約 1,161,789 件
https://w.atwiki.jp/aniwotawiki/pages/14433.html
登録日:2011/07/03 (日) 21 46 43 更新日:2024/07/28 Sun 14 35 22 所要時間:約 5 分で読めます ▽タグ一覧 R-TYPE どうあがいてもバイド アイレムエンド シューティング ステージ ネタバレ項目 ハイパードライブ搭載型R-9A ファイナル波動砲 夏の夕暮れ 夢も希望もありゃしない 最終面 未来への復讐の旅 永遠より長い夏 R-TYPE FINAL 最終ステージは、ステージ5.0のボス、ファインモーション戦で 旗を壊さないor一周目 →6.0 →F-A 青い旗を壊す →6.1 →F-B 赤い旗を壊す →6.2 →F-C と、ルートが分岐して進む。なおここから先は ネタバレ注意 ステージF-A バイドとは… バイドとは、______ 人類が生み出した悪夢。_ 覚めることのない悪夢。_ …バイドとは…_____ ―回収されたボイスレコーダーより― 1周目はこのルート固定。 バイド空間でドプたんが浸かっていた培養液のような琥珀色の液体の中に入っていく自機。 背景では男女が夜のプロレスごっこに興じる姿が映る。これは何を意味しているのか…… 中では人間の塩基をもじった名前を持つ雑魚(見た目はちっこいバックベアード)(*1)が襲いかかる。フォースが当たっただけで死ぬくらい弱いが、数が尋常でなく突如現れることもあるため、油断ならない。 ボス:バイド 1のバイドと同じく通常攻撃が一切通用しない。 真ん中に大きい玉を持つ柱のような形で、小型バイドやR-9やPOWアーマー、時間経過で上下から竜巻のようなものものを飛ばしてくる。 フォースシュートすると、そのフォースを離さなくなってしまうので、フォース目掛けて波動砲をぶち当てると爆発。自機は小破し、波動砲ゲージ左のチャージ状態が「 」に変わる。 ボス本体の外装が剥がれてコントロールロッドのないフォースのような姿を現し、今度はフォースを大量に飛ばしてくる。 もちろん破壊できないフォースを避けつつ約1分間チャージし続け、フルチャージした波動砲を撃ち込むと遂にバイドは滅びる。(*2) 限界を超えて放たれたファイナル波動砲の反動で自機もショートしコントロール喪失。そのままどこかへ漂っていくのだった…… ステージF-B 夏の夕暮れ 見覚えのある場所__ 見覚えのある仲間達_ だけど......_____ ..........なぜ?___ 2周目以降選択可能なルート。 ノーマメイヤーを倒し、亜空間を脱出。なぜか自機はバイドシステムα(*3)に変質し、それに気づかぬまま、ステージ1.0に戻ってくる自機。 ステージ1.0冒頭ですれ違ったあの機体である。 そんな自機を迎え撃つのは友軍のはずのR戦闘機。 しかし敵に回すとこうも恐ろしいものなのか、まだフォースシュートとレーザーを使わないだけマシだが、初見では間違いなく矢のように飛んでくる波動砲に撃墜されまくる。特にナノマシン波動砲。だがバリア波動砲、てめーは駄目だ。 かつての仲間たちに躊躇するかもしれないが、その情け容赦ない攻撃に「畜 生! 殺ラ レル 前二 殺ッ テヤ ル!」とバイドプレイを始めること必至。 ついでにメルトクラフトの大群も地味にウザイ。 そして最後に待ち受けるのは…… ボス:R-9A アローヘッド 初代自機の同型機。伝説の始まりを飾った機体が、伝説の終わりを告げるとはなんという皮肉だろうか。 「何ダ 旧式 カヨ 余裕 余裕」と思うかもしれないが、この機体、ありえないほどTEAM R-TYPEに魔改造されている。 耐久力激高(ラスボスだから当然だけど) フルチャージのスタンダード波動砲を連射 開始時点で恐れるべきは波動砲だけなので、フォースをケツにつけて、アローヘッドのケツを追っかけていれば撃墜の心配はない。 しかし謎の爆発と共にフォースを強奪。波動砲ですらフォースでほとんど無効化し、正面だと対空レーザー、少し上下にずらすと反射レーザー、真上真下だと対地レーザーと、本来できないはずのレーザーの切り替え、ついでにフォースシュートまでしてくる。一体どんな改造したんだTE(ry 普段ならフォースでハイハイワロスな豆鉄砲も致命傷なので、これらの切れ目を上手く抜けていかないといけない。 だが、フォースを離すその時が唯一の好機。またこの時は下ががら空きなので、真下から波動砲をぶち当てるといい(ただし、メタリックドーンは真正面にしか波動砲を撃てないので、タイミングはかなりシビア)。特に右側にいる時には誘導式のデビルウェーブ砲がしっかり当たる。 アローヘッドを倒すと、夕暮れに染まる海の上を飛んでいくところでエンドロール。 なお、夕暮れ夕暮れと言ってきたが、時系列的にはステージ1.0と同じ。太陽の位置も変わらない。 つまり真っ昼間なのに、夕暮れのように見えているだけ。 バイドは琥珀色の世界を見るのだろうか。 そしてこのステージをクリアするとみんな大好きバイド系機体の開発が始まる。 夏の夕暮れ_________ やさしく迎えてくれるのは__ 海鳥達だけなのか?_____ ―回収されたボイスレコーダーより― ステージF-C どこまでも 星の海を渡っていこう___ 振り向くことなく、_____ 光を追い越し、時を翔んで、_ いつまでも________ どこまでも________ 3周目以降選択可能。 亜空間をひたすら26世紀目指して飛んでいくステージ。 ただし、イメージファイトの補習ステージ(*4)をイメージしているため、撃墜されたら残機が残っていようが、リトライ数があろうが、ゲームオーバーとなる。 全体的にステージ5.0に似ているが、敵の数が尋常じゃない。 左から右から次々と襲いかかってくるので、初見だと始まった途端にレーザー砲台にやられてゲームオーバー。 たまに広域偵察機やら流体金属とか霧の婦人とかでクリアしてしまうバイドなプレイヤーもいるが、普通間違いなく即あぼーん。 このステージに挑むなら、できれば究極互換機で、自分が考えるベストの組み合わせで行きたい。 せめてLEOとかラグナロック2とかで練習しよう。 バイドの猛攻を退け、26世紀にたどり着いた時点でエンドロールになるため、その後については不明。 ファンの間では 「未来人を滅ぼしに行った=プレイヤーこそがバイド開発のきっかけとなった攻撃的文明」 「攻撃的文明への対抗手段としてバイドの代わりとなる兵器を送った」 「26世紀において再び人類がバイドに手を出すことが無いように監視者を送り込んだ」 などいろいろ妄想されているが、どんな形にせよ待っているのが単純に平和な未来でないことは明らかだろう。 Anyway…Proud of you…… △メニュー 項目変更 この項目が面白かったなら……\ポチッと/ -アニヲタWiki- ▷ コメント欄 [部分編集] 軍の教科書に「バイド造ったの26世紀の人間」って書いてあるくらいだから、パイロットが憎しみを募らせてF-C殴りこみしたっておかしくないんだよな -- 名無しさん (2013-11-18 04 36 56) ↑もしかすると殴り込んだせいでバイドが生まれたのかも、なんて事もあるんだから救われないよなぁ -- 名無しさん (2013-11-18 06 43 25) Aルートでの人類の純粋な科学力で生まれた波動砲によるトドメや、Bルートのフォースが人間機に戻ったことを考えると、人類はバイドを克服出来たことを暗に示してるのかな。 Aルートのボイスレコーダーも、ラストステージ突入直後かラスボス撃破後に残したかで大分印象変わるし。 -- 名無しさん (2014-01-09 13 30 47) フォース奪われたのってコントロールロッド打ち込まれたからだったような -- 名無しさん (2014-01-09 13 42 06) F-Aに相応しい言葉「バイドを以ってバイドを制し、人類の叡智の力を以ってバイドを討て」 -- 名無しさん (2014-03-04 11 12 50) 26世紀ならまだバイドが進化していないから持ってきた究極互換機で過去の時代に送られる前に叩き潰す気かもしれない。 -- 名無しさん (2014-04-29 11 24 13) レオ2の最終波動砲で旗消し飛ばしたらルートはどうなるんだろ? -- 名無しさん (2014-05-28 18 52 47) 26世紀に飛んだR戦闘機が付けていたフォースがバイドの大元だったりして・・・。 -- 名無しさん (2014-06-21 23 55 55) やっぱ色んな考察が出来るな。これでSTG最後と言わずにグランゼーラで続きを作って欲しいなぁ。 -- 名無しさん (2014-07-13 18 22 24) F-Cはイメージファイト面だから本当に26世紀に飛んだんじゃなくて何かのシミュレーションじゃないだろうか バイドのルーツを探るためとか26世紀(仮)の軍隊を倒せる=最強の戦闘機(R-101)の完成とか -- 名無しさん (2015-06-28 05 37 18) 26世紀に作られたバイドが22世紀に現れせいでタイムパラドックスが起きて、25世紀末には倒すべき敵文明も守るべき地球も消えていた可能性 -- 名無しさん (2015-08-04 15 31 15) 22世紀の時点でバイドの根絶が出来ていたと考えると、バイドのいない幸せな26世紀を見に行く事が目的で、でもそこに地球は存在しなかった。みたいな絶望エンドなんじゃないだろーかと妄想している。 -- 名無しさん (2015-08-18 08 23 30) F-Cが究極互換機前提の難易度だと考えると、未来への使者かバイド発生前に破壊をもくろんでるかのどちらかじゃね -- 名無しさん (2015-09-27 00 51 43) 26世紀の人間がカーテンコールのデータを紐解いてバイドを開発したとかだと、再び幕が上がるってことで名前にふさわしい機体になるなーとか妄想してみたり -- 名無しさん (2016-10-13 05 08 05) aルートのその後ってわかっていないんだっけ。あの液体?はなんかバイドがふくまれていそうだから無事だとしてもパイロットはあかんとおもうけど。ショートする前に冷凍睡眠に入っていたとしても無事ではすまないのかな -- 名無しさん (2016-10-26 19 19 15) ところでAルートのラスボスが26世紀の人が作ったバイドで今までのバイドの親ってことでいいのかな -- 名無しさん (2016-11-23 13 59 50) F-Aで最後の波動砲外しちゃった場合はどうなるん?やられるのを待つだけ? -- 名無しさん (2016-12-06 15 24 52) ギガ波動砲7ループと同じ攻撃判定が出てるからそもそも外れない -- 名無しさん (2016-12-06 16 52 53) 要するに、バイドに当たらなくても、当たった判定になるってこと?余波とかで -- 名無しさん (2016-12-06 19 26 23) どの位置にいても当たる位判定がでかい -- 名無しさん (2016-12-06 19 31 27) f-aルートのボスが出している奴フォースに見えるんだけどマジ? -- 名無しさん (2017-01-03 21 40 30) フォースなのは間違いないだろう 何故かはわからない -- 名無しさん (2017-01-03 21 58 34) フォースが裏切るf-a、フォースが(人類の)味方をするf-b、そんな対比になってるんじゃないかなと考察。f-c?何のことですかね(すっとぼけ) -- 名無しさん (2017-01-03 22 46 42) 今までフォースシュートが決め手だったのでそのお返しをバイドがした(結果純粋なR戦闘機の兵装である波動砲で引導を渡される)のがF-A、フォースはバイドではなく人間の味方だというF-B、フォース・バイド・R戦闘機の関係に決着をつけに行ったF-C こうだと思う -- 名無しさん (2017-01-03 22 58 30) フォースもバイド -- 名無しさん (2017-01-04 05 27 21) 機体そのものを届けたってのも考えられるのか -- 名無しさん (2017-09-12 21 32 47) ノーメマイヤーとノーマメイヤー、どっちが正しいんだろうか…いろんなサイト見ても表記がバラバラで少し困りました。個人的にはノーメマイヤーだと思っているのですが -- 名無しさん (2019-04-04 13 50 31) 2リメイクステージでもしF-C選ばれたら26世紀に到達した後の事少しでも良いから知りたいなぁ -- 名無しさん (2019-06-10 05 40 31) 「Tのバイド」「ラスボスはUを除き」TとかUって何? -- 名無しさん (2020-06-11 21 46 42) 元々移植記事だから環境依存記号が文字化けしてる。だから直しといた -- 名無しさん (2020-06-11 23 17 23) 初代ウルトラマンとF-Aのモチーフは同じで、無敵の守護者たる者が敗れ、純粋なる人類の力がそれに打ち勝つことで、人類の独り立ち=幼年期の終わりを意味してるんだと思う -- 名無しさん (2021-01-30 10 39 02) 2 7.0のせいで、F-Aボスの正体がそもそもフォース(スタンダードH型)が先祖返りして成長した姿だった説出てきたなぁ -- 名無しさん (2021-05-17 14 23 25) バイドって種を相手の陣地にばらまけばそのまま相手を食いつくしてくれるお手軽兵器なんだよね。汚染地域丸ごと吹っ飛ばせば終わりだし。だもんでまた人類が手を出す可能性は多分にあるのでそれを防ぐ人を送り込むのがCルートだったんじゃないかと思う。物の継承:R-99 技術の継承:R-100 人の継承:R-101 という塩梅で。 -- 名無しさん (2021-07-26 22 31 07) F-Bは初見でフォース獲られた瞬間は感情グチャグチャになったな。それまで人類として戦ってきたのにr戦闘機に攻撃されまくるわ、よりによってアローヘッドにフォース獲られて絶望はもとより、バイド殲滅という目的も人類としてのプライドもずっとともに戦った相棒も失った孤独感で号泣しながらプレイしてたわ -- 名無しさん (2024-06-13 19 59 06) 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/ggmatome/pages/338.html
Wiki統合に伴い、ページがカタログに移転しました。
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3823.html
振動。 出撃シークエンスの起動を告げる機械音声と共に、重力偏向カタパルトへと機体の運搬が開始される。 機体下部の磁力固定装置もそのままに、パイロット・インターフェースを通じて視界内へと直接投射される外部映像が、全体的に上方へと移動。 オートリフトが下降を始め、然して間を置かずに水平移動へと移行した。 リフトには機体の物理的固定を行う機構も搭載されてはいるのだが、出撃シークエンス時には磁力固定のみを用いるのが慣例となっている。 正規のシークエンスでは、リフトがカタパルト内に到達・停止した時点で両固定装置が解除される事となっているのだが、実際には各艦独自にプログラムの改変が為され、物理固定装置のみがパイロット・インターフェースの接続と同時に解除されるよう再設定されていた。 これはパイロット達の要請を他の乗組員達が受け入れた事により実現されたものであり、今では司令部ですら黙認せざるを得ない不文律と化している。 出撃シークエンス実行時に於ける、敵性体からの攻撃。 それによって致命的な損傷を受け艦の動力が停止、若しくはバイド汚染体による艦体への侵蝕が開始された場合、艦内に固定されたままのR戦闘機群は、脱出すら不能なまま艦と運命を共にする事となる。 跡形も無く吹き飛ぶのならば未だしも、R戦闘機群が汚染されバイドと化すなど、悪夢以外の何ものでもない。 よってパイロット達は、物理固定を解除しての出撃シークエンス実行を要求した。 磁力固定の場合、物理固定とは異なり、非常時には強制的にシステムが解除される。 つまりR戦闘機群は、艦内にてその束縛を解かれる事となるのだ。 その後にパイロット達がする事はひとつ。 「脱出」である。 R戦闘機群は艦体を内部より破壊し、外部空間へと脱出する。 宛ら内部捕食性寄生体の如く、宿主たる艦の外殻を食い破り、その生命を奪いつつ自らを襲う脅威から逃れるのだ。 無論、そんな事を実行すれば艦内の人間は全滅するであろうし、非常用固有動力にて稼動しているであろう各種センサーが艦体の損傷拡大を察知すれば、汚染を避ける為に非常処理プログラムを発動させるだろう。 艦内に存在する全ての核弾頭が強制介入により起爆シークエンスを発動させ、20秒後には人工の恒星が誕生する事となる。 パイロット達は独自の判断で、核爆発の範囲外へと離脱を図るのだ。 自爆行動に核を用いるのは、とある艦載兵器を確実に破壊する為である。 「次元消去弾頭」。 単発にて恒星系に匹敵する極広域空間消滅を引き起こし、小規模異層次元ならば数百発、極大規模異層次元であっても数千発を一斉起爆させれば、当該次元そのものを完全に消滅させる事すら可能とする、対異層次元汚染空間破壊用戦略兵器。 22世紀の地球人類が生み出した、バイドに次ぐといっても過言ではない、最悪の大量破壊兵器。 当然ながら、バイドはこの兵器の存在のみならず、その技術理論すら把握しているだろう。 26世紀に於いて、バイドそのものを異層次元の果てへと放逐した兵器こそ、この次元消去弾頭なのだから。 しかし22世紀の地球では、既に完成されていたこの兵器理論に対し、更にR戦闘機群の開発途上にて得られた数々の技術を導入。 結果としてこの兵器体系は、高位空間構造の破壊による対象の異層次元への強制転送のみならず、空間そのものの破壊による対象の完全消滅を可能とするに到った。 その結果に、軍は狂喜したものだ。 新型弾頭はすぐさま実戦運用され、バイド汚染星系を丸ごと消去するという、当初の想定を上回る戦果を齎した。 終わりの見えない対バイド戦線に僅かな希望を見出した軍は、汚染の確認されている複数の異層次元に対し、計27000発もの次元消去弾頭を投入、それらの空間を跡形もなく消滅させる事に成功。 しかし此処にきて、複数の異層次元の消滅による広域空間汚染を隠蔽、意図的に無視していた代償が回ってくる事となる。 各異層次元の位相特定不能、太陽系を含む通常空間内に於ける航法すら覚束ないまでの多重空間歪曲同時乱発生。 カイパーベルト内資源採掘コロニーを目指す輸送船団は木星重力圏内へと偶発転送され地表へ衝突し、M45・プレアデス星団域中継ステーションは至近距離に転送された恒星中心核により蒸発。 太陽と地球のラグランジュポイント・L1に存在したリヒトシュタイン都市群は、都市を構成する14基のコロニー全てが突如として発生した空間歪曲により異層次元へと取り込まれ、内6基・9000万もの住民及び防衛艦隊がバイド汚染、 2年後に第8異層次元航行艦隊により発見・殲滅される事態となった。 極め付けは、第3深宇宙遠征艦隊がM33にて使用した2発の次元消去弾頭の内1発が、空間歪曲により地球と月のラグランジュポイント・L4へと転送された事件だ。 227基のコロニー群から僅か2000kmの地点に出現した、既に起爆シークエンスを起動した次元消去弾頭。 出現から7分後、弾頭はR-9Dの小隊による地球軌道上からの波動砲一斉射により破壊され事なきを得たが、この事件が地球文明圏に与えた衝撃は大きかった。 すぐさま弾頭の使用を規制する法令が組まれ、しかし艦隊司令に於いては独自の判断に基づく使用を許可するとの決定が下されるに至る。 以降、弾頭使用時には、入念な調査とシミュレーションが義務付けられる事となった。 第19世代量子コンピューター8基を用いてなお、完了までに15分もの時間を要する程の、桁外れの情報量でのシミュレートを行うのだ。 空間消滅の余波が他の異層次元へと及ぼす影響を徹底的に洗い出し、太陽系を含むオリオン腕への空間汚染が発生しないと確認された時点で初めて、弾頭起爆シークエンスが起動可能となる。 それ程までに危険で、正に破滅的としか云い様のない兵器が、新たに22世紀の地球が生み出した次元消去弾頭であった。 しかし弾頭の実用化から3年後、第三次バイドミッション終了直後に、とある事実が発覚する。 次元消去弾頭は、バイドに対し有効たり得ない。 31もの星系を破壊し、50を超える異層次元を消滅させた結果として導き出された答えが、それだった。 考えてみれば当然の事だ。 26世紀の地球は既に次元消去弾頭を開発していたにも拘らず、何故バイドという惑星級星系内生態系破壊兵器を創造したのか? 銀河系中心域に確認された、明らかに敵意を持った外宇宙生命体との接触に備えて建造されたという事実は、回収されたバイド体を調査する中で判明していた。 しかし何故、彼等はその「敵」に対し、次元消去弾頭を用いなかったのか? その答えは、異層次元にて大量に拿捕された、26世紀の地球に於ける汎用巡洋艦「マッキャロン級」管制のログから判明した。 彼等は「使わなかった」のではなく、「使えなかった」のだ。 地球人類は外宇宙の脅威に対してではなく、同文明圏内での国家間戦争に於いて、無数の異層次元に亘り数十万発もの次元消去弾頭を使用、既に取り返しが付かないまでの空間汚染を引き起こしていた。 それこそ最早、たった1発の次元消去弾頭の使用で、銀河系を含む通常空間全域が崩壊するまでに。 22世紀と同様、炸裂時に発生する空間汚染を意図的に無視し、無思慮に使用を続けた結果がそれだった。 だからこそ彼等は、次元消去弾頭に代わる局地限定殲滅兵器を必要としたのだ。 それだけ大々的に弾頭を使用すれば、当然ながら「敵」もそれを観測し、同等の兵器を開発・配備していたであろう。 即ちバイドには建造当初から、対次元消滅回避機能が搭載されていた。 26世紀に於いては、80時間にも亘る核兵器及び波動兵器の波状攻撃を受け、機能基幹部に障害が生じた際を狙っての次元消去弾頭使用により、強制的に空間歪曲の彼方へと葬られたが、正常であれば大規模空間変動を感知した時点で他の異層次元へと空間跳躍を実行していた筈だ。 22世紀に於いて開発された次元消去弾頭は、26世紀のそれと比較し更に破滅的なものと化しているが、それでも数度の使用を経て解析され、新たに対処機能が備わっている事は間違いない。 次元消去弾頭は、汚染空間の破壊については極めて有効であるが、異層次元航行能力を持つバイド体そのものを排除するには、余りに相性の悪い兵器だった。 それはR戦闘機を初めとする、異層次元間移動を容易に実行する兵器群に対しても同様であり、それらに対する弾頭の使用が為されたとして、他の異層次元への退避、または弾頭そのものの破壊など、容易に対処される事は明らかである。 昨今の対バイドミッションに於ける地球文明圏及びバイド、両勢力にて運用される兵器体系のほぼ全てが異層次元航行能力を備えている事もあり、次元消去弾頭の戦略的価値は益々低下する一方であった。 しかし極広域空間破壊という、対バイド汚染生態系ミッションに於いてはこれ以上ない程に適した特性を有する事もあり、当然ながら軍がその技術を手放す事を良しとする筈もない。 結局、汚染生態系の完全破壊を目的とし、各艦隊は弾頭の独自運用権を与えられるに至った。 R戦闘機群により敵主力及び大規模汚染生命体を殲滅し、後に次元消去弾頭により作戦領域そのものを消滅させる。 それが現在の対バイド戦線に於ける基本戦略であり、事実、第三次バイドミッション「THIRD LIGHTNING」終了直後、最終作戦領域となった電界25次元に対し軍は40発の次元消去弾頭を投入、当該次元を完全に破壊した。 異層次元航行能力を持たない大多数の汚染生命体、そして汚染状況下に於いて形成された特異環境に対する殲滅・破壊行動に当たって次元消去弾頭は、最大の効率で以って最大の戦果を上げる事のできる、最良の兵器としての地位を確固たるものとしているのだ。 因みに、バイド殲滅の為とはいえ、深刻な空間汚染状況下に於いて次元消去弾頭を使用した26世紀の地球文明圏が如何なる結末を迎えたのかについては、未だ明らかになってはいない。 否、判明しているのかもしれないが、少なくとも公表されてはいないのだ。 真相がどうであれ、バイド消失から2週間後のログを最後に、26世紀に於ける地球文明圏についての記録は途絶えている。 それ以降のログを持つ存在が回収されたという記録は、一切存在しない。 「敵」が確認されたという銀河系中心域についても調査が為されたが、汚染された26世紀の地球軍艦隊とバイド生命体以外には、特にこれといった発見も無かった。 既にバイドによって侵蝕されたのか、それとも初めから何も無かったのか。 真相は、今や闇の中である。 そして皮肉な事に、地球文明圏の殲滅を目的とするバイドが、解析した技術理論で以って次元消去弾頭を製造・使用する事は、決してない。 空間汚染を回避しつつ「敵」を殲滅せんが為に建造された生態兵器は、自身が極広域空間汚染を用いての侵蝕・殲滅を実行する存在と化した今なお、自己戦略に基づく次元消去弾頭の使用が「バイド」という兵器の存在意義を脅かすものとする、 26世紀に於いて基幹部へと組み込まれたプログラムを打破できずにいるのだ。 それは22世紀の地球にとっては幸運な事であったが、しかし何時破られるとも知れない制約であった。 よって、軍はバイドによる弾頭の奪取を防ぐ為、各艦艇に非常処理プログラムの搭載を義務付けたのだ。 近隣、または同一異層次元内に於ける、救援可能な友軍艦艇の不在。 艦艇指揮官による非常プログラム実行許可。 シミュレーションに於ける、状況離脱可能率15%未満。 その他、複数の条件が満たされた状況下に於いて、非常処理プログラムは核弾頭のシステムへと強制介入、起爆シークエンスを起動。 艦体汚染状況下ではプロセスは更に簡略化され、侵蝕率が40%を上回るか、動力炉もしくは中枢防御ラインへの侵蝕域到達を以って、弾頭の即時起爆を実行する。 そしてその際、艦艇内に存在するR戦闘機群は艦体を破壊し、独自に脱出を図るのだ。 この非情とも云える決定に対し、異議を唱える声はごく僅かだった。 それすらも外部の人間より発せられたものであり、軍内部からの反発は皆無。 当事者たる艦艇乗組員ですら、当然の決定として非常プログラムの搭載、そしてパイロット達の要請を受け入れた。 彼等にしてみれば、バイドとの交戦状況下に於いて艦を失うという事態はそのまま、自らの生存が絶望的なものとなる事を意味しているのだ。 脱出艇に乗り込もうが、最小限の武装しか搭載していない小型艇では、異層次元での生存確率は極めて低い。 それどころか、艦体汚染状況下であれば脱出自体が不可能であるか、そうでなくとも脱出直後に汚染される可能性が非常に高い。 どのみちR戦闘機だけでも脱出させる事が、当該状況下に於いて最も合理的な選択なのだ。 反発する理由など、何処にもありはしない。 尤も、非常処理プログラムの実行、そしてR戦闘機群による脱出行動を上回る速度にて侵蝕が進む例も多く、既に20を超える艦艇の完全な汚染が観測されている。 結局はこの決定も、遅きに失した対策であった。 『558、559、出撃完了。608、609、第4カタパルト到達』 『609、聴こえるか』 オペレーターから通信。 パイロット・インターフェースを通じて投影される複数のウィンドウを閉じ、彼は肉声で以って答えを返す。 「こちら609、感度良好」 『609、パイロット・インターフェースに異常は無いか?』 彼の視界の端に一瞬、赤い光が点った。 オートチェック・プログラム。 1秒にも満たない内に消えたそのウィンドウに表示された情報を、彼の脳は完全に読み取っている。 「問題ない、オールグリーン」 『609、その機体は以前のものとは違い、パイロットに対し処理面での多大な負担を掛ける。繰り返すが、ドースが80%を超え次第、B-303回路を遮断しろ』 「了解」 視界が開けると同時、機体は遥か前方へと延びる重力偏向カタパルトの内部にあった。 青い光を放ちつつ点滅を繰り返す無数の誘導灯が、機体を射出口の先に拡がる空間へと誘う。 『なお、出撃と同時、貴機は609のコールサインを解かれ、正式に単独遊撃機としてのコールサインを与えられる。任務を復唱せよ』 「惑星級人工天体内部に侵入、第88民間旅客輸送船団及び資源採掘コロニー「LV-220」までの侵入経路を確保。機動強襲連隊の侵入を以ってヨトゥンヘイム級「アロス・コン・レチェ」の座標特定及び次元消去弾頭の捜索・破壊へと移行」 『確認した。609、スタンバイ』 視界内に変化なし。 しかし機体後方より重力が加わり、ウィンドウの表示が次々に赤く染まる。 キャノピー内に外部からの力学的影響が伝わる事はないが、インターフェースを通じて機体と一体化していると云っても過言ではないパイロットにとっては、背後から突き飛ばされるかの様な不快感だ。 前回の出撃時に大破した愛機に代わり、新たに与えられた「R」。 数少ない生産機数の内1機がこの艦隊に配備されていたのは、正に奇遇としかいい様がない。 任務の傍らに実戦データを収集するべく配備されたのであろうが、元々「TEAM R-TYPE」に対し協力的とはいえないこの艦隊の事。 実際に運用される事もなく、長らくハンガーの一画を占有しているだけであった。 しかし、機体を失った彼が新たな乗機を求めた際、使用可能な機体はそれ以外に存在しなかった。 愛機の正当な後継機に当たる機体であるとは聞き及んでいたものの、碌にデータの蓄積も行われていない新型機で以って戦場へと舞い戻るのは気が進まなかったが、他に選択肢はない。 渋々ながら習熟訓練を開始し、しかし数日後にはその異常な性能に愕然としたものだ。 あらゆる面での性能が嘗ての愛機を凌駕し、しかもフォースまでが、それまでの常識では考えられないまでの総合性能を有していた。 通常の設計思想では有り得ない、良く言えば斬新、悪く言えば非常識な機体。 単独殲滅戦以外の用途など、とてもではないが考えられない過剰性能。 周囲の被害を顧みる事なく、只管に純粋な破壊のみを目的とした狂気の存在。 数度の実戦を経て、パイロットたる彼が下した評価は「正気じゃない」。 R戦闘機に対する評価としては、最大級の賛辞だった。 『609、射出』 「GO」との表示と共に、機体が爆発的な加速を開始する。 数瞬後、視界がカタパルトを後方へと置き去りにし、新たに通常宇宙空間にも似た隔離空間内の天体を映し出した。 メインノズル点火。 爆発的な推進力を得て、漆黒の機体が更に加速する。 進路変更。 木星の8倍以上の規模を持つ人工天体、地球文明圏・管理世界の両勢力艦艇及び、無数の巨大施設の残骸が集合して形成された、隔離空間内に浮かぶ鋼鉄の墓場。 無数の救難信号を発するそれらの中には、管理世界への侵入直前に消息を絶った第88民間旅客輸送船団と、メインベルトにて消失した資源採掘コロニー「LV-220」、木製軌道上にて消息を絶ったヨトゥンヘイム級異層次元航行戦艦「アロス・コン・レチェ」も含まれていた。 本来ならば核攻撃により纏めて殲滅したいところなのだが、万が一にも生存者が存在する可能性を無視する訳にもいかず、R戦闘機群による強行偵察及び侵入経路の確保を実行する事となったのだ。 そして生存者が確認されれば、後は機動強襲連隊の役目である。 閉鎖空間での戦闘に特化した彼等が生存者の救助に当たり、要救助者の確保、または全滅の確認を以って、R戦闘機群はアロス・コン・レチェの捜索・破壊任務へと移行。 彼はその先鋒として、他の数機と共に人工天体内部へと侵入するのだ。 『警告。隔離空間外縁部、時空管理局艦隊接近。総数204』 『ロック・ローモンドより全機、浅異層次元潜行開始。管理局艦隊との接触は避けろ』 艦隊からの警告。 すぐさま機体を浅異層次元へと潜行させ、管理局艦艇のセンサー網を回避する。 潜行開始の一瞬、キャノピー外の光景が揺らぐが、間を置かずにシステムが揺らぎを修正、視界が正常化された。 機体は空間位相をずらし、通常異層次元空間からの探知は不可能となる。 正確には、異層次元航行能力を持つ存在ならば探知は容易なのだが、管理局艦艇が有する技術は同一異層次元内での通常航行能力のみ。 こちらから彼等を探知する事は可能だが、彼等がこちらを探知する術はない。 隔離空間へと接近する管理局艦隊の表示を眺めつつ、彼は魔導師と呼称される存在、その中でも特定の人物についての思考へと沈む。 管理局によって拘束されたパイロット達より齎された情報、その中から判明した3人の名前。 フェイト・T・ハラオウン。 ティアナ・ランスター。 ユーノ・スクライア。 彼の愛機と交戦し、これを大破せしめた3人。 意図的ではないにしろフォースを暴走させ、結果として「デルタ・ウェポン」によるドース解放を行わざるを得ない状況へと追い込んだ、魔導師と呼称される先天的特殊能力保有者達。 できる事ならば、二度と遭遇したくはない。 デコイ・ユニット顔負けの幻影を意のままに操る少女、R戦闘機を空間固定せしめる程の強度を誇る魔力鎖を自在に発生させる青年。 そして何より、大威力の砲撃と拘束誘導操作弾を乱発する、あの女性の姿を模った「人工生命体」。 情報によれば「あれ」は、遠距離に於いては雷撃を操作し、中距離に於いては高機動射撃戦を展開し、近距離に於いては大鎌の形態を取る固有武装を以って格闘戦を行う、正しくマルチロール・ファイターとも呼ぶべき「性能」を有しているという。 艦内では、その漆黒に近い濃紺青の服装も相俟って、嘗ての愛機を人型にした様なものだと言われた。 正しく同感だが、だからといってもう一度会いたいかと問われれば、答えは否だ。 態々、好き好んでそんな物騒な存在と戦り合う馬鹿は居ない。 警報。 目標天体まで30秒。 インターフェースを通じ、彼は周囲の汚染係数を確認する。 「15.28」。 明らかな異常値だ。 考えたくはない事態だが、やはりこの天体内部にバイド中枢が存在するのだろうか? 僅かな諦観を含みつつ、彼は艦隊へと目標到達を告げる。 新たな機体識別名称、そして2度目の使用と共に正式なものとなった、自身のコールサインと共に。 「「R-13B CHARON」、コールサイン「ベートーヴェン」、目標到達。侵入を開始する」 * * 「艦体外部圧力上昇、空間歪曲境界面突破まで20秒」 「バイド汚染係数、なおも増大中・・・魔力炉心への干渉なし。「AC-51Η」、魔力増幅中。システム内バイド係数、1.72」 ブリッジクルーからの報告を耳にしつつ、クロノは火器管制機構へと鍵を差し込む。 実体化した立方型プログラムが赤く染まり、戦略魔導砲アルカンシェルの発射準備が整った事を示した。 「境界面突破まで10秒」 「総員、衝撃に備えろ」 クロノの指示が飛んだ数秒後、艦体を僅かな衝撃が揺さ振る。 瞬間、暗黒に包まれていた外部映像が恒星の眩い光に覆われ、恒星を除く41の自然天体と1つの人工天体が、各種センサーへと捉えられた。 連絡を絶った各管理世界、そして無数の人口建造物により形成された不明天体だ。 「空間歪曲面突破。全艦艇、隔離空間内に侵攻」 「増速、第4戦速。各支局艦艇の目標点到達は?」 「各支局艦艇、目標点到達まで170秒」 管理局史上、類を見ない大規模艦隊行動。 総数204隻もの次元航行艦艇による、単一目標に対する一大攻勢作戦。 その第一段階が、魔力増幅機構による出力強化を以って実行される、各被災世界への長距離転送だった。 送り込まれるのは、4000名を超える魔導師により編制された攻撃隊。 彼等は500名ずつ、同時に8箇所の被災世界へと転送される。 主に人口密集地を中心に生存者の捜索を行い、捜索後は転送ポートが使用可能ならば、目標座標を支局艦艇に設定、脱出。 ポートが機能しなければ、艦艇による回収を待つ事となる。 これを繰り返し、41の世界に存在する生存者の救助を終えた後、バイド中枢の捜索・鎮圧・確保へと移行するのだ。 その間、他の艦艇は汚染艦隊を相手取り、大規模艦隊戦を繰り広げる事となる。 艦艇用大型魔力増幅機構「AC-51Η」による魔力炉心出力増大により、アルカンシェル本来の設計時想定運用が実行可能となった事を受けての決定である。 「支局艦艇、目標点到達。転送開始まで120秒」 8隻の支局艦艇、巨大な花弁の様なそれらが前進を止め、周囲に高出力防御結界を展開。 艦内より攻撃隊の長距離転送を行うべく、炉心出力の全てを防御結界と転送魔法機構へと回しているのだ。 攻撃隊には、旧機動六課の面々も含まれている。 現在も生死の境を彷徨い続けるシグナム、そして第61管理世界にて消息が絶たれたままのエリオとキャロ、以上3名を除く隊長陣及びフォワード勢が、自らの意志により攻撃隊へと志願したのだ。 更には、破壊されたクラナガン西部区画、今では「第9・第10廃棄都市区画」と呼称されるその地での救助活動による功績を認められたナンバーズの面々が、やはり自らの意志で以って攻撃隊へと志願。 上層部としても、もはや出し惜しみをしている状況ではないと判断、彼女達の志願を受理した。 これが通常の任務であれば彼女達だけでも過剰戦力であろうが、今回の攻勢作戦に於いてはAランクオーバー1384名、Sランクオーバー53名と、異常極まる戦力が投入されている。 未だバイドが如何ほどの敵か判然とはしていない事、そして何よりR戦闘機群との交戦状態に陥る事態を想定しての判断だろう。 旧機動六課勢及びナンバーズの初期転送目標は、フェイトとティアナ、ヴァイスとディエチが第61管理世界、なのはとスバル、ギンガとノーヴェが第75管理世界、はやてとヴォルケンリッターが第122管理世界、残るナンバーズが第164観測指定世界となっている。 第61管理世界はその特異性の高い生態系から、優先的な救助活動及び汚染調査が必要とされ、他の世界に関しては人口が多い事から、残る4箇所の世界よりも優先的に高ランクの魔導師が多数配備されていた。 やがて、各支局艦艇より通信が入る。 攻撃隊は転送の準備が整い、後はプログラムの発動を待つばかりとの事だ。 安堵に微かな息を吐き、クロノは火器管制機構に差し込んだままの鍵から手を離した。 攻撃隊転送までの時間表示が、刻々とその数値を減らしゆく。 そのウィンドウを見やるクロノの耳に、奇妙な声が飛び込んだ。 「・・・何、これ?」 この場にそぐわない、小さな呟き。 ブリッジクルーの1人へと目を向けたクロノは、奇妙な光景を目にした。 通信担当のその女性は呆けた様な表情で、自らの手にある清涼飲料の入ったボトルを眺めているのである。 「どうした?」 「あ・・・艦長、これ・・・」 何事かと声を掛けたクロノに向かって、彼女は困惑した様にボトルを掲げてみせた。 その透明な容器は、半透明の液体によって半ばまで満たされている。 何を言っているのかと眉を顰めたのも束の間の事、クロノはすぐさまその異常性に気付き、瞠目した。 「水面が・・・!」 ボトル内部の水面が、艦の進行方向へと偏り、「傾いて」いた。 「回避行動、急げ!」 咄嗟に指示を下すクロノ。 その声も終わらぬ内、支局艦艇からの警告と共に複数の艦艇が回避行動を開始する。 直後、凄まじい衝撃がクラウディアを襲った。 巨大な見えざる鈍器によって殴打されたかの様なそれ。 クルーの悲鳴、そして警報音がブリッジを満たす。 艦長席から投げ出されそうになりながらも、クロノは鋭く声を発した。 「報告!」 「前方、空間歪曲反応多数! 揺らぎが大きく、精確な検出は不能!」 「先程の衝撃は!?」 「艦体に損傷なし。これといった攻撃は・・・」 軽く、それでいて空間に響き亘る音。 報告の声が止まる。 誰もが呆然と音の発生源を見つめ、その光景に意識を凍り付かせていた。 彼等の視線の先には、持ち主の手元から離れ落ち、今も内部の飲料を零し続けるボトル。 それだけならば、特に問題はない。 しかし異常なのは、ボトルの落ちている位置だ。 ブリッジクルーが座する位置から、実に5mほど前方。 クルーの持ち場とブリッジドームの最前部、そのほぼ中間にボトルが転がり、中身の清涼飲料を零し続けていた。 その零れた飲料もまた、ドーム前部へと引き寄せられるかの様に流れてゆく。 クロノの背筋に、冷たいものが走った。 「・・・まさか!」 瞬間、ボトルが音を立てて転がり出し、ドーム最前部の壁へとぶつかり跳ね返る。 同時にまたも艦体を衝撃が襲い、一同は体勢を崩した。 そして彼等は、状況が更なる悪化を始めている事実に気付く。 「・・・僕等もかッ!」 再度、悲鳴が上がった。 コンソールに両の手を着き、前方へと投げ出されそうになる身体を寸でのところで押し留めるクロノ。 それは他のクルーも同様であり、自らの担当であるコンソールへと寄り掛かる様にして、「落下」しそうになる身体を必死に押さえ込んでいた。 ハードコピーやその他の細々とした物が前方へと落下してゆき、巨大な空間ウィンドウを突き抜けて、外部映像が投射されたドーム内面へと叩き付けられる。 XV級のブリッジドームはL級と比較してかなり広大に造られているのだが、現状に於いてはそれが仇となってしまっていた。 ドーム最前部より、クルーのコンソールまで約10m、艦長席までは約30mである。 重力が前方へと偏向している現状でコンソールより落下すれば、魔導師であるクロノはともかく、クルーはほぼ確実に死傷するだろう。 しかし一体、この現象は何事なのか? 「艦長! 前方3400に反応! 高速移動体、接近中!」 そんな中、不自由な体勢にも拘らずコンソールの操作を続けていたクルーが、先程以上の緊迫した声で以って叫んだ。 クロノは瞬時に艦長席のコンソールを操作、新たにウィンドウを展開する。 外部映像、拡大解析。 クラウディアの遥か前方、隔離空間内の闇に、奇怪な影が浮かび上がる。 「・・・何だ、あれは?」 それは、言葉で表現するのなれば、「カプセル」としか云い様がなかった。 全長40m程の、巨大な卵型の物体。 一見してかなりの重装甲と分かる表層部には、まるで脈動の如く赤い光が明滅を繰り返している。 鈍色の外殻装甲、細部の構造から見ても明らかな人工物ではあるのだが、少なくとも外観からは武装を確認する事はできず、それが一体何なのかという事については見当も付かない。 進行方向を軸に、横方向へと回転しつつ迫り来る異形。 一体あれは何なのかと、クロノが対象の解析を指示しようとした、その時だった。 『こちら第8支局。攻撃隊の転送を続行する』 支局艦艇からの入電。 無茶だ、と叫びそうになる己を抑えつつ、クロノは歯噛みした。 突然の異常事態に浮き足立ち、転送を強行しようとしているのが丸分かりだ。 通常は前線に出る事のない支局艦艇。 そして大規模艦隊行動に慣れていない、単艦または少数艦艇での任務遂行が基本である管理局次元航行部隊。 単艦の能力こそ高いものの、大多数が連携しての作戦行動には致命的なまでに向いていない。 支局艦艇に至っては前線での緊急事態に対応し切れず、急かされる様に当初の作戦通りに事を進めようとしている。 確かにこの程度の重力異常では、転送に深刻な影響が出る事はないだろうが、それでも万全を期す為には目前の障害を取り除く事を優先すべきだ。 艦隊の安全も確保できないままに攻撃隊を送り出しては、彼等を死地に放り込む事となりかねない。 其処まで思考し、しかしクロノは内心、自身を諫めた。 それは自身の経験と推測に基づく、一極的な見解に過ぎない。 見方を変えれば、艦隊が致命的な状況へと陥る前に安定状況下で攻撃隊を転送すべき、そう考える事もできるのだ。 そして事実、支局艦艇内の局員達はその見解に基づき、攻撃隊の転送を実行しているのだろう。 何より、攻撃隊がその見解を支持しない限り、転送強行などという決定が下る筈がない。 「転送まで40秒!」 「偏向重力、更に増大! 現在1.6G!」 「重力遮断結界展開、偏向重力を緩和しろ!」 「高速移動体、更に接近! 距離1900!」 重力遮断結界の展開により、前方への偏向重力が和らぐ。 未だ違和感は抜け切らないものの、少なくとも艦内で墜落死する危険性は消えた。 クロノはウィンドウのひとつへと手を伸ばし、接近中の高速移動体を迎撃するべく指示を下す。 錯綜し、ブリッジドームへと響き渡る通信はそのどれもが、他の艦艇指揮官がクロノと同様の判断を下している事を表していた。 「転送まで20秒!」 そして種々の魔導兵装が迎撃態勢へと移行し、クロノが正面の大型ウィンドウへと視線を戻すと同時。 「高速移動体に異変!」 大型ウィンドウ上の高速移動体が、花の様にその身を開いた。 「な・・・」 誰もが息を呑み、次いでその急激な変貌に唖然とする。 卵型の外殻は4つに分かれ、花弁の様に四方へと解放されていた。 4枚の花弁の付け根には、紫の光を放つ「コア」らしき部位が存在し、更にその前面には回転しつつ青い光を放つ部位が、「コア」を防御するかの様に備えられている。 粘つく闇の中に咲いた、鋼鉄の花。 攻撃態勢か、と警戒したクロノが、迎撃開始の指示を下そうとした、その瞬間。 「高速移動体より空間歪曲発生!」 花弁の内より、無数の空間歪曲が「壁」となって撃ち出された。 「10秒前!」 『各艦、最大戦速! 支局艦艇を護れ!』 すぐさま、支局艦艇の周囲に位置する艦艇が動き出し、その盾となるべく加速を開始。 花弁より射出された空間歪曲は、ウィンドウ上に映像として視認できる程に具現化していた。 それらは闇色の光を発しつつ、凄まじい速度で支局艦艇群へと向かって突き進む。 「くそ・・・!」 「5秒!」 間に合わない。 支局艦艇からは距離があった為に援護に駆け付ける事もできず、クロノは支局艦艇群へと迫る空間歪曲の「壁」を見据える事しかできなかった。 他の艦艇より放たれる魔導弾幕を消滅させつつ、暗く淀んだ半透明の揺らぎとなって支局艦艇群へと襲い掛かるそれらは、不可視の死神を思わせる。 群がる次元航行艦の合間を擦り抜け、必死の防衛行動を嘲笑うかの様に目標へと迫る「壁」。 そして、遂に。 「3・・・2・・・1・・・」 「空間歪曲、接触!」 「壁」が、支局艦艇群へと喰らい付いた。 三度、衝撃が艦体を襲い、クロノ等の身体がコンソール上へと投げ出される。 即座に身を起こしたクロノの視界に飛び込んだ光景は、数瞬前とは明らかに異なる姿勢へと傾いた、巨大な8隻の支局艦艇。 クロノは、叫んだ。 「転送はどうなった!?」 同じく身を起こしたクルー等の指が、コンソール上を忙しなく踊り始める。 数秒後、支局艦艇からの入電があったのか、1人が状況の報告を開始した。 「転送は終了! 各支局鑑定に深刻な損傷はありません! 攻撃隊、各転送座標に・・・」 突然、報告の声が止まる。 クルーの表情が凍り付き、その目はウィンドウのひとつへと固定されていた。 その様子に、クロノの脳裏を最悪の予想が過ぎる。 思い過ごしであって欲しいと願いながらも、しかし魔導師として完成された高速・並列思考は、冷酷なまでにあらゆる可能性を提示。 そして、数秒の間を置いて再開された報告の声が、最も危惧した可能性を現実のものとして叩き付けた。 「目標座標・・・攻撃隊、存在しません・・・転送、失敗・・・」 クロノは一瞬、その言葉が何を意味するか、受け入れる事ができなかった。 しかし、すぐさま自身を取り戻し、現状の分析を開始する。 次々にウィンドウを展開し、それらの情報を読み取っては脳内にて統合、最終的な結論を導き出した。 残酷な結論、絶望と共に襲い来る現実を。 「・・・馬鹿なッ!」 4000名。 4000名だ。 管理局所属魔導師の中でも、特に戦闘技能に秀でた者が、4000名。 Aランクオーバー1384名、Sランクオーバー53名を含むそれが、ただの一度も交戦する事なく、転送事故によって失われた。 正確にはこの隔離空間内の何処かに転送されてはいるのだろうが、その一部ですら所在を確認する事ができず、4000名の全てを失索したというこの状況。 バイドによる汚染、そして転送事故の危険性を考えれば、既に全滅している可能性が高い。 「フェイト・・・!」 クロノの脳裏に、義妹の姿が過ぎる。 次いで浮かび上がるは、四肢を切断され、意識の無いままにベッド上にて生命維持装置へと繋がれたユーノの姿。 歯軋り、そして掌へと血が滲む程に拳を握り締め、クロノは指示を発した。 「高速移動体を敵機動兵器としてマーク! MC404、撃ち方始め!」 「MC404、撃ち方始め!」 クルーによる復唱が終わるや否や、クラウディア艦首から白光を放つ魔導砲撃が放たれる。 同時に10を超える艦艇から同様の砲撃が放たれ、光の奔流が敵機動兵器へと殺到。 敵機動兵器は回避する素振りも見せず、十数発の砲撃に呑み込まれ、小爆発を繰り返した後、一際巨大な爆発と共に四散した。 4枚の花弁が炎を噴きつつ、其々に異なる方向へと吹き飛ばされてゆく。 これだけの一斉砲撃を受けたにも拘らず、原形を留めたまま隔離空間内を漂い続けるそれらの強度に、クロノは思わず舌打ちした。 「敵機動兵器、撃破!」 クルーのその言葉にも、歓喜の念が沸き起こる事はない。 4000名の魔導師と引き換えに得た、敵機動兵器1機撃破という戦果。 これ程までに不釣合いな代償を払い得た戦果になど、何の意味があるというのか。 クロノはすぐさま、新たな指示を飛ばす。 「広域捜索実行。僅かでも良い、デバイスのシグナルを拾うんだ。支局艦艇の捜索域との重複を避けろ」 「広域捜査実行、了解」 「支局艦艇より入電、本艦は第75管理世界方面の捜索に加われとの指示です」 「了解。本艦はシャーロットと合流、第75管理世界方面へと・・・」 「前方3000、空間歪曲多数!」 警報。 新たに展開された大型ウィンドウに、またも外部拡大解析画像が映し出される。 其処に浮かび上がるは、複数の巨大な鉄塊。 「・・・何の冗談だ?」 誰もが、自身の目を疑った。 先程、自ら達の手によって破壊された筈の機動兵器。 それが複数、艦隊の進路を塞ぐ様に布陣している。 闇の中に浮かぶ卵型の鉄塊を見据えるクロノの耳に、入電を告げる電子音とクルーの声が飛び込んだ。 「第10支局より入電・・・敵機動兵器、詳細判明。異層次元巡回警備型無人機動兵器「ファインモーション」。重力偏向フィールドによる対象の行動制限及び、戦術級光学兵器による高火力・長射程砲撃、重装甲・高機動による突撃を主とした戦闘を展開するとの事です」 その言葉も終わらぬ内、敵機動兵器が次々にその花弁を開く。 気付けばその数は数十にも達し、隔離空間内には巨大な鋼鉄の花が幾重にも咲き誇っていた。 クロノは咄嗟に火器管制機構へと手を伸ばし、差し込まれたままの鍵に指を掛ける。 焦燥を多分に含んだ叫び。 「アルカンシェル、バレル展開!」 そして、鋼鉄の花弁に、闇色の光が点ると同時。 クロノの身体は、眼前のコンソールへと叩き付けられていた。 「くそッ・・・またかッ!」 自身を前方へと引き寄せる重力に抗いつつ、クロノは火器管制機構へと手を伸ばす。 しかしその指が、赤く染まった立方型実体化プログラムへと届く事はない。 傍らに展開された偏向重力計測値のウィンドウが、2.2Gとの数値を表示していた。 下方ではブリッジクルー等が、襲い来る重力とコンソールから引き摺り落とされそうになる恐怖に、掠れた悲鳴を上げている。 クロノは懐より1枚のカードを取り出し、瞬時にそれを槍状の杖へと変貌させた。 氷結の杖、デュランダル。 荒い息を吐きつつその先端を、今や垂直の壁面となった床面へと突き立て、瞬く間に氷の階段を生み出した。 もはや飛ぶ事すら困難となった偏向重力下に於ける、苦肉の策だ。 「ッ・・・!」 その身体が、力尽きた様にコンソール側面へと崩れ落ちる。 偏向重力、3.9G。 ブリッジクルー等から上がる苦しげな声を背に、クロノは氷の段差へと腕を乗せた。 一度だけで良い。 アルカンシェルを撃ち込む事ができれば、空間歪曲によって重力フィールドを無力化できる。 一度だけ、あの機動兵器群の布陣を乱す事ができれば。 それで、反撃の糸口が掴める筈なのだ。 「アルカンシェル・・・バレル・・・展開・・・!」 下方より届く、微かな声。 同時に、アルカンシェルのチャージが始まった事を知らせる警告ウィンドウが、艦長席コンソールの上部に表示される。 この状況の中、ブリッジクルー等、そして兵装担当技術官等が、命懸けでアルカンシェルの発射態勢を整えたのだ。 それを理解し、クロノは鉛の様に重くなった自身の腕を動かすべく、更なる力を込めた。 彼等の奮闘を裏切る訳にはいかない。 何としても、アルカンシェルを発射しなければ。 彼等の期待に応える事、それが艦長としての自身の責務であり、現状を生き延びる為の最後の希望なのだから。 強烈な偏向重力の中、必死に身体を引き摺るクロノの傍らで、ウィンドウの数値が4.7Gを指す。 ブリッジドームへと投射される外部映像の中、6隻のXV級次元航行艦と1隻の支局艦艇が偏向重力によって、引き摺られる様に前方へと進み出る様がクロノの視界に映り込んだ。 そして、数秒後。 200を超える光学兵器の奔流が、7隻の艦艇を貫いた。 時空管理局艦隊、残存艦艇数「197」。 * * 「ティア! ねえ起きてよ、ティア!」 自身を揺さ振る者の存在と、頬に触れる冷たい床の感触に、ティアナは微かに呻きつつ瞼を見開いた。 その視線の先には嘗ての相棒と、その妹分となった戦闘機人の少女の姿。 数瞬、状況が理解できずに呆けるも、瞬時に意識を覚醒させて跳ね起きる。 「転送は!? 此処は何処なの!?」 「おい、落ち着けって!」 「ティア、ちょっと待って!」 スバルとノーヴェ、2人掛かりで宥められ、ティアナは漸く余裕を取り戻した。 そして周囲を見渡し、愕然とする。 「・・・何処よ、此処?」 周囲に広がるのは、当初の転送座標である第61管理世界の緑に囲まれた管理局拠点ではなく、四方どころか上下に至るまで鉄壁に覆われた、何らかの巨大な施設内部だった。 上部に点る照明装置により空間全体を見渡す事ができるが、少なくともこの空間は、本局訓練室と比較して数倍の空間容積がある事が見て取れる。 余りにも巨大な、用途不明の人工空間。 薄ら寒いものを感じつつ、しかし何時までも座り込んでいる訳にはいかないと立ち上がったティアナは、状況の確認を開始した。 「それで、何でアタシ達はこんな所に居る訳?」 その問いに対し、スバルとノーヴェは困惑した様に答える。 どうやら2人も、自身に降り掛かった現象を理解している訳ではないらしい。 「分からないよ・・・支局が攻撃を受けて、揺れたと思ったら気を失って・・・」 「気が付いたら此処で寝転んでたって訳だ」 その言葉に、ティアナは凡その状況を理解した。 恐らく、転送事故だ。 敵機動兵器の攻撃は、空間歪曲を利用したものだった。 転送直前に支局がその攻撃を受けた事により、目標座標までの跳躍空間に異常が発生したのだろう。 結果、こうして行き先の異なる者達が、同じ世界に漂着する事態となった訳だ。 「私達の他には?」 「今、セインが探しに行ってる。そろそろ戻ってくる頃だと・・・」 他に同一世界へと漂着した者が居ないかというティアナの問いに、ノーヴェが意外な答えを返す。 他にもナンバーズが居るのか、という驚きに目を見開いたティアナの背後から、何処か陽気な印象を受ける声が発せられた。 「ただいま」 「なっ・・・」 「あ、おかえり」 床面より突き出す、水色の髪。 IS「ディープダイバー」による無機物潜行を行っているセインだ。 驚くティアナ、出迎えるスバル。 直後、一息に床面の上へと躍り出たセインは、疲れた様に溜息を吐いた。 「どうだった?」 「この先、400m先に20人ほど攻撃隊が居るよ。あと、其処とは別の地点に八神二佐達も」 「八神部隊長が?」 驚き、訊き返すスバル。 頷きをひとつ返し、セインは続ける。 「うん。でも、それより先は無理だった」 「何かあったの?」 「良く分かんないんだけど・・・潜れない壁があるんだ。魔力でコーティングされている訳でもないのに、全然抜けられない。此処の床だって、2mも潜れば其処でその壁にぶつかるんだもの」 「壁・・・何かの施設か?」 ノーヴェの問いに、セインは分からないと首を振る。 暫しの沈黙。 しかし数瞬後、ティアナが「AC-47β」により幾分大型化したクロスミラージュを手に、唐突に歩き出した。 「ティア?」 「此処で考えてたって仕方ない。取り敢えず、その攻撃隊と合流するわよ。いつ汚染体が襲い掛かってくるか分からないし、人数が多い事に超した事はないわ」 歩みを止めずに答えるティアナに、残る3人は互いの顔を見合わせ、しかしすぐにその後を追う。 その足音を耳にしつつ、ティアナは物資搬入ゲートらしき巨大なスライド式の扉へと歩み寄り、制御盤を探し始めた。 そして彼女へと追い付いた3人もまた、ゲートの周囲を調べ始める。 4人の頭上、20mはあろうかというゲートの表面。 薄闇の中に、第97管理外世界の文字が浮かび上がる。 忌まわしき名称、悪夢の記憶を内包せし棺の名。 「MPN134340-Orbital BIONICS LABORATORY META-WEAPONOID RESERCH DIVISION」 狂える翼、人類の狂気による蹂躙と殲滅より5年。 「神々の黄昏」によって打ち砕かれし悪夢は息を吹き返し、「客人」の来訪を待ち焦がれていた。 そして遂に、その時が訪れる。 生命の存在する余地のない、特殊合金に覆われた施設の深遠。 「客人」の有する記憶に基づき、「模倣者」はその姿を変貌させゆく。 全ては「客人」を歓迎する為に。 決して忘れ去る事などできない、記憶の奥底に潜むその存在を模し、彼の「客人」を持て成す為に。 過去より出でし亡霊は、久方振りの「客人」が自らの許を訪れる、その瞬間を待ち侘びていた。 壁が、床が、天井が。 「客人」の来訪に打ち震え、「宴」の用意を整え始める。 亡霊の巣穴と化した施設を構成する無機物、その全てから歓喜の咆哮が上がった。
