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>>back >>next 「とら……さまですか? ええ、こちらにいらっしゃいましたよ。『テロヤキバッカ』を三十個、大至急……とのことでした。マルトーさんと私で、大急ぎで作ったんです」 シエスタの言葉に、ルイズはそう……と俯いた。やはりとらは出かけたのだろう。『テロヤキバッカ』三十個なら、とらの食べる速度を考えれば、もってせいぜい二日だろうが……。 ルイズはこほんと咳払いして、メイドに尋ねる。 「そ、それで……何か言ってたかしら? いつ帰るとか、どこに行くとか……」 「いいえ。特には……申し訳ありません」 「そう……」 あ、これ東方からの珍しい品なんですよ、と言いながらシエスタはティーポットからお茶をカップに注いだ。ありがと、と言って受け取るルイズ。 シエスタは少し微笑んだ。メイジとはいえ、ルイズはまだ小柄な少女である。 「お口に合えばいいのですけど……」 貴族ということを差し引いても、威圧感のあるあの使い魔に比べれば、ルイズのほうがシエスタにとっては怖くなかった。 とらが膨大な量の『テロヤキバッカ』を消費するため、自然とルイズとシエスタが話すことは多くなっていたのである。 しかし、どうも今日のルイズはそわそわとして落ち着きがないようだった。せっかく出したお茶にも手をつけようとしない。シエスタはルイズの顔を覗きこんだ。 「あの……ミス・ヴァリエール。とらさまがどうかなさったんですか?」 「え、ええ。その……ちょっと、ちょっと用事で出かけてるから、それだけなの」 「はあ……」 だったら主人が行き先ぐらい知ってそうなものだ、とシエスタは思う。もっとも、そんなことをわざわざルイズに言おうとはしなかったが。 厨房に漂う気まずい空気と沈黙に、ルイズはそろそろと立ち上がった。 「ええと、もう行くわ。ありがとうね、シエスタ」 「はい……あ、ミス・ヴァリエール、その……」 シエスタの声に、何?とルイズが振り返る。シエスタは自分の用件について話そうか話すまいか迷ったが、やがてあきらめたように頭を振った。 どうやら、とらは不在のようだし、ルイズには用事がありそうだ。今ルイズに話すのはやめておこう、とシエスタは考えた。 「その……今晩にでも、お部屋に伺ってよろしいでしょうか? ミス・ヴァリエールととらさまに、お願いしたいことがあるんです」 「私と、とらに……? え、ええ、いいわ。いらっしゃいな」 「はい!」 にこにこと笑顔で頷くシエスタに、ルイズの胃はまたちょっと痛くなった。うう、と懐に手をあてる。 (どうしよう……とら、今日中に帰ってくるかしら……) ドアを閉めながら、シエスタに安請け合いしてしまったことを後悔しはじめるルイズであった。 一方……、厨房ではシエスタが、緊張から解放されたように、ふう、と溜息をついた。平民のシエスタにとって、やはり貴族と喋るのは気を使うのであった。 (ああ、ミス・ヴァリエール……お茶を召し上がってないわ……そんなに慌てていらしたのかな) 夜に訪問する時に、もう一度お茶を持っていこう。そう考えながら、シエスタはティー・カップを片付けた。 「……それで、私のところに来たってわけ? まあいいけど。ねえ、ルイズ。あなたもう少しちゃんと使い魔の管理をできないのかしら? だいたい、使い魔に朝起こしてもらってるなんて……やれやれね」 「だって……」 ベッドに腰掛けたキュルケは呆れたように言った。ルイズはとらの行方について知らないか尋ねに、キュルケの部屋に足を運んだのだった。 ソファーのに座ってもじもじとクッションをいじるルイズに、キュルケははあ、と溜息をつく。この友人はタバサと違って、自分の使い魔に振り回されているようだ。 (まあ、あれだけ強力な幻獣を操れってほうが無理かしらね……) スクウェア・クラスでもあれだけの幻獣を使い魔としているのはまれだろう。 「でも、あなたもう少し考えたら……? 使い魔が起こしてくれなかったから寝坊して授業に遅れて……それであのとらを使いこなすメイジになれるわけ?」 「わ、わかってるわよ……キュルケ、なんだか最近説教じみてるんじゃない? エレオノール姉さまじゃあるまいし……」 「あんたが子供じみてるんでしょう、ルイズ」 ぐ、とルイズは言葉につまる。ルイズだって、日々あせっているのだ。魔法の腕は『ゼロ』のルイズの名の通り、一向に上達しなかった。 最近、とらに貰った『錫杖』を使う訓練をしているタバサにお願いして、ルイズも一緒にやってみたことがある。 そちらも見事に失敗し、「向いてない」とあっさりタバサに言われたばかりである。 「私だって……その、立派なメイジになりたいわよ。別に強力なメイジじゃなくていいから……普通の呪文を普通に扱うような」 (ふぅん……そりゃまあ、ルイズも悩んでるのよね……あたりまえか) 血統だろうか、生まれつき『火』の系統の素質に恵まれ、トライアングル・クラスの実力を持つキュルケにはなかなかルイズの悩みは実感できない。 とはいえ、ルイズが人一倍努力していることはキュルケも知っていることだった。 「……ルイズ、あなた一度、使い魔から離れてみたら? あんまり大きな力に頼ると、自分を見失うわよ。 無理や背伸びをしないで、まずは自分にできることは何なのか、それを見つけなさいな」 ま、父の受け売りだけど、とキュルケは付け加える。ルイズはぎこちなく頷いた。 恥ずかしがっているのがわかって、キュルケはくす、と笑った。少しからかいたくなって、思い出したような調子でキュルケは言う。 「あー、そうそう、あなたの使い魔だけど……心当たりは、あるといえばあるわね」 ルイズががばっと跳ね起きた。 「どどど、どこよ!? というか、なななんで黙ってたのよ? キュルケー!」 「あら、だから今、こうしてちゃんと言ってるじゃない……ルイズ、あなた、慌てすぎて、大事なひとを忘れてない? いるでしょー、あなたと同じぐらいとらに惚れ込んでるのが」 あ、とルイズが固まった。 確かにキュルケの言うとおりであった。なぜいままで忘れていたのだろう。ルイズはぐっと拳を握る。 大きい胸、青色に染まった長髪……最後に、ルイズの頭の中で「るーるーるー」と歌声が流れ、ルイズは怒りにぶるぶると震えだした。 「ああ、あの……ククク、クソ竜っ……!」 「あらやだ、下品ねー。さーて、タバサのところに行くとしましょうか?」 今にも駆け出しそうな様子のルイズに、クスクスと笑いながらキュルケは立ち上がった。 (……困った) そのとおり、タバサは非常に困っていた。 シルフィードととらを『雪の精霊』退治に送り出し、『サイレント』の魔法をかけて読書に没頭していたら、血相を変えたルイズとニヤニヤ笑うキュルケが部屋に飛び込んできたのである。 とらはどこに行ったのか――そう怒鳴るルイズに、表情には出さないものの、タバサは冷や汗をかいた。オーク鬼よりも恐ろしいルイズの剣幕であった。 ガリア王家の任務をとらに代行してもらったのだ、とは言いにくい。わざわざ偽名を使ってトリステイン魔法学院に通っているのも、周囲への迷惑を避けるためである。 ここで自分の正体を明かせば、ルイズやキュルケに迷惑がかかるかもしれない……そう思うと、本当のことを言うわけにはいかなかった。 (ここは嘘を突き通すしかない。杖は振られたのだ) そう決意を固めたタバサは、芝居がかった仕草でぽんぽんとルイズの肩を叩いてみせた。そして、残念そうに首を振る。 いつものクールな様子とはずいぶん異なるタバサの仕草に、ルイズが怪訝な表情になる。 「二人とも……今回のことをとても『楽しみに』している様子。邪魔はしたくない」 ピシ、とルイズが固まる。 もっとも、とらが『楽しみ』にしているのは『雪の精霊退治』なのであるが……タバサはあえてそこには触れないでおく。 「……シルフィードは『一生のこと』と言っていた。私もその言葉に心を動かされた」 シルフィードは確かに『一生のお願い』と言っていたので、これぐらいのアレンジは許されるとタバサは勝手に判断した。 だんだんルイズの表情が暗くなっていく。 同情に心を痛めながらも、もう一押しだとタバサの心に何かが囁いた。 使い魔の見たもの、聞いたことは主人にも伝わる。タバサはシルフィードの声を聞きながら、適当に脚色を加えることにした。 『ほらほらとらさま、急いで急いで! アイーシャさんに会わなくちゃならないんだから! なんとしてもこの恋はかなえてあげなくちゃ! ああ、とらさまの背中ふかふかで気持ちいいのだわ。るーるる、るるる』 都合の良さそうなシルフィードのセリフに、タバサはこほんと一つ咳払いした。 「……シルフィードは今、あなたの使い魔に抱きついている……シルフィードは言ってる ……『ああ、とらさま――(の背中ふかふかで)という部分をタバサは省略した――気持ちいいのだわ。るーるる、るるる』……」 「あらまあ、情熱的ね」 キュルケが合いの手を入れる。ルイズは茹でたカニのように真っ赤になった。 ルイズをごまかすのには、これで十分であると判断したタバサは、これ以上の追及を避けて、さっと本に顔を落とす。 それっきり顔を上げようとしないで黙り込んだ。 死にかけの金魚のように口をパクパクとさせていたルイズが、真っ赤な顔になりながらも、ようやく声をだした。 「そ、それで……続きは……?」 「……言えない。恥ずかしい」 「とらは、とらは何て言ってるの!?」 「……言えない。恥ずかしい」 唖然とするルイズ。その鳶色の瞳に、じんわりと涙が溜まっていく。 「そんな……うそ、うそよ……うっ……え、えぐっ……ひぐっ……」 「ちょ、ちょっとルイズ……あなた本気で……」 「わぁああああんっ!!」 わっと泣き出したルイズは、タバサの部屋を飛び出してしまった。キュルケが呆れたようにタバサを振り返る。 「あーあ、泣かせちゃった。タバサ……鈍いルイズは気がついてないけど、どう聞いても作り事よ、それ」 「……嘘はついてない」 少々アドリブとアレンジはあるが、許される範囲である、とタバサは自分を納得させた。 あくまで、ルイズに迷惑をかけまいとしての嘘である……のだが、ルイズに泣かれてしまうは思っていなかったため、タバサの良心はチクチクと痛んだ。 (仕方ない。これもすべてルイズのため。ルイズを思えばこそ。危険に巻き込まないため) 強引な自己暗示をかけて、タバサは本の世界に戻る。 それにしても……シルフィードととらの会話を聞く限り、あながち二人が恋仲というのも無理ではない設定だと、タバサはぼんやり妄想した。 「……将来尻にしかれる」 「はぁ? どうしたの、タバサ」 「独り言」 「……なんか、今日あなた変よ……?」 あまりに普段と違うタバサの様子に、キュルケが怪訝な顔をする。 「……間違いない」と言いながら読書の続きに戻ったタバサに、やれやれ、とキュルケは呟いた。 この友人は結構腹ではいろいろなことを考えていそうである。ルイズのようにバカ正直な性格では気がつかないのだろうが……。 (ルイズも可哀想に……後で様子を見に行ってあげましょうか。まあ、泣き疲れた頃合を見計らうことね……) 『微熱』のキュルケは、まるで手のかかる妹のような友人たちに、ふう、と溜息をつくのであった。 >>back >>next
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はじめに この講座は千葉大学CRSの新入生のために作製されたサイトです。 AVRを用いて、マイコンプログラミングを行います。 スライド資料について 講座で使用したスライド資料はCRSのドライブにアップロードされています。 「マイコン講座2015」で検索してください。
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前ページ次ページとある魔術の使い魔と主 ルイズが始祖の祈祷書に浮かび上がった内容を読んでいる間、当麻は残りの竜騎兵を倒していた。 二十いるアルビオンの竜騎士隊も、シルフィードと当麻の連携により無惨にも全滅と化した。 天下無双と謳われたアルビオンの竜騎士でも、韻竜と竜王の前には歯が立たない。 残るは本家、絶対に忘れることのない、アルビオンへと上陸するさいに見かけたあの巨大戦艦。その船の下では、港町ラ・ロシェールが攻撃を受けている。 「あれを倒さなきゃ、どうやら終わらないようだな」 しかし、どうすればあれを倒せるのだろうか? こちらの武器は竜王の顎一つのみ。今までは同じ大きさでの戦いであったが、今回のはスケールが違う。 そんな状況での当麻の策は、敵艦に乗り込んで内部から破壊するという、シンプルな案であった。いや、それ以外にいい方法が浮かばなかった。 当麻達が潜り込もうと、近付いたその時、 敵の艦隊の右舷側がフラッシュのように光った。 瞬間、シルフィードが再び直角に移動方向を変えた。 当麻達がいた場所に無数の鉛の弾が通過する。シルフィードの咄嗟の判断がなければ、今頃死んでいたに違いない。 心臓の鼓動が大きくなる。ここにきて、生死の境にいるのだと実感した。 ちっ、と当麻は舌打ちをする。どうやら敵はこちらの存在をちゃんと認識しているようだ。 一拍置いて、再び鉛の弾が当麻達目がけて発射される。 しかし、シルフィードの持つ速さを利用し、避ける事だけに集中すれば、なんとかやり過ごせる。 やり過ごせるのだが、それだけだ。目標である敵艦に乗り込む行為をする為の手札が圧倒的に不足していた。 (何か……) 歯を食いしばり、シルフィードが懸命に自分達の寿命を伸ばしている間にも、必死に考えを巡らす。 (何か、こっちの手数を増やす、何かがあれば!!) ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ 以下に、我が扱いし『虚無』の呪文を記す。 初歩の初歩の初歩。『エクスプロージョン』 ドクン! とルイズの鼓動が一段と大きくなった。そしてエクスプロージョンの呪文が浮かび上がる。 あまりの急展開にルイズは思わず笑いそうになる。 ここまで読めるなら、読み手として文字が読めるのなら、きっとこの呪文の効力が発揮されるのではないか? だって、今まで失敗だと思われた魔法は毎回爆発していたのだ。では、なんで毎回爆発していたのか? 失敗して爆発した例が他にあったのだろうか? それが四系統に属さない『虚無』の力であったら? 当麻が以前いった通り、本当に自分には隠された力があったのならば? これほど笑ってしまう話、ルイズには体験した事がなかった。 「ねえ、この指輪を使って初めて読めるなんてどこのパズルよ。あんたもヌケてるのね」 自分にもあったのだ。この戦況を変える事のできる切り札が。 熱していた頭の中が、ゆっくりと、ゆっくりと冷めていく。心拍数、血液循環、筋肉、骨、体のありとあらゆる組織が落ち着きを取り戻す。 エクスプロージョンという名の呪文のルーンが、すらすらと頭の中に入ってくる。 まるで、それを望んでいたかのように、それを待ち侘びていたかのように、理解していく。 ここまできたら、やろう。いや、やらなければならない。 今もどこかでこの戦争の行方を心配している姫様の為に。 こんな自分を守ってくれる、大切な大切な使い魔の為に。 そして、今まで秘められた力に気がつかなかった自分の為に。 さぁ、始めよう。 この日、この時、この場所で、新たに生まれた物語を。 ―――ゼロのルイズの物語を!! 上下左右と激しく動くシルフィードの体の上で、ルイズは腰をあげた。 「ととっ」 「なっ……おい、ルイズ?」 両手を広げて、バランスを取りながら、当麻の横を通り過ぎる。 そして当麻の開いた足の間にある小さな空間にちょこっと座り込んだ。 驚く当麻に対して、ルイズは半信半疑のような口調で応えた。 「あのね……もしかしたらわたし、選ばれちゃったかもしれない。多分、だけど」 「はい?」 「いいから、あの巨大戦艦に近づけて。このまま何もしないよりは試した方がマシだし、ほかにあの戦艦をやっつける方法はなさそうだし……。 ま、やるしかないのよね。わかった。とりあえずやってみるわ。やってみましょう」 ルイズの独り言のような口調に、当麻は唖然とした。しかし、わかった事はある。 ルイズにはこの戦いを終わらせる方法を持っているのだと。 「なんつーかよくわからんけど、とりあえず近づければいいんだな!?」 「そうよ! 早くやる!」 当麻は竜王の顎を封印した。こいつの能力が幻想殺しも受け継いでいる為、いざ呪文を発動した時打ち消してしまったら元も子もない。 といっても…… 砲撃。