約 439,843 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/754.html
食堂に入るなり、私たちは一斉に奇異の目を向けられた。 他愛ない世間話や自慢話などに花を咲かせていた者たちが皆、 一瞬だけぴたりと言葉、そして動きを失った。 しかし、ルイズとその使い魔が食堂内を一歩一歩と歩く内に、 彼等の態度はじっくりと変わっていく。 横目でこちらを覗きつつ、隣の者とくすくす笑い話を始めるのだ。 それも、『わざと』ルイズに見えるように、聞こえるように。 もちろん。全員が、と言うわけではない。 中には呆けた馬鹿面で、口に食べかけたチキンを咥えたままルイズたちを 見送る間の抜けた小太りの少年などもいた。 「…………」 ルイズは当てられる視線の全てを無視するように目を閉じ、 先の見えない双眸で自分の席へと性格に歩を進めている。 ピコピコ変な歩き方で追いかける使い魔の騒音すら、耳に入ってない様子だ。 「…………ふぅ」 席に着き、眼前に広がる料理を見る。 料理は数十分前とほぼ同じ形で皿の上に並んでいた。 半分ほど注がれているワインも、並べられた多種多様なフルーツも全て出された状態でそこにあり、 唯一メインデッシュの大きな鶏肉に、一口ほど皮をかじった後が点のように張り付いているだけ。 当たり前だ。この使い魔を探すために、ルイズは食前の祈りも半ばにここを飛び出したのだから。 ぎしっと椅子を軋ませ、背もたれに圧し掛かる。 たまらず、息が漏れた。ため息に近かった。 「(……疲れた。なんだか、この歩きなれた短い距離が、何千メイルにも思えたわ……) やはり、というか、予想していたことだったが、 依然として注がれる他者の視線とは、こうも痛いものなのかとルイズは改めて思った。 若干頬が赤く染まっているのは紛れもなく恥ずかしさゆえなのだろう。 ちらっとテーブル上に一瞥をくれてやる。 料理はもう、とっくに冷めていた。 ~ゼロの平面5~ 「(さあ……アンタはそれを食べるの……?)」 冷めた料理は食欲を誘わなかった。幸い、おなかは減っていない。 それに、今ルイズの興味と関心を大いに誘うのは目の前の冷めた料理やその他大勢の視線でもなく、、 床に広げられた薄いスープと硬いパンの乗せられた皿を食い入るように見つめては 不思議そうに顔を傾ける真っ黒くて薄っぺらな使い魔だった。 ――――このぺらぺらの使い魔は、果たして何を食べるのだろう? 今朝方に浮かんだ疑問が、今一度ルイズの頭をよぎっていた。 コトッ…… 真っ黒の使い魔は興味無さ気に、それにしては音を立てないように、静かに皿を床に置いた。 続いて硬いパンに手を伸ばすと、全くパンを見もせずに大きく開いた口に躊躇無く投げ入れる。 一口だった。もむっと柔軟な音がしたかと思うと、使い魔は体をぶるっと震わせた(恐らく咀嚼だろう)が、それだけだった。 使い魔がルイズと、テーブルの上の料理を順番に見上げた。 だが、興味が無いのか? 直に視線を外すと風に飛ばされて机から落ちた紙のように、 ぺちゃりとその場に倒れこんだ。 『パンは食べた、でもスープは飲まなかった。』 こっちの料理を見ても興味が無い(無さ気?)と言うことは、現状で出される料理に不満は無いらしい。 ルイズは相変わらず自分の料理には手が進まなかったものの、 頭だけはこの使い魔のことを知ろうと彼女なりにフル回転させていた。 「え!?」 ルイズが皿を覗き込んだとき、一つの変化に気づいた。 使い魔が手を付けてなかったはずのスープが、いつの間にか飲み干されていたのだ。 空となったボロ皿を、使い魔は口に付けてすらいないのに。 一体いつ飲み干したのだろうか? 私に気づかれずに………… 疑問を孕んだ視線を投げ掛けるも、 使い魔は床にだらりと寝そべったまま、視線に気づくことさえない。 しばらくしても、当然答えが返ってくるわけは無かった。 朝食を終え――ルイズは殆ど食べていない――、ルイズは使い魔の足を掴んで引きずりながら教室に入った。 すぐさま視界に飛び込んできたのは他の生徒たちと、そのそれぞれが有するファンタジー溢れる使い魔たち。 ルイズのような変てこな使い魔はおらず、ちゃんと種族が確定しているものばかりだった。 当然のごとくここでも注目を集め、早速何人かのお調子者軍団にからかわれた。 悔しさに身を震わせながらも、いつか見返してやることを心に強く決め込む為に、 ルイズはあえて、甘んじて言葉を受けいれていた。 中には使い魔――ゲーム&ウオッチそのものに対する嘲笑やからかいもあったが、 当の本人は何食わぬ顔……もとい、何食わぬ動きでお気楽にビ――ッと鳴いて見せた。 ゲーム&ウオッチはきょろきょろと珍しいものを見るように、 やや興奮気味で、せわしなく顔を左右に動かしている。 誰かと目が合うたびにその誰かはクスクスと押し殺し気味に笑うのだが、 ゲーム&ウオッチはそんなこと全く気にせず(ただ解ってないだけだろう)、 ぶんぶんと大きく手を振って、そのたびにビ――ッと鳴いた。 そんなのんきな使い魔の様子を、ルイズは何も言わずに、頭を抱えて苦しそうに見ていた。 教員が教室に入ると、ざわざわしていた空気がピタリと止んだ。 やや癖のある歩き方で教壇の前に立つと、わざとらしい咳払いを一つする。 シュヴルーズの、恐らく悪気の無い嫌味の後、授業が始まった。 何時もなら真面目に受けるはずが、ルイズの視線は横目だったが相変わらず使い魔のほうに注がれていた。 自分でも理由は解らない、しいて言うなら、こいつは目を離した隙に何をするのかわからないから、 厳しく言うなら監視のために。 この使い魔は自分に懐いている様なのだが、好奇心が強いのか、 初めておもちゃ売り場につれてこられた子供みたいにやたらと自分勝手に動き回る。 事実、教室にくるまで何回逃げられたことか。掴んでいても、 持ち前の細さと平べったさで気づかないうちに脱出しているのだ、こいつは。 ……まぁ、動くたびにピコピコ鳴るので『気づかれない内に』ということは無かったのだが。 ルイズはさらに食い入るように使い魔を見た。 今のところ、おとなしく座っている……いや、正確に言うと、ぼーっとした顔でただじっと、 しかし、シュヴルーズの説明、一挙手一挙動を顔で追っている。 意外なことに、この使い魔は授業の内容にかなり興味を抱いているようだった。 真っ黒くて薄い、威圧感の欠片も無いはずの体から、見逃すまいとでも言出だしそうな無言の圧力をルイズは感じとる。 自分にとってはこんな今更で、コレまでのおさらい同然の授業など、 乗馬と同じくらいに得意分野だし、嘗てのおさらい等教科書に穴が開くほど勉強したのだ。 聞かなくてもたいした問題にはならないので、特に気負いすることは無かった。 が、しかし、それはあくまで個人の意見。 教師にとって、授業をまともに聞かず、余所見ばかりしている生徒など 罰を与えなければならない小憎たらしい存在でしかない。 「ミス・ヴァリエール! 私の授業はそんなに退屈ですか? それとも……いくら珍しいからと言って、そんなに自分の使い魔が気になりますの?」 ルイズはバッと顔を振り向かせ、頬を染めながら教壇上のシュヴルーズを睨む。 同時に、周りからざわざわとした空気が漂い始めた。 シュヴルーズは叱責のつもりで言ったのだろうが、 周りの生徒の忍び笑いを誘うには十分すぎるほど嫌味でねちっこかった。 お調子者どものつぼを刺激するのは、まぁ、あたりまえだろう。 「は、はい……すみません」 教師に逆らうわけにもいかず、目をきゅっと閉じ合わせたルイズは素直に謝った。 しかし、そこで許してやるほど、教師と言うのはそう甘くない。 「余所見をする……ということは、授業の内容など聞くにも値しないと言うことですね? よろしい! なら、この『錬金』をミス・ヴァリエール! あなたにやってもらいましょう」 目が見開かれ、呆然とした顔になる。 途端に周りの生徒たちが、先程以上に騒ぎ出し、 とうとう声を上げて一方的に異論を唱え始めた。 「無茶です! 絶対いヤ、……ムチャ」 「先生!? 気は確かですか!!?」 「む、無理だ。ヤムチャがフリーザに戦いを挑むくらい……無謀だ」 「『勇気』と『無謀』は違うぞ!! 先生!」 「『失敗』を恐れることは『進歩』への侮辱です! それ以上無粋な口を開くなら口に赤土を、 それも私が直々に突っ込みますよ? ……さ、ミス・ヴァリエール!」 しかし、シュヴルーズは意見を無視してルイズを手招きする。 ルイズはルイズで覚悟を決めたらしく、椅子から立ち上がるとゆっくり教壇に向かい、 その動きに対をなすように、生徒たちの大半は教室の出入り口に殺到した。 まるで、地震災害でも起きたみたいにパニック状態で逃げ惑っている生徒たちを見て、 流石のシュヴルーズも、ついでに言うならそれまで能天気に拍手していたゲーム&ウオッチも、 何かがやばいことに感づき始めて顔を青ざめさせたのだが………… ――――――――もう、遅かった。 石ころは見事に大爆発を巻き起こし、教室内にあった殆どのものを吹き飛ばした。 何とか廊下に逃れることが出来た生徒たちは爆発に頭をかがめ耳を塞ぎながらも、 自らの命がここにまだあったことに隣のものとだれかれかまわずに抱き合って喜んだ。 残念ながら逃げ遅れた生徒たちは、ほぼ全員が頭等を打ちつけ気絶。 ぶっちゃけ、それだけですんだのが奇跡だし、 さらに近くにいた、というか殆どゼロ距離にいたシュヴルーズが、 肌が少し焦げたのと、体のあちこちを打ちつけたことと、それによる気絶。 爆心地にいたにも拘らず、それだけですんだのはこの日最高の奇跡だろう。 別名を、不幸中の幸いという。 「あ、あはっ……失敗しちゃった……」 真っ黒こげ一歩寸前の状態のルイズがてへっと謙虚気味に口を開く、 たちまち口からもわっと黒い煙が出てきたが、一切気にはしなかった。 ――というより、なんで無事なのだろうか? ボム兵にも匹敵するかもしれない爆発によって、 縦のまま頭から壁に突き刺さったMrゲーム&ウオッチはきっとそう思ったに違いない。 彼の体が力なくペロンとうなだれた後、 壁の中からビィィィィィィッィヅ!! と濁った濁音が聞こえてきた。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3321.html
前ページゼロの雷帝 そして昼食時。 概ね問題なくルイズは午前の授業を消化し、食堂に着いていた。 ゼオンがいない事についてはケガを理由として話しておいた、さすがに子供のケガを揶揄するような生徒はおらず、女生徒に至っては気遣わしげな視線を向けられさえした。 (知らないって幸せなことよね) 今までのゼオンの行動を思い返しつつ席につき、ルイズは溜息をついた。 アレは子供などという可愛らしいモノでは断じてない、自己中と暴言が服を着て歩いているような存在だ。 更に子供らしからぬ知恵と変な能力まで持っているため、始末に負えなかった。 (…けど、そこまで救いようのない嫌な奴でもないのよね) ゼオンがわざわざ厨房まで行ってシチューを持ってきた事を思い出す。 アレも元はと言えばゼオンが悪いのだが、自らの不始末を自ら率先してフォローしていたのだ。 本当に嫌な奴なら、そんな事はしないだろう。 「…まあ、一緒に食べるくらいのことはしてあげるわ」 ルイズはいろいろ腹は立つものの、少しは許してあげるのが主の器量とゼオンが来るのを待った。 一人で食べさせるのはやはり可哀想だという想いもある、何しろ彼は子供だ、まだ親に甘えているべき時期に使い魔にしてしまったのだ。 子供などという可愛らしいモノではないと認識しながらも、ルイズは少々ながらゼオンに負い目を感じていた。 そして30分後。未だにゼオンは来なかった。 まあ『午後からはついていく』と言われただけで明確に待ち合わせをしていない以上、仕方ないと言えば仕方ないのだが今のルイズにそんな理屈は通用しなかった。 ギチギチ、と音を立ててルイズの手の中のフォークが磨り潰されていく。 これは奴の作戦なのか?自分を怒らせたら何か手に入るものでもあるんじゃないのか? あまりの怒りにそんな益体のない事さえ頭に浮かんでくる。 と、向こうのテーブルから大きな声が聞こえてきた。 今のささくれだった精神状態には酷く耳障りに思え、そちらを見てみると3人の生徒達が騒々しく話をしていた。 いや、どうやら騒がしくテンションが高いのは一人だけのようだが。 「あのジャイアントモール、お前の使い魔だったのか!」 「一応お前顔はいいのに使い魔は正反対だな、いろんな意味で」 「何を言うんだ!ヴェルダンデこそ僕の使い魔に相応しい!僕達が巡り合う事は始祖ブリミルの大いなる導きだったんだよ!嗚呼、ヴェルダンデ!可愛いよヴェルダンデ!!」 美形ではあるものの間抜けな雰囲気を持った生徒、ギーシュがクネクネと身体を捻らせて恍惚とした表情を浮かべている。 反対にその友人と思われる二人の男子生徒はギーシュの有様に完全にひいている。 一人は皮肉のつもりで『正反対』だと言ったのだが、全く通じていない。 「だめだこいつ…早く何とかしないと…」 「手遅れだ、こいつは完全にイカレちまってやがる。何をやってもあのモグラが可愛く見えるだろうさ」 「嗚呼ヴェルダンデ、どうして君はそんなに可憐なんだい?どばどばミミズは食べたかい?そうかそうか。ああ、口からミミズがはみ出ているよ、慌てん坊だなぁ」 「この食堂のどこにお前の使い魔がいるんだよ、いるのは外だろ外。視界共有してもモグラ自身は見えんだろうに。脳内使い魔と交信するのはやめろ」 「ヴェルダンデの素晴らしさを君達にも教えてあげよう!いいかい、ヴェルダンデは…」 「聞いちゃいねえ…」 呆れる友人二人を余所にギーシュの使い魔称賛独演会は続く。 そうやって使い魔を手放しに賞賛しているギーシュを観ているとルイズは余計に腹が立ってきた。 内容はどうあれ、ああまで気に入る使い魔にめぐり合えたのは素晴らしいことだろう。 それにひきかえ自分はどうか?自分と使い魔の関係は非常に険悪だ。 もし使い魔を召喚できたなら、心を通い合わせ、喜びも苦難も分かち合う関係を夢見ていたのに。 (ふんだ。何よ何よ、羨ましくなんかないんだから) 不貞腐れているとギーシュが話しながら席を立ち、こちらに近づいてきた。 その途中でルイズに気づき、何を思ったのか目を輝かせて勢いこんでやってくる。 何か話しかけられても無視しようとルイズは心に決めた、今は話をする気分ではない。 「ああ、ルイズ!ルイズ!君ならきっとわかってくれるよね!彼らときたら僕の使い魔の素晴らしさを理解しようとしないんだ!嗚呼、その可憐さには薔薇も霞むよ僕のヴェルダンデ…」 「何よ、うるさいわね!あんなのただの大きいモグラでしょ、可憐でもなんともないモグラ!」 しかし内容が使い魔の話だったために思わず反応してしまった。 やはりルイズはそこまで公言できるほど絆の強いギーシュと使い魔―――しかも平民の子供等ではなく普通の使い魔―――が羨ましかったのである。 「ほら、あのルイズもそう言ってるじゃないか!決まりだな。まあゼロだけど」 「彼女、審美眼は確かだぜ?家が家だからな、まあゼロだけど」 「あんた達ほめてんの!?けなしてんの!?いえ、けなしてるのよね!?」 ゼロ、ゼロと連呼する二人の男子生徒にプルプルと震えながらルイズはいきりたった。 公然と3人から一気に否定され、ギーシュは大仰にかぶりを振る。 「ああ、何ということだ!君たちには真の美を見極める目が欠けている!古き良き貴族は死んだ!僕の可愛い毛むくじゃらを美しいと思えないなんて!」 どこか変なところが決まってしまったのか、腐ったドブ川のような目で叫ぶギーシュ。 完全にあっちの世界に逝ってしまっている。 しかしたとえキチ○イ一歩手前にしか見えなくとも使い魔を褒めるその姿はどうしようもなく、ルイズの気分をささくれ立たせた。 「欠けてるのはあんたよ間違いなく!人生かけて断言してやるわ、あれはただのでっかいモグラ!大モグラ!駄モグラバカモグラ醜モグラ!」 「く…!そこまで何度も何度もヴェルダンデが美しくないと連呼するかね君は!」 半ば意地になって連呼するルイズに、トリップ気味のギーシュもさすがに現世に帰還し顔を顰めた。 だが頭が沸騰しているルイズにとってはそんな事知ったことではない。 「事実をあるがままに断言してるだけよ!」 「何かえらくヒートアップしてるなルイズ…」 「ああ、よほど腹に据えかねるものがあるらしいな。ほら、彼女の使い魔ってアレだろ?平民の…」 「なるほど、嫉妬ってわけか」 「うるさいわよ外野!」 ギロリ、と睨みつけるとルイズの眼光に恐れをなしたのか二人とも黙りこんだ。 しかし負けず劣らずヒートアップしているギーシュは意にも介さず芝居がかった仕草で両手を広げ、同時にマントをたなびかせる。 「いいだろう!ならばこの場で見せてあげよう、本当の美というものを―――って、あ」 ぽろ、とギーシュのポケットから小壜が落ちる。 昨日もこの小壜は落ちたが、その時はシエスタの機転もあって大事には至らなかった。 一度あった事ゆえにもう起こらないと思われたが、人には何か問題があっても次はもうないと考えてそのままにする人間と、もう二度と起こらないようにする人間の2種類がいる。 そして、ギーシュは前者だった。 小壜はコロコロ、と存外に勢いよく転がっていく。 一方、ゼオンは今の時間になってようやく食堂に現れていた。 彼が食堂に来るのが遅かったのは、厨房で料理を作っていたためだった。 かつおぶしが朝の分で全部だと聞いた時、彼は肩を落とし目に見えて落胆したが、それならばと彼はホットドッグを自作したのだ。 デュフォーが作っていたのをそこまで熱心に見ていたわけではなかったため手順がよくわからず、作るのに時間がかかってしまった。 故に彼の右手にはまだ食べられてもいない、出来立てホヤホヤのホットドッグがある。 食堂を見やり、ルイズのいる場所を探す。 (あの女は…あそこか。フン、また何か騒々しいことをやっているな) 視界の端にギーシュと言い合っているルイズが見え、ゼオンは彼女の方へゆっくりと歩を進め始めた。 ケガで休んでいるとルイズから聞いていたため、幾人かの生徒が明らかに健常体であるゼオンを見て怪訝な表情を浮かべる。 しかしそんな視線など何処吹く風と彼は歩きながらホットドッグを齧った。 (まあ初めて作ったにしてはこんなモノか) 出来の感想を胸中で洩らす。 素人の自作なのでデュフォーの作ったモノとは比べモノにもならないが、基本的に美味い物は誰が作っても大抵は美味くなるものだ。 むしろアレと比べるのが間違いだ、何しろデュフォーはアンサートーカーの力で最高に美味なホットドッグを作り出していたのだし。 つくづく反則な能力だとしみじみと実感したものである。 (…楽しかったな) 昔を懐かしみ、彼の口端に微笑が零れる。 と、彼が右足を地に下ろす直前で小壜が彼の足元に入っていき、 パリン! 踏み潰した。 「何だこれは?」 靴についた液体を眺め、ゼオンは疑問を零した。 何やら変な匂いがする液体だが、靴によくわからない液体がついているのは好ましくない。 紙などで拭うのも面倒なので、彼はそれを地に擦り付けて拭った。と、そこで。 「あ、ああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」 悲惨な叫びを上げてギーシュがゼオンの元へ突撃してきた。 そのままヘッドスライディング並の勢いでゼオンの足元に頭から滑り込む。 「モ、モンモランシーから貰った香水の小壜が!?ぼ、僕の宝物があああああああ!」 粉々になった小壜の破片を一つ一つ見てギーシュは悲痛に満ちた表情で叫んだ。 いきなりのギーシュの奇行に事情を知らない周りがざわつく。 当事者のゼオンにしてもよく事情が呑み込めず、ただ怪訝な表情で見ているだけだった。 そのままおいおいとギーシュはしばらく涙を流していたが、ふとゼオンの足に目が留まる。 (…この子が踏んだ…その後で足を拭ってた…?何を?僕のモンモランシーの小壜を?割っただけでは飽き足らずにそれを拭ってた?) ゼオンが足を擦り付けて拭おうとしていた事を遠目にだが見ていたギーシュはゆっくりとその事実を認識していく。 認識が進む度にギーシュの表情が悲嘆から憤怒へと徐々に変化を遂げていった。 完全に認識が終わると、今まで見せたことのない憤怒の表情を浮かべてギーシュは立ち上がった。 「僕の、僕のモンモランシーの小壜をよくも!しかもそれだけならともかく、汚い物を踏んだかのように擦り付けて拭うだって!?いくら子供でも許せない…!!」 ギリギリ、と歯を鳴らして怒りの言葉をギーシュは告げる。 それを聞いて遠くの方で顔を赤く染める女生徒と、暗い顔をする女生徒の二人がいたが、頭に血が上っている彼は全く気づいていない。 「誠心誠意真心を込めて謝りたまえ!君の犯した罪はこのハルケギニアより重い!平民の子供といえど、悪い事をしたら謝らねばならないという事くらいわかるだろう!」 薔薇に模した杖をゼオンに突きつけ、ギーシュは叫んだ。 本気の怒りの色を滲ませての叫び声にまわりの生徒達は何があったのかと好奇心に満ちた視線を注ぐ。 「おい、やめとけって。確かに腹が立っただろうが、お前の言う通り相手は子供だぞ?そう目くじら立てるなよ」 「あのタイミングじゃ踏んじまうのも仕方ないって。んな謝れ謝れって叫んでムキになんのは大人げねーぞ」 憤怒の色を隠そうともしないギーシュをまあまあと友人二人がなだめに入った。 いくらなんでも子供にムキになるのはみっともなさすぎる、不可抗力に近い形でもあったのだし。 だがそこで更に油を注ぐかのような言動が降り注ぐ。 「あの程度であんなに怒ってんの?はっ、情けないわね!」 とてとてとゼオン達の方に向かいながら、ルイズは嘲笑を隠そうともせずに告げた。 普段の自分がまさにその程度以下の事で瞬間湯沸かし器の如く頭を沸騰させているという事実は思いきり棚に上げている。 「情けない?情けないと言ったのかね、君は!これは正当な要求だ、僕は間違ってなんかない!」 「子供にムキになる時点で十分情けないわよ!」 「おいコラ、ルイズ!挑発すんのやめろよ!収まるもんも収まらねーだろ!」 「本当の事じゃない。本っ当に情けないわ、おまけに男らしくない!」 「な、何だとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」 いっそ清々しいまでに更に心に巨大な棚を作り、情けないとルイズはギーシュに向けて連呼した。 先ほどの論戦の名残故に非常に不機嫌なルイズは挑発を繰り返し、ギーシュは怒りで顔を真っ赤にし、生徒二人はそれを宥め、周囲は見せ物を見るかのように笑う。 ルイズを含めた4人の説得と挑発と憤怒が入り乱った論争は飽きる事なく続いていった。 しかし「いいぞやれー!」と無責任に煽り立てる周囲の中、その様子を完全に呆れ返った眼で捉える視線がただ一つ。 (…何だこのバカどもは) 当事者のはずの、視線の持ち主であるゼオンは完全に取り残されていた。 いきなり足元にヘッドスライディングをかましてきた男はこれまた突如謝れと叫びだすし、そして周囲は説明もせずに目の前の金髪を説得、または挑発している。 特にその馬鹿騒ぎに思い切り加わっているのが仮にとはいえ自分の主人であるという事実が呆れを倍増させた。 まあ別にギーシュが怒ろうが何をしようが、彼にとってはどうでもいいのでホットドッグを食べる方に専念する―――が。 「平民の子供だ、教育もそこまで行き届いてるわけじゃないんだろ」 「俺たち貴族が平民の子供なんかにムキになってちゃかっこ悪いって」 (……………………このバカどもめ…………) 漏れ聞こえてくる説得内容を聞いている内に段々彼は腹が立ってきた。 今に限った事ではないが、この世界に来てからというもの、「平民の子供」、「平民の子供」としつこいくらいにどいつもこいつもぬかすのだ。 そしてその時の周囲の反応からして、それがある種の蔑称である事もわかる。 鳴りやむ事なく連呼される「平民の子供」発言にゼオンのフラストレーションは着実に増加していった。 「あんな平民のチビにそう怒るなって」 ピキリ。 それが致命的だった。ゼオンのこめかみに青筋が浮かぶ。 ファウードを強奪した際に某バカにも『てめえみてえなチビに』と言われた事があったが、その際にも平静に見えて実は彼は結構内心キていたのだ。 (即座にザケルで黙らせてやったが) ホットドッグを食べるのを中断し、ギロリと目の前の二人を睨む。 「さっきから平民の子供平民の子供とうるさいぞ貴様ら…挙句にチビだと?」 怒りが押し殺された声にギーシュを説得に回っていた生徒二人が振り向く。 その二人の顔は揃って不満げに歪んでいた。 「何だよ、事実だろうがよ。せっかく庇ってやってんのに文句言うなよな」 「余計な御世話だ、大体子供はともかく誰が平民だ」 ゼオンの発言にルイズを含め、全員が疑問符を浮かべる。 その様子にゼオンは更に苛立たしげに眉をしかめ、全員に視線を向けた。 「オレは今は解体されたとはいえ、魔物の王族だ。そう何度もバカにされるほど安くはない」 「「「「…………へ?」」」」 あまりの予想外な発言にルイズ達の時間が停止した。 ゼオンは言いたい事を全部言い終えたからか、再びホットドッグを食べにかかる。 しかし、3…2…1… 「えぇぇええぇえええぇぇぇええ!?」 きっかり3秒後にルイズは天まで届こうかというほどの声を上げた。 同じく驚きの叫びを上げようとしていたギーシュ達だったが、あまりのルイズの声量に耳を押さえ、涙目で耳の痛みに耐えていた。 「キ、キーン、って、キーンってきた!ルイズ、君は、君は何てデカい声を耳元で…!」 涙まじりに泣き事を言うギーシュだったが、ルイズは全くそんな事を聞いてはいなかった。 ルイズはゼオンの方へ飛びつくような勢いで向かった。 邪魔な前の生徒二人を突き飛ばし、ゼオンの肩をつかんでガタガタと揺する。 「ちょ、ど、どどどうゆう事!?おお王族?王族って何よ!というか魔物!?あんた人間でしょ!?そんなの聞いてないわよ!」 「…うるさいぞ貴様」 ゼオンはかなりの勢いで揺すってくるルイズの手を無理矢理に、そして鬱陶しげに外した。 乱暴に外されたのでルイズはたたらを踏むが、その無礼も気にならなかった。質問の方がよっぽど重要だったのである。 体勢を崩していたが、すぐにゼオンに向き直る。 「ゼオン、とにかく答え―――」 「フン、そんなに知りたいか?…まあいい、こいつを食い終わったら教えてやる」 王族だと自分から言い出したのに、いっそ清々しいまでに傍若無人な答えをゼオンは口にした。 ゼオンは最後の一切れをゆっくり口へと運び、十分に味わって咀嚼する。 ガタガタと貴族らしくもない貧乏ゆすりをして今か今かと待っていたルイズは食べ物がゼオンの喉を通過するのを見るなり、叫んだ。 「さあ食べ終わったわね!きりきり答えなさい!黙秘は絶対許さないわよ!」 水くらいは飲みたかったゼオンだったが、ルイズの様子にそれを諦めた。 興味津々にギーシュとその友人たちもこちらを見ているのを視界の端にとられ、鬱陶しさにため息をつく。 しかし約束は約束である。ゼオンは鬱陶しげにではあるが説明を始めた。 「そのままの意味だ。オレは魔物の王族に生まれた者。王たる雷のベルの息子にして長兄だ」 「け、けど魔物ってあんた人間でしょ?おかしいじゃない!」 「オレは自分が人間だと言ってないぞ、貴様らが勝手に勘違いしただけだ。コレで満足か?」 す、とゼオンは自分の髪をかきあげた。 何がそこにあるのかとルイズ達は髪で隠れていた場所を見やり、目を丸くした。 髪に隠れてはいたが、そこには確かに人間にはないツノがあったのだ。 特にルイズの反応は大きかった、阿呆のように大口を開けて完全に固まっている。 3人の反応に「わかったか」と零し、ゼオンはかきあげた髪を下ろす。 「え~っと…じゃあ君は本当に魔物?それでどれくらいのランクか知らないけど王族?」 「お前頭が悪いな。王の息子だと言ったろう、お前の言うランクとやらとしてはオレは王子になる」 ギーシュの何気ない問いに、彼の家族の口癖がうつったのか辛辣な言葉と共に答えを口にする。 む、とゼオンの暴言にギーシュは眉根を寄せた。 それから指を振り、説明し始める。 「いいかね、君。確かに君は魔物の王子なんていう大層な身分だったかもしれない。しかし君、このトリステインの人間社会ではそれでイコール貴族と対等というわけではないんだよ―――はっ!」 その場でジャンプし、くるっと一回転してギーシュはテーブルの上に降り立った。 純粋な身体能力でそれを成したギーシュにちょっとした拍手が巻き起こる。 「フ、決まった…人呼んでギーシュ・スペシャル!」 実は彼はもやしっ子に見えて意外に結構凄いのだ、異なる時間軸ではあるが彼は大剣を投げて地面に突き刺す事すらやってみせたのである。 しかし。 (それに何の意味がある?) 派手ではあるものの、全く意図の見えない行動にゼオンは内心で突っ込んだ。 確かにその行動と、恐らく誰も呼んだことのない技名に一体何の意味があるのかは大いに疑問ではあった。 しかしそんな内心の呟きなど当然ギーシュには届かず、絶好調に右腕を振り上げる。 「礼儀に気をつけ―――」 薔薇を突きつけ、ギーシュは何かの演目のように叫んだ。 「僕にさっきの事を謝りたまえ!」 すてーん。 恥じる事など何もない、『僕は…まっすぐ立ってるぜ』と言わんばかりのあまりにも堂々としたギーシュの謝れ宣言に友人二人がすっ転ぶ。 「お前まだそれに拘ってたのかよ!?」 「当たり前じゃないか!まだ数分も経ってないんだから!」 「いや、時間的な問題でもねーんだが」 「我が家訓に賭けて!僕は!君が謝るまで!要求をやめない!」 「「いや家訓関係ない」」 綺麗にハモらせて、生徒二人は大きくため息をついた。 また説得せねばならんのかと彼らはうんざりした面持ちだったが、結論から言うと説得は行われなかった。 何故なら。 「うふ、ふふふふふふふふふふふふふふふ!」 途中でとても不気味な、イイ笑い声が遮ったのである。 発信源を全員が見やると物凄く嬉しそうな顔でルイズが含み笑いをしていた。 周りの人間は不気味に感じてずざっ!と後ずさったが、そんな事は気にもとめない。 彼女は生涯最高と言ってもよい程の幸せの中にいた。 (わたしは、わたしは、とうとうやった…もうゼロなんかじゃないのよ!) そうだ、ゼオンが魔物という事は自分は召喚に成功していたのだ。 人の言葉がわかるという事はゼオンは韻獣であるという事である、数多いハルケギニアの魔物の中でも人語を操る魔物は非常に少ない。 それだけでも凄いというのに王族である、王族。しかも王子。 「うん、ちゃんとわたし出来てた。わたしすごい。魔物の頂点呼んだわけだからもうすごすぎるわね、使い魔を見ればそのメイジの実力わかるんだから王子呼んだわたし無敵ね、あらやだこれはもう罪だわ」 ルイズは先ほどのギーシュを思わせるようなトリップに浸った。 目が常人とは間違いなく違うところを見ている。 今までさんざんゼオンに煮え湯を飲まされ、召喚に大失敗したと思っていただけに成功していたと知った時の彼女の喜びは何十倍にも高まった。 と、何を思ったのかルイズはそのヤバげな目をギーシュに向ける。 「うん、認めてあげるわギーシュ。あんたの使い魔『少しは』いいんじゃない?わたしには敵わないけど?もう天地って感じ?」 「な、何だって!?ヴェルダンデが圧倒的に劣るっていうのか!?それ以上の侮辱は許さないぞ、ルイズ!」 この上なく絶好調なルイズは先の意趣返しか、使い魔を引き合いに出してギーシュを更に挑発し始めた。 主人バカであるギーシュは当然激しく反応し、今度は使い魔の事で論戦が起き始める。 「何だこのカオスは…」 「いやもうホントわけわかんねえ」 「同感だ」 ゼオン達3人は思いを一つにしてジト目でルイズ達を見やった。 しかしそんな3人の冷め切った瞳も全く彼女達には届かず、尚もヒートアップしていく。 「だってわたしの使い魔の方が凄いし?魔物の王子だし?」 「いいだろう!ならどっちの使い魔が優れてるか互いの使い魔同士の決闘といこうじゃないか!君の使い魔が負けたならば僕のヴェルダンデの素敵さを認め、そしてさっきの事をそこの使い魔に謝らせたまえ!」 「はん、望むところよ!反対にあんたが負けたら二度とわたしにゼロとか言わない事を約束してもらうわ!さあ行くわよゼオン!」 びしぃとギーシュに指を突きつけ、ルイズは獣か何かをけしかけるかのように叫ぶ。 しかし、そう命令を下されたゼオンの方はといえば。 「…バカバカしくて付き合ってられん…」 心底呆れたと言わんばかりの言葉を残し、踵を返して彼女たちに背を向けた。 テンションの高まったルイズにとっては予想外の、そしてゼオンの性格を考えれば当然の反応にルイズは思わずつんのめった。 「ちょ、ちょ、ゼオン!?」 あまりにも流れと空気を無視した言動に驚き、ルイズは振り向くがゼオンは本当に関わる気がないらしく足を止めもせず、出口へと向かっていく。 ―――そうだった。こいつが魔物の王子だって事が判明してもこいつの性格まで変わるわけじゃないんだった――― 当然と言えばあまりにも当然な事にルイズは今更ながらに思い至り、夢心地な気分から急転直下、彼女の気分は地獄まで叩き落とされた。 使い魔に見捨てられたルイズの様子に暫しギーシュは目を丸くしていたが、次第ににんまりと表情が変わっていく。 「あっはっはっはっは!さすがゼロのルイズ!全然使い魔を御せてないじゃないか!」 「う、うるさいわね!」 ギーシュの揶揄にルイズは叫ぶが、その声には力がこもっていなかった。 『使い魔を御せていない』、それは正しく真実であったからだ。 まあその責任のほとんどはルイズではなく、ゼオンにあるのだが。 「まあ仕方ないな!それにそこの子供は確かに魔物なんだろうけど、王族だっていうのは自己申告だ!本当かどうかわかったものじゃない!」 ハッとしてルイズは口元に手をやった。 確かにギーシュの言う通り、魔物である証拠は見せられたが王族だという事はあくまでゼオン自身が言っていた事である。 彼が王族である証拠については何もないのだ。 テンションの高まったギーシュの口上は尚も止まらない。 「たとえ王族だったにしてもだよ?それが強いかどうかは別問題じゃないか!」 「そ、そんな事ないわよ!こいつ記憶読んだりとか変な能力持ってるし!」 「そんなのは強さに全く直結しないな!その子がすごく弱い貧弱王子だったとしても不思議は」 「言うな、ゴミが。ならばお前の使い魔とやらにその証を刻んでやろう」 静かに、怒りに満ちた声が響く。 全員の背筋にぞくりと寒気が走り、一斉にその声の元へと視線を向けた。 その先には、ゼオンの後ろ姿があった。 バチリ、と右手の上で小さな雷を弾けさせ、冷たい視線を携えてゼオンは振り向く。 「ゼオン…?」 あのまま食堂を出て行ったと思っていたため、ルイズは呆然としてただ彼の名を呼んだ。 ゼオンはそちらをちらりと一瞥したが、すぐに視線を外してギーシュに射抜かんばかりの視線を向ける。 「どこでやる。まさかここでやるなどとバカな事はヌカさんだろうな」 言葉こそ何気ないモノではあったが、そこには恐ろしいまでに強い怒りが込められていた。 その気迫に気圧され、ゴミ呼ばわりされたにも関わらずギーシュは怒ることさえ忘れている。 「う、うん。そそそうだね、ここ、こっちだ。ヴェストリの広場でやろう」 「そ、そそうだな。うん、それがいい」 「あ、ああ。そそうしよう」 その怒りから逃げるように足早にギーシュ達は進んでいった。ゼオンもまた後を追い、彼らは食堂の出口へと歩いていく。 未だ呆然としているルイズを通り過ぎる。 しかし、その途中でゼオンだけはぴたりと足を止め、ルイズを見ようともせずに言った。 「言っておくが勘違いするな。オレは貴様の名誉なんかどうでもいい。オレはただオレのプライドのためにあのゴミの使い魔を処理するだけだ」 それだけ告げるとゼオンは今度こそ食堂を出て行った。 告げられた言葉にルイズは眉根を寄せ、不機嫌になる。 そんな事などわかっている。あの使い魔が自分の事を考えて決闘を受諾したなど万が一にも有り得ないのだと。 「わかってるわよ、そんな事!覚悟しときなさいよ、そこまで言って負けたりなんかしたら許さないから!」 肩を怒らせ、ルイズもまた食堂を出ていく。 だから―――気付かなかった。 ゼオンが何故まだ食堂を出て行っていなかったのかを。 ギーシュが口上を述べていた時に彼が足を止めていた事を。 そしてその足を止めたのはゼオンへの侮辱が聞こえた時ではなく、その前だった事を。 何故、あれほどまでにゼオンが怒っているのかを。 “さすがゼロのルイズ!” 誰も気づかない。彼自身も含め、その理由に誰も―――気付かない。 主役達のいなくなった舞台にはただ、観客の喧噪のみが残っていた。 前ページゼロの雷帝
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4387.html
前ページ次ページゼロのエルクゥ まだ日の昇りきらぬ朝もやの中、トリステイン魔法学院の正門には、2つの人影があった。 一つは、学院の制服姿に乗馬用のブーツを履き、長い桃色の髪を朝の冷涼な風に揺らす女生徒。 一つは、かなり長めの長剣を腰に差し、見慣れぬ異国風の服―――Tシャツにジーンズ―――を身に着けた、背の高い男。 その二人、ルイズと耕一は、緊張を隠せない面持ちで、馬に馬具を取り付けていた。 「アルビオンまではどれくらいかかるんだ?」 「そうね……港町のラ・ロシェールまで馬で2日。そこから船で1日ってところね。目的地のニューカッスル城は、アルビオンの港ロサイスから……3日ぐらいかかるのかしら。慣れない道だから、少し余計に見ておいたほうがいいかも」 「一週間か……」 「ニューカッスル城への侵攻が始まってしまったらもう入れないから、急がなきゃいけないわ」 ぶるるるる、と、鞍を背負い、轡を噛んだ馬がいなないた。 「お姫さまの頼んだ応援ってのは来るのかな」 「駄目だったら使いをよこすと言っていらしたから……しばらく待ちましょう」 馬の首元を優しく撫でながら、ルイズはもやの向こうに浮かぶアルビオンを見やるように目を細めた。 ―――ばさぁっ 幾ばくも経たない間に、その背後から、大きく風が舞う音が響き渡った。 振り返ると、ちょうど、鷲の頭と翼に獅子の体躯を持った魔獣、グリフォンが翼を閉じ、地に降り立つところだった。 「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール……で、間違いないようだね?」 そのグリフォンに跨っていた男が、乗騎と同じグリフォンの紋様を縫い付けたマントと、その羽らしき飾りを結わえた羽帽子を翻しながら、軽やかに地に降り立った。 「あ、あなたは……わ、ワルドさま!?」 「ああ、覚えていてくれたのか! ルイズ! 僕の小さなルイズ!」 まるで演劇のように大仰な仕草で再会を喜ぶ男。 耕一はそんなトリステイン貴族の悪癖にはもう慣れてしまって、一つため息をついただけだった。 「あなたが、今回の応援の人ですか?」 「君は……ああ、ルイズの使い魔だね。王女陛下から話は伺っている。僕の小さなルイズは、亜人を使い魔にしたのだとね」 男は、マントを内に畳んで帽子を取り、優雅に一礼をしてみせた。 「ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドだ。トリステイン魔法衛士隊、グリフォン隊の隊長を務めさせてもらっている。此度の任務に同行するよう、王女陛下より仰せつかった」 「どうも、コーイチ・カシワギです。ルイズちゃんの使い魔をやらしてもらってます」 「よろしく頼むよ、ミスタ・カシワギ」 「こちらこそ。ワルドさん」 耕一とワルドは、長身の男同士、がっしりとした握手を交わした。 「ワルドさんは、ルイズちゃんと知り合いなんですか?」 「ああ。恥ずかしながら、婚約者でね」 「へ」 ―――さすがに、慣れたはずだった耕一の思考も追いつかなかった。 「ルイズの実家、ヴァリエール公爵家と、僕の実家、ワルド子爵家は、その領地を接しているのさ。まだ僕が若造だった頃に両親が死んでしまって領地を相続する事になった時、彼女のお父上にはとてもお世話になったんだ。その縁でね」 「ワルドさま……」 「はは、久しぶりだね、僕のルイズ!」 ―――まあ、貴族なんだし、あのお姫さまの政略結婚じゃないけど、そういう事もあるんだろうなあ。 ワルドが、恋する乙女モードのルイズをさっと抱き上げたところで、ようやく思考が追いついた。 「相変わらず軽いね君は! まるで羽のようだよ!」 「……お恥ずかしいですわ」 なんというか、抱き合うワルドとルイズのシルエットが、そのまんま自分と楓の姿に重なって、なんとなくばつの悪い気持ちが湧いてきて冷静になってしまった、というのもあった。 つまりは、こういう事だ。 ―――俺、客観的に見るとあんな風なのかなあ。まるでロリコンだよなあ。 § 「……いやはや、亜人、というのは本当みたいだね」 休む事なく空を駆け続けるグリフォンの上から地上を見下ろしたワルドは、ここ十年は出した事のない、感嘆を通り越した呆れという感情を多分に含ませて呟いていた。 そこには、グリフォンの飛ぶ速度に付いていけそうもなかった馬を途中の駅に置き、自らの二本の足でグリフォンに付いてくる耕一の姿があった。 上半身は全くブレずに腕を組んだまま、下半身だけがものすごい高速で動いている。さらには、腰に差したインテリジェンスソードと何かを話してすらいるようだった。 「凄い使い魔を召喚したんだね、ルイズ。僕も鼻が高いよ……おっとソアラ、すまんすまん。君は僕の自慢の使い魔だよ。あんな亜人に負けはしないな。悪かった悪かった」 主人が他人の使い魔を誉めたので機嫌を悪くしたらしいグリフォンを、たてがみを撫でてなだめるワルド。 ルイズはしかし、それにも気を留めず、浮かない顔であった。 「凄い使い魔、か……」 「どうかしたのかい。なに、任務についてなら心配はいらない。僕がついてる」 思わず零した小さな呟きは、ワルドの耳には入らなかったようだった。 「ううん、なんでもない。任務については心配してないわよ。心強い応援が来てくれたから」 「はは。では、期待に応えられるよう奮闘しなければね」 最初とはずいぶんルイズの口調が違うが、婚約者に対して敬語なんてやめてくれ、というワルドの言葉に従った結果だった。 魔法が使えないとは言え、ルイズは公爵家の娘。肩肘ばった言葉ぐらいいくら続けても苦痛ではないが、特に反対する理由もなかった。 「この分なら、今日中にラ・ロシェールに着けそうだね。使い魔君がへばらなければいいが、そんな心配は無用かな?」 「そうね……」 チラリと目を向ける。相変わらず下半身だけで走っている耕一は、まだまだ余裕そうだった。事前に距離は教えておいたその上で馬を降りたのなら、きっと大丈夫という事なのだろう。 常識的な早馬なら二日かかるような道を一日で走破する自らの使い魔。金属のゴーレムをその腕一本で軽々と引き裂くその力。 確かに、それはすごい事だ。そう……『ゼロ』の自分とは大違いの。 「なんで、『ゼロ』の私にコーイチが呼ばれたのかしらね……」 それは、ここ最近、ずっとルイズの頭を悩ませている考えだった。 『実は私には隠れた才能が眠っているのかも』というポジティブな考えは、毎夜の練習の失敗によって、心の隅の隅に追いやられてしまっていた。希望を抱いてしまっただけ、失望も深かった。 スクウェア・メイジのワルドでさえ手放しで耕一を誉めているのを聞いて、またぞろそれが首をもたげてきたのであった。 「ルイズ?」 「なんでもないわ。急ぎましょう」 頭を振って、それを追い出した。今はそんな事を考えている場合ではない。任務に集中しなければ。 ワルドは、まっすぐ前を向いたルイズに、それまでの柔和な目とは違う、鋭く光る―――まさにその乗騎と同じ猛禽のような視線を向けると、無言でグリフォンの速度を上げた。 § 「やれやれ、そろそろみたいだな。疲れたァ」 「……それで済んじまう相棒は、やっぱとんでもねぇよなあ」 朝から一日走り続け、夕闇が世界に落ちる頃。 峡谷の向こうに街らしき建物群が現れ、上空を飛ぶグリフォンが少しずつ降下してきているのを見やりながら、耕一は一言ぼやいた。その足は止まる事なく大地を蹴り続けている。十傑集を彷彿とさせる走りっぷりだった。 「なんだよあのグリフォンとかいうの。人二人乗せてあの速度であの持久力って、無茶苦茶すぎだろう」 「今日の『お前が言うな』スレ一等だねそりゃ。VIPに建てれば祭りになるぜ。ちなみに竜はもっとすごいかんね」 「……ビップって何の事だかわからんけど、竜か。タバサちゃんのシルフィードとか、確かに凄かったからなあ」 デルフリンガーとくだらない雑談を交わしながら走り続けると、道は岩山を登るような山道に差し掛かる。 「……確か、浮遊大陸へ行く為の空飛ぶ船の港が、でかい枯れ木に作られてるんだっけか」 船といえば海を渡るもので、水平線と一体。 まだそんな常識のある耕一には、港と言われて山を登るのは、なんとも変な感じだった。 抜ければラ・ロシェールの街が目と鼻の先の、左右を崖で挟まれた一本道。 そこを走っている最中、耕一には耳慣れない―――しかし、聞き慣れた音が連続して起こった。 ひゅんひゅん、と風を切るそれは、弓から矢が放たれる音。 「なにっ!?」 崖の上から降らすような、狙いもつけない弾幕のそれをかわす事自体は難しくなかったが、驚きに足が止まってしまう。 続けて、ぼおっと前方で炎が燃え上がる音がした。見ると、道を塞ぐように松明が次々と投げ込まれ、炎の壁を形成していた。 「なんだよこれ!?」 耕一が叫ぶ。何者かの集団に襲われているのは確かだった。 まさか、敵勢力とかいうのの妨害か? いや、こんなに早くバレるなんておかしいだろ―――とそこまで考えたところで、矢の第二射が降り注いだ。 考えている時間はなかった。今は降りかかる火の粉を払わなければ。 崖の中腹辺りを飛んでいたグリフォンに目をやると、細身の剣を抜き放ったワルドが、魔法の杖の代わりなのであろうその剣を振るい、風を起こして矢を吹き飛ばしている。 向こうの心配はなさそうだった。ならば自分は―――元を叩く。 「ああああああああああっ!!!」 崖に向かって疾走。跳躍。 がごんっ、という鈍い音をたてて蹴り足の岩を蹴り砕きながら、そのまま逆方向へ跳躍。 その先には、反対側の崖がある。同じように岩壁を足場にして、さらにジャンプ。 それを繰り返し、崖から崖へジグザグに、まるで忍者映画のアクションのように、耕一は跳び昇っていく。 「あいつらかっ!」 崖の上まで跳び上がると、武装した男が十数人、呆然とした表情で耕一を見上げていた。 ぐぐぐ、と腕に力を込め、まっさかさまにそのど真ん中へと落下する。 着地と同時に、その鬼の腕を振るった。持っていた弓で受け止めた数人が折れた弓ごと吹き飛ばされ、ごろごろと転がった後に動かなくなる。 「抜刀! 散開ぃ!」 リーダーらしき重武装の男が指示を出すまでもなく、残った男達は剣や槍を構え、耕一に向ける。 しかし、そこには既に人の姿はなかった。 「遅い」 耕一を包囲しようと動いていた男達を、その端にいる者から順に張り倒していく。崖に落とすとちょっと死にそうな高さだったので、逆方向に。 数秒もすると、その場にいた全員が、気絶か、呻き声を上げながらうずくまるか、といった状態になっていた。 そのまま油断なく周囲に目を配っていると、 「相棒~、俺を使えよぉ~」 腰から、どこか情けない声が響いた。 「す、すまんデルフ。でも、お前を使ったら、峰打ちでもあいつら殺しちゃいそうだったからさ……」 「はぁ。ったく、甘いこったねえ相棒は」 呆れの言葉でありながら、その口調にはどこか弾むような響きが混じっていた。 「……もう終わっていたか。さすがだね、ミスタ」 「ワルドさん。大丈夫ですか?」 「ああ。こちらに怪我はないよ。ありがとう」 そうしていると崖からグリフォンが頭を出し、跨っていたワルドが硬い声を出した。 「こいつらは? 敵の襲撃でしょうか?」 「どうだろうね。ただの野盗であってほしいが……おい、起きろ」 耕一に拳を打ち込まれた腹を押さえて呻いていた男を蹴り上げるように起こすと、ワルドは尋問を始めた。 しばらくすると、男はばたりと倒れて気絶し、ワルドが苦い顔をして戻ってくる。 「……さて、ただの物盗りだ、とは言っているようだがね」 「本当に敵勢力の刺客だったとしたら、バカ正直に言うわけがないですね」 「そういう事だな。確実にメイジであろう密使への襲撃にメイジもいない刺客とは、いささか間抜けではあるが……このタイミングでの襲撃を偶然と捨て置くのは、ちと楽観が過ぎるだろうね」 シミュレーションゲームの聞きかじり知識だったが、まぁ正しいものであったらしい。ワルドは盗賊達を全員気絶させて縄に繋ぐと、緊張した面持ちでグリフォンに跨り直した。 「急ごう。あの賊どもはラ・ロシェールの官憲に任せる。ミスタも疲れただろう。今日は一晩宿を取り、明朝一番の船で出るとしよう」 「わかりました」 男二人が頷きあうのを、ルイズはやるかたなく見やっていた。 § 「船が明後日にしか出ないですって?」 ラ・ロシェールにある貴族用の一番高級な宿、『女神の杵』亭に部屋を取ったルイズ達は、一階部分にある酒場兼食堂で、船を調達しにいったワルドの報告を聞いて声を上げた。 「ああ。明日の夜は、月が重なるスヴェルの月夜。その翌朝が、アルビオンが一番ハルケギニア大陸に近付く日でね。風石を節約するために、どの船も出港をその日にするんだそうだ」 「そんな……急ぎの旅なのに」 「お忍びの任務だからな。無理矢理徴発するのもよろしくない。追加の料金を払ってチャーターする事ぐらいは出来そうだが……どうするね、大使殿?」 ワルドがおどけて言うが、ルイズは表情を崩さず、口をへの字に結んだまま言った。 「そうしましょう。お金なんて気にしてられない。時は一刻を争うわ」 「了解した。ではそのように手配してこよう」 ワルドがひらりと立ち上がり、外に出て行く。 「なあ、グリフォンじゃ行けないのか?」 「私も聞いたんだけど、人を三人乗せて浮遊大陸まで飛ぶのは無理らしいわ。風竜なら行けるらしいけど……」 「そっか」 食後の揚げ菓子を頬張りながらの耕一の問いに、ルイズはワインを傾けながら答える。 お忍びの旅の途中とは思えない充実した食事だったが、貴族なんだからこんなもんなんだろう、と耕一は既に適応を済ませていた。 しばらくして、ワルドが帰ってくる。 「一機チャーターする事が出来たよ。貨物船で客室は貧相だが、客船は他の乗客との都合がつかないからって断られてしまってね。それしか交渉に乗ってくれなかったんだ」 「構わないわ。物見遊山の旅じゃないもの」 「ははは、僕の小さなルイズは頼もしく成長したようだね。では明日に備えて、今日はもう休むとしようか」 ワルドは、懐から鍵を取り出した。 「少しグレードは下がるが、三人部屋を取った。僕はまだ少しやる事があるから、先に休んでいてくれたまえ」 「わかりました」 耕一が頷いて鍵を受け取ると、ルイズも立ち上がった。グリフォンに乗っていただけとは言え、一日飛び詰めは疲れたらしかった。 § 二人が部屋に戻り、酒場に一人だけになると、ワルドはちびり、とワイングラスを傾けた。 「ガンダールヴ……正直、やりあいたくはないな。味方に引き込むのが得策だが……さて」 ルイズに向けていた柔和な目とはうって変わった冷たい目を、虚空に彷徨わせる。 そこにいるのは、トリステイン魔法衛士隊の隊長ではなく―――真実を求めて全てを捨てた、狂える求道者だった。 「思ったよりヴァリエールがなびかぬからな。もう少し弱っているかと思ったが……あの公爵家の者、芯までは曲がらぬか」 物思いを振り切って前を見据えたあの姿勢。日程を急ぐように誘導したらすぐに乗ってきた事。 任務を翻して『レコン・キスタ』側につける事は難しそうだった。 「それとも、あの亜人を呼び出して自らを確立しつつあるか―――あれを打ちのめしてなびかせるのは骨が折れそうだな。……厄介な事よ。三つのうち一つは、諦めなければならぬかもな」 彼自身の目的にとっては一番重要な項目のはずであるのに、グラスを離したワルドの表情は、何も表してはいなかった。 「とりあえず、私達が行くまでニューカッスルへの総攻撃は待っていて貰わねば」 ワルドは暫しの間目を閉じ、何事か物思いに耽ると、グラスを置いて席を立った。 前ページ次ページゼロのエルクゥ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4338.html
前ページ次ページゼロのエルクゥ ルイズは、夢を見ていた。 今日の舞台は、数年前まで住んでいた生家、ラ・ヴァリエール家の本宅。 「はあ、はあ……」 十ほども幼い姿の自分が、当時の自分の背格好からは迷路のようにしか見えなかった庭木の植え込みの間を、息を切らせて走っていた。 「ルイズ、ルイズ、どこに行ったの? まだお話は終わっていませんよ! ルイズ!」 後ろから、厳しい母の声が響き渡る。 ルイズはぎゅっと目を瞑り、必死に足を動かした。彼女の安息の場所に向かって。 そこは、広すぎる公爵家の屋敷の中で、住人達に忘れ去られた場所。 訪れる者は世話をする庭師だけになった、舟遊びをする為の大きな池。 池のほとりに繋がれた小舟の中が、優秀な姉達と違って魔法の出来ない自分が父や母に睨まれる事のない、幼いルイズの数少ない安心できる場所だった。 「うう、ぐすっ……」 持ち込んである毛布にくるまると、ぎいぎいと小舟がきしむ音と、ちゃぷちゃぷと揺れる水音が、聞こえる音の全てになる。 水と土が織り成すその調べを聞いていると、次第に悲しみに暮れていた気持ちが慰められていくのだった。 「はあ……」 そうして、どれくらいの時間が経っただろうか。 この光景は、過去のものだった。この後、婚約者である憧れの子爵様が慰めに来てくれたはずだ。 しかし、これは夢。過去を回想しているわけではなく、霞に見ているただの夢だった。 「あれ……?」 水と土の演奏が、どこか遠くに聞こえる。代わりに響いているのは―――轟と燃え盛る炎と、全てを切り裂く風からなる鋭い旋律。 「え―――?」 毛布から顔を出し、舟の縁から周囲を見たルイズは、絶句するしかなかった。 そこは綺麗に剪定された実家の池ではなく、どこかの河原。砂利と泥水の流れる河原に浮かぶ舟の中だった。 「ど、どこ、ここ……?」 きょろきょろと周囲を見渡すと、瞬間、そこは舟の上ですらなくなった。 「おお、おお、エディフェル! しっかりしろエディフェル……!」 『えっ?』 自分の口から、野太い男の声が漏れ出る。 その視線の先には、見た事もないような服を身にまとい、河原に横たわり、炎に照らされ、太い腕に抱かれた女性の姿があった。 まるで、自分が抱きかかえているような視点だったが……私の腕はこんなに太くないわよ、とルイズは妙に冷静な事を考えた。 抱きかかえている女性の胸に大穴が空いていて、その白磁のような肌にべっとりと血糊が張り付いているのも、どこか朧に目に映る。 『な、何よこれ……!』 口を動かそうとしても、言葉にならない。胸を焼くような焦燥だけがそこに渦巻いていた。 「……わかっていたのです。こうなるであろう事は……」 ごぼ、とその女性の口から赤い飛沫が弾ける。 「貴方を助け、貴方と共にある事は、一族への裏切り……皇女である私には、それが最大限の報復でもって贖われる事を……」 「もういい、喋るな。すぐに治療を」 静かに、女性は首を横に振った。 「助かりません。それに……私が助かってしまったら、今度はリズエルが……」 「構わぬ。お前以外の誰がどうなろうと構わぬ。そう言ってわしを鬼としたのはお主であろうが……!!」 「ふふ、そうでしたね……」 血を吐きながら、女性は穏やかな……酷く穏やかな表情を浮かべる。 その儚い笑顔に、ルイズはどこか、優しい下の姉の面影を見出していた。 「ああ、愛しています、次郎衛門。願わくば、姉を……エルクゥを恨まないで」 『えっ?』 聞き覚えのある単語に、夢心地だったルイズの意識が急に鮮明となる。 「愛している。愛しているエディフェル。だから死ぬな。わしを鬼とした主が死ぬな。その貸し、一生を捧げなくば返せぬものと知れ……っ!」 『あ、あ、う……!』 激情。 溶けた鉄にも似た、真っ赤な色をした激烈な感情が、容赦なくルイズの意識に流しこまれる。 それは、耕一の『シグナル』を受け取る時と同じ感覚で―――そして、同じでは到底ありえなかった。 耕一のシグナルが後ろからそっと肩を叩かれる程度の驚きであるとすれば、これは"ファイヤーボール"の直撃。骨まで灰になるような、溶鉄の温度だ。 「ふふっ……相変わらず厳しい方。ご心配召さらず。この身、既に全て貴方に捧げております故に……」 「ならば、ならばっ……!」 女性の手がふらふらと伸び、自分の頬を撫でた。その指が、微かな水気に濡れる。 それでも、身体中を焼き尽くすような溶鉄の激情は、少したりとも衰えない。 「エルクゥの御魂は、ヨークによって滅する事叶いません。幾星霜かの時の後に、また」 「……違えたら、許さぬ。お前はわしのものだ。必ずまた、来世で」 「はい。次の世でも、必ず貴方の元に」 そうして、二人の顔が、紅に濡れた唇が近付き――― § 「はっ!?」 ルイズは、がばっ、と布団を跳ね上げて目を覚ました。 「はーっ……はーっ……」 どくん、どくん、と心臓ががなり立てている。 「な、なに、今の、夢……」 夢、であったのだろう。実家にいたはずなのにいきなり見も知らない場所にいたり、何者かもわからないような男女の死別に居合わせたりと。 「エル、クゥ……」 でも。 いつもなら、浮かび上がる意識の底に置いていかれてしまう夢の内容を、今はありありと思い出す事が出来た。 炎。風。血。微笑み。そして、溶けるような―――想い。 「ううっ」 思い出して、ぶるりと背筋が震えた。 「なんだったのかしら……エルクゥ、って言ってたし、コーイチに関係ある事なの?」 「さあなあ。俺にゃわかりよーもねえなあ」 「ひっ!?」 夜明けの暗がりの中、独り言に反応する声が上がって、ルイズは文字通り飛び上がった。 「なんでえなんでえ。そんなお化けでも見たような顔で驚くなってんだ」 「あ、あんたね……」 カタカタ、と金具が鳴る音がする。それは、まだ寝息を立てている使い魔の横に立てかけられている、喋る剣の声だった。 「もう、寝る時は鞘に入れときなさいって言ったのに……」 「そんな寂しい事言うなよ娘っ子。こちとら作られてから数千年、久々に気のいい使い手に出会って充実した時を過ごせてるんだからよ」 カタカタカタ、と大きく飾りを鳴らして笑うデルフリンガーに、ルイズはそれに負けない大きなため息をつき……続けて、大あくびをかました。 「うう、まだこんな時間じゃないの……はぁ」 まだ薄暗がりの外を見て、布団を被りなおす。 「なんだ、また寝るのか。たまには早起きもいいもんだぞ」 「それ以上喋ったら鞘に押し込むわよ」 「むぎゅ」 そう言ったら押し黙ったので、ふんと鼻を鳴らして目を閉じた。 けれど、あの溶鉄のような激情を思い出して心臓は落ち着きを見せず、眠ってしまったらあの続きを見てしまうような気がして……ルイズは寝直す事の出来ないまま、段々と日が昇っていくのを眺める羽目になったのだった。 § 「恐れ多くも先の陛下の忘れ形見、我がトリステインがハルケギニアに誇る可憐な一輪の花、アンリエッタ姫殿下が、本日ゲルマニアご訪問からのお帰りに、この魔法学院に行幸なされます」 黒ずくめの怪しい先生の授業もハゲ頭に乗っかった金髪ロールのカツラも、睡眠の足りない胡乱な頭で見聞きしていたルイズは、その一言にはっと目を覚ました。 「姫殿下が……」 脳裏に、懐かしい記憶が蘇る。 それは、ちょうど朝夢に見たような、幼き日々。魔法を使えないと言う事が、まだ母の説教で済んでいた頃。 「……ふぅ」 しかし、ルイズは首を振って、開きかけた記憶の扉を閉めた。 「覚えていらっしゃるはずがないものね」 物心はついていた頃だから、聞けば思い出すかもしれないが、それだけだろう。 しかも、今の自分は『ゼロ』のルイズ。何かの折に小耳に挟まれていたら、失望されているかもしれない。そんな者と幼少のみぎりに遊んでいたのか、と。 そう考えると、知らず、ぶるりとルイズの背が震えた。 「……もう慣れたと思ったんだけどな」 最近は、そんな事気にもしない奴等がずっとそばにいるものだから、忘れかけていたのかもしれない。『ゼロ』という二つ名に込められた意味を。 「―――生徒諸君は正装し、門に整列すること。諸君が立派な貴族に成長したことを、姫殿下にお見せする絶好の機会ですぞ! 御覚えがよろしくなるように、しっかり杖を磨いておきなさい! よろしいですかな!」 皆が引き締まった顔でコルベールの激を聞いているのを、ルイズはどこか張りのない表情で見つめていた。 「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおなーーーーりーーーーッ!」 そして昼を過ぎ。 門に整列した生徒達の前、猛々しい声と共に、老人に手を取られた女性が、一角獣ユニコーンが綱を引く絢爛な馬車から姿を現した。 その横には、幻獣グリフォンに跨り、大きな羽帽子で顔を隠した護衛らしき衛士の姿。 そのどちらにも覚えのある面影を見つけ、ルイズは周囲の生徒と同じ杖を掲げた格好のまま、じっとそれを見つめている。 不安と憧れが半々に混じった視線が、ゆらゆらと二人の間をさまよっていた。 「……キュルケさんとタバサちゃんは杖を掲げなくていいのか?」 「あたしはゲルマニアの者だもの。興味がなきゃ義理もないわ。お姫様って言っても、あたしの方が美人だしね。ま、あの衛士隊の殿方は素敵そうだけれど」 「…………」 「はは……」 その横に控えている耕一が、同じくその横でつまらなそうにしている二人に聞くと、キュルケはいつものペースを崩さないまま、タバサなどは木陰に座って本を広げる事で、それぞれらしい返事をした。 § 「……なるほど。誰も気付かぬうちにと、そういうわけですか」 「その通りですじゃ、枢機卿殿。ディテクト・マジックにも反応はなく、今のところどう盗んだのかすら不明ですわい」 「さて、伝統あるトリステイン魔法学院の威信が問われますな。盗まれたのが宝物ではなく生徒であったとしたら、いかがするおつもりでしたか」 「……さて、返す言葉もないですな」 夕刻。学院長室では、昼間にアンリエッタ姫をエスコートしていた老人、このトリステインの政務を仕切る実質上の宰相であるマザリーニ枢機卿が、飄々としてはいるが、どこか弱った表情を隠せないオスマンの報告を聞いていた。 一週間前に起こった、『土くれ』のフーケによる盗難事件の報告である。その横では、アンリエッタ姫が苦い顔で二人の話を聞いていた。 「枢機卿。過ぎた事を責めても」 「然りです殿下。ですが、これからの話に入る為には必要な事でもあるのです。オールド・オスマン。これから警備体制に関しては、こちらからも口を出させていただきますぞ。このトリステイン魔法学院には、他国からの留学生も多く預かっておりますでな」 それが誘拐される事も有り得る。言外にそう言っていた。 もしそうなった場合、その相手国との関係がどうなるかは、語るまでもない。 「……仕方ありますまいな」 口だけじゃなく手も足も出す気じゃろうに、という内心を隠しながら、オスマンは弱った様子で重く頷くしかなかった。 学院の自治は重要ではあるが、生徒の安全には代えられないのだ。そして、目の前の老人には、その担う重責―――まだ齢四十だが、その重き荷が、彼をそこまでに枯れさせてしまったほど―――に相応の、それが出来るだけの力があった。 「さて、まずは―――?」 具体的な話を詰めようと開いたマザリーニの口はしかし―――びりびり、という大地の震えに閉じられた。 「地震ですかな。珍しい」 アンリエッタを庇うようにマントを広げ、マザリーニが周囲を見渡す。 「ああ、枢機卿殿、これは違いますぞ。お気になさらず」 「オールド・オスマン?」 妙に落ち着き払ったオスマンの態度に、マザリーニが怪訝な表情を浮かべた。 再び、大きく震えた。 「とある生徒の魔法の練習ですじゃ。最近張り切っておるようでしてな。毎夜の事なのです」 「……魔法の練習? これがかね?」 「珍しい事ですが、その者は魔法を失敗すると爆発してしまうのです。この通り」 オスマンが杖を一振りすると、横の姿見が、一人の少女の姿を映し出した。 それを見た瞬間、アンリエッタの目と口が驚きに見開く。 「……ふむ」 段々と夜が深くなっていく宵闇の中、桃色の長いブロンドを汗に濡らし、杖を振り続ける少女。その傍らでは、蒼い髪の小柄な少女が、その使い魔であろう大きな風竜に、爆発からの盾にするように背を預け、本を広げている。 桃髪の少女が必死の表情で杖を振ると、近くにあった握り拳ほどの石が盛大な爆発を起こし、濛々と煙を吐き出した。 「本来は爆発音もするのですが、ちと近所迷惑だと生徒からの苦情がありましてな。とはいえ生徒の自助努力を止めるというのも心苦しいです故、彼女の友人や教師が交代で、サイレントの魔法をかけておるのです」 振動と映像は、一致している。 しばらくの間、杖を振っては爆発して建物が響くのを見つめた後、マザリーニは大きくため息をついた。 「……話を進める雰囲気ではなくなりましたな。追って書状にてご連絡致しましょう」 「あいわかり申した」 マザリーニは部屋を出て行こうと踵を返す。 アンリエッタは同じくその少女が映る鏡を見つめていたが、その表情はマザリーニとは真逆の、どこか懐かしく嬉しいようなものを含んでいた。 「……ルイズ・フランソワーズ」 「殿下、参りますぞ」 彼女の唇から紡がれた小さな言葉は、扉を開けてアンリエッタを待つマザリーニの耳には届かなかったようだった。 § 「よう娘っ子、今日も絶好調だったみてぇだな」 「黙りなさい溶かすわよ」 ルイズは不機嫌そうに剣を蹴飛ばすと、湯上りで赤みの差した肌をごろんとベッドに横たえた。 「ちょっ、蹴るなってあぁん♪」 「へ、へへ、変な声を出すなぁぁぁっ!」 「ぐへ! 娘っ子それはさすがに痛えってちょっ! 相棒タンマ! ストップ! ストップ・ザ・スローイン!」 「すまんデルフ。さすがに俺もキモかった」 「ひでえよ相棒……ちょっとしたお茶目じゃねえかよ」 デルフリンガーの声はどう聞いても中年のおっさん声であるので、冗談でも『あぁん♪』などという可愛らしい文字列は似合わなかった。 思わずルイズがカカトで踏みつけ、耕一が窓から投げ捨てようとしてしまったのも無理ない事であったろう。 「やれやれ、ひでえ目にあったぜ」 「自業自得よ。まったく……」 ルイズはベッドに入り直すと、早々に布団を被る。魔法の練習が疲れるのか、最近はとても健康的な時間に就寝してはいるが、それにしても早かった。まだ月が昇ってそれほども経っていない。 「もう寝るのか?」 「……今日はちょっと張り切っちゃったのよ。おやすみ、コーイチ」 「ああ、おやすみ」 ルイズが背中を向け、さてさすがに俺も寝るには早すぎるけどどうしよう、と耕一が暇を潰す先を考え始めた時。 コン、コン と長めのストロークでドアがノックされた。 「はーい、どなたで―――」 コココン 耕一が応対の為に立ち上がろうとすると、再び短く三回。 「えっ!?」 「る、ルイズちゃん、どうした?」 何か閃くものがあったのか、ノックを聞いて飛び起きるルイズ。 数秒ほどそのドアの方を見つめると、眉を寄せながらブラウスを身に付け、おそるおそるといった感じでドアを開けた。 「……あ、あなたは」 そこにいたのは、長く黒いマントで体を隠し、黒いフードをすっぽりと被った人物だった。 見るからに怪しげだったが、ルイズの表情は、どこかそういう"怪しんでいる"というのとは違う驚きだった。 黒マントはそっと唇に指を当てると素早く部屋の中に潜りこみ、フードを取り去る。その素顔に、ルイズの目が今度こそ見開いた。 「……ルイズ・フランソワ―ズ」 「ひ、姫殿下……!」 「ああ! 覚えていてくれたのね。ルイズ、懐かしいルイズ!」 黒フードの少女―――アンリエッタ・ド・トリステインは、感極まった声でルイズに抱きつき、心から嬉しそうな笑顔を浮かべた。 前ページ次ページゼロのエルクゥ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/688.html
「The Story of the "Clash and Zero"」 プロローグ ~友と鮫と嘘と鏡と~ 第1章 オレは使い魔 前編 第1章 オレは使い魔 後編 第1.5章 夜は助言をもたらす ~La notte porta consiglio~ 第2章 ゼロのルイズッ! 前編 第2章 ゼロのルイズッ! 中編 第2章 ゼロのルイズッ! 後編 第3章 伝説は蘇り、歴史は繰り返す ① 第3章 伝説は蘇り、歴史は繰り返す ② 第3章 伝説は蘇り、歴史は繰り返す ③
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4124.html
前ページ次ページゼロの軌跡 第十三話 タルブ動乱 「ヴァリエール様、見えました。レコン・キスタの船です」 「早かったわね…各員、所定の場所について!危なくなったら無理せずに退却すること」 突貫で柵を植え堀を穿ってどうにか篭城の形だけ整えたものの、稼ぎ出さなくてはならない時間はあまりにも長く、戦力差は絶望的なまでに開いていた。 恐らくは先遣隊か、未だ米粒ほどにしか見えない本隊から遠く進んで二隻の船が先行し、タルブ村をその射程に収めようとしていた。 ルイズは臍を噛む。 この部隊に足りないものは、多くのものが欠けてはいるが、何よりも空への攻撃手段が全く存在しないのだった。 まず空からの射撃、体勢が崩れたところに上空と地上から一斉に攻めかかる。このような戦法はルイズのような戦の素人でも容易に想像がつく。 これは本当に一時間ともたないかも知れない。そんな弱音を抑えることは出来ても、砲弾の雨を防ぐ術は何ら持ち合わせてはいなかった。 重い音が空から響く。遂に砲撃が始まったようで、数発の黒球が船から零れてきている。 「全員隠れてッ!」 数秒後、放たれた砲弾の一発が広場に着弾して折角組み上げたバリケードを粉々に吹き飛ばした。幸い、死人は出なかったようだが。最初の一撃でこれでは先が思いやられる。 さて、次はどうすべきか。ルイズが考え込もうとした時、敵の進軍を告げる声が上がった。逡巡する間も、局面を左右する権限も彼女には与えられていないようだった。 「グリフォンと竜に乗った敵が十五前後、こちらに突っ込んできます!」 顔を上げると、幾つかの黒点が急速に姿を大きくしながら近付いて来るのが見える。 司令部を真っ先に潰そうということか。その意図に気づいても打開策はなく、ルイズは立ちすくむばかりだった。 ルイズの姿を彼らも認めたか、空高くに三つの火球が浮かび、それは狙い過たずルイズを目掛けて落ちてくる。避けなければと頭では考えても、ルイズの足は動いてはくれなかった。 その火球の熱に浮かされたように、ルイズは目を閉じる。 しかし、いつまでたっても炎がルイズの身を焦がすことはなく、周囲から喜びを含んだどよめきが湧き上がる。 おそるおそる目を開ければ、炎の代わりに蒸気がルイズの顔に襲い掛かった。水が目に入って、慌てて顔を手で拭く。その姿を見ることは出来なかったが、もう何が起こったかはっきりと分かっていた。 激しい蒸気と駆動音。一歩ごと踏みしめる大地はその振動で確かな存在を伝えていた。 「レン!<パテル=マテル>!」 「そんなところで突っ立ってたら鴨射ちよ、ルイズ」 会話している間にも、ルイズをかばう<パテル=マテル>に魔法が放たれる。氷が砕ける音、岩がぶつかる音、炎が燃える音、風が空気を切り裂く音が二人の会話を邪魔するにいたって、レンは標的を認識する。 「煩い蝿を黙らせてやりなさい。ダブルバスターキャノン!」 <パテル=マテル>が振り向いて、照準を空に浮かぶ船に合わせる。メイジの魔法をものともせずに、二つの光線は船の中心を貫いて空に吸い込まれていった。 船は真ん中から折れて砕け、紙細工のようにゆっくりと大地に向かって落下していった。 見たこともない異形のゴーレムから放たれた二条の光。それが母艦を撃墜したのを見て、十数機の敵兵はしばらく動けずにいたが、<パテル=マテル>が再び構えたのを見て、我先にと逃げ出していった。 敵が去った後、皆が広場に集まって輪をなし、幾度も幾度も歓声を上げた。 未だ亜然と呆けたままのルイズに、レンは声をかける。 「危ないところだったわね、間に合ってよかった。そうそう、もっと早く戻ってくるはずだったんだけど、遅れたのはシエスタの責任だから」 そんな、レンちゃんひどいですよ~。と、シエスタも人垣をかき分けてルイズに駆け寄ってくる。 いつの間にか、逃げたはずの女性たちも二十人ほど、ルイズを囲む輪の中に混じっていた。 「あなた達、どうして…?」 「そりゃあ、私はタルブ村の人間ですから。故郷は自分の手で守るものです」 「レン!なんで連れ帰ってきたのよ?」 「シエスタに言いくるめられちゃったの。まあ八割方は避難させたから合格点じゃないかしら」 レンは悪びれもせずに飄々と答えを返す。話にならないと踏んで、ルイズはシエスタに突っかかった。 「ここはもう戦場なの。ただの平民のシエスタに何が出来るのよ!」 「そういうルイズ様には何が出来るのですか?ゼロであるルイズ様が、無数の敵兵に立ち向かえるのですか?」 今だけは失礼な申し様をお許しください。そう前置きしてシエスタはルイズに諭した。それは、本当はルイズも理解していて、今現在もルイズが歩んでいる道だったからだ。 「無力であれば何もなさらないのですか?それは無力であることを理由に逃げているだけのことです。 無力であっても尚、生きるために足掻くのが人ではないでしょうか。そうやって努力しない者が、どうして他人の助けを求めることが出来ましょう。 自らの無力と世界の不条理に甘えて何もしない者に差し出される手などありません。常日頃から、そして苦難の時に立ち向かう者にこそ救いはあるはずです。先ほど、レンちゃんがルイズ様を助けたように」 「シエスタ…」 「私はルイズ様の心を読むことなんて出来ません。でも、私や他の人に接する態度や言動、各地での評判を聞けば、ルイズ様が私達と意思を同じくする素晴らしい貴族だってわかります。 だから、こんな無力な私ですらルイズ様を助けようと戻ってくるんです。なら、私も出来るだけのことをするだけです。 それに無力ですが何も出来ないわけではありません。手当てと伝令くらいならこなしてみせます」 反論の余地もなくルイズが困ってレンを見ると、レンは意地悪く笑っていた。 レンもこうやってシエスタに論破されて彼女らを連れ帰らざるを得なかったのだ。それを理解して、ルイズも根負けしてシエスタらを認めることになった。 「さあ、敵はまた来るわよ。油売ってないで準備しなさい」 「二隻落とされて、まだ攻めて来るっていうの?」 「そうね、五千の軍で人数二百ばかりの村を攻めたら鉄のゴーレムの放った光で船が落ちたので退却します。って上官に報告出来るような軍人だったら逃げてくれると思うけど」 そんな報告が出来るはずもない。そんなことをすれば間違いなく背信を問われて営倉行きだろう。 広場に集まっていた者はわらわらと持ち場へ戻り、ルイズとレンが残された。 「さあ、私達も急ぐわよ、ルイズ」 「待って、レン。あなたは何故ここにいるの?」 何を今更、と表情で応えるレン。しかし、ルイズは問いかけなければならなかった。 「シエスタがここに残るのはわかったわ。彼女はこのタルブ村の人間だもの。 でも、あなたは?レン。タルブ村はおろか、このトリステインの人間ですらない。遥か異世界ゼムリアの人間でしょう。あなたが肩入れしなければならない理由はないわ」 「…」 「だから、レン、あなたを巻き込むわけにはいかない。早く逃げなさい」 「冗談じゃないわ!」 その言葉はルイズの紛れもない本心であり、だからこそレンをいたく傷つけた。 「ふざけないで!何が今更逃げなさいよ!こんな世界に呼びつけて、今まで散々レンを連れまわして。それでいて少し危なくなったら一人でどっか行けなんて言うのね。 さっきルイズがしてくれた約束は何だったの。一緒に元の世界の手がかりを探してくれるんでしょう。世界を旅して周るんでしょう。 理由がないですって?そんなものいくらでも作れるわ。でも本当に必要なの?」 言ってレンは俯いた。 前はシエスタ達を逃がすという役目があればこそ、渋々タルブ村を離れたのだ。だが、シエスタはこの村へと戻った。ならば、もう村を離れる気はレンにはない。 ルイズなりに自分のことを心配しての発言だとレンは勿論理解はしている。それでも、諾々と承服出来るものではなかった。わかっていたからだ。ここで自分が逃げれば、ルイズ達に二度と会えなくなるであろう事が。 そんなレンに、ルイズは尚も言葉を重ねようとしたが、口からは吐息しか出ては来なかった。 それよりも、零れそうになる涙を堪えるのに精一杯で、慌てて後ろを向く。 レンは明言こそしなかったものの、ルイズの身を案じてこの戦いに参加することを決意してくれた。身を危険に晒してでも、ここに残ると言ってくれた。 そして、この後も一緒に旅をすることも。 「ありがとう、レン…」 幾つもの意味を込めて感謝の言葉を送る。涙に震える言葉は誤魔化せていないだろうが、それでも構わなかった。 「敵が来ました!二百ほど。馬に乗ってます!」 やはり来たか。その知らせにルイズとレンは村の入り口まで走る。 いきなり二百とは。相手にしてみればわずか数%に過ぎないのだろうが、それはこちらの戦力のおよそ八割もの数だ。 周囲が浮き足立つが、レンの落ち着いた声がそれを静める。 「まずは出鼻を挫くわ。力の差を見せ付けないことにはわずかな時間も稼げないから。レンが魔法を唱えた後、混乱している敵陣に突撃しなさい」 馬の足は速く、数列に並んで隊伍を組んだ騎士がもう数十メイルの位置にまで迫っていた。 レンは悠々たる仕草で組まれたバリケードの前に出て呪を紡いだ。 「青き氷晶の輝き!恐怖にその身を凍らせぬ者は無いと知れ!コキュートス!」 草が青々と茂っていた道、それが瞬く間に分厚い氷で覆われていく。運悪く魔方陣の中心部にいた数騎は悲鳴をあげる間もなく見事な氷のオブジェと化した。 少し外れにいた者も足を凍りつかせた馬を統御できずに、例外なく地面に投げだされる。 直接的に被害を被ったのは僅かに三十騎程だったが、先頭集団の潰乱に対応できない後続が更に被害を拡大した。 暴れる馬の蹄に足を踏み砕かれるもの、鋭い氷で腕を傷つけるもの、倒れた味方を避けようしたばかりに落馬してバリケードに突っ込むもの。 あまりの惨状に堪りかねて指揮官が隊列を整えようとした時、武装した平民がバリケードから出て突撃してきた。舌打ちしながら見やると、先頭を走ってくる鎌を持った少女が彼の視界に入る。 あの年でまさか敵対しようというのではあるまいが、ならば手にしている武器は何だ。大の男でも持て余しそうな金色の大鎌は。 一瞬躊躇ったために彼の回避行動は少し遅れた。飛び上がった少女を追いきれずに無我夢中で体を捻ったが、右腕の肘から先を綺麗に落とされる。それとも、その程度で済んだというべきか。 ただの平民しかいないだと。スクウェアクラス以上の魔法を行使する手練が混じってるじゃないか。しかも何だ、あの餓鬼は。亜人か化け物か。 落馬した味方を救うことはもはや出来ず、彼は撤退を宣言。出鱈目の情報と無茶な命令を与えた上官に向かって思いつく限りの悪罵を心中でつく。 離脱できたのは百騎ほど。この被害をどう報告したらいいだろうと馬を走らせながら頭を悩ませる。しかし、背後から聞こえてきた轟音がそれを遮った。一体何事かと振り向けば。 「空を飛ぶ鉄のゴーレムだとぉ!?」 体当たりだけで鞠のように吹き飛ばされていく部下を見ながらも、片腕を失った彼に何が出来るわけでもなかった。いや、五体満足であったとしても無理な話だったろう。 彼に許されたのは、逃げながら部下の無事を祈ることだけだった。だから彼はそうした。 「大勝利じゃねえか。すげぇぜ、嬢ちゃんの魔法があれば怖いもの無しだな」 「あんなアーツ撃ち続けたら五、六発で打ち止めよ。そうそう使えるものじゃないわ。それより怪我人の手当てを」 完全に圧倒したとはいえ、村側の被害もゼロでは済まなかった。騎兵と歩兵で殴りあったのだから、奇跡的な被害の少なさといっても過言ではないだろう。 それでも、戦力比を考えればいずれジリ貧となるに違いない。 多方面に展開されて波状攻撃を掛けられれば、レンと<パテル=マテル>の獅子奮迅の活躍があったとて一時間も耐え切れるとは思えなかった。 それまでにどのくらい時間を稼げるか。日が完全に落ちるまで持ってくれれば勝算が出てくる。 今だ中天にある太陽を睨みつけて、レンは考え込む。 次に取るべき手を実行に移すために、レンはルイズと<パテル=マテル>を呼んだ。 前ページ次ページゼロの軌跡
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1939.html
「あー、ミス・ヴァリエール?」 木の杖を持ち、真っ黒なローブに身を包んだ中年の男性が、微妙な表情で、近くにいる桃色の髪の少女に声をかけた。 辺りは既に薄暗い。 「はぁはぁ・・・何でしょう、ミスタ・コルベール?」 少女が荒い息を吐きながら答える。 「少し、休憩した方がいいのでは?そんなに息を荒げていては、成功するものも成功しないぞ」 しかし、少女は首を振った。 「いえ!このルイズ・ヴァリエール、まだまだやれます!」 コルベールはやれやれ、と溜め息をついた。 生徒が、自分で“やれる”と言った以上、教師としては止めるわけにもいかない。 まったく、この根性と熱意だけは、皆に見習わせたいものだ。 ただし、他の生徒はこの課題・・・“春の使い魔召喚の儀式”はとうに済まし、辺りで欠伸や雑談をしているのだが。 「そうかね。では頑張りたまえ」 「はい!」 少女は、一言返事をすると気合を入れなおし、こんどこそはと杖を構えた。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 五つの力を司るペンタゴン。我の運命に従いし、使い魔を召喚せよ」 目の前の地面に、本日35回目の爆発、それも特別大きなやつ・・・が起こった。 今度こそは手ごたえがあったと思ったのに。 「ああ、またダメなのかしら・・・え?え?」 土煙の中、天を突くような巨大な影がトリステインの夕日をバックに起ち上がる。 辺りで談笑していた生徒たちがざわめく。 コルベールは何事かと杖を構えた。 が、次の瞬間その巨大な影は気配ごと消滅し、ワンテンポ遅れて、何か軽いものが地面に落ちるような音がした。 煙が晴れると、そこには辺りを不安そうに見回している、色白でピンク色の髪をした少女が立っていた。 途端、ざわめきが爆笑に変わる。 「おい、平民だぞ、しかも子供だ!」 「さすがはゼロのルイズ!」 「でも、今の巨大な影は何かしら?」 「きっと失敗の効果だぜ、ギャハハ!」 ルイズと呼ばれた、先ほど爆発を起こした少女は頬を膨らせて答えた。 「ちょ、ちょっと間違っただけよ!・・・ミスタ・コルベール、これはさすがにやり直しできますよね?」 「残念だがそれは無理だ、決まりだからね。二年生に進級する春の使い魔召喚は、何よりも神聖な儀式なんだよ」 コルベールは即答した。ルイズは唖然とした。 「え、いやでもあの、この子と・・・?」 コルベールは諭すように言う。 「要するに、例外は認められないという事だよ、ミス・ヴァリエール。契約したまえ」 ルイズは、爆発の跡が残る地面にぼーっと立っている少女を観察した。 同年齢では色々と小さい方であるルイズより、更に小柄で痩せている。 おそらく五,六歳は年下だ。顔のつくりは整っていて、かなり可愛い。 唯一つ妙なところがあるとすれば、体に黄色の布を巻き、ピンク色のスカートという、不思議な服装だろう。 一体呼び出される前はどこに住んでいたのだろうか? 「さあ、契約の儀式を」 コルベールがルイズを急かした。 「・・・すぐ終わるから、静かにしてなさいよ」 「はい」 少女は素直に頷いた。うわ、可愛い。 平民でもこれはこれでまた・・・契約すれば留年しないことは確定するんだし、まあいいかしら。 手に持った小さな杖を再び振る。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 少女は、微動だにせずルイズを見つめている。 二人の唇が重ねられ、そして離された。 「ふぇ?」 少女は不思議そうな顔をした。 「終わりました」 誇らしげなルイズの様子を見て、コルベールが嬉しそうに答える。 「“サモン・サーヴァント”は何回も失敗したが、“コントラクト・サーヴァント”はきちんとできたね・・・む、何だ?」 直後、少女が輝きだし、ルーン文字が全身に現れる。 コルベールが目を見開く。使い魔のルーンは普通体のどこか一箇所である。 長い方である教師経験の中でも、こんな事はいまだかつて無かった。 しかし光が収まったとき、それらのルーンは完全に消失していた。 「おや、気のせいだったかな?」 きっと本来の使い魔の印は、服で隠れた部分にでも刻まれたのだろう。 コルベールはそう自分を納得させた。 「なんだぁー?ゼロはやっぱり“契約”も失敗か?」 「それも平民の子供に!」 その野次に、ルイズはすごい剣幕で怒鳴った。 「失礼ね、ちゃんと契約できてるわよ!ねー?」 「こらこら、貴族はお互いを尊重しあうものだ」 コルベールが溜め息混じりに皆を宥める。 少女が、いつのまにかルイズのマントの裾を掴んで横に立っていた。 「さあさあ、予定よりずいぶんと時間がかかってしまった。皆寮に戻り、しっかり明日に備えなさい。今呼び出した使い魔とも、できる限りコミュニケーションを取っておくように」 自身もいい加減疲れているコルベールが生徒達を追い散らした。 ルイズと少女を除いた全員が宙に浮き、建物の方に向かう。 ルイズは大きな溜め息をひとつ吐くと、側の少女に向かって口を開いた。 「わたしについてきなさい、話は部屋に戻ってからね。それと、できればその、マントを握り締めるの、やめてもらえないかしら?しわになっちゃうわ」 「わかりました」 少女がにっこり笑って頷く。 ああもう何でこんなに可愛いのこの子!まるで妹ができたみたい。 いつの間にか空には大きな二つの月が出ている。 てくてくと歩く、二人のピンク髪少女の影法師が長く延びた。
https://w.atwiki.jp/animerowa/pages/433.html
「ゼロのルイズ」(後編) ◆LXe12sNRSs ◇ ◇ ◇ 園崎魅音と接触し、情報交換を進めながらホテルに帰る道中のこと。 ちょうど第三放送で死者の名が読み上げられたあたりで、目指していたホテルの上層部分が音を立てて崩れ始めた。 何事か、と外界から様子を窺う光、なのは、魅音の三名だったが、別段外部から攻撃を受けたようには見えなかった。 と、視線を注いでいたホテル最上階から、杖か何からしい長物を持った少女が飛び出した。 あの少女がホテル破壊を行ったのだろうか。 突然の出来事に混乱する面々だったが、少女が持っているものがどうやら小振りなハンマーらしいと悟ったなのはは、即座にバルディッシュを起動。 万人が思い描くイメージ通り『変身』して見せた彼女は、ホテルの状況確認を他の二人に託し、一人謎の少女の下へと飛び去っていった。 そこから、二人の魔法少女による壮絶なバトルが始まる。 地上からその光景を目にしていた光は、援護できない歯がゆさから奥歯を噛み締めた。 残念だが、この中で空中戦を行えるのはなのはしかいない。光は任されたとおり、魅音と共にホテルの被害状況を確認するしかなかった。 「よし。いこう、魅音ちゃん!」 「……」 光は意気揚々とホテルへ歩を向けるが、仏頂面を掲げたままの魅音はその場から動こうとしない。 巨大な建物が崩れる様を見て衝撃を受けているのかとも思ったが、どうやら違うようである。 無言を貫く佇まいは貫禄に溢れ、思わず声を掛けるのを躊躇ってしまうほどだった。 「その前に、もう一度約束して。翠星石を殺すのに協力するって」 ――出会ってすぐに、魅音が光たちに求めたのは友達の仇を討つ『力』だった。 古手梨花を、部活の仲間を、あんな幼い女の子を銃殺した非道な極悪人形、翠星石。 あの人形を討つためならば、魅音はどんな試練だって乗り越えてみせる。そう言わんばかりの覚悟の色が、瞳に満ちていた。 園崎本家次期当主が持つ独特の迫力とでも言おうか、魅音が漂わせるオーラに光は気圧され、若干後ずさる。 「……たとえ相手がどんな悪人だからって、命を奪う気にはなれないよ」 「なんで!」 魅音が怒鳴るが、光は今回一歩も引かない。 「あいつは……翠星石は! 梨花ちゃんを殺したんだ! 私が仇を討ってやらなきゃいけない……そうしなきゃ、梨花ちゃんの無念は晴れないんだよっ!」 「けど!」 怒鳴る魅音に反発するように、光は声を張り上げた。 「もしその子が仲間を傷つけるような奴なら……私も容赦しない」 静かだが、力漲る声。 無用な殺人などしたくはない、だからといって、仲間を傷つけるような輩に慈悲を与えるつもりはない。 敵と定めた者は、絶対に倒す。それが魔法騎士の勤めであり、これ以上海のような犠牲を出さないための方法だから。 「……それでいいよ。あんたも翠星石に会えば、あいつがどんなに非道で救えない奴か分かるからさ」 光の言葉に一応は納得の意を示し、覇気を治める魅音。 同時にエスクードも譲り渡し、二人は晴れて本当の仲間と認識し合うことできた。 翠星石は梨花を殺した、憎むべき『敵』だ。彼女に会いさえすれば、光もその危険性に気づくことだろう。 今はまだ決断を求めなくていい。そもそも、光が言う『仲間』の中に翠星石の関係者がいないとも限らないのだ。 いざ頼れるのは自分だけ……ここは殺し合いの現場、裏切りなんてものは付いていて当然なエッセンスなのだから。 「よし、じゃあいこう魅音ちゃん! 早くゲインたちの無事を確かめないと」 「あーその魅音ちゃんってのはちょっと……オジさん照れちゃうかなぁ」 「えぇ? じゃあなんて呼べばいい? 園崎さん? 魅音?」 「んーとねぇ」 先ほどとは打って変わって、魅音は歳相応の少女らしい仕草を表に出し始める。 魅音から圧倒されるような威圧感がなくなったことに安堵した光は、それに合わせて少女らしい会話を求めた。 数秒考えて、魅音はこう口にする。 「……みぃちゃん、なら可。」 そう発言した時の表情がどこか寂しげな風だったことに、光は気づけず――。 「うん、分かった。じゃあこれからはみぃちゃんって呼ぶことにするよ!」 「なはは……あーこれはこれでちょっと恥ずかしかったかな? まぁいいや、さっさと行こうか」 両者共に曇りのない笑みを見せ、ホテルへ向かう足を加速させた。 ――道中で、魅音は思う。かつて自分のことを『みぃちゃん』と呼んでいた、可愛いもの好きの少女のことを。 ホテル崩壊を目の当たりにしたせいで頭から飛びそうになってしまったが、同タイミングに聞き届いた第三放送では、確かに仲間の名前が呼ばれた。 前原圭一、竜宮レナ。翠星星に殺された梨花の他に、雛見沢出身の部活メンバーたちが一遍に二人も死んでしまった。 そして、呼ばれた名はそれだけではない。真紅に蒼星石……あの翠星石が姉妹と言っていた、ローゼンメイデンたちの名前も呼ばれていた。 (ざまぁみろ。早くも天罰が当たったんだよ) 心の中で毒づき、魅音は死んでしまった仲間のことを思う。 圭一とレナはどこで、誰にどんな風に殺されてしまったのだろうか。 (考えるまでもないさ。どうせあの水銀燈とかいう性悪人形と、カレイドルビーとかって奴がやったに決まってる) 圭一やレナは人を信用しやすい。圭一などは日頃経験してきたカードゲームの戦略パターンから見ても、相手の裏を読むのが苦手なタイプだ。 大方、翠星石みたいな潜伏型の殺人者に騙されてしまったのだろう。 部活仲間を卑下するわけではないが、なんて馬鹿な死に方をしたんだ、とさえ思った。 相次ぐ友達の死。それに関わるローゼンメイデンという名の人形たち。 圭一とレナの死を悲しまなかったわけではない。翠星石という宿敵がいるからこそ、悲しめなかったのだ。 今は悲しむより怒る時……怒って、怒って、これでもかというくらい怒って、怒りに身を任せる。 良心に従ってなどいたら、翠星石を殺すことはできない。薄情かもしれないが、圭一とレナを弔うのはそれからだ。 (あんたはもうしばらく、身内が死んだ不幸を味わうがいいさ。たっぷり悲しんだ後に、私が殺してやる。翠星石、あんたを殺してやる!) 復讐心は潰えることなく、ただ一時だけその身の内に潜めるのだった。 ――程なくして、光と魅音の二人はホテルの正面玄関まで辿り着いた。 豪華絢爛を絵に描いたような高級感漂う入り口は見る影もなく崩れ、倒産企業が残した廃ビルのごとく廃れている。 辺り一帯も凄惨という二文字がピッタリ当てはまるような有様で、ゴミ山と言い表してもいいほどだった。 「酷いねこりゃ……」 宙には崩落の際に巻き上がった砂埃が依然として漂い、空気を悪くさせている。 魅音は口元を押さえながら入り口付近の状況を詳しく調べるが、その足取りは重い。 光も同様で、予想を遥かに超える被害状況に唖然としているようだった。 これはいよいよ、中にいるであろうゲインたちの安否が怪しまれてきた。 「とにかく、早く中に入ろう」 「うん……いや光、ちょっと待って。この下に何か……」 急かす光を制し、魅音は玄関脇に転がっていた瓦礫に目を着けた。 ちょうど人の大きさくらいをカバーできるコンクリート片。その下には、何やら黒い液体のようなものが滲んでいる。 ペンキや雨露の類ではない。魅音はその正体を本能で感じつつも、確証を得るために瓦礫の撤去作業に入る。 比重のバランスが傾いていたせいか、瓦礫は前方に押し出すと簡単に転がってくれた。 そして、魅音は瓦礫の下に埋もれていた一人の人間の姿を確認する。 滲んだ液体の正体はやはり血で、時間経過と暗がりのせいもあって黒く見えていたらしい。 見る限り全身の骨は砕け、内臓も外に飛び出ているようだった。 出血の規模も盛大なもので、頭部からも脳漿と一緒に悪臭が蔓延している。 一気に顔が青ざめ、気分が悪くなる。 無理もない。その光景はホテル倒壊の映像などよりも凄惨で、目まぐるしい勢いで胃液を逆流させるには十分な威力だった。 なにしろ、魅音が見つけたそれは――既に*んでいたのだから。 「う……おげぇえええぇええぇっ」 溜まっていた内容物を一斉に吐き出し、魅音はその場に崩れ落ちた。 建物が崩れる様なんかよりよっぽど酷い、壊れた人間を見てしまったのだ。 視覚から受け取るショックは脳を激しく揺さぶり、途絶えることのない嘔吐感を生み出す。 光もグシャグシャになった人間の死体を確認し、意気消沈しながら魅音の背中を摩ってやった。 「これ、光の知り合い?」 「ううん。この人は私たちがホテルに到着する前から、ここで死んでたんだ。その時はこんなに酷くはなかったけど……振ってきた瓦礫に潰されちゃったんだね」 大量の血液のせいで判別が難しくなっているが、死体はどうやらメイド服を着ているようだ。 エンジェルモートの制服のような派手のものではなく、もっとシックな西洋風侍女のスタイルを取っているのが分かる。 圭ちゃんの趣味とはちょっと違うかな……などと思いつつ、魅音は一度は振り払ったはずの友人の姿を再度思い浮かべてしまう。 刺殺、射殺、毒殺、斬殺、絞殺――圭一やレナは、いったいどんな殺され方をしたのだろう。 血はどれくらい流したのか、肉体の損傷はどの程度だったのか、苦しかったのか、安らかだったのか。 (駄目だな私……悲しんでる暇なんてないって、さっき言い聞かせたばっかりなのにさぁ……) 悲しみは全部、復讐心へと転化させる。それが一番楽で、みんなの仇を討つには効果的だったから。 でも駄目だ。死んだ二人は――特に圭一は――魅音にとって大事な、とても大事な存在だった。 そんな二人の死を、イメージしてしまったのだ。 ひょっとしたらこのメイドのような、いやそれ以上に無残な目にあって死んだのではないだろうか、と。 涙が止まらない。俯いてる暇があれば、その時間を使って仇敵である翠星石を捜せるのに。 クーガーだって言っていた。迅速に行動すれば、後の予定に余裕が持てると。だから人は速さを求めるのだと。 さっさと見つけて、さっさと仇を討ってしまえば、その分早く二人を弔えるのに。なのに。 「う……」 涙の洪水に耐え切れず、魅音はその場に崩れ落ちた。 翠星石は憎い。水銀燈やカレイドルビーも憎い。憎しみからくる復讐心も強い。 だがそれ以上に、悲しみが勝ってしまった。二人の死を無視して狂気に身を寄せるような真似が、できなかった。 仇敵と対面すれば気持ちは変わるかもしれない。でも、今この時だけは。せめて―― 「――危ない! みぃちゃん!」 泣き崩れる魅音の身を、光の不意な警告が届いた。同時に、光が魅音に飛びかかってその身を庇う。 覆い被さった光の背中に、ホテル玄関口から高速で撃ち出されてきた謎の物体が飛来した。 「がぁぅっ!?」 「光っ!?」 魅音を狙ったそれは光の背中を穿ち、悲鳴を上げさせる。 落ちたそれを確認したところ、どうやら飛んできたのは何の変哲もない五百円玉くらいの小石のようだった。 たかが小石と侮ってはならない。その速度は銃弾の勢いに迫るものがあり、命中した箇所から血を滲ませるには十分な威力だった。 「くっ……炎の――」 痛みを訴える背中に活を入れ、光は即座に反撃の意を示した。 両の手の平に炎の力を宿し、投石を放ってきた敵へとその矛先を定め、撃つ。 「――矢ァァーーーーー!!」 燃え盛る炎の弾丸が、投石への洗礼とも言わんばかりに逆襲の火の粉を巻き上げた。 既に機能しなくなった自動ドアを突き抜け、内部にいる標的を猛火で襲う。 悲鳴が返ってくるような反応は得られなかったが、手応えはあった。 反撃の恐れがないかと外から身を構える光と魅音は、やがて、 「フフフ……フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」 奇怪な笑い声を耳にするのと同時に、入り口から出てくる赤い怪物の姿を目にした。 「――ただの人間ではない。この私を楽しませるに十分な素質を持った者……いや、先の洗礼を見るに魔女の同類と言ったところか」 赤いコートに長身の体躯を包み、男はただ、二人の少女を前に笑っていた。 全身に漂う異質な波動、見る者に恐怖を与える邪の風格。 太陽を制し、夕闇を越え、吸血鬼は今、深淵の世界を迎えようとしている。 それ即ち、戦の本領。何者にも遮ることは出来ない、戦闘本能が活性化を迎える時。 「今宵も満月。魔女と夜宴を迎えるには絶好の空だ。もう一人の方の魔女も捨て置くには惜しいが、ククク……まずは」 銃弾切れしたジャッカルの銃口を向け、至高の吸血鬼――アーカードは楽しそうに微笑む。 少なからずホテルの倒壊に巻き込まれていたであろうその身は何故か無傷のまま健在し、高すぎる障壁としてその場に君臨する。 仲間の下に向かうには、この高く険しい壁を越えていかねばならない。 光は窮地を理解し、それでも退くことはなかった。魅音もまた、同様に。 背筋が感じる恐怖に屈することなく、未知の存在に立ち向かう。それが勇敢な行為なのか愚かな所業なのかは、答え出ず。 戦いが、始まろうとしていた。 ――これは、序章のほんの一部。 【D-5/ホテル正面玄関付近/1日目/夜】 【アーカード@HELLSING】 [状態]:全身に裂傷/中程度の火傷(※回復中) [装備]:鎖鎌(ある程度、強化済み)、対化物戦闘用13mm拳銃ジャッカル(残弾:0/0発)@HELLSING [道具]:無し [思考]: 1.目の前にいる魔女と闘争を繰り広げる。 2.ホテルを崩壊させた方の魔女にも興味。 3.カズマ、劉鳳とはぜひ再戦したい。 【園崎魅音@ひぐらしのなく頃に】 [状態] 疲労(大)、圭一・レナ・梨花の死に精神的ショック、右肩に銃創(弾は貫通、応急処置済、動作に支障有り) [装備] スペツナズナイフ×1 [道具] 支給品一式、スルメ二枚、表記なしの缶詰二缶、レジャー用の衣服数着(一部破れている) [思考・状況] 1:目の前の怪人(アーカード)を倒し、ホテルに入る。 2:どんな手段を使ってでも翠星石(と剛田武)を殺す。 3:圭一とレナの仇を取る(水銀燈とカレイドルビーが関係していると思いこんでいる)。 4:沙都子と合流する。 5:2、3に協力してくれる人がいたら仲間にする。 基本:バトルロワイアルの打倒。 [備考]:光からスぺツナズナイフ×1、支給品一式×1を譲り受けました。 【獅堂光@魔法騎士レイアース】 [状態]:全身打撲(歩くことは可能)軽度の疲労、背中に軽傷 ※服が少し湿っている [装備]:龍咲海の剣@魔法騎士レイアース、エスクード(炎)@魔法騎士レイアース [道具]:鳳凰寺風の剣@魔法騎士レイアース、エスクード(風)@魔法騎士レイアース、、支給品一式、デンコーセッカ@ドラえもん(残り1本)、オモチャのオペラグラス [思考・状況] 1:目の前の怪人(アーカード)を倒し、ホテルに入る。 2:風と合流。 3:キャスカを警戒。 4:ゲインとみさえが心配。 5:状況が落ち着いたら、面倒だがクーガーの挑戦に応じてやる。 6:翠星石と剛田武を悪人かどうか見極め、危険なようなら対処する(なるべく命は奪いたくない)。 基本:ギガゾンビ打倒。 ◇ ◇ ◇ 「うわうわぁ~、なになに地震災害? それとも爆破テロ?」 「ビルが崩壊していく!? まさか、本当にシルエットマシンかオーバーマンでも支給されているっていうのか?」 放送により禁止エリア指定されたF-6の路上。 会場内でも屈指の全長を誇る巨大ビルが倒壊していく様を、タチコマとゲイナー・サンガは遠目から確認していた。 「距離から推測するに、あれはD-5エリアに位置する大型ホテルのようだね。倒壊の原因はここからじゃ確認不能っと……」 「何を悠長な! ひょっとしたら中に人がいるかもしれない、僕たちもあそこへ向かおうフェイトちゃん」 ゲイナーはタチコマの中から傍らを飛ぶ少女――フェイト・T・ハラオウンに呼びかける。 タケコプターといった特殊な道具を用いることなく、自身が持つ魔法の力のみで浮遊する彼女もまた、巨大な建造物が崩れる様を目の当たりにして呆然としていた。 その視線の先に、二つの小さな光を捉える。 「!」 双眼鏡を構え、改めて確認する。 それは蛍のように淡く空中に点在し、倒壊していくホテルの周囲を飛び回っていた。 遠すぎてそれが何なのかはハッキリ掴めなかったが、高速で動き回る飛行物体ときてフェイトが真っ先に思い浮かべるものは一つしかない。 (まさか……なのは!?) フェイトの知る限りでは、空中をあれだけのスピードで飛行できる存在など他になかった。 ほんの数秒前、第三放送で知ったヴィータの死……衝撃を覚えたのは確かだが、それでも悲しみを押し込めて、懸命に考える。 ヴィータが死んでしまった今、このゲーム内で高速飛翔などができるのは、フェイトの他にはなのはとシグナムの二人しかいない。 もちろんフェイトの知らぬ飛行手段を持つ者がいるかもしれないが、なのはが市街地へ向かったというのなら、あれが親友である可能性は大いにある。 「ごめんタチコマ……先に行く!」 予感がしたら、居ても立ってもいられなくなった。 フェイトは仲間の二人に先行する旨を伝えると、抑えていたスピードを全開にし、なのはらしき飛行物体を追跡していった。 「フェイトちゃん、はっやー……。くっそー、ボクにおーばーすきるが使えればー」 「何を言ってるんだタチコマ。それより、僕たちも早くホテルへ向かおう!」 「うん。でもフェイトちゃんの飛んで行った先、ホテルとはちょっと方向がズレてるね。彼女を追うべきか、被災地へ向かって要救助者がいないか確認すべきか……むむむ」 「悩んでいる暇はない! ここも禁止エリアに指定されてしまったし、考えるよりも先にまず動くんだ!」 「おお~、なるほどー。ようし、分かったよゲイナー君。それでは、『タチコマイナー』ホテル方面へ向け急行しまーす!」 急旋回フルドライブ。進路をとにかく北へ。 超高速で飛んでいったフェイトにやや遅れ、タチコマとゲイナーもまた、ホテルを中心に巻き起こった闘争の渦へと飲み込まれる。 ……ちなみにタチコマイナーの名称は、ゲイナーが元の世界で乗り回していたオーバーマン、キングゲイナーの名に肖ったものである。 ――そしてこれも、序章のほんの一部。 【E-6/上空/夜】 【フェイト・T・ハラオウン@魔法少女リリカルなのはA's】 [状態]:全身に軽傷、背中に打撲、決意 [装備]:S2U(デバイス形態)@魔法少女リリカルなのは、バリアジャケット、双眼鏡 [道具]:支給品一式、西瓜1個@スクライド [思考・状況] 1:ホテル外周を飛んでいた存在(なのは?)の確認。 2:市街地に向かい、なのはの捜索を行う。 3:カルラの仲間に謝る。 4:なのは以外の友人、タチコマの仲間の捜索も並行して行う。 5:眼鏡の少女と遭遇したら自分が見たことの真相を問いただす。 基本:シグナム、眼鏡の少女や他の参加者に会い、もし殺し合いに乗っていたら止める。 【F-6/幹線道路上/夜】 【タチコマ@攻殻機動隊S.A.C】 [状態]:装甲はぼこぼこ、ダメージ蓄積、燃料を若干消費、飛行中 [装備]:タチコマの榴弾@攻殻機動隊S.A.C タケコプター@ドラえもん(故障中、残り使用時間6:25) [道具]:支給品一式×2、燃料タンクから2/8補給済み、お天気ボックス@ドラえもん、西瓜46個@スクライド 龍咲海の生徒手帳、庭師の如雨露@ローゼンメイデンシリーズ [思考・状況] 1:とにかく北上! フェイトを追うか、ホテルへ向かって救助を優先するかは移動しながら考える。 2:フェイトを彼女の仲間の下か安全な場所に送る。 3:トグサと合流。 4:少佐とバトーの遺体を探し、電脳を回収する。 5:自分を修理できる施設・人間を探す。 6:薬箱を落とした場所がそこはかとなく気になる。 [備考] ※光学迷彩の効果が低下しています。被発見率は多少下がるものの、あまり戦闘の役には立ちません。 効果を回復するには、適切な修理が必要です。 ※タケコプターは最大時速80km、最大稼動電力8時間、故障はドラえもんにしか直せません。 ※レヴィの荷物検査の際にエルルゥの薬箱を落とした事に気付きました。 【ゲイナー・サンガ@OVERMAN キングゲイナー】 [状態]:風邪の初期症状、頭にたんこぶ、頭からバカルディを被ったため少々酒臭い [装備]:なし [道具]:支給品一式、ロープ、さるぐつわ [思考・状況] 1:とにかく北上! フェイトを追うか、ホテルへ向かって救助を優先するかは移動しながら考える。 2:フェイトのなのは捜索に同行させてもらう。 3:タチコマの後部ポッドで暖を取る。 4:二人の信頼を得て、首輪解除手段の取っかかりを掴む。 5:さっさと帰りたい。 [備考] ※名簿と地図を暗記しています。また、名簿から引き出せる限りの情報を引き出し、最大限活用するつもりです。 ※タチコマの後部ポットの中にいます。 ※タチコマの操縦機構、また義体や電脳化などのタチコマに関連する事項を理解しました。 ◇ ◇ ◇ 「みなえさんからの連絡が途絶えて既に五分……糸無し糸電話は未だにウンともスンとも言わない」 すっかり暗み掛かってきた森の中。ストレイト・クーガーはログハウスのドアを開け、一人外の夜空を見上げていた。 「五分ですよ五分。五分もあれば何ができると思います? 炊事、洗濯、出勤、掃除、洗車、買い物、睡眠。たかが五分と侮ってはいけない。 そもそも人間は何故速さを求めるのか? それは時間を無駄にしないためです。 時間を有効的に活用するには、たとえ五分といえど決して無駄にすることはできないのです。 そう思いませんかセナスさん?」 「……ぅあー、そうですねぇ。そうかもしれませんねー」 病人のような呻きを上げ――実際本当に体調不良なわけだが――セラス・ヴィクトリアもまた、ログハウスの中から外に顔を出した。 クーガーの背中で体感した超スピードの悪夢がまだ蔓延しているのか、視点は覚束ず、立っていながらもフラフラと身体を揺らす有様。 とてもではないが長距離移動、それも高速によるものは無理だろう。本人が絶対に拒否する。 「思えば、俺はどうにもこの世界に来てから時間を無駄にしすぎている。 イオンさんのお仲間もなのかちゃんやひばるちゃんの友達もみなえさんの御子息もどれもこれも未だに発見できていない。 知人との合流を素早く果たせばその分あとの脱出作戦に掛けられる時間が倍増するというのに俺の速さはまだその助力すらできていない! 何故か! それは俺が遅かったから? 俺がスロウリィだったから? いやいやそれは違うぞ結果論だ! 速さとは唯一無二絶対信憑揺ぎ無く世界を縮めるための最適手段に他ならない! その速さが功を成していないということは そこに速さを越えた運命的な何かが介入し俺の進行を邪魔したとしか考えられないよってみなえさんとの通信妨害もまた等しく! 速さとは文化だ! 人間は常に速く速く行動することでより多くの時間を獲得しより多くの文化を体験することができる! 速さイコール文化! 実に分かりやすい世界のシステム! 故に俺は立ち止まることができなぁいッ! ラディカルグッドスピィィィィィィィィィィィド脚部限定ッッ!! 音信不通だというのなら俺がすぐさま現地に赴きその原因を究明! トラブルが起きていようものなら俺のラディカルグッドスピードを駆使して迅速かつスピーディーにそれを解決! 立ちはだかる者は何人たりとて容赦はしない! そして俺は極めてみせる――文化の真髄を!」 ログハウスの壁が所々抉り取られ、クーガーのアルター能力『ラディカルグッドスピード(脚部限定)』を形成するための糧となる。 上げていたサングラスをスチャッと装着し、クラウチングポーズ。鉄砲でも鳴らせば、すぐにでも飛び出していきそうな体勢だった。 「と、いうことでセナスさん。俺は先にホテルへ帰還し状況を確認してきます。 なーに心配はいらない。この俺にかかれば4000m程度の距離などたかが知れています。 すぐにセナスさんの下までお戻りし俺がラディカルグッドスピードでスピードの絶頂臨界点までご案内いたしま――」 「結構ですッ!」 セラスは力強く拒否を示し、クーガーはやれやれと首を振った。 無駄話はこの辺にしておこう。今は一刻も早く、連絡の取れなくなったホテル待機組の安否を確認しなくては。 「それではストレイト・クーガー…………行って参りむぁぁぁぁぁぁっすッッ!!!」 怒涛のスタートダッシュを見せたクーガーの背中はあっという間に遠ざかっていき、その速度を見たらセラスはまた気分が悪くなった。 「ぅぷ……みさえさんたち大丈夫かなぁ……てか私も大丈夫かなぁ……おぅっ」 仲間の窮地は心配だ。だがそれ以上に、あのスピードに対する拒否信号が強すぎた。 セラスは未だ回復の目処が立たぬ吐き気を治めるため、いそいそとログハウス内のベッドになだれ込んだ。 ――これもまた、序章のほんの一部。 【F-7/1日目/夜】 【ストレイト・クーガー@スクライド】 [状態] 健康 [装備] ラディカルグッドスピード(脚部限定) [道具] 支給品一式 [思考・状況] 1:ホテルへ急行。状況を確認する。 2:1が終わったらセラスを迎えに戻る。 3:そのあと宇宙最速を証明する為に光と勝負さしてくださいおねがいします。 4:なのはを友の下へ連れてゆく。 5:証明が終わったら魅音の下へ行く。 【F-7/ログハウス/1日目/夜】 【セラス・ヴィクトリア@HELLSING】 [状態]:腹部に裂傷(傷は塞がりましたが、痛みはまだ少し残っています)、激しい嘔吐感 [装備]:AK-47カラシニコフ(29/30)、スペツナズナイフ×1、食事用ナイフ×10本、フォーク×10本、中華包丁 [道具]:支給品一式(×2)(バヨネットを包むのにメモ半分消費)、糸無し糸電話@ドラえもん、バヨネット@HELLSING、AK-47用マガジン(30発×3)、銃火器の予備弾セット(各40発ずつ) [思考・状況] 1:うぷっ……思い出しただけで気持ち悪っ……しばらく休もっ……。 2:ホテルへは『徒歩』で帰還する。 3:キャスカとガッツを警戒。 4:ゲインが心配。 5:アーカードと合流。 6:Q、もう一度ラディカルグッドスピードの速さを体感したいと思いますか? A、いいえ。 [備考]:※セラスの吸血について。 大幅な再生能力の向上(血を吸った瞬間のみ)、若干の戦闘能力向上のみ。 原作のような大幅なパワーアップは制限しました。また、主であるアーカードの血を飲んだ場合はこの限りではありません。 ◇ ◇ ◇ 押し寄せてきたのは数多の瓦礫。 攻め立ててきたのは巨大な重圧。 (俺は……) 自分の身がどうなったのか、それすらも分からない。 誰かを庇って必要以上に傷を負ったような気もするし、運悪く足元の崩落に巻き込まれたような気もする。 (俺は……終わったのか?) 居場所も、傷の度合いも、意識の途絶える直前の状況も分からない。 そんな気弱にならざる得ない状態で男が思ったのは、大柄な体躯に似合わぬ絶望的な結果だった。 (……いや、違うな。終わってなんかいねぇ。これはまだ始まったばかりだ) そんな絶望は、すぐに頭で掻き消した。 今こうやって思考をしているということは、脳が終わっていない――つまり、生きていることに相違ない。 (始まったばかり、か。……それも違うな。まだ始まってすらいねぇんだ。俺にとっちゃな) そう、これはまだ序章とも言えぬ書きかけのページの一部に過ぎない。 誰が主役となるか、どんな結末を迎えるか、誰にスポットライトが当たるのか――それはまだ未知数なのだ。 (俺は、俺がやるべきことをやるだけさ…………グリフィス!) 闇の中に宿敵の幻影を捉え、男は奮い立った。 ――序章が終わり、第二幕が始まる。 【D-5/詳細位置不明(瓦礫の下?)/夜】 【ガッツ@ベルセルク】 [状態]:詳細不明【元の状態:全身打撲(治療、時間経過などにより残存ダメージはやや軽減)、精神的疲労(中)】 [装備]:カルラの剣@うたわれるもの、ハンティングナイフ、ボロボロになった黒い鎧 [道具]:なし [思考] 0:??? 1:ホテルでセラスらの帰りを待つ。 2:契約により、出来る範囲でみさえに協力する。他の参加者と必要以上に馴れ合う気はない。 3:まだ本物かどうかの確証が得られてないが、キャスカを一応保護するつもり。キャスカに対して警戒、恐怖心あり。 4:殺す気で来る奴にはまったく容赦しない。ただし相手がしんのすけかグリフィスなら一考する。 5:ドラゴン殺しを探す。 6:首輪の強度を検証する。 7:ドラえもんかのび太を探して、情報を得る。 8:翠星石の証言どおり、沙都子達ひぐらしメンバーが殺人者か疑っている。 9:グリフィスがフェムトかどうか確かめる。 基本行動方針:グリフィス、及び剣を含む未知の道具の捜索、情報収集。 最終行動方針:ギガゾンビを脅迫してゴッド・ハンドを召喚させる。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、愛する男の子のことで頭がいっぱいだった。 高町なのはは、ホテルを壊そうとする女の子を宥めるのに必死だった。 キャスカは、戻るべき場所と帰すべき男のことだけを思い、剣を振るった。 ゲイン・ビジョウは、自分の犯した失態にケリをつけようと躍起になっていた。 野原みさえは、崩落の恐怖に怯えながら自分にできることを模索していた。 翠星石は、姉妹たちの死を知ることなく過ちを犯し続けていた。 アーカードは、迫り来る強者たちとの戦いにただその身を焦がすのみだった。 園崎魅音は、悲しみに抗いながら一心不乱に復讐を果たそうとしていた。 獅堂光は、大切な仲間を守るために友が残してくれた剣を構えた。 フェイト・T・ハラオウンは、今は亡き女傑のためにも親友との再会を強く望んだ。 タチコマは、新たな相方と共にただひたすら北へと爆走を続けていた。 ゲイナー・サンガは、チャンプとしての腕を有効に使おうと再度マニュアルを眺め始めた。 ストレイト・クーガーは、速さ=文化を証明するため走り続けた。 セラス・ヴィクトリアは、押し寄せてくる嘔吐の波と壮絶な戦いを繰り広げていた。 ガッツは、いずれ訪れるであろう宿敵に戦意を沸き立てていた。 【ホテル現状】 ※現在五階から上の階層が完全に倒壊状態。 四階以下のフロアも現在進行形で倒壊が進んでおり、予断を許さぬ状態です。 外壁にも無数に穴が空いており、そこからの侵入、脱出も可能です。 長く見積もっても夜中(20時~22時)に突入する頃には完全に崩壊します。 時系列順で読む Back 「ゼロのルイズ」(前編) Next 最悪の/最高の脚本 投下順で読む Back 「ゼロのルイズ」(前編) Next 最悪の/最高の脚本 207 「ゼロのルイズ」(前編) ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール 215 なまえをよんで Make a Little Wish(前編) 207 「ゼロのルイズ」(前編) 高町なのは 215 なまえをよんで Make a Little Wish(前編) 207 「ゼロのルイズ」(前編) キャスカ 221 鷹の団(前編) 207 「ゼロのルイズ」(前編) ゲイン・ビジョウ 221 鷹の団(前編) 207 「ゼロのルイズ」(前編) 野原みさえ 221 鷹の団(前編) 207 「ゼロのルイズ」(前編) 翠星石 221 鷹の団(前編) 207 「ゼロのルイズ」(前編) アーカード 213 FOOLY COOLY 207 「ゼロのルイズ」(前編) 園崎魅音 213 FOOLY COOLY 207 「ゼロのルイズ」(前編) 獅堂光 213 FOOLY COOLY 207 「ゼロのルイズ」(前編) フェイト・T・ハラオウン 215 なまえをよんで Make a Little Wish(前編) 207 「ゼロのルイズ」(前編) タチコマ 215 なまえをよんで Make a Little Wish(前編) 207 「ゼロのルイズ」(前編) ゲイナー・サンガ 215 なまえをよんで Make a Little Wish(前編) 207 「ゼロのルイズ」(前編) ストレイト・クーガー 213 FOOLY COOLY 207 「ゼロのルイズ」(前編) セラス・ヴィクトリア 214 「ゴイスーな――」 207 「ゼロのルイズ」(前編) ガッツ 221 鷹の団(前編)
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5992.html
前ページ/ゼロの使い/次ページ 二人は身分の違いも忘れ、過去の思い出を語らいながら、時に笑い、時に懐かしみ。 そんな他愛もなく、しかしほほえましい雑談を十数分ほど続けた。 「初めまして。メディル殿。」 ずっとスルーされていたが、ようやくメディルに話が振られた。 「お初にお目にかかります、姫殿下。」 「凄いわね・・・こんな素晴らしい使い魔を持っているなんて・・・」 「いえ、そんな・・・勿体無いお言葉を・・・」謙遜するルイズだが、明らかに建前だけだった。 次の瞬間、アンリエッタの表情がどこか儚げなものへと変わった。 「私・・・貴方が羨ましいわ・・・姫なんて籠の中の鳥も同然・・・」 「姫殿下、一体どうなされたのですか?」 「私、結婚することになったの。」 アンリエッタの話ではアルビオンと言う国の反乱軍が勝利を収める前に、 ゲルマニアという国(ルイズ曰くなりあがり共の野蛮な国)と同盟を結ぶべく、そこの皇帝と政略結婚をするという。 ところが、その政略結婚の障害となるものがよりにもよって全滅寸前のアルビオン王家にあるというのだ。 それはアルビオン皇太子・ウェールズに送った文だと言う。それが反乱軍の手に渡れば、直ちに公表され、同盟破棄は必定とは姫の談。 アンリエッタ自身、友人であるルイズに依頼するのは不本意だったが、他に頼むに値する実力と信頼を持ち合わせた者もおらず、まさに苦渋の決断であった。 ルイズは親友の頼みと二つ返事で引き受けた。 主であるルイズもそうだが、メディルもまたその文の内容を悟っていた。 そして、人間とはやはり哀れなものだ・・・と白面の魔術師は思った。 と、その時、部屋の鍵を魔法で開け、飛び込んで来た者が現れた。が、彼はすぐにメディルに取り押さえられた。 「ギーシュ!」 それはメディルに丸焼きにされたばかりか、ここに至るまで名前すら表示されなかったギーシュであった。 美しい姫の姿を見て、磁石に吸われる砂鉄の様にやってきたというのが本人の談。 「姫殿下、こやつの処分、いかが致しましょうか。」先程同様珍しくメディルが敬語で姫に問いかけた。 本来なら、メディルにとってアンリエッタはオスマン同様、敬意を払うべき相手ではない。 しかし、彼女がルイズの無二の友人かつ主君である以上、礼を尽くさぬわけにはいかなかった。 「あなたはグラモン元帥の末っ子ですね。」 「ご存知でしたか!」と喜びの表情を浮かべるのも束の間、 「ええ。常に女難に見舞われている貴族として、王室でも噂になっております。」 姫のあまりにもあまりな返事に、ギーシュがこれでもかと凹む。傍らではルイズがそれを見て必死に笑いをこらえていた。 「この不幸な姫の力になってくれませんか?」 無論、この女たらしが首を横に振るはずはなかった。 出発は明朝に決まり、ルイズは皇太子に渡す文を返還する旨を記した文と資金繰りに困ったとき売り払うための水のルビーを姫から受け取った。 メディルが誰かのイメージを読み取りルーラで行く事を提案したが、この中のメンバー全員、皇太子の居場所を知らぬばかりか、 ルイズとギーシュに至ってはアルビオンにすら行った事が無かった。 唯一、アンリエッタだけは行った事があるらしいが、何年も前の事ゆえ、思い出せないという。 その頃・・・ アルビオン行きの船が出る港町ラ・ロシェールのどこかの酒場・・・ 「アルビオンは終わりだ!!」 「あんな金にもならない国滅んじまえよ。」 大勢の傭兵達がアルビオン王家の中傷を肴に一杯やっていた。 そこへ一人の非常識な客が訪れた。 酒場の中に事もあろうに、馬に乗ったまま入ってきたのだから非常識以外の何者でもない。 二つの意味で驚くマスターに最高級ワインを注文し、彼は傭兵達に向き直った。 「傭兵の諸君。仕事はいらんかね?」 傭兵達の顔が青ざめた。それもその筈、そいつは髑髏の顔をしていたのだから。 「欲しくない訳じゃないが・・・か、金は・・・」 一人が震えながら言葉を紡ぐ。 髑髏の男は馬に背負わせていた鉄製の大箱を床に置いた。 「エキュー金貨で10万。足りなければ、もっと用意するがどうする?」 足りないと言う者はいなかった。箱を開けようと近付いた傭兵達の鼻面を、髑髏男のランスが掠めた。 その見事な槍捌きに彼らは関心すると同時に、更なる恐怖を抱いた。 「まだ話は終わっていない。」 注文のワインを飲み下し、彼は続けた。 「この金貨には呪いがかかっている。この金貨を手にしておきがら、仕事を放棄した奴が死ぬようにな。」 「へ・・・へへっ・・・一度請けた仕事を投げるなんて傭兵の恥はこの中には・・・」 「アルビオン王家は数に含まれないのかね?」 「うぐ・・・」その言葉を出されては黙るしかなかった。髑髏男はそんなことを気にするでもなく説明を続けた。 「・・・まあいい。とにかく引き受ける者だけ金貨を手にするがいい。ターゲットは数人のメイジ。 桃色の髪の女の一行だ。メンバーの中に鬼神の如き強さを誇るメイジがいるらしいから、こちらで武器を用意した。」 「随分用意がいいんだな・・・ところであんた・・・そのお面。」 「お面?」髑髏男が怪訝そうな声で言う。 「い・・・いや、その髑髏のお面、あまり似合ってないぜ。」 「クククク・・・これか?」 髑髏面は傭兵達の前で、それを外して見せた。 「生憎と自前だよ。」 首無し人間の手の上でしゃれこうべが喋ると言う恐怖としか言いようのない光景に哀れな数名の傭兵とマスターが気絶した。 彼らは揃って白目を剥き、口から泡を吹き、股間から悪臭漂う液体を滴らせていた。 彼は髑髏を頭に戻し、数枚の銀貨をカウンターに置いて店を去った。 「なんだ・・・ありゃあ・・・」 「あ・・・ああ・・・悪霊だ・・・アルビオンの悪霊だ・・・」 「ど・・・どうする・・・?俺ら呪い殺されるんじゃ・・・」 「じょ・・・上等じゃねぇか・・・悪霊だろうが死神だろうが、 メイジ数人殺すだけで10万なんてボロい商売・・・見逃せるかってんだ。」 口では強がっていたが、その男の股間もかすかに湿っていた。 酒場の外では傭兵達の為に用意された武器が、2つの月光を浴びて鈍く光っていた。 噂では、その後、とある山賊の一団の前にも、馬に乗った死神が現れ、大金と引き換えにメイジの暗殺を依頼したと言う。 翌日、ルイズ達は意外な人物に出会った。 獅子と鳥を混ぜたような外見のグリフォンを操り、全身から涼やかな、それでいて強力なオーラを放つ彼は魔法衛士隊グリフォン隊隊長・ワルド子爵だった。 何の因果かこの男、ルイズの婚約者だと言うのだ。彼曰く、姫に言われて助太刀に現れたとの事。 ちなみに、彼もアルビオンへ行くのは初めてという。 港町ラ・ロシェールへと続く山道をグリフォンと馬で進む道中、山賊の一団の襲撃を受けた。 メディルはメンバーの実力を図るべく、物陰に隠れ敢えて手出しをしなかった。 ワルドはその肩書きに違わぬ杖捌きと強力な風の魔法で次々と華麗に賊を蹴散らした。 ルイズはいつものように失敗魔法の爆発で応戦。狙いが荒いが、威力は申し分ない。 しかし、ギーシュときたらまるで役に立たず、作り出した青銅のゴーレムも山賊の鉄の武器の前にあっさりと砕かれてしまったのだ。 その後はただただ逃げるばかりであった。 メディルの中でいざと言うときの捨て駒候補第1位にギーシュが選ばれたのは言うまでもなかった。 しかし、敵もさるもので、山賊とは思えぬ不屈の闘志で、人数にものを言わせ襲ってきた。 メディル達が知る由もなかったが、彼らが誰一人として逃げないのは呪われているからである。 メディルが大呪文の一つでも見舞おうとしたその時、山賊たちに上空から火炎と烈風が襲い掛かった。 同時に、ルイズが不機嫌そうな顔をした。 それもその筈。上空から現れたのはヴァリエール家の、ルイズの怨敵であり、本作において、 ギーシュ以上に存在感の薄かったキュルケと、その親友にして、ここまで一言も触れられなかったタバサだったからだ。 曰く、良い男(ワルド)目当てで、親友の風竜で追っかけてきたとか。 キュルケの参入でやかましくなったものの、一同は何とか宿に着いた。 「船は既に姫殿下が手配してくれている。明日の朝にはアルビオンへ出発出来るだろう。」 「そうか。しかし、ワルド殿、どうしても解せぬことがある。」 「何だね?」 「何故、このような山の上に船があるのだ?」と異世界の者ならば誰でも口にするであろう疑問を投げかけるメディル。 「ああ、それはアルビオンが浮遊大陸で、そこへ行くのに飛行船を使うからさ。」 「なるほど。」 「あまり驚かないのだな。」 「月が二つもあるような世界だしな。」これは彼の本心だった。 「そういえば君は異界から来たのだったな。」 「ああ。と言っても世界観に言うほどの差はないのだが。」 「同じような世界なの?」 「ああ。剣と魔法が支配する世界だ。わが主はその世界を」 言いかけてメディルはルイズを突き飛ばした。怒ろうとしたルイズだが、先程自分のいた所を鉄の塊が通るのを見て言葉を呑んだ。 「敵襲だ!!」 ワルドが叫ぶと、その場の全員が戦闘体勢に入った。 「撃て撃て!!メイジのクソガキ共をぶっ飛ばせ!!」 百人ほどの傭兵達が「女神の杵」亭を包囲していた。 そして対メディル用に受け取った、車輪付き大砲10門に山のようにある砲弾を込め、次から次へと撃ちまくった。 「矢も弾も惜しむな!!呪いで死にたくなけりゃ撃ちまくれ!!」 「このままじゃ宿が持たないぞ。」とギーシュ。 「雑魚が・・・大砲如きで、私を討ち取ろうなどとは・・・」 外の傭兵に向け、最強即死呪文ザラキーマを発動しようとするメディルをワルドが制す。 「民間人を巻き込みかねない大呪文は控えるんだ。この任務の場合、僕と君とルイズが船に辿り着ければいいんだ。」 「つまり・・・キュルケたちは囮・・・?」 「ま、仕方ないかな。あたしたち、アルビオンへ行く目的知らないし。」 「右に同じ。」 「ぼ、僕は・・・」 「「「お前(君・あんた)は捨て駒確定。」」」 「やっぱり・・・」 前ページ/ゼロの使い/次ページ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6312.html
前ページ次ページゼロの騎士団 ゼロの騎士団 PART1 始まりの地 トリスティン-2 ルイズがコルベールに死刑宣告された時、三人の会話はいったん途切れかけていた。 「ところで君、さっきから、気になったのだが契約や使い魔とは一体何の事だい?」 先ほどの会話の中で疑問に思ったことをニューがルイズに問いかける。 「聞いてなかったの!?アンタは私の使い魔になるのよ!」 「なんでだい?」「私があなたを召喚したからよ!」 二人の会話は落とし所の見つからない堂々めぐりになりかけていた。 (――気絶している間に契約しとけばよかった。) 二人の判断が正しかったことを悔やむ、ルイズにコルベールが助け船を出す。 「ミス・ヴァリエールいきなり説明もなしに契約というのは……私はこのトリスティン魔法学園の教師をしているジャン…コルベールと申します。あなた方三人のお名前をよろしいですか?」 「私はアルガス騎士団法術隊隊長法術士ニューと申します」 「自分はアルガス騎士団騎馬隊隊長騎士ゼータ」 「俺の名はアルガス騎士団 戦士隊隊長ダブルゼータだ」 三人がそれぞれ答える。 「コルベール殿、あなたは先ほど魔法学院と申されましたが、ここは騎士の養成所か何かですか?」 三人を代表しニューがコルベールに尋ねる。 「騎士の養成所ではないのですが……ここは貴族の子供たちを集めてメイジとしての教育を行う学校で、私たちはこの時期になると『サモン・サーヴァント』によって生物を召喚しそれを使い魔とするのです。本来『サモン・サーヴァント』で呼ばれるのは動物等がポピュラーなのですが……たまたま、気絶していたあなたたちが召喚されてしまったという訳です。」コルベールがそう告げる。 「コルベール殿、申し訳ないのですが我々三人はそれぞれアルガス騎士団の隊長です。我々には部下がおり、我々の帰還を望む人々がいます。我々はアルガスに帰らなくてはなりません。アルガス王国にはどちらに向かえばよいのでしょうか?」 ニューの言葉にコルベールは疑問符を浮かべている。 「その、一つよろしいですか?」「なにか?」 「先程から出てくるアルガスという国は何処にあるのでしょうか?」 「え?アルガス王国はスダ・ドアカワールドのノア地方にある国で、我々ガンダム族発祥の地と言われて小国ながら有名なのですが……」 二人の会話には些かのずれが生じ始めていた。 「スダ・ドアカワールド?あなたたちの地方ではハルケギニアのことをそう呼ぶのですか?」 コルベールは先程から出てくる聞きなれない単語に不安を覚える。 「私もハルケギニアという呼び名は初めて聞いたのですが……二人とも何か知っているか?」 ニューが後ろにいる二人に対して振り返る。 「あっ!あ!あぁ!」ダブルゼータが声にならない叫びをあげている。 「……どういうことだ?」落ち着きを払いながらもゼータも完全に混乱している。 振り返ると二人は何かに驚いている。 (ん?何かおかしなことでもあったのか?今の会話に変なところは多少あるが、そこまで驚く様な事もないだろうし……) 二人の様子と先ほどの会話を照らし合わせるがそれ程、誤答があるとは思っていない。 「どうした?お前たち、何を驚いているのだ?」「あぁあ、あれっ!あれっ!」 ダブルゼータが震えた指で日が暮れ始めた空を指差す。 ニューは指された指になぞり空を見る。そこで、ニューの思考は大打撃を受ける。 「おや、どうかしました?」「コルベール殿!!」「はっ!はい!」 いきなり声を荒げたニューにつられて、コルベールの声のトーンもつられて高くなる。 「あっ!あれは何ですか!?」二人と同じくニューの指した指に視線を向ける。 「月ですが、何か?」 「イエ!そーではなくて!!」 ゴルベールにはニューの驚きの理由が見つけられなかった。 「あぁ、まだこの時期だと夕方でも見えるもので「何で月が二つあるのですか!?」」 それが3人の驚きの理由の答えだった。 「はぁ?アンタ何言っているの、月は二つしかないでしょうが?」 コルベールに変わりルイズが至極当然のように告げる。 「月は一つに決まっているだろうが!」 正気に戻ったダブルゼータが声を荒げる。 「何言ってるのよ!月は一年中二つよ、それともあんたたちのところでは月が一つになる日があるの?」 「そんなわけあるかい!」 ダブルゼータが声を荒げる。 「ニュー……」 ゼータが何か憶測を持った顔で名前を呼ぶ。 「ゼータ……多分同じだろう……」 (――あの顔は私と考えは変わらないだろうな。) ニューはコルベールに声をかける 「――コルベール殿、我々は少し混乱しており、また、ある憶測があるのですが。それを確認するために、私たちの話を聞いていただけないでしょうか?」 (いいことではないだろうな……) その言葉を聞きコルベールはさらに顔を渋くした。 「わかりました、どうせなら、歩きながら話しましょう。どの道、我々は学院に帰らねばなりませんし……それに、もうすぐ夜ですので。」 コルベールの提案にニューは黙ってうなずいた。 「では、我々はさっき話した……」 ニューが話をはじめ皆が歩き出していた。トリスティン魔法学院の入り口に向かって。 ニューが自分の憶測を話し終えた時、目的地のトリスティン魔法学園入口に到着していた。 「では、あなた方はそのスダ…ドアカワールドという世界の騎士でジーク・ジオンなるものを倒した後に、ここに召喚されたというわけですか?」 ニューの話を聞いたコルベールは肯定でも絶対的な否定でもない曖昧さを含んだ声であった。 「はい、いろいろと違いがありますが、やはり最大の違いはあの月です。我々の世界にも月がありますが、月は巨大な物であり、いきなり二つになるわけではありません」 ニューは自分の憶測の最大の要因を挙げてコルベールに説明を続ける。 ハルケギニアもスダ・ドアカワールドも天文学がそれほど発達しているわけではない。 しかし、ガンダム族はノア地方のアルガス王国発祥といわれるが、それは月の民がアルガスにきた等、という俗説から来る事もあるくらいガンダム族と月の関係は深い。実際ニューの実家には、その昔ガンダム族が書いたとされる月や星についての本もいくつか見られる。しかし、ほとんどが解読できないためそれが事実であるかは分かる者はない。 「それに、数の差こそあれモビルスーツ族が全くいないというのは、おかしいと感じています。自分達も他の地方を見てきましたが、少なくとも人間だけの地方というものは見たことありません」 ニューに変わりゼータが話を引き継ぐ。 三人は自分たちが住んでいるノア地方だけではなく、アムロ達のいるラクロア地方に遠征している。そこでラクロアの城下町を思い出す限り自分達の住んでいる町とはそれ程のレベルの違いはなかった。何よりモビルスーツ族は珍しくはなかった。 「それに、気になったのですが、先ほどトリスティン魔法学校が貴族の子供を集めメイジを養成する施設と聞きました。この2点が私に引っ掛かりました。まず、学校なのですが、アルガスでは学校は幼少子供達に学問を教える施設であって彼女達くらいの年の生徒はいません」 スダ・ドアカワールドにも学校はある。だが、それは初歩の文字や計算を子供たちに教えるものであり、ましてや魔法を教えるものではない。 ニューやゼータの実家は騎士の家である。二人の教育は家庭教師の役目であり、それぞれ違う専門の教師達が彼らに教えたのだ。もちろんルイズたちにも幼少の頃から家庭教師がおり、彼女達の教育をしている。だがアルガスにはルイズくらいの年齢に学問を教える高等学問所は存在せず、彼女くらいの年齢で学問をするにはトリスティンのアカデミーの様な専門の施設になる。なお、騎士の二人はそういうのには無縁で、ルイズくらいの頃には騎士の従者として騎士の修業を積んでいた時である。 「また、我々の世界にも魔法があるのですが、使える物は限られており、このように巨大な学校という施設で教育することはできません」 ニューは魔法が使える自分の観点からも意見を述べる。ニューもまた、師匠である僧侶ガンタンクⅡから個別に指導を受けた。 アルガス騎士団では法術隊は二つの隊と比べて格が低かった。それは、能力の差ではなく数によるものであった。騎馬隊や戦士隊は馬の扱いが有る者や力の強い者がなれるが、魔法が使えるものとなると、前者に比べ絶対数が違うのだ。 ゆえに法術隊は訓練を完全に終えていない修行僧のジムキャノンを法術隊に組み込んだのだ。 団長のアレックスは法術隊の重要性を理解しており、冷遇する事はなかったが、代々騎士の出身が多い騎馬隊、そして騎馬隊のOBからは、それが不満とする声があったのだ。 「私も魔法が使えるものなのですがや「ええっ!アンタってメイジなの!?」」 ニューの話をかき消すようにルイズが大声を上げる。 「やってみせて!」 「何をだい?」 「魔法よ、アンタ魔法が使えるんでしょ!?」 ルイズがはじめてニューに対して好意的な表情を見せる。 「それはとても興味深い、魔法が使えるゴーレムなど私は見た事も聞いた事もありません。 ミスタ…ニュー、私からもお願いしますぜひ見せてください」 「確かに面白そうね、私も見たいわゴーレムさん」 「見てみたい……」 4人がニューに詰め寄られ、ニューは慌ててバランスを崩しそうになる。 (私が魔法を使えるのはそんなに珍しいのだろうか?) ニューは魔法を見せるのが、見世物芸を見せるような心境であった。 とりあえず、標的となりそうな物を探し近くの木にする事を決めた。 「では……ムービーガン。」 そう言って手より光弾を放つ、音の無い光弾は一瞬で木に着弾し、鈍い衝撃音を立て折れた木が倒れこむ。 ムービーガン それはニューの中では比較的弱いほうの部類にはいるが、魔法を苦手とすつ技のバーサム等は、ほぼ一撃で仕留める魔法であった。 「今のが私の魔法なのですが……おや?どうかしましたか?」 振り返ると4人とも程度の差はあれ驚いている。 (――あまり大したことないのかなぁ?) もっと強い魔法を使えばよかったのだろうか?そう思っていると―― 「すごいじゃない!!ねぇ!あんた何のメイジなの?火!風!クラスは?ライン?トライアングル?何今の!?詠唱も無しにバッと飛んだと思ったらバキッ!て木が折れちゃうし!もしかして先住魔法なの!?解った!!ブリミルが残した対エルフ用汎用人型最終決戦ゴーレムね!?」 ルイズが興奮と驚きの様子でニューに質問の雨を浴びせる。 ニューはルイズを抑えるべき教師のほうに向くと、その教師の方もそう変わらなかった。 「ミスタ・ニュー何ですか今のはっ!?私も始めてみましたよ!驚きましたよ、確かに我々とは全く違う!これは大発見です!これは他の魔法も見せていただいてもよろしいでしょうか?」 止めるどころか興味と好奇心と他の何かを持った、コルベールの瞳はニューに恐怖すら与える。 「ねぇタバサ今の見た?ゴーレムって魔法が使えるのね!?」 「びっくり……先住魔法かも……」驚いているがタバサの表情は変わらない。 前の二人と比べ驚きの中に喜びがない分、二人はまだ落ち着いていた。 「……ゼータ……俺達、蚊帳の外だな……」 「あぁ……そうだな……」 会話の中に入らなかった二人はニューに詰め寄る二人を見ながら少しの寂しさと蚊帳の外にいる安堵を感じていた。 「3教えてあげる、私の二つ名は『微熱』よ」 微熱のキュルケ トライアングルのメイジ MP 380 「4その程度で俺を止められるかぁっ!」 闘士ダブルゼータ キュルケと契約する。 HP 1130 前ページ次ページゼロの騎士団