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「あんた誰?」 「……?」 彼女は突然の状況変化に、ぽかんとしていた。 ついさっきまで、いつものようにお散歩→草原でお昼寝→お兄ちゃんを影に日向にストーカーの三連コンボを決めようとしていた矢先に、変な穴から落ち、気がつけば桃色の髪をした少女から冒頭の言葉をかけられる。 知らない人に突然そんな事を言われてもどうしようもなく、ビクンと小さく震えてから、彼女は水色の髪と分不相応に大きなリボンを勢いよく振って、辺りを見回し始めた。 桃色髪の少女、ルイズがもう一度名を問おうとした時、 「ルイズが平民を呼び出したぜ!」 と誰かが言ったのを初めとして、周りの生徒がはやし立てる。その騒ぎの中心にいる彼女は更に震えるが、誰も気付かない。 「ちょっと失敗しただけじゃない!」 「流石ゼロのルイズ!失敗は御家芸だな!」 「ミスタ・コルベール!もう一度召喚させて下さい!」 「それは駄目だ。一度呼び出したものは何であれ、契約する事が伝統だ」 飛び交う罵声、嘲笑、絶叫。それがとてもやかましくて、なんだかどうしようもなくて、大好きなお兄ちゃんの気配を感じられなくて。 「ふぇ…えぅ…ええええええん!!」 彼女は、ただ泣くしかなかった。 ルイズは困惑していた。何回もサモン・サーヴァントに失敗し、やっと成功したと思えば平民の、しかも年下っぽい少女。おまけに突然泣き出したが、幸いコントラクト・サーヴァントで使い魔として契約成功し、泣きやんでくれたが。 (そう、ノーカンよ。相手はただの平民で、しかも年下の女の子) 部屋のベッドの上で煩悶するルイズ。これが年頃の男なら傘で殴って蹴って錬成して刀で斬るぐらい調教し、勘違いしないように上下関係を叩き込む所だが、相手が相手だけにそうも行かない。 何も知らず無邪気に部屋の物を珍しげに眺め回す使い魔の様子を見ながら、ふと契約直後の光景を思い出した。 解散と相成り、他の生徒が空を飛んで帰って行く。後に残されたルイズと彼女は、やがて歩き出した。涙の跡が生々しいが、落ち着きはしたらしい。 (よくみると…可愛いわね) 何というか、庇護欲を沸き上がらせるタイプだった。振り向いて見ると「?」と首を傾げる様子は、小動物を思い浮かべる。 背はルイズより少し小さいぐらい、体型も同じぐらい。 否、訂正。胸のサイズが僅かに負けていた。 「くっ……」 「どうか、したの?」 「何でもないわよ。そういえば、名前を聞いて無かったわね」 「憐は、憐っていうの」 「レン?解ったわ。わたしはルイズよ。ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール。今日から貴方のご主人様!」 「ご主人様?ルイズお姉ちゃん?」 「―――ぐはっ!?」 それは反則だとルイズは思った。そんな脳がとろけそうな声で、仕草で、お姉ちゃんは犯罪ではないかと思わざるを得ない。 「お姉ちゃん、どうしたの?」 「な、何でもないわよ…それより、召喚した時に突然泣いたけど、どうしたのよ」 質問した直後に失敗だと悟った。憐は、再び泣きそうな顔に変わった。正直泣き顔も可愛らしいな畜生と考え、続いてわたしは正常よ、正常なのよと心中で連呼しつつ、手のかかる妹を世話している気分に駆られた。 つまりは、この時に力関係が決まったのだろう。貴族や平民というのを超越した何かで。 「お兄ちゃんが…お兄ちゃんがどこにもいないの…ひっく」 「ああもう、泣かないでよ!ええと…どうして解るの?」 「よく分かんない…けど、お兄ちゃんがいる時は分かるの。それがなくなって…」 「わ、分かったわ。レン、あんたの兄さん、探してあげるわ」 言ってからまた失敗と思った。大体居場所も特徴も何も解らないのにどうやって探せと言うのだ。 だが、憐が返して来た太陽の様に暖かい笑顔を見て、ああやっぱいいかも、とハァハァしていた。ダメな人に一歩近付いていた。 が、そこからが問題だった。使い魔のルーンがあったから使い魔だとは解ったのだが、やり取りの一部抜粋を見れば分かるだろう。 「つかいまってなあに?」から始まり、 「何をすればいいの?」 「主人の目となり耳となる力、つまりレンが見たものをわたしも見る事が出来るんだけど…」 「?」 「無理みたいね。次はわたしの望むもの、例えば秘薬とかを見つけてくるとか―――」 「ひやく?」 「―――も無理かしら。最後に、わたしの身の回りの世話と護衛……なんてさせられるかぁ!」 「ひゃうっ?!」 「こんな可愛い子に……ハァハァ」 (ガクガクブルブル) つまりは、使い魔として悪い意味で規格外だった。何もできない。けどマスコットとして置いておけばいいかしら、可愛いしと行き着く辺り、更に毒されていた。 むしろ末期じゃねーか、という意見は貴族の誇りにかけて黙殺する。 意識を現実に戻す。 憐という名の使い魔はいかにも眠そうに、ふわあと脳をダメにしそうな声であくびをし、目をこすっていた。 案の定ダメになった人間がここにいた。 「眠いの?」 「うん……」 「じゃあ、一緒に寝ましょう」 (抱き枕として) 「う、うん……ありがとう、お姉ちゃん」 ざんねん! るいずのぼうけんは ここでおわってしまった! 寝床で聞きたい事、話したいことは山ほどあったのだが、舌ったらずの声に意識を刈り取られ、あえなく死亡確認となってしまった。 (使い魔とか全然知らないって事は、何なのかしら……ガクリ) 「あれ?お姉ちゃん、もう眠ったの?」 「それじゃあ、失礼します……お兄ちゃん、お姉ちゃん、おやすみなさい」 空にはただ、二つの光り輝く月と、黒い月が星々とともに浮かんでいた。
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前ページゼロの仲魔 使い魔召喚の儀式が終わり、すぐに二年生の授業というものは始まっていた。 このとき、使い魔が同伴するというのが慣習である。つまり、規則ではない。だから、咎められる事はなかったのだが、馬鹿にされてしまった。 召喚に失敗した。家柄で進級した。魔法が使えない。 ゼロ、ゼロ、ゼロ。 授業が始まってから毎日、朝食を終えてから授業の準備をするのであるが、気が重たかった。染みが広がるように、鬱屈したものが溜まっていく。動けない。 しかし、ここで引きこもってしまったら隣のキュルケを始めとする同級生にとことん馬鹿にされてしまう。うんうんとベッドの上で唸っていたが持ち前の意地で準備を始めた。 最近のルイズはこの試練を越えるのが日課になっていた。 鏡の前で身なりをチェックし、おかしいところがないのを確認する。これからのこと、雨のように降ってくる罵倒に気構えもする。自分で自分に応援をし、がちがちに鎧を着込む。 そうして、心が平静になってからルイズは部屋の扉を開け、目の前にある真っ黒なものに困惑した。 妙なことである。昨日までも、食堂から帰ってくるまでもこんなものはなかった。というか廊下にあったら邪魔だ。 『なにを呆けているのだ?』 聞き覚えのある声。ルイズが視線を上げると、少年が見下ろしてきていた。 その彼の肩に、声の主、猫のゴウトが座っていた。 「……え、あんた誰?」 『うぬが呼んだんのろうが! 忘れるな!』 合点が言った。あまりに急な事で即座に記憶から引き出されなかったのだ。 目の前の男は彼女が召喚した使い魔である。 「あなた、大丈夫なの? 先生の話じゃあ数日で目覚めるとは聞いてたけど、動けるようになるとかは言ってなかったわよ」 『そこらのものたちと一緒にするな。治療されればどうということはない』 「そういうものなんだ」 じろじろと、値踏みするかのようにルイズは少年を見つめた。 「まあいいわ。いいこと、あんた、えっと……」 「――ライドウ、葛葉ライドウ」 「そう。ライドウ、あんたは私の――」 『説明はとうにしている』 出鼻を挫かれた。 ルイズはゴウトを睨むが、とりあえずこの場が廊下なので、とっとと話をすませることにした。 「とりあえず、いいこと。今日からしっかり働きなさいよね。あんたはこの私の、使い魔なんだから」 ライドウは少々考え込んでいたが、すぐに口を開いた。 「……今後ともヨロシク」 彼は素直だった。もしここで誰がやるかこのゼロとでも罵倒されれば蹴りの一つや二つはしてやろうかと思ったが、まったくそんなことはなかった。ルイズはほんの少しだけ気をよくし、食堂へ向かうためにと歩き出した。 と、すぐにその足が止まり、上昇傾向だった気分は暴落する。彼女の目の前に、今度は隣室のキュルケが立ちふさがっていたからだ。 「おはよう。いい朝ね、ヴァリエール」 「あんたに会わなかったら最高の朝だったでしょうね。ツェルプストー」 その返答にくすくすとキュルケは笑った。 「ご機嫌斜めね。ようやくそちらの男性、あなたの使い魔が目覚めたって言うのに。そうだわ、折角だから使い魔同士、親交を深めてもらいましょう。フレイムー」 キュルケが名前を呼ぶと、のっしのっしと彼女の背後から大きなトカゲがやってきた。むしろ大人の鰐に近い体格である。 ちろちろと舌のように口から火を出している。体表は燃えるように赤い。 「サラマンダー、相変わらず立派ね」 ルイズが悔しそうに頬を引きつらせながらその種族の名前を呟くと、キュルケは人差し指を振って訂正した。 「正確には、火流山脈に生息する亜種よ。見なさいこの立派な姿を。普通のサラマンダーよりももっとレアなんだから。やっぱり使い魔っていえばこういうのじゃないとねえ」 おほほほと、実に楽しそうに笑っていた。 ルイズのコメカミがひくついている。 「そりゃよかったわね。ええ。で、話はそれだけなのかしら」 「それだけよ。じゃあお先に失礼……」 キュルケの言葉が止まり、視線がサラマンダーに向けられた。ルイズもそちらに目をやると、自身の使い魔であるライドウとそのサラマンダー、使い魔同士が目を合わせていた。 敵対心があるわけではなく、どちらかといえば、飼い主とペットという具合であった。 『なにをしているのだ? ライドウ』 「――いや、なんでもない」 ゴウトに言われ、ライドウは視線を外す。サラマンダーもすぐに自身の主であるキュルケのところに戻った。 「えと、ともかく先に行くわね」 ばあいと手を振ってキュルケは離れていった。 ルイズはその背を見送ってからライドウに目を向けた。 「あんたね、ツェルプストーなんかの使い魔と仲良くしてんじゃないわよ!」 『えらい理不尽だな』 「ゴウトは黙ってなさい! いいこと、あの女の家系は敵! 敵なんだからね!」 『なにかあったのか?』 「なにかどころじゃないわよ!」 床を踏み抜くほどの勢いで地団駄をふみ、ヴァリエールとツェルプストーの因縁を口にした。 国境を境にして隣接しあう領地なために戦争になれば真っ先にぶつかりあい、平時であれば男は女を奪い合い、女は男を奪い合う。いや、男女関係においてはヴァリエールは常に奪われる側だった。 そうなればその恨みもわかるようなものであるが、少々行き過ぎているきらいもあった。誰もそのことを指摘しないが。 ひとしきり文句を口にしたらすっきりしたのか、ルイズはずんずんと廊下を歩いていった。ライドウとゴウトもその後ろをついていく。 教室にルイズたちが入ると、一斉に視線を向けられる。ネチネチとした、厭らしいものがこめられていた。それを無視し、誰も周囲にいない一角に座った。ライドウは無言で彼女のそばに立っている。 やはり、というか、当たり前であるが、彼女以外には人の使い魔など呼んではいなかった。鳥や蛙、モグラに蛇、窓を見やると鮮やかな青色の巨大な竜が部屋を覗いていた。 『ライドウが眠ってる間に散策していたのでもう驚かないが、一堂に会すとなかなか壮観だな』 「――悪魔は、いないか」 ゴウトとライドウがなにやら話をしているが、気にも留めなかった。 すぐに教師、シュヴルーズというふくよかな女性もやってくる。騒いでいたものたちも静まり、それぞれの席についた。 彼女は教壇に立ち、笑みを浮かべて生徒たちを見回した。 「皆さん。春の使い魔召喚は大成功だったようですね。このシュヴルーズ、毎年この季節を楽しみにしているのですよ」 彼女にとってはこのクラスはまだ授業を行っていなかった。 そうして、ルイズたちに目を向ける。 「あらあら、ミス・ヴァリエールは珍しい使い魔を召喚しましたのね」 にっこりと微笑みながら彼女は言う。皮肉でもなんでもない。 ルイズも入学してもう一年、教員の性格は大体わかっている。シュヴルーズが生徒を気遣ってくれていて、親身になって相談に乗ってくれる事もあるというのも知っている。 ただ、教師として、彼女は自分の言葉にもう少し気を回す必要があった。 「ゼロのルイズ、いくら召喚できなかったからってどこぞの平民を連れてくるなよ!」 「召喚したわよ! そしたらこいつが来たのよ!」 一人の生徒がほとんど条件反射的に侮蔑の言葉を吐いた。 売り言葉に買い言葉で、ルイズは立ち上がって言い返した。 「ゼロが成功するものか!」 「お静かに」 シュヴルーズがそう言って魔法を唱えると、その生徒の口に粘土が貼り付けられた。 「あなたはそのままで授業を受けなさい。