砲撃の嵐であった。 ある一定の距離以上に近づいたら、鉛の弾が襲いかかってくる。 左舷ではラ・ロシェールへと砲撃が行われている。よって左から攻めても無理。 そして当麻の視界には、艦の真下にすら大砲が装備されていた。つまり下からも無理である。 「そう言われても……穴がないぞ!?」 「それをなんとかするのがあんたの仕事!」 んな無茶な!? と泣きたくなるが、なんとかしなきゃ始まらないのだ。 (左、下、右がダメなら……ッ!) 残すは上しかない。当麻はシルフィードに命じて、高度をさらに上げた。 『レキシントン』号の甲板が見える。そしてそこには先程散々苦しめられた大砲が一つもなかった。 おそらく、ここならば安全に事を運べる場所であろう。 ルイズは立ち上がる。主役の登場と言わんばかりのように。 「わたしが合図するまで、ここを回ってて」 ルイズは目を閉じ、最後の祈りを込めた。大きく息を吸い込んでゆっくりと吐き出す。 再び目を開き、始祖の祈祷書にかかれた文字を詠み始める。 ゆっくりだが、確実に間違いのないように紡がれる。 これでなんとかなるか? と当麻が安心したその時、 ゾクリ、と背中を悪寒が駆け抜ける。 バッ、と振り返る。そこには、烈風のように迫り来るワルドの姿があった。 完璧に虚を突かれた。 「くっそ……!?」 回避すべきか? 否、ルイズが呪文に集中しているのだ。邪魔するわけにもいかない。 そもそも向こうは最高速度、逃げ切れるわけがないので却下。 ならば、迎撃するしかない。幸いな事にブレスを吐いてくる様子はなく、ワルドが風の槍を片手に持っているだけである。 あれで、自分達を串刺しにするのであろう。 敵の攻撃を防ぎ、尚且つ相手を一撃で倒す。どこかミスったら全てが水の泡となる。一度っきりのチャンスである。 残り数百メートル。人間の脚力でさえ数十秒足らずでたどり着く距離。 「これで終わりだ!!」 「う……ォぉぉぉおおおおお!!」 これしかなかった。限りなく成功率の低い奥の手。 当麻は立ち上がり、恐怖に怯える事なく、平常心を保ちながら、 文字通り飛んだ。 右手を前に突き出し、ワルドの風の槍を大気へと還元する。そして、そのままワルドの乗る風竜へとダイビングした。 誰もがやろうとは思わない。上空三千メイルで、迫り来る竜に飛び乗るなど不可能に等しい。 それでも、少年はやり遂げた。奇跡でも偶然でもなんであろうと、少年の命は、まだ続いている。 常識はずれともいえる当麻の行動にワルドは驚愕を覚えた。 その驚愕が、当麻に時間を与える。 「とりあえずあんたは『フライ』があるよな?」 ワルドははっとなり、杖を振ろうとしたが、 「空の旅を満喫してくれ」 当麻の拳の方が先に振り抜かれた。 呪文を詠唱する度、言葉を紡ぐ度、リズムがルイズの中を循環する。どこか懐かしく感じてしまうリズムだ。 それが長ければ長くなる程、強くうねっていく。自分の世界に閉じこもり、辺りの雑音は耳に入らない。 体の中で、何かが精製され、それが場所を求めて回転していく感じ。 誰かがそんな事を言っていた。 そうだ。自分の系統を唱える時に感じるであろうこれ。 だとしたら、この感覚がそうなのだろうか? 裏側の自分が表に出たような気分をルイズは覚えた。 体の中のに、波がどんどん大きくなってきて、外求めて暴れだす。 当麻がルーンの力によって従えた風竜から再びシルフィードへと乗り移る。 ルイズが足でトン、とシルフィードを叩いた。それが合図となり、『レキシントン』号目がけて急降下を始める。 目をさらに大きく開いて、タイミングを間違えぬよう細心の注意を払う。 『虚無』と呼ばれる伝説の系統。 あの破壊の本から放たれたような威力をもっているのだろうか? それは誰も知らないし、自分も知らない。 伝説の彼方にある魔法を現代へと持ち込んだのだから。 長い長い詠唱を終え、呪文が完成した。 その瞬間、全てを理解した。 このまま放てば、全ての人を巻き込む。間違いなくほとんどの人間が死ぬに違いない。 一瞬だけ悩んだ。殺すべきか否か。 しかし、答えは決まっていた。自分の視界一面に広がっている戦艦『レキシントン』号。 この戦いを終わらせる為、杖を振り下ろした。 同時、光の球があらわれた。太陽のような眩しさをもつ球は、膨れ上がる。 そして……、包んだ。 上空にある、全ての艦隊を包み込む。 それだけでは終わらない。さらに膨れ上がって、見るもの全ての視界を覆い尽くした。 誰もが目を焼いてしまうと思い、つむってしまう程光り輝くそれ。 そして……、光が晴れた後、上空の艦隊全てが炎によって包まれていた。 ルイズは力尽きたのか、体を当麻に預けた。当麻も全てが終わったのだと思い、力が抜けた。 下では、トリステイン軍がアルビオン軍に突撃をかましていた。上空からの支援を失ったアルビオン軍は、勢いにのったトリステイン軍には立ち向かえない様子であった。 もう、ルイズ達のやるべき仕事は終わったんだ。 「今日は……疲れたわ」 なにかをやり遂げたような、満足感が伴った感じだった。 「ああ……そうだな」 当麻もまた同じである。 「早く降りましょ」 ルイズの提案に、当麻は無言で返す。シルフィードがゆっくりと高度を下げていった。 シエスタは、弟たちを連れておそるおそる森からでた。トリステイン軍が、アルビオン軍を撃退したという噂が森に避難していた村人の間に伝わったのだ。 確かに草原にはアルビオン兵の姿はない。あったとしても、それは投降してきた兵である。 先程まで続いていた轟音が嘘であるかのように静かだ。 上からばっさばっさと羽を羽ばたかせる音が聞こえてきた。 思わず見上げる。 願っていた少年がそこにはいた。 ヒーローのような少年がそこにはいた。 約束を守ってくれた少年がそこにはいた。 シエスタは嬉しさのあまり涙を零し、駆け寄った。 ようやく太陽が、オレンジ色へと変わっていった。 前ページ次ページとある魔術の使い魔と主
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第2章 後編 「ティッツァーノ…… ”ちょっと”ってどれくらいだろうか……」 ―――魔法学院の教室は、いわゆる階段教室ってヤツだ。 全て石造りあることが、魔法学院ぽさを演出している。 スクアーロとルイズが中に入っていくと、先にやってきていた生徒たちが一斉に振り向いた。 二人に対する反応は、大きく分けると二種類あった。 嘲笑と好奇である。 明らかに前者が多いのだが、極わずかではあるが興味をもった生徒がいた。 圧倒的多数がくすくすと笑い始める。 その中に、朝に出会った赤い髪の美人… キュルケもいた。 キュルケも笑ってはいたが、微笑みと表現した方がしっくりくる。 そう好意的に解釈していると、手を軽く挙げた。 こちらも笑顔で手を振り返す。 キュルケがさらに笑顔と、投げキッスを返してくれた。 ニョホホ♪ ! ルイズの背中に”鬼の貌”が!……見えた気がする。 鮫とキュルケのやり取りにキュルケの取り巻き達の笑顔が消える。 その光景を見て、少しは溜飲が下がったらしい。(取り巻き達の分だけ) キュルケへの対応は今は不問にされた。今は…。 「…さっきの”挨拶”については、また後でね?」 ……ヤバイってレベルじゃねぇぞ? これ…。 ルイズの席にたどり着くまでは気を抜けない。 二人をくすくす笑う男子生徒には、「パッショーネ謹製」の”ガン”を飛ばす。 こちらの様子を伺う女子生徒には、笑顔と”ammicco(アンミッコ)”をプレゼントして差し上げた。 ammicco(伊:ウィンク) ……なにやら顔を赤くしている男子生徒Aが… 気のせいだ。 うん。気のせいにしよう。 流石にやりすぎたのか、席に着く前に二度ほど怒られた。 良い感じで教室が混沌としてきたぞ! ルイズのため椅子を引く。相変わらず上品に座りなさる。 「…隣に座っても… いけませんよね?」 「わかってるじゃない?」 勝ち誇ったような顔で、”着席は許可しないィィィッ!”と言われた。 スタンド使いの口調になってるぞ? ……オレの影響(せい)か? しぶしぶ床へ直に座る。床というか通路だが、ここ以外は狭すぎる。 …なんかオレ、丸くなってきたよな……。 …異世界にいるせいか? 周りには本当に奇妙な生物… 悪魔や妖魔、バケモノたちが蠢いていた。 窓の外を見ると、教室のドアを通りそうにない使い魔たちがおとなしくお座りしている。 (意外とデカイのがいるな… 小動物サイズが基本だと思っていたが…) ドアから中年女性が入ってきた。 いかにも”魔法を使いますよー!”といった服装である。とてもオサレです。 「皆さん。春の使い魔召喚は大成功のようですわね。このシュヴルーズ――」 シュヴルーズ先生ね… 覚えたぞ。 隣のルイズが俯いている。なんで? 「おやおや。変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール」 教室中が笑いに包まれる。今までで一番大きい爆笑だ。 「ゼロのルイズ! 召喚できないからって、その辺歩いてた平民連れてくるなよ!」 「そうだ! せめて、仙道でも使える紳士を連れくればよかろうなのだァァ!」 (嗚呼… そういうことか… なんか悪いな、ルイズ。 …仙道て何?) (でもちょいと、からかい過ぎじゃないか? おまえ等…) おにいさん、ブチギレちゃうぞ?と首を鳴らしていると、ルイズが立ち上がった。 「違うわ! きちんと召喚したもの!」 そうだ。しかも異世界からだぞ? スタンド使いだぞ!? スゴイぞー! カッコイイぞー! 「召喚したけど、こいつが来ちゃっただけ!」 ……結構な仰り様だな? 御主人様…。 その後、ルイズはマリコルヌとかいうヤツと罵り合う。ほんとに元気だな。 ルイズ「UREEYYY!」 マリコ「KWAHHHH!」 ……おい、どっちも人間辞めてないか? 不毛な口喧嘩は、シュヴルーズ先生の魔法によって終結した。 しかし、元はといえばこの先生の一言からじゃないか? ……この後、本来の目的”魔法のお勉強”に入っていった。 勉強は好きじゃない。 ……苦手なわけじゃねぇぞ? 「やればできる子ですから」 ティッツァーノ談 だが、ルイズにすれば、今日は”基礎の復習”みたいなもんらしい。 ……頑張って聞いてみる。情報は大切だからな。 魔法は五系統。いま使われてるのは四系統。 金属の加工とかはメイジがやってる。 というか、”科学”に当たる仕事は全てメイジの領分みたいだ。 目の前で『錬金』を見た。確かに魔法だ。 素直に感激した。これでメイジ様々ということが理解できた。 「…ゴールドを錬金できるのは『スクウェア』クラスのメイジ…」 「…私は『トライアングル』ですから…」 御主人様の肘をつんつんとつつく。 授業に集中していたルイズはビクッと体を振るわせる。 「…ッ! 何よ! ビックリするじゃない!(小声)」 「いやな、『スクウェア』とか『トライアングル』って何のことだ? レベルとかランクか?」 「…そうよ。『ドット』、『ライン』、『トライアングル』、『スクウェア』…」 足すことができる数が多いほど強いらしい。 なるほど。 ……”先生”で『トライアングル』か…。 「生徒のレベルってのは、学年ごとにほぼ一緒かい? ルイズは?」 急にルイズは黙ってしまった。 しまった! これは禁句だったか! 「いや、言いたくなければいいんだ。ルイズ…」 「ミス・ヴァリエール! 授業に集中なさい! 使い魔とのお喋りはいつでもできますよ!」 「は、はい! すいませんでした…」 またオレのせいで怒られた。 本当にすまん…。 「それではミス・ヴァリエール。 あなたに名誉挽回のチャンスを与えましょう」 ミス・シュブルーズは机の上にある石ころを指しながら続ける。 「ここの石ころを『錬金』してみてください」 一気に教室が静寂に包まれる。使い魔まで静かになった気がする まるで”止まった時の世界”に入門したみたいだ! ……入門したこと無いけどな。 「やめた方が良いかと。 その方がみんな、幸せになれます」 キュルケが時を動かすと、皆一斉に喋りだす。 「やめろッ! 人間の寿命はどうせ短い 死に急ぐ必要もなかろうッ!」 「こいつは グレートにまいったぜェ…」 「お…恐ろしいッ おれは恐ろしい!」 「安っぽい感情で動いてるんじゃあないッ!」 ……生徒たちの本音はどうやら逆効果のようであった。 すっと立ち上がるルイズ。 「やります」 当然オレはこの少女が周りからの暴言・侮辱を受けた事で、 パニックと敗北と反逆の表情をするだろうと思った。 しかし… 彼女はそのどの表情もしなかった…。 少女は微笑んでいたのだ……。 ただ 平然ともの静かに微笑んでオレを一瞥してから前を見ていた……。 その表情には「光り輝くさわやかさ」さえあるようにオレには感じられた……。 …逆に考えるのよルイズ。 『ヤッちゃってもいいのさ』って考えるのよ。 …今までは失敗しないよう、縮こまっていたわ。 でも、今日は違う! 思い切りイクわッ! だって昨日確かに『サモン・サーヴァント』は成功したもの! すでにッ! ”魔法”は成功しているッ! この事実は誰も否定できないッ! ……思いっきりされてるけどね……。 …きっと今日もできる。 一度じゃ無理かもしれない。 昨日も何度も失敗したわ。 それは認める。 でも成功したもの! 私はやれるッ! もうゼロのルイズなんて誰にも言わせない! 見てなさい! すんごいの錬金してみせる! あの使い魔にも御主人様の凄さを見せ付けてやるわッ! 偉大な御主人様のッ! 華麗なる魔法をッ! る オ オ オ オ オ !! ―――ルイズが教壇に向かうと同時に生徒たちが隠れだした。 「……何してんだ? おい、何で隠れる?」 男子生徒B「…君も早く隠れたほうが良いよ」 「?」 いまいち状況を把握できないでいるとルイズがすでにルーンを唱えていた。 「使い魔のだんな! 窓から離れろーッ!」 先ほど頬を赤く染めていた男子生徒Aが叫ぶ。 教壇で一つ奇跡が起こった。小宇宙大爆発(ビックバン)である。 …そう表現しなければミス・シュヴルーズに申し訳が立たない……。 男子生徒Aのおかげで、爆風の通り道から逃げ、直撃だけは避ける事ができた。 「…スゲーな。 まさか…ルイズがここまでやるとは」 多少の傷はあるが、直撃を受けるより完全にマシだ。 教室に戻るとそこは阿鼻叫喚・地獄絵図だった。 爆発の中心にいたミス・シュヴルーズは……。 ………。 …………。 ………あ、動いてる。 生徒たちはほとんど無傷であったが、それぞれの使い魔が暴れだして手に負えない。 …これを映画化したらハリウッドで大ヒット間違いなし! そんな迫力がある。 あ、小太り(マルコ?マリコ?ま、どうでもいいか…)が大蛇に…。 腹壊すなよ大蛇君……。 グランド・ゼロ(爆心地)にいるゼロのルイズの様子を急いで見に行く。 なんという幸運! 爆発・爆風の被害が一番軽いとこにいた。 服はぼろぼろ、全身は煤で汚れていたが、奇跡的に無傷だ。 近寄り、抱き寄せる。 流石に拒絶はしなかった。 「大丈夫か!? ケガは? 頭打ってないか?」 「だ、大丈夫」 「そうか! 良かった…」 「…良くないわ」 「! やっぱりイテーとこあんのか!?」 「ちょ…」 「ちょ?」 「”ちょっと”失敗しちゃった☆」 「「「「おいッ! ”ちょっと”じゃ無いだろッ! ゼロのルイズッ!」」」」 ルイズとスクアーロ以外の全員が、声を揃えて非難を浴びせる。 ……その通りだ。 今回ばかりは……。 「何が起こったんだァーーーッ!」 「爆発だァーーーッ 近づくなーッ 近づくなーッ」 「危険だーッ なんで教室が爆発するんだァァーー」 他の教室から先生や生徒が騒ぎを嗅ぎ付けてやってくる。 こりゃあ、もう授業どころじゃないな……。 ……オレの御主人様は、”ちょっと”魔法が苦手らしい。 ”ちょっと”(本人談)だけ……。 「『言葉』は自由でもあり、不自由でもある」ってティッツァが言ってたっけ……。 トーキングヘッドの重要性に、今日もまた、気付けたぜ……。 「The Story of the "Clash and Zero"」 第2章 ゼロのルイズッ! 後編終了 To Be Continued ==
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前ページ次ページ鮮血の使い魔 こんな笑い声、聞いた事がなかった。 「あはははははははは」 単調で、けれど深い闇を内包し、聞くだけで心が蝕まれるような。 ルイズは逃げ出したい衝動に駆られながらも、恐る恐るコルベールへと視線を向ける。 右腕の肘から上を失い、そこから多量の血をこぼしながら、悲鳴ひとつ上げぬコルベール。 そんな彼に、言葉は再び、ノコギリを。 「――駄目ッ」 だからルイズは、咄嗟に言葉とコルベールの間に割り込む。 言葉の黒く黒く深く深く暗く暗く淀んだ淀んだ瞳にルイズが映る唇が弧を描く。 「あなたも、私から誠君を奪おうっていうんですか?」 「ち、違う。そうじゃ、ないの」 「大丈夫ですよ。私は寛容ですから、誠君が他の女の子に目を向けても構いません。 でも、誠君は言ってくれたんです。これからは私だけを見てくれるって。 けれど西園寺さんみたいに誠君を傷つけようとするなら、私は」 「あの、あのね、ミスタ・コルベールは悪気があった訳じゃなくて。 別に、あなたと、そ、その、マコト君を引き離そうとなんて……。 で、ですよね!? ミスタ・コルベール!」 半泣きになりながらルイズは叫んだ。 そして、その後ろで、コルベールがか細い声で答える。 「……その通りだ。すまない、思慮に欠ける発言をしてしまった。 コトノハ君……とにかく、ここは人目がある。 ミス・ヴァリエールと一緒に、治療室まで来てくれないか?」 人形のような感情の無い表情で、言葉はコルベールを見つめていた。 嘘か本当か、見極めようとしているのだろうか。 けれど、ルイズは早く今の状況を何とかしたい一心で言う。 「だ、大丈夫。あんたは私の使い魔なんだから、あんたの大事なモノを奪わせたりしない」 「……本当ですか?」 「本当よ。だから、ミスタ・コルベールを運ぶのを手伝って。早く手当てしないと」 「……解りました。それじゃ、行きましょう、誠君」 その後、キュルケがコルベールに、タバサがコルベールの右腕にレビテーションをかけ、 治療室まで運んでくれた。そこでコルベールは治癒の魔法を受ける。 治療を受ける直前にコルベールはキュルケとタバサを寮に帰し、 使用人のメイドに言葉の着替えを用意させると、 血で服を汚しているルイズと言葉に着替えるよう指示する。 ルイズは自分の部屋から着替えを持ってきてもらった。 着替え終えた二人は、コルベールの治療が終わるのを待つ。 その間、ルイズは使い魔の言葉と顔を合わせようとしなかったが、 ふいに言葉はルイズに話しかけてきた。誠の首を持ったままで。 「ここは、魔法の国なんですか?」 「え? え、と、魔法なら私達貴族は使えるわ」 「そうなんですか、素敵ですね」 「ま、まあね」 「ねえ、ルイズさん。私はあなたの使い魔になってしまったんですか?」 「う、うん。いや?」 いやなら、やめてもいいわよ。なんて。 「いいえ。少し嬉しいです」 何で!? ルイズは泣きたくなった。 「ルイズさんは、私と誠君を守ろうとしてくれました。 私達を祝福してくれる人がいるなんて……ほら、誠君も喜んでます」 と、顔を、見せられた。死体の顔を。 もちろん直視などしない。 唇を引きつらせながらルイズは、視線をあっちこっちに泳がせる。 「あ~……そう。どうも」 逃げ出したい逃げ出したい逃げ出したい。ルイズは心の中で連呼した。 そこに、コルベールの大怪我を聞いたオールド・オスマンがやって来る。 オスマンは言葉と、誠を、見て、顔をしかめたが、無言で治療室の奥へ向かった。 そこでは右腕を何とか元通りつなごうと苦心する水のメイジの姿があり、 コルベールは酷い汗をかきながら痛みをこらえていた。 「ミスタ・コルベール。災難じゃったな」 「オールド・オスマン……」 「ちょっと内緒話でもしようかの」 オスマンは杖を取り出すと、素早い口調でサイレントを唱えた。 風系統の魔法で、外界の音を遮断する魔法だ。 オスマンは自分とコルベールの周囲のみ魔法で包み、 治療を続ける水のメイジだけは魔法の外という絶妙なコントロールをやってのける。 「さて、これで誰にも話は聞かれまい」 「ええ」 「まず何から話せばいいのやら……。のう? ミスタ・コルベール。 とりあえず、怪我の具合はどうかね」 「大丈夫。腕は元通りくっつくでしょう」 「本当に『元通り』ならいいがね」 どうやらお見通しらしいとコルベールは苦笑した。 かつてとある部隊に所属し、数多の戦場を焼き払ったコルベールは、 こういった傷がどうなるものかを重々承知していた。 例え腕がくっついても、その腕は握力を失い、言う事を聞かず、杖すら持てなくなる。 腕があるか無いかの違いがあるだけで、実質的には片腕を失ったも同然だ。 「あの胸の大きな少女を、ミス・ヴァリエールの使い魔にしたそうじゃな」 「……使い魔の召喚は神聖な儀式。彼女が召喚したのだから、当然でしょう」 「しかしあの娘はお前さんの腕を」 「あの娘は被害者です、心を病んでいるのだから。罰などは与えないでください」 「首を抱えとる者が相手でもか?」 「私は、心の壊れてしまった人間というものを、何度か目撃しております。 それは水の魔法薬を使ってなどと生易しいものではありません。 人は、真に恐怖し、絶望し、喪失した時、壊れる事で己を守る。 壊れた心を治すには、長い、長い時間と、優しさが必要なのです」 「贖罪のつもりかね」 厳しい口調でオスマンが訊ねると、コルベールはゆっくりとうなずいた。 「……あの娘は、お前さんのせいでああなった訳ではあるまい。 なのに背負い込もうというのかね? いや、背負わせようというのかね? 償う罪など犯しておらぬ、ミス・ヴァリエールにまで」 「傲慢だと言ってくださって構いません」 「ほっ! では言おう、傲慢じゃなミスタ・コルベール!」 温厚で、いつもふざけていて、怠け者で、怒るという行為を知らないような老人。 しかし今、オスマンは怒っていた。 ミス・ヴァリエールに途方も無い重荷を背負わせようとするコルベールに。 「……コトノハといったか。同情しておるのだな、あの娘に」 「ええ」 「聞けば、彼女の持っている首は、恋人のものだとか」 「ええ。恐らく何者かに目の前で恋人を惨殺され、心が壊れたのでしょう」 「しかし首を切断したのはあの娘かもしれぬぞ」 ドクンと、コルベールの心臓が跳ねる。 (さすがはオールド・オスマン、そこまで見抜きましたか。 私しか気づいていないと思っていたのですが……) 彼女の彼氏、誠という男の首の切り口を見れば、どのように切断されたか想像はつく。 鋭利な刃物で刎ねられたのではない。 あの傷口は、そう、ノコギリのようなもので切り裂いた傷だ。 ならば、血濡れのノコギリを持っている言葉こそが、誠という少年を。 「まあ断言はできんのじゃがな。それともうひとつ、その腕を切断したノコギリじゃが」 「……血が付着したままで、特に手入れした様子もない、普通のノコギリに見えました。 ノコギリは何度も刃を押し引きして物を切る……」 「私は『ノコギリで腕を切断された』としか聞いておらん、 まさか木の枝を切り落とすようにノコギリを押し引きされていた訳ではあるまい」 「……彼女の左手に刻まれた見慣れぬ使い魔のルーンが光ったと思った次の瞬間、 すでに私の腕は切り落とされていました。とても、人間業では」 「あのノコギリがマジックアイテム、という訳でもなさそうだしのう」 「そうですね。……うぐっ」 「おっと、長話しすぎたようじゃな」 オスマンはサイレントを解いて会話を打ち切ったが、その瞬間咳き込む声を聞いた。 「何じゃ?」 「ミス・ヴァリエールが咳き込んでいるようです。この臭いじゃ仕方ないでしょう」 サイレントの外にいた水のメイジが言い、オスマンとコルベールは納得する。 言葉の抱いている誠、いつ死んだのかいつ首を切断されたのかは解らないが、 すでに死臭が漂い始めている。嗅ぎ慣れぬ者にとってはつらいだろう。 「オールド・オスマン。あの少年はあの娘の心の拠り所のようです。 無理に引き離してしまっては、どうなるか解りません。……頼めますか?」 「やれやれ。どうなっても知らんぞ」 オスマンはがっくりとうなだれながら、ルイズと言葉の前に移動した。 「あー、コトノハといったか」 「はい」 「私はオールド・オスマン。このトリステイン魔法学院の学院長をしておる者じゃ。 いきなりで不躾ではあるが、その、この臭いを何とかしたいんじゃが」 「臭い……? ああ、ごめんなさい。誠君、お風呂に入れて上げないと」 「まあ、そうじゃな。お風呂に入れて上げなさい。その後『固定化』をかけて上げよう」 「固定化?」 「彼が、これ以上崩れていかぬようにする魔法じゃよ」 彼女が凶行にでないか、オスマンはわずかに身構えながら訊ねた。 が、言葉はすんなりとオスマンの申し出を受けて頭を下げる。 「ありがとうございます。では、誠君をお願いしますね」 「うむ」 どうやら、言葉という少女は誠が死んでいる事を理解しているらしい。 その上で、まだ誠が生きていると信じている。 だから『崩れていかぬように』という話も通じるのだ。 人間の心など元から矛盾を抱えているものだが、 心が壊れてしまった人間は常人以上の矛盾を抱えられるものという事だろうか。 治療室にあった水で誠を綺麗に洗い、水を拭った言葉は、 オスマンから固定化の魔法を誠にかけてもらい、嬉しそうに微笑んだ。 その笑顔を、コルベールは哀れみ、ルイズは恐怖を覚える。 こんなのと一緒にいたら、自分の精神がどうにかなってしまう。 そう思いながらも、この哀れな少女を救えるのならという優しさもあって、 結局コルベールに頼まれるがまま、少女を使い魔として扱わざるえないルイズ。 「今日から誠君と一緒にお世話になります、ルイズさん」 「え、ええ。あの、嫌なら使い魔なんてやめてもいいから」 「いいえ。邪魔者ばかりの"世界"から解放してくれたルイズさんには感謝してますから。 大丈夫、ルイズさんが私達を守ってくれるように、私もルイズさんを守って上げます。 誠君のように」 狂気は正気を蝕んでいく。果たしてルイズと言葉の行き着く未来は――? 前ページ次ページ鮮血の使い魔
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前ページ使い魔の達人 ルイズの部屋を突然訪れてきた黒ずくめの少女。 その正体は何を隠そう、その日学院にやってきて、熱烈な歓迎を受けたばかりの、アンリエッタ王女その人だった。 アンリエッタは、膝をついたルイズを見て、感極まった表情を浮かべてルイズを抱きしめた。 「ああ、ルイズ、ルイズ、懐かしいルイズ!」 「姫殿下、いけません。こんな下賎な場所へ、お越しになられるなんて……」 抱きつかれながら、ルイズはかしこまった声で言った。 「ああ!ルイズ!ルイズ・フランソワーズ!そんな堅苦しい行儀はやめてちょうだい! あなたとわたくしはおともだち!おともだちじゃないの!」 「もったいないお言葉でございます。姫殿下」 態度を和らげるよう促すアンリエッタにしかし、ルイズは堅い口調のまま返す。 そんな二人の様子を、カズキはぼけっと眺めていた。 使い魔の達人 第十四話 王女の依頼 「やめて!ここには枢機卿も、母上も、あの友達面してよってくる欲の皮の突っ張った宮廷貴族たちもいないのですよ! ああ、もう、わたくしには心を許せるおともだちはいないのかしら。昔なじみの懐かしいルイズ・フランソワーズ、 あなたにまで、そんなよそよそしい態度を取られたら、わたくし死んでしまうわ!」 「姫殿下……」 どこか逼迫した様子の王女に、ルイズは顔を上げた。 ルイズと目を通わせて、アンリエッタはすかさず言葉を重ねる。 「幼い頃、いっしょになって宮廷の中庭で蝶を追いかけたじゃないの!泥だらけになって!」 はにかんだ顔で、ルイズが応えた。 「……ええ、お召し物を汚してしまって、侍従のラ・ボルトさまに叱られました」 「そうよ!そうよルイズ!ふわふわのクリーム菓子を取り合って、つかみ合いになったこともあるわ! ああ、よくケンカになると、いつもわたくしが負かされたわね。あなたに髪の毛をつかまれて、よく泣いたものよ」 「いえ、姫様が勝利をお収めになったことも、一度ならずございました」 懐かしそうに言うルイズ。どうやら二人、すっかり思い出話に花を咲かせたらしい。 「ルイズは会った頃からだけど……あの王女さまもなんていうか」 二人をぼんやり観察しながら、カズキはひとりごちた。その続きを、魔剣が引き継ぐ。 「ま、お転婆娘ってやつだぁな。よくわからんけど、結構なんじゃねえの?子供は元気が一番ってな」 「だね」 最初からだが、すっかり外野なカズキとその相棒であった。 「失礼、姫さま……聞こえてるわよ、そこ。静かになさい」 すると、ルイズがぎろんと睨んできた。あちゃあ、と思いながら苦笑いを返す。 そしてそこでアンリエッタは、藁束の上であぐらをかくカズキに気づいた。 「あら、ごめんなさい。もしかして、お邪魔だったかしら?」 カズキとルイズを交互に見ながら、アンリエッタは頬に手を添えて恥ずかしそうに言い出した。 「お邪魔?何故です?」 「だって、そこの彼、あなたの恋人なのでしょう?いやだわ。わたくしったら、つい懐かしさにかまけて、とんだ粗相をいたしてしまったみたいね」 「へ?恋人?」 間抜けな返事とともにルイズは、カズキと目を見合わせる。カズキもまた、面食らったような顔になっていた。 思わず頬を染めたルイズは、大慌てで手やら首やらぶんぶん振りながら、アンリエッタに言った。 「ち、違います姫さま!あれ!あ、あれはただの使い魔です!こ、こここ恋人だなんて、ご冗談にもほどがありますわ!!」 「まぁ、使い魔?」 アンリエッタはきょとんとした面持ちで、カズキを見つめた。 カズキもカズキで、なんか前にもこんなことあったよなあ、と思いつつも、頬を染めて困惑していた。なんだかんだで、顔に出やすい性質なのだ。 あの時は確か、みんなに斗貴子さんがカノジョだって間違われたんだっけ。 斗貴子さん、笑ってはいたけど、ちょっと本気で怖かったよなぁ。すぐにみんなですいませんしたし。 ……みんな、今頃なにしてんのかな。 そこまで考えて、カズキもぶんぶんとかぶりを振った。 斗貴子の、まひろの、元の世界の面々の顔を、思い出すだけでどうしようもなく、切なくなってしまうのだ。 頭の中でみんなに謝罪しながら、なんとか思考の外に追いやる。 そうだ、もう、戻れない……戻らないんだ。目の前に集中しろ。 そう、そんで今度は、ルイズが間違われて……いやこの場合、オレが勘違いされてんのかな。ルイズの恋人、だから。 そんな風に考え込むカズキを見て、アンリエッタ王女は小首を傾げた。 「人にしか見えませんが……」 「あ、どうも。人です」 ギリギリだけど、と心中で付け加えてから一礼すると、アンリエッタは、どこか納得したようにひとつ頷いた。 「そうよね。はぁ、ルイズ・フランソワーズ、あなたって、昔からどこか変わっていたけれど、相変わらずなのね」 「好きであれを、使い魔にしたわけじゃありません」 憮然としながら、ルイズ。ちょっと酷い言い様だけど、こっちが弁解する前に、王女様の誤解もなくなったようだ。 しかし……。と、カズキはひとつ唸った。目の前には、確かに昼間見た王女様だ。 「ルイズって実はスゴい?」 「なにが……っていうかあんた、さっきからなにその態度。姫さまの前で、不敬にも程があるわよ」 いまだ藁束の上のカズキを、ルイズはたしなめた。そういえば、ルイズはさっきから膝をつきっぱなしだ。 そういやそうだ、とカズキも立ち上がって、ルイズに倣う。そんな二人に、アンリエッタが苦笑しながら言った。 「かまいませんよ、ここは、あなたの部屋なのですから」 「いえ、そうもいきません。これもわたしの監督ですので。で、スゴいって、なにが?」 「あ、うん。ルイズって、お姫様と知り合いなんだろ?それも、昔からの」 すると、今度はルイズとアンリエッタは目を見合わせた。再び、お互いを懐かしむように笑うと、ルイズは口を開いた。 「そうね。姫さまがご幼少のみぎり、恐れ多くもお遊び相手を務めさせていただいたの」 そして、アンリエッタに向き直る。 「でも、感激です。姫様が、そんな昔のことを覚えてくださってるなんて……。わたしのことなど、とっくの昔にお忘れになったのかと思いました」 王女は深いため息をつくと、ベッドに腰掛けた。 「忘れるわけないじゃない。あの頃は、毎日が楽しかったわ。なんにも悩みなんかなくって」 「姫さま?」 その憂いを含んだ声に、ルイズは心配になってしまった。 「あなたが羨ましいわ。自由って素敵ね、ルイズ・フランソワーズ」 「なにをおっしゃいます。あなたはお姫様じゃない」 「王国に生まれた姫なんて、籠に飼われた鳥も同然。飼い主の機嫌ひとつで、あっちに行ったり、こっちに行ったり……」 窓の外の月を眺めながら、寂しそうに言うアンリエッタ。ルイズの手を取ると、にっこり笑って言った。 