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前ページ次ページゼロの氷竜 顔をしかめるような強い風ではなく、まどろみを誘うようなたおやかな風が吹いていた。 波立つ青々とした草原の上、中空に浮かんだ巨大な鏡。 傍らで唖然と口を開いた、頭髪のさびしい教師よりもはるかに大きな鏡。 木陰で本を広げていた、空色の髪の少女。その傍らに寄り添う風竜を飲み込むのにも十分すぎる大きさの鏡。 その大きな鏡から、白銀の鱗に覆われた、一本の巨大な足だけが突き出ていた。 ゼロの氷竜 一話 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、同級生からゼロのルイズと揶揄される彼女は混乱していた。 春の使い魔召喚の儀式、その開始とほぼ同時に風竜を呼び出した空色の髪の少女を、ルイズは羨ましいと思った。 無論、意地っ張りと題をつけられるような彼女がその言葉を口にすることはなかったが。 心のどこかでかすかに無駄と思いつつも、 ……風竜以上の立派な使い魔を! と力を込めて振るった杖から飛び出すのは、今までと寸分の変化もない轟音と爆発。 ルイズの目線の先、かつて青々とした草原であったそれは、岩と土の荒地と化していた。 「ミス・ヴァリエール」 そう声をかけた頭頂部が涼やかな教師は、差し迫った時間を理由に召喚の打ち切りを告げた。 だがルイズは歯を食いしばりながら、同級生の野次と嘲笑に耐えながら食い下がる。 出来の悪い、しかし真面目で努力家の少女の願いを、煌めく頭部の教師はあと一度だけという条件でかなえた。 精神的に幼い同級生の言葉に傷つき、涙をこらえるためにひびが入るほどに歯を食いしばり、一人の少女は、骨が折れるほどの勢いで、自らの持つ魔力を使い尽くしても構わないという覚悟で、渾身の力を込めて、その杖を振るった。 ルイズは爆音が聞こえなかったことに小さな喜びを覚え、次の瞬間、爆発と轟音にも似た衝撃に目を開いた。 そして見開いた目に飛び込んできた景色は、巨大な鏡からそびえる、鋭い鉤爪を持った一本の巨大な足だった。 半瞬の忘我。 自らの頬に手をやり、つねった痛みに顔をしかめる。 その瞬間、鏡が轟音とともに砕け、思わず顔を背けたルイズが再び鏡のあった場所へ視線を投げると、そこには白銀の鱗を持つ、巨大な竜がその巨躯を横たえていた。 はらはらと少ない髪の毛をはためかせ、呆然と口を開いた教師に目をやる。 口を開いてはいなかったが、これ以上なく目を見開いた赤毛で胸の大きな仇敵の顔を確かめる。 表情の少ない主に代わって口をあんぐりと空けた風竜と、表情の変化が見られない空色の髪の少女を眺めた。 程度の低い野次を飛ばしていた同級生たちも、舌をなくしたかのように声を発しない。 数度の深呼吸程度の時が過ぎる。 あまりのことに使い魔召喚に続く、契約の儀式を忘れていたルイズを尻目に、竜の首が持ち上がる。 開かれた双眸に見据えられたルイズは、不思議と恐怖を感じなかった。 たとえじゃれ付く程度の行為だったとしても、人間の命を奪うに余りあるであろう存在。 魔法学院の長であるオールド・オスマンですら、対しえないであろう強大な魔獣。 だが、その瞳は静謐な水面を思わせた。 まともに魔法を使うことも出来ない自分の召喚に、なぜこれほど巨大で美しい幻獣が応えてくれたのか、ルイズの思考が内側へ向きかけた瞬間、目前の竜が声を発した。 ブラムド、かつて彼が住んでいたロードスという島では五色の竜の一体、氷竜と呼ばれた彼は混乱していた。 休眠期に入っていた彼は、まどろみの中でどこかからか呼ぶ声を聞いた気がした。 しかし彼はかつて自らを使役していた魔術師により、一つの宝物に縛り付けられていた。 太守の秘宝の一つ、真実の鏡と呼ばれるそれは、どれだけの距離が離れた場所でも映し出し、人を映せばその心すら暴くとされた。 魔術師が滅ぼされ、その王国もなくなったが、彼はその秘宝に縛り付けられたままだった。 人間にしてみれば巨万の富を抱えた彼を、宝や名声のために狙うものは絶えず、彼は時に追い払い、時に焼き尽くし、時に噛み砕いた。 自らの望みもしない殺戮を、強大な竜である彼に強要するほど、秘宝に込められた呪縛は強く、無慈悲なものだった。 だから今彼が睥睨する小さなものたちに対し、警告をしなければならなかった。 殺戮を、避けるために。 「小さき者たち」 下位古代語、かつて彼を縛り付けていた魔術師たちが日常会話として使っていた言葉。 だがその呼びかけに対し、眼下の小さな者たちは言葉を返そうとしない。 仕方なしに、ブラムドは呪文を唱え始める。 魔術師たちの中で唯一、友とも呼べた魔術師から教わった魔法のうちの一つ、自らの知らぬ言葉を理解するという魔法を。 『言語理解(タング)』 敵意や害意は感じられなかった。 剣や杖、弓矢の類をこちらに向けているわけではなく、それどころか自分がここにいることそれ自体に驚いている様子だった。 わずかな不思議さを覚えながら、ブラムドは再び呼びかける。 「小さき者たち」 「しゃべった!?」 韻竜、それもこれほどまでに巨大な。 無論、衝撃を受けたのはルイズだけではない。 傍らの教師も、同級生たちも、その場にいる全ての人間が、そしてすでに契約を済ませていた一部の使い魔たちが受けた衝撃は、あまりにも大きすぎた。 「しゃべることがそれほど不思議か」 かすかに、ほんのかすかに、竜の声に笑うような響きが込められた。 そしてブラムドは確信する。彼らは盗賊ではないだろう、と。 そう確信した瞬間、休眠期で緩んでいた脳細胞が急激な活動を開始する。 なぜこれほど大人数の人間が近づくのを感知できなかった? なぜ巣穴で寝ていたはずの自分が太陽の下、草原の中にいる? 首を回した瞬間、かたわらにあったはずの宝物の山が、自らを縛りつけ続けていた太守の秘宝が、真実の鏡が存在していなかった。 その事実が理解できなかった。 それから離れることも、それを壊すことも、それを燃やすことも、その身に走る激痛のために何もできなかった。 どれだけの日々、どれだけの年月を経ようとその魔力を衰えさせることなく、自らを縛り付けていた呪縛の鎖が、不意に掻き消えた。 我知らず、ブラムドはその翼をはためかせた。 ルイズやその場にいた人間たちが突風に顔をしかめると同時に、ブラムドの体は宙へと浮き上がる。 長年の癖からか、ブラムドの上昇速度は緩やかなものだった。しかし、堪えきれない歓喜が、翼に強い力を与える。 やがて竜の目をもってしても人間の顔が判別できなくなった頃、ブラムドの体は雲を貫く。 高空を滑る強い風の流れに翼を立て、更なる高空へと舞い上がる。 眼下を見下ろせば懐かしい白竜山も帰らずの森も見えず、それどころかロードス島やマーモ島も存在しない。 彼方には海が見えるが、一方は大地が続いている。 そしてその場から海の果てまで飛び去ろうと考えても、忌々しい激痛に身を焼かれることもない。 呪縛から解き放たれた。 そのたった一つの出来事、だが人間の一生よりも長い時間、縛り付けられていたブラムドにとって、そのたった一つの出来事が何よりも喜ばしかった。 トリステインの上空に、歓喜の咆哮が響き渡る。 その声に気付いたものは少なかったが、トリステイン魔法学院の学院長、オールド・オスマンはその少数の一人だった。 はっきりと聞こえたわけではない。だが、長い時を生きた偉大なるメイジは、神託に導かれたように、召喚の儀式が行われている草原へと向かう。 時間は少し巻き戻る。 ブラムドが起こした風が収まった瞬間、ルイズの目の前には自らの爆発で穴の開いた草原だけがあった。 当然、それを見たのはルイズだけではない。 同級生の一人がこらえ切れなかったように笑い出す。 「あっははははははは!! ルイズのやつ使い魔に逃げられたぞ!?」 丸みを帯びた体の同級生がそう叫んだ瞬間、その場にいた三人を除いた全ての人間が笑い出す。 自分に向けられた笑い声を、ルイズは気付いていなかった。 あまりの出来事に、瑣末なことに心を砕く余裕がなかった。 眉間に皺を寄せ、うっすらと目に涙を浮かべ、ただ呆然と立ち尽くしていた。 赤い髪の少女は心配そうにルイズを見ながらも声をかけることができず、空色の髪の少女は開いていた本をたたみながらもやはり声をかけることはできない。 髪の色が判然としない教師はルイズの様子に心を奪われ、生徒たちの罵声や笑い声を抑えることを考えられなかった。 やがてルイズの方が小さく震え始めた瞬間、彼女を巨大な影が覆った。 天空を見上げるルイズの目に飛び込んできたのは、恐ろしい速さで舞い降りる巨大な竜の姿だった。 半ばまで翼をたたみ、その体が地上に落ちるに任せたブラムドは、先ほど目の前に立っていた桃色の髪の少女の前を目指して落ちていった。 『落下制御(フォーリングコントロール)』 魔法によって落下速度を制御したブラムドは、翼を動かすことなく、再び突風を起こすことなく、そよ風とともにルイズの目前に降り立った。 その不可思議な光景に、人間たちは息を呑んだ。 「人の子よ、名はなんと言う」 辺りに響き渡るような大きな、だが優しげな声だった。その声に導かれたルイズの返事は、かすかに震えていた。 だがそれは恐怖ではない別の理由からだった。 「ルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」 「長いな」 わずかに、人間であれば眉根に皺を寄せるような響きが、竜の声に混じる。 「まぁよい。我が名はブラムド。氷竜ブラムド。ここは我の知る大地とは違う場所のようだ。我をこの地へと呼び出したのは、ルイズ、汝か?」 普段であれば、 「ええそうよ!! あなたをここへ召喚したのはこの私!! だからあなたを私の使い魔にしてあげる!!」 といいかねない気の強さをもつルイズだったが、努力の末に呼び出した使い魔に逃げられたのかと勘違いし、周りの様子にも気付けないほど打ちのめされていたためか、異常なほど素直だった。 「ええ、私があなたを呼び出したの」 「目的は?」 「使い魔にするために」 その素直すぎる言葉に、残り少ない髪の毛を真っ白にするほど衝撃を受けた教師、コルベールがいた。 ……言葉を理解するような頭のいい魔獣が、それも先ほどからの不可解な現象を考えるに魔法を使うほどの強大な魔獣に、服従を強制する契約をする前にそんなことを話してしまって、もし暴れだしでもしたらどうするつもりなのですかぁ!! ……死ぬ。