約 3,996,846 件
https://w.atwiki.jp/chisato_ojosama/pages/106.html
前へ 私は早足でレストランに向かった。 乱暴にドアを開けた私に驚いた店員さんに軽く頭を下げて、窓際の席を目指す。 「ちっさー!」 誰もいない席にぼんやりと視線を向けていたちっさーは、私の大声に肩を揺らして顔を上げた。 「かん・・・な」 ちっさーの目に、私が映る。 もう二度と2人では会えないと思っていた。 いっぱい伝えたい言葉があったのに、全部頭からすっぽ抜けてしまって、私は座ったままのちっさーを思いっきり抱きしめた。 「もうダメかと思った・・・。」 「栞菜ったら、そんなに強く抱きしめないで。苦しいわ。」 ちっさーの声の振動がおなかに伝わる。 そっと手を緩めて見つめ合うと、どちらともなく「ふふっ」と笑いが漏れた。 私はこんな単純で優しい関係を、自分の身勝手な思いで壊しかけていたんだ。 「ちっさー、ごめんね。本当にごめんね。」 気を取り直してちっさーの向かいの席に座って、私はすぐ頭を下げた。 「いっぱい嫌な気持ちにさせちゃったよね。私、自分のことばっかり考えて」 「栞菜、頭を上げて。私こそごめんなさい。」 ちっさーはテーブルの上でハンカチを握りながら、ポツポツと話を始めた。 「私は、栞菜がエッグだったからといって、区別していたつもりはなかったの。もちろん今でもそうよ。 でも栞菜がそういう風に感じていたのなら、自覚がないだけで、本当はどこかそういう意識があったのかもしれないって、自分の気持ちがわからなくなって。 それとね・・・・・あの栞菜の言葉で、今もずっとエッグで頑張っている明日菜やみんなの努力まで否定されてしまったように思ってしまったの。 冷静に考えたら、栞菜はそんな人じゃないってちゃんとわかったはずなのに。 それに、そう感じたのならもっと早くそういうことは言って欲しくないってはっきり伝えればよかった。 私の気持ちの弱さが、栞菜を傷つけてしまったのね。」 「ちっさー・・・ありがとう、ちっさーの気持ちを聞かせてくれて。 もう私、二度とあんな言葉は言わない。 本当はちっさーが私をエッグだからって差別してるなんて、思ったことはないの。 ただ、私はちっさーの気持ちを強引にでも私に向けたかったんだ。 私を大切に思ってくれてるって言う、確証が欲しかった。」 乾いた喉を水で湿らせながら、私たちは夢中で話し合った。 私はちっさーが大好きで。 ちっさーも同じように思ってくれていると、今なら信じられる気がした。 「私は栞菜のこと、大好きよ。これからもいっぱい色んな話をしたいわ。」 「うん・・・うん。ありがとう。私多分、ただ一言そう言って欲しかっただけなんだ。」 「遠回りしちゃったわね。」 本当だ。こんなシンプルなことを共有するために、バカみたいに時間をかけてしまった。 「ところで、えりかさんは?私、えりかさんに呼ばれて・・・・もしかして」 「うん、そういうこと。・・・・何かえりかちゃんて、すごいよね。」 「そうね、いろいろと。」 それから私たちはいつもどおりの私たちに戻って、ランチセットを食べながらいろんなことを話しこんだ。 「そろそろ移動する?って言っても、あんまり遊ぶとこないんだけど。」 私が提案すると、なぜかちっさーがモジモジしながら 「あ・・・それなら、私カラオケに行きたいわ。栞菜と練習したい曲があるの。」 と小さな声で言った。 練習といったら、あの曲だねお嬢様。 コンサートでお披露目することも決まっているし、私もその案に大賛成だった。 「うん、行こう行こう!あ、えりかちゃんもう帰っちゃったけど誘う?愛理とか、なっきぃとか」 「・・・今日は、栞菜と2人きりがいいわ。」 なぜそこで赤くなる。 お会計を済ませた私たちは、さっそく駅前のビルのカラオケへ行くことにした。 店を出る直前、何気なくケータイを開くと、愛理から“やったね!×4人より”とメールが入っていた。 「んん?」 ふと私は店内を振り返った。 「あっ」 「え?何?」 「んー・・・・なんでもないっ!本当、私たちは恵まれているね!えりかちゃん最高!キュート最高!」 私は強引にちっさーの腰を抱いて、若干急いでファミレスから遠ざかった。 ちっさーには、私たちのいたところから死角になっていた席に、サラサラの黒髪美少女を筆頭にした4名様がいたことは内緒にしておこう。 今日だけは、ちっさーを独占したい。 私は手早く「ありがとう!×100000000」と打って、4人・・・とえりかちゃんに一斉送信した。 ごめんね、丁寧なお礼はまた明日。 「行こう、ちっさー!」 次へ TOP
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/71.html