「結婚するのよ。わたくし」 「……おめでとうございます」 その声に悲しいものを感じたルイズは、沈んだ声で返した。 重い空気が辺りを包む。さらに加重をかけるかのように、アンリエッタの深いため息が、部屋に響いた。 めでたい話をしたばかりだというのに。アンリエッタを案じたのか、ルイズが訪ねた。 「姫さま、どうなさったんですか?」 「いえ、なんでもないわ。ごめんなさいね……、いやだわ、自分が恥ずかしいわ。あなたに話せるようなことじゃないのに、わたくしってば……」 「おっしゃってください。あんなに明るかった姫さまが、そんな風にため息をつくってことは、なにかとんでもないお悩みがおありなのでしょう?」 「……いえ、話せません。悩みがあると言ったことは忘れてちょうだい。ルイズ」 「いけません!昔はなんでも話し合ったじゃございませんか!わたしをおともだちと呼んでくださったのは姫さまです。 そのおともだちに、悩みを話せないのですか?」 ルイズがそう言うと、アンリエッタは嬉しそうに微笑んだ。 「わたくしをおともだちと呼んでくれるのね、ルイズ・フランソワーズ。とても嬉しいわ」 「友情だなあ」 「なんだかねえ」 外野が何か言ってるが無視。ともかく、アンリエッタは決心したように頷くと、語り始めた。 「今から話すことは、誰にも話してはいけません」 それから、カズキのほうをちらっと見た。 「え、えーと。オレたち、いない方が良いのかな?」 傍らの魔剣を掴んで訊ねるカズキに、アンリエッタは首を振った。 「いえ、メイジと使い魔は一心同体。席を外す理由がありません……どうなさいました?」 アンリエッタがそんな声を上げるので、今度は何だとルイズが見てみると、カズキが顔を俯かせてどんよりしていた。 それはいつかの浜辺で、斗貴子と交わした言葉。 ああ、そうか。斗貴子さんとは……六週間、もう、過ぎちまったもんな。 だから、今はオレ、ルイズと一心同体なのか……。 どうやらアンリエッタの何気無い例えが、カズキの心を抉っては、奈落へ叩き落す一言になったようだ。 「おーい、相棒ー。どしたー」 「それで、姫さま?」 いちいち構っていても仕方がないので、あっちは剣に任せて、ルイズはアンリエッタを促すことにした。 そして、物悲しい調子で、アンリエッタは語り出した。わりといい性格をしている。 「わたくしは、ゲルマニアの皇帝に嫁ぐことになったのですが……」 「ゲルマニアですって!」 ルイズは驚いた声をあげた。何を隠そう、ルイズはゲルマニアが大嫌いなのだ。 「あんな野蛮な成り上がりどもの国に!」 「そうよ。でも、しかたがないの。同盟を結ぶためなのですから」 なんとか復活したカズキは、壁の向こうを見やりながら、この会話隣に漏れてないよなぁ、とちょっと心配になった。 アンリエッタは、ハルケギニアの政治情勢を、ルイズに説明した。 アルビオンの貴族たちが反乱を起こし、今にも王室が倒れそうなこと。反乱軍が勝利を収めたら、次にトリステインに進行してくるであろうこと。 それに対抗するために、トリステインはゲルマニアと同盟を結ぶことになったこと。 同盟のために、アンリエッタ王女がゲルマニア皇帝に嫁ぐことになったこと……。 「そうだったんですか……」 ルイズが沈んだ声で言った。アンリエッタが結婚を望んでいないのは、口調から明らかであった。 「いいのよ。ルイズ、好きな相手と結婚するなんて、物心ついたときから諦めてますわ」 「姫さま……」 「礼儀知らずのアルビオンの貴族たちは、トリステインとゲルマニアの同盟を望んでいません。二本の矢も、束ねずに一本ずつなら楽に折れますからね」 「三本だともっと折れないよね」 「相棒おめえある意味すげえよ」 ルイズが一睨みすると萎縮する使い魔の少年に、アンリエッタはそうですね、と笑いかけて、ひとつ咳払いすると続けた。 「……したがって、わたくしの婚姻をさまたげるための材料を、血眼になって探しています」 「もし、そのようなものが見つかったら……いえ、まさか……?」 わざわざこんな話をしてくるくらいだ。その材料が、実在する、というのだろうか? ルイズは顔を蒼白にしてアンリエッタの言葉を待つ。返事は、アンリエッタの悲哀に満ちた首肯から始まった。 「おお。始祖ブリミルよ……、この不幸な姫をお救いください……」 王女は顔を両手で覆うと、床に崩れ落ちた。随分と芝居がかった仕草だ。 「言って!姫さま!いったい、姫さまのご婚姻をさまたげる材料ってなんなのですか?」 ルイズも興奮した様子でまくしたてる。両手で顔を覆ったまま、アンリエッタは苦しそうに呟いた。 「……わたくしが以前したためた一通の手紙なのです」 「手紙?」 「そうです。それがアルビオンの貴族たちの手に渡ったら……、彼らはすぐにゲルマニアの皇室にそれを届けるでしょう」 「どんな内容の手紙なんですか?」 「……それは言えません。でも、それを読んだら、ゲルマニアの皇室は……、このわたくしを許さないでしょう。 ああ、婚姻はつぶれ、トリステインとの同盟は反故。となると、トリステインは一国にてあの強力なアルビオンに立ち向かわねばならないでしょうね」 ルイズは息せき切って、アンリエッタの手を取った。 「いったい、その手紙はどこにあるのですか?トリステインに危機をもたらす、その手紙とやらは!」 アンリエッタは、首を振った。 「それが、手元にはないのです。実は、アルビオンにあるのです」 「アルビオンですって!では!すでに敵の手中に?」 「いえ……、その手紙を持っているのは、アルビオンの反乱勢ではありません。反乱勢と骨肉の争いを繰り広げている、王家のウェールズ皇太子が……」 「プリンス・オブ・ウェールズ?あの、凛々しき王子さまが?」 アンリエッタはのぞけると、ベッドに体を横たえた。 「ああ!破滅です!ウェールズ皇太子は、遅かれ早かれ、反乱勢に囚われてしまうわ!そうしたら、あの手紙も明るみに出てしまう! そうなったら破滅です!破滅なのです!同盟ならずして、トリステインは一国でアルビオンと対峙せねばならなくなります!」 ルイズは息を呑んだ。 「では、姫さま、わたしに頼みたいことというのは……」 「無理よ!無理よルイズ!わたくしったら、なんてことでしょう!混乱しているんだわ! 考えてみれば、貴族と王党派が争いを繰り広げているアルビオンに赴くなんて危険なこと、頼めるわけがありませんわ!」 「何をおっしゃいます!たとえ地獄の釜の中だろうが、竜のアギトの中だろうが、姫さまの御為とあらば、何処なりともむかいますわ! 姫さまとトリステインの危機を、このラ・ヴァリエール公爵家の三女、ルイズ・フランソワーズ、見過ごすわけにはまいりません!」 ルイズは再度膝をついて、恭しく頭を下げた。 「『土くれ』のフーケを捕まえた、このわたくしめに、その一件、是非ともお任せくださいますよう」 「このわたくしの力になってくれるというの?ルイズ・フランソワーズ!懐かしいおともだち!」 「もちろんですわ、姫さま!」 ルイズがアンリエッタの手を握って、熱した口調でそう言うと、アンリエッタはぼろぼろと泣き始めた。 「姫さま!このルイズ、いつまでも姫さまのおともだちであり、まったき理解者でございます!永久に誓った忠誠を、忘れることなどありましょうか!」 「ああ、忠誠。これがまことの忠誠です!感激しました。わたくし、あなたの友情と忠誠を一生忘れません!ルイズ・フランソワーズ!」 カズキはそんな二人を見て、半ば呆れ気味に呟いた。 「なんか、お芝居でも見てるみたいだな」 今度は遠い世界へ旅立っている二人には、聞こえなかったみたいだ。そのかわり、すぐ後ろのデルフリンガーが応えてくれた。 「お互いが、自分の言葉に酔ってんだろうさ。それより相棒、いいのかい?お前さんのご主人様は、自分から戦争中のアルビオンに行くと言ってるぜ」 途端に、あ、と声をあげ。言われて気づいた。戦争なんて、元の世界じゃテレビの向こうの話だから、いまいち現実感は沸かないけれど。 「となりゃ当然、使い魔のお前さんも、その相棒の俺も行くことになる。俺としちゃあ、使ってもらう絶好の機会だから嬉しいもんだが……相棒はどうするね?」 ルイズは、王女さまのためならどこへだって行くとは言っていたけれど……。どうにも勢いで言ってるような気がする。これはさすがに、放ってはおけない。 「なあ、ルイズ。せっかくのところ悪いんだけど、ちょっといい?」 「あによ」 「本気でその、アルビオン、ってトコに行くつもりなの?戦争やってて、危険なんだろ?」 ルイズは嘆息した。この使い魔は、同じ部屋にいて何を聞いていたのだろうか。だが、それよりも。 「あんた、姫さまの前でそんな……」 睨んでくるルイズを、指先で涙を拭いながらアンリエッタが制した。 「構いません、ルイズ。主人の身を案じるのは、使い魔として当然のこと。けれど……」 俯き、しばし黙考しては、アンリエッタはルイズに言った。 「そうね、そうなのよ。ルイズ。やっぱり、あなたに頼むのはだめ」 「そんな、姫さま!」 ルイズは悲鳴にも似た声をあげた。アンリエッタは、まるで夢から醒めたような面持ちで、ルイズを見つめた。 「あなたの言葉には、わたくし本当に感動したわ。だけど……いいえ、だからこそ、あなたには頼めない」 「それでは手紙は……、この国の未来は、どうなさるのですか!?」 ルイズの問いに、アンリエッタは苦い顔になった。他に頼める者は居ないのだろう、二人はあたりをつけた。 おそらくルイズが依頼を受けたのも、王女さまに直に会えた懐かしさと、覚えてもらっていた嬉しさ。それが要因になったのは、間違いない。 だけど、きっとルイズは、それがなくても依頼は受けたんだろう。 カズキは今しがたのルイズを見て、これまでのルイズを思い出して、改めてそう思った。 ルイズはやさしい、そして強い女の子だ。ちょっと無鉄砲で考えた足らずで、負けず嫌いなところがあるけれど。 「じゃあ、オレが行きます」 だから、カズキはそう言った。 当然、二人は驚いた顔をカズキに向ける。 「何を言ってるの。あんた、わたしの使い魔なのよ。そんな勝手、許されると思ってんの?」 「そうです。それに、わたくしの大事なおともだちの使い魔を、単身危地へ赴かせるなど、できるはずもありませんわ」 「だけど手紙を取りに行かないと、この国が危なくなるんですよね?それに、ルイズを行かせたくないってのは、オレも同じ気持ちです。 オレも、ルイズに死にに行くような真似はして欲しくないし、もちろん死んで欲しくなんかない。 それにオレ、こう見えても危険な目に遭っても平気っすから」 心配無用と笑うカズキにしかし、ルイズは首を縦に振るはずはなかった。 「じゃあ、わたしも一緒に行くわ」 「ルイズ!?」 「使い魔だけを危地に向かわせるなんて、そもそも主人のすることじゃないもの。 あんたが行くって言うんなら、わたしも行くわ。もともと、わたしが受ける依頼だし」 「なに言ってんだ。こんなときのための使い魔なんじゃないのか」 「あんたみたいなどっかズレてる使い魔に、こんな重要任務、任せられるわけないじゃない。 それに、あんた一人でウェールズ王子のところまで辿り着けたって、事情が事情だもの。信用してもらえるかしら?」 「それは、ルイズだって同じじゃないか」 「あんたね……」 ルイズはちちち、と指を振ると、薄い胸を張って自信満々に言った。 「わたし、トリステイン貴族。それも、由緒ある公爵家の三女。あんたよりかは、信用あるの」 「じゃ、じゃあ、オレだってその使い魔だ」 「それ、わたしが居なくてどうやって証明するの?」 ぐ、とカズキは思わず呻いた。そして、思いついたように左手の淡く光るそれを掲げる。 「こ、これ!使い魔のルーン!」 「そうね。ルーンがあったわね。で、誰の使い魔なのかしら。貴族派のメイジかも知れないわ」 いよいよカズキは顔をしかめてしまった。しかし、頷くわけにもいかないので、ルイズをぐっと睨めつける。 しかしそれはルイズも同じ。どちらも一歩も譲る様子はなく、アンリエッタなど、睨み合う二人に挟まれて、困惑してしまっていた。 すると、ルイズの部屋の扉が勢い良く開かれる。 「君たちいい加減にしないか!姫殿下の前でみっともない!」 ルイズとカズキに造花の薔薇を突きつけて、いきり立ちながら入ってきたのは、なんとギーシュであった。 しかし二人が、突然の闖入者にそのまま視線をスライドさせたので、闖入者のほうが思わず呻き声をあげた。 「……って、ギーシュ、なんでここに?ここ、女子寮よ?」 「あ、ああ。いやなに、薔薇のように見目麗しい姫さまのあとをつけてみればこんな所へ来てしまうじゃないか。 それでドアの鍵穴からまるで盗賊のように様子を伺っていれば……まったく、君たちは」 ギーシュが嘆息交じりに呟く中、ルイズは歯噛みした。 「姫さま。どうされます?話を聞かれてしまっていたようですが……」 「え、ええ」 アンリエッタはやはり困惑気味に相槌を打った。まだルイズとカズキの話にも、決着はついていないというのに。 そしてそれは、さらに面倒な方向へ転がっていく。 「そう!姫殿下!その困難極まりない任務、是非ともこのギーシュ・ド・グラモンに仰せ付けますよう!」 「え?あなたが?」 「お前、言ってる意味わかってんのか?」 ギーシュは薔薇をルイズ、カズキに突きつけながら答えた。 「少なくとも、姫殿下の御前で口論しだすようなメイジとその使い魔よりは、わかっているつもりさ」 そんな科白に、ルイズは思わず頬を染め、唇を噛んだ。それもこれも、このいまいち融通の利かぬ馬鹿使い魔のせいだ。 「グラモン?あの、グラモン元帥の?」 アンリエッタが、きょとんとした顔になってギーシュを見つめた。 「息子でございます。姫殿下」 恭しく一礼するギーシュ。まぁ、と笑うアンリエッタは、またややこしくなったと内心辟易し始めていた。 しかし、これは願ってもない話だ。まだ学生の身ではあるが元帥の子息ともなれば、ルイズやその使い魔よりは、まだ頼れる人材だ。 気疲れし、判断力が鈍くなったアンリエッタの瞳には、ギーシュはそう映った。 「わたくしの力に、なってくれますの?」 「姫さま!?」 ルイズが悲鳴にも似た声を再度挙げる。 「任せていただけるならば、望外の幸せにございます」 熱っぽい口調のギーシュ。しかし、そこにカズキから横槍が入った。 「ちょい待ち、ギーシュ。まさかお前、一人で行くとか言い出すんじゃないだろうな」 「なんだい、自分だって言ってるくせに。当然、ぼくの使い魔は連れて行くさ。心配ならいらないよ? いくら以前、決闘でいいところまで持っていかれたとはいえ、使い魔の君に心配されるほど落ちぶれちゃいない」 「なに言ってんのよ。こいつにコテンパンだったじゃないの。そのくせアルビオンに乗り込もうだなんて、頭沸いてんじゃないの?」 さらにルイズが一撃を加える。ギーシュは顔をしかめたが、すぐに余裕の表情をつくった。 「その言葉、そっくりお返しするよ。聞けば以前の広場での誓いを成すため、連日図書館でさまざまな資料を漁ったり、 フーケを捕まえたりといろいろ努力してはいるようだけど……、肝心の魔法の方は相変わらずさっぱりだそうじゃないか。 魔法ひとつ満足に成功させられないのに、アルビオンに行こうとは。いくら使い魔君の腕が立つと言ったって、無謀だとぼくは思うね。 それに、いまだその使い魔の躾もできてないと見える。よもや、姫殿下の前であんな見苦しい口論を始めるとは」 やれやれと首を振った後、次いでカズキを見やった。 「君も君だ。姫殿下も仰られていただろう?メイジと使い魔は一心同体なんだ。なんでもない、秘薬の採集とはワケが違う。危地に赴くのであれば、尚更さ。 それを、まぐれとはいえぼくに……メイジに勝った使い魔のくせに、危険だからと勝手に主人を置いていこうとはね。 さしものルイズとて、覚悟くらいは出来てるだろう。なら君も、せめて主人を守りきるくらいの気概を持ってはどうかね?」 そんなギーシュに、二人は憮然とした顔を向けた。 「あ、あの……みなさん?」 懐かしい友人に会いに来たはずが、よもやこんな展開になるとは。 アンリエッタの声も届かぬ一触即発気味の場の空気に、王女はすっかりまいってしまった。 「なあ、もう三人で行きゃいいんじゃねえの?」 これ以上は見てられないのか、唯一の外野が呆れ声で建設的な意見を出してきた。 三人は素面になって魔剣を見やれば、各々顔を見合わせた。 ギーシュにしてみれば、使い魔は居ても、実質一人でできることには限界がある。威勢の良いことは言ったが、正直不安は尽きない。 だが、決闘でカズキの実力は良く知っているし、自分にはゴーレム『ワルキューレ』がある。 ならば、内乱のアルビオンを突っ切り、王党派までの往復くらいは出来るのでは、とだいぶ楽観的に考えた。 カズキにしても、何があるかわからない戦地。先日のフーケのときとは危険度は段違いだし、今度はキュルケやタバサも居ない。 それにルイズは、斗貴子のように自分で自分を守れるわけでもない。失敗魔法は強力だが、必ず当たるものでもないのだ。 守りきる自信がないわけではないが、ルイズに危険なことはなるべくして欲しくないのが、なによりの本音だった。 だがしかし、ルイズがアルビオン行きをやめないだろうことは、カズキにも良くわかっている。 ならば、ルイズのために。ルイズが守りたいこの国のために、彼女の使い魔として、自分も力になるしかない。 そう、覚悟を決めようかと、ギーシュが入ってくる寸前にはちらと考えていたほどだ。 そして、闖入者のギーシュ。その実力は、やはり決闘を通して良く知っているつもりだ。 そのギーシュも、共にアルビオンに行くと言うのならば……多少の危険は、なんとかなる。そんな風に思えていた。 ルイズはとにかく、トリステインのためにもアルビオンに行き、手紙を取ってこれるのならば何でもよかった。 一本では折れやすい矢も、二本ならば折れにくくなる。そして、三本ならば――。 「じゃあ、それで」 「仕方がないね」 「いいわ」 各々が頷くのを見て、アンリエッタは安堵の息を吐いた。とにかく、この剣呑とした雰囲気が解消されたことが、一番嬉しかった。 「それでは姫さま。この三名で任務を執り行いますが……急ぎの任務なのですか?」 「え、ええ。アルビオンの貴族たちは、王党派を国の隅にまで追い詰めていると聞き及びます。敗北も時間の問題でしょう」 ルイズは真顔になると、アンリエッタに頷いた。 「早速明日の朝にも、ここを出発いたします」 アンリエッタは、そう言うルイズにおずおずと訊ねた。 「……本当に行くの?ルイズ」 「申し訳ありません、姫さま。このルイズ、なんとしても愛する姫さま。そしてトリステインのため、役に立ちたいのです」 「姫殿下。心配には及びません。ぼくと、彼女の使い魔も共に行くのです。必ずや、目的のものを手に入れて無事に帰還してみせましょう」 ギーシュが気障ったらしく助け舟を出した。カズキも首肯して、同意を示す。 「大丈夫ですから、任せてください」 アンリエッタはしばし三人の顔を見渡せば、やがて頷いた。 「……ありがとう」 ルイズとギーシュの顔が、明るくなった。 「ウェールズ皇太子は、アルビオンのニューカッスル付近に陣を構えていると聞き及んでいます」 「了解しました。以前、姉たちとアルビオンを旅したことがございますゆえ、地理には明るいかと存じます」 「旅は危険に満ちています。アルビオンの貴族たちは、あなたがたの目的を知ったら、ありとあらゆる手を使って妨害しようとするでしょう」 ギーシュがごくり、と唾を飲んだ。なるべく目立たないようにしようとか、考えているのだろうか。 アンリエッタは机に座ると、ルイズの羽ペンと羊皮紙を使って、さらさらと手紙をしたためはじめた。 突っ立ったまま待つのも退屈なのか、隣のギーシュにぼそりと訊ねた。 「あれ、なにしてんの?」 ギーシュは顔をしかめた。少しくらい、静かに待てないのか。仕方なしに説明する。 「皇太子から、手紙を返還してもらうための依頼状、かな。姫殿下直筆のものならば、王党派からの信用はなにより高いからね」 「なるほど……じゃあ、あれがあれば」 「あれだけあっても、あんた一人じゃ結局信用されないでしょうね。然るべき人物が届けてこそ、意味があるのよ」 然るべき人物とは、やはりルイズのことだろう。釘を刺され、カズキは肩を落とした。 「いい加減、覚悟決めなさいよね」 「わかってるよ。危険なことは、オレが引き受ける。だから、無茶はしないでくれよ」 いい加減聞き飽きたとでも言うように、ルイズはそっぽを向いた。 「なあに、ぼくも行くんだ。心配は無用さ」 「ああ。ギーシュもよろしくな」 そうこうしてるうちに書き終えたアンリエッタは、自分の書いた手紙をじっと見つめ……、そのうちに、悲しげに首を振った。 「姫さま、どうなさいました?」 「な、なんでもありません」 アンリエッタは顔を赤らめると、決心したように頷き、末尾に一行付け加えた。それから、小さい声で呟く。 「始祖ブリミルよ……。この自分勝手な姫をお許しください。でも、国を憂いても、わたくしはやはり、この一文を書かざるをえないのです……。 自分の気持ちに、嘘をつくことはできないのです……」 密書だというのに、まるで恋文でもしたためたようなアンリエッタの表情だった。ルイズはそんなアンリエッタをじっと見つめるばかり。 アンリエッタは手紙を巻くと、杖を振って、巻いた手紙に封蝋をし、花押を押した。その後に、ルイズに手渡した。 「ウェールズ皇太子にお会いしたら、この手紙を渡してください。すぐに件の手紙を返してくれるでしょう」 それからアンリエッタは、右手の薬湯にから指輪を引き抜くと、それもルイズに手渡した。 「母君から頂いた『水のルビー』です。せめてものお守りです。お金が心配なら、売り払って旅の資金にあててください」 ルイズは深々と頭を下げた。カズキとギーシュも、それに続いた。 「この任務には、トリステインの未来がかかっています。母君の指輪が、アルビオンに吹く猛き風から、あなたがたを守りますように」 前ページ使い魔の達人
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~たのしいトリステイン~ 題字:大和田秀樹(嘘) 第一話~わたしがルイズです~ トリステイン魔法学院、この学校では2年生に昇級する際、あるひとつの儀式を行う それはここで学ぶ魔法使い達にとっては一生の問題でもある『春の召喚の儀式』 一生涯のパートナーでもある使い魔を呼び出す儀式である ここにその儀式に挑む、一人の少女がいる ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール この物語の主人公である 彼女は名家の生まれでありながら全ての魔法が失敗する、しかも爆発すると言う、学院創立以来の劣等生として通っている 事実、彼女はすでに何十回も召喚に失敗しては爆発していた。 級友の殆どは彼女に対し、口汚く罵り、嘲り、笑った。 だが、彼女は一つも諦めてはいなかった そしてその思いは遠く、遥か彼方の地で同じく 気高く、己を貫き通す男に使役されていたモノに届く 「こぉーーーーーーーい!!」 もう呪文も何も無い、魂からの叫びと同時に今まで以上の爆音が土煙がおこる そしてその中から影が浮かび上がった ルイズは薄れ行く土煙から影を見て 心から願った もう平民でもいいから何かきてくれと しかしその希望は嘆息に変わっていった 土煙の中から現れたモノ それは・・・・・・・ それは触覚の様なモノに鏡を生やしていた、不思議な一つ目をしていた、椅子がついていた、竹やりの様なモノが生えていた 二つの車輪で大地に立っていた 後ろにゆくにしたがって凶悪な姿をしていた 「コルベール先生・・・・・召喚のやり直しを」 さすがのルイズも使い魔を呼び出したつもりが見た目からまったくの無機物だとわかるモノを使い魔とするのはどうかと考えやり直しを要求するが 「・・・・それは出来ません、春の召喚の儀式は神聖な儀式なのです」 監督していたコルベールの一言によって彼女も意を決した 「五つの力を司るペンタゴン、この者に祝福を与え我の使い魔となせ」 目?と思わしき部分にルイズは口付けをする、と同時に使い魔の情報が、使い方が、そして何か巨大な意志の強さみたいなものが彼女に流れ込む 使い魔の正面にルーンが刻まれた 「全員、無事に召喚 出来ましたね それでは戻りましょう」 コルベールの言葉とともに皆が魔法で空に飛び学院に帰って行く 一人ルイズだけを残して 「ゼロのルイズ、お前は歩いて帰ってこいよ!!」 「けっ、ゼロのルイズが」 彼女に様々な罵声が浴びせられる しかし彼女は動じなかった この程度なら慣れている それに今は・・・・・・この使い魔がいる 彼女は自分の使い魔にまたがる、使い方なら契約した時に頭に流れ込んできた、乗馬は得意だから乗りこなせるだろう ギャアアアアアアアアアアアオオオオオオオオオオオオオオ!! 大爆音が地面を揺るがす、後ろをゆっくりと飛んでいたマリコルヌは見た 地面を土煙を上げ猛スピードで走ってくるルイズとその使い魔を その光景を見た彼は後にこう友人達にこう言ったという 『まるで・・・・・悪魔を見ていた様だった』と ルイズは使い魔に乗り、風を切って走り抜けていた、顔が綻ぶ これはいいものだと直感的にわかった そして、ルイズは喜びのあまり使い魔の名前を無意識に叫んでいた 「パッソーーーール!!」 大和田秀樹 たのしい甲子園 より 悪魔のパッソル を召喚
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前ページ次ページゼロの使い魔BW 身体を揺さぶられて、目が覚めた。 目を開いたら、見慣れぬ格好の少年がこちらを見下ろしていて、思わず叫んだ。 「だ、誰よあんた!」 「……ツカイマだよ、ゴシュジンサマ」 「ああ、使い魔ね。そうね、昨日召喚したんだっけ」 窓から朝の日差しがさんさんと降り注いでいる。ルイズは寝台の上でうーんと伸びをすると、椅子にかけてあった服を指して命じた。 「取ってくれる?」 使い魔の少年は無言で頷くと、服を取ってルイズに手渡した。 寝起きのけだるさのままネグリジェに手をかける。途端にくるりと背を向ける辺り、この使い魔にも一応年頃の少年らしい部分もあるらしい。 「後、下着も――そこのクローゼットの一番下に入ってるから、取って」 彼はクローゼットを開けると、ぎくしゃくとした動きで下着を取り出す。と、そこで完全に停止した。 なにを考えて止まったのかが分かって、ルイズは呆れた。別に、使い魔に見られたところでどうということもないのだが、彼は動きそうにもない。 「……投げてくれていいわよ」 飛んできた下着は、過たずルイズの手元に納まった。見えてるんじゃないかと思うようなコントロールである。むしろ見てるんじゃないかと思って使い魔に目をやるが、完璧に背を向けていた。 服を着させるところまでやらせようと思っていたが、やめた。無駄に時間がかかるのは分かりきっている。下手をすれば、朝食を食べそこなうことにすらなりかねない。 壁を向いて硬直している使い魔を横目に、ルイズはこれまでのように着替え始めた。 身支度を済ませたルイズたちが廊下へ出ると、ちょうど近くの扉が開くところだった。 中から出てきたのは、燃え上る炎のような赤い髪の女の子だ。 ルイズよりも背が高く、スタイルも良い。彫りの深い美貌に、突き出た胸元、健康的な褐色の肌、と街を歩けば十人が十人振り返るような容姿だった。 だが、その顔を見た途端、ルイズは不機嫌そうな顔になる。赤い髪の少女がにやりと笑った。 「おはよう、ルイズ」 「おはよう、キュルケ」 むっつりとした表情のまま、ルイズは挨拶を返す。 「あなたの使い魔って、それ?」 「そうよ」 寡黙に控えている少年を指さしての問いに、ルイズは短く答えた。 「あっはっは! 本当に人間なのね! さっすが、ゼロのルイズ」 「うっさいわね」 無愛想に返答するルイズを横目に、キュルケは少年を観察する。 「中々可愛らしい顔してるじゃない。あなた、お名前は?」 「なに色惚けたこと言ってんのよ。あと、名前を聞いても無駄よ。そいつ、記憶喪失だから」 「それは残念。……だけど、記憶喪失、ねぇ。それは元から? それとも、ルイズのせいかしら?」 その指摘に、目の前の勝気な少女が言葉に詰まったのを見て、キュルケは頷いた。 「なるほどねえ。――それじゃ、あたしも使い魔を紹介しようかしら。フレイムー」 キュルケが呼ぶと、背後の扉の中から赤い巨大なトカゲが現れた。大型の獣並みの体躯に、真紅の鱗。尻尾の先は燃え盛る炎となっていて、口からもチロチロと赤い火が洩れている。 「……リザード?」 熱気を物ともせずにそれに見入っていたルイズの使い魔が、ここで初めて声を上げた。 「りざーど? これは火トカゲよ」 「ヒトカゲ?」 首を傾げて言ったルイズの使い魔に、キュルケは微笑みかける。 「なんか発音がおかしい気がするけど、そうよー。火トカゲよー? しかも見て、この大きくて鮮やかな炎の尻尾。間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ? 好事家に見せたら値段なんてつかないわ」 「そりゃよかったわね」 ルイズが無愛想に答えた。 「素敵でしょ? もう、あたしにぴったりよね」 「あんた、『火』属性だしね」 「そう。あたしは微熱のキュルケですもの。ささやかに燃える情熱は微熱。でも、男の子はそれでイチコロなのですわ。あなたと違ってね?」 キュルケは得意げに、その男であれば視線を釘付けにされそうな胸を張った。 ルイズも負けじと胸を張るが、残念ながらボリュームの違いは明白だった。それでもキュルケを睨みつける辺り、かなりの負けず嫌いらしい。 「あんたみたいにむやみやたらと色気を振りまくほど、暇じゃないだけよ」 キュルケは余裕の笑みを浮かべて、その言葉を受け流す。そして颯爽とこの場を後にしようとして、使い魔のサラマンダーが居ないことに気づいた。 「あら? フレイムー?」 「わたしの使い魔も居ないわ。……まさか、あんたのサラマンダーに食べられちゃったんじゃ」 「失礼ね。あたしが命令しなきゃ、そんなことしないわ。……あ、居た」 ルイズとキュルケが言い争っていた場所から少し離れたところに、二人の使い魔は揃っていた。二人が喧嘩している間に、使い魔は使い魔で親睦を深めていたらしい。 少年は、慣れた手つきでサラマンダーを撫でてやっている。撫でられているほうも、妙に落ち着いた様子で彼の手のひらを受け入れていた。 キュルケが目を丸くする。 「あらま。確かに、誰彼構わず襲うような子じゃないけど、誰彼構わず懐く子でもないのに」 「あんたのことを見習ったんじゃないの?」 「どういう意味よそれ。……まあ良いわ。それじゃ、お先に失礼。行くわよフレイムー」 呼ばれて、サラマンダーが動き出す。図体に似合わないちょこちょことした足取りでキュルケの後を追うが、少し行った先で少年のほうを向くと、ぴこぴこと尻尾を振った。 少年も微笑んで、手を振って返す。 一連の流れを見ていたルイズが、少年の頬をつねりあげた。 「……いふぁい」 「いーい? あの女はフォン・ツェルプストー。わたしたちヴァリエール家にとっての、不倶戴天の敵なの。だから、ツェルプストーの使い魔なんかと仲良くしちゃダ、メ、よ?」 「ふぁい」 一音ごとに頬をねじり上げるようにして確認され、少年は涙目で答えた。 トリステイン魔法学院の食堂は、学園の敷地内で一番背の高い、真ん中の本塔の中にあった。食堂の中にはやたらと長いテーブルが三つ並んでいて、それぞれに少年少女が座っている。 ルイズは、黒いマントをつけた生徒が並ぶ真ん中のテーブルへと向かった。 ここに使い魔を連れてくるのには非常に苦労した。なんせ他の使い魔を見るたびに、吸い寄せられるようにそっちに行こうとするのである。首輪と縄が必要かしら、とルイズは思った。 その使い魔は、豪華な食事が並べられたテーブルや、絢爛な食堂をきょろきょろと見回している。その顔に少なからぬ驚きを見て取って、ルイズは得意げに指を立てて言った。 「トリステイン魔法学院で教えるのは、魔法だけじゃないのよ。昨日も説明した通り、メイジのほとんどは貴族。だから、『貴族は魔法をもってしてその精神となす』のモットーのもと、貴族たるべき教育を受けるの。この食堂も、その一環ね」 「すごいね」 素直に驚きを示す使い魔に、椅子を引くように促す。本来なら「気が利かないわね」ぐらいは言ってやりたいところだが、記憶喪失では致し方ない。 椅子についてから、ルイズは考えた。この使い魔がもう少し反抗的であれば、床ででも食べさせるつもりであったが、今のところは特にそういった気配はない。 現在も自分が座るべき席ではないと理解しているためか、脇にじっと佇んだままである。 しばらく逡巡した後、ルイズは近くに居た使用人の一人を呼びとめた。 「ちょっと、そこのあなた」 「はい、なんでしょうか。ミス・ヴァリエール」 呼びとめられた黒髪のメイドに、脇の使い魔を指して見せる。 「こいつに、なにか食べさせてやって頂戴」 「分かりました。