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前ページ次ページ鋼の使い魔 ヴェストリ広場は本来、野外で行う実習等のために設えられた場所で、四方を学院の壁に仕切られてはいるものの、それは かなり広く場所がとられている。 敷石が広場の地面を覆い、部分的に植え込まれた樹木が影を作っている。 昼食後の和やかな時間。本来であればヴェストリ広場にもそのような時間が訪れるが、今日は熱気を伴った野次馬が 輪を作って何かを期待している。そして、その輪の中心にギーシュが立っていた。ご丁寧にパイに塗れたシャツを着替えている。 キュルケもまた、他の野次馬と同じように『ルイズの使い魔とギーシュのやり取り』に興味を持ち、広場にやってきたのだが、 野次馬の中に混じることはなく樹木の陰に寄りかかり、騒がしい喧騒を眺めていた。 キュルケの傍には空色の髪を短く揃えた少女が座り、自分の身長よりも長い立派な杖を樹木に立てかけ、静かに本に目を落としている。 彼女の名は、タバサ。キュルケとは友人の誼を持ち、この度もギーシュの騒ぎについてくるようにキュルケに引っ張り出された次第だ。 彼女はこのとき、ギーシュのやり取りにも、ルイズの使い魔の男にも興味がなかった。彼女にはそんなことに時間をとられたくは なかったのだが、他ならぬキュルケの頼みであれば無碍にも出来ないのだった。 やがて広場に一人の人影が入ってくる。華奢な体躯に流れるチェリーブロンドが誰の目にも、それがこの騒動の一端を担う ルイズ・ヴァリエールであることが知られた。 「ハァイ?」 キュルケは野次馬の団体にルイズが飲み込まれる前に声をかけて呼び寄せた。キュルケからすればあの野次馬と化した生徒たちは、 無粋に過ぎてつまらない。それくらいなら自分でルイズの相手をする。そう考えるのだ。 「随分な騒ぎになっちゃったわね。使い魔の彼は?」 「知らないわよ!聞く耳持たないんだもの」 ルイズとて本当は気が気ではないのだ。ギュスターヴは明らかに激昂していた。それはギーシュに見下されていた私や、 無抵抗のまま言葉に打ち付けられたシエスタを庇い、守ろうとしたことが原因であると思っていたから。 もしこのままギーシュにギュスターヴが殺されかねないようなことがあれば、ルイズは身を挺してギュスターヴを守るつもりだった。 何も出来ない主人としては、それくらいしか出来ないという後ろ向きな理由もあった。 広場出入り口から人影が二つ。一方はうつむいたまま歩くメイドと、その後をついて歩く男の二人。 「ごめんなさい……」 「気にするな」 「ごめんなさい……」 シエスタはただただ謝った。それはギーシュに対してなのか、ギュスターヴに対してなのかわからない。 広場の中心に達した二人。ギーシュは手で払ってシエスタを下がらせる。シエスタが観客の輪から締め出されると、いよいよ待ちに待ったと 観客の生徒たちが沸き上がった。 「逃げずに来たことを褒めてあげよう平民の使い魔君。準備をするらしいと聞いていたけど、まさかその腰のものでどうにかしようというのかね?」 ギュスターヴは食堂を出てルイズの部屋に行き、自分の部屋から短剣を引っ張り出し腰のベルトに挿していた。 鎧は付けず、布服のままだった。 「さて、ただ弄りつけられるのも不愉快だろうから、ルールを決めようじゃないか。簡単なことだ。僕から参ったといわせるか、 杖を奪うかできれば、君の勝ち。どうだね?」 「お前の勝ちはどうやって決めるつもりなんだ」 憤怒のまま話すギュスターヴが滑稽だとばかりに観客から笑い声が沸き起こる。 「平民がメイジに勝てるわけがないだろ!」 「生意気な平民を懲らしめろ、ギーシュ!」 ギーシュは観客の声を後に冷淡に答える。 「そういうことさ。貴族の前で出しゃばった真似をしたことを後悔するといい」 ギュスターヴは深く息を吸い、吐き出す。今、心静かに屹立する。亡き大将軍ネーベルスタンは、怒りの剣を諌め、剣を振るう時は 無心にならねばならないと、嘗てギュスターヴに話していた。 腰の短剣に手をかける。持ってきてはいたが、これを本当に抜くかどうかは未だ決めかねていた。こちらの魔法とはアニマの術と大きく違う。 アニマのそれであれば鋼の刀身を盾として間合いを詰めればよいが、ハルケギニアの魔法が戦闘でどのように使われるのか、 ギュスターヴはまだ知りえていないのだから。 「では、始めようか!」 あくまで格好付けて構えるギーシュの声に、観客が応える。 対してギュスターヴは構えない。 「僕は魔法を使う。君がその腰の剣を使うようにね。文句はないだろう?」 「一向に構わん」 ギーシュが手の造花を振ると花弁が敷石に落ちる、すると敷石が花弁と共に盛り上がって人形を成していく。 「僕の二つ名は『青銅』。青銅のギーシュ。君の相手は僕のゴーレム『ワルキューレ』がお相手しよう」 ワルキューレと呼ばれた青銅の人形は、甲冑を固めた女性の姿をし、拳を構えて素立ちのままに見えたギュスターヴに突進した。 恐らく重さにして普通人の3倍はあるだろうワルキューレの拳がギュスターヴの鳩尾を狙って振り込まれる。 ワルキューレの拳がギュスターヴの前方一歩半まで迫った時、ギュスターヴは動いた。左足を踏み込み腰を落とし、握りこまれた ギュスターヴの素拳が無防備に晒されたワルキューレのわき腹に叩き込まれる。 攻撃に失敗したワルキューレは、ギュスターヴから受けた打撃により吹き飛ばされ、2メイルほどの距離を開けたが、たたらを踏むように よろめくも踏ん張った。その腹にはギュスターヴの拳の痕がくっきりと残っている。 (『カウンター』ではしとめられないか……) ギュスターヴはギーシュが『自分は青銅を使う』と暗に示し、ゴーレムを精製した時に剣を抜かずに仕留めることを考えた。 以前よりギュスターヴは剣技を補う程度の体術を師シルマールから習っていた。青銅の人形が一つ程度なら剣を抜かずに 倒すことができると踏んだのだ。 ついに始まったギーシュとギュスターヴの決闘――いや、本質的には私闘(リンチ)であるが、ギーシュも、観客の生徒たちも そのような自覚はなかった――を、少し離れた場所から見ているキュルケ、ルイズ、タバサ。キュルケは決闘から視線を外すと、 広場の出入り口の影に隠れるようにしている若草の髪を見つけたが、興味もなかったので視線を戻した。 「彼、どうして腰の剣を抜かないのかしら?まさか素手でメイジに勝てると思ってるわけ?」 「知らないわよ。ギュスターヴは荷物のことでなにも教えてくれなかったし」 以前からルイズはギュスターヴの身に着けていた品々についてギュスターヴに聞いてみたことがあったが、いくつかの貨幣らしき コインを見せてくれたくらいで、身に着けていた武具、特にあの短剣については、何も聞き出すことが出来なかったのだ。 「きっと何か特別な武器なのね。切り札を残して戦うなんて余裕があるのね」 そうだといいんだけど。ルイズにはそうは見えなかった。 ギュスターヴとワルキューレが何合か打ち合って、既に決闘開始の声から数分が経過した。 ギュスターヴは突進してくるワルキューレに対してその重さを利用するように『カウンター』を何度か叩き込み、その度にワルキューレは 弾かれてよろめくのだが、痛み感じぬ人形であるがために何度も同じように突っかかり、また同じように弾かれてを繰り返していた。 そのためワルキューレは既にギュスターヴの拳でぼこぼことへこみを体のパーツのあちこちに作っていたが、それ以上に ワルキューレを操っているギーシュを苛つかせた。 (なんなんだこの男は…武器を持ってきたかと思えば、ワルキューレに素手で戦い、しかも持ちこたえている) 本来なら弄りに弄って気分爽快といきたかったのに。予想外のフラストレーションが溜っていく。そしてそれが徐々にワルキューレの 操作を単調な大振りなものに変えていくのだが、ギュスターヴはそれを見逃さなかった。 三度ワルキューレの突進。今度は助走距離が長い。振りかぶった拳は石壁を易々と砕き、五体に当たれば最悪死が待っているだろう。 しかしそれゆえにそのモーションは単純過ぎた。ギュスターヴは初めて自分から接近した。初めてだからこそ、ワルキューレは対応できずに そのまま動いた。青銅の拳が虚しく宙を斬り、振り切った上体が戻るまで全身を無防備に晒した。 「……『正拳』!」 間合いはまさに乾坤一擲の距離。握りこんだギュスターヴの拳がワルキューレの胸を突く。戻りかけの上体の運動が合さり、 『正拳』の威力によってワルキューレの上体が吹き飛んだ。既に数度の『カウンター』を受けてワルキューレを構成する青銅自体が 脆くなっていたためである。吹き飛んだワルキューレの上半身は小さな放物線を描いて落下、その衝撃で粉々に砕け散った。 一拍置いて残された下半身がどさりと倒れる。 おお、とどよめく観客。何も出来ぬ平民が素手でゴーレムを倒したことに率直な驚きが巻き起こった。 「これで勝負あったな」 ギュスターヴの言葉にすこし笑い声が反応として観客から返ってくる。訝しむギュスターヴ。 その証左にギーシュの目から戦意が消えていない。むしろ静かに、燃えていた。 「……いやぁ。ご苦労ご苦労。平民の分際で、しかも素手で僕のワルキューレを破壊するとは。正直驚いているよ。しかしだ……」 ギュスターヴは嗅ぎ取った。さっきまでの洟垂れ小僧とは少し様子が変わった。今までの遊んでいた気分がなくなり、目に鋭さが混じっている。 「それもここまでだ。言い忘れていたが、僕が連続で作り出せるワルキューレの数は1体だけじゃない。したがって……」 ギーシュは始めと同じように造花を振るった。落ちる花弁は三枚。即ち。 「次は3体でお相手しよう。まぁ、頑張りたまえ。平民君」 オスマンはその時、学院長室のデスクで食後の一服を肺腑に行き渡らせながら書類の字列を眺めていた。書類は在校生、及び卒業生の 親元へ届ける授業料の督促状に関するものだった。貴族というのはとかく外見を気にかけ、そのために財政を逼迫、没落させることも珍しくない。 煌びやかな見た目とは裏腹に生活は慎ましいものだったりするが、組織経営のためには無慈悲といわれようと厳格に徴収せねばならない。 でなければ、所詮公機関のひとつでしかない学院の中立性は財政支援の美名に損なわれてしまう。 そんな具合にオスマンが灰色の頭脳を巡らせていると、部屋のドアをドンドンと激しく叩く音がする。オスマンの脇にいて 応対等雑務を担当している秘書、ミス・ロングヒルが尋ねた。 「ここはトリステイン魔法学院で最も静かでなければならない場所です。そこを不躾に問い叩くものは誰ですか」 「コルベールです。火急の用件です。どうか中へ入れてください」 どうしますか、というロングヒルの視線に応えるオスマン。 「入りなさい。コルベール君、火急の用事とはなんじゃね」 ばったん、と勢い良く両開きのドアが開かれ、息切って駆け込むコルベール。その広くなった額には玉の汗が浮かんでいる。 「ヴェストリ広場で生徒たちが決闘騒ぎを起こしています!教師達が『眠りの鐘』の使用許可を貰いたいと言って来ております」 「子供の喧嘩如きで何を騒いでおるのかのぅ、コルベール君。それよりも、授業料を滞納する親達からうまい具合に財布を開かせるための 名文句の一つでも考えてもらいたいもんじゃ」 オスマンは興味無さ気に言うと、再び書類と向き合おうとした。教師達は概ね優秀だが、いかんせん魔法の力を過信しすぎる面、自らの属性を過大評価する面があり、 そういった意味でオスマンはコルベールを買っていた。 そのコルベールが所在無くデスクの前に立っている。気のいい彼のことだ。何らかの言質が無ければ他の教師達から非難されるのは間違いない。 オスマンはコルベールから言葉を引き出す。 「しょうがないのぅ。で、決闘騒ぎの中心は誰じゃ?」 「2年のギーシュ・ド・グラモンです」 はぁ、と口から煙を吐いてげんなりとした様子でオスマンは言う。 「グラモンの子倅か。あそこの一族は色恋が好きな連中じゃからのぅ。おおかた女の取り合いか何かなんじゃろ。相手は誰かね」 「そ、それが……」 言葉を濁すコルベール。その視線はオスマンとロングヒルを往復しながら、額の汗が増えていく。 「ミ、ミス・ヴァリエールの……使い魔です…」 少し震える声で答えるコルベールの言葉に、オスマンの眉尻が上がった。 「ほぅ。例の彼か」 「はい。……それで、『眠りの鐘』は…」 それっきりオスマンは少し黙りこんだまま、パイプを何度か吹かした。パイプを置いて肺の中の煙を吐き出すと、ロングヒルの目を見て言った。 「ミス・ロングヒル。教師たちに伝えてきてくれんかの。『眠りの鐘はひとまず使わぬ』と。コルベール君。君はここに残りなさい」 「はい」 「わかりました」 ロングヒルは立ち上がって学院長室を出て行き、それを見送るオスマンは杖をとり、ドアを閉めた。 「ミスタ・グラモンはドットとはいえ同じレベルでは優秀なメイジです。魔法の使えぬ彼では危険です」 「しかし彼はガンダールヴである『かもしれない』といったのは、君じゃったろう」 しかし、と言葉を続けようとしたコルベールを制止して、オスマンは部屋に飾られた鏡に向かって杖を振る。 鏡はやがて像を結ぶが、それは部屋の風景ではなく、ヴェストリ広場を比較的近くから鳥瞰するものだった。 「彼がガンダールヴかそうでないか。それがわかるかもしれぬ。それを判断してからでも『眠りの鐘』は遅くはあるまいて。違うかの?」 オスマンの深い瞳に、言葉の出ぬコルベールであった。 ヴェストリ広場で始まった決闘は、一度はギュスターヴに勝利が握られたかに見られたが、観衆の予想通り、ギーシュのワルキューレ3体が ギュスターヴをいたぶる光景になろうとしていた。 ギーシュが精製した新たなワルキューレ3体の内、一体は始めと同じ素手だったが、一体は槍を番え、一体は棍棒を握っていた。ギーシュは学習した。 あの男は並みの平民より強い。そして恐らく頭もいい。であれば、こちらは手数で攻めてしまえばよいのだ。たとえ多少腕に覚えあろうと 三対一の連携攻撃を受け続ければ疲弊の果てに無防備な肉体を晒し、彼が倒した最初のワルキューレのように吹き飛ばすことができる。 ギュスターヴは迫り来る三種の攻撃を避け、すり抜け、捌く。何度か『カウンター』を決めるが、その度に視界の外側から迫り来る他二体のワルキューレの攻撃を 紙一重でかわす。それが次第に蓄積し、つい一瞬前には棍棒の先端が腋を掠って布生地を持っていった。 鬱陶しい。平民の分際で。この僕を虚仮にした罰だ! 「やれ、ワルキューレ!『槍』と『棍棒』の連携だ!」 槍を水平に構えたワルキューレが、敷石を打ち鳴らして突進する。槍の重さを合わせればまさに恐怖すべき威力がそこに秘められている。 (立ち止まると危険だ!) ギュスターヴも駆けた。短剣を抜けば勝機はある。しかし抜いて構えるまでこの小僧は待ったりなどしないだろう。ならばこちらから踏み込んで 少しでもダメージを減らすしかない。 槍がギュスターヴの腹を狙って飛んでくる。ギュスターヴは斜めに飛び、速度を殺さずに避けようとしたがその時、槍のワルキューレの影から飛び出してきた 棍棒のワルキューレが上体を捻って構えているのが見えた。 フルスイング。棍棒のヘッドスピードは槍の威力にも負けないだろう。ギュスターヴも速度が乗っている状態、姿勢が安定しない。『正拳』で肩を叩けば スイングに負けてワルキューレが明後日の方向に飛ぶ筈だが、上半身が浮き上がっている今は無理だ。間合いが足りないのを承知してギュスターヴは拳を握って 『カウンター』を突き出す。 衝撃音が二つ。一つはギュスターヴの拳が棍棒のワルキューレの頭部を打った音。しかし間合いがわずかに足りず、ワルキューレの顔が無様にへこんだのみ。 もう一つは、ワルキューレが振った棍棒がギュスターヴのわき腹を打ち据えた音だ。柔らかい何かが詰まった袋を叩いた音の中に硬いものが砕けた音が混じる。 幸いだったのは、『カウンター』で踏み込んだため、加速の乗った先端をかわしたことだろう。 「ぐぅ!」 ギュスターヴの口から呻きが漏れた。その時ギーシュ・ド・グラモンは、湧き上がる黒い喜びに耐えられず。嗤った。そして傍に控えていたワルキューレを動かし、 腰を折ったギュスターヴに蹴りを入れようとするが、とっさにギュスターヴが飛びのき、それは不発に終わった。 後ろへ飛んだギュスターヴ。それに合わせて輪を作る観衆が退き、輪が乱れる。飛んだ先には壁だ。いよいよと差し迫ったかと余裕を浮かべ、ワルキューレの陣形に 守られたギーシュが近づく。 「君も強情な男だ。参ったといえば許してやろう。それとも、腰のものを抜いてまだやるかね」 「……お前のような糞餓鬼に、使うものじゃない」 「なら、なぜこの場に持ってきたのだい」 「……ごろつきと会わなきゃいけない時の、お守りだからさ」 なんて、男だ。 ギュスターヴは笑った。まるでなんて事は無い、というように。 それがギーシュの、高ぶった黒い感情を逆撫でた。この男はこの場において尚、僕に、貴族に怯んだりしていない。 苛々する。 「魔法も使えぬ平民如きが、これ以上貴族を馬鹿にするなら、命を覚悟してもう!」 三体のワルキューレが構える。もう一度連続で攻撃すれば、もはや物言うことも叶わぬだろう。 ギュスターヴも呼吸が苦しいものの、黙って攻撃されるつもりもない。拳を握って構えるが、不安げな空気が漂う。 と、張り詰めた二者の間に小さな影が飛び込んでくる。なびくチェリーブロンド。 「もうやめなさい!ギーシュ、もう気は済んだでしょ?」 ルイズはもう、我慢の限界だった。このままではギュスターヴが死んでしまう。自分が呼び出した無二の使い魔がなぶり殺しにされてしまう。その一念が ルイズの体を跳躍させ、二人の視界に割って立つ。 「おや、ゼロのルイズ・ヴァリエール。お気に入りの使い魔が傷つけられてご立腹かね?」 「そんなんじゃ……ないわけでもないけど、弱者をいたぶるなんて貴族のすることじゃないわ」 ギーシュは顔のぬくもりが引くような気がした。 「それは違うぞ、ヴァリエール」 ちっちっち、と指を振る。 「これは『懲罰』さ。平民は貴族を敬うべきであり、軽蔑や、あまつさえ軽視の念を持つようなことは許されないのさ」 もっとも、と冷ややかな目で、 「魔法の使えない君に貴族の何たるかを問うのは、無駄かも知れないがね」 観客から起こる笑い声。観客となった生徒達は、どこまでも無責任な気持ちでギーシュに追従した。