約 24,298 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4462.html
「物質、エネルギー、そして情報。これが、宇宙を構成する三つの要素」 「情報統合思念体って、どういうものだと思ってる?遠い宇宙の果てのはてにある、銀河みたいな星の固まり?それとも、宇宙に漂う、 何か大きなクラゲみたいなもの?」 「どっちも外れね。情報統合思念体は、この宇宙を構成する情報全て。全宇宙の情報が、時に秩序を形成し、 時に無秩序に増殖する。そして、それらを認識する情報。これが情報統合思念体。率直にいえば、この宇宙全体が統合思念体なのよ。 もちろん、あなたも私も思念体の一部。でも安心して、あなたが自分の体の細胞の1つを認識できないように、 思念体もあなたのことなんか全然気にしていないから。」 俺と朝倉は、今カラオケボックスのベンチシート席に居る。最近のカラオケボックスでは、少人数の客はこうしたベンチシートルーム、 3人掛けくらいのベンチ1台に向かい合うようにマシンが設置された小部屋に案内されるようになっている。今日は団のメンバー抜きでの 朝倉との二人連れであり、世間一般的に見ればまあ非常に羨まれるべきシチュエーションなんであるが、やはり一度なりとも刃物で殺され かかった相手というものはなかなかその恐怖を体が忘れづらい。あと、朝倉、普通に会話するだけなら別にマイク使う必要ないだろ。 事の発端はこうである。 朝倉とSOS団の『懇談会』以来、一段とその頻度、クオリティともに激しさを増した長門のレッスンのせいか、俺は最近思い出し笑い、 思い付き笑いを所わきまえず非常に頻繁に繰り返すような状態になってしまい、だんだんクラスでも浮いた存在になってしまってきている。 最近では谷口も挨拶を一拍置いてから返すようになってきているし、国木田は弁当を別のクラスで喰うようになった。笑いさざめくクラスの ドアを開けて教室に入ると、今まで談笑していた生徒全員が一斉に俺の事を注視する、と言ったことも1度や2度ではない。 ハルヒは一人 「なんか、最近のキョンちょっとオモシロイわ!何ていうかほら、バガボンドの最初の頃に出てきた『不動さま』みたい!」 と盛り上がっているが、うん、まあ、ホントはあんまりおもしろい状態でもないんだろ。俺も自分でわかるからさ… そんな孤独と焦燥のさ中にあって、再びクラスの中心人物に返り咲いた朝倉が 「キョン君、今日放課後空いてる?空いてるなら、ちょっと付き合って欲しいんだけどな♪」 と聞えよがしに話しかけてきてくれた時、俺は1も2もなく飛びついてしまった。誰だってそうだよな? そして、放課後俺は口早にハルヒに団活を休む旨を告げると、下駄箱で待ち合わせした朝倉に手を引かれる様にこのカラオケボックスまで来たという訳だ。 「でもね、涼宮さんは別。あなただって、突然自分の体の一部がチクッと痛んだりしたら、何かな、って思うでしょう? 思念体もそう思ったの。いつもどおりに生活していたら、体の一部が変におかしい。何だろう?と思って立ち止まり、調子がおかしい 箇所をしげしげと見ている。調子がおかしい箇所が涼宮さん。それを見つめている目や、触って調べたりしている指が私たち。」 「そういう訳で派遣されてる私たちなんだけど、まあ、私たちだって完璧ではないわけなのよ。同じ宇宙の構成物なんだしね。 目だって指だって病気になるしケガもする。変なものを見ちゃったり、触っちゃったりしたら。」 そう言って、にじり寄ってくる朝倉。 「涼宮さんみたいな強い存在のそばにいたら、私達端末も影響を受けちゃうのよ。本来の機能からエラーを起こして、 自分で勝手に情報を紡いでいくようになるの…あなた達の体でいったら、ガン細胞ね。心でいったら、何かしら…」 朝倉の顔が近い。つぶらな瞳が、俺を真正面から捕えて離さない。 「いっそ、本人に聞くのが一番早いかも♪」 個室のドアが勢いよく開く。廊下の蛍光灯のまばゆい光を逆光に、小柄なシルエットが目に飛び込む。 『…二人とも、表に出ろ』 長門がいた。いつも通りの、高熱に燃える炎のような青白い表情で。 ------------------------------------------------------------------ 俺達がカラオケボックスにいる間に表は小雨になっており、長門は自分で持ってきたであろうビニール傘を差し、 俺は頑強に拒みはしたものの朝倉の持っていた折り畳み傘に結局引っ張り込まれてしまい、先を行く長門の2メートル ほど後ろを2人でついて行っている。 駅前から離れ、踏切を渡りやや閑静なあたりに差し掛かる。 「この前のカラオケでのキョン君の歌。あれ、歌じゃないわ。心の悲鳴よ。キョン君の。」 朝倉が足を止め、長門に声をかける。 「わかってると思うんだけど、最近のキョン君、ちょっともう限界よ。ここまで彼を追い詰めて、何をしたいの?」 長門も足を止め、傘を片手に雨の中、背中で朝倉の言葉を聞いている。 『…獣は、追い詰められた時に一番良い声で鳴く。赤子の声が一番心を打つのは、その母親を呼んで泣き叫ぶとき。』 『歌は、惚気話でもなければ、自慢話でもない。人間の、泣き声。叶わぬ望みが心に叫ばせるもの』 振り向きもせず答える長門。 『だから、人は歌に心をふるわせる。人が、人の泣き声を聞き過ごせぬよう、人の心は、歌にとらえられる』 「なかなか言うじゃない… …まるで、人間にでもなったみたいに。」 口角を上げて、朝倉が答える。 「でも、長門さん、わかってるかしら?私達、端末よ。そんな感傷、本来の機能にはないの。エラーが溜まりすぎちゃったのね。 システムの処理の、暴走。人によっては、こういう風にも、言うかしら」 「『精神病みたいな、もの』、って」 ビニール傘が転がる。 振り向いた長門の顔。いつも通りの、軽く結んだ唇、澄み切った黒い瞳。その瞳の縁から、小雨に打たれた顔の頬を二筋の流れが伝っている。 「観測用端末の更新が発令されたわ。長門さん、あなたはもうとっくに暴走状態。思念体への報告すら満足に行っていない。 私が来たのは、バックアップのためじゃない。あなたと交代して、私が涼宮ハルヒを観測するの。」 「あなたはもう、観測を行える状態じゃない。復旧すらおぼつかないエラーの蓄積状態で、観測対象の周囲にすら影響を働きかけて きている。これはもう、思念体による観測活動継続の為の、除去の対象。つまり---」 朝倉が傘を手放した。 「パーソナルネーム長門有希を敵性と判定。当該対象の有機情報連結を解除します。」
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/2760.html
Report.22 長門有希の憂鬱 その11 ~涼宮ハルヒの手記(前編)~ わたしは観測対象の内面、『心情』を理解する上で超一級の資料を入手した。観測対象が自ら書いた、個人的な心情を綴った文書。 その中から、今回の一連の出来事に関連する部分を抜粋して報告する。 本文書の内容にわたる部分は、すべて原文を記述した観測対象本人の思考によるものであるが、内容の理解及び構造の把握に資するため、報告者が小見出しを付加するなどしている。誤字脱字その他の、通常の日本語の文法に即していない記述は、すべて原文に起因するものである。 (涼宮ハルヒの序文) キョンもすなる書き物を、あたしもしてみむとてするなり。 な~んてね。『土佐日記』風の書き出しにしてみたけど、毎日書くつもりはない。だから、「日記」というよりは「手記」かな。 題して、『涼宮ハルヒの手記』! ……別に誰かに見せるわけでもないのに、なんでこんなに言い訳がましいことを色々書いてるんだろうね、あたしは。あ、でも、有希にはちょっと見せてみたいかも……?(んなこたぁーない。) でもまあ、普通に書くのもつまらないので、小説風に書いてみることにする。文芸部の会誌を作ったときにキョンが書いた話みたいに、あたしが普段考えていることをそのまま文章に書き出して書くことにしようと思う。 後から聞いた話になるけど、キョンはあの話を書く時に、普段考えていることをそのまま文章にしたら良いって古泉くんに言われたらしい。 それじゃ、まずは序文ってことで、これを書くに至った経緯から。 この手記を書くことを決意した日、あたしはとんでもなく恥ずかしい思いをした。 気が昂ってイライラした時なんかに、あたしは紙切れに色々なことを書き付けていた。最近の議題は、「有希への想い」かな。 なんとその紙切れを、あろうことか有希本人に見られちゃった! しくじったわ。ちゃんとゴミ箱に捨てないから…… おまけに、その現場を見て混乱したあたしは、同じく混乱してる有希を突き飛ばして怪我させちゃった。涼宮ハルヒ、一生の不覚! なんてね。そのあとあたしはもっと酷いことをしてしまったけど…… そんなわけで、このような失敗を二度と繰り返さないために、今日からは、書き付けるのはこの日記帳だけにすることにした。鍵も掛かるしね。 『日記帳』を使ってるけど、先に書いた通り、毎日書くつもりはない。もちろん、毎日書くことがあれば別だけど。 (長門有希の消失) 「あ゛~~もう!! 何であんなことしちゃったんだろ!!」 あたしは頭を抱えて部屋中を転げ回る。激しい自己嫌悪。 今日、部活後の部室で、有希にあたしが書いた恥ずかしい紙切れを見られてしまった。 あたしは、つい恥ずかしさから心にもないことを口走り、有希を突き飛ばしてしまった。すると運の悪いことに、有希が本棚にぶつかった拍子に本が落ち、そのうちの一冊が有希の頭に当たり、その血が額に垂れてきた。 正直、血の気が引いたわ。 そして混乱したあたしは、とんでもないことをした。 苦しい言い訳。そして怪我をした有希を、あろうことかそのままにして、逃げるように立ち去った。いや、逃げるようにじゃないな。文字通り逃げ出した。 最低だ。 それくらい、恥ずかしかった……なんて、言い訳にもならないわね。でも、でも……! まさか、よりによって、『アレ』を有希に見られるなんて…… 「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛~~~~!!」 いけない。考えたら、また恥ずかしさがぶり返してきた。もう、死にたい。明日……一体どんな顔して有希に会えば良いっていうのよぉ!! 「お゛お゛お゛お゛お゛……」 頭を抱えて足をジタバタさせながら、あたしは長い夜を過ごした。 「あああああああ! 有希にだけは会いたくない!」 ……祈りが届いたのかしらね。こんな祈り、届いてほしくなんかなかったけど。 翌日、有希は学校に来なかった。 聞いた話によると、有希は身内のごたごたがあって、急遽学校を休んで遠方に出掛けているらしい。不謹慎にもあたしは、『当分、有希と顔を会わせなくて済む』と安堵してしまった。 べ、別に有希が嫌いってわけじゃないわよ!? ただ、昨日あんなことがあったから、ちょっと顔を合わせ辛いってだけなんだから! それに、有希もそんなに長く学校を休むわけにもいかないだろう。せいぜい一週間くらい? それぐらい時間が経てば、あたしも気持ちの整理ぐらい付く。ていうか、付ける。それで、「ごめん」って謝って、喫茶店で何か甘いものでも奢って、仲直り。それで良いじゃない。 (朝倉涼子の邂逅) 今日はすごいニュース! 朝倉涼子が帰ってきた! って、これ、前にも書いたっけ……ああ、書いたってのは、紙切れ時代のことね。 何でも、カナダから一時帰国しているらしい。 そんなに長く日本に滞在していられないらしいけど、懐かしくて北高に顔を出したそうだ。たちまち元・1年5組の女子達に囲まれる彼女。 そういえば、キョンが何やら青い顔をしていた。朝倉も、キョンを複雑そうな顔で見ていた。二人の間に一体何があったんだろう。 今度キョンを締め上げて問い詰めてやるか。 【ここから先はしばらく、初めて出会った時からの、わたしとの思い出を回想している記述が続く。既に報告済みの内容と重複するので割愛する。】 (涼宮ハルヒの遭遇) 今日はすごいニュース! 朝倉涼子が帰ってきた! あの、突然カナダに転校していった朝倉よ! ↑これは、前に書き付けてた紙に書いたもの。朝倉が帰ってきたことで思い出したので、再録。 この時の記述は実は誤りで、朝倉涼子本人じゃなかった。正しくは、こうなる。 長門有希と朝倉涼子のそっくりさんに遭遇!! もう、びっくりしたわ。他人とは思えないくらい、よく似てる……というより、生き写し! しかもこの二人、なんと従姉妹同士なんだって! 全然顔も性格も似てないけどなあ。 面白いことにこの二人、あたしが知ってる二人と姿かたちがそっくりでも、性格が全然違う。 有希似の彼女は、はきはきとした、笑顔が似合う可愛い娘。 朝倉似の彼女は、無口な、引っ込み思案で神秘的な娘。 なんと声までそっくり! 有希似の娘は、声こそ高めで、有希の低めの平坦な声とは似ても似つかないけど、あたしは知っている。例えば歌うとき、有希は高めの声も出す。