約 4,251,796 件
https://w.atwiki.jp/chisato_ojosama/pages/493.html
前へ 「ああもう、ちくしょー!」 私はケータイを壁に投げつけて、ベッドの上をごろごろ転がった。 何かうまくいかない。何もかもが。全体的に。 いろいろついてないことが多い上に、最近、舞ちゃんがおかしい。 今だってそう。フツーに映画の話のメールをしていただけのはずなのに、だんだんと話がおかしな方向に行って、こんなことを言われたんだ。 1.(o・ⅴ・)<舞のほうがみやよりいい彼女でしょ!?そうだと言え! 2.(o・ⅴ・)<あーあ、そんなに浮気ばっかりするなら舞だってあいかと・・・ 3.(o・ⅴ・)<舞、最近ちさとのことを考えるとムラムラするでしゅ・・・グヒョヒョヒョ なんか緊張してきた 1でw 734 :名無し募集中。。。 希望の番号書けばいいのかな 1希望 734 説明不足ですみません 番号をご記入ください 最近観て面白かった映画を舞ちゃんも観たっていうから、さっきまでその話題で盛り上がっていた。 それで、主役の女の人がみやびちゃんに少し似てるなって思ったからそうメールしたら、 “は!?またみやなの?っか舞のほうがみやよりいい彼女になるよ!そう思うでしょ!?そうだって言え、ちしゃと!!!” ・・・なんだ。なんなんだ。ただみやびちゃんに似てるって言っただけじゃないか。 確かに、私はみやびちゃんのことが大好きだ。 ぶっちゃけ憧れてメイクとか参考にさせてもらったりしてるし、かまってもらえたら超うれしい。 でも、だからって、舞ちゃんが怒るっていうのは何かちょっとよくわかんない。 そもそも、何、彼女って。舞ちゃんと私は付き合ってるのか。 舞ちゃんは私が追いかければ逃げるくせに、私がちょっと他の人を褒めると激怒する。 それってどうなんだ?なんだかいまさら腹が立ってきた。 ケータイを掴んで、勢い任せに返事を打つ。 1.リ#・一・リ<はーん、みやびちゃんの方がいい彼女になってくれそう!告ろうかな! 2.リ#・一・リ<なんだよ、舞ちゃんだって!千聖だけが悪いのか!キー! 3.リ#・一・リ<納得いかない!明日決着つけよう! そうかエ○ゲスレに出入りしてるから何気なく選んだけど普通は 734みたいな反応だよなw 1行ってみようw 2と3で相当悩んだけど うーん、3で! 2で “舞ちゃんよりみやびちゃんのほうがいい彼女になってくれそうだから今から告るし!” 顔を真っ赤にしながらそう打つと、今度はみやびちゃんのメールアドレスを検索して、文章を作り上げる。 “みやびちゃん、千聖と付き合おう!千聖めっちゃ尽くすよ!” そう打ってる間にも、舞ちゃんから鬼のようにメール爆弾が送られてくる。 もー、ちょっと待ってよ! 無事にメールをみやびちゃんに送信し終わって、新着メール問い合わせボタンを押すと、・・・・受信、12件。 「うーわ・・・」 舞ちゃん、こんなキャラだっけか?とりあえず怖いから、本文は開かずにケータイを閉じたり開いたりしてみる。 だってだって、やっぱり納得がいかないもん。千聖だけが悪いのか!いや、そんなはずはない!だって、だって!もう! ――♪♪♪ 「おっ」 すると、ケータイが舞ちゃん専用の着信とは違う音を奏でた。 「差出人:夏焼雅・・・はやっ!!」 送信から約30秒。何かどきどきしてきた。果たして、返事は・・・ 1.ノノ ∂_∂ ル<ワラ 2.ノノ ∂_∂ ル<んー、いいよ(笑) 3.ノノ ∂_∂ ル<付き合うって、どういうことだかわかってるの?(以下、マジ説教) 3 1かなあ これは1で 本文を押すと、そこには “ワラ” 「・・・・は?」 たったその一言で、私の発言はかるーくあしらわれていた。明らかに本気にされていない。 「くっそー!」 負けず嫌いの虫がざわざわ騒いで、私はまた大慌てでメールを打った。 “本気だから!ちさと、何でもするよ?みやびちゃんのこと好きだし” ――送信。 そうこうしてる間にも、舞ちゃんからのメールはたまり続けていく。 ためしに新着の1件を開いてみると、こんな内容が。 “どうせ、みやに軽くあしらわれてるんでしょ?ワラ、とかいってさ” 「うぐっ」 さ、さすが相方。嫉妬に狂ってたくせに、こういうとこだけ冷静に私のことを捉えていて悔しい。 ―♪♪♪ また、みやびちゃんからの着信。 もう何でもいいから、私と付き合うって言ってほしい!そんなわらにもすがる思いでメールを開いたら “ちさと、そういうこと軽く言っちゃだめだよ!ね?付き合うっていうのはそんなに軽いことじゃないし! メークとかネイルの話もっとしたいなら、いくらでも付き合うからさ、ね?” うわあ・・・何か怒られた。 でも確かに、今のは自分が悪い気がする。 みやびちゃんのことは好きだけど、恋人になるとかそういう話だと、もうちょっと慎重にならなければならない。 “うん、ごめんなさい” 素直にそう打ってから、また再び舞ちゃんから来た未読メールに目を落とす。 1.(o・ⅴ・)<ちしゃと・・・何で返事くれないの? 2.(o・ⅴ・)<今頃みやびちゃんに怒られてるんでしょw舞にはわかるんだから! 2! メールの嵐ww そんな人わたし知ってます ここは2で “今頃みやびちゃんに怒られてるんでしょw舞にはわかるんだから!” 「ああああああもおおおおおう!!!」 「おねーちゃん、うるさい!」 ついに勢いあまって、ベッドから転がり落ちる。 超かっこ悪いじゃん、私。 自分で挑発しておいて、みやびちゃんには相手にされず、舞ちゃんにはオチまで読まれてる。 悔しすぎる。 私は再びケータイを開いて、発信履歴から舞ちゃんを選び出す。 もーメールなんてタラタラやってられるか! “もしもしー?ちさとぉ?” すぐに繋がって、舞ちゃんの面白がってるときの声が聞こえてきた。 “ねーねー、みや・・・” 「・・・・・ちさと、みやびちゃんと付き合うことになったからねっ!」 間髪いれずにそういうと、電源ごと電話を切ってうずくまる。 ――どうしよう。すごいこと言ってもーた。 明日にはまた仕事で舞ちゃんと会うっていうのに、馬鹿にされたくないあまり、嘘までついてしまった。 「おねーちゃん、電話終わったの?もう遅いから電気消すよ、おやすみ」 「あしゅなぁああ・・・」 自分への嫌悪感と、舞ちゃんの反応が怖いのとで、電気が暗くなってからも私はぜんぜん眠れなかった。 翌日、ロッカーで着替えをしていると 1.(o・ⅴ・)<ちょっと!何なの昨日の!絶対認めないから! 2.(o・ⅴ・)<ど、どうせ嘘でしょ。・・・嘘、だよね?ちしゃと! 1きぼう 2! 1と2の複合 迷うけど2! ガシッ! いきなり、上半身裸の肩を思いっきりつかまれた。 振り向かなくたってわかる。目を思いっきり吊り上げた舞ちゃんだろう。ギリギリとブラごと腕を締め上げられる。 「ちしゃと、ちょっと」 「今着替えてるし」 「着替えながらでもできる話だから。・・・ねえ、何なの、昨日の。付き合うとか、バカじゃないの?うまくいくわけないじゃん」 ・・・すごく、怒ってるのが声色でわかる。 今「嘘でした」なんていったら、本当にボコボコにされるんじゃないかって恐ろしくなって、・・・私は、とんでもない間違いをおかした。 「・・・ほ、ほんとだよ。付き合うったら付き合うんだよ。みやびちゃんは舞ちゃんと違ってやさしいから、きっと楽しいだろうなああ!」 「嘘!絶対そんなのありえない!