屈強な平民が斃れるのを期待していた。 湧き上がる声の中、言葉がでないルイズ。何が体を張って守るだ。私は何も出来ない。 本当にただの、ゼロ……。 がさり、とルイズの背後から聞こえる。肩に置かれた大きな手。そこに血の通ったぬくもりが感じられる。 「ギュスターヴ!」 「下がっていろ、ルイズ」 ギュスターヴは腰を伸ばしてすっくと立っていた。 彼にも意地がある。もとよりこんな小僧に負ける気など最初から無かったが、目の前に少女が身を出して自分の身を案じてくれた。それがたとえ『使い魔と主人』だから、 という理由だったとしても、彼の矜持はますます負けられないと、燃えている。 右手で短剣を握る。左腕は動かすと叩かれたわき腹が呻って苦しい。鞘から抜き取り、斜に構える。そしてルイズに離れろと目で言った。 「やっとやる気になったかね?精々、平民が精一杯鍛えた牙で抗うがいいさ!」 ギーシュにしてみれば、今更短剣一本でどうにかなるものではあるまい。主人の前で格好付けやがって、と大いにたかをくくっている。 ルイズが飛び込んだことで、観衆の輪が裂けた。木陰に腰掛けていたタバサの視界に、ギュスターヴの姿が初めて映る。 「……鉄の、剣?」 タバサの目に入り込んだのは、不安に腰砕けんか、というルイズの表情でも、ギーシュのゲロ以下の匂いがするような笑い顔でもなく、ギュスターヴの握る、 研ぎ上げられた鋼の刀身だった。正午を過ぎた陽光に照らされて、その光沢は磨かれた鏡の様だ。 「行け!ワルキューレ!」 ギーシュの号令にワルキューレはどこまでも忠実だ。三体のワルキューレは半包囲の形でギュスターヴに飛び掛ったが、構えたギュスターヴもまた、 短剣を構えて飛ぶように駆ける。 「『払い抜け』……」 正面にいた棍棒のワルキューレとニアミスしたかとギーシュには見えた。しかし棍棒のワルキューレは飛び上がったまま着地できなかった。 『落下』と同時に分断されていた人形は、受身が取れるわけも無く砕け散った。 そして振り返ったギュスターヴは、2体のワルキューレが体勢を立て直す前に飛びつく。槍のワルキューレは辛うじて身を守ろうと槍を構えたが、 袈裟斬りにて槍が折れ、絶え間なく二度目の袈裟斬りで胴が割れた。 「『切り返し』……」 残された素手のワルキューレは、自身の間合いに持ち込むべく飛び掛かるが、ギュスターヴは構えを変え、縦横に剣戟を振ると、ワルキューレは 着地する前に砂礫のようになって崩れた。 「『みじん切り』だ」 鍛え上げられたギュスターヴの短剣はまるでバターを切るように青銅の人形に滑り込んでいく。しかしその感覚にギュスターヴはわずかな違和感を覚える。 (青銅にしては当たりが軽すぎる……) 若い頃から剣技の修練を絶えず続けてきたギュスターヴの経験は、かつてこれほどたやすく金属を断った事が無いことを知らせるのだった。 一方、ギーシュは目の前に起こった出来事を認識するのに数拍を要した。先ほどまでの勝利気分が嘘のように、自慢のゴーレムは跡形も無く崩れ去った。 それは最初のワルキューレが倒されたのとはまったく比較にならないほど、完璧に。 「な……なかなか、やるじゃないか……だが、まだだ!」 ふたたび落とされる三枚の花弁、敷石を喰い作り出された青銅人形の手に握られたのは斧、槌、そして剣。 ギュスターヴは踊りかかるワルキューレ達の攻撃を剣で受け、側方へ素早く流した。矢継ぎ早に連携を繰り出すギーシュだったが、ワルキューレの攻撃は どの方向からギュスターヴを襲おうとも、ギュスターヴの握る短剣から逃げられず、その力を散らして虚空を抜けた。 剣の防御技『ディフレクト』でいなし、ギュスターヴは徐々に移動する。それを追いかけるようにワルキューレが迫るが、短剣に阻まれ二度と ギュスターヴに傷をつけることは無い。 「おい、糞餓鬼」 ワルキューレとギーシュは少しずつ追いやられた。壁際まで追い詰めていたものが、また広場の中央まで戻ってきてしまった。 いや、既に……ギーシュの背を見守る観衆のすぐ後ろには、反対側の壁があったのだ。 ギーシュは完全に形勢が逆転しているのを認めなかった。認めたらどうなるか判らない。 散々追い立てた。無慈悲に攻撃した。その報復の影をギュスターヴに感じてならない。それはどこまでもギーシュの妄想でしかないのだが。 「な、なんだ、平民」 ワルキューレがギーシュを守る。密集し、ギュスターヴとギーシュの間に立つが、ギュスターヴは既に相手にする気がない。次の一手が、詰みだからだ。 「お前は魔法に頼りすぎだ……『残像剣』!」 技独特のステップを踏む。闘気が作り出す半実の残像がワルキューレを翻弄する。その光景は、ギュスターヴが幾人にも増えてギーシュには写った。 「へ、遍在?!」 ギーシュの情報処理能力がパンクする寸前、瞬間に全てのワルキューレが唐竹割りに真っ二つになる。 「ひぃ!」 無防備になった恐怖がギーシュを襲う。残像が消えたと同時にギュスターヴが迫る。 とっさにギーシュは手に持つ造花の杖で庇うように腕を伸ばす。ギュスターヴの覇気がギーシュの目に巨大な風を吹きつけるように感じられ、目を瞑った。 ヒュン、鼻先を鋭い風が触れた。 ぽとり、と何かが落ちた気がした。造花を持つ手が軽くなった気がする。 一拍待って、ゆっくりと目を開けたギーシュに写ったもの。それは断ち切られた造花、剣先を突きつけるギュスターヴ。 そして地面に落ちた切り落とされた小指。高ぶった肉体と鋭利な断面は、ギーシュに切断の痛みに泣く瞬間すら奪い取った。 声が出ない。肺がまるで膨らんでくれる気がしない。静かに剣を向けているギュスターヴの瞳をじっと見て、やっと紡げた言葉一つ。 「ま……まいった」 観衆から地鳴りのように湧き上がる声。それはメイジの敗北に驚く声と、平民の健闘を賞賛する声が交じり合った不思議なものだった。 目の前の恐怖が去ったことを認識して、ギュスターヴにルイズが駆け寄ってくる。 「ギュスターヴ!」 「ああ、ルイズ……」 ルイズの姿を見て、短剣を収めるギュスターヴ。 「こんな騒ぎになってしまって、すまなかった」 「へ?」 何を言ってるんだろうこいつは?ギュスターヴの言葉にルイズは即答できなかったが、一拍置いて怒鳴りつけた。 「あ、あんた!騒ぎの殆ど終わってからそういうこと言うわけ?!謝るなら最初からするんじゃないわよ!」 いきなり大きい声を叩きつけられて困惑するギュスターヴは、ほろりと微笑んで 「すまない」 と、一言だけ。 勝者とは一転、緊張の解けたギーシュを最初に襲ったのは、切断された小指の痛みだった。鋭利な切断は本来より与える痛みをいくらか減じているはずなのだが、 そのようなことはギーシュに窺えるわけもない。 落ちた指を恐る恐る拾って広場を後にしようとするギーシュを、後ろからルイズが引きとめた。 「待ちなさい、ギーシュ」 「……なんだね」 ギーシュは振り返らない。ゼロの使い魔に負けたということは、その主人に負けたと同義と見ていい。顔を見せることができようものか。 「負けた以上、あんたには色々と責任をとるべきことがあるんじゃないかしら」 「何のことだか判らないな」 精一杯の虚勢で嘯く。 「とぼけないでよ。発端はあんたの浮気とメイドへの責任転嫁でしょ。ケティって子とモンモランシー、あとシエスタってメイドに謝ってきなさい」 「……分かったよ。敗者に断る道理はないさ……」 とぼとぼと広場を後にする。反故には出来ない。証人が多すぎる。それにもう色々と懲りたギーシュは、これでモンモランシーの溜飲が下がってくれることを祈りつつ、 医療室へ歩いていった。 それを見送ると、ルイズは振り向いてギュスターヴを見上げた。 「それにしてもギュスターヴ。あんたって、強いのね。ドットとはいえギーシュがあっという間だもの」 そう、それだけがルイズの誤算だった。精々剣の腕があるくらいだと思っていたルイズは、ギュスターヴが先刻見せた剣技の一部始終に最も衝撃を受けていた。 「まぁな。……これで、少しは使い魔らしい働きになったか?」 ギュスターヴは少し困ったような顔をしている。ギュスターヴにしてみれば、今回の騒ぎは自分から飛び込んだようなところがある。 一応、主人の名誉を守るという大義名分があったにせよ。 「……そうね。礼を言うわ。これからも至らないだろうけど」 ルイズは笑った。私は魔法が使えない。どこまでも至らない貴族だけど、遣わされた使い魔の彼は、誰にも負けない『可能性』を携えていた。 そのやり取りを、ギュターヴの左手の刻印が、仄かに光って見守っていた……。 覗き鏡から広場を見ていたコルベールとオールド・オスマン。 彼らにとってはギーシュが負けた程度のことは正直どうでもよかった。杖は直せる。切り取られた指も然り。問題はいかにしてギュスターヴが勝ったか、それだけだ。 「さて、勝っちまったのぅ、彼」 「はい」 オスマンの杖が再び覗き鏡に振られる。鏡は像を崩し、やがて戻った時は室内の風景を写しこんでいた。 「やはり彼はガンダールヴなのでしょうか」 パイプを手に取ろうとして葉を切らした事に気付き、皿の上に戻してオスマンは、どうかのぅ、と一言言ってから、 「ガンダールヴはあらゆる武器を扱う事が出来るという。平民でありながら彼はドットメイジとしては優秀な部類のギーシュ・ド・グラモンを下した。となれば、 ガンダールヴと見て恐らく間違いはないじゃろうな」 「しかし彼は左手に武器を持ちませんでした。もしかしたら、あれは彼の本来の実力である可能性もあります」 「その場合は、優秀なメイジ殺しを学院内に住まわせている、と言う事になりゃせんかね?ミスタ・コルベール」 コルベールの仮定に突きつけられたものは意外にして背筋を寒くする。 メイジ殺しとは4大魔法に寄らずにメイジに匹敵する戦闘能力を持ちえた人間の呼称であるが、メイジが畏怖をもって呼ばれるのに対し、メイジ殺しはそうではない。 特に後ろ暗い事情を持っている貴族やメイジにとっては先住魔法を使うエルフ以上に現実的な脅威であり、その多くが傭兵であることから、金さえ積めば 教皇すら手にかける、などと揶揄されるアウトローの世界の住人達である。 「どちらにしてもこの件は宮廷には伏せておく。ガンダールヴであれば彼奴等は彼を政治利用するじゃろう。メイジ殺しとあれば生徒父兄から非難が来よう。 ヴァリエール公と他の貴族達の暗闘の矢面にわざわざ立つなど、するまでもあるまい」 口寂しいオスマンはデスクの引き出しから友人用に備え置いているナッツを摘み口に放り込んだ。 「少なくとも彼がいかなる人物なのか、もう少し探ることになりそうじゃな。頼んだぞコルベール君」 「はい」 陽の高い時間が過ぎ、少しずつ日光が赤らんで、窓から差し込んでくる。 「しかし、ガンダールヴとはな……」 オスマンの目は窓を遠く見ていた。窓の先には学院をなす塔の一つが望めている。 前ページ次ページ鋼の使い魔
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ギーシュ・ド・グラモンの朝は爽やかに始まる。 誰に起こされる訳でも無くすっきりと目覚め、彼が溺愛する使い魔に朝の挨拶と抱擁を与えてから 清潔感漂う(正し少しばかり趣味が悪い)白の制服に袖を通して、自分の身体に特別違和感の無い事を確認する。 正直一昨日はどうなる事かと思ったけど、まあそこは僕だし どんな逆境へ追い込まれようと平民に返り討ちにされたと揶揄されようと、華麗に立ち直るのが僕のいい所さ。 調子は悪くない。毟ろ少しばかりの空腹感が健康を感じさせる。 実家に泣き付いて取り寄せた高価な回復薬だけではない、 僕に劣らず優秀な水属性のメイジ、モンモランシーによる献身的な看病のお陰だろう。 こればっかりは、僕の日頃の行いの賜って奴だな。フフ、人徳人徳ゥ! 朝食を食いに行く前にまず身嗜みを整えようと洗面台の前に立ち、ヘアブラシに手が伸びた所で全身が硬直した。 鏡に映る人影は二つ。 振り返る、誰もいない。 再び鏡を見る。先ほどより少し接近した男は、忘れもしない一昨日の『平民』の―――― 目が合うと、鏡の男はニヤッと笑った。 「っぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁヒィッ」 ルイズはいい加減激昂していた。 昨日自分がちょっとカッとなったばかりに、イルーゾォは結局丸半日寝込むハメになってしまって、 それについては素直に謝罪してもいい、と思っていた。 それだけでは無い。 どうやら『魔法』を知らないらしい彼に詳しい説明を聞かせてやろうとも思っていたし、 粗末な食事(もっとも、イルーゾォはそれを見た事すら無いが)も改めるつもりだった。 それに、彼は「『尊敬』出来ない奴の為に働く気は無い」と言った。今までは『使い魔は私のために働く』のが当然と思っていたけれど、 ああも真直ぐに主張されてはね除けられる程、私は自分に自信が無い。 『尊敬』に足る人物になりたい。その為に、『今の私』を知って貰うのが誠意だと思った。 『ゼロ』とは何か、打ち明ける気でいた。 まあそれでご推察の通り、意を決して訪れた医務室はもぬけの殻だった訳で。 「あァァの野良使い魔ァ!今度こそ絶対、絶ッッッ対取っ捕まえてやるんだk 「ダーリン!お見舞いに来・・・・あれ?」 私の心の叫びを遮る声の主は、ドアを勢い良く開け医務室に飛び込んできた見るからに健康そうな女性。 まあキュルケさん、ごきげんよう、何か御用ですか?つーかダーリンって何ぞ。 「・・・・ダーリンは?」 「ダーリンは知らないけどイルーゾォは逃げたわ」 「(イルーゾォって言うのね?変わった名前)もう、何してるの!自分の使い魔ならちゃんと見張ってなさい。ずっと居られたら邪魔だけど」 「何か言った?!」 キュルケは意外とあっさり引き下がって、脇にいるタバサ(静かにしてただけで、ちゃんと居たのよ)に向かって ねえ~一緒に探すの手伝ってくれるう?と語尾をだらしなく延ばして頼んでいる。 タバサがチラッとこっちを見た。 ――――『頼むべき。口だけ。協力する』 あの名前も知らないメイドを除けば、逃げ出したイルーゾォを見たのはキュルケだけだった。 どうやら捕まえようとしていたらしいし、食堂でタバサが彼に気づいたのも『キュルケの手鏡』を見たせいだ。 私が意地を張らなければ・・・・ ・・・・ううん、違う。1人よりも3人の方がいい、それだけよ! 一つ息を呑んで、心を決めて。歩き出す二つの背中に声をかけた。 「きゅ、キュルケがイルーゾォを探すっていうんなら、協力してあげてもいいわ!」 「何言ってるのよ、貴方の使い魔でしょう。」 「協力するのは私たち・・・・」 キュルケとタバサは、顔だけ振り返って私を迎える。 「何処から探す?」 世界が少し広がった、気がした。 こんなに天気がいいんだからとりあえず中庭を探そう、というキュルケの提案を半ば直感で却下して(天日に当てたら溶けかねない) 室内を重点的に探す事で話がまとまった。 イルーゾォは私の知らないうちにあのメイドに懐いていたから、まずは厨房だ。 「イルーゾォさんですか?はい、今朝いらっしゃいましたよ。」 屈託のない絵顔で私を迎えるメイド(キュルケが小さい声で「勝った!」って言ってたけど私には何の事だかさっぱり!)は、 やはり頻繁にイルーゾォと会っているらしい。というか、餌付けしているらしい。 一瞬帰ってこないのは彼女のせいじゃあ?と思ったけれど、使い魔の世話をして貰っておいてそれは筋違いだと思い直す。 「何処へ行ったか判らない?」 「あの・・・・申しあげにくいのですが。」 メイドはたっぷり逡巡した後、申し訳なさ気な表情で私を見下ろして、小さく「『暫くアイツの来ないところへ』・・・・と。」 ・・・・どうせ小さく言うなら、キュルケ達に聞こえないようにして欲しかった。 「あの、乱暴はやめてあげてください。」 「確約は出来ないッ・・・・!」 自分はギーシュのワルキューレと真正面から戦ったくせに、こんなか弱い女の子捕まえて何言ったのよう! 「むぐう!ん゛――――――!ん゛――――――!!」 「五月蝿いな騒ぐなよ!どうせ誰にも聞こえやしないんだ」 見えない掌に顔面を掴まれる感触のすぐ後に、まるで水面に沈むように鏡の中に引き入れられた。 目の前には昨日の平民、爽やかな朝は一転パニック日和。この感覚は初めてじゃあない、一昨日体験したばかりで 『見えない力』を感じたすぐ後に周囲の雰囲気ががらりと変わるのも、やはり同じだった。 唯一違うのは、頭を掴んだ掌が離れる事なく、(一昨日はサッと離れて、次いで背後から衝撃が降って来た) そのまま僕の口を塞ぎ、がっしり掴んで離さない事だ。 「落ち着けって」 無茶言うな!見えない相手に殴られるのがどれほど恐いかわかるかい?! ・・・・あれ?わかるかな。良く考えれば、多分こいつの魔法だよ。これ。 何故平民が魔法を使えるのかは知らないけれど(そもそも平民が『使い魔』になる時点で意味がわからない) もがく僕を面白くも無さそうに見ているこいつが原因って事でまず間違い無いだろう。 「・・・・むぐぅ」 「よし、気が済んだか?」 僕が抵抗をやめると、案外すんなりと『見えない力』は離れて、それきり何もしてこない。 景色全体に薄く灰色をまぶしたような死んだ雰囲気の部屋は、しかし確かに僕のものだ。 左右が綺麗に反転されているせいで違和感が付きまとうが、部屋中に僕の私物が溢れている。 ヴェストリ広場もそうだった。急に薄ら寒くなって、ギャラリーが消失し僕一人取り残される。 「ぼ、僕の部屋に何をした?!」 「『お前に』何かしたんだ。『引き入れた』んだよ、見えなかったのか?」 引き入れる。そう、僕は洗面台の鏡に頭から突っ込んだ。産まれて初めての体験だ。 振り返ると僕が引きずり込まれた鏡があり、そのむこうにはやはり洗面所が映り・・・・『僕と平民が映っていない』?! 「ど、どういう事なんだよこれはッ」 何か起こっている!けど、これがどんな魔法なのか、何のためなのか、一つもわからないじゃないか! 「五月蠅いな、騒ぐなって言うんだ・・・・おい」 「な、何さ」 「『マジで見えない』のか?」 平民は僕の目の前でふわふわと手を振って見せた後、人差し指だけ突き出して、つんと一度空振りさせる。 「だから何が・・・・あだっ」 額を小突かれた。まただ!また見えない攻撃が―――― 「マジだ・・・・」 おい平民!何驚いたような顔で見てるんだよ!一体何がしたいんだよッ!!
