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前ページ次ページゼロのアトリエ 青い髪の少女。タバサが、本を読んでいる。 授業を終えた後、タバサにとっては貴重な一人の時間。 「タバサ、いる?」 ドアがノックされた。 「タバサ、おーい、タバサちゃーん?」 無視したら、ノックの音が3倍に増えた。 仕方がないので扉へと向かう。こんな事をするのは決まっている。 「ねえ、面白そうなもの見つけたんだけど。」 満面の笑顔を浮かべながら飛び込んできたのは予想通り、キュルケだった。 ゼロのアトリエ ~ハルケギニアの錬金術師9~ ヴィオラートが召喚されてもうすぐ一ヶ月。 ルイズはたまには話でもしようと探す事もあるのだが、使い魔としての仕事をこなした後は、どこかに出かけているのか姿が見えない。 「まったく、なんていうの、自由時間はきっちり取る使い魔ってのはどうなのよそこんとこ。」 少し憤りを感じながら広場を歩いていると、キュルケとタバサのコンビが顔を出した。 「ねえ、ヴァリエール。」 「何の用?」 「あなたの使い魔さんがどこにいるのか、わかる?」 「別に。やることやった後は、自由にさせてるもの。」 「あら。気にならないの?あたしちょっと心当たりがあるんだけど。」 「…知ってるの?」 「ええ、噂に聞いたのだけれど、何だか面白いことやってるって。」 「面白い事?」 「なんだか壁の外で土遊びをしてるみたいよ?」 学園を囲む壁の外では。 「それーっ、いけいけー!」 ヴィオラートが、地中から半分体を出したヴェルダンデにまたがって、土を掘り返していた。 ルイズたちは呆然と、掘り返された地面を疾走するヴィオラートonヴェルダンデをただ見つめる。 「…何してるの?」 「あ、ルイズちゃん。見て、いっぱいとれたよ!」 体中が土で汚れているが、気にする様子もない。 収穫の喜びが、汚れの不快感を上回ってるようだ。 「じゃじゃーん!錬金術専用菜園~!」 菜園。なるほど。錬金術専用菜園。 「あれは何?」 「まめだよ。」 なるほど、まめである。これでもかというくらいまめだ。 「あれは?」 「ぶどうだよ。」 なるほど、ぶどうである。ぶどうとしか言いようがない。 「じゃ、あれは?」 「さんごだよ。」 なるほど。畑から生えたももいろさんごが、これ以上ないほど雄雄しく屹立している。 (さんごって、畑に生えるものだったのね…) ルイズの常識が、また一つ書き換えられた。 「手伝ってもらってたんだよねー。」 ヴェルダンデは誇らしげに鼻を振って、ルイズたちを睥睨する。 「へえ、すごいじゃない。畑からさんごが生えてくるなんて。これがあなたの…『錬金術』?」 興味を示したキュルケが、ヴィオラートに質問する。 「うん、錬金術で畑を作ると、普通じゃできないようなものができたりするんだよ!」 (え?錬金術じゃないと、畑からさんごは生えない?) ルイズの常識が、元に戻る。 菜園の隅に視線を移すと、乱雑に積み上げてあるレンガが目に入った。 「で、あっちの隅のほうにあるレンガはなんなの?」 「ああ、あれはヨーコーロ用のレンガ。」 「ヨーコーロ?溶鉱炉を1から作ってるってわけ?」 「うんそうだよ。土とか、がらくたとか使って。ちょっと時間かかったけどね。」 信じられないものを見たといった風情でヴィオラートを見るキュルケ。 「あなた、何者?」 そう問いかけられたヴィオラートは自信満々にこう答える。 「えへへー、あたしはヴィオラート!錬金術師だよ。」 「錬金術師…へえ、なんか面白そうね。」 興味深げにレンガを触るキュルケ。 こつこつと音をさせ何かを試しているようだ。 タバサは食い入るように畑にそびえ立つさんごを見つめる。 しばらく誰も言葉を発せず、各人何かに興味を引かれていたその時。 「こ、困るねえ、一体何をしているんだ?」 なんだか、いかにも命じられてきましたといった感じのコルベールがおっとり刀で駆けつけた。 やはり、大人数で騒いだのはまずかっただろうか。 コルベールは地面を見渡し、しかるのちに正当なる問いを発する。 「これは何だね?」 「錬金術の、菜園です!」 「じゃあ、あのレンガは何かね?」 「ヨーコーロを作ろうかなー、って思って。」 「溶鉱炉?君が、ここで?」 コルベールは信じられないといった面持ちで、ヴィオラートの真意を探ろうとする。 「設計図はあるかね?」 促されたヴィオラートは、設計図を取り出すと、コルベールに手渡す。 「ふむ、ちょっと見せてもらえないかね?ふむ。」 手渡されたコルベールはしきりに感心して、設計図を指差しながら構造を確認する。 「ほー、これは…ゲルマニア式?いや、それよりも効率そのものは良くなっているようだな、ふむ。」 「あの、先生?」 「いや、これはこれは。」 「素晴らしい!」 「はい?」 「火の司るものは破壊の力ばかりではない!私は常々そう考え、その実践の方法を模索してきた。」 「は、はあ。」 「いや実は私も、溶鉱炉の設置は考えてはいたんだが、金がなくてね。」 「ええと…」 「いや、しかし原材料からほぼ全て手作りでここまでの施設を!錬金術師とは、本当に凄い存在なのだね!」 「そ、そう、ですね。はい、あはは…」 禿頭がゆだるような熱さで、伝えきれない感動を表すコルベール。 コルベールが、火の力とその民生における社会的有用性についての考察に熱弁をふるうこと小一時間。 燃料が切れてきたのか、話の方向がようやく現実レベルの話へと回帰する。 「…ものは相談なんだが、私が、学院長への根回しやら他の雑事をしておくからだね…」 コルベールは見せ付けるようにわざとらしく咳払いをすると、 「君の作る施設を、使わせてもらってもいいだろうかね?」 取引をもちかけた 「え、ええと。いいですよ、はい…」 「そうか!いやー、今日はいい日だ!長年の念願がこんな形でかなうとは!」 いやー感動した!としきりに呟きながら、コルベールは去っていった。 その様子をただじっと見ていたルイズは、ヴィオラートに視線を向けると、何かを決意するように語り始める。 「ねえ、ヴィオラート。」 「ん?」 「その錬金術って。私にも、魔法の使えないこの私にも…できるかな?」 「うん。勉強すれば、必ず答えてくれると思うよ。魔法は、必要ないから。」 「そう。それなら、ちょっと…一日一時間くらい。」 「やっても、いいかな。」 「あら。あなたがやるならあたしもやろうかしら?」 ルイズに対抗意識を燃やしたのか、キュルケも錬金術師に立候補する。 そして静かに手を上げるタバサ。 「いいかしら?ヴァリエール。あたしたちも参加して?」 「い、今私が拒否したらなんか、なんか。けちくさいじゃない。」 ちょっと不満げな顔をして、ルイズはヴィオラートに向き直る。 「いいよね、ヴィオラート?」 問いかけられたヴィオラートは、お日さまのような笑みを浮かべ、高らかに宣言した。 「よーし、じゃあ、皆で色々作ってみようか!」 ハルケギニアの錬金術師、その起源。 この瞬間は後の世にそう記される事になるが、彼女達は未だその事実の重みに気付いてはいなかった。 前ページ次ページゼロのアトリエ
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前ページ次ページゼロのアトリエ 天井が見える。僕は…どうなったんだろう?不思議な音を聞いて、それから… 「あ、気がついた?」 そこにあるのは、真の意味で穏やかな笑顔をしたヴィオラートの姿のみ。 「君は…」 記憶を手繰り寄せ、ギーシュは自らの敗北を悟る。 「君が、看病してくれていたのか…」 何かを磨く作業を止め、ヴィオラートは静かに頷いた。 ゼロのアトリエ ~ハルケギニアの錬金術師8~ 「ええと、つまり、君はヴェルダンデにあの岩を探してもらっていただけだと。そういう訳かい?」 「そう。あの岩を割るとね、中からこんな…」 「原石?」 「そうだよ?このあたりだとあんまり使わないみたいだけど。」 ヴィオラートは磨いていた原石を布で拭き、表面を光らせる。 「磨けば、こんなにきれいな宝石になるんだから。」 そこには、美しく輝く猫目石の姿があった。 「ああ、こんな宝石があるなんて知らなかったな。君は職人か何かだったかい?」 「錬金術師。職人といえばそうだけど、ちょっと変わってるっていうか…」 「なるほど。僕が負けるのも当然かもしれないね。謝罪しよう、ヴィオラート。」 ギーシュはたっぷり間を取ると、これ以上ないくらいの気障な態度でなめらかに言い放つ。 「可愛らしい貴女が、このように美しい宝石を創り出す…まことに、これは天の配材と言う他はないね。」 ヴィオラートを見つめ、熱視線を送り始める。 「…わかってくれれば、それでいいよ。」 しかし、当のヴィオラートはだんだんギーシュから離れているようだが。 「そうだ!勘違いの贖罪として、次の虚無の日に一緒に出かけるってのはどうだい?」 ヴィオラートは全てをスルーすると、無言で猫目石を磨く作業に没頭する。 たぶん猫目石を磨く作業に没頭するふりをしている。 「黙られるとそこはかとなく怖いんだが…。あの、調子に乗りすぎたかもしれないね、その、」 「もう大丈夫みたいだし、あたし用があるから…じゃあね、ギーシュくん。」 有無を言わせぬ勢いで退出するヴィオラート。 ギーシュの積み上げてきたものは、ヴィオラートには何の効果ももたらさなかったようだ。 部屋の扉を開けると、廊下の向かいにルイズが立っていた 「別に、待ってたわけじゃなくて…その、帰りが遅かったから。」 それだけ言うと、ルイズは早足で部屋の方へ歩き出す。 「ねえ、ヴィオラート。」 「ん?」 「聞いてなかったから…あなたの世界のこと。」 それだけ言うと、ルイズは下からヴィオラートを覗き込む。 ヴィオラートは、少し考えた。 お店はロードフリードさんに任せてあるから、なくなってたりはしないだろうけど。 でも、ずっと任せっぱなしにもできないし、結局はあたしがいないと駄目なんだろうなあ… 思索に沈んでいたヴィオラートに、ルイズが怪訝な顔を浮かべて質問する。 「ロードフリードさんって誰?」 「へっ?何でルイズちゃんがロードフリードさんのこと知ってるの?」 「アンタさっき、ロードフリードさんが…って言ってたじゃない。」 どうやら、知らぬ間に声が漏れていたらしい。 「ええと、ロードフリードさんには…お店を任せてあるんだ。」 「ふーん。お店をねえ。お店、か。」 ルイズは、考えて 「明日は虚無の曜日だし、町に行くわよ。何か買ってあげるわ。」 明日の予定を決めた。 「わあ、町があるの?良かった。材料とか買える所が欲しかったし。」 「そ、そう。良かったじゃない。優しいご主人様に感謝しなさいよ?」 最後に、これだけは小声で、こう付け加える。 「…別に、ホウキを使いたいとか、そんな、そんな子供っぽいことは。」 そして翌日。 朝早く目を覚ましたルイズは、それでも既に起きていたヴィオラートに理不尽な怒りをぶつけ、 空を飛んで町に向かった。 おおはしゃぎで、ヴィオラートのフライングボードに競争を挑みながら。 「ここかな?」 「ここよ」 ついたところは、魔法の道具を扱っている店らしい。 ドアを開けると、薄暗い店内に怪しげな道具が山と積まれ、どこからか独特の香りが漂ってくる。 