死んでしまう。 ……いや私一人が死ぬだけならまだしも、全ての生徒たちの命が…… 「使い魔?」 「ええ」 「それは我を騎馬のように乗りまわし、戦場へ連れ出したりというようなものか?」 「いいえ、今のところこのトリステインはどこの国とも戦争はしていないから、戦場に連れ出すことはないとは思うけれど」 話すうちに、ルイズはもしかしてこの竜が私の使い魔になってくれるのでは、という希望を感じ始めていた。 「いつまでだ?」 「私かあなたのどちらかが……死ぬまで……」 しかしその希望は打ち砕かれたように思えた。少なくともルイズには。 不意にブラムドの問いかけはなくなり、その場を、その空間を沈黙が支配する。 当然だ。 ルイズは得心する。 これほどまでに強大な存在が、自分などに付き従うはずもない。 私は落第し、実家に連れ戻される。 いや、このドラゴンに食べられてしまうのかもしれない。 それもいいかもしれない。 身の程もわきまえずに、こんなことをしでかしてしまったのだから。 絶望に支配されるルイズを尻目に、ブラムドは喉の奥から笑い声をもらし始める。 「ふっ…………ふっ……ふっふふふふふふふ……」 ルイズが顔を上げる。 「ふはははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!」 ブラムドの笑い声は止まらない。 いつまでも止まらない。 ブラムドの声に驚いた生徒たちも、その声が笑い声だということがわかると得心のいかぬ風に顔を見合わせる。 ルイズが数度の呼吸を繰り返しても、笑い声は響き続ける。 その肺の大きさが人間と違いすぎるとはいえ、そんなことを今のルイズが気付くはずもない。 それゆえに、ふつふつと、怒りがこみ上げる。 笑われているわけではないと心のどこかで気付きながらも、死を覚悟したほどの絶望を笑われているように思え、普段のままにその怒りを爆発させる。 「ちょっと何よ!?」 ルイズとブラムドを交互に見ていたコルベールは、かすかな髪の毛を逆立てんばかりに驚く。 「そんなに馬鹿笑いすることはないじゃない!!」 赤毛の少女、キュルケは驚きに目を見張りながらも、自らの宿敵にかすかな微笑を送った。 「それは私みたいなメイジがあなたみたいな立派な竜を呼び出したなんて奇跡みたいなものだろうけど!!」 空色の髪の少女、タバサは手に持っていた本の存在を忘れかけた。 「それでもそんなに馬鹿にされるいわれはないはずよ!?」 髪を振り乱しながら、目に涙を浮かべた少女に、ブラムドは謝罪する。 「……すまなかった。だが別に汝を笑ったわけではないのだ」 「じゃぁなぜ笑っていたの?」 涙目のルイズはブラムドに問いかける。 「ルイズ、お前は望みもしない牢獄に閉じ込められたことはあるか?」 「ないわ」 「そうか」 ブラムドはため息をつくように、過去を思い出すように、その目を空の彼方に向け、自らの言葉を継ぐ。 「我は無形の牢獄に囚われていた。雪が降り、泉や湖が凍り、また溶け出す。そんなことが何度も何度も、数え切れないほどに繰り返される膨大な時間をだ」 ルイズには想像もつかない、ただひどいことだと感じられるだけだ。 幼いころに父や母に叱られ、部屋に閉じ込められたことなど基準にすらならないだろう。 我知らず、ルイズは自らの体を抱きしめる。 ブラムドはルイズの様子を見て、微かに笑いながら話を続ける。 「その牢獄から解き放たれるための方法はただ一つ。我が死ぬことのみ」 その言葉にルイズは驚き、伏せていた顔をブラムドに向けた。 「だが我はその軛から脱した。ルイズ、そなたのおかげであろう」 「で、でも私は、あなたをその牢獄から解き放つために呼び出した訳じゃないわ。どちらかといえば新しい牢獄に招待したようなものじゃないの?」 中途半端、というものは時に悲劇を生む。 たった今、ルイズが中途半端に回した頭から出た言葉を、そのままその口から繰り出したように。 コルベールの顔は、もはや蒼白を通り越している。 おそらく複数の毛根が、衝撃で死滅しているだろう。 だがブラムドの声音は変わることはなく、むしろ楽しげな響きさえ含む。 「我はルイズ、汝の母の母、そしてその母の母が生まれるよりも遥かな以前より生きている。その我が、いまさら一人の人間の生涯に付き合う程度の時間を忌むものか。何より、汝ら人間が生まれ出で、死に行くよりも長い時を、我は無形の牢獄に囚われ続けていた。そこから開放してくれた汝の守護者たるを、我が断るとでも思うか?」 ルイズはブラムドを懐疑していたわけではないが、自らの能力に対しての懐疑は存在した。 本名ではないものの、国内外にその名を轟かせた自らの母や、王立魔法研究所の所員にまでなった姉の指導を受け続け、魔法学院に入学してからも爆発という結果から逃れ得なかったために。 故に自らが召喚したことが事実であったとしても、まさか、という思いから抜け出すことができなかった。 だが、自らの守護者に、つまり使い魔になってくれるという言葉を聞いて、さらに疑いを深めるほどにルイズは鬱屈してはいなかった。 それは彼女の資質であるのか、それとも両親や二人の姉の躾や教育の賜物なのか定かではないが、たとえ魔法を使えずとも誇り高い貴族たらんとした彼女に与えられた、確かな、そして偉大な成果といえただろう。 先刻とは種類の違う涙を目に浮かべながら、ルイズは契約を完了させるためにブラムドへと呼びかける。 「ありがとうブラムド。では使い魔の契約をするわ。首を下ろして」 ルイズは生涯で二度目の、確かな魔法の成果を手に入れようとする。 コルベールはその成果に微笑を浮かべ、キュルケはどこか満足げに口の端を上げ、タバサは改めて本を開いた。ちなみにタバサのかたわらの風竜は、いまだに忘我したままだ。 同級生たちが息を呑んで推移を見守る中、ルイズの呪文が風に乗る。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ……」 頭を垂れるブラムドに、ルイズは天への祈りを捧げるように口付けた。 ブラムドの左前足の甲に、使い魔のルーンが刻み込まれる。 ルイズが自らの力で行った、生涯で二度目の成果。爆発ではないそれを確かめるため、コルベールはブラムドへと話しかける。 「ミスタ・コルベール!!」 だがそれをさえぎる声があった。 「オールド・オスマン?」 「ミスタ・コルベール、すまんがミス・ヴァリエールを除く生徒たちを学院まで引率してもらえるかな?」 コルベールは、オスマンのその言葉に異を唱えることはできなかった。 その表情は普段と変わらないが、身にまとう気配が異常なほどに張り詰めていたからだ。 「わ、わかりました。みなさん、それでは学院まで戻ります」 そしてコルベールは学院へと向かう生徒たちを見送り、後ろ髪を引かれるようにオスマンたちの方を振り向き、学院へと飛び去っていった。 前ページ次ページゼロの氷竜
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マリコルヌは、靴下の臭いをかいだ。 ガクガク首を振る。 間髪いれずに放たれたウインドブレイクが、巨岩を粉々に砕く。 「そう、我らにとって靴下こそ、秘薬。素人には実害でしかないその臭いを、我らは力にすることができるのです」 マリコルヌは、コルベールの言葉を聞きながら、気を失った。 「……ふむ、まだ彼には、一週間物は刺激が強すぎるようですね」 コルベールは、マリコルヌの手から靴下を拾い上げると、鼻にあてた。 首をがくがく震わせ、優しく微笑む。 「これでもう教える事はありません。ソックスレジェンド。これがあなたのハンターネームです」 「ソックスレジェンド」 マリコルヌは、かみ締めるように呟いた。 「ミスタ・コル……いや、ソックスファイア。俺はこれから、どうすれば」 「決まっているでしょ。影に生きなさい、闇に生きなさい。そして……」 コルベールはニヤリと笑った。 「靴下を狩りなさい」 マスターよりの指令。ギーシュの靴下を手に入れよ! ギーシュは、スキップしながら去っていく平民の姿を、呆然と見送っていた。 僕は、薔薇を見つけたのかもしれない。 「やあ、災難だったねギーシュ」 手をさしのばす人影を見て、ギーシュが首を捻る。 「えーと、君はマルコメ」 「マリコルヌ」 反射的に出してしまったギーシュの手を、マリコルヌは右手でがっちり掴んだ。後ろに隠した左手には、一週間物の靴下が握られている。 「い、痛いよ」 顔をしかめるギーシュにかまわず、左手を彼の顔に近づける。 「大丈夫、ギーシュ!」 「ぶはぁぁぁ!?」 横合いからモンモランシーに突き飛ばされ、マリコルヌが吹き飛ぶ。 「ああ、モンモランシー。僕は君に、なんて礼を言えばいいんだろ。 ありがとう、僕の女神」 「ふ、ふんだ。あなたが無様な姿をさらすのが、嫌だっただけよ」 ギーシュの真剣な表情に、モンモランシーは顔を赤くして、そっぽを向く。 「本当に今日はなんて日だろう。女神に救われ、薔薇を見つけるなんて」 ぎぎっと音を立てて、モンモランシーが振り向く。 「……それ、どういう事?」 「つまりこういう事さ」 ギーシュは、薔薇を振り上げ、立ち上がる。 「あの平民がとっても気になるってね!!」 しばしの沈黙。 「なに変な方向に悪化してんのよ! あんたは!!!」 綺麗に回転して蹴りを決めるモンモランシー。吹っ飛ぶギーシュ。 さらに追い撃ちに、軽くジャンプした後で、顔面めがけて握った拳を打ち下ろした。 地面と拳で、サンドイッチになったギーシュが動かなくなる。 息を荒くしたまま、モンモランシーは背を向けた。 そして二度と、振り返ることは無かった。 マリコルヌは、ギーシュの靴下を胸元におさめながら、風にマントをなびかせた。 「結果オーライ」 ~ゼロのぽややん外伝~ソックスハンター異聞録 散り逝く薔薇に靴下を 完