電車のドアが開くと同時に猛ダッシュで階段を駆け上がり、PASMOを叩き付けて改札を飛び出した。 なっきぃから涙声の電話をもらってから約30分で、私はレッスンスタジオの最寄り駅に到着した。 …なっきぃ、何があったの。 今日はなっきぃと栞菜がちょっと言い争いになった。 私は揉め事や喧嘩が苦手だから、いつもみたいにすぐに割って入った。 なっきぃが引き下がってくれてその場は収まったけど、もしかしたら私の強引な仲介が泣くほど辛かったのかもしれない。 あるいは栞菜と鉢合わせになって第2ラウンドが…そっちか!栞菜か! 「開けるよ、なっきぃ!栞菜!」唯一電気が点けっ放しだったロッカールームに直行して、ドアを開ける。 「…………あれ?」 なっきぃはいたけど、栞菜はいなかった。 栞菜はいなかったけど、ちっさーと舞がいた。 「みぃだん…」目を真っ赤にしたなっきぃがしがみついてきた。 一体これはどういう状況なんだろう。 ドアに近いベンチでなっきぃが顔を覆っていて、一番奥のロッカーの前でちっさーがぼんやりと空を見つめていて、そのちっさーの肩に指を食い込ませながら舞が何かを呟いている。 「どどどうしたの、なっきぃ。栞菜は?」 「…?栞菜?いないけど」 「そっか。」 だとしたら、なっきぃは一体何で泣いてるんだろう。 いや、なっきーだけじゃなくて、あの二人も。 「何があったか聞いてもいい?」 「いいけど、うまく答えられないと思う。」 「そっか。」 とりあえずなっきぃは落ち着いたみたいなので、私はちっさーと舞のほうに向かった。 「大丈夫?二人とも。」 「舞、美さん」 ちっさーは相変わらず、夢でも見てるような顔でこっちを見た。 「やだ!舞美ちゃんに話しかけないでよ!」 突然、舞が起き上がってちっさーを突き飛ばした。 「ちょっと!舞!」 お嬢様化したちっさーのことが気に入らないのは知っていたけど、こんなことを許すわけにはいかない。 「もうやだよ、舞美ちゃん・・・舞どうしたらいいのかわかんないよ」 「舞・・・・」 舞も泣きながら私の腰にすがり付いてきた。 右になっきぃ、左に舞。 ちっさーは相変わらず表情のない顔で私たちを眺めていた。 「あの、さ、とりあえず今日は帰ろう?タクシー呼んで四人で帰ろうよ。もうけっこう遅い時間だし。また今週中にレッスンあるから、そのとき話そうよ。うん。今日は落ち着いたほうがいい。」 「・・・そだね。」 力なく立ち上がったなっきぃが、荷物をまとめ始めた。 「・・・・舞美さん。私、父が迎えに来てくれるので。早貴さんと舞さんとご一緒にお帰りになって。」 「でもちっさー」 「舞さんって呼ばないでよぉ・・・・!バカ!」 ずっと黙っていたちっさーがやっと喋ってくれたけれど、何か言うたびに舞が過剰反応してしまって、あまり会話にならない。 こんなに情緒不安定な舞を見たのは初めてだった。 「大丈夫です。私のことはお気になさらないで。」 「ほら気にするなって言ってる。もう帰ろう。」 ど、どうしよう。こんなことになるとは思ってなかった。 いくら鈍い私でも、今ちっさーと舞を一緒にしておくわけにいかないのはわかった。 舞もちっさーも、私の決断を待つように黙り込んだ。 「千聖。お父さんはいつ来るの?」 沈黙を破って、なっきぃがちっさーに話しかけた。 「きりがないから、私たちは三人でタクシー乗って帰るよ。でも、千聖のお父さんが来るまでは待つ。それでいいよね、みぃたん。」 「あ・・・うん、うん!それがいいよ!なっきぃの言うとおり。ちっさー、パパは今どのへんかな?」 すると急に、ちっさーの顔がこわばった。 「え、どうしたの?パパ遅くなりそうなの?」 ちっさーは何も答えない。 「・・・千聖。本当はお父さん、来ないんじゃないの。」 「え」 なっきぃが聞くとほぼ同時に、ちっさーは私たちの横をすり抜けるようにして、ロッカー室を飛び出していった。 「ちっさー!」 「嫌!二人とも行かないで!舞と一緒に帰るんでしょう!?」 必死にしがみつく舞の手を離すことはどうしてもできなかった。 リーダーなら・・・・こんな時どうするべき?私じゃなくて、佐紀だったらどうしてる?先輩達なら・・・ 「私、追いかけてくる。」 私がもたついてる間に、なっきぃが走り出した。 再び泣き出した舞の頭を撫でながら、私は今までの人生最大ともいえる挫折感をじわじわと味わっていた。 私、ちっさーを見捨てちゃったことになるの? 本当にこれで良かったの? キュートは問題のないグループだと言われていた。 でもそれは、皆がお互いを温かく守りあっていたから。 私の力なんかじゃ絶対にない。 むしろ、こういうときに決断もできないような私がリーダーだなんて。 「ご、ごめん。見失っちゃった。どうしよう・・・・。」 しばらくしてなっきぃが戻ってきた。 必死で追いかけたんだろう、呼吸がすごく乱れている。 「ありがとうなっきぃ。じゃあ、まずちっさーのパパとママに連絡してみよう。」 携帯を開いてアドレスを確認していると、いきなり画面が着信通知画面に変わった。 「ちっさーだ!」 急いで電話に出た。 「もしもし、ちっさー戻っておいで!」 “舞美さん・・・・・私、ごめんなさい。大丈夫ですから。一人でも平気です。” 「何言ってんの。ダメだよ。一緒に帰らないならちっさーの家に連絡するよ。」 “両親には、今連絡を取りました。私のことなんかより、舞さ・・・・・ま、舞ちゃん・・・をお願いします。” それだけ言うと、ちっさーは電話を切ってしまった。 「ねぇ、舞。ちっさーが舞のこと、舞ちゃんって言ったよ。良かったね。」 「・・・・その人に言われても嬉しくない。」そっか。難しいね。 「みぃたん。そしたら、本当に千聖が連絡とってるのか確認とって、OKだったら私たちもここ出よう。もう本当に時間やばいから。」 あぁ、なっきぃは冷静だ。順序を考えて行動している。 それに比べて私は何て。 「連絡取れた。千聖から迎えにきてほしいって電話あったって。」 「そか。じゃあ、私達も出よう。」 