約 1,437 件
https://w.atwiki.jp/kyotaross/pages/1126.html
前話 次話 咲「ん~っ」ノビ 咲「地元の駅まで来ると帰ってきたって気がするよね」 優希「タコスの香ばしい匂いがするじょ」 まこ「はは。優希はそればっかりじゃな」 まこ「まぁ、優希がすぐさまタコスを買いに行きたそうな顔をしてるし、もうここで解散するか」 優希「さっすが染谷先輩は話が分かるぅ~♪」 優希「ほら、京太郎!一緒にタコス買いに行くじょ!」 京太郎「あ、悪い。俺、先に寄らなきゃいけないところがあるんだ」 優希「えー…最近、付き合い悪いなぁ…」 京太郎「はは…悪いな」 京太郎「でも…あっちの方が先約って言うか…そんな感じだからさ」 京太郎「これが片付いたら、俺から誘わせて貰うよ」 優希「その時は奢りだじょ?」 京太郎「あぁ。分かってる」 京太郎「それじゃ、皆。また明日、学校でな」ガラガラ 咲「……」 京太郎「(結局、俺は逃げてたんだ)」 京太郎「(和の様子を確認する方法は幾らでもあった)」 京太郎「(メールも連絡も出来なくても…家は知ってるんだから)」 京太郎「(どれだけ迷惑でも頼み込めば…言伝を頼む事くらいは出来ただろう)」 京太郎「(でも、俺はそれをやらなかった)」 京太郎「(確認するのが怖くて…嫌われたら…どうしようと思って…)」 京太郎「(だけど…もう逃げてられない)」 京太郎「(俺よりも立ち向かった人がいるから)」 京太郎「(前を見て…俺の背中を押してくれた人がいるから)」 京太郎「(だから…俺は…その人の為にも逃げない)」 京太郎「(コレ以上、格好悪い須賀京太郎になったら…漫さんに悪いもんな)」 京太郎「(だから…俺は…)」 ……… …… … 和父「…君は?」 京太郎「和さんと同じ清澄に通っている須賀京太郎と言います」 和父「…その須賀君が何の用かね?」 和父「人の家の前で立って…不躾とは思わないのか?」 京太郎「すみません。でも、俺にはこれくらいしか方法がなくて…」 京太郎「和さんとどうしても話がしたくて…ご家族の方を待っていました」 和父「…君と娘との関係は知らないが、君のような怪しい男を娘に会わせるとでも?」 京太郎「勿論、そんな事は思ってはいません」 京太郎「ですから…一言、言伝だけお願い出来ないでしょうか?」 和父「何かな?」 京太郎「須賀京太郎が例の件で謝りに来た…と、それだけ伝えて貰えれば結構です」 京太郎「それでダメだったら今日はおとなしく引き下がります」 和父「…待っていたまえ。それくらいならやってやろう」 和父「だが、私は弁護士だ。もし、何か不用意な真似を少しでもするようなら…」 京太郎「はい。その時は警察に通報していただいて結構です」 和父「ふん…」 京太郎「(うわぁぁ…凄い迫力がある人だったなぁ…)」 京太郎「(声も渋いし…なんつーか『力』のある人なのをひしひしと感じる…)」 京太郎「(そりゃ弁護士なんだし、そういうのなかったらやってけないのかもしれないけど…)」 京太郎「(そんな人相手に…良くもまぁ、あんな啖呵がきれたもんだ)」 京太郎「(でも…これでもう俺は後戻り出来ない)」 京太郎「(どれだけ辛くたって…苦しくったって…賽を投げてしまったんだから)」 京太郎「(その結果はどうであれば、俺は前に進まないといけないし…受け入れないといけない)」 京太郎「(今の俺に出来る事つったら…それが良い結果である事を祈る事くらいかな)」 ― ガチャ 京太郎「あ…」 和父「…」 京太郎「あの…どうでしたか?」 和父「…娘が会うそうだ。着いて来たまえ」 京太郎「え…あ…はい…」 和父「…君はあの娘とどういう関係なんだ?」 京太郎「え…?」 和父「今日まで部屋から出てこようともしなかったあの子が君の言葉には強い反応を示した」 和父「今まで酷く落ち込んで、ろくに食事もしなかった娘が…だ」 和父「何かあったと思うのは当然だろう?」 京太郎「その通り…だと思います」 京太郎「そして…その問いにはあまり具体的な事は答えられません」 京太郎「ただ…一言だけ言わせてもらえるならば…」 京太郎「俺は…恐らく娘さんが学校に来なくなった原因です」 和父「…そうか」 和父「それが事実であれば、私は父親として君を一発ぶん殴るべきなのだろう」 和父「だが…この二週間近く、あの子は痛々しいくらいに気を落としていた」 和父「それを君が何とか出来ると言うのであれば、今は任せよう」 京太郎「ありがとう…ございます」 和父「ただし…だ」 和父「私は君が何をしたのかは知らないし、信用をした訳じゃない」 和父「何かあればすぐに入れるように部屋の前で待機させてもらうぞ」 京太郎「はい。それは当然だと思います」 京太郎「寧ろ…和と二人っきりにさせてくれるだけでも有難いです」ペコリ ~和~ あの日から…私の生活は変わりました。 いえ、正確に言うならば、今までだって多少の変化はあったのでしょう。 高校に行き、麻雀部の仲間と切磋琢磨し、そして家に帰る日々。 それはきっと青春と呼ばれるもので、とても得難いものだと分かっていました。 だけど…それが今、私の手の中にはありません。 それは…勿論… ―― 和「はぁ…♪んんっ♪」 ベッドの中、私の手は下着の中に突っ込まれていました。 ブラをズラし、ショーツを持ち上げるそれは信じられないくらい器用に動き、私を責め立てています。 まるでそこが私以外の誰かに操られてしまっているような淫らで嗜虐的な動き。 それに私の女の部分は潤み、トロリと愛液を漏らしてしまいました。 和「(あぁ…っ♪私…また…こんなぁ…♪)」 私は今までそういう事を穢らわしいものとして忌避して来ました。 そう言う事は結婚後、旦那様とする事であって、とてもはしたないものだと思っていたのです。 しかし、そんな過去が嘘のように私の指は肌を這いまわり、敏感な部分を弄るのでした。 まるで足りないものを埋めようとするようなそれに私の中から冷たい熱が鎌首をもたげ始めます。 それに指先は加速し、股間からクチュクチュと言う音をかき鳴らしました。 和「(んうぅっ♪クる…っ♪来ちゃう…ぅぅっ♪)」 そうやって湧き上がる熱を飲み込んだ熱がぶわりと身体中に広がり、私の肌を刺すのです。 ビリビリとした強い快感が神経を駆け巡り、全身を震わせるそれは…今の私にはもう慣れたものでした。 何せ、この感覚が欲しいが故に…私はそれを…オナニーを何度もしているのですから。 和「く…ぅぅ…ん♪」 枕をキュッと噛んでも声が出てしまう淫らで熱い痺れ。 それは私の内側から溢れ、身体を興奮させていました。 しかし、それでも尚、足りず、私の指はクチュクチュとソコを弄ってしまうのです。 愛液滴る肉の穴を指でピストンするようなそれは絶頂を迎えた私をさらに追い詰め、気持ち良くしてくれました。 和「(でも…足りません…っっ♥♥)」 勿論、そうやって自分で自分を慰めるのは気持ち良いです。 私の身体はもうとても敏感で、中の粘膜を擦るだけで簡単にイッてしまうくらいなのですから。 しかし、それでも私は…それを物足りないと感じてしまうのです。 それはきっと私が…こんなものとは比べ物にならないほど気持ち良い感覚を知ってしまったからなのでしょう。 和「須賀…くぅん…♥」 それを与えてくれるであろうただ一人の男性であり、こうなった私を一度、鎮めてくれた部活の仲間。 その名前を呼ぶ声はとても甘く…そして淫らなものでした。 ここに須賀君が居たら…きっと襲わずには居られないようなドロドロとしたそれ。 それはきっと…私の身体が須賀君を求め、彼を誘惑しようとしているからなのでしょう。 和「ちが…う…♪こんなの…私じゃありません…っ」 私が十五年付き合ってきた『原村和』と言う女の子はエッチな事が嫌いで、男性が苦手でした。 須賀君はそんな中で数少ない例外だとは言っても、決してそういった感情を向けるような相手じゃありません。 いえ、そもそも…そんな感情自体、今までの人生の中ではないものだったのですから。 しかし…それがあの日…訳の分からないまま劣情に流されてしまった日から…変わってしまいました。 身体が須賀君を求めて止まず…こうして自分を慰めた回数は数知れません。 和「(でも…満足出来なくって…)」 どれだけ自分の中を激しく弄っても、太くて逞しい男性器で中を抉られる快感と屈服感には敵いませんでした。 須賀君に犯されて…頭の中まで絶頂感で満たされるような…アレには到底、及ばないのです。 そんなの自分じゃないと言い聞かせても…決して消えないその欲求不満に私は少しずつ追い詰められていました。 それはもう理性の歯止めがなければ…すぐさま須賀君のところへと駈け出してしまいそうなほどに大きくなっているのです。 和「ふ…ぁ…♪」 そんな風に欲求不満が私を追い詰めているとは言え、自慰は対処療法程度にはなりました。 少なくとも身の内を焦がすような劣情がおとなしくなったのを感じて、私はそっと一息を吐きます。 しかし、それだってそう長くない事はこれまでの経験上、分かっていました。 恐らく後数時間もしない内にさっきのそれは再び私へと襲いかかり、私の思考を揺らすでしょう。 それを思うと目尻から涙が浮かびそうになるくらい不安が胸を埋め尽くしました。 和「私…なんでこんな…」 その問いに答える人は誰もいませんでした。 自室であるこの部屋には私以外には誰も居ませんし、当事者である私自身だってまったく分かっていないのです。 ただ…あの日、須賀君の和了を聞いてから…自分の中で本能が目覚めてしまったかのように劣情が止まらないという事だけ。 しかも、それは少しずつではあるものの大きくなり、私の胸を打つのです。 最終的にはどんな自分になるかさえ想像も出来ないそれに私はぎゅっとシーツを掴みましたが、恐怖はまったく晴れません。 和「須賀君…須賀君…」 その恐怖を須賀君はきっと受け止めてくれる。 そんな漠然とした予感が私の中にはありました。 あのちょっとスケベで、でも優しい彼ならば、私の不安を解消し、この欲求不満も消し去ってくれるのでしょう。 しかし、それはきっと須賀君にとって迷惑になるでしょうし…何より… ―― 和「(もし…そんな事になったら…私もう…須賀君から離れられません…っ)」 何が作用したかは分かりませんが…エッチな事が嫌いだった原村和が今の私になったのはたった一度の過ちが原因です。 それと同じ過ちをもう一度、繰り返したら…私はもう完全に須賀君に依存してしまうでしょう。 ただ快感を得る為に彼を誘惑し、催した劣情を発散させて貰う為に…ドンドン淫らになってしまうのです。 そうなったら…、もうきっと歯止めが聞きません。 今でさえ悲鳴をあげるほど追い詰められている理性が、再び須賀君の逞しさを知って我慢出来るとは到底、思えないのです。 和「(それに今だったらまだ…まだ何かの間違いだったと言えるのです…)」 私が訳の分からない欲情を覚え、須賀君に襲いかかったという事実。 それはまだ…一度だけであれば、何かの間違いであったと…めぐり合わせが悪かっただけだと言い訳が出来るのです。 しかし、二回目ともなれば幾ら偶然だと主張しても自分を騙す事さえ出来ません。 自分が淫乱になってしまっているという事実を認めざるを得なくなり、きっと私の自意識はボロボロになるでしょう。 それを思えば、まだこうして我慢し続けている方がマシ…と思えなくもないのです。 和「(だからと言って…このままずっと逃げてばっかりじゃいけないって事も分かっているんです…)」 須賀君に会ってしまったら…本格的に我慢出来なくなってしまうかもしれない。 そんな恐ろしさが私を学校から遠ざけ、あるべき日常を遠いものにしていました。 最初は優しかった両親にもぎくしゃくとした物が混じり始めていますし、逃げていられる時間はそう多くはありません。 しかし…今の私の内側に巣食う不安や恐怖は一人で立ち向かうには大きすぎるものなのです。 ですが、事の経緯が経緯であるだけに両親やゆーきたちに相談する事も出来ません。 一歩脚を踏み外せば、自分が自分でなくなってしまうかもしれないその感覚に私は一人震え続けていました。 ― コンコン 和「あ…」 そんな私の意識が現実に戻ったのは控えめなノックの音が原因でした。 それに引かれるように顔を上げれば、何時の間にか日が落ちて、部屋が真っ暗になっています。 そんな事にさえ気付かなかった自分に一つ自嘲を向けながら、私はそっとブラを付け直し、パジャマの乱れを直しました。 和「は、はい」 和父「和、今、良いか?」 そうやってワンテンポ遅れて返事をした私に答えたのは気遣うような父の言葉でした。 頑なに私から麻雀を取り上げようとしていた人と同じとは思えないほど優しいそれに思わず胸が痛みます。 私が不登校になっていると言う事に心を痛めているのは何も私だけではないのですから。 しかし、父も母も理由を深く尋ねようとはせず、私のしたいようにやらせてくれています。 ただ、放置するのとは違う父の優しさに甘えてしまっている自分に自己嫌悪を抱く反面、助かっていると思うのでした。 和「えぇ…大丈夫です…」 そんな自分に嫌気を感じながらの言葉は少しだけ震えていました。 どうやら父が来てくれたと言っても、先の不安や安堵は解消されていないようです。 それに一つため息を吐いた瞬間、父がゆっくりと扉を開き、中へと入って来ました。 暗闇の中、微かに見えるその顔にはほんの少しばかりの疲労と困惑が見えます。 それは恐らく家族以外では感じ取る事の難しい微かなものでしょう。 しかし、普段の父はとても厳格で立派な男性なのです。 少なくとも私の前では決して見せないその感情に今の私が掛けている心労の大きさを感じました。 和父「なんだ…電気もつけていないのか?」 和「すみません…」 和父「いや…気にするな。そういう時もある」 そう言いながら、父は壁際のスイッチを操作して電気をつけてくれました。 瞬間、パッと部屋に光が満ち、私の視界を眩しく照らします。 それに微かに目を細めてしまう辺り、私はかなり長い間、そうやって暗闇の中にいたのでしょう。 和父「それより今日は何か食べたいものでもあるか?久しぶりに早めに帰ってこれたから店屋物でも取ろうかと思っているんだが…」和「いえ…特には…」 和父「そう…か…」 そう会話する私達の間には明らかに壁がありました。 父は突然不登校を始めた娘に対する戸惑いから、そして私はそんな父に対しての申し訳なさから。 勿論、普段だってそこまでべたついた親子関係を形成してきた訳ではありません。 しかし、私は私なりに父のことを尊敬して来ましたし、今も変わらずそうであるのです。 それなのに…ほんのすこし歯車が狂ってしまっただけで、こうなってしまう。 その原因が自分であるのにどうにも出来ないもどかしさに私はそっと顔を俯かせました。 和父「後…今日はお前に客が来ているみたいなんだが…」 和「客…?」 私が不登校を始めてから、そうやってお客さんが来たのは一度や二度ではありませんでした。 ゆーきや咲さん、そして部長もお見舞いに来てくれたのです。 しかし、穢れてしまった私は彼女たちにどんな顔をして会えば良いのか、まったく分からず、それらを全て拒否していました。 和「(特に咲さんには顔を見せられない…)」 私があんな事をしてしまったのは咲さんがとても大事にしている人なのです。 本人はそれを恋心ではないと否定していますが、私の目から見て、何時そうなってもおかしくはありません。 そんな人と一時の過ちであるとは言え、あんな事をしてしまって、気安く会えるほど私は脳天気な女ではないのです。 結果、私は大事な合宿にさえ、無断で休んでしまい、こうして一人部屋の中で震えているのでした。 和「(それでも皆は私に対して連絡を取ろうとしてくれて…)」 そうやって不義理を重ねる私に皆は休まずにメールを送ってくれていました。 今日、部活で何があったか。 学校でどんな事を勉強したのか。 それらはとても輝いていて、楽しそうなのが無乾燥なはずの液晶から伝わってきます。 けれど、それを嬉しく思う反面、私は皆のメールに返信する事さえ、私は重く考え始めていました。 和「(私…こんなに良い友人に恵まれているのに…迷惑ばかりかけて…)」 秋季大会や新人戦を控える大事な時期に無断で部活を休み、しかも、お見舞いに行っても会おうともしない部員。 そんな私を気にかけてくれるのは嬉しいですが、そこまでされても私は応える事が出来ないのです。 そのどうにも逃げられない重苦しさに返信の手は鈍り、今ではメールも返さないようになってしまいました。 まるで自分の罪がドンドンと重くなっていくようなその感覚に私の胸は詰まるような鈍痛を覚えます。 和父「大丈夫か?」 和「えっ…あ…はい…」 それが顔に出ていたのでしょう。 父が気遣うようにこちらを見て、尋ねてくれました。 それに反射的に頷きながらも、胸の痛みは収まりません。 いえ、ふとした時に私の胸を強く打ち、逆に強くなっているように思えるのです。 和父「…体調が悪いと断って来ようか?」 和「すみません…お願いします…」 実際、体調が優れないのは本当です。 ただ…それは決して眠れば治る類のものではなく、寧ろ断れば断るほど悪化していく心因性のものでした。 それが分かっているのに逃げようとする自分を叱咤する気持ちはありますが、やはりどうにも出来ません。 既に自分だけで罪に立ち向かえる段階を超えてしまっているのです。 和父「そうか。まぁ…その方が良い。相手は何やら軽そうな男だったからな」 和「男…?」 しかし、そんな私の耳に届いた父の声は意外なものでした。 今日は合宿から皆が帰ってくる日であり、家が近いゆーきが来てくれたと思っていたのです。 ですが、父は何度も遊びに来ているゆーきの顔を知っていますし、何より彼女は男の子に見間違われるような子じゃありません。 和「(も…もしか…して…)」 いえ…私の交友関係の中に軽そうと言われる男の人なんてたった一人しかいないのです。 そもそも私はあまり交友関係が広い方ではありませんし、男の子の知り合い自体ほぼいないのですから。 そこに軽そうと言う特徴が付与されれば、最早、それは確定と言っても良いくらいでしょう。 そうは思いながらも私は信じられなくて、おずおずと父に向かって口を開きました。 和「あの…その人ってもしかして…」 和父「あぁ。確か須賀京太郎とか言う名前だったか」 和「須賀…君…」 父から出てきた名前は私の予想通りの人でした。 須賀京太郎。 清澄麻雀部の黒一点にして、私が襲ってしまった人。 今は身体が求めて疼き、抱きしめて欲しくて仕方がない人。 そんな認識が思考の中にプカプカと浮かび上がり、思わずその名前を言い直してしまいます。 それだけでも胸の奥がキュンと疼き、奥から会いたいと言う欲求が湧き上がって来ました。 まるでもう我慢の限界だと言うようなそれに私はシーツを握りしめましたが、歓喜ともどかしさが混ざったようなそれはなくなりません。 寧ろ、そうやって意識すればするほど大きくなっていくようにも思えるのでした。 和「(でも…どうして…?)」 これまで彼からのメールはありませんでした。 お見舞いに来る事もなかった須賀君と私との接点は今までなかったはずです。 ですが、それが嘘のように今、彼は私のところに来てくれている。 その嬉しさとまたおかしくなってしまうのではないかという恐怖が私の中で渦巻きました。 お互いに強く心を揺さぶり、迷わせるようなそれに私はキュっと唇を噛み締めます。 和父「では、断って…」 和「ま、待って下さい!!」 そう言って出て行こうとする父を私は反射的に呼び止めてしまいました。 その声は思った以上に大きく、振り返った父が微かに驚いていたくらいです。 それを放った私自身、まさかそんな大声になるだなんて思ってはおらず、顔が赤くなるのを感じました。 しかし、もう言ってしまった以上、ここで迷ってはいられません。 どの道…私が社会的に復帰する為には避けては通れない道なのですから。 和「(そう…それだけ…それだけであって…他の何でもないんです…)」 トクンと甘い疼きを走らせる自分の心臓にそう言い聞かせても、粘ついた欲求はなくなりませんでした。 二週間もの間、ずっと欲望を抑え続けていた重石がグラグラと揺れ、蓋が開きそうになっているのを感じます。 ともすれば、今にも玄関に駆け出したくなるような強いそれに私はそっと自分の胸を押さえました。 けれど、欲求どころか再びこの感覚をおさめてくれる人が来たと言う歓喜もなくなりません。 和父「和…?」 和「えっと…会い…ます」 和父「何…?」 そんな私に尋ねる父の言葉にさっきからは考えられないほどの小さな声が出てしまいます。 けれど、父が聞き返したのは決して、それが聞き取れなかったからではないのでしょう。 麻雀をめぐって私と対立した父にとって、私が自分の意見を曲げる事がどれだけ珍しいかを知っているのです。 それが相手 ―― しかも男の名前を聞いた後に豹変すれば、男親としては聞き返したくなるでしょう。 和「(でも…それは誤解…いえ、誤解ってほど認識が間違っている訳じゃないんですが…)」 須賀君の名前を聞いた瞬間に意見を変えたのは確かですし、今まで女友達にも会おうとしなかった私が須賀君にだけ会おうとしているのは事実です。 でも、恐らく父が考えているような艶っぽい関係じゃなくって…いや、その…そういうのをある種、飛び越えてしまったものでもあるんですが…。 だ、だけど、それは須賀君が悪い訳じゃなくって、寧ろ、私が原因で…。 あの、だから…えっと…と、ともかく…! ―― 和「だ、大丈夫ですから…入ってくださいと伝えてくれますか…?」 和父「あ、あぁ…」 自分でも思った以上に頭の中が一杯で父の認識を正す言葉は出て来ませんでした。 それに父が驚きに歪んだ顔のままそっと部屋から出て行きます。 今と言う好機を逃してしまった以上、父の認識を元に戻すのは骨が折れる作業なのかもしれません。 しかし、そう思いながらも、私の胸は期待を感じる事を止めませんでした。 ずっと求め続けていた人との対面に私はそっと枕元から鏡を取り出し、自分の顔をチェックし始めます。 和「(だ、大丈夫…ですよね?)」 元々、化粧なんて殆どしないタイプですし、髪型だってそこまで崩れてはいません。 最近、寝不足で肌が荒れているのが多少、気になりますが、それだって一目で見て分かるほどじゃないはずです。 けれど、須賀君がすぐ近くにいると思うと無性にそれらが気になり、じっと鏡を見つめてしまいました。 和「(十分くらいほど待ってもらった方が良かったかも…)」 それだけあれば少なくとも髪型を結い直す暇くらいはあったでしょう。 しかし、或いはブラシで髪を梳いて整えるだけでも多少は違ったかもしれません。 そうは思えども、既に私は父に須賀君を呼んでもらうように頼んでしまったのです。 それを今更、翻す事など出来るはずはなく、私はドキドキとしながら、彼を待っていました。 ― コンコン 和「ひゃいっ」 そんな私の耳に届いたノックに思わず声が上ずってしまいました。 情けないそれを須賀君に聞かれてしまったと思うと顔に熱が集まってしまいます。 けれど、それ以上に私の胸を動かしていたのは期待と不安でした。 さっきの醜態に対する羞恥とは比べ物にならないほど大きなそれに私はぐっと掛け布団を握りしめます。 そんな私の前でゆっくりと扉が開いていき、そしてその向こうから金髪の男の子が顔を出したのでした。 和「須賀…君…♪」 まるでそれが夢ではない事を確かめるような言葉。 それは何処かうっとりとしていて、須賀君に媚びているようにも聞こえました。 いえ…実際、私の身体は媚びているのでしょう。 あの時ほどではないにせよ、強い欲求不満が渦巻く身体を何とかして欲しくて、私は彼を誘惑しているのです。 そう思うとお腹の奥が熱くなり、また満たされなさが湧き上がって来ました。 和「(あぁ…♥須賀君が…また私の部屋に…♪)」 それと呼応するように脳裏を過る醜態の思い出に、しかし、私の身体はジュンと熱くなってしまいました。 『私』というパーソナリティにとって、恥ずかしくて一生、忘れていたいそれは、けれど、身体にとっては甘美なものであるのです。 またアレが欲しいと訴えかけるようなそれを私は反射的に腕に力を込める事で抑えようとしました。 けれど、それはあまり芳しい結果にはならず、私の身体は須賀君を見ているだけでドキドキと興奮を覚えてしまうのです。 内心、予想していたとは言え、まるでスイッチが入ったように変わっていく自分の身体に私はそっと項垂れました。 京太郎「和…俺が…」 そんな私の前で扉を閉めながら、須賀君は決意した顔で言葉を紡ぎます。 元々の顔の作りが整っている所為か、それはとても格好良く見えました。 普段からそうやって真剣にしていれば、きっと騙される女の子だっているでしょうに。 そんな事を思った瞬間、私の胸は小さな痛みを訴えるのです。 和「(…あれ?)」 それは今までの良心の呵責や重苦しさとは一線を画するものでした。 それらの鈍痛とは違ったチクリと刺すような痛みに私は内心、首を傾げます。 今まで須賀君と接してきた事は数あれど、こんな痛みを覚えた事なんてありません。 いえ、それどころか私の人生を探しても一度も見当たらないその痛みに私の理解は追いついていませんでした。 けれど、初めての感覚に思考を向けていられる余裕は私の中に殆ど残ってはおらず、すぐさま期待と興奮にかき消されてしまいます。 京太郎「俺が悪いんだ!許してくれ!!!!」 和「…え?」 瞬間、その場でガバリと身体を倒し、須賀君が床へと頭をつけました。 まるでその場に跪くようなそれは所謂、土下座と言う奴でしょう。 しかし、そうと認識しながらも、突然の出来事に私は軽い困惑を覚えました。 和「(須賀君は悪くなんてないのに…)」 確かに私の変調は須賀君の『何か』に因るものなのかもしれません。 信じたくはないですが、あの時の私はそれほどまでにおかしかったのです。 しかし、もし、そうだとしてもその責任を須賀君に求める事など不可能でしょう。 あの時の様子から察するに彼はそれをまったく知らず、寧ろ私に対して我慢すらしようとしてくれていたのですから。 悪いのは原因はどうであれ、劣情に負けてしまった私であり、そして今も逃げている原村和なのです。 和「か、顔をあげてください。そんな…」 京太郎「いや!全部話し終えるまで頭はあげない…!」 しかし、そう言っても須賀君が顔をあげません。 頭を床にこすりつけるようにして土下座を続けていました。 その痛々しいくらいに必死な姿に私は何も言えなくなってしまいます。 須賀君をそこまで追い詰めたのが私の対応だったと思うと、尚更でした。 和「じゃあ…教えてください。どうして須賀君は自分が悪いと思うんですか?」 京太郎「和が…和がおかしくなった原因が俺にあるからだ」 和「…どうしてそう言い切れるんです?」 勿論、私だってそういう考えは確かに頭の中にありました。 けれど、須賀君が口にするそれは推察と言うレベルを超えて、断言するようなものになっています。 あんな非常識な状況を説明できるだけの何かが恐らく須賀君にはあるでしょう。 しかし、それがどうしても理解出来ず、私はそう尋ね返しました。 京太郎「俺達が…今日まで三連休を利用して合宿だったのは知ってるよな?」 和「え…えぇ…一応…メールも届いていましたし…」 須賀君にはメールの返事を返さなかった事を咎めるつもりはないのでしょう。 私に確認するその言葉は決して怒りを感じさせないものでした。 恐らく、それはこれから先の説明に必要不可欠な言葉なのでしょう。 そうは思えども、それに対して返信すらしていなかったという事に再び良心が痛みを訴えました。 京太郎「そこで…俺は漫さん…いや…合宿先の生徒を和みたいにさせてしまったんだ…」 和「え…?」 『私みたい』。 その言葉の意味を私は最初、正確に察する事が出来ませんでした。 勿論、それは普段、私がしているような髪型にした…なんて些細な事ではないのは分かっているのです。 しかし…一体、誰が想像出来るでしょうか。 ほんの僅かなやり取りで…女の子の身体をこれ以上ないほど興奮させるような力があるだなんて、到底思えません。 けれど、苦渋に満ちた須賀君の言葉からはそうとしか思えず、私の頭から現実感が薄れて行きました。 和「そ、それって…あの…」 京太郎「…あぁ…まぁ…その…ムラムラして普段より熱っぽくなった…的な…」 どうしても信じられなくて漏れた私の言葉に須賀君が必死に言葉を選びながら応えてくれました。 それは恐らく、私と顔も知らない『漫さん』の二人の名誉を傷つけまいとするものだったのでしょう。 しかし、それでも迂遠なその言葉に私の顔がぼっと熱くなりました。 まるで内側から燃え上がるようなその熱にあの日の甘美さを思い出し、私の興奮が蠢きだします。 それを脚をぶつけるようにしながら抑えつつ、私は須賀君の次の言葉を待っていました。 京太郎「そこで…その人と色々と話したんだけれど…やっぱり俺との対局からおかしくなったのは確かみたいだ」 和「まるで…私みたいに…ですか?」 京太郎「あぁ…」 苦々しそうに漏らす須賀君の胸中は私には分かりません。 しかし、彼は彼なりにその相手の事を大事に想い、だからこそ、毒牙に掛けた事を後悔しているのでしょう。 そして、それと同時に須賀君は後悔を抱きながらも、そこから脱却し、乗り越えようとしているのです。 それは恐らく…私ではない『誰か』のお陰なのでしょう。 それが咲さんなのか、それともゆーきなのか、或いは『漫さん』なのかは分かりません。 しかし、そうやって須賀君が乗り越えた事に私が関与していないという事が無性に寂しくて…まるで置いていかれたように感じるのです。 京太郎「そんなオカルト、和としては信じられないと思う。でも、実際、俺がまたやらかしてしまったのは事実なんだ。だから…」 そこで須賀君は言葉を区切って、一度、顔をそっとあげました。 そこにはさっきまでの苦渋はなく、ただただ私の事をまっすぐに見つめてくれています。 今の須賀君の中には私以外の誰もいない。 それを感じさせる強い視線に、私の胸は少なくない歓喜を覚えました。 けれど…それは部活に打ち込んだ時などに感じる清々しいものではなく、何処かドロっと粘ついたものです。 今まで感じたことのないその暗い喜びに困惑を覚えた瞬間、須賀君の頭が再び床へと打ち下ろされました。 京太郎「まずは…それを和に謝りたい。…本当にすまなかった」 和「…」 正直な事を言えば、この期に及んでも私は須賀君の言葉が信じられませんでした。 私はオカルトなんてまったく信じていませんし、馬鹿な事をと思う気持ちの方が強いのです。 ですが、須賀君がこんな悪趣味な嘘を吐くとは思えませんし、何より彼にとってメリットがまったくありません。 それ故に彼の言葉を冗談か何かだと断じる事も出来ず、私はどういう反応をすれば良いのか分からなくなってしまっていました。 和「…すぐには信じられません。あまりにも荒唐無稽な話ですし…そう言った能力なんて元から信じていませんから」 和「でも…もし、そうだとするなら、悪いのは須賀君じゃありませんよ。だって…知らなかったんでしょう?」 京太郎「そう…だけど…」 数十秒の思考の末、私が選んだのは須賀君を許す言葉でした。 いえ、元々、私は別に彼に対して怒っていた訳ではないのでその表現は正しくはないのでしょう。 元から私が優柔不断だったのがあそこまで発展してしまった一因でありますし、須賀君を誘惑したのも私だったのですから。 寧ろ、悪いのは意固地になり、そうしたオカルトが関与していたとは言え、劣情に負けてしまった私の方でしょう。 京太郎「それでもレイプみたいな形になった挙句、膣内射精したのは俺の責任だ」 和「え…?」 しかし、そう思っていたのはどうやら私だけだったみたいです。 どうしてそうなっているのかは分かりませんが、須賀君の中では私をレイプしているような形になっているのですから。 しかし、彼の言葉からそれを察する事が出来ても、一体、どうしてそうなったのかまではまったく分かりません。 あの日の事を思い返すまでもなく、彼を興奮させようとしていたのは私の方で、一度だって須賀君を拒んだ事なんてないのです。 確かにちょっと意地悪されたのは怖かったですけれど、でも、そのゾクゾクが気持ち良くって…また苛めて貰う事を想像しながら私……っ♪♪ ―― 和「(い、いえ…違います。そうじゃなくって…!)」 気を抜いた瞬間、漏れ出してくる淫らな思考を頭を振るようにして追い出しながら、私はそっと須賀君に向き直りました。 どうしてそうなのかまでは分かりませんが、あの日の出来事を須賀君も強く悔いているのは確かです。 それならば、今、私がする事はそう言った淫らなものを思い浮かべる事では決してありません。 そこまで須賀君を追い込んでしまった事に対する責任を取るのがまず真っ先に必要な事なのですから。 和「えっと…その…誘ったのは私の方でしたし…」 京太郎「それでも…様子がおかしいと思いながらも俺は襲いかかったんだ…すまない…」 和「…じゃあ、須賀君はあのまま私を放置していたのが正しいと言うんですか?」 京太郎「それは…」 問い詰めるような私の言葉に須賀君が言葉を詰まらせます。 恐らく彼にだってあの時の行為が完全に間違っているという意識はないのでしょう。 それでも私に謝罪するのはどうしようもない罪を背負ってしまった罪悪感と後悔から。 ならば、それを少しでも軽くしてあげる事が須賀君の為になるのでしょう。 和「須賀君が言っている事が事実だとしたら、あのまま私を放って置かれたら、私は誰彼構わず襲っていたかもしれません」 そう思いながらの言葉は自分でも信じられないくらい冷たいものを身体にもたらしました。 何処か心地良いゾクゾクとしたものとは違うそれに私の肩がブルリと震えます。 それはまるで考えるのも恐ろしいと言わんばかりの感情が胸の内から溢れて来ているからなのでしょう。 さっきの期待混じりのそれとは違う恐ろしいだけの感情に私の震えは止まらず、思わず須賀君に手を伸ばしたくなるのでした。 和「(でも…今はダメ…ダメなんです…っ♪)」 そうやって縋るように彼に触れれば、この恐怖は私の中から消え去るでしょう。 ですが、それと共に私の理性が消え去る事も理解出来てしまうのです。 そうなったら、あの日の再現とも言うべき出来事に発展してしまうのは目に見えていました。 勿論、それをまったく望んでいないといえば嘘になってしまいますが、今日は家には父がいるのです。 もうすぐ夕飯で母も何時帰ってきてもおかしくない事を思えば、それに身を委ねる訳にはいきません。 そうなった時にお互いの身に訪れるのは破滅以外の何物でもないのですから。 和「須賀君はそれでも良かったんですか?私が誰とも知らない行きずりの相手とあんな事になって良かったと思ってるんですか…?」 京太郎「そんな事あるか!!」 試すような私の言葉に答えた須賀くんの声には軽い怒気すら孕んでいるものでした。 空気を強く震わせるそれに驚く反面、胸の奥がジィンと震えるのを感じます。 そうやって怒るくらいに…須賀君は私を大事に思ってくれている。 それが男としての独占欲なのか、或いは部活仲間としてなのかまでは分かりません。 ですが…何となく…前者であれば、良い…とそんな言葉が脳裏を過ぎりました。 和「私もそうです。色々とありましたけれど…その相手が須賀君で良かったと思っているんですから」 須賀君は人の胸をチラチラ見てくるスケベですし、おっぱいの大きな美人を見るとすぐにデレデレするくらい気が多いです。 だけど、優しくて、暖かで…そして他人の為に一生懸命になれる心の持ち主でもあり…だからこそ、私は名前呼びを許しているのでしょう。 間違いなく、父を除けば、私の人生の中で最も親しくなった男性。 そんな須賀君が初めての相手で…まぁ…100%嫌じゃないと思うくらいには…心を許しているのは確かです。 京太郎「でも…膣内射精は行き過ぎだろ…」 しかし、それでも須賀君が自分自身を許せないのでしょう。 絞りだすようなその声には自責の感情が強く混じっていました。 ですが、それは逆に言えば彼が自分を責められる理由がそれしかないという事なのです。 けれど、それもまた私にとってはあまり大した問題ではありませんでした。 和「多分、大丈夫ですよ。私、ピル飲んでますから」 京太郎「え…?」 人並み以上に重い生理に苦しめられてきた私にとって、ピルは常用薬も同然でした。 勿論、生理が近かったあの日もしっかり飲んでおり、妊娠の心配もほぼありません。 あの時はそこまで考えていた訳ではありませんが、私が今、そこまで妊娠の心配をしていないのはそれが理由です。 とは言え、ピルを飲んでいるだなんておおっぴらには言うものではありません。 須賀君が知らないのも無理はなく、驚いてあげた顔が呆然とした表情ものを浮かべていても仕方のないものだと言えるでしょう。 京太郎「でも…俺は…」 そのままそっと視線を俯かせての須賀君の言葉は未だ苦渋の色が強いものでした。 流石にさっきほど強い自己嫌悪を感じさせるものではないとは言え、彼が自分を許すにはまだ足りないのでしょう。 そう思うと原因の一端を担うものとして申し訳なくなりますが、こればっかりは私がどうこう出来るような問題じゃありません。 私に出来るのは少しでも須賀君が自分を責めないように許してあげる事だけなのですから。 和「私は気にしていませんよ。後は須賀君が自分を許せるかどうかです」 京太郎「…すまない…」 そう言って再び頭を下げた須賀君の顔は少しだけ明るくなっていました。 勿論、それはまだ自分のことを許せた訳ではないのでしょうが、気が楽になっている事を感じさせてくれます。 それに安堵と共に嬉しさを感じてしまうのは、私が須賀君の役に立てたと言う実感が胸の内から漏れているからでしょうか。 咲さんでも…ゆーきでも…『漫さん』でもなく、私が須賀君の心を軽く出来たと言う事にドロリとした喜びを感じてしまうのでした。 京太郎「それじゃあ…どうして学校に来ないんだ?」 和「う…それは…」 須賀君を励ますので精一杯で正直、その辺りの事をまったく考えてはいませんでした。 勿論、それは須賀君に会ってしまうと色々と歯止めが効かなくなってしまいそうで怖かったからです。 実際、今も須賀君に飛びつきたくて仕方がなく、お腹の奥の欲求不満は少しずつですが大きくなっていました。 正直、こんな状態でろくに部活なんて出来ないので、不登校を選んで正解だったと思わなくもないのです。 和「(でも…それを須賀君に言う訳には…)」 アレはまだ不可思議な何かしらが作用したから仕方がなかった、と言い訳する事が出来なくもないのです。 そうやってオカルト染みたものを認めるのは微かにプライドが許しませんが、それ以外にあのおかしな状態を説明できないので仕方ありません。 ですが、今の私はそんなオカルト染みた何かの影響なんてまったく受けていないのです。 既に一度、影響は抜け切り、一時期は冷静にもなっていたのですから。 そんな私が今、須賀君に劣情を伝えるのは、それだけ自身が淫らである証になってしまうでしょう。 和「(い、言えません…!そんな…そんなエッチな事…)」 勿論、既にアレだけの醜態を見せてしまった以上、今更ではあるのかもしれません。 しかし、そうやって開き直るには私はずっと一人で悩みを抱え込んでいたのです。 その悩みの種を共有し、受け止めてくれる人が来ただけでそこまでは開き直れません。 ましてや…相手は須賀君なのですから… ―― 和「(あれ…?須賀君なら…何なんでしょう…?)」 須賀君は私にとって大事な仲間です。 こんな事にはなってしまいましたが、それでもその認識だけは揺るぎません。 しかし、それだけではさっきの特別視は説明出来ない気がしました。 部活仲間なのは他の麻雀部の皆も同じですし、何も須賀君だけに限った事じゃありません。 それなのに須賀君だけを特別に扱うその言葉はまるで… ―― 京太郎「和?」 和「え…あ…ご、ごめんなさい…」 そんな私に不思議そうに尋ねてくれた須賀君に、その思考を封印しました。 それは考えてはいけないという本能の囁きと、現実的な問題が混ざり合ったが故です。 折角、歩み寄ってくれている須賀君の目の前で、未だ影も形も見えない問題に思考を割くのはあまりにも失礼が過ぎるのですから。 