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「・・・それじゃあ開けるわよ・・・」 揺らめく炎が微かに照らす岩壁に、少女の声が反響する。誰も近寄らない魔物の 巣窟、その深奥に安置された古びたチェストに手を掛けて、キュルケは真剣な 眼でルイズ達を見た。少し汚れた顔を皆一様に頷かせたことを確認して、 ゆっくりと蓋を開く。 キュルケの地図によれば、犬にされた王女の呪いを解除したとも、王に化けた トロールの魔法を見破ったとも伝わる「真実の鏡」がこの洞窟に隠されていると いう話だった。もし本当ならば世紀の大発見である。期待と不安の眼差しの中、 箱の中から姿を現したのは―― 「なッ・・・!」 粉々に割れた鏡の残骸だった。 「何よそれぇ~~~・・・」 糸が切れた人形のように、キュルケ達はへなへなとへたり込んだ。 「み、見事に割れちゃってますね・・・」 「・・・真贋以前の問題」 脱力するシエスタの横で、流石のタバサも疲労の溜息をついた。 「・・・戻るか」 頭を掻きながら呟くギアッチョに異を唱える者はいなかった。 その夜。 「はぁ~~~~~~・・・・・・」 適当に見繕った洞穴に腰を下ろして、ギーシュは深く息を吐き出した。 「七戦全敗とはね・・・」 焚き火に手を当てながら首を振る。 そう。現在消化した地図は八枚中七枚、そしてその全てが到底お宝等とは 呼べないガラクタのありかであった。 炎の黄金で作られた首飾りが隠されているはずの寺院にあったのは、真鍮で 出来た壊れかけのネックレス。小人が遺跡に隠したという財宝は、たった六枚の 銅貨だった。それでも何かが出てくるならばまだいい、中には地図に描かれた 場所自体が存在しないことすらあった。 「ま、いい経験が出来てよかったじゃあねーか」 ギアッチョが戦利品の欠けた耳飾りを眺めながら言う。彼の言ういい経験とは、 無論実戦経験のことである。この数日間否応無く化物の群れと戦い続け、 ルイズ達は最後にはギアッチョの助けが無くともそれらを殲滅出来る程に なっていた。 「おかげさまでね・・・」 「懐が暖まらないのは残念だけどね」 そう言いながらも、不思議とキュルケに悔しさは無い。そして、それは皆同感の ようだった。 ゆらゆらと揺れる炎を見つめながら、ルイズは静かに言う。 「でも・・・楽しかった」 「・・・そうだね」 その言葉に、皆の顔から笑みがこぼれる。傍から見れば何の得も無い、くたびれ 儲けのつまらない旅行だろう。しかし――損だとか得だとか、そんなことは彼女達 にはどうだっていいことだった。 眼に見えるものは何も無い、手に取れるものは何も無い。だが彼女達が手に入れた ものは、だからこそその胸の中で強く輝いている。 「・・・これ・・・」 ルイズは手のひらに慎ましく乗っている六枚の銅貨に眼を落とす。それは今回の 数少ない戦利品の一つだった。とは言え、とりたてて古銭というわけでもない 上どれも皆錆び放題に錆び、あちこちが傷つき欠けている。とりあえず持ち 帰ったはものの、どう考えても買い取り不可であろうこれをどうしたものか、 皆の頭を悩ませている一品であった。 「・・・・・・これ、皆で一枚ずつ持たない?」 しばし考えた後、ルイズはおずおずとそう言った。 「・・・分配?」 意味を量りかねて、タバサは小首をかしげる。 「ううん、そうじゃなくて・・・」 「こういうことだろう?」 そう言ったのはギーシュだった。ルイズの手から銅貨を一枚取り上げると、 錬金で中央に小さく穴を開ける。ガラクタの中からネックレスを取り出し、 穴に通して首にかけた。 「う、うん・・・」 ズレてはいるが殊更外見を気にするギーシュが躊躇い無く銅貨を見につけた ことに、ルイズは聊か驚きながら首を頷かせる。 「・・・解った」 得心した表情で立ち上がると、タバサもまたルイズの掌から銅貨を一つ掴む。 後に続いてキュルケが二枚をその手に取った。 「ほら、シエスタ」 「へっ?」 焚き火に鍋をかけていたシエスタは、キュルケに差し出された銅貨に眼を丸く する。一拍置いて、ブンブンと手を振ると慌てた口調で言葉を継いだ。 「そそ、そんないけません!折角の宝物を私のような平民に――きゃっ!」 キュルケはシエスタの額を中指で軽く弾いて言う。 「全く、まだそんなことを言ってるの?平民だとか貴族だとか言う前に、 私達は友達じゃない 大体、貴族と平民に違いなんて何も無いことは貴女が 一番よく知ってるでしょう?」 「・・・そ、それは・・・」 「ん?」 シエスタの瞳を覗き込んで、キュルケは優しく微笑む。シエスタは少しの間 銅貨を見つめて逡巡していたが、やがてキュルケと眼を合わせて口を開いた。 「・・・私でも――いいんでしょうか」 「よくない理由が無いわよ」 きっぱりと、キュルケは断言する。シエスタは少しはにかんだ笑みを浮かべて、 静かに銅貨を受け取った。 「ありがとうございます・・・ミス・ツェルプストー」 「き、君達いつの間にそんな関係にッ!?」 「どんな関係も無いから鼻血を拭きなさい」 何やら興奮した面持ちのギーシュを適当にあしらうと、キュルケはルイズに 視線を移して、 「ほら、まだ残ってるでしょうルイズ」 「・・・うん」 意味するところを察したらしいルイズは、掌に残った銅貨を一枚取り上げて、 ゆっくりとギアッチョに差し出した。 「受け取って、くれる・・・?」 「――・・・・・・」 ギアッチョは答えずに錆びてひしゃげた銅貨を見つめる。 これは児戯だ。心に風が吹けば飛び、薄れ、消えてしまう記憶を、それでも 留めておきたい子供の。 ――それでも。彼女達にとっては、この銅貨は紛れも無い宝物になるだろう。 ギアッチョは口を閉ざす。黙ったまま――その眼差しに万感を込めるルイズから、 銅貨を受け取った。 「ギアッチョ・・・」 ルイズの、キュルケ達の顔が綻んだ。どうにも居心地が悪くなって、 ギアッチョは銅貨に眼を戻す。薄くて軽いそれが、少しだけ重さを増した ように感じた。 「さ、皆さん お食事が出来ましたよ」 やがて完成したらしいシチューを、シエスタは鍋からよそってめいめいに配る。 食前の唱和もそこそこに、動き疲れたルイズ達は少々はしたなく食器に手を 伸ばした。 「・・・おいしい」 食べ慣れないが実に美味しいシエスタの料理に、ルイズ達は揃って舌鼓を打つ。 兎肉や種々のキノコにルイズ達が見たことも無いような山菜が入ったそれは、 聞けばシエスタの村の――正確には彼女の曽祖父の、郷土料理なのだと言う。 それから、話題はそれぞれの郷土のことに移った。少し酒の入ったギーシュは 饒舌にグラモン家の領土を語り、それを皮切りに皆わいわいと言葉を交わし 始める。ギアッチョも酒を傾けながら時折話に混ざっていたが、それを見て タバサがふと思い出したように呟いた。 「・・・貴方は?」 「あ?オレか?」 「そういえば、ギアッチョの話は聞いたけどそっちの世界の話は聞いて ないわね 良ければ聞かせて欲しいわ」 「・・・そうだな」 キュルケの言葉に、空になった杯を弄びながら答える。 「前にも言ったが、最も大きな違いは魔法なんてもんが存在しねーことだ」 「君のようなスタンド能力はあるのにかい?」 「こいつは例外中の例外だ スタンドを知ってる人間なんざ、さて世界に 何人いるかっつーところだな ・・・ま、そう考えるとよォォ~~~、 魔法使いがひっそり存在してるって可能性も否定は出来ねーが ともかく 殆ど全ての人間が魔法なんて知らねーし信じちゃあいねー そういう世界だ」 ギアッチョの説明に、キュルケ達は一様に不思議な表情を浮かべる。 「何度聞いても想像出来ないな・・・ ということはマジックアイテムも 無いんだろう?不便じゃないかね?」 「不便ってのは便利さを知って初めて出る言葉だと思うが・・・ま、別に んなこたぁねー 魔法の代わりに、地球の文明は科学によって発展してきた」 「・・・科学」 「あの教師――コルベールか?いつだったか、授業で簡単な内燃機関を 披露してたがよォーー、例えばあれを応用すると馬車より速い乗り物を 作れる 国にもよるが、大半の人間はそいつを足に使ってるな」 「えーっと・・・?」 案の定と言うべきか、今の説明を完璧に理解出来た者は居ないようだった。 眼鏡をかけ直す仕草の間に、ギアッチョは解りやすい例えを捻り出す。 「・・・簡単に言うとだ」 軽く居住まいを正すと、片手で天井を指しながら、 「あの飛行船・・・あれを動かしてる動力があるだろ」 「風石」 間を置かず補足するタバサに頷いて続ける。 「そいつを人工で作り出したみてーなもんだ」 おおっ、と全員が驚いた顔になる。 「凄いじゃない!魔法も使わずにそこまでのことが出来るなんて!」 得心がいって俄然興味が沸いたのか、キュルケが少し身を乗り出して言った。 いかにも非魔法的技術に特化したゲルマニアの貴族らしい反応である。 「あら・・・?ということは、コルベール先生は雛形とは言えそれを 一人で作り上げたということ?」 「そういうことだろうな」 油と薬品の臭気が漂う研究室で独り研究に明け暮れる奇矯な教師、という 学院一般の評判を思い出してギアッチョは答えた。「そう・・・」呟くように 言うと、キュルケは少し複雑そうな表情を見せる。 「それじゃ、他にはどんなものがあるの?」 続けて問い掛けるルイズに、ギアッチョは面倒というよりは怪訝な視線を 向けた。 「おめーにゃあ何度も話してるじゃあねーか」 「そうだけど、もっと詳しく聞きたいんだもの それに、皆は初めて聞く ことでしょ」 「ギアッチョさん、私ももっと聞きたいです」 ルイズとシエスタの言葉に、ギーシュが頷きで賛同の意を示す。ギアッチョは ガシガシと頭を掻いて、一つ溜息をついた。 「・・・ま、別にかまわねーが」 とは言え、乱暴な言い方をするならば殆ど何もかもが違うような世界である。 はて何から喋ったものかとギアッチョは一人思案した。 先端科学の話でもするかと考えたが、観測者の存在が観測結果に影響を与える 等と言ったところで理解は難しいだろう。考えた末に比較の可能な乗り物から 話すことにすると、ギアッチョは手近な小石で地面に絵を描き始めた。 「飛行機っつー代物があってな・・・」
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「……は?今なんて?」 「だから私のダーリンがギーシュと決闘するって言ったのよ」 「そういう事じゃなくて何で貴方の新しいダーリンとギーシュが決闘する事を私に報告するのかしら?ツェルプストー」 「そりゃあダーリンが貴方の使い魔だからじゃないの……」 どこか遠くを見るような目でそう言い放つキュルケに対し (何?さっき打たれたばかりなのに惚れたの?キュルケってもしかしてドM?) と思い、自分の友人がそっち方面であったのかもしれないと思い多少ドン引く が、アブノーマル認定されかかっている事も知らずにキュルケが多少熱を帯びた言葉を続ける。 「そりゃあ急に打たれた時は驚いたわ…今までの彼は私自身や私の家を目当てで優しくしてくれたり甘い事を言ってくれた人ばかり… でも彼は違ったわ…貴族でもないのに私を対等に扱ってくれた初めての人よ…これが燃えられずしてどうするのよ!ヴァリエールッ!!」 もう微熱どころかイタリア・ヴォルガノ島火山より燃え上がっているご様子。 そして完全に放置食らってるルイズ、半分意識が飛んでいた。 「……………って決闘ぉ~~~~!?何プロシュートが?何でギーシュと!?」 そして、数秒送れて肝心の本題に気付く。 「彼プロシュートって言うの…ステキな名前ね…」 完全に自分の世界へ入っているキュルケ嬢。なんかもうルイズの目に『ラリホ~』と言いながら周りを浮かぶ趣味の悪いピエロが見える。 「早くあいつを止めないと大変な事になる…!止めなきゃ!」 (ギャラリーが出来きるであろう決闘で召喚した時にあいつが使った妙な能力を使われたら大惨事になる) という事からプロシュートを止めるという事だったがもう一人の方は 「いいじゃない…平民が勝てないと分かっているメイジに挑む…燃えるわぁ~」 などとキュルケがのたまう。 (駄目だこいつ……!はやく何とかしないと……!!) 一瞬だがそういう思考が頭をよぎるが『決闘』という重大事にそれを後回しにする。 半分トリップキメているかのようなキュルケを後にしプロシュートを探す。 居た。というか凄まじく目立っているためほとんど探す必要も無かった。 ちょ、ちょっと!ギーシュと決闘するってどういう事!?」 「仕掛けてきたのはヤツの方だぜ」 (マズイ…!目が本気だ…!) 「人が大勢居る場所であんな物騒な事しないでって言ったばかりじゃない!」 「誰がアレを使うと言った?対処法がバレると厄介なんでな、使うつもりはねぇ」 授業をロクに聞いてはいなかったが水系統の魔法で氷が作り出せるという事は聞いていた。 グレイトフル・デッドの老化に対して唯一有効な手段である「体温を下げる」 生徒とはいえあの大人数の前で広域老化攻撃を使えばそれがバレる可能性がある。 後の事も考えればそれは避けたいとこだ。 「それじゃあアンタに勝ち目なんてあるわけないじゃない!今すぐギーシュに謝ってきて!」 「無駄だな、ヤツは完全にプッツンキてる。例えオメーが謝ったところでどうにかなるもんでもねぇ」 「ああもう、それじゃ逃げなさい!私から何とかうまく言っといてあげるから!」 「ヤツはオレに決闘を挑むという覚悟があってやってるんだぜ? 一時身を隠したとしても必ず追ってくるだろうよ。だからこっちが先に『やられる前にやる』んじゃあねーかッ!」 プロシュートがそう言い放ちルイズをその場に残し広場に向かう。 「……怪我じゃすまないかもしれないのにどうするのよ!」 だが、ルイズが思い違っている事が三つある。 一つは「グレイトフル・デッドというスタンドの存在」 二つは「プロシュートが一級の暗殺者」 そして三つめ「プロシュートにとっての『やる』は『殺る』」であった事… そして『ヴェストリの広場』 「遅かったじゃないか… 逃げ出してしまってたものかと思っていたよもっとも、逃げたところで無駄なんだけどね!」 「殴られた後が顔に出てるぜ?まぁその方が人気が出そうだがな」 「ぐッ…!平民が貴族を馬鹿にした報い受けさせてやるッ! 僕はメイジだ、だから魔法で戦う。よもや文句はあるまい!」 ギーシュが薔薇の造花を振るうと花びらが一枚離れ金属製の人形が一体出現する。 「青銅のゴーレム『ワルキューレ』僕が青銅のギーシュと呼ばれている由縁だッ!」 