みやびちゃんがちしゃとみたいな子供相手にするわけないじゃん!」 「ほらまたそうやってさぁ!・・・もう、離してよ、痛いってば」 無理やりその手を振りほどくようにして、レッスン用のTシャツに着替える。 顔を見ないように、横をすり抜けようとすると、今度はすごく弱弱しく、腕に舞ちゃんの指が絡まってくる。 「・・・嘘、なんでしょ?ねえ、ちさと・・・・」 ・・・ああ、これはまずい。 舞ちゃんはすごく気が変わりやすくて、こういう風に、怒ったと思ったら弱弱しくなったりして、私はいつも振り回されてしまう。 普段ならそういうの、かわいいなあって思えるんだけど、今は自分のついた嘘にどう決着をつけるかって事に気が行ってしまって、上手に対応できなかった。 「・・・・」 「ねえってば、ちしゃと・・・!」 どうしよう・・・ 1.リ;・一・リ<ごめん、嘘・・・。 すると、舞ちゃんの鉄拳が・・・ 2.リ ・一・リ<マジで付き合うし! すると、舞ちゃんが私の手を思いっきり引っ張って・・・ 2で押しきってみよう 鉄拳は無しでお願いします 「本当に、付き合うから。千聖とみやびちゃんは恋人になります」 もう私は、自分の愚かさに泣きそうになっていたけれど、最後のプライドでそういい捨てて逃げようとした。 「やだ、千聖!」 だけど舞ちゃんも、はいそうですかと納得してはくれない。 細い体全部を使って、私を引きとめようとする。 「舞ちゃん、とりあえずレッスン始まっちゃうから後にしよ?」 「絶対やだ!みやと付き合うの撤回してくれないなら、舞こっから動かないから!」 「そんなこというなよぉ・・・」 腕に舞ちゃんをひっつけたまま、ずるずると廊下を歩き続けた。 マネージャーさんとかスタッフさんは、何事かと私たちを振り返っていく。 あんまりはずかしくて、私はろくに前も見ずに、やみくもに足を進めていた。 それが、いけなかった。 「あ、れ・・・・」 ふと、一歩踏み出した足がスカッと宙を舞った。 そこでやっと自分の前方と見ると、そこにはレッスン室に通じる大きな階段が待ち構えていた。 「うわあっ」 廊下を歩いていたつもりだったから、急な段差に体が対応できない。 手すりを掴む間もなく、ガクンと足が傾いて、体が投げ出される感覚がした。 「千聖!!!」 舞ちゃんの大きな声。後ろから私の手を引っ張ってたはずなのに、なぜか舞ちゃんの顔が目の前に・・・ 「ちっさー!?」 下から聞こえたのは、舞美ちゃんの声?それとも愛理?なっきぃ?ああ、そんなことより、どうしよう、みやびちゃんのこと・・・ 頭も体もぐるぐる回ってわけがわからなくなって、気がつくと私は真っ暗な闇の中に投げ出されていた。 ******* 「・・・聖」 誰・・・? 「ちさと!」 早、貴さん・・・? 頬に添えられた暖かい感触に身をゆだねながら、私はゆっくりと目を開けた。 「ちさと!起きた!?大丈夫」 「・・・・さきさん」 かすれた声で名前を呼ぶと、涙目の早貴さんは「ああ・・・また、人格が」とつぶやいた。 ――どうやら、私はさっきまで明るい方の千聖だったらしい。 「ごめんなさい、私、またご迷惑を・・・・」 「ううん、それはいいんだ。ちょっと足踏み外して、階段から落ちちゃっただけだから。無事でよかったよ。それより・・・」 早貴さんの視線をたどれば、そこには体育座りをした舞さんがいた。 「舞さん?」 名前を呼ぶと、舞さんはびくんと肩を揺らして、上目遣いで私を見た。 ・・・なんていうか、そのしぐさは、あまり舞さんらしくないように感じた。 いつもはもっと溌剌として、大きな目を爛々とさせて私を見てくださるのに・・・ 1.(o・ⅴ・)<・・・ちしゃとおねーたん。舞、舞・・・ 2.(o・ⅴ・)<千聖さん・・・?ご迷惑をおかけしてもうしわけありません 王道の2 1見たいw 1でw 舞さんはあどけないしぐさで、私となっきぃの服の袖をつまんで、「おねえたん」とつぶやいた。 「これは・・・」 「うん、何か、人格が変わっちゃったみたい。千聖と一緒に階段から落ちたときに」 私は頭がクラクラして、天を仰いだ。 まさか、自分と同じこんな境遇の方が・・・しかも、若干の幼児退行を思わせる・・・。 あの気の強い舞さんが。あどけないしぐさで私を頼ってくださるなんて。 こんな状況だというのに、私は不覚にもかわいらしいと思い、少し胸がときめいてしまった。 「さきおねーちゃん、ちさとおねーちゃん。舞、早くレッスンしたいなっ」 ――どうやら、記憶の方は傷ついてないらしい。 それなら、私と同じように、元の人格として振舞うことは可能だろうけれど・・・。 1.リ ・一・リ<この舞さんを、ファンの方に新キャラとしてみていただくのはどうかしら? 2.リ ・一・リ<同じ経験をしたから、元の人格に戻る訓練は私に任せて、早貴さん! 1で 1だな 1ですねw 「あの・・・早貴さん」 「ん?」 私は意を決して口を開いた。 「やっぱり元の舞さんに、戻らないとだめなのかしら?」 「ええ?」 「だって、見て・・・、とてもかわいらしいわ」 いたいけな、小さな子供のようなまなざしで、舞さんは相変わらず私たちを見つめてくれる。 「早くれっすんー。ねえーなんでしないのー?ねえってばー」 「ちょっとだけ待っててね、舞さん。100秒数えてくれるかしら」 「・・・うん、わかった!」 まるで自分の末の妹を見ているようだ。 何事も具体性やわかりやすさがあれば、安心するらしい。 「千聖、さすがー・・・って、それより、いいのかな?そんな大事なこと。舞ちゃんどっちかって言ったら・・ねえ、アレじゃん。キャラ」 そういいつつも、早貴さんは全面的に反対というわけでもないらしい。 1.リ ・一・リ<このまま説得よ! 2.100秒数えた舞さんが私の胸に・・・ 2でお願いします 次へ TOP
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/20.html
雪の降る高原に、私は一人ぼっちでいた。一面真っ白で、何も見えない。 不安にかられて歩いていると、遠くの方から楽しそうな笑い声が近づいてきた。 「かまくら作ろう。」 「みんなで座れるソファを作ろう。」 「ソリで遊ぼうよ。」 なぜか懐かしい気持ちになる。キュートの皆だ。私は声のする方に向かって走り出す。 「舞美ちゃん。」 雪玉を栞菜にぶつけようとふざけている舞美ちゃんに声をかける。 振り向かない。 二度、三度と名前をよんでも、私のことなんか気が付かないみたいに誰も反応してくれなかった。 怖くなって舞美ちゃんに飛びつこうとしたけれど、私の体は舞美ちゃんをすり抜けた。雪の中にしりもちを付く。 「栞菜。えりかちゃん。ねえってば!」 とっさに投げた手元の雪さえ、誰にも届かずに地面に落ちた。 「楽しいね。」 「面白いね。」 「あっちでソリ競争やろうよ。」 またみんなが遠ざかっていく。 誰も私に気づいてくれない。私なんかいなくて当たり前のように、世界が循環していく。 嫌だ、舞はここだよ。誰か私を見つけて。ここにいるんだよ。 「舞ちゃん。」 ふりむくと、ベージュのハンチングを被った千聖が立っていた。 「舞ちゃん。遊ぼうよ。」 おそるおそる、差し出された手に触ってみる。 すり抜けない。暖かい千聖の手が、ぎゅっと握り返してくれた。 「舞ちゃん手冷たくなってるー」 千聖はうへへって楽しそうに笑っている。 よかった、千聖元に戻ったんだね。そして、ちゃんと舞のこと見つけてくれた。 