「ここは…見た目怪しいけど、色々素材とかも揃ってる…らしいわ。聞いた話だけど。」 「そうなんだ。」 (何だか、あたしの店に似てるような…タネとかあるかな?) ヴィオラートは店内を漁り、なんだかしょぼくれたものばかりをカゴいっぱいに詰め込んでゆく。 「けっ!しょぼくれた娘っ子が、しょぼくれたもん集めやがって!」 なにかが聞こえた気がしてあたりを見渡すが、声のした方には誰もいない。 気をとりなおして今度はいらなそうなものを集め始めると、 「そんなものいらねえだろ!俺買え俺!」 また声がする。声の方角を確かめると、一振りの剣ががらくたの山に刺さっているようだ。 「俺だよ俺!俺俺!」 「あ、喋った。」 「へえ、インテリジェンスソードね。結構錆びてるのがアレだけど。」 「デルフリンガーだ!おぼえとけ!」 そう名乗ると、ヴィオラートを観察するように伸びようとして、ぶっ倒れた。 「おでれーた!お前さん『使い手』か!ええと…そう、名前の長え奴だな!」 「あ、あたし?」 「そうだ、てめ、俺を買え!」 「剣、使えないし…」 「なぬ!?」 「あたし剣使えないから…ちょっと残念だけど、使えないんじゃ買っても意味がないよね。」 (ピンチだ。折角のチャンスが水泡に帰す5秒前って所だ。ようやっと日の目を見れると思ったら、 見つかった『使い手』は名前の長い奴、しかも剣が使えねえときた。何だそりゃ。 だがそれでも、ここで逃したらまた何年となく道具屋の隅でほこりを被ることになるかもしれねえ。) 「ま、待て待て!俺を買ったほうが何かとお得だぜ!」 「おとくなって、どんなお得がついてくるの?」 「お前さんならわかるはずだ。ちょっとでいい、触ってみちゃくれねえかな?」 ヴィオラートは気の抜けたような顔になり、まあ、触るぐらいは…と、デルフリンガーの柄に手をかける。 額のルーンが輝き、しばらくすると何かを納得したように両手でデルフリンガーを抱え持った。 「これは…そっか。デルフリンガーくんって魔法の剣なんだね。」 「ん?おう、魔法で動いてるぜ?」 「そういう意味じゃないんだけど…まあ、いいや。これもください」 「へい!まいど!」 主人はデルフリンガーを鞘に入れると、ヴィオラートの集めたがらくたと一緒に清算する。 デルフリンガーはヴィオラートの背中に収まることになった。 「別に、無理に買う必要はなかったんじゃないの?そんなの…」 「色々お得ってのは本当みたいだし…そなえあればうれいなし、って言うでしょ?」 「???」 「あたしには、デルフリンガーくん自身の知らない事までぜーんぶわかっちゃったからね。」 本当に良かったのだろうか?デルフリンガーは、感じないはずの悪寒を感じたような気がして、何かに祈った。 前ページ次ページゼロのアトリエ
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前ページ次ページゼロの氷竜 ゼロの氷竜 八話 桃色がかった金髪を持つ少女が、あの誇り高い少女が、あの驚くような努力を積み重ねてきた少女が、使い魔召喚と契約、二つの魔法に続けて三度目の魔法を成功させることを、燃えるような赤毛と紅玉のような瞳を持つ少女、キュルケは確信していた。 だから不安に表情を曇らせることも、机を盾にすることもない。 しかしその確信は、ことのほか容易に、つい先刻教卓の上に置かれていた石と同じく、やすやすと打ち砕かれた。 耳をつんざく爆音に驚かされる。 何故なら、それは石ではない何かに姿を変えるはずだったから。 驚きは思考を奪う。 そして本来行われるべき思考とは違う、第三者の視点に切り替わってしまった。 実際には声を発する間もなく突き刺さるはずの石の欠片を、キュルケの瞳はゆっくりと追いかける。 視界を占める割合を徐々に大きくするそれを、キュルケはよけるでもなくただ見つめていた。 一体どういった力が加わったのか、平たい面を天井に向けた半球状の石は、恐ろしい勢いで回転していた。 瞬きほどの短い時間で、間近まで迫る石。 向かい来るのはキュルケの顔。 鋭さを一部にのぞかせるその石は、瞳に当たれば失明を免れず、顔に当たればどのように切り裂くのか。 鈍い傷口ほど、傷跡は醜くなる。 傷で済めば、運が良いのかもしれない。 そこまで理解していながら、キュルケの体はよけようともしない。 石が当たる直前、キュルケが出来た行動は歯を食いしばることと、きつく目をつぶることだけ。 爆音が聞こえてからほんのわずか後、タバサの意識もキュルケと同じように、別の時間軸に切り替わっていた。 いやにゆっくりと、回転する石が視線の先を飛んでいく。 学院の内外を問わず、唯一友人と呼べる人間の頭をめがけて。 石を防ぐ為に踏み出そうという意識も、防ぐ為に手を出そうという意識も、想起させるほどの時間の隙間は存在しなかった。 極端に視野が狭窄し、石とキュルケの姿しか認識できない。 目の前に広げた手のひらほどの距離が、考えを進める間もなく縮んでいく。 ふと気付けば閉じた手のひらほどの距離となり、瞬きを挟む隙間もなく、指の本数が基準となる。 だが狭まる距離が指何本分になるか確認する間もなく、石はキュルケの目前に迫っている。 友人を守る猶予が、蝋燭の炎のように吹き消されていた。 タバサが出来たこと、それは誰かの白い手が、驚くほどの速度で友人へ向かう石を受け止めたということだけ。 不安を集中によって押し殺していたルイズは、ルーンを唱え終わった瞬間に目を見開き、教卓に乗せられていた石へと杖を振り下ろす。 それは、石ではない何かに変わるはずだった。 青銅や鉄、それどころか砂や粘土でも構わない。 ブラムドを召喚したことで、自分には変化が起こっているはずだ。 不安の中で、ルイズは杖へ全ての力を込めた。 結果として、それは災いをもたらす。 今までと何の変化もない反応をする、という災いを。 爆発した瞬間、ルイズは何一つ出来なかった。 爆風で吹き飛ばされ、後頭部を黒板に打ち付けること以外には。 爆風で吹き飛ばされる直前、シュヴルーズは温かな笑顔を浮かべていた。 爆風で吹き飛ばされる瞬間、シュヴルーズは温かな笑顔を浮かべていた。 爆風で吹き飛ばされた後も、シュヴルーズの笑顔は何一つ変わっていなかった。 なぜなら、ルイズの魔法が爆発を呼ぶことを知らなかったから。 そして、呼び出した使い魔が恐ろしく強力だと聞かされていたから。 元々体を動かすのが得意ではないにしても、その体は何の反応も起こさなかった。 笑顔のまま吹き飛ばされ、後頭部を床に打ちつける。 腰の前で合わせた手も、温かく見守る表情も、何もかも変わることなく、シュヴルーズは意識だけをなくしていた。 その傍らで、ルイズは意識を失うことなく、ただ後頭部に走る痛みに耐えていた。 不意に、後頭部を抑えたルイズの手を離させる誰かが現れる。 誰か確認する必要もない。 記憶が色あせるほどの時間も経っていない。 ルイズの想像した通り、その手はブラムドのものだった。 傷の状態を確かめたブラムドは、それが大した怪我ではないことを確認する。 安心したブラムドは、一方からの騒ぎに気付かされた。 入り口近くにまとまっていた使い魔たちが、爆音のせいでメイジたちの制御から外れている。 割れた窓を目指そうとする、飛べる使い魔たち。 臆病であったのか、混乱して暴れる使い魔たち。 本能を刺激されたのか、他の使い魔を食おうとする使い魔たち。 状況を収拾するはずのメイジたちだが、昨日の今日でどれだけ使い魔のことを理解できるだろう。 経験のなさから悲鳴を上げるか、慌てふためくばかりだ。 その様子を確認したブラムドはルイズの耳を塞ぎ、加減をした魔法を解き放つ。 『竜の咆哮(ドラゴンロアー)』 ブラムドが元々暮らしていたフォーセリア世界、その起源は一体の巨人から始まる。 世界そのものを生み出した巨人に名をつけるものはなく、それはただ始源の巨人と呼ばれた。 始源の巨人の死により、フォーセリアの大地、フォーセリアの神、そしてフォーセリアの竜は生み出される。 フォーセリアの神が土や水や風や火、それらが司る力を精霊として分化するより以前、神と同じく始源の巨人から生まれた竜は、その身に様々な力を宿している。 炎によって傷つくことのない体、口から放たれる炎のブレス、鉄の剣を弾くほどの強靭な鱗、そして魔力のこもる咆哮。 聞くものの心を乱し、恐怖を植えつける。 時にその心を砕き、狂わせ、死をもたらすこともある。 しかし弱く弱く加減したその咆哮が、瞬間的に教室内を満たす。 混乱していたものたちが、その声を聞いて逆に心を静める。 強者への畏れが、心を冷やす。 爆音で我を失っていた使い魔たち、それに慌てていたメイジたち、その全てがブラムドの咆哮によって我に返る。 ブラムドが落ち着けたルイズ、そして混乱にいたっていなかったが、運よくその魔力から逃れたタバサ以外、メイジと使い魔を問わず混乱していた教室は、改めて静けさを取り戻した。 一部の生徒たちがシュヴルーズを起こした後も、教室内は静まり返っていた。 常であればルイズへ罵詈雑言が投げつけられるところであったが、主を守護する使い魔の姿に口出しできるものはない。 何より、昨日ブラムドが召喚されたとき、その威容に畏れを抱かなかったものもいないし、つい先ほどオスマンから宣告されたこともある。 安易に触れることなど、出来はしない。 意識を取り戻したシュヴルーズは、マリコルヌの制止を聞かなかった自分を恥じているのか、特にルイズをとがめることはなかった。 ただ、教卓近辺の惨状を放置するわけにはいかなかったのだろう。 爆発の衝撃で傾いてしまった教卓の片付けや、倒れてしまった最前列の机を直すことなどをルイズに指示し、午前中の授業の中止を生徒たちに告げた。 教室を出る際、ルイズへにらみつけるような視線を投げる生徒も幾人かはいたが、怪我人らしい怪我人もなく、使い魔が多少暴れた程度で済んだためか、それ以上のことをするものはいなかった。 ルイズもまた普段通りとはいかず、口の端を引き絞りながら眉根を寄せ、破片の飛び散る床をねめつけるだけ。 タバサに続き、最後に教室を出ようとするキュルケはブラムドへ先刻の礼を言おうとするが、その様子に気付いたブラムドは視線を合わせながらかすかに首を横に振る。 確かにそれを今この場でする必要はない、気付かされたキュルケはブラムドに対してわずかに頭を下げ、無言のまま教室を後にした。 やがて足音が消え、教室内に沈黙が落ちる。 ブラムドは教室を離れた風を装う誰かと誰かの気配を感じながら、ひざまずいてルイズへと声をかけた。 「ルイズ」 その一言が合図であったかのように、ルイズはブラムドをかき抱き、声ならぬ叫びを上げる。 集中して杖を振り上げたとき、ルイズには一片の希望があった。 それは、途轍もなく強力な使い魔の召喚、そしてその使い魔との契約、二種の魔法を成功させたことで、十年以上にわたる失敗の積み重ねを少しずつでも取り返せるのではないかというもの。 その希望は、キュルケが退避しようともしなかった理由と全く同じもの。 諦めかけていたルイズの前に垂らされた、ブラムドという名の蜘蛛の糸は、紐よりも縄よりも、鋼鉄よりも強靱に見えた。 だがその蜘蛛の糸は、天上へつながってはいなかった。 