と同様の関係など維持できるものか。 自身は其処まで酔狂ではない。 造り物は造り物同士、バイドか地球軍と関わっているのが相応しい。 周囲の空間を埋め尽くす魔力爆発、アルカンシェル弾体炸裂時の閃光。 青白い光を放つ魔力素が徐々に空間中の密度を増しゆく中、はやては異形の巨躯へと向かうべく宙空を翔ける。 「スバルであったもの」の注意が自身から逸れている事に、確かな安堵を覚えながら。 記憶の中のスバルを、彼女達との想い出を、理性を以って切り捨てながら。 それに伴う感情の起伏を、意味の無いものと断じて凍結しながら。 はやては自らに繋がる絆、その幾つかを自身の意思で断ち切り、決意する。 生き延びてやる。 絶対に、生き延びてやる。 リインフォース、シャマル、そしてザフィーラ。 彼等の存在と引き換えに貰ったこの生命を、奴等になぞ奪わせてなるものか。 バイドなぞに喰わせてなるものか。 地球軍なぞに消させてなるものか。 「Λ」なぞに使われてなるものか。 この生命は最早、自分だけのものではない。 これを侮辱せんとするものが在らば、それは紛う事なき敵だ。 私の生命。 私の誇り。 私の家族。 それを侮辱し、踏み躙り、奪い去ろうとするならば。 「・・・消してやる」 昏い決意の言葉。 複数の青白い魔力集束体が、宙空を貫く白銀の光となった彼女の周囲に纏わり付く。 はやての決意を祝福するかの如く、宙空に舞い踊る青い魔力素の結晶体。 やがて彼女の背面、其処に位置する3対の漆黒の翼に、それらの結晶体と同じく青白い魔力光が宿る。 自身の翼の如く、深淵なる黒に満ちた誓い。 その決意とは裏腹に、はやては幾筋もの青い光の軌跡を引き連れ、翼より青白い燐光を撒き散らしつつ宙を翔ける白銀の光となる。 光を引き連れ、自身も光の一部となったその姿は、人ならざるものだけが有する美しさに充ち満ちていた。 * * 鋭く、もっと鋭く。 音を置き去りに、光を置き去りに。 感覚さえも振り切って、更に鋭く。 『弾体炸裂・・・目標群AA-09からZB-04まで殲滅を確認。大型敵性体、健在』 『MC404、砲撃が無効化されています! 後退を!』 XV級が放つ無数の大出力魔導砲撃が、僅か100m程度しか離れていない空間を貫く。 強烈な余波が側面より襲い掛かるも、そんなものを気に留めている暇は無い。 邪魔なもの、余計なもの全てを無視して、更に鋭く。 『「ドロテア」被弾!』 『魔導師隊を援護、砲撃続行! 前方、高速進攻中の一団だ!』 『「ミヅキ」よりドロテア、後退を。魔導師隊への援護は此方で引き継ぐ』 鋭敏化する感覚、引き延ばされる体感時間。 基底現実とは異なる、自身の感覚に基くそれらが、目標への最適経路を思考する猶予を与えてくれる。 役不足な時間認識を振り払い、更に鋭く。 『敵直射弾幕、無力化しました!』 『敵誘導操作弾、全弾迎撃!』 無数に飛び交う念話の中、此方にとり直接的に関連し、且つ緊急性の高いもののみを選択的に傍受。 圧縮された状態で意識中に飛び込むそれらは、齎された情報に対する瞬間的な理解を可能としていた。 煩わしい情報の奔流を突き破り、更に鋭く。 『前方の魔導師隊、更に加速!』 『砲撃中止! 接敵・・・』 そして遂に、大型敵性体を自らの間合いへと捉える。 刃の旋回範囲、必殺の間合い。 鋭く、もっと鋭く、更に鋭く。 敵を、障害を、脅威を、恐怖を。 全てを断ち切れる程に、凄絶なまでに鋭く。 『・・・今!』 瞬間、金と青の閃光。 視界を上下に切り裂くそれが、僅か70mもの至近距離にまで接近した大型敵性体を襲った。 自身の魔力光である金色の光を放つ刀身、その周囲へと纏わり付く様に集束する青い魔力素。 バルディッシュ・アサルト、ライオットザンバー・カラミティ。 「願い」の通り、自身の知覚すら凌駕する「鋭さ」で以って横薙ぎに振り抜かれる、全長100mを優に超える長大な刀身。 空間を引き裂く雷光が、一切の慈悲なく大型敵性体の胴部を寸断した、かに思われた。 しかし。 『・・・退避!』 強制長距離転移、発動。 「Λ」による支援を受け後方の艦隊が発動したそれは、無防備に大型敵性体の至近距離へと位置する事となった魔導師隊を、一瞬の内に艦隊側面5kmの位置にまで転移させる。 瞬間、これまでの戦闘による負荷が、一挙に全身を襲った。 攻撃の余波および急激な加速による肉体的負荷だけに留まらず、圧縮された情報の解凍および超高速処理による脳への負担。 多大な疲労感と全身の苦痛、脳髄を直接殴打されるかの様な激しい頭痛に霞む意識。 咄嗟に額へと手を当て、無意識に苦痛の呻きを漏らす。 そうして数秒、或いは十数秒か。 時間感覚すら曖昧となっていた意識が、漸く正常な働きを取り戻す。 朦朧とする意識を奮い起こさんとするかの様に首を振り、我知らず顰められていた表情から徐々に力を抜いた。 肉体的異常解消、意識障害なし。 何が起きたのか。 攻撃の瞬間、自身等は強制的に後方へと転移させられた。 理由は分かっている。 大型敵性体が、聖王の鎧と高速直射弾膜による近接防御を展開したのだ。 一瞬でも転移が遅れれば、攻撃隊の全員が跡形も無く消し飛んでいた事だろう。 そして、転移直前。 此方の攻撃、振り抜かれたライオットザンバー・カラミティの刃は、確実に大型敵性体を捉えていた。 しかし如何なる理由か、全くと云って良い程に手応えが無かったのだ。 カラミティの柄を握る手に、衝撃は殆ど伝わらなかった。 刀身の先へと視線を移し、漸くその原因を理解する。 カラミティの刀身は、鍔から30m程度の位置で唐突に途絶えていた。 折れ飛んだと云うよりも、宛ら削り取られたかの様な形跡。 残された刀身の先端、其処に虹色の魔力光が微かに纏わり付き、今もなお残された刀身を蝕み続けている。 虹色の魔力集束体、極小のそれらが先端部へと無数に集り、虫食いの如く刀身を蝕んでいるのだ。 金色の魔力光を放つ刀身を食い荒らし、酷く緩慢ではあるが徐々に柄へと迫るそれらは、宛ら砂糖に集る蟻の群れ。 湧き起こる生理的嫌悪感に我知らず眉を潜めつつも、最大出力で魔力を刀身へと集束させる。 虹色の魔力光が一瞬にして消し飛び、雷光と共に全長100mを超える青白い刀身が現出。 瞬間、青白い魔力光が弾けた後に残るは、完全に復元された金色の刀身のみ。 そうして復元された刀身を見やりつつ、彼女は軽く息を吐く。 その身を蝕む化学物質、そして放射能汚染の呪縛から解放され、再び戦場へと舞い戻った彼女。 フェイト・T・ハラオウン。 金色の雷光を纏いつつ、彼女は思考する。 此方の間合いへと捉える事はできた。 だが、刃そのものが大型敵性体に届いていない。 自身のリンカーコアが許す最大出力で以って形成され、更に「Λ」への幾重もの「願い」によって鋭さを増し、限界を遥かに超える速度で以って振るわれた刃。 しかし、閃光と見紛うまでに加速されたそれは、聖王の鎧による自動防御機構を突破する事は叶わなかった。 瞬間的に密度を増した虹色の奔流へと触れた刃は、瞬時に魔力集束体としての構造を分解され、魔力素の霞と化してしまったのだ。 そして、此方の攻撃失敗を悟った後方の艦隊は、即座に攻撃隊の転送を実行した。 大型敵性体からの反撃を予測し、予め発動待機状態を保っていたらしい。 攻撃失敗なれど損害皆無。 これまでの戦闘を省みれば喜ぶべき事であろうが、しかし無条件に喜ぶ事などできる訳がない。 重複して掛けられた「願い」により加速された攻撃でも、聖王の鎧による防御を突破する事は叶わなかった。 それだけでなく「Λ」による強化は、決して万能ではない事も判明したのだ。 「Λ」は此方の「願い」が有益な内容であると判断すれば、その無限大とも云える魔力を用いて大概の事は具現化してしまう。 だがそれは「願い」を叶えた者への影響を、無条件に軽減させるものではない。 現に、攻撃の加速および認識能力の向上、情報処理能力の向上という「願い」を叶えた自身には、転移直後から想像を絶する負荷が襲い掛かった。 他の隊員達にしても、それは同様らしい。 錯綜する念話は、いずれも戸惑いに満ちていた。 『くそ・・・何だったんだ、今のは?』 『負荷だ。「Λ」による強化のツケだろう。転移から何秒経っている?』 『約80秒。負荷が継続していた時間は、個人差は在るけれど概ね70秒前後ね』 70秒。 戦場に於いては、致命的な時間だ。 その間、魔導師は完全に無防備となり、あらゆる外的要因への対処は不可能となる。 これでは「Λ」の効果的な運用に支障が生じる。 対策は無いか「Λ」へと問い掛ける。 回答は瞬時に齎された。 『執務官、彼女達は何と?』 『・・・「願い」の内容と数によって、具現化後の負荷は増減するらしい。さっきのは複数の「願い」を同時に具現化した事で、過大な負荷がフィードバックされたんだろうね』 どうやら「Λ」とは、無償で「願い」が叶う等という、都合の良いものではないらしい。 当り前の事ではあるが、しかし今になって漸くその可能性に思い至る。 現実を歪め、事象の全てを魔法技術体系の優位性を確立するものへと変貌させる、正に魔法のランプとでも云うべき代物。 しかし「Λ」は、魔法のランプ以上に万能ではあるが、冷酷に対価を要求する代物でもある。 数十秒に亘る行動不能状態、その間に味わう事となる苦痛。 常ならば大して問題にもならぬそれらが、今は無情な刃となって全ての魔導師を苛んでいる。 バイド、そして地球軍との交戦中、数十秒にも亘る行動不能という事態が如何なる結果を招くものであるか、理解できない者など存在しない。 『単体の「願い」なら、負荷を受ける事なく行動可能では?』 『内容に依るだろうけど、多分ね。攻撃の強化だけなら問題は無かったし、さっきの負荷は「願い」の重ね掛けが原因みたいだし』 『限度を見極める必要が在る、って事ですね』 念話を交わしつつ、彼方に位置する大型敵性体を見やる。 視界中へと拡大表示されたそれは、新たに転移したらしき無数のドブケラドプス幼体と突撃型生体機雷群を周囲へと纏わり付かせ、何ひとつ変わった様相も無く宙空へと佇んでいた。 長距離集束砲撃魔法も、艦艇群からの魔導砲撃さえも、聖王の鎧を突破できない。 アルカンシェルによる空間歪曲も、弾体炸裂時の効果範囲最外縁部で無力化されている。 カイゼル・ファルベによる防御壁は、余りにも強固に過ぎた。 『単体の「願い」で、アレを突破する? そんなの不可能じゃない・・・』 『そうでもないかもしれないよ』 唐突に飛び込む念話。 聴き慣れた、しかし今は何処かしら遠く感じるその声に、フェイトは視線を後方へと向ける。 15km後方、第6支局艦艇。 その戦闘指揮所に居るであろう人物へと、彼女は問い掛ける。 『どういう事? ユーノ』 『さっきの攻撃。君のライオットザンバーこそ完全に防がれたけど、他の幾つかの攻撃が防御を突破し掛けていたよ』 その言葉に、彼女は周囲の魔導師達へと視線を投じた。 彼等も良く理解できなかったのか、ある者は訝しげに自身のデバイスを見やり、ある者は他の魔導師と顔を見合わせている。 一通り全員の姿を見渡すと、フェイトは再度にユーノへと問い掛けた。 『・・・少なくとも此処には、それを放った自覚の在る人間は居ないみたいだ。ユーノ、詳しく話して』 『君達の攻撃は「願い」の重ね掛けにより、正しく一撃必殺の威力にまで達していた。あの敵性体も、直撃すれば唯では済まないと判断したんだろう』 『それが、何か?』 『先程の攻撃時、此方でカイゼル・ファルベの出力限界を観測した』 知らず、細められる目。 視界内へと拡大表示された大型敵性体の細部を、フェイトは睨み据える様にして観察する。 相変わらず、その巨躯へと着弾する攻撃は全て、瞬時に無効化されていた。 隊員達の間から上がる、観測結果を疑問視する声。 『そんなものが在るとは思えないな。艦載魔導砲ですら無力化されているんだぞ』 『アルカンシェルの余波さえも無効化されているわ。出力限界なんて、どうやったら観測できるの』 彼等の疑問は尤もだと、フェイトは思考する。 戦略魔導砲でさえ無効化する防御機構に穴が在る等と、俄には信じ難かった。 況してや個人の攻撃がそれを突破するなど、想像すら付かない。 だが、続くユーノの言葉は確信に満ちたものだった。 『君達が最後の加速を行う直前、新たに大規模敵性体群が転移した。恐らくは転移に関する処理の全般を、あの大型敵性体が担っているんだろう。戦況を判断し、適時を見計らって転移を実行していると思われる』 『それで?』 『君達が行った加速は、後方から観測している僕達でさえ瞬間的に失索する程のものだった。要するに、アレは君達に虚を突かれたんだ。敵性体群を転移させた直後、大型敵性体の魔力残量は著しく減少していた。 それがレリックによる増幅を受けて完全に回復する前に、至近距離へと飛び込んだ君達からの攻撃を受けたんだ』 『でも、攻撃は届いていない』 『正に惜しい処でね。君達の攻撃は防御され、逆に残る魔力を用いて反撃された。君達を優先して排除すべき危険要因と判断したんだ。そして君達の転移直後、カイゼル・ファルベは元の魔力密度を取り戻している。これらの情報から判断するに、狙い目は敵性体群の転移直後だ』 拡大表示の対象を、大型敵性体から各種敵性体群へと移行する。 幾つかの地点を選択し並列表示、視界内へと映り込む無数の影。 壁となって迫り来るそれらの総数を求めた処で意味は無い。 正しく無限とも思えるそれらが、相対する全てを消し去らんと異形の牙を剥いていた。 『成る程。あれだけの数を転移させているのなら、レリックに増幅された魔力を使い果たしてもおかしくはない。敵性体群の転移直後を突けば、カイゼル・ファルベの防御を突破できるかもしれないって事か』 『かもしれないというよりも、これで駄目なら打つ手無しだよ。それこそ彼女達に・・・「Λ」に全てを任せるか、地球軍の心変わりにでも期待するしかない。彼女達が言うには・・・』 『「Λ」が此方に注力すれば隔離空間内部の友軍戦力は壊滅し、また「Λ」による工作が終了する前に地球軍が此方に到達すれば私達は殲滅される。そうでしょう?』 『聞いたのかい?』 『さっき、ティアナにね』 念話を返しつつ、バルディッシュの形態をカラミティからスティンガーへと移行。 大剣が瞬時に分解、片刃の双剣へと変貌。 それらを左右の手に携え、両腕を開いて構える。 だが、その刀身は常のそれと同様ではない。 其々の全長が3mを優に超え、尋常ならぬ魔力密度を保っている。 切り裂くという行為の一点にのみ着目するならば、その鋭さは先程のカラミティすらも容易に凌駕するだろう。 フェイトは自身の手に携えられた双剣を一瞥し「Λ」による強化の詳細を理解すると、その視線を大型敵性体へと戻し念話を発する。 『「Λ」からの情報によるとアレは一度、第二次バイドミッションに於いてR-9Cに撃破されている。胸部装甲内部に位置する生体核が比較的脆弱、とは云うけれど』 『胸部装甲が開放されるのは生体核からの大規模砲撃時のみ。転移実行直後、しかも聖王の鎧を展開中にそんなものを放つ余裕は無い。遵って、生体核を狙うには胸部装甲の強引かつ迅速な破壊が求められる』 『不可能だね』 『艦隊からの援護は?』 『敵性体群の排除で手一杯だ。アレへの攻撃に傾注すると、高確率で取り零しが発生する。そうなれば、それらによる襲撃を受けるのは君達だ』 『ウォンロンかベストラからの援護は期待できないのか』 『それも不可能だね。どちらも艦隊の援護に掛かりきりだ』 『空間転移はどう? 至近距離に転移して、奇襲を掛ければ・・・』 『アルカンシェルの余波が残る中で? 艦隊の側へと引き戻すのならば兎も角、敵性体群に向けて転移するのは自殺行為だ』 『なら、狙いは1つだな』 大型敵性体、その頭部に位置する巨大な結晶体。 他の隊員によって視界内へと拡大表示されたそれは、大型敵性体の魔力増幅を担うレリックだ。 胎動する赤い光を見据えるフェイトの意識中に、隊員からの念話が響く。 『あのレリックを破壊すれば、敵性体群の転送を止められるんだろう?』 『まあ、深刻な魔力不足に陥る事は確実だ。止めるとまではいかなくても、これまでの様に短時間の内に大規模転送を繰り返す、なんて芸当は不可能になる』 『後は艦隊からの飽和攻撃で、カイゼル・ファルベごと消し飛ばす、って事だね』 瞼を下ろし、視界を閉ざすフェイト。 拡大表示されていた視覚情報も遮断し、心身を休める事に専念する。 共有された意識を通じ、艦隊による敵性体群への攻撃開始を認識。 『艦隊からの了解も得られました。アルカンシェル発射まで140秒』 『我々の他に、複数の魔導師隊が同行する事になる。連携に注意しろ、あの速度で接触すれば終わりだ』 『フォーメーションに慣れていない者は、共有のレベルを引き上げろ。常に互いの位置を確認しておけ』 静かに瞼を上げ、視覚情報を取り込む。 魔導師間の意識接続数および情報処理能力を増幅、意識共有の度合いを深化させんとするフェイト。 数秒で済む工程の最中、意識中へと割り込む念話。 『意識共有は必要ないぞ、執務官』 隊員からの念話、その思わぬ内容にフェイトは周囲を見回す。 ベストラ近辺への転移直後から共に行動する者、新たに周囲へと集結する者。 その殆どが彼女を真っ直ぐに見据え、同じ意思を意識中へと投げ掛けていた。 『アレを撃破するには、何よりも速度が求められる。つまり、貴官が攻撃の要だ。艦隊も含め、貴官以外の戦力は全て補助に過ぎない』 『貴女が私達に合わせる必要はない。私達が貴女に合わせて飛びます。貴女はただ速く、鋭く在る事だけに集中して下さい』 『速度じゃアンタには及ばないが、格闘戦の技能ではこっちが上だ。どんなじゃじゃ馬な飛び方をしようが、完璧に援護してやる』 彼等が彼女に望むものは単純だ。 速く、只管に速く。 鋭く、何よりも鋭く。 その望む処を正確に理解したフェイトの内に、不思議と高揚感が湧き起こる。 そんな彼女の意識中へと飛び込む、聞き慣れた2つの声。 「そういう訳で、フェイト。君は目前の事にのみ集中すれば良い。その他の事は全部、僕達が引き受ける」 「周囲など気にせず翔け抜けろ。お前の疾さこそが、我々にとって最大の武器だ」 咄嗟に、背後へと振り返るフェイト。 彼女の視線、その先に彼等は居た。 艦隊の強制転移直前まで傍に在った人物。 共に励まし合い、助け合ってきた彼等。 二度と剣を振るう事は叶わないと、嘗ての様に空を翔ける事など叶わないと。 あまりにも残酷な宣告を受けながら、尚も戦う事を諦めなかった者達。 「でも、少し不安かな。身体ごと前線に出るのは、本局が襲撃された時以来だからね。鈍ってないと良いけど」 「謙遜も大概にしておけ。私からすれば厭味にしか聞こえん」 ユーノ、シグナム。 何物をも寄せ付けぬ結界魔導師、あらゆる障害を焼き尽くす烈火の将。 誰よりも、何よりも頼もしい2人の戦友が、嘗ての姿を取り戻して其処に居た。 「ユーノ・・・シグナム・・・」 「君の癖は良く知っている。1発の魔導弾も掠らせないし、破片にだって触れさせはしない」 スクライア族特有のバリアジャケットを纏い、無機質な光を瞳へと宿し悠然と敵性体群に向かい合うユーノ。 失われた彼の四肢は完全に再生され、嘗ての長身かつ程良く鍛えられた身体を完全に取り戻している。 彼の背後には、鮮やかな緑光を放ちつつ複雑な回転運動を続ける、無数の光球が展開していた。 実に数千もの小型魔法陣、分厚く巨大な壁となって展開するそれらの集合体。 拳ほどの大きさながら、各々に異なる方向へと回転する複数の環状魔法陣を纏い、更には自身も複雑極まりない回転運動を行う球状の立体魔法陣からは、その光には不釣り合いな禍々しささえ感じられる。 それらを構築する術式は余りにも難解かつ複雑、更には極めて繊細であり、単に視界の片隅へと捉えたに過ぎないフェイトには概要さえ理解できない。 否、時間を掛けた処で理解できるものでもないのだろう。 事実、故意ではないにせよ僅かながら意識の共有が行われている現状でさえ、ユーノが如何なる情報処理工程を実行しているのか、フェイトには全く理解できないのだから。 「そういう事だ。お前は、ただ前へと進め。後ろの事など気に留める必要はない」 破片しか残らなかった筈のレヴァンティン、嘗てと寸分違わぬ状態にまで再生されたそれを確りと握り締め、射抜く様な眼差しで以って前方を見据えるシグナム。 彼女の背面からは、灼熱を纏い周囲の空間を赤く染め上げる、左右で対となる炎の翼が展開していた。 現在の彼女はアギトとの融合を果たし、自身と融合騎の能力を最大限に引き出した状態に在る。 炎の翼を構築する魔力の総量は、フェイトのリンカーコアが余波だけで悲鳴を上げる程だ。 だが、最もフェイトの目を惹き付けたものは、その翼の総数だった。 左右2対、計4枚であった筈の翼は、今や4対8枚にまでその数を増やしていたのだ。 紅蓮と青の燐光を零しつつ、周囲を明々と照らし出す4対の翼からは、神々しささえ感じられる。 しかし、周囲の大気を歪める程の高熱を放つそれらは、何よりも敵対者に対する明確な脅威としての存在感を放っていた。 自身とも、各々とも異なる2人の威容に、知らず圧倒されるフェイト。 シグナムの姿は、前線で長年を共にし彼女の魔力特性を熟知するフェイトにとっては、比較的容易に受け入れられるものだ。 だがユーノの様相は、本局で彼の変容を知った際、それ以上の戸惑いを彼女に齎していた。 執務官として数々の事件に関わってきた彼女ですら見た事もない魔法陣を無数に展開し、機械じみた無機質さを孕みながら佇む彼の姿は、嘗ての彼を知るフェイトの心をより一層に掻き乱してゆく。 自身の心理状態を共有する事は漠然とした不安から避けていた為、彼女の深層心理がユーノへと漏れ出る事はない。 理由は分からないが、ユーノの側も自身の心理状況までを共有する事はしておらず、更には自身の超高速並列思考による他者の脳への過負荷を避ける為か、思考の共有すら殆ど行っていない様だ。 よって、彼がフェイトの内心を理解しようとすれば、それは観察による予測以外に方法はない。 そして、フェイトの動揺を知ってか知らずか、ユーノは彼女の傍へと寄り、自身の声で以って言葉を紡ぐ。 「信じて飛ぶんだ、フェイト・・・真っ直ぐに」 瞬間、戸惑いも躊躇いも、あらゆる負の要因が心中より取り除かれた。 ユーノが何らかの精神安定術式を用いた可能性は在るが、それはフェイトの疑念を呼び起こす要因とはなり得ない。 明晰となった意識の中、彼女は視線を廻らせて大型敵性体を視界の中心へと捉える。 拡大表示されるザブトム、額に位置する巨大なレリック。 其処へ至る為の軌跡が、明確に意識中へと浮かび上がる。 余計な事は、何も考えなくて良い。 只管に速く、愚直なまでに真っ直ぐに。 翔け抜け、飛び込み、斬る。 それだけで良い、それ以外は必要ない。 『10秒前』 『・・・砲撃と同時に、行くよ』 『了解』 『5・・・4・・・3・・・』 情報処理速度の向上に従い、体感時間が引き延ばされてゆく。 周囲の動き全てが減速してゆく中、大型敵性体より放たれた無数の誘導操作弾を確認。 どうやら攻撃の気配を察知し、先手を打って弾幕を形成したらしい。 だが、問題は無い。 その程度の迎撃行動など、今となっては何ら障害とはなり得ないのだ。 『・・・撃て!』 空間を埋め尽くす白光の爆発と同時、フェイトの身体が銃弾の如く射出される。 彼女自身が発動した飛翔魔法のみならず、複数の外的要因による補助を受けての圧倒的な加速。 どうやら空気抵抗の緩和を目的とする結界の展開、及びフローターフィールドを応用したカタパルトの形成が成されていたらしい。 通常の肉眼では決して捉えられぬ遠方70km、彼方に位置する大型敵性体を目掛け、フェイトは金色の弾丸と化して飛翔する。 だが急激な加速は同時に、大型敵性体からも明確な脅威として認識される要因となったらしい。 目標の巨体、その各所からガス状の推進剤が噴き出し、恐らくは慣性制御と反動推進の併用によって後方へと急速離脱を開始したのだ。 僅か2秒にも満たぬ内、驚くべき加速で以って遠ざかる目標。 しかしフェイトは、自身が目標へと到達する事を、微塵も疑いはしなかった。 前方、緑色の閃光。 その中心へと飛び込んだ次の瞬間、再度に視界へと捉えた目標との距離は30km前後にまで短縮されていた。 目標、更に加速。 その速度は既に、現在のフェイトのそれを僅かに上回っていた。 だが、連続発生する複数の閃光へと飛び込む度に、僅かずつ両者の距離は短縮されてゆく。 短距離転移魔法陣、連続展開。 最初の1度を除き、連続して展開される魔法陣が齎す効果は、僅かに300m程度の転移に過ぎない。 しかし、転移後の位置から僅か50m程の間隔で次なる魔法陣が展開しており、結果として短距離転移を連続で行う事によって、フェイトは瞬間的な長距離移動を果たしていた。 突撃開始直前に目標より放たれた誘導操作弾幕は、転移を繰り返した事で疾うに後方へと置き去りにされている。 そして、視界の端を埋め尽くす様にして、無数の白光の軌跡が敵性体群の彼方へと突入した。 直後、閃光。 アルカンシェル、弾体炸裂。 極広域空間歪曲、高密度次元震発生。 目標周辺に位置する数万体を残し、敵性体群の殆どが跡形も無く消滅する。 しかし同時に、残る敵性体群の機動に突如として変化が生じた。 幼体群が空間中の一点へと寄生体の口腔を向け、突撃型が一斉に同一地点へと回頭を開始する 大型敵性体へと急速接近する敵性個体、即ちフェイトへと。 敵性体群の壁へと向け、更に加速。 ほぼ同時、広域に展開する敵性体群の其処彼処で、無数の魔力爆発にとそれに伴う閃光が発生する。 後方の魔導師達からの、各種砲撃魔法による長距離火力支援。 無数の異なる魔力光の中には、フェイトが良く知る桜色と純白のそれも混じっていた。 なのはの有する集束型砲撃魔法、スターライトブレイカー。 はやての有する超長距離砲撃魔法、フレースヴェルグ。 他にもディエチやヴォルテール、数百名もの砲撃魔導師達、艦載魔導砲による無数の砲撃が敵性体群を襲う。 僅かな抵抗すら許されず、迫り来る砲撃魔法の壁に呑まれ、一瞬にして消滅する幼体と突撃型の群体。 衝撃と轟音が周囲を埋め尽くしている筈だが、それらは自らも衝撃波を撒き散らしつつ飛翔するフェイトを捉えるには到らない。 彼女を守護すべく超広域空間を蹂躙する、無慈悲な死の暴風。 その中で、大型敵性体のみが具現化した悪夢の如く、無傷の儘に存在を維持していた。 虹色の光が、視界を埋め尽くす。 目標の後方に展開した無数の巨大な魔法陣、それらが放つ魔力光。 その表層にはベルカ式ともミッドチルダ式とも異なる、そもそも言語であるかも不明な術式が刻まれ、複雑に変容を続けている。 大型敵性体との交戦を開始して以来、幾度となく目にしたその光景。 敵性体群、大規模転移。 魔法陣の内より、無数の敵性体が濁流の如く溢れ返る。 そして、転移より間を置かず敵性体群の一部から放たれた、数百もの生体砲撃。 その全てが、大型敵性体へと向かうフェイトを狙ったもの。 彼女へと直撃する軌道、彼女の進路を遮る軌道。 フェイトの生命を奪い突撃を中断せしめるべく、赤黒い泡状体液の奔流が彼女を襲う。 アルカンシェル弾体炸裂の余波である次元震により、先程の様な短距離転移を用いての回避は実行不可能。 「願い」によって強度を増した障壁を展開したところで、これら生体砲撃の前には薄紙同然の代物だろう。 最早、打つ手は無かった。 前方、宙空を切り裂く紅い線。 瞬間、襲い来る砲撃と数百もの敵性体が紅蓮の炎に包まれ、爆発し消失する。 広域殲滅魔法、火龍一閃。 「Λ」を用いての強化を受けたシグナムによる、常では在り得ぬ超長距離火力支援。 攻撃を行った魔導師はシグナムだけではない。 無数の斬撃、直射弾、誘導操作弾が敵性体群を襲い、幼体と砲撃とを諸共に喰い荒らす。 恐らくは予め後方より放たれた攻撃が、予測通りに転移してきた敵性体群を捉えたのだろう。 目標を守護する敵性体群の壁に、狭くとも致命的な隙間が開く。 その中心へと飛び込むべく、更に加速するフェイト。 目標に異変。 額のレリックが発光、数十発の魔力弾が宙空へと放たれる。 鎖状の弾体構造からして、恐らくはこれまでにも放たれていた誘導操作弾と同様のもの。 一瞬、宙空へと静止したそれは完全な魔力球となり、直後に爆発的な加速と共に鎖状へと再変化、此方へと突進を開始。 同時に、周囲に残る幼体群が再度に砲撃、数十の泡状体液奔流がフェイトを狙う。 砲撃魔法、或いはベルカ式による援護、最早どちらも期待できない。 再度それらを実行するには、先程の攻撃から十分な時間経過が得られていないのだ。 誘導操作弾幕と砲撃が、フェイトに迫る。 その、直後。 それらは突如として展開した障壁群によって弾かれ、フェイトへと直撃する軌道を外れて彼方の空間へと消えてゆく。 巨大魔力構造物、鮮やかな緑色の魔力光を放つそれは、楔型のブロック状に組み上げられた小型障壁の集合体。 40cm程の大きさのそれらが幾重にも組み合わさり、緩やかな傾斜を保つドーム状の防御殻を形成していた。 防御殻は単層ではなく20層前後の複層構造であり、最外部から数層までの破壊と引き換えに、全ての誘導操作弾および砲撃を弾き返したのだ。 立体として組み上げられた障壁は、一般的な平面状のそれを遥かに上回る強度を有しているらしい。 常軌を逸した威力を有する生体砲撃、その多数同時攻撃にすら耐え切ったそれらは、単一ではなく集合体として展開する事で、負荷の軽減と砲撃の威力減衰を同時に実現したものだろう。 尤も理論を理解できたところで、そんな脳機能に深刻な障害が発生しかねない情報処理能力を要求される代物を実際に扱える人物は、フェイトの知る限りではユーノしか存在しない。 彼が展開していた見覚えの無い魔法陣は、この新型障壁を展開する為のものだったのだろう。 そして、ユーノからの支援は、障壁による防御のみに留まらなかった。 前方、フェイトの速度に合わせて前進する障壁群。 砲撃による破壊を免れたそれらが配置を崩し、一部は加速して遥か前方までへと到達する。 再配置された障壁群は自ら分解して立体としての型を崩し、平面と化した後に其処彼処で瞬間的に結合、長大な壁面を形成。 そうして最終的に、障壁群はフェイトの前方で正六角柱型の通路と化した。 通路の端部から30mほど内部、螺旋状に折り重なって展開する複数のフローターフィールドを視認。 途端、ユーノの意図を理解したフェイトは迷う事なく通路へと突入し、重なり合うフローターフィールドの中心、僅かな隙間へと飛び込んだ。 通路などではない。 これは「砲身」だ。 「砲弾」を加速し撃ち出す為の「砲身」であり、自身がその「砲弾」なのだと、フェイトは理解する。 螺旋状に配置された無数のフローターフィールド、フェイトに膨大な推進力を付与するそれらは「施条」だ。 既に自身での知覚を放棄せざるを得ないまでの速度に達しているフェイトの身体が、フローターフィールドから付与される推進力によって更なる加速を果たす。 前方視界、拡大表示。 「砲口」の先に大型敵性体の頭部、その額に位置する巨大なレリックが映り込んでいる。 転移実行後に残された魔力の殆どをレリックの防御に回しているのか、真紅の結晶体は周囲に高密度のカイゼル・ファルベを纏っていた。 あれでは砲撃魔法が直撃したところで、レリックを破壊するには到らないだろう。 目標は回避軌道を取っている様で、常に姿勢が変化し続けているが「砲口」がそれを見失う事はない。 どうやら「砲身」全体が目標を追尾し、照準を修正し続けているらしい。 「砲身」自体の破壊も試みてはいるのだろうが、その目的が果たされるよりも「砲弾」が射出される方が圧倒的に早いだろう。 フェイト自身は進路変更を行っていないが「砲身」内部の「施条」により、彼女の軌道は正確に誘導されている。 そして「砲身」の半ばを通過した頃、フェイトの後方から強烈な緑の閃光と、巨大な圧力が襲い掛かった。 フェイト自身の障壁と、彼女が放つ衝撃波を貫いて届く、衝撃と轟音。 同時に意識中へと届く、圧縮および高速化された念話。 『今だ!』 瞬間、フェイトはブリッツアクションを発動し、全身を回転させつつ左右のスティンガーを振るう。 加速された外界認識能力の中、意識より遅れて動く身体。 「砲口」の遥か手前、左の斬撃を放つ。 背後より更なる圧力、強大なそれが襲い掛かると同時、フェイトの身体に付与される爆発的な加速。 彼女の身体は、一瞬前と比して倍以上の速度にまで達している。 「砲口」の先には、装甲の其処彼処から推進剤を噴射し、ユーノの照準より逃れるべく激しい回避機動を継続する目標。 同時に、もはや完全な回避は叶わないと判断したのか、フェイトを受けとめんとするかの様に、その巨大な左主腕部を額へと翳そうとする。 だが、フェイトはその行動を許さない。 そして、遂に「砲口」より「砲弾」が射出される。 圧倒的な加速を受けたフェイトの身体は、射出直後には目標へと到達していた。 振るわれたスティンガーが目標の左主腕部装甲を深く切り裂き、しかし刃は些かもその勢いを衰えさせる事なくレリックへと向かう。 目標頭部、レリックの表層を掠める軌道。 左の斬撃。 スティンガーの刃先がカイゼル・ファルベを突破し、フェイトの方向からしてレリックの左下方へと接触する。 刃が振り抜かれ、結晶体を両断。 同時に放たれた雷撃により、結晶体の全面に罅が奔る。 剣を振り抜いた勢いもそのままに全身を回転させ、右の斬撃。 位置関係から刃先が結晶体表面を掠める程度ではあったが、その結果は十二分なものだった。 初撃によって全体に罅の奔ったレリック、その半分程度が完全に砕かれ、細かな粒子と化して四散したのである。 右の斬撃を振り抜き、フェイトは回転する身体もそのままに目標を追い抜き、離脱。 回転する視界の中、フェイトは目標を襲う、更なる攻撃を目撃した。 射出されたフェイトを追う様に「砲口」より吐き出された膨大な魔力の奔流、指向性を有する爆発と化したそれが目標頭部を直撃していたのだ。 強烈な「発砲炎」によって砕かれた頭部装甲の破片が周囲へと飛散。 その光景を回転する視界の端に留めつつ、フェイトは自身を再加速させる為にユーノが行った支援が如何なるものであったかを理解した。 ユーノは「砲身」内部に展開していた「施条」である無数のフローターフィールドを「砲弾」の通過後に圧縮・融合させ、単一の巨大な「炸薬」と化していたのだろう。 