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3832.html
『フェイト・T・ハラオウン執務官以下7名、小型次元航行艦にて人工天体内部より帰還』 その報告を受けた瞬間、リンディの脳裏へと浮かんだのは安堵だった。 本局を含め、次元世界の全てが隔離空間内部へと取り込まれ、全世界を巻き込んでの艦隊戦が勃発してから、既に2時間。 魔導砲と波動砲、そして陽電子砲の光が乱れ飛び、次元震と核爆発が乱発生する、混沌と狂騒の戦場。 その最中にあって、本局はまるで取り残されたかの様に、無傷のまま人工天体の程近くに浮かんでいた。 何も、理由なく戦火を避けられた訳ではない。 単に本局と各世界艦隊との間に、汚染艦隊が群れを成しているだけの事だ。 巨大な壁となった艦艇群は、背後の本局艦艇へは見向きもせず、只管に不明艦隊へと攻撃を仕掛けていた。 汚染艦隊の攻撃対象となっている不明艦隊こそが、国連宇宙軍・第17異層次元航行艦隊であるとの事実が捕虜の証言から判明したが、しかし彼等が繰り広げる戦闘は管理局の想像を絶する熾烈なものだ。 撃ち掛けられる核弾頭を各種光学・熱化学・実弾兵器で迎撃し、反撃として更に大量の核弾頭と、艦首陽電子砲を中心とする戦略兵器を汚染艦隊へと撃ち込む。 どうやら地球軍の主力艦艇は性能面で汚染艦艇のそれを大きく上回っているらしく、敵の陽電子砲最大射程の更に倍近い距離から攻撃を実行しているのだ。 そして戦域へと展開した数百機のR戦闘機が攻撃に加わり、地球軍艦隊周辺域での戦況は、宛ら殲滅戦の様相を呈している。 一方的な攻撃に、為す術なく撃破されてゆく汚染艦隊。 更に、形勢を立て直した管理局艦隊の突撃による無謀とも思える近距離からのアルカンシェル一斉砲撃により、地球軍による攻撃とも併せ既に400隻以上の汚染艦艇が撃破されている。 其処に各世界の戦力による、魔法・質量兵器を問わない大規模な攻撃も加わり、隔離空間内部は汚染艦艇が爆散する際に放つ強烈な発光によって埋め尽くされていた。 しかし、それだけの猛攻が汚染艦隊を襲っているにも拘らず、戦況は悪化の一途を辿っている。 理由は単純、敵の数が多過ぎた。 たとえ100隻の汚染艦艇を撃破したとしてもその都度、見計らったかの様に撃破した艦艇数の3倍近い汚染艦艇が、何処からともなく戦域へと転送されるのだ。 地球軍の出現後は彼等にのみ向けられていた攻撃の矛先も、汚染艦艇の数が爆発的増加を果たすにつれ再び、管理局艦隊を含めた各世界の戦力へと向けられ始めた。 第97管理外世界に関しては、地球軍が鉄壁と云っても過言ではない防衛網を構築してはいる。 それでも1つの惑星全域を僅か40隻の艦艇と数百機の戦闘機だけで防衛し続けるのは、彼らならば不可能ではないにせよ、決して長続きはしないだろう。 他の世界に関しては更に酷い状況で、圧倒的な性能差と物量差に押し潰され、無数の核弾頭により惑星全土を焦土と化された世界もあれば、何とか迎撃に成功してはいるものの数発の防衛網通過を許し、首都を文字通りの灰燼と化された世界もある。 中には陽電子砲と次元跳躍砲撃での一斉攻撃により、地形の大部分を、それを構成する大陸ごと消し去られた世界すら存在する有様だ。 現在までの2時間余りの戦闘で、既に14の世界の壊滅が確認されていた。 だが逆に、惑星を攻撃した汚染艦隊が現地勢力により激しい反撃を受け、壊滅に追い込まれる事例も少なからず観測されている。 艦隊と惑星地表面の双方から間断なく掃射される弾幕により殲滅される機動兵器、地表より放たれた極大規模魔導砲撃に呑み込まれて蒸発する艦艇、現地艦隊より放たれた核弾頭により消滅する汚染艦隊。 形は違えども、汚染艦隊に対して実行される猛攻に次ぐ猛攻により、観測済み世界の7割以上は未だ健常を保っていた。 ミッドチルダも例外ではなく、未だ修復作業中の1基を除き、完全ではないが応急的に修復された2基のアインへリアルが放つ猛烈な砲撃により、既に接近しつつあった7隻のゆりかごを撃破している。 「AC-51Η」の更なる発展型、拠点用大型魔力増幅機構「AC-88Κ」による砲戦能力の強化は、それまでの常識を覆す超長距離砲撃戦の展開を可能としていた。 空間歪曲等の特殊反応誘発機構を有さないが故に、純粋破壊力と射程を極限まで強化された魔導砲撃は、あらゆる装甲を撃ち抜き融解させ、内部機構を破壊するに留まらず全てを貫通し、射線上の全てを薙ぎ払う。 その配置ゆえ、クラナガンを中心とするミッドチルダの一部地域のみを防衛するに留まるアインへリアル。 しかし隔離空間内部に於いては各惑星の公転が停止している上、汚染艦隊は常に人工天体を中心として拡散する波の様に出現しては侵攻を開始している。 ミッドチルダがクラナガンを人工天体へと曝すかの様な角度を保っている現状は、当然ながらリスクも大きいが、アインへリアルの能力が最大限に活かせる状況だった。 現在までに判明した、汚染艦隊が有するあらゆる長距離戦用兵装の最大射程を僅かに上回る距離から、一方的な砲撃を加える事に成功している。 更に時間が経過すれば、修復の完了した3基目が砲撃に加わるだろう。 戦況は芳しくないものの、敗北が決した訳ではない。 そんな中で本局は状況の把握に追われ、下部構成員から上層部に至るまで、組織全体が混乱の極みにあった。 最前線で交戦中の艦隊戦力、若しくは各世界での対応に当たっているであろう部隊は独自の判断で行動せざるを得ないが、本局や支局の様に単体の施設内で組織としてのあり方を求められる状況に於いては、混乱を収束する手立ても時間も存在しない。 情報を収集しつつ状況の把握に努めるのは当然だが、その内容を精査し判断を下す段階となると、途端に情報の流れが鈍るのだ。 何せ本局の位置は、余りに人工天体に近過ぎた。 直衛のXV級が40隻、更に第2・第4支局艦艇が周囲に展開してはいるものの、下手に動けば汚染艦隊からの熾烈な攻撃に曝される事は解り切っている為、動くに動けない。 それだけでなく、通常の次元世界・宇宙空間では有り得ない程に各世界が密集したこの状況下では、管理局としては迂闊な動きを見せる事は出来なかった。 全ての世界がバイドによる攻撃を受けているこの状況に於いても、現体制の転覆を狙う世界は確かに存在するのだ。 次元航行部隊の戦力が分散している現状ならば、本局を落とす事も、危険ではあるが決して不可能ではない。 現にその意図を窺わせる動きが、既に10以上の世界に於いて観測されている。 なけなしの本局防衛戦力を下手に動かして、結果として飽和攻撃を受けては堪らない。 様々な意図が交錯し生まれた未曾有の混乱。 其処に呑み込まれたリンディはレティと共に、要請と指示との間で焦燥に駆られつつ業務を行っていた。 そんな中での、フェイトの帰還報告。 転送事故により人工天体内部へと送られた彼女は、数少ない隊員と共に生存者を求めて内部を捜索し、更に1機のR戦闘機と、バイドにより汚染されたと思しき別のR戦闘機を撃墜。 隊員が発見した小型次元航行艦により人工天体を脱出、最寄りの管理局艦艇である本局へ向けて進路を取ったのだという。 どうやら転送先は天体表層部にごく近い位置だったらしく、然程に時間を労せず離脱に成功したらしい。 そして約15分前、1隻の次元航行艦が本局ドックへと入港した。 リンディとしてはすぐにでも義娘の無事を確認したかったのだが、目まぐるしく変化し続ける状況に追われ、通信すらも儘ならず今の今まで業務に没頭していたのだ。 だが、つい先程、フェイトの方から連絡があった。 喜び勇んでウィンドウを開いたものの、伝えられた言葉は簡潔なもの。 『すぐに研究区画まで来て欲しい』 その内容に疑問を抱きながらも、同時に表示されたラボ主任の名に、リンディの身体に緊張が走る。 表示された人物の名は、ジェイル・スカリエッティ。 どんな目的があるのか、フェイトは帰還と同時に彼のラボへと直行したらしい。 戸惑いつつも、レティによって研究区へと追い立てられ、今は本局内部を走るリニアレールから降り立ったところだった。 センサーによる人物特定を受け、許可が無ければかなり上位の士官であっても立ち入りの叶わぬ研究区、その入口に展開された障壁が解除されるのを待つ。 数秒後、淡い光を放つ壁が消失すると同時、彼女のリンカーコアに掛かっていた重圧が嘘の様に掻き消えた。 同時に彼女は、区画内の全域に対しサーチを開始する。 これは最早、彼女にとって次元犯罪者と相対する際の癖の様なもので、僅かな異変までも察する為の慣例だった。 彼女の意識に飛び込む、複数のリンカーコアが放つ魔力の波動。 流石にリンカーコアを有し、更に研究区を頻繁に訪れる様な知人ともなると数が多くはない為、既知の波動は義娘であるフェイトのそれと、過去に2度ほど間近にした事のあるスカリエッティのもの位だ。 その周囲に存在する複数の波動は、リンカーコアを有する研究員とスカリエッティの監視任務に就いている武装局員のものだろう。 そして、それらに囲まれる様にして存在する、1つの波動。 リンディにとっては、決して忘れ得ぬそれ。 「・・・え?」 その瞬間、リンディの意識は全くの無防備となった。 業務に関する思考から現状に対するそれに至るまで、全てが脳裏より消え失せる。 其処に時空管理局本局所属・総務統括官の姿は既に無く、1人の女性としてのリンディ・ハラオウンだけが存在していた。 手にしていた数枚のハードコピー、機密の問題から電子化できなかったそれらが、リンディのしなやかな指の合間を擦り抜け、人工重力に引かれて落下を開始する。 それらを纏めていたバインダーが自身の役目を放棄し、耳障りな音を立てて床面へと跳ね返った。 しかし彼女はそのいずれにも反応を示さず、何かに急かされる様にして駆け出す。 スカリエッティのラボまで、あと400m。 久方ぶりの激しい運動、そして決して機能的とは言い難いヒールでの疾走に幾度となく体勢を崩し掛け、だが彼女はそれらの事象に一切の関心を払う事なく駆け続ける。 息が上がり、決して体温の上昇によるだけではない汗を噴き、形容し難い感情に翻弄されながらも、リンディは決して足を止めない。 そして、荒い息を吐き出すその口から、微かで弱々しい、普段の彼女からは想像もできない声が零れる。 「嘘・・・」 ラボまで、あと200m。 筋肉疲労により脚を縺れさせ、リンディは固く冷たい床面へと倒れ込んだ。 咄嗟に腕で庇ったものの、衝撃と共に口の中へと鉄の味が拡がる。 膝頭には疼く様な痛みが生まれ、叩き付けられた身体には軋みが奔った。 それでも彼女はすぐさま身を起こし、再度ラボへと向かって駆け出す。 「嘘・・・嘘よ・・・!」 あと50m。 彼女の理性が、リンカーコアが、悲鳴にも似た音を上げる。 23年前、闇の書によって暴走したエスティアと共に、空間歪曲の果てへと消えた筈の良人。 遺体すら戻らず、息子を抱き締めながら絶望と共に泣き崩れた、あの悲しい記憶。 永遠に失われた筈の、会う事など二度と叶わなかった筈の、愛しい人の魔力。 それが、その懐かしい魔力の源が、彼のリンカーコアが放つ優しい波動が、すぐ其処にある。 もう抑えられない。 抑えようとも思わない。 「クライド・・・!」 震える声、零れ出る名。 漸く辿り着いたラボのドアは彼女の目に、胸の内に宿った微かな希望を撥ね退ける、絶壁の様にも映った。 僅かに残った冷静な自我は、ドアに反射する冷たい光と同調するかの様に、冷酷な認識を囁き続けている。 それは致命的な毒の様に、彼女の心を徐々に侵食していた。 希望なぞ持って何になる。 本当に彼が生きているとでも思っているのか。 たとえこの奥に居る人物が本当に彼だとして、あのパイロットの言葉通りならば非人道的な処置を受けている筈だ。 諦めろ、望みを捨てろ。 希望が大きければ大きい程、それが裏切られた際の絶望も深く、大きくなるのだ。 今までに何度、それを実感したのだ。 死んだ筈の彼と再開し、目が覚めてそれが夢だったと気付いた時の絶望。 全てが冷えゆき、惨めさだけが全てを支配する、あの瞬間。 そんな事を繰り返す内、遂にはその夢の中でさえ喜びは欠片も浮かばず、絡み付く悲しみと諦めだけが浮かぶ様になった。 このドアの奥にも、きっとそんな現実が待ち受けているに違いないのだ。 そんな思考が脳裏を埋め尽くしてゆくにつれ、胸中の高まりもまた徐々に醒めてゆく。 クライドの生存が信じられない訳ではない。 信じてそれが叶わなかった時に、嗚呼またか、と絶望する事が怖いのだ。 だからこそリンディは、無意識の内に希望的観測を消し去り、総務統括官としての自身を取り戻す。 あれ程に荒れ狂っていた感情の波は既に、嘘の様に静まり返っていた。 人物特定が終了し、最後の確認としてスキャナーへと手を翳す。 些か旧式な方法だが、確実な確認方法だ。 金属製のドアが、エアの音と共に横へとスライドする。 まず目に入ったのは、治療と検査を受ける複数名の武装隊員達だった。 バイド係数を計測する機器の中央に立つ者も居れば、傷を癒す為に医療魔法を受ける者も居る。 中には、両脚の膝下より先が切断されている隊員の姿もあった。 其処で漸く、リンディは嗅覚を刺激する血の臭い、そして彼等がフェイトと共に帰還した攻撃隊の生存者であると気付く。 どうやら医療区へと赴く暇も無く、この研究区へと直行してきたらしい。 その行動に疑問を覚えつつもリンディは歩を進め、その人物に気付いた。 ディエチ。 JS事件にて拘束、更生プログラム中に戦力として動員された、戦闘機人の1人。 壁際に座り込んだ彼女は、両腕へと抱え込んだ膝に顔を埋めたまま微動だにしない。 周囲の全てを拒絶するその姿は、まるで悲しみに沈む幼子の様だ。 傍らに転がる彼女の固有武装が、持ち主の心情を無視するかの様に冷たい光を放っている。 少し離れた場所では1人の男性局員、確か旧六課のヘリパイロットを務めていたその人物が、言葉を発する事なく壁へと背を預けていた。 既に検査を終えたのか、治療を受ける攻撃隊員を見つめるその目は、此処ではない何処か、或いは何者かを見据えている。 その瞳、酷く濁った殺意が渦巻いているかの様な錯覚すら覚える双眸に耐え切れず、リンディは彼から視線を逸らした。 そしてその瞳が、見慣れた姿を捉える。 「ッ!」 簡易ベッドに横たわる、薄手のバリアジャケットを纏った女性。 逸らした視線の先に、彼女は居た。 「・・・フェイト」 「・・・義母さん」 フェイトだ。 彼女は仰向けに寝かされ、医療魔法による治癒を受けている。 どうやら余程に激しい戦闘だったらしく、高度な医療魔法が継続発動しているにも拘らず、癒え切らない傷が全身へと刻まれていた。 更に、かなりの出血があったのだろう。 輸血を受けるその顔色は、まるで死人のそれだ。 思わず息を呑んだリンディは、すぐに義娘へと駆け寄ろうとする。 だがその行為は、他ならぬフェイトが翳した掌によって押し留められた。 「待って」 思わず足を止めるリンディ。 義娘の行動に戸惑いながらも、何か重要な件についての話があるのだと察する。 程なくしてフェイトは、静かに語り始めた。 「クラナガンに出現した、あの機体・・・撃墜したよ」 「・・・そう」 「多分、あれから強化されたんだと思う。天候操作魔法に、召喚魔法まで使用してた・・・私達の知る同種魔法の、どれよりも強力な・・・!」 突然、激しく咳き込み始めるフェイト。 口元に手をやり、横たえた身体を痙攣するかの様に折り曲げながら咳を吐き続ける。 余りにも唐突な事に、リンディは反射的に手を伸ばすと、彼女の背を撫ぜ始めていた。 十数回ほど身体が跳ね、ようやく落ち着きを取り戻すフェイト。 彼女は優しく背を撫ぜ続けるリンディの手に自身のそれを重ねると、荒い息を吐きながらも安心させるかの様に笑みを浮かべ、赤く充血した目を義母へと向けた。 「ごめん・・・もう、大丈夫・・・」 「何が大丈夫なものですか。良いから、もう休みなさい。本当に・・・本当に、良く帰ってきて・・・」 「義母さん」 幼子をあやす様にして、フェイトを寝かし付けようとするリンディ。 しかしフェイトは再度リンディの行動を遮ると、荒い息もそのままにラボの奥を指差し、言った。 「会ってあげて、義母さん」 「何を・・・」 「23年振りでしょ? お願い、あの人に・・・会って、あげて」 そう言い終えると、フェイトはゆっくりと瞼を下ろす。 後には穏やかな寝息だけが残り、リンディは軽く安堵の息を吐くと義娘の頭を優しく撫ぜた。 しかし数度目に手を這わせた時、彼女は自身の指に絡み付く物がある事に気付く。 リンディは何気なくそちらに視線をやり、視界へと映り込んだ物に絶句した。 「ッ・・・!?」 金色の光を放つ、幾本ものきめ細かい金色の線。 蜘蛛の糸の様に指へと絡み付くそれは、明らかに異様な本数の毛髪だった。 信じられない思いで簡易ベッド上のフェイトを見やるが、彼女は穏やかな寝息を立てるばかり。 堪らず呼び掛けようとするが、その肩を掴む者があった。 反射的に振り返れば、其処には既知の人物の姿。 「マリー・・・」 「お久し振りです、艦長」 マリエル・アテンザ。 彼女はリンディを促し、ラボの奥へと誘う。 戸惑いながら幾度かフェイトへと視線を投げ掛けるも、結局はその傍を離れマリエルの後に続く。 そうして最初のドアを潜ったところで、マリエルは唐突に言い放った。 「重度の放射能汚染です。彼等、全員が被曝しています」 リンディの足が止まる。 次いで、マリエルの足も止まった。 返す言葉は無い。 ある筈もなかった。 更に、マリエルの言葉が続く。 「脱毛の症状は化学物質による汚染が原因であり、放射能ではありません。しかし、このままでは被曝により、遠からず全員が死亡します」 マリエルが振り返り、正面からリンディの姿を捉えた。 自分は今、どんな顔をしているのだろう。 そんな事を考えるリンディの思考は既に、齎された現実を受け止める事だけで精一杯だった。 被曝? 化学物質による汚染? では、何だ。 フェイトは、攻撃隊は、帰ってきただけだと云うのか。 自分達にできる事は、ただ座して彼等の生命が死神の鎌によって刈り取られる、その瞬間を待つ事しかできないと云うのか? 「その事も含めて、スカリエッティから話があるそうです。彼は第4隔離室に居ます」 リンディが我に返った時、マリエルの姿は既に無く。 人気の無い通路に唯1人、リンディは自身の影を見下ろしていた。 暫し呆然と佇み、ゆるゆると視線を上げれば、長く冷たい通路だけが視界へと映り込む。 「隔離・・・」 力ない呟き。 昂りも、ただ一欠片の希望すら無く。 リンディは、闇の様な深い諦観と共に、第4隔離研究室のドアの前へと立っていた。 数瞬ほど躊躇い、しかし遂にセンサーへと触れる。 ドアが、開いた。 「・・・スタビライザー破壊、対象に影響はありません」 「グレード8を20μ投与。第5スタビライザーの物理的破壊に取り掛かる」 「補助回路に異常電圧・・・電圧低下。自壊シークエンス、阻止しました」 「第5スタビライザー破壊。次の・・・」 部屋の中央、幾重にも展開された環状魔法陣。 それらの中央に存在するものを雁字搦めにするかの様に、無数の結界魔法・魔力障壁が常時発動している。 直径2m程の光の柱となった結界群は、物理的脅威と云うよりは情報面での脅威を警戒してのものらしい。 「全思考抑制機構、無力化を確認。脅威レベル2に低下」 「宜しい、結界を解除してくれ・・・ああ、ハラオウン統括官。少しお待ちを」 すると、何らかの術式が終了したらしく、結界の一部が解除される。 同時に指示を出し終えた1人の男性が、振り返る事もなくこちらへと呼び掛けてきた。 聞き覚えのある、しかし決して親しみなど抱き様も無い声。 ジェイル・スカリエッティ。 「・・・時間がありません。用件を聞きましょう」 「おやおや。久方振りの夫婦再会だというのに、奥方は中々に冷たいね。義娘が自分の命と引き換えにしてまで、地球軍から最愛の良人を取り戻してきてくれたというのに」 用件を問い質すも、嘲る様な物言いであしらわれてしまう。 しかしリンディにとっては、それ以上に言葉の内要こそが重要だった。 信じられないとばかりに、言葉が零れる。 「まさか・・・本当に・・・?」 その言葉に、おや、とばかりに首をかしげてみせるスカリエッティ。 彼は数秒ほどリンディを見つめると、確認する様に声を発した。 「執務官から聞いていなかったのかな、統括官? クライド・ハラオウン提督はこの結界の中に居るよ。ほら・・・」 続けて放たれた、近くに寄ると良い、との言葉に恐る恐る1歩を踏み出すリンディ。 光の柱へと近付くにつれ、それを構成する結界群が数を減らしゆく。 徐々に拡がる結界の隙間、其処から覗く空間には何も存在しない。 彼は座らされているのか、それとも横たえられているのか。 「制御パルス、完全消失を確認、全結界を解除」 そして研究員の声と同時、残る全ての結界が同時に消失した。 光の柱が掻き消え、残るはその中央へと据えられた人物の姿のみ。 その、筈だった。 「え・・・?」 呆けた声。 リンディは、それが自分の声であると気付くまで、数秒ほど掛かった。 そもそも何故そんな声が零れたのか、それすらも認識できなかったのだ。 正確には、そんな事を意識している暇が無かったとも云える。 「クラ・・・イド・・・?」 確かに感じられる、最愛の人の魔力。 しかしその発生源たる目前に、彼の姿は無かった。 其処にあるのは唯1つ、人の姿とは似ても似付かぬ、歪な鉄塊。 灰色の塗装を施された、50cm程の円筒形のポッド。 強引に取り外されたのか、上部と側面には無数の傷が刻まれ、破壊された固定用機構が付随している。 ポッド下部には無数の電子機器を内蔵しているらしき台座があり、見るからに強固な保護チューブに覆われたケーブルが2本、ポッドへと接続されていた。 灰色の塗装の表面に窪む様にして刻まれた、細かな文字の羅列。 『LINKER CORE UNIT - ORIGINAL Ver.5.8 Upgraded』 そして、その更に下。 更に小さく、特に重要でもないと云わんばかりに、付け足されたかの様な表記。 『The person who became the base of the system - Clyde Harlaown』 目前の光景の意味を理解すると同時、リンディはその場に崩れ落ちた。 力なく床面へと座り込んだまま、呆然と金属製のポッドを見つめる。 何ひとつ声を発する事もなく、全ての感情が抜け落ちた様に。 予感はあった。 たとえクライドが戻ってくる事があったとしても、それは最早、自身の知る彼ではないだろうという、漠然としながらも確信にも似た予感。 捕虜の証言からしても、R戦闘機開発陣の非人道性は明らかだった。 地球軍によって確保され、恐らくは魔法技術体系を応用するR戦闘機の開発に利用されたクライドが無事である可能性は、限りなく低い。 彼が此処に居るのだと聞かされた時も、思考の何処かではこんな結末を予想していた。 結局、初めから自分は、希望など信じてはいなかったのだ。 なのに。 なのに、この湧き起こるものは何なのだろう。 胸の最も深い場所から込み上げる、痛みとも苦しみともつかぬ、異様な感覚。 否、若しくは感覚ですらないのかもしれない。 実態があるか否かも定かでないそれに押される様にして、瞼の奥より熱いものが溢れ出す。 喉の奥より込み上げてきたものは嗚咽となって吐き出され、咽る様なか細い啜り泣きとなって隔離室に響いた。 切り捨てたつもりでも確かに意識の片隅へと息衝いていた微かな希望は、計り知れない絶望となってリンディの心を切り刻み、蹂躙する。 周囲の研究員達も、何ひとつ言葉を発しない。 だが、その陰鬱なる沈黙を、楽しげな声が切り裂いた。 「理解できないね。何故、泣く事があるんだい? ハラオウン統括官」 スカリエッティの言葉が、無慈悲にもリンディへと突き刺さる。 だが彼女は、それを気に留める事もなかった。 スカリエッティという人物が情緒という概念を理解しているとは到底思えなかったという事もあるが、何より目前の残酷な現実を受け入れる事に精一杯で、これ以上の事象を受け入れる余裕など無かったのだ。 彼女は崩れ落ちた体勢のまま、微動だにしない。 しかし、続けて放たれた言葉は、崩壊しゆく彼女の心を瞬時に目覚めさせるものだった。 「彼は無事じゃないか。回帰措置に関しても何1つ問題は無い。何を悲しんでいる?」 その瞬間、リンディの意識が忽ちの内に覚醒する。 しかし同時に、周囲の空間が凍ったかの様な寒気を感じた。 口元を覆っていた手も、頬を伝う涙もそのままに、限界まで見開かれた目をスカリエッティへと向ける。 今、何と言った? この男は、何と言ったのだ。 「回帰措置」だと? それは真実なのか。 彼を、こんな姿になった彼を。 地球軍によって人としての肉体を、尊厳すら奪われた彼を。 戻せるというのか。 彼を、クライドを。 もう一度、人としてあるべき姿に戻せるとでも言うのか? 「どう、いう・・・」 「どうも何も、そのままの意味だがね。現在の彼はほぼ脳髄のみだが、保存環境は最高としか云い様がない。思考抑制の為のインプラントこそ施されてはいるが、それも本質的な人格への影響及び肉体的な負荷は皆無と云って良い。 インプラント類の機能は既に破壊したから、活性状態に移行すれば彼の人格が復活する筈だ」 流れる様に言葉を連ねるスカリエッティ。 リンディはただ呆然と、興奮の念すら滲んだ声を発し続ける彼を見つめ続ける。 しかし言葉の意味を理解するにつれ、彼女の内に形容し難い熱が生まれ始めた。 内に燻る炎をそのままに、リンディは言葉としてそれを目前の狂人へとぶつける。 「彼は・・・彼は、人としての自我を保っていると?」 「自我どころか記憶に至るまで、確実に残っているよ。恐らくは、深層意識の消滅によるリンカーコアへの影響を恐れたんだろう。魔法に対する知識の蓄積が無かった事が、却って彼という意識の保持に繋がったという事かな」 「身体は、どうするのです」 「それこそ君達次第だ。幸いにも管理局と私自身には、戦闘機人の開発を通して得た知識と技術がある。後は・・・プレシア・テスタロッサ女史の研究成果かな。それだけのデータがあるんだ。 設備さえあれば、中身の無い器など幾らでも製造できる」 其処まで言い終えるとスカリエッティは、何かに気付いたかの様に空間ウィンドウを呼び出すと、幾つかのデータを中空へと表示した。 原子構造などを始めとする、非常に高度な情報の集合体。 それが、捕虜となったパイロット達が所持していた自殺用の、そしてR戦闘機の残骸より採取されたナノマシン、其々の解析結果であるという事はすぐに解った。 理解できないのは、その下に表示された別のナノマシン構造情報だ。 「臨床試験・未実施」と併せて表示されたそれは、何らかの医療用ナノマシンらしい。 リンディの内に沸いた疑問に答えるかの様に、スカリエッティは言葉を紡ぐ。 「地球軍に於いて実用化されているナノマシン関連技術は、破壊にせよ修復にせよ、いずれの用途に於いても私達の知るそれを大きく凌駕した性能を有している。 兵器群の自己修復機能、人体の破壊・修復、限定域に於ける破壊工作、大規模構造体の自動構築、生態系の操作・・・ありとあらゆる局面に於いて、彼等はナノマシン技術を用いているらしい。 医療に於いても同様だ」 ウィンドウ上に指を走らせるスカリエッティ。 表示された映像は、ラボの簡易ベッドに横たわるフェイトを始めとする、帰還した攻撃隊各員の姿だった。 彼等の置かれた状況を思い起こし、再び沈痛な思いに囚われるリンディ。 だが、またもスカリエッティは、彼女の絶望を嘲る様に言葉を吐いた。 「違法実験である事は重々承知しているが、何分、時間が無かったものでね。御息女を含め、攻撃隊各員には臨床試験の検体となって戴いた。なに、危険は無いに等しい。 パイロット達が所持していたナノマシンは、元々が医療用である事が判明したのでね。汎用性が非常に高いので、放射能除染と損傷部修復のデータを組み込んで作り変えただけだ。 リンカーコアへの影響こそ未知数だが、18時間後には身体的な異常は全て除去・修復される筈だよ」 一息に言い終えると、彼はコンソール上に置かれたカップへと手を伸ばし、中身を啜る。 コーヒーだろうか、既に湯気も立ってはいないそれを一口、続けて顔を顰めながら一気に飲み干した。 余程に不味かったのか、些か乱暴に口元を拭うと空のカップを助手であるウーノへと手渡し、君が淹れてくれ、と告げる。 その様子を呆然と見つめながら、リンディは漸く彼の言わんとするところを理解した。 クライドが戻ってくる。 フェイト達も助かる。 未だ危機的状況にあるとはいえ、家族が戻ってくる。 失った筈の、これから失う筈だったものが、全て戻ってくる。 戻ってくるのだ。 「あ・・・」 だから、その言葉が発せられようとしたのは、決して無意識によるものではなかった。 管理局の上層部に属する人物が、司法取引に応じたとはいえ未だ危険視される人物に対して放つものでは決してない、敵意や警戒からは程遠い言葉。 しかし今にもリンディの口から放たれんとしたそれは、他ならぬスカリエッティが取った仕草によって押し止められる。 彼が自身の唇の前に翳した、1本の指によって。 「それは言わない方が良い、ハラオウン統括官。私が欲しいのはそんなものではなく、実験の正当性を保証する言葉だ」 そう言うと、ウーノが淹れてきたコーヒーを一口飲み、満足げな表情を浮かべるスカリエッティ。 彼が欲しているのは、煩わしい倫理観に囚われる事なく研究可能な環境であり、その提供を正式に認可する言葉、管理局員としての信念を捻じ曲げる事を良しとする言葉だ。 通常であれば、頷く事などある筈もない要請。 しかし、今は違う。 リンディの個人的な願いだけでなく、管理局としてもクライドの復帰は大きな魅力である筈だ。 現状でも彼の持つ情報を引き出す事はできるだろうが、その鮮明さは肉体が存在する状態で伝達されるそれに制度で劣る。 単に文章や音声のみでは伝わらない、漠然としながら確固たる情報というものも、確かに存在するのだ。 だが、この男が欲しているのは、管理局の総意としての言葉ではない。 リンディ・ハラオウン個人として、それを許容できるか否かという問いこそが、彼の発言に隠された真意だ。 良人の為、家族の為。 何より自分自身の為に、禁忌たる技術を用いる覚悟はあるかと。 リンディの心は決まっていた。 たとえ違法だろうと、禁忌であろうと、クライドに人間としての姿を取り戻す為ならば、管理局高官として可能な如何なる手段でも講じようと。 第一に、この件に関しては許可が通る公算が非常に高い。 此処で口約束に応じたとしても、何も問題は無いだろう。 リンディ自身としては最早、そんな事にまで思考は及んでいない。 しかし事実として、非常にリスクの低い案件である事は間違いなかった。 問題は、問われた人間の良識の壁のみ。 それですら今この瞬間、リンディには存在しないも同然だった。 艶やかな唇が開かれ、決然とした意思の込められた言葉が放たれんとする。 局員の数名が息を呑み、スカリエッティが薄く笑みを浮かべた。 それを知覚する事すらなく、リンディは微かな力を喉の奥へと込める。 そして遂に、その意思が音として放たれた瞬間。 「ッ! 何だ!?」 「な!」 全てが、闇に包まれた。 あらゆる光源が同時に沈黙し、暗闇の中にうろたえる局員達の声のみが響く。 数秒後、魔法を扱える者が浮かべた魔力球を光源に、何とか視界を確保する事はできた。 しかし明かりが戻る事はなく、入り混じって響く声の内容は更に焦燥を強めてゆく。 「・・・駄目です。全ての機器が沈黙しています。原因は不明」 「中央センターに連絡は?」 「試みましたが、繋がりません! 一切の回線が切断されています!」 「念話は繋がりますが・・・区画内のみです。それ以上となると・・・」 「ドアが開かない・・・空調も止まっているぞ。こいつは停電か」 「復旧を待ちますか? それとも抉じ開ける?」 「攻撃を受けた・・・いや、振動は無かったが・・・」 その時、突如として照明が復旧する。 他の機器も全てが機能を回復し、室内には無数の光源が生まれた。 リンディもまた、復旧した電力に安堵する。 しかし、ウーノの上げた声が、その安堵を打ち砕いた。 「ドクター」 「何かね」 「中央センターより緊急。通常回線ではありません。非常回線を使用しての、全区画に対する非正規通信です。如何致しましょう」 「繋いでくれ」 非常回線を通じての、中央センターから全区画への通信。 その言葉に、リンディの身体へと緊張が走る。 これは、只事ではない。 開かれた空間ウィンドウはホワイトノイズのみを映し出し、音声だけが正常に出力される。 そして直後、オペレーターの叫びが木霊した。 『・・・繰り返す! システム中枢が内部からのハッキングを受けている! 転送地点、特定! 研究区画、第4隔離室! 付近の局員は急行し、プログラム発信源を破壊せよ! 繰り返す! システム中枢が・・・』 咄嗟に、振り返る。 クライドの脳髄を内包したポッド、その前面に1つの空間ウィンドウが展開されていた。 管理局のものと同じデザインだが、それを展開したのは研究員ではあるまい。 リンディの掌よりも小さなそれは表面に、これまた小さな文字列を浮かび上がらせていた。 彼女やスカリエッティを含めた数人が駆け寄り、文字列を読み取る。 『Now Transferring』 その意味を理解すると同時、微かな振動が隔離室を揺るがした。 そして、リンディは理解する。 この状況を引き起こした存在が、何者であるかを。 何て事だ。 何故、クライドを乗せたR戦闘機が撃墜されたのか。 何故、黙って彼をこちらへと明け渡したのか。 何故、彼等は今まで本局を攻撃しなかったのか。 全てが今、繋がった。 これは「罠」だったのだ。 フェイトの目前でR戦闘機が墜ちた事も、彼女がクライドを回収した事も。 地球軍にとっては全て、初めから定められた作戦行動の一環であったのだ。 フェイトとクライドの機が遭遇したのは、果たして偶然か? 彼女の魔力を探知し、その後を追跡して眼前へと現れたのではないか? そう、全てはこの瞬間の為。 クライドを、R戦闘機のパーツとなった彼を局員による回収を通じて本局へと送り込み、最も無防備な中枢からシステムを掌握する為。 情報を奪取し、それを外部へと転送する為。 そして、迎撃システムを停止させる為。 何の為に? 考えられる理由は、1つしかない。 彼等の目的は、彼等の任務とは。 『所属不明シャトル2機、外殻を破壊して侵入・・・更に6機、急速接近中!』 『A12、F25にて侵入者を確認! 武装隊は当該区画へ急行、直ちに迎撃を開始せよ!』 捕虜の、救出だ。 『E区画全域、電力ダウン! 予備電力に』 唐突に、回線が途切れる。 誰もが呆然と立ち尽くす中、再度の振動が隔離室を揺るがした。 * * 『作戦開始予定時刻まで120秒』 その通信を耳にしながら、彼は作戦の概要を反芻していた。 電子的強化を施された脳は余す処なく情報を再確認し、その何処にも問題が無い事を確認すると並列処理を一時的に終了する。 作戦開始前の、短いクールダウン。 通常の単体処理を以って思考するのは、この作戦が決行に至るまでの経緯である。 旧R-9WF、つまりは現「R-9WZ DISASTER REPORT」の制御ユニットである人物についての詳細が判明した時、この救出作戦は立案された。 609のR-13Aと交戦した時空管理局執務官とは義理の父娘に当たり、その背後関係を捕虜となったパイロット達より齎された情報を基に洗い出した結果、制御ユニットを執務官に回収させる事で本局へと侵入させようと考えたのだ。 ヴェロッサ・アコース査察官の記憶に含まれていたフェイト・T・ハラオウン執務官の傾向分析情報から、彼女が義父の救出を実行する可能性は非常に高いと判断された結果である。 管理局バイド攻撃隊が人工天体内部へと転送された事実が判明した直後、6機のR-9ER2が同じく人工天体へと送り込まれた。 ハラオウン執務官の魔力反応を捜索・探知し、その座標近辺へとR-9WZを送り込む。 そして遭遇後、彼女達の目前でR-9WZを撃墜を装って墜落させ、制御ユニットを回収させる。 それが、この作戦の大まかな筋書きだった。 ところがR-9WZと管理局攻撃隊はA級バイド汚染体、更には破棄された上で汚染されたR-9Wと遭遇、交戦状態へと突入してしまう。 一時は彼等による制御ユニットの回収自体が危ぶまれたものの、最終的には何とか当初の作戦通りに事が進んだ。 後は、制御ユニットに組み込まれたプログラムの発動を待ち、浅異層次元潜航で本局へと接近、迎撃システムの停止を以って浅異層次元潜航解除、突入。 そして捕虜を救出し、回収されたR戦闘機の残骸を破壊した上で脱出。 再度、浅異層次元潜航へと移行し、同じく潜航状態にあるヴァナルガンド級巡航艦へと帰還する。 それで、全てが終わるのだ。 無論、作戦失敗時の対応策も用意してある。 艦隊にこちらへと戦力を回す余裕は無い為、その実行も救出部隊が担当する事となるが。 そして、もう1つ。 捕虜救出とR戦闘機の破壊以外に、更に別の任務が彼等には与えられていた。 それは、とある人物を始めとする数名の確保。 「ジェイル・スカリエッティ」。 「戦闘機人」No.1・3・4・7・10の身柄、及びNo.2の残骸。 現在、本局内部に存在する戦闘機人については、つい先程に制御ユニットより情報が齎された。 彼等を確保した上での、周囲に存在する全局員の殲滅、及び当該区画の完全破壊による隠滅工作。 どうやら「TEAM R-TYPE」の次なる興味の向かう先は、アルハザードとやらの古代文明が有した技術と、あの生態兵器群が持つインヒューレントスキルと呼称される特殊技能についての様だ。 如何なる方法を用いても彼等を確保し、艦隊へと連行しろとの事。 スカリエッティに関しては最悪、脳髄だけでも確保できれば良いらしい。 戦闘機人に至っては損傷を考慮する必要は無く、最初から殺害を前提として交戦しても問題は無いとの事だ。 どちらにせよ、余計な危険を背負い込む事は避けたい。 隊には既に、友軍以外は発見次第射殺せよとの指示が下されていた。 特に厳命された事例が、対象の年齢を考慮するなとの指示だ。 先の戦闘に於いても確認されていた事実だが、管理局は基本的に最少年齢を考慮しない組織形態であるらしい。 後方は兎も角、前線に於いても齢10にも満たない少年少女の存在が、既に多数確認されていた。 入手した情報によると、管理局は希少な魔導因子保有者を片端から局員として取り込み、中でも戦闘に適性を示した者は年少の内より実戦任務に就く事が通常らしい。 こちら独自の分析では、年長者が有すべき良識の欠如と云うよりも、魔導因子保有者の精神的成熟が異常に速いのではないかとの結論が下された。 この理由から、魔導文明では古来より年少者の社会進出が早く、同時に戦力としての運用に際しても抵抗が少ないのではないかというのだ。 だとすれば、戦場に於いて年端も行かぬ少年少女の魔導師と遭遇し発砲を躊躇うのは、単に愚かな上に無意味な行為としか云い様がない。 子供を戦場へと送り込んだのは彼等であり、しかも当人達はその状況に納得し受け入れている。 殺害を躊躇い見逃せば、次の瞬間にはこちらの身体が蒸発しているかもしれないのだ。 そうでなくとも、バインド等という対象捕獲用魔法を用いる猶予を与えては、それこそ一方的に殲滅されるのが関の山だろう。 だからこその厳命、繰り返し発せられた意志確認だった。 『目標、迎撃システム沈黙まで30秒。突入に備えろ』 『武装確認』 パイロットからの通信。 強襲艇内部に、金属質な音が幾重にも鳴り響く。 それが収まる頃、機内のエアが減少を始めた。 数秒で真空状態となり、照明がノーマルからレッドへと切り替わる。 『20秒前』 固定器具の肩元が解放10秒前の点滅を開始。 同時に視界へと、照準を始めとする各種環境情報がリアルタイムで表示される。 インターフェースを通じて齎される各種情報は、肉眼のみでの情報重要速度を遥かに上回っていた。 この状況判断の素早さこそが、個人携行火器で魔導師を相手取る上での最大の強みだ。 既に銃弾は対魔力障壁用に開発された物を実装してはいるが、マルチタスクと常識外の火力を兼ね備えた魔導師相手には、これでも不安が残る。 何せ魔導師と歩兵戦力との戦闘記録が存在しない為、実際の交戦では何が起きるのか予測が付き難い。 ならば考え得る最高の対処法は、先手を取っての一方的にして徹底的な弾幕による殲滅。 人工筋肉を内包した装甲服に身を包んだ隊員の半数近くは、生身では決して持ち上げる事などできない大型の分隊支援火器を装備している。 通常の自動小銃やPDWを手にした隊員も居るには居るが、やはりそれとは別に面制圧が可能な火器を携帯していた。 明らかに過剰火力であるとは理解していたが、魔導師に対する無知から来る不安がそれを打ち消しているのだ。 おまけに艦隊は、最高の援護を寄越してくれた。 通常戦域での総合性能も然る事ながら、閉鎖空間では間違いなく並ぶものの無い圧倒的な性能を発揮する機体。 エースパイロットの中でも限られた者のみが搭乗を許される、正にエースオブエースの為の機体。 いざとなればそれらの支援を受ける事で、如何な高ランク魔導師とはいえど数秒と掛けずに殲滅できるだろう。 『10秒前』 そして遂に、その瞬間が訪れる。 カウントが始まり、総員のゴーグルに微かな光が点った。 指揮官たる彼は8名の部下に対し、インターフェースを通じて告げる。 可能な限り、全員で生還する。 それを成し遂げる為の、仕上げの言葉を。 『目標を除き即時射殺。復唱せよ』 『目標を除き即時射殺、了解』 突入5秒前。 彼の右側面、自動擲弾銃を持つ手とは反対のそれには、黒く塗装されたケースのハンドルが握られていた。 その片隅には、小さな白いマークが刻まれている。 円を中心とした、3つの扇形。 『突入』 そして、衝撃。 数瞬後、固定器具が解放され、続いてハッチが開け放たれる。 一糸乱れない行動で4分隊、計36名が機外へと展開。 火花と破片、破壊された構造物。 真空の中、激しくのたうちもがき続ける、複数の熱源。 それらを視界へと捉え、銃口のレティクルとピパーが重なった瞬間にトリガーを引く。 発射される榴弾、3発。 爆発、生命反応消失。 暫し友軍の発砲を意味する表示が視界へと瞬き、やがて鎮まる。 周囲の安全を確保した事を確認し、捕虜の位置を確認。 部下を促し、その区画へと向かうべく足を踏み出した、その瞬間だった。 『・・・バイド係数、増大!』 壁面の遥か向こう、次元航行艦ドック。 バイド生命体の存在を意味する表示が、小山の様に膨れ上がった。 * * 阿鼻叫喚、地獄絵図。 極端に言い表すならば、これらの言葉が当て嵌まるだろう。 レティはウィンドウに映る光景を見つめながら、きつく拳を握り締めた。 表示されている区画名は艦艇停泊区、第26ドック周辺域主要通路。 現在その区画は、多様な光を放つ魔導弾が乱れ飛び、破壊音と悲鳴、断末魔が響き渡る戦場と化している。 敵は2種、余りにも異様な存在だった。 1つは、防衛用のセキュリティ・オートスフィア。 本来、局員を守るべく配備されているそれらは出動と同時、周囲の局員に対し無差別攻撃を開始した。 攻撃の全ては非殺傷設定を解除されており、標的となった周囲の人間は乱射される魔導弾によって次々に弾け飛ぶ。 地球軍による再度の襲撃を警戒して、新型を大量に配備していた事が現状では逆に仇となっていた。 汚染されたそれらは正規の信号を一切に亘って受け付けず、只管に周囲の生命体へと攻撃を繰り返す。 更に、致命的な損傷を受けるや否や、局員達の中心へと突撃し魔力暴走による自爆を実行するのだ。 如何に百名を優に超える魔導師が現場に存在するとはいえ、無限とも思える程に存在するオートスフィアの群れには太刀打ちできない。 防衛線が押し潰されるのは、時間の問題だった。 そしてもう1つが、爆発的な勢いで膨れ上がる異形の肉塊。 外観こそ有機物にして金属光沢をも併せ持ったそれは周囲の無機物、有機物を問わず吸収し、肥大化してゆく。 砲撃と直射弾を撃ち込まれる度に弾け、明らかに血液と判る大量の液体を周囲へと振り撒きつつも、その侵食速度は些かも衰えはしない。 それもその筈、破壊された部位は修復しているのではなく、更なる増殖によって呑み込まれているのだ。 人も、機械も。 自らを守らんとするオートスフィアから、生命活動を停止した自身の構成部位でさえ喰らい尽くし、その全てを増殖の糧とする醜悪な生命。 既に、区画全体の壁面には毛細血管にも似た肉管が縦横無尽に奔り、その侵食は床面から天井面までをも覆い尽くしている。 「AC-47β」の配備により、魔導師は陸士であっても疑似飛行が可能となっていた為、侵食面に触れずに戦闘を展開する事ができた。 しかし空中への退避が遅れた者、そもそも魔導因子を持たない者などは、毛細血管が脈動する侵食面に触れた瞬間から耳を覆いたくなる様な絶叫を上げ、片端からその場に崩れ落ちてゆく。 そして空中も安全という訳ではないらしく、侵食著しい壁面に囲まれた地点での戦闘に当たっていた空戦魔導師は、突如として制御を失うと自ら肉塊の最中へと飛び込んでいった。 どうやらあの有機体には、物理的のみならず精神的にも生命体を侵食する能力があるらしい。 『こちら1012、限界だ! 抑え切れない! 防御ラインが崩壊する!』 『退避せよ、1012! 停泊区を出るんだ!』 『なら隔壁を開けてくれ! 何をやっても反応が無いぞ!』 『2071より中央、何をやっているの!? また隔壁が展開された! 私達を見殺しにするつもり!?』 『コントロールが効きません! 第2管制区より2071、隔壁を破壊して脱出して下さい!』 『そんな暇は無いんだ、馬鹿野郎!』 ウィンドウより発せられる音声が、更に悲壮なものとなる。 悲鳴は徐々に数を減らし、今は怒号と破壊音のみが戦場を支配している様だ。 其処に時折、湿り気を帯びた肉塊と肉塊が擦れ合う異音が入り混じり、レティは込み上げる嫌悪感を抑える事に苦心していた。 『エミー! クソ・・・畜生! エミーが、エミーが肉野郎に喰われた! エミリア三等空尉、敵性体により捕食!』 『バイタルがあるわ! まだ生きてる!』 『そんな馬鹿な事があるか! 俺は彼女が潰される瞬間を見たんだぞ!』 『あれは・・・見ろ、ロッシだ! ロッシのデバイスだ! 光ってる・・・奴はまだ生きてるぞ! バイタルもある!』 『でも、彼はスフィアに頭を吹き飛ばされて・・・!』 『畜生、何がどうなってやがる!?』 更に錯綜する情報。 レティにできる事は、ただそれを聴き続ける事だけだ。 回線は艦艇停泊区からの一方向通信であり、こちらからの発信は向こうへと届かない。 其処彼処で異常が生じている為、復旧さえ儘ならないのだ。 だからこそレティには、局員が次々に死に逝く様を前に、こうして見ている事しかできない。 その事実が堪らなく憎く、悔しかった。 『ロウラン提督』 だからこそ、彼女は別の指示を下したのだ。 通信の繋がる場所へと、自らの権限を活かして。 本来ならば然るべき指示を下す筈の部署は、回線の切断により連絡が取れない。 よって指示を仰ぐ事もできず、状況の確認も儘ならない部隊が、数多く存在していた。 その中の1つへと回線を繋ぐ事に成功したレティは、すぐさま取り得る行動を伝達したのだ。 「経過は?」 『既に患者の70%がシェルターへの避難を終えています。残るは重症患者と数名のスタッフのみです』 「分かったわ。引き続き誘導に当たって頂戴」 『了解・・・しかし一体、何事なのです? 侵入者は地球軍ではなかったのですか? なぜ停泊区にバイドが・・・』 医療区にて患者の避難誘導に当たっていた部隊からの通信に指示を返し、続く言葉に唇を噛み締めるレティ。 彼女は知っていた。 艦艇停泊区を侵食するバイドが、如何にして本局内部へと侵入したかを。 要するにフェイト達は地球軍のみならず、同時にバイドにも嵌められたのだ。 帰還した攻撃隊の一部は第151管理世界の生存者を捜索する過程で、彼等が脱出に用いた小型次元航行艦を発見した。 だがバイドは既に、その艦を自らの制御下に置いていたらしい。 本局ドックへの入港後、艦は魔力炉の出力を限界まで引き上げた。 御丁寧にも観測機器へは疑似信号を流し、出力を偽装した上での行動。 炉心へと侵入したバイド体は、局員のデバイスに装着された「AC-47β」をすら下回るバイド係数しか検出されぬ状態から僅か20秒足らずで、その260,000倍の数値を叩き出すまでに増殖した。 その結果が、区画そのものをも侵食せんとする、あの金属光沢を放つ肉塊の壁だ。 オートスフィアの制御中枢を瞬く間に汚染し、今なおその侵食範囲を拡げつつある、生ける壁。 恐らくは地球軍も、そしてバイドもこの状況を予測していた訳ではないだろう。 両者ともにフェイトを、攻撃隊を利用する事を画策した結果、同じタイミングで獲物が掛かったというだけの事らしい。 だが、だからといって状況が好転する訳もない。 今この瞬間、この本局内部では侵入した地球軍が、恐らくは捕虜となっているパイロット達を奪還すべく、作戦行動を展開しているのだ。 間違いなく彼等は、このバイドの存在を察知しているだろう。 彼等の事だ。 この艦が汚染されていると判断すれば、間違いなく捕虜の救出後に戦略攻撃で以って本局の破壊へと乗り出すだろう。 そうなる前にバイドを殲滅するか、或いは総員が脱出せねばならない。 『提督、ロウラン提督!』 焦燥に駆られた声。 レティはウィンドウに映る武装局員が、只ならぬ表情を浮かべている事に気付く。 不吉な予感が沸き起こる中、彼女は何事かと問うた。 返ってきたのは、信じられない報告。 『重症患者3名の姿がありません! スクライア無限書庫司書長、アコース査察官、及びシグナム二等空尉の3名が消息不明です!』 その報告を最後に、医療区との通信が途絶える。 同時にレティ自身を揺るがす衝撃、そして轟音。 堪らず執務机に手を突き、身体を支える。 慌てて複数のウィンドウを開こうとするも、一切のシステムが反応しない。 暫し呆然と佇むレティ。 だが、すぐに彼女は行動を起こした。 執務室内の金庫を開け、その中に安置されていた小型のデバイスを手に取る。 彼女自身は前線に出られる程の魔力を有してはいないが、「AC-47β」により強化されたデバイスがあれば、護身を目的とした直射弾を放つ程度の事はできた。 拳銃型のデバイスが正常に機能する事を確かめ、非殺傷設定を解除する。 最悪、相手方を殺傷する事になるかもしれない。 額へと薄く滲む汗を意図して無視しつつ、レティは覚悟を決める。 もう、躊躇ってなどいられない。 スカリエッティの言う通りだ。 これはもはや戦争ではなく、生存競争。 殺さなければ、殺される。 引き金を引く事を躊躇った者、殺す事を躊躇った者から喰われてゆくのだ。 研究区までのルートを脳裏で再確認しながら、念の為に幾つかの迂回路を設定しておく。 残る局員の正確な位置も判然としない今、移動中に遭遇した者と合流していくしかあるまい。 取り敢えず、この執務室の周辺域だけでも200名は居るだろう。 先ずは彼等と合流し、態勢を整えねば。 デバイスを手に扉の前へと立つレティ。 しかし数秒が経っても、それが開く様子は無い。 其処で機器の殆どが沈黙している現状を思い出し、傍らの非常用パネルへと手を伸ばす。 幾つかのスイッチを入れ、予備電力への接続を確認。 扉が稼働状態となった事を確かめると、再度その前へと立つ。 そしてセンサーが機能し、エアの排出音と共に扉が開き。 其処に、漆黒の装甲服に身を包んだ人物の姿があった。 銃声。 レティの視界が、上下に激しく回転する。 撃たれた? その事実を、否が応にも理解せざるを得なかった。 大量の紅い飛沫が周囲の壁面を濡らす様を、彼女の視界ははっきりと捉えている。 腹部の辺りに熱と痺れが奔り、下半身の感覚が消えて失せた。 そんな中、脳裏に過ぎったのは、何者かという疑問でも、この状況をどう伝達すべきかという思考でもなく。 嗚呼、叶う事なら。 一度、たった一度だけでも良い。 もう一度、家族みんなで集まりたかった。 些細な願い、そして夫と息子の優しい面持ちだった。 軽い咳。 紅い飛沫が弾ける。 以後、その喉が動く事は無い。 天井面から壁面、床面に至るまで、全てが紅く染まった執務室。 散乱する自身を構成していた生体組織の破片と夥しい量の血液、漆黒の装甲服とその手に握られた大型の銃器。 幸いにもそれらを視界へと映す事なく、レティ・ロウランは家族の優しい表情を脳裏へと焼き付けつつ、永遠にその意識を閉じた。 * * 「全く・・・何か返事くらいしたらどうなの!?」 そんな愚痴を零しつつ彼女は、厳重に閉ざされた独房の扉を蹴る。 通常の人間を遥かに超える膂力で以って蹴り付けられた扉は、しかし傷ひとつ付きはしない。 その様子に更に機嫌を損ねたらしき彼女、戦闘機人No.4たるクアットロは、ひとつ鼻を鳴らした。 全く訳が分からない。 突然、本局へと移送するとの旨が知らされ、あの忌々しい軌道拘置所を出された。 それはまだ良い。 だが理由を知らせもせず、1ヶ月以上に亘っての監禁とはどういう事だ。 管理局側からのコンタクトは何も無く、こちらからの呼び掛けは悉く無視される。 軌道拘置所だってもう少し面白い反応が返ってきたものだ。 此処では暇潰しとなるものが何も無く、只管に退屈を耐え忍ぶしかない。 「えぇい、忌々しいですわね!」 そう毒吐くと、腹癒せにもう一度、扉を蹴り付けようとする。 しかしその脚は、唐突に扉が解放された事により宙を切る事となった。 思わず小さな悲鳴を上げ、態勢を崩して前へと倒れ込む。 其処はもはや独房の中ではなく、扉の外の通路だと気付くクアットロ。 悪態を吐きながら床へと打ち付けた身体を起こし、僅かに視線を横へとずらす。 視界へと飛び込んだのは、随分と頑強な印象を与える漆黒のブーツ。 バリアジャケットだろうか。 皮肉の一つでも言ってやろうかと、クアットロは軽い気持ちで視線を上へと滑らせる。 そして、その意識が凍り付いた。 「・・・ひッ!?」 零れる悲鳴。 それは、魔導師などではなかった。 明らかに質量兵器と判る重火器を手にこちらを見下ろすのは、漆黒の装甲服に身を包んだ所属不明の人物だったのだ。 顔全体を覆うマスクとヘルメット、そして鈍い光を放つゴーグルによって完全に隠された面持ちは、その内面を予想する余地さえ与えてはくれない。 その事実だけでもクアットロが恐慌を来すには十分だったが、更に恐ろしい光景がその先に拡がっていた。 「あ・・・あ、あ・・・!」 それは、局員と思しき人物等の死体。 元が何人であったか、収監されていた次元犯罪者ではないのか等の疑問については、もはや知る術は無い。 彼等は一様に高威力の攻撃によって引き裂かれ、肉片となって混じり合っているのだから。 通路の壁面には虫食い跡の様な無数の穴が開き、その下には僅かばかり原形を留めた腕や足、指や毛髪などが散乱している。 床一面に拡がる血溜まりの中には彼女の親指よりも太く長い薬莢が無数に転がり、血液との接触面から微かな湯気を立てていた。 散乱する肉片と血液の量から見ても、犠牲者の数は2人や3人では済むまい。 まさか、こいつは。 こいつは、遭遇する端から局員を射殺してきたのか? 「嫌・・・嫌・・・来ないで・・・!」 必死に後退さるクアットロ。 しかし、その人物の手に握られた質量兵器の巨大な銃口は、寸分の違いも無く彼女の動きをトレースする。 グリップを銃身上部に設けたその質量兵器が、一体どの様な性能を有しているか。 詳細は不明だが、少なくとも掃射が可能である事は間違いあるまい。 如何に戦闘機人の膂力といえど、大口径機銃による至近距離からの弾幕射を回避する事など不可能だ。 クアットロは、この場を切り抜けられる可能性など、僅かたりとも存在しない事を悟った。 金属音。 クアットロが、小さな悲鳴と共に身を竦ませる。 瞼をきつく閉じ、頭を抱え込んで襲い来る衝撃と破滅に備えた。 再度の異音。 鎖が擦れ合う際の様なそれに、彼女は更に怯えつつ首を振る。 もう、何も見たくはないし、聴きたくもなかった。 だが、何時まで経っても、破滅の瞬間が訪れる事はない。 相も変わらず異音は響き続けているものの、クアットロ自身へと何らかの影響が及ぶ事はなかった。 一体何が起きているのかと、漸く彼女は僅かながらも瞼を見開く。 そして、信じられない光景を目にした。 「・・・バインド?」 質量兵器を構えたその人物は、未だクアットロの正面に佇んでいる。 だが、その銃口は既に、彼女の身体を捉えてはいなかった。 正確には、質量兵器そのものが床面へと転がっていたのだ。 それを手にしていた筈の人物は、自身の頸部へと手をやり激しくもがき続けている。 そして、その頸。 緑光を放つ魔力の鎖が、毒蛇の様に巻き付いている。 幾重にも、幾重にも。 その圧力だけで肉と骨が千切れんばかりに、バインドがその人物の頸部を締め上げていた。 直後、その足下を黒い影が駆け抜ける。 動物らしき影、そして魔力反応。 凄まじい勢いで装甲服に身を包んだ人物の足下を掬い、態勢を崩した上で背面を跳ね上げる。 重厚な装甲服が宙で半回転し、一瞬の後、頭から落下を始めた。 床面へと激突、振動。 何かが粉砕される異音。 「ひ・・・」 三度、小さな悲鳴が漏れる。 音を立てて倒れ伏す装甲服を前に、クアットロはただ床面を這いつつ距離を置く事しかできなかった。 暫し不規則な痙攣を繰り返していた装甲服だったが、やがて等間隔を置いて足が微かに動くだけとなる。 「死んだ・・・の?」 「多分そうだね。頸部を砕いた筈だから」 唐突に返された言葉に、クアットロは反射的に通路の角へと視線を投げ掛けた。 何時の間に現れたのか、其処には1台の電動式車椅子が鎮座している。 その後ろには、補助用の杖を突く人物が1人、更に壁に寄り掛かる人物が1人。 通路の明かりが非常灯のみである為、通常ならば人物の特定などできはしない。 しかし、戦闘機人たるクアットロの視覚は、彼等の正体を看破していた。 「何で・・・貴方達が・・・」 車椅子に乗る人物。 金髪を揺らしつつ右手でグリップを操る彼には、右腕以外の四肢が存在しない。 杖を突く人物。 包帯で目を覆われた彼は、どうやら既に失明しているらしい。 唯1人、自力のみで立つ人物。 しかし彼女は、自身の誇りたる剣を手にしてはいない。 クアットロは、彼等を知っていた。 それこそ幾度となく、繰り返し彼等の情報を精査してきたのだ。 間違う事などない、確かな情報。 「無限書庫司書長・・・本局査察官・・・ライトニング分隊・副隊長・・・!」 「ほう、流石はナンバーズの参謀。良く知っているな」 ユーノ・スクライア。 ヴェロッサ・アコース。 シグナム。 「まあ、間に合って良かったよ。君に死なれると、せっかく此処まで来た労力が無駄になってしまうからね」 「あ、え?」 「他の敵なら心配は要らないよ。2つ向こうの区画で暴走したトランスポーター諸共、跡形もなく吹き飛んでる・・・知識は力なり、って奴さ」 状況を把握する事ができずに、戸惑うクアットロ。 そんな彼女を余所にユーノ・スクライアは、車椅子を操り彼女へと近付く。 そして、残された右腕を彼女の眼前へと差し伸べ、その言葉を放った。 予想だにしなかった言葉、信じ難い言葉を。 「僕に、君の力を貸して欲しい、クアットロ」 轟音、震動。 殺戮と侵食に揺れる本局。 その極限状況の中で、2人の賢者は互いの手を取る。 魔法技術体系から成るあらゆる文明の情報を内包する無限書庫、その知識の宝庫、無限の情報を統べる結界魔導師。 スカリエッティの参謀としてその辣腕を振るい、一時はかのエースオブエースでさえ絶望の縁へと追い込んだ、魔女の如き戦闘機人。 情報という名の、決して見えず、直接的な実効力をも持たず、しかし何より破滅的な刃。 その不可視の刃、死神の鎌を振るう者達が、静かに動き出す。 自らの刃を失った者、前線へと立つ権利すら奪われた者達と共に。 報復の為に、彼等は動き始める。 時空管理局・本局艦艇。 その機能を麻痺させる、地球軍による情報工作、及びバイドによる汚染。 第7管制室から2つ同時に実行されたアクセスにより、両勢力からの中枢機能奪還が果たされたのは、僅か12分後の事だった。
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3811.html
第97管理外世界。 科学技術の発展著しいものの、魔法技術体系が存在せず、時空間交流から取り残された辺境の世界。 「エースオブエース」、「夜天の王」など、強大な魔力を秘めた人材を輩出しつつも、次元世界の存在を観測しきれてはいないとの事から、他世界との交流を持たない奇妙な世界。 強大な力を秘めた質量兵器が氾濫、絶えず内戦が勃発・継続し、時には時空管理局が介入を考慮するまでに壮絶な戦火が立ち上る世界。 彼等が次元世界に進出する事は、まず無いだろう。 それが、次元世界の存在を知る者達の総意であった。 正確には、此方から接触しない限り、彼等が次元世界の存在に気付く事は無いだろう、との意だ。 時空間移動には魔力が必須。 魔力を有する者、次元世界に関わる者達の間では一般常識である事柄。 その程度の事ですら、彼等、第97管理外世界の住人達は把握していないのだ。 よしんばそれに気付いたとして、彼等の世界に魔力を扱う術は無い。 彼等が自力にて時空の海へと乗り出す事は在り得ないのだ。 少なくとも、次元世界の平定者を自負する管理局に属する者達は、それを信じて疑わなかった。 その世界を故郷とする、管理局屈指の魔力を有する2人、「高町 なのは」、「八神 はやて」ですら。 彼等は失念していた。 自らが次元世界の全てを理解している訳ではないという事実を。 そして、科学とは時に恐るべき進化を遂げる事を。 そして悪夢は、虚数空間の果てより現れた。 * 「JS事件」の収束から2年。 突如として発生した大規模な次元断層。 数多の世界が位相をずらし、次元世界は未曽有の混乱状態に陥った。 そして、簡易ながらも各管理世界の無事が確認され、管理局がその機能を回復した頃。 「艦長・・・前方に艦影1、本艦に向け接近中です」 「艦種は?」 「それが・・・」 本局次元航行部隊所属、XV級次元航行艦「クラウディア」の前へと、それは現れた。 「L級・・・L級次元航行艦です」 「なに?」 「艦名は・・・「エスティア」!? L級2番艦「エスティア」です!」 「馬鹿な!」 それは、20年以上も前に空間歪曲の中へと消えた、管理局所属L級次元航行艦。 そして辿り着いたポイントでは、信じ難い光景が繰り広げられていた。 「エスティア、交戦しています! 敵は・・・小型次元航行機、所属不明!」 「エスティアに繋げ! 援護を!」 「応答在りません。通信システムに異常」 「不明機より高エネルギー反応!」 弾幕を擦り抜け、エスティアの周囲を飛び回る機体。 その機首に取り付けられた球状部の先端に、暴力的としか言いようの無い膨大なエネルギーが収束する。 しかし信じられない事に、魔力の反応は一切無い。 そして数秒後、彼等、クラウディア・クルーの眼前。 閃光と共に、破壊の嵐が吹き荒れた。 「エスティア・・・撃沈されました・・・」 青い光の奔流が迸った跡には、外殻から内部機構までを撃ち抜かれ、動力炉の爆発に飲み込まれるL級次元航行艦の姿。 そして、緩やかな曲線を描くキャノピと、不可思議な球体を機首に備えた不明機が、クラウディアへとその進路を向けた。 先の戦いにて被弾したのか、その機体各所からは火花が散っている。 垂直尾翼は、既に一方が欠落していた。 しかしクラウディア・クルー一同の目に、その傷付いた純白の機体は無力な鉄塊ではなく、手負いの獣として映り込む。 「此方に気付きました! 不明機、急速接近!」 「・・・所属不明機を敵機としてマーク。迎撃しろ」 荒れ狂う怒りを押し込めた、低く、感情の浮かばない声。 クラウディア艦長、クロノ・ハラオウン提督。 記憶の中に霞む父、クライド・ハラオウン。 その乗艦を目前で撃沈された青年は、爆発しそうな己が思考を押し込めて指令を下す。 そして、次元世界の一角を魔導弾の弾幕が覆い尽くした。 * 「それで、なのはちゃんはどないするん?」 「うん、久し振りに実家に帰ろうかなって」 「そうやなぁ・・・3ヶ月ぶりの休暇やもんなぁ」 ミッドチルダの一角、大型ショッピングモールに構えられたカフェの一席。 六課解散後、久方振りに再会した高町 なのはと八神 はやては、休暇の使い道について意見を交わしていた。 「次元震のゴタゴタで顔も出せへんかったもんね。士郎さん、今頃寂しくて泣いてるんちゃう?」 「まっさかぁ」 懐かしい調子での会話に、2人の声は否が応にも弾む。 しかし、その空気に水を差すかのように、なのはのデバイスを通じて呼び出しが掛かった。 顔を見合わせ、苦笑。 はやての了承を得て、通信に返そうとした瞬間。 『高町一等空尉、緊急事態です。第97管理外世界に異変。衛星軌道上に多数の大型艦艇を確認。地球を包囲しています』 * 時空管理局・本局。 次元震の混乱からようやく立ち直ったそこは今、更なる混乱の坩堝へと叩き落とされていた。 第97管理外世界の観測結果、そしてクラウディアからの報告は、本局の機能を麻痺寸前にまで追い込んだ。 23年前、暴走する闇の書によって制御中枢のコントロールを奪われ、僚艦の戦略魔導砲「アルカンシェル」の砲撃によって消滅したL級次元航行艦、2番艦エスティアの出現。 エスティアと交戦、遂には単機にてこれを撃沈した所属不明の次元航行機。 クラウディアとの交戦の末、推進部を破壊されたその機体は捕獲され、今は支局の解析班へと回されていた。 パイロットは捕獲の際に抵抗、携帯していた質量兵器によって反撃してきた為、武装局員の非殺傷設定魔法により鎮圧され、現在は昏倒している。 そして、クラウディアは戦闘にこそ勝利したものの、推進システムの一部損傷、左舷外殻の完全破壊、「敵兵装」の体当たりによる艦橋損傷、それに伴う重軽傷者多数、内2名は意識不明の重体など、燦々たる有様であった。 現在はドックにて修復を受けているが、作業の完了までには相当の時間が掛かるだろう。 何より、艦は時間を掛ければ修復できるだろうが、幾ら同等の時間を費やしてもクルーが戻る確証は無いのだ。 クラウディア・クルーのみならず、本局の人間達が不明機とその乗員に向ける感情は、穏やかなものではなかった。 そしてそれは、フェイト・T・ハラオウンに関しても例外ではなかった。 今回は別件の捜査にて搭乗してはいなかったものの、クラウディアは少なからぬ任務を共にした、彼女にとっては愛着ある艦だったのだ。 そして、その艦長たるクロノ・ハラオウンは彼女の義兄である。 つまり、不明機によって撃沈されたエスティア艦長クライド・ハラオウンは、顔を合わせた経験すら無いものの、彼女の義父に位置付けられる。 エスティアの出現と撃沈を知り、連絡を入れた際の母の顔。 それは、未だフェイトの脳裏に焼き付いて離れなかった。 最愛の夫が生きているかもしれないという、淡い希望。 生存の可能性が完全に失われたと知った時の、深い絶望。 両者を同時に叩き付けられた、義母リンディ・ハラオウンの心中は如何なるものか。 フェイトはそれを思考し、直後に脳裏より振り払った。 これから、自身はその不明機パイロットに接触するのだ。 捜査に私情を持ち込む事は許されない。 それでは、自らを慕い、その姿から学ぼうとする者の為にもならない。 振り返れば、配属から2年近くが経つ今なお彼女に付き従う補佐官が、気遣わしげな目を向けていた。 ティアナ・ランスター。 六課解散後にフェイト自らが引き抜いた少女。 彼女にとっても、クラウディアは思い入れの在る艦である。 フェイトには、同じ怒りを抱えているであろう彼女が、自らのそれを押し殺して上司を気遣っているのが良く解る。 だからこそ、無理をしてでも穏やかに微笑んだ。 「大丈夫だよ」 何とか発した声に、ティアナは「そうですか」とだけ返した。 余計な気遣いは、逆に相手を追い詰めるだけだ。 それを理解しているからこその返答だった。 フェイトもそれに対して軽く頷きを返し、再び歩を進める。 その時、2人に対し通信が入った。 発信元は本局内、無限書庫だ。 ウィンドウを開くと、幾分疲れた顔の男性が映り込んだ。 ユーノ・スクライア。 フェイトとその親友の幼馴染であり、無限書庫司書長の肩書きを持つ青年。 彼は手短に挨拶を済ませると、即座に本題を切り出した。 『例の不明機・・・名前が判明したよ。ご丁寧にも、機体に書いてあったらしい。第97管理外世界の言語に酷似・・・というよりそのまま。解読するまでもなかったよ』 「そうなんだ。それで、名前は?」 『「R-9A ARROW-HEAD」。意味はそのまま「鏃」だね。解ってるのはこれだけ。あとは解析班の報告待ち』 「そっか・・・」 「あの、スクライア司書長。あの機体に用いられている魔導技術については、何か特色は無かったのですか?」 横からのティアナの質問に、ユーノは力無く首を横に振った。 『いや・・・古代ベルカから近代まで手当たり次第に書庫を漁ったけど、該当する技術は無かった』 「そう、ですか・・・」 『でもね、気になる事があるんだ』 その言葉に、フェイトとティアナは身を乗り出した。 何か手がかりを掴んだのか? 『解析班の1人が、通信で漏らしてたんだけどね。あの機体、魔力が欠片も検出されなかったそうだよ』 「え・・・」 『当初は推進部の残骸から魔力反応があったらしいけど、分析の結果、魔力に似た完全に別種のエネルギーだと判明したらしいんだ』 「でも、次元世界を航行していたんだよね? 魔力反応が無いのはおかしいんじゃ」 余りに意外な言葉に、フェイトとティアナの思考が混乱する。 そして、続くユーノの言葉が、2人の思考に決定的な打撃を与えた。 『つまり、ね。あの機体は、純粋な科学技術のみで構築されているにも関わらず、次元世界を自在に航行していたという事になる。管理世界の常識を覆す、超高度テクノロジーの産物だよ』 暫し呆然と、目前のウィンドウを眺める2人。 しかし、すぐさま気を引き締めると、フェイトは2人に確認を取った。 「ティアナ、例のパイロットは目覚めた?」 「・・・いえ、まだです」 「ユーノ、これからそっちに行く。目ぼしい資料があれば揃えておいて」 『解った。とはいっても、該当する資料が今のところ全く―――』 ユーノがそこまで口にした、その時。 衝撃が、本局全体を揺さ振った。 「な、うぁっ!?」 凄まじい衝撃に、為す術無く壁へと叩き付けられるフェイト、ティアナ。 バリアジャケットを纏う暇すら無かった。 暴力的な力に細身の身体を弄ばれ、力任せに壁へと叩き付けられたのだ。 それでも床へと落下した際にすぐさま体勢を立て直したのは、流石は執務官とその補佐官か。 瞬時に状況を確認し、互いの状態を確認し合う。 「ティアナ!」 「大丈夫です!」 警報。 本局全体に警戒を促すアナウンス。 しかし今のところ、攻撃とは言っていない。 すぐに中央センターへと通信を開き、現状を確認する。 「攻撃ではない?」 『現在、周囲に敵影は確認されません。魔力反応すら検出されていない為、敵襲の可能性は低いと判断しました』 「では内部?」 『その可能性が高いと見ています。しかし現在、内部モニターの約3割が稼動を停止。被害状況の確認は然程進んではいません』 そこまで聞いた時、フェイトは背後から声を掛けられた。 「あの、執務官・・・」 咄嗟に振り返るフェイト。 そこには、青褪めたティアナの顔があった。 「どうしたの?」 「無限書庫・・・応答しません」 途端、フェイトの背筋を悪寒が走る。 まさか。 まさか、そんな。 「スクライア司書長も・・・無限書庫自体も、応答ありません。全く、誰も・・・」 本局内に、更に大音量の警報が鳴り響いた。 * 『「オウル・アイ」より「クロックムッシュⅡ」。強行偵察任務終了。帰還する』 『クロックムッシュⅡよりオウル・アイ、了解した。指定ポイントにて待機する』 異層次元の海を、1機の偵察機が翔け抜ける。 静謐に、隠密に。 一切の痕跡を残さず、自らの存在すら周囲に知られる事無く、その機体は超至近距離からの強行偵察を完遂し、母艦へと帰還する最中であった。 巨大な球状レドームに、大容量ディスク内蔵パーツ。 「R-9ER2 UNCHAINED SILENCE」 偵察と攻撃。 双方を同時に行うという、規格外の思想から生まれた機体。 その力を存分に発揮し、異層次元に浮かぶ所属不明の巨大艦船に対する強行偵察を成功させたパイロットは、母艦への帰路に就きながら収集データの確認をフライトオフィサに命じる。 彼自身は、そのデータを目にする事は無い。 それは帰還すれば幾らでも出来る。 先ずは、生きて戻る事に全力を費やすべきだ。 しかしそんな彼にも、ひとつだけ解っている事があった。 一瞬だけだが、そのデータははっきりと耳に飛び込んだ。 フライトオフィサの声。 パイロットの彼にとってそれ以上に重要なデータは無いからだ。 『大型艦、多数確認。363部隊機を撃墜したものと同型艦だ』 「バイド」と交戦状態にあった友軍機を撃墜した艦。 それと同型の艦艇が多数停泊する、超大型異層次元航行艦艇。 これは、どういう事か? 簡単な事だ。 第一次バイドミッション以前から、例外など一度たりとも無かった。 いや、例外などある筈が無いのだ。 此方に、人類に対し牙を剥くというのなら。 それは、紛う事なき「バイド」なのだ。 * * * 魔法を用いない超高度次元干渉文明の存在に対する理解の不足。 第三次バイドミッションに於ける「バイド」殲滅失敗の事実から齎される焦燥。 幾多の不幸が重なり、事態は加速度的に悪化の一途を辿る。 しかし、奇跡の力「魔法」を用いる者達も、邪なる力「R」を生み出した者達も。 互いの過ちに気付く事は無く、それを指摘する者も無い。 そして、次元断層の奥深く。 虚数空間の海に、狂える咆哮が響き渡る。 後に、時空管理局史上、最大最悪の事件と称される「B事件」。 またの名を「AB戦役」。 奇跡を嘲笑い、祈りを踏み躙り、憎悪を喰らう悪魔は、新たな次元へとその牙を向けた。 魔法に満たされた時空、4度目の悪夢が幕を開ける。
https://w.atwiki.jp/ez-appli/pages/225.html
インフォメーション 提供サイト ミニゲー☆天国!50 課金体系 従量制 525円 容量 300KBくらい 通信機能 なし レビュー 2006/08/09(水) 【使用機種】W41CA 【プレイ時間】10時間 【評価・点数】★★★★☆ 【感想・レビュー】 アイレムの名作横シューティングゲームの全面を収録した完全版。 携帯のアプリと思ってナメてプレイしましたが、これは移植度高いですよ~。 グラフィックやBGM、攻略法も元のと同じです。独自なコンテニュー画面も勿論健在です。 ただ後半ステージになると激ムズ!死ぬとパワーアップしたのが無駄になりますので、なかなか先に進めなくなります(汗)。もう少し優しいveryeasyの難易度設定があれば良かったな。 良作のシューティングゲームがやりたいなら、コレをオススメします
https://w.atwiki.jp/rtyperpg/pages/89.html
A.D.2163、始まりの鏃が、悪魔を貫いた。 A.D.2164、人知れず悪魔と戦った3人の英雄がいた。 A.D.2165、突き抜ける最強が、悪魔を撃ち砕いた。 A.D.2169、三度目の雷が、悪魔を焼いた。 それでも、悪魔は滅びなかった。 A.D.2170。そして、最後の踊り手たちは静かに舞台へと上がる。 この戦いに、幕を下ろすために――。 R-TYPE RPG オンラインセッション “最後の踊り手” 第1話:いきなり緊急事態 第2話:胎動する水瓶 第3話:緑色の地獄 第4話:天使がいた物語
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3815.html
薄闇に支配された空間を、薄紫の燐光と共に放たれた斬撃が一閃する。 合金製の壁面を削りながら襲い来るその一撃を、濃緑色の機体はスラスターによる後退を以って回避。 しかし、鞭の様にしなるレヴァンティン・シュランゲフォルムの刃は一度薙いだ空間を更に前進、続けて二段目の斬撃を放つ。 不明機は球状の兵装を射出、レヴァンティンの刃へと当てる事によって強引に軌道を逸らし、急加速を以って前進、ダクト深部への離脱を図る。 しかしその行く手に新たな複合障壁が現れ、激突を避ける為に急減速。 そこへ更なる斬撃が襲い掛かるも、不明機は予備動作無しの垂直上昇によってそれを躱す。 そして高速にて接近した球状兵装と連結、再び正面から剣閃の主と相対した。 「・・・見事だ。初太刀で決められると思ったのだが・・・まさか此処までやるとは」 賞賛の念さえ込められたその言葉に対し、声が返される事は無い。 それは予想された事であり、彼女も無理に言葉を引き出そうとはしなかった。 不明機は動かない。 下手に動けば、即座にシュランゲフォルムからの一撃が繰り出される事を理解しているのだろう。 「その図体、しかも手足すら無い機体での見事な回避行動。ガジェットの様な物かと思っていたが、とんだ思い違いだった様だ」 ゆっくりと歩み寄る影、その背には二対四枚の炎の翼。 アギトとの融合を果たしたシグナムは、悠然とした足取りで不明機との間合いを詰める。 「あの様な魂の無い鉄塊と比較するとは、私もまだまだという事か」 レヴァンティンをシュベルトフォルムへと移行させ、鞘に収めるシグナム。 ロードカートリッジ、排莢。 不明機は微動だにせず、一連の動作を前に沈黙を保つ。 「攻撃の見切り、機体を動かすタイミング、位置取り、全て一流。咄嗟の判断も申し分なし。だが・・・」 鞘に収めたままのレヴァンティンを突き出し、不明機へと向ける。 シグナムの目に浮かぶ感情は「怒り」。 心の内で燻り始めた激情を堪え、声色も低く問い掛ける。 「・・・何故、反撃しない?」 殺気をなお強め、返される事の無い問いを発するシグナム。 その言葉通り、接敵してからというもの、不明機からのシグナムに対する反撃は一度として無かった。 ただ只管にシグナムの攻撃を躱し続け、今に至る。 その機体には躱し切れなかった攻撃による損傷が無数に刻まれ、分厚い装甲によって内部機構の損傷こそ負ってはいないものの、外殻にかなりの痛手を被っていた。 にも拘らず、不明機はシグナムに対して攻撃行動を取ろうとはせず、この区画からの離脱を図るのだ。 だがそれも、先程展開した複合障壁によって阻まれた。 破る事は可能なのだろうが、その猶予を与えるつもりなどシグナムには無い。 「逃げているだけでは、此処から先へは進めんぞ」 鞘に収めたままのレヴァンティンを振り被り、不明機を見据える。 周囲に吹き荒れる、薄紫の魔力光と紅蓮の炎。 不明機下部に備えられた長大な砲身、その先端部に備わった小さなカメラのレンズが、僅かに動いた。 「飛竜・・・」 鞘より引き抜かれた刀身が、一瞬にしてシュランゲフォルムへと移行。 蛇腹状の刀身には薄紫の魔力光が宿り、シグナムの手元に従い螺旋を描く。 危険を感じたのか、不明機のスラスターが青い炎を噴くと同時。 「一閃!」 シグナムが振り切った刀身から、魔力の奔流が解き放たれた。 床面を削りながら不明機へと向かう、その名に違わず飛竜の如き斬撃。 だが今度は、不明機は回避する素振りさえ見せなかった。 そのまま球状兵装へと直撃、魔力光の爆炎が吹き上がる。 『やったか!?』 「いや・・・」 歓声を上げるアギト。 対して、シグナムは警戒を解かず、粉塵の向こうを見据える。 直後、白煙の中から4発のミサイルが躍り出た。 包み込む様な軌道を描き、高速でシグナムへと迫る。 『速い!』 「くっ!」 ガジェットのものとは一線を画す速度にて迫る、4発の誘導ミサイル。 人間離れした跳躍のバックステップによって距離を稼ぎつつカートリッジをロード、寸前まで引き付けてレヴァンティンを振る。 シュツルムヴェレン。 4発全弾が、シグナムに触れる事無く爆発を起こす。 しかし、此処で誤算が生じた。 「っち・・・!」 シグナムが体勢を大きく崩し、吹き飛ばされる。 爆発の威力が大き過ぎたのだ。 これもまた、ガジェットのものとは比べものにならない性能だった。 騎士甲冑の其処彼処が破れ、破片が肌を切り裂く。 その隙を突くかの様に、爆炎の中から不明機が突撃。 球状兵装のアームから眩い刀身を伸ばし、それを振り上げシグナムへと斬り掛かる。 咄嗟に上へと飛び、刃渡り10mを超える放出エネルギーの斬撃を回避。 『危ねぇっ!?』 「・・・機械風情が剣士の真似事とはな。嗤わせてくれるッ!」 下方を突き抜ける不明機へとレヴァンティンの一撃を見舞うべく、刀身を振り被るシグナム。 しかし奇妙な物が視界に入り、彼女は攻撃を戸惑う。 連続放出されるエネルギーの刀身を振り被っていた球状兵装。 それが、その場に残されていたのだ。 その先には、完全に停止した不明機の姿。 何をしている、と疑問を抱いたのも束の間、スラスター噴射により後退を掛けてきた機体後部へと、球状兵装が接続される。 そして再び、エネルギーの刀身がシグナムへと伸びた。 「何と・・・!」 驚愕するシグナム。 あろう事か、不明機は兵装を機体後部へと接続し、後退しつつ攻撃を仕掛けてきたのだ。 眩い刀身が、シグナムを貫かんと迫る。 身を捻り回避。 刀身が振り上げられ、斜め上からの斬り下ろし。 後方に距離を取り回避。 突進、逆袈裟の斬撃。 刃の軌道下方に滑り込み回避。 「ハァッ!」 渾身の力で球状兵装へと斬り付け、隙を作るシグナム。 その後方に位置する不明機を切り裂くべく、更に横薙ぎの一太刀を放たんとする。 しかし、その空間に濃緑色の機体は存在しなかった。 見れば20mほど前方に、兵装を切り離し後退した不明機の姿。 機体下部の砲身に微かな光が点る様を目にしたシグナムは、己が直感に従い全力で真横へと跳躍。 刹那の差で、その後を追う様に無数の弾痕が刻まれた。 合金製の構造物を容易く貫通する、青い燐光を纏った砲弾。 狂った様に連射されるそれを射界から逃れる事で回避しつつ、シグナムは呻いた。 「初めて見る質量兵器だな。凄まじい威力だ」 『呑気な事言ってる場合かよ! バラバラにされちまうぜ!』 アギトの言う事も尤もだ。 このままでは遠からず、あの質量兵器の直撃を受けてしまうだろう。 壁面の弾痕から威力を推察するに、掠っただけでも致命傷となりかねない。 不明機の周囲を回り込む様に移動しつつ、カートリッジを1発、装填。 状況を打破するべく、三度レヴァンティンをシュランゲフォルムへと移行する。 機首を狙い、一撃。 不明機はすかさず後退、それを回避。 しかし、それこそがシグナムの狙いだった。 「・・・掛かった」 不意に、不明機の動きが止まる。 シャランゲフォルムの刀身が、何時の間にかその前後を塞いでいた。 外れた初撃が床面で跳ね返り、機体の背後に回り込んだのだ。 不明機はスラスターを作動、側面方向へのスライドで逃れようと試みる。 「無駄だ!」 しかし、正面や後方に比べ、面積の大きい機体側面。 刀身がそれを捉えるのは容易だった。 強大な魔力の込められた一撃が機体を強かに打ち据え、不明機はスラスターの推力と併せ高速で壁面へと叩き付けられる。 シグナムの攻勢は止まらない。 レヴァンティンの斬撃、そして不明機の攻撃によって損傷した壁面・天井へと、シュランゲフォルムの刃を走らせる。 刃によって打ち据えられるや否や衝撃と共にそれらが砕け、膨大な構造物の崩落を引き起こした。 比較的広範囲の崩落に対し、不明機は為す術なく構造物の雪崩に呑まれ、埋もれる。 それを見届け、シグナムはレヴァンティンをシュベルトフォルムへと移行。 足を止め、カートリッジを装填する。 レヴァンティンの柄と鞘を連結しカートリッジをロード、ボーゲンフォルムへ。 魔力の弦を引き、矢が番えられると同時にカートリッジを2発ロード。 「翔けよ、隼!」 『Sturmfalken!』 シグナムの掛け声、そしてレヴァンティンの音声が響き、鏃に光が集束する。 その輝きが最高潮に達した瞬間、シグナムの指が弦を離れた。 衝撃波を撒き散らし、不明機の埋もれる崩落跡へと突き進む光の矢。 数瞬後、凄まじい爆発が崩落跡を呑み込んだ。 『今度こそ!』 遂に仕留めたとの確信に、アギトは歓喜の声を上げる。 しかしシグナムは尚更に表情を険しくし、シュベルトフォルムに戻ったレヴァンティンへと、三度カートリッジを装填し始めた。 アギトが、訝しげに声を発する。 『なあ、何してんだよ? あいつはもう・・・』 「爆発が早い」 『は?』 「矢は当たっていない・・・その前に爆発した。撃ち落とされたな」 装填を終え、吹き上がる爆炎を睨むシグナム。 次の瞬間、炎を振り切って現れた6mほどの球体が、彼女を襲う。 アギトが上げた驚愕の声を無視し、直線軌道で襲い来るそれを躱すシグナム。 背後からの急襲を警戒するが、その気配は無かった。 球体は壁面へと衝突、その身を減り込ませたまま静止する。 何のつもりか、と不審を抱く間も無く、高熱に揺らめく空気の向こうから耳障りな金属音が響いた。 反射的に視線を向け、シグナム、そしてアギトはその影を目にする。 『・・・何だ、アレ』 「ふん、正体を現したな」 その呟きに応える様に、それは2人の眼前へと姿を現した。 10mを優に超える影。 不明機下部に備えられていた砲身を手に、轟然と佇む濃緑色の巨人。 その背には見覚えのある巨大な2基のバーニア。 それはこの巨人が、紛れも無くあの不明機である事を示していた。 「傀儡兵もどきか。おまけに剣士ではなく銃士とは」 徐に巨人の腕が動き、砲口がシグナムを捉える。 それに返す様に、シグナムもまたレヴァンティンを構えた。 その時、シグナムは砲口へと集束する青い光に気付く。 「・・・来るぞ。恐らくエスティアを沈めたあの砲撃だ。覚悟はいいか、アギト?」 『だから一々訊くなって。いいに決まってんだろ!』 力強い返答にシグナムは笑みを浮かべ、次に巨人の姿を凛と見据える。 砲撃を躱す算段は付いていた。 発射されてから躱す事は不可能だろう。 こちらから仕掛けるより他ない。 無論、敵は即座に砲撃を放つだろう。 だがシグナムとアギトには、その前に射界外へと脱する事ができるとの確信があった。 自身への、そして自身のロードへの信頼が。 微かに膝を沈め、力を込める。 ロードカートリッジ。 レヴァンティンに炎が宿った。 少しで良い。 少しでも射線から逸れる事ができれば、勝利はこちらのものだ。 そして、彼女達は力を解き放つ。 衝撃が、本局の一画を揺さ振った。 * 大型ミサイルが宙を切り裂いて飛翔し、壁面へと接触して炸裂する。 魔力による爆発ではなく、火薬によるものでもない。 何らかのエネルギーによる複合連鎖爆発。 空間を埋め尽くさんばかりのエネルギー放射に、フェイトの姿が霞の様に揺らぎ消え失せる。 一瞬後、その場を突き抜ける3本の牙。 無数のボールが繋がった様な、青い光を放つチェーンが空間に1本の線を引き、次の瞬間にはS字型に撓んで先端の球体を引き寄せる。 その隙を突き、一筋の雷光が薄闇を切り裂いた。 プラズマランサー、単発射。 宙を翔ける閃光に、闇の中から漆黒の機体が浮かび上がる。 迫る閃光。 不明機は、スラスターによる側面方向への移動によってそれを回避。 至近距離への着弾による衝撃に機体を揺さ振られつつも、短時間ながら質量兵器を連射、閃光の飛来した方向へと反撃を行う。 その不明機キャノピーへと、何処からともなく撃ち込まれる十数発、橙色の光弾。 着弾寸前で気付いたのか、不明機は後退して回避を試みる。 しかし光弾は軌道を変更、全弾がキャノピーへと着弾。 機体同様に漆黒のキャノピー、そこに僅かな罅が入る。 更に機体上方、8つの光球とそれを取り巻く環状魔法陣が、ダクト内の天井付近に出現。 空中に浮かぶ魔法陣の上から不明機を見下ろし、フェイトはトリガーボイスを紡ぐ。 「プラズマランサー・・・」 不明機もフェイトの存在に気付いたらしい。 球状兵装が方向転換、再度彼女へと襲い掛かる。 フェイトはそれを無視し、発射態勢を維持。 その目前へと、球体が迫る。 「ファイア!」 発射コマンドを唱えバルディッシュ・アサルトを振る直前、フェイトの身体を巨大な球体が押し潰す。 同時に、8発の魔力弾が不明機「側面」より放たれた。 そこには、バルディッシュを振り抜いたフェイトの姿。 球体の通り過ぎた空間には何も無い。 嵌められた事に気付いたか、不明機後部のノズルに火が点り、急発進する。 直前まで機体のあった空間を、魔力弾が通過。 不明機は180度ターン、機首をフェイトへと向けた。 「ターン!」 しかしフェイトの声と共に魔力弾は静止、円を描いて方向を転換し、再び現れた環状魔法陣によって加速・射出される。 狙うは1箇所、闇に潜んだティアナのクロスファイアシュートによって刻まれた、キャノピーの罅。 パイロットを守る盾を奪い、そこに非殺傷設定の魔法を撃ち込んで無力化する。 それがフェイトとティアナの狙いだった。 先程のクロスファイアシュートから、ある程度は予想していたのだろう。 不明機はターン直後に、スラスターを作動させていた。 しかしその行動も、フェイトの予想を上回るものではない。 左にスライドすれば、壁面に行動を制限される。 動くとすれば右しかないのだ。 8発のプラズマランサーは其々が位置をずらし、壁となって不明機の予測進路上へと突き進む。 不明機は急激な垂直上昇を敢行、回避を試みるも内2発を躱し切れず、キャノピー後方の大きく迫り出した装甲へと被弾。 弾ける魔力光と爆炎の中、フェイトは不明機のキャノピーに一段と大きな罅が走るのを確認する。 しかし。 『フェイトさん、あれ・・・』 『うん・・・修復してる』 ティアナからの念話に答えを返しつつ、フェイトは苦々しい面持ちで不明機を睨み据える。 その視線の先では、不明機のキャノピーを走る罅に、何か液体の様なものが滲み出していた。 被弾箇所から吹き上がる炎に照らし出され白く浮かび上がった罅が、徐々に黒く染まってゆく。 十数秒もすれば、完全に罅を覆い尽くすだろう。 流石は軍用機、この程度の損傷は設計段階から予想の範囲内という事か。 と、その様を注意深く観察するフェイトの視界内で、機体から伸びるチェーンが僅かに動く。 咄嗟に背後へと跳んだ彼女の眼前に、爪を広げた球状兵装が垂直落下。 床面に激突し、破片と衝撃、轟音を周囲に撒き散らす。 「っ! くぅ・・・!」 頬を切り裂く破片、鼓膜を襲う凄まじい音に苦痛の声を洩らしつつ、フェイトは空中へと身を躍らせる。 そのすぐ下では、もう1人のフェイトが逆方向へと駆け出していた。 フェイク・シルエット。 ティアナにより生み出された魔力の幻影は、ハーケンフォームのバルディッシュを振り翳し不明機へと向かう。 ティアナの幻術魔法により敵を撹乱し、フェイトの高機動・高火力で制圧。 それでも仕留められない敵には、更にティアナのクロスミラージュによる射撃が襲い掛かる。 2人が行動を共にして1年と約半年。 それが彼女達の間で確立された戦法だった。 特にティアナの幻術・射撃魔法制御技術は成長著しく、幻影の持続時間及び同時制御可能数、弾体誘導精度及び最大同時発射可能数、共に大幅な伸びを見せ、戦闘時に於いては常に絶対的優位を保つ事を可能としている。 そこにフェイトという規格外の戦力が加わる事によって、いざ戦闘となれば大概の敵対勢力は短時間での制圧が可能であった。 フェイトは、敵の質量兵器による迎撃を警戒しつつ前進する、自身の幻影へと目をやる。 頬を伝う血液、バルディッシュの構え方、敵に接近するルートの選択。 全てが現在のフェイトをほぼ完全に模しており、フェイト本人でさえ自身がもうひとり存在するかの様な錯覚に襲われるほどであった。 2年前とは比べ物にならない成長を果たした自身の部下を空恐ろしく、しかし頼もしく思いつつ、それでも仕留め切れない現状の相手へと目をやる。 そして奇妙な光景が、フェイトの視界へと飛び込んだ。 接近する幻影に対し、不明機は何ら対処する構えを見せなかった。 球状兵装を機首へと接続し、僅かに高度を上げる。 幻影が空中へと飛び出し、振り翳されたハーケンフォームの刃がハーケンスラッシュへと移行しても、不明機は何ら反応を返さない。 それが何を意味するかは、すぐに理解できた。 『ティアナ!』 『解っています!』 幻影が消失する。 これ以上は無意味と判断し、ティアナ自らの判断によって解除されたのだ。 敵はこの短時間で幻術を解析し、目前のフェイトが幻影である事を確実に見抜いている。 魔力を持たない機械が、どうやってそれを見分けたというのか。 少なくとも次元世界の技術ではあるまい。 彼等独自の技術で以って、目前の現象を解析したのだろう。 幻影が時間を稼いでいる内に砲撃魔法を構築する、という戦法はもう使えない。 あの機体の持つ武装を前にして、撹乱によるサポートも無く足を止めるというのは、自殺行為以外の何物でもない。 かといって移動しながら放てる魔法では、火力不足は否めない。 ブラズマランサーの単発射ならば威力は申し分ないが、それでも直撃してどうにか装甲を撃ち抜けるか否か、といったところだろう。 事実、2発のプラズマランサーが着弾したというのに、装甲の一部破損、そしてキャノピーの罅程度の損傷しか与えられなかった。 そして何よりあの機体の機動性からして、大威力魔法の弾速では躱されてしまう可能性が高い。 射撃魔法の中ではかなりの弾速を誇るプラズマランサーの単発射でさえ、しかも不意を突いたにも拘らず回避されてしまったのだ。 ティアナの射撃魔法は弾速こそ問題ないものの、あの機体を相手取るには威力の面で不安が残る。 残るはバルディッシュによる近接戦闘だが、そもそも近付けるかどうか。 多少優位であった状況が、遂に崩れ去ってしまった。 何とか状況を打破しようと思考を廻らせるものの、これといった名案は浮かばない。 一転して最悪の状況下となったそこへ、更に不明機の攻撃が追い討ちを掛けた。 『フェイトさんっ!』 その警告が、フェイトを救った。 不明機へと接続された球状兵装。 その下方より黄色の光線が発せられ、兵装直下の床を焼いたのだ。 何をしているのか、と注視してしまったフェイトに飛ぶ、ティアナの警告。 咄嗟に横へと位置をずらしたフェイトのすぐ側面を薙ぎ払う様に、直線の光が下から上へと振り抜かれた。 「え・・・」 思わず声を洩らすフェイト。 直後、光線によって赤熱する痕跡を刻まれた床面・壁面・天井が、順を追う様に炎を噴き上げた。 「な・・・!」 漸く、それが光学兵器による攻撃であると理解したフェイト。 しかしその威力は、彼女の知る攻撃用レーザーとは比べ物にならないものだった。 不明機は彼女に考える時間を与えない。 更にもう一度、レーザーが空間を薙ぎ払う。 角度を変え、逆袈裟に斬り上げる様に迫る光線。 間一髪で高度を下げ、フェイトはそれを躱す。 しかしそれは同時に、ティアナが身を潜める近辺をも薙ぎ払った。 「きゃあっ!」 「ティアナ!」 至近距離で噴き上がった炎と溶鉄に、ティアナのオプティックハイドが解ける。 3度目の掃射をソニックムーブで躱し、フェイトはティアナの側へと降り立った。 「大丈夫!? 此処から逃げるよ!」 「はい!」 その瞬間、2人の頭上から凄まじい轟音が響く。 何事か、と視線を上げた彼女達の視界に、迫り来る天井が目に入った。 フェイトはティアナを抱え、再びソニックムーブを発動。 直後、2人の居た場所を大量の構造物が押し潰す。 フェイトは、そしてティアナは見た。 あの球状兵装が天井へと撃ち込まれ、合金製の構造物を喰らうその様を。 漆黒の機体とそれを繋ぐ光のチェーンが怒り狂う蛇の如くのたうち、触れたものを片端から薙ぎ払う様を。 その「大蛇」が暴れる度に天井からは大量の構造物が零れ落ち、轟音と共に床面へと突き刺さる。 フェイトとティアナは雨の様に降り注ぐ鉄片の中、押し潰されない様に逃げ回る事で精一杯だった。 それでも何とか、メンテナンス・ハッチから50m程の距離にまで辿り着く2人。 既に周囲は大量の構造物が積み上がり、不明機の姿は視認できない状態だ。 轟音と振動から、あの球状兵装が未だ破壊活動を続けている事は判るものの、最早2人に打つ手は無かった。 「応援を呼びますか!? このままじゃ動力炉が!」 「駄目! 大人数で攻めてもアレを受けたらおしまいだ!」 先の対応を話し合いつつ、メンテナンス・ハッチを目指す。 しかし次の瞬間、2人の視界を青い雷光が埋め尽くした。 「・・・!」 「・・・!?」 悲鳴すら掻き消える轟音、そして衝撃。 実に数十メートルもの距離を吹き飛ばされ、2人は金属の瓦礫の上へと叩き付けられた。 バリアジャケットによって衝撃は軽減されたものの、無数の鋭利な金属片が肌を切り裂いてゆく。 漸く身体が停止した時、2人は全身から血を流していた。 「・・・う」 「ティ・・・ティア・・・」 呻きつつも身を起こすフェイト。 ティアナを見れば、打ち所が悪かったのか、完全に気を失っていた。 周囲を見回すと、消し飛んだハッチが目に入る。 いや、ハッチだけではない。 ダクト内の壁が数百mに亘って吹き飛び、その先の隔壁ごと崩れ去っていた。 信じられない光景に、彼女は唖然とその様を眺める。 と突然、フェイトの全身を浮遊感が襲う。 彼女は考えるよりも早く、ティアナの身体を抱えていた。 直後、足下の瓦礫が消える。 崩落だ、と気付いた時には、一帯の人工重力が解除されていた。 足下に空いた空間から、艦内の緊急アナウンスが響く。 『緊急事態。B5区画にてA級崩落発生。被害拡大を防ぐ為、一帯の人工重力を解除します。緊急事態・・・』 眩い光がダクト内を照らす。 記憶が確かならば、この下は非常用の物資貯蔵庫だった筈だ。 場所が場所なだけにそれほど人は居ないだろうが、それでも0ではあるまい。 上手く避難してくれていれば良いが。 そんな事を考えつつ、ティアナを安全な場所に下ろそうと降下を始めたフェイトの背後から、不気味な空気の振動が響き始めた。 耳鳴りにより機能しない聴覚の代わりに、全身の感覚でそれを感じ取った彼女は、咄嗟に背後へと振り向く。 その眼前に、漆黒の機体が浮かんでいた。 「あ・・・あ・・・」 驚愕に表情を強張らせ、フェイトは悟る。 この振動は、目前の機体が立てる轟音なのだと。 先程の青い光、そして衝撃は、エスティアを沈めたものと同じか、それに準ずる攻撃だったのだと。 凍り付くフェイトの眼前、不明機は球状兵装を呼び寄せる。 ゆっくりと近付くそれを前に、フェイトはこの機体が「観察」を行っているのだと理解した。 自らが敵対しているのはどんな存在か、情報を集めているのだ。 では、その次に来るのは何か。 友好か、敵対か。 答えは直に示された。 球状兵装の直下に点った、黄色の光によって。 フェイトは三度ソニックムーブを発動し、レーザーを躱す。 しかし、同時に発射された大型ミサイルの炸裂による余波に巻き込まれ、ティアナもろとも吹き飛ばされた。 「うああぁッ!」 下方へと吹き飛ばされ、連なる貯蔵棚を薙ぎ倒しながら墜落するフェイト。 不明機は更にレーザーを照射、ティアナを抱え必死に離脱を図る彼女を執拗に狙う。 その掃射をも躱したフェイトは隣接する区画へと続く通路に逃げ込もうとするが、それよりも射出された球状兵装が通路を押し潰す方が早かった。 「・・・ッ!」 もう、逃げ道は無かった。 反対側の通路は不明機の後だ。 半ば絶望の表情を浮かべ、背後へと振り返る。 その視界に、ひとつの人影が映り込んだ。 不明機の後方、何時の間にか空中に現れ、佇むその人物。 不明機もそれに気付いたのか、焦燥の滲む機動で前進と方向転換を図る。 そして、見間違いではないのか、と自身の目を疑うフェイトの、漸く本来の機能を取り戻し始めた耳に、その声は届いた。 「チェーンバインドッ!」 翡翠色の鎖が、幾重にも不明機を拘束する。 余程フェイトに気を取られていたのだろう。 回頭も間に合わず、襲い来る鎖を躱す事もできず、完全に拘束される不明機。 その光景を前に、フェイトは叫んだ。 「どうして・・・どうして此処に? ユーノッ!」 声の先には、医療区に居る筈の幼馴染、ユーノ・スクライアの姿があった。 その彼の服装、左脚の部位には赤い血が滲み、裾からは血の雫が滴っている。 病室から無理に抜け出してきたのは明らかだった。 「援護に来れる人手が無くてね! 君達の状態を知って、艦内を転移してきた! 今の内に、早く!」 「何て無茶を!」 「早く! 予想以上だ、長くは保たない!」 その声と頭上の轟音に不明機へと視線を向ければ、ノズルから凄まじい炎を噴き出しつつ離脱を図る不明機の姿。 球状兵装自体を取り巻いたバインドは何故か分解してしまったものの、そこから伸びるチェーンを拘束され、結果として不明機は球状兵装のコントロールを封じられていた。 ミサイルも同様に、やはり射出口をバインドによって塞がれ、放つ事ができない様子だ。 しかし、狂った様に噴射を繰り返す各部位のスラスターと、業火を吐き出し続けるメインノズル、それらの生み出す推力によって、バインドは今にも千切れそうだ。 寧ろこれだけの力が加わっても拘束を保っている、バインドの強度に驚かされる。 ユーノが作り出してくれた、この好機を無駄にする訳にはいかない。 フェイトはティアナを床へと下ろし、バルディッシュを構える。 バルディッシュをザンバーフォームへ、ロードカートリッジ3発。 足下に拡がる金色の魔法陣。 バインドに拘束されながらも、何とか離脱を図ろうとする漆黒の機体を見据え、呟く。 「危険な力・・・」 バルディッシュを振り被り、キャノピーと機体後部の境へと狙いを付ける。 その位置で切り落とせば、パイロットが爆発に巻き込まれる事態は避けられると踏んだのだ。 柄を握る指に力を込め、叫ぶ。 「此処で、断ちます!」 振り下ろされる刃先。 2m前後の刀身が、一瞬にして100mを優に超える巨人剣へと伸長した。 ジェットザンバー。 金色の刃が、不明機を切り裂かんと迫る。 そして、遂にその刀身が機体を捉えようとした、その瞬間。 雷鳴と共に、不明機から青い閃光が迸った。 「・・・!」 稲妻だ。 強力な稲妻が不明機より発せられ、バインドを打ち砕いた。 一瞬にして後退し、間一髪でジェットザンバーの刃を回避する。 振り抜かれた金色の刀身は、青い光を放つチェーンを断ち切るに留まった。 「しまった!」 攻撃が躱された事を理解すると同時、すかさずユーノがバインドを放つ。 しかし今度はその全てを回避されてしまう。 不明機は上昇、逃走を図る。 ユーノは危険を承知でフェイトの側へと飛び、その腕を握った。 「中央区に転送するよ、君はランスターさんを!」 「駄目だよ! あの機体を逃がす訳には!」 「そんな身体で何を言っているんだ! 一度、態勢を立て直さないと・・・」 その時、奇妙な音が2人の鼓膜を打った。 金属の拉げる様な、分厚い鉄板を貫通する様な音。 不明機が戻ってきたのか、と焦燥と共に見上げた視線の先で。 不明機が、球状兵装に「喰われて」いた。 「・・・なに?」 「あれは・・・」 機体の左側面へと喰らい付き、装甲を押し潰してゆく球状兵装。 不明機は球体を周囲の壁に押し付けたまま周囲を飛び回り、何とかそれを引き剥がそうとしている。 その行為が漸く実を結び兵装が機体を離れた時、不明機左側面の装甲は殆どが剥ぎ取られ、無残にも破壊された内部機構を晒していた。 すぐさま回頭し、球状兵装へと機首を向ける不明機。 まるで「敵」に相対するかの様なその振る舞いが、事態の異常性を示している。 しかし、球体が不明機を襲う事はなかった。 球体はその下方、新たな「獲物」へと狙いを定め、その3本の爪を以って襲い掛かる。 その獲物、呆然と球体を見上げる2体と、意識を失った1体、計3体の小さな「被捕食者」。 フェイト・T・ハラオウン。 ユーノ・スクライア。 ティアナ・ランスター。 新たな3体の「餌」目掛け、赤い光を纏う球体、青き戒めの鎖より解き放たれた「捕食者」が襲い掛かった。
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/3819.html
それは紛れもない衝撃となり、攻撃隊の間を駆け巡った。 異層次元ポイント19667305、高度文明都市制圧任務。 管制に当たっていたR-9E2が齎した、とある報告。 『「アトロポス」より「マサムネ」。目標「Μ」よりICBMの発射を確認、上昇中・・・第2弾の発射を確認。共に第2格納ユニットからの発射』 『マサムネよりアトロポス。第1格納ユニットの稼動は確認できるか』 『・・・いいや、稼動は確認できない。先の不明勢力による攻撃の際に、何らかの異常が発生した可能性が高い。弾道弾、尚も上昇中』 突如として出現したバイド汚染兵器群、その中核たる大型機動兵器。 2164年の「サタニック・ラプソディー」にて暴走、極東の1都市を壊滅させ、最終的に3機のR戦闘機により撃破された筈のそれ。 軌道投下型局地殲滅ユニット「モリッツG」。 惑星規模でのバイド生態系破壊を目的とした、機械仕掛けの怪物。 陸上小型空母にも匹敵する巨体に、実弾兵器、波動兵器、大陸間弾道弾、極め付けに戦艦搭載型波動砲ユニットを流用、惑星中心核破壊機構までをも搭載した、嘗ての地球軍に於ける切り札。 第一次バイドミッション終了と共に地球衛星軌道上の要塞「アイギス」へと、他の対バイド兵器群、そして「英雄」R-9Aと共に封印された巨獣。 皮肉にも汚染された「英雄」を介し、屠るべき敵によって中枢を侵され、護るべき人類へと牙を剥いた哀れなる生贄。 『目標Μ、中央都市区画外縁部到達まで30秒』 『マサムネより全機。弾道弾、解析終了。第1弾、ゼクフレーク・アフリカン・アームズ社製、VD-55。80Mt級純粋水爆弾頭搭載。第2弾・・・』 『アトロポスより全機、弾道弾ロスト! 浅異層次元潜行!』 『ナカジマ・インダストリー社製、MIRV・TA-105。20Mt級核弾頭12基搭載。共に軍の改修により異層次元航行機能が付加されている』 『733よりマサムネ、長距離支援はどうなっている?』 混迷を深める戦況。 バイドによる模倣の結果か、オリジナルのそれを上回る戦闘能力を以って攻撃隊を圧倒する、最早旧式となった筈の殲滅兵器。 攻撃隊独自の判断によって、一時的な協力態勢を敷く事となった不明勢力。 この時点で、当初の作戦目標である不明勢力の無力化は、既に作戦継続が不可能なまでに瓦解していた。 何より、バイド係数が明確に検出される存在、それが目前に現れたのだ。 バイドか否かも判然とせぬ存在との戦闘を継続するより、確実な汚染体と判明した存在の排除こそが、彼等にとっては遥かに優先されるべき事柄である。 『マサムネより733、長距離支援は実行不能。目標Μからの広域ジャミングにより現在、軌道上からの砲撃ができない状況にある。更に弾道弾撃墜の為、部隊は各都市上空へと展開中。繰り返す。長距離支援は実行不能』 『「ダブル・タップ」よりマサムネ。各機、各都市上空へと到達した。弾道弾の予想転移時刻と、各都市に対する目標選定確立を教えてくれ』 『マサムネ、了解。データを転送する。浅異層次元潜行開始時の歪曲反応から算出した結果、第1弾の転移確立は北部86.76%。第2弾、中央都市区画93.87%。他都市区画への転移確立はデータを参照しろ』 『受信した・・・予想転移時刻まで90秒。各機、チャージ開始。MAXループ』 『目標Μ、都市外縁部に到達・・・突入。繰り返す。目標Μ、突入』 何より、事前情報と現状の食い違いが大き過ぎた。 情報に関しては異常とも思える程に敏感なR戦闘機群パイロット達にとって、既にこの作戦は失敗が確定されているも同然である。 3基の大型砲塔以外には、これといった兵器も確認されなかった巨大都市。 司令部の調査結果とは異なり、僅かにも検出される事のないバイド係数。 都市を無数に逃げ惑う、バイド汚染環境下に存在する筈の無い「人間」の姿。 攻撃隊を襲った、未知のエネルギーによる砲撃。 機械による補助を受ける様子も無く、文字通りの「生身」で飛翔する「人間」。 杖から、槍から、掌から放たれる、低集束波動砲にも匹敵する威力を秘めたエネルギー砲撃。 これだけでも十二分に理解を超える、余りに異常な状況だった。 それに加えてバイドの出現。 これで、事前情報に基く作戦行動を継続できると考える方が異常だ。 故に攻撃隊は、独自の判断を以って作戦内容を変更した。 不明勢力との非武力的接触に始まり、バイド汚染体に対する共闘。 上手くいく筈などないと思われたそれは、奇跡としか言い様のない結果を生み出した。 言葉を交わす事もなく、機体の挙動から次の行動を予測し合わせる不明勢力。 攻撃の発動を察知し、その援護へと回る攻撃隊。 即席とは思えない的確な相互支援により、実に60機を超える第7世代ゲインズ、そして大量の自爆兵器を30分足らずでほぼ壊滅状態へと追い込む事に成功したのだ。 しかし、それで事態が収束した訳ではなかった。 モリッツG、惑星破壊プログラム発動。 追撃に当たった部隊の全滅。 波動砲の一斉射、そして不明勢力からの砲撃を立て続けに受けたにも拘らず、それらを耐え抜いた強固な装甲。 プログラム停止後に発射された、2発の弾道弾。 状況は悪化の一途を辿っていた。 『マサムネより全機、聞け。これよりダブル・タップが弾道弾を迎撃する。交戦エリア内のバイドを殲滅後、攻撃隊は目標Μを追撃、これを撃破せよ。なお、不明勢力との交戦は可能な限り避けよ。以上』 しかし、彼等は知っている。 今現在の状況は、決して「最悪」などではない。 未だ、諦める必要などないのだ。 何故なら。 『ダブル・タップより各機、予想転移時刻まで10秒』 対バイド戦に於ける「最悪」の状況。 自信がその状況にある事を、当事者が知り得る事は決して無いのだから。 『5秒前・・・3・・・2・・・1・・・』 「生きて」、或いは「人間」としてそれを知り得るのは常に、それを観測する「第三者」なのだから。 『警告! 軌道上に大質量物体の転移を確認!』 * * 「マジかよ・・・」 隣で呆然と呟かれる声を余所に、狙撃手はスコープ越しに映る人型兵器の頭部センサーへと照準を合わせる。 と、向こうも此方に気付いたか、センサーの光が僅かに動いた。 しかし、人型兵器が反応するより僅かに早く、彼の指へと力が込められトリガーが引かれる。 過去に用いられていた質量兵器である狙撃銃を模したデバイス、ストームレイダーの銃口より放たれた魔力弾は、通常のそれを遥かに凌ぐ威力・弾速を以って標的へと達した。 弾体は装甲の僅かな隙間を縫い、比較的脆弱なセンサー群を貫通、その中枢に至るまでを引き裂き、掻き乱し、食い千切る。 此方へと向けられようとしていた砲身の動きが止まり、空中で硬直する人型兵器。 瞬間、地上からの砲火と不明機体の砲撃が、その巨体を細切れへと変えた。 続けて、標的をガジェットに移す。 残る十数機の内、上空の不明機体群へと機首を向けているものを選定。 その機体後部へと、魔力弾を撃ち込む。 ガジェット、不明機体へと突撃を開始。 しかし、遥か上空の不明機体がそれを受ける筈もなく、難なく躱された上で質量兵器を撃ち込まれ爆散。 それを見届けるやデバイスを下ろし、呟く。 「移動だ」 「あ?」 突然の発言に、天へと上り行く2発の質量兵器を呆然と見上げていた空戦魔導師は、間の抜けた声を上げた。 だが続く言葉に、彼の意識が一瞬にて覚醒する。 「こっちの位置に気付かれた、逃げるんだよ!」 「最初からそう言え!」 すぐさま狙撃手の身体を抱え、窓から空中へと身を躍らせる魔導師。 首都航空隊の生き残りだけあって、人1人抱えても飛行に支障は無い。 ビルの間を滑空する様に高速で降下し、2kmほど先のショッピングセンターを目指す。 直後、先程まで身を潜めていたビルが、2機のガジェットによる突撃を受けて吹き飛んだ。 周囲のビルすら巻き込むその壮絶な爆発に、魔導師は肝を冷やす。 あと数秒、ビルから飛び出すのが遅ければ、そのままあの爆発とビルの倒壊に巻き込まれていただろう。 「・・・冗談じゃねぇ」 「おい、何処に行くつもりだ? 左だ、左! 証券会社のビル、18階の外壁窪み!」 「まだやるつもりかよ!?」 悲鳴の様な声で愚痴を零しつつ、しかし指示通りに進路を変更する魔導師。 証券会社のビル外壁へと辿り着き、その壁面に沿って垂直上昇。 狙撃手の言葉通り、18階には僅かに2m程の外壁の窪みがあり、2人は其処へと滑り込んだ。 狙撃手はすぐさま身を横たえ、デバイスを構えるやスコープを覗き込む。 発砲。 遥か彼方、1機の人型兵器がまたもや動きを止める。 地上・空中からの集中砲火、爆発。 照準を次の標的へ。 「・・・今ので14機目だ。もう良いんじゃないか、グランセニック?」 呆れと共に、嘗ての同僚へと声を投げ掛ける魔導師。 それに対し狙撃手、ヴァイス・グランセニックは憤りを込めた怨嗟の声を漏らす。 「んな訳ないだろ。畜生、よくも俺の愛機を・・・オーバーホールしたばかりだったんだぞ、クソが」 同じ隊に所属していた頃でも、数える程にしか聞いた覚えのない罵りの言葉。 聞くに堪えない言葉を口にしつつ、しかしその目は何処までも冷め切っている。 そんなヴァイスを観察しつつ、魔導師は小さく溜息を吐いた。 数年のブランクを経て、現場へ復帰したとは聞いていた。 しかし、その狙撃の腕はどうしたものか。 エースと呼ばれた数年前と比較しても、鈍るどころかより精密さを増しているではないか。 飛行する目標、しかも特定の箇所を、よりにもよって無誘導の弾体で撃ち抜くなど、もはや人間技とは思えない。 管理局部隊のみならず、不明機体群も敵の動きを封じている者の存在に気付いたのか、自分達を狙う敵を優先的に排除し始めた程だ。 だというのに、この男が此処に居る理由ときたら、とても褒められたものではない。 曰く、「クソッタレどもに墜とされた愛機の仇討ち」との事らしい。 不明機体群による襲撃時、武装隊を第4廃棄都市区画まで輸送したまでは良いものの、クラナガンへの帰還中にガジェットの襲撃を受け機体を損傷。 それでも姿勢を立て直し、命辛々クラナガンへと辿り着いてみれば、其処は無数のガジェット及び人型兵器、そして管理局部隊と不明機体群が入り乱れる戦場と化していた。 ヘリに対し機動性の面で圧倒的優位を誇るガジェットの攻撃すら掻い潜ってみせたヴァイスではあったが、流石に傷付いた機体での戦域突破は不可能だったらしい。 ガジェットか、或いは管理局部隊による誤射かは不明だが、流れ弾に敢え無く被弾。 ビルの谷間、比較的大きな交差点へと不時着、脱出。 直後に人型兵器が放った砲撃が付近のビルへと着弾、崩れ落ちるビルの残骸に呑み込まれヘリは大破、さらば愛機。 余りといえば余りの状況に、聞いていて憐れみの情さえ浮かんだものだ。 あれだけの弾幕を掻い潜り、なお且つ本人は無傷で此処に居るのだから、その操縦技術と状況判断力には感嘆するばかりだというのに、同時にその不運さに関しては最早笑うしかない。 それでいて本人は、偶然に遭遇した自身を足代わりにクラナガン西部区画を飛び回り、人型兵器とガジェットを相手にゲリラ戦を展開しているのだから、ある意味ではエースオブエース以上の化け物ではないか。 既に14機の人型兵器、そして21機のガジェットを撃破しているにも拘らず、本人はまるで満足する様子がない。 かといって不満を感じさせる訳でもなく、ただ淡々と引き金を引き続けている。 地震が起きようと、質量兵器が発射される轟音が響こうとも、自らの意思に基く行動を除き、決してスコープから目を逸らす事のないこの男。 こいつは、機械か何かか? 「・・・15機目」 そんな事を考えつつも、撃墜数のカウントを続ける魔導師。 次の標的を探すヴァイスの頭を少々力強く叩き、既に敵影が存在しない事を告げる。 「終わりだ、終わり。敵は全滅、分かってるか?」 「・・・もう少し優しく教えてくれても、罰は当たらないと思うんだけどな?」 不機嫌そうに頭へと手をやるヴァイスを、苦笑しつつ宥める魔導師。 しかし、それでもスコープから目を離さなかったヴァイスが、訝しげな声を上げた。 「・・・ん?」 「何だ? 増援か?」 「いや・・・」 スコープを覗き込んだまま、暫し何かを見つめるヴァイス。 しかし、ややあって目を離すと、疲れた様に呟く。 「あぁと・・・見間違いだと思うんだが」 「はぁ?」 要領を得ないその言葉に、魔導師もまた戸惑う様な声を返す。 再度スコープを覗く事、数秒。 ヴァイスは、再び疲れの滲む声を放った。 「紅い不明機の上に、な? 知ってる奴が乗っかってた様に見えたんだが・・・」 * * 呆然と、空を見上げる。 爆炎、そして白煙の筋を残し、一直線に天へと昇りゆく、2基の弾道弾。 絶望にも似た感情と共に放たれた叫びは轟音に掻き消え、網膜を焼く光は雲の合間へと溶け込む様に消えた。 誰もが前進を止め、その身を凍り付かせたかの様に上空を仰いでいる。 『高町ッ!』 そんな中、大型機動兵器追撃隊の全員、その意識へと響く声。 その声は指揮官たるなのはの覚醒を促し、現状への次なる対応を迫るものだった。 「あ・・・」 『呆けるな、高町! 追うんだろう!? さっさと指示を出せ!』 同僚のその声に、なのはは一瞬にして我を取り戻す。 こんな所で立ち止まっている暇は無い。 何としても、クラナガンへの到達だけは阻止せねばならないのだ。 もし地上本部を破壊されれば、ミッドチルダに駐留する全管理局部隊の中枢が麻痺する事となりかねない。 否、地上本部が健在であったとしても、一般市民の被害はどれ程のものになろう。 そして其処には、自らの親しい者達、大切な我が子すら含まれるのだ。 それを改めて認識するや否や、なのはは躊躇う事なく指示を下した。 『皆、追うよ! 距離を詰め次第、砲撃! 推進部を狙って!』 『了解!』 すぐさま飛行を開始する追撃隊。 その速度は、忽ちの内に大型機動兵器のそれを超えた。 空翔る12の人影はクラナガンへと向かう巨獣の背を追い、業火を噴き出すそのエンジンノズルを破壊せんと距離を詰める。 敵を射程内に収め、簡易直射型砲撃を叩き込み、ノズルを破壊。 それこそが、追撃隊の狙いだった。 距離さえ詰めれば、敵の動きを封じる事ができる。 しかし、そんな彼等を嘲笑うかの様に、巨獣はノズルより噴き出す業火を更に巨大なものへと変えた。 大型機動兵器、再加速。 「・・・ッ!」 『大型機動兵器、更に加速! 噴射炎の衝撃が、こっちに・・・!』 『駄目です、一尉! 噴射炎と煙の規模が大き過ぎます! 直線経路での追跡は不可能です!』 好ましくない状況報告ばかりが、次々に飛び込む。 それでも諦める事無く加速を続ける追撃隊だったが、続く地上本部からの報告は最悪のものだった。 『弾道弾、失索! 2基とも見失いました!』 「どういう事!?」 その考えられない報告に思わず、念話ではなく声を上げてしまうなのは。 しかし、オペレーターは彼女以上に混乱しているのか、声を荒げて報告を続ける。 『次元断層です! 弾道弾の進路上に次元断層が発生、2発とも虚数空間へと消えました!』 『じゃあ、まさか・・・』 『恐らく、虚数空間を通じての次元跳躍攻撃と思われます!』 次元跳躍攻撃。 その言葉に、誰もが絶望を深める。 管理局の技術であっても実現には困難を極めるその現象を、あの兵器は魔法体系すら用いずに制御しているというのか。 しかも跳躍に用いられた空間は、魔法の力及ばぬ虚数空間。 最早、弾道弾を探知する術は無い。 それが何時、何処に姿を現すのか。 自分達には知る術が無い。 例え頭上にそれが現れたとして、知り得る頃には既に手遅れだろう。 それでも、飽くまで追撃を続行する追撃隊。 足掻こうが諦めようが結果は同じだというのなら、最後まで足掻き切ってやる。 そんな刹那的思考に突き動かされるままに、大型機動兵器を左右から挟み込む様にして噴射炎を回避しつつ、ノズルを簡易砲撃の射程内へと収めるべく接近する彼等。 しかし、遂にその巨体を射程内へと収めるかという寸前、彼等の眼前へと無数の青い光弾が迫り来る。 大型機動兵器からの砲撃、誘導光弾。 「くっ!」 すぐさま砲撃、光弾を迎撃するなのは。 周囲の面々も各々に砲撃を放ち、自らを狙うそれらを叩き墜とす。 しかし、その一瞬が致命的な隙を生み出してしまった。 大型機動兵器、更に加速。 クラナガン西部区画外縁部へと迫る。 そして。 『大型機動兵器、西部区画に突入!』 轟音。 西部区画のビル群へと、大型機動兵器が激突する。 振動。 外縁部を取り巻くハイウェイを打ち崩し、建ち並ぶビルへと突入しては進路上の全てを薙ぎ倒し、燐光纏う光弾を無数に撃ち放ってはより広範囲に破壊を撒き散らす。 閃光。 ノズルから噴き出す炎が一瞬窄み、しかし次の瞬間、これまでとは比べ物にならないまでに巨大な業火が、爆発そのものと化して解き放たれる。 衝撃。 周囲数十棟のビル群が軒並み粉砕され、その崩壊は波となり更に広範囲へと拡がってゆく。 そして巨獣は、その前方に立ちはだかる全てを打ち砕きつつ、中央区へと最後の突進を開始した。 『大型機動兵器、中央区へと向け侵攻中! 周囲の部隊はこれを迎撃せよ! 何としても此処で撃破しろ!』 西部区画に展開する陸士部隊の指揮官が、全方位の念話を用いて叫ぶ。 都市のあらゆる箇所から光弾と砲撃が大型機動兵器へと襲い掛かるも、その動きを止めるには至らない。 最早「壁」としか言い様のない程の弾幕を無視するかの様に突入、被弾しつつも速度を緩める事なく突撃を続行する。 「危ない!」 咄嗟に叫ぶなのは。 追撃隊が散開するや否や、寸前まで彼等が位置していた空間を押し潰す様にして、上空から巨大なコンクリート塊が落下した。 大型機動兵器の突撃によって、上空へと巻き上げられたビルの残骸である。 大小様々なそれら無数の残骸は、大型機動兵器の通過跡から扇状に拡がる範囲へと降り注いでいた。 空を埋め尽くす程のそれらを全て迎撃する訳にもいかず、追撃隊は遂にその進路を変更。 大型機動兵器の左右後方から、長距離砲撃を試みる。 西部区画へと侵入した人型兵器及びガジェット群は既に、展開した管理局部隊と不明機体群により殲滅されていた。 術式の展開中に狙い撃たれる心配は無い。 『6人ずつ、左右から連続砲撃! 回避する空間を塞いで当てるよ!』 追撃隊、四度砲撃態勢へ。 魔法陣を展開、各々のデバイスを構える。 しかし此処で、なのはは現状の重大さに気付いた。 もし、この砲撃を大型機動兵器が回避したら? 非殺傷設定を解除された、12発の大威力砲撃魔法。 それらが、大型機動兵器の更に前方、中央区へと直撃したら? 其処には展開した管理局部隊のみならず、逃げ遅れた民間人も多数存在する事だろう。 まず間違いなく、多数の犠牲者を出す事態となる。 自惚れる訳ではないが、自身を含め追撃隊の面々は、いずれも砲撃魔法に特化した魔導師だ。 その砲撃の威力は、目前で陸士部隊が放っているものとは比較にならない。 それも射程の短い簡易砲撃ではなく、長距離砲撃魔法。 誤って市街へと着弾すれば、人型兵器の砲撃にも劣らぬ被害を生み出してしまう。 「・・・ッ」 構えたレイジングハートの矛先が、僅かにぶれる。 なのはの躊躇いを感じ取ったのか、同僚がすぐさま念話を繋げた。 『高町、どうした?』 『駄目・・・撃てない・・・!』 『何だって?』 『駄目だよ・・・だって・・・だって外したら、クラナガンが・・・!』 その言葉に、追撃隊の全員がその事実に思い至る。 脳裏を過ぎる光景は、先の砲撃時に大型機動兵器が見せた、その巨体に見合わぬ回避行動。 まず間違いなく、数発は回避されるだろう。 つまり砲撃を敢行した場合、前方の市街地に被害が及ぶ事は、この時点で確定しているのだ。 その現状に、砲撃を放つに放てない追撃隊。 そんな彼等を余所に陸士部隊の攻撃はより苛烈さを増し、更には上空に展開する9機の不明機体群までもが大型機動兵器へと砲撃を放ち始めた。 無数の魔力光と砲撃の光が荒れ狂い、巨獣の姿を呑み込む。 しかしそれでも、巨獣はその推進部への致命的な被弾を避け、速度を些かも緩める事なく突撃を続けていた。 既にその巨体は至る箇所から業火を噴き出し、巨大な火球となって周囲に炎を撒き散らしている。 にも拘らず、ビル群を文字通り粉砕しつつ更に加速するその姿は、見る者に生物としての本能的な恐怖を叩き付けるものだった。 『・・・撃ちましょう、一尉』 追撃隊の1人が、呟く。 何を、と問い返そうとすれば、それよりも早く同意の声が放たれた。 『撃とう、高町』 『おい!』 『私も・・・撃つべきだと思います』 『ちょっと、本気!?』 次々に上がる同意の、そして戸惑いの声。 なのはは、呆然とそれらの声を聞く他なかった。 『あの化け物が中央区に侵入したら、被害は砲撃の比じゃない。たとえ砲撃による被害が発生するとしても、化け物の動きを止める事ができれば全体の被害は最小限に止められる。それに・・・』 一旦、言葉を区切り、再度続ける。 『・・・連中の砲撃を、中央区に浴びせる事だけは避けるべきだ』 青い光が、中空を奔る。 不明機体群の砲撃は上空から放たれている為、今のところそれらが中央区へと直接の被害を齎す事は無いが、大型機動兵器の通過跡周辺は完全に吹き飛んでいた。 大規模集束砲撃魔法にも匹敵する威力を持った、質量兵器による砲撃。 陸士部隊は既に不明機体群の行動原理を心得ているのか、大型機動兵器の進路を避ける様にして遠距離からの攻撃を行っているが、だからといってその事実が救いになる訳ではない。 あれ程の破壊を生み出す砲撃が中央区へと降り注げば、それこそクラナガン全人口の半数が犠牲となりかねないのだ。 それだけは、何としても避けねばならない。 苦渋に満ちた声に、理論立てて反対する言葉を持ち得る者は居ない。 それを理解できるからこそ、なのはは一言、レイジングハートに照準補正の確認を行った。 「・・・レイジングハート」 声が返される事はない。 レイジングハートは無言のまま、標的のイメージを主の意識へと送る事で応えた。 2度と外しはしない、自分を信用しろ。 そんな意思が込められた、無言の後押し。 レイジングハートを通して意識へと反映される、赤く染まった視界に映り込む巨獣の背を睨み据え、なのはは決断した。 『・・・撃つよ、準備して』 『・・・了解』 環状魔法陣、展開。 照準が、大型機動兵器のノズルを捉えた。 気付かれている。 それは間違いない。 このまま撃てば、ノズルの破壊と同時に数発の砲撃が中央区を襲う事となる。 上昇して高度を稼ぐ暇は無い。 それ以前に、少しばかり上昇したとして、中央区を射線上から外せる程の射角を確保できる距離でもない。 不明機体より放たれる砲撃ですら、ノズルへの着弾を避ける大型機動兵器の機動性。 全ての砲撃を目標へと着弾させる事は不可能だ。 回避される事を前提に、左右の空間を塞ぐ様に発射する他無い。 全てを承知の上で、なのはは集束を開始する。 後に責任を問われるとしても、首都が崩壊してしまえば追及さえ行えない。 何より、ヴィヴィオの事を思えば、その事実さえも受け止められた。 「ディバイン・・・」 そして、遂にトリガーボイスが紡がれようとした、その瞬間。 追撃隊の頭上、遥か高空に1条の閃光が奔った。 「・・・ッ!?」 『何だ!?』 何事か、と身構える面々。 数秒後、地上本部からの通信が入る。 『本部より全局員へ。クラナガン及びミッドチルダ北部上空にて次元断層発生、弾道弾の転移を確認。しかし・・・』 口篭るオペレーター。 続きを促す他部隊の声を聞きつつも、なのはは大型機動兵器から視線を逸らす事はなかった。 しかし、続く予想外の言葉に、彼女の意識が瞬間的に硬直する。 『弾道弾2基、共に撃墜されました・・・長距離砲撃です!』 直後、遥か上空より1条の青い光が奔り、クラナガン西部区画へと突き刺さった。 正確には、其処を突き進む大型機動兵器、その脚部ユニットの1つへと。 巨大な鉄塊が爆ぜる凄まじい轟音が響き渡り、大型機動兵器の前面で爆発が発生。 直後、その機動が明らかに揺らぎ始めた。 やや左寄りに重心を置き、進路を直線に保とうとするかの様に後部を左右へと振る。 どうやら左前方の脚部ユニットが、その機能を停止したらしい。 機動の揺らぎと共に、大型機動兵器の速度が目に見えて落ち始める。 『・・・一尉!』 『もう少し待って! 機動が不安定すぎる!』 これを好機と、数人が砲撃を放とうとする。 しかし、なのははそれを押し止めた。 右へ左へ、不規則に揺れ動く大型機動兵器を狙い撃つには、距離が開き過ぎている。 これでは砲撃を放ったところで、半数が着弾すれば良いところだろう。 『術式を中断して! 距離を詰めるよ!』 レイジングハートの構えを解き、幾度目かの追撃へと移るなのは。 残る面々も、すぐさまその後に続く。 安全な射角を確保すべく、徐々に高度を上げつつ大型機動兵器の背を目指す追撃隊。 その視線の先、再び天空より撃ち下ろされた閃光が、左後方の脚部ユニットを撃ち抜いた。 光は巨獣の脚のみならず、その下のアスファルト、さらには地下構造物までをも貫いたらしい。 地震と紛うばかりの振動、そして轟音が周囲へと響き渡る。 噴き上がる粉塵。 大型機動兵器の全体が、左側面へと傾く。 完全に接地した前後の脚部を軸に、進路が左へと逸れ始めた。 ここぞとばかりに、周囲のビル群から簡易砲撃魔法及び射撃魔法が雨霰と放たれ、巨獣の装甲へとその牙を突き立てる。 そして、好機を見出したのは不明機体群も同じ。 上空からは絶える事なく質量兵器の雨が降り、レーザー・ミサイル・砲撃と、空を覆わんばかりの攻撃が、大型機動兵器へと雪崩を打って襲い掛かる。 前方、そして後方を除く、全方位からの飽和攻撃。 着弾の毎に、大型機動兵器の各部装甲は次々と粉砕され、その下部からは業火と黒煙を噴き、至る箇所で小爆発を繰り返していた。 しかし、それ程の攻撃であっても、その侵攻を止めるには至らない。 魔法、質量兵器の如何を問わず数十発の砲撃、そして数千・数万発の光学・実弾兵器及び魔力弾の直撃を受けながらも、再度加速してゆく火達磨の巨獣。 未だ健在であるらしき2門の砲からは無数の誘導光弾を放ち続け、ノズルから噴き出す業火は更に膨れ上がる。 逸れゆく軌道を、想像を絶する巨大な推進力を以って修正し、機能の停止した左側面の脚部ユニットを人工物に覆われた地表へと数mも食い込ませたまま、追撃隊を振り切る程の加速を見せる大型機動兵器。 焦燥と共に、追撃隊が飛行速度を上げた、その瞬間だった。 『・・・ッ!? 高町、化け物が!』 『分かってる!』 大型機動兵器の脚部ユニットから、巨大なアンカーが地表へと打ち込まれる。 ノズルから業火を噴き出したまま、発生する推進力に逆らっての急制動。 直後に、上部装甲が後方へと稼動する様が、追撃隊各員の視界へと飛び込んだ。 その光景をこれまでに三度目撃している彼等は、すぐに状況を理解する。 大型機動兵器、主砲発射態勢。 「何を・・・まさか!」 なのはの脳裏に、最悪の予想が浮かび上がる。 彼女の視界、遥か前方に聳える、巨大な建造物。 天を突かんばかりの超高層タワービルと、その周囲を取り囲む数本の巨大なビル。 時空管理局地上本部。 「ッ・・・撃ってッ!」 反射的に叫び、ショートバスターを放つなのは。 追撃隊各員、陸士部隊までもがそれに追随し、簡易砲撃魔法と射撃魔法とが、津波となって大型機動兵器へと襲い掛かる。 しかし、距離の関係から追撃隊の砲撃は着弾前に減衰を始め、巨獣の装甲へと痛手を与えるには至らない。 陸士部隊の砲撃も、分厚い側面装甲を完全に貫くには至らず、ただ破片を散らすのみに止まっていた。 上空の不明機体群は、狂った様に撃ち放たれる誘導光弾の弾幕を前に、回避行動を取らざるを得ない状況に追い込まれている。 現状に於いて大型機動兵器の砲撃を阻止できる者は、なのはの視界内には存在しなかった。 「駄目・・・ッ!」 続け様にショートバスターを放ちつつ距離を詰めるも、有効射程を外れた砲撃は空しく装甲を叩くだけ。 陸士部隊の砲撃がより苛烈さを増し、誘導光弾を処理した不明機体群が攻撃を再開するも、大型機動兵器の主砲発射態勢を解除するには至らない。 徐々に色濃くなる絶望に、悲痛な叫びが漏れんとした、その時。 遥か彼方、大型機動兵器の更に前方。 宙を滑空する巨大な鉄塊が、なのはの視界へと飛び込んだ。 縁を金色に彩られたブロックが、2つ連なったその造形。 ブロックの合間から伸びる、長大な柄。 それは紛う事なく、長年に渡り彼女の友が振るい続ける、見慣れたアームドデバイス。 グラーフアイゼン・ギガントフォルム。 「え・・・」 呆けた声と共に彼方の空間、大気に薄く滲む柄に沿って視線を滑らせるなのは。 その行き着く先には、鉄塊と並飛行する深紅の不明機体。 明らかに満身創痍と分かる、その姿。 左主翼は折れ、一方の尾翼が脱落し、右側面には何らかのパーツをもぎ取られたかの様な痕が残っている。 漆黒のキャノピー左側面には、無数の傷が刻まれた巨大な盾。 グラーフアイゼンの柄は、その盾の裏から水平方向に突き出し、伸長していた。 不明機体は自身の損傷を意に介する様子もなく、大型機動兵器の正面から突撃を掛ける。 そして、不明機体と大型機動兵器、両者の相対距離が1500mを切ったかと思われた、その時。 ハンマーヘッドが後方へと振り被られると同時、不明機体は突如として軌道を捻じ曲げ、まるでカタパルトの如くその速度を移し与えられた純白の影を宙へと放る。 それは、正しく人影だった。 なのはにとっては、十年来の友人。 親友の家族にして、幾度も互いの背を預け合った仲間。 本来は深紅である騎士甲冑を、家族との融合の証である純白へと変えた、小さな影。 誇り高き古代ベルカの勇、ヴォルケンリッターが1人。 「ヴィータちゃん!?」 鉄槌の騎士、ヴィータ。 『・・・ぁぁぁッ!』 それは錯覚か。 それとも無意識の内に、念話として放たれたものか。 いずれにせよ微かなものながら、それは確かになのはの意識へと飛び込んだ。 咆哮。 ひとつの身体から放たれた、2つの声。 有りっ丈の魔力、そして強化された身体能力を開放する為の、裂帛の気合。 後方へと回されたハンマーヘッドが、不明機体より与えられた加速もそのままに振り抜かれる。 但し、ギガントフォルムから通常繰り出される、「振り下ろし」の攻撃であるギガントシュラークとは異なり、左側面からの「横薙ぎ」に。 既に10mを超えていた柄が更に伸長、200mを優に超える長さとなる。 徐々にその旋回範囲を拡大、建ち並ぶビル群の屋上を削りつつ、更に巨大化するハンマーヘッド。 それは想像を絶する加速と共に、主砲の発射態勢を維持し続ける大型機動兵器、その右側面へと迫る。 そして、大型機動兵器の前面から、眩く青い閃光が迸った、その瞬間。 ハンマーヘッドが分厚い装甲を打ち据え、空間が爆ぜんばかりの光と衝撃音を生み出した。 「ぅあああぁぁッ!?」 全身を襲う衝撃、そして鼓膜を破らんばかりの衝突音に、なのはは堪らず悲鳴を上げる。 周囲の様子を探る余裕も無く、それでも何とか瞼を上げると、大きく体勢を崩した大型機動兵器の姿が視界へと映り込んだ。 青い光、鼓膜を叩き続ける轟音。 主砲より放たれた光の奔流が、彼方の空へ、地上本部へと伸びている。 中央タワー、そして周囲のタワーを呑み込む、膨大な量の粉塵。 間に合わなかったのか? 絶望している暇は無かった。 大型機動兵器へと突撃を仕掛ける、深紅の不明機体が視界へと映り込んだ。 見間違う訳がない。 その機体こそが、数瞬前までヴィータを乗せていたのだから。 機体下部の筒状ユニットへと集束する、青い光の粒子。 恐らくは、砲撃を浴びせるつもりなのだろう。 一方で、グラーフアイゼンの一撃により、大型機動兵器は移動を再開「させられて」いた。 横殴りに襲い掛かった凄まじい衝撃に脚部ユニットのアンカーが耐え切れず破損、砲撃態勢にあった最中にもノズルから噴き出し続けていた業火の推進力によって、地表への固定が解かれると同時、弾かれる様にして突進を再開したのだ。 但しその進路は、中央区へと至る軌道からは大きく北へと逸脱している。 グラーフアイゼンの接触時に機体が弾かれた事、そして左側面の脚部ユニットが機能を停止している事などから、右方向への進路変更が困難となっているらしい。 そして、数瞬後。 不明機体が遂に、大型機動兵器後部へと喰らい付いた。 襲い掛かる瓦礫の雨を意に介する様も見せずに突き破り、巨大な尾を形成する業火の根元、エンジンノズルへと肉薄する。 上下2つのノズルが四方へと不規則に稼動、噴射角度を変え不明機体を炎に包もうとするも叶わず。 紫電の光を纏った「杭」が、下部ノズルを文字通りに「粉砕」していた。 遅れて轟く、「杭」が分厚い装甲を穿った際の鈍い音、そして爆発音。 ノズル下方のシールドがエンジンユニット諸共、木端微塵に吹き飛び、無数の金属片と火球を周囲へと撒き散らす。 ノズルのみならず、下部エンジンユニット全体の破壊を成し遂げた不明機体はしかし、その際に起こった巨大な爆発から逃れる事は叶わず、爆風と衝撃に煽られ吹き飛び、付近のビル群へと突っ込んだ。 恐らく、数棟を貫通したのだろう。 幾つかのビルが崩れ落ち、崩壊には至らないまでも大量の粉塵に呑まれる建造物が続出する。 『やった・・・!』 念話を通じ、誰ともなく発せられた言葉がなのはの脳裏へと響いた。 見れば、エンジンの1基を失った大型機動兵器は、目に見えて速度を落とし始めている。 今が、好機。 『現在の速度を維持! 集束砲撃の射程まで近付くよ!』 限界を訴える身体の軋みを無視し、更に加速。 エンジン1基のみの推力では空戦魔導師を振り切る程の速度を得る事もできず、巨獣と追撃隊の距離が加速度的に縮まりゆく。 更には、西部区画へと展開していた航空隊、そして陸士部隊までもが大型機動兵器の追撃を開始。 後方より襲い来る無数の高速直射弾を回避する事もできず、次々に被弾する大型機動兵器。 続けて、上空の不明機体群が放った10基を超えるミサイルが着弾、上部エンジンユニットのシールドを破壊した。 大型機動兵器は半壊したノズルを右方向へと稼動、推力変更により進路変更を図る。 しかし、横合いから放たれた陸士部隊の砲撃魔法がエンジンユニットへと直撃するや否や、推力の制御が不可能となった巨獣は蛇行するかの様な機動を始めた。 どうやら直線軌道を保とうと試みているらしいが、損傷したユニットは稼動に支障を来したらしく、進路の揺らぎは大きくなる一方。 必然的に侵攻速度は大きく低下し、追撃隊との距離を大幅に縮める事となる。 そして、遂に。 追撃隊は巨獣を、集束砲撃魔法の射程内へと捉える事に成功した。 距離を詰め、しかし飛行速度を緩める事なく、目標の完全な包囲を狙い翔け続ける。 大型機動兵器上空より、追撃隊全員の集束砲撃魔法を叩き込み、破壊する。 それが、彼等の狙いだった。 砲口より放たれる誘導光弾を、上空より降り注ぐ光学兵器の雨が消し飛ばす。 不明機体群の射線を塞がぬ様、大型機動兵器を左右から追い越すべく二手に分かれる追撃隊。 しかしその眼前で、予想外の事態が発生した。 轟音が響き、ノズルから噴き出る炎がより巨大化。 同時に大型機動兵器の全体が左側面へと傾斜を深め、機能停止状態となった前後の脚部ユニットを深く地表へと食い込ませる。 そして。 「・・・ッ!?」 『嘘だろ!?』 左脚部ユニットを軸として、大型機動兵器の巨体が180度旋回、一瞬にして前後を入れ替えた。 鈍く赤い光を放つコアが、迂闊にも自らの狩場へと足を踏み入れた猟犬を嘲笑う獣の瞳の様に、驚愕する追撃隊の面々をその表面へと映し出す。 その上部には、己を追い詰めんとする者達を排除せんと展開する、巨大な砲口。 「しまっ・・・」 即座に射角の外へと逃れようと試みるも、到底間に合わない事は彼等自身が良く解っていた。 その砲口より放たれる、余りにも巨大な光の奔流。 数瞬後にはそれに呑み込まれ、跡形も無く消え失せる事となる。 しかし、質量兵器の無慈悲な光が、彼等を襲う事は無かった。 「な・・・」 爆発。 追撃隊の眼前で、青い光を放つ砲撃を受けた大型機動兵器の主砲が、着弾時の衝撃と共に爆発・四散したのだ。 間違いなく、不明機体からの砲撃。 だが、なのはが、追撃隊が驚愕したのは、砲撃のタイミングではなく。 衝撃に吹き飛ばされながらも、確かに知覚し、視界へと捉えたもの。 第97管理外世界に於いては制御する術が存在せず、況してや感知する事さえ不可能である筈の力。 「・・・魔・・・力?」 「質量兵器による砲撃」に秘められた、異常なまでに高濃度・高密度の魔力。 そして、弾体の着弾時に発生した「幻影」。 空間へと直接投影されたそれは、有り得る筈の無いものを映し出していた。 それは、1冊の本。 忘れる筈も無い、忘れる事などできない、悲しく、しかし大切な記憶。 多くの犠牲と怨嗟の果てに、希望と絆を残し天へと消え去った、英知の集約体。 