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ディシディアデュオデシムファイナルファンタジーより、シャントット&プリッシュ召喚 ヴァナ・ディールの使い魔-00 ヴァナ・ディールの使い魔-01 ヴァナ・ディールの使い魔-02 ヴァナ・ディールの使い魔-03 ヴァナ・ディールの使い魔-04 ヴァナ・ディールの使い魔-05
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前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔 ゼロのルイズの使い魔。広瀬康一のハルケギニアでの一日は、桶に水を汲んでくることから始まる。 水場で自分の顔を洗い、水を汲む。この水でルイズに顔を洗わせる。 次はルイズを制服に着替えさせるわけだが、最近ルイズは康一に手伝うように要求してこなくなった。 相変わらず背を向けて待つ康一から隠れるように、もぞもぞと着替える。何かの拍子に目が合うと、顔を赤くして怒る。 以前は裸になっても恥ずかしがらなかったのに、謎である。 朝食の頃合になると、康一はルイズからバスケットを受け取って外に出る。 最近は内容がかなり豪勢になっている気がする。 というか、ハルケギニアの朝食は総じて重いことが多いうえに、厨房のマルトー親父が「たくさん食べて大きくなれよ!」との愛をこめて、どんどん料理を豪勢にし、さらに肉をてんこ盛りにするので、康一はちょっとげんなりしてしまう。 質素でもいい、母さんが作ってくれた味噌汁が恋しい。 だから、食べきれない分は、最近仲良くなった他の使い魔たちに分けてあげることにしている。 先日タバサやキュルケを乗せていた青い竜(風竜というらしい)と偶然会った際に食べきれない肉をあげたら、他の使い魔たちもわらわらと寄ってくるようになったのだ。 最近の食事は、厨房の裏手にある使い魔たちのたまり場でとることも多い。 授業の時間は、康一もルイズに付き添って出席することにしている。 使い魔である康一は本来出てもしょうがないのだが、何気なく聞いているうちに面白くなってきたのだ。 本来は勉強が好きではなかったのだが、こちらの世界のことを少しでも知りたいという『必要性』が康一の意欲を支えていた。 「もう床はいいから、椅子に座りなさいよ!」 とルイズが言うので隣に座らせて貰っているが、他の生徒たちも何も言わない。 ただ、キュルケがタバサを連れてやってきて、康一をルイズと挟む形で座ってしまうので、キュルケに恋する男たちの視線が背中に突き刺さるのが最近の悩みの種である。 どうしても納まりきらない男が、康一に嫌味を言ってきたり、もっと直接的に侮辱してきたりすることもある。そういうときは、だいたいキュルケの合図で、フレイムがこんがりと焼いてくれる。 ただ、キュルケが居ないときに、一度数人の貴族に囲まれたことがあった。 「平民の癖に・・・」「ゼロの使い魔の分際で・・・」と詰る男たちの前に、かわりに立ちはだかってくれるものがいた。 あの決闘で因縁のあったギーシュである。 ギーシュは言った。 「ミスタ・コーイチは僕を相手に、立派に自らの実力を証明してみせた。その彼を平民と侮るなら、それは僕への侮辱と見なす!」 文句があるなら「青銅」のギーシュが相手になるぞ!そういってギーシュが見栄を切ると、男たちは鼻白んで退散していった。 所詮貴族相手に本気で対立するほどの覚悟はないのである。 康一が礼を言うと、ギーシュは照れくさそうに鼻を掻いた。 「君はこの『青銅』のギーシュに打ち勝った男だからね。その君が馬鹿にされるのが我慢できないだけさ。」 そして改めて、ルイズを皆の前で侮辱したことに謝罪した。 潔い謝りっぷりに「なんだ。以外といいやつじゃあないか。」とその謝罪を受け入れた康一は、ギーシュとそれから機会のあるごとに話す仲になった。 実は、あの鼻っ柱をへし折られた決闘の後、一気にカリスマ性を失ったギーシュを哀れに思ったモンモランシーが戻ってきてくれ、よりを戻したらしい。得なやつである。 そんな風にしてギーシュといろんな話をしていると、ギーシュの友人達とも自然と仲良くなっていった。 こうして、召喚されてから二週間もすると、康一の周りには常に人が集まるようになっていった。そして、康一の隣にはいつもルイズがいた。 それまでいつも一人だったルイズである。急にクラスメイトたちで賑やかになった学校生活に、最初ルイズは戸惑い気味だった。 しかし、みんなから好かれる康一と一緒にいると、わだかまりのあったクラスメイトたちとも自然と打ち解けることができた。 こうして一日を終え、二人揃ってルイズの部屋で寝る前には、ベッドのうえでいろいろな話をするようになった。 ルイズはハルケギニアのことを康一に教え、康一は杜王町のことをルイズに話した。 話が由花子さんの段になると、ルイズはしかめ面をして、疑わしそうな目で見た。 「あんた、前から時々恋人がいる、恋人がいるって言ってたけど、まさか本当なわけ?」 見栄張ってるんじゃないでしょうねー、と言わんばかりである。 「まさかって、まだぼくがうそついてるとか思ってたの~!?」 大仰に目をひん剥いてみせると、ルイズはなぜか目をそらした。 「・・・あんたの恋人ってどんな人?」 康一は目を閉じて、由花子さんの顔を脳裏に描いた。 すらっとした体型。整った鼻筋。きめの細かい肌。長く艶やかで、きらきらと光を放つ黒髪。そしてなによりも、あの強くまっすぐな瞳。 由花子の容姿を話して聞かせると、ルイズはどんどん不機嫌になっていった。 「男より頭ひとつ分大きい彼女なんて、似合わないわ。」 ルイズはそっぽを向いたまま、ネグリジェの裾をぎゅっと握り締めた。 「それをいうと、ぼくと付き合ってくれる女の人なんてほとんどいなくなっちゃうなぁ~。」 康一が笑うと、ルイズは口を尖らせた。 「別に・・・あんたより小さい女の子なんてそこら中にいるわよ。」 それだけ言って毛布に包まった。 「そうかなぁ~。」 康一は知り合いの女性たちの身長を思い出してみたが、自分より低い人は思いつかなかった。 こっちではタバサが自分より低いだろうが、あれは明らかに子どもだからノーカウントである。 でもルイズがこうやって毛布を被るのは、これで話を打ち切りにするという合図だと分かってきた康一も、そろそろ寝ることにした。 部屋の明かりを消す。 明日あたりオールド・オスマンに会いに行ってみようかな。 杜王町に帰る方法をそろそろ本格的に探してみよう。 そう心に決めて、目を閉じる。 静かになった部屋で、毛布から頭だけ出したルイズが、何か言いたげに見つめているような、そんな夢を見た。 前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔
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前ページ次ページサイヤの使い魔 「タ、タバサ! 落ちついて! この人は怖くない!」 「オバケなんて無いさオバケなんて嘘さ寝惚けた人が見間違えたのさ」 「どきなさいルイズ! どうせあんたの話なんか聞いちゃいないわよ! ここはあたしが――」 「パーソナルネーム『キュルケ・ツェルプストー』を敵性と判定。当該対象の有機情報連結を解除する」 「あーんやっぱり駄目だー! お願いだから正気に戻って! 戻りなさい! 戻れー!」 格闘すること、約10分。 悟空と一緒に瞬間移動で図書館にやって来たルイズとキュルケの必死の説得により、ようやくタバサは(悟空に対し警戒しているものの)話を聞く気になった。 それにしても司書の視線が痛い。 「…説明して欲しい。主に、貴方の素性を」 「あたしもタバサに賛成。さっきの魔法も興味あるし」 キュルケの言葉でルイズは自分の中にあった違和感に気付いた。 この男、当たり前のように物理的弊害を無視して何処にでも現れるが、そんな事ができる魔法は自分の知る限り、無い。 先住魔法だろうか。とするとこの男、生前は何だったのだろうか。 …もしや、自分はとんでもない人物を喚び出してしまったのではないか? 「あれはよ、魔法じゃなくって瞬間移動ってんだ」 「瞬間…移動?」 悟空が説明する。 「ああ、昔ヤードラットって星の連中に教えてもらった技でよ、相手を思い浮かべてそいつの気を感じ取るんだ。 そうやって、そいつがいる場所に移動する。だから知ってる奴がいねえ場所とかは行けねえんだ」 「に…にわかには信じられない話ね……」 「えーと、全然言ってる意味がわかんない。キって何? 何系統?」 改めて聞く使い魔の能力。 キュルケは半信半疑ではあるものの一応額面どおりに解釈したが、ルイズは理解できていない。 実際、彼と一緒にその能力を体験しているものの、あまりにも自分の常識とかけ離れた現実にまだ頭がついてこない。 「説明はつく。二度も私の目の前に現れたのだから、私は彼を信用する」 口ではそういうものの、タバサは未だに悟空と目を合わせられないでいる。 こうして見ると生きている人間と同じ、いや、普通の人間以上に生き生きとしているが、やはり瞳孔が開ききった目を見るのは怖い。 いや、よく見ると虹彩が暗くて瞳孔の色と区別がつかないだけか。 それに気付き、タバサは若干警戒の色を弱めた。 タバサの言葉に、ルイズもようやく悟空の説明を(納得はできないものの)聞き入れることにしたが、すぐさま別の疑問が沸き起こった。 「あんた、今「星」って言ったけど、そういえば何処から来たの?」 メイジでも無いのにメイジ以上の能力をぽんぽん使いこなすこの男は今、「星」と言った。 ルイズは「宇宙の何処かにいる私の使い魔よ!」とサモン・サーヴァントの時に言ったが、まさか本当に宇宙の何処かに自分に似た生命体がいるなどとは、本気で考えていなかった。 「オラ地球って星から来たんだ」 「じゃあ「チキュウ人」って事? そこがあんたの生まれた星なのね」 「いや、生まれは惑星ベジータってとこなんだけどよ」 「どういう事?」 悟空は説明した。 自分が惑星ベジータで生まれたサイヤ人である事。 産まれてすぐ、侵略のため地球に送り込まれたが、幼少時の事故により穏やかな性格になったらしい事。 ドラゴンボールとそれにまつわる様々な冒険。(これにはタバサが多大なる関心を示した) 自分の出生の秘密を、敵である実の兄から聞かされた事。 一度目の死。 サイヤ人の地球侵略。 ナメック星での激闘。 人造人間との戦い。 そして、二度目の死。 満月と大猿の関係については、既に尻尾の無い悟空には関係ない話だったので省略した。 悟空が全てを語り終えると、場に重い沈黙が立ち込めた。ルイズに至っては、頭から煙が出ている。 途中から頭を抱えてうなだれていたキュルケがのろのろと口を開いた。 「…なんか、にわかには信じられない話ね。頭痛くなってきたわ」 顔を上げ、悟空を見る。 「それで、貴方はこれからどうするの?」 「どうするも何も、オラはルイズの使い魔になっちまったんだろ? だったらそれでいいさ」 「…ずいぶん楽天的なのね」 昼休みを告げるチャイムが鳴った。 「続きは食後」 タバサの一言で、ルイズを除く全員が席を立った。 未だヒューズが飛んだままのルイズに、キュルケが声をかける。 「ルイズ~、私たちお昼食べてくるから、復活したら食堂に来なさいね~。さ、ゴクウさん行きましょ」 「はれってほれってひれんら~……って、え!? ちょ、ちょっと待ちなさい!」 悟空に椅子を引いてもらって席に着いたルイズは、爪先に何か硬いものが当たったのを感じてテーブルの下を覗き見た。 今朝、使い魔に朝食を与えるつもりで用意した皿がまだ置かれている。 (そういえばこれでご飯食べさせようと思ったんだっけ) ルイズは今朝の怒りを思い出したが、さっきの説明を聞いて幾分混乱している今となっては、それも些細な事のように感じられた。 (あの話が本当だったとしたら、わたしはこれからこいつをどう扱えばいいんだろう…?) 正直、さっきの説明はルイズの頭では理解が追いつかなかった。 宇宙人だの人造人間だの何でも願いを叶える球だの、この使い魔の頭は一体どこに繋がってるんだ。 支離滅裂な事を言ったならまだしも、話の内容に筋が通っているから厄介この上ない。 こうなったらこいつの素性を信用するしかなさそうだ。 となると、こいつはメイジでもなければ天使でもない、自分からすれば単なる平民(宇宙人だが)の幽霊だ。 その代わり、こうして自分の隣に立っている今もなお、周囲の生徒から注目を浴びているこの異世界から来たらしい使い魔が、 果たしてこの世界の食べ物を口にしても大丈夫だろうか、と心配になった。 考えてみれば、朝食の時は居なかった。食事が終わってから、何処で道草食ってたのか、手ぶらで戻って来たのだ。 「そういえば、あんた朝食の時居なかったけど、ちゃんとご飯食べたの?」 「ああ、シエスタがメシ分けてくれたんだ」 確か、ゴクウが洗濯を頼んだ平民の名だ。 ルイズは再び足元の皿を見た。 厨房に昼の分の指示は出してなかったので、皿は空っぽのまま置かれている。 「じゃあ、お昼もその平民に貰ってきなさい」 「わかった。んじゃ行ってくる」 厨房へと消えていく使い魔を見送りながら、ルイズは、だから朝食の後すぐ見つけられたのか、と合点し、 自分の使い魔が惨めったらしく地べたに座り込んで粗食を食べる様子を他の生徒に見られずに済んでよかった、と密かに思った。 高貴な存在だと思われているのだ、下手にイメージを崩す事も無いだろう。 「確か本当の天使って霞食ってるんだっけ?」 つい疑問が口をついて出る。 隣席のマリコルヌがそれを耳ざとく聞きつけた。 「なんだって?」 「何でもないわよ、ただの独り言」 「ゴクウさん、お待ちしてました!」 シエスタが笑顔で悟空を出迎える。 厨房に足を踏み入れた悟空は、朝食の時とは比べ物にならないくらい大量の料理を目にした。 「すっげー! 美味そうなもんが一杯あっぞー!!」 「おうよ! お前さんが来てくれたおかげで食材が無駄にならずに済みそうだからな! これはその前祝いだ!!」 悟空の見事過ぎる食いっぷりに触発されたマルトーは、本当に余りものの食材を余すところ無く使い、 尋常ではない量と種類の料理を用意していた。 ざっと見ただけでも10~15人分、テーブルに乗りきらなかった分や鍋に残っている分を加味しても60~70人分はある。 とても賄いと呼べる分量と種類ではない。 中にはこのまま貴族に出してもいいんじゃないかと思えるくらい豪勢な盛り付けのものもある。 マルトーの密かな宣戦布告であった。 「これ全部オラが食っていいのか?」 「おう、食えるだけ食え! 無理なら残してもいいぜ。どうせ元は捨てなきゃならんものばかりだからな、がっはっはっは!!」 10数分後、全ての料理が悟空の胃袋に収まった。 コルベールは、トリステイン魔法学院の長を務めているオールド・オスマンに、自分の教え子の一人がガンダールヴの幽霊を使い魔にしたのではないか、という自説を披露していた。 ミス・ロングビルにぱふぱふをせがんで左の頬に真っ赤な紅葉をこさえたこの学院の長は、彼の説明を聞き終わると、それまで閉じていた口を開いた。 「ルーンが一致したというだけで、そいつがあの使い魔の幽霊であるというのは、いささか結論を急ぎ過ぎじゃないかのう」 「で、ですが…」 「第一、その者がそう言ったというだけで、そ奴が幽霊だという明白な証拠はあるのか?」 コルベールは返答に窮した。 確かにオールド・オスマンの言うとおりである。 ミス・ヴァリエールが幽霊だと紹介したからといって、本当に彼がそうなのか確認をしていなかった。 そもそも、幽霊とはあのように頭の上に輪がついているものなのだろうか。 自分が死んでしまったら余計に頭頂部の眩さがアップしてしまいそうで、できることなら御免こうむりたい。 「まあ、暫くは様子見じゃの。その使い魔から色々聞いてみるとよい」 「わかりました。では失礼します」 一礼して退室したコルベールは、ふと空腹を思い出し、食堂へと向かった。 今なら生徒たちが昼食を採っている。ひょっとしたら、使い魔に会えるかもしれない。 ルイズが満腹感に浸っていると、食堂がどよめきに包まれた。 何事だろうと周囲を仰ぎ見たルイズは、騒ぎの原因を発見して胃が痛くなった。 自分の使い魔が、メイドに付き従ってデザートの配膳を手伝っている。 「本当にありがとうございます、ゴクウさん。わざわざ手伝って頂いちゃって」 「構わねえって。オラのせいで忙しくなっちまったみたいなもんだしよ」 マルトーが腕によりをかけて悟空に大量の料理を振舞った結果、その料理を載せるために、食堂に残っていた食器の殆ど全てを使ってしまい、 大量に発生した洗い物のために貴族へデザートを運ぶ人手が足りなくなってしまった。 そこで食器洗いを手伝うかデザート運びを手伝うかの二者択一の結果、悟空が選んだのがデザート運びであった。 悟空もチチを手伝って食器を洗った経験はあるが、陶器製の食器しか取り扱った事がない悟空には、繊細なガラス細工が施されたものもある学院の食器は、何となく触らない方がいいような気がしたのも一因だ。 「あ、あんた、何やってんのよ」 配膳がルイズの席まで到達した時に、小声でルイズが訊いた。 