とは言え、今の私の状態をどうやって伝えるか、或いは適当に誤魔化すかが決まらず、私は沈黙を続けてしまいます。 京太郎「あ、あの…もし、違ったら自意識過剰だって笑うくらいのつもりで聞いて欲しいんだが…」 和「は、はい…」 そんな私の前で気まずそうな表情を浮かべながら、須賀君はそうやって口にしました。 まるで焦れたようなそれに申し訳なくなりますが、やっぱり私の中で結論は出てこないままです。 そうやって須賀君の方から言葉を口にして時間を稼げる事が有難いと思うくらい、今の私は追い詰められていました。 普段ならば即断即決で色々な事が決められるのに…まるで歯車が噛み合わない自分の現状。 それに自嘲を覚えた瞬間、須賀君はそっと唇を開きました。 京太郎「もしかして…俺を見ると…その…色んな意味で我慢出来なくなったり…する?」 和「ふぇ…?」 その言葉を私は最初、信じる事が出来ませんでした。 それも当然でしょう。 だって、それは私の現状を的確に、そして遠回しに表現したものなのですから。 まるで私の胸中を読めたようなそれがどれだけ事実であれど、頷く事など出来ません。 寧ろ、呆然とした思考が理解を進める度に、胸の奥底から羞恥の感情が沸き上がってくるのです。 和「(も、ももも…もしかしてそんなに顔に出てましたか…!?)」カァァ 今まで私は普通にしていたつもりでした。 どれだけ内面では劣情がうねっていても、私はそれを表に出ないように努めて来たのです。 しかし、須賀君が私の心中を表現しているという事はそれはまったく出来ていなかったと言う事なのでしょう。 そう思うと顔が熱を持ち、須賀君の顔がマトモに見れなくなってしまいました。 いえ…そもそも見られている事さえも我慢出来ず、私は思わず布団を被って隠れてしまいます。 京太郎「あ、あの…和?」 和「あう…あうぅ…」 突然の奇行に出た私を心配するように須賀君が言ってくれますが、私は彼に顔を向けられません。 マトモに返事すらも出来ず、布団の中であうあうと奇声を発していました。 まるで全身で狼狽えている事を表現するようなそれを私は止められません。 それが情けなくて、恥ずかしくて…自己嫌悪が大きくなっていく私の目尻から潤むような感覚が伝わってきます。 京太郎「えっと…図星だった?」 和「わ、分かってるなら、聞かないで下さいよ…もぉ…」 そんな私を追い詰めるような言葉に震える声で返事をしました。 しかし、須賀君は何も悪くはなく、ただ、私の心境を悟ってくれただけなのです。 そうやって拗ねるような言葉を向けるのはお門違いであり、八つ当たり以外の何者でもないでしょう。 ですが、あまりにも恥ずかしすぎる自身の醜態を思うとどうしても冷静にはなれず、私の目から涙が一筋溢れました。 京太郎「あー…ごめん…な」ポス 和「あ…」 そうやって布団に隠れている間に須賀君がベッドに近づいてきたのでしょう。 その声はさっきよりも近く、また何か重いものが触れたようにベッドが微かに揺れました。 それらは恐らく須賀君が私のベッドに腰を下ろしたが故なのでしょう。 しかし、それに困惑を覚えるよりも先に須賀君の手が優しく、布団を叩いてくれるのでした。 和「(まるで…慰めるみたいに…)」 布団の内側へと引きこもろうとする私に傍にいる事を教えるような行為。 それが私の胸を無性に暖かくして、自己嫌悪を和らげてくれました。 ちょっと乱暴で…でも、だからこそ、須賀君らしいその慰め方はさらに続き、少しずつ心が落ち着いていくのを感じます。 それが少し癪で…でも、嬉しくて…そんな何とも言えない感覚に私が安堵の息を吐きながら、そっと布団から顔を出しました。 和「…ごめんなさい…取り乱したりして…」 京太郎「いや、気にするなよ。俺がちょっとデリカシーがなかった」 和「そんな事…」 そのままゆっくりと態勢を直す私の前で須賀君が申し訳なさそうに笑います。 でも、彼に何の非はないのは明らかで、責められるべきなのは冷静さを失った私の方でしょう。 けれど、それをここで須賀君に言ったところできっと彼はそれを認めません。 それだったら別の話題に切り替えた方が良い。 そう思った私はさっき微かに疑問に思った事を口にするのです。 和「それにしても…随分と手馴れてませんでしたか?」 京太郎「あぁ…咲も結構、やるからな、アレ」 和「や、やるんですか…」 勿論、咲さんの事を私は大事な友人だと思っています。 多少、理解不能な打ち方をする事がありますが、それを補ってあまりある魅力を持つ女の子でしょう。 しかし…その…彼女は何というか…普通よりもちょっと色々な事が不得手な子なのです。 別に侮辱したりとか下に見ているとかそういう意図はまったくありませんが…その……と、とにかく! 咲さんと同じ事をしてしまったと思うと微かにショックを受けるくらい…彼女は色々と苦手でした。 京太郎「まぁ…和が同じ事やるとは思わなかったけれど…」 和「う…わ、忘れて下さい…そういう事は…」カァ アレは色々とテンパっていただけであって何かの間違いだった。 そう思いたい私の前で須賀君が意地悪そうに口にします。 それに顔が赤くなるのを感じながらも、もう布団の中に逃げ込もうとは思えません。 ある程度、恥ずかしいところを見られて自分の中で吹っ切れ始めているのでしょう。 それが正しいかどうかまでは分かりませんが…悪い気がしないのは事実でした。 京太郎「後…俺がさっき言ったのは別に和の様子から察した訳じゃない。…教えてくれた人がいるんだ」 和「え…?」 そんな私の前で顔を真剣な表情へと変えながら、須賀君はそっと口にしました。 それは恐らく彼が言う二人目の犠牲者 ―― 『漫さん』の事を言っているのでしょう。 しかし、私はそれに安堵を覚えるよりも先に、少なくない驚きを覚えてしまいます。 今のこの状態が決して私だけのものではないのは間違いなく、嬉しい事でした。 でも、それ以上に…私が認められず、目を背けていた事に向き合い、須賀君に教えたその勇気に私は驚きを隠せません。 一体、どうしてそんなにも強く…立ち向かう事が出来るのか。 恐ろしさに震えていただけの私とは比べ物にならないその人に…私は… ―― 京太郎「…ごめんな。俺は…和に辛い思いをさせてばかりだ…」 そう消沈して口にする須賀君の顔は強い鬱屈を見せていました。 たった一度の過ち、そうであるはずの事が今も尾を引き、私を苦しめていると言う事に須賀君も悲しんでいるのでしょう。 どれだけエッチでスケベでも、彼は人の苦しみを喜べるような人ではないのです。 いえ、寧ろ、率先して悲しみ、自分を責めるような優しい心の持ち主なのですから。 和「(私は…)」 そんな須賀君に何か言わなければいけないのは分かっているのです。 しかし、あまりにも衝撃的な事実が並び、未だ私の思考は完全に回復してはいませんでした。 頭に浮かぶ言葉の中から選ぶには、それらはあまりにも多すぎて、私に逡巡をもたらします。 そんな自分が情けなく思えると同時に…胸中で嫌な感情がじっとりと広がっていくのを感じました。 和「(その『漫さん』なら…こんな事はないんでしょうに…)」 自分が自分でなくなってしまいそうな強い劣情から逃げずに戦い、そして須賀君を励ました人。 そんな人であれば、きっと今の須賀君を優しく慰めてあげられるのでしょう。 そう思うと無性に胸が苦しくて、何かをしなければいけない気がしますが、気持ちだけが空回りして決められません。 結果、私たちの間には重苦しい沈黙が降り、お互いに無言の時間が続いてしまいました。 京太郎「でも…俺…責任だけは取るから…」 和「…え…?」 そんな中、ポツリと漏らすような須賀君の声が私の耳に届きました。 それに驚いて俯きがちになっていた顔をあげれば、意外なほど近くに須賀君の顔があります。 キリッと引き締まった真剣そのものなその表情に嘘はなく…そして少しだけ格好良く見えました。 さっき部屋に入って来たよりもドキドキするのは…須賀君がさっきとは比べ物にならないほど近いからか、或いは… ―― 和「(って言うか…せ、責任って!?)」 勿論、私にだってその言葉の意味は分かっています。 ここでそんな言葉を口にするという事は…たった一つの事を意味するでしょう。 でも、それは咲さんに悪いですし、何より私だってまだ色々と分かってはいません。 須賀君の事は好きですが、それは異性としてのものではないはずで…でも、今の私は凄い…ドキドキしていて自分で自分の気持ちがまったく理解出来ませんでした。 それでも悪い気持ちじゃない事だけは確かで…私の胸に期待の色をじんわりと広げるのです。 和「(それに…須賀君が…私のものになってくれるのであれば…)」 この恐ろしいくらいに大きな欲求不満も恐れる事はありません。 毎日、私の事を愛し、それを受け止めてくれる人がいるのですから。 しかも…相手は『漫さん』と言う人を捨ててまで…私を選んでくれているのです。 私が到底、及ばないと思うような…素晴らしい人ではなく…私を…原村和を選んでくれている。 それに否定しきれない優越感と喜びを感じながらも、私の思考はグチャグチャになっていきました。 和「(あぁぁ…っもう…どうしたら…!?)」 喜びと期待、そして、戸惑いと困惑。 それらが入り混じり、そしてぶつかり合う胸中で私は叫ぶように言葉を浮かばせますが、どうしたら良いのかは分かりません。 もうすぐそこまで運命の時が迫っているのに、今の自分の感情さえ定かではない事に強い憔悴が浮かび上がって来ました。 あまりにも大きすぎるそれに思考がクラリと揺れた瞬間、須賀君の口がゆっくりと開いていきます。 それに…私の頭の中はショートして、何も分からなくなり… ―― 京太郎「だから、俺!鹿児島で能力制御の方法と和たちが普通に戻れる方法を探してくる!」 和「わ、わ…私の方からもよろしくお願いします!!!」 和「…え?」 京太郎「ん?」 その瞬間、聞こえたその声に私は信じられない気持ちになりました。 だって、須賀君の言葉はまったく私の考慮の外にあったものなのですから。 しかし、自分の醜態にサァっと冷え込んでいく頭の中が寧ろそっちの方が当然ではないかと思い始めます。 幾ら何でも…責任を取ると言うのが『恋人になる』というのはあまりにも短絡的で行き過ぎでしょう。 そんな事にさえ気付かないくらいテンパっていた自分に羞恥心さえ湧き上がりません。 ただ、呆然とする気持ちが続く中、私は幾つか確かめようと本能的に唇を動かします。 和「能力制御…ですか?」 京太郎「あぁ!合宿先の監督…いや、代行らしいけど、まぁ、それっぽい人に紹介してもらったんだ」 和「どうして鹿児島なんですか?」 京太郎「代行さんがツテを持ってて、一番能力とかオカルトに詳しいのがそこだって。後、そこからなら別の所にもツテがあるから無駄足になる事は少ないだろうって紹介してくれたんだ」 和「そう…ですか」 どうやら私の聞き間違いでも何でもなかったみたい。 それを須賀君の返答から確認した私の顔が真っ赤に染まっていきました。 ただただ、ひたすら大きすぎる羞恥心に飲み込まれるようなそれに私の身体がわなわなと震え始めます。 自分でも制御出来ないそれに私は自分を落ち着かせようと深呼吸を試みました。 しかし、それすらも身体中を埋め尽くす恥ずかしさに上手くはいかず、頭の中の熱も取れません。 結果、私の思考はじわりじわりとそれらに侵食され、真っ赤に染まっていくのです。 またさっきと同じく…自分が何をしようとしているのかも分からないその感覚に私の口は勝手に開き… ―― 和「す、須賀君の…須賀君のぉ…!」 京太郎「え?」 和「須賀君の馬鹿…ぁぁああっ!」 和父「須賀ァァァ!!和に何をしたあああああああ!?」バンッ 京太郎「え…えぇぇぇ!?」 瞬間、バンと乱暴に扉が開き、父が部屋へと入ってきます。 それに須賀君が驚いた声をあげますが、私はそれどころではありませんでした。 まるで自分ではないような酷い八つ当たりの言葉に羞恥心と自己嫌悪が湧き上がり、胸の中がさらにグチャグチャになっていくのです。 突然、飛び込んできた父が明らかに誤解している事に対してフォローしなければ、と言う意識はあるものの、口から言葉が出ません。 出るのはただ、獣めいた呻き声だけでした。 和父「」チラッ 和「う…ぅ」マッカ+ナミダメ 和父「」チラッ 京太郎「え、えっと…あの…の、和のお父さん?」 和父「君に父と呼ばれる筋合いはない!!!!!」 京太郎「す、すみません!!!」 父の怒号に近い声に須賀君がその場で土下座する勢いで頭を下げました。 けれど、父の怒りはそれで収まってはいないようで、視線に敵意がありありと現れています。 一見、冷静そうに見えますが、理不尽な言葉を須賀君に向ける辺り、かなり父もまたかなり混乱しているのでしょう。 しかし、そんな父を宥められるこの場で唯一の存在が私である事は分かっているのですが、どうにも私の口は自由に動いてはくれませんでした。 和父「…とりあえず今日は帰ってくれ」 京太郎「いや…でも、俺…まだ伝えたい事が…」 和父「それとも国家権力に強引に連れて行かれたいか?」 京太郎「今すぐ帰らせて頂きます」 シュバッと俊敏な動きそのもので立ち上がる須賀君には迷いがありませんでした。 恐らく私の部屋に来る前に色々と父に脅されていたのでしょう。 対立する事はままありますが、父は基本的に一人娘である私を愛してくれているのですから。 それがちょっと行き過ぎだと思うことはありますが、まぁ、それも一人娘を持つが故の過保護だと思うと理解出来なくはありません。 和「(でも…私…)」 話したい事がまだ残っているのは決して須賀君だけではないのです。 私だって、彼に色々と伝えたい事や謝罪したい事があるのですから。 しかし、そう思うのは私の中では少数であり、その殆どがまだ燃え上がるような羞恥に悶えていました。 結果、あうあうと情けない声しかあげられない私に背を向けて、須賀君が部屋から立ち去ろうとします。 それが嫌で反射的に手を伸ばした瞬間、須賀君が扉のところでそっと振り返り、私を見ました。 京太郎「えと…だから、俺…当分、鹿児島に行くし…帰ってくる時はメールをする」 京太郎「だから…俺がいない間だけでも学校に行ってやってくれないか?」 京太郎「皆…一見…元気そうだけど凄い無理してるのが伝わってくるんだ。それは俺には何とも出来ない。だから…」 和父「言いたい事はそれだけかね?」 京太郎「すみませんすみません!!」 その言葉の途中で再び父に恫喝された須賀君が今度こそ去っていきます。 何処か居心地悪そうに肩を縮めて、背筋を丸めるその姿はテレビで見る容疑者か何かのようでした。 そんな須賀君に申し訳なさが湧き上がった瞬間、バタンと扉が閉じられ、私はまた一人へと戻ります。 そのまま数分ほど耳を澄ませていましたが、サイレンの音などは特に聞こえませんでした。 あくまでアレは恫喝と言うだけで父も本気で警察を呼ぶつもりはなかったのでしょう。 それに微かな安堵を覚えながら、私はゆっくりと立ち上がりました。 和「(とりあえず…父の誤解を何とかしないと…)」 少なくとも須賀君が何も悪くないと言う事だけは分かってもらわないといけない。 そう思うと少しだけ身体に力が入り、やる気が沸き上がってくるのを感じました。 この二週間近く、殆ど感じられなかったその気持ちの上向きに私はぎゅっと握り拳を作ります。 指の先までちゃんと力が入るその感覚に勇気付けられた私は一歩脚を踏み出して… ―― ― それから私は久しぶりに父を大喧嘩をする羽目になったのでした。 ~和父~ 京太郎「俺が悪いんだ!許してくれ!!!!」 京太郎「いや!全部話し終えるまで頭はあげない…!」 和父「(ほう、いきなり謝罪から入ったか。中々、男らしいじゃないか)」 和父「(意志の強さを見せる意味でも譲っちゃいけないところも良く分かっているようだ)」 京太郎「そんな事あるか!!」 和父「(む…だが、どんな状況でもそうやって声を荒上げるのはいかんな、減点だ)」 京太郎「だから、俺!鹿児島で能力制御の方法と和たちが普通に戻れる方法を探してくる!」 和「わ、わ…私の方からもよろしくお願いします!!!」 和父「(ん…?能力…?鹿児島…?どういうことだ…?)」 和父「(まぁ、二人にも事情があるんだろう)」 和父「(それを話して貰えないのは親として寂しいが…それも子どもの成長かな…)」 和父「(私に必要なのは…もう和をまもってやる事ではなく、支えてやる事なのかもしれん)」 和「す、須賀君の…須賀君のぉ…!」 和「須賀君の馬鹿…ぁぁああっ!」 和父「」プチッ 和父「須賀ァァァ!!和に何をしたあああああああ!?」バンッ 結論:父はまだまだ子離れ出来ない。 前話 次話 父を喧嘩する羽目に? -- 名無しさん (2015-12-24 23 04 41) 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/yukkuri_gyakutai/pages/4638.html
注意 現代モノです。 俺設定があります。 善良なゆっくりがゆっくりできない目に逢います。 赤ぱちゅりーはとある森の中で産声を上げた。 ハンサムで逞しい父まりさと優しく物知りな母ぱちゅりーの間に生まれた赤ゆっくりであった。 胎生妊娠で産まれた一人っ子で姉妹はいなかったが、その分両親の愛を一身に受けて恵まれた生活を送っていた。 父まりさは狩りの腕に優れ、いつも山ほどのお花さんや虫さんを巣に運び入れてくれる。 家族団欒の一時にはよく子ゆっくり時代の武勇伝を聞かせてくれた。 博識な母ぱちゅりーは、ゆっくりとした生活の合間に豊富な知識を披露してくれる。 自分達ゆっくりのこと、捕食種のこと、この森のこと、そして人間のこと。 野生の一ゆっくりとして生きるのに必要十分な知識を遥かに上回る情報量を赤ぱちゅりーに惜しげもなく与えてくれた。 赤ぱちゅりーにはよく分からなかったが、父まりさも母ぱちゅりーもかつては人間と一緒に暮らしていたらしい。 母ぱちゅりーは血統書付の優良個体で、ペットショップで過ごした子ゆっくり時代には既に銀バッジを取得していた。 もしも飼い主にやる気があったなら金バッジ取得も夢ではなかったかもしれない。 父まりさは元々は街に住む野良だった。 その毎日は決してゆっくりとはできなかったけれど血湧き肉踊るような冒険の日々は充実していた。 人家の玄関で昼寝していた犬さんの食べ物を命からがら掠め取って来たり、 襲ってきた野良れみりゃを撃退した時の興奮などは鮮明に記憶に残っている。 そんなある日、街で飼い主とお散歩していた母ぱちゅりーと偶然出合ったのだった。 一目見た瞬間にお互い惹かれ合い、二匹はすぐさますーりすーりを始めた。 当然飼い主から追い払われそうになった父まりさだが、生粋の野良ながらも なかなかの美まりさであったことが幸いして母ぱちゅりーの飼い主のお家に招待されることになった。 そして、翌日には飼いゆっくりの登録とともに銅バッジも取得し、 その後は母ぱちゅりーと一緒にゆっくりとした日々を送っていた。 だが、ある朝目が覚めると二匹は森の中にいた。飼い主の姿はどこにも見当たらない。 いくら名前を呼んでも返ってくるのは自分達の木霊だけだった。何が起こったのか全く理解できない。 しかし母ぱちゅりーはこれまで得た知識から、そして父まりさは本能的に、自分達は捨てられたのだと悟った。 それから程なくして二匹はこの森で生きていく覚悟を決めた。 温室育ちの母ぱちゅりーはもちろん、元野良の父まりさにとっても森は街とは勝手が違う。 だが、二匹は手近な木のうろに巣を構えると、力を合わせて少しずつ堅実に食べ物を蓄えていき、 巣も拡張して、ついには初の赤ゆっくりにも恵まれた。もしも母ぱちゅりーの蓄えた知識、 そして父まりさの培ったバイタリティがなければ初日で途方に暮れていたかもしれない。 「まりさとぱちゅりーのあかちゃんは、ほんとうにゆっくりできるあかちゃんだね」 「むきゅーん。もしもにんげんさんにかわれていたなら、きっとぎんばっじもらくしょうよ」 銀バッジ?赤ぱちゅりーにはそれも何のことだかサッパリ分からなかった。 分からなかったが……しかし何故かそれはとてもゆっくりできるモノのような気がした。 そう思ったから母ぱちゅりーに聞いてみた。 「みゃみゃ。ぎんばっじってぇ?」 「むきゅー。ぎんばっじはぎんばっじよ。がんばったゆっくりだけがもらえるくんしょうみたいなものよ」 「くんしょー?」 「そう、くんしょうよ。ままのおぼうしについてるこれよ。これがあればにんげんさんはゆっくりさせてくれるのよ」 母ぱちゅりーの帽子には銀色に輝く丸いものが付いていた。 通常、飼いゆっくりが捨てられる際はバッジを毟り取られるのだが、母ぱちゅりーたちの飼い主はそれを忘れていた。 「むきゅ。でも、ぱぱはぎんばっじついてないの?」 「ゆゆっ!ざんねんだけどまりさはしけんにおちたんだよ。どうのばっじはもってたけど……なくしちゃったよ……」 父まりさも捨てられた際は銅バッジが付いたままだった。しかし野生の環境は厳しい。 幾多の狩りの中でいつのまにか銅バッジはそれを付けた帽子の箇所ごと抉れてなくなっていた。 「むきゅー。しんぱいないわ、まりさ。いつかまたにんげんさんがむかえにきてくれたら、 こんどこそぎんばっじをとれるわ。ゆっくりしたまりさならきっとだいじょうぶよ」 「ゆゆ~……ありがとう~、ぱちゅりー」 すーりすり、すーりすり 仲良くすーりすーりする両親の姿は赤ぱちゅりーにはとてもゆっくりして見えた。 そんな両親の姿を眺めるのが赤ぱちゅりーの一番の幸せだった。 そして赤ぱちゅりーは母ぱちゅりーの帽子に鈍く光る銀のバッジからも目が離せなかった。 「むきゅ。ぎんばっじしゃんきゃあ。ぱちゅも、ぎんばっじしゃんほしぃなぁ」 そんなゆっくりした生活が数週間続き、赤ぱちゅりーは子ゆっくりに成長していた。 野生のゆっくりに銀バッジは無縁だ。しかし子ぱちゅりーにとってそんなことはどうでもよかった。 博学なぱちゅりー種としての本能からか銀バッジを取得すること自体がゆん生の目標になっていたのだ。 母ぱちゅりーはそんな我が子の情熱を喜んだ。 飼い主が戻ってきて連れ帰ってくれる保障なんてどこにもないが、それでも我が子の勤勉さが嬉しかった。 そして、このまま、ゆっくりしたゆっくりに育ってくれたならご褒美に自分の銀バッジを与えようと心に決めていた。 父まりさもまた子ぱちゅりーの頑張る姿が微笑ましかった。 曲がりなりにも銀バッジ取得試験に挑んだ身として、それが簡単なことでないのは分かっている。 それでも愛する母ぱちゅりーとの間に生まれた我が子ならばきっと成し遂げると信じていた。 父まりさは子ぱちゅりーの成長を支えるべく一層狩りに精を出すようになった。 そして冬篭りを控えたある日のこと。この一家の幸せは唐突に幕を下ろすことになる。 それはいつものように夕食後の団欒を終え、家族が眠りにつこうとしていたところだった。 「まま。きょうのおはなしはとってもきょうみぶかかったわ。 ぱちぇたちもにんげんしゃんをゆっくちさせちぇあげられりゅのね……」 「むきゅー。あしたもっとくわしくおしえてあげるわね。きょうはもうおねむにしましょう」 「ゆゆん。ゆっくりおやすみ……ゆゆっ?」 唐突に父まりさがビクッと顔を上げた。 「どうしたの?まりさ?」 「……なんだかゆっくりできないけはいがするよ……」 「むきゅ~?」 耳を澄ますと、すぐ近くからガサゴソという音がしている。 すると、ふいに巣の入り口のバリケードが一瞬にして取り払われた。 同時に昼のお外のような眩い光が巣の中を照らす。 「ゆっ!?」 「お、いたいた。おーい、いたぞ~。やっぱりこの木のうろには入ってやがったか」 「おっ!やっとかよ。今年はこっち側はハズレだったなぁ。崖向こうの斜面は大量だって話なのに」 「こっちは去年一昨年と派手にやりすぎて覚えられちまったのかもな」 人間の男の二人組だった。 「ゆー!ここはまりさたちのおうちだよ!」 「え~と、クズが一匹、成体が一匹と……子供が……一匹だけか」 「ゆっくりできないにんげんさんはゆっくりしないででていってね!!」 「少ないな。まぁいいや、空袋のままで帰ったらまたうるさいからな」 父まりさが体を膨らませて威嚇するが男達は気にした様子もない。 「だな。さてと……とっとすませるか。っと、おい!このぱちゅりーバッジ付きだぜ!」 どうやら母ぱちゅりーの銀バッジに気が付いたらしい。 「マジかよ。なんでこんなところにいるんだ?」 「おおかた麓の町から攫ってきたってところだろうな」 男の一人がニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら母ぱちゅりーを素早く捕まえた。 母ぱちゅりーは男の顔の高さまで持ち上げられる。 「むきゅー!にんげんさん、ぱちゅたちはなにもわるいことしてないわ!だから……」 「ほほ~、こいつはなかなかの上玉だぜ」 「む、むきゅー!?」 「ゆゆっ!」 父まりさは慌てて男の足に体当たりする。 「ゆゆー!ぱちゅりーをゆっくりしないではなせーーー!!」 「むきゅー!まりさ、だめよ!おちびちゃんをつれてはやくにげるのよ!」 「ゆっくりできないにんげんさんはゆっくりしないで、ゆべっ!!」 ズドムッ!! 瞬間、鈍い音が巣の中に木霊した。父まりさが男に蹴り飛ばされたのだ。 宙を舞った父まりさは隣の木の幹に派手に打ちつけられる。 「む……むきゅーーー!!まりさーーー!!エレエレ……!!」 その様子を見た母ぱちゅりーは絶叫を上げると、そのまま生クリームを吐き出して動かなくなった。 男は持っていたズタ袋に母ぱちゅりーを放り込むと、そのまま父まりさに歩み寄っていく。 父まりさはもはや白目を剥いて痙攣するのみだ。その体の側面には大きな穴が開いて餡子を垂れ流している。 男は父まりさの顔を平手打ちして叩き起こした。 「おい、起きろよ。ゲス饅頭」 「ゆ……ゆ……」 「お前……飼いゆのぱちゅりーを攫って無理遣りすっきりしたんだろ」 「ゆ……ゆ……まりさは……そんな、こと、してない、よ」 「じゃあ、何でぱちゅりーにバッジが付いてるんだ?」 「……まりさと、ぱちゅ、りーは……つがい、なんだよ」 もう一人の男が声を掛ける。 「どうした?」 「いやな。飼いゆを攫ったゲスを制裁してやろうと思ってな」 「ゆ……ゆ……ちが、う、よ……まりさは……」 男は懐から筒状の道具を取り出した。発炎筒だった。 「はいはい。ゲスはみんな自分の都合にいいように解釈するもんさ。お前は飼いゆを攫ったゲスなんだよ」 「まり、さは……げすなんか、じゃ……」 「ゲスは報いを受けなきゃな。判決……死刑。あの世で反省しろよ」 男はそう告げると、発炎筒を父まりさの大きく裂けた傷口に乱暴に挿し込み、一気に紐を引き抜いた。 「ゆ、ゆがああああああああああああああああああああ!!!!!!」 父まりさの絶叫とともにその体内で業火が荒れ狂う。 両目は弾け飛び、大きく開いた眼窩と口からは炎が勢いよく噴出する。 だが、それも一瞬のことだった。今度は父まりさの体全体が激しく燃え上がる。 今や父まりさは一本の火柱と化していた。 「おいおい!山火事になったらどうするんだ!!」 「もうちょいしたら土かけて消すから大丈夫さ」 子ぱちゅりーはその様子をただ見ていることしかできなかった。 恐怖で動けないのではない。何が起こっているのか理解が追いつかないのだ。 「む、む、む……」 無理もないことだった。巣のバリケードが払われてからまだ三分ほどしか経っていない。 今までずっと一緒に暮らしてきた両親……。 つい先ほどまで優しく語り掛けてくれた母ぱちゅりーはズタ袋の中に入れられピクリとも動かない。 今の今まで家族を守ろうとしてくれた父まりさは子ぱちゅりーの目の前で激しく炎上している。 「む、む、む……むきゅー!……エレエレ」 そして理解が追いついたその瞬間、子ぱちゅりーもまた生クリームを吐き出し意識を失った。 それは子ぱちゅりーにとって産まれて初めての嘔吐だった。 ゴトン 「むきゅ?」 お空を飛んでいるような……そんな浮遊感を覚えていたら唐突に地面に落ちた……。 そんな気がして子ぱちゅりーは目を覚ました。そこは狭い透明な箱の中だった。 天井は開けていたが子ぱちゅりーの身体能力では届く筈もない高さだ。 透明な箱の外を見ると、子ぱちゅりーと同じくらいの大きさの無数のぱちゅりー種が、 自分と同じように透明な箱に入れられ一列に並べられている様子が伺えた。 その表情は哀しげだったり困惑していたりと様々だ。自分の箱はその列の一番端に置かれていた。 ここがどこなのか、あれからどれだけの時間が経ったのかはは全く分からない。 当然ながら両親の姿はなく、檻の中は自分の他には何一つない。 子ぱちゅりーは、今までのことをゆっくりと思い出していた。 父まりさは自分の目の前で酷くゆっくりできない方法で永遠にゆっくりしてしまった。 母ぱちゅりーはどうなったのか分からない。が、あの男達の様子からして、きっとゆっくりできてはいないだろう。 あれは一体何だったのだろう?自分達が何をしたというのだろう? 子ぱちゅりーは自分達の身に降り掛かった理不尽な悲劇に涙するしかなかった。 子ぱちゅりー自身は気付いていなかったが実はあれから三日が経過していた。 男達に連れ去られた子ぱちゅりーは、すぐさまこの施設に引き渡され、ゆっくり用の睡眠薬を打たれ眠っていたのだ。 その間、子ぱちゅりーは体を綺麗に洗浄され、毎日定期的に特殊な栄養剤と薬剤を注射されていた。 そして、今日は子ぱちゅりーに対する“処理”の最終工程が施される日だった。 ガシャン 突然、ゆっくりできない大きな金属音が響き渡った。 それと同時に子ぱちゅりーの入った透明な箱が一箱分前に進んだ。 いや、子ぱちゅりーの入った箱だけではない。この箱の列全体が一箱分前進していた。 ゴトン そして、やや遅れて、進んだ自分の箱のすぐ後方に、新たな透明な箱が降ってきた。 その中には、たった今、落下のショックで目覚めたと思しきぱちゅりー種がキョロキョロと辺りを見回していた。 「……???」 ガシャン 数分後、再びあの大きな金属音が響き渡った。 それと同時に箱の列全体がまたも一箱分前進している。そして、またもや後方には新しい透明な箱が降って来た。 状況は理解できないが、どうやら自分を乗せたこの箱の列は少しずつ前方の黒いカーテンに向かって前進しているようだった。 カーテンは真ん中で割れており、箱の列が前進する度に一箱だけその奥に吸い込まれていった。 前方のぱちゅりー達も後方のぱちゅりーたちも皆揃っておろおろするばかりだ。 そして、ついに子ぱちゅりーの箱がカーテンの奥に進む番がやってきた。 黒いカーテンを抜けた先、そこには優しそうな初老の男性が座っていた。 男性は柔らかい笑顔を湛えながら子ぱちゅりーの身体を優しく手に取り透明な箱から出してくれた。 巣を襲ったあの男達は全くゆっくりしていなかったが、目の前の男性はゆっくりした人間のように見える。 銀バッジ取得試験に向けて特訓中だった時の母ぱちゅりーの言葉が脳裏をよぎる。こういう場合はまず自己紹介だ。 「むきゅー。はじめまして。ぱちぇよ。ゆっく……びぃぃ!!!?」 満を持しての挨拶は男性が手にした鉄箆によって遮られた。 真っ赤な焼けた鉄箆を口に押さえつけられる。痛みで声が出ない……のではない。 柔らかな唇が一瞬にして溶けて癒着し、それ以上言葉はおろか異音を発することさえ出来なくなってしまったのだ。 痛みと混乱で気を失いかける子ぱちゅりーを次なる痛みが襲った。 そのしなやかなあんよに高温の激痛が走る。 「……!?……!!!!!!!」 男性が片手に持った子ぱちゅりーの底部をバーナーで炙っているのだ。 その恐ろしいまでの高熱は子ぱちゅりーのあんよからどんどんしなやかさを奪っていく。 たっぷり十数秒炙られた後、子ぱちゅりーはバーナーから開放された。 底部全体が焼け焦げたあんよは鈍痛を信号として送ってくるだけで もはや自分の意志ではピクリとも動かせなかった……だがそれだけではない。 あんよはゆっくりにとってあらゆる動作の根幹となる部位である。 あんよを奪われるということは、跳躍や這いずりだけでなく、 体をよじることすら困難な体にされてしまったということなのだ。 無理に大きく体を動かそうものなら、焦げ付いて硬化したあんよがヒビ割れたり、 あんよと接する柔らかい部位の皮が引っ張られて破れてしまうだろう。 絶望的な喪失感に苛まれる子ぱちゅりー。だが男性の暴虐は止まらない。 さらなる苦痛が子ぱちゅりーを襲う。今度は子ぱちゅりーの恥ずかしい部位に激痛が走った。あにゃるだった。 「!!!!」 悲鳴を上げようにも声が出せない。生クリームを吐きたくても吐き出す口がない。 そして、それはもう既に上の穴も下の穴も同じことであった。 体の危機に体が反応したのか、子ぱちゅりーの意志を無視して口の下の小穴からしーしーが流れ出る。 流れ出たしーしーは子ぱちゅりーの下膨れを伝い鉄箆へと到達する。 だが、その些細な反撃は真っ赤に焼けた鉄箆には文字通り焼け石に水でしかない。 そして鉄箆はそんなしーしーの穴をも容赦なく蹂躙した。もはや叫びすら無く涙を流し続けるしかない。 涙で視界がぼやけて見える。だがぼやけていてもハッキリ見えた。子ぱちゅりーの眼球に迫る鉄箆……。 声は出せない。体も動かない。生クリームを吐くことすらできない。 それでも視覚を焼かれるより先にぱちゅりーは何とか意識を手放すことに成功した。 ……遠ざかる意識の中で、何かが聞こえたような気がした。 「鬼井さ~ん!営業の餡野さんから~。外線……」 帰宅途中、俺はいつものように商店街のペットショップの前で足を止めた。 ショーウィンドウからは毛並みの良いゆっくりたちがニコニコとこちらに向けて微笑んでいる。 窓の一つ一つに貼られた値札には全て六桁・七桁の数字が踊っていた。 はぁと溜息をつく。貧乏学生がおいそれと手を出せる金額ではない。 俺はとある大学のゆっくり医学部に通うしがない学生だった。 だが、いつかは金を溜めてちゃんとしたゆっくりを購入しようと心に決めていた。 ちなみにお目当てはぱちゅりー種だ。あの落ち着いて優雅な感じが好みなのだ。 ふと、商店街の一角に人だかりが出来ているのに気が付いた。 近くに寄ってみると、どうやら福引をやっているらしい。 そういえば、さっきパン屋で福引券を貰ったっけ。 どうせ今日は暇だし、と福引会場に向かい奥にある景品を眺めてみた。 すると透明な箱に入った一匹のゆっくりと目が合った。成体のぱちゅりーだった。 かなりの美ぱちゅりーであった。帽子には金バッジが輝いている。 そして予想通りぱちゅりーは一等の景品だった。俺の持つ福引券はたったの一枚。 分の悪い賭けだが負けたところで失うのは紙切れ一枚だけだ。 紅白巫女姿の受付嬢に福引券を渡し、箱の中から折り畳まれたカードを一枚取り出した。 ジャラン♪ジャラン~♪ 安っぽい鐘の音が鳴り響く。 「おめでとうございます。二等です。二等が出ました~」 愛想笑いを浮かべつつ妙に事務的な声で俺と周囲に当たりを知らせる受付嬢。 おおお、一等は逃したが二等か。俺のクジ運も意外と捨てたもんじゃないな。 そういえば二等って何だっけ?一等のぱちゅりーに目が行ってそれ以外は気にも留めていなかった。 「はい。二等の生ぱちゅりー饅頭です」 受付嬢が化粧箱を差し出してくる。 両目と口を焼き潰されたぱちゅりー種のカラー写真が印象的なパッケージ。 テレビで見たことがある。これはあの有名なぱちゅりー牧場の生ぱちゅりー饅頭じゃないか! 敷地内の森でゆっくり育った天然の子ぱちゅりーを、贅沢にも丸ごと生きながらに饅頭に加工した一品。 主に富裕層のギフト向けに供される超高級菓子であった。 パッケージ側面の解説文によると、何でも覚醒させた子ぱちゅりーの口を嘔吐される前に素早く焼き塞ぎ、 あんよを狐色になるまでしっかり焼いて、あにゃる~しーしーの穴~両目を同様に塞いでから 最後にぱちゅりーしゅ特有の長髪が狭くて動かせない程度の箱に生きたままの状態で梱包しているのだそうだ。 子ぱちゅりーは恐怖と絶望に曝されることで甘みを増し、同時に余計な身体機能を殺すことで、 生命活動を最低限維持させ、絶食状態でも長期の延命・保存が期待できるらしい。 確かに五感の大半を視力に頼るゆっくりは目を潰されれば周囲への恐怖から積極的に動こうとしなくなる。 さらにあんよを焼かれれば肉体的にも歩行や跳躍を半永久的に封じられてしまうだろう。 一切の身動きを封じられれば、脆弱なぱちゅりー種は恐怖とストレスから致命的な分量の中身を吐き出しかねないが、 それも先手を打って全身の穴を塞いでいる為、加工された子ぱちゅりーは身悶えすることしかできないに違いない。 ちなみに、これらの処理は熟練の職人が個体毎に微調整を加えながら手作業で行うらしい。 本当に手間暇掛けてるよなぁ。本来なら俺みたいなヤツが食べられるシロモノじゃない。 金バッジぱちゅりーが手に入らなかったのは残念だが、元々勝算は低かったしこれはこれで驚きの収穫だ。 去り際にふと金バッジぱちゅりーに目を移すと、あのパッケージ写真にショックを受けたのか白目を剥いて気絶していた。 家に帰ると早速、生ぱちゅりー饅頭に齧り付くことにした。 化粧箱を開けると全身の穴とあんよを焼き潰されたパッケージ写真そのままな子ぱちゅりーたちが転がり出る。 全部で四匹入りだ。ソフトボールより一回り大きいくらいなので二匹も食えば満腹だろう。 ふと、密封状態から開放されたことで表皮が外気を敏感に感じ取ったのか 生ぱちゅりー饅頭たちは皆揃ってぷるぷると震えだした。パッケージの解説通り四匹ともしっかり生きているようだ。 おもむろに一番手近な一匹を手に取る。手に取った瞬間ビクッと体が跳ねた。 その反応が妙に可愛かったので両手で全身をゆっくりとこねくり回してみる。 両目と口が焼き固められていて表情は判らないが、その心中はきっと恐怖で一杯なのだろう。 必死な様子で全身を小刻みにピクピクと震わせている。生き饅頭に許された最大限の抵抗なのかもしれない。 さて、それじゃそろそろ十分に感触を楽しんだので、まずはあんよから頂くことにする。 「それじゃ、いただきまーす」 バリリッ!(ビックンッ!) 噛み付いた瞬間、生ぱちゅりー饅頭の体が大きく仰け反った。 両手でしっかり押さえているので生クリームが飛び散ったりはしない。 ムシャムシャ!(ビクビクッ!) 焼けたあんよの表面はクッキーのような味と食感だった。黒焦げではないので苦味は全くない。 さらに口の中であんよの表皮の内側にごっそり付着した生クリームが別の生き物のようにのた打ち回る。 この感触はクセになりそうだ。続けて生ぱちゅりー饅頭のまむまむの辺りを食い千切ってみた。 ムシャリッ!(ビクビクビクン!) ふむふむ、ここはシットリとした食感だ。これはどんどん行けるぞ! こうして気が付けば生ぱちゅりー饅頭はペラペラの頭皮に付着した紫色の毛髪と帽子を残して俺の腹に収まっていた。 ふぅ、さすがはあのぱちゅりー牧場謹製の銘菓なだけのことはある。 少々がっつき過ぎな気もするが早速二匹目行ってみるとするか。 そして頭皮と帽子を口に押し込みながら残る三匹に手を伸ばそうとして……そこで視線に気が付いた。 さっきは気付かなかったが、よく見ると一匹のぱちゅりーが両目を見開きダクダクと涙を流しながらこちらを見上げていた。 あれ……両目は潰してあるはずじゃ……ううむ?潰し忘れの不良品か。 まぁ、加工食品に見つめられるのは気持ち悪いが、別に食べられないほどの欠陥というわけでもない。 何なら今この場で両目を潰してしまえばさっき食ったのと何ら変わらない饅頭に……。 と、そこまで考えてふと思いついた。このぱちゅりーを治療してペットとして育てられないかと。 ぱちゅりーは身体の複数の重要器官を潰されているが、その目は怯えていながらも決して正気を失っている様子はない。 生ぱちゅりー饅頭のパッケージの成分表に目を通す。流石に人の口に入るものとあって諸々の予防接種は受けているようだ。 これは憧れのぱちゅりー種を入手するチャンスだ。失敗してもどうせただで貰った饅頭だ、惜しむほどじゃない。 ……だが果たしてうまくいくかどうかは正直不安だった。 学生とはいえゆっくり医学が専攻なので、ゆっくりの所見には実習も通してそこそこ自信がある。 ぱちゅりーは両目が無事とはいえ口もあにゃるも焼き塞がれている。しーしーだって出来ない。 あんよも動かせないだろう。自力で食料摂取と排泄ができなければ座して死を待つばかりだ。 とりあえず治療プランを練ることにしよう。治療に優先順位を付けて一つずつ目標をこなしていけばいい。 そうなるとまずは何より口の再生が最優先だ。食料摂取もさることながら、 意志表示の手段を与えてやらねばゆっくりを飼う面白みがない。 それに口の再生が成功したとしても、俺の飼いゆっくりになるかどうかは、ぱちゅりー自身の意志を確認しておきたかった。 野生に帰りたいなら帰してやってもいい。無理に飼いゆっくりとして引き止めても良好な関係は得られないからだ。 だが加工のトラウマで自らゆん生を放棄しようとしていたり、性格があまりに酷いゲス個体ならば、 やはり食用饅頭としての役目をまっとうさせてやらねばなるまい。 ゆっくりの体は未だ謎だらけだ。だが人間も含めた既成の生物とは異なり妙にいい加減な生態であることは判明している。 例えば体に穴が開いても、餃子の皮や小麦粉で簡単に修復できることはよく知られている。 さらに成功確率はやや落ちるものの、ゆっくり間の移植手術も人間同士の移植手術に比べ遥かに敷居が低い。 そして、それは異種族間でもそれなりに通用することが確認されている。 例えば眼球を喪失したれいむ種の眼窩にまりさ種の眼球を嵌め込んで視力が回復した例は少なくない。 もう一度ぱちゅりーの口元をよーく確認する。焼かれた唇は溶け焦げて完全に塞がっている。 さっき食った一匹の口周辺の食感を思い出してみる。パリっとしていた。 そうだな。まずは現状の口元を削り取り、小麦粉で新たに口を作り直すことにしよう。 「よし、ぱちゅりー。お前は助けてやるぞ。これから治してやるからちょっと痛いけど我慢しろよ」 そう一方的に宣言してぱちゅりーの表情を探ってみた。 ぱちゅりーはといえば、信じる信じない以前に状況が判断できずにむしろ混乱しているように見える。 無理もない。助けてやるとはいっても、それはつい今しがた目の前で仲間を食い殺した人間の口から出た言葉なのだ。 まぁどうせ返答はできないだろうから今は勝手にやらせてもらおう。 俺は箪笥や台所から適当に必要なものを準備した。そして、ぱちゅりーの両目をハンカチで縛って目隠しをする。 これは恐怖で精神崩壊させない為の処置だ。あとはぱちゅりーが痛みに耐えてくれることを願うしかない。 ぱちゅりーの体を片手でしっかりと持ち、荒めの紙ヤスリで口元を抉るように削っていく。 ガリガリ、ガリガリガリガリ。 ぱちゅりーは細かく振動している。今削っている箇所は恐らく痛覚ごと焦げ付いており痛みはない筈だ。 だが、だからといって自分の体が少しずつ削り取られていく感触に平気でいられる筈もないのだろう。 ふと、ぱちゅりーの体がビクッと跳ねた。紙ヤスリの一部が痛覚の残っている箇所に触れたか。 ここからは目の細かい紙ヤスリに持ち替えて慎重に焦げて硬くなっている部分を削っていく。 そして、ぱちゅりーが反応する度に削る箇所を変えて、口元の壊死した皮はあらかた取り除くことに成功した。 削っていた箇所の中央は口内まで貫通し、ぽっかり開いた穴からは微かに前歯が覗いている。 次に小麦粉をオレンジジュースで溶いてペースト状にし、それを薄く引き延ばして即席の皮を作る。 削ったぱちゅりーの口元にもオレンジジュースを満遍なく塗り、 湿った皮が柔らかくなるのを待って、作った皮を貼り付け指で周囲と癒着させていく。 そうすると、ぱちゅりーは完全な口なし状態になった。 もちろん色白な本来の肌とオレンジジュースで黄ばんだ即席の皮は色合いが違うので、どこが治療箇所かは一目で分かる。 俺は耳掻きを手に取り、黄ばんだ皮の部分に慎重に切れ目を入れていく。 新たな口元はさっき福引会場で見た金バッジぱちゅりーを参考にした。 よし。これで口元の見た目は何とか整った。だが、ぱちゅりーの口が言葉を紡ぐ様子はない。 それも当然だ。ぱちゅりーの新しい口元はまだ単なる小麦粉細工でしかない。 時間が経てば、本来の肌との結合部から次第にぱちゅりー本体と同化して、色合いも機能も取り戻すことだろう。 さて、次は排泄器官だ。まずは口のすぐ下に位置するしーしーの穴に的を絞る。 作業にあたり、残る二匹の饅頭のうち一匹をバラして焼き塞がれた箇所の損傷がどの程度か入念に調べることにした。 口元の再生を行う前にやっておけばよかったが、まぁ治療プラン自体が思いつきなので作業が前後するのも仕方ない。 ぱちゅりーの目隠しはしたままなので、この光景が大事に発展することもないだろう。 結論から言うと、しーしーの穴もあにゃるも、焦げているのは比較的浅い層だけのようだった。 (ちなみに調べ終わった後のバラバラの饅頭はその場でおいしく頂きました) しーしーの穴に紙ヤスリを当てる。作業自体は口元の時とあまり変わらない。焦げた箇所を目の粗い紙ヤスリで大雑把に削り、 目の細かい紙ヤスリで微調整してから小麦粉とオレンジジュースで作った皮を周囲の肌と癒着させていく。 そして最後にキリで丁寧に小穴を開け、爪楊枝を慎重に挿して尿道と繋がっていることを確認した。 これで暫くすれば、ぱちゅりーは再びしーしーが出来るように筈だ。 とりあえず今はこの辺にしておくか。続きは口としーしーの穴の機能が回復してからだ。 二、三日も放置すれば最低限の機能は取り戻すことだろう。 俺はぱちゅりーの目隠しを取り外すとクッションの上に寝かせることにした。 賢いぱちゅりー種ならば、今日の処置は最初に語り掛けた通り“治療”であると判断できた筈だ。 実際、その目にはまだ怯えの色が残っているものの状況を察したのかだいぶ落ち着いてくれたようだった。 (中編へ)