三人とも無言で、ビルの出口を目指す。 突然呼び出されて、突然の事態に対応できず、しまいには助けを呼んだひとに助けられてしまった。 私、バカじゃなかろうか。 タクシーは既に入口に止まっていた。これもなっきぃが手配してくれたのかもしれない。 凹んだ気持ちのまま乗り込むと、疲れ切っていた舞が寄りかかってきて、そのまま寝込んでしまった。 本当はこんなになる前に、私が気づいてあげるべきだったのに。つくづく鈍感な自分が嫌になった。 「みぃたん。」 「ん?」 「来てくれて、ありがとう。みぃたんがキュートのリーダーで良かった。」 キュフフと照れたように笑うと、なっきぃも寝る姿勢に入った。 単純な私はこんな一言だけで十分浮上できるみたいだ。 結局、何があったのかはわからなかった。でも話すべき時が来たら、いつかは教えてくれるだろう。 こんなリーダーでも、頼ってくれる人がいるんだ。もっともっと頑張っていかないと。 ・・・ちゃんと、舞とも話をしないとね。 両肩に二人分のぬくもりを感じながら、私はちっさーへのメールを打ち始めた。 *************** どこをどう走ったのかもうわからない。 レッスン着に室内履きのまま、私はにぎやかな街の中を一人で彷徨った。 いつの間にか大粒の雨が降り出して、体中を打ち付けられた。 もう涙は出なかった。 頭がぼんやりして、何か考えようとしても何も思いつかない。 私のせいで、私が存在することで、大切な人が傷ついてしまう。 もうあの場所にはいられない。濡れて帰るにはちょうどいい気分だった。 狭い路地を何度か曲がった辺りで、私はバッグの中で携帯が振動していることに気づいた。 「あぁ・・・・」 早貴さんや舞美さんから、たくさんの着信。メール。 こんな私をまだ心配してくれるなんて、本当に優しい。 画面をスクロールしていくと、早貴さんの前に、もう一通メールが届いていた。 「栞菜。」 たわいもない、雑談のメールだった。 それが何故か今は心にしみてくる。 栞菜に会いたい。 もう何も考えられないぐらいに疲れ果ててていたけれど、私は力を振り絞って返信を打った。 《栞菜にお話ししたいことがあるの》 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
https://w.atwiki.jp/chisato_ojosama/pages/61.html
前へ 明日菜、明日の準備はできていて?忘れ物をしてはだめよ。」 返事ができない。いろんなことが頭の中で整理しきれなくて、自分がおかしいのかお姉ちゃんがおかしいのかわからなくなってきた。 「明日菜。こっちおいで。」 タイミング良くパパが呼んでくれたから、お姉ちゃんの手から逃れるように体を離した。 「パパ。」 「うん、大丈夫だ。何にも心配ない。」 私はまだ何にも言っていないのに、全てを見透かしたかのようにパパは笑って頭を撫でてくれた。 「明日菜も疲れただろ。お姉ちゃんが無事で本当に良かったな。」 「・・・うん。」 部屋に戻ってぼんやりしていると、お姉ちゃんが「まあ。」とか言ってる声が聞こえた。 ちょっと気になって廊下に出たら、ゴミ袋を両手に持ったお姉ちゃんにぶつかりそうになった。 「何やってんの。」 「整理整頓を。私ったら、どうしてこんなに散らかしていたのかしら。恥ずかしいわ。」 「・・・手伝う。」 ゴミ袋を奪い取って、玄関に運ぶ。 お姉ちゃんの部屋を覗いたら、ママにゴミルームとまで言われていた空間が、すっかり綺麗になっていた。 そして、やっとこのキャラがお姉ちゃんのいたずらじゃないことを理解した。いつも部屋の片付けから逃げまくっているお姉ちゃんが、悪ふざけのために大嫌いな掃除までするはずがない。 「手伝ってくれてありがとう。」 「別にいいよ。布団敷いてくるから、どいて。」 お姉ちゃんを押しのけるようにして寝室に入って、乱暴に布団を敷き始めた。 こんなことが、現実にあるんだ。頭打って性格が変わっちゃうなんて。まるでマンガみたいだ。心臓がドキドキする。 「明日菜ねーちゃんこえー。布団ぐっちゃぐちゃじゃん。」 「うっさいよ。早く寝るよ。」 絡んでこようとする弟を上掛けで押さえつける。ギャーギャー騒いで、全然言うことを聞かない。 「どうしたの、2人とも。お布団が乱れてしまってるわ。」 そこに、お姉ちゃんがひょっこり現われた。弟は標的を私からお姉ちゃんに変えたのか、腰をかがめて突進していく。 ちょ、ちょっと待って。その人は今までのお姉ちゃんとは- 「もう、暴れては駄目でしょう?」 押し倒されてベソかくかと思っていたら、お姉ちゃんはまた弟をギュッと抱いて止めてしまった。 「もう寝ないと駄目よ。また明日遊びましょう。お布団直してあげるわね。」 私達は逆らえずに、お姉ちゃんが手際よく整えた布団にねっころがった。 「お休みなさい。」 部屋の明かりをちっちゃい電球1個だけにして、お姉ちゃんが出て行った。 「ねえねえ、お姉ちゃんのことなんだけどさ。」 隣で寝そべってる弟に小さい声で話しかけた。 「今日のお姉ちゃん、どう思う?キモいよね?もっと男っぽかったよね?」 「それより、さっきちさと姉ちゃんにギューッてされた時顔におっぱいが当たってさあ。やっべー」 「あっそ。」 だめだ。男子って本当頼りにならない。バーカ。 