誰も気づいてくれなくても、千聖だけは。 「皆のとこ行こう。一緒にソリ乗ろうよ。」 手を引っ張られて、転がりそうになりながら2人で走る。 「千聖。私、千聖にまだ謝ってない」 「なーに?聞こえないよぅ」 「うわっ」 千聖があんまり早く走るから、私はつまずいて転んでしまった。 手が離れる。千聖は気づいていないかのように、笑い声をあげながらみんなの輪の中に入っていく。 待って、やだよ。千聖、千聖!!」 「舞!大丈夫!?」 ? いきなり、舞美ちゃんのドアップが目の前にきた。 「舞、大丈夫?うなされてたけど」 何だ。夢か。千聖の手だと思って握っていたのは、舞美ちゃんの手だったのか。 「あれ、ここ・・・」 「ああ。タクシーの中でぐっすり寝てたから、とりあえず家にお泊りしてもらうことにしたんだ。舞のママには連絡してあるから、大丈夫。」 壁にかかっている時計を見ると、もうすぐ日付が変わるぐらいの時間だった。 よっぽど熟睡していたんだろうな。レッスンスタジオを出てからここにたどり着くまでのことが全く思い出せない。 「なっきーは?」 「家に帰ったよ。舞によろしくって。」 「ふぅん」 目が覚めてくると、今日一日にあったことが次々と頭をよぎっていく。 ダンスレッスン中に栞菜となっきーがケンカして、なっきーが居残り練習をするっていうから、ロビーで待っていた。 約束していたわけじゃないけど、千聖のことを話したかった。 なっきーは千聖のことを話せる、唯一の理解者だったから。ついさっきまでは。 しばらくたってもなっきーが階段を降りてこなかったから、様子を見にロッカーまでいくと、中で「あの千聖」が歌を歌っていた。 なっきーとの約束で、最近は挨拶ぐらいはするようにしてたけれど、やっぱりなるべく係わりを持ちたくなかった。 前の千聖と同じで、自分のパートと愛理のパートだけをずっと練習している。 何だよ。頭打っても愛理のことはちゃんとライバルだって覚えてるんだ。私が千聖にとってどんな存在だったのかも忘れちゃったくせに。 苛立つ気持ちを押さえて、廊下の端まで移動する。ちょうど入れ替わるようなタイミングで、なっきーがロッカーに入っていった。 しょうがない。もし2人が一緒に出てきたら、今日はあきらめて帰ろう。・・・話ぐらいは、聞いてもいいよね。 そう思ってドアの前まで行くと、千聖がなっきーに「私のライバルは愛理です」とかなんとか言っていた。 たよりない変なお嬢様キャラに変わっても、そういうことははっきりした口調で言えるんだね。むかつく。 そして、次になっきーが信じられないことを言った。 「千聖は変わってないね。前の千聖のままだね。」 その後のことは、あんまり覚えていない。 なっきーに文句を言ったような貴がする。 千聖を怒鳴りつけた気もする。 もしかして、暴力を振るったのかもしれない。 気がついたら、舞美ちゃんにすがりついて大泣きしていた。 こんなに泣いたのは初めてかもしれない。まだこめかみが痛い。 「舞、熱いココア入れたから、あっちで飲もう。」 こんな真夏に、Tシャツにハーフパンツでホットココアって。 「ありがとう。」 カップを受け取って、口をつける。 熱いけど、おいしかった。舞美ちゃんはかなりの天然だけど人の好みをよく記憶していて、 たまにこういう風にお茶を入れてくれることがあると、いつもそれぞれが一番おいしく飲めるように気を使ってくれる。 「おいしい?」 汗だくだくになりながら、舞美ちゃんが首をかしげる。 「うん。舞は砂糖少な目でミルクが多いのが好き。ちゃんと覚えていてくれたんだ。」 「そりゃあそうだよ、大好きなキュートのことですから。みんな特徴あって面白いから、なんか覚えちゃうんだよね。 愛理は味薄めでしょ、栞菜はココア粉大目にミルクたっぷり。ちっさーなんてココアも砂糖もミルクもがんがん入れて!とか言ってさ。・・・・あ、」 「・・・いいよ、別に。舞の勝手で今の千聖を受け入れられないだけなんだから、そんな風に気使わないで。」 心がかすっかすになっていたけど、まだ笑顔を作ることぐらいはできた。 「ねえ、舞。千聖のことなんだけど」 「今はその人の話したくない。」 「舞。・・・・ううん、そうか、それじゃ仕方ないね。違う話しよっか。あのさ、友達の話なんだけどね、最近。・・・」 舞美ちゃんの顔がちょっとだけ曇ったけれど、それを打ち消すように不自然に明るく振舞ってくれた。 「うそー。ありえないよ。」 「でも本当なんだって、私もびっくりしちゃってさあ」 “・・・バカじゃないの、周りの人傷つけて、あんた何で笑ってんの” 舞美ちゃんに調子を合わせて、楽しげに話す自分を、もう1人の自分が責めている声が聞こえた気がする。 会話が盛り上がれば盛り上がるほど、心には虚しさが降り積もっていった。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/33.html
「どうしたの。」 テレビを消して、パパとママは私が喋りだすのを待ってくれた。 「お姉ちゃんのことなんだけど。」 「うん。」 「あの、お姉ちゃんは・・・・・・頭が変になったの?心の病気とか。これから、そういう病院に通ったりしなきゃいけないの?」 声が震えた。 こういうことは簡単に言ってはいけないことだと、前に学校の先生が言っていた。 「明日菜。」 「私、お姉ちゃんをバカにしてるわけじゃないよ。でも、絶対に今お姉ちゃんはおかしい。パパもママも何にも言わないけど、そのこともおかしいと思う。」 瞼の裏がじわっと熱くなってきた。怒られるかもしれない。でも私は下を向かないでパパとママをまっすぐ見つめた。 ママが席を立って、私の隣に移動してきた。 「・・・・明日菜。言いづらいことを言わせてしまってごめんね。明日菜はお姉ちゃんが心配なんだって、ちゃんとパパもママもわかってるよ。」 「うん。」 緊張が解けて、じわっと涙がこみあげてきたから、慌てて思いっきり鼻をかんだ。 「お姉ちゃんのことだけど、パパと相談してしばらく様子を見ようってことになったの。 学校もそうだし仕事もこれから忙しくなるらしいから、病院へ行く時間を増やすよりも家でゆっくりできる時間を作ってあげたいと思ってる。」 パパがうなずいて、話を続ける。 「性格は変わったけど記憶には問題ないみたいだし、どっちみちしばらくは傷の手当てで通院はするから、何かあったらすぐ見てもらえるよ。」 「でも、でもさ。お姉ちゃんのファンの人はお姉ちゃんを嫌いになっちゃうかもしれないよ。今までと違いすぎるもん。」 お姉ちゃんは「少年」なんてあだながついてるぐらいボーイッシュなキャラだったから、全然違うお嬢様っぽいキャラになってしまったらきっとがっかりする人もたくさんいると思う。 キュートのメンバーだってあんなに戸惑っていたんだ。これって結構大変なことなんじゃないかな。 「そうだね。その話は、さっきお姉ちゃんともした。でもやっぱり、お姉ちゃんは自分の性格が変わったことがわからないみたいなんだ。 部屋が汚いとか、自分なりにいろいろ違和感はあるみたいなんだけど。 ファンの人と接する時はなるべく元の性格に近いように振舞いたいから、もともとどういう性格だったのか教えて欲しいって言ってた。 だから明日菜にも、お姉ちゃんのこといろいろ助けてあげて欲しいな。」 「うん・・・・・。わかった。でもやっぱり私は、元のお姉ちゃんがいいな。パパとママはそう思わないの?」 