「その名前ならさっき頭から香水をブチ撒けられた時に聞いたな」 「いつまで減らず口を…!まぁいい、この一体だけで片付けてあげるよ!」 ワルキューレが猛然とプロシュートに突っ込んでいく。 だがプロシュートは動かない。しかし目だけはワルキューレを凝視している。 ワルキューレとプロシュートの距離が2メートルを切りワルキューレが拳を繰り出す。 だが拳が目標に当たりそれを砕く瞬間拳の軌道が瞬時に変わった。 「何ッ!?」 「今の見たか!?」 「ワルキューレの拳の軌道が急に変わったぞ!」 そうギャラリーが騒いでいる間にもワルキューレは両の拳を繰り出すが全て当たる直前に軌道を曲げられてしまう。 「こいつ…!平民のはずじゃないのか!?」 「フン…ノロいな、その程度のスピードじゃあスティッキィ・フィンガースに遠く及ばねー」 自分が最後に戦ったスタンドの名を出しながら性能をS・Fと比較する。 「確かに人間と比べては優れちゃあいるがそれだけだな、特徴としては堅さぐらいか」 そう言い終えた瞬間――ワルキューレが腕と脚と全て弾けさせ砕けた。 「確かに正面装甲は堅いが…関節部はそうでもねーな」 「な…僕のワルキューレに何をした…? 何をしたと聞いているんだ!答えろォォォオオ!!」 「…………」 無言でギーシュを見据えるプロシュート。だが自慢のワルキューレを破壊されたギーシュはそれを挑発と受け取る。 「いいだろう…言いたくないのならそれでいい!嫌でも言いたくなるようにしてやるさ!」 薔薇の造花を振るい6枚の花びらを舞わせ残り全てを出現させる。 ――ギーシュが平民相手に本気になった。そう思った観客が騒ぎ出す (ちッ…六体か) プロシュートのグレイトフル・デッドはそれ自体の拳の射程距離だけなら近距離パワー型に属する。 だがヴェネチア超特急クラスの列車丸ごとをカバーできる老化の射程距離。 これが他の近距離型スタンドとグレイトフル・デッドの差だ。 パワーそのものは近距離型に劣るとはいえある程度のものを有するもののスピードと精密動作性が致命的に劣っている。 それを埋める為の老化だが今回はそれを使っていない。―――つまり ワルキューレの内三体がプロシュートを襲う。 さっきと同じように拳の軌道が変わる、観客達はそう思った。だが結果は違っていた。 ズドォォオオ 一体ワルキューレが吹っ飛ぶ、だが残り二体がその隙を襲う。 片方の攻撃を弾くが、もう片方は間に合わない。 ボゴォ 「うごォっ!」 横からの攻撃を受け吹っ飛ぶ。そしてそれを見たギーシュが勝利を確信したかのように勝ち誇る。 「君のその妙な能力はワルキューレ一体には抗えても複数体だと無理みたいだね その弱点が分かったからには次は残り全てでやらせてもらうッ!土下座するならいまのうちだッ!」 (骨には問題ねぇが…内臓を少しやられたみてぇだな) 立ち上がりギーシュに向き直る、だがその口からは血が出ていた。 「フン、血ヘド何て吐いて神聖な決闘を何だと思っているんだい? まぁ使い魔だけあって少しだけ妙な力があるようだが魔法を使えるメイジに勝てるはずないのさ!」 だが次のプロシュートの言葉はギーシュにとって意外だったッ! 「ハァー…ハァー…それがどうした?」 「何だって…?」 「それがどうしたと言ったんだ」 「この後に及んで強がりかい?みっともないねッ!」 だがそれに構わず言葉を続ける。 「確かに魔法ってのはスゲーもんだ、オレだってそう思う だがなッ!オレが居た場所には空気そのものを凍らせるヤツやあらゆる物体を切断できるヤツなんてのが居るッ!」 ┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨ ┣¨┣¨┣¨┣¨ (何だこいつ…!?周りの空気が急に変わったぞ!) 「オレ達チームはなッ!常にそういう連中を相手にしてきているッ! オメーらみてーなマンモーニが使う薄っぺらい魔法なんかと一緒にするんじゃあねぇッ!」 「…ハッタリのつもりかい?だとしたらメイジも甘く見られたものだ。いいだろう!もう手加減なんてのは無しだッ!」 ギーシュが武器を精製しそれぞれのワルキューレに武器を取らせる。 どれもこれもマトモに受ければ良くて重症、悪ければ死に至るものばかりだ。 「後悔する時間も与えないッ!」 残った6体のワルキューレをプロシュートを囲むようにして布陣させる。これでもう逃げ道は無い。 ギーシュの号令を待つように囲むワルキューレ達、観客の誰が見てもギーシュの勝ちは明らかだと思っている。 ルイズがそれを止めようと観客達を押しのけ間に割って入ろうとする。だが遅かった。 「行けッ!ワルキューレ!!」 そう聞こえた瞬間ルイズはその場に立ち竦み己の使い魔がなぶり殺しにされる光景が脳裏に浮かび――倒れた。 その声を合図としプロシュート目掛けワルキューレが殺到する。 だがプロシュートが取った行動は実にッ!意外だったッ! 普通4方から囲まれているなら身を守るのが当然だッ!だがプロシュートは逆に…… 『思いっきり突っ込んだッ!』 一体のワルキューレ目掛け猛然と突っ込む。その先にはギーシュが居る。 「一体だけなら対処はわけねぇからなッ!」 「ば、バカなッ…!」 固まって動かれればワルキューレの層を突破できない、だから自分を囲ませるように仕向けた。 そうして包囲網が縮まる前に一点突破を仕掛ける。それが狙いだ。 グレイトフル・デッドでワルキューレを投げ飛ばす 壊すのは時間の無駄と判断しての事だ。 「くそぉ…来るなァァァァアアア!!」 ギーシュにさっきまでのような余裕はスデに無い。狼狽しながらも魔法を使うべく杖をプロシュートに向ける。 だが当たらない、ギーシュがいくら魔法を撃っても一発たりとも当たらない。 拳銃と同じだ、落ち着いて心を決めていなければ魔法といえども当たるはずはなかった。 後ろから6体のワルキューレを引き連れたプロシュートが迫り薔薇の杖をグレイトフル・デッドでヘシ折った。 「うぁ……あ…ま、参った…」 貴族が平民に負けた、誰もがそう思った。そしてこの決闘が終わったと思った。 否、実は終わってなどいない(古谷 徹の声で) どこからか『倍プッシュだ』というような声が聞こえたが多分幻聴だ。 「参った…そんな言葉は使う必要がねーんだ… なぜならオレやオレ達の仲間が敵と戦った時の決着は」 次の言葉で観客達のほぼ全てが凍りつく 「どちらかが死んじまってるからだッ!だから使う必要がねェーーーーッ! オメーもそうだよなァ~~~~『決闘』を挑んできたんなら…分かるか?オレの言ってる事…え?」 「ひぃ…!こ…殺される…助け…」 だがその言葉は最後まで言えない、グレイトフル・デッドが首を掴みギーシュの体が中に浮く。 「ギ、ギーシュが浮いたぞ!」 「いや…違う!見ろ、首を何かに『掴まれて』いるッ!」 グレイトフル・デッドは見物人達には見えないが何かに首を掴まれている跡だけはハッキリと見えた。 ズキュン! 「何だァーーーーーッ!あれはァーーーーッ!!」 観客達が騒ぎだす。当然だ、ギーシュがあっという間に老人の姿になったのだから…! 「うわぁぁぁぁ!やっぱり…あれは夢じゃあなかったんだッ!『ゼロ』の呼んだ使い魔は…悪魔か何かなんだァーーーーッ!」 そう叫ぶのは最初に巻き込まれた連中だ。それを皮切りに他の者が次々と騒ぎ出す。 ドザァァア ほとんどミイラと化したギーシュが地面に崩れ落ち、周囲から悲鳴や怒号が上がる。 中にはプロシュートに杖を向けている物さえ居る。 だがプロシュートはあくまで冷静に言い放つッ! 「これぐらいの事で騒ぐんじゃあねぇッ!オレがいた世界ではな! 決闘を仕掛けて『参った』なんていう負け犬は居ねーんだからな…」 ピクリとも動かない元ギーシュの首に足を乗せ―― 「『ブッ殺す』と心の中で思ったならッ!その時スデに行動は終わっているんだッ!!」 その言葉と同時に広場に乾いた音が鳴り響びく。この場を見ていない者であれば枯れ木を踏んだかのよに聞こえたであろう。 そして、その瞬間その場に居た者達は理解をする。 仕掛けられた決闘とはいえ貴族を―メイジを顔色一つ変えることなく滅せる者がただの平民ではないという事を。 ギーシュ・ド・グラモン―死亡(頚椎骨折) 二つ名 「青銅」 戻る< 目次 続く
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「アルビオンが見えたぞー!」 怒鳴る船員の声で、ギアッチョは眼を覚ました。慣れない空飛ぶ船での 睡眠で痛む頭と軋む身体を半ば無理やりに引き起こす。 「――ッ・・・」 睡眠をとり過ぎた時のような気分の悪さに頭を抑えて、ギアッチョはふぅっと 息を吐き出した。気だるげに隣に眼を遣ると、ベッドの上は空。 「眼が覚めた?」 待っていたようなタイミングで上から降って来た声に、ギアッチョは緩慢に 頭を上げる。隣のベッドの主が、両手にコップを一つずつ携えて立っていた。 ギアッチョの返事を待たずに、彼女は片方のコップを差し出す。 「・・・水、飲む?」 だるそうな声で「ああ」と答えて、ギアッチョはコップを受け取った。取っ手を 傾けて一息に飲み干すと、徐々に頭が冴えてくる。軋む身体を捻ってから、 ギアッチョは彼女――ルイズに眼を戻した。 「・・・昨日といい今日といい、おめーが早起きしてんのは珍しいな」 ルイズは既に制服に着替え終わっている。困ったように溜息をつくと、 「今日はあんたが遅いのよ わたしはいつもの時間に起きたもの」 そう言って自分のカップに口をつけた。ルイズから眼を戻して、ギアッチョは 節々が痛む身体に鞭打って立ち上がる。首や肩をコキコキと鳴らすと、 眼鏡を探しながら口を開いた。 「悪ィな」 「え?」 意味を掴みかねているルイズに、コップをひょいと上げることで答える。 「あ・・・べ、別にあんたの為に汲みに行ったわけじゃないわよ なんだか あんたが寝苦しそうだったから、わたしのついでに持ってきてあげただけ」 ついでという部分を幾分強調して早口にそう言うと、空になったギアッチョの コップを奪い取ってルイズはぱたぱたと走って行ってしまった。 ルイズの背中を見送って、デルフリンガーはカシャンと柄を持ち上げて笑う。 「いやはや、見てるこっちが恥ずかしくなる程の純情ぶりだね」 「ああ?」 なんの話だと言わんばかりの眼をこっちに向けるギアッチョに、デルフは 内心やれやれと呟いた。 ――やっぱりネックは旦那だねこりゃ ギアッチョ達の世界で、カタギの人間と恋に落ちるような者は中々珍しい。 理由は種々あるわけだが、ギアッチョはそれ以前に愛だの恋だのという もの自体に全く興味がなかった。彼にとっては、リゾットチーム以外の人間は 殆ど全てが敵か、またはどうでもいい者のどちらかであった。例えば一人の 女性がいて、彼女がそのどちらであるにせよ、ギアッチョには微塵の興味も 沸きはしない。殺すか、捨て置くか。彼の前には、それ以外の選択肢など 出ようはずもなかった。そんなことが何年も続くうちに、ギアッチョからは もはや恋だとか愛だという概念それ自体が失われてしまったのである。 これはいかんと思ったメローネが愛読書のハーレム漫画を無理やり 読ませたこともあったが、次々と女絡みのトラブルに巻き込まれる主人公に ついて「このガキはスタンド使いか何かか?」などと呟くギアッチョには、 さしものメローネも匙を投げざるを得なかった。「敗因は漫画のチョイスだろ」 とはイルーゾォの言であるが。 勿論デルフリンガーがそんなことを知る由もないのだが、これだけ度々こんな 場面に遭遇すれば流石に彼にもギアッチョのことが分かって来たようで、 デルフリンガーは半ば本気で二人の行く末を心配していたりする。 返事をしないデルフから、ギアッチョは早々に視線を移して身体を伸ばして いた。若干身体が楽になったことを確認して、ひょいとデルフを掴む。 「お?」 「アルビオンとやらを見に行くぜ」 アルビオンを「見上げて」、ギアッチョは絶句した。広大無辺の大空に、 溜息が出るほどに巨大な島――否、大陸が一つ、悠然と浮遊している。 「――・・・・・・」 正に文字通りの意味で絶句して、ギアッチョはアルビオンに眼を奪われている。 それは当然だ。この神々しいまでに美しくも雄大な景観に、圧倒されない 人間が一体どこにいるだろうか。 珍しく驚嘆の表情を露にしているギアッチョが面白いのか、ワルドと話をして いたルイズはくすりと笑って口を開く。 「驚いた?」 「マジにな・・・」 「あれがアルビオンよ ああやってずっと空を彷徨ってるの 普段は大洋の 上空に浮かんでることが多いんだけど、月に何度かハルケギニアの上に やってくるわ」 大きさはトリステインの国土程もあるのだとルイズは説明する。それを受けて、 「通称『白の国』、だね」 ワルドも解説に加わった。ギアッチョはアルビオンの下方にちらりと眼を移す。 アルビオンの大河から流れ落ちた水が、霧となって下半分を白く覆っていた。 「・・・なるほどな」 「右舷上方の雲中より、船が接近してきます!」 鐘楼で見張りに当たっていた船員の大声で、船内に一瞬で緊張が走った。 ギアッチョは言われた方向に首を向ける。こちらより一回りも大きい黒塗りの 船が、明らかにこちらを目指して近づいて来た。 「・・・貴族派の連中か?お前らの為に硫黄を運んでいる船だと教えてやれ」 船長の指示で見張りが手旗を振るが、黒い船からの返信はない。皆一様に いぶかしんでいるところへ、副長が血相を変えて駆け寄って来た。 「せ、船長!あの船は旗を掲げておりません!空賊です!」 二十数門もの砲台が、こちらを睥睨している。いかなワルドやギアッチョと 言えども、もはや逃走は不可能だった。 黒船のマストに、停船命令を意味する信号旗がするすると登り、 「・・・裏帆を打て・・・・・・停船だ」 苦渋に満ちた顔で、船長は絶望の命令を出した。 黒船の舷側に、銃や弓を持った野卑な男達がずらりと並ぶ。一斉にこちらに 狙いを定められて、ルイズはびくりと小さく肩を震わせた。ギアッチョは感情の 読めない顔で、一歩ルイズの前に進み出る。 「・・・ギアッチョ」 冷静に、彼は状況を分析する。黒船からは、既に小型の斧や曲刀を持った 賊達がこちらに乗り移って来ていた。大砲を使われることはないだろう。 仲間諸共沈めてしまうからだ。しかし示威としてはこの上ない威力を発揮 している。それが証拠にこちらの船員達はすっかり怯えあがり、もはや 物の役にも立ちはしない状態であった。もっとも、ギアッチョは元々彼らを 戦力などと考えてもいなかったが。 ――奴らの銃は大方オレ達三人に狙いをつけている・・・こいつを突破 するなぁ少々骨だな おまけに剣を持った奴らもオレ達を包囲してやがる これだけ四方八方から狙われりゃあ満足に立ち回れるかも怪しいもんだ ワルドの野郎は自力で何とかしてもらうとしても、ルイズを放っておく わけにゃあいかねーからな・・・ しばし黙考した末に、ギアッチョは投降を選択した。まさかこの場で 殺されるなどということはないだろう。貴族にはいくらでも「使い道」がある。 どれだけがんじがらめに縛られようが、ホワイト・アルバムがあれば 脱出は容易い。負けを認めるのは多少・・・いやかなり屈辱だが、今は 四の五の言っている場合ではないことの解らないギアッチョではなかった。 「そこのてめーら!剣と杖をこっちに放りな!」 と高圧的に命令する空賊に、ギアッチョは苛立つ顔一つ見せず従った。 ぼさぼさの黒い長髪に眼帯と無精髭という、実にステレオタイプな風体の 男がどすんと甲板に飛び降りる。ギアッチョはまるで創作ものの海賊船長 だなと思ったが、どうやら男は本当に賊の頭らしく、じろりと辺りを見回して 荒っぽく言葉を吐いた。 「船長はどこだ?」 その声に恐る恐る答えた船長と幾つか言葉をかわした後、男は震える 船長の首筋を曲刀でぴたぴたと叩いて笑った。 「船も硫黄も全部買い取ってやる!代金はてめーらの命だ!」 隅から隅まで響き渡るような大声でそう叫ぶと、男はニヤリと笑ったまま 仲間のほうを向いた。 「おい、こいつらを船倉に叩き込んどけ」 空賊に引っ立てられて行く船員達を満足に見遣って、男はルイズ達に 向き直る。 「これはこれは、貴族様方が御同船なされていたとは存じ上げませんでした」 大げさな身振りで白々しくそう言って、男は愉快そうに下卑た笑いを浮かべた。 曲刀を肩に担ぎ、どすどすとルイズに歩み寄る。ルイズの顎を片手で持ち 上げて、男は値踏みするように彼女を眺めた。 「こりゃあ大層な別嬪さんですなぁ どうです?私の元で靴磨きでも?」 人を小馬鹿にした笑みでそう言う男の手を、ルイズはぱしんとはねのけた。 怒りを込めた眼で、キッと男を睨みつける。 「下がりなさい!わたしはトリステインからの使い・・・大使よ!」 堂々と己の正体をバラすルイズにワルドは不味いという顔をし、ギアッチョは やれやれといった感じに首を振った。しかしルイズはそんな彼らの心中も 忖度せず、だが毅然として胸を張る。 「わたし達はアルビオンの王党派に、正統な政府たる王室に用があるの 今すぐ皆を釈放してここを通しなさい!」 「おいおいお嬢ちゃん あんた頭は大丈夫かね?」 賊の頭は不可解な顔でルイズに問い掛ける。 「俺達が貴族派と結託してる可能性ってヤツを考えなかったのか?」 恫喝するような調子で語りかける男に、ルイズはあくまで王女の使いと しての誇りを持って相対する。 「だったらどうだと言うの?わたしはあんた達みたいな人間に嘘をついて 下げるような頭は持ってないわ!」 その言葉に男は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたが、やがてげらげらと おかしそうに笑い出した。 「カハハハハハ!ええ?貴族のプライドの為に命を捨てるってか?あんたら 貴族ってなァ全くもって度し難い奴らだな!」 「そんな下らないものじゃないわ」 「何・・・?」 まるで貴族自体を否定するような言葉が当の貴族から出たことに、頭は 再び眼を丸くする。それは手下の空賊達も、そしてワルドも一緒だった。 「これはあんた達みたいな外道を許せないわたし自身の、そして トリステインを代表する者としての誇りよ!あんたなんかには永遠に 理解出来ないでしょうけどね!」 貴族でありながら、彼女の言葉は貴族のものでも平民のものでもない。 ただ一人、ルイズ・フランソワーズ、彼女自身の言葉だった。頭は彼女の 綺麗な髪を引っつかみ、鼻先まで顔を近づけて脅嚇し、首筋に刃を 押し当てる。しかしびくりと身を固くしながらも、ルイズは頭の眼を見据え 続けた。逆境にあって尚、彼女の旭日のような誇りと「覚悟」は潰えない。 そんな彼女を、ギアッチョはただ黙って見つめている。男は手を変え 品を変えてルイズを脅し続けるが、彼女は何をされようがついに男に 屈しなかった。ルイズの「覚悟」が本物であると悟り、今にも人を殺さん ばかりだった男の表情がふっと和らぐ。 男の物腰は、賊のそれから一流の貴族のものに一瞬にして変化した。 彼は己の黒髪に手をやり、 「どうやらその「覚悟」は本物のようだ 失礼を詫びよう、私は――」 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」 突如上空から雄叫びが聞こえ、男もルイズも、その場の誰もが天を振り 仰いだ。彼らの真上にいたのは、竜だった。そして甲板に大きく影を落とした それから流星のように飛び降りて来た金髪の少年はッ! 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぶァァッ!!」 くぐもった悲鳴と共に、見事に甲板に激突した。 「ギ、ギーシュ!?」 天から隕石の如く落下した少年に、ルイズが初めて大きな動揺を見せる。 ギーシュは鼻を押さえてフラフラと立ち上がると、造花の杖を頭に向けた。 「や、やひッ!賊め、ルイズをはにゃせッ!」 フガフガと鼻を鳴らしながら言われても何の迫力もないのだが、当の空賊 達はギーシュの体を張った一発芸に呆気にとられて言葉も出なかった。 そんなギーシュの横に、情熱に染まった髪を持つ少女が降り立つ。 「空賊であらせられる皆々様、よろしければ武器をお捨てになって 下さりませんこと?さもなくばこの微熱のキュルケと雪風のタバサ、あと 鉛の・・・青銅?・・・青銅のギーシュが、不本意ながらこちらで大暴れ させていただくことになりますわ」 優雅な身振りで一礼するキュルケに合わせて、シルフィードに乗ったまま 臨戦態勢のタバサが降りてきた。 予想外の展開にルイズは眼を白黒させている。ギアッチョとワルドも、 大小違いはあれど共に驚きの色を含んだ顔で彼女達を見ている。 空賊の頭と手下達は今度こそ驚愕の顔で固まっていたが、数秒の後 彼らは殆ど同時に、弾かれたように笑い出した。しかしその笑いには、 今までの野卑な声とは違う爽やかさがあった。 実に大きな声でひとしきり笑った後、頭は改めてルイズ達に向き直った。 「君は実に良い仲間を持っているようだ すまない大使殿、数々の無礼 許して欲しい」 ルイズに謝罪しながら、男は己の髪を掴む。男の力にしたがって、それは するりとはがれた。彼は次に眼帯を取り外し、そして最後に髭を外す。 その下に現れたのは、金糸の如き髪と蒼穹を映したかのような瞳を持つ 凛々しき青年だった。ぽかんと口を開けたまま固まっているルイズ達を 見渡して、青年は威風堂々たる所作で口を開いた。 「私はアルビオン王国空軍大将にして、王国最後の軍艦、この『イーグル』号が 籍を置く本国艦隊司令長官・・・」 にこりと爽やかに微笑んで、彼は己の名を名乗る。 「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」 「・・・プ、プリンス・オブ・ウェールズ・・・?」 あまりの事態に頭が混乱しているルイズ達のそばで、ギアッチョとワルドは 冷静にウェールズを観察している。一人はなるほどなという顔で、一人は 興味深げな顔で。 「我々空軍の役目は反乱軍共の補給線を断つことなのだが、困ったことに 空賊に身をやつさねばおちおち空の旅もままならぬ状況でね 大使殿、君のこともなかなか信じられなかった まさか外国に我々の 味方がいるなどと、夢にも思わなくてね・・・重ねて言うが、試すような真似を してすまなかった」 そこでウェールズは一度言葉を切る。そうしてルイズ達を見渡して、まるで 太陽のように眩しい笑顔で「そして」と言った。 「明日滅びる国へようこそ、客人方」
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「桟橋」の階段の先は、一本の巨大な枝に続いている。そこに吊り下げ られている船の甲板にワルドとルイズはいた。ギアッチョは左手に デルフリンガーを握ると、昇降の為に備えられているタラップに眼も くれずそのまま甲板に飛び降りる。着地の衝撃が身体を揺らすが、 「ガンダールヴ」の力はギアッチョにまるで痛みを感じさせなかった。 「便利なもんだな」と呟きながら剣を仕舞う。ワルドに視線を遣ると、 彼は遅いぞと言わんばかりの眼をこちらに向けていた。 「交渉は成功してるんだろーな」 「勿論」 ワルドは杖の先で羽根帽子のつばをついと押し上げ、舳先の方で 船員達に指示を出していた船長に声をかけた。 「船長、もう結構だ 出してくれたまえ」 船長は小ずるい笑みでワルドに一礼すると、船員達に向き直って怒鳴る。 「出港だ!もやいを放て!帆を打て!」 がくんという衝撃と共に船が浮き上がる。ギアッチョは舷側に乗り出して、 興味深そうに地上を見下ろした。ルイズの話では、船体に内臓された 「風石」とやらの力で宙に浮かんでいるのだという。徐々に速度を増して 遠ざかってゆくラ・ロシェールの明かりを眺めて、ギアッチョはキュルケ達の ことを考えた。あの三人とシルフィードなら、引き際を誤らなければ死ぬ ことはないだろう。しかしそう思いつつも、意思に反して彼の心はどこか ざわついている。今日何度目かの舌打ちをして、ギアッチョは去り行く港の 灯りから眼を離した。ボスを裏切って7人散り散りに別れたあの日以来、 こんな気分になることはもうないと思っていた。 どうしてこんな気持ちになる?彼女達が死んだところで自分にどんな不都合が あるというのだろう。暗殺者という軛を外れた彼が否応なく人としての心を 取り戻しつつあることに、ギアッチョは気付けない。 「クソ・・・気分が悪ィ・・・」 自由な片腕で欄干にもたれたまま、ギアッチョは不機嫌な顔で眼を閉じた。 包帯と軟膏を持って、ルイズは少し釈然としない顔で船室から甲板へ戻って きた。怪我人がいるから譲って欲しいと船長に頼んだのだが、薬は高いし 船の上では補充も効かないと言われて二倍以上の金額で買わされたのだった。 しかしまぁそれも仕方ないかなとルイズは思う。身近な国で戦争が起こっている このご時世、平民からすれば少しでも金は欲しいのだろうし、包帯や薬は アルビオンに輸出されて品薄になっているのかも知れない。船長ならちゃんと 船員に金を分け与えるだろうし、貴族としてこのくらいの支出はしなければ。 等と素直に考えている辺り、ルイズはまだまだ純粋な少女であった。 欄干にもたれているギアッチョの元へ、ルイズは足早に歩いて行く。 マストの下で、ワルドと船長が何事か話していた。「攻囲されて・・・」だの 「苦戦中・・・」だのという言葉が聞こえてくる。やはり戦況は芳しくないようだ。 どうやら手紙の所持者、ウェールズ皇太子はまだ生きて戦い続けてはいる らしい。しかしアルビオンの王党派は、もはやいつ全滅してもおかしくない 瀬戸際にいるという。脳裏をよぎった最悪の可能性に首を振って、ルイズは ギアッチョの元へ逃げるように駆け出した。 「左手、出して」 「ああ?」 後ろからかけられた言葉に、ギアッチョは気だるげに振り向く。両手に 包帯と軟膏を抱えてルイズが立っていた。 「包帯巻くのよ」 「・・・オレをミイラ男にでもする気かてめーは」 ギアッチョはじろりと包帯を見る。どっさりと抱えられたそれは、彼女のか細い 両腕から今にも転がり落ちそうだ。 「う・・・あ、明日の分もいるでしょ!そ、それに交換もしなきゃいけないし・・・ あと、えーと・・・・・・ああもう!とにかく左手出しなさいよ!」 「そこに置いとけ 包帯ぐらいてめーで巻ける」 どうでもいいようにそう言って、ギアッチョは再び空に顔を戻した。 ルイズは少しムッとする。わざわざそんな言い方をしなくてもいいではないか。 「左手出しなさいってば!」 ルイズは意固地になって繰り返す。 「てめーで巻けるって言ってるだろーが」 「自分じゃ巻きにくいじゃない!巻いてあげるって言ってるんだから大人しく 聞きなさいよ!」 「いらねーってのが分からねーのかてめーは いいからそこに置け」 「あんたこそ出せって言うのが分からないの!?いいから出しなさい!」 絶対巻いてやるんだから!と躍起になるルイズと全く巻かせる気のない ギアッチョは、一進も一退もしない攻防を続ける。無表情で拒否を繰り返す ギアッチョにいい加減疲れてきたルイズは、はぁと溜息をついて尋ねた。 「もう・・・どうしてそんな意地になるのよ」 借りを作るのは面倒の元だ、と言おうとしてギアッチョはハッとする。 ここはそういう世界ではないのだ。そしてルイズはそんな人間ではない。 進んで手当てをしておいて貸しを作ったなどと、考えすらしないだろう。しかし。 「・・・な、何よ」 ギアッチョはじろりとルイズを見る。 彼にも矜持というものがある。大の男が年端もゆかぬ――しつこいようだが ギアッチョはそう思い込んでいる――少女に包帯を巻かれる等という状況は とても容認出来るものではなかった。そんなギアッチョの心境を感じ取ったのか どうなのか、 「分かったわ・・・じゃあこうしましょう あんたが包帯巻くのをわたしが手伝うわ」 ルイズはそう言って、まるで名案でも思いついたかのようにえっへんと残念な 胸を張った。その拍子に次々と包帯が甲板に落ちて、ルイズは慌ててそれを 拾い集める。そんなルイズを見下ろして、ギアッチョはしょーがねーなと考えた。 借りがどうだと言うのなら、そもそも命を助けられた時点でこれ以上ない借りを 作っているのだ。借りを返すということで我慢してやることにして、ギアッチョは あくまで投げやりに口を開いた。 「・・・勝手にしろ」 「――ッ!」 ギアッチョの左腕を捲り上げて、ルイズは息を呑んだ。仮面の男の雷撃に よって、ギアッチョの左腕は見るも無残に焼け爛れていた。 「ひどい・・・」 ルイズは思わず声を上げるが、 「この程度で騒ぐんじゃあねー」 ギアッチョはことも無げにそう言って、ルイズの腕の中の包帯と軟膏を一つ 無造作に掴み取った。それらをポケットに突っ込むと、ショックを受けている ルイズを放置して船室へと入って行く。船員に言って水を貰い、痛みをこらえて 傷口を洗い流し軟膏を塗りつける。