「メシ食わせてもらった礼に仕事手伝ってんだ」 「あ、ああそう…。あまり目立つような真似はしないでよね」 「何で?」 「あんた、一応他の生徒には天使って事で通ってるんだから」 「ケーキ運ぶくらいどってことねえだろ」 ルイズは改めて周囲を見回した。 居心地の悪そうな顔で配られたデザートを見つめている者もいるが、恐る恐るケーキに口をつけて、普段通りの味だと判った者は、安心したのかいつも通りの調子を取り戻し、級友と歓談したり、既に食べ終えた者は席を立ったりしている。 「…それもそうね。いいわ。終わったら私のところに戻ってきなさい」 「ああ」 やがて、全てのケーキを配り終えた悟空がルイズの元に戻ってくる頃、ケーキを食べ終えたらしき生徒が立ち上がった拍子に、懐から小瓶を落とした。 コロコロと悟空の方へ転がってくる。 悟空はそれを拾い上げ、落とし主である金髪の生徒に声をかけた。 「おーい、おめぇ、これ落っことしたぞ」 「なあギーシュ、お前今誰とつき合ってるんだ?」 「つき合う? 僕にはそのような特定の女性はいない。 薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」 聞こえていないのか、あるいは聞こえていて無視しているのか、青年は応えず、他の生徒と話しながら食堂を出ようとしている。 悟空は後ろで紅茶のカップを手に取ったルイズに訊いた。 「なあ、あいつの名前、何つうんだっけ」 「ギーシュ・ド・グラモン」 「サンキュー。おーい、ティッシュのバケモン」 すました顔で食後の一杯を飲んでいたルイズが、鼻から紅茶を吹いた。 『ギーシュ・ド・グラモン(だ/よ)!!』 前門のギーシュと後門のルイズから、同時にユニゾンで悟空にツッコミが入る。 決して悟空に悪気があったわけでは無いのだが、言う相手が悪かった。 貴族の名を家名つき、その上名前を間違えて呼んだ。 意図的であれ偶然であれ、それは、その貴族だけでなく、家柄に対する重大な侮辱行為である。 血相を変えてルイズが駆けつけた。 「あんた謝りなさい。今すぐ」 「わ、わりぃ。オラ長ったらしい名前覚えんの苦手なんだ」 「君は確か「ゼロのルイズ」の…。駄目だな、許すわけにはいかない」 手袋を取り出し、悟空に投げつける。 「決闘だ!」 「ギーシュ!」 「これは僕だけの問題じゃない。そいつは我がグラモン家を、グラモンの家名を汚した。この罪は償ってもらわなければならない」 ギーシュの目が敵意をはらんだものに変わっていく。 「貴族同士の決闘はご法度よ!」 「オラ貴族じゃねえぞ」 「その通りだ。だから問題は無い。ではヴェストリの広場で待つ。10分後に開始だ。遅れるなよ」 そう言い放ち、ギーシュは身を翻して食堂を後にした。 成り行きを見守っていたシエスタが悟空に駆け寄る。 「あ…あなた殺されちゃう。貴族を本気で怒らせたら…」 「ああ、こいつなら大丈夫よ、たぶん」 青ざめた顔でブルブルと震えるシエスタに、ルイズがフォローを入れる。 一応使い魔が世話になっているのだ、多少は仲良くしてもいいだろう。 幽霊だから死なない、と付け加えようと思ったが、話がややこしくなりそうなので伏せた。 「なあルイズ」 「何?」 「あいつ、強えのか?」 「そうね…どっちかといえば強いほうかしらね。仮にもグラモン家の貴族だし」 「そりゃあ楽しみだ」 「嬉しそうね…まったく。いい? あんたはあいつの名前を間違えた事によって、あいつの家名も同時に汚したの。それはとっても不名誉な事。 だから…まあ仮にあんたが勝ったとしても、その点はきっちり謝っときなさいよ」 「ああ、わかった」 「よろしい」 平民がメイジに勝つことなどありえないが、ルイズは不思議と、この使い魔ならもしかしたらギーシュに勝つかもしれない、と思い始めていた。 「フン、まあ逃げずに来たことは褒めてやろう」 「オラ逃げたりなんてしねえぞ」 普段人気のあまり無いヴェストリの広場は、ギャラリーで埋め尽くされていた。 ゼロのルイズの使い魔 対 青銅のギーシュ。 オッズ比は16。 意外にも、悟空の勝ちを予想する生徒は皆無ではなかった。 その中には、タバサとキュルケも混じっている。 「本当にあの使い魔が勝つと思うの?」 「負けはしないと思う。彼の話が本当なら」 街一つ吹っ飛ばすだのこの星ごと消えて無くなれだの、よくもまあそんなホラが吹けるもんだとキュルケが内心呆れていた話を、タバサは話半分だが信じているようだ。 「僕はメイジだ。だから魔法で戦う。よもや文句はあるまいね?」 「へへっ、ワクワクすっぞ」 超能力を使う敵と戦った事はあったが、魔法を主体に戦う相手は悟空にとって初めての経験であった。 「僕の二つ名は『青銅』。青銅のギーシュだ。 従って、青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手をするよ」 ギーシュが手に持った薔薇の造花を振るうと、零れ落ちた花弁から甲冑を纏った優美な女性型のゴーレムが生成された。 「へぇー、面白ぇなあ」 「お褒めに預かり光栄、とでも言っておこう。では、始めるか!」 「ああ、どっからでも来い!」 ワルキューレが悟空に向かって突進する。 が、それよりも遥かに速く、悟空はワルキューレとの間合いを詰めた。 「ずえぁりゃあっ!」 正拳一発。 凄まじい衝突音の後、腹から背中まで達する凹みを作ったワルキューレがギーシュの傍を猛スピードで掠め、背後の壁に激突して砕け散った。 場が、静まり返った。 振り返り、かつてワルキューレだった残骸を確認した後、目をまん丸に見開き、口を顎が胸に付きそうなくらい開け、鼻水まで垂らしたギーシュは、恐る恐る悟空に向き直った。 壁が「固定化」で補強されていなかったら、飛距離は更に伸びていただろう。 ワルキューレ殴り飛ばし世界新記録を作った男は、全く本気を出した様子が無い。 それどころか「とりあえず挨拶代わりに一発ぶん殴ってみました」といった感じだ。 「あれ? 何だ、てんで弱っちいぞ」 「な、何だと!?」 焦ったギーシュは一気に6体のゴーレムを生成した。 それぞれが手に武器を備えている。 「取り囲んで叩きのめせ!」 ギーシュの命令に従い、わらわらと悟空の周囲に散開したワルキューレは、一斉に悟空めがけて手にした武器を振り下ろした。 衝撃で悟空が地面に膝を付く。 静止命令を受けていないワルキューレは、這いつくばる悟空めがけて何度も何度も、武器がひしゃげて変形するまで攻撃を繰り返した。 「も、もういい! 下がれ!!」 数分後、ギーシュがワルキューレを下がらせると、地面に倒れ付した悟空が姿を見せた。 ピクリとも動かない。死んでしまったのか。いや、既に死んでいる。 そろりそろりと、ギーシュが悟空に近づく。 先ほどからギャラリーは静まり返っている。ギーシュが地面を踏みしめる音だけが聞こえる。 「よっこいしょっと」 「はうあ――――!?」 何の前触れも無く悟空が起き上がり、ギーシュは腰を抜かしてへたり込んだ。 ギャラリーのそこかしこから悲鳴が上がる。 固唾を飲んで見入っていたタバサも、あまりに予想外な出来事に少々チビッた。 怪我一つ負っていない悟空の問いかけに、ギーシュの顔が真っ青になった。 「なあ、もうちっと本気でやってくんねえか? これじゃちっとも面白くねえぞ」 前ページ次ページサイヤの使い魔
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朝食を食べ終えたルイズとジョニィは教室に入った。 石造りの教室にはたくさんの生徒と、様々な使い魔がいた。 生徒たちは二人が教室に入るとゼロがどうとか平民がどうとか言いながら笑い始める。 笑われてるみたいだけど、とジョニィが小声で聞くがルイズは嘲笑を無視するとそのまま席に向かっていった。 「ルイズ。一つ聞きたいんだけど…。なんだい?そのゼロって。朝も呼ばれてたよね?」 「あんたには関係ないわよ」 ルイズは不機嫌な声で答えると席の一つに腰掛けた。ジョニィも黙って隣に座る。 ちょうどそこで扉が開き、中年の女性が入ってきた。 「皆さん。春の使い魔召還は大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に様々な使い魔たちを見るのが楽しみなのですよ」 そう言いながらジョニィに視線を向ける。 「おやおや、また変わった使い魔を召喚したようですね、ミス・ヴァリエール」 シュヴルーズがジョニィを見てとぼけた声で言うと、教室中がどっと笑いに包まれた。 「ゼロのルイズ!召喚できないからってそのへんの平民を連れてくるなよ!」 一人の小太りな生徒がゲラゲラと笑いながら立ち上がった。なぜか彼の体には黄金長方形を見ることができない。 「違うわ!きちんと召喚したもの!ミセス・シュヴルーズ!かぜっぴきのマリコルヌに侮辱されました!」 「なんだと!?オレは風上のマリコルヌだ!」 二人が熱くなり始めたところでシュヴルーズは杖を振った。すとん、と二人が席に着き、ついでに笑っていた生徒達の口に粘土が押し付けられる。 まるでスタンド能力だ。ジョニィはあらためて魔法の凄さに感心した。 授業は滞りなく進行した。 内容は系統の説明やクラスなど基礎的なものらしく、ほとんどの生徒達はつまらなさそうに聞いている。 だが元の世界に戻る唯一の手段である魔法を学ばなくてはいけないジョニィは真剣に授業を聞いていた。 魔法初心者の彼にとって授業が基礎から始まるのはありがたかった。 シュヴルーズは『土』系統の魔法を教えるらしく、さっきから何度も『土』系統の魔法の重要さを説明している。 あまりの必死さに生徒達は若干引いているのだが。空気読めよ。 授業が進み、いよいよ実践となったところで唐突にルイズが話しかけてきた。 「ジョニィ。あんた…魔法も使えないのにそんな真剣に聞いてどうするのよ」 「だから言っただろ。僕には帰ってやらなきゃいけないことがある。そのためには魔法でもなんでも学んでやるさ」 「あのねえ…帰る方法なんてないって言ったじゃない。それに…」 「ミス・ヴァリエール! 授業中の私語は慎みなさい!」 そんな風に喋っているとシュヴルーズに見咎められてしまった。 「は、はい!すいません…」 「お喋りするほど余裕があるのなら、『錬金』はあなたにやってもらいましょう」 シュヴルーズがそう言って机の上の石ころを指差した瞬間、教室の空気が変わった。 真っ先にキュルケが立ち上がり反対する。 「先生!危険です!」 「なぜです?失敗を恐れていては何もできませんよ」 他の生徒達からも続々と反対の意見が上がるがシュヴルーズはまったく聞く耳を持たない。 一方、ルイズはこれはチャンスだと思った。 どうもジョニィは使い魔としての自覚がないらしい。 自分に対する尊敬とかそういう気持ちが微塵も感じられない。タメ口だし。 そんな彼がさっきから一所懸命魔法を学んでいるのだ。 ここで一つ魔法でいいところを見せればジョニィも見直すことだろう。 (この先100年間は二度と挑んで来たいと思わせないようにご主人様との力の差を見せてあげるわッ!) 「やります」 そう言ってルイズは立ち上がり、颯爽と教室の前へ歩いていく。 「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を強く心に思い浮かべるのです」 にこっと笑いかけるシュヴルーズに頷くと一呼吸置いてから呪文を唱える。 「承太郎さん!あなたの『スタープラチナ』だ!」 「まずいぜ…!もう少しだけ離れねーと…!」 「『魔法』を使わせるなーーッ!!」 「いいや限界だ!隠れるね!『今だッ』!」 「射程距離5メルトに到達しています!S・H・I・T!」 生徒たちが一斉に慌て始める。 ジョニィはルイズの実力を見るいい機会だと呑気に見ていたが、前の席の生徒が机の下に隠れるのを見てイヤな予感がした。 何かヤバイと思った瞬間、教室が光に包まれたのだ! 「うおおッ!?ジャイロォォーー!?石ころが「爆発」したッ!?」 ジョニィはルイズがなぜ「ゼロ」なのかをやっと理解したのだった。 めちゃくちゃになった教室の片付けが終わったのは昼休みの前だった。 罰としてルイズ一人で片付けを命じられてしまったため時間がかかってしまったのである。 もちろんジョニィも手伝った───というかほとんどジョニィがやったと言ってもいいだろう。 新しい窓ガラスを手配したのもジョニィだし煤だらけの教室にモップをかけたのもジョニィだ。 ルイズは教室の隅でいじけてただけみたいなもんである。 「ルイズ…僕のほうは終わったんだが」 「………」 無言。気まずい。 どうしたものかとジョニィがしばらく悩んでいるとルイズが口を開いた。 「…あたしがなんでゼロかあんたにもわかったでしょ」 そう呟いた。明らかに落ち込んでいた。 そしてなぜかその姿には見覚えがあった。 ───いいところを見せるどころか恥を晒してしまった。 きっとゼロの意味を知ってジョニィもわたしを嘲り笑う。 そして見捨てる。役立たずと。誰からも認められない「ゼロのルイズ」と。 そう思うと悔しくて泣きたくなってきた。 そしてついジョニィにキツく当たってしまう。 「まあ、君の実力はだいたい解ったよ。あの爆発の威力はスゴかった」 「…言いたいことがあるならハッキリいいなさいよ!笑いたいなら笑いなさい!」 「…?ハッキリ言ってるじゃないか。君の実力もゼロの理由も理解した。別に僕は笑ってないだろ」 ゼロという言葉に反応してルイズはキッとジョニィを睨みつける。 「そう言って…きっと心の中では笑ってる!どんなに努力しても誰からも認めらない! 誰からも見捨てられる!わたしを「ゼロのルイズ」だって!」 ルイズは半分涙声になりながら続けた。 そこでジョニィははっとした。 先ほどルイズに見た誰かの姿は───僕だ。 魔法が使えないせいで誰からも認められない、そう言って一人ぼっちでいるルイズの姿は 歩けないせいで暗い病院で一人で絶望していたあのころの自分を思い出させた。 誰も関心なんか払わない。みんな見捨てる。観にさえも来ない。それが僕の進んでいる『道』 そう思っていた自分にそっくりだった。 ジャイロはそんな僕の限界を打ち破ってくれた。 ならば彼女にも───「何か」が必要なのではないか。 自分の限界を打ち破る、無限へと続く黄金の回転のような「何か」が。 「勉強もした!練習もした!それでも…できなかった!貴族なのに!メイジなのに! 魔法が使えないメイジなんて誰からも認められるわけがないわ!わたしは…わたしは!」 今まで溜め込んできたものを必死に吐き出すルイズの言葉をジョニィは遮った。 「『できるわけがない』」 「え…?」 「他の誰かができても自分はできるわけがない。いくら努力したってできるわけがない。君は今そう思っている。だから限界を感じている」 ジョニィはサンドマンとの戦いを思い出す。自分もそう思っていた。黄金の回転なんか『できるわけがない』と。 「でも本当に出来ないのか?僕の意見を言わせてもらえば君はあんな爆発を起こせるんだ。だったら…君が気付いてないだけで…何か小さなキッカケで…それを見つければできるのかもしれない」 ジャイロが自分の身を犠牲にしてまで教えてくれた黄金長方形を見つけた自分のように。 「そのキッカケが『何か』はわからないけど…。『少しずつ』…少しずつ『生長』すればいいじゃあないか…。今はゼロでも…その『何か』を探して少しずつ『生長』して…そして、そうすれば…最後に勝つのはそうやって『生長』した人間なんだから…」 そう言ってジョニィは教室を出て行った。 自分の言葉が希望になるかはわからないが…それでも『何か』のキッカケになればいいと願って。 一人残されたルイズは呆然と教室の扉を見ていた。 ───今あいつは何を言ったのだろう。彼の言葉には経験に裏付けされた根拠があった。 笑われるものだと思っていた。見捨てられると思っていた。 だがジョニィはそうしなかった。わたしを認めて励ましてくれたのだ。今はゼロでもいいじゃあないかと。 そう思うとルイズは───ただ嬉しかった。 だが素直になれない性格とプライドの高さが災いして次にでてきた言葉は 「ななな、なによ!つ、使い魔のくせして偉そうに!ま、待ちなさい!」 照れ隠しにそう言うと赤い顔を隠してジョニィを追いかけるように教室をでていった。 ───今日の昼ごはんはちょっと豪華にしてあげてもいいかな。 To Be Continued =>
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反省する使い魔! 第十話「インテリジェンス◆ビート」 キュルケの誘惑を振り切った次の日。 音石は今、学院の広場にいた。 つい10分程前に彼は目を覚まし、 昨日と同じようにルイズを起こそうと(もちろんギターで)したが 「今日は『虚無の曜日』だからゆっくり寝かせて・・・」 そう言われ、ルイズは再び眠りに落ちてしまった。 『虚無の曜日』………、つまり日本でいう日曜日のような 休みの日のことを言っているらしい…………。 そういうことならと、音石ももうひと眠りしようとしたが 窓から差し込む快晴の光や鳥の鳴き声。 とても二度寝できるような状況じゃなかった。 以前も述べたかもしれないが、音石は刑務所にいた為 その規則正しい生活習慣が完璧に体に染み付いたおかげで いやでも朝早くに目を覚ましてしまう。なんとも難儀な話である。 仕方なく音石は藁の上から立ち上がり、昨日と同じように 服にこびりついた藁を払い落とすと、ルイズの部屋を後にした。 ルイズの部屋を出ると、音石がまず最初に向かったのは シエスタとはじめて出会った水汲み場だった。 音石はそこで顔を洗うと、清々しい風を肌で感じていた。 肌でモノを感じる。音石はギタリストとして 常に音やリズムなどを肌で感じている。 そのため音石にとって、肌でモノを感じるというのは とても重要で素晴らしいことなのである。 そして現在に至る。 音石はその後、水汲み場からそのまま広場へと移動した。 そしてさらにそのまま、学院の男子寮、女子寮から 出来るだけ離れた広場の隅のところへと移動した。 「………さてと、ここら辺でいいか」 なぜ音石が男子寮、女子寮からできるだけ離れたかというと 彼なりの気遣いの配慮である。 なぜなら音石が寮から離れていったのにはわけがあったのだ。 「学院なんかでゆっくりと『コイツ』を堪能できる場所なんざァ 限られてるからなぁ。ここらへんなら寮にいる連中に 聞こえることもなけりゃあ文句言われることもねぇだろ………」 そして音石はそのまま『コイツ』こと、愛用のギターを手に持った。 ドギュウウウウーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!! 「YEAH!」 弦を指で弾き、発する音に合わせて体を激しく動かし、髪がなびく。 音石にとって、ギターを奏でている時間こそが何よりも幸せであった。 たとえ嫌なことがあってもギターさえ弾いてしまえば その嫌なことを忘れさせてくれる。 既に音石の頭の中には派手なステージでスポットライトを浴び、 歓声が降り注いでいる自分の姿が出来上がっていた。 彼は今、最高に満足している。 今振り返ってみれば、彼はこの世界でゆっくりと 心ゆくままにギターを演奏するのは今が始めてである。 召喚された最初の日にはライトハンド奏法、一回だけ。 その次の日にはルイズのお目覚めリサイタルや ギーシュの決闘の時に軽く弾いた程度である。 次第に音石の顔に大量の汗が溢れ出した。 しかし彼のギターのボディの材料、 中南米ホンジュラス産の1973年のマホガニー材が 彼の汗を呼吸するかのように吸い取り、 音石が汗をかけばかくほど、ギターの音が良くなっていった。 ネック部の弦には狂いがなく、100年間暖炉に使われてきた 超乾燥のくるみ材(盗品)を使用しているため、 音がビビることなく、音響的な渋い味わいを出している。 そしてなによりその渋い味わいの音を正確に 鳴り響かし引き出してるのは、ギターの材質関係なく 彼のギタリストとしての実力だろう。 ギュウウウーーーーーーーーーーンッ………… 「万雷の拍手をおくれ、世の中のボケども」【うっとり?】 【パチパチパチパチパチパチッ】 「おっ?」 ギターで一通り演奏し、ラストは自分の気に入っている 決め台詞で締めくくると、万雷とまではいかないが 小さな拍手の音が音石の耳に入った。 音石がその拍手のするほうへ振り向く。 そこに居たのは、ルイズと同じくらい小柄で水色の髪、 片手にはその小柄な体よりもはるかに長い杖、 もう片手には三冊の分厚い本をもっている少女だった。 音石はその少女に見覚えがあった。 確か召喚された日にギーシュに魔法で浮かされたとき キュルケと一緒にいた記憶がある。 その次の日には、シエスタが落としそうになった食器を 拾い戻す前に空を見上げていたとき、ドラゴンの上に 跨っていた記憶もあった。だが名前は知らない。 「お前は………確かキュルケと一緒にいた………」 「………タバサ、あなたは?」 「音石明だ……、いつからそこにいたんだ?」 「だいぶまえから」 「そうなのか?コイツ(ギター)に夢中だったから気付かなかったぜ。 なあ、……さっきのオレの演奏どんな感じだった?」 音石としては、ギターが存在しないこの世界の人間に、 どんな印象を持たれるか興味深かった。 「初めて聴く音……、変わってたけどなかなかユニーク」 「ふむ、まぁそんなモンだろうな。 それでタバサ、こんなとこでなにしてたんだ? 寮からだいぶ離れてんのに………」 「……どちらかといえばそれは私のセリフ」 「ははっ、ちがいねぇな」 「わたしは図書室に借りていた本を返しにいって あたらしい本を借りて、部屋に戻る途中に 奇妙な音が聞こえたから、気になって来てみたら貴方がいた」 「オレは随分と早く目が覚めちまってよぉ~~~………、 気晴らしついでに、腕が鈍ってないか確かめていたんだよ」 「腕が鈍っていないか?」 タバサが知る限りでは、音石はルイズに召喚されたときから ずっとギターを決闘中だろうと肌身離さず抱えていた。 そんな彼がまるで久しぶりに演奏するかのような 物言いに疑問を感じたのだ。 「………ん、ああ。ワケあって牢屋の中にぶち込まれててな。 ちょうど出所したところをルイズに召喚されたんだよ」 「………そう」 なぜ牢屋の中に入っていたのか………。 気にならないと言えば嘘になる。 しかし無理に相手の詮索するようなことはタバサはしたくなかった。 人はそれぞれにいろんな『過去』を背負っている。 楽しかった思い出、悲しかった思い出、悔しかった思い出、 そしてそんな思い出には必ず理由が存在する。 だからこそタバサは、目の前の男が牢屋の中に 入っていた人間であろうと、少なからず何か理由があるのだろう。 そう解釈したのだ。 他の生徒や教師がこの事実を知れば音石に対して 強い警戒心を抱くだろう。 しかしタバサは違った。ワケがあって『過去』を 知っている彼女だからこそ 音石に対して、警戒することもなかった。 「………ひとつ、質問がある」 「ん?」 だがタバサにはまだ気になることがあった。 それは…………。 「ギーシュとの決闘のときに見せた あれは…………………………何?」 「マジックアイテムを使った魔法だ」 当然嘘である。 音石は食堂でのマルトー達とのやりとりをもとに 自分のスタンドのことを誰に尋ねられたら マジックアイテムと言って誤魔化そうと 昨日の夜から考えていたのだ。 実は言うと音石はタバサが自分を尋ねたときから 『レッド・ホット・チリ・ペッパー』のことを 聞いてくるんじゃないだろうかと予想はしていたのだ。 なぜならここの生徒たちは決闘のこともあり ほとんどが確実に音石にビビッている。 それは昨日すでに音石も確信している。 (まあ、もともとそのつもりでの決闘なのだが) そのため、そんな生徒が自分に話しかけるなんて よほどの物好きか、プライドの高い馬鹿、 チリ・ペッパーの謎を探ろうとしている命知らず。 音石はそう考えていたのだ。 当然、スタンドのことを話しても音石に得はない。 ルイズやオスマンに話したのは彼らを自分なりに 信頼しているからだ。 仮にキュルケにスタンドのことを聞かれても 音石は絶対に岸辺露伴の名言『だが断る』と言い切るだろう。 「嘘」 「なにィ?」 音石の答えをタバサがバッサリと否定した。 「あんな亜人を呼び出す魔法は私は知らない」 「おいおい、世界は広いんだぜ? それに比べ、人間一人が脳みそにぶち込む記憶なんざ たかが知れてるんだ。世の中お前が知らないことなんて 腐るほどあるんだよ……………」 「…………………」 音石は知らないがタバサは俗に言う『本の虫』である。 授業中はおろか、出歩くときも本を凝視している。 今日のような休みの日は一日中部屋に篭って本を 読むのが彼女の楽しみである。 それ故に彼女は成績も優秀、あらゆる魔法の知識を読破している。 マジックアイテムも例外ではない。 だから音石に知らないこともあると言われて プライドが少し……だいぶ……ちょっと傷ついた。 「ならこれだけは教えてほしい」 「………なんだ?」 「あなたは…………どこの出身?」 (痛いトコつくなァーおい) 「ここからずっと遠い所だよ」 「遠いところ?」 「正直言ってオレにもわかんねーんだわ だいぶ離れているせいでな………… だからオレもここら辺の地理をよく知らねぇんだよ」 「そう…………」 音石が今答えられるのはこのくらいが精一杯である。 音石としてはいちいち答えてやる道理はないが、 もしもというときがある。 音石はあとでルイズにこの世界の地理や国のことについて 色々と教えてもらおうと考えていた。 ついでになぜ道理もないのにタバサの質問に答えたかというと 単なる気まぐれである。 「あ、オトイシさん!」 すると突然だれかに名前を呼ばれ、音石は振り返った。 やって来たのはシエスタである。 どうやら昨日と同じように洗濯をしていたようだ。 しかしなぜ水汲み場から広場の隅にきたのだろうか? 音石はそれが気がかりだった。 「おお、おはようシエスタ」 「あ、おはようございます!………あ、そうじゃなくて。 オトイシさん、ミス・ヴァリエールが探していましたよ」 「ルイズが?チッ、仕方ねーな。 んじゃあタバサ、そういうことだから…………いねェ」 音石が振り向きなおってみると いつの間にかタバサはその場を去っていた。 まるで雪みてーな奴だな、現れたと思ったら いつの間にか消えてやがる。 音石はタバサにそんな印象を感じながら、 シエスタと別れ、女子寮のルイズの部屋に帰っていった。 音石は知らない。タバサの二つ名がその印象どおり 『雪風』であることを…………。 そんなこんなで現在音石はルイズの部屋へと辿り着き ルイズの部屋のドアノブに手を掛けた。 【ガチャ】 「あ、オトイシ!ちょっとアンタどこ行ってたのよ!?」 「ギターの練習だ。つーかよ~~… どこに行こうがおれの勝手じゃねーか」 「もうっ!あんた、わたしの使い魔って自覚ある!?」 「はっ、オレにも人権ぐらいあってもいいと思うが?」 「ふん、まあいいわ。それはそうとオトイシ! ゆっくり寝て気分もいいことだし、 今日は街に買い物に行くわよ!」 「お!街か~、いいねぇどんなのか楽しみじゃね~か~ なにか買いたいモンでもあんのかルイズゥ~?」 音石からしてみれば召喚されて以来 この学院を一歩も外に出ていなったので この世界の街というのがどのようなものなのか かの有名なルーブル美術館を観光するかのようで 非常に楽しみで心が躍った。 しかしそれはそうとして、なぜ急に街に行くなどと 言い出したのか。そこに小さな疑問を感じていた。 「わたしじゃないわ、オトイシ。アンタのよ」 「オレの?」 「そっ、さすがに自分の使い魔をずっと藁で 寝かしておくのもなんだし。 今日はアンタ用の枕やモーフを買ってあげるのよ!」 そのルイズの言葉に音石は目を見開かせ、 やがてその顔に笑みが浮かび上がった。 「おいおいおい!なんだなんだァ~ルイズ! 随分とメチャ嬉しい事してくれんじゃね~か~~! こりゃ明日は空から槍が降ってくるぜェ、はっはっは」 「一言多いのよアンタは! そ、それと勘違いしないでよね! 使い魔の面倒を見るのは貴族として 当たり前のことなんだから!」 はいはい、笑みを浮かべながら音石は言葉を返し、 街に行くための支度を手伝い、 部屋を出る際に小さな袋を手渡された。 袋の中を見てみると、音石は「おおっ!」と声を上げた。 小さな袋の中には輝かしい金貨がギッシリと詰まっていた。 「財布を持って守るのも使い魔の役目よ」 「なるほどな」 「あ、それから。街に行くんだからスリとかに気をつけなさいよ?」 「わかった、任しとけ」 音石の頼りがいがあるような態度に ルイズはどこか安心したが、この時彼女は気付かなかった。 自分の使い魔が主人である自分の目を盗んで、 いつの間にか袋の中の金貨を四枚ほど抜き取り、 ポケットにいれていたことを。 音石明。この男、やはり悪党である。 ルイズはそのまま忘れ物がないか確認した後、 音石とともに自室を後にした。 学院の庭をルイズの後に続いて歩いていると 音石はあることに気付いた。 「おいルイズ、学院の門はあっちだろ? どこにいくんだ?」 「街までは結構距離があるから 乗り物を取りにいくのよ」 「乗り物?」 音石の頭に?マークが浮かび上がると 奇妙な小屋に辿り着き、中からシエスタが出てきた。 「シエスタ?」 「ミス・ヴァリエール。頼まれていたモノは 用意しておきました」 「そう、ありがとう。それじゃあここまで連れてきて頂戴」 「かしこまいりました」 貴族であるルイズの前では シエスタも給仕としての顔を覗かせており、 いつものシエスタからは想像も出来ない真剣な顔で ルイズに対処していた。 音石はそんなシエスタにどこか感心していたが、 次に彼女が連れてきた『モノ』を見て、体がぴたりと止まった。 「………馬?」 そう、馬である。二頭のでかい馬。 その小屋は貴族用の馬を置いておく厩舎小屋なのである。 「なあ、まさか……こいつに乗って?」 「そうよ、当たり前でしょ?」 あっさりと返答するルイズに音石の頭と肩はガクッ下がった。 (マジかよ~、なんかもっとこう…… 魔法を使った乗り物を想像してたぜ、 『アラジンの魔法のランプ』に出てくる 空飛ぶ魔法の絨毯(じゅうたん)的なモノをよ~~ うわァ~、一分前のおれ殴りてェ………) 「ちょっとオトイシ。どうしたのよ?」 「なぁルイズゥ~、オレ馬なんて乗ったことねぇんだけど」 「そうなの?あんたがいたトコって馬がいないの?」 「別にいねぇーわけじゃねぇんだが………」 そこで音石は、シエスタに聞かれると面倒だと判断し ルイズの耳元で小声で話しかけた。 「オレの世界じゃ自動車や自転車やらの 移動手段があるから、馬なんて普通つかわねぇんだよ」 「そうなの?」 「別に馬がいないってわけでもねぇんだが………、 趣味とかスポーツぐらいでしか生の馬自体みかけねぇんだよ」 「え、じゃあオトイシ。 あんた馬を直接見たのコレが初めてなの?」 「当たり前だ。こんなのテレビぐらいでしか見たことねぇーよ!」 はあっ、とルイズに口から大きな溜め息が出た。 「もう、仕方ないわね。ええっと…確かシエスタだったかしら? 悪いけどその馬たちを門の外まで連れてきて頂戴。 オトイシ、さすがに学院内じゃなにかとあれだし 学院の外で私が馬の乗り方を教えてあげるわ」 (ご親切ありがてぇんだが、すっげー乗りこなす自信がねぇ……) その後、音石はルイズのご教授の下、 乗馬についてとりあえず基礎から教えてもらい 貴族用の馬だけあってか、馬自身も利口でおとなしく 一時間半かけて音石は少しずつ順応していった。 しかしまあそれでもぎこちないのはお約束。 だがそれでも、わずか一時間半で 馬を走らせる程にまで扱えるようになれるのは、 成長性の高いレッド・ホット・チリ・ペッパーの本体である 音石本人の驚異的な順応性や学習性の高さあってのものだろう。 そんなこんなでやっとの思いで何とか馬に乗って 走らすなどのある程の技術を使えるようになった音石は ルイズの後に続いて壮大な草原を馬で走らせていた。 「はっはー!乗れるようになっちまうと 意外と楽しいじゃねーか!YES!GO!GO!」 「ちょっとオトイシ!あんまり調子乗ってると おっこちちゃうわよ!落馬ってとっても危ないんだから! あ、音石。そこを右に曲がって!」 ルイズよりも先行し、音石は馬を走らせ はじめての乗馬経験でテンションが上がっており 落馬の危険も顧みず、お構いなしに馬のスピードを上げていた。 しかし音石は知らない。 目的地であるトリスティン城下町は 馬で走らせても三時間かかるほどの距離にあることを……。 790 名前:反省する使い魔代理[sage] 投稿日:2010/09/27(月) 12 41 40 ID d/YP6Vt0 [12/27] そして一方こちらは、所戻ってトリスティン魔法学院。 そこはタバサの部屋である。 彼女は虚無の曜日を読書で費やすことを日課としており、 音石と出会う少し前に借りていた本を物静かに読みふけっていた。 【コンッ……コンッ……】 その静寂を小さく突き破ったのは 部屋のノック音だった。しかし誰かは見当がつく。 学院の教師に呼び出されるような心当たりはないし、 自分の部屋に尋ねてくる人物など『彼女』以外考えられない。 本来ならせっかくの読書の時間を無駄にしたくないので このまま無視するにかぎるのだが、タバサを違和感を感じていた。 扉のノック音に『彼女』らしい、活発で元気な感じがなかったのだ。 「………どうぞ」 タバサがそう言うと、部屋の扉はゆっくりと開かれ 入ってきたのはキュルケであった。 キュルケを見たとき、表情には出さなかったものの タバサは内心驚いていた。 キュルケの顔が見ているだけでわかるほど とても暗い表情をしていたからだ。 いや、表情だけじゃない。目の下にクマが出来ており よく見ると目元に乾いた後がある。泣いていたのだろうか? 791 名前:反省する使い魔代理[sage] 投稿日:2010/09/27(月) 12 42 25 ID d/YP6Vt0 [13/27] 「タバサ……、お願いがあるの…」 「……………何?」 とても暗い声、普段元気活発溢れる彼女からは 想像も出来ない声の低さにタバサは只ならぬものを感じた。 キュルケはタバサのかけがえのない親友だ。 その親友がこんな姿になっているなんて 余程のことがあったのだろうとタバサは察した。 「ルイズと……その使い魔のオトイシが 城下町に買い物に行ったの(シエスタから聞いた) 急いであの二人を追いかけないといけないのよ だからお願い。貴方の風竜、シルフィードの 力を貸してほしいの、わけは………聞かないで」 「…………………」 タバサは無言のまま部屋の窓を開き、口笛を鳴らした。 するとどこからか青い肌をした竜、タバサの使い魔 シルフィードが現れた。 「ありがとうタバサ」 タバサがシルフィードに跨ると、キュルケもタバサの後ろに跨り 学院から飛び上がった。向かう先はトリステイン城下町……。 一方その二人、ルイズと音石は トリステイン城下町の大通り、ブルドンネ街に辿り着いていた。 「…………………………………」 そして音石は、その一角の壁に手でもたれかかり 背中の腰辺りをさすっていた。 「もう!言わんこっちゃないわね! 乗馬初心者のあんたがあんな長い距離を 馬でとばしまくったら、そりゃ腰も痛めるわよ!」 「…………面目ない」 さすがに音石も言い返す言葉も見つからなかった。 調子に乗って墓穴を掘ってしまうのは彼の悪い癖である。 実質、三年前の杜王町の一件でも この癖が原因で散々な目にあっている。 音石自身もこの癖には反省しようと努力してはいるのだが 元々彼の性格上の問題もあってか、なかなか直せるものでもない。 しかし言い換えれば、そこが彼の魅力のひとつなのかもしれない。 「………もしまだ痛むんだったらここで待ってる? 私ひとりで買い物済ませるから………」 「……いや、大丈夫。だいぶマシになった」 「無理してないでしょうね?」 「無理なんてする必要があるかっての」 音石は大きく背中を仰け反ると、背中からポキポキッと 気持ちのいい音がなり、それと同時に腰の痛みを引いていった。 「そう、ならいいわ。それじゃいくわよ! はぐれて迷子とかにならないでよね」 ルイズが街中を歩き出し、音石もその後に続く。 しかし人ごみを進んでいるうちに音石はあることに気が付いた。 「それにしても随分と道が狭いな。ここって大通りなんだろ?」 音石が向こう側の壁とこちら側の壁を 目で測ってみると、だいたい5mぐらいしかない。 「そうよ、あんたの世界に比べたら狭いかもしれないけど こっちの世界のわたしたちからしてみれば コレぐらいが普通なのよ」 「まっ、そんなもんなんだろーな。認識の違いなんて」 「そんなもんなんでしょーね。あ、それはそうとオトイシ! ちゃんと財布持ってるわよね?まさか取られて無いでしょうね? いくらアンタでも魔法を使われたら一発なんだから 気をつけなさいよ」 「魔法?おいおい、魔法を使うって事は 貴族なんだろ?なのに盗みなんてするのかよ?」 「貴族にもいろいろいるのよ。 いろんな事情でその地位を追いやられて 傭兵や犯罪者に成り下がる奴もいるのよ」 「つまり没落貴族ってやつか? やれやれ、この世界の世も末だな」 何気ない会話を繰り返していると 一軒の建物に辿り着いた。服などが飾られてる ところから予想するとどうやら衣服店のようだ。 なぜ服屋に?とルイズに聞いてみると どうやら音石のための変えの服も注文してくれるそうだ。 「いらっしゃいませ貴族様」 店に入ると、早速店員がルイズに 貴族相手の丁寧な接客を行いはじめた。 「今日はどのような御用で?」 「使い魔のための服をいくつか注文したいの」 「こちらの御方ですか、かしこまいりました どのような衣装をご希望で?」 「そこは彼に任せるわ。オトイシ、どんな服がほしいの?」 「そうだな………」 音石は顎に手を置き、店にある衣装を眺め考えるが この世界の時代が時代なだけあってか はっきりいって、これだ!とくるようなモノはなかった。 「オレが今着てる服と同じやつは作れるか?」 音石がそう言うと、その店員は音石に 「失礼」と呟き、音石が着ている服を 手触りで調べ始めた。 「………なかなか変わった作りと材質ですね」 「ワケあって遠い地方から来てんだよ で、作れんのか?」 「ええ、少し手間取るかもしれませんが これならなんとか作れるでしょう。 ですが材質が材質のため少々値が張るかもしれませんが……」 「いいかルイズ?」 「ええ、お金はある程度多く持ってきてるから大丈夫よ でもいいのオトイシ? せっかくなんだしなんか別の服を買っても……」 「いらねぇよ、それにコイツ(今着てる服)には けっこう愛着があんだよ。これからなにが起こるかわかんねーし 予備に何着か持ってたって損はねーだろ」 「まっ、あんたがそれでいいなら もう何も言うことはないわ。 ………それじゃ、服が出来次第ここに送って頂戴。」 「かしこまいりました」 ルイズがなにかを書き記したメモと一緒に代金を支払い、 音石と共にその店を後にし、 今度は別の店で枕やモーフを購入し、 服と同じように学院に送るようにと注文した。 やることも一通り終え、二人は現在街を出ようと移動していた。 すると音石はあることに気が付く。 「なあルイズ、この裏路地抜けていけば 近道になるんじゃねぇのか?」 音石の言葉に、ルイズは脳裏にいままで記憶している この街の構図を展開し、道を辿らせる。 「確かに………、行けるかもしれないわね 事が早く済ませるのには越したことないわ 行きましょオトイシ」 ルイズ自体はその裏路地に入った経験はないが 記憶している街の間取り的に考えると なかなかの時間短縮になると予想したからだ。 しかしこのような薄汚い路地裏に足を入れるのは なにがおこるかわからないと抵抗はあったが、 自分にはオトイシという優秀な使い魔がいる。 そう考えると些細なことだと自然に思ったのだ。 そして路地裏を進んでいくと、四辻の道に入った。 「えっと、この道があーであの道があーだから……」 ルイズがその四辻でどの道に進めば 一番の近道になるか考えている一方、 音石はあくびをしながら路地裏の周りを 興味深そうに見回していた。 薄汚い野良猫、道端に散乱しているゴミ屑 そして殺風景な風景。 こうも絵に描いたような路地裏も逆に珍しい。 するとだ、音石の目にとある看板が目に入った。 その看板はファンタジーの剣の様な形になっており なにか文字が書いてあったが、 生憎音石はこの世界の文字が読めないためルイズに質問した。 「なァなァルイズ」 「ん、なによ?」 「あそこの看板、剣みてぇーな形してっけど ……もしかして武器屋か?」 「あら、よくわかったわね? 確かに武器屋だけどそれがどうかしたの?」 「行ってみよーぜ!」 「はぁッ!?なんでよ!? あんたなんなに強い能力もってるくせに 剣なんて持ってどうするつもりよ!?」 「別にほしいなんて一言も言ってねぇーだろー? 俺の世界っつーか国にはあんな武器屋なんて どこにもねぇからよ。興味あんだよ なあルイズいいだろぉ?ちょっと見るだけでいいからさ~」 「……はァ、仕方ないわね。 まっ、まだ時間には少し余裕あるし今回は特別よ?」 よっしゃ!と音石は歓喜の声を上げ、 早歩きでその武器屋に向かった。 店の中に入ると、壁に剣や槍が飾ってあり つぼの様な容れ物にもあらゆる武器が収納されている。 おお!すげェ!っと日本ではまず見れない光景に 音石は興奮を隠せず、店の見渡した。 すると店の奥からどこか胡散臭そうな主人が現われた。 797 名前:反省する使い魔代理[sage] 投稿日:2010/09/27(月) 12 47 10 ID d/YP6Vt0 [19/27] 「これはこれは貴族様! いらっしゃいませ、当店に一体どのようなご用件で?」 「別に用って程じゃないわ、ウチの使い魔が どうしても見たいっていうから連れてきただけよ」 「は、はァ。さようでございますか………」 店主は内心舌打ちをした。 (ウチの店は見世物じゃなく、商売をやってんだ! せっかくの貴族の客だってのにこのまま帰してたまるか! この世間知らずの貴族からたっぷりと金を搾り取ってやる!) 悪巧みを考えている店主の視線がルイズから 店に飾ってある武器を眺め回っている音石に変わる。 (このにいちゃんがこの貴族の使い魔だってんなら この貴族よりもこっちをうまく口車に乗せたほうが 効率がいいかもしれねぇな…………… 見たところ武器に興味があるようだし うまくいきゃあこの使い魔を通してあの貴族から ありったけの金を搾り取れるぜ!!) 「お客様、武器に興味がおありで?」 「ん?ああ、俺がいたところじゃあ 剣みてぇな武器なんて売ってねぇからな」 「ほっほー左様で……、どうです? せっかくですしなにかご購入なさってはいかがです?」 「必要ないわよ」 店主のあくどい接客にルイズが横槍を入れた。 さすがにその言葉に店主も戸惑ったが、 逆にそれを止めたのは音石だった。 「まぁまてよルイズ、このおっさんが 言ってることも一理あるぜ? せっかく来たんだし、なにか記念に買って帰るのも 悪くはねぇだろ」 「あんたに武器が必要だとはとても思えないんだけど…」 「世の中『もしも』って時がいくらでもあるんだ その『もしも』に備えとくのもありだと思うぜ?」 音石が言う『もしも』とは スタンドの射程距離のことである。 レッド・ホット・チリ・ペッパーは 電線などによる発電物がない限り、 その射程距離は一般の近距離パワー型と ほとんどかわらない。 ついでに近距離の場合の レッド・ホット・チリ・ペッパーの パワーの源である電力は音石の 精神力(スタンドパワー)によって補われている。 それ故にこの先この世界でどんなことが 起こるかわからない以上、ソレに備える必要がある。 例えば何らかの原因でまた貴族と対峙したとしよう、 彼らは基本、距離を置いての魔法を行使する。 コレが致命的であり、こちらのスタンドの射程距離に 相手が入らない限り、こちらは打つ手がない。 つまり音石は遠距離に対応できる武器がほしいのだ。 これはSPW財団から聞いた話なんだが かつて自分が『弓と矢』を使って生み出した二匹の鼠、 その二匹はどうも遠距離のスタンドを使っていたそうだが 仗助はどうもベアリングとライフルの弾を使って スタンド射程を補い、コレを撃退したそうだ。 その例もなる。用心に越したところで 別に損もないだろうと判断したのだ。 問題はどんな武器にするかだ。 「弓……いや、ナイフとかないか? こう……投げる用に有効なやつ」 「かしこまいりましたお客様、少々お待ちを」 店の奥に移動した店主は影で音石たちを嘲笑った。 (やりぃー!うまくいったぞ! この勢いでどんどんせしめ取ってやるぜ!!) 「これぐらいしか置いてありませんが如何でしょう?」 店奥から戻ってきた店主は、 木箱のケースに収納されているナイフを持ってきた。 音石はへぇ…っと呟き、ナイフを手に取り ダーツを投げるような仕草でナイフを動かした。 「お気に召しましたかな?」 「ああ、なかなかいいじゃねぇか。気に入ったぜ」 「そいつぁよかった。どうですお客様? そのナイフのついでにこちらの剣も如何です?」 すると店主はカウンターの下から、大剣を取り出してきた。 「我が店一番の業物で、かの高名なゲルマニアの 錬金魔術師シュペー卿の傑作で。 魔法がかかってるから鉄だって一刀両断でさあ どうです、美しい刀身でしょう? 今ならお安くしておきますよ?」 確かに見事な大剣である。宝石などもちりばめられ その美しさを引き出している。 しかし少々度が過ぎる感じがある。 その大剣を見た瞬間、特に興味もなく 退屈そうにしていたルイズがはじめて その大剣に興味を示した。 「あら、ほんとに綺麗な剣ね。一体いくらなの?」 「エキュー金貨で二千。新金貨なら三千ってところでさ」 「高すぎるわ。立派な家と、森付きの庭が買えるじゃないの もっと安く出来ないの?」 「貴族様ぁ~、勘弁してくだせぇ ウチも生活がかかっているんですよ」 (別に剣はいらねぇんだがなぁ) いつの間にか店主の交渉対象がルイズに変わってしまい 音石は何気なく陳列している武器を1つ1つ見ていると とある一振りの剣に目が止まった。 鞘の形状からすると日本刀のように反りの入った剣だった。 音石はなにか引き寄せられるかのように その剣に手を伸ばし……その剣を掴み取った。 「こいつはおどれぇーた、声もかけてねぇのに 俺をこの大量の武器の山から選び取るとは……」 すると突然、どこからか低い男の声が聞こえた。 音石は周りを見渡すが、自分とルイズと店主以外 この武器屋にはだれもいない。 「どこ見てんだよ……、あ~なるほどな 選び取れる筈だぜ。お前使い手か」 音石は耳を澄まし、声の発信源を探ってみたが その声はどうやら自分が持っている剣から放たれているようだ。 「剣が………しゃべってんのかッ!?」 「おうよ!オレはデルフリンガー様だ!!」 「それってインテリジェンスソード?」 「なんだそりゃ?」 「簡単に言えば魔法で人格が宿ったマジックアイテムよ」 「ふ~ん。インテリジェンスソードね~」 「こらデル公!!お客様に変なこと吹き込むんじゃねぇ!!」 「うっせえクソおやじ!!おいお前! 出会ってばっかでなんだが、お前オレを買え!!」 「はっはっは!こいつはおもしれぇー。 剣が売れ込みをしてるぞ!!」 「ちょっとオトイシ、あんたまさかその剣 買うつもりじゃないでしょーね!? インテリジェンスソードなんてやめなさいよ!! うるさくてかなわないわ! それにこの剣、よく見たら錆だらけじゃない そんなのよりこっちの大剣のほうがよっぽどマシよ!」 「世間知らずの貴族の娘っ子には 俺様のすばらしさなんてわかんねーだろーよ!! あんな見かけだけのデカイ剣なんかより オレを買ったほうが絶対得だぞ!!」 剣と人間との口論のなか、音石は少し考え あるいい方法を思いついた。 「なぁおやじ、この大剣は鉄も一刀両断できるんなら 当然それなりに頑丈なんだよな?」 「え?……あ、ええああそりゃあもちろん! なんたってこの剣は【パキィンッ!】かの有名な……え?」 店主は一瞬何が起きたのか理解できなかった。 しかし次第に何が起きたのか理解していった。 そう、高値で売りつけようとしていた大剣が 突然真っ二つに折れてしまったのだ。 「どうやらなまくらだったようだな」 「な、な、なァァーーーーーーーーッ!!? な、な、なんで!?け、剣が勝手に!?」 店主はせっかくの品物が使い物になれなくなった現実に 理解できないまま悲痛の声をあげていたが ルイズは音石がなにをしたのかしっかりと理解していた。 レッド・ホット・チリ・ペッパーを発現させ 中指で大剣をでこピンするかのように打ちつけたのだ。 その結果、大剣は真っ二つに折れたのである。 「ちょ、ちょっとオトイシ。あんたなんで」 「おいおいルイズゥ~。剣を買う買わない以前に オレにはコイツ(スタンド)があるんだぜ~~? 仮に剣を使うんなら、コイツの攻撃に 耐えられるような剣じゃねぇと意味がねぇだろ~?」 「お、おめー、今のは一体?」 手に持つデルフリンガーからも驚きの声が上がった。 「さすがに魔法で作られた剣だけあって 見えるようだな?さ~て…果たしてお前はどうかな?」 音石のレッド・ホット・チリ・ペッパーは デルフリンガーの傍に近寄り、 中指を親指で押さえ、でこピンの体勢にはいる。 「え!?お、おい!ちょっとまて…」 【ガァアアアンッ!!】 「いってえええええええっ!!!」 レッド・ホット・チリ・ペッパーの強烈なでこピンで デルフリンガーの刀身は大きな悲鳴を上げたが なんと剣は折れることなく、それどころかヒビも入っていなかった。 「………なるほど、上出来だ」 「あ、あんた。時々怖いぐらい無茶するわね……」 「褒め言葉として受け取っておくよ」 「で、でもやっぱりわたしの使い魔として もっと見栄がいいモノがいいわよ~、例えばそうね~…」 するとルイズが許可もなく店の奥に ずかずかと入っていった。 「え?ちょ、ちょっと貴族様!?」 ショックで落ち込んでいた店主も ルイズの勝手な行動に我に返り ルイズに制止の声をかける。 それでもルイズは足を止めず更に店の奥へと入っていった。 自分が貴族であることを鼻にかけているのだろう。 「しっかし汚い店ねぇ~~、掃除くらいしなさいよねぇ」 ルイズは自分のことを棚に上げながら 店に罵倒を浴びせ、店の奥の貯蔵庫を見回りはじめた。 するとだ……、散乱してる武器の中から 一本の剣がルイズの目に止まった。 ルイズはその剣を見た瞬間、一直線にその剣に歩み寄った。 「こういった薄汚いところに上等な掘り出し物があるって 以前だれかに聞いたことあるけど、 案外その通りなのね…。この剣、とても美しいじゃない こう言った剣こそ私の使い魔の持つものとして 相応しいわ…………。でも本当に美しいわね…… いっぺん抜いてみようかしら………」 ルイズはそのままゆっくりと その剣に歩み寄り、手に取ろうと手を伸ばした。 「ちょっと貴族様!さすがに困りますぜ!! ………ッ!?あァーーやばい!!! その剣を手に持っちゃだめだァーーーーーッ!!!」 ルイズを止めようと追いかけて姿を現した店主が ルイズがその剣を手に取ろうとした瞬間、 大声で静止の声をあげた。 しかし…………時既に遅し!! 店主が声を上げたときには ルイズはその剣を『引き抜いていた』! 店主に続き音石もデルフリンガーを手に ルイズを追いかけたが音石はルイズの顔を見た瞬間息を呑んだ その顔はまるで別人で、目には殺気が充満していた。 ルイズはその剣を手に振り返り 音石に向かってある言葉をささやいた。 「お前の命………、貰い受ける」 その剣にはデルフリンガーのように名前があった。 その名はアヌビス それ以上でもそれ以下でもなく それがその剣の名前だった。
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なんだ、このタイミングの悪さは。 まぁ、なんだかんだと機嫌を直したから良いものの―― まったく、子供のお守りも楽じゃない。 宵闇の使い魔 第伍話:錆びた剣 「あ――」 キュルケの部屋を出た虎蔵は、そのタイミングの悪さを呪った。 なにせルイズもまた、丁度自室から出て来たところだったからだ。 「――――よぉ」 そして尚悪いことに、ベッドに押し倒しながら緩めたネクタイはそのままだった。 ルイズは怒り狂った。 1時間ほどだろうか。 ルイズが延々とヴァリエール家とツェルプストー家の確執について語ったのは。 あまりに喋り続けてぜぇぜぇと荒い息になったルイズに、虎蔵が水を注いだグラスを差し出す。 ルイズはそれを受け取ると喉を鳴らして飲み干して「そういう訳だから、キュルケは駄目。絶対」と、 どこぞの標語のようなことを言い切った。 虎蔵は殆どを右から左に聞き流してから、 「まぁ、その辺りは置いておくとして、今日は何もして無いぜ」 と注げる。 キスはしたが、まぁあの程度は何もして無い範疇だ。 「ほんとかしら―――って、"は?"、"今日は?"って言った?」 「煙草吸いに出て行って、戻ってくるまで大体どんくらい掛かったよ」 と、後半は華麗にスルーして逆に問い返す。 ルイズはあっさりとそれに乗ってしまい、虎蔵が出て行った時間を思い出して―― 「1時間はかかって無いと思うけど」 「だろう。実際になにかイタしてたら、そんなもんじゃすまんだろうよ」 といって肩を竦める。 ルイズはイタしてという物言いに僅かに顔を赤くして、「そんなの解らないじゃない」と口を尖らせる。 それを聞くと虎蔵は、ルイズの方に手をやり、ベッドの方軽く押しながら、 「んじゃ、試して見るか」 と注げた。 するとルイズはその言葉を咀嚼するかのように固まり、次には一瞬にして茹蛸のようになって、夜にも拘らず 「ッッ―――馬鹿ぁぁぁぁッ!このエロ犬ッ!」 と怒鳴って、ベッドに飛び込んでは頭から布団を被ってしまった。 翌朝。 キュルケは昼前に目が覚めた。 ガラスの無い窓を見ると昨日の失態を思い出して、軽く溜息をつく。 だが同時に、胸の情熱の温度が上がった気もする。 昨夜、フレイムを使って呼び出した時点では、彼女の情熱は微熱から変わったばかりのもので、 言ってみれば今まで他の男子生徒に抱いていた思いとそれほどの差は無かった。 ――もちろん、それらの思いも立派な情熱ではあったのだけど―― 心中でそう呟いて、ベッドから降りて化粧を始める。 ただ、今までのと決定的に違ったことが一つある―――彼の引き際だ。 あんなにあっさりと帰られたことは無い。 あの状況――キスを、契約の物よりも情熱的なキスを交わして、ベッドに押し倒されて――で、特に惜しくも無さそうに帰られたのは、屈辱でもあるが、それ以上に彼女の情熱に薪をくべてしまった。 もし、その時の表情がダブルブッキングを責めるような表情であったりすれば、こんなことにはなっていないだろう。 だが、 ――そう、まるでふらっと入った喫茶店が満席だったから諦めた程度のような―― そんな表情であったのだ。 良いだろう、ならばなんとしてでも彼に思い知らせてやりたい。 このキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーが、そんじょそこらの喫茶店では無いということを。 彼女は生まれながら狩人なのだ。 そう心に決めると、姿見で完璧に彩った自らを確認して、意気揚々とルイズの部屋へと向かい、ノックした。 虎蔵が出てきたならば、抱きついてキスをしよう。 キュルケはそう決めて、なかなか反応の無いドアに《アンロック》を掛けて、ドアを開け放った。 結果として、キュルケは5分後には別の部屋のドアを叩くことになる。 キュルケが《アンロック》でルイズの部屋に乗り込んだ頃、タバサは自分の部屋で読書を楽しんでいた。 虚無の曜日は彼女が只管読書に没頭できる日である。 他人、自分の世界に対する無粋な闖入者を排除して、ただただ趣味に没頭して痛かった――が、 その降伏を打ち破るようにドアが激しくノックされる。 最初は無視を決め込んだが、しばらくするとさらに激しくなったので《サイレント》を掛けた。 しかし、その闖入者は諦めることをせず、《アンロック》を使ってまで部屋に入ってきた。 此処までするのは彼女――キュルケしかいない。 キュルケはタバサの本を取り上げてまで、切実に"恋"を訴える。 どうやらルイズと虎蔵がそろって出かけたのを目撃したらしく、シルフィードで追いかけて欲しいとのことだ。 なるほど、確かに馬で出て行ってしまったならば、ウインドドラゴンにでも乗らないと追いつけまい。 ならば仕方が無いかと、タバサはゆっくりと立ち上がる。 友人のキュルケが、自分にしか解決できない頼みを持ってきたのだから、面倒ではあるが受けるまでだ。 それに、キュルケとベクトルは違うが、あの使い魔に興味があるのは自分もなのだ。 「ありがとう!」と抱きついてくるキュルケを押しのけて、窓を開けて口笛を吹く。 そして彼女に「行く」と声を掛けると、椅子を踏み台に窓枠によじ登って、外に飛び降りた。 タバサが《レビテーション》で減速したのを見ると、キュルケもそれに続く。 その二人を「きゅぃきゅぃ」と鳴きながら受け止めたのはウインドドラゴンの幼生体。 タバサの使い魔、シルフィードである。 「どっち」 「んー、解らないのよね――慌ててたから」 そう言って肩を竦めるキュルケに対して、タバサは怒るでもなくシルフィードに告げた。 「馬二頭。食べちゃ駄目」 シルフィードは短く鳴いて了承の意を示すと、青い空へと舞い上がった。 その数時間後、虎蔵とルイズはトリステインの城下町を歩いていた。 事の起こりは今朝、着替えと朝食を終えたルイズが藪から棒に「街に行くわよ」と言い出したのだ。 なにやら、今日は虚無の曜日といって休日らしい。 ――休みなのに虚無て―― と思った虎蔵だったが、この世界での虚無という物が、既に失われた伝説の呪文系であることを思い出して突っ込みを自重した。 なにやら武器を買ってくれるということらしいので、わざわざ機嫌を損ねる事も無いだろうと判断した為だ。 虎蔵の戦い方は、比較的刀を"消費する"ため、幾らあっても損は無い。 ルイズの思考としては、昨夜のキュルケとの件で幾許かの焦りを感じ、とりあえず何か主らしいことを――と考えたといったところなのだろうが。 そんな訳で、二人はトリステイン最大の通りであるブルドンネ街から汚い裏路地へと入っていく。 ルイズは顔をしかめながら歩いているが、虎蔵は慣れたものだ。 「ピエモンの秘薬屋の近くだったから、この辺りのはずなんだけど――」 まるでルイズの方がはじめて来たのでは無いかといった感じできょろきょろと辺りを見回す。 「アレじゃねえか?いかにもな」 虎蔵がルイズの肩を叩いて示したのは、剣の形をした看板の店だった。 昼間だと言うのに薄暗い店内には、壁一面に所狭しと様々な武器が並べられていた。 店の奥にはパイプを咥えた50がらみの店主。 彼はルイズを見ると 「うちは真っ当な商売してまさぁ。お上に目を付けられるようなことなんか、これっぽっちもありませんや」 と警戒心を露にしていたが、二人が客であるということを理解すると、突然商売ッ気たっぷりに愛想を使いだした。 ルイズは虎蔵を促して、「ほら、なんか好みとかあるなら言ってみなさい」と告げる。 壁の武器を眺めていた虎蔵が店主の前にやってくると、鍛えられた長身に見慣れない黒ずくめの服と隻眼という出で立ちに、 店主は僅かに怯みながらも「どういったものを――」と問う。 「あー、ま、これ位の長さで片刃の剣だな。反りは控えめのだな」 と、虎蔵は割りと適当な感じで普段使っている刀に近い物を求める。 すると、店主はいそいそと奥に引っ込んでいった。 「どうせならもっと大きくて太いのにすれば良いのに」 「大きければ良いってもんじゃないってのは、お前の持論だと思ってたんだがな」 呟くルイズに虎蔵はそう答えて肩を竦める。 思わず怒鳴り返そうとしたルイズだが、店主が戻ってきたため睨むに留めた。 ――あいつのペースに乗ったら負け、負けなのよ―― 心中で葛藤するルイズを尻目に、虎蔵は何本かの剣を手に取っては軽く振り回してみる。 刀使いとはいえ、虎蔵ならば剣を持ってもそこらの剣士に引けは取らない―――が、 「いかんね。強度も切れ味もわるか無いが、バランスが悪い」 そういって全て突っ返してしまった。 店主はどれも名のある錬金魔術師が――などと言って勧めてくるが、先程見事な太刀筋を見せた虎蔵に素人が、 などと言う訳にも行かずにすごすごと剣を倉庫へとしまいに行くのだった。 「全部駄目って、じゃなんなら良いのよ」 と、ルイズは不機嫌そうに虎蔵を睨む。 折角買ってあげようと言うのに、これでは意味がないではないか。 と、そこへ――― 「よぉ、兄ちゃん。好みのがねえなら俺なんてどうだい」 乱雑に積みあがった剣の方から、低い男の声が聞こえた。 なんだろうかと二人が視線を向けるが、誰も居ない。 すると店主が戻ってきて「あ、こらデル公。てめぇ何言ってやがんだ。てめぇはサイズとかバランスとか以前の問題だろうが!」と怒鳴って、 剣の山の中から1.5メートルほどの薄手の長剣を取り出した。 「ほぉ――」 「インテリジェンスソード?」 虎蔵が感心した声を、ルイズが当惑した声を上げた。 虎蔵は興味深げに「見してみ」と言って、店主から長剣を受け取る。 「へぇ―――お客様のお求めとはサイズも違いますし、なんせこんななりですが――」 なぜか興味を示した虎蔵に、今度は店主が困惑の声を漏らす。 なにせ表面には錆が浮き、お世辞にも見栄えが良いとは言えないのだから。 「ふむ――五尺の大太刀だと思えば――」 と言いながら店や他の品に傷を付けないように験し振りをしてみる。 すると、今度はその長剣が大げさな声を上げた。 「おでれーた。あんた《使い手》か!どおりでどえらい迫力――が―――いや、まて。なんだこりゃ―――あんた、一体何もんだ!?」 最初は単純に賞賛の響きがあったのだが、途中から何かに驚愕し、ともすれば怯えすら感じられる様子になった。 それにはルイズと店主も困惑するが、虎蔵だけがくくっと笑って、 「なぁ、これ。なんやら混乱してるようだが、黙らせる方法はねえのか?」 と店主に問う。 店主は「へぇ――鞘に収めればとりあえずは――」と虎蔵に鞘を手渡した。 虎蔵はまだ何か叫んでる様子の長剣を鞘に収め、黙らせる。 「気に入った。こいつは幾らだ?」 「よ、よろしいので?」 「そうよ。もっと綺麗で喋らないのにしなさいよ」 ルイズだけでなく、売りたいはずの店主までが当惑して問い返した。 「なに真っ当に使うとすると、此処の武器は相性が悪い。なら、ちぃとでも面白いほうが良いだろう」 結局、虎蔵とルイズはその長剣――名をデルフリンガーというらしい――を買って店を出た。 と、店を出るとタイミングが良いのか悪いのか、 「あ、いた」 という声が聞こえたかと思うと、路地の向こうからキュルケとタバサがやってきた。 ルイズはあからさまに「げッ――」と言って嫌そうな顔をする。 しかしキュルケはルイズの様子などお構い無しに「探したのよー、ダーリン♪」と虎蔵の腕に抱きついてきた。 そしてそれを「ちょっと、往来で人の使い魔に何してくれてんのッ!」とひっぺがそうとするルイズ。 虎蔵は面倒そうに肩を竦めると、タバサになんとかしてくれ――といった視線を向けるが、彼女は首を横に振るだけだった。 「で、何買ったの?」 暫くしてルイズによって虎蔵から離されたキュルケは、しぶしぶといった様子で虎蔵が手にしていたデルフリンガーを覗き込む。 「喋る剣をな。今は鞘に入れて黙らせてるが」 「インテリジェンスソード」 タバサが呟く。 だが、それほど興味を引いた様子はない。 キュルケにいたっては、そんなのよりもっと綺麗で強そうなのにすれば良かったのに、と言ってくるほどだ。 どうやら、この世界では喋る武器はそれほど珍しくもないらしい。 とはいえ、どうも虎蔵の中の何かに気付いた様子だった。 《使い手》という言葉も、多少は気になる。 「ま、あれだ。ありがとよ」 虎蔵は未だに「もっと良いのでも買ってあげたのに」とぶつぶつ言っているルイズの頭を撫でて、そういってやるのだった。 その後、キュルケが虎蔵がいつも咥えている物――すなわち紙巻の煙草に興味を示したり、それの残りが少ないので葉巻でも良いからほしいと言う虎蔵に、キュルケがやたら高級そうな葉巻を買ってきたりと、 四人で――正確に言えば、賑やかだったのはルイズとキュルケで、虎蔵とタバサは引っ張りまわされた感が強いのだが――街中を歩き回った。 そして帰り道。 シルフィードで飛んでいくキュルケとタバサを追う様に馬を走らせながら、 ――やっぱり物じゃ駄目ね。魔法で、魔法を使えるようになってトラゾウに主としての威厳を示さないと―― ルイズはそんな決意をしていたのだった。
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前ページ次ページ重攻の使い魔 第3話 『決闘未満』前編 ルイズが教室を爆破したことで、せっせと後片付けをする羽目になっていたその頃、トリステイン魔法学院図書館、フェニア・ライブラリ内において、一心不乱に書物を漁る人物がいた。始祖ブリミルがハルケギニアに新天地を築いて以来の、全ての歴史が納められたこの図書館は非常に広い。高さが30メイルにもなる書棚が所狭しと屹立している様は圧巻の一言であった。 その中でも、機密性の高い書物や、著された時代が非常に古く、固定化の魔法を施してなお劣化を止める事のできない書物のような、貴重な書物が収められているのがフェニア・ライブラリである。教師以外の立ち入りが禁止され、その教師ですらそうめったには足を踏み入れないエリアにて、しらみつぶしに書物を調べていたのはコルベールだった。 なぜ彼がそのように必死になっているのかと言うと、昨日ルイズが召喚したゴーレムの左拳に現れたルーンが気に掛かって仕方がなかったからである。ルーンは珍しいものであったが、スケッチを取ったその時は思い出すことができなかったのだ。その後、非常に古いルーンだということは思い出したのだが、細かいことはやはり記憶の霞の向こうにあった。 幸い今日、彼の受け持つ授業は午後からであったので、こうして朝食も取らずに日が昇る前から探し続けているのである。9時間ほど探しているのだが、中々お目当ての書物を見つけ出すことができず、昼食の時間も迫りつつある。流石に昼食まで抜くわけにはいかないため、後1冊調べて駄目だったら明日に回そうと最後の書物を手に取り、なんとも幸運なことにその書物こそがコルベールの探していた書物だった。 その書物は、始祖ブリミルとその四体の使い魔たちについて記された古書だった。あるページにてコルベールの手が止まり、そこに記されている一節と図説に目を通すと、彼の顔に驚きと納得の二つの表情が同居した。コルベールは軽く始祖ブリミルに感謝の言葉を述べると、件の書物を抱え、学院長室へ向かって急いで走り出した。 コルベールが本塔最上階に位置する学院長室の扉を叩くと、室内から重々しい声で入るように告げられた。扉を開き室内に入ると、正面の学院最高権力者に相応しい調度が施された机に立派な白髭を蓄えた老人が座り、その傍に緑色がかった金髪の女性が控えていた。 「失礼します、オールド・オスマン。少しばかりお耳を拝借したいのですが」 「おやコルベール君ではないか。要件は手短にな。わしは昼食を取らねばならんからの」 「は。できればミス・ロングビル……人払いを願えますか」 古書を抱え、かしこまったコルベールの態度にオスマンは感じる所があったのか、昼行灯とした表情から一転、他人に何事も言わせぬ雰囲気を纏った。オスマンは傍に控えていた秘書のロングビルに退室を命じ、室内の会話を聞くことを禁じた。ロングビルは特に渋る様子も見せず、素直に学院長室を出て行った。 「して何事じゃ。なにやらただならぬ雰囲気じゃが」 「これをご覧下さい。このページです」 コルベールは先程のページをオスマンへと見せる。 「これは『始祖ブリミルと使い魔たち』ではないか。また古臭い文献を引っ張り出してきおったな。これがどうかしたのかね?」 「実は昨日、ヴァリエール公三女の召喚の儀式に立ち会いまして、その時に召喚された使い魔に刻まれたルーンに関してお伝えせねばならないと思い立ち、こうしてお時間を頂いているのです」 ブリミル教の始祖に関する書物、そしてそれが関係するルーン。予想される結論に、オスマンの顔は一段と険しい表情となり、コルベールへと先を促す。 「詳しく説明するのじゃ。ミスタ・コルベール」 ルイズの錬金失敗による爆発により、瓦礫の山となった教室を片付け終えたのは昼休みの直前だった。キュルケは最初こそルイズを見張っていたが、どうにも退屈で仕方なかったのか、気が付けば姿を消していた。