中学生のおっぱいやべーとかずっと言ってる弟を無視して、お姉ちゃんが後で寝るスペースに視線を移した。 枕元に、薄いピンクの可愛いパジャマが綺麗に畳んで置いてある。 昨日まで着ていたTシャツ短パンが恥ずかしいと急に言い出して、ずっと前にママが買ってきたっきり一度も着てなかった女の子っぽいやつを、クローゼットから出してきたらしい。 あのよくわからないお姉ちゃんが、今日は隣で練るのか。いや、それどころかこれからずっと一緒に暮らしていくのかと思うと、なんかげんなりしてしまった。 変わってしまったお姉ちゃんが嫌だというより、自分がこれからどうしたらいいのかわからない。 リビングからはパパとママ、お姉ちゃんの笑い声が聞こえる。 ドアの隙間から覗くと、リップとパインを膝に抱いて微笑んでる姿が見えた。 うちのわんこたちは、結構人見知りだ。ああやって大人しく抱っこされているんだから、犬達から見たら今までどおり、優しくて可愛がってくれるお姉ちゃんなんだろう。 普段と何も変わらない風景の中に、性格だけ別人なお姉ちゃんがすっぽりと入り込んでいる。 あのまま家族になじんでしまうのかな。 パパとママはあんな調子で、弟はアホで、私だけがこうやってグズグズ悩んでいるみたいだ。 「もうそろそろ寝ますね。本当に今日は心配をかけてしまって、ごめんなさい。」 ヤバいな。そろそろお姉ちゃんがこっちに来そうだ。もうとっくに寝息を立ててる弟の方に体を詰めて、寝てるふりをした。 しばらくして、細く開いたドアの隙間から、お姉ちゃんがそっと入ってきた。 「もう、寝崩しちゃって。お腹が冷えてしまうわ。」 私と弟の夏がけを直してから、手早くパジャマに着替えたお姉ちゃんは、すぐに横になって眠ってしまった。 私や弟のスペースが狭くならないように、端っこの方で丸まっている。 それを見ていたら何か切なくなってきて、私は2人を起こさないように静かに部屋を出た。 「パパ。ママ。」 「明日菜。まだ起きてたの?寝られない?」 「ちょっと、話がしたいんだけど。」 次へ TOP
https://w.atwiki.jp/chisato_ojosama/pages/40.html
前へ 栞菜と喧嘩をした。 新曲の振りつけレッスン中に、悪ふざけを仕掛けてきたから注意をした。 自分で思ったよりもキツい口調になってしまったから、栞菜はかなりシュンとしてしまった。 謝った方がいいのかと一瞬思ったけれど、私は別におかしなことを言ったわけではないから黙っていた。 すると、口を尖らせて「なっきーはちょっと頭が固いよ・・・」なんて呟いた。 私はこういうのを聞かない振りができない性格だ。 「ちょっと待って。今は真面目にやらなきゃいけない時でしょ?真剣にやろうって言って何が悪いの?」 「だからそれはわかったって。でもさぁ」 「でもじゃないじゃん。」 「まぁまぁ、もう栞菜も反省してるし、いいじゃないか。ね?」 舞美ちゃんが体ごと割って入ってきた。 あーあ。いつもこのパターンだ。私はレッスン中の態度のことで、しばしば栞菜とぶつかる。 栞菜のことは好きだ。だけど、私はけじめをつけるところはちゃんとしておきたかった。 だから毎回のように注意をするのだけれど、必ず舞美ちゃんが喧嘩両成敗のようにまとめてしまう。 「わかった。真面目にやろうとする私が悪いんだね。ごめんね。」 「なっきー誰もそんなこと」 「いい。時間もったいないから続きしよう。」 強引にさえぎると、誰も何にも言えなくなって、変な空気のままレッスンが再開になった。 ・・・どうしてこうなってしまうんだろう。 めぐが脱退してから、私はキュートの中間年齢として、かなり神経を張ってやってきた。 舞美ちゃんやえりかちゃんに年下組の状況をまめに報告して、年下組にはダメなことはダメと注意して、エッグから途中加入で不安そうだった栞菜には同い年としていろんな相談にのって。 でもいつしか私の行動は空回りになっていたみたいで、 「なっきーは頑張りすぎだよ。」 「もっと肩の力抜いていこうよ。」 なんて諭されるようになってしまっていた。 ひそかにため息をもらしながらチラッと横を見ると、千聖が真剣な顔で振りのチェックをしていた。 ・・・前の千聖にはよく怒ったっけな。今はまったく手のかからない子になったけど。 舞ちゃんの気持ちを聞いたせいだろうか。何だか無性に昔の千聖に会いたくなってしまった。 千聖はお調子に乗りやすい子で、ふざけだすと止まらなくなってしまうところがあった。 私はそれじゃダメだと思い、気になればビシッと言うようにしていた。 怒られると千聖はシュンとなってしまうけれど、気まずくなってしまうということはなく、今ははしゃいでいいという時間になれば、グフフッて笑いながら私のところにも遊びに来てくれた。 だから私も、千聖には遠慮なく思ったことを言えたし、千聖もそれを受け止めてくれていた。 一番の仲良しじゃないけれどそれなりにいい関係だった。人によって態度を変えない千聖が好きだった。 今の千聖が嫌いなわけじゃない。すごく優しくていい子だと思う。 レッスンも真剣に受けているし、誰にでも同じように素直なところは前と変わっていない。 でも彼女は千聖であって千聖でない。 私は年上だから舞ちゃんのようにあからさまなことはしなかったけれど、寂しかった。 キュートの中で私の気持ちを正面からうけとめてくれる子がいなくなってしまったから。 キュートのメンバーのことは大好きだ。家族のように温かい。 でも私はもっともっとキュートで上を狙っていきたいし、お互いをライバルと思う気持ちを忘れてはいけないとも思う。 私が悪者になってキュートが良くなるならそれでもいい。 多分そういう押し付けがましい考え方がだめなんだろうけど。 「じゃあ、今日はここまで。お疲れ様!」 振り付けの先生の声で、私の心は現実に戻った。 ダメだ。今日はまったく身が入っていない。 「なっきー帰らないの?」 鏡に向かっておさらいを始めた私に、舞美ちゃんが声をかけてくる。 「もうちょっとやってく。」 「そっか。」 何か言いたそうな顔をしながらも、舞美ちゃんはえりかちゃんと一緒にスタジオを出ていく。 栞菜は愛理と一緒にこっちを見てコソッと何か言っているみたいだ。 二人の表情からして別に悪口ではないんだろうけど、言いたいことははっきり言ったらいいんだ。私は見えないふりをしてダンスに没頭した。 次へ TOP
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/111.html
「舞美!あたしたちの7年の友情はこんなもんなの!?」 暗雲立ち込める楽屋の中で、ちぃの怒号が響き渡る。 「千奈美、待って」 「そんなに私って信用ないの?いつもヘラヘラしてるから?」 ふだん明るくてにこにこしてる人が怒り出すと、本当に怖い。 まるで時間が止まってしまったように、誰も動かない。 「ごめん、そうじゃないよ。すごく複雑なことだから、まだベリーズには言ってないだけで」 舞美ちゃんの説明が、余計にちぃをいらだたせたみたいだ。 「嘘!私以外全員知ってるんでしょ!そんな、そんな大事なことなら、何で私だけ」 「いや、私も多分知らないけど。」 「私も。」 「・・・あ、そ、そうなの?」 みやとキャプテンが割って入ったら若干トーンダウンしたみたいだ。 こっそり茉麻の顔を伺ってみると、すごく強張っている。 さっき私がカマをかけた時はとぼけていたけど、間違いない。茉麻はあの千聖のことを知ってしまっている。一緒にいた熊井ちゃんも、多分。 千聖本人が今ここにいないから、何がどこまでどうなってるかはわからない。 だけどおそらく、みんなのリアクションからしてちぃたち3人以外――多分桃ちゃんも、すでにお嬢様キャラのことは知ってしまっているんだと思う。 うまくいかないな。キュートの中だけで内緒にしておきたかったのに。 ベリーズのみんなを信じてないわけじゃない。でも、私にとって千聖じゃないあの千聖を、みんなに認知させてしまうのは嫌だった。 いずれは元の千聖に戻ってもらいたいからああして仲直りをしたわけで、私は彼女を岡井千聖と認めたわけじゃないんだ。 「・・・舞美、私もちょっと悲しいよ。うちらリーダーとキャプテンで、いろいろ相談しあってきたじゃん。どうして今回に限っては何も言ってくれないの?」 「待って、舞美のこと責めないで。これはキュート全員で決めたことだから。」 「えり・・・」 「もう、いいじゃん舞美ちゃん。」 その時、ずっと黙っていた愛理が口を開いた。 「隠しきれないよ。・・・ていうか、隠すことじゃないよ。誰も千聖を拒んだりしないと思う。私たちだって、そうだったじゃない。」 愛理の横で、梨沙子もコクコクとうなずいている。 「・・・あのさ、うちと熊井ちゃんも本当に断片的なことしか知らないんだ。だから、もし良かったら、何があったか教えてほしいな。」 「そうだねー。何でゆりなさんって言ったのか気になる。」 「そか、うん・・・そうだよね、みんなちっさーのこと心配してくれてるんだよね。」 何。 何、この流れ。 「ちょっと待って舞美ちゃん!」 「舞ちゃん、もうだめだよ。」 妙に落着いた愛理の静止が勘に触る。 「ダメって何が?愛理は元の千聖より、あの千聖の方が好きなんだろうけど私は違うの。私の千聖はあの千聖じゃないんだよ。今の不自然な千聖を、わざわざみんなに広めることないじゃん!」 「不自然って何、舞ちゃん。舞ちゃんがどれだけ望んだって、もう前の千聖は戻ってこないのかもしれないんだよ。私は舞ちゃんと違って、どっちの千聖の方が好きなんて思わない。どっちも好きだよ。勝手に決めないで。」 愛理からの思わぬ反撃で、私は少しひるんだ。でもここで言い負かされるわけにはいかない。 「愛理なんかに何がわかるの?私がどれだけ千聖のこと大好きなのか、愛理には絶対わかんないよ。私はずっと、千聖の横にいたの。いっぱいケンカしたけど、ずっとずっとずっと千聖の側にいたのは私なんだから。私はまだ元の千聖に話さなきゃいけないことがいっぱいあるの。 あの千聖に話すんじゃ意味ないの。」 「・・・・舞ちゃんは勝手だよ。ああやって無茶をさせてるせいで、千聖はずっと苦しんでいるんだよ。夢の中でまで辛い思いをしてる千聖の気持ちはどうでもいいの?それに、あの事故が起きたのだって」 「・・・もうやめてよ、2人とも・・・・!こんなのやだ・・・・」 エスカレートする私たちの言い争いは、頭を抱えて座り込んだ梨沙子によって中断された。 「あ・・・・あのー・・・・・舞、ちゃん・・・?」 すっかり気をそがれたちぃの間の抜けた声が、すすり泣く梨沙子の声とともにむなしく部屋に響いた。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/76.html
「意味わかんない。」 「はいはい、頭悪い人にはわからないだろうね!」 「もー・・・いい加減にしなって。」 はい、任務は遂行できませんでした。 千奈美とももは、結局仲直りできなかった。 大体ね、千奈美がが余計なこと言い過ぎるんだよ。それで、ももはそういうの流せなすぎ。 せっかく私がキューピッドになってあげようと思ったのに、2人から「梨沙子は黙ってて!」とか言われちゃった。 何だよー 頼りにしてくれて嬉しかったのに、もものアホー。 ももたちはあんなだし私はこれで凹んじゃったし、すごく最悪な雰囲気のまま着替えの時間になった。 まぁに励ましてもらいながらおサルの格好になる。 こんなにファンキーな格好してるのに、みんな暗い顔しているのがちょっとだけ面白かった(熊井ちゃんはいつもどおりだけど)。 暇そうにしていたみやに声をかけて、お互いのほっぺに赤い丸を描いてるうちに少し気持ちが落着いてきた。 「元気ないね。さっきキュートの楽屋行ったんでしょ?千聖とか、愛理とケンカでもしちゃった?」 「うーん。ケンカはしてないんだけど・・・」 私たちの後ろの方では、ももと千奈美のケンカコンビが 「ちょっと!丸が大きいんだけど!ブスになるでしょ!」 「徳さんだってももの鼻に丸描いたじゃん!」 となんだかんだ言いあいながらペアになっている。 あれで仲直りしたように見せて実はしてない、っていう。まったくめんどくさい人たちだ。 「大丈夫?本当顔色悪いよ。梨沙子ギリギリまで言わないんだから。」 私の頭をポンポン叩いて、みやはお姉さんぽい顔をしてくれた。 私は落ち込んだり悩んだりすると、すぐ体調が悪くなってしまう。みやはいつも一番最初にそれに気づいてくれる。 急にテンションあがりすぎたり天然なとこもあるみやだけど、こういうところはお姉ちゃんって感じですごく甘えたくなる。 悩んでること、それはもちろんももたちのことじゃなくて、千聖のことだ。 さっき帰りがけにプロレス技を仕掛けたとき、千聖はまるきり弱っちい女の子みたいなリアクションだった。 いつもだったらすかさず反撃されて、私が大抵負けて終わり。 この流れも含めて千聖と格闘ごっこするのはとても楽しかった。 愛理とはできない男の子っぽい遊びを、千聖とやるのがすごく好きだったのに、きっとそれは当分できなくなっちゃうんだろうな。 さっきももと千聖が話してるのを見ていたら、前と変わってないようにも見えたけど、やっぱりこういうのは体に聞いたらすぐにわかるんだ。 どうしたらいいのかな。 私は嘘をついたり、知ってることを知らないふりしたりするのが苦手だ。 千聖が頭を打って、キャラがお嬢様になってしまったということは、私ともも以外知らない。 キュートは、私とももがそのことを知っているということを知らない。 ベリーズメンバーでは、私ともも以外そのことを知らない。 だから、私とももでベリーズのみんなの目から千聖を遠ざけなくてはいけない。 さっきももが言ってたのはこういうことだと思うけど、 「難しすぎるよ・・・・」 こんなにいっぱいのことを考えながらいちいち行動するなんて、私には無理だ。 考えるだけで頭がクラクラして、おなかが痛くなる。 「梨沙子、ちょっとコメ撮り待ってもらう?無理することないよ。」 「みやぁ。」 どうしよう・・・。 みやの優しさが心に染みて、泣きそうになる。 絶対に誰にも言うなって言われてたけど、みやなら口が堅そうだから大丈夫なんじゃないかな。 ももは自分のことでいっぱいいっぱいになってしまって、私のことなんて全然気に止めてくれないし。 「みや、あのね」 「ん?」 どうしよう・・・。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/79.html
「りーちゃん。」 千聖の唇が、私の名前を刻む。 もう、だめかもしれない。 せめて、愛理が戻ってくるまでは・・・そう思っていたら、千聖は急に頭を私の肩に乗せてきた。 「わあっ!どうしたの?」 「ちょっ・・・と、待って、ごめん」 大きなため息をついて、千聖はそれっきり黙りこんでしまった。 「千聖も、調子悪くなっちゃったの?」 「んー・・・」 困ったな。大人を呼びに行ったほうがいいのかな。 でも私もまだちょっとおなかチクチクしてるし、あんまり動きたくない感じだ。 「千聖。ベッド半分こしよう。」 とりあえず私は体をずらして、千聖を隣に寝かせてみた。 せまいベッドだけれど、横向きになれば十分一緒にお布団の中に入れた。 「ありがとう、梨沙子さん。」 あ、お嬢様の時の喋り方になってる。 ボーッとした顔してるから、無意識なのかも。 何度かめんどくさそうに瞬きを繰り返したあと、千聖の唇から寝息が聞こえてきた。 どうしたんだろう、急に。疲れちゃった? 特にすることもないから、何となく千聖の顔や体をぺたぺた触ったり、クンクンしたりして暇をつぶした。 千聖はおなかはぺったんこだけれど、腕や足には適度におにくが付いてて女の子っぽい。 ぷくぷくした感触が気持ちよくてつっついて遊んでいたら、眠ったままの千聖が何か呟き出した。 「んん?」 そういえば愛理が、千聖はよく寝言を言うんだよといっていた気がした。これか。 「・・・・い。・・・ぃ。」 「えっ?何?」 耳を近づける。 「こわい・・・」 「怖、い?千聖、怖いの?何が怖い?」 「わか・・・ない。怖い・・・・」 千聖はギュッとみけんに皺をよせて、ちっちゃい体を震わせている。 「千聖、大丈夫だよ。梨沙子がそばにいるから。怖くない、怖くない・・・・」 寝言を言ってる人に話しかけちゃいけないって誰かが言ってた気がするんだけど、大丈夫だよね? 「りさ・・・こ」 「うん、そうだよ。梨沙子が守ってあげるからね。なんにも怖くないよ。」 「・・・・だ、れ?」 「ん、だから、りさこ」 「・・・たし、・・・・・私・・・だれ・・・・・?」 ――ああ。 千聖はきっとこんな風になっちゃって、自分がどんな人だったのわからなくなって、夢の中でまで悩んでいるんだ。 「ちさとぉ・・・」 おさまりかけていた涙が、ボロボロ落ちていく。嫌だ、こんなのは可哀想すぎる。 「ただいまー。遅くなっちゃった・・・・あれ?どうしたの?」 その時、愛理がペットボトルを何個か持って戻ってきた。 「梨沙子、泣いてるの?」 「愛理ぃ・・・・」 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/114.html
どれぐらいの間、こうやって一人でいたんだろう。 物音一つしない部屋では時間の感覚はどんどん奪われて、全く見当がつかない。 私はこのままずっと、ここに閉じこもっていた方がいいのかもしれない。それがベリーズとキュートのためだと思った。 “千聖の気持ちはどうでもいいの?” さっきの愛理の言葉がずっと胸に突き刺さっている。 元に戻ることこそが、千聖にも私たちにとっても一番いいことだと信じていた。 みんなで力を合わせれば、必ず元の千聖になってくれると思っていた。 千聖の今の状態が永遠に続くなんて考えたくなかった。 必死だった。 舞美ちゃんと一緒に千聖に関するマニュアルを作ったり、マンツーマンで元の千聖の振る舞いを教えたり、どうにかして私の千聖を取り戻したかった。 そこに今の千聖への思いやりは存在していなかった。 どんなひどい仕打ちも微笑んで許してくれていたのに、私は。 前の千聖と同一人物だって認められなくても、例えば新しいメンバーを迎えるような気持ちで、もっと優しく接してあげることぐらいはできたはずだ。 そうすれば、ゆっくりでも私はあの千聖と自分なりにしっかり向き合えたかもしれない。 「何でこんなことになっちゃったんだろう。」 今頃みんなは千聖を囲んで、これからのことなんかを話し合ってるかもしれない。 キャプテンはもちろん、面白い好きもののちぃや意外と面倒見のいいみやも、すぐに新しい千聖になじんでいくだろう。熊井ちゃんも、茉麻も、梨沙子も、ももちゃんも、千聖にとって一番いいことをキュートのみんなと一緒に考えてくれるはずだ。 自分の気持ちを優先していたのは、私だけ。 そんな私に、千聖のことを偉そうに主張する権利はない。 「千聖・・・・」 手を見つめれば、さっきの千聖の体温がよみがえる。 もう一度千聖に触れたい。 前の千聖に戻らなくても、千聖が千聖であることを確認させてほしい。 忘れることなんてできないけれど、私に前へ進む勇気を与えて欲しい。 その時、うつむいていた私の視界が急に翳った。 顔を上げる。 「嘘・・・・・・・」 どうして。 どうして、私の居場所がわかってしまうんだろう。 どうして、私が今一番望んでいることがわかってしまうんだろう。 あんなにたくさん傷つけたのに、どうして。 「舞さん。」 いつもと変わらない、穏やかな顔をした千聖が立っていた。 半月型の優しい瞳が、私を見つめる。 先の丸っこい可愛い指が、私の前髪をいたわるように撫でる。 「何でここがわかったの?」 「・・・自分でもわからないわ。でも、わかったのよ。舞さんの居場所が。不思議ね。」 千聖は上品な仕草で、私の横にそっと腰をおろした。 「もうみんなに話したの?」 「いいえ。私からは何も。皆さんとお話するよりも、私は舞さんを探したかったから。ベリーズのみなさんには、舞美さんたちがご説明をしてくださるみたい。」 「千聖・・・・・」 一人になりたい。でも誰かそばにいてほしい。 そんな私の矛盾した気持ちに、千聖だけは気づいてくれたんだ。 私はまた、無意識に千聖の手首を掴んでいた。 「ここにいて。」 「ええ。」 「舞のそばにいて。」 「ええ。」 千聖は手首を握る私の手の上にそっと手を重ねた。私はまだ空いている方の手で、ゆっくりと千聖の顔に触れた。 「くすぐったいわ。」 長いまつげ、あったかいほっぺた、丸い鼻、形のいい唇。 私の指先が私の心に、この人は岡井千聖なんだと伝えてくる。 “舞ちゃん。” “舞さん。” 前の千聖と、今の千聖の笑顔が、頭の中でゆっくりと重なっていく。 私は千聖の手を取った。 そのまま、2人の手を千聖の胸に押し当てた。 「ごめんね。千聖、ごめんね。前の千聖の心も、ちゃんとここに入っているのに。私はわかっていたのに、認めたくなかった。・・・・いなくならないで、千聖。」 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/63.html
「ちょっと待ちなさい!舞!」 ママの怒った声を遮るように部屋のドアを閉めて、私はベッドに潜り込んで泣いた。 こんな情けない涙は誰にも見せたくない。 夕食を食べている時、急にママから 「最近千聖ちゃんの話しないのね。喧嘩でもした?」 と聞かれて、一番聞きたくないその名前を出された私はムカッとしてこんなことを言ってしまった。 「知らない!千聖はもういないの。消えたんだよ。」 「舞、何てこというの。友達だからって言っていいことと悪いことがあるでしょ」 事情を知らないママは、私が千聖と喧嘩をしてひどい言葉を言ったのだと思ったみたいだ。 「だって本当にいないんだよ!」 「いないって?キュートを辞めたってこと?」 「…違うよ。もういいでしょ。ママには舞の気持ちなんかわからないよ!」 もう誰とも口をききたくない。千聖と私のことについて誰からも触れられたくなかった。 あの事故の数時間前、私と千聖は小さなことで喧嘩になった。 多分悪いのは私。 背が伸びないことを気にしている千聖に背比べをしかけた。 千聖が悔しそうに苦笑するのが嬉しくて、何度もしつこく 「千聖が一番小さいね!」 とか言っていたら、千聖はうつむいて 「もういいでしょ。」 と泣きそうな声でつぶやいた。 しまったと思った私はすぐに話題を変えてみたけれど、千聖は黙って早貴ちゃんの方に行ってしまった。 撮影中も目を合わせてくれない。 二人きりのショットでも私を見ようともしない。 何だよ身長ぐらい、と正直思ったけれど、千聖にとってはかなり地雷だったのかもしれない。 何とか仲直りのきっかけを見つけようとしていたら、階段を降りて行く途中で前を歩く舞美ちゃんと千聖がくすぐり合ってはしゃぎ始めた。 この輪に混ざれば自然に元に戻れるかもしれない。 舞美ちゃんは笑っていたけど千聖はその場を離れようとした。 「待っ…」 千聖の肩を掴む。びっくりした顔で振り向いた千聖は、そのまま足を滑らせて… 「私のせいだ。」 もう何百回呟いただろう。 誰も私を責めなかったけれど、私のしたことで千聖は千聖じゃなくなってしまった。 「どうしたら言いのかな」 みんなが新しい千聖を少しずつ受け入れ始めている。 私と二人でそれを眺めていたはずの舞美ちゃんも、この頃はあの千聖と笑い合うようになっている。 でもあんな子は千聖じゃない。私が謝りたい千聖はもういなくなってしまった。 私はどうしようもなく辛くて、だんだんとこの苦しみはあの新しい千聖のせいだと考えるようになっていた。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/113.html
“舞ちゃん、もうちょっと千聖のこと優しく扱ってあげたら。” 前にそう言っていたのはなっきぃだったっけ。それともえりかちゃんかな。 私は昔から、千聖をどこかに連れて行くとき、手首や肩を掴んで引っ張る癖があった。 千聖も特に何も言わなかったから、指摘されるまで気づかなかった。 あんまりお行儀のいい行動じゃないから控えるようにはしていたけれど、気をつけていないとついやってしまうみたいだ。 そう、今みたいに。 「舞・・・・さん」 千聖の苦しそうな声で、はっと我に返った。 顔をあげると、痛みに耐えるような表情の千聖と目が合う。 私は力いっぱい千聖の両腕を握り締めていたみたいだ。 「ごめん・・・」 謝って力は緩めるけれど、千聖の体から手を離すのは嫌だった。 触れたままの千聖の二の腕が、熱を持っているのが伝わる。 私の手もズキズキ痛んでいるぐらいだから、千聖はもっと痛かっただろう。 「舞ちゃん・・・ちっさー痛そうだよ。放してあげて。」 栞菜がそっと私の手に手を重ねる。 「もう、今のちっさーを受け入れようよ、舞ちゃん。 ちっさーはね、大好きな舞ちゃんが自分のせいで傷つくからって、キュートをやめようかって私に相談してきたんだよ。」 「栞菜、その話は」 「ううん、言わせて。・・・・・舞ちゃんは、そんなこと望んでないよね?でも、今のままじゃちっさーは舞ちゃんのためにいなくなっちゃうかもしれない。 私は嫌だよ。めぐがやめちゃって、ずっと7人で頑張ってきたのに。もう大好きな人がいなくなるのはやなの。舞ちゃんも、ちっさーも、みんなでずっと一緒にこれからも頑張っていきたいのに。」 最後の方はもう悲鳴のような声になっていたけど、栞菜は私から目を逸らさずに思いをぶつけてきた。 でも、私の耳にはその言葉が半分も入っては来なかった。もっと大きすぎる衝撃で、頭が真っ白になってしまっていたから。 千聖が、キュートを? 辞める? 私が責めたから? 「わ・・・・私は・・・・」 違う。 私はそんなことを望んでいたんじゃない。 でも、私のせいで、千聖は 「舞美、・・・・何がどうなってるの?千聖が辞めるって、どうして?お願い、ちゃんと説明して。」 背後でキャプテンの声が聞こえた瞬間、私の心は現実に戻った。 「千聖がやめることなんてない。」 自分のものとは思えない、低い声が口を飛び出した。 栞菜の手も千聖も振り解いて、ドアの方に向かって歩く。 「舞ちゃん!」 「・・・・しばらく一人にして。その間に、みんなに千聖のこと話して。」 不思議な感覚だった。体全部が心臓になったみたいにドクドクしているのに、頭は冷え切っている。 「・・・・・千聖がやめるぐらいなら、私がいなくなるから。」 吐き捨てるような口調でそう言い残して、早足で去っていく。 誰も追いかけてこない。たまたま目にした衣裳部屋に入って、隅っこで膝を抱えてうつむいた。 私は、何をやっていたんだろう。 まったく自覚のない涙が、ポツリと一滴膝に落ちた。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -