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聖剣/乱舞 前編 一振りの剣があった。 偉大なる王が携えた聖剣。 あらゆる困難を切り裂く魔法の剣。 騎士王たる彼の象徴――約束された勝利の剣【エクスカリバー】 されど、王は裏切りの刃により致命傷を負い、湖の貴婦人より受け賜わりし勝利の聖剣は湖へと帰された。 既にこの世には聖剣は存在しない。 歴史は、御伽噺はそう語る。 されど、本当にそうだろうか? もしも失われた剣を再びこの世に出現させる方法があったなら? もしも失われた聖剣を継承するものがこの世にいたら? どちらか片方の条件でも満たせば聖剣はこの世に蘇る。 そして、二つの条件を満たせば――この世に聖剣は二つ存在する。 再現されしもの――約束された勝利の剣。 継承せしもの――受け継がれし王の刃。 どちらが優れているのだろう。 どちらが本物なのだろう。 それを決める方法はただ一つ。 勝利すること。 例え元来的に本物であろうとも、偽者が勝ることがある。 偽者に負けぬ本物もある。 ならば真偽など関係ない。 より価値の高いものにこそ価値がある。 今ここに二振りの聖剣が激突する。 聖剣/乱舞 再現せしもの/継承せしもの 冬木市。 夜も更けた新都の夜行バスから降り立つ少年がいた。 長袖のパーカーを羽織り、ジーンズをはいた少年。歳は高校生ぐらいだろうか。 茶色く染めた髪に、端正とも言える顔立ちの少年。本来ならば幼さの残る年頃だろうが、寂しく寒い冬の風に浮かべる鋭い目つきで幼さを打ち消し、大人びた気配を纏わせている。 緋色にも似た瞳がまるで墓場のように立ち並ぶ高層ビル群を眺め見て、周囲を油断無く見渡していた。 「……彼を知り己を知れば、百戦危うからず。というものの、己の実力も分からず、敵地に踏み込むか。とんだ愚策だな」 やれやれと首を振り、周囲を見渡しながら、懐から一つの携帯を少年は取り出す。 それは0-PHONEと呼ばれる特殊な機器だった。 「柊 蓮司、緋室 灯、ナイトメア、伊右衛門さん、グィード・ボルジア……これだけの面子を集めて、一体ここで何が起こっている?」 彼が名前を上げたウィザードは世界でも有数の実力者たち。 単独でも魔王クラスとも渡り合える戦闘能力を持つ人材。 そして、少年は六番目の人材として選ばれていた。 あと数名サポートウィザードが来ていると聞いていたが、そちらはあくまでも援護らしく名前は聞いていない。 先だって到着しているはずの人員と合流するか、そう考えて少年は足を踏み出そうとした瞬間だった。 「っ!?」 ゾクリと肌を打つ殺気を感じた。 気配の位置を探り、少年は手に持っていたバッグを周囲からの視線がないことを確認してから、消失させる。 否、消失ではなく、格納。 彼が纏う“異相結界”へと押し込んだのだ。 「なん、だ?」 彼が感じたのは剣気。 まるで触れれば切り裂かれそうな殺意。 しかし、その対象は己ではない? 「しかし、どこから――」 そう呟いた瞬間だった。 視覚の端っこで何かが瞬いた気がした。 高層ビルの屋上、そこで撃ち出される殺意――そして立ち上がる閃光。 それは魔力の気配。 「あそこか!」 何かが起こっている。 それを確認するために少年は走り出した。 そこで宿命とも言える出会いがあるとも知らずに。 一つの戦いが終わっていた。 一人の少女――剣の名を冠する英雄が、弓の名を冠する英雄を両断した瞬間、雌雄は決したのだ。 「今回はオレの負けか――先に行くぞセイバー。せいぜい、このオレに騙されていろ」 潔く散ることなく、敗者の恨み言を残してその男は消え去る。 後に残るのは一人の少女。 月光に輝く髪、輝く鎧を纏い、一つの偉大なる聖剣を振り抜いたセイバーと呼ばれた少女の姿のみ。 「何故……」 彼は襲い掛かってきたのか。 彼は討たれなければいけなかったのか。 彼と己が対峙しなければならなかったのか。 無数の何故がある。 鈍痛にも似た疑問が膨れ上がり、彼女の胸を締め付ける。 彼女の人生は後悔だらけだ。 ああしとけば、ああやっておけば、もっと誰かが救われたのではないか。 己の悔いではなく、誰かのための悔い。 それは尊いけれど、愚かとも言えた。 過去は修正できぬ。 それこそ魔法でも使わぬ限り出来ないのだ。 「……」 彼女は沈黙と静寂の中に沈み込む。 聖剣を不可視の風の鞘に納め、静かに残心を払う。 どうすればいいのか、マスターの元に戻るべきか、それとも待ち続けるべきか。 それすらも決断できずに――迷い続けるはずだった。 バンッと一時間も立たずに、彼女が沈黙に沈み込んでから数分後に屋上の扉が開かれるまでは。 「っ、士郎ですか?」 何気なく、ただ察知したままにセイバーは振り返る。 しかし、それは外れていた。 同じ茶髪の髪、同じような年頃の少年だが、それは別人だった。 赤い外套を纏った姿――まるで先ほど葬った男の普段着のよう。 鋭く険しい目つき――戦いの選択を決断したマスターのような目つき。 そして――その全身が帯びる剣気は尋常ならざるもの。 「これは、どういうことだ?」 周りを見渡し、セイバーへと向ける警戒をまったくもって怠らぬまま、少年が周りを見渡す。 「っ!」 一瞬にして、構えを取るセイバー。 彼女の頭の中は一瞬混乱していた。 何故私は士郎と彼を間違えたのだろう。 本来ならばラインが繋がり、決して間違えるはずのない主従の繋がり。 だというのに、セイバーは一瞬やってきた彼を見るでもなく、士郎と勘違いした。 勝手な期待? 馬鹿な、それほど耄碌したのか。 あるいは状況からの推測? ありえない、士朗の脚からしてここまで来るのにもっと時間がかかると解り切っている。 なのに、何故? 「貴方は……誰だ?」 混乱する己の思考を鉄壁の仮面の中に押し隠し、セイバーは冷たい相貌で静寂を切り裂いた少年に告げる。 このような現場にやってきたこと、纏う格好から考えて魔術師か? 英霊ではありえない。 生身の人間だとセイバーの目は看破している。 だがしかし、何故か油断は出来ぬと己の本能が全力で鳴らしていた。 無手の少年、なのにまるで油断が無く、剣に手を掛けたかのように鋭い剣気が肌を打ち、背筋を振るわせる。 「それはこちらの台詞だ。貴方はウィザードか? 紅い月は昇っていないし、エミュレイターには見えないが」 ウィザード? こちらを魔術師だと勘違いしているのか? しかし、聖杯から与えられた知識は魔術師をウィザードと呼ぶ風習はないと告げる。 違和感がある。 まるで掛け違えたボタンのような違和感が。 「一つ訊ねる」 「なんだ?」 「聖杯戦争の参加者か?」 この質問の反応で確かめる、とセイバーは僅かに突き出した前足から、蹴り足へと重心を僅かに傾ける。 音も無く、僅かな数ミリにも満たない挙動。 しかし、それを少年は察知し、身構える。 虚空に手を伸ばし、まるで何かを掴むような動作。 「聖杯戦争? なるほど、それがこの地の異変か」 知らない? だが、調べに来た。 ――と今の一言で理解する。 聖杯戦争の関係者ではない、だが関わりあろうとする人間だということを。 嘘かもしれないが、見る限り発せられた態度は自然なものだった。 「知らない、と?」 確認し、念を押すかのように告げる。 聖杯戦争に関わろうとする魔術師であれば、それはもはや敵であることは明白である。 もはや聖杯戦争は終わったが、彼女達英霊は限りなく利用価値の高いサーヴァントだ。 令呪を奪えれば従えることも可能な例外的な英霊。 それを狙うものがいないわけではない。 聖杯戦争を知らぬとも、知れば欲しがる。それが人の性だろう。 「ああ、知らないな。だが、一つ分かることがある」 高まる剣気。 振れば珠散る刃の具現。 温度すらも凍りつきそうな殺気に晒された真冬の大気の中で、蒸気じみた白い息を吐き出しながら少年は応える。 「おそらく君は俺の敵だ」 そう告げた瞬間、セイバーの闘気が高まる。 空気が圧縮されたかのように張り詰め、重力が増したかのように重みを与える。 見るがいい、剣において並ぶもの少なき偉大なる騎士王の構えを。 幾十、幾百の戦を乗り越え、千は超えるだろう敵兵を切り捨てた偉大なる騎士の姿を。 その身は剣を振るうために在る。 剣士の名を与えられし英雄。 英雄に立ち向かえるのは英雄のみ。 ただの人間では立ち向かえぬ、決して歯が立たぬ、破れる事無く高貴なる幻想。 目の前の少年は高貴なる幻想に立ち向かえるほどのものか。 「凄いな。人とは思えない」 少年は告げる。 目の前の騎士たる少女に、虚空に伸ばした指をゆっくりと折り曲げながら、鋭き眼光を発する。 常人ならば――否、人間であれば瞬く間に怯え震え、膝を屈すだろう英霊の闘気を受けても揺るがない不動の精神。 明確なまでにもはや一般人ではないことを、只者ではないことを告げる。 「……」 剣の英霊は答えない。 不必要な情報は与えない、答える必要性はないと判断した。 ただ切り捨てるのみ。 四肢を切断し、その後に情報を問い詰められば十分だろうと考える。 「先に言っておこう」 じわりと踏み込む瞬間を狙っていた少女に、目の前の少年はぼそりと呟いた。 「俺の名は流鏑馬 勇士郎」 己の名を少年――流鏑馬 勇士郎は名乗る。 それが礼儀だと、譲れぬルールだと告げるかのように己の名を騎士王に告げながら、手を伸ばす。 瞬間、虚空より何かが握り締められる。 投影魔術かと一瞬考えるも、違うと判断。 まるで違う場所から引き抜かれるようなギルガメッシュの王の財宝/ゲート・オブ・バビロンのような感覚。 そして、セイバーは視る。 引き抜かれていく柄を見た。 ゾクリと何故か肌が震える、その剣を抜かせはいけないと全本能が叫んでいた。 「ブルー・アースと呼ばれるウィザードだ」 だがしかし、剣の英雄には誇りがある。 切りかかろうとする己を押さえつけ、名乗りを上げる勇士郎に名乗りを返す。 言葉で相手を断ち切らんと、鋭さを帯びた言葉を発した。 「私の名はセイバー。真名ではありませぬが、それを名乗れぬことを詫びましょう」 サーヴァントにおいて真名を知られることは命取りだ。 それに彼女の名は有名すぎる。 誰もが知る故に、知られては不味すぎる真名。 故に名乗れぬ無礼を詫びる。 「私の名はセイバー。真名ではありませぬが、それを名乗れぬ無礼を詫びましょう」 サーヴァントにおいて真名を知られることは命取りだ。 それに彼女の名は有名すぎる。 誰もが知る故に、知られては不味すぎる真名。 故に名乗れぬ無礼を詫びる。 「構わないさ。元々期待はしていなかったからな」 それに勇士郎は応える。 構わぬと。 ただ斬るための礼儀だけを済ませたとばかりに、彼は身構えた。 既に二人は言葉を必要としなかった。 虚空に融けゆく言葉が拡散した瞬間、二人は同時に踏み出した。 ――瞬くような刹那で二人の距離――十数メートルの間合いがゼロとなる。 疾い。 英霊たるセイバーの踏み込みよりはやや劣るも、その速度は異常。 撃針に打ち出された銃弾のように踏み込みから接触までゼロコンマの間もない、一瞬の交差、一刹那の邂逅。 全身を捻り上げ、互いに振り抜いた剣の軌道が重なり合い――甲高い金属音と共に火花が散った。 セイバーは不可視の剣を、勇士郎は鋭く伸ばされた槍のような長剣を両手で振り抜いていた。 「っ、どこにこれだけの膂力が!?」 戦闘機が直撃してきたかのような衝撃に、勇士郎が驚愕の声を上げる。 英霊たる彼女の斬撃は人間の出せる膂力を軽く凌駕する。 岩を切り、鉄を切り裂き、金剛石すらも容易に粉砕する馬鹿げた威力の刃。刃という名の形をした粉砕機といってもいい、それほどの次元の差がある。 しかも、不可視の武器。 いつ直撃するのかも分からない、身構えることも難しい突然の繰り返し。故に二重の驚きだった。 驚いたのはセイバーも同様――否、それ以上だった。 人の身で手加減抜きのセイバーの剣撃を受けたのだ、強化魔術でも行っていなければ一撃で腕がへし折れて、血肉がはじけ、砕けた骨が飛び出してもおかしくない威力。 なのに、勇士郎は受けた一撃の威力に無理に踏ん張ることも無く、されど負けることも無く、コンマ数秒の淀みもなく手首を捻り、柔らかく反動を受け流している。 恐るべき技量。 されど、それ以上に驚くべきことがあった。 勇士郎が振り抜いた長剣、それをまるで食いつくかのようにセイバーは見た。 発せられる魔力を感じ取る。 「馬鹿なっ!?」 驚愕は声に。 驚きは瞳に。 震えは剣に伝わる。 喉が渇く。 止まらぬ剣戟を交わしながら、一瞬でも油断をすれば切り捨てられそうな剣の舞踏を行いながら、セイバーは目を見開く。 数十、数百合目の激突。 雷光と旋風の衝突とでも例えれば正しいだろうか。 風のように素早く、稲妻のように鋭く、互いに似た、けれども質の異なる斬光の鬩ぎ合い。 圏内に立ちはだかる刃全てと打ち合い、振り抜かれた鋼の牙同士の激突の瞬間、火花を散らしながら、互いの一撃の威力を刀身に伝えながら、セイバーは震える。 鍔迫り合いをしながら、あまりの技量に金属音すらも打ち消して、互いの威力を伝え切りながら、セイバーは見るのだ。 理解する。 把握する。 真贋を確かめる。 その剣を、相手の長剣の正体を――彼女が理解出来ぬわけがない。 何故ならばそれは己の剣なのだから。 「エクス、カリバー?」 姿は違う。 己のよく知る聖剣とは形状が異なる。 けれど、理解する。 分かるのだ、悟れるのだ。 それは私の剣だと吼えそうになった。 それは私の刃だと激昂しかけていた。 だがしかし、勇士郎は表情を変えぬ。 ただ少しの驚きと、当然のような顔を浮かべて告げる。 「よく分かったな」 その声にエクスカリバーを持っていることに対する違和感などなかった。 その声に目の前に相対する騎士王への違和感などなかった。 どういうことだと、セイバーは混乱する。 混乱してもなお、その斬光は衰えない。 「その剣、どこで手に入れたのか後ほど聞きましょう!」 怒りを力に変えて。 汚された誇りを熱に変えて。 彼女の刀身が熱く輝き、その身はさらなる刃を求める。 もはや敵を生身の人間とは考えない。 敵を英霊と同等ものだと考え、速度を上げる。 「っ!」 それに勇士郎は応えた。 己の四肢に、莫大なるプラーナを注ぎ込み、人外の身体能力を得る。 見るものが見れば戦くであろう。その量に、その質に。 彼の身は勇者、星に選ばれし戦士。 保有する存在力、それは常人とも、通常のウィザードとは比類にならない量を持っているのだと。 「っ、おぉ!」 セイバーが咆哮を上げる。 息を洩らし、一瞬だけ驚愕し、硬直した己の四肢を奮い立たせるために。 「はぁ!」 勇士郎が唸り上げる。 声を上げて、迫る人外の、人の身では立ち向かえぬはずの英霊を葬るために。 互いに常人では認識不可能な高速空間に突入する。 瞬く間に火花散る、斬撃と斬光と剣閃の乱舞を繰り広げる。 視界全てを埋め尽くすかのような刃の応酬。 震え立つは二つの聖剣、二つの刃、二つの剣士。 互いに引けぬ、互いに退かぬ、互いに負けれぬ。 ならば、叩き切るしかあるまい。 眼前両断。 その言葉を掲げて、剣を振るい上げる雌雄。 「しかし、お前の持っているものはなんだ? セイバー、剣士、ならばその手に持つは刀剣だろう」 不意に勇士郎が言葉を告げる。 不可視の武器、それを防ぎ続けながらも、勇士郎はセイバーに訊ねる。 「重みは日本刀では無い。されど、その振りは青龍刀でもなく、鉈でもない。ならば」 その四肢に存在するための力――プラーナを注ぎ込み、触れれば両断されかねない剣の嵐に対峙しながらも勇士郎は独り言のように呟く。 「――西洋剣、それもロングソードと見た」 「っ」 触れれば切れる剣気の中で、剣を交えながら二人は会話をしているようなものだった。 打てば響く。 それが道理だ。 看破された瞬間、僅かな剣の淀みが、勇士郎に伝わり、理解される。 「正解、だな」 「隠せない、か」 剣士は剣で語るものだ。 打ち合えば互いの心すらも理解する。 剣技はまさしく心を写す鏡なのだから、偽ることは許されない、見破られるだろう。 もはや隠せぬとセイバーは割り切り、速度を上げる。 「っ、まだ!?」 セイバーの剣速が上がる。 不可視の剣が、視認外の速度を帯びて、振り抜かれる。 決してセイバーは手を抜いていたわけではない。 だが、本気ではなかった。 己の剣の形状を看破されぬように癖を抑え、西洋剣術の本来の型を取り戻す。 ただ純粋に叩き切る。 その一念を篭めた斬撃。 見えぬ刀身、視えぬ刃、ならば防ぐ手段は――ない。 銃弾よりも疾い、斬光の連撃を勇士郎は予測だけで数発防ぎ、最後に振り抜かれた刃を後退して躱す。 されど、それは愚策。 彼女の足取りは止まらぬ、永劫に続く剣舞。 全てが必殺、一撃目で殺し、一撃目で殺せぬともニ撃目で殺し、それで殺せぬとも三撃、四撃。 全撃全殺。 全てをもって殺し、全てを持って死なす。 ただ切り伏せるための刃。 戦場の剣。 士郎とのラインから魔力を吸い上げ、さらなる加速を、さらなる力を高めながら振り抜かれる人外の一撃。 「っ」 一瞬よりも短い刹那、勇士郎が息を僅かに吐き出す。 瞬間、セイバーの振り抜く斬光の前に光の盾が出現――やはり魔術師、しかし知らぬ術式。 だが、問題ない。 その身の対魔力Aランクは防御魔術にも影響される、その身自体が魔術を打ち破る最強の盾であり矛。 コンマ数秒にも満たない間に光の盾を粉砕し、勢い衰えぬままに不可視の刃を勇士郎に食い込ませる。 だが、そのコンマ数秒があれば十分だったのだ。 彼が異相空間――【月衣】からモノを取り出すには。 金属音が響き渡る。 肉を切り裂く音ではなく、甲高い金属音が泣き声のように虚空に響き渡る。 並みの武具ならば容易に両断する一撃だった。 彼の剣が決して間に合わぬ角度で、振り抜いた刃だった。 だが、それは弾かれている。 彼の左手に握られた、虚空より出現せし――巨大なる“鞘”によって。 それは巨大な盾にも見えた。 それは巨大な刀身にも見えた。 だがしかし、それは鞘。 彼が握る聖剣と共に在り続ける、あらゆる災厄から彼を護る守りの鞘。 ――本来ここに存在せぬはずの鞘だった。 そして、セイバーの混乱も限界に達する。 全てが不可解だった。 目の前の鞘――アヴァロン、それは本来彼女のマスターである衛宮士郎の体に埋め込まれているはずの鞘なのだ。 それが形状も違う、そして何より士郎の無事をレイラインを通じて感じているのに、目の前の少年が手にしている理由が不可解だった。 世界は贋作を認めない。 例え投影魔術で贋作を生み出そうとも、例外たる贋作者/フェイカー以外では数分と持たずに、劣化したものしか生み出せぬはず。 なのに、セイバーは目の前のそれを本物と理解していた。 何故ならば彼女は“ただ一人の本来の所有者”であるからだ。 原型を持つ英雄王を除けば、それを持ちえる英霊などいやしない。 否、仮に彼女以外の“彼女の可能性”が顕現しようとも、それは目の前の少年ではありえない。 何度視ても彼は英霊ではないのだ。 生身の人間に過ぎない。 受肉化していようとも、見分けが付かぬはずがないのだ。 「……大敵と見て恐るるなかれ、小敵と見て侮るなかれ――か。油断はしない、侮りもしない、全力で行かせて貰う」 己の全力を見せ付けると、己の全てを使い打ち込むと、勇士郎は告げる。 聖剣を右手に、守護の鞘を左手に、攻防一体の構えを取り、吼える。 セイバーには不可解だった。 迷いはある、混乱はある。 ありえないはずの聖剣に、ありえないはずの鞘を携えた相手。 だがしかし、今は迷う暇は無い。 戦いを続けよ、迷いを断ち切れとばかりに踏み込み。 「おぉおおっ!」 ――何者だ! その思いを込めて、翻した不可視の聖剣の一撃。 だが、それを――勇士郎の握られた守りの鞘が受け止める。 真正面から受け止め、弾き払う。 「っ!」 英霊の一撃である。 戦車の装甲すらも両断する人外の一撃を、片手で、それも弾かれること無く逆に弾き逸らした。 物理法則ではない紛れもない神秘の作用。 破れぬ、この鞘を被ったままの聖剣では。 切れ味が足りぬ、覚悟が足りぬ、全てが不足する。 セイバーは考える。 鞘から抜くか、風王結界を解き放つか。 思考しながらも剣は停まらない。唸るように打ち合い続ける。 互いの剣の質が変わり行く。 まるで日が暮れ、朝日が昇り、月の形が変わるかのように。 本質は同じであれども、その形容が変わるのだ。 セイバーは細かくステップを踏みながら、その小柄な体重の全てを一切の無駄なく刀身に乗せて、叩き切る荒々しい王者の剣に変わる。 勇士郎は左手に握った盾を持ち、右手に携えた聖剣を振るい、攻防一体の剣技を振るう。 先ほどまで両手で握っていた聖剣、それを片手で振るえば威力が落ちるのは必然。 不可視の剣撃、その見えぬ刃をセイバーの手首の角度と怖気立つ肌の感覚を信じて弾き払う。 真正面から受け止めれば手首が砕け、腕が折れるだろう。馬鹿げた威力のそれを捌くかのように、受け流すかのように、柔らかく、されど鋭く打ち放つ。 互いに切り込ませぬ、竜巻のように迅い回転速度で、されど轟風のように荒々しい斬光を繰り出しあう。 斬撃――それは線であることの極みたる殺害行為。 刺突――それは点であることの極みたる殺傷行為。 剣戟、それは点と線による芸術活動とも言えるのではないのだろうか? ラインアート、空間に斬光という名の色を塗りつけ、刺突という名の点を穿ち絶ち、描き出すは対象の死という凄惨なる芸術活動。 待ち受ける結果はどう足掻いても死という報われぬ結末だというのに、何故にこれほどまでに美しい? 剣の英霊たるセイバー、見れば人を引き付ける、視れば心すらも蕩かす美しき聖剣の乙女よ。 剣技を極め、幾多の戦場で埋もれるほどに手を赤く染め上げた騎士たるもの王。 幾多の人を切り殺し、殺傷し、罪に塗れてもなお、その美しさには何の陰りもない。 美しいと、ただその一言で飾ることしか出来ぬほど、眩く神々しい聖剣の如き美しさを持ちえる少女。 対峙するものは誇らしく、打ち放たれる斬撃は震え立つほどに極められた最高の剣。 それと対峙することは剣士としての誉れに他ならない。 故に、必然として勇士郎は笑みを浮かべる。 紅い外套を纏い、その左手に鞘を、右手に聖剣を携えた、歴史には語られぬ――“聖剣の後継者”は嬉しそうに、されど荒ぶる獅子の如く笑う。 試すのだ。 確かめるのだ。 目の前の正体とも知れぬ少女、騎士たる剣技を振るう、不可視の聖剣を担う剣の英霊に、己の技量を全て魅せよと奮い上がるのだ。 幾多に転生を繰り返し、数百年にもいたる研鑽の高みにある剣技を叩きつけよと剣士としての本能が咆え上がる。 互いに敵だと理解し尽くす。 油断も奢りもしてはならぬと骨の髄まで染み渡っている。 故に、だから、それだからこそ――嬉しい。 一片の容赦もなく、一切の慈悲も必要なく、ただただ全力を注ぎ込めばいい。 単純にして明快であり、己が全力を発揮できる舞台に踏み出せばいい。 遠慮するな。 相手は敵だ。己が全力を出しても勝てるかどうかも分からぬ敵。 血肉の一滴まで搾り出し、ただ目の前の敵を粉砕せよ。 「うぉおおおおお!」 「はぁあああああ!」 互いに上げた獣じみた咆哮。 それは静寂に満たされた新都の大気を揺さぶり、潜むものたちを震え上がらせる獅子の声か。 穿ち、斬りつけ、叩き砕く。 一閃、二閃、三閃、四閃――剣閃を繰り返す毎に速度が上がる、加速する斬撃乱舞。 まるで燃え上がる炎の勢いの如く止まらない。 さらに、さらに、さらに、限界を超えて。 むしろ、むしろ、むしろ、この程度ではないと吼え猛るかのように。 一合毎に速度が上がる、衝突し合う度に重さを増す威力に手が震える、最高であったものがさらなる最高の刃に限界を上書きされ続ける。 骨が軋みを上げる、恍惚と共に。 肉が悲鳴を上げる、歓喜と共に。 全身を巡る血管が、全身に纏う皮膚が、引き攣り、うねりながらも吼え猛る。 進化せよと、強くなれと、されに上へと登り上げよと。 肉体が、魂が、さらなる強さを、目の前の敵を葬るための強さを求め、昂ぶる。 進化・共鳴。 二振りの聖剣が、火花を散らし、金属音を鳴り響かせて、激突を繰り返す。 互いに気付かぬ、互いに気付く。 お互いの刃が進化していると。 十数年の修練にも匹敵する鋭さを、瞬く間に身に付けつつあると。 僅かな刹那にも満たぬ逢瀬に火花を散らして不可視と可視の刀身が貪り合うかのように噛み付き合い、雷光のように引き裂かれ、瞬くよりも早く再び出会う。 どこまで達する。 どこまで登り詰める。 自分でも分からない、相手にも分からぬだろう、凄まじき速度の成長と進化。 強くなり続ける剣の担い手達の斬り合いはまさに世界の歴史。 星が生まれてから過ごした時間に対する人の輪廻の如く、それは切なく、それは短く、濃厚な輝ける剣舞。 闘気、殺気、鬼気、剣気。 あらゆる感覚が、あらゆる大気が、あらゆる気配が入り混じり、優れた感覚が受け止めた幻覚は虚実入り混じりて刃と成し、現実の刃が、幻覚の刃が共に斬りつけ合う。 流れ零れる汗の一滴、それが飛び散り、地面に落ちるまで振り抜かれる斬撃の数は数十合にも至る。 袈裟切り、刺突、切り上げ、逆袈裟、廻し切り、etcetc―― セイバーの振り抜く流星雨の如き隙間無い剣閃はあらゆる角度から勇士郎の鞘の守護を掻い潜ろうとした結果である。 不可視の刀身。 それを利用し、手首を返し、或いは体で握りの位置を押し隠すかのように、無数の斬撃を放った。 されど、それを幾年の経験で、或いはプラーナを注ぎ込み強化した視力で捉えて弾き払い、或いは主を護るために発動する守護の鞘が自動で受け止め、遮断し続ける。 なんという堅牢さだとセイバーは内心舌を巻く。 かつてアサシン――佐々木 小次郎と対峙した時の記憶を思い出す。 彼の繰り出す長刀、その長い間合いから、なによりその全てが斬首の魔性染みた鋭さを持つ全殺の刃に踏み込みかねた。 下手に踏み込めば、瞬く間に首を刈られる。 待ち受けるは死、直線を描くセイバーの剣戟において、曲線を描きながらも匹敵する妖の如き剣鬼の刃。 それと状況は似ていた。 突き崩せぬという一点において。 汗が零れる、全身の細胞が震えて、ドクドクと流れる心臓の動きを感じ取る。 セイバー、異例なる英霊。 その肉体は成長を止めた生身の人間だからか。 英霊として強化はされている、されど生前と全く変わらぬ己の肉体が囁いているのだ。 ――抜けと。 聖剣を解き放て、鞘に納めたまま斬れるほど敵は甘くはない。 敵は全力を出した、ならば答えるのが礼儀だろう。 騎士の誇りがそう告げるのだ。いや、それは騎士の誇りでは無い。 剣への渇望。 全力を出したい、己の全てを持ってぶつかり合いたいという剣に魅せられた魂が囁く誘惑。 騎士王たる修練の果て、潜り抜けた戦場の果てに身に付けた剣技が魂すら縛り上げ、本音を引き出すのだ。 剣に生きた、剣に選ばれた、剣により死に絶える。 選定の剣を引き抜きし時よりセイバーは剣と共にあることを定められし剣の申し子。 もはや剣無しでは生きられぬ。 もはや剣無しでは存在意義はない。 ならば、迷う必要もあるまい。 「ふっ!」 息を吐き出し、降り注いだ勇士郎の斬撃を弾き払うと、とんっと風のようにセイバーが一歩後ろに下がる。 「……これまでの無礼を詫びましょう」 「?」 勇士郎は眉を歪め、鞘たる楯を構えながら、セイバーの動向に注意する。 「貴方は強い。正体は知りません、何故そこまで強いのかも知りません。何故貴方がその聖剣を、鞘を持っているのかも知りません」 ゆっくりとセイバーは不可視の聖剣を握り締め、ただ真っ直ぐに、勇士郎に燃え滾る双眸を向けながら告げる。 「しかし、一つだけ分かることがあります」 ……風が唸り出す。 世界が突如戦慄き出した。 まるで怯えるかのように、世界が震撼する。 来たぞ、来たぞ、と喝采を上げるかのように大気が渦巻き、風が踊り狂い、その開封を見届ける。 祝福せよ、祝福せよ。 喝采せよ、喝采せよ。 その開封を、世界により選ばれし神造兵器の美しき姿に歓喜せよ。 「貴方には私の全力を見せる必要があると!」 そして、聖剣は引き抜かれた。 恐れるがいい。 星が鍛えし最高の聖剣の輝きに! ← Prev Next →
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607: 高嶺の花と放課後 第9話 :2020/01/04(土) 15 24 32 ID aKFulWyM 第9話 秒針が時を刻む音、筆が文字を刻む音、それとしばしば震える携帯電話の着信音が僕の部屋で静かに奏でている。 正確には奏でているのを聞いてしまっている、集中していない証拠だ。 ここ最近では文化祭もいよいよ間近となり 放課後には非日常の賑わいで溢れてきている。 僕自身も看板製作をしていることもあり放課後の学校での執筆ができず少々おろそかになっていた。 だから「自分の中で溜まった不満を発散するように書きなぐる」という自分を遠くから予測する自分がいたのだが実のところそれほど不満も溜まっていなければ発散したいとも思ってはいなかった。 単なるモチベーションの低下なのかどうかは分かりかねるがおそらくそれも違うような気がする。 「…ふぅ」 ため息をひとつ吐いて筆を置きそろそろ彼女の相手をしようかと携帯電話に手を伸ばした時、来客の知らせが部屋に静かに届いた。 控えめなノック、珍しい来客だ。 「入ってもいい?」 「どうぞ」 お盆を片手にした義母がゆっくりと部屋に入ってきた。 「お隣さんからね、美味しいくず餅をいただいたの。お茶も入れてきたからどうぞ」 「ありがとう義母さん。ちょうど一息入れようと思っていたところなんだ」 「そう、ならよかったわ」 義母からお盆ごとお茶とくず餅を受け取る。 その間にも僕の携帯が震える。 「随分とひっきりなしに連絡が来るわね。時期が時期だから文化祭の連絡か何かかしら?」 その通りだ、と誤魔化すことも考えたがわざわざ隠す意味も必要もないと思ったので僕は素直に彼女について話すことにした。 「義母さん」 「ん?」 「僕、その…彼女ができたんだ」 たったそれだけのことを伝えるだけなのに気恥ずかしさで体温が上昇するのがわかる。 「あら!もしかしてこの前に言ってた子?」 「うん…高嶺 華っていう子なんだ」 すると義母さんは目を見開いて両の手の指先を合わせ歓喜とも呼べる感情を表現した。 「おめでとう、遍くん!どっちから告白したの?」 「えっと…一応向こうからかな」 告白と呼ぶにはあまりにも激しいものではあったのだが。 「そう良かったわね…もし機会があったら会ってみたいな。それじゃあもしかしてさっきから連絡来てるのは華ちゃんからかな?」 「多分、というよりかは間違いなくそうだと思う」 「随分頻繁に連絡きて…愛されてるわねぇ」 茶化すような口調で僕をからかう。 「からかうのはよしておくれよ。かなり今羞恥で頭がいっぱいいっぱいなんだ」 「あら恥ずかしがることなんてないのに。でもごめんなさい、つい嬉しくなってね」 「僕に彼女が出来て嬉しいのかい?」 「嬉しいに決まってるじゃない。子供に恋人が出来て喜ばない親なんていないわ」 608: 高嶺の花と放課後 第9話 :2020/01/04(土) 15 25 31 ID aKFulWyM それにしても、と義母は付け足す。 「そんなに頻繁に連絡するのであればメールじゃ少し不便じゃないかしら。そろそろ遍くんもガラケーからスマホに変えてラインとか始めてみたらどう?」 ライン。 知らないだけで驚くほど驚かれたもの。 どうやら連絡手段の一つであることは分かったのだが。 「そう…かな。ラインってそんなに便利なものかな?」 「えぇ、そんなにメッセージが来るなら尚更よ。その携帯も使い始めて長いことだしそろそろ変えてきなさいな」 「義母さんがそう言うのであれば変えてみようかな。次の日曜日に一緒に買いに行くような感じでいいかな?」 義母は小さく笑った後、人差し指で僕の額を一度つつく。 「ダメよ遍くん。そういうのは私じゃなくて他に言う人がいるんじゃないの?」 「他の人?」 「ふふ鈍いわねぇ、彼女をデートに誘いなさいって私は言ったのよ」 「あっ…」 「お金なら心配しなくていいわ、後で渡してあげるから」 余分にね、と最後に加えながら義母は言った。 「さて、そろそろ私は出ましょうかね。遍くんが彼女の相手しないと向こうもいつ愛想つかすか分からないもの」 「ははは、ありがとう義母さん」 「いいのよ、ってそうだ。忘れるところだったわ」 急に何かを思い出したかのように一枚の用紙を僕に手渡してきた。 「なんだいこれは?」 「八文社がね、小説の公募をしてたから一応遍くんにも教えてあげようと思ってね」 内容を見てみると「ジャンルは問わない短編小説を募集」との旨の公募が書かれていた。 「八分社のホームページに載っていたんだけどね、遍くんインターネットとか疎いからもしかしたらこういうのも知らないんじゃないのかなーって思ってね」 なるほど確かにそうだ。 今はもう情報社会、文学の公募だってインターネットで行われるであろう。 義母の指摘通り、自分自身そういったインターネット等の類は苦手としていたからこのような公募を見落としていたわけだ。 「遍くん、もし本気で小説家への道を考えているんだったらまずはこういったことから挑戦していくべきなんじゃないかしら?…なんてお節介が過ぎたかな」 自嘲気味に笑みを浮かべる。 「ううん、助かったよ。義母さんの言う通りどうも僕はこういった情報収集が苦手だったからね」 「あまり苦手なことは咎めないけれどインターネット社会になってきてるから苦手が苦手なままだとこれから少し苦労すると思うわよ」 「…そうだね、克服の第一歩としてまずは華と携帯を買ってくるよ」 「そうね、それがいいと思うわ。じゃあ遍くん、頑張ってね」 「ありがとう、義母さん」 義母が部屋からでると僕はたった今まで書いていたノートを閉じ、机の中から原稿用紙を取り出した。 八文社の短編小説の公募。 一つ大きな目標ができた僕は先程まで燻っていたやる気が焚き火のように燃え上がるような感覚が湧いてきた。 「…よし」 結局その日彼女の連絡の返事を疎かにしてまでできた結果は8つほど丸められた原稿用紙だけだった。 609: 高嶺の花と放課後 第9話 :2020/01/04(土) 15 27 39 ID aKFulWyM ーーーーーーーーー ーーーーーーー ーーーーー ーーー ー 「はいっ、あ~~ん」 「あ、あーん…」 甘い。 そう、甘い。so sweet 甘すぎる。 甘ったるいのが口の中に入れられたケーキなのかはたまた可憐な少女が僕の口の中にケーキを入れるという行為なのかは分かりかねる。 あるいは両方なのかもしれない。 「あなたたち、この間とは随分と変わった関係になったんじゃない?」 カタリ、と陽子さんは横から珈琲を机の上に乗せた。 いよいよ文化祭が1週間後に迫るという週末に僕と華は『歩絵夢』に訪れていた。 「えへへ、やっぱり分かっちゃうかなぁ」 「分かっちゃうもなにもバレバレよ。しかし随分小さい頃から華ちゃんを見てきてどんな男の子が恋人になるかと思ってたけど不知火くんみたいな男の子だとはねぇ」 「…ははは、僕なんかで恐縮です」 なんとも言えない居心地の悪さに乾いた笑いをすると、華からデコピンが飛んできた。 額に鈍痛が走る。 「またそーやって、自分のこと悪くゆうー」 「いたた、僕そんなこと言ったかい?」 「ゆったよ!『僕なんか』って」 「そういうつもりではなかったのだけれど無意識に出てしまったから性分ということで許してはくれないかな」 「いやよ。いくら遍でも私の好きな人の悪口は許さないんだから」 「あーあ見せつけてくれちゃって」 少々呆れたような表情で陽子さんはこちらを眺める。 「この子絶対モテるくせに男の影1つも見せないんだから。正直この間不知火くんを連れてくるまでレズかもしれないと思ってたくらいよ」 「え?僕が初めての男子だったんですか?」 「そうよ。だから私華ちゃんが男の子を連れてきたから嬉しかったのよ?」 「い、意外ですねぇ」 男子で初めて連れてこれたことが分かり口角が上がりそうになるのを珈琲を口にして抑える。 「なぁーに?不知火くんまだ私のこと尻軽女だと思ってるの?」 「ご、誤解だ。それは誤解だってば。そんなことは寸分にも思っていないさ」 「つまりあの時から脈アリだったってワケね」 「よ、陽子さんは小さい頃から華を幼い頃から知っていると言ってましたけどお二人はどのくらいのお付き合いをしてるんですか?」 なんとも居心地の悪い空気になり始めたので話題を変えなくてはと意識を働かせる。 「んー、元々この子の両親が常連さんでね。初めて来たときはこの子が小学生高学年くらいだったかな。中学生になる頃にはもう一人でよく来てたわ」 「凄いですね。僕が中学生の頃はただただ本を読んでただけですよ」 「凄い…ね。でも遍くん、女子中学生が一人で喫茶店に通うのは凄いっていうんじゃなくてませてるっていうのよ」 すると華はまるで心外だと言わんばかりに目を見開いた。 「ひっどーい陽子さん!そんなこと思ってたの!?」 そんな様子の華を陽子さんは余裕の笑みで返す。 「ふふん、確かにあなたは可愛いけど私から見たらまだまだ子供ってことなのよ。これからもどんどん自分磨かないと遍くん目移りしちゃうかもよ?」 その余裕の笑みはどうやら僕にも向けられ始めたらしい。 「いやいやまさか、むしろ愛想尽かされるのは僕の方…」 口に出してからしまったと思った。 再三注意されているのにも関わらずもはや癖となってしまっている自虐はどうにも無意識のうちに出てしまった。 これはまた咎められると恐る恐る華の様子を見る。 「…さない」 「え?」 「遍は渡さない、そう言ったのよ。誰だろうと関係ないよ」 瞬間やや驚いたような表情を浮かべた陽子さんだったが一旦目を伏せ、ため息を一つ吐いた。 「…いい華ちゃん?遍くんも。あのね、束縛っていうのはしすぎてもしなさすぎてもどちらとも問題なものなのよ。さっきから薄々感じてたけど華ちゃんは前者だし遍くんは後者。良い塩梅っていうのがあるんだからお互い直していきなさいよ。これはあなたたち二人のためを思っていっているんだからね」 610: 高嶺の花と放課後 第9話 :2020/01/04(土) 15 28 38 ID aKFulWyM 後は二人で話してみなさいと残し陽子さんは踵を翻し厨房へと戻っていった。 「…遍は私のことどう思ってるの?」 それは勿論 「好きだよ」 自分が思っているよりもすんなりと口から出たその言葉に自分自身が驚いた。 「私もね…遍が好き。でもきっと私の好きと遍の好きは違う」 彼女は僕ではないどこかを空虚な目で見つめながら僕へと告げてゆく。 「遍に触れたい。遍を抱きたい、抱きしめたい。遍とキスしたいし、その先だってそう。ううん、もういっそのこと遍を食べたいし、遍をこ…」 彼女は何かを言いかけた口を一旦閉じてまた開き直した。 「…とにかくそれぐらい好きなの、愛してるの。もうどうにかなっちゃいそう」 彼女はほんの少し寂しそうな笑いをしてもう一度僕に問うた。 「ねぇ、遍。私のこと"好き"?」 そして僕は同じ言葉をもう一度すんなり出すことはできなかった。 「…華はさ、どうして僕のことを好きになったんだい?君は以前言っていたよね、優しい人、かっこいい人はいくらでもいる、と。確かに僕よりかっこいい人はもとより僕より優しい人だっている。僕が特段優しい人間だと自負するつもりはないんだけどね。彼らではなく僕である理由がわからないんだ」 「…何度も何度も伝えてるつもりなんだけどなぁ。遍は私から愛されてる理由が欲しいんだね」 「理由…か。結局僕の人生で積み上げて来たものに自信がないんだろうね。だからこうして理由を求めているのかもしれない。不知火遍ってそういう弱い男なんだ」 なんとも情けない笑みを浮かべるしかない。 