それから包帯を取り上げると、右手と口で 器用にそれを巻いていく。半分ほど巻き終わったところで、 「ひ、一人で何やってんのよあんたはーーーっ!」 ようやく正気を取り戻したルイズが飛び込んで来た。 「も、もうこんなに巻いてるじゃない!わたしも手伝うって言ったでしょ!?」 「だから勝手にしろって言っただろーが 来なかったのはおめーの勝手だ」 しれっと言ってのけるギアッチョに、ルイズの肩がふるふると震える。これは キレたか?と思ったギアッチョだったが、 「・・・何よ 手当てぐらいさせなさいよ・・・」 ルイズの口から出てきたのは、実に弱弱しい言葉だった。少し眼を伏せた 格好で、ルイズは殆ど呟くような声で言う。 「・・・姫様に頼まれたのはわたしなのに、わたしだけが何も出来ないなんて 最低よ・・・ あんたもワルドも、キュルケ達まで戦ってるのにわたしは何も 出来ずに見てるだけなんて、こんなのメイジのやることじゃないわ・・・ 挙句にわたしを庇ってこんな大怪我までされて・・・せめて手当てぐらい しなきゃ、わたし・・・!」 ルイズの言葉は、彼女の悔しさと申し訳なさを如実に物語っていた。 ギアッチョは改めてルイズを見る。俯いて立ち尽くすルイズの拳は、痛い ほどに握り締められていた。 「主人を庇うのが使い魔の仕事なんだろーが」 包帯を巻く手を休めてギアッチョは言うが、その言葉はルイズの傷をえぐる だけだった。 「そうだけど・・・そうだけど違うもん 使い魔だけど、あんたは人間だもん ・・・何よ 何でも出来るからって、どれもこれも一人でやらないでよ・・・ 一つくらい、主人らしいことさせてよ・・・」 ここまで深刻に悩んでいるとは思わなかった。ギアッチョはがしがしと頭を掻く。 ルイズはこう見えて責任感が強い。何も出来ずただ守られているだけの自分を、 彼女は許せないのだろう。 「・・・てめーでやれることをすりゃあいいんだ 拗ねることじゃあねーだろ」 「・・・拗ねてなんかないもん 使い魔の前で拗ねる主人なんていないもん」 拗ねながら落ち込むという若干高度なテクニックを披露するルイズに軽い 頭痛を感じたが、しかし一方でギアッチョにはルイズの無力感が痛いほどよく 分かる。フーケ戦で己の無力を痛感したギアッチョに、今のルイズはどうしても 捨て置けなかった。 自分を誤魔化すようにはぁと溜息をつくと、彼は左手をルイズに突き出した。 「・・・片手でやるのはもう疲れた 後はおめーがやれ 一度やると言ったんだからな、嫌だと言っても巻いてもらうぜ」 その言葉に、ルイズの顔が一瞬ぱぁっと明るくなる。それに気付いてルイズは ぷいっと怒ったように顔を背けて答えた。 「い、言われなくたってやってあげるわよ!しょうがないけど、言ったことは やらなきゃダメだもの ご主人様が直々に手当てしてあげるんだから、 かか、感謝しなさいよね!」 誰が見ても照れ隠しと分かる顔で早口にそう言って、ルイズはギアッチョの 右手から包帯の端をひったくった。手持ち無沙汰になったギアッチョはフンと 鼻を鳴らして眼鏡を押し上げると、何をするでもなく黙り込んだ。 まるで白磁のような手で、ルイズは包帯を巻いてゆく。未だに燃えているかと 錯覚するほどに熱い腕を、その冷たい指で冷ましながら。 たどたどしい手つきではあるが、出来うる限り優しく丁寧に巻こうと苦心している ことが十二分に伝わってくる。良くも悪くも、真っ直ぐな少女だった。 一心不乱に包帯と戦っているルイズを見下ろして、ギアッチョはふと思う。 ペッシを見守るプロシュートは、こんな感じだったのだろうかと。もっとも、 ペッシとルイズの容姿には本当に同じ人間同士かというほどの差はあるのだが。 「おめーも物好きな野郎だな」などと冗談交じりに話していたことを思い出す。 しかしあいつの気持ちが、今なら少し――本当にほんの少しだが、分かるかも 知れない。そのうち地獄でプロシュートに会ったら、「オレもヤキが回ったもんだ」 と言ってやろうかとギアッチョは思う。しかし少なくとも、手紙を回収するまでは そっちには行けそうにない。ならば当面はプロシュートに学ぼうかと彼は考えて みた。あんな時こんな時、あいつはどう説教していただろうか、どうフォローして いただろうか。「何でオレはこんなことをバカみてーに考えてんだ」と心中毒づき ながらも、ギアッチョはプロシュートの偉大さを痛感した。ギアッチョが覚えている だけでも、プロシュートは結構な回数ペッシをブン殴っていた。にも関わらず、 ペッシはプロシュートを変わらず「兄貴」と慕っていたのである。 ――カリスマってヤツか? いや、それはリゾットだろうか。まあどの道、とギアッチョは結考える。どの道 自分にプロシュートのような真似は出来ない。特に額に額を当てる彼の得意技 など、ギアッチョがやれば恫喝にしか見えないだろう。 オレはオレで適当にやらせてもらうとしようと結論づけて、ギアッチョは己の 左腕に眼を落とす。包帯は既にその大部分を包んでいた。 ついでにプロシュートはこの状況ならどうするだろうかと考えてみる。 「『手当てした』なら使ってもいいッ!」と真顔で言うプロシュートが何故か思い 浮かんで、ギアッチョは思わず口の端がつり上がった。そんなギアッチョと偶然 眼が合って、彼の笑みをどう解釈したものか、ルイズは少し顔を赤らめて眼を 逸らした。
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木造の粗末なベッドに椅子とテーブルが一組、他に眼に付くものは壁に掛けられたタペストリーのみ。その質素な部屋が、アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーの居室であった。 部屋の主は椅子に腰掛けると、机の抽斗を開いた。そこにはたった一つ、宝石が散りばめられた小箱が入っている。先端に小さな鍵の付いたネックレスを首から外すと、彼はそれを小箱の鍵穴に差し込んだ。 開いた蓋の内側には、アンリエッタの肖像が描かれている。 ルイズとワルド、それにギアッチョがその箱を覗き込んでいることに気付いて、ウェールズははにかむように笑った。 「宝箱でね」 小箱の中に入っていた手紙を、ウェールズはそっと取り出す。それこそがアンリエッタの手紙であるらしかった。愛しそうに手紙に口づけた後、ウェールズは便箋を引き出してゆっくりと読み始める。 何度もそうやって読まれたらしいそれは、既にボロボロだった。 「これが姫から頂いた手紙だ」 ウェールズはゆっくりと手紙を読み返すと、ルイズにそれを手渡して 「確かに返却したよ」と言った。深く頭を下げて、ルイズは手紙を押し頂く。 「ありがとうございます、殿下」 「明日の朝、非戦闘員を乗せた『イーグル』号がここを出港する。 それに乗って、トリステインに帰るといい」 しかしウェールズから告げられた任務終了の言葉にも、ルイズは安堵の顔を見せない。それどころか、彼女の表情は悲しげにすら見える。 少しの間彼女はじっと手紙を見詰めていたが、やがて決心したように口を開いた。 「……あの、殿下 申し上げにくいのですが……その」 「言ってごらん」 「……王軍に勝ち目は、ないのでしょうか」 躊躇うように問うルイズに、ウェールズはあっさり答える。 「ああ、ないよ」 「我が軍は総勢三百、敵は五万だ 万に一つの可能性も有り得ないさ 我々に出来ることは、王家の誇りを最期の一瞬まで彼奴らに刻み込むこと――それだけだ」 幾分おどけたような口調でそう言うウェールズの眼に、しかし冗談の色は含まれていなかった。ルイズは俯いて口を開く。 「……殿下も、討ち死になさるおつもりなのですか?」 「当然さ 私は真っ先に死ぬつもりだよ」 愕然とした顔をするルイズの横で、ワルドはただ黙って眼を閉じている。 そしてギアッチョもまた、黙してウェールズを見つめていた。しかし眼鏡のレンズに阻まれて、彼の表情を読み取ることは出来ない。 「……殿下、失礼をお許しくださいませ 恐れながら、申し上げたいことが ございます」 「なんだね?」 「この、只今お預かりした手紙の内容 これは――」 「ルイズ」 ワルドがルイズの肩をそっと掴んでたしなめる。しかしルイズは、キッと顔を上げてウェールズを見つめた。 「わたくしがこの任務を仰せつかった折の姫様の御様子、尋常なものでは ございませんでした まるで……まるで恋人を案じるような…… それに先ほどの小箱に描かれた姫様の肖像画や、姫様のお話をなされる時の殿下の物憂げなお顔……もしや、姫様と殿下は――」 「恋仲であった、と言いたいのかな」 微笑むウェールズに、ルイズは頷いた。 「……とんだご無礼をお許しくださいませ しかし、そうであるならばこの 手紙の内容は……」 「……そう、恋文だよ ゲルマニアにこれが渡っては不味いというのは、つまりそういうことさ 何せ、彼女は始祖ブリミルの名において永久の愛を私に誓ってしまっているのだからね これが白日に晒されれば、無論ゲルマニアとの同盟は相成らぬ トリステインはただ一国にて、貴族派共と杖を交えねばならなくなるだろう」 「……殿下、僭越ながらお願い申し上げます どうか、我が国へ亡命なされませ!」 ルイズは今にも叫びだしそうな勢いで言うが、ウェールズは笑って取り合わない。 「それは出来ないよ」 「殿下、姫様のことを愛しておられるのならば、どうか、どうかお聞き入れ下さいませ!幼少のみぎり、わたくしは畏れ多くも姫様のお遊び相手を務めさせていただきました 姫様のご気性、わたくしはよく存じております!王宮の中にあって、姫様はとても純粋な方でございます 殿下の戦死を、あの方はきっと納得出来ませぬ。 先にお渡しした手紙にも、姫様は恐らくあなた様に亡命をお勧めになっているのでございましょう?いえ、わたくしには分かりますわ。亡命を受け入れず叛徒の手にかかって死んでしまわれたなどと、わたくしは一体どのような顔で姫様にお伝えすればよいのでしょうかそんなことを聞けば、姫様のお心はきっと張り裂けてしまいますわ! 殿下、お願いでございます!姫様の為に、どうか、どうか我が国へ!」 ルイズの心からの嘆願に、ウェールズは一瞬苦しげな顔を見せたが、しかしすぐに首を振ってそれを打ち消した。 「……本当に、君は彼女のことをよく知っているようだね そうさ、その通りだ。この手紙の末尾には私の亡命を勧める一文がしたためられている。……だが、私は亡命するわけにはいかない。絶対にだ」 「何故……!」 「私がトリステインへ亡命などすれば、叛徒共はそれを口実にすぐトリステインへ攻め込んで来るさ。奴ら――『レコンキスタ』の目的はハルケギニアの統一と『聖地』の奪還だそうだ まさか出来るなどとは思わないが。 それに私がここで逃げなどすれば、我がアルビオン王家の為に命を投げ打ってくれる三百人に一体どう詫びればいい? 我々はせめて最期の一瞬まで勇猛に戦って、ハルケギニアの王家は決して劣弱などではないことを知らしめなければならぬ それが、没する王家の最期の義務であり責任なのだ」 「……殿下……!」 「もうやめるんだルイズ 君の気持ちは殿下にも痛い程伝わっているさ だが殿下のお覚悟も理解しなければいけないよ」 そう言ってワルドはルイズの肩を抱く。彼女はそれでようやく諦めたようだった。悄然として俯くルイズの頭を優しげに撫でて、ウェールズは口を開く。 「君は正直な女の子だな、ラ・ヴァリエール嬢 正直で、まっすぐだ とてもいい眼をしている」 にこりと魅力的に微笑んで、ウェールズはルイズの眼を覗き込んだ。 「そのように正直では、大使は務まらないよ しっかりしなさい ……しかし、亡国への大使としては適任かも知れないな 明日に滅ぶ政府は、誰より正直だからね 名誉と矜持、これ以外に守るものなど何もないのだから」 そう言って、彼は己の顔を隠すように机の上に眼を落とした。そこには水の張られた盆が置かれている。水に浮かんでいる針は、微動だにせず一点を指していた。どうやら、これが時計であるらしい。 「……そろそろパーティーの時間だな。君達は我が王国最後の客人だ。是非とも出席していただきたい」 やがて上げられた彼の顔に、物憂げな様子は見られなかった。 ルイズはそれに応えるように、出来る限りの笑顔を作って一礼する。 「……ありがとうございます 喜んで出席させていただきますわ」 「光栄至極に存じます」 同じく一礼すると、ワルドは先頭に立って部屋を退出した。後に続こうとして、ルイズはギアッチョに顔を向ける。 「ほら、ギアッチョ行くわよ」 「先に行ってろ オレはまだ用がある」 「……は?ちょっ、何言ってるのよ!」 ルイズは焦ったような声を上げる。ギアッチョを一人にすれば一体どんな事態になるか解らない。しかしウェールズは微笑んでルイズを制した。 「私は構わないよ ラ・ヴァリエール嬢、先に行っていなさい」 ルイズは困ったように二人を見比べていたが、ギアッチョの眼に退かない光を感じて、諦めたように首を振った。 「変なことしたら許さないんだからね!」と何度も怒鳴るように念押しして、それでもどこか心配そうな顔をしながらルイズは退出した。 ぱたんと扉が閉まるのを確認して、ギアッチョはウェールズに視線を移す。何を言うでもなく、頭をがしがしと掻いてギアッチョはただウェールズを見つめて――否、観察している。 ウェールズもまた、ギアッチョを眺めて彼の言葉を待ったが、ギアッチョはなかなか用件を言い出そうとしない。少し困ったような顔をして、ウェールズはギアッチョに話しかけた。 「……人の使い魔とは珍しい トリステインとは変わった国であるようだね」 「…………トリステインでも珍しいらしいがな」 ギアッチョのぶっきらぼうな口調にウェールズは驚いたような顔になるが、それも一瞬のことだった。すぐにいつもの顔に戻ると、ウェールズはギアッチョに問い掛ける。 「……それで、私に一体何の用かな?子爵と同じ用件だとは思えないが」 それを聞いて、ギアッチョはずいとウェールズの前に進み出た。 ウェールズの蒼い瞳を覗き込むと、彼はようやく話を始めた。 「最初に言っとくが……オレは遥か彼方の世界から来た トリステインやアルビオンの礼儀作法なんざ知らねーし、迂遠な会話で曖昧に濁すつもりもねえ。答えてもらうぜウェールズ・テューダー はっきりとよォォ」 鬼のような眼差しでウェールズを睨んで、ギアッチョは続ける。 「てめーは何の為に死ぬ?聞けば敵は五万だそうじゃあねーか こんなもんは戦争じゃあねえ 一方的な虐殺だろうが」 ギアッチョの言葉に、ウェールズの顔はもう驚愕も不快も表さなかった。 「確かにその通りだ 恐らくは――いや、明日は確実にそうなることだろうね 何の為にか……理由は一つではないが、先ほども言った通り我々は最後まで戦って王家の誇りを示さねばならぬ 奴らの目的が現実のものとなってしまわぬようにだ」 ウェールズはうろたえることなく言い放った。 ウェールズの言葉を、ギアッチョはハッと鼻で笑い飛ばす。 「馬鹿も休み休み言えよ王子様。てめーは使命感に酔ってるだけだ。 誇りを示す?てめーらが総員討ち死にしたところで何も変わりゃあしねーぜ。 それとも何か?この世界にゃあ五万に三百で立ち向かって玉砕した人間を『間抜け』と思わない奴らが山ほど居るってわけか?」 「ああ、それも確かに君の言う通りかも知れないさ。だが我らの意志を誰か一人でも受け継いでくれる可能性があるのならば、私達はどうしてそれに賭けずにいられようか! 遥か異郷から来たという君には分からないかもしれないが、奴ら貴族派――『レコンキスタ』が本当に『聖地』奪還などに動き出せば、数限りない死者が出る。 それを阻止する為には、我々王家は決して奴らに屈してはならないんだ」 ウェールズの毅然とした反論を聞いて、ギアッチョは苛だった顔を見せる。 「……下らねぇな それなら他にいくらでもやりようはあるだろうが。てめーらは自分の国が裏切り者に渡るのを見ずに死にてーだけじゃあねーのか?ええ?オイ。 戦争って名を借りて自殺するってェわけだ。自尊心も満たせりゃ誇りも示せるからなァァァ」 「それは違うッ!!」 ウェールズはついに怒鳴った。握り締めた拳はぶるぶると震えている。 「我々の覚悟を侮辱しないでもらおう!我々はただ死ぬ為に死ぬのではない……死にに行くのでもない!希望を明日へと繋ぐ為に、『戦いに』行くのだ!!」 ドガンッ!! 「ぐッ……!」 壁を殴るような音が、部屋中に響き渡った。ウェールズは首根っこを掴まれて、他ならぬギアッチョの手によって壁に叩きつけられていた。 ウェールズを壁に押し付けたまま、ギアッチョは静かに口を開く。 「そんなに死にてーならよォォォーー 今ここで死ね」 ビキビキと音を立てて、ウェールズの首が凍り始める。ウェールズは驚愕に眼を見開いて呻いた。 「……な……んだ……これは…………!」 「動くんじゃあねーぜ王子様 そうすりゃあ楽に死ねるからよォォー」 「ッ……君は……何者なんだ……」 肺腑から細く息を吐き出すウェールズを死神も震え上がらんばかりの凶眼で見つめて、ギアッチョはつまらなさそうに口を開く。 「さてな……魔人だと言ったらてめーは信じるか?」 「何……?」 「だがオレは慈悲深い てめーを送った後はお仲間もしっかりそっちに届けてやるぜ この城を丸ごと氷の棺にでもしてな……」 それを聞いた途端、ウェールズの右手が跳ねるように動いた。一瞬で懐から杖を引き抜くと、素早く呪文を唱えてギアッチョに空気の塊を打ち放った。 「チッ……!」 今度はギアッチョが壁に叩きつけられる番だった。ギアッチョを引き離したことを確認して、ウェールズはぜいぜいと肩で息をしながらも油断なく杖を構える。 「ふざけるな……!私達は何としてでも明日まで生き延びるッ! それを阻むと言うのであれば、ギアッチョ!例えラ・ヴァリエール嬢の使い魔であろうと私は君を容赦しない!」 言うが早いかウェールズは立て続けに呪文を詠唱する。ギアッチョが弾かれたようにウェールズへ走り出すのと、ウェールズの呪文が完成するのは同時だった。ウェールズの杖から突如巻き起こった烈風は三枚の不可視の刃となってギアッチョに襲い掛かるが、 「ホワイト・アルバム!」 ギアッチョを切断するかと思われた瞬間、三つの刃は小さな銀の粉塵と化して砕け消えた。 「なッ――!?」 驚愕の声を上げるウェールズに、ギアッチョは寸毫待たず肉薄する。 ギアッチョはそのまま左の裏拳でウェールズの杖を殴り飛ばす。同時に右手でウェールズの頭を容赦なく掴むと、 ドグシャアァアッ!! 思いっきり床に叩きつけた。 「が……ッ!!」 「終わりだ」 機械的にギアッチョはそう宣告するが、 「うぉぉおおぉおッ!!」 ウェールズは諦めなかった。両の拳でもがきながらギアッチョに殴りかかり、何とか彼から逃れようとする。しかし所詮はメイジの細腕、百戦錬磨のギアッチョに敵う道理などあろうはずもなかった。 「……ぐッ……くそッ……!離れろッ……!!」 片手で拳を捌かれ続けても、彼は諦めない。荒い呼吸を繰り返しながらも攻撃を止めないウェールズを感情の読めない眼で見遣って、ギアッチョはパッと、攻撃を防いでいた左手を上げた。 バギャアア!! 「……ッ」 「なッ!?」 ギアッチョはウェールズの拳をモロに顔面で喰らい――否、受け止めた。いくら疲弊したメイジの拳とはいえ、思いっきり顔に受ければかなりのダメージがあるはずだった。しかしギアッチョは痛がる素振り一つ見せずにウェールズを睨む。次いで頭を掴んでいた右手を離すと、彼は両手を上げて立ち上がった。 「……やれやれ、悪かったな王子様よォォ オレの負けだ」 「……何だって……?」 ウェールズは魂が抜け落ちたような顔で言う。彼を引き起こしながら、ギアッチョはがしがしと頭を掻いた。 「とっとと諦めるか……さもなきゃあ命乞いでもするかと思ったんだがな。 てめーの『覚悟』は本物だったらしい 疑って悪かった……っつーところだ」 「……演技だったってわけかい……」 ウェールズははぁと溜息をついて椅子に滑り落ちた。 「そういうわけだ オレは慈悲深くも何ともねーからな。そんなに死にてーなら好き放題に死ね」 その言葉にウェールズはぽかんとしていたが、やがて堰を切ったように笑い出した。 「あっははははははは!そんな言葉を言われて安心したのは生まれて初めてだよ! 全くラ・ヴァリエール嬢は珍しい使い魔を召喚したものだ!」 おかしくてたまらないという風に笑い転げるウェールズに背を向けて、ギアッチョは扉へと歩き出す。 「話はこれだけだ ……あの姫さんにゃあオレからよろしく言っといて やるぜ」 そう言って扉に手を掛けたギアッチョに、後ろから「待ちたまえ」という声が掛かる。肩越しに振り向くと、笑いを収めたウェールズがギアッチョを見つめていた。 「……ならば私からも、一つ質問させてもらおう」 「……何だ」 「外つ国の住人である君は、何故私にこんなことをする?君が我らを気にかける理由がどこにあるのか、差し支えなければ教えて欲しいのだが」 ギアッチョは何も答えず扉に顔を戻す。その格好のまま、数瞬の沈黙を越えて彼は口を開いた。 「『覚悟』のねー野郎がさも世を悟り切ったかのような顔で生きてやがるのが気に食わねーからだ」 ウェールズは何も言わずにギアッチョを見つめ続ける。 まるでそんな答えには納得しないと言うかのように。 部屋を再び沈黙が包み――観念したのか、ギアッチョは溜息をついて頭を掻いた。 「…………と、思ってたんだがな……」 感化されたのかもしれねーな、と彼は独白するように言う。 「……感化?あの優しい少女にかい?」 「…………そうかもな あの真っ直ぐ過ぎるクソガキ――いや、クソガキ共か…… 全くオレもヤキが回ったもんだ」 不満げに舌打ちするギアッチョの後姿を眺めて、ウェールズは微笑む。彼は落ち着き払った仕草ですっと立ち上がると、顔を背けたままのギアッチョに近づいた。 「……私は君という人間をよく知らない ましてや、昔の君のことなど全く分からない……しかし言わせて欲しい」 ウェールズにとって、ギアッチョは彼の「覚悟」を今、恐らく最も曇りなく理解している人間だった。 ウェールズは微笑んだまま、太陽のような、しかしその中に峻厳たる誠実さを含んだ口調で言った。 「……今の君に、ありがとうと」 ギアッチョはフンと鼻を鳴らすと、乱暴に扉を開けながら返す。 「とんだお人よしだな……てめーはよ」 その言葉と共に、ギアッチョは廊下へ歩き去った。 前へ 戻る 次へ
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ごうごうと音を立てて風が吹き付ける見張り塔で、ギアッチョとワルドは まるで決闘のように対峙していた。傲然たる態度で己を眺めるギアッチョを 見返して、ワルドは今まで見せたことのない猛禽のような眼つきで笑う。 「それで?僕に話があるんだろう 王宮の話でも聞きたいのかな? グリフォン隊の武勇をご所望かい?それとも――」 杖をヒュンヒュンと回して、カツンと地面を叩く。 「ルイズの話、かな」 退屈そうにワルドを睨んで、ギアッチョは口を開いた。 「人間にはよォォ~~~、目的ってもんがあるよなァァ 目先の話じゃあ ねー、いつか辿り着くべき『場所』の話だ」 「・・・・・・?」 もはや擦り切れて思い出せないが、自分にも恐らくそれはあったのだろう。 遥か過去を思い出しかけた自分をナンセンスだと切り捨てる。真っ向から ワルドの眼を覗き込んで、ギアッチョは言葉を繋いだ。 「或いはこんな話もよくあることだ それで物事の全体だと思ってたもんが、 目線を引いてみるともっと大きな事象の一部だった・・・ってな」 更に鳥瞰すれば、全ての事象は是人生の一部に過ぎないと言えるだろう が――敢えてギアッチョはそこで言葉を切った。 「・・・すまないが、話が抽象的過ぎて言わんとしているところが掴めないな 君らしくもなく迂遠じゃあないか?ギアッチョ君」 大げさに肩をすくめてみせるワルドから、ギアッチョは眼を離さない。 「はっきり言って欲しいってわけか?」 「・・・・・・」 スッと帽子を取り去ると、ワルドは髪をかきあげて改めてギアッチョを見る。 その眼も口元も、もはや笑いを続けることをやめていた。 「結婚をすることで――僕がルイズを何かに利用しようとしていると 言いたいのか?」 二人は先ほどまでと変わらず悠然と対峙している。しかしもし殺気という ものが視える人間がいたならば、彼には二人の間に暴力的なまでの それが吹き荒れていることが解っただろう。 「そう聞こえたか?」 焦ったようでも怒ったようでもない、さりとて人を小馬鹿にするような 顔でもない、有体に言えば無表情な顔のまま、ギアッチョはしれっと 言ってのける。 「ま、言われてみれば確かにそうだよなァァ 聞けばてめー、今まで 何年も会ってない上に手紙の一つも送らなかったそうじゃあねーか てめーとルイズは『偶々偶然』同じ任務に居合わせただけってわけだ」 「・・・・・・」 「今思えばよォォ~~ ラ・ロシェールに着いた翌日からルイズの様子が 妙だったが・・・てめー、あの時既にプロポーズしてたな ええ?オイ どうにもおかしな話じゃあねーか」 そこでギアッチョは一度言葉を止める。と同時に、ギアッチョから今までと 別種の殺気が噴き出し始めた。 「『ウェールズは明日死ぬ、だからその前に式の媒酌をして欲しい』・・・ これは分かる スゲーよく分かる・・・死んじまっちゃあ式は挙げれん からな・・・・・」 「ダ、ダンナ・・・!」 思わずデルフリンガーが叫びを上げるが、もう遅い。 「だが数年ぶりに偶然会ったその日のうちにプロポーズってのはどういう ことだあああ~~~~~ッ!!?ええッ!?オイッ!!誰がどう見ても 不自然だっつーのよーーーーーッ!!ナメやがってこの野郎ォ 超イラつくぜぇ~~~~ッ!!スピード結婚もビックリじゃあねーか! 馬鹿にしてんのかこのオレをッ!!クソッ!クソッ!!」 時と場所と場合の全てを省みずブチ切れたギアッチョには、流石の ワルドも唖然とした顔を隠せなかった。 手近の柱を狂ったように蹴りまくるギアッチョに、デルフリンガーが 声を張り上げる。 「ダンナーッ!ストップストップ!落ち着こうマジで!!クールダウン クールダウン!KOOLに・・・いやさCOOLに!COOLになれ!」 デルフの悲痛な叫びが届いたのかどうなのか、ギアッチョはピタリと 足を止めるとワルドにあっさり向き直った。 「でだ」 実に切り替えの早い男である。おでれーたってレベルじゃねーぞと 呟くデルフを無視して、ギアッチョは何事もなかったかのように 話を再開する。 「貴族派の連中に襲われる危険を冒してまでよォォ~~、明日 無理に式を挙げる理由があるってぇわけか?それなら是非教えて 欲しいもんだな・・・てめーの行動はオレにゃあまるでこの旅が 最後のチャンスだと語ってるようにしか見えねーぜ」 言い終えて、ギアッチョはどんな隙も逃がさんばかりの視線で ワルドを刺す。 「・・・一つ、言っておくが」 既に平静を取り戻していたワルドは、ギアッチョの視線をものとも せずに彼を睨み返した。 「現実は物語とは違う 何もかもが論理的に進むことなどありはしない 何故なら人間は、理のみによって動くものではないからだ」 「・・・・・・」 今度はギアッチョが沈黙する番だった。一瞬たりとも彼からその 鋭い双眸を逸らさずに、ワルドは淀みなく言葉を続ける。 「聡明な君ならば理解してくれるだろうが、人の行動を理詰めで 推し量ろうとしても、必ずどこかで綻びが出る 何故か?答えは 簡単だ 論理的思考というものは――偶然を容認しないからだ」 「偶然を除去し、蓋然を必然に摩り替える それは真実を糊塗する 欺瞞に他ならない なんとなれば、人の行為とは全て偶然の集積に よって決定されるものであるからだ」 風は吹き止まない。月に反射して美しくなびくワルドの銀糸を、 ギアッチョは鼻白んだように眺めた。 「一見不自然に見えることも全て偶然だと、そう言いたいってわけか?」 「理解が早くて助かるね 一々説明する気はないが、彼女に手紙を 出せなかったことも会いに行けなかったことも、つまりはそういうことだ」 ゆっくりと、ワルドは楼上を歩く。ギアッチョを通り過ぎ、そのまま端まで 歩を進める。先ほどまでギアッチョが眺めていた雲海を見下ろして、 ワルドは再び口を開いた。 「僕はルイズを愛している 僕には彼女が必要なんだ 嘘じゃない これは紛れもない、僕の本心だ」 ばさりとマントを翻して、こちらを睨むギアッチョに向き直る。そうして、 ワルドはこの上なく真剣な眼で彼を見据えた。 「君は僕がルイズの権力や財力を狙っているのかと疑っているんだろうが …それは断じて違う 始祖ブリミルの名にかけて、天地神明天神地祇、 万物万象にかけて言おう 僕が欲しいのは、ただルイズだけだ 彼女に 付随する如何な力も要らない たとえ彼女が今、全ての富と権力を―― ヴァリエールの名を失ったとしてもかまわない 僕はルイズという人間が 欲しいんだ」 朗々と言い放たれたワルドの言葉に、ギアッチョは僅かに眉根を寄せる。 今の発言に嘘が含まれているようには思えなかったのだ。 押し黙って動かないギアッチョに、ワルドはフッと笑いを戻す。 「理解してもらえたようだね 話はそれだけかな?」 「・・・ああ」 ギアッチョの返答に満足げな顔をすると、ワルドは帽子を深く被り直す。 彼の横を通って扉の奥へ消えるまで、ワルドはギアッチョを一顧だに しなかった。 ワルドがいなくなったことを確認して、ギアッチョは不機嫌そうに首の 骨を鳴らした。 「大した詭弁だな・・・ヒゲ野郎」 メイジよりもソフィストのほうが向いてるぜと毒づくギアッチョに、 デルフリンガーが恐る恐る声を掛ける。 「・・・ダンナ やっぱりあいつは黒なのかねぇ」 「分からん」 「え?」 「こいつは感覚だがよォォ~~~ 野郎の最後の言葉・・・あれだけは どうにも取り繕ってるような感じがしねー」 「するってーと・・・?」 「ただの感覚だ、アテにゃあならねーよ 第一、そうだとしても依然 奴には不自然な部分が多すぎる」 「ま・・・そりゃそうか そんじゃ今すぐにでも部屋に戻ってルイズの 嬢ちゃんにこのことを――」 「いいや あいつには黙っとけ」 ギアッチョの言葉に、デルフは「へ?」と間抜けな声を上げた。 「え、いや、だってダンナ、このまま結婚しちまったら・・・」 「ワルドが白の可能性もある もしも真実奴が黒なら、必ず明日 行動を起こすだろうからな・・・そこで殺しゃあいい だが野郎が 白だったなら――ルイズの決断に水をさすことになる」 言い終えると、ギアッチョはデルフが何か口にする前に彼を 無理やり鞘に戻した。その格好のまま、ギアッチョは星辰煌めく 天空を振り仰ぎ。そこから何一つ言葉を発することなく、彼は ゆっくりと扉の奥へ歩き去った。 こうして騒がしい一日は終わりを告げ――そして、幾人もの運命を 別つ朝が来る。 「では、式を始める」 静謐に満ちた堂内に、ウェールズの声が凛と響く。ニューカッスル城の 片隅に設えられた小さな礼拝堂、そこがルイズとワルド、二人の婚礼の 舞台であった。非戦闘員は既に港に向かい、兵士達は最後の戦いの 準備を始めている。式を見守っている人間は、ギアッチョとギーシュ、 それにキュルケの三人だけだった。 「・・・ねえ どうしてタバサがいないんだい?」 ギーシュがこっそりとキュルケに尋ねるが、 「私も知らないのよ 起きたら部屋にいないんだもの・・・」 帰ってきた答えはこれであった。心配そうな顔をする二人を横目で 見て、ギアッチョは眼鏡を押し上げる。 「タバサのことは心配しなくていい ちょっとした野暮用だ」 「え・・・ちょ、ちょっと!どうして止めないのよこんな時に!」 「オレが頼んだことだ 文句は後で聞くぜ」 顔を寄せ合ってぼそぼそと続けられる彼らの会話は、ウェールズの 声によって中断された。 「新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド!」 ウェールズの朗とした声が、ワルドに投げかけられる。 「汝は始祖ブリミルの名において、この者を敬い、愛し、そして妻と することを誓いますか」 重々しく頷いて、ワルドは杖を握った左上を胸の前に置いた。 「誓います」 ウェールズはにこりと笑って頷くと、今度はルイズへと視線を移す。 恥ずかしいのか俯いているルイズに微笑んで、ウェールズは彼女に 儀礼の言葉をかけた。 「新婦、ラ・ヴァリエール公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ ド・ラ・ヴァリエール 汝は始祖ブリミルの名において――・・・」 顔を俯けたまま、ウェールズの声が響く中ルイズは必死に自分の心と 戦っていた。一晩経って今日、彼女の葛藤は消え去るどころか更なる 重みを持ってルイズを苛んでいた。ワルドと結婚するのだと、彼を 愛しているのだと思おうとすればするほど、ギアッチョのことが頭から 離れなくなる。それはまるで、自分の中のもう一人の自分が「それで いいのか」と問い掛けているようで、ルイズの胸は訳も分からず 痛んだ。それでいいに決まってるわ、と彼女は言い聞かせるように 自答するが、それは自分でも驚く程に弱弱しいものだった。どうして こんなに胸が苦しいのだろう。どうしてギアッチョの顔を直視出来ないの だろう。ギシギシと痛む己の心に自問を続けながらも、ルイズは 答えを知ってしまうことが何故だかたまらなく恐かった。 「新婦?」 心配の色を含んだウェールズの問いかけで、ルイズはハッと 顔を上げた。ウェールズとワルドが、それぞれ異なる色の瞳を ルイズに向けている。 「えっ・・・あ・・・」 思わず言葉にならない声を上げるルイズに、ウェールズは 優しく微笑みかけた。 「緊張しているのかい?硬くなるのは仕方がないさ 何であれ、 初めてのことは緊張するものだからね これは儀礼に過ぎないが、 しかし儀礼にはそれをするだけの意味がある」 「では続けよう」というウェールズの言葉に、ルイズの心臓は ドキンと跳ね上がった。 「汝は始祖ブリミルの名において、この者を敬い、愛し・・・」 ウェールズの口から滔々と紡がれる言葉に同調して、ルイズの 心臓はどんどん鼓動を早めていく。それを止める者などいる はずもなく――ウェールズはついに、再び文句を唱え終わる。 「・・・夫とすることを、誓いますか」 「・・・・・・ち・・・誓い・・・」 言葉が、出ない。まるで喉の水分が全て奪われてしまったかの ように、ルイズの口はそれ以上何も言えなくなってしまった。 ――何をやってるのよ・・・!誓います、でしょう・・・ルイズ! 己の心に叱咤するが、しかし意志に反して、ルイズの喉は ただかすれた息を繰り返す。 ――どうして・・・?どうして言葉が出ないのよ・・・! ルイズは己の心を怒鳴りつけるように独白するが、その言葉すら 大音量で鳴り渡る自身の心音に掻き消されてしまいそうだった。 ウェールズが、ワルドが不安げな顔で自分を見つめている。 もういっそ、彼女は消えてなくなってしまいたかった。自分の心など 誰も分からない。誰も助けてはくれないのだから―― 「ルイズッ!!」 突然の怒鳴り声に、ルイズはびくりと肩を揺らす。彼女が誰よりも よく知るその声の主は、辺りを憚ることなく長椅子に片足を乗せて 立ち上がった。 「うじうじやってんじゃあねーぞクソガキが!何を悩んでるんだか 知らねーが、答えが出ねーなら考えることなんざ止めちまえ! てめーのしたいようにやれ!そいつが間違ってたってんなら、 このオレが直々にブン殴ってやるからよォォ~~!!」 あまりにも傲岸不遜なギアッチョの言葉に、ルイズは何故か 安心する自分を感じていた。そしてそのまま、彼女は吸い寄せ られるかのようにギアッチョに顔を向け―― 「~~~~~~っ!?」 頑なに顔を見ることを拒否していたギアッチョと眼が合った瞬間、 ルイズは今の今まで気付かなかった・・・いや、気付かない振りを していたことを、稲妻に打たれたように理解してしまった。 一日。たった一日見なかっただけのギアッチョの姿を、ルイズは まるで百年も待ち焦がれていたように感じて――そして今度こそ、 彼女は誤魔化す余地もなく理解した。どうしてギアッチョのことが 頭から離れないのかを。どうしてギアッチョを直視出来なかった のかを。・・・どうしようもない程に、自分がギアッチョに惹かれて いることを。 「・・・・・・あ・・・・・・あう・・・」 己の心を理解した瞬間、ルイズの顔はぼふんと湯気を立てて 茹で上がった。ギアッチョを召喚してからというもの、自分はこんな ことばかりだとどこかぼんやりとルイズは考えたが、当の使い魔が 怪訝な顔で自分を見ていることに気が付いて、彼女は慌ててその 綺麗な顔を背けた。しかし背けた先で、ウェールズもワルドも、 ギーシュにキュルケまで、その場の全てが自分に目線を集中させて いることに漸く気が付いて――ルイズの顔は、ますます真っ赤に 染まってしまった。 「あ、あああああのっ!わわ、わたし・・・!」 どうにかしてこの場を誤魔化そうと、実際どう考えても無駄なのだが とにかくルイズは出来る限りの大声でそう言って、ギクシャクとした 動きでワルドに向き直った。 「・・・・・・ルイズ」 「・・・ワルド・・・わ、わたし・・・・・・」 ルイズはそこで少し言いよどんだが、すぐにキッと顔を上げて、 はっきりとワルドに告げた。 「・・・ごめんなさい わたし、あなたとは結婚出来ない」 「・・・本気なのかい ルイズ」 極めて穏やかに、ワルドは問うた。しかしその拳がわなわなと 震えていることに気付いて、ウェールズはワルドの顔に眼を 遣る。彼の顔に隠し切れずに浮かんでいる表情は、どこか 屈辱や無念とは違っている気がした。 「世界だ!!」 マントを跳ね上げて、ワルドは両手を拡げる。 「僕は世界を手に入れる・・・!その為には君が必要なんだ! 君の力が!君の魔法がッ!!」 「ワルド・・・?冗談はやめて 私が魔法を使えないこと、知ってる じゃない」 「言っただろう、君は強大なメイジになる・・・今はそれに気付いて いないだけだ!僕と来い!来るんだ!ルイズッ!!」 尋常ならざるワルドの剣幕に、ルイズは思わず後ずさった。 流石に不味いと思ったのか、ウェールズが二人の間に割って入る。 「やめたまえ子爵!婚約とは二人の意志があって初めて為される ものだ!潔く身を――」 「貴様は黙っていろッ!!」 「なッ――!?」 あまりに礼を失する物言いにウェールズの顔色が変わるが、 ワルドはそんなウェールズに眼もくれずルイズの手首を掴む。 「痛ッ・・・!やめてワルド!どうしたっていうの!?」 「君はいつか才能に目覚める!目覚めなくてはならない!! 魔法が使いたいのだろうルイズ!僕と来い、僕が君の力を 目覚めさせてやるッ!!」 ギリギリと締め付けられる手首に顔を歪めながらも、ルイズは 臆さず言い放つ。 「ふざけないで・・・!私の魔法?私の才能?何なのよそれは! わたしはあなたの道具なんかじゃないわ!」 自分を拒み続けるルイズに、ワルドは顔を苛立ちに歪める。 言葉による説得を諦め、自分の方へ彼女を引っ張ろうとした その時、 「我が友人に対するそれ以上の侮辱、断じて許さぬ! ワルド子爵、今すぐその手を離せッ!さもなくば我が刃が 貴様を容赦なく切り裂くぞ!!」 ウェールズの声が堂内に響き渡った。猛禽を思わせる双眸で ウェールズを睨んで、ワルドは漸くルイズから手を離す。 「この僕がここまで言ってもダメなのかい?ルイズ」 「いい加減にして!!どこまで・・・どこまで人の心を裏切れば 気が済むの!?」 叫ぶルイズに仮面のような笑みを浮かべて、ワルドは肩を すくめて見せた。そうしておいて、彼は油断なく周囲に眼を 走らせる。すぐ手前にいるウェールズは、自分に杖の先を 向けている。状況についていけず眼を白黒させている ギーシュを、同じく驚きつつもキュルケが叱咤している。 そしてあの「ガンダールヴ」は――既に剣を抜いて、狩人の ような眼でこちらを睨んでいる。何か動きを起こせば、すぐに 飛び掛ってくるだろう。だが―― 「遠い、な」 誰にも聞こえないように、ワルドは低く呟いた。次いで、 今度は本来のよく通る声で語り始める。 「やれやれ・・・こうなっては仕方がない 君の気持ちを掴む 為に、それなりに努力をしたんだがね 目的の一つは諦めると しよう」 「目・・・的・・・?」 ルイズはギアッチョの方へと後ずさる。それを止めもせずに、 ワルドは凶悪な笑みを浮かべた。 「君を手に入れるという目的――これはどうやら、上手く いかなかったらしい」 敵意と悲しみの入り混じったルイズの視線を平然と受け流して、 ワルドは話を続ける。 「二つ目の目的は、君のポケットに入っているアンリエッタの手紙だ」 「――ッ!」 ワルドの言葉で、礼拝堂は一転して刺すような緊張に包まれた。 「そして三つ目だが」 つば広の羽根帽子を目深に被りなおすワルドに、全てを察した ウェールズが迅速に呪文を唱え始め―― ドズッ!! 心臓の辺りに風穴が空いたのは、ワルドではなくウェールズだった。 「・・・『レコン・キスタ』・・・だと・・・」 ごほッと、ウェールズの口から空気が溢れる。「閃光」の二つ名 さながらに一瞬で「エア・ニードル」を完成させたワルドは、ぶしゅりと 音を立ててウェールズから杖を引き抜いた。 「ウェールズ・テューダー 貴様の命というわけだ」 「ウェールズ様ぁぁぁ!!」 凍った場に響いたルイズの悲痛な叫びは、果たして彼の耳に届いて いるのだろうか。ウェールズはよろよろと二・三歩後退して、ガランと 杖を取り落とした。 「・・・ハ・・・ハハハ・・・ 悔しいな・・・・・・」 彼の顔は、痛みではなく無念によって歪んでいた。 「こんな・・・ガハッ・・・ ところ・・・で・・・ 戦うことすら・・・出来ずに・・・」 ウェールズは息も絶え絶えに言葉を吐く。命がぼろぼろと崩れつつある その体が、ぐらりと後ろへ仰け反った。 「いーや おめーはよく戦ったぜ」 がっしりと、死に行く彼の身体を受け止めた者がいた。 「堂々とよォォー・・・先陣を切って、三百人の誰よりもおめーは 勇ましく戦った そうだろ?ウェールズ・テューダー」 「・・・き・・・みは ギアッ・・・チョ・・・か・・・」 もはや眼が霞んで、ウェールズには何も見えはしなかった。だが、 『理解る』。友の腕が支えてくれていることに。友が自分を認めてくれて いることに。 「泣き言はいらねぇ・・・ただ誇ればいい おめーにはその資格がある」 後の始末はオレがつけてやると。ギアッチョははっきり、そう言った。 ウェールズはその言葉に満足げに微笑んで――ゆっくりと眼を閉じる。 「ふふ・・・・・・ありが・・・とう・・・ギアッチョ・・・・・・ 頼・・・んだ・・・」 胸の上に置かれた手が、だらりと下がった。 「・・・・・・アン・・・リ・・・・・・タ・・・ ・・・・・・しあ・・・・・・せ・・・に・・・」 最期の最期に、うわ言のように呟いて、ウェールズはその人生を閉じた。 そっとウェールズの遺体を横たえて、ギアッチョは幽鬼の如き胡乱な 双眸をワルドに向ける。その凍った瞳に、ボッと炎のような殺意が 灯った。 「どけ、ただの『ガンダールヴ』 死にたくなければ身の程をわきまえろ」 杖をギアッチョの胸に向けて、ワルドは嘲笑う。 「久しぶりだぜ・・・こんな気分になったのはな・・・ てめーは ルイズの心を裏切り、こいつの『覚悟』を踏みにじった・・・ええ?オイ 出来てんだろーなァァァ・・・償いをする『覚悟』はよォオォォーーー!!」 「我が暦程に転がるものは、皆等しくただの小石だ 小石に情けを かける者がどこにいる?」 愉快そうに言うワルドに、ギアッチョはもはや何も言わず剣を掲げた。 ギアッチョの代わりに、デルフリンガーが叫ぶ。 「俺もムカついてたところだぜ!ダンナ!存分に俺の魔法吸収を――」 ドンッ!! 「え?」 デルフは何が起こったものか分からずに、間の抜けた声を上げる。 それはそうだ、ワルドに向かって振るわれるはずの己が、床に突き立て られているのだから。 「ダ、ダンナ・・・?」 「こいつはオレが殺す・・・てめーらは手を出すんじゃあねー」 その言葉に、場の人間全てが驚愕の表情を見せる。 「え、ちょ、おいおいダンナ!この野郎はトリステインでも有数の実力を 持つメイジでだな・・・」 「その通りだ 貴様如きに敵う道理はない 尻尾を巻いて逃げ出すが 賢明・・・ッ!?」 言葉の途中で、ワルドは異変に気付く。妙な寒気が、ギアッチョの周囲に 集っているのだ。それは徐々に彼の全身を包んで行き、そして包んだ そばから固体となり始める。 「光栄に思えよ・・・てめー如きに見せるのは勿体ねー力だ」 ギアッチョの足を包んだ氷は、信じられないスピードで膝を、腰を、 肩を覆い。白い魔人が、その正体を現した。 キュルケが、ギーシュが、デルフが・・・そしてワルドまでもが絶句する 中、ギアッチョはワルドを死神のような双眸で貫いて、たった一言を 吐き出した。 「惨めに死ね」 前へ 戻る 次へ
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馬に乗ること3時間、ルイズとギアッチョはトリステインの城下町に到着した。ここ ハルケギニアに召喚されてから初めて見る学院外の景色だったが、ギアッチョは 今それどころではなかった。生まれて初めて乗馬を経験した彼は腰が痛くて仕方が なかったのだ。 「そっちの世界に馬はいないの?」 ルイズが不思議そうに尋ねる。 「いねーこたねーが・・・都市部で馬を乗り物にしてたのは遥か昔の話だ」 ギアッチョが腰を揉みほぐしながら答えるが、ルイズはますます不思議な顔を するだけだった。 「まぁ覚えてりゃあそのうち話してやる それよりよォォ~~ 剣ってなどこに 売ってんだ?」 「ちょっと待って・・・ええと こっちだわ」 ルイズが地図を片手に先導し、ようやく周囲に眼を向ける余裕が出てきたギアッチョは その後ろを観光気分でついて行く。何しろ見れば見るほどメルヘンやファンタジー以外の 何物でもない世界である。幅の狭い石敷きの道や路傍で物を声を張り上げて売る商人達、そして彼らの服装などはまるで中世にワープしたかのようだ。しかし中世欧州と似て 非なるその建築様式が、ここがヨーロッパではないことを物語っていた。 「魔法といい使い魔といい、メローネあたりは大喜びしそうだな」などと考えたところで、 ギアッチョは自分が既にこの世界に馴染んでしまっていることに気付いた。 リゾットはどうしているのだろう。見事ボスを倒し、自分達の仇を取ってくれたのだろうか。 それとも――考えたくないことだが、先に散った仲間達の元へ行ってしまったのだろうか。 このハルケギニアと同じように時間が流れているのならば、きっともうどちらかの結果が 出ているだろう。 ホルマジオからギアッチョに至る犠牲で、彼らが得る事の出来たボスの情報はほぼ 皆無だった。いくらリゾットでも、そんな状態でボスを見つけ出して殺せるものだろうか。 相当分の悪い賭けであることを、ギアッチョは認めざるを得なかった。 ――どの道・・・ ギアッチョは考える。どの道、もう結果は出ているのだ。自分はそれを知らされていない だけ・・・。 「クソッ!!」 眼に映るものを手当たり次第ブチ壊してやりたい気分だった。当面はイタリアに戻る 方法が見つからない以上、こんなことは考えるべきではなかったのだろう。だがもう遅い。 一度考えてしまえば、その思考を抹消することなどなかなか出来はしない。特に―― 激情に火が点いてしまった場合は。 ――結末も知らされないままによォォーーー・・・ どうしてオレだけがこんな異世界で のうのうと生き長らえているってんだッ!ああ!?どうしてだ!!どうしてオレは生きて いる!?手を伸ばすことも叶わねぇ、行く末を見届けることすら出来やしねえッ!! 何故オレがッ!!ええッ!?どうしてオレだけがッ!!何の為に!!何の意味が あってオレは惨めに生きている!?誰か答えろよッ!!ええオイッ!! 一体何に怒りをぶつければいいのか、それすらも解らないまま――、ギアッチョは 溢れ出しそうな怒りを必死に押しとどめていた。 「・・・ギアッチョ ・・・・・・どうしたの?」 その声にハッと我を取り戻したギアッチョが顔を上げると、ルイズが僅かな戸惑いをその 顔に浮かべて自分を見ていた。 「・・・・・・なんでもねぇ」 思わずルイズに当たりそうになったが、彼女とて意図して自分を呼び出したわけでは ない。数秒の沈黙の後――ギアッチョは何とかそれだけ言葉を絞り出した。 いつもと様子が違うギアッチョに、ルイズは当惑していた。ギアッチョを召喚してまだ 数日だが、この男がキレた所はもう嫌というほど眼にしていた。そしてその全く 嬉しくない経験から理解していたことだが、ギアッチョはブチキレる時にTPOを わきまえることはない。食堂だろうが教室だろうが、キレると思ったらその時スデに 行動は終わっているのがギアッチョなのである。シエスタから聞くところによると、 既に厨房でも一度爆発したらしい。傍若無人を地で行く男であった。 そのギアッチョが怒りをこらえている。ルイズでなくても戸惑いは当然だろう。 レンズの奥に隠れてギアッチョの表情は判らなかったが、ルイズには彼が無言の うちに発している悲壮な怒りが痛々しいほどに伝わってきた。 ――・・・ギアッチョ 私のただ一人の使い魔 ただ一人の味方・・・ ルイズはギアッチョの力になってやりたかった。圧勝とは言え体を張って自分を 助けてくれたギアッチョに、せめて心で報いたかった。しかしルイズの心の盾は 堅固不壊を極めている。自分の為に本気で怒ってくれたギアッチョに、ルイズは ただ一言の礼を言うことすら出来なかった。そして今もまた、ルイズの盾は 忠実に職務を果たしている。ギアッチョに報いたいというルイズの思いは、自らの 盾に阻まれて――彼女の心の内に、ただ虚しく跳ね返った。 こうして、怒りを内に溜め込んでいるギアッチョと自己嫌悪に陥っているルイズは 二人して陰鬱な空気を纏ったまま武器屋へと到着した。 貴族が入店したと見るやドスの効いた声で潔白の主張を始める店主に「客よ」と 告げて、ルイズは剣の物色を始める。 「・・・ギアッチョ、あんたはどれがいいの?」 使用者であるギアッチョの意向無しに話は進まないので、ルイズは意を決して 話しかけた。 「・・・剣なんぞに馴染みはねーんだ どれがいいかと聞かれてもよォォ」 同じ事を考えているであろうギアッチョは、そう答えて適当な剣を手に取る。 「――リゾットの野郎がいりゃあ・・・いいアドバイスをくれただろうな」 刀身に視線を落とすと彼はそう呟いた。 リゾット・・・何度かギアッチョが話した彼のリーダー。怒りや悲しみがないまぜに なった声でその名を呟くギアッチョに、ルイズは何かを言ってやりたくて・・・ だけど言葉すらも浮かんではこなかった。 「帰りな素人さんどもよ!」 ルイズの代わりに静寂を破ったのは、人ではなかった。二人が声の主を 探していると、再び聞えたその声はギアッチョの目の前から発されていた。 「剣なんぞに馴染みはねーだァ?そんな野郎が一人前に剣を担ごうなんざ 100年はえェ!とっとと帰って棒っ切れでも振ってな!」 「・・・何? どこにいるのよ」 ルイズがキョロキョロとあたりを見回していると、ギアッチョがグィッ!と一本の 剣を持ち上げた。 「・・・インテリジェンスソード?」 ルイズは珍しそうに持ち上げられた剣を眺めている。 「は、いかにもそいつは意思を持つ魔剣、インテリジェンスソードでさ こらデル公!お客様に失礼な口叩いてんじゃあねえ!」 店主の怒声をデル公と呼ばれた剣は軽く受け流す。 「おうおう兄ちゃんよ!トーシロが気安く俺に触ってんじゃあねーぜ!放しな!」 なおも続く魔剣の罵声もどこ吹く風で、ギアッチョは感情をなくした眼で「彼」を じっと見つめている。 「聞いてんのか兄ちゃん!放せっつってんだよ!ナマスにされてーかッ!」 なんという口の悪さだろう。ルイズは呆れて剣を見ている。そしてギアッチョも 感情の伺えない眼でデル公を見ている。 「・・・おい、てめー口が利けねーのかぁ!?黙ってねーで何とか言いな!!」 ギアッチョは見ている。死神のような眼で、喋る魔剣を。 「・・・・・・ちょ、ちょっと何で黙ってんだよ・・・喋ってくれよ頼むから ねぇ」 ギアッチョは不気味に見つめている。彼の寡黙さにビビりだした剣を。 「・・・あのー・・・ 丁度いいストレスの発散相手が出来たって眼に見えるんですが ・・・僕の気のせいでしょーかねぇ・・・アハハハハ・・・」 そして完全に萎縮してしまったインテリジェンスソードを見つめる男の唇が、 初めて動きを見せ―― トリステイン城下ブルドンネ街の裏路地に、デル公の悲鳴が響き渡った。
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浮かぶ雲によって太陽が遮られた草原の真ん中で、少女は呆然と目の前の地面を見つめていた。 周りからは先程までの喧騒が消え、異様な静寂で満ちている。 何回も失敗を重ね、他の生徒に嘲笑されながらもやっと「サモン・サーヴァント」に成功した その少女、ルイズ・フランボワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの前には、彼女が今召喚したばかりの使い魔がいた。 しかしその使い魔は、彼女が望んでいたドラゴンやサラマンダーなどの幻獣の類ではない。 また、烏や梟、猫や大蛇などの普通の動物でもなかった。 彼女が使い魔として呼び出したもの、そう、それは―――― 植木鉢に植えられた、一本の『草』だったのだ。 「…………何なのよ、これ」 彼女の呟きは、静寂の中を悠々と横切る風に流されていった。 使い魔はゼロのメイジが好き 第一話 何故使い魔を呼ぶ神聖なる儀式「サモン・サーヴァント」で単なる『草』が召喚されたのか、 そしてこれは、一体何なのかというルイズの疑問は、 「…………ぶあっははははははははは!!」 彼女の召喚を見ていた生徒の一人が発した笑い声によってかき消された。 ガラガラ声で笑い続ける彼はその手でルイズを指さし、可笑しくてたまらないというような声で喋り出す。 「流石は『ゼロ』のルイズだぜ!召喚の儀式でただの草を呼び出すなんてよ!」 その声で我に返ったほかの生徒は、彼に同調するように笑い出す。中には、ルイズに罵声を浴びせる者までいた。 「そうよ、珍しく成功したと思ったらこれだもの」 「使い魔ぐらいきちんと呼べよ、ゼロのルイズ!」 「どういう事だよッ!クソッ!草って、どういう事だッ!魔法ナメやがってクソッ!クソッ!」 「……ちょっと間違っただけよ!失敗なんかしてないわ!」 彼らの嘲笑混じりの罵声に、彼女は耳まで真っ赤にして反論する。 そして後ろを振り返り、儀式の監督を行っていた教師に叫んだ。 「ミスタ・コルベール!召喚のやり直しをさせて下さい!」 すると、生徒達の間からローブを纏った頭髪が寂しい男が姿を現した。その表情は困惑しきっている。 彼こそが儀式を監督していた教師、コルベールだった。 「うむ……これは……」 滅多に見ない彼の困った表情を見て、ルイズはもう一度チャンスが貰えるかもしれないという淡い期待を抱いた。 だが、その期待は次の言葉により砕かれることになる。 「いや、それは駄目だ。どんなものを呼び出そうと、召喚だけはやり直す事は出来ない」 その返答に、ルイズは少し苛立つ。やり直せないならどうすればいいのだ。こんな草が使い魔になっても、一体何を してくれるというのだろうか。 いつのまにか出てきた太陽に照らされて、強く輝く彼の頭。それを見るも無残な事にしてやろうか、そんな事を考えている間も コルベールの話は続いていた。 「君も分かっているだろうが、今回呼び出した使い魔で今後の……」 そこまで話したところで、唐突に彼の言葉が止まる。 想像の中で彼の頭の焼畑農業を行っていたルイズも、それに気付いて顔を上げた。 「どうかしましたか?ミスタ・コルベー…」 「み、ミス・ヴァリエール!君、あの『草』に何かしたか?」 その視線はルイズの方には向いていない。ルイズの後ろ、さっき召喚した草の方に向けられていた。 コルベールの顔からはさっきまでの困惑が吹っ飛び、ただ驚きと狼狽の色だけが浮かんでいる。 「『草』ですか?別に私は何もしてませんけど」 急に変わった彼の表情を、彼女は訝しみながら質問に答える。あんな草の何に驚いているんだろう、この人は。 「ならッ!ならあれは何なんだミス・ヴァリエール!答えなさい!」 彼の表情が「驚き」から「焦り」に変わった。まるで、信じられないものでも見たかのように。 その表情に圧倒され、ルイズも後ろを振り返る。半分はこの男に対する呆れの気持ちで、そしてもう半分は恐れの気持ちで。 そして彼女は、本当に信じられないものを見る。魔法を自由に扱うメイジでさえ、思わずうろたえるものを。 後ろを振り返って草を見たルイズ、その鳶色の瞳が瞬時に驚きと困惑、そして恐怖に塗り替えられた。 彼女が呼んだ『草』――――さっきまで確かに萎れて土の上に倒れていたはずの『草』が、起き上がっていた。 言葉さえも出ないルイズとコルベール、そして事の異常さに気付いた生徒達が見守る中、その草はゆっくりと起き上がる。 乾いた地面に水が染み込むように、ゆっくりと、だが力強く。 そして完全に起き上がった『草』は、一度大きく震えると、人間でいう『頭』のような部分を持ちあげる。そこには、猫のような 目と口が存在していた。 不意に、生徒達の一群がどっと崩れた。未知の植物に恐怖した生徒が、この場から逃げ出そうとしたらしい。 逃げようとした生徒と留まろうとした生徒が入り乱れ、たちまち辺りは混乱した。 そんな混乱を愛らしい二つの瞳で見つめながら、この世界に召喚された『猫草』は、そんなの関係ないねとでも言うように 小さな欠伸をして、ウニャンと鳴いた。 To Be Continued...?
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「ほら、朝だよ」 育郎がベッドの中で丸くなっているルイズを揺さぶる。 「うにゅ~もうちょっとー」 「もう登校してる人達もいるようだし、早く起きないと」 「むー」 仕方なくベッドから離れるルイズ 「そこに洗面器がおいてあるから、顔を洗って。制服はそこ」 「下着…そこのー、クローゼットのー、一番下の引き出しー」 「これだね、授業に必要な物は?」 「鞄に入ってる…」 「着替えはおわったね、はい鞄」 「うん」 「じゃあ、いってらっしゃい」 「いってきます…」 寝ぼけ眼をこすって部屋から出るルイズを見送ってすぐ、 「ってなんか違うでしょおおおおおおおおおおお!!!」 叫びながら部屋に戻るルイズを見て、育郎は (忘れ物でもしたのかな?) 等と呑気に考えた。 「貴方は使い魔なの!使用人じゃないの!そりゃ…似たような事させるつもりだけど」 「なんかあんまりにもナチュラルだったから素直に従っちゃったじゃない!?」 「いい!使い魔は主と共にいるって言ったでしょ! 授業中も一緒にいなきゃいけないってわかんない!?」 「というかあんた、朝ごはんどうするつもりだったのよ!?」 等と道すがら怒鳴られながら食堂に向かう。 育郎は粗末な食事、スープとパンニ切れをもって食堂をうろついていた。 ふとルイズの方を見ると、豪勢な食事を美味しそうに頬張っている。 自分の食事との差に何か釈然としないものを感じないではないが、なにせ本来『使い魔』 とやらは動物(あくまでこの世界のだが)が出てくるらしいので、仕方ないのかもしれない。 とはいえ床に置かれたそれをそのまま食べる気にはなれないので、どこか座れる場所がないか 探している最中なのである。そうしていると、ふと聞き覚えのある声が耳に入ってきた。 「こいつにハシバミ草のサラダを食わせてやりたいんですが、かまいませんね!」 「これ、本当に食わなきゃ駄目かのう?」 オスマン氏が目の前のサラダを見ながら、ミス・ロングビルに一縷の望みを込めて聞く。 「駄目です」 にべもなく断られる。 「しかしのう…」 「駄目です」 「まだなんも言っとらんのじゃが…」 しかたなく三千世界にその苦さが知れ渡るとうたわれたハシバミ草を眼の前に持っていく。 「ばあさんや、飯はまだかのう…」 ボケたフリをしてみた。 「眼の前の物しかありません」 駄目だった。 (こんなに怒らんでもええと思うんじゃが…それにしてもいつにもまして苦そうじゃのう) 頑張って一口食べた。 「こ、これでいいじゃろ…ミス・ロングビル…」 「あらあら、まだこんなにも残っているじゃありませんか、オールド・オスマン」 「………マジ?」 「マジです」 救いを求め周りを見回すが、目があった教職員は『自業自得』という目をしている。 (薄情な連中じゃ…おや、あれは?) 見ると今朝会った少年がこちらを見ている。 「おお、少年!」 今朝会った老人に手招きされたので、先生らしき人達が集まっている場所に近づく。 「おじいさん…その、今日はすいませんでした…」 「ほっほっほっ、かまわんかまわん」 「悪いのはオールド・オスマンですから、イクロー君は気になさらないで」 「今朝あったばかりじゃのに、ずいぶんと親しそうじゃのう… こりゃミス・ロングビルがミセス・ロングビルになる日も近いのかな?」 「おほほ、オールド・オスマンったら…そんな事言ってもうやむやにはしませんからね」 チッ、っと舌打ちするオスマン氏が、ふと育郎が持っているものに気付く。 「おお、そりゃ君の朝飯かね?ずいぶんと寂しい限りじゃな…」 「ええ、まあ…」 「そうじゃ!それだけじゃ足らんじゃろ?このサラダを食べてみないかね?」 「いいんですか?」 「オールド・オスマン!駄目よイクロー君、それは…お尻を触るんじゃぁない!」 オラオラを叩き込まれながらも「は、早く食うんじゃ!」とオスマン氏がせかす。 せっかくの好意(?)なのでサラダを食べようとすると、誰かが育郎のズボンを引っ張った。 「君は?」 見るとルイズと同じ格好の、だがさらに背の小さい、青い髪をした少女が立っていた。 「交換」 そう言って鳥のローストが盛り付けられた皿を差し出してくる。 「…ひょっとしてこれと?」 サラダを指差してみると、こくんと小さく頷く。 「いいのかい?」 「………」 もう一度頷く。 ローストチキンを食べながら、育郎は 「この世界の貴族は、意外にいい人達が多いのかもしれない…」 なんていうことを考えていた。 それだけ オールド・オスマン 当初の予定の3倍のハシバミ草を食わされリタイヤ
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空が青く、清く、何より広い。 無遠慮な壁に邪魔されることなく、どこまでも高く高く続いていく。 陽が暖かい。豊かな草原が風になびいて波を打っている。 潮代わりの草いきれが流れ、散っていく。 人間はこうした土地に、郷愁や温かみ、開放感に心地よさといった正の感覚を知るのだろう。 一般的なホモサピエンスとはかけ離れた存在である彼にも悪くない場所と思えた。 顎を引き、見渡し、頷く。やはり悪くない。 なぜここにいるのか、その原因は分からない。 ここが地球上のどこかも分からない。 何者かによるスタンド攻撃なのかも分からない。だが、それでも悪くはない。彼にとってはどうでもいい。 草の向こうに巨大な石造りの建物が見える。 テーマパークか。図書館、博物館、見たまま城。刑務所ということはなさそうだ。 退屈な環境ビデオのごとく、稀に見る良い環境だ。 周りを取り囲むは場所柄にそぐわない怪しげな集団だったが、それに怯え竦むことはなかった。 彼は無敵だった。文字通りの無敵だった。「敵」が「無」かった。 短くも長くもない生涯で恐怖を感じたことは一度としてない。 近しい者の死にも、それによって与えられるであろう己の死にも、 客観的な視点で俯瞰から眺め続けてきた。それは今現在も変わらない。 そこかしこから笑い声が漏れ聞こえた。聞き慣れた種類の笑い――これは嘲笑だ。 彼と同じく、集団に取り囲まれた一人の少女に対して斟酌無い嘲りが投げかけられている。 「使い魔」「失敗」「ゼロ」といった単語が四方から飛び交い、もしくは囁かれ、 愛らしい少女は白い頬を朱に染め、大きな瞳をさらに見開き、屈辱に肩を震わせていた。 意味の分からない単語も多かったが、そこにからかいの意思を感じ取ることはできた。 彼にとっては見慣れた光景だ。 何やら怒鳴り返しているところをみると、少女は侮辱に対し侮辱で返しているらしい。 やはり見慣れていた。 しかし集団ということを抜きにしても相手方の優位は小揺るぎもしないらしく、 少女の怒鳴り声は集団の上を空しく通り過ぎていくだけだ。 ここまでくると、もはや見飽きている感がある。 少女を含め、皆が皆似通った格好をしていた。 安物囚人服ではない。かなり上等な……学生服だろうか。 ただ一人の年長者である禿げかけた中年男性は、 ものものしい木の杖に前時代的な黒いローブを纏い、 まるでおとぎ話にでも登場する魔法使いのようだった。 眼と耳から手に入った情報を照合し、状況を読み取り、ここで彼は合点がいった。 なるほど、見飽きた光景だったわけだ。 ここはいわゆる新興宗教で、彼らはその少年信徒といったところか。 目の前の少女は、儀式か何かに失敗して笑われているらしい。 信仰をささやかな心の拠り所にするのは大いに結構。 だが、宗教そのものを心の全てにしてしまっては本末転倒だ。 かつて大切にしていたはずの人間関係は磨耗し、やがて消えてなくなる。 胴欲かつ青天井のお布施乞食に吸い上げられて金が無くなり、 信じる物以外の全てを捨てて時間も失い、教団の意向次第で唯一無二の生命さえ奪われる。 そこまでして尚、誰から感謝されるということもなく、教祖は笑い、妄執を捨てず、 誰のおかげでもない、自分が偉大だからこの世は動いているとうそぶき、ふんぞり返る。 何もいいことはない。幸せを掴むためにはもっと他にすべきことがある。 といった意のことをわめきたてたが、彼の声はあえなく無視された。 ためになる助言に聞く耳を持たないとは狂信者にありがちなことだが、 聞こえないふりにしては出来過ぎている。 目前まで全力移動してから緊急停止などといったことを試してみるが、それもまた無視された。 喋り過ぎだと叱責されたこともある声を張り上げ、周囲を旋回してみるが、 彼に注意を払うものは、少女を含めて一人としていない。 彼を見ることができる才能の持ち主はこの場にいないようだ。困ったことになった。 少女は人垣に怒鳴り返すのをやめ、今度は中年男性に食ってかかっていた。 桃色がかった柔らかな金髪が持つ印象に反し、何かと攻撃的に生きている。 そのなりふり構わぬ姿勢は周囲のさらなる失笑を買い、 それにより少女はますます必死になっていった。 中年男性はその他野次馬連中とは違い、それなりに同情的であるらしい。 チャンスは一度ではない。二度でも三度でもない。 五度でも六度でも成功するまでやればいい、と慰めともつかない慰めをかけ、 とりあえず授業を終了する旨を宣言した。 これは単なる儀式ではなく、授業の一環であったようだ。つまり宗教学校ということか。 彼にもいまいち得心がいかなかったが、それどころではないことが起きたため、 疑問は彼方へ吹き飛んだ。 中年男性――年齢や立ち振る舞いからいっておそらくは教師――の号令一下、 少年達――ということは生徒だろう――は宙に浮いた。そう、生身の人間が宙に浮いた。 大きな口をさらに大きく開け、半ば呆然と彼が見送る中、ある者は黙ったまま、 ある者は友人と談笑し、ある者は残った少女をからかいながら、石造りの建物に向かって飛んでいく。 ワイヤーもクレーンもタネもトリックもない。 自分達が仕出かした奇跡を特別視する様子もない。 ごく自然な、当たり前の、家常飯事、日常所作、息を吸って吐くのと同じように、空を飛んでいく。 あとには大口を開いて見送る彼と、笑いものになっていた少女が残された。 少女は遠ざかる背中の一群を睨み、ふと目を逸らし、だがもう一度睨みつけ、 今度は目を伏せ、ため息とともにもう一度目をやった。 今度は睨みつけてはいなかった。 空飛ぶ旧友達の最後の一人までが建物の中に納まるまで目を離さず、 自分以外の動くものが見えなくなってからようやく動き始めた。 右手を開き、閉じ、開き、閉じ、開き、じっと見る。 再び出かけたため息を噛み殺すとともに奥歯を噛み締め、 空を飛ばず、右足と左足を交互に動かし、確かな足取りで前へ進む。 「あ、チョット待ちナー」 我に返り、彼は制止しようとしたが無視された。やはり聞こえていない。 「待てっつてンのにヨーッ。ドーなっても知らねーゾ」 声は届かず、物理的に干渉する手段を持たない以上、黙って見送るしかなかった。 少女は一歩、二歩、三歩進んだところで「凶」を踏み、 そこから四歩、五歩、六歩、七歩いったところで石につまずき前へのめった。 両手と膝をつき、ギリギリで顔面による着地は防いだが、 どうやら膝をついたところに石が顔を出していたらしい。 「アーア……やっちまっタ」 不意の痛みに涙を浮かべ、その一滴を拭うために顔へ手を伸ばし、 頬に掌が触れたところでようやく気がついた。が、すでに時遅し。 「マ、コレでウンがついたってトコジャネーノ?」 愛らしい容姿に似つかわしくない、怒声とも悲鳴ともつかない叫び声をあげたが聞く者はいない。 少女が八つ当たりをしたくても相手はいない。 怒りと苛立ちを押し殺し、ハンカチでこすり、頬と掌に付着した獣糞を拭うのがせいぜいだ。 大変に気の毒だが、彼は同情できるだけの心的余裕を持たなかった。 少女の叫びや八つ当たりと同様に、彼の忠告を聞く者もいないのだから。 これは存在意義にもかかわる重要な問題だ。 去り行く少女を横目に、周囲を見渡す。辺りには何も無い。 草、草、草、草、そして石造りの建物があるだけだ。 少女――ゼロのルイズと呼ばれていた――に目を移し、そのまま止めた。 少し悩んだフリをして、ドラゴンズ・ドリームはルイズの後を追いかける。 龍の夢は未だ覚めず。