「思わないよ。ママにとっては、どんな千聖でも千聖に変わりないから。千聖が元に戻りたいっていうなら、いくらでも協力するけどね。」 パパもうなずいている。 そういうものなのか。私はまだ子供すぎて、ちょっとよくわからない。 「さあ、そろそろママ達寝るよ。明日菜も明日学校あるんだから、眠くなくてもゴロゴロしてなさい。」 「うん。お休み。」 抜き足差し足で寝る部屋に戻ると、相変わらずお姉ちゃんは幼虫みたいに小さく丸まって眠っていた。 「もっとこっち寄っていいのにな。」 私はタオルケットを体に巻きつけて、こっそりお姉ちゃんの背中に引っ付いた。 お姉ちゃんは体温が高くて、赤ちゃんのミルクみたいなちょっといいにおいがするから、 今までも内緒でくっついて寝たことが何度かあった。 今日のお姉ちゃんにも同じ事して大丈夫かな・・・としばらく様子を伺っていたら、 「明日菜。」 「うっわ」 もそもそと体の位置を動かして、お姉ちゃんが振り向いた。 「ごめん。あっち戻るから。」 「いいのよ。ここにいてちょうだい。」 お姉ちゃんは私の髪を何度か撫でて、優しく笑った。 ちょっとドキドキする。ずっと私より子供っぽいと思ってたのに、年齢よりずっと大人の女の人みたいに感じた。 「明日菜、もし私が何か不愉快なことをしたら、すぐに言って頂戴ね。 なるべく家族に迷惑をかけないように気をつけるから。」 「何で。迷惑って。別にいいよ今までどおりで。だって」 家族でしょ。 そう言いかけて、私はママがいってた「どんな千聖でも千聖に変わりない」という意味がちょっとだけわかった気がした。 「明日菜?」 「とにかく、これからもいつもと同じだよ。お休み!」 全部言葉にするのは恥ずかしかったから、強引に遮って自分のスペースに逃げ込んだ。 「・・・・ありがとう。」 ちょっとだけ涙声でお姉ちゃんが呟いた。もう。泣かれると困っちゃうよ。 これからお姉ちゃんがどうなっていくのかわからないけれど、私がいっぱい守ってあげなきゃ。 「じゃあ今度こそお休み。」 「おやすみなさい。」 手を差し出すと、お姉ちゃんは笑って握ってくれた。いっぱい疲れて、いっぱい悩んだ一日だったけれど、どうやらいい夢が見られそうな気がした。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/118.html
「千聖、久しぶり。いろいろ大変だったみたいだねー。」 「ごきげんよう、佐紀さん、雅さん。」 「ごっ・・・・」 続いて向かったのは、キャプテンとみやとえりかちゃんのところ。 「現場被る時はベリーズも協力するからさ、遠慮しないでね?」 「はい、ありがとうございます。」 「・・・何か本当雰囲気変わったね。可愛い!」 個性派ぞろいのベリーズをまとめてるだけあって、キャプテンは新しい千聖にもそれほどとまどわないで自然に接している。 そんな2人の様子を、大きな目をらんらんとさせながらみやが見つめていた。 「ほら、みやも何かしゃべったら?」 「えっ!えー・・・と」 派手っぽい外見と裏腹に、みやは結構人見知りでシャイなところがある。 まったく別人の千聖に、どう対応していいのかわからないみたいだった。 「大丈夫だよ、みや。千聖は千聖だよ。キュートが保証する。ねっ舞ちゃん?」 「うん。お嬢様だけど千聖だよ。」 私とえりかちゃんの助言で、みやは恐る恐る千聖に話しかけた。 「な、何か、なんて言ったらいいかわかんないけど・・・これからも、よろしく。」 ぎこちなく手を差し出して、2人は握手を交わす。 「あら、雅さんの爪とっても綺麗。貝殻みたいだわ。」 「あ、これ?これはね、ジェルネイルっていって・・・・」 お嬢様の社交術はすごい。 会話の糸口を即座に見つけて相手の懐にすんなり入っていってしまう。 私はきっと、そんな千聖の前と変わらない人懐っこさが逆に怖かったのかもしれない。 いつか前の千聖を忘れて、自然に今の千聖に馴染んでしまうことを恐れていたんだ。 でも、今は本当に穏やかな気持ちで千聖を見守ることできるようになった。 「成長したね、舞ちゃん。」 「・・・えりかちゃん、心読むのやめてくれる。」 えりかちゃんは不敵に笑うと、黙って私の手にハイタッチをしてきた。 舞美ちゃんとは全然違う方向性だけど、えりかちゃんもまたずっと私たちを見守ってくれていた。 どちらの味方につくでもなくいつも公平で、積極的ではないけれど求められれば応じるような、さりげなくて細やかなえりかちゃんらしい優しさだった。 「おー・・・やっぱりキュートは団結してるね。うちらも見習わないとなあ。基本自由すぎるから、ベリーズ。」 「まあ、家族みたいなユニットなんだよね。でもベリーズみたいにシャッキリやれないところがどうも・・・」 年長者同士、ちょっぴり高度な話が始まった。 私や千聖も高校生になったら、中学生組の梨沙子や熊井ちゃんたちとこんな風に深い話もできるようになるのかな。 「いや、できなそう。ふふふ。りーちゃんたちじゃなあ。」 「あっ・・・・舞さん、ちょっと私、愛理たちの所へ行ってきます。」 一人妄想にふけっていると、ちょっとそわそわした感じで千聖が話しかけてきた。 みやとのオシャレ談義も一息ついたらしい。 すでに目線は、中2トリオの2人と栞菜が固まっている場所に向けられている。 「わかった、またあとでね。」 名残惜しい気持ちがないとは言わないけれど、私は2人の絆を、千聖の心を信じられるから、もう何も怖くない。 小走りで去っていく後ろ姿に、そっと小指を差し出してみる。 さっきの黄色いリボンが、まだ私たちを結んでいるのが見えた気がした。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/84.html
まだ梨沙子たちは医務室にいるだろうか。 少し重い足取りで歩いていると、曲がり角からちょうど中2トリオが歩いてきた。 「あっももぉ!」 梨沙子が嬉しそうな顔で飛びついてくる。 「お腹、大丈夫?」 「うん!愛理と千聖が看病してくれたよ。・・・それより、もも。ごめんね。私約束破っちゃった。」 約束?ああ、 「いいよ。梨沙子が話しておきたいって思ったなら、それが正解だよ。」 「え・・・もも、すごいね!まだ何のことか言ってないのに!」 うん、それはさっき立ち聞きさせてもらったからなんだけど。 「みんなのとこ、戻るの?」 一歩下がったところから、愛理が話しかけてくる。 「そうだね。みんな心配してるし、コメ撮りの残りがまだあるから。」 「舞美ちゃんたちも、みんなに会いたがってたよ。終わったらどっか空き部屋でまったりしよう。」 そんな愛理の提案をすぐみんなに伝えた効果なのか、その後再開した撮影は異例と言っていいほどスムーズに進んだ。ベリーズのこの団結力はたまらない。 「終わったー♪ほらほらみんなさっさと着替える!早く行こう!」 テンションの高くなってるまぁがみんなを急かして、着替えが終わった人からご指定の部屋へとバタバタ駆けていく。 「ちょっとぉ~脱ぎ散らかしてるし。」 一人でモタモタしていた私は、何となくすぐに向かう気になれなくて、散らかっている楽屋を片付けはじめた。 「駄目だなあ、私。駄目だ。駄目ももだ。あぁ~もぉ~だってさぁ・・・」 私はやたらと独り言が多い。今日の自分の至らなかった点をおさらいして「キャー」と絶叫する羞恥プレイをしばらくやった後、ふと振り返ると気まずそうな顔をした千聖が立っていた。 