それではみなさん、始めますよ」 授業は静かに進んでいく。二年になったばかりというのもあって基本的な講義に始まり、それから徐々にシュヴルーズの得意な土属性の話になっていく。 そのうちに実践だといい、小石を取り出して錬金という魔法をかける。すると、ただの石ころが金色に輝くものへと変化した。 『――ほう! すごいものだな!』 ゴウトが感嘆の声を上げる。 生徒達もその技術に驚き、どよめいていた。 「先生、それってまさか黄金ですの?」 キュルケが質問をすると、シュヴルーズは否定した。 「これは真鍮です。私ではとても黄金などは作れません。作れたとしても、それからしばらくはなんの魔法もできないほど精神力を消失してしまうでしょう。黄金とはそういうものなのです」 『ふむふむ』 授業が始まってからずっとであったが、ゴウトは生徒でもないのに真剣にシュヴルーズの話に耳を傾けていた。ぼそぼそと声が気になっていたのでちらりとルイズが一瞥すると、なんと彼は猫の手で小さな手帳に文字を書いていた。 知能があるというのはわかっていたが、とんでもなく器用な猫であった。なにを書いているのかはまったく理解できなかったが、恐らくは授業の内容であろうという推測はできる。 「あんた、なんでそんなことしてんの?」 『ん? いやなに、いざというときにこういう知識が必要になるかもしれんのでな。勉強せねばいかん』 「……あんたって猫なのよね」 『見かけはな』 そうして話し込んでいると、とんとんとルイズは肩をつつかれた。ライドウだ。 なんのようだと思えば、シュヴルーズがこちらを見ていた。 「戯れは終わりましたか? ミス・ヴァリエール」 「す、すいません!」 「かまいませんよ。ただ、折角ですし、あなたに錬金の実践をやってもらいましょうか」 しんと、シュヴルーズが言い終わった途端、教室内に静寂が満ちた。 この不穏な空気にゴウトは毛を逆立たせ、ライドウも顔を強張らせた。 キュルケがさっと手を挙げて発言する。 「先生、それはやめておいたほうがよろしいかと」 「何故です? 彼女は大変熱心な生徒であると聞いておりますが」 シュヴルーズの答えにキュルケは顔を渋めて、今度はルイズに顔を向けてきた。 「お願い、やめて」 仇敵に対してとは思えない懇願。目に涙を浮かべるほどの徹底ぶり。彼女の態度はからかっているものでなかった。 とはいえ、それがルイズの心を穏やかにさせて、拒否の方向へ導くわけもなかった。むしろ、やってやろうじゃないのという気にさせてしまったのだった。 彼女は席を立ち、しっかりとした歩みで教壇へ向かった。 他の生徒達は絶望を浮かべ、机の下にもぐりこんでいく。奇妙な光景だ。 ルイズは小石の前に立ち、深呼吸をしてから魔法の詠唱に入り、錬金を唱えた。 そして、爆発した。 ルイズの魔法は成功しないばかりか爆発を引き起こした。 その衝撃は机や椅子、教壇を吹き飛ばし、さらにはそばで見守っていたシュヴルーズを負傷させてしまったのだ。ただ、そもそも爆発での死因というのは吹き飛ばされた物体が人体に刺さるなどなので、彼女はいたって軽傷であった。気絶はしたが。 ついでに、室内には多くの使い魔、獣達がいたので閃光と轟音により過度の興奮状態に陥って阿鼻叫喚の地獄絵図になった。 生徒達から非難されて、罵られ、文句を言われながらもルイズはこう言った。 「ちょっと失敗したわね」 「ちょっとじゃないでしょーが!」 もちろんこんなことになれば罰が待っている。 今回は、教室の掃除を魔法を使わないでやるということだった。ルイズはそれを甘んじて受けた。どうせ魔法を使ったら失敗するのだ。だからどうしたと。 だが、そんなものは虚勢以外のなにものでもない。 使い魔であるライドウに指示をし、破壊された机や椅子などを外へと運び出させて、自分は力のいらない拭き掃除などをしていたら、不意に、とてつもない圧迫感を持つなにかに喉を絞められてしまった。 呼吸ができなくなり、鼻の奥が熱くなる。目の奥に痛みが生まれ、何度もまばたきをしてしまう。 こみあげてくるものを奥歯をかみ締める事で腹の底に追いやる。 出てくるな、出てくるな、出てくるんじゃない。 そう頭の中で念じて、必死になって堪えようとする。 『別に我慢する事はなかろうに』 背後に振り返るとゴウトがいた。黒猫は尻尾をゆらしている。 「なに、よ……なにか、言いたいの……」 『いや、うぬの魔法の腕も、周囲の反応とゼロという名から予想できていた。驚きはしない』 「だったらなによ。なにしにそこにいるの」 『――お前にはまぎれもなく、魔法を使うという素地はある』 慰めに聴こえたが、次の言葉は彼女の心をえぐった。 『だが、扱えなければ無意味であり、無価値だ。正直に言わせてもらうが、お前には普通の魔法を使う才能がない』 「わかってるわよそんなこと。あんたに言われなくても……わかってんのよ!」 ルイズは怒りのままに雑巾を投げつけた。 ゴウトは華麗に避ける。 「避けるな!」 『子供のかんしゃくにわざわざ付き合うほどお人よしではない。それに、まだ我の話は終わっておらんぞ』 「なによ! さっさと言いたいこと言って出て行きなさいよ!」 『だったら言わせてもらうが――』 ゴウトはじっと、強い力が篭った瞳でルイズを見つめ、言った。 『うぬは頑張っている』 初め、ルイズは彼がなにを言っているのかわからなかった。 『たぶん、魔法をやって爆発以外起こったことがないのであろう。それこそ、何度やっても、どんな魔法でも結果は同じ。それでもなお、諦める事はなく、開き直る事はなく、ひたすらに努力をしている。そうであろう。他の生徒と比べても、熱心に講義を聴いていたではないか』 「それは……」 『よくやっている。本当に、心からそう思うぞ。教諭もそう思っていて、うぬを好いておる』 「そんな、そんなわけないじゃない。何度失敗したと思ってるのよ。十や二十じゃないのよ」 『それだけ失敗していながらどうしてこの学院に留まる事ができる?』 「家柄よ。誇張でもなんでもなく、ヴァリエール家は名門中の名門なのよ。先生たちも、私じゃなく、ヴァリエールという家が気に入っているのよ」 やれやれとゴウトはため息をついた。 『節穴だな。自分のことだからか、それとも子供だからか。仮にそうであったらもっと硬い態度をとるものだ。コルベールというものはどうだった? シュヴルーズとやらはどうだった? あのものたちからは取り立てて悪意は感じなかったぞ?』 言い返すことができない。否定する事ができない。 けども、認めることもできない。 ルイズは魔法こそ絶対のものだという価値観を持っている。それは当然の事だ。貴族というのは、始祖ブリミルから与えられた系統魔法を扱うもの。伝説を受け継ぐものなのだ。魔法を扱えない貴族など、なんの価値もない。 そんなクズを気に入る貴族などいるはずがない。そう彼女は思い込んでいる。 『まあ、使えんということには変わりないのだがな』 「……持ち上げて落すんじゃないわよ!」 ルイズは杖で叩こうとしたが、またも華麗に避けられる。 「この、すばしっこい!」 『これでも戦場にいながらにして一度たりとも巻き添えを食ったことがない。回避には自信があるのだ』 ゴウトはカカッと笑った。からかうようなその笑顔に苛立ちで目の前が真っ赤になり、ルイズはなおも追いかけようとするが、ひょいとその小さな身体を抱き上げられた。 ライドウが帰ってきていた。軽々と両脇に手を入れられて、持ち上げられていた。 ルイズは両手両足を振り回しながらライドウを睨む。 「離しなさいよ! あの馬鹿猫、懲らしめてやるんだから!」 『我はそやつのお目付け役だぞ。我に何がしかの危害を加えるはずがなかろう』 歯噛みするルイズ。仇敵のキュルケに胸や魔法で馬鹿にされたときのように顔をゆがめていた。 しかし、そっとライドウが差し出したある道具を見て、きょとんと目を丸くした。 「……え、なに、これ、まさか効果あるの?」 彼は頷いた。 ルイズはそれを持って、ゴウトに向き直る。ちらちらと左右に振ってみると、彼はピクピクと身体を震わせていた。 動揺している。その双眸は見開かれており、その道具を追ってしまっていた。 『こ、この、裏切り者が……うぬは鬼か、悪魔か!?』 「――ただの猫でないあなたに効果はないのでは?」 ライドウは微笑を浮かべていた。 ルイズはそれを振りながらじりじりと近づいていく。ゴウトはその場を動けないでいた。 そして、至近距離にまで近寄る。ゴウトは明らかに左右に揺らされるそれを目で追っている。 『わ、我は、我は猫ではないのだ。よ、よせ、うううぬぬぬぬ……』 「へえ、そう、猫じゃないの」 『――ふうおおぉ!? く、くびはいかん! くびは、くびはあぁぁ!』 ゴウトはその道具、猫じゃらしに悲鳴を上げていた。 『く、くやしい!』 「おもしろいわね、これ」 前ページゼロの仲魔
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前ページ次ページゼロの氷竜 ゼロの氷竜 十三話 トリステイン魔法学院では、多くの貴族の子弟や教師である貴族が生活している。 当然、生活に携わる様々な雑事を行う平民、つまりそれら貴族にかしずくものも数多い。 家具などをはじめとする調度品の修繕、管理をする執事やフットマン。 町から離れているため馬や馬車もあり、その世話をする下男や馬丁、馬車があれば無論御者もいる。 そして、食事の際の給仕や掃除洗濯を担う多くのメイド。 ルイズの唯一の友人であったシエスタは、そのメイドとして魔法学院に所属する立場だ。 そのシエスタの心は、今ほとんどが驚きによってしめられている。 魔法学院に通うギーシュ・ド・グラモンから、激しく問いただされながらも、シエスタは恐怖ではなく驚きを感じていた。 大半の貴族は、いついかなる時も平民を意識しない。 かしずかれていることが当然だからだ。 シエスタ達が会釈をしながら給仕をしたところで、何か言うこともない。 だがルイズをはじめとする幾人かの貴族、そして一部の教師達は平民を人間として認識している。 ギーシュが入学して最初の食事で、給仕をしたシエスタは礼を言われたことを覚えている。 同級生にはやし立てられ、以降は給仕する人間にだけ聞こえる程度に声をひそめるようになってしまったが、礼の言葉を聞いたのはシエスタだけではなかった。 「親の躾がいいのか、とんでもない女好きかのどっちかだな」 という料理長マルトーの言葉に、そのとき厨房にいた全員が笑っていた。 それは至極好意的なもので、決して悪意の込められたものではない。 だからこそ、だからこそ今、トリステイン魔法学院のアルヴィーズの食堂で、自分を罵る男がギーシュだと、シエスタは信じることが出来なかった。 ゆえに、シエスタの心は驚きによってそのほとんどがしめられている。 転んだ拍子に膝を床で打ち、手に持っていたトレイをその上のケーキごと放り投げた。 トレイを投げ込んだ先で悲鳴があがったとき、シエスタの心に浮かんだのは一縷の希望。 顔を上げる前に、どうか被害にあったのが同僚であるように、という願いは叶わない。 救いをもたらす蜘蛛の糸は、貴族の証であるマントを見た瞬間に掻き消えた。 だがその貴族がギーシュであると認識し、シエスタの目の前に再び蜘蛛の糸が姿を見せる。 恐怖ではなく、深い謝罪の気持ちがシエスタの心をしめた。 シエスタが謝罪の言葉を口にしようとした刹那、それはギーシュの言葉に遮られる。 「なんてことをしてくれるんだ!?」 怒りをあらわにし、口から怒気そのものといった言葉を投げ放つ。 「平民は最低限の礼儀作法すら知らないのか!?」 赤みが差したシエスタの膝を気にすることもなく、足下の砕かれた香水瓶だけに注視する。 シエスタと同じようにデザートを配っていたメイドたちも、平民を人間扱いしてくれていた普段と、あまりにもかけ離れたその態度に驚きや失望の表情を浮かべていた。 その理由は明白だ。 やはり貴族は貴族でしかないのだと。 しかしシエスタはそんな言葉を投げかけられても、まだ失望にはいたっていなかった。 自分がしでかしてしまった不始末に対しての叱責も、甘んじて受けている。 貴族たちが持つそれとは違うが、平民たちにも誇りというものが存在していた。 料理長のマルトーが、自らの料理に自信を持つように。 メイドたちは給仕の際、空気のように振舞うことを当然と思っている。 誰からも意識されることのない空気どころか、衆目の関心を集めている今の状況は、シエスタにとって恥ずべきものに他ならない。 であるからこそ、自らの失態に対するギーシュの酷な物言いも必然と受け止められる。 うなだれシエスタの心は、口から出る謝罪の言葉と等しかった。 ギーシュの詰問が、たった今シエスタが起こした失態のみ、もしくは過去に遡ったとしても個人に対してであれば、それほどの時間を必要とせずに事は収束しただろう。 知らぬうちに平民たちから得ていた人望を、どぶに投げ捨てるだけですんでいたはずだ。 ところが今、ギーシュは心の平衡を失していた。 ある種喜劇のように、ギーシュは自らの足場を切り崩していく。 ギーシュ・ド・グラモンは心の平衡を崩していた。 いくつかの要因があってのことではある。 