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前ページ次ページ重攻の使い魔 第3話 『決闘未満』前編 ルイズが教室を爆破したことで、せっせと後片付けをする羽目になっていたその頃、トリステイン魔法学院図書館、フェニア・ライブラリ内において、一心不乱に書物を漁る人物がいた。始祖ブリミルがハルケギニアに新天地を築いて以来の、全ての歴史が納められたこの図書館は非常に広い。高さが30メイルにもなる書棚が所狭しと屹立している様は圧巻の一言であった。 その中でも、機密性の高い書物や、著された時代が非常に古く、固定化の魔法を施してなお劣化を止める事のできない書物のような、貴重な書物が収められているのがフェニア・ライブラリである。教師以外の立ち入りが禁止され、その教師ですらそうめったには足を踏み入れないエリアにて、しらみつぶしに書物を調べていたのはコルベールだった。 なぜ彼がそのように必死になっているのかと言うと、昨日ルイズが召喚したゴーレムの左拳に現れたルーンが気に掛かって仕方がなかったからである。ルーンは珍しいものであったが、スケッチを取ったその時は思い出すことができなかったのだ。その後、非常に古いルーンだということは思い出したのだが、細かいことはやはり記憶の霞の向こうにあった。 幸い今日、彼の受け持つ授業は午後からであったので、こうして朝食も取らずに日が昇る前から探し続けているのである。9時間ほど探しているのだが、中々お目当ての書物を見つけ出すことができず、昼食の時間も迫りつつある。流石に昼食まで抜くわけにはいかないため、後1冊調べて駄目だったら明日に回そうと最後の書物を手に取り、なんとも幸運なことにその書物こそがコルベールの探していた書物だった。 その書物は、始祖ブリミルとその四体の使い魔たちについて記された古書だった。あるページにてコルベールの手が止まり、そこに記されている一節と図説に目を通すと、彼の顔に驚きと納得の二つの表情が同居した。コルベールは軽く始祖ブリミルに感謝の言葉を述べると、件の書物を抱え、学院長室へ向かって急いで走り出した。 コルベールが本塔最上階に位置する学院長室の扉を叩くと、室内から重々しい声で入るように告げられた。扉を開き室内に入ると、正面の学院最高権力者に相応しい調度が施された机に立派な白髭を蓄えた老人が座り、その傍に緑色がかった金髪の女性が控えていた。 「失礼します、オールド・オスマン。少しばかりお耳を拝借したいのですが」 「おやコルベール君ではないか。要件は手短にな。わしは昼食を取らねばならんからの」 「は。できればミス・ロングビル……人払いを願えますか」 古書を抱え、かしこまったコルベールの態度にオスマンは感じる所があったのか、昼行灯とした表情から一転、他人に何事も言わせぬ雰囲気を纏った。オスマンは傍に控えていた秘書のロングビルに退室を命じ、室内の会話を聞くことを禁じた。ロングビルは特に渋る様子も見せず、素直に学院長室を出て行った。 「して何事じゃ。なにやらただならぬ雰囲気じゃが」 「これをご覧下さい。このページです」 コルベールは先程のページをオスマンへと見せる。 「これは『始祖ブリミルと使い魔たち』ではないか。また古臭い文献を引っ張り出してきおったな。これがどうかしたのかね?」 「実は昨日、ヴァリエール公三女の召喚の儀式に立ち会いまして、その時に召喚された使い魔に刻まれたルーンに関してお伝えせねばならないと思い立ち、こうしてお時間を頂いているのです」 ブリミル教の始祖に関する書物、そしてそれが関係するルーン。予想される結論に、オスマンの顔は一段と険しい表情となり、コルベールへと先を促す。 「詳しく説明するのじゃ。ミスタ・コルベール」 ルイズの錬金失敗による爆発により、瓦礫の山となった教室を片付け終えたのは昼休みの直前だった。キュルケは最初こそルイズを見張っていたが、どうにも退屈で仕方なかったのか、気が付けば姿を消していた。ルイズはこれ幸いとばかりにゴーレムを使って瓦礫の片づけを進めることにしたが、それでもなお瓦礫の量は膨大であり、結局昼食の時間を過ぎてしまった。もしゴーレムなしで片付けていたら夕方になっても終わらなかったに違いない。ルイズは普段犬猿の仲のキュルケが姿を消してくれたことに心底感謝した。あの気に食わない女でもたまにはいいことをするものだ。 いい加減空腹を感じていたので、昼食を取ることために食堂へと向かう。昼食の時間は過ぎてしまったが、無理を言えばおそらくありつけるだろう。ルイズはゴーレムに労わりの言葉を掛け、次いで自分を抱えるように命じた。ゴーレムは素直に厳つい左腕を差し出し、その上にルイズが腰掛けると、静かに立ち上がり食堂へ向かってのしのしと歩き出した。 「なにかしら。食堂が騒がしいわね」 食堂の前に着くと、なにやら室内でヒステリックに怒声を上げる男の声と必死で謝っている女の声が聞こえてきた。ルイズは男の声に聞き覚えがあり、なんとなくだが怒りの原因も推測できた。 ぴょんとゴーレムの腕から飛び降りると、ルイズは食堂の扉を開いた。すると目の前で長身金髪の優男が顔を真っ赤にしながら、使用人の少女を激しく叱責していた。優男の顔が真赤になっているのは怒りだけが原因というわけではなかった。その端正な顔の両頬には鮮やかな紅葉が咲いていたのである。 「申し訳ありません、申し訳ありません! わたくしはただ落し物をお渡ししようと思っただけなんです!」 「それが余計なことだというんだ! 君の浅はかさのために二人の女性の心が傷付いたんだぞ! そしてこの僕の名誉も傷付けた! この責任、どう取るつもりなんだ!?」 「も、申し訳ありません、申し訳ありません! どうか、どうかお許し下さい!!」 顔面を蒼白にしながら必死で許しを請う少女に対し、優男は糾弾の手を緩めることはなかった。何が何でも少女を許すつもりはないらしい。周囲の生徒は面白い捕り物でも眺めるかのように、遠巻きにはやし立てていた。 ルイズはうんざりとした表情を貼り付けながら、優男に話しかける。 「ちょっとギーシュ、なにぎゃあぎゃあと喚いてんのよ。みっともないったらありゃしないわ」 背後から声を掛けられたギーシュと呼ばれた少年が振り向くと、憤然やるかたないといった顔をしていた。みっともないと言われたことで更に怒りを加速させたようで、ルイズに傲然と噛み付く。 「ふん、ゼロのルイズじゃないか。魔法も使えないメイジが僕に声を掛けないで欲しいね。みっともないのは君の方じゃないのか?」 「魔法が使えないからってなんだってのよ。あんたみたいに逆らえない女をいたぶる趣味の男の方がよっぽど格好悪いわよ。どうせ二股がバレて引っ叩かれたんでしょう。ほんと学習能力の無い男ね」 「……口には気をつけたまえよ。君がヴァリエール家だからといって、ここじゃ特別階級じゃないんだ。何かあっても生徒間の問題で済むからな」 ギーシュの二つの紅葉を咲かせた顔は更に赤く染めあがり、見るからに怒りは頂点に達していた。その口はどうにも穏便ならない言葉を抑えきることはできないようで、感情に任せるままに言い返す。 「なに? それでわたしを脅してるつもりなの? あんたがその節操のない下半身をどうにかすればいい話でしょう。誰彼構わず突っ込んでんじゃないわよ」 ルイズの軽蔑を込めた揶揄に、ついにギーシュの怒りが炸裂したようだった。一段とヒステリックな怒声を上げる。 「いいだろう! ここまで僕を侮辱すると言うことはそれなりの覚悟があるんだろうな!? どちらが上なのか分からせてやるよ!」 ギーシュは胸のポケットから花を一輪取り出すと、さっと振り上げ声高に宣言した。 「決闘だ!!」 最後にヴェストリの広場へ来いと言い放ち、ギーシュが憤然と食堂を飛び出していくと、ルイズは思わず溜息をついた。怒りで周りが見えなくなっているらしいギーシュは、扉の外に立っていたゴーレムにすら気が付かなかったようだった。ルイズは何となく悔しい気分になっていたが、まあどうでもいいことであった。床にへたり込み、すんすんと泣き続けている少女に、とりあえず声をかける。 「あのさ、あんたなにやらかしたの? あいつが二股ばれたってのは間違いなさそうだけど、なんであんなに怒ってたのよ?」 「み、ミス・ヴァリエール……。その、実は……」 少女ははらはらと泣きはらしながら、訥々とこの騒ぎの原因を語り始めた。少女の話によると、ギーシュが香水の入った瓶を落とし、それに気付いた少女が拾い上げて渡そうとした。そのときギーシュは友人に異性関係を尋ねられ、何とかはぐらかしている最中だった。少女が拾った香水はどうやらモンモランシーと呼ばれる少女のものだったようで、それに気付いた友人達がモンモランシーと付き合っているのかと囃し立てた。運の悪いことにその場には二股相手のケティと呼ばれる少女が居合わせていたらしく、涙目でギーシュに詰め寄ると、別れの言葉と平手を叩きつけ、走り去ってしまった。更に今度は二股を知り怒り狂ったモンモランシーが、有無を言わさずギーシュに絶縁状を叩き付けた。そして一連の痴話喧嘩のきっかけとなった少女を糾弾していたと、そういう訳であった。 「ほんとに馬鹿じゃないのあいつ。全部あいつの自業自得じゃない」 少女の話を一通り聞こえると、ルイズは心底呆れ返っていた。 「わ、わたくし、もうどうすればいいか分からなくて……うくっ。い、一体これからどんな目に遭うのか……ひぐっ」 使用人の少女は尚も青白い顔のままぶるぶると震えていた。使用人、いわば平民は貴族に対し抗うことはできない。たとえ理不尽な糾弾だったとしても、平民はそれを受け入れるしか選択はないのだ。貴族と平民。その間には社会的地位や魔法の有無など、厳然たる壁が立ちはだかっている。 一介の平民がそのような貴族の怒りを買うということは、すなわち死を意味する。魔法であっさりと殺されるか、拷問にかけられて殺されるか。しかも酷い時には自分ひとりではなく、一族郎党処刑されることもありうる。もしくは殺さずに人身売買にかけられ、どこかの好事家の貴族に売り飛ばされてしまう。死なないにしても、人生と言う意味では死に等しい。使用人の少女は、自らの暗い未来に絶望し、恐怖に震えているのだ。 ルイズは別にこの件に関わる必要などなかったのだが、ゴーレムを使い魔としたことで気が大きくなっていることと、教室爆破の事後処理で不機嫌になっている所にギーシュの馬鹿げた怒りを目にしたことで、つい売り言葉に買い言葉で決闘騒ぎにまで発展させてしまった。とはいえ特にルイズは決闘の心配などしておらず、それよりも空腹が気になって仕方がなかった。 「あーもう、もう泣くんじゃないわよ。決闘を申し込まれたのはわたしだし、そもそも悪いのはあいつなんだから」 「で、でも……」 「デモもストもないわよ。いい加減あいつの馬鹿面には辟易してたところだし、わたしがお仕置きしてやれば少しはおとなしくなるでしょ」 実の所、ルイズとしてはこの決闘は願ったり叶ったりだった。私闘は規則で禁止されているものの、自分を馬鹿にしてくる連中を黙らせるのには丁度いい機会だ。一度のお咎めで今後の雑音を排除することができるのなら安いものだ。ここいらで自分の使い魔に戦わせてみよう。 「でさ、あんたなんて名前なの? まだ聞いてなかったけど」 「す、すいません。わたくし、シエスタと申します……」 「そ。ならシエスタ、今回は特別にあんたの厄介事をわたしが引き受けてあげるわ」 貴族であるルイズから発せられた言葉にシエスタと名乗った少女も含め、周囲は騒然となる。みな貴族が平民に肩入れするとは信じられないと言った表情であった。シエスタはかけられた救いの言葉に感極まったようで、手を胸の前に組みながらルイズに感謝の言葉を述べる。 「ほ、本当ですか!? あぁっ、ありがとうございます!」 「本当よ。ただわたしお腹すいてるから、昼ごはん持ってきてちょうだい。決闘するにしてもその後よ」 「は、はい! ただいまお持ちしますぅ!!」 シエスタは一目散に厨房へと走り去っていく。その後姿を眺めた後、ルイズはゴーレムを呼び、自分の席へと向かう。ゴーレムが食堂にのそりと入ってくると、扉付近に群がっていた生徒達は雲の子を散らすように逃げていった。昨日の夕食と、今朝の朝食で、もうすでに2度、目にしているはずなのだが、未だ慣れないらしい。遠巻きにひそひそと囁きあっているのが見える。 シエスタが昼食を運んでくると、有象無象の囁きなど気にもしないといった態度で、ルイズは食事を始める。このゴーレムがいる限り自分はゼロのルイズじゃない。ルイズにとってゴーレムとは自信の象徴だった。 ヴェストリの広場とは、魔法学院の敷地内『風』と『火』の棟の間に位置する中庭のことである。ここは学院の西側に位置するため、日中でもあまり日が差すことはなく、薄暗く常にひんやりとした広場だった。先程食堂で怒りを振りまいていたギーシュはここを決闘の場と決めた。 ギーシュは不機嫌の絶頂にあった。あの後、ギーシュの後を付いてきた友人達が脂汗を浮かべた顔でしきりに決闘するのはやめておけと言うのだ。ヴァリエールの使い魔のゴーレムは普通ではないと。 (この僕がゴーレムでの戦いで敗れると思っているのか!?) そう、ギーシュは『土』のメイジであり、ゴーレムを駆使して戦う人間だった。その彼がゴーレムでの戦いで勝ち目がないと言われれば、プライドを傷つけられるのは想像に難くなく、事実ギーシュは友人達に抑えきれない怒りをぶつけていた。 (今までゴーレムを使ったこともない、落ち零れのゼロのルイズめ。偶然高位のゴーレムを召喚したからっていい気になりやがって! あんな図体がでかいだけのウスノロゴーレムなんてワルキューレでズタズタにしてやる!) ギーシュは怒りで平静を失ってはいたが、自らの使うワルキューレ単体であのゴーレムに勝てるとは思っていなかった。自らの戦いの極意は7体のワルキューレによる波状攻撃。それならば、あの見るからに鈍重そうなゴーレムを屠ることなど容易い。ギーシュはそう考えていた。 昼食を取り終え、食堂を出て指定された広場に向かう間もシエスタはルイズとゴーレムにぴったりとくっ付いてきた。先程からいつまでもありがとうございます、このご恩は忘れません、だのとしつこく感謝の言葉を掛けてくるので、ルイズはいささかげんなりとしていた。貴族の少女に巨大なゴーレム、そして使用人の少女という酷く不釣合なトリオを組みながら決闘の場へと足を進める。 「諸君、決闘だ!!」 「ギーシュが決闘するぞ! 相手はゼロのルイズだ!」 どこから聞きつけたのか、ルイズ一行が広場に到着すると、そこには人だかりができていた。ギーシュの宣誓に盛り上がる観衆の声がルイズの鼓膜を震わせる。ギーシュはルイズの方向を向くと、怒りで歪んだ剣呑な表情を見せた。 「とりあえず、逃げずに来たことは褒めてあげようじゃないか」 「誰が逃げるってのよ」 ゴーレムを引き連れて現れたルイズは、何を馬鹿なことをと言わんばかりの態度で応酬する。 「さて、観客を待たせるのも申し訳ない。今すぐ始めようじゃないか」 ギーシュはそう言うと、やはり胸ポケットから一輪の薔薇を取り出し、さっと優雅に振り上げた。7枚の花びらがはらりはらりと宙を舞ったかと思うと、瞬時にして女戦士を象った人形の姿となった。 「『青銅』のギーシュ・ド・グラモン。7体のワルキューレでお相手する。君の使い魔もゴーレム、僕が使役するのもゴーレム。よもや数が不平等だなどとは言うまいね?」 ギーシュは挑発するが、ルイズはどこ吹く風であった。メイジと使い魔は心で繋がるもの。このゴーレムの心を感じることはできないが、強靭な体から力が発っせられているのを感じる。教師も力があると認めた使い魔だ。こんな優男ごときに負けるはずがない。根拠は薄いが、ルイズは自らの使い魔の勝利を確信していた。 「さあ、あの馬鹿を死なない程度に懲らしめてやりなさい!」 ルイズはゴーレムへと威勢よく命令する。主人の命令を受け、ゴーレムの瞳がにわかに明るくなる。ゴーレムの肉体に秘められた力の一端が今、解放されようとしていた。 前ページ次ページ重攻の使い魔
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前ページ次ページ滅殺の使い魔 「僕の二つ名は『青銅』。 青銅のギーシュだ。 従って、青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手するよ」 豪鬼に向かって、ゴーレムが突進してくる。 豪鬼は一歩も動かない。 が、ゴーレムの行く手を阻むように、右手を前に出した。 ゴーレムが間合いに入り、豪鬼が突き出した手を払おうと腕を振る。 その瞬間。 ――豪鬼が、消えた―― 「なっ……! ど、どこだ!何処に行ったっ!」 ギーシュが辺りを必死で見回す。 周りの野次馬達も同じように何処だ何処だと視線を動かした。 一人の生徒が気付く。 「う、上に」 時既に遅し。 豪鬼がゴーレムの頭上から手刀を構えて落下していく。 混乱状態のギーシュは、不覚にもワルキューレを棒立ちにさせている。 無論、突然の出来事に反応は出来ず。 「ふんっ!」 豪鬼の手刀がワルキューレに命中し、その青銅の体を容易く両断する。 『天魔朱裂刀』……相手の攻撃をすんでの所で見切り、頭上から手刀を叩きつける技である。 大抵の者はその一瞬の出来事に全く反応できず、成す術なく当たってしまう。 ワルキューレ『で、あった物』は、力なく左右に倒れた。 「う、うわあぁぁぁぁぁ!」 半狂乱のギーシュが、滅茶苦茶に薔薇を振る。 新たなワルキューレが六体、ギーシュの周りに現れる。 豪鬼はゆっくりと構えなおすと、目を見開き、口を開いた。 「我は、拳を極めし者。 ……うぬらの無力さ、その体で知れい!」 一方、森では。 「潰れろ!」 一人のメイジを掴んだ『白髪の男』は、それを大木に叩きつけ、大木ごとメイジを屠る。 その足元には、既にもう一人のメイジの亡骸が横たわっていた。 「さて……あとは君一人だ。 『トライアングル』君?」 『白髪の男』は、ゆっくりと振り返る。 少女は既に遠くへ避難し、震えながら傍観していた。 残ったメイジは、がくがくと震えながら、手に持った杖を『白髪の男』向ける。 「どうした? 早くしたまえ」 「ひ、ひぃ!」 メイジの放った炎の玉は、一直線に『白髪の男』に向かう。 「ハッハッハ!」 ――『白髪の男』の前に、緑の光が現れた―― 場所は戻り、ヴェストリの広場。 「な、なんなの、あいつ……」 『平民とギーシュが決闘をする』。 それを聞いたルイズは、他の生徒と同じように広場に来ていた。 豪鬼の命を救うために……。 だが、それも要らぬ心配だったらしい。 ルイズの目には、青銅のゴーレムが豪鬼に真っ二つにされると言う衝撃の光景が飛び込んできていた。 また、広場の別の場所では、キュルケと、小さな幼い印象を受ける生徒が、二人の決闘を見つめていた。 「な、何だったの? 今の……。 ねえ、タバサ」 キュルケが引きつった笑みを浮かべ、隣の少女、タバサに話しかける。 「……わからない」 一言でその問いに返答するタバサ。 その言葉には感情が感じられないが、しかしその目は、驚きと興味で見開いていた。 そんな中、急に広場の生徒達人ごみの一部が割れた。 中から現れたのは、オスマン、ロングビル、コルベールの三人だった。 ロングビルが、オスマンに対し説明を始める。 「片方がギーシュ・ド・グラモン。そしてもう片方は、ミス・ヴァリエールの使い魔です」 それを聞くと、コルベールとオスマンは顔を見合わせた。 コルベールは驚いた表情をしている。 「オールド・オスマン……!」 「うむ……」 「オールド・オスマン」 「なんじゃ? ミス……」 ロングビルは、普段からは考えられないほどに真面目になっているオスマン達に威圧される。 「い、いえ、『眠りの鐘』の使用許可を求めているようでして……」 「要らん。 こんな子供の喧嘩に秘宝など」 オスマンはそれを一蹴するが、その目は警戒心をありありと表していた。 広場の中心で、豪鬼とそれを囲うように位置したワルキューレ達が睨み合う。 豪鬼は一向に構えから動かず、ワルキューレ達を警戒するそぶりも見せない。 対するギーシュも、先ほどのワルキューレにおいて、カウンターを受けたため、迂闊には動けない。 広場内を静寂が包む―― 「行け! ワルキューレ!」 静寂を破ったのは、ギーシュだった。 ワルキューレに指令を出し、それを受けたワルキューレ達は、一斉に豪鬼に向かって走り出す。 しかし、それが豪鬼に達することは無かった。 「滅殺……」 「なっ! と、止まれ!」 豪鬼の変化に、ギーシュが咄嗟にワルキューレを制止させる。 「……」 そう豪鬼が呟く。 小声のそれは、しかし大きな威圧感を持ち、ギーシュの判断を鈍らせた。 豪鬼はそれを尻目に、手を『天』に向かって突き上げる。 「我が拳、 とくと味わえ」 「……くそ! 行け! ワルキューレ!」 そして再びワルキューレ達が動いた瞬間、豪鬼が突然、突き上げていた右手を振り下ろし、地面を殴ったのである。 「あ、じ、地震!?」 ただそれだけのことで、地面が揺れる。 豪鬼の足元の地面から光が溢れる。 それはさながら火山の噴火のように。 やがて地震が収まり、広場の生徒が豪鬼達に視線をを向ける。 そこには既にワルキューレの姿は無く、ぐちゃぐちゃにひしゃげた鉄の塊が、豪鬼の足元に転がっていただけだった。 「あ……あ……」 腰を抜かし、ズルズルと後ろに下がっていくギーシュ。 豪鬼は、そんなギーシュに一瞬で近付き、そして、手を振り上げた。 「ひぃっ!」 ギーシュが必死で後ずさる。 それを、周囲の人間は助けようとしない――否、周りの者達も同じくその場を動けないのだ。 しかし勇敢にもその威圧に耐え者がいた。 コルベールだ。 コルベールは、あたふたとギーシュに駆け寄る。 そして、豪鬼にその杖を向ける。 「み、ミスタ・グラモン! 大丈夫かね!?」 「あ、あ……?」 「済まない、ミスタ・グラモン……。 こんなことなら、私が止めれば良かったのだ……!」 そんなコルベールを見たオスマンは、あえて声を掛けなかった。 「帰るぞ、ミス・ロングビル」 「え、あ、はい」 オスマンが身を翻す。 それに少し遅れて、ロングビルも歩き出す。 コルベールの大声が聞こえる。 オスマンは呆れたようにため息をつき、呟いた。 「阿呆が」 次の瞬間、オスマンの後ろで大きな騒ぎが起こった。 「へ、平民が消えたぞぉっ!」 「ど、どこだ!? また上か!?」 「い、いや、上じゃない! 地面か!?」 そう、豪鬼は、既にその場を去っていたのだ。殺気だけを残して。 ロングビルはオスマンに追いつくと、一つ、疑問を口にした。 「オールド・オスマン。 あれならば、『眠りの鐘』を使用するべきだったのでは?」 オスマンは立ち止まり、いつものように髭を撫でながら言った。 「いや、それは無いじゃろ。 実際、どちらも怪我という怪我はしておらんしな」 「……は、はあ」 それに……、と小声でオスマンが呟く。 「……あの男に、そんなものが通用するとは思えんな……」 「は?」 「いや、なんでもない」 オスマンは悟られないように小さく、本当に小さくため息を付くと、これからの苦労に、気が重くなる思いで、ある人物に思いを馳せる。 「『あの方』ならば、どうするのかのう……」 今日の「滅殺!」必殺技講座 天魔朱裂刀 俗に言う『当身技』。 コマンドを入力し、構えに入る。 その一瞬に相手が打撃技をしてきた場合、即座に反撃すると言う技である。 その性質上、多少の読みが必要になるため、使い所は制限されるか。 コマンド「(上段の場合)下、下+パンチボタン三つ同時押し。(下段の場合)下、下+キックボタン三つ同時押し」 金剛國裂斬 ギーシュのワルキューレを一撃で葬った技。 実際の威力はこんなものではなく、エアーズロックを一撃で叩き割り、地盤を破って地獄へと行けたりしてしまうハチャメチャ技。 作者はアレク使いなので詳細は分からないが、かなりの威力を発揮する様子。 ゲーム中では、暗転後、地面を思い切り殴り、その衝撃波で攻撃をするという業になっている。 コマンド「下、下、下+パンチボタン三つ同時押し」 「地盤を叩き割って……で、どうしたの?」 「死合った」 「あ、そ。 もう慣れてきたわ」 今日の「死ネィッ!」必殺技講座 ゴッドプレス 突進しながら相手を片手で掴み、さらに加速しながら最後には画面端に叩きつけるという技。 ちなみにこの技、ルガールの象徴的なものとなっている。 コマンド「逆半回転+パンチボタン」 「オリコンでこの技を連続で放つのは男のロマンと言うやつだよ、テファ」 「すごいです! ダメージは勿論大きいんですよね!」 「……君の純粋さが辛い……」 前ページ次ページ滅殺の使い魔
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キュルケは戸惑っていた。パーティーと言われたからには一応の着飾りはしたが、だからと言って酒を飲んではしゃぐような気分にはなれそうにない。周りを見渡して、彼女はひっそりと溜息をついた。 アルビオン王党派最後の牙城、ニューカッスル城。パーティーはそのホールで行われていた。上座に設置された簡易の玉座に腰掛けて、国王ジェームズ一世は老いた双眸を細めて集った臣下を見守っている。貴族達はまるで園遊会であるかのように豪奢に着飾り、テーブルの上にはこの日の為に取っておかれたと思しき様々な御馳走が並んでいた。キュルケでさえ滅多に御眼にかかれないほど華やかなこのパーティーに、燃え尽きる寸前の蝋燭の炎のような儚さを覚えて、キュルケはたまらなく虚しかった。 しかし、それにも増してキュルケを当惑させたのは、ルイズ達仲間の行動だった。ルイズは悲しげな顔一つ見せず、話し掛けてくる貴族達と微笑んで会話を交わしている。ギーシュは沈鬱な顔をしている女性の元へ駆けて行っては、彼女達を笑わせていた。タバサはいつも通りの無口だが、同好の士であるのか十数人の貴族達と共にはしばみ草のテーブルを囲んで会話に興じている。ワルドも また如才なく笑顔を浮かべて挨拶に回っていた。そしてあのギアッチョまでもが、貴族達に勧められたワインを嫌な顔一つせず飲んでいた。 ――どうしてそんな顔が出来るのよ……! キュルケにはさっぱり理解が出来なかった。貴族達にも、悲痛な顔をしている者は誰一人としていない。悲しんでいるのは自分だけだとでも言うのだろうか。まるで自分だけが仲間外れのようで、キュルケはいたたまれない気持ちになった。 キュルケはもう部屋に戻ってしまおうかと思い始めたが、その時彼女の後ろから声がかかった。 「何やってるのよ、キュルケ」 キュルケは反射的に身体を捻る。腰に手を当てて、困ったような顔でルイズが立っていた。 「一人でどうしたのよ キュルケらしくないじゃない」 「……らしくないって、そりゃこっちの台詞よ」 キュルケは疲れた眼をルイズに向ける。 「揃いも揃ってどうしたのよあなた達 何でそうやって笑っていられるわけ?さっぱり解らないわ!」 無理やりにワインを飲み干して、キュルケは首を振った。 「明日全員死ぬのよ?あなた達それが分かってるの?」 「分かってるわよ」 「だったら……!」 理解出来ないという感情が、キュルケに怒りを感じさせる。珍しく声を荒げるキュルケに、ルイズはどこか優しげな声を掛けた。 「キュルケ」 「……何よ」 「明日全滅するなんてこと皆分かってるわ だけど彼らには死して何かを為す『覚悟』がある だったらわたし達がするべきことは、嘆き悲しむより彼らと一緒に笑うことよ」 わたしはそう思うわ、と静かに言うルイズをキュルケはハッとした顔で見直す。 「――…………そう……よね」 何を勘違いしていたのだろう。彼らの為の涙など、もはや溺れてしまう程に流されているに決まっているではないか。今彼らが 欲しいものは涙か?同情か?答えはきっと違うはずだ。 キュルケはもう一度彼らを見渡す。明日死ぬ身とも思えぬ笑顔で、彼らは穏やかに談笑していた。その笑顔に一片の曇りもないことを、キュルケはようやく理解する。その葛藤も覚悟も理解して、ただ笑って彼らを見送ること。彼らアルビオン王家最後の戦士達が欲しいものは、きっとそれだけなのだ。キュルケは薄く笑って首を振る。 「……まさかあなたに諭されるなんてね」 「しっかりしなさいよ、キュルケ」 キュルケを悪戯っぽく見上げて、ルイズは彼女に応えた。 衣装を整えながら、キュルケは「それにしても」と呟く。 「ルイズ……あなた変わったわね」 「……そう?」 きょとんとした顔をするルイズを見遣って、キュルケは笑う。 「以前のあなただったら、早々にここを抜け出して一人で泣いてたでしょうからね」 「なっ……それはあんたでしょ!肖像画に描かせてやりたいぐらいの顔してたくせに!」 などと言い返しながらも、ルイズは何かを考え込むような仕草をした。 その格好のまま、ルイズはぽつりと口にする。 「…………そう、かも知れないわね」 片手に持ったワインに口をつけて、ルイズはホールに眼を向けた。 中央近くでウェールズと言葉を交わしている男を見つけて、ルイズは嬉しいような困ったようなよく分からない顔をする。 「……感化されたのかしらね あいつに」 「……ギアッチョ、ね……」 キュルケはルイズに習ってホールの中央に眼を向ける。 不思議な男だった。所構わずキレる暴れる、殺人に躊躇すらない無愛想な平民。なのにルイズは、そしてギーシュやタバサまでが彼に何らかの影響を受けているように思う。恋愛感情ではないが、 キュルケもまたギアッチョにどこか惹かれている自分を感じていた。 有体に言えば――友情、だろうか。それとも、 ――友愛……かしらね? キュルケは腕を組んで呟いた。 学院の教師達よりも遥かに頼りになる男。それが彼女達の共通した認識だった。しかしそれでいて、ギアッチョには何故だか危うげな所がある。頼れる仲間であると同時に、キュルケにとってギアッチョはどこか心配になる友人だった。もっとも、友人とはこっちが、というか殆どギーシュが一方的に名乗っているだけの話だったが。 ――やれやれ……こっちのラブコールが届く日は来るのかしらね ギアッチョが自分達に自身のことを話す日は、果たして来るのだろうか。ギアッチョと共にいればいるほど、彼の正体が知りたくなる。 もしもギアッチョが口を開く時が来るのならば、それはきっと自分達を友人として認めてくれた時なのだろうとキュルケは思った。 「……ところで……あの、キュルケ」 「え?あ……何?」 思考に没入していたキュルケは、その声で我に返った。ルイズに眼を遣ると、彼女は何だか不安そうな顔で自分を見ている。 「…………その ラ・ロシェールで…………どうして、助けてくれたの?」 「へ?……え、えーと、それは……」 あまりにストレートなルイズの質問に、キュルケは思わず焦った。 今までのルイズなら、「誰が助けてくれなんて言ったのよ!」で終わりだったはずだ。やっぱりルイズは変わったと、少々混乱気味の頭でキュルケは考えた。 「…………か、考えてみれば ギアッチョを召喚した時も、キュルケが真っ先に……た、助けてくれたじゃない……?フーケの時だって……」 不安げな眼で二十サント近く身長の違うキュルケを見上げて、ルイズはおずおずと問い掛ける。 「……どうして?」 「ど、どうしてって……当たり前でしょ?あなたはと……」 「と?」 友達、と言いかけてキュルケはハッと我に返った。 「う……と……と、当代きってのライバルなんだから!」 ――あ……危ない危ない ギーシュに影響されてたわ…… 初めて自分に向けられたルイズのしおらしい言動に混乱していたキュルケは、何とか自律を取り戻した。心でほっと溜息をついてルイズに向き直ると、彼女は少し俯いているように見える。 「……そうよね わたし達、宿敵だものね……」 ――う………… しん、と二人の間が静まり返る。今まで何度も言ってきた言葉のはずなのに、キュルケは何故だかどうしようもなく胸が痛んだ。 「宿敵」というたった二文字の言葉がこれほどまでに心を抉るものだとは、今まで思いもしなかった。 優しい言葉の一つも掛けてやりたかったが、プライドと家名に邪魔をされて、キュルケは何を言うことも出来なかった。 自分もルイズと同じだということに、キュルケはようやく気付く。 二人を嘲笑うかのように続く静寂が痛い。今すぐそれを打ち消したくて、キュルケは思わず言ってしまった。 「……そうよ、こんなところで死なれちゃあなたの恋人を奪う楽しみがなくなるもの …………さ、私はパーティーを盛り上げて来るとするわ 格の違いを教えてあげるからよく見てることね」 捨て台詞のようにそう言って、キュルケはルイズの返答も聞かずに歩き出した。背中に感じるルイズの視線を振りほどくように、キュルケは足早に去ってゆく。歩きながら、キュルケは思わず胸を抑えていた。いつもと同じ売り言葉のはずなのに、どうしてこんなに胸が痛いのだろうか。答えに気付かない振りをして、キュルケはパーティーの人ごみに姿を消した。 わたしは馬鹿だ、とルイズは思う。自分は一体キュルケに何を言って欲しかったのだろう。ヴァリエールとツェルプストーとして、同じ一人の人間として今まで散々いがみ合ってきたキュルケに、今更何を言って欲しかったのだろうか。 ――馬鹿よ、わたしは…… わたしとキュルケは永遠に宿敵同士……それ以外に、わたしを助けるどんな理由があるというの? ルイズは俯いて片手のワインに眼を落とす。「宿敵」という言葉の重みを、彼女もまた痛い程感じていた。 ポロン、と澄んだハープの音が響く。耳慣れないその音に、ルイズは思わず顔を上げた。 「……キュルケ」 ジェームズ一世の御前でハープを奏でているのは、他ならぬキュルケであった。己に集う幾百の視線を物ともせずに、キュルケは優雅にハープを弾いている。その旋律の美しさに、ルイズは眼を見張った。普段の彼女からは想像もつかない繊細な手つきで紡がれる音色に、この場の誰もが聞き惚れていた。 「これはなかなか、大したものだね」 隣から見知った声が聞こえて、ルイズはそっちに顔を向ける。 ワインを傾けながら、ワルドがそこに立っていた。 「ワルド」 「彼女にこんな特技があったとはね…… それに面白い弾き方をする静かな曲だというのに、どこか情熱的だ」 ルイズは改めてキュルケを見る。正しくワルドの言う通り、キュルケの演奏には繊細さと情熱が渾然一体となって現れていた。まるでキュルケ自身を表したかのようなその音色に、いつしかルイズも瞳を閉じて聞き惚れていた。 万雷の拍手に包まれて演奏を終えたキュルケを見届けてから、ワルドはルイズに向き直った。 「ルイズ 今、少し話せるかい?」 「ええ……どうしたの?」 ワルドは真剣な顔でルイズの瞳を覗き込む。 「ウェールズ殿下が式を挙げてくれる…… 明日、結婚しよう」 「え…………」 ワルドのプロポーズに、ルイズはワイングラスを取り落としそうになった。何だかんだで結論を先延ばしにしているうちに、ルイズは結婚の話などまだまだ先だといつの間にか思い込んでいたのである。ワルドは既に明日の挙式の媒酌をウェールズに頼んでいるらしい。つまり、これ以上話の先送りは出来ないということになる。 いきなり決断を迫られて、ルイズはしどろもどろで返事をした。 「え…………えっと、その……わ、わたし……」 「いきなりで驚かせてしまったかな しかしどうしてもあの勇敢な皇太子殿に、僕らの婚姻の媒酌をお願いしたくてね」 ワルドはそこで言葉を切って、ルイズの両肩に優しく手を置いた。 「愛しているよ、可愛いルイズ 君は僕を都合のいい男だと罵るかもしれない だけどルイズ、君を前にして自分の気持ちを偽ることなんて僕には出来ないんだ」 ルイズから一瞬たりとも眼を逸らさずに、ワルドは堂々として言う。 「……受けてくれるかい?僕のプロポーズを」 「……ワルド、わたし……」 ルイズは強制的に、思考の海に引き戻された。どうして快諾出来ないのか、どうしてギアッチョが心に引っかかるのか。蓋をしていた疑問が、再びルイズの中で回りだした。自分はワルドが好きではないのだろうか?いや、それは違う。ワルドのことは好きだ。好きなはずだ。 幼い頃からの憧れは、今だって消えてはいないのだから。 ワルドとの婚姻を拒否すれば、父や母は悲しむだろう。しかし結婚してしまえば、ギアッチョはどうなるのだろうか。同じ部屋に暮らすというわけには勿論いかないだろう。それどころか、気軽に会うことさえ出来なくなるかもしれない。未だウェールズと話し合っている彼に、ルイズはちらりと眼を向けた。 ――だけど………………きっと、そのほうがいいんだわ 少し悲しげに眼を伏せて、ルイズは独白する。 この旅で解ったことがある。ギアッチョの心は、未だに暗殺者のものなのだ。彼は常に敵を殺すつもりで戦っている。ワルドとの決闘でさえも、一度はワルドの首を薙ごうとしていた。恐らくそれは、半ば以上に無意識の行動なのだろう。ギアッチョにとっては、敵は殺すものであり、攻撃は命を絶つ為のものに他ならない。そして、ギアッチョはもはやそういうことを意識すらしていないのだ。刃を使うなら首を、臓腑を、腱を断つ。拳を使うなら眼を狙い喉を潰す。 急所以外の場所を狙うという選択肢は、そうする必要がある時初めて現れる。神経、細胞の一つに至るまで、彼の心身は未だ暗殺者のそれに他ならなかった。 しかし、彼はもう暗殺者ではないのだ。いずれイタリアへ送り返す日が来るとしても、その地でさえ彼は暗殺者「だった」男に過ぎない。 ルイズはこれ以上、彼に血に塗れた道を歩かせたくなどなかった。 もう十分じゃない、とルイズは呟く。ギアッチョ自身がそう思っていなくとも、殺人という行為は確実に彼の心を蝕んでいる。 出来ることなら、ギアッチョには平穏に暮らして欲しかった。 だが、自分と一緒にいればまた今回のような事態が起こるかもしれない。自分と――いや、メイジと関わり続ける限り、争いと無関係ではいられないのではないか。ならば、とルイズは思う。 ならば、自分とはもう一緒にいないほうがいいはずだ。ギアッチョにはマルトーやシエスタ達がいる。彼らと共に生きることこそが、ギアッチョにとっての幸福なのではないだろうか。 出来ることなら、ギアッチョにはずっと傍にいて欲しい。しかし、それがギアッチョを殺人へ向かわせるというのなら。 スッと顔を上げて、ルイズははっきりとワルドに答えた。 「……喜んで、受けさせてもらうわ」 パーティーは和やかなムードのまま幕を閉じた。宴の始末をしているメイド達の他には殆ど人のいなくなったホールで、ギアッチョ、キュルケ、タバサの三人は、眼を回して床に倒れているギーシュを呆れた顔で見下ろしていた。 「…………うっぷ……」 どうやら調子に乗って飲みすぎたらしい。ギーシュは真っ青な顔を気持ち悪そうに歪めている。 「あなた船の上から酔いっぱなしじゃない しっかりしなさいよ」 「ふぁい……調子に乗りすぎまひた……っぷぁ……」 キュルケは溜息をついて隣の二人を見遣る。 「……ねぇ、これどうするの?こんなの担いで行きたくないわよ私」 「しょうがねーな……凍らせて転がすか」 「ええっ!?二つ目の選択がそれ!?」 「せめてもっと人間らしい方法を」と言うギーシュと「今のてめーは家畜以下だ」と言うギアッチョ達の間で、結論はなかなか出なかった。 いい加減業を煮やしたギアッチョはもうここに放置していくかと言いかけたが、その時タバサが何かを考え付いたように顔を上げた。 「待ってて」 と短く口にしてどこかへ行ったタバサが持って帰ってきたものは、ご存知はしばみ草のサラダだった。小皿に山のように盛られたそれを、タバサは構えるように掲げ上げる。ギーシュは真っ青な顔から更に血の気を引かせてあとずさった。 「……あはははは……じょ、冗談がキツいねタバサは…… その量は明らかに致死量を超えウボァーーー!!」 タバサの右手に構えられた毒物はギーシュの口に裂帛の気合と共に叩き込まれ、ギーシュは見事な放物線を描いて再び頭から倒れ落ちた。 ウェルギリウスと名乗る男に連れられて辺獄から氷結地獄までたっぷり地獄観光をした後で、ギーシュの意識はようやくハルケギニアへ帰ってきた。 「ハッ!?ハァハァ……こ、ここは一体!?あの悪魔は!?」 冷や汗をダラダラと垂らしながら怯えた様子で周囲を見渡すギーシュに、キュルケはこめかみを押さえてタバサを見た。 「……タバサ」 「何」 「やりすぎ」 「……修行が足りない」 「ところで君達聞いたかい?」 はしばみ草のおかげで酔いと共に抜けてしまった抜けてはいけないものが何とか身体に戻ると、ギーシュは何事もなかったかのように平然と口を開いた。 「何のことよ?」 三人を代表して、ややうんざりした顔でキュルケが問う。 「結婚だよ!さっきそこで子爵がルイズにプロポーズしてたんだ」 「……それホント?」 「本当さ しっかり聞き耳……じゃない、聞こえてきたんだから」 胸を張るギーシュを無視して、キュルケは簡潔に問う。 「ルイズの返事は?」 「……OK、だそうだよ 明日ウェールズ殿下の媒酌で式を上げるらしい」 その言葉に、キュルケは顔を複雑にゆがめた。 「何よそれ…… バカじゃないの?学院やめることになるかも知れないのよ!」 「ぼ、僕に言われても困るよ 本人が決めたことならしょうがないだろう?ねぇギアッチョ」 ギーシュが助けを求めるようにギアッチョに眼を向ける。いつも通りの読めない顔で一言、彼は「まぁな」と呟いた。 「何か悩んでる風ではあったがよォォ~~ それに自分の意思で答えを出したってんならオレ達に文句を言う余地はねーだろ」 ギアッチョは顔色一つ変えずにそう言うと、キュルケが言葉を差し挟む前にパン!と手を鳴らす。 「ほれ、てめーらはとっとと部屋に戻って寝ろ 追って沙汰はあるだろーが、式に出るにしろ出ねーにしろ朝は早くなるからな」 確かに、非戦闘員を乗せる船の出港は早い。睡眠を取っておかなければ、最悪アルビオンに骨を埋めることになるだろう。 まだ不服そうな顔をしているキュルケを促して、ギーシュはホールの出口へ向けて歩き出す。タバサがその後をついていくが、 「タバサ、てめーは残れ」 ギアッチョの言葉で、彼女はぴたりと足を止めた。次いでギーシュとキュルケも彼を振り返る。 「ギ、ギアッチョ まさかとは思うが君、そんな趣味が」 全てを言い終える前に、ギーシュはウインド・ブレイクで扉の外へ消え去った。 「意外と荒っぽいことするわね」 「口は災いの元」 殊ギーシュに関しては正にその通りだと思いながら、キュルケはギアッチョに顔を戻す。 「で、私達がいるのはお邪魔なわけ?」 「そうだ」 即答されてキュルケは少し驚いた顔をしたが、ギアッチョがそう言うなら仕方ないと判断して、少し唇をとがらせながらも頷いた。 「……そう言うならしょうがないわね じゃ、私達は先に戻ってるわ」 片手をひらひらと振って、キュルケはあっさりと歩き去った。 彼女が扉の向こうへ消えたのを確認してから、タバサはギアッチョを見上げて口を開く。 「……何?」 廊下に大の字になって伸びているギーシュを見下ろして、キュルケは溜息をついた。 「なんなのよ、もう……」 「ギアッチョのことかい?」 言いながらギーシュはむくりと起き上がる。 「……ルイズのことよ どうしてこんなに慌てて結婚しなくちゃいけないわけ?退学することになるかもしれないしギアッチョとも疎遠になるじゃない!」 「全くだね 薔薇は多くの人を楽しませる為にあるというのに」 「……あなたが言ってももう何の説得力もないわよ」 造花の杖をキザに構えるギーシュをジト目で睨む。なんだかバカらしくなって、キュルケは更に一つ溜息をついた。そそくさと薔薇の杖をしまうと、ギーシュは急に真面目な顔でキュルケを見る。 「……学院に居たくないということも、あるのかも知れないね」 「……え?」 「だってそうだろう?学院内に自分の味方が誰一人いない状態で、僕はむしろよくルイズがここまで頑張ってこれたと思うよ」 「そ、それは違うわ!」 慌てたように言うキュルケに、ギーシュは困った顔で笑う。 「そう、違うよ。僕達はもういつだって彼女の味方だし、先生にもルイズをなんとかしてやりたいと思っている人だっているはずさ。 だけどルイズは、きっと言わなきゃそれに気付けないんだ」 「……私は――」 「……ねえキュルケ そろそろ素直になるべきじゃないのかい? 両家の確執は僕にも分かるよ だけどルイズはルイズで、君は君だ。そうだろう?」 答えないキュルケの瞳を覗き込んで、ギーシュは続けた。 「これが最後のチャンスかもしれない 彼女に会いにいこう、キュルケ」 キュルケは言葉もなく立ち尽くしている。ギーシュもまた、他に言うことはないという眼で、無言のままキュルケを見つめていた。 重い沈黙が場を支配する。ほんの数秒、しかしキュルケにとっては無限のように感じられた数秒の後、彼女は苦しげな顔を隠すようにギーシュに背を向けた。 「………………私は、あの子の友達なんかじゃないわ」 絞り出されたその言葉に、今度はギーシュが溜息をついた。 「……それが君の答えかい」 「事実を言っただけよ」 素直じゃないのは分かっている。意固地になっているのも理解している。だけど、認めるわけにはいかない。自分達の意思がどうあれ、自分はツェルプストーで彼女はヴァリエール。未来永劫、それだけは変わらないのだから。だから――そう、今自分がここにいるのは、ただの気まぐれなのだ。他に理由などありはしない。それが、キュルケの答えだった。 「……それじゃしょうがないな、この話はおしまいにしよう。僕一人頑張ったところでどうにもならないからね ……僕は寝るとするよ」 「え?ちょ、ちょっとギーシュ……!」 キュルケの声を掻き消すように「おやすみ」と言い放って、ギーシュはマントを翻して去っていった。 「……何よ 一人前に怒ったってわけ……?」 キュルケはその場から動けなかった。後を追うことも怒鳴ることも出来ずに、彼女はまるで叱られた子供のような顔で立ちすくむ。 綺麗な指先で赤い髪を弄って、キュルケは自分の心を誤魔化すように呟いた。 「……つまんない」 「……概ね理解した」 相変わらず小さな声でそう言うタバサを見下ろしてギアッチョは問う。 「頼めるか?」 こくりと頷いて、タバサは了承の意を表した。ついと眼鏡を押し上げて、ギアッチョは「悪ィな」と口にする。 「どうして?」 「見れねーだろ」 「……別にいい あなたが正しいなら、見る意味はない」 「ま……あくまで可能性の話だがな」 そう言うと、ギアッチョは次々に片付けられてゆくテーブルに眼を移す。 「……ここまで深く関わってんだ 任務の詳細ぐれーは教えてやってもいいとは思うんだがよォォ~~」 ままならねーもんだ、と呟くギアッチョを見事な碧眼で見つめて、タバサはふるふると首を振った。 「かまわない あなた達の立場は理解出来る」 その言葉に追従ではないリアルなものを感じて、ギアッチョはタバサに眼を戻す。どうにも不思議な少女だった。 燭台に照らされた廊下を並んで歩きながら、ギアッチョはここでも本を読むタバサを見て一つ知りたかったことを思い出した。 「……学院のよォォ~~ 図書館とやら、ありゃあ誰でも入れるのか?」 タバサは怪訝な顔でギアッチョを見上げる。ギアッチョが読書に勤しむタイプだとは、どう見ても思えなかったのだ。 「……平民は、入れない」 タバサは怒るかと思ったがどうやら予想の範囲内だったらしく、ギアッチョは一言「そうか」とだけ返事をした。 「……調べ物?」 と訊いてから、タバサはハッとした。自分はこんなことを訊く人間だっただろうか。他人に干渉しなければ、干渉されることもない。それが「タバサ」の生き方のはずだった。だというのに、自分は一体どうしてしまったのだろう。そんなタバサの胸中など知らず、ギアッチョは当たり障りのない言葉を返す。 「そんなところだ」 そこでタバサはふと思い出した。そういえば、ギアッチョが召喚されてから程なくして、ルイズが毎日図書館に通うようになったはずだ。 勤勉な彼女は今までも週に数回は勉強の為に足を運んでいたが、日参するようになってからはどうも別のことをしているようだった。 一度彼女に使い魔を送り返す方法を知らないかと訊かれたことがある。その時はギアッチョと喧嘩でもしたのだろうと思っていたが、ひょっとすると何かのっぴきならぬ事情で今もそれを探しているのではないだろうか。そう認識したタバサの理性がストップをかける前に、彼女の口は言葉を紡いでしまっていた。 「……帰りたい?」 言ってから、タバサはしまったと思った。ギアッチョは二重の意味で少し驚いたが、しかし特に追求もせず口を開く。 「――……どうなんだかな」 タバサははぐらかされたのかと思ったが、彼の表情を見るに、どうやら本当によく分からないらしい。自分の推測が当たったことよりも、今のタバサには何故かギアッチョの去就が気になって仕方がなかった。 「ルイズじゃあねーか どこに行ってたんだおめー」 ギアッチョの声で、タバサの思考は中断された。前に眼を遣ると、そこにはルイズがギアッチョに出くわしたことに驚いたような顔で立っている。 「……あ…………」 かと思うと、彼女の顔がみるみるうちに真っ赤に染まり――次の瞬間、ルイズは一言も発さぬままに俯いて駆け出していた。 「ああ?」 ギアッチョが何か問い掛けるより早く、自分達の横を一目散に駆け抜けて、ルイズはそのまま回廊の薄闇に走り去った。 肩越しに後ろを覗き込んで、ギアッチョはやれやれと言わんばかりに首を振った。 「……相変わらず行動の読めねーガキだな。まだ何か悩んでやがるのか?」 パタリと本を閉じて、タバサは呟くように答える。 「……恐らくそう」 自分に眼を落としたギアッチョを見返して、タバサは「でも」と言葉を繋ぐ。 「私の考えが正しいなら、これは彼女自身の問題」 「ほっとけっつーことか?」 「私達が何かを言っても、彼女は頑なになるだけ」 フンと鼻を鳴らして、ギアッチョは再び歩き始めた。 「全然解らんが……ま、てめーがそう言うならほっとくか」 オレにもまだやることがある、と呟くギアッチョをタバサは幾分歩調を速めて追いかけた。 どこをどう走ったのかは全く覚えていない。ギアッチョと眼が合うことだけが恐くて、ルイズはただただ闇雲に廊下を走り回り――気付けば彼女は、いつの間にか自室に辿りついていた。思い切って扉を開くと、ギアッチョはまだ戻ってはいないようだった。服も着替えずにベッドに飛び込み、頭から毛布を被る。煩く鳴り響く心臓を押さえて、ルイズはぎゅっと身体を縮こまらせた。 ――何なのよ………… ルイズは自分が解らなかった。ワルドのプロポーズを受けてから、彼女の脳裏にはずっとギアッチョの姿がちらついている。頭から追い出そうとすればするほど、それは鮮明な像を結んでルイズの心を責め立てた。理由なんて知らない、分からないとルイズは己に言い聞かせるように繰り返す。 しかし、この胸の苦しさだけはどうしても誤魔化せなかった。廊下で偶然ギアッチョと出くわした時、ルイズは思わず何かを叫んでしまいそうで――反射的に、逃げ出してしまった。 ――……最低…… ぽつりと呟いて、ルイズは深く眼を閉じた。 今は眠ろう。明日になれば、きっと忘れられる。だから、今はただ眠ろう。 しかし、意志に反して――彼女は一向に眠れなかった。 屋上の見張り台から、ギアッチョは一人地上を見下ろしていた。 「……流石に冷えるな」 雲の上の更に上を、風が容赦なく吹きすさぶ。チッと舌打ちして、ギアッチョは視線を前方に向けた。双つの月が、見渡す限りの雲海を煌々と照らしている。 「絶景かな、ってぇやつか」 身を投げたくなる程の美しさだった。チームの奴らにも見せてやりたいもんだと考えて、ギアッチョはフッと笑った。 ――あいつらにそんな情緒はありゃしねーか かく言う自分もそうだったが、とギアッチョは思い返す。 イタリアにいた時には、周囲のものを景色として見たことなど殆どなかった。この世界に召喚されて、ギアッチョは初めて物事をあるがままに見ることが出来たのだった。 ――……そこんところは感謝してやってもいいかもな そう考えて幾分自嘲気味に笑った時、背後からギィッと扉の開く音が聞こえた。 「……よーやくおいでなさったか」 雲の海を眺めたまま、ギアッチョは待ち人に声だけを投げかけた。 「待たせたね さて、こんな深夜に一体何の御用かな?二人仲良く月見酒と洒落込もうというわけでもなさそうだが」 風に長髪をなびかせて、背後の男は薄く笑う。フンと退屈そうに鼻を鳴らして、ギアッチョはそこでようやく彼に振り向いた。 「何、大した用件じゃあねーんだがよォォ~~ ちょっと腹割って話でもしようや、ええ?ワルド子爵サマよ」 帽子のつばを杖で押し上げて、ワルドは口の端をつり上げて嘯いた。 「いいだろう こんなに月の美しい晩は、誰かと話もしたくなる」 前へ 戻る 次へ
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* どうしてこんな事になったのか。 オルレアン公女シャルロット姫こと『雪風』のタバサは目の前の光景に呆然とした。眼鏡もずり落ちている。 いまいち現実味がないのだ。特に王宮の門に掲げられた大きな看板に。そこに書かれた文字に。 そして、かつては威容を誇ったガリアの王城、グラン・トロワに貴族平民の区別無く多くの人が集まって楽しげに練り歩いているという光景に。 『日光ガリア村』 ガリアなのはいい。ここは間違いなくガリア王国なのだから。 だが、何故『村』なのか? なんで『日光』? 確かに太陽の光はめでたい感じだけど。 そして何より、どうしてジョゼフ王がルイズの使い魔と同じ髪型で、やたら布地の余る見た事も無い格好でバカ笑いしているのか? 事の起こりは、例によってイザベラの理不尽な指令からだ。 トリステインで評判になっているラ・ヴァリエールの使い魔を調査せよという物である。これはタバサにとってかつてない難題だった。 自分もまた興味を持っていたので、これまでもそれとなく観察していたのだが、アレが一体何なのかという結論は未だに出ていない。 だが指令とあっては報告しないわけにもいかない。苦心の挙句、取り敢えず判明している事を箇条書きにして纏めた。 それを持ってガリアのプチ・トロワを訪れたが、イザベラ王女は読んだ途端に激怒した。 タバサ的にも納得の激怒であったから不思議には思わなかった。 猫っぽいようで猫っぽくない亜人。 性格は穏やか。見ているだけで和む。 後は良く分からない。 その3行しか書いていないのだ。 「良く分からないってなんなのさ!? だから調査を命じたんだろっ」 そう言われても。なんだ、その。困る。 ヒートアップして物を投げてきたイザベラに内心で溜息を吐いた。が、次の瞬間、目を見開いた。その様子に、当の王女も不審な顔付きになる。 「何だい? えぇ、ガーゴイル。その顔は。何がおかしいって言う……の、さ」 何らかの気配を感じたのか、王女がギギギと首を横に向ける。 そこに、彼は立っていた。いつものように変に澄ました顔で。ピンと背筋を伸ばし、力まず焦らず、静かに佇んでいたのだ。 そして片手を伸ばし、ポムとイザベラの頭に肉球がついた片手を乗せる。 「ちょいと七号。コレ、何?」 「例の使い魔」 「何でココにいるんだい?」 「……さあ」 「アンタが連れてきたのか?」 「ちがう。いつの間にか、そこにいた」 出来の悪いガーゴイルのような動きで、イザベラがギギギと正面を向く。そして顔を真っ赤にし、大声で叫んだ。 「で、出あえッ! じょ、城内に侵入者がッ!!」 それは確かにプチ・トロワに詰めていた騎士達の耳に届き、彼らはおっとり刀で王女の元に駆けつける事になった。 だが、そこで騎士が見たのは、闘争の現場などではなく、異様に愛らしい生物にポンポンと頭を撫でられ、幸せそうに目を細めているイザベラの姿であった。 「あ、うん。誤報だ。戻ってよし。シャルロットも帰っていいから」 ホンの僅かな間にすっかり毒を抜かれて和みまくってしまった王女は、その日から人が変わったように穏やかになった。 以来、トリステインのアンリエッタと並んで『癒し系王女』と呼ばれるようになる。 それはタバサにとって、アレに関して深く考えるのは止めようと決心させる出来事でもあった。 プチ・トロワで王女イザベラを和ませたニャンまげは、次の晩にはガリア王ジョゼフの部屋にいた。 例によっていつの間にかそこにいたのだから流石のジョゼフも驚いた。ポカンと口を開け、されるままに頭を撫でられる。 「な、何だ……お前は」 そのジョゼフに、ニャンまげは一束の紙を差し出した。何となく受け取ってしまったジョゼフは、流されるままにそれを捲り、首を傾げる。 「『てーまぱーく』? それを余に作れと言うのか?」 コクンと頷くニャンまげ。何も語らず、ただその黒い瞳はジョゼフを見つめるのみ。 「そうか。あ、あぁ……分かった。ふむ、面白そうだ」 そして出来たのが『日光ガリア村』だ。王城グラン・トロワを思い切って改装し、各種のアトラクションや舞台を設置して、貴族平民の区別無く招き入れたのだ。 お遊びも大概にせよとジョゼフを快く思わない貴族たちも、ニャンまげによって頭をポムポムと撫でられて篭絡された。 結果的に入場料で国庫が潤い、国内経済も活性化したのでジョゼフ1世は後に『賢王』などと呼ばれる事になる。 堪らんのはタバサだ。怨敵が妙に毒の無い性格になり、親子揃って「ごめん」と自分に頭を下げたのである。正直、どうして良いか分からなかった。 そしてヨロヨロと自分の家に帰ると、そこにアレがいた。 ニャンまげである。 執事のペルスランに「ところでお嬢様、そちらの御仁は?」と訪ねられ、横を向いたらそこにいたのだ。 思わず「ひゃうッ!」と、らしくない叫び声を上げてしまった。だが例によってポムと頭を撫でられて落ち着かされた。 「何か、よう?」 訪ねると亜人はコクンと頷く。そしてタバサの手を取り、トコトコと屋敷内を歩いた。連れられるままに進み、辿り着いたのは無人の客室である。 そこでニャンまげは首を捻った。およそ5秒ほどの沈黙の後、何事も無かったように部屋を出る。 わけが分からない。混乱するタバサ。 だがそんな彼女をニャンまげは手を引いて屋敷内を練り歩く。 そして一番奥の部屋へ、ごく自然に入った。誰あろうタバサママの部屋だ。 「おのれ、またやって来たかッ! この子は渡さな……あふ」 タバサがあっと思った時には遅かった。ニャンまげは当たり前のようにタバサママの前まで歩き、完全に取り乱している彼女の頭にポンと手を乗せる。 「シャル、ロット……は、渡しま、せん。あふ、んー」 母が、エルフの薬で心を壊されていた筈の母が、和んでいた。 ポカーンと呆気に取られるタバサ。彼女には何となく見えていた。母親の体から、何やら黒い瘴気がフシューと音を立てて出て行くのが。 そしてそれが完全に収まった時、母親はパチリと目を開いて自分を撫で回す白い亜人を見上げた。 「あら、何やらとっても可愛らしいですね」 眼鏡が口元までズリ落ちた。何それ。そんなので治っちゃうの? 私の苦労って何? 楽しそうにニャンまげに抱きつき、キャッキャとはしゃぐ母の姿に、タバサは唖然とした。 「あ、の……母さま?」 「あら。貴女、シャルロット?」 だが、何だかどうでも良くなってきた。色々な事がどうでも良くなってきた。父は帰らないが、母は帰って来たのだ。 痩せ細り、頬がこけて髪はバサバサなままだが、それも時が経てば癒えるだろう。澄んだ青い瞳には理性の輝きがあるのだから。 「母さまっ!」 杖を放り出して母に抱きつき、そのまま泣きじゃくって崩れ落ちるタバサ。それをニャンまげは、一仕事したと言わんばかりの顔で温かく見つめていた。 そして数日後。 オルレアン家の不名誉印は取り外され、ガリア王ジョゼフ1世は正式に己の非を認めた。 『日光ガリア村』の大舞台で、多くの国民が見守る中、オルレアン親子に土下座したのである。 かつ王位を娘のイザベラに譲り、自分は今後、ガリア発展に尽くすと宣言。 オルレアン公シャルル、及びかつての粛清で命を落としたオルレアン派の貴族に対しては、私財を全て注いだ慰霊碑を建立した。 それで手打ちである。 オルレアン親子としては心からジョゼフを許すとは流石にいかない。だが、帰らぬ人を帰せと言うのは無理な話である。 ジョゼフの首を落としてもシャルルが生き返るわけでなし。出来うる限りで最大の誠意を見せたのだから、それを持って落とし所とするしか無かった。 その晩、母が安らかな寝息を立てたのを確認したタバサは、そっと家を抜け出してラグドリアン湖畔の土手に座り、一人星を眺めた。 「……えーと」 胸に秘めた冷たい復讐心は、いつの間にか消え失せていた。 色々と考える事があった筈だったが、何も浮かばない。ただひたすらボーっと夜空を見上げた。 「あ……」 ふと横を見ると、ニャンまげがいた。自分を3秒ほど見つめ、そして片手をポムと頭に乗せる。 取り敢えず和んだ。そしてタバサは、考えるのを止めた。 ただ最後に、髪を伸ばしてみようか、と意味も無く思った。 おわり
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前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔 魔法学院の教室は、以前大学見学のときにみた講義室のようだった。 ただ、全体が石造りだし、天井の明かりは蛍光灯ではなく、何か白熱電球のような光がふわふわと浮いていたりするのだった。 「(うーん、魔法だ・・・)」 康一は改めて、ここが魔法の世界だということを確認した。 ルイズと康一が入ると、教室のあちこちからクスクスという笑い声がする。 ルイズはそれが聞えないふりをしていたが、康一からはルイズの耳が赤くなっているのがわかった。 教室を見回すと、様々な動物がいる。というか見たこともないような生き物があちらこちらでうようよしている。 でっかい目玉おばけがふよふよと浮いていたり、下半身が蛸の女性が大きなあくびをしていたりするのが見える。 康一は目を擦ってみたがやはり見間違いや幻覚ではないようだ。 誰も騒ぎにしないところを見ると使い魔というやつなのだろう。 その中に朝出会った赤くて大きなトカゲをみつけた。 案の定、その近くの席にキュルケが座っていた。周りを男達に囲まれているのを見て「やっぱり男のほうが放っておかないよなぁー」と思う。 向こうもこちらに気づいて、康一にひらひらと手を振ってきた。 こちらも手を振り返したら、ルイズに後頭部を叩かれた。 ルイズが席の一つに座ったので、康一も隣に座った。 ルイズが変な顔をした。 「あんた、なにやってんの?」 「なにって・・・」 「そこはメイジの席よ。使い魔は座っちゃダメ」 「じゃあ、どこに座ればいいのさ!」 どこを見渡しても『使い魔用の席』なんてものは見当たらない。 「床に座ればいいじゃない。」 ルイズはさも当然そうにいった。 康一はまた出て行きたくなったが、ぐっとこらえてルイズの近くの段差に座り込んだ。 石畳に座るとおしりがつめたい・・・。康一は黙って立ち上がると、教室のうしろに立っていることにした。 ルイズはその様子を見ていたが、何も言わなかった。 そうしていると、扉が開いて中年の女の人が入ってきた。 紫色のローブに身を包み、帽子を被っている、ややふくよかで優しそうな人である。 彼女は教壇に立ち、教室を見回すと、満足そうに微笑んでいった。 「皆さん。春の使い魔召還は、大成功のようですわね。『メイジを知るには使い魔を見よ』といいます。このシュヴルーズ、みなさんが立派に使い魔を召還できたことを誇りに思いますよ。」 クスクスという笑い声が教室のあちこちから聞える。 シュヴルーズは教室の後に立っている康一を見つけると、誰だろうかとしばらく考えていたが、思い至ったらしい。 「ああ、そこの平民の男の子は、ミス・ヴァリエールの使い魔ですね?なかなか個性的というかなんというか・・・」 と先生が呆れたようにいうと、教室がどっと笑いに包まれた。 ルイズは顔を真っ赤にして身を縮めている。 シュヴルーズはさっと手を振り、教室の笑いを沈めると、教師の顔に戻って言った。 「それでは授業を始めます。私の二つ名は『赤土』。『赤土』のシュヴルーズです。二つ名の通り、『土属性』のメイジです。では、まずはおさらいから。魔法の四大系統はご存知ですね?」 教室を見回す。 「ミスタ・マリコルヌ?」 名前を呼ばれた太っちょな生徒が立ち上がった。 「は、はい。ミセス・シュヴルーズ。「火」「水」「風」「土」の四つです!」 シュヴルーズは頷いた。 「よくできました。ミスタ・マリコルヌ。これに今は失われた『虚無』の系統を加えて、全部で五つの系統があります。我々メイジは、今までこの始祖より与えられた『系統魔法』を使い、人々の暮らしを豊かにしてきました。」 シュヴルーズは講義する。魔物から土地を解放し、開拓し、建物を立て、暮らしに必要なものを作る。病気を癒し、天候を読み、人々を守る。魔法の恩恵があるからこそ今の世の中があるのだと。 康一はうーん、と腕組みをした。なるほど、メイジが威張るのにも理由があるんだなぁ~。 シュヴルーズは教卓を右に左にと歩きながら続けた。 「そうした系統魔法の中で、『土』は一際生活に密着した属性であると言えるでしょう。そこで、まずは皆さんに『土』系統の基礎である、『錬金』のおさらいをしてもらいます。」 そういうと杖を振った。 教卓の上に数個の石ころが並べられる。そのうちの一つに杖を当てた。 シュヴルーズが短いルーンを唱えると、そのただの石ころが一瞬眩しく光り、黄金色の金属に変わっていた。 「う、うわぁー!ただの石っころが黄金になったぁー!!」 康一は思わず声をあげた。 教室中からまた小さな笑い声がする。 ルイズは康一をキッと睨み、ぱくぱくと口だけで「あんたは黙ってなさい!」と言った。 シュヴルーズは康一のことを少し見た。 「・・・いいえ、これは黄金ではなく真鍮です。私はただの『トライアングル』ですから・・・。黄金練成は『スクウェア』クラスでないと不可能です。」 教室を見回す。 「みなさんのほとんどは『ドット』か『ライン』ですが、真鍮への練成は『ドット』クラスでも可能です。」 「せんせー!『ゼロ』クラスでも可能でしょうかー!」 金髪の少年が手を上げて言うと、教室がどっと笑いに包まれた。 ルイズがその場でがたっと立ち上がった。 「ギーシュ!あんたは黙ってなさいよ!」 「別に、ぼくはただ授業における健全な質問をしただけだよ。無駄口は慎みたまえ『ゼロ』のルイズ。」 金髪の少年は手に持った薔薇で口元を隠し、にやりと笑った。 なんとなく康一はむっとした。 「はい、そこまでです。静かにしなさい。」 シュヴルーズが手を叩くと、再び教室が静かになる。 「ミスタ・グラモン。お友達を挑発するものではありません。」 シュヴルーズが注意すると、ギーシュは「かしこまりました、ミセス。」と大仰に一礼をした。 「では、ミス・ヴァリエール。あなたに、この真鍮への錬金をやってもらいましょうか。」 教室がどよめいた。 「え、わたしですか?」 ルイズは自分を指差した。 「そうです。さぁ、教卓の前に出てきなさい。」 と机の上の小石を杖で示した。 ルイズはなぜか立ち上がらない。どうしようかと迷っているようだ。 発表するのが恥ずかしいのかな?だとしたら意外な一面だ。と康一は思った。 「さぁ、恥ずかしがらずに!私はあなたが非常に勤勉な生徒であると聞いてますよ?落ち着いてやれば大丈夫です。さぁ、失敗を恐れずに!」 シュヴルーズは促した。 ルイズはそれでも迷っていたようだが、やがて決心したように立ち上がった。 教室から悲鳴が上がった。 「ルイズ、やめて。」 キュルケがおびえたように言う。 「うわぁー、ゼロが魔法を使うぞぉー!」 「みんなかくれろぉー!!」 それらの声を意に介することもなく、ルイズは緊張した面持ちで教室を降りていく。 ルイズがシュヴルーズ先生の前に立ったころには、教室内の生徒は皆机の下に隠れていた。 シュヴルーズはそんな生徒達を不思議に思ったが、とりあえずルイズに試させることにした。 「さぁ、ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を思い浮かべるのです。この場合は真鍮ですね。」 ルイズはその言葉にこくりと頷くと、一度大きく息をして手にもった杖を振り上げた。 思い切ったように、目を瞑り、杖を振り下ろす。 その瞬間。石ころが机ごと爆発した。 爆炎と机の破片が飛び散る。生徒達は机の下に隠れて無事だったが、シュヴルーズは至近距離で爆発を喰らい、吹き飛んだ。 教室の後方にも爆風が及んだ。 「ACT3!」 康一はとっさにスタンドで身を守った。 だが、隠れ切れなかったほかの使い魔は爆風と爆音でパニック状態になる。 火トカゲは火を吹き、バジリスクはカラスを石にした。目玉オバケの触手に絡み取られたマリコルヌの股間に大蛇が噛み付いた。 「うぎゃぁーー!!!」 教室は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。 一方この惨状を巻き起こした張本人といえば、最も近くで爆発を受けたはずなのに、吹き飛ばされもしないで立っていた。 ただ、全身煤と埃まみれで、服はぼろぼろ。スカートが破れて、少しパンティが見えていた。 こほっ、とルイズは煤で真っ黒な咳をした。 「ちょっと失敗したみたいね。」 教室中から怒号が飛んだ。 「どこがちょっとなんだよ!この魔法成功確率『ゼロ』のルイズがぁーーー!」 「だからやめてっていったじゃない!」 「メディック!メディーーック!」 「もう、ヴァリエールは退学にしてくれよ!!」 康一は、ようやく『ゼロ』の意味を理解した。 前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔
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前ページ次ページお前の使い魔 あれから、気絶したダネットを医務室に運び、傷の手当をした後、わたしはすやすやと眠るダネットの横でその寝顔を見ていた。 横には神妙な顔でダネットの左手に浮かんだルーンをスケッチをしているミスタ・コルベールがいる。 本当は一人でダネットを見ておくつもりだったのだが、危険かもしれないというミスタ・コルベールの意見に押され、仕方なく同席という事になったのだ。 スケッチが終わったのか、手を休めたミスタ・コルベールが呟く。 「珍しいルーンですね……」 確かにダネットの手に浮かんだルーンは、わたしが図書館の本で見たどのルーンとも当てはまらないものだった。 だが、一生徒のわたしが知らないというのと、教師であるミスタ・コルベールが知らないというのでは大違いだ。 なのでわたしが少し首を傾げると、ミスタ・コルベールはダネットの左手を指差しながらこう言った。 「彼女に浮かんだ使い魔のルーンは、私が今まで見てきたどのルーンとも違います。そして、今まで使い魔召喚の儀で、彼女のような亜人を召喚したという記録はありません。これがどういう事かわかりますか? ミス・ヴァリエール」 その問いの意味をわたしは考え、一つの答えを出した。 「前例が無い……つまり、ダネットを召喚し、契約を行ったことで何が起きるかわからない……そういう事ですか?」 ミスタ・コルベールはその答えに頷き、こう言った。 「ミス・ヴァリエール。この件は学院長に相談してみようと思います。ですので、彼女が起きた後、しばらくは共に行動しないよう――」 「できません」 ミスタ・コルベールの言葉を途中で遮り、わたしはハッキリと自分の意思を伝えた。 「ですがミス・ヴァリエール……」 なおも説得を試みようとするミスタ・コルベールの方をしっかりと見たわたしは、言葉を続ける。 「メイジと使い魔は一心同体。違いますか?」 反論の言葉を考えているのか、ミスタ・コルベールは「むぅ……」とうなった後、反論の言葉が無かったのか、諦めた様子でわたしを見て「何かあったら、すぐに知らせるようにして下さい」とだけ言った。 わたしは、短く「わかりました」とだけ答えダネットに向き直ると、今だすやすやと眠るダネットの横顔を見て、きゅっと唇をかみ締めた。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 私は湖の上の小さな小船に乗っていた。 「なんですかここは?」 見覚えの無い、ゆらゆらと揺れる小船から湖の向こうの景色を眺めると、やはり見覚えの無いお城のような屋敷と綺麗な庭が見える。 「はて? これは一体」 首を傾げ、どうしてこんなところにいるのか考え込む。 五秒で頭からプスプスと煙が出るような感覚に襲われ「ま、まあ大丈夫です。うん。」と、取り合えず納得した時、小船の上にいる誰かの存在に気付いた。 それは、ほのかに桃色のような輝きを持つ金髪の少女。 少女は泣いていた。 泣いている理由は私にはわからなかったけれど、そのまま少女を放置できないと思い、優しく少女の肩に触れ、ゆっくりと抱きしめる。 最初、突然触られた事に少女はビクリとしたが、私の手に安心したのか、その身体を預け、彼女の胸で嗚咽を漏らす。 そんな風に泣いている少女の髪を優しく撫でた後、私は出来るだけ優しく話しかけてみた。 「なぜ泣いているのですか?」 すると、ピクンと少女の肩は震え、嗚咽混じりの声で途切れ途切れに答えた。 「わたしは……ひっぐ……わたしは貴族なのに魔法が使えないの……」 私はその答えに首を傾げると、疑問を投げかけてみる。 「きぞくって何ですか? それ、ホタポタより美味しいんですか?」 その疑問に、少女は呆けた顔を上げ、私の方を見つめた。 む。何だか馬鹿にされているような気がします。 「あなた、貴族を知らないの?」 きぞく……き族? 木? 木族? 水棲族みたいなものでしょうか? そんな事を考え、頭の中で木を纏う種族を想像してみるが、やはり自分の記憶にはそんな種族はいない。 でもまあ、自分が知らないだけで、そういう種族もいるのだろうと考え直し、精一杯の虚勢を張ってみる。 「し、知ってます! 馬鹿にしないで下さい! 私は馬鹿じゃないのです! 知ってますよ? 木族ですよね? こう……もしゃーっと木を生やしてる奴です!」 私がそうやって身振り手振りで頭から木が生えてる様子を表現すると、唖然とした表情でそれを聞いていた少女は突然笑い出した。 「な……なんですか! やっぱり私を馬鹿にしてますね!? こう見えても私は頭が良いのです! ……まあ、人の名前を覚えるのは苦手ですけど……でも、最近は少しずつ覚えられるようになったのです!」 私がぷりぷり怒りながらそう言うと、少女は耐え切れなくなったのか、クスクスという笑いから、お腹を押さえて大笑いしだす。 それを見た私は、自分が知ったかぶりをしてしまったのがばれてしまったのだと思い、顔を真っ赤にしながら「ほんとは知っているのです!」と言ってみたが、それは少女の笑いを大きくすることしかできなかった。 「はー……笑ったわ」 少女はそう言って、悲しみではなく、楽しさから出た涙を袖で拭った。 「あれ? お前、でっかくなってませんか?」 いつの間にやら、小さな少女は成長し(それでもちっちゃかったが)意思の強そうな鳶色の瞳を私に向ける。 その少女は見覚えがあった。確か、ここに来る直前に会った奴だ。 しかし、どうにも記憶がハッキリしない。何だかやたら長い名前だったような気がする。 「お前は……確か……ルイなんとか!!」 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 「誰がルイナントカよ!!」 わたしが叫ぶと、隣に居たミスタ・コルベールがビクっとしてこちらを見た。 「み、ミス・ヴァリエール?」 額に汗を垂らしながらそう言ったミスタ・コルベールを「へ?」等と間抜けな声を出して見る。 段々と記憶がはっきりしだす。 どうやらわたしは、ダネットの様子を見ている内に、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。 何だか、やたら面白くて失敬な夢を見た気もするが、多分気のせいだろう。 わたしがそんな事を考えていると、ずっと目を覚まさなかったダネットが「ううん……」と言って、ゆっくりと目を開けた。 「ここは……」 どうやらダネットは寝ぼけているらしく、半分閉じている目でキョロキョロと周りを見渡す。 その目がわたしを見ると、ハッキリとした口調でわたしに話しかけてきた。 「ルイなんとか、お腹が空きました」 「ふぉれふぇふぁわふぁふぃふぉふふぁいふぁのふぇーひゃふふぉふぁふゅーふぉふぉふぃふゃんふぇ?」 「食べるか喋るかどっちかにしなさいよあんた」 目の前で口いっぱいに食べ物を含んだダネットを叱りつつ、わたしは優雅にスープを口にした。 あれから、ダネットが目を覚ました後、メイドに食事を医務室に持ってこさせ、わたし達は少し早めの(とは言っても、外は徐々に薄暗くなり始める時間だったが)食事を始めていた。 ダネットは、始祖ブリミルに食前の感謝の祈りを捧げるわたしを珍しそうに見た後、それはもう凄い勢いで食事を始めた。それを見て「マナーが悪い!」と叱りつけながら食事を取るわたし。 そんな光景を見て安心したのか、ミスタ・コルベールは今は席を外している。 先ほど、また叱られたダネットは少し顔を赤くすると、必死に口をもごもご動かし、口の中の食べ物を飲み込むと、もう一度わたしに話しかけた。 「それでは、私と使い魔の契約? とかいうのをしたのですね?」 その言葉を聞き、わたしはコクンと頷く。 それを見たダネットは、自分の左手を持ち上げ、複雑な表情で使い魔のルーンを見つめた。 「あんたが気絶してた時に、勝手に契約しちゃった事は悪いと思ってる。でも、あの場ではああしないと……」 「私は殺されていたかもしれない?」 わたしの言葉を遮って発したダネットの言葉に少し表情を硬くし、わたしはまたコクンと一つ頷いた。 すると、ダネットはわたしに微笑みかけ、優しくこう言った。 「ありがとうございます」 まさか感謝されるとは思っていなかったわたしは「へ?」と言ってダネットを見る。 あれ程、契約を拒み続けたにもかかわらず、勝手に契約をしたとなれば、怒りの言葉の一つでも言い出すかもしれない。 そう考えて、反撃の言葉を用意していたのに。 そんなわたしを見て、ダネットは少し頬を膨らませ、こう言った。 「何ですか? 私がお礼を言ったら変だとでも言うのですか?」 それを聞いたわたしが「まさか感謝されるなんて思ってなかったから」と答えると、ダネットは僅かに眉を上げ「まあ、勝手に使い魔にしたというのは納得いきませんが」と言った後、優しく微笑み、続けてこう言った。 「お前は、私を守ってくれた。だからお礼を言った。当然の事です。」 その言葉を聞いたわたしは、赤くなる顔を見られるのが恥ずかしかったので、プイと顔を背けた後、まくし立てるようにダネットに言う。 「あ、あんたがどう思おうが勝手だけど、これであんたはわたしの使い魔なんだからね!」 それを聞いたダネットは、自分の指を頬に当て、頭を傾げながら尋ねた。 「えっと……その使い魔? なんですが、一体何をすればいいのですか?こんな風に一緒にご飯を食べていればいいのですか?」 「んな訳ないでしょうが!!」 それからわたしは、ダネットに使い魔というものを一つづつ話して聞かせる。 「まず、感覚の共有ね。あんたが見たものをわたしが見て、わたしが見たものをあんたが見る。」 「お前が見てるもの見えませんよ?」 「う……、わたしも見えないから、あんたとじゃ駄目なのかも……じゃ、じゃあ次に、秘薬の材料集め! 硫黄とか薬草とかを見つけて、それをわたしの所に持ってくるの!」 「いおう……? 何ですかそれ? おいしいのですか? 薬草って食べられる草とかでいいですか?」 「良くない! じゃあ雑用!! 部屋の掃除とか洗濯とか!!」 「どれぐらい壊したり破いたりしていいですか?」 「いい訳ないでしょうがああああっ!!!!!!」 駄目だこいつ。ダメダメだ。ダメットだ。 でも、使い魔の役目はまだある。 とても大事な役目。それは。 「じゃあ最後……わたしを……わたしを守りなさい。」 そう言ってわたしは顔を伏せた。 拒絶の表情を浮かべるかもしれないダネットの顔を見るのが怖かったのだ。 確かに、ダネットは感謝の言葉を言ったにせよ、勝手に使い魔にされた事は納得していないと言った。そんな相手を守る?守る訳が無い。 でも別にいい。どうせ今まで一人だったから。 使い魔は召喚でき、契約も出来た。だから進級は出来る。馬鹿にされるかもしれないが、それも今まで通り。 だから大丈夫。わたしは大丈夫。 そう考えた私は、今にもこぼれそうな涙を堪えるため、きゅっと唇を咬んだ。そんなわたしの耳に、ダネットの返事が聞こえる。 「そのつもりでしたし、別にいいですよ?」 その返事を聞いたわたしは、バッと顔を上げた。 そこに拒絶の表情は無く、あるのは優しい微笑み。 「お前は私を守ってくれました。だから私はお前を守ります。当然の事なのです。」 ダネットはそう言って、食事の続きを始めた。 それを聞いたわたしは、思わずこぼれてしまった涙を袖でごしごしと拭き、また赤くなってしまった顔を背けながら小さな声で「そう」とだけ返した。 何となく二人とも無言になり、静かに食事を終えた。 そして、ふぅと息を付いたわたしは、どうしても言わなくてはいけない事を彼女に伝える為、彼女に話しかける。 「あのね……えと、ダネット……」 初めて自分の名前を呼ばれたダネットは、目をぱちくりさせながらわたしを見つめた。 「あんたが言ってた、世界を救ったって話……」 それを聞いたダネットは、それまでの穏やかな表情を硬く変え、じっと言葉の続きを待つ。 「やっぱり……信じられない」 はっきりと伝える。 それを聞いたダネットは、少し悲しそうな表情をし、俯く。 そんなダネットにわたしは言葉を続ける。 「だけど、もし……もしあんたの話が本当だとわかったら、わたしは心からあんたに謝ろうと思う。」 それを聞いて顔を上げたダネットに、最後の言葉を投げかけた。 「それじゃ……駄目かしら?」 医務室で食事を終えたわたし達は、食器をメイドに片付けさせた後、わたしの部屋へと向かった。 結局、ダネットは最後のわたしの言葉に返事をする事無く、今は無言でわたしの部屋の窓から夜空を見上げていた。 喋らないダネットにどんな言葉をかけていいかわからず、手持ち無沙汰なわたしは寝巻きへと着替える。 本当はダネットにやらせるつもりだったのだが、まあそれは明日からでもいいだろう。 そう考え、脱いだ衣服を適当にまとめていたわたしの耳に、夜空を見上げたままのダネットの言葉が聞こえた。 「月が二つあります」 「月が二つあるのは当然でしょ? 何言ってるの?」 意味がわからず、そう答えてダネットの方を見ると、彼女は夜空を見上げたままこう返した。 「私が今までいた所には、月は一つしかありませんでした」 ますます持って意味がわからない。 月が一つ? 土地によってそう見える所でもあるのだろうか? しかし、スヴェルの夜以外で月が一つに見えるなど聞いたことが無い。 「少なくとも、この辺じゃそんな場所聞いたことがないわ。」 それを聞いたダネットは「そうですか……」と答え、また空を見上げる。 「ま、まあ、わたしが今度、あんたがいた場所とか調べてあげるわよ。だから……元気だしなさい!」 わたしが顔を赤くしながら言った言葉を聞いたダネットは、きょとんとした顔でこちらを見た後、この部屋に来て最初の笑顔をようやく見せた。 ますます顔が赤くなるのを感じたわたしは、ばふっと毛布を被りながらダネットに言う。 「と、ともかく、今日はもう寝るわよ! ほら、あんたも寝なさい!」 それを聞いたダネットが呟く。 「私はどこで寝るんですか?」 しまった、全く考えていなかった。 一瞬、脳裏に床で寝せようかという考えがよぎるが、異性ならまだしも同性の、しかもそれなりに気に入ってしまった相手を床に寝せるのは気が引けてしまう。 しばらく思案した後、わたしは顔を毛布から出し、少しだけ身体をずらした後、そっぽを向きながら言った。 「きょ……今日はわたしのベッドで一緒に寝る事を許可するわ! あ……ありがたく思いなさいよね!」 こうして、わたしとダネットの一日は終わるのだった……で、済めば良かったのだが。 「お前!! もうちょっと横にいきなさい!!」 「ちょっと!! 何でご主人様が使い魔より狭いスペースで寝なきゃいけないのよ!!」 「ご主人? 誰がご主人だっていうんですか!」 「わたしよ!!」 「なっ……!! 私はお前を守ってやるとは言いましたが、使い魔になったつもりはないのです!!」 「はあ!? ふざけんじゃないわよ!! つうかあんた! お前お前って、いつになったら名前で呼ぶのよ!」 「お前はお前です!! お前の名前は長くて難しいのです!!」 「じゃあルイズ様って呼びなさいよ!! 五文字よ! ほら! さっさと言いなさい!!」 「お前なんてルイなんとかで充分なのです!!」 「増えてんじゃないのよ!! 六文字になってんじゃないのよ!!」 「ルイなんとかが嫌なら、お前です!! もう決めました!! お前ーお前ーお前ー!!」 「こ……この馬鹿亜人!! ダメ使い魔!! ダメット!!」 「セプー族です!! それに私はダネットです!! ダメじゃないのです!!」 「ダメットダメットダメットー!!!!」 「お前お前お前ー!!!!」 その怒鳴りあいは、夜遅くまで続いたのだった。 前ページ次ページお前の使い魔