では、こちらにいらしてください」 「食べ終わったら戻ってくるように」 ルイズの言葉にやはり頷くと、使い魔は促されるままにメイドについて行った。 「もしかしてあなた、ミス・ヴァリエールの使い魔になったっていう……」 行きがてらにそう問われて、少年は頷いた。目下のところは、彼の唯一の身分である。 「知ってるの?」 「ええ。なんでも、召喚の魔法で平民を呼んでしまったって噂になっていますわ」 にっこりと笑って、黒髪のメイドは答えた。屈託のない、野の花のような笑顔だ。 「君もメイジ?」 「いいえ。私はあなたと同じ平民ですわ。貴族の方々をお世話するために、ここで御奉公させていただいているんです」 どうやら自分と同じような立場らしい。納得すると、彼は黙り込んでしまった。 記憶がないというのは、話題がないというのに等しい。訊きたいことは山ほどあったが、彼女は仕事中だったようだし、あまり時間を取らせるわけにもいかないだろう。 そんな考えからなる沈黙だったが、どうやらそれは少年を気難しく見せていたらしい。しばらくは静かだった黒髪のメイドが、いかにも恐る恐るといった様子で口を開いた。 「……えっと、私はシエスタです。あなたのお名前を訊いても良いですか?」 少年はそれに黙ったまま首を振る。しかし、不味いことでも訊いてしまったのだろうかと狼狽するシエスタを見て、言葉を続けた。 「名前は分からないんだ。記憶喪失だから」 「キオクソウシツ……って、あの、記憶がなくなっちゃうあれですか?」 頷くと、シエスタの視線が途端に同情的になった。少年を上から下まで眺めまわして、はう、とせつなげな溜息を洩らす。 「大変だったんですね……」 そうだったんだろうか。そうだった気もするが、今のところは大したことがない気もする。だが少年がなにか答える前に、彼女はいきなり彼の手をギュッと掴むと、引っ張り始めた。 「なるほど、そいつは大変だ」 コック長のマルトー親父は、シエスタの話(学園内で出回っている噂を少し盛った上で、記憶喪失であるという事実を付け加えたもの)を聞くとうんうんと頷いた。 「やっぱりそうですよね、マルトーさん!」 「記憶を失くした上に、あの高慢ちきな貴族どもの下働きだろ? しかも、こういう仕事を選んでやってる俺たちと違って、強制的にだって話じゃねえか。いやあ、災難だな、お前さん」 二人で完全に盛り上がってしまっている。展開について行けず途方に暮れそうになったところで、少年のお腹がぐう、と鳴った。 「おっと、悪かったな。シエスタ、賄いのシチューを持ってきてやれ。俺は戻らにゃならん」 「はい、わかりました!」 少年を厨房の片隅に置かれた椅子に座らせると、シエスタは小走りで厨房の奥へと消えた。 マルトーもまた、背を向けて調理場へと向かう。が、ふと振り向くとニッと笑った。 「同じ平民のよしみだ、なにか困ったことがあったらいつでも相談してくれ」 「ありがとう。いざって時には頼りにさせてもらいます」 少年が礼を言うと、マルトーは「良いってことよ」と大笑いして去って行く。 入れ違うように、シエスタがシチューの入った皿を持って戻ってきた。目の前に置かれたそれをスプーンで掬って、口に運ぶ。思わず顔がほころんだ。 「おいしい」 「よかった。おかわりもありますから、ごゆっくり」 思った以上に空腹だったことに気づく。丸一日ばかり食べていないような、そんな感じだ。 夢中になって食べる少年を、シエスタはニコニコしながら見ている。 仕事中だったのに大丈夫なんだろうか、なんて思うが、食堂には彼女のようなメイドが沢山いたし、一人ぐらい抜けても問題ないのかもしれない。 「ごちそうさま。おいしかったよ」 「ふふ。ぜひ、マルトーさんにも言ってあげてください。喜びますから」 食べ終わって皿を返すと、シエスタは微笑んでそう言った。そして皿を片づけるために立ち上がりざま、そういえば、と彼の顔を見る。 「えっと、なにか分からなくて困ってることとかあります?」 「……それなら、洗濯物のことなんだけど」 なるほど、とシエスタが頷く。 「ああ、そうですよね。水汲み場とか分かりませんよね」 「それもあるんだけど、ここでのやり方もイマイチ分からないから、教えてもらえると助かる」 彼の常識は、洗濯物には洗濯機を使え、と言っている。使い方も分かる。しかし同時に、それがここにはないだろうということもなんとなく分かっている。 昨晩のルイズとの会話と、今日見て回った学内の様子から、自分の常識の欠落は記憶喪失から来るものではないことに、少年はうすうす感づいていた。 「洗濯のやり方なんて何処でも同じ気がしますけど、わかりました。今からご案内しても良いんですが、ミス・ヴァリエールに『戻ってくるように』って言われてましたよね」 確かに、「食べ終わったら戻ってくるように」と言っていた。 「それじゃ、お昼もまたこちらで取られるでしょうし、その際にでも」 「よろしくお願いします」 心からの感謝をこめてお辞儀をすると、シエスタはウインクして答える。 「マルトーさんも言ってましたけど、同じ平民のよしみ、です。いつでも頼ってくださいね」 魔法学院の教室は、石造りのやはり巨大な部屋だった。生徒が座る席は階段状に配置されており、その中央最下段に教師が立つ教壇がある。 二人が入ると、先に教室に来ていた生徒たちが一斉に振り向いた。そしてくすくすと笑い始める。 だが、ルイズにそれを気にしている余裕はなかった。今日は学年最初の授業ということで、大抵の生徒が使い魔を連れている。そんな場所に少年を放りこんだらどうなるか。 早くもふらふらと引き寄せられそうになった彼の襟元を、がっしと掴んで引きずりつつ、ルイズは席の一つへ向かった。本格的に、首輪と縄が必要かもしれない。 席の近くの床に少年を座らせる。机があって窮屈なのは気にならないらしいが、周囲の使い魔を見てそわそわしている。 ふと、少年が使い魔のうちの一体――浮かんだ巨大な目の玉を指さして言った。 「アンノーン?」 「違うわ。バグベアーよ」 「チョロネコ?」 「あれは単なる猫じゃない。チョロってなによ」 「アーボ?」 「あれは大ヘビ……一体、その名前は何処から出てきてるのよ」 ルイズが呆れたように言ったところで、教室の扉が開いて一人の魔法使いが入ってきた。 ふくよかな頬が優しげな雰囲気を漂わせている、中年の女性だ。紫色のローブに、帽子を被っている。 彼女は教室を見回すと、満足そうに微笑んで言った。 「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」 ルイズは俯いた。 「おや? ミス・ヴァリエール、使い魔はどうしました?」 床に座った少年は、教壇からはちょうど死角になっていて、彼女からは見えないらしい。 シュヴルーズが問いかけると、ルイズの近くに座っていた少年が声を上げた。 「ゼロのルイズ! 召喚出来ずにその辺の平民連れてきたからって、恥ずかしがって隠すなよ!」 その言葉に、教室中がどっと笑いに包まれた。 ルイズは椅子を蹴って立ち上がった。長い髪を揺らし、可愛らしく澄んだ声で怒鳴る。 「違うわ。ちゃんと召喚したもの! こいつが来ちゃっただけよ!」 「嘘つくな! 『サモン・サーヴァント』に失敗したんだろう?」 ゲラゲラと教室中が笑う。 「ミセス・シュヴルーズ! 侮辱されました! 『かぜっぴき』のマリコルヌが私を侮辱したわ!」 「かぜっぴきだと? 俺は『風上』のマリコルヌだ! 風邪なんか引いてないぞ!」 同じく椅子を蹴って立ち上がったマリコルヌに向けて、ルイズが追撃を放つ。 「あんたのガラガラ声は、まるで風邪でも引いてるみたいなのよ!」 次の瞬間、立ち上がった二人は揃って糸の切れた人形のようにすとんと席へ落ちた。 「ミス・ヴァリエール。ミスタ・マリコルヌ。みっともない口論はおやめなさい」 席に座ったルイズは、先ほどの剣幕が嘘のようにしゅんとしてうなだれている。 「お友達をゼロだのかぜっぴきだのと呼んではいけません。わかりましたか?」 「ミセス・シュヴルーズ。僕の『かぜっぴき』は中傷ですが、ルイズの『ゼロ』は事実です」 教室にくすくす笑いが広がった。 シュヴルーズは厳しい顔をすると、ぐるりと教室を見回し一つ杖を振った。するとどこから現れたものか、笑っていた生徒の口元に赤土の粘度が貼り付いた。 「あなたたちは、その格好で授業を受けなさい」 くすくす笑いがおさまった。 「それでは、授業を始めますよ」 少年は授業にはあまり興味がなかった。彼の注意はもっぱら他の使い魔に向けられていたが、属性の話が出た時は少しだけ耳をすませた。 現在は失われた『虚無』の魔法を含めて、魔法の属性は五種類あるらしい。彼の感覚からすると、五つの属性――タイプというのは、酷く少なく思えた。 もっとこう『はがね』だとか『エスパー』だとか『あく』だとかがあって良い気がする。もっとも、単に彼の感覚の方が細分化されている、というだけのことかもしれないが。 そんなことを考えたり、周囲の使い魔を観察していたりすると――。 「それでは、この『錬金』を誰かにやってもらいましょう。そうですね……ミス・ヴァリエール」 不意に指名されたルイズは、びくっと肩を跳ねさせると、シュヴルーズに問い返した。 「えっと、私……ですか?」 「そうです。ここにある石ころを、望む金属に変えてごらんなさい」 そうやって教壇を指し示されても、ルイズは動かない。痺れを切らしたシュヴルーズが更に促そうとしたところで、キュルケが困った声で言った。 「先生」 「なんです?」 「やめといた方が良いと思いますけど……」 「どうしてですか?」 「危険です」 キュルケが言い切った。ほとんどの生徒もそれに頷く。 「危険? 一体、なにがですか」 「先生は、ルイズを教えるのは初めてですよね?」 「ええ。ですが、彼女が努力家であるという事は聞いています。さぁ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。失敗を恐れていては、なにもできませんよ?」 「ルイズ。やめて」 キュルケが蒼白な顔で言う。しかし、ルイズは立ち上がった。 「やります」 言って、若干硬い動きで教壇へと向かう。通路に乗り出すようにして、少年はその背中を見送った。 教壇に上ったルイズに、シュヴルーズが隣に立って微笑みかけた。 「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を強く心に思い浮かべるのです」 ルイズはこくりと可愛らしく頷く。そして緊張した面持ちで小石を睨みつけると、神経を集中した。 同時に、少年は周囲の生徒たちが、彼と同じように机の影に隠れるのに気付いた。なんでだろうと思う間もなく、短いルーンと共に、ルイズが杖を振り下ろす。 瞬間、小石は机もろとも爆発した。 爆風をもろに受けて、ルイズとシュヴルーズは黒板に叩きつけられた。悲鳴が上がる。 驚いた使い魔たちが暴れ始めた。 眠りを妨げられたキュルケのサラマンダーが火を吹き、尻尾をあぶられたマンティコアが窓を突き破って外へ逃げ、その穴から巨大な蛇が顔を出して誰かのカラスを飲みこんだ。 教室が阿鼻叫喚の大騒ぎになる。髪を乱したキュルケが、ルイズを指して叫んだ。 「だから言ったのよ! あいつにやらせるなって!」 「もう! ヴァリエールは退学にしてくれよ!」 「ラッキーが! 俺のラッキーがヘビに食われた!」 黒板の前にシュヴルーズが倒れている。時々痙攣しているので、死んではいないようだ。 煤で真っ黒になったルイズが起き上がった。服装は悲惨極まりない。上も下もところどころ破れていて、隙間から下着が覗いている。 だが、ルイズは自身の惨状も教室の阿鼻叫喚も気にしない様子で、淡々とした声で言った。 「ちょっと失敗したみたいね」 当然、他の生徒から猛然と反撃を喰らう。 「ちょっとじゃないだろ! ゼロのルイズ!」 「いつだって成功の確率、ほとんどゼロじゃないか!」 爆風で吹き飛ばされた帽子を拾いつつ、少年は一人、すごい『だいばくはつ』だったなと頷いていた。 「おふっ……ミス・ロ……ング、ビル……やめて、やめ……お、おち、る……」 ルイズが教壇を吹き飛ばし、それの罰として掃除を命じられている頃。 この魔法学院の学園長であるオールド・オスマンは、秘書にいつもよりも酷いセクハラ行為――尻を両手でじっくり三十秒ほど捏ねまわすように揉んだ――に及び、いつもよりも苛烈な報復を受けていた。 首を絞められ、今にも気を失いそうなオールド・オスマンに対し、ミス・ロングビルは無表情でチョークスリーパーをかけ続けている。 そんなちょっとした命の危険は、突然の闖入者によって破られた。 「オールド・オスマン!」 荒っぽいノックに続いて、髪の薄い中年教師――コルベールが部屋に入ってくる。 その時には既に、オールド・オスマンもロングビルも自分の席へと戻っていた。早業である。もっとも、オスマン氏は酸欠気味で、頭をふらふらと揺らしていたが。 「なん、じゃね?」 「たた、大変です! ここ、これを見てください!」 ようやく脳に酸素が戻ってきたらしきオスマン氏は、コルベールの焦りに鼻を鳴らした。 「大変なことなどあるものか。全ては些事じゃ。……ふむ、これは『始祖ブリミルの使い魔たち』ではないか。こんな古臭い文献など漁りおって。そんなものを持ちだしている暇があったら、たるんだ貴族たちから学費を上手く徴収する術でも考えたまえ。ミスタ……なんじゃっけ?」 「コルベールです! お忘れですか!」 「おうおう、そんな名前じゃったな。君はどうも早口でいかん。……で、この書物がどうしたのかね?」 「これも見てください!」 コルベールが取りだしたのは、少年の右手にあったルーンのスケッチであった。 それを見た瞬間、オールド・オスマンの表情が一気に引き締まり、目が鋭い光を放つ。 「ミス・ロングビル。席を外しなさい」 ロングビルが席を立ち、部屋を出ていく。それを見届けると、オスマン氏は口を開いた。 「詳しく説明するんじゃ。ミスタ・コルベール」 ルイズが滅茶苦茶にした教室の掃除が終わったのは、昼休みの前だった。 罰として魔法を使うことが禁じられていたため、時間がかかったのである。といってもルイズはほとんど魔法が使えないから、余り変わらなかったが。 ミセス・シュヴルーズは二時間後に目を覚ましたが、その日一日錬金の授業を行わなかった。どうやらトラウマになってしまったらしい。 片づけを終えたルイズと少年は、食堂に向かった。昼食を取るためである。 道すがら、少年は先ほどの光景を思い返していた。何故か、『わるあがき』という言葉が浮かんで消える。 次にちょっと間抜けな顔をした大きな魚が出てきて、最後に巨大な龍が脳裏をよぎった。 その余りの脈絡のなさに、自然と苦笑が漏れる。それを見とがめたルイズが、少年を睨みつけた。 「……あんたも」 「?」 「あんたもわたしを馬鹿にしてるんでしょ!? 貴族だなんだと散々言っておいて、その実はなにも出来ない、『ゼロ』であるわたしを!」 そんな叫びは、少年のきょとんとした表情によって迎えられた。作ったものではない。心の底から、なにを言われているか分からない、と思っている顔だ。 それを見た瞬間、毒気も怒りも、全て雲散霧消してしまった。 沈黙したルイズを見て、少年はしばらく考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。 「……使い手と『わざ』には相性がある」 「ふえ?」 「どれだけ強い力を持っていても、相性の悪い『わざ』は使えない。今のゴシュジンサマは、相性の良い『わざ』がない状態なんじゃないかと思う。だから、『わるあがき』しかできない。……けど、それでもあれだけの力があるんだから、適正のある『わざ』ならすごい威力になるんじゃないかな」 突然饒舌になった使い魔に、ルイズはしばらくぽかんとしていたが、それが彼の不器用な慰めだと気づくと、くすりと笑った。 それに、こいつの考え方は面白い。これまで失敗してきた『わざ』――魔法を使えるように努力するのではなく、相性の良い魔法を探す。 今までも色々な魔法を試してはきたが、もっと色々と、それこそ普通は思いもしないようなものまでやってみるのも悪くないかもしれない。 ただ、今は――。 「……『わるあがき』ってなによ」 「えっ? ええと、うんと……なんなんだろう」 「ご主人様にそういうこと言う使い魔は、お昼ご飯抜きにしちゃうわよ?」 慌てる少年にルイズはくすくすと笑うと、先ほどより明らかに軽い足取りで、食堂へと向かった。 前ページ次ページゼロの使い魔BW
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前ページ次ページZERO A EVIL 途中からシエスタが手伝ってくれたおかげで、昼食前に掃除を終わらす事ができた。 「それでは、私は昼食の支度がありますので、これで失礼します」 「あ……う、うん」 シエスタはそう言って教室から出ようとしたが、ルイズが何か言いたそうにしているのに気が付いた。 「ミス・ヴァリエール、どうかなさいましたか?」 「え! どどど、どうして?」 「いえ、何かおっしゃりたい事がおありのように見えましたので」 シエスタにそう言われて、ルイズはかなり動揺しているようだ。目線を上にしたり、下にしたりと落ち着きがない。 やがて後ろを向いて一つ深呼吸をすると、意を決したようにシエスタに向き直った。 「そ、その、あああ、ありがとう!」 「え?」 「か、勘違いしないでよね! こ、これは貴族が平民に対する最低限の礼儀なんだからね!」 ルイズはシエスタに感謝していたが、貴族のプライドと気恥ずかしさからこのような言い方になってしまった。 シエスタも感謝の言葉をかけられるとは思ってもいなかったので、少し驚いてしまう。 だが、すぐに笑顔を浮かべるとルイズに向かって頭を下げる。 「ありがとうございます。そう言っていただけると手伝った甲斐もあるというものです」 「そ、そう」 「ええ。後で食堂にもいらしてくださいね。今日はデザートにおいしいケーキを用意していますので」 「わかったわ」 「では、失礼します」 そう言うとシエスタは教室を出て行った。 ルイズはシエスタが出て行った後に改めて教室を見回してみる。自分が爆発を起こしたとは思えないほど、教室はきれいに片付いていた。 なんだか自分の心もすっきりしたように感じ、さっきまでとは違い晴れやかな気分になる。 しばらく教室を眺めていたが、お腹も減ってきたので食堂に向かうことにした。 食堂に入ると、すでに多くの生徒達で賑わっていた。 メイド達は昼食の世話で忙しそうに働いている。その中にはシエスタの姿も見えた。 邪魔をしては悪いと思い、特に声もかけずに席に着く。 ずっと掃除をして体を動かしていたせいか、昼食はいつもよりおいしく感じられた。 昼食が終わった後、デザートのケーキがメイド達から運ばれてくる。 「ミス・ヴァリエール。今日のケーキはコック長のマルトーさんの自信作だそうですよ」 そう言われてメイドの方を見ると、そこにはシエスタの姿があった。 「そ、そう。期待しておくわね」 「ええ。どうぞ」 そして、ルイズの前にケーキの入った皿が置かれる。 一口食べてみるが、コック長の自信作だけあって中々の味だ。甘くておいしいケーキに思わず顔がにやけてしまう。 「いかがですか?」 「ええ、おいしいわ」 「喜んでいただけてなによりです」 シエスタとそんな会話をしていると、後ろの席が妙に騒がしくなる。 どうやら、男子生徒達が色恋沙汰の話で盛り上がっているようだ。 その話の中心にいるのは、ギーシュ・ド・グラモンだ。彼は確かに二枚目で、女子生徒にも人気がある。 だが、ルイズには彼のきざったらしい仕草はとてもかっこいいとは思えなかった。そもそも、ルイズはこの学院の男子生徒にはまったく興味がない。 自分には許婚のワルド子爵がいる。 彼に比べたら、この学院の男子生徒など幼稚な子供にしか見えない。比べるのも失礼なくらいだ。 (子爵様。今頃どうしていらっしゃるのかしら……) もう随分と会っていないワルド子爵の事を考えていると、不意にシエスタから声がかかった。 「ミス・ヴァリエール。今、ミスタ・グラモンのポケットから何か落ちたみたいなんですが」 「ん?……何かの液体が入った小瓶みたいね」 ギーシュのポケットから落ちた小瓶はルイズとシエスタのいる方に転がってきた。 それをシエスタが拾い上げる。 「気付いていらっしゃらないみたいなので、私が渡してきますね」 「あんたはまだケーキを配り終わってないでしょ。私が渡しておくから仕事に戻っていいわよ」 「え! でも……」 「いいから。あんたは気にしなくていいの」 「すいません。それではお願いします」 ルイズはシエスタから小瓶を受け取ると、ギーシュ達が話している方に向かった。 (シエスタには教室の掃除を手伝ってもらったし。貴族として、平民の恩義には報いるのが礼儀よね) 本当は親切にしてくれたシエスタに恩返しがしたかっただけなのだが、プライドの高いルイズはそう考えて自分を納得させていた。 ルイズはギーシュ達の所までやってくると机の上に小瓶を置いた。 「ギーシュ。落し物よ」 「何を言っているんだいミス・ヴァリエール。これは僕の物じゃないよ」 「あんたが落としたのを見てた子がいるのよ。いいから受け取りなさいよ!」 「しつこいね君も……」 ルイズが小瓶を渡そうとしていると、ギーシュと話をしていた生徒達が騒ぎ出した。 「それはモンモランシーが作っている香水じゃないか!」 「ああ、間違いない! ……ということはギーシュはモンモランシーと付き合っているのか!」 「ち、違う! いいかい……」 ギーシュが何か弁解をしようとした時、一人の女子生徒がこちらに向かってくるのが見えた。 マントの色から一年生だとわかる。 「ギーシュ様、やっぱり……」 「ケティ! これは……」 ギーシュが何かを言う前に、一年生の少女は泣きながら走り去ってしまった。 そして、すぐに別の少女がやってくる。次にやってきた少女はルイズにも見覚えがあった。 さっき男子生徒の会話の中にも出てきた縦ロールの金髪が特徴的なモンモランシーだ。 「やっぱり一年生の子に手を出してたのね!」 「誤解だよ、美しいモンモランシー。そんな怖い顔をしないでおくれ」 「誤魔化さないで!」 そう言うとモンモランシーは机に置いてあったワインをギーシュの頭にかける。 「最ッ低!」 ギーシュに止めのセリフを言い放ち、モンモランシーは去っていった。 いきなり茶番劇を見せ付けられ唖然としていたルイズだが、用事も済んだのでケーキを食べに戻ることにする。 が、立ち去ろうとしたルイズをギーシュが呼び止めた。 「待ちたまえ! ミス・ヴァリエール!」 「何よ、何か文句でもあるの。言っとくけど私は悪くないわよ、二股かけてたあんたが悪いんだからね!」 ルイズのこの言い方は、ギーシュの怒りに火を付けてしまう。 「ゼロの君に、話を合わせる機転を期待した僕が馬鹿だったよ!」 「な、なんですって!」 いきなり馬鹿にされたせいで、ルイズの頭に一瞬で血が上る。 「あんたなんて、私の許婚の子爵様に比べたら唯のお子様よ! 振られて当然だわ!」 さっきまでワルド子爵の事を考えていたせいか、ルイズはつい言葉に出してしまう。 それを聞いたギーシュはにやりと笑うと、ある言葉を口にする。 だがそれは「ゼロのルイズ」よりも言ってはいけない言葉だった。 「ふん。ゼロである君の許婚なんて、どうせたいした事無い男に決まってる!」 その言葉を聞いた瞬間、ルイズの視界が真っ赤に染まる。 かつてないほどの怒りと憎しみで、ルイズの心は張り裂けそうだった。 (この男は子爵様を侮辱した! 私の子爵様を!! この男だけは許せない! 絶ッ対に許せない!!) ルイズの左手のルーンが光を放つ。今までと違い、光っているのがはっきりとわかるほどだった。 そして、左の拳がギーシュの顔面に突き刺さる。 ルイズに殴られたギーシュは鼻血を出しながら、机の上まで吹き飛ばされる。鍛え抜かれた体を持つ男に殴られたような、鋭く重い一撃だった。 だが、そんな事はどうでもいい。ゼロであるルイズにここまでやられて黙っていられる訳が無い。 ギーシュは立ち上がるとルイズに向かって叫んだ。 「もう許さん! 決闘だ!」 「……いいわ。どこでやるの?」 「ヴェストリ広場だ! 準備が出来たら来たまえ!」 そう言うとギーシュは、鼻血を手で拭いながら食堂を出て行った。 近くで騒いでいた他の生徒達もヴェストリ広場に向かう様だ。 ギーシュを殴ったルイズだったが、この程度では怒りと憎しみは収まらない。 すぐにヴェストリ広場に向かおうとするが、自分の方に駆け寄ってくる人物に気付き足を止める。 「ミス・ヴァリエール!」 ルイズに駆け寄ってきたのはシエスタだった。 小瓶をルイズに渡した後、ケーキの配膳の仕事に戻っていたが、先ほどの騒ぎに気付き慌ててやってきたようだ。 「申し訳ありません! 私のせいで大変な事に……」 ルイズに向かって謝ると、深く頭を下げる。 自分がギーシュの小瓶に気付いたせいで、ルイズが騒ぎに巻き込まれたのを気にしているようだ。 「あんたのせいじゃないわ。これは私とギーシュの問題よ」 「でも……」 「いいから!」 気持ちが高ぶっているせいか、つい言い方がきつくなってしまう。 シエスタも黙ってしまい、二人の間に気まずい空気が流れる。それを嫌ったルイズは、足早にヴェストリ広場に向かった。 シエスタはルイズの背中を見送る事しかできなかった。 ヴェストリ広場に着くと、すでに多くの生徒が集まっているのがわかった。娯楽の少ない学院生活の中で、決闘という言葉は多くの生徒達の興味を集めたようだ。 広場の中央にギーシュの姿が見える。どうやら鼻血はもう止まっているようだ。 「ルイズ、逃げずによく来たね」 「あなた程度の相手に、何故私が逃げないといけないのかしら?」 「その減らず口をいつまで叩いていられるかな? いくぞ!」 ギーシュが薔薇の造花をあしらった杖を振る。 すると花びらが舞い、鎧を着た女性の人形が現れる。これこそ、ギーシュがワルキューレと呼ぶゴーレムであり、彼の得意とする魔法だった。 「魔法が使えない君と違って、僕はメイジだから魔法を使わせてもらうよ。文句はないだろうね?」 ギーシュは自分の勝利を確信していた。魔法が使えないルイズに自分が負ける訳が無い。 ワルキューレで少し脅かしてやれば、すぐに降参するだろうと思っていた。 だから彼は考えもしなかった。 今のルイズにとって、決闘という言葉がどういう意味を持つのかを…… 「行け! ワルキューレ!」 ワルキューレをルイズに向かって突撃させる。 ルイズは固まって動けないか、逃げるだろうと思っていたギーシュは、後はどうルイズのプライドを傷付けて謝らせようか考えていた。 だが次の瞬間、彼は驚愕の表情を浮かべる。 ルイズがワルキューレに向かって、ものすごいスピードで突っ込んできたのだ。 そのままワルキューレに近づいたルイズは、左手で掌底をワルキューレの腹部に炸裂させる。 スピードが乗っている掌底を受けたワルキューレは、吹き飛ばされて地面に激突し動かなくなった。 今の技の名は「骨法鉄砲」。 夢の中で格闘家だったルイズが、遠くにいる相手によく使用していた技だった。 誰もが唖然としている中、ルイズはギーシュの方を見る。 まるで、次の獲物を見定めるように…… ワルキューレが倒された事でギーシュに動揺が広がる。 だが、ゼロのルイズに負ける訳にはいかない。すぐさま、次のワルキューレを繰り出す。 今度は一度に三体のワルキューレを作り出し、ルイズの周りを包囲する。 さっきの攻撃ではワルキューレは一体しか倒せない。三体同時で攻めかかれば、ルイズにはどうすることもできないと考えていた。 しかし、ルイズはいきなりワルキューレよりも高く飛び上がったかと思うと、一体のワルキューレの顔と胸の部分に二段蹴りを放つ。 そして、その反動を利用して他のワルキューレにも次々と蹴りを放っていく。 ルイズが着地すると同時に三体のワルキューレは崩れ落ちた。 この技の名は「デスズサイズ」。 まるで死神の鎌のように広範囲を攻撃する真空二段蹴りだ。 自慢のワルキューレを四体も倒され、ギーシュが怯んだ隙をルイズは見逃さなかった。 すぐさまギーシュの目の前まで近づくと、鳩尾の辺りに拳を放つ。ギーシュの表情が苦悶に歪み、あまりの苦しさに地面に蹲る。 その隙に、ルイズはギーシュの背中から腕を回し体を両腕で掴むと、そのまま上空に飛び上がる。 空中でギーシュの頭を下に向け、全体重をかけて脳天を地面に叩きつけた。 必殺技の「アクロDDO」。 夢の中で格闘家だったルイズは、この技で多くの対戦相手の命を絶ってきたのだ。 ヴェストリ広場は静まり返っていた。 ギーシュは白目を向いて痙攣している。辛うじて生きているようだが、かなり危険な状態だった。 ルイズはギーシュの方にゆっくりと歩み寄る。 ギーシュの近くまで来ると、いきなりギーシュの体を蹴り上げた。 その光景を見た瞬間、ヴェストリ広場に女子生徒の悲鳴が響き渡る。 ルイズはギーシュを殺す気なのだと誰が見てもわかった。 「よ、よせ! それ以上やったら本当に死んじまうぞ!」 「誰でもいいから! ルイズを止めなさいよー!」 「で、でも! どうやって!」 生徒達の叫びが飛び交い、ヴェストリ広場は騒然となる。 ルイズを止めるにしても、先ほどのギーシュとの戦いを見てしまえば、足が竦んでしまうのも無理はなかった。 その時、一人の少女がルイズの前に立ちはだかる。学院の生徒ではない、メイド服に身を包んだ黒髪の少女だ。 ルイズの前に立っていたのはシエスタだった。あの後、ルイズが心配でヴェストリ広場に来ていたのだ。 シエスタはルイズに向かって叫ぶ。 「もうやめてください!ミス・ヴァリエール!」 その声を聞き、ルイズの動きが止まる。 「退きなさいシエスタ。決闘で真の勝利を得るには、相手の命を絶たなければいけないのよ」 シエスタには信じられなかった。 ルイズとは少し話をした程度だったが、こんな事を言う人物ではなかったはずだ。まるで、ルイズの姿をした別人と話しているように感じた。 違和感を感じたシエスタだったが、今はルイズを止めなければならない。 「嫌です! ミス・ヴァリエールが今やろうとしている事は決闘じゃありません! ただの殺人です!」 その言葉を聞いた時、ルイズは不思議な感覚に襲われる。同じような言葉を以前にも聞いたような気がするのだ。 一体どこで聞いたのかルイズが思い出そうとすると、脳裏にある若者の姿が思い浮かぶ。 | てめえのやってる事は格闘技じゃない……ただの殺戮だ! その言葉を思い出した瞬間、急速に頭が冷えてくる。そして同時に、左手のルーンも徐々に輝きを失っていった。 真の勝利の為に、相手の命を絶たなければいけないと考えていたのは自分じゃない。あれは夢の中の話だったはずだ。 だが自分は今、ギーシュの命を絶とうとしていた。 背中に嫌な汗が流れる。得体の知れない恐怖を感じ、ルイズは後ずさった。 「ミス・ヴァリエール?」 「ち、違う……わ、私じゃない……」 「え?」 そう言うと、ルイズはその場から走って逃げ出してしまう。 シエスタは慌ててその後を追った。 ひたすら走り続けたルイズが辿り着いたのは、自分の使い魔を召喚した場所だった。そこには使い魔の石像が立っているだけで、他には誰もいない。 走り続けたせいで息が上がってしまい、呼吸を落ち着けていると、誰かがこっちに走ってくるのがわかった。 「はぁ…はぁ…。ミ、ミス・ヴァリエール!」 シエスタだ。息を切らしながらこっちにやってくる。 ルイズは後ずさりするが、使い魔の石像にぶつかってこれ以上下がれなくなる。 そうこうしている内に、シエスタがルイズの目の前までやってきた。 「や、やっと。追い着きました」 シエスタはルイズの前で息を整えている。 ルイズはどうしたらいいかわからくなっていた。だから、今自分が思っている事を素直に口に出す事しかできなかった。 「ち、違うの! あれは私じゃない! 私じゃないの!!」 髪を振り乱し、目に涙を浮かべながら必死に叫ぶルイズ。 そんなルイズをシエスタは優しく抱きしめ、小さな子供を落ち着かせるように背中を軽く叩く。 抱きしめられたルイズは、シエスタの胸に顔を埋めて大声で泣き始めた。 シエスタはルイズに優しく言葉をかける。 「大丈夫ですよ。私は信じてますから」 今、自分が抱きしめているのは間違いなく本物のルイズだ。シエスタはそう思いながら、ルイズを抱きしめ続ける。 そんな二人の姿を見ていたのは、使い魔の石像だけであった…… 前ページ次ページZERO A EVIL