一つはつい先刻、ブラムドに圧倒的な力の差を見せ付けられたこと。 自身の予想の甘さが、そして余計な挑発が招いたことでもあったが。 そして今一つは、その後モンモランシーに慰められたことだ。 無論、慰められたことに喜びもある。 しかしそれでも、貴族としての誇りが、男としての矜持が、ギーシュの心を揺らし続ける。 モンモランシーが近くにいれば、笑顔を浮かべる程度の虚勢は張れた。 だが食堂に入り、席が離れてしまえばその必要もなくなってしまう。 普段であればくだらない話をする友人たちから話しかけられても、気のない返事をするか無視するといった有様だ。 陰鬱な黒さが、ギーシュの心を塗り潰しつつあった。 往々にして大きな出来事というものは、小さな因子が積み重なった上に起こる。 ギーシュの様子に、その他愛もない友の一人、マリコルヌ・ド・グランプレが幾度か呼びかけていた。 ところが何度呼んでも真っ当な返事は得られない。 貴族である誇りからか、重ねてきた経験の少なさからか、彼ら貴族が持つ自制のたがは小さく、しかも外れやすいものだ。 「おい、ギーシュ!」 マリコルヌの手がギーシュの肩を掴み、振り返らせる。 そのはずみで、ギーシュの懐から一つの香水瓶が零れ落ちた。 モンモランシーから送られた香水瓶が。 床に落ちた衝撃でも運良く割れなかったそれも、シエスタの踵と床に挟まれてはひとたまりもない。 香水瓶によって体の平衡を失ったシエスタは、抗うこともできずに転んでしまう。 いくつものケーキが乗せられたトレイを放り投げながら。 マリコルヌに振り向かされた横顔に、ケーキごとトレイが投げつけられる。 声をかけようとしていたマリコルヌは二の句が継げない。 ケーキや皿が落ちる音に周囲の人間も振り向くが、同じくとっさに言葉は出なかった。 当のギーシュにしても、すぐに事態を把握することなどできるはずがない。 ケーキのクリームで一時的に張り付いていたトレイも、自重で床へと落ちる。 その下から現れるのは、フルーツやクリームで彩られたギーシュの姿だ。 トレイが落ちた一瞬のあと、マリコルヌは笑いがこみ上げるのを感じた。 二瞬のあと、怒気に色付けられたギーシュの表情に、その笑いを飲み込む。 三瞬のあと、第一声を放ったのはギーシュだった。 「なんてことをしてくれるんだ!?」 その身に貼り付いたフルーツやクリームは、ギーシュの視界を遮っていない。 トレイがぶつかった衝撃で麻痺しているのか、大した痛みも感じていない。 ギーシュの目には、砕けた香水瓶だけが映っていた。 一年前、魔法学院に入学した当日、ギーシュは余所見をしていて誰かを転ばせてしまった。 謝罪をしながら振り向いたギーシュは、転ばせてしまった少女の可憐さに呆然とする。 その少女、モンモランシーが立たせてもらうために上げた手に、一瞬気付かないほど。 「女の子には、優しくするものよ?」 手を貸されて立ち上がった後、モンモランシーが戯れにいった言葉を、ギーシュは今でも律儀に守っている。 二人は自己紹介を交わして打ち解け、それから一年が経つうちにとても親しくなった。 そして今日、ブラムドとの事件のあと、モンモランシーが香水瓶を差し出していう。 「あなたのために、作ったのよ」 白皙の頬を染めながら、つぶやくような一言を、ギーシュは心に留め置いている。 その大切な香水瓶を踏み砕かれ、しかも心を黒く塗り潰していたギーシュは、自分の口から溢れ出る言葉を止めることができなかった。 「平民は礼儀作法も知らないのか!?」 口に出していながらも、ギーシュは常からそう思っていたわけではない。 あまり裕福とはいえない領地では、当然平民との距離も近しくなる。 平民たちと食卓を囲んだこともあった。 だが今ギーシュの口から次々と溢れる言葉は、同級生たちに影響されたためか、平民への蔑視に満ち溢れている。 そしてギーシュは、悪魔に囁かれたかのような自身の変貌に、まだ気付いていない。 「モンモランシーが僕のために作ってくれた香水を、一体どうしてくれるんだ!?」 この言葉で、ギーシュは奈落へ続く階段を一段下りた。 不意に、人垣を分けて一人の少女が姿を見せる。 「ケティ?」 ギーシュに名前を呼ばれた少女は、目に涙を浮かべながらつぶやく。 「ギーシュ様、やはりミス・モンモランシーと……」 ギーシュにとって、この一言はあまりにも思いがけないものだった。 思いもかけず、あまりに当然すぎる問いかけをされたため、返事をすることもできない。 ケティはその態度を、不実が暴露されたことによる狼狽だと誤解する。 そして怒りと悲しみに心を染め、それ以上何を言うこともなく人垣の中へと消えた。 取り残された形のギーシュだが、ケティの態度の意味が理解できない。 態度を決めかねていることが、致命的な誤りだということにも気付けない。 さしたる時間も経ないまま、ケティが消えた先とは違う人垣が開かれる。 そこに立つのは、怒りを押し殺し、笑顔を浮かべたモンモランシーだ。 察しの良いものならば、その表情に秘められた感情に気付いただろう。 ところがギーシュはひどく鈍かった。 「ギーシュ、あの子はだあれ?」 言い方だけは甘やかだったが、人垣の大多数はそれに含まれる恐ろしさに気付いている。 「一年のケティ・ド・ラ・ロッタだよ。先日ラ・ロシェールの森へ遠乗りに誘われてね」 ざわついていた人垣が静まりかえる中、ギーシュは奈落へ続く階段の二段目を踏んだ。 「そう……。喜んでくれた?」 「ああ、とても喜んでくれたよ」 ギーシュの表情は、むしろ晴れやかだった。 ただし、彼は決して開き直っているわけではない。 とある方面で非常に優秀な父親や兄の影響で、女性への態度が非常に洗練されていること。 そしてその整った顔で非常に、非常に誤解を招きやすかったが、ギーシュ自身はとても純朴な少年だった。 彼にとって不幸なことは、魔法学院内でその事実に気付いているのが極々少数だという事実と、モンモランシーが大多数に含まれていることだったろう。 モンモランシーが無言でギーシュに近付き、フルーツとクリームで彩られたその頭に、鮮やかな赤を振りかけた。 愕然とするギーシュと、無表情になったモンモランシーは視線を合わせる。 「さようなら」 とだけ告げ、ケティと同じようにモンモランシーは人垣の向こうへ消えた。 ギーシュは混乱の極みにある。 彼にとって、ケティの誘いを受けたのはモンモランシーとの約束を守ったことだ。 女の子に優しくするという約束を。 ケティの態度で起こった混乱に、モンモランシーの態度が盛大な拍車をかける。 年若く経験の少ないギーシュは、偉大と信じてやまない先人の言葉に頼ろうとした。 つまり、とある方面で非常に優秀な父親と兄のそれに。 ……ワインを引っかけられたぐらい、笑って許すのが男の度量だ。 どんな名言も価値のある至言も、使う時を誤れば、呆れるほど容易に世迷言へ姿を変える。 しかも悪いことにギーシュが心の中から拾い上げた言葉は、名言でも至言でもなかった。 それを言った当人でも、なぜ今その言葉を使うのかと首をかしげたに違いない。 そもそも引っかけられたという程度ではなく、ぶちまけられたというのが正しいだろう。 「仕方のない人だ」 とギーシュが笑ってつぶやいたところで、人垣の構成員たちは狂ったのかと思うだけだ。 幸か不幸か、ギーシュはその事実に気付くこともなかったが。 黒く染まっていたギーシュの心が、二人の少女がもたらした混乱によって、いつの間にかぬぐわれていた。 しかしこびりついていた残りかすが、暗く口を開ける奈落へ向けて、少年の背中を押す。 ギーシュがシエスタにいった最後の言葉には、嫉妬が含まれていた。 かつて偶然見かけた光景、ルイズがシエスタに屈託なく笑いかけていたその光景に、ギーシュは深い嫉妬を覚えていた。 ギーシュには、素顔の自分をさらけ出せるような相手は学院には存在しない。 小さなことを、平民への礼の言葉をあげつらうような同級生しか。 モンモランシーならばと思ったこともあるが、男としての矜持と若さがそれを許さない。 その嫉妬が、悲劇の幕を開く。 「もういい。せいぜいあのゼロに慰めてもらいたまえ」 いつの間にか人垣の外に、状況を見守る三つの視線が増えていた。 ルイズたちに先んじて食堂に到着していた、ブラムドと二人の教師たちだ。 ともあれギーシュを止めようとするコルベールを、ブラムドとオスマンが押しとどめる。 「ひどいことにはならぬようにする」 というオスマンの言葉に、コルベールも不承不承ながら従う。 ただし、オスマンの目に浮かんでいた面白がるような光を見逃してはいなかったが。 「眠りの鐘を準備しますか?」 「いらん。魔法の力で有耶無耶にしても、後顧に憂いが残るだけじゃ」 提案をしたコルベールも、オスマンの正しさに首肯する。 二人の教師を横目に、ブラムドはシエスタへと視線を送っていた。 主であるルイズが自ら紹介した、身分の違う友人へ。 ブラムドが友と呼ぶ一人の魔術師、アルナカーラでさえ、魔術師が蛮族と呼ぶものたちに友はいなかった。 時代が、そうさせなかったのかもしれない。 今、別の世界にいるブラムドは、友と呼ばれたシエスタがルイズをどう思っているのか、この一件を一つの秤にしようとしていた。 ギーシュの一言で、うなだれていたシエスタの頭が持ち上がる。 その瞳には光が差していた。 それは詰問から開放された喜びでも、貴族に対する恐れでもない。 友を侮辱されたことへの怒りが、その目に宿っていた。 シエスタは知っている。 いや、シエスタだけが知っている。 ゼロという言葉が、彼女の友人をどれだけ傷付けてきたか。 ゼロという言葉が、彼女の友人の涙をどれだけ流させてきたか。 シエスタは、自分を友といってくれたルイズへの侮辱を、看過することなどできなかった。 腰を伸ばしたシエスタの顔から、表情が抜け落ちている。 その中で、目だけが光を放っていた。 「今のお言葉、取り消していただけませんか?」 炯々と光る目に気付き、ギーシュが問おうとした瞬間、口火を切ったのはシエスタだった。 さすがに、ここまで真正面から平民に楯突かれた経験は、ギーシュにも、人垣の構成員たちにもない。 「なんだって?」 余裕を持って応じたつもりだが、ギーシュの声は大きな驚きとささやかな怒りによって、わずかに震えていた。 「ヴァリエール様をゼロと呼んだことを、取り消していただけませんか?」 ギーシュの心を占める、驚きと怒りの比率が徐々に変化する。 少年の心を、再び黒さが塗りつぶしていく。 「なぜだい?」 「あの方は、昨日使い魔を召喚されました。少なくとも、ゼロではありません」 ギーシュの心を塗りつぶす黒は、嫉妬という名前だ。 平民が貴族に楯突くことは、自らの首を処刑台に据えるに等しい。 貴族の気分で殺された平民は決して多くはないが、探すのが難しいほどでもなかった。 殺されないまでも、手足を折られたり切られたりといった程度であれば、探す必要もない。 そんな危険をおかしてまでも、たかだか一つの言葉を取り消させる理由が何か、もちろんギーシュは気付いている。 気付いているからこそ、自分の傍らにそんな友がいないからこそ、その嫉妬は強い。 「ゼロが一になったところで、大して変わりはないさ」 ギーシュの言葉は、ある意味で助け舟に等しい。 うなずきさえすれば、もう一度謝りさえすれば、ギーシュの暗い喜びは満たされただろう。 だがシエスタはかたくなだ。 「いいえ、ゼロと一では大きな違いがあります」 それゆえにギーシュの嫉妬は強く、自身の卑小さを悟らざるを得なくなる。 今、自らを犠牲にしても悔いはないというほどの友がいないこと、もし友を王家や有力貴族に侮辱されたとして、自分は同じことができるだろうかと。 その感情が、ギーシュの口を滑らせる。 「君は、平民の分際で貴族に楯突くつもりか?」 食堂へ入ろうとしていたキュルケと、食堂から駆け出そうとしていたモンモランシーがぶつかった。 ひとまず文句を言おうとしたキュルケだったが、モンモランシーの目に滲む涙に気付く。 「どうしたの?」 モンモランシーの様子に、そして食堂の一角に作られた人垣に、三人の少女が気付いた。 前からモンモランシーに恋の相談を受けていたキュルケは、何とはなしに事態を把握する。 「ギーシュ?」 こくりとモンモランシーがうなずく。 「浮気?」 再び、モンモランシーがうなずく。 そのまま声を殺して泣くモンモランシーに、キュルケはその豊かな胸を貸す。 事の次第が理解できないルイズとタバサは、不思議そうな顔を見合わせるだけだ。 だが人垣の中から上がったギーシュの声に、ルイズは表情を凍らせる。 「もういい。せいぜいあのゼロに慰めてもらいたまえ」 怒気をみなぎらせるルイズの様子を眺めながら、キュルケはモンモランシーへ自室へ戻るように促す。 一歩、二歩と人垣に近寄るルイズの耳に、聞き慣れた声が聞こえた。 「今のお言葉、取り消していただけませんか?」 それは友の声だ。 ルイズの足が止まる。 その肩に手を置きながら、キュルケがつぶやく。 「いい友達じゃない」 キュルケへ振り返ったルイズの顔には、誇らしげな笑顔が浮かんでいた。 そこではっと気付く。 ギーシュの声に続いてシエスタの声が続いたということは、人垣の中心にいるのが二人だということだ。 しかも会話から状況を考えれば、シエスタがギーシュに楯突いている形になる。 貴族の機嫌を損ねた平民がどうなるのか、ルイズもキュルケもタバサもよく知っていた。 慌てて走り出そうとするルイズを、キュルケの腕が絡め取る。 さらに文句を言おうとする口を、空いた片手で塞いだ。 「ちょぉっと、様子を見ましょうよ」 煌めく少年の瞳でつぶやいたキュルケの様子に、ルイズは説得をあきらめかける。 だが友人を危険な目に遭わせるわけにはいかない。 それは自らを支えてくれたシエスタに対する恩義と、平民を守る貴族たらんとするルイズの誇りが許さないからだ。 なおも軛から脱しようとするルイズに、キュルケが声をかける。 「ひどいことになる前には止めるから」 その言葉に説得された訳ではないが、ルイズは四肢から力が抜けていくのを感じていた。 ついさっき、朝食の栄養分を使い果たしていたことへ、ルイズは思い至らない。 もどかしくうごめきながら、ルイズはシエスタとギーシュのやりとりを聞くことしかできなかった。 そのルイズを抑えながら、キュルケは人垣の中から聞こえる声に耳を奪われる。 平民と貴族を隔てる垣根の低いゲルマニア、その母国と魔法学院があるトリステインの違いを、キュルケは一年間のうちに学んでいた。 歴史や伝統というものがどれだけ人の心を蝕むのか、増長する貴族とひれ伏す平民の姿に表れる。 そのトリステインにいながら、友のために貴族へ楯突く平民がいることが、キュルケの心を震わせた。 その感動を、ギーシュの言葉が切り裂く。 「君は、平民の分際で貴族に楯突くつもりか?」 キュルケはギーシュを知っていた。 それはただの同級生としてではなく。 立ち居振る舞いとは裏腹な純朴さを見抜いていた。 平民を人間として見ていたことも知っている。 そのギーシュが、よりにもよって権威を振りかざした。 鋭く、熱く、純粋な怒りが、キュルケの口から放たれる。 「そこまでにしておきなさい!!」 人垣が、二つに割れた。 前ページ次ページゼロの氷竜
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前ページ次ページゼロの氷竜 ゼロの氷竜 五話 太陽が、地平線と別れを告げていた。 涼やかだった空気も、いつの間にか暖かさを身にまとっている。 小鳥のさえずり、小さくも力強いその羽音。 水をくみ上げているのであろう、井戸の滑車の音。 使用人同士の挨拶の声。 窓の外で繰り広げられるその全てを、ブラムドの耳はとらえていた。 また、窓の外の小さな喧騒とは裏腹に、寮の内側ではまだ何の音も聞こえてこない。 ……起こすにはまだ早かろう。 そう考えたブラムドは何とはなしにルイズの顔を見つめ、そのままそっと目を閉じた。 昨日から今朝にかけ、いくつか魔法を使ったものの、体内のマナは十分な力を保っている。 ふと、ブラムドは違和感に気付く。 マナの消耗が少なすぎる。 フォーセリア世界では万物の根源とされるマナ。 地水火風の精霊を操る精霊使いの初歩は、精霊の存在を知覚することである。 同じようにマナを操る魔術師の初歩は、己が内に秘められたマナの存在を知覚することだ。 竜であるブラムドは魔術師が操る古代語魔術と違う、竜に連なるものが使う竜語魔法を元より身に着けている。 竜語魔法を使う際にもマナを使う為、魔術師としての初歩を必要とはしていなかったが、今ブラムドが古代語魔法が使える理由は、一人の魔術師に手ほどきを受けたからだった。 フォーセリア世界の魔法王国、カストゥールと呼ばれた王国の末期、当時の貴族階級である魔術師は魔法を使えない人間を蛮族と蔑み、奴隷階級として虫けらのように扱った。 ブラムドをはじめ、魔術師に捕まった竜はことあるごとにその蛮族たちと戦わされるが、蛮族たちの死は数多ある娯楽の一つに過ぎない。 人間の死が、酒や歌、本や劇と同列にされていた時代。 ブラムドが友と呼ぶ魔術師、かつてのロードス島太守の娘として生まれたアルナカーラは、当時の魔術師としては最たる異端、貴族も蛮族も、動物も魔獣も問わず、生命そのものを最も貴重とする大地母神マーファの信徒であった。 蛮族が人ではなかったころ、人の命そのものが軽視されていた時代では、数え切れない人間たちが実験として殺されていた。 そんな中で、囚われていた自らの境遇に同情したアルナカーラと、ブラムドはやがて交流を持つにいたる。 ロードス島の五色の竜、その中で最も凶暴といわれた火竜シューティングスターは、魔術師に囚われていた憎悪と憤怒を蛮族に向け、その凶暴さから後に魔竜の称号を与えられた。 最も狡猾といわれた黒竜ナースも同じように、残虐さから邪竜の称号を冠される。 二体の竜は当然それで喜ぶわけもないが、蛮族に情けをかけるかのように、すぐとどめを刺してしまう他の三体に比べ、闘技場へ引き出される回数は日に日に増えていった。 やがてブラムドの檻の前は、世話係の他にはアルナカーラの姿ばかりがあるようになり、持て余した時間を魔術の学習などに使うこととなる。 ハルケギニアへ召喚されたブラムドが知る由もないが、フォーセリア世界の魔法王国時代末期に開発された魔法、そしてその滅亡に際して失われたとされている魔法の全てを、ブラムドは扱うことが出来る。 元より感覚の鋭い竜族であり、魔法の研究では最盛期を迎えていた時期の魔術師に魔法を習ったことから、ブラムドの魔術師としての能力は異常ともいえた。 おそらく、ブラムドの持つ全てのマナを注ぎ込めば、太守サルバーンのかけた『制約(ギアス)』の魔法も解くことが出来ただろう。しかしブラムドはその優しさゆえ、アルナカーラの立場を慮ってそれをすることはなかった。 結果として世話係に密告され、太守サルバーンに『制約』の解除をすることも禁じられてしまう。だがブラムドは、今でもアルナカーラを友だと思っている。 魔術師の中の、唯一の友と。 魔術師としての能力を考えれば、ブラムドは魔法王国でも上回るもののない存在だ。 魔法王国が滅びた現在では、比肩しうるものは同じ竜族で古代語魔法を操ることが出来るエイブラだけだろう。 その卓越した魔術師としての能力が、明確な違いを感じていた。 ブラムドが初めから持っていた資質なのか、それとも研究者としての魔術師、アルナカーラに触発された結果なのかは不明だが、ブラムドもまた研究者としての側面を持っていた。 つまり、理論を実験で確認するということを。 無論、実験を今この場で行うわけにはいかない。 単にマナの消費が少ないだけなのか、魔法の効果そのものに何か変化が生じるのか、それを確かめるためにはブラムドが扱うことのできる魔法を、一通り使ってみる必要があるからだ。 昨日から今朝にかけて使ったいくつかの魔法に関していえば、効果に代わりはなかった。 だが主を守護するという目的のためにはきわめて重要な、攻撃に属する魔法は一切使っていない。 威力の予想がつかない魔法を、室内で使うわけにはいかない。 さて、とブラムドは考える。 ルイズやオスマン、そしてシエスタは信頼を置ける。 タバサの嘘は魔法を使うまでもなく見抜くことができる。 だがロングビルのような人間がいるのならば、易々と手の内をさらすのは得策ではない。 ……どこか適当な場所がないか、ルイズかオスマンに尋ねてみようか。 ブラムドのそんな考えは、ベッドからのうめき声で中断される。 ベッドを見やると、ルイズの眉間には深い皺が刻まれ、口からは言葉にならない苦悶の響きが漏れている。 「……ルイズ? ルイズ?」 ひとまず頭や顔を撫でさすると、ルイズのまぶたが開きかける。 すぐに目覚めたことで、魔法による干渉でないと安心したブラムドの不意を突くように、ルイズが抱きついてきた。 「ちいねえさま!!」 と、声を上げながら。 「使い魔が出てきてくれないの!! 竜や魔獣なんて贅沢いわないわ!! 犬でも猫でも、カラスだっていい!! トカゲでもカエルでも構わない!! でも爆発するだけなの!!」 ブラムドが慰めの言葉を差し挟むまもなく、ルイズの嘆きは続く。 「お父様は大丈夫って仰ってくださった。お母様も時が来れば魔法を使うことができると仰った。あの姉さまだって、ちびルイズ、あんたはこの私の妹なんだから魔法を使えないわけがないのよっていったわ!! でも、駄目だったの!!」 「ルイズ」 言葉をかけようとブラムドが名を呼んだ瞬間、ルイズの両手がブラムドの胸へと伸びた。 右手と左手で握り、揉んだ。 一回、二回、三回、反応に困って二の句が継げないブラムドに、至極冷静な声音でルイズがいった。 「ちいねえさま胸しぼんだ?」 ブラムドの両手がルイズの顔を挟み込み、胸元から引きはがす。 「ルイズ、目を覚ませ」 引きはがされた瞬間には半ば閉じていたその目が、一度、二度、三度とまばたきをし、その瞳に光が宿る。 「……ブラムド?」 「目は覚めたようだな」 その言葉に、ルイズの頭が急速に活動を開始する。 ……寮の私の部屋。 ……目の前の人はブラムド。 ……すごい竜で、すごい魔法を使う。 ……オールド・オスマンがそのままだとまずいって言って、 ……ブラムドは人間になった。 ……寮に帰ってきてからシエスタと話をして、 ……それから胸。 ……胸。 …………胸? 両の手が、ブラムドの胸に伸びていた。 両の手を軽く握った。 柔らかい。 この瞬間、ルイズの意識は完全に覚醒した。 そして自分のしていることに気付き、顔や耳どころか首もとまで真っ赤に染め上げる。 さらに降伏でもするかのように両手を頭上にのばしながら、後退して、ベッドから落ちた。 「ルイズ?」 主を追ってベッドから降りたブラムドは、昨晩のようにルイズを抱き上げ、再びベッドへと横たえた。 ベッドから落ちたときに打ったのであろう、後頭部をさするルイズの手をどけさせる。 「大したことはない」 髪をかき分けて患部を確かめたブラムドがそういうと、ルイズは染め上げた顔のまま謝罪を口にした。 「ごめんなさい!!」 「何を謝る?」 人間の、それも特定の性別の感覚で謝られたが、ブラムドにはなぜ謝られたのかが理解できない。 ルイズは自分のしたことが謝罪に値することだと思っていたが、ブラムドの言葉で思考に混乱をきたした。 口を開いたり閉じたりするルイズに、ブラムドは微笑みながら言った。 「ルイズ、お前は幼な子のようなことをするのだな」 その一言で、ルイズの混乱は急速に収まる。 まだ頬や耳を赤く染めながらも、普段通りに話せるようになった。 「こ、このことは誰にも内緒よ?」 「シエスタにもか?」 ブラムドの言葉に再び顔を赤くしながら、ルイズは断言した。 「シエスタにも!!」 準備にはいささか早い時間だったが、ルイズはいつものように制服に着替え始める。 すでに顔色は戻っていたが、ボタンを留める手は少し震えていた。 「ルイズ」 「なっ、何!?」 「この近くに、人気のなく、見晴らしの良い場所はあるか?」 疑問を浮かべつつも、ルイズはひとまず答えを返した。 「この近くでなら、昨日の儀式に使っていた草原が一番見晴らしがいいわ。特に秘薬の材料が生えている訳じゃないから、使い魔召喚の儀式以外だとあまり使わないし」 「そうか、では夜にでもゆくとしよう」 身だしなみを整えたルイズが、改めて疑問を口にする。 「なぜそんなことを聞くの?」 「色々な魔法を試したいのだ」 「試す?」 ブラムドはかたわらに歩み寄ったルイズの頭をなぜ、微笑む。 「お前を守るためには、戦うための魔法も使うことがあろう。何しろ今の我は氷竜ではなく、東方より来たるメイジだからな」 使い魔が、自分を守ってくれる。 使い魔が主の望みを叶える、おそらくメイジとしては当たり前のことで、そのこと自体にこうまで強い喜びを感じることはないだろう。 だが、ルイズは魔法を使うことができなかった。 魔法を使うと言うことに対する達成感も充足感も、およそ味わったことがない。 味わったことがあるとすれば、苦渋と挫折だけだった。 それゆえ、ルイズは今まで味わったこともない多幸感に包まれていた。 油断してしまえば、草原でしたように嬉し涙をこぼしかねないほどの。 「ルイズ、頼みがあるのだが」 そしてたたみかけるように、頼み事をされる。 これも学院に来てからはされたことがない。 仕方がないといえば仕方のないことだ。 練金で物を作り出すことを得意とする土メイジは、とかく何か頼み事をされることが多い。 水の秘薬なしでも、小さな傷程度なら治すことのできる水メイジも同じだ。 いずれの系統にも目覚めていないルイズは、頼み事をする対象としてはもっとも適さない人物だった。 それが昨日会ったばかりとはいえ、この上もなく頼りにしている存在からの申し出であれば、喜びはひとしおだろう。 端的に言えば、ルイズは舞い上がった。 「何? 何かほしい物でもあるの? なんでも買ってあげるわ!!」 その主と同じように、ブラムドの心境も同じように端的に言おう。 「武器? 食べ物? 服? アクセサリー?」 正直、ルイズの勢いと奇妙な目の色に少々気圧されていた。 「い、いや、服も必要といえば必要だが、とりあえずはアクセサリーのような物が欲しいのだ。似たような形の物をいくつかの種類で」 「指輪とかネックレスとか?」 「そういった物でも構わないし、そういった物でなくても構わない。例えば何か金属の塊や石、何かの駒や宝石でもいい」 曲がりなりにも公爵家の令嬢であるルイズは、当然装飾品の類も数多く所有している。しかし、それらを寮へと全て持ち込むようなことはしていない。 何よりも学びに来ているのだ。 基本的に真面目なルイズはその原則に基づき、家族との思い出の品など、肌身離さず持っていたい物だけを持ち込んでいた。 ブラムドへ渡すことが嫌だというわけではないが、石でも良いと言われる程度のものとして与えるのには流石にためらわれた。 悩んだ末にルイズが取り出したのは、父であるヴァリエール公爵から与えられたチェスの駒であった。 金と銀でできた駒。 駒の底にはなめし革が張られ、ガラスの盤を傷つけないようになっている。 無論細工も見事な物で、馬をかたどる騎士の駒は息づかいが聞こえてきそうですらあった。 わざわざこのような物を送られる程度には、ルイズもチェスをたしなんでいたが、残念なことにチェスは一人ではできない。 少なくとも、今のルイズには無用の長物と言えた。 以前シエスタに手ほどきをしようと言ったこともあったが、使用人であるシエスタにはそれほど自由な時間はない。 簡単にルイズから駒の説明を受けたブラムドは、満足げにうなずく。 「申し分ない。少なくとも今はな」 「何に使うの?」 六種の金の駒、六種の銀の駒、併せて十二種の駒へ、ブラムドは魔力を込めていく。 『呪物創造(クリエイト・デバイス)』 「魔法を使うには目標が必要だ。自らを対象とするようなもの、敵を対象にするようなものであれば簡単だが、見えないものを対象にするのは難しい」 魔法を使えないルイズは、ブラムドの言葉を想像するしかない。 それでも、見えない物を目標にするという困難さは容易に想像がついた、 「この駒に込めている魔力は、それぞれ少しずつ違う。例えて言えば、それぞれに違う文字のようなものだ」 ブラムドが事実を知ることはないが、本来『呪物創造』は魔法を行使するための発動体を作るための魔法である。 魔法王国カストゥールの魔法も、元々はハルケギニアと同じように発動体を必要としていた。 その形状は杖だけではなく指輪なども含まれていたが、ロードス島での研究が進んだ結果、後に発動体を必要としなくなった。 魔法を物に込める付与魔術の術者であったアルナカーラは、この発動体に別の使い道がないかと研究を進める。 やがてその研究は成果を上げ、隔てた場所を行き来する『転移(テレポート)』や、 『心話(マインドスピーチ)』の目標とすることを可能にした。 数多あるアルナカーラの功績の一つだ。 ブラムドが、魔力を込めた金の女王をルイズに渡す。 不思議そうな顔をし、ブラムドへ話しかけようとしたルイズだったが、ブラムドが口元に当てた人差し指に口を閉じる。 『心話』 ……それを持っていれば、こうやって心の声が聞こえるようにもなる。 ブラムドの声、それも心を通わせているからか、竜の姿をしていた時の声をルイズの心は聞く。 ……すごい!! こんなこと、ハルケギニアの魔法では絶対にできないわ!! ルイズの驚きを表す心の声に、ブラムドは愉快そうな笑みを浮かべた。 「ついでに込めた魔力も隠してしまおう」 「そんなこともできるの!?」 「問題はない」 草原で、竜から人へと姿を変えるときにも口にした、こともなげな台詞。 『魔力隠蔽(シール・エンチャントメント)』 自らの使い魔へ畏敬の念を送ると共に、使い魔にふさわしい主になることを、ルイズは改めて誓った。 前ページ次ページゼロの氷竜
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前ページ次ページゼロの氷竜 ゼロの氷竜 四話 学院寮の一室、学院長のはからいで夕食を運んできた黒髪のメイドは、部屋の主とその使い魔が食事を取った後も自然に部屋へと残っていた。 部屋の主、その使い魔、黒髪のメイドの三者が揃い、部屋の主が他の二者を互いへと紹介する。 学院のメイドではあるが、自身の大切な友人と紹介された黒髪のメイドは、照れくさそうに顔を真っ赤にしていた。 銀髪の使い魔は学院長との取り決めに従い、遙か東方のメイジとして紹介された。 学生たちが使い魔召喚の儀式から戻ってきた折、部屋の主を探していた黒髪のメイドは他の使い魔を見ており、鳥でも獣でも魔物でもない銀髪の使い魔を紹介され、驚きの表情を隠すことが出来なかった。 銀髪の使い魔が特に水を向けたわけではないが、いつしか部屋の主が黒髪のメイドと友人になったきっかけを話し始め、黒髪のメイドは真っ赤になって照れる。 部屋の主が黒髪のメイドのちょっとした失敗を披露すれば、黒髪のメイドは部屋の主のちょっとした秘密を暴露する。 互いが顔を赤くしながら話し合い、邪魔し合う。 その様を、銀髪の使い魔が微笑みながら眺めている。 あたかも仲の良い姉妹を見る母親のように。 やがて部屋の中にふとした沈黙が落ちた。 二つの視線が絡み、そしてそれが部屋の主へ向く。 視線の先から、その姿がなくなっていた。 「ルイズ様?」 という黒髪のメイドの言葉に、銀髪の使い魔は視線を下げる。 ベッドの上で、部屋の主が幸せそうに眠っていた。 銀髪の使い魔が主を抱き上げ、黒髪のメイドが服を着替えさせる。 銀髪の使い魔が主をベッドに横たえ、黒髪のメイドが毛布で部屋の主の体を隠した。 「それでは」 とささやいた黒髪のメイドは部屋を出て振り向く。 「あの」 振り向きかけた銀髪の使い魔に、黒髪のメイドの言葉が投げられる。 「ルイズ様を、よろしくお願いいたします」 「任せよ」 短い一言だった。しかし黒髪のメイドと合わされたその瞳で、黒髪のメイドへまっすぐ放たれたその一言で、黒髪のメイドは銀髪の使い魔を信じることを決めた。 そっと頭を垂れ、黒髪のメイドは学生寮を去る。 銀髪の使い魔は幸せそうに眠る主の顔を眺め、優しく頭を撫ぜた。 主は口の中で何事かをつぶやき、目覚めることなくさらに深い眠りの奈落へと滑り落ちていくようだった。 やがて明かりを消した銀髪の使い魔は主の眠りの邪魔をしないよう、そっと窓から外へと出る。 『飛翔(フライト)』 二つの月が、銀髪を煌めかせていた。 一度学院の上空を回り、ひときわ高い塔の上へとおり立つ。 真実の鏡から開放された衝撃で、ほぼ常に眠っているような休眠期から活動期に入ったためか、それとも単に興奮が冷めないためか、ブラムドは人間の姿になった今でも眠気を感じていなかった。 呪縛から解き放たれたこと、自由であることを確認する。 そのことだけで、今まで生きてきた中で一度もあり得なかった歓喜に満たされる。 逆に少し前までは、その歓喜と対をなすような憎悪の中にいたのだが。 再び飛び上がり、ブラムドは天頂にある月を目指し始める。 無論、月へと辿り着けるわけではないことはわかっている。 雲を抜けたブラムドは風をその身に受けながら、歓喜を表した。 言葉ではなく、叫びではなく、咆哮を解き放った。 口を開き、喉を開き、肺を絞るように。 雲を震わすように、月へ届けといわんばかりに。 歓びの歌を、高らかに。 真実の鏡に縛られていたころは、餌を求めて飛び立った直後に警鐘で呼び戻されることが幾度も繰り返された。 ブラムドが守っていた宝を求める者は、絶えることがない。 輝くものを集めるのは竜の習性だ。 言語を解せない下位の竜でも、ブラムドのような上位種でも、それは変わることがない。 結果として、宝を求める盗賊の類は竜のねぐらへと絶えず足を運ぶ。 帰ってこない盗賊がどれだけいても。いや、だからこそといえるのかも知れない。 下位の竜が溜め込んだ宝でも、普通の人間が死ぬまで遊んで暮らすに十分だ。 ロードス島が狭いとはいえ、そこに五匹しかいない上位種が溜め込んだ宝はいかばかりか。 数ある魔法の品を処分すれば、国を興すことも出来うるだろう。 竜を討つなど痴人の夢よと評すものも、欲に駆られれば剣や杖を持つにいたる。 ブラムドの姿を見て逃げ去るものもいた。 ブラムドと話をして立ち去るものもいた。 だがそれらを上回るほどに、欲に目をくらませた人間たちは多かった。 いつしか、ブラムドのねぐらにはうずたかく詰まれた宝物と、それとさして変わらぬ高さの亡骸が詰まれることになる。 殺したかったわけではない。 喰らいたかったわけでもない。 それでも、呪縛がもたらす苦痛に耐えることは出来なかった。だが突然、それから開放された。 ブラムドの体を縛り付ける鎖はもう存在しない。 ブラムドの体をさいなんだ苦痛も存在しない。 いずこへ飛び去ろうが、頭の中で警鐘をかき鳴らされることもない。 魔法王国の魔術師どもに囚われるより前のように、どれだけ飛ぼうとも、海を越えようとも、呼び戻す何者も存在しない。 胸の内から湧き出す歓びを、その歌を妨げるものは何もない。 歓喜が、ブラムドの身を震わせていた。 不意に、ブラムドの体が落下する。 魔法の効果が切れたのだろう。 雲の下へ出た瞬間、ブラムドは彼方に竜の姿を見ていた。 青空のような色をした竜は、その色にいた髪の人間を背に乗せていた。 落ちているブラムドを見て慌てたのか、竜はその翼を強くはためかせて近づいてくる。 ご苦労なことだと思いながら、ブラムドは竜とその主に任せるつもりになっていた。 学院寮の屋上、二つの人影と一つの大きな影が並んでいた。 「危ないところをすまぬな。礼を言おう」 「嘘」 少女の端的な言葉に、ブラムドは次の台詞を待つ。 「あんな高いところへ上がることはメイジにしかできない。ただ落ちていたときには気を失っているのかと思ったけれど」 「魔力が切れていたのかも知れぬ、とは考えられぬか?」 面白がるようなブラムドの言葉にも、少女は表情を変えずに首を横に振る。 少女の想像通り、ブラムドには十二分な余力があった。 落下速度を制御するなり、再び飛ぶなり、竜の姿に戻るなり、やりようはいくらでも考えられる。 それでも何もせずに落ちていたのには多少の理由がある。 少女の人となりを確認するという理由が。 ブラムドは気付いていた。 少女が自らの呼び出された場にいたことを。 それはつまり主の学友である可能性が高いということだ。 落下を制御して草原へ降り立つとき、ゆがんだ表情でルイズへ声をかけていた連中とは違う態度をとっていた幾人かのうちの一人。 確か驚愕の表情を貼り付けていた幼い竜の傍らで、ただルイズへと視線を投げていた。 コルベールと共に去る少年少女たちの中で、ルイズへ挨拶をした人間はいなかった。 確信にまでは至っていないが、ブラムドはルイズが孤立しているのではないかと疑っている。 「あなたは誰?」 思索の渓谷へ落ちかけていたブラムドを、少女の問いかけが引き戻す。 一瞬の沈黙。 それは迷いを意味していた。 だがブラムドは正直に言うことにした。 「我が名はブラムド」 「……あの韻竜?」 「ここでは喋る竜はそういうのか」 少女がうなずく。 ブラムドはそのまま少し待ったが、少女は何も言わずにブラムドを見つめるままだ。 素直に名を聞いても良かった。しかしブラムドは少女ではなく、傍らの竜へと問いかける。 人の言葉ではなく、竜の言葉で。 『幼子よ。そなたの名は?』 少女の耳に、うなるような、鳴くような、不可思議な旋律が飛び込む。 だが傍らの竜には、はっきりとした言葉として聞こえていた。 『きゅい、シルフィード。ブラムド様はその姿のままで竜の言葉がわかるのね?』 『さして難しいことではあるまい? まぁ竜と話すのは久方ぶりゆえ、言葉を覚えているか不安があったがな』 少女の視線が、不可思議な旋律を交わす二者を行き来する。 『きゅい、ブラムド様。ブラムド様をおねにいさまと呼んでもよい?』 『おねにいさま? 奇妙な言葉だ。おねえさまではいかんのか?』 苦笑を浮かべるブラムドに、シルフィードは首を激しく横にふった。 『おねえさまだとタバサおねえさまと一緒になってしまうのね。ブラムド様をはじめてみたときはおにいさまだと思ったけど、今は女の人なのね。だからおねにいさまだと思ったの』 『この学院には、他に竜の言葉がわかるものはおるまい? なれば竜の言葉で呼ぶ折にはおにいさまでよかろう』 『わかったのね。おにいさま』 喜びをあらわにする使い魔に、困惑の表情を浮かべた少女。 少女がブラムドに問いかけようとしたところに、ブラムドは先手を打った。 「お前の名はタバサというのか」 再び投げかけられた言葉に、タバサは衝撃を隠せない。 表情の変化は僅かなものだったが、ブラムドがそれを見逃すことはない。 心持ち目付きを鋭くしながら、タバサは手に持つ長い杖でシルフィードに打撃を与える。 『いたいのね!?』 頭を叩かれたシルフィードの悲鳴に、ブラムドは笑みを隠せなかった。 「そう責めてやるな。お前と違って隠すことを心がけているわけではないのだから」 その言葉に、タバサの鋭い視線がブラムドへと向けられる。 ほんの一瞬でその視線は平静なものへと戻されたが、老齢の竜にしてみれば心の動揺を隠しているのは明白だ。 「お前が表情を出来るだけ消していること、あまり喋ろうともしないこと、それは全て相手を煙に巻く為のものだ」 タバサの表情や視線は変わらない。しかし耳が小刻みに反応していることで、ブラムドの口の端が下がることはない。 「だが視線や体温、耳や鼻、手先や体の動きにまで気を配れていないところを見ると、習ったものでもあるまい」 小さく、タバサの喉が動く。 「息や喉の動きもな」 タバサの首元がわずかに朱に染まるのを見ながら、ブラムドは喉の奥で笑う。 身の丈を超える長い杖、それを握るタバサの手に、わずかな力が加わった。 その表情や態度には、殺意ではなく義務感のようなものがかいま見えた。 愉しみのために人を殺すのではなく、生業として人を殺すもの独特の振る舞いだ。 「やめておけ」 緩慢な空気が、掻き消えていた。 ルーンを唱えようとした口が、凍りつくように止まっている。 タバサは、ブラムドの瞳に飲み込まれるような感覚におそわれていた。 そこに存在するのは底の見えない深淵。 淵に立つタバサを支えているのは二本の足のようでもあり、彼女のものではない手のようでもある。 再び、タバサの喉がわずかに動く。 殺意があるわけではない。 ブラムドはただタバサを見ているだけだ。 だが、それだけでタバサは手も口も動かせなくなる。 ふとブラムドの視線が外れ、タバサは呼吸することを思い出した。 震えだすことは抑えられたものの、額ににじむ汗は止めようもない。 空気の変化に気付けなかったシルフィードだが、ようやくタバサの様子に気付くと、気遣わしげに頬擦りをする。 『おねえさま? 大丈夫なの? おなかいたいの?』 いたわるように鳴き声をあげるシルフィードを撫ぜ、タバサはそっと腰を下ろした。 視線を足元に下ろしながらも、口を開こうとし、また閉じる。 タバサの仕草に稚気をくすぐられながらも、ブラムドはそっとつぶやいた。 「汝のことを吹聴するつもりはない。主に聞かせるつもりもな」 ふっと安堵のため息をついたタバサに、竜の姿をした竜は楽しげに鳴き、人の姿をした竜はそっと微笑んだ。 立ち去ろうとしたタバサに、ブラムドが声をかける。 「しばし待て」 タバサが見たブラムドの表情は、どこかいたずらをしでかす子供のそれに見えた。 「……動くなよ?」 『遠見(ビジョン)』 その瞬間、ブラムドの視力が増大する。 しばらく前から自分たちを見ていた視線の主を確認する為に。 ……女。 ……緑がかった銀の長い髪。 ……眼鏡をかけている。 ……ゆったりとした服を着ているが、立ち姿から多少なりとも鍛えているのが見て取れる。 ……見たことのない顔だが、その目付きの鋭さは特徴的だ。 ……オスマンやコルベール、タバサのように戦いをたしなむ者とは違う。 ……気配の消し方も堂に入っている。 ……とすれば盗賊か間諜の類。 ……間諜ならばタバサが目的か。 ……しかし視線は我へと向けられている。 ……闖入者に探りを入れている程度のものか。 『魔力感知(センスマジック)』 ……魔力を感じ取れるのならば魔術師か。 「そこな女」 ……反応はない、か。 ……であればこちらの会話を聞かれてはいまい。 むしろ反応があったのは傍らの一人と一匹だった。 向けられる視線に軽く手を振って応えたブラムドは、そのまま魔法を解く。 「タバサ」 「何?」 「彼方を見やる魔法というのはあるか?」 反射的に、タバサは口を閉じた。だが思い直したのか、素直に答えを返す。 「ある」 「我の左手にある建物の影に人がおる」 その言葉に、タバサは遠見の魔法を使う。 「何者かしっておるか?」 「ミス・ロングビル。オールド・オスマンの秘書」 「こんな時間に出歩くような秘書の仕事があるのか?」 ブラムドの言葉に、タバサはわずかに考えるそぶりを見せた。 「知らない。でも時々、夜見かける」 「夜半にか?」 小さく、タバサがうなずく。 「ほぅ……」 つぶやいたブラムドの口元に、薄く笑みが張り付いていた。 その表情を見たタバサは、先刻自身へと向けられていた笑みと、似ているようでどこか違うような、奇妙な感覚におちいった。 「さて、ずいぶん遅くなってしまった。お前たちもそろそろ部屋へ帰るが良い」 言葉は柔らかなものだった。 表情も穏やかなものだった。 それでも、タバサはその言葉に逆らうことは出来なかった。 『おにいさま、さようならなのね』 タバサがシルフィードに乗って立ち去り、ブラムドが飛び去ったとき、ミス・ロングビルは音もなく建物の影へと消えていった。 再び、学院に静寂が訪れる。 その後、ブラムドがルイズの部屋へと戻ったのは、日が昇り始める直前だった。 前ページ次ページゼロの氷竜
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前ページ次ページゼロの登竜門 ゼロの登竜門 幕間 討伐の成果報告 ルイズ、キュルケ、タバサの三名はオールド・オスマンに報告をする。 そして丁度学園長室にいたコルベールも一緒に聞くことにするらしい。 「ふむ、まさかミス・ロングビルがフーケだったとは……。最初から学院に潜り込むつもりだったんじゃな」 「いったい何処で採用されたんですか?」 「街の居酒屋じゃ。美人だったものでなんの疑いもせず秘書に採用してしまった」 ミス・ロングビルがフーケだったことを伝えると、オスマン氏はそんなことをのたまった。 その後いくつかオスマンとコルベールが言葉を交わす。三人はダメな大人の一面を垣間見た気がした。 三人のそんな視線に気付いたのか、二人はコホンと咳払いをして話題を変える。 「さてと、君達はよくぞフーケを捕らえ、『破壊の小箱』を取り返してきた。これは大変名誉なことである」 そう、さまざまな貴族の屋敷に忍び込み、お宝を易々と盗み出していたフーケを捕らえたのだ。 三人は恭しく礼をする。 「フーケは城の衛士へ引き渡した。破壊の小箱は無事に戻ってきた。一件落着じゃ」 そう言ってオスマンは机の上に置いた小箱を、袋の上からポンポンと叩いた。 「君達の『シュヴァリエ』の爵位申請を宮廷に出して置いた。追って沙汰があるじゃろう。ミス・タバサはすでにその爵位を持っているから精霊勲章の授与を申請しておいた」 オスマンのその言葉に三人の顔が輝いた。 といっても、タバサの表情は相変わらずだったが。 「本当ですか?」 「本当じゃとも。いいんじゃよ、お主らはそれくらいのことをしたのじゃから」 キュルケの言葉に、オスマンは孫を見るような笑みでそう返した。 そして話題を変える。 「さて。今日の夜はフリッグの舞踏会じゃ。破壊の小箱の憂いもなくなったことだし、予定通り執り行う」 オスマンの言葉にキュルケの顔がぱっと輝いた。 フーケの騒ぎですっかり忘れていたようだ。 「ほっほっほ、今日の舞踏会の主役は君達じゃ。用意をしておきたまえ。せいぜい着飾るのじゃぞ」 三人は一礼してドアへと向かう。 キュルケがドアを開いて外へと出る、その時ルイズがピタリと立ち止まった。 「ルイズ?」 「気にしないで、わたしはもうちょっと話すことあるから」 怪訝そうにするキュルケだったが、強いて追及することでもなく、先に歩くタバサへ付いて階下へと消えた。 ルイズはドアを閉め、二人へと向き直る。 「何か……聞きたいことがありそうじゃな」 オスマンのその言葉にこくりと頷いて、コツコツと歩いて元の位置に戻った。 「その……破壊の小箱のことなんですけど……いったい何処で?」 「……なぜそのようなことを気にする?」 オスマンの質問返しにルイズはしばし沈黙する。そして怒られる事を承知で告白した。 「その小箱は、キングが使うことが出来たのです」 「キング?」 コルベールの言葉に「わたしの使い魔です」と答えた。 「その小箱を使った途端、キングは、白い閃光を放ちました。閃光はフーケの数十メイルもあろうかというゴーレムの胴体を跡形もなく消し飛ばしたのです」 その証言にコルベールは目を輝かせる。そしてオスマンは袋の中から小箱を一つ取りだして、起動させる。 ピンポン、と音がしてアナウンスが。 「………このことは他言無用じゃよ? お主らが信頼できる者として話す」 オスマンが二人へ順繰りに視線を向けると、両名ともこくりと頷いた。 「まず、ミス・ヴァリエールの使い魔、キングが使うことが出来た理由はその使い魔のルーンが理由じゃろう」 「使い魔のルーン?」 疑問符を頭に浮かべながら呟いたルイズへ、オスマンはコルベールへ指示する。 コルベールはそれに答え、その手に持った本を開いた。 そして、ルイズがそれに目を落とす。 「ミョズニトニルン。始祖ブリミルが従えていたという伝説の使い魔のルーン。キングのルーンはそれとまったく同一のモノだったのです」 タマゴにはルーンが刻まれていなかった、その為コルベールは生まれたら連絡するようにルイズに伝えたのだ。 彼がキングのルーンを確認したのは、ギーシュが気絶したその後のことである。 「珍しいルーンだと思い調べてみたのですが記述がまったく見あたらず、ここまで遡ってやっと……」 コルベールがそう言うが、ルイズはじっとその本の記述を見つめていた。 「なんでも、あらゆるマジックアイテムを扱うことが出来たそうじゃ。小箱を使うことが出来たのもそれが理由じゃろう」 オスマンのその言葉にルイズは本から顔を上げる。 「マジックアイテム? では小箱はやはりマジックアイテムなのですか?」 「それはわからんのじゃ。なにせわしがどんな魔法をかけても小箱はウンともスンとも言わんのじゃからの。マジックアイテムならば魔法をかければ何らかの反応が返るはずなんじゃが……」 「ポケモン……」 「?」 ルイズの呟きに二人は首を傾げた。 「ポケモン、と言う単語に心当たりは?」 その言葉に、オスマンはもう一度小箱を起動させ、アナウンスが流れる。 「この言葉じゃな。あいにくわからん……小箱を預かった少年も詳しい話はしてくれなかったしの……」 「少年?」 オスマンはこくりと頷いて、語り出した。 「今から……そう、三十年前になるか。三十年前、森を散策していたときワイバーンに襲われた。そこを救ってくれた少年が、小箱を預けたのじゃよ」 「あずけた? なぜです」 「それは……皆目検討も付かん。紺色の……見たこともない美しいドラゴンに乗った少年じゃった。珍しい黒髪をしておったよ」 二人とも、黙って聞く。 「他にも何人かそのドラゴンに乗っておった。その内の一人は……そう、ミス・ヴァリエール。君と同じような髪をしておった」 「わたしと同じ……ですか」 「うむ。何人乗っていたかはなにぶん昔のことなので思い出せないが……四人くらいは乗っていたかのう……」 「それで……彼は他には何か?」 「…………そうじゃな、乗り合わせた少女が彼に耳打ちをして袋を彼に渡したんじゃ。彼は背負っていたカバンから小箱をいくつか袋の中に入れた。その時に言った言葉が……」 そこで一旦区切って、オスマンはお茶を一口飲んだ。 「そこで彼は「これは『破壊の小箱』です。何も言わずに預かっていて欲しい」と言ったんじゃ……彼らとはそれっきりじゃ、今回盗まれるまでとんと忘れておった」 「そう…………ですか」 「命の恩人の頼みとあらば断ることも出来なくてのう。彼は「使い道がわかれば使っても構わない」と言ったんじゃがあいにく使い方がわからなかったのでな。ずいぶんお蔵入りしておったんじゃよ」 ルイズはオスマンの目を見るが、ただじっと見つめ返されるだけ、これ以上話す事は無さそうだ。 「わかりました……失礼します」 ぺこりと一礼してルイズは踵を返す。 カチャリとドアを開けて外に出て、ぱたんと閉めた。 そして学園長室にはオスマンとコルベールが残される。 「あの、オールド・オs「実はのう、コルベール君」 しばしの沈黙の後、コルベールが発言したがオスマンがソレを遮るように語り出した。 「なんでしょう」 「ミス・ヴァリエールに伝えておらぬ事がいくつかあるんじゃよ」 「いくつか…………ですか」 「実はその時、少年はドラゴンに乗っていただけではなく、淡い緑色の、不思議な生き物をも従えておったのじゃ」 「緑色の……」 「彼らの周囲を飛び回っておった。常に動き回っていたためハッキリとした姿は捉えられなんだが……これくらいじゃったかな」 そう言ってオスマンは両手でその大きさを説明する。 「だいたい……70サントかそれぐらいですか」 「うむ、その後さまざまな事典で調べはしたが全くもって調べられなんだ」 「未知のドラゴンに乗り。更に未知の生き物を従えてたと。そうおっしゃるのですか」 「どこから来たのかと聞いたら「遥か遠い場所から」と。ロバ・アル・カリイエかと聞いたら「ソレより遥か遠きところ」と」 「それより遠く……まさか……西の最果て?」 東のロバ・アル・カリイエでないとすれば、西の大海の遙か先しか無いはずだが。 「そんな有るかどうかも判らん物は引き合いに出すでない。行って帰ってきた者などおらんしの」 「失礼しました」 コルベールが詫びて一礼する。 その点で言ったら東も同じだが、陸続きであるという点では東の方が有利である。 エルフが暮らすサハラをどうにか超える事さえ出来れば、その向こうに土地があることは明確なのだから。 それにしても、ロバ・アル・カリイエよりもはるか遠くから来たと言う彼ら。 彼らはなぜ、そしてなんのために小箱をオスマンへと託したのか。 オスマンは数年間考え続けた。しかし答えは出ないまま三十年もの月日が過ぎた。 そしてこの度、フーケに盗まれたことにより、埋もれていた記憶は一瞬の内に発掘された。 ルイズにも、そしてコルベールにも話していない、彼らからの予言も。 オスマンは、閉じた扉をじっと見つめていた。 前ページ次ページゼロの登竜門
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前ページ次ページゼロのエルクゥ 結論から言えば、間に合っても間に合わなくても同じだった。 大学の講義室を思わせる、すりばち上の構造になっている教室に戻るなり、 「皆さんお疲れさまでした。本日の授業はこれでおしまいとしますので、皆さんは今日1日、使い魔との親睦を深めてください」 と解散となってしまったのだから。 コルベールは、解散宣言を出すや否や、何をするのも惜しい、といった様子で、教室を走り去っていく。 彼と話をしてみようと考えていた耕一だったが、ルイズに合わせて一番後ろの席についていた耕一には、引きとめる間すらなかった。 「……あー」 本来ならエルクゥ同士でしか感じられないはずの感情のシグナルすら、あのコルベールからは感じられたような気がした。 混じりっ気なしの、『好奇心』という色が。 ……どうしよう。 考えていた行動計画が初っ端から頓挫して、耕一はぽりぽりと頭を掻いた。 あの様子だと、追いかけてもまともに話を聞いてくれるかどうか危うそうだ。 「……ん?」 やるかたなしに周囲を見渡すと、耕一とルイズを遠巻きに見つめ、ひそひそと声を潜めるグループが、ちらほら。 それらの声や態度から読み取れる感情は―――困惑だとか、虚勢だとか、侮蔑だとか、嫌悪だとか。あまり良いお話ではなさそうだった。 ま、大方、さっきの出来事を計りかねているんだろう、と、耕一はそれを意識から切った。 「何ぼーっとしてるのよ。行くわよ」 そんな声に振り向くと、ルイズが既に席を立って、入り口に歩き出していた。 「行くって、どこへ?」 「部屋に帰るのよ。ついでに学院内の案内もしてあげるから、早くしなさい」 「ん……わかった」 耕一は少し悩んだが、今さっきのコルベールを無理に追ってもしょうがなさそうだと思い直し、ルイズに従って席を立った。 「今居るここが、2年生の教室塔よ。で、真ん中の一番大きな塔が本塔。本塔には、先生方の事務所、アルヴィーズの食堂、宝物庫、医務室、男子寮……。 その他、この学院の主な施設が集まってるの。本塔の一番上が、学院長であるオールド・オスマンのお部屋」 教室のある建物から出て、ルイズは指差しながらそんな説明をしてくれる。 「本塔を囲むように、5つの塔が、ペンタグラムを模して配置されているの。1年生、2年生、3年生の各教室がある塔に、ここで奉仕する平民たちの寮、そして女子寮の5つ。 それぞれがアーチで区切られた広場を、それぞれ、ノルズリ、スズリ、アウストリ、ヴェストリ、ユミルの広場と呼んでいるわ」 本塔と教室塔との間には、荘厳な石のアーチ建築で、通路が掛かっている。他の塔ともそうなのだろう。 「これは、始祖ブリミルと、5つの系統魔法を表しているの」 「しそぶり……なんだって?」 「始祖ブリミル。あんたってホントに何にも知らないのね」 聞いた事のない固有名詞に首をひねる耕一に、ルイズは呆れたようにため息を一つついた。 「ブリミルっていうのは、今から6000年ぐらい前、このハルケギニアに降り立った伝説のメイジよ。神様から、"虚無"と呼ばれる今はもう失われてしまった系統の魔法を授かって、自分でも火、水、土、風の4つの系統魔法を生み出した。 その力でもって、ブリミルと、ブリミルに魔法の力を授けられた貴族のご先祖様たちは、ハルケギニアに跋扈していた先住種族や亜人、魔獣たちを討伐し、人間の住めるところにしたの。 そして、彼の4人の子供がそれぞれ、今このハルケギニアにある4つの王家の始祖となったのよ」 だから、全てのメイジの始祖。始祖ブリミル。 ハルケギニア(ここら一帯を表す地名らしい。話を聞く限り、文化圏、と言った方が正しいかもしれない)では、神と並んで崇拝される、伝説の偉人だという。 「キリストみたいなもんか」 「きりすと?」 「こっちの世界で、数々の奇跡を起こしたって言われて、神の子って呼ばれてる人だよ。2000年ぐらい前の人だったかな」 「ふーん……聞いた事ないわね」 興味なさげに、ルイズは鼻を鳴らした。 クリスチャンなら気分を害しただろうが、耕一は宗教的にはちゃらんぽらん甚だしい日本人であったので、苦笑を返すだけだった。 「一回りして、場所だけ確認しましょ」 「ああ」 ぐるり、と、5つの塔を繋ぐ石の外壁に沿って回り、塔と広場の名前や、正面門のそばにある馬の厩舎などの説明を受ける。馬は、地球の馬となんら変わらないようだった。 途中の広場には、ルイズと同じ2年生であろう、使い魔らしき様々な動物とじゃれあう少年少女たちが溢れていた。 犬猫のような馴染みある動物から、見たこともないような動物、果たして動物なのやら疑問符がつくようなナマモノも多く、ここはファンタジー世界なんだなぁ、と否応無く実感させてくれた。 「しかし、結構広いな……」 一周に20分はかかった気がするぞ、と腕時計を見る素振りをして、家に居るときには外していた事に気付いた。 「……そういや、今何を持ってたっけな?」 思いついてポケットの中などを探ってみるが、文明の利器っぽいものは何も見つからず、あったのは丸まったコンビニのレシートだけだった。 まあ、感熱紙も立派な文明の産物であり、コルベールあたりが聞いたら飛び上がって驚いた後に『"火"で文字が書けるなんて! なんという素晴らしい紙なんだ!』などと狂喜乱舞する事だろうが、残念ながら現状、単体で何かの役に立つとは言いがたい。 ―――携帯電話とか財布とかも部屋に置きっぱなしだったっけなぁ。いくら楓ちゃんとのまったり時間だったとはいえ、身軽すぎだろ俺。 「何ゴソゴソしてんのよ」 「ああ、いや、今自分は何持ってたかなって、持ち物の確認をな」 「何かあったの?」 「役に立ちそうなものは何も」 そう。とやっぱり興味なさげに言って、ルイズは、自分の部屋があるという女子寮に入っていく。 「って、俺も入るのか?」 「当たり前でしょ。使い魔がご主人様と一緒に居なくてどうするのよ」 「いや、だとしても、女子寮に男が入るのはまずくないか?」 「使い魔のオスなんか誰も気にしないわよ」 「……さいですか」 無理をしている感がなくもなかったが、大人しく頷いておいた。 外壁と同じ石作りの廊下を歩き、一つの部屋にたどりつく。 鍵を差し込み、ドアを開ける。 ルイズの部屋は、寮部屋というにはちょっと広すぎる部屋だった。さすが貴族というところだろうか。 「……うーん、これが格差ってやつか……」 所々に施された意匠や、華美な装飾の家具、天蓋付きのキングサイズベッドと……東京の自宅であるワンルームを思い出して、耕一はちょっと悲しくなった。 柏木は名士の家。鶴来屋グループという有数の企業体を牛耳る一族なんてとんでもない金持ちであるし、召喚される直前までいた柏木の屋敷も、一般的な日本家屋とは比べるのも馬鹿らしいほど広い家だ。 しかし、本家から長い事離れて暮らしていた耕一の金銭感覚は、庶民そのものであった。 「はぁ。なんだか疲れたわ」 ルイズはぼふんとベッドに体を投げ出すと、そのまま仰向けに倒れ込んだ。 「おいおい、服が皺になるぞ」 「ならないわよ。学院の制服には『固定化』がかかってるんだもの』 「こていか?」 「物を保存する魔法よ。食べ物にかければ腐らないし、金属なら錆びなくなるし、服なら皺や汚れがつかなくなるわ」 「はー……便利なもんだな」 「普通は一着一着服になんかかけないけど、伝統あるこの学院の制服は特別ね」 そう言うと、気だるげに上半身だけを起こす。 「そんなところに立ってないで、座りなさい。本当に何も知らないみたいだから、色々と教えてあげるわ」 言われるままに、近くにあったテーブルについた。 「さて、まずは使い魔の役目からね。契約した使い魔は、主人の眼となり耳となる能力を与えられるの」 「眼? 耳?」 「使い魔が見たり聞いたりした事を、主人も知る事が出来るのよ」 「へえ。俺が見てるものが見えるのか?」 言ってみると、ルイズは腕を組んでしばらくうーっとうなった後、口をへの字に曲げた。 「……見えないわ。あんたじゃ無理みたいね」 「そっか」 感覚の共有か。エルクゥの精神感応に似てるな。 そんな事を思いついて、試しにルイズにシグナルを向けてみた。色は……そうだな、『外敵に気をつけろ』とでも―――。 「ひゃっ!? な、何今のっ!?」 送った瞬間、ルイズがビクンと体を震わせて驚いた。 「お。通じるのか」 「な、何やったのっ!? なんか黄色くなってぞわって悪寒がしたんだけど!」 「俺の一族は、そんな風に意識を通じあわせる事が出来るんだ。 もしかしたらと思ってやってみただけ。 ちなみに今送ったのは、『外敵に気をつけろ』っていう警告の信号」 「……本当に亜人だったのね、あんた」 「なんだ、信じてなかったのか?」 「別の世界だとか妙ちきりんな事言われても、信じられるわけないじゃない」 ま、それもそうだ、と耕一は何も言わなかった。 耕一だって、あの事件が起こらなかったら、鬼だのエルクゥだの聞いても一笑に付すだけだっただろう。 「あんた、何か他に出来る事はあるの? というか、あんたの種族って何?」 そう聞かれて、むっと腕を組んだ。 エルクゥ。人を狩る鬼。人を狩る事に愉悦を覚える狩猟者。 強靭な身体能力を持ち、人の命を感じ取る事ができ、同族と意識を通じあわせ、宇宙進出を果たせるまでの科学力を生み出す高度な知性を持つ。 「何よ。黙り込んじゃって」 「いや、どう説明したもんかなぁと」 ……そんな事を言ったら、全力で討伐されそうだ。 「……むぅ」 「まぁ、何を悩んでるのか知らないけど、後でいいわ。こっちの話を続けるわね」 こほん、と仕切りなおすように咳払いをした。 「使い魔の役目だけど、次に、主人の望むものを見つけてくる、っていうのがあるわ」 「望むもの?」 「例えば、秘薬の材料とか。硫黄とか、コケみたいな」 「へえ」 そういう化学的な面もあるのか、とちょっと感心した後、硫黄なんて、元の世界と同じ物質があるのか、と驚いた。 「何か知ってるみたいだけど、何か取ってこれそうなの?」 「いや、無理かな……硫黄っていうのは俺の世界にも存在するけど、どうやって取るのかまでは知らない。ごめんな」 「ふーん。ま、期待はしてなかったからいいわ。本来、水の中とか、火山の火口とか、高い山の上とか、地中深くとか、そういう人間が行けないところから材料を取ってくるのが貴重って意味だもの」 「なるほど。高いところぐらいなら何とかなるけど、他は厳しいな」 「……そ、その時になったら頼むわ」 先程の人間ジェットコースターを思い出したのか、ルイズはぶるりと一つ震えた。 「最後、これが一番重要なんだけど、使い魔は主人を護る存在であるのよ。 その能力で、主人を敵から守護するのが一番の役目! あんな事が出来るんなら、もちろん簡単よね?」 「……そうだな。簡単かどうかはわからないけど、それならなんとかなりそうだ」 人を狩る為に生み出されたエルクゥの力を、人を護る為に使う、か。 元の世界に居る時もそうあろうとはしていたが、現代日本では、そうそう純粋な戦闘能力が発揮される事などない。 実際にそれを揮う機会があるとなれば、それはなかなか魅力的な提案に思えた。 「さて、それじゃあ次は、あんたの事を教えてくれる? 使い魔の事を知らないメイジなんて、主人失格だもの」 「そうだなぁ。さて、何から話そうか―――」 当り障りのないように、エルクゥの能力の事だけを吟味して話しているうちに、太陽はその身を休め―――ハルケギニアの双月が、夜を照らしだした。 前ページ次ページゼロのエルクゥ
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前ページ次ページゼロの斬鉄剣 ゼロの斬鉄剣 5話 ―泣き虫(クライベイビィ)・ルイズ 後編― 早朝 いつもより若干早く目を覚ます五ェ門、ハシバミ草の効能のおかげで肌寒いものの 風邪は引かなかったようだ。 「さて、とりあえず洗濯をいたそう。」 さすがにルイズの洗濯物は無いので今日は五ェ門の胴衣のみだった シエスタが五ェ門に声をかけたのは既に洗濯が終わり焚き火で干しているときのことであった 「おはようございます、ゴエモンさん。」 おお、と振り向く五ェ門 「おはよう。昨日は馳走を頂き感謝している。」 くすっと笑うシエスタ 「いいえ、まさかゴエモンさんの故郷と曽祖父の故郷が一緒だったなんて。」 なるほど、そういわれればこの黒い髪と黒い瞳、どおりで日本人を感じさせるわけだと五ェ門は納得する。 「ところで、今日はミス・ヴァリエールの洗濯物はないんですか?」 うっと顔が引きつる五ェ門 「ああ、面目の無い話だがルイズと喧嘩になってな・・・」 「まあ、どうしてですか?」 「話すのも恥ずかしい理由なのだ、捨て置いてくれまいか。」 心配そうに顔を歪めるシエスタ 「まあ、早く仲直りできるといいですね。」 「うむ、拙者の不注意でルイズを怒らせてしまったのであるからそういたすつもりだ。」 「がんばってくださいね、ゴエモンさん。」 シエスタは名残惜しそうに五ェ門の元を去る そのころのルイズ 「おっほっほ、貴方の使い魔はこのキュルケ無しではいきてはゆけないのよ?」 「拙者、キュルケ殿にぞっこんでござる。」 「ゴエモン、私の靴をおなめ!」 ペロペロペロ 「やめてー!」 絶叫とともに目を覚ますルイズ 「はあ・・・はあ・・・最悪の目覚めだわ・・・」 部屋をみわたすルイズ 「ちょっとゴエ・・・・」 言いかけて昨日の出来事を思い出すルイズ 「(そうだったわ、ゴエモンは昨日私が・・・)」 ため息をつくルイズ 五ェ門が来てからというもの朝の決まった時間には起こしてくれていた。 しかし今朝は五ェ門はいない。 「(やっぱり、言いすぎだったのかしら・・・いや、いけないわ、いくら強いからって主人はあくまであたしなんだから!)」 気を引き締めるルイズ 扉をあけ、そそくさと食堂へ走るルイズ 入れ違いで五ェ門がルイズの扉を叩く 「(いない、か)」 そこへキュルケとタバサが現れる 「あらダーリン、おはよう」 「・・・・おはよう」 「うむ、二人ともおはよう、しかし何だそのだありんとは。」 くすっと笑うキュルケ 「それより昨日はごめんなさいね。」 おもったより素直な言葉を聞いた五ェ門 「もうよい、キュルケはもっと自分を大切にするんだな」 「あら、でもあきらめませんことよ?」 ニンマリわらうキュルケ 「(まったく、こりないな。)」 ふと、タバサがキュルケの前に 「タバサ、昨日の差し入れ、いたみいる。」 「いい・・・きにしないで。」 頬がわずかに赤らむタバサ それをジト目で見るキュルケ 「あら、あたしの誘いを断った後でお二人は何かあったのかしら?」 ちょっとすねるキュルケ 「いや、いろいろあってハシバミ草の差し入れを頂いたのだ、これが美味でありがたかった。」 「・・・・ゴエモン、あなたハシバミ草たべれるんだ。」 「うむ、おかげで今朝は思いのほか目覚めはよかった」 驚く顔をするキュルケ 「そ、そう、じゃああたしたちは食堂いくから、またね~」 タバサをつれ食堂へ向かうキュルケ 「(あの二人はあんなに違う性格で仲がよいのだな。)」 ふと、五ェ門の脳裏に相棒二人の顔が浮かぶ 「(今頃ルパンと次元は何をしておるのだろうか。)」 ちょっとセンチになる五ェ門であった 食堂でさっさと食事を済ませたルイズ 「(なんでゴエモンは姿をあらわさないのかしら・・・・)」 あの律儀な五ェ門のことだから朝になればなんらかのアクションを起こすと思っていたが 微妙なすれ違いで肩透かしをくうルイズ 「いけない、今日の朝は秘薬に関する筆記試験だったわ!」 はっと気がつきそそくさといつもの教室へ向かうルイズ 「むう、試験中とは・・・」 今度こそルイズにきちんとお話しておこうとおもったのだが いざ向かった教室には、「試験中につき立ち入りを禁ず」の張り紙 仕方が無く教室のエントランスにある椅子へ腰をかける 間もなく早く終わった生徒が何人か出てくる 「あ、あなたは・・。」 む?と顔を上げるゴエモン 「そなたは、昨日の・・・」 「モンモランシーですわ。」 「拙者は石川五ェ門と申す」 「あら、貴方のことはもう知ってるわ」 クスリと笑うモンモランシー 「昨日は、そのすまないことをした。」 首を振るモンモランシー 「あなたのせいではなくってよ。悪いのはギーシュなんですもの。」 すこし申し訳なさそうにする五ェ門 「あの後ね、私に謝ってきたわ。ひどい姿だったけど」 思い出すように笑うモンモランシー 「私、彼を許すことにしたわ」 ほう、と五ェ門 「だって、いつまで怒ってもしょうがないでしょ?それにあの日は私の香水をつけてくれたんだもの」 「(ううむ、拙者は香水は苦手なのだ。)」 と口には言わない五ェ門 「ただし、今後浮気は許さないっていう条件でね。」 ふっ、と五ェ門は笑う 「とにかく、彼は貴方にお詫びがしたいといっていたわ。」 「ほう、あれだけ痛めつけたのだから拙者をうらんでいるとおもったが。」 「あら、彼は仮にも誇り高き軍人貴族よ?第一そんなに狭量な男ならとっくに見捨てているわよ。」 ふふふと笑いながら五ェ門を見つめるモンモランシー 「私も貴方に感謝しているわ、ギーシュもちょっとはいい男になったし、浮気しないって誓ったし。」 「まあ、そういうことなら拙者からは仲良くやれというしかないな。」 「ふふ、ありがとう、じゃあ私はこれで失礼するわ。」 うむ、と五ェ門は頷きモンモランシーの後姿を見送る ―― 「(ふう、やっと終わったわ~、魔法薬の試験はすこし苦手なのよね)」 まずまずの出来だと自負するルイズ 「(さて、ゴエモンはまっているかしらね?)」 そう扉をあけると そこには楽しそうに談笑するモンモランシーと五ェ門の姿があった にわかにルイズの怒りが沸点に達する 「な・・・なによ!なによなによなによ!キュルケの次はモンモン!?」 ギリギリと歯軋り 「なによなによ!あたしがおちこぼれだからって!使い魔にまでなめられるなんて!」 ボロボロと涙を流し始めるルイズ モンモランシーを見送り扉に目をやると、そこには涙を流した鬼神が立っていた 「(何事が起きたのだ・・・)」 無言で五ェ門に近づくルイズ 「あんたなんて!あんたなんて!・・・ファイヤーボール!」 「むっ!」 バーン! ギリギリで交わしたが至近距離の爆風を受ける五ェ門 先ほどまで座っていた椅子は粉々だ。 「くっ、待て!ルイズ!」 喚きながら走り去るルイズを追いかける五ェ門 ルイズは扉に鍵を閉め、ベッドにもぐりこむ ドンドンと扉を叩く五ェ門 「うるさい!ゴエモンはどうせあたしのことばかにしてるんでしょ!」 涙声で叫ぶルイズ 埒が明かないと五ェ門は 「御免!」 キィン!キィン! ガラガラ・・・ 扉を切り倒しルイズのそばへ 「ルイズ・・・」 「こないで!なんなのよ!ほっといてよ!」 子供のように泣きじゃくるルイズ 立ち去ろうとしない五ェ門に当たるルイズ 「ばか!ばか!みんなあたしを馬鹿にするんだ!」 叩かれ続ける五ェ門 バシ!バシ! 何度も五ェ門の体を殴るルイズ 「ひぐっ!なんで・・・なにもしてこないのよう!」 一切抵抗しない五ェ門の態度にますます惨めになっていくルイズ 「なきたければ泣け、当たりたければ当たるがよかろう。」 だんだん五ェ門を叩くルイズの力は弱くなる ふと五ェ門がルイズの頭をなでる 「拙者は必死で努力し食らい付くルイズを認めている、見捨てるわけがなかろう。」 ぐしゃぐしゃになった顔を上げるルイズ。 「じゃあ、なんで・・・なんでキュルケやモンモランシーなんかと・・ぐす・・なかよくしてるのよ!」 五ェ門は昨日からの出来事をきちんと説明する だんだんとルイズの顔から怒りが消えていく 「と、いうわけだ。別に拙者はルイズをないがしろにしたわけではない。」 それに、と五ェ門 「お主はもっと自分に自信をもつのだ・・・だが辛くなったとき、泣ける時に泣くがよい、世の中泣くことも叶わぬ事もあるのだからな。」 ルイズは大声で泣いた 「うわああああああん!」 ルイズが人の胸の中で泣くなんて何年振りの出来事だろうか。 慈愛に満ちた目でルイズを見る五ェ門 そうしてルイズが泣き疲れて寝るまで五ェ門は懐を貸すのであった。 ルイズと五ェ門がすこし近くなった、そんな日の出来事 つづく 後日談― 次の日、学院から通達があった ―エントランスの椅子と寮の部屋の扉を弁償してね(ハート) オールド☆オスマン― 次の日、五ェ門はあまり睡眠を取れなかったが爆破された場所の掃除をしているのであった 前ページ次ページゼロの斬鉄剣
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前ページゼロのアトリエ 初めは、誰もが無力だった。 不死身の勇者も、高名なる錬金術士も王室料理人も 初めは何の力もないごく普通の人間だったのだ。 だが、彼らは誰よりも夢や希望を強く抱き、追い続けた。 だからこそ世に名を轟かすほどの存在になれたのだ。 夢は、追いかけていればいつか必ず叶うものなのだから… ゼロのアトリエ 35 ~グラムナートの錬金術士~ もうすぐ、約束しておいた雇用期間が過ぎる。 ロードフリードは空になった商品棚を眺め、掃除でもしておこうかとカウンターを離れた。 あの錬金術士は、今どこで何をしているのだろうか? 「ういーっす」 はたきをかけるロードフリードが次は掃き掃除だな、とほうきを視界に入れたあたりで、 くわを担ぎ、土だらけになったバルトロメウスが姿を現した。 「なんだまだ開けてたのか?外はもう暗くなってるし、今日はもう終わりでいいと思うぞ」 「そうか。まあ、掃除だけ終らせて帰ることにするよ」 ロードフリードは何事もなかったかのようにホウキを掴み、掃き掃除を開始した。 「お前も律儀だなあ。商品がなけりゃ客もいないんだし、んなの適当にやっつけりゃいいじゃねえか」 「そういう訳にはいかないよ。ヴィオが戻って来た時、がっかりさせたくはないからね」 「へいへい。全く、あれのどこがそんなにいいんだか」 バルトロメウスの冷やかしには反応を返さず、ロードフリードはかねてからの懸案事項を問うことにした。 「それにしても、今回の旅はちょっと長いと思わないか?」 「何だ、心配してんのか?大丈夫だって。あいつの事だ、どうせまた『何とかのモンスターさんをやっつけてきたよ!』 とか言いながら平気な顔で帰ってくるに決まってるって」 「そうか?まあ、たしかにヴィオが負ける姿は想像しにくいけどね」 兄の言葉が発せられるタイミングを見計らったかのように、 扉のベルが鳴り、待ちかねた来客を告げる。 「ただいま~」 満面の笑みを浮かべて帰ってきた店主の顔。 ヴィオラートの額には、村を出る前にはなかった何かの文字が刻まれているようだ。 新しい趣味か?それとも、また何か錬金術の為の何かだろうか。 「ほらな。こいつを心配するだけ損だぞ」 兄の妹に対する信頼が、ロードフリードの顔をほころばせる。 何だかんだ言っても、やはりこの二人は兄妹なのだ。 他人の入り込めない、見えない絆という物がある。 でも、自分の役目はバルトロメウスのように振舞うことではない。 ヴィオラートがロードフリードにどうあって欲しいか、自らがそれを受けてどうすべきか。 騎士精錬所を卒業し、村に帰ってきた時から、彼はいつもそのことを頭の片隅に置いて実践してきた。 今彼が望み、彼女が望むたった一つの言葉。 その一言でヴィオラートの冒険は一区切りついて、彼女はこの村の日常へと回帰する。 それもまた、ごくありふれた奇跡なのだろう。積み重ねた日常と絆が織り成す奇跡。 だから、彼はいつも通り、穏やかな笑みを浮かべてヴィオラートを迎えた。 「お帰り、ヴィオ」 雲をつくような巨大な樹に手を加えて作られた、空を行く船の桟橋。 その中腹に設けられたホールに、子供達の集団が輪を作っていた。 輪の中心にいた女性が、本を閉じて立ち上がる。 金色の髪が長い耳を掠め、動きのある美というものの形をさりげなく見せた。 「そろそろ時間よ。皆、お船に乗りましょう」 「えーっ、もっとイーヴァルディのご本読んで!テファお姉ちゃん!」 「ぼくももっと読んで欲しいなあ」 「あたしも!」 ティファニアは困ったような顔をして、子供達を見回す。 「みんな、イーヴァルディの勇者が大好きなのね?」 「うん!おおきくなったら私、錬金術士になるの!」 「ぼくは断然勇者だな!錬金術士より、勇者の方が強いもん」 「錬金術士の方が強いよ!爆弾も武器も作れるから」 「爆弾なんて使う前に勇者が勝つもん」 「ばかだな、勇者が気づく前に投げればいいじゃん」 「気づくもん!勇者ビーム出すもん!」 「あ、みんな、ちょっと落ち着いて。船の中で読んであげるから…」 話が変な方向に飛び火して収拾が付かなくなった子供達の輪。 対応に苦慮するティファニアに係員が近づき、時計を見て、伝えるべき事柄を伝えた。 「ウエストウッド孤児院ご一行様、間もなく出港時刻となりますが」 「あ、はい。すいません。さ、皆、あとはお船の中でね」 子供達は大人を困らせるのは大好きだが、大好きな大人が本当に困っている時は敏感に察知する。 あれほどやかましかった子供達は静かにティファニアの言う事に従い、船に向かう。 途中、ティファニアの姿をちらちら見る人はいたが、 それを何か特別な事だと感じる者は誰もいない。 ティファニアがその姿を隠さずとも外を出歩けるようになったのは、もう何年前の事になるだろうか。 「カロッテランド発、タルブ行き。ただいま出港いたしまーす」 それはあまりにも大きく、あまりにも美しい伝説だった。 親が子供に語って聞かせる夢物語。 誰もが知り、そして誰もが信じない。ありえないはずの奇跡。 ルイズが、ヴィオラートが、彼女達全てが確かに生きていたという証であり、新しき世界の日常。 そう、ただの日常を創り出すために彼女達はいくつの夜を越え、いくつの悲しみを耐えたのだろう。 ティファニアの閉じた『イーヴァルディの勇者』の表紙と、ここにある全ての艦船の横腹、 『港』である樹のそこかしこと、無数に配られたパンフレットの一角。 その全てに、にんじんを追加されたヴァリエール家の紋章が、誇らしげに輝いていた。 前ページゼロのアトリエ