ルイズに残されていたただ一つの希望は、高所から落とされた陶製の人形と同じ運命を辿る。 少なくとも、ルイズにはそう思えた。 強大な使い魔を従えながら、一切の魔法を使うことのできない主。 使い魔との契約を済ませ、使い魔へ畏怖と尊敬を覚え、使い魔に相応しい貴族たらんとしたルイズにとって、それは目標にはなり得ないものだ。 堰を切ったかのように止めどなく涙を流し、その身の全てで叫ぶ。 しかしその泣き声は、赤子のそれとは違う。 生まれ出でてすぐ、何もかもがわからぬままにただ助けを求める泣き声ではない。 生きる喜びを知り、生きる苦悩を知る、一個の人間の嘆きの声だ。 嘆きは言葉となり、言葉は単語となり、単語はさらに分解される。 「ぶっ、ぶら、むどっ!! ……わっ!! わった、わったしっ、きぞくっ……きっぞ、くになれ、ない!?」 ブラムド、私貴族になれない? ほんの一言が、幾多の音に変わる。 それは、まるで涙の雨音のようだった。 長いような、短いような。 計るもののないその時間は、やがて終わりを告げる。 喉をしゃくり上げるルイズの耳元で、ブラムドが話し始める。 「ルイズ、お前は魔法を使うことができる。絶対にだ」 ルイズは泣き止みつつも、まだ返事をすることができない。 ブラムドへ絶対の信頼を置くとはいえ、先刻の衝撃から立ち直るにはもう少しの時間が必要だろう。 「なぜお前の手に系統の魔法が乗らぬか、その理由を知らねばならん」 落ち着きを取り戻しつつあるルイズをいったん離し、ブラムドはその目元を流れる涙を舐める。 頬をくすぐるその感触に、ルイズは思わず笑みを浮かべる。 「それができるのは、我しかおるまい」 「どっ、ど、うやって……?」 いまだ少し、声を操りきれないルイズが問う。 「この学院で、一番系統の魔法を知るものはオスマンであろう?」 ブラムドの問いに、ルイズがうなずく。 「なればオスマンに話を聞くしかあるまい」 「じゃぁ、学院長の部屋へ案内するわ」 その言葉に、ブラムドは首を横に振る。 「ルイズ、この状況を作ったのはお前だ。シュヴルーズの言うように、片付けぐらいはせねばなるまい?」 言われて見回すルイズは、改めて惨状に気付かされる。 最前列の長机はいくつか倒れ、教卓は衝撃で傾き、爆発した石の欠片は四方に散らばっている。 「確かに、そうね」 「しかし、その細い腕ではできぬこともあろう。ルイズ、これが我の世界のゴーレムの一つだ」 ブラムドは手に持ったままだった石を見せ、それにマナを通していく。 『石の従者(ストーン・サーバント)』 手から落ちた石の欠片は、その身を膨らませていく。 ブラムドよりも頭一つ分ほど小さなルイズ、それよりもさらに頭一つ分ほど小さな人型となったゴーレムに、ブラムドはルイズの知らぬ言葉で命令を下す。 『(倒れた机を他と同じように直せ)』 おそらくルイズ一人では手に負えない長机を、ゴーレムは軽々と元に戻していく。 大きさに似合わぬ力強さを、どこかほうけたような表情で眺めるルイズに、ブラムドが先刻できなかった問いを口にする。 「ルイズ、お前はキュルケが嫌いか?」 ブラムドの口から不意に出た名前に、ルイズは不機嫌そうな顔を隠さない。 「嫌いよ」 「何ゆえだ?」 「あの女は、ずっと私を馬鹿にし続けてきたわ!! 魔法の使えないゼロだって!!」 先ほどと違い、悲しみではなく怒りにその顔をゆがめながら、ルイズは数ヶ月前までの出来事をブラムドへ伝えていく。 「私が落ち込んでいるときに限って、くだらない挑発をするのよ!? 私はあの女と違って、男といちゃついている時間なんかないのに!!」 ルイズの言葉に、ブラムドは笑みを浮かべながら得心する。 ……なるほど、素直ではないのだな。 「ルイズ。我の言葉を聞いて、今一度思い返してみよ。お前ならば、我の言いたいことがわかるであろう」 その言葉に不思議そうな表情を浮かべながらも、ルイズはブラムドの言葉を待つ。 「キュルケは他の連中と違い、机の下へ隠れはしなかった」 目を見開いて驚くルイズの頭をなぜ、ブラムドは扉へと向かう。 「では、食堂でな。お前がいなくては、我は飢え死にしてしまう」 その一言に、ルイズは頬を赤く染める。 それを見て微笑みながら、ブラムドは教室を出た。 外に出たブラムドは、扉の横に予想通りの人物がいることを見て取る。 少し頬を赤く染める燃えるような赤毛の少女と、友人の顔を伺いながらわずかに微笑んでいるような空色の髪の少女。 ブラムドは二人に深く頭を下げ、二人もまたその意味を正しく理解する。 ブラムドの投げかけた最後の言葉に頬を染めながらも、ルイズはその優秀な頭を働かせる。 ……キュルケは他の連中と違い、机の下へ隠れはしなかった。 それは実技を促したキュルケの言葉が、挑発ではなかった証だ。 だが、とルイズは思う。 今までずっと挑発を繰り返してきたのは何だったのか、と。 ゼロと呼ばれ、肩を落としていたときに限り、キュルケは話しかけてきた。 そう、キュルケが話しかけてきたのは落ち込んだときだけ。 思いかえしてみれば、キュルケに挑発された後は落ち込むことも忘れていた。 ブラムドの言葉を受けて尚、キュルケの行動の意味が理解できないほど、ルイズは鈍くない。 …………まさか!? ルイズはキュルケの行動の真意に気付いた瞬間、言葉にならないほどの衝撃を受ける。 キュルケはシエスタと同じく、自分を励ましてくれていたのだと。 途端に恥ずかしさに頬を染めるルイズだが、彼女を責めるものはいるはずもない。 あからさまな拒絶の言葉や態度を投げつけられていた、キュルケ当人も含めて。 ルイズとキュルケは、ある意味で似たもの同士だ。 どこか素直さに欠けるという面で。 だからこそキュルケは友になって励ますことではなく、敵となって挑発することを選んだ。 ルイズはいまだ、キュルケの性格にまでは思い至っていない。 しかし自身のしてきたことが、無礼きわまることと理解するには十分だ。 恥ずかしさにルイズが首元まで赤く染めたとき、教室の扉が開く。 入ってきたのはキュルケとタバサだったが、ルイズはキュルケしか目に入らなかった。 扉の横でブラムドとルイズのやりとりを盗み聞きしていたキュルケは、自分が今までしてきたことが遠回しな励ましであったと知られ、恥ずかしさに頬を赤く染めている。 ルイズもまた、キュルケの今までの態度が悪意を持ってのことではなかったと知り、顔を首元まで含めて赤く染めていた。 それでも素直さの足りない二人の少女は、互いの顔を見ながら口を開くことがない。 ルイズがキュルケの顔を見やれば、キュルケは恥ずかしさでうつむいている。 キュルケがルイズの顔を見やれば、ルイズもまた恥ずかしさでうつむいている。 一瞬、二人の視線が交錯すれば、二人は慌てて顔を背けてしまう。 素直になれない不器用な態度に、一人蚊帳の外にいるタバサは笑いをこらえるのに苦心していた。 ルイズは考える。 ……シエスタに言ったようにありがとうって言えばいい。 ……でも散々罵声を浴びせておいてそれでいいの? ……男がどうしたなんて言ったこともあったわ。 ……事実だとしても胸のことを言われたこともあったわね。 羞恥が焦燥を呼び、焦燥が混乱を生み出す。 キュルケもまた考える。 ……散々挑発しておいて、あなたのためだったのよなんて言えるわけがない。 ……私は気にしていないから、あなたも気にしないでなんて押しつけがましいにもほどがある。 ……男がどうしたなんて言われたこともあったわ。 ……事実だとしても胸のことを言ったこともあったわね。 結局、混乱に至る過程は大差がない。 収拾がつきそうにない二人を眺めながら、タバサは吹き出しそうになるのをこらえ、仕方なしに水を向けた。 「食事に間に合わなくなる」 その言葉に促され、先に口を開いたのはキュルケだ。 「ル、ルイズ!!」 さまよっていた二つの視線がかみ合う。 その視線の持ち主の顔は、どちらもはっきりとわかるほどに赤く染まっていた。 「仕方がないから手伝ってあげるわ!!」 キュルケはルイズに何か言われたわけではない。 何が仕方なしなのか、とタバサは思った。 だが、混乱したルイズは思い至らない。 「じゃ、じゃぁ掃除道具を持ってくるわ!!」 二人の少女のちぐはぐなやりとりは、普段表情を浮かべることの少ないタバサを、しっかりと微笑ませるに十分な威力を持っていた。 前ページ次ページゼロの氷竜
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前ページ次ページゼロの斬鉄剣 ゼロの斬鉄剣 7話 ―土くれのフーケ― 学院を統べる男、オールド・オスマン 伝説のメイジと謳われ名声を欲しいままにしてきた。 ―が。 グー・・・ 自室の机に突っ伏して寝ている。 どうやら差し込む日差しの陽気に負けてしまったようである ふと、小声で”サイレント”の呪文 唱えたのは秘書であるロングビルであった 「ふふ・・・」 扉を出て行く秘書がむかったのはオスマンの部屋の下にある“宝物庫” 扉には魔法がかけられさらには頑丈な鍵までもがついている 「(・・・・チッ、いまいましい・・・)」 扉に悪態をつくロングビル。 「だれだ、そこで何をしている!」 突然声をかけられたが場慣れしているのだろか、落ち着いて応対する。 「あ、ミスタ・コルベール。」 「おや、ミス・ロングビルではありませんか、一体どうしたのです?」 などと質問をしてきたので適当にあしらうロングビル。 食事にも誘われたが丁重に断り、残念そうに去るコルベールを見送ると 「(フン、あたしゃハゲチャビンには興味は無いのさ。)」 しかし、と壁をさわりため息をつくロングビル 「頑丈・・・ねぇ。」 なにや腹に逸物のあるロングビルであった。 その日の夜- コンコン 「は~い、どなた?」 「拙者でござる。」 ぱぁっと明るくなるのはキュルケである 「まあ!ダーリン、やっとわかってくれたのね!」 五ェ門に飛びつくキュルケ 「いや、別の用件だ。」 なんだと、ちょっとつまらなそうな顔をするキュルケ 「折り入って頼みがあるのだが。」 五ェ門からお願いされるなどとは思っても見なかったキュルケは目を輝かせる。 「なに?ダーリンの頼みならなんでも聞いてあげてよ?」 五ェ門は手にした剣を差し出す 「あら、この剣はたしか・・・」 「いかにも、拙者が拾った“デルフリンガー”だ。」 まじまじと剣を見るキュルケ 「見ちゃいやん!」 突然の奇声に嫌悪感をあらわにするキュルケ 「気味の悪い剣ね、溶かしちゃっていいかしら?」 「そうしたい所なんだが、この剣が言うには“魔法”を無効にすることが出来るらしいのだ・・」 ああ、と理解するキュルケ 「それじゃ、あたしはその剣に魔法をぶつければいいのね?」 「左様、お願いできるだろうか。」 かしこまる五ェ門 「お安い御用よ、ついでだからタバサも呼んでみる?いろんな魔法でためしてみましょうよ。」 「かたじけない。」 「お姉さま、何を読んでいるの?きゅい!」 窓際にいる少女に話しかける竜 「・・・喋っちゃだめ・・・」 「きゅい(ごめんなさいなのね!)」 「・・・秘密。」 トントン 「・・・誰?」 「タバサ、夜分にすまないが・・」 ガチャリ 「どうしたの?」 言い終わる前にすばやく扉を開けたタバサ 一緒にいたキュルケが理由を説明する。 「・・任せて。」 その様子を窓越しに眺めていたシルフィードは 「(・・・見えなかったのね!きゅい!)」 そうして一行は敷地内の広場に向かう。 それを窓からみていたのは― 「(な!なんでゴエモンがあの二人と・・・)」 そう思うとルイズは矢も盾もたまらず飛び出す。 「いくわよー」 「ばっちこーい!」 呪文が詠唱され 「ファイヤーボール!」 ドシュゥ! デルフリンガーに当たる直前、巨大な火球何事も無かったかのように姿を消す。 「すごいじゃない、その剣。」 「へへ、姉ちゃんはわかってるね!」 ボソボソと呪文が聞こえる 「ウィンディ・アイシクル」 氷の氷柱がいくつもデルフリンガーめがけて突進するが直前で 「・・・効かない」 たちまちかき消されちょっとショックをうけるタバサ。 「だろ、ゴエモン兄!どんなもんだい!」 なるほど、これはかなりいい拾い物をしたらしいと思う五ェ門 「ちょっと、あんたたち!」 いっせいに振り返る 「あたしを差し置いて、使い魔になにをやっているのかしら?」 大分お怒りのようだなので一同は理由を説明する。 「・・・じゃあ余計許せないわ!なんであたしを差し置いてやったのよ!」 それは、と言葉が詰まりそうになる五ェ門。 「だって、あなたの魔法はいつも的外れじゃないの。」 ルイズの魔法は威力こそあれ大雑把なのだ。 「うっさいわね!いいわよ!そこまでいうならやってやるわ!」 そう言い切ると、デルフめがけて呪文を唱える 「へっへ、いくらやってもむだ・・・・」 「ファイヤーボール!」 ズガーン! 「あ・・・・」 なんと、ルイズの魔法はデルフを大きくそらして、塔の壁に当たってしまったのだ。 「これは思わぬ好機のようね。」 夜の散歩で思わぬ光景を見たロングビル、その口元は暗闇に怪しく輝いていた。 「あーあ、壁にひびが・・・。」 塔の壁には大きなひび割れが姿をあらわしていた。 「あのあたりって確か・・・。」 「・・・・宝物庫。」 あちゃあと、頭をかくキュルケ 「ルイズ、どうするのよ!」 「どうするっていっても・・」 学院の宝物庫には希少なマジックアイテムなどが眠っている。 その壁を壊したとあっては下手をすれば停学物である。 ふと、五ェ門が地面から“なにか”が迫ってくるのを感じ取った 「おぬし等、ここを離れたほうがよさそうだ。」 ルイズたちもただならぬ気配を感じその場から離れる そしてデルフリンガーが据えられていたあたりから ゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・ なんと見る間に巨大なゴーレムが現れたのだった。 「な、なんなの・・・?」 ゴーレムの肩にはいつの間にか人影が現れている。 大きさは30メイル程であろうか、ルイズのつくったひびめがけゴーレムは 拳を振りかざす、瞬間 ズシーン! 地響きがあたりを走る。 ひびが入ったところは見事な大穴があけられていた、ゴーレムの肩から穴へ向かう人影 「あれは、盗賊!」 飛び掛ろうとルイズ達、しかし 「やめておけ、この距離では間に合わない。」 五ェ門がルイズたちを制止する。 「な、何でとめるのよ!あんたもアレ位ならその剣で一発でしょ!?」 勢いがそれてしまい軽い混乱状態になるルイズ。 「考えても見るのだ、この時間に不可抗力とも言える力でルイズが壁に穴を開けた 、そこへで都合よく賊が入るというのはいかにも怪しい。」 五ェ門の言葉に落ち着きを見せるルイズ 「ならば、賊はこの学院に長らく潜伏していた者であろう。」 「まさか!」 「十分ありえる事だ。とにかく今追えば罠に嵌るやもしれん、朝まで待とう。」 五ェ門の長い経験がそう告げる、召還されるまでは世界中を股にかける大泥棒の一味であったのだから。 五ェ門の説得にしぶしぶ応じる3人。 大穴を明けられた宝物庫に大きな字が刻まれていた 「封印の環とその魔法の書、確かに領収しました 土くれのフーケ」 翌朝、学院は蜂の巣をつついたような騒ぎとなっていた あつまった教師たちは部屋の中央に並ぶ4人を見つめている。 「―以上が私たちの見た全てです。」 現場近くにいたルイズたち4人は会議室で昨日の件を報告した 「ふむ、なるほどのう。」 一通りの説明が終わった後がやがやと騒がしくなる 「土くれのフーケめ、魔法学院にまで手をだすとは・・・・」 「衛兵も平民では役に立たん・・・」 「当直のシュヴルーズ先生はいったい何をしていたんだね!?」 名前がでたとたんビクリとするシュヴルーズ 「も、もうしわけございません・・・」 パンパンと、手をたたくオールドオスマン 「それまで、この度の一軒はなにもシュヴルーズ先生一人の責任ではない、 大体いままでまともに当直をこなした教師はここに何人いるのかのう?」 一瞥するオスマンに声も出ない教師たち 「これが現実じゃ、それよりフーケを捕まえ取り戻す事を考えんといかんのう。」 「しかし、居場所もつかめないとあっては・・・」 そのとき、ミス・ロングビルが扉をあけ入ってきた。 「昨日の賊の居場所が判明しました!」 ざわめく会議室 「今朝方から姿がみえんとおもっていたが・・・仕事が速いのう。」 「ええ、朝起きたらこの騒ぎでしたので、早速調査を開始していました。」 「ふむ、して賊はいずこへ?」 一息いれるロングビル 「土くれのフーケと思われる賊は学院から3時間ほどはなれた農村にある廃屋にいると思われます。」 ふうむ、とヒゲをいじるオスマン 「して、その根拠は?」 「今朝、廃屋に黒ずくめのローブをきた怪しい人物が出入りしていたのを見かけたと近在の農民から聞き出しました。」 考え込むオスマン 「ふむ、どうやら本物のフーケのようじゃのう、さて・・居場所が割れたい以上これを追撃せねばなるまい、どうじゃ?フーケの首を挙げて名をあげる機会じゃぞ?」 しかし、教師たちは一様に黙り込む 「(やれやれ、なんと情けない・・・)」 「私がいきます!」 声を上げたのはルイズであった。 「ミス・ヴァリエール、君では無理だ!」 ひとりの教師が声を荒げる 「だって、こんなに集まっていて誰一人杖をあげないじゃないですか!」 「あたしたちも一緒にいきます!」 ほっほっほ、と笑うオスマン 「よろしい、ミス・ロングビル、彼女たちをフーケのアジトへ案内するのじゃ。」 「オールド・オスマン!」 どよめく会議室 「なに、心配はなかろう。彼女たちは敵を見ておる、そのうえミス・タバサはまだ若いというのに“シュヴァリエ”の称号を与えられてると聞いておる。」 言葉に詰まる教師たち 「ミス・ツェルプストーは優秀な軍人を輩出している家系の出で実力も折り紙つきともきいておる。」 そしてルイズに目を向ける 「ミス・ヴァリエールも・・・その、優秀なメイジを輩出している公爵家の出じゃ、期待はできるじゃろう。」 最後に五ェ門に目をむける 「なにより、ミス・ヴァリエールの使い魔は得体の知れない剣術でグラモン元帥の子であるギーシュ・ド・グラモンを完膚なきまでに討ち果たしたというではないか。」 笑顔が戻るオスマン 「ミス・ロングビル、彼女たちを頼みましたぞ。」 「心得ましたわ、オールド・オスマン」 そうして一向はロングビルの先導の元、フーケの隠れ家に向かうのであった。 前ページ次ページゼロの斬鉄剣
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前ページ次ページゼロのアトリエ 夕日の差す学院長室に、二人の姿があった。 「そうですか…マザリーニ卿がの。」 「ええ。彼の有能さは買っているのですが…」 アンリエッタ王女とオスマン氏が相談を続けている。 「いいい、一大事です!オールド・オスマン!」 そんな中に、慌てた様子のコルベールが飛び込んできた。 「君はいつでも一大事だな。どうした、ミスタ・コルベール?」 「城からの知らせです!土くれのフーケが脱獄したと!手引きした者がいると!」 「わかったわかった。その件についてはあとで聞こう。」 オスマン氏がコルベールを退室させた後、ようやくアンリエッタが口を開く。 「アルビオン貴族の手の者でしょうか…城下に、裏切り者が…」 「そうかもしれませんな。」 オスマン氏は、まるで人事のように言い放った。 「トリステインの未来が掛かっているのですよ?もう少し、真剣に…」 「なあに、フーケならば、もう一度捕まえてもらえば良い。」 「彼女たち、ですか。」 「それよりも…何か、姫殿下には心配事がおありのようですな。」 見抜くような視線で、オスマン氏は言った。 「丁度良い、ヴァリエール嬢とヴィオラート嬢、双方にご相談なされたらいい。」 「しかし…いくらフーケを捕らえたとはいえ、この任は少々…」 言葉に詰まるアンリエッタ。これは、軽率に広めてもいい類の話ではない。 その様子を一瞥したオスマン氏は、一つ、話を始める。 「姫殿下は始祖ブリミルの伝説はご存知かな?」 「通り一遍の事なら知っていますが…」 「では、『ミョズニトニルン』のくだりはご存知か?」 「始祖ブリミルを導いた使い魔のことですか?まさか彼女が…」 オスマンはそれには答えず、言葉を接ぐ。 「彼女は、異世界から来た錬金術師だと。そう名乗っておりました。」 「異世界の、錬金術師…ですか?」 見たことも聞いたこともない職業、錬金術師。 「そうですじゃ。彼女ならやってくれると、私は信じております。」 その錬金術師に、多大な信頼を寄せているオスマン氏。 「なれば祈りましょう。異世界から吹く風に。」 やってみる価値はあるかもしれない。 アンリエッタは一つの決断をした。 ゼロのアトリエ ~ハルケギニアの錬金術師15~ その日の夜。ルイズは心ここにあらずで、部屋の中を徘徊していた。 「おーい、ルイズちゃーん。」 そう言って目前で掌をふるヴィオラートの呼びかけにも全く反応を示さない。 仕方なく、ヴィオラートは錬金術書を書くための作業に戻る。 そのまま、ノートの1ページがびっしりと文字で埋まるほどの時間が経過したその時。 規則正しいノックの音が、静かな部屋の中に浸み渡った。 「誰かな?」 ヴィオラートはルイズを促すが全くの無反応。 仕方なくヴィオラートは作業を中断し、深夜の客人を迎えに出た。 そこに立っていたのは、真っ黒な頭巾を被った少女。 少女はそそくさと部屋に入り、小さく杖を振った。光の粉が部屋の中を舞う。 「どこに目が、耳が光っているかわかりませんからね。」 光の粉がルイズの全身に付着した時、ようやくルイズが反応を示した。 「…ディティクトマジック?」 ルイズが向き直り、それを確かめた少女が頭巾を取る。 現れたのは、なんとアンリエッタ王女であった。 「姫殿下!」 ルイズが慌てて跪く。 ヴィオラートはとりあえずルイズのまねをした。 「お久しぶりね。ルイズ・フランソワーズ。」 涼しげな、心地よい声が耳に届く。 次の瞬間、アンリエッタ王女は感極まった表情を浮かべ、ルイズを抱きしめた。 「ああ、ルイズ、ルイズ!懐かしいルイズ!」 「姫殿下、いけません。こんな下賎な場所にお越しになられるなんて」 ルイズは、かしこまった声で言った。 「ああ、ルイズ!そんな繁文縟礼を体現するような振る舞いはやめてちょうだい!」 「姫殿下…」 「ここには枢機卿も、母上も、友達面した宮廷貴族もいないのです!私達はお友達!お友達じゃないの!」 ルイズは顔を持ち上げた。 「幼い頃、宮廷の中庭で蝶を追いかけたじゃないの!泥だらけになって!」 はにかんだ顔で、ルイズが答える。 「ええ、お召し物を汚してしまって。侍従のラ・ボルト様に叱られました。」 「そうよ、そうよルイズ!ケンカになると、いつもわたくしが負かされたわね!」 「いえ、姫様が勝利をお収めになったことも一度ならずございました。」 ルイズが懐かしそうに言った。 「思い出したわ!わたくし達がほら、アミアンの包囲戦と呼んでいるあの一戦よ!」 「姫様の寝室で、ドレスを奪い合ったときですね?」 「そうよ、お姫様役の奪い合いで取っ組み合いになって、あなたのおなかに一発…」 「姫様の御前で私、気絶いたしました。」 それだけ言うと二人はあははは、と笑いあう。 「その調子よルイズ。ああいやだ、懐かしくてわたくし涙がでてしまうわ。」 アンリエッタはそう言って目を潤ませ、一つ息をついた。 怒涛の再会劇が終わり、ようやくヴィオラートが口をはさむ。 「どんな知り合いなの?」 ルイズは懐かしむように目をつむって答えた。 「姫様がご幼少のみぎり、恐れ多くもお遊び相手を務めさせていただいたのよ。」 王女は深いため息をついて、ベッドに腰掛けた。 「あの頃は楽しかったわ。何にも悩みなんかなくって。」 アンリエッタは窓の外の月を振り仰ぐと、本題を切り出す。 「ルイズ・フランソワーズ。結婚するのよ、わたくし。」 「…おめでとうございます。」 その声に悲しみを感じ取ったルイズは、沈んだ声で答えた。 「そして…これはヴィオラートさんにも。シュヴァリエの授与が、できなくなりました。」 ルイズとヴィオラートが、顔を見合わせる。 「従軍必須、貴族の忠誠心…理屈はありますが、結局の所管轄したいのでしょう、あの男は。」 あの男。玄関先で見た、あの痩せこけた男のことだろうか。 「あれの思い通りになるのは癪ですが…残念ながらわたくしには対案がないのです。」 「わたくしは、ゲルマニアの皇帝に嫁ぐ事になるでしょうね。」 「ゲルマニアですって!あんな野蛮な成り上がりどもの国に!」 「野蛮?そうかなあ…」 ゲルマニアと聞くとキュルケが頭に思い浮かぶ。野蛮と言うか、 自由すぎるという点ではその通りかもしれないなと、ヴィオラートは思った。 「そうよ。でも仕方ないの。同盟を結ぶためなのですから」 アンリエッタは、ハルケギニアの政治情勢を説明した。 「そうだったんですか…」 「いいのよ、ルイズ。物心ついたときから覚悟はしていました。今日、ここに来たのは…」 それだけ言うと、ほんの少し…戸惑った後、透き通った声で呟いた。 「手紙です。」 そして、堰を切ったように目的の全てを告げる。 「アルビオン王家のウェールズ皇太子から、手紙を取り返して欲しいのです。」 前ページ次ページゼロのアトリエ
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第二話 白のアルビオン 前ページ次ページゼロの影 翌日ワルドがミストバーンに手合わせを申し込んできた。伝説のガンダールヴの力を試したいらしい。 彼もワルドの力を見たいためあっさり了承した。ワルドが杖を構えるが彼は武器を持たないままだ。 「剣は?」 「不得手だ」 「いいから使いたまえ。何事も慣れだよ」 彼が地に刺していたデルフリンガーを引き抜くとワルドが疾風のごとき速度で突きを繰り出しつつ呪文を紡ぎ出していく。 詠唱が完成し、巨大な不可視の槌が横殴りに彼を吹き飛ばした。風に身をゆだねるようにふわりと着地する。 「君では僕に勝てないようだね」 せっかくワルドが格好つけて挑発したのに彼は全く聞いておらず、デルフリンガーを眺め首をかしげている。 まだ本気を出していないと知ってワルドは続けようとしたが、ルイズが必死に止める。 機嫌を取っておくべきだと判断したのか、肩をすくめると去ってしまった。 その後部屋のベランダに佇んで月を眺めているミストバーンへ、ルイズが声をかけた。 「あんたの世界では月が一つなんでしょ?」 「正確には、私の暮らす世界の上で見られる」 帰りたいという熱は感じられなかったが、見せようとしないだけだろう。言ったところで今の彼女にはどうしようもないのだから。 月のように冷たく凍えた光を放ち、決して手の届かぬ存在だと思わせる姿。 「この任務が終わったら帰る方法を探すわ。もし、もし帰れなかったら……」 そこから先は言えなかった。彼の表情がかすかにゆがんだためだ。 「……お前には必要としてくれる者がいるのだろう」 アンリエッタやワルドのことを言っているのだろう。ルイズは頷いたが、慌てて言葉を吐きだした。 「わ、わたしだってあんたを――」 「お前は私を必要としていない」 今ここにいるのは自分でなくともかまわない。戦う者として役に立てば、強ければそれでいい。それならば代わりの誰かで十分だ。 彼の心の言葉が流れ込んでくる。否定するより先に彼が口を開く。 「だが、大魔王様は忌み嫌っていた私の能力を……他でもない、この私の力を必要としてくださったのだ」 (本当に大切な“ご主人様”なのね) 悔しくてたまらなかった。この青年に少しでも認められる日など来ない気がしたためだ。 そして決意する。 (あんたはわたしが責任持って送り返すんだから……!) 意気込んだ彼女は、胸に沈みこむ言葉の中にふとひっかかるものを覚えた。 「能力を? それってまるで――」 道具だ。彼自身の心などどこにもなく、必要とされていないような言い草だ。 言葉を続けられぬルイズに対し、ミストバーンはためらいなく頷いた。 「そうだ。私はあの御方の道具……お役に立てるならばそれでいい」 自身をも道具と言い切る口調は誇らしさに満ちている。それは力を必要とされている、認められているということだから。 ただの使い捨ての道具、取り換えのきく武器ではなく、唯一無二の道具、最高の武器としての自負がある。 「確かに力を認められたいって思うけど……できればわたし自身を認めてほしいわ」 ミストバーンは意味を掴みかねたようだが、彼なりに理解した。 ルイズはルイズとして認められたがっている。力に加え魂をも含めて認めてほしいのだろう。 彼にとっては能力を必要とされるだけで十分だが、魂をも認めてくれる相手と出会えたらきっと手ごたえを感じるだろう。 切り離せず忌避してきた力か、求めても手に入らぬ力か。 力が全ての魔界の住人か、人間か。 その差が考え方の違いを生み出しているが、共感できた。根底にあるものは似ているのだから。 「あの男はお前を必要としているのだろう」 恋愛と主従関係は違うがワルドが彼女を必要としていることは確かだ。 「そう、ね。やっぱり――」 その時、巨大な影が月を隠すように現れた。岩でできたゴーレムの肩に乗っている人物は囚われたはずのフーケ。その隣に白い仮面で顔を隠した貴族が立っている。 フーケが復讐の予感に笑うと、ゴーレムの拳がベランダの手すりを粉々に破壊した。 一階に駆け降りた二人だったがそちらは傭兵の集団に襲われていた。テーブルを盾に応戦しているが、魔法の射程外から矢を射られてしまう。 やがてワルドが立ち上がり、半数に分かれることを低い声で指示した。 タバサがそれに応じ、自分とギーシュとキュルケを指して囮、ワルド、ルイズ、ミストバーンを指して桟橋と呟いた。 ルイズが何か言おうとするのをキュルケが押しとどめる。 「勘違いしないでね? あんたのために囮になるんじゃないんだから」 わかってる、と言いつつもルイズはキュルケ達に頭を下げ、歩きだした。 キュルケ達の奮闘によって傭兵達は炎に焼かれ混乱に陥った。 舌打ちするフーケに仮面の男は好きにしていいと告げ、素早く姿を消した。彼女は面白くなさそうに鼻を鳴らし、入口へとゴーレムの歩を進めた。 (まったく……得体の知れないところがあるからただの傭兵はやめとけって言ったのに) 倒す必要はなく分断すればいいということだったが、どうも仮面の男は彼らを甘く見ているようだ。 ゴーレムがどうやって倒されたかはっきりとはわからなかったため、一行の――特にミストバーンの実力をフーケも測りかねている。 まさか巨大なゴーレムを片手で殴り飛ばし、手刀で切り裂いたなどと彼女が考え付くはずもない。 「まあいいか……。あの不気味な男はいないし、借りを返させてもらうよ!」 高らかに哄笑を響かせていたキュルケがゴーレムを見て苦々しく呟く。 「どうする?」 男らしく玉砕だと唱えるギーシュへ、タバサは大量の花びらを出すよう命じた。 フーケは花弁がゴーレムに纏わりつく様子を見てバカバカしいと吐き捨てたが、異臭に鼻をうごめかせる。 花びらが『錬金』によって油に変わっていると気づいた時には炎球がゴーレムに飛び、包みこんでいた。 かろうじて命を落とさずにすんだものの、髪は焦げ煤で真っ黒だ。 「素敵なお化粧ね。普通のお化粧でもダーリンのすべすべお肌には敵わないから、ちょうどいいんじゃない、おばさん?」 フーケもキュルケももう魔法は使えない。怒りに燃える盗賊は杖を捨て、殴りかかった。 「あの顔面神経痛男より劣るですってえ!? ちょっとばかり顔と肌はきれいかもしれないけど恋愛経験はこのフーケ様の方が断然上だよッ!」 そもそも本体には性別が無いことを知らぬフーケの台詞を聞き、キュルケも負けじと殴り返す。 「そりゃ年だからでしょ!」 「違うッ! 勘だけど、あいつ絶対恋人いない歴イコール年齢だね! そんな男をダーリンと呼ぶあんたも大概――」 「あらそっちの方が燃えるじゃない! 永久凍土の心を融かす初めての女になるのよ!」 「僕は? ねえ僕の玉のようなお肌は?」 ギーシュの問いかけは二人に完全に無視された。タバサがポンと肩を叩き一言呟く。 「お呼びじゃない」 ギーシュの存在を忘れて元気に殴り合う二人であった。 その頃ルイズ達は桟橋へと走っていた。ある建物の階段を上ると丘の上に出た。そこには巨大な樹が枝を伸ばし、船がぶら下がっている。 樹の内部の階段を上っていくと彼らは後ろから追いすがる足音に気づいた。黒い影がルイズの背後に立ち、抱え上げる。そのまま地面へ落下するように敵は跳躍し、ワルドが空気の槌で打ち据える。 ルイズから手を離した男は手すりをつかんだが、彼女は落ちていく。それをワルドが階段から飛び降り抱きとめた。 仮面の男は体をひねりミストバーンの前に立った。杖を振ると空気が冷える。 魔法が、来る。 反射的に左手を振るった瞬間稲妻が彼の体を貫いた。フェニックスウィングでも完全には弾き切れなかったのだ。 「ぐああ……っ!」 駆け巡る痛みに耐えながら疾走する。後退した仮面の男に向けてワルドが杖を振ると風の槌が男を吹き飛ばし、叩き落した。 それを見たミストバーンが殺気も露にワルドに向き直る。 「何だい? 獲物を横取りしたことは謝るよ」 痛いほどの沈黙と緊張が両者の間に流れるが、そこへルイズが慌てて駆け寄ってきた。 「だ、大丈夫!?」 彼女の言葉にワルドから視線を外し、傷を確認する。左腕全体が焼け焦げ、青白い衣が無残な姿を晒していた。 それを見た彼が震え出す。 「大変、何とかしないと――」 「何と……何という失態を! わ……私のせいだあああッ!!」 「……は?」 ミストバーンはこの世界にいない主へ詫びている。完全に取り乱しているのは苦痛ではなく主への申し訳なさのせいだ。 せっかくの心配が無駄になり、ルイズは頭痛と苛立ちを覚えた。 「今のは『ライトニング・クラウド』。風系統の呪文だ」 そう説明したデルフリンガーにワルドが続けた。 「本来ならば命を奪うほどの呪文だぞ。腕だけですんでよかったな」 ミストバーンは会話を完全に無視して異世界の主にひたすら詫び続けていた。 風石を動力としている船に乗り込むとようやく気分を変えたようだ。 青空に浮かぶ白い雲の上を飛ぶなど魔界では絶対に不可能だ。魔界の空にはかすかな偽りの光と厚い黒雲しかない。 ルイズにアルビオンだと指差された方を見た彼は硬直した。巨大な陸地が空中に浮かんでいる。いくら絶大な魔力を誇る大魔王といえども同じことはできないだろう。 「浮遊大陸アルビオン。通称『白の国』よ」 名の由来は大陸の下半分が白い霧に包まれているためだ。 (この地ならば、陽光を遮るものなど永遠に現れないだろう……) 珍しく感傷に浸る彼とは対照的に船長は顔を蒼くしている。どうやら空賊が接近しているらしい。逃げ切れず、結局停船命令に従うこととなった。 太陽に祝福された地に見とれていた彼は、船倉に閉じ込められてからずっと物思いに耽っていた。 ミストバーンが傷を確認すべく袖をたくし上げ、鋼鉄の籠手を外すとルイズが悲鳴を上げた。左腕の掌から肘まで酷い火傷が広がっている。 ほとんど傷が癒えていないため再生能力もかなり衰えているらしい。 彼の顔がかげり、どんより曇った声で呻きつつ頭を抱える。 「ああ、バーン様からどのようなお叱りを受けるか……」 「何言ってんのよ! 誰か、誰か来て! 水を……メイジはいないの!? 怪我人がいるの!」 ルイズの必死の叫びとミストバーンの暗い姿で船倉内にはいたたまれない空気が充満した。ワルドが内心溜息を吐きながらルイズをなだめ、落ち込むミストバーンを励ます。 ルイズが落ち着きを取り戻し、ミストバーンが立ち直ると心の底から問いかける。 「何で君が怒られるんだい?」 「私の身体はバーン様のものだからだ」 答えてしまってから己のうかつさに気づき、顔から血の気が引いた。 この世界に着てからずいぶん警戒心が弱まっていると今更ながらに痛感した。そもそも、いきなり大勢の人間に素顔を見られ、そのまま放置せざるを得なかったのだ。 素顔を普段から隠しておけばいいのだが身に纏う衣は主から授かったもので、できれば常にその格好でいたかった。それに、額を隠すと視界が制限されてしまう。 ハルケギニアが完全に別世界であり、戻る見込みは今のところ全くないことも原因の一つだ。 だが、いくら精神的に不安定だとはいえこれほど危険な真似をしてしまうとは。 悟られたら殺すしかないため拳を握り締めるミストバーンだったが、特に引っかかってはいないようだ。 「大事にされているんだな」 勝手に納得している。安堵しかけたが、続くルイズの言葉に表情を変えた。 「バーン様と何か深い関係があるんでしょ? ミストバーンって名前で口を開けばバーン様のことばっかり。何かありますって言いふらしているようなものだわ」 反論できずに彼は黙り込んでしまった。 そこへ空賊が水とスープを運んできた。自分で応急処置をしようとしたが、動きはぎこちない。 肉体が傷ついても治す必要などなく、主の体を預けられてからは怪我をすること自体なかった。回復呪文や再生能力の存在もあり、手当ての経験など皆無だ。 見かねたルイズが布を奪い取って傷口を冷やしていくが、手つきは幾分マシな程度だ。 「慣れているそちらの男に任せればよかろう」 突然ふられたワルドは頭を抱えた。 (この男、わざと言っているのか?) 乙女心を粉々に踏み潰す言葉を聞き流し、ルイズは淡々と処置を進める。彼女の神経もかなり強靭になっているようだ。 それから空賊の頭の前に連れてこられ、貴族派につくよう勧められたルイズは一蹴した。震えながらも、頭を真っ直ぐに睨んで。 すると頭は豪快に笑い、変装を解いて本当の姿を現した。その正体はアルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダー。 確認を求められ、指輪を外して近づけると虹色の光があふれ出した。それはアルビオン王家に伝わる風のルビーであり、ウェールズ本人だと示していた。 ニューカッスル内の彼の居室へと向かい、手紙を受け取る。 明朝非戦闘員を乗せたイーグル号が出発することをウェールズは告げ、帰るように促した。彼の軍は三百、敵軍は五万。彼は真っ先に死ぬつもりだ。 ウェールズとアンリエッタが恋仲であることを悟ったルイズは悲痛な面持ちで叫んだ。 「閣下、亡命なされませ! 姫様は末尾で亡命をお勧めになっているはずですわ!」 「……ただの一行たりともそのような文句は書かれておらぬ」 苦しげな口調が真実を告げている。アンリエッタの名誉を守ろうとしていると知って、ルイズはそれ以上何も言えなかった。 やがて彼は最後となるであろうパーティーにルイズ達を招待した。 前ページ次ページゼロの影
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前ページ次ページゼロの雷帝 ルイズの案内なしに先をスタスタ歩いていき、正しく部屋に辿り着いた事にルイズは驚く。 「何であんた、わたしの部屋がどこにあるのかわかってるのよ」 部屋に入り、ベッドに腰掛けてルイズはゼオンにたずねる。 窓に腰掛け、相変わらず偉そうな態度でもってゼオンは答えた。 「ある程度はさっき読み取ったからな。詳しいところは知らないが貴様のことは大体知ってる」 「読み取った?そういえばさっきも言ってたけど、読み取ったってどういうことよ?」 「さっき、貴様の頭に触れただろう。オレは記憶を奪ったり与えたり、覗くことができる。 …覗く能力はつい最近偶然手に入ったものだがな」 ユノさん…本当のお母さんはどこ?お父さんは? そんなものはお前にはいないよ。 私には、お兄ちゃんがいる。 何故「バオウ」をガッシュに与えたのですか! 父上よ!そこまでオレが憎かったか!!? 「バオウ」を受け継いだガッシュがそこまで大切か? 口端に自嘲の笑みが零れる。 愚かだった自分。 弟を憎み続けた弱い心。 そんな事に自分は誰も憎まなかった弟の記憶を見てようやく気付いた。 この能力はある意味自分の愚かさの象徴でもある。 一方でルイズは驚いていた。 「嘘!?記憶を操るってあんた、ひょっとしてそれって魔法!?」 記憶を操るという事はひょっとしてゼオンは治療や精神を操る水系統のメイジなのだろうか? 実は杖をあのマントの下に隠し持っているのでは、それならば貴族の自分に対してもゴーイングマイウェイな傲岸不遜態度も納得がいく。 問いにゼオンは暫く黙考して 「違うな。オレは杖なんて持ってない」 違うと答えた。この能力の行使に杖など必要としないし、第一記憶を操るのは術ではない。 「じゃあ何だって言うのよ。そんなの魔法以外ないじゃない、先住魔法ってわけでもないんでしょ、あんた耳尖ってないからエルフじゃないみたいだし」 「オレが持つ能力だ。よくわからないこと全て魔法で片付けるってのはやめておくんだな。バカに思われるぞ、女」 「いちいちいちいち一言多いのよあんたは!大体前から貴様だの女だのって何よ、主人に向かって!」 「貴様や女で十分だ」 「ああああああああんた、わわわたしをどこまでバカに~~~!」 声が震えるほど怒り狂うルイズを尻目にゼオンはふん、と鼻を鳴らす。 誰がまともに呼ぶものか、とゼオンは胸中で吐き捨てる。 何故かはわからないが、ルイズからはある気配がする。 自分の本を読める者から受ける気配だ。 弱い魔物ならばともかく、一定以上の強大な魔物ならば察知できる気配である。 本とは魔物に眠る力が目覚めた時、術が刻まれる本であり、魔物の王を決める戦いにおいて最も重要なアイテムだった。 既に燃やされ、本の存在しない今では何の意味もないが、ルイズからその気配がするという事実はゼオンにとって非常に不愉快だった。 (オレのパートナーはデュフォーだけだ。こいつにオレのパートナーの素質があるなど絶対認めん) 「お前」や「ルイズ」などとまともに呼べばそれでルイズをパートナーと認めてしまったように思えてしまうのである。 まともに呼ぶくらいのことでそこまで考えなくても良いのだが、そこはそれ、いくら頭が良くても彼はまだ6歳の子供だった。 「聞いてるのゼオン!」 うがーっと吠えるルイズを無視し、ゼオンは腰掛けた窓から立ち上がる。 「それで寝床は?オレはどこで寝ればいい?」 無視されたルイズは更に血圧が上りかけるが、意趣返しの方法を思いついてにんまりと笑う。 「あんた床。使い魔だもん当然よね」 毛布一枚もなしな徹底振りである。 これで少しは態度を改めるだろう、と思ったらゼオンはマントにくるまって窓にまた腰掛けた。 どうやら寝始めたらしい、マントにくるまっているので姿は見えないが。 とことん思い通りにならない使い魔にルイズはうむむむ…と唸っていたが、おかしいことに気付いた。 (あれ?ゼオンのマントってあんなに長かったっけ?) 聞いてみようかとも思ったが、もう寝ているようだし、今から起こして聞いてもまともな話にはならないだろうと彼女は諦めた。 というか、あのとんでもなく生意気な子供相手ではどの状態でもまともに会話できる自信がない。 彼女も寝るべく、手早く寝巻きに着替える。 ベッドに入り、シーツを被ったところで―――手に当たるものに気付いた。 何かと思ってシーツをまくって見てみるとそこには、 「あ…」 銀色の本があった。 昨日の事を思い出す。ゼオンと契約した後の事を。 コルベールが重症を負ったゼオンの身体を慎重に抱え上げる。 「それでは私はこの子供を医務室へ…おや?」 どさり、とゼオンのマントから何かが落ちる。 たまたま近くにいた、見事な巻き髪とそばかすを持った女生徒、モンモランシーがそれを拾い上げる。 「これ…本?やけに大きいわね…?」 ぱらり、とめくってみる。 「何これ?」 本の中は見たこともない文字で埋め尽くされており、彼女には文字通り一つも読む事が出来なかった。 本、と聞いて食指が動いたのか青髪の少女が手を出す。 「貸して」 「タバサ?いいけど」 手渡すと、タバサは暫くの間本をパラパラとめくってじっと見つめていたが、 「駄目。読めない」 パタン、と本を閉じた。 「本の虫のタバサでも読めないの?これはお手上げね」 ご丁寧にも手を上げてそう言うモンモランシー。 どんなものかと生徒達の興味が集まり、にわかに騒ぎ始めたところでコルベールが割って入った。 「もういいでしょう。皆さんは学院に戻り、その本はミス・ヴァリエールに渡してください。彼女の使い魔の持ち物ですからね」 「はい、わかりました。ほら、ルイズ」 「ん…」 ショックで忘我状態に近いルイズは鈍い反応だったが、何とか受け取った。 そんな彼女を尻目にコルベールはゼオンを抱えた状態で、他生徒達はいろいろと喋りながらフライの呪文で飛んで行った。 (その後は良く覚えていないけど、確か学院に戻ってベッドの中に放り込んだんだっけ) あの時は酷い状態だったので、しばらく記憶をたどってようやく思い出した。 しかし今思い出してみると好奇心がむくむくと湧いてくる。 何せあのタバサにも読めなかった本なのだ、何と言うか、興味がある。 (どんなヘンテコな文字なのかしら、それにしても誰にも読めない本って事はゼオンはよっぽど未開の土地から来たってことよね) 内心で含み笑いをしながら本をめくる。 確かに変な文字だった―――1ページ目を除いて。いや、1ページ目も確かに変ではあるのだが。 (え…?これ、読める、わよね…?) 彼女には1ページ目だけだがそこに書かれた内容を読み取る事が出来たのだった。 そこにはページ全体に (…ざ…け…る…ザケル…?) ザケル、と書かれていた。 一方、ルイズは寝たと思っていたがゼオンはまだ起きていた。 (オレは何故、こんな立場に甘んじてる?) 自分でもおかしいと感じる。使い魔などという屈辱的立場に同意したことに。 かつてリオウという魔物と戦った時のことを思い出す。 「お前みたいなバカに従うってのは、たとえ演技でもオレのプライドが許さねえ」 あの時言った言葉に偽りなど全くない。使い魔など、はっきり言って部下以上の屈辱だ。そんなものに何故自分は同意した? (実際バオウの傷の治療なんて大した事ではない…確かに治りは遅くなっただろうがオレなら二、三日ほっとけば回復した) 傷の治療など大した恩ではない。むしろこんな見知らぬ世界に連れてこられた事で相殺どころかマイナスだ。 しかし何故かあの時自分はその大した事のない恩で、プライドとの葛藤の末とはいえ、使い魔となることを受け入れていた。 少なくとも自分はあの場でルイズを殴り倒していてもおかしくなかった。いや、むしろその方が自分らしい。 ガッシュのパートナー、清麿とも口論を繰り広げたがその際に彼は口どころか手も足もマントも術も出していたのだ。 やはり自分らしくない。弟に敗れ、憎しみが消えた事で丸くでもなったか?と自問する。 答えは否だ。確かに多少丸くなった面はあるだろう、しかしそれくらいでプライドを安売りなんぞしない。 (あえて挙げるならコレか) 左手に刻まれたルーンを見やる。 このルーンにどのような意味があるのかは知らないが、このルーンから自分の精神への干渉感覚はずっとあった。だが。 (ふん、こんなもの) 一笑にふす。このルーンからの干渉の力は弱すぎる。ただの人間相手でも大した効力は得られないだろう。 こんな程度のもので自分の行動に影響があったとは、とてもではないが思えない。 (あとはあの女にやった、または受けたことで思いつくのは…記憶、か) 覗いた記憶に思いを馳せる。全てを覗いたわけではないが、ゼオンはルイズの過去を含め大体の内容を掴んでいた。 故に、自分が倒れている間に起こったルイズの錬金失敗による教室爆破事件も知っていたのである。 ルイズの記憶で自分が取り立てて何か行動に影響が出るものはなかったはず…と思う。 しかしこれ以外に当てがないのも事実、順番に思い返す。 どれだけ努力しようとも一向に魔法が使えない事に泣いていた幼少。 「ちいねえさま」と姉に懐く、コンプレックスを感じつつも両親を、家族を愛し、大切に思っている姿。 トリステイン魔法学院への入学、ゼロと馬鹿にされ続ける日々。 そして、使い魔の召喚――― (……!?) 思い返しているうちに自分の感情の一端に気付き、ゼオンはかぶりをふった。 (バカな、こんなどうでもいい記憶で…!) 胸中で激しく否定し、ゼオンはこれ以上このことについて考えるのをやめた。 所詮どうでもいいこと、今考えねばならんのはどうやって魔界に帰るかだと自分に言い聞かせる。 (記憶ではコルベールとかいう教師が一番いろいろと知ってるそうだな…明日そいつから情報を集めるか。チッ、研究者畑の奴にはムカつく思い出しかないんだがな) とにもかくにも、魔界への帰還方法を探さなければならない。 ガッシュが王となった後の補佐や、その前にはガッシュを虐待していたユノとかいうゴミの始末を魂化する前に行わねば。 そこまで考えてゼオンはようやく身体を休め、眠りへと落ちていった。 そう、絶対に間違いなのだ。 ―――ルイズの記憶を見て、それを眩しいと思ってしまったことなど。 前ページ次ページゼロの雷帝
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「ドスペラード」のエイジを召喚 ゼロの使い魔は魔法使い(童貞)-01 ゼロの使い魔は魔法使い(童貞)-02 ゼロの使い魔は魔法使い(童貞)-03 ゼロの使い魔は魔法使い(童貞)-04
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前ページ次ページゼロの社長 「待ってくれたまえ、海馬君。」 ギーシュとの決闘の後、廊下を歩いていた海馬を呼び止める声がした。 振り返るとそこにはコルベールが息を切らせながら追いかけてきていた。 「疲れているとは思うが、ちょっと学院長室まで来てもらえないだろうか。 オールド・オスマン…この学院の学院長が、君に話したいことがあると。」 「ふん。用があるなら自分で来い…といいたいところだが、俺にも貴様らに聞きたい事がある。いいだろう、案内しろ。」 「よく来てくれた。私がこの学院の学院長を務める、オスマンじゃ。 さっきの戦い、ここで見させてもらった。」 学院長室にはオスマンがいた。 ロングビルには席をはずすように言っておいたのだ。 オスマンがすっと杖を振るうと、さっきと同じようにヴェストリの広場の様子が映った。 さっきと違うところは、夜であることと大きなクレーターができている事だ。 「覗き見とは趣味が悪いなじじい。」 「じじい…まぁ、よい。君にいくつか聞きたい事と伝えたい事があってな。 わざわざ来てもらったわけだ。早速じゃが、これを見て欲しい。」 オスマンが合図をするとコルベールが手に持っていた本のページを開く。 大きく特徴的なルーンとその説明文が書いてあるのだが、残念な事にハルキゲニアの文字は海馬には読めなかった。 「悪いが、この世界の文字は読めん。言いたい事があるならわかりやすく言え。」 「この世界…やはり君は異世界から来たのかい!?」 「ミスタ・コルベール。興味が湧くのはわかるが、こちらの話を伝えるのが先じゃ。 海馬君。君の左腕には、その本に載っているのと同じルーンが刻まれている。 それは伝説の使い魔『ガンダールヴ』のルーンじゃ。」 「『ガンダールヴ』とは伝説の存在でね。あらゆる武器を使いこなすという。 今回の戦いでは、君は武器を使うまでも無かったけど、戦闘中君のルーンはずっと輝いていた。 つまり、その腕輪は武器として認識されたということじゃないだろうか?」 「ふむ…つまり、モンスターの実体化はこのルーンのおかげだと?」 「うん、おそらくは、それこそがガンダールヴのちから…」 「いいや、違う。」 オスマンは低い声で否定した。 「少し場所を変えよう。海馬君、ちょっと宝物庫まで付き合ってくれんかね。 ミスタ・コルベール。ここまで話したついでじゃ、君もついてきたまえ。」 魔法学院本塔5階にある宝物庫。 オスマンは鍵を使い厳重な扉を開けた。 そして、衛兵達に聞かれないように、その扉を硬く閉じた。 「かび臭いところだな?なんだここは?ガラクタ置き場か…?」 宝物庫とは言え、宝物だけでなく、ハルキゲニアでもガラクタ扱いされているものまでまとめて突っ込んでいるような場所である。 海馬がガラクタ置き場と評するのも無理は無かった。 「見てもらいたいのは、これじゃ。」 オスマンが取り出したのは、ショットガンくらいのサイズの銃に見えるものと小さい箱だった。 箱は丁度、トランプを収めて置けるくらいのサイズだった。 オスマンがそれを開くと、その中にはデュエルモンスターズのカードが入っていた。 「なっ…これはデュエルモンスターズのカード!なぜこんなものがここにある。」 「これは…海馬君の腕にあるのと同じカードですね。」 海馬はカードを受け取り、デッキの内容を見ていく。 デッキの内容は炎属性に特化していて、永続魔法を主体に戦うデッキのようだった。 海馬はあらかた見終わると、それをコルベールにも渡した。 コルベールはそのカードそのものもさることながら、印刷技術にも魅力があるようだった。 「昔話に付き合ってもらえるかな?30年前、森を散策していた私は、ワイバーンに襲われた。そこを救ってくれたのが、そのカードの持ち主じゃ。 彼は召喚銃と後に呼ばれる事になるアイテムにそのカードを入れて、炎に包まれたモンスターを呼び出した。 そして、ワイバーンを倒したのじゃが、そのまま倒れてしまった。 怪我をしていてな。すぐに私は学院に彼を連れ帰り、手厚く看護をした。 だが、看護の甲斐なく…」 『……』 3人の間に重い空気が流れた。 「わしは彼を墓に埋葬した後に、この召喚銃を恩人の形見として宝物庫にしまったのじゃ。その際に銃から出てきたのが、そのカードじゃ。」 「ふむ…俺以外のデュエリストがこの世界に現れたというのか…。 それにこの銃…どうやらデュエルディスクのようだな。」 「デュエルディスク…?」 「俺の左手にあるものと同じものという事だ。つまり、俺以外の人間でもモンスターを召喚できるという事だな。」 「そう言いたいのじゃがな、わしも触ってみたのじゃが、彼のようにモンスターを出す事は出来なかった。 使い手を選ぶのかのう…」 「ふむ…」 そういいながら召喚銃を触ってみる海馬。 突然左手のルーンが輝き、そのデュエルディスクの情報が頭に入ってくる。 「そうか…これは…」 「どうしたのかね、海馬君。」 「なるほど、ガンダールヴのルーンの力というのが今理解できたようだ。 武器としてイメージされるものの使い方を情報として得る事ができる。 ふむ、こいつはいまストッパーがかかっている状態のようだ。 このようにすれば…」 カチカチと弄ると、それはデュエルディスク形態になった。 「これを左手にはめ、デッキをセットすれば召喚できるはずだ。じじい、ちょっとやってみろ。」 「いや、しかし…この狭い中では危険じゃろう。」 オスマンは、ボロボロになっていたルイズの部屋や、あのクレーターを思い出した。 「固定化の魔法がかかっていますので、物自体は大丈夫かと。 それに、さっきの戦闘で見たところ、召喚するモンスターは自分で引いた5枚の手札から選べるようですし、 モノはためしということで。」 二人にいわれオスマンはそのデュエルディスクをつけた。 「枠が黄色、もしくはオレンジ色のカードがモンスターカードだ。」 「これかの…?」 と、ここでオスマンはさっきの海馬の姿を思い出しすっと息を吸い… 「いでよ!ヴォルカニックロケット!」 叫び声とともにパシッとデュエルディスクのモンスターゾーンにカードを置くオスマン。 …しかし、なにもでてこない。 微妙な空気が3人の間に流れた。 「ぬ?」 「おかしいですね?私にやらせていただけませんか?」 そういってコルベールも同じ要領でデュエルディスクを受け取り、手にセットしてみた。 「えっと…これって叫ばないといけませんか?」 「相手に召喚するカード名を説明するために、俺たちはカード名を言っている。 そのルールに乗っ取ってみる方がいいんじゃないか?」 「そうじゃ、私なんか叫んだ上に出なかったんじゃぞ。超恥かしいわい。ミスタ・コルベールも叫ばんかい。」 じじい…恥を人にも押し付ける気だな…と、おもいながらコルベールはしぶしぶ言う事にした。 「えーっと、黄色かオレンジのカード…」 「ちなみにモンスターカードでもレベル5以上のモンスターには生け贄が必要だ。また特殊な召還条件が必要なものもある。 さっきじじいが出そうとしたヴォルカニックロケットはレベル4。召還条件もないから、召喚できるはずだが?」 「ふむ、ではこれにしますか。出でよ、ヴォルカニックラット!」 刹那、デュエルディスクが光を放ち、床の上に火に包まれたネズミが現れた。 確認のためにコルベールが手を伸ばすと、そのネズミは熱を持っており、確かにその場に存在していた。 「おおおおおおおおおおお!これはすごい!」 「ふむ…なぜ私にできず、ミスタ・コルベールには召喚できたのか…」 チッと誰にも聞かれないような舌打ちをしつつぼやくオスマン。 「おそらくは魔法の属性の問題ではないか?コルベールは火属性のメイジと聞いた。デッキも火属性メインのデッキだ。 詳しく調べるにはカードが足り無すぎるが、この世界の人間がモンスターをデュエルディスクで召喚するには、 その属性とあったものじゃなければならないなどの制約があるのだろう。」 おおーなどといいながら、ヴォルカニックラットと戯れているコルベールをよそに話を進める海馬とオスマン。 「じじい、俺の力も自覚できていない部分がある。 おもに召喚や魔法を使うルールについてだ。 そこでだが、あのデッキとデュエルディスクを、コルベールに預けては置けないか? デュエルは相手がいなければ成立せんし、2人のほうが効率よく調べられるだろう。」 ふむ、とオスマンは返した。 「じゃが、あれがもし別の、炎を使うメイジに奪われたら面倒な事にはならんか? 近頃は土くれのフーケとか言うこそドロが、この界隈をうろうろしている。」 「この世界で今のところ、デュエルディスクの使い方を知っているのはこの場にいる3人だけだ。 なおかつデッキは、俺のものとあの炎属性のデッキの二つだけ。 俺のものは盗ませんし、あのデッキを奪った奴がいたのなら、おれがデュエルをして倒せばいいだけの話だ。」 「ふむ、ミスタ・コルベール」 「はっ!はい?なんでしょう。」 いろいろデュエルディスクを弄ろうとして、そのプランを頭の中で膨らませていたコルベールが、はっと我に帰る。 「そのカードと召喚銃を君に預ける。」 「はい…はいィ?いまなんと?」 「それを君に預けるといったのだ。」 「いや、しかし…」 「デッキも、デュエルディスクも、全てはデュエルのためにあるものだ。埃を被らせておくなど、カードが泣くぞ。」 「結果的に、このデュエルディスクを君が扱える事がわかったのだ。 宝物庫の中で眠らせておくより君のもとにあったほうがいいだろう。」 コルベールは迷っていた。 確かに魅力的なものではある。 しかしこれは同時に恐ろしい兵器になりうるものだ。 もし自分が使い道を誤ったら、また『あのとき』のような事になるのではないか…? その時、オスマンに肩を叩かれた。 「君が危惧している事は大体わかる。この力が恐ろしいものであることも。 だが、力は使うもの次第で善にも悪にも変わる。 そして私は、君がそれを正しいように使えると知っている。」 「オールド・オスマン…わかりました、召喚銃。確かにお預かりします。」 「話が長引いてしまったようじゃな。ふむ、今日はこの辺にしておこうか。 何か気になる事があったら、わしかミスタ・コルベールに聞くといい。 わしらは君の味方だ。」 「私も力になれるように努力するよ。さしあたっては、デュエルディスクの能力の解明についてかな?」 「ふむ、では近いうちにデュエルの基本ルールを覚えてもらうか。 ぬう、こちらの文字がかけないというのは不便だな。 ルールブックを渡しても意味が無い。」 「ははっ、そうだね。昼間とか目立つ時間、それに学内でやるのはまずいから、 夜にでも学外に出て検証するとしようか。」 そう喋りながら、3人は宝物庫の扉を出た。 だが、扉の外には… 「セト…何か言いたい事があるなら先に聞くわよ?」 なぜかボロボロのルイズと 「オールド・オスマン?今日中に終わらせなければならない仕事の山がたっぷり残っているんですが?」 おなじくボロボロのロングビルが、怒りの表情で宝物庫の入口の前に仁王立ちしていた。 前ページ次ページゼロの社長
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前ページ次ページゼロのアトリエ 早めの出席を旨とする生徒達がようやく集まり始めた、朝の教室。 とある四人が、彼女達にしかわからない会話を続けていた。 「ガラス玉?そんなもの作ってどうするの?」 キュルケが問う。たしかにガラスは高価だが、手に入らないほど高いというほどでもない。 「ガラス玉は基本だよ?宝石の代わりにもなるし、メリクリウスの瞳とガラス器具はいつか必要になるし…」 「それに、これを錬金術で作る事に意味があるんだから。」 ヴィオラートが、ガラス玉製造の必要性を強調する。 「ガラス玉でも、宝石の持つ魔力を代用できるの?」 ルイズが質問する。魔法の授業とは違い、そこに理不尽なハンデは存在しない。 「うん、一応効果は発動するし、品質そのものはいいものが…」 授業前の、四人が揃う最初の時間は、放課後の錬金術教室の企画立案の場となっていた。 ゼロのアトリエ ~ハルケギニアの錬金術師14~ 教室の扉がガラッと開き、ミスタ・ギトーが現れる。 長い黒髪に黒いマントを纏ったその姿は不気味であり、 その不気味さと冷たい雰囲気からか、生徒達には全く人気がない。 「では授業を始める。知っての通り私の通り名は『疾風』。疾風のギトーだ。」 教室中が静寂に包まれ、ギトーは満足げに頷いて授業を続ける。 「最強の系統は知っているかね?ミス・ツェルプストー。」 「『虚無』じゃないんですか?」 「伝説の話をしているわけではない。現実的な答えを聞いてるんだ。」 何かを期待するようにキュルケを見るギトー。 キュルケはその裏に気付いたが、気付かないフリをしてギトーの求める言葉を吐いてあげた。 「…『火』に決まってますわ。ミスタ・ギトー。」 キュルケはうんざりしながら、ギトーの幼稚な証明につきあうことにする。 「ほほう。どうしてそう思うね。」 「全てを燃やしつくせるのは炎と情熱。そうじゃありませんこと?」 「残念ながらそうではない。」 ギトーは腰の杖を引き抜いて、言い放つ。 「試しに、この私に君の得意な火の魔法をぶつけてみたまえ。」 「火傷じゃ済みませんわよ?」 キュルケは、目を細めて言った。 「かまわん、本気で来たまえ。その有名なツェルプストーの赤毛が飾りでないのならね」 キュルケは杖を振り、小さな火の玉を生み出す。 その玉を一メイルほどに成長させると、適当にギトーへ向けて押し出した。 ギトーはその火の玉を避ける動作もせずに、杖を横薙ぎになぎ払う。 烈風が巻き起こり、火の玉をかき消し、その向こうにいたキュルケを吹っ飛ばした。 悠然として、ギトーは言い放った。 「諸君。風が最強たる所以を教えよう。風は全てをなぎ払う。」 キュルケが気だるげに起き上がり、両手を広げた。気にすることもなく、ギトーは続ける。 「不可視の風は、諸君らを守る盾となり、敵を吹き飛ばす矛となるだろう。」 「そしてもう一つ、風が最強たる所以…」 ギトーは杖を立てた。 「ユビキタス・デル・ウィンデ…」 低く、呪文を詠唱する。 しかしその時、教室の扉がガラッと開き、緊張した顔のコルベールが現れた。 「ミスタ?」 ギトーは眉をひそめた。 コルベールは妙にめかしこんでいたのだ。 頭に金髪ロールのカツラをのせ、ローブの胸にはレースの飾り。 ご丁寧に靴まで趣味の悪い金箔で飾り立てていらっしゃるようで。 「あやや、ミスタ・ギトー!失礼しますぞ!」 「授業中です」 「おっほん!今日の授業は全て中止であります!」 コルベールは重々しい調子で告げた。教室から上がる歓声に、コルベールが手を振って答えたまさにその時。 金髪のカツラが「しゅるっ」という軽妙な音を立てて滑り落ちた。 教室中の生徒が、コルベールから目をそらして必死に笑いをこらえる。 一番前に座ったタバサが、コルベールの禿頭を指差してぽつりと呟いた。 「滑落注意」 教室が爆笑に包まれた。 コルベールは顔を真っ赤にして怒鳴った。 「黙りなさい!ええい、黙りなさいこわっぱどもが!」 とりあえずその剣幕に、教室中がおとなしくなった。 「えーおほん、本日は恐れ多くもアンリエッタ姫殿下が、この魔法学院にご行幸なされます」 教室がざわめきに包まれる。 「そのために本日の授業は中止。正装し、門に整列する事。」 生徒達は、緊張した面持ちで一斉に頷く。 コルベールはたっぷりと生徒達を見渡してからようやく満足し、重々しげに首を縦に振った。 整列した生徒達は杖を掲げ、しゃん!と小気味良い音を響かせる。 魔法学院の正門をくぐって、王女様ご一行が姿をあらわした。 馬車が止まり、玄関と馬車の間に非毛氈のじゅうたんの道が作られる。 「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおなーーりーー!」 そのように告げられたのだが、しかし、最初に姿を現したのは四十過ぎの痩せこけた男であった。 がっかりである。 生徒達の落胆を見て取った男は、意に介した風も無く馬車の横に立ち、続いて降りてくる王女の手を取る。 生徒達の間に歓声が沸き起こった。 「あれがトリステインの王女?ふん、あたし達とそう変わらないんじゃない?」 キュルケがつまらなそうに呟く。 「そ、そうかな?綺麗な人だと思うけど…」 問われたヴィオラートはそう答え、何気なくルイズに視線を送るが… ルイズは顔を赤らめ、惚けたように何かを見つめている。 その視線の先には、羽帽子を被り鷲の頭と獅子の胴を持つ幻獣に跨った、りりしい貴族の姿があった。 脇を見ると、キュルケもいつの間にか赤い顔で羽帽子の貴族を見つめている。 そんなにいいのかなあ、と思いつつ、ヴィオラートはその貴族をじっくりと観察してみる。 ヴィオラートはその貴族に違和感を感じた。何かと似ているのに違う、本物とそれを装っているものの違い。 何が本物でなにが装っている…偽者なのか。具体的な言葉が、なかなか思い浮かばない。 その貴族が通り過ぎ、従者の列も通り過ぎ、生徒達も散会し始めた後になってようやっと思い至る。 (どこがというわけじゃなくて、全体的に…ロードフリードさんと雰囲気が似てるんだ。) 礼儀正しい振る舞い、隙のない動作、そしていつも浮かべる微笑。 (似ているけど違う。それも何か、致命的な違い…) ヴィオラートは、穴の開くほど観察したその微笑を何回も思い出して、手がかりをつかもうと考えた。 ルイズを見たときの微笑、アンリエッタを見たときの微笑、学院に向けた微笑… そして、ルイズがわずかにその貴族から視線を外し、アンリエッタを見た瞬間の彼の表情にたどりつく。 特別に、違和感を持って観察して見なければわからないような刹那。ルイズに向けられた酷薄な眼差し。 彼は何かを装っている。もしかしたら、全てを。 ヴィオラートは一抹の不安を抱えながら、人気の消えた玄関先をあとにした。 前ページ次ページゼロのアトリエ