ルイズはこれ幸いとばかりにゴーレムを使って瓦礫の片づけを進めることにしたが、それでもなお瓦礫の量は膨大であり、結局昼食の時間を過ぎてしまった。もしゴーレムなしで片付けていたら夕方になっても終わらなかったに違いない。ルイズは普段犬猿の仲のキュルケが姿を消してくれたことに心底感謝した。あの気に食わない女でもたまにはいいことをするものだ。 いい加減空腹を感じていたので、昼食を取ることために食堂へと向かう。昼食の時間は過ぎてしまったが、無理を言えばおそらくありつけるだろう。ルイズはゴーレムに労わりの言葉を掛け、次いで自分を抱えるように命じた。ゴーレムは素直に厳つい左腕を差し出し、その上にルイズが腰掛けると、静かに立ち上がり食堂へ向かってのしのしと歩き出した。 「なにかしら。食堂が騒がしいわね」 食堂の前に着くと、なにやら室内でヒステリックに怒声を上げる男の声と必死で謝っている女の声が聞こえてきた。ルイズは男の声に聞き覚えがあり、なんとなくだが怒りの原因も推測できた。 ぴょんとゴーレムの腕から飛び降りると、ルイズは食堂の扉を開いた。すると目の前で長身金髪の優男が顔を真っ赤にしながら、使用人の少女を激しく叱責していた。優男の顔が真赤になっているのは怒りだけが原因というわけではなかった。その端正な顔の両頬には鮮やかな紅葉が咲いていたのである。 「申し訳ありません、申し訳ありません! わたくしはただ落し物をお渡ししようと思っただけなんです!」 「それが余計なことだというんだ! 君の浅はかさのために二人の女性の心が傷付いたんだぞ! そしてこの僕の名誉も傷付けた! この責任、どう取るつもりなんだ!?」 「も、申し訳ありません、申し訳ありません! どうか、どうかお許し下さい!!」 顔面を蒼白にしながら必死で許しを請う少女に対し、優男は糾弾の手を緩めることはなかった。何が何でも少女を許すつもりはないらしい。周囲の生徒は面白い捕り物でも眺めるかのように、遠巻きにはやし立てていた。 ルイズはうんざりとした表情を貼り付けながら、優男に話しかける。 「ちょっとギーシュ、なにぎゃあぎゃあと喚いてんのよ。みっともないったらありゃしないわ」 背後から声を掛けられたギーシュと呼ばれた少年が振り向くと、憤然やるかたないといった顔をしていた。みっともないと言われたことで更に怒りを加速させたようで、ルイズに傲然と噛み付く。 「ふん、ゼロのルイズじゃないか。魔法も使えないメイジが僕に声を掛けないで欲しいね。みっともないのは君の方じゃないのか?」 「魔法が使えないからってなんだってのよ。あんたみたいに逆らえない女をいたぶる趣味の男の方がよっぽど格好悪いわよ。どうせ二股がバレて引っ叩かれたんでしょう。ほんと学習能力の無い男ね」 「……口には気をつけたまえよ。君がヴァリエール家だからといって、ここじゃ特別階級じゃないんだ。何かあっても生徒間の問題で済むからな」 ギーシュの二つの紅葉を咲かせた顔は更に赤く染めあがり、見るからに怒りは頂点に達していた。その口はどうにも穏便ならない言葉を抑えきることはできないようで、感情に任せるままに言い返す。 「なに? それでわたしを脅してるつもりなの? あんたがその節操のない下半身をどうにかすればいい話でしょう。誰彼構わず突っ込んでんじゃないわよ」 ルイズの軽蔑を込めた揶揄に、ついにギーシュの怒りが炸裂したようだった。一段とヒステリックな怒声を上げる。 「いいだろう! ここまで僕を侮辱すると言うことはそれなりの覚悟があるんだろうな!? どちらが上なのか分からせてやるよ!」 ギーシュは胸のポケットから花を一輪取り出すと、さっと振り上げ声高に宣言した。 「決闘だ!!」 最後にヴェストリの広場へ来いと言い放ち、ギーシュが憤然と食堂を飛び出していくと、ルイズは思わず溜息をついた。怒りで周りが見えなくなっているらしいギーシュは、扉の外に立っていたゴーレムにすら気が付かなかったようだった。ルイズは何となく悔しい気分になっていたが、まあどうでもいいことであった。床にへたり込み、すんすんと泣き続けている少女に、とりあえず声をかける。 「あのさ、あんたなにやらかしたの? あいつが二股ばれたってのは間違いなさそうだけど、なんであんなに怒ってたのよ?」 「み、ミス・ヴァリエール……。その、実は……」 少女ははらはらと泣きはらしながら、訥々とこの騒ぎの原因を語り始めた。少女の話によると、ギーシュが香水の入った瓶を落とし、それに気付いた少女が拾い上げて渡そうとした。そのときギーシュは友人に異性関係を尋ねられ、何とかはぐらかしている最中だった。少女が拾った香水はどうやらモンモランシーと呼ばれる少女のものだったようで、それに気付いた友人達がモンモランシーと付き合っているのかと囃し立てた。運の悪いことにその場には二股相手のケティと呼ばれる少女が居合わせていたらしく、涙目でギーシュに詰め寄ると、別れの言葉と平手を叩きつけ、走り去ってしまった。更に今度は二股を知り怒り狂ったモンモランシーが、有無を言わさずギーシュに絶縁状を叩き付けた。そして一連の痴話喧嘩のきっかけとなった少女を糾弾していたと、そういう訳であった。 「ほんとに馬鹿じゃないのあいつ。全部あいつの自業自得じゃない」 少女の話を一通り聞こえると、ルイズは心底呆れ返っていた。 「わ、わたくし、もうどうすればいいか分からなくて……うくっ。い、一体これからどんな目に遭うのか……ひぐっ」 使用人の少女は尚も青白い顔のままぶるぶると震えていた。使用人、いわば平民は貴族に対し抗うことはできない。たとえ理不尽な糾弾だったとしても、平民はそれを受け入れるしか選択はないのだ。貴族と平民。その間には社会的地位や魔法の有無など、厳然たる壁が立ちはだかっている。 一介の平民がそのような貴族の怒りを買うということは、すなわち死を意味する。魔法であっさりと殺されるか、拷問にかけられて殺されるか。しかも酷い時には自分ひとりではなく、一族郎党処刑されることもありうる。もしくは殺さずに人身売買にかけられ、どこかの好事家の貴族に売り飛ばされてしまう。死なないにしても、人生と言う意味では死に等しい。使用人の少女は、自らの暗い未来に絶望し、恐怖に震えているのだ。 ルイズは別にこの件に関わる必要などなかったのだが、ゴーレムを使い魔としたことで気が大きくなっていることと、教室爆破の事後処理で不機嫌になっている所にギーシュの馬鹿げた怒りを目にしたことで、つい売り言葉に買い言葉で決闘騒ぎにまで発展させてしまった。とはいえ特にルイズは決闘の心配などしておらず、それよりも空腹が気になって仕方がなかった。 「あーもう、もう泣くんじゃないわよ。決闘を申し込まれたのはわたしだし、そもそも悪いのはあいつなんだから」 「で、でも……」 「デモもストもないわよ。いい加減あいつの馬鹿面には辟易してたところだし、わたしがお仕置きしてやれば少しはおとなしくなるでしょ」 実の所、ルイズとしてはこの決闘は願ったり叶ったりだった。私闘は規則で禁止されているものの、自分を馬鹿にしてくる連中を黙らせるのには丁度いい機会だ。一度のお咎めで今後の雑音を排除することができるのなら安いものだ。ここいらで自分の使い魔に戦わせてみよう。 「でさ、あんたなんて名前なの? まだ聞いてなかったけど」 「す、すいません。わたくし、シエスタと申します……」 「そ。ならシエスタ、今回は特別にあんたの厄介事をわたしが引き受けてあげるわ」 貴族であるルイズから発せられた言葉にシエスタと名乗った少女も含め、周囲は騒然となる。みな貴族が平民に肩入れするとは信じられないと言った表情であった。シエスタはかけられた救いの言葉に感極まったようで、手を胸の前に組みながらルイズに感謝の言葉を述べる。 「ほ、本当ですか!? あぁっ、ありがとうございます!」 「本当よ。ただわたしお腹すいてるから、昼ごはん持ってきてちょうだい。決闘するにしてもその後よ」 「は、はい! ただいまお持ちしますぅ!!」 シエスタは一目散に厨房へと走り去っていく。その後姿を眺めた後、ルイズはゴーレムを呼び、自分の席へと向かう。ゴーレムが食堂にのそりと入ってくると、扉付近に群がっていた生徒達は雲の子を散らすように逃げていった。昨日の夕食と、今朝の朝食で、もうすでに2度、目にしているはずなのだが、未だ慣れないらしい。遠巻きにひそひそと囁きあっているのが見える。 シエスタが昼食を運んでくると、有象無象の囁きなど気にもしないといった態度で、ルイズは食事を始める。このゴーレムがいる限り自分はゼロのルイズじゃない。ルイズにとってゴーレムとは自信の象徴だった。 ヴェストリの広場とは、魔法学院の敷地内『風』と『火』の棟の間に位置する中庭のことである。ここは学院の西側に位置するため、日中でもあまり日が差すことはなく、薄暗く常にひんやりとした広場だった。先程食堂で怒りを振りまいていたギーシュはここを決闘の場と決めた。 ギーシュは不機嫌の絶頂にあった。あの後、ギーシュの後を付いてきた友人達が脂汗を浮かべた顔でしきりに決闘するのはやめておけと言うのだ。ヴァリエールの使い魔のゴーレムは普通ではないと。 (この僕がゴーレムでの戦いで敗れると思っているのか!?) そう、ギーシュは『土』のメイジであり、ゴーレムを駆使して戦う人間だった。その彼がゴーレムでの戦いで勝ち目がないと言われれば、プライドを傷つけられるのは想像に難くなく、事実ギーシュは友人達に抑えきれない怒りをぶつけていた。 (今までゴーレムを使ったこともない、落ち零れのゼロのルイズめ。偶然高位のゴーレムを召喚したからっていい気になりやがって! あんな図体がでかいだけのウスノロゴーレムなんてワルキューレでズタズタにしてやる!) ギーシュは怒りで平静を失ってはいたが、自らの使うワルキューレ単体であのゴーレムに勝てるとは思っていなかった。自らの戦いの極意は7体のワルキューレによる波状攻撃。それならば、あの見るからに鈍重そうなゴーレムを屠ることなど容易い。ギーシュはそう考えていた。 昼食を取り終え、食堂を出て指定された広場に向かう間もシエスタはルイズとゴーレムにぴったりとくっ付いてきた。先程からいつまでもありがとうございます、このご恩は忘れません、だのとしつこく感謝の言葉を掛けてくるので、ルイズはいささかげんなりとしていた。貴族の少女に巨大なゴーレム、そして使用人の少女という酷く不釣合なトリオを組みながら決闘の場へと足を進める。 「諸君、決闘だ!!」 「ギーシュが決闘するぞ! 相手はゼロのルイズだ!」 どこから聞きつけたのか、ルイズ一行が広場に到着すると、そこには人だかりができていた。ギーシュの宣誓に盛り上がる観衆の声がルイズの鼓膜を震わせる。ギーシュはルイズの方向を向くと、怒りで歪んだ剣呑な表情を見せた。 「とりあえず、逃げずに来たことは褒めてあげようじゃないか」 「誰が逃げるってのよ」 ゴーレムを引き連れて現れたルイズは、何を馬鹿なことをと言わんばかりの態度で応酬する。 「さて、観客を待たせるのも申し訳ない。今すぐ始めようじゃないか」 ギーシュはそう言うと、やはり胸ポケットから一輪の薔薇を取り出し、さっと優雅に振り上げた。7枚の花びらがはらりはらりと宙を舞ったかと思うと、瞬時にして女戦士を象った人形の姿となった。 「『青銅』のギーシュ・ド・グラモン。7体のワルキューレでお相手する。君の使い魔もゴーレム、僕が使役するのもゴーレム。よもや数が不平等だなどとは言うまいね?」 ギーシュは挑発するが、ルイズはどこ吹く風であった。メイジと使い魔は心で繋がるもの。このゴーレムの心を感じることはできないが、強靭な体から力が発っせられているのを感じる。教師も力があると認めた使い魔だ。こんな優男ごときに負けるはずがない。根拠は薄いが、ルイズは自らの使い魔の勝利を確信していた。 「さあ、あの馬鹿を死なない程度に懲らしめてやりなさい!」 ルイズはゴーレムへと威勢よく命令する。主人の命令を受け、ゴーレムの瞳がにわかに明るくなる。ゴーレムの肉体に秘められた力の一端が今、解放されようとしていた。 前ページ次ページ重攻の使い魔
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浮かぶ雲によって太陽が遮られた草原の真ん中で、少女は呆然と目の前の地面を見つめていた。 周りからは先程までの喧騒が消え、異様な静寂で満ちている。 何回も失敗を重ね、他の生徒に嘲笑されながらもやっと「サモン・サーヴァント」に成功した その少女、ルイズ・フランボワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの前には、彼女が今召喚したばかりの使い魔がいた。 しかしその使い魔は、彼女が望んでいたドラゴンやサラマンダーなどの幻獣の類ではない。 また、烏や梟、猫や大蛇などの普通の動物でもなかった。 彼女が使い魔として呼び出したもの、そう、それは―――― 植木鉢に植えられた、一本の『草』だったのだ。 「…………何なのよ、これ」 彼女の呟きは、静寂の中を悠々と横切る風に流されていった。 使い魔はゼロのメイジが好き 第一話 何故使い魔を呼ぶ神聖なる儀式「サモン・サーヴァント」で単なる『草』が召喚されたのか、 そしてこれは、一体何なのかというルイズの疑問は、 「…………ぶあっははははははははは!!」 彼女の召喚を見ていた生徒の一人が発した笑い声によってかき消された。 ガラガラ声で笑い続ける彼はその手でルイズを指さし、可笑しくてたまらないというような声で喋り出す。 「流石は『ゼロ』のルイズだぜ!召喚の儀式でただの草を呼び出すなんてよ!」 その声で我に返ったほかの生徒は、彼に同調するように笑い出す。中には、ルイズに罵声を浴びせる者までいた。 「そうよ、珍しく成功したと思ったらこれだもの」 「使い魔ぐらいきちんと呼べよ、ゼロのルイズ!」 「どういう事だよッ!クソッ!草って、どういう事だッ!魔法ナメやがってクソッ!クソッ!」 「……ちょっと間違っただけよ!失敗なんかしてないわ!」 彼らの嘲笑混じりの罵声に、彼女は耳まで真っ赤にして反論する。 そして後ろを振り返り、儀式の監督を行っていた教師に叫んだ。 「ミスタ・コルベール!召喚のやり直しをさせて下さい!」 すると、生徒達の間からローブを纏った頭髪が寂しい男が姿を現した。その表情は困惑しきっている。 彼こそが儀式を監督していた教師、コルベールだった。 「うむ……これは……」 滅多に見ない彼の困った表情を見て、ルイズはもう一度チャンスが貰えるかもしれないという淡い期待を抱いた。 だが、その期待は次の言葉により砕かれることになる。 「いや、それは駄目だ。どんなものを呼び出そうと、召喚だけはやり直す事は出来ない」 その返答に、ルイズは少し苛立つ。やり直せないならどうすればいいのだ。こんな草が使い魔になっても、一体何を してくれるというのだろうか。 いつのまにか出てきた太陽に照らされて、強く輝く彼の頭。それを見るも無残な事にしてやろうか、そんな事を考えている間も コルベールの話は続いていた。 「君も分かっているだろうが、今回呼び出した使い魔で今後の……」 そこまで話したところで、唐突に彼の言葉が止まる。 想像の中で彼の頭の焼畑農業を行っていたルイズも、それに気付いて顔を上げた。 「どうかしましたか?ミスタ・コルベー…」 「み、ミス・ヴァリエール!君、あの『草』に何かしたか?」 その視線はルイズの方には向いていない。ルイズの後ろ、さっき召喚した草の方に向けられていた。 コルベールの顔からはさっきまでの困惑が吹っ飛び、ただ驚きと狼狽の色だけが浮かんでいる。 「『草』ですか?別に私は何もしてませんけど」 急に変わった彼の表情を、彼女は訝しみながら質問に答える。あんな草の何に驚いているんだろう、この人は。 「ならッ!ならあれは何なんだミス・ヴァリエール!答えなさい!」 彼の表情が「驚き」から「焦り」に変わった。まるで、信じられないものでも見たかのように。 その表情に圧倒され、ルイズも後ろを振り返る。半分はこの男に対する呆れの気持ちで、そしてもう半分は恐れの気持ちで。 そして彼女は、本当に信じられないものを見る。魔法を自由に扱うメイジでさえ、思わずうろたえるものを。 後ろを振り返って草を見たルイズ、その鳶色の瞳が瞬時に驚きと困惑、そして恐怖に塗り替えられた。 彼女が呼んだ『草』――――さっきまで確かに萎れて土の上に倒れていたはずの『草』が、起き上がっていた。 言葉さえも出ないルイズとコルベール、そして事の異常さに気付いた生徒達が見守る中、その草はゆっくりと起き上がる。 乾いた地面に水が染み込むように、ゆっくりと、だが力強く。 そして完全に起き上がった『草』は、一度大きく震えると、人間でいう『頭』のような部分を持ちあげる。そこには、猫のような 目と口が存在していた。 不意に、生徒達の一群がどっと崩れた。未知の植物に恐怖した生徒が、この場から逃げ出そうとしたらしい。 逃げようとした生徒と留まろうとした生徒が入り乱れ、たちまち辺りは混乱した。 そんな混乱を愛らしい二つの瞳で見つめながら、この世界に召喚された『猫草』は、そんなの関係ないねとでも言うように 小さな欠伸をして、ウニャンと鳴いた。 To Be Continued...?