試しにその声のまま、喋ってもらったことがある。その時の声とよく似てる。意外ときゃぴきゃぴした声になるのよね、有希って。それと……感じてる時の声…… って、きゃ――――!! 何を考えてるんだ、あたしは!! でも、有希似の彼女のそんな声も聞いてみたいかも……いかんいかん! あたしはノーマルだ! あ、でも、「ノーマル」ってことは、「普通」ってことか。むむむ…… 「普通」であることは、あたしにとっては何よりも不名誉な称号。でも、だからといって「レズ」ってのもいかがなものか。相手が、宇宙人、未来人、異世界人、超能力者っていうなら、男でも女でもEverything OK! なんだけどね。 そういえば、前にキョンが言ってたっけ。『長門は宇宙人が作った有機アンドロイドだ』って。つまんない冗談だったけど、この際、そういうことにしちゃうのもアリかも。 そうすると、宇宙人謹製アンドロイドと、あたしはデートしたことになるのか……今度、みくるちゃんも誘って、三人でデートしよっかな? みくるちゃんは、キョン曰く『未来人』だったかな? ということは、宇宙娘と未来娘の両手に花! ……どんな女だ、あたしは。宝塚の男役スターかっちゅうねん!? とか思ってたら、有希似の彼女が、有希の口調を真似して喋った。 マジそっくり! とかやってたら、今度はあたしの有希が、有希似の彼女の口調を真似して喋った。無表情で。 有希、それは反則だよ。 正直、くらっと来たわね。 朝倉似の彼女の反応も、なんか新鮮だった。 あたしが知ってる朝倉は、いつも明るくてクラスの中心にいたから。そういえば、クラスに溶け込んでいないあたしを心配してか、しょっちゅう声を掛けてきてたな。正に学級委員の鑑。もっとも、その頃のあたしは憂鬱の塊みたいなもので、ずっと無視してたけど。その後急に転校しちゃうなんて思わなかったから、今にして思えばもっと話しとけば良かったかな? 転校して以来、何の便りもないけど、どうしてるかな。「便りのないのは元気な証拠」って言うけど。みんなも、もう忘れちゃってる? 今度聞いてみよう。 以上が、この時に思っていたこと。 この時のあたしは、まさか本当に朝倉と再会することになるとは、夢にも思わなかったでしょうね。 【ここから数枚、ちぎった跡がある。ちぎった跡からは、何の情報も読み取ることはできなかった。そしてここから先は、わたしが情報操作を行い、涼宮ハルヒからわたしへの想いを消去した日より後の日付となっている。この間に何が起こったのか。何を書いていたのか。分からない。】 (朝倉涼子の戦闘) 【ここは、過激派による襲撃に関する部分の記述。当該記憶は消去したはずだが、本人は『夢』と認識した状態で記憶を保持していたと思われる。】 ありえない。 朝倉……あんまり激しく動くと、ぱんつ見えるわよ。いや、既に見えたんだけどさ。 朝倉は縞パン……か。可愛いの穿いてるじゃない。スカートの丈が短いから、激しい動きをすると、ちらちら見えちゃうのよね。ほら、また見えた…… うー、とっても眩しいぞ。むっちりした太ももとセットで、すごい破壊力だわ。男子がここにいたら、さぞや大喜びするシチュエーションなんだろうな。 とか言いつつ、女のあたしが何で喜んでるんだろうね。 そういえば、スカート丈の短い北高の制服着てるあたしも、激しく動いた時は、ちらちら見えちゃってるってことか。当たり前のことなんだけど、改めて他人がそうなってるのを見ると、実感するものね。 さて、何であたしが、こんなに「ぱんつ」を連呼してるかというと、そうでもして現実逃避しないと、やってられないから。 何が起こってるのか分からないから、見たままを書くわ。 鉄筋を持った朝倉と、ストッキングを被った変態超能力者が対決してる。 以上。説明終わり。 ……意味が分からない。そこ、首をかしげて良いわよ。あたしにも意味不明だから。 ←Report.21|目次|Report.23→
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/1250.html
Report.14 長門有希の憂鬱 その3 ~涼宮ハルヒの追想~ 活動後の部室。ハルヒは独り佇んでいた。他の団員達は先に帰した。夕日に照らされ、オレンジ色に染まった部室。あの日と同じ風景。思い出す、あの日の出来事。 本棚に歩み寄る。ここは本来文芸部室。だから、本棚の蔵書数は北高の全部室中随一だろう。蔵書には、SFのハードカバーが目立つ。その多数の厚い本を読む人物は、今はこの部室にいない。 あの日起こった、不幸な心のすれ違い。ハルヒは忘れられない。自分が突き飛ばしたせいで、負傷して血を流す彼女の姿を。そして、その彼女を置き去りにして、逃げるようにその場を立ち去った自分の行動を。 彼女はいつも通りの無表情だった。自分はどんな顔をしていたのだろうか。 ハルヒは、自らの行動を悔いていた。そして、だからこそ、彼女に合わせる顔がないと思っていた。だから、翌日彼女が事情により学校に来ていないと聞いて、少し安堵した。時間が稼げたから。 しかしそれは間違いだった。時間が経つほど、考える時間が増えるほど、自らの行動が重くのしかかる。ますます彼女に会いにくくなる。考えれば考えるほど、会い辛い。 最近、部室での会話で、彼女について触れられることが多くなっていた。いくらハルヒが話題を変えても、いつの間にか話題は彼女のことに移っていた。特に、昨日の朝比奈みくるの発言は、決定的だった。 「はい、涼宮さん、お茶です。はい、長門さん……っと、長門さんはおらへんかった……うっかり用意してしもた~」 【はい、涼宮さん、お茶です。はい、長門さん……っと、長門さんはいないんだった……うっかり用意しちゃった~】 お茶を出し終えると、みくるはぽつりとハルヒに言った。 「あたし、みんなにお茶を淹れてるから分かるんですけど、一人おらへんだけで、すごく違和感ありますね……」 【あたし、みんなにお茶を淹れてるから分かるんですけど、一人いないだけで、すごく違和感ありますね……】 ハルヒは、自分の眉がつり上がるのを自覚した。 「なぁに、みくるちゃん? 何が言いたいん?」 【なぁに、みくるちゃん? 何が言いたいの?】 「ひっ!? い、いえ、ただ、寂しいなーって……」 それきり、ハルヒは黙りこくったので、みくるも自分の席に着いて、編み物を始めた。 窓辺の指定席は、今は無人。パイプ椅子は、畳んで立て掛けられている。いるべき人がいない風景。それはとても違和感がある風景だった。 ハルヒは知らない。ハルヒの力のせいで彼女が消滅したことを。彼女を取り戻すために、彼らが様々な工作を行っていることを。 彼らの工作は、じわじわとハルヒに効き始めていた。 「わたし達の工作は、どうやら効果を示しているようですね。」 喜緑江美里が口を開いた。 空間封鎖された生徒会室。ここは今、『長門有希消失緊急対策本部』となっている。 「僕らは部室での会話で、それとなく、しかし確実に、長門さんの話題に触れ続けとります。」 【僕らは部室での会話で、それとなく、しかし確実に、長門さんの話題に触れ続けています。】 古泉一樹が言った。彼は部室の会話で、長門有希の話題に誘導する役を務めている。 「俺は、どうも長門についてはハルヒにマークされてるみたいやから、あからさまにはできひんけど、みんなの話題には参加するようにしとぉ。あとは、そうやな……」 【俺は、どうも長門についてはハルヒにマークされてるみたいだから、あからさまにはできないけど、みんなの話題には参加するようにしてる。あとは、そうだな……】 「あんさんは、無意識に長門さんを視線で探してますから、それで十分でっせ。」 【あなたは、無意識に長門さんを視線で探していますから、それで十分ですよ。】 「……俺は、そんなつもりはないんやけどな。」 【……俺は、そんなつもりはないんだがな。】 キョンは一樹を睨む。 「おっと、これはこれは。その反応だけで十分ですわな、状況証拠は。」 【おっと、これはこれは。その反応だけで十分ですね、状況証拠は。】 一樹はいつもの如才ないスマイルで応じた。 「あたしは、昨日ちょっと積極的に頑張ってみました!」 「朝比奈さん、あれはGood Jobでしたよ。」 みくるの行動を賞賛するキョン。 「ええ、まったく。昨日のあなたの言動は、相当効いたようです。MVPは間違いなくあなたですね。」 江美里も同意する。 「昨日のあなたの言動がきっかけになって、今、涼宮さんは『寂しい』という状態になっています。」 それがどんな感情なのか、わたしは実感できないんですけどね、と江美里は付け加える。 「もう一押し……ってわけね。」 朝倉涼子は思案顔で呟く。 「今日早めに活動を切り上げた涼宮さんは、今は部室で独り、物思いに耽っています。」 江美里は、涼子に向かって言った。 「さて。お膳立ては整いました。あとは長門さんの代理……あなたの仕事ですね。」 「そう……やね。そろそろ……行けるかな?」 【そう……よね。そろそろ……行けるかな?】 「『機は熟した』と思いますわ。『鉄は熱いうちに打て』っちゅう言葉もありまっせ。」 【『機は熟した』と思いますね。『鉄は熱いうちに打て』という言葉もありますよ。】 一樹も賛同する。 「うん、そうやね。ほな、ちょっと行ってくるわ。」 【うん、そうよね。じゃあ、ちょっと行ってくるわ。】 涼子は、部室へと向かった。 部室の本棚の本を手に取るハルヒ。そのまま窓辺に行くと、立て掛けてあるパイプ椅子を広げて座った。あの日から学校に来なくなってしまった彼女のように、無言で窓辺に座るハルヒ。そうすることで、彼女を追想するように。 思い出す、彼女と過ごした日々。 最初は、まるで部室の付属物のように存在感のない娘だった。 それが、共に過ごすうち、だんだん彼女を見る目が変わっていく。彼女は万能だった。何でもそつなくこなせた。 決定的だったのは、一年生時の文化祭。 メンバーの病気や怪我で出演ができなくなった、先輩女子のバンド。見かねたハルヒは、彼女を誘って急遽メンバー入りし、舞台に立った。そこで彼女は、驚くべきギターの腕前を披露した。ハルヒの歌声とともに、彼女の情熱的なギタープレイは、その場にいた誰もを魅了した。それは、他ならぬ、共に舞台に立ったハルヒ達も同様に。 体育祭では、ハルヒに負けず劣らずの素晴らしい身体能力を見せつけた。特にアンカーを務めたクラス対抗リレーでは、最下位でバトンを受け取ると、表情を変えずに見る見る走者を追い抜き、ハルヒがアンカーを務める1年5組に次ぐ、二位にまで持ち込んだ。無表情ながら鉢巻きをたなびかせて疾走し、見る見る順位を上げていく小柄な体操服姿に、彼女の隠れファンが急増した。 バレンタインデーの時は、料理の腕前も見事だった。徹夜で賑やかにチョコレートケーキを作る、ハルヒとみくる。彼女はそんな二人を静かに、そしてこれ以上ないほど的確にサポートした。何と彼女は、温度計もなしに、チョコレートのテンパリング(温度調節)をやってのけた。さらには、まかない料理も作ってくれた。チョコレートケーキ製作中は、匂いが移ったり味が分からなくなったりしないよう、薄味の惣菜と、ほかほかご飯に吸い物。プレゼントを山に埋めて帰ってきたら、胃腸に負担を掛けずに冷えた身体を温める、手作り出汁の香り高いうどん。 阪中家での『陽猫病』事件では、その博識ぶりで、見事に事件を解決した。いつも大量に本を読んでいるが、それが実際に役に立つのだから大したものだとハルヒは思った。彼女は阪中家の恩人として盛大な歓待を受け、ハルヒはそれを我がことのように喜んだ。 共に過ごした一年の間に、ハルヒは彼女を『SOS団随一の万能選手』と捉えるようになっていた。 そんな二人の関係に転機が訪れる。先日の、ハルヒの捕り物劇に端を発する、一連の騒動。 ハルヒは精神的に追い詰められていた。そんなハルヒを救ったのが、彼女だった。彼女は、ハルヒの行動の意図を理解し、危険を冒してハルヒに会いに来てくれた。苦しさに押し潰されそうだったハルヒの慟哭を受け止め、優しくそばに寄り添ってくれた。 一緒に帰るために『男装』を提案するなど、意外な一面も見せてくれた。彼女の部屋に招待し、泊まって行くことを勧めるなど、積極的な面も持っていた。そしてその夜、二人は結ばれた。性別の垣根を越えて、肉体的にも精神的にも、二人は繋がった。 次の日には、彼女を通じて彼女の友人に問題を解決してもらった。彼女の人脈には驚かされた。その日はそのままデートにも行った。朝の目覚めの時と同様、彼女の素顔、生の言動に心を揺さぶられた。 彼女と朝倉涼子のそっくりさんに遭遇したこともあった。 その時は彼女も一緒にいた。彼女のそっくりさんは、彼女とは性格が全く違っていた。声も違っていた。しかし、実は彼女もそっくりさんも、お互いの声を真似ることができた。彼女がそっくりさんの声を、いつもの無表情で真似したときは、正直、絶句した。あまりにもシュールでユニークだったから。 彼女との思い出は、どれも大切な、掛け替えのないもの。記憶の中の彼女は、大半が無口で無表情だったが、それでも輝いていた。 そして、つい先日の、あの出来事。 彼女に、自分の恥ずかしい物を目撃されてしまった事件。ハルヒは激しく動揺し、とんでもないことをしでかした。しかし、そのことで実感したこともあった。ハルヒは彼女を…… ハルヒは、知らず、涙を流していた。自分の中で、こんなにも彼女の存在が大きくなっていたのか。 「会いたい……会いたいよぅ……何で、あんなことになってしもたん……有希……早(はよ)……会いたい……謝りたい……何で、謝らしてもくれへんの……? 何で、何で……」 【会いたい……会いたいよぅ……何で、あんなことになってしまったの……有希……早く……会いたい……謝りたい……何で、謝らしてもくれなにの……? 何で、何で……】 言葉にならない思い。言語化できなかった分は、涙と嗚咽になって溢れ出す。 「ゆ、ゆき、有希……有希ぃ――――! うわあああぁぁぁ……!!」 以前にも声を上げて泣いたことがある。その時は彼女が、優しくハルヒの頭を抱いて、ハルヒの慟哭を受け止めてくれた。 でも今は――誰もいない。 「悩み事?」 その時、声が掛けられた。 「うっ、ぐすっ……朝倉?」 涙を拭いながら、部室の入り口を見るハルヒ。 「何よ、人が泣いてんのが、そんなにおかしい? 悪趣味やな。用がないんやったら放(ほ)っといてくれる?」 【何よ、人が泣いてんのが、そんなにおかしい? 悪趣味ね。用がないんだったら放(ほ)っといてくれる?】 涼子は、部室に入ると、扉を閉めた。 「ご挨拶やなあ。わたしは、女の子が泣いてるのが放(ほ)っとかれへんかっただけ。」 【ご挨拶だなあ。わたしは、女の子が泣いてるのが放(ほ)っとけなかっただけ。】 ゆっくりとハルヒに近付く涼子。 「何? 慰めの言葉やったら、要らへんで。」 【何? 慰めの言葉だったら、要らないわ。】 涼子を睨み付けるハルヒ。しかし涙に濡れたその目は真っ赤に充血しているので、迫力に欠ける。 「慰め違(ちゃ)うけど、何て言うのかな……うん、独り言!」 【慰めじゃないけど、何て言うのかな……うん、独り言!】 涼子は微笑を湛えたままで言う。 「そこまで涼宮さんに思われる長門さんも幸せやね。」 【そこまで涼宮さんに思われる長門さんも幸せよね。】 「…………」 「……大丈夫。あなたが願えば、きっとすぐに会える。」 「……根拠は?」 「な~んにも。」 ハルヒは大きく溜め息をついた。 「何よ、それ……」 「言(ゆ)うたやん? 独り言って。」 【言ったじゃない? 独り言って。】 涼子は、指を組みながら言った。 「でも、わたしは、『信じる』ことって、結構重要やと思うな。成功のイメージを信じて行動すれば、上手くいく時があると思わへん? 逆に、悪い方にばっかり考えが行く時って、何やっても上手くいかへん時もあるし。悪い方に考えて気持ちが沈んで、結局上手くいかへんのと、良い方に考えて気持ちが盛り上がって、結局上手くいくのとやったら、わたしやったら、上手くいく方を選ぶな。」 【でも、わたしは、『信じる』ことって、結構重要だと思うな。成功のイメージを信じて行動すれば、上手くいく時があると思わない? 逆に、悪い方にばっかり考えが行く時って、何やっても上手くいかない時もあるし。悪い方に考えて気持ちが沈んで、結局上手くいかないのと、良い方に考えて気持ちが盛り上がって、結局上手くいくのとだったら、わたしだったら、上手くいく方を選ぶな。】 「『信じる』……」 「長門さんとまた会えることを信じればええん違(ちゃ)うかな。きっと長門さんも、涼宮さんに会いたがってると思うわ。」 【長門さんとまた会えることを信じれば良いんじゃないかな。きっと長門さんも、涼宮さんに会いたがってると思うわ。】 涼子は言葉巧みにハルヒを誘導していく。涼子は優秀だった。 「結局、朝倉は、どうするつもりなんやろな?」 【結局、朝倉は、どうするつもりなんだろうな?】 キョンが口を開いた。緊急対策本部では会議が続いていた。 「人間の『感情』というものは、わたしにはよく分からないので、何とも言えませんが。」 江美里は答えた。 「その、朝倉さんって、喜緑さんや長門さんと同じ、その……『端末』、なんですよね。」 みくるは言った。 「ということは、こんな言い方は失礼やと思うんですけど……みんな、人間の『感情』はよう分からへんのですよね?」 【ということは、こんな言い方は失礼だと思うんですけど……みんな、人間の『感情』はよく分からないんですよね?】 「その質問の答えは、」 江美里が答える。みくるが息を呑む。 「禁則事項です。」 盛大に椅子からずり落ちるみくる。 「というのは冗談ですが、基本的にそう考えていただいて差し支えありません。」 (TFEI端末って、実は意外と冗談好きなんか……!?) 《TFEI端末って、実は意外と冗談好きなのか……!?》 と、キョンは思った。 「ただし、例外もあります。例えば長門さんについては、キョンくんはよくご存知ですよね?」 「え? あ、ああ……長門は、顔には出さへんけど表情に表れへんだけで、無感情なんやなくて実はかなり感情豊かです。長く一緒におったら、だんだん分かるようになってきました。」 【え? あ、ああ……長門は、顔には出さないけど表情に表れないだけで、無感情なんじゃなくて実はかなり感情豊かです。長く一緒にいたら、だんだん分かるようになってきました。】 そうですね、と江美里は続ける。 「そして長門さんは、様々な体験をして、暴走したこともありました。そう、あの冬の世界改変事件です。と言っても、お二人さんには、実感はないでしょうけれど。」 江美里はSOS団員達を見回して続ける。 「暴走の原因は、現在も検証中なのではっきりとしたことは言えませんが、長門さんに、人間で言うところの『感情』に相当するものが発生したのが一因ではないか、というのが大勢の見解です。」 「ははあ。すると、あれでっか。長門さんは、感情が生まれ、育っていったものの、本質的には理解でけへんもんやから、だんだんとその感情を『持て余した』っちゅうわけでっか。」 【ははあ。すると、こういうことですか。長門さんは、感情が生まれ、育っていったものの、本質的には理解でないものだから、だんだんとその感情を『持て余した』、と。】 一樹がしたり顔で解説する。 「『感情』がどのようなもので、それがどのように作用したかについては見解が分かれていますが、とにかく、『感情』のようなものが関係しているのではないか、という点では概ね一致しています。」 江美里は、これは私見ですが、と前置きして続けた。 「同様に、朝倉涼子が独断専行し、キョンくんを殺害しようとした件も、やはり『感情』が何か関係しているのではないかと、わたしは考えています。」 「そういえば、朝倉はあの時、何も変化せぇへん観察対象に飽き飽きしてるって言(ゆ)うてたな……」 【そういえば、朝倉はあの時、何も変化しない観察対象に飽き飽きしてるって言ってたな……】 キョンは、当時を思い出しながら言った。朝倉涼子本人の謝罪を受けたことで、多少は『彼』の精神的外傷も緩和されたものと思われる。少なくとも、冷静に当時を振り返ることができるくらいには回復していた。 「本来わたし達は、『飽きる』ということはありません。そのようには作られていないのです。飽きてしまうようでは、観測ができませんからね。でも、朝倉涼子は、観測に飽きた。そして、独断であのような凶行に及んだ。暴走としか言いようがありません。『未熟な感情の暴走』。これが、二人が起こした事件を定義する言葉ではないかと考えています。」 「えっと、それじゃ……今の朝倉さんは、未熟ながらも感情を持っている、ってことですか?」 みくるが問う。 「それが本当に『感情』かどうかは分かりませんが、少なくともわたしよりは、朝倉涼子の方がよく人間の感情を理解して、より適した行動を取れると思います。」 「でも、それじゃ、その、また感情に流されて……」 恐る恐るみくるは問うた。江美里が答える。 「朝倉涼子は、人間で言えば二度死にました。そして二度生き返りました。『感情』を持つ『生命体』が、『臨死』又は『転生』を経験した。それが思考や行動に大きな影響を与えるだろうことは、想像に難くありません。これまでの彼女の言動から推察するに、もう以前のように暴走する可能性はないと言えるでしょう。」 「随分、朝倉を信用してるんですね。」 キョンの問い掛けに、江美里はやや思案するような表情で答えた。 「信用……ですか。」 江美里は窓があると思しき辺りに視線を巡らせながら言った。 「我々端末同士の関係は、人間のそれとは少し違いますが、そうですね。人間の関係に例えて言うなら、確かに『信用』という言葉が近いかもしれません。」 江美里はキョンに視線を戻して続けた。 「キョンくん。あなたは、長門さんを『信用』していますか?」 「もちろんです。全幅の信頼を寄せてると断言できます。はっきり言って、俺は自分よりも長門の方を信用してるかもしれません。」 キョンは即答した。 「それなら、今の朝倉さんも信用してもらえませんか? もちろん、そう簡単には考え方を変えられるものではないということは、情報としては知っています。でも……」 江美里は、ふっ、と表情を緩ませて言った。 「何と言っても、今の朝倉さんは、その長門さんのバックアップ、代理なんです。彼女が長門さんの代わりを務められるのは、単に能力が同程度だからというだけではなくて、あなた達と関係が深くて、かつ、あなた達の行動を同程度には理解しているからなんですよ。今の彼女は……長門さんそのものだと思ってもらって差し支えありません。もちろん、元々の性格付けの設定が違うので、例えば無言で本を読んでいる朝倉さん、という姿を見ることはないでしょうが、『涼宮ハルヒとその周囲の観測及び保全』という任務に関しては、長門さんと全く同じ行動原理に制御されています。」 「せやから、彼女を信用せぇ、っちゅうことを言いたいわけでっか。」 【だから、彼女を信用しろ、と仰りたいわけですか。】 一樹が口を挟む。 「信用しろ、とはおこがましくて、とても言えません。わたしに言えるのは……」 ここで江美里は立ち上がった。 「どうか、彼女を、朝倉涼子を信じてやってください。お願いします。」 こう言って江美里は、深く頭を下げた。 「えっ、わっ、わっ、そ、そんな、頭を上げてください! あ、あたしが変なこと言(ゆ)うてしもたから……」 【えっ、わっ、わっ、そ、そんな、頭を上げてください! あ、あたしが変なこと言っちゃったから……】 みくるが慌てて立ち上がり、江美里に声を掛ける。 「……朝倉は、長門が元に戻れば自分が用無しになるって分かってて、それでも長門のために動くって言いました。」 キョンは江美里をしっかりと見つめていた。 「俺らを守るって言(ゆ)うた長門の言葉を信じるように、俺は朝倉の言葉も信じようと思います。」 【俺らを守るって言った長門の言葉を信じるように、俺は朝倉の言葉も信じようと思います。】 「……ありがとうございます。」 江美里は、柔らかい表情で謝辞を述べた。 彼らが様々な工作を行う一方で、彼らの意思とは関係ない部分でも世界は動いていた。長門有希が消失したことで、涼宮ハルヒの周辺を取り巻く勢力の版図が変化していた。 その中の一つ、情報統合思念体の内部でも、大きな変動が起きていた。かつてキョンを殺害しようとした急進派からは、更に先鋭化した『過激派』が派生していた。 過激派とは、観測対象である涼宮ハルヒ自身に直接刺激を与え、その反応を観測しようとする集団。早い話が、涼宮ハルヒに危害を加えようとする一派のこと。急進派は、その勢力を大きく減じていた。 攻撃か、静観か。派閥内の者には、二者択一が迫られた。朝倉涼子は、長門有希のバックアップを務める事で、自動的に主流派に取り込まれることとなった。 かつての同志が敵となり、かつての仇敵が友軍となる。情報統合思念体の内部は、今や群雄割拠の相を呈していた。 そんな過激派の一部が、長門有希不在を好機と見て、涼宮ハルヒへの攻撃を企図していた。 情報統合思念体内部の意思は不統一。彼らの行動を止める者は誰もいなかった。 彼らの手が涼宮ハルヒ達に近付いていた。 『その時』が迫っていた。 ←Report.13|目次|Report.15→
https://w.atwiki.jp/hiroki2008/pages/72.html