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前ページ日本一の使い魔 「ダーリーン。」 ルイズにとって忌々しい声が聞こえる。早川に飛びつくキュルケ。キレるルイズ。我関せずで読書のタバサ。 「なによツェルプストー。何してるのアンタ?」 「あらヴァリエール、いたの?私はダーリンに会いたくて来たの」 早川は苦笑いを浮かべキュルケを見ると、背中に見事な見た目の剣を背負っている。 女性が持つにはかなり不釣合いな為、早川は尋ねた。 「この剣はどうしたんだい?」 「これは何処かのケチな貴族が、ケンにみすぼらしい剣を贈ったって言うじゃない? 私はケンにはこの剣がふさわしいって思ったから。この剣は差し上げますわ」 ケンは贈り物を受け取り礼を言うと、これから起こる事を考えそっと移動する。 「だ、誰がケチな貴族でっすって?何で人の使い魔に許可無く渡してるの?」 早川は両手を広げ肩をすくめる。 すると、タバサが早川の隣にやって来て何かを渡す。 「なんだい?くれるってのかい?」 コクリと頷き呟く。 「シルフィードがお世話になった」 二人の様子にルイズとキュルケは言い争う事を忘れる。 「ほぉー、きれいなペンダントだ。ありがとう。」 タバサの手をとり、軽くしゃがみ手の甲にキスをする早川。頬を染めるタバサ。 「「えぇぇぇーっ」」 「そろそろ帰りましょうかツェルプストー」 「そ、そうねヴァリエール」 二組はそれぞれ学院に帰るのだが、キュルケは思った。 「(私にはキスしなかったはね。ケンはタバサみたいなのが好みなのかしら、でも私がダーリンを)」 そしてルイズは考えるのをやめた。 そしてデルフリンガーは鞘に入れられたまま忘れられていた。 学院についた早川は二本の剣を交互に握り、自分の体の変調を確かめるように振るっている。 「なぁ相棒よ」 「なんだデルフリンガー」 「俺の事はデルフって呼んでくれ、それよりもよ相棒だって気が付いてるんだろ?その剣がナマクラだって」 「まぁな、でも言ったらレディが可哀想だろ?」 「相棒はキザだねー」 遠くから徐々に争う声が聞こえ肩をすくめる。 「お客さんだ」 「大変だな相棒」 ルイズとキュルケの二人が杖を相手に向け、叫ぶ。タバサは早川の横で興味無さそうに立っている。 「「決闘よ!」」 なぜこうなったかと言えば、早川には二本も剣は要らない。どちらの剣を使うのが相応しいのか 言い争い、それが拗れて決闘騒ぎになったのだ。 キュルケは『ファイヤーボール』を唱え、 ルイズは火球をかわし、『ファイヤーボール』を唱えるが火球は現れず見当違いの場所に爆発が起こる。 自分のファイヤーボールが避けられた事にムキになったキュルケは、もう一度火球をルイズ目掛け撃つ。 キュルケは後悔していた。このままだと自分がムキになって放ったファイヤーボールがルイズの顔に命中してしまう。 しかし、何かが目にも留まらぬ速さで火球を掻き消した。 早川はこのままではと思い、煌びやかな大剣を投げる。左手のルーンが光り、 想像していた勢いを上回る速さで飛んでいく。 投げた大剣が火球を掻き消し勢い衰える事なく学院の壁に亀裂を作り大剣が砕ける。 その様子に四人は 「(やりすぎたか、それにしてもこの力)」 「(ダーリン凄いわ!)」 「(あそこは宝物庫……)」 「(えぇー100%変身いらないじゃん)」 その様子を陰から見ていたロングビルは驚愕した。 「なんなんだい、あの使い魔。まぁ、せっかくのチャンスだし、利用させて貰うよ。出ておいでゴーレム!」 ロングビルが杖を振ると巨大な土人形が現れ、宝物庫の壁を殴る。 「な、何なのよアレ?」 「私に聞かれたって知る訳ないでしょ?タバサは何か知ってる?」 「おそらく『土くれのフーケ』のゴーレム。そして狙いは宝物庫」 「止めなくちゃ!」 ルイズが杖を振るうと、壁を殴るゴーレムの右腕に爆発が起きる。それに続けとばかりに、 タバサが『ウィンディ・アイシクル』、キュルケは『フレイム・ボール』を唱える。 しかしゴーレムの一部を吹き飛ばすが、すぐに修復してしまう。 邪魔者に気付いたゴーレムは三人を踏み潰そうと足を上げる。 タバサとキュルケは状況を冷静に判断し、退却という選択をする。 しかし、手柄を立てようと躍起になっていたルイズは判断を誤り退却が遅れた。 「ルイズのバカ!何やってんの!」 無常にもゴーレムは虫けらを踏み潰すかのように踏みつける。 顔をしかめるキュルケとタバサ。しかし、この男が黙って見ているはずが無い! 「チッチッチ、無茶はいけませんぜ。」 ルイズが目を開けると、ゴーレムが踏み潰した場所から数歩離れた所で早川に抱きかかえられている。 早川がデルフリンガーを片手に構え、テンガロンハットのつばを上げ 「デルフ、デビュー戦だ」 「おうよ!相棒!」 フーケは早川の処分が先決と考え、早川を始末するようゴーレムに命じる。 振り下ろされる巨大な拳、踏みつける足。なぎ払う掌。 その全てを後方宙返り、バックステップ、前方宙返りなどと華麗にかわしながら切りつける。 しかし、剣で切りつけただけでは再生するゴーレムには焼け石に水であった。 その様子を後方で見ていたルイズは、前に出てゴーレムに向かって杖を振る。 丁度、ゴーレムが早川を払おうと振り回した腕がルイズのいる場所に、ルイズの目線に土の塊が迫ってくる。 土の塊が徐々に大きくなり、もうダメだと目をつぶると横から衝撃を感じる。ふと目を開けると早川が放物線を 描き飛んでいく様が見えた、地面に叩きつけられ転がっていく自分の使い魔。 とっさに早川の元へと走る。キュルケもそれに続く。 「「ケーーーーン!」」 邪魔者がいなくなったゴーレムは壁を数発殴り穴を空ける。ぽっかりと空いた穴に黒いフードを被った 人物が入り、何かを抱えてゴーレムの肩に乗る。三人への攻撃を警戒していたタバサは、シルフィードを呼び ゴーレムを追いかける。しかしゴーレムが学院の壁を越えるとゴーレムはただの土くれに姿を変えた。 ゴーレムの主は森の木々に隠れ姿を消していた。 ─────ボツネタ───── ゴーレムに吹き飛ばされ、意識が飛びながらも立ち上がる早川。 敵を正面に保ったまま、両手を右側へ水平にピンと伸ばす。 そして、伸ばした腕を左斜め上までゆっくりと回し、静止させる。 そこから右腕のみを引き拳を握り元の場所へと突き出しなだら左腕を腰に構える。 高らかに叫ぶ 「変ー身!V3ァーーーー!」 ルイズ「絶対ダメーーーー!あんた(作者)!絶対叩かれるわよ!反応良かったら 使って見ようかなとか思ってるんでしょ!ダメだからね!!」 前ページ日本一の使い魔
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頭を抱えて寝てしまいたいけど、わたしにはそれも許されない。 うう、落ち着かなきゃ。クールに、クレバーにならなきゃ。頭を冷やそう。涼しい夜風で冷静さを取り戻そう。 窓を開けると、中庭にはまだキュルケ達がいた。ミキタカとぺティが近づいて何か話してる。なんだか妙な取り合わせ。 何か動く影が見えると思ったら、ミス・ロングビルが宝物庫の壁を歩いていた。世の中にはいろんな趣味を持ってる人がいるものね。 「ねえルイチュ、なんで怒ってんのさ。せっかくルイチュのために集めてきたのに」 こいつ、まだ分かってない。 「あのね、罪の意識とかそういう問題はとりあえず置いておきましょう」 「うん」 「あなたはバレなければと言ったけど、本当にバレないでいられると思う?」 「うん」 「ここがどこか知ってる? トリステイン魔法学院。石を投げればメイジに当たるの」 「うん?」 「大切な物が無くなった。誰かが持っていったに違いない。よし、とりあえず魔法で探してやれ。こうなるわよね、当然」 「……うん」 「きっと犯人はすぐに見つかるわね。使い魔はその場でバッサリ、ご主人様はよくて強制退学ってとこかしら」 グェスは貴金属の類を手に立ち上がった。顔色は真っ青だけど同情の余地は無い。 「ちょ、ちょおっと出かけてきまァす……」 「今夜中に全部返してきなさいよ」 人のいる部屋から盗るくらいだから、人のいる部屋に返すこともできるでしょ。 もし返せなかったら……見つかったら……考えるのはやめた方が賢明ね。ああ、胃が痛い。 感覚の共有ができず、秘薬の材料を探せず、あの小心っぷりじゃ護衛なんてまず無理。 できることは他人の物を掠め取ってくること……なんて使いを魔召喚してしまったんだろう。 ゼロにはあれが相応しいとでも言うつもり? あれじゃゼロより悪い、マイナスよ。 グェスが小物の類をかっさらっていき、部屋には一振りの剣と鍵、それに対応する謎の包みが残された。 さすがの大泥棒も一度に返すってのはできないみたいね。 そりゃそうでしょうよ。剣なんて持ってうろついてたら、ただでさえ犯罪者風なのが不審者丸出し。 そもそもどうやって盗んだんだか。警吏じゃなくたって捕まえるわ、まったく。 ベッドの上に剣を投げた。鍵と包みは……ふうむ。 鍵は複雑な形をしている。包みも立派なもんね。けっこう価値があるものかも。 てことは中身は……いやいやいや、他人の物を勝手に開けたりしたら怒られるでしょ。 ダメダメ、これはグェスが来るまで隠しておくの。 そんな思いとは裏腹に、なぜかわたしは手の中で鍵をいじっていた。 ダメダメダメ、本当にダメ。いくら気になるからって言っても……気になるのよね、たしかに。 返す前にチラッと見るくらいは許されるんじゃないかしら。いや許されないでしょ。 でも犯罪か何かに関わってくるものだとしたら大変じゃない? そうよね、これは貴族としての義務感というべきものよ。 もしかしたら、この包みが原因で人死にが出たり、大騒動が巻き起こったりなんてことも。 ……よし、ちょっとだけ開けてみよう。ちょっとだけ。 ごく自然なふうを装うため、鼻歌交じりで窓を閉め、カーテンを引いた。 外ではタバサを中心に四人と一匹が勉強会をしている。ああ真面目なこと。 ミス・ロングビルは壁の上で地面と平行になって悩んでいるみたい。あの人も謎ね。 鼻歌は二番に差し掛かった。部屋の扉から顔を出し、左を見て、右を見て、誰もいないことを確認する。 よし。ああ、ちょっとドキドキしてきた。何が入ってるのか予想もつかない。 開けた瞬間襲いかかってくるものだったりしたらどうしよう。 鍵を差込み、捻り、包みが解けて……あ……ああ、ああああ、こ、これは! 風の噂で聞いたことがある。偉大なメイジが召喚した恐るべき異世界の書物があると。 その本を読んだ男性は情欲を掻き立てられ、一晩に五回六回は平気の平左だという。 これが、その本。異世界の文字なんて読めたものじゃないけど、それでもわたしには分かる。 そもそもこの本に文字なんて必要がない。どこをめくっても裸の女性しか出てこないんですもの。 なんという写実的な絵柄。美しい色彩。紙の手触りもすっべすべ。すごい。これはすごい。 ううむ……ぺらっ……うううううむ……ぺらっ……激しいわ。なんて情熱的なの。 んん? この黒ずみ何かしら……邪魔ね。よりにもよって重要なところにばかり張り付いてるけど。 唾かけてこすってみたらどうだろ。でもこれ一応他人の物なのよね。 こんなスゴイ物、失くした人は必死で探してるかもしれない。早いトコ返した方が……おおおお! か、か、か、絡みもあるのね。なんて実践的な。おおお、あんなに脚を! そんなとこ舐めるの!? くうう、返す返すもこの黒ずみが憎い! 憎い! 何よこれ、何なのよ。 ありのままの真実を明らかにするべきじゃないの? 人間、隠さなきゃいけないものなんてないはずよ? そのままを曝け出す、その姿勢に美が込められているんじゃなくて? それを、この黒ずみ! 指の腹でこすっても消えない! これが無ければ! これさえ無ければ! もっといいのに! いいにきまってるのに! いいのよ! いいわ! いいんだって! 「おい、ルイズ。何を見ているんだ?」 魔法で消すってのはどうかしら。そうだ、ミキタカが虚無とか言ってたっけ。 「その本もしかして……」 虚無。無。つまりは消失させるってことよね。てことはこの黒ずみも消せるんじゃない? あーあ、わたしが虚無の使い手だったらな。こんなのちょちょいのちょいなのに。 「なあルイズ。それキュルケの本じゃないのか」 「あ、これキュルケの本だったのね。教えてくれてありがとうマリコルヌ……え?」 「どういたしまして……え?」 な……ナアアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアァアァァァァアアアアアアァァアアァアアァアアアアアァアアーッ!? 「な、な、な、な、な、な、なんで、なんでマリコルヌがここにいるのよ!?」 マリマリマリマリマリマリマリマリマリコルコルコルコル……。 「ごごごごごごごめん、ちょ、ちょっと待ってて」 「うん」 水差しからコップに水を一杯注ぎ、一息で飲み干す。まだ足りない。もう一杯飲み干す。 まだまだ足りない。水差しに直接口をつけて全部飲む。 口の端からこぼれた水を袖口で拭って、ぐう、少しは落ち着いたか。 「マリコルヌ! 何の用があってここに来たの!」 「君の使い魔を男子寮で見たから教えてやろうと思って」 「そ、それはありがとう。でも、でも、でもね、女性の部屋にノックも無しで入ってくるなんて!」 「ノックはしたよ。中からいいわよって声が聞こえたから入ってきたんだけど」 「あ、ああそう」 逃げ場無し。 ええと、ええと、ええと、ええと。どうしようなんて言い訳すればいいんだろう。 「勘違いしないでよね。わたしはあくまでも学術的な好奇心からこの本を読んでいたの」 我ながらあまりにも白々しい。 「でも、キュルケの本だろ、それ。嫁入り道具とかいって見せびらかしてた本」 「ええっとね、あのね、あれよ。女の子には色々あるの。殿方が踏み込んでいい領域じゃないの」 「そうなのか」 「そうなのそうなの。ね。分かったらちょっと一人にしてもらえる?」 「そうなのか……」 背中を押しやって無理矢理外へ追い出したけど、それで何が解決するってわけじゃない。 そんなことわたしにだって分かる。マリコルヌはこれっぽっちも信じちゃいないに決まってる。 わたしがマリコルヌの立場だったら絶対に……そう、言いふらす。 なんてこと……よりにもよってマリコルヌに見られるだなんて。 わたしをからかうことに血道をあげてるデブちんに目撃されるなんて。 もうダメだわたしは終わりだおしまいだ明日からあだ名はエロのルイズだ人の本盗んでエロスに走るエロのルイズだ。 キュルケはなんだかんだで懐が広い。少し性的な言い回しを使うとすればお尻の穴が大きいから、貴重な書物であっても、戻ってさえくれば内々で済ませてくれるはず。 グェスとわたしが頭を下げればきっと許してくれるだろう。 でもこの際それは問題じゃない。キュルケがわたしをからかうなり嫌味を言うなりして矛を収めてくれたとしても、マリコルヌは面白おかしく吹聴する。確実に。噂は広まる。絶対に。 で、わたしはゼロのルイズからエロのルイズにランクアップするってわけ。 どう? こんな人生って楽しくない? ええ、全っ然楽しくない。あははははははは……。 「どうしたのルイチュ。面白そうね」 脳よりも先にわたしの背骨が指令を出した。 扉が開き、グェスの声が鼓膜を振るわせたその瞬間、彼女の顎先を足の甲で蹴り抜いていた。 ベッドに倒れたグェスに対し、追い打ちの踏みつけ踏みつけ踏みつけ踏みつけ踏みつけ……。 「ルイチュちょっと待って! 痛い痛い、痛いって!」 「痛いからやってんのよ馬鹿犬!」 まだおさまらない。引き出しを開け、中から鞭を取り出した。 ベッドの上、怯えた表情でこちらを見上げるグェスが嗜虐の炎に油を注ぐ。 「ほら、見て見て。何も無いでしょ」 両手を開いてこちらへ見せる。 「全部返してきたの。これも、これも。全部元あったところに返すから」 ベッドの上の剣を胸に抱き、包みと鍵、中の本も引き寄せた。 「だから、さ。もう怒んないでよ。あたし達お友達じゃない。ね?」 「友達?」 鼻で笑ってやるわよ。何が友達? 馬鹿にしてんの? 「あんたにとっての友達ってのは何? いざという時は見捨てて? それ以外も迷惑かけっ放しで? 都合のいい時だけ友達で?」 「ルイチュ……」 「親友に置いてかれたって? そりゃ置いていかれるわね。あんたみたいに信用できないやつ、誰が連れていくっていうのよ」 鞭の先をグェスの顎に突きつけた。 グェスは悲しそうな、悔しそうな顔をしていたけど、そんなものがどうだっていうのよ。 「馬っ鹿じゃないの? 使い魔と主人が友達同士なんてお目出度いこと考えてるわけ?」 「そんな……」 一振り、二振り、軽快なフットワークでわたしの鞭が避けられた。 「避けるなッ!」 「落ち着いて! 何かよく分からないけど冷静になってルイチュ!」 グェスは扉ににじり寄っていく。逃がすわけないでしょ馬鹿犬。 杖を手元に……あれ。杖を……杖、杖、杖。 「ひょっとしてこれ探してる?」 どういうわけか、わたしの杖はグェスの手元にあった。あ、グーグー・ドールズか。 「あんたって人は、やることといえば泥棒ばっかり……その杖、こっちに寄こしなさい」 「魔法使わない?」 「使わないと思う?」 グェスがそろそろと後ろ手で扉に手をかけた。わたしは床を踏み抜く勢いで一歩踏み出す。 「グェス!」 「これ返してくるから! また後でねルイチュ!」 最後に投げつけた乗馬鞭は見事に扉へ突き刺さった。うおっ、すごい。怒りは人間を強くするのね。 グェスの馬鹿犬が逃げ、行き場を失くした怒りだけが残された。 「あの馬鹿! 馬鹿! 大馬鹿犬!」 首輪をむしりとって壁に投げつけた。馬乗りになって枕を殴りつける。 「役立たず! 無能! 使い魔失格よ! 帰ってきたって入れるもんですか!」 空になった水差しを床に叩きつけ、グェスが逃げた扉を平手で何度も打った。 「全部グェスのせい! ぜえええんぶグェスのせい!」 さっき閉めたばかりの窓を開け、外に向かって喉が痛むまで吼えた。 「馬鹿いぬウウウウウウウウウウウウウウウウ! 帰ってくるなアアアアアアアアアアアアアア!」 眼下ではさっきの面子に加えてモンモランシーと大釜がいた。見るたびに数が増えている。 ミス・ロングビルが壁の上から滑り落ちたみたいだけどそれが何。 皆、呆気に取られてわたしの方を見上げている。だから? え? 「何見てるのよ!」 力任せに窓を叩きつけ、ついでに鍵もかけ、扉にはつっかえ棒をかけ、グェスが帰ってきても入れないようにし、着替え、ランプを消した。 雲の無い空には赤い月と青い月。わたしはベッドの上で一人ぽっち。 暑くないのに寝苦しい。眠いのに眠くない。何度となく寝返りを打つ。どんよりとしたまどろみがわたしを包む。 さっさと逃げて、主に恥をかかせて、他人の物盗んで、主に迷惑をかけて。無能。駄犬。 ちょっと言いすぎじゃない? 召喚されたばかりで戸惑っているのよ。 何が言いすぎよ。使い魔が主人に仕えるのは義務よ、義務。 そんなことないわ。異郷から無理矢理呼び出したのよ、彼女の持つ物全てを捨てさせて。こっちだって仕えるに値する努力をしなくちゃ。 なんでわざわざそんなことしなきゃいけないの。餌あげて、寝床あげて。それだけでもありがたいでしょ。 彼女は人間よ。しかも友達だと言ってくれた。そんな言い方ってないわ。 平民よ。しかも無能な。口先だけの役立たずで臆病者。わたしを守ってくれなかった。 守ってほしかったの? 当然よ。それは使い魔がまず第一にすべきことでしょ。 使い魔に守ってもらう必要なんてないでしょ。使い魔が臆病なら、あなたが使い魔を……友達を守ればいいじゃない。 本末転倒ね。だったら誰がわたしを守るっていうの。 何遍も何遍も言ったでしょ。あなたのことはわたしが守る。 はァ? もう少し素直になるべきね。よぉく知ってるでしょ、喧嘩するより仲良くした方が楽しいって。 あなたがそんなだからグェスがつけあがるんじゃない。えっらそうに、何様よ。ちょっと可愛い子を見るとすぐに鼻の下伸ばしてるくせに。 い、いや、あの、それはね、あくまでも本能というものなのよ。自分ではコントロールできないものなの。 いっつもいやらしいことばっかり考えて。マリコルヌにまで見られて……。 「それは……」 自分で出した声で目が覚めた。ああっと……何考えてたんだっけ。我ながらぼんやりさんね。 わたしはやっぱり一人で寝ていて、隣には誰もいない。夜の冷えが火照った頭を撫でていく。 怒りを発散するためにした数々の所業は、グェスへの怒りを静める効果があったものの、その分愚かな自分が浮き彫りになり、自己嫌悪の情が膨らんでいく。 結局全てわたしに返ってくるのよ。 グェスが帰ってこなければ水差しや鞭を片付けるのはわたしになる。 馬鹿はわたしだ。悪い状態をより悪くしてる。 無能もわたしだ。ゼロ以下の無能はいない。 主人失格もわたしで、犬……いや、犬より悪い、犬以下のモグラもわたしだ。 グェスを扱えないのもわたし、本に熱中したのもわたし、物や人に八つ当たりしたのもわたし。 そこまで知っていて、それでもわたしはグェスが戻ってくれば怒鳴り散らすんだろう。わたしは救えない。 枕を手に取り、扉を押さえる棒に向かって投げつけた。くるくると回って見事命中。枕もろとも棒は倒れ落ちた。 少しだけスッとした。わたしは怒った顔のまま床につき、枕無しで眠りに落ちた。ばーか。みんなばーか。