「うっわびっくりしたぁ!いつからいたの!」 「あ・・・えと・・・だ、大丈夫です、だよ!何にも聞いてな、ませんよ!」 千聖は私がどこまで把握してるのか忘れてしまったらしく、キャラを決めかねてあわあわしている。 「無理すんなって、千聖お嬢様。」 私がからかうと、千聖は顔を赤くして「ごめんなさい。」と呟いた。 「私、桃子に隠し事して。」 「そんなことどうでもいいよ。ももと千聖の仲じゃない。謝らないでよ。」 私も千聖に余計な負担をかけてしまったことを謝りたかったのだけれど、ここでごめんねを言うと確実に謝り合戦になってしまうのでやめておいた。 「みんなのとこ、行かなくていいの?」 私の横に座り込んで一緒に作業を始めた千聖は、 「桃子さんがいないから、なんだか寂しくて。」 とはにかんだ。 「またまたぁ~。」 私は照れ隠しもあって、軽く千聖に体当たりをしてみた。 「本当ですよぉ。私、桃子さんが大好きです。いつも私のこと、優しく守ってくれて。」 「私は優しくなんかないよ。すぐムキになるし、今日もメンバーとケンカ中。こんなんだから浮くんだよね。何年ベリーズやってんだって感じだけど。」 このキャラの千聖には、何だか甘えたくなる。少し大人びて、落着いた顔をしているからだろうか。 千聖を相手にこんな気持ちになるなんて、思いも寄らなかった。 「・・・皆さん、桃子さんがいらっしゃらないのを心配なさってたわ。何か悩んでるみたいだともおっしゃってた。」 千聖は体を私の方に完全に向けると、私の頭を撫でるようにして胸に押し付けてきた。 私の方が3つも年上なのに、ちょっとこれは恥ずかしい。 でも千聖の暖かい体温はとても心地がよくて、このまま甘い香りのする胸で休ませてもらうことにした。 「ねえ、千聖。どうして千聖は、私と一緒にいてくれるの? キッズの時からそうだったよね。 私が、一人ぼっちになりやすいから心配してくれてるの?本当は千聖、もっと舞ちゃんや他のみんなと一緒にいたいのに、もものせいで我慢してたとか? 私はずっと、寂しくて押しつぶされそうな時に千聖が近くにいてくれて嬉しかった。今もこうやって、私が一人にならないようにわざわざ来てくれて、嬉しいけど何でもものためにここまでするの?」 17歳にもなって、何が一人ぼっちだ。ばかもも。 理性ではそう思っているけど、私の口からは自然に言葉がでてくる。 千聖は人の心を裸にしてしまう。 一人でも平気だったはずの私は、こうやって思いがけない形で、本当の意味での自分の本心の対峙させられてしまった。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/64.html
仕事に行く。 私の知らない千聖がみんなと楽しそうに話している。 前の千聖みたいに大口開けて笑ったりしないで、口元を押さえておしとやかに微笑んでいる。 千聖が私に気づく。 「おはようございます。舞さん。」 千聖の声だけど、千聖の声じゃない。 私の大好きだった千聖の声は、鼻にかかってふにふにしてるとても優しいものだったのに。 こんな上品ぶった挨拶なんか聞きたくなかった。 ちゃんと目が合ってたけど、バッチリ無視してやった。 「舞ちゃん、千聖がおはようって」 「愛理、栞菜おはよう。舞美ちゃんえりかちゃんなっきーおはよう。」 「・・・舞。」 さすがに舞美ちゃんの声のトーンが変わる。 でも私は注意されたら即言い返してやるつもりだった。 自分は悪くない、こんなイジメみたいなことをしなきゃいけないのは千聖のせいだ。 そう思っていないと、心がバラバラになってしまいそうだったから。 「舞ちゃん、私トイレ行きたくなってきちゃった。一緒に行こう?」 いきなり、なっきーがいつも通りの口調で話しかけてきた。 「うん。」 別にトイレなんて行きたくなかったけれど、重すぎる空気に耐えられそうになかった。 控え室のドアを閉める瞬間、千聖が顔を覆っているのが見えた。しかも舞美ちゃんが頭をなでている。 何で。泣きたいのは私なのに。舞美ちゃんは私のお姉ちゃんになってくれるって言ったのに。 私から本物の千聖を奪って、今度は大好きなメンバーまで取っちゃうつもりなの。 「舞ちゃん。」 私はよっぽど怖い顔をしていたみたいで、なっきーが少し強めに手を握ってくれた。 でも私はもう、返事をしたら涙があふれ出てしまいそうになっていたから、ただうつむいているしかなかった。 そうして手をつないだまま、私たちはしばらく黙って歩いた。 トイレなんてとっくに通り過ぎていたけど、お互いに何も言わなかった。 「・・・千聖に会いたい。」 突然、私の口から無意識にそんな言葉が出た。 「うん。」 「謝らなきゃいけないことがたくさんあるのに」 「千聖はちゃんといるじゃない。」 「違う。本物の千聖だよ。」 なっきーの顔を見上げると同時に、ついに涙がこぼれてしまった。 「舞ちゃん。」 なっきーは歩くのをやめて、人通りのない階段の脇に腰を下ろした。 「ごめんね、舞ちゃん。千聖のことばっかり心配して、舞ちゃんのこと助けてあげられなかった。 舞ちゃんだって辛いのにね。本当にごめんね。」 なっきーは眉間にシワを寄せて、声を震わせながらそう言ってくれた。 「私は舞ちゃんのこと絶対に責めたりしないから。・・・私も本当は元の千聖に戻って欲しいの。」 「そう、なの?」 なっきーは今の千聖とも普通に話をしていたから、そんな風には見えなかった。 「うん。それが千聖にとっても一番いいことだと思うし。だからね、私たちは千聖のためにできることを考えよう? とりあえず、舞ちゃんは挨拶ぐらいは返してあげなきゃね。」 「・・・うん。わかった。」 「それじゃ、そろそろ戻ろうか。今日のレッスン始まっちゃう。」 なっきーは、何事もなかったような顔で立ち上がる。 「明日はちゃんと千聖に挨拶する。」 「明日?今日はしないの?」 「しないの。」 そこは譲らないんだ、となっきーは独特のキュフフって声で笑った。 まだ私の心は晴れていない。 でも、ちゃんとわかってくれる人がいた。 なっきーがこうして手をつないでいてくれるなら、もう少しだけがんばれそうな気がした。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/388.html
「ウチは、キュートが大好きだよ。でも、今叶えたい夢は、今のままじゃきっと叶わない。憧れだけで終わっちゃう」 「でもっ・・キュートにいたって、目指せることじゃんか・・・」 「そうかもしれないけど、大好きなキュートを言い訳にしたくないの。ウチ、ヘタレだしすぐ甘ったれるし、行き詰ったらまたみんなのところに逃げ込みたくなっちゃうと思う。 どっちもこなせるタイプの人もいるんだろうけど、ウチはきっとそういう風にはできない。 ちゃんと離れないと、自分の決心さえ揺らいじゃうぐらい、ウチにとってキュートは大きな存在なの。舞美も、なっきぃも、愛理も、千聖も、舞もいないところで、一人で踏ん張らなきゃ、意味がないんだ」 私はまくしたてるように一気に喋ると、大きく息を吐いて唇を噛んだ。 今回の件に関して、ここまで自分の意思を告げたのは初めてだった。誰と話していても、何となく、この手の話題はお互い避けていたから。 だけど、こうしてはっきり口に出した事で、改めて自分の気持ちを確認できたようにも思う。精神的にかなり弱い私が、こうして泣いて引き止められても揺るがないなら、やっぱりもう、二度と振り返ってはいけないんだろう。 