そうして、極めて高密度の魔力集束体となった「炸薬」をバリアバーストにより炸裂させ、その爆発力によって「砲弾」を再加速、極高速にて射出したのだ。 強固な「砲身」によって指向性を付与された魔力爆発は「砲弾」を加速させるに留まらず、射出後に目標へと直接的な損傷を与える程の威力を有していたらしい。 無論、本来ならば「砲弾」であるフェイトも無事では済まなかっただろう。 恐らくは、彼女の後方にラウンドシールドを展開して「弾底部」代わりとし「砲弾」自体が破壊される事態を防いだのだ。 一方で「発砲炎」の直撃を受けた大型敵性体は、重大な損傷を受けたらしい。 あの指向性爆発を受けた以上、残されたレリックは完全に破壊された事だろう。 頭部前面への損傷も、飛散する装甲の破片の量から推測するに、甚大なものと思われた。 兎も角、レリックを破壊した以上、更なる敵性体群の大規模転移は防げるだろう。 加速した情報処理速度で以って、攻撃の成否を確認するフェイト。 ふと、彼女は自身の両手掌部に、微かな違和感を覚える。 自身が握るスティンガーが、僅かに重みを増した様に感じられたのだ。 常ならば疲労か、或いは気の緩みからくる錯覚であると判じただろう。 だが、現状では在り得ない。 加速した思考の中、未だ体感時間の延長は継続している。 その中での急激な体感情報の変化など、異常以外の何物でもない。 眼球を稼働させていては時間が掛かり過ぎると咄嗟に判断し、ブリッツアクションを発動してスティンガーを眼前へと翳す。 そうして視界へと映り込んだものを認識した瞬間、彼女の思考は凍り付いた。 魔法陣。 虹色の光を放つそれが複数、両手掌部とスティンガーの刃先に展開していた。 それらの間を複数の魔法陣が高速で往復し、表層に刻まれた未知の術式が徐々に書き換えられてゆく。 異様な光景に、激しく警鐘を鳴らす思考。 だが、何よりもフェイトの焦燥を掻き立てる要因は、別のものだった。 書き換えられた術式を、フェイト自身が理解できたという、その事実。 否、理解できない事など有り得ない。 そのミッドチルダ式の術式は、彼女が最も良く知るもの。 フェイトにとっての大切な人、その形見。 幼少の頃から片時も手放さずに共に在った、大切な相棒。 その根幹を成す、最も重要な術式。 『Escape sir!』 相棒から届く、圧縮された念話での悲痛な叫び。 フェイトもまた、我知らず叫んでいた。 だが、それが実際に声として発せられる事はない。 身体の反応は加速した意識に追い付かず、発声すら思う儘には行えなかった。 『Please!』 何かが、大切な何かが、汚されようとしている。 何物にも代えられぬ大切なものが、おぞましい何かによって踏み躙られようとしている。 それが解っているのに、彼女は何もできない。 何も、できないのだ。 『Hurry!』 「Λ」による強化の反動、膨大な負荷がフェイトを襲う。 全身を蝕み意思を挫く疲労、脳髄を貫き思考を霞ませる激痛。 その後に待つものは、数十秒に亘る意識の混濁だ。 だが、フェイトは意識を失わぬ様、必死に抗う。 駄目だ。 意識を失うな。 伝えねばならない。 何としても、これだけは伝えねばならない。 自身が目にしたものをユーノ達に伝え、警告を発さねば。 このままでは、取り返しの付かない事態になる。 念話で皆に警告を、今すぐに。 直後、緑の閃光が視界を埋め尽くし、激しい頭痛が彼女の意識を塗り潰した。 思考が霞み、自身の現状すら認識できなくなる中、フェイトは絶叫する。 単純な言葉、余計な情報を含まぬ純粋な警告。 届くか否か、そもそも声となっているかも判然としないそれを、彼女は必死に叫ぶ。 引き戻される体感時間、戻ると同時に意識より引き剥がされてゆく五感。 思考速度が通常のそれへと戻る中、彼女は確かに自身の絶叫を聞いた。 戦慄と恐怖とに塗れた、恐ろしい叫びを。 「逃げて!」 意識が、沈む。 思考さえも停止する中、残されたものは苦痛のみ。 何かを伝えるには、フェイトは余りにも無力だった。 * * 「やった・・・!」 念話を通じて無数の歓声が上がる中、思わず言葉を漏らす。 彼女の視線の先、拡大表示された視界の中。 異形の巨躯、その頭部にて真紅の光を放っていた結晶体が打ち砕かれ、次いで起こった緑色の魔力爆発によって吹き飛ばされる。 最早、輪郭すらも捉える事は叶わなかったが、目標へと到達したフェイトが見事にレリックを破壊したのだろう。 其処へ、ユーノのバリアバーストによる指向性魔力爆発を受け、頭部前面装甲を吹き飛ばされた大型敵性体。 周囲の敵性体群が集結し、何とか大型敵性体を守護せんとするものの、それらは片端から艦艇群の艦載魔導砲による砲撃を受け、次々に存在を掻き消されてゆく。 攻撃は、完全に成功した。 それを確信し、彼女は軽く息を吐く。 これまでの戦闘の推移が故に、最悪の事態を想定してもいたのだが、結果は最良のものだった。 最早、敵性体群の大規模転移は起こらない。 あの異形の大型敵性体、即ちザブトムを護る聖王の鎧はレリック共々に失われ、今や此方の攻撃を妨げる障害は存在しない。 知らず下がっていたデバイスの矛先を敵性体群へと向け直し、自身の気を引き締めんとするかの様に周囲の魔導師へと念話を飛ばす。 『鎧が崩れた! 次で決めるよ!』 次々に返される応答、何れも通常の念話。 圧縮および高速化された念話は戦闘時に於いて極めて有用だが、脳機能に掛かる負荷が相当なものである事は先刻に身を以って体感している。 常時それを用いる事は、到底現実的ではない。 負荷が少ない通常の念話を用いて他の魔導師達とタイミングを合わせ、彼女は集束砲撃の発射態勢に入る。 彼女が握るは、桜色に輝く魔力翼をはためかせる、白亜と金色の戦杖。 その先端部に集束する自身の魔力、それが放つ桜色の魔力光を意識の端へと留めながら彼女、なのはは強化された高速並列思考を展開する。 気に掛かる事は、幾つも在った。 クラナガンに残したヴィヴィオの事、管理局の事、故郷である21世紀の地球の事。 バイドの事、地球軍の事、ランツクネヒトの事。 「Λ」の事、スバル達の事、エリオ達の事。 数え上げれば限が無い。 だが今は、それらについて思案している余裕など無いのだ。 一刻も早く敵戦力を排除し、バイドの中枢へと辿り着かねばならない。 地球軍が戻り、成す術も無く蹂躙される前に。 余りにも理不尽な思想の下、次元世界ごと消去されてしまう前に。 状況の支配権を此方へと引き寄せ、現状を打破せねばならない。 フェイトによる攻撃の成功は、正に戦況の流れを変え得る朗報だ。 全方位へと発せられた念話によると、彼女は攻撃完了の直後、ユーノによって後方まで転移させられたらしい。 後は、此方の役目だ。 大型敵性体、ザブトム。 自身の娘であるヴィヴィオ、彼女の尊厳を貶めんとする異形。 その様な存在、許す心算は無い。 「Λ」による魔導資質の強化が為されている今、集束砲撃を放つ為の工程は著しく簡略化されていた。 本来であれば、魔力素の集束完了までに短くとも10秒前後は掛かる。 しかし現在、集束に掛かる時間は個人差こそ在れど、平均して3秒前後だ。 なのはのスターライトブレイカーは、数ある集束砲撃魔法の中でも集束に要する時間が比較的長く、常ならば15秒程度を必要とする。 それですらも、今ならば魔力素の集束開始から発射まで5秒程度で完了してしまうのだ。 しかし、それは通常時と同程度の集束率であればの事例だ。 より集束率を増し、砲撃の魔力密度を上昇させ威力を増幅する為に、更に時間を掛けて集束を実行する事も可能ではある。 況してや現在、全ての魔導師は「Λ」からの補助により、リンカーコアの出力が劇的に強化されている状態なのだ。 嘗てと同様の時間を掛けて魔力の集束を実行すれば、その後に放たれる砲撃の威力と規模は如何程のものとなるか。 間違い無く、想像を絶するものとなるだろう。 そして今、なのはは決定打となる一撃を大型敵性体へと撃ち込むべく、自身のリンカーコアが許す限りの出力で以って魔力集束を開始していた。 他の砲撃魔導師達も、同様の思考へと至ったのだろう。 並列して表示される複数の視界の中、其処彼処で膨れ上がる魔力球の光が映り込んでいる。 艦艇群は残る敵性体群の殲滅へと移行しており、強大な威力を秘めた艦載魔導砲の光が、無数の奔流となって敵性体群を呑み込んでいた。 その光の奔流の中、上半身に当たる部位を大きく仰け反らせた状態の儘、空間中を漂う大型敵性体。 フェイトによってレリックを破壊された事が、目標の機能全般にまで影響を及ぼしているのだろうか。 ならば今こそ好機と、なのはは更に集束率を引き上げんとして。 『待て! ハラオウンが!』 焦燥を孕む念話、其処に含まれた親友の名に、魔力球を維持したまま集束を中断する。 尚も集束を継続している魔導師も多いが、フェイトの名はなのはの意識を引き付けた。 彼女に、何かあったのか。 なのは自身が問い掛けるよりも早く、複数の念話が発せられる。 『どうした!』 『分からん、だがハラオウンが・・・今は沈黙しているが、転移直後の様子が尋常ではなかった』 『何があったの?』 『負荷で意識を失う直前に「逃げろ」と叫んで・・・そのまま、意識を失った。もう暫くすれば目を覚ますだろうが・・・』 『デバイスも様子がおかしい』 唐突に割り込む念話、聴き慣れたそれはシグナムもの。 平静そのものに聞こえる念話は、しかし親しい者にしか判らない緊張と焦燥を孕んでいる。 次いで発せられる彼女の言葉は、事態の異常性と危機的な状況とを強制的に認識させるもの。 『バルディッシュが、同様に「逃げろ」と・・・警告の後、沈黙した』 『見ろ!』 警告は、シグナムの言葉が途絶えると同時だった。 何かに対する注意を促す以外には、これといった情報も含まれてはいない、極短い念話。 だが、それが何を指しているものかは、なのはにも容易に理解できた。 視界内、大型敵性体に異変。 体躯を後方へと仰け反らせたまま胴部を捻り、右主腕部を左肩部周辺へと回している。 何かを握るかの様に窄められた指部、その中心へと集束する虹色の魔力光。 そして、なのはは見た。 集束した魔力素を取り囲む様に展開した魔法陣、紛れもないミッドチルダ式のそれが2基。 其々が反対方向へと滑る様にして移動し、互いの中心から延びる集束魔力の光条が、徐々に棒状へと形成されてゆく。 やがて、魔法陣が消失。 残された棒状魔力集束体の全長は、大型敵性体の全高とほぼ同じ40m前後にまで達していた。 纏わり付く魔力光を振り払う様にして、鈍色の物質へと変換される集束体。 大型敵性体の下方に位置する端部には直接打撃用か、別種の物質による覆いが設けられている。 上方端部には、下部の覆いと同種らしき物質により5m前後の刃、戦斧にも似たそれが形成されていた。 長大な柄の先端側面に曲線を描く刃を備えた、三日月斧にも似た形状のそれ。 「嘘・・・」 我知らず零れる声。 直後、戦斧の刃が90度回転し、柄に対して直角に展開。 刃と柄の接続部、その開口部から虹色の魔力光を放つ粒子が、高圧ガスの如く噴き出す。 その光景の意味する処を理解し、なのはは自身の血の気が引く音を聞いた様な錯覚に囚われた。 そんな馬鹿な。 こんな事、在り得ない。 何故、大型敵性体が「あれ」を手にしているのか。 「あれ」の所有者は、断じて異形の怪物などではない。 「あれ」は悪意の集合体、その手の内などに在って良いものではない。 「あれ」は、あの雷神の槍、光の戦斧は。 「バルディッシュ!?」 30mを優に超える巨大な魔力刃が展開されると同時、その刃を横薙ぎに振り抜く大型敵性体。 瞬間、刃より発せられた強大な魔力波が、不可視の壁と化してなのはを襲った。 魔力球、消失。 並列展開されていた全ての視界、他の魔導師と共有していたそれらが魔力波によって接続を切断され、同時に彼女自身の視界も瞼によって物理的に閉ざされる。 強力な紫外線に曝されている際にも似た、皮膚を炙られているかの如き感覚。 胸中のリンカーコア、物質的ではない魔力器官が軋みを上げる、異様な苦痛。 知らず漏れ出る、微かな呻き。 そうして、漸く自身を襲う異常な感覚が消え去った後、彼女は反射的に身体を庇っていた腕を下ろし、自身の身体と周囲とを見回す。 自身に負傷した箇所は見られず、周囲も深刻な被害を受けている様には見えない。 あの魔力波は、攻撃ですらなかったのだろう。 事実、それはなのはの身体を数十mほど後退させたものの、障壁を貫いて彼女自身を害するには到っていない。 飽くまで刃を振るった際に発生した余波に過ぎず、それで被害を与える事など意図してはいまい。 だが、それが此方の戦力に与えた動揺は、計り知れないものだった。 攻撃ではない。 攻撃ではないにも拘らず、魔導師達は強制的に身体を後退させられ、余波を受けたリンカーコアは悲鳴を上げていた。 艦艇群は位置情報確認機能に異常を生じたのか、見る間に艦隊としての陣形を崩壊させてゆく。 壁との衝突時に発生した轟音に聴覚の機能が奪われた中、錯綜する念話の内容は混乱の極みに達していた。 『今のは何だ!?』 『陣形を崩すな! 下方の魔導師、艦体に接触するぞ!』 『各員、間隔を保て・・・クソ、残った敵性体が散開しやがった。距離を詰められるぞ』 態勢を崩した艦艇群が、徐々に陣形を整えてゆく。 僅かに後退した魔導師達も再集結を果たし、すぐさま攻撃態勢を整えていた。 味方に深刻な問題が発生していない事を確認、胸中に生まれる微かな安堵。 しかしそれも、直後に云い知れない悪寒によって呑み込まれてしまう。 見間違いなどではない。 大型敵性体、ザブトム。 あれは確かに、フェイトのデバイスであるバルディッシュを手にしていた。 彼女が持つそれとは比較にならぬほど巨大ではあったが、アサルトフォームからハーケンフォームへの移行動作に至るまで、自身の知るバルディッシュと寸分違わない。 フェイトとバルディッシュが発した警告は、この事態を予期してのものだったのか。 目標は自身を攻撃したフェイトのデバイスを解析し、バイド独自の術式をミッドチルダ式に書き換え、魔力素を物質変換してバルディッシュを模したというのか。 ならば、あの異形はバルディッシュの模造品を用いて、何を仕出かす心算なのか。 カイゼル・ファルベを失い、優に100隻を超える次元航行艦の魔導砲射程内へと捉えられ、無数の魔導師にデバイスを突き付けられた、この状況下。 たった1基のインテリジェントデバイスを模造して、何を。 『警告! 大型敵性体、失索!』 咄嗟に、レイジングハートを構えるなのは。 先程まで大型敵性体が存在していた位置を拡大表示。 目標、視認できず。 鈍色の巨躯は、何処にも存在しない。 「居ない!?」 『馬鹿な! 何処に行きやがった!』 『誰か、奴が消える瞬間を見たか!?』 『艦艇が目標を捕捉していたのでは!? 何か情報を・・・』 『駄目です、システム混乱中の隙を突かれました! 目標の反応・・・後方?』 戸惑う様な、艦艇オペレーターの言葉。 弾かれる様に後方へと向けられた視界の中、一瞬の閃光が奔る。 思わず身を強張らせるなのは。 その聴覚に飛び込む、金属を引き裂く様な瞬間的な異音。 突然の事態に状況を把握できず、混乱する思考。 『「ナタリア」がやられた!』 意識中へと飛び込む念話、艦艇が撃破された事を告げるそれ。 言葉遣いを整える余裕すらも無いのか、端々に荒々しさが滲む。 間に合わなかったと、臍を噛むなのは。 ナタリアが撃破された位置へと急行せんとする彼女だったが、続いて飛び込んできた念話に全ての動作を中断する。 明らかな焦燥と、色濃い恐怖の滲む、その念話。 『艦体が・・・艦体が真っ二つにされている! 近接攻撃だ!』 閃光、遅れて衝撃。 吹き飛ばされる程のものではないが、重い振動に呻きを漏らす。 ナタリアの艦体が爆発したのか。 聴覚を襲う轟音に耐えつつ、なのはは念話を飛ばす。 『誰か、詳細を! 攻撃の詳細を教えて!』 『斬撃です! 突然、目標がナタリアの左舷側に現れて・・・一瞬で艦体を切り裂いたんです!』 『外殻を裂いたの!?』 『外殻どころか、艦が上下に真っ二つだ! 化け物め、XV級をスライスしやがった!』 『奴だ!』 叫ぶ様な念話と同時、再度に轟く異音。 視界の並列展開を行う暇もあらばこそ、周囲を見回すなのは。 その視界が、艦隊を形成するXV級の1隻を捉える。 「・・・何?」 それは、余りにも不自然な光景。 そのXV級は周囲の艦艇と同じ姿勢を保ち、敵性体群と向かい合う状態を維持していた。 少なくとも、艦体半ばから後部に掛けては、他艦艇と同じ姿勢を保っている。 だが、艦体前部については、明らかに他艦艇とは異なる姿勢へと移行しつつあった。 艦首が、上を向いている。 上下左右など無い無重力空間中に於いて正確とは云い難い表現だが、現状のなのはにはそうとしか表現できなかった。 他艦艇と水平となる姿勢を維持する艦体に対して、艦首が僅かに浮かび上がっているのだ。 そして見る間にも、艦体に対して垂直方向へと、時計の針の如く艦首が立ち上がってゆく。 否、艦首だけではない。 艦体半ばから前部に掛けての構造物が、微速前進する艦体後部に押され徐々に上方へと傾いてゆくのだ。 周囲に展開する魔導師達が、その異様な光景を呆けた様に見詰めている。 それらを自身の視界に収めるなのはもまた、凍り付いた思考の儘、非現実的な光景を唖然として見詰める以外の術を有してはいなかった。 そして、両断された艦体、その後部が通過した空間。 其処に、異形が居た。 なのはの視界からして上下が逆転した状態のまま、虹色の雷光を放つ死神の鎌を携え、俯く様にして佇む鈍色の影。 頭部前面装甲が失われた事により覗く、余りにも醜悪な生命体の顔面。 其処に穿たれた巨大な眼孔、その中に浮かび上がる碧と赤の光。 上下逆さまとなった怪物が、ドブケラドプス幼体と全く同じ造形の顔面を曝け出し、嘲るかの様に此方を見据えている。 胸部装甲開放、生体核露出。 フラッシュムーブ発動。 回避機動により自身の左方向へと、瞬時に200m以上もの距離を移動したなのはの側面、衝撃波を撒き散らしつつ轟音と共に突き抜ける虹色の魔力の奔流。 強力な余波に翻弄され吹き飛ばされつつも、なのはは新たに別のXV級が十数名の魔導師達共々、砲撃へと呑み込まれる様を目の当たりにする。 艦体中央部から百数十mに亘る範囲を抉り抜かれ、前後に分かたれて小爆発を繰り返すXV級。 あれでは、生存者など居るまい。 『また・・・!』 『どういう事!? 奴はどうやって移動したの!』 『「アグリア」魔導炉緊急停止! 総員退艦!』 『「テレサ」爆沈!』 『全艦艇、散開! 纏まっていると狙い撃ちだ! 移動の際に魔導師を巻き込むな!』 『また消えた・・・くそ、突風が!?』 態勢を立て直し、レイジングハートを構えるなのは。 荒い呼吸。 汗の粒が次から次へと皮膚に滲み、水滴となって宙空へと漂い出す。 レイジングハートの柄を握る手には必要以上の力が籠り、その穂先は小刻みに揺らめいていた。 険しい表情には抑え切れない困惑と、明確な焦燥の色が浮かび上がっている。 忙しなく動く眼球、目まぐるしく移り変わる視覚内の光景。 なのはは、理解していた。 あの異形、ザブトムが何をしたのか。 如何なる方法を用いて移動し、XV級へと襲い掛かったのか。 何故、誰1人としてその巨躯を視界へと捉えられないのか。 ザブトムが、フェイトに対して行った事とは何か。 『コピーしたんだ・・・』 『何だって?』 呟く様に放たれた、なのはの念話。 すぐさま、周囲の魔導師から問いが返される。 なのはは、絞り出す様に言葉を繋げた。 『あのバイドは・・・ザブトムは、ハラオウン執務官のデバイス、バルディッシュをコピーしたんだよ・・・其処に登録されていた、固有魔法まで』 『デバイスと魔法を模倣したのか!?』 『じゃあ、奴の移動方法は執務官の・・・』 大質量物体が大気を切り裂く際の轟音、遅れて届く衝撃波。 激しい大気の震動に全身を揺さ振られつつも、レイジングハートの構えを解かずに周囲警戒を継続するなのは。 魔力集束は行わず、ショートバスターの発動に備える。 目標は何時、何処から襲い来るのか。 『ソニックムーブ。発動と同時に、術者自身を最高速度まで加速させる移動補助魔法』 『高速移動なのか? 転移じゃないんだな?』 『違う。あれは、途轍もない速度で移動しているだけ。だから移動の際、衝撃波が発生している。私達の身体がバラバラになっていない事を考えると、かなり離れた位置を移動しているみたい』 『・・・全艦艇、大気流動を観測しろ! 識別魔力素の散布濃度を上げ、感受域を6000に絞れ! 目標が近接攻撃を仕掛けてくる、其処を迎撃するぞ!』 『総員、周辺艦艇とのリンクを拡張せよ。全方位警戒』 なのはからの情報提供を受け、すぐさま艦艇群が最適な索敵手段を構築。 索敵用に継続散布している魔力素の濃度を引き上げ、探知範囲を超広域から中距離以下へと変更し感受精度を向上させる。 目標が有する魔力と識別魔力素との干渉による反応、及び目標が移動する際に生ずる識別魔力素の濃度変化の観測。 これらの情報を基に、目標の位置を特定しようというのだ。 悪くない判断ではあるが、しかし。 『間に合うのか?』 『回避が? それとも反撃?』 『相討ち覚悟になるね・・・速度だけなら反応も出来るけど、あの質量でソニックムーブとブリッツアクションを併用されたら、もう打つ手が無い。でも・・・』 『奴とて、それらを無闇に乱用はできない。そうだろう、高町?』 シグナムからの念話。 その姿を探す事はせず、なのはは目標の痕跡を求めて複数の視界を並列展開する。 目標の姿は無い。 『うん。あれだけの質量を持つ個体が瞬間的な長距離移動を成し遂げている事を考えると、魔力の消費量は尋常じゃない程に大きい筈。レリックが残されているなら兎も角、アレが独自に有する魔力量じゃ連続発動なんて無理だと思う』 『ゆりかごの時と同じか』 なのはは、答えない。 嘗てJS事件の際、ヴィヴィオはその身体にレリックを埋め込まれ、それを魔力炉として無尽蔵の魔力供給を受けていた。 だからこそカイゼル・ファルベを維持しつつ、種々の攻撃魔法を連続展開する事も可能だったのだ。 あのザブトムがヴィヴィオの遺伝子を用いて建造されたものであるならば、レリックの破壊によって魔力供給に支障が生じている可能性は高い。 事実、ザブトムはナタリアに続きアグリア、テレサと3隻ものXV級を連続して撃破したにも拘らず、その後は攻撃を続行する事なく姿を晦ませている。 恐らくは、何らかの欺瞞手段で以って此方の索敵手段から逃れ、魔力量の回復を待っているのだろう。 『だから、私達のする事は1つ。何処かに息を潜めてこっちを窺っているアレを先に見付けて、迎撃を確実に成功させる。こっちの被害を最小限に止めて、最大の戦果を挙げるしかない』 『初撃で仕留めろと? シビアですね』 『2度も3度もアレを受ける気? 流石にそれは御免だよ』 第6支局艦艇とリンク、索敵情報を得るなのは。 高濃度識別魔力素が拡散してゆく様子がリアルタイムで意識中へと反映されるが、其処に大型敵性体の反応は無い。 一体、何処に身を潜めているのか。 『長距離砲撃を仕掛けてくる可能性も在る。効果は怪しいがMC404を自動迎撃に設定しておけ』 『スクライア、テスタロッサの様子はどうだ?』 『流石に負荷が大きかったみたいだ。もう少し待たないと・・・』 『目標捕捉! 距離52000!』 瞬間、レイジングハートの矛先を頭上へと向ける。 第6支局艦艇を介して意識中へと投射された情報は、大型敵性体が頭上に位置しているという索敵結果を瞬時に伝達。 続く情報を待つ事もせず、なのはを含む多数の魔導師がデバイスを頭上へと向けている。 しかし、魔導師達が砲撃を放つ事はない。 目標、簡易砲撃魔法射程外。 『砲撃開始!』 だが、艦載砲についてはその限りではない。 轟音と共に無数の魔導砲撃が艦隊直上へと放たれ、青の燐光を纏った魔力の奔流が大型敵性体へと殺到する。 目標がソニックムーブを発動した直後であれば、この砲撃を躱す事は不可能だ。 だが、欺瞞手段を解除し、姿を現したのだとすれば。 『目標転移!』 目標位置情報の転送直後、ショートバスターを背後へと放つ。 砲撃の向かう先、鈍色の異形の影。 巨大な死神の鎌を振り翳して上半身を限界まで前傾させ、全身から猛烈な勢いで推進剤を噴射しつつ艦艇へと突撃する、大型敵性体の姿。 数瞬後にはXV級の艦体を無慈悲に切り裂くであろう異形へと殺到する、優に100を超える数の砲撃魔法の光条。 そして遂に、魔法の牙が異形へと突き立つ。 最初に目標を捉えたそれは、物質変換された超高密度魔力集束体だった。 恐らくは、物質化したそれを何らかの手段で以って加速させ砲弾として撃ち出す、応用型の砲撃魔法なのだろう。 通常の砲撃魔法と比して遥かに高速の砲弾は、手腕部がバルディッシュを振り上げる事で露になった部位、突進する目標の胴部側面へと横殴りに着弾する。 そして、爆発。 強大な威力を有する魔力爆発に呑まれ、装甲の破片を散らしながら大きく態勢を崩す大型敵性体。 動きを封じられた目標へと、続け様に砲撃が直撃する。 脚部、腕部、胴部、頭部。 目標の巨躯、その至る箇所に突き立つ砲撃。 それらの砲撃は貫通能力に特化したものばかりではなく、着弾と同時に分裂し炸裂するもの、指向性を有する魔力爆発を起こすもの、物質化し二次被害を齎すもの等が入り混じっていた。 あるものは装甲を砕き、あるものは露出した頭部有機組織を引き裂き、あるものは慣性制御ユニットを破損させる。 着弾により拡散した大量の魔力が複合連鎖爆発、大型敵性体の全身を覆い尽くす超高温の魔力炎。 其処へ、なのはが放ったショートバスターを含む十数発の砲撃が遅れて着弾し、その大威力を以って大型敵性体を当初の進路上から弾き飛ばした。 そして、着弾の轟音が遅れて聴覚へと届くと同時、念話を通して歓声が意識中を埋め尽くす。 『迎撃成功、迎撃成功です!』 『奴は!?』 大気を震わせる絶叫。 超音速にも達する速度を維持したまま、全身から装甲の破片と焔の尾を引きつつ、出現時の進路から逸れてゆく目標。 その速度こそ殆ど殺がれてはいないものの、明らかに制御を失った機動。 大気を切り裂く轟音と、悲鳴にも似た咆哮とを残しつつ、火達磨となった目標が艦艇へと迫る。 即座に、直上への攻撃を見送っていた数隻の艦艇が迎撃を開始。 艦載砲より放たれた十数条の魔力奔流が、脅威を抹消すべく目標へと殺到する。 着弾直前、デバイスを前方へと突き出し、迫り来る魔力奔流に対し刃を翳す大型敵性体。 すると次の瞬間、目標を中心として周囲を強烈な閃光が埋め尽くす。 ほぼ同時に、なのはの全身を襲う強烈な衝撃。 咄嗟に障壁を展開する事に成功した為、これまでの様に吹き飛ばされる事は避けられた。 そして、閃光までは防げずに瞼を閉ざしたなのはの視界、其処に複数の艦艇から齎された光学情報が展開される。 それらの情報は目標が執った行動の詳細、及び現状を正確に彼女へと認識させた。 砲撃が着弾する直前、大型敵性体は自らが手にするデバイス、バルディッシュの刃を爆発させたのだ。 恐らくは、バリアバーストと同様の緊急回避用魔法。 着弾寸前に発生した強大な魔力爆発の影響により、艦艇群からの砲撃の殆どが集束を乱され霧散。 更に、大型敵性体は爆発の反動を利用して急激に進路を変え、爆発を突破して目標へと直撃するかに思われた砲撃を回避する。 そして、大型敵性体は1隻の艦艇、その後部外殻下層へと掠める様に衝突し、衝撃音と共に双方の破片を撒き散らした。 衝突後も止まらず、高速にて飛翔する大型敵性体。 数瞬後、大気を切り裂く轟音と共に、その姿が掻き消える。 ザブトム、ソニックムーブ発動。 『駄目、逃げられた!』 『各艦、索敵結果を!』 『落ち着いて、手傷は負わせた筈だよ。次で決めれば良い』 瞼を上げ、目標が消えた方角を見遣るなのは。 まさかバリアバーストまで使用するとは、流石に彼女としても予想外だった。 ザブトムがバルディッシュを模造した際、その記憶域に残されていた情報を基に、フェイト以外の魔導師の魔法まで模倣したというのか。 砲撃魔法に関しては、既に胸部生体核からの強大な砲撃能力を有している為に、模倣の必要性も無いのだろう。 だが、近接戦闘および移動補助、各種防御手段に関する魔法まで模倣しているとなれば、その脅威は増大する。 『次って・・・一尉、奴は逃げていないと?』 『アルカンシェル、発射!』 閃光と共に放たれるアルカンシェル。 陣形を変え、全方位へと艦首を向けつつある艦艇群から順次、弾体が発射される。 階層構造物を巻き込む事すら厭わない、全方位極広域殲滅攻撃。 大型敵性体の逃走を防ぐ為の行動だ。 『・・・空間転移の兆候は無いし、通常航法で逃げたらアレに巻き込まれる。砲撃するにも、さっきとは違ってこっちも即時対応が可能だからね』 『大規模攻撃魔法を使おうにも、発動までに致命的な隙が生じる。結局、近接戦闘しか残されていないって訳だな』 『違う』 唐突に割り込む念話。 聞き覚えの在るそれは、ノーヴェのもの。 否定の意味を問い返すよりも早く、言葉は続く。 『奴には質量兵器が在る・・・来るぞ、構えろ!』 瞬間、遠方で爆発。 小さな灯火に過ぎなかったそれは瞬く間に巨大な火球へと変貌し、次いで強烈な衝撃波と轟音とがなのはの身体を襲った。 瞼を閉ざし呻きを零しつつ、身を屈めて負荷に耐えるなのは。 その最中、意識中へと飛び込む念話。 『ウォンロン、交信途絶! 艦艇反応、確認できず!』 背筋が凍るかの様な錯覚。 知らず、意味の無い声が漏れ出る。 今、何と告げられたのか。 人工天体内部で発生した全ての戦闘に於いて、防衛艦隊旗艦として友軍を支援し続けた、第148管理世界「新華」第弐時空長征艦隊所属、巨大空母型戦闘艦「黄龍」。 XV級の4倍以上にもなる巨大な艦体に、アルカンシェルを凌ぐ各種戦略級魔導兵器と戦略級質量兵器を搭載し、地球軍艦艇にこそ及ばぬもののランツクネヒトでさえ一目置いていた程の戦闘能力を有する艦艇。 この艦艇の本来の建造目的は、第148管理世界の周辺世界および時空管理局に対する軍事的威圧、更には予てより新華が計画し近く実行予定であった版図拡張を目的とする侵略戦争に於いて、 同管理世界の軍内で最大戦力を誇る第弐時空長征艦隊、その旗艦としての役割を負わせる事に在った。 即ち、本来であればウォンロンは、管理世界に於いて膨大な死と破壊を撒き散らす、災禍そのものの存在となる筈であったのだ。 しかし皮肉な事に、バイドによって隔離空間内部へと転送されたウォンロンは、戦力の不足に苦しむ被災者達にとっての希望となった。 超長射程と極広範囲制圧能力を有する各種兵装、時空管理局艦隊と各世界の防衛戦力および民衆へと向けられる筈であったそれらによって、コロニーとベストラを襲う脅威の悉くに真正面から抗い、常に敵の攻撃の矢面に位置して友軍の盾となり矛となってきたのだ。 約8時間前、故郷である新華が存在する惑星および衛星が共に、バイドの超巨大戦艦「BCA-097 PRISONER」による惑星破壊級戦略巡航弾を用いた攻撃を受け、全住民および保有戦力が諸共に消滅した事を考慮すれば、 当該文明最後の遺物であると同時に最強の遺産であるとも云えるだろう。 そのウォンロンが、あの強大な戦闘艦が。 撃破されたというのか。 抵抗の暇さえ与えられず、一瞬にして経戦能力を奪われたというのか。 否、そもそも艦艇そのものは残されているのか、或いは消滅したのか。 大型敵性体は、一体何をしたというのだ。 『何を、何をされたの? ウォンロンはどうなったの!』 『艦体各部にて発光を確認、直後に艦全体が爆発しました! 飛散残骸を迎撃中です、警戒を!』 『ランスターより各員。目標、大口径電磁投射砲による攻撃を確認。推定射程距離70000以上、発射速度は秒間70発前後。弾体は波動粒子充填型徹甲榴弾。ウォンロン外殻装甲に47発の着弾を確認』 ティアナからの念話と共に、脳内へと転送される大量の情報。 ウォンロン被弾時の再現映像が、瞬時に詳細な情報と共に齎される。 艦艇左舷、艦首から艦尾に掛けて撃ち込まれる47発もの砲弾。 それらは艦艇外殻装甲を容易く貫通し、艦体の中心線付近にまで侵入、直後に一斉起爆して艦全体を消滅させた。 これでは、生存者など望むべくもない。 『604名、全クルーのシグナル消失を確認。生存者なし』 知らず、歯を食い縛る。 衝撃と閃光は、何時の間にか止んでいた。 徐々に瞼を上げれば、犇めくXV級の遥か先、空間中へと拡散してゆく赤い焔の壁が視界へと映り込む。 拡散する炎の中心部を拡大表示。 何も無い。 表示された空間には黒々とした闇が拡がるばかりで、破片さえも残されてはいない。 これまで懸命に友軍を護り抜いてきた英雄達が、抵抗さえ許されぬ儘、一瞬にして生命を奪われた。 ウォンロンが攻撃を受けた瞬間、魔導師達には彼等を救う術など、何1つとして在りはしなかったのだ。 だが、先程の迎撃成功時。 あの時に仕留める事さえできていれば、この被害を受ける事態は防げたのではないか。 質量兵器を用いる暇など与えず、一息に大型敵性体の生命の鼓動を奪う事ができていたのなら。 この非情な結果は、避けられたのではないか。 『各艦は散開を! 纏まっていると狙い撃ちにされる!』 『「Λ」の3人、分析結果をくれ。あんな代物を持ちながら化け物が今の今まで使用しなかったのは、何らかの理由が在る筈だ』 『目標はレリックの破壊により、空間転移を用いた給弾機構に障害が生じています。地球軍との戦闘に備え、切り札の質量兵器は温存する計画だったのでしょう』 『魔導師には魔法で対処、という事か』 念話を傍受しつつも、忙しなく周囲の空間へと視線を奔らせるなのは。 目標は何処か、次の攻撃は何時か。 レイジングハートの柄を握る腕を憤怒に、そして焦燥に震わせつつも、次なる砲撃に備え魔力集束を開始する。 暴力的に膨れ上がる魔力球は最早、スターライトブレイカーのそれではない。 只管に周囲の魔力素を取り込みつつ、際限無く膨れ上がる桜色の光球。 唯々、荒れ狂う意思の儘に魔力素を喰らい、圧縮された巨大な力の塊と化してゆく魔力集束体。 「Λ」による補助を受け、なのはの意識中に浮かぶイメージを忠実に具現化する、彼女によって構築されたものではない術式。 だが、当のなのはにとって、そんなものは最早どうでも良い事象であった。 もう、逃がしはしない。 確実に、次で仕留める。 目標が魔法による再攻撃を行わず、次も質量兵器を用いるとなれば、それに抵抗する術は無いだろう。 だが、知った事か。 目標の弾薬は、いずれ尽きる。 そうなれば必然的に、魔法による攻撃へと移行せざるを得ない筈だ。 その時こそが、好機。 また、何隻もの艦艇が沈むだろう。 何十人も、何百人も死ぬだろう。 だが、それらの犠牲の果てに、最大にして最後の好機が巡り来る。 その機を捉える事さえ叶ったならば、それ以上の犠牲など生まれはしない。 必ず、仕留める。 暴力的なまでに膨れ上がる魔力奔流の渦、その全てを目標へと叩き込んでやる。 装甲の欠片さえも残すものか。 今までに奪われたもの、今から奪われるもの。 それらに見合うだけの代償を、あの異形には払って貰わねばならない。 何としてでも、刺し違えてでも撃破してみせる。 『警告! 誘導弾1基、急速接近!』 圧縮念話と共に転送される映像、迫り来る1基の誘導弾。 三角柱に近い六角柱型、全長6m前後。 弾体中央部と推進部周辺に密集配置された、実に数百もの部位によって構成される複合連動型制御翼が複数と、数百基の球状マイクロ・スラスター。 明らかに無機物でありながら、宛ら節足動物か海洋性固着動物が密集して蠢いているかの様な、醜悪な有機生命体に対するものと同じ生理的嫌悪感を呼び起こす外観。 塗装すらされてはいない、表層に黒々とした金属の質感が剥き出しの儘のそれは、推進部より業火を吐きつつ急速に此方へと接近してくる。 とはいえ、これまでに確認されている地球軍およびバイドが用いた各種誘導弾と比較すれば、今回のそれの弾速は幾分か低速と云えた。 何せ、艦艇群のシステムで十分に追跡可能なのだ。 アルカンシェルを用いた牽制により、目標が必要な距離を確保できず、弾体の加速を十分に行えない可能性も在る。 何にせよ、艦艇群が誘導弾を捕捉しているのならば、問題は無い。 目標との距離を考慮すれば、核弾頭である可能性も低いだろう。 艦艇群の迎撃機構で、十分に対処可能である筈だ。 此方は目標の迎撃に集中すれば良い。 『自動迎撃開始、目標・・・待て、目標に異変!』 『誘導弾、波動粒子の集束を確認・・・射出確認! 誘導弾より波動粒子弾体、多数射出! 回避!』 圧縮念話による警告の前に、なのはは意識中の映像から異変を察知していた。 誘導弾各部の外殻が内部より弾け飛び、何らかの弾体射出口らしき無数の穴が露出。 全ての穴が波動粒子の青白い閃光を放ち、次いで無数の小型波動粒子弾体が誘導弾の周囲へと連続射出される。 それらは射出直後に球状集束体と化し、一瞬ではあるが誘導弾と等速にて移動。 そして直後、集束体が連鎖的に炸裂し、無数の閃光が宙空を貫く。 映像途絶、視界内で起こる無数の爆発。 『艦艇群、被弾多数! 「アリソン」「サマンサ」交信途絶!』 遅れて鼓膜を震わせる、甲高い異音と爆発音。 魔力集束行動はそのままに、なのはは唖然として周囲を見回す。 爆発は艦隊の其処彼処で発生していたが、中でも被害が集中している範囲が在る様だ。 飛び交う圧縮念話が、更に密度を増す。 『「セレスト」損害拡大! 総員、直ちに退艦を・・・』 『1303航空隊、消失! 皆・・・皆、消えてしまった! 今のは何なの!?』 『ルカーヴより第1支局、其処等中で艦が燃えている。被害の程度は異なるが・・・被弾した艦が多過ぎる。幾ら何でも異常だ』 『セレスト、爆沈! 「アンナリーナ」が爆発に巻き込まれた!』 『誘導弾は何処だ、まだ飛んでいるのか!?』 『誘導弾、失索。未確認技術を用いたアクティブ・ステルスシステムによる欺瞞効果と思われる。目標は単なる誘導弾ではなく、重武装型UAVの一種らしい』 『サマンサ右舷部の一部を確認・・・小爆発を繰り返しながら遠ざかっていく。あれでは・・・』 混乱する状況。 そんな中、とある光景を思い起こすべく、自身の記憶を遡るなのは。 あの誘導弾が用いた攻撃、同じものを目にした事が在るのではないか。 はっきりとはしないが、突如としてそんな思考が浮かんだのだ。 だが、それは何時の事か。 居住コロニー「リヒトシュタイン05」が、あの重力を操るバイド生命体「666」に襲われた際であったか。 では、あれはバイドの攻撃であったのか。 否、そうではない。 ウィンドウ越しに目にしたあの攻撃は、バイドによって放たれたものではなかった。 あれは、あの攻撃を実行していたのは。 『波動砲だ! あれはアクラブの波動砲と同じものだ!』 「R-9A4 WAVE MASTER」 コールサイン「アクラブ」。 コロニー防衛任務に就いていた複数のR戦闘機、その内の1機。 そうだ。 あの攻撃はR-9A4が有する波動砲「スタンダードⅢ」による砲撃の副次効果、砲撃の着弾後に拡散する余剰エネルギーに集束および誘導性を持たせ、更に複数目標へと着弾させる機能そのものではないか。 弾体が有する威力および射程こそR-9A4と比して劣るものの弾速はほぼ同等、同時射出数に至っては比較にもならぬ程に多数。 そうして、射出された無数の波動粒子集束体が、一斉に艦艇群を襲ったのだ。 「Λ」より齎された情報に依れば、観測された射出弾体総数は20000を超えるという。 波動砲を搭載した誘導弾というよりは、先程の念話でも言及されていた無人航宙機、即ちUAVの様な代物なのだろう。 だとすれば本体を撃破しない限り、波動砲を放ち続ける敵性UAVが常に艦艇群の間隙を飛び回る事となる。 目標はアクティブ・ステルスシステムを備えており、現時点では此方に目標を探知する術は無い。 このままでは、遠からず全滅する事となる。 『β8-3-8、波動粒子の集束を確認! 敵UAV捕捉!』 『MC404、自動砲撃!』 唐突に、艦艇群が砲撃を開始。 轟音と共に放たれる無数の砲撃、その魔力奔流の向かう先を拡大表示したなのはは、其処にあの奇怪にして醜悪なUAVの影を見出す。 集束する青白い光。 『次は耐え切れるか判らん、撃たれる前に撃墜しろ!』 『砲撃が来る! 構えて!』 そして、閃光。 間に合わなかったのか。 次の瞬間には襲い来るであろう衝撃に、反射的に身を守ろうとするなのは。 だが、その試みは徒労に終わった。 突如として発生した空間歪曲の壁が、波動粒子の弾幕の殆どを呑み込んだのだ。 直後、何処か懐かしくすら感じられる声が、念話として意識中へと飛び込む。 『空間情報の収集を完了しました! 敵の砲撃は、可能な限り此方で無効化します! その間にUAVと目標の撃破を!』 『リンディさん!?』 旧知の人物による唐突な状況への介入に驚き、思わずその名を呼ぶなのは。 彼女が本局からの脱出に成功していた事は、既に「Λ」を通して知り得ていた。 しかし、ベストラと本局脱出艦隊との合流後、戦闘に加わる様子が無かった事から、何らかの要因によって戦闘行為が不可能となっているのではと考えていたのだ。 実際には、ディストーション・フィールド展開の際に要する空間情報の収集作業に没頭していたらしく、それが済んだ今、積極的に戦闘へと介入を開始したのだろう。 空間歪曲という最強の盾を得た事に思わず安堵するなのはであったが、焦燥の滲む警告の言葉が緩み掛けた意識を揺さ振った。 『波動粒子弾体が空間歪曲面を破壊している! そう何度も無効化はできないわ、早く目標を・・・!』 『UAV、砲撃回避! 再度失索!』 艦艇群がUAVを見失い、同時にディストーション・フィールドによる空間歪曲面が消失する。 複数の艦艇が外殻から炎を噴き上げている事から推測するに、空間歪曲を以ってしても全ての波動粒子弾体を防ぎ切る事は不可能であったらしい。 そしてリンディの言葉から、ディストーション・フィールドの展開には複数面からの制約が存在すると推察される。 恐らくは同時展開数、展開維持時間、連続展開時に於ける展開所要時間等の問題なのであろうが、それらの点を考慮するに状況は未だ危機的であると云えるだろう。 空間歪曲を用いてもUAVからの砲撃を完全には無効化できない。 砲撃が繰り返されれば損害は着実に増大し、更には「Λ」による支援が在るとはいえリンディの対処能力も限界に達する事だろう。 ならば、それらの危惧が現実のものとなる前にUAVを、或いは大型敵性体の撃破を成し遂げねばならない。 だが、肝心のUAVを常時捕捉する事ができないのだ。 砲撃の瞬間を狙う事も考えたが、此方が即時反撃を成し遂げた処で、その攻撃の軌道上にはリンディによって展開された空間歪曲面と波動粒子弾体による弾幕、そして複数の艦艇が存在するのである。 それら全てを突破、或いは回避した上でUAVへと攻撃を命中させるなど、如何な融通の利く魔法とはいえ不可能に近い。 少なくとも、なのはにとっては。 『第7支局より各艦、UAVの予測軌道および最適射角情報を転送する。UAVからの更なる攻撃に備え、迎撃態勢を執れ』 『此方クアットロ。大型敵性体と敵性体群とのコミュニケーション手段と思われる、波動粒子を用いた広域振動波を傍受、解析中。40秒以内にUAV制御中枢掌握工作を開始します』 『精密狙撃が可能な者は第5支局外殻に集結、狙撃班を編成せよ。上部はアズマ、下部はグランセニックが指揮を執れ。UAVの制御権掌握が間に合わない場合は、独自の判断で目標を狙撃せよ』 交わされる念話と共に、艦艇群と魔導師達が即座に行動を開始する。 なのはに打つ手が無くとも、艦艇乗組員と他の魔導師には、現状に於いて有効な一手を有する者も居るのだ。 後方要員と狙撃班にUAVへの対処を託し、なのはは大型敵性体への攻撃に集中せんとする。 『俺達の相手は化け物の方か。何か策は思い付いたか、高町』 『今のところは、全然。そっちは?』 『同じく。やはり、接近してくるのを待って迎撃するのが確実だろうな』 『此方の注意をUAVに引き付け、その間に近接攻撃を仕掛ける。常套ですが堅実ですね』 『私達はザブトムに集中するよ。あの偽物のバルディッシュがハーケンフォームの内に撃破しないと、とんでもない事になる・・・そうだよね、ハラオウン執務官?』 視線を動かす事も無く、既に意識を回復しているであろうフェイトへと念話を送るなのは。 他の魔導師達からも、複数の問い掛けが彼女へと放たれている事を確認し、反応を待つ。 程無くして、返答。 『・・・確証は無いけれど、私の魔法は殆どがコピーされたと考えておいた方が良い。当然、スティンガーやカラミティへの移行も可能だろうね』 『単刀直入に訊くけど。ザブトムがスティンガーを使った場合、私達に捕捉できると思う?』 『「Λ」からの支援に期待、かな』 つまり、実質的に打つ手が無いという事か。 スバル達が艦隊戦の支援に掛かり切りである事は、既に齎された情報より理解している。 現状、この場に存在する戦力のみで、大型敵性体を撃破せねばならぬという事だ。 『やられる前に、って事か』 『次を逃したら、そのまた次は無い。そう思わないと・・・』 『それも違うみたいだ、なのは』 空虚さを孕んだ否定。 割り込む様にして発せられたそれ、フェイトからの念話。 その意図を訝しむなのはの意識中、更に連なる言葉。 『次の次どころか、これで終わりかもしれない』 問いを発するよりも早く、視界へと飛び込む閃光。 金色のそれは、複数の光源より発せられている。 艦艇群外縁、周囲を完全に取り囲む無数の光球。 なのはの記憶、奥底に眠る光景を瞬時に蘇らせるそれら。 彼女は、それを良く知っている。 『あれは・・・』 『高町?』 あれを知っている。 知らない訳がない。 何せ自身は過去に、あれを受けた事が在るのだ。 墜ちる寸前にまで追い詰められた程なのだから、忘れようにも忘れられる筈がない。 あの光球、金色のスフィア。 即ち、フォトンスフィアの多数同時展開が意味するものとは。 『ファランクスシフト・・・!』 漸く、周囲も光球の正体に気付いたらしい。 防御魔法を展開する者、スフィア破壊の為に砲撃魔法を放たんとする者、最寄りの艦艇へと退避せんとする者。 何をするにも手遅れであると、誰もが気付いている。 だからこそ誰もが咄嗟に、各々にとり最善と思われる行動を執っているのだ。 諦観ではない。 防御を選択した者達は未だUAVの姿を探し求めて貪欲に情報を要求し、攻撃を選択した者達は瞬時に10を超えるスフィアを破壊し、退避を選択した者達は艦艇外殻上にて障壁を展開している。 更に其処へと加わる、艦艇群からの無数の砲撃と直射弾幕。 誰もが生き延びる事を、大型敵性体を撃破する事を諦めてなどいない。 だが、同時に気付いてもいる。 艦隊内部から放たれるUAVの波動砲による砲撃、そして外部より放たれるフォトンランサー・ファランクスシフト。 内と外からの極広域殲滅攻撃による挟撃に曝され、生き延びる事など万が一にも在り得ないと。 UAVだけならば、ある程度は空間歪曲で凌ぐ事もできた。 ファランクスシフトだけならば、魔力障壁で軽減もできた。 だが、それらによる同時複合攻撃ともなれば、もはや為す術など無い。 波動粒子弾体によって内部より喰い破られるか、フォトンランサーによって外部より圧し潰されるか。 どちらにせよ、結末は決しているも同然である。 重ねて其処へ、状況の更なる悪化を知らせる報告が飛び込んだ。 『大型敵性体、捕捉! 目標、肩部ユニットより誘導弾射出を確認・・・UAV、2機目です!』 『スフィア群、魔力集束を開始! 射撃開始まで僅か!』 示された目標の位置は、頭上。 反射的に視線を跳ね上げると、視界の中央に大型敵性体の全貌が拡大表示される。 その更に手前、並列表示される接近中のUAV。 半有機的なその全貌が揺らぎ、一瞬にして掻き消える。 UAV、アクティブ・ステルス起動。 大型敵性体、電磁投射砲口を艦隊へと指向。 大口径電磁投射砲による砲撃態勢。 『奴は逃げないぞ、何のつもりだ?』 『もう、逃げる魔力なんか残っていないんだ・・・その必要も無いから』 2機の波動砲搭載UAV、艦隊を包囲するフォトンスフィア。 此処へ更に、大口径電磁投射砲による攻撃が加わる。 これにより敵戦力を殲滅できると、大型敵性体は判断したらしい。 だが、それでも確証は持つまでには到らなかったのか、更に駄目押しの一手が放たれた。 『目標、背部ユニットにて小爆発、連続発生! 小型誘導弾、多数射出を確認! 弾体多数、急速接近・・・いえ、弾体分裂! 子弾展開!』 『子弾、更に分裂・・・まただ・・・また!』 ザブトム背部から後方へと伸長したユニット、その上部より放たれた無数の小型誘導弾。 それらは空間中に排煙の尾を引きつつ、艦隊を目掛け加速。 その軌道上、弾体が分裂し、再分裂、再々分裂と続く。 更にその後も、弾体は僅か数瞬の内に7度にも亘る分裂を繰り返し、最終的に拳ほどの大きさも無い超小型誘導弾の豪雨と化した。 もはや数える事すら不可能となった誘導弾の壁が、雪崩を打って艦艇群および魔導師隊へと襲い掛かる。 後に襲い来るであろう負荷を無視し極限まで強化された情報処理能力による極高速思考の中、入り乱れて飛び交う無数の超高圧縮念話。 『防御しろ、防御だ! 何でも良いから身を護れ!』 『迎撃開始!』 終わりか。 引き延ばされた体感時間の中、なのはは自身の死を予期する。 自身は、此処で死ぬのか。 フォトンランサーによって引き裂かれるか、波動粒子弾体によって掻き消されるか、誘導弾によって打ち砕かれるか。 何れにせよ、肉体の欠片すら残るまい。 抵抗を止める気は更々無いが、それが何らかの肯定的な意味を成すとは、どうにも思えない。 『撃って! 誘導弾の数を減らすの!』 『照準が間に合いません! 意識に身体反応が追い付かない!』 『良いから撃って! 照準なんか構わないで、撃てるだけ撃つの!』 此処まで来たというのに。 あと僅か、今にも手が届かんばかりの距離。 それを越えた先に、全ての元凶が在るというのに。 破滅の権化、悪意の中枢、狂気の根源。 バイドの中枢が、すぐ其処に在るというのに。 『この・・・!』 最後の抵抗。 自身の傍らに浮かぶ光球、桜色の光を放つ魔力集束体へと意識を向けるなのは。 レイジングハートの矛先は既に、その中心へと向けられている。 此処から魔力に指向性を付与して解き放つだけで、ブラスター3をも超える強大な魔力砲撃が放たれる事だろう。 だが、照準を定めている時間が無い。 せめて味方に当たらぬ様、ある程度の方向を定めるだけで限界であろう。 しかし、他に抵抗の術は無い。 この儘では座して死を待つも同然、せめてフォトンランサーと誘導弾だけでも迎撃せねば。 決死の覚悟と共に、彼女は暴発寸前の密度にまで凝縮された魔力集束体、その枷を解き放つ。 同時、金色の雷光もまた自らを縛る枷より解き放たれ、閃光の暴風となって艦隊を襲った。 弾幕などと云う生易しいものではない。 各弾体の区別など全く付けられず、ただ雷の壁としか認識の仕様が無い、圧倒的な魔力の奔流。 なのはに先んじて他の魔導師達より放たれた幾つかの砲撃、常よりも遥かに大規模である筈のそれらが、それこそ針の一刺しにしかならないと思える程の壁。 だが、今更になり反撃の手を止める道理は無い。 自身の魔力光、桜色の閃光が爆発し、視界の全てを覆い尽くす。 『あ・・・!』 青い光。 砲撃の刹那、視界を覆い尽くしたそれは、果たして見間違いだったのだろうか。 なのはには、判断が付かなかった。 自身の内外に対して有する全ての認識が、その瞬間に停止したのだ。 ふと我に返った時、なのはは込み上げる嘔吐感と激しい頭痛、全身の異常なまでの重さと平衡感覚の消失に襲われていた。 何が起きたのか、意識が戻ったのは何時か、この身体の異常はどれほど続いているのか。 何ひとつ理解する術は無く、呻きを零す程度の余裕すら無く、全身を捩りつつ只管に苦痛に耐える他ない。 そうして数十秒、或いは数分が過ぎた頃になり、漸くそれまでの苦痛が「Λ」を用いた「願い」の具現化による反動、情報処理能力を極限まで高めたが故のフィードバックであった事を理解する。 目前の宙空に漂う、無数の汗粒。 額に残るそれらを反射的に手の甲で払った直後、彼女は自身の視界へと映り込む「それ」の存在に気付いた。 「何・・・これ?」 青い結晶の壁。 数瞬して、それが巨大なジュエルシードの結晶体であると理解する。 だが、重要な点は其処ではなかった。 『嘘だろ・・・?』 『ねえ、誰かこれが見える? 私の幻覚じゃないわよね?』 反射的に後退し、少し距離を置いて結晶体の全貌を視界内へと捉える。 それは、単なる壁などではなかった。 本局にてバイドにより複製された大量のジュエルシード、ヴィータの攻撃を防御する為にティアナが発生させたジュエルシード、そのどちらの情報とも合致しない余りにも整った外観。 「Λ」と同様、何らかの目的の下、人為的に成形された構造体。 「まさか・・・」 直径6m前後、巨大なプリンセスカットの宝石にも似た外観。 装飾品としてのダイヤモンドが最も近しい形状と云えるだろうが、透き通った青という色からサファイアがより強く想起される。 だが奇妙な事に、プリンセスカットに於いてパビリオンに当たる部位が半ばから断ち切られており、先端部であるキューレットとの間に1m前後の間隙が開いているのだ。 そして間隙には、あの青白い魔力素が直径2m前後の球状集束体を形成しており、それが前後に分かたれたパビリオン内部の凹部へと嵌め込まれる様に位置している。 前部パビリオンの端部からは90度の間隔を置いて八角柱状の結晶体、約3m程度のそれらが4箇所に配されており、其々が中央結晶体の中心軸から45度の角度で後方へと伸長。 更に、魔力集束体を境に前後のパビリオンが其々に逆方向へと低速にて回転しており、集束体から放たれる魔力光を内部に反射させ煌びやかに瞬かせている。 『これも「Λ」がやっている事なのか? 何の為に?』 余りにも美しく、余りにも異様で、余りにも禍々しい、紺碧の結晶体。 しかし意識中に拡がるは、この場に於いてそれが存在するという、その事実がまるで当然であるかの様な感覚。 その異常を異常と断じられぬ感覚の理由に、なのはは気付いていた。 否、彼女だけではない。 共有された意識を通じ、他者から伝わる同様の感覚。 ふと周囲を見回せば、空間中の其処彼処に同様の結晶体が出現しているではないか。 総数は100や200ではあるまい。 1名の魔導師につき単基から数基、艦艇の周囲を包囲する様に数十から数百基、魔導師と艦艇群の間隙を埋める様にして数千基。 無数の結晶体が、空間中を埋め尽くしていた。 『・・・「プレゼント」ってのはこれの事か、スバル』 はやての念話。 その言葉に、自身の推測が間違ってはいないと、なのはは確信する。 気付かぬ筈がないのだ。 全貌、構造、運動、配置。 それら全ての事象が、忌まわしきあの存在を想起させる。 人類の狂気、果てなき悪意、悪夢の欠片。 「フォース・・・!」 ジュエルシードにより構築されたフォース。 空間を埋め尽くす結晶体は、紛れもないフォースそのものであった。 その事実に、なのはは戦慄する。 ジュエルシードが用いられている事実からして、バイドではなく「Λ」によって起こされた現象であるとは予測が付いた。 それでも、フォースが自身等の周囲を埋め尽くしているという現状は、どうあっても肯定的に捉える事などできない。 だが同時に、眼前のそれが地球軍のものとは根本から異なる事も、漠然とではあるが理解していた。 『ギリギリですが、間に合って良かった。フォースシステム、試験評価工程完了。システム、正常動作を確認。現時刻を以って「B-5D DIAMOND WEDDING」及び「Force system Type Jewel-seed」の実戦配備を完了』 淡々と、既定の文章を読み上げるかの様に紡がれる、スバルの言葉。 呆然としつつもそれを聞き留めていたなのはは、視界の端へと映り込んだ結晶体の存在に身を強張らせ、咄嗟に其方へと向き直る。 フォースが1基、宛ら彼女の護衛に就かんとするかの様に、低速で傍へと接近してきたのだ。 フォースはキューレット部をなのはに向け、約2mの距離を置いて回転運動を維持。 此処に至り、彼女はスバル達の思考を理解する。 「私達に・・・魔導師にフォースを・・・!」 『大型敵性体、捕捉!』 第3支局艦艇より警告。 なのはは慌てる事もなく、ジュエルシードのフォースを見詰めた後、齎された情報に基いて徐に視線を回らせる。 急ぐ必要は無いとの、奇妙な予感が在った。 本来ならば抵抗すら意味を成さず、今頃は欠片も残さず消え去っていた筈なのだ。 にも拘らず、こうして生き永らえているからには、相応の事象が起きている筈だ。 目に見える被害が此方に無いとすれば、大型敵性体の側に何らかの異常が生じているのだろう。 果たして、彼女の視界へと映り込んだ光景は、予測に違わぬものだった。 『・・・どうなってるの?』 『さあ・・・唯、攻撃の必要は無さそうだ』 宙を漂う異形。 それは先程まで、ザブトムと呼称される大型生体兵器であったもの。 鈍色の装甲に覆われた巨躯、人のそれからは余りにも掛け離れた全貌。 背面のVLSユニット、肩部のUAV格納ポッド、腰部の大口径電磁投射砲身。 ザイオング慣性制御機構を内蔵した下半身、計3対もの腕部、巨大なバルディッシュ。 それら全てが原形を失い、無機物が入り混じる炭化した肉塊と化して、力無く無重力中に浮かんでいた。 辛うじて原形を残す頭部は上顎の右側面が失われ、大量の血液を噴き出し続けている。 胸部生体核は破裂したのか失われており、装甲の残骸上に僅かな膜状組織がこびり付いているのみだ。 目標が生命機能を維持しているとは、とても考えられない。 『何が・・・何が起こったの? 敵の攻撃は? UAVはどうなったの?』 『UAV、1機の撃墜を確認・・・もう1機だが、狙撃班による無力化に成功した。現在、第6支局の面々が制御中枢の掌握を試みている』 『UAVまで仕留めたのか? 狙撃班、何が起きた』 『砲撃の為に姿を現したUAVを狙撃、無力化に成功。直後に極めて大規模な魔力爆発が発生、残るUAVと大型敵性体は沈黙。後は見ての通りだ』 ヴァイスからの報告を聞き、なのはは疑問を抱く。 魔力爆発とは何の事か。 砲撃を放った事は覚えているが、幾ら大規模とはいえ爆発とは。 訝しむなのはを余所に、ヴァイスが続ける。 『そろそろ説明してくれないか、御三方。このフォースもどき共が直射弾を無効化した事は解るが、敵に何が起こったのかさっぱりだ。何をしやがった?』 その言葉に、再度フォースを見遣るなのは。 相も変わらず青白い輝きを纏ったそれは、表層の何処にも傷ひとつ認める事はできない。 だがヴァイス曰く、これらフォースがフォトンランサーの弾幕を無効化したという。 確かに本来のフォースは敵の攻撃を各種制限は在れど一方的に無効化し、R戦闘機の生存性を飛躍的に高める一因となっている。 だがそれは、フォースの構築に於いて純粋培養されたバイド体を用いる事で実現した結果であり、次元世界からすれば完全なオーバーテクノロジーだ。 如何な「Λ」とはいえ、そんな代物を再現できるものだろうか。 『純粋魔力攻撃に関しては、このフォースによる防御を突破する事はほぼ不可能です。対象が魔力素によって構成された存在である限り、フォースはそれらを一方的に吸収する。質量兵器相手でも、ある程度の防御性は確保できるでしょう』 『なるほど、防御兵器か。それでティアナ、化け物が死んでいるのはどういう事だ? フォースか、それともお前等が目標を攻撃したのか』 『攻撃を実行したのは、紛れもなく魔導師と艦艇群です。大型敵性体もUAVも、砲撃によって撃破された』 『砲撃って、狙撃班が言っていた爆発の事? 一体、何をしたの』 改めて、粉砕された大型敵性体の頭部へと視線を移す。 在り得ない。 砲撃は狙いも定まらず、誤射すら覚悟した上で放たれたものだ。 その内の数発が奇跡的に目標を捉えたのだとしても、あれだけの被害を齎せるものとは思えない。 そもそも、それだけではUAVが撃墜されている事象に説明が付かないのだ。 「Λ」は、何をしたのか。 『地球軍のフォースが有する機能を、限定的にではありますが魔法技術体系に適合させて再現しました。外部より付与された魔力を選択的に増幅させ、改めて外部へと放出する。放出形態や増幅率は、入力側の意思で細部まで制御可能です』 『さっきの爆発が、それ?』 『緊急時であった為、設定は此方で行いました。放たれた砲撃をフォースが受け、増幅して拡散型として放出した。放出された砲撃を別のフォースが受けて増幅、再度放出。これを繰り返し、範囲殲滅型全方位戦略砲撃としました』 『あの一瞬で? 誤射を避けて、UAVまで仕留めたと?』 『はい』 『大型敵性体まで巻き込んだの? 信じられない・・・』 砲撃魔法を吸収し、増幅した上で撃ち出す。 無数のフォース間にてこれを繰り返し、範囲殲滅魔法にまで昇華させたという。 理屈は単純だが、実現に当たっての問題など幾らでも考え付く。 だが、そんな問題は「Λ」にとって、些細なものなのだろう。 何せジュエルシードによって構築されたフォースを操る、ジュエルシードによって構築されたR戦闘機なのだ。 此方の常識など、その力を論じる上で何ら用を成さないだろう。 『その為にこれだけの数を揃えたのか? とんでもない話だな』 『発生させるだけなら、それこそ幾らでも。唯、此方が干渉する空間範囲内の同時展開数によっては、存在を維持できる時間が減少します』 『どういう事?』 『制御が極めて難しく、フォースが自己崩壊してしまうのです。今回発生させた程度の数ならば問題は在りませんが、更に数を増やすと数十秒程度で崩壊してしまう。無制限に発生させられる訳ではない』 『運用には戦略が必要か』 傍らのフォースへとレイジングハートの矛先を突き付け、魔力集束を開始。 すると集束した魔力素は、溶け込む様にフォースへと吸収された。 同時に意識中へと反映される、フォースによる出力制御情報。 余りにも自然に意識へと適合するそれに薄ら寒いものを覚えつつも、なのはは制御能力を把握する為に操作を続行する。 増幅率300、弾体魔力密度維持。 増幅形式、弾数増加。 出力形式、精密誘導操作弾。 基礎弾体数100、出力実行。 「・・・成程ね」 瞬間、総数300発もの誘導操作弾が、フォースの前面へと出現。 加速の指示を与えてはいない為、全弾が魔力球として出現箇所へと固定されている。 弾体毎、個別に低速誘導操作を開始。 「Λ」からの補助によって情報処理能力が向上している事により、なのはは苦も無く全ての弾体を自在に操る。 更に増幅率を増大、700へ。 基礎弾体数は先程と同じく100、出力実行。 今度は700発の誘導操作弾が出現。 先程の300発と合わせ、計1000発もの誘導操作弾がなのはの意の儘に宙を飛び交う。 それらの操作を続行しつつ、彼女は問いを投げ掛けた。 『スバル、増幅率の限度は?』 『現状では5138です。しかし、増幅する魔法の種別によっては、限界値が変動します。射撃系、砲撃系とは相性が良いのですが、補助系では情報処理量が増大する為、幾分か・・・』 『警告! 大型敵性体に異変! まだ生きているぞ!』 スバルが通常念話による言葉を終えるよりも早く、艦艇群からの警告が意識中へと響き渡る。 瞬時に全ての誘導操作弾を霧散させ、目標の全貌を拡大表示。 視界の中央、映し出されるは歪な肉塊。 『しつこい奴だ、まだくたばらないのか!』 『見て、頭が・・・!』 その頭部、僅かに残された頭蓋を内側より喰い破り、巨大な肉腫が出現する。 見る間に体積を増し、遂には触手状となったそれは大蛇の如くのたうちながら、周囲へと拳程の大きさの球体を無数に撒き散らす。 それらの球体は液体を噴き出しつつ急激に成長し、鞭毛を有する芋虫の様な外観となって、泳ぐ様に宙空を移動し始めた。 醜悪な外観のそれらは、明らかに艦隊を目指し接近してくる。 だが、その速度はこれまでに確認された大型敵性体の攻撃、それら何れと比較しても余りに低速であった。 正真正銘、最期の足掻きなのだろう。 『小型生体誘導弾、低速にて接近中! MC404・・・』 『待って』 迎撃を開始せんとする艦艇群へと、制止を掛けるなのは。 同様の念話が、其処彼処から艦艇群へと飛んでいる。 考える事は、皆同じだ。 『このフォースの性能を、自分の目で確かめてみたいの。さっきの砲撃は、何が何だか分からない内に終わっていたから』 『同感だ。情報は容易に受け取る事ができるが、実感が伴わないのでは今後の利用に支障を来す。此処で機能を把握しておきたい』 この先、否応なしに戦術へと組み込まねばならないのだ。 信用に値するとの確証が得られなければ、生命を預ける事など到底できはしない。 使えるか否か、此処で判然とせねば。 『・・・了解。迎撃および大型敵性体への攻撃は、魔導師隊に任せる。各艦、バックアップに回れ』 艦艇群による迎撃準備の中断を確認し、なのははフォースを介しての砲撃準備へと移行する。 スターライトブレイカーによる砲撃を先ず想定したが、それでは威力過剰になる恐れ在りと判断し、ショートバスターによる攻撃を選択。 増幅率1500程度で砲撃し、どの程度の規模および威力となるかを把握しておけば、今後の戦闘に於いて状況を優位に運べると判断したのだ。 もし砲撃の威力が想定を下回ったとしても、他の魔導師達も大型敵性体へと攻撃を実行する為、危機的状況へと陥る可能性は低いだろう。 レイジングハートの矛先を大型敵性体へと向けるなのは。 フォースは矛先の動きに寸分違わず追随し、なのはの視界を塞ぐ様にして正面へと位置する。 だが、問題は無い。 フォース前面部より前方の映像は、視界内へと鮮明に映し出されている。 そして照準が定まるや否や、加速した思考で以ってフォースへと干渉を開始。 増幅率1500、砲撃魔力密度増幅。 増幅形式、魔力集束値増強。 出力形式、強化型簡易砲撃。 射程延長、出力実行。 『撃て!』 攻撃指示を認識すると同時、フォースの中心を目掛けショートバスターを放つ。 至近距離より放たれた簡易砲撃がフォースへの着弾と同時に吸収され、視界中央で強烈な桜色の閃光が瞬いた。 そして、並列表示された視界の中、拡大表示された大型敵性体が100を超える光条によって切り刻まれ、瞬時に細分化される。 直後、白光を放つ大規模砲撃魔法が生体誘導弾および大型敵性体残骸の全てを呑み込み、閃光を放ちつつ闇の彼方へと消え去った。 なのはは暫し呆然とし、次いで溜息を吐いて念話を送る。 『・・・やりすぎだよ、八神捜査官。これじゃ増幅の効果も良く分からない』 デバイスの矛先を下ろし、全身から力を抜くなのは。 ゆっくりと深呼吸し、肉体と精神、双方の疲労を落ち着かせんと試みる。 だが、余り効果は無い。 仕方が無いと諦め、極めて高い密度にて交わされる念話を意識の端へと留めつつ、先程の砲撃を振り返る。 まるで光学兵器だ。 単なる簡易砲撃魔法が、地球軍の光学兵器にも匹敵する長射程、大威力の光線と化したのだ。 流石に純粋な威力では劣るであろうが、崩れ掛けの肉塊同然とはいえ大型敵性体の体組織を一瞬にして蒸発させ、焼き切るかの様にして解体せしむる貫通力。 これは、魔力集束値と射程延長に重点を置き、簡易砲撃を長距離砲撃として強化した事による結果だろう。 実戦で連続使用するには、制御面での複雑さも在り幾分か運用し難いが、しかし大体の感覚は掴む事ができた。 『一々設定し直すより単に魔力増幅の設定をしておいて、其処に砲撃を撃ち込む方が実戦的だね。どんな感じだったか、分かる人は居る?』 『それで充分でした。特に複雑な設定をせずに撃ち込んでみましたが、問題なく目標まで届いた。負荷も少なくて済みますし、フォースの寿命も延びるでしょう』 『集束砲撃の使用は控えた方が良いかもな。術式が複雑な所為か増幅限界値が下がってしまう上に、今のでフォースが崩壊を始めている。直射砲撃の強化に使うのが無難だろう』 直射砲撃との相性は良く、実戦的な運用が可能。 集束砲撃は増幅率が低下し、しかもフォースの崩壊に繋がる為に危険性が高い。 これらの情報から推測するに、意識を取り戻した直後に目にしたフォースは迎撃時の砲撃を増幅したものではなく、その後に新たに発生したものであったらしい。 飛び交う念話の中から、自身の疑問に答えるものを抜き出し、更にその中から特に有用と思われる情報を選別する。 意識中にて内容を反芻し、その情報に基き自己の戦術を再構築。 簡易砲撃魔法による連続砲撃を主軸に、高機動格闘戦を主体とする戦術を組み上げる。 更に、遠距離の敵に対しての集束型砲撃魔法による超長距離砲撃戦術を同時構築。 集束型の砲撃を実行すればフォースの崩壊は避けられないだろうが「Λ」によるバックアップの存在を考慮すれば神経質に避ける必要も在るまい。 一連の作業を数秒の内に済ませた後、なのははふと気付く。 はやてからの応答が無い。 どうやら意識の共有すら断っているらしく、返答のみならずあらゆる情報が遮断されているのだ。 何か在ったのかと微かな危惧を抱き、なのははフォースを介してはやての姿を意識中へと並列表示、通常念話を用いて語り掛ける。 管理局員としてではなく1人の友人としての口調で。 『はやてちゃん、何か・・・!』 親友を気遣う言葉は、その全てが発せられる前に途絶えた。 視界内へと映し出されたはやての姿。 彼女がその顔へと浮かべる、これまでに目にした事も無い形相に、なのはの意識が凍り付く。 眼前に浮かぶフォース、その表層を睨み据えるはやて。 その表情は常の柔和なものからは掛け離れ、別人の様に歪み切っている。 限界まで見開かれた眼、薄く開かれたまま小刻みに震える唇、死人の様に青褪めた肌。 シュベルトクロイツを構える右手は、骨格が浮かび上がり、肌が変色する程に硬く握り締められている。 徐々に荒くなる呼吸、掻き毟るかの様にバリアジャケットの胸元へと爪を立てる左手。 左腰部に固定された夜天の書が微かに青白い燐光を放ち、背面より拡がる3対の翼からは時折、白と青の魔力光が電流の如く奔る。 そうして、はやての唇が微かに動き、何らかの言葉を紡いだ。 「ッ・・・!」 途端、視界を閉ざすなのは。 自身が目にしたもの、それを肯定する事ができない。 そうして、はやてが居るであろう方向を呆然と見遣る。 はやては、何と口にしたのか。 凡そ肯定的な言葉でない事だけは確かだ。 理解してはいるが、それをはやてが口にしたという事が信じられない。 彼女がそんな言葉を口にするまでに変貌してしまった、その事実が信じられない。 家族を失って以降の彼女は、確かに変わった。 以前の明るさは鳴りを潜め、虚ろとも云える無表情を張り付けている事が殆どだった。 今の彼女は、それ以上に追い詰められている様に見える。 明らかな憎悪に染まった表情、彼女本来の人柄からは想像も付かない言葉。 しかも、それら変貌の矛先はバイドでも地球軍でもなく、恐らくは「Λ」とそれ自体であるスバル達へと向けられている。 ザフィーラの死の真相を知ってしまった以上、無理もない事だとは思う。 それでも、はやての豹変振りは信じ難い程のものだ。 彼女は、どうなってしまったのか。 これから、どうなるのか。 『敵戦力の殲滅を確認。これより部隊を再編し、天体中枢部へと向かう。魔導師および各機動兵器は、最寄りの支局艦艇へと集結せよ』 自己の内へと沈みゆく意識が、飛び込んできた念話によって強制的に引き上げられる。 支局艦艇からの指示だ。 なのはは強制的に思考を切り上げ、周囲を見回す。 其処彼処で魔導師達が集結し、小集団を形成し始めていた。 合流し、支局艦艇へと向かうのだろう。 並列視界を再展開するなのは。 フェイトの周囲を表示すると、ユーノを始め周囲の魔導師達が合流している。 第6支局へと向かう様だが、其処には家族であるリンディを含め、多数の仲間達が待っている事だろう。 一方ではやてには、ヴィータとシグナムが合流した様だ。 シグナムの姿は先程までフェイトの傍らに在った筈だが、今は主であるはやてに付き従っている。 はやてとシグナムの位置はかなり離れていた筈だが、その距離を飛んで主と合流する事を選んだのだろう。 騎士として主の守護を優先したのか、或いは家族との合流を望んだのか。 何れにせよ、彼女達の間には強い絆が在る。 状況に翻弄され摩耗したはやての精神も、何れは彼女達の存在によって癒される事だろう。 そして彼女達も、第6支局を目指しているらしい。 ふと、なのはは地球の家族、そして友人達の事を思い出した。 両親に兄と姉、親友達との絆。 フェイトとユーノ、はやてとその家族。 彼等の強固な絆を目にした為か、少し人恋しくなっているのかもしれないと、彼女は自嘲する。 そうして、何としても彼等を、故郷を護るべく、この状況を終わらせねばならないと決意を改めるなのは。 そして同時に気掛りとなるのは、ミッドチルダに残してきた自身の娘、ヴィヴィオの安否。 齎された情報に依れば、クラナガンには地球軍の主力戦艦1隻が落着しているという。 状況からして惑星が破壊される事はないであろうが、都市への被害は甚大だろう。 どうか無事であって欲しいと、信仰している訳でもない神へと祈る。 「一尉、高町一尉!」 自らを呼ぶ声に、我に返るなのは。 並列視界を閉ざし、声のする方向へと。 直後、彼女は思わず表情を綻ばせた。 「ミシア! アレン!」 忘れる筈も無い人物。 それは、彼女の教え子達だった。 徐々に集結する面々の中には、当初より作戦に参加していた者も居れば、本局に残っていた筈の者も居る。 無論、戦死した者も決して少なくはなかろうが、それでも多数が生き延びていたのだ。 そうして30名を超える若年の魔導師達が集まり、口々になのはを呼ぶ。 鬱屈とした精神を拭い去る、内より溢れる安堵と歓喜。 それらを抑える事もせず、彼等と合流すべく移動を開始しようとした、その矢先の事だった。 「・・・ッ!?」 赤黒く染まる視界、空間中を埋め尽くす異形の群れ。 「あ・・・あ・・・?」 「一尉?」 ふと、我に返るなのは。 彼女の目前には、教え子の1人であるミシアの顔が在った。 不自然に動きを止めたなのはを気遣い、その顔を覗き込んでいたらしい。 だが、なのはは僅かに後退し、信じ難い思いでミシアの顔を見詰める。 当のミシアは、自身へと注がれる師の視線、不審な挙動に戸惑っている様だ。 それでも、なのはは彼女の顔を凝視し続ける。 「あの、何か・・・?」 一体、何だったのか。 先程の一瞬、視界の全てが、宛ら生命体の如く脈動した。 闇の彼方に灯った赤黒い光が爆発的に膨れ上がり、瞬時に空間中を埋め尽したのだ。 そして、視界の全てが赤黒く染まった瞬間、其処に映り込む存在の全てが形を変えた。 あらゆる存在、あらゆる事象が「高町 なのは」という存在にとって、決して受け入れられぬ「何か」へと変貌したのだ。 次元航行艦も、機動兵器も、そして魔導師さえも。 記憶する事も、それ以前に認識する事すら覚束ない、人間の知覚域外に位置する存在へと変貌し、なのはという存在に対して牙を剥いたのだ。 それは、目前のミシアを含めた、教え子達であっても例外ではない。 「一尉、御気分が優れない様ですが・・・」 物理的な攻撃などではなかった。 生命個体としての本能により「攻撃」であると認識される、それ以外に理解する術など無い何らか手段で以って、なのはという存在に対し危害を加えようとしたのだ。 人間としての能力では決して理解など叶わぬ、正しく「悪意」としか表現の術が無い「攻撃」。 それを受けた側に何が起こるかさえ理解できぬ、異常なまでの密度で以って放たれた「悪意」そのもの。 その「悪意」に対する、曖昧ながら強烈な拒絶がなのはの内に燻り、教え子達への接近を躊躇わせていた。 そんな彼女の様子を訝しんだのか、彼等は気遣う様に次々と言葉を発する。 「一尉、第6支局へ行きましょう。八神捜査官も、ハラオウン執務官も其処に向かっています。戦闘の疲れも在るでしょうし、休息を取られては如何ですか」 「部隊を再編するにしても、互いの戦術を良く知る面々が居た方が心強いでしょう」 「スクライア司書長も八神三尉も居られますし・・・どちらと組むにせよ、有名コンビネーションの復活ですね」 口々にこれからの選択肢を述べる教え子達。 其処には、フェイトやはやて達のそれにも劣らぬ、確固たる絆が在った。 心の底からなのはを信頼し、彼女の教えを自身の支えとし、時に彼女を支えもする彼等。 そんな彼等を前に、なのはは何処か虚ろに言葉を紡ぐ。 「ごめん」 「一尉・・・?」 答えは出ない。 先程の現象、恐らくは幻覚であろうが、それが何であったかは全くの不明だ。 だが、結果としてなのはは、漠然とした不安を有するに到っていた。 論理的な根拠など全く存在しないが、自己の内に在る何かが訴え掛けているのだ。 「皆、もう行って」 絆が在ると思っていた。 教え子達との間に結ばれたそれを大切に思っていたし、今でもそうであると信じている。 だが、何かが。 何かが、自己の内で叫んでいる。 「一尉? 第6支局は向こうで・・・」 「行けない」 まだ間に合う。 まだ、間に合うのだ。 触れるな、信じるな、呑み込まれるな。 自己を持て、何物にも侵されぬ自己を持て。 この広大な次元世界で、独りきりの自身。 誰よりも孤独である事を理解し、それを侵されてはならない。 「行けないよ・・・」 独りきりの、何だというのだ。 触れるなとは、何に対してだ。 信じるなとは、何に対してだ。 呑み込まれるなとは、バイドと相対する上での危機感ではないのか。 自己とは、他ならぬ自身の精神の事だ。 元より誰にも侵せない個であるし、これからもそうだ。 それでも、独りではない。 自身には親友も、仲間も、娘だって居る。 何故、孤独だというのか。 「私は・・・」 解らない。 何も解らない。 だが1つだけ、解らずとも確かな事が在る。 自己の内に生まれた、出所すら不明な確信。 泣き叫ぶ少女の様に、怨嗟を吐き出す女性の様に、絶望に拉がれる老婆の様に。 声高に叫び続ける、警告とも悲鳴ともつかぬそれ。 「私、第1支局に行くね」 「彼等」から、離れなければ。 『R戦闘機、急速接近中!』 スバルからの警告。 皆の注意が自身から逸れた瞬間、なのはは身を翻して第1支局艦艇へと向かう。 その胸中を占めるは敵機接近に際しての危機感でも、教え子達に対しての後ろめたさでもなく。 自己の内に木霊する警告への疑念、そして「彼等」から離れる事ができたという安堵のみであった。 飛び交う圧縮念話が、その密度を増す。 散開する艦艇群、急変する戦局。 止められる者など、何処にも存在しなかった。 * * 『R戦闘機が接近している。「Λ」制御下の機体群による防衛網は突破されたみたいだ』 『撃墜されたんですか?』 『いや、どうやら足止めを残して振り切られたみたいだね。地球軍は慣性制御機構に対する干渉の、完全な無効化に成功したんだろう』 その言葉を聞き、キャロの思考に不快を示す微かなノイズが奔る。 遂に、最悪の事態が起きてしまった。 地球軍が全力戦闘を展開する、その為の条件が整ってしまったのだ。 最早、彼等を縛る枷は存在しない。 『接近中の敵機は余程、警戒を強めているみたいだ。接近を感知してから5秒経過しても、未だ此処まで辿り着いていない』 『これまでの戦況の推移を考えれば不思議でもない。「Λ」は何て?』 『呼び掛けに応答しない。何かやってるみたいだ、あの3人』 現在、ベストラ外殻に立つ彼女の傍らには、エリオとセインが居る。 隠密行動に特化したISを有するセインは、当然ながら前線に出る事など無い。 そしてザブトムを相手取るには、突撃を主とするエリオの戦術は余りにも不向きだった。 其処で2人は、超長距離からヴォルテールによる支援砲撃を行うキャロ、その護衛に当たる事を選択したのだ。 『地球軍に対する工作か。成功したのかな?』 『それなら連絡が在るんじゃないかな。何も言ってこないって事は・・・』 『「Λ」より総員、緊急』 『そら、噂をすれば』 3人の間に、肉声での会話は無い。 発声を介していては、情報交換に時間が掛かり過ぎるのだ。 だからこそ多少の負荷を覚悟の上で、圧縮念話を用いての会話を行っている。 肉声では数十秒を要する情報交換の内容でも、これならば1秒にも満たない時間で済ませる事が可能だ。 「Λ」によりフォース・システムが実装された事で、負荷自体は相当に軽減されている。 だがそれでも時折、思考中を奔るノイズが脳機能へと幾分かの負荷を掛けていた。 圧縮念話を負荷なく常時使用するには、更なる「Λ」の機能更新を待たねばなるまい。 『地球軍第17異層次元航行艦隊に対する情報工作に成功。応答は在りませんが、国連宇宙軍上層部の真意は、確実に彼等へと伝わっています』 『そりゃ良いや。それで、結果は何時出るのさ、ノーヴェ。いや、誰が答えても同じかな?』 『すぐに解るさ。接近中のR戦闘機群がこっちを素通りすれば成功、攻撃してくれば失敗だ』 『予想通りの回答を有難う。要するに命懸けの検証が必要って事ね』 ティアナとノーヴェ、即ち「Λ」からの圧縮念話を受け、頭上の空間を視界中へと表示。 既に意識の共有は深部にまで及んでおり、特にキャロとエリオの間では、セインとのそれと比して遥かに深層まで共有が進んでいる。 意識共有による蟠りの解消を願い、キャロが望んだ事だ。 エリオはそれを受け入れているが、最深部に位置する自己を成す根幹に対しては、決してキャロの意識を触れさせない。 外界に対する現状の認識、思考表層部の常時共有を果たしても、彼の心には触れる事ができないのだ。 共有開始直後には余す処なく覗く事ができたそれも、今ではエリオ自身の意思によって完全に閉ざされてしまっている。 自身の心を伝える事ができたか否か、それを確かめる事すらできないと知り、キャロは失望した。 だが、今は戦況に集中すべきと自己を戒め、友軍への援護に集中してきたのだ。 それは、彼女の中に刻まれた強い決意、それが在るからこそ為せるもの。 もう、迷わないと決めた。 エリオが表層的に自身から離れる事を望んでも、それが全く見当違いの思考と優しさによって導き出された結論である事は、既に暴かれているのだ。 絶対に離れてなどやらないし、黙って彼を行かせる気も無い。 要は全てが終わった後に、縛り付けてでも離れない様にしてしまえば良い。 その残酷な優しさでどれだけ自身が傷付いたか、自身の無責任さがどれだけ彼を傷付けたか、また彼自身が何故それらを理解できないか。 胸中に渦巻くそれらの全てを、彼に叩き付けてやる。 離れるというのならそれら全てを受け止め、思い切り自身を罵倒してから離れて行けば良い。 徹底的に軽蔑して、嫌悪して、唾を吐き掛けて去れば良い。 だが、それでも此方を気遣い、彼と離別した上での幸せなど願っていたならば。 何ひとつとして理解せず、性懲りも無くそんな事を願っていたならば。 その時は、もう絶対に逃がさない。 何をしてでも彼を自身の側へと留め、これ以上ないという位に幸せにしてやる。 彼が間違っていたと、彼と離れた上での自身の幸せなど在り得なかったのだと、一生を掛けて彼に理解させてやる。 もう決めた事だ、絶対に覆りはしない。 『・・・来た』 エリオの言葉に、視界の一部を拡大表示する。 其処に映り込む、漆黒のR戦闘機。 見覚えの在るそれに、キャロは苦々しく念話を紡ぐ。 『メテオール・・・!』 「R-9C WAR-HEAD」 コールサイン「メテオール」。 炸裂型の半実体化エネルギー砲弾を連射する機能を有し、更には超広域を巻き込む拡散型波動砲を搭載する、極広域殲滅戦特化機体。 現状に於いて交戦するとなれば、正に最悪の機体であろう。 『よりにもよって最悪なのが来やがった。さて、どうなるかね?』 『もう、結果は出た様なものでしょう。この距離で攻撃されていないとなれば、答えはひとつだ』 だが、その最悪の展開は避ける事ができたらしい。 メテオールが突如として転進、艦隊外縁をなぞる様にして飛び去ったのだ。 加速した思考の中、R戦闘機の通過に伴う衝撃波で、十数名の魔導師が負傷したとの報告が齎される。 情報工作完了の報告から、実に10秒と経っていない。 『・・・まさか、本当に上手くいくとはね』 『何、エリオ。アンタ、アイツ等の事を信じてなかったって訳?』 『疑ってもしょうがないでしょう、あんな工作。失敗する公算の方が遥かに大きかった筈です』 『まあ、そうなんだけどね』 明らかに攻撃態勢を取っていたメテオールが離脱した事により、交信密度を増す圧縮念話の内には安堵と歓喜の声が交差する。 少なくとも、艦隊ごと波動砲で消し飛ばされる心配は、一先ずは無くなったという訳だ。 其処へ更に、スバルからの報告が飛び込む。 『防衛ラインにて交戦中であった地球軍R戦闘機が、反転離脱を開始しました。アクラブ、ゴエモン、ホルニッセ、パルツィファルの離脱を確認』 『目的は天体からの脱出か?』 『ポイントを変えて再度、中枢部へと侵攻を掛ける模様。ヤタガラス、ベートーヴェンは既に防衛ラインを突破しています』 『・・・本気で、皆殺しにする心算だったんだな』 背筋を奔る、冷たい感覚。 あと十数秒、工作の完了が遅れていれば。 管理局艦隊は殲滅戦に特化した3機種のR戦闘機から、波動砲による一斉砲撃を浴びせ掛けられていた事だろう。 拡散型波動砲に熱核融合型波動砲、詳細は不明ながら稲妻状の波動エネルギーによる極広域破壊を引き起こすとされる波動砲。 それら全ての砲撃を受けたならば、艦隊が如何なる被害を受けるかなど考えるまでも無い。 それこそベストラも含め、塵すら残らないだろう。 「Λ」が如何に強力であろうと、波動砲に抗し得る防御策など、未だ存在し得ないのだ。 『まあ、結果は上々って事だね。それじゃあ、さっさと支局に行きますか。ベストラは破棄するんでしょ?』 『ええ、これ以上は足手纏いでしかありませんから。生存者は第7支局に移送して・・・』 『総員、緊急』 ティアナからの念話。 瞬間、共有意識内に緊張が奔る。 思考速度を再加速、情報共有深化。 『地球軍第17艦隊による異常行動を確認。現在、四十四型による偵察活動を継続中』 『異常行動? 何をしているの』 『艦隊旗艦、ニヴルヘイム級「クロックムッシュⅡ」及び「マサムネ」による、第97管理外世界への対地砲撃を確認しました』 一瞬、思考が停止する。 ティアナは、何と言ったのか。 地球軍が、何をしたと。 何を、攻撃したと。 『・・・確認する。地球軍が、地球を攻撃しただと?』 『はい。ユーラシア大陸全土に対し、主砲による砲撃を加えています・・・マサムネ、戦略級核弾頭搭載巡航弾発射。着弾まで3秒』 『随伴艦艇群からも砲撃が。巡航艦艦首波動砲による砲撃を確認、北米大陸西岸部に着弾。周囲700kmは壊滅状態』 『アフリカ大陸全域、計25箇所での核爆発を確認。R戦闘機群、軌道上からの波動砲による地上掃射を開始』 『落ち着いて・・・落ち着いて下さい!』 『誰でも良い、医療魔法が使える奴は居ないか!? 鎮静効果の在る奴だ!』 何か、騒ぎが起こっている様だ。 どうやら、誰かが錯乱しているらしい。 何故かは解らないが、先程の戦闘で精神的な負荷が限界を迎えたのだろうか。 『ユーラシア大陸東部、R-9Sk2部隊による地表への大規模焼却が進行。中間圏界面でのデルタ・ウェポン発動を確認、宙間核融合反応強制励起を観測。ロシア東部、中国、朝鮮半島全域が炎に覆われています』 『マサムネ、偏向光学兵器照射。樺太島の北端に着弾、列島を南下しつつ掃射中』 『よせ、暴れるな! 落ち着くんだ、一尉!』 『手が付けられない! 誰かバインドを!』 『欧州全域、宙間巡航弾18基の着弾を確認。核爆発発生を観測』 『南米大陸、陽電子砲着弾。続いてオーストラリア大陸への着弾を確認』 何故だ。 第17異層次元航行艦隊は何故、この様な意味不明の行動に出たのか。 自身等の故郷を破壊して、何の意味が在るというのか。 『故郷ね・・・』 『何か?』 『北極圏および南極大陸に置いて核爆発を観測。周辺海域での大規模な海面隆起を確認、津波発生』 『奴等、本当にそう思ってるのかな』 セインの意識を読み取り、キャロは成程と納得する。 こういう時、意識共有は実に有用だ。 相手の真意を、余す処なく理解できる。 どちらかが隠そうと、或いは誘導を試みない限り、擦れ違いなど起こりようも無い。 『第17艦隊、対地攻撃中断。汚染艦隊との交戦を開始』 『あの21世紀の地球が、彼等の故郷である22世紀の地球と繋がっている訳ではありませんからね。違うと判断したからこそ、彼等は攻撃を実行した』 『もし繋がっていたとして、奴等が攻撃を躊躇うかどうかは怪しいけどね。でも問題は、そんな事をして何の得が在るのかって事だ』 正に、其処が問題である。 第17艦隊が上層部に対する叛乱を起こした事は間違い無いであろうが、だからといって21世紀の地球を攻撃する道理が解らない。 これまでに確認された第17艦隊からの攻撃を見る限り、既に原住民は全滅に近い被害を受けている事だろう。 違う時間軸であるとはいえ、自らの祖先に当たる人々を虐殺して、何が得られるというのか。 『独立表明の心算でしょうか。第17艦隊が独自の文明圏となる、その為の意思表示の可能性は』 『誰に対してそんな事するのさ。それで、私達はもう地球とは何の関係も在りません、これから仲良くしましょう、何て言うとでも?』 『在り得ませんね』 『それ以前に、曲りなりにも地球軍の一員であった彼等が、そんなセンチメンタルな理由で無駄な攻撃行動を起こすとは思えない。何か別の理由が在る筈です』 圧縮念話を交しつつ、外殻上に腰を下ろしていたセインが立ち上がる。 加速した意識の中、その動きは酷くゆっくりと感じられるが、体感時間に関する制御を少し弄るだけで違和感は消えた。 そうして、特に新たな念話を交すでもなく次の言葉を待っていると、簡単な柔軟体操を終えたセインが首を捻りつつ支局艦艇を指す。 『如何でも良いけど、早く行かない? 奴らより先にバイドの中枢を抑えなきゃならないんでしょ。今から行ってもキツイと思うけど』 言葉を紡ぎ終えるなり、彼女は外殻を蹴って宙へと躍り出た。 飛翔魔法には不慣れと聞いていたが、泳ぐ様にして飛ぶ彼女の姿は中々に様になっている。 加速し支局艦艇へと向かう彼女の背を見送り、キャロは傍らのエリオへと視線を移した。 彼は宙を見上げたまま、その場を離れようとはしない。 エリオは、キャロが動くのを待っているのだ。 そんな彼の様子を横目に眺め、微かに息を吐くと、彼女もまた外殻を蹴って宙へと浮かび上がる。 『ライトニング02、これより第2支局に・・・』 『総員、耐衝撃態勢!』 その、直後。 ティアナからの警告と同時、視界が白く染まった。 衝撃が来ると理解したのも束の間の事、何ひとつとして対策を実行に移せない儘、全身を襲った破壊的な力の壁に思考を粉砕される。 麻痺する聴覚、背面に衝撃。 エリオが自身を受け止めてくれたのだと、すぐに理解する。 全身を外殻へと打ち付け意識を失う事態こそ避けられたものの、閃光により視覚を、轟音により聴覚を奪われたキャロ。 だが、彼女はそれらの障害を無視し、念話の傍受に意識を傾ける。 その傍ら、エリオより発せられる圧縮念話。 『今のは何だ! 艦艇、詳細を!』 『第1支局より総員、先程の閃光は砲撃だ! 波動粒子による砲撃、第12層を貫通し天体中枢部へ!』 『何処だ、視覚が麻痺して何も見えない!』 『総員、本艦からの映像を転送する。目標までの距離、約20000・・・警告! 第12層崩壊地点よりR戦闘機の複数侵入を確認!』 未だ回復しない自身の視界内ではなく、意識中へと直接展開される並列視界。 其処には第12層、先程の砲撃により破壊された地点から空洞内へと侵入する、複数のR戦闘機が写り込んでいた。 見覚えの無い外観、機体上部および後部へと突き出した柱状構造物、下部へと延びる2基のスラスターユニットらしき部位。 『目標補足。「R-9B STRIDER」全領域巡航型試作戦略爆撃機。T&Bエアロスペース製、試作型純粋水爆弾頭搭載宙間巡航弾「XACM-508 BalmungⅡ」による戦略級核攻撃能力を保有』 戦略爆撃機。 その機種に対し思う処が在るのか、エリオが不審を覚えている事を感じ取るキャロ。 そうして、彼が許可する範囲での意識共有を深化させると、すぐに疑念の内容が判明した。 何故、爆撃機が人工天体中枢部への侵入を試みるのか。 より突入に適した機種など幾らでも在るだろうに、宙間巡航弾による超長距離攻撃に特化した爆撃機を天体内部への突入戦力に選んだ理由とは何か。 内部に存在するであろう汚染艦隊を攻撃する為か、或いは別の目的が在るのか。 エリオは、それらの点を訝しんでいるのだ。 そして更に、新たな疑念が圧縮念話を介して共有される。 『試作型というのは本当? 正確な情報なのかしら』 『はい。R-9Bは超長距離単独巡航を目的として試作された機体であり、極少数が試験的に前線へと配備された記録こそ存在しますが、大量生産されたという記録は在りません』 『それも疑問ではあるけれど・・・クラナガンの戦闘に於いて、類似機体が確認されているの。確保したパイロット達の証言から、機体名も判明しているわ』 『何だ?』 『「R-9B3 SLEIPNIR」よ』 念話を交す間にもR-9Bの一団は加速し、瞬く間に天体中枢部を目掛け飛び去った。 その全貌が意識内より消えて失せた事を確認し、並列視界を閉ざす。 念話では、更に問い掛けが続いていた。 『そのR-9B3とやらの情報は「Λ」が有する記録には残されていないのか』 『確認済みです。全領域巡航型戦略爆撃機開発計画は既に、完成形であるR-9B3の戦線配置を以って完了しています』 『試作機には、量産型で除外された特殊な機能でも在るのか』 『該当する記録なし。R-9B3はR-9Bの正式な上位互換機であり、量産型が試作型に劣る点など何1つとして在りません』 『なら何故、そんなガラクタを突入させたんだ。地球への攻撃といい、第17艦隊は気でも触れたのか?』 『そうとは限らない』 割り込む念話、聞き覚えのあるそれ。 キャロ個人としては決して好ましい訳ではないが、現状に於いてある程度は有用であると判断できる人物。 狂気に侵され、狂気を是とした科学者、ジェイル・スカリエッティ。 『あの部隊が第17艦隊所属であると証明する情報は無い』 『つまり?』 『あれが例の「増援」という可能性も在る、そういう事だな』 スカリエッティの発言に対する応答に、それを認識したキャロの意識中へとノイズが奔る。 焦燥を示すそのノイズは、瞬間というにも満たない極めて僅かな時間ではあるが、確かに彼女の意識を埋め尽くした。 更に加速される思考、密度を増す念話。 『・・・地球軍空母の位置は把握できたのか?』 『いいえ、未だ捕捉できず』 『第17艦隊は既に真実を知っているんだから、増援と接触したところで同士打ちが始まるだけじゃないの?』 『決め付けるのは早計だわ。バイドの殲滅まで行動を共にして、その後に排除へ移行する事も・・・』 『全勢力の殲滅を担う増援艦隊の戦力が、第17艦隊のそれに劣るとは考え難い。そして、第17艦隊が戦力の5割を失っている現状を考えれば、彼等が増援艦隊との共闘を選択する可能性は低いでしょう』 『できるだけ多数の勢力とぶつけて疲弊させ、其処を一気に叩くという事か』 『いえ、他勢力を撹乱に用いて、艦隊の被害を抑えるといった方が正しい。増援艦隊の戦力に対抗し得る勢力は、現状では第17艦隊を除けば2つです』 増援部隊に抗し得る勢力。 その言葉の指す処は、正確に理解できる。 だが、それは決して愉快な内容ではない。 意識中に奔る不満を示すノイズを無視し、キャロは念話を発する。 『私達とバイド・・・いえ、「Λ」とバイドですか。第17艦隊は、既に「Λ」の存在を知り得ているのですか?』 『気付いていると考えた方が妥当だね。送り付けた情報からそれ位は察しているだろうし、何よりメテオールに「Λ」そのものを捕捉されているしね』 『それも計算の内でしょ? 「Λ」が増援艦隊に抗し得る存在であると、連中に売り込んだって訳だ。中々にやり手だね、ノーヴェ』 『アタシ達が発生させた艦隊との交戦を通じて、共闘はできずとも利用はできると判断しただろう。その証明に、一時的にとはいえニヴルヘイム級を行動不能にしてやったんだからな。こっちは奴等の戦略に乗じて、増援艦隊を根こそぎ潰すだけだ』 『バイドは? まさか、放っておくの?』 セインの問い掛け同様、キャロもまた疑問を抱いていた。 第17艦隊がバイドと増援艦隊の相打ちを狙っているというのなら、バイド中枢の制圧作戦はどうなるのか。 仮に、いずれかの勢力により、バイドが制圧されたとしよう。 状況は第17艦隊と増援艦隊による全力戦闘、それに巻き込まれ崩壊する次元世界という、最悪の局面を迎える事となる。 如何に「Λ」という切り札が在るとはいえ、次元消去弾頭を起爆されてしまえば其処で終わりだ。 異層次元航行能力を有しない次元世界の各勢力は文字通り消滅し、後は何処とも知れぬ空間にて無数の次元を巻き込んでの、地球軍同士による殲滅戦が繰り広げられる事だろう。 では、セインの言葉にも在る通り、バイドを放置した場合はどうか。 何らかの要因により中枢の制圧に失敗し、バイドに充分な時間を与えてしまったならば。 「R-99 LAST DANCER」の制御中枢を完全に掌握したバイドは、全能たる「群」としての存在を維持しつつ、同時に比類し得るもの無き絶対的な「個」としての存在へと変貌を遂げる事となる。 そうなれば最早、バイドに抗い得るものなど存在しない。 R-99を中枢とする模倣されたRの系譜、或いは「TEAM R-TYPE」により生み出された数々の技術を用いて創造される新種のバイド群が、あらゆる次元を埋め尽くす事だろう。 バイド中枢は絶対的存在たるR-99をハードウェアとして獲得する事で無敵の「個」となり、中枢である機体そのものを狙った処でそれを撃破し得る可能性は余りにも低い。 あらゆる存在を自身と同等の次元にまで引き摺り下ろし、同一次元の内に存在し得る最大にして最強、最上にして最悪の暴力で以って殲滅する、具現化した悪意と攻撃的概念の結晶。 認識すら出来ぬ塵芥に等しい存在も、人智を超えた神にも等しい存在も、平等に自身と同一の次元へと固定してしまう、悪魔の機体。 そうして真正面から、対象の全てを否定し、破壊し、蹂躙し、消去する。 そんな存在に、どう抗えというのか。 『このままじゃ増援に殺されるし、バイドがR-99のシステムを掌握すればそっちに殺される。一体、どっちがマシなのさ』 『進むも地獄、退くも地獄か。個人的には、地球軍を相手取る方がまだマシに思えるが、どうなんだ?』 とても難しい問題だ。 どちらを選んでも、その後には高確率で破滅が待つ。 だが、それは次元世界に限っての話ではない。 『だから、奴等の尻を叩いてやるんだ。第17艦隊の尻を』 『・・・説明してくれ』 『このままバイドを始末しちまったら、奴等は増援艦隊に嬲り殺しにされちまう。だからR-99の破壊を可能な限り遅らせて、バイドが別のハードウェアに逃げる為の時間を稼ぐ心算だろう。要は増援艦隊の攻撃から、ある程度バイドを護ってやるのさ』 『皮肉な話だ』 『他に手は無い。ハードがR-99でなければ始末できる可能性も在るし、何よりバイドの抵抗はより激しくなるだろうから、増援艦隊に対して相当な出血を強いる事が出来るだろう』 『我々はR-99に替わるハードを攻撃しつつ、天体外部では増援艦隊に攻撃を仕掛ける、という事で良いのか?』 『外部の事は混成艦隊が頑張ってくれているし「Λ」の支援も在るから任せても大丈夫だろう。アタシ達は此処で、徹底的に戦場を引っ掻き回すだけだ』 『具体的には?』 『R-99を破壊した後、増援艦隊所属戦力の攻撃からバイドを護る。状況をバイドと第17艦隊の優位に整えてやって、増援艦隊と真っ向からぶつからせるんだ。そして、増援艦隊が有する次元消去弾頭の破壊を確認した後にバイドを叩き、続いて疲弊した第17艦隊を始末する』 『・・・単純明快だけど、随分とハードだね』 無茶苦茶な話だとは思いつつも、他に手は無いと自身を納得させる他なかった。 バイドによるR-99の制御中枢掌握を妨害しつつ、増援艦隊の攻撃からバイドを護りつつ三者を疲弊させ、最終的に第17艦隊を含む全ての敵対勢力を排除する。 事が上手く運ぶとは、到底思えない。 だが、やるしかないのだ。 『異層次元航行能力を有するバイドが1体でも残っていれば、次元消去弾頭を起爆しても意味は無い。増援艦隊にせよ第17艦隊にせよ、バイドを殲滅しない限り状況の進展は望めない』 『だからバイドを護りつつ地球軍を疲弊させよう、って訳ね。叩く順番を間違えたら、その時点でお終いじゃない』 『そうならない様に、可能な限り速やかに天体中枢へと向かおう。さっきのR-9Bはメテオールや他の第17艦隊所属機に始末されるだろうけれど、不測の事態も在り得る』 『空間情報の再解析が完了しました。変異した本局艦艇からの干渉は続いていますが、短距離ならば艦隊を転移させることも可能です。状況を確認しつつ数回に分けて転移し、一気に中枢へと突入します』 ティアナからの念話が届くや否や、周囲の空間を埋め尽くすフォース、その全てが一斉に青白い光を放ち始める。 フォースを触媒とする魔力増幅だ。 本局艦艇からの干渉を無効化しつつ、更に連続で短距離転移を実行する為には、想像を絶するまでに大量の魔力を要する。 必要量の魔力を短時間の内に確保する為、フォースが有する魔力増幅機構を利用しているのだ。 フォースの周囲へと集束した青白い光の粒子は徐々に拡散し、周囲の艦艇から機動兵器、魔導師にまで纏わり付いてゆく。 この分ならば、転移実行まで2分といったところか。 『支局まで行く必要は無いかな。何人かで集まって、周囲警戒をしておこう。転移直後に交戦状態へ突入する事も在り得る』 ストラーダを右腕へと携え、再生した左腕の調子を確かめるかの様に、掌部を握っては開く動作を繰り返すエリオ。 その様を横目に、キャロは自身のデバイス、ケリュケイオンの自己診断プログラムを起動する。 診断は数瞬の内に完了、異常なし。 そして、移動を促すエリオの念話に対し無言のまま頷く事で答え、キャロは移動を開始すべく飛翔魔法を発動させる。 『フリードを此処に呼ぶ。ヴォルテールは艦隊側に・・・』 『総員、警戒。第2空洞に於いて空間情報の不一致を観測。当該個所の調査を開始』 ノーヴェからの警告。 「Λ」により展開される並列視界、第2空洞内部の映像。 新たに発生した「四十四型」戦闘機より転送された光学情報だ。 『悠長だな。フォースなり何なり、目標座標に発生させれば済むんじゃないのか』 『目標周辺空間への干渉ができない。空間歪曲って訳ではないみたいだが・・・』 『ノーヴェ?』 途切れる念話、訝しげにノーヴェの名を呼ぶセイン。 同時に、並列視界へと映り込む、青い光。 揺らぐ視界、拡大表示される発光源。 其処に、それは居た。 『・・・嗚呼、畜生!』 集束する波動粒子の光の中、全長15mにも達する砲身を構えた人型機動兵器。 『構えろ!』 瞬間、視界の全てが白光に埋め尽くされる。 全身を襲う衝撃、意識を蝕む異音。 それらが2秒にも満たぬ内に消え去った後、視覚を回復したキャロは周囲を見回す。 特に変化が在る様には見受けられない。 だが何が起きたのかについては、正確に理解していた。 短距離転移を強制実行し、敵の砲撃を回避したのだ。 『くそ、今のは危なかった!』 『短距離転移を強制実行した。大した距離じゃないが、奴の砲撃を躱すには充分だったか』 『砲撃? やっぱり砲撃を受けたのか、アタシ達は?』 『馬鹿を言うんじゃない、奴が居るのは第2空洞だぞ! 此処まで砲撃が届くとでも・・・』 『いえ、その通りです。敵性機動兵器による砲撃、第3層から第12層までを貫通。第12層構造物破壊痕の直径、約8300m』 絶句するキャロ。 彼女だけではない、無数の意識が信じ難い報告に、紡ぐべき言葉すら見付けられずに凍り付いている。 ティアナより齎された情報は、それ程までに信じ難いものであった。 人工天体各階層構造の厚さは400km前後、階層間に存在する空洞の幅は700km前後。 即ち、あの人型機動兵器が放った砲撃は単純計算で4800kmもの厚さの特殊構造物を撃ち抜き、計12500kmもの距離をほぼ減衰なく貫いて艦隊を襲った事になる。 余りにも常軌を逸した貫徹力だ。 『第12層、上層部と下層部に於いて、砲撃貫通痕の直径が一致しません。目標の砲撃は、指定の距離で炸裂する機能を備えていると推測されます』 『目標、再砲撃体制! また転移して躱すぞ、備えろ!』 並列視界の中、砲撃態勢を維持した儘の人型機動兵器。 ダークブルーに覆われた外装の所々に白いラインを引かれたその巨躯は、これまでに目にした如何なる人型機動兵器とも異なり、余りにも重厚かつ無骨だった。 全身を覆う分厚い装甲、背面と両脚部外縁に備え付けられた4基の巨大なブースターユニット、計8基もの大型ブースターノズル。 放熱機構であろうか、頭部後方からは直上へと垂直に構造物が突き出し、その前面にはフィルターらしき構造物が位置している。 そして何より目を引く箇所は、外観より確認できるだけで計3基にも達する、その巨大な砲身だ。 1基目、左肩部に供えられた大型装甲板上へと位置する、比較的に短い砲身。 現在は機動兵器の直上へと砲口を向けるそれは、装甲板と接する基部が可動式となっているらしい。 外観としては迫撃砲、或いは無反動砲に近いそれは、しかし当然の事ながら単なる実弾兵器ではないだろう。 2基目、背部ブースターユニットの陰へと隠れる様にして固定された、長大な砲身。 宛ら対物狙撃銃の如き外観のそれは砲口を機体左側面、砲身基部を右側面へと向けた状態で腰部背面へと固定されているのだが、優に10mを超える全長の為に砲身が機体の陰から完全に迫り出している。 基部周辺にグリップが設けられている事から、恐らくはマニピュレーターへと保持した上で砲撃を行うものなのだろう。 3基目、今まさに砲撃を実行せんとしているそれ、巨大という表現ですら及ばぬ異形の砲身。 機体右背面から右肩部へと掛けて伸長するそれは全長15mを優に超え、砲身基部に至っては其処だけで機動兵器の胴部ユニットを上回る質量を有しているだろう。 それもその筈、砲身最後部には砲撃時の反動に対処する為か、機動兵器自体から完全に独立した2基の巨大なブースターノズルが備えられており、ブースター起動時の放熱から機体を護る為か追加装甲板までもが設えられているのだ。 砲身全体の質量は、機動兵器の機体と他の砲身、それら全てを合わせたものにすら匹敵し得るだろう。 機体に砲身が備えられていると云うよりは、この砲身の為に機体が備えられていると云った方が適切であろうか。 馬鹿馬鹿しい発想であると一蹴したい処ではあるが、残念ながら地球軍兵器に限っては思い違い等ではあるまい。 そして今、人型機動兵器の右腕部マニピュレーターは右肩部の砲身下部に位置するグリップへと携えられ、その砲口を第3層構造物へと突き付けている。 砲身基部、六角柱状の外殻から3箇所の装甲が開放され、各々が120度の間隔を於いてシールド状に前面へと展開。 砲身最後部の2基を含む計10基ものブースターノズルがアイドリングを開始し、砲身基部3箇所の装甲開放部へと大量の波動粒子が雪崩れ込む様にして集束を始める。 集束し切れなかった波動粒子が干渉しているのか、周囲には青い稲妻状のエネルギーが間断なく迸り、一部は集束体と化して機動兵器の装甲上へと接触、炸裂して大量の火花を散らしていた。 自身が集束する波動粒子によって表層部を損傷しながら、それに対し一切の注意を傾ける事なく、更に波動粒子の集束を加速させる機動兵器。 最早、周囲の空間は極高密度の波動粒子によって完全に安定を失い、機動兵器の光学的認識すら困難なまでに歪み始めていた。 そんな中、一際強烈な閃光が走ると同時、消失する並列視界。 『何だ?』 『極高密度波動粒子の余波により、四十四型が破壊されました』 『集束の余波だけで!?』 『転移15秒前、耐衝撃態勢!』 再び、フォースより拡散した青白い光の粒子が、周囲の全てへと纏わり付く 短距離転移による回避だ。 この程度の時間では大して魔力の増幅はできず、砲撃から逃れる為の距離を移動するだけで精一杯だろう。 だが、他に打てる手など無い。 無様に逃げ回り、反撃の隙を窺う他ないのだ。 『5秒前!』 『遠距離より機動兵器の発光強度上昇を観測、砲撃間近!』 『急げ!』 新たに目標へと接近した四十四型から、再度に人型機動兵器の映像が送信される。 そうして意識中へと映し出された光景は、想像を遥かに超えて異常なものであった。 機動兵器が、青い爆発に曝されている。 外部からの攻撃ではない。 極高密度にまで集束された波動粒子、それにより発生していた稲妻が、青の業火と爆発へと変貌しているのだ。 だが、それでも機動兵器は微動だにしない。 この瞬間にも自身を害し続けている全ての現象を無視し、未だ波動粒子の集束を継続している。 余りにも異常な行動、理解の及ばぬ光景だ。 破滅的な波動粒子の奔流が此方を飲み込むか、或いはそれを掻い潜った此方が目的を達成するか。 連続する異常な状況に麻痺し始めた自身の完成を認識しつつも、状況打開の為の策を練り始めるキャロ。 彼女の意識、そして共有される全ての意識中に、迷いなど微塵も存在しない。 機動兵器を撃破し、R-99を破壊し、バイドと地球軍を殲滅する。 どう足掻こうと、それしか道は無い。 失敗すれば、死ぬだけだ。 今更、何を迷う事が在るのか。 自身等の往く手に立ち塞がると云うのならば、実力で以って排除するまでだ。 私の、私達の生存を脅かすものなど、その存在すら許しはしない。 『そうでしょ、エリオ君』 他の視界より隔てられた上で、これまで一瞬たりとも途切れずに常時展開されていた並列視界。 その中へと、決して途絶える事なく表示され続けていた少年の横顔が、微かに頷く。 キャロは満足と共に薄く笑みを浮かべ、フリード及びヴォルテールへと指示を飛ばした。 大切な人。 もう絶対に、目を離さないと決めた。 少しでも注意を逸らせば、すぐに居なくなってしまう人だから。 ならばずっと、何時でも、何時までも、それこそ自身が死ぬ瞬間まで。 絶対に、目を離さない。 何時までも、見守っていてあげる。 幾ら距離が離れようと、離れる事を選んだとしても、絶対に見失ったりはしない。 だから。 『居なくなっちゃ嫌だよ、エリオ君』 薄く微笑むキャロ。 彼女は気付かない。 微笑んでいる筈の自身の表情が、実際には全くの無表情である事に。 表層意識を共有する中、無表情である筈のそれをエリオが何の疑問に思う事もなく、笑顔として認識している事に。 迷い無く戦う事を選んだ無数の意識の中、故郷を襲った惨劇に泣き叫ぶ声が在る事に。 「微笑んでいるつもり」のキャロは、決して気付かない。 全ての視界を埋め尽くし爆発する、転移魔法と波動粒子の光。 全身を襲う衝撃の中、キャロは無表情の儘に「微笑む」。 表情筋を収縮させ、笑みを浮かべんとする彼女。 その行為に何ら意味が無い事を、彼女は未だ理解してはいなかった。 * * 常軌を逸した暴虐。 良心など欠片も感じられない破壊。 呆ける事さえ許されぬ内に為された殺戮。 臓腑を抉るかの様な激情に支配される中、自身の内に響く醒め切った声が告げる。 下らない事に気を取られている場合か。 戦略を生み出せ、敵を撃滅しろ、故郷を護れ。 お前には使命が在る、義務が在る、護るべき人々が居る。 自身に関係の無い世界、そんな所に対して為された暴挙など忘れてしまえ。 激情と理性の鬩ぎ合いは、長くは続かなかった。 自艦を含め各艦艇のクルーと共有された意識の中、洪水の様に押し寄せる情報。 各々の立場、役割より導き出される、無数の戦略。 其処へ「Λ」による情報と新たな戦略の提供が加わり、一時は思考が氾濫する事態に陥りもした程だ。 だがそれにより、自身の内に渦巻く激情の大部分は、強制的に払拭された。 今は唯、新たな戦略の完成を待つ高揚感に支配されんとする思考を、未だ燻り続ける憤怒の残り火で押し込めている状態だ。 不謹慎である、非人道的であると認識しつつも、その瞬間を待ち遠しく思ってしまうのだ。 「Λ」により発生する艦艇群、その制御権の一部が此方に付与されたと理解した瞬間、この戦略は発動した。 各艦艇指揮官ではなく、技術者を中心に発案されたそれは、艦長である自身としては俄かには受け入れ難いもの。 というよりも、理解し難いものであった。 技術者達の主張は、こうだ。 「Λ」により発生した艦艇「兆級巡航艦」及び「京級戦艦」が有する打撃力は、確かに驚異的ではある。 だがそれでも、地球軍およびバイドの艦艇、そして友軍である「グリーン・インフェルノ」のそれには及ばない。 ならば単艦ではなく、複数艦艇の機関を結合させる事で出力を増大させ、その上で攻撃を行えばどうか。 各艦艇の構造については、既に「Λ」より詳細な情報提供が為されている為、問題は無い。 後は情報通信艦艇を中枢として共有意識中にて改修計画を構築し、それに基き新型艦艇を発生させる。 要は、戦域に於いて新造艦を建造してしまおうというのだ。 戦略とも呼べぬ余りに現実離れした計画に、当初は反対の意見が相次いだ。 だが、無尽蔵に出現する汚染艦隊を相手取る中で、現状に於ける最大戦力であるグリーン・インフェルノの対処能力に限界が見え始めた今、新たな戦力の確保は必須要項であった。 そして、ごく短時間での議論の結果、計画は実行に移される事となったのだ。 現金なものだとは思う。 あれだけ反対し、実現不可能だと決め付けていたというのに、その計画の結果が眼前へと具現化した今、自身は湧き起こる興奮を抑え切れずにいる。 3隻の新造艦、内1隻の指揮を任されたというだけで、意識中の何処かで子供の様に喜ぶ自身が居る。 だが、本当にそれだけだろうか。 違う、そんな訳は無い。 この興奮は、そんな純粋な理由から湧き起こるものではない。 もっと昏く、陰惨な理由から起こる興奮。 そう、復讐の興奮だ。 彼等は、地球軍は、あの世界の人々を虐殺した。 今回の事件が起こる直前まで、自身と家族もまた、其処に住んでいたのだ。 善良なる人々、美しい風景。 優しい潮風に包まれ、穏やかな時間が流れていた、あの町。 最早、永遠に失われてしまった、記憶の中だけに存在する光景。 その世界の全ての地域がそうであった訳ではないが、しかし決して忘れる事などできない大切な世界。 今や炎と水に覆われた大地、大量の粉塵に覆われた空しか持たぬ、死の惑星。 第97管理外世界、地球。 第17異層次元航行艦隊、彼等が何故この様な暴挙を働いたのかは、全くの不明だ。 だが如何なる理由によるものであろうとも、自身の故郷たる世界を自らの手で以って破壊するなど、正気の沙汰ではない。 何より、約60億もの人々を僅か5分足らずの間に虐殺するという、バイドにも劣らぬ程の暴虐極まる行為を為しながら、彼等の行動からは僅かなりとも躊躇というものが見て取れなかった。 彼等の思考が非人間的である事は疾うに理解していた筈であるが、それでも激しい憤りを覚えずにはいられない。 しかし「Λ」より齎された情報の存在が、第17艦隊への積極的な攻撃を許しはしない。 今、彼等に消えて貰っては困るのだ。 そうなれば、次元世界は地球軍増援艦隊かバイド、いずれかの手によって滅ぼされる事となってしまう。 よって、第17艦隊への攻撃を可能とするには、増援艦隊とバイド双方の殲滅を先に実現させねばならない。 つまり、今この胸中を埋め尽くす攻撃衝動と報復を望む意識は、本来それを向けられるべき第17艦隊ではなく、現状では増援艦隊とバイドへと向けられているのだ。 八つ当たり以外の何物でもないが、しかし積極的に止める気も無い。 どの道、全て殲滅する他ないのだ。 そして、何よりも受け入れ難い真実。 他ならぬ「Λ」もまた、第17艦隊に先んじて地球への無差別攻撃を行っているのだ。 地球軍からの干渉により失敗したとはいえ、成功していればその時点で地球は消滅していた事だろう。 そんな無慈悲かつ非人道的な存在の支援を受けねば戦う事も出来ぬ、その現実が何よりも気に食わないのだ。 『艦長、新造艦の調整が完了しました』 クルーからの報告。 その言葉を意識中にて反芻しつつ、彼は並列思考を増設する。 既に80を超えるそれら思考の内、半数以上が新造艦の制御に充てられているが、完璧な制御を為すには更なる増設が必要となる様だ。 だが、彼はそれを負担とは認識しない。 寧ろ、自身が艦艇全体の制御中枢として完成してゆく充足感を、逸る復讐心と諸共に抑え込む事に腐心していた。 焦る事はない、その時は近いのだと、意識中にて只管に自身へと言い聞かせる。 そして遂に、その瞬間が訪れた。 新造艦のシステム全体が正常に稼働を開始し、それらより齎される情報が彼の意識の隅々まで奔り抜ける。 衝撃にも似た感覚と共にそれを感じ取り、彼は徐に念話を発した。 『此方クラウディア、ハラオウン。経過良好、全システム異常なし』 その念話を発すると共に、意識の大部分を新造艦へと移行するクロノ。 合計570にも到る彼の並列視点は、自身が操る艦艇の外観を余す処なく映し出した。 そうして得られた光学的情報は1つの像を結び、巨大な艦影を意識中へと正確に投影する。 それは、奇妙な外観の艦艇だった。 兆級巡航艦の艦首より延びる、巨大な環状構造物の連続体。 5基の環状構造物が連続して直線上に配置され、其々を接続する固定部によって巨大な円筒構造物を形成している。 円筒部の全長は、兆級巡航艦のそれとほぼ同等だ。 更にその先端部は、京級戦艦の後部へと接続されている。 左右両舷エンジンユニットの間へと接続されたそれは、京級戦艦後部と兆級巡航艦前部とを繋ぐ連結ユニットであった。 ユニット内部には青い光の筋が奔り、それらは絶えず兆級巡航艦から京級戦艦へと流れ続けている。 戦艦と巡航艦を繋いだ、奇妙な巨大艦艇。 だがそれは、恐るべき破壊を為す事を目的として生み出された、混成艦隊の切り札。 そして今、その艦艇は他ならぬクロノの指揮下に於いて、実戦へと投入される事となるのだ。 暴力的なまでに高まる艦内の魔力密度、獲物を求め執拗な策敵を開始する各種センサー群。 餓えた肉食獣の如く唸りを上げる魔力炉心、その咆哮を意識中へと留めつつ、クロノは宣言する。 『現時刻を以って「EX-BS01-F 兆京級合体戦艦」実戦運用を開始する』 空間全域に存在する全ての艦艇、あらゆる機関が一斉に唸りを上げる。 それは反撃と迎撃の狼煙、獲物を求める機械の獣達の咆哮。 そして、新たなる地獄の始まりを告げる、亡者達の雄叫びであった。
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3827.html
ノーヴェは戸惑っていた。 彼女の眼前で炎を噴き上げる、比較的大型の自律移動型反重力浮遊砲台。 砲撃魔法を撃ち込まれ上部砲塔を失ったそれは、砲塔基底部跡より火山の如く業火を吐き続ける。 縦幅・横幅共に8m四方、全高は約2m、吹き飛んだ砲塔を含めれば4m。 ほぼ正方形、大型装甲車両の車体を思わせる反重力式駆動部上方に全方位旋回砲塔を備えたそれは、攻撃隊との合流直後にノーヴェ達へと襲い掛かってきたのだ。 頭上で瞬いた光に、攻撃隊は咄嗟に散開。 その素早い行動が幸いし、隊員が砲弾の直撃を受ける事はなかった。 しかし、床面への着弾と同時に発生した爆発の余波までは回避し切れず、続く砲弾の連射も相俟って攻撃隊は散り散りとなる。 ところが、敵もまた標的が散開した事によって、決定的な隙を作り出す事となった。 意図して離脱を遅らせたノーヴェへと砲塔の照準が合わせられるや否や、高速直射弾と砲撃魔法が異形の浮遊砲台へと殺到。 頭上より放たれ続ける砲弾の雨を、ノーヴェはジェットエッジとエアライナーにより巧みに躱し、ガンナックルより放たれる高速直射弾にて敵を撹乱する。 四方より包囲射撃を受けた異形は忽ちの内にその装甲を剥がされ、更にはウイングロードにて急速に接近したスバルが放った魔力スフィアによる打撃、ディバインバスターA.C.Sにより内部より爆発、上部砲塔が完全に吹き飛び機能を停止した。 建設者の正気を疑う程に広大な物資輸送路、床面より50mはあろうかという高度から、炎を噴き上げつつ落下する駆動部。 床面へと接触したそれは激し衝突音と火花を撒き散らし、一度だけ僅かに跳ね返ると再び落下、そのまま静止した。 迂闊に再接近する事を避け、幾度か射撃魔法を撃ち込んで反応の有無を確かめる。 完全に沈黙した事を確認し、漸く残骸へと歩み寄る攻撃隊。 其処で上方を見上げた彼等は、奇妙な事に気付いた。 異形が潜んでいたと思われる場所が、無い。 上部構造物の至る箇所を見渡しても、この浮遊砲台が出現したと思しき通路、或いは視認を妨げる可能性のある箇所が何処にも見当たらないのだ。 単に攻撃隊が見逃していた、という可能性はない。 彼等は合流までの十数分間、この場に於いて常に厳重な警戒態勢を維持していたのだ。 そんな彼等が頭上に潜む異形の存在に気付かない、等という事はある筈がない。 だとすれば、この浮遊砲台は如何にしてその存在を隠匿していたのか。 魔力による認識阻害か、光学迷彩か、或いは管理局が与り知らぬ何らかの科学技術による隠蔽か。 誰もが砲台の出現経緯に気を取られ議論する中、ノーヴェは全く別の事に意識を奪われていた。 それは、彼女の眼前で業火に包まれゆく異形、其処から漂う異臭である。 高熱に歪む鉄塊から放たれるそれとは別に、もうひとつの臭いが周囲へと漂い始めていたのだ。 ノーヴェは、その臭いに覚えがあった。 最近の事だが、何処かでその臭いを嗅いだ事がある。 一体、何処か。 次の瞬間、ノーヴェの脳裏へとフラッシュバックの如く押し寄せる、記憶の奔流。 それは衝撃となり、彼女の意識を揺さ振った。 決して忘れられない、忘れてはならない記憶。 そうだ。 自身は、この臭いを知っている。 クラナガン西部区画、今は第9・第10廃棄都市区画と呼称される其処で、嫌という程に味わった空気。 瓦礫の下、生命を失い、或いは生きながらにして紅蓮の波に呑まれていった、30万人の命の臭い。 都市を覆い、大気を歪ませ、局員・民間人を問わず無数の人々の精神を蝕んだ異臭。 蛋白質の、有機物の焦げる臭い。 「・・・ノーヴェ」 背後より掛けられた声に、ノーヴェは振り返る。 其処には、彼女と同様に表情を強張らせたスバルの顔があった。 その後方には、やはり同様のセインも。 恐らく2人も、この臭いに気付いたのだろう。 攻撃隊の幾人かも手で鼻を覆っては、微動だにせず異形の残骸を見詰めていた。 彼等はあの日、クラナガン西部に居たのだろうか。 「スバル・・・セイン・・・」 「ノーヴェも・・・気付いたんだね? この臭い・・・」 「・・・当たり前だ」 言葉を返しつつ、ノーヴェは異形の全貌を見やる。 立ち込める異臭は、更に強くなっていた。 『スバル、ノーヴェ、セイン。こっちに来て。始めるわよ』 『何を?』 ティアナからの念話。 スバルが念話を返す様を、ノーヴェは何とはなしに聞いていた。 『取り敢えず、可能な限り広範囲までサーチャーを飛ばすわ。生命反応を探ってみる。その砲台は半有機体みたいだから、同型が存在するなら多かれ少なかれ反応は出る筈よ。取り敢えず反応数を減らしたいから集まって』 『了解』 やり取りが終わると、3人は即座に攻撃隊の面々の許へと走る。 彼女等と入れ替わる様にして複数のサーチャーが放たれ、広大な物資輸送路の奥、薄闇の先へと消えた。 全てのサーチャーが視界から消えると、ノーヴェはサーチャーを操る最寄りの隊員へと声を掛ける。 「反応は?」 「取り敢えず、通過経路は全てサーチしているけど・・・妙ね」 ノーヴェの問いに対し、訝しげに表情を歪める隊員。 その様子を疑問に思ったのか、今度はセインが問い掛けた。 「どうしたの?」 「おかしいのよ・・・生命反応はあるのだけれど、位置が特定できないの。反応が周囲の構造物に伝播している・・・まるで通路全体が生命反応を放っているみたい」 「そんなばかな・・・」 セインの呟きを意に介する事もなく、彼女はサーチャーを展開する他の隊員へと念話を送る。 だが皆、一様に首を横に振ると、同様の結果が得られた事だけを念話として返してきた。 「どういうこと・・・?」 「ジャミングか・・・それとも反応が余りにも微弱で捉え切れないのか・・・」 「おい皆、ちょっと来てくれ」 すると突然、別の隊員が声を上げる。 そちらへ目をやると、彼はデバイスを通じて展開した端末へと向かって手を伸ばし、何やら操作を行っていた。 デバイスから1本のコードが延び、その先端は床面の解放された小さなパネル内のジャックへと差し込まれている。 皆がその隊員へと向き直るや否や、彼は声を発した。 「この施設の構造図をダウンロードしたが・・・どうも妙だ。サーチャーの探索結果と、構造図のサイズが一致しない。輸送路の横幅は最大で12m前後、高さは9mほど構造図を下回っている。此処も例外じゃない。上下の空間に8mほど差異がある」 「・・・何かの間違いでは?」 「この構造図が現状の施設と異なっているのか、或いはサーチャーの方に問題があるのか・・・いずれにせよ、輸送路に関しては規模以外に大した差異はない。400m先、反重力カーゴ待機所のゲートを潜れば連絡通路がある。後は200mほど進めば八神二佐達と合流だ」 端末を閉じ、コードを回収する隊員。 ノーヴェ等は一様に己が武装・デバイスを構え直し、輸送路の奥を見据える。 「・・・行きましょう」 この場を纏める隊員の声に、皆が応を返した。 周囲を警戒しつつ、400m前方に位置する反重力カーゴ待機所を目指す。 しかし重苦しい沈黙に耐え兼ねたのか、直にセインの念話がノーヴェの意識へと飛び込んだ。 『ねえ』 『何だよ』 『あの砲台さ・・・何か、変だよね?』 『この施設に変じゃないところなんかあるもんか』 『そうじゃなくてさ・・・あれ、蛋白質の焦げる臭いがしたけど、どう見ても金属だったよね?』 『セイン、何が言いたいの?』 セインとノーヴェの念話に、ティアナが割り込む。 どうやら彼女も、2人の間で交わされる念話に興味を抱いたらしい。 見れば他の隊員も、興味深げに彼女等の様子を窺っていた。 『いや、ひょっとするとさ・・・あれって、構成組織を有機物・無機物の両方にシフトできるんじゃないかって・・・』 『・・・何、言ってるんだ?』 『セイン、どういう事?』 自身へと向けられる複数の視線に、セインは何処か戸惑った様子で首を振る。 どうやら彼女も、確信を持って言葉を紡いだ訳ではないらしい。 『いや、さ・・・あたしが皆を見付けた時、潜れない壁があったって言ったでしょ?』 『そういえば・・・そんな事、言ってたね。それで?』 『あたしのISはさ、特殊な処理の施されていない無機物への潜行だって事は知ってるよね? 逆に言えばそれ以外のもの、有機物とか障壁の張られた物質への潜行はできない訳』 『そうだな』 『それでさ・・・さっきの構造図の話だけど、実際にはその図面より通路が狭いんだよね?』 『ああ、そうだが・・・』 セインの問いに、施設構造図をダウンロードした隊員が答える。 未だ殆どの隊員が疑問を表情へと浮かべる中、ノーヴェを含む数人がセインの言わんとする事柄に気付いた。 『まさか・・・』 有機物と無機物、双方の性質を併せ持つ異形の砲台。 輸送路全体から検出される生命反応。 構造物とサーチャーの探索結果との間に生じた差異。 ディープダイバーによる潜行を阻む壁。 『あの敵は、この施設の・・・』 『前方600、魔力反応!』 続くセインの言葉は突如として放たれた警告と、前方から響く轟音に掻き消された。 咄嗟に構えを取ったノーヴェ等の視線の先、闇の奥に大量の火花が散り、魔力光が迸る。 数百mに亘って分厚い合金製の壁面を打ち破り、輸送路へと押し寄せる褐色の波。 その中心、暗黒の光を放つ巨大な球体の中から、全てを呪わんとするかの如き咆哮が響き渡った。 次の瞬間、球体は急激に膨れ上がり、周囲へと闇色の波動が零れ出す。 そして、一瞬にして倍近い大きさにまで膨張したそれは、僅かな綻びを見せ。 直後、7条の光が球体を撃ち抜いた。 球体周囲の構造物が文字通りに「石化」してゆく様を呆然と見つめながら、ノーヴェは破裂する球体の内に宿った存在の影へと視線を釘付けにされる。 巨大な顎に並んだ牙、頭部を囲む巨大な紅い4本の角、鋼色の装甲に覆われた巨大な四脚と両腕、機械的な胴部、漆黒の翼。 そして、その頭部に半ば埋め込まれる様にして存在する、女性の上半身。 鋼色の髪を振り乱し、紅い光を放つ双眸を攻撃隊へと向ける「彼女」を前に、ノーヴェは自身を襲う感覚に慄く。 心臓を鷲掴みにし、脊髄を駆け上がるそれの正体を、彼女は知っていた。 押し込めようとも際限なく沸き起こり、しかし無視する事もできない感覚。 それが今、ノーヴェを襲っていた。 そして、「彼女」はそれを知っているかの如く、ノーヴェへとその双眸を向ける。 「彼女」が機械の瞳の奥に何を見たのか、それを知る術はない。 しかし「彼女」は、確かにノーヴェのそれを読み取った。 彼女の怯み、そして全ての攻撃隊員の怯みを。 合金製の壁面に開いた巨大な穴、新たにその奥より飛来した石化の光すら、「彼女」の注意を引くには値せず。 悲鳴とも、雄叫びとも取れる甲高い叫びと共に「彼女」は、その膨大な魔力を解き放つ。 破壊と混乱の最中、輸送路上部構造物表面が不自然にざわめいた事に気付いた者は、誰1人として存在しなかった。 * * 巨大な攻性バイド体と交戦する、管理局部隊の一団。 その反応を捉えつつも、彼等はその場を動こうとはしなかった。 周囲を警戒しつつ、インターフェースを通じて視界へと拡大表示された巨大なゲート、その表面に刻まれた名称を眺める。 「MPN134340-Orbital BIONICS LABORATORY」 小惑星134340号。 嘗ては太陽系第9惑星と呼称されていた準惑星、冥王星の衛星軌道上に建造された大規模軍事技術研究施設。 当初は衛星カロン上に建造される筈であったそれは、対バイド戦線の余波によってカロン崩壊の可能性が浮上するに当たり、軌道上に浮かぶ巨大な研究コロニーとして計画を修正された。 西暦2163年、第一次バイドミッション終了直後に構築が始まったそれは、火星軌道上で建造されていた各ブロックを自律推進機能にて移動、冥王星軌道上で合体させる事により僅か2ヶ月で完成。 以降、施設は増築を繰り返し、民間都市コロニーに匹敵する程の規模を誇るまでに至る。 規模が膨れ上がるにつれ、それに比例するかの様に研究速度は飛躍的な向上をみせ、軍へと齎される対バイド兵器はより強大なものへと移行していった。 その進化速度は留まるところを知らず、一時はNGC5139戦線全域に於いて、攻性バイド体の89%が殲滅された程だ。 対バイドミッションそのもの成否が、この施設の研究結果に懸かっているとまで謳われた事も、強ち大袈裟とは言えない。 しかし、軍からの賞賛を欲しい侭にしたその栄光の歴史も、施設の完成から僅か5年後に幕を閉じる事となる。 2168年1月17日、午前2時05分。 有機質兵器研究区にて、システム凍結状態にあった第6世代メタ・ウェポノイド群が起動、暴走を開始。 それらは施設内の人間には目も呉れず、只管にバイド生命体の反応源へと攻撃を繰り返した。 培養槽、除染システム、資材搬入路、最終処分場。 人類が施したプログラム通り、メタ・ウェポノイド群は忠実にバイドを攻撃した。 通常の機器では検出できない、極僅かな残滓でさえ見逃さずに。 それが除染し切れなかった単なる残存反応であるのか、意図せず起こった漏洩であるのかさえ区別せずに、完全に消失するまで。 たとえ目標が居住区に近かろうが、攻撃の射線上に研究者の一団が存在しようが、外部宇宙空間との隔壁に損傷が及ぼうが、決して殲滅行動を中断する事はなく。 狂乱の宴は、破壊された培養槽より漏洩したバクテリア型バイド体が、施設を汚染し尽くすまで続いた。 汚染拡大に対し、メタ・ウェポノイド群は炉心暴走による施設の物理的完全消去を選択。 メインシステムに対する強制介入を開始するも、強固なプロテクトにより炉心制御システムへのハッキングは成功しなかった。 そして、その間にもバクテリア型バイド体は世代交代を重ね、爆発的進化及び増殖を遂げる事となる。 それらはあろう事か、メタ・ウェポノイド群への侵蝕を開始し、メインシステムに対する電子戦闘に追われるその制御中枢を次々に汚染、同化していった。 午前5時18分。 メタ・ウェポノイド群、沈黙。 施設内の生命維持装置がダウンし、僅かに汚染状況下にて生き長らえていた研究員達も、残らず死亡した。 犠牲者数、6083名。 脱出に成功したかにみえた186名も、汚染された迎撃システムにより脱出艇ごと宇宙の藻屑と消えた。 同年2月28日、軍は施設に対する強襲作戦を決行。 しかし汚染されたメタ・ウェポノイド群は、施設構造物と同化・擬態した状態にて強襲隊を迎撃。 突入した8機の「R-9K SUNDAY STRIKE」及び4機の「R-9DV TEARS SHOWER」の計12機は、突入から約4時間に亘る熾烈な戦闘の果てに全滅した。 強襲隊の全滅を確認した第22深宇宙遠征艦隊は、施設に対する核攻撃を実行。 ところが、艦隊より発射された8基の中距離星間巡航弾は、施設を防衛する攻撃衛星群から放たれた陽電子砲により悉くが撃墜されてしまう。 仕舞いには異層次元航行巡航弾による弾頭の施設内部への直接転送すら試みたのだが、40基を超える攻撃衛星群からの苛烈な陽電子砲の砲火と、施設内部から溢れ返るメタ・ウェポノイド群の急速接近により、攻撃は遂に実行へと至る事はなかった。 包囲網を構築する第22深宇宙遠征艦隊、その目前で施設そのものが異層次元へと消えてしまったのだ。 結局、施設が制圧されたのは、翌2169年7月9日。 第三次バイドミッション「THIRD LIGHTNING」の最中であった。 異層次元に於ける殲滅対象となった同施設は、R-9/0 RAGNAROK-ORIGINALによる突入を受け、内部に巣食うメタ・ウェポノイド群及び自己進化促進により発生した制御系統括体を交戦の末に喪失。 制圧後、強襲連隊が内部へと突入し、可能な限り研究データを回収した。 その後、軍は同施設をTHIRD LIGHTNING最終作戦領域、電界25次元へと転移させる。 そしてミッション終了直後、同異層次元が次元消去弾頭により破壊されると同時、施設もまた完全に消滅した筈であったのだ。 ところが今、その施設は彼等の目前に存在していた。 隔離空間内、人工天体内部。 其処に取り込まれた、数多の巨大施設のひとつとして、彼等の前に。 この施設は次元消去弾頭の炸裂により、電界25次元と諸共に消滅したのではなかったか? まさかバイドが、弾頭炸裂前に再度の転移を実行したというのか。 施設内部のメタ・ウェポノイド群は、制御系統括体は健在なのか? 今この瞬間、管理局部隊が交戦しているのは、あの「悪夢」なのだろうか。 と、インターフェース越しに、僚機からの通信が入る。 発声を介さずして送られたそれは、目標バイド体が管理局部隊に対する攻勢を開始したとの内容だった。 無視するか、それとも介入するか。 意見を求められた彼は、暫し黙考する。 仮に介入を選択したとして、こちらに齎されるメリットとは何か。 一時的ではあるが、管理局との和解・交渉に至る糸口。 A級バイド生命体の排除による、後続部隊の安全確保。 同時攻撃個体数の増加による、被攻撃リスク拡散。 では、デメリットは? 管理局部隊に対する存在隠匿の破棄。 A級バイド生命体による、管理局部隊排除の阻害。 管理局部隊からの被攻撃リスク発生。 管理局か、バイドか。 バイド殲滅と後続部隊の安全確保だけを優先するのならば、管理局部隊の全滅後に突入する選択が最良だろう。 しかしクラナガンでのケースと同じく、此処で一時的にでも共闘態勢を取る事ができれば、少なくとも行く先々で管理局部隊と砲火を交える事態は回避できるかもしれない。 だからといって、彼等が健在である内に介入する必要性は皆無。 彼等の戦力がある程度に消耗された状態で、不意を突き突入する事が望ましい。 数秒の思考の後、彼は返答となる指示を発した。 やはりインターフェースを通じ、発声というプロセスを省いて。 『突入に備えろ。カウント120』 6つのロックオンマーカーが、標的を求めて視界内を翔け始めた。 * * 無数の触手、それらの先端に備えられた巨大なレンズから、光圧縮魔力の光線が放たれる。 空間を薙ぎ払う数十条のそれを、ある者は躱し、またある者は障壁を以って受け止めた。 そんな中、はやてはザフィーラを含む数人の隊員による鉄壁の防御の中、詠唱を紡ぐ。 「仄白き雪の王、銀の翼以て、眼下の大地を白銀に染めよ」 立方体方のスフィアが4つ、はやての頭上へと展開。 左手に夜天の書を、右手にシュベルトクロイツを携え、眼下の「彼女」を見据える。 膨大な魔力を感知したか、「彼女」ははやてへとその双眸を向けると、数本の触手を夜天の王へと向けた。 しかし次の瞬間、それらのレンズに緋色の魔力弾が直撃、集束中の魔力が暴発する。 爆音と共に弾け飛ぶ触手を無感動に見つめつつ、はやてはシュベルトクロイツを「彼女」へと突き付けた。 「来よ、氷結の息吹。アーテム・デス・アイセス」 その瞬間、4つのスフィアは流星と化し、「彼女」の周囲へと突き刺さる。 そして、炸裂。 白亜の爆発が全てを呑み込む中、攻撃隊員達は「AC-47β」による強化を以って展開された障壁によって自身を護る。 障壁を展開しているのは、はやての防御を解いた腕利きの結界魔導師達だ。 彼等は見事に氷結の爆風を防ぎ切り、次いで瞬時に攻撃のバックアップに移る。 周囲全ての構造物までもが凍り付く中、それでもはやては、そしてヴォルケンリッターを含む攻撃隊は、「彼女」を打倒できたと考えてはいなかった。 そして、その思考を裏付ける様に、冷気の中から甲高い「声」が響き渡る。 「撃て!」 「ォオオオォォッ!」 「ぅりゃああぁぁぁッ!」 「ッあああぁぁぁッ!」 瞬時に高速直射弾の弾幕が冷気の中心へと撃ち込まれ、スバル、ノーヴェ、ヴィータの3名が、各々に雄叫びを上げつつ突進を開始。 凍り付いた触手を弾幕が砕きゆく中、3人は僅かに揺らめいた人影、即ち「彼女」へと全力の一撃を打ち込んだ。 しかし。 「な・・・ッ!?」 「障壁!?」 「やっぱりか・・・ッ!」 拳、脚、戦槌。 それら全てを受け止め遮る、半球状の巨大な障壁。 魔力・物理複合障壁。 『離れて下さい! あれは4重の複合障壁です!』 『障壁を破壊する! 巻き込まれるな!』 シャマル、そして攻撃隊員の警告。 スバル達が後方へと飛び退いた直後、複数の砲撃が放たれると共に、それぞれ槍と剣のアームドデバイスを構えた2名の隊員が障壁へと走る。 氷結した触手の森を鋼色の光が薙ぎ払い、複数発の砲撃が2層の障壁を貫通・破壊し、残る2層の内1層を近代ベルカ式の隊員2名が一撃の下に破壊。 更には後退したヴィータが、一瞬にしてギガントフォルムへと変貌させたグラーフアイゼンを振り被り、「彼女」の直上へと打ち下ろす。 「ッらああぁぁぁッ!」 巨大なハンマーヘッドが障壁を打ち据えた、その数瞬後。 分厚いガラスが砕け散る様な音と共に、最後の1層が粉砕された。 同時に、集束を終えていた2名の砲撃魔導師が、2方向から交叉する様に砲撃を放つ。 射線上の全てを抉り、消し去りつつ、2条の砲撃は「彼女」の胸部、そして下部の巨大な顎の中心へと突き立った。 「彼女」の身体は文字通りに消滅、口部は大量の魔力素を撒き散らしつつ苦痛の咆哮を放つ。 そして、「彼女」のその様を見やりつつ、はやては最後の一手を繰り出すべく詠唱を紡いだ。 「響け、終焉の笛」 『総員、退避!』 再び、シャマルの警告。 攻撃隊は直ちに後退、結界魔導師の展開する障壁の後方へと滑り込む。 直後、最後のトリガーボイスが紡がれた。 「ラグナロク」 閃光。 貫通属性を付与された3条の光が放たれ、それらは着弾地点を違える事なく「彼女」を撃ち貫いた。 膨大な魔力の奔流は「彼女」のみならず、その向こう、氷結或いは石化した施設の構造物までをも貫きゆく。 凄まじい轟音と振動、そして砲撃の余波が攻撃隊をも襲う中、はやては吹き上がる粉塵と魔力炎の向こう、「彼女」がその身を置く空間を見据えていた。 「・・・シャマル」 「反応、ありません。コアの存在すら、もう・・・」 「さよか」 はやてとシャマル、共に抑揚のない声で確認を済ませると、2人は沈黙のままに揺らめく魔力炎の壁を見つめる。 攻撃隊は警戒を解く事なく各々の得物を爆炎の中心へと向けていたが、やがて目標を排除したと判断したのか、緊張を緩めた。 はやての脳裏に、ヴィータからの念話が響く。 『えらく・・・呆気なかったな』 『・・・そやな』 『あの時とは状況が違う。我々は「AC-47β」による魔力増幅を受けているし、そもそもあれが「オリジナル」と同等の能力を有していたとは限らんだろう』 はやての傍ら、ザフィーラが無機質に言い放つ。 彼は守護獣としての姿のまま、「彼女」へと相対していた。 まるで「彼女」が、自身の知るそれではないと云わんばかりに。 そしてはやて自身、同じ思考を抱いていた。 何もかもが劣化している。 バイドの侵食が結果として劣化を誘発したのか、単に虚数空間での消耗を回復する術が無かったのか。 或いは粗悪な「模造品」だったのかもしれない。 あの、本局とクラナガンを襲った、2隻のゆりかごの様に。 それとも、単純戦力としての機能など、端から想定されてはいなかったのか。 ただ単に、こちらの精神的動揺を誘発する為だけに「彼女」、闇の書の「防御プログラム」を復活させたというのか。 「はやてちゃん・・・」 「シャマル、索敵」 気遣う様なシャマルの声を遮り、はやては周囲警戒を促す。 何処までも空虚な瞳。 抑制された感情を僅かたりとも面へと表す事はなく、淡々と指示を下し始める。 今は、余計な事を考えたくはなかった。 意味の無い恨み言、泣き言ばかりが脳裏へと浮かび続けている。 多少は無理をしてでも抑え込まねば、周囲を憚らずに叫び出してしまいそうだった。 自分は指揮官なのだ。 今この状況に於いて、仮初めとはいえ20名超の命を預かっている。 決して、指揮官が取り乱す訳にはいかない。 シャマルの視線、そして同じくはやてを気遣うヴィータの念話を、意図的に無視するはやて。 そんな彼女の内心を理解したのか、2人からの念話はそれきり途絶えた。 ザフィーラは沈黙しているが、はやてはその態度こそが彼の気遣いなのだと理解していた。 ティアナ達は次の指示を仰ぐまでもなく、周囲警戒に移行している。 そして攻撃隊に集合を促し、サーチャーを飛ばすよう命じた、次の瞬間。 「主ッ!」 「なッ!?」 瞬時に人型となったザフィーラが、はやてを押し倒す様にしてその場へと伏せる。 衝撃。 直後、彼女は自身の身体が、ザフィーラもろとも宙を舞っている事に気付く。 巨大な空気の振動に鼓膜が機能を放棄し、不気味な静寂が聴覚を満たす中、激しく乱れ動く視界の中に幾つもの顔が映り込んだ。 ティアナ、スバル、ノーヴェ、セイン。 シャマル、ヴィータ、その他の攻撃隊員達。 皆一様に、驚愕と戦慄が綯い交ぜとなった表情を浮かべていた。 一体何が、等と考える間もなく、はやては吹き飛ばされ、更に床面へと叩き付けられる。 そのまま十数mを転がり、視界が暗転。 しかしザフィーラが身を以って彼女を庇った為か、数秒で闇が晴れる。 身を起こそうと試みるが、身体が上手く動かない。 脳裏では、悲鳴の様なリィンの声が響き続けていた。 『はやてちゃん! はやてちゃんっ!』 『リィン・・・何が起こったん・・・?』 問い掛けようとした声は音にならず、念話として発せられる。 何とかゆっくりと動き始めた自身の腕を他人事の様な感覚で見つめながら、はやては自身の状態を確認しようと努めた。 と、彼女の腕を掴み引き上げる、誰かの存在を感知。 ザフィーラだった。 視界に映る褐色の肌に、はやては彼の無事を確認し安堵の思いを抱く。 しかし数瞬後、その思いは完膚なきまでに砕かれた。 「ザフィーラ・・・?」 「主、暫く」 はやての声に対し短く返し、「何か」との交戦に入った攻撃隊の許へと、彼女を抱えたまま疾風の如く走るザフィーラ。 その身体が揺れる度に、はやての顔へと熱い液体が降り掛かる。 濃密な鉄の臭い。 視線を上げた彼女は、その先に余りにも凄惨な光景を捉え、引き攣った悲鳴の様な声を上げる。 「・・・ッ! ザフィーラッ!」 はやての視界に映り込む、紅い飛沫を噴き上げる傷。 ザフィーラの左側面、そのほぼ全てを覆い尽くすそれは、通常であれば即座に死へと至っても不思議ではない程のものだった。 皮膚が、無い。 肩口から指先まで、ほぼ全ての皮膚が破れ、皮下組織が剥き出しとなっている。 それだけに留まらず、少なくとも3つの裂傷が腕を走り、左耳は顎下からこめかみに掛けての皮膚もろとも、跡形も無く剥がれ落ちていた。 にも拘らず、彼は一切の苦痛を表す事なく、はやてを抱えたまま走り続ける。 「ザフィーラッ! もうええ! もうええからっ! 自分で飛べる! 下がって・・・」 「敵は粉塵と魔力炎に紛れ、目視する事は叶いません。現在、ヴィータとナカジマ、ノーヴェが撹乱を、射撃魔法に特化した者達が攻撃を担当していますが、包囲を破られるのは時間の問題です。主、御指示を」 「そんなッ・・・!?」 彼を気遣う言葉は、他ならぬ彼自身により斬り捨てられた。 自身の負傷を意に介する素振りなどまるで無く、只管に交戦中の攻撃隊を目指す。 もはや我慢ならず、はやては三度叫んだ。 「無茶や! そんな怪我で動き続けたら死んでまう! もうええから・・・」 「主はやて!」 これまでに聞いた事がない程に苛烈なザフィーラの叫びに、はやては思わず身を竦ませる。 しかしその声とは裏腹に、彼は穏やかさえ感じられる目を以って彼女を見つめていた。 そして彼は、はやてへと語り掛ける。 「皆が、貴女を待っています」 その言葉にはやては息を呑み、そして理解した。 彼は、彼自身の惨状と不意を打っての強大な攻撃に、一時的にとはいえ萎縮したはやてを、彼なりの言葉で以って激励しているのだと。 応えない訳にはいかなかった。 自身は彼等の主、夜天の王なのだ。 命を掛けて自身を護り続ける、守護騎士にして家族たる彼等、ヴォルケンリッター。 ザフィーラは重度の負傷を押して自身を助け守り、ヴィータは最前線にて戦い続け、シャマルも敵に対する捕捉と解析を行っているだろう。 そして、彼女。 シグナムもまた、戦っている。 白亜のベッドの上、無数の機器に繋がれ治癒結界に覆われ、死という絶対的な概念と戦い続けているのだ。 此処で自身が、王たる者が戦いを放棄する事など、如何してできよう。 「シャマル!」 はやては叫ぶ。 答えは、念話としてすぐに返った。 ただ彼女の名を叫んだだけの声に対し、最も適切な情報を以って。 『魔力反応なし、リンカーコアも確認できません。敵性体、詳細不明。狙いは不正確ですが、電磁投射砲と思われる高火力兵装による弾幕を形成しています。攻撃隊は射界外へと逃れていますが、施設の破壊に伴う粉塵と爆発の為、敵の全貌を窺う事ができません』 『了解! ザフィーラ!』 その念話の指示せんとするところを正確に理解したザフィーラは、応を返しつつ更に速度を上げる。 はやては顔に当たる風が更に勢いを増す事を感じつつ、今更ながらに自身とザフィーラが百数十mにも亘って吹き飛ばされていた事を知った。 恐らくはシャマルの言う電磁投射砲、所謂レールガンの弾体通過に際しての衝撃波を受け、吹き飛ばされたのだろう。 本来ならば全身を引き裂かれていてもおかしくはないのだが、それは全てザフィーラがその身を持って受け止めていた。 ならば、はやてのするべき事はひとつ。 『撹乱担当は後退! 砲撃魔導師は集束砲撃の準備を! 露払いは私がやる!』 「鋼の軛ッ!」 はやてを抱えていた腕が離れ、閃光と共に鋼色の大蛇が粉塵と魔力炎の中心へと突き立った。 それらが圧倒的弾速を誇るレールガンの弾幕によって破壊される様を見届ける事も無く、はやては自身の詠唱を紡ぐ。 「刃以て、血に染めよ・・・穿て、ブラッディダガー!」 魔力炎の壁、その周囲へと具現化する、無数の真紅の短剣。 次の瞬間、それらは放たれた矢の様に飛翔し、炎の向こうへと突き立った。 爆発。 総数30超の実体を持つ剣が、「何か」への接触と同時に炸裂する。 「彼女」の叫びが聴こえてくる事はない。 あの炎の向こうに存在するものは、「彼女」ではない。 「今や!」 念話、そして発声の双方にて叫ぶはやて。 直後、7条の砲撃が宙を翔け、更には無数の高速直射弾が「何か」へと叩き込まれる。 壮絶な余波に魔力炎が掻き消えたのも一瞬の事、次の瞬間には更なる爆炎と衝撃波が発生し、轟音が聴覚を埋め尽くした。 振動、更に爆発。 もはや輸送路壁面には、防御プログラムの出現時に開けられたそれを上回る巨大な穴がもうひとつ出現し、直径が60mを超えるそれは火口の如く炎を噴き出し続けている。 相変わらず炎に沈む目標の姿は窺い知れないが、これ以上は行動する余力もあるまい。 『シャマル、確認!』 『反応、全種失索。魔力反応も変わらず、一切検出されません』 『砲撃魔導師各位、再攻撃準備!』 しかし思考とは裏腹に、はやては再度の攻撃を命じていた。 砲撃魔導師が順次「AC-47β」の強制排出機構を作動させ、圧縮魔力を放出。 はやても同様に腰部のポーチから圧縮魔力を放出、それが止み次第、再度ラグナロクの詠唱に入る。 得体の知れない目標を、確実に打倒する為。 「響け、終焉の笛・・・」 そして、シュベルトクロイツが頭上へと掲げられ、トリガーボイスが紡がれる。 白き破滅の雷光が、巨大な正三角形のベルカ式魔方陣より放たれんとした、その時。 「ラグナ・・・ッ!?」 「主ッ!?」 青い燐光を纏った矢が、魔力炎の壁を打ち破り飛来した。 辛うじて視界へと捉える事のできたそれは瞬時に爆発的な加速を得ると、あまりの接近速度に満足な回避手段も取れないはやての側面、数mの空間を貫いて飛翔する。 残されるは強大な衝撃波と大音響、矢より噴き出す紅蓮と白の尾だけ。 ミサイルだ。 不幸中の幸い、未だ加速段階にあった事もあり、吹き飛ばされるだけで済んだはやては、しかしすぐさま飛翔魔法により体勢を立て直すと、ミサイルの特徴を脳裏で反芻する。 弾頭が、光っていた。 波動砲のそれに酷似した、青白い燐光。 それが、ミサイルの弾頭を覆っていたのだ。 何だ、あれは。 まさか、波動砲に準ずる戦術兵器なのか? 数瞬後、はやてはミサイルに対する考察を中断し、あれを放ったであろう炎の奥の存在へと向き直る。 あのミサイルの正体がどうであれ、今この瞬間に於ける最大の脅威は炎の奥に潜む「何か」なのだ。 どの道、本体さえ叩けば、ミサイルによって狙い撃たれる心配はない。 ミサイル自体も、最大速度に達するまで数秒の時間を要するらしい。 優先すべきは飽くまで本体だ。 その時、はやての背後より轟音が響いた。 ミサイルが着弾したのだろうと結論付ける彼女であったが、しかし何かがおかしい。 堅い壁面を削るかの様な音と、金属の拉げる異音。 これは、爆発音ではない。 再度、後方へと振り返る。 「・・・何や?」 其処には、「穴」があった。 直径4m前後、各所から火花を散らす漆黒の「穴」。 金属製の壁面に、巨大な砲弾が貫通したかの様なそれが口を開けていた。 あれは、何なのか。 考えている暇はなかった。 次の瞬間、穴の穿たれた壁面が強烈な閃光を発し、内部より巨大な爆発を起こしたのだ。 その規模は、これまでの戦闘を通じて起こったものとは比べ物にならない。 壁面のみならず、床面、上部構造物をも巻き込み崩壊させゆくそれは、膨大な熱量と大気の歪みとなって可視化した衝撃波の混成となって攻撃隊へと襲い掛かった。 瞬間的に齎された破滅の津波に、はやては反応すらできずにまたも宙を舞う。 彼女だけではない。 ヴォルケンリッターを含む攻撃隊の殆どが、良くて数十m、悪ければ200m近い距離を吹き飛ばされていた。 「ッあ・・・!」 姿勢を立て直そうと飛翔魔法による制御回復を試みるも、それが成功するより遥かに早く、はやては床面へと叩き付けられる。 肺の中の空気が、根こそぎ吐き出されるかの様な衝撃。 だがそれでも、幾分かは影響を緩和できたらしい。 意識が混濁する事はなく、視界へと映り込む2つの人影をすぐさま捉える事ができた。 スバル、そしてティアナだ。 「はやてさんッ!」 「八神部隊長、ご無事ですか!?」 はやてへと駆け寄り、その腕を取って助け起こす2人。 見る限り、どちらも軽傷で済んでいる様だ。 はやては安堵し、同時に自身の身を気遣う2人に言葉を掛ける。 「私は大丈夫や。スバル、ティアナ、今の攻撃は・・・」 その時だった。 彼女達の頭上から、重々しく、不気味な駆動音が響きだしたのは。 「なに!?」 「この音・・・機械?」 「上だ、ティア!」 咄嗟に頭上を見上げる3人。 その視線の先、未だ燃え盛る魔力炎の光に霞むその空間を、何か巨大なものが移動していた。 滲む焦燥と言い知れぬ「何か」からの威圧感に、はやては反射的に指示を下す。 『目標、頭上や! 砲撃魔導師、再度砲撃準備に入れ! 他の者はこれを援護・・・!?』 不意に、視線の先、鈍い光が瞬いた。 遅れて耳へと届く、鈍く重い炸裂音と機械的な高音。 その異様な音に、誰もが動きを止める。 ふと、目を凝らせば頭上に点る、青白い光。 次の瞬間、それは紅蓮の尾を吐き出し加速、僅かに遅れて爆発音と衝撃波を引き連れ、散在する攻撃隊のほぼ中央へと突き刺さる。 はやては見た。 青白い光を放つ、ミサイル先端。 弾頭部に備えられた、何らかのエネルギーを纏う回転式掘削機構。 耳障りな異音を発しつつ、高速で回転するそれを。 ミサイルは床面へと着弾すると同時、接触面より瞬間的に膨大な量の火花を発生させた。 それらが燐光の尾を引きつつ周囲を埋め尽くし、金属製の構造物を抉る異音・轟音が鼓膜を破らんばかりに反響する。 数瞬後、ミサイルは床面に直径4m程の穴を残し、その姿を完全に消失させていた。 その瞬間、はやては悟る。 あのミサイルが、どの様に運用されるものかを。 「逃げてッ!」 絶叫。 指揮官としての威厳、隊員の心理に対する配慮。 全てをかなぐり捨てて、はやては叫んだ。 猶予はない。 すぐにでも退避しなければ、全てが吹き飛ぶだろう。 しかし、予想した衝撃と轟音は足下ではなく、彼女の背後より襲い掛かった。 衝撃波、そして爆発音。 後方からのそれに、はやては反射的に振り返る。 後方、上部構造物。 先程のミサイルによる爆発では破壊される事のなかった部位が、またもや内部より吹き飛んでいる。 直後、粉塵と爆炎の向こうから、紅蓮の炎と白煙の線が数条、想像を絶する速度で飛来した。 ミサイル、計6発。 「ッ・・・!」 はやての頭上の空間を貫いたそれは、「何か」が放ったそれとは比べ物にならない速度より発生する衝撃波を以って、小柄なはやての身体、そしてスバルとティアナをも木の葉の様に吹き飛ばした。 竜巻に巻き込まれた紙切れの如く翻弄され、全身がバリアジャケットごと引き裂かれてゆく様を、はやては衝撃として感じ取る。 しかしその感覚は、何処か他人事の様なものとして認識された。 彼女の意識は、自身の状況とは別な物へと向けられていたのだ。 はやては見た。 業火と共に崩れ落ちる上部構造物の向こう、粉塵と爆炎の中。 褐色の装甲と、青いキャノピー。 僅かに離れた地点に浮かぶ、橙色の光を放つ球体。 R戦闘機。 直後、更なる衝撃・轟音。 あの6発のミサイルが着弾、起爆したらしい。 その衝撃により空中で翻弄されるはやては、内臓が破裂せんばかりの衝撃の後、自身が一瞬前までとは逆の方向へと吹き飛ばされている事を認識した。 余りにも大規模な爆発の衝撃によって、空中で吹き飛ぶ方向が変わったのだ。 無論の事、人間の身体がその様な急激な機動に耐えられる訳もなく。 はやては自身の身体の中に、何かが弾ける際の衝撃を感じ取っていた。 しかし、このはやての意思すら介在しない急激な方向転換が、彼女へと思わぬ幸運を齎す。 続いて発生した、更に大規模な爆発。 先に床面へと撃ち込まれていたミサイルである。 それの齎す破滅的な爆発の範囲より、完全にとはいかないまでも逃れる事ができたのだ。 はやての身体は衝撃により更に加速され、更に遠方へと弾かれる。 その進行方向が輸送路の構造に沿っていた事は、より幸運だった。 壁へと激突し、元の背丈より大分に小さい、真紅のオブジェと化す事だけは避けられたのだから。 だからといって、全く被害がなかった筈もなく。 はやての意識は全てが白く染まり、脳髄すら破壊せんばかりの衝撃と轟音とが全身に襲い掛かる。 瞬間、意識が暗転。 数秒か、数十秒後かは定かではないが、唐突に意識が回復する。 そして覚醒とほぼ同時、はやての頭上を突き抜ける巨大な機影。 やはり、誤認などではなかった。 褐色の装甲、これまで目にしてきたR戦闘機と比較し、二回り以上も大型の機体。 機体後部、複数個所の部位より次々にミサイルを放ちつつ、攻撃隊の布陣していた地点を高速にて通過する。 どうやら、あの機体が狙う目標、「何か」は此処から移動したらしい。 「は・・・ッ・・・ッ・・・!」 床面に右手を突き、身体を起こす。 右腕が血塗れだ。 力が入らない。 頬を、額を、鼻を、顎を伝って、熱い液体が流れ、滴り落ちる感触。 床面に突いた右手の傍らに、紅い水滴痕が点々と現れる。 その増加速度は次第に勢いを増し、ものの数秒で水滴群は小さな水溜りとなった。 半ば呆然と、自らの身体より流れ出た紅い液体の溜りを見つめつつも、はやては念話により攻撃隊の面々との交信を試みる。 しかし、誰にも繋がらない。 彼女の内で、焦燥が募る。 その時、またも巨大な衝撃と振動とが、轟音と共にはやてへと襲い掛かった。 見れば、輸送路の其処彼処で上部構造物が剥がれては床面へと落下、接触と同時に衝撃と轟音を周囲へと撒き散らしている。 千切れた配線やパイプの断面を無残にも曝すそれらが無数に降り注ぐ光景に、あの下に攻撃隊員が居るとすればまず助かるまい、との絶望がはやての内で首を擡げ始めた。 片膝を突き、どうにか全身を起こす事に成功。 直後、数m後方への構造物落下による衝撃を受け再度、自らの流した血溜りの中へと倒れ込むはやて。 もはや痛覚さえ存在しない血塗れの腕を小刻みに震えさせつつ、それでも諦めるという選択を頑なに否定し身を起こそうとする。 しかしその時、彼女の意識に背後からの異音が飛び込む。 「・・・は・・・はぁ・・・」 か細い吐息が、知らぬ間に荒くなっていた。 度重なる爆音と衝撃に麻痺した聴覚。 だがはやては、背後より響いたその音が幻聴などではない事を確信していた。 床面を介して脚部へと伝わる爆発と崩壊の振動に紛れ、異様な、そして得体の知れぬ音が肌へと伝わる。 それは例えるならば、有機生命体の骨格を、生体組織との癒着面より力任せに引き剥がすかの様な音。 そして、無数の蟲が蠢き、体表を擦り合わせる様を思わせる音であった。 「はッ・・・はッ・・・」 はやては振り返る。 警鐘を鳴らす理性、逃避を叫ぶ本能を捻じ伏せ、決して肉体的な損傷が要因ではない震えをその身に纏い、慎重に、ゆっくりと。 「は・・・あ・・・」 果たして、其処には巨大な金属の構造物が鎮座していた。 無数のケーブル、そしてパイプが、皮膜を突き破って現れた骨格の様に飛び出している。 「あ・・・あ・・・」 そして、はやての眼前。 その醜い鉄塊は、其処彼処より軋みを上げつつ変態を始めていた。 千切れたパイプが更に捻じ曲がり、原形を留めぬ個体となって変色を始めた金属に呑み込まれる。 ケーブルは表層面へと徐々に沈み、今や皮下を走る毛細血管の如き紋様と化していた。 泡が急激に噴き出す際にも似た異様な音と共に、鉄塊の其処彼処から灰色の組織が湧き出しては急激に体積を増しゆく。 良く目を凝らし見れば、それは正しく肉塊だった。 機械兵器には、そして通常有機生命体にも有り得ない、鈍色の金属光沢を放つ細胞群。 それら肉腫が至る箇所より噴き出しては増殖し、急激に鉄塊の全体を覆いゆくその光景に、はやては云い様のない生理的嫌悪感を覚える。 そして何より、嫌悪感を含め他のあらゆる感情を上回る恐怖。 反射的に、はやては自身のデバイスを探していた。 シュベルトクロイツ、夜天の書。 11年前より常に自身と共にあった戦友にして、家族と親友達に匹敵する信頼を置く杖と魔導書。 手を伸ばせば、常に其処に控える筈の相棒。 その感触は、何処にも無かった。 咄嗟に、周囲へと視線を走らせる。 黄金の輝きを持つ剣十字の杖と魔導書が、はやての視界へと映り込む事はなかった。 身体の震えが、より一層に激しさを増す。 心の臓の奥、最も深き箇所より拡がりだす、冷たい感覚。 それが全身へと徐々に拡がり行く様を、はやては酷く懐かしい感覚として捉えていた。 「ああ・・・あああ・・・」 そうだ、この感覚。 両親が死んだ時の感覚。 そしてあの日、クリスマス・イヴ。 未だ足が不自由だった自身の目の前で、「家族」が次々に消えていった時と同じ感覚。 また、この身体を蝕んでゆく。 周囲へと響き渡っていた異音が、止んだ。 はやては最早、デバイスを探す事さえしなかった。 否、できなかった。 そんな猶予はない、するだけ無駄だと理解してしまったのだから。 はやての眼前、金属製の鉄塊が鎮座していた、その場所で。 反重力式駆動部上に搭載された旋回砲塔が、その直径10cmを優に超える砲口を、彼女へと向けているのだから。 直後。 はやての視界は、発砲炎の閃光に埋め尽くされた。 * * 僚機による奇襲が成功した事を確認し、彼は別の侵入点より侵攻を開始した。 途端に周囲の構造物から変貌を始めるメタ・ウェポノイド群に対し、オールレンジ・モード及びリバース・モードの対空レーザーを徹底的に叩き込むと、未だ擬態を解かぬ敵に対しガイド・モードの対地レーザーとノーロック状態のミサイルを撃ち込む。 施設構造物に沿って這う様に滑り行く数条のレーザーと目標も定めずに発射されたミサイルは、その超高熱の焦点温度と僅かながら含有される波動エネルギー、そして暴力的な運動エネルギーによって、擬態を解かずに待機状態にあったメタ・ウェポノイド群を殲滅。 周囲の反応が途絶えた事を確認し、彼は目標へと向かうべく機体をバンクさせる。 同時に目標との交戦に突入する事を避けたのは、この施設内に蔓延るメタ・ウェポノイド群の殲滅に当たる為だ。 それらを制御・統括する目標は、たとえR戦闘機が2機同時に交戦したとしても、そう易々と撃破できる相手ではない。 事実、第三次バイドミッションでは、あの当時に於いて最強の機体と謳われたR-9/0 RAGNAROK-ORIGINALであっても、その装甲の大半と引き換えに漸く撃破できた程の存在である。 況してや、後方よりメタ・ウェポノイド群による挟撃を受ける等という状況に至れば、もはや打つ手はなくなってしまう。 「デルタ・ウェポン」を発動すれば状況の好転に繋がる可能性はあるが、もしそれで目標を撃破し損なえば、残されるのはフォース諸共の撃墜と死だ。 如何に無敵とまで謳われる防御兵器とはいえ、フォースとは決して破壊されない訳ではない。 人類がバイドを破壊し殺戮する術を無数に保有している事実と同様に、バイドもまたフォースを含む人類の戦力を鏖殺する術を持ち得ている。 何よりも、純粋バイド体を素にするフォースである。 バイド体を、末端とはいえ破壊する事が可能である事実からして、現実にフォースが無敵である筈がない。 その常軌を逸した防御能力に錯覚しがちではあるが、フォースとて所詮は単なる兵器なのだ。 敵性体に対する攻撃と、敵性体からの攻撃。 その双方によってフォースへのエネルギー蓄積を実行するドース・システムは、打撃力の爆発的増大により敵性体の速やかな殲滅を可能とする事によって、機体生存率を大幅に押し上げる。 エネルギー蓄積率が100パーセントとなり、オーバー・ドースへと移行すれば、それこそフォースを介しての攻撃性能はまるで別物とすら思えるまでになるのだ。 そのエネルギーを解放する事によって発動するデルタ・ウェポンは破滅的な戦略兵装ではあるが、それを使用する事は同時にオーバー・ドースによるアドバンテージを放棄する事に繋がる。 故にパイロット達は、余程に危険な状況にない限り、デルタ・ウェポンの使用を避けるのだ。 そんな事を考えつつ、機体を輸送路に沿って滑らせる彼の意識に、目標までの距離が10000を切ったとの情報が飛び込む。 瞬時に、遮蔽物越しのロックオンマーカーに視線を合わせ、武装選択を実行。 対空レーザー、オールレンジ・モード。 ミサイル、ロック。 フォース、シャドウユニット、ビット、スタンバイ。 波動砲、チャージ開始。 一連の作業をこなしながら、皮肉な話だ、と彼は思う。 5年前、この施設内部に蔓延る存在を蹂躙し、殲滅したのはR-9/0 RAGNAROK-ORIGINALだ。 現在、施設内部に存在するメタ・ウェポノイド群とその制御統括体は、オリジナルであるか、さもなくばバイドによって再生されたコピーである可能性が高い。 言い方を変えれば、今この施設内のメタ・ウェポノイド群を制御・統括している存在は「偽者」の可能性があるという事だ。 正しく、皮肉以外の何物でもない。 何故なら、彼の愛機もまた「偽者」なのだから。 前方7000、壁面構造物が爆発し崩落する。 其処から、目標が出現した。 オートスキャン、終了。 敵性体判別結果「UNKNOWN」。 類似型バイド攻撃体、情報検索・照合開始。 照合終了。 目標、バイド攻撃体識別名称、表示。 「BPA-105 LARGE-SCALE RESOURCE TRANSPORTATION SYSTEM『RIOS』」 巨大な大型資源輸送システムの成れの果てが、弾幕の如くミサイルを吐き散らしながら迫り来る。 更に数瞬後、その後を追う様にして、6発のミサイルと1機のR戦闘機が、急激な戦闘機動を取りつつ現れた。 「TL-2B HERAKLES」 多目的大型ミサイル運用の為に開発された、変形機構搭載型戦術支援機。 高火力・超高速の大型ミサイルを、最大6発まで同時発射する怪物だ。 2種類の波動砲を搭載し、更には輸送艦にも劣らぬ程の重装甲を備えた、「飛行するミサイルサイト」とも呼称される機体。 高速接近するその機体を認識しつつ、彼はチャージを終えた波動砲のゲージ、その隣に表示された「HYPER DRIVE MODE-Connected」の一文を見やる。 そして直後、スラスター出力を最大へと叩き込んだ。 「偽者」のバイドに「偽者」のR戦闘機。 とんだ茶番、だが命懸けの茶番の始まりだ。 青白い光の爆発痕を残し、模造品たる「R-9/0 RAGNAROK」は巨大なバイド攻撃体へと突撃する。 宛ら、5年前の「ORIGINAL」同士の戦いの様に。 神々の黄昏、幻影の細胞。 両者が繰り広げた、悪夢の戦闘を再現するかの様に。 此処に「偽者」同士の奇妙な、しかし壮絶な戦いの幕が上がった。
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3838.html
『I-12より管制室! エリア全域の重力が地表と水平に偏向! 一体どうなっているんです!?』 『こちらC-02、Gエリア全域との連絡が途絶えた! 信じられん・・・街が、街が落ちていってるんだ! 何もかも「上に」落ちて行く!』 『こちら、F-17・・・誰か・・・重力が・・・14G・・・呼吸が・・・もう・・・』 錯綜する無数の全包囲通信はいずれも、コロニーが想像もつかない異常に襲われている事を知らしめていた。 G-08エリアへと向かった調査部隊が管制室との交信を絶った事から、周辺エリアでの活動に当たっている複数の部隊へと調査要請が出された、その僅か2分後。 コロニー全域へと危険性異常物体検出警報が発令され、Gエリア周辺域の異常を知らせる報告が隣接する全てのエリアより飛び込み始めたのだ。 それらの内容は支離滅裂で要領を得なかったものの、総じて俄には信じ難いものばかりである。 人が空中へ落ちてゆくとの報告に始まり、ビル群が垂直に潰れ始めた、車両が地表と水平に飛んでくる、遥か頭上からビルや車両が落下してくる等々。 中には、飛行中のヘリに上空から数十人の生身の人間が降り注ぎ、十数人がローターへと巻き込まれた上、ヘリそのものも突如として上下を反転して背面飛行を開始し、挙句の果てに制御を失い垂直に地表へと墜落したとの報告もあった。 異常の規模は瞬く間に膨れ上がり、今やコロニー全域の半分近くに当たる74のエリアで何らかの被害が発生している。 それらの情報を統合的に分析して判明したのは、G-08エリアを中心として重力異常が発生し、その影響範囲が急速に他のエリアへと拡大している事実だった。 「管制室、D-18の避難状況は!? あとどれくらい残ってるんスか!?」 『不明です! 情報が錯綜しており、人員の正確な位置把握は不可能! D-06から17エリア、偏向重力増大! 直ちにCエリアへ退避して下さい!』 「言われなくても分かってるッス!」 管制室からの退避勧告に、ウェンディは苛立ちを隠そうともせずに声を張り上げる。 偏向重力発生直後から、彼女はパニックに陥った非戦闘員の避難誘導を行う姉妹達と分かれ、上空から取り残された者が居ないか捜索に当たっていた。 既に100人以上を発見し管制室へと連絡したが、それらの生存者全てが回収された訳ではない。 唯でさえ偏向重力下で身動きの取れない被災者が多い上に、魔導師を除けば各勢力の戦闘要員でさえ独自の飛行は不可能なのだ。 自在に宙を舞う事のできる魔導師と、ヘリや強襲艇が無ければ浮かび上がる事さえできない非魔導師。 その一点に於ける両者間の大き過ぎる差が、この異常事態下で浮き彫りとなっている。 「分かってるんスよ、そんな事・・・!」 呟き、ライディングボードの推力を最大にまで引き上げると、彼女は建ち並ぶビル群の屋上を横目にしつつ、地表と「平行」に上昇を開始した。 落下せぬようボードの縁を握り締め、徐々に上昇角を釣り上げてゆく。 ボードに「乗って」いる以上、垂直上昇は不可能ではないにせよ、余り実行したくはない機動だった。 大きく螺旋軌道を描きながら、ウェンディは高度を上げてゆく。 ウェンディ自身に飛行能力は無く、空中機動に関してはその全てをライディングボードに頼っていると云っても過言ではない。 姉妹や陸戦魔導師にも飛行能力を有していない者は多いが、彼等は固有装備またはデバイスに「AC-47β」を装着する事によって最低限の飛行能力を得ていた。 無論の事ながらウェンディも例外ではなく、ライディングボードには「AC-47β」が組み込まれている。 しかし、ボードはその運用構想上ウェンディから完全に独立しており、ギンガやスバルのデバイス、或いはノーヴェのガンナックル・ジェットエッジの様に身体へと装着している訳ではない。 ボードから引き剥がされでもすれば、後は重力に任せて落下する他ないのだ。 チンクやセインの様に自身へと同期させる方法もあったのだが、ウェンディはボードの強化が為されなければ意味が無いと、この提案を断っていた。 今となっては、悔やむより他ない判断だったが。 何もかもが異常だった。 突如として水平に落下を始める人間、破片を撒き散らしながら道路を転がってゆく車両群。 ビルの壁面を覆い尽くす光透過性硬化樹脂の窓、その内側には数十人の人々が張り付き、身動きも取れずに救助を待っていた。 強大な力を秘めた魔導・質量兵器が為す術もなく道路を滑り落ち、相次ぐ建造物との衝突に姿勢を崩し更に遠方へと落下、爆発。 空間制圧に用いられる特殊反応弾頭が暴発し、その爆発へと巻き込まれたビル群は基部を破壊され、上部はそのまま地表と平行に落下を始める。 落下するビルが他のビルを巻き込み、それらのビルがまた崩壊し更に多くのビル群を巻き込んで落下。 轟音と共に続くドミノ倒しの様な崩壊の連鎖に紛れ、其処彼処で無数の爆発が発生する。 しかもそれらの爆炎は地表に沿って上昇する為、辛うじて街灯や建造物外壁にしがみ付いている生存者達を片端から呑み込んでいた。 通信ウィンドウからは絶えず無数の悲鳴が上がり続け、しかし徐々に静まり返ってゆく。 それも一時の事で、重力偏向域が拡大するにつれ、新たな悲鳴と救援要請が飛び込んでくるのだ。 『畜生、何なんだよこれ! 何が起こってるってんだ!?』 「アタシに訊くな! こっちが教えて欲しい位ッス!」 通信越しのノーヴェの悪態に、こちらも怒声混じりの大声を返す。 実際、異常の原因など重力制御システムのトラブルしか考え付かなかった。 だが管制室によれば各エリアのシステムは正常に機能しており、トラブルなど一切に亘って発生していないとの事だ。 ならば別の要因があるのだろうが、それが何であるのかがまるで解らない。 異常の規模だけは秒を追う毎に拡大しているというのに、それが何によって齎されているのかが全く不明なのだ。 『其処の魔導師、乗れ!』 上昇を続けるウェンディの耳へと、新たに通信越しの声が飛び込む。 周囲を見回すと、1機の強襲艇が接近してくるではないか。 戦闘機人であるウェンディを魔導師と呼んだ事から管理局員でない事は分かっていたが、成程ランツクネヒトの人員だった様だ。 やはり地表に対し平行に上昇する機動を取りつつ、強襲艇は速度をウェンディのそれに合わせる。 そのハッチが開き、機内の人影が彼女を招く様に腕を振った。 ウェンディは即座に強襲艇へと接近し、ボードごとハッチ内部へと滑り込む。 閉じられるハッチ。 「助かったッス!」 『この偏向重力の中で良く無事だったな。本機はこのままBエリアに向かう。向こうはまだ正常な重力を保っているからな』 「他の生存者は?」 『トラムの全路線にAエリアまでの緊急循環を実行させている。整備工場の車両に至るまで、全てオンラインだ。トラムのパワーなら、偏向重力下でも問題なくAエリアまで到達できる』 「・・・車両内の人間は?」 『それ以上の打てる手は無い。無事である事を祈るしかないとさ』 マスク越しに語られる言葉に、ウェンディはノーヴェ達がトラムを利用すると言っていた事を思い出した。 偏向重力に逆らわずステーションへと至る事のできる経路を確保、スバルを中心として誘導は順調に進んでいるとの報告があったのだ。 本当にトラムで偏向重力影響域を脱出できるのかと危ぶんでいたウェンディだったが、この分なら問題は無さそうだと安堵する。 だが、それも長くは続かなかった。 機体を襲う衝撃、展開されるウィンドウ。 『C-09から12エリア、偏向重力の発生を確認!』 偏向重力影響域拡大、Cエリア到達。 体勢を崩していたウェンディの背に、冷たい感覚が奔った。 姉妹は、ギンガ達は何処に居るのか。 そう問い掛けようとする自身を必死に抑える彼女の耳に、続いて奇妙な報告が飛び込む。 『D-09から12エリア、重力逆転・・・E-09から12、重力逆転から偏向状態へと移行』 知らず、ウェンディは目前のランツクネヒト隊員と顔を見合わせていた。 マスク越しではあるが、彼もまた彼女と同様の疑問を抱いているであろう事は明らかだ。 そして、その疑問を裏付ける様に新たな報告が齎される。 『第2メイントラムチューブ内より高バイド係数検出。検出源、D-10エリア通過』 やはりか、とウェンディは確信を深めた。 G-08エリアを中心とする重力異常は、距離が増大するにつれ性質が変化している。 E・G・Hエリアでは重力が逆転し、Fエリアでは重力作用方向こそ正常なものの10Gを超える異常重力が掛かっていた。 これら4つのエリアでは、偏向重力が地表に対し垂直方向へと作用している。 だがD・Iエリアでは、偏向重力は地表に対し平行に作用していた。 即ち、隣接するE・Hエリアへと吸い寄せる様に、水平方向へと。 ところが、第2メイントラムチューブ内の「何か」がDエリアへと侵入すると、重力逆転状態にあったEエリアは重力偏向状態へと移行し、まるで入れ替わるかの様に偏向状態にあったDエリアは逆転状態へと移行した。 同時に、隣接するCエリアでは偏向重力が発生している。 これらの事象が意味する事とは何か。 『解析終了・・・偏向重力発生源、特定。メイントラムチューブ内移動体、バイド係数検出源。目標、第71管理世界・メイフィールド近衛軍所属、機動型魔導兵器アンヴィル』 そう、重力異常域は移動している。 汚染されたのであろう機動兵器を中心として展開され、その移動に合わせて影響域も拡大しているのだ。 だが重力逆転状態から偏向状態への移行が観測された事で、その影響範囲には限りが在る事が判明した。 恐らく、半径3km圏内は垂直方向への重力異常域。 そして3kmから9km圏は、水平方向への重力異常域だ。 尤も、それはこのコロニー内に於いて観測された異常に過ぎない。 その気になれば如何なる方向にでも、自在に重力偏向制御を実行できると考えた方が妥当だろう。 現状では偏向重力によって吸い寄せ、其処から上空へと放り出すか、過大重力によって押し潰すかの戦術を採っているのだ。 『ペレグリン隊、及び「アクラブ」がC-12エリアへと急行中。慣性制御機構搭載機は援護に向かえ』 『魔導師隊は各機体と連携、C-12エリアへの援護に向かって下さい!』 管制室より発せられる、ランツクネヒト及び管理局オペレーターからの指示。 ウェンディは手にしたライディングボードの縁を握り直すと再度、目前の隊員へと視線を投げ掛ける。 どうやら彼の方でも問いたい事が在るらしく、微かな光を放つゴーグルは既に彼女へと向けられていた。 迷う事なく、ウェンディは問いを発する。 「この強襲艇は慣性制御を?」 『勿論だ。機体外部にフィールドを展開する事もできる』 「偏向重力の中でも?」 『問題ない。アンタ、長距離砲撃はできるか?』 「勿論ッス」 ボードを掲げ、先端部の砲口を見せ付けるウェンディ。 隊員は納得したらしく、頭上のカーゴボックスへ手を伸ばすと、其処から装甲に覆われたレンズの無いゴーグルの様な物を取り出した。 次いで、彼は自身のバックパックからケースを取り出し、その中から薄く緑掛かった色のスポーツサングラスを取り出す。 ゴーグルを傍らに置き、サングラスを手に小さなウィンドウを開くと5秒ほど何らかの操作を実行。 そして操作が終了しウィンドウが閉じられると、彼はサングラスをウェンディの目前へと差し出し、こう告げた。 『私物だが、コイツが機体の機動予測を教えてくれる。砲撃戦では役に立つ筈だ』 その言葉にウェンディは、数秒ほど差し出されたサングラスを見つめると、やがて徐にそれを受け取る。 フレームのサイズは有機的に自動調節されるらしく、テンプルを展開して耳に掛けると全体が程良く固定された。 そして表示される各種情報。 現在の偏向重力作用方向、機体の姿勢、ウェンディ自身の照準機能に合わせた周囲環境簡易表示。 今は「Stand-by」との表示が浮かんでいるが、恐らくはこの機体の機動予測を表示するのであろうウィンドウも在る。 見るからに重々しいゴーグルの扱いに慣れていないであろうウェンディを気遣ったのか、どうやら本来はあのゴーグルに備わっている機能の一部を、限定的ながらも私物のサングラスに移し替えたらしい。 暫し周囲を見回した後、ウェンディは三度隊員へと向き直ると言葉を紡ぐ。 「その、有難うッス。これ・・・」 『上部ハッチから出て砲撃してくれ。慣性制御が在る以上、落ちる事はないだろうが警戒だけはしておく事。こちらも30mm電磁投射砲とMPM・・・多目的ミサイルで援護するが、本命はR戦闘機と各勢力の機動兵器、それと砲撃魔導師だ』 最後まで言葉を紡がせずに、彼は立ち上がりつつ作戦上の補足点を述べる。 そして、そのまま壁際へと歩み寄りハッチを開くと、ウェンディにそうした様に腕を振って招く仕草をした。 直後、床面から火花を散らしつつ機内へと滑り込んでくる影。 その正体へと思い至るや否や、ウェンディは頓狂な声を上げる。 「ノーヴェ・・・チンク姉!?」 「無事だったか、ウェンディ」 ジェットエッジによって滑り込んできたノーヴェ、その背から飛び降りるチンク。 2人の無事に安堵の息を零し、ウェンディは彼女等の傍へと駆け寄る。 見たところ、ノーヴェに疲労の色が濃い。 この偏向重力の中、此処までチンクを背負ってエアライナーで滑走してきたのだろう。 簡易飛行が可能となっているとはいえ、テンプレート上から落下せぬよう走り続ける事は酷く神経を磨り減らすに違いない。 「ノーヴェ、しっかり・・・大丈夫ッスか?」 「何とか・・・」 「他の連中は? もう安全圏まで脱したんスか」 「セインは引き続き非戦闘員の誘導に当たっている。ギンガとスバルは別の機体と合流している筈だ。それに・・・」 其処まで続けると何故かチンクは、僅かに次の言葉を紡ぐ事を躊躇うかの様な素振りを見せた。 微かにランツクネヒト隊員の方を見やり、再度ウェンディへと視線を戻す。 そして、意を決した様に声を絞り出した。 「・・・エリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエも向かってきている。私達はR戦闘機による攻撃に引き続き、敵を挟み撃ちにするぞ」 「正気ッスか? ルシエはともかく、モンディアルは近接型ッスよ」 「私とノーヴェ、ギンガとスバルも近接型だ。敵の装甲に対魔力以外の特殊防壁が無い事は既に判明している。私かスバルのIS、若しくはモンディアルのデバイスによる攻撃で撃破する事も可能だろう」 そんな言葉を交わしていると、背後から肩を叩かれるウェンディ。 振り返れば、隊員が握り拳から親指を立て、天井面を指し示していた。 同時に機内の照明が、通常灯から赤い非常灯へと切り替わる。 『そろそろだ、3人とも上部ハッチへ行け。アンタと俺達は、そっちの2人の接近を援護する』 「おい、本当に大丈夫なんだろうな。ハッチから出た瞬間に落っこちるなんて冗談じゃないぜ」 『機体上部は下方垂直に1Gのフィールドが展開されている。機体がどんな姿勢になったとしても落ちる事はない筈だ』 「偏向重力は? 何Gまで耐えられるんだ」 『心配しなくても20Gでも30Gでも耐えられる。単一方向ならな』 隊員の言葉が終わるや否や、機内に警告音が響く。 続いて聴覚へと飛び込んできたのは、恐らくはパイロットのものであろう音声。 戦闘が開始された事を告げる、淡々とした言葉。 『アクラブ、接敵』 衝撃が機体を揺るがす。 ライディングボードを抱え直し上部ハッチへと向かう中で、ウェンディはサングラス越しに先を行く姉妹達を見つめつつ、初めてR戦闘機群の健闘を願った。 この2人が積極的攻勢に移行せねばならない、そんな状況が訪れない事を。 『目標がメイントラムチューブを出た。C-12エリア、アンヴィルを視認』 現状では、その願いも叶いそうにないが。 * * 噴火と見紛わんばかりの爆発。 それと共に無数のビル群が基部より弾け飛び、膨大な質量の残骸が偏向重力に捉われ上方へと落下してゆく。 数十mから数百mにも達するコンクリートの建造物が次々に崩壊しつつ、宛ら豪雨の如く宙空へと落下してゆく様は、見る者に薄ら寒い感覚を齎すものだ。 少なくとも、強襲艇の機体上部よりその光景を間近で目にしているスバルにとっては、悪夢という単語以上に適切な表現を導き出す事ができなかった。 嘗ては千数百万もの人々が暮らしていた都市が、眼前で積木の様に崩れて宙へと巻き上げられているのだ。 宙空には小惑星帯にも似た瓦礫の雲が形成され、不気味に蠢くそれらの中からは地鳴りの様な音が轟き続けている。 そんな常軌を逸した惨状に意識を囚われるスバルに、傍らから鋭い叱責の念話が飛んだ。 『スバル、目標に集中して!』 なのはだ。 彼女もまたレイジングハートを構えたまま、噴き上がる瓦礫の中心を見据えている。 管制室からの報告によれば眼前の現象は、汚染された第71管理世界の機動兵器、アンヴィルによって引き起こされているという。 俄には信じ難い事だが、その機動兵器は先程の迎撃戦の最中にバイドにより汚染され、バイド係数の変動を巧妙に偽装したままコロニー内部へと格納されたらしい。 停電を機に正体を現した汚染体は、G-08エリアを格納区として使用していたメイフィールド近衛軍のみならず、停電調査の為に派遣された部隊と地上の非戦闘員をも巻き込み、この重力異常を引き起こしたという訳だ。 そして、通信の途絶した調査部隊の構成人員名簿には、スバルやギンガ、なのはも良く知る人物が名を連ねていた。 無事でいて欲しい、そう願う心とは裏腹に、理性は冷徹に現実を突き付けてくる。 恐らくはもう、彼女は生きてはいないと。 『アクラブ、攻撃する』 意図せぬ内に拳を握りしめていたスバルの意識に、念話へと変換されたR戦闘機からの通信が飛び込む。 地球軍及びランツクネヒトはインターフェースを通じての超高速通信を用いているのだが、無論の事ながらそれを魔導師が扱う事はできない。 かといって音声による通信では、常に轟音が満ちる戦域でまともな情報の交換が行える訳もない。 其処で考案された相互通信手段が、インターフェースによる通信を念話と同期させる事だった。 意外にも然程に労する事もなく構築に成功したこのシステムにより、魔導師と地球軍、ランツクネヒト間に於ける通信利便性は飛躍的に向上。 結果、こうしてR戦闘機からの通信も、オペレーターを介する事なく受信する事が可能となったのだ。 『魔導師隊、攻撃に備えよ』 パイロットからの警告が放たれた直後、噴き上がる瓦礫の中心で青い閃光が爆発する。 一帯の空間を埋め尽くす数百万トンもの瓦礫が一瞬にして消し飛び、青い光の残滓が無数の球体となって宙空へと拡散。 空間の歪みとして可視化する程の衝撃波と轟音がスバル達の強襲艇を激しく揺るがした後には、全ての瓦礫が消え去った奇妙な空白の空間だけが在った。 その中央に浮かぶは、炎と煙を噴き出し続ける巨大な濃群青の異形。 アンヴィルだ。 そして次の瞬間、一帯に拡散していた波動粒子の光球が、波動砲の砲撃によって損傷したアンヴィルへと一斉に襲い掛かる。 加速開始直後こそスバルの眼で弾体の軌跡を追う事も出来たが、一瞬後の更なる加速で全ての弾体が完全に視界から消え去った。 想像を絶する瞬間加速を行った数百もの弾体は、その全てが寸分の狂いも無くアンヴィルの装甲へと殺到したらしい。 濃群青の装甲が無数の小爆発と共に弾け飛び、その内部より大量の赤い液体が宙へと噴き出す。 直後、アンヴィルの砲撃により地表に開いた直径1kmを優に超える巨大な穴、其処から砲弾の如く飛び出す白い機影。 「R-9A4 WAVE MASTER」 コールサイン「アクラブ」。 最初期型の波動砲、スタンダードタイプと呼称されるそれを基に数多の新型波動砲が開発される中、純粋に出力の増大のみを念頭に置かれ開発されたという機体。 現在このコロニーに存在する、あらゆる魔導・質量兵器のそれを遥かに上回る貫通力を有する「スタンダードⅢ」波動砲を搭載し、同じくスタンダードタイプのフォース、そのレーザー変換効率上昇型を運用するこの機体は、最初期型R-9Aの直系最終型とも云える存在らしい。 他機種の様に個性的とも云える武装を有する訳ではないが、純粋に貫通性能を強化されたその波動砲は驚異的な破壊を齎す。 更にスタンダードⅢの特徴としては、着弾後に拡散する余剰エネルギーに集束・誘導性を持たせ、再度目標へと着弾させる機能が挙げられるだろう。 砲撃そのものの威力も驚異的だが、この弾体がまた凄まじい。 コロニー防衛に就いているR戦闘機各機の戦闘記録映像は繰り返し見たが、それらの中でもアクラブの戦闘記録は群を抜いて壮絶なものだった。 全ての性能が高水準で安定している為か、常に状況を選ばず出撃してきたらしきアクラブは、合流後に発生した迎撃戦に於いて単機で31隻もの汚染艦艇を撃沈している。 コロニー防衛艦隊にはアクラブ以上に対艦隊戦に適した機体も存在し、実際にそれ以上の戦果を上げてもいた。 だが、それは他機種及びアイギスの支援を受けている上での戦果だ。 一切の支援を受けず単機で31隻の艦艇を撃沈したアクラブは、パイロットの技能も然る事ながら、機体そのものが有する能力も異常であるとしか云い様がない。 そして、そのアクラブによる砲撃が今、1つの区画を巻き添えにアンヴィルの装甲を喰い破った。 だが、しかし。 『・・・まだ動いています! 目標健在!』 装甲の穴を埋め尽くすかの様に湧き出る、金属光沢を併せ持った赤錆色の肉塊。 それらの隙間を埋める様に、無数の小さな触手が先を争う様に表層部へと伸長を始める。 大量の血液と肉片が飛び散る中、奇妙な燐光を纏った触手先端の爪状部位がもがく様に宙を掻いていた。 その余りに醜悪な光景に、スバルは込み上げる吐き気を覚える。 管制室、ランツクネヒトオペレーターより通信。 『解析終了。目標、高次寄生体「トリプルシクス」。高度重力制御による戦域重力環境操作を用いた撹乱戦術を用いる。警戒せよ』 「BFL-666 HIGHER-ORDER PARASITISM LIFE『TRIPLE SIX』」 ウィンドウに表示された名称に、スバルは思わず眉を顰めた。 No.666とは、偶然にしては随分と意地の悪い事だ。 スバルの知る限り、666という数字には1つとして良い意味が無い。 悪魔、悪霊、災厄、戦争。 多くの世界でこの数字は不吉の象徴とされており、それはミッドチルダも例外ではない。 第97管理外世界に於いても同様であるか否かはスバルの知るところではないが、たとえそうでなくとも良い心象である筈がなかった。 『こちらアクラブ、敵主砲に捕捉された。このまま引き付ける』 『魔導師隊、攻撃せよ』 そして遂に、魔導師への攻撃指令が発せられる。 アンヴィルの主砲はアクラブを捕捉しており、残る武装は機体四方を固める魔導砲のみ。 しかも、それら魔導砲の可動範囲はごく狭い事が判明していた。 射界にさえ入らなければ、大した脅威ではない。 『こちら高町、撃ちます!』 『ウェンディ、砲撃する!』 なのは、ウェンディのそれと共に複数の念話が意識へと飛び込み、次いで桜色の閃光がスバルの視界を満たす。 身体を揺るがす衝撃、リンカーコアを圧迫する程の高密度魔力。 ディバインバスター・エクステンション。 行く手を塞ぐ瓦礫の全てを撃ち抜き、アンヴィルの装甲へと突き立つ閃光。 同時に複数の砲撃が目標を直撃、装甲下より湧き出していた触手を根こそぎ吹き飛ばした。 攻撃は更に続く。 『FOX3』 足下の強襲艇、その下部で赤い光が炸裂。 直後に白煙を引きつつ、6基の飛翔体が目標へと突進を開始する。 多目的ミサイル、射出。 更に、全身を揺さ振る小刻みな振動と共に、青い光が連続して機首の下方で瞬く。 30mm電磁投射砲による掃射だ。 強襲艇は掃射を続行しつつ、急加速を掛ける。 ギンガから念話。 『スバル、用意は良い!?』 『勿論!』 答えつつ、右手を強く握り締める。 戦闘機人としての機能を覚醒させ、自身のISである振動粉砕を軽く発動させるスバル。 その時、各強襲艇より放たれた数十基のミサイルがアンヴィルへと着弾し、凄まじい爆発が宙空を埋め尽くした。 30mm電磁投射砲の掃射が止み、機体は螺旋軌道を描く様にして目標の最終視認位置へと向かう。 敵性体が未だ活動していたとしても、波動砲に引き続きこれだけの砲撃とミサイル、電磁投射砲の掃射を浴びたのだ。 装甲は殆ど残ってはいないであろう事を考えれば、彼女自身の振動拳かエリオのメッサー・アングリフで仕留める事ができるだろう。 縦しんば装甲が残っていたとしても、チンクのランブルデトネイターで爆破すればかなりの損傷を与えられる筈だ。 3方からの同時奇襲、如何に重力を操ったとしても、それら全てを回避する方法は無い。 『行け!』 パイロットからの通信と共に機首が下がり、急激に下方へと軌道を変更する。 その瞬間に合わせ、スバルはギンガと共に機体を蹴って飛び出した。 途端、背後へと引き摺られるかの様な強い偏向重力が全身を襲う。 ギア・エクセリオンの状態であるマッハキャリバーを重力作用方向へと向けウイングロードを展開、同様の措置を取ったギンガと並ぶ様にして宙を滑走し始めた。 『重力がこっちに作用してる!』 『チンク、ノーヴェ! そっちはどう!?』 『問題ない、行くぞ!』 スバル達の突進を妨げる偏向重力は、しかし目標を挟んで反対方向から奇襲を掛けるノーヴェ達には格好の加速環境となっている様だ。 未だ消えぬ爆炎の中では、魔力光が連続して瞬いている。 恐らくはアンヴィル主砲の砲撃だろう。 どうやらアクラブは、見事に敵の照準を引き付けているらしい。 『取り付いた!』 『こちらチンク、これより残存装甲の爆破に移る!』 途端、偏向重力作用方向が逆転する。 どうやら装甲に取り付いたノーヴェ等に目標が気付き、偏向重力で以って引き剥がそうと試みているらしい。 だがそれは、今度はスバル等に最適の加速環境を与える事となった。 『ギン姉、今だよ!』 『分かってる!』 ウイングロードを頭上へと90度まで湾曲させ、火花を散らしつつその上を駆ける。 「AC-47β」によって増幅された魔力で以って展開されたウイングロードの先端は、既に目標表層部へと突き立っている筈だ。 振動粉砕の出力を上げ、接触の瞬間に備える。 直後、爆炎を切り裂き現れる、濃紺青の鉄塊。 「はぁぁあああッ!」 ギンガが先行、裂帛の気合いと共にリボルバーナックルを振り下ろす。 本来ならば魔導師の攻撃程度では傷も付かぬ筈の装甲は、度重なる攻撃の損傷から衝撃に耐える事も出来ずに粉砕され、5m程に亘る巨大な穴を穿たれた。 破壊された装甲内部より覗く、醜悪な肉塊。 そして、咄嗟に飛び退くギンガを追う様にして、血飛沫と共に無数の触手が肉塊より出現する。 『この化け物!』 念話と共に殺到する、複数の砲撃。 消し飛ぶ触手、宙へと飛び散る抉れた肉塊の破片。 その光景を視界へと収めつつスバルは更に加速、雄叫びと共に振り被った右腕を振り抜く。 「っりゃああああぁぁぁぁッ!」 衝撃、轟音。 リボルバーナックルが肉塊へと打ち込まれ、螺旋運動を付加された振動エネルギーが寄生体666の全体を侵す。 ほぼ同時、振動拳とは別の巨大な衝撃が、666の巨大な体躯を震わせた。 『爆破したぞ、やれ!』 チンク、ランブルデトネイター起爆。 直後に振動エネルギーが、肉塊の各所を内部から食い破る。 鈍い破裂音と共に、これまでを上回る勢いで噴き上がる血液と肉片。 破裂は1箇所に留まらず、666の其処彼処で肉塊が弾け飛ぶ。 仕留めたか、と安堵するスバルだったが、直後に飛び込んできた念話に意識が凍り付いた。 『スバル、逃げて!』 反射的に視線を上げれば、砲塔に穿たれた魔導砲の砲口が、破壊された装甲の残骸上に立つスバルを捉えているではないか。 寄生体はどうやら、アンヴィルのシステムをも完全に支配下に置いているらしい。 有機部位を破壊したとしても、666はアンヴィルとしての活動まで停止する訳ではないのだ。 そんな事を思考しつつ、スバルは装甲上にウイングロードを展開、基部の陰を目指し滑走を開始する。 頭上から押さえ付けるかの様に作用する強大な偏向重力により、戦闘機人の膂力を以ってしてもそれ程の速力は出ない。 砲撃されてしまえばそれまでだが、その危惧が現実のものとはならない事をスバルは理解していた。 偏向重力により加速しつつ、直上より落下してくる金色の閃光。 『ライトニング01、接敵』 視界が白一色に染まり、衝撃が全身を打ち据える。 バリアジャケットによる防護をも突き抜けてくる鋭い破裂音に聴覚が麻痺し、一瞬ながら周囲の状況が完全に不明となった。 直後に光の残滓が消え去った視界には、砲塔であった物の残骸の上に立つエリオと、血飛沫と共に装甲より引き抜かれるストラーダ、そのカートリッジシステムに装着された「AC-47β」より噴き出す圧縮魔力の光が映り込む。 次いで、全身を襲う浮遊感。 『666の活動停止を確認。偏向重力消失、無重力状態へと移行』 足下、装甲の残骸を蹴り666より離れる。 念の為に慣れない飛翔魔法を発動し、中空に身体を固定。 傍らに寄ってきたギンガ、チンクやノーヴェと共に機能を停止したアンヴィル、666の死骸を眺める。 拉げた砲塔と僅かに残った基部、機体の其処彼処から覗く肉腫と触手。 無重力状態の中、大量の血液を噴き出すそれから離れる人影。 エリオだ。 『・・・アイツ、あんな所から』 ノーヴェの独り言の様な念話に、スバルは頭上を見上げる。 視線の先には、接近してくる強襲艇の影。 次いでノーヴェへと視線を向けると、彼女は軽く首を振りつつ呟く。 『あの強襲艇、4kmは離れていたぞ。其処から5秒足らずで突っ込んできたんだ』 『最後の1kmで姿が掻き消えやがった。再加速したんだろうが、もうアタシの眼じゃ追えない』 チンク、そしてノーヴェの言葉に、スバルは強襲艇へと乗り込むエリオの姿を改めて視界へと捉える。 先の迎撃戦に於ける攻撃もそうだったが、現在のエリオの戦い方には嘗ての面影が殆ど見受けられない。 複雑で緻密な技巧の一切を切り捨てたかの如く、只管に大出力を活かした突進を以って敵性体を貫くその様は、騎士というよりは発射されたミサイルと表現する方が相応しく感じられる。 魔導師が音速を突破する事、それ自体は不自然な事ではない。 数こそ少ないものの、フェイトを始めとして実行可能な魔導師は実際に存在するのだ、 だがノーヴェの言葉が正しければ突進時のエリオは、少なくとも秒速1000m以上もの速度に達していた事になる。 幾らストラーダに複数箇所の違法改造が施されているとはいえ、明らかに異常な速度。 物理的な意味での異常ではなく、近接戦闘を主とする騎士がその速度に達する事、それ自体が異常なのだ。 通常、それ程の速度が必要となる敵性体が相手ともなれば、近接戦闘特化型であるベルカ式を用いる魔導師の出る幕はほぼ無いと言って良い。 それこそなのはの様な砲撃魔導師が出張るか、そもそも通常の敵性体がその速度に達する例がごく稀である事を鑑みれば、次元航行艦を始めとする魔導兵器の土壇場である。 戦域が限定空間でもない限り、フェイトですら近接戦闘を挑もうとは考えもしないだろう。 その速度が求められる要因が敵性体の防御の厚さであるならば猶更で、そういった目標は貫通力に優れた集束砲撃魔法によって撃破する事が常だった。 だがエリオは、常軌を逸した速度に物を言わせて、敵性体の防御を貫く戦法を取っている。 まともではない。 あれだけの速度での突進を受ければ、たとえ非殺傷設定であっても衝撃だけで対象を即死させる事が可能だろう。 しかも、問題はそれだけではない。 目標精密空間座標特定、対風圧障壁展開、接触時衝撃緩和、軌道保持。 魔力噴射と魔力刃の展開のみならず、これだけの事を同時にこなさねばならないのだ。 スバルが知るエリオの力量でそれら全てを実行するとなれば、それこそ2度か3度の使用で意識が飛びかねない。 眼前で実行されたそれなど、たった1度の突進で「AC-47β」のエネルギー蓄積率が臨界を迎えていた。 それは即ち、当たりさえすれば如何なる敵であろうと一撃で屠れる程の威力を秘める反面、それが失敗した際には続く攻撃手段が存在しない事を意味しているのだ。 命中すれば敵が死に、外れれば自身が死ぬ。 エリオが行っている攻撃は、そういうものだ。 否、たとえ命中したとして、彼の身体が無事である筈がない。 バリアジャケットと衝撃緩和魔法によって護られているとはいえ、超音速に達しながら生身で敵性体表層へと「着弾」しているのだ。 全身の筋肉は至る箇所で断裂し、骨格は崩壊寸前にまで傷め付けられている事だろう。 だが、それでも彼は顔色一つ変えずに、いとも平然と次の行動へと移っている。 考えたくはない可能性だが、戦闘機人と同じく肉体の機械的強化を実行したのか、或いはナノマシンによる高速復元を用いているのか。 『666沈黙。C-12エリア周辺域の偏向重力は完全に消失しました。しかしGエリア周辺域は依然・・・』 管制室からの報告に、スバルは自身の思考を打ち切る。 エリオの事は気になるが、今はそれどころではない。 このエリアの重力異常を引き起こしていた敵性体は排除したものの、依然としてG-08エリアを中心とする重力偏向域は健在なのだ。 そして報告によれば、アンヴィルはまだ8機が健在の筈である。 残る重力偏向域の発生源は、間違いなくこの内の数機だろう。 コロニー自体と生存者の被害は既に甚大だが、この666という敵性体が打倒し得る存在である事は確かめる事ができた。 後は、1機残らず叩き潰すだけだ。 スバルは周囲に念話を飛ばす。 『このまま行こう。魔導師と強襲艇も集まってきているし、次はペレグリン隊も加わる。纏めて片付けるよ』 『ヤタガラスもこちらへ向かっているそうだ。街が火の海になる前に始末を・・・』 『警告! FからHエリア全域、偏向重力増大! 最大検出重力値43G、基部構造物の変形を確認!』 膨大な質量の金属塊が捻じ切られるかの様な、巨獣の咆哮にも似た異質な轟音。 咄嗟にGエリア方面へと視線を投げ掛ける。 視界へと映り込むは、渦を巻く灰色の壁。 『・・・嘘でしょ?』 それは、コンクリートの渦だった。 地表部から引き剥がされたありとあらゆる構造物が、複数方向からの偏向重力の干渉によって圧縮され、渦状に回転しているのだ。 恐らくは数億トンにも達するであろう瓦礫の集合体が、スバル等をその中心へと誘うかの様に蠢く光景は、見る者に形容し難い恐怖感を齎すものだった。 呆然とした様を隠す事もなく、ノーヴェが呟く。 『あれ・・・全部、ビルか?』 『多分・・・!』 瞬間、瓦礫の渦の中心に閃光。 スバルを含め、4人全員が咄嗟に散開する。 直後に空間を突き抜ける魔力砲弾、6発。 弾体通過に伴う衝撃波に煽られ、スバルの意図よりも更に長距離へと飛ばされる。 何とか体勢を立て直し瓦礫の渦へと視線を向けると、更に十数回に亘って閃光が瞬いた。 『回避だ!』 その警告と同時、各機が回避機動へと移行。 アクラブ及び到着したペレグリン隊のR戦闘機群は危なげも無く砲弾を躱し、第1陣の強襲艇群も何とか全機が回避に成功する。 だが、増援の強襲艇群は違った。 恐らくは自動操縦であろう機体も含め魔導師隊を乗せた数十機のそれらは、5機毎に編隊を組みつつ戦域へと接近していたのだ。 更に、無重力下で周囲に浮遊する巨大な瓦礫を避ける為に、其々の編隊はごく近距離に展開していた。 その為に満足な回避機動を取る事もできず、10機前後の機体が砲弾の直撃を受けてしまう。 直後、白い閃光がスバルの視界を覆い尽くし、先程とは比較にならぬ程に強烈な衝撃が全身を襲った。 「うあああぁぁッ!?」 全身を打ち据える衝撃と意識を揺さ振る轟音に、思わず悲鳴を上げるスバル。 Sランク砲撃魔法に相当する集束魔力を30cm前後にまで凝縮しているという魔力砲弾は、強襲艇の装甲を容易く撃ち抜き、更にその内部で凝縮魔力を解放し巨大な魔力爆発を引き起こしたのだ。 吹き飛ばされる身体を何とか制御し、漸く強襲艇群の方向を見やった時には、既に20機程が撃墜されていた。 拡がりゆく炎の帯を見つめながら、スバルは我知らず拳を握り締める。 管制室より通信。 『魔導師隊および強襲艇は退避して下さい! 残る敵性体はR戦闘機が引き受けます!』 スバルの眼前、下方より強襲艇の機体が浮かび上がる。 その開放されたハッチから身を乗り出すギンガの姿を捉え、彼女は迷う事なくハッチ内部へと滑り込んだ。 ハッチ閉鎖。 「スバル、無事!? 良かった、随分と遠くまで吹き飛ばされたみたいだったから」 「このまま退避するの?」 ギンガの言葉が終わるのを待たず、スバルは問いを発した。 見れば、機内にはチンクとノーヴェ、ウェンディとランツクネヒト隊員の姿もある。 チンク等は一様に何処か強張った表情を浮かべ、続くギンガの言葉を待っている様に見えた。 「砲撃魔導師ならともかく、近接戦闘型の私達にできる事はもう無い。このままAエリアまで戻って非戦闘員の誘導に当たりましょう」 「誘導って・・・何処へ逃げるんスか? そう遠くない内にコロニー全体がスクラップになっちまうッスよ?」 「それは・・・」 ウェンディの発言に、ギンガの言葉が途切れる。 そう、このまま案全域へと脱したとして、666の移動と共に重力偏向域が拡大する事は火を見るより明らかだ。 R戦闘機群が短時間で666を排除する可能性はあれど、たとえ楽観的なその推測が現実のものとなったとしても、その後にこのコロニーが正常な機能を維持している確率は限りなく低い。 一体、非戦闘員を何処へ運ぶというのか。 答えたのは、ランツクネヒト隊員だった。 『非戦闘員はベストラへ移送する』 「ベストラへ?」 『一応は軍事施設だからな。少々窮屈だが、このコロニーよりは遥かに強固だ。自律推進機能もある事だし、どんな状況にも対応できる』 「輸送艦の準備は・・・」 『もう暫く掛かる。準備が整うまでに何とか誘導を・・・』 突き上げる様な衝撃。 隊員の言葉は言い切られる事なく途切れ、全員が天井面へと叩き付けられる。 スバルは咄嗟に腕で頭部を庇ったが、それでも凄まじい衝撃が全身へと奔った。 僅かに呻き、しかしその声はすぐに小さな悲鳴へと変わる。 天井面へ叩きつけられた際と同等の勢いで、今度は床面へと叩き落とされたのだ。 全身を強かに打ち付け、それでも何とか身を起こせば、同様に呻きつつも意識を保っている他の4人の姿が在った。 ノーヴェが肩を押さえつつ、叫ぶ。 「何だよ、今の!」 「偏向重力か? もう此処まで!」 『違う。一瞬だが、慣性制御システムが停止したらしい。コックピット、何があった』 立ち上がろうとするギンガに手を貸し、スバルは軽く腕を振る。 異常は無い。 安堵に息を吐くが、傍らから発せられた声に不穏なものを感じ取り、振り返る。 『ダレン、応答しろ。どうした?』 コックピットへと呼び掛ける隊員。 恐らくはインターフェースによる通信も併用しているのだろうが、どうにもパイロットからの応答が無いらしい。 数度に亘って呼び掛けを行った後、彼は壁際に備えられたラックから自動小銃を取り外し、弾倉を点検しつつ言葉を発する。 『コックピットを確認してくる。何かあったのかもしれない』 「パイロットのバイタルは?」 『周囲のバイタルが残らず消えている。システム自体が沈黙した、だけなら良いんだが』 言いつつ、安全装置を解除する隊員。 ふとスバルは、自身の内に沸き起こる言い知れない不安に突き動かされる様にして、意識せず言葉を発していた。 「私も行く」 『様子を見に行くだけだ、すぐに終わる』 「バイド相手に油断なんか論外でしょう」 コックピットへと足を進める彼の後に続くスバル。 チンクも同行するつもりらしい。 隊員を先頭に1つ目のドアを潜り、コックピットへと続くドアの前に立つ。 だが、ドアは開かない。 「壊れているのか」 チンクの問いに答えず、隊員はウィンドウを展開して何らかの操作を施す。 数秒ほどで終了したらしく、彼はウィンドウを閉じると自動小銃を構えた。 手を翳し、スバル等に壁際へ位置する様に指示を出す。 『開放する』 そして金属音と共に、分厚いブラストドアが開放された。 先頭の隊員に続き、スバルはコックピット内部へと突入しようとして。 『来るな!』 唐突に発せられた警告を聴き留めながらも間に合わず、彼女はコックピット内部へと滑り込む。 視線の先、呆然と立ち尽くす隊員の姿。 その、向こうには。 「ッ・・・!」 「スバル、何が・・・!」 散乱するコンクリートの破片、圧縮された空間。 左舷側を押し潰されたコックピット、壁面に密着している床面。 その僅かな隙間から突き出す、装甲服に覆われた人間の右腕があった。 「う・・・!」 『退がってろ!』 コックピット内を染める夥しい量の血液。 噎せ返る様な鉄の臭いに思わず声を漏らすスバルを余所に、隊員は残された右舷側の座席に着くとコンソールに指を走らせる。 操縦の大部分はインターフェースを通じて行うのだろう、座席横の操縦桿を握る様子はない。 吐き気を堪えながらチンクと共にその様子を見守るスバルだったが、すぐに焦燥を滲ませる声が上がった。 『クソ、瓦礫が・・・』 「どうした?」 『瓦礫が向かってくる! これは砲撃だ!』 隊員の言葉と同時、スバル等の前にウィンドウが展開される。 其処に映る光景に、彼女は息を呑んだ。 灰色の渦の中心域から、何かが飛来してくる。 明らかに人工物と判る、その直線的な外観を持つ物体とは。 『ビルだ! ビルが飛んでくる!』 直後、一切の前触れなく襲い掛かった衝撃に、スバルは為す術なく壁面へと叩き付けられる。 次いで天井面へ、床面へ、再度壁面へ。 周囲の構造物だけでなくチンクとも衝突を繰り返し、更に座席に着く隊員とも接触して彼を弾き飛ばす。 自身のものか、それともチンクのものかも判然としない悲鳴が響く中、最後に床面へと叩き付けられたところで漸く衝撃が収まった。 「っ・・・う・・・」 悲鳴を上げる全身に力を入れ、よろめきつつも身体を起こすスバル。 額からは血が流れていたが、それを拭う余裕すら無い。 周囲を見渡すと、チンクは意識を失ったのか微動だにせずに倒れ伏し、ランツクネヒト隊員は頭部を振りつつぎこちない動きで立ち上がろうとしていた。 微かに咳き込み口内の血を吐き出すと、スバルは幾分掠れた声で隊員へと問い掛ける。 「今のは・・・?」 『済まない、瓦礫を回避できなかったんだ。この機体はB-19エリアに墜落した』 スバルの問いに答えつつ、彼は展開したウィンドウ上に忙しなく指を走らせ始めた。 どうやら機体の状態を確認している様だが、瞬く間に赤い点滅に埋め尽くされてゆくウィンドウが損傷の激しさを如実に物語っている。 彼は10秒ほど操作を続け、ウィンドウを閉じると小さく悪態を吐いた。 『クソ、エンジンも慣性制御も死んでいる。コイツはもう駄目だ』 「じゃあ・・・」 『脱出しよう。彼女を起こしてくれ』 少々ふらつきながら、彼はコックピットを出る。 スバルはチンクに深刻な傷が無い事を確かめるとその肩を揺すり、彼女の意識を呼び覚ました。 覚醒した直後は僅かに混乱していたチンクだったが、機体を捨てる事を告げられるとすぐに行動を開始する。 「周囲の状況は?」 「取り敢えず出てみないと分からない。墜落って言うんだから、地面は在ると思うけど」 「怪しいものだな」 兵員輸送室へ入ると、格納室へと続くドアの前でノーヴェが2人を待っていた。 彼女は頭部より出血するスバルと腕を押さえるチンクを目にするや、焦燥を隠そうともせずに声を上げる。 「その怪我・・・」 「姉は大丈夫だ。スバルも大した傷ではない」 「そういう事」 そうしてノーヴェを促すと、彼女はギンガとウェンディは後部ハッチの開放に当たっていると告げた。 どうにも瓦礫が邪魔をしているらしく、戦闘機人の膂力で以って無理矢理にハッチを抉じ開けようとしているらしい。 だが、格納室へと入ったスバル等の視界へと飛び込んできた光景は、歩兵携行型ミサイルの弾頭を分解するランツクネヒト隊員の姿だった。 何をしているのかと、スバルは傍らのギンガに問い掛ける。 「ギン姉、何してるの?」 「・・・ハッチは開きそうにないわ。機体の上にビルが丸ごと1つ圧し掛かっているみたいなの」 「生き埋めって事か」 「幸い、すぐ下に空洞が在るみたいでね。床を爆破して脱出するしかなさそうよ」 『終わったぞ、退がってくれ』 隊員の言葉にそちらを見やると、彼はスプレー缶の様な物から床面へと吹き付けたゲル状物質の中央に、分解した弾頭の内部機器を張り付けているところだった。 彼は小さなチップの様な物を張り付けた機器の中から抜き出し、それをヘルメットの後部に挿入する。 そして、誘導に従い全員が兵員輸送室へと退避すると、彼は伏せるように指示し、呟いた。 『起爆する』 轟音。 機体が震え、一時的に聴覚が麻痺する。 肩を叩かれ身を起こすと、隊員は格納室へのドアを開けようと苦心していた。 どうやら爆発でドアが歪んでしまったらしく、装甲服による筋力増強が在るとはいえ、彼の独力では開放にまで至らない様だ。 すぐにスバルとノーヴェが手を貸し、3人掛かりでドアを抉じ開ける。 火花が散り、小さな炎が其処彼処に揺らめく中をどうにか進んで行くと、床面に大穴の開いた格納室へと辿り着いた。 ウェンディが穴の中を覗き込む。 「見えた、トラムの路線ッス・・・下はショッピングモールか何かだったんスかね。随分奥までブチ抜いちまったみたいッスよ」 「深さは?」 「40mってとこスかね・・・ああ、周りは所々が崩落してるから、身体を引っ掛けながら降りるのはなしッスよ」 その言葉に隊員の方を見やると、彼は小さく肩を落として溜息を吐いた様に見えた。 周囲からの視線が煩わしいのか、ヘルメットに手をやり、暫し無言。 やがて手を離すと、何処か装った様に無感動な声色で言葉を発する。 『済まないが、誰か下まで降ろしてくれ』 小さく噴き出す音。 ウェンディが口元に手をやり、顔を背けていた。 ノーヴェはにやつき、チンクは肩を竦める。 ギンガは何処か同情の滲む視線を隊員へと向けていた。 その4人の反応が気に入らなかったのか、彼は首を回して特に反応を示さなかったスバルへとゴーグルを向ける。 数瞬ほど呆けていたスバルだが、やがて小さく笑みを浮かべると、にこやかに言い放った。 ちょっとした嫌がらせ、色々と蓄積した鬱憤を晴らす為の、ささやかな報復だ。 「お姫様抱っこで良いです?」 * * 「ナカジマ一等陸士の搭乗機が撃墜されました」 その報告を受けた時、よくも動揺を表に現わさなかったものだと、ティアナは自身を褒めてやりたかった。 彼女の視線の先、遥か30km前方では数億トンもの瓦礫が渦を巻き、周囲のあらゆる構造物を破壊し尽くしている。 それだけではなく、数分前からは瓦礫による「砲撃」が開始されていた。 偏向重力をカタパルトとして打ち出される、数百万トンもの「砲弾」。 しかもそれらは1つや2つという数ではなく、数十もの未だ造形を保つビル群が散弾の如く放たれるのだ。 更にその「弾速」たるや、明らかに魔導師が回避できる速度ではない。 現にランツクネヒトの強襲艇ですら、飛来する瓦礫を躱し切れずに衝突、次々に撃墜されている。 如何に強固な装甲とエネルギー障壁を有するとはいえ、数百万トンの質量による衝突を受けて無事でいられる筈もない。 直撃を受けてなお、半数の機体が瓦礫を貫き飛行を続けている時点で異常ではあるのだが、それでも連続して襲い来る純粋質量攻撃に耐え切れはしないのだ。 いずれは墜落し、膨大な質量によって押し潰される。 そして何より、敵の攻撃は瓦礫による砲撃だけではない。 搭載する戦術級魔導砲による砲撃も、瓦礫の投射と同時に実行されているのだ。 今のところ、魔導師の出る余地は無い。 スバルやチンク、エリオ等の攻撃によって汚染されたアンヴィルの1機を撃破したとの事だが、あの瓦礫の渦の中心には更に8機の同型敵性体が存在している。 だが、近接戦闘特化型魔導師は言うまでもなく、現状では砲撃魔導師ですらできる事は無い。 あの瓦礫の渦を躱しつつ目標に有効打を与えるともなれば、攻撃はR戦闘機に任せる他ないのだ。 ティアナとて、それは理解していた。 敵は強大な魔導兵器であり、元々からして魔導師が相手取るべき存在ではない。 そんなものを撃破できたスバル達が、異常と云えば異常なのだ。 後はR戦闘機群に任せ、目標撃破の報告を待てば良い。 解ってはいる、解ってはいるのだが。 「戦況は?」 「膠着状態・・・いえ、徐々に押し込まれてきています。アクラブが波動砲の出力制限解除を要請しましたが、管制室はこれを却下。同様にペレグリン隊からの要請も既に却下されています」 「敵どころかコロニーそのものが保たない、か」 これである。 魔導師隊の退避を促し前面に出たは良いが、予想に反しR戦闘機群はこれといった有効打を与えられずにいるのだ。 Iエリア方面からはヤタガラスとシュトラオス隊の4機が攻撃を仕掛けているが、そちらからもこれといって有効な打撃を与えたという報告は無い。 瓦礫の砲撃による被害は既にこのAエリアにも達しており、被害は秒を追う毎に拡大してゆく。 つい先程も、ティアナ達の布陣するビルから数kmほど離れた地点にビルが落下し、周囲の数棟を巻き込んで一帯が崩壊したばかり。 全力での砲撃が禁じられた今、R戦闘機群は敵性体の砲撃を躱しつつ、Aエリア及びIエリア方面へと飛散する瓦礫を迎撃する事で手一杯だ。 役立たずめ。 遥か前方で炸裂する青い閃光を眺めつつ、ティアナは内心で悪態を吐く。 瓦礫の完全な迎撃には及ばず、かといって過剰な破壊力の為に波動砲の最大出力による殲滅は実行できない。 ミサイルやフォースを介しての光学・実弾兵器による攻撃も、膨大な質量の防壁に阻まれて敵性体にまで到らない。 全くの役立たずである。 「駄目ね、これは」 「管制室はコロニーの放棄を決定。総員、誘導に従い直ちに最寄りの港湾施設へ集合せよとの事です」 微動だにせず渦の中心を見つめ、ティアナは思考する。 重力偏向域内に生存者が在ると仮定しても、その数は2桁が良いところだろう。 40Gもの重力に曝されて、生命活動を保っていられる人間など存在しない。 精々が重力偏向域の端部に浮かぶビルの残骸、その内部で身動きが取れなくなっている生存者程度のものだ。 救出活動など無意味、1秒でも早くコロニーを脱出する他ない。 だが、その前に。 「輸送艦、出港準備完了。搭乗を開始しました」 「生存者の数と搭乗完了までの時間は」 「確認された生存者数は現在のところ35038名、搭乗完了まで1200秒程度。しかし各艦は収容限界に達すると共に順次出港を予定」 「半数が出港したところでセキュリティを破壊、管制室に向かうわ。足の確保は?」 「既に小型輸送艇を確保しています。勿論、第97管理外世界の物ではありません」 轟音と震動。 またもビルが降り注ぐ。 非戦闘員は混乱の極みにあるだろうが、優秀な誘導システムと各勢力の懸命な努力によって、大多数は滞りなく避難を進めていた。 魔導師は非戦闘員と共に退避し、ランツクネヒトと地球軍はR戦闘機群を除き非戦闘員の輸送に追われている。 その他の勢力が有する戦力も既にコロニー外壁へと移動し、輸送艇による回収を待っている状態だ。 状況は完全に、ティアナの意図した通りに進行している。 敵性体がもう少し派手に暴れてくれれば、計画は盤石なものとなるのだが、高望みする訳にもいかない。 何より敵性体には、R戦闘機群との戦闘をできる限り長引かせて貰わねばならないのだ。 被害が過剰に拡大すれば、間違いなく彼等は最大出力での砲撃に打って出るだろう。 そうなればティアナの計画は泡と消え、彼女達自身もコロニーと共に消滅する事となる。 それでは意味が無い。 何としても情報を入手し、それを外部へと伝えなければならないのだ。 「異層次元生命体、ね・・・」 高次侵略性異層次元生命体。 ランツクネヒトより提示されたバイドに関する情報、その中に記されていた名称である。 異層次元の狭間より22世紀の第97管理外世界へと出現し、破壊と暴虐の限りを尽くした悪しき存在。 文明を蝕み生態系を侵す、完全にして最悪の生命体。 質量を持つ粒子によって構成されながら同時に波動としての性質を備え、実体の有無に関らずあらゆる存在に伝搬し、侵蝕する。 情報の内容そのものは、クラナガンにて捕虜となったR戦闘機パイロット達から得られたものと大差は無い。 だがティアナを含め、少なからぬ者が其処に不審を覚えた。 バイドに関する詳細な解析結果が提示されていない事は未だしも、出現に至るまでの経緯に対する推測すら記載されていなかったのだ。 幾度か独自に情報収集を試みたが、目ぼしい結果は得られなかった。 情報が隠蔽されている。 その可能性に辿り着くまで、然程に時間は掛からなかった。 地球軍も、そしてランツクネヒトも。 バイドに関する何らかの重要情報を、徹底的に隔離し隠蔽しているのだ。 「ランスター陸士、第1陣が出港しました」 「了解・・・行きましょう」 背後からの呼び掛けに答え、ティアナは屋上を後にするべく瓦礫の渦に背を向ける。 作戦が成功すれば、バイドに関する真実が明らかになるだろう。 その内容がどうであれ、地球軍に対し何らかの形での切り札にはなり得る筈だ。 そう、管理局にとって、敵はバイドだけではない。 現状に於いては一時的な協力関係を結んではいるが、いずれ決定的な敵対関係へと移行する事は明らかなのだ。 ならば、その時に少しでも敵より優位に立つ為に、得られる情報は全て集めておくに越した事はない。 この非常事態下だ。 システム中枢が持ち去られたとして、コロニーそのものが消失してしまえば、それを知り得る者は居ない。 エレベーターは使用せず、屋上から直接に道路へと降下する。 瓦礫の落下は続いているが、最早それも関係の無い事だ。 トラムステーションへと向かい、システムを掌握した車両へと乗り込む。 全員が搭乗した後、彼女は宣言した。 「A-00エリア、管制区へ」 ドアが閉じ、トラムが発車する。 今やティアナの行動を阻む者は、何処にも存在しない。 冷徹な思考に突き動かされる彼女の行動を知る者は、車両内の十数名だけだった。 * * 着々と進む爆破準備。 はやてはヴィータとザフィーラを引き連れ、コロニー外壁に佇んでその作業を見つめていた。 シャマルからの連絡は無く、またそれが望むべくもないものである事は既に理解している。 彼女はG-08エリアへと停電の調査に向かい、其処で発生した偏向重力に巻き込まれて消息を絶ったのだ。 G-08エリアのみならず、F・G・Hエリア全域については、既に避難した者を除き生存者は皆無であるとの見解が、つい先程に管制室より齎された。 これらのエリアは既に40Gを超える偏向重力に曝されており、人間が生存できる環境ではないというのだ。 犠牲者の遺体はウィンドウ越しにはやても目にしたが、その余りの凄惨さに、直視できたのは僅か数秒の事だった。 強大な重力によって拉げ、ほぼ平面となった赤い肉塊。 赤い血肉の其処彼処から突き出す白、骨格のなれの果て。 シャマルもこうなって死んだのか。 そう叫び出したくなる自身を抑え、はやては無言のままに立ち尽くす。 たとえ些細な事であっても余計な言葉を吐けば、それはそのまま周囲の全てに対する憎悪の言葉に変貌するのではないかという、恐怖にも似た確信が在ったのだ。 それは傍らのヴィータも同じらしく、彼女は先程から俯いたまま無言を貫いている。 ザフィーラは良く解らない。 普段から彼は、自身の感情を押し殺すところが在る。 守護獣としての姿を取る彼は付かず離れずの位置で警戒態勢を取ったまま、一切の感情が読み取れない瞳で以って、爆破準備に奔走する無数の人影や頭上を旋回する輸送艇群を見やっていた。 「はやてちゃん」 背後からの声。 振り返り、白いバリアジャケットが視界へと入ると、はやては掠れた声でその人物の名を呼んだ。 「・・・なのはちゃん」 名を呼ばれると、なのはははやての隣へと歩み寄る。 そのまま、先程まではやてが見つめていた爆破準備の様子を見やる事、数秒。 呟く様にして、彼女は言葉を紡ぐ。 「シャマルさんの事・・・さっき、聞いたよ」 はやては言葉を返さない。 そんな余裕は無かった。 意味の無い言葉を吐き出しそうになる口を無理やりに引き結び、視線をなのはの方へと投じる。 そして生じる、微かな違和感。 「なのはちゃん・・・スバル達と一緒に行動してたんじゃ・・・」 そう、なのははスバルとノーヴェの心を気遣い、共に行動を続けていた筈だ。 偏向重力の発生後に別れた可能性はあるが、それでもこの場にどちらの姿も無い事は、何かおかしいと感じさせるものだった。 訝しむはやての耳に飛び込む、なのはの声。 「撃墜されたよ」 瞬間、はやては自身の呼吸が止まった事を感じ取る。 自分は随分と間の抜けた顔をしているのだろう、そんな事を考えもした。 自身の傍ら、なのはとは反対の方向からの声が鼓膜を震わせる。 「なに・・・なに言ってんだよ、なのは・・・撃墜ってどういう事だよ」 ヴィータだ。 彼女は声の震えを隠そうともせずに、なのはへと問いを投げ掛ける。 対するなのはは、何処か虚無感すら感じさせる静かな声色で、ヴィータからの問いに答えた。 「搭乗していた強襲艇に、ビルが直撃して・・・そのまま、Bエリアに墜落したみたい」 「連絡は、何か連絡は無かったのかよ?」 返されたのは、沈黙。 耳に届いた小さな音にヴィータの方を見やれば、彼女はグラーフアイゼンの柄に額を押し付ける様にして、外殻へと両の膝を突いていた。 小さく何事かを呟いてはいるが、その内容までは聞き取れない。 そしてはやてもまた、なのはへと掛けるべき言葉を見付ける事ができなかった。 沈黙を破ったのは、第三者からの通信。 『起爆準備完了。総員退避せよ』 途端、展開されるウィンドウと鳴り響く警報。 「WARNING」の表示が赤く点滅し、直ちにこの場を離れろとの指示が飛ぶ。 はやては呆としたまま、ウィンドウ上で赤と黒に点滅する文字を眺めていた。 「主はやて、退避を」 ザフィーラの声。 何時の間にか人の姿をとった彼が、はやての背後に佇んでいた。 ぎこちなく頷き、この場から退避すべくはやて達は宙へと浮かび上がる。 『上手くいくと思う?』 飛びながら、念話でなのはが問うた。 その質問がこの作戦の成否を指しているのだとはやては気付いたが、即座に返す言葉を見付けられずに沈黙する。 頭上を追い抜く、数機の機動兵器。 ランツクネヒトが立案したこの作戦は、要するに敵性体の足止めを目的としたものだ。 現在コロニー内では、中心軸へと向かって渦状に偏向重力が作用している。 渦によって集められた数億トンの瓦礫は666を護る盾であり、同時に敵に対して投射する砲弾としても利用されていた。 8体の666はその渦の各所に位置し、侵蝕されたアンヴィルが有する戦術級魔導砲によって渦の外部に対し無差別砲撃を実行しているのだ。 666単体により発生する重力偏向域は、発生源である本体を中心として3km以内が垂直方向に、9km以内が水平方向へと作用している。 これらを突破して敵性体を撃破するには、波動砲による最大出力での砲撃が必要となるだろう。 だが、此処で問題が生じた。 波動砲の全力砲撃に、コロニー自体が耐えられないというのだ。 未だ非戦闘員の脱出が完了していない以上、砲撃を実行する事はできない。 かといってこのままでは、瓦礫の渦を引き連れたまま666がAエリアへと侵入してしまう。 重力偏向域がAエリアへと達する事だけは、何としても避けねばならない。 其処で立案されたのが、この作戦だった。 コロニー構造体の一部を爆破解体し、分離した部位を偏向重力に乗せてそのまま666を押し潰す。 数億トンどころではない、数十億トンもの特殊合金の塊が、40Gもの重力によってコロニー中心へと引き寄せられるのだ。 この作戦によって666を撃破できる可能性は低い。 敵性体は間違いなく偏向重力の作用方向を変えるであろうし、そうでなくとも侵食されたアンヴィルはかなりの機動性を有しているのだ。 だがそれでも、迫り来る構造体を避ける為に隙は生じる。 666が渦の外へと脱するか、或いはこちらを排除すべく外殻に現れるか。 前者であれば目標はR戦闘機群によって撃破され、後者であれば魔導師が中心となり出現直後の目標を叩く。 慣性制御が可能な機体の周囲に位置すれば666の偏向重力を無力化できる為、魔導師も積極的に攻勢へと加わる事ができるのだ。 縦しんば666が渦を脱せず、更に外殻へ姿を現す事もなかったとして、非戦闘員脱出の為の時間は稼げる。 脱出さえ済んでしまえば、それこそ何も憂える事は無い。 R戦闘機群による最大出力での砲撃、或いは遠方からのアイギスによる一斉攻撃で以って、コロニーごと全てを消し去るまでだ。 『爆破まで90秒』 6kmほど離れたところで強襲艇の1機に身を寄せ、はやて達は砲撃の準備に入る。 はやてはラグナロクを、なのははスターライトブレイカー・ブラスター3を。 ヴィータとザフィーラは砲撃に加わりはしないが、警戒の為に其々シュワルベフリーゲンと鋼の軛の発動態勢に入る。 『60秒前』 「ねえ、本当に当てにされてると思う?」 「・・・ランツクネヒトの事か?」 唐突ななのはの問いに、はやては頭上へと視線をやった。 肉眼で捉える事はできないが、漆黒の闇の中には数百機ものアイギス、そして1機のR戦闘機が潜んでいる筈だ。 重厚な外観に濃蒼色の装甲、機首に備えられた1対の前翼。 「R-9AD3 KING'S MIND」 コールサイン「ゴエモン」。 波動砲に用いられている波動粒子集束技術を応用し、質量を有する「デコイ」を複数同時構築する機能を備えた機体。 デコイは攪乱だけでなく、敵性体に対する実効的な打撃力を発揮するという。 艦隊戦などに於いては単機で戦艦にも匹敵する打撃力を発揮するというが、それがどういった形でのものかははやての知るところではない。 現時点で判明している事実は、少なくともこの機体をコロニー内部で運用する事は不可能である、といった程度の事だ。 ランツクネヒトが魔導師の戦力を高く評価している事は間違いない。 だが同時に、決してこちらを信頼している訳ではあるまい。 これがエリオやキャロ達の様に、早くから協力関係にあった者達ならば話は別かもしれないが、少なくとも後から合流した攻撃隊の面々は間違いなく警戒されている。 そして今、彼等は666の撃破に魔導師の戦力を充ててはいるが、同時にアイギスとゴエモンという安全策を用意していた。 アイギスの有する長距離光学兵器、R戦闘機のミサイル程度ならば援護に用いるかもしれないが、しかし同時にアイギスは戦術核を、R戦闘機は波動砲を有しているのだ。 最悪の場合それらを用いて、コロニーもろとも666を殲滅するつもりなのだろう。 『30秒前』 「保険は在るみたいやし、それなりには期待しとるんやと思う」 「それなりには、ね・・・」 『10秒前。8、7、6・・・』 爆破の瞬間が迫る。 コロニー構造体は3方面で爆破され、偏向重力の渦を覆う様にして内部へと引き込まれてゆく筈だ。 落下部位外縁部を爆破した後、構造体をアイギスの光学兵器が撃ち抜く手筈になっている。 後は、敵が出現するその時を待てば良い。 『3、2、1、爆破』 前方、閃光の壁が出現する。 直後に轟音、衝撃。 更に、宙空より無数の光条が連続して爆破跡へと突き立つ。 アイギスの光学兵器は継続照射型ではなく、レーザーを機銃の様に高速連射するタイプらしい。 レーザーの火線が複数、爆破跡をなぞる様に周回する。 そして掃射が止んだ直後、宙空に浮かぶはやて達の身体を揺さ振る程の衝撃が、地震の際のそれにも似た金属的な轟音と共に周囲を襲った。 はやて達の眼前で、高範囲に亘って外殻が内部へと沈んで行く。 コロニー構造体、落下開始。 『総員、攻撃態勢!』 念話が奔り、はやてはシュベルトクロイツを持つ手に力を込めた。 今は余計な事を考えている暇は無い。 此処で666の殲滅に失敗すれば、未だコロニー内部に残る非戦闘員の脱出は絶望的だ。 偏向重力によって押し潰されるか、はたまた波動砲と戦術核によって消滅するか。 いずれにしても、碌な結末にはなるまい。 『目標、急速接近!』 そして遂に、周囲に漂う粉塵を突き破る様にして、濃紺青の装甲が現れる。 再度、宙空より降り注ぐ光学兵器。 加えて強襲艇からのミサイルと電磁投射砲弾、各種機動兵器からの質量・魔導兵器による攻撃、更に高速直射弾が襲い掛かる。 はやては弾け飛ぶ濃紺青の装甲とその内部より覗く醜悪な肉塊、そして自身の側面で膨れ上がる桜色の魔力光を視界に捉えつつ、不思議に醒めた感覚と共にシュベルトクロイツを振り下ろした。 * * その奇妙な反応に、彼は並列思考の一端をそちらへと傾けた。 コロニー外殻での戦闘が開始されてから、約80秒。 既に1機の666が撃破されており、今のところ彼が攻勢に加わらねばならないという状況には至っていない。 このまま事が順調に推移するか否かは不明だが、少なくとも各爆破地点に40基ものアイギスが配置されている以上、如何に666とはいえ撃破に手古摺る事はあるまいとの考えが在った。 そんな折に、第3空洞内部の哨戒に当たっていたアイギスの1基から、奇妙な反応が報告されてきたのだ。 同様の報告は防衛艦隊も受けている筈であり、事実、艦隊旗艦であるL級次元航行艦「カルディナ」からは、直ちに反応源の調査に向かえとの指令が新たに5基のアイギスへと下されていた。 反応源の位置はシャフトタワー近辺、即ち脱出艦隊が辿った経路上である。 バイドか、と思考したのは一瞬の事。 しかし即座に、有り得ない事だと他の並列思考がそれを否定する。 シャフトタワー内部に配置されたアイギス群からは、これといった異常を伝える報告は入っていない。 即ち、シャフトタワー近辺に敵は存在しないか、或いはアイギスそのものが汚染されていると考えられる。 だが後者では有り得ない。 アイギス群は互いに、常時モニタリングを実行している。 1基でも異常が発覚すれば、すぐさま他のアイギスが対抗措置を取るのだ。 その内容は対バイド戦に適応すべくかなり過激なもので、ソフトウェアに異常が発覚すれば即座にそれを適性体としてマークする程である。 だが今、そういった類の反応は無い。 アイギス群が汚染されている可能性は、限りなく低いのだ。 では、この反応は何なのか。 解析の結果、どうやら何らかの艦艇が高速で接近しているらしい。 アイギスは敵性艦艇ではないと判別しているが、しかし同時に友軍艦艇であるとも認識していない。 否、正確には友軍に属するどの艦艇であるかという報告がないのだ。 もしこれが脱出艦隊に属する艦艇であれば、作戦は失敗したか、或いは予想以上に早く外部と接触できたという事になる。 よって迅速に真相を確認せねばならない。 『ゴエモンよりカルディナ、外殻での戦闘は順調に推移している。不明艦艇の確認に向かうべきか』 『カルディナよりゴエモン、その必要は無い。既に第107観測指定世界の艦艇が確認に向かっている。アイギスと合流の後、外部より目標艦艇を調査する』 『了解、666に対する警戒を継続する』 インターフェースによる通信を終え、彼は並列思考の幾つかを広域レーダーの反応へと集中させる。 宙間に存在する数百もの青い表示は、全て友軍のものだ。 その殆どがアイギスだが、防衛艦隊や各勢力の機動兵器のものも存在している。 そして接近する不明艦艇もまた、青いマークとして表示されていた。 これが赤くなるか、それとも艦名が表示されるのか、等と思考した瞬間。 複数の表示が、赤く染まった。 刹那、ザイオング慣性制御システムの出力を最大限にまで引き上げ、同時にスラスター出力を最大に叩き込む。 機体を拘束する一切の現象を振り切り、機体はフォースとビットを引き連れ、一瞬にして秒速250kmを突破。 デコイ・システム及び波動砲ユニット、波動粒子供給経路接続完了。 波動砲、充填開始。 何が起きたのか。 数十もの友軍表示が、一瞬にして敵性を示す赤い表示へと切り換わった。 周囲のアイギスと情報を交換すれば、どうやら友軍がバイドにより汚染されたらしい。 既にアイギス群は攻撃態勢を取っており、何時でも攻撃を開始できる状態だ。 敵性体の位置を確認し、瞬時に機体の前後を入れ替える。 そのまま減速せずにこれまでの経路を逆に辿り、彼は汚染体を確認すべく各種センサー出力を引き上げた。 だが、どうにもおかしい。 センサーを通じて得られる情報は、何処にも汚染体など存在しないという事実を示していた。 汚染体の座標に感度を集中してみても同様で、其処には友軍機動兵器、或いは友軍艦艇が存在しているだけだ。 通信を試みると、特に異状は無いとの応答が返ってくる。 何度確認しても、結果は同じ。 一体、これはどういう事か。 システムアナライザを起動、全システムをチェック。 結果は異状なし。 複数のアイギスとのサブリンクを実行、インターフェースを通じ状況を確認する。 音声ではない、純粋な情報のやり取り。 だがインターフェースを通じての処理により、提示された情報の大部分は別として、簡易な応答は言語として認識する事ができる。 『ゴエモンよりアイギス、汚染体の詳細を提示せよ』 『目標機能中枢、異常発生。IFFの消失及びバイド係数の上昇を確認。これらを汚染体としてマーク』 『それは独自の解析結果か』 『友軍艦艇とのダイレクトリンクにより情報を取得。汚染は尚も拡大中』 友軍艦艇からの情報提供に基づく、汚染体の識別。 そんな事はある筈がない。 防衛艦隊はベストラを通じてアイギスとリンクしており、艦艇からの直接リンクは不可能なのだ。 それが可能であるのは、ランツクネヒトによる改修を施された脱出艦隊旗艦ウォンロンのみである。 『ダイレクトリンク中の艦艇名は』 他に考え得るとすれば、可能性は1つしかない。 だがそれは、決して望ましいものではないのだ。 それができる存在とは、1つしか存在し得ない。 『木星軌道防衛艦隊・第2遊撃部隊所属、ヨトゥンヘイム級異層次元航行戦艦「アロス・コン・レチェ」』 地球軍艦艇。 それしか有り得ないのだ。 『ゴエモンより全軍へ、緊急!』 全方位通信。 インターフェースを用い、更に肉声で以って全軍へと呼び掛ける。 応答を待っている暇は無い。 混乱した各勢力の声を無視し、半ば叫ぶ様に続ける。 『国連宇宙軍所属、ヨトゥンヘイム級次元航行艦アロス・コン・レチェ出現、防衛網へ接近中! 目標艦は汚染されている! 繰り返す、目標は汚染されている!』 被ロック警告。 咄嗟に機体を下へと滑らせると、無数の光条が空間を貫く。 同時に、波動砲の充填率が臨界に達した。 デコイ展開、総数6機。 波動粒子によって形成されたデコイは、外観から各種反応に至るまで、彼の搭乗機であるR-9AD3と寸分も違わない。 フォースとビットでさえ、全く同様に再現されていた。 そして本体である彼の機体を含め、その全ての機首には波動粒子の集束を示す青い光が纏わり付いている。 『目標艦からの欺瞞情報により、アイギスの制御を掌握された! 現在アイギス群は、防衛艦隊戦力を汚染体と判断している! 繰り返す、アイギスの制御を奪取された!』 直後、彼は機体をほぼ反転させ、シャフトタワーの方角へと機首を向けた。 そして、砲撃。 青い閃光が光学的視界を埋め尽くし、無数の爆発が彼方までを埋め尽くす。 アイギス、30基前後を撃破。 遥か前方、何かに着弾した波動粒子が爆発する。 距離、約7200km。 『防衛艦隊は直ちにアイギスの排除を開始せよ! 最優先防衛目標はベストラ及び輸送艦群! ミサイルだけは何があっても通すな!』 複数の着弾箇所より業火を噴き減速しつつ、しかし決して停止する事なく接近してくる艦艇。 全長3700mにも達するそれは、先程の砲撃で慣性制御システムが停止したのか、後部メインエンジンの推力のみで以って航行しているらしい。 その黒々とした艦体上部、センサー類の集中する艦橋周辺に配置された6基の砲塔、計12門の砲口がこちらを捉える。 極高出力長距離光学兵器及び荷電粒子砲を搭載した、半自動選択式多機能砲塔。 更に艦体前部に位置する宙間巡航弾のハッチが開放され、無数の被ロック警告がインターフェースを通じて意識へと鳴り響く。 波動砲、再充填開始。 フォース・コントロールシステム、対空レーザー選択。 再びザイオング慣性制御システムの出力を引き上げ、アロス・コン・レチェの下方へと潜り込むべく機動を開始する。 だが、周囲の空間を埋め尽くすアイギスより掃射される光学兵器の火線が、それを許さない。 目標移動速度、秒速59km。 再度加速中。 『ゴエモンよりアクラブ、直ちに応援を要請する! シュトラオス隊、直ちにアイギスの排除に当たれ! コロニーが攻撃対象になるのも時間の問題だ!』 『アクラブより全軍!』 あらゆる方位より放たれる光学兵器を回避しつつ、何とかアロス・コン・レチェへの攻撃を試みる彼の意識に、アクラブからの通信が飛び込む。 形成したデコイをアイギスに衝突させ、連続して8基を撃破。 更に多目的ミサイルを発射し、その爆発に5基を巻き込む。 急激に機首を引き上げズーム上昇。 波動砲充填率、臨界。 再度、砲撃を実行しようとして。 『Aエリア外殻、戦術核の起爆を確認! 繰り返す! コロニーに戦術核が着弾した!』 至近距離のアイギス群より、18基のミサイルが発射される。 戦術核弾頭搭載宙間迎撃用ミサイル。 明らかに回避不能であると分かるそれらが、高速で機体へと迫り来る様をインターフェース越しに意識へと捉えつつ、彼は無感動にトリガーを引く。 直後、青と白の閃光が彼の視界を塗り潰した。