https://w.atwiki.jp/heisei-rider/pages/285.html
闇を齎す王の剣(4) ◆o.ZQsrFREM ◆ キバットバットⅢ世が意識を失っていたのは、実際のところはほんの数秒の間だった。 桐谷京介と小沢澄子を、いつの間にか、何をされたのかわからない内にあの巨大な剣で貫かれた――そのことを認識した直後、激昂のままにキバットは下手人へと飛び掛かった。 だが一矢報いることもできずにブレイラウザーの一閃に捉えられて、その斬撃の勢いのままキバットは路上に投げ出されていた。 強烈な剣の一撃を受けたキバットは気絶してしまっていたが、背筋が凍るような絶叫がキバットの意識を覚醒させていたのだ。 「右目がっ……右目が見えねぇっ!?」 ――起き上ってすぐに気付いた変化は、それだった。 キバットは斬撃を顔面で受けた。いくら硬度に優れたキバットでも、剥き出しになっている眼に刃を受けて無事で済むはずがなかったのだ。 光を失った片目が、果たしてどんな惨状を晒しているのか――確認する術がないだけになおさら恐ろしい。 「……何だ?」 片目を失った自身など、比較にならないほどに深く、強い――憤怒と、悲哀と、絶望と、悔恨と――そう言った、およそありとあらゆる負の感情が入り混じった慟哭を、その喉を震わせ放っていたのは、瓦礫の中からその姿を見せていたクウガだった。 「――ユウスケッ!」 クウガは夜の中でもなおはっきりとわかるほど濃く暗い闇を周囲に纏い、アークルから地の底より轟いたような重低音を発して、四本角の黒い形態へと変化を遂げて行った。 (これが――究極の闇を、齎す者……) 全身から突起を生やしたその禍々しい漆黒の姿を目にしただけで、本能的な恐怖が己の芯から湧き上がって来たことに、キバットは残った左目を閉じ、身を揺すって否定した。 (何ビビってんだ! あいつはユウスケなんだぞっ!?) 例え今は、理性を失った生物兵器に成り果てていようと―― 彼はキバットの笑顔を護ると言ってくれた、渡を救うと約束してくれた、あの心優しき青年なのだ。自分が怖がっていては、そんな彼を傷つけてしまうことになる。 だが、そんなキバットの思いやりを裏切るような所業をクウガは見せる。 彼が黄金の騎士の姿をした悪魔へと手を翳すと――奴の身体は、紅蓮の炎に呑まれた。 「――ッ、熱ぅっ!」 どれほど高温の炎なのだろうか。十分に離れた場所に居るキバットが、輻射熱で危うく火傷しそうになってしまった。思わず高温の風を翼で叩いて追い返したキバットだったが、そこではたと気づいた。 ダグバの変身した黄金のブレイド――奴が手にした剣で貫いていたはずの生身の二人は、キバットよりずっとあの劫火の近くにいるということに。 そしてキバットは、炎の中を威風堂々と闊歩するブレイドの向こう――超高熱によって大部分が焼失し、残った部分も炭となって崩れ落ちる、元が一つだったのか二つだったのかも不明な……おそらくは、人間の遺体を発見してしまった。 「お、おい……ユウスケッ!?」 既に二人に息があったかどうかは怪しい。とっくに死んでいた公算の方が大きいだろう。 それでも――死体とはいえ、小沢と京介の二人を巻き込むことに一切の呵責を感じず、クウガは攻撃を仕掛けていたのだ。 理性など一切感じられない、獣の咆哮を放ちながら、颶風となったクウガがブレイドへと殴りかかる。 拳の着弾にも、ブレイドは微かに揺らいだだけだったが――接触により解放された莫大な量の運動エネルギーに、周囲の物体は何らかの形で影響を受けた。 「うおぉおおおおおおおおっ!?」 それはキバットとて例外ではなく、飛ばされ易い彼はクウガの拳が生んだ風圧に流され、さらに十数メートル以上後方に投げられることになった。 起き上がったキバットが視線を戻した時には、黄金の剣で切り裂かれたろう傷を一瞬で癒しながら、やはり獣のように咆えるばかりのクウガの姿が見て取れた。 そうしてブレイドと向き直り、彼に炎を浴びせながら、クウガは両の拳を構える。 「マジで……心を失くしちまったのかよ、ユウスケッ!?」 ブレイドの大剣の一撃をかわし、右腕を発光させた敵とクロスカウンターで殴り合い、砲弾の勢いで吹き飛ばされるクウガに、そうキバットは悲痛な声を掛けた。 血反吐を吐きながらも、まるで応えていないかのようにすぐに立ち上がるクウガを見て、キバットはいよいよそこにいるのが小野寺ユウスケではなく、凄まじき戦士という名の理性なき生物兵器なのだと戦慄する。 いっそのことただの化け物に成り果てたのならともかく――だが既に、自分達と出会う前に一度、ユウスケはあの姿に変身していたのだと言う。 つまりあの黒きクウガも首輪の制限を受けているのだ。定められた所要時間を過ぎれば、あの忌まわしい変身は解け、ユウスケは元に戻れるだろう。 ――だが、それは本当に望ましいことなのか? もしも――もしも、今ユウスケ本来の人格を失って、狂戦士と化したこのクウガの間も――行動に反映できないだけで、ユウスケの意識が実は、残っているのだとしたら……? 彼は正気を失った自らの行いに、変身が解けた瞬間向き合わされるのではなかろうか。 生きていたか、死んでいたかもわからない――あんな状態で、地獄の責め苦を味合わせ続けるぐらいならば、いっそ介錯してやるのが人情だというような有り様だったとはいえ……二人を焼き尽くしたその行いに、彼自身の心が苛まれるのではなかろうか? キバットがそんな不安に襲われている間に、クウガとブレイドは激突を再開する。 さすがに、恒常的にあの炎を操れるわけではないのか――今度は拳一本槍で、クウガはブレイドへと間合いを詰めた。対してブレイドは、右上腕部の紋章から光を放つ。 瞬きをしていなかったというのに、キバットは突然クウガの背後にブレイドが出現する光景を目の当たりにした。 超スピードだとか何かの暗示だとか、そんなチャチなもんじゃない――まるで一人だけ時を渡ったかのように、ブレイドは忽然とクウガの眼前から消え、その背後に現れていた。 ただ何故かキングラウザーが弾かれたかのように体勢を崩していたブレイドに、即座に反応して見せたクウガの直線の蹴りが突き刺さって、金属同士を打ち合わせるより硬質な響きが生じた。重い瓦礫も吹き飛ばす衝撃波を伴った蹴りに胴を射抜かれても黄金の装甲は減り込むことすらなかったが、その威力に踏ん張り切れなかったブレイドが転倒する。 容赦せず追撃を仕掛けたクウガに対し、ブレイドの右膝が黄金に輝く。先程までよりもさらに硬い激突音が、彼を踏み砕こうと振り下ろされたクウガの足の裏から鳴り響く。 踏み付けを受けて、彼を中心として大地を陥没させながらもブレイドは無傷のまま右の脛に光を湛えると、二度目の踏み付けが繰り出される前に上弦の半月をその場で描いた。 強烈な蹴りを受けたクウガが、眩い光に闇が圧されるかのように正面へ投げ出される。ブレイドはその隙に、まるで不可視の巨人に手を引かれたかのようにその身を浮遊させて小さなクレーターの外に出ると、逞しい両の足で地を噛んだ。 続いて右腿と左の上腕部の紋章から、ブレイドは黄金に縁取られたカードを顕現させた。 クウガは即座にそれに向かって炎を繰り出し、カードを燃やそうとしたが――遠距離にいるキバットが熱風に耐えなければならないほどの地獄の業火に直接襲われても、不死者を封じ込めたカードはその破壊力を寄せ付けずに、キングラウザーへと挿入された。 ――Lightning Slash―― 稲妻を迸らせるキングラウザーを構えたブレイドに対して、クウガは怯むことなく突撃する。左腿の紋章が輝いた瞬間、周囲の物体が猛烈な勢いでブレイドへと吸い寄せられることになった。キバットもまた引き寄せられそうになるが、さらに影響を受ける至近距離にいたはずのクウガはその引力を無視して逆に立ち止まり、稲妻を纏った剣を回避した。 一撃を外した敵の隙を逃さず、クウガがほとんどキバットの知覚から消える速度で拳を繰り出す、その寸前にブレイドの左足が光ったかと思うと、黄金の騎士も高速移動の霞を残してキバットの視界から失せる。 超音速の打ち込みを、それでもクウガは見切っていた。空気の裂ける音よりもなお速く叩きつけられたキングラウザーを、クウガは肘の突起で防いでいたのだ。 その肘の突起もキングラウザーには敵わず、損壊しながら受け流すのがやっととなる。だがクウガの一部であるその棘は、切り捨てられた端から再生していた。 今また剣をブレイドが振り抜き、クウガが肘の突起でそれを弾いて――そうして彼の胴ががら空きになった瞬間に、ブレイドの腰から銀の帯が飛翔する。 ブレイラウザーの一閃を、だがクウガは左掌を切り裂かれながらも受け止めていた。 銀の刃にその血を吸われながら、クウガが一瞬、何かの力を加えたように見えたが――次の瞬間動きを見せていたのは、ブレイドの方。 再び左足から光輝を発すと、その鎧に包まれた体躯を砲弾としてクウガにぶつけたのだ。 突然増した勢いにさらに刃を握る掌を裂かれ、血を滴らせながらも、クウガはブレイドの突進を見切り、その首を鷲掴みにすることで受け止める。 即座にまたあの劫火が生じて甲冑を焙り始め、究極の力が五指の形をして首を締め付け、さらには左手でその首輪を引き剥がそうとする。それでもブレイドは苦しむ様子もなく、首輪もまるで外れる様子のないままに、黄金の大剣がクウガの頭上に翳される。 金色をした死の刃がクウガに届く寸前、またもブレイドの姿が掻き消えた。 今度は高速移動でも、あの奇妙な瞬間移動でもない――クウガが右手一本で、ブレイドを放り投げていたのだ。 それは洗練された投げ技でも何でもなく、ただただ力任せに身を捻って、自らの背後にブレイドを投擲するだけの動作だった。それでもブレイドの重量感溢れる鎧姿が、何かの冗談のように滑空していた。放物線を描くことすらなく飛翔するブレイドの全身に纏わり付いたプラズマ炎は、その黄金の鎧を汚すことすらできなくとも、廃墟と化した街並みへと雨の如く降り注ぎ、爆撃のように焼き払うには十分な威力を秘めていた。既に一度、龍の息吹によって焼き尽くされたはずの何かの残骸達が、今度はその残骸という物質を構成する最小単位、原子分子の域から焼失させられることになる。そうして辺りが朱に染まるのに遅れて、連続してコンクリの砕ける音がキバットの耳に届いた。 自らの吹き飛ばした怨敵が作った火の道をそれでもクウガは何の感慨も抱かず、当初と変わらぬ憤怒の咆哮のまま駆け抜けて行った。 「ユウスケ……」 言葉すら忘れ、休むことなく追撃に向かうそれをもはやただの兵器だと認識しながら、それでもキバットはそう呟かずにはいられなかった。 凄まじき戦士と化したクウガも、王たる黄金の甲冑を纏ったブレイドも、真の力を解放したキバですら真っ向勝負で勝つのは難しい、そう思わせるほどの強さを発揮している。それどころか、あのキングを名乗ったファンガイアが万全で挑んでも敗北を喫するのではなかろうか。キバットの知る限り、あれらと尋常に勝ちを競えるのは、父であるキバットバットⅡ世があの先代キングに闇のキバを授けた場合ぐらい――さらに必勝を期すなら、そこから魔皇剣ザンバットソードを装備して行くことも決してやり過ぎではあるまい。 まさに兵器――否、たった一人の軍隊だ。あそこで行われているのはただの戦士の一騎討ちではなく、個人同士で繰り広げられる戦争なのだ。 そんなところに一人で向かわざるを得なかった青年の心中を思い、さらに今、彼がその心さえも失った兵器と堕ちた一因が自分にあるということに、キバットは胸焼けにも似た不快感を覚えていた。 (――俺が……俺がせめて、京介だけでも護っていたらっ!) 確かにキバのエンペラーフォームには、真っ向から今のクウガやブレイドに打ち勝つ力はないかもしれない。だからと言ってまるで対抗できないほど力の差があるわけでもない。特に鎧の強度で言えばブレイドにだって遅れは取るまい。ファンガイアの血を引かない人の身である京介が纏えば反動で結局死ぬかもしれないが、それでもあんな無惨に殺されることはなかったはずだ。 タツロットがいない以上、エンペラーフォームの解放はどの道叶わぬ話といえ―― 「――何が無理に危険をしょい込まなくて良い、だ……俺はあいつに、何の力にもなってやれなかったじゃねえか……っ!」 ユウスケは最初から言っていたのだ。第零号――ダグバは危険なのだと。 だから自分が誰も巻き込まないように黒いクウガになって、一人で奴を討つと―― だが、そんな風に彼一人にだけ押し付けるわけにはいかない。今ダグバが奴本来の力を制限されているのなら、これを好機と皆で力を合わせれば、ユウスケは苦しまずに済む。そう考えてキバット達は彼の主張を拒否した。 だが結局、ユウスケは凄まじき戦士になってしまった。しかも彼が最初想定していた、単独でその心を抉るよりももっと酷い――最悪とも言える形で。 確かに、ブレイドのあの変身は考慮外のことだったと言えるだろう。だがそれは、あれと互角に戦うクウガがダグバに等しい存在であることを考えると、この結末はさほど異常な事態ではない――ダグバが本来の力を取り戻してればその瞬間、結局は同じ惨劇が繰り広げられていたことは想像に難くないのだ。 見くびっていた。力を合わせれば何とかなるなどと、キバットは本気で信じていた。 だがキバットが彼らに与えた力は、あんな気の好い少年一人護れない――ユウスケの心も救えない、この戦いの前では何の足しにもならない物だったのだ。それどころかクウガを最初から黒い姿にする妨げ、惨劇を呼び寄せる役割しか、キバットは有していなかった。 だがそこで気づく。そもそも自身が役立たずだというのが、本当にこの戦いに限られた話であるのかを。 先代のキングを渡と共に打倒したのも、本来はあり得ぬ奇跡の積み重ねの末だったではないか。その望外の幸運を、当然のことと受け取るなど愚か以外の何物でもない。彼ほどの存在が他に跳梁していて何の不思議ないこの会場で、封印されたキバの鎧しか持たない自分が誰かの力になれるなど、思い上がりも甚だしかったのだ。 そんな思い上がりが、自分の認識の甘さが、あの三人を死なせ、ユウスケの心を傷つけた。 この凄惨な殺し合いの目撃者として生かされたのは、その罰だ。 変わり果てた恩人の、目を背けたくなる姿を見届けるのが、今のキバットの役目なのだ。 「――渡……っ!」 そうキバットは、知らず知らずの内に相棒の名を漏らす。 思えば物心付く頃からずっと傍に居た、一番の相棒が修羅に堕ちるのさえ救えなかったこの自分の判断が――誰かを救えるなどとどうして思ったのか。 いつか渡も――誰かが止めなければ、京介のように無惨に殺されてしまうのか? ユウスケのように、心さえ悪意に喰われて狂い果ててしまうのか? あそこで自分が、助けられなかったせいで? 底なしの慙愧と後悔に囚われたキバットが、残った左目から涙の筋を走らせた時、背後で何かが重い物を吹き飛ばす音が聞こえた。 振り返れば、瓦礫の山を青いゼクターが吹き飛ばして――その下から、コート姿の一人の男を掘り出す、まさにその途中だった。 まさか、と思う暇もなく。 キバットは高熱によって引火し、半分以上破れ果てたデイパックの元へと飛び立った。 猛烈な勢いで地面に激突するはずだった黄金の甲冑姿が、唐突に制動を開始する。 背部の重力制御装置で体勢を整えて、ブレイドはだが慣性に逆らえ切れずコンクリ舗装された路面を砕き、粉塵を上げながら着地した。 「あーあ、汚れちゃった……」 ようやく止まったその身に纏う黄金の輝きが土汚れによって僅かに翳ったことに、鎧の中のダグバは不愉快さを隠さずそう呟いた。 その時既に、大きく拳を振り被ったクウガがまさにブレイドの顔面を打ち抜こうとしていたが――彼は焦ることはなかった。 何故なら彼はもう、その右腕の紋章を輝かせていたのだから。 クウガの拳がブレイドに触れる、その寸前で突然停止した。 クウガの全ての動作を完全に停止させた物――それこそが、タイムスカラベの時間停止。 時の停滞に巻き込まれなかった空気分子が遅れた突風となり、ブレイドの鎧に付着した土くれを吹き飛ばす。 それからブレイドは特に慌てた様子もなく、時の停止したクウガの背後へと回る。 「確か、五秒ぐらいだったよね……」 そう時の止まった世界で一人呟きながら、彼は両手でキングラウザーを構えた。 次の瞬間、それを思い切りクウガに叩きつける。 その刃が触れる寸前、再びクウガの時が動き始めた。 「――っ!?」 そうして再び手品のように彼の視界から消えていた敵の姿と、背中に走った衝撃に驚愕の声を漏らしながら、クウガが吹き飛び転がって行く。 「やっぱりカードなしじゃ、そんなに深くは切れないのかな?」 ブレイドが呟いている間に、クウガは既に立ち上がり、目に見える傷を消し去っていた。 クウガの次の打ち込みに、次は右膝の紋章――メタルの効果を発動し、全身を金属状へ変化させ、ただでさえ硬い防御をさらに高めてブレイドは応じる。 発動中は動けないが、メタルで強化すればもはやブレイドの装甲は究極の拳打を受けて歪みすら生じなかった。このまま効果が切れるまで横着して、また時を止めて仕掛けようか――そう考えたブレイドを、予想外の灼熱が襲う。 それまではどれほど浴びようと、まるで脅威となり得なかった超自然発火の炎――だが硬度のためより常な金属に近づけた甲冑は、通常時に比べて熱を通し易くなっていた。 このままでは蒸し焼きにされてしまうとブレイドはメタルの効果を解除するが、それに間髪入れず顔面へとクウガの腕が伸びる。拳ではなく掌打の形で叩きつけられたそれは、より内部へと衝撃を通し易い一撃だったが――結局ブレイドの揺らぎ具合は拳と変わらず。むしろ装甲へのダメージの少ない分、より脅威の劣る一撃だと言えた。 切り上げられたキングラウザーがクウガに赤い線を刻み、それがまた黒に塗り潰される。 本来武器の有無は大きな戦力差を生む。だが、刃が抉るよりも回復の勝る今のクウガに、ラウズカードの欠けた攻撃は意義が薄い。逆に俊敏な身のこなしで、一太刀浴びせられる内にそれに数倍する数の拳をクウガは敵へと叩き込んでいた。どれだけ切り刻み、血飛沫を上げさせようともクウガは止まらない。 マグネットで斥力を発生させても、それ以上距離を詰めさせない程度が精一杯だ。キバを葬ったライトニングスラッシュを再び一閃させたところでやっとクウガは間合いの外に後退するが、マグネットの効果が切れたと同時に踏み込んで来る。マッハで音速移動を開始し、大剣と共にビートの剛拳を叩きつけるが、クウガは音速で繰り出される攻撃にも反応し、左肘の突起で切っ先を弾くと互いの拳を交差させ、双方を大きく吹き飛ばす結果になった。先程のようにメタルで拳を凌ごうとも、同様に超自然発火で焼き切られるだろう。 素の身体能力では、クウガアルティメットフォームはブレイドキングフォームの遥か上を行っていた。ラウズカードを使用して、ようやく互角程度に立ち回れるか。 このまま続ければ、再生し続けるクウガを殺し尽くす前にブレイドの装甲が屈する――クウガの放つ拳の矢に間断がない限り、それは確実なことかと思われた。 それを裏切るかのように、クウガの拳打の暴風雨が突如として停止する。再びの超自然発火の炎を纏いながら、その炎ごとクウガは完全に停止していた。 どれほどクウガが戦いを優位な流れに運んでも、それを一瞬で無に帰す脅威の能力――タイムの発動によって引き起こされた現象だった。 強引に生じさせたクウガの攻撃のインターバル。その隙にブレイドは敵の背後へと回る。 タイムの影響を受けた空間とそこに含まれた物体は、完全に停止している――たとえ時を止めた張本人だろうと、その拘束から解放するまでは、一切干渉することができない。 先程時を止めた段階ではまだそのことには気づいてなかったが、既にダグバはブレイドに架された制限の大凡を理解していた。 自身だけでなく――と言っても自らに等しい存在だが、クウガの能力制限についても、ダグバは既に把握していた。超自然発火で鎧の中を直接狙うことはできず、またどうやらブレイラウザーをクウガは己の武器へと変化させられない様子だった。究極の形態でそうなのだから、恐らく異世界の仮面ライダーの装備をモーフィングパワーで自身の専用武器へと変化させることも制限されているのだろうとダグバは認識する。 それらを考えた上で、この場に適した戦法を練る。 ラウズカードを単発ずつ使用しても、結局互角に戦える程度。それよりは圧倒的な防御力を活かしまずは十秒耐え、次のタイムを発動する。時間を停止させた間にクウガの回復を上回る威力のコンボを揃え仕掛ける方が、今のように消耗戦に挑むよりも効果的だろう。 使用カードの関係上、制限下では時間停止から即座にロイヤルストレートフラッシュの発動と言った真似はできないが、他にもコンボはある。まずは他のコンボでクウガを消耗させ、敵の動きが鈍ってからロイヤルストレートフラッシュでトドメを刺せば良い、そう考えてブレイドはキングラウザーを振り被る。 時間停止中にコンボを使うという方針を決めたところだが、それは次のタイムからだ。今はカードを使い過ぎて、クウガに通じるような組み合わせは残っていない。まずは脚でも切りつけて、少しでも次の十秒間を楽にしよう――ダグバが戦いにおいてそんなことを考えること自体が異常事態だが、それを強いるこの敵こそが、ダグバのずっと求めて来たものだった。 振り下ろされた切っ先がその脚を切り裂く寸前、再び時は動き出した。 左右の太腿を背後から切り付けられる衝撃に、クウガの咆哮が燃え盛る廃墟で木霊する。 (――あれ?) 何の意図で発生させていたのかわからない超自然発火の炎が消え去る中、クウガは両足から血を零しながらブレイドを振り返った。 (――前に切った時、こんなに浅かったかな?) 動きが鈍くなるのも、数撃の応酬の間。またその朱を闇の中に呑み込んだクウガの拳を受け、キングラウザーで追い払いながら、ブレイドはそんな疑問を抱いていた。 (まあ、良いや……もっと頑張ってね、もう一人のクウガ) もうブレイド――ダグバは、我慢するつもりはない。 だって今が、こんなにも楽しいのだから。 これ以上面白い物があるから待てと言われても、そんなのお断りだ。 全力で以って、目の前に立つ宿敵を斃しに掛かろう。 それでもこの相手は、簡単に屈しはしないのだろうから。 絶対者である自分の思い通りにならないものがあり、それを屈服させんとする死闘―― それを制した喜びでこそ、本当の笑顔が得られるのだから。 ――宿敵にはそれに相応しい、絶対の恐怖を齎す存在であってくれねば、困る。 自分が上に向かって引っ張られていることに、彼は随分前から気づいていた。 だが、目を開けるにはその身体はあまりに傷つき、疲れ切っていた。 それでも連続して背を叩く、遠ざかって行きながらなおもその存在を鮮烈に訴えてくる衝撃に揺り起こされる形で、彼はようやく目を覚ました。 「――気が付いたかっ!」 良かった、と続いた声は、記憶の中の物に比べてその主の陽気さが鳴りを潜めていた。 「キバット……か?」 視界が暗順応する間に、一条はそう問いを放っていた。 言葉を紡いだ途端に、彼の意識が覚醒する。 「京介くんは――っ!?」 叫んで起き上がった瞬間、腹部に鈍痛が走って、声が喉に引っかかる。 「……幸い、完全に穴は開いてねぇみてーだけどよ、いくらタフだからって無茶すんな」 痛みを覚えた箇所を押さえた掌に滑る物が着いて、そういえば剣で切りつけられていたことを思い出した。アクセルの装甲がなければ完全に死んでいたことを思うと、照井には何度命を救われたのかと感謝の念が痛みを制す。 だがその感謝の念以上に、彼から託されたものの重さが、一条の心を占めていた。 「――京介くんはどうなった、キバット!?」 そこで一条は、目の前に浮かぶ黄金の蝙蝠が――その身体の四分の一近くをも占める、大きな右の瞳を無惨に引き裂かれ、光を失っていることに気づいた。 「おまえ……目が……」 「京介は……小沢の姉ちゃんと一緒に、殺されちまった……」 そう震える声で、彼の身を気遣う一条の声を無視したキバットは答えた。 愕然とした一条だったが、その現実を否定する前にもう一人、その名を呼ばれていない人物に思い至った。 「小野寺くんは……」 「あっちで……今も、ダグバの野郎と戦ってる」 先程の惨劇の場からは、大分離されていた。恐らくはキバットがその小さい身体で気絶した自分を引きずって来てくれたのだろうと、一条はさらに劫火に蹂躙された廃墟を見る。 ちょうど一条の視線を浴びるのを見計らっていたかのように、奇跡的に残っていた数棟の建造物が突然、轟音を伴って崩落を始め――その音が突如として、掻き消えた。 世界から音が剥奪されたのと、完全に時を同じくして――森羅万象を糧とする、巨大な紅蓮が華開いた。 その一色によって、瞼越しにまで視界が塗り潰された次の瞬間。大地を揺らして走って来た衝撃波に、未確認によって殴り飛ばされるのとまるで変わらぬ勢いで一条はキバットと共に撥ね飛ばされた。激しく地に打ちつけた頭の中に、逝ってしまった二人の同僚と、彼らから命と引き換えに自分へと託されたにも関わらず護り切れなかった少年――そして今も泣きながら一人で戦っているはずの、笑顔で親指を立てた青年の姿が思い浮かぶ…… 「助けに……行かなければ」 ふらふらと、自分の物とは思えないほど覚束ない足取りで、一条は立ち上がった。 小野寺ユウスケは、もう一人の戦士クウガと言っても民間人だ。警察官である自分には、彼を保護する義務がある。そう廃墟すら消し飛んだ爆心地へと歩を進めようとした一条の目の前に、キバットがその身を翻した。片方だけ残った赤い瞳を、怒りに光らせて。 「なぁ、一条……おまえはもう、変身できねぇじゃねーか……」 「そうか……なら、力を貸してくれ、キバット……」 「ふざけんな! 今のおまえがキバになっても、動く前に死ぬだけに決まってんだろ!?」 それは、困る。 今死んでは、小野寺ユウスケを救えない―― 「なら、退いてくれ。……彼と、約束したんだ。俺が、彼を支えると……」 「――いい加減にしやがれっ!」 キバットの一喝に、ようやく一条の思考に掛かっていた靄が晴れた。 「テメーが行って、何ができるっていうんだ! 変身もできねえ、できたとしてもとても敵いっこねえ! ただ死体が増えるだけなんだよっ!」 「キバット……」 一条は思わず、目の前の蝙蝠の名を口から漏らしていた。 自らに訴えて来る彼の掠れた声が、あまりにも悲しそうだったから。 「そもそも俺達があいつを止めてなけりゃぁ、一緒に行ってなけりゃ! 姉ちゃんも京介も、まだ生きていられたんだ! ユウスケが来るなって言ったのに、俺達が聞かなかったから、皆殺されちまった。それで結局、ユウスケがあの黒いクウガに……戦うためだけの生物兵器なっちまったんだ――俺達のせいでっ!」 キバットはそこで残った左目一杯に涙を湛えて、一条に問い掛けた。 「なあ、教えてくれよ――今更俺達があそこに行って、一体あいつに何をしてやれるんだ? 勝手に巻き込まれて、勝手に殺されて、皆の笑顔を護るって言ってくれたあいつを、顔も知らねえ渡のことを助けるって言ってくれたあいつを、傷つける以外に何ができるんだよっ!? あいつのためにしてやれることが他にあるってんなら頼む、教えてくれーっ!」 尾を引いたキバットの魂の叫びは、一条自身がその答えを渇望する問いそのものだった。 ユウスケに、五代に――クウガに押し付けてばかりで、自分が彼らのためにしてやれることは何かないのか。その答えを一条はずっと求めていた。 神経断裂弾を得て、遂に警察だけでもある程度のグロンギに対抗できるようになったというのに――アクセルの力を照井から託されて、クウガと肩を並べて戦う力を手にしたというのに……結局一条の力は、究極の闇を前にしてはあまりに中途半端な代物だったのだ。 なのに、自分勝手に思い上がって――若いクウガに、五代のような想いはさせまいと、彼らを支えてみせると、今度は自分がクウガの笑顔を護るなどと、調子に乗って―― 結局彼の優しい心を、枯れ果てさせてしまったのは誰だ? 「なあ一条、頼む……もうこれ以上、ユウスケを追い詰めないでやってくれ……っ!」 同罪の者を見る目をしたキバットの、消え入るような哀願に、一条は首を振れなかった。 ガタックゼクターが引き摺っていたデイパックを一条が持とうとしたが、今の彼は歩くだけで限界だった。代わりにキバットが、半分以上裂けたそのデイパックのもう片方の端に噛みついて、二匹で飛翔して運び始めた。 あれではここに来るまでに、中身を落としてしまっているかもしれないが――どうやらガタックゼクターと対になる銀のベルトはそこにちゃんと、残っているようだった。 一条はもう一度だけ、背後を振り返る――その遥か先で、ただひたすらに相手の尊厳を貶めようと暴力を交わす、二人の仮面ライダーの姿を思い描いて。 そんな存在に堕してしまった青年から背を向けて逃走し、大勢の犠牲を出してしまった己の無力という罪を、噛み締めるように……一条は、まさにその瞬間産み落とされた――闇を駆逐せんとする光の苛烈さを、その目に焼き付けるしかできなかった。 103 闇を齎す王の剣(3) 投下順 103 闇を齎す王の剣(5) 時系列順 一条薫 ン・ダグバ・ゼバ 小沢澄子 浅倉威 桐矢京介 牙王 小野寺ユウスケ
https://w.atwiki.jp/touhourowa/pages/301.html
行き止まりの絶望(後編) ◆Ok1sMSayUQ いつまで逃げればいいのだろう。 いつまで、この先の見えない暗闇を走り続ければいいのだろう。 サニーミルクを小脇に抱え、河城にとりは俯きながら闇雲に足を動かしていた。 情けないという言葉ひとつがにとりを支配し、無力という事実を押し付けてくる。 逃げてばかりで、守られてばかりで、なにひとつ出来てやしない。 状況に翻弄され、流されるがままで、報いることも変えることも出来ないままだ。 生き別れになったままの伊吹萃香、レミリア・スカーレットを引きつけて戦いに身を投じていった射命丸文、 そして十六夜咲夜との戦いで傷つき、疲弊して動けなくなったレティ・ホワイトロックの姿が次々と思い出される。 彼女らが身を挺して作ってくれた時間で、自分はただ命を長らえているだけだ。 この地獄から脱出するための算段も、目の前の恐怖を終わらせる術すら浮かんではいない。 考えてはいる。いるけれども、どうすればいいのかも分からない。 目の前に広がり続ける無明の闇。明けない夜を、一体どうすれば―― 「にとりにとり! 見て、ほら、川!」 内省の時間を終わらせたのは、脇でじたばたと暴れるサニーミルクだった。 顔を上げてみると、確かにそこには大きな水の溜まる、湖があった。 「違うよ、川じゃなくて湖。……霧の湖まで来てたのか」 夜間であるため霧はかかっていなかったものの、遠大に広がる水面は霧の湖に違いなかった。 そうすると、自分達は逆戻りしてきたことになる。 進むどころか、戻っている有様じゃないかとにとりは内心で失笑する。 「ねえねえ、どうしよう……? この先って紅魔館しかないんでしょ?」 「そうだけど……あそこに逃げるわけにもいかないしなあ……」 レミリア達に襲われている現状を鑑みるに、あそこに逃げ込む理由はない。 あそこを拠点にしているという根拠もなかったが、吸血鬼の根城たる紅魔館を拠点にしない理由というのもない。 サニーミルクも感づいているのか、うんうんと必死に頷いている。 ならば別方向に進路を取るしかない。ますます逆戻りしている現実に辟易しかけたとき、ばさばさと翼を羽ばたかせる音が聞こえた。 文が戻ってきた、と抱きかけた期待は一瞬のうちに打ち砕かれた。 「鼠が二匹か……人間は使えないわね」 羽ばたく音は、悪魔の羽を動かす音だった。 夜空に陣取り、傲岸不遜に見下ろしていたのは、レミリア・スカーレット。 文が引きつけてくれているはずの悪魔の姿に、なぜと思うよりも恐ろしい想像が浮かんでいた。 やられたのか。妖怪の山では指折りの強さを誇るはずの天狗が、こうもあっさりと。 「……いい顔ね。そう、お前達はそういう顔でなくてはね」 絶句している自分達の姿を眺めて、レミリアは皮相な笑みを浮かべていた。 恐怖で引き攣った顔になっていると理解して、にとりは必死に悪い想像を振り払って叫ぶ。 「あ、文はどうしたんだ!」 「天狗なら片付けたわ」 さらりと言い放った、その一言こそが真実であることをにとりに伝えていた。 嘘だ、と言う気すら起こらず、かくんと膝を落とす。 絶望の証明と受け取ったレミリアは哄笑を交えながら、するりと地面に降り立ちにとりの目の前まで歩を進める。 上品を装いながらも、自らの優位を恥じない物腰だったが、反感すら持つことができずにいた。 にとりを、サニーミルクを包んでいたのは支配者の空気。服従を強いる傲慢を纏った空気だった。 「ふん、お前らは尻尾を巻いて逃げ出したか。所詮はその程度、話にもならない」 「ち、ちが」 「自分が助かりたかっただけなんだろう? もう一匹を差し出して。 そこの妖精も、あれだけ大口を叩いておいて結局は我が身可愛さか」 「そんなんじゃない! レティは私達をかばって……!」 「結果が全てだ。現にお前達は逃げ出しているじゃないの。逃げろといわれて逃げるのは弱者の理屈だ」 サニーミルクの反論もあっさり打ちのめされ、にとり達は返す言葉がなかった。 そうだ。どんな理由があるにしろ、逃げたという事実には何ら変わりはない。 後ろめたいと思うなら戻ればよかったのだし、あれこれ理屈をつけて自分の行為を正当化しようとするのは自分が狡いことの証明ではないのか。 自分さえ良ければいい――サニーミルクの言葉がそのまま返ってきたように思われ、にとりは心を突かれた気分になった。 サニーミルクもサニーミルクで、自分がやっていることも妖怪と同じだという実感に悔しさを感じていた。 口論でも勝利を収めたレミリアは満足そうに胸を張り、ふんと鼻息を漏らした。 「そうさ、誰だって死にたくはない。死んでしまえば何もできなくなる。それは敗者だ」 自らの論理を認めたと断じて疑わないレミリアが、次の演説に移っていた。 「誰だって負けたくもない。馬鹿にされるのは嫌だ。当然だ。後に待っているのは惨めな余生なのだからね。 ――だから、貴様らにももう一度だけ機会を与えてやる。ここは逃げるがいいわ。武器を持たせる猶予くらいはくれてやる」 「に、逃がすって言うの……?」 「別に貴様らなどいつでも殺せる。でも少しくらい希望は与えてやらないと、ね? そうしないと殺し甲斐がない」 困惑するにとりを他所に、レミリアは悠々と言葉を続ける。 今この場で抵抗されるなどとは微塵も感じていない様子だった。 「そんな絶望くらいで死なれては困るのよ。お前らのような弱者には、もっと強い恐怖を抱いて死んでくれないと。 私が聞きたいのは、いやだ、いやだ、死にたくない――そういう絶望なの。あのクソ天狗も黙るくらいのね」 ゾクリとした悪寒をにとりは感じた。 他者を支配するばかりではない。殺戮を楽しみ、意に沿わぬ者には極限までの絶望を味わわせる。 それこそがレミリアのとっての恐怖なのだろうとにとりは本能的に感じていた。 恐怖であるから、それを意のままに操り、実践してみせることこそが『自らが恐怖になる』というのに違いなかった。 恐ろしい、と思った。レミリアの行う恐怖を目の前にして、従わないものがいないはずがない。 だから十六夜咲夜は従っていた。恐怖から逃れるために、彼女もまたレミリアと化す道を選んだ。 絶対の支配者からは逃れられないことを知り、支配される一方で自らもまた支配を行うようになった。 そうしてレミリアの恐怖は広がる。瞬く間に感情から伝播し、幻想郷をも覆いつくす巨大な存在となる。 抵抗したところで、その頂点たるレミリアに敵うはずもない。屈服させられ、哀れな犠牲者となるだけなのだ。 ――でも、なら、どうしてレミリアは紅魔館という居を構え、多くの住人と共に暮らしていたのだ? レミリアの恐怖に触れる一方で、彼女本人のことを考えられる猶予があったにとりは、ふとそのことに疑問を抱いていた。 他者を支配し、何もいらないと言っておきながら仲間とも言える存在を傍に置いておいたのはなぜだ? 門番。魔女。メイド。いずれも彼女にとっては取るに足らない存在であるのに、彼女の論理を信ずるならば不要でしかないはずなのに。 いや、今だって十六夜咲夜を側に置いている。支配者として命令するだけの立場になりながらも、 それでも彼女にはレミリア本人の言う絶望を与えていないように思える。 「先の無礼は非を詫びれば許してあげるわ。這い蹲って、ごめんなさいとでも言えば――」 「あなた、怖いんだ。仲間をこれ以上失うのが」 王の口調で続けていたレミリアを遮って、にとりは静かに声を発していた。 恐怖を拭い去れたわけではなかった。今この瞬間にも殺されてしまうかもしれないと感じながらも、 気付いてしまった一つの事実が、レミリアを『支配者』から『哀しい支配者』という印象に変えてしまっていたからだった。 咎めることもなければ、反論すらせず絶句していたレミリアへ、にとりはさらに言葉を続ける。 「もう誰もいらないなんて言うのも、関わってから失くしてしまうのが怖いんだ。 サニーの言うように、誰かと一緒にいるのだって信じられない。咲夜のような身内以外は。 本当は一人は嫌なはずなのに、恐怖で何も信じられなくなった哀しい奴なんだ」 「……お前」 顔を引き攣らせ、よろと一歩後ろに下がったレミリアは、その瞬間幽霊でも見たような表情になっていた。 しかしそれもほんの僅かな間だけのことで、すぐに怒りの感情へと変貌させ激昂したレミリアは、 手に持っていた剣を乱暴に振りかざした。 「貴様が、私を語るなっ!」 最速の剣戟と言ってもいい、見えないくらいの一撃ではあったが、いささか単調に過ぎる攻撃でしかなかった。 咄嗟にサニーミルクを突き飛ばし、にとりもまた前のめりに転がってレミリアの斬撃を避ける。 すぐさま反転して第二撃を打ち込んできたが、感情に任せただけの攻撃はにとりにも読み切ることができる。 突進しての突きをひらりと回避して、にとりは上空へと飛翔して逃げる。 また、逃げている。弱者の逃走であり、言い訳にもならない逃走。 けれど、今度は迷いはなかった。なにをすればいいのかが、一つだが分かったからだ。 恐怖を少しでも否定できる心を持つことだ。 助からないかもしれない。今はどうにもならないかもしれない。 だがそこで足を止めてしまっては可能性すらなくなってしまう。 レミリアがそうなったように、望むことすら望めず、他のものに自分を委託する生を送るようになってしまう。 自分が自分でなくなる。そんなの、一番哀しいことだってレミリアも分かっているだろうに……! 「ちょこまかと……! 私を愚弄するなら、バラバラに切り刻んで天狗の前に突き出してやる!」 弾幕を撃つことも忘れ、ひたすら突進しては斬撃を繰り返すレミリアから器用に避けながら、 にとりは湖の方角へと移動していた。頭に血が上りきっているらしいレミリアはそのことにも気付いていない。 「頭に来てるんだろ! 図星なんだろ! 本当のことだって分かってるんなら、子供みたいに意地を張るのはやめろよ!」 「違う! 貴様に、私の感じているものが分かってたまるか! 吸血鬼が屈辱を受けることが、どんなことかも分からない貴様には……!」 「分からないよ! 私はあんたじゃない! でもこれだけ言ってやる! お前も妖怪なら怖いのを否定できる勇気くらい持てっ!」 「逃げ出した河童風情が私に説教するな! 忌々しい……貴様も四季映姫の同類だ!」 狂気を孕みつつある視線に震えそうになりながらも、にとりは必死で体を動かしていた。 怒りから思わず発されたのだろう、天狗の前に突き出すという言葉がにとりに一筋の光を見せていた。 文は生きている。レミリアに敗北しながらも、きっと逃げ延びて再起の機会を窺っている。 自分達を見捨ててどこかに行ってしまったという可能性もないではなかった。所詮は口約束。保障なんてどこにもない。 それでも、文は仲間だという自信がにとりの中にあった。身を挺してサニーミルクを守ってくれた文は、 レミリアの論理なんかに縛られずに助けに来てくれる。 ようやく、目が覚めただけのことですよと不敵に笑いながら言った文は、 かつて自分達河童を仲間と認め、手を取ってくれていた頃の頼もしさがあった。 だからその時まで、精一杯に抵抗してみせる。 頃合だと見計らったにとりはレミリアの方角へと向き直り、両腕を真っ直ぐ天へと突き上げる。 同時、レミリアの足元からそれまでのにとりの攻撃とは比較にならない、水の瀑布が押し寄せる。 洪水『ウーズフラッティング』と呼称される、水の直線射撃型弾幕である。 真下は湖。にとりの『水を操る程度の能力』により大幅に威力を増強された『ウーズフラッティング』がレミリアの行く手を遮る。 「吸血鬼は流水が苦手なんだったね! これが抜けられる!?」 元々当てることは狙っていない。水による壁を作り時間稼ぎをすることがにとりの目的だった。 次々と迫る瀑布の壁に、さしものレミリアも怯み、後退を始める。 が、そのまま優位に事を運べるほど目の前の吸血鬼は生易しい相手ではなかった。 「たかが水ごときで私が止められるか!」 剣戟を封じられたレミリアは剣を持っていない方の手に魔力を集中させ、手裏剣のような弾幕を生成し始めた。 『スティグマナイザー』と呼ばれるその弾幕は、射撃を切り裂きつつ相手を追尾する、非常に強度の高い弾幕だった。 レミリアの手から離れた『スティグマナイザー』が弧を描きながら瀑布を突き抜けてにとりに迫る。 レティから譲り受けた氷のトライデントで咄嗟に弾き返そうとしたが、吸血鬼の弾幕に太刀打ちできるものではなかった。 一発目は力を一杯に振り絞って叩き落すことに成功したが、 直後瀑布を突き抜けてきた二発目の『スティグマナイザー』をどうこうできる余裕は既に失われていた。 強力な圧に押し切られ、氷のトライデントがバラバラに砕け散る。 さらにその衝撃でにとりも吹き飛ばされ、水の防壁外へと飛び出してしまっていた。 その様を発見したレミリアが、全身の毛もそそけ立つような凄惨な笑みを浮かべる。 望みどおり、バラバラにしてやる。口にこそ出していなかったが、レミリアの全身から立ち上る殺気がそう伝えていた。 もう一度水の弾幕を張ろうにも、この安定しない姿勢では弾幕の撃ちようがなかった。 「まずは腕から毟り取ってやる――」 剣を突き出したレミリアに、ここまでか? と弱気が囁きかけた、その時だった。 ふわりと風に乗ってにとりの目の前に流れてきたのは、真っ黒な鳥の羽だった。 この色と形を、自分は知っている。 お調子者で、自信家で、けれどもどこか律儀で頼りになる仲間の…… 「上……取りましたよ!」 「な……天狗!?」 レミリアが気付き、そちらへと振り向いた時にはもう遅かった。 真っ直ぐに天狗の高下駄で踏みつけるように急降下していたのは、射命丸文だった。 背中に突き刺すようにして、文の足元から強大な風が巻き起こる。 「『天狗のマクロバースト』ッ!」 一点に風を収縮させ、圧縮したエネルギーを爆発させる『天狗のマクロバースト』はにとりの知る限り天狗の中でも最大級の威力を誇る技である。 射程が極短く、加えて高低差を利用して突進しなければならないため、普段ならば吸血鬼クラスの相手に当たるはずもない技だったが、 にとりにのみ意識を向けていたレミリアが、不意を突かれたとはいえ避けられる道理はない。 背中に天狗の全力を受けたレミリアが、きりもみ回転を起こしながら湖へと急落下し、落ちた水面から盛大な水柱を吹き上げた。 文句なしの直撃と言ってよかった。加えて落ちた先は吸血鬼の苦手とする水の中である。 無傷では済まないどころか決定打になったという理解がにとりの中に染み込み、空中で静止している文に「文ーっ!」と弾けた体で飛び込んでいた。 「ぐえっ!? ちょ、ちょっと……こちとらアバラ折れてるんで……」 「え、そうなの? だ、大丈夫?」 「ま、まあ……正直、もう限界です」 珍しい弱音だと思ったが、一度はレミリアに敗北したというのだから当然の怪我なのかもしれなかった。 加えて全力の『天狗のマクロバースト』を撃ったのだから疲弊度は考える以上に高いのだろうとにとりは思った。 そういえば、妙に息切れもしているし腹部を押さえている。これは本格的にまずいかもしれないと考え、肩を貸してやろうかと尋ねる。 プライドの高い天狗ゆえ受けてくれるかどうか心配だったが、案外あっさりと文は頷いてくれた。 「必要なときくらい力は借りますよ……同じお山のよしみもありますしね」 「……仲間、だろ?」 わざと口に出さないのを察して、そう言ってみると文はふんとそっぽを向いた。 やっぱり、仲間だと思ってくれているんだ。嬉しい理解がにとりの中で広がる。 後はサニーミルクを見つけて、出来るならばレティも回収して、どこか休める場所を探そう。 頭の中で方針を組み立て、文の肩に手を回しかけたとき、ヒュッと空を切る鋭い音がしていた。 「え?」 文の足に、鎖が巻き付いていた。 どこか怪しい輝きを放つ、赤錆びた鎖だった。 これは何だと考える暇はにとりには与えられなかった。 鎖にぐいと引っ張られ、文が水面へと急降下してゆく。 鎖の伸びる先、水面の下に、怒りに燃える真紅の瞳があった。 「……おい、嘘、だろ」 文を搦め取り、水中へと引きずり込んでいたのは、先ほど撃ち落としたはずのレミリア・スカーレットだった。 * * * 水底で最初に文が捉えたものは、この世の全てを憎む瞳だった。 自らの論理を否定されかけ、それに対して怒り狂っている子供の瞳だ。 「仲間……そんなもので私が倒せるか! そんなので、そんなもので!」 吸血鬼だからなのだろう、水中において尚、レミリアの放つ声を文は完全に聞き取っていた。 逃れようと必死にもがく文だったが、体力の尽きかけた体ではレミリアの放った魔力の鎖、『チェーンギャング』を壊すこともできない。 加えて水中では息が持たない。このままでは溺死を待つほかなかったが、抵抗する術がなかった。 ごぼごぼと気泡を吐き出すだけの文を見て、レミリアが嘲笑う。 「吸血鬼が水に落ちたくらいで死ぬわけがないだろう。流れのない湖など、私にとっては水溜りに過ぎない」 流水ではなかったことが、圧倒的な力で文をねじ伏せていられる道理だった。 息苦しくなり、顔を歪ませる文を見ながら、レミリアは「そうだ、もっと苦しめ」と手に持った剣を光らせてサディスティックな声を出す。 「あがけ。もがけ。そして絶望に死ね。私の恐怖の前に貴様らの力など無力だということを分からせてやる! 次はあの忌々しい河童だ。妖精の前で惨たらしく虐めて、最後は妖精に殺させてやる。私に逆らうとどうなるかを思い知らせてやる……!」 間違いなく、この吸血鬼ならやってのけるだろうと文は思った。 仲間の存在を否定するために、仲間の力が恐怖よりも劣ると証明するためなら、この吸血鬼はどんな非道なことだって行う。 させてなるものか、と朦朧とする意識で、しかし確かに文はそう思っていた。 自分の我が侭のために、他者の歩みすら阻害しようとする、この吸血鬼を放ってはおけない。 そんな奴の思い通りにさせてしまうことも、たまらなく悔しい。 せめて弾幕の一発でも放ってやりたかったが、精魂尽き果てたこの体では―― 体の中に残っていた気泡という気泡が漏れ、苦しさを通り越して倦怠感すら生まれてくる。 指先を動かすことすら億劫になり、目を閉じようとした文の視界に、見慣れた耐水服と帽子を着込んだ、 短いツーテールが特徴の河童が見えた。 ……にとり? 水中だからなのか、にとりと思われる妖怪の全貌ははっきりとしない。 しかしそれでも、文はにとりが勇ましい顔で「今度は私が助ける番だ」と喋るのを捉えていた。 馬鹿。逃げなさいよ。せっかくこの私が体を張って助けてやったというのに。 言葉は言葉にならず、水に溶けて消え、届かない。 おぼろげな意識の中、文は思いを伝えられないことをひどく悔しく感じた。 違う。私が本当に言いたいことはそうじゃない。 同じ山の仲間を裏切ろうとしていた私が恥ずかしい。 妖精に指摘されるまで責任の文字を履き違えていた私が恥ずかしい。 この期に及んで慢心し、レミリアに反撃を許してしまったことが恥ずかしい。 あまりにも不甲斐なく、そんな自分をまだ認められないと思っているのが、一番恥ずかしい。 いつしか余裕を傲岸に変えてしまっていた私は、幻想郷には不要なものなのかもしれない。 所詮はレミリアの同類だった妖怪。正しい存在に戻ろうとしたところで、既に遅かったのかもしれない。 でも……それでも、私はにとりが来てくれたのが嬉しかった。 私を仲間と認め、助けてくれるのを嬉しく感じてしまった。 だから、本当に伝えるべき言葉は、「ありがとう」という単語ひとつのはずだったのに…… 「……っ、が、あああああっ!」 レミリアが苦しげに悲鳴を上げ、文を縛っていた鎖をするりと手放す。 『チェーンギャング』が離れると同時に、虚脱状態にあるはずの体がするすると動いてゆく。 流されていると理解したのは、ひどく優しげな笑顔を浮かべていたにとりを見てしまったからだった。 水を操る能力で流水を起こし、レミリアにダメージを与えている。 『天狗のマクロバースト』でさえ致命傷とならなかった以上、吸血鬼の弱点を突くというにとりの発想は正しかった。 だが、それでトドメを刺せることはない。それほどまでに吸血鬼とは強大な存在だった。 レミリアの血走った目がにとりを向く。やめろと文が思ったのと同時、 とても水中にいるとは思えないスピードでにとりの懐にレミリアが飛び込んでいた。 「私を馬鹿にして……! 河童風情が! 消えろ!」 横薙ぎに払った剣が、にとりの胴体を一刀両断にしていた。 二つに分かたれた体が、水の中に血の華を咲かせた。 それでも流水は止まらない。体が流され、レミリアの憎悪に満ちた顔も、にとりの優しい笑顔も遠のいてゆく。 薄れゆく意識の中、文は必死に手を伸ばそうとした。 いなくなってしまう。自分の中に生まれた、仲間を思う気持ちすら伝えられずに―― 水中であったがゆえに、その時文は自らが流した涙の存在にすら気付くことはなかった。 後悔が意識を押し包み、そこで文の意識は途絶えた。 * * * 片目を失ってしまったのは予想以上の被害だった。 安定しない視界の中、十六夜咲夜は霧の湖まで歩いてきていた。 河城にとりと妖精が逃走した方角はここだったはず。記憶力には自信のあった咲夜は、迷うことなく湖へと辿り着いていた。 夜間であるので、真っ黒になった左半分の視界を除けば見晴らしは良い。 探せばすぐ見つかるはずだと断じて探索に乗り出そうとした瞬間、ざばりと淵から何者かがよじ登ってくるのが見えた。 「……お嬢様?」 「咲夜か」 妙に血走った目をしており、傍目にも尋常の事態ではないと想像をつかせる。 ずぶ濡れになったまま暗色のコートを着込む姿はどこかしら冷え冷えとしたものも纏っているのもそう思わせた一因だった。 「あの忌々しい河童め……何度殺しても飽き足りない」 そう言い捨てると、レミリアはぶんと地面に球状のものを投げ捨てていた。 ごろんごろんと転がり、やがて小さな岩にぶつかって静止したそれは、河童の生首だった。 ただ切り取られただけではなく、顔全体をズタズタにされた様子は見るに耐えず、また何があったのか聞く気も失せさせていた。 それどころか、河童の生首はレミリアの恐怖の顕現とさえ思え、 レティ・ホワイトロックを討ち取ったという報告さえ忘れさせるほどに咲夜を怯えさせた。 自分も見捨てられれば、ああなってしまう。何も残さないまま、無為な時間をさまよい続ける…… 「怖いか?」 表情には出さないつもりでいたが、レミリアにはお見通しだったようだ。 は、と震える声で正直に告げると、少しは腹立ちが紛れたらしいレミリアが「それでいい」と歪んだ笑いを寄越していた。 「仲間だの、信頼だの……結局は私に負けている。クズの言い訳など私は聞きたくない」 それきりにとりに対する興味も失ったらしいレミリアは、もうそちらの方角を向くこともなかった。 「咲夜。他のクズどもはどうした」 「は……レティ・ホワイトロックを討ち取りましたが……」 「天狗と妖精は逃がしたか……まあいいわ。あいつらだけは私が絶対に殺す。たっぷりと絶望を味わわせてね」 「では、天狗と妖精を追跡する、ということでしょうか」 「そうね……そういえば咲夜、随分と手こずったようね」 閉じた片目を眺めながら、レミリアが近寄ってくる。 不覚を取ったことを不甲斐ないと吐き捨てられるかと思い、身を震わせた咲夜だったが、 思いの外優しくレミリアの指が頬を撫でていた。 「だが、お前は勝った。たった一人で、屈せずに支配した。そこは評価してやってもいいわ」 「あ……は、はい」 「私に支配される者だけが、勝利を得る。ねえ、咲夜?」 頬を撫でるレミリアに、狂喜の感情と、畏怖の感情が渾然一体となり、咲夜は歪んだ笑みを浮かべていた。 壊れていながらも敬愛する『お嬢様』が、そこにいるような気がしていたからだった。 * * * 「う……」 「あ……目、覚めたんだ……」 湖のほとり。紅魔館にほど近いそこで、私は射命丸文が目を覚ますのを待っていた。 にとりに突き飛ばされ、しばらく呆然としている間に、戦闘は終わっていた。 文がレミリアを湖に突き落としたかと思えば、そこからレミリアが反撃し、 助けようとしたにとりが後を追い、そして死んでいった。 流されてゆく文を追って、私は湖を迂回してレミリアに見つからないように移動していた。 その間、とても恐ろしい音が聞こえていた。 聞くのも辛くなるような罵詈雑言を飛ばし、なにかを壊していたレミリア。 確認するのも怖くて、私は耳を塞ぎながら必死に移動していた。 そして文を見つけた後は湖から引き上げ、レミリアにも見つからない場所まで運んできた。 レティは戻ってこない。にとりも戻ってこない。怖くて、寂しくて、私は泣きながら文が目覚めるのを祈っていたのだった。 「私……無様ですね……」 ぼんやりとした表情で、文はそう言う。その目頭には涙が溜まっていた。 すごく悔しかったのだろう。天狗はプライドが高い。レミリアにいいようにされたのだから、気持ちは分からなくもない。 「……そんな風に思える天狗が羨ましいよ。私なんて、こわくて、何もできなかった……」 「真っ先にケンカを売ったのはあなたでしょうに」 苦笑交じりに、涙を拭ってくれる。こんなに優しかっただろうか? レミリアと出会う前までの、冷淡にしか思えなかった文の表情は安らかだった。 「私も、それに釣られて……戦って……負けて、何も守れなかった……私でも仲間だって認めてくれた、にとりも……」 「文……?」 プライドの高い、高慢ちきな天狗の姿はそこにはなかった。 ただ友達のことだけを思って、思いに応えられなかった悔しさだけを滲ませる、本当の『射命丸文』を見たような気がしていた。 「罰なんでしょうかね、これは……今まで役目役目で、自分の生活さえ守れればいいなんて考えていた妖怪のツケ……」 「だったら、なんで泣いてるのよ」 「え?」 手を伸ばし、目元を拭って涙を見せてやると、文は信じられないというように絶句していた。 そのまま何も言わない文に、私は感じたことを言っていた。 「あんたがどんな生活してきたのかわかんないけどさ……文は、そこまで冷たい妖怪じゃないって、私思うよ。 そんな風に泣く奴はいい奴なんだって、私でも知ってる」 「……私は」 何かを言いかけて、文はそれきり口を噤んで、泣いた。 あの天狗がここまでぽろぽろ泣く姿なんて、私は見たこともなかった。 自信家で、他人を馬鹿にして、意地悪だとばかり思っていた天狗が、こんな顔をする。 だったら、妖怪っていうのはもっともっと、私達が知らない側面を持っているのかもしれない。 そして文の感情を引き出させたにとりがすごいように思えて……だからこそ、とても寂しくなった。 にとりの存在を、こうも簡単に奪ってしまう幻想郷がとっても悲しかったからで…… 私も、いっぱい泣いていた。 【C-2 湖のほとり 一日目 夜中】 【射命丸文】 [状態]瀕死(骨折複数、内臓損傷) 、疲労大 [装備]胸ポケットに小銭をいくつか、はたてのカメラ、折れた短刀、サニーミルク(S15缶のサクマ式ドロップス所有) [道具]支給品一式、小銭たくさん、さまざまな本 [思考・状況]基本方針:自分勝手なだけの妖怪にはならない 1.仲間を守れなかった…… 2.私死なないかな? 3.皆が楽しくいられる幻想郷に帰る 【C-3 湖近辺 一日目 夜中】 【十六夜咲夜】 [状態]腹部に刺創、左目失明 [装備]NRS ナイフ型消音拳銃(0/1)個人用暗視装置JGVS-V8 [道具]支給品一式*5、出店で蒐集した物、フラッシュバン(残り1個)、死神の鎌 NRSナイフ型消音拳銃予備弾薬16 食事用ナイフ(*4)・フォーク(*5) ペンチ 白い携帯電話 5.56mm NATO弾(100発) [思考・状況]お嬢様に従っていればいい [行動方針] 1.このケイタイはどうやって使うの? ※出店で蒐集した物の中に、刃物や特殊な効果がある道具などはない。 ※食事用ナイフ・フォークは愛用銀ナイフの様な切断用には使えません、思い切り投げれば刺さる可能性は有 ※レティの支給品は死体とともに放置されています。 【レミリア・スカーレット】 [状態]背中に鈍痛、軽い疲労 [装備]霧雨の剣、戦闘雨具 [道具]支給品一式、キスメの遺体 (損傷あり) [思考・状況]基本方針:威厳を回復するために支配者となる。もう誰とも組むつもりはない。最終的に城を落とす 1.文とサニーを存分に嬲り殺す 2.キスメの桶を探す 3.映姫・リリカの両名を最終的に、踏み躙って殺害する 4.咲夜は、道具だ ※名簿を確認していません ※霧雨の剣による天下統一は封印されています。 【レティ・ホワイトロック 死亡】 【河城にとり 死亡】 【残り18人】 160 行き止まりの絶望(前編) 時系列順 163 消えた歴史 160 行き止まりの絶望(前編) 投下順 161 最後の審判 160 行き止まりの絶望(前編) 射命丸文 162 KIA pictures 160 行き止まりの絶望(前編) レミリア・スカーレット 169 原点回帰 160 行き止まりの絶望(前編) レティ・ホワイトロック 死亡 160 行き止まりの絶望(前編) 河城にとり 死亡 160 行き止まりの絶望(前編) 十六夜咲夜 169 原点回帰
https://w.atwiki.jp/jojotoho_row/pages/287.html
東の方角からゆっくりと光が射し始める。 夜明けの時刻が訪れたのだ。 木々の間から覗く藍色の空は徐々に澄んだ蒼へと染め上げられていく。 広大な空の遥か彼方―――――月の上では決して目にする事の出来ない情景。 下賎な地上の民に不相応な程に美しい。 しかし、そんな光景を眺めている暇は今の彼女にはない。 ――――――おはよう、参加者の諸君。荒木飛呂彦だ。 このゲームにおける最初の放送が始まりを告げていたからだ。 (18人…まぁ、そこそこのペースかしら) C-5、魔法の森。 樹木の幹に腰掛ける『八意永琳』はひとまず輝夜達の名が呼ばれていないことに胸を撫で下ろす。 当然のことだが、この場において知り合いと呼べる人物は殆どいない。 故に放送読み上げられる名も知らないものばかりだが、シュトロハイムから聞いたシーザー、スピードワゴンの名は耳に入った。 老人であるスピードワゴンはともかく、柱の男とやらに対抗する術を持つというシーザーが脱落したのは少々痛手か? 否、ゲーム開始からたったの6時間で命を落とした人物だ。 その時点で実力の程度はたかが知れているだろう。 (それにしても、今の「放送」…機材の類いは一切使っていないようね。 まるで頭の中でテレパシーの様にはっきりと聞こえてきた。 奴らはどうやって放送を私達に伝えた?…そもそも、私達の生死を把握する手段は一体?) 先の放送でも伝えられた様に、主催者は参加者一人一人の生存状況を正確に把握している。 ゲームを促進させる為に流した虚偽の死亡者情報である可能性も考慮したが、その見込みは薄いだろう。 このゲームの会場は6×6km2。そこに90名もの参加者が放り込まれている。 他の参加者との遭遇する可能性が高い以上、死亡者の発表で安易な嘘を流した所ですぐに暴かれる危険性があるのだ。 故に先程の放送の内容は概ね事実であると判断した。 とはいえ、参加者の生死を確認する方法も私達に放送を伝えている手段も不明のままだ。 謎は未だに幾つも残っている―――― 「………」 思考を重ねていた最中、永琳があさっての方向へと目を向ける。 直後に雑草を踏み頻る足音が断続的に耳に入ってくる。 誰かがこちらへと少しずつ接近してきているのだ。 永琳は手早く名簿と地図をしまい、その場から立ち上がる。 最低限の警戒を払いつつ足音が聞こえる方向を見た。 ゆらり、ゆらりと木々の陰から姿を現す人影。 木漏れ日が射し、その姿がはっきりと見えてくる。 右手に拳銃を握り締めた白髪の男だ。 「……………」 男はうんざりしているかの様に眉を顰めつつも視線を向けている。 口を閉ざたまま永琳を真っ直ぐ見据えてくる。 どこか見覚えがある。 そう思って永琳は記憶を遡り、すぐにそのことを思い出した。 (確か姫海棠はたての記事で…) 『花果子念報メールマガジン』の第一号にこの男の写真が載っていた。 B-4で発生したガンマン同士の決闘、うち片方が敗北し射殺されたという記事。 命の遣り取りをもスクープにしてしまう辺り、地上の民が如何に穢れているかが見て取れる。 ともあれ、現状の問題は目の前の男だ。 あの記事に書かれていたことが真実であるのなら。 (あの記事が真実なら、この男はスデに他の参加者を殺しているということになる) 永琳は思う。正々堂々とした決闘―――そう評すれば聞こえはいい。 しかし、その本質は殺し合いと何ら変わりない。 この男も殺人者に過ぎないのだ。 問題は『乗っているかどうか』。 もう片方の男が戦いを挑み、返り討ちに会ったのか。 もしくはこの男から決闘を仕掛けて相手を殺害したのか。 この男が抱える殺意の方向性を、殺し合いへのスタンスを見極めなければならない。 そうして永琳が思考を重ねている最中でも男は無言を貫き、彼女をじっと見つめていた。 暫しの沈黙の後、男が話を切り出す。 「質問をさせてもらう。金髪金眼の赤い服を着た少女を探している」 「生憎だけど、知らないわ」 永琳はきっぱりと答えた。 事実、そのような人物のことは知らない。 知っているのは永遠亭の面々と藤原妹紅、あとはこの場で出会っているシュトロハイムくらいのものだ。 「金髪金眼の赤い服を着た少女」という特徴はシュトロハイムから聞いた波紋戦士らの情報とも一致しない。 「その子はあなたの知り合い?」 「俺がこの手で決着を付けなければならない『敵』だ」 男は淡々とそう語る。 表情は落ち着き払ったポーカーフェイスのままだ。 しかしその言葉からは微かに『憤怒』と『殺意』が滲み出てる。 本人は冷静を装ってるつもりなのかもしれないが、最早それを隠し切れていない。 その少女と一体どのような因縁があるのか、知る由もない。 ただ一つ解ることと言えば、その少女が男の逆鱗に触れるような行為をしたということだけだ。 そう、この男に殺意を抱かせる程の行為を。 故に永琳は問いを投げかけた。 「…殺すつもりなのね」 「そうだ」 男はきっぱりと返答する。 何の躊躇も無く、いとも容易く己の殺意を肯定した。 それを隠し切れていないのではなく、隠すつもりさえ無かったらしい。 やはりゲームに乗っているのか。或は殺人に対して一切の抵抗を感じない人種か。 「俺の目的はただ一つ、公正なる果たし合いだ。 純然たる殺意による『男の価値観』、卑しさの無い正々堂々とした『決闘』こそが俺を精神的に生長させてくれる。 あの小娘はそれを踏み躙り、決闘者であるグイード・ミスタの不意を討った」 直後、饒舌な口調で男は語り出した。 その言葉の端々から滲み出るのは『熱意』。 己の信念を貫かんとする『意志』。 それらは先程までの冷静沈着な男の様子からは見られなかったものだ。 「故に俺は決着を付けなければならない。 男の世界を侮辱した愚者をこの手で仕留めなくてはならない」 そして、男は一息置き。 「それが俺にとっての『納得』だ」 自らの信念に殉じ、己の道を進み続けるべく。 踏み躙られた誇りを取り戻し、自らの手でけじめを着けるべく。 男は、少女に挑むことを宣言する。 それは命を課してでも貫かなければならない矜持。 己に取っての『納得』を得る為の行動。 その眼に迷いは無い。 彼の瞳に宿るのは『漆黒の殺意』。 それは軟弱な価値観では踏み入ることの出来ない――――『男の世界』。 そんな男を永琳は何も言わずに見据え続けていた。 月人の灰色の瞳は、漆黒の焔を宿す瞳と相対し続ける。 彼女は何も口に出さない。男もまた、沈黙を貫く。 暫しの睨み合いが続いた後、男が再び口を開いた。 「いい眼差しをしているな」 「あら、褒めてくれてるのかしら?」 「先程の小娘は期待外れだったが、お前は楽しめそうだ」 淡々と、しかしどこか期待しているかのような口振りで男は呟き出す。 軽口を適当に受け流された永琳はほんの少し不服な心境になるが、然程気にすることも無く冷静な態度で男を見据える。 少しの間を置いて、男はその肩に『精神力のエネルギー』を纏わせながら言葉を紡ぎ出す。 「名乗らせて頂こう。俺はリンゴォ・ロードアゲイン。 スタンド名は『マンダム』…能力は『時を6秒間巻き戻すこと』。 これから使う武器はこの一八七四年製コルト一丁。 …俺の手の内は以上だ。お前に決闘を申し込ませて貰う」 リンゴォ・ロードアゲイン―――――――そう名乗った男の右肩に、突如奇妙な物体が出現する。 それは蛸の様な姿をした異様極まりない存在。 無数のワイヤーがリンゴォの肩と腕に捩じ込まれているかの様に絡み付いている。 永琳は唐突にリンゴォの肩に出現した物体を見て心中で僅かながら驚愕する。 (『スタンド』……?) リンゴォが口にしたのは聞き慣れぬ概念。 時を6秒巻き戻す能力を持つという『スタンド』。 時間遡行となると、永遠と須臾という『時』を操る能力を持つ輝夜にも行えない芸当だ。 幻想郷にも数多くの異能力者が存在するとは聞いているし、強大な能力を持つ月の民も珍しくはない。 しかし、あのスタンドなる存在は自分の知識の範疇に無い全く未知のものだ。 まるで傍に立つ守護霊のような―――――思えば、メールマガジン第二号で掲載されていた長身の女にも守護霊のような存在が憑いていた。 あれも『スタンド』だというのだろうか。スタンドを持つ者はこの会場に何人もいるというのか。 兎に角リンゴォは何の躊躇も無く自らの能力を明かしたのだ。 そう、永琳に決闘を申し込むべく。 「…自分から手の内を明かすというのね」 「『公正さ』こそが掟であり、掟こそ力“パワー”だ。故に俺は全ての手の内を明かす」 「成る程、見上げたものね。それで…私に決闘を?」 「そうだ。お前の『眼』から力を感じた。 例え何があろうと自らの意思を貫き通す『漆黒の意志』を見たのだ。 …先程の小娘は腑抜けだったが、お前ならば期待が出来そうだと…そう思ったが故、決闘を申し込ませてもらった」 自らの手の内を明かし、正々堂々と決闘を行う。 ある意味では幻想郷におけるスペルカードルールと似ているとも言える。 しかし、リンゴォの瞳に宿る信念は寧ろ幻想郷の在り方と真っ向から反するものだ。 永琳はそれに薄々感付いていた。 「…では、私もそうさせて貰うとしましょうか。 名は八意永琳。能力は…そうね、『あらゆる薬を作ること』と『不老不死』。 そしてもう一つ、霊力を弾丸やレーザーに変換して放つ…謂わば『弾幕』」 ほんの少しの間を置き、永琳もまた淡々と自らの手の内を晒す。 ほう、と感心した様にリンゴォは彼女を真っ直ぐ見据える。 やはり自分の見込んだ通りだったか。 この女の眼からは確かな素質を感じた。 受け身の態度を貫く『対応者』ではなく、一人の『決闘者』としての意志。 目的の為に殺意を以て立ち向かうことの出来る信念。 故に彼は期待を胸に抱いていた。 「…感謝する」 「何、貴方に付き合ってあげるだけよ。それより…もう始めるんでしょう?」 「ああ、そのつもりさ」 フッと僅かながら口元に笑みを浮かべるリンゴォ。 対する永琳は無表情のまま右手を腰に当て、身構えることも無く立ち尽くしている。 その姿からは余裕さえ感じられる程だ。 そんな永琳の態度を気に留めることも無く、リンゴォは両足を揃えて姿勢を正す。 互い睨み合うかの如く二人は視線を交わす。 暫しの静寂が場を支配する。 そして、沈黙を裂く様に二人が口を開いた。 「「――――よろしくお願い致します」」 頭を下げて一礼を行った直後、リンゴォが瞬時に動き出した。 銃を構える。 撃鉄を倒す。 引き金に指をかける。 そして、弾丸を放つ。 一瞬の動作で行われた早撃ち。 ガンマンとしての優れた技量によって為される技。 銃口より発射された黒鉄の咆哮は、凄まじいスピードで宙を裂いていく。 そのまま放たれた弾丸は風を切りながら永琳の眼前まで迫る―――――― 「…へぇ」 迫り来る弾丸を見据える永琳の口元は、不敵に笑っていた。 片手で顔の左半分を押さえながら永琳の身体が仰け反る。 放たれた弾丸が左目に直撃したのだ。 (何…?) しかし、リンゴォはすぐさま違和感を覚えた。 永琳は何ら抵抗を試みぬまま撃たれたのだ。 銃弾を前にした彼女が取ったのは『首を少し横に傾げた程度』の回避行動。 脳の中枢への直撃を避けることはできたが、左目は弾丸によって撃ち貫かれていた。 眼球の半分以上を破壊され、潰れた瞼の奥底からは涙の様に鮮血が流れ落ちている。 一歩間違えば即死を免れなかったであろう。 にも関わらず、彼女は余裕を崩さなかった。 不遜な態度を保ち続けていた。 (躱しきれなかった?―――いや、『躱そうとしなかった』のか!?) リンゴォの脳裏に憶測が浮かぶ。 永琳は避けられなかったのではなく、初めからまともに「避けるつもりがなかった」のではないか。 不死への慢心か――――否、違う。 あれはまるで『自分はお前に殺されない』とでも宣っているかのような余裕だった。 慢心などではなく、確信であるかのような。 汗が頬を流れ落ちる。 そのまま、彼は永琳へと再び眼を向けた―――― ―――残された『右目』が、リンゴォを視る。 ―――虚空のような灰色の瞳が、リンゴォを捉えていた。 その瞬間、リンゴォの背筋に悪寒が走った。 得体の知れない『虚無』が刹那の間だけ彼の心臓を掴んだ。 それは、永琳が反撃する為の『隙』となる。 「スペルカード――――」 左目から血を流しながらも永琳はその右手を正面へと向ける。 何かが来る。それを理解したリンゴォはすぐさま銃の照準を定め、引き金を引こうとしたが。 ――――覚神「神代の記憶」。 「ッ――――!!」 瞬間、突如周囲から無数のレーザーが放たれリンゴォに一斉に襲い掛かる。 リンゴォは咄嗟にその場から後退しそれらを回避。 しかしレーザーは森の樹木の隙間を交い潜り、生命を彷彿とさせる二分木の如く張り巡らされる。 さながら網目状の蜘蛛の巣にも見えるそれらのレーザーは、リンゴォの周囲を取り囲む。 そして間髪入れず、永琳の前方より無数の弾幕が放たれた。 リンゴォは頬から汗を流す。 迫り来るは無数の弾幕。 しかし、避けようにも周囲のレーザーが自らの動きを阻害する。 このままでは、躱し切れない――――! リンゴォの判断は瞬時に行われた。 弾幕が自身に到達する寸前に、彼の指は腕時計の秒針を摘んでいた。 そして、リンゴォは自らの『スタンド能力』を発動する。 「『マンダム』ッ!」 ― ―― ――― ―――― ――――― ――――――時は6秒巻き戻る。 6秒前。それはリンゴォが永琳の頭部を狙って拳銃の引き金を引く直前。 永琳の片目が撃ち抜かれるほんの数瞬前だ。 巻き戻った瞬間、リンゴォは間髪入れずに永琳の急所目掛けて発砲しようとしたが―――― 「今度はこっちの番よ」 それよりも先に永琳の身体が動く。 マンダムが時間を遡行させたと同時に永琳はリンゴォの動作よりも先に駆け出したのだ。 まるで時間を巻き戻すことも予想の範疇だったと言わんばかりに。 そのまま永琳は、風を切るような敏捷性でリンゴォへと接近していくッ! 「くッ――――!」 リンゴォは汗を頬から流し、迫り来る永琳に向けて何度も発砲する。 刹那の早撃ちによって放たれた弾丸のうち一発は永琳の右肩に着弾。 彼女の肩から真紅の鮮血が吹き出す。 ほんの一瞬だけ苦痛の表情を浮かべたが、それでも尚永琳は止まらない。 そのまま残りの弾丸を高い瞬発力によって回避し、リンゴォの懐へと肉薄するッ! 至近距離まで迫った永琳と距離を取るべく、咄嗟に後方へと下がろうとしたリンゴォ。 しかし永琳の方が『一手』早く動いた。 「――――覚神「神代の記憶」」 直後、再び網目状のレーザーが展開。 リンゴォと永琳の周囲がレーザーによって取り囲まれる。 後方へ下がり続けようとしていたリンゴォの動きが止まり、即座に永琳の方へと意識を向ける。 周囲を囲まれ退路を断たれた以上、最早距離を取ることなど出来ない―――! 「マンダ――――」 スタンドを発動すべく、時計の秒針を動かそうとした瞬間。 ぐらりとリンゴォの体勢が大きく崩れる。 再び接近した永琳が瞬時に足払いをし、彼の片足を刈ったのだ。 そのままリンゴォの身体が投げ飛ばされ、勢い良く背中から地面へと叩き付けられた。 衝撃で彼の右手から拳銃が離れ、雑草の上を僅かに跳ねる。 リンゴォは仰向けに倒れながら慌ててそれを回収しようとした。 しかし、それよりも先に永琳がリンゴォの拳銃を足で踏みつける。 そのまま永琳は身を屈めて手早く拳銃を回収。 右手で構えた銃口を仰向けに倒れるリンゴォの頭部へと向けた。 「勝負ありよ、リンゴォ」 灰色の瞳は冷淡に男を見下ろす。 僅か1分足らずの決着だった。 「…俺が最初に引き金を引いた際、お前はまともに避けようとしなかった」 「そういえばそうだったわね」 戦闘を終えた為か、周囲に展開されていたスペルは既に消失している。 仰向けに倒れていたリンゴォが永琳に問いを投げかけた。 既に己の敗北を認めており、抵抗する様子は見せていない。 その顔に浮かべているのは死をも受け入れんとする清々しい表情だ。 「何故だ」 「……………」 「あと少しでも逸れていれば弾丸はお前の脳の中枢を破壊していただろう。 にも拘らず、お前はまともに回避をしようとしなかった。何故だ」 リンゴォの胸中には疑問が浮かんでいた。 何故左目を打ち抜かれた時、まともに避けようともしなかったのか。 ほんの数センチ軌道が逸れていれば即死の可能性もあっただろう。 なのに、どうして永琳は躱そうとしなかったのか。 「強いて言うなら、貴方の攻撃で死なない自信があったから。 それに私のスペルで貴方の身動きを封じれば勝手に時間を巻き戻してくれると思ったからよ。 時間を6秒巻き戻すというのなら、6秒前までの負傷は無かったことに出来るようなものだしね」 永琳はそう返答する。 有りのままの事実を淡々と述べる様に。 リンゴォの表情が僅かに歪む。 『死なない自信があったから』。 つまり自分は侮られていたとでも言うのだろうか。 「……俺に、お前は殺せない。そう言いたいのか」 「さあ、どうでしょうね。それより、勝った側として聞きたいことがあるわ」 鋭い眼光で向けるリンゴォの言葉をはぐらかす様に永琳は話を切り替える。 何も言わず、しかし僅かながら不服な表情を見せるリンゴォ。 そんな彼を見下ろし、永琳が口を開いた。 「貴方が知っている参加者、そして今まで出会ってきた参加者について教えなさい。 スタンドについても知る限りの情報を提供して貰いたいわね」 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 「…妹紅と会っていたのね、貴方」 木の幹に腰掛けるリンゴォ。その傍に永琳が立ち、彼を見下ろしながら呟く。 永琳はリンゴォより彼の知る参加者の情報、スタンドの概念、そしてこの6時間の内に体験した出来事を聞き出していた。 「家族を殺された」という金髪金眼の少女との邂逅。 弾丸の軌道を操るスタンドを持つグイード・ミスタとの決闘。 金髪金眼の少女による妨害、ミスタの死。 そして彼女を追い掛ける過程で遭遇した銀髪の少女――――藤原妹紅。 此処に至るまでの過程を事細かに聞き出した。 (妹紅とは一応協力関係を結べると思ってたのだけれど… この男の話が本当ならば、正直言って使い物になるかどうかすら怪しいわね) リンゴォが体験した情報を脳内で租借する永琳。 彼の語る所では、妹紅は酷く精神を消耗しているらしい。 彼女は『死』を知った結果錯乱し、戦いが終わりを告げた頃には抜け殻同然になっていたという。 『前へ進む』ことを放棄した哀れな小娘――――とはリンゴォの談。 輝夜のことで協力関係を結べるだろう、と踏んでいたのだが。 その様子だと、今後妹紅と組むことは難しそうか? 例え組めたとしても『協力者』として使えるとは到底思えない。 出会ったとしても余り期待しない方がいいか。 永琳は一先ずそう結論付ける。 「ありがとう。まぁ、悪くない情報だったわ」 情報を引き出し終えた永琳は、ほんの僅かに微笑みつつ礼の言葉を口にする。 要求を飲んだ礼として、一度奪った拳銃は既にリンゴォの手元に返されている。 己の流儀を重んずるリンゴォが勝者の不意を討つような人間ではないことを理解していたからだ。 故に永琳は拳銃を渡した所で自分が攻撃される危険性は無いと判断した。 尤も、彼が所持していたもう一丁の拳銃は戦利品として予備弾ごと強引に拝借させてもらったが。 「…俺からも聞かせてもらうが、『姫海棠はたて』とやらは何者だ?」 「私も素性は知らない。記事の文面を見る限り幻想郷の住民だと思うけど」 「そうか…」 続いてリンゴォが問い質したのは姫海棠はたてのこと。 永琳による尋問の際、彼女の口からその存在を知ることになった。 同時に姫海棠はたてが自らの決闘を記事にしているということも知ることになる。 (この時、永琳はリンゴォに『メール』や『携帯電話』の概念を教えることに一苦労したという) リンゴォは思う。 姫海棠はたてとやらは低俗な記事によって『公正なる果たし合い』を茶化し、剰えミスタの屍を平然と晒したのだ。 これは『決闘』に対する侮辱に他ならない———その胸中に浮かぶのは憤り。 故にリンゴォの方針には新たに『はたての捜索』も加わっていた。 奴は金髪金目の少女と同様、この手で仕留めなければならない下衆だ。 尤も、幻想郷との交流を持たない永琳もまたはたての素性に関しては認知していない。 それ故にはたてに関する会話はすぐに打ち止めとなった。 「あぁ、最後に貴方に言っておきたいことがあるわ。 蓬莱山輝夜、鈴仙・優曇華院・イナバ、因幡てゐの三名には絶対に手出しをしないこと。 そして彼女達と会った場合、伝言を伝えること。 内容は…そうね。『第二回放送前後にレストラン・トラサルディーで待つ』。 まぁ、放送までに貴方が会えればの話だけどね」 そう言って永琳は三人の外見に関する情報を事細かに伝える。 このリンゴォという男は約束を破ることはないだろうと確信していたが故に。 『特定の人物に手出しをしない』『伝言』という要求を提示されたリンゴォは暫しの間無言で彼女を見上げる。 その後ゆっくりと頷き、やや不服そうに条件を受け入れた。 「――――じゃあ、私はそろそろ行かせてもらうわ。 ここまでの情報提供、感謝するわね」 それを確認した永琳はリンゴォに背を向け、足早にその場を後にしようとする。 一斉の警戒も無く彼に背を向けていた。 敗者への慢心なのか。或は、余裕の現れなのか。 どちらなのか、今のリンゴォには知る由もない。 ただ、去って行こうとする永琳に一つだけ聞きたいことがあった。 リンゴォは『敗者』として地に伏せることになった。 永琳は『勝者』。そんな彼女に問いただしたかった、ただ一つのこと。 「何故、俺を殺そうとしない」 「…さあ。何ででしょうね」 一瞬だけ振り返った永琳。 彼女の口から出たのは、はぐらかすような一言だった。 (公正なる果たし合い、か) リンゴォと別れた永琳は森の中を進み続ける。 彼女が脳裏に浮かべているのはリンゴォの語っていた理念。 ―――曰く、漆黒の殺意。 ―――曰く、精神の生長。 ―――曰く、男の世界。 (…馬鹿馬鹿しい) 永琳はただリンゴォの『遊び』に付き合っただけ。 スタンドとやらの能力を試す為に決闘を受け入れただけだ。 心中では彼の掲げる『漆黒の殺意』に嫌悪すら覚えていた。 己の生死すらも刹那の高揚に委ねるスタンス。 命を奪い合う死闘を賛美し、是とする姿勢。 生きることも、死ぬことも、彼にとっては一瞬の夢に過ぎないとでも言うのか。 自らの熱の為にそれらを投げ出すことも厭わないと言うのか。 はっきり言って―――――狂っている。 (リンゴォ・ロードアゲイン。貴方はその『殺意』を気高さだと思っているの? 命を運命に預ける『果たし合い』を崇高な理念だと思っているの? …貴方の掲げているそれは信念なんかじゃあない。呪いの類いよ) この男の信念に誇り高さなど存在しない。 己の狂気を妄信し、他者にまで強要する。 挙げ句の果てにそれを『高潔』だと信じて疑わない。 その姿には哀れみすら覚える。 あの男が長生きすることは決して無いだろう。 墜ちる所まで突き進み続け、己の身を滅ぼすのは解り切っている。 そして決闘の末の死を迎えた所で、彼はそれに満足するのだろう。 故に永琳は彼を殺さなかった。 少なくとも自分はあのような男を信念に殉じさせてやるつもりはない。 とはいえ、輝夜達を捜索する為の更なる人手を得られたこと、情報を得られたことは無駄ではなかった。 特にスタンドという未知の概念について知ることが出来たのは大きい。 恐らくこの会場には同様の能力者が他にも存在するのだろう。 シュトロハイムの語っていた『柱の男』共々、決して警戒を怠ることは出来ない。 (…やっぱり、そう簡単には乗り切れなさそうね) 今後新たなスタンド使い、あるいは更なる異能の存在を目の当たりにするかもしれない。 気怠げな感情を心中で抱く永琳。 しかし、彼女が足を止めることは無い。 輝夜達と共に生き続けることが、自分にとっての『贖罪』なのだから。 【C-5 魔法の森(北西)/朝】 【八意永琳@東方永夜抄】 [状態]:精神的疲労(小)、霊力消費(小)、右肩に銃創、再生中 [装備]:ミスタの拳銃(3/6)@ジョジョ第5部 [道具]:ミスタの拳銃予備弾薬(18発)、ランダム支給品(ジョジョor東方・確認済み)、携帯電話(通称ガラケー:現実)、基本支給品 [思考・状況] 基本行動方針:輝夜、鈴仙、一応自身とてゐの生還と、主催の能力の奪取。 他参加者の生命やゲームの早期破壊は優先しない。 表面上は穏健な対主催を装う。 1:輝夜、鈴仙、てゐと一応ジョセフ、リサリサ、藤原妹紅の捜索。 2:頭部が無事な死体、『実験』の為のモルモット候補を探す。 3:基本方針に支障が無い範囲でシュトロハイムに協力する。 4:柱の男や未知の能力、特にスタンドを警戒 5:情報収集、およびアイテム収集をする。携帯電話のメール通信はどうするか……。 6:第二回放送直前になったらレストラン・トラサルディーに移動。ただしあまり期待はしない。 7:リンゴォへの嫌悪感。 [備考] ※ 参戦時期は永夜異変中、自機組対面前です。 ※行き先は後の書き手さんにお任せします。 ※ランダム支給品はシュトロハイムに知らせていません ※ジョセフ・ジョースター、シーザー・A・ツェペリ、リサリサ、スピードワゴン、柱の男達の情報を得ました。 ※制限は掛けられていますが、その度合いは不明です。 ※リンゴォから「ミスタの拳銃」とその予備弾薬を入手しました。 ※スタンドの概念に知りました。 ※リンゴォに『第二回放送前後にレストラン・トラサルディーで待つ』という輝夜、鈴仙、てゐに向けた伝言を託しました。 去ってく永琳を静かに見送っていたリンゴォ。 暫し彼女の去って行った方向を見た後、その場から立ち上がるべく木の幹へと触れようとした。 その時になって、彼は気付く。 ―――カタカタと揺れ動いている。 ―――右腕が小刻みに震えていたのだ。 リンゴォは自らの右腕の震えを見て両目を見開く。 震えを止めようとしたが、暫くの間それは止まることが無かった。 そしてリンゴォは、再び永琳が去った方向へと眼を向ける。 彼は半ば確信していた。 ――――――俺は、あの女に恐怖していたのか。 あの女の『目』が脳裏に焼き付いて離れない。 俺が奴の左目を撃ち抜いた直後に見せた、灰色の眼。 その瞳に宿るものは『漆黒の焔』であると思っていた。 一人で勝手にそうであると確信していた。 しかし違った。 アレは気高き『漆黒の殺意』でも、『黄金の精神』でもない。 形容するのならば、生死を超越した『虚無』。 そして俺に対する『侮蔑』の眼差しだ。 奴は迫り来る銃弾を目にしながらも全く動じず、それどころか不遜に笑ってみせた。 歯向かう奴隷を見下す王の様に。 ちっぽけな獣を嘲笑う万物の霊長の様に。 その『目』に死への恐怖は一切見られなかった。 片目を打ち抜かれようと一切動じていなかった。 「…………」 そして俺はあの女に敗北した。 剰え生かされ、彼女の目的の為に利用されることになった。 俺は『敗者』としてそれを受け入れた。 だが、本当にそれで良かったのか。 決闘に負けた末にのうのうと生き残ってしまった。 まるで情けを掛けられたかの様に。 俺は、これで良かったのだろうか。 本当に『男の世界』を貫けていたのか―――――― (…今は兎に角迷いを振り払え、リンゴォ・ロードアゲイン。 歩みを止めてはならない。そうなれば、俺は塵も同然になる) ふらふらと立ち上がり、彼はその場から歩き出す。 今は自分のやるべきことをするだけだ。 前へ進むことを止めた瞬間、俺はただの腑抜けに成り下がる。 それだけは駄目だ。 故に――――行かなくてはならない。 心中の葛藤と動揺を抑え込み、自らの信念に縋るリンゴォ。 己の流儀の果ての『光り輝く道』を求め、森の中へと進んで行った。 【C-5 魔法の森(北西)/朝】 【リンゴォ・ロードアゲイン@第7部 スティール・ボール・ラン】 [状態]:微かな恐怖、精神疲労(小)、疲労(小)、背中に鈍痛、左腕に銃創(処置済み)、胴体に打撲(中) [装備]:一八七四年製コルト(1/6)@ジョジョ第7部 [道具]:コルトの予備弾薬(18発)、基本支給品 [思考・状況] 基本行動方針:公正なる果たし合いをする。 1:男の世界を侮辱した秋静葉と決闘する。 2:姫海棠はたてを探す。 3:ジャイロ・ツェペリとは決着を付ける。 4:輝夜、鈴仙、てゐと出会った場合、永琳の伝言を伝える。彼女達には手を出さない…? 5:次に『漆黒の焔』を抱いた藤原妹紅と対峙した時は、改めて決闘する(期待はしてない)。 6:永琳への微かな恐怖。 [備考] ※参戦時期はジャイロの鉄球を防御し「2発目」でトドメを刺そうとした直後です。 ※引き続き静葉を追う。どこに行くかは次の書き手さんにお任せします。 ※幻想郷について大まかに知りました。 ※永琳から『第二回放送前後にレストラン・トラサルディーで待つ』という輝夜、鈴仙、てゐに向けた伝言を託されました。 091:キャプテン翼は映らない 投下順 093:鳥獣人物戯文 091:キャプテン翼は映らない 時系列順 093:鳥獣人物戯文 043:夜は未だ明けず 八意永琳 108:Other Complex 064:蓬莱の人の形は灰燼と帰すか リンゴォ・ロードアゲイン 108:Other Complex
https://w.atwiki.jp/2jiseihaisennsou2nd/pages/516.html
ひとりぼっち ◆tHX1a.clL. 鉄パイプを持って暴れる女の姿をスコープ越しに追いかける。 ぼさぼさの髪を振り乱し、片手に構えた鉄パイプを振り回す女。 右手には赤黒い痣が刻まれている。 凶行を繰り返す女の姿が消え、別の場所に現れては再び凶行を起こす。 スコープは彼女の姿を見失わない。 まるで未来予測のような精度で『瞬間移動』を行う女を追い続ける。 彼女が天を仰ぎ『メシウマ』という意味の分からない言葉を発したその瞬間。 利き手の人差し指に力が篭る。 ゆっくりと、ゆっくりと、引き絞り。 深い深い呼吸音。 そして視界が、黒に染まる。 人差し指で器用に蓋を閉じた単眼鏡をしまい、深く息を吐く。 撃てば当たる。確実に。 頭だろうと、右腕の礼呪だろうと、鉄パイプに付いたジョイント金具だろうと、ベルトのバックルの留め金だろうと、寸分たがわず撃ち抜ける。 だからこそ、ヤクザは銃を持ち出さなかった。 何故この状況で『アレ』を撃てる。 あれがジナコ=カリギリではないことは一目見れば分かる。 あれは何者かによって作られた『ジナコ=カリギリ』の姿をした別物だ。 きっとジナコを拉致した何者かが用意したのであろう。 あれが暴れ続ける限り、ジナコは無実の罪を被り続け、他者から悪意を向けられ続ける。 だからこそ、ヤクザは『アレ』を撃てない。 いや、ヤクザだからこそ、『アレ』は撃てるわけがない。 たとえばここに、アサシンのクラスの英霊が居たとしよう。 彼の逸話は『影武者』。 時の為政者の格好をして為政者の活動を支え、銃撃を受けて倒れても自分の姿を晒さなかった ならばその英霊に与えられるスキルは二つ。 『他者への変装』と『変装中にどんな攻撃を受けても自分へのダメージフィードバックを無効化』スキル。 たとえばここに、キャスターのクラスの英霊が居たとしよう。 彼の逸話は『クローン生成』。 著名人のクローンを量産し、世界に混沌の渦を巻き起こした。 ならばその英霊に与えられるスキルは一つ。 『他者のデータを得ることでその人物そっくりのクローンを量産する』スキル。 たとえばここに、なんらかの英霊が居たとしよう。 彼の逸話は多々あれど、強いてあげるならば『変装』。 他人の姿を変化させ、自身の姿を変化させ、不和や混乱を引き起こす。 ならばその英霊に与えられる宝具は一つ。 『NPCを含めた他者の外見情報を改竄する』宝具。 多種多様な英霊、多種多様な逸話。多岐にわたるスキルと宝具。 パターンは多々あるだろうが、言えることは一つ。 姿を晒すからにはなんらかの『攻撃阻害能力』もしくは『攻撃を受けても問題ない事情』がその裏にあるはず。 冷静な人物であれば簡単に気づくロジックだ。 そんな英霊を射撃すればどうなるか。 もともと他よりも劣っているのに、唯一の長所である『遠隔射撃』を敵に晒すだけだ。 幸いなことに、あのジナコは悪意はあるが害意はないらしい。 犯罪を起こすにしても被害者を出さないところを見ると、一応は聖杯戦争のルールに従っているらしい。 確かに厄介この上ない相手ではある。 主人の篭城というこちらの優位が跡形もなく崩れ去った。 だが、それだけだ。 最悪でも『通報され、警察から追われることになる』。それだけ。 放っておいてもなんら問題はない、とは言えないが。 今無理に事を起こしてまで倒すべき必要がある相手でもない。 そして今はまだ、勝算がない勝負を迫られている段階ではない。 彼の宝具の性質上、勝負は一回、必勝の時にのみ仕掛けるのがベスト。 情報も、弱点も知りえないこの状況で引き金を引けば…… いい銃は相手よりもまず持ち手を選ぶ。 抜きどころを間違えば、死ぬのはこちらだ。 ヤクザは、この上ない臆病者だ。 ヤクザは、彼を知る皆が思い描いている彼よりも数倍臆病だからこそ、真の『暗殺者』たりえる。 (―――け、て――――――助けて、ヤクザ―――) ヤクザの瞳が鋭くなる。 自身に念話で語りかけられるのは一人だけ。 (……無事か) (無事じゃない……一大事だよ……もう、なにがなんだか……) (周りに人間は) (居ない……さっきまで居たけど、今は……でも、状況は……) 言われなくても分かっている。 (場所は) (アタシの家……家に居る、アタシ、家に居るの、今も、家……) (すぐに行く。誰にも見つからないように隠れていろ) まだぶちぶちと続けるジナコの念話をピシャリと遮り、再び深く息を吐く。 振り返り、町に目をやると。 千里眼の先の『ジナコ』と目が合ったような気がした。 が、気のせいだったらしく、『ジナコ』は狂ったような笑顔を浮かべると、ノイズをその場に残して再び姿を眩ませた。 再び場所を移したのか、それともそろそろ襲撃をやめるのか。 どちらにせよ、関係ない。 今はまだ、雌伏の時。 ゴルゴは葉巻に火をつけ、陣取っていたビルの屋上を後にする。 現れ消える狂人の影に背を向けて。 紫煙の先に見え隠れする、いつか来るあろう『それとの遭遇』を見据えて。 * * * 帰ってきたヤクザが見たものは、およそ今朝のジナコとは同一人物とは思えない彼女の顔だった。 一言で表すとすれば、『曇っている』。 表情が、とか雰囲気が、ではない。 目が曇っている。 普段からけだるげな瞳をしていたが、今は様子がまるで違う。 生命力とか、正常な判断力とか、そういう大事な何かが抜け出てしまった、そんな瞳。 「ヤクザ……ど、どうしよう……」 いわんとせんことは既に把握していた。 間違いなく、B-10地区で起こっている『ジナコ=カリギリによる連続犯罪』についてだ。 彼女はここにいる。 しかし今もまだ犯罪は起こり続けていることだろう。 「あんなの、アタシじゃない……アタシじゃないの……!!」 心の底から搾り出したような、悲痛な叫び。 しかしヤクザは眉一つ動かさずに、淡々と、それこそ『業務的』とも言えるほどにジナコに応対した。 「教えろ、何があったのか」 冷静なゴルゴの様子を見て少しだけ気を持ち直したのか。 ぽつり、ぽつりとジナコが話し出す。 ヤクザと別れた後、なぜあんなことになってしまったのかを。 そしてヤクザは、午前中にジナコ周辺で起こった出来事を把握した。 ゴミ捨てに出ようとして気絶したこと。 目を覚ますと幼女が自身に抱きついて眠っていたこと。 白髪の大男と赤服の大男にその幼女の面倒を見ることを頼まれたこと。 そして事件について知り、錯乱し。 幼女には逃げられ。 呆然としていたところでヤクザのことを思い出し、呼び出した。 一部、ジナコが言葉を濁している部分があるが、それは今はまだ気に留めない。 重要なことが分かったのだから。 ヤクザが目をつけたのは『気絶した』という証言。 時間的に考えても、ここがきっと『もう一人のジナコ=カリギリ』とジナコが接触したタイミングだろう。 ヤクザの脳内で一つの仮定が改められる。 ヤクザは当初、ジナコは『何者かに利用されるために拉致された』と仮定された。 しかし、ある意味では無事なジナコと今回の情報交換を踏まえた上で考えるなら、それは間違いだ。 正しくは、何者かによるジナコへの『姿を奪うための接触』があり。 『その接触によって気絶状態に陥っており、音信不通となった』というのがきっと現状だろう。 ならばあの『もう一人のジナコ=カリギリ』は姿を奪う際に接触が必要であると言える。 漠然と『姿の改竄』としかいえなかった敵の能力の範囲がグンと狭まる。 もう少し決定的な情報があれば、敵の正体の絞込みも行えるようになるだろう。 「……ジナコ、いくつか伝えておく」 伝えたのは、現在までの考察を含めた彼の仮説。 『もう一人のジナコ』の能力についての想定されるいくつかのパターン。 ジナコの姿を奪った人物が、『奪うためには接触が必要』であるという仮説。 そして、『もう一人のジナコ』がNPCを扇動するためだけに暴れているという事実。 まるで第三者から見たような冷静な報告。 そんなヤクザの様子に、ジナコは憤慨した。 「なんで、なんでそんなに冷静なの!? アタシ、外を歩けない、なんてもんじゃない…… こんな……もう……おしまいだよぉ……」 崩れ落ち、泣き言を並べる。 最早『ジナコさん』は欠片も存在していない。 そこに居るのは、幼稚でヒステリックな等身大のジナコだけ。 「ねえ、アンタ、アタシのサーヴァントなんでしょ!? 助けてよ!」 マスターであるジナコからすれば当然の懇願。 しかし、ヤクザはその懇願を蹴り、逆に当然のようにこう返した。 「俺が出来るのは一つ。お前の依頼を遂行することだけだ」 「必要ならば、依頼をしろ。そうすれば俺の宝具が発動し、あいつを『殺し』やすくなる」 その一言で、部屋の空気が変わる。 ヤクザは求めている、ジナコからその一言が出てくるのを。 ジナコが息を呑む音が、部屋に響く。 彼女は人並みの判断力を持っているし、人並みの倫理観を持っている。 そして誰よりも、その言葉の重みを知っている。 『殺す』依頼。 ヤクザの口から放たれた言葉が、ジナコの心に深く突き刺さった。 * * * きつく結んでいた口が緩み、言葉を紡ぎ出す。 「ヤクザ……いや、『ゴルゴ13』、お願い……」 「あいつ……『もう一人のアタシ』を、どうにかして……アタシを助けて……」 涙ながらに紡ぎ出された言葉。 今のジナコに出来る、精一杯。 精一杯の、『殺人依頼』。 それを濁した、汚いなにか。 ジナコは、自身の英霊『アサシン』の特性を忘れてはいない。 強烈な殺意と詳細な情報。この二つを持って宝具は最高の状態となり敵を討つ。 だが、ジナコは言葉を濁した。 それは当然行われるべき心の防衛とでも言うべきだろうか。 彼女は逃げた。明言を避けた。 ヤクザがその言葉を『そう受け取るに決まっている』と知っていながら、あえて言葉を濁すことで自身を押しつぶしかねない『責任』という魔物から逃げた。 彼女の心が如何に『もう一人のジナコ=カリギリ』を、それこそ『この世から消したいほど』憎んでいたとしても。 口に出せば、それはジナコが自身の判断で『殺した』ことになる。 だから濁した。 受け取り手であるゴルゴに判断を委ねる形で依頼を行った。 心の中で悪魔が笑う。 『結局ミイと一緒ですやあんwwwwwwww殺す気マンマンですやあんwwwwwwwwww口に出さないだけでさーあ?wwwwwwwwwwwwww』と、煽るように笑う。 そんな声から心をふさぎ、もう一度懇願する。 明言は避け、できるだけ『どうとでもとれるように』。 その一言が、さらに自分を窮地に追い込むとも知らずに。 「依頼でもなんでもいいから……お願い……」 ヤクザの剃刀のような眉の根が潜まる。おそらく、了承の意だろう。 ヤクザは脇に抱えていた袋を放り投げた。 袋からきらきら輝くなにかが飛び出す。ついで鮮やかなパステルカラーの布の数々。 「なに、これ……」 「服だ。その格好では一目でばれる」 変装用の服。そしてアクセサリー。 ヤクザが実体化して帰ってきたのは、『これ』を持ち込むためだったらしい。 「次に会う時までに、あの『ジナコ=カリギリ』の情報を用意しておけ。 情報伝達には念話で、急用ならば令呪を使い呼べ」 ヤクザの口から放たれたのはジナコのことはジナコに任せ、自身はこの場を離れるという旨の伝達。 ジナコにとってはまるで死刑宣告のような一言。 それだけ伝えると、ヤクザは来たときのようにまた何事もなかったかのように玄関へと向かった。 「待って、待って!!! こんなのじゃなくて、アタシを助けてよ!!! このままじゃあ……外も歩けないし……こんなのじゃどうにもならないよ……!!」 あわてて彼の背を追いすがる。 しかしその行為も、ヤクザの右の拳の一撃で結局成されることはなかった。 「言ったはずだ。俺の背後に立つな、と」 顔を殴らなかったのは、一応『依頼人』として敬意を払ったから、なのかもしれない。 突き放されて、尻餅をつく。 ケーキを入れた箱がジナコの尻の下敷きになり、グチャグチャに崩れる。 殴られた肩が痛む。 痛みが、逃れようのない現実を知らせる。 「なんで……なんで……」 言葉が続かない。 こんな状況であれば、こんな状況だからこそ。 彼が『英霊』であるというのならば、そばに居てくれると、助けてくれると。 スレてしまったジナコも、心のすみっこでそう信じていた。 「……確かに、俺はお前のパートナーだ」 聖杯戦争は『主』と『従者』の二人で行うもの。 これは聖杯戦争を知る者にとっての大前提となる条件の一つ。 しかし、ヤクザにとっての『パートナー』は意味が違う。 「だが、保護者に成り下がるつもりはない」 ヤクザはヤクザ。依頼人は依頼人。 その間に上下はなく、取引は常に対等。 ヤクザは依頼をこなし、依頼人は報酬として金銭を渡す。 ボディガードは対象外であるし、依頼相手ではない人物から守るだの守られるだのは依頼とは関係ない。 裏切りではない。 最初に二人に交わされた契約による正当な主張。 最初と今で事情が違うにしても、彼は自身の流儀を絶対に崩さない。 「でも……」 ジナコが続ける言葉にも耳を貸さず。 ヤクザはそのまま霊体化して消えてしまった。 また、ひとりぼっち。 一人残されたジナコは呆然と立ち尽くし、そして思い出した。 世界は優しくなんかない。 守ってくれる人など居ない。 ずっとひとりぼっちだった。 ひとりぼっちで、ソコに居た。 誰も居ない、『誰か』だけが居る匿名の世界と繋がっている、ソコに。 ジナコは再び布団の中へと逃げ込み、両目を潰さんばかりの勢いで目を閉じた。 自身と外界を遮る脆い殻のなかで、すがるように自分に願い続けた。 どうか悪い『現実(ゆめ)』から目が覚めるように、と。 * * * ジナコ、という名前はパパが付けてくれた。 太っちょだけど優しいパパ、綺麗で優しいママ。 二人が私を愛してくれた証。 私が二人に愛されたという証。 たとえ二人がいなくなっても、他の誰にも奪えない、たった一つの大切な思い出。 太っちょなパパに似て、ぽっちゃりした体。 優しいママとおそろいの、茶色い髪。 そして二人が残してくれた、『ジナコ』という名前。 誰にも触れることができなかった、ジナコにだけ残された、大切な思い出。 そんな思い出を。 そんな思い出まで。 誰かが奪って、汚していく。 ジナコの姿で暴れる誰か。 そいつを憎んでジナコを探すだろう誰か。 誰も守ってくれない。 守ってくれる人なんていない。 肯定してくれる人なんていない。 パパも、ママも、■■■さんも、ここには居ない。 今度の悪魔は、足音を立てて迫ってきている。 時間がもたらすものが解決ではなく破滅だとするなら。 現実逃避がもたらすものが逃れようのない死だとするなら。 私は決めなければならない。自分の心で。 立ち向かい、生きていくという遥か昔に目を叛けた判断を。 そして、歩き出さなければならない。自分の足で。 遥か昔に置いてきた『ジナコ=カリギリ』としての新たな一歩を。 でも、そんなこと、出来るのか。 私に―――ジナコ=カリギリにそんなことが出来るのか。 あれからどれくらい時間が経っただろうか。 最早分からない。 布団から顔を出して、『外』を見つめる。 ひとりぼっちの少女が見つめる、窓枠から切り取られ、涙で歪んだ眩しい世界。 ジナコには到底相容れられぬ、『底(ソコ)』からかけ離れた『眩しい世界』。 めぐり合うマスターは、命を狙ってくる敵。 もう一人の『ジナコ=カリギリ』も、もちろん敵。 NPCからすれば私は犯罪者、彼らもジナコを追い詰める敵。 自身のサーヴァントすら、助けの手は遣さず不干渉を貫く。 全てが敵。 そんな世界に、飛び込んでいけるのか。 敵だらけの世界。 まるで死のような無限の時間消費が続いていた『匿名(ヴァーチャル)』から引きずり出され。 その先に待ち受けている、過酷な『現実(リアル)』という戦場。 唯一、太陽だけがジナコを見守るように何処までも変わらぬ眼差しを向けている。 『――この『月を望む聖杯戦争』に参加しているマスター並びにサーヴァントの皆さま、こんにちは』 声が聞こえる。 『外』からの声。 ジナコはただ、曇った瞳で『外』を眺め続けていた。 【B-10/街外れの一軒家/一日目 午後・正午ちょっと過ぎ】 【ジナコ・カリギリ@Fate/EXTRA CCC】 [状態]脇腹と肩に鈍痛、精神消耗(大)、トラウマ抉られて情緒不安定、ストレス性の体調不良(嘔吐、腹痛) 昼夜逆転、現実逃避、空腹、悲しみと罪悪感、カタツムリ状態、いわゆるレイプ目 [令呪]残り3画 [装備]なし [道具]変装道具一式 [所持金]ニートの癖して金はある [思考・状況] きほん■■■■:ひとりぼっち 0.…… 1.B-10には居られない……でも…… 2.れんげやジョンスに謝りたい、でも自分からは何も出来ない。 3.『もう一人のジナコ=カリギリ』の情報を集める……? [備考] ※ジョンス・リー組を把握しました。 ※密林サイトで新作ゲームを注文しました。二日目の昼には着く予定ですが仮に届いても受け取れません。 ※アサシン(ベルク・カッツェ)にトラウマを深く抉られました。ですがトラウマを抉ったのがカッツェだとは知りませんし、忘れようと必死です。 ※『もう一人のジナコ=カリギリ』の再起不能をヤクザに依頼し、ゴルゴから『もう一人のジナコ=カリギリ』についての仮説を聞きました。 『もう一人のジナコ=カリギリ』殺害で宝具を発動するためにはかなり高レベルの殺意と情報提供の必要があります。 心の底からの拒絶が呼応し、かなり高いレベルの『殺意』を抱いていると宝具『13の男』に認識されています。 さらに高いレベルの宝具『13の男』発動のために情報収集を行い、ヤクザに情報提供する必要があります。 ※ヤクザ(ゴルゴ13)がジョンス組・れんげを警戒対象としていることは知りません。 ※変装道具一式をヤクザから受け取りました。内容は服・髪型を変えるための装飾品・小物がいくつかです。 マネキン買いしたものなのでデザインに問題はありませんが、サイズが少し合わない可能性があります。 ※放送を耳にしました。ただ、ちゃんと聞いているか(=内容を把握しているか)は不明です。 * * * 「それで、拙僧になんの用で?」 「……こいつを調べてほしい」 赤鼻の小男に写真を渡す。 写真に写っているのは、鉄パイプを振り回す女性の姿。 小男はあごに手をやり、「ふうむ」と首をかしげる。 「へえ。こりゃまた……これくらいなら拙僧に頼まずともそこかしこで拾えそうだがねぇ」 小男の言いたいことも分かる。 写真の女性は、おそらく今この町で一番有名な女性。 インターネットを使えば名前だろうと仕事だろうとすぐに調べられるだろう。 しかし、違う。 彼が知りたいのはそんな『上っ面』の情報ではなく、もっと奥に潜んでいる『真実』。 「その女は二人居る……俺が知りたいのは、この『都市部』で暴れている方の女の動向だ。 どこに、いつ、どれだけ現れていたのかを調べて欲しい」 「はて、同じ姿かたちの女が二人……まさか訳ありで?」 「……」 「あいや、出すぎた真似を。確かに、この女が魍魎だろうが幽霊だろうが、拙僧の知るべきところじゃありませんな。 この女と事件のこと、調べておきましょう。御代はその時に、交渉ということで」 そう言って恭しく頭を下げると、小男は下駄の歯をかっぽかっぽと鳴らしながら歩いていった。 だが、ヤクザはそれを止め、もう一つの依頼をする。 「追加だ……一人は白髪でスーツを着た、筋骨隆々の大男。年のころは20~30。赤い服を着た大男とともに行動をしている」 「一人は薄い色の髪を両脇で二つ縛りにしている少女。名はれんげ。年のころは10以下。服装はTシャツと半ズボン」 今度は口頭でのみ、特徴を伝える。 『白髪の男』はきっと『もう一人のジナコ』の仲間か、『奴』を知る者だ。出会っておいて損はないだろう。 そして彼が保護を依頼した『れんげ』なる少女は、身柄を拘束しておけばその白髪の男との交渉に使えるかもしれない。 二人についてはヤクザも伝聞での外見情報しか知らないため、この程度の情報提供しか出来ない。 しかし、それを気には留めない。 だが、この二人はあくまでついでだ。結局、現状での彼らの扱いは『もう一人のジナコ』を追い詰めるための駒に過ぎない。 この二人についてはまだ急がない。手に入れば行幸、といった程度。 「この二人への接触は絶対に避け、素性と、名前、最後に目撃した場所、そしてその時周囲に居る人物の名前も調べてほしい」 「へえ、それはまた、難儀な……さて、そちらの御代はいかほど頂けるんで?」 「……一人に十万、二人合わせて二十万。周囲の人物の情報次第でさらに十万」 「結構! ならば早速参りますかな! なあに、そこまで分かっているなら明日までには調べてあげてみせましょうて! 明日、十四時にこの場所でまた落ち合いましょう。ではその時まで、しばらく!」 恵比寿のようなにこやかな笑みを残し、かっぽかっぽと歩いていく。 とても信用ならない男だ。 確かに腕は立つようだ。三人の情報収集を二十四時間強でやるなどとても素人ではできない。 ただ、ああいった類は金さえ積まれればなんでもやる。きっと一切の罪悪感なしに寝返るだろう。 だからこそあの男を使う。 ああいう奴らは、少なくともこちらが相応の額を支払っているうちはこちらの味方だ。 小物は利に聡い。利があるうちは誰も裏切らない。 AとBを天秤にかけ続け、損が出た瞬間に切り捨てる。アレはそういう男だ。 一回目の依頼でアレが裏切るようであれば、それは敵が相当だということだ。それもまた、新たな情報として利用できる。 B-10地区における『もう一人のジナコ=カリギリ』の情報収集の大部分は彼(ついでに依頼人)に任せておいても問題ないだろう。 葉巻の先端を切り落とし、火を点ける。 煙を鼻先に漂わせながら、ヤクザは現状をもう一度振り返ってみた。 拠点が割れてしまい、マスターの顔と素性も公にされてしまった。 これは言うまでもなく大きな失敗だ。 変装で容姿は変えられても、あくまで付け焼刃。 近いうちになんらかの対策を講じなければならない。 (『あいつ』が自分で隠れ家を見つけてくれるに越したことはないが……) ただ、あの依頼人が積極的に逃げ回るタイプだとは思えない。 こちら側でもどこか、隠れるのに最適な場所の目星をつけておく必要があるだろう。 そして、『放送』。 先ほどの赤鼻の小男との邂逅中に頭の中に流れ込んできた『監視者』からの情報。 新たに開示された情報は三つ。 二十八組という通常の聖杯戦争より多い参加者。 B-4地区にて『重大なルール違反』を行った参加者が居ること。 そして『日常を著しく脅かす』行為を禁止すること。 この中で重要な情報は一つ。 B-4地区にて『大量の魂喰い』を行った参加者が居る。 ヤクザはこの主催者による『暴露』の意味するところを考え、こう結論付けた。 (位置を晒すのは……拠点を置き、そこから離れられないと踏んでいるから…… そして、大量の魂喰いを行わなければならないほどの魔力が必要…… ……つまり、十中八九、B-4に潜んでいるのは『キャスター』のクラス) これは仮説に過ぎない。もしかしたら自身のようなアサシンかもしれないし、半身不随のマスターを持つサーヴァントのいずれかかもしれない。 しかしいずれにしろ、B-4にはNPCの大量虐殺を行った参加者がおり。 自身のように仮説を立てて、その参加者を狙ってB-4地区に参加者が集まってくる。 そこまで分かっているならやることは一つ。 ヤクザはB-5地区に向かう列車に乗り込んだ。 目的は一つ、B-5地区に潜伏しB-4地区の『キャスター』を狙って寄ってくる参加者の情報を収集するため。 (干渉はしない……もし迂闊な行動を取り、俺の正体がばれるようなことがあれば『依頼人』を逆に追い詰めることになる) 彼の宝具の性質上情報収集を行わなければならないが、それと同時にこれ以上の情報漏えいは避けなければならない。 そのため、同一地区には潜まない。踏み込みもしない。 その一つ隣のB-5地区に潜み、千里眼と自身の持ち前の装備である単眼鏡を使って観察する。 数時間、十数時間にも及ぶかもしれない、一転集中の視界による広大なエリア中の無数の場所の監視。 普通の人間なら気が狂いかねない苦行。だが、それもヤクザ―――ゴルゴ13の本業の一つ。 睡眠・食事や疲れの心配を必要にならなくなった今、何日だろうと続けてみせる。 依頼遂行のためならば、どんな難題を前にしても揺るがぬ鋼の精神。それこそが、M16以上にゴルゴ13をゴルゴ13たらしめる最強の武器。 (問題があるとすれば……やはり、『あれ』か) つり革を握る自身の手。 英霊として呼ばれた以上、『伝承』として起こる可能性はある。 一年に一度しか来るはずのない『厄日』が。 (『英霊』の性質上何らかの条件が揃えば、起こりかねない……一日とまでは行かないだろうが、条件さえ揃えば単発的にそれこそ『何度でも』…… ここで武器が使えないとなれば……) だからこそ、秘匿する必要がある。 自身の存在と、その正体。そして自身の伝承を。 万が一条件が揃い、『その時』が来てしまっても何事もなくやり過ごせるように。 がたんごとん。 がたんごとん。 B-5に向かって電車が動き出す。 揺れる箱。 揺るがぬ瞳。 依頼達成率100%の『暗殺者』の英霊の第一の依頼が始まった。 【B-10/B-5へ向かう電車内/一日目 午後】 【ヤクザ(ゴルゴ13@ゴルゴ13)】 [状態]健康 [装備]通常装備一式、単眼鏡(アニメ版装備)、葉巻(現地調達) [道具]携帯電話 [思考・状況] 基本行動方針:正体を隠しながら『もう一人のジナコ=カリギリ』の情報を集め、殺す。最優先。 今のところはNPCの協力者とジナコ本人の『もう一人のジナコ=カリギリ』の情報収集の結果を待つ。 1.B-5地区に潜伏、千里眼を使ってB-4地区および周辺地区の情報収集。 2.『白髪の男』(ジョンス・リー)とそのサーヴァント、そして『れんげという少女』の情報を探す。 3.依頼人(ジナコ=カリギリ)の要請があれば再び会いに行くが、過度な接触は避ける。 4.可能であれば依頼人(ジナコ=カリギリ)の新たな隠れ家を探し、そこに彼女を連れて行く。 [備考] ※一日目・未明の出来事で騒ぎになったことは大体知ってます。 ※町全体の地理を大体把握しています。 ※ジナコの資金を使い、NPCの情報屋を数名雇っています。 ※C-5の森林公園で、何者かによる異常な性行為があった事を把握しました。 それを房中術・ハニートラップを得意とする者の仕業ではないかと推測しています。 ※B-10での『もう一人のジナコ=カリギリ(ベルク・カッツェ)』の起こした事件を把握しました。 ※ジナコの気絶を把握しました。 それ以前までの『ジナコ利用説』ではなく、ジナコの外見を手に入れるために気絶させたと考えています。 そのため、『もう一人のジナコ=カリギリ』は別人の姿を手に入れるためにその人物と接触する必要があると推察しています。 ※ジナコから『もう一人のジナコ=カリギリ』の殺害依頼を受けました。 ジナコの強い意志に従って宝具『13の男』が発動します。が、情報が足りないので発動できても最大の半分ほどの効果しか出ません。 ※『もう一人のジナコ=カリギリ』は様々な条件によって『他者への変装』『サーヴァントへのダメージ判定なし』がなされているものであると推測しています。 スキルで無効化する類であるなら攻略には『13の男』発動が不可欠である、姿を隠しているならば本体を見つける必要があるとも考えています。 ※ジョンス・リーと宮内れんげの身辺調査をNPC(探偵)に依頼しました。 二日目十四時に一度NPCと会い、情報を受け取ります。そのとき得られる情報量は不明です。最悪目撃証言だけの場合もあります。 ※ジョンス・リー組を『警戒対象』と判断しました。『もう一人のジナコ=カリギリ』についても何か知っているものと判断し、捜索します。 ジナコの意思不足・情報不足のため襲撃しても宝具『13の男』は発動しません。 ※宮内れんげを『ジョンス・リー組との交渉材料となりえる存在』であると判断しました。ジョンス・リー組同様捜索します。 ジナコの意思不足・情報不足のため襲撃しても宝具『13の男』は発動しません。また、マスターであるとは『まだ』思っていません。 ※B-5地区に潜伏し、『キャスターと思わしきサーヴァント』それを求めてやってきた参加者の情報把握を行います。 敵の能力を完全に把握して『絶対に殺せる』と確信が持てない場合は誰にも手を出さず、接触も避けます。 ※伝承に縛られた『英霊』という性質上、なんらかの条件が揃えば『銃が撃てない状態』が何度でも再現されると考察しています。 そのためにも自身の正体と存在を秘匿し、『その状態』をやりすごせるように動きます。 BACK NEXT 090 健全ロボダイミダラー 第X話 悲劇! 生徒会副会長の真実! 投下順 092 同じことか 090 健全ロボダイミダラー 第X話 悲劇! 生徒会副会長の真実! 時系列順 092 同じことか BACK 登場キャラ:追跡表 NEXT 066 テレビとか新聞とかちゃんと見ないとダメだって ジナコ・カリギリ 107 戦争考察 064 報復の追跡 ヤクザ(ゴルゴ13) ▲上へ
https://w.atwiki.jp/2jiseihaisennsou2nd/pages/568.html
『主はまたつむじ風の中からヨブに答えられた』 ◆OSPfO9RMfA ジナコ・カリギリとランサー、ヴラド三世はB-10の住宅街の外れを歩く。 周囲にNPCの気配はない。二人はこのまま人気のない廃教会へ向かうつもりだ。 突然、ジナコの持つ携帯電話が鳴りだした。 どうやら自宅の電話から転送されたもののようだ。 「ひ、ひゃあ?! ラ、ララララ、ランサーさん。ど、どどどどどうすればいいッスか?」 「……知らん。好きにしろ」 ランサーはジナコの保護を約束したが、子守までするつもりはなかった。 逆探知やイタズラ電話などの可能性も考えられる。だが、実際に物理的に問題がおこれば、今はランサーがジナコの身を保護してくれる。 結局、ジナコはあたふたしながらも、結局電話に出ることにした。 ◆ ジョンス・リーはベルク・カッツェが嫌いだ。 ベルク・カッツェは高みの見物をして人を馬鹿にし、それでいて自分は悪くないとのたまう、反吐の出るクズ野郎だ。 自身のサーヴァントに倒させるのではなく、自らの八極拳で倒さねば気が済まないほどに嫌いだった。 だが、ベルク・カッツェはアサシンだ。サーヴァントだ。 サーヴァントの本質は霊体であり、神秘の存在しない攻撃は効果がない。ベルク・カッツェもその例外ではない。如何にジョンスの八極拳の威力が強かろうとも、単なる物理攻撃でしかないそれでは、ベルク・カッツェには届かない。 故に、ベルク・カッツェを倒す術を探しに、図書館まで来た。 伝承からベルク・カッツェの弱点を見つけるために。サーヴァントをサーヴァントならざる身で倒す方法を見つけるために。 そして本に埋もれること数十分。ついにベルク・カッツェと思わしき伝承の書物にあたった。 しかし、熟読する前に二度の襲撃を受け、未だに弱点を探し出せては居なかった。 襲撃で受けた傷も治療し、ふと時計を見やる。そろそろ18時を回ろうとしていた。 「そうだな。一度、連絡してみるか」 駄肉こと、ジナコにベルク・カッツェのマスター、宮内れんげを保護させている。ジョンスがベルク・カッツェを倒す前に、れんげを誰かに殺されてしまっては意味がない。ベルク・カッツェにはれんげを護る意思が無いことは分かっていたが、自身で連れ歩いていては闘争ができない。その為、ジナコに任せていた。 まだベルク・カッツェ撃破の糸口を掴んだだけだが、既に誰かに倒されていないか、確認の意も込めて連絡する必要があるだろう。 ジョンスは図書館を出ると、携帯電話に手を掛けた。 『もしもし……?』 「俺だ、ジョンスだ」 『えっと……どちら様ッス?』 ジナコのマヌケな声が帰ってくる。 「寝ぼけてるのか?」 『ひいいいいいっ!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい』 電話の向こうで平謝りするジナコの声を呆れながら聞いて、ふと思い出す。 「……そう言えば、名乗ってなかったか」 ジョンスがジナコといた間、彼女はほとんど気を失っていた。電話番号を聞いたときも、名乗った覚えはない。さらに、電話番号を聞く際に寝ていたジナコを叩き起こした。言葉通り、寝ぼけてたのかもしれない。 「悪い。ジョンス・リー。八極拳のジョンス・リーだ。れんげから聞いてるだろ? あいつは今どうしてる」 『八極拳のジョンス……れ、れんげちゃん?! えっと、えっと……』 ジナコが歯切れの悪い返答をしていると、電話の向こうで携帯電話が引ったくられる音がした。 『電話を替わった。お前が八極拳か?』 次に聞こえた音は、壮年の男の声だった。聞き覚えのない声だ。 「そうだ。そう言うあんたは駄肉のサーヴァントか?」 『冗談にも言って良い冗談と悪い冗談がある。気をつけろ』 ジナコのサーヴァント扱いはよほど心外なのだろう。機嫌悪そうな声だ。 電話越しの相手は一拍おいてから、言葉を続ける。 『ランサーだ。今は警察に追われているこの女を保護している』 「警察に追われている? 何しやがったんだ?」 『知らんのか』 ジョンスはジナコの家を出てからテレビやラジオから情報を得ていない。図書館には当然そのようなものはなく、新都の現状を全く知らなかった。 『新都でこの女の偽者が暴れ回った。この女はその濡れ衣を着せられたわけだ』 「ベルク・カッツェか」 ジョンスは『偽者』と言うワードにすぐさま把握する。ベルク・カッツェがジナコの姿を真似て、彼女に罪を着せるために暴れ回ったのだろう。奴が変身能力を持っているのは知っている。あのクズ野郎ならやるだろうと、容易に予想が付いた。 それと同時に、図書館に着いてから少し感じていた違和感についても納得がいった。 銃を使った戦闘が三回もあったのに、警察もルーラーも全く来ない。おそらく、新都の騒ぎに人を割きすぎて、こちらまで回す余裕がなかったのだろう。 『そいつの名までは知らん』 「そいつには手を出すな。俺が倒す」 『余は手を出すつもりはない。だが、それなら急いだ方が良い。この女は偽者を許さんだろう』 「……そうだな。わかった」 他人事のようなランサーの口調から、ベルク・カッツェを倒す意思がないのはわかった。 だが、直接被害を負っているジナコは違うだろう。そのジナコに対して『俺が倒すから止めろ』と言うのは我が儘でしかない。いくら駄肉とはいえ、それを強要する気にはなれなかった。 『それで、れんげと言ったか。彼女はホシノ・ルリと名乗る警官に保護されている。連絡先を教えようかね?』 「そうだな、頼む」 警官に保護されているのなら、今すぐに電話しなくてもいいか。 ジョンスはそう思いながらも、ランサーから聞いた番号を、ジナコの電話番号を書いた紙に併記する。 「助かった。用事が終わったから切るぞ」 『待て』 ランサーが強い口調で止める。 電話なので一方的に切ることもできたが、色々親切に教えて貰ったからか、その行為は躊躇われた。 『お前はアーカードのマスターだな? 奴に替われ』 「アーカードにか」 アーチャー、アーカード。ジョンスのサーヴァントだが、今は魔力回復のために寝ている。 真名は特に隠していないので、ランサーがアーカードの名を知っていることについては何とも思っていない。だが、寝ている彼を起こすのは少々躊躇われた。 「あいつは今寝ている。言伝なら俺が聞く」 『叩き起こせ。奴にも有益な話だ』 どうしてもランサーはアーカードと直接会話をしたいようだ。 ジョンスは、仕方ない、と溜息をつく。 「わかった。少し待て」 ◆ 「おはよう。私を叩き起こしたのは何処の誰かな?」 ジョンスに念話で起こされ、アーカードはサディスティックな笑みを浮かべて電話に応じる。 『余はランサー、ヴラド三世だ』 「ほう。懐かしい響きだ。その名を騙るとは、よほど命知らずと見える」 アーカードは殺気と怒気を含め、電話越しの相手に返す。 それは、機械を介してさえ伝わりそうなほどの殺意だった。 しかし―― 『笑わせるな、“化け物”』 それに対する言の葉は、その殺意すらも貫くほど冷たく鋭利であった。 ヴラドの言葉に、アーカードの笑みが止まる。 『この聖杯戦争が、数多の世界の座より召喚されることは知っていよう。だが、余“が”ヴラド三世だ。ヴラド三世はお前のような醜い“化け物”ではない』 「――くく、くくくくく……」 並行世界、パラレルワールド、もしくは異世界か。 ともあれ、アーカードは認識する。 電話越しの相手が、別世界の“もう一人の自分”であることを。 アーカードは認識する。 “もう一人の自分”は、“化け物”ではないことを。 「はは、はははははHAHAHAHAHAHA!! なるほど、貴様は“人間”と言うことか。ならば問おうヒューマン、私に何の用だ!」 『知れたことを。余の名を穢す“化け物”を滅ぼす。お前は、塵芥も残さぬ』 「そうか、そういうことか」 ――『人間のままでいられた強い“人間” ヴラド三世 』が『人間でいられなかった弱い“化け物” アーカード 』を殺しに来る。 アーカードは唇の端を、これでもかと言わんばかりに釣り上げる。 「素晴らしい!! 実に素晴らしい!! さぁ、来い! 今すぐ来い!! 速く来い!! 私を殺し、証明して見せろ!! いいや、待ちきれん!! 私がそちらに行こう!! 貴様は何処だ! 何処にいる!!!」 『D-9の廃教会だ。日付が変わるまで、そこで待つ』 「ほう、そこならルーラーの横槍も入るまい。良いだろう!! 今すぐに迎えに行こうではないか!!」 『お前は余の手で滅ぼす。それまで死んでくれるなよ』 その言葉を最後に、通話が切れた。 ◆ ヴラド三世は通話を切ると、無言でジナコに携帯電話を返した。 「ど、どうなったんッスか……」 「少し事情が変わった」 「え?」 ジナコがどういう事か聞き返そうとすると、前方から足音が聞こえた。ジナコは思わずヴラド三世の影に隠れる。 現れたのは、ヴラド三世のマスター、アレクサンド・アンデルセンだった。ヴラド三世はジョンスやアーカードとの会話中、彼と念話にて連絡を取っていた。 「すまんな、神父」 「なに、アーカード滅殺は王の悲願。彼女は俺に任せて貰おう」 「頼んだ」 ジナコを無視した会話が行われ、それが終わるとヴラド三世は南へと走り去っていった。 ヴラド三世はアーカードが来る前に、一度陣地を確認しておきたかった。故に、ジナコをアンデルセンに任せることにした。勿論、何かあれば令呪ですぐさま駆けつけるつもりである。 「え、ちょ、ランサーさん?!」 もっとも、その説明をする時間さえヴラド三世に取っては惜しい。ジナコはヴラド三世に向けて話し掛けようとしたが、すでに姿が見えないほど遠くに行っていた。 そんな彼女に、アンデルセンはゆっくりと歩み寄る。 「ジナコさん、でしたかな?」 「ひ、ひぇっ!? は、はい……」 「俺はアレクサンド・アンデルセン。先ほどのランサーのマスターだ。彼に急務ができた。今は俺があなたを保護しよう。よろしいかね?」 「は、はい……」 ジナコは首を縦に振る。自分を無視した流れに、若干の憤りを覚えると共に、無力故の仕方なさも感じていた。 【C-10/住宅街のはずれ/一日目 夕方】 【ランサー(ヴラド三世)@Fate/apocrypha】 [状態]健康、ジナコに対する苛立ち [装備]サーヴァントとしての装備 [道具]なし [所持金]なし [思考・状況] 基本行動方針:勝利し、聖杯を手に入れる。 1.アーカードとの戦いに備え、領土の確認をする。アーカードが来たら滅殺。 2.日付が変わるまでにアーカードが来なければ、こちらから攻める。 3.アンデルセンと情報収集を行う。アーチャーなどの広域破壊や遠距離狙撃を行えるサーヴァントを警戒。 4.聖杯を託すに足る者をアンデルセンが見出した場合は同盟を考えるが、聖杯を託すに足らぬ者に容赦するつもりはない。 [備考] ※D-9に存在する廃教会にスキル『護国の鬼将』による領土を設定しました。 ※美遊陣営を敵と判断しました。 ※ジナコを率いれましたが、彼女が『もう一人のジナコ』を殺害しない場合、どのような判断を下すかは後続にお任せします。 ※ジョンスとアーチャー(アーカード)の声を確認しました。 ◆ 「電話は終わったか?」 通話が終わったのを見計らって、ジョンスがアーカードに話し掛ける。 と、アーカードはジョンスの両肩を掴むと顔を近づけ、狂気にも近い歓喜に満ちあふれた笑顔を向けた。 「さぁ、マスター!! D-9の廃教会に行こうではないか! 今すぐにだ!! ハリー! ハリーハリー!! ハリーハリーハリー!!!」 アーカードは新しい玩具をねだる子供のように、ジョンスの肩を揺らしながらまくし立てた。 「待て。図書館での俺の用事が終わっていない」 だが、ジョンスは冷静に告げる。 アーカードは力無く、肩を落とす。 「…………………………………………………………そうか」 「おあずけを喰らったような犬のような顔をするな。しかたねぇ、ちょっと待ってろ」 ジョンスはアーカードをその場に置いて、図書館の中に入る。 図書館の中には利用者は一人もおらず、館の職員と思わしきNPCが二人いるだけだった。 とは言え、カウンターの向こうにいる女はパジャマ姿、もう一人の女はスーツ姿ではあるが、頭と背にコウモリの羽根のようなアクセサリーを付けており、なんともまぁ、自由な職場だとジョンスは感じた。 ジョンスはパジャマよりはまともそうだと、スーツ姿のNPCに近づいた。 「少し良いか?」 「はい、何でしょうか?」 「この図書館、本は何冊まで借りれるんだ?」 ジョンスに必要なのは、ベルク・カッツェの情報だ。図書館そのものではない。 その為、本さえ持ち出せれば問題ないだろうと考えた。 「ごめんなさい、当館は本の貸し出しは禁止なんです」 「そうか」 丁寧に謝る職員に、ジョンスは短く言葉を返す。 本を持ち出されると他の参加者が困るのだろう。それ故の貸し出し禁止。その事はある程度予想はしていた。 無理に持ち出す方法が無いわけではないが、聖杯戦争に関わる施設だ。ルーラーが制止しにくるかもしれない。またお小言を聞かされるのはまっぴらゴメンだ。 「この図書館は何時まで開いてるんだ?」 「10時開館の22時閉館ですね」 「結構遅くまでやってるんだな」 「大変ですけど、その分お給料がいいですからね」 職員は冗談めかして笑いながら答える。意外とこの施設、公営ではないのかもしれない。 もっとも、この街全てが聖杯戦争の為に作られた街だ。私営だろうが公営だろうが、そんなことはどうでもいい話ではある。 「あとは……そうだな、魔法関連の本って何処にあるんだ?」 ジョンスはついでに、狭間偉出夫が使ったと思われる『魔法』についても尋ねてみる。もし『魔法』が存在するのであれば、サーヴァントをこの身で倒すのに使えるかもしれないし、『魔法』を知れば狭間に対応しやすくなる。。 「魔法、魔術関連の書籍は、ちょうどこのブロックですね」 職員が手で示したのは、本が500冊は入ってそうな棚。それが3本分だった。 「結構な数あるな……魔法と魔術の違いって何だ?」 「定義の違いですね。でも地域によって、魔法と魔術の定義が結構違ってたりします。ある地域では魔法と呼ばれる行為も、別の地域では魔術に該当したりすることも良くある話です」 「なるほど」 真名が分かっていたベルク・カッツェとは違い、ジョンスが望む魔法が記述されている本を探し当てるのは、非常に骨が折れそうだ。 ましてやジョンスは『魔法』も『魔術』も門外漢だ。本一冊を理解するのにも時間が掛かるだろう。 『魔法』の知識を得る、という目的の優先順位は下げるべきかもしれない。 ジョンスは職員に礼を言うと、図書館から出てアーカードと合流する。 「アーチャー、とりあえず飯を食いに行く。そこで今後の予定を立てる」 今は18時過ぎ。図書館の閉館は22時。図書館は当然飲食禁止だ。図書館に籠もるにせよ、廃教会に行くにせよ、切りの良いこのタイミングで食事を取るべきだと判断した。 「ではマスター、私も頂こう」 「サーヴァントは食わなくてもいいんじゃなかったか?」 「確かに食事が不可欠というわけではない。だが、食事を取った方が魔力は回復する」 ジョンスが今すぐに廃教会行きを渋る理由がもう一つ。 現状、アーカードは多大に魔力を消費している。今すぐ戦場に行くと、アーカードの劣勢は容易く予想できる。アーカード自身はそれよりもヴラド三世との戦いを望んでいるようだが、一蓮托生のジョンスとしては余り勧められた物ではない。 「他に魔力を回復する方法はなんだ?」 「マスターからの魔力供給が第一。あとは睡眠や食事、他には魂食いだな」 「魂食いか」 魂食いは、ジョンスとしては余り気乗りはしない。 魂食いはある程度なら許容される、と言うのは理解している。 が、アーカードと戦った際、そこらのチンピラがちょっと怪我しただけでルーラーがすっ飛んできた。 許容される『ある程度』が、実際どの程度かわかったものではない。 「それから、そうだな。私は吸血鬼だ。血を吸うことで魔力を回復することも可能だろう」 「血か。病院に行けば輸血パックがあるだろうな」 病院。狭間にマスターとサーヴァントが居ることを教えられた場所。 病院に行く理由ができたとも言えるが、そこで魔力を回復した以上に消費してしまったら元も子もない。リスクとリターンがどれほどかは考える必要がある。廃教会と方向が逆なのもネックだ。 かといって図書館に引きこもって睡眠を取らせても、大して魔力は回復しないだろう。図書館に誰かが来る可能性もある。 「まぁ、その辺も含めて相談するか」 「了解した、マスター」 ジョンスとアーカードは、図書館近くのイタリアンレストランへと消えていった。 【C-8/図書館付近/一日目 夕方】 【ジョンス・リー@エアマスター】 [状態]顔面に痣、疲労(大)、右腿の銃痕(応急処置済み)、空腹 [令呪]残り一画 [装備]なし [道具]ジナコの自宅の電話番号、ホシノルリの連絡先を書いた紙 [所持金]そこそこある [思考・状況] 基本行動方針:闘える奴(主にマスターの方)と戦う。 0.晩飯を食べながら今後の方針についてアーカードと相談する。 1.図書館でアサシン(カッツェ)を八極拳で倒す方法を探す。ついでに『魔神皇』の情報も探す? 2.あの男(切嗣)には必ず勝つ。狭間ともいずれ決着を。ただ、狭間のサーヴァント(鏡子)はなんとかしたい。 3.アーカードがD-9の廃教会に行きたいと言っているので、ある程度考慮する。 4.『魔法』の情報を探す。 5.ある程度したらルリに連絡をする。 6.錯刃大学の主従をどうするか。アーカードの魔力回復の為に病院に寄ることも考える。 7.聖と再戦する。 [備考] ※先のNPCの暴走は十中八九アサシン(カッツェ)が関係していると考えています。 ※現在、アサシン(カッツェ)が一人でなにかやっている可能性が高いと考えています。 ※宝具の発動と令呪の関係に気付きました。索敵に使えるのではないかと考えています。 ※聖、ジナコの名を聞きました。アサシン(カッツェ)の真名を聞きました。 ※ランサー(ヴラド三世)の声を聞きました。 ※アサシン(カッツェ)、セイバー(ロト)、アーチャー(エミヤ)のパラメーターを確認済み。 ※科学忍者隊ガッチャマン、おはよう忍者隊ガッチャマン、ガッチャマン(実写版)におけるベルク・カッツェを把握しました。 ベルク・カッツェ(クラウズ)の書物も見つけましたが、切嗣との戦闘によりある程度しか読めていません。 どの程度まで把握したかは、後続の書き手さんに任せます。 →まだほとんど読めていません。 ※狭間偉出夫の容姿と彼のサーヴァント(鏡子)の『ぴちぴちビッチ』を確認しました。更にサーヴァントの攻撃が性的な攻撃だと気づいてます。 狭間偉出夫が実力の大部分を隠していると気づいています。 ※狭間偉出夫から錯刃大学の主従についての情報を受け取りました。 受け取った情報は『春川英輔について』『超常の反撃能力について』です。 ※狭間偉出夫の『トラフーリ』を確認しました。切嗣戦と合わせてマスターの中に『ジョンスの常識を超えた技を使える者』が居ることに気づきました。 魔法の存在にも存外理解があります。 ※ジナコが警察に追われていることを知りました。ベルク・カッツェの仕業だと思っています。 【アーチャー(アーカード)@HELLSING】 [状態]魔力消費(極大)、ヘブン状態 [装備]なし [道具]なし [思考・状況] 基本行動方針:主(ジョンス・リー)に従う。 0.晩飯を食べながら今後の方針についてジョンスと相談する。 1.ランサー(ヴラド三世)と戦うために廃教会に行きたい。 2.錯刃大学の主従をどうするか。 3.アーチャー(エミヤ)そしてセイバー(ロト)と再戦し、勝利する。 4.性のサーヴァント(鏡子)に多大な興味。直接会い、再戦することを熱望。狭間には興味なし。 5.アサシン(カッツェ)が起こそうとしている戦争には興味がある。 6.アサシン(カッツェ)が接触してきた場合、ジョンスに念話で連絡する。 7.参加者中にまだまだ『ただの人間から英雄へと至った者』が居ると考えています。彼らとの遭遇も熱望してます。 [備考] ※野次馬(NPC)に違和感を感じています。 ※現在、アサシン(カッツェ)が一人で何かしている可能性が高いと考えています。 ※セイバー(ロト)の真名を見ました。主従共に真名を知ることに余り興味が無いので、ジョンスに伝えるかどうかはその時次第です。 ※セイバー(ロト)の生前の話を知りました。何処まで知っているかは後続の書き手さんに任せます。少なくとも魔王との戦いは知っているようです。 ※アーチャー(エミヤ)の『干将莫耶』『剣射出』『壊れた幻想』を確認しました。 ※狭間が『人外の存在』だと気づいています。 ※ライダー(鏡子)の宝具『ぴちぴちビッチ』を確認しました。彼女の性技が『人間の技術の粋』であることも理解しています。 そのため、直接出会い、その上での全力での闘争を激しく望んでいます。ちなみに、アーカード的にはあれは和姦です。 ※英霊中に人間由来のサーヴァントが多数居ることを察しています。彼らとの闘争を心から望んでいます。 ※ヴラド三世が、異なる世界の自身だと認識しました。また、彼を“人間”だと認識しています。 [共通備考] ※図書館は10時開館、22時閉館です。 ◆ アンデルセンとジナコは孤児院の離れに存在する礼拝堂に入った。 アンデルセンは事前に公衆電話で何人たりとも礼拝堂に入らぬよう、ハインケルに指示をした。 新都の事件の重要参考人であるジナコを匿うことは、犯人隠匿の罪に当たる。アンデルセンはマスターであり、この街が作られた物と知っているが故に気にならないが、ハインケル達はNPCであり、彼らにとってはこの街が全てだ。牧師の業務行為として無罪となった判例もあるが、それでもハインケル達に迷惑が掛かるのは避けられない。 彼らに迷惑を掛けぬよう、アンデルセンは理由を言わずに指示を出し、ハインケルは理由を聞かず承諾した。堅い信頼関係が、それを為した。 「すまぬがここで少し待って貰おう。廃教会に行く前に、孤児院の様子を見ておきたい」 アンデルセンはジナコにそう断りをいれる。アーカードとヴラド三世の戦いを見届ける意味でも、ジナコを匿う意味でも、廃教会の方が都合がいいだろう。 だが、アンデルセンは自身の役割である院長として、孤児院の様子を確認しておきたかった。それに加え、食料を用意するという理由もある。中間地点として、この礼拝堂を利用する形だ。 「神父さん……一つ、良いッスか?」 「何だ?」 礼拝堂に着くまで沈黙を保っていたジナコが、顔をうつむかせたまま小さな声で尋ねる。 アンデルセンは彼女の言葉を待った。 「アタシ、何もしていない……悪いこと、何もしていない。なのに、どうして……どうして……」 ジナコはうつむいていた顔を上げる。 「どうして、神様はアタシを助けてくれないんッスか?! どうして神様はアタシにこんなことするんッスか?!」 涙を流し、泣きじゃくり、まるで子供のようにわめきながらアンデルセンに問いかける。 「『主はまたつむじ風の中からヨブに答えられた』」 アンデルセンは静かな声で答える。 「えっ……?」 「『あなたはなお、わたしに責任を負わそうとするのか。あなたはわたしを非とし、自分を是としようとするのか』」 「……?」 アンデルセンの言葉の意味が分からず、ジナコは押し黙った。 「旧約聖書、ヨブ記、第40章の6節と8節。簡単に言えば、『お前は自身を正当化するために、主が間違っていると言うのか?』と言う主の問いかけだ」 「い、いや、アタシ、そんな――」 「その気持ち、わからんでもない」 「……え?」 慌てて否定しようとするジナコだが、肯定したアンデルセンに思わず呆けてしまう。 アンデルセンは長椅子に座り、ジナコに背を向ける。 「戦争、流行病、天災、人災、化け物……この世は全知全能の主が作ったにしては、苦難が多すぎる。『どうして悪いことをしていないのに、私がこんな目にあわないといけないのか』。そう主に嘆く気持ちは分からんでも無い。第3章11節、『なにゆえ、わたしは胎から出て、死ななかったのか。腹から出たとき息が絶えなかったのか』。義人であるヨブですら、数多の苦難を前に、己が生まれたことを呪った」 「……」 アンデルセンの語りに、ジナコは泣きやみ、黙って聞き入った。 「だが違うのだ。世界は我ら人間の為にあるわけではない。主の前には俺も、お前も、矮小な一人の生き物にすぎん。主が与えし苦難の理由を、たかが人間が分かるよしもない」 「じゃあ、アタシはどうすれば……」 「苦難を受け入れよ」 アンデルセンはそう宣告する。 「苦難に対し、『間違ってる』『私は悪いことをしていないのにどうして』と否定して目を背けるのではなく、主から与えられた苦難を無知なる人間として素直に受け入れるのだ。勿論、それは決して容易いことではない。だが、苦難を受け入れれば、新たな発見があるだろう」 アンデルセンはそこまで語ると立ち上がる。 「食事を持ってくる。少し待っていろ」 アンデルセンは背を向けたまま、礼拝堂を出て行く。 ジナコはその背を見守ったまま、立ちつくしていた。 「……苦難を、受け入れる……」 静寂に満ちた礼拝堂に、ジナコの小さな声が響いた。 【C-9/孤児院の離れの礼拝堂/一日目 夕方】 【ジナコ・カリギリ@Fate/EXTRA CCC】 [状態]脇腹と肩に鈍痛、精神消耗(大)、ストレス性の体調不良(嘔吐、腹痛)、昼夜逆転、空腹、いわゆるレイプ目、アサシン(ベルク・カッツェ)へのわずかな殺意? [令呪]残り3画 [装備]カツラ、いつもと違う格好 [道具]変装道具一式、携帯電話、財布、教会に関するメモ [所持金]ニートの癖して金はある [思考・状況] きほん■■■■:『アタシ』を殺す? 0.苦難を……受け入れる……? 1.ひとりぼっちは嫌。だから『自分』を殺す。殺さないと。 2.れんげやジョンスに謝りたい、でも自分からは何も出来ない。 3.『もう一人のジナコ=カリギリ』の情報を集める……? [備考] ※ジョンス・リー組を把握しました。 ※密林サイトで新作ゲームを注文しました。二日目の昼には着く予定ですが仮に届いても受け取れません。 ※アサシン(ベルク・カッツェ)にトラウマを深く抉られました。ですがトラウマを抉ったのがカッツェだとは知りませんし、忘れようと必死です。 ※『もう一人のジナコ=カリギリ』の再起不能をヤクザに依頼し、ゴルゴから『もう一人のジナコ=カリギリ』についての仮説を聞きました。 『もう一人のジナコ=カリギリ』殺害で宝具を発動するためにはかなり高レベルの殺意と情報提供の必要があります。 心の底からの拒絶が呼応し、かなり高いレベルの『殺意』を抱いていると宝具『13の男』に認識されています。 さらに高いレベルの宝具『13の男』発動のために情報収集を行い、ヤクザに情報提供する必要があります。 ※ヤクザ(ゴルゴ13)がジョンス組・れんげを警戒対象としていることは知りません。 ※変装道具一式をヤクザから受け取りました。内容は服・髪型を変えるための装飾品・小物がいくつかです。 マネキン買いしたものなのでデザインに問題はありませんが、サイズが少し合わない可能性があります。 ※放送を耳にしました。しかし、参加者が27組いるという情報以外は知りません。 ※教会なら自分を保護してくれると思い込んでいます。メモにはカレンのいる教会(D-5)も記載されています。 ※ランサー(ヴラド3世)のパラメーターを把握しました。 ※アサシン(ベルク・カッツェ)を殺害しなければランサー(ヴラド3世)に見捨てられると思い込んでいます。 ※独りではない為、多少精神が安定しています。 ※アンデルセン組を把握しました。 【アレクサンド・アンデルセン@HELLSING】 [状態]健康 [令呪]残り二画 [装備]無数の銃剣 [道具]ジョンスの人物画 [所持金]そこそこある [思考・状況] 基本行動方針:聖杯を託すに足る者を探す。存在しないならば自らが聖杯を手に入れる。 1.ジナコとともに廃教会へ行く。 2.昼は孤児院、夜は廃教会(領土)を往復しながら、他の組に関する情報を手に入れる。 3.戦闘の際はできる限り領土へ誘い入れる。 [備考] ※方舟内での役職は『孤児院の院長を務める神父』のようです。 ※聖杯戦争について『何故この地を選んだか』『どのような基準で参加者を選んでいるのか』という疑念を持っています。 ※孤児院はC-9の丘の上に建っています。 ※アキト、早苗(風祝の巫女――異教徒とは知りません)陣営と同盟を組みました。詳しい内容は後続にお任せします。 ※ルリと休戦し、アーカードとそのマスターであるジョンスの存在を確認しました。 キリコのステータスは基本的なもの程度しか見ていません。 ※美遊陣営を敵と判断しました。 ※れんげは「いい子」だと判断していますが、カッツェに対しては警戒しています。 BACK NEXT 121 selector infected N.A.R.A.K.U 投下順 123 現実なのに夢のよう 120 勇者よ―― 時系列順 127 籠を出た鳥の行方は? BACK 登場キャラ:追跡表 NEXT 115 俺はお前で、私はあなた アレクサンド・アンデルセン 141-a we are not alone ジナコ・カリギリ ランサー(ヴラド三世) 117 DANGEROUS ジョンス・リー&アーチャー(アーカード) 123 現実なのに夢のよう ▲上へ
https://w.atwiki.jp/sinnisioisinrowa/pages/104.html
混沌は始まり、困頓はお終い ◆mtws1YvfHQ 不要湖。 ありとあらゆるがらくたが積み重なりがらくたによって出来がらくたによって形成されたがらくたの地。 そこに二つの影が姿を現したのは の頃だった。 姿を現した影の片方、総白髪の女、とがめがぽつりと呟いた。 「相も変わらぬ惨状だな、ここは」 「ん? 知ってるのか?」 聞き止めて影のもう片方、橙色の髪の少女、想影真心が聞き返した。 それに白髪の女は、 「知らねば来る筈あるまい。いや、そもそも」 言いながら途中で気が付いたように首を傾げる。 「なぜおぬしは知らぬのだ? 何処に住んでいようが壱級災害指定地域の一つである不要湖の話の一つや二つ知っていても可笑しくはあるまい」 「いや、知らないぞ。そもそも壱級災害指定地域って言うのに誰が決めたんだ?」 「そんなもの尾張幕府に決まっておろう」 ふーん、とでも言いたげな雰囲気だった真心が今度は首を傾げる。 「……尾張幕府ってなんだ?」 「……まさか、尾張幕府を知らぬのか?」 「知らないぞ」 不意に二人とも足を止め、観察するように見詰め合う。 心なしかお互いの額に皺が寄っているようにも見える。 「髪の色で引っ掛かってはおったのだが、まさか異国の者だったのか? いや、それにしては少し言葉が流暢過ぎるし……」 「そもそも尾張幕府ってのは何なんだ? 幕府って言ったら……それに壱級災害指定地域って言うのも聞いた事ないし……」 「「――――――」」 お互いの認識に、あるいは知っている事に、多少ではない隔たりがある。 それに、この壱級災害指定地域、不要湖を切っ掛けに気が付いたのだった。 そして知っていることに違いに気付けば自然とどこがどう違うか知ろうとするのはそれ程おかしな事でもない。 切り出したのはとがめの方からだった。 「――これから」 少し躊躇いながら口を開いたとがめ。 真心は変わらずじっとその様子を見詰める。 「これから幾つか変な質問をするやもしれぬ。喋れぬ物があるなら仕方が無いが、喋れるものであれば正直に答えて貰いたい」 真心はしばし逡巡する。 逡巡するが、何かと不味い内容であれば答えなければ良いだけなのだし、真心自身もとがめに聞きたい事が幾つか出来た所だった。 「――――良いぞ。俺様の方も、幾つか聞きたい事が出来た所だし」 「では不公平が無いよう交互に質問し、答えると言う風にしようと思うがどうだ?」 「それで良いと思う」 「では、まず此方から一つ。おぬしは……」 質問をしようとした途端、まるで謀ったかのような絶妙のタイミングで絶叫が響き渡った。 「なんとまあ、間の悪い……」 「先に見に行くか?」 「うむ、仲間を増やせるやも知れぬからな」 会話をしながらも一応は足を悲鳴のした方に進んでいた。 途中、何処からかがらくらの崩れる音が聞こえはしたが見える範囲で崩れた場所はなかった。 「やっぱり誰か居るみたいだな」 「人であれば良いがな」 そしてがらくらの山一つ越え二人の目に映ったのは、うつ伏せ倒れた男の周りに立つ一組の男女が立っていた。 向こうの二人と目が合う。 途端、脱兎のごとく、とがめと真心が居るのとは正反対に向けて二人は逃げ出した。 「あ、おい待て!」 思わず前に出たとがめを真心が無言で引き止める。 「何を……!」 振り返ると、真心はじっと目を細め倒れた男を見詰めていた。 そしてその目は用心深そうに辺り一帯を巡り、再び男へと戻った。 「どうした?」 「見た目は怪我しているように見えるが、殆ど怪我をしていない。それに止めを刺さずに逃げるのはおかしくないか?」 「つまり、罠だと?」 「そう思う」 「ならば行こう」 真心の警戒を余所に、とがめはあっさりそう言った。 「え?」 「罠は知らずに掛かればこそ十二分に効果を発揮する。しかし、知っていながら掛かるのであればそれは最早罠とは言えまい」 「――罠をそのまま踏み抜くって事か?」 「簡単に言えばそうだ。しかし成功すれば精神的打撃も含めて十分な成果は期待できるがどうする? あくまで踏み抜くのはおぬしであるしな」 「……まあ、やってみる価値はありそうだな」 よっと、と言いながらがらくたの山を駆け下り、真心は男の少し離れた所に立った。 その後を派手な音を立てながら転げ落ちたとがめが立ち、並ぶ。 「うーむ、死んでいるようにしか見えないが……?」 ちらりと横目を向けるが、真心は確信を持っているようで表情を変えずに男の横に立ち、おもむろに男の頭を掴むとそのままあっさりと持ち上げた。 「うおっ?!」 「今から十秒毎に握力を強める。死にたくなければ早めに死体のフリをやめた方が良いぞ」 言い終わった途端、ミシリ、と男から不気味な音が鳴った。 動かない。 「……九、十」 再び、ミシリ、と音がした。 動かない。 「……九、十」 ビシ、と音が鳴った。 それでも動かない。 「二、三、四……」 「おい、本当に生きているのか?」 「……七、八」 無視して数え続ける。 「九、じゅ」「悪かった。こちらの負けだ、辞めてくれ」 十、と数え終わる前に後ろから男の声がした。 ガラクタの中で足音一つしなかったのに。 え、と二人して振り返り、とがめは男と目を合わせ、真心は咄嗟に目を閉じた。 閉じたまま真心はもう片方の腕を男の顔へと伸ばす。 「守れ」 しかしたった一言言うと、横に居た女が身を投げ出すようする事でそれを遮った。 真心の手はその際に肩を掠めただけの筈なのに女の肩を外したが悲鳴の一つ、表情も変えなかった。 続いて、 「蹴ろ」 と言った。今まで頭を掴まれたまま微動だすらしなかった男の踵が真心の腹を蹴り付ける。 頭を掴まれたままで、勢いがない筈のそれは真心の脇腹にめり込んだ。 「ッく!」 来る予想は出来ていてもその威力は予想外だったのか思わず目が少し開いてしまった。 それを男は逃さず、真心と目を合わせた。 真心の身体が一瞬跳ね、地面に倒れた。 気絶したようだ。 その拍子に頭を掴んでいた方の手を離したが真心と目を合わせた男はそれを気にも留めていない風に真心を見下ろす。 「――――――――――」 「橙なる種、人類最終が何故此処に居るかは知らない。だが、此処に居るのは丁度良い。特に時期としてはるれろの《調教》も頼知の《病毒》もしたばかりの筈だ」 「――――――――――」 「さて」 「……ぐ……ぅ……」 身体が言う事を聞いて居ないらしく、妙な震えを全身に走らせているとがめの方を向いた。 「随分と強靭な意志を持っていたようだ」 そして男はとがめの顎を掴んで顔を上げさせ、 「…………く……」 「だが無意味だ」 目と目を合わせた。 「立て」 「………………」 「名前は」 「………………」 「名前は?」 「………………」 「……強靭な意志だ。まあ、後で精々働けるだけ働いて貰うよ。さて」 と、男は足蹴に真心を仰向けし、 「迷路、黒猫。立たせろ」 そう言うと、頭を掴まれていた男、迷路と肩が片方外れた女、黒猫は片方ずつ腕を掴み無理矢理引き立たせた。 男は真心の瞼を持ち上げたり、脈を測ったりとしながら、何度か頷き、あっさりと操想術に掛かった事も含め、男、時宮時刻は確信した。 この真心にはしっかりと『操想術』の根が降りている。 解放する為に蜘蛛の巣のように繊細に張り巡らせた『操想術』と、逆に縛り付ける鎖として使うための『操想術』。 ならば好都合。この二つを起点として、しばらく完全な人形にしてやろう。 そう思いながら、瞼を引き上げる目を覗き込み、語り掛ける。 「起きろ、橙なる種。 夕暮れは過ぎ、夜を越え、黎明に入り、朝に到る。 夕暮れを告げる鐘は鳴り、十二時を叫ぶ時計は止まり、朝を告げる鳥は既に鳴き疲れている頃。 目を覚ませ。もう朝だ。もう――次の日だ」 ゆっくりと焦点が定まらずに何処か虚ろな真心の目を見ながら時刻は僅かな違和感を覚えた。 覚えたが、気のせいだろうと首を振った。 そして苦笑する。 「しかし橙なる種を使う事になるとは、全く何て」 呟く。 「――戯言だろうな」 と。 真心は緩慢な動作で隣の腕を掴んだままで居る二人の腕を掴み、男は腕と身体が別れる勢いで投げ飛ばし、少女は片腕だけを引き千切っていた。 時は少し遡り、場面も変わる。 そこで少年が二人、がらくたの中を進んでいた。 「くそっ! くそっ!」 「慌てんなって。慌てたって何にも変わらねえぞ?」 「ああ、分かってる――くそっ!」 その二人とは、言葉では冷静で居ようとしながらも焦りを隠せていない男、櫃内様刻とそれを呆れ半分面白半分に眺める男、零崎人識だった。 二人は時宮時刻の進んでいる方向は分かっていながらも追い着けず、遂には不要湖まで到達し、そして時刻を完全に見失った。 ましてや木々と言う人工物の目立つ場所ではなく、人工物によって構成された場所。 ここで見付けようにもその見付け難さは並み尋常の物ではない。 それが様刻が焦りを隠し切れていない理由。 それ故に先へ先へと足を進め、その後を人識が追い掛ける構図になっていた。 これが後の悲劇の原因の一つとなる。 不意に不要湖の中に悲鳴が響き渡った。 「ん、今のは……?」 「迷路か!」 既に様刻は悲鳴のしたがらくたの山の方へ駆け出した。 「おいおい……待」 待てよ、と人識は言おうとしたのだろう。しかし言い終える前に悲劇は起きた。 前を走っていた様刻の足元からがらくたの山が崩れ始めたのだ。 様刻は慌てて飛び退いて逃れる事は出来たが、下の方に居る人識はそうはいかない。 がらくたは雪崩打って人識に向かって襲い掛かる。 「ォ、ウォォォォオオォオオオオオオオオォオオ!」 逃げる。 鉄片が飛ぶ。木片が砕ける。鉄屑が掠める。木屑が舞い散る。 その中を逃げ、最後の最後でがらくたの一つに足を取られ、倒れ、 「オォオ…………セーフ?」 巻き込まれたが、下半身に軽い重しがのっかっている程度の被害で済んでいた。 しかしその上にはがらくたの山。慎重に抜け出さなければ上が崩れる事は想像に難くない。時間を喰いそうに見える。 これには人識も思わず苦笑い。 「かはは…………全く、運が良いのか悪いのか」 「大丈夫か!」 慌てて降りて来た様刻に向かって人識は取り出したナイフを軽く放り渡した。 驚いた表情の様刻が何かを言う前に、 「行けよ、あいつを殺すんだろ?」 そう言った。 様刻は目を見開き口を開けて何かを言おうとしたが、結局は閉じて、今度は慎重にがらくたの山を越える。 「がんばれよー。あとあいつの目には気を付けろ」 その後を人識の気のない声を聞きながら、様刻はがらくたの山を越え、目撃した。 がらくたの中を絶叫が響く。 様刻が見ている所からでも十分見える。 橙色の髪の女が、迷路は片腕と身体を別れさせながら空高く放り投げ、黒猫の腕を人形の腕を外すように易々と引き千切ったのだ。 続いてその女は目の前に居たあの『操想術』の男、の片腕を踵で削ぎ落し、最後に呆然と立ち尽くしている総白髪の女をがらくたの山の一つまで蹴り飛ばし、 「ァアァァァァァアアアァァアアァァァアアァァァアァ」 絶叫を上げながら何処へと駆け去っていった。 がらくたの山を駆け下り目指すは、あの男。 迷路と黒猫の二人は腕を飛ばされているにも関わらず血を止めようともしていない。 その原因はあの男の言っていた『操想術』しか考えられない。 ならばここで最善の選択は、今すぐにでもあいつを殺す。殺せばその『操想術』が解けるか分からない。分からないが殺るしかない。殺らなければ死んでしまう。 男までの距離を一気に詰めようと足を急かすが、がらくたを踏み分ける音で気付いたのか、男が此方を向き、目と目があった。 「――ァ」 意識に一瞬空白が出来た気がし、気付けばさっきまでそこに居た筈の男は消えていた。 慌てて辺りに目を走らせる、安心する。すぐ傍で男は倒れていたのだ。 その男に近寄り、仰向けにし、馬乗りになる。まだ生きている。まだ、呼吸をしている。だったら、 「死ね」 まず首に深々とナイフを突き刺す。抜く。 次いで、胸辺りに突き刺す。抜く。 「死ね、死ね、死ね、死ね、死ね」 刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。 抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。 刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。 抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。 刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。 抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。 刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。 抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。 刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。 抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。 刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。 抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。 刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。抜く。刺す。 「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」 服に飛び散る返り血を気にせずただひたすらに、死ね、死ね、死ね、と憑かれたように、一心不乱に突き刺し続ける。 「よっ、ほっ、ふんっ、ぬ……やっと、抜けれたぜ。あー首が痛ぇ」 人識はようやくがらくたの山から抜け出した。 「あーあ」 身体を軽く伸ばして軽い準備運動もして、がらくたの山を越える。 そこから少し離れた所に一心不乱に何かを刺している様刻の姿が見えた。 「やってるねぇ」 かはは、と笑いゆっくりと近付きながら、 「ん?」 首を捻った。 様刻が一心不乱に刺しているモノに違和感を覚えたのだ。 駆け足気味に刻様の後ろに立った。 そして、違和感の正体に気付き思わず顔を顰める。 「おい、何してんだ」 「ん? ああ、人識か。見ての通り殺ってる所だ」 恐らく様刻は、にぃ、っと笑ったのだろう。 後ろからでも顔面が歪んだのが見えた気がした。 「いや、それは分かってるが殺ってる何を殺ってんのか分かってんのかって聞いてんだ」 「はあ?」 言いながら様刻が振り返り目を見開いた。 そして先程まで刺し続けていたモノと人識を交互に見、慌てて人識にナイフを向けながら距離を取った。 目の移動が激しい。動揺しているようで、しかも口を金魚のように開いては閉じを繰り返す。息も荒い。 「なんで、お前、なんで? だって、刺して、そこに、なんで」 「よーしよしよしよしよしよし、落ち付け、まずは深呼吸をしろ」 そう言いながら人識は、かはは、と笑いながら後ろに下がり敵意がない事を示す。 そのお陰でかどうかは知らないが、多少なりとも余裕が出来て来たのか目を少し閉じ、頻りに深呼吸を繰り返し、落ち付いたのか、様刻はゆっくりと目を開けた。 そして、手に持っていたナイフが手から滑り落ち、カラン、と小さく金属音が鳴った。 「は? え? え? え? え? は? え?」 「あーあー、やっぱりか。折角あいつの目には気を付けろって言ってやったのによ」 はぁ、と溜息一つ付きながら先程まで刺され続けていたモノに近寄り、眺める。 どうやっても死んでいた。どこからどう見てもしんでいた。 「あーあ、こりゃあ…………」 首を振り、ナイフを落としてから後ずさりを続けている様刻に一瞬目を向け、 「こいつの名前、何て言ったっけ? 確か――――病院坂黒猫って」 「アアアアアアアアアアアアァァァァァァァァ!」 絶叫し、何処へと逃げて行く様刻をチラリと見はしたが、結局は声を掛けずただ溜息を付いた。 病院坂黒猫と呼ばれた少女は首を刺され、腹も刺され尽くし、どうしようもなく死んでいた。 辺りを見渡すと、迷路と呼ばれた男の死体も見えた。 「全く、最高に最ッ低な傑作だ。そう思わねえか…………欠陥製品」 そう呟きながら、人間失格はそっと手を合わせ、黙祷。 しばらくそれを続け、目を開けると、 「んじゃ、使ってないもんは貰ってくぜ? あんたらの友達に折角のナイフがぼろぼろにされちまったんだからよ」 そう言いながら、落ちていたナイフを拾い上げた。 拾い上げたナイフの刃はボロボロで、もう使えそうにはない。 それを後ろに放り投げ、かはは、と笑うと人識は黒猫と迷路の二人の持ち物を遠慮も何もない様子で剥ぎ取って行った。 【病院坂迷路@世界シリーズ 死亡】 【病院坂黒猫@世界シリーズ 死亡】 【1日目/黎明/E‐7不要湖】 【零崎人識@人間シリーズ】 [状態]健康 [装備]なし [道具]支給品一式×3、ランダム支給品(2~8) [思考] 基本:この後どうするか決める。 [備考] ※時系列的には、「ネコソギラジカル」上巻からの参戦です。 「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで」 刺していたのはあの男だった。 だけど、何時の間にか黒猫に変わっていた。 なんで? なんでだ? なんでだよ? なんでなんだ? 「なんでっ、僕は黒猫を刺していたっ!」 訳が分からない。 刺していたのはあの男の筈だ。 刺されていたのはあの男の筈だ。 刺したのは僕で、刺されてたのはあいつ。 なのに、なんで、黒猫を刺していた? 刺していたのは僕で、刺されていたのは黒猫。 どう言う事だ。何が起きた。 理解が追い付かない。 馬乗りに刺しながら、あの零崎人識に声を聞いて、振り返ればあの男が居た。 じゃあ馬乗りになっているのは何かと見れば、あの男が居た。 それから、振り返ってもあの男が居て、下を見てもあの男が居て、零崎の声が聞こえて、深呼吸をして、それど、それで、それでそれでそれで。 ――――――目を開けたらあの男の代わりに、憐れそうに此方を見る零崎と、血塗れの黒猫が、 「なんでなんでなんでっ、なんでっ、なんでっ、なんでっ! なんでっ! なんでぇえええええ!」 気が付けば、叫んでいた。 気が付けば、頭を抱えていた。 そして、気が付けば、涙が零れていた。 そして、そして、気が付けば、膝を付いていた。 そして、そして、そして、気が付いた。 「――――催眠術」 そうだ。 あの男が、僕から逃げるために催眠術を掛けた。 それで幻覚を見せた。 そうに決まってる。 そうに決まってるじゃないか。 目を合わせた瞬間から全て。 倒れていたあの男を刺したのも。 何度も何度も刺し続けたのも。 零崎の声が聞こえて振り返ったのも。 あの男が二人居たのも。 深呼吸をしたのも。 身体を刺し傷だらけで死んでいた黒猫が居たのも。 「全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部ゼンブゼンブゼンブゼンブゼンブゼンブゼンブゼンブゼンブゼンブッ」 幻覚だ。 幻だ。 まやかしだ。 「…………いや、違う」 思い出した。あの橙色の髪の少女に迷路と黒猫が腕を引っこ抜かれた所は現実だ。 そこから溢れる血を抑えようとしなかったのも現実だ。 そうだ、だから、催眠術を解くために、一刻も早くあの男を殺さないといけないんだ。 そうだ。そうだ。そうだ。そうだ。そうだ。 此処が何処だか分からないけど、あのがらくただらけの場所には零崎が居る。 だからきっと二人の事はなんとかしてくれる。 きっと。 だから、そう、僕は、 アノ男ヲ殺サナイト 【1日目/黎明/E‐6】 【櫃内様刻@世界シリーズ】 [状態]健康 、興奮状態、『操想術』により視覚異常(詳しくは備考) [装備] [道具]支給品一式、ランダム支給品(1~3) [思考] 基本:操想術を施術された仲間を助ける。 1:時宮時刻を殺す。 2:病院坂黒猫と病院坂迷路を助けたい。 [備考] ※「ぼくときみの壊れた世界」からの参戦です。 ※『操想術』により興奮などすると他人が時宮時刻に見えます。 時宮時刻は、既に不要湖から抜け出していた。 どうやってあの時、櫃内様刻の目から逃れ得たかと言うと、目を合わせた瞬間既に、一回は掛け損ないだが、二回掛けた『操想術』の下地を利用して、十秒程度意識を奪うのと同時に、近くにいる人間が時宮時刻自身に見えるように変えた。 なぜ意識を奪うだけに留めなかったかは単純に、少しでも時間を稼ぐため。 少し前に研究所で時刻を襲い、今さっきは何故か居なかったもう一人が何時現れるかもしれないのだ。 少なくとも操り人形にできるだけの時間安全かも分からないし、欲を言うなら同士討ちするように仕向けたい。そう思ったからだ。 そしてそれはある程度の意味では成功しているのだが、ひたすら逃げている時刻はそんな事知るよしもない。 今の所は追って来ていない。それが大事だ。 そして多少なり余裕が出来た所で、 「…………しかし」 ふと、時刻の中に疑問が生じた。 それは、 「なぜ、解放されてしまったんだ?」 なぜ、橙なる種が、もう、解放されたのか。 いや、どちらかと言うと『調教』が解け、何らかの原因で弱まっていた『病毒』を無視して解放された。気がする。 右下るれろの『調教』が解けた理由は分かる。 「戯言」 そう、「戯言」と言う言葉がキーになり、るれろがその場にいたにも関わらず抑える間もなく暴走した事がある。そう聞いた気がする。 だから《調教》が解けた理由は分かる。 しかしそれだけが解けたからと言って奇野頼知の《病毒》は? それにこの《時宮時刻》の掛けた《術》はどうした? 《病毒》の効果が弱まるのも、あるいは切れるのはまだしばらく先の筈。《術》もまたしかり。 《調教》と言う鎖の一本がなくなろうと、依然として《病毒》と《操想術》の二本の鎖はある筈だ。 にも関わらず、《鎖》が絡まり身動きもまともに動く出来ぬ筈なのに、《操想術》と言う鎖を締める間もなく―――――― 「――――――違う」 締める間もなかったんじゃない。締める鎖自体がない。そんな感触の方が近かった。 それが本当なら掛かっていた筈の『操想術』が解けた? それもまたおかしい。 精神的時間を進めたのは精々半日程度。解けるまでの間の有り余る膨大な日数をどう間違えば半日程度の時間と間違える道理などある筈もない。 「いや、待て」 半日程度? もしも、なんらかの理由で三本の鎖が解けるまでの時間が肉体精神共に半日程度になっていたとしたら? だとすれば精神に作用する『操想術』は時間を進めて僕自身が解いてしまい、肉体に作用する『調教』は「戯言」と言う言葉が解いてしまったと言う事か。 そして残る『病毒』は、時間が解いてしまう。 仮定としては面白い。しかし――そうなる理由がない。 そう出来る理由もない。 何と言っても時宮の『操想術』に奇野の『病毒』、そしてなにより右下るれろの『調教』。 この三つを揃えるのは、恐らく不可能。 出来る理由がない。 理由はないが、 「もし、この仮定が本当にそうだとすると……」 世界の終わりは、 「もう」 すぐそこ? 「――ふ、ふふふ、ふふふふふ、ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふうふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」 笑いが底無しに込み上がってくる。 今しばらくこの仮定を元に動くのも悪くない。そう思えて来たのだ。 と、言ってもやる事は変わらない。 「まずは」 時刻は左腕に目を向ける。否、左腕のあった場所に目を向ける。途中で削ぎ落された腕。 今は縛って血が出ないようにしているが、念の為にも消毒はして置きたい。 とすれば行き先は、薬局か、レストランが妥当な所だろう。 《時宮時刻》は歩き続ける。ただ、世界の終わりを見るために。 【1日目/黎明/F‐7】 【時宮時刻@戯言シリーズ】 [状態]背中に負傷、左腕欠損 [装備] [道具]支給品一式、ランダム支給品(1~3) [思考] 基本:生き残る。 1:できるだけ多くの配下を集める。 2:この戦いを通じて世界の終焉に到達したい。 3:薬局かレストランに行って傷口を消毒する。 [備考] ※「ネコソギラジカル」上巻からの参戦です。 [操想術について] ※対象者と目を合わせるだけで、軽度な操想術なら施術可能。 ※永久服従させる操想術は、少々時間を掛けなければ使用不可。 想影真心は走る。 己の心のままを執行する為に。 ただ、壊す為に。 いーちゃんも、狐も、何もかも。 まず目指すは、骨董アパート。 既に頭の中に地図は入っている。 故に、方向を間違える事もない。 ただ己が心を実行する為に。 心臓に施された『操想術』。その役割は『解放』。 故に、今まで抑圧され続けていた感情は、迸る。 激流のように。 激情のように。 激昂のように。 押し流すだろう。 打ち砕くだろう。 削り割るだろう。 しかしそれを止める手立てなど有りはしない。 解放された人類の最終形を止めるなど、出来る人間など居ない。 【1日目/黎明/F‐7】 【想影真心@戯言シリーズ】 [状態]解放 [装備] [道具]支給品一式、ランダム支給品(1~3) [思考] 基本:壊す。 1:骨董アパート。 2:いーちゃん。狐。MS-2。 3:車。 [備考] ※ネコソギラジカル(中)、十月三十一日から ※三つの鎖は『病毒』を除き解除されています 「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」 息も荒く、意識も遠退いて行く。 それでもとがめは生き残ろうと、逃げようと、もがく。 全身を苛む鈍痛を堪え、身体から流れ出る血を無視し、這いずる。 痛みにも耐える。今までだって耐えて来たのだ。 どんな手を使おうが、どんなに人に罵られようが、どんなに人を踏み躙ろうが、どんなに思いを叩き潰そうが、耐えて来たのだ。 例えどれ程の血が流れようが、例え屍山血河の中を歩む事になろうが、例え自分の心を偽ろうが、決めたのだ。 あの時、白く変わったこの髪に。 あの時、恐怖に染まったこの髪に。 その為ならどうなっても良いと。 生き残る。 生き延びなければならない。 全身木屑に塗れながら、全身鉄屑に傷付けられようが、這いずってでも、何をしてでも。 混沌に沈みそうでも耐えて来た。 困頓に倒れそうでも耐えて来た。 それを今更、志半ばで、諦められるかと。 こんな、何かも分からない殺し合いに巻き込まれ諦められるかと。 しかしその思いを絶ち斬るように、 「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……ッ!」 「 」 足音が鳴った。 恐る恐るとがめは足音のした方を見る。 全身を覆う金属が光る。 四本の手に持つ四本の刀が光る。 四本の足があらゆるがらくたを踏み躙る。 無機質な目が、とがめを睨む。 無機質な声が、無常を唱える。 「人間・認識」 「日和、号っ……!」 それは、不要湖の主。 尾張幕府認定の壱級災害指定地域の原因。 がらくたの国のがらくた王女。 それは紛れもなく、日和号。 「即刻・斬殺」 「く、く、く」 「微刀・釵」 「来るなぁああああああああああああああああああああああ」 とがめが叫ぶ。 しかし聞こえてもいないと言う風に。まるで聞き流していると言う風に。日和号は口を開いた。 「人形殺法・竜巻」 一瞬にして、四方から同時に来る四本の刀によって服が、腕が、足が、血が、臓が、斬り裂かれ、宙を舞う。 「ぁがっ」 斬り裂かれた身体から淡々と血が流れる。 呻き、残った腕を無意識に日和号に伸ばすが、一瞬の内に斬り裂かれ、がらくたの中に落ちた。 「う、ぁ……う、ぅ」 身体が震える。 死ぬのかと。果たせぬ内に死ぬのかと。こんな所で死ぬのかと。 目の前がぼんやりと黒くなっていく。堪えようとしても、黒くなっていく。 「……七、花……ぁ……」 身体を容赦なく苛む幾多もの苦痛からか、世界が黒に染まっていく恐怖からか、果たせぬままに逝ってしまう無念からか、積み重なった今までの歩みへの虚脱からか、これから逝くであろう場所への拒絶からか、喉からか細い声が漏れた。しかし何処にも聞く者は居ない。 誰にも聞き遂げられず、有象無象の混ざった戦場の中で、とがめは静かに目を閉じた。 【とがめ@刀語シリーズ 死亡】 金属音を奏でながら、日和号は歩く。 どれだけの時が流れようと、幾星霜の歳月が過ぎようと、役目は変わる事のない。 黙々と不要湖を徘徊し続ける。 数百年立って尚も、課せられた役割を果たす為だけに。 【1日目/黎明/E‐7不要湖】 【日和号@刀語】 [状態]損傷なし [装備]刀×4@刀語 [思考] 基本:人間・斬殺 [備考] ※不要湖を徘徊しています 狐の達観 時系列順 雑草とついでに花も摘む 狐の達観 投下順 雑草とついでに花も摘む 「いーちゃんに会いたい」 想影真心 骨倒アパートの見るものは 全てが0になる 時宮時刻 善意の裏には悪意が詰まっている 全てが0になる 零崎人識 NO ONE LIVES FOREVER 全てが0になる 櫃内様刻 今まで楽しかったぜ 全てが0になる 病院坂黒猫 GAME OVER 全てが0になる 病院坂迷路 GAME OVER 「いーちゃんに会いたい」 とがめ GAME OVER START 日和号 marshmallow justice
https://w.atwiki.jp/galgerowa2/pages/360.html
絶望と救い、そして憎悪 (前編) ◆S71MbhUMlM 時計の針は、進む。 望む、望まないに関わらず進み続ける。 人類が、…いや世界そのものが存在している限り揺るぐことの無い事実。 故に、『その』時は必ず訪れる事となる。 望む、望まないに関わらず、だ。 ただ、強いて言うなら、『その』時を望んでいる人間など、恐らく一人も居ないという事だろう。 …彼には、覚悟があった。 強さがあった。 知性が、理性があった。 だが、彼には足りていない物があった。 それは、何であろう? 言葉にすると、やはり、覚悟ということになるのだろうか…? 最も、彼だけを責める事は出来ない。 少なくとも、数時間前の彼ならば、恐らくは異なった筈だ。 同じ様に打ちひしがれ、叩きのめされて、消沈したとしても、己を律する事は出来ていた…筈だ。 だが、今の彼は、 ひと時とは言え安らぎと安堵を得てしまった彼には、同じように己を律する事は出来なかった。 棗、鈴 文字に記せばたったの二文字。 言の葉に乗せればたった五句の短い単語。 されどこの時において、語句の長さなどは意味を持たない。 重要なのは、その言葉の持つ『意味』であろうか。 その単語は沈黙を呼び、悲哀を誘う。 齎されるのは絶望であり、訪れるのは無力感であろうか。 いずれの感情にせよ、確か事が一つある。 その単語が読み上げられる事を望んでいたものなど、一人として存在していなかった。 それだけは、純然たる事実であった。 世界が、凍る。 僅かに動けば、粉々に砕けてしまいかねない程に。 G-6エリアのカジノ。 殺し会いというこの場においてはあまり相応しくない建物の内部には二人の人間がいた。 それほど、その空間を満たしている空気は、張り詰めていた。 その場に居るのは二人の人間。 棗恭介とトルティニタ・フィーネ。 多くの偽りと矛盾とを自覚しながらも抱え続ける二人。 今、その二人には動きは無い。 あるのは沈黙。 それだけであった。 双方の心に満たされるのは悔恨、嘆き、無力、憤りと様々ではあったが、それでも、 それ故に、その場の空気は動く事は無い。 心のあまりの重さに、動けない。 動くことなど、出来はしない。 ……そうして、数刻の沈黙の後、漸くその場所に時が刻まれ始めることになる。 人の身には、悲しみでさえ永遠ではないのだから。 ◇ 「…ちく、しょう」 絞りだす、ように、声が出た。 意味なんて無い。 鈴が、死んだ。 信じたくなんて、無い。 誰が信じてなんかやるものか。 ああ、そうだ、俺は信じない。 あの生意気で 兄を敬わないで やんちゃで 少し人見知りして 猫に好かれてて 可愛くて ……大切な、妹、が、 …………死んだ? そんな事、信じられる筈が無い。 鈴はまだ生きている。 兄が信じてやらずに、誰が信じるっていうんだ。 ああ、そうだ。 鈴は死んでなんかいない。 俺の、 俺たちの大切な仲間が、 俺たちの思いの全てを背負った二人の片割れが、 死ぬはずが無い。 そう、 …………そう、思えたのなら、どんなに楽なんだろうな。 そう、…どんなに否定しても、頭は理解している。 鈴は、 俺の『妹』は、 俺たちの大切な『仲間』は、…死んだんだ。 疑いようの無い事実。 疑いたいのに、疑えない事実。 認めたくないのに、認めなければいけない事柄。 俺たちの全ては……ここに半ば潰えた。 認めるしか、無い、現実。 ああ、そうだ、認めよう。 だが、認めたから何だっていうんだ? 事実は事実だ。 だからって、納得なんて出来る筈が無い。 何でだ? 何で鈴は死んだ? 死ななければ、ならなかったんだ? ……ココロが、全身が悲鳴を上げている。 悲哀に、身体がバラバラになりそうになる。 指先がチリチリする。 口の中はカラカラだ。 目の奥が熱いんだ。 何もかもを捨てて、叫び出したくなる。 ………………けれど、それが何になる? 地面を空き毟って何とかなるなら爪が剥がれるまで掻き毟ろう。 慟哭の声を上げて事実が変わるのなら、声が枯れて血が代わりに流れても嘆き続けよう。 涙を流せば鈴が生き返るのであれば、体中の水分が流れ出て、この身が枯れ果てても泣き続けよう。 そう、ここで俺が嘆いても、何の意味も無い。 何にも、起きてなんかくれやしない。 既に定まった運命を、覆す事は出来ないのだから。 だから、俺がするべきはそんな事なんかじゃない。 まだ、理樹が居るんだ。 元々、二人が帰れないという可能性も考慮してはいたんだ。 もしもの時に、しなければならない決断を、する必要が無くなった。 だから、もう考えるな。 今俺がするべきなのは、鈴の死を嘆いて無為に過ごすことじゃあない。 ……さしあたっては、放送だ。 放送とは、情報だ。 死者の人数の増減、性別や能力、少しでもヒントになるかもしれない。 禁止エリアの位置や、主催者達会話の内に、見え隠れする心情が見えてくるかもしれない。 だから、全てが克明に思い出せるうちに、少しでも多くの情報を記憶し、記録し、情報を集めなければならない。 ああ、そうだ、俺には泣いている暇なんて無い、無いんだ。 だから… 「放して、…くれ」 俺の顔を覆う、柔らかな感触に、声を掛ける。 暖かくて、それだけでココロが安らぐ、安らいでしまう。 小さなその身体でもって、懸命に俺を抱きしめる少女、トルタへと。 「……ダメ」 返されるのは、拒絶。 その声は、僅かにかすれている。 腕で頭を抱えられているので見えないけど、多分その大きな瞳には一杯に涙が溜まっているのかもしれない。 「……ダメだよ、恭介」 何故、君が嘆く? 君の探し人は、無事だっただろ。 だから、さあ、考察を始めよう、何も、気にする必要なんて無いんだ。 「……ダメ。 ……何がダメなのか、上手く言えない、けど、兎に角…ダメ」 声の震えは、少しずつ大きなものになっている 少しずつ、かすれて、涙声になっていく。 時たま、喉からしゃくりあげる音が響いてくる。 「悲しい時は…ちゃんと悲しまないと……。 泣きたい時は……ちゃんと泣かないと…ダメだよ……」 泣きたい時? 泣いているのは君じゃないか。 俺には泣く理由は、泣いている暇は無いよ。 「離して……くれ」 ああ、だから離してくれ。 俺は悲しいけど、それでも泣くわけには行かないんだ。 だから離してくれ、でないと、 「……大丈夫…………だから…」 今にも、泣き出してしまいそうになるから。 トルタの胸の温かさに、甘えていたくなってしまう。 幼い子供みたいに、泣きじゃくってしまいそうになる。 「………………」 答えは、なかった。 ただ、俺の頭に廻されている腕の力が強くなっただけ。 トルタの柔らかい胸の感触が頭に伝わり、心臓の鼓動が聞こえてくる。 「………………」 何も、言えなかった。 言おうと言う気力が、湧き上がらない。 ただ、今はこの暖かさが、安らぎが、心地良かった。 「…………なあ、トルタ…」 しばらく、……二分は経っていないと思う…後、 ようやく、声が出た。 「…うん」 答えるトルタの声は、何処までも優しい。 まるで歌うかのような音色に満ちている。 「鈴は……もう、居ないんだよな」 「……うん」 搾り出すように言った俺の言葉に、トルタの声にもまた悲しい響きが混じる。 いや、あるいはそれは元々混じっていたのかもしれない。 「もう……何処、にも……居ない、ん、だょ、なぁ……」 「…………うん」 声が、霞む。 自分が、抑えられなくなる。 「もう……あぇないんだょ……なあ……」 「…………ぅん……うん!」 トルタの声も、また霞みだす。 でも、それももう考えられない。 「…………ぅ……ぉ……」 「……………………っ!」 「う、わあああああああああああああああああああああああ!!!」 叫んだ。 身も世もなく叫んだ。 女の子の胸の中で泣くなんて情けないというか そもそも人前で泣くなんてこと事態が非常に恥ずかしいなんて事も考えずに兎に角泣いた。 何も、考えたくは無かった。 ただ、今は泣いていたかった。 そして、トルタの胸の温もりが、暖かかった。 ◇ 「あああああああああああああああああああああああ!!!」 泣いている。 あの恭介が。 出会った時からしっかりしていて頼りがいがあって強かったあの恭介が。 ……でも、これは必要な事なんだと思う。 悲しいなら、泣くべきだ。 その為に、人は泣けるのだから。 あんなに痛々しい恭介は、見たくなかった。 放って、おけなかった。 …だから、抱きしめた。 何をすればいいのか解らなかったけど、他に思いつかなかったから。 痛んだ足で恭介の側に移動するの事も、苦にはならなかった。 どうして、だろう? 悲しかったのかもしれないし、頼って欲しかったのかもしれない。 痛々しかったのかもしれないし、苦しかったのかもしれない。 兎に角、見ていられなかった。 ……そうして、恭介に触れて、彼の体の震えを感じた。 それだけで、彼がどんなに苦しんでいるのかが、理解出来た。 …ううん、理解は出来ない。 ただ、私が思うより遥かに苦しんでいた事だけは判った。 ……涙が、零れそうになった。 恭介の、強さが、悲しさが、とても辛かった。 苦しくても、泣けない人が悲しかった。 悲しさを捻じ曲げてしまった人を、知っていたから。 「……大丈夫…………だから…」 思いだすと、僅かに赤面しそうなる。 思わずとは言え、恭介を抱きしめた事が。 …まあ、今も抱きしめ続けているのだけど… ごく普通に、男の子に抱きついた事が、今になって僅かに恥ずかしくなってくる。 ……そして、恭介がその事を受け入れてくれた事が…余計に頭を熱くさせてた…。 あの時、世界が止まったように思った。 五分? 十分? 或いはもっと長い時間? ううん、時間なんてどうでもいい。 とにかく長い時間、ずっと、恭介の事を抱きしめていた。 ……その後の恭介は、思い出したく無い。 思い出すと、また涙が零れてしまいそうだから。 あの時、私も思わず泣いてしまった。 恭介の姿が、声が、余りに悲しかったから。 ……未だに、恭介は泣き続けている。 でも、泣けたのなら大丈夫。 悲しいって、ちゃんと感じているのだから。 だから、恭介は多分大丈夫。 うん、でも、 …………私、怖いよぅ。 私自身が、怖い。 何だろう、何故か、私ホッとしてる。 今、恭介は凄く、悲しんでいる。 とっても、苦しんでる。 うん、 でも、 私の事を、必要としてくれている。 それが、凄く、嬉しい。 そう、 『恭介の妹が死んだことの悲しさ』よりも、 『クリスが無事だった事の嬉しさ』よりも、 今、恭介が、『私に』涙を、弱さを見せてくれている事が、必要とされている事が、とっても、嬉しい。 ……怖いよ、 人が死んでいるのに、それは恭介の妹だっていうのに、 私、悲しくない。 悲しさなんかよりも、 嬉しさで、心が満たされかかってる。 クリスが生きていてくれている事じゃあなくて、 今、恭介が誰よりも私の事を頼ってくれている事が、 凄く、 …凄く、 ……嬉しい。 私の胸の中で、泣いている事が、涙を見せてくれている事が、凄く嬉しい。 おかしいよ? でも ……『 』な人に、必要とされていることが、 私を頼ってくれている事が…すごく、嬉しい。 ……おかしいよ、 私が流した涙は恭介の為、恭介の姿が悲しかったから。 そう、その筈なのに。 ココロは、こんなにも満たされているなんて まるで、歓喜の涙を流しているように思えてしまう私が、凄く、 …………怖い ◇ 流すだけ流して、何とか流すものはなくなった。 勿論、まだ幾らだって腹の中に溜まっているものはある。 だが、それでもあふれ出すほどでは無い。 自分の中に、溜め込んでおける、 俺が自分を制する事が出来るだけの量だ。 考えれば、また溢れてしまいそうになる。 だから、違う事を考えよう。 「もう…大丈夫だ、トルタ」 「……うん」 少し、涙の残る声で、トルタが答えた。 そうして、俺から離れようとして、「あっ」と少しふら付いた。 反射的にトルタの事を掴んで、そこで、彼女の足の傷が目に入る。 そう、本来トルタは歩くのにも多少の困難を要する状態なのだ。 そんな状態の彼女に、あんな事をさせてしまうなんて、少し、気恥ずかしくなる。 「…………」 僅かに覗く生足を見て赤面している事に、別の恥ずかしさを覚えて、顔を上げて、 胸の辺りの濡れた跡を見て、再び気恥ずかしさを覚えてしまう。 (…ああ、格好悪いな、俺) こんなにも可細い、怪我を負った女の子の胸の中で泣いてしまうとは。 なんというか、赤面してしまいそうだ。 皆に知られたら、からかいのネタにされてしまう。 皆……という単語が再び胸に鈍痛を呼び起こすが…今度は泣かない。 二回も泣いてしまったとあれば、リトルバスターズのリーダーの座も危うくなる。 (よしっ! ならとりあえずこれからは筋肉バスターズと名を改めてだ!) (えっ~~その名前はあんまり~お菓子バスターズで) (ぜったいにいやだ) (……話が纏まりませんね、宮沢さんがおやりになれば……) (いや…掛け持ちの上に部長は断る) (やりたくない人にやらせなきゃいーじゃん! てなわけで私) (私がやってもいいがな……その場合は……ふふふ、おっと鼻血が…) (わふっ!? あ、あの井ノ原さんでもいいと思いますっ!) (恭介が居ないと纏まる気がしないなぁ……) (とりあえず元凶のグッピーは私が始末しておきますのでご安心を) (……何かリーダーの座は大丈夫な気がするな…) 何処かから電波が混じった気がしたけど気のせいだろう。 もう戻らない、余りに平和なやりとりが懐かしいけど… でもまあとにかくそんなに何回も男が涙を見せるべきじゃあ無い。 そうして、さらに顔を上に上げて、 ……やけに、近い、所に、トルタの、顔が、あった。 ああ、そういえば、俺今トルタのわき腹と肩を掴んで立たせているのだっけ。 幼い雰囲気を残す可愛い顔が、今は僅かに朱にそまっている。 顔に浮かんでいるのは、僅かな驚きと、戸惑いだろうか。 瞳には何処か潤みを滲ませて、俺の顔が映しだされている。 ……その事が、何故かやけに嬉しかった… と、ここまで考えて、今の自分達の体制に気が付く。 ……やけに、近い。 のだが、何故かその距離があまり近いようには感じられないような気もしたが…… それでも、離れようとして、 突如響く、“ガチャッ”という音。 「は! わわわわわわわわわわわわわわわわわま、間違えました御免なさーーい!!」 「落ち着け! 別に汝は間違えてはおらん!」 「……まあ、気持ちはすっごーく良く判る」 「あう! ああああアルちゃんも双七君も見ちゃダメだってば!! す、すいませんお邪魔しましたー! ご、ごゆっくりー」 「ええい落ち着かんか汝! 単に男は肉欲獣だというだけであろうが!」 「……すいませんその言い方だと俺も含まれるので勘弁してください」 すっかり存在を忘れていた双七と、見知らぬ少女が二人、そこには居た。 ◇ 「……葛ちゃん…まで…」 「…………桂……」 放送によって告げられる事実。 浅間サクヤの死に続き、またも告げられる残酷な運命。 それは、羽藤桂の心を打ちのめす。 経見塚で出会った親しきものたちのうち、既に二人、この島で命を落とした事になる。 「…………ぅ…」 元より涙もろい桂は、悲しみの涙を流す。 だが、アルはそれを止めようとはしなかった。 短い付き合いではあるが、桂の心の強さは知っていたから。 泣くべき時は泣いて、でもその後には笑うことができると、理解し始めていたが故。 ……ただし、それは傷が消えた事を意味するわけでは無い。 傷は残り続ける、そうして、時たま火傷のようにその身を苛む。 故に、 「忘れるでないぞ……」 「……ぇ?」 「その、若杉葛が死んだのは、汝のせいではない。 汝が、悔い続ける事ではない」 「…………!」 「じゃが、それでも後悔することは止められぬ。 だから、忘れるな。 己と共にあった者達のことを、忘れるな。 そのもの達との、思いを心に刻め、そうして、歩き続けるのだ…」 アル・アジフは、世界最強の魔道書は、そのように生きてきた。 己が力の未熟故に死なせてしまったマスター達の事を、覚えている。 彼らの思いが無駄ではなかったことを、知っている。 だからこそ、彼女は今ここにあるのだから。 「…………ぅん」 涙を拭きもせず、桂はうなずく。 無論、すぐにそのような強さが身につく筈も無い。 だが、 だが、それでも、 羽藤桂には、前に進むだけの足はある。 「……尾花ちゃん…探さないと…」 「……そうじゃな」 あの賢い幼狐ならば、おそらくは葛の死すらも理解できているはずだ。 今どこで何をしているのかは分からないが、それでも探さなくてはならない。 探して、何をするのか? それは、桂自身にも分からない。 ただ、あって、まずは傷つけたことを謝って…そうして一緒に泣こう。 そんなことを、桂は考えていた。 前向きとも、後ろ向きとも取れる考えではあるが、それでも桂自身の思考は前に向かっていた。 そう、おそらくはもう大丈夫。 少なくとも、自らの命を絶つような事は、もう、あるまい。 ……その確信は、数分後、いささか元気のよすぎる形で適う事になる。 雑居ビルを出て、数分後。 アルと桂は、とりあえず先ほど尾花と分かれた地点へ、もう一度戻って見ることにした。 ほかに手がかりも無い事ではあるし、犯人は現場に戻るというヤツである。 「……でも本当に良いの? 鈴ちゃんの友達って人の所に行かなくて」 「汝は…なぜ今まで生贄にされてないのかが不思議なくらいじゃな。 あんな怪しさ抜群な相手のところになど行けるか」 「う……でも、鈴ちゃんがあそこで死んだっていうなら、お墓くらい」 「待ち伏せされるのが堰の山じゃな」 歩きながら、放送の前に交わした電話について話し合う二人。 直前まで会話していた棗鈴がいきなり電話を切り、そしてその後に電話にでた人間が言うには、鈴は死んだという。 その時に出た男の言葉は、いまいちどうも信用できないと、アルは言う。 そうして、話ながら歩く桂たちの耳に届いたのは、あたりに響くカッポカッポという謎の音 その不思議な音の方向に思わず目を向けたアルと桂が見たものとは! …来週に続く。(続きません) ……馬に乗った少年の姿であった。 おもわず、硬直する二人。 そして、なぜか硬直している馬上の少年。 まず、桂からすれば馬を直にみるなど初めてである。 思わず、興奮するのも無理はないだろう。 一方のアルは、馬など何度もみているが、さすがにこの近代に馬にまたがって移動する人間などお目にかかった事は無い。 そうして、やはり硬直したまま…正確に言えば、桂の姿を捉えた時から、微動だにしない双七。 「は、は、白馬に乗った王子様だよ!! ど、どうしようアルちゃん!? わ、私にはサクヤさんっていう貞淑を誓った人がー!」 「落ち着かんか汝! あれはどう見ても王子などという顔では無い! 良いところ姫にかしずく小間使いと言ったところだ!」 「お、お、お姫様!? この島の何処かにお姫様がいて私はその人に見初められた未亡人なの!?」 「だから落ち着けというに! たとえじゃたとえ! というか気が早すぎるぞ汝は! ついでにそちの頭の中には真っ当な男女関係は存在せんのか!?」 「そ、そんな事ないよー、て、ていうか、だ、男女関係ってアルちゃんにはまだ早すぎるよー!」 「何度も言っているが汝より年上だ! 外見年齢だけが全てと思うでない!」 姦しい、という表現が似合うほどよくしゃべる二人。 基本的に精神年齢が近いせいか、止める相手がいないとどうにも止まらない。 そして、 「……あ、あのー……俺、喋ってもいいでしょうか?」 哀れな男の意見など、当然のごとく流された。 