「えりかちゃん」 しばらくの沈黙の後、私の手を握り締めたまま、千聖が思いの他明るい声を出した。 「よかった、ちゃんと話してくれて」 顔を上げると、ほっぺたを濡らす涙を拭おうともせず、真っ赤な目でじっと私を見ている千聖と視線が交わった。いつもみたいに、目を三日月にして笑っている。 「ちゃんと泣かないで話しきったし、偉いぞえりか!」 「もう・・何言って・・・」 おどけた調子で頭を撫でられて、思わず笑った拍子に、気が緩んでしまった。 356 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2009/10/19(月) 22 45 10.20 0 「ごめ・・・結局泣いちゃった・・・」 笑いかけようにも、壊れた蛇口から水が溢れるみたいに涙がボトボト落ちて、手で顔を覆うのが精一杯。 「もう、しょうがないなあ」 あまりの私の惨状に苦笑して、千聖は私の顔を裸の胸に押し付けるようにして抱きしめてくれた。 「さっき、ごめんね。困らせるようなこと言って。何か急に淋しくなっちゃった。でも、大丈夫だからね。えりかが頑張るみたいに、千聖も・・・キュートも走り続けるから。何か気合い入った。」 「うん・・・」 「それに、今までよりは回数減っちゃうけど、会いたくなったらいつでも会えるでしょ?っていうか、会おうよ」 カラッとした表情で笑う千聖は、私なんかよりずっと大人びて見える。本当は胸の奥にまだいろんな気持ちを抱えているはずなのに、もうそんな素振りは微塵も見せない。 「どうしよう・・今更不安になってきた・・・ちしゃとぉ、ウチちゃんとやっていけるかな」 「大丈夫だって!舞美ちゃんも言ってたけどさ、えりかが雑誌載ったら千聖も、全部買い占めるから!感想のハガキだって書いちゃうよ!お嬢様の時にも書けばさぁ、筆跡微妙に違うから枚数稼げそうだし」 痛いくらいにバシバシ背中を叩いていた手が止まって、そっと私を抱きしめなおす。 「だから、これからも一緒に頑張ろう。えりか大好き」 「・・・それは、お嬢様と同じ意味で?」 「グフフフ。さあねー・・・ね、続きしようよ」 千聖は屈託なく笑って、私の手を引っぱった。そのままソファに仰向けに寝っ転がって、首に手を回して体を密着させてくる。 「元気だねー・・・」 「だってまだ匂い移ってないからね。ほら早くぅ」 いつのまに持ってきたのか、私のポーチに入っていたはずの練り香水は、千聖の小さい手の中に納まっていた。大きなたゆんたゆんを惜しげもなく揺らしながら、また胸に刷り込んでいく。これ、何プレイだ。 「もっとずーっとギューしてたらえりかと千聖同じ匂いになるよね?まだまだ時間あるし、・・・ちょっと、えりかちゃん?」 「・・・ゴメン、もう、限界・・・・」 さっきまでのかなり張り詰めていた空気が一変したから、安心感とともに体から力が抜けていく。 「もー、何だよぅ」 「申し訳ないです・・・ちょ、っと一眠りした・・・」 「ちょっと!千聖の上で寝るな!」 ギャーギャー喚く声も、このぐったりした体と頭を目覚めさせるパワーにはならなかったみたいだ。千聖の弾力のある肌を抱き枕みたいに体に押し付けながら、降りてきた瞼に逆らわず、私は目を閉じた。 ――ゴロゴロゴロゴロ 「んー・・・?」 ――バラバラバラ 「ん・・・何・・・・?」 お腹の底に響くような音が、何度も耳を打つ。どうにもうっとおしくて目を開けると、真っ白な壁が目に入った。どうやら、ベッドまで千聖が運んでくれたらしい。毛布をかけていてくれたから、体も冷えていない。 ――ゴロゴロゴロゴロ 「うわっ」 突然、目の前が光ったかと思うと、またあの地鳴りのような音が響いた。雷、らしい。 時計を見ると、もう朝の10時ちょい前。だけど、曇天で外は薄暗い。 「千聖・・・?」 体を起こしてキョロキョロ見渡しても、千聖の姿が見当たらない。隣のベッドにも、ソファにも、もちろん床に転がっているということもなかった。 「ねえ、千聖・・どこ?千聖?」 私は雷は超がつくほど苦手だ。おまけに、光ってからゴロゴロ鳴るまでの間隔がどんどん狭まっている。・・・ヤバイ。一人でいるときに停電にでもなったら。考えるだけでも鳥肌が立つ。 「千聖ってば!」 「なぁに?どうかしたの」 さっきとは違う意味で半泣きになっていると、いきなり廊下から千聖がひょっこり顔を出した。体から湯気が立ち上っている。 「お風呂入ってたの。雷すごくない?」 「・・・・なんだ、いなくなっちゃったかと思った・・」 「そんなわけないじゃーん。千聖知らないホテルとか怖いもん。あんまり出歩きたくない。お風呂だって、本当はえりかと入りたかったし。でも気持ちよさそうに寝てるから・・・ていうか何で涙目?うけるー!」 うひゃひゃと笑いながら、千聖は私の座っているベッドの横に腰を下ろした。 「ずっと起きてたの?」 「ううん。えりかのことベッドまで引きずって、隣で寝てたんだけど、何か朝早く目が覚めちゃったから、テレビ見てた」 「そう・・・うわっ!」 また、部屋に閃光。体をすくめると、千聖は小首をかしげた。 「そんなに雷怖いの?」 「怖いよ。普通女の子は怖がるんだよ。岡井少年はそうでもないかもしれないけど」 喋ってる間にも、雷の音はどんどん近づいてくる。雨も、窓ガラスを叩くような勢いで降っている。・・うぅ、怖い! 図体の大きい私が体を丸めてるのがツボに入ったのか、千聖は相変わらず楽しそうだけれど。 「・・・これね、多分千聖が降らせたの」 「え?何それ?」 「やらずの雨って知らない?国語の授業で習ったんだけど。千聖の地区だけなのかな」 ヤラズ?やらず・・・はて。 授業中は上の空なことが非常に多かったから、正直全く記憶にない。頭を捻っていたら、千聖が説明を続けてくれた。 「あのね、好きな人のことを“まだ帰らないでー”って引き止めるために、どしゃぶりの雨を降らせるの。そしたら、雨がやむまでは、一緒にいられるでしょ?」 「千聖・・・・」 「千聖が降らせたの」 得意げに二度繰り返すと、千聖はおもむろにベッドの上に立ち上がって、毛布ごと覆いかぶさってきた。 「こうやってお布団被ってれば、光っても怖くないよ。・・・ね、もうちょっと一緒にいよう?雨が止んだら出ようよ。まだチェックアウトの時間じゃないよね?」 「・・・だね。もしお昼まで雨ひどかったら、パパ呼んで迎えに来てもらおう。そんで、ミーティングまでうちでまったりしようよ」 「うへへ。千聖がえりか独り占めだ」 それから私たちは、夜の続きと言わんばかりに、イチャイチャベタベタしながらチェックアウトまでの時間を過ごした。 そして、予想以上に千聖の“やらずの雨”は気合いが入っていたらしく、結局パパを呼ぶことになってしまった。 「・・・・あ」 「ん?どうかした?」 お迎えの車の中で、千聖はきまり悪そうに私の顔をうかがってきた。 「気になるから言ってよ」 「いやー・・・あのさ、結局ベッド1台しか使ってないじゃん?使ってない側のベッド、パリッとしてたら怪しまれないかな?とか思ったんだけど」 「・・・・大、丈、夫。だよ。ベッド、大きかったから二人で寝ました的な」 「あー・・・まぁ、そうだよね。うん、大丈夫だよね!キュートのみんなだって、一つのベッドに2人で寝ることとかよくあるし!」 「うん。まあ、多分」 とはいえ、キュートの常識は外では通用しない事も多々あるから、若干不安は残るところだけど。 「・・・次は、千聖がえりかにホテルおごってあげるからね」 「えっ」 「あっ違うよ!やらしいホテルじゃないよ!普通の今日みたいなモゴモゴ」 それはわかってる!私はパパの手前、慌てて千聖の口を手でガッと塞いだ。 「次があるって、期待してていいの?」 「・・・言ったじゃん、えりかはこれからもキュートの仲間なんだから、会いたいときに会うんだって。お嬢様の千聖もそうしたがってるはず」 千聖はちょっと大人びた顔で笑って、私の肩に頭を乗せてきた。 「・・・昨日、今日って、えりかちゃんと2人っきりで過ごせてよかった」 「まだ、今日終わってないから。うちでまったりするんでしょ?」 「そうだ、まったり。だらだらしようぜ、えりか!」 「そこ、テンション上がるとこじゃないから」 なんていうか、たった2日間の出来事とは思えないほど、ものすごく中身のぎっしりした時間だった。横浜散策も面白かったし、ちゃんと自分の考えてる事を話せたのも良かった。 ――それに、アッチの方もかなり大満足。お嬢様は貞淑かつ淫らで、こっちの千聖はほらあれだよ元気っ子が色気づいてグヒョヒョヒョ 「・・・えりかちゃん、だけどさ、今日あとで舞ちゃんに何か聞かれたら、全部えりかちゃんが答えてよ。千聖は怖いからチョットムリデース」 「えっ!ウチだって無理だよ!」 「じゃあ、千聖寝たりないからえりかんち着くまでお休みー」 エロ顔で昨日の反芻をしていたのがバレたのか、千聖は思いっきり舌を出して、そっぽを向いて寝始めてしまった。 ――いやいや、舞様だけでも釜茹で火あぶり石抱きといった拷問プランが容易に思いつくけど、千聖にはさらに桃子様という恐ろしいバックも控えてるわけで。桃子様は精神責めとか得意そうなわけで。 待て待て、千聖ラブという観点からすれば、なっきぃ様とかも十分危険領域に入るお方なわけで。 「うぅ・・・ちしゃとぉ・・・・・」 卒業前とはいえ、私に対して遠慮や無駄な気遣いなんて一切しないであろうそのメンツの顔を思い浮かべて、冷や汗が噴き出した。 数時間後にその予感がある意味本物になるとも知らず、私はなすすべもなくキリキリと痛む胃を撫でつけながら、微笑んで眠りこける千聖の手をギュッと握りしめたのだった。 前へ TOP コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/121.html
ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ 栞菜を千聖の待つファミレスに送り届けた後、私は帰りの電車の中で頭を抱え込んでいた。 “今度トロントロンにしてあげる” 千聖があんまり沈んだ声だったから、ちょっとふざけて和ませようとして囁いた言葉を、なっきぃに聞かれてしまっていた。・・・いや、嘘です。ふざけてない。ちょっと本気だった。 おまけにどういうわけか、栞菜までが私と千聖のナイショの関係に勘づいてしまっていた。 まあこちらは大丈夫だろう。「なっきぃには秘密ね。」とこれ以上余計な情報が入らないように釘をさしておいたし、私のやっていることを責める風でもなかった。 しかし、これはマズイことになったのだ。 今私たちのしていることを知っているのは、愛理、栞菜、なっきぃの3人か。 舞ちゃんは・・・わかんない。少なくとも私には何にも言ってこない。 舞美には前に少しぶっちゃけたんだけど、ペットマッサージみたいなもんだよね!と澄んだ瞳で言われてもう何もいえなかった。 なっきぃ。 彼女にだけは知られるべきじゃなかった。 素直で、いつも物事に真剣に取り組んでいて、自分の意見と違ったら、たとえ年上相手でもしっかり気持ちを伝えるような実直で真面目な子だ。 とりわけ性関係の話題にはかなり固い倫理観を持っていて、 ニュースで痴漢事件を見たときは「こんな人・・・ちょんぎられちゃえばいいのに」と鬼の形相で吐き捨て、 エンコーやってる女子高生のヘラヘラしたインタビューを見たときは激怒して20分間怒りの演説を行って、 舞美のおうちでスカートのまま犬の真似をした千聖を正座させて叱りつけたという逸話もあったらしい。 そんななっきぃの眼に、私が今千聖にしていることがどんな風に映るのかなんて、わざわざ考えるまでもない。 良くて淫行。悪くて性的虐待。どちらにしても、私も「こんな人・・・ちょんぎ(ry」の対象になってしまうことは間違いないだろう。 きっと今日、栞菜と千聖の揉め事はすっきり解決すると思う。 でも私の地獄はこれからだ。こんなこと、誰にも相談できない。 なによりも厄介なのは、私自身が、この期に及んで千聖とのそういう関係をやめようという気が全くないことなのだった。 千聖の体は気持ちいい。 触れてるだけで心が和んで、舞美じゃないけれどまるでペットセラピーみたいな効果があるような気がする。 千聖も気持ちよくて私も気持ちいいならそんなに悪いことじゃないんじゃないか。なんていいたいところだけど、それこそなっきぃには通じない理屈だろう。 「困った。」 あんまりそのことばっかり考えすぎていたせいで、降りる駅を通過して、引き返したのにまた降り忘れ・・・と無駄に3往復ぐらいしてやっと地元に戻ることができた。 「はぁ・・・」 そのまま家に帰る気になれなくて、駅のカフェでお茶を飲みながら時間を潰す。 しばらく一人でいると、だんだん心も落ち着いてきた。 もう話合いは終わった頃かな。どうなったのか、誰かに確認入れてみよう。 カップに残っていたキャラメルマキアートを飲み干すと、私は店を出た。 家まで帰る途中にある公園に寄って、ブランコをキコキコしながらアドレス帳をいじくる。 舞美は電話に出てくれないから、こういう時は大抵説明上手ななっきぃに電話をするんだけど、さすがに今日はそんなわけにいかない。 舞美が出ないなら舞ちゃんか愛理に電話するか・・・ そう決めて舞美の電話番号を呼び出そうとした瞬間、 「うわっ」 ディスコ、ディスコ、ディディディ、ディスコー 静かな公園に、大音量の着メロが流れた。 とっさに通話ボタンを押してから、それがなっきぃからだということに気づいた。 しまった。 何も心の準備が出来てない今じゃなくて、後で家から掛け直すんでもよかったのに。 でも今更切るわけにもいかない。私は覚悟を決めた。 「あ・・・えりかちゃん?なっきぃだよー。今大丈夫?」 「・・・うん、話合い終わった?どうだった?」 なっきぃの声のトーンは普段どおりで、特別怒ってる様子は感じられなかった。 「えりかちゃんのおかげで、上手くいったよ!キュフフ。2人ファミレス出てからどっか遊びに行ったみたい。なっきぃたちも、ご飯食べて帰ったんだ。」 よかった、仲直りできたんだ。 栞菜の泣き顔と千聖の絶望した表情を思い出すと、今でも胸が痛む。 「そっか、じゃあキュートの問題は解決したんだね。」 ちょっと調子に乗ってそんなことを言ってみると、 「いや、してないよね。」 さっきまでのご機嫌なキュフフボイスはなりを潜めて、あの「ちょん(ry」の時のなっきぃのトーンに早変わりした。 背中を冷や汗が伝う。 「・・・ねえ、えりかちゃん。」 「・・・・・・はい。」 打たれ弱い私はもう半泣きだった。 「たしか今週末、DVDマガジンの撮影で泊まりのお仕事があったよね?」 「え?う、うん。あったね。」 「今じゃなくていいの。その時に、えりかちゃんと話がしたいな。」 「・・・ハイヨロコンデ」 「いつでも都合のいい時でいいから。私待ってるからね。永遠に。」 電話を切った私の頭の中では、裁ちばさみを持ったなっきぃがキュフキュフ笑いながら追いかけてきていた。 TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
https://w.atwiki.jp/chisato_ojosama/pages/31.html
前へ 栞菜にお話ししたいことがあるの、とちっさーからメールをもらって、二人の家から中間地点ぐらいにある駅へ私は向かっている。 このごろちっさーは名前呼び捨てだけでなく、敬語をやめてくれつつある。 もちろんとても丁寧に話すことに変わりはないのだけれど、わたしはそれを密かにとても嬉しく思っていた。 それに、何ていうか…私は最近ちっさーのことばかり考えてしまっている。 ちっさーともっと一緒にいたい。いろいろなちっさーを見たい。 ちっさーが私や愛理以外のメンバーと話をしていると悶々としてしまう。 一人っ子だったからか、私はとても甘えん坊で独占欲が強い。 特に強く愛情を持った人とはいつも触れ合っていたいし、いつも自分といてほしいと思ってしまう。 今までも舞美ちゃんや愛理にベタベタしすぎてちょっと怒られたりしたことがあった。 そういう経験を通じて、自分なりに大好きな人との距離の取り方を学んでいたつもりだった。 でもまだまだ未熟だったみたいで、今はとにかくちっさーに近付きたい気持ちでいっぱいだ。 …こんなことだからレズキャラだなんて言われてしまうんだろうな。 なんてことを考えているうちに、待ち合わせの改札に到着した。 まだ待ち合わせ時間まで三十分もある。 お茶でも飲んでようかと構内のカフェに入る寸前、 「栞菜。」 後ろから呼び止められて、ポンと肩を叩かれた。 「千聖!えーっ早いね!」 今まで千聖は待ち合わせギリギリに「かんちゃんごめんねー!グフフッ」とか言いながら走ってくることが多かったから、なんだかびっくりしてしまった。 「栞菜と会えるのが楽しみで、早く来てしまったの。」 「ちっさー…」 はにかみ笑顔で言われて、思わず抱き付いてしまった。 ああ、だめだだめだ私。 「それで、話って?」 手をつないで歩いている途中に聞いてみると、 「あぁ。」と少しためらった後に千聖が言った。 「私、キュートを辞めた方がいいのかしら。」 次へ TOP
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/83.html
千聖は不思議な子だ。 ずいぶん長い付き合いになるけれど、昔の千聖はとにかく明るくて、無邪気で、いたずら好きで、絵に描いたような子供らしい子供だった。 誰にでも分け隔てなく接する千聖はみんなに可愛がられていた。 キッズにいたときからすでに浮きがちだった私なんかといるより、中心のグループで楽しそうに大口開けて笑っているほうがふさわしい。 そう思っていたんだけれど、なぜか千聖は私に対して強い興味を示してきた。 「ももちゃん、大好き。」 「ももちゃん、かわいいー」 そんな風にストレートな言葉で私を褒めて、日に焼けた顔をクシャクシャにして抱きついてきた。 どうして、私に? そう思わないこともなかったけれど、何の計算もなくただ純粋に慕われるというのは決して悪い気分じゃなかった。 そして千聖は私にだけじゃなく、ある意味同じような境遇だった舞波ともすごく仲が良かった。 千聖は見た目どおり男の子っぽい性格で、こと人間関係においてはやたらとあっさりしたものを好むから、私たちぐらいのゆるい関係が好ましかったのかもしれない。 私も千聖といる時は肩の力を抜くことができて、2人ではしゃいだりたわいもない話をしているだけで、ゆったりした安心感に包まれていた。 どんな状況でも自分を受け入れてくれる人がいる、ということがどれほど尊いことなのか、私は千聖と接することで知った気がする。 私が先にデビューが決まってからも、千聖の態度は全く変わらなかった。 ある意味キッズで取り残されてたメンバーであるにも関わらず、屈託のない笑顔でベリーズ工房全員をハイタッチで送り出してくれた。 あの時の千聖の手の感触は、今でも忘れられない。 そして、千聖は今でもあの頃と全然変わらない態度で、私の側に寄り添ってくれる。 大人になっていくうちに失ってしまう子供らしい感受性やひたむきさを、千聖は14歳の今でもまだたくさん内に秘めて成長している。 その分、年のわりに大人びている舞ちゃんや愛理と比べてずいぶん子供っぽいところはあるけれど、私は千聖の純粋さをいつまでも守ってあげたい、と思っていた。 今の千聖の「秘密」を梨沙子から聞いたときは、表には出さなかったけれど、かなり動揺した。 何だ?お嬢様って。 私の頭には、昔の少女漫画みたいにブリブリピンクのドレスを着た縦ロールの千聖が、超ワガママになって高らかにオホホ笑いをしながら練り歩く薄気味悪い姿がよぎった。キモッ! もちろん実際見たらそういうことではなくて、言葉遣いと所作がとても綺麗になって、あとは足を閉じて座るようになったりしたのが目立つ変化みたいだ。あとは、服装とか。 千聖が私の小指を直そうとするように、私が千聖の足をガッと閉じさせるのが2人の間のお約束だったのに、それをする必要がなくなったのはちょっと寂しい。 まあ、だからといって、今の千聖に失望したとかそんなことはまったくない。 千聖がどう変わろうとも、私の千聖に対する気持ちは揺ぎ無いものだ。 千聖が私を支えてくれたように、私も千聖を助けたいと思うのは自然なことだ。 中2トリオにも、キュートのメンバーにもできないような方法で、千聖を守ってあげる。 きっと、私にしかできないことがあるはずだから。 「あれ?もも、梨沙子は?」 みんなが待つ控え室まで戻ると、みやが首をかしげてこっちを見た。 「一緒に戻ってくるのかと思ってたんだけど。」 「あー、愛理と千聖がお見舞いしてた。また少し経ったら見てくる。」 「じゃあ次私が行くよ。」 「いやっいい!ももが行ってくるから!」 まだ千聖がいるかもしれない。3人とも気が昂ぶってる今、私以外の誰かと接するのは危ない気がした。 「・・・なんかもも、今日変だね。梨沙子もだけど。」 まぁが口を開くと、みんないっせいにうなずいた。 「変といえば、千聖もちょっと変だったよ。さっき廊下で見かけたけど。」 「千聖?」 「ちがっ!千聖は関係ないでしょ!」 今ここでその話を膨らまされると困る。 慌てて割ってはいると、また訝しげな視線を向けられてしまった。 「・・・まあ、別にいいよ。ももがうちらに心を開かないのなんて、前からじゃん。どうせ、ベリーズはキュートと違って、家族的じゃないからね。」 さっきまでのケンカ口調とは違う、ちょっとしずんだような声で徳さんが皮肉っぽく笑った。 「ももぉ。」 あー。困った。 「ねえ、ももってば・・・」 「ごめん!今のはももが悪い。でも、いろいろ話すのはまだ待ってて。事情があるの。 ちょっと私、もう一回梨沙子のところ行ってくる。」 返事も待たないで、私は逃げるように部屋を出た。 女の子の集団って、本当に難しい。 一人で空回りして、私は何をやってるんだか。 ケンカ中とはいえ、徳さんのあの表情を思い浮かべたら胸が痛んだ。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -