約 439,948 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/936.html
食事が終え、おのおの休憩を取り始める。 衛兵の仕事は、当番制だ。 次の当番時間は夜になるということで、一同は仮眠を取るため、奥の寝室へと消えていった。 僕だけは、皆が起きてくる頃には授業も終わっているため、今日の分の衛兵としての仕事はこれで終わりだ。 掃除ぐらいしかした覚えがないのだが。 だったら、別にここに授業が終わるまで居続ける必要もないだろう。 というか、血管針カルテットには悪いが、あまりこの悪臭漂う部屋に長居はしたくはない。 一応、ルイズの従者ということにもなっているので、今、中庭を歩いても咎められはしないだろう。 今の内に、貴族達の顔を覚えておくのも良いかも知れない。 「それでは、僕はヴァリエール嬢の護衛に戻ります」 「おう……。胸当てだけは外しとけよ……」 「それと……槍の整備も忘れるな……」 そういって、彼らは仮眠室へと消えていった。昨日の騒ぎの収拾で、一睡もしていないらしい。 僕は言われるがまま、胸当てを外して、元あった場所に直しておく。 槍も邪魔なので片づけたいのだが、備品は自分たちで整備しなくては成らないらしい。 仕方なく、これは持っていくことにした。 屯所の壁にかけておいた学ランを羽織り直し、中庭へと出る。 遠目に、貴族共が談笑しているのが見えた。 どうやら食事後のティータイムと決め込んでいるらしい。 僕はその中に、見知ったピンクの髪の少女を見つけた。ルイズだ。 朝のおっぱい……じゃない! …赤い髪をした女性も一緒だ。 そしてもう一人、見たこともない、青い髪のちびっ子が見える。 様子を見ながら、少しづつ近づく。 「ああもう! ほんと腹立つわね! 大体なんなのよ、その子!」 「あたしの友達よ。使い魔の儀式で風竜を呼び出したのよ? まともに契約も出来ない誰かさんと、ち、がっ、て」 「な、ななななんですって~~~」 「あ~ら、やる気?」 どうやら赤髪の女性とルイズが、なにやら言い争っているらしい。いや、ルイズがからかわれているといった方が正解か? ちなみにちびっ子の方は、黙々と本を読み続けている。 っと、ついに互いに杖を抜きはなってしまった。 ほっといて、沈静化する様子はない。 少し注意するか。 「ッ!?」 止めに入ろうと近づいて、ようやく気がついた。 ルイズ達のテーブルに、サクランボが山盛りになっている。 ルイズにいえば、一つぐらいくれるかも知れない。 いや、今は弱みを見せてはマズイ! つけ込まれるッ! いや、僕にはこの『ハイエロファント・グリーン』があるッ! コイツを昔のように誰にも気づかせなくしてやる。 そう! サクランボをとって、舌の上で転がすため、完璧に気配を消してやろう! 少しづつ、サクランボに向けて、僕のハイエロファントグリーンをほどいていく。 確実に手に入れるため、一瞬で、しかもひっくり返さずに手元まで持ってこなくてはならない。 ならば、このハイエロファントで作った網で、マグロを捕まえるみたいに一気に引き上げる! しかし、注意をサクランボに向けすぎたのがまずかった。ちびっ子が杖を抜いたことに気がつかなかったのだ。 後少しでサクランボに手が届くという所で、急につむじ風が吹いた。 つむじ風は、ルイズとキュルケの杖を吹き飛ばした。ついでにサクランボの籠もひっくり返された。 「今は休憩中」 見ると、先ほどまで黙々と本を読んでいたちびっ子が、杖を片手にこちらを向いていた。 どうやら今の風は、この子が放ったようだ。余計なことをッ! 落ちたサクランボに目をやる。全て、今の風でつぶれてしまっていた。 オロロ~ン。 「っと」 風で吹き飛ばされた杖が、こちらの方へと舞ってきた。 僕はそれを二杖とも受け止める。 「あら?」 「あああ、あんた……いつからそこに」 「今さっきですが」 二人とも、僕の姿に気づいたようだ。ちびっ子の方は未だ、興味なさ気に黙々と本を読みふけっているが。 ともかく、僕は両手の杖を二人へと返した。 「あら、ありがと」 「……」 ルイズは僕の右手にあった杖をふんだくるやいなや、僕に対して一気にまくし立ててきた。 「あんたいったい何なのよ! 使い魔召喚の儀式で平民を呼びだしたと思ったら突然暴れて逃げていくし! 仕方なく追いかけて使い魔にしてやろうと思ったらその……キ、キスも避けるし! 前髪は鬱陶しいし! あげくスタンド使いとか訳が分からないこと言い出すし! ほんとなんなのよ、もう!」 好きなだけまくし立てて、荒々しく肩で息をし出すルイズ。 横にいた赤髪の女性は目を丸くしている。 ちびっ子の方も、本から顔を上げてルイズの方を見ている。もっとも表情は変わっていないが。 頭に血が上ることが多すぎて疲れたのか、ルイズはドカッと、荒々しく近くの椅子に座り込んだ。 そしてテーブルの上のケーキをヤケ食いしだした。 それでも、ちゃんと切って食べているのは、教育のたまものなんだろう。 「?」 なにやら、あっちの方の席が一気に騒がしくなった。 「何があったのかしら?」 ルイズは我関せずといった調子で、未だにケーキを食べ続けている。既に3個目だ。 と、見覚えのある格好をしたメイドが、こちらに向かって走っている。シエスタだ。 シエスタはひどくおびえた様子だ。 その様子が気になった僕は、走っていくシエスタの肩を押さえて、事情を聞く。 「シエスタ、何があったんですか?」 「は、離してください!」 いきなり呼び止められて、ひどくおびえた様子のシエスタだったが、何度か深呼吸をさせ、落ち着かせる。 僕は改めて、事情を聞く。 「それで、何故あんなに慌てていたんですか?」 「そ、それが……。才人さんと、グラモン様が決闘を……」 ガタン 誰かが立ち上がるような音がする。 見るとルイズが口元を押さえて、立ち上がっていた。 何か言いたそうにしているが、口の中にケーキが残ったままで喋るのはプライドが許さないようだ。 ともかく、僕はシエスタから、事の詳細を聞く。 「……それで、才人さんが持っていた香水が元で、グラモン様が激怒なさいまして、そのまま決闘ということに…」 どうやら才人が持ってきた香水で、その持ち主の二股がばれて、逆切れ、決闘という運びになったらしい。 その相手というのは相当、どうしようもない奴だな。 ソイツの事はともかく、これはまずい。 ルイズの話によると、貴族は悉くメイジだという。 昨日暴れた時に、こちらに火の玉等を飛ばしてきた奴らを思い出す。 僕は退けることが出来たが、才人にそれが出来るか? 無理だ。そもそも運動神経でさえ、僕に負けている。 生身でどうこうなる相手じゃない。 才人は僕にとって、真の友か? 答えはNOだ。彼には僕のスタンドは見えない。僕という像が見えていない。 けれども友人か? といわれればYESだ。 見捨てられる訳がないッ! 以前の僕なら考えもつかなかった。だが今の僕は、僕じゃない僕を通して、仲間というものを知っている。 もう二度と、ひとりぼっちの花京院典明には、絶対に戻らないッ! 「すみません、シエスタ。その広場というのはどっちでしょうか」 「そこのアーチをくぐった先ですけど…… だめです! 殺されちゃいます!」 シエスタが引き留めようとする。 しかし、僕はそれを振り切って、そのアーチに向かって走り出した。 To be contenued……
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1432.html
『過去とは バラバラにしてやっても 石の下から ミミズのように這い出てくる それが良い事であれ 悪いことであれ 』 8話 時刻は夕方。 場所はトリステイン魔法学校、その学園長室。 二人の男が身動き一つせず、声一つ出さずに遠見の鏡――術者が見たい景色を映し出すマジックアイテム、に映し出された、 ヴェストリの広場の状況を凝視していた。 やがて、二人の男のうち、生え際がかなり後退した中年の男――コルベールが口を開く。 「『ガンダールヴ』……まさか、これ程とは…………」 そして、それを白い口ひげと豊かな髭を蓄えた老人――オールド・オスマンが、 「まだ、そうと決まったわけではなかろう」 そう言って諌める。 だが、 「しかし」 と言って、オスマン氏は続ける。 「ミス・ヴァリエールの使い魔……あー、なんと言ったかのう?」 「ホワイトスネイクです。オールド・オスマン」 「あぁ~あ、そうじゃった、そうじゃったな。コールビー君」 「コルベールです。オールド・オスマン。どこかの傭兵とかぶってませんか?」 「そうそう、そんな名前じゃったな。君はど~も早口でいかんよ。 ま、それは良しとして……そのホワイトスネイクが極めて危険、ということだけは、確実と言えよう」 「そう、でしょうね……。ミス・ヴァリエールが一応の手綱は握って入るようですが……彼女では荷が重いかもしれません。 最悪、この学園内でホワイトスネイクと事を構えることになることも考えられます」 「……それだけは、避けたいところじゃな」 そう言って、オスマン氏は嘆息した。 オスマン氏がホワイトスネイクの監視を行っていた理由は二つ。 一つはコントラクト・サーヴァントを行う以前から、ホワイトスネイクに使い魔のルーンが刻まれていたこと。 もう一つは、ホワイトスネイクがエルフともオーク鬼とも異なる類の亜人だったこと。 前者については、まさしく前代未聞のことである。 使い魔として契約もしていないうちから既に召喚者の使い魔となっていた、というのだから常識外もいい所である。 オスマン氏でなくとも首を捻り、すぐにホワイトスネイクに対して調査を開始するだろう。 しかし……オスマン氏はその「調査」という過程をフッ飛ばし、一気に「監視」の段階に入った。 何故なら、オスマン氏はホワイトスネイクを見た瞬間に一つのことを悟ったからだ。 調査などと呑気なことを言っている余裕は無い。 あの使い魔はあまりにも危険だ、と長い歳月を経て培われたオスマン氏の直感が告げていた。 オスマン氏はすぐにホワイトスネイクの監視に入った。 方法は今ヴェストリの広場を監視のと同様、遠見の鏡によるもの。 だが流石に生徒のプライベートに関わる、部屋の中の監視までは行えないので、 実際に監視をしたのは、朝食の席、授業の二つの場面に限られた。 常日頃から秘書のミス・ロングビルにセクハラを働いているとはいえ、 生徒をその対象にするようなことはしない。 オスマン氏にも最低限のモラルはあるのだ。 そして決闘が終わるまで監視を続けた結果、オスマン氏は以下の事実を知った。 ○ホワイトスネイクが生物とは根本的に異なる存在である。 食事は基本的に必要としない。 ○障害物をすり抜けることが出来る。 ○自分自身の意思で、自分を実体化、非実体化できる。 ○ホワイトスネイクを視認するには、メイジであること、もしくは、 ホワイトスネイクを視認するための特別な才能(ホワイトスネイク曰く)が必要。 ○そしてその才能はメイドのシエスタが持っていた。 ○幻覚が使える。(ホワイトスネイク曰く) ○ホワイトスネイクが、ホワイトスネイク自身の体内で生成される円盤状の物体、 「でぃすく」によって、それを突き刺した相手の行動を制御できる。 ○ホワイトスネイクは相手の額に指を突き刺すことで、 相手の記憶を円盤状の物体「でぃすく」として取り出せる。 ○攻撃力は青銅のゴーレムを一瞬で青銅の塊に変える程に高い。 ○高度な心理学的知識、戦略的知識を持つ。 そしてこれらから導き出される事実は――ホワイトスネイクが、 これまでに学園で召喚された使い魔の中で五指に入るほどの危険性を備えていると言うことだった。 本能によって動くことは無く、あくまで冷静に状況を判断した上で行動する。 そして一端敵と対峙すれば、言動、挙動をフルに活用して相手を誘導し、そしてワナに嵌めて相手の「一手」上を行く。 主人であるルイズから20メートル離れられないという妙な弱点も存在するようだが、 仮にホワイトスネイクがルイズの命令を聞かなくなった場合、 ルイズの行動を「でぃすく」によって制限し、その上で持ち運びながら学園中を徘徊することも考えられる。 あまりにも、性質が悪すぎる。 そのことが、オスマン氏を悩ませていた。 ちなみにコルベールが監視に参加している理由だが、 これはコルベール経由で監視のことが知られないようにするため、と言い換えてもいい。 というのは、ホワイトスネイクの左手に刻まれた使い魔のルーンを調べていたコルベールが、 それが伝説の使い魔、ガンダールヴのものと同じだったことに大興奮し、 ノックもせずに学院長室に踏み込んだところ、遠見の鏡で監視の真っ最中だったオスマン氏に出くわしてしまったのだ。 しかもちょうどルイズが爆発で授業をメチャメチャにした後片付けをしている場面で。 当然、それを見たコルベールはすぐにオスマン氏が監視をしている理由を考え始めた。 わざわざ遠見の鏡まで使って、学院長が生徒の後片付けの様子を監視しているのだ。 きっとその目的は片づけをしっかりやっているかどうか、というところではない。 ならその目的は一体何か、とコルベールは考え、そしてすぐにホワイトスネイクのことにたどり着いた。 まあ彼自身もホワイトスネイクの使い魔のルーンのことで学院長室に入ってきたのだから、すぐ気づくのは当然である。 一方のオスマン氏のほうは、コルベールに監視してるところを見られた瞬間、「あ、やばい」と思った。 生徒思いのコルベールのことである。 すぐに自分を問い詰め、監視の理由を聞き出そうとするだろう。 まあ別にそれは構わないのだが、ホワイトスネイクに監視のことが知られるのはマズい。 知られればホワイトスネイクもそれに応じた行動をとるだろうし、 最悪の場合、ルイズの支配下から離れることが早まる事も考えられる。 監視のことを知られるのだけは、絶対にダメだ。 ならば、と考えたオスマン氏はコルベールに、遠見の鏡まで使って監視していた理由を明かし、 その上でコルベールも監視に参加するように言ったのだ。 たとえ監視のことがバレても、コルベールを学院長室から出しさえしなければ情報はもれないからだ。 そしてコルベールもコルベールでホワイトスネイクに興味があったので、あっさりと了承した。 というのが、本来部外者であるはずのコルベールが監視に参加している理由である。 なお、コルベールは自分が来たときに開けっ放しにしていたドアを閉めるや否や、 ホワイトスネイクの使い魔のルーンが、伝説の使い魔であるガンダールヴのそれと同じだったと、 興奮気味にオスマン氏に報告した。が、あんまり真面目には聞いてもらえなかった。 オスマン氏は「所詮伝説」としか、そのことについて考えていなかったのだ。 さて、話を学院長室に戻そう。 「学院内でホワイトスネイクと戦うのだけは、避けたい」 そう言ったオスマン氏は、これからのホワイトスネイクへの処遇について考えはじめる。 監視によってホワイトスネイクの情報はある程度集まった。 そしてそのことから、ホワイトスネイクの危険性も十分に把握できた。 しかし――これはあくまで監視によって得られた情報。 直接接触しなければ得られない情報もあるだろう。 いくらかの危険性――例えば、遠見の鏡で監視していたことがバレる、というようなことがあるかもしれないが、 それでもいずれはやらなければならないことだ。 ならば、なるべく早い方がいい。 それにあの使い魔を常に引き連れる状態にあるルイズに対しても、何らかの処遇を定めなければならない。 そう考え、そしてしばらくの沈黙の後、 「ミス・ロングビルはおるかね?」 と、自分の秘書の名を呼ぶ。 すると、学院長室のドアがコンコンと軽い音を立てる。 そしてその後にドアが開けられ、室内に理知的な顔立ちをした女性が入ってきた。 「お呼びですか、オールド・オスマン?」 その声に、オスマン氏は、うむ、と答えた後、 「ミス・ヴァリエールを呼んできてもらえるかの?」 そう言った。 ヴェストリの広場を出たルイズは、決闘のためにサボった授業には行かず、そのまままっすぐ自分の部屋に戻っていた。 授業をサボるのが悪いことだと言うのは分かるが、今は授業なんか受けてる気分じゃあなかった。 ルイズはベッドの上で仰向けになって、決闘のときのことを考える。 あのとき――ホワイトスネイクは、何か今までと別人みたいだった。 召喚したばっかりの昨日とか、今日の朝食のときは、決闘のときに感じたようなものはなかった。 でもよくよく思い出してみれば……授業の片付けのとき。 あのとき、「でぃすく」の力で自分が魔法を使えるようになる、と話したときのホワイトスネイクが、 ギーシュを追い詰めるときのホワイトスネイクに……ちょっと似てた、かもしれない。 でもよく分からない。 偉そうでちょっとムカつくけど、ちょっとだけ頼もしいホワイトスネイク。 残酷で恐ろしくて無慈悲で、それでいてすごく強いホワイトスネイク。 一体どっちが本当のホワイトスネイクなんだろう? 一体、どっちが本当のわたしの使い魔なんだろう? 朝起きたときとか、朝食のときとか、あのときのホワイトスネイクは単なる忠実な使い魔だった……と思う。 口の聞き方とか挙動とかに引っかかるところはあったけど、それでも自分に忠実だったのは確かだ。 ……召喚した日の夜にパンツ覗いたり、ご主人様を怖がらせたりとか、そういうこともあったけど、 授業で錬金に失敗して爆発を起こしたときは、身を挺して庇ってくれた。 あの時は召喚したばっかりの使い魔に庇われるなんて……なんて思って、情けないような気持ちになったけど、 それでも、ホワイトスネイクに対して頼もしさみたいなものは感じていた。 でも……決闘のときのホワイトスネイクは、全然違った。 人を殺すことを何とも思ってないような、そんなすごく怖い眼をしてた。 蛇がカエルを睨むときの眼って、あんな感じなのかもしれない。 とにかく、これから食い殺す獲物を見るような、そんな眼だったのは確かだ。 そしてギーシュのワルキューレをあっという間にみんなやっつけちゃったとき。 あの時は、ホワイトスネイクの強さにすごくびっくりした。 だってあんなに強かっただなんて、考えもしなかったから。 そして……あんなに恐ろしい、残虐なヤツだったなんてことも、考えもしなかった。 ギーシュを怖がらせて、追い詰めるためにあらゆる手段を使って、そしてその上で記憶まで奪い取ろうとした。 最後には記憶を奪うのにわざわざあんなふうに怖がらせたりしたのは…… きっと、ギーシュが最後に感じる感覚を「恐怖」とか、「絶望」とか、そういったものにしようとしたからだと思う。 まるで拷問だった。 まともな心の持ち主なら到底出来ないような、相手の心への拷問。 それを、ホワイトスネイクは平気な顔をしてやった。 つまり、あいつはそういうヤツなんだ。 そう考えてルイズは身震いした。 あんなに恐ろしいヤツを、わたしの使い魔として御しきれるんだろうか? 今でこそホワイトスネイクはわたしに忠誠を示しているけど、いつかはわたしを裏切るかもしれない。 そうなったら……この学院はどうなっちゃうんだろう? そのとき、ドアが軽い音を立ててノックされた。 来たのは誰だろう? 来た目的はどうせ決闘絡みだろう。 それでそのことで来るかもしれないのは……ギーシュ、モンモランシー、シエスタ、キュルケ、ぐらい。 他に、わざわざ自分の部屋に来そうなのはいない。 自分の知ってる顔を思い浮かべ、そんな事を考えながらルイズはむくりとベッドから起き上がってドアへ向かう。 そしてドアを開けると―― 「ミス・ヴァリエールですね? オールド・オスマンが学院長室でお待ちです」 部屋の前にいたミス・ロングビルが、そうルイズに告げた。 オスマン氏に呼び出された理由は、ルイズ自身にも大体察しがついていた。 きっと決闘をした事に関してのことだろう。 貴族同士で決闘をする事はこの学院では禁じられているのだ。 それを破った以上は、何らかのペナルティーは覚悟するしかない。 覚悟するしかないとして……一体どんなことをさせられるんだろう? 学院中の窓を拭く? 全ての空き教室の掃除? まさか女の子にトイレ掃除はさせないだろうが…… そんなことを考えているてますますブルーになりそうな気がしたので、 ルイズはこれから受けるペナルティーについて考えるのをやめた。 そして……部屋で考えていたことの続きに戻る。 そもそもホワイトスネイクは、一体何なんだろう? ホワイトスネイクも自分のことを背後霊だとか生物じゃないとか、よく分かんないけどそんな風に言ってたし、 よくよく思い出してみれば「別の世界から来た」とか言ってたような気もする。 それにホワイトスネイクみたいな亜人は図書館中の使い魔に関するどの本にも載ってなかったし…… ホワイトスネイクが言っていた事は、ひょっとしたら本当なのだろうか? そんなことを考えながらロングビルの後ろを歩いているうちに、学院長室のドアが見えてきた。 ルイズの前を歩いていたロングビルがドアの前で立ち止まり、ドアを軽くノックする。 「入りたまえ」 と、中からしわがれた声が聞こえた。 「失礼します」 と一言言って、ロングビルがドアを開けて室内に入る。 ルイズがそれに続く。 「いやいや、わざわざ呼び出したりしてすまんかったのう、ミス・ヴァリエール」 部屋に入ってきたルイズを見るなり、オスマン氏はにこやかにそう言った。 「い、いえ。え、えと。あの、その」 「そんなに固くならんでよい、ミス・ヴァリエール。さて……ミス・ロングビル。それにミスタ・コルベール。 君たちは退室してくれたまえ」 そうオスマン氏が言ったところで、ルイズは初めてコルベールが学院長室にいたことに気づいた。 そしてコルベールの顔を見る。 見て、ルイズは当惑した。 コルベールが普段の様子からは考えられないほどに、冷静で、表情の無い顔をしていたからだ。 普段のコルベールならば、学院長室に呼び出されて緊張している生徒を、笑顔の一つで落ち着かせようとしたりするだろう。 しかし……この時のコルベールは違った。 少なくとも、ルイズが今までに見知ったコルベールの顔ではなかった。 一体何があったのか……などとルイズが考えているうちに、コルベールはロングビルと一緒にさっさと退室してしまった。 学院長室には、ルイズとオスマン氏のみが残された。 「さて、ミス・ヴァリエール。急にこんな形で呼び出した非礼を、まずは詫びておこうかの。 そして君を呼び出した理由じゃが……それはわし自身の口から伝えておくべきことがあるからじゃ。 君が人づてにそれを知らされたとしても、君にはそうなった理由は分からんじゃろうし、 そうなった理由を説明できるものがわししか居らんのでな」 「はい」 緊張した面持ちで、ルイズが答える。 それにオスマン氏は頷くと、 「では、ミス・ヴァリエール。……君に、一週間の自室での謹慎を命じる」 そう言った。 「……オールド・オスマン」 ルイズが遠慮がちな様子で言う。 「何じゃ、ミス・ヴァリエール?」 「処罰の理由って……やっぱり、ギーシュと決闘したこと、ですよね? だとしたら、ちょっと軽すぎるような、と言うか、その、えっと……」 「学院中の窓拭きとか、空き教室の掃除とか、そういうものを期待しておったのかの?」 「い、いえ! えっと、別にそういう訳じゃ……」 「……まあ君が納得できんのも分かる。 それにそう言うじゃろうと思ったから、こうして君をここに呼んだわけじゃからのう」 「あ……」 ちょっと前にオスマン氏がそれを言ったばかりだったことを思い出し、赤面するルイズ。 「さて……今回の処罰は、決闘のことだけが原因ではない。 君の使い魔、ホワイトスネイクのことも考慮してのことじゃ」 ルイズは思わず、そう言ったオスマン氏の顔を見る。 「君とミスタ・グラモンとの決闘の事は、ミス・ロングビルから聞いておる。 そして、今回の処罰はそれから判断してのことじゃが……ホワイトスネイクは、この学院にとって危険すぎる。 他の生徒と接触しうる状況を作る事は危険じゃと、思ったのじゃ。 それにホワイトスネイクには、未知の部分もあまりに多い。 ホワイトスネイクのような亜人が召喚される例は、わしも見たことが無いでのう。 他にも召喚された瞬間から、コントラクト・サーヴァントもしていないのに使い魔のルーンが刻まれておったという、 前代未聞の事実もあるのじゃ。 決闘に関しての処罰は今言ったとおりじゃが……ホワイトスネイクへの処遇に関しては、まだこれからといったところじゃ。 気苦労をかけることも多いじゃろうが……了承してくれるかの」 「……分かりました」 仕方のないことだ、とルイズは自分に言い聞かせる。 ホワイトスネイクがいつまでも自分で制御しきれるかどうかは分からない。 あの時――ギーシュに記憶の「でぃすく」を返すように言ったとき、 ホワイトスネイクは少しだけ、ほんの少しだけだけど、嫌そうな顔をした。 いや、顔じゃないかもしれない。 ホワイトスネイクが持っている雰囲気に、そういうものが少しだけ感じられたように思ったのだ。 つまり、ホワイトスネイクは今の自分に満足していない。 いつか暴走するかもしれないのだ。 そうなってからでは、遅い。 だから、オールド・オスマンの判断は賢明なものだ。 自分が不当に罰せられてるような気はするけれど、それでも必要なことなんだからしょうがない。 そう言い聞かせた。 そして一方のオスマン氏は、今の発言に一つの「ウソ」を含ませた。 「ミス・ロングビルから決闘のことを聞いた」というところにである。 ウソの理由は、ホワイトスネイクに監視のことを悟らせないためだ。 ホワイトスネイクが実体化していない状態でも周囲の状況を完璧に把握できている事は、決闘からも明らかなこと。 目の前にはルイズしかいないようでも、ホワイトスネイクも自分が何を言ったのかを把握しているのだ。 である以上、下手な事は言えない。 そう考えてのことであった。 「それと、ミス・ヴァリエール」 そして、オスマン氏が不意に声を上げた。 「ホワイトスネイクを呼び出してもらえるかね?」 オスマン氏の注文の内容に驚くルイズ。 「え!? え、あ、その、えっと、オ、オールド・オスマンは、その……ホワイトスネイクを、ここで……」 「今ここでホワイトスネイクと戦う、と言っとるわけではないよ、ミス・ヴァリエール。 そうでなければ一週間の謹慎なんぞ、君に命じるはずが無いからの。 ……わしが望んでおるのは、ホワイトスネイクとの直接対話じゃ。 面と向かって話さんと分からんこともあるでのう」 暫しの沈黙の後、 「分かりました。……ホワイトスネイク、出てきなさい」 ルイズの声に応じ、瞬時にルイズの背後にホワイトスネイクが発現した。 ホワイトスネイクが現れたことを確認すると、ルイズはそっとホワイトスネイクの顔を見る。 しかしその目、その顔に表情は無く、ホワイトスネイクが今何を考えているのかは読み取れない。 「さて……話をするのは初めてじゃな。わしはオスマン。トリステイン魔法学院の学院長じゃ。 みんなからはオールド・オスマンと呼ばれておるよ」 どこぞのポケモン博士のような、ありきたりな自己紹介をするオスマン氏。 「ホワイトスネイク、ダ」 それにホワイトスネイクは淡白に答える。 「私ニ聞キタイ事、トハ?」 「まずは……そうじゃな。君の生態について、とでも言っておこうかの。 何せ、随分と長いこと生きてきたわしでさえ、君のような亜人には始めてお目にかかるものでのう」 ちなみに、オスマン氏はホワイトスネイクがキッチリ自分の質問に答えてくれることを期待していない。 生態というやつはその生物にとっての弱点とかかわりを持つことが多い。 このホワイトスネイクのことだ。 どうせ素直には答えてくれはしないだろう。 だがそれでもオスマン氏が困る事はない。 今聞いたことは遠見の鏡を使った監視で、ある程度は把握しているからだ。 しかし、聞かないなら聞かないで逆に不審を煽るだろう。 ここは聞いても無駄と分かっていても聞くのが得策だ。 そして―― 「ソレハ答エラレナイ。私ノ弱点ニ関ワル話ダ」 オスマン氏の予想通り、ホワイトスネイクは答えることを拒んだ。 「ちょっとホワイトスネイク! オールド・オスマンの頼みをそんなふうに無碍に断るってどういうこt」 そしてそれに対し、ルイズが声を荒げてホワイトスネイクを非難するが―― 「いや、いいんじゃよ、ミス・ヴァリエール。本人が答えたくない、と言っとる以上、強要するわけにもいくまいて。 これは君だけでなく、ホワイトスネイク君にも関わることじゃからのう」 オスマン氏がこのように言ってしまったので、ルイズはまだ何か言いたげだったが、バツの悪そうな顔をして押し黙った。 オスマン氏もオスマン氏で断られる事は予想していたので、 断られたことに関してはルイズのように腹を立てる事は無い。 無いのだが、 「でも答えてもらえんのは、やっぱり残念なことじゃのう……」 聞いたからには「はいそうですか」で終わると怪しまれるので、なるべく名残惜しそうに言う。 そして、しばらく間を取るかのようにオスマン氏は沈黙した。 それに合わせるようにルイズとホワイトスネイクも沈黙する。 こういう危険な手合いと会話するときには、話の進め方、口調、間など、様々なことに気を使わなければならない。 まったく面倒なことよ、とオスマン氏は内心に嘆息した。 そして、「わざと」思い出したかのように、本命の話題に入る。 「ああ、そうじゃ。もう一つ聞きたいことがあったんじゃよ」 「何ダ?」 「お前さんの思想、というかものの考え方、じゃな」 「話ガヨク見エンナ……ドウイウコトダ?」 「決闘でのことじゃよ、ホワイトスネイク。 君が何故、ミスタ・グラモンをあのように精神的に追い詰めるようなやり方をしたのか……それが知りたいのじゃ」 「……知ッテドウスル?」 「どうもこうも……あんな真似をする使い魔は学院の歴史の中でも君が初めてじゃ。 こっちが君なりのものの考え方も理解せんうちに他の生徒に危害を加えられる、というのは避けたいのじゃよ」 なかなかうんと言ってくれんのう、と内心に愚痴るオスマン氏。 さてどうしたものか、と思索を巡らせたところで―― 「イイダロウ」 ホワイトスネイクから了承が出た。 それを聞いてひとまず安心するオスマン氏。 一方のルイズは驚きに、思わずホワイトスネイクの方に振り向く。 ホワイトスネイクがさっきのように断るだろうと思っていたためだ。 「『何故あんなことをしたか』……ト言ワレレバ、『アノ小僧ガ敵ダッタカラダ』トシカ、答エヨウガ無イナ」 「ほう……」 「敵ハイカナル手段ヲ持ッテシテモ排除スル。 二度ト立チ上ガレヌヨウニ、二度ト歯向カエヌヨウニ。 例エ記憶ヲ奪ッテヤッテモ、心ノ淵ニ刻マレタドス黒イ怒リヲ潜在的ナ拠リ所トシテ、生キ続ケル者モイルノデナ。 念ヲ入レルトイウ意味デ、確実ニ始末スルタメニ、アノヨウニ『恐怖』ヲ与エル手法ヲ取ッタ」 記憶を奪われながらも、心の淵に刻まれたドス黒い怒りによって生き続ける者。 言うまでも無く、ウェザーのことである。 あの時――故郷での最後の夜の、ウェザーとの決闘で、プッチ神父は僅かながらもウェザーに情けをかけた。 記憶を奪うだけで、命は奪わなかったのだ。 そしてその結果、ケープ・カナベラルを目前にして死に掛ける羽目になった。 ホワイトスネイクがあのような行動を取ったのはそのためだ。 心にドス黒い怒りを刻むヒマすらないように、それを覚える余裕すらないように、ギーシュの精神を蹂躙したのだ。 そしてそれを聞いて……ルイズは改めてホワイトスネイクに恐怖を感じた。 やっぱり、こっちがホワイトスネイクの本性だったんだ。 決闘で見せた、恐ろしいホワイトスネイクが、本当のホワイトスネイクだったのだ、と。 そういうことを、改めて理解した。 「……なるほど、な。 君の考えはよく分かったよ、ホワイトスネイク君。 今君が言った、『記憶を奪う』……じゃったか? 決闘を見聞きしておったミス・ロングビルから聞いてはおるものの……まったく君は、不思議なことが出来るのじゃな」 ため息混じりにオスマン氏は言った。 そして、理解した。 精神的にも、能力的にも、ホワイトスネイクは危険すぎることを。 そして……近いうちに引導を渡してやらねばならないことを。 「今日はすまんかったの、ミス・ヴァリエール。 もう帰ってよいよ。 ああ、あとそうじゃ。 君はこれから一週間、自室で謹慎となるから、そのこともしっかり頼むぞい?」 「……はい」 ルイズは気を落とした様子で、オスマン氏の言葉に答えた。 そしてうつむき加減で学院長室のドアを開け、部屋から出た。 部屋の外にはロングビルとコルベールが控えていた。 コルベールは部屋から出てきたルイズを見て心底ほっとしたかのように息を吐くと、学院長室に入っていった。 そしてロングビルは、 「ミス・ヴァリエール。あなたの部屋までは私がお送りすることになっています」 と言って、今度はルイズに前を歩かせて、一緒にルイズの部屋の前まで着いて来た。 その様子を見て、ミス・ロングビルは、多分オスマン氏から詳しい話を聞いていなかったんだろう、と思った。 そしてコルベールのことも思い出し……コルベールはきっと、 ホワイトスネイクと一戦交える覚悟をしていたのだろう、と思った。 それほどに、ホワイトスネイクは危険視されているのだ。 そう考えると、やっぱり自分が情けなくって、涙が目に滲みそうになった。 ホワイトスネイクがどんなに危険なヤツなのかってことも知らないで、 使い魔が召喚できたことを単純に喜んで、使い魔が自分に忠実なことを単純に嬉しく思って……。 結局自分は、本当に何も分かってなかったのだ。 そう思うと、また悔しいやら、情けないやらで、泣きそうになっってくる。 でもロングビルがすぐ後ろにいる手前、頑張って泣かないようにした。 部屋の前まで来ると、ルイズはロングビルには何も言わず、すぐに部屋に飛び込み、ドアをバタン! と勢いよく閉めた。 このままだと涙が目からこぼれてしまいそうだと思ったからだ。 しかし一方の、何も事情を知らされていないロングビルは、 ルイズが与えられた罰則に不貞腐れているのだろうと、見当違いの推測をした。 なので、念を押す意味で、 「ミス・ヴァリエールはこれから一週間、自室で謹慎となります。 謹慎期間中に部屋から出た場合、さらに罰則が追加されますので、決して部屋からは出ないで下さい。 朝昼晩の食事は、部屋の前に用意させます。 例外として部屋を出ることが許可されるのは、トイレに行く時と、部屋の前の食事を取るときだけです」 と、あくまで事務的な口調で言ってから、また学院長室に戻っていった。 ルイズはその足音を聞きながら、ベッドの上に腰を下ろした。 そしてそのまま夜になって、着替えて寝るまで、ずっとそうしていた。 部屋の前に置かれた食事には、手をつけないままだった。 その夜――ルイズは、夢を見た。 見たことも無い、世界だった。 どうやらどこかの室内らしい。 壁は石造りのようで、滑らかで灰色。 天井には、ルイズが見たことも無いような、光を放つ不可思議な形をした道具。 そして壁には――血まみれになった男が一人、荒い息で、壁に背を預けて床に座っていた。 深い傷を負っているらしく、ぐったりとしている。 男の数メイル先には、なにやら金属で出来ているような、黒光りする道具が転がっている。 そのあまりにも奇妙な光景に、ルイズは言葉を失い、ただ目を見開いてそれを見るばかりだった。 そうこうしているうちに、男が誰かに話しかけるように、何かを喋り始めた。 だが、どこかノイズがかかっているようで、よく聞こえない。 「やっ……たな……。……を止め……るスタ…………いに! 手に入れ……。 そして………は死んだ。弾が………ブチ込んで……よ」 しかし、それに答える声は、あまりにも鮮明で、あまりにも聞き覚えがありすぎた。 そしてその声がするほうを見て、ルイズは絶句した。 「アア……目的ハ全テ手ニ入レタ」 声の主は、ホワイトスネイクだった。 (え……? ちょ、これって……ど、どういうこと? 何でホワイトスネイクがあたしの夢に? それにそもそもこの場所は一体何なの? この血まみれの男は一体何なの?) そう自問して、ルイズはあることに気づく。 (あいつ……『別の世界から来た』って言ってた……。 だとしたらこれは、あいつが前にいた世界……ってことなの……?) しかし夢の映像は、ルイズの疑問をも考察するかのように淡々と続いていく。 「君ノオカゲダ、ジョンガリ・A! 我々ハ本当ニイイコンビダ」 「フフ……頼む………に連れて行ってくれ………しちまった」 血まみれの男がホワイトスネイクに何か頼み事をしている。 だがホワイトスネイクはそれを意にも介さず――床に転がる、黒光りする道具を手に取った。 そしてそれを、男に向かって構える。 (ち、ちょっと、ホワイトスネイク! あんた一体何する気!? あの血まみれの男の人をさっさと助けなさいよ!) ルイズは夢の中で必死に声を張り上げる。 だがその声は、二人には全く聞こえていないらしい。 「なあ……俺の銃………ないか?」 男がキョロキョロしている。 さっきの道具を探しているらしい。 だが次の瞬間―― 「ココダ」 ドシュッ! ホワイトスネイクの手に握られた道具から放たれた弾丸が、男の喉を貫いた。 男は、声も上げずに死んだ。 (え……? な、なに? ホワイトスネイクのヤツ、今何したの? あの男の人、死んだの? ホワイトスネイクと男の人は仲間だったんじゃないの!?) 混乱するルイズを尻目に、夢の映像はやはり淡々と続く。 男を殺したホワイトスネイクは、ゆっくりと男の死体に近づき、そして男の手に、先ほどの道具を握らせた。 そして薄ら笑いを浮かべながら、言った。 「ケネディヲ暗殺シタ犯人モ……コウヤッテ人生ヲ終エタ。 ……リー・ハーベイ・オズワルド……ダッケ? 確カ……。 『死人ニ口ナシ』。ダカラ歴史ハ丸ク治マッタ……。 私ノ正体ヲ知ル者ハオマエダケダシ、『看守殺シ』ノ罪モ、オマエ一人ノ仕業ダ……」 そこで、夢が映し出す映像は暗転した。 そして次々と、いくつもの場面を映していく。 心に闇を抱えるものにつけ込み、利用するホワイトスネイクを。 他人の欲望を利用するホワイトスネイクを。 そして、ホワイトスネイクが付き従う、浅黒い肌の、黒服の男を。 黒服の男は、まさしくそれまでに映されたホワイトスネイクの人間版であった。 相手の心の闇を利用し、欲望を利用し、そして使い捨てる。 そしてそればかりではなかった。 敵と戦えばどんな姑息で卑怯な手段も平気で取った。 相手にとって何よりも、命よりも大切なものをエサにして逃走し、 追い詰められれば醜く命乞いをし、スキあらば一瞬で命乞いをした相手を殺す。 ホワイトスネイクは、そんな男に付き従っていたのだ。 そして、それらの行動をその身をもって支えていた。 そのことが、ルイズの心に一つの感情を灯していった。 そして、また一つの映像に行き着いた。 そこで黒服の男は、再び醜く命乞いをしていた。 神だの大いなる意思だの、わけのわからない大義を持ち出して、 相手がさも無知であるかのように、高説を振るっていた。 それを直接ぶつけられたわけではないルイズでさえ、吐き気を催すような気分になった。 そしてルイズには理解できた。 もうこの男は、ここまでだと。 その予想通り、相手の少年は命乞いを聞き入れなかった。 男は、これまでに重ねた邪悪な行いの全ての報いを受けるかのように、全身を細かく粉砕されて、死んでいった。 そこで、夢の映像は終わった。 夢の終わりと同時に、ルイズは目が覚めた。 むくりと起き上がって、窓の外に目をやる。 月はまだ高い。 夜明けはもう少し先だろう。 そんなことを考えながら、ルイズは自分の心の中にふつふつと湧き上がる感情の正体を、静かに理解した。 夢を見ていたときから、自分の中に芽生えてきていた感情だ。 そして、一つの名前を呼ぶ。 「――ホワイトスネイク」 その声に応じるかのように、ルイズの背後にホワイトスネイクが現れる。 「ドウシタ、マスター? コンナ夜遅クニ」 「……あんたに、聞きたいことが、あるのよ」 一言一言噛み締めるように、ルイズは言った。 その様子から普段との違いを即座に察知したホワイトスネイクは、多少の警戒感を込めながら聞き返す。 「……トイウノハ?」 ルイズは息を軽く吸ってから、それを言った。 「あんたはわたしの使い魔になる前に、一体どんなことをしてたの?」 ホワイトスネイクにとって、それは全く、思いもよらない質問だった。 だが、それでもホワイトスネイクは冷静だった。 冷静に、それに対応できてしまった。 そしてその冷静さが、この時はアダとなった。 「一人ノ男ニ仕エテイタ。ソシテソノ男ノ命令ニ従イ続ケタ。ソノ男ガ死ヌマデノ間ナ」 「私が聞いてるのはそんな大まかなことじゃないわ。 あんたがその男に仕えて、一体何してたかって事を聞きたいのよ」 ルイズの声の調子は先ほどと変わらない。 「ソレヲ聞イテドウスル?」 「聞いちゃいけないの?」 「ソウイウワケデハナイ。ダガ他人ノ過去ニアマリ首ヲ突ッ込ムモノデh」 「『死人に口なし』」 ホワイトスネイクの言葉を遮って、ルイズがぼそりと言った。 そしてその言葉に、ホワイトスネイクは久しく戦慄に近いものを感じた。 死人に口なし。 ホワイトスネイク自身もよく覚えている、ジョンガリ・Aに対していった言葉だ。 それを何故……マスターが知っている? いや、それともただの偶然か? 「何を驚いてるの? あんたらしくないじゃない、ホワイトスネイク」 ルイズの方もホワイトスネイクがいくらかは驚いている事は分かっている。 だがそれでもルイズの声の調子が変わることは無い。 「夢をね、見たのよ。そこであんたを見た。あんたが仕えてる男も見た。 ……もちろん、あんたが過去にしたことも、全部。 始祖ブリミルの思し召しかしら? ……こんな夢を見られたのは」 「…………」 ホワイトスネイクは何も言わない。 ただ、沈黙してルイズの言葉を聞くだけだ。 「仲間を裏切って殺して、他の人に近づいて、利用して、それで使い捨てて…… それなのに、あんたは自分からはほとんど戦おうとしなかった。 戦うにしても、戦う相手は自分が絶対勝てる相手だけ。 負けそうになれば、どんな手段を使ってでも逃げる。 逃げられなきゃ命乞いする…………これが、私が見た、あんたがしてきたことよ。 …………わたしはね、あんたが正直に、自分が何をしてきたかを言ってくれたら、こんなに怒ってなかったかもしれない。 ……そうでなくても十分怒ってたけど」 そこでルイズは一息ついて、 「ねえ、ホワイトスネイク。あんたは何で、さっき聞かれたときに誤魔化そうとしたの? 単純にあの過去を知られたくなかったからなの?」 口調こそ冷静だが、ルイズの心中にはふつふつと怒りが煮えたぎっていた。 ホワイトスネイクがしてきたことが、ルイズには心の底から許せなかったのだ。 確かにホワイトスネイクへの恐怖はある。 でもそれさえ木の葉のように吹っ飛んでしまうぐらい、ルイズは怒っていた。 「……マスターノ信用ヲ失ッテハ私モ戦イニククナル。 ソレデハマスターヲ守ル事モ難シクナr」 「黙りなさい、この卑怯者ッ!!」 ルイズの叫びが、室内に響いた。 「そうよ、あんたは卑怯者よ! ギーシュのワルキューレをあんな簡単にやっつけられちゃうぐらい強いくせして、戦いはいつも他人任せ。 自分が戦わなくちゃならないときは、どんな卑怯な手段でも使う! どんな姑息な真似だって平気でやる! 負けそうになれば命乞いでもなんでもする! ……あんた、恥ずかしくないの? あんなことして生き延びて、恥ずかしくないの!? 他人を利用して、使い捨てて、それでも罪悪感は感じないの!?」 一気にそこまで言い切ると、ルイズは肩を上下させて息をした。 そして一方のホワイトスネイクは、ルイズの心からの怒りに、 「……私ハカツテノ主人デアル男ノ精神カラ生マレタ。 私ハソノ男ノ深層心理ソノモノナノダ。 ソシテ、ソノ男ニハ全テヲ犠牲ニシテデモヤリ遂ゲヨウトスル事ガアッタ。 ソノタメニハ、ソノ男ハドンナコトデモシタ。 私ハ男ノ精神カラ生マレ出タ存在ダカラ、私ガソレヲ望ンデイルノモマタ事実ダ」 そう、あくまで冷静な口調で答えた。 そしてそれを聞いたルイズは、頭のどこかで、何かが切れるのを感じた。 「……言い訳のつもりなの? それ……」 そして、 「フザケてんじゃないわよッ!!」 再び、怒りに満ちた叫びを上げた。 「全てを犠牲にしてですって? そういうのはまず自分から率先してその犠牲ってヤツに回すからそう言うのよ! でもあんたの前の主人がやってきた事はそういうのじゃない! いつも犠牲にするのは他人ばっかりで、自分は何一つ手を汚そうとしない! そういうのは高潔でも立派でもない、この世でもっともゲスな行いよ! それに、その男の精神から生まれたとかなんとか、わたしにはよく分かんなかったけど……一つだけ言えることがあるわ。 それはあんたが、自分の性格を前の主人のせいにしようとしてるってこと。 そんなので言い逃れようと思ったのね、あんたは。この場だけは誤魔化そう、なんていうふうに……。 …………命令よ、ホワイトスネイク。『もう二度とわたしの目の前に姿を現さないで』」 もう二度と、自分の前に姿を現すな。 そう、ルイズは確かに命令した。 「マスター」 「これは命令よ、ホワイトスネイク!」 ホワイトスネイクが何か言いかけるが、ルイズがそれを遮った。 数秒、ルイズとホワイトスネイクの視線が交差する。 そしてその後、ホワイトスネイクは何も言わずにフッと姿を消した。 姿を消す瞬間、その表情には僅かながら、感傷に近いものが浮かんだ。 ルイズはホワイトスネイクが初めて見せる表情に、ほんの一瞬、戸惑いを覚えたが、すぐに怒りがそれをかき消してしまった。 そしてホワイトスネイクが完全に姿を消したのを見届けてから、再びベッドに横になった。 息はまだ、荒いままだった。 To Be Continued...
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/835.html
「参ったな」 かれこれ30分は散策しているが、一向にそれらしい場所は見つからない。 壁に書いてある文字は読めないし、場所を聞こうにも相手がいない。この近くではないのだろうか? 僕はぽりぽりと頬をかいた。 「これじゃどうしようもないな……」 「あの、どうなさいました?」 唐突に声をかけられた。僕は渡りに船と、声をかけられた方へと向く。 そこにはメイド服の格好をし、銀のトレイを持った、そばかすの、素朴な感じを受ける少女が、僕の方を心配そうに見ていた。 黒い髪と黒い瞳に、何となく親しみやすさを覚える。 ふとメイド服の上からでも自己主張する物体が、目にとまる。 「……りんごだな」 「はい?」 「あ、いや、忘れてくれ」 何を口走っているんだ、僕は。朝の興奮がまだ抜けていないのか? 僕が何を言っているのか、彼女には解らない様子なのが、せめてもの救いだ。 ともかく、さっきの事を追求されない内に、僕は彼女から必要なことを聞くことにした。 「僕はつい昨日、ここに来たばかりでして、屯所の場所が解らなくて…… すみません、教えていただけますか?」 「あ、ミス・ヴァリエールの推薦で入った衛兵さんって、あなたのことだったんですか。 えっと、屯所でしたら、案内させていただきますが?」 銀のトレイを持った少女は、親切にも案内してくれるという。僕はその厚意に甘えることにした。 「すみません。お願いします」 「こっちです。どうぞついてきてください」 そういってメイドは中庭の方へと歩き出す。僕も急いで、その後を追いかけた。 「ここです」 案内された先は、校舎から少し離れた場所にあった、門の近くの城壁と一部くっついている建物だった。 どうやら僕は、かなり見当違いな所を探していたらしい。 僕はここまで連れてきたメイドに、軽く頭を下げて礼を述べる。 「どうもすみません。仕事中に」 「いえ、お仕事がんばってください」 メイドの方も丁寧懇切に礼をし、元来た校舎の方へと戻っていった。 ……っと、忘れる所だった。 「名乗るのを忘れていました。僕は花京院典明と言います」 「ノリアキさん……、ですか。変わったお名前ですね。私はシエスタっていいます」 「何か困ったことがあったら言ってください。力になりますので」 「じゃあ、何かあったらお願いしますね。それでは、また」 校舎へと戻る彼女の背中を見送る。素朴な、可愛い感じの子だったな、と思う。ルイズとは大違いだ。 恋をするなら、あんな気持ちの女性がいいと思います。守ってあげたいと思…… 「何をしてるんだ?」 後ろからかけられた声で、僕の思考は中断した。 屯所から鎧を着た、人間離れした容貌の男が、こっちをのぞいている。ここの衛兵だろう。 僕はこのこれから先輩になるであろう、この男に軽く頭を下げる。くさり水の様な臭いが鼻についた。 「これからここでお世話になる、花京院典明です」 男はしばらく、いぶかしそうに僕を見つめていたが、そのうち何かを思いだしたように、手をぽんと叩いた。 「ああ、そういや新入りが来るってきいたな。……俺の名前はジョーンズだ」 その化け物のような外見とは裏腹に、彼は意外にいい人だった。僕に衛兵の仕事を、一つ一つ丁寧に説明してくれる。 ただ体臭がひどく、僕は幾度と無く鼻を押さえた。 とりあえず説明が一通り終わると、壁にかけてあった槍と、軽い板金の胸当てを僕によこした。 丁度いいサイズの鎧がないので、しばらくこれを着るらしい。 しかし、学ランのままでは胸当てがつけられない。僕は仕方なく学ランを脱いだ。 「いい感じなんじゃねぇか?」 やや大きめだが、胸当ては多少動いた程度ではずれそうにはない。 槍も持ってみて、他の人の鎧に映った僕の姿を眺めた。意外と似合っていると思う。 着ていた学ランの方はというと、私服置き場はあったが、ここの臭いがつくのはいやなので、外にかけておく事にする。 着替え終わった僕の姿を確認し、ジョーンズさんは今日の仕事内容を考える。 「そうだな。まぁ、今日は何が起こるかわからんし、しばらく待機だな。俺は門衛の仕事があるから。後で」 そういって彼は素早い動きで屯所を出ていった。生徒達が怖がるため、彼の仕事は専ら門衛だそうだ。 さて、僕は暫くここで待機との事だが。 辺りをちろちろ見回す。壁には面積の1/2を占める、この学園の見取り図。 そして余った場所に、所狭しと槍やら剣やらがかけられている。 部屋の中央には、今僕の座っている椅子と、大きなテーブルが一つ。 部屋の端には、他の衛兵の私物が乱雑に積み上げられている。その奥の部屋にはベットが見えた。そこが仮眠室、もしくは宿舎だろう。 城壁に上る階段は、そのベットの部屋の対角の位置にあった。 「しかし、少し息苦しいな」 どうも石造りで囲まれている所為か、圧迫感を受ける。 少し外の空気を吸おうと、中庭へと出た。 20分ほどしかいなかったのに、外の風が気持ちよく感じる。 と、そこでこちらに向かって、ジョーンズさんと同じ鎧をつけた、眉毛と鼻が以上に長い男がかなりのスピードで走ってくる。 彼も衛兵だろうか? 彼は僕の前で立ち止まった。 「お前がノリアキか?」 「はい。あなたは?」 「俺の名はペイジ。宜しくな新入り。……ミス・ヴァリエールからの伝言だ。『教室の片付け手伝え』だとさ。確かに伝えたぞ」 そういって彼はまた校舎の方へと走っていった。しかし、先ほどのジョーンズさんといい、ペイジさんといい、凄い脚力だな。 ま、それはともかくいわれたからには手伝うしかないだろう。 ぱんぱんと身体を持ち上げ、僕も校舎の方へと向かった。 To be contenued……
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1466.html
「宇宙の果てのどこかにいるわたしのしもべよ。 神聖で美しく、強力な使い魔よ。わたしは心より求め、訴えるわ…… 我が導きに、答えなさい!」 ルイズは呪文を詠唱すると、祈る思いで杖を振りかざした。 途端に爆発が起こり、同級生達が叫び声を上げる。 音にはもう慣れた。ルイズは目を細め、唇をかみ締めながら爆発地点を見つめる。 夕焼けと爆発の煙にぼやけ、うっすらと何かの影が見えた。 「うそだろ、ゼロが」「何かの間違いだ!」「やっと帰れる!寝れる!」 好き勝手に騒ぐギャラリーの言葉もルイズの耳には入らない。 何十回もの失敗のすえの成功。嬉しさに顔がにやける。 危険は二の次、と影に歩み寄った。失敗しすぎて日が暮れかけている。 早く契約したかったし、何より間近で姿を見たかったのだ。 強風が吹いて、煙を一気に吹き消した。ルイズの心臓が一際強く跳ねる。 ゆっくりと立ち上がったその姿は、人間の男に似ていた。 体つきは人間そのもの。圧倒的な存在感を放つ高い背丈と逞しい体躯。 頭から十本ほど、細いものが角のように突き出ている。 不思議な装束を纏っている。薄い布地が身体に貼りつき、ずいぶん窮屈そうだ。 ルイズ達は息を呑んだ。 一瞬、その身体が夕焼けの光とも異なる奇妙な輝きを纏っているように見えたからだ。 ルイズの背後から「亜人……?」と呟く声が聞こえた。 ルイズの目線が亜人?の顔へと移り、そこで凍りついた。 亜人?と最も近い位置にいるのがルイズである。距離はほぼ3メイル。 ルイズ以外は遠巻きになっている為、15メイルは離れている。 だから最初に気づいたのは当然ながらルイズだった。 亜人。亜人、よね?そうよねうんそうだわ。だってこんなに変なんだもの。 眉なんか妙に黒くて太くって、目の周りなんて濃い紫色。頬もこてこての紅色で、 分厚い唇は硬そうなのに真っ赤。どう見ても普通じゃない。 でも、でも目つきや肌の色も人間っぽい。着てる物もよく見ればワンピース? 角みたいなのはただの頭飾り? い、いやいや待っておかしいわ。そんな事あるはずない。 だって「これ」が人間だとしたら180サント以上の筋肉男よ?化粧してたり スカートはいてたらへ、へへへ変態じゃない。だからこれは亜人。どっか遠くの 部族の民族衣装かなにかよ。どんなに人間に似てても、にに人間なわけないのよ。 亜人は寝ぼけたような目できょろきょろしている。爆発のショックだろうか。 そのまま何故か足元に転がっているガラスビン数本をぼんやりと眺めていたが、 ルイズを見るやそのうちの一本を拾って差し出す。そして何事か呟いた。 「あらお客さま?あたしのドリンクいかが~~?お嬢ちゃんにはまだお酒は 早いから、冷たァいコーラでもどうかしら~~~~」 うわ言のように続けられるそれはどう聞いても人間の言葉だった。 ドッギャァアアアアン ヴァリエール公爵家三女ルイズ・フランソワーズ・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの 使い魔はなんと人間で平民!しかも筋肉達磨の女装男に決定ッ!! ルイズは耳を澄ました事を後悔し、立ち尽くした。 会話を交わしたかと思いきや、硬直して動かないルイズと亜人?の様子に生徒達が 不審を感じざわめき出す。 「もしかしてあれはただの人間なのでは?」と誰かが口にすると、すぐにからかいの 声も出始めた。だが、少数いた目端のきく者の「あれって女装した男じゃ」という声は 途中でどこかから放たれた炎によって遮られた。 (召喚したのが人間だった位なら笑いのネタにできるけど、“あれ”をからかったら ルイズはもう立ち直れない。なんとなくそんな気がする) 普段ルイズのライバルを自称しているキュルケははらはらしながら杖を握りしめた。 ルイズの肩は震えていた。 やっと現れた使い魔である。贅沢は言わない、はずだった。 鼠や蛙でも文句はないし、いっそ虫でもいいやぐらいの覚悟は出来ていた。数分前までは。 (ミミミミスタ・コルベールやりなおしのきょかを) 自分の喉が乾ききってヒューヒューという音しか出していないと気づかないまま ルイズが背後を窺うと、コルベールは首をかしげながら眼鏡を拭いている最中で まだ何も口にする様子はなさそうだった。 ルイズの瞳が潤み、目尻に涙が溜まる。 ……ミスタ・コルベールはどうせ再召喚を認めてくれないだろう。 きっと「神聖な儀式だから」とか言って、取り付く島もないに決まってるわ。 絶望に心が埋め尽くされ、浮かんだ涙の一粒がこぼれそうになったところに、 ルイズの頭の中でチリペッパーをブチ込まれたような電撃が閃いた。 ――なに、「再召喚を認めてくれないかも」ですって? 逆に考えるのよルイズ。 はっきり『認めない』と言われる前にこの女装男を消しちゃって、まるで 最初から何もいなかったかのように『またまた失敗しちゃいましたァァアン』と ごまかせば万事解決――と考えるのよ。 だから急いでジョースター家の恥さらしであるそのマヌケを爆死させるんだルイズ。 ってあれ?なんか途中から誰かが割り込んできたような感じだったけど…… 「なかったことにする」。なんて盲点。この説得力、天の声と呼ぶべきね。 コントラクト・サーヴァントをするふりして爆破。 微妙に悔しいけど「いつもの失敗」って事ならコッパゲも信じるはず! 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 五つの力を司るペンタゴン……この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 一気に言い切ると、ルイズは男に近づこうと一歩更に足を踏み出す。 (そう、あと少し。あと少し近づいたら至近距離で『レビテーション』を 食らわせてやるわ。勿論コッパゲ達に聴こえない超小声でッ!!) ルイズは男と数サントの距離まで顔を寄せた。袖に潜ませた杖を男に向ける。 そのまま詠唱を始めようとしたルイズの唇は、 「むぐっ」というくもった音を残して――男の唇に奪われていた。 ルイズの失敗は「近づく前にしっかり男の様子を確認しなかった」に尽きる。 元々涙が滲んで視界がぼやけていた上に、ルイズは男を直視するのをためらい 無意識に視線を逸らしていたのであった。 だから、異変を感じた男が最初の発言以後沈黙し、現状把握に努めていたこと に気づけなかったし、男の瞳が自らに近づいてくるルイズを観察していること にも考えが及ばなかったのである。 「むむっ?ふ、むむ……」 『唇を塞がれていたら詠唱が出来ない』。ルイズが最初に思ったのはそんな事 だった。次第に気づいて抵抗し始めるが、男の手に両肩を押さえられており 身じろぎ程度にしかならない。 誰も止める者はいない。傍目からは何も問題のない契約の儀式だった。 ルイズは男の唇を噛んでやろうと思った。だが顎が動かない。 身体に流れ込む暖かさが安心感を呼び、抵抗していた手足の動きすら止めている。 その暖かさは、男の手と唇から流れ込んできていた。 男が右手をルイズの頬に添え、彼女の涙をそっと拭った。 契約中の二人を、キュルケが呆然と見つめていた。 (まさか、ルイズが素直にキスするなんて……絶対ゴネると思ってたわ。 ああルイズったらあんなに気持ち良さそうに!エロ光線か何かかしら。 ちょっと代わってほしいかも。この際見た目が不気味とか気にしないから。 あああルイズ目がとろんとしてる!羨ましいのよッ代わりなさいルイズ。 早く代われ私と代われェェエエエッ!!) 血走った目で赤い髪を逆立てていたキュルケの足をとんとん、と誰かがつつく。 キュルケの右隣に座って本を読んでいた親友、タバサである。 「ど、どうしたの?タバサ(今いい所なんだけど)」 「よだれ」 一言で返答すると、タバサは本の頁に目を向けたままキュルケにハンカチを差し出した。 二人の口付けは、ルーンによって男が左手に痛みを感じ始める数秒後まで続いた。 例え目の前に広がるのが見知らぬ土地であろうとも、例え相手から殺気を感じたと しても、美少女とは一応キスをしておく――後でナチスの基地の場所と、ついでに この娘がレズビアンなのかも尋ねてみよう。 召喚された男、ジョセフ・ジョースターの思考は現在、だいたいこんなものだった。 彼は自分の女装に絶対の自信を持っていた。 ジョセフには女装の才能の代わりに運を引き寄せる才能があった。 しかしこのキスが彼にとっての幸運になるかどうかは、まだ誰も知らないことである。 つづかない。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1231.html
開け放たれた窓からの緩やかな風と暖かい陽射しに、清潔な白のカーテンが揺れる医務室で、一人の少女がベッドの上で眠っている。 少女の名はルイズ。 目を瞑り、規則正しい寝息を立てるその姿は、ピスクドール人形を思わせる程に可憐で、両手両足に巻かれた痛々しい包帯も、その可憐さを引き立てるアクセントにしかならない。 欠けたモノ程、美しい。 誰が言ったかその言葉は、心底、美しさと言う概念を理解したモノの言葉であろう。 万人が納得する美しさなど存在しない。 一人一人が己が内に秘めた美しさこそが、何よりも自身の心を揺さぶる衝撃となる。 その衝撃を与える為にはどうすれば良いのか? 簡単な事である。非常に簡単で尚且つ、誰にでも行う事が出来るその方法とは、完成させないことだ。 一つの終着点に辿り着いてしまえば、それ以上の上を想像しない人間と言う生き物を満足させるには、完成させずに、己が頭の内で先を想像させるのが、一番、誰もが納得できる美しさを作り出す事が出来るであろう。 そして、その例で言うならば、このベッドで寝ている可憐さと包帯による痛々しさを併せ持つ、この少女は、現在、意識が無いと言う未完成さを持ち、故に、誰もが息を呑む程の美しさを手に入れているのだ。 それは、泡沫の夢に似た幻影の美。 目覚めてしまえば、意識を取り戻してしまえば崩れてしまう、時間制限付きの絵画。 その、およそ美術品としては向かないが、瞬間の美としては合格点をブッチギリで越えたこの少女に、目を奪われてしまった少年が居た。 平賀才人。 異世界に来てから一週間と少しで、ルイズの付きの使用人にされてしまった、薄幸少年である。 ごくり、と生唾を嚥下しながら、使用人としての仕事である、少女の包帯を取り替える。 すでに、少女が意識を失ってから丸一日が経っている。 治療の際に使われた包帯は、外からは見えないが、内は傷口から滲み出た血でどす黒く変色している。 それを、ゆっくりと解いて、まずは傷口に貼られているどす黒いの布切れを剥がす。 乾いた血のペリペリとした剥脱音が耳に痛い中、少女の顔が痛みの所為か曇ってしまう。 その事を残念に思いながら、才人は新しい布をまだ血が滲んでいる傷口に宛がう。 治療してくれた長い髭の爺さんが言うには、完全に治療するには学園にある秘薬だけでは足らず、 自分の時のように完全に怪我が完治している訳では無いらしい。 そんな訳で、完全に皮膚が再構築されていない箇所も、少女の足や腕にちらほらある。 流石に胴体の怪我は、優先的に治療された所為か、少女の胴体には傷一つ無い……らしい。 少なくとも、この娘の友達であると言う、赤髪の少女はそう言っていた。 つらつらとそんな事を考えている内に、包帯の取替え作業が終わる。 はふぅ、と一息吐く才人は、備え付けの椅子に座って、ベッドの上に横たわる少女を、じっと眺める。 どうにも……おかしい。 確かに自分は、元の世界で出会い系に手を出す程に、その……そっち系に飢えていたが、こんなロリ系の少女に、しかも、二回しか見た事の無い(その内、会話をしたのは一回のみ)と言うのに、何故? 微妙に高鳴る鼓動に、疑問を憶えつつ、才人は開けていた窓を閉めようとして――――――その手を止めた。 いや、止めざるをえなかった。 才人が閉めようとしていた窓の縁に、奇妙な姿をした者が何時の間にか座っているだから。 姿形を抜きにして、才人はその突然現れた存在に好意的な感情を抱けなかった。 同じ主を持つ中だと言うのに。 「どうしたんすか、ホワイトスネイクさん。そんな所に座って」 現れたのは、ルイズの使い魔にして彼女のスタンド、ホワイトスネイク。 本体が再起不能に近い怪我を負いながら、消すのを忘れた為に、現実空間にそのまま居座り続ける破目に陥っているのだ。 まぁ……ルイズが本体となってからは、あまり消えてはいないのだが。 ともあれ、それはこの数日間の話であり、元本体の時は、消えている時間が長かった彼にとって、この状況は困惑ものである。 まだ、指示をする本体が居れば良いのだが、本体も居なく、自分の自由意志を元に動ける状況で、ホワイトスネイクは心底困っていた。 何せ、今まで命令され続けて培われた自由意志だ。いきなり、ほっぽりだされては、“何をすれば良いのか分からない” 結局、やる事を考えつかなかったホワイトスネイクは、眠っている主の近くで、いつでも不慮の事態に動けるように待機していた。 基本的にルイズが眠っている医務室付近に居るのだが、この時は、何故か閉めようとしていた窓の縁に、唐突に現れたのだ。 ビビる才人、平然とするホワイトスネイク。 ホワイトスネイクは才人の質問に答えず、ただ窓の外を眺めている。 やっぱりこいつ苦手だと、才人は思いながら窓を閉めるのを諦め、椅子に座り、シエスタから貸して貰った本を片手にペンを走らせる。 シエスタ曰く、貴族の使用人になるのであれば、文字ぐらい読めないと話にならないらしい。 そんな訳で、この世界の文字を勉強している才人だが、何故だか、もの凄く勉強が捗っている。 自分の世界での言葉すら、まともに覚えられなかった自分がだ。 その事に対して違和感を覚える才人であったが、まぁいいやの一言でその問題を忘れ、せっせかと文字の習得をしていく。 ホワイトネスイクは窓の外を見ながら、そんな才人をチラリと流し見ていた。 才人が勉強を始めて、一時間と少し、医務室へと向かう足音に、ホワイトスネイクは気がついた。 こつこつと石造りの床と皮製の靴が鳴らす音の持ち主は、医務室の扉を三回ノックしてから、返事を待たずに扉を開けた。 才人は、ノックしても返事を待たないなら、別にする意味無いんじゃないのかなぁとか思いながら、挨拶をする。 「おはよう、キュルケ」 「おはよう、ルイズの使用人さん。ルイズは…………まだ目が覚めてないみたいね」 才人の挨拶に丁寧に返答した赤髪の少女は、丸一日経ったと言うのに目覚めぬルイズへの心配で、何時もより元気が無く見えた。 「それにしても、君は心配性だねぇ」 「何が?」 備え付けの椅子に座り、テーブルを挟んで向かい合う才人とキュルケは、手持ち無沙汰も手伝って、軽い雑談を交わしていた。 内容は、昨日も怪我の治療の時から付きっ切りで、先生が止めていなかったら、医務室に泊まる勢いだったキュルケについてである。 上で記したように、すでにルイズには命の危機は無い。だと言うのに、キュルケはまるで余命幾許の無い者に接するように、出来る限りの時間をルイズと一緒に居ようとしていた。 才人にとって、幾ら心配だとしても、それは聊かやり過ぎのように思えたのだ。 そんな疑問に対して、キュルケは物憂いな表情で、ルイズを見ながら口を開く。 「別に……ルイズの体が心配って言う訳じゃないわ」 「じゃあ、なんで?」 「自覚は無かったけど……私、この娘に相当酷い事を言ってきたみたいでね……」 ルイズ見つめるキュルケの目は、焦点が合っていなく、少なくとも、今のルイズを見ているのでは無い事が分かる。 「私自身、この娘とは友達だったと思っていたわ。 だけど、知らず知らずの内に、この娘を傷つけていた私に、友達で居る資格なんてあるのかしら? 少なくとも……私は、無いと思うわ」 独白のようなキュルケの言葉に、才人は口を挟まなかった。 否、挟めるような口も言葉も、今の才人は持ち合わせていない。 「だけどね……私は、この娘と友達で居たい。 この娘と笑って、この娘と遊んで、ハシャいで、楽しみたい……」 キュルケの目が、過去を見ているように、この言葉も才人に宛てた言葉では無いのだろう。 「私は、そうしたいと思ってる。思ってるから……ルイズが目覚めたら、いの一番に言ってやるの。 今まで、ごめんなさい。貴方が許してくれるなら、私はこれからも貴方と友達で居たいと思ってるってね」 全てを語り終えたか、椅子から立ち上がったキュルケは、ベッドに近づき、そっと、ルイズの頬を撫でる。 暖かく、滑らかで瑞々しい肌。 傷一つ負っていない無垢なるモノ。 本当であるならば、彼女の心も、こうなるべきだったと言うのに。 自分だけでは無い。 しかし、彼女の心の、傷の内の一つ……いいや、幾つかは自分がしてしまった行為によるものだ。 「…………ルイズ…………」 慈しみの響きを持たせ、ルイズの名を呼ぶキュルケの姿は、なんというか、子を守る母のような雰囲気をしており、見ているだけで周囲のモノに慈愛の心を植えつける。 「……んっ……」 果たして、それは奇蹟なのか、それとも、単なる条件反射だったのか。 キュルケがルイズの名を呼んで、彼女の頬を撫でていると、ルイズの傷だらけの手が、キュルケの手を掴む。 「………………」 瞼を開き、焦点のぼやけた目でキュルケを見るルイズは、無言で握った手の力を段々と強くしていく。 まるで、これだけは放したくは無いと言わんが如く。 「ルイズっ! 貴方、意識が!?」 「………………・・・」 キュルケの問い掛けにルイズは答えず、ただ、ぼんやりと中空へと視線を巡らす。 「…………キュルケ……何で……」 ぽつりと、小さな声で漏れた言葉と同時に、ルイズの目が一気に開かれる。 「いっ!!!」 そして、凄まじい勢いで身体を起き上がらせようとして、腕と足の痛みに、瞬間的に動きが止まる。 痛みに耐えるように両腕を抱くようにして、腕同士が触れて、また痛みを訴える連鎖に、ルイズは我慢できなくなり、自分の使い魔へと声を掛ける。 「ホワイトスネイク!」 その声に反応するように、ホワイトスネイクは何時の間にかルイズのすぐ傍にまで歩み寄り、彼女の頭から気絶している時に戻しておいた『痛覚』のDISCをまた抜き取る。 痛みから解放されたルイズは、ようやく、思考を今の状況へと割り当て始めた。 目の前には、自分が才能を返却した少女と雇ったはずの使用人。 どんな状況なんだと疑問が彼女の頭に湧いたが、すぐに、自分の腕と足に巻かれた包帯と、今居る部屋が医務室なのを理解して、現状を把握した。 どうやら、自分は医務室で眠っていたらしい。 何故と言う言葉は要らない。そんな言葉など無くても、頭には、自分が重症を負った光景が浮かんでいた。 (私は……『一手』遅かった……キュルケが庇ってくれていなかったら、今頃……) あの時、風竜の事を完全に忘れていた自分と、そこまで必死になるように追い込んだ少女の事を思い出し、ルイズは一人、唇を噛み締める。 「……ルイズ?」 そんな不審な行動に訝しげな顔で、キュルケが言葉を掛けると、ルイズは、とりあえず、あの女の事を忘れて、赤髪の少女へと向き直った。 「あのね……キュルケ、私―――」 「ストップ! その前に、私、貴方に言わなきゃならない事があるのよ」 キュルケはルイズの言葉を遮り、自分の今の気持ちをそのままに口にしようとした。 ちなみに、才人は普段読めないはずの空気を、敏感に察知して、すでに部屋の外に出ていたりする。 二人だけの部屋。 そこでキュルケは、あの時は一言で済ませてしまった言葉を、もう一度、今度は、要約せずに丸ごと、言おうとして、口元に一本指を立てられた。 「もう良いのよ……もう…………」 ルイズは、静かにそう呟き、そっと立ち上がり、キュルケを抱きしめる。 「私を庇ってくれた事で、貴方の気持ちは、もう十分伝わったわ。 だから、もう止めましょう。ねっ?」 「…………ごめん……なさい……ごめんなさい、ルイズ―――っ!!」 感極まり涙を流すキュルケの身体抱きながら、背伸びをして(キュルケの方が身長が高い為)彼女の髪を撫でる。 まるで、先程自分の頬を撫でてくれたように、優しく、慈しみを持った手で髪を梳いていき ――――――ぞぶり、と自らの指を彼女の頭へと突き刺した。 ジュルジュルと生理的嫌悪を感じる音を部屋に響かせながら頭部に進入したルイズの手は、 キュルケの今の思考をDISC化したものを彼女の頭から、ルイズが確認できるように、引っ張る。 DISCした記憶の表面には、泣いて謝るキュルケと謝る対象である自分の姿が見て取れた。 (キュルケは……嘘をついていない……本当に、私に済まないと思っている……) 人の言葉など、どれほど信用なら無いか、僅かな時しか生きていないルイズですら知っている。 あまりに不確かで、不鮮明な言葉で、全てを信用するのは愚かでしかない。 では、確固たる鮮明さを持ち、不変的な『真実』とはなんなのか。 ホワイトスネイクを従えるルイズは、それを『記憶』だと思っている。 『記憶』は何時までも変わらない。 薄れ、忘却こそされるが、内容が変わる訳では無い。 故に、そこには偽りは存在しなく、真実だけが在る。 ルイズは、キュルケの頭から少しだけ出ているDISCを戻し、もっと強く、彼女の身体を抱きしめる。 この子は、もう私を侮辱なんかしない。 心の底から、私に謝るこの子は、私の味方だ。 ――――――友と競い、学びあい、談笑しろ―――――― 何処かで聞いた言葉が頭を過ぎる。 この言葉を始めて聞いた時、私は……どんな返答を返したのか…… ―――――――私に……そんな相手なんか―――――― 忘れてしまった『記憶』の底に貼りつく言葉に首を振る。 居た。 私にも居た。 一緒に笑って、一緒に遊んで、一緒に泣いて、一緒に学んで、一緒に歩ける友人が。 「――――――私にも……居たのよ……」 それが、こんなにも嬉しいのが、可笑しかった。 それが、こんなにも暖かい気持ちになるのが、心地良かった。 それが、こんなにも大切な事だと言うのが、気付かされた。 ――――――離さない ――――――離したく無い ――――――離れたくない 「絶対……離さない……」 願うならば、この誇るべき友人と、ずっと共に歩いて行きたい。 それだけが、自分を本当に気遣ってくれる相手に気付けたルイズの、思いだった。 場面は変わり、部屋の外へと出た才人は、あまりにも空気を読めた自分の行動に疑問を感じていた。 「おかしいな……俺、あんなに敏感なやつだったっけ?」 唐変木と言うよりは空気が読めないはずの自分が、あんなベストなタイミングで部屋から出れたなど、自分の行動だと言うのに信じられない。 ん~、と首を傾げながら歩く才人に一人の女の子がぶつかった。 「きゃっ!」 「うわっち!?」 少女が尻餅をつく前に、伸びきった手を掴み、傾いたままで姿勢を維持させる。 「君、大丈夫?」 そのまま腕を引っ張り、きちんと重力に垂直に立たせて、才人は少女を見る。 金色が目に痛いぐらい輝く髪を、幾つにもロールしているその少女は、才人の中の、もしも中世のお嬢様が居たらこんな髪型でこんな感じだろうなぁと言うイメージにピッタリと重なっていた。 「……っ~! 平民の癖に貴族にぶつかるなんて!」 いや、マジでピッタリだよ。色々と 「あっ、ごめん。ちょっと考え事しててさ。 でも、君の方も前を見てなかったみたいだし、おあいこじゃないかな?」 ここの通路は、ひたすらに真っ直ぐだ。そんな場所で二人してぶつかるのは、どちらも前を見ていなかったに違いない。 そのような推測の元、才人の口から出た言葉に金髪の少女は、顔を真っ赤して怒鳴る。 「おあいこだなんて、そんな訳無いじゃない! 平民が貴族にぶつかったのよ!? どう考えても悪いのは平民の方じゃない!!」 シエスタから、貴族は――――――特に、このトリステインの貴族は、傲慢と自尊心の塊であるから、決して機嫌を損ねていけないと言う言葉を、才人は今更ながら思い出す。 まずったなぁ、とか呟きながら、どうにかして目の前の、貴族様の怒りを静めなければならない。 「はぁ、どうも申し訳ありませんでした。これ以降は気をつけますので、どうか許してください」 とりあえず適当に謝れば良いんじゃね? な思考から、謝罪の言葉を口にすると、向こうも分かれば良いのよ、とか言って、そのままスタスタと歩いていってしまった。 なんだあれ? とか才人は思ったが、まぁ仕方ないかと諦めた。 少し考えれば、まだ授業を行っている時間帯だと言うのに、歩いている少女が、何処に向かっているのか。 其処から出てきたなら気付きそうなものだが、結局、才人は気がつかないで、そのまま適当にぶらつくかと、ふらふらと何処かへ行ってしまったのだった。 報いと言うものは必ず受けなければならない行為である。 しかし、報いに報いた行動にさえ、それを要求されるのであれば、それはまるでメビウスの輪のように堂々巡りとなるのでは無いか。 少なくとも、ホワイトスネイクは言い争う本体と金髪の少女を見て、そう考えていた。 医務室に訊ねてきたモンモラシーは、最初にルイズが意識を取り戻した事を知ると、さっさとギーシュに才能を返すように言ったが、ルイズはそれを承諾しなかった。 何故なら、ギーシュとは真っ当な勝負の結果で奪った才能であるし、自分の事をあそこまで虚仮にした奴に、どうしてこの力を返さなければならないのか。 彼女には不思議だった。 しかし、横に居たキュルケもギーシュに才能を返した方が良いとモンモラシーの援護しだし、旗色が悪くなると、ルイズは、自分を負かした少女が、ギーシュは壊れていたと言っていたのを思い出し、壊れている人間に才能を返却した所で使う事が出来ない。 なら、私が有効活用してあげるわ。と言った所、モンモラシーが、もの凄い形相で怒り出したのだ。 「ルイズ!!」 顔を真っ赤にして怒鳴るモンモラシーに、ルイズは、面倒ね、と顔を顰めた。 「私も……今の言葉はどうだったかなぁ、と思うわ」 キュルケにも言われると、流石に顰めた顔を、今度は思考の顔にしなければならない。 適材適所。 その言葉の通りならば、今の彼が、この才能を持っているよりは、自分が才能を持っていた方が良いに決まっている。 だが、キュルケとモンモラシーは持ち主に返すべきであると言う意見を決して曲げないであろう。 モンモラシーの事は別に良いが、キュルケに対して別の意見を持つのは拙い。 せっかく見つけた、信頼できる友人を、たかだか『土』のドットクラスの魔法で失うのは嫌だ。 「分かったわよ……返すわ、返せば良いんでしょう」 ここで下手に話を拗れさせては、どうしようもない。 そういう結論に至ったルイズは、才能を返却する事にした。 別に、ドットくらいなら構わない。 これがスクウェアとかトライアングルクラスならば、ルイズも少しぐらい粘っただろうが、たかが青銅しか『錬金』出来ない才能に、そこまで労力を割く必要も無いだろう。 元々、この才能を奪ったのは、ギーシュが自分の事を侮辱してきた報いであった。 彼女の“本来”の計画では、ギーシュの才能になど触れてすらいない。 「そうよ! それが貴方に出来る償いなんだからね!」 償いと言う言葉に、ピクリと眉が動いたが、ルイズはなんとかそれを押さえ込む。 彼女しては珍しく、無いに等しい自制心が働いたお陰であった。 「……まぁいいわ。返しに行くのなら、さっさと行きましょう。 面倒事は、早めは片付けた方が良いに決まってるわ」 今度はモンモラシーが耐える番であった。 ルイズの一言にグッと耐え、震える握り拳をそっと背後に隠す。 その様子に気付いたキュルケが、何か言おうとするが止めた。 どちらが悪いと問われれば、ギーシュとルイズの問題は少々込み入り過ぎている。 一概にどちらが悪く、どちらが正しいと言える事柄では無いからだ。 ともあれ、ルイズはまだまともに歩けず、ホワイトスネイクにおんぶをして貰ってギーシュの自室へと移動を始める。 基本的に、スタンドの負傷が本体に伝わるように、本体の負傷もスタンドに伝わっているのだが、ホワイトスネイクは、ルイズを運ぶ痛みに顔色一つ変えずに、彼女をギーシュの部屋へと運びきるのであった。 「ここよ」 男子寮の一角。比較的入り口に近い場所に、ギーシュの部屋はあった。 モンモラシーは、ギーシュの部屋の前で一度深呼吸をして、こんこん、と扉をノックする。 返事は――――――なかった。 「入りましょう」 辛そうな顔で言うモンモラシーは、アンロックの呪文を掛け、鍵の掛けられた扉を開いた。 中は、昼間だと言うのに何処か薄暗く、少し土の匂いがした。 「ギーシュ、戻ってきたわ。返事をして」 「あぅあ……」 悲痛な声で、モンモラシーは、ベッドの上に座っている自身と同じ髪色の少年へと呼びかける。 しかし、少年の口から漏れるのは、自我が放棄された発音。 ルイズとキュルケは、眉を顰めた。 ここまで酷いとは、想像していなかった。 目の焦点が合わず、口からは意味不明の単音が漏れるしかない少年は、まるで痴呆患者そのものだ。 「………………」 ルイズは無言で、モンモラシーに髪型を整えられているギーシュへと歩み寄る。 すでにホワイトスネイクの背中からは降りている。 そうして、自分の頭に手を入れ、中からDISCを取り出し、それをギーシュの頭へと挿入する。 「これで良いでしょ?」 自分のやるべき事は終わったと言わんばかりのルイズは、備え付けの椅子をホワイトスネイクに持ってこさせ、どかりと座り込む。 モンモラシーとキュルケは、あっさりと終わった才能の返却に、しばし呆然としていたが、 「あぅ?」 才能が戻った感触に不思議そうな声を出したギーシュによって、現実へと戻ってきた。 「これで……ギーシュは、また魔法が使えるようになったの?」 確認するように紡ぐモンモラシーの言葉にルイズは、そうよ、と返答する。 「………………」 一抹の望みがモンモラシーにはあった。 この壊れてしまったギーシュも、才能を戻しさえすれば、なんとか元通りになってくれるのでは無いかと言う望みが。 「ギーシュ、ねぇ、戻ってきたのよ。貴方の才能が。 ほら、これでまた貴方のワルキューレが作れるわよ。 それに、固定化とか錬金も、また出来るのよ」 才能は戻った――――――だが、彼は戻らなかった。 ただ、それだけだと言うのに、モンモラシーの目からは涙が溢れ出ていた。 先生方が言っていた。 これだけ見事に壊れていると、どんな秘薬があろうとメイジには、もう治せないと。 だからこそ、この才能が返ってくる時に、ギーシュの精神が治ってくれると、どれだけ願っていた事か。 「私ね……首飾りが欲しいのよ。 貴方の錬金してくれたものがね。 青銅しか錬金できなくても、別に構わない。 貴方が作ってくれたのなら、それで良いの。 だから、お願い、お願いだから、私に首飾りを作ってよ!!」 悲しい結末となった恋人達の末路に、キュルケの胸は苦しくなっていた。 これが双方共に、自分に面識の無い人間であるならば、そういうこともあると納得できるだろうが、残念ながら、二人共、自分と同じ学生で、特にモンモラシーとは、割りと話す仲でもある。 「ねぇ……ルイズ」 同情と言えば、それで終わりであるが、キュルケはそれでも言葉の続きを口にした。 「ギーシュなんだけど……もうあのままなのかしらね?」 「あんた……あいつに元に戻って欲しいの?」 疑問文に疑問文で返したルイズの言葉に、キュルケは頷く。 それはそうだろう。 目の前に悲惨な事態に陥っている恋人達が居たら、自分に助けられる事が助けたくなるのは人情だ。 ルイズは、そんなキュルケに目を僅かに細め、分かったわ。と静かに立ち上がり――― 「ホワイトスネイク! ギーシュの壊れた原因を抜き取りなさい!!」 自らの使い魔へと命令を下した。 モンモラシーが撫でていたギーシュの頭に、ホワイトスネイクの右手が突き刺さる。 あまりの驚愕の光景に、モンモラシーは声を上げる事さえ忘れて、ただ口を金魚のようにパクパクと動かす事しか出来ない。 キュルケも同様に驚きで目を丸くし、ただ一人、ルイズだけが、満足げにホワイトスネイクの行動に見入っている。 「『記憶』ト言ウモノハ、ソノ人間ノ生キタ証、マタハ歩ンデキタ道ダ。 ナラバ、壊レタ瞬間カラ、今ニ至ルマデノ壊レタ『記憶』ヲ抜キ取レバ、壊レル前の正常ナ人間ニ戻ル。 理屈ハ、忘却ト、ホボ同ジダ。ドレダケ辛イ事ガアロウト時ハ、辛サヲ忘レサセル。 マァ、完全ニ物事ヲ忘却デキル人間ナド居ナイノダカラ、僅カニ残滓ハ残ルガナ」 饒舌に語り始めた使い魔の言葉に、キュルケとモンモラシーは、どうやらルイズがギーシュの精神を治そうとしている考えに至った。 「お願い…………お願い……お願い!!」 藁にも縋るような思いで、ホワイトスネイクの行動を見守る事にしたモンモラシーの口から出るのは、懇願の言葉のみ。 キュルケも同様に、ただギーシュが治る事を願っていた。 「サァ、忘レルガイイ、壊レタ者ヨ。 オマエガ壊レテシマッタ……ソノ瞬間ヲナ!!」 二人の願いが通じたのか、ホワイトスネイクが右手を引き抜いた時、一枚のDISCが握られていた。 どす黒く変色している、そのDISCは誰が見ても危険物と分かる程の禍々しいオーラを纏っており、通常のDISCと違うのは、一目で見て取れる。 「う……うぅん……」 先程と違い、理知的な声を口から漏らしたギーシュは、ベッドへと倒れこんだ。 慌てて、ギーシュの頭を確認するモンモラシーだったが、外傷も無く、ただ単に気絶しているだけのようだ。 「これで元通り、こいつの『記憶』は壊れる前に戻ったわ」 そう言うと、ルイズは自分の身体が一気に重たくなるのを感じた。 (流石に起きたばかりで無茶はするもんじゃないわね……) なんとか、ホワイトスネイクの背中に乗ると、ルイズは、じゃあねと言い、モンモラシーとキュルケをギーシュの部屋へと残し、自分は退室した。 「シカシ……良カッタノカ」 「何がよ?」 自分の部屋へと帰る途中、ホワイトスネイクの主語を抜いた言葉に、ルイズは疑問符を頭の上に浮かべる。 「折角、奪ッタ才能ヲ、簡単ニ返却シテシマッタ事ダ。 君ハ、確カニ魔法ヲ使イタイと心カラ願イ、使エルヨウニナッタノダロウ」 「…………そうね」 「ナラバ、何故、返シタノダ? マタ、元ノ使エナイ人間ニ戻ルト言ウノニ」 ホワイトスネイクの疑問は最もだ。 折角、苦労して奪った才能を、あんなに簡単に持ち主へと返し、自分はまた『ゼロ』へと逆戻り。 とてもじゃないが、あそこまで魔法を使える事に執着した人間と同じには思えない。 「モシモ、君ガ、センチナ感情ニ動カサレテイルト言ウノデアレバ、ソレハマッタクノ無意味ダ」 「…………別に、あいつが可哀想だから才能を返した訳じゃないわよ」 「デハ、何故? 何故、君ハ自ラヲ犠牲ニシテマデ、アノヨウナ事ヲシタノダ?」 蛇のように粘着質なホワイトスネイクの質問にルイズは、暫く無言を徹す。 まるで、自分の内に秘めた思いをどう言葉にすれば良いのか、迷っているかの如く。 「私は自分が犠牲になったつもりは、さらさら無いわ あいつに才能を返す事が、私にとって、プラスになると思って返しただけよ」 考えが纏まったのか、それとも、ただ気分が向いたのか。 ルイズは、ホワイトスネイクに自らの思いを吐露していく。 「あそこで、あの場で返すのを渋ったら、それこそ私は、キュルケと道を違えてたでしょうね」 「アノ女ノ為ニ、君ハ拘ッテイタモノヲ諦メタノカ?」 「それだけの価値が、キュルケには……うぅん、友達にはあるのよ」 力強い、ルイズの肯定にホワイトスネイクは足を止めた。 (友……カ……) 元本体にも友と呼べる人――――――いや、化け物が居た。 そいつと居る間、本体の心は安らぎ有り得ない程の安定に包まれる。 ルイズも……現在の本体も、そんな安らぎの場所を求めたのだろうか。 「でもね、ホワイトスネイク。 私は別に魔法を奪うのを止めた訳じゃあ無いわよ」 「君ハ、アノ女ニハ嫌ワレタクナイノダロウ?」 「えぇ、だから、今後は“此処”で才能を奪うのを止めるし、侮辱された報復なら、貴方を嗾けるわ。 私が才能を奪うのは、悪い奴からだけ。 世間一般が悪と言う奴から才能を奪うなら、キュルケも文句は無いでしょう?」 奪うのは変わらない。 ただ、その理由が、報復から、罰に変わっただけ。 しかし、その変わった事がけっこう重要だったりする。 どれだけ強い武力があろうと、大義名分が無ければ、ただの暴力と片付けられるように。 自分の才能を奪う事も、悪人に対する罰と言う大義名分が付けば、少なくとも、報復の為に奪うよりは、周りに受け入れられるだろう。 「さっそく奪いに行きたい所だけど……足が無いわね」 謹慎期間の為に、この一週間は休みのルイズであるが、 生徒達が遠出をする為の馬が用意されるのは虚無の曜日だけなのだ。 つまり、遠出をするならば、どうしても虚無の曜日まで待たなければならない。 「虚無の曜日は明後日か……怪我の具合もあるし……丁度良いかしらね?」 遠足に行くのが楽しみで仕方ない小学生のように尋ねるルイズの言葉に、 ホワイトスネイクは返答をせずに、止めていた足を、また動かし始める。 「あぁ、今度は『土』や『火』じゃなくて『水』が良いわね。 やっぱり、自分で怪我の治療が出来た方が便利だし……」 自分の背中で、ぶつぶつと呟かれているホワイトスネイクは、才能云々の話で一枚のDISCについて思い出した。 「ルイズ」 「やっぱり、最低でもトライアン――――――んっ? 何よ?」 「一応言ッテオク、君ノ、スカートノ中ニ、一枚ノDISCガ入ッテイル」 ホワイトスネイクに言われ、自分のスカートに手を伸ばすルイズは、その中にあるDISCを手に取った。 『記憶』DISCとも、『魔法』DISCとも違う輝きを持つ、そのDISCの表面には、右半身が砕けた屈強な肉体を持つ何者かが写りこんでいる。 「ソレハ……『世界』ト呼バレル『最強』ノスタンドダ。 最モ、『無敵』ニ対シテ敗北ヲ喫シタ『最強』ダガナ」 「何それ? 負けたら『最強』じゃあないじゃない と言うか、スタンドって、あんたの種族みたいなもんでしょ? それがどうしてDISCになるのよ」 「原理ハ、才能ヲ奪ッタ時ト、ホボ同ジダ」 「ふ~ん」 感心したようにルイズは、DISCを繁々と観察してから、それを自分の頭部へと、そっと差し入れる――――――が 『無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァァァ!!!』 「あひゃあっ!!」 唐突に脳に響いた怒声と身体の芯に叩き込まれた衝撃に、ルイズの身体はホワイトスネイクの背中から吹っ飛ぶ。 痛覚を抜いてままで良かった。 もし、痛覚が残ったままだったら、この衝撃による両手両足の痛みで気絶しただろうなぁ、とかルイズは考えていた。 「っ~!……何よ、これ!? なんで差し込んだら吹っ飛ぶのよ!? あんた、私の事を騙したんじゃないでしょうね!?」 「騙シタ訳デハ無イガ……ナルホド、ドウヤラ、君ノ今ノ精神力ト体力デハ、『世界』ヲ扱ウ事ガ出来ナイヨウダ」 「どういう事よ?」 じと目で睨んでくるルイズを尻目に、悠々とDISCを拾うホワイトスネイクは、DISCの表面の人型をなぞりながら、言葉を続ける。 「コノ『世界』ハ、スタンドノ中デモ、格ガ違ウ存在ダ。 例エ、弱体化シテイタ所デ、君ガ扱ウニハ、マダマダ成長シナケレバナラナイト言ウ事ダ」 最も、あの時のように感情を高ぶらせれば別だろうがな、と言う言葉を飲み込み、ホワイトスネイクは、倒れているルイズをおぶり、DISCを渡す。 ルイズは、渡されたDISCを、暫く見つめていたが、はぁ、と溜め息を吐いてから仕舞う。 「まったく…………今、使えないんじゃ意味無いわよ」 ホワイトスネイクと出逢った日に呟いた言葉に酷似した台詞を言うと、ルイズはゆっくりとホワイトスネイクの背中へと寄り掛かる。 頭をくっつけ、ホワイトスネイクの心音を後ろから聞くような体勢のルイズは、部屋に着く前に、深い眠りへと落ちるのであった。 第五話 戻る 第七話
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2043.html
12話 嵐のような夜は明けて、朝が来た。 「新しい朝が来た、希望の朝が・・・」などというフレーズもある朝だが、 残念ながらこの日の朝は希望もなければスガスガしくもなかった。 トリスティン魔法学院長のオスマンにとっては特に。 「……それで、ミス・ヴァリエールが不届き者に襲われとったのにも、 土くれのフーケが宝物庫を襲って『破壊の杖』を盗んでいったのにも……。 だーれも気づかんかったと、そういうわけじゃな?」 オスマンが眉間に皺を寄せながら目の前に並ぶ教師一同を見回す。 教師達は皆が一様に肩をすくめるだけで、何も言おうとしなかった。 その反応を見て、オスマンは深いため息をついた。 メイジには主に2種類のタイプがある。 一つは軍人のように、魔法を戦うことに使うことを得手とするタイプ。 もう一つは、戦いは得意とせず、あくまで魔法を研究することに長けるタイプ。 この魔法学院にいるのは当然後者ばかりで、 「魔法殺し」や「土くれ」のような名だたる殺し屋、盗賊と渡り合えるような猛者がいないことぐらい、 オスマンだって分かっていた。 分かっていたが…これほどの体たらくだとは思いもしなかった。 ルイズの部屋に侵入した不届き者と戦い、重傷を負ったキュルケとタバサの方が、 こいつらよりもよほど貴族らしいのには間違いあるまい、とオスマンは深く思った。 「ハァ~~……もうよい。君たち、ちょっとそこに立っとれ。 ああ、それとミス・ヴァリエール。スマンの、ワシら教師がこんな有様で」 「い、いえ……」 オスマンの丁重な物言いにどぎまぎするルイズ。 オスマンはそれを見て目を細めると、その隣に立っているギーシュとモンモランシーに目を向けた。 「それとミスタ・グラモンにミス・モンモランシ。 君らが不届き者の事と『土くれ』の件を伝えてくれておらねば、事態はもっと悪化しておったやもしれん。 礼を言おうかの」 「い、いえ! そんな……」 「いえ、オールド・オスマン! レディを守る事は騎士の務め! ですのでこの程度のこと、礼には及びません」 モンモランシーが白い目でギーシュを睨む。 でもギーシュは気づいていないようで、調子よさそうにニコニコしていた。 「それは何よりじゃ。 ……さて、ミス・ヴァリエール。 昨日の事をもう一度、今度は簡単に話してもらえるかね?」 「はい。えっと、私が寝てたところでいきなりホワイトスネイクが大声出したからそれで目が覚めて、 その後不届き者とホワイトスネイクが戦ってたらキュルケとタバサが入ってきて……」 余談だが、ルイズがタバサの名前を覚えてるのは先ほど事件の概要をルイズが説明した際、 タバサを「青髪の女の子」と呼んだのをオスマンに訂正されたからである。 「それでキュルケとタバサがいきなり浮き上がって、苦しそうにしてて……」 「……もうよい、ミス・ヴァリエール」 ルイズのあまりの説明下手にオスマンはたまらず待ったをかけた。 先ほどのルイズの説明も、オスマンをもってしてもまったく理解できなかったために 待ったがかかった次第だというのに……。 とは言ってもハルケギニアには無重力の概念すらないのだから、 結局のところルイズでなくともあの戦いを性格に説明する事は困難であろうが。 「……あ~、その、なんじゃ。 さっき君は『ホワイトスネイクと不届き者は知り合いのようだった』と言ったのう?」 「ええ、そうですけど」 「ここは、ホワイトスネイク君に話してもらうのが分かりやすいかもしれんの」 「イヤです」 ルイズは間髪いれずに拒否した。 「わたしが話します。わたしが当事者ですから」 「でも君の言う事はちょっと分かりにくいんじゃよなあ……話を早く進めたいってのもあるしの。 ホワイトスネイク君を……?」 「いいです。わたしがわかりやすく話します」 ルイズがホワイトスネイクに説明させたがらないのは、単に「使い魔より説明下手」と思われるのがイヤなだけで、 決してホワイトスネイクを邪険に扱おうとする意思があるわけではない。 ないのだが、誤解されても仕方の無い状況になってきている。 「……そうかね。じゃあ、もっと分かりやすく頼むよ」 「はい。 まずホワイトスネイクが大きい声出したからそれで目が覚めて、ホワイトスネイクと不届き者が戦い始めて、 その後にキュルケとタバサが助けに来てくれたんだけど不届き者にやられそうになっちゃって、 それでわたしとホワイトスネイクがそれを助けに行って……ここまでしか覚えて無いです」 オスマンは椅子から滑り落ちそうになった。 (な、なんで一番肝心なとこを覚えとらんのじゃろうな? やっぱり使い魔の方に説明させるのが正解じゃったかの……?) 「あ~、ミス・ヴァリエール。わしが聞きたいのはその先なんじゃが……」 「……ホワイトスネイク」 ルイズがぼそっと自分の使い魔の名を呼んだ。 直後、ルイズのすぐ傍に屈強な体躯を持つ亜人――ホワイトスネイクが現れる。 あの戦いから半日を経たホワイトスネイクの体には今も無数の傷が残っており、 特にジャンピン・ジャック・フラッシュの拳に貫かれた腹部の傷は殆どそのままで残っていた。 「状況ハ理解シテイル。ルイズノ代ワリニ、昨日ノ一件ノ説明ヲスレバ……」 ドグシャアッ! 「ッ!! ナ、何ヲスル! イキナリスネヲ蹴ッ飛バスンジャアナイッ!」 「あんたが聞かなくてもいいところを聞いてるからよ!」 「ダッタラ口デ言エ口デ! 何デ一々私ニ当タロートスルンダ!」 「何よ、ご主人様の教育方針にケチつけようって言うの!?」 「コンナヤリ方ニケチツケナイ奴ガイルト思ッテンノカッ!」 出てきた直後からぎゃあぎゃあと口論を始めるルイズとホワイトスネイク。 目の前のオスマン、隣のギーシュとモンモランシーはもちろん、周りにいた教師一同も、思わず目を覆った。 ルイズとホワイトスネイクが、二人してあまりにも子供じみていることに。 「……もう、いいかの?」 オスマンはまたため息をつきながら二人に声をかける。 その声でルイズははっとした顔になると、すぐにホワイトスネイクの足を踏んづけて黙らせる。 ホワイトスネイクは苦悶と理不尽への怒りを滲ませた表情プラス不満たらたらの視線をルイズに向けたが、 ルイズは完全にスルーした。 「ではホワイトスネイク君。 まず、ミス・ヴァリエールの話では、昨日の不届き者とは知り合いだったそうじゃが……本当かの?」 「本当ダ。奴ノ名ハラング・ラングラー。 私ガ最期ニラングラーニ会ッタ時ハトアル場所ノ囚人ダッタ男ダ」 「囚人、か。 ではこちらが不届き者について知っておることを言おうかの。 彼奴の名はラング・ラングラー。君が知っておる名と同じじゃな。 彼奴は囚人などではなく……殺し屋じゃった。 それも『魔法殺し』などと呼ばれてメイジとの戦いを得手とする、何とも風変わりな殺し屋だったそうじゃ。 最も『メイジ殺し』などと呼ばれる腕の立つ傭兵もいることにはいるが……彼奴の強さはそんなレベルではなかったと聞く」 「『魔法殺し』?」 ホワイトスネイクがおうむ返しに聞き返す。 「そうじゃ。 これは彼奴に襲われながらもかろうじて逃げ延びた魔法衛士隊の青年の話じゃがな……。 まず風と火の系統は魔法自体が完成せず、 水と土の系統は魔法を完成させられても、完成させたものをコントロールすることが出来んそうじゃ」 「そ、それって、メイジの天敵みたいなものじゃないですか!」 オスマンの突拍子も無い話に、思わずルイズか声を上げる。 「風と火はダメ、か。 どうりでキュルケたちが負けるわけね」 「水と土はコントロールできない……コントロールできないってことは、どういうことだ?」 「あんたのワルキューレとか私の水が思うように動かないってことでしょ」 「あ……なるほど」 そして同様に話を聞いていたギーシュとモンモランシーも、 「魔法殺し」の恐るべき能力を想像していた。 ギーシュは頭の弱さを露呈しただけだったが。 「しかし、何故そのようなことになるんでしょうな……?」 教師の一人であるコルベールが疑問の声を上げた。 彼の前頭部は今日も目映く輝いている。 「それがのう、一体彼奴が何をやったのかは青年にもちっとも分からんかったそうでの……全く恐ろしいことよ。 ホワイトスネイク君は何か分かるかの?」 「『無重力』ダ」 ホワイトスネイクが即答する。 「『むじゅーりょく』? 一体何かの? それは」 「私ガイタ世界デノ概念ダ。 話シテモ時間ガカカルカラナ……先ニ昨日ノ件ノ説明ヲ済マセタイ」 「そうかね。じゃあ頼むよ」 「ルイズニ2人ノ救出ヲ頼マレタ私ハソノヨウニシテ二人ヲ助ケ、ソノ後ラングラーニ止メヲ刺ソウトシタ。 ダガソノ際、ラングラーガ部屋ノ壁ヲ壊シテ部屋カラ脱出シタノデ、私ハソレヲ追ッテラングラーニ止メヲ刺シタ。 ソノ後フーケトヤラガ巨大ナゴーレムトトモニ現レテ宝物庫ニ侵入シ、何カヲ奪ウト去ッテイッタ」 三行で説明しきったホワイトスネイク。 流石である。 「ふ~む……なるほどな。 君は見たところ傷だらけじゃが、それはラングラーと戦った時に負った物かね? 随分痛そうじゃが……」 「問題無イ。モウ半日アレバ全快スル」 「……そんなに早く治ってしまうもんなのか。流石は亜人、といったとこじゃのう」 オスマンは一端そこで言葉を切ると、 「とりあえず、ラング・ラングラーのことはもういいじゃろ。 あとでまたホワイトスネイク君から聞けばよいしな。 と、なると……次は『土くれ』じゃな」 そう言って、またため息をついた。 正直な話、こちらのほうが重大な話だった。 いくらルイズが名家の出身だといっても極端な話をすれば、所詮は生徒一人の話。 であるのに対し、こちらは王家より預かった二つと無い宝物を盗人に汚されたという、 言うなればトリスティン魔法学院のコケンに関わる話だからだ。 「フーケガ逃ゲタ先ハ分カッテイルノカ?」 「今ミス・ロングビルが調べとるとこじゃ。 書き置きにはもうそろそろ帰ってくる、とあったが……まだかの?」 「ソノロングビル一人デカ?」 「そうじゃ。それがどうかしたかの?」 「…………」 この時点で、ホワイトスネイクはロングビルがフーケなのではないか? という疑いを持った。 「書き置き」とオスマンが言ったからには、 恐らくオスマンが気づいた時点でスデにロングビルは学院内にいなかったのだろう。 そして土くれのフーケを探すために外に出ているのはロングビルただ一人。 これがどうかんがえてもおかしい。 あれだけのサイズとパワーを持ったゴーレムを使役する盗賊メイジに対し、 たった一人で調査を敢行したのか? 「貴族のプライド」だか何だかのためにも、 例え自分一人であったとしても土くれのフーケに挑まないわけには行かなかったのです! とか言ってしまえばそれまでだろうが、 合理主義者のホワイトスネイクからすれば、明らかにこの行動は不審そのものだった。 「オールド・オスマン、ただいま戻りました」 と、その時。 実にいいタイミングでロングビルが帰ってきた。 「おお、帰ってきたか。で、フーケの居場所は分かったかの?」 「はい。近在の農民に聞き込んだところ、 近くの森の廃屋に入っていった黒ずくめのローブの男を見たそうです。 恐らく、彼はフーケで、廃屋はフーケの隠れ家ではないかと思います」 「そこは近いのかね?」 「はい。徒歩で半日。馬で四時間といったところでしょうか」 「すぐに王宮に報告しましょう!」 コルベールが声を上げる。 だがオスマンはそれを制すると、 「いや……それでは時間がかかりすぎる。 そんなことをしとる間に、フーケはもっと遠くへ逃げてしまうじゃろう。 破壊の杖と一緒にな。そこで……一つ、わしから提案がある。 この事件、我々魔法学院の者で解決してみようじゃないか」 教師たちがいっせいにどよめき始める。 「ではこれから捜索隊を編成する。我こそは、と思う者は杖を掲げよ」 オスマンが静かに言った。 しかし誰も杖を上げない。 教師たちは互いに顔を見合わせ、皆が皆「お前が行けよ」という顔をしていた。 「おらんのか? おや? どうした! フーケを捕まえて、名を上げようと思う貴族はおらんのか!」 オスマンがそう言って、今日何度目かの深いため息をつこうとしたその時だった。 杖が一つ、掲げられた。 それを見て、教師たちが水を打ったかのように静まる。 杖を掲げたのは教師の誰でもない。 他の生徒達から「ゼロ」と蔑まれ、しかし誰よりも貴族であろうとするルイズだった。 「ミス・ヴァリエール、あなたは生徒ではありませんか! それに昨晩不届き者に襲われたばかりだというのに、おやめなさい!」 ミセス・シュヴルーズが声を上げるが、ルイズは動じずに言い返す。 「誰も掲げないじゃないですか」 「ルイズ、悪イ事ハ言ワナイカラ止メテオクベキ……」 「あんたはお呼びじゃないのよ」 ダメだ、こいつ。はやく何とかしないと……。 ホワイトスネイクがそう心中で呻いたその時、 「ミスタ・グラモン、君まで!」 ルイズの隣にいたギーシュまでもが、杖を掲げていた。 「グラモン家の家訓は『命を惜しむな、名を惜しめ』ですよ、コルベール先生。 か弱いレディがフーケ討伐に名乗りを上げるのに、男の僕がどうしてそれを躊躇えましょうか」 そういって、キザに決めるギーシュ。 キザに決めてるのにどこか抜けてる気がしてならないのはご愛嬌。 「…も、もう! ギーシュじゃ心配だから、わたしも行くわ!」 そしてモンモランシーも杖を掲げた。 「正気ですか、オールド・オスマン! 悪名高いフーケの討伐に年端もいかない生徒を向かわせるなんて!」 コルベールがオスマンに強く抗議する。 「いや、そうは言ってものう、コルベール君。 それにこの面々、中々期待できる面子では無いかね? ミスタ・グラモンは軍人の家系、グラモン家の人間、 ミス・モンモランシは代々水の精霊との交信を任された、いわば水のエキスパート。 ミス・ヴァリエールは数々の優秀なメイジを輩出したヴァリエール家の息女ときておるし、 彼女の使い魔のホワイトスネイク君は『魔法殺し』を単身で仕留めたのじゃぞ? 土くれ相手とは言え、不足はあるまい」 「そうは言ってもですね……」 コルベールはまだ煮え切らない様子だったが、 結局この場にいた教師は一人も名乗りを上げなかったため、 反対にフーケの犯行現場に居合わせた3人の生徒がフーケ討伐に向かう事となった。 しかしホワイトスネイクはその3人の面子を見回して、一言。 「全滅スルゾ」 メメタァッ! 「グオ、ォ……」 「縁起でもない事言うんじゃないわよ!」 「ワ、私ダッテマダ全快ジャアナインダ……本当ニ全滅シカネナイカラソウ言ッテイルノニ……」 To Be Continued...
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/378.html
「トリコロールクライシス」のアメネア・グレンデル ゼロの御使い1 ゼロの御使い2 ゼロの御使い3 ゼロの御使い4 ゼロの御使い5 ゼロの御使い6 ゼロの御使い-元ネタ解説
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1777.html
「なるほど、事態は把握したよ」 シルフィードの背中、身元を隠す黒いローブの下でギーシュは頷いた。 その隣で、同じくタバサが頷く。双月の光が降り注ぐ夜空を、ルイズ達は モット伯の屋敷へと飛んでいた。 「だけどどうするんだい?」 「止めるの」 「・・・止める?何をだね?」 「ギアッチョをよ」 「・・・何だって?」 意味がよく分からず、ギーシュはぽかんとした顔でルイズを見る。 少し俯いた顔で、ルイズは話し始めた。 「・・・そういうことなら、協力しないわけにはいかないね」 ルイズの説明に、ギーシュは納得したという顔で答える。 それを受けて、しかしルイズは「だけど」と返した。 「今回のことは冗談じゃ済まないわ 最悪の場合、あんた達の 家名にまで係わることになる・・・無理をする必要は、」 ルイズの言葉を遮って、彼女の頭にぽんと掌が乗せられる。 「それで、私達が帰ると思ってるわけ?」 「・・・キュルケ」 ルイズの頭をぐりぐりと撫でながら、キュルケは一見皮肉めいた 笑みを見せる。 「あなた達を助けるって『覚悟』してるから皆ここにいるんでしょう? いらない思量はしなくていいの」 ギーシュとタバサは片や鷹揚に、片や静かに頷いた。ルイズはそれを見て、 「・・・・・・うん」 少し恥ずかしげに――しかし満面の笑みを浮かべた。 ――あ・・・ キュルケは気付く。この少女は、こんなにも綺麗に笑うことが出来たの だと。もう二度と、この子の笑顔を裏切りはしない。言葉にこそしないが ――それはキュルケだけではない、この場の全員の決意であった。 地図を頼りに森を行くギアッチョの眼前に、大きな屋敷が姿を現した。 「おう、旦那 どうやらここみてーだぜ」 「ほぉ こりゃまた大層なお屋敷じゃあねーか」 夢に出てきたあの屋敷よりは幾分小さいが、と心の中でどうでもいい ことを付け足すギアッチョにデルフリンガーは一つ疑問を投げかける。 「しかし旦那、具体的にはどうするんだ?嬢ちゃん掻っ攫ってとんずら っつーわけにもいくめぇ この警備じゃあよ」 木陰から伺えば、確かに門前と庭内には数人の衛兵。そして彼らと 共に、蝙蝠のような翼を生やした犬という悪魔合体の産物の如き 生き物が数体庭を闊歩している。それらをちらりと一瞥して、 ギアッチョは詰まらなさそうに息を吐いた。 「奴らを排除してモットの野郎を殺す それで仕舞いだ」 「・・・そうかい ま、俺ァ人殺しの道具だ とやかくは言わねーよ」 「・・・とやかく言いたいことがあるってわけか?」 「いんや、俺ァ旦那の相棒だかんな ――ただ、ま・・・ ルイズは悲しむんじゃねーかと思ってよ」 「・・・・・・」 呟くようなデルフの声で――ギアッチョの口は数秒動きを止めた。 「チッ・・・」 何故か脳裏をよぎったルイズの泣き顔を掻き消そうと一つ舌打ちして、 ギアッチョは無理矢理に言葉を吐いた。 「・・・それだけか?言いたいことはよォォーー」 人の身であったならば溜息の一つもついただろう。それが敵わぬ デルフリンガーは、ただ淡々と質問を続ける。 「いや、もう一つ スタンド・・・だったよな そいつを使う力、 もう殆ど残ってねぇんだろ?大丈夫なのかと思ってよ」 そう。確かに自分のスタンドパワーは今にも底をつこうとしている。 誰にも言いはしないが、少しでも気を緩めようものならがくりと 膝を落としてしまいそうだった。彼の心身は、今それ程までに 疲弊しているのである。しかし、 「問題はねえ」 ギアッチョがそれ以外の言葉を口にすることなど有り得なかった。 「旦那・・・」 納得し兼ねるといった声を出すデルフに目を向けて、ギアッチョは 面倒臭そうに言葉を継ぐ。 「オレの目的はあくまでシエスタとモットだ 雑魚共をいちいち 相手にしてる程暇じゃあねーぜ ・・・そもそもだ、わざわざ スタンドを出すまでもなくこっちにはてめーがいるんだからな」 「へ?・・・お、おおよ」 いきなりの不意打ちに、デルフリンガーは少々上擦った声を上げた。 考えてみれば、ギアッチョが己への信頼をこうして言葉にしたのは 初めてのことなのである。力の化身のようなこの男が口にした 信頼の言葉に、デルフリンガーは密かに感動していた。 喋れるように鞘から少し露出させていた刀身をすらりと引き抜いて、 ギアッチョはその心中も知らず彼を無造作に肩に担ぐ。隠れていた 木陰から数歩歩み出て、不機嫌そうな顔のまま口を開いた。 「行くぜオンボロ」 「任しとけ・・・ってうぉい!結局オンボロ呼ばわりかよ!」 それは、彼女のような平民は眼にしたこともないような巨大な 浴場だった。モット伯の邸内に設けられたそこに、シエスタはもう 随分長く浸かっている。身体が茹だってゆくにも構わず、彼女は その最後の安息地から腰を上げることを頑なに拒んでいた。 「・・・どうして・・・」 震える肩を抱きながら、シエスタは一人呟いた。呟いてから、その 先に何を続けたかったのかを考えて自己嫌悪に陥る。どうして こんな目に遭わなければならないのか、どうして自分なのか、 どうしてこれが許されるのか――考えれば考える程に出てくる それらは、まるで己の卑小さを嘲る刃のようにシエスタ自身に 突き刺さった。 「そうよね・・・」 シエスタはその口に、諦念混じりの自嘲を浮かべる。そうだ、 恨み言をいくら吐こうが何も変わりはしない。この世界は 「そういうもの」なのだから。平民にとってメイジは天災。それは 比喩ではなく、正しく言葉通りの意味でそうなのだ。平民如きが 何をどう足掻こうが覆らない災禍。洪水や嵐と違うのは――彼らが 意思を持っているということだけだ。そしてそれ故に、メイジは 時として災害よりも凶悪な存在にすらなる。 だから。そういうものだと割り切るしかないのだ。例え彼らに 襲われようが、奪われようが、そして殺されようが・・・それは 仕方の無いことなのだと。メイジとは、貴族とは、そういうもの なのだから。 …ぽたりと。伏せた瞳からこぼれた一滴の雫が、水面を震わせる。 心を抑えることは出来ても――涙を抑えることまでは出来なかった。 我知らず漏れていた嗚咽と共に、シエスタの綺麗な瞳からは次々と 涙がこぼれ落ちる。 「お金なんていらない・・・ 皆と仕事をして、マルトーさんや ギアッチョさん達と色んな話をして、たまに故郷へ帰って・・・ それでよかったのに・・・ それで幸せだったのに・・・」 止めようとして止まるものではなかった。何も変わらないと 知りながら、シエスタは静かに泣き続ける。 最後の安息、その終焉を告げたのは、シエスタと同じくこの館で 働く侍女の一人だった。浴場の入り口から一言、「伯爵が寝室で お待ちです」そう淡々と伝えると、老境の侍女はそのまま立ち去った。 「・・・・・・」 永遠にも思える時間を、シエスタは祈るように沈黙した。それが 無駄だということは、誰より己が解っている。それでも、何かに 祈らずには居られなかった。 そうして数秒、震える両肩から手を離し、彼女は静かに閉じていた 眼を開く。 「・・・最後に、ギアッチョさんにお別れを言いたかったな・・・」 もはや叶わぬことを呟くと、シエスタはごしごしと涙を拭い―― 諦観に染まった表情で、ゆっくりと湯船から立ち上がった。 「うぐっ」 「あがっ」 屋敷の門外、高い塀の向こうからからくぐもった声が二つ続けざまに響き、 庭内を巡回していた三人の衛兵は不審げに顔を見合わせた。視線の先、 格子状の門の外には何者の姿も見えない。静かに目配せし合うと、彼らは その手の槍を素早く構えて門へと駆け出した。 一分後。塀に身を隠すギアッチョの目の前に、合わせて五人の衛兵達は 折り重なって倒れていた。 「とりあえずは、こいつらで全部だな」 「意外だね、気絶でとどめるたぁ」 左手の先で笑うデルフリンガーに、ギアッチョはいつもの仏頂面で答える。 「オレは別に殺人鬼じゃあねー」 デルフリンガーは、そう言いながら自分を鞘に戻そうとするギアッチョに 向けて早口に口を開いた。 「旦那、あの犬コロ共はどうすんだ?あいつらァすばしっこい上に空を飛ぶ 相手してる間に騒ぎに気付いた衛兵連中が集まってくるぜ」 「・・・問題はねえ」 対するギアッチョの反応は、実に淡々としたものだった。そのままデルフを 鞘に納めて、彼は開きっ放しの門から躊躇無く庭内へと侵入する。 「ぐるるルるる・・・」 一歩足を踏み入れたその途端、六匹の怪物犬は唸りを上げながらギアッチョ 目掛けて走り出した。そう訓練されているものか、彼らは一瞬にして ギアッチョの周囲を逃げ場無く取り囲む。翼の生えた黒い犬が血走った 眼で獲物を囲んでいるその光景は、正に地獄の様相と言うに相応しかった。 常人ならば失神してもおかしくないそれを、ギアッチョはただ面倒臭げに 一瞥する。自分達に恐怖を感じていないその様子が気に入らないのか、 黒い獣達は一斉に刃のような牙を剥き出した。そのまま怒りに任せて獲物を 引き裂かんとするその瞬間、 「ああ?」 ギロリと。圧倒的な怒気と殺意を宿すギアッチョの凶眼に刺し貫かれて、 六匹の魔物はまるで石像のように硬直した。 「・・・ぐ・・・ぐるるる・・・」 怯えるはずの人間に、今恐怖を感じているのは紛れも無い彼らだった。 直接ギアッチョの双眸と対峙していない後方のニ匹でさえ、ギアッチョの 放つ極寒の炎の如き殺意に身動き一つ取れなかった。 魔眼の巨人や魔除けの籠目を例に出すまでもなく、古来より「眼」に ある種の力を認める類の譚話は世界中に散見するが――今、彼ら六匹の 魔犬は正にそれを実演するかのように停止していた。 それを何でもないような様子で確認して、ギアッチョは一言低く、 「行け」 と呟く。その瞬間、彼らはきゃんきゃんと喚きながら我先に空へと 逃げ出していった。 「・・・すげーな、旦那」 呆けたような声を出すデルフリンガーに、ギアッチョは無感動に答える。 「急ぐぞ」 ルーンの刻まれた左手ですらりと魔剣を抜き放つと、邪魔者のいなくなった 前庭を、ギアッチョは眼にも留まらぬ速さで駆け抜けた。 「何だきさ・・・はぐぉッ!!」 右の拳で玄関の番人の一人を問答無用で殴り飛ばし、同時に左手の剣は もう一人の喉元へ流れるように突きつける。 「なッ・・・!?」 「ちょっと訊きたいんだがよォォォ~~~ モット伯とか言う野郎はどこだ」 突然の状況に眼を白黒させている番兵を、ギアッチョは静かに問い詰めた。 「き、貴様・・・何のつもりだ こんな狼藉が許されると――」 言い終わらない内に、ギアッチョはデルフリンガーの刀身を番兵の喉に 軽く触れさせる。 「ぐッ・・・」 「聞こえなかったっつーわけか?ええ、おい?」 ギアッチョは、「三度目はねぇぜ」と低く呟いて繰り返した。 「モット伯はどこだ」 「・・・・・・は、伯爵は・・・」 諦めたように口を開く男の右手の動きを、ギアッチョは見逃さなかった。 虚を突いて繰り出された槍の穂先をデルフリンガーがまるでバターを 切るように両断すると、右手で男の首を掴んでそのまま館の壁に叩きつける。 「ぐッ・・・!」 「いい返事だ 下衆野郎に殉じな・・・」 ここまで倒して来た衛兵達と違い、この男にははっきりと顔を見られている。 首を掴む右手にぎりぎりと力を込めるが、苦しげにもがくだけで何かを 喋ろうともしない。この様子では懐柔も難しいだろう。 「大した根性じゃあねーか・・・そいつに敬意を表して一瞬で終わらせてやる」 そう言いながら、しかし躊躇なく剣を構える。胸に狙いを定め、一気に 貫こうとしたその時、 「待って!!」 上空から聞きなれた声が響き――同時に放たれた風がデルフリンガーを 弾き飛ばした。 「・・・何のつもりだ」 気絶させた番兵から手を離すと、デルフを拾いながらギアッチョは シルフィードを見上げる。返事の代わりに、ルイズ達はひらりと地上に 飛び降りた。ルイズはそこから一歩を進み出て、曇りの無い瞳で ギアッチョを見つめる。小さく息を整えて、彼女はゆっくりと口を開いた。 「ギアッチョ・・・もう誰も殺さないで」 「・・・ああ?」 見ようによっては恫喝的にも感じられるギアッチョの視線に、 ルイズは臆さず向かい合った。 「もう十分よ・・・お願い、これ以上殺さないで」 「今更だな 何人殺そうが何百人殺そうが、オレには同じことだぜ」 「・・・違うわギアッチョ あんたが殺してるのは――自分の心よ」 「・・・・・・」 かぶりを振ってそう言うルイズに、ギアッチョはわずか絶句した。 「ギアッチョ、もういいのよ もう誰も殺さなくていいの 今の あんたは暗殺者なんかじゃないんだから」 「・・・御主人様らしく命令でもするってか?」 「――命令することは簡単だわ だけどそれはわたしの意志 それじゃ何の意味もないのよ わたしじゃない、ギアッチョ自身の 意志でそうして欲しいの!だからギアッチョ、お願い・・・もう 誰も殺さないで!」 ルイズの懇願に眩暈のような錯覚を覚えて、ギアッチョは思わず壁に 片手をついた。それ程までに、ルイズの言葉は今のギアッチョには 眩しすぎた。 「・・・今更、オレにどう生きろっつーんだ」 「人生」、表現を変えればそれは個人の歴史と言えるだろう。歴史とは 即ち記憶――ならば人生もまた、記憶の集積であるはずだ。そして ギアッチョは、真っ当な人間であった頃の記憶など、とうの昔に捨てて いた。彼の記憶は暗殺者の記憶、彼の人生は暗殺者の人生。それは 殺人を生業とする異常極まりない世界で自己を保ち続ける為の手段で あった。異常な世界で生きるには、それを異常だと感じる原因を 抹消してしまえばいい。ギアッチョはそうして、身も心もその全てを 殺戮に染めていた。 存在する理由を、手段を失くした時、人には何も出来なくなる。 正に暗殺という二文字で成立していたギアッチョの自己同一性は、 今届かぬ蜃気楼のようにその姿を揺らめかせていた。 「・・・オレは暗殺者だ 人殺しだからオレなんだよ」 「それは違うわ!!」 ルイズは怒ったように否定する。 「何が違う?暗殺者っつー事実だけがオレの全てだ オレは殺す為に 生まれ、殺す為に生きてんだ そいつを取り上げりゃあよォォーー オレにゃあ何も残りはしねえ」 「違う・・・そんなことない!!」 吐き捨てるギアッチョに、ルイズは更に語気を強めて遮った。 何かを言おうと同時に口を開いていたギーシュ達は、互いに顔を 見合わせて言葉を飲み込む。今はギアッチョの主に全てを任せて おくべきであろうと思われた。 「そんなことない・・・!ギアッチョはいつもわたしを助けてくれた、 わたし達を導いてくれた・・・あんたが何を否定しても、それだけは 変わらない事実だわ!」 「ハッ・・・そんなもんはおめーら他人が作り上げたただの幻だろーが」 話にならないとばかりに笑い捨てるギアッチョから、ルイズは尚も 眼を逸らさずに言い放った。 「幻で何が悪いのよッ!!」 双眸の深奥まで深く見通すようなルイズの眼差しに、ギアッチョは 再び言葉を失った。 「・・・貴族が、どうして平民の上に立っているか分かる? 魔法が使えるからよ 力ある者は、敵に背を向けてはいけないの 天に授かったその力で、身を挺して弱者を守る者・・・それが 本当の貴族なのよ」 「・・・・・・」 「・・・だけど、わたしは魔法を使えない ねえギアッチョ、 あんた今『殺す為』って言ったわよね それは自分に生きる理由が あるってことでしょう?・・・わたしにはそれがなかった 魔法の使えない貴族に、存在価値なんてない・・・わたしは ずっと叱られ、疎まれ、蔑まれてきたわ ゼロのルイズとは よく言ったものよね・・・誰の役にも立たない、貴族の務めも 果たせない、誰にも必要とされない、生きる理由も意味もない ――わたしは何もかもがゼロだったわ」 凛として己を見つめながらそんなことを言うルイズに、ギアッチョは 眉をひそめる。ルイズの口から、ギアッチョは後ろ向きな言葉など 聞きたくはなかった。半ば話を中断させるように、その口を開く。 「・・・一体何が言いた――」 「だけどッ!!」 それすらも遮って、ルイズはギアッチョに言葉を投げかけた。 「だけどこんなわたしを友達と呼んでくれてる人がいるの!! 彼女達がわたしに抱いている感情は幻だわ、だけどキュルケ達は その為に命を賭けてくれた!!それが悪いことなの!?違うわ、 絶対に違うッ!!」 「・・・ッ」 「・・・ねえギアッチョ わたしを必要としてくれてる人がいる ように、わたしにもあんたが必要なの 暗殺者なんかじゃない、 使い魔でもない・・・ギアッチョという一人の人間が必要なのよ!」 ルイズの叫びは、ギアッチョの心に激しく響き渡った。彼女の言葉、 そのどこにも偽りはないのだろう。だからこそ、ルイズ達はここへ やってきたのだから。だがそれでも、ギアッチョは言葉を返せない。 己に向けられた幾多の信頼に、友愛に応えるべきだとギアッチョは 今そう思えていた。しかし、それでもその口からは言葉が出ない。 暗殺者であることを辞めることは、リゾット達への裏切りではないかと いう思いが、彼の心を縛していた。 『・・・お前は振り向くな 過去に囚われるな』 ルイズの声の残響に合わせるかのように突如リゾットの声が聞こえ、 ギアッチョはハッとして顔を上げる。 『オレ達の影に――縛られるな』 ――・・・そうだったな 誰にも聞こえない声で、ギアッチョは静かに呟いた。 ――迷わねーと誓ったばかりじゃあねーか・・・オレはよォォーー 夢中に聞いたリゾットの言葉は、ギアッチョの迷いを容易く打ち砕いた。 口角を皮肉めかせてつり上げると、ギアッチョはがしがしと頭を掻いて ルイズに向き直る。 「・・・勘当されてもしらねーぞ」 「わたしには家柄なんかより――ギアッチョのほうがよっぽど大切だわ」 応えてくれたギアッチョに向けて、ルイズは吹っ切れたように笑った。 「――で、どうする気なんだおめーら」 静かな玄関前で、彼らは額を寄せ合って会話を交わす。当然の疑問を 発したギアッチョに、代表してキュルケが返答した。 「別に殺すことだけが口封じの手段じゃないわよ?」 キュルケは意味ありげに笑うと、ギアッチョに作戦内容を開陳した。 数分後。全てを聞き終えて、ギアッチョは凶相を面白そうに歪めた。 「おめーらもよォォ~~ 中々えげつねーこと考えるじゃあねーか ええ?」 「だ、だってそれしか手段がないってキュルケが・・・」 渋々といった顔のルイズに眼を向けて、キュルケはしれっと言い放つ。 「あら、他に策がないこともないわよ だけどあんな下衆にはこれで 丁度いいわ」 「ま、違いねーな」 ギアッチョとキュルケは互いを見合わせてニヤリと笑う。不安げな表情の 中に「オラわくわくしてきたぞ」という心境が見て取れるギーシュと 本に眼を落としながらもどこか楽しそうなタバサを見遣って、ルイズは 「もうどうにでもなれ」とばかりに溜息をついた。 ギイと音を立てて、軋んだ扉が開く。打ち合わせもそこそこに、 ギアッチョ達は邸内へと侵入した。その瞬間、 「貴様ら何者だ!」 警備兵の野太い声が響いた。黒装束に身を隠した人間が勝手に侵入して 来たのである。それを見咎めない者などいようはずもなかった。 心臓が飛び出る程に驚いたルイズやギーシュを制して、キュルケは 平然と口を開く。 「あなた、モット伯から何も聞いていないのかしら?私達は"アレ"を 届けに来たのだけれど」 「・・・納入は来週だと聞いているが」 「予定より早く用意出来たのよ 納品は早ければ早い方が、伯爵も お喜びになるでしょう?」 「・・・そういうことなら、こっちだ」 キュルケの言葉をあっさり信じ込み、警備の男はモット伯の部屋へと 先頭に立って歩き始めた。 "アレ"が何かなど、キュルケは勿論知る由も無い。モット伯のような 男ならば、口に出すのも憚られるような禁制の品を取引していたと しても何もおかしくはないと読んでカマをかけたのだった。そんな 品物の配達人なら、身元を隠す姿をしていることに何の問題もない。 そこまでの判断を一瞬の内にやってのけるキュルケに、ルイズ達は 舌を巻いた。 扉の向こう、廊下の方で「ぶがッ!?」という間抜けな声が聞こえ、 一拍置いて何かが倒れるような音。部屋の主には聞こえなかったらしい それら小さな音の後に、今度は扉がコンコンと大きく音を立てる。 モット伯は鬱陶しげに眉をひそめて、やって来たばかりのシエスタに ぶっきらぼうに手を振った。 「出なさい」 「・・・はい」 シエスタはいつもの快活さからは想像出来ない緩慢さで扉へ向かう。 がちゃりと扉を開けて、 「何用ですか?」 言い終わったと同時に、驚きで固まった。 「帰るぞ」 あちこちに巻かれた包帯の上からでもはっきりと分かる、無愛想な 顔の男がそこにいた。 一目会いたかった人が、自分を救いに来てくれた。それが――どれ程 残酷なことか。ここでギアッチョに縋ってしまえば、逃げてしまえば。 彼はきっとモット伯への罪で処断されてしまうだろう。シエスタに そんな選択が出来るわけはなかった。ギアッチョの眼を見ないように 俯いて、シエスタは冷たい声で言い放った。 「・・・お引き取りください」 拒絶の意志を表したシエスタを、ギアッチョもまた冷厳と見下ろす。 彼女の細い肩がか弱く震えていることに気付かないギアッチョでは なかった。 「断る」 「・・・っ」 シエスタは一瞬見せた泣きそうな顔をすぐに正して、ドアの握りを持つ 手に力を込める。 「・・・お引取り、ください」 そう言いながら扉を閉めようとするが、 ガンッ! ギアッチョは素早く片足を滑り込ませてそれを止める。 「断る、って言ってんだろーが」 ギアッチョの断固たる声に、シエスタは半ば諦めたように顔を上げた。 「・・・ダメです、それじゃギアッチョさんが」 「問題はねー オレを信用しな」 「・・・だけど」 尚も抵抗するシエスタを読めない瞳で見つめて一つ溜息をつくと、 ギアッチョは身体を半身にずらした。その後ろに見えた数人の顔に、 シエスタはハッと息を呑む。 「・・・オレで足りねーなら――こいつらの分の信用も足してくれ」 ミス・ヴァリエールとミス・ツェルプストー、ミスタ・グラモンに ミス・タバサまでがそこにいた。ここに来ることがどれだけ危険か、 彼女達が知らぬわけがない。家名にまで累が及ぶ危険を冒して、 彼女達は自分を助けに来てくれたのだ。それは彼女達の誠実さを、 何よりも雄弁に物語っていた。 「・・・・・・はい」 シエスタはおずおずと頷いた。貴族であっても、彼女達は信じられる。 彼女達の瞳、そのどこにも欺瞞の色などなかったから。 「何だ貴様ら・・・何をしている!!」 突如聞こえた怒号に、ギアッチョ達の視線はシエスタの背後に集まる。 不機嫌さを隠しもせずに、モット伯がそこに立っていた。 「・・・シエスタを頼んだぜ、おめーら」 シエスタの肩を抱いて、ギアッチョは彼女をルイズ達へ押しやった。 