「うー……で、でも長く生きててサクヤさんはあんなにバイーンなのにアルちゃんは…」 「それ以上言ったら汝の血を一滴残らず吸うぞ」 「ひゃう!? あ、あああの何でもないよ!」 「ふむ、だがそろそろ昼食時ではあることだしここは一度」 「あ、あの私今貧血気味だからレバーとかお肉…よりはお魚の方が良いけど…」 「うむ、決まらぬのなら決定という事にするかの」 「ひゃ、ひゃう!? あ、アルちゃん、それだと私お腹減ったままだよ!?」 「良いではないか良いではないか、減るものでも無いであろう」 「へ、減るよ! 思いっきり減るよ! ゲージで見れるよ!」 「別にゲージがゼロになっても汝は平気であろう。 だから遠慮なく……」 「んっ! やっ! ちょやめ!」 いきなり目前で開始されたパヤパヤに、思わず見入ってしまう双七。 彼を責めるなかれ、男性としての本能がそうさせるのだ。 この誘惑に耐え切れる男などそう多くは……この島には結構多いかもしれないが……居ない。 「……………………」 「そして何をジロジロ見ておるかそこのたわけは!」 「ゲフッ! 俺!?」 アルの手から放たれた不可視の衝撃が双七のあごにヒットする。 その一撃は容易く双七の意識を削り取り、安らかな世界へと導く。 そうして、落ちていく瞬間、 (ゴッド……俺何か悪いことしましたか……?) 思わず、神に問いかけていた。 “ヒンッ”と、スターブライトが肯定するように一声嘶いた。 ◇ そうして、紆余曲折の末に双七はアルと桂をつれて戻ってきて、先ほどの場面に戻るというわけだ。 あそこまで無防備な危険人物もいまい、とか動物に好かれる人は悪くないなどの理由もあったが、 やはり最も重要なのは、双七が九鬼耀鋼の知り合いであった事だろう。 「……笑いたいなら、笑え。 ……というか、笑ってくれ…」 だが、誰も笑わなかった。 気まずいシーンを見られたトルタと恭介は顔を赤らめながら沈黙を守っており、 双七が目を覚ましたときから、桂は何やらフラフラしており、アルは何やらツヤツヤしている。 あの短い時間に何があったのか。 そもそも気絶しているにしては時間が短すぎるあたり、間の記憶を脳が消去したのかもしれないが、真相は闇のなか(※省略)である。 ◇ 「鈴ちゃんの、お兄さん?」 桂は声を上げた。 恭介とトルタが、桂の事を千羽烏月経由で聞いていたために、自己紹介はわりとスムーズに行った。 烏月は、殺し合いに乗ってはいるものの(このことは桂には秘密)、それ故に信用における人物である。 その烏月の言、そして彼女の振る舞いから、桂はおおよそ殺し合いとは無縁の人物であると、恭介は判断した。 そうして、桂自身はお人よしなうえにのんびり屋な為、わりと簡単にお互いの協力は決まった。 そして情報交換となり、桂は驚きの声を上げることになる。 少し前に喋った少女の知り合いと、こんなに早く遭遇できるとは思っていなかったのである。 「…鈴を、知っているの…か?」 無意識の内に、桂に近寄る恭介。 そのあまりの勢いに、桂は怯み、トルタは何故だか頬を膨らませるが、恭介は構わない。 せめて、鈴の過ごした軌跡をしっておきたかったというのがある。 「し、知っているって程知っている訳じゃあないけど…少し電話でお話しただけ…」 その勢いに負け、桂は答える。 …彼女は気付かない、自身が取り返しの付かない方向に話を進めようとしている事を。 「……電話?」 「あ、うん、この携帯で…鈴ちゃんが私の携帯を持っていたみたいで…」 恭介の問いに、ポケットにしまってあった携帯を取り出す桂。 先ほどそれなりに話をしたが、未だに電池は三個、電波は多少悪いらしく二本であるが、ちゃんと機能している。 それを見て、多少の落胆を覚える恭介。 結局、鈴の元気な姿を見た訳では無いのだ。 だが、それでも… 「最後に喋った時、鈴は…元気だったか?」 元気であったのなら、最後まで鈴で在り続けていてくれたのなら、 そう、思い、問いかける。 ……問いかけて、しまう。 「え…その……あの……」 突然、それまで淀みなく話していた桂が言いよどむ。 その表情には、何かを隠すような雰囲気。 「……?」 考える。 今までの桂の行動から、淀みなく嘘が付ける人間ではない。 故に、言いよどんでいるのは、何か不都合な…桂にとってではない…出来事があるという事だ。 この場合、その話を聞いて最も不都合なのは…間違いなく恭介だ。 では、何か? 恐らく、最後に苦しんでいたと言うような内容ではない。 積極的に殺し合いに乗っていたというような物でも無い。 それならば、恐らく彼女の口調はもっと重いものでなければ成らない筈だ。 ……では、何が? 「まさか……」 鈴が死んだというなら…鈴の持ち物はどうなった? ティトゥスが死んで、彼の持ち物は今恭介達の手にある。 ならば…… 「鈴を殺した相手を……知っているのか!?」 詰め寄る。 思わず服に掴みかかってしまうが、今の恭介には気にならない。 鈴の死という事自体は、何とか受け入れた。 だが、それとコレとは話が別だ。 鈴を殺した相手は、誰なのか? ソレを、桂は知っているのか? 僅かに目を潤ませる桂に構わず、更に問いかけようとした恭介だが、 「お、落ち着けって棗!」 双七に、引き剥がされる。 元より鍛え抜かれた彼ではあるが、それでもその時の力は尋常ではなかった。 いとも容易く、恭介を桂から引き剥がしたのだから。 恭介の離れた桂の腕にアルがしがみつき、 恭介の袖をトルタの手が掴む。 そうして、ようやく…… 「……ごめんな」 彼は、表面上の冷静さを取り戻す。 僅かにざわめいていた場に落ち着きが戻り… 「よい、わらわが言おう」 アル・アジフが、桂を庇うように言った。 ◇ (おかしい…よな?) 何故、出会ったばかりで何の縁も無い相手の事が、こんなに…気になるのだろう? 一人、双七は悩み続けていた。 放送が終わり、カジノの中に入ろうとした双七が目にしたのは、思いっきり硬質な雰囲気の部屋であった。 思わず、入る事も忘れて、再びのんびりしていた彼であったが、少ししてスターブライトの嘶き。 彼女の反応に訝しげになりながらもまたがり、 そうして、町を歩いていた二人に出会い、双七は、息を呑んだ。 最初に出会った時、アルと桂のやり取りにも無論目を奪われたが、それ以上に双七は桂から目が離せなかった。 彼女の全身から漂ってくる匂い? 香り? 濃い血の混じった香りが、たまらなく、魅力的に感じて仕方が無い。 服に、肌にこびり付いている血が、凄く、勿体無い、美味しそう、舐めとりた…… (な、何を考えてるんだ…俺!?) 混乱する思考の故に、双七は彼女達のやり取りに対して、大きな反応を返せなかったのだ。 (まあ双七ではどの道無理だった気もするが) そうして気を失い、目覚めて、九鬼の知り合いであるという彼女達の言葉を信じ、カジノへと戻って来たのだ。 決して、桂と離れるのがイヤだったわけではない、と双七は心に言い聞かせていたが……。 そうして、話し合いの最中でも、双七は事あるごとに桂の事が気になっていた。 彼女の一挙手一投足から、目が話せない。 恭介が詰め寄った時、思わず本気の力を出してしまった。 (何だろう? あの子を、モノにしたい? ……いや、何か違うだろそれ、でもなんというかそのいや何だ兎に角…) 何と言うか、渇く? 餓える? いや、何だろう、兎に角、あの子が… とても、芳醇で、滋養に満ちた、真っ赤な果汁を滴らせる果実であるかのような… その、滴る果汁で存分に喉を潤したい。 その、芳醇な蜜を腹いっぱいに味わいたい。 その、チのように真っ赤な液体に酔いつぶれてしまいたい。 「…………!」 ゴツンと、自分の頭を一度殴る。 痛かった。 手加減しないで殴ったから無っ茶苦茶痛かった。 思わず蹲ってしまいそうになるくらい。 見れば、目の前の四人とも、変な人を見る目で双七の事を見ている。 「…………」 何か、えらく理不尽な目にあっている気もするが…まあ変態と思われるよりは変な人の方が……すいません、どっちもイヤですハイ。 ◇ 149 THE GAMEM@STER (後編) 投下順 150 絶望と救い、そして憎悪 (後編) 149 THE GAMEM@STER (後編) 時系列順 133 満ちる季節の足音を(後編) 棗恭介 133 満ちる季節の足音を(後編) トルティニタ・フィーネ 123 ただ深い森の物語/そして終わる物語 吾妻玲二(ツヴァイ) 123 ただ深い森の物語/そして終わる物語 アル・アジフ 123 ただ深い森の物語/そして終わる物語 羽藤桂 142 生きて、生きて、どんな時でも 如月双七
https://w.atwiki.jp/himaitame/pages/533.html
32 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 09 18 12 ID J4U6qYz30 サトコの引越しの手伝いに行きなさいという話になり行動アンカ 明智光秀を討ち取る 「俺の前でストリップをしてくれ」と土下座して懇願 指輪をプレゼント。 「きみのウザさに乾杯!結婚してくれ」 アナリスクで 「もう限界でござる!」 というまで調教 新居のトイレでオナニー 有り金全部を差し出し 『これで別れてくれ 手切れ金として受け取れ』 35 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 09 19 20 ID J4U6qYz30 コンビニでポテコとフリスクを購入し、待ち合わせの駅に向かう。 バッグの中には戦国BASARAとセーブデータの入ったメモカ。まつモエス。 某駅の北口に着いたのは、待ち合わせ10分前。駅のホームからメール送信。 「今北産業」 受信。 「??着いたんですか?」 反応わりい。 今日のサトコの服装はキャミソールにフレアスカート、ニーソックスにポニーテール。 キタコレ!!!!テラモエスwwwww でも、引越し作業する格好じゃねーだろそれ。 と、服装に関してツッコミつつ、サトコん家に向かう。 「ケーキ、買ってますよ。後で食べましょうね~」とか呑気な事言ってる。 俺が辞めてからの職場の動向とか、かなりどうでもいい話を聞かされながら歩く。 駅から10分くらいのところにある、1LDKのマンション。オートロック、最上階、角部屋。 たぶん、俺が住んでるトコより家賃高い。 「散らかってますけど、どうぞ~」 オマエばかか、散らかってんの当たり前だろ。 44 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 09 20 31 ID J4U6qYz30 35 の続き さて、サトコん家。 ダンボール箱めちゃめちゃ多い。明智光秀を討ち取るにも、まだTVも無い。 「あと1時間くらいでヨドバシが届けてくれます。洗濯機とかも」 ああ、そうか。 んじゃあまずはダンボール箱何とかすっか。 俺が開けていいモノと開けたらダメなものがあるらしく、ダンボール箱の端っこに何やら 目印がしてある。 ◎が付いてるものは誰があけても問題ないもので、★が付いてるものが他人が開けたら ダメなものらしい。 「じゃあ、すみませんがこの辺のやつをお願いします」 最初に開けたのは小物。 ばか丁寧に食器とか生活小物がみっしりと詰まっている。 次に開けたのも小物。 ぬいぐるみがみっしり。 サトコの目を盗んで軽めの★付きダンボール箱をゲット。 開けてみた。 キタコレ!!!! 46 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 09 22 10 ID J4U6qYz30 44 の続き ダンボールの中身はカラフルなパンツ祭り。でも下着そのものには執着は無い。 「おーいサトコー」 「なんですかぁー?」 「おまえ、案外カワイー下着持ってんのな。あ、これKID BLUEじゃね?」 「!!1!!その箱はだめです!111!!」 年齢相応というかPJとかが多かった。 サトコのエロ耐性を調べるためにも、これをネタにちょっと下ネタを会話に絡める。 「穴あきとか持ってないんか?」 「持ってるわけないじゃないですか!そもそも穴あいてたら落ち着きませんよ!」 「でも何かと便利だぞ。突然盛っても脱ぐ必要ないし」 「さ か り ま せ ん !」 「んでオマエ、Bなの?」 「悪かったですね!貧乳で!!」 耳まで真っ赤になるサトコモエスwwww 「もー、この辺のダンボールは、もう開けなくていいです!もー」 牛に釘を刺された。 つうか、★つきのダンボールが過半数なんだが…。 部屋のチャイムが鳴った。 48 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 09 23 16 ID J4U6qYz30 46 の続き テレビと洗濯機、乾燥機、掃除機、冷蔵庫、電話機、その他家電が続々と到着。 なんつーかスペック高いものばっかなんだが。テレビとかプラズマだし。 「おまえ、金持ちだな…」 「あー、お父さんが買ってくれたんですよー」 配達のにーちゃんが洗濯機と乾燥機を設置している間に、俺がTVを設置。 にーちゃんの相手をしてたサトコがパタパタとやってくる。 「あ、この箱の中がテレビ周りのものなんで、もし分かれば繋げてもらえませんか?」 精密機器・こわれものちゅうい!と書かれたデカい箱を開ける。 中身はDVDレコーダーとプレステ2、そしてプレステのソフト。 ソフトの中に戦国BASARAあるしwwwww とりあえずユリにメール送信。 「サトコの引越し手伝い中。サトコん家って金持ちだな」 すぐに返事が返ってきた。 「サトコって社長令嬢だって知らなかったの?(笑) このまま逆玉に乗っちゃいなよ」 まじか…。何気に焚き付けられているのは気にしない。 50 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 09 24 11 ID J4U6qYz30 48 の続き 洗濯機と乾燥機の設置が終わり、にーちゃんは帰っていった。 俺のほうもテレビ周りのセッティング完了。プレステ2も繋げた。 サトコはキッチンの片付けをしている。 「そろそろ落ち着きそうですし、お茶でもしましょうー」 ★印のついたダンボールがまだ数個残ってるんだが。 「このダンボールはこのままでいいのか?」 「もー、いいですいいです。これはあたしが自分でやりますー」 また牛か。 『プレステとか入ってた箱に戦国BASARAあったんだけど、お前もやってんの?』 「発売日に買いましたよー。むさしさんも持ってるんですか?」 『うん。まだ全員クリアできてないけどな。まついいよな、まつ』 「よしなに。とか言う女の子ですよねー。あたしは伊達政宗が好きですー」 『Are you ready?』 「Yeah!!!」 アホか俺ら。 でもだんだんサトコ可愛く感じてきた。ヤバス 54 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 09 25 27 ID J4U6qYz30 50 の続き 洗濯機と乾燥機の設置が終わり、にーちゃんは帰っていった。 俺のほうもテレビ周りのセッティング完了。プレステ2も繋げた。 サトコはキッチンの片付けをしている。 『んじゃちょっと戦国BASARAやろうぜ。サトコの超絶テクを見せてくれ』 「えー、あたしそんなうまくないですよー」 『自由合戦でいいや。明智光秀討伐してくれ。難易度はどうする?』 「明智だったら天王山取ればすぐ終わるんで、究極でいいですよー」 『究極?マジで?』 「その代わり、無限六爪流は装備させてくださいね」 ロードが終わり、サトコのプレイ状況を見てみる。 全キャラ使用可能。全キャラLv20。アイテムコンプリート。 うはwww夢が広がりんぐwwww 俺より全然スゴスwww 自由合戦で伊達政宗、山崎殲滅戦(明智光秀討伐)の難易度究極を選ぶ。 武器は亜羅棲斗流Lv99にJET-XとMAGNUM STEP。アイテムは無限六爪流、剛力の腕輪、熱唱びわw 「お茶入れてきました。むさしさんは紅茶よりコーヒーのほうがいいんですよね?」 『そんな野暮なこと聞いてんじゃねえ。とっとと明智殺してくれ』 「はーい」 58 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 09 28 51 ID J4U6qYz30 54の続き サトコの明智光秀討伐がはじまった。 『熱唱びわはやっぱいいよな』 「あたしはグレイのほうが好きなんですけど、この曲はゲームにあってていいですよね~」 『おれまだ無限六爪流持ってないんだよ。おまえよく取ったな』 「あたし、単純作業が苦じゃないんで(笑)」 ダベりつつサトコのプレイを横から眺めるが、なんかこいつすげーウマい。 無限六爪流を装備しているというアドバンテージがあるのを抜きにしても、全然ダメージ食らわないし、敵キャラの配置とかしっかり覚えてる。 『おまえ、俺よりうまいんじゃね?』 「このゲームはやりこみましたからね~。自信ありますよーう」 クッションの上にペタンと座り、テレビを見据えてコントローラを動かすサトコ。 彼女に気づかれないようにそっと手を伸ばし、フレアスカートの裾を少しずつ持ち上げてみる。 70 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 09 32 01 ID J4U6qYz30 58 の続き 今日のサトコぱんつは 水 色 (フリル付き)。 悪くないな。 「亜qw瀬drftgyふじこlp;@:!!!」 「ななな、なにしてるんですか!!!!!」 『いやいや、サトコかわいーから、パンツもかわいーのはいてるんだろうと思ってな。 もしかしてもしかしたら穴開きだったら困るから、確認しておかねばと』 「穴開きなんて持ってないです! もー! あ!」 伊達政宗が雑魚に蹂躙されている。 『ほらほら、気抜くと政宗死ぬぞ。天王山死守してくれよ』 「もう!イタズラはダメですからね!」 そしてあっさりと討伐される明智光秀。 【明智光秀討伐篇】了 704 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 11 16 49 ID J4U6qYz30 「明智光秀討ち取りましたよ!おやかたさま!」 先生、バカがいます。 さて、ここからプロポーズしてアナリスクへと向かわなければならないわけだが。 ぶっちゃけどうしよう。 まずはケーキ食うか。 『このケーキ、もしかして○○○○の?』 「お。兄さん、詳しいですねえ。アタリです」 『たしかこの辺に店あんだろ?』 「そーですそーです。結構近くにありますよ。通う予定です! 『おまえ、これ以上太ったら嫁に行けなくならね?』 「大丈夫です!むさしさんに拾ってもらいますから!」 『悪いけど、俺デブ専だから最低でも今の倍くらいになんねーと相手にしないよ?』 「え、えええー!?が、がんばります!(笑)」 なにこのスイートな展開。 『んじゃあ、サトコ太らせるか。はいあーん』 「えええええー。恥ずかしいですよう。でもあーん(笑)」 なにこの展開。ラブラブじゃん。 726 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 11 18 16 ID J4U6qYz30 704 の続き ケーキを口に運んでやるフリをして、ほっぺたに生クリームをヒットさせる。 「! うそー。ひどーい」 『あれ?さっきはこの辺りまで口あいてなかったっけ?』 「そんなことないですようー」 『わりい。俺、最近視力落ちちゃってさ。よく見えないんだよね。口移しでもいい?』 「い、いやいや、それはちょっとありえないです。付き合ってもいないのに」 『だったら付き合うか?』 「え、えー?ちょっと突然そんな事言われても…」 『あー、俺もケーキ食いたいけど、作業疲れで腕あがんなくなっちゃった。あーん』 「えー」 『おまえ、さっきからえーしか言わねえな』 「えー、そんなことないですよう」 『じゃあケーキ食わせてくれよ。できれば口移しで』 「全然関係ないですし!」 『ケーキ食いてえなあ…』 「………じゃあ、一回だけですよ?できれば目を瞑って欲しいです」 『えー、目ェ瞑ったらサトコの照れ顔見られないじゃんよ』 「えー、とか言う人は、もうケーキ食べてくれなくていいです!」 『えー』 「また、えーって言った」 『サトコのが移ったんだよ。えー。ケーキ食いたいです。食わせろよ。早く』 「じゃあ、黙って目ぇ瞑る!」 目を瞑って口を開ける俺。今、写メ撮られたらマジ死亡。 730 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 11 19 24 ID J4U6qYz30 726 の続き 薄目でサトコを見てると気づかれた! 「もー、目ぇあけたらダメです!」 と言って片手で目隠しし、こっちに寄って来る。 生クリームが口に触れた。 「ほー、ははくはへへふははいほう」(予想訳:もー、はやくたべてくださいよう) 手の目隠しは誤算だった。口移しから抱き寄せのコンボの成立には難がある。 仕方なく、何もせずにケーキを受け取った。 『じゃ、今度はサトコの番ね、はいあーんして』 「え、ええー?」 『えー、とか言わない。何度言えば分かるんだ』 「いやー、恥ずかしいですよう」 『じゃあ、目ぇ瞑ってればいいじゃん。俺はガン見してるけど?』 「もー、わかりました。あ、苺でおねがいします。あーん」 なんだ、これから苺の展開って分かってんじゃねーか。 737 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 11 21 51 ID J4U6qYz30 730 の続き 苺をくわえ、サトコに近づく。 ぎゅーっと目を瞑ってるのが何かカワイス。 しかしまあ、女の髪の毛はイイ匂いするよな。 サトコのシャンプーは多分ビダルサスーン。だって彼女(今週末に結納)と同じ匂いだしw 小さく口を開けたサトコに苺を押し込むと同時に、俺の舌も差し込む。 「!?」 サトコが目を見開くのと同時に、悶絶する俺ガイル。 噛 み や が っ た。orz 「ご、ごめんなさい!大丈夫ですか!」 大丈夫なわけねー。でも痛みで喋れねー。 しばしの悶絶の後、鈍痛は残るけど喋れるくらいには回復した。 743 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 11 22 51 ID J4U6qYz30 733 戦国BASARA 774 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 11 27 47 ID J4U6qYz30 737の続き サトコ、あたふたしてる。顔真っ赤。 『噛むなんてひどくない?』 「すみません………」 『まあ、そこまでションボリしなくてもいいと思うけど』 「大丈夫ですか?」 『とりあえず喋れるけど、痛みは残ってるよね。誰かさんに思いっきり噛まれたから』 「もー、すみませんっ!いきなりあんなことされたら、誰でもびっくりしますって!」 『あー、痛い痛い痛い痛い』 「全然痛くなさそうなんですけど…。どうしましょう…。 オマエの口で治療しろとかエロ親父みたいなことは言いませんよね?」 『いや、言う。治療してくれよ。サトコの舌で』 「えええー。まんまエロ親父ですよー。会社辞めてもセクハラ癖抜けてなーい」 『25過ぎたら親父だよ。オマエも25過ぎたらお肌の曲がり角だぞ。一気に老けるぞ』 「ひ、ひどーい」 『まあ、それはともかく、サトコとチューしたいからチューしようぜ。大人のチューを』 「電車男だ(笑)」 電車男、さすがに知名度高いな 825 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 11 33 47 ID J4U6qYz30 774の続き 『ごまかしてんじゃねえ。とっとと大人のチューするぞ。ってもしかしてオマエ、大人のチューしたことねーのか?』 「そんな事ないですよー」 『それはドッチの意味に取ればいいんだ?経験アリ?なし?』 「アリアリですよっ!」 『ほんとですかー?ま、やってみればわかるか。するぞ、チュー』 「え、えー。えーと…ごめんなさい。ないです…」 『…まじで?』 「はい。だって、男の人とまともに付き合ったことって無いし…。ネクラだし。可愛くないし」 『ネクラとかはともかく、サトコかわいいじゃん。まあ、あと30kgくらい太ってくれたら俺的にはベストだけど』 「えー、それはありえなくないですかぁ?」 『ま、俺がデブ専ってのはネタだけど。チューしよう。チュー』 「もー、ちゅーちゅー、ってネズミみたいですね」 『ごまかしてんじゃねえyp、やんのかやんねーのかはっきりしろ』 ちなみにここまで押し切るのは、ユリから入手した【サトコは俺に気がある】という情報があるからだ。 843 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 11 36 44 ID J4U6qYz30 825の続き 「え、えー。じゃあ、します。チューします。よろしくおねがいします…」 『子供?大人?』 「えっと…軽いやつで」 『フレンチ?ディープ?』 「えっと…フレンチ」 『フレンチキスっていうのは、所謂ベロチューの事なんだが』 「そうなんですか?って、フレンチかディープかって、どっちも同じじゃないですか!」 『お互い子供じゃないしね。ともかくサトコちゃんはベロチューがご希望で、初めての相手を俺にと』 「なんか騙されてる気がします…」 『サトコちゃんはベロチューがご希望で、初めての相手を俺にと』 「あ、…はい。おねがいします…」 『ちなみにさ』 「はい?」 『オプションというか。大人のチューをしたら続きもしないと俺の気がすまないんだが』 「え、えー?」 全身で尻込みを表現するサトコ。でも二の腕を俺に掴まれてるんで逃げられず。 877 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 11 40 44 ID J4U6qYz30 843続き 『サトコは俺のこと嫌いじゃないんでしょ?』 「嫌いだったら、おうちになんて呼ばないです」 『嫌いじゃないって事は、好きって事だ』 「な、なんでそうなるんですか?」 『好きの反対は無関心だろ?サトコは俺に対して無関心じゃないだろ?って事は無関心の反対で好きって事じゃんか』 「なんか…ジャイアンみたいな俺様理論ですね…」 『ま、いいんじゃね?俺はサトコが好きで、サトコも俺が好き。って事で大人のチューの先まで行くって事でFA?』 「お、大人のチューの覚悟はしたんですけど…。大人のチューの先って……やっぱエッチですか?」 『まあ、そうだな。ちなみにエッチにも色んな方向があるんだけどな。俺のエッチはちょっとすごいかも』 「ってゆーかですねえ…」 『なに?この期に及んで、言い訳?言い逃れ?』 「えっと…あたし…、したことないんですよ…」 『アーアーきこえなーい。声が小さくて聞こえなーい。ナニをしたことないの?』 「だから…えーっと、えーっと、えっちしたことないです…」 処女宣言キタコレ!!! 937 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 11 45 45 ID J4U6qYz30 877続き 『Oh really? are you virgin?』 「もー、茶化さないでください…。どうせ23で処女ですよぅ!」 『つーか、お前マジで処女?』 「すみません…」 『うわー…』 「やっぱり、23で処女ってヒきます?」 『いや別に。たとえ処女でも援交しまくりのHIVのキャリアでも、サトコはサトコだしな』 ま、HIVキャリアだったらガン逃げするけどね。 『というわけで、まずは大人のチューからね』 「…なんか言いくるめられてる気がしますけど…。むさしさんが相手なら、ばっち来いです…」 ばっち来いワロスwwww 960 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 11 48 59 ID J4U6qYz30 セクロスシーンは必要ですか? 必要だよな…。 361 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 13 15 24 ID J4U6qYz30 初めての(相手)とのチューは、いつもどきどきするね。 おれエロビ見ても生まんこ見ても( ´_ゝ`)なんだけど、ベロチューはそれだけでちんちんおっきする。 あと、俺は無言でセクロスはダメ。かと言って愛の言葉をささやくでもなくコミュニケーションのひとつとしてセクロスがあるわけだ。 どちらか一方だけ気持ちよくても仕方ないし、どうせなら相手の痴態を見たいしな。 ま、そんなことはどうでもいいかw じゃ、いただきまーす。 初めてのチュウのときくらいは、ムーディーに行くか。 サトコを見つめる。こういう展開に多少は予測していたのか、それとも期待していたのか ちょっと困ったようなはにかみ顔。 『目、開けたままでチュウする?俺はサトコの顔じーっくり見ながらするけど?』 「……恥ずかしいので、あたしは閉じます…」 片手でサトコの髪を撫でながら支え、顔をちょっと斜めにずらし唇を重ねる。 さっきみたいにいきなり舌を入れるとまた噛まれかねないので、最初はサトコの唇の弾力を楽しむ。 肩を寄せ合ってる状態でベロチューに以降するのは体制的に俺が疲れるので、ポジショニングを変更する事にした。 目を閉じて地蔵のように固まっているサトコから唇を離すと、目を開けて照れ笑いをする。 366 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 13 16 57 ID J4U6qYz30 361続き 「チューしちゃいました…」 『いや、本当のはこれからだから。大人のキスできる?』 「また電車男だ(笑)」 『ちょっとさ、大人のチューするのにこの姿勢は辛いから、もっとコッチこいよ。むしろ俺の膝の上座っていいよ』 「あたし、重いですよ?(笑)」 『さっき言ったろ?俺の理想は今のオマエ+30kgだって』 「うそばっかり(笑)」 サトコ、テンパってます。 何だかんだいいつつ俺の膝の上に座ったサトコ。 『じゃ、次は大人ね。舌噛んだらおしおきするからな。噛むなよ!絶対噛むなよ!』 「今度はダチョウ倶楽部ですか?(笑)」 ノリツッコミしてくれる女は大好きだ。 『そんなに緊張しなくていいから、ぽかーんと口あけとけ』 「はい…」 軽く口を開けた状態で再び目を閉じるサトコ。間抜け面だ。その開いた唇を塞ぎ、ゆっくりと舌を送り込む。 サトコの舌に俺の舌が触れたとき、一瞬ぴくっ!と反応するが、なされるがまま。 その間、両手の仕事もおろそかにしない。 髪や頬を撫でたり、うなじ、首筋、背中に指を這わせる。サトコは耳の上の方・鎖骨・背中に強く快感を得るらしい。 俺の舌と両手がフル稼働していると、サトコの息遣いもだんだんと荒くなる。 最初は自分の身体を支えるような感じで俺の肩に回していた腕、そして指にも力が入る。 373 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 13 19 19 ID J4U6qYz30 366続き そして受動的だったサトコの舌に動きが。俺の舌に対して自分の舌を絡めてくるようになった。 しばらくサトコに任せてみると、だんだんと動きが弱まり、そして目を開き困惑の表情をこっちに向ける。 「どうしたんですか?」 『いやな、サトコ初めてにしては案外ヤるなと思って』 「もー、またそんな恥ずかしいこと言うー」 『で、大人のチューの感想を聞かせて頂きたいわけだが』 「んふ…、いいですね…。すごくエッチな気分になります」 『エッチしたことないけどねw』 「んもー!」 頭はたかれますた。 『どうする?次に行く?』 「えと…もうちょっと、チューしてたいです。ダメですか?」 『いや、全然おkwww』 引き続き大人のチュー。 気づかれないようにチラチラを時計を見てたわけだが、もう10分くらいチューしてるのよ。 流石の俺もアゴが疲れてくるよ。フェラする娘はホント偉大だよな。 そろそろ路線をセクロスに変更しないとね。 382 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 13 21 23 ID J4U6qYz30 373続き 処女のくせに積極的になったサトコによる第二次大人のベロチューの主導権をじわじわと俺に戻しつつ、再びサトコが受身になったところで攻撃開始。 サトコが逃げないように腕を絡め、舌を唇から首筋に這わせる。 「え!え!え!汗かいてるから汚いです!」 『サトコの汗は汚くないぞ?寧ろウマい』 「えええええー…。ぁ!…」 反応が良かったのが鎖骨。「んあ!」とか言ってんの。で、直後、恥ずかしいのか黙り込んでるw ギガウイウイシスwww 口撃対象を耳に移した辺りから、片手は背中からオパイに向けて侵攻開始。 ブラのラインに沿って指を這わせ、触るぞ触るぞ、おにーちゃんサトコたんのオパイさわっちゃうぞー。と、じらし攻撃。 目測で乳首の位置を予測し、軽く撫でて見るとサトコは「ひゃ!」と声をあげてビクっ!と反応する。 『おっぱい揉まれた事とかねえの?』 「友達とかと遊んでて揉みあいとかしたことありますけど、こういうのは初めてです…」『じゃ、本格的にサトコのおっぱい弄っていい?』 「…作業してて汗たくさんかいてるし、恥ずかしいです…」 『だよな。初めてだもんな…。先にシャワー浴びる?』 「できればそうしたいです…。むさしさんもシャワー浴びましょう…」 『だが断る!』 「え?なんでですかー?」 『今、この瞬間、サトコのおっぱいを堪能しておかないと、俺は一生後悔する事になるから!』 ブラのホックを外すのなんて朝飯前である。 だってデートの度にスキあらば彼女のブラのホック外して遊んでるからな。 393 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 13 24 16 ID J4U6qYz30 382続き 「あ!ダメです!!」 『ダメじゃないだろ?サトコのおっぱい触らせてくれよ。できれば吸ったりもしたい』 「え、ええー」 『また、えーえー言ってんなw ま、サトコに拒否権は無いわけだが』 「なんでですかぁ?」 『食物連鎖でサトコは底辺、俺頂点だから』 「わけわかんないですよ(笑) 『ま、いいから。んじゃお邪魔しまーす』 サトコとチューしながら、片手でキャミソールの下からサトコのおっぱい目指し、あるある探検隊が出動する。 途中、へその辺りを弄って反応をみたり、脇に寄り道をしたりと焦らしてみる。 ま、処女(自称)が相手なんで焦らす効果があるのかどうかは微妙なところだけど。 そしてサトコのオッパイに到達。 触った限りではやわらかいけど弾力があり、乳首は小さめで感度極上。 402 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 13 26 09 ID J4U6qYz30 393続き 『サトコさあ、オマエ、ブラBカップだよな?』 「!?触って分かるんですか?」 『いや、さっきダンボールの中に入ってたブラでサイズ見たし』 「一瞬しか見てないのに、よく覚えてますね…」 『まあ、サトコのことなら何でも覚えてるけどな』 「うそばっかり(笑)」 『ま、それは言い過ぎとして、触った限りではオマエCくらいあると思うんだけど、ちゃんとブラ合わせた事ある?』 「いや、トップとアンダーの差だとBなんですけど…?」 『なんか自分ではそう思ってても、実際はカップ違うことってよくあるらしいぞ サイズが合ってないブラしてると形崩れたりするよ?』 「そ、そうなんですか?詳しいですね…おっぱい博士ですか?」 『博士じゃないけどな。今度そういうブラ合わせてくれる店に連れてってやるよ』 「嬉しいですけど、恥ずかしくな… んんんん!!!」 乳首を軽くキュキュキュキュ!と弄ってみたらこの反応。ステキングwwww 貫通済みなら、ここからまんこ弄りに行ってもいいんだけど、そういえば作業した後きちんと手を洗ってないんで粘膜触るのはちょっとあれだな。 風呂行くか風呂。 412 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 13 28 18 ID J4U6qYz30 402続き 『サトコの汗臭い生乳はステキだな。最高だな』 「なんか下品じゃないですか?汗臭いとかひーどーいー」 『じゃ、お風呂入るか。一緒に』 「い、一緒に!?」 『うん。一緒に』 「狭いですよ…?」 『狭さは愛でカバーする。サトコの身体を洗ってやるよ』 「恥ずかしいからいいですよ…。それにあたしもちょっと準備したいし…」 『何の準備するん?』 「もー、知りませんっ!」 『一緒に行こうよ』 「行かないです!」 『じゃあ、やっぱり汗臭いままピリオドの向こうに行くとしますか』 「もう…むさしさん意地悪い…」 サトコ半泣き。俺、女の涙にはヨワス。 『んじゃあ、今度広いところで一緒に洗いっこしよう。お風呂行ってきなよ』 「……むさしさんは?」 「サトコの後にシャワー貸して」 「いや…あたしちょっと長いと思うんで、むさしさん先にお願いします…」 それにあたし先に入ってて、突撃されると困りますんで…」 ばれてますた。 というわけで風呂。 次、遂にサトコ処女喪失!? 439 むさし ◆iCP07Kte/g sage New! 2005/08/24(水) 13 32 45 ID J4U6qYz30 416 ウチの県にはPJのショップ無いんだが…。 440 相武 ◆SMNI1tO.GM sage 2005/08/24(水) 13 32 54 ID FhSAo5E50 むしろ10分もディープキスできない俺 10分ってすごくね? 446 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2005/08/24(水) 13 33 55 ID ymy4znk30 PJはあまり質がよくないからな。 440 ディープキスだけで1時間は楽勝。ま、自分は女だから相手はキツいかもしれんが。 448 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2005/08/24(水) 13 34 09 ID reUUULO10 チスとべろちゅーは次元が違うっす 572 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします New! 2005/08/24(水) 13 51 28 ID J4U6qYz30 もうレポ不要っぽいね。 446 PJは安くてカワイイけど、そんだけのイメージがある。 こないだKID BLUE買わされた。 つか1時間てすごいな。尊敬する。 592 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします New! 2005/08/24(水) 13 54 36 ID J4U6qYz30 いや俺、打たれヨワスだから。へこたれたw 長文ウザスなふいんきだから、五行でまとめるお! 598 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします New! 2005/08/24(水) 13 56 07 ID J4U6qYz30 535 おれレポったとしても、このスレ後半か、あるいは次スレになると思うんでガンガレ。 つアンカー 604 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします New! 2005/08/24(水) 13 58 29 ID J4U6qYz30 みんなの罵声。了解した。 600 ヤメテ… むさし3