どこにも使われなかったシーン 初期プロットに入っていた長門の緊急用ナノマシンの一節 先に長門有希の憂鬱Ⅲで液状ナノマシンを使ったので没になった部分 長門が気絶したときに喜緑江美里から受け取ったやつ 「今回の再構成で緊急時保護回路を導入した。機能不全に陥っても3分で再起動される」 パソコンのリセットボタンみたいだな。 「……これ」 ハードコンタクトレンズの容器のような、直径2センチくらいの小さな瓶をくれた。 「何だ?」 「液状のナノマシン。わたしの機能を回復させる」 「これ動いてるのか」俺は瓶の中の水色の液体を振ってみた。 「今は休止状態にある。あなたの体温で活性化する。わたしが気絶したら、それを1ccだけ口に含んで、わたしに飲ませて」 前にも同じシチュエーションがあったような。閉鎖空間で。 「そう。Sleeping beauty」 俺は眠れる美女にキスをするところを妄想して、少し赤面した。 「今、試して」 「え……」 そう言われても、新薬を臨床試験するみたいでムードに欠けるんだがな。 長門はナノマシンの小瓶から数滴取って、俺の唇の先に塗った。俺の腕にもたれて目を閉じた。どうも最初のキスで気絶した記憶が蘇って俺を躊躇させる。 「有希、きれいだよ」 俺はなにか言わないといけないような気がしてそう囁いたが、どう見ても取ってつけたセリフだ。 長門の鼻に、俺の吐息がかかる。長門は一瞬ビクッとした。 数アンペアの電流は、やっぱり怖いようだ。 「やめようか」 「……いい。そのまま、続行して」 俺は、長門の右の頬を支えて、少し斜め上から唇を近づけた。この姿勢だと命中させるのは難しい。 唇の先で頬をゆっくり伝い、柔らかい稜線にたどりついた。 時計も、自転も、宇宙の回転もが停止した。 顔をゆっくり離して、呼びかけた。「……長門?」 白雪姫はゆっくりと目を開けた。よかった。 「……二百ミリ秒だけ、思考が停止した」 長門はそのままスヤスヤと眠ってしまった。 このナノマシン、催眠作用があるのか……。少しミントの味がするぞ。
https://w.atwiki.jp/nicomad_srs_event/pages/166.html
[部分編集] http //www.nicovideo.jp/watch/sm2896870 投稿者コメント1.コメント2.コメント3.コメント この作品のタグ:第13回MAD晒しの宴 レビュー欄 396 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2008/04/06(日) 00 58 08 ID F8yH25rm0 超画質やら配役やら、突っ込みどころ満載過ぎるwwww 元ネタは何となく知ってる程度でしたが、キョンと朝倉のギャップだけで笑ってしまいました。 2 45からの背景シーンの挿入など、何気に構成も上手いと思います。 ネタMADという事に甘えず、丁寧にまとめようとしている心意気が凄く伝わりました。 -- 名無しさん (2008-04-07 05 28 21) 656 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2008/04/07(月) 23 55 46 ID XwFX7LYu0 長門有希をゴールさせてみた これは・・・さすがに未見だとわからんなw 音声がドラマとして完成しているので 何かの音声抜き出しに映像合わせてある感じなのかな 無音からの曲の入りの一連の流れはバッチリ合ってたと思う 後の理解はさすがに元ネタ知らないときびちぃw -- 名無しさん (2008-04-09 01 13 20) 928 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 本日のレス 投稿日:2008/04/11(金) 19 49 03 b+4YpcmK0 ハルヒは観てます。 すみません。タグにあったのですが、いずれAirは観てみようと思っているので、 ネタバレ回避の為、視聴は控えさせてもらいます。観終わったらまた来ます。 -- 名無しさん (2008-04-11 23 37 09) 名前 コメント 第13回MAD晒しの宴
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3681.html
自宅に帰ってくると家族は寝静まっていた。 連絡のレの字もなかったし、明日どれだけ怒られるかは想像に難くないな…… ……明日? そう、昨日俺が長門を『忘れて』いたのは朝起きたときである。明日も同じようなことにならないとは限らない。 俺はカバンから筆記用具とメモ帳を取り出し、明日絶対に今日の出来事を忘れないように紙に逐一書き記そうと思った。 貼り付ける場所は……そうだな。いつも着替えるときに開ける洋服棚にしよう。 それが終わって寝静まったころには、夜の12時をとうにすぎていた。 「ぐあっ、ぐおおあっ!?」 痛ぇ! なんだか分からんがいてぇ! 「キョンくん! おきてぇ~!」 いつもの時報なのだが……か、髪を引っ張ったらダメだろ! もう起きてるぞ、俺は! 朝から災難だったが、まあ今日寝起きが悪いのは俺の夜更かしも原因の一つだし、しょうがないか。 昨日長門の家にずっとおじゃましていたからな。鶴屋さん、朝比奈さんも来て…… 洋服棚は見た。でも正確に言うとそれで思い出したのではなく、俺のカバンに本が入っていて、それを見て思い出したのだ。 そう、昨日長門に紹介された本が。 長門が入れたのだろうか? いや、昨日一度も俺のカバンに触れてなどいないはずだが。 朝からやや気だるい気分で授業を受けていた俺だったが、その理由は睡眠不足だけじゃないような気がする。 授業中、俺は教科書を上にして長門の本を読んでいた。もちろん、何か手がかりがあるのではないかと思ったからだ。 正直中身はB級だな……俺でも書けそうとまではいかなかったが。 ストーリーは長門から説明されたものと相違なく、展開もだいたい分かっているのでつまらなすぎるところは飛ばし読んだ。 ちょうど中盤……後ろのほうが抜け落ちているから正確には分からんが、そこらへんについたとき、俺は発見してしまった。 ベタすぎるわけでは無いが、それはいつも長門が扱ってきた感慨深い手法だった。 ご丁寧にセロハンで貼り付けてある。なんでわざわざこんなことをするんだろうな。そのザラ紙のような薄さも相まって、役割を全く果たせていない。 本の文章に重ならないように下部に貼り付けてある”それ”には、ただ「三日目」とだけ書かれている。 正直ビビッとしたね。いや、昨日のアレとはちょっと違うが、直感でこの言葉が何を意味しているかさすがの俺にも分かった。 いやそれも推測に過ぎないのかもしれないが、その三日目が「その三日目」なら猶予はあんまり残されていない。 谷口の珍回答がクラスの爆笑を誘っても、俺の思考は上の空だった。 放課後俺は真っ先に部室へ直行。 俺はこんなに速かったか。今からでも陸上部で活躍できるんじゃないか? 部室の前につく。走ってきた疲れもあるが、それ以上に一息深呼吸が必要な気がした。 ガチャ やっぱり。誰もいない。俺が一番乗りだ。となると、次に来るのは恐らく…… ガチャ 「…………」 やはり。やや気まずい雰囲気を漂わせているということは、こいつも昨日の記憶は消えていないな。 夜寝て記憶無くなるのは、ちょうど『以前の長門』のところだけ、ピンポイントのようだ。 現に俺も本を見る前から寝不足の理由が分かっていたし。 「お前、昨日俺のカバンにこれ入れてくれたのか?」 「……!」 驚きの表情。やや疑いも混じっている。 「なんであなたがそれを……?」 そうだろうな。当然の反応だろう。 「ごめんごめん。ジョークだよ。お前に紹介されたから、読んでみたいと思って、台所に行ってる間に拝借したんだ。ごめんな?」 こうするしかない。長門にとっては貸した記憶が無いんだから、どの道疑われるだけだ。 「……そう」 「ごめんな?」 「別に、いい」 我ながらちょっと苛立たれる回答かもしれないと思っていたが、予想外に長門の表情はやわらいでくれたようだった。 だが、俺がクラス対抗マラソンでも見せないような速度で部室に来たのはこれだけのためじゃない。間違いなく、パソコンにも何かある。 俺はパソコンをサッと立ち上げ、すみずみまで変化を確認しようとした。 眼鏡の長門と二人きりのときにパソコンを立ち上げたのはあのとき以来だが、さすがに『こっち』のは速いね。 技術の進歩をじっくり味わうことはできたが、探せど探せど何か手がかりになりそうなものはでてこない。 ここで何も見つけられないとなると、ちょっと、いやかなりキツイのだが…… タイムリミットは、半日を切っているというのに。 ふと、長門がしきりにこちらに視線を送っているのに気がついた。なんだ? 何かあるのか? 「……」 「もしかして、使いたいのか?」 長門の目が若干晴れ、小さなうなずきを返す。 そういえば俺が相当早く部室に来たのに、こいつは直後にドアを開けた。 もともと何かパソコンでやりたいことがあってこんなに早く部活に来たのかもしれない。 他の部員が来るまでの時間は惜しいが、どのみちこのまま調べていても手がかりつかめそうにないし、俺は長門に席を明け渡すことにした。 イスに座る前におもむろに長門が取り出したのは、俺も最近あんまり見てなかった、黒くて上部にシャッターがついたカード型の物体。フロッピーディスクだ。 長門はソフトを立ち上げそれを読み込ませる。 ……小説を書くのだろうか? 俺が見ているが、大丈夫なのか。それともちゃちゃっとしたデータ移送だけなのか。 しかし、俺の思案もつかの間、直後ディスプレイを見た瞬間、長門は絶句した。 「……どうして……」 長門がうつむいて今にも泣きそうな目をしている。 なんだ? 何があったんだ? 俺にもパソコンを見せて…… ガチャッ いや、そんな静かな効果音では無いな。この場合は「ドーン!」が的確か。 「諸君!!!ちょっとこれをみなさーーーーい!!!」 お前かよ。 「って、キョンと有希しかいないの? 何よ。こんな嬉しいお知らせがあるっていうのに。」 正直それどころではない。お前のうれしい知らせは俺にとってはメランコリーな知らせだ。これ以上問題事項を増やすな。 「まぁいいわ。これ、人数分もらってきたから古泉くんとみくるちゃんにも渡しといてね!」 あれは……何かのビラか。遠くからじゃ文章は読めんが、「~大会」と書いてあるのは気のせいか? 「そうよ! また球技の大会の知らせ。今度はサッカーよ!」 あぁ勘弁してくれ。本当に突っ込む気分にもなれんのだ。 「あれ? 有希がパソコン? 何やってるの……なーにこれ、何にも書いて無いじゃない。」 何も書いてない? 「こんにちは。」 全解放のドアから、今度は古泉が顔をのぞかせた。 「どうしたんですか? このビラ。」 「ああ、よくぞ聞いてくれたわ! 今度はSOS団はそれにでるの! 古泉くんは、そうねぇ……GKなんかがお似合いなんじゃないかしら」 古泉はいつもの常態スマイルを返す 「そうですか。それは楽しみですね。」 「…………消えた」 「え?」 突然の長門の一言に、真っ先に疑問の声をあげたのはハルヒ。 「有希が書いたの全部消えちゃったの?」 ハルヒが画面をスクロールするが、このとき、正直俺はいてもたってもいられなかった。 「ハルヒちょっとパソコンを貸せ。古泉もちょっと来い」 「なんでしょう?」 ハルヒは半ば強引にマウスを奪った俺に罵詈雑言を叫んでいるが、何一つ俺の耳には入らなかった。 「古泉、これをどうみる」 俺は画面をスクロールする。 「どう、と申されましても、長門さんのおっしゃるように……普通の白紙ですよ?」 ――白紙、何にも書いて無い、消えた。 ……か。しかし俺の目は、脳はそう言っていない。 長門、ありがとうな。絶対にまた取り戻してみせる。 「わたしの処分が検討されている」 いつぞやの長門の言葉だ。これがその処分、だと? ハルヒも、朝比奈さんも、古泉も、そして俺も、明日になれば長門を忘れてしまうってのか。今日が三日目、俺の自意識が届く最後の日。 そりゃ明日になっても長門はいるさ。でも、以前の長門を忘れたんじゃ、それは、長門が死んだのと同じだ。 俺は、前に一度エンターキーを押した。 この長門ではなく、対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェースとしての長門有希を、そして変わらぬSOS団を選んだはずだ。 憤りを通り越して、俺はどうにかなりそうになっていたかもしれない。パソコンに書かれた最後の文章に目を通したとき、俺はカバンも持たずに部室を飛び出していた。 「ちょっとキョン! どこ行くのよ!」 「長いトイレだ! 明日までには終わる!」 野球選手の、なんと言ったか。フクシマ……いや違うな、まあとにかくめちゃくちゃ盗塁した選手がいる。 でもそんなに足は速くなかったらしいな。いやでも、速くなきゃそりゃ絶対に刺される。 俺は足が別段速いほうではないが、今は我ながら足が速いと思う。さっき部室に駆け込んだときとは比べものにならないぐらいだぜ。 長門のフロッピーから出したあのパソコンの画面には、長門の状況が逐一、というわけではないが、いつもの長門のように、断片的に説明されていた。 情報統合思念体の中の一派が進めた長門の処分。 それは俺を含めたSOS団から記憶を改変し、まるで『あの騒動』の時の長門を長門本人として植え付ける、というもの。 そしてその行動を行うのは長門本人らしい。なぜなら、そうするようにプログラミングされてしまったらしいからな。 俺は歯ぎしりした。 長門を一般人にするということは、早い話がSOS団の監視役としてはお役ご免。新たな適当な人生を歩んでくださいよ。ってことだ。 そりゃ古泉の『機関』のやつらにとってみれば、悪いことではないだろうさ。新たなお目付役はくるかもしれないが、敵が一人消えるだけだからな。 おそらく、朝比奈さんの未来人の人たちにとっても、それは同じこと。 結局情報統合――口にするのも嫌悪感が勝る――の行動には、結局その2つの勢力はノータッチ。 こう考えれば鶴屋さんの記憶のみを操作しなかったのにも合点がいく。あくまで気づくことの無い一般人として見ていたのだろう。 駅の改札に足止めを食らう。ちくしょう。なんでこんな時に限って! 俺は足を止める。 駅員が異常者を見るような目で見てくるがそれもしょうがないだろうな。 いざこざのあった改札を抜けて全速力で走っていた高校生がいきなり急ストップ。そして焦点の合わぬ遠い目をするんだから。 電光が走るように思い出した。こういうの、この三日間で三度目か? 良く覚えていない。 ――どうする? 俺の行くべき場所は分かっている。でも、もう一度戻るか?そもそも『それ』が無くて一体何の不備があるんだ? ――かまわない。行こう。 そう思って走りだそうとした俺の背に、そうだな。以前はハムスターを掴むと言ったが、今回はなんと言えばいいんだろう。 「…………」 「長門……」 「これ……」 改札で止められたとはいえ、お前の足でなんで俺に追いつけるんだ? 顔が赤いぞ? 照れではなく、そう、まるで風邪にかかったみたいな。そもそも、なんでお前はここにいるんだ? ざっと思いついたのはこんなところか。しかし、そんな俺の疑問を砂塵のようにふきとばしたのは、長門が大事に抱えていたものそのものだった。 「長門、その本……」 「……持って行って」 なんで知ってるんだ? 確かに、俺の行くべき場所へ行く時はそれが必須とはパソコンの文に書いてあった。 だがあの文字を読めないはずのお前が何故……? 「わたしの小説……」 「え?」 「この本を元に、あのディスクに書いた、わたしの小説……」 長門の小説が? 「あの本にはラストはない、けど……わたしの書いたラストでは、」 長門の頬の赤らみは、確かに照れでは済まされないレベルになっている。 「主人公は、走って、そうはし……っ」 なぜだろう。ここは駅の雑踏のハズだが、俺の耳にはこのか細い声しか聞こえていない。 同時にすすり泣きを始めた長門の声は、まさに天啓のように俺の耳をつんざく。 「だか……ら……」 「ありがとう、長門!」 俺は長門から本を受け取り、出発のサイレンがすでに終了している電車のドアをこじ開けた。 電車の中で俺はつかの間の休息を得る。 俺はその間、パソコンの最後の文章を何度も暗唱していた。 これは情報統合思念体の一派が仕組んだことだ。 正直、俺が『そこ』へ行っても、結末は変わらないかもしれない。 そこへ俺を呼んだのは長門なわけだし、いくら長門でも情報統合思念体に刃向かえるだけの…………。 ドアが開いて、俺は多少弱気な考えを持ってしまった自分の頭を呪いつつも、また駆け始めた。 そうだ。俺は何より約束を守るしかない。それ以外のできることはないしあてもないのだ。 最後の反芻。パソコンの最後にはこう書かれていた―― ――”また図書館に” 駅を出た俺は当然、何もかも考えず走る。 最後の反芻と言ったが、本当に思考も含めて、走り続ける以外の行動をとらなかった。単に体がきつくなってきたから、ということもあるかもしれない。 突然、俺の意志に反して、俺の体は左側の車道へと倒れ込む。 「あぶねぇぞ、クソガキ!」 ……なんだ。 くじいたのか? ああ、族さんよ。確かに危ないな。アンタが正しい。 痛みはないんだがな……歩くことは、できる。 でも、このままじゃ夜になっちまうよ。 空は星空になってきた。 蒸し暑さとすがすがしさが同居した星空。俺はハルヒや古泉と違って星の名前は分からない。 あれが「べが」と「あるたいれ」なのか? よく分からんな。綺麗だってことぐらいしか。 この空が雨や晴れを超えて雪になるまで、どれだけの時間がかかるんだろう。何回寝て起きればいいんだろうなぁ。 ああ、だめだ。俺なんかにゃ全く似合わないことまで言ってる。古泉が言えばハクがつくかもしれんが。 そういえば、長門の意味深な小説にも雪がでていたな。たしかストーリーは…… あれ、なんか目の前が……、ダメだ。12時を回ったら長門は消えちまう。それまでに図書館へ…… 俺は気がついた。どうやら気を失っていたようだな。 しまった! と思うより先に時間を見る。携帯にはハルヒからの着信が溜まっていた。 夜11時。 図書館まではもう少しだが、閉まっているのは火を見るよりも明らかだ。 ……行くしかない。時間指定はされていない。ヨタヨタと醜い歩きで、俺は図書館へスパートをかけた。 後編へ
https://w.atwiki.jp/lightsnow/pages/34.html
今日の授業は、そのほとんどが期末テストの返却にあてられた。相変わらず数学と物理の点数が今一歩、といったところで、その他はおおかた及第点。クラスメート達はそれぞれの得点によって笑ったり落胆したりしていた。わたしはあそこまで大きなアクションを取らないし、たぶん表情だってさほど変わることはないのだろう。それはいわゆるポーカーフェイスなのだろうか?いや、表情を動かしたくたって、わたしの顔はきっとその意思に反して動かないと思う。 昼食は相変わらずパンを持ち込んだ。口の小さな、というより食べるのがあまり早くないわたしには丁度いい。ひとつふたつ食べるだけで昼食としては充分だから重宝している。 「なーがとさん」 昼休み、いつものように読書にふけっていたわたしのところに朝倉さんがやってきた。わたしはとっさに返事をしようと思ったのだが、いかんせん急なことなので声が出ない。結果的に、無言のまま視線だけを向ける羽目になってしまった。そんな自分が情けなくて、忌々しい。 「今後の日曜日なんだけどね、友達と一緒に、パーティやろうと思ってるのよ」 朝倉さんはそう言って、次にわたしの耳元で、まるで政府の機密情報でも持ってきたかのように小声で囁いた。 「だから、長門さんも一緒に来ない?」 「わたしが?」 「そう。誰だって1人だけでクリスマスイブを過ごしたいわけじゃないでしょう?まあ1日早いんだけどね」 「……」 「もう、そんな躊躇わないでよ。無理なら無理で構わないけれど……そうだ、ひとつだけ長門さんに言っておいてあげる」 「……なに?」 「自分が来ても盛り上がらないと思ってるなら、場を盛り上げることに関しては心配しなくてもいいわよ」 「……どうして?」 「手芸部の友達が出し物を計画してるらしいのよ。あ、会場はうちのクラスの剣持[けんもち]さんの家だから、私たちのマンションからもけっこう近いと思うわ。でね、えーっと、そう、その剣持さんが晩ご飯を振る舞ってくれるって言ってくれてるの。何よりも、みんな長門さんが来たら喜ぶわよ!」 「みんな、わたしのことは知らないと思う」目立つ生徒でもないし、とまでは言わなかった。 「何言ってるのよ。6組の長門有希と言えばかなり有名よ、いやもちろん悪名なんかじゃなくてね……博学なる才媛にして北高イチの読書家、さらには学年トップクラスの長距離ランナーで尚かつバイリンガル、しかも色白な冬美人として、5組で知らない生徒なんていないわ」 「いつの間にそんなことに」しかも微妙に身に覚えのないことまで。 「いや、わたしが長門さんを宣伝してるのよ――もちろん女子陣にだけに、だけどね」 「……」 わたしの知らないところでいったい何をしてくれているのだろう、この人は。わたしは反論もできないし止めることもできない。もちろん賛成もできない。 「でもね、その宣伝だけじゃ長門さんの魅力は半分も伝わらないと思うの」 「……どうして」 「だって、本物の長門さんはこんなにかわいいんですもの。ケバくしなくたって、ちょっときれいにしただけで男子たちがほっとかないわよ」 「そんなこと、」 「どうかしら?やってみればわかるんじゃない?実はここだけの話、もう『長門さんオシャレ化計画』は動き出してるのよ」 「それは、いったい」ネーミングセンスについてはもう知らない。 「名は体を表す、っていうのはまさにコレね。文字通りの長門さん改造プロジェクトよ」 改造とは何だ、改造とは。わたしは昔少しだけテレビで見た某バッタ仮面と黒タイツの戦闘員を思い浮かべてぞくりとした。 「戦闘員のほうは生身の人間でもある程度太刀打ちできるそうよ。あと『ショッカー』って戦闘員のことじゃなくて悪の組織の名前なんですってね……閑話休題、そう、長門さん改造プロジェクトだけど」 その呼び方はやめてほしい。『長門さんオシャレ化計画』のほうがまだマシだ。実態は変わらないけれど、建て前としてはそっちのほうがいい。 「じゃあ、その『長門さんオシャレ化計画』だけど、ビフォーアフター的な演出がしたいのよ。だから、普段の長門さんの写真が欲しいわけ。まあ剣持さんの家に来た時に撮ってもいいんだけど、せっかくだから今撮るわ!」 「え、そんな、急に」 「カメラなら準備してあるわよー。本当に便利な世の中になったわねぇ」 朝倉さんはわたしのスキをついて写真を撮ってしまった。無駄に速い。 「大丈夫、パソコンのフルスクリーンで見られるサイズで撮ったわ。本当に、技術の進化はすごいわよねぇ……」 技術云々と言うより前に、朝倉さんの抜かりのなさのほうに問題があるというものだ、良くも悪くも。それでいったいこの写真はどうするつもりだろうか。気にはなったが、何となく問わないほうがいいような気がして、わたしは口をつぐんだ。いくら朝倉さんでも、必要以上に流布するようなことはしないだろう。 「自分に自信がないみたいだけど、長門さんは素材がいいからきっと自分でも驚くわよ」 「そんなことがある、のかな」 「あるわ!映画でもあるじゃない、『スーパーサイズ・ミー』っていうのが……違う!それじゃないわね。『7月24日通りのクリスマス』よ!長門さんは聞いたことない?」 「ない」どちらもない。前者はタイトルが気になる。 「ちょっと変わった癖のある地味なOLが、突然意中の男性と再会して、一気に恋愛に発展する話。こないだレンタル屋で借りたのよ。あまりにベタベタだから逆に安心して観られたわ。長門さんも観てみない?」 「……観てみる」 「なら今日あたりうちに来る?長門さんの食費だって浮くし、食事は2人の方が楽しいしね」 「わかった」 わたしと2人で楽しいの、と問うことはやめにした。今日は朝倉さんの好意に甘えさせてもらうことにしよう。この季節だから、ひょっとしたらまたおでんかな……シチューなんかも得意そうに見える。おそらくその予想は外れてはいないはずで、要するに朝倉さんはオールラウンダーなのだが、それでも十八番の料理というものはあるだろう。 「じゃ、長門さん、そういうわけだから今日は一緒に帰りましょ。6限目終わったら迎えに来るわね。それじゃっ!」 朝倉さんは文字通り風のように去ってしまった。時計を教室の時計に目をやると、なるほど今は予鈴3分前。5限目が移動教室なら、そろそろ準備を始めてもいい頃合いだ。わたしは次の授業、現代文のテキストとノートを鞄から取り出した。いけない、テストの問題用紙を忘れた。今からでも朝倉さんのところに借りに行こう。 結果的に言えば朝倉さんはまだ5組にいてくれて、そのおかげでわたしは忘れ物を帳消しにすることができた。いつもいつも朝倉さんには世話をかけっぱなしだ。どうやって恩返しをしようか?何かわたしがしてあげられることがあればいいのに、と思うや否や、校内に鳴り響くウェストミンスターの鐘が5限目の始まりを告げた。 「ねぇ、長門さん」 夕方、嫌になるほど延々と続いているというのに、ちっとも生徒たちを加速させてくれることもない坂道を下りながら、朝倉さんはわたしに言った。夕日がまぶしい。しかし、それが地平線の下にもぐってしまうまでにかかる時間は、ずいぶんと短くなってしまった。 「昼間は調子に乗って聞き忘れてたけど……長門さんは、できることなら自分を変えたいと思う?いや、その言い方だと語弊があるわね……そう、ある日突然、魔法使いが長門さんの前に現れて、ちょうどシンデレラのように長門さんを華やかにしてくれるとしたら、長門さんはその魔法使いに頼ると思う?」 「……わからない」 わたしは曖昧な口調で答えた。突然尋ねられたからわからない、というのもあるけれど、むしろいくら時間をかけて考えたところで、わからないものはわからないと思う。 「どちらかと言えば?」 「選ぶの?」 「そうよ」 「……変わりたい、かもしれない」 「何ですって?」 「……変わりたい」 「もう1回」 「変わりたい」 「大きな声で!」 「変わりたい!」 わたしは叫んだ。もちろん普段なら絶対に叫んだりすることはないのだが、朝倉さんの前なら、不思議と叫んでもいいような気がしたからだ。 「合格。そこまで言えるなら文句なしね。長門さんはわたし達が責任を持って綺麗にしてあげる。来週を楽しみに待っていること。約束よ?」 「うん」 わたし達は途中スーパーに寄り、夕食の買い出しをした。わたしも土日は料理するようにしているからこのスーパーにはよく来るけれど、朝倉さんは何を買うか迷うこともなく、次から次へと食材を買い物カゴに入れていく。買うものが完全に決まってしまっているのだろうか。わたしなど、何を買うべきか2時間も3時間もかけて迷ってしまうこともあるというのに。 「長門さん、こないだあげたカイロってもう使い切った?」 「まだ、3つある」 「そう。どうしよう……とりあえず買っておこうかしらね」そう言って朝倉さんは3パックほどカイロを手に取り、カゴに放り込んだ。 「ありがとう」 「いいのいいの。何だかんだ言って、長門さんもきっちりお金払ってくれてるし。気にすることないわ」 「でも」 「何回も言ってるじゃない。わたしは好きでやってるんだから、長門さんが負い目を感じる必要はないのよ」 「……ごめん」 すぐ謝る癖も治しなさい、と言われた。本当に申し訳ない。 マンションのエレベーターの中で朝倉さんは言う。 「長門さんは一旦自分の部屋に帰ってて。夕食の準備をしておくから……そうね、6時半くらいかな。うーん、やっぱり7時にして、7時。それまで勉強なり読書なり、昼寝しててもいいわよ。長門さんの部屋に電話かけて起こしてあげる」 「……起きておく」 「そう。うっかり寝てしまわないようにね。あとパジャマとお風呂用品持ってきて」 「うん」わたしは小さく首肯した。以前、うっかり寝てしまって朝倉さんとの約束をすっぽかしてしまったことがある。 「じゃあ、また後でね。くれぐれも来るのを忘れないように」 「……分かってる」 わたしの反論が聞こえたか聞こえなかったかは定かでないけれど、朝倉さんはエレベーターを降りた。手を振る朝倉さんの笑顔を、ドアは両側から塞いでいった。 そのままエレベーターはあっという間に7階へと駆け上がってゆく。否、引き上げられるのだろうか?確かそうだったと思う。また図書館で調べておこう。エレベーターの駆動系統についての本を探すよりは、百科辞典があれは問題ないだろう。 特にやるべきこともないので本を読んで時間を消化することにした。木星まで向かうロケットの乗組員たちの話。わたしは木星まで行きたいとは思わないけれど、その木製までの旅に欠ける並々ならぬ情熱は見て取れる。 1作目がもう40年近く前の発表なのだ。年ごとに進む宇宙科学の発展に対してもよく耐えていると思える。確かに今となっては調査結果と合わないこともあるが……、ならば人類が月に到達するよりも前に、ここまで壮大なSF構想が作り出せる作家など他にいるだろうか。わたしは、ノー、と答えたい。 ソビエト連邦の英雄的宇宙飛行士の名を冠したロケットは、遺棄された(という表現を敢えて使わない人々もいたが)ロケットとドッキングし、木星への近接飛行[フライバイ]をおこなっていた。しかし、きっと着陸はできないだろう。言わずもがな木星はガスの塊なのだ。もし、このロケットが木星に“着陸”したら……わたしはこの小説を読むのをやめにしてしまうかもしれない。この小説に限ってそんなチープなミスはありえない、という不思議で不安定な信頼感と同時に、わたしの頭の中には唐突にそんなギャンブルが思い浮かんだのである。 サイエンス・フィクションはあくまで現代の――この場合なら“1964年の”科学技術の上に積み上げられているものであるべきであり、そこから離れてはならないとわたしは考えていた。それだと完全なファンタジーだ。どれだけリアルでも、どうしてもほんのわずかに興醒めしてしまう。 あくまで現代の延長線上にあるものだから、SFには独特のリアリティが常につきまとう、否、つきまとっている必要があるのだ。 わたしが宇宙に惹かれて、もう何年になるだろうか。もうかなりの作家、かなりの冊数を読んだと思うのだが、いつまで経っても読み切れる気はしない。 アイザック・アシモフ、ロバート・ハインライン、フィリップ・K・ディック、スティーブン・バクスター、ダン・シモンズ。そしてわたしが誰よりも心酔しているのがこの、アーサー・C・クラークだった。 わたしは栞を挟み、文庫本を閉じる。机の上にその本を放り出し、準備を整えて部屋を出た。カーディガンは置いていこう。どうせ2フロアの移動だけだ。しかもエレベーターで。いや、たまには階段を使おう、寒さは身にこたえるけれど。 Next Back to Novel of T
https://w.atwiki.jp/hiroki2008/pages/15.html
長門有希の暴走 長門編: 最近デートしてないと気が付いたのは、部長氏が久しぶりに電話をかけてきてからだった。 部長氏は国立に進学することになったので塾通いをはじめたらしい。 僕はそんなに学力高くないからたいへんなんだよ、と苦笑した。 さらに部活の機材調達のためにアルバイトもしており、週末でもなかなか時間がとれないことが続いていた。 二人とも野暮用で忙しく、なかなかタイミングが合わない。 「有希、クリスマスにはうちに来ないか。家族に会わせたいんだ」 部長氏は突然家族に会わせるという。なにが目的なのか。 「・・・その日はSOS団の予定がある」すでにSOS団主催のキリスト生誕を祝う催しが決まっていた。 「そうなのか。残念だな。じゃあ年が明けるまでに、時間作って会おう」 「・・・分かった」 わたしには家族の絆というものがない。朝倉涼子と喜緑江美里は、友人であり、肩書きは同僚でしかない。 家族とはいったいどういう付き合いをするのか、わたしには分からなかった。 その週末にも、少しでもいいから会おうと誘われていたのだが、 SOS団の食料及び催し用資材の仕入れに呼ばれてしまった。 ところが買い物しているところを部長氏と遭遇してしまったのだ。 ちょうどクリスマスグッズ売り場で飾り付けの品定めをしていた。 「長門、あれコンピ研の部長氏じゃないか?」振り向くと彼の向こうに部長氏がいた。 「・・・」 部長氏はわたしと彼とを交互に見て、プイと顔をそらして歩み去ってしまった。 「なんだあれ・・・愛想悪いな」 実は彼はわたしと部長氏の関係を知らない。 これは悪いことが起きる予感がする。 その日の夜、部長氏から電話がかかってきた。 「昼間のあれ、どういうことなのかな?」 「・・・何を指して質問しているのか分からない」 「昼間、彼といたことだよ」 「あれはSOS団の買出しに出かけていた」 「へえ。なんで彼なんだ?涼宮ハルヒとか朝比奈さんとかでもよかったじゃないか」 「彼と同行したのは涼宮ハルヒの命令。特別な意味はない」 「僕よりそっちのほうが大事なんだ」 「・・・そうではない」 「僕がクリスマスに誘っても断ったじゃないか」 「あれはしょうがない。先に予定が決まっていた」 「僕との時間は取れないってわけかい?」 「・・・」 わたしはつい、ため息を漏らしてしまった。 「なんだいそのため息は。僕が悪いのか?」 「少しうんざりしている。わたしにはわたしの都合もある」 「そうかい、じゃあこれまでだね!」 部長氏は怒って電話を切った。鼓膜がツンとした。 「・・・」 かけなおしたが、電源を切っているか電波が届かないか、らしい。 遠隔操作で強制的に電源を入れさせてかけてみた。 「電源切ってたはずなのに!キミとは今話したくないんだよ!」 逆効果だった。こんなことで情報操作をするとは、わたしもどうかしている。 わたしには優先しなければならない任務がある。 観察対象である涼宮ハルヒにあらぬ情緒不安定を引き起こしてはならない。 部長氏にそれを打ち明けられたらどんなにか楽だろう。 一度正体を明かしてしまったため情報操作をやむなくされた。 部長氏の記憶すら改竄せざるをえない結果となった。 なるべくなら、それは避けたい。 あの一件以来、禁則事項の厳守を徹底させられている。 不必要な情報操作は控えるよう、情報統合思念体により釘を刺された。 部長氏も疲れていて機嫌が悪いだけだろう。しばらくそっとしておくのがいいかもしれない。 そう思っていたのだが、考えが甘かった。すぐにでも出かけていって和解するべきだったのだが。 それから数日間、部長氏から連絡はなかった。 わたしも彼が落ち着くのをしばらく待とうと考え、コンピ研部室には行かなかった。 壁一枚向こうで、彼はいったいどんな気持ちでいるのだろう。 週末、図書館に本を返しに行った。 部長氏に見られると関係悪化につながると考え、最近はひとりで行動している。 その帰り、図書館の隣の棟にある百貨店に入った。 ここの4階にある書店はかなり広い。新刊はいつもここで買っている。 2階の駅通路に向かおうと、下りのエスカレータに乗ったところで知った顔に遭遇した。部長氏だった。 後ろに知らない女がいる。これはいったい、誰。 そのときわたしは不可解な行動を取った。 なにか見てはいけないものを見てしまったような気がして、うつむいてしまった。 部長氏は気が付いたようだった。声をかけられなかった。 昇りと下りのエスカレータがすれ違う時間を不思議と長く感じた。 エスカレータを降りた後、部長氏の行方を調べた。いちばん上にある喫茶店に入ったようだった。 そこでなにを話しているのか気になっている自分に気が付いた。 わたしはいったい、なにをコソコソしているのだろう。 その夜、わたしはこたつに座ってじっと電話を待った。ちょうど9時を過ぎたところで鳴った。 わたしの活性化指数が急速に上昇する。 「・・・長門有希の携帯」 「僕だけど、ちょっと話したいことがあるんだけど。今、いいかな」 「いい」 「言い出しにくくてずいぶん迷った。しばらく距離を置きたいんだ」 「あなたの家とは5キロメートルほど離れているが、その距離のことか」 「いやそうじゃなくて、僕らの精神的な距離」 「・・・曖昧でよく分からない。具体的に言ってほしい」 「つまり、」部長氏は言いあぐねている様子だった。 「付き合っている関係をしばらく休みたい」 一瞬だけ、思考が停止した。「そう・・・」 「あなたがそう言うなら、それでいい」 「ほんとに?僕はてっきり泣いて責めたてられるとばかり思っていた」 「・・・ひとつだけ、教えて」 「何?」部長氏は焦っている。 「・・・今日、後ろにいた人は誰」 「あ、あれは・・・同じクラスの子で、前からいろいろ相談に載ってもらってた人で、 ただの友達というか。なんでもないんだ」 そういうことか。わたしがいくら恋愛に疎くてもそれくらいは分かる。 「分かった。関係を解消する」 「あっさりしているね・・・」 「あなたが望まないなら関係は継続できない」 それから何を話したか、エラーの蓄積に追われて覚えていない。 「・・・問題ない。なにも問題ない」 それが最近のわたしの口癖になった。まるでマントラを唱えるように。 その日、英語の授業の時間、途中で思考停止に陥った。 わたしは英語の小論文を読んでいるはずだった。 「長門さん?どうしたの?」教師の声がした。 「・・・」わたしは今なにをしているのか、どこにいるのか。確認のため記憶を数秒まき戻した。 「・・・問題ない。なにも問題ない」 「じゃあ続きを読んでもらえる?」 どこまで読んだのかまったく覚えていない。こんなことが・・・。 体育の時間、障害走でハードルを飛んでいた。 視角の端、グラウンドの水飲み場に部長氏の姿が目に入った。 わたしは顔から転んでしまった。男子生徒が笑っている。 なにもおかしいことはない。着地時の摩擦係数を計算ミスしただけだ。 再計算にミスはないはず。わたしは起き直り、被った土も払わずに走った。 次の授業の前にわたしは具合が悪いと言って保健室に行った。校医がいた。 頭痛がするのでしばらく休ませてほしいと言うと、頭痛薬あげようかと言った。 わたしは薬物反応が出るから処方薬しか飲めないと断った。人間の薬はわたしにはまず、効かない。 ここでしばらく寝ていよう。 わたしは記憶を再チェックした。チェックサムエラーが多く発生している。 ここ数ヶ月のうち特定の個所だけにエラー源が集中している。部長氏との記憶が著しく損傷していた。 これはいったい、なぜ。 関係は解消した。ただそれだけのはずだった。メモリに支障を来たすはずはない。 エラーを消去できない。蓄積が幾何級数的に増えつづけた。 喜緑江美里に連絡した。 「大丈夫?」 「・・・問題ない。綿密なセルフテストを行いたいだけ」 「そう・・・できることがあったら何でも言ってね」 喜緑江美里にわたしのシンボリックコピーを用意してもらい、SOS団にはそっちを出頭させた。 リモートで監視してもらうことにした。 体が重い。わたしはそのまま帰宅した。エラーがエラーを生み、動作に影響が出ている。 部長氏との関係を再考した。いったい何が原因だったのか。 わたしは人間のように複雑な感情を出力することができない。それがわたしの仕様。 部長氏はときどき感情を吐露することがあった。「キミが僕と付き合っていて楽しいのかどうか不安になるよ」 確かに一般の人間の男女のような関係ではなかった。でもうまくいっていると思っていた。少なくともわたしは。 情報生命体時代にはすべてが計算するだけで解決できた。 すべての情報は共有され、誰かが犯した同じ過ちを二度目に繰り返す者はいなかった。 しかしこの状況は、過去の記憶をたどっても前例がない。参考にする資料もない。 朝倉涼子がいたら、きっと朝倉涼子なら、彼女ならアドバイスをくれただろう。 「長門さん、大丈夫?」朝倉涼子の声がした。 ありえない。振り返っても誰もいない。 これはいったい、何。ヒューマノイドインターフェイスには妄想など存在しない。 わたしは、朝倉涼子に会いたかった。 その夜、わたしは夢を見た。 「ほんとはキョン君のこと好きなんでしょ。分かってるんだから」 朝倉涼子が言った、この言葉が何度もエコーを繰り返す。 彼女は正しい。わたしは彼に特別な感情を持っていた。だがそれは任務を遂行する上で障害となる。 彼に感情を寄せることは涼宮ハルヒの情緒不安定を誘発しかねない。それは許されないこと。 わたしは自我を消し、コンピ研部長と特別な関係になることを望んだ。 部長氏はそれに応えてくれた。やさしかった。支えになってくれた。 それを失った今、わたしの何かが崩壊しはじめる。 部長氏に会って謝りたい。いや、謝ってももう許してくれはしまい。 許してくれなくても気持ちは通じるはず。いや、壊れてしまったものは修復できない。 朝倉涼子に会いたい。いや、もうこの地球には存在しない。 死んだわけじゃない、会えるはず。いや、わたしの手によって消滅した。 この中途半端な願望の奔流はわたしを翻弄した。 わたしには、この大量の感情を情報として処理する能力がない。 それならばいっそ、わたしは人間として存在するほうが楽なのではないか。 人の脳のほうが苦しみに耐える造りになっているのではないか。 この苦しみから開放されるなら、なんでもする。たとえ情報統合思念体を消し去ろうとも。 宇宙を作り変えてしまおうとも。 わたしがもし、人間だったなら。コンマ2秒、わたしはシナリオを書いてシミュレーションした。 この宇宙を改変した結果起こりうる事変を、10年先まで計算しはじめた。 もう、止められなかった。 そしてわたしは、今、やっと理解した。3年前の7月7日、あの日にあったことを。 今日この日のわたしがなぜエラーの蓄積を止められなかったのかを。 午前4時18分。北高正門前。ここで閉鎖空間が発生する。 彼と朝比奈みくるから情報を得ていたわたしは、この時間と場所を知っていた。 軽い衝撃とともに異空間が広がった。わたしには空間内部が見える。 青く光る神人が周辺の建物を破壊していた。 「・・・美しい」 わたしはそう呟いていた。 わたしは閉鎖空間に向かって呪文を唱えた。 情報統合思念体が消えた。涼宮ハルヒの属性情報を書き換えた。 SOS団、北高の生徒全員、それから周辺の歴史を書き換えた。 世界のすべてを変えてしまおう。それで楽になる。結果がどうなろうとわたしの知ったことではない。 そのとき、わたしは怒りという感情を知った。なにもかもが嫌いだった。 この宇宙も、情報統合思念体も、SOS団も、涼宮ハルヒも。 暴れ狂う神人は、まるでわたしの感情を表しているようだ。 この詠唱を終えたとき、向こう側が通常空間になり、こちら側は存在しなくなる。 わたしは、涼宮ハルヒの思念エネルギーを利用して宇宙を入れ替えた。 ついに宇宙は裏返った。ただひとり、彼の記憶を除いて。 ここから先に起こったことは、わたしの記憶にはない。
https://w.atwiki.jp/hiroki2008/pages/74.html
夜中に酔って電話をかけたときのキョン 『あ~あ~、もしもしマイク入ってる?』 「……もしもし、長門有希の電話」 『な、長門さんっすかwwwこりゃぶったまげた家にかけたつもりだったのにwww』 「……」 『とんだしっつれいしましたっと』 「……あなたは、酔っている」 『ええ、ええ。酔っていますとも。長門の美貌に酔ってます、なんつったりして』 「……」 『ながとぉ冗談だってば、そんな怒らなくてもいいじゃん』 「……切る」 『待ってよーまだ話終わってない。あれ俺なに話そうとしてたんだっけ、そうだ。あのな長門、』 「……なに」 『んふふ、愛してるぜ』 「……信憑性がない」 『ほんとだっつーの。もう長門一途なんよ俺はね。ほんと、ラブラブに感謝してます、ええ』 「……」 『そうだ、とっておきの秘密を教えようか』 「……なに」 『俺の初恋の人』 「……推奨しない。あなたを敵性と判定しかねない」 『そんなぁ怖いこと言わないで聞いてよー、俺じょうほれんけるかいろなんかされんのやだよ』 「……」 『あのさ、俺ずっとさ、ずっとさ好きな人がいてさ』 「……そ、それは誰?」 『従姉妹のねえちゃん。すっげー美人だったなあ。ラブレターまで書いたんだぜ俺、渡さなかったけど。それがさ十歳も年上の男と駆け落ちしてんの、プークスクス』 「……」 『もういいおばちゃんなんだろなぁ。長門はいつまでもきれいなままでいてくれよな』 「……分かった」 『もう長門一途なんよ俺はね。ほんと、ラブラブに……なにこの時間のループは』 「……迎えが必要?」 『あ~俺もうだめ。このベンチで寝る。おやすみユキリン、んが……』 ……先が思いやられる。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1218.html
Report.15 長門有希の憂鬱 その4 ~過激派端末の強襲~ 部室での会話の後、なし崩しに涼宮ハルヒと朝倉涼子は、一緒に帰ることになった。 「何であんたと一緒に帰らなあかんのよ……」 【何であんたと一緒に帰らなきゃならないのよ……】 「まあまあ。たまにはええやん。」 【まあまあ。たまには良いじゃない。】 ふてくされたようなハルヒと対照的に、涼子は上機嫌に見えた。 涼子は、見かけ上、喜怒哀楽がはっきり現れるように設定されている。その点では長門有希と対照的。しかしその内実は、あくまで基礎的な人間の観測データに基づき計算された、『恐らくこのようなものだろう』というモデルを基に構築されたものに過ぎなかった。過ぎなかったが。 二度の『死亡』と『復活』を経て、今や涼子は人間に存在する『感情』に限りなく近いものを獲得した。その『感情』が、涼子を上機嫌な表情にさせていた。涼子の誘導は成功した。ハルヒは、有希に会いたいと思っている。今や、有希に対する負の感情は、わずかばかりの気まずさと罪悪感を残すばかりとなっていた。 ハルヒと涼子二人の帰り道。二人は他愛のない話に裏話を追加した、意外とためになる話をしていた。 どこか寄り道でもしようか、と話していた時、急に空の色が変わった。そして同時に、涼子にある異変が起こった。情報統合思念体に接続できない。そして襲い掛かる高負荷。 (っ……!? 何、これ!?) 彼女の五感が、次々に感度を落としていく。そして緩やかに拘束される身体能力。 (普通の人間と同じくらいしか能力が無くなってる……っ!) ハルヒも異変に気付いた。 「ちょ……! 何、これ……!? 急に空が変な色に……それに、物音もせえへんようになって……」 【ちょ……! 何、これ……!? 急に空が変な色に……それに、物音もしなくなって……】 灰色に塗り潰されたような世界。まるでハルヒが生み出す閉鎖空間のよう。生命の気配が感じられないことも同じ。しかし、決定的に違っていることがあった。そこに『神人』の気配はない。この空間の発生は、ハルヒの能力によるものではない。 (これは……空間封鎖!?) 空間封鎖は、涼子達、情報統合思念体の勢力が得意とする手段。広く言えば、情報統合思念体と起源を異にする広域帯宇宙存在も空間封鎖を行うが、彼らの手法は術式が違う。 今のこの空間封鎖は、光学的には偽装しているが、紛れもなく涼子が良く知る勢力の手法だった。 (そんな……情報統合思念体の一派の行動だったら、わたしが感知できないはずないのに……!) 今の空間封鎖は、全くの不意打ちだった。焦る涼子。涼子はハルヒの手を取った。 「ちょっと!? 何すん……」 言いかけたハルヒの言葉が止まる。ハルヒの手を取った涼子の顔には、焦燥の表情が浮かんでいた。そして、冷や汗で、顔も手のひらも、じっとりと濡れていた。 「……涼宮さん。わたし、今の状況は、わたし達がはぐれたらあかんような気がすんの。」 【……涼宮さん。わたし、今の状況は、わたし達がはぐれちゃいけないような気がするの。】 「……分かった。」 涼子のただならぬ気配に、ハルヒもおとなしく涼子の手を握り返す。命の気配が感じられないこの空間で、握り締めた掌だけが、命の存在を伝えている。 『江美里! 江美里っ! 応答して!!』 涼子は協力者である別のインターフェイスに交信を試みるが、応答はない。 (まずい……完全に孤立した……) しかも現状は、涼子は宇宙的な力をほとんど使用できない。身体能力は、辛うじてハルヒの能力に勝っている程度。人間の枠を超えた能力は使えない。例えば、もし肉体を損傷しても、即座に修復することはできない。 「誰かに連絡を……」 「あかん! 携帯は圏外やわ!!」 【だめ! 携帯は圏外だわ!!】 ハルヒは、携帯電話の画面を睨み付けながら答えた。 (この状況は……わたしを無力化させるため……? だとしたら、相手の目的は……) 涼子は、たとえ情報統合思念体と接続していなくても、通常の人間以上には高度な思考力を持つように設計されている。ただし、この設計は、あくまで不測の事態に対処するために設けられた『セイフティネット』。この設計が役に立つような事態は、本来あってはならない非常事態。早急な事態への対応が求められる。 そして涼子は思い当たった。 涼子を無力化することを、実行し得るのは誰なのか。 涼子を無力化することで、得をするのは誰なのか。 ……すなわち、この事件の首謀者は誰なのか。 (これは……過激派……! まずい! あいつらの目的は……っ!) その時涼子は何かに気付いた。そして迷わずハルヒの腰にタックルした。 「おわ……っ!」 不意にタックルを喰らい、盛大に地面に叩き付けられるハルヒ。 「痛いなー、もう! いきなり何すん……」 怒鳴りかけたハルヒの声が止まる。ハルヒの腰にしがみつく涼子は、衣服の肩の辺りを赤く染めていた。 「ちょっ、どないしたん!?」 【ちょっ、どうしたの!?】 「涼宮さんの死角から、何かが飛んできて……」 起き上がりながら答える涼子。ハルヒを助け起こすと、何かが飛んできた辺りを睨み付ける。そこには何の痕跡も見付ける事はできなかった。あるのはただ、誰もいない、何もない空間。 しかし、涼子は気付いていた。 飛翔体の軌道。出現時間。出現場所。飛行速度。 これらはすべて、涼子がその存在に気付き、取るべき行動を判断し、実行した時に、ちょうど涼子の肩を掠めるように設定されていた。 (これは……涼宮さんじゃない、わたしを狙った攻撃!?) 『涼宮ハルヒの観測と保全』が任務である今の涼子は、もしハルヒに危害が加えられるような事態になれば、最優先でハルヒを守る行動を取るであろうことは、容易に推測できる。だから、その危機がより切迫しているほど、涼子は確実に、ハルヒを守る行動を取る。場合によっては、身代わりに攻撃を受けることもあるだろう。 それが『奴ら』の狙い。 通常の涼子なら、そのような切迫した状況でも、難なくハルヒも自分も守れる。 では、情報統合思念体のサポートなしでは? 端末単体の能力で対処せざるを得ない状況では? 涼子が危機を『回避』する可能性を奪うことができる。確実に攻撃できる。 そしてまた、これはハルヒにとって強力な精神攻撃ともなる。 涼子は、ハルヒを庇って負傷する。そうして損傷を蓄積したところで、止めを刺す。 ハルヒから見れば、ハルヒを庇ったせいで涼子は怪我をし、そして殺害されることになる。 『自分のせいで人が苦しみ、死んでしまう』 これはハルヒに、己の無力さと自己の存在意義を強く意識させる事象となる。自らに『力』と『存在意義』が欲しいと強く願ったハルヒからは、間違いなく、巨大な情報爆発が観測できる。 これが『奴ら』のシナリオ。合理的で、的確な洞察。 また飛翔体。今度はハルヒの正面から。 涼子は飛翔体の射線上に躍り出ると、手ではたいて飛翔体の軌道を変えた。涼子達の背後にあった庭木の天辺が切り落とされた。 (随分と舐められたものね……さっきは不覚を取ったけど、いくら情報統合思念体との接続が切れてるからって、そう簡単にやられてたまるもんですか! これでもわたしは、『あの』長門有希の代理者なんだから!) 『奴ら』の思い通りにはさせない。たとえこの身が果てようとも、ただではやられない。少なくともハルヒだけは逃がしてみせる。それが朝倉涼子の意思。そして長門有希の意思。涼子は覚悟を完了した。 「涼宮さん、わたしのそばから離れんとってよ。」 【涼宮さん、わたしのそばから離れないでよ。】 