そのまま一歩進み出し、黒装束の下の顔を暴かんとするモット伯の 視線を身体で遮る。一連の流れで、モット伯には大体の事情が掴めた ようだった。怒りに顔を歪ませて、モット伯は手元の呼び鈴を乱暴に 鳴らした。 「許さんぞシエスタ・・・ 衛兵!!何をしている、はやくこやつらを 捕えよ!!私は置物に金を払っているつもりはないぞッ!!」 その瞬間聞こえ始めたどたどたという多数の足音に軽く舌打ちして、 ギアッチョはルイズ達に追い払うように手を振った。 「行け」 答える代わりに、タバサはシエスタに向けて何事か呟いた。それを 理解したシエスタとタバサが先頭に立ち、ギーシュを引き連れて 長大な廊下を走り出す。それを追いかけようとするルイズを、 ギアッチョは何の気なしに皮肉った。 「今日はいつもみてーにしつこく念押ししなくていいのか?ええ?」 ギアッチョの背中を向けながら、ルイズは肩越しに顔を覗かせる。 「・・・必要ないもの わたしはあんたを信じてるわ」 そう言い切って刹那笑うと、彼女は今度こそタバサ達を追って走り去った。 「・・・調子が狂うぜ 全くよォォォ」 ギアッチョは頭を掻きながら、ぎゃあぎゃあと何かを怒鳴り散らす モット伯へとキュルケと共に向き直った。 「このような夜更けに・・・薄汚い平民風情がよくも我が楽しみを 邪魔してくれたな」 嗜虐に満ちた表情で、モット伯は呼び鈴を投げ捨てる。 「貴族の前で剣を抜いた平民は、殺されて文句は言えぬ 覚悟は 出来ているのだろうな?」 「剣?オレはそんなもんを持った覚えはねーぜ」 ひょいと両手を上げて、ギアッチョは無手をアピールする。彼の 身体のどこにも、デルフリンガーの姿は見当たらなかった。しかし モット伯はそんなことはどうでもいいといったように哂う。 「分からんか?『どうとでもなる』ということだ・・・特に貴様らの ような身元も知れぬ平民の場合はな 女共なら再利用してやるが、 男に用は無い・・・ここで死ね」 「・・・身も心も腐り切ってるっつーわけか?やれやれ、これで 無くなったな・・・仏心を出してやる理由はよォォォ~~~」 この場にデルフがいれば「ハナっから許す気なんざさらさらねーだろ」と でも突っ込まれそうなセリフを吐いてポキポキと拳を鳴らすギアッチョに、 モット伯は心底愉快そうに下卑た笑いを上げた。 「ぬはははははははッ!!これは面白い!トライアングルの私に、この 波濤のモットに素手で挑もうと言うのかね!ふふふははははは! こんなところで命を賭けた寸劇が見られるとは思わなかったぞ!! もっとも、平民風情がいくら矢弾を持ってこようがこの私に傷一つ つけられはせぬがな!」 「波濤だか佐藤だかしらねーが・・・ごちゃごちゃ抜かしてねーで とっととかかってきなよ ええ?おい オレは出来てるんだぜ・・・ 『覚悟』はいつでもな」 余裕の挑発にピクリと眉を上げかけるが、モット伯は口よりも魔法で 黙らせることを選んで杖を構えた。キュルケが数歩後退すると同時に、 モット伯は杖で空を切る。飾られた花瓶がコトリと倒れ、注がれていた 水が赤い絨毯にぶちまけられた。続けてルーンを唱えると、こぼれた 水は映像を巻き戻すように宙に浮かぶ。細長い水の鞭と化したそれは、 杖の動きに合わせてギアッチョに襲い掛かった。 「便利な魔法じゃあねーか 寝たきりになっても自分で水が飲めるぜ」 「寝るのは貴様よ、ただし土の中でだが・・・なッ!!」 言葉尻に篭った気合と共に、水鞭はギアッチョの右手を打たんと 飛来する。ひょいと手を上げてそれを回避するが、凶器と化した水は 生き物のようにくねり、しつこく右手を追いかける。身体を捻って 避ければ次は左手に襲い掛かり、飛び避ければ今度は右。次は左手、 また左手、右手、左手、右、右、右。水の蛇は執拗にギアッチョの手を 狙い続ける。 「いい趣味してやがるぜ」 モット伯の意図を理解して、ギアッチョは悪鬼の如き表情で笑った。 まずは両手を壊し、次は恐らく両足を狙う。そうして敵を無抵抗に しておいて、後はたっぷり嬲るつもりなのだろう。 「どうやらしっかり教えてやる必要があるらしいな ええ?」 まるでダンスのようなステップで攻撃を躱しながら、喉の奥で笑う。 「てめーが戦ってんのは一体誰なのかを、な・・・」 ギアッチョの纏う空気が――鋭く冷たい刀剣のようなそれに変じた。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1416.html
虚無の曜日より、日付を跨いで僅かに三分。 ルイズは中庭で、蒼い髪を持つ少女と対峙していた。 才人とシエスタの姿は無い。彼らは、日付を跨いだ事もあり、すでに自室へと下がっている。 つまり、これより先、ルイズと蒼い髪を持つ少女―――タバサとの会合を止める者など一人も居ないと言う事に他ならない 「まずは・・・・・・お礼を言うわ。 貴方のお陰で、予定より早く、学院に帰る事が出来たんだから」 助かったわ、と告げるルイズに、タバサは僅かに首を動かし、その言葉を受け取る。 「でも―――」 二の句を継げるルイズの声色が変化する。タバサにとって最も身近で、最も嫌悪すべき感情を内包して。 「貴方が放った氷の矢・・・・・・痛かったわ。死ぬ程ね」 憎悪が爛々と燈る瞳は、もしも眼力だけで人を殺せるなら、13回はタバサを睨み殺す程の殺意を秘めていた。 だが、その殺意もすぐに飛散する。 ルイズ自身が瞳を閉じ、タバサを見つめるのを止めた為にだ。 「貴方は・・・・・・危険。だから、あの時は、殺すしかないと考えた」 キュルケはタバサにとって、掛け替えの無い大切な友人だ。 タバサ自身、自分の愛想が悪いことは理解している。 こんな自分に友人が出来るはずも無いと考えていた。だと言うのに、キュルケは自分に対して、まるで当たり前のように親しく接しくれる。 嬉しかった。 母親の再起と、父親の仇への復讐に生きていただけのタバサに、誰かと一緒に居る事の楽しさを思い出させてくれた。 その事実が、タバサにとって、ただ只管に嬉しかった。本当に嬉しかったのだ。 そんな友達を、目の前に居るこの女は才能奪い、あまつさえ殺す所であったのである。 「危険・・・・・・危険ね・・・・・・確かに、あの時、私は考え無しだった事を認めなければならないわ。 あの時の軽率な行動で、私は大切な友達を失う所だったんですもの」 虚空に視線を漂わせ、自然と口から紡がれたルイズの言葉に、タバサは目を大きく見開き驚きを表現してしまう。 「それは・・・・・・どういう意味?」 「・・・・・・あの時、キュルケは私を庇ってくれた。それで、ようやく分かったのよ。 キュルケは、私にとって本当に大切な人だって事に」 正確に言うならば、それは切っ掛けであり、本当に大切な友人であると確信したのは、後にキュルケの『記憶』を確認した時だが、そこまで伝える理由など無い。 「貴方は・・・・・・もう、彼女を殺すつもりも、才能を奪うつもりも無い?」 「決まってるじゃない。友達にそんな事出来ないわよ」 堂々と宣言するルイズの瞳は、先程の殺意は微塵も感じられず、高潔な輝きが見て取れる。 タバサには分からなかった。 あの戦いの時の、まるで世界全てを憎むかのように嘲笑していた少女。 それとも、今、目の前で、真っ直ぐ過ぎる瞳をしている少女か。 タバサには、分からなかった。 一体、どちらが本当のルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールなのかが。 どちらが本当なのか、或いは、どちらも本当では無く、今だ彼女には隠された本当が存在するのか。 そこまで考え、タバサは頭を振った。 違う、今はそんな事を考えている時では無い。 今、ここに居るのは、目の前に佇む者に問うべき事柄があるからだ。 「訊ねたい・・・・・・事がある」 本題を切り出す。 訊ねなければならない事柄。 確認しなければならない事象。 「精神的に壊れていた彼を、貴方は治した・・・・・・どうやって?」 要約し過ぎた問い掛けに、ルイズは首を傾げた。 彼とは誰か? それに治したとは? 自分は、果たしてそんな事をしたのだろ――― 「―――あぁ、ギーシュの事ね。 何、あいつを治した事が、どうかしたの?」 別段、特別さを感じる事の無い抑揚の声に、彼女にとって、ギーシュを治した事が、本当になんでも無い事である事を表している。 「貴方が・・・・・・彼を治した?」 「正確に言えば、私じゃあ無いわ。こいつよ」 そう言って指し示す方向には、二つの月明かりに照らされたホワイトスネイクが銅像のように微動だにせず、ルイズとタバサ、二人を視界に収める形で立っていた。 「貴方の使い魔が、彼を治した?」 「そうよ」 「どうやって?」 「どうやってって・・・・・・」 怪訝な顔付きで、ルイズは疑問を投げ掛け続ける少女を見る。 授業なので見かける彼女は、無口を極めたように何事も語らない事が多い人物だ。 だと言うのに、今の饒舌めいた問いは一体なんだと言うのか。 「ねぇ、逆に聞くけど、どうして治した方法を知りたいの?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 ここまで彼女が熱心になる理由をルイズは尋ねたが、帰ってきた答えは沈黙だった。 答えたくない。 もしくは、踏み込まれたくないか。 大方その辺りだろうと、当たりを付けたルイズは、敢えて答えを促さなかった。 言いたいのであれば、彼女は語るだろうし、言いたくないのであれば語らない。 確かに少し気になる事ではあるが、飽くまでそれは少しだけの興味だ。 何も、無理矢理に聞きたくなる程では無い。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 沈黙が続くタバサに、ルイズはホワイトスネイクに視線だけで合図を交わす。 ホワイトスネイクは微動だにしなかった身体を動かし、タバサへと近づいていく。 「アノ男ハ、治ッタノデハ無イ。忘レタダケダ。 マァ、広義的ニ見レバ治ッタト言ウ表現モ間違イデハ無イガナ」 「治ったのでは無い―――?」 静かに語りかけるホワイトスネイクに、タバサは呆然と語りかけられた言葉を反芻する。 「ソウダ、治癒トハ、根源ニ病巣ガ無ケレバ成リ立タナイ行為ダ。 ツマリ、新シク、治癒ト言ウ『記憶』デ病巣ヲ上書キシタト言ウコト。 私ガ、アノ男ニ行ッタ事ハ、治癒トハ、マッタクノ逆ニアタル。 私ハ上書キスルノデハ無ク、ソレマデノ『記憶』ヲ病巣諸共奪ウ」 「・・・・・・・・・・・・それは・・・・・・・・・・・・」 「人間ハ『記憶』ニ異存スル生キ物ダ。自分ノ体調ハ勿論、ソノ他ノ事柄モ全テナ。 酒ヲ呑ンデイナイ人間ニ、酒ヲ呑ンダト言ウ『記憶』ヲ与エレバ、与エラレタ人間ハ、呑ンデモイナイ酒ニ酔ウダロウ。 ツマリ、ソウイウ事ダ。『記憶』ヲ抜カレ、自分ガ壊レタ事スラ忘却サセレバ、人ハ壊レル前ノ『記憶』ニ基ヅイタ人間ヘト戻ル」 完全なる忘却。 今まで歩いてきた道を奪い、壊れてしまったその時まで強制的に引き返させる。 「治すのではなく・・・・・・戻す・・・・・・」 「ナルホド、物分リハ良イラシイナ」 納得するかのように頷くタバサに、ホワイトスネイクは感心からか、賛美を口にする。 なるべく簡単に説明したつもりであったが、まさか、こうまですんなりと理解してくれるとは、ホワイトスネイクも考えていなかった為にだ。 だが、そんな賛美は彼女にとっては関係無い。 理屈は理解できた。 予想していたモノとは、若干掛け離れた方法であったが、それでもタバサにとっては十分望み通りの働きをしてくれるだろう。 差し当たっての問題は、どのように頼むかだ。 生半可な言葉は恐らく通用しない。 いや、それよりも、自身を殺そうとした者の頼みなど果たして聞いてくれるのだろうか。 「何を考えているかは知らないけど、早くしてくれる。 朝っぱらから出掛けてた所為で、眠たいんだけど?」 見せ付けるかのように欠伸をするルイズを見て、決意を固める。 真っ向から正攻法で頼む以外、自分には道など無い。 キュルケに仲介を頼むと言う手段もあったが、このような事に彼女を巻き込みたくは無かった。 「貴方の使い魔に壊れる前の状態に戻して欲しい、人が居る」 「・・・・・・私は医者じゃないし、こいつも当然違うわ」 「彼の事は?」 「ギーシュの時は、才能を返すついでよ」 本当は、ギーシュとモンモラシーに同情していたキュルケの悲しそうな横顔を嫌って、壊れる前の状態に戻したのだが、そんな事をタバサに知られるのに抵抗があったルイズは、出任せを述べた。 「嘘」 ささやかな過ぎる程度の虚偽であったが、タバサは、その虚偽を見抜いていた。 「嘘じゃないわ」 幾分ムキになったかのように反論するルイズに、タバサは口を開こうとするが、止める。 先程と同じように、また脱線してしまっている。 元の道筋に修正しなければ。 「貴方が医者でも無ければ、私を恨んでいる事も知っている。 だけど・・・・・・私は・・・・・・・・・・・・」 そこで一旦言葉を区切り、次に紡ぐべき言の葉を探すように中空へと視線を漂わす。 その間、ルイズもホワイトスネイクも、決して言葉を挟まず、タバサの口から紡がれる音を待っていた。 やがて、虚空へと向けられていた視線が、ゆっくりとルイズへと向けられた時、タバサは続きを口にする。 「例え、それがどんな苦難がある事だろうと、私が出来る事ならなんでもする。 だから、お願い・・・・・・・・・・・・私の頼みを、聞いて欲しい」 言葉一つ一つに想いを込めた懇願。 その重さは、計り知れない程に重く、懇願されているはず立場だと言うのに、ルイズは息苦しさを感じてしまう。 「なんで、あんたがそこまで必死なのかは知らないわ」 息苦しさを紛らわす為に、ルイズは口を開く。 「人に言えない事情とやらがあるんだろうけど、私にそれを聞く気は無いわ。 そりゃ、気にはなるけど、あんたは話したくないから故意に伏せてるんでしょうからね。 他人が話したく無い事を無理に聞き出すような野暮な真似、私はしないわ」 最も、自分に対しての事柄は、これには当て嵌まらないが。 「ともかく・・・・・・あんたが、そこまで必死に頼んでくるなら、私も考えないでも無いわ」 何も減るものでは無いし、頼みを聞くのは構わなかったが、ルイズは一旦、そこで言葉を止めて考える。 相手は、自分の事をあそこまで傷つけたメイジだ。 あの時、キュルケから才能を奪った事は間違いだと認めるが、 だからと言って、ボコボコにされたのを忘れろと言うのは無理な話である。 早い話が、ルイズはタバサに対して一泡吹かせてやりたいと思ったのだ。 「頼みを・・・・・・聞いてくれる?」 「まぁね、でも、条件があるわ」 そこで、ルイズは首に手を当て、考えた。 どのようにすれば、目の前の少女に付けられた傷の鬱憤を晴らせるのか。 才能を捧げさせる事が真っ先に頭に浮かんだが、忌々しい事に、この娘はキュルケと仲が良い。 (何か・・・・・・何か無いかしらね) キュルケの中で自分の株が落ちる事無く、尚且つ、相手に自分と同じぐらいの痛みを与える方法。 言わば、直接的でなく、少女が自発的に行う形の苦痛。 ホワイトスネイクの能力使用が頭に浮かぶが、万が一にも頭部からDISCが抜け落ちたりすれば、事が露見する危険性がある。 かと言って、他に思いつく方法も無いが。 (他人にバレても良いDISC? そんなものある訳無いじゃない) 露見しても、別段罪に問われないのは、相手に有益になるモノだけだ。 ホワイトスネイクのDISCにそんなものなどあるはずが―――――― 「あっ」 思わず漏れてしまった単音に、ルイズは思わず手で口を塞ぐ。 それは、咄嗟に浮かべてしまった、あまりにも邪悪な笑みをきっちりと隠していた。 「これを・・・・・・あんたが使いこなせるようになったら、あんたの頼みを聞いてあげる」 その言葉と共に、ルイズはタバサへ一枚のDISCを投げる。 「これは・・・・・・」 投げられたDISCの表面には、右半身が砕けた人型が映っている為、ギーシュの頭から落ちたDISCとは、何かが違うと言うのは、タバサにも理解できた。 (ルイズ) (何よ?) 厳しい面持ちでDISCを見つめているタバサを横目に、ホワイトスネイクの幾分焦れたような声がルイズの頭に響く。 (何ヲ考エテ、アレヲ渡シタノカハ知ラナイガ、今スグニ考エ直シタ方ガ良イ。 アレハ、他者ニ渡シテ良イ程、生易シイ力デハ無イ) (それは使いこなせたらの話でしょ? 確かに、こいつは強いけど、アレを扱えるかって言うと、また別問題じゃない?) なんやかんや理屈を付けてはいるが、要するに、ルイズはタバサが無様に吹っ飛ぶ姿が見たいのだ。 あの時、自分が、あのDISCを挿し込み吹っ飛んだように。 「それに入ってるのは、簡単に言うと使い魔みたいな存在よ。 スタンドとか言う種族だけど、扱えれば並の魔獣、幻獣なんかより、よっぽど強力って言うね」 ルイズの何処か楽しげな説明に耳を傾けつつ、タバサは、これが果たして安全かどうかを思慮していた。 確かに、ギーシュの頭から落ちた物とは違うのは見て分かるが、それでも得体の知れない物である事に変わりは無い。 最悪、相手がこちらを謀殺しようとしている可能性もある。 タバサは、ちらりと、自分の後ろで夜空を見上げている使い魔にアイコンタクトをする。 ギーシュの時は、頭部に強い衝撃を与えたら、原因と思しき円形の物体が出てきた。 ならば、もし、自分が死ぬような暗示が、この円形の物体に入っていたとしても、シルフィードに尻尾で自分の頭を殴らせれば良い。 多分、凄く痛いだろうけど。 すぅ、と息を吸い込み、タバサは覚悟を決めた。 「はぐぅ―――ッ!」 頭部が裂け、その間に形ある物挿し込まれていると言うのに、痛みは不思議と無かった。 だが、それでも、得体の知れない奇妙な物体を自分の頭に入れていると言う事実が、タバサの口から声を漏れさせた。 そのあまりに嗜虐心を刺激する声に、ルイズは思わず生唾を飲み込む。 「――――――ンッ」 艶かしさとは、また違った色気を纏ったタバサだったが、頭部に完全にDISCが挿入されると、様子が一変した。 パクパクと酸素を求める金魚のように口を開閉しながら、両手で胸の辺りを押さえ始めたのだ。 「きゅい~」 尋常で無い様子に、彼女の使い魔の風竜は心配そうな声で鳴くが、タバサは喘ぎながらも風竜に大丈夫と告げる。 (ちょっと!!) タバサのそんな様子に、ルイズは不満たっぷりの声をホワイトスネイクに掛ける。 (どういうことよ!! なんであいつは苦しそうな顔してるだけで吹っ飛ばないのよ!! おかしいじゃない!!) 予想とは違った光景に文句を吐くルイズであったが、ホワイトスネイクは言葉を返す事は無く、油断の無い目つきで、タバサを見据えている。 相変わらず、タバサは何かを耐えるように両手で胸を押さえ込んでいた。 「ちょっと返事ぐらいしなさいよ!!」 何時までもホワイトスネイクから返答が来ない事に、腹を立てたルイズが、思わず怒声を上げてしまうが、それはこの状況において取ってはいけない行動の一つだった。 「ダメッ!!」 タバサの悲痛な叫びに、ルイズは何がダメなのよ! と叫び返そうとしたが、口が動かない。 (なっ!!) いや、口だけでは無い。 喉も、瞼も、指も、足も、何もかもが動かない。 (何よ、これ!?) 自分だけでは無い。ホワイトスネイクも、あの風竜も、草も、雲も何もかもが『静止』している。 静寂と停止を約束された世界。 その中で動くのは、今にも泣きそうなぐらいに苦しげな表情をしているタバサと、何時の間にか彼女の横に立っていた、黄金色に輝く右半身が欠けた人型のみだった。 (あいつ・・・・・・ホワイトスネイクと同じ感じがする・・・・・・) 身体が動かないと言う危機的な状況であると言うのに、ルイズはそんな事をぼんやりと思っていた。 だが、次の瞬間に身を固くする。 人型が、ゆっくりとルイズへと向かって動き始めたのだ。 ゆらりゆらりと、人型が動く中、ルイズは喉一つ動かせず、唾液を嚥下することすら出来ない。 (やばいわね・・・・・・このままだと) さっき、ホワイトスネイクに言われた言葉が、今になってようやく分かった。 なるほど、確かにこれは他者に渡していいような力では無い。 他者を動けなくする能力とでも言うのか。 あらゆる者を停止させ、その中を自分だけが動ける。 (圧倒的じゃない) ホワイトスネイクが最強と呼んでいたのも納得する。 戦う者として、これほどまでに圧倒的な能力は存在しない。 「―――ダメッ!」 タバサが呟いた言葉に、思考に集中していたルイズは、黄金色の人影が自分の目の前にまで到達し、尚且つ、隻腕を振り上げている事に気がついた。 (マズいマズいマズいマズいマズいマズい!!!!) 能力の考察などしている暇では無い。 今すぐにこの力から逃れ無くてはならない。 でなければ、自分はあの隻手で土手っ腹に風穴を開けられてしまうと言う、考えるのもおぞましい結末になってしまう。 必死に拳から逃れようと、身を捩ろうとするが依然として静止空間は続いている。 (動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動きなさい!!) 必死の祈りが通じたのか、拳が腹部を貫く寸前に空気が、風が、そして身体が動き始める。 「動けェええぇぇぇぇぇぇえええええぇぇぇ!!」 喉も動くようになり、ルイズの口からは思考とまったく同じ形の意味が声となり周囲に木霊する。 『無駄ァァァ!!』 しかし、その動きすら砕くと言わんばかりの拳圧が彼女の横っ腹に喰らいつく。 「―――ッ!!」 痛みに顔を顰めるルイズであったが、幸いにして脇腹の肉が多少削げた程度と軽傷であった。 ギリギリだった。 後、もうほんの少し、静止空間が続いたなら、かすり傷どころの話では無かっただろう。 安心するのも束の間、ルイズは無理な体勢になった為に倒れてしまった身体を起こす事も無く、即座に人型の砕けている右半身の方向へ転がる。 服が汚れるのも気にしない。命には代えられないからだ。 転がり、人型の背後へと回りこむと、ホワイトスネイクの手を借り一瞬で体勢を立て直し、杖へと手を伸ばすが、詠唱を開始したところで、ホワイトスネイクの腕が顔の前に出され、その動きを制止した。 (落チ着ケ。ソシテ、良ク見テミルトイイ) 頭に直接響いてくる声に、ルイズは杖に手を掛けたまま、自分の脇腹を掠め取っていった人型を見る。 『無駄アァァァァァ!!』 相変わらず人型は、奇妙な叫び声を上げつつ拳を振り上げ、渾身の力を持って殴りつけていた――――――壁を。 「はっ?」 察し難い人型の行動に、ルイズは思わず呆けたような一声を発してしまう。 いやいやいや、少し落ち着きなさい私。 ほら、息を吸って、吐いて、吸って、吐いて――――――さぁ、もう一度。 『無駄無駄無駄無駄!!』 やっぱり壁を殴っている。 あんなに圧倒的な力を持っていながら、何故に壁を? 理解の範疇を超えまくってる光景に、ぽつーんと突っ立っていたルイズだったが、後ろから聞こえてきた、呻くような声に振り返る。 人型の後ろに回りこんだと言う事で、ルイズは人型とタバサの丁度中間点に居た。 と言う事は、つまり、後ろから聞こえてきた呻き声の持ち主は、蒼色の髪の少女でしか有り得ない。 「ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・ハァハァ・・・・・・」 「ちょっと、大丈夫?」 先程から額に汗を浮かべ、呼吸を荒くしているタバサに、ルイズは不機嫌な声ながらも体調を気遣うような発言をする。 無論、ルイズにはタバサの体調を心配するような殊勝な心がけなど一切無く、所謂、社交辞令のようなものだ。 本音を言うと、そのまま、くたばってしまえば良いのにとか考えていたが、それはそれで面倒な事になる。 そんな事をルイズが考えている中で、一際大きな音が、人型が殴っている壁から聞こえてきた。 どうやら、断続的な拳打に耐えられず、とうとう壁が崩壊したらしい。 「あ~、もう! どうしてこうなるのよ!!」 下手をしたら、また謹慎期間が延びてしまうであろう事態に、ルイズは心底苛立った声を上げる。 本当なら、タバサが吹っ飛んだ姿を拝んだ後に、即座に自室のベッドで寝息を立てているはずが、どういう訳か、怪我も増え、おまけに大切な睡眠時間も刻一刻と減っていく。 ままならないとは、まさにこんな事を言うのだろうとルイズは思ったが、よくよく考えてみれば、自分が横しまな考えを抱かず、タバサにDISCを渡さなければこんな事態にはならなかったのだ。 つまり、今のルイズの状況は完全に自業自得であったりしたが、その考えにまで至った所で苛立ちは治まらない。 むしろ、膨れ上がるのがルイズの性格であった。 「とりあえず、あんたはさっさとあいつを消しなさい!」 顔色が青くなりだしたタバサに、一階の壁を破壊し尽くし、今度は一階の破壊の影響でヒビだらけの二階の壁を殴り始めた人型を消すように声を掛けるが、タバサからの返事はゼィゼィと喘息患者がするような呼吸音だけだ。 「ルイズ・・・・・・ドウヤラ彼女ハ、ソレ所デハ無イヨウダガ」 「そんな事は分かってるわよ」 あっけらかんとしたルイズの態度に、ホワイトスネイクは肩を竦める。 「何モ、消スヨウニ命ジナクトモ、私ガ、マタDISCニ戻セバ良イダロウニ」 呆れたように呟くホワイトスネイクの言葉に、ルイズは一瞬硬直した。一瞬だけ 「そんなことが出来るならもっと早くやりなさいよ!!」 次の瞬間には、顔を真っ赤にして自分の使い魔へと怒鳴りつけていた。 怒鳴りつけられたホワイトスネイクは、タバサの頭からスタンドDISCを、即座に引き抜く。 その一動作で、今まで破壊の限りを尽くしてきた右半身の砕けた人型は、何の余韻も残さずにキレイさっぱりこの世界から消失した。 大規模な破壊の爪痕を残したまま。 「どーすんのよ、これ」 途方に暮れて呟くルイズであったが、どうにもこうにもなるはずが無い。 一階は言わずもがな、見ると、五階にある宝物庫の壁にまで見事にヒビが入っている。 「きゅいきゅい」 ぐったりとしているタバサを器用に自分の背に乗せた風竜が、これまた器用にルイズの肩を翼でぽんぽんと叩く。 恐らく慰めているつもりなのだろうが、今のルイズにとっては煩わしい事、この上ない。 「止めなさい」 「きゅいきゅい」 「止めなさいってば」 「きゅ? きゅきゅきゅい!!」 「だから、止めなさいってば!!」 しつこい慰めに、怒声で返答したルイズだったが、すぐにその身体はホワイトスネイクによって竜の背に吹っ飛ばされる。 「なっ!?」 主に手を上げた!? と頭に血が一瞬で上ったが、目の前に飛び込んできた光景に、ルイズは、ただ口をあんぐりと開けるしかなかった。 土の塊が、音も無く蠢き、全長30メイルにもなるゴーレムが誕生しようとしている光景が、そこには存在していた。 フーケは、舞い降りた幸運に小躍りでもしたい気分だった。 宝物庫の弱点である物理的衝撃について考えあぐねていたフーケの前に現れた二人の少女。 どちらにも見覚えのあったフーケは咄嗟に身を隠し、その場を観察していたが、 やがて、一人の少女が苦しみ始めると、突然現れた亜人が学院の壁をどんどん壊し始めたのだ。 その衝撃的な光景に、思わず呆けてしまったが、その亜人がどんどん壁を壊していくのを見るにつれて、フーケは思いがけない幸運が舞い込んだ事に気がついた。 どういう訳か、特別に頑丈に作られ『固定化』の魔法まで掛かっている学院の壁を、隻手隻脚の亜人は、いとも簡単に壊している。 その破壊は、放射状にヒビを発生させ、そのヒビ割れが宝物庫まで届くと同時に、もう一人の少女の使い魔が、苦しみ始めた少女に何事かをすると、壁を破壊していた亜人は、一瞬にして消えてしまった。 「なんだか知らないけど、これはチャンスなのかねぇ」 自分のゴーレムでは無傷の壁を破壊するのは不可能だが、ヒビの入った壁となれば話は違う。 ニヤリと歪められた口から詠唱が紡がれる。 それは、魔力と土を媒介とし、彼女の目的を果たす為の存在を作り上げるのであった。 「何なのよ、もう!!」 空へと舞い上がったシルフィードの背中で、ルイズは思い通りにいかない事態に、金切り声を上げていた。 彼女の眼下では、ヒビが入り脆くなった壁に、ゴーレムがトドメを刺している。 「宝物庫」 顔色は優れなかったが、なんとか意識を保っているタバサが、ゴーレムにより壊された壁の中に入り込む人影を見て、そう呟いた。 「宝物庫って・・・・・・それじゃあ、あいつ!?」 そういえば、モット伯の『記憶』DISCに、この頃、貴族相手に盗みを繰り返している土のメイジが居る事が記されていた。 確か名前は・・・・・・ 「『土クレ』ノ、フーケ・・・・・・ダッタナ」 シルフィードの前足に掴まっているホワイトスネイクが、その名を口にする。 『土くれ』のフーケ 貴族の屋敷の壁や金庫などを、錬金の魔法より、まさに『土くれ』に変えて盗みを働くと言う強力な土系統のメイジ。 また、錬金が効かない場合などは、攻城戦でも出来そうな巨大なゴーレムを従え、貴族や衛兵などを蹴散らし、目的の物を奪っていく。 まさに怪盗と呼ぶに相応しい人物なのであった。 眼下に居るゴーレムは、サイズから見ても、まず間違いなくフーケが作ったものであろう。 となると、次なるフーケの目的は、このトリステイン魔法学院の宝物庫の何かと言う事になる。 「この私の目の前で、盗みを働こうなんて随分生意気じゃない!!」 喜々とした表情でルイズが杖を振るうと、杖の回りの空気から水分だけが抽出され、巨大な水泡が生成される。 その水泡は、ふわふわとゴーレムの上空に漂っていき、一気に弾けた。 「よし!」 ゴーレムに確り水が被った事を確認して、ルイズは右手の杖を今度は、先程より激しく振るう。 乗り慣れたシルフィードの背で、どうにか気分が落ち着いてきたタバサは、今、ルイズが何をしようとしているのか、見当がついていた。 どうやら彼女は、土で作られたゴーレムに水をたっぷり染み込ませ、その水を操る事でゴーレムの操作系統を奪おうしているらしい。 最初は、あまりにも常識を逸脱した魔法の運用に、タバサは呆れたが、ゴーレムの動きが見る見ると鈍くなっていくのを目の当たりにすると、その呆れが間違ったものであると認めざろうえない。 「くっ―――」 ならば、自分も手伝う為に水をゴーレムに掛けようと杖を手にしたが、呪文を紡ごうにも、力が入らない。 原因は分かっている。先程のDISCの所為だ。 自分でも良く分からなかったが、あの半身の欠けた人型が現れている最中、自分の精神力や体力など、とにかく生きるのに必要なモノが、どんどん自分の身体から、人型に流れていったのが、感覚的に理解できた。 特に、あの静止した空間の消耗は半端では無かった。 正直な話、もし、あの空間が、ほんのちょっぴりでも続いていたら、自分は衰弱死していただろうとタバサは思っている。 一秒にも満たない程度の僅かな『静止』であったが、それだけでもタバサの身体に、信じられないぐらいの負担を掛けていたのだ。 「あんたは休んでなさい」 タバサの詠唱の気配を察知したのか、ルイズが下のゴーレムを見据えたままで、そう告げる。 確かに、今のタバサは呪文一つ、まとも唱えられないだろうが、だからと言って、目の前で行われる不正を見逃せるかと、問われればタバサは首を横に振るだろう。 「頑固なのね、あんた」 相変わらずタバサの方を見ないルイズであったが、言葉の韻に何処と無く今までに無い響きが混じっている。 が、次の瞬間には、全ての感情を一つの言葉にしてルイズは紡いでいた。 「ホワイトスネイク!!」 自らの使い魔の名を叫ぶその声にはどうしようも無い程の焦燥が込められており、それは―――――― 「仕留めた・・・・・・?」 シルフィードの眼下、ゴーレムの肩の上に戻ってきたフーケは、今、ゴーレムから放たれた岩石が風竜を絶命させたかどうかの疑問を口にしていた。 宝物庫から戻ってきてみたら、たっぷりと染み込んだ水によって動きを鈍くさせられていたゴーレムにフーケは歯噛みしたが、それが空を飛んでいる風竜の上に居る少女によって行われている事に気付くと、魔力をゴーレムの右腕に集中させ、壁の破片を対空砲火のように、風竜へと放り投げたのだ。 ただの岩石ならば、シルフィードも避けることも出来るのだが、フーケは投げる瞬間に、岩石を砕いていた。 その為、散弾銃のように拡散した石の雨に、シルフィードは晒され、無防備な腹にしこたま石の飛礫を喰らってしまったのだ。 「まぁ、こんなもんだろうね」 ゴーレムの動きが正常に戻った事を確認してから、フーケはそう呟き、さっさと学院から離れるように、指令を下すのであった。 「きゅぅ~~~」 「だあぁぁぁぁぁぁぁ!! 痛がってないで、さっさと翼を動かしなさいよ、コラァ!!」 頭部への石は、全てホワイトスネイクに弾かせたが、それ以外の箇所に石がモロに入ってしまったシルフィードは、痛みのあまりに翼をはためかす事を忘れ、その身を重力に引かれ、地面に激突20秒前である。 「シルフィード!!」 叱咤するタバサの声に、ようやく翼を動かし始めるシルフィードであったが、翼にも石は当たっており、どうしても力強く羽ばたく事が出来ない。 「きゅいきゅいー!!」 言葉で表すとしたら、ごめんなさいと言うのが適切であろう鳴き声を上げるシルフィードが地面と落ちる寸前、その身体が宙へと浮く。 ギリギリで、ルイズが『レビテーション』の呪文が唱え終わったのだ。 危機を脱した事に安堵するシルフィードであるが、ルイズとタバサは、ゴーレムが城壁を一跨ぎで乗り越えるのを、唇を噛み締めながら見つめるしかなかった。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1063.html
「……随分と大変な事をしてくれたものじゃ」 窓から赤い光が差し込む学長室。 その重厚な椅子に座り、オールド・オスマンは、扉近くに立つルイズに、ほっほっと笑いながら話しかけた。 まるで近所の御爺さんのようなオスマンに、ルイズはニコリとも笑わず、ただ立ち尽くしているだけだ。 「さて……ここに呼ばれた理由は分かっているかの?」 「はい、禁止されていた貴族間の決闘を行った事ですね」 淀みなく答えるルイズに、オスマンは、そうじゃ、と頷きながら髭を擦る。 長くて真っ白の髭は、オスマンが自分の身体で一番自慢できるものだ。 「ルールが何故あるか……分かるな、ミス・ヴァリエール?」 「ルールを誰一人守らなければ、国は、法は正しく動きません」 「そうじゃ……例え、それが生徒同士の喧嘩が原因で発展した決闘であったとしても、それをそのままにしておくと、確実にルールは無くなる。 故に、ミス・ヴァリエール。君に今回の件の罰を与える」 罰と言う言葉にもルイズは動じない。ただ在るがままを受け入れる水のように、ただそこに居る。 「君に1週間の謹慎処分を与える。1週間、ルールの重要性について、確りと思い返しなさい」 「はい」 ルイズは罰を聞くと、すぐに踵を返し、学長室を後にしようとするが 「これ、まだ老人の長話は終わっとらんぞ」 オスマンの声に身体を急停止させる。 「まだ何か?」 オスマンに振り返らず、後ろを向いたままのルイズに、ぼけぼけとした学長室の空気が変わった。 「本当に……わしがしようとしている話が分からぬか、ヴァリエール」 「ミスを付けてください。幾らオールド・オスマンと言えど、呼び捨てはいけません。 さっき、貴方は言いました。ルールは守るべきだと。 貴族は貴族同士を敬い、助け合う。その為に相手に対する礼儀は必要ですよね?」 「ミス・ヴァリエール!!」 オスマンの雷鳴の如き声が、学長室に響き渡る。 事務仕事で話に入ってこなかったロングビルでさえ、ビクッと思わず反応してしまった声だったが、 ルイズは後ろ向きのまま先程と同じように微動だにしていない。 「ミスタ・グラモンが、魔法を使えなくなったそうじゃ」 「…………」 「さらに言うと、君が彼と決闘をして、君が去る時に彼は自分で自分の首を絞めたそうじゃな」 「さぁ……私は自分の眼で見ていないのでなんとも……」 「話を誤魔化すのもいい加減にせんか!!!!」 立ち上がり、声を荒げるオスマンにルイズは振り返り―――――― 「誤魔化してなどいません!!」 学長室に来てから初めて声を荒げた。 「彼は、私を侮辱しました!」 「侮辱程度で魔法を使えなくし、殺そうとしたと言うのか!!」 オスマンの怒声に、ルイズは肩を揺らした。 それは別に、今更このオスマンの声に恐れをなした訳ではない。 侮辱“程度”!? この男は、侮辱程度と言ったのか!? オスマンの言葉に、ホワイトスネイクを嗾けなかったのは、ルイズに残っていた僅かな自制心から来るものであった。 その自制心で、自身を律したルイズは、オスマンへと向き、静かに淡々と、だが、荒々しく言葉を紡ぐ。 「では、オールド・オスマン―――貴方に尋ねます。 貴方は、他の人に使えて当然。なのに、自分はそれを使えなくて、使える者達と同じ扱いを受けた事はありますか!? その事で、お情けを貰ってるだとか、家の名前だけで、居座っていると、言われた事はありますか!? 他の者が、使えて当然のモノを、これ見よがしに見せ付けてきて、使えない事を詰られた事がありますか!? いつも、陰口を叩かれて、話しかけてくる者達が、挨拶のように馬鹿にしてきた事がありますか!? 自分よりも下の者に、使えない癖に、何を偉ぶっていると思われた事はありますか!?――――――」 それは、聖歌のよう透明であり それは、狂歌のように終わりがなく それは、鎮魂歌のよう悲しみに溢れていた 聞くに堪えない、言葉の羅列に、ミス・ロングビルどころかオールド・オスマンすら、その目を見開き、ルイズを見つめるしかない。 「貴方は……貴方は、家族に使えない事を心配された事がありますか!? 誰よりも、何よりも尊敬している目標の人に、使えない者として見られた事がありますか!? 自分を表す二つ名が……使えない事の意味を持つ言葉にされた事はありますか!? それを、皆が……使える者達が……毎日のように………… 毎日のように私に言ってくる気持ちが……貴方に分かりますか―――オールド・オスマン!!!!」 これが、ギーシュを殺害寸前まで追い込んだ、ルイズの感情の正体だった。 最初は、ただの劣等感であった。 それが、一年と言う月日で、様々な要因で歪んでいき……目の前の少女となった。 オスマンは思う。 もしも、ミス・ヴァリエールが召喚した者が、この奇妙な姿をしている者ではなく、もっと普通な…… そう、魔法を奪えるような力を持ってさえいなければ、この感情と折り合いをつけて、生活していただろう。 しかし、運命の悪戯か、ブリミルはなんという者達を出逢わせてしまったのか。 歪んだ感情の捌け口を求めていた少女と、偶然、その捌け口にピッタリ合う力を持っていた使い魔。 オスマンは所詮使える者だ。 ルイズの苦しみが、どれ程のものなのか、知る由も無い。 どうすれば良いと言うのだ、自分に。 一体どうやって、雨の中に置き去りにされたような目をした少女を救えば良いと言うのだ。 「…………ミス・ロングビル」 名前を呼ばれて、我に返ったロングビルがオスマンを見る。 それに対して、オスマンはただ頷くだけ。 「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール 今日は、色々とあって疲れただろう……もう部屋に帰って休みなさい…… 罰に関しては、後日改めて――――――」 「貴方は!! 常に見下されて生活したことが―――!!」 「もう良い!!! もう、十分に伝わった…… 眠りなさい、ミス・ヴァリエール。 眠って、眠って、眠って……その身体を休めてくれ……」 オスマンは、それだけ告げて、椅子に深く腰を下ろした。 ルイズは、まだ何か言っていたが、ロングビルに連れられて、学長室を後にする。 ホワイトスネイクもその後を追う。 そうして、学長室にただ一人残されたオスマンは 悲しそうに、ほほっと笑う、その顔には後悔しか浮かんでいない。 「一年……たったの一年じゃ…… 一年前のミス・ヴァリエールは希望に満ち溢れていた。 自分が使える魔法を見つける為に、あらゆる努力をしていた…… そんな彼女を……ここは一年であそこまでにしてしまった…… ……悔やんでも悔やみきれんな」 そう言って、オスマンは静かに目を瞑り、何処とも知れぬ者に祈りを捧げた。 どうか、あの少女に眠りの中だけは安息が訪れるようにと…… 「頼む……返して……僕の……まほっ……」 真夜中の医務室。 そこに現在眠っている人間は三人。 一人は、精肉屋に行く為の下拵えをされたマリコルヌ。 もう一人は、貴族に勝った平民、平賀才人。 そして、最後の一人、ギーシュ・ド・グラモンは、ルイズに魔法DISCを奪われる瞬間の夢を見ていた。 それは、正しく悪夢だった。 彼の持つ、全てを、魔法も碌に扱う事の出来ない『ゼロ』に粉々にされる悪夢。 「うわっ……わ……あぁぁ……来る……来るな……・・・僕に……近づくなぁ!!」 「きゃっ!」 悪夢での自分の叫びを現実でそのまま叫んだギーシュは、それで目が覚めた。 慌てて自分の首を確かめてみるが、何にも束縛されていない。 きちんと、呼吸が出来る。 「良かったぁ……」 「……あの―――」 「うわっぁあぁぁぁ!!」 声を掛けられたショックで、またも大声を上げるギーシュであったが、そういえば、さっき、小さな悲鳴が聞こえたなぁと思い、落ち着いて回りを良く見てみると、闇に溶け込むかのような黒髪をしたメイドが、水差しを持ってこちらを見ていた。 忘れもしない……自分が、こうなるキッカケを作ったメイドだ。 「おまえっ!!」 立ち上がり、メイドの肩を掴むと、メイドは声を荒げ。手を振り解こうとする。 「おっ、落ち着いてください!! ミスタ・グラモン!!」 「落ち着ける訳が無いだろう!! お前の所為で、僕は、僕は!!」 ―――魔法が使えなくなったんだぞ!! そう叫ぼうとして、初めて、それをギーシュは正気の中で認識した。 自分は……魔法が使えない……惨めな『ゼロ』になってしまったのか…… ギーシュは、夢にも思わなかった。 本来使えるべきモノが使えない苦痛が、これ程のモノとは。 なるほど……ルイズは、これを毎日味わっていたのか。 恐らく、最初から使えない者の苦悩は、これの何倍も大きいのだろう。 そんな苦悩を持った者に、自分は、一体何を言ったのか。 ――――――魔法も使えぬ奴が貴族を語るな!!―――――― 違う……違うのだ。 今、分かった。 彼女は、別に偉ぶって、貴族らしくしていた訳では無い。 魔法を使えない彼女にとって、貴族とは最後の拠り所。 魔法も使えず、貴族も否定されたなら、一体彼女は何なのか? 「くそっ……僕が……僕が馬鹿だったのか……」 もっと早く気付けば良かった。 彼女の居場所を奪ってしまった自分の一言に。 「謝りに……謝りに行かないと……」 「お待ちください、ミスタ・グラモン! まだ、動いては駄目です! お身体に障ります!」 「邪魔をしないでくれ! ルイズに……ヴァリエールに謝りに行かないといけないんだ!」 今度は、メイドがギーシュの肩を掴み止めに入るが、 これでも、一応は男であるギーシュに体格差で負けている少女が止められるはずが無かった。 「わかっ、わかりました。ミス・ヴァリエールの元へ行く事を許可しますから このお薬を飲んでください」 「何の薬だい、これ?」 ポケットから薬包紙に包まれた粉末状の薬を取り出したメイドは、ミス・モンモラシからの差し入れです、と答えてくれた。 「モンモラシーからか……そういえば、彼女にも心配を掛けてしまったな」 自分に駆け寄ってきてくれた時の、彼女の悲痛な表情を思い出したギーシュは、その薬を一気に呷りメイドから手渡された水差しで喉の奥へと流し込む。 「どうですか、お薬の味は?」 「良薬口に苦しだよ。う~、マズいなぁ、もう」 「そうでしたか……結構高かったんですけどねぇ、そのお薬……」 ルイズは、自室のベッドの上でシーツに包まり丸くなっていた。 自分は魔法を使えるようになっている。 それも、自分を見下していた奴から手に入れたDISCで。 そう思うと、ルイズは夕方あれだけ取り乱していたのが嘘のような笑みを浮かべていた。 自分は、一年間を、劣等感の中で暮らしてきた。 今、思い返しても、あの一年間は反吐が出る。 だが、それも明日から……いいや、今夜から変わる。 最高の気分でルイズは、魔法で燈したランプを、また魔法で消す。 明日は早くから、あの平民の様子を見に行かなきゃならない。 ご主人様に無断で使い魔のルーンを譲渡したのに、最初は怒りを覚えたが、ホワイトスネイクの台詞でその怒りも消えた。 ―――適材適所……全テノ力ニハ、相応シイ者ガ居ル。アノ、ルーンモ、ソノ類ダッタダケダ――― そうだ、適材適所だ。 あの平民が、私のルーンを扱うように、あんな貴族らしからぬ、ただ魔法が使えるだけの無能共の才能は、もっと毅然とした人間に与えられるべき者だ。 ただ、魔法が使えるだけで貴族と名乗っている連中は、豚のように地べたを這いずり回って『ゼロ』の気分を体感させてやる!! 「見返してやるわ……私を、私を『ゼロ』と呼んだ全てのメイジを…… うぅん、全ての人間を、絶対に見返してやるわ!」 あの目障りな優男の才能は奪ってやったので、後は、いつも、いつも、私を侮辱していた、あの精肉屋に並ぶべき豚と、自分を『ゼロ』と呼んでくる、忌々しいツェルプストーの女。 「一先ずは、この二人をね。 まぁ、後は……おいおい、決めていけば……ふぁぁぁああぁぁ……良いかな……」 トロンとした目付きで、夢心地に入るルイズは、そういえば、キュルケを無能にする時に邪魔をした奴も居たわねぇ、と思い出した。 だが、すぐにそれも忘れる。 また邪魔してきたら諸共奪えば良いし、邪魔をしてこなかったら、それで良い。 自分の記憶の限りでは、あの娘は確か…… 私の事を『ゼロ』とは読んでないのだ……か……ら…… 「ヤット……眠ッタカ……」 ルイズが夢の世界へと旅立った事を確認すると、ホワイトスネイクは椅子に腰掛ける。 「平賀才人……カ……」 珍しく物思いに耽るホワイトスネイクは、あの『黄金の精神』を持った少年の事を思い出していた。 あの少年の持っていた『覚悟』 あれは、もしや…… 「……イヤ、気ノ所為ダナ……ソンナハズ絶対ニ無イ」 そう呟く、ホワイトスネイクの言葉は、誰にも、少なくとも、ホワイトスネイクの耳にすら届いていなかった。 第三話 戻る 第四話