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前ページ次ページネコミミの使い魔 マミお姉ちゃんに聞いたことがある。 国境のトンネルを抜けると、で始まる有名な小説があるって。 魔女との戦闘中に、結界内で鏡が現れて、次の階層へと向かうドアと思って飛び込むと、そこには抜けるような青空と、草原が待っていました。 周りには中世ヨーロッパのような建物が並んで、様々な生き物たちが、そこには非生物や何から何までわたしを注目しているのでした。 「あんた誰?」 その中でも一番注目をしていたのでしょう、ブロンドの桃色がかった、ふわふわの長い髪を持つ綺麗な女の人。私をまじまじと見つめながら口を開いていました。 織莉子お姉ちゃんとの戦闘で共闘したあと、唐突にいなくなってしまった色白のほむらお姉ちゃんと同じような肌を持つ女の人。 でも、おそらく日本人じゃない。 沢山の人から注目されてわたしは泣きたくなってしまいました。もともと心が強くない私はこういうふうに注目されることに慣れてはいないのです。 「うう……」 涙が出そうになるのを一生懸命我慢をします。 口を一生懸命に閉じて涙を出ないように。 すると桃色の髪の人が近づいてきて、頭をゆっくりと撫でるようにします。 やさしくやさしく。 「ああ、もう、あんた泣かないの……お名前は?」 「ゆまは……千歳ゆま」 キョロキョロと周りを見渡す。 桃色の髪のお姉ちゃんと同じ制服を着た女の子や、男の人たち。 そんな人達をきゅっとした厳しい瞳で、睨みつけている青色の短髪の眼鏡の人がいた。 とりあえず今はありがたい。 そういえばソウルジェムが曇っている。 使い魔との戦闘中に多少曇ってしまっていたらしい。 「お姉ちゃんの、名前は?」 「ルイズよ、あなた、平民?」 平民と言われちゃった。 平民といえばどんな人? と聞かれれば、キョーコやマミお姉ちゃんはなんと答えるのだろう。 キョーコはゆまの一番最初に出会った魔法少女。ママが魔女に殺された時に、その魔女を倒してくれたのがキョーコ。 それ以来ずっと一緒にいろんなことをした。 キョーコならきっと、「アタシは平民かもしれないけど、あんたにそんな事言われる筋合いはない」っていうだろう。 ゆまをキョーコと同じ魔法少女へ導いたのが織莉子お姉ちゃん。わたしにはその人の何をしようとしたのか、そういうのはよく分からないけれど。戦っている最中にほむらお姉ちゃんの大事な人を殺されてしまったし、織莉子お姉ちゃんも死んでしまった。 その織莉子お姉ちゃんとの戦闘の時に(本当はもうちょっと前に会っているんだけど)マミお姉ちゃんと仲良くなって、それ以来、マミお姉ちゃん、キョーコ、わたしっていうパーティを組んで魔女退治をしていたんだけど。 「これじゃあ、拉致があかないわね……ミスタ・コルベール!」 ルイズお姉ちゃんが怒鳴った。 たくさんの生徒たちの間から、中年のおじさんが現れた。 頭がちょっと寂しい感じ。 大きな杖を持って、真っ黒なローブに身を包んでいる。 「なんだね、ミス・ヴァリエール」 「あの、もう一度召喚をしなおさせてください!」 召喚? なんだろう。 ゆまは召喚されたんだろうか。 あ、そういえば戦ってたはずなのに今は普通の格好をしている。 ソウルジェムも胸元にあるし。 「それは駄目だ、ミス・ヴァリエール」 「どうしてですか!」 「決まりだよ、二年生に進級する際、君たちは使い魔を召喚する、今やっているとおりだ」 使い魔? ゆまは使い魔として召喚されたの? 「それによって現れた使い魔で、今後の属性を固定し、それにより専門課程へと進むんだ。一度呼び出した使い魔は変更することはできない、なぜなら春の使い魔召喚は神聖な儀式なんだ。好む好まざる……このような幼子を使い魔にするのは心が痛むかもしれないが、彼女を使い魔にするしか無い」 「でも、平民を使い魔にするなんて聞いた事無いですよ!」 ルイズお姉ちゃんがそう言うと、周りがどっと笑う。 その際雪風が吹いてクラスメートが凍った……なんでだろ? 魔法かな? 「コレは伝統なんだミス・ヴァリエール、例外は認められない、彼女は」 コルベールと呼ばれた先生らしき人は一息ついて、 「ただの平民の子どもであるかもしれないが、呼び出された以上君の使い魔になるしか無い。古今東西、人を使い魔にした例はないが、春の使い魔召喚の儀式のルールはあらゆるルールに優先する、彼女には君の使い魔になってもらわなくては」 「そんな……」 ルイズお姉ちゃんは失望したように肩を落とした。 ゆまのせいでこうなっちゃったの? お姉ちゃんを見上げる。 ルイズお姉ちゃんは首を振って、きっと前を向いた。 「さて、では儀式を続けなさい」 「はい」 その返事は力強かった。 「ゆま、あなたは平民でありわたしは貴族、本来ならばこんなことはありえないの」 お姉ちゃんはわたしに語りかけるようにつぶやいた。 そうして体を屈め、 「我が名はルイズ・フランソワーズル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。{{英数字}}5つの力を司るペンタゴンこの者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 朗々とゲームで見たような呪文を唱え始める。 そして、杖をゆまの額へとおいた。 ゆっくりと、唇を近づけて……重ねられた。 「わたし、女の子とキスをしたの初めて!」 「そう、私も小さい子でよかったわ」 そういって二人で笑う。 ひとしきり笑ったあと、ルイズお姉ちゃんは先生の方へ向きなおして。 「終わりました」 彼はまじまじと眺めて、わたしの方を向き直り。 「サモン・サーヴァントは何回も失敗したが、コントラクト・サーヴァントはきちんとできたね」 と、嬉しそうに言った。 「相手方だの平民だか!?」 「そいつが行為の幻獣だ!?」 野次を飛ばそうとした生徒たちの口に雪が詰められる。 いったいさっきから誰がやっているんだろう? 「いたたたたたた!」 わたしの全身が熱くなり、特に左手が熱い! 熱い痛い熱い痛い! 「あらあらあら。可哀想に、ゆま、大丈夫よすぐに終わるわ」 そういって頭を撫でてくれる。 こうされていると我慢が出来そうな気がする。 「うん……左手に宝石と、ルーンか……珍しい形だね」 「本当……ゆま、綺麗な宝石ね」 ソウルジェムのことを褒めてくれてる。 痛かったけど、こうして左手にはめ……はまっちゃったよ!? しかもなんだかソウルジェムの汚れまで払われちゃってる!? 「平民がもつようなものじゃないけれど、ハマっているんじゃしょうがないわ」 「そうなの?」 「ええ、貴族のわたしから見ても、素晴らしい出来の宝石ね」 「さてと、皆教室に戻るぞ」 といって、先生が空を飛んだ。 他の皆も飛んで何処かへといってしまう。 空を飛べるの? あの人達も魔法少女なの? でも、男の人もいたし? 何かマジックでも使ってるのかな? 「ルイズ、お前はあるへぶぅ!」 「あいつフライはおろか、レビィゲボォ!?」 またしても野次を飛ばそうとした人に雪が飛ばされる。 「……ルイズ、その子、きっとあなたにお似合いよ」 最後に飛んでいった胸の大きな褐色のお姉ちゃんが冷や汗をかきながら言った。 残されたのはわたしとルイズお姉ちゃんだけだった。 「ゆま、行きましょうか」 「ルイズお姉ちゃんは飛んで行かないの?」 「飛べないのよ……悔しいけどね」 その横顔は本当に悔しそうで、これ以上何もいえなかった。 「ねえ、お姉ちゃん、ここはどこ?」 「分からないの?」 「うん、ミタキハラってところから来たんだけど……」 「聞いたこともないわ……そのような田舎から来たなら、トリステイン魔法学院のことも知らないでしょうね」 トリステイン魔法学院とは、魔法を学ぶ場所。 今行われたのは春の使い魔召喚試験、二年生になると行われるみたい。 だからルイズお姉ちゃんは二年生ということになる。 そして私はその使い魔。 で、ルイズお姉ちゃんはご主人様ということになる。 「あ、そうだ、あの人達飛んでたよね、魔法少女なの?」 「魔法少女?」 「変身したほうが分かりやすいね」 そういってソウルジェムを前に差し出して変身する。 「姿が……変わった……? あなた、メイジなの?」 「ゆまは魔法少女だよ」 「……(ちょっと変わった平民といったところか)そう、わかったわ」 わたしは元に戻る。 「とにかく、平民とメイジ、貴族との間には絶対的な差があるの」 「差?」 「そう、私以外の貴族には気を許してはいけないわ、いいわね?」 注意される。 コレは気を付けなければいけない。 「うん、ゆまわかったよ!」 「ええ、いい子ね」 ただその表情は不安そうだった。 わたしたちは歩いて次の授業の場所へと向かい、一日中魔法のことについて学んだ、当然だけど平民のわたしにはよく分からない授業だった。 魔女との結界の中に突然に現れた鏡。 次の魔女へと続く道だと思ってくぐったらトリステイン魔法学院というところへやって来てしまった。 キョーコやマミお姉ちゃんとは別れて。 「それ、本当?」 「うん」 「……魔女に使い魔……あなたも戦って……ふうむ」 そういって腕組み。 何かを考えている様子だ。 わたしたちはテーブルを挟んだ椅子に座っていた。 ここは、ルイズお姉ちゃんの部屋。キョーコと入ったことのあるホテルよりも広い部屋だ。南向きの窓に、西側に大きめのベッド、ちょうど二人で眠れそうなくらいだ。 「ああ、一つ注意をしなければいけないことがあるわ」 「他の人と仲良くしちゃいけないっていう?」 「それもあるけれど、あなたの田舎へ返す呪文はないわ」 「ゆま……帰れないの?」 涙目になる。 そうするとルイズお姉ちゃんがよってきて頭を撫でてくれた。 「本当はね、サモン・サーヴァントはこのハルケギニアの生物を呼び出すの、決してチキューだのミタキハラだのから呼び出す魔法じゃないわ」 ここで、一息ついて。 「それに、本当は幻獣や動物なんかを呼び出すの。人間を呼び出すなんて初めてよ、しかも変身する小さな子供なんてね」 ため息混じりにそういうのだった。 「サモンサーヴァントをもう一度使うには、あなたが死なないといけない、でも、私はあなたを殺したくなんて無い……そして、使い魔として扱うのも難しい」 「ゆま、できることをするよ!」 「使い魔は主人の目となり耳となる、けれど無理ね」 わたしもルイズお姉ちゃんが見えている景色は分からなかった。 「それから、使い魔は主人の望むものを見つけてくることができる」 「望むもの?」 「ふふ、いいのよ気にしないで」 そういう横顔は悲しそうだった。 ゆまができること、治癒魔法。 そして変身した時に使うハンマー。 戦闘くらいしか無いかな。 「そろそろ眠くなってきたかな、一緒に寝ましょう、ゆま」 「いいの?」 「あなたをわらで寝かせる訳にはいかないじゃない」 そういって布団に入る。 すぐにルイズお姉ちゃんの寝息が聞こえ始めた。 魔法というのは思ったより体力を使うみたいだ。 「ゆまが治してあげる」 治癒魔法を使う。 普段は治癒魔法を使うと、ソウルジェムが曇るけど、そんなことはない。 ルーンと一緒に入ってしまったソウルジェム、どうしてこうなったかはよく分からないし、私の能力もよく分からない。 「頑張るよ、キョーコ、マミお姉ちゃん」 そういってわたしも目を閉じた。 前ページ次ページネコミミの使い魔
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前ページ次ページサイヤの使い魔 地平線から登ってきた太陽が、夜のうちに冷やされた大気へと地面が放出した霧状の水分をきらきらと照らしている。 朝もやに包まれたトリステイン魔法学院の馬小屋には人気が無く、鼻腔から白い息を吐き出す馬やグリフォンらの他には、人間が2人いるだけだ。 そのうちの1人、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが口を開いた。 「ゴクウ、きつくない?」 「大丈夫だ。けどちょっと左に偏ってんな」 「わかった。調整するわ」 ルイズは、馬小屋から失敬した馬具を分解して、革紐の部分を悟空の身体に縛り付けていた。 アンリエッタから仰せつかった任務の目的地、アルビオンは浮遊大陸である。 通常の手段で行くとなると、まず港町ラ・ロシェールに行き、そこからアルビオン行きの定期便に乗り換える必要がある。 しかし、ラ・ロシェールまでは馬に乗って行っても優に2日はかかる上に、定期便もアルビオンがトリステインに最も近く時期でないと出港しない。 一刻も早くアンリエッタの悩みを解決したいルイズは、そんな悠長な手段でアルビオンに行く気は更々無かった。 何といっても、自分には悟空がいる。 タバサの風竜をも上回る速度で大空を自由自在に翔ける彼に乗っていった方が余程早い。 そのため、悟空の背中に自分を括り付けて飛べるよう、あれこれ試行錯誤しているのだった。 「今度はどう?」 「良さそうだ」 悟空が分解してできた金具の余りをひとつ摘み上げ、両腕の付け根をぐるりと回すようにして通された革紐を胸の前まで手繰り寄せ、金具を指先で押し潰すようにして2本の紐を繋ぐジョイントに加工した。 それを確認すると、ルイズはサドルホルダーを悟空の背中側に取り付けた。適当な金具で仮止めし、悟空にずり落ちないよう金具を締め上げて固定させる。 ルイズは頭絡を取ると、輪になっている部分に両腕を滑り込ませ、手綱の余った部分を悟空と自分に何度か巻きつけ、飛行中に体勢がずれないよう数箇所で縛った。 グローブをはめ、頭絡とサドルホルダーを余った金具で固定し、最後にデルフリンガーを悟空の身体に袈裟懸けにすると、出発準備が整った。 デルフリンガーを胸の前に抱え、不恰好な負ぶい紐でルイズを背負ったような格好である。 「浮いてみて」 悟空が舞空術で地面と平行に浮くと、ルイズはちょうど悟空の背中に腹ばいに寝そべる体勢になった。 がっちり身体が固定されていることを確認すると、ルイズは悟空の脇の下から手を通し、悟空の胸の下にある革紐を掴んだ。 ついでに悟空の背に顔を埋め、使い魔の匂いを胸いっぱいに吸い込む。 「んふ~」 無意識のうちにルイズの頬がほころんだ。本能的に頬を悟空の背にすりすりする。 「おい、くすぐってえよ」 「あ…、ご、ごめん」我に返ったルイズの顔が真っ赤に染まった。「…じゅ、準備できたわ」 「よーし、じゃ、行くぞ!」 浮遊大陸アルビオンを目指して、悟空とルイズは飛び立った。 馬小屋に係留していたグリフォンにワルドが跨ったのは、それから20分後の事だった。 魔法学院を一望できる高さまで飛び上がると、ルイズを捜し求めて周囲をぐるぐると旋回する。 しかし、何処を探してもルイズの姿が見当たらない。 まだ部屋に居るのだろうかと、サイレントでグリフォンの飛翔音を消し、無礼を承知で彼女の部屋を覗き込むが、部屋はもぬけの殻だった。 再び馬小屋に戻り、馬の数が減っていないか確認する。馬は減っていないようだったが、代わりに分解されたと思われる馬具の残骸が落ちているのに彼は気付いた。 グリフォンから降りて金具の一つを拾い上げ、これがルイズと何か関係するのだろうかと考えていると、生徒が1人凄い勢いで走ってきた。 ワルドは昨日、品評会でその生徒を見たのを思い出した。確かギーシュ・ド・グラモンとかいう名だ。 グラモン家は戦場で何度か見たことがある。いつも実力不相応な戦力を率いては、見栄えを優先した戦陣を敷き、それなりの戦果を挙げてはいた。 ただ、どう考えても金の使い方を間違ってるとしかワルドには思えなかった。自分なら、もっと安上がりに同等の結果を出せる。 とはいえ、金の払いはいいので、傭兵たちからの評判はそう悪くなかった。実際、ワルドもグリフォン隊を率いる前に一度グラモン元帥の元で働いた事がある。 その時の報酬は、今の地位についた彼の給料――役職手当を含む――を若干上回っていた。 あんなに羽振りが良くて、よくもまあれだけの領地でやっていけるものだとその額を数え終わったワルドはその時舌を巻いた。 「はあっ、はあっ……、…くそ、遅かった…」 「おはよう。どうかしたのかね?」 「こ、これは…、子爵、どの……」相手がワルドだと気付いたギーシュは、息が上がっているのも構わず、敬礼の動作を取った。 「休んでくれ給え」形式的に敬礼を返したものの、ワルドはすぐに相好を崩した。「もしや、ルイズの事かね?」 「そうです。ぼくの使い魔が彼女らを見たので、急いで馳せ参じたのですが……」 「彼女ら、だって?」 「使い魔も一緒です。彼女は、使い魔に乗って飛んで行きました」 「確か、彼女の使い魔は…」 「ソンゴクウ、という……」ギーシュは言いよどんだ。「…平民です。生徒の中には『天使』という者もいますが」 ワルドは昔読んだ『イーヴァルディの勇者』を思い出した。 その本に出てくる主人公の頭にも、光る輪が浮いていた気がする。そしてその本で主人公は『天使』と呼ばれる存在だった。 それが何を指すのかワルドには判らなかったが、後にその本が焚書の憂き目に遭った版だという事を知ると、恐らくブリミル教の信奉者にとって目の上の瘤となる描写があったのだろうと彼は結論付けた。 「随分と古い表現だな。昔読んだ本に、そんな事が書いてあった気がする」 「『イーヴァルディの勇者』ですか?」ギーシュは微笑んだ。「貴方のような方が、あんな御伽噺をご存知とは思いませんでした」 「誰にだって子供時代はあるさ。それより、ルイズの事だが、何で君がそれを知っている?」 「ぼくのヴェルダンデが目撃したんです」 「君の…誰だって?」 ギーシュは足で地面を数回叩いた。すると、叩いた場所の地面が盛り上がり、やがて小さい熊ほどもある大きさのジャイアントモールが姿を現した。 ふにゃっと表情をだらしなく緩めたギーシュがモグラの傍らに膝をつき、ほおずりしながらモグラの喉元を撫でさすった。 まるで○ツゴロウさんだ。 「よーしよしよしよしよしいい子だヴェルダンデ! ああ、ぼくの可愛いヴェルダンデ! やはり君は最高の使い魔だあーッ!」 「…………」 「ごほーびをやろう! よくできたごほーびだ! どばどばミミズ2匹でいいかい?」 モグモグモグ、とヴェルダンデと呼ばれたモグラが鼻を鳴らす。 「3匹か? どばどばミミズ3匹欲しいのか! 3匹! このいやしんぼめッ!」 「…あの………」 「いいだろう3匹やるぞ! レッツゴー3匹!」 「おーい……」 懐から太さが2サントはありそうな巨大なミミズを取り出すと、ギーシュはそれを宙に放った。 ヴェルダンデが図体に似合わぬ俊敏さで飛び上がり、空中で全てのミミズを一息で咥える。 着地と同時にねちょねちょと咀嚼するヴェルダンデに、再びギーシュが擦り寄った。 「よーしよしよしよしよしよし! 立派に取れたぞヴェルダンデ!!」 再びモグラの喉元をナデナデし始めたギーシュに、ワルドは無言で杖を抜くと、軽いエア・ハンマーをかました。 「ぶぎぉッ!?」 「そろそろ本題に入りたいのだが」 「はっ、申し訳ありません」 「…なるほど。では私は相当出遅れてしまったようだな」 ギーシュを介してヴェルダンデから一部始終を聞いたワルドは、再びグリフォンに跨った。 拍車をかけ、グリフォンが一声鳴いて学院の門の方向へ向き直ると、ギーシュが遅れじと追いすがった。 「子爵! ぼくも連れて行って下さい!」 「君を?」 「アンリエッタ姫から仰せつかった任務の事でしょう?」 「何の事だね?」 「隠し立てする必要はありません。ぼくも昨夜、ルイズやアンリエッタ姫と一緒にいました」 ワルドは考えた。アンリエッタ姫からは、この貴族の少年が同行するとは聞かされていない。 かといって、今から姫の所に行って問い質すわけにも行かない。そんな事をしている間にも、ルイズとその使い魔はアルビオンに刻一刻と近づきつつある。 とりあえず連れて行っても邪魔にはならないだろう。いざとなったら捨てればいいだけの話だ。 「……なるほど。そういう事なら一緒に行こう。だが残念ながら僕のグリフォンは一人乗りでね。君には馬に乗って行ってもらわなくてはならない」 「ご安心を! 乗馬には自信があります!」 「いやそういう問題じゃない。僕のグリフォンとそこいらの馬とじゃ、航続力に差があり過ぎると言いたいんだ」 「…ぬ、ぬう……」 「僕は一刻も早く2人に追いつきたい」 「そういう事なら、考えがありますわ」 不意に、頭上から声がした。 ワルドとギーシュがその方向を仰ぎ見ると、青い風竜に乗った燃えるような赤毛と透き通る水のような青毛の生徒がこちらを見下ろしていた。 キュルケとタバサである。 「キュルケじゃないか! 何でここに!?」 「あんたと同じよ。ルイズとゴクウが何かやっていたのを見たから、急いでタバサを叩き起こしてやって来たのよ」 結局間に合わなかったけどね、とキュルケは手のひらを上にして肩をすくめた。 いつもなら、キュルケの頼みとあれば自分の着衣など二の次で協力してくれるタバサが、悟空絡みだと知るや、自分の身支度が済むまでは頑としてシルフィードを呼ぼうとしなかったためだ。 更なる闖入者の出現に、ワルドは自分のペースが崩されていくのを感じた。何か、こいつらを都合よく置き去りにする手段はないものか、と熟考する。 やがて一つのアイデアが浮かんだ。 ラ・ロシェールで待機させている『偏在』に、足止めのための傭兵を雇って送らせる。 幸い、ラ・ロシェールで傭兵に事欠くことはない。とりわけ、ここ最近はアルビオンの王統派に就いていた連中が、雇い主の敗北によって職にあぶれ始めている。 それでも駄目なら、当初の滞在予定地であったラ・ロシェールに一旦全員を集めておき、そこをマチルダに襲わせて時間稼ぎをさせよう。 ワルドは『偏在』に「思令」を送った。 少々回り道になるかもしれないが、ルイズ達だってアルビオンに辿りつくまでには数日かかる。 それに、ラ・ロシェールはアルビオンに行く上で――空から行くのではない限り――地理的にどうしても避けては通れない町だ。上手く行けば、合流できるかもしれない。 くいくい、とマントを引っ張られる感覚に、ワルドは我に返った。 ヴェルダンデが、ワルドのマントを引っ張って注意を引いていた。ギーシュ達がこちらを見ている。 「子爵?」 「あ、ああ、すまない、考え事をしていた。何だい?」 「ぼくはタバサの使い魔に乗って、『彼女らと一緒に』行く事になりました。同行を許可願います」 「それは構わない。確かに、風竜なら僕のグリフォンに遅れを取ることもないだろうね」 ギーシュがヴェルダンデに擦り寄り、涙と鼻水を垂らしながら別れを惜しむ。シルフィードに乗っていく以上、ヴェルダンデは一緒に連れて行けない。 ルイズに遅れること30分、ワルド達一行がトリステイン魔法学院を後にした。 アンリエッタは出発する一行を学院長室の窓から見つめていた。 出発早々、早くも足並みが揃っていない。しかも余計な荷物付きときた。 あの3人の身柄と実力はオスマン氏が保証してくれた。なるほど、ルイズと一緒にあのフーケを捕らえた生徒たちとあれば、戦力として多少は心強い。 だが、任務の目的は戦う事ではない。隠密裏に手紙を回収する事だ。 派手に立ちまわってしまい、王族達に目をつけられてしまってはたまったものではない。 そして、そんなアンリエッタの頭を更に悩ませる報告が、コルベールによってもたらされた。 捕らえた筈のフーケが、脱獄したというのだ。 取り乱し、禿頭を汗で光らせるコルベールとは対照的に泰然自若としたオスマン氏が、アンリエッタには羨ましく感じられた。 「大丈夫かしら、本当に……」 「既に杖は振られたのですぞ。我々にできる事は、待つ事だけ。違いますか?」 「そうですが……」彼女の心中を察したかのようなオスマンの問いかけに、アンリエッタの顔に浮かぶ憂いの色が濃くなった。 「なあに、彼ならば、道中どんな困難があろうとも、やってくれますでな」 「彼とは…?」 「ミス・ヴァリエールの使い魔。…姫は、始祖ブリミルの伝説をご存知かな?」 「通り一辺のことなら知っていますが……」 「では、『ガンダールヴ』のくだりはご存知か?」オスマン氏がにっこりと笑った。 「始祖ブリミルが用いた、最強の使い魔の事? 確かにルイズの使い魔は力がありそうですが、だからといって彼が…?」 「いやなに」 おほん、とオスマン氏は咳払いをした。 『ガンダールヴ』の事は自分の他には数えるほどしか知るものはいない。アンリエッタが信用できない訳ではないが、まだ王室のものに話すのは早い。 少々喋り過ぎたとオスマン氏は思った。 「とにかく彼は『ガンダールヴ』並みには扱えると、そういうことですな」 「はあ」 「それにここだけの話、彼はどうも異世界から来たようなのです」 「異世界?」 「そうですじゃ。ハルケギニアではない、どこか。『ここ』ではない、どこか。 そこからやってきた彼ならばやってくれると、この老いぼれは信じておりますでな。 余裕の態度も、その所為なのですじゃ」 「そのような世界があるのですか……」 アンリエッタは、遠くを見るような目になった。 異世界。何とも不思議な魅力に満ちた響きがある。 (そこでは魅力的な殿方同士がくんずほぐれつイヤンバカンそこはアッー!な世界だったり……。うふ、うふふふふふ…………) アンリエッタの妄想力が10上がった。 アンリエッタの腐女子度が17上がった。 アンリエッタの威厳度が3下がった。 「見えてきたわ。あれがアルビオンよ」 「へーっ、でっけえなぁー!」 見渡す限りの白い雲海。右を向いても左を向いても真っ白けっけじゃござんせんか。 時おり見える切れ目の向こうに、浮遊大陸アルビオンが姿を現した。 巨大な島だ。それが、文字通り空中に浮かんでいる。 「驚いた?」 「ああ、オラのいた所にも似たようなのはあったけど、こんなにでっけえのは初めて見たぞ」 「浮遊大陸アルビオン。ああやって、空中を浮遊して、主に大洋の上をさ迷っているわ。 でも、月に何度か、ハルケギニアの上にやってくる。大きさはトリステインの国土ほどもあるわ。通称『白の国』」 「よく知ってんなあ」 「前に、姉様たちと旅行で来た事があるのよ。だからここの地理には明るいわ」 悟空はアルビオンの上方へと移動した。陸地の広さから、神様の神殿とは比べ物にならないサイズである事が見て取れる。 ただし、神殿はカリン塔から如意棒を用いてこの世と接続しない限り、普通に飛んでいっても跳ね返されてしまい、辿りつくことはできない。 そもそもあの神殿は単に浮力で浮いている訳ではないので、このアルビオンとは比較のしようがなかった。 「それで、どうすんだ?」 「とりあえず王党派に接触しないとね。でも問題はそれをどうやるかなんだけど……」 その時、何かに気付いた悟空が再び移動を始めた。 大陸の外周を海岸線に沿って回っていく。 「どうしたの?」 「あっちの方から変な音が聞こえんだ」 「変な音……? …あ、本当だ」 確かに悟空の言う通り、時おり地鳴りのような音が聞こえてくる。 この先には何があったっけ、と考えたルイズは、程無くしてそれがニューカッスル城である事に気付いた。 アンリエッタによれば、ウェールズ皇太子はあの城の付近に陣を構えているらしい。 嫌な予感がする。 やがてニューカッスル城が目視できる範囲に近づいて来たとき、その音の原因を知ったルイズは息を呑んだ。 巨大な船が、大陸から突き出た岬の突端にあるニューカッスル城目掛けて砲撃を加えている。 帆を何枚もはためかせ、無数の大砲が舷側から覗いており、艦上には竜騎兵が徒党を組んで舞っていた。 再び一斉射。夥しい量の火薬を瞬時に消費するため、大気がビリビリと震え、顔面に見えない壁がぶつかってくるような錯覚を覚える。 「妙だな…大して効いてねえみてえだ」 「え?」 放出された熱に当てられて火照った顔を手のひらで拭ったルイズは、悟空の言葉でニューカッスル城を見た。 確かに悟空の言う通り、一斉射の割には被害が軽いように見える。 城壁や尖塔の頂点など、戦略的にあまり意味のない所ばかりを狙っているように思える。何処にも着弾せず、空しく空を切って行く弾もあった。 「そうね…。もしかしたら威嚇のつもりなのかもしれないわ」 「あの船に行ってみるか?」 「……いえ、やめましょう。もしかしたら貴族派の連中かもしれないし」 ルイズの予感は当たっていた。 この船の名は ロイヤル・ソヴェリン という。艦隊登録番号NCC-73811。ソヴェリン級巡洋艦の1号艦で、かつてのアルビオン王国艦隊旗艦だった。 それが今は、 レキシントン と名を変え、艦隊登録番号もNCC-61832に書き変えられ、貴族派の力の象徴としてその身を大空に誇示している。 と、悟空の腹が鳴った。 「ルイズ~、オラ、腹減った」 そういえば、起きてから何も食べていない。 言われて初めて、ルイズは自身も空腹を覚えている事に気付いた。 「もう少し我慢しなさい。手紙を皇太子に渡して、姫さまの手紙を貰えば後でいくらでも…」 ぐう。 今のはルイズの腹の虫だ。 「…………」 「…わ、わかったわよ! わたしもお腹空いてるのは認めるからそんな道端に捨てられた哀れな子犬のような目で見ないで!! しょうがないわね、は、腹が減っては戦ができぬとも言うし…。ひとまず降りて。近くにラ・ロシェールの町があるから、そこで何か食べましょう」 魔法学院を出て以来、ワルドはグリフォンを疾駆させっ放しであった。 随伴するギーシュ達が乗っているのが風竜だったのは僥倖だった。馬なら、とっくの昔に置き去りにされている。 先程『偏在』から、マチルダが無事に傭兵を雇ったと報告を受けた。二個小隊分の人数を、しかも言い値でだったので流石に値が張ったが、致し方あるまい。 ひとまず、片方をラ・ロシェールの入り口付近の峡谷に待機させておく。 あの辺りの崖は高い。風竜に乗っていても、谷底を縫うように移動させていれば上からの攻撃には対処できないだろう。 今のペースで行けば、夕刻にはラ・ロシェールに到達できそうだ。 「ん?」 その時、再び『偏在』から報告が入った。 内容を聞いたワルドは、驚きのあまりグリフォンから転げ落ちそうになった。 ルイズと使い魔が、ラ・ロシェールに現れたというのだ。 馬鹿な。いくら何でも速過ぎる。 ワルドは地面を見た。伸びた影の長さから推測するに、まだ昼飯時にもなっていない。 自分の風竜でさえ、こんなにも短時間でトリステインからラ・ロシェールまで飛んで行くことはできない。 昨日、あれほど心構えをしていたにも関わらず、未だにルイズの使い魔の能力を過少評価していた事を思い知ったワルドは身震いした。 何という男だ。常にこちらの予想の数手先を行っている。あの使い魔については、どんなに過大評価してもし過ぎる事はないようだ。 頭の中で練っていたプランに変更を加える。今ある手駒を最大限に活用し、最も有効と思える手を見出さなくてはならない。 こういった事はワルドの専門外だったが、今更悔やんでも仕方ない。 ワルドは、『偏在』に再び「思令」を出した。 ラ・ロシェールの一角にある居酒屋『金の酒樽亭』。 その名の通り、酒樽を模した看板と、いつも喧嘩によって壊れた椅子の残骸が、入り口の扉の隣にうず高く積み上げられているのが目印だ。 中はいつも、傭兵や、一見してならず者と思われる風体の連中でごった返している。 特に最近は、内戦状態のアルビオンから帰ってきた傭兵達で満員御礼であった。 そして、その酒場の隅にある席に、この場に似つかわしくない二人組がいた。 一人は長身の男で、白い仮面を着け、全身を黒いマントで覆っている。 もう一人は女で、目深に被ったフードにより表情はわからないが、そこから覗く顔の下半分だけでもかなりの美女である事が見て取れる。 女はフーケであった。そして相対する男は、彼女を脱獄させた張本人である。 男が仮面を外した。その下から覗く素顔を初めて見たフーケは、ほう、と感嘆の息を漏らした。 「あんた、意外と美丈夫じゃないか」 「計画が変わった」 男はワルドだった。正確には、ワルドの『偏在』だった。 「何があったんだい?」 「ルイズとその使い魔が、この町に来ている」 「ごぶ!」 フーケは口に含んだエールを吹いた。炭酸が鼻腔を刺激する。痛い。 向かい合って座っていたために、飛沫を顔面に浴びたワルド(偏在)は、無言で懐からハンカチを取り出し、顔を拭った。 「汚いな」 「しゃがますね!」ついアルビオン訛りが口をついて出る。「…予定より随分と早いじゃないか」 「手違いがあった。あの2人は一足先にトリステインを出発していたらしい」 「それにしたって、この早さは尋常じゃないよ」 そこまで口にしたところで、フーケはあの使い魔の能力を思い出した。 いくら逃げても、フーケの向かう先に必ず回り込んでくる超スピード。 例えフライを唱えていたとしても、詠唱混みであの速度で動き回る事は不可能に近い。 「…で、どうするんだい?」 「先手を取って迎えに行く。土くれ、貴様も一緒に来い」 「わたしも?」 「足止めのためだ。世間話でもして気を引け。貴様は今からこの私の保護観察下に置かれている事にする」 「傭兵はどうするのさ?」 「そっちの計画は変わらん。いざとなったら頃合を見計らって始末してしまえばいい」 「……しょうがないねえ」 席を立ったワルド(偏在)のあとをついて歩きながら、フーケは考える。 (こいつ、平静を装っていながら意外と行き当たりばったりで動いてんじゃないだろね?) 悲しい事に、その考えは正しかった。 NGシーン ルイズの予感は当たっていた。 この船の名は ロイヤル・ソヴェリン という。艦隊登録番号NCC-73811。ソヴェリン級巡洋艦の1号艦で、かつてのアルビオン王国艦隊旗艦だった。 それが今は、 エンタープライズ と名を変え、艦隊登録番号もNCC-1701-Eに書き変えられ、未知の世界を探索して、新しい生命と文明を求め、 人類未踏のサハラへ勇敢に航海している。 ルイズ「って作品変わってるし!?」 前ページ次ページサイヤの使い魔