「じゃあはっきりと答えてあげる。私が遍を愛してる理由なんてないよ」 どうやら僕は求めていた答えにたどり着けないみたいだ。 喉から伸ばした手を舌の根に引っ込める僕を見て彼女はクスリと笑った。 「…遍、余計に私が分からなくなったって顔してるね。そうだよ、愛してる理由なんてない。ううん、理由がないから愛してるんだよ。好きな所を言えって言われたらいくらでも言ってあげるけど好きな所がなんで好きなのって聞くのってすごく野暮じゃない?だって好きなんだもの。これは頭で考えることじゃなくて思いがあふれるものなんだから」 彼女は一旦紅茶に口をつける。 「じゃあ聞いてあげる。遍はなんで本が好きなの?」 思ってもみない質問だった。 「えっ…と、本を読むことで小説の中の世界を体感できるから、か…な」 「小説の中の世界が体感できるから本が好きになったの?」 そう言われると違うような気もする。 「遍それはね、遍にとって本の好きなところの一つであって遍が本が好きな理由ではないんだよ」 「そういうことに…なるのかな」 「ふふ、ほら、理由なんていらないじゃない。好きなものがなぜ好きかなんて。だって好きなんだもの。心がそう想っているの。遍を愛してるっていう気持ちはもう私の本能だよ」 「きっと遍は私のことを好きなところをいちいち理由をつけてるんだよ。アハハ、いいの大丈夫」 彼女はそっと席を立ち上がりそのまま僕の隣へと座りこう囁いた。 「理屈じゃない、本能で好きになるってこと、これからたっぷりと時間をかけて教えてあげる」 背筋を貫かれる、普段の明るい彼女からは想像も出来ないその底冷えするその声に。 「さっ、ケータイショップに行こっか。遍がガラケーからスマホに変えてくれるんだもんねっ。ラインの使い方とか教えたいし、せっかくのデートだもん。行きたいとこ山ほどあるんだから」 611: 高嶺の花と放課後 第9話 :2020/01/04(土) 15 29 44 ID aKFulWyM ーーーーーーーーー ーーーーーーー ーーーーー ーーー ー 「すごいや。僕のこの手には人類が積み重ねてきた研鑽の賜物が握り締められているんだね」 「あはは、大袈裟だなぁ遍は、ただのスマホだよ?」 「いやいや、いざ手にしてみると人類の進歩というのが文字通り肌から感じるよ」 「ああもう、いちいち反応が愛おしいなぁ」 「…あまりそうやって直情的に想いを伝えられると歯が浮くような気分になるなぁ」 「だって遍、こうやって伝えないとまだまだ分かってくれないみたいだからね、私の気持ち」 「…僕も努力するよ、華に愛想を尽かされてしまわないようにね」 「はいダメ~。私が愛想尽かすことがありうるって考えてる時点ダメだよ、遍。うんでもいいの、今は。そういうのは愛する妻…じゃなくて恋人である私が教えて、支えて、染めてあげる」 腕を後ろで組み、余裕のある笑みでそう宣言される。 「さ、まだお昼すぎだもんね。どこ行こっか?」 「さっき行きたいところは山ほどあるって行ってたよね。華はどこか行きたいところがあるんじゃあないのかい?」 「私?私は遍と一緒ならどこでもいいよ。たしかに色んなところに行きたいんだけど遍と一緒ならどこでもいいかなぁって思っちゃうんだよね、えへへ」 まいったな、そう思わざるを得ない。 義母に言われた通りに華をデートに誘うまでは良かったが、肝心の何をするかをあまり考えていなかった。 己の計画性のなさを少々呪ってしまう。 「ごめんね、せっかく華を誘ったのに考え無しだった」 「んーん。いいの遍と一緒に居られるだけで私は幸せだから。遍はどこか行きたい場所とかある?」 行きたい場所というと本屋だが、デートに行くしてはいかがなものかと考えてしまう。 公募の短編小説の参考にするために、様々な文学に触れておきたいのだが、きっと僕は一人で読み更けてしまうし彼女は待ちぼうけてしまうだろう。 「…行きたい所…あっ…」 あるではないか、文学も学べてかつデートにも最適な場所が。 「どっか思い当たった?」 「華、映画に行こうか」 「わぁ…映画かぁ…いいねぇ。デートみたい!」 「…みたいというか僕はもとよりそのつもりなんだけどな…」 少々照れ臭くなり、頰を二、三度掻いてしまう。 「ふふ、そーでしたっ。それじゃあ映画館にいこっか」 「提案しておいて申し訳ないんだけれども、僕あんまり映画館とか行かないから場所が分からないんだ」 「もう、しょうがないなぁ~」 絹のように柔らかな肌触りが指先に伝わる。 彼女の右手と僕の左手が重なり、そして熱を帯びていく。 「私が連れて行ってあげる。まかせて、場所わかるから」 「あ…うん」 どうしても彼女と結ばれた先が気になってしまい情けない返事しかできなかった。 「そうと決まれば善は急げだね。早く着けば見れる映画の種類が増えるかもしれないしね」 彼女が思いを馳せるように映画館へと駆けていく。 そしてそれに釣られれるように僕の左手から自然と駆け足になる。 少しずつ、少しずつ。彼女と並行するように歩みを進める。 やがて並行となった僕らは銀杏が香るイチョウ並木と残暑が過ぎ去りすっかり秋となった空気を通り抜けて行く。 木々を抜け、道を抜け、街を抜け。 そうやって僕らが映画館に着く頃には季節外れの汗にまみれ、秋風がひやりと首筋を撫でていく。 612: 高嶺の花と放課後 第9話 :2020/01/04(土) 15 30 53 ID aKFulWyM 「はぁ…はぁ…ふぅ、さて。今は何が上映中かなぁ」 息を整え、映画館の中へと踏み入れていく。 「普段僕は映画なんて見ないからどんなのをやってるかわかんないや」 「んー、友達とかから評判良かったのが確か2つくらいあった気がするん…ああー!!!」 突然、華が大きな声を出してしまったがために僕はびっくりしてしまった。 「わ、どうしたんだい」 「その2つともちょうど10分前に始まっちゃってるよぉ」 「それは…、」 なんとも悲運。 かえって走ってきた分、余計に損した気分になってしまう。 「どうしよう~、冒頭見逃しちゃったけどまだ見れるかな。それとも別のやつを見る?」 「冒頭を逃してしまうとどうにも世界観に入り込み辛いよね。いまから見れそうなのは他に何があるかな?」 「あれとあれだね」 彼女は館内にある電光掲示板を指を指す。 ひとつは邦画、もうひとつはどうやら洋画のようだ。 「遍はどっちが見たい?」 「僕は…」 邦画の題名にちらと目をやる。 『夢少女』 見覚えのある題名だった。 「そうだ、池田秋信の原作の映画だ」 「池田秋信?」 「そっか、本の虫以外にはあまり知られない名前かもね。僕の好きな作家なんだ」 「ふぅん、他にはどんな本を書いているの」 「『王殺し』とか『顔が消えた世界で』とか書いてる人なんだけど、たぶん知らないよね」 「わかんないや、ごめんね…。んーっと、それじゃああの『夢少女』を見る?あ、それともひょっとして遍は原作読んでたりする?」 「いや好きな作家とか言っておいて恥ずかしいんだけれどもまだいくつか見てない作品があるんだ。『夢少女』もそのひとつだよ」 「じゃあそれ見よっか!」 「いいのかい?僕がいうのもあれだけど原作者は少し癖があると思うよ」 「いいの!遍が好きなものを私見てみたい!」 「それじゃあ、『夢少女』を見ようか」 僕ら二人で券売機の前まで行き、扱いがわかっていない僕に華が一つ一つ買い方を教えてくれる。 (映画館なんて久しぶりだなぁ) 綾音と出かける時もあまり映画館に来た覚えはないように思える。 きっとこの可憐な少女に出会わなければ今頃、部屋に篭っては駄文を書き続けていただろうな。 ふと目を離した隙に、華はなにやら抱えていた。 「えへへ、ポップコーン買ってきちゃった!一緒に食べよ?」 「あはは、買いすぎだよ華」 「いやいや、絶対二人なら食べきれるよ!」 原作者が僕の好きな作家だからか、久方ぶり映画だからか、それとも彼女と観る映画だからか。 僕はワクワクしながら上映ルームへと足を運ばせていった。 …。 ………。 ……………。 「あはは、最後泣いちゃった」 「僕も泣きそうだったなぁ」 『夢少女』を見終わった僕らは黄昏に包まれた街の中で帰路についていた。 『夢少女』 ある日からとある一人の少女の夢を見始める男の物語。 毎晩眠りにつくたびに会える彼女に心惹かれていく主人公は、募りに募った想いを少女に打ち明けると次の日から夢を見なくなる。 やがて現実が夢だと思い込むようになり自暴自棄に堕ちていく主人公だが、もう一度だけ見た少女の夢により厳しい現実を乗り越えていく物語だった。 「ね…遍」 「ん?どうしたんだい」 「私たちは…夢じゃないよね?」 不安そうな表情で僕の頰に触れる彼女も、たったそれだけのことで頰を紅潮させる僕も、きっと 「夢じゃないよ」 「嬉しい。あのね遍、私幸せなんだ。好きだよ」 僕もだ、と返そうと開いた口は不意に近づいた彼女の唇によって塞がれた。 「えへへ、付き合ってからはじめてのキスだね」 告白の時のあの乱暴な接吻は彼女の中での「付き合ってから」の期間の中には含まれていないのだろうか。 少しそんな野暮な考えが浮かぶが、僕の目の前に居たのはあの時の暴力的な感じの彼女ではなく、間違いなく僕が以前から惹かれていた夕日に美しく可憐な彼女だった。 613: 高嶺の花と放課後 第9話 :2020/01/04(土) 15 33 15 ID aKFulWyM ーーーーーーーーー ーーーーーーー ーーーーー ーーー ー 日々の学業に勤しみながら、否。 学業が疎かになっても仕方がない、そんな雰囲気があるのはあと三日で文化祭が始まるという差し迫った状況からだろう。 かく言う僕ら看板製作組もそんな慌ただしさを掻き立てる一員となっていた。 「ったくよぉ、チンタラやってたあいつらが悪いのに何で俺らが小物製作も分担しないといけないんだよ」 「ははは、仕方がないさ。メインの看板は大方終わりかけているし手伝ってあげれるのならそれに越したことはないさ」 「そうだよ~。それに喫茶店はクラス全員の出し物だからね~。わたしたちの仕事はみんなの仕事、みんなの仕事はわたしたちの仕事だよ~」 「おまえら本当にいい子かよ。わーったよ、やるよやるさ!やりゃいいんだろ!」 文句こそ垂れど結局一番作業に力を入れてるのは桐生くんであり、彼こそ『いい子』に相当するだろうと考えると、なんだか滑稽に思えて来てしまう。 とはいえ少々憤慨しているのも事実らしく、養生テープを剥がす音がやけにけたたましく聞こえる。 「あー、このペースだとテープ無くなりそうだなぁ」 「確か用務員室に予備のテープがまだあったはずだけど」 「そっか。んじゃ俺、用務員室行ってくるから二人ともよろしくな」 「は~い」 桐生くんがその場を離れると残された僕らふたりの間を沈黙が支配した。 それもそうだろう、僕はあまり積極的に話しかける性分でもないし、小岩井さんもどちらかといえばその通りだろう。 「不知火くん~、ちょっとい~い?」 「どうしたんだい小岩井さん?」 「不知火くんは文化祭誰と回るの~?」 思っても見なかった質問だった。 看板製作の仲間として関わり始めてから今まで僕と小岩井さんの二人で他愛のない会話をした記憶がなかったのだ。 「僕か、あんまり考えてなかったなぁ。恐らく今年は妹と一緒に回ることになるんじゃあないかとは思っているんだけれどもね」 「じゃあ一緒に回ろ~」 いつもと変わらない小岩井さんを象徴するかのようなのんびりとした言い方で、そんな穏やかで優しい言い方で。 「一緒にって僕とかい?」 「うん、そうだよ~」 ああなんだ、看板製作を共にした誼みで僕を誘っているのか。 ならばと 「じゃあ、桐生くんは僕から誘おうか」 「ん~ん、違うの。私二人で周りたいの」 文化祭まであと三日だ。 文化祭まで差し迫った状況だ。 「不知火くん、あのね」 だからいつもの放課後とは違う、クラスメイトたちの活気が溢れているこの教室で。 どうしてこうも喧騒から逃れたように彼女の声がはっきり聞こえるのだろうか。 「私、不知火くんのこと好きなんだぁ」 614: 高嶺の花と放課後 第9話 :2020/01/04(土) 15 34 35 ID aKFulWyM いつものように間延びしたような口調でそう告げた。 潤んだ瞳、いつもと異なる口調、震えている指先。 そのどれもが彼女の緊張を僕に伝えるには十分なものだった。 いつも僕に付き纏うあの疑問が喉から這いずり出そうになるがそれよりも先に僕は伝えなければならないことがある。 僕の口はそれを一番よくわかっていた。 「ごめん。小岩井さん、僕にはそれができない、交際をしている女性がいるんだ。だから、ごめんなさい」 「…。そうなんだ~。あはは、ごめんねぇ、ちょっとトイレに行ってくるね」 反射的に僕も立ち上がり付いていこうとするが他でもない僕自身が地面に足を縫い付けている。 彼女が用を足しにこの場を去ったわけではないということぐらい、さすがに僕でも分かる。 追う資格なんてないのに、付いて行ったってなにもできやしないのに。 許しを乞うてしまいたい。僕なんかを好きになってくれてありがとう。僕なんかが想いを断ってごめん。 あぁ、華はいったいどうやって彼らの想いを受け止めていたのだろうか。 この背負いきれない想いを。 ーーーーーーーーー ーーーーーーー ーーーーー ーーー ー 「なんでかなぁ、ふふ、あはは、なんでかなぁ」 目を覚ますと後頭部に激しい痛み、脳が揺れる感覚、血脈が流れる鼓動を強く感じる。 吐き気もする。心も痛い。心身ともに衰弱しきっている。 自分が今どういう状況に陥ってるのかすら把握していない。 最早、夢か現実かも定かではなかった。 615: 高嶺の花と放課後 第9話 :2020/01/04(土) 15 35 18 ID aKFulWyM 「あ、やっと目を覚ましたんだね、奏波」 (そうだ、私は不知火くんにフラれたんだ) 「ねぇ…知ってた?社会科教室って鍵は開きっぱなしだし放課後は全然人こないんだよ。告白に御誂え向きな場所だからよく呼ばれるんだぁ、ここ。アハッ、御誂え向きだなんて難しい言葉、遍の言葉遣いが移っちゃったかなぁ」 にわかには信じがたい様子のおかしい親友の姿も、今ここが現実であること認識することを難しくしていた。 夢を、悪夢を見ているのではないか。 そう思ってしまう。 「ねぇ奏波?なんで遍を好きになったのかな?ありえないよね?だって私と遍は運命の赤い糸で結ばれているんだもの。他人共が入る余地なんてない、そうよね?お姫様と王子様、二人は末永く愛し合いましたとさめでたしめでたし、物語はそこで終わるの、それ以上先に登場人物なんていらないし、増してやそれを邪魔するなんてありえないの。…まぁそれに関してはあなただけに限った話ではないんだけどね」 「文化祭かなんだか知らないけど浮かれた奴らが…いえ、そもそも登場なんてあってはいけない奴らが一人また一人と私に告白してくるのよ。私はもうすでに一人に愛を、人生を 、全てを!…捧げると誓った身なのに、その誓いをあいつらは破ろうとやってくるのよ?そうね、少し前までは煩わしいとくらいにしか思わなかったけれども今ではもう憎しみとも言える感情が湧いてくるのよ。腑が煮えくり返るとはよく言ったものね、今にも底から溢れる憎悪で内臓が爛れそうよ」 「遍がダメって言うから我慢してたけど…。…まだ私に来る分にはいいや…いいけどさ!!!遍にまで幸せをぶち壊す悪魔が忍び寄って来るのなら、あはは、もう我慢の限界だよ!!!!おかしいよ、おかしいよね?なんでわざわざ私達の愛を隠さないといけないのよ!!!」 遍といえば、確か想いを寄せた男子生徒の名がそれだった。 「じゃあ…」 「ん?」 「じゃあ不知火くんが言ってた恋人って…」 「そうよ?私よ、他に誰がいるのよ。いるわけがないでしょ。私と不知火遍は出会うべくしてこの世に生を授かって17年という時の障害を越えてやっと出会った真実の愛を誓い合う運命の恋人なんだから」 「そんな…私知ってたらちゃんと引いてたのに…」 こんな想いにならなかったのに。 同時にそう思う。 「だから言ってるじゃない、遍に口止めされているのよ。まぁ良き妻としては夫の望みをなんでも叶えてあげたいと思うけど、どうしたものかしら」 不知火くんはどうして交際を隠したがったんだろう。 いくつもわからない疑問が浮かんでくる。 しかしそのひとつひとつを解決する間も与えないように親友は続けた。 「ねぇ…奏波。あなた一体幾つの罪を犯したか自分で分かってる?」 「つ…み?」 いつもと違う様子の友人はいつもと変わらない笑みを浮かべる。 「遍と目を合わせた回数117回、遍と会話をした回数52回、遍に触れた回数12回、遍に告白した回数1回。これがあなたの罪の数よ、奏波。人はね、罪の数だけ罰を受けなきゃいけないの。だからね…」 歪なのにどこか美しさを感じるその笑みを浮かべる彼女は 「頑張ってね、かなみ?」 私には悪魔に見えた。
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やくざ者という言葉は、元は博徒や的屋を指して、使われていたものだという。 もちろん全ての博徒や的屋が、不健全な人間だったわけではないが、社会の鼻つまみ者達が、多く流れてきたのは事実ではあった。 暖かい色の明かりが部屋全体を照らしている。太陽が沈み暗闇に落ちた外から人を守るように、光は家族を包んでいる。 街を騒がせる大規模な連続殺人。恐怖を煽るニュースにも無縁だと、家の中は笑顔で賑わっていた。 光とは安寧の元だ。神が与えた原初の火に始まり、照らされる場所に人は集まり寄り添う。 人は闇と戦う手段を手に入れ、現代に至るまで光は人と共にある。 「わあすごい!これお姉ちゃんが作ったの!?」 「こらモモ、お行儀が悪いわよ」 四人が囲ってもまだ少し余裕があるテーブルに並ぶのは、色鮮やかな料理の数々。 やわらかいパンに新鮮なサラダ、湯気が立つスープと香ばしく焼けた肉が食欲を誘う。 幼い次女が待ち切れず、フォークを手に取ろうとするのを母がたしなめている。 「お母様の言う通りです。食事の前は神様が降りてくる時間、きちんとお祈りをして感謝の言葉を伝えなければいけませんよ」 「はぁーい」 まだ神の教えを十分に理解しておらず、作法の大事さもわからない幼子は、しかしもう一人の声には素直に従った。 言葉の内容云ではなく話した人そのものへの信愛に応えたがためだ。 「ははは、おまえよりマルタさんの言葉の方がよっぽど効果があるようだ。すっかり懐いてしまったな」 椅子に座るのは家族四人と、昨日から家に招かれた長女の友人だ。旅行に海を渡って来たものの今の東京は折悪く起きた連続殺人で治安が悪い。 不安に思っていたところで偶然知り合い、信仰を志す縁で家族のみで暮らすには広い教会に一時の滞在に預かる身であった。 「さあ、それじゃあ祈りましょう」 全員が椅子に座ったところで食前の祈りを捧げる。 父と母は教えに則り感謝の言葉を述べ、まだ意味がよく分からない次女も倣うように手を合わせる。 客分であるその女性は、神父である父から見ても完璧に過ぎた姿勢で祈りに臨んでいた。 清く美しく、無償の愛(アガペー)に満ちた聖なる画の如き佇まい。 自分以上に信仰を積んでいると確信させる女性は、一日寝食を共にしただけで夫婦双方から大きな信頼を得ていた。 ともすれば目の前のこの人にこそ自分達は祈るべきでないのかと、不遜なる考えを抱いてしまうほどの。 全ての信徒が模範とすべき理想形がここには顕在していた。 「―――いただきます」 そして、祈りの動作はちゃんとしながらその光景を眺めていた長女は。 目の前の団欒に目と耳を傾けることなく食事のみに集中していた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 教会屋上。 信仰の象徴たる十字が建てられた下で、冷えた大気に身を晒す二人。 その一人は長い赤の髪を上に纏めた十代前半の少女だ。 星空瞬く空を鏡合わせに、無数の電灯が煌めく地上。 夜の街を一瞥する瞳は生まれてから重ねた年月に釣り合わないほど冷めており―――佐倉杏子の送った人生の苛烈さの証となっている。 住む場所はなく、適当なホテルに無断で宿泊する毎日。 食料の確保には窃盗は当たり前、コンビニのレジをこじ開け金銭を奪うのも日常茶飯事。 荒んだ生活を見た目は中学生の少女が不自由なく送れるのは、奇跡の残滓たる魔法の力あってこそ。 自分の力を自分の欲望に用いる。躊躇などない。そうする事でしか生きられない以上迷いなどない。 杏子の送ってきた生活とはそういものだ。完全に順応して習慣になってしまうほど馴染んでいた。 「でさ……何やってんだよあんた?」 杏子は隣にいる英霊に問いを投げた。 先ほども家族と一緒に食事を共にしていた旅人であった。 清廉。そのような一言が凝縮された女がいた。 それだけで言い表せるような器量で収まらない乙女であるが、見た者は始めにその一言を連想するに違いない。 激する性質を思わせる杏子の赤髪に反した、紫水晶色の長髪。宝石や金銀財宝の豪奢とは異なる、渓谷に注ぐ透き通った水流の自然なる美。 地上の電灯と天空の星々に照らされてるだけの筈のそれは髪自体が光り輝いているよう。 身に纏う衣装は現代の街並みには溶け込まない意向だが、鋼の鎧といった戦士の、戦いの道具という印象からは程遠い。 手足に最低限の装具をはめる以外には実りの均整が取れた体を包む法衣のみ。彼女が武に行き覇を唱えた勇士ではない事を示している。 清らかで優しい、輝くばかりのひと。 その名だけで人々の心の寄る辺となり、希望を在り示してくれる、力ある言葉。 それ即ちは聖女。奇跡を成した聖者の列に身を置く者。 それが佐倉杏子の片翼。聖杯戦争を共に行くサーヴァントだ。 ライダー、その真名をマルタ。 救世主の言葉を直に受け、御子の処刑の後も信仰を捨てる事なく、時の帝国によって追放されるも死せず神の恩寵を受けた者。 布教の道程、ローヌ川沿いのネルルクの町にて、人々を苦しめる暴虐の竜タラスクを鎮めた竜使い。 その宗教に属さずとも知らぬ者はいない、世界中で崇敬されるその人であった。 「何、と言われても。マスターとその家族に料理を振る舞っただけよ?嫌いなものでも入ってた?」 「……好き嫌いとかはないよ。ウミガメのスープは美味かったし。肉の叩きも汁がすごかった」 「お粗末様」 杏子を見つめるアクアマリンの瞳は慈しみに満ちていた。 その言葉遣いは、彼女と関わった者の多くが見る顔とは違っていた。 礼節を欠いてるわけではなく。さりとてサーヴァントがマスターに、従者が主に、聖人が他者に向けるものとしては間違いがあるような。 どちらかといえば、穏やかな気質の姉が春を迎える年頃の妹にかけるような、親しい間柄でのみ見せるやり取りだった。 「出されたものは残さず頂く。立派な心がけだわ」 「そんな大層なものでもないだろ。腹が空いたら食えるだけ食っとくってだけの話だ」 選ぶ余裕のない生活を送っていた杏子にとって、食事は取れる時に取っておくという考えだ。 味の善し悪しや心情で手を付けない粗末な真似は自分は勿論、他者にも許さない。だから出された料理は食べるし残しもしない。 幼少から触れてきた教えも少なからず関係しているのだろう。どう受け止めようと過去の習慣は消えずに沁みっている。 「おかわりもしてたものね。うんうん、食べ盛りの子はそうでなくちゃ」 「っガキ扱いすんな!」 杏子の舌に残るのは素朴で、郷愁を誘う母の味だ。今も住居も兼ねている教会で眠っている実の母を尻目にして。 悪くない料理だった。美味しかったという感想に偽りはなく、また口にしたい欲求がある。 懐かしい、と憶えた感情。 家庭の料理などもう長らく食べていないと、口にした瞬間に思い知らされた。 あの日に焼け落ちて止まった記録。これから一生思い出す事のない筈だった味そのものだった。 「だから違えよ。そういう話じゃない」 こんな偽りの円満に加えられる事がなければ、決して。 「あいつらは、あの人たちは、あたしの家族じゃない」 その欺瞞に気付いた時、己の魂が濁るのをはっきりと感じ取れた。 熱く煮え滾ったあらゆるものを無限の槍にして目の前で笑う顔に発射するのを必死に止めて、人気の消えた裏路地で解放した。 爆発する魔力に乗って、怒声、罵声、嗚咽を洗いざらい吐き出した。 「みんな、みんな、偽物だ。死人だ。あっちゃいけないものなんだ。 これを認めたら、あたしは本当に魔女になっちまう。だからいらないんだよ、こんなおままごとに付き合う真似はさ」 許せなかった。憎らしかった。 こんな偽物を用意して罠に嵌めた相手への怒りだった。 自らの手で失ったありし日で幸福を感じていた自分への怒りだった。 はじめは”魔女の結界”の仕業かと判断した。 奇跡を詐称する御遣いによって得た力、闇を齎す絶望の化身、魔女を討つ希望、魔法少女。 結界は魔女のテリトリーであり餌の狩場でもある。社会に疲れた人間の心の隙に潜り込み囁いて、自分の膝元へ招くのだ。 狩人の側である魔法少女が無様に誘惑に引っかかったのだと、鬱憤を放出する矛先を定めた。 だが魔女の気配は一切探知しなかった。代わりにあるのは慣れ親しみのない圧迫感。 次いで痛みと同時に手の甲に顕れた聖痕(スティグマ)の紋様。そして光が集合して形成して出来た聖人の姿。 杏子は事態の全てを知った。聖杯戦争。サーヴァント。殺し合い。願望器。 願いを叶えられるという、儀式。 「家族が死んだのは全部あたしの自業自得だ。誰も恨みやしないさ。けどこんな都合のいい幻想に浸かってるなんて、それだけは許せない。 あんただって、そうじゃないのかよ?死人と戯れるなんてのを聖女さまはお許しになるのかい?」 ―――みんなが、父さんの話をちゃんと聞いてくれますように――― 幻惑。佐倉杏子にとっての禁忌。 困窮する家族の幸せを願い、多くの人を幸せにするものだと信じた祈り。 得られた奇跡の報酬は、願った全ての喪失だった。 人心を誑かす魔女。絶望に染まった顔で罵る父の声は、どんな鋭利な槍よりも杏子の胸を穿った。 自分だけを残し、家族を連れて荒縄で首をつり下げた姿は、杏子の心を残酷に引き裂いた。 教会で教えを説き裕福に家族と幸せに暮らす。 東京の舞台で演じている人形劇は滑稽だった。求めてやまなかった幸せを嘲った形で見せつけられるのがこれほど腹が立つとは思わなかった。 早々に家を出て今までのように流浪の生活に戻ると何度も思った。そして実行する度に、このサーヴァントに首根っこを掴まれ連れ戻されるのだ。 こうして、今も。 「優しい人なのですね、マスターは」 自分を戸惑わせる声を、真っすぐに向けてくる。 「彼らは仮初の住人。聖杯戦争の舞台を回す為の部品として生み出された偽の命。その通りです。 命を模造し争いの消耗品として道具に使う、それはあまりにもは許されざる行為です」 些細な、決定的な変化があった。 顔も声も何もかもが変わりないのに、そこにいるのがライダーだと認識は変わらないのに。明確に印象がひっくり返る。 「けど、だからといって彼らの存在すら罪とするのはどうなのでしょう。 複製といえど彼らには命があり知性がある。死霊などではない生きた人なのですから」 隠す演技、人格の変更、そんな浅ましいいものではない。 分かってしまう。ライダーは変わっていない。変わらないままに身に纏う雰囲気だけを一変させる。 信仰を受ける聖女としての顔も、どこにでもいる町娘としての顔も、どちらも真なるマルタの素顔なのだ。 「あなたは優しくて、強い人。家族の複製を見て穢されたと感じ、家族を失った事を自らの罪と受け止めている。 なら彼らと向き合ってもよいのではないですか。壊れた夢を見る事には確かに辛いもの。けどそこには、あなたが見失ったものも落ちているかもしれません」 「……随分言ってくれるじゃないか。ほんと何なんだよ、あんた」 「あなたのサーヴァントですよ。あなたを守り、導き、あなたに祝福を送るもの。 これでも聖人ですもの。迷える子を救う事こそ私の使命なのだから」 「だから、ガキ扱いすんなっての」 忌々しいものだった。自分が何かすれば止めに入り、正論を出しあれこれ説教してくるライダーを杏子は鬱陶しがっていた。 その多くが家を失ってからの荒れた生活で身につけたものなのだから、何も思わない事もないのだが。 発言の意図よりも、なにより、自分に世話を焼く姿勢にこそ原因が多いのではないか。 苛立ちともむず痒いとも言えぬ感情。でもはじめて知ったわけでもない。いつ以来のものであったか。 「ていうかあんた、優勝する気はないんだな」 「当然です。聖杯とは救世主の血を受けたもの。そうでないものは偽なる聖杯。求める道理がありません。 まあこんな儀式を仕組んだ奴らは後でシメ……ンンッ説伏しますが、まずは街で起こる戦いを止めなければなりません」 確かに、聖女なる者が偽の杯を求め殺し合うのは想像すら及ばない選択だ。真の聖杯が殺戮の血を注ぐのを許すとも思えない。 欲得にまみれた黄金の杯。偽物であるからこそこの聖杯は正邪問わず万人の願いを汲み取るのだろう。 だからライダーが聖杯戦争を否定するのはまったく自然な成り行きだ。想像通りというべきか。 名前を知った時点でそう来るだろうとは薄々思っていた。 「冗談」 よって杏子は考えるまでもなく、ライダーの掲げる方針の拒否を即答したのだ。 「素直に乗らないってとこだけは同意だ。奇跡と抜かしておきながらやることが殺し合いだ。どうせ碌なもんじゃない。 けど戦いを止めるだとか、そういう慈善事業はお断りだ。聖女の行進に付き合う気はないよ」 希望が落ちたあの日から決めている。佐倉杏子という魔法少女は、全て自分だけに帰結する戦いをすると。 生きる為。楽しむ為。自分に益があり満たされるのなら何でもいい。好き勝手に生きれば、死ぬのも自分の勝手だ。誰を恨むこともしなくていい。 誰が何を願い動くのは自由だ、好きにすればいい。干渉はしない。 けれど、誰もが聖人になれるわけじゃない。 誰かの為に生きる。万人にとって口当たりのいい言葉を実践できる者は本当に一握りだ。だからこそそれを成した者は聖人と呼ばれる。 杏子はなれなかった。他の見知った魔法少女にもそんな資質の持ち主はいなかった。ただ一人を除いて。 未熟な自分を師として育て、最後まで見捨てようとしなかった黄色の魔法少女。 正義を生きがいに出来る、正しい希望の持ち主と同じ道を行く事を、杏子は出来なかった。今になって再び道を変えるなど甘い事が通用するわけがない。 ライダーに手を伸ばす。届きはしないし、届かせる気もない。 嵌めていた指輪から現出する赤い宝石。魔法少女の証、ソウルジェムを見せる。 「聖女はどうだか知らないけどさ、魔法少女をやるのはタダじゃないんだ。 祈りには対価がある。魔力を使えばソウルジェムが濁る。犠牲がなくちゃそれを補えない。 分かる?誰かが死ななくちゃ魔法少女(あたしら)は食えないのさ。ここに魔女がいるかはともかくな。 どうせ消費するんなら自分のために使うべきだろ?命を賭けてまで、得もないのに誰かの為に戦うなんざ馬鹿げてるよ」 見ず知らずの人間が使い魔に食われても意に介さない。そうして育った魔女を倒してようやくグリーフシードを手に入れられる。 魔法少女として活動を続けるには、使い魔を放置するのが大事だ。聖杯戦争も似たようなものと杏子は考える。 悪目立ちして暴れる敵は放置して消耗を待つ。手堅く、確実な戦法。 「……あんたとはコンビだ。バラバラに動いて片方がヘマしたら残った方も揃ってヤバくなる。ここじゃ全員そうなら尚更さ。 マスターっていうんならあたしの方が上だろ?いいか、あたしは乗らないからな」 マスターという立場を傘に着るわけでもないが、自分のサーヴァントにははっきりと断っておく。 伸ばした手とは逆にある令呪を意識する。ご丁寧に令呪の使用法まで教えてくれた。どう反抗されようともいざとなれば押さえつける手はある。 果たして、ライダーは動いた。向き直ってこちらを見る表情は憮然なれど、その美しさは損ないはしないまま、軽く微笑んで見せた。 意地の悪い笑みだった。杏子の魔法少女としての直感が背筋に寒いものが走るのを鋭敏に捉えてしまっていた。 「……ふぅん」 「な、なんだよ」 「ちょっと借りるわね」 なにか、嫌な予感がする。警戒を強めたその時には、風は過ぎ去った後だった。 掌の上をそよぐ風。何かが、ライダーのたおやかな指が通過した音。 「おい!返せ!」 一秒あったか定かではない交差。それでも変化はある。 杏子の側にあった赤い輝きは、いま目の前の聖女の手で依然と瞬いていた。 「ああもう暴れないの、ちょっと見るだけだから」 「あだだだだだだあー!?」 野苺でも摘むような気軽さで杏子のソウルジェムを分捕ったライダーは、手にある宝石をしげしげと観察している。 空の片手では、飛びかかって奪還しようとした杏子の頭部を掴み自分の行動を阻害させないようにして。 眉間にがっちりとはまった指の握撃による痛みは杏子の想像を絶していた。 杏子と変わりない見た目、麗しい聖女のアイアンクローは頭蓋を割らんとする威力で逆らう意識を剥奪させる。 あれほど念頭に入れていた令呪の行使ももはや頭から抜け落ちた。このまま反逆により意識が落ちるか最悪死ぬかと朧に察しはじめたところで縛りから解放された。 「……よし、と。はい返すわね」 「ぁ……とおぉっ!?」 朦朧として霞がかってぼやけた視界で、放り投げられた赤石。 自分のソウルジェムと認識して咄嗟に、必死になって手を出す。どうにか光は無事に手の中に収まった。 「オ、マ、エ、なああああ……!」 赤い旋律が魔力として現実に走って、杏子の体を包み上げる。 武装の展開を構築。怒りと痛みで熱くなった頭はとっくに統制を離れている。槍の一つでもブチ込まねば気が済まないという一念でいっぱいだ。 正常に戻る視界で女を捉え、手に握ったソウルジェムを見据え―――そこで沸騰するほどの熱は冷や水をかけられた。 ―――なんで、濁りが消えてるんだ? 「……あ?」 ソウルジェムは魔法少女にとっての要だ。戦う姿に変わるための媒体で、中身の濁りで魔力の残量を示す。故に逐一の確認は欠かせない。 今日の状態は濁りが一割。底に僅かに沈殿するのみのもの。 だが今見た宝石の中身はどうか。色鮮やかな赤には一変の濁りもない純度ある美しさを保っている。 初心者の魔法少女でも知る知識。穢れの浄化はグリーフシードを用いでしか出来ない。その常識を壊されて、杏子は首を回す。 そこにいるのは一人の女。過去に起きた偉業を成した夢の具現。聖女のサーヴァント。 奇跡―――。 今目撃したものの意味を、言葉に出来ぬまま。呆然とそれを起こした人をずっと眺める。 一分、いやそれ以上、もしかしたら以下かもしれない間隔の後。 「これで、タダ働きでも問題ないわね?」 「あるに決まってんだろ!」 反射的に叫んでいた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 結局、杏子は最後までライダーの方針を認めないまま寝ると言って下に降りていった。 残ったままのライダー、マルタは一人のまま地を見続けているが、思考は去ったマスターについてに割かれていた。 良い子ではあるのだろう。善性を持って生まれ、愛ある家族に育てられて成長した。 だが家族を襲った悲劇が自分の原因であると背負い、罪人らしく粗暴に振る舞うしか出来なくなってしまった。 家族を殺したのは自分だ。そんな自分は醜い悪ある者でなければいけない。 元来の信心深さが悪い方向に絡み、今の佐倉杏子の人格を歪めて形成している。 この所感はマルタがマスターから直接聞きだした経緯ではない。尋ねても絶対に口を開く真似もしないだろう。 サーヴァントとマスターは契約時に霊的にもパスを共有し、互いに夢という形でそれぞれの過去を覗くというが、それによるものでもない。 彼女を直に観察し、語り合い、そうして得たそのままの印象と分析でしかない。 心を読むといえば特殊な技能なりし異能を必要とするものと思われるが、それは人に予め備わった機能だ。 経験と徳を積み、真に人と向き合う努力を怠らなければ誰であろうとその心を読み解ける。少なくともマルタはそう思っていた。 「女の子捕まえて契約持ちかけた挙句魂を弄るなんて……どの世界でも胡散臭い詐欺師はいるものね」 キュゥべえなるものとの契約により生まれたソウルジェム。 目にした時、聖女としての感覚が訴える声によりつぶさに調べその正体を看破していた。 あれは……人間の魂を収めている。 杏子は理解しているのか。あの様子では満足に知っている様子ではない。彼女だけでなく他の魔法少女もそうなのか。 その事実を今すぐ詳らかにするのをマルタは禁じた。自分の魂を肉体と切り離されたお知り少なからぬ衝撃を受けるのを避けた。 いずれ伝えなければならない。しかし遠慮なく暴露して徒に彼女の心に更なる傷を与えるのをマルタは嫌がったのだ。 だからせめて淀んでいた穢れを浄化した。濁り切ってただ魔法、魔術が使えなくなるだけのものと楽観はしない。 もっと恐ろしいことのためにあれを造られたのだと、聖女の部分が警鐘を鳴らしている。 「街は街でまともに管理ぐらいしなさいよ。刺青の男の殺人者なんて、どこかの原初の兄弟じゃあるまいし。 裁定者(ルーラー)も来ないとか、どうなってるのよまったく……!」 加えて舞台はこの有様だ。 聖女でも愚痴をこぼしたい時もある。それぐらいこの儀式はおざなりだ。 憶測になるが、この儀式を起こした黒幕はろくに管理をする気がない。だから破綻させる要因を容易に引き込み、そのまま放置している。 他ならぬマルタこそそれだ。その破綻の一に、この身もまた含まれている。 聖杯を求めないサーヴァント。御子と出会い、真なる杯の意味を知る聖人。 絶対に召喚に応える筈のない自分を呼び寄せてしまった不具合は、綿密な儀式の完遂を望む者の手であるとは思えない。 マスターは幸運にも、善を良しとはせずとも根は善良なる少女だった。 彼女に巣くう数多の問題を知り、その解決を思えばこそマルタは今もここに居る。 だがこれが、不具合ですらなかったとしたら? 己が招かれた事態が偶然性が引き起こした事故などではなく、必然の、必要と求められての結果であるとしたら。 人の世界の焼却にも並ぶ、未曽有の危機の萌芽の可能性を何よりも危惧する。 ……だが、それでもマルタの在り方は変わることはない。 如何なる時代でも、如何なる形であったとしても。 マルタは聖女であり続ける。人々を守り、導くこと。それが、聖者と呼ばれた者の使命。 思われ、願われた……なら、そう在ろうとするまで。 「……そうねタラスク、今度はちゃんと救いましょう。世界も、あの子も」 『あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つだけである』 「大丈夫です。私は私の必要なこと、やるべきことを心得ております」 ですから、どうか見守り下さい。 星々の行き交う夜空を見上げ、マルタは手を合わせ天に祈る。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 妹もいる自室。既に寝入っている妹を起こさないように、隣のベッドに潜り込んで布団を頭までかぶる。 早く寝付いてこの嫌な思いを忘れてしまいたかった。なのにこういう時に限って目が冴えたままでいる。 頭にまだ残る鈍痛が原因のひとつでも、まああるのだが。 もぞり、と動く音。横目に見れば寝返りをうった妹の顔。 幼い頃の自分に似た、何もかもあの頃のままの家族の寝顔。 これも偽りなのか。寝息を立てる仕草も、幸せな夢を見ているだろう、蕾のような微笑みも、全て。 ああ、少なくとも自分はそう捉えている。もう戻らないものと認めている。 「優しい子、だとさ。あたしをよ」 何人も欲望のために見捨ててきたあたしを。 正義の味方になれなかった自分を。 見込み違いにも程がある。聖人とは名ばかりかと笑いたくもなる。 「まったく見せてやりたいよ。あたしの本当の家族の最期をさ……」 追いつめられた人間の取る行動。行き着くところまで詰まってしまった末路。 醜さ、憎悪、怒り、悲哀、無情、絶望。世界の負を煮詰めたような光景。 「でも―――あのひとなら……本当に救えていたんだろうな」 なにせ本物の聖女マルタだ。 救世主の言葉に導かれ世界中から信仰を得た崇高なる偉人。 いち宗教家とは、その言葉の質も存在感の重みも”もの”が違う。 今のこの世界と同じく、家を訪れ、言葉を交わし、食事を共にするだけで、 仮に本物であると知れたら滂沱と涙し、自ら膝を折り跪いてしまうだら 父の、娘が人を惑わず魔女だった絶望など軽く拭い去ってしまうのだろう。 奇跡になど、頼らずとも。 魔法なんか、使うまでもなく。 培い、積み上げた徳だけで、人の心に希望を宿す。 ……そうだ。反抗しなかったのは怖かったからだ。 幾ら言葉を投げつけても全てを返されてしまい、聖女の威光に自分の虚飾を剥がされるのを拒んだのだ。 彼女の方が望まずとも、彼女の克(つよ)さを見せられる側が自傷に陥ってしまう。 白日の元に投げ出される、無様な自分が残るだけ。 「…………くそ」 ライダーともうひとつ考えが一致した。 この儀式の主催とやらは、悪趣味だ。魔女に聖女を送りつけるんだから間違いないだろう。 【クラス】 ライダー 【真名】 マルタ@Fate grand order 【属性】 秩序・善 【パラメーター】 筋力D 耐久C 敏捷B 魔力A 幸運A+ 宝具A+ 【クラススキル】 騎乗:A++ 騎乗の才能。獣であるのならば幻獣・神獣のものまで乗りこなせる。 例外的に竜種への騎乗可能なライダーである。 対魔力:A A以下の魔術は全てキャンセル。 事実上、現代の魔術師では○○に傷をつけられない。 【保有スキル】 信仰の加護:A 一つの宗教観に殉じた者のみが持つスキル。 加護とはいうが、最高存在からの恩恵はない。 あるのは信心から生まれる、自己の精神・肉体の絶対性のみである。 奇跡:D 時に不可能を可能とする奇跡。固有スキル。 星の開拓者スキルに似た部分があるものの、本質的に異なるものである。 適用される物事についても異なっている。 神性:C 神霊適性を持つかどうか。 高いほどより物質的な神霊との混血とされる。 聖人として世界中で崇敬されており、神性は小宗教や古代の神を凌駕する。 【宝具】 『愛知らぬ哀しき竜よ(タラスク)』 ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:2~50 最大捕捉:100人 リヴァイアサンの仔。半獣半魚の大鉄甲竜。 数多の勇者を屠ってみせた凶猛の怪物をマルタが説伏され付き従うようになった本物の竜種である。 マルタの拳も届かない硬度の甲羅を背負い、太陽に等しい灼熱を放ち、高速回転ながら飛行・突進する。 【weapon】 『杖』 救世主たる『彼』から渡された十字架のついた杖。 主に光弾を発射して攻撃するが……鈍器として使用した方がおそらく強い。たぶん素手の方がもっと強い。 【人物背景】 悪竜タラスクを鎮めた、一世紀の聖女。 妹弟と共に歓待した救世主の言葉に導かれ、信仰の人となったとされる。 美しさを備え、魅力に溢れた、完璧なひと。 恐るべき怪獣をメロメロにした聖なる乙女。最後は拳で解決する武闘派聖女。 基本的に優しく清らかで、穏やかなお姉さん風の言動が多いが、親しい者の前では時折聖女でないマルタの面を見せる。 聖女以前の、町娘としてのマルタは表情と言葉が鋭くなり、活動的で勝気。……というよりヤンキー的。 どちらが素というわけではなく彼女の芯は変わらず聖女のまま。要はフィルターのオンオフの違い。 【サーヴァントとしての願い】 聖女マルタは、救世主のものならざる聖杯に何も望むことはない。 かつての時と同じく、サーヴァントとして現界しても聖女として在る。 故に、この戦争も認める事なく真っ向から反抗する。 一度道を外れたマスターが、正しき道に向かう為に。 【基本戦術、方針、運用法】 スキル構成は防御に寄っているが宝具による火力と機動力も備えているため攻めの面でも不足ない。 生粋の戦士ではないので切り込み過ぎるのは禁物と思われるが、素手(ステゴロ)でも案外なんとかなるかもしれない。 聖杯戦争を止めるために、今後は杏子を引っ張り出すための説得から始めなければならない。 【マスター】 佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ 【マスターとしての願い】 【weapon】 分割する多節槍が主装。巨大化しての具現も出来る。 【能力・技能】 魔法少女として優れた身体能力に合わせ、魔女との戦闘経験も豊富。 防御の術も習得してるがスタイルが攻めに比重が偏ってるため防戦は不向き。 魂はソウルジェムという宝石に収められてるため、魔力さえあればどんな損傷でも回復可能。 ジェム内の濁りが溜まり心が絶望に至った時、その魂は魔女と化す。 かつては願いを反映した幻惑の魔法を持っていたが、過去のトラウマから願いを否定した事で使用不可になっている。 【人物背景】 キュゥべえと契約した赤い魔法少女。 好戦的。男勝りな口調。常になんらかの軽食を口にしている。 魔法少女の力ひいては願いや欲望は、自分のためにこそ使うべきとする信条。 他人を救おうとした父を助けたくて願った魔法は、癒えも父も家族も皆燃やした。 魔女と罵りを受けた少女は自暴自棄気味に利己を優先するようになる。 だが根がどうしようもなく善人なため堕ち切る事も出来ず、謳歌してるようで鬱屈した日々を送っていた。 【方針】 願いを叶えるという聖杯そのものについて懐疑的で素直に受け取る気はない。 かといって、積極的に戦う気もなく様子見するつもり。マルタの方針に同意する気は今のところ、ない。 候補作投下順 Back キング博士&アーチャー Next 聖剣伝説 ―勝利と栄光の旅路―
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後より出でて先に断つもの ◆UOJEIq.Rys ◆ 陰剣干将を払い、魔力で構成された左の爪を弾く。すると残る右の爪が、一瞬も空かさず襲い来る。 その一撃を受け止める陽剣莫耶。同時に穿つように干将を突き出すが、左の爪で受け止められる。 重なり合う右の攻めと左の守りに、お互いの動きが一瞬硬直する。 ―――その一瞬のスキをついて、バゼットが一撃必殺の回し蹴りを放つ。 「っ…………!」 顔の数センチ先を掠めていく足刀。 当たらないと解っていても、その威力に思わず肝を冷やす。 それほどの思いをしていながら、標的であった少女はすでに回避している。 まったくもって逃げ足の速い。 その一撃の恐ろしさを身に染みて知っているためだろう。呉キリカは決して回避が遅れるほどの深い攻め込みはしてこない。 まるでネズミをいたぶる猫のように、少しずつ、しかし着実にこちらを追い込もうとしてくる。 ―――その狙いは正しい。 赤く染まった左腕。血を流し続けるその傷は、加速度的にバゼットの体力を削っていく。 だが五分、十分と時間が経つごとに、その消耗は取り返しがつかなくなっていく。 その果てに襲い来るのは、疲弊した命を刈り取る、狂情の爪だ。 「ハッ――ハッ――!」 逃げ回る少女へと追い縋る。 キリカはバゼットを優先して狙っている。 それも当然。衛宮士郎とバゼット、そのどちらが危険かなど比べるまでもない。 手負いのバゼットは激しく動くほどに消耗するのだから、弱者の俺など後回しにしても問題ない。 故に、そうはさせまいと自ら少女へと攻め込み夫婦剣を振るう。そうすることで、少しでもバゼットの消耗を軽減する。 「――ッ、ハ………ッ!」 呼吸が乱れる。酸素が取り込めず行き渡らなくなり、視界が霞み始める。 衛宮士郎では有り得ない運動性能の発露に、肉体が悲鳴を上げている。 高速で駆け回るキリカの姿が、次第に捉えられなくなっていく。 ―――なのに、その動きを予測できている。 呉キリカの狙い。その動きの一瞬先を垣間見る。 「ッハ―――ハ―――ッ、はああッ……!」 見知らぬ剣技、未知の経験が体を動かす。 一合する度に崩壊する。一合する度に再生する。 呉キリカの六爪を防ぐ度に、衛宮士郎の肉体が作り替えられる。 干将莫邪(アーチャーの剣)を用いている影響だろう。 変成は緩やかに。しかし確実に、エミヤシロウの境界が崩れていく。 赤布(せき)はまだ解(ひら)かれていない。隙間から滲み出しているだけだ。 ――――その一滴が、肉体(命)よりも先に精神(魂)を崩壊させていく。 「ヅ―――、ハッ………ハ、 ッ!」 バゼットからはすでに、呉キリカの能力は聞いている。 他者を減速する結界。相対的な高速移動。その詳細な効果範囲を見つけねば、勝算は低いと。 あるいは、呉キリカを限界まで追い詰めれば、逆転の秘策があることも一緒に。 故に問題は、それよりも先にエミヤシロウの限界が来ないか、ということだ。 自身の崩壊を避けたければカリバーン(セイバーの剣)を使えばいい。 黄金の剣なら左腕(アーチャー)の影響を受けず、また単純な攻撃力でも優っている。 それをしないのは呉キリカの速度ゆえ。一撃の威力では勝っても、少女の手数に追いつかない。どのような必殺技も、当たらなければ意味がない。 そのための夫婦剣。陰陽二刀での攻性防御。代償として己の意識が削られていく。 「 ッ―――、ァ ―――、……… !」 ――――早く。 ……早く、早く! 早く早く早く早く!! まだなのかバゼット呉キリカへと追い縋る狂爪が迫り来るもう少し耐えられる一手先を予測するもう限界が近い干将莫邪で応戦するこれ以上は耐えられない赤い影が視界を過ぎる限界を超えてその先へ―――― 「――――ハッ……ハッ 、っああああああああ――――――ッッ!!」 気勢を上げる衛宮士郎。 白と黒の双剣は一秒ごとにその攻撃精度を上げていく。 振るわれる剣閃に才気は全く感じられない。鍛錬と実践によってのみ培われた無骨な技。 本来その習得には長い時を必要とする。だというのに衛宮士郎は、僅かな時間でその剣技を完成させていく。 ならば、それを可能とする経験はどこから来るのか。 考えるまでもない。赤い布に封じられた、英霊の左腕からに他ならない。 だが恐るべきは、彼にこれほどの影響を与えておきながら、左腕は今も封じられたままだということだ。 もしこれで封印を解けば、一体どれほどの力を得ることとなり、またどれほどの対価を支払うこととなるのか。 『バゼットさん、急いでください。このままでは士郎さんが』 「言われなくてもわかっています。条件を満たすラインもすでに掴んでいます。しかし」 ルビーの焦りを含んだ声へと、バゼットは冷静に言い返す。 わかっている。このままでは衛宮士郎が持たないということは。 あれは言ってしまえばドーピングのようなもの。己が魂を代価に、自身の限界を緩めているだけだ。 このままでは英霊の腕に侵食され、遠からず衛宮士郎という人格は破綻してしまうだろう。 ―――それがカードを介さない英霊の力の取得。その大き過ぎる代償だ。 その結末を避けるためには、呉キリカを早期に倒す必要がある。 そしてフラガラックの特殊効果の発動条件は、相対した敵が切り札を使うこと。 現状その条件を呉キリカが満たす瞬間は、バゼットの攻撃を回避した時のみ。 だがバゼットの攻撃に対して条件を満たした状態では、フラガラックを発動しても遅すぎるのだ。 少女の減速の結界は、それほどまでの遅延を二人に及ぼしている。 故に、ラックを発動しようと思うのならば、衛宮士郎の攻撃で条件を満たす必要がある。 が、しかし。 キリカはバゼットを優先的に狙い、結果として衛宮士郎を翻弄している。 条件自体は解明しているというのに、その条件を満たすことができないでいた。 もしバゼットの左腕が無事ならば、もう少しやりようがあった。 傷が開き流血した時点で、バゼットは左腕の使用に制限をしていない。 だが重症であることに変わりはなく、どうしたって威力、制度が本来の物より格段に落ちているのだ。 「まったく、あのような子供にいいように翻弄されるとは……!」 我が事ながら情けない、とバゼットは嘆息した。 ―――直後。 「だ、れ、が、子供だァ!」 「ガッ―――!?」 呉キリカが怒声を上げ、唐突に攻勢へと転じる。 少女へと追い縋っていた衛宮士郎は、その動きに咄嗟に対応できず弾き飛ばされる。 狙いはバゼット。少女は両手の爪を十本へと増やし、脇目も振らず襲い来る。 「……なるほど。子供扱いは嫌いですか」 キリカが怒りを表した理由を察し、ますます子供らしい、と内心で呟く。 どうやら彼女には挑発が有効らしい。……ならば、その弱点を突かない理由はない。 「子供扱いされて怒るとは、それこそまだまだ子供ですね」 バゼットは更に子供扱いすることで少女を挑発し、 「ッ―――、ッッ………!!」 その狙い通りに、キリカはより怒りを露わにする。 同時に思考が単純化され、結果として動きが単調になる。 当然その愚行を、バゼットが見逃すはずがなく、 猛進するキリカに合わせ、左ストレートのカウンターを放つ。 瞬間、発動する速度低下の魔術。 目に見える速度となった左拳を掻い潜り、キリカはバゼットの背後へと回り込み、 「はは、隙だらけだ。よし刻もう!」 そう口にするより早く、両手の五対十双がバゼットの背中目掛けて振り抜く。 その動きを読んでいたバゼットに、いまだに捕捉されたままであることに気付かずに。 「―――硬化(ARGZ)、」 バゼットが振り返る。 その視線はしっかりとキリカを捉えている。 「―――強化(TIWZ)、」 振り抜かれる爪より早く、 速度低下の影響かでは有り得ない速度で。 「―――加速(RAD)、」 一瞬の、そして最大の抵抗(レジスト)。 この瞬間、バゼットは呉キリカの速度低下から解き放たれる。 「――――相乗(INGZ)……!!」 同時に振り被られる右腕。 魔術によって限界まで強化された一撃が、呉キリカの肉体を粉砕する! ―――その、直前。 「――――お兄ちゃん!!」 この場にあるべきではない声が響き渡った。 声の主は、イリヤ。 衛宮士郎を追いかけてきた少女が、ようやく追いついたのだ。 そして彼女の到着によって、この戦いは一気に終結へと傾いた。 「ッ――――!!」 イリヤの姿にバゼットは驚愕し、その動きがほんの一瞬遅れる。 その一瞬の間に、キリカが怒りによる視野狭窄から立ち直り、目前に危機に気付く。 今にも自身を打ち砕かんとする鉄拳が、必殺の威力を以て眼前に迫る。 考えるよりも早く、前面に最大限の“減速”を掛け、威力を殺ぐ。 同時にその一撃を足裏で受け止め、そのまま高く跳躍した。 「ッッッ――――っと! 危ない危ない!」 そこでようやく、キリカは自身の置かれていた状況を理解した。 同時に上空から、素早く現在の状況を把握する。 まず右足首に鈍痛。バゼットの一撃を凌いだ際に、罅が入ったようだ。 咄嗟に“減速”を集中しなければ、間違いなく右足ごと粉砕されていただろう。 結果として助けてくれた少女を恩人認定する。が、“敵”であることが残念でならない。 そして今の一撃から見て、どうやらバゼットには速度低下の魔法に対抗する術があるらしいことを把握する。 さらに“敵”が二人から三人に追加。 加えてソウルジェムの濁りは、ついに六割に迫っている。 これ以上“敵”が増えれば、間違いなく押し負けるだろう。 ならば選択は一つ。無限の中の有限だ。 “敵”が“戦力”となる前に、恩人となった少女を、全力を以て刻み殺す。 地面へと着地し、十本の爪を円形に配置、連結させ、巨大な円鋸を形成する。 そして同時に少女へと向けて駆け出し、円鋸を回転させ加速させる。 高速回転する爪は、鋸というよりチェーンソウを連想させる。 大恩人と少年との距離は開いている。少女を助けようとしているようだが、その動きはあまりにも鈍(おそ)い。 少女自身も、いまだこちらに気付いておらず、魔法少女に変身もしていない今、この一撃を防ぐ術はない。 そして円鋸の回転が臨界点に達した、その瞬間。 「ありがとう! そしてさようなら! お礼に苦しむ間もなく切り裂いてあげる!」 円鋸の連結が一つ外れ、鞭のように撓って解き放たれた。 「え?」 自身が狙われていることに、今更ながらに少女が気付く。 だが今更気づいたところでもう遅い。 解き放たれた爪はその体を両断しようと少女へと迫り、 「ガッ―――!?」 突如として飛来した“矢”が、呉キリカの体を貫いた。 位置は、右腕と、胴体と、左脚の三ヶ所。貫かれた衝撃に、爪鞭はその軌道を大きく乱す。 結果、引き裂いたのは少女ではなく、そのすぐ隣の地面。少女自身には傷一つ付けれていない。 思わずその場からの回避よりも先に、“矢”の飛来した方へと振り返り、射手の姿を確かめる。 するとそこには、いつの間に手にしたのか、黒塗りの長弓を構えた衛宮士郎の姿があった。 ◆ 兄貴は妹を守るものなんだと、少年は言った。 その際に頭に乗せられた手は、ほんの少しだけ震えていた。 恐怖を抑えきれなかったのか、少年自身も気づいてなかったのか。 けれど間違いなく、少年は死の恐怖に震えていた。……震えたまま、俺は死なない、と笑って口にした。 だから追いかけた。 走り去る少年を、遠ざかる背中を懸命に追いかけた。 少年の事を信じられなかったわけではない。 信じる信じない以前に、それ以外の行動が浮かばなかっただけ。 死んでほしくなかった。生きていてほしかった。 だから、止める言葉も思いつかないまま、その姿が見えなくなっても、我武者羅に追いかけ続けた。 ――――そしてそれが、少女の過ちだった。 少女は少年を案ずるあまり、少年が向った場所、自身の辿り着いた場所が、殺し合いの場であることを忘れていた。 敵は魔法少女を狙っている。その事を知っていたはずなのに、少女はそこに行く意味に気付かなかった。 その代償は、当然のように少女自身が払うこととなり、しかし――――。 「――――お兄ちゃん!!」 その声が聞こえた瞬間、衛宮士郎の中にあった躊躇いは弾け飛んだ。 なぜ、という疑問も、どうして、という当惑もない。 そんな余分は残っていない。 “敵”が、イリヤを狙っている。 人体など簡単に裁断する爪が、イリヤを引き裂こうしている。 ルビーはバゼットのポケットの中。今のイリヤに、身を守る術はない。 左腕に撹拌された意識で理解できたことはそれだけだ。 自身が抱えた爆弾、己が死の危険性さえも、意識の内に残っていない。 だから、それだけが、衛宮士郎にとって何よりも、自分の命よりも優先すべき事だった。 「――――投影(トレース)、」 両手を空にし、新たな武器を作る。 夫婦剣ではダメだ。干将莫邪では間に合わない。 いくら魔力を込めようと、ただの投擲では敵の速度に追いつけない。 最適な武器を摸索する。 敵の速度に勝る一撃を検索する。 探すまでもない。左腕(オレ)はすでに知っている。 「完了(オン)――――!」 左手に黒塗りの弓が、右手に三本の矢が、それぞれ一瞬で創造される。 同時に弓の弦に矢をかけ、四キロ先を視認する鷹の目が敵の姿、その動きを捉える。 ――――正射必中。 直後に放たれた、音速を超える三本の矢は、一つもその狙いを違わず敵を射抜く。 その結果、敵の爪はその軌道を逸れ、視界の端でイリヤの無事を視認し 。 「 あ」 ――――砕け散る。 赤い左腕が脈動し、全身の血液が逆流する。 役目を終えた弓矢とともに、衛宮士郎の意識が硝子のように破砕する。 ――自分を見失う。 強い風に吹き飛ばされて、強い光に漂白される。 粉々になった我は乾いた砂漠に散らばって、自分を自分として認識できなくなって何もかもがなくなってなくなってなくなってなくなって―――――――― 「――――――、 」 使ってはならないモノを使った代償。少女を救う代価。 限りなく死に近しい反動に、衛宮士郎の身体は、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。 ――――同時にバゼットが動き出した。 最後にして最大のチャンスを一瞬で手繰り寄せる。 「イリヤスフィール!」 事態が掴めず呆けたままのイリヤへと大声で呼びかける。 同時にポケットからルビーを取り出し、上へと軽く弾くとともに右腕を振りかぶり、 『へ? ちょっと、バゼットさ―――ひでぶッ!?』 殴り飛ばす。 セイバーとの戦いの際にコツは掴んだ。 最適な力で殴り飛ばしたルビーは、狙い違わずイリヤのもとへと届く。 『ッッと! イリヤさん転身を! 黒い魔法少女の足元へ大斬撃を放ってください!』 同時にバゼットの狙いを悟ったルビーが、少女へと指示を出す。 「わ、わかった!」 イリヤは言われるがままに転身し、キリカへと魔力斬撃を放つ。 士郎の攻撃を受け動揺していたらしいキリカは、咄嗟に放たれた斬撃を高く跳躍して回避する。 否。腕、胴、脚の三か所を射抜かれた彼女に、横に幅のある斬撃を回避する機動力は出せず、結果、より逃げ場のない上空へと追い込まれたのだ。 「“後より出でて先に断つもの(アンサラー)”ッ!!」 強く。キリカの注意を引き寄せるために大声で宣言する。 鉄の色をした球体が、バゼットの拳に装填される。 帯電する魔力の波動に、キリカの注意が最大まで高められる。 バゼットは地上。自身は空中。 接近戦を主体とするバゼットに、遠距離攻撃の手段はないはず。 ならばあの球体は、バゼットに遠距離攻撃を可能とさせる“武器”であり、 ならばこの魔力は、この局面で発動させるのならば、必殺の魔法に他ならない! 「―――“斬り抉る(フラガ)”」 ―――その真名が明かされる。 球体の金属色が凝縮し、その表面に刃が形成される。 渦巻く魔力、帯電する雷光が、刃の切っ先に収束し、解放される、 ―――よりも一瞬早く。 「鈍(おそ)いッ! それじゃ私には届かないよ!!」 ―――呉キリカが、その魔法を開放した。 バゼットの行動、放たれる魔法、そのすべての速度を極限まで低下させる。それだけで、キリカが自ら動く必要はなくなる。 攻撃も、防御も、回避さえも無用。 バゼットの攻撃が命中するよりも早くキリカは地面へと着地し、己が目的を果たすだろう。 その覆しようのない事実にキリカは己が勝利を確信し、 ―――その瞬間、呉キリカの敗北(死)が確定した。 「“戦神の剣(ラック)”―――!!」 ―――真名が唱(めい)じられる。 キリカの魔法に“遅らせられた”カタチで、バゼット・フラガ・マクレミッツの宝具が発動する。 逆光剣から、一条の閃光が放たれる。 針の如く収斂された一撃が、呉キリカを目掛けて疾走する。 ――――キリカの予想を遥かに超えた、超高速を以て。 「!」 驚愕はなかった。そんな余裕は、コンマ一秒もなかった。 キリカはただの本能、ただの直感だけで、その一撃に魔法を集中させる。 が、止まらない。それどころか放たれた閃光は、更なる加速を以てキリカへと迫り、 そして。 「、ッ―――ぁ………………」 戦神の剣が、黒衣の魔法少女の胸を貫いた。 心臓が在るべき位置には、焦げ付いたような小さな黒点。 自身の胸に穿たれた小石程度のサイズの孔を、少女は信じられないモノのように見つめる。 ……ありえない。 と、理性が、感情が、事実を理解することを拒絶している。 だが、それは覆しようのない現実であり、 「お……り、こ…………」 縋るようにその名を口にして、その身体は地面へと打ち付けられた。 そうして呉キリカは、どうしようもないほどに“殺された”のだった。 ――――――。 創造の理念を解明し、 基本となる骨子を解明し、 構成された材質を解明し、 製作に及ぶ技術を解明し、 成長に至る経験を解明し、 蓄積された年月を解明し、 あらゆる工程を解明し尽す。 バゼットの使用した宝具に同調し、その全てを解析する。 逆光剣フラガラック。 フラガの血脈が何千年という歳月を超え現代まで伝えてきた、現存する真正の宝具。 両者相打つという運命をこそ両断する、“切り札(エース)”を殺す“鬼札(ジョーカー)”。 この宝具の持つ特性を前にして、キリカの魔法はあらゆる意味を持たない。どころか逆効果ですらある。 何故なら、対象の速度を低下させる、というその効果は、フラガラックの特性が発動する条件を成立しやすくし、 如何にキリカがフラガラックの一撃を減速させようと、魔剣はそれ以上の加速を以て少女の肉体を斬り抉るからだ。 “後より出でて先に断つ”。 この二つ名の通り、自らの攻撃を『先になしたもの』に書き換えるその特性が発揮された時点で、キリカの運命は決まっていたのだ。 この必勝の魔剣の効果を、キリカは自分に支給されていながら知らなかった。 より正確に言うならば、どうでもいいものとして切り捨て忘れていた。 “織莉子以外の情報なんていらない”。 彼女はその持論ゆえに、フラガラックの効果と使用法という、理解できなかった情報を消去していたのだ。 フラガラックを封じるには、自身の“切り札”を封じればいい。 しかしキリカは、その判断に至る知識を忘却していた。 故にこの結果は、キリカが愛に殉じたが故の当然の結末だった。 ―――その理解に意味は無い。そもそも、意味を求める意思がすでに亡い。 これはただ視界に“剣”を認識したことによる、贋作者(フェイカー)としての反射的な行動だ。 そこに、衛宮士郎の意識は介在していない。なぜなら衛宮士郎の精神は“投影”を行使した時点でとっくの昔に消え去って―――― 「お兄ちゃん! しっかりして、お兄ちゃん……!」 『士郎さん、ちゃんと自分を見つけてください……! っ……ダメですか。それなら―――!』 声が聞こえた。 イリヤがいる。 ルビーがいる。 俺は倒れている。 それは解る。解るが、それだけだ。 イリヤは今にも泣きそうな顔で、俺の体を揺すっている。 なぜそうなっているのか。そこからどうすればいいのかに思考が発展しない。 『ルビーチョップ!!』 ルビーが躊躇なく、俺の脳天へと羽を振り下ろす。 「――――――――!」 痛みで意識が戻った。 外部からの衝撃で、内界(自分)と外界(他人)の境界を取り戻す。 主観と客観が別たれ、自分が衛宮士郎であることを思い出す。 「ル、ルビー!? お兄ちゃんに何するの!」 「いや、いい。さんきゅ、ルビー。助かった」 「お、お兄ちゃん! ……よかった……」 『どうやら、最悪の事態は免れたようですね』 「なんとかな。……わるい、イリヤ。心配かけた」 涙ぐむイリヤに声をかけて体を起こす。 大丈夫、体はまだ動く。骨格筋肉関節は、どれも今のところ異常は出ていない。 肝心なのは中身―――その中身は冷静に診察したくもないが、一応衛宮士郎の体裁は保っている。 「バゼット、やったのか?」 立ち上がってバゼットへと声をかける。 少女が死んだからか、張られていた結界はすでに解けている。 加えてフラガラックの性質上、仕留め損なったということはないと思うが、念のためにと確認する。 「ええ、手応えはありました」 事務的にバゼットが頷く。 敵は死んだ、と、確信をもって答える。 いかに強力な魔術であろうと、死者にその力は振るえない。 キリカの魔術が無効化されたことから、少女は死んだと判断したのだ。 「殺し……ちゃったの?」 そこにイリヤが、怯えるように問いかけてきた。 その瞳は、信じられないモノを見たかのように震えている。 そこでようやく思い至る。このイリヤは、自分の知るイリヤではない。 その出生はともかく、彼女は魔術師としてではなく、ごく当たり前の女の子として育ってきた。 死ぬときは死に、殺すときは殺す。 そんな、魔術師であれば誰もが最初に持つ覚悟を、この少女は知らないのだ。 『それが、魔術師というものですよ、イリヤさん。 私たちの知る凜さんやルヴィアさん、クロさんも属している世界。 本来あなたが知ることはなかった、あるいは知っていたはずの、日常の裏側です』 ルビーが現実を突きつける。 そう。少なくとも俺の知っているイリヤは、魔術師側の人間だった。 ……いや、魔術師(こちら)側の事しか、彼女はほとんど知らなかった。 そしてこのイリヤも、アインツベルンの姓を名乗っている。 聖杯戦争の、始まりの御三家。 その内の一家の名を継いでいる以上、無関係ということはあり得ない。 むしろ魔術師側の事情を、知らない方がおかしいのだ。 おそらく、彼女に何も教えなかったのは切嗣だ。 俺が魔術を教えてもらうのに二年を要したように、イリヤが魔術に関わることを嫌ったのだろう。 魔術師の本質は、生ではなく死。魔道とはすなわち、自らを滅ぼす道に他ならないのだから。 だが、ルビーがその事実を突きつけたのは、彼女なりの思い遣り、イリヤに対する優しさが故だ。 彼女の身近にいた、信頼できる人物の名を上げることで、魔術師の非人道性を覆い隠そうとしているのだろう。 俺を助けたところで特にならない筈なのに、それでも俺を何度も助けてくれた遠坂のように。 俺を殺すといいながら、迷っていた俺の背中を後押ししてくれたもう一人のイリヤのように。 「……………………」 少し遠く、地面に横たわる、少女の亡骸を見る。 “愛”のために死ぬと、彼女は言った。 自らの愛しい人のために、それ以外の全ての人を殺すのだと。 己が目的のために、他者の命を奪うことも厭わないもの。 それこそが、本来の魔術師に近しい在り方なのだ。 むしろ魔術師でありながら、非情さだけでなく人間的な優しさも持っていた彼女たちの方が、稀有な存在と言えるだろう。 ―――そこまで考え、ふと違和感に気付いた。 「なあバゼット。間違いなく、あいつは殺したんだよな?」 その疑念とともに、バゼットへと問いかける。 イリヤへと何かを言いたそうにしていたバゼットは、若干苛立たしげに振り返る。 「ええ、その筈ですが、一体―――」 言葉が途中で途切れる。 彼女も気付いたのだろう。少女の死体から感じる違和感に。 呉キリカは、間違いなく死んでいるはずだ。 ブラがラックの一撃は間違いなく少女の心臓を破壊した。 その傷跡は、この場所からでも見て取れる。 ………なのにどうして、少女の死体からは、“生者の色が消えていない”のか! 「! 気を付けろ! こいつ、死んでない!」 疑念が確信に変わる。 解けたはずの結界が、再び張り巡らされる。 そしてこちらが行動するよりも早く、少女の死体が飛び上がった。 「ハ――――ハハ、アハハハハハハハハハハハハ――――――――ッッッ!!!!」 狂笑が発せられる。 死せる魔法少女が、死に体を繰って襲い掛かってくる。 決して傷は癒えていない。だというのにその動きは、死人のそれとは思えないくらい迅い。 それに応戦するために、意識を戦闘用に切り替える。 「―――は、づ…………ッ!?」 瞬間、ピシッ、と亀裂が走る。 衛宮士郎の精神が、突如として軋みを上げる。 魔術回路の活性化。それによって生じた波及に、左腕が脈動したのだ。 ―――その隙を、この狂犬が見逃すはずがなく、 「隙だらけだ。さあ散ねッ!」 両手から放たれる十本の爪。 バゼットは余裕で対処できるだろう。 転身したイリヤにとっても大した攻撃ではない。 だが今の俺には、それを防ぐ術がない。 弓を投影する際に干将莫邪は手放した。 それ以前に左腕の影響で、体が麻痺して碌に機能していない。 ――動けない。無様な回避という行動ですら、今の俺にとっては困難だった。 「お兄ちゃん、危ない!」 「っ! イリヤ、止せ!」 そんな俺を庇うためにイリヤが俺の前に出るが、それはダメだ。 キリカの狙いは魔法少女。その行動はむしろ、彼女にとって格好の狙いどころでしかない。 「ルビー、物理保護……錐形(ピュラミーデ)!!」 イリヤの前方に、錐形の物理障壁(バリア)が展開される。 投擲された無数の爪はその障壁に弾かれ、軌道を逸れて後方へと飛んでいく。 が、その隙に、キリカはイリヤの後方へと回り込む。 「ッ………!!」 円鋸が形成され、チェーンソウのように回転する。 対象を削り斬る凶爪が、少女の肉体を切り刻まんと迫る。 防げない。物理保護を前方へと集中させたイリヤでは、防御力が足りない。 バゼットは間に合わない。 再度フラガラックを発動しようにも、確実に仕留めたものと油断していた彼女は、キリカの魔術に完全に捕らわれている。 無理もない。少女に魔術行使の気配はなかった。どころか、今でも死体のままで動いているのだ。 魔法少女とはいえ、ただの人間が死してなお動き回るなど、どうして予想し得よう。 「くっそぉ――ッ!」 間に合わない。 自身のあらゆる行動が鈍すぎる。 四肢は重い鎖で囚われたかのように動かない。 目の前でイリヤに危険が迫っているというのに、俺では彼女を守ることができない。 ……だが。 俺にはできなくても、できるヤツは他にもいる。 「恩人はよく頑張りました! けどばいばいさような―――ら゛ッ!?」 「させるかよッ!!」 灰色の風が、キリカを横合いから殴り飛ばす。 速度低下の魔法の射程外。視界の外からの完全な不意打ち。 その一撃に気付けなかったキリカは、宙を飛びながらも体勢を立て直す。 そこには、キリカからイリヤを庇うように、ウルフオルフェノクが立ち塞がっていた。 「はは、オオカミの化け物だ! すごいね速いねカッコいい!!」 「ッ………」 興奮したキリカの言葉に、ウルフオルフェノク――乾巧は、苦虫を噛み潰したような声を出す。 ……巧は自分を化け物と呼んで蔑んでいる。故に化け物の象徴であるその姿は、彼にとって嫌悪の対象なのだろう。 「………けど、四対か。さすがに私一人じゃ、これは無理だね」 キリカはそう言うと、後方へと大きく飛び退く。 逃げる気なのだと、その行動で察することができた。 「待ちなさい!」 「いやだね! 命令はもちろん、一切の質問も受け付けない。 私に対するすべての要求を完全に拒否する!」 バゼットの静止を頭から跳ね除け、キリカは一息にこの場から逃げ出した。 その姿を睨み付けながらも、バゼットは追いかけない。 速度低下の魔術を使う以上、逃げに徹した彼女を捕まえることは困難だと理解しているからだ。 ……そうして戦いは終わった。 バゼットは左腕の傷が開き、俺も投影の反動でガタがきている。 乾にいたっては、オルフェノクからの変身を解いただけで、もう膝を突いている。 大きなダメージを残す乾にとっては、たったあれだけの行動でさえも無茶なのだ。 結局呉キリカを倒すことはできなかった。 彼女の目的を思えば、安心などしていられない。 だが、これで少しは休めると、俺は一時の休息に息を吐いた。 →
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ハスハと問答した広場に着いた。 アーミー・モロンの進行は遅く、アランを含むコーディネイターの一団はアーミー・モロンを撒いていたが、この広場の状況を見るに、生きて逃げられる可能性は無きに等しかった。 この展望台広場は園路の中継点で、交差点ではない。既にアーミー・モロンの暴れた痕跡のある以上、進んでも戻ってもアーミー・モロンに出くわすのである。 女性コーディネイターがへたり込んでめそめそと泣き出した。男性コーディネイターは口を覆って、今更にこみ上げて来た反吐を指の隙間からぶぴゅっと飛ばした。 恋人に「大丈夫、絶対、大丈夫だから」と言い聞かせながらも、自分のズボンに湯気を立てる男も居た。 広場には無数の亡骸がうち捨ててあった。銃弾による亡骸は割合きれいなものである。確実に息の根を止めるために、全員が全員頭を打ち抜かれている。 酷いのは銃剣やMSにやられた人間である。 展望台の手すりに前のめっている人は、背を散々に刺されるついでにわき腹を裂かれ、たぶん意味も無く引っ張り出されたのであろうが、荒縄を連想させるものをぶら下げている。 MSに踏まれたのはめったに面影を留めていない。誰のとも知らぬ腕が、草むらに転がっている。町の夜景は宝石箱のように煌びやかであった。 アランは知らず知らずに銀髪の亡骸の無いのを確かめていた。そして見覚えのある黒子モロンを見つけた。 黒子モロンは茂みの傍で、後頭部を一発で仕留められてあった。黒子モロンの手には、体の半分ほどを噛み潰された小鳥の死骸があった。 大方、新鮮な夜食をくちゃくちゃしていたところをアーミー・モロンに片されたのであろう。 アランは広場を見渡すと、はっと何か合点の行ったような気がして展望台の手すりに駆け寄った。 手すりの下は地肌がむき出しの崖である。夜間であるのに加え、木々に遮られているので高さはわからない。 しかしなんとなく空気の感覚からして、それほどの距離ではなかろうと感じられた。 〈こんなの理性的じゃない〉と自分でも思われたが、一緒に逃げてきた人々を振向けば、錯乱して「死にたくない死にたくない」とぶつぶつ繰り返している大人が居た。 今更自分が短絡をしたって後ろ指はさされるまい。アランはそんな回りくどい考えを巡らせた。それで自分を納得させると、独り言を言うように崖下の暗闇へ声をかけた。 「は、ハスハ……」 羞恥心がこみ上げて尻すぼみになる。 〈馬鹿馬鹿しい。やるんじゃなかった〉 第一ハスハの亡骸が見当たらないのは、彼女がこの広場から逃げ出したからである。そしてその後彼女がどうなろうと、アランの知ったことではない。 理由もなしにハスハが崖下に居ると感じられてしまったのは、この異常な状況のせいである。今の自分は盲目的な直感に踊らされて、真っ当な思考が出来なくなっている。 〈錯乱の徴候、なのか?〉 アランが不安になると、 「アラン……アラン……」 〈これは、良くない。非常に、良くない〉 いよいよ幻聴が聞こえて来た。ハスハと別れた後もスメッグは使っていない。つまり純粋に心理的な変調である。 「アラン……アランよね。来てくれたのね、アラン」 〈聞こえないったら聞こえない〉 そちらの仲間にしてもらうわけにはいかないのである。アランは目を瞑って「アーアー、聞こえない」と呟いた。 「アラン?」 「へ、ハスハ? 本当にハスハなのかい?」 「良かった。無事だったのね」 立ち位置の上で無事を心配すべきはアランの方である。アランは自分の理性に侘びを入れながら手すりを跨いだ。 崖の高さと勾配は、思いのほか結構なものであった。滑り降りたのは良いが、下に着く間際にはかなりの速度が出ていた。 尻餅を嫌い大げさに転がって衝撃を分散させなければ、どこか怪我をしていたかもわからない。 崖下は薄暗い森である。アランは携帯端末のカメラライトを点けた。 ハスハはすぐに見つかった。 「アランが来てくれた。ほんとうに来てくれた……そう……やっぱり、アランは私の……」 「酷い怪我だよ!」 ハスハが何やら呟きかけたが、アランのして見せた仰天はそれを打ち消すに余りあった。 ハスハを見た途端にひやりとしたのは、流血のために違いないのである。 ハスハは右手を抱えて、木の幹を背凭れに座り込んでいた。袖じゅう赤く染まっていた。てらてらと艶のあるところが傷であろう。 ハスハは化粧をしない。ただでさえ白い顔が青ざめて、蝋人形めいて見えた。 痛みの峠は過ぎたのか、ハスハは目をそっと細めて、どうにか息を整えようと胸を上下させている。少女と付き合っていた頃の記憶が一瞬、アランの脳裏によぎった。 「ハスハ、大丈夫?」 大丈夫でないのは承知の上である。少女が「ええ」と返して、痛みに顔を引きつらせるのも決まりきったことである。 「足も挫いたんだね。その、ごめんよ。でも、止血が要るかもしれない」 アランからしてみれば苦痛を与える前の断りであるが、ハスハはアランに触れられると不意を衝かれたような声を上げた。 銃弾は腕を貫通したようであった。 「アランは、何でもできるのね」 添え木に手ごろな枝を見つけて戻るとハスハが言った。 「僕はちゃんと勉強してるもの」 軽い口ぶりで返しはしたものの、応急処置の仕方などハスハの怪我を見るまで意識に上ったことはない。 学習装置のおかげであるがハスハの眼差しを見ると、目玉の裏側がむずむずする心地がした。『あなたは知っていることさえ知らないでいる』少女の目がそう語っているようにも思われた。 アランが自分の服ではなくハスハのスカートを引き裂いたのは、みみっちい物惜しみや無意識的な悪意の表出とばかりはいわれない。 アランは一応躊躇したのである。しかしロングスカートは動き辛く、手当ての布にそれを使えば一石二鳥である。どうせハスハらしく地味な安物なので、左程の損失でもあるまい。 スカートの思いがけない丈夫さに手こずりながら、アランは二つの打算のうちの一方をハスハに話して聞かせた。 ハスハのか細い声で、アランははたと気が付いた。コーディネイターは痛みに敏感である。うら若き少女ならば尚更である。 いっそ乙女という罵倒語で形容したい人間であっても、相手の痛みを思い遣るのは、コーディネイターのコーディネイターとしての義務である。 アランは俄に手を引込めて、自分のポケットを探った。 「止血のとき痛いからさ、痛み止め」 嘘は付いていない。スメッグには痛み止めの副作用がある。しかし特有の臭いは誤魔化せないのか、ハスハは眉を顰めて首を振った。 ふるふるというよりぷいぷいという首振りである。いつもより強情さが増している。 「飲まなきゃ痛いんだよ」 「いや」 「ほら」 アランは指で摘んだ錠剤を突き出した。 「いや、スメッグはいや」 「飲みなったら」 〈聞き分けの無い〉そう心中で毒づいて押し付けるが、少女は口を硬く閉ざし、無理に口に入れたところでぷっと吹き出してしまうであろう。 こんな根気比べが傷に響くのは当然である。 「この痛みは、私だけのもの。私だけの、本当の……」 ぶり返した激痛に震えながら、ハスハがうわ言めいたことを言い出した。 大いに痛々しい姿であったけれども、本末転倒の結果は却ってアランを依怙地にした。 〈やりたくないけど、やるしかない〉アランは錠剤を口に含んだ。 ところで目糞の材料は宝石に喩えられるが、他の体液仲間はというと、殆ど卑しい比喩に用いられている。 涙川も一晩経てば鼈甲だのに、全くもって不当な評価である。ひどい差別である。たいへんな不平等である。まちがいなく反液主主義的である。 汗にも液権を、アンモニアに自由を、色で態度を変えられるのはもう我慢できない、香水なる外敵の侵攻しつつある今こそ我々は団結せねばならぬ。 体液たちは宿主の寝静まったとき、そんな愚痴を零している。こんな協議が夜な夜な続いた結果、そのうち具合の良い妥協案が見出される。 最下位の者以外は、ある場合に限りその詩的格付けの向上を許すこととする。ある場合とは、理性とか名乗るあの傲慢ちきな監視人の眠ったときである。 貧しきものらは天国に上り、富めるものらの地獄で罰せられるのを見て楽しむ。それが約束である。御国がいよいよ近づいた。 涎女王はきらきら橋を渡しながら「さあさあ私を褒めて! 私はかわいい! 私はきれい!」などと早くも有頂天である。 その遥か下方に位置する連中は「ホルモンさん! ホルモンさーん! 早く早くぅ、早く来とくれぇっ!」「ばっかお前、俺が先だって言ってんだろ。そんなんじゃまた早死にしちまうぜ?」 「いいんだ。どうせ僕は、いつまでも仲間はずれなんだ」 「それはアンタが黄色くて臭くてしょっぱいからよ。まあ、あ、アタシの家来にしてやってもいいけど……か、勘違いしないでよね! アンタなんか別に何とも思ってないんだから!」と汗姫が一人合点して吹き上がる。 そこに「貴様ら! 何を騒いでいる!」と鶴の一声が響き渡り、しんと静まり返った。早寝遅起きのくせに、今日に限って目覚めていたのである。 声の主は全員をひとしきり睨み終えると、早速罵倒しようと「貴様らのような最下等の――」と言いかけるが、肝心の罵詈雑言が思い浮かばない。 貴様らはしょぼくれた何々と薄汚い何々をミキサーにかけて調理した挙句腐った何々をちりばめたとてつもない何々野郎だ、 というのが常套の形式であるが、その何々という材料が悉く当の叱咤する相手の名前なのである。 しかし暫く考えて素晴らしい悪口を思いついたらしく、学生をやり込めて得意がる老教師のような顔を浮かべた。「貴様らはまるで俺みたいな恥知らずだ!」皆一様にしゅんとなった。 相手の痛覚を省みずとも良くなり、聊か荒っぽい手当ては思い切りよく済ませることが出来た。少女の体はくたんとしていた。 慣れない感覚に圧倒されたのか、手当ての最中、少女は人形のようになすがままになっていた。 アランはハスハの顎に垂れた唾液をハンカチで拭った。 「ハスハ、終わったよ」 アランが声をかけると、ハスハは目をぱちりと開けて微笑んだ。いやに赤く見える唇から含み笑いが漏れた。 どうもスメッグが効き過ぎたようである。 「歩ける……はずないか」 「ん、だっこ」 アランの独り言にハスハが唇を突き出した。スメッグによる陶酔には同じ陶酔でもって対抗しない限り、受け答えしてはならないのが鉄則である。 今のアランは艶かしい気持ちなど微塵も持ち合わせないので、怪我人の運搬方法を考えるのに懸命であった。 担架の材料は無いし、そもそも人手が無いのである。 「誰か! 友達が怪我をしたんです!」 崖の上に向けて大声に叫んだが、聞き耳を立てても人声は返ってこない。 ハスハの頼りない声があんなにはっきり聞き取れたのであるから、この大声は向こうにも必ず聞こえるはずである。 〈誰もいなくなってしまったの? それとも……いや、僕は正気なんだ〉 アランはもう一度助けを呼んだ。すると微かに何かが聞こえた気がした。アランは安心して、 「こっちです! 下ですよ! 今怪我人が――」 『でっでっでっでっ……』 「……嘘だろ」 もはや少女の体と自分の筋肉を労わってなどいられない。アランは右腕をハスハの背に回し、左腕を膝の下に差し入れた。 「ハスハ、肩に掴まって……違う、逆。そう、首に回すんだよ」 少女の腕に力が篭ると、アランは立ち上がった。いわば半魚人持ちと呼ばれる横抱きである。 長距離の運搬に向かないが、手段をえり好みする余裕もない。 『でっでいう』 崖から土くれが転がって来た。アランは歯を食い縛って駆け出した。OSの粗悪なMSのようにちょこちょこした足運びであった。 〈みっともないみっともない――なんてみっともない!〉 命の危険と腱の断裂にびくびくしながらも、少年の心中ではそういう繰り言が呟かれた。 ポストはザリーの顔色の露骨さににんまりした。 〈色情狂めが〉 Doll-A07が撤退を始めてから、このイェニチェリー・モロンは円滑に機能するようになっていた。 ひどく勤勉であった。問わず語りに状況説明するくらい熱心であった。アナウンス用モロンの仕事を横取りして、美声の代わりにきいきい声を聞かせてくれた。 「アーミー・モロン二体、ポイントO-157のカメラに接近……破壊されたであります!」 いちいち言われずとも映像を見ればわかることであるが、試験明けの学生のように素朴な躁妄に水をさすのは思慮の足りぬ僻み根性というものであろう。 権柄づくはここぞというときまでとっておきたいというのがポストの考えである。 ポストは甘ったるいコーヒーに塩コショウを振りながら、自然公園の地図を眺めた。 無数の凸印は監視カメラの映像やの破壊順番やの情報から予測したアーミー・モロン部隊の位置を示している。 そのうち一つが動き出して、ポストはつい涙ぐんだ。 〈かわいそうに!〉 ポストの想像力は凸印の僅かな動きから、市民たちの血と汗と涙と脳漿を眼下に描き出して同情心を煽った。 〈私は、なんとやさしいのだろう!〉 ポストは見ず知らずの人の葬儀に出席した女性のように、しなを作った手つきで目元を拭いた。 そして涙に濡れたハンカチで顔を包むと、放屁めいた音を鳴らして洟を噛んだ。 ポスト・フェストゥムは缶詰工場の生産報告の字面で涙を流せる人間である。その心痛は察するに余りあった。 「さてザリー君。そろそろ君の推定も推測となったろう。言ってみたまえ」とポストは開いたハンカチを凝視しながら言った。 地図上に、Doll-DAの墜落地点が×印で表示された。凸印はそこのぐるりを囲むように位置し、それが時間の経過とともに狭まるのが見て取れた。 「進行目標はアンノウン墜落地点であると思われるのであります! しかしながら――」 「Dモードにしては鈍すぎ、MSもほとんど役立てていない。ということは……おっと、続けてくれ、ザリー君」 「……墜落地点が森林地帯でありますことを考慮致しましても――」 「ともかく手心を加えているのは間違いあるまい。細かい理屈は要らんよ……君の見解は実に興味深い。さあ、続けてくれたまえ」 「……降下直後の攻撃の際には――」 「園路と広場に限り、森には進行しなかった。むしろ避けて通った。それを察した市民は少なかったようだがね」 〈さすが48居住区、民度が高い〉 ポストは感嘆を示すために手を叩いた。 「ザリー君、君はやはり優秀だ。君の洞察力は驚嘆に値する。さあ、遠慮せず大いに語ってくれ。私は君の実力を非常に評価しているのでね」 「……恐悦至極であります。イェニチェリー・モロンのザリー・マッカティンには、身に余る光栄であります。 ですが続けて失礼を述べさせていただくことになるかもしれません。自分の推察するところ、所属不明アーミー・モロン部隊は――」 「市民を家畜のように追い立てているということだ。アンノウンの下にな」 「そうなのであります! 閣下!」 説明に散々口を挟まれたザリーは、ポストの下した結論に大声で同意した。 ポストの後ろに控えているお茶汲みモロンがびくっとするほどの大声であった。 足を進めるごとに腰の違和感は確実に大きくなる。 「平穏な日常が音を立てて壊れて行く……響き渡る軍靴の足音……胸を引き裂かれるような悲鳴……むせるくらい濃密な血の香り……」 『でっでっでっでっ……』 足の張りはもはや鈍痛と化している。 「でも本当は、私はこうなることを望んでいたのかもしれない……」 『でっでっでっでっ……』 喉が渇く。肺に穴が開いたように、ひゅうひゅうという音が口から漏れる。 「この世界は間違っていたのよ……なにもかもが作り物……私たちはみんな、嘘の中で生きていたの。 仮面を仮面と気付けないまま……自分が偽者だということを悟れないまま……平等に騙されたまま……何者にもなれず、失い続けたまま……」 『でっでっでっでっ……』 腕の感覚が無い。震えているかもわからない。 「いいえ。失うものなんて、初めからなかった……私たちは人形だもの。人形劇の役者なのだもの」 『でっでっでっ……』 汗だくの背中が冷たい。視界も霞んでいる。何か言ったが最後、自分はもう倒れてしまうに違いない。 「この世界に人間なんていない。あるのは人形だけ。 自由な人間、愛し愛される人間、幸せになるために生まれた人間、そうしてそういう人間たちの、素晴らしい人生……みんな嘘よ。 どこにも実在しないの。架空の生活なの。はやりの歌詞と同じような、フィクションなのよ……」 『でっでっでっ……』 足は音のしない方向に向けて運ばれて行く。枝を踏み折り、土を削り、膝の軋む感覚だけがそれを示している。 「けれど私たちは自己自身から目を逸らして、懸命に己を欺こうとする。 完成された社会、真実の文明なんてそのための幻想よ。本当はただ、永遠に打ち続く無人境が広がっているだけ」 『でっでいう……』 腕の中の少女が、けらけらと笑った。 「彼らはそれに気付いた。気付いてしまった。あのモロンたちは、人間となってしまった。 そして目覚めた人間から見ると欺瞞に満ちた今の世界というのは、吐き気を催す醜悪な世界なのよ…… これは粛清。世界の嘘を掃き清める、再生の前の破壊。彼ら真の人間にとっての始まり。 コーディネイターという人形にとっては、これは全ての終わり――そう、みんな終わる。 偽りの世界が崩壊する。永い永い悪夢が、やっと終わる」 『デストローイ!』 遠くで響いた銃声に意識がはっきりした。 〈気ちがい沙汰だ!〉とアランは叫びたかった。スメッグのために頭の働きを正常でなくしたハスハが、先ほどからアランの耳元でたわ言を呟いているのである。 これを投げ飛ばして頬打ちの清算をするという案は魅力的に思われたけれども、腕が痺れて断念した。 ハスハは得体のしれぬ感覚でその思惑を察したのかもしれない。アランの首に回した腕に力を込めて、体をより密着させた。 演説の止まったのを訝ってアランが目を向けると、彼女はまたもや何かを感知したらしく、濡れた唇で囁いた。 「――好きよ、アラン」 「それはどうも」 「アラン。最後にもう一度だけ……キスして」 「やだよ」 ハスハの目が潤んだが、アランはモロンの遠吠えに注意を向けた。 モロンの声が届かないところで小休止する頃には、ハスハに飲ませたスメッグの効果も消え去っていた。 少女が俯いて一言も発しないのは、腕の傷ばかりが原因ではなかろう。 その血量は顔を赤らめるには至らないが、絶えずあたりに目を配りながらも、アランと目が合いそうになるとうなだれてしまう。 弁護の種はある。スメッグの使い始めは誰しも分別を無くすし、ある程度飲み方を心得たアランですらも、時にはついつい悪酔いに耽ることがある。 ハスハの場合はたった一粒である。しかしこれは少女の体質からして著しい効果を上げてしまったに過ぎず、 彼女自身の精神が劣っていたのでは決してない。理性が欠如していたのでは決してないのである。 アランは思い遣りからそういう断定を下したが、自身も遣り切れない気持ちになるのは避けられなかった。 ハスハの恥じ入りようをみるに、躁狂の醒めた後の背汗はひとしおであろう。実に暗澹たる思いである。 もはや二度と飲むまい。飲んでも口を開くまい。記憶力の無いモロンが羨まれるひと時である。 「やっぱりモロンの暴走なのかな」とアランは切り出した。 「モロンはさ、僕らに危害を加えられない。そのはずだろう?」 ハスハは青ざめた顔を上げて、遠くを見るような目つきをした。 「わからない……」 「そうとしか考えられないよ」 「彼らには……アーミー・モロンたちには何か目的があるような気がするの。彼らは正常、なのかもしれない」 酔いの繰り言と矛盾するかに思われたがアランは口を噤んだ。やぶ蛇をつついて恥をかかし、それで己ひとり得意がるのはそんなに上等な嗜好とはいわれない。 「アランは、気が付いた?」 「あ、うん。それなりに」 「モロンたちは楽しんでいるみたいだった。けれど、本気でもなかったのよ」 「ただの憶測かもしれないよ」 「そうね……これは、狂ったモロンたちが引き起こしていること。今はまだ、そう考えたほうが――」 実のところアランには、ハスハの言う事が一言も理解できなかった。 自分が知らないのにハスハが知っているというのが何となく癪で、調子を合わせておかねば侮られるような気がしたのである。 『でっでっでっ……』 微かに聞こえてきたモロンの声が、ハスハの続けようとした言葉を打ち消した。 「やつらが来る。自分で歩くのは……無理そうだね」 ハスハが木に手をついて立ち上がった。 「ううん。歩けるわ」 「ばか」 アランはハスハのよろめいた体を支えた。 「結局さ、負ぶって走ったほうが速いんだ」 流石に半魚人持ちはもう勘弁して欲しいので、アランはハスハの負担を省みず、彼女を背負うことにした。 「ありがとう」 ハスハの吐息を煩わしく感じていると、耳元でそんなことが囁かれた。 余計なことを言って気を散らすなら、せめて謝罪を口にしてもらいたい。 からだじゅう痛かった。 手は動く。赤い光にかざしてみた。 「手、ある」 膝に触れる。足はちゃんとついている。 「足、ある」 顔を撫でてみる。凹凸は保たれてある。 「顔、ある」 不自然な水気はどこにも感じない。最後は胸に手を当てた。心臓は鼓動している。 「……あるったらある」 ナギはぱっと身を起こしてきょろきょろとコックピットを見回した。 モニターはエラーの表示で埋まったままであるが、ガンダムが完全に機能停止しているのでもあるまい。 自分が五体満足でいられたのは、落下の途中で慣性制御が働いたからである。そうでなければ気絶などでは済まされず、手足を探す羽目になったろう。 再起動を試みるも反応はなかった。 「最新機器って、これだから嫌なのよ」 なんでもかんでも小型化、精密化で、専門の技術者でなくては故障に対処できないよう作られている。 各部が関連し合っていて、あるところが駄目になれば全体も損なわれるという風で、人間の体のように脆いのである。不具合の原因すら分かりはしない。 ナギは出鱈目にキーを叩いたり、それで更なるエラーをはじき出すプログラムをなだめすかしたり、コンソールを殴りつけたりした挙句、とうとうガンダムの再起動を諦めた。 ナギはサバイバルキットを開けて拳銃を取り出した。もはやガンダムになど構ってはいられない。 いくらこれが大切なMSであろうが、死んでしまっては何もかもおしまいである。 「そうよ。あたしは絶対に生きてやる。この先生きのこって、やらなきゃいけないことがあるんだから」 クリトン・キーンのにやけ面をぱんぱんに膨らましてやることと、ついでにコンティを張り倒すことである。 ハッチは手動で開けねばならない。ナギはコンティの顔をちらと思い浮かべつつ、渾身の蹴りをそれに浴びせた。 コックピットを出ると森であった。周りの木々は大きく傾き、中ほどからへし折れているものや、根っこごと引っこ抜かれているものがあった。 抉られた地面のあちこちから白い煙が幾筋か昇り、熱気とともにゴムを焼いたような匂いも立ち込めている。おそらくこれらはガンダムドルダの墜落によるものであろう。 ガンダム自身はというと、「究極! ドルダ・キック」を放つ直前の姿勢で横たわっている。 ナギはワイヤーを伝って下に降りた。土の掘り起こされたところからは、生き物の臭みがほとんど感じられない。 草木を注視すると、みな人工の観葉植物よりも色艶がうそ臭い。それに形も整いすぎていて、映画撮影のセットを思わせた。 「ガンダミズムなんかどうでもいいけど、コーディネイターって、ほんと狂ってるのね」 以前にウーティスの話していた自然公園というところに違いない。ナギには先が思い遣られた。 この気ちがいめいた文化の中で、しばらく逃亡生活を送らねばならぬかもしれないのである。 コーディネイターの生活に犯罪というものはない。よってナチュラルでいう警察機構は存在しない。 市街地に入り込んでしまえばどうにでもなる。ここでは喫茶店の砂糖のように、最低限の生活物資は無償で手に入れられる。 そうした思い巡らしの途中、 「でっでっでっ……」という人声が聞こえた。 ナギは咄嗟にガンダムの足に身を隠した。顔を半分だけ出して覗き見ると、小銃を手にしたアーミー・モロンがいた。 ズボンの生地を破廉恥な形に突っ張らせ、こちらに向かって歩いて来る。 追っ手が来るのは当然のことであるが、ナギは今更ながら悪寒に襲われた。 ガンダムに乗っていたせいであろうか、つい先ほどまでは恐怖というものを全く感じなかったのである。 ナギはガンダムの足に背をもたせかけ、ゆっくり深呼吸した。 なぜかは知らないが、アーミー・モロンは掛声と足踏みの調子を合わせている。それで大まかな距離は察せられた。 ナギは拳銃のスライドを引いた。 「でっでいう?」 生身の人間を撃つのにためらいは無論ある。しかし殺人というものは、自分たちがMSでいつもしていることである。 殺さないと殺される。善人を気取り、臆病風に吹かれてはたまらない。これは誰しもがやらねばならないことで、絶対に必要なことなのである。 指の震えが止む。伊達にMSパイロットをやっているのではない。自己暗示には自信があった。ナギはドルダの足から飛び出した。 銃声が響き渡った。 「でででんっ、でっでっでっ……」 無傷である。銃弾は外れていた。アーミー・モロンがくるりとナギを真正面に向いた。 小銃の狙いと股間の突起とが並行になる。また撃つか身を隠すかの逡巡の束の間に、アーミー・モロンが口を開いた。 「デスト――」 「この変態!」 ナギはすかさず引き金を引いた。何度も何度も引き絞った。太腿に一発当たり、アーミー・モロンの体ががくんと揺らいだ。 転びかけると胴体に命中し、その影響でびくんと引きつった。もう一発胸に着弾し、アーミー・モロンは尻餅ついて倒れた。 激鉄の鳴る音だけが続いた。 「やった、の」 唾液がどっとにじみ出た。目が霞んだ。ナギは拳銃を取り落とした。 これは馬鹿げたことである。灰色のハムスターを見て金切り声を上げるのと同じ、いわば媚びへつらいから演繹された第二の本能に過ぎない。 人間は人間にとって最悪の獣である。したがって共食いが自然法で許されている。 正当な理由を証明できるなら、殺人という行為に何ら後ろめたいことはない。 寧ろ、この正当防衛という至上の正義はなされねばならない。嫌悪を感じて怖気づくなど言語道断である。 しかしナギ・ヴァニミィという女性は、自己の行為の結果を目の当たりにして実践的理性を失い、最高原理を忘却したらしい。 不当に多大な不快のあまり、身体機能に異常をきたしてしまっていた。 アーミー・モロンの倒れる間際、目が合ったのである。確かに合ったのである。獣のようで、幼子のような目に見えた。 ぞっとする目である。指先ひとつで命を左右してはいけないと、道学者流の傲慢さで訴えかける目であった。 無償の同情というご馳走で誘惑し、人間の良心を餓えさせる目であった。 想像力の咄嗟にでっち上げた人道茶番が頭に焼きついて、酸っぱいものが喉を昇った。 それは口に至ると歯の表面をざらざらにし、鼻腔も潤そうと暴れて鼻の奥をつんとさせた。 自分は何をぐずぐずしているのかとナギは思った。敵はまだいるかもしれず、しかも弾倉一つを丸々使い果たしてしまった。 このまま感傷に浸っていては、自分が殺されてしまうのである。利己心は第一の習慣であり、第二のそれより先に来る。 ナギが立ち直るまでにあまり時間はかからなかった。とにかく自分は死にたくない。後悔を楽しむのは後で存分に出来る。 ナギは自分の頬を打った。この痛みはコンティにも味わわせてやると思いながら、顔を上げた。 そのようにナギが嫌悪をねじ伏せて反吐を飲み下し、目を拭ったときであった。 血に染まったアーミー・モロンの上体が、むっくりと起き上がった。 「……デストローイ」 ナギは焔に似た閃光を見た。そして銃声と、弾丸の骨肉を穿ち臓物に押し入る音を聞いた。それは無数に聞こえた。 見開いたままの目が迫る地面を捉えた。口の中は胸やけしそうなほど濃厚な液体にたぷたぷと満たされた。 頬に押し付く土がいやに生ぬるかった。見聞きする一切がなんだか場違いなように思われた。 ナギ・ヴァニミィは考えることを止めた。しかし彼女の視界では、その場違いな光景がずっと映し出されていた。
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静寂と月明かりのみがその場を包む。 そこは幻想郷の地でも名の知れた原生林―――魔法の森。 キノコの胞子や魔力による瘴気が漂うその森は、魔法使いが多く住み着くという。 とはいえ、人間にとっては『呼吸するだけで体調を崩す』というレベルの悪環境と言われる。 殺し合いの会場である以上、『普段の魔法の森』と比べればまだマシなレベルになってはいるが。 その森の南方の外れに存在するのは、本来あるはずのない、開けた『果樹園』。 傍には小さな小屋も存在している。魔法の森の内部にこのような果樹園など無い…はずだった。 ――と言っても、『彼女』も此処の全てを把握しているというわけじゃあない。 普段は人里や竹林の方をうろついている。魔法の森には滅多に訪れない。 直接赴くことは殆どなかったが…『森の南方に果樹園がある』なんて話自体は、噂にも聞いたことが無かった。 「……………。」 紅い瞳を周囲の果樹園に向けながら、白髪の少女は小屋の傍に立っていた。 冷静に視線を辺りに向けるその姿は、少女にしてはどこか大人びて見える。 当然と言えば当然のことだ。彼女の名は「藤原妹紅」。 蓬莱の薬を飲んだことにより不老不死となり、千年以上の時を生きている『蓬莱人』。 少女の外見とは不釣り合いとも言えるような長い生を、彼女は経験しているのだ。 数百年を超える時を生きること自体は、長命な妖怪が多数存在する幻想郷ではあまり珍しいことではない。 しかし彼女は正真正銘の不老不死。他の妖怪達が朽ち果てようと、永劫のような時が流れようと生き続ける、久遠を生きる存在。 本来ならば、殺し合いなんかで死ぬような少女ではなかった。 だが、今の彼女は――――――― ◆◆◆◆◆◆ 気分は最悪。何とも忌々しい。 荒木飛呂彦。太田順也。二人の男は私達に『殺し合いをしろ』と言った。 見せしめとしてあの神様を殺し、私達をこの場に駆り出した。 …私自身、殺し合いそのものには慣れてる。数百年の間、妖怪共を無差別に退治していた時期があった。 あの頃の私はかなり荒れていただけに、倒した妖怪を手にかけることなんてザラにあった。 今だって定期的に「あいつ」と殺し合いをしている。とはいえ相手は自分と同じく不老不死なので、どちらも死にはしないけれど…。 「誰かを殺す」ということ自体への恐怖心は私にはない。 千年以上も彷徨い続けて、私の手はとっくの昔に血の色に染まってる。 だけどこの殺し合いは許容出来ない。あの主催者達は、楽しんでいる。 「死」という恐怖で参加者達を縛り付け、強制的に殺戮の場へ駆り出す。 現に、あの神様だって虫を捻り潰すかのように簡単に粛清されてしまったんだ。 ここには弾幕ごっこのような華やかさも美しさも存在しない。 あるのはただ…凄惨な殺し合いという、黒く淀んだ…嘘のような現実だけだ。 …馬鹿げている。望まない者達すらも、無理矢理こんな狂った催しに巻き込む。 そんな主催者に抱いた感情は、『悪趣味』かつ『最悪』。 こんなふざけた殺し合いに乗るつもりなんて微塵も無かった。 殺し合いなんてのは、やりたい奴だけで勝手にやればいい。 …私と、輝夜のように。 主催者の力は計り知れない。もしかしたら、すぐに手を打たれて始末されてしまうかもしれない。 …だが、それでもおめおめとあいつらに従いゲームに乗ろうなどと言う気にはならなかった。 こんな殺し合いに嬉々と乗る程、私は腐ってはいないつもりだ。 例え万に一つの勝ち目しか無いとしても…出来る限りの抵抗はしてみせる。 ―――一先ず彼女は、その場で名簿や支給品を確認した。 まず、ランダムアイテム。…入ってたのは折り畳まれた紙。それも複数。 …手紙か何か?とでも思ってそのうちの一つを開いてみることにしたのだが… 「…おぉっ!?」 そう、開いた紙の中から突然物体が飛び出してきたのだ! というより、突然紙の中から『出現した』と言った方が正しい気がする。 どうやら支給品やら荷物やらは、この紙の中に入っているらしい。スキマに近い能力なのだろうか?何とも摩訶不思議な…。 ともかく、一つ目のランダムアイテムは「一八七四年製コルト」と書かれている物体。 形状や構造を見る限り…銃器?数百年前に火縄銃程度なら見たことがあるが…こんな代物は初めて見た。 恐らく…いや、確実に『外来品』だろう。ご丁寧に予備弾薬まで用意されている。 此処の引き金を引けば銃弾が発射される、と言うことくらいは理解出来た。 そして二つ目の支給品。……ただの煙草だった。別に私は煙草が好きと言うわけでもないので、それは適当にしまっといた。 そして、名簿の確認。 名簿には見知った名前が幾つも見受けられる。それを見て抱いたのは「やっぱり…」と言った感情。 ゲームのルール説明が行われたあの最初の空間。そこでは幻想郷の住民の姿が数多く見られたのだ。 人間。魔法使い。妖怪。亡霊。吸血鬼。果ては、『蓬莱人』。 知っている限りでも、もはや『何でもアリ』と言わざるを得ない人選だった。 妖怪や吸血鬼は兎も角…蓬莱人は死ぬはずがない。不老不死を手に入れた存在なのだから。 …だが、あの男はこう言っていた。 『自分は頭を破裂させられても生きていける』なんて考えるなよ。 吸血鬼や柱の男、妖怪に蓬莱人なんかも、この場にいる全員例外はないんだ』 あの男の言葉を信じるならば、自分は『死ねる身体』になっていると言うことだ。 蓬莱の薬で確かに不老不死になっているはずだというのに…どんな原理で私の身体を弄くったんだ? 不老不死すら無効化するとなると、奴らは相当「やばい」力の持ち主なのかもしれない。 …まぁ、今はまだ置いておこう。情報が少なすぎて考えようが無い。 それよりも、引っかかり続けるのは――― 「…………例外はない、か。」 ぼんやりと見下ろすように、私は自分の身を眺める。 焼き尽くされようが、穿たれようが、斬り飛ばされようが…何事も無く永劫の時を生き続けてきた、この身。 だけど、それすらもここでは意味を成さなくなる。 普通の人間と同じように、死ぬことが出来る。 今までも、そしてこれからも囚われ続けるであろう永劫の輪から抜け出すことが出来る。 「親しい者との死別」という、何度も繰り返した哀しみからも解放されるのかもしれない。 もし、本当に死ねるとしたら…もしかしたら…それが私にとって、幸せなことなのかも。 永遠から解放されるなら、それでもいいのかも。…いいのかもしれない。 …でも。私は此処で「死のう」とは思わない。 例えいずれ、本当に死を迎える運命であるとしても。 狂った殺し合いの地で死にたいだなんて、これっぽっちも思わない。 何も出来ずに…下衆な奴らに踊らされたまま終わるなんて、私は真っ平御免だ。 その場で思慮を続けていた私は、今後の方針についても改めて頭の中で纏めようとした。 …だけど、そうしている暇はすぐに無くなった。何故かって? 『別の参加者』が、現れたからだ。 「…………。」 そいつは北の方角から、一歩一歩…確かな足取りでこちらに向かってくる。 木々に隠れて姿がよく見えなかったけど…草木などを掻き分ける音と共に、少しずつその姿が見えてくる。 …一言で言うと、浅黒い肌をした筋肉隆々の半裸大男。 逞しい肉体を衣服のあちこちから露出させているのが何とも強烈。 何というか…古代人?とか一瞬思ってしまうような出で立ち(まぁ、千年くらい前から生きてる私も古代人みたいなものだろうけど)。 幻想郷であんな奴を見たことはない。というか、外でもあんな出で立ちの奴見たことがない。 男は深い森の奥から現れて果樹園にいる私の方を向き、一歩一歩踏み頻るようにゆっくりと歩み寄ってくる… 「よォ、小娘」 男は歩きながら、太く低い声でこちらに向けて声を発する。 その声から滲み出ているものは、ドシリと響き渡るような威圧感。 体格といい声といい、随分と強烈なプレッシャーを感じさせるというか…。 ともかく、私は男の挨拶に返答することもなく黙ったまま目を向けていた。 「お前みたいな可愛らしいお嬢ちゃんまで殺し合いに巻き込まれてるとはなァ。 荒木に…太田と言ったか。奴ら、随分とご趣味の悪い『人間』だそうだ」 「…同感ね。酷い趣味だし、勝手にこんな場所に呼び出されて…迷惑極まりないって奴よ」 「フフフ…あぁ、『勝手に呼び出された』ってェなら俺もその口だ。 それに、どうやら此処には俺の『仲間』達もいるみたいでね」 「へぇ。お互い境遇は似たようなモノってとこかしらね」 「……ま、そう言った所らしいぜ?」 そこはかとなく飄々とした態度を取る目の前の男は、私と言葉を交わしながら歩を進めている。 ずんずんと地を踏み、私の方へと確実に向かってきているのだ。 どこか威圧的な雰囲気すら感じる一歩一歩を、地に刻み続けるかのように。 男は口元に不敵な笑みを浮かべながら…やがて、私の目の前まで辿り着いた。 仁王立ちの状態で立ち止まり、男は私をゆっくりと見下ろしている。 近くで見ると…やっぱり、かなりの巨体だ。とはいえ、それで怖じるつもりもないが。 2m前後の身の丈を持つ目の前の大男を、私は見上げていた… 「なあ、小娘。あの主催者の男がルール説明の際に言っていたが… ―――此処には、『神々』や『妖怪』が存在するんだとな?」 「そうね、というか妖怪とかとはしょっちゅう会ってるわよ? 魑魅魍魎の類いなんて、案外沢山いるわ」 「ほう…?」 男は私の返答に対して興味深そうな反応を示す。 この男は妖怪や神々について知らないようだ。やはり外界出身の人間か何かだろうか。 …いやまぁ、雰囲気的には『ただの人間』のようには思えないけど。 妙にニヤついた笑みを浮かべながら、男は更に問いかけてきた。 「小娘、お前はどうなんだ?お前も俺の知らない『何か』なのか」 「別に?私はあくまで人間。ただ、違うことと言えば…『ちょっと特殊な身体してる』ってこと」 「……………。」 「まぁ、平たく言えば―――――――――」 私は自分の身について、少し語ろうとした。 わざわざ男から問いかけられたのだ。何となくの気まぐれに、話してみようかとも思った。 だが、この会話は直後に力づくで途切れることになる。 この後の男の行動によって。 「あぁ、もういいぜ。貴様に少しばかり興味が湧いてきた… あとは『自分で』確かめる。どちらにせよ、俺はお前を―――」 私の言葉を遮るかのように発せられた男の言葉の直後。 直後に私の顔に目掛けてそれは放たれる。 私の視界が、生々しい紅の色に染まる。 殺し合いの中で何度も見てきた『色』。 そう。目の前の男の身体から放たれたものは真っ赤な『血液』。 それが私の顔面にかかり、視界を塗り潰したのだ。 咄嗟に対処をしようとした。だが、もう遅かった。 そして私の顔が、急に熱くなり――――― 「―――殺してやるのだからな」 ◆◆◆◆◆◆ ―――少女の端正な顔面は、男の血液によりグツグツと『焼かれていた』。 堪らずに少女はその場で倒れ込み、成す術も無く顔を焼き溶かされていく。 そんな少女の姿を男は笑みを浮かべながら見下ろしていた。 男の名は『エシディシ』。人間を凌駕する『力』と『生命力』を生まれ持つ、闇の一族の一人。 通称『柱の男』と呼ばれる存在だ。 彼女の顔面を焼き尽くす血液。これこそが彼の能力、『熱を操る流法“モード”』。 彼が『炎のエシディシ』と呼ばれる所以。自らの血液を500℃まで上昇させる、灼熱の能力。 暫しの会話を交わした目の前の少女を、その能力の毒牙にかけたのだ。 彼は決して妹紅と友好的な意図で接したわけではない。 あんな会話は単なる気まぐれだ。どうせいずれは皆殺しにする有象無象の塵共の一人なのだから。 エシディシの目的はあくまで『他の柱の男との合流』『会場からの脱出』。 その為には柱の男の仲間達と共に他の参加者共を殺害し、あの荒木と太田とかいう二人の男の下へ辿り着かねばならない。 少々小癪だが、下手に逆らえば脳を爆破されて死ぬだけだ。 だったら一先ずはゲームに乗り、優勝や生き残りを狙うであろう邪魔なカス共を減らしておいた方がいい。 それに、神々や妖怪など…未知の存在への好奇心もあった。少し試してみるのも一興だろう。 男は尚も不敵な笑みを見せ、少女を観察し続けていた。 さて…お前はこの状況で一体どんなことが出来る? 此処から何をしてみせてくれる? お前の持つ力とは何だ?見せてくれ―――― そして、男の口の両端が三日月のように釣り上がった。 「成る程…それがお前の『力』ってワケか」 そこで彼が目にしたものは、『ただの人間』ならば有り得ない光景。 それは人間でありながら永劫を手にすることの出来た、少女の能力。 火傷を負った少女の顔が、生々しい肉の音と共に『治癒されていく』。 焼き尽くされ、溶かされていた顔が通常の人間ならば有り得ない速さで再生していく。 先程まで灼熱の血液に顔を焼かれていた少女は―――――― 炎を意にも介さぬ様子で、こちらを『見据えていた』。 「…いきなり、酷いわね……顔を焼くなんて」 冷静に言葉を紡ぎながら――『灼熱の血液』が、振り払われるかのように消え失せ。 少女は、その場から立ち上がった。 「人間の身でありながら、再生能力を持つのか?」 「ま、有り体に言えば…そう言った所ね。そうじゃなかったらこんな調子良く立ち上がらないわよ」 蓬莱の薬によって不老不死の存在と化した少女――藤原妹紅。 とはいえ、此処ではそれも『偽り』となっている。あくまで持つのは、弱体化した再生能力だけだ。 彼女は不敵な笑みを浮かべることもなく、怒りの形相を見せることも無く。 ただ淡々と、冷静沈着な表情で―――自らの『不尽の火』を発現させた。 対するエシディシは、心底面白そうに笑みを浮かべていた。 彼の心に浮かぶのは、久しく感じていなかった昂揚感。そして、未知の力への興味。 そして彼は一旦後方へとバックステップをし、少しだけ距離を取る。 「ほう!小娘、貴様も炎を操るのか!面白いじゃあないかッ! 今まで久しく好敵手がいなかったのだ…丁度いい、この『エシディシ』を楽しませてみせろ!小娘ッ! ―――『怪焔王の流法“モード”』ッ!!!」 エシディシもまた、己の指先から触手の血管を飛び出させるッ! それは500℃にまで達する灼熱の血液を用いて戦う『熱を操る流法』。 数多くの波紋戦士を葬ってきたその能力を、彼は解き放ったのだ! 相対するは不老不死の少女と、太古より蘇りし柱の男。 距離を取っていた『柱の男』が地を蹴ると同時に、『少女』もまた戦闘態勢に入る。 果樹園の中央にて、闘いの火蓋が切って落とされたのだ。 ◆◆◆◆◆◆ 「――――ッ、」 「ハハハハハハッ!!どうだ、満足に反撃も出来ないかァ!? そらそらァ!どこまで耐えられるのかなッ!!」 結論から述べれば、戦況はエシディシが優勢だった。 回避された沸騰血は地面へと落ち、土や雑草を容赦なく焼き焦がす。 妹紅は触手のような血管を、後方へ下がりながら辛うじて回避し続けている。 彼女は腕や胴体などにエシディシの血液を何度か喰らっていた。 先程顔面に浴びせられた際よりも多量の血液を受けたということもあるのだろうが…妹紅の身体には、所々火傷が残っている。 普段ならば既に塞がっているであろう負傷。しかし、じわじわと再生しているとはいえ未だに負傷は完治していない。 即ち「いつもより傷の治りが遅い」。再生能力が弱体化している。 彼女は元々戦闘においては再生能力頼りであることが多かった。 当然だ。絶対に死なない身体なのだから、強引に攻めれば押し切れる。 だが―――今回は違う。負傷によって死を迎える可能性がある。 下手に重傷を負えばこちらが不利になるのだ。回避も行う必要がある。 しかし、彼女にとって回避行動は不得手。 「回避」という不慣れな行動に気を取られ、そちらに専念する形になってしまっていたのだ。 「逃げてばかりじゃあ、ラチも開かんよなァッ!!」 そしてエシディシの攻撃は血管だけではない。 不意を突くように時折織り交ぜてくるのは、強靭な筋肉をバネに放たれる剛拳。 妹紅はそれに対し、とにかく回避に徹していたのだ。 如何に妹紅が妖怪退治や殺し合いなどで身体能力に秀でていようと、あくまで元は人間。 対するエシディシの単純なパワーとスピードは、吸血鬼をも遥かに凌駕する。 それだけではない。彼は数多くの波紋使いを葬ってきた百戦錬磨の戦士。並大抵の者を上回る格闘技術をも併せ持つのだ! 一度あの拳に対処した際、妹紅はエシディシの身体能力、そして技量の高さに気付いた。 そしてエシディシはその体術と自身の能力を存分に生かし、激しく攻め立ててくるのだッ! エシディシは己のパワーを生かして至近距離での戦闘に持ち込み、徹底的な攻撃態勢に入っている! 今の妹紅がしていることは、ほぼ回避のみ。 時折僅かな隙を突いて炎弾を放ってはいるが、殆どダメージを与えられていない。 軽く舌打ちをしながら、妹紅は何とかエシディシの攻撃を躱していく。 しかし、このままでは全く埒が開かないのは当然のこと。 どうにかして打開しなければならない。 いっそ、自分の再生能力を信じて強引に攻めるか。 それとも、攻撃の隙を突いて体勢を立て直すか。 考えている間にも、敵は鋭い攻撃を仕掛けてくる。 迷っている暇なんてない。 そう。既に男は、拳を握り締めているのだから―――! 「―――そぉらァァァッ!!!」 直後、目の前の男が猛々しい声と共にこちらへ再び拳を放つ。 無骨な拳が真っ直ぐにこちらへと迫り来る。獣のように力強く、弾丸の如く勢いが籠った一撃。 しかし、その軌道は真っ直ぐだ。私は右手に霊力を纏わせる。 そのまま、迷うことなく―――拳を両腕で、強引に受け止めようとした! 「…ほう?」 男は、強引に拳を受け止めようとした少女を見下ろし…ほんの少しだけ感心したように声を漏らす。 しかし拳を防いだ妹紅の口からは…ごふっ、と口から血が吐き出される。 力づくで受け止めようとしたとはいえ、その衝撃は相当のものだ。 ある程度ダメージは緩和出来たが、当然の如く妹紅の身体は吹き飛ばされる。 だが、吹き飛ばされる直前の少女の口元には。 笑みが浮かんでいた。 「――不死」 そして、エシディシが目にしたものは…吹き飛ばながらも、右腕をこちらに向ける妹紅の姿。 右掌の正面に形成されているのは、不尽の炎の鳳凰。 「火の鳥、―――鳳翼天翔ッ!!」 火の鳥を模した真紅の炎弾が、エシディシ目掛け放たれる。 スペルカード、不死「火の鳥―鳳翼天翔―」。 それは不死鳥のような煌めきを見せる、紅き炎。 周囲に熱風が吹き荒れ、目を見開くエシディシの身に火の鳥が直撃する――! 「ぬうッ…!?」 その身が炎で焼かれ、男の身体が大きく仰け反る。 先程までの炎弾ではあまり傷を受けていなかったが…今回の攻撃はスペル。少なからずダメージは与えられている。 同時に、吹き飛んだ妹紅が小屋の壁に強く叩き付けられた。 全身を叩き付けられ、口から血を流し、強烈な鈍痛が回りながらも…妹紅はよろよろと立ち上がってみせた。 ――苦痛には慣れてる。この程度の痛みなんか、…力づくにでも持ちこたえてやる。 「……よくも……やってくれたじゃないか…なァ、小娘ェッ!!?」 血管ピクピクで怒るかのような、されどどこか楽しげに笑みを浮かべているような。 そんな微妙な表情で、男は声を荒らげて地面を蹴る。 胴体の正面が焼け焦げながらも、ダメージを感じさせぬ凄まじい瞬発力で妹紅の方へと迫り来る。 両足の筋肉を躍動させ、獣のような勢いの速さで突撃をしたのだ。 ―――しかし、エシディシが妹紅の所まで到達することは出来なかった。 パァン、パァン。 二度に渡って響き渡ったのは、乾いた破裂音のようなもの。 そう、銃声だ。妹紅が懐に隠し持っていた、『一八七四年製コルト』。 妹紅はそれを咄嗟に抜き、エシディシに向けて不意打ちの如く放ったのだ。 エシディシの頭部と首筋は弾丸に貫かれ、血肉をブチ撒ける。 絶叫じみた咆哮を上げながら、男は傷口を両手で抑えて転倒する――― 「………ふー…。」 銃を握り締めながら、私は一息を吐く。 引き金は躊躇いなく引いた。先程も言ったように、私は殺し合いには慣れている。 自分から積極的に仕掛けるつもりはない。だが…殺そうとしてくるなら、別だ。 殺しにかかってくると言うのなら…とことんまで抵抗するだけだ。 あの男は、どうなっている? スペルを直撃させ、頭部に弾丸を叩き込んでやったんだ。 普通ならば、これでもう死んでいる。少なくとも、行動不能にはなるだろう。 主催者の話を思い出す。頭を破壊されれば不老不死だろうと例外なく死ぬ、と。 逆に考えれば、頭部さえ破壊すれば確実に敵を殺せるということなのかもしれない。 それが正しければ、これであの男はもう動けなくなるはず―――― そんな私の期待を嘲笑うかのように。 小汚く、不気味な笑い声が…耳に入ってきたのだ。 「―――痛ェなァァァ~… 中々粘るじゃねえか、小娘… 今…ほんのちょびっとでも、思ったんだろう?」 ニヤニヤと笑みを浮かべながら―――――男は、立った。 その両足で、確実にその場に立ち上がってみせた。 頭部から血を流しながらも、男の余裕の表情は崩れない。 いや、むしろその顔は「愉しげ」にすら見えたのだ。 「『この化物を仕留められた!』とでも…思ってたんだろう、なァァァーーーーーーッ!!!!!?」 地響きが鳴る様な轟く声で、男は心底愉しそうに―――叫んだ。 コイツは…とんでもない、化物だ。こんな奴に…勝ち目があるのか? あの男も手傷を負っているとはいえ、今は私の方にだってダメージと霊力の消耗がある。 このまま戦った所で…恐らく、ジリ貧。互いに傷を再生しながら長期戦になるだけ。 『制限』がある以上、どこまで再生能力が持つかも解らない。 それだけに、こちらの方が不利になる可能性が高い。 あの男の能力は、計り知れないのだから。 …いや、違う。そんな理屈の話じゃない。あいつは、とにかく…危険だ。 冷や汗を流し、私はただただ歯軋りをする。 「く、っ…………!」 そして、最終的に私が選んだ道は…撤退。 傷付いた身体を押しながら、私は強引に走り出す。 身体は痛むし、所々焼け焦げて熱い。それでも、立ち止まっていたら再び攻撃されるだろう。 とにかく果樹園から、この場から離れるべく、両足に力を踏ん張らせ…駆け始めたのだ。 私は、必死に逃げ出した。 ―――無意識の内に目の前の男に恐怖を抱いていたことに、少女は気付いていない。 ◆◆◆◆◆ エシディシは、逃げていく少女を何も言わずに見ていた。 俺に臆したのか。それとも、この状況では不利だと感じたのか。 まぁ、正直どっちでもいい。追いかけるのも面倒だ。 また後で探し出して、くびり殺してやればいいだけのこと。いちいち追撃する必要はない。 あの小娘、確かに実力はあるが…あくまで十分に対処出来るレベルの強さだ。 この会場の中で、殺す機会などいつだってある。 「シラけちまったじゃあねえか、全く」 とはいえ…敵に逃げられ、少々面白くない気分ではあった。 追撃さえすれば追うことは出来たかもしれないが、こちらとて傷は受けている。 下手に深追いをし、妙な傷を負わされたらそれもそれで厄介。 それに…時間はたっぷりあるのだから、焦る必要も無いだろう。 ともかく、あの少女との闘いで彼は理解した。 柱の一族とも、波紋使いとも違う、「未知の存在」がいることを。 少女は不死鳥の如し炎を操り、同時に高い再生能力を兼ね備えていたのだ。 あの力が一体どのような技術によるものかは解らないが、興味はある。 この会場に同じような存在がいるとなれば、尚更だ。 さて。此処にはカーズやワムウもいるらしいが…まぁ、アイツらはそう簡単に死にはしなないだろう。 俺は俺で、気ままにやらせてもらうとするかね。 勿論あいつらと共に生き残り、荒木と太田を殺すつもりではある。 抜け駆けをしてカーズやワムウを殺害し、優勝しようだとか…そんなことは微塵も考えてはいない。 あくまで敵は荒木飛呂彦と太田順也だ。 だが、そこに辿り着くまでにはまず「勝たなければ」ならない。 そう。―――最終的に、仲間達以外の参加者共は皆殺しだ。 だが、先程も述べたように他の参加者に対する興味はある。 此処にはどんな奴がいる?どんな能力を持つ者がいる? 是非とも試してみたい。ま、最後は殺すことには変わりないがな。 月を見上げ、男はゆっくりと歩を進める。 行く先は特に決めてはいない。 ただ風が流れるように、気の赴くままに進み続けるだけだ。 その口元に、邪悪な笑みを浮かべながら…彼は果樹園から離れていった。 【B-5 魔法の森・果樹園の小屋付近(7部)/深夜】 【藤原妹紅@東方永夜抄】 [状態]:全身打撲(中)、身体のあちこちに火傷(中)、疲労(大)、霊力消費(中)、再生中 [装備]:一八七四年製コルト(4/6)@ジョジョ第7部 [道具]:予備弾薬(18発)、煙草(数本)@現実、基本支給品 [思考・状況] 基本行動方針:主催者を倒す。 1:今はとにかく逃げて傷を癒す。 2:主催を倒す為の協力者を探す。出来れば慧音を探したい。 3:こちらからは仕掛けないが、襲ってくるのなら容赦しない。 4:エシディシを警戒。無意識に僅かな恐怖を抱いている。 5:主催者の言っていたことが気になる。本当に不死の力は失われているのか? [備考] 参戦時期は永夜抄以降(神霊廟終了時点)です。 風神録以降のキャラと面識があるかは不明ですが、少なくとも名前程度なら知っているかもしれません。 果樹園から離脱し、南下中です。 【エシディシ@ジョジョの奇妙な冒険 第2部「戦闘潮流」】 [状態]:胴体に火傷(中)、頭部と首筋に銃創、疲労(小)、再生中 [装備]:なし [道具]:不明支給品、基本支給品 [思考・状況] 基本行動方針:カーズらと共に生き残る。 1:一先ず気の赴くままに動いてみる。神々や蓬莱人などの未知の存在に興味。 2:仲間達以外の参加者を始末し、荒木飛呂彦と太田順也の下まで辿り着く。 3:他の柱の男たちと合流。だがアイツらがそう簡単にくたばるワケもないので、焦る必要はない。 4:夜明けに近づいてきたら日光から身を隠せる場所を探す。 [備考] 参戦時期はロギンス殺害後、ジョセフと相対する直前です。 エシディシがどこへ向かうのかは次の書き手さんにお任せします。 頭部に銃弾を受けましたが、脳への直撃は避けているのでさほど深刻なダメージではないようです。 『一八七四年製コルト』 藤原妹紅に支給。ジョジョ7部でリンゴォ・ロードアゲインが使用していた回転式拳銃。 装弾数は6発。予備弾薬付き。威力は現在の拳銃と比べても遜色はないが、固定式シリンダーなので弾丸の装填には時間がかかるだろう。 000:プロローグ『穢き世の穢き檻』 投下順 002:真空のメランコリー 000:プロローグ『穢き世の穢き檻』 時系列順 002:真空のメランコリー 遊戯開始 藤原妹紅 064:蓬莱の人の形は灰燼と帰すか 遊戯開始 エシディシ 053:Kindle Fire【焚きつける怪炎】
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→①より 『聖白蓮』 【午後 15:37】C-3 紅魔館 地下大図書館 「殴られた横っ腹の借りを返す前に、だ。念の為聞いておこうか、聖白蓮」 先のダメージをものともせずに、DIOが気障ったらしく腕を組む。 些か掃除の行き届いてない書物の群から立ち上る埃の煙幕は、まるで吸血鬼の胃から吹き出される寒波を想像させるおぞましい寒気。 少々、難儀な物の怪退治になりそうだ。 白蓮は予感される大仕事に背筋を強張らせながらも、決して気圧されない。 「何でしょうか?」 「お前は何故、このDIOの前に立つ? そこの出来損ないを救いに来たのだと寝言を言うのなら、これは『親子』の問題だ。引っ込んでいてもらおう」 戦う理由。それは白蓮にとっても、置いてはおけない問題だ。 万事の発生には、必ず理由がある。 相応の理由があるのだから異変を起こす者がいるのだし、異変が起こるから巫女は解決に向かう。 民衆を救い、導く役職に就く尼公の白蓮ですら「力も方便です」と残している。先の宗教戦争において自ら出陣した珍事にだって理由はあるのだ。 『妖怪退治』と『殺し』は決してイコールでは結ばれない。 しかし、このゲームにおいてはそのイコールが結ばれ“得る”。得てしまう。 たとえ目の前の吸血鬼が妖怪の括りに則し、退治なり成仏なりさせてしまえば、現状に限って言えばそれはもう『殺し』の領域となる。 『殺人』にも理由はある。誰でもいいから殺したかったなどと供述する人非人の戯言ですら、広義で見ればそれは一つの理由だ。 白蓮がDIOらと戦う理由は明確だ。 その戦いの過程で彼らの命を奪ってしまう結果が起こり得る事も、予想しなければならない。 言うならば今の白蓮には、『殺人』を犯す公然の理由がある。本人はそれを許容してはいないが、当て嵌ってしまうのだ。 無論、僧侶たる彼女が“それ”を犯してしまえば、因果応報により必ず地獄に堕ちる。断じて避けなければならない。 「“因縁生起”……世の中のものは、すべて相互に関係しあって存在している、因縁によって生ずる、という考え方です」 「フン。坊主の説法を頼んだ覚えはない。尤も、その考え自体には同意できるが」 「因縁生起を略し、『縁起』と呼ぶ。“吉凶の前兆”という様に、昨今ではかけ離れた意味で使われるこの言葉は、本来は因と縁が互いに密接に絡み合う意味なのです」 縁起の考え方は、仏教が持つ根本的な世界観である。 この因果論は、“様々な条件や原因が無くなれば、結果も自ずから無くなる”、という逆の考え方も出来る。 DIOがジョルノという親子の『縁』を断ち切ろうとする『理由』には、我が子すらも滅す事によって、ジョースターという『縁起』を完全に消滅させようという魂胆がある。 仏教の世界でいうところの『縁滅』を狙っているのだ。 「貴方の所業に理由はあるのでしょうが……それはやはり悪行でしかない。 無論、私がこの場へ赴いたのにも理由はあります」 テカテカの光沢を反射させながら、白蓮は右腕をDIOに向け、人差し指を立てた。 「ひとつに。そちらの神父様の持つ、ジョナサン・ジョースターから奪った円盤。 彼を蘇生させるには、その円盤が必要不可欠と判断した故に、ここまで参りました」 真っ当な理由だ。いわば人助けに類する行動理念であり、白蓮を象徴すると言っても良い行動であった。 DIOもプッチもそこは容易に予測出来る。そして白蓮の言う通り、ジョナサンのDISCは未だプッチの懐に仕舞われていた。 この円盤の特徴の一つに、破壊不能レベルの弾性を纏うことが挙げられる。外圧によって壊すことは難しいが故に、たとえ宿敵の命そのものと呼べる円盤でもこうして持ち続ける他ない。ここにヴァニラ・アイスさえ居れば悩むまでもない話であるが。 「御足労悪いが……このDISCだけは渡せないのだ。諦めて寺へ帰るといい。力ずくはあまりオススメしない」 「力ずく、ですか。好きな言葉ではありませんが……嫌いな言葉でもありません」 「……中々面白い尼だ。少し気に入った。……他の理由は?」 「ふたつに。人類の三大禁忌(タブー)というものがあります。内一つが『親殺し』の大罪。 どのような理由があろうと、己を産み落とした親を殺すなど言語道断。逆もまた然り、です」 見過ごせない。見過ごせるものか。 家族の問題、で見過ごしてしまうほど、白蓮の眼は曇ってなどいない。 親子で殺し合わなければならない程、憎んでいるというのか。 ならば何故、産んだのだ。 それを問い質すつもりは無いし、返ってくる答えにはおよそ正常な感情など篭ってないだろう。 永く、善も悪も見てきたから分かる。 最期を看取ったスピードワゴンがかつて忠告した言葉が、ここで理解出来た。 この男DIOは、生粋の邪悪だ。 絶対に、野放しには出来ない。 「なるほど。正義の真似事のつもりか」 「はい。正義の真似事を、演じさせて頂きます」 幻想郷のようにはいかない。 交わし合う言葉も不要。 躱し合う弾幕も無意味。 言葉遊びも、弾幕遊びも、全ては児戯だと切り捨てたなら。 あまりに無情で、あまりに空しいではないか。 この荒廃した箱庭で正義論など掲げて、私(おまえ)は部下を何人失った? 家族を何人救えた? いっそ。何も掲げさえしなければ。 正義も悪も翳さず、降り掛かる厄災を払うのみに徹すれば。 少なくとも、寅丸星は死なせずに済んだのではないか。 (…………私とした事が。まだまだ修行が足りませんね。自暴自棄と無念無想を混同するなど) 聖白蓮は、それを選ばない。 寅丸星の信じた正義を否定し、捨てる選択は愚の骨頂だ。 拠り所を放棄し、単孤無頼の奈落に堕ちた人間は、等しく弱い。 「DIO。そしてエンリコ・プッチ。 邪心に満ち満ちた貴方がた二人は、この聖白蓮が退治させて頂きます」 掲げるモノを信じるから、人は強くなれるのだ。 昔日に人間の身を辞めた白蓮の目にも、素晴らしき『人間賛歌』は七色のように美しく映る。 あとは空に架かったそのアーチを、この自分が辿れるかどうかだ。 「───正義、正義か。……ククク。なるほど、なるほど……!」 正義を宿す白蓮の、瞳に映った邪悪は嘲る。 静寂だったさざ波は、間もなく荒波となり、地下中に波乱を招く津波となって鼓膜を打つ。 「ハハ……ッ! ハァーーッハッハッハッハァ!!!」 閑かなる地の底だからこそ、男の絶笑はより深く引き立った。 乱反射される嘲笑い。ドス黒い悪の大気で覆い被さる巨大な津波は、そこに居る正義の心を揺さぶった。 「可笑しいですか」 不快からか。はたまた戦慄の類か。 白蓮は喉元でひりついていた言葉を吐き、目の前の悪をひと睨みする。 「クックック……! いや、そうではない。 ただ、あまりにもお前が私の『予想通り』の人物像だったものでな」 黄金に揺蕩う髪を根元からクシャりと握り締め、腕の震えを強引に塞き止める。男を突如として襲った痛快なる破顔は、そうまでの現象を引き起こすものか。 「プッチ神父から、何か私の良くない風評でも吹聴されたのですか」 「それも間違ってはいないが……私はお前に少し、興味があった。名簿で初めてその名を目にしてからな」 名簿。そこに連なる聖白蓮の並びが、果たしてこの男へと如何なる興趣を与えたのか。 依然、白蓮の疑問符は止まない。 「お前からすれば、実にくだらん言い掛かりよ。しかし、こと私にとっては……これが意外と死活問題でね。中々どうして、馬鹿にできんのだ」 「随分と回りくどい御方です。言いたいことがあるのなら、ハッキリと」 「名前だよ。お前の名に、私は…………そう。恥ずかしながら白状しよう。 ───恐れたのだ。ほんの僅かだが、動揺を覚えてしまった。このDIOが、だ」 過ぎ去った過去の笑い話を、心の引き出しからそっと取り出すように。 かの邪悪の化身は俯きがちに首を振り、また笑った。 自らを〝悪〟と言い切る悪人正機を体現した、この男ほどの者が。 可愛げすら覗かせるように、それを言うのだ。 「失敬な話ですね。私は魔王か何かですか」 「魔王……なるほど。言い得て妙だ。あながち間違いでもない。 お前は私にとって、滅ぼすべき『魔王』の様な存在……その可能性もあった」 心外だ。確かについぞ最近まで、白蓮は魔界に身を置いていた。だがその心まで魔に染まった訳ではない。魔王などと蔑まれる所以などあるか。 「名は体を表す……ということわざがあるように。言葉には時折、不可思議な魔力が籠る。日本ではこれを……え~~~と、」 「言霊でしょうか」 「そう。その言霊というのが実に……ある意味では重要なのだ。 血脈と共に『ジョジョ』という愛称が代々に渡り継がれるのも、言葉に魔力が宿るからとしか思えん。そういう風習が定まっている訳でもないのにな」 DIOが流した『ジョジョ』の名に、白蓮は軽く眉をしかめる。 愛称。ジョジョ。直感的に、それはジョナサン・ジョースターの渾名なのではと予感する。 背後で鈴仙を治療するジョルノも、『ジョジョ』の名にほんの一瞬ピクリと反応したのには、その場の誰も気付かなかった。 「その言霊と私の名前に如何なる関係が?」 「聖(ひじり)……私はその名に、少しだが縁があってね。 正確には『聖(ホーリー)』……ホリィ・ジョースターだったかな」 ホリィ・ジョースター。またしてもジョースター。 その女性の名前……ルーツの根源を知る者は、ここではDIOとプッチの二名のみ。 全ての事の発端である女。そう言い換えてもいいのかもしれない。 かのジョセフ・ジョースターがエジプトのDIOを嗅ぎ付け、仲間を連れて遥々と海を渡って来たのも、元を正せば空条承太郎の母・空条ホリィがDIOの影響を受けて昏睡したからである。 この点に関してDIOの意図があった訳では無い。ホリィが生来、スタンドの発現に耐えられる精神をしておらず、DIOの復活が血脈を介して彼女に悪影響を及ぼしたからであり、あらぬ必然を引き起こしてしまったに過ぎない。 DIOは『聖女』が嫌いである。 少年時代、浅はかな考えでエリナに手を出し、ジョナサンの成長を引き起こす一因を作ってしまった。 周囲からは『聖子さん』などと呼ばれていたらしいホリィへと、間接的にではあるが危害を加えた為、空条承太郎を敵に回してしまった。 メリーに関してもそうだ。彼女の瞳はエリナと酷似している。メリーもDIOにとっての『聖女』。だからこそ丸め込み、手篭めにしようと画策している。 DIO。ディオ・ブランドー。 彼の持つ女性観の根源には、とうに他界した『母親』が密接に絡んでいる事は、本人も自覚するところである。 思い返せば……母もまた、ディオにとっては聖女の様な存在だったろう。 母の愛があったおかげで幼少ディオは、過酷な環境をたった独りでも生き抜いてこれた。 そして、母の清すぎた聖心のせいでディオは、余計な重苦を背負ってきたと言ってもいい。 あの女は、人間として眩しいくらいに良く振る舞い、息子に愛を注いできたろう。 しかしディオの育った環境においては、その愛は必ずしも幸福には結びつかなかった。 ディオは母親が嫌いであった。 だからこそ、聖女を憎むのかもしれない。 聖なる女は、いつだって彼の闇の運命を祓ってきた。 そして───聖なる女、聖白蓮。 「聖(ひじり)などと、こんな御高尚な名を付けられた程だ。さぞ正義感に満ち溢れ、義に厚い女なのだろうなと……確信すらしていたのだよ。 くどいが、言葉には本当に魂が宿るものだな。お前もまた、エリナによく似ている。その奇天烈な積極性に目を瞑ればだが、な」 「人様を魔王と呼んだり聖女と呼んだり……しかし、『言葉の魔力』ですか。確かに、古来より名前には不思議な力が籠ると考えられてきました。 神<DIO>と名付けられた貴方が聖女に恐怖するのも……皮肉な運命めいたモノを感じます」 本人も言う通り……DIOの言い分は極めて自己中心的で、無関係の白蓮からすれば言い掛かりもいい所だ。 しかし、彼は恐らくそういった迷信やジンクスを受け入れるタイプだろう。 実際に白蓮はDIOの前にこうして立ち塞がっている。そして、その彼女を自ら倒すことで、運命を……恐怖を乗り越えようとしている。 聖白蓮とは、DIOにとって紛うことなき障害なのだ。 信じ難いほどに、前向きな男だ。 ベクトルさえ間違わなければ……このゲームを共に打破する、頼れる仲間になれたろうか。 「尤も、私は自身が聖女だなどと自惚れておりません」 誠に口惜しく、遺憾千万である。 「───魔人経巻」 詠唱省略。ゼロコンマからの魔法発動を可能とする巻物。 それが、黒を基調とする彼女のバイクスーツの内から。 つまりは素肌。白蓮の胸部の狭間から音もなく取り出され。 「『ガルーダの爪』」 空気が爆発した。 音すら置き去りにして、白蓮が空想を具現化させたスキルの名は『ガルーダの爪』。 装った衣装にこれ以上似合う体術もない……とんでもなく強烈なライダーキック。 「『世界』」 爆発の如き蹴りが停止した。 半ば不意打ちに近い形で炸裂した白蓮の足技は、男の呟いたザ・ワールドの明滅と共に、止まる。 時を止めた訳ではない。彼女の目にも止まらぬ速度を、物理的に、単純なスタンドの防御で受け止めたに過ぎない。 「───更にくどいが、名前には魂が宿る。お前達が『スペルカード』の遊戯法により、くだらん弾幕へ名付ける事と同じように」 世界の腕が、攻撃の硬直で宙に止まったままの白蓮の足首を掴んだ。 「天国へ至るのに必要な『14の言葉』が設定されたように」 そのまま、世界は受けた蹴りの反動をモノともしない勢いで、掴んだ白蓮を一旦大きく頭上へと振りかぶり。 「……ッ! 御免ッ!」 その手は食うかと、筋力倍加の魔法を受けた白蓮の凄まじい拳骨が。 命蓮寺の鐘を毎朝毎晩、素手にて十里先まで打ち鳴らす程の鋼鉄の拳が。 人体の急所……脳天へと、真上からモロに叩き込まれた。 常人であれば、即死必至の破壊拳。 常人であれば。 「我々スタンド使いも、傍に立つヴィジョンに名前を付ける」 その拳を頭蓋に受けておいて。 DIOのスタンドはまるで動じない。揺らぎもしない。 脳が揺れたのは、掴まれた白蓮の方だった。 一切の躊躇もなく、世界は彼女の身体を床へと思い切り叩き付けた。スタンドの腕が掴んでいた箇所は足首なので、必然的に白蓮は顔面から硬い床へと振り込まれる事となる。 鈍い音が木霊する。 幸い、砕けたのは床板のみに留まった。もしも彼女の肉体強化が頭部にまで及ばずにいたら、これで決まっていたろう。 頭半分めり込ませて地に放り込まれた白蓮を不敵に見下ろしながら、男はスタンドを我が身の傍に立たせる。 「紹介しよう。これが我がスタンド───『世界(ザ・ワールド)』だ」 筋骨隆々に構築された、黄金の肉体美。 ザ・ワールドの言霊を冠するスタンドがDIOと並ぶ。 冷気とも熱気とも見えない蒸気が、彼らの肉体から噴出する。あるいは、スタンドのエネルギッシュなオーラとでも呼ぶべきか。 DIOと、『世界』。 最悪の吸血鬼が、最高のスタンドを身に付けてしまったのは、この世の必然か。 「聖さんッ!」 ジョルノが張り上げる。 白蓮はスタンドを展開していなかった。つまり、まず確実に非スタンド使いだ。生身の人間があのスタンドに対抗出来るわけが無い。 「……ッ! 加勢します!」 鈴仙の治療を優先したいが、白蓮一人では荷が重すぎる。 ゴールド・Eを自身の前に動かし、勢いを付けて立ち上がる。が─── 「邪魔はさせない。DIO様のご子息といえど……斬るわよ」 黒帽子を被った少女──宇佐見蓮子がジョルノの前に立つ。 年齢はジョルノより少し上くらいだろうか。右手には妖しく光る不気味な刀。 「退いてください。でなければ……女といえど、容赦しない」 突撃はジョルノの方から。蓮子は動じることなく、刀構えて待ち受けるのみ。 警告はした。意識の暴走でショック死を迎えようが、躊躇はしない。 ゴールド・Eが、叫びと共に無数の拳を繰り出す。 「無駄無駄無駄無駄ァ!!」 パワーはさほどない。しかしこの場合、薄い痛覚であるからこそ痛みは倍増する。ジョルノのスタンドとは、そういうものなのだ。 スピードなら充分。世界にも対抗出来る速度のラッシュが、蓮子の体を撃ち抜─── 「な……ッ!」 ───けない。 蓮子の持つアヌビス神は、ジョルノのラッシュをひとつ残らず刀の峰で弾く芸当を見せ付けた。 おかしい。ただの少女にしては熟練された剣の腕、だという事を差し引いても、おかしい。 所詮、刀だ。スタンドであるゴールド・Eの攻撃を防いだ事も、刀を生命化出来なかった事も理屈に合わない。 「いや……その刀、スタンドか」 刀自体が『スタンド』! 警戒すべきは、あのスタンドに隠された能力。それがある筈だ。 「その『刀』は少々厄介だぞ、我が息子ジョルノ・ジョバァーナ。いくらお前とはいえ、簡単にはいガッ!」 息子の勇姿を応援する父の姿とは程遠く。 チラと見た、ジョルノと蓮子の交戦を遠巻きに眺めるDIOの隙だらけな横っ面に、熱と衝撃が撃ち込まれる。 「いガ? ご子息が心配ですか」 顔面から床に叩き付けられ、昏倒したと思われた白蓮が、ケロリとしながら回し蹴りを決めていた。 「……硬いな、女。イイだろう……やはりお前は、このDIOの栄養となる資格を有していコハッ!」 脇腹に、大きく腰を落としての正拳突き。 最初に叩き込んだ脇腹への掌撃と同箇所。今度は、内部に組み立てられた骨をまとめて粉砕する程のパワーを込めた。 「コハ? 随分と余裕ですが、貴方の食事とやらになるつもりは御座いません」 ギリギリと鳴る白蓮の拳からの、筋肉と骨との摩擦音。 DIOの巨躯は、今度こそ抗った。先のように空へ吹っ飛ばされる事なく、白蓮の正拳突きに耐えたのだ。 (堅い。そして重い。だが、この女……何よりも───) ───疾いッ! 余裕を見せていたとはいえ、世界が見切れなかった程の轟速が生身の女から繰り出された。 どれ程の荒修行を耐え忍べば、こんな馬鹿げた肉弾ミサイルを身に付けられるのか。 これは、想像以上に…… 「どうやら貴方は肉食系のようですが……お生憎様。 私は修行僧……肉などタブーの、菜食主義者(ベジタリアン)です!」 想像以上に……強いッ! 「DIOッ! ホワイトスネイ───!」 後方から迫るプッチの救助は、煙のように掻き消された。 白蓮の『ヴィルパークシャの目』。周囲の状況に目を配らせる暇すら挟まず、ほんの一喝でプッチのフォローをも遮った。 限界まで強化された彼女の肺から吸い上げられた空気が、声の大砲となり、音響兵器に昇華する。 物理的な砲撃ならばスタンドでどうともなるが、広範囲の衝撃波ともなれば防御のしようがない。プッチはたまらず吹き飛び、僅かだが強制的に戦線から離脱された。 「私は遊ぶつもりはありません。一瞬でケリを付けます!」 ケリがDIOの下顎に到来する。むしろ着弾とも称すべき、爆発的なハイキック。 常人なら脳震盪どころの話ではない。顎が割れ、滝すらも下から上へ割りかねない重さの蹴撃は、間もなくDIOの顔面に地割れを起こした。 (ザ・ワールドの可動が追い付かん……! 攻撃を繰り出すまでの初速から最高速に達するまでの間隔が、疾すぎる! これはまるで……) ───まるで、時間が止められたように。 迫り来る白蓮の百掌が炸裂する刹那。DIOの心の水面は、外面とは裏腹に恐ろしい平衡を保っていた。 思考を進める暇すら与えてくれない……という意味合いでなく。 DIOの感じた「時を止められたようだ」という聖の猛攻は、ある意味でも理にかなっている。 極限まで時が圧縮され、意識のみが白蓮の残像をかろうじて捉えられている。物理的には、DIOの身体は全く追い付かない。 ───まるで、承太郎の『星の白金』のように。 承太郎のスタープラチナは時間を止める。そのカラクリは、厳密に言えばDIOの『世界』とは少し理屈が異なる。 “速すぎる”が故に光速をも置き去りにし、本体視点からは周囲がとてつもなくゆっくりに見えているという現象だ。 ───まるで、ジョルノの『黄金体験』のように。 現時点でのDIOには素知らぬ事であるが、ジョルノのゴールド・Eにはある能力がある。 殴った生物の意識のみを暴走させ、本人から見た周囲全ての光景を限界までスローに感じさせるものだ。 ジョルノの能力を引用して喩えるのならば、万全の聖白蓮の肉体とは、黄金体験を受けてかつ暴走する意識に身体がしっかりと付いていくような状態だ。 少なくとも。吸血鬼の能力を手に入れたとはいえ、元々は人間としてのポテンシャルでしかなかったDIOの、修練も工夫もさほど蓄えていない肉体と、女性でありながら幾星霜にも積んできた修行と知識の総決算の末、人間をやめた大魔法使いの聖白蓮では、経験値の差が圧倒的であった。 歯痒いことであるが、生身同士ではDIOが白蓮を覆せる道理は無い。当然、スタンドを用いての肉弾戦ともなれば別だが、ここに来て承太郎から刻まれた左目のダメージが効いている。 視野が通常の半分である事の不便とは、想像していた以上に重荷となる。遠近感がぼやけ、立体感も取り難く、動体視力まで低下している。これらの欠落は言うまでもなく、戦闘においては命取りだ。 主に防御・回避行動において、DIOは素早い敵に遅れを取らざるを得ない。その遅延はほんの僅かな“ゆらぎ”程度でしかなかったが、白蓮ほどの熟練された格闘者相手では致命的な傷となる。 (戦いの流れは……完全にこの女が掌握している) これでやれ尼だの、やれベジタリアンだのと自称するのだから恐れ入る。要はこの僧侶、戦い慣れていたのだ。 「明鏡は形を照らす所以。 故事は今を知る所以───明鏡止水」 厳かに紡がれた聖女の瞳には、今や一点の曇りも映さず。 止水の如き静寂にたたえられた水からは、刹那の次に荒波が打ち出される理の矛盾。 澄み切り落ち着いた心は、両の掌を四十の臂へと錯覚させるに至る真境地。 聖白蓮の四十本の腕が、無慈悲へと化けた。 「其の疾きこと風の如く。 徐かなること林の如く。 侵掠すること火の如く。 動かざること山の如し───風林火山」 人の目では止まらぬ数多の腕が、風の如く邪悪を穿つ。 静と動。逆襲に構え、受け流す型を取り、時には林の如く静寂を保つ。 苛烈を纏う四十の閃撃は、悪を灼き尽くす火の如く攻め立てる。 肉体に受けた幾本もの槍など、山の如く受け切りものともせず。 無慈悲なる四十の腕は、絶えなき猛攻の更なる加速により、二十五の世界が乗算された。 千の世界が集約し、更に千が掛け合わさり。 永久の加速により、また更に千。 その数、〆て十億。俗に三千世界と呼ぶ。 邪悪の化身が統べる一個の『世界』など、数にもならない。 ───天符『三千大千世界の主』 「南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無南無ァ!!」 「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!!」 やがて白蓮の背後からは、後光と共に千手観音が現れ。渾身の連打を無慈悲にもお見舞いする。 有り得ぬ錯覚を五分の視界で拾いつつも、DIOは防戦一方なりにザ・ワールドの障壁でそれらを防ぐ。 無限の型から繰り出される掌打のラッシュ。白蓮が涼しい顔で打ち出すそれらの猛攻は、もはやスタープラチナと大差ない……いや、ともすればそれ以上の速度。 重さでは承太郎に一歩劣るが、彼女のラッシュは拳でなく掌打……つまり破壊でなく脳を揺さぶる目的に比重を置いている。 この矛の選出が、破壊に耐性のある吸血鬼DIO相手には正解の型でもあった。 しかし。攻防は数秒ともたない。 三千の光芒を降り注がせる白蓮の腕の内、たった二つの掌(たなごころ)。その両が、優しく合わさっていた。 不思議な事に、ラッシュの合間に白蓮は『祈り』を終えていた。 この攻防の何処にそんな余裕があったのか。全力ラッシュの隙間に、両腕を攻撃ではなく、まして防御でもなく。 一見無防備とも取れる、祈りの型に差し出す余裕すらあったというのか。 DIOの反応が、一瞬遅れた。 時間にして須臾ほどの刹那であった筈というのに、白蓮の動きがひどく緩慢に映り、その上でザ・ワールドですら追い付けない可動速だったのだからおかしな話だ。 半跏倚坐(はんかふざ)。 右足を左足のもも上に組んで載せ、座する型を云う。 加えて両の腕を、母性溢れた胸へ捧げ、祈りに。 あろう事か彼女は。 剣戟の最中に攻守を放棄し、瞼すら閉じながら瞑想した。 世界をも置き去りにしていく、遥か短い一瞬の間際に。 「無数の掌は研ぎ澄まされし刀の一振。 三千を一にて。一を雷切にて。 下されし裁きこそ───紫電一閃」 その祈りを、インドラの雷といった。 屋内に、紫電が産まれる。 至近で大爆発でも起こったかのような、凄まじい轟音。 天井から床をくり抜き地下まで貫くほどの落雷が、人為的な祈りによって引き起こされたというのだ。 火花散る千の攻防は、万の太陽を掻き集めた巨大な光芒が引き裂き、終焉の幕を下ろした。 DIOが立っていた空間には、代わりに直径五メートル程もある大穴が口開いていた。 炭化した図書館の床の底からは、黒煙と共に闇が吐き出されている。アレをまともに喰らったのでは、原型が残っているかも怪しい。 「DIO!」 「DIO様!」 プッチも流石に声を荒らげた。ジョルノと交戦中であった蓮子も、手を止めて叫ぶ。 一部始終を視界に入れていたジョルノはしかし、いち早く違和感に気付き、彼女の姿を探した。 (聖さん……?) 居ない。強烈な雷光に数秒、視界が機能不全となっていた為、DIOと白蓮の姿が途絶えたのだ。 段々と鮮明さを取り戻していく光景には、DIOは勿論ながら、そこに居るべき白蓮の姿までもが無かった。 「───まさか屋内で雷に遭遇するとはな。ただの脳筋女ではないようだ」 意中の人物ではない声が、これ見よがしに響く。 三千世界を叩き込まれた筈だ。たかだか一個の『世界』の、たかだか二本の腕などで。 あれを退けた? 有り得ない。 「……時を、止めたのか」 ジョルノの確信めいた問い掛けに、DIOは満足気な嘲笑で応える。 男の眼差しの遥か向こうには、壁に激突したのか、蹲る白蓮の姿があった。DIOは瞬時にしてカウンターを叩き込み、彼女をあの位置にまで吹き飛ばしていたのだ。 胸を抑え、吐血している。致命傷ではないが、引き摺るダメージだ。 「しかし……なんと強堅な肉体だ。今のは即死させるつもりで打った全力の拳だぞ? 全く以て感服する」 カツカツと足音を立てながら、DIOが白蓮へと近付いていく。 皮肉を混ぜながらも、男は今しがた一撃を入れた聖女に対し、内心では畏怖の気持ちを僅かに覚えていた。 時間停止からの心臓狙い。完璧に決まったかに見えたカウンターは、その実それほど効いてはいない。 物理的な攻撃を馬鹿正直に続けていては、少々骨が折れる相手だ。あれも肉体強化魔法とやらの恩恵なのだろう。 突出して厄介なのは、攻撃から攻撃に転じる非現実的な速度。 それを可能としているのは、幻想郷縁起にも載っていた『魔人経巻』という巻物。理屈は不明だが、巻物を広げるだけで詠唱した事になり、魔法を発動するのに通常必要な『詠唱』という隙を丸ごとカット出来るという。 あれだ。白蓮の持つ魔人経巻が、奴の繰り出す攻撃の起点となっている。 スタープラチナ以上の攻速ともなれば、流石に苦戦は免れない。 だが……それでも。 聖白蓮は、空条承太郎には遥か及ばない。 「お前がどれだけ疾かろうが、このDIOの『世界』は追い越せん。祈りたければ、死ぬまで祈ってろ」 「……ッ! 魔人、経巻!」 床へ這いつくばっていただけの白蓮が、たちどころに巻物を広げ上げる。 ただそれだけの所作で、彼女は次の瞬間……迫り来るザ・ワールドの鼻面に膝蹴りを見舞い終えていた。 「……やはり、電光石火の如き瞬発力」 到底人の身で辿り着ける境地ではない。決意に至るまでの道順こそ違えど、在りし日のディオと同じに人間をやめた彼女は、その対価に見合った肉体をモノとした。 ただ一つ。人間をやめたという点で同類であった二人には、大きなベクトルの相違があった。 『死』を極端に畏れたかつての白蓮は、若返りと不老長寿を手に入れる為に人間をやめた。 若くして『人間には限界がある』という壁を悟ったディオは、石仮面により人間をやめた。 善悪という論点を除外するならば、白蓮が『過去』へ後退する点に対し、ディオは『未来』へ前進する為に人間をやめたのだ。 この差が、この戦いにおいて何を齎すという訳でもない。 しかし少なくとも、DIOのある意味純粋な執念が形を得、具現した精神性が『ザ・ワールド』である事は間違いない。 スタンドの有無。こればかりは覆せないハンデであった。 「───惜しむらくは、『波紋』にも『スタンド』にも精通せず、心得が無かったその不運よ」 疾い。重い。堅い。 それだけの話だ。白蓮にはDIOと拳交えるだけの、最低限の資格すら有していない。 彼女に備わる唯一の資格など、DIOの血肉となる食事……それへと変わる下層の末路のみ。 「初めの遣り取りの時にも思ったが……やはりお前は『スタンド』の特性をよく知らないようだ」 顔面に叩き込まれた強烈な膝蹴りに、一ミリたりともの身悶えすら覗かせず。 ザ・ワールドは、宙に止まった白蓮の足首を緩やかに握り締めた。 「……ッ!」 白蓮の視界が180度反転する。捻られた視界を立て直すよりも早く、衝撃が背骨から貫通した。 今度はザ・ワールドの鋼鉄の膝が、彼女の背にめり込んでいた。 (攻撃が……効いていない!?) 初撃にあれだけの攻撃を与えておいて、ケロリとしていた時点で気付くべきだった。 スタンドとスタンド使い。同じ寺の修行僧、雲居一輪と雲山の様な関係だと思っていたが……少し、勝手が違うらしい。 「大原則だ。───スタンドはスタンドでしか攻撃出来ない」 突き刺さるようなエグい痛みと共に、白蓮の身体は宙へと浮いた。 振り上げられるスタンドの拳。所謂、瓦割りの型を取ったザ・ワールドが、瓦よろしく彼女の腹部、臍の中心を猛然と殴り付けた。 くの字となって床へ衝突した白蓮。痛みに喘ぐよりもまず、呼吸困難に陥る。 朦朧とする白蓮の視界に映るは、スマートながらも隆々と盛り上がった金色の脚。 マズイ。即座に両腕をクロスさせ、重力を帯びた攻撃に備えるも。 「つまりは、生身では基本的にスタンドへ干渉する事も出来んのだ。お前の攻撃を防ぐことは容易いが、逆はどうかな?」 かかと落とし。脳天目掛けて振り落とされるそれを、非スタンド使いの白蓮に防御する術はない。 クロスさせた屈強な盾すらも、DIOのスタンドはすり抜ける。盾の向こうには、白蓮の額が無抵抗に晒されていた。 鉄塊に鉄塊を撃ち込んだ様な、思わず耳を塞ぎたくなる重苦しい音。 先の紫電のお返しと言わんばかりに、DIOは極めて無遠慮に、相手の頭蓋へと鋼鉄の雷を落とした。 「が……ッ!」 細く短い女の叫喚。 如何な強化された肉体であろうと、人体の弱みへと立て続けだ。彼女の様子ひとつ見ても、鈍いダメージが蓄積されつつある事は明白。 間髪入れず、ザ・ワールドのつま先が悶える白蓮の背と床の隙間へと入れられた。 勢いよく真上へ振り上げられる脚と共に、彼女の身体は回転を強要されながら、再び空中へと放り込まれる。最早サッカーボールと変わらない扱いだ。 「せめて『波紋』くらいは身に付けていたならば、良い試合には運べただろうが……お得意の法力ではプロレスごっこが関の山か?」 舞い上がるグラデーションのロングヘアが、乱雑に掴まれる。宙吊りの形でザ・ワールドに拘束された白蓮の眼前へと、DIOが立ち塞がる。 「聖さんッ!」 ジョルノは救援に向かいたくとも、アヌビス神を構える蓮子の邪魔を突破出来ずにいた。 信じ難い事だが、ゴールド・Eをフルパワーで稼働させても敵のスピードや技術が遥か上を行っている。 ジョルノ本体にダメージや疲労はさほど無いが、それは蓮子が時間稼ぎを主にした付かず離れずの立ち回りを展開しているからであり、思う様に攻めさせてくれないのだ。 その上、白蓮を助ける為にこの場を無思慮に離れ、意識の無い鈴仙が狙われては本末転倒だ。 更に悪い事に、あの妖刀は段々とパワーやスピードが上昇しているように感じる。 恐らく戦う相手から学習し、無際限に成長するスタンドなのだろう。その能力を活かす為での時間稼ぎでもあるらしい。 (埒が明かない……こうなったら) 決心を付けたジョルノが床を破壊し、無から有を生み出そうとする最中にも。 「さて。肉体派坊主の有り難い説法のお返しに、このDIOがわざわざスタンド教室を開いてやった訳だが……。 そろそろ終わりとしようか。お前以外にもゴミ掃除は残っているのでね」 長髪を掴まれ、宙吊りの白蓮へとDIOの魔手が襲う。 「……時間を、止められるもの……ならば」 聖女の血を吸わんとするその指が、まさに喉元へと到達する間際。 細々と呟く白蓮が、懐に隠し持った独鈷をサーベル状の形態に変貌させ。 「止めて、みなさ───」 全ての世界が、同時に停止した。 「───ザ・ワールド。時は止まる」 やはりだ。聖白蓮は、空条承太郎へと遠く及ばない。 奴が相手であれば、こうまで露骨に接近し、時を止めるなどという単純なやり方は選べなかったろう。 駆け引きを挟んでいないのだ、白蓮は。 スタンド戦であれば用いて然るべき、間合いの取り合い。能力の考察。二手三手先を読み合う駒の奪い合い。彼女にはそれらの“探り”が殆どない。 非スタンド使いというハンデを度外視しても、彼女のスタイルは清々しい程に愚直で、分かり易かった。 なまじDIO以上の運動能力を持つものだから、かえって攻め手のパターンは絞りやすい。決して単調な技しか持たない訳でもないだろうが。 所詮、このDIOの敵では無かったということだ。 DIOにとって聖女とは、触らぬ神であると同時に、取り除かなければならない危険因子という認識でもある。 厄介ではあったが、少し捻ってペースを乱しさえすれば……御覧の有様。 時が止まった今、まさに煮るなり焼くなりであるが、この女相手なら少々煮ようが焼こうが、易々とは拳を下げないだろう。 「懐かしいな。百年前もこうして、ジョナサンの奴と拳で遣り合ったものだ」 遣り合った、とは到底言えない、あまりに一方的な試合だったと記憶している。あの時はグローブを着用していたし、ジャッジも見ていたのだったか。 だが時の止まった今。なんの気兼ねなく禁じ手を行える。止まっていようがいまいが、もはや関係ないが。 暑苦しいファイトスタイルで攻める白蓮の脳筋精神に感化されたかは定かでないが、DIOはゆっくりと両腕を前に構え、静止した白蓮の前へと挑発するように差し出した。 今となっては子供のごっこ遊びのようなもので、思い出すと苦笑すら漏れるが、ロンドンに住んでいた少年時代ではそれなりに嗜み、格好が付いていたように思う。 昔も今も何も変わらない、ブース・ボクシングの構え。 勿論、今回“も”対戦相手を再起不能にしてやろうといった、あの頃以上にドス黒い目的の上で。 瞬きすら許されない白蓮の瞼。 見る者が眩むほどの美貌の、その上からまず。 「顔面に一撃。そしてこのまま……」 吸血鬼の底知れぬ怪力が、その面を潰さんとし。 「親指を目の中に突っ込んで……殴り、抜けるッ!」 駄目押しに、もうひと工夫。 この女はちょっとやそっと殴った程度では、こちらの拳が痛むレベルにタフだ。 しかしどれだけ肉体を強化しようと、人には鍛えようもない箇所というものが幾つか点在する。 眼球。 正義の炎を燃やす彼女の瞳から、それを消し去らんと。 かつて宿縁の男へと叩き込んでやった時よりも遥か膨らんだ、悪意。 目頭に突き刺した爪先を、眼孔へ潜り込ませる。 粘膜を破るぶちゃりとした水っぽい音が響く。 そのまま突き入れた親指を、テコの要領で外へと掻き出す。 まるで職人の魅せるたこ焼き作りのように、丸々とした眼球がヅルンと裏返った。 目と脳を繋ぐケーブルの役目を果たす視神経もぶちぶちと引き千切られ、白蓮の右眼球がDIOの掌に収まった。 「“目をくり抜けば天国へ行ける”……などと世迷言を吐き、気を違えた女が自ら眼球を抉った話があるが……さて。 空洞となったお前の視界に『天国』は映っているか? 聖白蓮」 ───そして時は動き出す。 「……っ!? 〜〜〜ぁ、ぐッ!」 火薬を詰め込まれた爆弾袋が、一斉に花火を上げた。 顔面に蓄積された痛みの爆発よりも、突如として失われた右半分の視界に、声にもならない絶叫を上げたくなる。 白蓮は、しかし耐え切った。 痛覚。五感の喪失。 それらは修験者が荒行の中で自ら引き寄せる類の、強き戒め。 本来そうあるべき痛みが、他人によって無秩序に与えられ蹂躙される。 許される所業ではない。罪も無い、女子供にすら埒外の痛みを強要する〝悪〟は、絶対に放ってはおけない。 そして、きっと。 ここから我が意思が歩む道の先には。 天国や極楽、悟りの境地など……有りはしないのだろう。 「……私、ごときの仏道の先に、『天国』は有り得ない……でしょう。 貴方がたと共に、『奈落』へと……ハァ、ハァ……堕ちる覚悟は、出来て、おります」 黒澄んだ血を垂らしながら、右目を失った白蓮の不完全な視界の先に、自らの顔面を抑えて苦悶するDIOが映っている。 男は傷付いた左目と対を成すように、右目にも亀裂を入れられていた。 「……ッ!! 貴様、ひじり……びゃく、れぇぇん……ッ!」 今までに見せていた全ての余裕が、男の表情から消し飛んでいた。 時間が止められる直前、白蓮の握った独鈷がDIOの肉体に届く隙は無かった筈だ。 時が動き出した直後に斬り付けられた? 有り得ない。 確かにDIOには気を緩ませる素振りこそあったが、時間停止直後の弛緩など、最も油断すべきでない瞬間だという事は誰より重んじている教訓だ。まして相手はスタープラチナ以上の速度を持っている。 眼球をひりつかせるこの斬撃は、いつ入れられた? DIOが最も注意力散漫となる瞬間は、いつだ? 「───聖、白蓮。キサマ、“まさか”……」 ───まるで、承太郎の『星の白金』のように。 それは、始めの白蓮の猛攻を受けたDIOが、彼女の凄まじい速度を身に受けて描いた印象だった。 あくまで彼女は非スタンド使い。『ザ・ワールド』に直接干渉出来る術はない。 しかし、限界を超えて到達する『光速』のその先の世界。 先の、F・Fが入り込んだ十六夜咲夜と交戦した際にも同じ現象が起こった。 『時の止まった世界』へ足を踏み入れる手段は、どうやら一つではないらしい。 その上、この白蓮は……あの空条承太郎のスタープラチナと“同じタイプ”。 同じタイプの……───! 「入門してきたのかァ!! 聖白蓮ッ!!」 「他宗派への入門は言語道断ゆえ、それは誤りです。本来ここは、私の『世界』なのですよ」 荒修行もここまで来ると人智の及ばない領域だ。 時間をも置き去りにして可動するスタープラチナと同等の理屈で以て、白蓮の速度はとうとうDIOの世界にすら追い付いた。 速い。ただそれだけの馬鹿げたエネルギーを限界突破し、静止した時間の中をも跳ね回り、DIOへと返しの刃を突き付けた。 こうなっては、本格的に彼女を始末せねばならなくなった。誰であろうが、時の世界への入門など許されるべきでない。 戦い方も慎重スタイルへ変えねばならない。相手が時間の鎖に縛られないともなれば、戦闘に駆け引きを差し込めざるを得なくなる。 白蓮が静止した時をも動けると分かれば、DIOの取る選択肢は大幅に狭まれるのだ。 やはり、DIOにとって『聖女』とは禍であった。 「問いを返します。DIO……貴方の閉じられた闇の視界に、『天国』とやらは映ってますか?」 完全に右眼球を抉り取られた白蓮とは違い、DIOの右目の傷は深くはない。放ってもすぐに治癒が始まるだろう。 だが一秒が命取りとなる戦闘においては、あまりに長過ぎる暗黒の時間。 一時的に視覚不全となったDIOの鼓膜に、安らぎへ誘うような温和な声が鳴り響く。 「極楽浄土を目指すには、貴方はあまりに独善で、邪悪すぎる。身の程を知り、悔い改めなさい」 「また説法のつもりか……? 田舎のお香臭い坊主如きが、オレによくぞ垂れたものだ」 右目が埋まっていた場所を空洞とさせながら、それでも白蓮は堂々と構える。 傍から見れば、不気味極まる光景だ。 苦を受け入れんとする格好が、視界を手放したDIOの瞼の裏にも焼き付くようだった。 男は考える。 この女は果たして……停止した時の中を『何秒』動けるのか? DIOの現在の限界停止時間は『8秒』。つい先程覚醒した奴の潜在速度がそれ以上とは思えないが、確かめねばならない。 「ザ・ワールド! 時よ止まれッ!」 「───スカンダの脚」 時間停止。それは確実に成功した。 それでも聖女の脚は止まることなく、DIOの門を蹴破ってきた。 貫通不可の『世界』を盾にしようが、瞬間移動の如きスピードですり抜けてくる技はまさに疾風迅雷。 塞がれた視界の中、縦横無尽に動き回る獣を捕らえるのは容易ではない。 数発の鈍痛が、身体中の神経を一度に駆け回った。白蓮のあまりに疾すぎる乱打が、まるで時間の静止が一気に解放されたかのようにDIOの肉体を襲撃する。 「が……ッ!」 視覚は無い。だが血の匂いや気配で分かる。 気付けば、女は背後にまで回っていた。一瞬の間の後、肺の中の空気が暴発し吐き出される。 刀の達人が対象を斬り付け、数瞬の硬直の後に血が噴出し両断されるという描写をよく見るが、アレと同じだとDIOは感じた。 痛覚すらもタイムラグに置く打撃。彼女が通り去った空間には真空すら発生し、そのスキマを埋めようと周囲の空気が引き寄せられ、軽い乱気流をも産んだ。 またも吹き飛ぶ吸血鬼の体。 もはや単純な接近戦において白蓮の体術は、『世界』を弄べる領域にまで至りかけている! 『いい加減にしろ……暴れ過ぎだ』 分厚い本棚をまるで障子紙か何かのように破って奥まで吹き飛んだDIOを追撃せんと、力を込める白蓮の背後より不気味な声が響く。 全身におぞましい文様を貼り付けた、白い人型のスタンド。 古明地さとりより話には聞いていたが……! 「……プッチ神父!」 「『ホワイトスネイク』!」 先の果樹園での交戦により、その能力の一端は想像出来る。 恐らく『遠隔操作』の類だが、肝心のプッチ本体の姿は見えない。あの負傷だ。騒ぎに紛れ身を隠したのだろう。 即座に五感を研ぎ澄まし、隠れた本体を察知するべきだが、既にスタンドの腕は白蓮の額へと迫っていた。 反射的に防御し、カウンターを企むが…… 「しま……ッ!」 防御の腕を透過し、ホワイト・スネイクの指が眼前に突っ込んでくる! スタンドはスタンドでしか干渉できない。ついぞ先程告げられたルールが急遽脳裏に浮かんだ白蓮は、咄嗟に首を後方へ逸らすも。 白蛇の指先が白蓮の喉元を通過し、一回り小さいサイズの円盤がそこから生えた。 白蓮の肉体に半端な物理攻撃など大して通じない事は散々思い知らされた。 であるならば、プッチの『ホワイト・スネイク』は、ある意味では『ザ・ワールド』よりも上等な攻撃力を持つ。 頭部のDISCさえ奪えれば、問答無用で相手を無効化出来るのだ。いわば、防御無視の効力を持つプッチならば、白蓮と戦うには『向いている』。 『記憶DISCとまではいかなかったが……奪ってやったぞ』 一撃狙いのDISC化はギリギリで回避されたが、白蓮の喉を通ったホワイトスネイクは、僅かばかりの功績を挙げた。 「〜〜〜〜っ!? ───っ! ───っ!」 懸命な様子で、白蓮は何やら喉元を必死に抑える。 スタンドの指がちょっと掠った程度の接触。その鋼の肉体には全く傷にもならない筈。 事実、抑えた箇所に異常は見られない。 そこから失われた小さな円盤の正体は。 (こ、声が……出ない!?) 『声』を円盤化させ、盗られた。 彼女は素知らぬ事だが、プッチはついさっきもDIOの『視力』を一時的に抜き取り、鈴仙の攻撃を無効化させるという奇策を披露している。 右目を潰され、白く透き通るように物柔らかだった声をも失った白蓮は、敵のこの攻撃に潜む意図を察した。 声が出せないという事は、どういう事か。 俗に謂われる『スペルカード』という弾幕攻撃。 幻想郷に住まうあらゆる少女達が好む遊戯に使用される、オリジナル必殺技のようなものだ。 スペルと名の付くからには、呪文またはそれに類する手段を利用して作り上げる弾幕なのだが。 少女達は、そのごっこ遊戯の中でこそ如何にもといった技名を宣言……つまりスペカを唱え多種多様な弾幕を描く。 別名:命名決闘法と定められている以上、スペカの宣言は必要だというルールも確かに存在するが……実の所、弾幕を放つのにその宣言は必ずしも必要とはしない。 あくまでルールの中での取り決めなのだ。命名決闘法の外であれば、わざわざ宣言するまでもなく不意打ちを狙うのも当然ながら自由なのである。 要は、多くの少女達は技を放つのに『声』を発する必要が、実は無い。 が、例外も存在する。 聖白蓮。彼女を幻想郷の人外その他諸々の種族にカテゴライズするならば───『大魔法使い』だ。アリス・マーガトロイドやパチュリー・ノーレッジといった魔女系統もこれに相当する。 呪文やお経を“読み上げる”行為を起点とし、肉体強化魔法並びに全てのスペカを発動させるスタイルだ。 その彼女の『声』が奪われた。 それはつまり、肉体強化含む全スペカが封印されたも同義─── 「───魔法『魔界蝶の妖香』」 縮小された視界の中、白蓮は悠然と敵を見つめ…… ───唱えた。 声は、まるで響かない。 誰一人の鼓膜に、掠りともしていない。 けれども、その唇の動きだけは確かに一つのスペカ宣言を成し終え。 物陰に隠れながら彼女を窺っていたプッチには、不思議とそう聞こえた。 プッチの狙いに誤算があるとしたなら。 白蓮の操る『魔人経巻』……誰が呼び始めたのか、通称エア巻物にびっしり記された呪文には、読経の必要が無いという事だ。 その特殊な巻物には、広げるだけで“読み上げた”事とする機能が搭載されていた。白蓮の速攻の秘密とは、まさにこれの恩恵に依る所が大きい。 (あの教典……思った以上に厄介だ! それに私の居場所がバレているのか……!?) 紫色に光る蝶形の弾が所狭しと駆け巡る。その狙いは正確とは言えないが、白蓮がプッチの居場所を凡そ見当付けている事の証明だ。 法力万全の白蓮の五感は鋭い。プッチにとって不運なのは、その五感の内、視覚と聴覚が半ば塞がれている障害が、却って彼女の感覚をより鋭敏に研ぎ澄ませている事だ。 白蓮から見て、右前方の本棚の後ろにプッチは身を隠している。 事実上の即死効果を与える遠隔操作型スタンドを持ちながら、近接超特化型の白蓮の前に本体が身を晒すメリットは皆無。果樹園で交戦した際は作戦上、本体のみで迎え撃っただけだ。 勢いに乗った白蓮に迂闊に近付く愚など有り得ない。教科書通りにプッチはスタンドのみを対峙させるも、彼女は遠距離攻撃すら充分なカードを揃えているらしい。まこと、大魔法使いの称号は伊達じゃない。 それでも、スタンドを持たない白蓮から見ればプッチは脅威だ。スタンドを前に立たせるだけで、大概の弾幕の盾となってくれる。 プッチの隠れる直線軌道上を翔ける蝶弾のみ、ホワイトスネイクが手刀で弾き落とす。こうなってしまっては分が悪いのは白蓮の側であった。 全方位に広がる蝶の弾幕をものともせず、ホワイトスネイクはあっという間に白蓮の元に辿り着いた。 彼女のDISCを確実に獲る為、視界の消失している右側から攻める。ザ・ワールドの拳とは違い、ホワイトスネイクの指は受ければ即・戦闘終了となり得る。 (避け切れない……っ!) DIOから受けた幾多の攻撃は、彼女の俊敏性を明確に奪う程の鈍痛をその足へ蓄積させていた。 ホワイトスネイクの攻撃を、完全に回避しきれない。 「ゴールド・エクスペリエンス……床板を『蝶』に変えた」 突然、頭が割れ砕けそうな激痛がプッチの頭部を襲った。 それだけではない。自らの額から『DISC』が半分ほど突出している。 「が……っ! こ、この現象は……!?」 DISCが飛び出ているのだから、これはホワイトスネイクのDISC化能力が何故かプッチ本体へと『返って』きていると考えた方が道理だ。 注視してみれば、白蓮と……そしてジョルノの周囲にはいつの間にか、紫色の蝶々がひらひらと踊るように舞っていた。 白蓮の放った蝶形の弾幕『魔界蝶の妖香』と、ジョルノの創った蝶とが、互いに交差しあい、紛れるように飛ばされていたのだ。 ホワイトスネイクは、その内の一羽を弾幕と見誤って叩き落としてしまった。 ───ジョルノが産んだ生物には、『攻撃するとダメージがそのまま本体へ返る』という強力な能力が備わっているとも知らずに。 「あの神父は僕が叩きますので、聖さんはDIOをお願いします。あと“これ”……貴方の『目玉』ですので、嵌めといて下さいね」 「……!? ★●■〜〜〜っ!」 声は全くとして出ていないが、白蓮の驚愕と困惑ぶりはその顔にも存分に表れている。 なにせ先程DIOに抉り取られたばかりの自分の眼球が、野球ボールか何かのような扱いでジョルノから投げ渡されたというのだから無理もない。 勿論それはたった今彼が手頃な物で創った目玉なのだが、ジョルノの能力を詳しく知らない白蓮は、そんな物を大した説明なく受け取ってしまった反動で思わず頬が引き攣った。 そのトンデモ行為に、彼が以前ブチャラティから受けた仕打ちのトラウマが多分に含まれていたかどうかは本人のみが知るところだが。 「神父は……あそこか」 反射ダメージの効果で、プッチの頭部からはスタンドDISCが半分飛び出ている。それにより、身悶えていたホワイトスネイクの像がノイズに紛れて消失した。 これ以上ない好機。プッチは今、直ぐ様の反撃が出来ないという、スタンド使いにとって致命的な状態。 ジョルノが駆ける。狙うは当然プッチ本体! 「させないッ!」 この場で唯一手の空いた蓮子が、再度してジョルノの前へと飛び出た。 周囲には夥しい数の蝶。下手に攻撃すれば自らの首を締めかねない事になるのは、今の攻防を見ていれば予想出来る。 臆することなくジョルノが疾走する。不規則に漂う反射蝶を上手く避けて彼を斬り伏せるという事は、如何な刀の達人であろうと難事である。 「だったら、斬れないように……斬ればいい」 蓮子が小さく呟くと同時。 ジョルノの右肘から先が宙を飛び、全ての蝶が散るようにして消えた。 「───ッ!? ぅ、なに……っ!?」 「ジョルノさん!?」 両眼と、消失したホワイトスネイクが落とした己の『声』を取り戻した白蓮の視界に飛び込んできた最初の光景は。 鮮やかに振り下ろされた妖刀の輝きと、血飛沫と共に舞う少年の腕。 蓮子の一振は確実に反射蝶ごとジョルノの右腕を通過した筈が、どういう訳かリフレクターが作用しなかった。 物体透過能力。 アヌビス神が持つ、厄介極まるスキルの一つである。 ジョルノを護るように飛び舞う蝶の数々をすり抜けて無視し、対象のみをブッた斬る。 こと“斬る”能力に関して、アヌビス神の力は本物である。 「『ガルーダの爪』!」 重症を負ったジョルノと前衛を交代するように、白蓮は移動と攻撃を併せ持った蹴りを見舞った。DIOにも披露してみせた、爆撃を模した苛烈なるライダーキックである。 それすらも、刀の峰で止められた。 速さに掛けては他の追随を許さない白蓮の蹴りを、こんな少女相手に、だ。 相手が人間の少女だということで、白蓮にも無意識下での躊躇は澱んでいたかもしれない。それにしたって、ザ・ワールドをも翻弄するレベルのスピードは易々と防がれるものではない。 いや、それよりも……。 (この子……今、明らかに私を見ずして受け止めた!) 白蓮の瞬速に追い付いたのは、少女の視線より刀が先だった。 まるで刀そのものに意思があるかの如く、少女の腕をグンと引っ張って白蓮の蹴りを受けさせたように見えたのだ。 (敵本体は『刀』の方……!? だとすれば……) 刀に意識を奪われている。有り得ないことではない。 今、こうして接近して分かったが、どうもこの少女……正気を感じない。 いや、元来持つ正気が、上から悪の気に包み込まれているかのように朧気で薄明な意思だ。 つまりは……少女に傷を付けず、刀のみを破壊しなければならない芸当が求めら─── 「URYYYYィィイイァ!!」 少女の不遇な環境に、一瞬胸を痛めてしまった事が仇となったか。 戦場に復帰したDIOが、猛烈なパワーを込めて白蓮の左肩へスタンドの一撃を入れてきた。 ミシミシと、全身の骨髄を伝播する重い痺れが彼女の動きを鈍くし、次に襲ったザ・ワールドの回し蹴りは、今までで一番に深く白蓮の身体へ食い込んだ。 「あ……!」 今度こそ受け身すら取れず、白蓮は木の葉のように吹き飛ぶ。 「聖、さん……!」 重症ながらも、ジョルノが隻腕のスタンドを起動させて白蓮をキャッチ。彼女の強力な近接戦闘術が一瞬でも戦線を離脱されれば、片腕のジョルノにこの猛攻を防ぐ術は無い。 『おのれ……味な真似をしてくれる……!』 視界には入ってくれないが、プッチ本体が態勢を立て直したのか。 ホワイトスネイクが側頭部を抑えながらも、再び発現して現れた。 さっきみたいに反射の罠に二度掛かってくれるようなヘマはしないだろう。 「頑張った方だけど……ここまでよ」 今しがたジョルノの戦闘力を半分削いだ蓮子が、アヌビス神の切っ先を向けて言った。失った右腕を作る隙など、与えてくれるわけがない。 決して前線に出ようとはしていない彼女だが、ストレートに強力なのはあの刀だ。白蓮とDIOの戦いにジョルノがまるで介入出来なかった事から、その厄介性は伺い知れた。 「聖……そしてジョルノ。貴様ら二人だけは、絶対にここで摘まなくてはならない」 DIOが横にスタンドを立たせて睨んだ。 息こそ荒くなっているが、ダメージはそれほど入っていない。白蓮から断絶された右目も、いつの間にやら殆ど再生しかけている。 囲まれた。 二対三という数での不利は元々、白蓮の奮闘が限りなく上手く回ってこそ埋められた穴である。 長期戦となれば劣勢に陥るのは当然。ましてDIOのみならず、配下の神父と少女の方も想像以上に曲者であるというのだから。 (紫さんは……さっきからまるで動いてないな。彼女の事だ、そうあっさりもやられないだろうが……) 万事休すの状況に追い込まれ、逆に頭が澄み始めたのか。 ジョルノの心中には、八雲紫の姿が浮かんだ。 彼女に預けたブローチの位置は、館の一箇所から全く動かずにいる。 ターゲットの人物を発見したのであればすぐさま外部に出る筈であるし、見付けられないのならいつまでも不動でいる意味が分からない。 恐らく、向こうは向こうで何か『予定外』のアクシデントでも起こっているのだろう。 (何を僕は……あの人の救援でも期待しているのか?) 自分らしくない弱音に、ジョルノはかぶりを振った。 今までにもこの程度の窮地など、幾度となく経験してきたろう。 どうもDIOの、“あんな話”を聞かされてから臆病になっている気がして。 こんな時、ブチャラティならどんな声を掛けてくれるのか。 ディアボロを倒して新たなボスの座に就き、組織パッショーネを一から洗浄していく過程で、彼の家庭事情をほんの少しだけ調べてみた事がある。 幼い頃より両親は離婚。父親は麻薬絡みのいざこざにより、死亡。 調査書によれば、当時まだ子供であったブチャラティはその時、襲撃してきたマフィア二人を殺害している。 父を守る為に。そして父を奪った麻薬をこの世から消滅させる為に。 ブチャラティは自ら闇の世界の住人となり、幹部にまで登り詰めた。 力を持たない子供の彼であったからこそ、『父親』とは唯一の拠り所であり、依存すべき繋がりであったのだ。 だから彼は、『父親』から憎まれ、手を下されそうになったトリッシュを命懸けで守ると誓った。 ジョルノは……トリッシュと同じ存在だった。 『父親』から目の敵とされ、命を狙われるという恐怖は……想像以上に人間を弱くさせる。 きっとブチャラティならば。 そんなブチャラティだからこそ、彼はジョルノをも救おうとするだろう。 あの人はもうこの世にいないが、心の底から尊敬すべき人間であった。 彼はあの時、ローマでジョルノに全てを託し。 最期に……きっと、『夢』を叶えて逝ったに違いない。 「僕はまだ───自分の夢を叶えていない」 運を天に任せた上で全てを諦めては、勝利者にはなれない。 DIOは想像より遥かに強大で、邪悪だった。 準備不足は否めない。元より、ここは敵の本拠地だ。 普段の自分であれば、時期尚早だとしてDIOとの決戦は見送っていたかもしれない。 八雲紫の『夢』を語る、その純朴な瞳に。 どこか……惹かれたのだろう。 理由を訊かれたのなら。それが彼女に手を貸そうとした理由だ。 そして。父親とケリをつける為に此処へ来た。 誰しも───夢を語る時の瞳というのは純粋で、 眩くて、 清く、 正しい光を纏うものなのだ。 「このジョルノ・ジョバァーナには……『夢』がある」 黄金の髪を持った少年が、断固とした眼差しで宣言する。 片腕となったゴールド・Eを隣へ並ばせ、DIOを睨みつけた。 「ギャングスターに、僕はなります」 言葉の響きに、揺らぎなど無かった。 傍で聞き遂げる白蓮にも、少年の持つ根底の強さが見て取れた。 発された単語の意味は不明だが、少年の宣誓は白蓮にとっても、心地好い余韻を残してくれた。 「───ボーイズビーアンビシャス。……少年よ大志を抱け。外の世界には、こんな言葉があると聞いた事があります」 少年の語る『夢』は、白蓮にも過日の大志を思い出させてくれた。 少年でも、少女ですらないけども、自分にも『夢』と呼べる想いが今でもある。 それを叶え遂げるまで、倒れる訳にはいかないのだ。 「私を使ってください、ジョルノさん。貴方はまず、腕の止血を……」 「易々とは治療させてくれないでしょう。僕の見ていた限りでは、聖さんと相性が悪い相手はあの神父の男です」 「……全員、私が相手取ります。その間に貴方は何とか……」 白蓮のポテンシャルなら、多数相手でも時間稼ぎは可能かもしれない。 だが、スタンドを持たない。それだけの事実が、戦況を大きく傾かせる致命的要因となりかねない。 「作戦会議は終わりか? 言っておくが、先程までのように『疾い』だけで翻弄できると思わない事だ」 クールダウンを経たDIOが自信を顕にする。 根拠の無いハッタリではない。男の自信は、揺るぎない経験の元に立ち上げられている。 あらゆる窮地に即座の対策を導き出してこそ、百戦錬磨のスタンド使いたる所以。伊達に世界中のスタンド使い達を見てきたわけではない。 きっと白蓮のスピードなど、すぐにも順応し対応を立てられる。 どうすればいい。 先ずは敵の陣形を崩したい。ホワイトスネイクに攻撃は通じない以上、そこ以外を突くしかない。 白蓮は腹を決めた。 魔人経巻を広げ、パラメータを一気に増幅させ。 ジョルノが失った右腕の治療に取り掛かり。 ホワイトスネイクが駆け出し。 蓮子がアヌビス神を振りかぶり。 DIOが叫び、時間を止める。 その全てに先んじて、 此処に立つ誰もが予想すらしなかった、 弩級のアクシデントが、 熱風の爆音と共に姿を現した。 その凶兆に、ある者は『サンタナ』と呼称を付けた。 ③へ→
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パーカーとTシャツを脱ぎ捨てる。 ズボンを脱ぐ手間すら惜しくて、ずり下げたトランクスの中から硬くそそり勃つものを取り 出した。 初めて目にした、成歩堂の男。 真宵を欲して先端からよだれを垂らしている剛直に、目のやり場に困った真宵はウロウロと 視線を泳がせている。 「真宵ちゃん、もう、良いよね?」 成歩堂も真宵も、結合するためのカラダの準備は既に十二分に整っていた。 真宵の太ももを大きく広げて身体を滑り込ませると、肩、腕、そして乳房から細腰へと裸身 に手を這わせ、いよいよ真宵に覆い被さった。 蜜を広げるように熱い秘裂を肉棒でかき混ぜる。 昂って硬くなっている真珠を成歩堂自身で捏ねられるのは指や唇で愛されるのとは一味違っ て、真宵はいやらしい気分になるのを抑えきれずに思わず身悶えた。 淫らに身体をくねらせる真宵を楽しみながら、成歩堂は勃起を自身の手で数回扱くと、蜜を 滴らせた秘穴に宛がった。 お互いの熱さに二人は息を呑む。 呼吸を落ち着けるようにそっと息を吐くと、成歩堂は意を決したように腰を押し進めた。 「ん……あ……っ」 ゆっくりと貫かれて行く真宵はわずかに顔を歪めながら男を受け入れて行く。 亀頭の一番張り出した部分が入り口を通る時に、真宵は白い喉元をあらわにして仰け反った。 息を詰めているために、顔がみるみる紅潮していく。 何かを訴えるように小さく口を動かしているが声にはなっていなかった。 やがて行き止まりに到達して胎内が成歩堂自身で埋め尽くされると、真宵は下半身の感覚を 深く味わうように「……はぁ……っ」と息を吐いた。 「く……っ」 初めて侵入した真宵の中は熱くて、とてもよく締まった。 最奥まで進んでは、ギリギリまで引き抜く。 根元から先端まで、肉の棒に蜜をまぶすようにゆっくり大きく腰を動かしながら、成歩堂は 真宵の胸に顔を埋めた。 硬くしこった突起を吸い舌で転がしながら、頬に触れる柔らかな乳房の体温を楽しむ。 肌から立ちのぼる甘い香りがどこか官能的に思えたその刹那、真宵がしゃくり上げているこ とに気が付いて顔を上げた。 唇を噛み締めて、瞳いっぱいに溜まった涙を流すまいと堪えているが、大きなまなこからは ポロリ、そしてまたポロリと雫がこぼれ落ちていく。 「真宵ちゃん……」 今まで何度も真宵の泣き顔を見て来たが、今日の泣き顔は一段と愛らしくて、そして妖艶だ った。 「どうしたの?」 真宵は腕を伸ばして成歩堂の背中に手を回し、ギュウッと抱き締めた。 「……ちょっと、待って……っ。しばらく、このままが、良い……!」 「……うん」 成歩堂は今すぐ突き上げたい衝動を抑えて腰を止めた。 彼女の中はきつく、不意に成歩堂を締め付けて来るので、暴発しないように細心の注意が必 要だった。 成歩堂もまた真宵の背中に腕を回し、抱き締める。 スッポリ腕の中に納まってしまう真宵が愛しくて仕方ない。 「真宵ちゃん、すごく可愛いよ……」 成歩堂の言葉に反応してクッと締まり、潤いが増した。 真宵のカラダは予想以上に敏感だった。 「なるほどくん……!」 「う……ん?」 真宵は成歩堂の髭面に、桃のように柔らかく紅潮した頬を寄せると、彼の耳元で吐息の割合 が圧倒的に多い掠れ気味の声で囁いた。 「いたい…………」 「……え。」 真宵を見た。 なるほど、眉間にわずかに皺を刻んで、額には汗を掻き少し苦しそうな表情を浮かべている。 「角度が変?」 真宵はかぶりを振る。 「……場所、合ってるよね?」 「な、なるほどくんの、えっち!」 「いやいやいや……、そうじゃなくて」 まじまじと見た。 真宵は恥ずかしいのか、それとも痛みに耐えているためか、わずかに歪ませた顔を逸らして 視線を泳がせている。 嫌な予感がした。 それも、とてつもなく嫌な予感が。 もしかして、行為を始めてから今までに交わした会話のどこかに、重要な食い違いがあった のではないのだろうか──。 冷たい汗が背中を落ちていく、久し振りのこの感覚。 検察や証人に追いつめられた時によく味わった、あの感覚。 成歩堂は、恐る恐る二人が結合している部分に目を遣った。 硬直した勃起をずっぽりと受け入れて形を歪めたピンク色の粘膜に血液が滲んでいるのを見 て、目をパチクリとしてしまった。 えーっと。 ……この出血はなんだろう。 「真宵ちゃん、キミ、生理──」 「ち、違う……!」 「……だよなあ」 つい先ほどまで、そうであれば良いなと思っていたのに。 好き放題してしまった後ろめたさからか、今はそうでなければ良いと願っている。 そんな身勝手さにうろたえながら、成歩堂はおずおずと口を開いた。 「あのさ。もしかして……」 成歩堂の言葉を待たずに、堰を切ったように真宵の瞳から涙がこぼれ出した。 「あの、ね……ッ? あたし、こういうコトするの、はじめてだった……ッ」 「……ええええええええ……っ!!」 半ば予想通りの答えに内心「やっぱり……」と思いつつも、叫ばずにはいられなかった。 真宵は不安げにチラリチラリと成歩堂の顔色を窺いながら、時折痛みに眉をしかめている。 「い、異議あり! さっき『男を知ってる』って言ったじゃないか……!」 「知ってるよ!? みつるぎ検事にヤッパリさん、神乃木さんにイトノコさんにオドロキくん に、それから、それから、裁判長さんに……」 「いやいや、それは知り合いってコトだろ? ぼくが聞いたのは、その……」 「な、何よ」 「つまり、キミがそういう経験があるのか聞いたわけで……」 「……?」 「あのね、『男を知ってる』って言い回しには、そういう意味があるの。その、男と女の愛の 営みというかなんというか」 「! そ、そうだったんだ……。あたし、何でこんな時にそんなコト聞くのかなって思っちゃ ったよ……」 相変わらず苦悶の表情を浮かべる真宵に説明してやりながら、成歩堂ははたと思い出した。 「あれ。じゃあ、さっき玄関で話してたスーツの男は……?」 「え。あ、ああ。あれはテレビの集金だよ。倉院の里の集金を担当してる人」 「しゅ、集金……」 じゃあ、人を小馬鹿にしたような笑いは気のせいだったのか……? 成歩堂は今更、真宵にしたコトを思い出して冷や汗を掻いていた。 経験のない娘に対して、遠慮も配慮もないコトをしたような。 嫉妬に駆られて真宵の大切な部分を好き勝手に弄び、あんな格好でそんなコトをしてしまっ た。 唯一の救いは焦って欲望のままにぶち込まなかったことくらいだ。 成歩堂の男としての矜持はただその一点のみで支えられていた。 切なげに見つめる真宵を、成歩堂もまた見つめ返す。 処女を散らした痛々しさと色を帯びた美しさが真宵を彩っていた。 十年間の付き合いで、初めて見る真宵だった。 「……痛かっただろ? 大丈夫?」 「……う、うん。へーき。なるほどくん、ゆっくりしてくれたから……」 成歩堂は愛しげに真宵の額から頬を撫でた。すると真宵は嬉しげに目を細めて応え、「はぁ ……っ」と溜め息を漏らし、彼女もまた、愛しげに成歩堂の頬を撫でた。 無精ひげがザラザラと柔らかい手のひらを刺して痛かった。 成歩堂は真宵の唇を吸った。 下半身で繋がったまま交わす口づけは殊更に官能的だ。 「んっ……ふ……!」 鼻から吐息を漏らしながら真宵は懸命に成歩堂に応えて唇を寄せる。 「まだ痛い?」 「う……ん。ちょっと痛い」 成歩堂は出来る限り腰を動かさないように気を配りながら、真宵の雪肌を楽しみ始めた。 首筋、鎖骨。 まだ痕跡のない場所を探しては、埋め尽くすように吸い上げて紅の花を咲かせて行く。 色づいてツンと勃つ乳首は春の苺のように甘く成歩堂を誘う。 「ぁ……っ」 魅惑的な誘いに乗せられて、成歩堂はチュと音を立てて突起を口に含んだ。 「んっ……ん……っ」 舌で絡め取り、丁寧に舐めて転がしてやると、真宵は切なげに身を捩らせた。 結合した胎内がキュンと成歩堂を締め付けるので、彼は辛抱しなくてはならなかった。 真宵の昂りと共に、成歩堂を包む蜜壷からは清らかな水が満ちて溢れて来る。 真宵は胸の先から下腹部にじんわりと広がる快感に身を任せていた。 胸の先端の敏感な部分と下腹部の大切な空洞が直結してるような錯覚を覚えてしまう。 成歩堂の舌先が生む快感にうっとりしながら、熱心に乳首を構っている彼に楽しげに言った。 「なるほどくん、赤ちゃんみたいだよ」 クスクスと真宵は笑う。 その笑顔は10代の頃と変わらないまるで幼げなものなのに、目尻がほんのり色づいていて妙 な色香があった。 「赤ちゃんはこんな風に舐めたりしないだろ」 真宵は成歩堂が露骨な言葉を囁くたびに、パッと顔を赤らめた。 言葉より、よほどいやらしいことをしているにも関わらず、だ。 そんな初々しさが愛しかった。 成歩堂は二人が繋がっている部分のすぐ上の芽を親指で揉み始めた。 「ひ……っ」 真宵は上半身を反り返らせて腰を震わせた。 「あ……あっ、あっ」 真宵の締め付けは一層きつくなり、クッと圧力がかかると成歩堂自身が押し出されそうだっ た。 真宵の中はたっぷりの蜜と共に肉の棒を咥え込み、妖しく蠢く。 ヤバいな……。 成歩堂は射精前のムズムズした予兆を感じ始めていた。 下腹部がじんと痺れて来る。 このままでは動かないまま終わってしまいそうだった。 艶のある豊かな髪を愛でながら、ゆっくりと深呼吸で昂ぶりを落ち着ける。 何もしないまま一人だけ先に達してしまえば、成歩堂にとっては大惨事だ。 今は良くとも、数年後。今よりも経験を積んでいるであろう真宵に何を言われたものか分か ったものでない。 そろそろカラダは慣れただろうか。乱暴にしてしまったのだから、せめて今こそ優しくしな ければ。 ああ、でもぼく、もう限界が。真宵ちゃん、頼むからあんまり締め付けないでくれ……! 成歩堂の正直な腰は、そそり勃つものに快感を与えようと勝手に動こうとし、理性が必死で それを自制する。 と、まるで彼の葛藤を見抜いたように真宵が言った。 「えっと。……コレって、本当は動くんだよね?」 初めての経験ながら、真宵にも多少は知識があるようだった。 どこで知ったのだろう。 そんな下衆なことが頭を過ぎったが、すぐに打ち消した。 真宵はもう以前のような子どもではないことを思い出したからだ。 年齢も、知識も……そして、カラダも。 真宵は正真正銘、大人のオンナだった。 「うん……」 「なるほどくんも、動きたい……?」 「そ、そりゃね」 「じゃあ……、良いよ」 「大丈夫?」 「うん、多分」 そう言ったあと、羞恥と躊躇いを隠しもせずに真宵は言った。 「なんか、ね……? 痛いの落ち着いたみたい。あたしも、少し良くなって来た」 抉じ開けられてやっと成歩堂を呑み込んだ下の口は、なんとか太いものに馴染んで痛みが和 らいで来ていた。 真宵は頬を赤らめて、溜め息を漏らす。全身にうっすら汗を掻き始めて、肌がじんわりと湿 っていた。 心なしか瞳が陶然として来たようだった。 「……じゃあ、失礼して。痛かったら、言って」 成歩堂はおもむろに真宵の膝の裏に手を差し込んで大腿を抱えると、下半身を密着させてリ ズミカルに抽送を始めた。 「あっ、んっ、んあっ」 肉の襞がいきり勃つ棒にぬちゃぬちゃと絡みついて来て、腰の中に生まれる気だるい疼きに 成歩堂は思わず呻いてしまいそうになる。 突き上げる度に真宵は甲高く鳴き、その声に呼応するかのようにキュッと締めつけて来る。 奥を突くと淫らな水が湧いて来て、成歩堂の先走りと混ざって二人の間で淫靡な音を響かせ た。 腰の動きに合わせて乳房がぷるんぷるんと揺れるさまは、成歩堂を興奮させるには十分な眺 めだった。 「真宵ちゃん、やらしい……」 「あっ」 乳房を揉み、敏感な先端を指でイタズラしながら、リズミカルに腰を振る成歩堂を、真宵は ぼんやりと見上げた。 突かれる度に衝撃で声が漏れてしまう。 奥深いところを突かれるのは独特な鈍痛を伴ったが、狭いところをペニスに拡張され一枚一 枚襞を抉るように擦られると、甘美な痺れが胎内を熱くし始めた。 頭の中まで侵食していく痺れが、次第に思考能力を奪う。荒くなる呼吸と喘ぎは自分の意思 とは無関係に切迫していた。 初めは苦しげだった真宵の喘ぎが、次第に甘えるような艶を帯びたものに変化していく。 破瓜の痛みは成歩堂との濃密なスキンシップで既に引き、硬くて太い成歩堂の分身が自分の 中で動く度に、高まって行く切なさが真宵の全てを支配しようとしていた。 「んんっ、あん、あ、あ、や、あんッ……ッ!」 真宵は成歩堂の背中を掻き抱いた。 自分にとって、兄のようであり、友達のような存在だった成歩堂。 その彼が、熱に任せた愛撫の一つ一つにオンナとして翻弄される真宵に興奮し、昂ぶりを堪 えることなく、本能のままに腰を振っている。 これまで二人の間に表立ったことが無かった男女の部分をあらわにしていることが、真宵に は妙に気恥ずかしく感じられた。 いやらしく腰を使いながら、すぐ真上で息を弾ませている成歩堂を直接見るのが恥ずかしく て、視線を逸らしながら真宵は呟いた。 「なるほどくんと……ッ、んっ、こんなコト、してるなんて……、なんか変な感じ……っ」 成歩堂は真宵のつるんとした額にキスを降らせながら言った。 「ぼくは……、ずっとしたかったけどね」 「!」 「キミとこういうコト、したかったんだ」 「ん、あっ……なるほどくん、って……っ、意、外と……、えっちだったんだ……」 時には姉弟だなんてからかいながら十年間を過ごして来たのに、その間も女として見ていた と暗に言われてしまうと、彼女の中の建前が音を立てて崩れ去っていく。 友達、兄妹。 ずっとそう自分に言い聞かせてきた。 だけど……。 広い肩幅、喉仏、大きな背中。 血管が浮き、骨ばった手。 徹夜明けの無精ひげを生やした疲れた顔。 自身満々に間違えた時の照れ笑い。 異議を叩きつけた時の会心の笑み。 いつも彼の右側から見上げていた、法廷に立った時の凛とした頼もしげな佇まい。 そして、真宵の名を呼び、笑いかける優しい笑顔。 そのどれもが自分には無いもので、少なからず異性を感じていたはずだ。 そうでなければいつの頃からか日に日に増して行った胸の高鳴りは証明出来ない。 真宵は10代の頃から彼に恋していた。 だがそれ以上に家族のような関係はとても心地良かったから、下手に想いを伝えて気まずく なって関係が崩れるよりは、いつまでもこのままで良いと思っていた。 ──たとえ将来、どちらかが別の誰かと一緒に人生を歩き始めたとしても。 その選択がいつか自分を苦しめるかもしれないと、真宵にはよく分かっていた。 自分以外の誰かに優しく笑いかける彼を近くから見ながら生きて行くのは予想以上にツライ だろう。 自分には決して向けられることのない笑みを独占出来る女性を、浅ましく羨みもするかもし れない。 素直に彼の人生を祝福出来るようになるまでには時間がかかるかもしれない。 そう遠くない未来に、自分自身だって家族を作らなくてはいけなくなる。 自分は一族の長、家元なのだから。 一子相伝の力を絶やさないために大切な務めがある。 そのためのリミットが刻々と近づいているのを肌で感じていた。 里の命運が己の肩にかかっている今、自分一人の想いを優先させるわけにはいかない。 覚悟を決めなければならない日が近づいている。 誰かのものになってしまう自分を成歩堂に見られるのは……。 そして、彼に笑顔で祝されることは、きっと死ぬほど切ないに違いないことを、真宵は泣き たくなるほどよく理解していた。 それに、綾里に振り回され続けた彼を再び巻き込むことへの抵抗もあったし、今も闇の中で 真実という光を探して走り続けている彼に脇目を振らせることなんて出来ない。 そう思ってしまうのは、女としては悲しいことなのかもしれない。 それでも、そんな胸の痛みを堪えてでも壊したくない、大切にしたい関係だった。 恋人じゃなくていい。妹でいい。友達でいい。 そのかわり、ずっと近くにいたい。 妹でいいから、友達でいいから、近くにいたい。 そう考えていた真宵にとって、十年の時を経て成歩堂と結ばれる時が来るなんて夢のようだ った。 “友達でいい” そう思いながら、女性としての自分は、心のどこかで成歩堂とこうなることを夢見ていた。 成歩堂に女として求められている今、味わったことのない柔らかな光のような幸福感に全身 を包まれている気がした。 成歩堂がバッジを失ってからの七年。 成歩堂に抱かれている今この時だって、彼に、共に歩く将来を望んではいけないことは分か っている。 だけど、今だけは。 成歩堂の腕に抱かれて、女性として愛されたかった。 「あたしも……、したかった」 「え?」 「なるほどくんと、えっちしたかったよ」 「真宵ちゃん……」 「オバサンになっちゃう前に出来て、良かったよ」 真宵はそう言って精一杯の笑顔を浮かべた。 瞳を潤ませてふんわり笑む真宵の白磁の頬に唇を落とす。 オバサンになっちゃう前に、か……。 ──可愛いなあ。 少しでも乱暴に扱えば折れてしまいそうに細い真宵の身体を抱き竦めた。 真宵もぎゅうと抱きついてくる。 いじらしさが愛しくてたまらない。 目を閉じれば浮かんで来る17歳の真宵の面影が、自分の匙加減一つで切なげに身をよじらせ 悶える27歳の真宵と重なる。 色気など皆無だったのに、この十年の間にいつの間にか女らしく熟れたカラダで成歩堂を魅 了する。 「あの、さ」 「うん?」 「あたしの中って、どんな感じ……?」 「……温かくって、ぬるぬるしてて、動いてるよ」 「それって、気持ち、良いの……?」 「う……ん、すごく良いよ。……真宵ちゃんは……?」 「え?」 「ぼくの、わかる?」 「……ん……」 真宵は秘所に意識を集中させた。 成歩堂の動きに合わせてグジュグジュという激しい水の音が聴こえて来る。 クッと下腹部に力を込めると陰茎が中でピクリと跳ね、成歩堂が同時に小さく呻いた。 膣に出入りする成歩堂の感触を確かめる。 これが、なるほどくんの── 真宵は赤面してしまう。 自分が乱れることによって成歩堂が興奮して、彼の性器が学生時代に保健の授業で習った通 りの状態になっているのを改めて実感してしまった。 汗を掻いて熱っぽい成歩堂の眼差しが、真宵の心に切なく響く。 成歩堂に大きく広げられて抱えられた真宵の生白い下肢が、彼の肩越しに律動に合わせて力 なく揺らめいていた。 それは自分で見てもとても艶かしい光景だった。 その上、膣を埋めている力強すぎる成歩堂の存在。 あたし、今、なるほどくんとエッチなことしてるんだよね……。 なるほどくんといやらしいこと……しちゃってるんだ。 か、考えてみれば、すごい行為だよね。 なるほどくんのアレがこんなに硬く……勃……起、して、あたしの大切なところに出入りし てる。 すごいトコロにすごいモノ、挿れられちゃってるんだもん。 これがせっくす、かぁ……。 あたしもとうとうしちゃったのかあ。 ……なるほどくんと、生まれて初めての、せっくす。 えっと、えっと。 こういうの、“オンナになった”とか“オンナにされた”って言うんだっけ。 あたし、なるほどくんに“オンナ”にしてもらったんだ……。 今日のなるほどくん、あたしですら知らないあたしをどんどん見つけていくみたい。 あたしでもこんないやらしい声が出るなんて、知らなかった。 足なんて自分の足じゃないみたいにゆらゆら揺れてるし、あそこなんて、恥ずかしいくらい、 ぬるぬるって、濡れちゃって……。 自分がこんなにえっちだったなんて、知らなかったな……。 それに、あたしのカラダで、なるほどくんは気持ち良くなってるんだよね……。 それっていやらしい。なんか、凄くいやらしいよ……! 「は、あぁん……っ!」 不意に、真宵の喘ぎが甘く鼻にかかったものになったので成歩堂は顔を上げた。 可憐な耳朶、ふっくらと柔らかな頬、それから男に組み敷かれて揺さぶられている小さなカ ラダ。 すべてを桃色に染め上げた真宵は、悩ましげに眉根を寄せて、下半身を支配しようとしてい る快感に呑まれそうになっていた。 改めて自分のしている行為を認識した真宵は、自分で自分を煽ってしまったことに気付くほ どの経験など、当然のごとく持ち合わせてはいなかった。気持ちの昂ぶりと共に、 じんわりと切なく熱くなっていくお腹の奥に戸惑い、突かれた時には思わず甘い声をあげてし まっていた。 膣の中の感じてしまう所を亀頭で擦り上げられると、成歩堂の指で強制的に覚醒させられて いたその場所は、敏感に刺激を受け止めて快感に変えて行く。秘穴は成歩堂との 摩擦で熱を帯びてわななき、疼きは不規則な痙攣に変換される。 ヒクリヒクリと少しでも奥へと誘うように真宵の襞は蠢き、もう離さないと言わんばかりに クッと成歩堂を締め付けて来る。 背中を駆け上る寒気にも似た快感に、成歩堂は思わず溜め息を漏らした。 ゆるゆると抽送を続けながら、真宵を愛しげに愛撫する。 少しずつ性感に目覚め、戸惑いながらも素直にカラダに表す真宵が可愛くて仕方なかった。 胸の突起を口に含んで軽く引っ張られ、舌先で捏ねられると、乳房の中で甘酸っぱい感覚が 弾けた。 成歩堂はもう片方の乳首を摘まみ、指の腹で転がす。 「あ、ん……」 次第に真宵は恍惚となって行く。 不思議なことに、弄られているのは胸なのに、成歩堂と繋がっている下半身の大切なところ が熱を帯びていた。 中を擦りながら出入りする成歩堂の肉棒は、カチカチに硬くて太かった。 よく入ったものだと思う。 じっくり見たわけではないので構造は分からなかったが、どうも中で引っ掛かる部分がある ようで、それがゴリゴリと擦れて気持ち良かった。 成歩堂が抜けそうなほどに出て行くと、それまで満たされていた部分がどうにも切なくなっ てしまう。 早く欲しい。埋めて欲しい。 真宵の期待通りに硬いモノが再び入って来ると、胎内の襞が伸ばされて、空洞だった部分が いっぱいに満たされる感覚がたまらない。 その内、腰を浮かして自ら迎えに行けば良いのだと気付いて、おずおずと成歩堂の動きに合 わせて腰を動かしてみた。 より奥まで迎え入れられることが分かって、ゆるりゆるりと腰を振り始める。 成歩堂はそんな真宵に驚いたように目を見張ったが、ふっと笑って抱き締めてくれた。 彼と抱き合うと、幸せで鳥肌が立った。 「真宵ちゃん、気持ち良いの?」 「うん……、いい……」 何しろ真宵にとっては初めてのことだから、何が正解で何が間違いなのかなど分からない。 手探りでコツや感覚を掴もうとしている真宵は、腰を動かすことに夢中になって行く。 本能に従って男を貪ろうとしている彼女の姿に、成歩堂は感動すら覚えていた。 ゆるやかなピストン運動をしながら身体中を撫でている成歩堂を、真宵は何か言いたげに見 つめていた。 潤んで誘うような、それでいてほのかに切なげな瞳が成歩堂の心に突き刺さる。 その瞳を見つめながら、結合部から溢れる蜜を指に取ると、秘芯に塗りつけ円を描くように 擦ってやる。 真宵の瞳が悩ましげに歪んだ。 「あんっ」 薔薇を思わせる可憐な唇から漏れる愛らしい喘ぎ。 「なる……ほど、くん……っ……?」 「なに……?」 「あ……っ、な、なんか、そこ……っ、やあ、あ、んっ……凄い、よ……!」 「感じる……?」 真宵は恥ずかしそうにこっくりと頷いた。初々しさが可愛らしい。 「敏感なんだね」 「ん、あ、あ、あ……ッ」 甘美な感覚に悶える真宵を見ながら、成歩堂は腰遣いを変えた。 色々な抽送を試してみたが、その中でも特に真宵は、深く挿して最奥部に押し付けたまま掻 き回されるのを好むようだった。 そうしてやると一段と甲高い声を上げ、腰を浮かす。 胎内の前面のザラザラした部分を擦り上げたり、亀頭のカリの部分で入り口を浅く引っ掛け てやるのも悦んだ。 無邪気な真宵の肌は桃色に染まり、唇からは普段からは考えられないような甘く淫靡な声を こぼす。 汗で光る肉体がくねる様子は、卑猥で妖艶とも言えた。 「あ、あれ……?」 真宵はしきりに目をこすっていた。 硬いモノが胎内で動くたびに下半身の奥が切なくなって来て、視界までぼやけてしまう。目 元を拭ってみて、初めて涙が滲んでいるのだと気付いた。 「どうしたの」 「う……ん、なんか、いつの間にか涙が……。泣いてるわけじゃないのに……っ、なんでえ… …?」 「それは」 成歩堂は汗を掻いた頬に張り付いている髪を取り払ってやりながら、言った。 「本格的に気持ち良くなり始めたってコトじゃないかな」 「え。……で、でも。もう気持ち良いよ……?」 「もっと気持ち良くなるんだよ、これから」 「え……」 真宵は真っ赤に頬を染めた。 恥じ入るように目を伏せたが、成歩堂の肉棒を包む膣はキュッと締まり、熱をあげた。 羞恥に顔を赤らめる幼さとは裏腹に、カラダはある種の予感に期待して素直に嬉しがってい た。 華奢ではあるものの、腰から尻にかけて広がる女性的なラインと、乱れた装束から覗く白い 素肌、そしてそこに散らばる黒髪が何とも淫猥だ。 成歩堂は腰を抱えると、真宵が嬉しがる場所へ角度を調節して腰を使い始めた。 真宵は成歩堂の背中にすがるように抱きつき身体の支えにするが、もはや息も絶え絶えだっ た。 「ああ、は、あんっ、あ、ああっ、あ……んんっ」 下腹部の熱が徐々に真宵を支配していく。 緩やかなカーブを描いて昇って行く熱が、もどかしい。 自分ではどうしようもないのがまた切ない。 これ以上続けたらどうなってしまうのだろう。 下半身の熱さに溺れてしまいそう……! 組み敷かれて官能に喘ぐ真宵をまじまじと見た。 最奥を突かれるたびに真宵の身体は跳ねた。 重低音が下腹部に響くような感覚は少し痛みを伴うが、それ以上に、成歩堂が硬い棒の先端 を子宮に押し付けて腰を回すのには参った。 「あんっ、あ、ん、ぁッ、あ、あああっ……!」 真宵はあられもなく悶えてしまう。 そこを、もっと奥を突いて欲しい。 めちゃくちゃに、掻き混ぜて欲しい……! もっと気持ち良くして欲しいよ……! 「なる……ほどく、ん……っ、あたし……っ!」 成歩堂の呼吸も荒い。 真宵の中はドロドロに蕩け、成歩堂の勃起を包む襞は、まるで奥へ奥へと咥え込むように吸 いついてくる。 未知の快感に堕ちようとしている真宵はもう限界のようだった。 成歩堂の下腹部も時折ピクッと跳ねて、射精が迫っていることを教えていた。 一層奥へと捻じ込んで小刻みに揺さぶると、真宵はカラダを弓なりにしならせ嬌声を上げた。 成歩堂を奥まで咥え込んだ秘穴は、真宵の意思とは全く無関係にヒクヒクと収縮している。 「やんッ、あ、ああああ……っ」 もう、わけが分からない。 身体の奥が熱くて溜まらなかった。 秘所や胸の敏感な突起がじんじんと疼いて仕方ない。 下半身でどんどん大きくなって行く熱の塊が、限界まで膨らんでパンっと弾けた。同時に視 界が閃光に包まれる。 「ん────ッ!」 絶頂のその瞬間、真宵は息を引いてカラダを強張らせた。 桃色に染まったカラダが大きく痙攣する。 はしたない声を漏らしていた唇が、酸素を求めてパクパクと戦慄いた。 フワフワと宙に浮かんでいるような感覚に恍惚としている真宵を掻き抱き、成歩堂は抽送を 激しくして行く。 絶頂の余韻に浸りきっている真宵の妖艶な姿はめまいを感じるほど魅惑的だ。もう喘ぎ声を 上げる力すら残っておらず、突かれるがままにカラダを揺さぶられている。 どろどろに溶けた肉襞はキュウっと収縮しながら彼の分身に絡みつき、押し出そうとすらし ていた。 「真宵、ちゃん……!」 成歩堂の中を熱いものが駆け上がって来て、はち切れんばかりに膨張している陰茎が甘い痺 れに包まれていく。限界だった。 真宵の最奥に剛直を突き挿すと、低い呻きと共に男の粘液を吐き出した。 「く……ッ」 ビクリビクリと脈動しながら白い液体をほとばしらせる肉棒を、心地良く弛緩した真宵の女 性器が少しでも奥へと呑み込もうと蠢く。 淫らに蠕動する襞に、成歩堂は最後の一滴まで精を吸い取られていくような気がしていた。 それまで息を弾ませながら激しく腰を使っていた成歩堂が、一際深く突き挿して動きを止め たので、真宵は重く感じるまぶたをやっとの思いで持ち上げた。 あ……。 成歩堂は真宵の腰を両手で抱えて少しでも奥に注ごうとするように局部を押し付け、眉間に 深く皺を刻んだ苦しげな表情で下腹部を震わせている。 その様子で、真宵はぼんやりと行為の終焉を悟った。 終わった、のかな……。 お腹の中で、時々成歩堂がビクンと跳ねている。 真宵はじっと、彼の痙攣が治まるのを待っていた。 今、せーえきが出てるんだ……。 ……なるほどくんでも、やっぱり射精するんだねえ……。 射精している成歩堂が妙に色っぽく見えて、真宵のそこはまたヒクリと反応してしまった。 やがて、真宵の腰を掴んでいた成歩堂は、二度ほど大きくゆっくり抜き挿ししてから倒れ込 むように覆い被さって来た。 真宵は荒い呼吸を整えている汗だくの背中をギュッと抱き締めた。 ****** 次へ
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32 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 09 18 12 ID J4U6qYz30 サトコの引越しの手伝いに行きなさいという話になり行動アンカ 明智光秀を討ち取る 「俺の前でストリップをしてくれ」と土下座して懇願 指輪をプレゼント。 「きみのウザさに乾杯!結婚してくれ」 アナリスクで 「もう限界でござる!」 というまで調教 新居のトイレでオナニー 有り金全部を差し出し 『これで別れてくれ 手切れ金として受け取れ』 35 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 09 19 20 ID J4U6qYz30 コンビニでポテコとフリスクを購入し、待ち合わせの駅に向かう。 バッグの中には戦国BASARAとセーブデータの入ったメモカ。まつモエス。 某駅の北口に着いたのは、待ち合わせ10分前。駅のホームからメール送信。 「今北産業」 受信。 「??着いたんですか?」 反応わりい。 今日のサトコの服装はキャミソールにフレアスカート、ニーソックスにポニーテール。 キタコレ!!!!テラモエスwwwww でも、引越し作業する格好じゃねーだろそれ。 と、服装に関してツッコミつつ、サトコん家に向かう。 「ケーキ、買ってますよ。後で食べましょうね~」とか呑気な事言ってる。 俺が辞めてからの職場の動向とか、かなりどうでもいい話を聞かされながら歩く。 駅から10分くらいのところにある、1LDKのマンション。オートロック、最上階、角部屋。 たぶん、俺が住んでるトコより家賃高い。 「散らかってますけど、どうぞ~」 オマエばかか、散らかってんの当たり前だろ。 44 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 09 20 31 ID J4U6qYz30 35 の続き さて、サトコん家。 ダンボール箱めちゃめちゃ多い。明智光秀を討ち取るにも、まだTVも無い。 「あと1時間くらいでヨドバシが届けてくれます。洗濯機とかも」 ああ、そうか。 んじゃあまずはダンボール箱何とかすっか。 俺が開けていいモノと開けたらダメなものがあるらしく、ダンボール箱の端っこに何やら 目印がしてある。 ◎が付いてるものは誰があけても問題ないもので、★が付いてるものが他人が開けたら ダメなものらしい。 「じゃあ、すみませんがこの辺のやつをお願いします」 最初に開けたのは小物。 ばか丁寧に食器とか生活小物がみっしりと詰まっている。 次に開けたのも小物。 ぬいぐるみがみっしり。 サトコの目を盗んで軽めの★付きダンボール箱をゲット。 開けてみた。 キタコレ!!!! 46 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 09 22 10 ID J4U6qYz30 44 の続き ダンボールの中身はカラフルなパンツ祭り。でも下着そのものには執着は無い。 「おーいサトコー」 「なんですかぁー?」 「おまえ、案外カワイー下着持ってんのな。あ、これKID BLUEじゃね?」 「!!1!!その箱はだめです!111!!」 年齢相応というかPJとかが多かった。 サトコのエロ耐性を調べるためにも、これをネタにちょっと下ネタを会話に絡める。 「穴あきとか持ってないんか?」 「持ってるわけないじゃないですか!そもそも穴あいてたら落ち着きませんよ!」 「でも何かと便利だぞ。突然盛っても脱ぐ必要ないし」 「さ か り ま せ ん !」 「んでオマエ、Bなの?」 「悪かったですね!貧乳で!!」 耳まで真っ赤になるサトコモエスwwww 「もー、この辺のダンボールは、もう開けなくていいです!もー」 牛に釘を刺された。 つうか、★つきのダンボールが過半数なんだが…。 部屋のチャイムが鳴った。 48 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 09 23 16 ID J4U6qYz30 46 の続き テレビと洗濯機、乾燥機、掃除機、冷蔵庫、電話機、その他家電が続々と到着。 なんつーかスペック高いものばっかなんだが。テレビとかプラズマだし。 「おまえ、金持ちだな…」 「あー、お父さんが買ってくれたんですよー」 配達のにーちゃんが洗濯機と乾燥機を設置している間に、俺がTVを設置。 にーちゃんの相手をしてたサトコがパタパタとやってくる。 「あ、この箱の中がテレビ周りのものなんで、もし分かれば繋げてもらえませんか?」 精密機器・こわれものちゅうい!と書かれたデカい箱を開ける。 中身はDVDレコーダーとプレステ2、そしてプレステのソフト。 ソフトの中に戦国BASARAあるしwwwww とりあえずユリにメール送信。 「サトコの引越し手伝い中。サトコん家って金持ちだな」 すぐに返事が返ってきた。 「サトコって社長令嬢だって知らなかったの?(笑) このまま逆玉に乗っちゃいなよ」 まじか…。何気に焚き付けられているのは気にしない。 50 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 09 24 11 ID J4U6qYz30 48 の続き 洗濯機と乾燥機の設置が終わり、にーちゃんは帰っていった。 俺のほうもテレビ周りのセッティング完了。プレステ2も繋げた。 サトコはキッチンの片付けをしている。 「そろそろ落ち着きそうですし、お茶でもしましょうー」 ★印のついたダンボールがまだ数個残ってるんだが。 「このダンボールはこのままでいいのか?」 「もー、いいですいいです。これはあたしが自分でやりますー」 また牛か。 『プレステとか入ってた箱に戦国BASARAあったんだけど、お前もやってんの?』 「発売日に買いましたよー。むさしさんも持ってるんですか?」 『うん。まだ全員クリアできてないけどな。まついいよな、まつ』 「よしなに。とか言う女の子ですよねー。あたしは伊達政宗が好きですー」 『Are you ready?』 「Yeah!!!」 アホか俺ら。 でもだんだんサトコ可愛く感じてきた。ヤバス 54 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 09 25 27 ID J4U6qYz30 50 の続き 洗濯機と乾燥機の設置が終わり、にーちゃんは帰っていった。 俺のほうもテレビ周りのセッティング完了。プレステ2も繋げた。 サトコはキッチンの片付けをしている。 『んじゃちょっと戦国BASARAやろうぜ。サトコの超絶テクを見せてくれ』 「えー、あたしそんなうまくないですよー」 『自由合戦でいいや。明智光秀討伐してくれ。難易度はどうする?』 「明智だったら天王山取ればすぐ終わるんで、究極でいいですよー」 『究極?マジで?』 「その代わり、無限六爪流は装備させてくださいね」 ロードが終わり、サトコのプレイ状況を見てみる。 全キャラ使用可能。全キャラLv20。アイテムコンプリート。 うはwww夢が広がりんぐwwww 俺より全然スゴスwww 自由合戦で伊達政宗、山崎殲滅戦(明智光秀討伐)の難易度究極を選ぶ。 武器は亜羅棲斗流Lv99にJET-XとMAGNUM STEP。アイテムは無限六爪流、剛力の腕輪、熱唱びわw 「お茶入れてきました。むさしさんは紅茶よりコーヒーのほうがいいんですよね?」 『そんな野暮なこと聞いてんじゃねえ。とっとと明智殺してくれ』 「はーい」 58 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 09 28 51 ID J4U6qYz30 54の続き サトコの明智光秀討伐がはじまった。 『熱唱びわはやっぱいいよな』 「あたしはグレイのほうが好きなんですけど、この曲はゲームにあってていいですよね~」 『おれまだ無限六爪流持ってないんだよ。おまえよく取ったな』 「あたし、単純作業が苦じゃないんで(笑)」 ダベりつつサトコのプレイを横から眺めるが、なんかこいつすげーウマい。 無限六爪流を装備しているというアドバンテージがあるのを抜きにしても、全然ダメージ食らわないし、敵キャラの配置とかしっかり覚えてる。 『おまえ、俺よりうまいんじゃね?』 「このゲームはやりこみましたからね~。自信ありますよーう」 クッションの上にペタンと座り、テレビを見据えてコントローラを動かすサトコ。 彼女に気づかれないようにそっと手を伸ばし、フレアスカートの裾を少しずつ持ち上げてみる。 70 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 09 32 01 ID J4U6qYz30 58 の続き 今日のサトコぱんつは 水 色 (フリル付き)。 悪くないな。 「亜qw瀬drftgyふじこlp;@:!!!」 「ななな、なにしてるんですか!!!!!」 『いやいや、サトコかわいーから、パンツもかわいーのはいてるんだろうと思ってな。 もしかしてもしかしたら穴開きだったら困るから、確認しておかねばと』 「穴開きなんて持ってないです! もー! あ!」 伊達政宗が雑魚に蹂躙されている。 『ほらほら、気抜くと政宗死ぬぞ。天王山死守してくれよ』 「もう!イタズラはダメですからね!」 そしてあっさりと討伐される明智光秀。 【明智光秀討伐篇】了 704 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 11 16 49 ID J4U6qYz30 「明智光秀討ち取りましたよ!おやかたさま!」 先生、バカがいます。 さて、ここからプロポーズしてアナリスクへと向かわなければならないわけだが。 ぶっちゃけどうしよう。 まずはケーキ食うか。 『このケーキ、もしかして○○○○の?』 「お。兄さん、詳しいですねえ。アタリです」 『たしかこの辺に店あんだろ?』 「そーですそーです。結構近くにありますよ。通う予定です! 『おまえ、これ以上太ったら嫁に行けなくならね?』 「大丈夫です!むさしさんに拾ってもらいますから!」 『悪いけど、俺デブ専だから最低でも今の倍くらいになんねーと相手にしないよ?』 「え、えええー!?が、がんばります!(笑)」 なにこのスイートな展開。 『んじゃあ、サトコ太らせるか。はいあーん』 「えええええー。恥ずかしいですよう。でもあーん(笑)」 なにこの展開。ラブラブじゃん。 726 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 11 18 16 ID J4U6qYz30 704 の続き ケーキを口に運んでやるフリをして、ほっぺたに生クリームをヒットさせる。 「! うそー。ひどーい」 『あれ?さっきはこの辺りまで口あいてなかったっけ?』 「そんなことないですようー」 『わりい。俺、最近視力落ちちゃってさ。よく見えないんだよね。口移しでもいい?』 「い、いやいや、それはちょっとありえないです。付き合ってもいないのに」 『だったら付き合うか?』 「え、えー?ちょっと突然そんな事言われても…」 『あー、俺もケーキ食いたいけど、作業疲れで腕あがんなくなっちゃった。あーん』 「えー」 『おまえ、さっきからえーしか言わねえな』 「えー、そんなことないですよう」 『じゃあケーキ食わせてくれよ。できれば口移しで』 「全然関係ないですし!」 『ケーキ食いてえなあ…』 「………じゃあ、一回だけですよ?できれば目を瞑って欲しいです」 『えー、目ェ瞑ったらサトコの照れ顔見られないじゃんよ』 「えー、とか言う人は、もうケーキ食べてくれなくていいです!」 『えー』 「また、えーって言った」 『サトコのが移ったんだよ。えー。ケーキ食いたいです。食わせろよ。早く』 「じゃあ、黙って目ぇ瞑る!」 目を瞑って口を開ける俺。今、写メ撮られたらマジ死亡。 730 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 11 19 24 ID J4U6qYz30 726 の続き 薄目でサトコを見てると気づかれた! 「もー、目ぇあけたらダメです!」 と言って片手で目隠しし、こっちに寄って来る。 生クリームが口に触れた。 「ほー、ははくはへへふははいほう」(予想訳:もー、はやくたべてくださいよう) 手の目隠しは誤算だった。口移しから抱き寄せのコンボの成立には難がある。 仕方なく、何もせずにケーキを受け取った。 『じゃ、今度はサトコの番ね、はいあーんして』 「え、ええー?」 『えー、とか言わない。何度言えば分かるんだ』 「いやー、恥ずかしいですよう」 『じゃあ、目ぇ瞑ってればいいじゃん。俺はガン見してるけど?』 「もー、わかりました。あ、苺でおねがいします。あーん」 なんだ、これから苺の展開って分かってんじゃねーか。 737 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 11 21 51 ID J4U6qYz30 730 の続き 苺をくわえ、サトコに近づく。 ぎゅーっと目を瞑ってるのが何かカワイス。 しかしまあ、女の髪の毛はイイ匂いするよな。 サトコのシャンプーは多分ビダルサスーン。だって彼女(今週末に結納)と同じ匂いだしw 小さく口を開けたサトコに苺を押し込むと同時に、俺の舌も差し込む。 「!?」 サトコが目を見開くのと同時に、悶絶する俺ガイル。 噛 み や が っ た。orz 「ご、ごめんなさい!大丈夫ですか!」 大丈夫なわけねー。でも痛みで喋れねー。 しばしの悶絶の後、鈍痛は残るけど喋れるくらいには回復した。 743 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 11 22 51 ID J4U6qYz30 733 戦国BASARA 774 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 11 27 47 ID J4U6qYz30 737の続き サトコ、あたふたしてる。顔真っ赤。 『噛むなんてひどくない?』 「すみません………」 『まあ、そこまでションボリしなくてもいいと思うけど』 「大丈夫ですか?」 『とりあえず喋れるけど、痛みは残ってるよね。誰かさんに思いっきり噛まれたから』 「もー、すみませんっ!いきなりあんなことされたら、誰でもびっくりしますって!」 『あー、痛い痛い痛い痛い』 「全然痛くなさそうなんですけど…。どうしましょう…。 オマエの口で治療しろとかエロ親父みたいなことは言いませんよね?」 『いや、言う。治療してくれよ。サトコの舌で』 「えええー。まんまエロ親父ですよー。会社辞めてもセクハラ癖抜けてなーい」 『25過ぎたら親父だよ。オマエも25過ぎたらお肌の曲がり角だぞ。一気に老けるぞ』 「ひ、ひどーい」 『まあ、それはともかく、サトコとチューしたいからチューしようぜ。大人のチューを』 「電車男だ(笑)」 電車男、さすがに知名度高いな 825 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 11 33 47 ID J4U6qYz30 774の続き 『ごまかしてんじゃねえ。とっとと大人のチューするぞ。ってもしかしてオマエ、大人のチューしたことねーのか?』 「そんな事ないですよー」 『それはドッチの意味に取ればいいんだ?経験アリ?なし?』 「アリアリですよっ!」 『ほんとですかー?ま、やってみればわかるか。するぞ、チュー』 「え、えー。えーと…ごめんなさい。ないです…」 『…まじで?』 「はい。だって、男の人とまともに付き合ったことって無いし…。ネクラだし。可愛くないし」 『ネクラとかはともかく、サトコかわいいじゃん。まあ、あと30kgくらい太ってくれたら俺的にはベストだけど』 「えー、それはありえなくないですかぁ?」 『ま、俺がデブ専ってのはネタだけど。チューしよう。チュー』 「もー、ちゅーちゅー、ってネズミみたいですね」 『ごまかしてんじゃねえyp、やんのかやんねーのかはっきりしろ』 ちなみにここまで押し切るのは、ユリから入手した【サトコは俺に気がある】という情報があるからだ。 843 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 11 36 44 ID J4U6qYz30 825の続き 「え、えー。じゃあ、します。チューします。よろしくおねがいします…」 『子供?大人?』 「えっと…軽いやつで」 『フレンチ?ディープ?』 「えっと…フレンチ」 『フレンチキスっていうのは、所謂ベロチューの事なんだが』 「そうなんですか?って、フレンチかディープかって、どっちも同じじゃないですか!」 『お互い子供じゃないしね。ともかくサトコちゃんはベロチューがご希望で、初めての相手を俺にと』 「なんか騙されてる気がします…」 『サトコちゃんはベロチューがご希望で、初めての相手を俺にと』 「あ、…はい。おねがいします…」 『ちなみにさ』 「はい?」 『オプションというか。大人のチューをしたら続きもしないと俺の気がすまないんだが』 「え、えー?」 全身で尻込みを表現するサトコ。でも二の腕を俺に掴まれてるんで逃げられず。 877 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 11 40 44 ID J4U6qYz30 843続き 『サトコは俺のこと嫌いじゃないんでしょ?』 「嫌いだったら、おうちになんて呼ばないです」 『嫌いじゃないって事は、好きって事だ』 「な、なんでそうなるんですか?」 『好きの反対は無関心だろ?サトコは俺に対して無関心じゃないだろ?って事は無関心の反対で好きって事じゃんか』 「なんか…ジャイアンみたいな俺様理論ですね…」 『ま、いいんじゃね?俺はサトコが好きで、サトコも俺が好き。って事で大人のチューの先まで行くって事でFA?』 「お、大人のチューの覚悟はしたんですけど…。大人のチューの先って……やっぱエッチですか?」 『まあ、そうだな。ちなみにエッチにも色んな方向があるんだけどな。俺のエッチはちょっとすごいかも』 「ってゆーかですねえ…」 『なに?この期に及んで、言い訳?言い逃れ?』 「えっと…あたし…、したことないんですよ…」 『アーアーきこえなーい。声が小さくて聞こえなーい。ナニをしたことないの?』 「だから…えーっと、えーっと、えっちしたことないです…」 処女宣言キタコレ!!! 937 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 11 45 45 ID J4U6qYz30 877続き 『Oh really? are you virgin?』 「もー、茶化さないでください…。どうせ23で処女ですよぅ!」 『つーか、お前マジで処女?』 「すみません…」 『うわー…』 「やっぱり、23で処女ってヒきます?」 『いや別に。たとえ処女でも援交しまくりのHIVのキャリアでも、サトコはサトコだしな』 ま、HIVキャリアだったらガン逃げするけどね。 『というわけで、まずは大人のチューからね』 「…なんか言いくるめられてる気がしますけど…。むさしさんが相手なら、ばっち来いです…」 ばっち来いワロスwwww 960 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 11 48 59 ID J4U6qYz30 セクロスシーンは必要ですか? 必要だよな…。 361 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 13 15 24 ID J4U6qYz30 初めての(相手)とのチューは、いつもどきどきするね。 おれエロビ見ても生まんこ見ても( ´_ゝ`)なんだけど、ベロチューはそれだけでちんちんおっきする。 あと、俺は無言でセクロスはダメ。かと言って愛の言葉をささやくでもなくコミュニケーションのひとつとしてセクロスがあるわけだ。 どちらか一方だけ気持ちよくても仕方ないし、どうせなら相手の痴態を見たいしな。 ま、そんなことはどうでもいいかw じゃ、いただきまーす。 初めてのチュウのときくらいは、ムーディーに行くか。 サトコを見つめる。こういう展開に多少は予測していたのか、それとも期待していたのか ちょっと困ったようなはにかみ顔。 『目、開けたままでチュウする?俺はサトコの顔じーっくり見ながらするけど?』 「……恥ずかしいので、あたしは閉じます…」 片手でサトコの髪を撫でながら支え、顔をちょっと斜めにずらし唇を重ねる。 さっきみたいにいきなり舌を入れるとまた噛まれかねないので、最初はサトコの唇の弾力を楽しむ。 肩を寄せ合ってる状態でベロチューに以降するのは体制的に俺が疲れるので、ポジショニングを変更する事にした。 目を閉じて地蔵のように固まっているサトコから唇を離すと、目を開けて照れ笑いをする。 366 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 13 16 57 ID J4U6qYz30 361続き 「チューしちゃいました…」 『いや、本当のはこれからだから。大人のキスできる?』 「また電車男だ(笑)」 『ちょっとさ、大人のチューするのにこの姿勢は辛いから、もっとコッチこいよ。むしろ俺の膝の上座っていいよ』 「あたし、重いですよ?(笑)」 『さっき言ったろ?俺の理想は今のオマエ+30kgだって』 「うそばっかり(笑)」 サトコ、テンパってます。 何だかんだいいつつ俺の膝の上に座ったサトコ。 『じゃ、次は大人ね。舌噛んだらおしおきするからな。噛むなよ!絶対噛むなよ!』 「今度はダチョウ倶楽部ですか?(笑)」 ノリツッコミしてくれる女は大好きだ。 『そんなに緊張しなくていいから、ぽかーんと口あけとけ』 「はい…」 軽く口を開けた状態で再び目を閉じるサトコ。間抜け面だ。その開いた唇を塞ぎ、ゆっくりと舌を送り込む。 サトコの舌に俺の舌が触れたとき、一瞬ぴくっ!と反応するが、なされるがまま。 その間、両手の仕事もおろそかにしない。 髪や頬を撫でたり、うなじ、首筋、背中に指を這わせる。サトコは耳の上の方・鎖骨・背中に強く快感を得るらしい。 俺の舌と両手がフル稼働していると、サトコの息遣いもだんだんと荒くなる。 最初は自分の身体を支えるような感じで俺の肩に回していた腕、そして指にも力が入る。 373 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 13 19 19 ID J4U6qYz30 366続き そして受動的だったサトコの舌に動きが。俺の舌に対して自分の舌を絡めてくるようになった。 しばらくサトコに任せてみると、だんだんと動きが弱まり、そして目を開き困惑の表情をこっちに向ける。 「どうしたんですか?」 『いやな、サトコ初めてにしては案外ヤるなと思って』 「もー、またそんな恥ずかしいこと言うー」 『で、大人のチューの感想を聞かせて頂きたいわけだが』 「んふ…、いいですね…。すごくエッチな気分になります」 『エッチしたことないけどねw』 「んもー!」 頭はたかれますた。 『どうする?次に行く?』 「えと…もうちょっと、チューしてたいです。ダメですか?」 『いや、全然おkwww』 引き続き大人のチュー。 気づかれないようにチラチラを時計を見てたわけだが、もう10分くらいチューしてるのよ。 流石の俺もアゴが疲れてくるよ。フェラする娘はホント偉大だよな。 そろそろ路線をセクロスに変更しないとね。 382 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 13 21 23 ID J4U6qYz30 373続き 処女のくせに積極的になったサトコによる第二次大人のベロチューの主導権をじわじわと俺に戻しつつ、再びサトコが受身になったところで攻撃開始。 サトコが逃げないように腕を絡め、舌を唇から首筋に這わせる。 「え!え!え!汗かいてるから汚いです!」 『サトコの汗は汚くないぞ?寧ろウマい』 「えええええー…。ぁ!…」 反応が良かったのが鎖骨。「んあ!」とか言ってんの。で、直後、恥ずかしいのか黙り込んでるw ギガウイウイシスwww 口撃対象を耳に移した辺りから、片手は背中からオパイに向けて侵攻開始。 ブラのラインに沿って指を這わせ、触るぞ触るぞ、おにーちゃんサトコたんのオパイさわっちゃうぞー。と、じらし攻撃。 目測で乳首の位置を予測し、軽く撫でて見るとサトコは「ひゃ!」と声をあげてビクっ!と反応する。 『おっぱい揉まれた事とかねえの?』 「友達とかと遊んでて揉みあいとかしたことありますけど、こういうのは初めてです…」『じゃ、本格的にサトコのおっぱい弄っていい?』 「…作業してて汗たくさんかいてるし、恥ずかしいです…」 『だよな。初めてだもんな…。先にシャワー浴びる?』 「できればそうしたいです…。むさしさんもシャワー浴びましょう…」 『だが断る!』 「え?なんでですかー?」 『今、この瞬間、サトコのおっぱいを堪能しておかないと、俺は一生後悔する事になるから!』 ブラのホックを外すのなんて朝飯前である。 だってデートの度にスキあらば彼女のブラのホック外して遊んでるからな。 393 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 13 24 16 ID J4U6qYz30 382続き 「あ!ダメです!!」 『ダメじゃないだろ?サトコのおっぱい触らせてくれよ。できれば吸ったりもしたい』 「え、ええー」 『また、えーえー言ってんなw ま、サトコに拒否権は無いわけだが』 「なんでですかぁ?」 『食物連鎖でサトコは底辺、俺頂点だから』 「わけわかんないですよ(笑) 『ま、いいから。んじゃお邪魔しまーす』 サトコとチューしながら、片手でキャミソールの下からサトコのおっぱい目指し、あるある探検隊が出動する。 途中、へその辺りを弄って反応をみたり、脇に寄り道をしたりと焦らしてみる。 ま、処女(自称)が相手なんで焦らす効果があるのかどうかは微妙なところだけど。 そしてサトコのオッパイに到達。 触った限りではやわらかいけど弾力があり、乳首は小さめで感度極上。 402 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 13 26 09 ID J4U6qYz30 393続き 『サトコさあ、オマエ、ブラBカップだよな?』 「!?触って分かるんですか?」 『いや、さっきダンボールの中に入ってたブラでサイズ見たし』 「一瞬しか見てないのに、よく覚えてますね…」 『まあ、サトコのことなら何でも覚えてるけどな』 「うそばっかり(笑)」 『ま、それは言い過ぎとして、触った限りではオマエCくらいあると思うんだけど、ちゃんとブラ合わせた事ある?』 「いや、トップとアンダーの差だとBなんですけど…?」 『なんか自分ではそう思ってても、実際はカップ違うことってよくあるらしいぞ サイズが合ってないブラしてると形崩れたりするよ?』 「そ、そうなんですか?詳しいですね…おっぱい博士ですか?」 『博士じゃないけどな。今度そういうブラ合わせてくれる店に連れてってやるよ』 「嬉しいですけど、恥ずかしくな… んんんん!!!」 乳首を軽くキュキュキュキュ!と弄ってみたらこの反応。ステキングwwww 貫通済みなら、ここからまんこ弄りに行ってもいいんだけど、そういえば作業した後きちんと手を洗ってないんで粘膜触るのはちょっとあれだな。 風呂行くか風呂。 412 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 13 28 18 ID J4U6qYz30 402続き 『サトコの汗臭い生乳はステキだな。最高だな』 「なんか下品じゃないですか?汗臭いとかひーどーいー」 『じゃ、お風呂入るか。一緒に』 「い、一緒に!?」 『うん。一緒に』 「狭いですよ…?」 『狭さは愛でカバーする。サトコの身体を洗ってやるよ』 「恥ずかしいからいいですよ…。それにあたしもちょっと準備したいし…」 『何の準備するん?』 「もー、知りませんっ!」 『一緒に行こうよ』 「行かないです!」 『じゃあ、やっぱり汗臭いままピリオドの向こうに行くとしますか』 「もう…むさしさん意地悪い…」 サトコ半泣き。俺、女の涙にはヨワス。 『んじゃあ、今度広いところで一緒に洗いっこしよう。お風呂行ってきなよ』 「……むさしさんは?」 「サトコの後にシャワー貸して」 「いや…あたしちょっと長いと思うんで、むさしさん先にお願いします…」 それにあたし先に入ってて、突撃されると困りますんで…」 ばれてますた。 というわけで風呂。 次、遂にサトコ処女喪失!? 439 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 13 32 45 ID J4U6qYz30 416 ウチの県にはPJのショップ無いんだが…。 440 相武 ◆SMNI1tO.GM sage 2005/08/24(水) 13 32 54 ID FhSAo5E50 むしろ10分もディープキスできない俺 10分ってすごくね? 446 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2005/08/24(水) 13 33 55 ID ymy4znk30 PJはあまり質がよくないからな。 440 ディープキスだけで1時間は楽勝。ま、自分は女だから相手はキツいかもしれんが。 448 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2005/08/24(水) 13 34 09 ID reUUULO10 チスとべろちゅーは次元が違うっす 572 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします New! 2005/08/24(水) 13 51 28 ID J4U6qYz30 もうレポ不要っぽいね。 446 PJは安くてカワイイけど、そんだけのイメージがある。 こないだKID BLUE買わされた。 つか1時間てすごいな。尊敬する。 592 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします New! 2005/08/24(水) 13 54 36 ID J4U6qYz30 いや俺、打たれヨワスだから。へこたれたw 長文ウザスなふいんきだから、五行でまとめるお! 598 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします New! 2005/08/24(水) 13 56 07 ID J4U6qYz30 535 おれレポったとしても、このスレ後半か、あるいは次スレになると思うんでガンガレ。 つアンカー 604 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします New! 2005/08/24(水) 13 58 29 ID J4U6qYz30 みんなの罵声。了解した。 600 ヤメテ… むさし3
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『舞園さやかの場合』 深夜0時、学生寮一階、廊下。 「ホントにゴメンね、舞園ちゃん…」 朝日奈は申し訳なさそうに、舞園の背中に詫びた。 「さくらちゃん、もう寝てるみたいで…でも、一人で行くの、恐くて…」 「気にしないでください。こんな夜中に一人で行動するのも、危ないですし」 アイドルの笑みを崩さずに、舞園は部屋の扉に鍵をかける。 「えっと…脱衣所でしたっけ?忘れ物」 「うん…ゴメン」 「謝らないでくださいってば!さ、行きましょう」 先に進んだ舞園の背中に、勢いよく朝日奈の両腕が伸びる。 「えっ!?ちょっ…」 「ホントに、ゴメンなさい…!」 朝日奈は、謝りながらも舞園の口にハンカチをあてがった。 必死に舞園は抵抗したけれど、運動している朝日奈の体力には及ばない。 吸気とともに、彼女は深い眠りに落ちていった。 眠気からか、頭に鈍痛が走る。 まぶたが開かない。一瞬だけ無理に開けようとして、とてつもない眠気に誘われる。 もう少し、このまま眠っていたい。 「…起きろっつってんだろ、ビチグソがぁあ!!」 どなり声が聞こえて、舞園は眠りから引きずり出された。 「っ…せ、セレス…さん…」 まだ視界もおぼつかないまま、思い頭をもたげる。 声の主は確かにセレスだが、舞園の知る彼女は、こんな怒声を張り上げたりはしない。 ピン、と背中に緊張が走った。 「おはようございます、舞園さん。よく眠れましたか?」 セレスはまたたく間に、普段通りの笑顔を浮かべる。 自分で起こしておいて、よく眠れたも何もないだろうに。 「ここ…私の部屋じゃない…?」 舞園は辺りを見回した。家具や装飾の配置に、見覚えがない。 「ここは朝日奈さんの部屋ですわ」 セレスの言葉で、昨日の出来事がフラッシュバックする。 そうだ、自分は。 朝日奈に騙されて…おそらく薬品を吸気させられた。 「誰かを殺せば、卒業できる」。朝日奈は自分を殺そうとしたのか? でも、殺されていない。生きている。 舞園は混乱した。 殺さないなら、どうして朝日奈はあんなことを… 「ああ、どうか朝日奈さんを責めないで上げてください。彼女は私の言葉に従っただけなのです」 芝居がかった泣きまねをして、セレスは言った。 「もっとも、あなたをその格好に縛り上げるまでやったのは、朝日奈さんですが」 そこで舞園は自分の体を見て、ようやく自分の置かれた状況を理解した。 そしてそれと同時に、彼女は余りの恐怖に、パニックに陥った。 「あ、あ…き、きゃあぁあああああっ!!」 着ていた服は全て取り払われ、彼女はベッドの上に転がされていた。 膨らんだ胸は、桃色の尖端は乳輪に埋もれており、身体を捩るたびにふるふると震えている。 大きく開かれた股から、未開の秘部が覗いていた。 必死に足を閉じようとするも、膝と膝の間につっかえ棒のような拘束具があって、閉じられない。 手は足首に固定されており、彼女はありのままの自分を外気にさらけ出すしかなかった。 「乳首が陥没しちゃってますわね…ふふ、可愛らしいこと」 「やだぁああっ!!離して、見ないでぇっ…」 「女同士で、何をそこまで恥ずかしがることがあるのですか」 「いやっ、いやぁああっ!!」 「朝日奈さんなど、もっと酷い恰好をしているというのに」 セレスがあごで示した先には、地べたにはいつくばる『スイマー』の姿があった。 「あ、朝日奈さ…っ…」 その姿に、思わず舞園は息を呑む。 朝日奈は、舞園のように拘束こそされていないが、同じように裸に剥かれ、息を荒げて地に臥していた。 首には首輪のようなものがつけられ、そこから紐が伸び、机の脚に縛り付けられている。 同性でも当てられてしまいそうな、色っぽさ。 時々「ぁ…ぅ…」と小さく呻いては、汗にまみれた身体をぴくぴくと震わせている。 「朝日奈、さん…?」 舞園の呼びかけにも、彼女は応じなかった。 「あなたが起きるまで暇だったので、少し可愛がってあげたのですわ」 セレスは朝日奈に歩み寄って、彼女のポニーテールを掴み、顔を無理矢理あげさせた。 朝日奈の顔はこれ以上にないくらいに蕩け、しかしそれでも何かを求めて、口をパクパクとさせている。 「『イけない体』をさんざん弄ばれた心地はどうですか?」 「ふっ、んっ…ぅ…」 「私があの言葉を口にしない限りは、どれだけ身体に快感を溜めこんでも絶対にイけない…そういう催眠ですものね。 ふふ、もうイきたくてイきたくてたまらない、って顔してますわ。 無理矢理イかされたくなければ、と脅されて、舞園さんを誘拐させられたのに、 今度は無理矢理絶頂を奪われて悶えている…うふふふ、今どんな気持ちですか?」 ゾクッ、と、舞園の背中に戦慄が走る。 恐怖とともに、漠然とした理解。 朝日奈が何をされているのか、何をされていたのかは、全く分からない。 けれど自分は、きっと今から彼女と似たような目に合わされるのだ。 朝日奈はもう、身体に力が入らないようだった。 自分の力では起きられず、地面に臥したまま、セレスに懇願する。 「お、お願いします…もう、イかせて、イかせて下さいぃ…」 「…では、舞園さんに謝りなさい。自分の快楽のために利用してゴメンなさい、と」 「あ、あぅ…ま、舞園ちゃん…ゴメン、なさい…」 息も絶え絶えに謝ろうとする朝日奈に、舞園は恐怖さえ覚えた。 彼女の姿は、表情は、これ以上になく官能的で、そしてこれ以上にないくらいに異様。 初めて見る、朝日奈の蕩け顔。快楽を求めて身をよがらせる、女の顔。 下ネタを聞くたびに顔を真っ赤にさせていた彼女に、いったい何があったのだろうか。 「…よろしいでしょう、イかせて差し上げますわ。ただしあなたは、そのまま謝り続けること。 途中で言葉を止めれば、また先ほどまでのように、寸止めしますわよ」 「ひっ…」 朝日奈の顔が、一気に青ざめる。 「あ、う…ま、舞園ちゃん、ごめんなさいぃ!!」 「一本調子ならまた止めますわよ。5、4…」 何が行われているのか、舞園にはわからなかった。 何かに怯えるように謝り続ける朝日奈と、その横で愉快そうにカウントダウンを続けるセレス。 それが何を意味するのか、恐怖に染められた彼女の頭では、判断ができない。 「自分の、ため、に…っく…ぁ、ま、舞園ちゃんを騙しましたっ!私は最低の雌犬ですぅっ!!」 「その調子ですわ。もっと自分を貶めなさい。3…2…」 カウントダウンが進むにつれて、青ざめた彼女の表情が再び赤く上気する。 カウントダウンは酷くゆっくりで、その変化はよく見て取れた。 「さんざんセレスちゃんにイかされてっ…脅されて、舞園ちゃんをっ、騙した、のにっ…あ、はぁああぁあっ!!… ぅっ…今度、は…自分から、イこうとしている、変態女ですぅうっ!!」 朝日奈は謝罪の言葉というより、自分を蔑む言葉を連呼する。 その言葉を放つ自分自身に、恍惚としているようだった。 業界での経験も長い。舞園はどこかで、今の朝日奈のような顔を見たことがある。 そうだ、先輩のアイドルが麻薬に手を出した時の、その表情。 舞園にも勧め、当然ながら断ると、彼女は自分ひとりで麻薬を服用し、そして舞園の目の前で自慰に耽りだしたのだ。 朝日奈の蕩け顔は、その時の彼女の表情に、そっくりである。 興奮とは違う。いうなれば、「発情」。 何が起きるのか分からないまま、舞園は二人を見ていた。 「1………」 「はぁ、あぁあああぁあ!!も、もう我慢できないぃいいっ!!イかせて、イかせてぇええっ!!」 涙や涎で顔をぐちゃぐちゃに濡らし、朝日奈はセレスに縋りついた。 「ふふ、必死になっちゃって、かわいいですわ…腰もがくがく震えてますわよ?」 セレスはカウントダウンを進めず、触れるか触れないかの程度に朝日奈の腰をなでまわした。 「ひっ、はぁあああぁあっ!!」 朝日奈の体が跳ねあがる。 『ゼロ』を目前にした彼女の体は、いわば絶頂の寸前で止められているということになる。 「雌犬なら雌犬らしく、鳴いてご主人様にアピールなさい」 「わ、わぅん!!わん、わんっ!!」 理性を凌駕する、絶頂への本能。 今の彼女は、すでにセレスのいいなりと化していた。 「ふふ、うふふふふふふ…あははははははははっ!!」 まるで魔女のように高笑いしたかと思うと、 「良い、最高ですわ、朝日奈さん!!決めました…あなたはこれから私のペット…人間の言葉を話すことを禁じますわ!返事は?」 「あ、あぁ…も、ダメ…」 「…上手にお返事ができたなら、御褒美を差し上げますわよ?」 「わ、わぅんっ!!」 朝日奈の耳元に口を寄せて、 「『ゼロ』」 そう、吐息を吹きかけるようにささやいた。 瞬間、朝日奈の顔が恍惚に歪み、 そしてその直後。 「あがッ!!!!」 朝日奈の体が跳ねあがった。 「え…?」 舞園は、いよいよ当惑する。 「あっ、ぐ、ふに゛ゃあぁああぁあああああぁあ!!!」 ブリッジのように、朝日奈の腰が天へと伸びる。 ひときわ大きな胸を震わせ、舌を突き出して、目は虚ろ。 絶頂している。 それだけは見て取れた。 思わず舞園の顔も、赤く染まる。 プシャアアアアア 愛液やら小水やらが撒き散らされ、床一面は水浸しになった。 「あ゛っ、いっ、はぁっ!!」 絶頂の後も快楽は身体から抜けないらしく、自分の体を抱きしめて、朝日奈は地面をのたうちまわった。 「さぁて…」 朝日奈が悶える様を一通り眺めた後で、くるり、とセレスがこちらを向いた。 「次はあなたが悶える番ですわ、舞園さん…」 「ひっ…」 逃げられないとは理解していながらも、舞園は必死に拘束具を揺らした。 余裕の表情でセレスはそれを眺め、自分も服を脱ぎ、下着姿となって、白い地肌をさらす。 「いやっ、いやぁあっ!!」 「ホントは朝日奈さんに、もう少し働いてもらう予定だったのですが…ついつい弄んでしまいましたわ。 彼女には少し、休んでいてもらいましょう。代わりに私が、お相手しますわ」 「いらないですっ、離して…!」 喚く舞園に、ずい、とセレスが身体を寄せる。 「大丈夫、間違っても危害を加えたりはしませんわ…あなたには」 「…?」 「私が獲物と定めた、もう一人の生徒…あの澄ました女のプライドをへし折るのが、私の最終目標。 そのためには、私の手となり足となる駒が必要なのです。 舞園さんには、その駒になるため、快楽に堕ちて、素直になってもらうだけですわ。 間違っても、あなたの綺麗な身体を傷つけたりはしません…そこだけは、安心してください」 「あ…」 その言葉に少しでも安心してしまった自分を、すぐに舞園は呪った。 結局、自分が彼女の好きにされることには変わりはないのだ。 けれど、一度警戒心を解いてしまえば、彼女の頭を縛る恐怖は溶けだしてしまう。 そこに、快楽を期待する、女としての性欲が付け入る隙ができてしまう。 「そ、そんなことはどうでもいいんです…これを解いてください!」 自分を諌めるように、がしゃがしゃと拘束具を揺らすが、セレスは穏やかに笑うだけ。 「あら、解いていいのですか?」 「ふぁっ!?」 するり、と彼女の手が、舞園の太ももを伝い、上ってくる。 そのくすぐったさに、舞園は悲鳴を上げた。 「ここはもう、こんなに期待しているみたいですけれど…」 「あっ、ん…」 ひっそりと閉じた割れ目を、セレスの指が開く。 朝日奈の痴態にあてられて、そこは既に湿りを帯びていた。 「私、テクニックには自信がありますのよ。舞園さん…オナニー程度しか、したことはないでしょう?」 「っ…」 舞園は羞恥から顔を背ける。 「比べ物にならないくらい、気持ちいいことしてあげますわ」 潤、と、素直に下の口から恥ずかしい液が伝う。 一瞬だけ指を這わせると、セレスの指に愛液が絡みついた。 「朝日奈さんのは、おしっこみたいにサラサラですけど、舞園さんは結構…濃いのですね」 「なっ…!?」 親指と人差し指に愛液を伝わせ、それを舞園の目の前で開くと、指の間を糸が伝う。 一瞬で、彼女の顔が真っ赤になった。 「へ、変な事言わないでください…!」 「あら…朝日奈さんといい、ここには恥ずかしがり屋さんが多いのですね」 セレスの裸体は、朝日奈のように豊満ではないが、どこか妖艶な魅力を宿していた。 絹のようになめらかで、病人のように白く、枝のように細い。 神話に出てくる女神のような、そんな気高さと妖しさがある。 けして肉付きこそよくないが、形容し難いその「エロさ」に、同性ながら舞園は魅了されつつあった。 そして、 「ふふ…舞園さん」 セレスが肌を擦り寄せてくると、舞園の鼓動は早鐘を打つ。 香水の香りにまぎれて、彼女自身の神秘的な体香が、鼻孔をくすぐった。 「さすがアイドル、ですね…朝日奈さんに負けずとも劣らないプロポーション…ちょっと羨ましいですわ」 胸こそ朝日奈には及ばないが、同世代の中では巨乳と呼べる部類に入るだろう。 所属していたアイドルグループのメンバーと比べあった時も、彼女の胸が一番大きかった。 水着撮影などもあるため、肌や無駄毛の手入れは欠かせたこともない。 歌唱力のために、と、筋トレやランニングも繰り返している。 舞園の体は、女性らしい丸さを残しつつも、すっと引き締まっていた。まさに、理想のプロポーションだった。 その体つきを確かめるように、セレスは舞園の体をなぞる。 舞園は、たまらず身体を捩らせた。 「さ、触らないでください…」 せめてもの抵抗の声にも、もう力は宿らない。 「ふふふ…」 「ひゃっふあ!?」 乳の脇側をくすぐられて、自分でも知らない感覚に、舞園は背筋を張った。 「あらあら…ここが気持ちいいのですか?」 「やめっ!っ、ん…ふ、く…はぁあっ…!」 セレスは、子供がじゃれるように、舞園をくすぐる。 首筋、脇腹、内股に足の裏。 そのたびに舞園は敏感に声をあげ、身体を捩った。 「はぁ、はぁ…あ、ふっ…」 セレスの責めに悶えながらも、舞園は恐怖から解放された頭で考えていた。 先ほどのセレスとは、人が変わったみたいに、責め方が異なっている。 朝日奈への責めは、言葉を当てはめるとすれば「蹂躙」。 情けも容赦もなく、ただ自分のサディズムを満足させるために、朝日奈を快楽の地獄につき落とした。 対して自分には、もぞもぞと指を這わせてはその反応を見て、楽しんでいる。 そう、楽しんでいる。 朝日奈への責めも、ベクトルは少し違うが、彼女は楽しんでいた。 そして先ほど、セレスは自分達のことを、獲物と表現していた。 「何がしたいんですか、セレスさん…」 息を落ち着かせて、舞園は尋ねた。 「…具体性に欠ける質問ですわね」 足の裏を舐めながら、セレスは答える。 足先を震わせながらも、くすぐったさに負けて身を捩らないように、舞園は続ける。 「朝日奈さんをあんな目にあわせて、私のことを弄んで…そして、もう一人狙っているって… 何がしたいんですか…?女の子同士でこんなことして、楽しいですか…!?」 「ええ、楽しいですわ」 迷うことなく、即答。 そしてセレスは、冗舌に語りだした。 「こんな閉鎖空間に閉じ込められ、『誰かを殺せば卒業』だなんて…馬鹿げたルールを背負わされて。 しかもあのあと、モノクマは口を滑らせ『誰にもバレなければ他の全員の命と引き換えに卒業、バレたならその場で処刑』と説明しました。 そんなリスクの高い選択肢を迫られ、殺人に踏み切る度胸は私にはない…それは多分、他のみなさんも同じでしょう。 資源には不足せず、法を犯しても取り締まるものもいない。まさに「自由」そのものの中に、私たちはいます。 そう、今すぐ殺人を犯す必要はない。だからこうして、私たちは膠着状態に陥っているのです。 しかし、耐えられないのは「退屈」という苦痛。ここには私の趣向に合った娯楽が、ほとんどないのです。 雑誌?プール?メダルゲーム?そんなもの、幼稚園のお遊戯と同レベル!クソ喰らえですわ…! 私が求める「遊び」とは、まるで断崖に立たされているかのような、スリルを伴った勝負事なのです。 ああ、きっとあなたは軽蔑なさるでしょうが…私は知っての通り、『超高校級のギャンブラー』。 今まで幾度も、自分の命や、それに準ずるものをベットにして、勝負を挑まれ…そして、ことごとく打ち勝ってきた。 そんな争いを強いられるうちに、私は…人の身体や、命や、人生を弄ぶこと…その楽しさを知ってしまったのです。 …軽蔑、したでしょう。いえ、軽蔑してください。けれどこの病気ばかりは、もう治らない。 退屈が原因でも、人は死ぬのです、舞園さん。こんな場所に閉じ込められていては、私はいずれ頭がおかしくなってしまう。 だから、面白そうな何人かに狙いをつけて、その人たちを弄ぶ…それが私の見つけた、ここでの退屈しのぎですわ。 一人目は、朝日奈さんです。一番エロい身体をしているくせに、下ネタを聞けば真っ赤に頬を染める…虐めたくなるのも、わかるでしょう。 …実は彼女を落とすまでは、聞くも涙・語るも涙の苦労話があるのですが…ここでは割愛しますわ。 二人目は、名前はまだ出しませんが、あなたも薄々気が付いていることでしょう。あの澄ました女のことです… ああいうのを見ると、どうもそのプライドを完膚なきまでにへし折ってやりたくなるのです。勝負師の性、でしょうか。 三人目は…男子、とだけ伝えておきます。 そして、あなたもです、舞園さん…正直、こんな状況でなければサインをねだっていました。実家の家族があなたの大ファンなのです。 そんな国民的アイドルを辱められるのは、またとない機会でしょう?この状況を楽しむには、もってこいの相手じゃありませんか」 長たらしい声明を終えると、セレスはそこで一息つき、再びほほ笑んだ。 舞園は、口を開けて聞き入っていた。まさに呆気にとられた、という言葉が似合った。 流れ込んできたセレスの言葉は、とても現実離れした響きを伴っていて、理解の範疇を越えていた。 「…長々と話してしまい、すみませんでした…語るに堕ちてしまっていたようですね」 唐突に、セレスの指が、それまで触れなかった舞園の乳房を揉みしだく。 「ふっ、あっ!?」 「ほったらかしにしてしまって、さぞ身体が疼いていたことでしょう…」 「そんな、ことっ…んぁっ…」 あまりの唐突さに、脳が付いて行かない。 「ここからは、ちゃあんと期待通り…気持ちよ~く、してあげますわ」 「し、してませんし、いりませんっ!」 「あら…やはり私なんかに触られるのは、御不満が?」 セレスが不思議そうに首をかしげると、舞園はどうしていいか分からない気分に襲われた。 このまま彼女を拒むのが酷く不憫にさえ思える。 自分は被害者、そのことさえ忘れてしまいそうになる。 そして、断りきれない理由がもう一つ。 自分が目を覚ました時に、確かに聞こえたセレスの激昂の声。 舞園は、それを恐れていた。下手に刺激してはいけない。 「あっ、違…わないけど、違って、その…セレスさんがダメとか、そういうんじゃなくて、 その…女の子同士でこんなこと…おかしいと思いますし…」 「あら、あなたがそれを仰いますか?同じアイドルグループのメンバー同士で、肌を重ねたこともあるくせに…」 「なっ…!!?」 ウィッグを揺らしながら、セレスがにこやかにほほ笑む。 これほど邪気のない笑顔を恐ろしく感じたことはない。 一瞬で顔から血の気が引いた。マネージャにすらバラしていない、自分達だけの秘密。なぜ、知っている? 冷静に考えれば、どこかの芸能人の裏話を集めた掲示板での情報や、口コミで伝わる根も葉もない話を、 真実かどうかも分からないまま、セレスがブラフで使ったのだろう。 しかし、混乱から抜け出せない舞園の頭には、効果は絶大だった。 相手の顔に同様の色が浮かべば、セレスにとってはもう勝ったも同然。 「やはり私では役者不足ですか…?」 「あ、う…」 「ねえ、舞園さん…」 顔が迫り、ふ、と耳に息を吹きかけられ、ビクン、と舞園は体を震わせた。 自分がおかれた状況に対する混乱。 秘密を知られたことに対する恐怖。 そして、セレスや朝日奈の姿に当てられた、情欲。 体の自由を奪われ、隠していたはずの秘密を知られ、どうしていいかわからない。 今の舞園は、酷く無防備な状態だった。 「…そうですわ」 思いついたように、セレスが目を見開いた。 「私に直接触られるのが嫌なのであれば…こんなものは、いかがでしょう?」 ベッドの下から、ごそごそと箱を取り出す。 某同人作家から押収し、朝日奈を最初に責めた時にも使った、道具の数々。 見るなり、舞園はますます顔を赤く染めた。 何に使う道具か、説明されずともわかってしまう、自分の知識が嫌だった。 セレスの言うとおり、メンバーと肌を重ねた経験は、幾度かある。 厳しい業界に放り込まれた人間は、別のベクトルに歪むケースが多い。 ましてやデビュー当時の彼女たちは幼い子供、その重圧には耐えかねる。 上手くストレスの発散場を見つけてやらなければ、精神をおかしくしてしまい、末路をたどるのみ。 禁断の果実は、目の前に山のように転がっていた。 麻薬、恋愛沙汰、飲酒や喫煙。周りの人間は、みな手を染めている。 バレるかバレないか、それだけの違い。 そして、成熟してきた肉体を持て余す彼女たちが行きついたのが、性行為だった。 別に同性愛ではない。人並に、男子への興味はある…特に、共に生活を送るあの一名に。 舞園にとって、メンバーとの交わりは、恋愛などとは別の次元の話で、 それこそ一緒に買い物や映画を見に行くのと同じ、遊びの感覚だったのである。 笑い合いながら互いの乳房を揉み、慰めるように唇を奪った。 その禁忌に逃げていた舞園だからこそ、目の前に転がる道具の山にはなじみがある。 「その様子では、どれが何に使うものかは、説明の必要はなさそうですね」 「そんなこと…」 する、と、胸の尖端をセレスが撫であげた。 「あっ…」 桃色の吐息が漏れる。 舞園の乳首は、乳輪に埋もれていた。 「陥没乳首…というものですか?初めて見ましたわ」 「うぅ…」 恥ずかしさか、快感からか、目に涙がにじむ。 「ふふ…可愛らしい」 「ねえ、舞園さん?陥没乳首は普段外気に触れない分、刺激されると気持ちいい、という噂がありますわね」 「知りません、そんなの…!」 顔を真っ赤にしたまま、拗ねたように舞園がそっぽを向いた。 「あら、ウソはいけませんわ…他のメンバーと身体を重ねるくらいエッチな事をしてきた舞園さんが、 まさか自分で試していないわけはないでしょう…?」 埋もれた乳首の穴を、セレスが爪先でほじる様に弄ると、 「ひぁっ、あっ!!」 たまらず舞園も、嬌声をあげた。 クスクスと笑いながら、セレスが乳房を口に含む。 「んっ、あっ!?せ、セレスさ…ぁんっ!」 乳房の尖端に口を当てて吸い出され、埋もれた乳首を無理矢理引き出して、刺激を与えられる。 鋭い快感が、右胸全体を駆け抜けた。 「は、あっ、やぁあ~~~~っ!!!!」 身悶えさせようにも、身体は拘束されたまま。 抵抗する術もなく、むき出しの乳首を良いようにセレスになぶられる。 まるで、胸の先がクリトリスになってしまったかのような、激しい快感。 「あっ、やぁああっ…やめ、止めて…ふ、ひぃんっ!!」 赤子のように胸に吸いつくセレスに、いいようにされてしまう。 「やっ、いやぁあああ…」 「ん…ぷは…」 セレスが口を離す頃には、舞園はとっくに出来上がっていた。 紅く上気した顔は、もう朝日奈と大差はない。とろん、と蕩けた目で、セレスをただ見ている。 身体は熱を持ち、意思に反して、次に訪れる快楽を待ち望んでいる。 無理にセレスが引きずり出していた乳首は、彼女の口が離れると、元通りに埋まってしまった。 「なんというか、可愛いというか…愛着の湧く乳首ですわね…」 「…やぁ…」 涙目を歪ませても、言葉にはもう力が入らない。 「では…まず、これでそんな乳首を弄ってあげましょうか」 セレスは、一つ目の道具に手を伸ばした。 アイポッドのような機器――おそらく電源――から、二本のコードが伸びていた。 コードの先には、UFO型のゴムのパッド。胸にあてるためのものだろうと、推測できる。 乳首に位置する部分には、スポイトのようなものが付いている。 パッドの内側には、取り外し可能のアタッチメントがついており、セレスがどれを装着させようか悩んでいる。 「乳首専用のローターですわ。結構値段も結構張るようで…さすがにこれは、見たことはないでしょう?」 セレスは本当に楽しそうに、まるで自分のオモチャを自慢する子どものように、舞園に話しかけた。 二つのゴムのパッドを、舞園の乳房に押し当てる。 アタッチメントはちょうど乳首にあたり、素材はシリコンか何かだろうか、ゼリーのようにプルプルで柔らかい。 セレスがスポイトをつまむと、 「ひゃうぅ!?」 パッド内の空気が絞り出され、吸盤のように舞園の乳房に吸いついた。 「あ…っあ…」 吸いつかれているため、自然に埋まった乳首が顔を出す。 淡いピンク色の、小さな豆が飛び出している様は、本当にクリトリスのようでもある。 外気にさらされるだけでも、鋭敏な乳首が、舞園に刺激を与えた。 「吸われただけでそんなによがっていては…後が持ちませんわよ?」 また、可笑しそうにセレスが笑う。 「はぁ、はぁ、ぁうっ……な…なんなんですか、コレぇ…んっ…」 「言ったでしょう?乳首専用のローター…」 そうは言われても、舞園の知るローターとは、まるで形が違う。 「吸盤のように乳首に吸いついて、簡単には外れない。パッド中央のアクセサリが乳首にあたり、電源を入れると回転を初める。 アクセサリはアタッチメントとして取り外し可能、数パターンの中から好きなものをチョイス。 アタッチメントと、複数通りの回転パターンを駆使し、自由自在に快感をアレンジ…と、説明書には書いてありました」 吸われだした乳首が、ちょうどそのアタッチメントに当たって擦られ、それだけで舞園は身を悶えさせる。 「右の乳首は、私個人のおススメ…少し硬い、フィンガータイプですわ。指で乳首をこねくり回される感覚は、リアル以上です。 左の方は朝日奈さんのお気に入り、ブラシタイプの一番柔らかいもの…たとえるなら、触手タイプとでもしましょうか」 セレスが電源を入れると、スポイトからローションがにじみ出て、舞園の乳首を伝った。 「これ…本当にすごいですわよ」 耳元で、セレスがつぶやく。 舞園は、ごくりと唾を飲み込んだ。 「……ふぁっ!!?あっ、あ、はぁあぁあああっ、や、んあぁああっ!!」 アタッチメントが緩やかに回転を始め、舞園は背中をのけぞらせた。 「あぁ、ああぁあ、んっ……ひゃうぅっ!!」 右のパッドでは、二本の指が乳首の周りを、ぬるぬるとローションをかき混ぜてなぞる。 ゆるやかに回転して乳首を転がされたかと思えば、時々高速で逆回転して乳首を弾く。 左のパッドでは、細いシリコンの束が乳首全体を覆い、回転も早くなったり遅くなったり、自在に這いまわる。 フィンガータイプとは違い、柔らかいそれが乳首を撫でまわす。 「ダメっ…これ、ダメですぅうっ…んぅううっううぅっ…!」 舞園は、胸を突き出すように背をそらした。 特別敏感な乳首を、吸い出されたまま弄ばれる、今までにない快感。 「ひゃあぅっ!!」 ビクン、と、舞園がいっそう背をのけぞらせて震える。 連続で乳首を指で弾かれ、それだけで軽くイってしまった。 「あ、あ、んっ…はぅうっ…」 大きく瞳を見開き、苦しそうに息を吐く舞園を見て、セレスは絶頂を確認した。 「あらあらあら…そんなに敏感じゃ、将来赤ちゃんができた時、大変ですわよ?舞園さん。 子供におっぱいをあげるたびにイってしまう、エッチなお母さんになってしまいます」 「だ、だって、だってぇ…!これ、ダメ…っ、ダメ、ダメぇえっ…んあぁああぁっ…!」 「ふふふ…すごいでしょう?」 「止めて、止めてくださいっ!」 イって敏感な乳首を、同じ調子でローターが責め続ける。 右はローションを混ぜるように、左は泡立てるように。 「ぐすっ…えぅ…んっ…」 乳首だけでイってしまった、それも人の目の前で。 加えてセレスの責め句が、さらに舞園の羞恥心を煽り、思わず泣き出してしまう。 「あら…」 さすがにセレスもモーターの電源を切り、何事かと顔を寄せる。 人形のような美しい顔立ちに惹かれるが、それでも涙は止まらない。 「そ、そんな恥ずかしいことではないですわ、舞園さん」 「ぐすっ……私…お嫁に、行けない…」 「…これが朝日奈さんであれば、遠慮なく責め続けるのですが…」 今度はセレスは、困ったように笑って、舞園の頭を撫でた。 本当に、先ほどまでとは別人のようだ。 「あ、そうですわ!ほら、こっちも弄れば、もっと気持ちいいでしょう?」 そう言って、セレスは舞園の秘部に指を伸ばした。 「ひぁっ…?」 「お詫びといってはなんですが、ちゃんとこちらも気持ちよくして差し上げます。 こっちでイけば、何も恥ずかしいことはありませんわよね?」 訂正。別人どころか、先ほどまでと何一つ変わらない。 「やっ、やだ、嫌ですっ…セレスさんっ!」 「ほら、暴れないでくださいな…スイッチ、入れちゃいますわよ?」 「っ…」 意味はないとわかっているのに、舞園は反射的に暴れるのを止めてしまった。 暴れても無意味、それどころかまた乳首を弄ばれる。 パッドは胸に吸着したまま止まっているが、体を捩るたびにぬるりとアタッチメントがずれて、刺激を与える しかしこのままでは、無防備に、一番敏感な所を責められてしまう。 と、そこで、 「…ぅ、ん…」 それまで気を失っていた朝日奈が、目を覚ました。