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前ページ次ページ三重の異界の使い魔たち ~第4話 もう1組の主従~ ハルケギニアの竜の中に、古代から伝説として詠われる種族が存在する。その種族は言語感覚に 優れ、知能は通常の竜はおろか人間さえ上回り、先住魔法の名で知られる精霊の力を操り、強力な 息吹を武器とし、大空を疾風のごとく飛翔する。 その強力な種族を韻竜といい、その中で風と深く関わる眷族は風韻竜と呼ばれた。 「そして、その一員が、このイルククゥなのね! きゅい!」 魔法学院の片隅で、齢約200歳――人間でいえば10歳前後――である竜の少女、イルククゥは、 自らを召喚した桃色がかったブロンドの少女、ルイズにそう名乗る。その召喚者は半ば呆然とした 表情でイルククゥを見上げていると、やがて我に返ったらしく口を動かしはじめた。 「まさか、貴方が韻竜だなんて思わなかったわ……」 信じ難いとばかりにルイズが言う。 「きっとそうだと思ったから、黙ってただの風竜のふりをしてたの! だって、ルイズ様ったら 風竜を呼んだと思っただけで泣いて喜んでるんですもの!」 風韻竜が人間に劣るなどとはこれっぽっちも思っていないが、一応は使い魔となったのだし 相手のことは様付けしておく。 「これで、わたしが風竜どころか風韻竜だなんて判ったら、嬉しがりすぎで死んじゃうかも しれなかったわ! この風韻竜の機転と心遣いに、感謝するがいいのね!」 初めて一族から暮らす巣の外に出てきたことと、初めて人間と会話していることの興奮から、 イルククゥは口も軽く言葉を吐き出していく。普通の竜ならばこんな風にぺらぺらと喋ることなど 不可能だが、韻竜である彼女には雑作もないこと。それにイルククゥは年頃の少女らしくお喋りな 気質なのだ。 「なんだか微妙に偉そうな態度が気になるけど、それにしても驚いたわ」 イルククゥが1人言葉を続ける中で、ルイズは少し落ち着いたらしい声をだす。 「韻竜は、もう絶滅したっていわれているのに」 「きゅい! それは違うのね。わたしたちは、人間の目から離れた場所に巣を作って、そこで 暮らしているの」 ルイズの言葉に、イルククゥは召喚される直前までいた場所を思い出す。 彼女たちの一族は、俗世間から遠く離れた場所で、修道僧のように毎日大いなる意思への祈りを 捧げ続けるという、なんとも退屈な暮らしを続けていた。父曰く、自分たちのような古い一族は あらゆる危険から離れて長生きすることが世界への恩返しなのだというが、巣の外へ出ることも 許されない生活なんて幼いイルククゥには窮屈すぎる。 だからこそ、イルククゥはルイズが開いた召喚のゲートに、迷わず飛び込んだのだ。偉大なる 古代の眷族たる自分を召喚するのだから、さぞや強力な魔法使いなのだろう、その人物から様々な ことを学べば、一族に新たな知識をもたらせるだろう、そんな期待を胸に。 ゲートの主が思ったよりも頼りな気な少女だったということは少々期待外れだったし、偉大なる 風韻竜の自分をただの風竜呼ばわりしたことには多少怒りを覚えたが、自分に抱きつきながら涙を 流す姿を見ては、とても刺激するような真似はできなかった。 それに、ルイズの容姿が人並み外れて整った、可憐な容姿であることも大きい。ウェーブ気味で、 桃色がかったブロンドの綺麗な長い髪。小柄でほっそりした、柔らかそうな体。勝ち気そうな鳶色の 双眸を持つ、あどけなくも高貴さを感じさせる顔立ち。竜の目から見ても、ルイズは美しいと認める ことができた。イルククゥも女の子、可愛いものには弱いのだ。人間の少女が愛らしい猫や犬に頬を 緩めるように、異種族であっても、むしろ異種族だからこそか、可愛いものは可愛いと感じてしまう ものらしい。 一方、ルイズはイルククゥの言葉に1つ頷くと、なにやら顔を笑みで彩りだす。 「私が、風竜どころか風韻竜を召喚するなんて」 小さな呟き、それを皮切りに、自信に満ちた声が放たれていく。 「そうね、そうよね! とうとう努力が実ったんだわ! 私だってヴァリエール公爵家の娘なんです もの、いつか大成するって信じてたわ!」 満面の笑みで、ルイズは自分の召喚の結果に、再度の喜びを露わにした。ほんの少しだけ、また 目に涙を見せながら。 「見てなさいよ、あいつら! なんたって風韻竜を使い魔にしたんだから! これでもうゼロだ なんて呼ばせないわ!」 「ゼロってなに?」 「なんでもないの! もう関係ないんだから! きっと、この調子で私はどんどん才能を開花させて いくわ!」 言いながら、ルイズは腰に手を当てて薄い胸を張った。 それにしても、先程は泣いて喜んだと思ったら、今度はこの自信たっぷりの様子。愛らしい外見の 割に、結構調子に乗り易いタイプなのかもしれない。 もっとも、お調子者なのはイルククゥも同じなので、似た者主従といえるのだが。 それはともかく、自分を召喚したことでこれほど喜んでくれるルイズに、イルククゥは好印象を 抱いた。 「きゅい! そんなに喜ばれると、わたしも嬉しくなってくるわ! きゅいきゅい!」 歌う様な調子で言いながら、イルククゥはあることを思い出した。 「きゅい! でも、ルイズ様! これだけは覚えておいてほしいのね!」 「? どうしたの?」 「あのヘンテコ! あの気持ち悪いのには、近づいちゃダメなのね!」 イルククゥの言葉に、ルイズは首を傾げるばかりだ。そこでイルククゥも記憶をたどり、補足の 言葉を重ねる。 「ほら、あの青い髪のちびっこ! あの子の召喚したのの1匹なのね!」 「青い髪……ああ、あの子、タバサっていったかしら」 「そうなのね、って、ありゃん? ルイズ様あの子のこと知らないの?」 同じ魔法学院のクラスメイトだということなのに、よく知らなそうな様子に疑問符を浮かべる。 「去年は別のクラスだったし、あの子目立つタイプじゃないから」 ルイズは説明しながら、それにツェルプストーとよく一緒にいるし、とよく判らないことを言って 眉をしかめた。 「それで、あの子がどうかしたの?」 聞き返す召喚者に、若干苛立ちながらイルククゥは繰り返す。 「だから! あの子が召喚したヘンテコ! 3体も召喚されてたけど、その中で1番気持ち悪いの!」 「ああ、あの気味の悪い仮面のこと?」 イルククゥはこくこくと頷いた。 「そうそう、そいつ! あれには近づかない方がいいのね、というか絶対近づいちゃダメなのね!」 「う、うん。まあ、あんなのに近寄りたくはないけど」 鼻息荒く迫れば、ルイズがやや(?)怯んだ様子で応える。 「でも、なんでそこまで念を押すのよ?」 不思議そうな顔で尋ねてくるルイズ。それに一瞬イルククゥの方がきょとんとするが、すぐに 人間は精霊の声が聞こえないことを思い出した。 「あのヘンテコ、絶対危険なのね! だって、あいつが出てきた途端、周り中の精霊たちが一斉に 警戒しだしたんだもの!」 「精霊が警戒? そんなことってあるの?」 どうやら韻竜が精霊の声を聞ける種族であることは理解しているらしい。召喚者の博識ぶりに 嬉しくなるが、今はおいておく。 「今まではそんなこと1度もなかったし、お父様もお母様も長老様たちも、誰もそんなことが あるなんて言ってなかったのね。だから、そんな事態を引き起こすあいつは、絶対に危ない奴 なのね!」 語気も強く、力説してみせた。あんな者に、この愛らしい召喚者を会わせるわけにはいかない。 あの時の精霊たちの声、あんな怯えを含んだ声なんて、聞いたことがなかった。第一、あの 仮面の姿自体も気に入らない。繰り返すが、イルククゥは女の子。可愛いものは好きだが、不気味な ものは嫌いなのだ。まずは外見で第一印象が決まることは、どの種族もあまり変わりがない。 「えーっくし!」 「どうしたの、ムジュラの仮面?」 突然奇妙な声を上げるムジュラの仮面に、ナビィが驚いた。 「いや、なにか急にくしゃみが……」 ムジュラの仮面が戸惑った風で言うと、今度は才人が訝しむ。 「鼻も口もないくせに、どこでくしゃみ出すんだ?」 「いや、オレもこれまでこんなことはなかったんだが……」 そして、ムジュラの仮面は体ごと首を傾げ、周りの者たちも合わせる様に首を捻るのだった。 「そう、判ったわ。元々そうするつもりはなかったけど、あの仮面には近づかないようにする」 シルフィードの警戒心が伝わったのか、ルイズは先程よりもはっきりと約束してくれた。それに 安堵の息をつくと、今度はルイズが表情を引き締めて口を開く。 「でも、私の言うことも聞いてちょうだい」 「? なんなのね」 聞き返すと、ルイズは周囲を見回して、人目があるかどうかを確認した。今更という気がするの だが。やや呆れ気味に見ていると、ルイズはイルククゥに近づき顔を下げさせる。 「今日から、人前で言葉を話すのはダメだからね」 そして、声をひそめて耳打ちされた言葉に、激昂する。 「何を言い出すのね、この桃色娘は! 偉大なる風韻竜であるこのわたしに、いつまでもおバカな 風竜なんかのふりをしていろっていうの!」 唾と一緒に抗議の声を飛ばした。今日はルイズが落ち着いてからということで我慢したが、 これから毎日会話してはいけないなど冗談ではない。その怒りのままに、イルククゥは文句の 言葉を放っていく。その声の風圧に吹き飛ばされそうになりながらも、ルイズは長い髪を抑えつつ 言葉を続けた。 「お願い、聞き分けて! 韻竜種は絶滅していると思われてるし、もし貴方のことが知れたら きっと大変なことになるわ!」 「大変なことって、どんなことなのね」 まだ憮然としながらも、少し声を抑えてイルククゥは聞いてみる。その質問に、ルイズが 溜息混じりで説明を始めた。 「きっと、アカデミー(魔法研究所)が研究のためだっていって、貴方を連れていっちゃうで しょうね。もしそうなったら、きっと連日連夜実験材料にされて、挙句の果てには体を バラバラに……」 ルイズの語る内容に、イルククゥは慄然とする。 「こわい!」 たかだか言葉を喋るか喋らないか程度のことで、そんなことになり得るとは思いもよらなかった。 恐怖の声を上げるイルククゥに、ルイズは頷く。 「そう、恐いことになっちゃうのよ。私もそんなことにならない様させたいけど、アカデミーは 王立機関だからヴァリエール家でも流石にどうにもできないし、それに万一エレオノール姉さまに 知れようものなら……」 そこまで言うと、突然ルイズは身を震わせ始める。 「きゅい?」 それに怪訝としていると、ルイズの口からなにやら言葉が漏れていることに気が付いた。 「ごめんなさい姉さまでもイルククゥはせっかく召喚できた私の使い魔なんですだから 取らないで……」 「きゅ、きゅい……?」 自分の鱗のように顔を青くしながらぶつぶつと呟くその姿に、イルククゥは我知れず 後ずさった。その距離、約3メイル程。先程のエレオノール姉さまなる人物に、よほどなにか あるのだろうか。 「貴族の義務は判っていますですけどおねがいです連れていかないでああごめんなさいほっぺた つねらないで顔ふまないでごめんなさい母さまへの報告だけは堪忍して……」 「あ、あの……、ルイズ様……?」 憑かれたように独り言を続けるその様は正直不気味この上ないが、イルククゥは思い切って 声を掛けてみた。そこで、やっと正気に戻ったらしいルイズが咳払いをする。顔色はまだ 真っ青なままだ。 「と、とにかく、喋ったら大変なことになるから、他の人には喋っているところを見られない ようにしなきゃダメなんだからね!」 びしっと指を突きつけてくるルイズに、イルククゥは勢いよく首を上下させた。先程の尋常で ない、むしろなさすぎるルイズの様子に、すっかり不安が伝染してしまったのである。 そこで、ルイズが何か思いついたような顔をした。 「そうか、それなら名前も変えた方がいいかもしれないわね」 「きゅい? 名前?」 「ええ。イルククゥって可愛い名前だと思うけど、私が思いつくような名前じゃないし、なんで そんな名前にしたかって聞かれたら答えられないもの。もし聞いてきたのが姉さまだったり したら……」 そこまで言って、また何処か遠い所に行ってしまいそうになりかけるルイズに、イルククゥは 慌ててブレーキを掛けさせる。 「そ、そういうことだから、人前ではなにか別の名前で呼んだ方がいいと思うのよ」 言うが早いか、ルイズは唇辺りに指を当て、考え込み始めた。 「風韻竜なんだから、風に関する名前の方がいいわよね、それに女の子だし、可愛い名前に しなきゃ」 眉根を寄せて、可愛らしく唸るルイズ。それを見ていると、自然と胸が温かくなってきた。 使い魔となった自分の身を案じてくれ、自分の名前を一所懸命に考えてくれている。そのことに、 イルククゥはルイズの優しい心根を感じずにはいられなかった。 そして、やがてルイズは結論が出たらしく、両の手を打ち鳴らす。 「うん、決めた! シルフィードっていうのはどう?」 「シルフィード?」 聞き返すと、ルイズは笑顔で頷いた。 「物語に出てくる、風の妖精の名前よ。どうかしら?」 ――シルフィード…… ルイズが考えてくれた名前を反芻していると、心が感激に染まっていくのが判る。 「素敵な名前ね! きゅいきゅい! 可愛くて綺麗な名前! 新しいなーまーえー!」 跳びはねたい様な喜びを歌声で表してみれば、ルイズの方もますます顔をほころばせていった。 「ふふ、気に入ってくれたみたいね」 「ええ、とっても! どうもありがとう、ルイズ様!」 感謝の言葉を告げながら召喚者、否、主人であるルイズに鼻先をすりよせる。 「も、もう、使い魔が勝手にご主人様に顔を近づけるなんて、本当は不敬なんだからね」 口ではそんなことを言っているが、その紅潮した頬と緩んだ口許を見れば、照れ隠しである ことは見え見えだ。そんな主の子どもっぽい愛らしさにイルククゥ、否、シルフィードの中で ルイズへの愛おしさが募っていった。 「でも、あのヘンテコには絶対近づいちゃいけないのね!」 だからこそ、あの奇妙な仮面に対しては、釘をしっかり刺しておく。 そして、実のところその考えは決して的外れのものではなかった。 ハルケギニアに生息する幻獣と、ハイラル、タルミナ等でモンスターと総称される魔物や魔族。 姿形に関しては大差が無くもないのだが、この両者はある一点において大きく異なっている。 それは、幻獣が生態系に則った存在であるのに対し、モンスターはこの世のルールの乱れから 生まれ出るものであるということだ。 世界のルールの乱れ、例えば世の平和が脅かされる時、そこにモンスターの生まれる余地が 生じる。生まれたモンスターたちはその凶暴性のままに世を乱し、それが更にモンスターを 生む。その歪んだ生態故に、モンスターは世界の理法を司る精霊たちとは敵対関係にあった。 普通、幻獣は精霊と戦おうなどとは思わないし、中には韻竜のようにその力を借りるものさえ いる。しかし、モンスターはそうではない。例を挙げるなら、ハイラルではナビィの故郷である 森を守護してきた精霊デクの樹が魔物に呪い殺されたし、それとは別の時代に空の精霊ヴァルーや 水の精霊ジャブー等が魔物に脅かされ、また別の時代にはフィローネ、オルディンといった光の 精霊たちが魔物に力を封じられている。そして、当の奇妙な仮面、ムジュラの仮面自身もまた、 邪気と魔力が健在の頃はタルミナの四方を護っていた守護神たちを呪って魔獣に変えた上、精霊の 眷族である大妖精を――殺したわけではないが――ばらばらに引き裂いていた。 世界に仇なし、時として精霊さえも手にかける魔性の命、それを魔物や魔族と呼ぶのだ。 そんな異世界の存在の生態をシルフィードたちが知る由はないが、それでもシルフィードはあの 仮面に対しては最大限の警戒をしておくよう、心に決めていた。 と、そこでシルフィードのお腹がくぐもった音を鳴らす。 「きゅい、ルイズ様、わたしお腹がすいた、お腹がすいた、お腹がすいた!」 「そうね、そういえば、召喚してからまだご飯あげてなかったっけ」 思い出したようにルイズは言うと、踵を返してシルフィードを招いた。 「じゃあ、いらっしゃい。厨房の場所を教えるから、貴方が来たらご飯をもらえるように 言いつけておくわ」 「きゅい! ごはんごはん!」 喜ぶシルフィードに、ルイズは少し眼を厳しくさせる。 「でも、約束ちゃんと判ってるわね?」 「きゅい! きゅいきゅい!」 喋ってはいけないことを覚えていることを示すように、シルフィードは竜の泣き声で応えた。 その態度に満足したらしいルイズは、シルフィードを厨房に連れていき食事を与えてくれる。 その食事の美味しさに、シルフィードは思わず感涙してしまった。巣では調理という概念が なかったため、貴族用の食事を作るコックたちの料理は新鮮な驚きと喜びに満ち溢れていた。 そして、そんな食事を与えてくれた主のことが、ますます好きになっていく。舌鼓を打ちながら、 イルククゥ改めシルフィードとなった風韻竜の少女は、新たな絆の証である使い魔のルーンを 見つめるのだった。 その左前足の甲に浮かんだルーンが何を意味し、自分を召喚した少女がどういうメイジなのか、 何も知らないままに。 ~続く~ 前ページ次ページ三重の異界の使い魔たち