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前ページ次ページゼロのアトリエ 早めの出席を旨とする生徒達がようやく集まり始めた、朝の教室。 とある四人が、彼女達にしかわからない会話を続けていた。 「ガラス玉?そんなもの作ってどうするの?」 キュルケが問う。たしかにガラスは高価だが、手に入らないほど高いというほどでもない。 「ガラス玉は基本だよ?宝石の代わりにもなるし、メリクリウスの瞳とガラス器具はいつか必要になるし…」 「それに、これを錬金術で作る事に意味があるんだから。」 ヴィオラートが、ガラス玉製造の必要性を強調する。 「ガラス玉でも、宝石の持つ魔力を代用できるの?」 ルイズが質問する。魔法の授業とは違い、そこに理不尽なハンデは存在しない。 「うん、一応効果は発動するし、品質そのものはいいものが…」 授業前の、四人が揃う最初の時間は、放課後の錬金術教室の企画立案の場となっていた。 ゼロのアトリエ ~ハルケギニアの錬金術師14~ 教室の扉がガラッと開き、ミスタ・ギトーが現れる。 長い黒髪に黒いマントを纏ったその姿は不気味であり、 その不気味さと冷たい雰囲気からか、生徒達には全く人気がない。 「では授業を始める。知っての通り私の通り名は『疾風』。疾風のギトーだ。」 教室中が静寂に包まれ、ギトーは満足げに頷いて授業を続ける。 「最強の系統は知っているかね?ミス・ツェルプストー。」 「『虚無』じゃないんですか?」 「伝説の話をしているわけではない。現実的な答えを聞いてるんだ。」 何かを期待するようにキュルケを見るギトー。 キュルケはその裏に気付いたが、気付かないフリをしてギトーの求める言葉を吐いてあげた。 「…『火』に決まってますわ。ミスタ・ギトー。」 キュルケはうんざりしながら、ギトーの幼稚な証明につきあうことにする。 「ほほう。どうしてそう思うね。」 「全てを燃やしつくせるのは炎と情熱。そうじゃありませんこと?」 「残念ながらそうではない。」 ギトーは腰の杖を引き抜いて、言い放つ。 「試しに、この私に君の得意な火の魔法をぶつけてみたまえ。」 「火傷じゃ済みませんわよ?」 キュルケは、目を細めて言った。 「かまわん、本気で来たまえ。その有名なツェルプストーの赤毛が飾りでないのならね」 キュルケは杖を振り、小さな火の玉を生み出す。 その玉を一メイルほどに成長させると、適当にギトーへ向けて押し出した。 ギトーはその火の玉を避ける動作もせずに、杖を横薙ぎになぎ払う。 烈風が巻き起こり、火の玉をかき消し、その向こうにいたキュルケを吹っ飛ばした。 悠然として、ギトーは言い放った。 「諸君。風が最強たる所以を教えよう。風は全てをなぎ払う。」 キュルケが気だるげに起き上がり、両手を広げた。気にすることもなく、ギトーは続ける。 「不可視の風は、諸君らを守る盾となり、敵を吹き飛ばす矛となるだろう。」 「そしてもう一つ、風が最強たる所以…」 ギトーは杖を立てた。 「ユビキタス・デル・ウィンデ…」 低く、呪文を詠唱する。 しかしその時、教室の扉がガラッと開き、緊張した顔のコルベールが現れた。 「ミスタ?」 ギトーは眉をひそめた。 コルベールは妙にめかしこんでいたのだ。 頭に金髪ロールのカツラをのせ、ローブの胸にはレースの飾り。 ご丁寧に靴まで趣味の悪い金箔で飾り立てていらっしゃるようで。 「あやや、ミスタ・ギトー!失礼しますぞ!」 「授業中です」 「おっほん!今日の授業は全て中止であります!」 コルベールは重々しい調子で告げた。教室から上がる歓声に、コルベールが手を振って答えたまさにその時。 金髪のカツラが「しゅるっ」という軽妙な音を立てて滑り落ちた。 教室中の生徒が、コルベールから目をそらして必死に笑いをこらえる。 一番前に座ったタバサが、コルベールの禿頭を指差してぽつりと呟いた。 「滑落注意」 教室が爆笑に包まれた。 コルベールは顔を真っ赤にして怒鳴った。 「黙りなさい!ええい、黙りなさいこわっぱどもが!」 とりあえずその剣幕に、教室中がおとなしくなった。 「えーおほん、本日は恐れ多くもアンリエッタ姫殿下が、この魔法学院にご行幸なされます」 教室がざわめきに包まれる。 「そのために本日の授業は中止。正装し、門に整列する事。」 生徒達は、緊張した面持ちで一斉に頷く。 コルベールはたっぷりと生徒達を見渡してからようやく満足し、重々しげに首を縦に振った。 整列した生徒達は杖を掲げ、しゃん!と小気味良い音を響かせる。 魔法学院の正門をくぐって、王女様ご一行が姿をあらわした。 馬車が止まり、玄関と馬車の間に非毛氈のじゅうたんの道が作られる。 「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおなーーりーー!」 そのように告げられたのだが、しかし、最初に姿を現したのは四十過ぎの痩せこけた男であった。 がっかりである。 生徒達の落胆を見て取った男は、意に介した風も無く馬車の横に立ち、続いて降りてくる王女の手を取る。 生徒達の間に歓声が沸き起こった。 「あれがトリステインの王女?ふん、あたし達とそう変わらないんじゃない?」 キュルケがつまらなそうに呟く。 「そ、そうかな?綺麗な人だと思うけど…」 問われたヴィオラートはそう答え、何気なくルイズに視線を送るが… ルイズは顔を赤らめ、惚けたように何かを見つめている。 その視線の先には、羽帽子を被り鷲の頭と獅子の胴を持つ幻獣に跨った、りりしい貴族の姿があった。 脇を見ると、キュルケもいつの間にか赤い顔で羽帽子の貴族を見つめている。 そんなにいいのかなあ、と思いつつ、ヴィオラートはその貴族をじっくりと観察してみる。 ヴィオラートはその貴族に違和感を感じた。何かと似ているのに違う、本物とそれを装っているものの違い。 何が本物でなにが装っている…偽者なのか。具体的な言葉が、なかなか思い浮かばない。 その貴族が通り過ぎ、従者の列も通り過ぎ、生徒達も散会し始めた後になってようやっと思い至る。 (どこがというわけじゃなくて、全体的に…ロードフリードさんと雰囲気が似てるんだ。) 礼儀正しい振る舞い、隙のない動作、そしていつも浮かべる微笑。 (似ているけど違う。それも何か、致命的な違い…) ヴィオラートは、穴の開くほど観察したその微笑を何回も思い出して、手がかりをつかもうと考えた。 ルイズを見たときの微笑、アンリエッタを見たときの微笑、学院に向けた微笑… そして、ルイズがわずかにその貴族から視線を外し、アンリエッタを見た瞬間の彼の表情にたどりつく。 特別に、違和感を持って観察して見なければわからないような刹那。ルイズに向けられた酷薄な眼差し。 彼は何かを装っている。もしかしたら、全てを。 ヴィオラートは一抹の不安を抱えながら、人気の消えた玄関先をあとにした。 前ページ次ページゼロのアトリエ
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「ここはどこなのねん?」 「そういうあんたこそ誰よ?」 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが 周囲の心無い怒声と嘲笑の中でようやく召喚に成功したもの、 それはフンドシ一丁の肥満体で小汚いパーマのおっさんであった。 「平民、いや貧民だ…ゼロのルイズが貧民を呼んだぞ!」 「しかも変態かよ…いっそ失敗した方が良かったんじゃねえか?」 どう贔屓目に見ても貧民にしか見えず、僅かな望みをかけて 出自や身分を聞いてみれば貧乏神と名乗ったこの男にルイズは 失望を通り越して絶望を感じたのは言うまでも無いであろう。 しかも出てきた以上はコントラクト・サーヴァントを行わねばならず、 使い魔となればこれと生活をある程度共にしなければならない事を 考えるとますます頭が痛くなってくる。 当然ルイズは涙ながらもコルベールに再召喚をさせてもらえるように頼んだが 物凄く申し訳無さそうな顔をされつつも拒否されてしまったので 半ばヤケクソでオロオロしている自称貧乏神の頭をガシッと掴み、 コントラクト・サーヴァントを行う。ルーンが刻み込まれる熱で左手を押さえながら 見苦しく喚き、のたうつ貧乏神を見てルイズは盛大にため息をつく。 それから数日後…… ルイズの思ったとおり、いや思った以上にこの使い魔は役に立たない事が判明した。 それも役に立たないだけならまだしも気力と実力が反比例な働き者だからより困る。 勝手に何処かに出かけていっては仕事を見つけてそれに失敗して借金こさえてくるわ、 あからさまなインチキ商品を高額で購入する契約を結ばされるわ… 頼みもしないのに秘薬の材料を探しに行って「これはきっと良い物に違いないのねん」 とベニテングダケを渡された日には衝動的に蹴りを入れてしまい 股間を押さえて死に損ないのゴキブリの如く痙攣する彼を見ながら 「こいつが貧乏神っていうのは本当かもしれない…」 などとその日一日鬱だったのも無理は無い。 こうなったら使い道は唯一つ、その弛みきった心身を鍛えに鍛えて 屈強な護衛と生まれ変わらせる他は無い! そう考えたルイズはいつのも如く使い魔に虐待もとい特訓を行うようになった。 「ゼェゼェ…ハァハァ…ルイズ様、穴を掘り終わりましたねん」 「じゃあ、今度はそれを埋めなさい」 「ええっ~!じゃあボクは何の為に穴を掘ってたのねん!?」 「少しは鍛えて贅肉じゃなくて筋肉付けてもらわなきゃイザというとき私が困るの!」 「最近痩せてきたのねん。ルイズ様、お慈悲を…」 「どこが痩せてるのよっ!あんたの体格だともっと痩せないと早死にするわよ」 と、こんな非日常が日常茶飯事となり、もはや軍隊以上の悪夢のシゴキと ルイズの怒声が半分自業自得とはいえ哀れな貧乏神に容赦なく降り注ぐ。 しかし捨てる神あれば拾う神ありとはいったもので メイドのシエスタやコックのマルトーは不憫に思ってこっそり食料を渡してくれたり、 何気に訓練風景を見てしまったコルベールも最近は同情的になってきているので 完全に孤独という訳では無いのがせめてもの救いであろう。 だがそんな自分を含めた誰しも認める弱者である彼に大いなる転機が訪れる事となる。 その発端は二股のばれたギーシュの八つ当たりを受けていたシエスタを 貧乏神が庇い、それに腹を立てたギーシュが彼に決闘を申し込み、 貧乏神も貧乏神でルイズが止めるのも聞かずに受けてたった。 その結果、ヴェストリの広場にて十数分でワルキューレにボコボコに袋叩きにされる貧乏神… と、ここまではギーシュとギャラリーの予想を裏切らなかったが 「どんなに…貧しくても……魂までは売り渡したくないのねん!」 うつ伏せで痣と瘤だらけの貧乏神がそう呟くと左手のルーンが輝き始め、 やがてそれはギーシュと無慈悲にして無責任なギャラリー達の目にも映り始め、さらに 爆発的に溢れ出した光の奔流が居合わせた者全ての視界を一瞬で白一色に染め上げる。 そして…… 「キーーング!ボンビーーー!!」 大気を揺るがすような雄叫びと共に憤怒の化身が降臨した。 そこに立っていたのは文字通り雲をつくような巨漢、いや巨人であり 今までの貧乏神の弱弱しい雰囲気はみじんも無く、 体格も太ってこそいるが肥満体ではないガッチリとした固太りで ある為に前のような鈍重さは感じられない。 そして鋭い眼光と狼を思わせる犬歯はまさに大悪魔である。 貧乏神、いや、キングボンビーは慌てたギーシュが さらに六体追加して七体となったワルキューレを拳で 次々と虫の如く叩き潰し、王者の視線でギーシュを睥睨して 鋭い犬歯をむき出しに獰悪そのものの表情で笑う。 この時になってギーシュは思い知らされた… もはや狩る者と狩られる者の立場が完全に逆転したのだと。 「グェヘッヘ!ギーシュよ。 オレ様を躾けてくれた礼に我が故郷のボンビラス星にご招待しよう!」 「なんだか名前からして恐ろしそうな所なんだけど…さ、さっきの愚行は謝るから…」 「何、遠慮などするな、存分に楽しんでこい!」 キングボンビーはギーシュを小脇に抱えると 凄まじい速度で群集の目の前から姿を消し、 数分ほどで戻ってきたがそこにギーシュは居なかった。 「さて、次は…ルイズよ」 「な、な、何…」 ついさっきまで流石に哀れになってきて止めようとした矢先に あまりの急展開についていけずに放心状態になった主人の方を見遣り、 笑いながら、だが吼えるように言う。 「お前にも今まで鍛えてくれた礼をせねばな…」 「ヒッ……!」 「お前にはサイコロを十個振らせてやろう。 そして出たサイコロの目一つにつきエキュー金貨を 100枚、お前のサイフとお前の家の金庫から捨ててやろう!」 「いくらなんでも横暴よ!もっと安くして!…くれませんか?」 「じゃあ、オレ様がサイコロを十個振って出たサイの目の数だけ お前とお前の家族や友人を殴って回るというのはどうだ?」 「……自分で振ります」 どこからともなく現れた十個のサイコロを振った直後に ルイズは頭を抱えて地面にひれ伏す。 とんでもない金額が出てしまったらしい… さらに這いつくばってその場から逃亡しようとしていた 別に何もしていないにもかかわらずたまたま気になったという理由で マリコルヌをもキングボンビーは見逃さない。 「じゃあ次は…神風のマリコルヌ!」 「風上だってば…」 「ところでマリコルヌよ。人間の髪の毛は約十万本だと言われている。 そこでお前の毛髪力をほんの九万本分くらい ミスタ・コルベールに分けてやろうと思うのだ。良いアイデアだろう?」 「どこがだ!っていうか俺があんたに何したよ!?」 「なんとなくだ。男なら細かい事は気にするな!」 キングボンビーが言い終わるか言い終わらないかのうちに マリコルヌの髪がハラハラと抜け落ち始めた。 「グェヘッヘッヘッ!……ん?もうこの姿を維持するのも限界のようだな。 だが覚えておく良い!思い上がる者、欲に駆られる者、 妬むだけの者を叩き落す為にボンビラスの王者であるオレ様は何度でも降臨する事を!!」 そしてヴェストリの広場は再び光に包まれ、 そしてそこにはいつもの貧乏神がキョトンとした顔で立っていた。 「あれ?ボクは一体何をしていたのねん?」 「あ、あんた、あれだけの事して本当に覚えていないの?」 「悪いけどな~んにも覚えていないのねん…」 こうして決闘から始まった周囲の予想を超えた 恐怖の断罪劇はあまりにもあっけなく幕を閉じたのである。 そして貧乏神自身も何故か自分が勝った事になっている事を始め、 マルトーを始め厨房の人々から讃えられた事。 ギーシュが長期欠席をし、再登校した時には遭難したかのようにげっそりしていた事。 ルイズが人並みの対応を自分にしてくれるようになった事。 マリコルヌが禿げて落ち込んでいるのと対照的に コルベールに毛が生え始めて陽気になっている事など 分からない事だらけで戸惑っていたがやがてそれすらも 貧乏神にとって穏やかになりつつある日常生活と 周囲の「触らぬ神に祟り無し」の共通認識の中に埋没していった…… かのように思えたが後に土くれのフーケやレコン・キスタの回し者となったワルド子爵を ボンビラス星なる地獄のような(ギーシュ曰く、地獄そのものだった) 場所に流刑にしたり、さらにはレコン・キスタ軍を壊滅させ、 その後に数週間程して戻ってきた時には何故かアルビオンの経済が崩壊寸前に なっていたりと武勇伝に事欠く事は無く、後に邪神、魔王、 果ては始祖ブリミルの暗黒面の体現とさえ呼ばれ、 恐怖、または崇拝の対象としてボンビラス伝説が未来永劫語り継がれる事となる。 おしまいなのねん!
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ゼロの使い魔~双月の騎士~ ぜろのつかいま~ふたつきのきし~ 監督:紅優 シリーズ構成・脚本:河原ゆうじ キャラクター原案:兎塚エイジ キャラクターデザイン・総作画監督:藤井昌宏 音楽:光宗信吉 アニメーション制作:J.C.STAFF オープニング テーマ曲:「I SAY YES」作詞:森由里子 作曲:坂部剛 編曲:新井理生 歌:ICHIKO エンディング テーマ曲:「スキ? キライ!? スキ!!!」作詞:森由里子 作曲・編曲:新井理生 歌:ルイズ(声:釘宮理恵) TVアニメ「ゼロの使い魔~双月の騎士~」サウンドトラック I SAY YES [Maxi] スキ?キライ!?スキ!!! [Maxi] 2007年 作品名:せ
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前ページ次ページゼロの英雄 ルイズの手記-3 △月○日 結局アタラクシアって赤竜を追ってアルビオンに行くことになった。 行くついでに姫様に用事を頼まれる、密命を帯びてアルビオンに向かったワルド様がいつまで経っても帰ってこないらしい。 ラ・ロシェーヌで一旦休んでとか思ったけど甘かった、スピノザが全力を出せばアルビオンまでひとっ飛びじゃないの。 キュルケとギーシュも何故か付いてきた、スピノザが頼まれると断れなかったらしい。 アルビオンは戦争の真っ直中、最近押され気味だった貴族派が勢力を盛り返しつつあるらしい。 途中あわやレコン・キスタ間諜かと疑われたけれど、姫様から預かった水のルビーが証を立ててくれた。 ウェールズ様は素晴らしい方だ、戦況は苦しいが最後まで戦い抜くと仰られた毅然とした態度に思わず感動。 ただもし自分たちが戦死した場合姫様がに迷惑が掛かるだろうと一通の手紙を預かった。 その時輝く水のルビー、って私の属性って虚無だったの!? 試しに一発撃ってみたらすっごい爆発が起きて貴族派の主力が吹き飛んだ、これ幸いと年甲斐もなく特攻するジェームズ陛下。 一気に王党派に傾いた戦場の様子を見て、ウェールズ様に預かった手紙を返す。 ところで先行……もとい閃光のワルド様は一体何処に? 元レコン・キスタ総指揮官オリヴァー・クロムウェルは走っていた。 森を掻き分け、川を渡り、崖から転げ落ちながら、がむしゃらに追撃の魔の手を逃れようと走っていた。 わざわざ特注で作らせた僧服は木々に引っかけぼろぼろで、かつての神聖な面影など欠片もない。 酷使を繰り返したせいか右手の中指に付けたアンドバリの指輪は効力を失って久しい。 「ふ、ふふふ……」 つまりは自分は見捨てられたのだ。 あの人を人とも思わぬガリアの狂王に。 「ふひ、ふひひひひ……」 惨めだ、途方もなく惨めだ。いっそこのまま…… その時がさりと蠢くものがあった。 「ひっ」 森の木々の奥に覗く真紅の巨体、それを見た瞬間体が凍る。 「ひへぇぇぇぇええええ」 鋼すら通さぬ皮膚、人など塵程度にしか思ってないだろう二つの紅玉、金属製のゴーレムすらやすやすと引き裂く爪と、雷を呼ぶ二本の角。 あまりにも圧倒的なその存在に出会ったとき、人は考えることをやめただ恐怖する。 己の存在の矮小さ自覚するが故に…… 「ひへぇぇぇぇぇえ!」 そのドラゴンはクロムウェルの左腕を囓り取った、そのままさも不味そうに咀嚼し、ゆっくりと飲み下す。 ――ああ、自分はこのままこの竜の昼飯になる運命なのだ。 クロムウェルがそう思い、瞳を閉じた瞬間。奇跡が起こった。 聞き覚えのない詠唱が耳を叩く。 その詠唱が終わると同時に、真紅のドラゴンはまるで夢を見たように呆然と周囲を見回した。 「おうちに帰りましょうか」 ドラゴンは一声なくと、ゆっくりとその場を飛び去っていく。 「大丈夫ですか?」 クロムウェルはほっと一息吐いて、自分を助けてくれた相手のことを見た。 金髪の髪、ぴっちりとした衣服を押し上げる二つのたわわな果実、そして美しい顔から覗く尖った耳。 ――エルフ!? 一難去ってまた一難、今度こそ完璧に硬直したクロムウェルに向かってそのエルフはゆっくりと近づいて来る。 「来るな……」 クロムウェルは残った右手を掲げる、それは死を前にしたクロムウェルの精神が生き残りたい一心で体を動かした結果だった。 「来るなぁぁぁぁあああああ!」 「きゃっ!?」 血で汚れ、光を無くした筈の指輪が蠱惑的な光を放った。 △月×日 ウェールズ様に聞いたところによると、赤いドラゴンは王都ロンディニウムから西へ飛んでいったらしい。 ウェールズ様にお礼を言い、スピノザの背に乗って西へ飛んでいくと、意外な人物と出会った。 「タバサじゃない」 『雪風』の二つ名を持つトライアングルメイジ、それに奇妙な服装の黒髪の平民と高飛車そうな微妙にタバサ似の青髪の女の子。 ものっそいおでこが眩しかった。 「きゅいきゅい、スピノザさま奇遇なのねーるーるるー」 シルフィはシルフィで色々と吹っ切ったのか、スピノザに甘える用に顔を擦りつける。 韻竜だからって隠すことを止めたらしい、まぁこれだけ韻竜が出てくればね…… アタラクシアを探していると言ったら、おでこが突っかかってきた。 なんでよ? 聞いた話によると元々デコが召喚したらしい、じゃあなんでこんなとこにいるのよ?って聞いたら 「うるさいうるさいうるさーい!」 ――取られた、私の十八番取られた…… スピノザはスピノザで平民の持った剣を呆けた用に見つめていた、破竜剣 ダンテ ? なにそれ? 魔王竜を殺す為だけの武器? 二丁拳銃ぶっ放せるようになったり変身出来るように――いや、なんでもない。 「きゅいきゅいきゅいー、そんな物騒なものだと気づかなかったのねー!?」 シルフィはもうこれ以上背に乗せたくないと騒いで、怒り狂ったおでこに鞭を入れられている、哀れ。 スピノザに聞いたら竜の臭いがするから、アタラクシアはこの付近に暫く留まっていたらしい。 けれどちょっと前にこの場から離れた様子だとか、一体何処に行ったのだろう? ある時は大盗賊『土くれ』のフーケ。 ある時は魔法学院の秘書ミスロングビル。 しかしてその実体は、アルビオンの元公爵家の一人娘、マチルダ・オブ・サウスゴーダ。 マチルダは上機嫌だった、学院から盗み出した使い方の分からない『どらごん殺し』が信じられない値段で売れたのである。 盗品の販売を任せている知人から連絡が来た時はからかわれているのかと思ったが、どこぞの王族が見た目を気に入って買っていったらしい。 故にマチルダの懐は随分と温かかった、これで暫くは孤児院の子供達を飢えさせずに済む。 「ん?」 その時マチルダは異変を感じ取った、普段は外で元気いっぱい遊んでいるか畑の世話をしている筈の子供達が一人も見当たらない。 いつもなら誰か一人が「あ、マチルダ姉ちゃんだ!」と言う叫びが上がると共に一斉に揉みくちゃにされるのだが…… 「何か、あったのかね?」 異変を感じ取ったマチルダはフーケの顔になる、杖を取りだしゴーレム作成の呪文を唱えた。 作りだしたのは五メイルほどの土のゴーレム、戦力としては頼りないが様子見には十分。 マチルダはゴーレムを使って孤児院の扉を開け…… 転がるようにしてその場から飛び退いた。 マチルダ立っていた場所を閃光のように細腕が薙ぐ、そのあまりの鋭さに回避したと言うのにマチルダの頬に血の玉が浮かんだ。 刺客は奇妙なことにどこかで見たようなメイド服を着込み、その左手に身の丈もある大剣を持っている。 ――こいつが、テファ達を! ぎりりと血が出るほどに唇を噛みしめる、そのまま渾身の精神力を込めて杖を振るった。 「此処に居た子達の仇だよ!」 地面から巨大な腕が生えた。 その腕は小柄なメイド服の人影を一薙ぎすると、そのまま地面から生えるに全長三十メイル以上の巨大なゴーレムへと成長した。 これで仕留めた、暗い感動に身を震わせたマチルダは薄れる土煙の奥に信じられないものを見た。 「なんて、奴だい……」 メイド服の人影は傷一つないまま、ゴーレムの腕の上に立っていた。 格が違う、そう理解したマチルダはゆっくりと杖を棄てる。 「参った、殺したいなら好きにしな」 目の前のメイドはとんでもない化け物だった、正攻法では絶対に敵わない。 ――だから自分の首を刎ねようと近づいて来た隙に、差し違えてでも仕留める。 太もものガーターベルトの仕込んだ予備の杖に手を当てながら、マチルダは今生最後と決めた呪文を唱え…… 「ミスロングビル?」 「おでれーた、このおっかねぇ姉ちゃんはシエスタの知り合いかい」 あまりにも予想外の名前を呼ばれたことに、今度こそ本当に杖を取り落とした。 ジョゼフの手記-3 △月×日 パソコンが動かなくなった、ガッデム! 理由は分からないのでマキシマムスピィィィンとばかりに頑張ってみたらEscが取れた。 修理を配下に任せ――パソコンのエロ画像が見れなくなって皆半狂乱だが……に託し、何故か青筋を浮かべたビダーシャルにイザベラ達が行ったらしきアルビオンの情勢を尋ねた。 「レコン・キスタがまた勢力を盛り返している」 待て、今なんと言った? もう一度聞きなおしてみても結果は変わらない、あの状況からどうやって…… 尋ねてみるとクロムウェルはエルフと真紅の魔竜と言う手札を手に入れて狂ったように暴れまわっているらしい、しかも死人の兵まで動員していると言う――どう考えても私がくれてやったアンドバリの指輪の効果じゃねぇか! しかもビダーシャルは人間がエルフを操っていることに激怒している、超恐い。 これ以上我が同胞を穢すつもりなら我等エルフ全てを敵に回すことを覚悟せよとか恐い、超々恐い、なんかキャラまで変わってるしよぉ…… いくらなんでも頃合いだろう、アルビオン内乱に介入することを決定し準備を進める。 だが準備と言う段階になって困ったことがあるのことにを気づく、最近ろくすっぽ暗躍していなかったので船が足りないのだ。 浮遊大陸でアルビオンに侵攻するには大規模な航空戦力が必要になる、我がガリアもある程度の航空戦力は有してはいるものの準備不足故いまいち決め手に欠ける。 まったく予想外の事態ばかり起こって楽しくて仕方がない、そんなことを考えていたら困惑した様子の部下が報告にやってきた。 ――コルベールが一週間でやってくれました! 魔法学院から客室研究員として招聘したハゲにパソコンで見た飛空艇と言う船のことを話したら、本当に作ってしまったらしい。 蒸気機関と言う燃料を燃やして動くカラクリを使い、風石さえあればメイジがいなくても空を飛ぶ船。 もしくは風石がなくても僅かな疲労で済むレビテーションだけで大空を駆けることが出来る船。 それなんてチート? 本人はしきりに後悔していたが知ったことではない、配下に命じて既存の船を全て飛空艇に改造させる。 いよっしゃー待ってろアルビオン、狂王ジョゼフが今いくぜー! 「そう言うことだったのかい、悪かったね……」 「いえいえ、見なかったことにして放っておくことは出来なかったので」 シエスタはその黒い髪を揺らし、ニコリと笑った。 子供達はティファニアが連れ去られた後、マチルダの言いつけを破って街へと探しに出たらしい。 その折り夜盗化した傭兵達に襲われたところをシエスタが助けに入り、とりあえず元の孤児院でマチルダの帰りを待つことにしたのだ。 いきなり手刀を叩き込もうとしたのは、マチルダがどう見ても夜盗にしか見えなかったからだとシエスタは言った。 「まぁ、確かに夜盗には違いないけどさ……」 マチルダはそう言って愚痴を零す。 「しかしあんた、一体何者だい?」 「いえ、学院で奉公させていただいている”ただ”のメイドですけど」 「ただのメイドがあんな動き出来るはずないじゃないのさ、それに何それ」 「俺っちのことかい?」 カタカタと音を立てながらデルフリンガーは言った。 「魔法を吸い取るインテリジェンス・ソードなんて伝説級の剣じゃないのさ」 たしかにただのメイドが持っていていい武器ではない。 「これはおばあちゃんの遺品でして」 「――何者だい、あんたのおばあちゃん」 「ただのメイドですよ、わたしは護身術からメイドの仕事の仕方まで全部おばあちゃんから教えて貰ったんです」 思わずマチルダの顔が引きつる、シエスタが護身術と言っているものは暗殺者の用いる体術そのものだったからだ。 「そう言えば、一度だけ変なことを言ってました」 ぽんとシエスタは手を叩いた。 「どんなだい?」 「遠い異国の言葉だったので意味は分からなかったんですけどね」 「駄目じゃねぇか!」 デルフリンガーが笑う。 「でもあの時のおばあちゃんの顔、凄く寂しそうで……」 「そうかい……」 しんみりした気持ちのままマチルダはシエスタを見た、誰にだって大切な過去の一つや二つくらいはある。 「ところであたしはこれからテファを連れ戻しに行く……」 子供達を頼む、そう言おうとしたマチルダの唇をシエスタの細い指が押さえ込んだ。 「水臭いですよ、辛い時は助けてくださいって言えばいいんです」 シエスタは笑った。 太陽のようなその笑みに、マチルダは思わず泣きそうになってしまった。 ???の手記 ――恐らく、神はこの私を許すまい。 それでも構わない、たとえこの身が悪魔と呼ばれようともけして私は躊躇うまい。 「本当にいいんだな?」 友の声に、娘は「お願いします」と答えた。 友が、左手に構えた大剣を振りかぶる。 音を立てて振り下ろされた剣が祈るように目を閉じたエルフの胸に突き立った。 流れる血潮、命の結晶。 それを前にして私は呪文を唱える。 コントラクト・サーヴァント。 対象を己が使い魔とする呪われた呪文を。 「エルフ達は私たちを許しますまい」 そのようなことは分かっている。 それでも、この人とエルフの血が混じった娘は願ったのだ。 人と人、人とエルフが憎しみあわずに暮らすことが出来る世界が来ることを。 確かにこの儀式が成功すれば長きに渡って続いてきたエルフとの戦いは終わるに違いない。 果たしてそれが、正しいことなのかどうかはともかくとして…… 「だが、それが娘っこの願いだろ?」 相変わらずひねた口調で、友は言った。 随分と長い付き合いだがこれほどやりきれない口調は初めてだった。 「なぁ、一つだけ頼みがあるんだが……」 それを皆まで聞かず、私は詠唱を終える。 そして今生の別れを惜しむようにその娘の唇へ口付けた。 五つの力を司るペンタゴン この者に呪いを与え、我の使い魔となせ 血が光へと変わり、娘の胸に使い魔のルーンが刻まれる。 私はただ憐れな娘のことを見ていた。 後の世のために生贄となることを望んだ、憐れなハーフエルフの娘のことを見ていた。 後世に伝えることすら憚られる、おぞましくも悲しい使い魔のことを私は見ていたのだ。 前ページ次ページゼロの英雄
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前ページ次ページゼロのイチコ 「学院長!」 学院長室のドアを開き、部屋の中央で立ち止まる。 引っ張ってきたイチコを床付近に置くと、自らも頭を下げる。 「申し訳ありません、昨日の宝物庫盗難に私の使い魔が関わっていました!」 顔を下げているので学院長の顔は窺い知れない。 けれどもこれだけの事態を引き起こしたのは事実。 どんな処罰も受けるつもりだ。 朝の食堂は昨日の盗難事件の話で持ちきりだった。 あの頑丈な宝物庫から宝を盗み出されたのだ。金銭以前に学院の誇りに関わる事だ。 しかも犯人は学院長の書記のミス・ロングビル。 間違いなく学院の歴史に残る大事件である。 そんな事件も生徒にとって直接に実害のある話ではない、噂話の格好のタネになっていた。 特に女生徒の間では根も葉もない噂が飛び交っている。 ロングビルは脅されてやったのでは? というモノから 学院長が色仕掛けで宝物庫の鍵を取られたんじゃないか、などという酷いものまであった。 私自身は大変な事態だとは思った。けれど、噂話に花を咲かせる気も無かったし。事件に首をつっこむ気も無かった。 「ご主人様、もしかして私が共犯者かもしれません」 なんてイチコが青い顔で言うまでは。 どういう事かと食堂から連れ出して問い詰めると、昨日の夕方ミス・ロングビルに頼まれて宝物庫の解呪作業を手伝ったらしい。 宝物庫は基本的に外からの侵入を防ぐための魔法をかけてあったらしく。 中から見る事が出来ればただの小難しいパズルだったのだろう。 そうか、イチコにそんな便利な使い方が。 じゃなくて大問題だ。 使い魔がしでかした事は主人である自分の責任。 ロングビルがなんのつもりで盗み出したか知らないけれど、悪党に貴重な魔法道具を盗まれたのである。 悪くいけば絞首刑も免れない。 私はイチコの首根っこを掴むと学院長室へと向かった。 「昨日の夕刻、私の使い魔が宝物庫を開けるさいに内側の魔方陣の内容をロングビルに伝えた事が分かりました」 反応の無い学院長に、さらに詳細な報告をする。 「覚悟は出来ております、なにとぞ処罰を。もし許されるのであればロングビルから宝物を取り返してきます!」 「え、えと。あの、ごめんなさい」 隣で同じようにイチコが謝る。 それに対して学院長は 「まあ顔をあげなさい、ミス・ヴァリエール」 顔を上げる、髭をなぞり、眉根をひそめた学院長が目に入った。 「今回の件で問題があるとすれば、ろくに調べもせずにロングビルを雇ったワシの責任じゃ」 そう言って大きな椅子から立ち上がる。 「だから、そんなに気に病むことは無い。もうすぐ授業の時間であろう。もう行きなさい」 「しかし!」 「すでに数名の教師たちが捕獲に向かっておる。じきに犯人は捕まるだろう」 そう私の肩を優しく叩くと元の席に戻る。 そしてタバコを吹かしはじめた。 「それでも、何の処罰も無いのは納得が……」 「何度も言うように、今回はワシの失態じゃ。そう老人をいじめんでおくれ」 「――っ、分かりました失礼いたします」 隣で正座していたイチコの髪を掴むと、早足で学院長室を出た。 早足で自室に戻るとイチコを宙に放り投げる。 そして、床に転がってたデルフリンガーを拾うと背中に括りつける。 何も無いよりはいくらかマシだろう。 「痛いですよご主人様~」 「なに? 今あなたは何か反論できる立場にあるのかしら?」 そもそもの原因を睨みつけると、へなへなと小さくなった。 「い、いえ。ごめんなさい」 「なんだぁ、随分と機嫌がわりぃじゃねぇか。なんかあったのか?」 喋る剣に関しては無視する事にした。 イチコとはよく喋っているようだが、私は剣と親交を深める気は毛頭ない。 「じゃあ行くわよ」 扉を開けて廊下に出る。 「あの、デルフさんは私が持ちますよ?」 「アンタに任せてたら日が暮れるわ」 階段を降りる。 「何処に行くんですか?」 「ロングビルを追うのよ」 「ぇええ?!!」 「声が大きい!」 頭を軽く叩いた。空中を前回転した。 そして頭を抑え、また早口で喋りだした。 「ど、どど、どうしてそうなるんですか?! 教師の方が追ってるのでは? いえいえ、それ以前にいくらご主人様が学校の成績が良いと言う事は存じています。 しかし相手は元教師。私たちだけでは捕まえられるとも…… あぁ、ご主人さま死なないでください~」 まだ戦うどころか建物すら出てないのに涙ぐむイチコ。 相変わらず忙しい子である。 「イチコ、なんでオールド・オスマンが私を処罰しなかったか分かる?」 足を止め、イチコの顔を正面から見る。 「ぇ、ぇえと。私が原因でご主人様のせいじゃないから……ですか?」 それはない、過去の例をみても使い魔が起こした事件はすべて主人の責任となっている。 「違うわ、私が公爵家の娘だからよ」 しかもトリステイン王国でもトップに位置する。自治領がある大公爵家の娘。うかつに処罰できないのも分かる。 だからと言ってそれが逆に権力を傘にしているようで我慢ならない。 正当な処罰なら受ける覚悟はあるし、それを権力で回避するなどプライドが許さない。 プライドは誇りだ。貴族が真っ先に守るべきものである。 「だから、私は自分で自分を罰する。宝を取り返してくれば多少なりとも罪の清算はできるから」 「で、でも危ないですよ。死んじゃうかもしれないんですよ。死んだら私みたいになっちゃいますよ」 「誇りが汚されるぐらいなら死んだほうがマシよ」 「ぇ、でも……」 「いいから、行くわよ!」 再び階段を降りはじめた。 けど、イチコが付いてこない。 「どうしたの?」 「い、いえ。すいません」 ふわふわと、私の後ろ斜め。いつもの位置へと付いた。 馬を出し、裏門からこっそり学園を抜け出る。 食堂でいくらでも噂話は耳に飛び込んできていた。 話によればロングビルは学園を出て東へと馬を飛ばしたらしい。私も同じ方向へと馬頭を向ける。 天気はこれでもかというぐらいの快晴だった。 イチコは私の腰に捕まり、馬の振動に合わせてふわふわと揺れている。 珍しく何も喋ろうとはしなかった。 先ほどの会話を最後に一言も喋らない。それにあの時イチコは悲しそうな顔をした。 何故だろう。 貴族である限り死と隣り合わせであるのは当たり前。 ゆえに誇りを保つことは死を回避するよりも優先されることだ。 学院に通っていたというイチコだ、あなたも生前に貴族だったなら分かるはずだ…… しばらく進むと小さな集落があった。 そこで話を聞こうと思ったのだけど。 「あれは……」 馬を茂みに隠す。集落の一番大きな家に運び込まれている怪我人。よく見ると見覚えのある顔がいくつか見える。学院の先生だった。 今は授業中、どうやらロングビルを捕まえに来た先生のようだ。 みんな酷い怪我を負っていた。 よく見ると片腕を失ってる人も居る。その事実に少し背中が寒くなった。自分も一歩間違えれば、ああなると言う事だ。 先ほどのイチコの声が頭の中を流れる「死んじゃうかもしれない」と、確かにそうだ。 そんなに甘い相手だとは思っていない。 それでも私は引くわけにはいかない。 命を懸けてでも守らなければならない。イチコが原因だとかそういう事はもはや関係なかった。 私が貴族であり続けるために、たとえ魔法が使えなくても。たとえ片手を無くしても、命を落とすことがあっても。 「私は……」 絶対に背を向けたりはしない。 ちょうどこちらへと歩いてくる女性が居た。 「ちょっと、聞きたいことがあるんだけど……」 女性の話によると森の奥、昔きこりが住んでいた小屋に盗賊が住み着いたらしい。 それを退治しようとやってきた先生たちが返り討ちにあったと。 つまりロングビルはそれだけ手練の魔法使いという事だ。スクウェアか最低でもトライアングルクラスの魔法使いだと予想できる。 ともかく馬をそのきこり小屋に向けた。 再度出発してもイチコは何も話さなかった。 「何か言いたい事があるなら言いなさい」 「え?」 急に話し掛けられて、何のことか分かってないようだ。 馬にのった辺りからまったく喋っていない。 いつも騒がしいから静かだとなんか不気味だ。 「ずっと黙りこくって、何か言いたい事があるんでしょ?」 「そ、その……」 「宝物庫の事だったら今は忘れなさい。罪が無いとは言わないけど、騙されてもしょうがない状況ではあったわ」 ロングビルは他の先生や生徒たちにも信頼がある人だった。騙されてもおかしくはない。 「は、はぃ……」 と肯定したものの、まだ何か言いたそうにしているようだ。顔が全然戻っていない。 そこにデルフリンガーが口を挟んだ。 「相棒は優しいからねぇ、さっき死ぬだの言った事を気にしてるんだろ?」 「そうなの?」 誇りを汚すぐらいなら死んだほうがマシ、とは確かに言ったけれど。 「はい。わたし……」 伏し目がちだった視線がまっすぐ私に向いた。 「ご主人様に死んでほしくないんです!」 手を握りこぶしにするぐらいに主張した。 その言葉にキョトンとした顔になった、と思う。 「えと、貴族が誇りが大事ってのはなんとなく分かるんです。でも死んじゃったら何も出来ないじゃないですか。 死んじゃったらご主人様と話せなくなっちゃいますし、こんなにご迷惑をかけていますのにご恩返しが出来ていません。 いえ、私みたいに幽霊になるかもしれないんでしょうけど私のほうがきっと奇特な方だと思いますし。 普通は死んだらそのまま天国へぱーっと行っちゃうと思うんです。 もうそう考えたら一子は悲しくて悲しくて、うぅ」 と涙目になってこちらを見てくる。 もっと深刻なことで落ち込んでいると思ったのに、そんな勘違いでうじうじしていたのか。そう思うと少しおかしくなった 「バカ、私だって死にたくは無いわよ」 少し肩の力が抜けた。 やはりイチコはのんきに笑っているのが良いと思う。 「絶対生きて帰るわよ」 その言葉に呼応するように、イチコは想いっきり首を縦に振った。 「はい!」 前ページ次ページゼロのイチコ
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前ページ次ページゼロの氷竜 ゼロの氷竜 九話 ルイズに召喚された日の晩にタバサたちと別れた後、ブラムドは確信と共に一つの魔法を使う。 それは自らを探知する魔法を打ち消し、魔法の種類と術者の居場所を探る魔法。 『感知対抗(カウンターセンス)』 確信通りその身を探る術者の存在を知り、ブラムドは再び『飛翔』を唱えて術者のもとへと飛ぶ。 突然、鏡が本来の姿を取り戻す。 そこに映るのは年老いた男、学院の長であるオスマンの姿だ。 「はて?」 とつぶやき、オスマンは再び鏡を働かせて先刻の場所を映させる。 しかしそこにはすでに人影はない。 「むぅ……」 眉根に皺を寄せながら、オスマンは辺りを映して目標を探す。 『解錠(アンロック)』 窓の鍵が外から開かれ、そこから輝くような銀髪を持つ一人の女が姿を現した。 「どこの世界にも、似たような品物があるのだな」 窓の開く音、そしてかけられた声に、オスマンは頭をかきながら顔を向ける。 それはまるで、いたずらを見つかった子供のように見えた。 銀髪の女は笑みを浮かべながら室内を見渡し、視線の先にあった応接用の座席へと座る。 オスマンもまた、銀髪の女の向かいに腰掛ける。 「似たようなもの、というと鏡ではないのですかな?」 「魔術師たちが持っていたのは、遠見の水晶球という品だ。鏡を見た後であれば、その方が広く見渡せそうだがな」 銀髪の女は自らの身長ほどある鏡を指差しながら、不意に顔をしかめる。 「いかがなさいました?」 「いや、思い出したくないものを思い出してな」 オスマンはこの偉大な竜をして不快にさせるほどの何かに、強い興味を引かれたようだった。 「差し支えなければ、お聞かせ願えまいか」 銀髪の女の姿をした竜、ブラムドは大きなため息をつき、訥々と語り始める。 自らが、かつて一つの魔法の品に囚われていたこと。 その身を縛る魔法によって、ことあるごとに激痛にさいなまれていたこと。 いくつもの命を、激痛のため意に沿わず奪ったこと。 そしてその縛り付けていた魔法の品が、真実の鏡ということ。 「真実の鏡?」 「うむ。どのような場所でも映し出し、人を映せばその心までもあらわにするといわれておった」 「なんともはや、恐ろしい代物ですな」 オスマンは、額ににじむ汗を袖口でふき取る。 「我のような竜と違い、お前たち人間にとっては喉から手が出るような品ではないのか?」 微笑みながらいうブラムドに、オスマンは苦笑を返す。 「否定することは出来ませぬがな。人の心を暴くような品は、あってはならぬものです」 苦笑を浮かべながらも、オスマンの言葉も目も、真意を語っている。 それは『虚言感知』を使うまでもない。 その様子に、ブラムドは改めてこの老人を信頼することに決めた。 「オスマン、我はルイズに感謝しておる。故に、ルイズの生ある限りは忠誠を誓おう」 その言葉を聞くまでもなく、オスマンもまたブラムドを信頼している。 この強大な竜が、何の利があってルイズに従うだろう。 たとえどんな利があったとしても、人が地を這う蟻に従うようなことはないだろう。 ブラムドにとっては地を這う蟻の一種でしかないオスマンに、こうまで礼を尽くす意味はない。 その行動は、ブラムドのオスマンへの信頼をあらわしている。 何よりもこの竜は、人を殺したと口にしたとき、はっきりと苦悶の表情を浮かべていた。 それをわかっていながら、オスマンはブラムドを監視せざるを得ない。 オスマンの力では、どうやったところでブラムドをとめることが出来ないからだ。 そしてこの学院に通う生徒たち、いや教師も含め、選民意識に凝り固まった人間たちは、ブラムドの逆鱗に触れかねない。 たとえどれほど強くオスマンが言ったところで、可能性をなくすことなどできないだろう。 いっそのこと、一度ブラムドに力を振るってもらうか。 しかしそれをしてしまえば、ミス・ヴァリエールはさらに孤立することになりかねない。 であれば。 「頼みが、あるのではないか?」 口を開こうとした瞬間、オスマンはブラムドに先手を打たれた。 それは、あたかもブラムド自身が真実の鏡を使ったかのように、オスマンの心を見抜いていた。 「かないませぬな」 オスマンはどこか諦めたような、それでいてどこか晴れやかな表情を浮かべる。 「はっきりいいまして、この学院にいるメイジたちは幼い。それは実際の年齢ではなく、精神のありようとしてです」 カストゥールの時代を生きたブラムドにとって、オスマンのいいたいことの予想はついていた。 「確かに、メイジと平民との間には決して越えられぬ壁があります。だがそれは絶対に、人間として上等か下等かということではありません」 魔術師たちが、それ以外の存在を奴隷として扱った歴史を見ていれば、力を持った人間の醜さを知らぬはずもない。 「しかし、そうとは思わないメイジがこの世界の大半を占めています」 それでもブラムドは、その醜い面が人間の一面に過ぎないことを確信している。 「無論、ミス・ヴァリエールをはじめとして、メイジも平民も等しく人間だと知っているものもおります」 カストゥールの時代に生まれながら、自らに魔法を教えたアルナカーラがいた。 オスマンのいうように、平民を人と思わぬ人間が大半を占める世界で、シエスタという平民を大切な友と呼んだルイズがいる。 「もしブラムド殿の機嫌を損ねる人間がいたときには、たしなめる程度にとどめていただきたい、というのがわしの望みです」 オスマンは、私闘を禁じないと明言した。 ただし、その言葉には別の意図も含まれている。 増上慢をたしなめられるのも、一つの勉強だと。 ブラムドはオスマンの言葉を正確に理解し、どこか人の悪い笑みを浮かべながら首肯する。 「尻を叩く程度に我慢すると、約束しよう」 その言葉に、オスマンは自身の言葉がことのほか正しく伝わったことを理解した。 つまり、決して殺すような真似はしないと。 二人の年経た存在が、鏡に映したかのようにどこか人の悪い笑みを浮かべていた。 ルイズが石を爆発させた後、教室をでたブラムドはオスマンの部屋を目指していた。 しかし、その歩みは確信を持ってはいない。 さらにいえば、最短の道を進んでもいない。 端的に言えば、迷っていた。 昨晩一度いっているため場所の見当はついていたが、基本的に洞窟や洞穴で生活する竜ににとって、人間の住む建物の構造はどこか理解しがたい。 かつて魔術師に囚われていたときも、移動の際には案内役がついていた。 ……まぁいざとなれば飛べばよいか。 そんなことを考えるブラムドの行く先に、見覚えのある薄い頭の男が現れる。 「やや、ブラムド殿。ミス・ヴァリエールは一緒ではないのですか?」 「ルイズと授業に出ておったが、中止になった。ルイズは教室を片付けておる」 授業の中止、そして教室の片付けという言葉に、薄い頭の男は表情を曇らせる。 「もしやミス・ヴァリエールが……?」 「うむ。石を爆発させた」 「そうですか……、もう爆発することはないかと思っていたのですが……」 その言葉に、ブラムドは目の前の男がルイズに気をかけていたことを知る。 「そのことでオスマンに話がある。おぬし、名はなんと言う?」 「私はジャン・コルベールと申します。コルベールとお呼びください」 コルベールは朝食の際、オスマンに言われたからか、それとも元々そうなのか、どこか緊張したような動きでブラムドへ挨拶する。 「ではコルベール、オスマンのところへ案内を頼む」 「は、や、あの……」 「どうかしたか?」 言いよどむコルベールに、ブラムドは怪訝な表情を浮かべる。 「ミス・ヴァリエールの片付けの手伝いなどは?」 その言葉に、ブラムドはコルベールに笑顔を向ける。 コルベールはブラムドの正体を知っているとはいえ、現在の姿は妙齢の女性であり、自分が見た中でも一、二を争うほどの美女である。 それゆえ、異性とあまり交流のないコルベールは二の句を飲み込んでしまう。 「それは我が従者がしておる」 「は?」 とっさに言葉を返すことの出来ないコルベールを尻目に、ブラムドは自ら言葉を継ぎ、オスマンの部屋へと歩みを進める。 「それにな、ルイズを手伝う人間もいる」 教室内で孤立していたルイズを思い返し、コルベールは頭に疑問符を浮かべて立ち尽くしてしまう。 「案内はどうした?」 ブラムドの言葉に、コルベールはあわてて先導する。 ……従者? 昨日はそんなものはいなかったはずだが。使い魔に従者か…… 「おぉ!!」 先導しながらも、どこか考え事をしている風情だったコルベールが突然立ち止まった。 不意に声を上げて立ち止まるコルベールに、ブラムドは不審な顔をする。 「ブラムド殿、使い魔のルーンを見せていただけないでしょうか?」 「使い魔のルーン?」 「ミス・ヴァリエールとの契約の際、体に刻まれているはずなのですが」 契約といわれたブラムドは、そういえば、と左手をあげる。 そこには刻まれたルーンが、鈍い光を放っていた。 「これか?」 「おお、珍しいルーンですな」 いいながらブラムドの手を取ったコルベールは、手のひらの感触に違和感を覚える。 そしてその違和感の通り、ブラムドの手のひらには傷がついていた。 「これは!?」 「先刻の事故の折であろう。大したことはない」 「いや、そういうわけにもいきません」 とはいうものの、火のメイジであるコルベールに怪我の治療は出来ない。 手近な布を破ろうにも、メイジの服には固定化がかかっている。 困り果てて辺りを見回すコルベールは、窓の外に二人のメイジがいるのを発見した。 一人はギーシュ・ド・グラモン、シュヴルーズと同じく土を司るメイジ。 人間関係、特に男女関係に課題を持つが、土のメイジとしての能力は低いものではない。 だが彼はコルベールの助けにはならない。 少なくとも今は。 しかしもう一人、その向かいで笑顔を浮かべる長い金髪を縦に巻いた少女、モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシは、コルベールにとってまさに天の助けといえた。 「ミス・モンモランシ!!」 窓から呼ばれる声に、二人の年若いメイジはどこか不機嫌そうな表情を浮かべて振り向く。 もちろん、呼んだ人間が教師であるコルベールだとわかり、不機嫌そうな表情だけは押し隠していたが。 かすかに笑顔を浮かべながらコルベールに近づいたモンモランシーは、その傍らにいた人間がブラムドであることを見て取り、ほんの一瞬その身を固めた。 咆哮による恐怖が、払拭されていなかったのだろう。 その後ろから歩み寄るギーシュもまた、表情や態度に表すことはないものの、瞳ににじむ畏れを隠しきれてはいない。 二人のおかしな態度に、気付いていながら気付かぬ風を装うブラムドと違い、コルベールはまったく気付いていない様子だった。 その観察力のなさに、ブラムドはコルベールの教師としての能力に疑念を抱く。 教師というものは、ただ生徒のことを心配していれば良いというものではない。 そしてその疑念は、直後に形となって現れる。 「彼女はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ、彼はギーシュ・ド・グラモン、二人ともミス・ヴァリエールと同じクラスです」 モンモランシーはスカートの裾を摘んで少し広げ、小首をかしげるように挨拶をする。 「モンモランシとおよびください」 ギーシュは右手を前に、左手を後ろにし、軽く腰を曲げる。 「グラモンとおよびください」 貴族らしい優雅な挨拶に、コルベールは満足げに微笑む。 「ミス・モンモランシ、ブラムド殿が左手に怪我をしているようなので、みてやってもらえるかな?」 コルベールはモンモランシーに事情を説明し、ブラムドへ歩み寄るその背中越しにブラムドへと説明する。 「水のメイジは怪我の治療などを得意としまして、彼女はその使い手としてなかなか優秀な生徒なのです」 「ほぉ、水はそういった力を持つか」 ブラムドがかつていたフォーセリアでは、神に仕える司祭がその役目を果たし、魔術師は回復や治癒に属する力、他者を癒すような力を持つことはない。 対象の精神力を奪うような魔法もあるが、それは相手に精神的な打撃を加えるのが主な目的であって、自身の精神力を回復させるのはあくまで副次的なものだ 四大属性の内で水に関する魔法も、氷雪によって敵を凍らせる『氷嵐(ブリザード)』くらいしかない。 ハルケギニアで常識的な水の力も、ブラムドにとっては興味深いものにうつる。 傷の状態を確認したモンモランシーは驚かされる。 裂けているのは手の平の中心だが、少しずれれば骨に食い込むような深さだったからだ。 しかもその傷の深さに比さず、異様に出血が少ない。 したたり落ちるではなく、あふれるように流れ出ていてもおかしくないはずだ。 だが、その出血は手の平ににじむ程度に過ぎない。 おそらくルイズの爆発で傷付けられたのだろうが、モンモランシーは頭に疑問符を浮かべた。 四人が今いるこの場所と教室、そして医務室は延長線上にはない。 それをこの深い傷を放置したまま、何故こんなところに? 「どうかしたか?」 傷を見た瞬間に動きを止めてしまったモンモランシーに、ブラムドが声をかける。 「い、いえ。傷が随分と深いので」 「大したことはあるまい。骨にも筋にも問題はない」 こともなげに手を握ってみせるブラムドに、モンモランシーは目を見張る。 「と、とりあえず治します」 マントの内側に入れてある緊急用の水の秘薬と杖を取り出し、モンモランシーはルーンを唱え始める。 不思議そうな表情を浮かべるブラムドに、説明好きのコルベールが言葉をかけた。 「小さな傷であれば無用ですが、大きなものになると水の精霊の力を秘めた水の秘薬が必要になるのです」 水の精霊、という言葉に反応し、ブラムドもまた魔法を使う。 『力場感知(センスオーラ)』 それは魔法の源であるマナだけではなく、精霊力をも感知する魔法。 傷口に垂らされた水の秘薬には、確かに水の精霊力が感知できた。 しかしその力は異常なほど強い。 身近な周囲に満ちる下位の精霊ではなく、自然界の法則を司る上位精霊の力だ。 あまりにも無造作に巨大な力を振るう水メイジの姿に驚くブラムドの表情を、コルベールは怪我の治癒に対しての驚きと勘違いする。 「東方にはこのような魔法はないのですか?」 問われた言葉で勘違いに気付くブラムドだったが、勘違いを正すのも面倒と思って話を合わせる。 「うむ。我のいた場所では、破壊の魔法ばかりだった」 破壊の魔法ばかり、という言葉に、コルベールの表情にわずかな影が差す。 ブラムドだけがその影に気付いたが、生徒たちに聞かせたい話でもないだろうとあえて問うことはなかった。 やがて、モンモランシーの治療が終わる。 「終わりました」 「ほぉ、跡形もないのう。礼を言おう、モンモランシ」 傷の様子を確かめ、ブラムドは微笑みながらモンモランシーの頭をなぜる。 「その水の秘薬とやらも、安いものではあるまい? いずれこの借りは返そう」 「や、私が頼んだことですので」 コルベールは慌ててその言葉に応えたが、ブラムドは笑みを消して反論する。 「コルベール、我はオスマンのいうように客分ではあるが、出された食事をただはむような真似をしているつもりはない」 そしてブラムドはモンモランシーに向き直り、笑みを浮かべて言葉を重ねる。 「今すぐに、というわけにはいかぬが、この借りは我の力で返させてもらおう」 その言葉には高い誇りがうかがえ、コルベールは反駁することができない。 一方でブラムドは、一つの疑問を抱えている。 コルベールの言葉からすれば、自身の傷は浅いものではなかったといえる。 しかしそれほど強い痛みは感じていなかったし、出血も激しいものではなかった。 人の体はそれほど痛みに強く、強靱なものだっただろうか。 答えを見出せないブラムドを笑うように、左手のルーンが鈍く輝き続けていた。 前ページ次ページゼロの氷竜
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前ページ次ページゼロの社長 上空3000メイル。 見下ろせば世界がとても小さくなるような高さのこの空中に2匹のドラゴンが舞っていた。 2匹とも背中にそれぞれの主を乗せ、目的地へと向かって風を切り飛んでいた。 普段ならば、シルフィードは無口な主人に対して楽しげな言葉を放つものだが、今日に限ってはやけに静かだった。 と、いうのも、主人であるタバサはいつもどおり黙々と本を読んでいるが、 隣にいる海馬瀬人もが沈黙を守っているため、なにやら口を開いてはいけないような気まずい空気が流れていた。 こうなると普段は気にならない周りの風も、妙に冷たく感じるから不思議である。 何か喋りだすきっかけを探そうと、うずうずしながら海馬とタバサに視線を移すも、その微妙な空気に口を開けずにいた。 「そっ、そうなのね!確か貴方はこの間ギーシュ様と決闘をした人なのね!」 「……」 無言の返答。取り付く島も無い。 だが、シルフィードは、この嫌な空気を脱するために、何とか次の言葉を繋げる。 「最初のドラゴンもかっこよかったけど、やっぱりその白いドラゴンは凄いのね! シルフィびっくりしたのね!きゅいきゅい!」 「……」 再び無言の返答。 沈黙に耐えられなくなったシルフィードは、大声でわめきだした。 「もーいやなの!シルフィこんなくらーい雰囲気嫌い!お姉さまもお姉さまよ! いつもの事だけどじーっと本ばっかり読んでないで、たまには自主的にお話に加わるべきなのね!きゅいきゅい!」 「五月蝿いぞ、お喋り竜。ドラゴンならドラゴンらしくもっと知的に寡黙に振舞ったらどうだ。 口が軽いと頭が悪く見えるぞ。」 口を開いたかと思えばこの調子である。 「お、お喋り竜じゃないのね!シルフィは風 韻 竜 ! ただのドラゴンと違って、高い知性と高度な魔法を使い、人間の言葉も喋れる古代種なのね!褒め称えるのね!大喝采なのね! そのシルフィを捕まえて頭が悪いとはなんと言う言い草なのね!」 「そこは間違ってない。」 ボソッと的確に突っ込みを入れるタバサ。 「お姉さままでひどいのね!ぐれてやるのね!」 「そんなことよりもだ。」 自分の事をそんなこと呼ばわりされて、きゅいきゅい怒鳴っているシルフィードをよそに、海馬は続けた。 「吸血鬼退治といったが、そもそも吸血鬼とはどういうものだ? 俺は実際に目にしたことが無いから伝承程度しか知らん。 血を吸う人間の形をした化物で、太陽の光と十字架とニンニクに弱い…そんなところか。」 「吸血鬼も知らないような人間が、よくもシルフィを頭悪いとか言えたのね! 第一、吸血鬼には太陽の光以外の弱点なんか無いのね! ニンニクなんかで倒せるなら、わざわざお姉さまが出張るような事じゃないのね! ってお姉さま!?」 シルフィードは驚愕した。いや、それは海馬も一緒だった。 タバサがすっと立ち上がると、シルフィードの背中からジャンプしてブルーアイズの背中へと飛び移ったのだ。 そして、さっきまで読んでいた本を海馬へと差し出した。 「大まかな事はこれに載ってる。読んでおいて。」 そういうとタバサはまたジャンプしてシルフィードの背中に戻った。 そして、どこに隠し持っていたのか、別の本を取り出し読み始めた。 「危ないのねお姉さま!いきなりあんな事して落っこちでもしたらどうするのね!」 「……」 必死なシルフィードの言葉も右から左へ流し、タバサは本へと視点を固定した。 海馬は、受け取った本のタイトルを確認した。 コルベールから文字を習っておいたとはいえ、2日で他国…どころか他世界の の文字を読めるようになるのは、 幼少期からの英才教育による知能の高さゆえであろうか。 本のタイトルは、『ハルキゲニアの多種多様な吸血鬼について』 なるほど、今回の相手を知るのにこれほど間違いの無い本も無いだろう。 所変わってこちらはアルヴィーズの食堂。 海馬がタバサと共に空のかなたへと旅立ってからそんなに経っていないものの、 海馬に置いてけぼりにされてしまったルイズは、とりあえず食堂に来ていた。 海馬を追いかけようにも、目的地はわからない上に、たとえわかっても馬ではブルーアイズには追いつけないだろう。 途方にくれているルイズに、後ろから声がした。 「あら?ルイズ。今日はセトは一緒じゃないの?」 声の主は、赤く美しい髪をなびかせたキュルケであった。 「うるさいわねぇ…。今朝早くからブルーアイズに乗ってどっかにいっちゃったわよ。 全く…ご主人様をほっぽり出してどこにいったのやら。」 「なに?逃げられたの!?」 「違うわよ!!!ちょっと出かけてるだけよ!!」 ものすごい大声で怒鳴られたキュルケだが、もう慣れたのかどうということも無く、言葉を続けた。 「そういえば、タバサもどっか行っちゃったのよねぇ。あの子、気づいたらふらっとどっか行っちゃうし。 もしかして、セトといっしょにデートだったりして?」 「冗談。あのタバサとセトよ?どう考えたって一緒に出かける要素がないわ。」 「全くね。あの二人が会話してる図が想像できないわ。」 けらけらと笑いながら、キュルケはルイズの傍を離れた。 (…あれ?でもあの時『2匹』ドラゴンが飛んでたような…?もしかしてあれタバサの使い魔の風竜? まさか。さっきも言った通りタバサとセトが一緒なんてありえないわ) とりあえず何も解決していないが一通り納得がいった様で、手元にあった飲み物に口をつけるルイズ。 だが、その後も度々 「あれ?セトは一緒じゃないのかい?」 と、ギーシュが。 「あれ?海馬君とは一緒じゃないのかい?」 と、コルベールが。 「あの、瀬人さんは今日はご一緒じゃないのですか?」 と、シエスタが。 同じような事を繰り返しているうちに、ルイズの怒りは頂点に達していた。 「セト…私に何も言わず勝手にいなくなるなんて…帰って来たら絶対に許さないんだからー!!!」 オシリスのサンダーフォースのようなの怒りの雷が、帰ってきた海馬に降り注ぐのは、もはや確定のようだ。 ハルキゲニアでの『吸血鬼』とは、人間の血を吸う怪物、『妖魔』と分類される生命体である。 外見は人間と全く変わらず、牙も血を吸うとき以外は隠しておける。 その上魔法でも正体を暴くことはできず、その狡猾さとあいまって最悪の妖魔と称されるのであった。 人間よりも強い力と生命力を持ち、先住魔法をも扱う。 弱点は太陽の光のみと、厄介この上ない生き物である。 現実世界では、昔話など本や映画の中にしかいない伝説上の存在だが、このハルキゲニアには普通に存在する。 そして、今回その吸血鬼が存在する舞台となるのは、ガリア首都リュティスより南東に500リーグほどにある片田舎の村。 このサビエラ村に吸血鬼の被害者が出たのは、2ヶ月ほど前であった。 森の入口で死体となった12歳の少女をはじまりに、1週間おき程度に1人、犠牲者が増えていった。 現在の被害者は計9名。 いずれも全身から血を吸い取られ、その首筋には吸血鬼に襲われた証である牙の跡があったのだった。 そして、その中にはガリア正騎士も混ざっていた。 トライアングルメイジの火の使い手である彼もまた、タバサと同じように命を受け、吸血鬼退治へと向かい、 3日後その怨敵に血を吸われ枯れ枝のように喰い捨てられていた。 そして、今海馬たちが降り立っている森こそが、最初の被害者が出たという、サビエラ村より少し離れた森であった。 「なるほど、吸血鬼の生態と事の顛末は理解した。で?どうやってあの村から吸血鬼を探し出すのだ?」 タバサはシルフィードの方へと向き直り、命令した。 「化けて」 首を左右に振りながら拒否するシルフィード。 「いやいや!」 「化けて」 「いやいや!」 何度か同じ問答が繰り返された後、しぶしぶシルフィードは呪文を口にした。 「むぅ~…我を纏いし風よ。我の姿を変えよ。」 シルフィードの体を風が包み、青い渦が纏い、そして晴れたときには巨大な知るフィードの姿は消え、 替わりに20代くらいの青い髪の女がそこにいた。全裸で 「う~~~~やっぱりこの体嫌い!きゅいきゅい」 シルフィードは文句をいいながらも、準備運動に勤しんでいた。 子供のように走ったり飛んだり無邪気にそこらじゅうを動き回っていた。全裸で 「ほう…あれが風韻竜の魔法という奴か。がっ!何をする!」 走り回るシルフィードを興味深く眺めていた海馬の頭に、タバサの杖がヒットした。 「向こうを向いていて。」 言いたい事を察した海馬はシルフィードから視線を変え間逆を向いていた。 故に音声だけでお伝えします。 「なにこれ?」 「服」 「!?やだやだ、動きづらいから着たくない!きゅいきゅい!」 「人間は服を着る。」 「う~…ごわごわするのね。」 「!?」 「お姉さま?どうかしたのね?」 「まちがえた。」 「きゅい?」 「しかたない。このままいく。」 とんとん、と海馬の肩を叩かれる。 「もういい。」 海馬が振り向くと、シルフィードは水色のローブを…ではなく、タバサと同じ魔法学院の制服を着ていた。 サイズが若干小さいのか、プリーツのついた白いシャツは、その大きい胸によって閉じれず、胸元が大きく開いている。 また、スカートの丈も若干短く激しく動けば、中身が見えてしまいそうである。 「で、その格好にどういう意味があると言うのだ?」 当初の予定では、タバサはシルフィードに「まさにメイジ!」といえるような格好をさせ、吸血鬼の油断を誘う作戦であった。 が、どこをどう間違ってしまったのか、もって来たのはサイズ違いの制服であった。 とりあえずタバサは当初の目的どおり、自分のマントをシルフィードに付け、杖をシルフィードに持たせてみた。 が、どうみてもちょっと発育のいい魔法学校の生徒にしか見えず、 騎士としてだますには若干無理があった。 タバサはマントと杖をシルフィードからマントと杖を戻すと、海馬をじっと見た。 海馬はその視線の意図を察し、その杖を奪い、マントを纏った。 「いいだろう。貴様の三文芝居に、俺の一役買ってやろう。」 前ページ次ページゼロの社長
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前ページ次ページゼロのアトリエ その夜。ヴィオラートは一人、部屋のベランダで月を眺めていた。 ギーシュたちは一階の酒場で大いに盛り上がっているらしい。 キュルケが誘いに来たが、断った。どうにも飲む気分じゃなかった。 「ヴィオラート」 振り向くと、ルイズが立っていた。 「今日の、手抜きの理由について聞きたいの。」 ルイズは真剣な眼差しでヴィオラートを見つめる。 「そうだね。」 ヴィオラートはいつもどおりの微笑で答える。 「あの人に、あんまりはっきりと手の内を見られたくないんだ。」 その答えを聞いたルイズは、哀愁を帯びた顔でヴィオラートに問う。 「ワルドを疑ってるの?」 ヴィオラートは少し迷った後、小さく、しかしはっきりとした声で答えた。 「…うん。」 その答えに、ルイズは何を思うのか。 「ワルドと結婚するわ。」 ヴィオラートをしっかりと見据えたまま、そう言い放った。 ゼロのアトリエ ~ハルケギニアの錬金術師18~ 思わず口を突いて出た言葉を、ルイズは後悔していた。 後を押して欲しかった。考えすぎだよって言って欲しかった。 あの夢。そして思い出とは違う、ワルドの不自然に積極的な態度。 自分でも、何となく不安に思っていたのだ。 ヴィオラートの言う事はいつも正しい。 正しいヴィオラートに、この不安を打ち消して欲しかったのに。 「あたしは…結婚したこともないし、あの人のことを知ってるわけでもないけど。」 やめてほしい。その後に続く言葉は決まりきっている。言われなくてもわかっている。 「最後に会ったのは何年前かな?その間のワルドさんのこと、何か知ってる?」 正しくて優しいヴィオラートの言葉が、ルイズの逃げ道を塞いでいく。 「あの人は…ルイズちゃんを見てないよ。」 哀しげな目で告げるヴィオラートの言葉に、ルイズは何も反論できない。その通りだから。 重苦しい沈黙がベランダに流れる。 「ヴィオラート…」 とにかく何か言わなければ。そう考え顔を上げたルイズの眼に、 月を背負い、腕を振り上げる巨大な影の輪郭が飛び込んでくる。 それは、岩で作られたゴーレムだった。こんなものを作るのは… 「フーケ!」 ルイズが叫び、ヴィオラートが振り返ると、 ゴーレムの肩に乗った人物が、嬉しそうな声で言った。 「感激だわ。覚えててくれたのね。」 「あなた、牢屋に入ってたんじゃあ…」 「親切な人がいてね。出してくれたのよ。世の中の為になることをしなさい、ってね!」 フーケが叫び、巨大ゴーレムが拳を振り上げて、 「危ない!」 ベランダが粉砕される直前、ヴィオラートはルイズの手をつかんで部屋の中へと転がり込む。 「合流しよう!」 ルイズの返事を待たずヴィオラートはそのまま駆け出し、空いた手でデルフリンガーをつかむと、 部屋を抜け、一階への階段を駆け下りた。 降りた先の一階も、修羅場だった。 いきなり現れた傭兵の一隊が、一回の酒場で飲んでいたワルドたちを襲ったらしい。 魔法で応戦しているが、多勢に無勢。 どうやらラ・ロシェール中の傭兵が束になってかかってきているらしく、手に負えないようだ。 キュルケたちはテーブルを盾に傭兵達に応戦していた。 メイジとの戦いに慣れた歴戦の傭兵達は、まず、魔法の届かない遠くから矢を射掛けてきた。 闇にまぎれた傭兵達に地の利があり、屋内の一行は分が悪い。 魔法を唱えようと立ち上がると、矢が雨のように飛んでくる。 ようやく合流したヴィオラートがフーケの存在を伝えようとするが… 吹きさらしからゴーレムの足が見えていたので、やめた。 「参ったね」 ワルドの言葉に、キュルケが頷く。 「精神力が切れるまで魔法を使わせて、安全になったところで突撃…ってとこかしら。」 「そ、そうなったらぼくのワルキューレが何とかする!」 ギーシュがちょっと青ざめながら言った。しかし、タバサがあくまでも淡々と宣告する。 「無理」 「やってみなくちゃわからない!」 「そんなことは無理」 重ねて宣告する。 その知ったような顔にか、あるいは小さな女の子に軽く見られたという事実に対してか。 「僕はグラモン元帥の息子だぞ!卑しき傭兵ごときに遅れは取らない!」 ギーシュが激昂し、立ち上がって呪文を唱えようとした。 それをワルドが、シャツのすそを引っ張って倒し、押さえつける。 「いいか諸君」 ワルドは低い声で話し始める。一行は黙ってワルドの話を聞いた。 「このような任務は、半数が目的地にたどりつければ成功とされる。」 ワルドがそう言うと、こんなときも優雅に本を広げていたタバサが本を閉じて、ワルドの方を向く。 自分と、ギーシュと、キュルケを杖で指して「囮」とだけ言う。 それからタバサは、ワルドとルイズとヴィオラートを指して「桟橋へ」と呟いた。 「時間は?」ワルドがタバサに尋ねた。 「今すぐ」とタバサが答える。 「聞いての通りだ。裏口に回るぞ。」 「え?え?」 ルイズは驚いた声を上げた。 「彼女達が敵を引きつける。囮だ。その隙に僕らは桟橋に向かう。以上だ。」 「で、でも…」 ルイズはキュルケたちを見た。 キュルケが魅力的な赤髪をかきあげ、つまらなそうに言った。 「ま、仕方ないわね。あたし達は何も知らないんだし、あんたが行くしかないのよ。」 ギーシュは薔薇の造花、のように見える杖を確かめ始めた。 「うむむ、ここで死ぬのかな。死なないのかな。死ぬ、死なない、死ぬ、死なない…」 タバサはルイズに向かって頷いた。 「行って」 「でも…」 ワルドとヴィオラートの双方がこっちにいるのは、バランスに欠けているのではないか? ルイズはそう考え、自分の言葉で意見を表明しようとするが… 「それじゃ、あたしの道具をいくつか渡しておくね。」 ヴィオラートは先手を打ったかのように、何かの道具を用意していた。 「キュルケさんにはこれ。一見効果なさそうに見えても叩き続けてね。」 そう言って、キュルケに太鼓のようなものを手渡す。 「タバサちゃんにはこれ。」 タバサに手渡したのは三叉音叉。その威力は折り紙つきである。 「ギーシュくんは…魔法のパン。怪我した人に食べさせてあげてね。」 日持ちしそうなデニッシュをむっつ、籠ごと受け取るギーシュ。 ルイズの考えは、宙に浮いた。ヴィオラートはちゃんと考えていたのだ。 「さあ、早く行こう。遅くなればこちらが不利だ。」 ワルドがルイズを促す。全くその通りだった。 ルイズは、何もしなくて良かった。 酒場から厨房に出て、ワルドたちが勝手口にたどりつくと、 酒場の方から規則正しい太鼓の音が聞こえてきた。 「始まったようだな。」 ワルドはぴたりとドアに身を寄せ、向こうの様子を探る。 「誰もいないようだ。」 ドアを開け、三人は夜のラ・ロシェールの街へと躍り出た。 「桟橋はこっちだ。」 ワルドが先頭を行く。ルイズが続く。ヴィオラートがしんがりを受け持った。 月が照らす中、三人の影法師が遠く、低く伸びた。 前ページ次ページゼロのアトリエ
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前ページ次ページゼロの社長 ギーシュとの決闘から2日。 学院は今までと変わらず、生徒達で賑わっていた。 もちろん、変わった所もあった。 ヴェストリの広場には、あの決闘でのデュエルの後に土を埋めただけの状態なので、 円形に草の生えていない場所ができている。 生徒達も、見たことも無いドラゴンを呼び出す海馬のことを認識し、軽軽しくルイズを馬鹿にはできなくなった。 もっとも、その態度は海馬の力を恐れてのものであり、ルイズ本人にしてみれば、あまり好意的なものではなかった。 決闘をした当の本人であるギーシュはと言えば、表面は相変わらずであるが、 『なんとなくだけど…少し男らしくなった気がする。』 とは、隣の席であり、学院内でギーシュの彼氏と認識されているモンモランシーの談である。 そしてキュルケはと言えば、あの決闘より海馬に好意を抱いている。 見たことも無いドラゴンを操る見知らぬ土地から来た平民の使い魔。 過去の彼女の中に無かったカテゴリーである海馬瀬人という人間に、彼女がこいの炎を燃え上がらせると言うのもまた、 当然と言えば当然の流れだったのであろう。 さて、物語は次なるフェイズへと進む。 決闘より2日後の早朝。 ルイズと海馬はあの決闘の日より2度目の朝をコルベールの私室で迎える事となった。 あの決闘の日よりコルベールの手元に預けられた『召喚銃』こと、『デュエルディスク』と『デッキ』 しかし、デュエルディスクの使い方はもちろん、カードに書かれているテキストはコルベールに読めるものではなく、 また、デュエルモンスターズのルールそのものがわからない。 そのために海馬はコルベールにそのテキストの意味を口頭で教える代わりに、ハルキゲニアの文字をコルベールに教わる事にした。 しかし、それならば海馬とコルベールの二人でことが足りる。 なぜここにルイズがいるのか。 ルイズ曰く 『使い魔の力を正確に知っておく必要がある。』 とのことらしい。 が、しかし。 コルベールと海馬の永遠とも思えるデュエル講義には軽軽しく口をはさめるものではなかった。 「このカードはヴォルカニック・デビル。このデッキの切り札となるカードだな。」 海馬がデッキから引き抜いたカードは、黒い体に赤い炎の煙をまとわせているデザインのカードだった。 「ヴォルカニック・デビル…レベル8 炎属性炎族・効果 …この単語はさっきあったブレイズ・キャノン・トライデントか。 墓地に送る…そうか!このカードはブレイズキャノントライデントを、墓地に送って特殊召喚するんだね。 …攻撃力は3000、守備力が1800。なるほど、確かにこれは強力なカードのようだ。」 「ふむ、なかなか飲み込みが早いな。半日でそこまで読めるとは、言語学者になった方がいいんじゃないか?」 「仮にも教師だからね。それに、このテキストは結構言葉のパターンがあるから、別のカードで覚えた訳なら、応用は楽だね。 …通常召喚ができない、ということは召喚自体が難しいね。 しかし、敵モンスターはヴォルカニック・デビルを強制的に攻撃しなければいけない上に、 モンスターを破壊したら相手の場を一掃した上に相手プレイヤーに直接ダメージとは…」 コルベールはカードとしての強さを認識すると、そのカードを現実に召喚したときの恐ろしさを感じ、顔を曇らせた。 だが、それを知らずにルイズが口をはさんだ。 「攻撃力3000ってことは、ブルーアイズと同じ攻撃力なのね。 それで、能力を持っているなんて、ブルーアイズより強いじゃない。」 ピシッ…と、世界が凍る音がした。 「ルイズ…今なんと言った?」 凍った世界で、ルイズは気づいた。 しまった。まずい事を言ってしまった、と。 「えー…えっと。コ、コルベール先生はどう思います?」 どうにかコルベールに助けを求めようとする。 「ミス・ヴァリエール。それは違うよ。確かに、ヴォルカニックデビルとブルーアイズは同じ攻撃力だけど、 ヴォルカニックデビルには、召喚のためのルールがある。 そのため、ブルーアイズのように色々なパターンを駆使して召喚する事ができないんだ。」 「ルイズ。カードにはそれぞれ役割がある。そして、40枚のカードは他のカードを補い合い、勝利と言う未来へと進む。 1枚だけを見てカードの優劣など決まらん。考え無しに軽軽しく口をはさむな。」 その物言いにむっとしたルイズは、つい語気を強めて反論してしまう。 「なによ!強い能力を持つカードが勝つに決まってるじゃない。」 ふぅ…と、ため息をつく海馬。 「では、聞こう。どんなときでも場に攻撃力3000のモンスターがいるのと、 特定のカードが揃ったときのみ場に攻撃力3000のモンスターが出てくるもの。 どちらが相手をしづらい?」 「そっ…それは…」 言葉に詰まるルイズに、コルベールが言う。 「でも、ブレイズキャノンを使っていけば、相手に強力なモンスターが多数出てきても、破壊していけるね。 でもそれは、カードの運び方に影響される。 デュエルと言うのは1枚のカードを出し合うだけじゃない。 カード同士を助け合わせるのが重要なんだ。 いや、これはデュエルだけでなく、どんな事でもそうさ。」 そうこうしている内に、また海馬とコルベールは机に向き直ってしまった。 そして結局この話が終わったのは早朝日が登った頃であり、ルイズは睡眠不足により、授業中に爆睡していた。 そして同じような内容がもう1日続き、今朝にいたるのであった。 ルイズは、風呂に入りに行くと言って早めにコルベールの部屋を出た。 結局この2日間で、海馬はコルベールにデッキの内容の訳、デュエルモンスターズの対戦ルール、 現在わかっているデュエルディスクでの実体化のルールを伝え終えていた。 「しかし、実体化のほうはいまだ不確定なルールが多すぎる。 これに関しては、実践を積み重ねていくしかないな。」 「海馬君、それは…」 コルベールは顔を曇らせる。 実践、いや、この場合は実戦と言い換えられるだろう。 つまり、モンスターで何かと闘うと言う事だ。 「私は、なるべくなら、これをつかわずにすむ毎日が続いて欲しいと思っている。 これは使いこなせば、あまりに強力な力だ。…だから―――」 「俺は、俺がなぜここに召喚されたかを考えた。 たぶん俺は、ここでなさねばならない事があるのだろう。 そのためにここに呼ばれたと思っている。 ならば、おれがなすべき事が起こったときに、万全の状態であるように準備しているだけだ。」 「…………」 そんな話を終え、海馬は先に食堂に向かうとコルベールに伝え、部屋を出た。 ルイズも風呂から上がった後合流すると言っていた。 そしてまっすぐ食堂へ向かう道の途中で、キュイキュイとやかましい喋り声が聞こえてきた。 ふと、目を向けると、先日決闘の場にいた青い髪の少女…タバサと言ったか。 それと、その使い魔の大きな竜の姿が見えた。 そして、喋り声を多く上げているのは、竜の方であった。 「お姉さま。やっぱり吸血鬼退治は危険なのね。あの従姉姫ったら、こんな危険な命令をさせるなんて、意地悪を通り越してるのね! …って!まずいのね!?」 使い魔の竜 シルフィードは驚いた。 喋っているところを他人に見られてはいけないと、タバサに言われていたのに、 見知らぬ人物が傍に現れていたのだ。 一方の、盗み聞きをするのを嫌った海馬は、その1人と1匹の前に姿を晒した。 「あわわ、まずいのねお姉さま。喋っているところ見られちゃったのね。あいた。」 こつんと、自身の身長よりも高い杖でシルフィードの頭を叩いたタバサ。 「お喋り。」 「盗み聞きをする気は無かったのだがな、そこのドラゴンがやかましい声で騒ぐ中に、気になることがあったのでな。」 「シルフィード」 「知っている。そのドラゴンの名前だな。それより、だ。 貴様はこれから、吸血鬼退治とやらに行くのか?」 「そう」 タバサは短く肯定をした。 そして、そのまま海馬に背を向け、シルフィードの背にのろうとする。 「俺も連れて行け。」 「なっ!なに言ってるのね。吸血鬼は危険な相手でお姉さまだけでも危険なのに、あいた。」 「静かに。…命の保証はしない。自分で自分の身が守れるなら。」 「お姉さま!?」 「ふん。もとより守ってもらおうなどと考えてはいない。俺には俺で試したいことがあるのでな。」 「……」 無言のままシルフィードの背にのるタバサ。 そして海馬は、デュエルディスクを展開し、手札のモンスターを召喚する。 「古のルール!出でよ!ブルーアイズホワイトドラゴン!」 海馬の最強モンスターが召喚される。 そして、海馬はブルーアイズの背にのった。 「思い出したのね!この間ギーシュ様に勝ったかっこいいドラゴンの人なのね! 何より、そのかっこいいドラゴンなのね!すごいのね!あいた。」 「出発。……勝手についてきて。」 「ふん、ブルーアイズ。シルフィードに続け!」 2匹のドラゴンは翼を広げ、それぞれの主を背に乗せ大空へと羽ばたいた。 そして、風呂をあがり食堂へと向かっていたルイズは、偶然それを見つけた。 「ちょっと!勝手にどこに行くのよ!?セトー!?」 前ページ次ページゼロの社長
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前ページ次ページゼロのアトリエ ラ・ロシェールで一番上等な宿『女神の杵』亭に止まることにした一行は、 一階の酒場でくつろいでいた。 生のにんじんをかじりつつニンジン酒を注文するヴィオラートに、呆れ返るキュルケ。 何かの草のサラダをもくもくと咀嚼するタバサ。 精根使い果たした顔で、テーブルに突っ伏しているのはギーシュ。 そこに、桟橋へ乗船の交渉に言っていたワルドとルイズが帰って来る。 ワルドは席に着くと、困ったように言った。 「アルビオンに渡る船は明後日にならないと出ないそうだ。」 「急ぎの任務なのに…」 ルイズは口を尖らせる。 「どうして明後日にならないと船が出ないの?」 問うたキュルケのほうを向き、ワルドが答えた。 「月が重なる『スヴェル』の翌日の朝、アルビオンが最もラ・ロシェールに近づくんだ。」 ヴィオラートはほろ酔い気分の頭で、潮の満ち引きでも関係してるんだろうか、と思った。 潮の満ち引きは月の動きで決まるからなあ。 「さて、じゃあ今日はもう寝よう。部屋を取った。」 ワルドは鍵束をテーブルの上に置いた。 「キュルケとタバサ、ミス・プラターネが相部屋だ。そしてギーシュが一人部屋。」 「僕とルイズは相部屋だ。婚約者だからな、当然だろう。」 ルイズがはっとして、ワルドの方を向く。 「そんな、ダメよ!私達まだ結婚してるわけじゃないじゃない!」 しかし、ワルドは首を振ってルイズを見つめた。 「大事な話があるんだ。二人きりで話したい。」 ゼロのアトリエ ~ハルケギニアの錬金術師17~ 貴族相手の宿『女神の杵』亭で一番豪華な部屋だけあって、ワルドとルイズの部屋は、 かなり立派なつくりであった。 誰の趣味なのか、ベッドは天蓋つきの立派なものだったし、高そうなレースの飾りがついていた。 テーブルに座ると、ワルドはワインの栓を抜いて杯についだ。それを飲み干す。 「君も一杯、やらないか?ルイズ。」 ルイズは言われたままにテーブルに着いた。 「二人に。」 ルイズはちょっと俯いて、杯を合わせる。 「姫殿下から預かった手紙はきちんと持っているかい?」 「…ええ。」 ルイズはポケットの上から、アンリエッタから預かった封筒を抑えた。 「心配かい?無事に皇太子から、姫殿下の手紙を取り戻せるかどうか。」 「…そうね、心配だわ。」 ルイズは可愛らしい眉を、への字に曲げて言った。 「大丈夫だよ、きっと上手く行く。なにせ、僕がついてるんだから。」 「そうね、あなたがいればきっと大丈夫よね。あなたは昔からとても頼もしかったものね。」 「それで、大事な話って何?」 ワルドは遠くを見る目になって、話し始める。 「君はいつもお姉さんと魔法の才能を比べられて、出来が悪いなんて言われてたね。」 ルイズは恥ずかしそうに俯く。 「でも僕は…それは、間違いだと思う。」 「君は、他人にはない特別な力を持っている。僕には、それが判るだけの力がある。」 「まさか」 「まさかじゃない。例えば、そう、君の使い魔…」 「ヴィオラートのこと?」 「そうだ。彼女が杖を振った時に浮かび上がったルーン、あれはただのルーンじゃない。伝説の使い魔の印さ。」 「伝説の使い魔の印?」 「そうさ、あれは『ミョズニトニルン』の印だ。始祖ブリミルが用いたという伝説の使い魔さ。」 ワルドの眼が光った。 「ミョズニトニルン?」 ルイズは怪訝そうに尋ねた。 「誰もが持てる使い魔じゃない。君はそれだけの力を持ったメイジなんだよ。」 「信じられないわ。」 ルイズは首を振った。ワルドは冗談を言っているのだと思った。 確かにヴィオラートは道具を持つとやたらと強くなったり、速くなったりするし、 先住魔法が使えて、桁外れの知識と実行力があって、その上信じられないくらい私に優しいけど。 伝説の使い魔だなんて信じられない。何かの間違いだろう。自分はゼロのルイズ、落ちこぼれなのだ。 どう考えても、ワルドが言うような力が自分にあるなんて思えない。 「君は偉大なメイジになるだろう。」 「そう、始祖ブリミルのように歴史に名を残すような素晴らしいメイジになるに違いない。僕はそう確信している。」 ワルドは熱っぽい口調で、ルイズを見つめた。 「この任務が終わったら結婚しよう、ルイズ。」 「え…」 いきなりのプロポーズに、ルイズははっとした顔になった。 「僕はこのまま終わるつもりはない。いずれはこの国、いやハルケギニアを動かすような貴族になりたいと思っている。」 「で、でも…」 「でも、何だい?」 「わ、わたし、まだ…」 「もう子供じゃない。君は十六だ、自分の事は自分で決められるし、父上のお許しもある。確かに…」 ワルドはそこで言葉を切った。それから、再び顔を上げて、ルイズに顔を近づける。 「たしかに、ずっとほったらかしだった事は謝るよ。婚約者なんていえた義理じゃない。」 「でもルイズ、僕には君が必要なんだ。」 「ワルド…」 ルイズは考えた。憧れの人。幼い頃は本気で、ああ、私はこの人のお嫁さんになるんだと、そう思っていた。 でも今は。今はどうなのだろう? なぜか、それはできないような気がした。 ヴィオラートの、ワルドに向ける繕った笑顔が頭に浮かぶ。 「でも、でも…」 「でも?」 「わたしまだ、あなたに釣りあう立派なメイジじゃないし…もっと修行して…」 ルイズは俯いた。俯いたルイズを、ワルドがじっと見つめる。 「…今すぐに返事をくれとは言わないさ。とりあえずはこの旅の間に、僕を見ていてくれればいい。」 ルイズはただ、頷く。 「それじゃあ、もう寝ようか。疲れただろう。」 ワルドはルイズに近づいて、唇を合わせようとした。 ルイズの体が一瞬こわばり、すっとワルドを押し戻す。 「ルイズ?」 「ごめん、でもなんか、その。」 ルイズはもじもじしてワルドを見つめた。 ワルドは苦笑いして首を振る。 「急がないよ、僕は。」 ルイズは再び、頷いた。 どうしてだろう。ワルドは凛々しくて、こんなにも優しいのに。ずっと憧れていたのに。 結婚してくれと言われて嬉しくないわけじゃない、それなのに。 何かが心に引っかかる。引っかかったそれが、ルイズの心を前に歩かせないのだ。 翌日。ヴィオラートがいち早く起きてコメート原石を磨いていると、扉がノックされた。 「おはようございます。ミス・プラターネ。」 ドアを開けると、羽帽子をかぶったワルドがヴィオラートを見下ろしている。 「おはようございます。こんな朝早くから、どうしたんですか?」 ヴィオラートがそう言うと、ワルドはにっこり笑った。 「貴女は伝説の使い魔『ミョズニトニルン』なのでしょう?」 「え?」 ヴィオラートはきょとんとして、ワルドを見た。 ワルドは何故か誤魔化すように、首を傾げる。 「その、あれだ。フーケの一軒で、僕は貴女に興味を抱いたのだ。」 身振りがいつもよりも、大げさになっている。 「ルイズに聞きましたが、貴女は異世界からやってきたというではないですか。」 わざとらしく指を立てて、同意を求める。 「フーケを尋問した際にあなたに興味を持ち、王立図書館で『ミョズニトニルン』にたどりついたのです。」 なるほど、勉強熱心ですねと思った。 「あの土くれを捕まえた腕がどれくらいのものか、知りたいのです。少々お手合わせ願いたい。」 「お手合わせ、ですか?」 「そのとおり。」 「どこでやるんですか?」 「中庭に、練兵場があるはずです。」 ヴィオラートとワルドは中庭の練兵場で、二十歩ほど離れて向かい合う。 少しすると、物陰からルイズが姿を現した。 「ワルド。来いっていうから来てみれば、何をする気なの?」 「なに。貴族というのは厄介でね。強いか弱いか、それが気になるともう、どうにもならなくなるのさ。」 ルイズはヴィオラートを見た。 「やめなさい。ワルドとやりあうなんて…」 ヴィオラートは答えない。ただ、ワルドを見つめている。 「なんなのよ!もう!」 「では、介添え人も来た事だし、始めるか。」 ワルドは腰の杖を引き抜いて、それを前に突き出す。 「えーっと、手加減とか…」 ヴィオラートがそう言うと、ワルドは薄く笑った。 「かまいません。全力で来て下さい。」 ヴィオラートは頷いて、杖を振った。帯状の火球が、ワルドに向かって飛ぶ。 しかしワルドは火球を避けようともせずに、構えた杖をまるで剣のようになぎ払う。 烈風が生まれ、炎をかき消し、残った火の粉がヴィオラートに向かい、服に着火した。 「あちち!あちゃあっ!」 ヴィオラートは情けない声をあげ、そばにあったたるの中に突っ込んだ。 水しぶきが上がり、あたりが静寂に包まれた後… ヴィオラートは、たるの縁に手をかけ、顔を半分だけ覗かせながら、 「水もしたたるいい女~…なーんてっ!」 と、高らかに宣言した。 ワルドは、肩を震わせて含み笑いを漏らした。 「くっくっ、いや失敬。少々力が入りすぎていたようです。」 少し肩の力が抜けた様子のワルドは、ため息を一つついた。 「着替えが終わったら、朝食にしましょう。僕が頼んでおきます。」 そういうと、踵を返した。 ヴィオラートとルイズは微動だにせず、ワルドの後姿をたっぷり見送る。 またしばらくの静寂の後、ようやくルイズが口を開いた。 「ヴィオラート。あなた、手を抜いたでしょう。」 ヴィオラートはたるに入ったまま、答える。 「うん。」 これでもかというくらい、水をしたたらせたままに。 前ページ次ページゼロのアトリエ