涼子は、ハルヒを背に庇う位置に立ちながら言った。 「朝倉、あんた……今さっきの、アレ、どうやってやったん……!?」 【朝倉、あんた……今さっきの、アレ、どうやってやったの……!?】 ハルヒは、恐怖と好奇心が7:3の割合で混合された瞳で、涼子に尋ねた。 「それは……ふっ!」 答えの途中で涼子は両手を身体の前で素早く広げた。後方にあるブロック塀に、貫通痕が二つできる。 「実は少々、武術の心得があって……はっ!」 右足でアウトサイドキック。後方の電柱がえぐられる。 「少々ってレベル違(ちゃ)うやろ、コレは!?」 【少々ってレベルじゃないでしょ、コレは!?】 ハルヒのツッコミ。涼子は、前方から視線を外さず答える。 「……カナダに行ってる間に、マーシャルアーツの先生の下で武者修行を……やぁっ!」 左手で飛翔体を掴もうとするが、失敗。後方で植木鉢が弾け飛び、窓ガラスが割れた。 (だめだ……全然見えない。せめて何が飛んで来てるのか分からないことには……) それに、肉体の損傷を修復できない以上、素手での対処にも限界がある。涼子の手は、飛翔体を弾いた時の損傷で、所々出血している。損傷の蓄積は望ましくない。 (ここは涼宮さんの能力に賭けるしかないか。少なくとも今のわたしの能力では対処できないわね。) 「朝倉……大丈夫? その手……」 心配そうに聞いてくるハルヒに、涼子はすかさず誘導を仕掛けた。 「問題ない……って言(ゆ)うたら、嘘になるかな。正直、あんまりよろしくないわ。せめて、飛んで来(き)とぉ物(もん)を止めるか掴むかできれば、それ使って叩き落とせるんやけど……残念ながら、成功のイメージが湧かへんわ。」 【問題ない……って言ったら、嘘になるかな。正直、あんまりよろしくないわ。せめて、飛んで来てる物を止めるか掴むかできれば、それ使って叩き落とせるんだけど……残念ながら、成功のイメージが湧かないわ。】 「成功の……イメージ……」 ハルヒは思案顔で呟く。 (さあ、想像して、涼宮さん。成功のイメージを……わたしが、飛んでくる『何か』を掴む姿を。) 次々に飛来する飛翔体。涼子は両手両足をフル稼働させて処理していくが、次第に処理が飽和していく。 真正面に飛翔体。近い。よけられない。捌き切れない。そう思った時、涼子に見える景色がスローモーションになる。 (……! 見切った!) 涼子は両手で挟むように、飛来する『それ』を掴んで受け止めた。 「……鉄筋!?」 ハルヒが恐る恐る覗き込み、驚いた。飛翔体の正体は、コンクリート構造物の補強に使われる『鉄筋』だった。 涼子の誘導は功を奏した。ハルヒは『成功のイメージ』を作り上げた。それはハルヒが、『そうなること』を願うことに他ならない。かくしてハルヒの望み通りに周囲の環境が書き換えられ、涼子は飛翔体を掴み取ることに成功した。 「こんな物(もん)が次から次へと飛んで来てたんやね……」 【こんな物が次から次へと飛んで来てたのね……】 言い終わらないうちに、涼子は飛んでくる鉄筋を、右手に持った鉄筋で真下に叩き落とした。激しい金属音と共に、足元に転がる鉄筋。素早く涼子は落ちた鉄筋を拾う。両手に鉄筋を持った涼子は仁王立ちになった。 一度成功のイメージを作らせてしまえば、後は話が早い。情報統合思念体との接続は切れたままでも、今はハルヒの情報改変能力の援護を受けている。ハルヒが成功のイメージを思い描く限り、涼子に『負け』はない。涼子は両手の鉄筋を巧みに操り、的確に飛来する鉄筋を叩き落としていく。 (こうやって物質に干渉してきている以上、『奴ら』も何か端末を介して情報操作を行っているはず。そいつを見付けてどうにかしないと。) 涼子は感覚を研ぎ澄まして、周囲の気配を探るが、ここは相手の作り出した空間。かつて涼子が自ら言ったように、この空間は、相手の情報制御下にある。相手の意のままに操れる。通常時ならともかく、今の涼子では、索敵は不可能。ここもやはり、ハルヒの力を借りるしかない。涼子はハルヒに話を振る。 「誰か知らんけど、相手も相当卑怯で臆病やと思わへん? 姿も見せへんで、こそこそ女二人を物陰から狙い撃ちなんて。」 【誰だか知らないけど、相手も相当卑怯で臆病だと思わない? 姿も見せないで、こそこそ女二人を物陰から狙い撃ちなんて。】 「そうやね……確かに、かなりヘタレかもしれへんわ。」 【そうね……確かに、かなりヘタレかもしれないわ。】 ハルヒが話に乗ってきた。涼子は更に話を続ける。 「こういう時、敵は姿を現して、主人公にボコボコにされるべきやと思わへん?」 【こういう時、敵は姿を現して、主人公にボコボコにされるべきだと思わない?】 「主人公……」 「どう見ても、わたしらが主人公やんな? 常識的に考えて。」 【どう見ても、わたし達が主人公じゃない? 常識的に考えて。】 「……確かに、この状況では、悪役はあっさり姿を見破られて、ボコボコにどつき回されるんがオチやわ。」 【……確かに、この状況では、悪役はあっさり姿を見破られて、ボコボコにどつき回されるんがオチだわ。】 涼子は畳み掛ける。 「ほな、わたしらで、その状況を再現してやらへん?」 【じゃあさ、わたし達で、その状況を再現してやらない?】 ハルヒは、100Wの笑顔で答えた。 「うん、それ賛成!」 再び索敵に集中する涼子。今度はハルヒの能力の援護付きで。 「……そこっ!」 言うや否や、涼子は何もない空間に、手にした鉄筋を投げ付ける。メジャーリーガーのバックホーム返球のごとく、一直線に何もないはずの空間を貫く鉄筋。中空で鉄筋が、何かに当たったかのように弾ける。すかさず走り込んだ涼子が、その空間を鉄筋で殴り付ける。しかし何かの力に弾き飛ばされ、涼子は元いた場所まで押し戻された。 「……手応えあり。」 涼子が殴り付けた空間が歪み、人型を取る。 「…………」 絶句するハルヒ。姿を現した攻撃者をしばらく呆然と見つめていたハルヒは、ぽつりと呟いた。 「……ねえ、朝倉。言(ゆ)うても良い?」 【……ねえ、朝倉。言っても良い?】 「どうぞ。」 「……あたしら、こんな奴に苦しめられとったんやな。」 【……あたし達、こんな奴に苦しめられてたのよね。】 「そやね。」 【そうね。】 「……何(なん)か、めっちゃ腹立ってきたんやけど。」 【……何(なん)か、すごく腹立ってきたんだけど。】 「その反応は、たぶん正しいと思うわ。」 「……あたしら襲うより、銀行かどっか行った方がええと思わへん?」 【……あたし達襲うより、銀行かどっか行った方が良いと思わない?】 「ある意味、悪役らしい格好と言えなくもないとは思うかな。」 「……ねえ、朝倉。こいつ、しばいて良い?」 「危ないから、下がっとって。」 【危ないから、下がってて。】 「……どつき回して、蹴り倒して、大阪湾に沈めたろか思うんやけど。」 【……どつき回して、蹴り倒して、大阪湾に沈めたろかと思うんだけど。】 「代わりにやっとくから。何しよるか分からへんから、下がっとって。」 【代わりにやっとくから。何してくるか分からないから、下がってて。】 「……ケツの穴から手ぇ……」 「女の子が『奥歯ガタガタ言わす』とか言わない。それに、女かもしれへんで?」 【女の子が『奥歯ガタガタ言わす』とか言わない。それに、女かもしれないわよ?】 「……女やったら、ヒィヒィ言わす。」 【……女だったら、ヒィヒィ言わす。】 「えっちなのはいけないと思います。」 姿を現した攻撃者は、覆面姿だった。性別は分からない。覆面が完璧だったから。 『奴』は『ストッキング』で覆面していた。 ――変態が、そこにいた。 女子高生二人組(うち一人は、両手に鉄筋を持っている)と、女性用の下着であるストッキングで覆面した人型が対峙する。人間の言葉で言うと、非常にシュールな画だった。 覆面の攻撃者は、無言で手らしきものを涼子に向けて突き出した。途端に、攻撃者の背後に鉄筋が数本出現し、涼子に向けて撃ち出された。涼子は両手の鉄筋で、それらを残らず叩き落とす。人型が間合いを取りながら数度、それが繰り返された。 こちらの攻撃の届かない距離まで離脱して射撃してくることを感知した涼子は、させじと素早く間合いを詰めて、鉄筋で殴り掛かった。その攻撃を、瞬時に手らしきものの中に出現させた鉄筋で防ぐ攻撃者。もう片方の鉄筋で殴りつけようとする涼子に、今度は攻撃者がもう片方の手らしきものに鉄筋を出して殴りつける。涼子は攻撃を中断し、繰り出された攻撃を防がざるを得なかった。 そうして数度、鉄筋での攻防が続いた後、両者はいったん離れて睨み合う。 外見上は、相変わらず睨み合い、時折攻撃者が鉄筋を撃ち出しては、涼子がそれを叩き落とすという状態。しかし、実は先手の取り合いで、両者の間には仮想段階での攻防がものすごい勢いで繰り広げられている。 正にハルヒが望んだ『超能力』が眼前で展開されている状況。しかし、ハルヒはそれに気が付いていなかった。 彼女は口ではいくら不思議を追い求めることを言っていても、心の中ではそのようなものは存在しないと否定する、自己矛盾の塊。眼前に繰り広げられる、超能力者VS美少女女子高生という奇抜な光景を、どこか遠くの景色を眺めているかのような瞳で見つめていた。 ハルヒには、眼前の光景が酷く現実的でないものに思われた。白昼夢を見ているように感じられた。まるで、あの冬休みの合宿で見た白昼夢のように。 「あんまり激しく動いたら、見えるでー……」 【あんまり激しく動いたら、見えるわよー……】 ぼそりと投げやりに呟くハルヒ。彼女は急速に現実感を喪失していった。希薄になる『成功のイメージ』。 ハルヒの呟きが聞こえたわけではないだろうが、まるでそれを合図にしたかのように、睨み合いを続けていた涼子と攻撃者の均衡が崩れた。 攻撃者は同時に撃ち出される鉄筋の数を急増させた。鉄筋による射撃への対処が遅れ気味になっていく涼子。攻撃者は印を切るように、激しく手らしきものを動かすと、今までより高い位置に、膨大な数の鉄筋が出現した。まさしく雨のように大量の鉄筋が涼子に襲い掛かる。とても迎撃できる数ではない。 「朝倉――――!?」 ハルヒの叫び声は、鉄筋が地面に突き刺さる音にかき消された。 「くっ……! だ、だい、じょう……ぶっ……」 涼子は倒れ込んで巧みに鉄筋の直撃をかわしていた。しかし、地面に突き刺さり折れ曲がった鉄筋に阻まれて、身動きが取れない。このまま追撃されれば、今度は持たないだろう。 「大丈夫って……そんなん、全然大丈夫そうに見えへんわ!!」 【大丈夫って……そんなの、全然大丈夫そうに見えないわよ!!】 ハルヒが叫ぶ。涼子は静かな声で答えた。 「大丈夫。あなたがわたしを信じてくれる限り……わたしは負けへん。」 【大丈夫。あなたがわたしを信じてくれる限り……わたしは負けない。】 「そんな都合の良い精神論をしてる場合違(ちゃ)うやろ――――!?」 【そんな都合の良い精神論をしてる場合じゃないでしょ――――!?】 「信じて!」 朝倉の叫びに、ハルヒはぴたりと止まる。 「前にも言(ゆ)うた通り、わたしは、成功のイメージを信じて行動すれば、上手くいく時があると思うんよ。さっきも成功のイメージができたから、現実に成功したし。『信じる』ことって、やっぱりすごい力なんやで。」 【前にも言った通り、わたしは、成功のイメージを信じて行動すれば、上手くいく時があると思うの。さっきも成功のイメージができたから、現実に成功したし。『信じる』ことって、やっぱりすごい力なのよ。】 涼子は、何とか一つずつ動きを阻む鉄筋を引き抜きながら、続ける。 「せやから、涼宮さんが彼女に会いたいって願えば、きっとすぐに会えるって。もしかしたら、今この場に助けに来てくれるかもしれへんで?」 【だから、涼宮さんが彼女に会いたいって願えば、きっとすぐに会えるって。もしかしたら、今この場に助けに来てくれるかもしれないわよ?】 ――それは涼子の『賭け』だった。 このまま追撃を受ければ、そう長くは持たないかもしれない。しかし、ハルヒを上手く誘導して長門有希を復活させられれば、涼子の任務は達成される。長門有希なら、こんな状況でも上手くやってくれるだろう。『あの』長門有希なのだから。 「有希が……助けに来る……?」 「だって、ヒロインのピンチに颯爽と助けに現れるのは、ヒーローのお約束やろ?」 【だって、ヒロインのピンチに颯爽と助けに現れるのは、ヒーローのお約束でしょ?】 顔を赤らめるハルヒ。 「もうそろそろ、現れてもええん違(ちゃ)う? あなたのヒーローが。」 【もうそろそろ、現れても良いんじゃない? あなたのヒーローが。】 そう言った涼子の声に釣られて、有希の姿を思い描くハルヒ。 攻撃者は、先ほどより更に大量の鉄筋を出現させていた。大量の鉄筋が涼子に襲い掛かったその時。 何か硬いものが破壊される音。涼子達の近くの空間にひびが入る。そこから飛び出す、小柄な人影。無言のショートカットが揺れる。人影が手をかざし、何やら早口で呪文のようなものを唱えると、たちまち鉄筋の雨が爆散した。 ――涼子は、賭けに勝った。 ←Report.14|目次|Report.16→