幸せだと、世界で一番幸せだと、優しく微笑んで逝った祝福の風、その人を宿していた1冊の魔導書。 その名を。 「どうして・・・あれが?」 ロストロギア「闇の書」。 『高町!』 幾度目かの声に、なのはは混迷を深める思考を振り払った。 今は、考えるべき時ではない。 目前へと視線を戻せば、主砲の在った位置から炎を噴き出す、大型機動兵器の姿。 破壊された砲身を格納し、コアの上下に据えられた砲門から無数の誘導光弾を放ち始める。 しかし、それを防ぐべく、追撃隊が新たな動きを起こす事はない。 代わりに、周囲から放たれる魔力弾と、上空から降り注ぐ光学兵器が、発射される傍からそれらの光弾を撃ち払う。 クラナガン西部区画。 この地へと展開する全戦力が所属を問わず、たったひとつの目的を果たす為に集結を始めていた。 たったひとつ、この世界に存在する事すら許されぬ、狂気の産物を屠る為に。 大型機動兵器、エンジン再点火。 しかし、直上より降り注いだ2条の光が、残る脚部ユニットを撃ち抜く。 爆発、ユニットが機能を停止。 続けて周囲より、簡易砲撃魔法の嵐が襲い掛かる。 上部エンジンユニット、爆発・四散。 大型機動兵器、誘導光弾の発射速度上昇。 追撃隊の周囲を2機の不明機体が旋回、眼前に障壁を展開し、誘導光弾の直撃を防ぐ。 そして、機は熟した。 大型機動兵器の上空に浮かぶ、12の人影と8機の不明機体。 魔力光と青い光が、其々デバイスと機首に集束する。 決然たる思い、そして不屈の心を秘めた、魔法の光。 無限なる憎悪、そして狂気に満ち満ちた、科学の光。 先陣を切ったのは、魔導師だった。 「スターライト・・・」 膨れ上がる光。 集束砲撃魔法。 なのはは躊躇う事無く、その破滅的なまでに凝縮された力を解き放つ。 「ブレイカー!」 閃光。 炸裂する12の光。 邪悪なる鉄塊を押し潰さんと、全方位より巨獣へと襲い掛かる魔力の砲撃。 「ブレイク・・・」 そして、2度とは外さないと。 此処で終わらせてみせると。 今度こそ、逃がしはしないとの意思と共に解き放たれた、12発の砲撃と。 「シュート!」 同時に放たれた、不明機体群による8発の砲撃が、大型機動兵器を呑み込んだ。 荒い息。 誰もがやっとの事で浮遊している状態の中、途切れ途切れの念話が交わされる。 『やった・・・の・・・?』 『まだ・・・確認できない・・・』 砲撃の1分程前に、砲撃の炸裂範囲を完全に離脱した陸士部隊が、徐々に着弾地点へと接近を開始する。 あれほど巨大な目標なのだ。 狙いさえ気にしなければ、1km先からでも高速直射弾を撃つ事は可能である。 実際、彼等もその手法を取っていたのだろう。 上空に浮かぶ追撃隊への誤射は気に留める必要が無く、只々濃密な弾幕で以って大型機動兵器からの攻撃を封じ切ってみせたのだ。 簡易砲撃魔法を放っていた魔導師は航空隊に属する局員か、余程機動力に長けた陸士だったらしい。 あれだけの短時間で、全員が炸裂範囲外へと脱していた。 地上局員の能力は、本局が把握しているより遥かに優秀だ。 『今度こそ終わっててくれよ・・・』 自らの砲撃、そして不明機体群の砲撃が着弾・炸裂した際の衝撃により吹き飛ばされ、砲撃地点から数百mも後退する事となった追撃隊。 業火を噴き上げる巨大な火口と化した眼下のビル群を眺め、油断なくデバイスを構え続ける。 ガジェット、そして人型兵器群と管理局部隊との交戦域からは離れていた為、この地区に関しては戦闘の初期に避難完了が宣言されていた。 局員の見落としが無ければ、民間人の被害は無い筈だ。 大型機動兵器が攻撃を再開したとしても、一切の躊躇なく砲撃を叩き込める。 問題は、その為の魔力もカートリッジも、既に使い果たされている事だけだ。 「お願い・・・もう動かないで・・・」 呟く様に零れる声。 哀願の思いすら込められた祈り。 果たして、その言葉を聞き留めたものか否か。 立ち上る業火の中から、微かな機械の駆動音が響いた。 『・・・いい加減にして!』 『不死身か、コイツ!』 魔力の付加により形成された突風の壁が、視界を塞ぐ業火を吹き散らす。 掻き消される炎の中から現れたのは、装甲は剥げ落ち、2基の砲が存在していた箇所から絶えず炎を噴き上げ、半壊したコアから禍々しい光を零しつつ、それでも稼動を停止してはいない大型機動兵器の姿。 そして機能回復に成功したらしく、先端が上空へと向けられた左腕部ユニット。 大型機動兵器、弾道弾再発射態勢。 「そんな・・・魔力は、もう・・・」 呆然と紡がれる言葉。 最早隠そうともせずに、絶望をその表情へと浮かべる魔導師達。 砲撃魔導師に魔力は残されておらず、魔力が残る者は決定打となり得る砲撃を放てない。 不明機体群が何らかの行動を起こすかと思われたが、それより早く、なのはの後方で大規模な魔力集束が発生する。 『集束砲撃? 誰が?』 『魔力素を無差別に集束してやがる・・・こんな事が有り得るのか?』 『陸士419より航空隊、まだ魔力を温存していた奴が居るのか? 何処の所属だ、この化け物は!』 化け物。 飛び交う念話の中に混じるその言葉に、なのはの背を冷たいものが奔る。 彼等が何を言わんとしているのかは、彼女にも良く分かっていた。 背後から感じる、凄まじいまでの重圧感。 不明機体群や大型機動兵器へと相対した際に抱いたものとは異なり、より明確な感覚として迫り来るそれ。 自身の切り札を優に超える、単体の魔導師としては有り得る筈の無い超高密度集束。 自らが放った桜色の魔力光を含む、無数の色に輝く魔力素が、流星の様に背後へと流れゆく中、なのははゆっくりと後方へ身体を廻らせる。 其処に、1機の不明機体の影があった。 漆黒のフレーム。 濃紫色の奇妙な装甲。 試験管を思わせる直線的なキャノピー。 「まさか・・・さっきの砲撃・・・」 『・・・何だ、あの機体』 『アイツ・・・魔力を・・・!』 数瞬後、暴力的なまでに高密度集束された魔力が、青い閃光となって不明機体より放たれた。 一瞬にして視界を駆け抜けた砲撃は、見掛け上では通常の不明機体砲撃と差異は無い。 しかし、それに秘められた膨大な魔力は異常な重圧となり、確かに魔導師達の感覚へと襲い来る。 そして、弾体が大型機動兵器左腕部ユニットへと着弾した、次の瞬間。 「・・・ッ!」 炸裂する衝撃波の中に浮かぶ光景は、緑の髪の女性、その腕に抱かれた黒髪の赤子。 「リン・・・!」 喉を突いて出た声は、爆発音と全身を襲う衝撃に掻き消された。 次いで発せられるのは悲鳴のみ。 またもや数十mもの距離を吹き飛ばされ、漸く体勢を立て直した頃に視界へと飛び込んだのは、脱落した左腕部ユニットと、機体下部から青い光を放つ大型機動兵器の姿。 振動音が中空を満たし始める頃には、誰もが状況を理解していた。 大型機動兵器、最後の抵抗だ。 『まただ! 地震が始まった!』 『死なば諸共、って訳ね・・・!』 誰もが、最早欠片ほどにしか残ってはいない魔力を振り絞り、大型機動兵器のコアへと止めを放つべくデバイスを構える。 上空の不明機体群までもがそれに続こうとした、その時。 低く、憤怒に燃える声が、発声と念話の双方として、魔導師達の意識へと飛び込んだ。 『いい加減に・・・』 聞き覚えのある声に、なのはが振り返る間すらなく。 『くたばれええぇェェッッ!』 次の瞬間、追撃隊の足下を掠める様にして、一方の面が砕けた巨大なハンマーヘッドが、高速にて地上へと打ち下ろされた。 大型機動兵器を叩き潰す様に、直上より叩き付けられるグラーフアイゼン・ギガントフォルム。 地震の振動が掻き消される程の衝撃と轟音。 金属の拉げる異音が響き渡り、同時に耐久限界を超えたらしきグラーフアイゼンが砕け散る。 その舞い散る欠片の中を、1基のミサイルと、同じく1機の不明機体が翔け抜けた。 深紅の機体。 大型機動兵器のエンジンユニットを破壊した際、爆発によって吹き飛ばされビルへと叩き付けられた筈のそれ。 主翼、垂直尾翼、盾。 それら全てを失いながらも、鋼の巨獣へと突撃する紅い弾丸。 恐らく先立って放たれていたのだろう、大型ミサイルがコアへと直撃、膨大なエネルギー輻射による爆発が空間を埋め尽くし、巨獣の動きを封じ込める。 その隙を突き、不明機体は一気に加速。 自らが放ったミサイルより放射されるエネルギーにより機体が焼かれる事すら厭わず、爆発の中心を突き抜け一瞬にしてコアへと肉薄する。 なのはは、確かに聞いた。 否、なのはのみならず全ての魔導師が、念話としてそれを耳にしたのだ。 小さな、本当に小さな声。 しかし、確かな自信と信頼の込められた、力ある言葉。 鉄槌の騎士が放った、たった一言の言葉。 『ぶち抜け・・・!』 その言葉に応えるかの様に射出された「杭」が、コアの外殻から中枢までを諸共に貫いた。 * * 刺突兵装がコアを打ち抜く、鈍く重い音。 大型機動兵器の全体が一瞬、痙攣するかの様に振動した後、周囲には耳が痛くなる様な静寂が立ち込めた。 『やった・・・のか?』 ハンマーヘッドが砕けたグラーフアイゼンの柄を握り締めたまま、ヴィータは誰かが呟いた言葉を脳裏の内で反芻する。 本当に仕留めたのか。 あの化け物を、あの巨大な鋼鉄の怪物を、仕留める事ができたのか。 何らかの手段で以って、反撃に移るのではないか。 考え得る種々の可能性を想定し、それらへの対応策を構築。 しかし答えが導き出されるより早く、破壊された大型機動兵器のコアから離れ、深紅の不明機体が上昇を開始する。 眼下の巨獣を気に留める様子もなく、機首を反転させるその機動に、ヴィータは漸くグラーフアイゼンを握る手の力を抜いた。 「・・・はぁ」 『やっと・・・終わりましたね・・・』 「・・・ああ・・・ッ!」 リィンの言葉に同意を以って答え、今更ながら襲い掛かる腹部の痛みに呻く。 傷自体は小さいとはいえ、レーザーが身体を貫通したのだ。 本来ならば、すぐさま後方搬送となる筈の重傷。 しかし上手く臓器を避けての貫通である上、更に巨大な鎌状の近接兵装に貫かれても戦闘を継続できる程の耐久力を持つヴィータである。 行動に多少の支障こそ来すものの、致命傷という訳ではなかった。 『ヴィータちゃん!?』 『ああ・・・なのはか・・・』 『どうしたの、その傷!? まさか・・・』 『ガジェットだよ・・・ちょっと、ドジっちまった』 『ちょっとって・・・!』 心配していた相手からの通信。 念話ではあるが、その声から判断するにそれほど無茶をした訳ではなさそうだ。 逆に心配される側になってしまった自分自身の状態が可笑しく、ヴィータは傷に響かぬよう抑えた笑いを漏らす。 その頃になって、漸く事態を悟った管理局員達の間から、零れる様に歓声が上がり始めた。 それは徐々に拡がりゆく速度を増し、遂には熱狂を持った叫びと化す。 微動だにしない大型機動兵器の残骸と、その上空を旋回する不明機体群。 最早、敵も味方もなかった。 只々、強大な敵を完全に、今度こそ完全に打倒した喜びに、誰もが歓声を上げ続ける。 たとえ後に、失われた者達の記憶に苛まれる事になると理解はしていても、今は只管に勝利の歓喜へと身を任せていた。 そんな様を半ば呆けた様子で眺めていたヴィータだったが、自身の傍へと寄る白い影の存在に気付き、我を取り戻す。 「ヴィータちゃんっ!」 「・・・よう」 それは、自らヴィータの許へと赴いて来たなのはだった。 多少の怪我を負ってはいるものの、特に無理をしている様子も感じられないその姿に、ヴィータとリィンは内心で安堵の息を吐く。 「もう・・・こんな無理して・・・ッ!」 「オメーに言われちゃお終いだな」 「茶化さないで! 酷い傷なんだよ!?」 ヴィータの物言いが余程気に入らなかったのか、烈火の如く怒りの声を上げるなのは。 しかし声を荒げつつも、その動作は傷の具合を確かめる事に余念がない。 相変わらず人に対して過保護な奴だ、などと考えていると、ヴィータは何かが自身の体から抜け出る感覚を覚えた。 続けて意識へと飛び込んだ声は、この戦闘中に聞き慣れた直接的に意識へと響くものではなく、空気の振動としてのもの。 八神家の末っ子、リィンフォースⅡの声だ。 「全くです、ヴィータちゃんは無茶しすぎです!」 「お前だってユニゾンしてたんだから同じだろ・・・平気なのか?」 「平気じゃないです! それでも、お腹に穴の開いてるヴィータちゃんよりはずっとマシです!」 どうやら、こちらも相当お怒りらしい。 忽ちなのはと歩調を合わせ、2人掛かりで説教を始める。 2人が本当に自分を心配している事が分かるからこそ、ヴィータはばつが悪そうに謝る事しかできない。 と、その時。 突然、ヴィータは前方へと目をやると、2人を庇う様に進み出た。 何事か、と同じ方向へと目を向けた2人の視界に飛び込んだものは、同高度に浮かぶ巨大な深紅の不明機体。 即座にレイジングハートを構えようとするなのはだが、ヴィータは腕を彼女の前へと翳す事でそれを制止する。 「ヴィータ・・・ちゃん?」 「止めろ、なのは」 驚きと共にヴィータを見やるなのは。 しかし彼女はリィンと共に、敵意の感じられない瞳で以って目前の不明機体を見つめていた。 満身創痍、としか言い様のない様相の不明機体もまた、何をするでもなく3人へと機体左側面を向けたまま、恐らくは重力制御機関の甲高い音を響かせている。 そのまま奇妙な沈黙が流れる事、数十秒。 ヴィータが、何かしらの言葉を発しようとした矢先、全方位への念話が管理局部隊の間を駆け巡った。 『おい、見ろ! 本部が!』 その言葉に、3人が一斉に地上本部の方角へと振り向き、そして息を呑んだ。 先程まで地上本部全体を覆っていた粉塵は、地上本部に残る魔導師達によって除去されたらしく、既に彼方へと散っている。 視界を遮るものが無くなり、現れたのは無傷の中央タワー。 そして半ばから折れ、完全に倒壊した周囲2つのビル。 外縁部を覆う大出力魔力障壁は、あの砲撃の前には僅かなりとも障害足り得なかったらしい。 中央タワー近辺のビルは、比較的狭い範囲での崩壊となったらしいが、問題は外周に位置する巨大なビルだった。 あろう事か、地上本部内の敷地内ではなく、外縁部の都市に向かってビルが倒壊していたのだ。 恐らくは、数十棟の民間ビルが巻き込まれたであろうそれは、余りにも凄惨に過ぎる光景だった。 中央区の避難は比較的速やかに済んだ筈だが、しかしあの有様では複数の避難所そのものが、膨大な量の瓦礫によって押し潰されている事だろう。 「間に・・・合わなかった・・・?」 リィンが、呆然と呟く。 何かを言い掛け、しかしヴィータはその言葉を呑み込んだ。 その隣では、なのはも同様に。 ヴィータは、そしてリィンは、確かに間に合ったのだ。 あの時、あと数瞬でもグラーフアイゼンでの一撃が遅れれば、大型機動兵器の砲撃は中央タワーを直撃していただろう。 たとえ戦闘に勝利したとしても、本部を失えばその後の救助活動すら満足に行えはしない。 彼女達は最良の結果を残した。 2人は「間に合った」のだ。 それは、この場に居る誰もが認める事だろう。 だからといってその事実が、当事者たる2人にとって何の慰めになるというのか。 「ヴィータちゃん、リィン。本部に繋がなきゃ分からないよ。前にシャーリーも言ってたでしょ? 避難所はアルカンシェルでも撃ち込まなきゃ壊れない、要塞並みの強固さだって」 「・・・うん」 返す声に、何時もの覇気は無い。 しかし、僅かなりとも希望が出てきたのだろう。 徐々に瞳が力を取り戻し、純白から深紅へと戻った騎士帽を被り直すヴィータ。 リィンもまた、その肩で軽く頭を振り、毅然とした様子を取り戻す。 微笑みを浮かべつつ、そんな2人を見つめていたなのはであったが、視線がその向こうに浮かぶ不明機体へと到るや否や、忽ち表情を険しくした。 「・・・闇の書」 微かな呟きに、なのはの顔を見上げるヴィータ。 その視界へと映り込む上空、不規則に飛び交う不明機体群の中に、漆黒と濃紫色に彩られた1機の姿があった。 ヴィータとリィンは、彼女が何を言わんとしているかを理解する。 あの砲撃だ。 ギガントシュラークを叩き込む寸前、大型機動兵器の正面へと出現した幻影。 荒れ狂う強大な魔力輻射の中、浮かび上がった人影は、彼女達が良く知る人物だった。 現在よりも幾分若く感じられる容貌ではあったが、間違いない。 その腕に抱かれていた赤子は、その息子だろう。 そして「闇の書」の名が、今此処でなのはの口から出るという事は。 恐らくは、自分達とあの不明機体がこちらへと向かっている僅かの間に、既に1度、例の砲撃が放たれたのだろう。 その際に現れた幻影が、「闇の書」を映し出したという事か。 訳が分からない。 明らかに異常な量の魔力素を、いとも容易く制御してみせた不明機体。 空間中の無属性魔力素はおろか、不特定多数の魔導師から散布された魔力素すら、無差別に集束して砲撃と成したその技術体系。 着弾時に出現する幻影、其処に映し出される、有り得る筈の無い存在。 彼等は何者なのか? 何処から、何を目的に現れたのだ? もうひとつの第97管理外世界からの来訪者だというのならば、ミッドチルダを襲う理由は? あの漆黒の機体に用いられている魔法技術体系を、何処から手に入れた? 何故、彼等が「闇の書」や「彼女」の事を知っている? 『・・・こ・・・本部・・・願い・・・軌道・・・』 突然のノイズ。 局員達の傍らに、空間ウィンドウが展開される。 出力者表示には、地上本部の文字。 しかし画面にはノイズが走り、途切れ途切れの音声のみが発せられるばかりである。 やはり中央タワーにも、何らかの被害が発生しているのだろう。 すぐさま複数の局員が、本部の現状を問う言葉を投げ掛ける。 しかし返されるのは、奇妙な単語の羅列ばかりであった。 「本部、さっきから何を」 『こちら本部、警告!』 流石に不審を抱いたヴィータが、自身も問いを発した、その時。 状態回復した通信から、悲鳴の様なオペレーターの声が発せられた。 『軌道上よりクラナガン上空への大質量物体転移を確認! 総数218! クラナガン上空まで5秒!』 「・・・転・・・移?」 何を言っているのか、と言わんばかりに発せられた言葉は、不意に上空から襲い掛かった轟音によって掻き消された。 直上からの強烈な衝撃波を受け、対応すらできずに落下を始める魔導師達。 比較的高高度に位置していた者はまだしも、低高度を浮遊していた者は体勢を立て直す間も無く、ビル群の屋上へと叩き付けられる。 バリアジャケットを纏っている為、そう簡単に命を落とす事はないだろうが、しかし軽傷で済む程度のものでもない。 一体何が、と上空へと視線を向けるヴィータ、リィン、なのは。 そして視界へと映り込んだ光景に、3人は文字通り凍り付いた。 船だ。 遥か上空に、船が浮かんでいた。 1隻ではない。 20隻以上の船が、悠然と空を舞っていた。 その周囲、更に複数の巨大な影が、次々に出現する。 10隻。 20隻。 30隻。 次々に転移を終え、一部の船は通常空間への実体化に伴い衝撃波を撒き散らす。 管理局艦艇のそれとは異なり、実体化に際し発生する衝撃発生現象。 技術的な事は門外漢であるヴィータにさえはっきりと解る、明らかに管理世界の技術体系とは異なる次元間航行技術。 しかし、それらを除くほぼ全ての船。 それらの姿に、ヴィータは見覚えがあった。 彼女だけではない。 恐らくはリィンも、そしてなのはも。 知っている筈なのだ。 自らが搭乗し、或いは記録映像として目にしたそれら。 そして2人が知らずとも、遥かなる古の時代、霞む記憶の果てに。 確かに残る、その船の姿。 嘗てベルカの、ミッドチルダの空を覆い尽くし、幾多の次元世界を焦土と化した船の群れ。 L級次元航行艦を含む、管理局旧主力艦艇群。 古代ベルカ及びミッドチルダ、両陣営各種戦闘艦。 時代を問わずに混在する、民間輸送船及び旅客運搬船、更には特殊作業船。 次元世界に於ける、いずれの時代にも合致しない造形の艦艇。 それらが入り混じり、200隻を超える巨大な艦隊を形成していた。 そして、艦隊の中央。 不自然に開けた空間に、その船は現れた。 空間中央に展開する、次元空間へと繋がる「ゲート」。 猛烈な勢いで周囲の大気を取り込み、異様な色彩が揺らめくその空間から、巨大な艦体が亡霊の如く姿を現す。 「あ・・・ああ・・・」 「嘘・・・でしょう・・・?」 「そんな・・・だって・・・だってあれは・・・」 濃紺青と黄金の外殻。 王の威容を誇るかの様に鋭く突き出した艦首。 艦体後部に備えられた、計13基のメイン・サブブースター。 狂気の科学者、そして盲執に取り付かれた老人達の手によって現代へと蘇った、アルハザードの遺産とも言われる戦船。 管理局の設立以前、先史時代に於いて、既にロストロギアとの認識の下にあった、最大にして最悪の質量兵器。 数多の歴史学者・神学者・考古学者が追い求めながらも、終ぞその存在に至る事叶わず、世界の脅威として管理者達の前へと再臨した、その艦の名こそ。 「あれは・・・消し飛んだ筈なのにッ!」 王の産まれ落ちし地にして、王の眠りし地、「聖王のゆりかご」。 「何でだッ! 何でッ!」 絶叫するヴィータ。 リィンはただ呆然と、なのはは絶望の表情すら浮かべ、天を見上げる。 地上に存在する全ての者が、ただ呆然と天空の艦隊を見つめる中、不吉を知らせる金属音が轟いた。 「あ・・・」 ハッチが、開く。 管理局の、ベルカの、ミッドチルダの、不明勢力の。 全艦艇、200を超える次元航行艦のハッチが、耳障りな金属音を空中へと轟かせつつ、開放される。 そして、数秒後。 「・・・畜生・・・ッ!」 その全てから、自爆型のガジェットが解き放たれた。 『・・・終わりだ』 局員の誰かが放ったその念話に、答える者は居ない。 今更、逃げようとする者も存在しない。 そんな事をしても結果が同じである事は、此処に居る誰もが理解していた。 魔力は、もう残されてはいない。 アインヘリアルは、既に破壊されている。 本局への増援要請も間に合わない。 何より、文字通り空を埋め尽くす程のガジェット群など、たとえ魔力が残されていたとしても抗えるものではない。 魔導師と言えど人間。 全てを呑み込む鋼の津波の前に、人間は余りにも無力。 少なくとも、クラナガンを消滅させる為に、5分は掛からないだろう。 そして、更に。 「ぐっ・・・!?」 「ッ・・・AMF・・・また・・・!」 「嘘・・・飛べな・・・」 全身を襲う圧迫感。 先程のものとは比べ物にならない、異常な出力のAMF。 飛翔魔法の維持すら困難となった魔導師達が、次々に地へと墜ちてゆく。 それは、なのはやリィン、ヴィータも例外ではなく。 翼をもがれ、空から引き摺り下ろされる鳥の様に、3人はゆっくりと高度を下げてゆく。 「こんな・・・ところで・・・」 「ヴィヴィオ・・・っ!」 やがて、遥か上空を旋回していたガジェット群が、一斉にその進路を変更する。 地表へ、ただ地表へ。 目標も、目的も、何ら特別な意図の存在しない、ただ破壊に至る為の進路。 数千機のガジェットが、クラナガンへと突撃を開始する。 迫り来るガジェットを視界へと捉えながら、ある者は悔しさを、またある者は全てを受け入れた穏やかさを以って、滅びの瞬間を待っていた。 それはヴィータも同じ。 既に左右の2人すら意識の外へと追いやった彼女は只々、主への不忠を悔いていた。 はやてを生涯守り通すとの約束すら貫けず、その友も、家族すらも守れなかった、自身への悔恨。 「ごめん・・・」 その一言が、口を突いて零れる。 そして、ガジェット群の後部装甲が吹き飛び、ノズルより業火が噴き出した瞬間。 光が、全てを呑み込んだ。 目が眩み、鼓膜が轟音に麻痺し、突き抜ける衝撃、硬い壁か地表に叩き付けられる衝撃とが、連続してヴィータを襲う。 何が起こったかも解らず、自身が生きているのか、死んでいるのかすら解らない。 意識があるという事から、まだ自分は生きているのだと気付いても、目の眩みは治まらなかった。 耳も聴こえず、一切の音が拾えない。 しかし全身を通して伝わる感覚から、自身が何処かのビルの屋上か、もしくはアスファルトへと叩き付けられたのだという事は理解できた。 数秒後、漸く回復してきた視界に映るのは、隣に横たわるなのはと、同じく2人の間に横たわるリィンの姿。 共に意識は無い。 軋みを上げる身体を起こし、何とか上空を見上げれば、其処には変わらず浮かび続ける「ゆりかご」の威容。 しかし。 「あ・・・れ・・・?」 何かが。 何かがおかしい。 先程までとは、何かが違う。 その違和感が何か、暫しヴィータは空を見上げ続け。 「ガジェット・・・居ない・・・船も・・・」 数千機のガジェット、そして艦隊を構成する200隻以上の艦の内、数十隻が抉り取られたかの様に「消失」している事実に気付いた。 「何だよ・・・何なんだよ、一体・・・」 呆然と呟くヴィータ。 艦隊には、まるで大規模な砲撃が突き抜けた後の様に、直線状の間隙が生じていた。 しかしその間隙の大きさは、少なく見積もっても数kmはある。 一体、何が起きた? やがて「ゆりかご」を含む残存艦艇は、再び開かれた「ゲート」へと消え、奇跡的に残ったらしき数十機ばかりのガジェットが突撃を開始する。 不明機体群により撃墜されてゆくガジェット群だが、数機がこちらへと進路を変え、ノズルから火を噴いた。 「・・・ヤバい!」 咄嗟になのはとリィンを掴み、ビルの屋上を離れようとするヴィータ。 しかし1歩を踏み出した瞬間、膝から力が抜け、その場へと崩れ落ちた。 「な・・・!」 驚愕に声を上げるヴィータ。 彼女の身体は、最早限界だった。 先程、屋上へと叩き付けられた際の衝撃は、バリアジャケット越しであっても、確実に彼女の身体へと打撃を与えていたのだ。 罅割れたコンクリートの上へと倒れ、迫り来るガジェットを呆然と見つめる。 不明機体群は上空にて戦闘中。 管理局部隊が展開してはいるが、戦える状態にある者は居ないだろう。 今度こそ、終わりか。 「・・・殺るなら一思いに殺れってんだ、バーカ」 恐らくは最後になるであろう悪態を吐き、全身の力を抜いたヴィータの視界に。 ガジェットと彼女達の間へと割り込む、深紅の不明機体の姿が飛び込んだ。 「え・・・」 爆発。 ガジェットの直撃を受け、吹き飛ぶ不明機体。 ヴィータの頭上を飛び越え、数百m後方のビルへと突っ込む。 上空に残るは、飛び散る爆炎の残滓のみ。 「何で・・・」 不明機体が4機、轟音と共に上空を横切る。 濃蒼色の機体、褐色のキャノピー。 ヴィータは知る由も無いが、あの魔力を操った機体と共にクラナガン上空へと侵入し、遥か高空にて人型兵器との戦闘を繰り広げていた機体。 「何でだよ・・・」 更に3機、漆黒の影が大気を貫く。 これも彼女の知るところではないが、艦隊の出現直後、新たに転移した3機の不明機体。 鮮やかな群青の光を放つ球状兵装を機首へと備え、4つの小型球状兵装を引き連れ翔ける、実体化した影の如く禍々しい黒。 「何で・・・庇ったりなんか・・・」 やがて、ガジェットの姿が消え、不明機体もまた何処かへと飛び去った。 残された管理局部隊は、何者も存在しない空を、呆然と見上げるばかり。 立ち上る黒煙と粉塵のみが、白と黒、2つの色を以って空を染め上げていた。 「ちくしょう・・・」 透明な雫、そして赤い雫。 2つの雫が、コンクリート上に弾け、染みを作る。 零れ落ちる声は、悔しさか、遣る瀬無さか。 「畜生ォォォォッッ!」 廃墟と化したクラナガン西部区画に、ヴィータの叫びが木霊した。 新暦77年10月27日、14時45分。 ミッドチルダ中央区画、首都クラナガン。 戦闘、終結。
https://w.atwiki.jp/cwc_dat2/pages/70.html
R-TYPE TACTICS II -Operation BITTER CHOCOLATE- R-TYPE TACTICS II -Operation BITTER CHOCOLATE-ID+ゲーム名ずっと俺のターン ずっと敵のターン 全資源999 ID+ゲーム名 _S NPJH-50119 _G [[R-TYPE TACTICS]] II -Operation BITTER CHOCOLATE- ずっと俺のターン _C0 1P Phase Only _L 0x004DEBC4 0x00000000 ずっと敵のターン _C0 2P Phase Only _L 0x004DEBC4 0x00000001 全資源999 _C0 All Resources 999 _L 0x105F7520 0x000003E7 _L 0x105F7524 0x000003E7 _L 0x105F7528 0x000003E7