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前ページ次ページゼロの魔獣 それは、決闘後と言うよりも、何らかの事故現場のようだった。 中庭には濛々と砂煙が立ち込め、衝撃波で抉り取られた地面が一直線に伸びている。 その線上、頑丈そうな石壁に大穴が開き、間を置いて崩れ落ちた瓦礫の乾いた音がする。 「ひどすぎるわッ!? ワルド 何で! なんでこんな・・・」 「・・・君は アルビオンに行っても敵を選ぶつもりかい? 私たちは弱いです だから 剣を収めてくださいって・・・」 そう言いながら、ワルドは計画の崩壊を自覚していた。 咄嗟の自衛の為とはいえ、全力で放たれた魔法が至近距離で直撃したのだ。 使い魔は死んだであろう。 少なくとも、今回の任務からはリタイアだ。 惨劇を目の当たりにした彼の主人は、ワルドの事を許さないであろう。 だが今は、そんな修正の利く計画よりも、傷つけられた彼の自尊心の方が問題だった。 最後の瞬間、慎一は拳を止めた。 剣術の試合で言うならば、後から動いたワルドの方が、木刀を当てる形となった。 今の決闘、見る者が見ていたならば、勝者は・・・。 「旦那の言う通りだぜ ルイズ! 戦場じゃあ 弱いヤツは死ぬしかねえ 虎の尾を踏んじまった間抜けもなァ!」 彼方からの声に、2人は大穴のほうを振り向く。 瓦礫を押し分け、体を大きく揺らめかせながら、慎一が這い出てきた。 口元からは血がこぼれ、両手はぶらりと垂れ下がった幽鬼のような格好だが 両目はむしろ爛々と燃え上がり、試合が死闘へと変化した事を喜んでいる。 「インターバルは終わりだ! 第2ラウンドと行こうぜ ワルド」 慎一が大股を開き、肩を入れてストレッチしながら挑発する。 だが、ワルドにとって、この試合は計画の一環に過ぎない。 計画に変更を迫られている今 ここで慎一と殺し合いをする意味など無かった。 「・・・決闘と 無秩序な殺戮は違う 決着は既についた 2人の姿を見れば どちらが勝者であるか 女子供にだって分かる」 「決着?」 慎一はおどけたように両目を大きく開き、次いでクックッと、心底意地の悪い忍び笑いを漏らした。 「違いねえ 確かにどちらが勝ったか一目瞭然だな この勝負 てめえの負けだぜ! ワルド・・・」 慎一がゆっくりと左手を上げる。 その手の平には、ワルドの杖 - 彼にとって唯一の得物が、深々と突き刺さっていた。 ワルドが瞠目する、その表情を確認した後、慎一は一息に剣を抜き取り、 無造作にワルドの足元に転がした。 ワルドがぎりり、と歯噛みする。 慎一は穴の開いた左手を突き出し、指先でくい、くい、と挑発した。 「・・・行こう ルイズ・・・」 かろうじてワルドはそう言い、羽帽子を目深に被り直して中庭を後にする。 背後から慎一の、狂ったような高笑いが響く。 ルイズはワルドの背中と、慎一の笑顔を困ったように見回し、やがてワルドの後をついていった。 ―夜 慎一は再び月を見ていた。 「シンイチよお・・・ お前さん もっとうまい事やれねえのかい?」 「言うな」 「へん! またしても俺を連れてかねえからそういうことになるんだぜ」 デルフリンガーが拗ねていた。 だが、彼のいうことにも一理あった。 慎一は、一度戦場に立てば無敵の狂戦士であったが、その力は、誰かを救うためのものではなかった。 昼間の決闘にしても、事前にワルドの罠を察知し、他の仲間を同行させていたなら また違った決着があったかもしれなかった。 「・・・あっきれた 怪我人なんだから寝てなさいよ」 言いながら、ルイズが入ってくる。 「へっ こんな程度の傷はな ツバ付けときゃ直る」 「・・・打ち身に唾液が効くの?」 -実際のところは、キュルケが持ってきた薬の効果が、元々頑健な慎一の治癒力を高めているようだった。 (「勝ったのは俺なんだよ!!」と傷だらけで喚く慎一の姿は、彼女にはとても『可愛らしく』見えたであろう) ルイズが慎一の真横に並ぶ。それっきり、2人は押し黙る。 「・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・」 沈黙が続く。 慎一が傍らのデルフをちらりと見る。 饒舌なインテリジェンスソードは背景の一部のようにピクリともしない。 役立たずめ。 慎一が心の中で悪態をつく。 「・・・何か 用事があって来たんじゃないのか?」 ようやく慎一が、重い口を開く。 やや沈黙があって、ルイズが答える。 「・・・シンイチ 私・・・ ワルドに求婚されたの・・・」 「・・・・・・・・・・」 「・・・それで 私 その」 「ルイズ アイツはやめとけ」 馬鹿野郎!! 今度はデルフが心の中で罵倒する。 いくらなんでもストレート過ぎる。 何故こんな時に真理阿がいないのか。 「何で・・・ 何でそんな事をいうの?」 「アイツは ヤツは危険だ」 「― 昨日今日会ったばかりのアンタが ワルドの何を分かるって言うのよ」 「分かるさ ヤツは獣だ 獣のことは獣が一番良く分かる」 ―慎一は、最悪の一言をいくつ知っていると言うのだろうか。 暫く小刻みに震えていたルイズが、キッ、と両目を尖らせ、慎一に畳み掛ける。 「違うッ!! 違うッ!! 違うッ!! ワルドはアンタなんかとは全然違うッ!! ケモノは・・・ ケダモノなのはアンタ一人よッ!! 何でもかんでも一人で決めて 周りの迷惑も考えずに好き勝手に暴れてッ!! あたしの! あたしの大切な人を傷つけて!!」 「傷つけられたのは俺だ」 「うるさいッ!! ケダモノの・・・ 使い魔の命令なんて聞かないわよ!! あたしはワルドと結婚する!!!! それが気に入らないなら アンタも好きなところに出て行きなさいよッ!!」 「―チッ! おい待てッ!! ルイ・・・」 慎一が追いかけようとした時、1階から喧騒が響いてくる。 悲鳴、絶叫、金属音・・・ 慎一の大好きな音ばかりだ。 「おっ始めやがったかぁ!!!」 叫びながら慎一が走る。 すれ違いざまにデルフリンガーを掴み、ルイズに放る。 「シンイチ!」 「持っとけッ!! どうせケダモノにゃあ要らん!」 そういった慎一は、既に部屋を飛び出していた。 ―1階は戦場と化していた。 重装備の一団が、次々と店内に矢を射掛けてくる。 ワルドたちは石造りのテーブルを盾とし、それを防いでいた。 そこに、一匹の魔獣が割り込んでくる。 一息に階段から飛び跳ね、壁を蹴って、あらぬ方向から賊達の中央へと飛び込む。 直ちにその場のパワーバランスが入れ替わる。 慎一の手が届く範囲にいるのは全て獲物であり、賊達の周囲にいる人間の大半は味方であった。 極端すぎる戦力比が災いし、前線が恐慌を来たし、一方的な虐殺が始まる。 だが、両腕を振るいながらも慎一は、ある種の違和感を感じていた。 今回の任務は、始めから敵の知るところだったハズだ。 ヤツらが綿密に練ったであろう襲撃計画が、こんなにも手ごたえの無いものなのか? (陽動・・・?) 慎一がその考えに至ったとき、後方からずうううぅぅぅん、と大きな音が響き、 小刻みな振動が店内に伝わる。 賊どもが蜂の巣を突いたかのように騒ぎ出し、店内から飛び出す。 まるで、慎一とは別の脅威に怯えるように・・・。 「みんな! 大丈夫!?」 ルイズが階段を駆け下りてくる。 「来るな!ルイズッ!! お前らッ!! 伏せろォ!?」 振り向きながら慎一が叫ぶ、その言葉に呼応し、全員が店の隅に飛び退く。 ―直後、凄まじい轟音とともに後方のブ厚い石壁が破裂し、巨大な瓦礫が周囲に飛び散る。 巨大な鋼鉄の塊が破滅的な破壊音を生じさせながら、猛スピードで店内を通過する。 衝撃波が小型の竜巻を作って荒れ狂い、椅子を、テーブルを、戸棚を天井へと巻き上げていく。 「うおおおおおおぉぉぉぉォォォッ!!!!!!」 慎一が吠える、彼は見た。 螺旋を描きながら突っ込んで来る、巨大な円錐状の鉄の塊 ― それはドリル! ドリルと言って差し支えあるまい!! 空想科学の世界でしか存在しないハズの究極の兵器が、うなりを上げて彼の眼前に迫っていた―。 前ページ次ページゼロの魔獣
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前ページ次ページゼロの魔獣 「ゲッタアアァァァ トマホオオォォォクゥッ!!」 ルイズの絶叫が轟き渡る。 右手に灼熱の闘志を込め、握り締めたレバーを力いっぱい押し倒す。 主の激情を受け止めるが如く、ロボの両眼が力強く輝く。 直後、ドシュウゥッ、という重低音を響かせ 巨大ロボの右肩のハッチから、何物かが高速で射出される。 飛び出したのは特殊合金のカタマリ。 放射線の影響を受け、音速の世界を突き抜けながら、鉄隗が分裂、増殖、変形を繰り返す。 ボコボコと膨らむ棍棒の側面から、ジャキリと肉厚の刃が生え、巨大な斧へと変化を遂げる。 重心の変化が高速回転を呼び、直線的だった軌道が大きく捻じ曲がる。 破壊の権化と化した大車輪が、箱舟の甲板を砕き散らしながら二人に迫る。 「うおおッ!?」 かろうじて我に返り、横っ飛びで難を逃れた慎一の脇を、ギロチンの烈風が通過する。 膨らみ続ける巨大な的に、避ける余裕はない。 「「「ウボえあアアアアぁアアァァああああ!!!!」」」 巨体の半ば以上を切断する鉄隗の一撃に、肉ダンゴの中の獣たちが多重奏を奏でる。 トマホークの勢いは止まらず、箱舟の内部まで突き刺さって、シャフトを甲板へと縫い付ける。 「まだまだああああああ!!!」 「や ヤヴェろオオおおおおおォォオオオ!!!!」 ルイズが特攻する。 磔となった獲物目掛け、赤い機体が稲妻の如く加速する。 ド ワ オ ―と 二本の角が身動きの取れないデカッ腹をブチ破り、 巨大ミートボールを摩り下ろしながら、箱舟の下層へと巻き込んでいく・・・。 慎一の耳には、ボゴンボゴンと箱舟の床を突き抜ける音だけが聞こえていた。 ― 箱舟 中心部 頭上の大穴から降り立った慎一が見たのは、巨大なメイン・コンピュータに、対手を磔にしているイーグル号だった。 直ちに頭部のハッチをこじ開け、中からルイズを引きずり出す。 バイザーが大きく割れて気を失ってはいるが、特に外傷は見当たらない。 コルベールの暴走に感謝しつつ、デルフを担ぎ、ルイズを脇に抱える。 ―シャフトはまだ息があった。 串刺しとなった肉隗の頂点、痙攣する血みどろの頭がちょこんと乗っている。 「無様なもんだな シャフト・・・」 船内のあちこちで、ドウオズワオと爆発音がこだまする。 ズズズ・・・と地響きがして、一科学者の野望を乗せた要塞が、緩やかな落下を始める・・・。 「俺にしてみりゃあ テメエなんざ所詮十三分の一だ こうなっちまったら もう手を下すまでもねえ・・・ ゆっくりじっくり時間をかけて ミジメにくたばるがいいぜ」 シャフトは答えない。 震える唇で不気味な笑顔を作り、ふるふると頭を振るう。 ひしゃげたサングラスがずり落ち、カツン、と金属音をたてる。 ―シャフトは眼球が無かった・・・。 窪んだ眼窩の奥にあるのは、ぬらぬらと蠢く液体のような虚穴。 キィキィという耳障りな泣き声が聞こえ、甲虫のようなグロテスクな生物がカサリと動く。 肉隗のあちこちから紙魚のように虚穴が広がり、両目の穴からシュルリと触手が伸びる。 「ッ!? シャフト!! テメエ・・・!」 慎一が叫ぶと同時に、シャフトの穴という穴から虚空が噴出した。 「・・・ン・・・」 激しい揺さぶりを感じ、ルイズが目を開ける。 目の前に現れたのは、慎一の横顔・・・。 「シンイチ! 見た! 見た!? あたし 敵の親玉をやっつけたわ!!」 「よくやった! しゃべるな!! 舌噛むぞ!!」 慎一の間抜けな叫びに辺りを見回す 崩れ落ちる箱舟の中、慎一に抱えられて飛んでいる。 ―そして・・・。 「・・・シンイチ!? 何!? 何なのアレは!?」 「しゃべんなッて言ってんだろうがッ!!」 だが、この場合うろたえない方が無理というものである。 足元に広がる暗黒のプール。遠くから近くから聞こえる断末魔の嵐・・・。 そして・・・ その中を悠然と泳ぐ異界の生物達。 甲板に飛び出した慎一が、落下速度を増す箱舟を駆け抜ける。 「・・・! アレって ウェールズさま!?」 傾く甲板を滑り落ちる亡骸を拾い上げ、慎一が飛ぶ。 その目の前に、見覚えのある風竜が現れる。 乗っているのは、赤髪と青髪の少女。 「乗って! ダーリン!!」 「泣かせる登場するじゃあねえか!? どこで出待ちしてやがった!」 軽口を吐きながら慎一が飛び乗る。 タバサがシルフィードを急旋回させる。 直後、箱舟の甲板を突き破り、暗黒が間欠泉の如く吹き上がった・・・。 ズズン・・・と音を立て、猛烈な砂煙を上げながら箱舟が不時着する。 大破した船の残骸、その表面をぬらぬらとした異形が塗りつぶしていくのが遠目にも分かる。 「ダーリン・・・ アレは 何なの?」 「ドグラだ!」 キュルケの問いかけに、シンイチが憎憎しげに答える。 ― かつて、虚空での戦いの中、神の尖兵の持ち出した『兵器』のひとつ・・・ 生物の体に取り付き、虚穴を広げ、自らの宇宙を作り出す化け物。 空間を奪い合うため創られた、虚空のような生物兵器。 自分なら制御できるという驕りから、シャフトが体内で飼っていたものなのか? あるいは、全てが『神』の掌の上だったのか・・・? いずれにしろハルケギニアは、空間侵略という、有史以来の危機に曝されていた・・・。 箱舟が見下ろせる小高い丘へと降り立ち、慎一は対策を考える。 ドグラに対抗しうる手段は、大きく分けて三つ・・・ ドグラが成長する前に、焼き払うなどして破壊する。 空間跳躍を使い、敵を彼方へと『追放』する。 相手よりも巨大な空間を支配して、その力を完全に掌握する。 現時点で、ドグラの破壊は不可能となっていた。 シャフトの巨体全てがドグラ化し、既に箱舟は彼奴等の巣窟となっている。 未だ真理阿の力が目覚めぬ今、『追放』も『掌握』も慎一には不可能だった。 箱舟サイズまで成長してしまったドグラが、タルブの大地を飲み込むのは時間の問題である。 そして・・・ ドグラ宇宙を通じ、『神』の尖兵がハルケギニアの地に光臨するであろう・・・。 「・・・キュルケ、タバサ お前らは姫さんの所へ行って 全軍を引き上げさせろ ああなっちまったら もう 焼こうが凍らせようが手遅れだ」 言いながら、慎一がキュルケへとデルフリンガーを手渡す。 タバサは頷きながら、ウェールズの遺体に自らのマントを被せる。 「待って シンイチ・・・ あなたはどうするの?」 「・・・・・・」 「何か 打つ手があるの?」 「・・・ある!」 慎一の断言に、キュルケもまた覚悟を決める。 「分かったわ ・・・無理だけはしないでよ ダーリン」 「シンイチ 死んでは駄目」 二人は慎一を激励すると、トリステイン本陣へと飛び去っていった。 丘の上には、慎一とルイズの二人だけとなった・・・。 「でも・・・ どうするの シンイチ? どうやってアイツを止めるの・・・?」 慎一は、無言で箱舟を指差す。 異形がひしめくドグラの海を、イーグル号が浮島のように漂っている。 「イーグル号はまだ死んじゃいねえ・・・ 今から俺がもう一度飛び込んで アイツの炉心に火を付ける」 「そんな!」 「黙って聞け! ここからが大事だ。 エンジンがフル回転して 炉心が臨界状態に達したその時に・・・ お前の『魔法』で、イーグル号を誘爆させるんだ」 「・・・ッ!! バ バカな事言ってんじゃないわよッ!? そんな事したら アンタは・・・ それに この大地だって無事ではすまない・・・」 「問題ない」 慎一が言い放つ 「お前が魔法を発動した瞬間に 俺が真里阿の力を解放する 真里阿は生じた爆発をエネルギーに変えて 虚空へとつながる『門』を開く うまく行けば あの粗大ゴミを宇宙に投げ捨て 俺は地球にオサラバって寸法さ!」 「そんな事・・・」 慎一はコンビニにでも行くかのような気楽さで語るが、それは、あまりにも儚い可能性。 もし、イーグル号が故障していたら もし、ルイズの魔法が失敗したら もし、真里阿の力が目覚めなかったら 全ての条件をクリアした上で、慎一が元の世界に戻れる確立は・・・ 「無理 無理 無理よ・・・ シンイチ あなたは私を買いかぶってる 私には あなたが思っているような・・・」 「出来るさ さっき お前が助けに来てくれた時な 正直 俺ァ 震えたぜ・・・ 前にお前のこと 『恐るべきメイジ』と言ったが 訂正するぜ お前は 『恐るべき女』だ!」 「・・・なによ それ・・・」 「それによ・・・ 今の俺は 始祖ブリミルの加護とやらを信じてみたい気分なんだ この絶体絶命の状態で 1パーセントの可能性を残しやがるなんざ お前らの神様も ずいぶんと粋な計らいをするじゃねえか?」 「・・・・・・・・・」 「ちょっとばかし『伝説』ってやつを作ってやろうか? 『ご主人様』よお・・・」 「・・・分かったわ やる・・・ やってみせる・・・! せいぜい足引っ張るんじゃないわよ 『使い魔』!!」 ヘッ、 慎一が笑う。 ルイズも不敵に笑う。奥歯がカチカチと鳴る。 慎一が、バサリと翼を広げる。 「あばよ! ダチ公!! 楽しいバカンスだったぜ!」 拍子抜けするほどの陽気さで、慎一がドグラの海へと飛び立った。 前ページ次ページゼロの魔獣
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前ページゼロの女帝 キィン!ガキィン! 刃と刃が打ち鳴らされる。 「はぁっ!」 黒髪の少年が小柄な体に合わぬ大きな剣を一閃させると、また一人ガリア正規兵の鎧を纏った男が倒れ付す。 「悪ィな」 少年はそう一言声をかけると、もう後ろも見ずに次の相手へと挑みかかる。 「とゆーか」 金髪のキザっちぃ少年がゴーレムを兵に挑ませながら少年に語りかける。 「メイジが殆どいないんで助かってるといえば助かってるんだが、この兵の数は一体何なんだ」 「しかたないでしょ」 赤髪の扇情的な雰囲気の少女が炎を放ちつつそれに答える。 「王の勅命で処罰されようってんだから警備も相応でしょ。 ましてかのオルレアン公の娘さんよ? 話漏れたら反逆罪覚悟で救い出そうとする貴族がいくら出てくることや らっと」 「そ、それにしてもルイズ!セトに一緒に来てもらえばよかったんじゃないの?」 ギーシュに庇われながらのモンモランシーの言葉にかぶりをふるルイズ。 「その意見は魅力的だけどね。 いつまでも全てセトにおんぶにだっこ、ってワケにはいかないのよ。ヴァリエール家の娘としては。 できればあたしとサイトだけでなんとかしたかったんだけどね、って食らりゃ!」 彼女の爆裂魔法で、その部屋にいた最後の兵士が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。 「よし、次いくぞ」 真っ先に駆け込んだサイトの後を追ったルイズは、彼の背中に顔をぶつける。 「ちょっと、立ち止まら・・・な・・・・・・」 ルイズは見た。 続いてやってきたキュルケ、ギーシュ、モンモランシーにッシルフィ(人型)も見た。 階段に腰掛け、本を読む一人の美青年を。 「来たか、蛮人よ」 「エ・・・・・・エルフ・・・・・・」 それは誰の声だったろうか 自分の声なのか ルイズはそんな風に考える 誰かがゴクリを喉を鳴らした音すら聞こえる静寂の中、場の雰囲気を読もうとしない馬鹿が剣を突きつけ声を上げる。 「なんだよおっさん」 「お・・・おっさん・・・このわたしを・・・・これだから蛮人は」ちとダメージうけたみたいだ 「自己紹介もされてないし名前知らないんだからそう呼ぶしかないだろ」 「・・・・・・・ふむ、道理だ。わが名はビダーシャル。ネフテスの一員だ」 「そっか、わりぃんだけど先急ぐんでな、また後で」 「先を急いでるのなら仕方あるまい、とでもいうと思ったか?」 ぱたり、と本を閉じ、立ち上がるビダーシャル。 「気は進まぬがジョゼフとの契約でな。行かせる訳にはいかん」 「ぐ・・・ぐうううう」 床にへたり込むギーシュ。 作り出したワルキューレは軒並み解除されてしまい、もう殆ど精神力は残っていない。 キュルケも同じ状態で、戦闘力の無いモンモランシーに支えられてかろうじて立っているのがやっとだ。 シルフィード(人型)が生み出す風の刃もはじき返され、彼女自身を傷付けていた。 しかし、それでもサイトは全力を振り絞ってエルフに、いやその前に張られた障壁に切りかかる。 「もうやめるがよい蛮族の少年よ。お前たちの力ではこの壁は決して破れぬ」 「悔しいがその通りだぜ相棒。こいつぁ『反射』っつーえげつない魔法だ」 「へっ 『蛮族』かよ!するってぇっとアンタらエルフってなぁずいぶん高貴なお方らしいな」 「当然だ。お前たちと違って精霊の声を聞き世界の理を知っている」 「たいしたモンだ!必死で母親を守り続けた女の子の心を消し去るのに手ェ貸すくらい高貴なんだな エルフって輩は!」 「私が望んで手を貸しているとでも思っているのか」 「どんな言い訳したところで手ェ貸してるのは事実だよ!精霊だか聖地だか知ったこっちゃねーが 俺の中ではエルフってなぁ好もうが好むまいがンな非道に手を染めるくそったれって決まったよ!」 「でもサイト、アンタがどんなに強くてもエルフよ!一流のメイジが何人集まっても勝てない相手よ!」 「エルフだろーがメイジだか関係ねぇ!いまあいつの後ろでタバサが助けを求めてるんだ! なら俺が引いていい理由は無いね!」 「その通りよ」 キュルケが彼女に生み出せる最大の火球を掲げた掌の上に浮かばせていた。 「やめておくがよい、蛮族の娘よ。その炎はお前自身を焼く事となろう」 「アンタはタバサの、あたしの友達の敵。それで十分よ」 「まて嬢ちゃん!おい相棒、おめぇのご主人様の・・・・・」 デルフリンガーの言葉を待たず放たれた巨大な炎は、鏡に跳ね返されるように正確にキュルケにむかって突き進む。 疲労からサイトも彼女をカバー出来ない。恐怖に立ち尽くすキュルケ。 「「キュルケ!」」 サイトの、そしてルイズの絶叫が響く中、その炎はキュルケを包み込む 事は無かった。 「だめよ、もう少し状況を把握して攻撃しなきゃ」 「セ・・・・・セトぉ」 ぺたりと床に座り込むルイズ。 火球をその扇で受け止めていたのは、神木・瀬戸・樹雷その人だった 「ふむ」 周囲を見回すと、すたすたと歩きとある一点で立ち止まる。 懐から出したのは・・・・ 「カッターナイフだ」 「カッターナイフ?」 「わかり易く言うと耐久度と製作コストを下げた使い捨てナイフだよ。俺の世界じゃ文房具だ」 カッターナイフの刃を床の一点に当てると、そのまままっすぐ上に引いていく。 ある程度の高さまで言ったところでくるりと曲げると、再び床にまで線を伸ばす。 「何やってんの?」 「俺にわかるわけ無いだろ。ただ、おそらくあのくそったれエルフの術を破ってるんだろうな」 やがて刃が床にまで届くと、空中を「押す」そぶりをする瀬戸。 「もういいわよ」 「「「「「「ほへ?」」」」」」 ビダーシャルも含めた皆がボケた声を出す中、サイトが彼女が「線」を引いたところに歩いていく。 「ホントだ。ホントにここだけ通路みたいに穴あいてるぞ」 「ウソ・・・・」 「ど、どうやったのね?」 「ンなことどうでもいいよ。はやくタバサ助けに行くぞ」 「待て!行かす訳にはいか ぐわしっ! 奥に向かおうとするサイトたちを止めようとしたビダーシャルは、背後から伸びた腕によって頭部を鷲掴みにされる。 「・・・・・・・・?・・・・・・・」 恐る恐る振り向いてみると、そこには先ほど自分の『反射』を破った蛮族の女がにっこりと笑っていた。 「ビダーシャルちゃん、っていったわね」 「貴様ごときに、数百の齢を重ねた私がそのような呼び方をされるいわれは無い」 「ふーん、数百歳・・・・・たったその程度? いけないわね・・・・・・・・・ ちょっと・・・・・・・・・・・お話しましょうか」 タバサは、いやシャルロットは双月を見つめていた。 娘である自分におびえ、恐れ疲れて人形を抱きしめて寝入ってしまった母の頭を撫でながら。 自分もこんな風に心を壊されてしまうのか。 自分を友達と呼んでくれたキュルケや見返りを望む事無く慕ってくれたシルフィードを見て恐れ怯えてしまうのか。 そして・・・・・・・・・・ともに幾多の死線を超え、自分に笑いかけてくれた黒髪の少年を見ても罵ってしまうのか。 せめて、せめてもう一度彼の笑顔が見たい。 そう思っていたら、階下で騒ぎが起きる。 風メイジとして鍛えた耳が、剣戟の響きを捉える。 野盗? 正規兵が守るこの城を襲うとは思えない。 亡き父の味方が自分の窮状を知って助けに来てくれた? それにしては情報も行動も早すぎる。 正解であろう答えは既に見出しているが、その回答を否定する。 この城にはエルフが居る。 叔父に協力するエルフが待ち構えている。 いかに彼でも、先住魔法の使い手に勝てるとは思えない。 だから来ないで欲しい、お願いだから。 ぎゅっと、「イーヴァルディの勇者」の絵本を抱きしめる。 もし来たら もし「彼」が自分を助けてしまったら もし自分が「彼」に助けられてしまったら 足音が近づいてくる。 木靴が・・・・・・ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ 裸足が・・・・・・ひとつ そして奇妙な、ハルケギニアではありえない妙に柔らかい足音がひとつ 聞きなれた音だ。 ああ、「彼」が来てしまった。 もし「彼」に助けられてしまったら もう彼から離れる事が出来なくなってしまうではないか ドカン! 部屋の扉が大きく揺れる。 おい、ほんとにここかよ まちがいないのね、ここからおねえさまのにおいがするのね ああ、あのこが彼を連れてきてくれたのか 学園に戻ったらお肉をたくさんあげるとしよう キュルケとあと三人にも礼を言わなければいけない そして・・・・・・そして バタン!「大丈夫かタバサ!」 打ち破られた扉から飛び込んできた黒髪が、もう涙で見えない・・・・・・ 前ページゼロの女帝
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前ページ次ページゼロの武侠 未だに燻り続ける塔の先端を睨みながら梁師範は荒い息を吐き出した。 否。彼が睨んでいるのは、そこから舞い降りる一人の男の姿。 風に煽られる羽帽子を押さえつけながらワルドは彼の前に降り立った。 「……嘘だろ」 百歩神拳を放ったのは絶好の間だった。 アレを回避できる者など彼の知る限りでも数えるほどしかいない。 ましてや無傷でなど彼の常識からは考えられない。 いや、そんな筈はない。俺の放った一撃は確実に命中した。 ……なのに奴は火傷一つ負っちゃいねえ。 だとすれば日本の忍者が使うという“変わり身”の術か何かか。 気を取り直して再び梁師範は構え直した。 しかしワルドは杖も構えずに彼と向かい合う。 「ここまでにしよう。もうすぐ騒ぎを聞きつけて人がやってくる」 「なに言ってやがる? 勝負はこれからだろうが」 息も絶え絶えとはいえ、その言葉は決して虚勢ではない。 かつて西派最強と謳われた黒龍拳士を全身に傷を負いながらも倒したように、 白華拳士・梁の本領は逆境において発揮される。 だが無防備な相手を殴り倒して勝ち誇れる筈も無い。 ましてやルイズに掛ける迷惑を考えれば退くのが正解だろう。 しかし一度始まってしまった闘いを止める事など誰に出来よう。 「虫が良すぎるぜ。手の内を隠したまま終えようっていうのか?」 「それは君も同じだろう? これ以上やれば殺し合いになる」 ワルドの言葉は正鵠だった。 梁師範はメイジに対する切り札を残していた。 杖を振るうのを封じつつ一撃を見舞う白華拳の奥義。 だが、それはワルドの秘密を暴かぬ限り、必勝の手とはいえない。 しかしワルドとてどのような技が来るのか分からぬ以上、恐れは消えない。 確実に相手の技を封殺するには、その前に倒すしかない。 その結果、相手を死なす事になるかもしれない。 魔法も剄も人の命を奪うには十分すぎる威力があるのだ。 「ちっ。しゃあねえな」 レイピアにも似た杖を腰に戻したワルドに、梁が舌打ちする。 完全に矛を収めたなら、いくら自分が喚いても仕方ない。 だが立ち去ろうとしたワルドを彼は呼び止めた。 「ただし一つだけ条件を呑んでもらうぜ」 「再戦の約束かな?」 「ああ、それもあったな。じゃあ二つだ」 ぺろと舌を出して、立てた人差し指に中指を加える。 無理難題ならば断れば良いだけの事。 何かな?と問いかけるワルドに彼は答えた。 「俺の力を認めてもらいたい」 「認めるも何も……」 「例の品評会でだ。俺は空を飛べないし火も吐けねえからな」 その一言でワルドは得心がいった。 平民の使い魔というのが存在するかどうかは疑問だが、 そんな物を呼び出せばメイジの実力は疑われるだろう。 しかし、それがスクエアメイジに匹敵する力を秘めていたならば話は別。 評価は逆転し、品評会の主役ともなれるだろう。 厳つい顔に似合わず随分と主思いな男だとワルドは笑った。 「しかし、それならば君の力を衆目に晒せば済む話だろう」 「あいにくと俺の拳法は見世物じゃねえ」 メイジにとって魔法がそうであるように、武術はただの武器ではない。 ましてや完全に外界と遮断し秘匿されてきた西派の奥義なのだ。 幾度も世界中継されてしまったが、それでも可能な限り教えは守るべきだ。 「……いいだろう。もし此処で断れば倒れた僕を引き摺っていくようだし」 「察しが良いじゃねえか」 冗談めかしたワルドの口調に平然と梁は答えた。 若干、額に血管を浮かばせながらワルドは背を向けて立ち去ろうとした。 しかし不意に足を止めて彼へと振り返る。 「ところで君の主人の名前はなんと言うんだ?」 「ルイズ。後の長ったらしいのは忘れた」 梁の言葉を聞いたワルドの肩が驚愕に打ち震える。 主を主と思わぬ梁の言葉にではない、 彼を呼び出したというメイジの名がワルドを困惑させたのだ。 人を使い魔にした前例は無いと言ったが唯一例外が存在する。 それは偉大なる始祖ブリミルの従えた4人の使い魔。 ………まさか彼女は本当にそうだと言うのか。 ワルドの思考を中断させるように高らかに警笛が鳴り響く。 それはアンリエッタ姫殿下を警護する兵を招集する合図。 この場にいつまでも留まっていられない事を知りワルドはフライで飛び去った。 それを見届けて立ち去ろうとした梁の足が縺れる。 やはり百歩神拳の消耗は想像以上に大きかった。 今の体力では壁を駆け上がる事も塔に飛び移るのも叶わない。 兵隊に捕まれば最悪、王女の命を狙った刺客と見なされてもおかしくない。 梁の額を冷たい汗が頬を伝う。 ワルドに一緒に連れて行ってもらえばよかったと今更後悔しても遅い。 向かってくる兵隊を叩きのめしても状況は悪化するだけ。 どうしようか?と本気で困っていた梁師範の身体が宙に浮き上がった。 見れば、巨大な青い竜が自分の襟を咥えていた。 「テメエ! 俺は食い物じゃねえぞ!」 「きゅいきゅい!」 必死に手足を振り回すが、それは空を切るばかりで届かない。 しかし噛み付いてくる気配は感じられず、 どことなく滑稽な自分の姿を見て笑っているかのように感じ取れる。 その直後、寮塔の傍まで持ち上げられた彼の眼前で窓が開いた。 「……中に入って」 そこから姿を現したのは青い髪の少女。 それに従うように竜が窓から顔を差込み、ようやく俺を解放した。 床に尻餅を突く形で落とされ、痛む尻を擦りながら立ち上がる。 少女、恐らくはさっきの竜の主人は無表情で自分を見上げる。 しかし、つくづく魔法といい使い魔といい、 猛獣が野放しなアフリカより物騒な国だと心から思う。 「貴方は何?」 単刀直入にタバサは切り出した。 彼女は一部始終、ワルドと梁師範の戦いを目撃した。 魔法ではない力を振りかざしスクエアメイジでさえも追い詰めた。 ワルドが寸前で偏在と入れ替わらなければ命を落としていたかもしれない。 ルーンとは違う詠唱は先住魔法に近い。 だけど自然の力を行使するそれと彼が駆使した技は明らかに別物。 そこに彼女は興味を抱いた、あるいはそれこそが自分が求めていた物かもしれない。 そんな淡い期待を胸に抱いて問い質す。 「邪魔したな」 上目遣いに自分に視線を向けるタバサを無視して扉に手を掛ける。 梁師範とて善意だけで自分を助けてくれたと思うほど世間知らずではない。 だが西派の秘密をそう易々と他人に明かせる筈など無い。 扉を開けようと伸ばした梁師範の腕が止まる。 鍵は開いている筈なのに一向に開く気配はない。 振り返れば、少女は杖を手にして仁王立ちしていた。 魔法で閉ざしたのだと理解し、再び梁師範は彼女の前に立つ。 「私と勝負して。私が勝ったら……」 「悪いが女子供に向ける拳はねえ」 きっぱりと切り捨てて梁師範は壁にもたれ掛かった。 タバサが並の生徒と違う事は分かっていた。 だが、それでも実力・経験共にワルドの数段下だ。 稽古ならともかくそんな手合わせをした所で、どちらの得にもならない。 それでもタバサは食い下がった。 真っ直ぐに視線を外す事なく梁師範へと向き合う。 ……彼女は本気だった。 このままどちらかが完全に参るまで睨み合いは続くだろう。 闘い以外なら……例えば麻雀なら受けてやってもいいが、 こんな国の、ましてや学生寮の中に雀牌がある筈もない。 ふと視線を逸らした梁師範の目に面白い物が飛び込んだ。 それは見慣れた六面ダイス。 こっちにもあるのかと興味深げに眺めながら彼は口を開いた。 「そうだな。じゃあアレで勝負するってのはどうだ?」 ダイスを指差す彼にタバサも静かに頷く。 彼女の承諾を得た梁師範が賽を指先で摘まむ。 方法を変え、相手を代え、梁師範の戦いは続く。 同時刻、集結した衛兵達に動揺が広がっていた。 事は学院の塔の爆発騒ぎどころではない。 アンリエッタ姫殿下の寝所に報告に行った兵が慌てた口調で叫んでいた。 “姫殿下の姿がどこにも見当たらない”と狂ったように喚き散らす。 駆けつけたワルドも事態の急変に困惑を示す。 (……まさか連中の仕業か) 極秘裏に接触した『レコンキスタ』の存在を思い出し、彼は首を振った。 あまりにもやり方が杜撰すぎる。こんな騒ぎになっては逃げ出しようがない。 何が起きているのか理解するよりも早く大地が鳴り響く。 彼らが見上げた先にいたのは巨大な土のゴーレムだった。 その拳が梁師範によって刻まれた塔の傷跡へと打ち込まれる。 降り注ぐ破片を凌ぎながらワルドは敵意を込めた視線で巨人を見据えた。 多くの者達の思惑を呑み込んで、長い長い夜は未だ明ける気配さえ見せなかった…。 前ページ次ページゼロの武侠
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*自分が書く際にイメージソングとして聞いている曲です。素直にキャラソン聞けや、って突っ込みは却下で(ぁ ルイズ メインテーマ 「Resolution」(機動新世紀ガンダムXop by ROMANTIC MODE) 「First Kiss」(ゼロの使い魔op by ICHIKO) シエスタ メインテーマ 「乙女はDo my BESTでしょ?」(舞-乙HiMEed by 菊池美香&小清水亜美) 「just be with you」(angel breath op by佐倉紗織) タバサ メインテーマ 「Crystal Energy」(舞-乙HiMEop by 栗林みな実) 「true my heart」(NurseryRhyme op by 佐倉紗織) ティファニア メインテーマ 「HONEY」(こいいろChu!Lips op by佐倉紗織) アンリエッタ メインテーマ 「スクランブル」(スクールランブルop by 堀江由衣withUNSCANDAL) アニエス メインテーマ 「夢想歌」(うたわれるもの op by Suara) 暴走用 「がちゃがちゃきゅ〜と・ふぃぎゅ@メイト」(byMOSAIC.WAV) せんたいさんに相談も無く勝手に更新!! 需要有るかなっ?て…… ルイズ メインテーマ 「Resolution」(機動新世紀ガンダムXop by ROMANTIC MODE) 「First Kiss」(ゼロの使い魔op by ICHIKO) シエスタ メインテーマ 「乙女はDo my BESTでしょ?」(舞-乙HiMEed by 菊池美香&小清水亜美) 「just be with you」(angel breath op by佐倉紗織) タバサ メインテーマ 「Crystal Energy」(舞-乙HiMEop by 栗林みな実) 「true my heart」(NurseryRhyme op by 佐倉紗織) ティファニア メインテーマ 「HONEY」(こいいろChu!Lips op by佐倉紗織) アンリエッタ メインテーマ 「スクランブル」(スクールランブルop by 堀江由衣withUNSCANDAL) アニエス メインテーマ 「夢想歌」(うたわれるもの op by Suara) 暴走用 「がちゃがちゃきゅ〜と・ふぃぎゅ@メイト」(byMOSAIC.WAV) http //www.nicovideo.jp/watch/sm350550 -- 名前 コメント
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前ページ次ページゼロの魔獣 思い思いに増殖を繰り返していた異形の群れが、共通の敵の侵入に対し、一斉に牙を剥く。 甲虫の牙をかわし、飛び散る虚空の粒を避けながら、慎一が飛ぶ。 サーカスを繰り広げながら真紅の機体に取りすがり、その内部へと体を滑り込ませる。 威勢よく啖呵をきって飛び出してきた慎一だったが、実は機体の動かし方が分からない。 ロボットの頭部となったイーグル号に乗り込むのは、これが初めてだった。 迷っている暇はない。 開きっぱなしのハッチからドス黒い液体が流れ込み、 パキパキという音を立てて、髑髏の怪物が侵入してくる。 ヤケクソになった慎一は、目ぼしいスイッチを片っ端から弄っていく。 機体はウンともスンとも言わない。 ドジュウゥッ、と、天井を伝うドグラの雫が、慎一の肩を濡らす。 瞬く間に触手が生え出す右肩に、慎一は迷いもせずに齧り付く、 ドグラに侵された部位を噛み千切り、ペッ、と吐き捨てる。 鮮血が噴出す。 「こなクソオオオ!!」 慎一ががむしゃらにレバーを動かす。 顔面についたソバカスのような無数の虚穴が、徐々にホクロのように拡大していく。 ドグラの水溜りに浸かった足から、タコのような触手がズルリと生え始める。 「動きやがれええええ!! テメエッ それでも国産車かァ!?」 無茶な理屈を叫びながら、慎一が勢い良くコンソールをぶっ叩く。 直後、ブウゥゥン、という起動音とともにモニターが起動する。 ―勿論、叩いたから直ったわけでは無い。 イーグル号の内部に、慎一とは別の意志が宿っていた・・・。 室内にゆっくりと緑の光が満ちる。 その光を忌避するかのように、コックピットに溢れていたドグラの群れが引いていく。 緑一色の世界の中、慎一は見た。 計器類を確認しながら、手馴れた手つきでスイッチを動かす白衣の男・・・。 かつて、タルブの夕焼けの中に見た、『彼』であった。 ご機嫌なエンジン音を確認しながら、男が中央のレバーへと手を伸ばす。 その上から、慎一が左手を重ねる。 「助かったよ・・・ アンタの思い 俺が預るぜ」 慎一の言葉に、男が笑う。 フル回転する炉心に合わせ、機体が徐々に熱を持ち、白色の光を放ち始める。 「後は頼んだぜッ!! ルイズゥ!!」 オーブン状態のコックピットでその身を灼かれながら、慎一が勢いよくレバーを倒した。 イーグル号の異様な発光を確認し、ルイズがヘルメットを脱ぎ捨てる。 両手で自らの頬を叩き、気合を入れて杖を構える。 「やって見せるわ! シンイチ・・・」 大きく一つ深呼吸して、詠唱を始める。 体内に湧き上がる力のうねりを感じながら、高々と杖を振り上げる。 (― もし この一撃が シンイチに当たったら・・・) ドクン! と、負の思考がよぎり、指先が震える。 指先の震えは、心の震え。 発光するイーグル号の真横で爆発が起こり、ドグラが大きく抉り取られる。 自身でも考えていなかった威力の爆発が、かえって少女の心を萎えさせる。 知りうる限りの詠唱を試し、何度も何度も杖を振るう。 しかし、爆発は小規模な閃光へと変わり、目標を大きく外し続ける。 機体が輝きを放ちだしてから、既に十分近くが経過している。 いかに魔獣の細胞を持つとはいえ、このままでは慎一が・・・。 気が急くあまり、ルイズは気づかない。 魔法が成功しない理由が、自らの内にある事に・・・。 もはや、詠唱もへったくれもない。 喚き声を上げ、玉のような汗を飛ばしながら、ガムシャラに杖を振るう。 精神は大きく乱れて、爆発すらも起こらない。 状況を静観していたドグラの群れが、ここに来て大きく動き出す。 煩わしい輝きを放つ機体を屠らんと、一体となってその身をうねらせる。 ただならぬ気配を察知し、大きく肩で息をしていたルイズが再び杖を構える。 足元が揺らぎ、杖先が大きく震える。 「シン・・・ シンイ チ・・・」 杖を振りかぶろうとする少女の眼前に、堤防のようにそそり立った異形の姿が現れる。 「シンイチィィィィィッ!!」 ルイズの叫びと同時に、ドグラの大津波がイーグル号を飲み込んだ・・・。 ドグラの海へと消えたイーグル号に、トリステインの兵達が絶望の声を上げる。 「シンイチ・・・」 「・・・・・・・・・・」 キュルケもタバサも、二の句を告げることができない。 慎一の死は、トリステインの最後を意味していた。 もはやこの世界に、ドグラを止められる者はいない。 自らの勝利をひけらかすかのように、異形の群れが小高い山をなしていく。 このまま雪崩のごとくタルブの地を、そしてトリステインを飲み込むことは明白であった。 「・・・! 待って!? 皆 あれを!」 恐慌をきたす兵達を押し留め、アンリエッタが叫ぶ。 山の内部から響く異形の喚き。 ドグラの巨体が、先程とは異質な変化を遂げ始めていた・・・。 (全ては・・・ すべては私の責任・・・) その場に崩れ落ちたルイズが、はらはらと涙を流す。 ヴェストリの広場での決闘の日、ルイズは自らの能力・・・『爆発』の使い方に気づいていた。 気付いた上で、慎一の指摘を受けるまで、その選択を保留し続けた。 自らの力、その異形さを肯定するのが恐ろしかった。 そして、その代償がこの事態である。 自らの力を受け入れ、研鑽を積み重ねていたなら、今日の様な事にはならなかったはずだ。 自分を守ろうとした使い魔は死に、その罪は、自分の愛した世界で償わねばならなかった。 思考の泥沼に陥ったルイズを引き上げたのは、兵士達の驚嘆の声。 フッ― と、顔を上げた先にあったのは、頂部が異常に膨れ上がったドグラの山。 球体のような塊が、枝分かれして指を成し、徐々に巨大な握り拳へと変化していく。 「グ オ オ オ オ ォ ォ ォ オ オ オ ォ オ ォ ォ オ オ オ ォ ! ! ! !」 大気を震わせ、大地を揺さぶりながら、聞き覚えのある雄叫びが響き渡る。 やがて、ざわめく異形の群れを蹴散らしながら、巨大な魔獣の顔面が姿を見せた。 「「「「キシェイイイアアアアアオオオオオアアア!!」」」」 「ガッ アアアァァァ アアアアアアア!!!!」 突如として体内から現れた巨獣を取り込まんと、異形の群れが咆哮を挙げる。 秩序だった動きでドグラが竜巻となり、魔獣の全身に張り付いて虚穴を作る。 魔獣の咆哮に合わせ、その肩口から巨大な獅子が現れ、ドス黒く変色した胸元を喰い破る。 「あれは・・・ シンイチ・・・なの?」 「ドグラを・・・喰ってる・・・ ドグラに侵された体を喰らい、新たな肉体を再生している」 放心したようなキュルケの問いに、冷や汗を流しながらタバサが答える。 二匹の巨大な蛇が、互いを喰らわんと取りすがる地獄絵図。 魔獣が拳を振るうたびに旋風が吹き、大地が砕ける。 唯一つ分っている事 ― どちらが勝っても、ハルケギニアに未来はない。 魔獣が暴れる毎にドグラが周囲に飛び散り、分裂したドグラを喰らい魔獣が巨大化する。 爆音が轟き、地割れが起こり、ドグラの旋風が吹き荒れる。 世界が終末へと近づいていた。 無力さに立ち尽くす人々の中、ルイズだけは別の感情を抱いていた。 人の姿を捨て、人としての自我を捨て、自らの体を喰らいながら、未だ慎一は戦い続けている。 誰のためか? 他ならぬ、自分とハルケギニアの為ではないか。 全力も尽くさず、くだらない後悔で歩みを止めた先刻の自分をブン殴りたい気分だった。 力強く杖を握り締め、大地を踏みしめ立ち上がる。 慎一を救うため、命ある限り、足掻いて足掻いて足掻きぬく。 そうせねばならぬだけの義務が彼女にはあった。 (一発勝負・・・) そう心に決めた途端、フッと体が軽くなった。 精神状態の変化に合わせ、体内に新たな力がみなぎるのを感じる。 唯一の問題は、イーグル号の位置である。 あの機体のエネルギーを使わなければ、慎一を虚空へ帰すことは出来ない。 ふと、何かを思い出したルイズは、静かに瞳を閉じる。 この場でイーグル号の在りかを知りうる者が一人だけいる。 ― ドグラと同化したある慎一である。 完全に自我を失った慎一とコンタクトを取れるのは、五感を共有できるルイズだけであろう。 ルイズが意識を集中させ、慎一の意識へ、そして、そこにいるはずの『彼女』へと語りかける。 ―やがて、魔獣の右拳に、巨大なルーン文字が出現した。 柔らかな光を受け、ドグラの動きが緩慢になる。 魔獣の瞳から暴力の色が消え失せ、硬く閉ざされていた右拳が、ゆっくりと開き始める。 魔獣の掌の中にあったのは、未だ輝きを放つイーグル号・・・。 ― そして (マリア!?) ドグラの猛攻から守るように、堅く握り締められていた右手の中 真理阿はその中にいた。 腰まで伸びた豊かな黒髪、無限の宇宙を携えた瞳 離れているのに、まつげの先までハッキリと見える。 真理阿が何事か口を動かす。 その形に合わせて、ルイズもまた口を動かす。 はじめはたどたどしく、丸暗記した単語をそらんじるかのように、 しかし徐々に流暢に、歌でもさえずるように、ルイズの詠唱が流れに乗る。 「エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ・・・」 頭の中に湧き上がる詠唱。ルイズは思い出す。 始祖ブリミルの加護を得て、この世界にやってきた真理阿。 これは恐らく、ブリミルからの言づて・・・。 (想いを込めて パワーを高めるのよ・・・) 真理阿の声を聞き、ルイズがただひたすらに祈る。 ハルケギニアの事でも、自分の未来でもない。 慎一を、真理阿を、元の世界へ帰す・・・ と、 「ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・・・ イル!!」 大粒の涙を流しながら、ルイズが最後の詠唱を完成させる。 大気が一瞬静寂で満ち、イーグル号が閃光を放つ。 真理阿が微笑む―。 直後、轟音が炸裂し、大破したイーグル号から緑の光柱が立ち上る。 光柱が分厚い雲を突き破り、真理阿を、ドグラを、慎一を飲み込んで消し去っていく。 (マリアアアアア!!) 凄まじい衝撃波に肺を押さえられ、ルイズの叫びは声にならない。 拡大する閃光、ルイズの体も又、光の中へと消えた・・・。 前ページ次ページゼロの魔獣
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前ページゼロの怪盗 翌日、ルイズが目覚めると、眠気眼の視界に見慣れぬ人影が入った。 「ひゃあ!?だ、誰!?」 思わず悲鳴混じりの声を上げる。 この部屋には今、ルイズしかいない筈である。 ルイズが何とも情けない顔で見ていると、人影がこちらに向かって軽く手を振ってきた。 「やあ」 その声を聞いて、ルイズの寝ぼけ気味だった頭が一気に覚醒する。 この空気よりも軽い返事は昨日必死の思いで呼び出した使い魔・海東大樹の声である。 散々自分を虚仮にした上に三度自分の前から姿を消したあの使い魔である。 思い出しただけでルイズに怒りが込み上げて来る。 そんなルイズを尻目に、海東は扉の方を指差した。 「いいのかい?授業、始まってるみたいだけど?」 「!?」 海東の言葉でルイズは自分の今の状況を把握し、急いで着替えを始めた。 この時のルイズは目の前の使い魔に自分の着替えをさせる。という発想すら浮かばないほど焦っていた。 自分でも驚く程のスピードで服を着替え終えると、そのまま部屋を飛び出して教室へと向かう。 「行ってらっしゃい」 海東の言葉を背に部屋から飛び出すと、猛ダッシュで教室へと駆け込む。 息を切らしながら教室へ入ると、既に授業は始まっていて、不名誉な注目を浴びる羽目になった。 「す、すみません……。遅刻しました。」 自分の席へと向かう最中、ルイズはあの使い魔にこの苛立ちをどう伝えてやろうかと算段していた。 「へー、これがこの世界の授業風景って奴かー」 「えっ?」 何処か馬鹿にした様な声を聞いてルイズが後ろを振り返ると、海東が壁にもたれ掛かりながらこちらを見ていた。 何時の間に……。とルイズが不思議がっていると、シュヴルーズがコホンと咳払いをした。 「ミス・ヴァリエール。授業中に余所見とは関心しませんねえ」 「!!も、申し訳ありません、ミス・シュヴルーズ」 「正直に謝るのは大変よろしいですが、それはそれ、これはこれです。罰として、ミス・ヴァリエールには皆の前で錬金の魔法を行ってもらいます」 シュヴルーズの言葉に教室中がざわめく。 「き、危険です。ミス・シュヴルーズ!」 キュルケが立ち上がって訴えるが、シュヴルーズはその進言を聞き入れずにルイズを教壇へと呼んだ。 ルイズもキュルケの横槍に思うところがあったのか、周りが止める声も聞かずに錬金を強行する。 その結果、教室内は未曽有の大爆発に巻き込まれた。 高みの見物で一部始終を見ていた海東はルイズの起こした爆発に興味をひかれる。 「楽しいねえ。どうやら退屈しないで済みそうだ」 海東は笑顔でそう言うと指鉄砲のポーズを決めてから教室を後にした。 1人、教室の片付けを言いつけられたルイズは黙々と机を運んでいる。 魔法を使ってはいけないと言われたが、使えないのだから意味がない。 使い魔にやらせようとしたが、爆発の前までこちらを見ていた使い魔は既にいなくなっていた。 自分以外誰もいない教室。 先の爆発でよりガランとなった室内はまるで世界の終わりにさえ見えた。 「ううっ、うう……!」 ルイズは怒りと悔しさと情けなさと寂しさでポタポタと涙を零していた。 何故自分ばかりこんな目に遭うのだろうか? せめて使い魔くらいもっとマシな使い魔は呼べなかったのだろうか? ドラゴンやグリフォンとは言わない。 犬や猫だっていい。 せめてこんな時に側にいてくれるような使い魔がルイズは欲しかった。 しかし、ルイズの使い魔はあの常に飄々とした自分を馬鹿にしているとしか思えない様な男なのだ。 「うぇえ~ん」 誰もいない教室で1人、ルイズは声を上げて泣いていた。 一方その頃、海東は図書室へ来ていた。 ここトリステイン魔法学院の図書室は本来なら海東のような何処の出かも分からないような平民が易々と入れるような場所では無いが、海東はそんなの何処吹く風といった様子で本を読み漁っていた。 「ダメか。全く読めない」 手当たり次第に本を取っては、パラッと閲覧してすぐにポイッと投げ捨てる。 海東の後ろには何時の間にか本が堆く積まれていた。 この様子に周りの生徒たちは怒ったり、注意したりというよりもただ唖然としていたが、唯1人怒りの青い炎を燃やしている生徒がいた。 それは通称、図書室の主・タバサであった。 彼女はとても本が好きで、いつも本を持ち歩き、暇さえあれば読書を嗜んでいた。 そんな彼女にとって、海東の行為は死罪に値した。 タバサは図書室に入り海東の行為を目撃するなりエアハンマーで吹き飛ばしてやろうと考え海東に杖を向けた。 その瞬間、海東はタバサの方を見向きもせずにディエンドライバーを取り出して銃口を彼女へと向けた。 「物騒だなあ。図書室では静かにするのは常識だよ?」 そう言うと、海東は目をタバサに向けた。 タバサは戦慄する。 彼女はとある事情により、同年代の少年少女よりも実戦経験を積んでいる。 その百戦錬磨の勘が目の前の男は危険だと告げた。 「……本を投げ捨てないで」 冷や汗の中、辛うじて絞り出した言葉がそれであった。 最も何も知らない者から見れば、タバサは相変わらず無表情に見えたのだが。 「本は大事に扱わないとすぐに傷む……」 タバサは唾をごくりと飲み込む。 本が大好きなタバサにとって図書室で戦闘するのは避けたいことであったし、仮に目の前の男と戦闘になったとしても勝てる自信が無い。 図書室内に緊張が走る。 先に動いたのは海東だった。 「そうか。それは悪かったね。今後は気を付けるよ」 海東はタバサに向けたディエンドライバーを下ろすと、ニコリと笑った。そして、今手に取って開いていた本を閉じると元の場所に戻した。 タバサはホッと胸を撫で下ろす。 先程まで投げ捨てていた本を片付けないのはしゃくに障るが、やり合うよりはマシと判断した。 海東は海東で再びランダムに本を手に取りパラパラとめくっては元に戻すといった作業を繰り返す。 その中で1冊の本に目が止まった。 (……これは) それは様々な印が載っている本であった。 今度は1ページ1ページ丁寧にめくっていくと、自分の左手に刻まれた印に良く似た印を見つけた。 解説文みたいなのも載っているが、やはり海東には読めない。 海東はタバサへ向き直った。 「……私はタバサ」 「そこのメガネ君。ちょっといいかい?」 いきなり身に付けたものの名前で呼ばれたことにタバサはムッとして、自分の名前を主張する。 「そうか。じゃあメガネ君。この本に何が書いてあるか僕に教えたまえ」 「……………………」 タバサの言葉を完全に無視して海東は本をタバサに突き付ける。 心情的には海東に協力したくは無かったが、だからといって協力しなければ何をされるか分からない。 タバサは仕方無くそのページに書かれた文字を声に出して読んだ。 「ガンダールヴ……伝説の使い魔……全ての武器を使いこなし……人間離れした動きで敵を倒したという」 「ふーん。他には何か書いていないのかい?」 「それだけ」 タバサは無表情で答える。 何故、この男は伝説の使い魔など調べているのだろうと疑問も浮かんだが、今はこれ以上海東に関わり合いたく無かった。 「そうか……伝説……か」 (全ての武器を使いこなし、人間離れした動きをする、か。これはとんだお宝だったみたいだね) 海東は左手に刻まれた印を改めて見直す。 (取り敢えずこの印については分かった。後は本命のお宝だね) この学院に眠る破壊の杖。 海東はそれを盗み出すことに本腰を入れることを決める。 破壊。 その言葉に海東はいたく惹かれていた。 それは彼が唯一仲間と認めたある男の代名詞でもあった。 「士……」 海東は誰に言うのでもなく呟くと、図書室を出て宝物庫のある場所へと足を向けるのであった。 前ページゼロの怪盗
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パピヨンが召喚されてからもう数日がたった。 その数日の間にギーシュが彼をぱk・・・リスペクトしたスーツを着るようになったり、 タバサが「女王様なのにロリっ子!このミスマッチ感がたまらんですたい!」という集団にストーキングされるようになったり、 ルイズとパピヨンの戦闘演習に巻き込まれて多数の被害者が出たりと数々の事件が起こった。 そんなどたばたした日々と共に徐々にパピヨンのいる風景が当たり前のものとなっていく。 しかしそれを受け入れられない人間も少数ながら存在するのだ。 「決闘だ、コンチクショー!お前の正体を暴いて学園から放り出してやる!!」 パピヨンに杖をつきつけながらそう宣言したのはマリコルヌだった。 ゼロの蝶々 ~決闘(実験)編~ マリコルヌがパピヨンに決闘を挑んだ理由は彼が落とした香水の小瓶をパピヨンが拾ったから、では勿論ない。 彼はパピヨンを見た時、彼を変態だと認識した。 しかし他の殆どの貴族はパピヨンを蝶々の妖精さんだと断じ、マリコルヌを糾弾した。 その後も事あるごとにマリコルヌはパピヨンは変態だと主張したが、その度ごとに彼はマジ泣きするはめになった。 普通ならばそこまでくれば諦めて内心はどうあれパピヨンを蝶々の妖精さんだと認めるだろう。 しかし彼は諦めなかった。 何度も、何度でも彼はパピヨンは変態だといい続けた。 その姿は某戦士長が見れば 「そうか、アイツは諦めが悪かったか。最後まで強き意志で戦い抜いたか!ブラボーだ!!」 と褒め称えること間違いなしであった。 そしてマリコルヌはついに実力行使に出たのだ。 もしパピヨンが本当に蝶々の妖精さんなら先住魔法の使い手、ドットの自分など相手にもならない筈、 つまり決闘して彼を叩き伏せれば学院のみんなの目を覚ますことが出来る、と考えたのだ。 そしてパピヨンはその挑戦をあっさりと受けた。 決闘場のヴェストリ広場はちょっとしたお祭り騒ぎだった。 生徒だけでなく教師、はてはメイドまで見物にきている。 そんな中、ルイズは人垣を抜けてパピヨンの側に駆け寄る。 「ちょっとパピヨン!何勝手に決闘なんて受けてるのよ!」 「そろそろご主人様の爆発以外の魔法を体験してみたいと思ってね。 文献からの知識も大事だがやはり実験は重要だ」 「そんな悠長なことを言ってる場合じゃないわ。 あんたを殺すのはわたし自らの手でと決めているから教えてあげる。 いい?平民はメイジには絶対に勝てないの。このままじゃあんたマリコルヌに殺されるわよ?」 「平民?俺は超人・パピヨンだ」 ルイズは額に青筋を浮かべてパピヨンの顔を見つめたあと深いため息をつき言った。 「もう勝手にしなさい、マリコルヌに譲るのは癪だけどもういいわ。 ご主人様としての最後の命令よ。降参は許さない、死ぬまで続けなさい」 「ふむ、了解した。ご主人様。最後の命令くらいは素直に聞いてやろう」 やっぱり妙にくねくねした動きで広場の中央に向かうパピヨン。 そこには既にマリコルヌが待っていた。 「逃げずによく来たな、変態」 「いや、実は来るかどうか少々迷っていた。 向かってくるものは叩き潰すに限るが弱いものいじめは趣味じゃないんでね。 でも折角こうして観客が集まったんだ、その期待を裏切るのも悪い」 『おおおおぉぉ!』という歓声の後、怒涛の「パピヨン」コール。 それに対しパピヨンは何時ものように、 「パピ(はあと)!ヨン(はあと)!もっと愛を込めて!!」 と叫んで応えた。 「どこまでもふざけた奴だ、今化けの皮をはいでやるぞ!」 杖を構えると同時にエアハンマーの呪文を唱え始める。 マリコルヌの実力ではたいした威力はないがそれでも平民を一人殺傷するには十分な魔法である。 対するパピヨンは何処か楽しそうな笑顔を浮かべたまま動こうともしない。 「くらえ!エアハンマー!!」 それは今まで聞いたことのない奇妙な音だった。 巨大な風船が弾けたような音でありながら鉄がひしゃげた音のような、そんな不思議な音だった。 「・・・あれ?」 「ふむ、やはり精神力が力の源だけあって似たような性質を持つようだな。 普通の傷より治りが遅い。流石に死ぬかどうかは試せないが気をつけるにこしたことはないな。 しかし同時にこの身体は魔法に対する干渉能力が高いという推論も正しかったのだからプラマイゼロか」 唖然とするマリコルヌ、そして自分の少し血が滲む指先を見ながら独り言を呟くパピヨン。 「ん?どうした?まだ実験を始めたばかりだ。 遠慮せずにもっと色々な魔法を俺に見せろ」 「う、うああああぁぁあぁぁ!!!?」 半分パニックに陥りながら自分に唱えられる攻撃魔法を連続で唱え続けるマリコルヌ。 だがパピヨンが腕を振るうと同時に先ほどの奇妙な音が辺りに響くだけだった。 マリコルヌは理解したくなかった、しかしここまで来ればもう認めるしかない。 目の前にいるパピヨンは魔法を弾いて散らせている、それも・・・素手で! マリコルヌはもう完全にパニック状態だ。 (先住魔法?エルフ?蝶々の妖精さん?本物の?) しかも、だ。パピヨンは徐々にマリコルヌに歩み寄っている。 マリコルヌが魔法を唱えるごとに一歩ずつ。 ついにマリコルヌとパピヨンの距離が1メイルを切った。 「次の一歩で腕が届く距離になるな。 さあどうする?魔法を使うか?後ろを向いて逃げ出すか?それとも降参するか?」 「ま、参った!降参だ!!」 「賢明な判断だな・・・だがNON!!」 「え・・・ええええええぇeeeeeee!!?」 「ご主人様からの命令でね、お前が死ぬまで決闘はやめられない」 広場は一瞬の静寂の後、大騒ぎになった。 「な、なんだってー!!」 「それが人間のすることか貴様ぁ!」 「ちょwwwwwおまwwwww」 「まさに外道!」 「ルイズ・・・恐ろしい子!」 ルイズは周囲の鬼を見るような視線に曝されながらパピヨンに向かって叫ぶ。 「わたしが何時そんなことを命じたのよ!勝手に変なことを言わないで!!」 「何を言う、ご主人様。確かにあんたは言ったぞ。 『(マリコルヌの)降参は許さない、(マリコルヌが)死ぬまで続けなさい』ってね。 流石の俺もそこまで残虐な真似はどうかと思うがご主人様の厳命ならば従わざるを得ないからな」 ルイズの半径10メイル内に居た人間が一斉に退く。 「あああああ、あんた分かってて言ってるでしょ!?ぜぜぜ絶対にそうでしょ!! とにかく止めなさい!マリコルヌの降参で決闘は終わりよ! それと魔法を弾いてたの何!?わたしにも出来る!?出来るなら教えて、っていうか教えろ今すぐ」 「『最後の命令』をしたばかりなのにまた命令か?それも複数とは。 全く、我侭かつ忘れっぽいご主人様だな」 「流石は『蝶々の妖精さん』じゃな」 所変わってここは学院長室。 オールド・オスマンとコルベールが決闘の様子を遠見の鏡で見ていたのだ。 「ええ、見事なものです。彼もドットの割には健闘しましたが、やはり勝負は見えていましたな」 「これでマルコメヌは勿論、一部の今まで認めていなかったものどももパピヨンが『蝶々の妖精さん』だと認めるじゃろう。 これで今後のいらぬトラブルは減りそうじゃな。今はとにかく様子を見るべき時期じゃ」 「そうですな、オールド・オスマン。所であの生徒の名はマリコルヌです」 「ミスタ・メリーベルは細かいのぉ」 「メリーベルは明らかに女性の名前でしょうが!」 「おお!それもそうじゃな、ミセス・メリーベル」 「直すのそっちかよ!」 そんな漫才をしている二人をよそに、 遠見の鏡に映る『蝶々の妖精さん』とその主人の口論(といってもパピヨンがからかい、ルイズが激昂しているだけだが)は 何時もの『戦闘演習』に発展し、最近の学院の名物となりつつある光景が繰り広げられているのだった。 ちなみに無傷で決闘を終えられたと思っていたマリコルヌは ルイズの失敗魔法の爆発に巻き込まれて結局医務室送りになった。 「そこまでしてマリコルヌを始末したかったとは本当に恐ろしい奴だな、ご主人様は」 「うるさいうるさいうるさい!!」